波動使いのヒーローアカデミア (あじのふらい)
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本編
プロローグ


私が"個性"を発現したのは4歳の頃、まだ幼稚園にも通っていない頃だった。

この頃の私はまだ自分の個性を理解できてなくて、自分が見えているものは他の人も同じように見えているんだと当たり前のように思い込んでいた。

個性の名前は姉と同じだったし、両親は私に優しく接してくれていた。

友達も皆素直で、無邪気で、だからこそ私はこの個性の嫌な所に気が付くことができていなかった。

 

そのことを思い知ったのは小学生の時。

友達と何気ない会話をしていた時だった。

その子の口から発した言葉と、身体から無意識に発している感情が、ズレていたのだ。

それを見た過去の私は素直にその子に聞いてしまった。

 

「なんで嘘吐くの?」

 

当然その子は否定した。でも私にはそれが嘘だっていう確信があったし、無知だった私は自分の言葉を引っ込めようなんて思わなかった。

泣き出してしまった友達だった子の声を聞いて、先生が来た。

先生は笑顔で何があったのか聞いてくれた。

友達と一緒に先生に説明したけど、私には先生が笑顔で話を聞いているのに『めんどくさい』と感じているのがすぐに分かってしまった。

幼かった私は、それを感じて自分の感情を制御することなんてできなかった。

 

「めんどくさくなんてないよ!私嘘ついてないのに!」

 

その言葉を聞いた瞬間、先生はびっくりしたような、怖がるような表情を浮かべた。

 

「め、面倒くさいなんて思ってないよ。瑠璃ちゃんは何を言ってるの?」

 

口では誤魔化すようなことを言っているけど、私には先生が『怖い』『考えていることを読まれてるの?』と色々なことを考えているのが手に取るように分かった。

 

この時初めて声に出されてなくても感じ取れてしまう感情が、私にしか分からないものなんだと理解した。

そしてその頃にはもう私は考えていることを読み取る怖い子として同級生には無視され始めていた。

私も私で平然と嘘を吐く同級生も、笑顔の裏で悪態を吐く先生も、誰も信用できなくなっていた。

 

中学生になると、それはさらに顕著になった。

同級生も、先生も、皆私を無視する。

たまに私のことを利用しようとして近づいてくる人がいるくらいで、それ以外の人は私に近づこうとすらしなかった。

私もこんな人たちのことなんて信用できなくて、学校では必要最低限のこと以外は人と関わらなくなっていた。

 

例外があるとすれば、家族だけだった。

家族とは言っても両親は私の個性を怖がっているのが伝わってきた。でも無視するようなことはなかったし、ちゃんと親としての愛情を注いでくれた。

今では慣れたのか普通に接してくれている。

これだけでも十分優しいというのは分かっているし、親として信頼もしている。

ただそれ以上に私が心を許しているのは、お姉ちゃんだった。

 

お姉ちゃんだけは私の個性の詳細に気が付いても『怖い』なんて思わなかった。

 

「すごーい!心を読めるの?私と同じ個性だよね?なんで!?どうやるの?」

 

お姉ちゃんだけは口に出す言葉も、伝わってくる感情も、全部一緒だった。

 

「瑠璃ちゃんは放出できないの?なんで?不思議!」

 

お姉ちゃんだけは私に心から笑いかけて可愛がってくれた。

 

「怖がる?なんで?無視なんてするわけないよっ!変なのっ」

 

裏表なく笑いかけてくれるお姉ちゃんに、私が依存してしまうのは当然の流れだったのかもしれない。

お姉ちゃんが中学生になって外であんまり笑顔を浮かべなくなったときは、中学校を破壊してやろうかなんてことも考えた。

でもすぐにやめた。

 

理由は簡単。お姉ちゃんが"ヒーローになりたい"と言ったからだ。

お姉ちゃんは個性で色んな人を助けて、その笑顔で色んな人を癒すすごいヒーローになれる。

だから私は、そんなすごいお姉ちゃんを助けるためにヒーローを目指すことにした。

私の個性なら、ヒーローになったお姉ちゃんをいっぱいサポートできる。

だから個性を使ってお姉ちゃんを手助けするために犯罪を犯すわけにはいかなかった。

 

お姉ちゃんは、雄英高校のヒーロー科に入学した。

倍率300倍のあの雄英高校ヒーロー科にだ。

流石私のお姉ちゃん。優しくてきれいで可愛くて個性もすごくて、その上頭もいいなんて非の打ちどころがないスーパーお姉ちゃんだ。

しかも今年の雄英高校の体育祭でも上位入賞するくらいすごい個性と応用力、文化祭のミスコンでも上位入賞しちゃう美貌の持ち主。

 

ただ文化祭のミスコンに関しては今でも文句を言いたい。

豪華絢爛ならそれでいいのか。あれがお姉ちゃんの可愛さを上回っているとはとても思えない。

あれはきっとサポートした人がいけないんだ。もっとお姉ちゃんの天使や妖精のような可愛らしさを押し出してアピールすればあんな結果にはならなかったはず。

 

っと、いけないお姉ちゃんのことになるとつい熱くなってしまう。

とにかく、どこに出しても恥ずかしくない、むしろいろんなところに連れ回して自慢して回りたいすごいお姉ちゃんなのだ。

私もそれに見合うヒーローにならないと、個性で手助けなんて夢のまた夢だし、お姉ちゃんの妹なんて恥ずかしくて名乗れない。

だから、私も雄英高校のヒーロー科を目指すことにした。

 

私の名前は波動瑠璃。

将来の夢はお姉ちゃんのサイドキックになることだ。



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雄英入試

時間はあっという間に過ぎて2月26日。受験……実技試験の当日になった。

私は一人暮らしをして雄英高校に通っているお姉ちゃんの部屋に、少し前から泊まらせてもらっていた。

私がお姉ちゃんと同じ雄英高校ヒーロー科を受けると知った時の担任の顔は面白かった。

向こうが必要以上に関わってこないから、特に何かを言ったりしたわけでもないけど。

 

「瑠璃ちゃん、準備出来た?」

 

「うん……忘れ物もないと思う……」

 

ねじれお姉ちゃん。

すっごく優しくて可愛いくて美人で嘘を吐かない天然さんな私の大好きなお姉ちゃんだ。

今回の受験のための同棲だって、嫌な感情一つ抱かずに歓迎してくれた。

むしろ合格したら一緒に住もうとまで提案してくれている。

 

「緊張は……してないね!いつも通りの実力を出せば瑠璃ちゃんなら大丈夫だから頑張ってっ!」

 

お姉ちゃんから感じ取れる波動は相変わらず言葉通りの感情が伝わってくる。

 

私の個性、"波動"。

人や物が必ず持っている波動を読み取ることができる個性だ。

こういうとただの感知系統の個性に聞こえるけど、この個性はオンオフの切り替えができない。

人が放つ波動からはその人の感情や考えていることが伝わってくるし、周囲の波動がずっと見え続けている。

この感情や考えていることが伝わってくるという部分がなかなか厄介で、ずっと周囲の心の声のようなものを聴き続けているような状態なのだ。

あまりにも煩わしいから、普段は不快に感じないある程度の人たちに集中することで範囲を絞って詳細に聞き分けるか、なるべくたくさんの人の波動を意識してなんとなく感じている感情しか読み取れなくするかの、どちらかの状態で過ごしている。

この無差別な読心のせいで友達がいなくなってしまったし、私自身も友達を作りたいと思えなくなってしまった。

 

ただ、利点が無いわけでもない。

周囲の波動を感じ取れるから、目を閉じていてもどんなに視界が悪くても周囲の状況を知ることができる。

さらにいえば、意識すれば波動の透視もできるし、私を中心に1km先まで周囲の波動を読み取り続けているから、どこに誰がいるのか、どんなことを考えているのかも知ることができる。

私とかくれんぼなんかした日には、感知範囲の1kmよりも外に行かないと5秒もかからずに隠れている場所の特定ができてしまうだろう。

つまり、レーダーと透視が可能な上に嘘発見器にもなるというとんでも個性だ。

波動をビームみたいに放出したり飛んだりできるお姉ちゃんとは対照的に、サポート特化と言っていいと思う。

お姉ちゃんみたいに放出してみたこともある。

自分の中の波動も感知できるから、色々試して手に波動を集めてみたのだ。

でも、手から少し放出した途端に気絶しちゃって、大騒ぎになってしまった。

だから、放出はできないけど、サポート役ならすごい個性として私は認識している。

 

これで倍率300倍の雄英ヒーロー科の実技に受かるかは分からないけど、もうなるようになれと思っている部分もある。緊張はない。

筆記に関しては、私にとってはあってないようなものだから一切心配していない。

筆記試験は周りの感情や考えていることが伝わってきちゃうから、否応なしに常にカンニングしているような状態になってしまうのだ。

周囲の思考全てを感じ取っちゃうんじゃ意味はないのでは?と思うかもしれないけど、それがそうでもない。

だって、正解はほとんどの場合で多くの人が思い浮かべていることで間違いないからだ。

正答率が低い問題だとどの思考が正解かなんて分からないけど、そんなのほとんどの人は分からないんだから解けなくても問題ない。

さらに言えば、諦めているわけじゃないのに余裕を持ってすいすい解き進めている人の思考を集中して読むと、全く考えなくても高得点が取れてしまう。

さすがにやろうとは思わないけど。

 

だって、馬鹿がお姉ちゃんのサイドキックになるなんてそんな恥ずかしいことはない。お姉ちゃんの恥になるつもりはないのだ。

だからちゃんと勉強もしてるし、自分でしっかり問題も解いている。

そのうえで、聞こえてくる多数派の答えが違ったら解きなおしたりはするけど。

そんな感じだから筆記試験は一切心配していない。

今日の実技試験で、受かるか受からないかが決まるのだ。

 

「じゃあ、瑠璃ちゃん!いってらっしゃい!一緒に通えるの、楽しみにしてるからねっ!」

 

「うん、いってきます……!」

 

お姉ちゃんの声を背に試験会場に向かう。

これが私の夢の第一歩になる、はず!

 

 

 

『今日は俺のライヴにようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!』

 

案内に従って座った講堂の中央でプレゼントマイクが声を張り上げている。

倍率300倍となる程膨大な数の受験生がこの講堂の中にいるけど、誰一人として反応を返さず講堂は静まり返っていた。

 

『こいつぁシヴィー-!!!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?YEAHHHH!!!』

 

普通の人にとってはだけど……

 

「うる……さいっ……!」

 

私の小声のつぶやきに隣の人が驚愕の感情を向けているのが伝わってくるけど、そんなの関係ない。

私にとっては、こんなに集まられると感知してしまう感情のせいで凄まじい騒音が常に鳴っているようなもので、ただただうるさい。

深いところまで感知しないようにプロヒーローの思考を少し深めに読んでおくけど、それでも『緊張する』『不安だ』『プレゼントマイクだ!』なんて表層で強く考えられている思考が、頭の中に無理矢理押し込まれてくる。

正直、説明が騒音に紛れちゃってまともに聞こえないし集中すらできない。

配られた資料を読み込むのと、表示されたモニターに映る情報を見るのとで何とか理解していく。

そんな私を尻目に、眼鏡の男の子が質問をしているようだ。

プレゼントマイクの質問への返答だけはなんとか聞き逃さないようにしないと……

 

つまり今までの情報をまとめると……

10分間の市街戦で、1~3ポイントの仮想ヴィランを行動不能にしてポイントを稼げということみたいだ。

0ポイントのお邪魔虫もいるようだけど、それは基本的に無視でいいだろう。

この試験形式ならなんとかなる、と思う。戦闘向きじゃない個性の人がいることも考えれば、少なくとも1ポイントのやつは個性なしでも倒せるだろうし。

むしろ壊した仮想ヴィランのパーツを武器にして、索敵してサーチ&デストロイすればある程度のポイントは稼げそうだ。

仮想ヴィランが一切波動を宿してないとかだったら話は変わるけど。

 

『俺からは以上だ!!最後にリスナーに我が校"校訓"をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った「真の英雄は人生の不幸を乗り越えていくもの」と!!"Plus Ultra"!!それでは皆良い受難を!!』

 

考え事をしている間に話は終わったらしい。

指示された試験会場へ向かう道すがら、周囲の波動に集中してみると、特定のエリアに資料にあった大量の仮想ヴィランのような形の波動を感じた。

波動を宿していないなんていう対策がされていなくて一安心だ。

試験会場に着いてそのままスタートラインで待機しておく。

思った以上に会場は広かったらしくて、感知の範囲も試験会場全域はカバーできない。走り回って感知しながら仮想ヴィランを叩いていくしかなさそうだ。

 

とりあえず最初のターゲットにする他の受験者に取られなさそうで、孤立している1ポイントヴィランに当たりをつける。

そこまでの最短のルートを思い描きながら周囲の受験生とかち合ったりしないように警戒して『ハイスタートー!』

 

その言葉を聞いた瞬間、弾かれたように思い描いていたルートを走り出した。

私が走り出したのを見て、開始したのに気が付いたらしい他の受験生たちが焦っているのがやかましいくらい伝わってくる。

後ろの雑音を聞き流しながら予定通りの位置に居た1ポイントヴィランに背後から蹴りを食らわせて破壊する。

予想通り、個性なしでも簡単に壊せるくらいの脆さだった。

そのままの流れで仮想ヴィランの腕をもいで鉄の棒を装備する。

 

「ん……これくらいの棒なら……振り回せる……?うん……なんとかなる……」

 

これがあれば効率よくポイントを稼げそうだ。

周囲の状況を再確認すると、3ポイントヴィランと戦っている受験生の様子も伝わってくる。

その戦いぶりを見るに、素の身体能力で戦わないといけない私だと倒すのに時間がかかって非効率っぽい。

1ポイントと2ポイントにターゲットを絞るのが良さそうだ。

 

 

 

順調に試験は進んで、私のポイントは25ポイントになっていた。

 

「あと……もうひと頑張り……」

 

うん、索敵ができるとは言っても身体能力はごく普通なのに結構頑張ってると思う。

周囲からは『45!』とか『32!』とか、ちらほらと私よりも高得点っぽい人の思考が聞こえてくる。

流石に疲れてきたけど、こんなところで休憩していたら落ちるだけだから身体に鞭打って何とか動き続ける。

追い上げをかけようと範囲内の動いている波動に集中すると、動き出した特大の何かの波動を感知した。

ようやく0ポイントヴィランのお出ましらしい。

0ポイントヴィランが動き出した方向に目を向けると、凄まじい轟音を立ててビルを破壊しながら動いているロボットの姿が目に映った。

その瞬間、ヴィランの足元、というよりも崩れたビルのすぐ下あたりに人間の波動が見えた気がした。

それに気が付いた瞬間、その近辺の波動を集中して見始める。

同時にその近辺の正確な状況が脳裏に写って、そこにいる人の波動から思考も集中的に読み取る。

 

『なにあれぇっ』

『いやいやあれはないってっ』

『やばいやばいやばい!』

『え!?ちょっ!?閉じ込められた!?!?』

 

前半はどうでもいい。

最後に感じ取った思考から考えるに、つぶされはしなかったけど、閉じ込められて身動きが取れなくなってしまったらしい。

自力で脱出する気配もない。

 

「……これ、まずいよね……このあと……本当に潰されちゃうかもしれないし……他の人、気付いてないし……」

 

自分のポイントが芳しくないのは理解している。

多分合格ラインすれすれで、1秒だって無駄にできない。

でも、これはダメだ。彼女が閉じ込められてる瓦礫は、いつ崩れてもおかしくない不安定さだ。本当に命に関わる。

これに気が付いていて見捨てたら、いくら試験中のことだからといっても二度とヒーローになりたいなんて言えなくなる。

無視なんかして、それで高得点を取って、そのことをお姉ちゃんに胸を張って報告できるのか?

そう思ったら、勝手に足が動き出していた。

 

0ポイントヴィランから逃げてくる人たちの波に逆らって、閉じ込められてる子の波動を感じるところまで全力で走っていく。

すれ違う人たちが「正気か!?」とか「逃げねぇとやべぇぞ!」とか声をかけてくるのが聞こえるけど、そんなの無視だ。

降ってくる瓦礫の波動を見て、落下地点を予測して、瓦礫を避けながら走り続けて、閉じ込められてる所のすぐそばにたどり着いた。

瓦礫の隙間から中を覗くと、見下ろさないといけないようなところに、浮かぶジャージと肉眼的には何も見えない位置にある人型の波動が、くっきりと私の目には映っていた。

 

「そこにいる人……!大丈夫……!?聞こえる……!?」

 

「き、聞こえるよ!怪我とかは特にしてないけど、閉じ込められちゃったの!」

 

波動で見た通り、意識もしっかりしているし、怪我もしていないようだ。

見た感じだと、この子の個性は透明人間かなにかだろうか。

それだと自力で脱出できないのも納得だ。

 

「うん、閉じ込められてたところ見てたから、助けに来たっ……!そこから動かないで……!こじ開けてみるから……!」

 

「う、うん!」

 

返事を確認してから、自分の体内の波動に集中する。

そのまま自分の波動を操作して、体内の波動を両手に集めていく。

波動を身体の一部に集中させることで、身体強化系の個性には劣るけど普通の人よりも力が強くなるのだ。

ただ、当然リスクも大きくて、短時間しか使えない上に加減を間違えるとキャパオーバーになって自分も動けなくなる諸刃の剣だけど。

コントロールを誤らないように、慎重に波動を集めていく。

集まったところで瓦礫を崩さないようにゆっくりと持ち上げた。

自分の腕を突っ張り棒のようにして持ち上げた瓦礫の崩落を防ぎつつ下に手を伸ばす。

 

「手……取ってっ……!長く……持たないからっ……!早くっ……!」

 

「うん!」

 

透明の子がよじ登って手を取ったのと同時に、力を入れて引っ張り上げる。

彼女が抜けだしたのを確認して、瓦礫をゆっくりと下ろしていく。

瓦礫から手を離して、そのまま倒れるように横になる。

もうキャパオーバーで指一本動かすこともできそうにない。

 

「あ、ありがとうー!!助かったよ!!一時はどうなるかと思った!!」

 

透明の子が動けなくなった私の手を取って大げさにぶんぶんと手を振ってくる。

元気そうで安心した。

 

「無事で……良かった……」

 

「もうだめかと思ったよ!!でも、どうして私があそこにいるって分かったの?声も0ポイントヴィランの音でかき消されてた『終了~!!!!』」

 

透明の子が質問し始めたところで、プレゼントマイクによって試験終了が告げられた。

結局ヴィランポイントは25ポイントのまま。

周囲の思考や会場の数を考えると、正直ダメなんじゃないかなと予想できる結果だった。

 

「あっー!!ご、ごめんね!!私のせいで最後の方時間無駄にしちゃったよね!?」

 

「大丈夫……それも覚悟して……助けに行ったから……」

 

「で、でも……」

 

「本当に大丈夫だから……」

 

心から謝罪をしてくる彼女に、こちらまで申し訳なくなってしまう。

受験で大変な目にあって、時間を無駄にしたせいで合格できるかも分からない状況なのに、彼女の波動から感じられる感情は、裏表なく言葉と一致している。

心の底から、感謝と謝罪をしてくれている。

優しくて正直な子なのはそれだけで理解できた。

この子は、今までの人たちと違いそうだ。

 

「私……波動瑠璃……あなたは?」

 

「わ、私は葉隠透」

 

「ん……じゃあ、葉隠さん……助けたお礼として……また学校であったら……友達になって欲しいな……私、友達いなくて……」

 

正直私はもう不合格な気がするけど、ただただ申し訳なさそうにしてるのが可哀そうになってきた。

気を紛らわせるためにそんな提案をしてみる。本当に2人とも受かっていたとしてもこの子だったら友達になってみてもいいかなと思えるくらい正直な子だったというのも理由だけど。

透明の子がびっくりしているのが伝わってくる。

でもそんな感情をすぐに振り払った彼女は、私の手をぎゅっと強く握ってきた。

 

「そんなことでいいなら、いくらでも!!むしろ私が友達になって欲しいくらいだよ!!」

 

「えへ……じゃあ……また学校で……」

 

疲労に加えてキャパオーバーで既に限界だった私は、なんとかそこまで伝えてから意識を手放した。



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結果発表

雄英入試から1週間が経った。

あの日、結局保健室で目を覚ました私はその後特になにもなく帰路に就いた。

今まで我慢していた筆記試験の自己採点をした結果は、余裕で合格ライン。

ただ実技はおそらくギリギリ。どちらかというと不合格よりだと思う。

だけど今更慌てても仕方ないし、あの行動に後悔はない。

お父さんとお母さんには言っていないけど、お姉ちゃんにはギリギリダメかもしれないという弱音を吐いてしまった。

理由を聞かれたから、正直に試験での行動はお姉ちゃんに伝えてある。

 

そしたらお姉ちゃんは

「なんでダメかもしれないの?まだわかんないよ。それにいいことしたんだから、笑顔で胸張らないと!ね!」

なんて言ってニコニコしながら頭を撫でてくれた。

 

私も慰めてもらって少し前向きになったのもあって、もうなるようにしかならないと思っていた。

だから実家に戻ってからは、普段通りの生活をしながら結果を待っていた。

 

私よりも、むしろお父さんとお母さんの方がソワソワと落ち着かない様子で、何度も何度もポストを覗きに行ったりしているくらいだ。

私がポストに投函されるタイミングで声をかけようかと聞いてみたけど、遠慮されてしまった。

なんでも、こういうのを待つのは心配でもあるけど、楽しみの一つでもあるらしい。

今も、お母さんが今日10回目くらいのポスト確認に行っているところだった。

ついさっき『雄英か…』なんて考えながら投函した配達員がいたから、多分今回は入っているはずだ。

お母さんは封筒を手に、慌てた様子で戻ってきた。

 

「る、瑠璃!結果来たわよ!」

 

「ん……ありがと……」

 

間違いなく雄英からの封筒だ。

貰ったその場で丁寧に封を開けていく。

隣で見守るお母さんの『自分の部屋で一人で開けてもいいのに』なんていう思考が伝わってくる。

 

「ここで開けても……一人で開けても……結果……変わらないから……」

 

「そ、そっか。瑠璃がいいならいいんだけど」

 

お母さんもそれ以上は言ってこなかった。

どちらかというと結果をすぐに知りたいって感じっぽいけど。

封筒の中には、数枚の紙と丸い機械が入っていた。

機械が何かは分かる。投影装置だ。

受験生一人一人にこんなものを送ってくるなんてお金がかかってるなぁなんて思いつつ、机の中央に装置を置く。

すると、起動音と共に空中に映像が浮かび上がった。

 

『私が投影された!!!』

 

「オールマイト!?」

 

画面いっぱいに写ったのは、トレードマークの前髪がピンと反り立つ筋骨隆々の大男だった。

画風が違う不動のNo.1ヒーローオールマイトだ。

それに対してお母さんが驚愕の声をあげつつ、『だ、大事な結果発表なんだから静かに聞かないと』とか考えている。

私もなんでオールマイトが?なんて思わなくもないけど、隣から聞こえてくる疑問の思考を聞き流しながら映像を見続けた。

 

『初めまして波動少女!この一週間、元気にしていたかな?それと、なぜ私が投影されたかって?それは!私が雄英に勤めることになったからさ!』

 

なるほど。つまり、オールマイトがお姉ちゃんの先生になるということか。

これはお姉ちゃんにも箔が付く。

私は"オールマイトの教え子"というお姉ちゃんのアピールポイントの増加に内心で何度も頷いていた。

その後も続いたオールマイトの語りに撮影していた人は痺れを切らしたらしくて、画面の端で巻きでというジェスチャーして、オールマイトも慣れた様子で頷いていた。

この感じ、このやり取りを何回もしてるな。

 

『あぁ、大丈夫。分かってるよ!さぁ、さっそく合否を伝えよう!筆記は十分に取れているが、実技は25ポイント。残念ながら一歩及ばず不合格だ』

 

覚悟はしていた。私の夢はお姉ちゃんのサイドキック。ヒーローになれれば他のヒーロー科の高校だってよかった。

でも、できることならお姉ちゃんと一緒に同じ高校に通いたかった。ただそれだけだった。

覚悟していた結果だったはずなのに、思わず俯いてしまう。

お母さんは言葉にはしなかったけど、心配する感情とともに手を握られた。

もうこれで終わりだろうと思って空いている手で装置を回収しようとしたところで、悪戯が成功したかのようなニヤリとした表情を浮かべたオールマイトがまた話し出した。

 

『それだけならね!』

 

その言葉に、装置を回収しようとしていた手を止める。

 

『私もまたエンターテイナーー!先の入試!!!見ていたのはヴィランポイントだけにあらず!!!』

 

オールマイトが笑顔でリモコンのボタンを押すと、後ろの画面に0ポイントヴィランが動き出したときの私の映像が映しだされた。

 

『表情を見ていれば分かるさ!君はこの時、このままのポイントでは合格できないと理解していたんだろう!!それにも関わらず、合格と人命を天秤にかけて迷わずに駆け出した!!』

 

葉隠さんを助け出して私が倒れるところまで見届けたオールマイトが、笑みをさらに深めた。

 

『正しいことをした人間を排斥しちまうヒーロー科など、あってたまるかって話だよ!!!きれい事!?上等さ!!命を賭してきれい事実践するお仕事だ!!レスキューポイント!!しかも審査制!!我々雄英が見ていたもう一つの基礎能力!!波動瑠璃50ポイント!!』

 

畳みかけるように告げられる試験の裏側に、ただただ呆然とするしかなかった。

そんなの、プレゼントマイクの思考からも読み取れていなかった。

周囲の思考がうるさすぎて、雑音を気にしないように1人の思考に集中していたせいかなんて、とりとめもなく考えてしまう。

 

『トータル75ポイント!!次席で合格さ!!』

 

オールマイトは未だに受け止めきれずに呆然としている私の様子を察しているかのように、ゆっくりと片手を差し出してきた。

 

『来いよ波動少女!ここが、君のヒーローアカデミアだ!』

 

その言葉とともに映像は終わった。

私は放心したままだったけど、いつの間にか涙が頬を伝っていた。

 

「おめでとう瑠璃!!次席なんて、本当にすごいわ!!」

 

「……うん……うんっ!」

 

「ねじれには瑠璃から伝えるでしょ?私はお父さんに連絡しないと!」

 

私もようやく実感がわいてきて自然と頬が緩んでしまう。

お母さんはそのままお父さんに連絡するために廊下に出ていった。

 

廊下から「瑠璃、合格よ!しかも次席だって!!」なんて報告する声が聞こえる。

その一方で、私は喜びの余韻に浸りつつ、同封されていた書類の確認をしていた。

 

「瑠璃!今日はお祝いよ!お父さん、この前瑠璃が食べたいって言ってたケーキ買ってきてくれるって!」

 

お母さんの言葉を聞きながら、私はお祝いの夕食とケーキや、お姉ちゃんとの新生活に思いを馳せる。

これから始まるお姉ちゃんとの2人暮らしという新生活への期待を胸に、お姉ちゃんに合格を伝えるためにスマホを手に取った。



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入学

春。

それはお姉ちゃんとの新生活の始まり。

私は春休みに入って早々に、お姉ちゃんの家に引っ越した。

お父さんとお母さんには新しい環境に慣れるなんて伝えてはいたけど、早くお姉ちゃんと同棲したいだけなのは見透かされていた。

恥ずかしかったから、余計なことは言わないでおいたけど。

 

中学校に友達なんていないし心残りはない。

雄英のヒーロー科に受かったのを先生が漏らしたせいか、話しかけてきた人もいたけど無視を貫いた。

雄英ヒーロー科に友達がいるなんていうステータス欲しさの欲望丸出しで話しかけて来るやつなんて、まともに相手をするわけがない。

先生もわざわざ職員室に呼んでまで褒めてきたけど、最低限以外は話してない。

私だけじゃなくて、お姉ちゃんがあんな状態になるまで放置していた中学校への好感度なんて、0どころかマイナスになっている。

都合よく宣伝に利用しようとしてくる思考を読み取っても無視してあげたのが、せめてもの慈悲だと思って欲しい。

 

まあそんなどうでもいい話は置いておいて……

お姉ちゃんとの同棲が始まった。

基本的に家事は分担だ。

日帰りであってもお姉ちゃんにインターンがある日は、私がその日の家事をやることで合意している。

お姉ちゃんには自分が一方的に得しちゃうルールだなんて遠慮されはした。

だけど私の夢自体がお姉ちゃんのサポートなのだ。むしろ全部任せて欲しいくらいだ。

それを言ったら大反対されて、議論に議論を重ねて今の形に落ち着いた。

それでも「本当にこれでいいの?変なのっ」って納得してない感じで苦言を呈されたけど。

 

春休みは楽しかった。

もちろん、お姉ちゃんはインターンとかがあるから、家にいない日も多かった。

だから帰ってくる日にはお姉ちゃんの好きな料理を作っておいたり、お休みの日にはジャスミンティーを入れておいしいって褒めてもらったり……

とにかく充実した日々だった。

 

 

 

そんな楽しい日々はあっという間に過ぎて、ついに入学式の日になった。

中学校とは比べ物にならないほどの大きさで、全面ガラス張りの校舎に圧倒されてしまう。

そんな校舎についたから、名残惜しいけどお姉ちゃんとは昇降口のところで別れることになった。

 

「じゃあ瑠璃ちゃん、学校楽しむんだよ!お友達、できるといいね!」

 

「ん……私も……できたらいいなって思ってる……頑張るっ……!」

 

別れ際に、私に友達がいないことを心配していたらしいお姉ちゃんに、応援までされてしまった。

お姉ちゃんに心配をかけないために、何が何でも友達を作らないと……

読心に関しては隠しておくつもりだけど、葉隠さんも合格してると話が早いんだけどななんて思いながら、廊下を歩いていった。

 

 

 

「1-A……ここか……扉……おっきい……」

 

辿り着いた教室のドアは、バリアフリーを意識しているのか見上げなければいけないほど巨大だった。

私の力で開けられるのかな、なんて思いながらゆっくり開けてみる。

だけど、見た目に反して重さは普通のドア程度しかなかったらしい。

呆気ない程簡単に開けることができた。

そして、校舎に入ってから気付いた教室の中にいる波動の持ち主に期待しながら、教室に入った。

 

入った瞬間好奇の視線を向けられて、気にしないようにしながら進もうとしていたら、クソ真面目な感じの思考をした男子に声をかけられた。

 

「おはよう!!俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ!!」

 

声の方向に顔を向けると、背の高い眼鏡をかけた男子生徒がいた。

見た目も真面目そうなら聞こえてくる思考もクソ真面目と言っても過言ではないくらいのお堅い感じだ。

 

「ん……私……波動瑠璃……よろしく……」

 

「ああ!よろしく頼む!席は出席番号順になっているようだ。君の席は……」

 

親切に教えてくれる飯田くんと一緒に教室の方に目を向ける。

その瞬間、飯田くんの思考が怒りに染まった。

 

「君!」

 

飯田くんの視線の先には、机に脚を乗せている態度の悪い不良っぽい生徒がいた。

飯田くんは怒りを滲ませながら不良くんの方にツカツカと歩いていく。

そういうことかー真面目だなーと心の中で現実逃避をしながら、成り行きを見守るしかなかった。

 

「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」

 

「思わねーよてめーどこ中だ端役が!」

 

案の定喧嘩が始まってしまった。

というか、出席番号順だと私の席はもしかしなくてもあの喧嘩している不良くんの後ろではないだろうか……

流石に喧嘩真っ只中の自分の席に向かうのは巻き込まれちゃいそうだし、関わりたくない。

ぶっ殺し甲斐とか物騒な言葉が聞こえてくるけど私は知らない。

心の中まで『死ね』とか『雑魚』とか『端役』とかの罵声で満ちてる不良くんはある意味すごいと思う。

やっぱり関わるべきじゃない……

 

そう考えた私は、自分の席に着くことを諦めて教室を見渡してみる。

 

『小さいのにでけぇ』とかいう失礼極まりない不埒な思考を垂れ流している何かはスルーだ。

きょろきょろと教室を見ていると見覚えのある制服が浮いている人型の波動が、期待に満ちた感情をこちらに向けていた。

後ろから『怖い人たち……クラス違うとありがた……2トップ!!』なんて悲壮感に満ちた嘆きが聞こえてくるけど無視。

今はとにかく葉隠さんだ。

私が葉隠さんの方に向かい始めると、葉隠さんも喜びの感情を溢れさせながらが駆け寄ってきた。

 

「波動ちゃん!やっぱり受かってたんだね!まあレスキューポイントなんてあったら波動ちゃんが落ちるわけないよね!」

 

「ん……葉隠さんも……合格してたみたいでよかった……」

 

葉隠さんも最後の方はポイント稼げなかっただろうし、私と同じくほぼ素の身体能力しかなさそうな個性だったから、不合格かもしれないと思っていたのだ。

だけど、杞憂だったようで安心した。

 

「透でいいよー!私たちもう友達でしょ!」

 

「ん……じゃあ私も……瑠璃で大丈夫……」

 

「やったぜ!雄英でのお友達第1号だよ!」

 

やっぱり、彼女は信頼できそうだ。

少しじっくり波動を見てみたけど、基本的に明るく活発な性格で思考と言動にズレもない。

雄英のヒーロー科に入れるだけあって、悪意なんて微塵も感じない。

葉隠さん……透ちゃんなら友達になっても大丈夫だと思う。

安心して友達になれそうな子がいて、私の口角は自然と上がってきていた。

 

「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け」

 

その声が聞こえて、今が8時25分、HRの時間であることに気が付いた。

 

「ここは……ヒーロー科だぞ」

 

教室の入口には、寝袋に入ったままジュッと音を立てながらゼリー飲料を一気飲みする不審者っぽい人がいた。

その姿を見たクラスメイト達の心の声が『なんか!!いるぅぅ!!』とかいうどうしようもないものに統一されている。

だけど、みすぼらしいというか、清潔感にかける姿からは想像できないけど、彼は先生だ。

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね……担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

皆の『先生!!?担任!!?』なんて思考が響き渡ってくる。

私も波動で思考が読めなきゃ信じられなかったと思う。

それくらい見た目が先生っぽくない。

 

「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」

 

それだけ言い残して相澤先生はさっさと出ていってしまった。

クラスメイト達が困惑しているのが伝わってくるけど、早く指示に従った方が良さそうだ。

理由は先生から『見込みがなかったら除籍』という物騒な思考が感じ取れたから。

 

私は、理由は特に言わずに、透ちゃんに早く指示に従った方が良さそうだってことだけ伝えて更衣室に向かうことにした。



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個性把握テスト

「……よし、揃ったな。今から個性把握テストを行う」

 

「「「個性把握……テストォ!?」」」

 

言われた通りグラウンドに集まった私たちだったけど、出迎えた先生はあまりにも唐突な言葉をぶつけてきた。

 

「入学式は!?ガイダンスは!?」

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」

 

茶髪ショートボブの赤いほっぺたが魅力的な女の子、麗日さんが皆の内心を代弁してくれたけど、先生に一刀両断されてあえなく引き下がっていった。

 

でも、悠長な時間はないと言うなら、せめて更衣室の場所くらい教えてくれてもよかったのではないだろうか。

私が感知と透視の合わせ技でそれっぽい所に女子の皆を連れて行って、無事見つけられたからそんなに時間はかからなかった。

だけど、私が居なかったら絶対もっと時間がかかっていたと思う。

男女に分かれて教室で順番に着替えるにしても、会ったばかりのクラスではそんな統率を取るのは時間がかかって仕方ないと思うんだけど。

いくらなんでも配慮に欠けていると思う。

印象悪くなるだけだから口には出さないけど。

 

「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈……中学のころからやってるだろ?"個性"禁止の体力テスト。国は画一的な記録を取って平均を作り続けてる。文部科学省の怠慢だ。合理的じゃない」

 

展開される先生の持論に、私たち生徒は黙って話を聞くしかなかった。

 

「爆豪、中学の時ソフトボール投げ何mだった」

 

「67m」

 

あの不良くんは爆豪くんというらしい。

簡潔に答えた彼に先生はボールを渡す。

 

「じゃあ"個性"使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ。思いっきりな」

 

その言葉を受けて、爆豪くんは軽く準備運動をしながら速やかに円の中に移動し始めた。

そのまま大きく振りかぶると、彼は「死ねぇ!!!」なんて言いながらボールを投げた。

投げた瞬間、彼の手元で爆発が起こって、辺りに爆音と煙が広がった。

ボールは凄まじい速度で飛んでいって、すぐに見えなくなってしまう。

 

……皆はボールよりもその言動に注目が集まっちゃってるけど。

皆の思考が『……死ね?』で統一された時には思わず吹き出しそうになってしまった。なんとか我慢したけど。

 

「自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

そう言いながら、先生が手に持っている端末をこちらに向ける。

その画面には『705m』と表示されていた。

これが爆豪くんの記録らしい。

それと同時にクラスメイトから歓声が沸き起こった。

 

「なんだこれ!!すげー面白そう!」

「705mってマジかよ!」

「"個性"思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」

 

はしゃぐのはいいけど、この先生の前でこのはしゃぎ方は絶対よくないと思う。

そう思った私は無言を貫いて先生を観察しておく。

やっぱり先生は教室にいた時に考えていた、『見込みがなければ除籍』という思考を強く浮かべたままだった。

 

「…………面白そう……か。ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

 

凄みを増した暗い表情で話す先生の様子を見て、やっぱりこうなったかとしか感じなかった。

先生は本気だ。見込みがなければ本気で除籍するつもりだ。

他の子はまだ分からないけど、私や透ちゃんにとっては深刻な除籍の危機だ。

 

「最下位除籍って……!入学初日ですよ!?いや初日じゃなくても……理不尽すぎる!!」

 

「いつどこから来るか分からない厄災、日本は理不尽にまみれている。そういう理不尽を覆していくのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから三年間雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。"Plus Ultra"さ。全力で乗り越えてこい」

 

当然のように生徒側の文句は受け入れてもらえなくて、結局皆受け入れざるを得なかった。

 

「さて、デモンストレーションは終わり。こっからが本番だ」

 

 

 

第1種目:50m走

 

出席番号順に二人ずつで計測していく感じみたいだ。

私は9組目。もじゃもじゃ緑髪の男子とになった。

 

「同じ組だね……私、波動瑠璃……よろしく……」

 

「!?……ぼ、僕はっ緑谷っですっ!」

 

自己紹介だけしておいたけど、ぼそぼそ早口で言ってたから、正直何を言っているのか分からなかった。

ただまあ、波動で何を言いたかったかは分かったから良しとしよう。

なんか『女子としゃべっちゃった!?』とか考えている思考も読んでしまって、さっきのぼそぼそは人見知りが原因かと納得する。

さっきまで深刻な表情で『まずい』とか考えていたみたいだけど、今は顔を真っ赤にして慌てている。

初対面の私と話しただけで緊張がほぐれたんだろうか……?

あの思考からして彼も個性が体力テストに生かせないタイプだろうか。

でも、思考的に身体強化っぽい気がするんだけど、どういうことなんだろう。

とりあえず、直前の組で透ちゃんが爆豪くんの爆風に煽られてたから、彼が素の身体能力で走るならこちらにとっても好都合だし文句はないんだけど。

 

「8秒48!」

 

緑谷くんを追いかける形でゴールする。緑谷くんは6秒92だったらしい。

普通に平和な50m走だったけど、やっぱりまずい。

このテストの感じからして、男女差なんか考慮に入れてくれないと思う。

速く走るのは苦手なのだ。私の一歩は他の人に比べて小さいし。

最下位争いに入ってしまいそうだった。

 

 

 

第2種目:握力

 

個性の使いどころはここと立ち幅跳び、ソフトボール投げだと思う。

波動を手や足に集めれば、普段よりもいい記録は出るだろうし。

他の種目は長時間使用しないとあまり意味がないから、いい記録を取ろうとすると絶対にキャパオーバーになってしまう。

 

キャパオーバーにならないように、必要最低限の波動を全身から手や腕に集めていく。

 

記録:85㎏

 

終わった後の疲労感が半端ない。

一歩間違えたらキャパオーバーで動けなくなるところだった。

テスト中にキャパオーバーで倒れたら、あの先生は絶対に除籍にすると思う。

本当に倒れなくてよかった。

そう思っていたら、緑谷くんがすごい目でこっちを見ていた。

思考を見る限りだと『波動さんまで!?』って感じだから、追い詰められてる感じなんだろうか。

50m走のこととかを考えると、どう考えてもこっちの方がピンチなんだけど。

 

 

 

第3種目:立ち幅跳び

 

踏切の瞬間に足に波動を集めてジャンプする。

 

記録:245.34㎝

 

鍛えている男子よりもちょっといいかなっていう程度の記録だった。

素の身体能力だと女子の平均のちょっと上程度しか取れない私からしたらいい記録ではあるけど、本当にまずい。

 

 

 

第4種目:反復横跳び

 

記録:55回

 

……ちっちゃい男子の視線が痛かった。

いくらなんでもあそこまでガン見されるのは嫌だ。

彼の思考はピンク色に染まってて感じ取りたくもない。

どうなってるんだあの男子は。なんで雄英のヒーロー科にあんなのがいるんだ。

 

 

 

第5種目:ソフトボール投げ

 

記録:45m

 

……うん、波動を使ってもこの程度。

これでも私にとってはすごい記録なのだ。

 

自分に言い聞かせていたら、私の次の緑谷くんが円に入って投げようとし始めていた。

なんか不良くんが『無個性のザコ』とか騒いでるけど、彼の思考からして無個性じゃなくてリスクが大きい個性なだけだと思うんだけど。

でも不良くんは本当に無個性だと思ってるっぽいし、発現が遅かったのか隠してたりしたんだろうか。

まあどっちにしても無個性ではないと思う。

 

『オールマイト……!!お母さん……!』

『出久、超カッコイイよ』

『君はヒーローになれる』

 

緑谷くんをじっと見ていると、彼の思考の他にも女の人とオールマイトの声が聞こえてきた。

彼が強く思い出している言葉みたいだった。

今もオールマイトがこっそり覗いてるし、きっと緑谷くんはオールマイトの弟子か何かなんだろう。

 

「46m」

 

「な……今確かに使おうって……」

 

「"個性"を消した」

 

絶望したような表情を浮かべる緑谷くんに、先生が話しかける。

だけど、そんなことよりもショックだったことがある。

私個性使って投げたのに、素の緑谷くんに負けたのか……

 

投げ方の問題?なんて思いながら勝手にショックを受けている私を他所に緑谷くんが2投目を投げた。

結果は705.3m。オールマイトの弟子なら納得の記録だけど、全然羨ましくない。

彼の指は異常な紫色になっていて、骨も粉々になっているんじゃないかってくらい歪んでいた。

というか、波動で見た限りだと本当に粉々になってるんだけど……あれで続けるんだ……

先生の思考から『除籍』の意思が薄れてきてるけど、まだ油断はできない。

私がビリ争いをしていることに変わりはないからだ。

 

 

 

第6種目:持久走

 

これだけは本当にだめ。

単純に苦手なのだ。

 

それなのに、私は19位でゴールした。

緑谷くんがビリだ。指の痛みのせいだろうけど、流石にちょっとかわいそうだった。

 

ただ一つ不満がある。バイクはずるいよ。私も乗せて欲しかった。

 

 

第7種目:長座体前屈

 

……

 

第8種目:上体起こし

 

……

 

 

その後は特に怪我人もなく測定は終わった。

私は握力、立ち幅跳び、ソフトボール投げが男子並み、持久走が女子の平均以下、あとは女子の平均よりちょっと上程度の記録だ。

クラスのほとんどの人が私と緑谷くんをちらちら見てる。

どっちかが最下位だっていうのは皆察してるみたいだった。

 

 

「んじゃ、パパっと結果発表」

 

先生の後ろにホログラムの画面が表示された。

 

「ちなみに除籍は嘘な。君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

 

「「「はー-----!!!!??」」」

 

先生の告げたその言葉は、皆を驚愕させるには十分だった。

皆それだけ本気でやっていたのだ。

 

「あんなのウソに決まってるじゃない……ちょっと考えれば分かりますわ……」

 

八百万さんがそんなことを言ってるけど、思考が見えていた私にはそうは思えなかった。

そのせいもあって、緑谷くんに保健室利用書を渡して去っていく先生を見つめながら、思わずつぶやいてしまっていた。

 

「……嘘つき……」

 

「瑠璃ちゃんも私もドキドキだったもんね!もー!先生酷いよー!」

 

透ちゃんが同意してくれるけど、私の言いたいことはそういう意味じゃない。

 

「違う……そういう意味じゃない……先生、途中まで本気だった……」

 

「え?本気って……」

 

「本当に……最下位を除籍にするつもりだった……変わったのは……緑谷くんのソフトボール投げを見てから……多分……可能性を感じなければ……問答無用で除籍にしてた……」

 

透ちゃんの他にも、私の発言が聞こえるくらい近くにいた子たちが絶句しているのが分かる。

でもこの先生はそういうことをする先生だっていうのは、皆も知っておいた方がいいと思った。

 

個性把握テスト

17位 葉隠透

18位 峰田実

19位 波動瑠璃

20位 緑谷出久




原作でも葉隠>峰田>緑谷になっているのでこの順位にしました。
緑谷が持久走で最低点を取っていたとしてもソフトボール投げは間違いなく満点。
他の緑谷の記録は普通に男子の身体能力としてもそこそこのものが取れています。
それを超えてきた葉隠、峰田は基本が女子平均の瑠璃よりも上と判断しています。
緑谷に関しては、
50m走     緑谷>瑠璃
握力       緑谷<瑠璃
立ち幅跳び    緑谷<瑠璃
反復横跳び    緑谷>瑠璃
ソフトボール投げ 緑谷>>>瑠璃
持久走      緑谷<瑠璃
長座体前屈    緑谷<瑠璃
上体起こし    緑谷=瑠璃?(怪我の痛み次第で>にも<にもなる)
と仮定して総合点はギリギリ瑠璃の勝ちと判断しています。


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コスチューム

2日目になった。

昨日家に帰ったあと、お姉ちゃんに友達ができたことを伝えたら大喜びで抱きしめられた。

外はもう暗いのにお祝いなんて言ってケーキを買いに行こうとするお姉ちゃんを必死で止めて、そのまま一緒に夕食を食べて就寝したのだ。

 

昨日言われた通りヒーロー科は本当にガイダンスなんてやらないみたいで、今日から授業が始まっている。

午前中は普通の授業だった。

先生がヒーローだから変わった授業になったりするのかななんて考えたりもしたけど、本当にごくごく普通の授業だった。

 

前の席の不良くんもとい爆豪くんのこともちょっと警戒していたけど、『くそつまんね』とか思ってるくらいで授業は真面目に受けてて安心した。

流石に倍率300倍を超えられただけあって、不良は不良でも勉強もできる不良だったらしい。

 

お昼は透ちゃんと一緒に食堂で食べることにした。

席を探していると、麗日さんと緑谷くん、飯田くんがいる机が空いていたから相席させてもらうことにした。

 

ランチラッシュのメシ処。安価で一流の色んなメニューを食べられるすごい所、らしい。

緑谷くんがかつ丼、飯田くんがカレー、麗日さんが肉じゃが、透ちゃんがラーメン、私はそばにした。

どのメニューも甲乙つけがたいくらい美味しそう……

これからは毎日ここで食べれるんだから、いろんなのを頼んでみようと心に決める。お姉ちゃんに作る食事の参考になりそうだし。

 

それにしても……透ちゃんは食べ物を口に入れた瞬間に見えなくなってるけど、どういう仕組みなんだろう。

彼女の身体の中に入った瞬間に食べ物の波動も透視しないと見えなくなってるし、皮膚が光を透過するとかそういう仕組みなんだろうか。

でもそれだと髪の毛が見えないのも食べたものが見えないのもおかしい。うん、よく分からない。

 

そんなことを考えていたら、なぜか食堂をまわっているランチラッシュがやってきた。

ランチラッシュに会えたことに感動したのか緑谷くんがすごい早口でブツブツと何かを言っている。ちょっと怖い。

 

「白米に落ち着くよね、最終的に!」

 

「落ち着く」

 

麗日さんは麗日さんでお米を食べながら同意していた。好きなんだろうか、お米。

 

「麗日さん……お米……好きなの?」

 

「ん?うん!特に好きなのはおもちだけどね!」

 

おもち。

うん。おいしいよね、おもち。私はあんまり食べないけど。

 

「おもちには無限の可能性があるんだよ!おもち1個でもごはんにできちゃうし、アレンジも効くの!醤油でしょ、海苔でしょ、海苔お醤油マヨネーズでしょ、バター醤油でしょ、砂糖醤油でしょ、きなこでしょ、納豆でしょ、納豆キムチでしょ、納豆キムチマヨネーズでしょ、大根おろしでしょ、お雑煮でしょ、お汁粉でしょ、チーズでしょ」

 

「す、すごいね……そんなにあるんだ」

 

麗日さんがおもちを語り出したら止まらなくなってしまった。

緑谷くんがちょっとびっくりしてるけど、さっきまでの緑谷くんも同じようなものだったからと心の中で突っ込みを入れておく。

そんなことを考えていたら、飯田くんが実際に突っ込みを入れていた。

この3人の中では飯田くんは完全に突っ込み役のようだった。

それにしても、おもちがそこまでアレンジの効く食材だとは思ってなかった。

今後の料理のレパートリーに加えるのもありかもしれない。

 

「甘いのも意外といけるんだよ、チョコとか」

 

チョコおもち……おいしそうかもしれない。今度試してみたい。

 

「チョコおもち……おいしそうかも……作り方とか教えて欲しい……」

 

「もちろん!あとで教えるね!」

 

「瑠璃ちゃん、よりによってそれを選ぶんだね。味が想像できないんだけど」

 

透ちゃんが若干引いているけど、甘いものはそれだけで正義なのだ。

チョコおもち……チョコの甘さとおもちのもっちり感が合わさって美味しくなりそうな予感がする。

 

そんなこんなで楽しく話しながら食事を終えた。

最終的に麗日さんのこともお茶子ちゃんって呼ぶくらいには仲良くなれた。

学校で友達と楽しくご飯を食べられるなんて、すごく久しぶりな気がした。

 

 

 

 

そして―――

 

「わーたーしーがー!!」

 

午後の授業、『ヒーロー基礎学』。

午後の5限から7限までの約3時間を使って行う、ヒーロー科限定の一番単位の多い授業の時間になった。

 

「普通にドアから来た!!!」

 

HAHAHAHAなんていう笑い声を響かせながら、担当教師であるオールマイトが入ってくる。

不動のNo.1ヒーローであるオールマイトの登場に、皆は歓声があげていた。

私の感想としては、相変わらず画風が違うのは迫力がすごいなぁって感じだ。

私みたいに冷めた感想抱いてる生徒は他にはいない。

皆は大興奮でコスチュームについてとか、いろんなことを話し出していた。

 

「早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!」

 

オールマイトがBATTLEと書かれたプレートを掲げながら宣言する。

その瞬間、目の前の爆豪くんの思考がすごく物騒になって思わず目を逸らす。

目を逸らしたって思考が見えなくなるわけじゃないけど、気分的にそうしたかった。

波動の感じからして、表情もだいぶ凶悪な感じになってるし。

 

「そしてそいつに伴って……こちら!!!入学前に送ってもらった「個性届」と「要望」に沿ってあつらえた……コスチューム!!!」

 

「「「おおお!!!」」」

 

オールマイトが手に持っているリモコンを操作すると、壁からガコッという音が響く。

壁から迫り出してきた棚には、出席番号と思わしき数字が刻まれたアタッシュケースが20個並んでいた。

 

「着替えたら順次、グラウンド・βに集まるんだ!!!」

 

「「「はーい!!!」」」

 

 

 

場所は変わって女子更衣室。

皆早速ケースを開けて説明書を読んでいる。

説明書を読み終わった子から順番にコスチュームに着替え始めていた。

 

自分の準備が終わったから周りを見ると、すぐにびっくりさせられることになった。

隣には透ちゃんがいたんだけど、そこには手袋と靴をつけているだけの、人型の波動が居たのだ。

波動の形がぱっと見で全裸に手袋とブーツでしかないんだけど、これが意味することは、つまり……

 

「えっと……透ちゃん……?それ……ボディースーツとかじゃないよね?もしかしなくても……裸……?」

 

「うん!そうだよ!」

 

「やっぱり……その……本当にそれでいいの……?」

 

「うん!本気を出すときは手袋もブーツも脱ぐよ!!」

 

「そ、そっか……」

 

確かに透明人間としてはそれで正しいのかもしれない。

だけど女の子としてはどうなんだそれは。

 

「瑠璃ちゃんのそれは犬耳?それに尻尾も!」

 

「うん……多分犬耳なのかな……要望には書いてなかったんだけど……勝手に足されちゃって……」

 

「それつけてる瑠璃ちゃん、可愛いからいいと思うよ!!」

 

全体的に青のぴっちりボディスーツなのはいい。これは要望通りだ。

スーツに関してはお姉ちゃんに合わせてるから、ぴっちりボディスーツなのも承知の上で希望してる。

黒を差し色としてところどころ混ぜてくれているのもセンスがいいと思う。

胸元もクリーム色のふさふさの毛みたいなので覆って恥ずかしさを軽減してくれてるし。

 

だけど頭につけるこれは何だろう。

犬耳?にしてはカチューシャには耳だけでなく頭の後ろに垂らすよく分からない雫みたいな形のものが4つくっついている。

さらに腰あたりに着けるようになっている青い尻尾みたいなの。これも要望に書いていない。

あと両手の甲についてる棘みたいなの。これもよく分からない。

飾り?なにか機能があるのだろうか。

時間がなかったから説明書は流し読みしかしていないけど、少なくともすぐに見つけることはできなかった。

デザイナーのこだわりだろうか。もうちょっと細かく要望を書いておくべきだったか。

 

他の皆も着替え終わったみたいだった。

芦戸さんはまだら模様のコンビネゾンにファー付きのベスト。

お茶子ちゃんは宇宙服風のぴっちりボディスーツ。

梅雨ちゃんは緑色のボディスーツ。

耳郎さんはロックな感じ。顔にペイント風のメイクもしている。

透ちゃんは言わずもがな。

八百万さんは露出が多いセクシーな感じだ。

うん、皆可愛い。

 

「パツパツスーツんなった」

 

「ん……でもそのスーツ……かわいいからいいと思う……」

 

お茶子ちゃんは恥ずかしそうにしている。

どうやら意図していないのにパツパツスーツになったらしい。

 

「ケロ……透ちゃん……それ……もしかしてブーツと手袋だけなのかしら?」

 

「透明人間だからね!瑠璃ちゃんにも言われた!百ちゃんも結構攻めてるよね!」

 

「そうでしょうか?これでも要望よりも布面積が増えているのですが……」

 

八百万さんも、透ちゃんには及ばないけど、すごいセクシーなコスチュームだと思う。

八百万さん自身が綺麗な人だからあのコスチュームでも全然大丈夫だけど、絶対に人を選ぶコスチュームだ。

 

そんな感じで話していると、耳郎さんの方から若干暗い思考を感じた。

そっちに目を向けると、表情には出していないけど、耳郎さんの視線が八百万さん、お茶子ちゃん、私の胸に集中している気がした。

すぐに納得して気にしないようにする。

友達がいなかったからあんまり気にしたことはなかったけど、これはデリケートな話だ。

 

というか大きさだけで言ったら透ちゃんもすごい。全く見えないけど。

あの大きさで裸ってやっぱり危ない。男子と接触しないように注意を促さないと……

あれ?というかお姉ちゃんから聞いてた通形さんのコスチュームって……

 

「ねぇ……透ちゃん……個性が影響するコスチュームって……作れないの……?」

 

「え?作れるの?」

 

「一昨年の体育祭で騒ぎになった……全裸の人……体育祭以外で全裸になってるなんて聞いたことない……Mt.レディとかも……コスチューム破れてるの……見たことない……」

 

「い、言われてみれば確かに!!」

 

透ちゃんが目から鱗とでも言うかのように目を見開いて驚愕している。

今日は仕方ないにしても先生に相談しに行くべきだろう。

同性で話しやすそうなミッドナイト先生あたりに相談してみればいいだろうか。

放課後に一緒に相談しに行こうかな。提案すれば嫌がらないと思うし。

 

こうして話してても、女子は皆裏表がないいい子ばっかりだ。この子たちなら安心して話せる。

男子もそうなのかもしれないけど、まだ深くは話してないからそっちはなんとも言えないし。

 

ただ峰田くんとだけはあんまり関わりたくない。なんなんだろうあの性犯罪者も真っ青なピンク色の思考は。

というかクラスメイトを種にそういう妄想をするのはどうかと思う。

午前中、授業中に何考えてんのって切れそうになるのを必死で我慢してた私を褒めて欲しい。

 

その後もお互いに褒め合いながら、指定されたグラウンド・βに女子皆で向かった。



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戦闘訓練(前)

グラウンド・βは、入試の時の市街地のようなビルがたくさん並んでいる演習場だった。

入口で男子たちが集まって待ってくれていたようだ。

合流してから、皆でまとまってグラウンドに入った。

 

「さあ、始めようか有精卵ども!!!戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

グラウンドに入るとオールマイトが出迎えてくれた。

それを他所に、なんか後ろの方で『ヒーロー科最高』とかいう思考と言動が完全に一致した妄言が聞こえるけど気にしない。

緑谷くんもお茶子ちゃんのパツパツスーツに目を奪われてるみたいだけど、彼のそれには別に不快感はない。

緑谷くんのはただの健全な青少年の反応だ。そこまで否定するつもりはない。

 

「いいじゃないか皆、カッコイイぜ!!」

 

オールマイトはコスチュームを褒めてから授業の説明を始めた。

 

質問を捌ききれずに震えたりルール説明にカンペを使い始めたりする、新米教師としてのNo.1ヒーローの姿にちょっとほっこりする。

 

つまり要約すると……

ヴィラン組とヒーロー組に分かれて行う2対2の屋内戦。

ヴィランは核兵器を所持していてヒーローはそれを処理しようとしているという状況設定。

ヒーロー組の勝利条件は、核兵器の確保か、ヴィラン役2人を確保テープを巻いて捕まえること。

ヴィラン組の勝利条件は、制限時間まで核兵器を守りきるか、ヒーロー役2人を確保テープを巻いて捕まえること。

チーム、対戦相手、役回りは全てくじで決めるらしい。

 

抽選の結果、私は透ちゃんとペアになった。

うん、すごい偶然だ。これは運命かもしれない。

きっと私たちは友達になるべくして出会ったんだ。

透ちゃんも大喜びではしゃいでいる。私も嬉しい。

 

お茶子ちゃんも緑谷くんとペアになったらしい。

緑谷くんに「縁があるね!」なんて無邪気に話しかけて喜んでいた。可愛い。

 

オールマイトがくじを引いて、1試合目の組み合わせが決まった。

その結果、1試合目はヒーロー:緑谷くん、お茶子ちゃん VS ヴィラン:爆豪くん、飯田くんになった。

 

モニタールームに移動して画面を見る。

やっぱりというべきか、画面越しだと波動は見えない。

そんな画面をぼんやり眺めていると、訓練がスタートした。

 

オールマイトは張り切って採点の準備をしている。

だけど思考では『緑谷少年!!ここではあくまで一生徒。成績はひいき目なしで厳しくつけるからな!!』とか緑谷くんを思いっきり意識してる。

この思考からしても、緑谷くんはオールマイトの弟子ということで間違いなさそうだ。

言うと面倒くさいことになりそうだから言わないけど。

 

「すげぇなあいつ!!"個性"使わずに渡り合ってるぞ、入試一位と!」

 

皆は歓声をあげながら訓練を見ている。

奇襲を仕掛けた爆豪くんをいなして、そのまま個性なしで爆豪くんと張り合い続ける緑谷くんの姿を見て盛り上がっているみたいだった。

 

ただ、これは見ていて気持ちのいいものじゃない。

爆豪くんの表情を見れば波動が見えなくても分かる。これはただの私怨だ。

しかも、本来なら機動力に優れた飯田くんが前衛に出るべきなのに爆豪くんだけ出てきているこの状況。

爆豪くんが私怨丸出しで暴走したってことだろう。

 

「なんかすっげーイラついてる、コワッ」

 

『爆豪少年は緑谷少年から聞いた感じ自尊心の塊なんだろうが、肥大化しすぎてるぞ……ムムム……!』

 

上鳴くんの言う通り。授業の、訓練でするような苛立ちじゃない。

オールマイトもムムムとか考えてる場合じゃない。早く止めるべきだと思う。

じゃないと取り返しつかないことになるかもしれない。

 

そんなことを考えていたら、案の定爆豪くんは訓練で人に向けて撃っていいような威力じゃない兵器を撃ちだした。

オールマイトが『みみっちいというかなんというか』なんて考えてるから一応は気を付けてる部分はあったんだろう。

だけど緑谷くんが不意に予想しない方向に動く可能性とか考えないんだろうか。

一歩間違えたら手とか足が吹き飛んでてもおかしくなかったと思うんだけど。

 

『止めるべき……!!だが……止めてあげたくない……!!』

 

止めるべきだと分かっているのに止めないのはどうなんだ。

『きっと君の見据える未来に、これは必須なんだろう!?』とか考えちゃうのもどうなんだろう。

弟子の緑谷くんを成長させたいのは分かるけど、授業では教師としての一線をちゃんと引くべきだと思う。

 

結局、緑谷くんが爆豪くんを出し抜いて、お茶子ちゃんが核を奪取。ヒーローチームの勝ちになった。

だけどこれ、正直あまりいい試合とは思えない。

 

私怨丸出しで作戦なんて関係なしの爆豪くんの暴走。

彼はヴィラン役だから建物の破壊に関しては目を瞑るにしても、暴走は擁護のしようがない。

彼と相対した緑谷くんも、勝つためとはいえ自分の腕と建物の破壊を敢行して最終的に保健室送りになっている。

最後の建物破壊は本当に危ない。

直前に上の階の状況確認をしてないから、知っていたお茶子ちゃんは大丈夫でも飯田くんには直撃する可能性だってあった。

核に当たっていた可能性すらあったのだ。

お茶子ちゃんも気の緩みで噴き出しちゃって見つかったり、核に向けて凄まじい速度で瓦礫を打ち出したりしていた。

訓練だからいいけど、これが現実の事件だったらどれも危険極まりない蛮行だ。

 

その後はモニタールームで講評に移った。1回1回こうやって講評をするつもりらしい。

 

「まぁつっても……今戦のベストは飯田少年だけどな!!!」

 

「なな!!?」

 

「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」

 

「なんでだろうなぁ~~~~?分かる人!!?」

 

オールマイトが風を切る勢いで手を振り上げ意見を募る。

それに対して、八百万さんがすかさず挙手して意見を言い始めた。

 

「それは飯田さんが一番状況設定に順応していたから。爆豪さんの行動は戦闘を見た限り私怨丸出しの独断。そして先ほど先生も仰っていた通り屋内での大規模攻撃は愚策。緑谷さんも同様ですね。麗日さんは中盤の気の緩み。そして最後の攻撃が乱暴すぎたこと。ハリボテを核として扱っていたらあんな危険な行為はできませんわ。相手への対策をこなし且つ"核の争奪"をきちんと想定していたからこそ、飯田さんは最後対応に遅れた。ヒーローチームの勝ちは「訓練」だという甘えから生じた反則のようなものですわ」

 

私が言いたかったことも大体言ってくれた。

その完璧な回答にオールマイトが震えながら『思ってたより言われた!!!』とかびっくりしている。

カンペの件もそうだけど、ところどころで新米教師感が滲み出てるな。

 

「ま、まぁ……飯田少年も固すぎる節はあったりするわけだが……まぁ……正解だよ、くぅ……!」

 

「常に下学上達!一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!」

 

流石推薦入学者。意気込みもすごい。

ただ、その服装で胸を張るのはやめた方がいいのでは……

 

 

 

講評が終わって2試合目のくじ引きになった。

その結果……

ヒーローチーム:障子くん、轟くん VS ヴィランチーム:透ちゃん、私

 

 

 

さっき使ってたビルは壊れちゃったから、別のビルが訓練場所になった。

ビルの4階の広間まで移動して、作戦会議を始めてしまう。

 

「透ちゃんの個性は……透明人間だよね……?」

 

「うん!そう!今日は私本気出しちゃうよ!手袋もブーツも脱ぐ!だから奇襲なら私に任せて!」

 

透ちゃんが鼻息荒くうおー!!とか言いながら、手袋とブーツをぽいぽい脱いでいく。

私視点完全に全裸の人型が見える。身体のラインばっちり見えちゃってるよ……

 

「瑠璃ちゃんの個性って何?身体強化?」

 

「違う……私の個性は……波動……人とか……物が放つ波動を見ることができる……」

 

透ちゃんはきょとんとしながら不思議そうにしている。

多分あんまり分かってないな。思考からして疑問符が飛んでるし。

 

「波動?」

 

「そう……波動……人は……大なり小なり波動を宿してるんだよ……オーラみたいなの……それが見える……」

 

「えーと……つまり……私も見えてる?」

 

そう言ってから、透ちゃんは確認するためなのか音を立てないように私の後ろに移動した。

 

「うん……今私の後ろに回り込んだのも……ばっちり見えてる……」

 

ちゃんと分かっているのを示すために、今透ちゃんがいる方向に向き直る。

 

「おー!!本当に見えてる!!すごいね!感知系の個性ってことか!」

 

「ん……自分の身体の波動も見えるから……波動を一部に集中させて簡易的な身体強化もできるけど……本質はこっち……目を閉じてても波動を感じられるから……周囲の波動で状況を確認できる……壁越しに波動の透視もできるよ……大体、半径1kmは周囲を感知できる……」

 

「すごいすごい!高性能レーダーだ!入試の時はそれで私を見つけてくれたんだね!!」

 

「ん……そう……崩れる瓦礫の下の方に……人型の波動が見えたから……」

 

私が返答すると、少し間を置いてから透ちゃんが身体を隠し始めた。

 

「ね、ねぇ。その波動って、どうやって見えるの?人型って言ってたけど……」

 

「……その……人だと大体身体の形に沿って波動が見える……だから……今の透ちゃんだと……身体の形がばっちりと……」

 

流石に申し訳なくなって目を逸らしながらそう伝える。

形だけとはいえ、全裸を見られていたことに気が付いたのかいよいよ透ちゃんが大事なところを完全に隠した。

 

「う、うわー!?ごめんね変なの見せて!?私も見られる恥ずかしさ味わうの初めてだよ!!?」

 

「ん……透ちゃん……綺麗な身体だから……大丈夫……だけど……コスチュームは……やっぱり着た方がいい……」

 

「き、綺麗ってそんな……」

 

見えない透ちゃんだからこそ、身体とか容姿は褒められ慣れてないらしい。

パタパタと手を振ったりしてて、すごい恥ずかしがっているのがよく分かる。

 

「きれいだよ……顔もとっても可愛いし……髪も……見えないのにちゃんとお手入れしてる……すごい……」

 

「そ、そんなー!言いすぎだよぉ!」

 

やっぱり誰にも褒められたことがなかったんだろう。

全身から喜びが滲み出ていた。

 

「ん……で、作戦なんだけど……」

 

私が話を切り出すと、透ちゃんも真剣に話し合う姿勢に戻る。

私たち二人とも身体能力はほぼ普通の女の子だから、普通にやったら絶対勝てない。

勝ちの目があるとすれば、私が索敵して透ちゃんが奇襲を仕掛ける方法くらいか。

 

「やっぱり……奇襲しかないと思う……」

 

「やっぱりそれしかないよねぇ」

 

「私が来そうな部屋を伝えるから……透ちゃんが気配を消して……奇襲で確保テープを巻くのがいいと思う……」

 

透ちゃんも私の個性を聞いてそれが1番だと思っていたのか、しきりに頷いていた。

 

「じゃあ私の本領発揮だね!任せて!」

 

「ん……頼りにしてる……それで……注意なんだけど……」

 

対戦相手の障子くんは腕がいっぱい生えている人。

手の代わりに口を出しているのを見たことがあるから、腕から身体の一部を生やせるんだと思う。

轟くんは思考の端々からNo.2ヒーローエンデヴァーへの憎悪が滲んでくる。

エンデヴァーのことを『クソ親父』とか考えてるのも聞いたことがあるから、親子なんだろう。

個性把握テストでは氷ばっかり使ってたけど、多分炎も使えると思う。

ただ、思考とか感情が読めることは透ちゃんにも言いたくない。

だから、この中で教えても大丈夫な情報は……

 

「障子くん……いっぱい生えてる腕に……口生やしてた……耳とか目も……生やせると思う……物音とかにも敏感かもしれない……だから……奇襲するとき……注意した方がいい……」

 

「確かにそうかも!ありがとう!気を付けるね!」

 

一応言っておくと、相手の作戦会議中の思考を読むなんて卑怯な真似はしてない。

透ちゃんの思考を集中して読むことで、意図的に気にならないようにしていた。

代わりに透ちゃんの思考は深いところまで読んじゃったけど、本当に裏表がない素直ないい子だ。

お姉ちゃん以外では初めて見たくらい正直な子がこのクラスは多くて安心できる。

 

「私も一緒に当たれれば……おとりになるようにするから……がんばろ……」

 

「うん!一緒にがんばろー!」



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戦闘訓練(後)

そして、訓練が始まった。

 

すぐにビル全域を透視しつつ1階入り口の方の波動を集中的に感知する。

轟くんが入口近くの廊下を歩いていて、障子くんが入口の方に向かってる……?

轟くんの思考は……『ビルを凍らせる』、『危ないから出とけ』……?

彼の身体の波動、その右側だけが揺らぐ。

それと同時に、周囲の壁が凍り始めてる!?

まずい!!

 

「透ちゃん……私が合図したら全力でジャンプしてっ……!!」

 

「え?え?どういうこと!?」

 

「いいからっ!」

 

もう3階の天井まで氷が迫ってる。

時間がない。

 

「今っ!!!」

 

「は、はい!!」

 

透ちゃんと2人で飛び上がる。

その瞬間、部屋の中が足元から一気に氷に包まれた。

ジャンプして浮いてた私と透ちゃんは大丈夫だったけど、核は凍り付いちゃってもう動かせそうにない。

 

「つめたっ!?凍っちゃったよ!?これ轟くん!?」

 

「ん……そう……轟くんの周囲から……壁が凍り始めたのが見えたから……怒鳴ってごめんね……」

 

「そんなのいいよ!瑠璃ちゃんが教えてくれなかったらこれだけで動けなくなるところだった!」

 

透ちゃんが脱いでいたブーツと手袋も凍ってしまっていた。

足が冷たそうだけど、我慢してもらうしかなさそうだ。

 

「透ちゃん……足、冷たいと思うけど我慢できそう……?私……スーツもあるからブーツ貸そうか…?」

 

「大丈夫!ブーツも、瑠璃ちゃんが履いといて!」

 

思考からして、私のブーツを履いたら私が冷たい思いをすることになるってことと、透明である利点が薄れるのが嫌らしい。

大丈夫っていうのもやせ我慢っぽいけど、本人が大丈夫っていうなら信じよう。

 

「そっか……氷、尖ってる所とかもあるから……気を付けてね……」

 

「ありがと!気を付ける!」

 

透ちゃんの返答を聞いてから、もう一度ヒーローチームの方に集中する。

障子くんが轟くんに通信機で話しかけてる?

思考は……『2人とも動いている』『4階の北側の広間にいるのは変わってない』

これ、障子くんも感知できてる。

しかも場所の詳細までバレてる。波動の形を見る限り腕には耳が付いてる。

音で聞き分けてそうだ。

透ちゃんの耳元に顔を近づけて囁くように話しかける。

 

「透ちゃん……動きを見る限り……私たちが凍ってないのも……ここにいるのもバレてる……」

 

「え!?」

 

「障子くんの腕に……耳がついてる……多分音で聞き分けてるんだと思う……潜伏するときは……音を立てないようにしないとだめ……」

 

「そ、そっか。じゃあ話すのも小さい声にした方が良さそうだね」

 

すぐに意図を察して、透ちゃんも小声で返事をしてくれる。

 

「場所はバレてるけど……良い点もある……凍らせるときに障子くんを1回外に出したおかげで……轟くんが突出してる……合流もしてない……ここで透ちゃんが気配を消して潜伏できれば……障子くんも慎重にならざるを得ないと思う……」

 

「そうだね!じゃあ私が本気出しちゃうよ!」

 

障子くんは建物が凍ってるせいか慎重に歩いているのに対して、轟くんは普通に歩いてここに向かってる。

合流しようとしない限り同時に来るなんてことはない。

すごい個性を持ってて、自分の個性が嫌いであると同時に自信もあるみたいだけど、そのおかげで勝ちの目が残っている。

同時に来られたら勝ち目なんてなかった。

 

「ん……先にここに来るのは轟くんだから……私がここで囮になる……透ちゃんは入口あたりで潜伏して……隙を見て確保テープを……」

 

「分かった!じゃあ私完全に潜伏するために一回通信機外すわ。こんなことできちゃう轟くんが相手だから、瑠璃ちゃんも気を付けてね」

 

身に着けているものを全部外して完全に見えなくなった透ちゃんは、息を殺しながら入口付近に移動して、足も動かさなくなった。

凍った床に裸足で立っているなんて辛いはずなのに、文句も言わずに賛同してくれた。

透ちゃんのためにも、頑張って囮しないと。

 

 

 

部屋に轟くんが入ってくる。

障子くんは今3階に入ったところ。透ちゃんの気配を感知しにくくなってさらに慎重に進んでいるようだった。

透ちゃんも足を一歩も動かさずにそのまま気配を消してくれている。

透ちゃんの足元の氷が人の足の形に少し溶けてきてるけど、よく見ないと気付けない。

彼は表情を動かさずにまっすぐ私を見てるから、今のところ気が付いていなそうだ。

 

「障子が通信で言ってたが、本当に凍らなかったんだな」

 

「これでも私……入試次席……この程度でやれるなんて……思い上がりもいい所……」

 

透ちゃんに気付かせないように、尊大に、誇張して、煽りつつ話しかける。

今の私はヴィラン。この言動もなんの問題もないはず。

そして、私は今核の真ん前に立っている。

これで安易な遠距離攻撃はできないはずだ。

 

「あなたの氷もすごいけど……私には核がある……これを爆発させたくなかったら……慎重に行動してね……」

 

「……」

 

轟くんがこちらを睨んでくる。

1試合目の講評で、お茶子ちゃんの行動が批判されたことを思い出しているみたいだ。

核に衝撃を与えたら爆発するかもしれないことに思い至ってくれたらしい。

 

さらにまだお互いの個性の詳細を把握してないことを利用して、次席であるという事実を伝えて実力があると誤認させている。

実際に必殺の一撃と思って放った最初の氷を捌かれてるから、多少の説得力はある。

私を警戒せざるを得ないだろう。

 

もう少し興奮させてあげたら周囲への警戒なんて吹き飛びそうだ。

 

「ねぇ……轟くんって……エンデヴァーの息子……?」

 

エンデヴァーの名前を出した瞬間、彼の表情が変わった。

憎悪に燃える表情。思考も憎悪一色に染まっている。膨れ上がる負の感情が不愉快ではあるけど、これ以外にこの場で興奮させる手段を思いつかない。

 

「エンデヴァーの苗字……轟だったはず……それに……エンデヴァーの息子が雄英に入ったって……噂になってる……」

 

「……何が言いたい」

 

取り繕ってるけど、表情も思考も冷静さを保ててない。

やっぱり煽るならここだなと確信する。

そして同時に、このやり取りを聞いていたらしい障子くんがこちらにまっすぐ向かい始めたのも波動で見えた。

どうやら、透ちゃんを気にするよりも先に合流することを選んだらしい。

 

「轟くんの個性……本当に氷だけなの……?他にも使えるんじゃない……?例えば……炎とか……」

 

そういって私は煽るようにニヤリと笑う。

彼は入学してから氷しか使っていない。だけど、思考を読んでいる限り炎が使えるはずなのだ。にも関わらず使っていないのは、エンデヴァーへの憎悪が関係しているはず。

そんな私の言葉を聞いた瞬間、彼はさらに表情を憎悪に歪め、『あの野郎の炎なんか』とか『戦闘において左は絶対に』とか考えている。

 

なるほどね。

個性を使った時の波動、右半身しか揺らがなかったのはそういうことか。

つまり、炎は左半身、氷は右半身じゃないと使えないってこと。

これなら……

 

「ふふ……あなたを見てれば分かるよ……氷出してるの……右半身だけだよね……左半身は……なんで使わないの……?」

 

透ちゃんにもそれとなく左からは氷が出ないよーとアピールしておく。

 

「もしかして……左からは炎が出るの……?炎、使いたくないんだ」

 

そこまで言ったところで彼は親の敵でも見ているかのような視線で睨んできた。

 

「お前には……関係ないっ!」

 

ここかな。

そう思った私は足に波動を集中させる。

 

「俺はっ……!」

 

波動で強化した足で地面を思いっきり蹴って一気に彼の懐に潜り込む。

当然轟くんもこれには反応できる。

すぐに右手をこっちにかざして対応してきた。予想通りの動きだ。

そのまま左肩を掴まれて、掴まれたところから氷が広がって私の上半身をほぼ凍らされてしまう。

でも、狙いはそこじゃない。

障子くんがようやく部屋についたみたいだけど、ちょっと遅い。

 

「轟!!後ろだ!!」

 

障子くんの声でようやく背後に透ちゃんがいることに気が付いたらしい。

慌てて対応しようとしてるけど、右手は私の方を向いていた。

上半身を捻って凍らせようとしたところで、透ちゃんが轟くんの左腕に確保テープを巻いた。

 

「確保ーっ!!!」

 

「なっ!?」

 

私が行動不能になった代わりに、轟くんの確保には成功した。

一矢報いたからちょっとすっきり。

 

でも、できたのはここまでだ。

 

『ヒーローチーム、WIIIN!!!』

 

その後は呆気なかった。

私は凍らされてて何もできない。

居場所がばれた透ちゃんは為す術なく障子くんに確保されてしまった。

私たちの敗北を告げるオールマイトの声が、辺りに響き渡っていた。



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講評と放課後

終了の合図を受けて、渋い表情をした轟くんが私の方に近づいてきた。

触れられたくなかったであろう部分を煽った自覚があるから流石に気まずい。

謝っておこう。

 

「ごめんね……轟くん……煽ったりして……あれくらいしか思いつかなくて……」

 

「いや……波動はヴィラン役として、できることをしただけだ。それに乗せられて周囲が見えなくなった俺が未熟だった……」

 

轟くんは相変わらず苦々しい表情をしていたけど、左手から炎を出してゆっくりと私の上半身の氷を溶かし始めてくれた。

 

「もう限界!もう無理!冷たい!足痛いよ!!私もあったまらせてっ!!」

 

その炎を見た透ちゃんも我慢の限界だったのか、私の隣に来て轟くんの炎で暖を取り始めた。

 

「透ちゃん……足、大丈夫……?凍傷とかになってない……?」

 

「うぅ、痛いから多分なってると思う……」

 

「悪かった……」

 

透ちゃんの言葉を聞いて轟くんが謝る。

表情は変わっていないのに内心はすごい申し訳なさでいっぱいになってるな。

透ちゃんだけじゃなくて、私の上半身を凍り付かせたのも気にしてるみたいだった。

感情が表情に出にくいのかな?

 

「ううん!裸足で氷の上に立ってたのは私だから!轟くんは悪くないよ!」

 

「ん……私の方も……煽った挙句突っ込んだんだから……自業自得……気にしないで……」

 

自分たちが選んだ方法の結果だ。

こっちは一切気にしてないし、轟くんのせいだなんて思ってない。

そのことを伝えると轟くんも納得したようだった。

 

そのまま5分くらい温めてもらって氷が溶けて動けるようになった。

ちょうどそのくらいでオールマイトがやって来た。

オールマイトが透ちゃんと私の怪我の具合を確認してくれる。

透ちゃんは見えないから完全に自己申告でしかないけど。

その結果は、ひとまずは問題なさそうだけど、授業の後でいいから念のためリカバリーガールに見てもらうように指示を受けた感じだった。

 

「よし!怪我の確認も終わったし、講評の時間だ!モニタールームに戻ろう!」

 

 

 

「今戦は甲乙つけがたい素晴らしいものだった!そんな中でのベストは波動少女だ!」

 

「轟か波動のどっちかだとは思ってたけど波動かー」

 

「あの感知とかすごかったものね」

 

皆の視線が私に集中してちょっと恥ずかしい。

 

「さーて、なぜか分かる人!!?」

 

オールマイトが皆に問いかける。

それに対してやはりと言うべきか、すぐに八百万さんがまっすぐ手を上げた。

当てられた八百万さんは、私たち4人への見解を述べ始めた。

 

「まず波動さん。轟さんの個性を見切り、その後の動向を察知した感知能力、核やブラフを利用した思考誘導や、興奮させることで轟さんの意識から葉隠さんを完全に消し去ったことなど、お見事でした。ただ、確保するためとはいえ、轟さんに固執して捨て身の特攻をして行動不能になった部分は減点ですね」

 

「次に葉隠さん。気配すら消した完璧な潜伏と、隙を見逃さず轟さんを確保した手腕は素晴らしいです。減点に関しては波動さんとほぼ同じですわね」

 

「障子さんも、2人の居場所の把握、轟さんの個性が避けられたことの察知など素晴らしい感知能力でした。ですが、その能力に頼りすぎた結果、葉隠さんの気配が消えたことを警戒しすぎてしまったせいで合流が遅れ、轟さんの確保につながってしまいました。訓練ではなく本物のヴィランだった場合、轟さんを人質にされる可能性もあったはずです」

 

「そして轟さん。波動さんが居なければ初撃で全てが決まっていた氷撃、行動不能にできずともビル全体を凍らせたことでヴィランの行動を制限した点は、素晴らしいの一言に尽きます。核を動かせないという事実と障子さんの感知能力が合わさって、ヴィランチームは籠城せざるを得なくなっていました。減点は、煽られた結果周囲への警戒がおろそかになり確保されたこと」

 

つらつらと八百万さんが述べていく。

オールマイトは『ま、またしてもっ!!!』とか考えている。

八百万さんがいる限り挙手での分析は彼女の独壇場になるだけな気がするから、別の方法を考えた方が良さそうだ。

新米教師オールマイトには辛いかもしれないけど、頑張って欲しい。

 

「4人とも役割に沿って動き、素晴らしい点と改善点を併せ持っています。誰がベストになってもおかしくなかったとは思いますが、敗北はしてしまったものの感知能力や緊急事態での咄嗟の判断、轟さんの確保へとつなげた手腕から、波動さんがベストだと思います」

 

「またしても……正解だよっ……くぅ……!」

 

オールマイトは震えながらサムズアップしていた。

 

「八百万少女の言う通り、誰がベストでもおかしくなかった!いい戦闘訓練だったよ!!この調子で次の試合もどんどんやっていこう!!」

 

こうして私の初めての戦闘訓練は終わった。

 

 

 

5戦目の講評までつつがなく終わった。

締めのセリフを終えたオールマイトが、すぐさまこちらに背を向けながら歩き出した。

だけど―――何故か、オールマイトが焦っている?

 

「それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば!着替えて教室にお戻り!!」

 

バヒューンという効果音が聞こえるほどの凄まじい速度で、オールマイトは去っていった。

走っている途中で彼は、『授業やってると時間ギリギリだぜシット!!』とか、『波動少女が見えるのは1kmくらいだったか』とか考えている。

オールマイトはそのまま私が感知できる範囲から、早々に抜けていってしまった。

私を、警戒している……?

時間ギリギリというのもよく分からないし、何か秘密があるんだろうか。

私は学校には思考や感情を読めることを伝えていないから、私を警戒するということは姿に関わることだとは思うけど……

 

 

 

その後、更衣室で着替えてオールマイトの指示通り透ちゃんと保健室に向かった。

本当は今日の放課後は透ちゃんのコスチュームのことを聞きに行くつもりだった。

だけど、透ちゃんは足を庇うようにしながら歩いてるのもあって、コスチュームの件は後日ってことにして、ゆっくりと保健室に向かうことにした。

 

波動を見る限り、保健室の中にはリカバリーガールとオールマイト、寝ている緑谷くんの3人が居るみたいだ。

 

……あれ?

オールマイトの波動、なんか細くない?

でも波動の質は明らかにオールマイトだ。

オールマイトの思考を見ても、緑谷くんへの申し訳なさとNo.1ヒーローとしての矜持と責任感が読み取れるだけ。

この思考はオールマイトでしかないけど……

リカバリーガールもオールマイトと認識して会話しているのが読み取れる。

私たちがノックして保健室に入ると、リカバリーガールと骸骨のような人がこちらに視線を向けた。

 

この骸骨がオールマイト?

肉眼で見てもまだ信じ難い。

 

「はいはい、いらっしゃい。用件は?」

 

「1年A組葉隠透です!その、授業でですね――――」

 

リカバリーガールは素知らぬ感じで迎え入れてくれる。

用件を伝えてくれている透ちゃんを尻目に、私はオールマイトを観察することにした。

私の視線にオールマイトは『すごい見られてる!?』とか『これバレてないよね!?』とか考えながら冷や汗を流して居心地が悪そうにしている。

残念ながらバレているわけだけど。

 

これは気が付いていることを伝えるべきか、黙っているべきか。

気が付いた理由は思考を読めることは伝えなくても説明できる。

実際に波動の質だけでオールマイトだと気付いてるわけだし。

多分これが私を警戒した理由なんだろう。

さっき時間ギリギリとか考えていたのは、あのいつもの筋肉の姿は短時間しか維持できないからとかだろうか。

 

「はい、じゃあそっちの子も凍っちゃった所見せて」

 

私が考え込んでいる間に、透ちゃんの診察は終わっていた。

透ちゃんの足はやっぱり軽度の凍傷になっていたらしい。

リカバリーガールに個性を使ってもらって完治したみたいだ。

普通に歩けるようになってる。良くなったようで安心した。

 

そのままカーテンで仕切られたところに入って私も診てもらったけど、私は何ともなかった。

 

「ありがとうございました!じゃあ瑠璃ちゃん!教室戻ろっか!」

 

「あ……その……私、リカバリーガールに聞きたいこと……あるから……先に戻ってて……」

 

迷った結果、私は気が付いていることをオールマイトに伝えることにした。

 

「ん?そう?じゃあ教室で待ってるね!」

 

そういって笑顔で手を振ってから保健室を出ていく透ちゃんに、私も手を振り返す。

透ちゃんが保健室から出て、ちゃんと教室の方に向かっていったのを確認してからオールマイトとリカバリーガールの方に向き直る。

 

「で、聞きたいことってなにさね」

 

「ん……ごめんなさい……ちょっと、嘘吐きました……」

 

確認してくれるリカバリーガールに謝罪し、骸骨のオールマイトをまっすぐ見据える。

 

「あの……オールマイト先生……ですよね……?」

 

私の言葉を受けて、オールマイトが滝のように汗を流しながら弁明し始めた。

 

「な、なにを言ってるんだい!?私は教師の八木というものでオールマイトではっ!?」

 

「誤魔化さなくても……大丈夫です……波動の質が……オールマイト先生と全く同じだから……わかります……」

 

私が確信を持って聞いていることを伝えると、オールマイトは絶句して固まってしまった。

動かなくなったオールマイトの思考は『どうする?話すべきか?』なんて感じで悩んでいるのがよく分かる。

というよりもその絶句して固まる反応そのものがオールマイトである証拠でしかないんだけど、気付いてないんだろうか。

そんな悩みまくっているオールマイトを見かねたのか、リカバリーガールが諭すように話しかける。

 

「この子もう確信してるみたいだし、正直に話して黙っててもらった方がいいんじゃないかい?わざわざ正面切って分かってることを伝えてくれた子なんだ。聞いた情報を悪用しようとなんてしないよ。大事なんだろ、"平和の象徴"であることが」

 

「そう、ですね……」

 

その後オールマイトは数分間悩み続けて、意を決したように話し始めた。

 

「すまなかった、波動少女。確かに私はオールマイトだ。いつも皆に見せている姿は、プールで腹筋を力み続けているようなものでね、今の本当の姿はこっちなんだよ」

 

話しながらオールマイトが自身のシャツをめくり上げる。

見えた身体には、それだけの傷を受けて生きているのが不思議になってしまう程痛々しい傷跡があった。

 

「6年前……ヴィランの襲撃で負った傷だ。呼吸器半壊、胃袋全摘。度重なる手術と後遺症で憔悴してしまってね。私のヒーローとしての活動限界は今や1日約3時間程なのさ。これは世間に公表されていない。公表しないでくれと私が頼んだ。人々を笑顔で救い出す"平和の象徴"は、決して悪に屈してはいけないんだ。だから、決して口外して欲しくないんだ」

 

口外するつもりは当然ない。

そんなことをしたら治安が悪くなって、ヒーローになったお姉ちゃんの負担が増えてしまう。

 

「ん……口外するつもりは……ないです……お姉ちゃんがヒーローになった時に……負担、増えちゃうから……」

 

「そうか……気を遣わせて済まない……」

 

「隠すために……手が必要な時は……協力するので教えてください……」

 

「ああ、ありがとう」

 

オールマイトはまだ隠していることがあると思う。

悩んでいる時に浮かんできた『個性』『ワンフォーオール』『オールフォーワン』『緑谷少年』『どこまで話すべきか』『身体の説明さえすれば納得してもらえるか』なんていう多くの思考。

でも実際にここまでしか話さないってことは、それを知られることによって生じるリスクが大きくて話せないとかそういうことなんだろう。

だから、オールマイトの秘密はとりあえずそれでいい。

 

だけど、起きたのにいつまでも寝たふりをしてる悪い子を放置するのは、ちょっと気に食わないよね。

 

「ん……じゃあ、私は教室に戻ります……緑谷くんも……起きてるなら……寝たふりしてないで声かけて欲しかった……私、個性で波動の透視できるから……見えてるよ……個性把握テストの時もこっそり見られてたし……オールマイトの弟子なんでしょ……もっと堂々とした方がいいよ……」

 

捨て台詞のようにそう伝えてから保健室を出る。

後ろから阿鼻叫喚のような緑谷くんの思考が聞こえてくるけど、無視して教室へ向かった。



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学級委員と不穏な気配

あの後、教室で皆がしていた反省会に参加した。

緑谷くんも教室に戻ってきたけど、私が来た頃には既にいなかった爆豪くんを追いかけていってしまった。

そこまではよかった。

だけど、教室に居ても校門は普通に感知範囲内なのだ。

『人から授かった"個性"なんだ』じゃないんだよ。

これは明らかにオールマイトが私に伏せた内容じゃないか。

オールマイトの思考と緑谷くんの発言を組み合わせると、つまり緑谷くんはオールマイトの個性を譲り受けた弟子ってことだ。

限界が近いオールマイトが雄英に来たのも後進、というより緑谷くんを育成するためじゃないか。

なんで正体を看破した私にすら伏せた内容を、あんな誰に聞かれるかも分からないところで暴露してるんだ。

 

私は治安が悪くなった時の悪影響を考えたくないから誰かに話すつもりはないけど、緑谷くんの口が軽すぎる。

ちょっと心配になってきた。

うっかりなんかでお姉ちゃんの生活に影響が出るのは許容できない。

できる範囲でばれないようにサポートしてあげるか……

 

 

 

そんな決意をした数日後、オールマイトが雄英の教師になったことが新聞に載った。

そのせいか校門近くにはマスコミがたむろしている。

一緒に登校していた知名度のあるお姉ちゃんを見つけた記者たちが、私たちの方に走ってきてマイクを向けてきた。

 

「あ、ヒーロー科の!ネジレちゃんですよね!教師としてのオールマイトに関して一言!」

 

「んー気になるところばかり!不思議!って感じ」

 

マイクを持って迫ってくる記者にも、お姉ちゃんはニコニコと慣れた様子で答えている。

いつも通りの天然さんなコメントに私もニコニコだ。

 

「じゃあ今度はそっちの子!オールマイトの授業はどうですか!?」

 

お姉ちゃんへのインタビューもそこそこに、今度は私にもマイクを向けてきた。

私のオールマイトへの感想は新米教師って感じでしかないけど、それを言うのは流石に頑張ってるオールマイトが可哀そうだ。

そう考えた結果、適当にあしらうことにした。

 

「ん……不思議って……感じ……」

 

言い切ったというかのように目を閉じて頷くと、記者は不満ではあるみたいだけどよしとしたらしい。

私たちから離れて次の生徒を追いかけ回し始めた。

そんな感じでその後も何度か記者にインタビューされながら校門を抜けた。

 

 

 

そしてホームルームの時間になった。

 

「さてホームルームの本題だ……急で悪いが今日は君らに……」

 

相澤先生は来て早々に爆豪くんと緑谷くんに注意、というか釘刺しをした後、溜めを作るかのように話し始めた。

私は思考を読んでこの後何を言われるのか理解している。

だけど個性把握テストの時を思い出してしまうような先生の様子に、皆は『また臨時テスト!?』とか警戒していた。

こういう思考がシンクロするところは、皆仲がいいなと思う。

 

「学級委員長を決めてもらう」

 

「「「学校っぽいの来たー-!!!」」」

 

内容を知ったとたん皆安心したような感情に支配されるとともに、一気に興奮し始めた。

 

「委員長!!やりたいですソレ俺!!」

 

「ウチもやりたいス」

 

「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!!」

 

「ボクの為にあるヤツ☆」

 

「リーダー!!やるやるー!!」

 

皆リーダーをやりたいらしい。私は話すのが苦手だし興味ない。

協調性がない爆豪くんですら『やらせろ』とかキレながら挙手している。

まあ爆豪くんは不良だし暴走するけど、思考を読む限り根はちゃんとヒーロー志望。ストイックすぎるだけだ。

相変わらず妄言を垂れ流すブドウ頭は論外だけど、他の人なら正直誰がなってもいいと思っている。

 

自己主張とアピールによって騒がしすぎる混沌とした状況になった教室で、成り行きを見守る。

これは収拾つかないだろうなぁと考えていたら、飯田くんが一際大きな声を出した。

 

「静粛にしたまえ!!"多"を牽引する責任重大な仕事だぞ……!!「やりたい者」がやれるモノではないだろう!!周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら……これは投票で決めるべき議案!!!」

 

飯田くんの主張に、皆一気に静かになった。

素晴らしい統率力だ。そびえ立つ右手のせいで格好がつかないけど。

 

「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」

 

「そんなん皆自分に入れらぁ!」

 

「だからこそここで複数票獲った者こそが真に相応しい人間ということにならないか!?」

 

飯田くんと席が近い梅雨ちゃんと切島くんが反論した。

だけど多数決はいい案だと思う。私みたいに自分に入れるつもりがない人間が、少人数ではあるけどいることは確かだ。

 

「どうでしょうか先生!!!」

 

「時間内に決めりゃ何でもいいよ」

 

先生もあっさりと承認して、結局多数決で決めることになった。

 

無記名で行われた投票は、そんなに時間がかからずに終了した。

私は戦闘訓練で優れた分析力を見せた八百万さんと、さっきの混沌とした状況をまとめ上げた飯田くんで迷った結果、飯田くんに投票した。

やっぱりこういうのはクラスを統率できる人がやるべきだと思う。

 

 

 

「僕三票ー--!!!?」

 

投票の結果は、一位緑谷くん三票、二位八百万さん二票、あとは私、お茶子ちゃん、轟くん以外が1票ずつだった。

 

「なんでデクに……!!誰が……!!」

 

爆豪くんがキレ散らかしている。

まあ爆豪くんはあれだけ素行不良な一面を見せつけていたんだから、さもありなんといった感じだ。

本人に言ったらキレられるのが目に見えてるから言わないけど。

お茶子ちゃんは『爆豪くんにバレたら怖いな……』とか考えて口笛吹いてるけど、0票の人間は確実に誰かに投票したのがバレてるから気づかれるのも時間の問題だ。

 

「1票……分かってはいた!!さすがは聖職といったところか……!!入れてくれた誰か……申し訳ない……!!」

 

「他に入れたのね……」

 

「おまえもやりたがってたのに……何がしたいんだ飯田……」

 

手をついて嘆いている飯田くんは八百万さんと砂藤くんに突っ込まれていた。

本当に彼は何がしたかったんだろう。

緑谷くんに入れたみたいだけど、自分に入れてれば決選投票になる可能性もあっただろうに。

 

結局そのまま委員長は緑谷くん、副委員長は八百万さんに決定した。

 

 

 

そしてお昼。

今日も今日とてランチラッシュのメシ処で透ちゃんと食事だ。

ちょうど緑谷くんたち3人組の席のところが空いていた。

バレないようにサポートをすると決めたからには仲良くしておいて損はない。

緑谷くん、飯田くん、お茶子ちゃんも、皆裏表のないいい人たちだ。仲良くするのに拒否感はない。

透ちゃんにも同意を取って相席させてもらうことにした。

 

「お米がうまい!」

 

ニコニコ笑顔でお米を食べるお茶子ちゃんが可愛い。

 

「いざ委員長やるとなると務まるか不安だよ……」

 

「ツトマル」

 

「大丈夫さ」

 

不安を吐露する緑谷くんを、お茶子ちゃんと飯田くんが元気づけていた。

 

「緑谷くんのここぞという時の胆力や判断力は"多"を牽引するに値する。だから君に投票したのだ」

 

他人への投票ということで思い出したのか、黙々と食べていた透ちゃんが話し始めた。

 

「そういえば瑠璃ちゃんも自分以外に投票してたよね!誰に入れたの?」

 

本人を前にして言うのもどうかと思ったけど、まあいいか。

 

「ん……飯田くんに入れてた……さっきの混沌としてた教室をまとめた手腕……すごいと思ったから……」

 

私の言葉を聞いた瞬間、飯田くんの思考は謝罪一色で染まった。

思考だけじゃなくて申し訳なさそうな顔で実際に謝ってきそうな感じだ。

 

「君だったのか!俺の力が足りず、期待に応えられなくて申し訳なかった!!」

 

「ん……飯田くん自身が……他の人に入れた結果だし……気にしてない……」

 

「でも飯田くんも委員長やりたかったんじゃないの?メガネだし!」

 

『何気にざっくりいくよなぁ麗日さん』とか緑谷くんが考えているけど、そこが彼女のいい所だと思う。

そう思いながらお茶子ちゃんのほっぺについてしまっていた米粒を取ってあげると、頬を赤く染めて小さくお礼を言われた。

 

「"やりたい"と相応しいか否かは別の話……僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

 

「「"僕"……!!」」

 

その発言の一人称に、お茶子ちゃんと緑谷くんがすかさず反応する。

私としては、思考から感じ取れる一人称が常に"僕"だったし今更だから、特に反応はしてない。

 

「ちょっと思ってたけど、飯田くんて……坊っちゃん!?」

 

お茶子ちゃんと緑谷くんがすごい眼力で飯田くんを見つめ始めた。

そんなに重要なことなんだろうか、坊ちゃんかどうかって。

 

「そう言われるのが嫌で一人称を変えていたんだが……ああ、俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ」

 

「「えー-凄ー-!!!」」

 

「ターボヒーローインゲニウムは知ってるかい?」

 

その言葉を聞いた瞬間、緑谷くんが興奮したように捲し立て始めた。

 

「もちろんだよ!!東京の事務所に65人もサイドキックを雇ってる大人気ヒーローじゃないか!!まさか……!」

 

「それが俺の兄さ」

 

「あからさま!!!すごいや!!!」

 

飯田くんも誇らしげに胸を張りメガネをクイっと上げる。

うん、でも気持ちは分かる。

私もお姉ちゃんを褒められたらああなる。

 

「規律を重んじ人を導く愛すべきヒーロー!!俺はそんな兄に憧れヒーローを志した。人を導く立場はまだ俺には早いのだと思う。投票してくれた波動くんには申し訳ないが、上手の緑谷くんが就任するのが正しい!」

 

そういって飯田くんが笑顔を浮かべた。

教室ではピリピリしていることが多いから珍しい。

 

「ん……そっか……私も、お姉ちゃんに憧れてるから気持ちは分かる……それなら仕方ない……」

 

「お姉さん?」

 

私の言葉に反応して、お茶子ちゃんが不思議そうに聞いてきた。

 

「うん……優しくて、大好きなお姉ちゃん……2個上で、ヒーロー科に通ってる……」

 

「ん?2個上で……波動……ああー!分かった!瑠璃ちゃんのお姉さんって去年2年生の体育祭で表彰台に乗ってた波動ねじれさんか!」

 

「え!?つまり姉妹で雄英のヒーロー科に通っとるん!?そんなん凄すぎやん!?」

 

透ちゃんもお姉ちゃんの雄姿を見ていてくれたらしい。

私も自然と誇らしくなって胸を張ってしまう。

 

「うん……!お姉ちゃん……すごいんだよ……!体育祭も上位入賞……!文化祭のミスコンも準グランプリ……!綺麗で可愛くて強くて優しくて頭もよくて天然さんでとにかくすごいの……!」

 

「瑠璃ちゃんがいつになく饒舌に!?」

 

お姉ちゃんが褒めてもらえている。

そう思うだけでもう笑顔が浮かんでしまう。

なんだったら今ドヤ顔を浮かべてしまっている自信もある。

緑谷くんが『シスコンだ』とか考えてるけど、シスコンで何が悪い。

あんなに素晴らしいお姉ちゃんをもってシスコンにならないなんて、それはむしろその感性がどうかしているとしか思えない。

 

そして、もっとお姉ちゃんの魅力を語っていかにお姉ちゃんが素晴らしいかを理解させてあげようと口を開いたところで、それは響いた。

 

 

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』

 

警報とともにそのアナウンスが聞こえた途端、食堂は大騒ぎになった。

 

「セキュリティ3て何ですか?」

 

「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ!三年間でこんなの初めてだ!!君たちも早く!!」

 

飯田くんが近くにいた人にアナウンスの意味を確認すると、侵入者がいるということだった。

 

既に食堂内は混乱の極致に至っていて、大量に聞こえる思考が不愉快な上に、多くの生徒が一斉に出口に向かって駆け出している。

だけど食堂の入口なんてそんなに広くない。

すぐにつかえちゃって、逃げようとする人の波が後ろからどんどん追加されて、挟まれてしまった私たちも身動きが取れなくなってしまった。

 

透ちゃんとはすぐに手をつないだけど、緑谷くんたちとは既にはぐれてしまった。

透明で見えない透ちゃんは潰されてしまうリスクが高い。

私はせめて透ちゃんが潰されないように抱きしめることにした。

 

「透ちゃん!」

 

「痛っ!る、瑠璃ちゃん!」

 

2人で抱きしめあい何とか人ごみの中で潰されないスペースを確保する。

 

そこまで来てようやく周囲を気にする余裕ができてきた。

周りの波動に注意を戻すと、食堂の窓ガラス付近に、朝見たマスコミが大量に群がっている。

これが侵入者?

確認の意味も込めて教師の動きを見てみると、皆マスコミが群がっている所に向かっている。

やはりこの記者たちが侵入者ということなのだろう。

 

そう安心した瞬間、ゾワリとした悪寒が強く身体を支配した。

底抜けの悪意に満ちた思考と感情……こんなの、ただの小悪党の物じゃない。

ヴィランだ。

 

これ、場所は職員室……?

教師はマスコミの対応で出払っているようで、職員室には悪意に満ちたヴィラン2人しかいない。

目的はなんだ?

焦る内心をどうにか押さえつけて、表面上の悪意や浅い思考だけじゃなくて、内面の思考も深く読み取っていく。

 

『先生』『オールマイト』『邪魔』『襲撃』『場所』……?

 

手みたいなのをたくさん付けたヴィランからは、そんな感じの思考しか読み取れない。

もう一人のもやもやした変な輪郭で波動が見にくいヴィランの思考を深く読み取ろうとする。

 

そこでまでしたところで、足から力が抜けてしまった。

なに、あの頭の中……

表面はなんてことはないただの悪意に満ちたヴィランだ。

他には隣の死柄木っていうヴィランを守ろうとする意志があるくらい。

でも、内面に深入りしていくと多くの人を継ぎ接ぎにしたような、あやふやな思考に満ちている。

それどころか、死人みたいに全く何も読めない部分すら存在する。

気持ち悪い……

 

身体から力が抜けて震えてしまう。

透ちゃんも急に様子がおかしくなった私を心配して声をかけながら抱きしめてくれている。

 

私は思考を深く読むのをやめて、波動で動きを監視することだけに努めた。

あの思考は、もう読みたくない……

 

少ししたところでヴィランたちはその場から急に姿を消した。

そのタイミングで、お茶子ちゃんの個性で浮かび上がった飯田くんが、非常口のような姿勢で壁に張り付いた。

侵入したのはマスコミだと飯田くんが大声で伝えて、ようやく食堂の混乱は沈静化した。

 

「ねぇ瑠璃ちゃん、どうしたの?大丈夫?」

 

「……大丈夫……」

 

透ちゃんがすごく心配してくれている。

口では大丈夫って返答するけど、まだ手は震えてしまっていた。

だけど、さっきの件を早く先生に伝えないと……

 

「透ちゃん……その……職員室……行きたくて……ついてきて欲しい……」

 

「いいけど……職員室?」

 

『なんで?』なんて考える透ちゃんだったけど、それ以上は聞かずに私の震える手を握って一緒に職員室に向かってくれた。

 

 

 

「なんだ波動。もう昼休み終わるぞ。さっさと教室戻れ」

 

職員室に行くと相澤先生が出てきてくれた。

 

私は読心できることが分からない範囲で、出来る限り詳しい情報を相澤先生に伝えた。

具体的には―――

・侵入したマスコミへの対応のために職員室がもぬけの殻になったタイミングで、嫌な波動を放つ2人組のヴィランが侵入していたこと

・ヴィランたちは突然その場に現れて、突然消えたこと

・ヴィランの容姿は、手のような何かを全身に大量に着けた青年と、頭が霞のようになっている異形の者であること

・そのヴィランたちが職員室の書類を漁っていたと思われること

 

「そうか……この件は後はこちらで対応する」

 

「はい……お願いします……」

 

「波動も葉隠も、この件は口外するな。余計な混乱は招きたくない」

 

「はい、それはもちろん……」

 

透ちゃんが返答しながら私をちらちら伺っている。

私も、小さく頷いて同意の意思を示した。

 

「……葉隠、波動の様子がおかしくなったのはヴィランを察知してからか?」

 

「はい……食堂がパニックになっている時に急に……だから……多分……」

 

多分、この情報だけだと私がこうなる理由がないから不審がられてる。

でもあの気持ち悪さと生理的な嫌悪感を思い出してしまって、身体の震えは止められそうになかった。

 

「波動、お前は保健室に行って休んでおけ。後は教師で何とかする。迅速な情報提供、感謝する。葉隠、波動を保健室に連れて行ってやってくれ」

 

「分かりました。行こ、瑠璃ちゃん」

 

「ん……」

 

そのまま透ちゃんに保健室に連れていかれて、リカバリーガールに寝るように言われて放課後までぐっすり眠ってしまった。

 

目が覚めたら震えは収まっていた。

 

 

 

「あっ!瑠璃ちゃん!もう大丈夫なの!?」

 

「ん……もう本当に大丈夫……ありがと……」

 

私が教室に戻ると、透ちゃんが出迎えてくれた。

どうやら心配で待っていてくれたらしい。

もう大丈夫だと伝えると安心したように微笑んでくれた。

結局、この日はこれ以上おかしなことはなかった。

委員長は緑谷くんが辞退して飯田くんになったこととか、午後にあったことを聞きながら、透ちゃんと一緒に帰路に就いた。



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コスチューム改造計画

ヴィランの侵入があった数日後。

それ以降騒ぎが起こることもなく、普通の学校生活に戻っていた。

今は放課後。

散々後回しにしてしまっていた透ちゃんのコスチュームの件を相談するために、ミッドナイト先生を訪ねて職員室に来ていた。

ちらちらと何人かの先生がこちらを見ているのを感じるけど、無視してミッドナイト先生のところまで進んでいく。

 

「あら?確か…1-Aの生徒よね。あたしになにか用事かしら?」

 

「葉隠透です!先生に相談したいことがあります!」

 

「ん……透ちゃんのコスチュームのことで……ちょっと相談したいんです……」

 

「コスチュームねぇ……あたしもヒーローの端くれだから相談には乗れるけど、専門的な話になっちゃうと詳しいことは分かんないわよ?」

 

先生は口ではあまり気が進まなそうだけど、笑顔で対応してくれていた。

内心で面倒くさがってるなんてこともなくて、言葉通りの意味みたいだ。

なぜか私たちが先生に近づいた途端に、椅子に座ったまま足を組んだりセクシーポーズのようなものをしだしたりして不安だったけど、行動に反して優しい先生で安心した。

そんな先生の様子を眺めつつ、透ちゃんと相談に来た経緯を説明していく。

 

「今の私のコスチューム、手袋とブーツだけなんですよ」

 

「まあ透明人間っていう個性の性質上、活かそうとすると布地がどんどん減っていくでしょうね」

 

「はい……それで、裸はさすがにまずいですし……体育祭の全裸の人……あの時以外全裸の噂なんて……聞いたことなかったので……そういうコスチュームが作れるんじゃないかって思って……同性で相談しやすそうなミッドナイト先生に……相談しに来ました……」

 

「んー……」

 

ミッドナイト先生が考え込む。

先生の思考にはMt.レディがちらついている。

やっぱりそういうことなのだろう。

 

「確かに、個性が影響するコスチュームを作れないわけじゃないのよ。後輩が自分の髪の毛とかを混ぜた繊維を使ってコスチューム作ってたはずだしね」

 

「あ、やっぱり作れるんですね!」

 

「ええ。ただ髪の毛とか、自分の身体の一部が必要なのよね。でもあたしはどのくらいの量が必要なのかとかは分からないから……やっぱりここから先は専門家と相談するべきね。コスチューム開発のライセンス持ってるパワーローダーに話を通しておくから、行ってみなさい」

 

つまり、作れるはずだけど詳しいことは分からないから専門家に聞いて欲しいって感じだった。

ミッドナイト先生は端末ですぐに話を通しておくから、この後行っても大丈夫とまで言ってくれた。

至れり尽くせりだ。

 

「ふふ……コスチュームのデザインとか、どこまで攻めても大丈夫かとかの相談なら喜んで乗るわよ。あと、恋愛関係の相談も大歓迎。またいつでも相談に来てね」

 

「ありがとうございます!」

 

「あっと、言い忘れるところだったわ。コスチューム改良となると多分説明書要求されると思うから、忘れないようにね」

 

どこまで攻めても大丈夫かとか言ってるけど、コスチュームの露出に規制がかかったのはこの人のせいではなかっただろうか。言わないけど。

ただミッドナイト先生は、見た目、というよりも露出に反してすごくいい人だった。

専門外の話を持ってこられたはずなのに一切悪感情を抱いていなかった。

信用できる先生だ。

 

 

 

そのままの流れで相澤先生に声をかけてから透ちゃんのコスチュームを回収して、パワーローダー先生がいるらしい開発工房にやってきた。

 

「ああ、ミッドナイトから聞いてる。入りな……くけけ……」

 

通された部屋の中は雑然としているけど、多くの機械が並べられている秘密基地みたいなところだった。

 

「で、自分の個性が影響するコスチュームを作りたいんだっけ?」

 

「はい!できることなら全身それで作り直したいです!」

 

「ま、できないわけじゃない。特殊な作り方しないといけないから時間はかかるけどね」

 

その言葉を聞いた透ちゃんは、喜びの感情で満たされていた。

裸でも平気そうにしてたけど、やっぱりちゃんとしたコスチュームが欲しかったらしい。

 

「ところで、葉隠さんって髪の毛長いの?」

 

透ちゃんは肩まで届くそこそこ長い髪をしている。

ふわふわした髪質みたいだし、ストレートにするともう少しありそうだ。

肩にギリギリ届かないボブカットの私よりはよっぽど長い。

 

「えーと、今はこの辺まで伸びてますけど……」

 

「じゃあ十分かな。一掴み分くらいの毛先10cm、切ってこの容器に入れて」

 

パワーローダー先生が容器を手渡してきて、透ちゃんもスッとそれを受け取る。

だけど透ちゃん自身も自分の身体が見えてないから、感覚で切ることになっちゃうと思う。

波動で形が分かってる私が切るのが一番だろう。

 

「透ちゃん……私切ろうか……?」

 

「あ、じゃあお願いしていい?」

 

「任せて……!」

 

透ちゃんからハサミを受け取った私は、透ちゃんに確認した位置の髪の毛一掴みを切る。

それだけじゃ一部だけ短い感じになっちゃって変だから、長さを合わせる感じで他のところも切って容器に入れていく。

 

「透ちゃん……機嫌良さそうだね……?」

 

「うん!家族以外に髪の毛切ってもらうの初めてだから嬉しくて!透明だと美容院とかでやってもらえないんだよねー」

 

「そっか……」

 

透ちゃんは鼻歌なんかも歌いながら上機嫌でされるがままになっていた。

10分くらいかけて髪の毛を整え終えた私は、切った髪の毛を入れた容器をパワーローダー先生に手渡す。

 

「これで……大丈夫ですか……?」

 

「見えないけど、触った感じは確かに入っているね。これだけあれば十分だ」

 

「やったー!これで私にも個性を生かせるちゃんとしたコスチュームが!!」

 

全身で喜びを表現する透ちゃん。

パワーローダー先生はそんな透ちゃんに釘をさすように話しかける。

 

「ただ、さっきも言ったけど時間はかかるよ。多分1か月くらいかな」

 

「あれ、結構早くないですか?」

 

透明なコスチュームを1か月で仕上げるのは相当早いと思う。

だけどそんな疑問は、パワーローダー先生の思考を読んですぐに解決した。

 

「超一流の事務所と提携しているから、普通のコスチュームなら大きい改良でも大体3日もあれば済むんだよ。そんな仕事ができる事務所が1か月もかけるんだ。十分長いよ」

 

「あ、なるほど!そういうことなら長いですね!」

 

「一応期間を短縮する方法もあるけど……髪の毛を30cmとかバッサリといくのは嫌だろう?だから、量を補うために培養とかの工程を挟むからこのくらいはかかる」

 

「いえいえ、十分です!ありがとうございます!」

 

透ちゃんも流石に髪の毛30cmカットは嫌だったらしい。

というか30cmって、それは髪の毛が長い透ちゃんでもショート程度までバッサリ切ることになってしまう。

 

「じゃあコスチュームを預かるよ。返ってくるまで授業とか訓練は体操服になるけど……元がこれだからあまり関係ないか」

 

「大丈夫です!本気出すときに体操服脱げばいいだけなので!!」

 

パワーローダー先生はコスチュームを使う授業のことを心配しようとしたけど、すぐに切って捨てた。

もともとほぼ全裸のコスチュームだったのだ。

透ちゃんは今更全裸になることに躊躇しないだろう。

 

「デザインの希望があるなら繊維ができるまでの半月くらいは待てるからその間に考えて持ってきな。それより遅れたら希望無しってことでデザイナー任せにするよ」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

そんな感じで今日の目的を達成した私たちは、開発工房を後にした。

その後は透ちゃんの誘いで、メシ処で一緒にデザートを食べながらデザインを考えることになった。

断じて透ちゃんがお礼に奢ってくれるって言ったケーキにつられた訳ではない。断じて。



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USJ襲撃事件(前)

透ちゃんのコスチュームの相談をしてからさらに数日後のヒーロー基礎学。

教壇には相澤先生が立って話していた。

 

「今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」

 

思考からして、もともとオールマイトと13号先生だけだったところを、ヴィランの侵入を受けて相澤先生も増やしたようだった。

 

「で、今日は災害水難なんでもござれ。レスキュー訓練だ」

 

相澤先生はそう宣言しながらRESCUEと書かれたプレートを掲げる。

レスキューということは、人命救助とか災害被災地の救助活動とかの訓練だろう。

そのあたりなら私は大活躍だ。

 

「そういうの……大得意……」

 

「ああ、確かに波動の個性は救助とかだと絶対役に立つよね」

 

「ん……要救助者の探知に離れた位置からのトリアージ……なんでもござれ……」

 

隣の席の響香ちゃんが私の声に反応してくれる。

この1週間で、クラスの女子は皆名前呼びできるくらい仲良くなれていた。

そのまま響香ちゃんと話していたら、教壇の相澤先生から不穏な気配がしだした。

急いで黙ってしっかりと聞く姿勢を見せる。

響香ちゃんも私の様子を見て状況に気が付いたらしい。

 

「おいまだ途中」

 

相澤先生はギロッと一睨みしてクラスを黙らせ、続きを話し始める。

 

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」

 

そんな先生の指示に従って、コスチュームに着替えるために更衣室に向かった。

女子は透ちゃん以外全員コスチューム着用だ。

 

 

 

着替え終わってバスの近くまで行くと、男子が待ってくれていた。

女子が合流すると、相変わらずな峰田くんがすかさず妄想しながら近づいてきた。

今はお茶子ちゃんの後ろを歩きながらボディラインをガン見している。

ドン引きだ。さりげなく距離を取って彼の視界に入らないようにした。

そんな私を尻目に、百ちゃんは遠慮なく蔑んだような視線を向けている。

 

「ん。デクくん体操服だ。コスチュームは?」

 

「戦闘訓練でボロボロになっちゃったから……修復はサポート会社がしてくれるらしくてね。それ待ちなんだ」

 

お茶子ちゃんは気付いてないようで、緑谷くんと楽しそうに話している。

気付いてないなら何も言わないであげた方が心穏やかでいられるか。

 

「女子は葉隠さんだけ体操服なんだね」

 

「ん?そうだよー!私は今コスチューム全面改修してもらってるから!そうじゃなかったら着てきてたよ!」

 

緑谷くんの質問に、透ちゃんが元気に答える。

だけど、その発言に耳を疑ってしまった。

近くにいるブドウ頭の『なんでそんなもったいないことを!?』とかいう思考は知らない。

私が耳を疑ったのはそういうことじゃなくて……

 

「えっと……透ちゃん、潜伏する必要がないレスキュー訓練でも……あのコスチューム着るつもりだったの……?」

 

「え?うん!だってコスチューム着る機会少ないし、着れる時に着たいじゃん!」

 

「そ、そっか……」

 

流石にあの全裸コスチュームは瓦礫とか火事とかがあったら危ないかと思ったんだけど、そういうことらしい。

 

「バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に2列で並ぼう!」

 

飯田くんがキビキビとした動きで張り切って皆を整列させている。

だけど、言ってあげた方がいいんだろうか。

彼は4列の座椅子が並んでて、真ん中に通路がある感じのバスを想定しているようだけど、今目の前にあるバスは対面式になっている座椅子もあるから、無駄になってしまうだろうということを。

 

 

 

「こういうタイプだったくそう!!!」

 

「イミなかったなー」

 

案の定整列は無駄に終わり、バスの中で打ちひしがれる飯田くんに三奈ちゃんが反応してあげている。

 

「私思ったことを何でも言っちゃうの緑谷ちゃん」

 

「あ!?ハイ!?蛙吹さん!!」

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

嘆いている飯田くんを他所に、緑谷くんに話しかける梅雨ちゃんはお決まりの流れをしていた。

 

「あなたの"個性"オールマイトに似てる」

 

その言葉を言われた瞬間に、緑谷くんの思考は驚愕に包まれ表情が変わってしまっていた。

 

「そそそそそうかな!?いやでも僕はそのえー」

 

その反応は何かがあると言っているようなものだ。

こんな何かあるのがバレバレの咄嗟の反応をしてしまうところまで、師弟で似ないで欲しいんだけど……

この後もおどおどされると何かを勘繰る人も出てきそうだから、流石に助け舟を出すか。

 

「ん……でも、オールマイトは"個性"で自爆したりしない……」

 

「だよな。オールマイトは怪我しねぇぞ。似て非なるあれだぜ」

 

私の言葉に切島くんも同意してくれる。

これなら話題が逸れる気がする。

 

「しかし増強型のシンプルな"個性"はいいな!派手で出来ることが多い!俺の"硬化"は対人じゃつえぇけどいかんせん地味なんだよなー」

 

切島くんはそう言って腕を個性でガチガチにする。

私の個性よりも使い勝手が良さそうだしちょっと羨ましい。

 

「僕はすごくかっこいいと思うよ。プロにも十分通用する"個性"だよ」

 

「プロなー!しかしやっぱヒーローも人気商売みてぇなとこあるぜ!?」

 

そのまま会話は人気と爆豪くんの粗暴さに話題が移っていった。

爆豪くんがキレだしたのもあって、隣に座っている響香ちゃんはちょっと迷惑そうだったけど、楽しく会話出来ていたと思う。

 

そして目的地が近づいてきて相澤先生に注意されて皆静かになった。

近くになるまでは好きなようにさせてくれていた相澤先生は、除籍の件にさえ目を瞑ればいい先生なのかもしれない。

 

 

 

「すっげー---!!USJかよ!!?」

 

バスを降りてドームに入ると、そこは大きなテーマパークのような作りになっていた。

 

「水難事故、土砂災害、火事……etc、あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……USJ(ウソの災害や事故ルーム)!!」

 

『『『USJだった!!』』』

 

入口にはお茶子ちゃんみたいな宇宙服風じゃなくて、完全に宇宙服な見た目のコスチュームを纏ったプロヒーロー、13号が立っていた。

 

「スペースヒーロー"13号"だ!災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」

 

「わーー!私好きなの13号!」

 

緑谷くんがいつものヒーロー知識を披露する横で、珍しくお茶子ちゃんがうおおお!とか言ってテンションを上げている。

オールマイトの姿が見えないけど、その理由はすぐに分かった。

13号に近づいた相澤先生が小声で相談を始めたからだ。

思考から勝手に読んだその相談の内容は、オールマイトは通勤中に制限ギリギリまで活動して仮眠室で休んでいるというものだった。

それは流石にどうなんだと思っていたら、相澤先生も『不合理の極み』なんて考えている。

同時に『念のため警戒態勢』とかも考えてるけど、関係があるとしたらあのヴィランたちのことだろうか。

結局オールマイト不在でも予定通り始めることにしたらしい。

 

「えー始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」

 

どんどん増えていくお小言の予定に皆の思考が『増える……』というものに統一されてしまっている。

 

「皆さんご存じだと思いますが、僕の"個性"は"ブラックホール"。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

 

「その"個性"でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」

 

13号先生の言葉に緑谷くんが反応した。

その横でお茶子ちゃんが残像が残る程の速さで何度も頷いて同意している。

好きなのは分かるけど、笑いそうになるからやめて欲しい。

 

「ええ……しかし簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう"個性"がいるでしょう。超人社会は"個性"の使用を資格制にし厳しく規制することで一見成り立っているように見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる"いきすぎた個性"を個々が持っていることを忘れないでください」

 

それに関してはその通りだ。

筆頭は爆豪くんと轟くん、緑谷くんだろうけど、クラスメイトのほとんどは個性で人を殺せる。

お茶子ちゃんの無重力でも浮かべた後に上空で解除してしまえば簡単に落下死させられるし、峰田くんの個性ですら口と鼻を塞いだら窒息で殺せてしまう。

私だって、波動で強化したパンチや蹴りで攻撃したら打ち所が悪ければ殺すことができてしまうだろう。

 

「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では……心機一転!人命のために"個性"をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」

 

ここまで話した13号先生は、まるでショーの後かのように優雅にお辞儀をした。

 

「以上!ご清聴ありがとうございました」

 

「ステキー!」

 

「ブラボー!ブラーボー!!」

 

私も含めて皆興奮気味に13号先生に拍手喝采を送っている。

飯田くんなんて感動のあまり称賛の声を叫び続けてしまっていた。

そんな13号先生の話が終わったのを確認して、相澤先生が動き出した。

 

「そんじゃあ」

 

その時だった。

"あの時"と同じ、ゾワリとした悪寒が身体を走り抜けた。

階段の下、広場のところに、あのモヤモヤの異形の者と同じようなモヤが渦巻き始めてる……!

 

「先生っ……!!」

 

「一塊になって動くなっ!!」

 

私と先生が声を上げたのと、手を顔に着けたヴィランが渦から顔を出したのは同時だった。

 

「13号!!生徒を守れっ!!」

 

モヤからは悪意を発する数えきれないほどのヴィランが溢れだしていた。

透ちゃんだけは私の様子が変わったのを見て、この前のヴィランだと察してくれたらしい。

でもほとんどの生徒は授業の仕掛けか何かかと思っているのか呆けたままだ。

 

「なんだアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

 

「違うっ!!」

 

私は少しでも皆の危機感を煽るために、普段は出さないような大声で否定する。

 

「動くな!!あれは!!ヴィランだ!!」

 

相澤先生が警告しながらゴーグルを装着して生徒を庇うように間に入る。

 

「13号に……イレイザーヘッドですか……先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」

 

「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」

 

「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ……オールマイト……平和の象徴……いないなんて……子供を殺せば来るのかな?」

 

身の毛もよだつ吐き気を催すような悪意を感じて、これが本物のヴィランの襲撃であるとようやく皆気が付いたようだ。

 

「ヴィラン!?バカだろ!?ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

 

「先生、侵入者用のセンサーは!」

 

「もちろんありますが……!」

 

「現れたのはここだけか学校全体か……なんにせよセンサーが反応しねぇならむこうにそういうことが出来る"個性"がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間。そこに少人数が入る時間割。バカだがアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」

 

轟くんの冷静な指摘で、皆の恐怖と緊張感が増していく。

相澤先生も、すぐに指示を出し始めた。

 

「13号避難開始!学校に電話試せ!センサーの対策も頭にあるヴィランだ。電波系の"個性"が妨害している可能性もある。上鳴おまえも"個性"で連絡試せ!」

 

「っス!」

 

「先生は!?一人で戦うんですか!?あの数じゃいくら"個性"を消すって言っても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ、正面戦闘は……」

 

緑谷くんはヒーローに詳しい。戦闘スタイルから弱点までなんでも知っていると言っても過言ではない。

だからこそ、緑谷くんは必死で相澤先生を止めようとしていた。

だけど相澤先生はそんなこと意にも介さず、いつも首元に巻いている布を構えた。

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号!任せたぞ」

 

「先生……!」

 

そういって飛び出そうとする先生を呼び止める。

今、ようやくモヤから出てきていたヴィランの流れが止まったのだ。

そしてここまで出てきていたヴィランを観察し続けていたからこそ分かる。

強く警戒するべきヴィランは3人だけ。

 

手だらけのヴィランとモヤの異形、そして黒い巨体のヴィランだ。

前者は言わずもがな。凶悪な悪意に満ちた何をしでかすか分からないヴィランだから。

 

モヤの異形は、奥底が読み取ることが出来ない気持ち悪い波動だからだ。

前回の件を思い出して少し怯んだけど、もう一度深いところまで読み取って確信した。

あれは普通の人間じゃない。意識をつなぎ合わせた何かだ。

継ぎ接ぎの中心に据えられているそれは、死人と似た波動すら放っている。

あんなものが普通であるはずがない。

 

最後の黒い巨体は分からないからだ。

表面からして意思が希薄。深い所は空っぽだ。何も感じない。

何をしてくるのかすら分からない。

 

他は全て寄せ集め。悪意はあるけど、希薄なそれはその辺のチンピラと変わらない。

多少強い個性の者がいたとして、この程度の悪意ならたかが知れている。

先生が一人で戦うというならこの情報は役に立つはずだ。

 

「ヴィランは他の場所も含めて多数いますが……警戒すべきは3人だけ……!手のヴィランと、モヤの異形、黒い巨体のヴィランだけです……!あとは全部寄せ集め……!その辺のチンピラと……大差ないレベルのヴィランしかいません……!」

 

「……そうか。情報、感謝する」

 

波動を見る限り、鵜呑みにはしていないけど情報自体は信じてくれたみたいだった。

相澤先生はそれだけ呟いて階段を飛び降りた。

 

 

 

私が言った警戒すべきヴィランは相澤先生を観察しているだけだ。

他の有象無象のヴィランが相澤先生に次々と襲い掛かるけど、先生は難なく捌いていた。

ここからだと何を話してるかは分からないけど、先生の思考は『対策はしている』という物で安心感を感じさせてくれた。

 

「すごい……!多対一こそが先生の得意分野だったんだ!」

 

「分析している場合じゃない!早く避難を!!」

 

緑谷くんが先生の戦いを見て足を止めてしまっている。

飯田くんが注意してくれているからすぐ来るだろうと前を向き直ると、今度は正面から嫌な波動を感じた。

 

「ダメっ……!皆下がってっ!」

 

その瞬間、目の前にゾワリと黒いモヤが広がった。

 

「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは……平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

ヴィランの言葉に、息を吞んでしまう。

オールマイトを殺す?

それだけの大言壮語をするからには何か手段を用意しているはずだ。

このヴィランたちがそれだけの力を持っている可能性を示されて、思わず後退ってしまった。

 

「まぁ……それとは関係なく……私の役目はこれ」

 

モヤの異形が何かをしようとしているのを察して、爆豪くんと切島くんが攻撃する。

だけど、異形は揺らめきはしたものの意に介した様子はなかった。

 

「危ない危ない……そう……生徒といえど優秀な金の卵」

 

「ダメだ!どきなさい二人とも!」

 

13号先生が警告してくれたけど、もう遅かった。

モヤの異形は私たちを包み込むように広がった。

 

避けようとしたけど広範囲に広がるモヤから逃れることはできなくて、飲み込まれそうになってしまう。

その時、不意に腕を引っ張られた。

 

「波動っ!!芦戸っ!!」

 

障子くんだ。

障子くんが腕を大きく広げて、近くにいた私と三奈ちゃんを庇うように包んでくれていた。

モヤに包まれた皆の波動がどんどん消えていく。

別のところに転移させられているようだ。

 

モヤが元の姿に戻り、障子くんが立ち上がった。

周囲には13号先生と障子くん、飯田くん、砂藤くん、お茶子ちゃん、三奈ちゃん、私しか残っていなかった。



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USJ襲撃事件(後)

この場に残った生徒は私を入れても6人。

14人がどこかに転移させられてしまった。

大急ぎで周囲の波動を確認していく。

個々の状況はとりあえず度外視して、範囲内に皆がいるのかをまず確認する必要がある。

 

感知はすぐに終わった。

14人、全員USJの中に飛ばされているようだ。

 

「皆は!?いるか!?確認できるか!?」

 

飯田くんが正面のモヤの異形を見据えながら問いかけてくる。

既に感知は終えて最低限の無事の確認だけは済んでいる。

障子くんも既に感知を終えていたようだ。

 

「ん……皆USJの中にいる……」

 

「散り散りにはなっているが、無事だ」

 

感知ができる個性持ち2人からのお墨付きに、飯田くんは少しだけ安心したようだった。

 

「……委員長!」

 

「は!!」

 

私たちがやり取りしていた間も考え込んでいた13号先生が、飯田くんに声をかける。

方針を決めたらしい。

私も、その思考通りの方針なら賛成だ。この場で取れる唯一の解決策だと思う。

 

「君に託します。学校まで駆けてこの事を伝えてください」

 

伝えられた作戦に、驚愕の表情で飯田くんが固まった。

 

「警報鳴らず、そして電話も圏外になっていました。警報機は赤外線式……先輩……イレイザーヘッドが下で"個性"を消し回っているにも拘わらず無作動なのは……おそらくそれらを妨害可能な"個性"がいて……即座に隠されたのでしょう。とするとそれを見つけ出すより君が駆けた方が早い!」

 

明らかに納得しかねる様子だった飯田くんに、13号先生は理由を細かく説明していく。

だけどその説明を受けても飯田くんが納得した様子はなかった。

 

「しかしクラスを置いていくなど委員長の風上にも……」

 

「行けって非常口!」

 

そんな飯田くんの肩を砂藤くんが掴んで、説得し始めた。

 

「外に出れば警報がある!だからこいつらはこん中だけで事を起こしたんだろう!?」

 

心が揺れ動いている。この感じなら、畳みかけるように説得して納得させるべきだ。

 

「ん……この中で、飯田くんが一番早く助けを呼びに行ける……飯田くんの足なら振り切れる……」

 

「救うために"個性"を使ってください」

 

「食堂の時みたく……サポートなら私超できるから!する!!から!!お願いね委員長!!」

 

私の説得に、13号先生とお茶子ちゃんも続いて説得してくれる。

そして、恐怖に身体を震わせながら笑顔を浮かべるお茶子ちゃんの説得を受けて、飯田くんの表情が変わった。

 

 

 

「手段がないとはいえ、敵前で策を語る様な阿呆がいますか」

 

睨み合いに飽きたのか、モヤの異形がまた大きく広がった。

 

「バレても問題ないから語ったんでしょうが!!」

 

それを受けて13号先生は宇宙服の指先を開き、個性を使い始める。

その瞬間、先生の真後ろの辺りから悪寒が走った。

 

「ダメっ!先生、個性……止めてっ!」

 

「なっ!!?」

 

私の声に反応はして、13号先生はすぐに個性を止めてくれた。

だけど、個性を止めると同時に、先生の真後ろにモヤが広がった。

 

繋がったモヤから一瞬とは言えブラックホールを食らってしまった先生は、自身の個性で背中を抉り取られていた。

 

「13号。災害救助で活躍するヒーロー。やはり……戦闘経験は一般ヒーローに比べ半歩劣る」

 

先生は、その衝撃で崩れ落ちてしまった。

波動を見る限り、背中が削れてはいるけど命に別状はないはず。

だけど崩れ落ちてしまったのが心配だ。

念のために急いで駆け寄る。

動くことは難しそうだけど、意識はある。

 

「先生……!大丈夫ですか……!」

 

「意識は、あります。大丈夫です。それより……」

 

動けなくなるほどの怪我をしているのに、先生の意識は飯田くんに向いていた。

 

「飯田ァ!!走れって!!!!」

 

立ち尽くしてしまっている飯田くんには砂藤くんが喝を入れていた。

 

「くそう!!」

 

その言葉を受けて、ハッと我を取り戻した飯田くんも全力で走り出した。

 

「散らし漏らした子供……教師たちを呼ばれてはこちらも大変ですので」

 

走り出した飯田くんに気が付いたモヤの異形は、すぐに飯田くんの正面にモヤを展開する。

そのモヤにすかさず障子くんが覆いかぶさって、モヤをかき消した。

 

その間に飯田くんは扉に向かって駆けていく。

だけど障子くんの囲いも容易く脱出したヴィランは、すぐに飯田くんを追いかけ始めていた。

 

「くっ……!!」

 

「ちょこざいな……!!外には出させない!」

 

容易く飯田くんを追い抜いたモヤの異形は、さらに大きく広げたモヤをゲートの前に展開する。

それと同時に、何かに気が付いたお茶子ちゃんが駆けだした。

お茶子ちゃんの思考は……『実体があるかもしれない』……?

 

「あれに……実体があるの……?まさか……浮かせるつもり……?」

 

「……なるほど、それなら……すいません、波動さん。僕の身体を支えてもらうことはできますか?」

 

「……分かりました」

 

先生が考えていることは、思考からすぐに分かった。

確かに浮かび上がらせるだけだと、また転移で飯田くんを強襲する可能性がある。

そんなことをする余裕を与えない必要がある。先生の考えは悪くない。

全身から力が抜けている上に、宇宙服のコスチュームを着ている先生を立ち上がらせるのは難しいけど、波動で身体強化をすればできないわけじゃない。

腕に波動を集めて、先生に肩を貸して立ち上がらせた。

 

「生意気だぞメガネ……!消えろ!!」

 

飯田くんがモヤに飲まれそうになる瞬間、モヤに後ろから飛び掛かったお茶子ちゃんが、ヤツが首に着ていた物に触れた。

 

「理屈は知らへんけど、こんなん着とるなら実体あるってことじゃないかな……!!!」

 

お茶子ちゃんの個性は問題なく効いたようだ。

モヤの異形を掴んだままだったお茶子ちゃんは、異形を上空に大きく放り投げた。

 

「行けええ!!!飯田くーん!!!」

 

モヤの異形は、無重力で上空に浮かび上がった。

だけど、異形は案の定空中でモヤを広げ始めている。

また飯田くんの目の前に出るつもりなんだろう。

そんなモヤに向けて、13号先生は右手を向けた。

 

「確かに僕は戦闘経験で劣ります。ですが、プロヒーローとしての矜持があるんですよ!」

 

先生はさっきの二の舞にならないように、一瞬だけブラックホールを使用した。

使ったのは一瞬だけだったけど、今はそれで十分だった。

 

無重力の状態で浮いているモヤの異形は、一瞬とはいえブラックホールの吸引力を受けて、凄まじい速度で地面に向けて撃ちだされた。

 

モヤの異形は慌てた様子で転移をして、地面すれすれのところで姿を消してしまった。

だけど、その隙に飯田くんは、ゲートの扉をこじ開けて施設の外へ出ることに成功した。

 

 

 

モヤの異形は転移を利用して速度を殺してから手のヴィランの方に合流したようだった。

 

「障子くん……周囲の警戒、お願いしていい……?私は……皆の状況を探るから……」

 

「それは問題ないが……相澤先生がまずい、早く助けに行かなければ」

 

障子くんが先生を助けに合流するべきだと進言してくる。

確かに、今の相澤先生の状況はすごくまずい。

だけど、今まさに私の感知範囲ギリギリに希望が見えた。

活動時間ギリギリだって話だったけど、彼ならなんとかしてくれるだろう。

多分、そろそろ障子くんも気が付くはずだ。

 

「……まさか、そういうことか」

 

「ん……そう……だから……今私たちが飛び込んで守る対象が増えたら……邪魔になる……私たちは自衛のための周囲の警戒と……皆の状況確認に努めるべき……」

 

「そうだな。分かった」

 

下の広場で、緑谷くんが黒い巨体のヴィランにパンチを叩き込んでいる。

だけど、巨体のヴィランは意に介した様子もなく、緑谷くんの右腕を掴んだ。

 

その瞬間、ゲートの扉が吹き飛んだ。

 

激怒したオールマイトが姿を現したのだ。

 

 

 

「嫌な予感がしてね……校長のお話を振り切りやってきたよ。来る途中で飯田少年とすれ違って……あらまし聞いた。」

 

『まったく己に腹が立つ……!!子供らがどれだけ怖かったか……後輩らがどれだけ頑張ったか……!!しかし……!!だからこそ胸を張って言わねばならんのだ!!』

 

「もう大丈夫」

 

「私が来た!」

 

 

 

憤怒の表情のオールマイトはネクタイを引きちぎると、階段を飛び降りて広間に降り立った。

そのままの勢いでヴィランを制圧して、あっという間に相澤先生と緑谷くん、梅雨ちゃん、峰田くんを救出していく。

 

戦闘はオールマイトが何とかしてくれるだろう。

そう思って、私と障子くんは感知した内容を13号先生に共有していた。

 

「緑谷くん、梅雨ちゃん、峰田くん、爆豪くん、轟くん、切島くん、透ちゃんは……もうすぐここに合流します……上鳴くん、百ちゃん、響香ちゃんは山岳エリア……上鳴くんが人質になってて反撃できないみたいです……常闇くん、口田くんはドームみたいなエリア……既にヴィランは制圧済み……尾白くん、青山くんが火災エリア……尾白くんは余裕をもってヴィランの対処中……青山くんは隠れているみたいです……」

 

「この周囲のヴィランはオールマイトが制圧しました。残っているのは最初に波動が警告していた3人だけです」

 

「ありがとうございます。1番まずいのは上鳴くんたちですね……でも、助けに行こうにも僕は動けないし……」

 

話していると、多くの見覚えのある波動がUSJに近づいてくるのに気が付いた。

飯田くんはしっかりと役目を果たしてくれたらしい。

 

それと同時に、黒い巨体のヴィランが凄まじい速度で天井を突き破って外に飛んでいった。

オールマイトが勝った。

ヴィランたちが考えていたオールマイト対策を打ち破ったらしい。

だけど同時に、もう限界みたいだった。

口ではヴィランを威圧してるけど、思考は『もう動けんぞ……』とか『トゥルーフォームに戻ってしまう……!』なんていう危機迫った物になっちゃってる。

緑谷くんただ一人が、その状況に気付いていた。

 

そんな危機的状況のオールマイトに、ヴィランが襲い掛かろうとする。

だかど、オールマイトの危機に気が付いている緑谷くんが、すぐさまヴィランに飛び掛かった。

ヴィランはそんな緑谷くんの動きに反応して反撃している。

このままだと、緑谷くんはヴィランの攻撃を受けてしまうだろう。

 

「緑谷くん!?」

 

13号先生が、驚愕して声を上げる。

でも……

 

「大丈夫……助けなら……もう来ますから……」

 

そのタイミングで、先頭に立っていたスナイプ先生の銃声とともに、ゲートに雄英高校所属のプロヒーローと飯田くんが姿を現した。

 

「ごめんよ皆。遅くなったね。すぐ動けるものをかき集めてきた」

 

「1-Aクラス委員長飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」

 

スナイプ先生の射撃は、緑谷くんに反撃しようとしていたヴィランの手と、上鳴くんを人質にしていたヴィランの手を正確に打ち抜いていた。

これで皆大丈夫だろう。

 

手のヴィランとモヤの異形は、先生たちの姿にすぐさま逃走しようとし始めた。

スナイプ先生と13号先生が反応して銃撃とブラックホールで捕まえようとしたけど、ヴィランは逃げおおせてしまった。

 

「今回は失敗だったけど……今度は殺すぞ……平和の象徴オールマイト」

 

諦めるつもりはないという、捨て台詞を残して。

 

 

 

その直後、オールマイトがあの姿になってしまった。

今は煙に包まれてるけど、このままだと近くの切島くんたちに見られてしまいかねない。

手助けした方がいいかと思って広場の方へ駆け降りていく。

だけど、それも少し遅かったようで、切島くんが緑谷くんとオールマイトの方に駆け寄っていってしまっていた。

結局、セメントス先生が壁を作って見えないようにして、ゲート前に集まるように伝えたことで納得してくれたけど、危ないところだった。

それを確認して、私は今生徒がいる位置とヴィラン残党の位置を先生たちに伝えて、指示に従ってゲート前に戻った。

 

 

 

少しして散らばっていた皆がゲート前に集まることが出来て、先生たちと警察によってヴィランが連行される中、安否確認が行われた。

 

「16……17……18……両足重傷の彼を除いて……ほぼ全員無事か」

 

結局、生徒で怪我をしたのは、最後にオールマイトを助けるために飛び出した緑谷くんだけだった。

そんな彼をちょっと心配しながら、隣にいる透ちゃんに声をかける。

 

「透ちゃん……大丈夫だった……?」

 

「うん!土砂のとこに出たんだけどね!轟くんクソ強くてびっくりしちゃった!」

 

「そっか……大丈夫だったなら良かった……」

 

透ちゃんは轟くんの強さを強調して話してくれる。

だけど、その轟くんはこっちの会話を聞きながら、『あのコスチュームのままだったら凍らすとこだった……』とか考えている。

もしかして、透ちゃんは轟くんに声をかけずに轟くんが戦う様を眺めていたんだろうか。

それなら確かに、あのコスチュームのままだったら凍らされていたかもしれない。

コスチュームを改良に出していたのは不幸中の幸いだったか。

 

「僕がいたとこはね……どこだと思う!?」

 

「そうか。やはりみんなのとこも最初に波動が言っていた通りチンピラ同然だったか」

 

「ガキだとナメられてんだ」

 

私たちがそんな会話をする横で、青山くんが皆に問いかけているけど、悉く無視されていた。

 

「どこだと思う!?」

 

「どこ?」

 

「秘密さ!!」

 

梅雨ちゃんが反応してあげたみたいけど、結局どこに居たのかは言わずじまいだった。

でも、青山くんのあれは空元気だ。

私と障子くんは青山くんが隠れていたことを知っている。

だけど、これは言うべきじゃない。

何故なら青山くんの思考は、その表情に反して『僕はなんてことを……』とか『ヒーローに相応しくない』といったものだからだ。

誰にも言っていないけど、彼が隠れていた時に強い恐怖と後悔の感情に支配されていたことも感知してる。

多分、ヴィランへの恐怖で尾白くんを助けることもせずに隠れてしまったことを後悔しているんだろう。

私が障子くんにアイコンタクトすると彼は頷いてくれた。

障子くんは感情や思考の情報がなくても、彼のこれが空元気だと気付いたんだろう。

私たちは、青山くんの名誉のためにも、このことは口外しないことにした。

 

「とりあえず生徒らは教室へ戻ってもらおう。すぐ事情聴取ってわけにもいかんだろ」

 

「刑事さん、相澤先生は……」

 

声をかけてくれる刑事に、梅雨ちゃんが相澤先生のことを問いかける。

 

「両腕粉砕骨折、顔面骨折はあるが脳系の損傷は見受けられない。だが眼窩底骨が粉々になっていて、眼に何かしらの後遺症が残る可能性があるそうだ」

 

説明してくれた刑事のその言葉に、皆が暗く重い空気に支配された。そんな私たちを尻目に、刑事は言葉を続ける。

 

「13号は背中に裂傷があるが命に別状なし。オールマイトも同じく命に別状なし。彼に関してはリカバリーガールの治癒で十分処置可能とのことで保健室へ」

 

「デクくん……」

 

「緑谷くんは……!?」

 

今度は刑事の話に出てこなかった緑谷くんの容態を、お茶子ちゃんと飯田くんが問いかける。

 

「緑……ああ。彼も保健室で間に合うそうだ」

 

その言葉にお茶子ちゃんは安心したようにため息を漏らした。

 

そこまで確認した私たちは、刑事に連れられて教室で待機することになった。

その後、少し時間を置いてから1人ずつ軽い事情聴取を受けて、帰宅を指示された。

 

 

 

帰路に就きながら、考えてしまう。

 

ヴィランが消えた直後、緑谷くんが『何もできなかった』なんて考えながら涙を流して悔しがっていた。

だけど、そんなことはない。

オールマイトが緑谷くんに伝えてくれたけど、緑谷くんが飛び込まなければオールマイトは殺されていたかもしれなかった。

命は助かったとしても、あの姿をヴィランに暴かれて"平和の象徴"としての終わりを迎えてしまうところだった。

 

何もできなかったのは、私の方だ。

波動で得た情報を伝えて、何かの役に立ったのか。

障子くんに庇われて、クラスメイトの、オールマイトのピンチが分かっていても何もできなくて。

やったことと言えば情報共有と13号先生の補助だけ。

オールマイトの邪魔になる?助けが来るから大丈夫?

そんなの、ただの言い訳でしかない。

ただヴィランが怖くて、飛び込むことが出来なかっただけだ。

 

私は、自分の個性なら、今のままでも十分にお姉ちゃんをサポートできると思っていた。

でも、結果はこの程度。

私たち生徒を庇った先生たちは、重傷を負ってしまった。

 

もし私がお姉ちゃんみたいに波動を扱えたら……

そうだったら、きっとここまで被害はなかったはずだ。

だけど、現実はそうじゃない。

 

私の認識が、甘かったんだ。



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迫る体育祭

翌日は臨時休校になった。

 

あれから、私も色々考えた。

私は、今までほとんど運動をしてこなかった。

理由なんて簡単で、友達なんていなかったから、一人で出来る趣味に走っていたのだ。

読書やゲームは相手の思考を読まないで済むから素直に楽しめたし、料理を作ったりしてお姉ちゃんに褒めてもらったりするのが好きだったから。

 

雄英高校を受験すると決めても、個性で何とかするなんて驕っていた私は、特にトレーニングもしてなかった。

その結果が、あの個性把握テスト。

個性を使わなければ、女子の平均程度しか取れない運動能力だった。

その頼りの個性すらも、身体能力の強化という点で見ると瞬間的に使うことが出来る程度でしかない。

ちゃんと自主トレをして備えてきた他の皆に後れを取るのは、当然のことだった。

 

そのツケが回ってきたんだろう。

だからこそ、あんな危機的状況に陥ってる時に足手まといにしかならなかった。

索敵しか能がない、戦闘能力のないヒーローが現場にいても不安要素になるだけなんだ。

今回の件で、そのことを強く実感した。

 

今後お姉ちゃんの足手まといにならないためにも、身体を鍛えるべきだ。

武術とか体術を身に着けてみるのもいいかもしれない。

それがあれば波動の強化はさらに効果的になるはずだ。

 

でも、こういうのは闇雲にやっても効率が悪いと思う。

身近で相談しやすい人と言えば……

やっぱりお姉ちゃんか。

お姉ちゃんは今雄英のビッグ3なんて呼ばれる雄英生のトップなのだ。

相談しない手はない。

 

 

 

「身体を鍛えたい?急にどうしたの?」

 

「その……思うところがあって……体術とか……覚えたい……」

 

「うーん……」

 

最初は不思議そうにしていたお姉ちゃんだったけど、私の表情を見たら大体察してくれたみたいだった。

流石お姉ちゃん。察しもいい。

少し考えた後、お姉ちゃんが口を開いた。

 

「体術を覚えるのはいいと思うよ。でも、そのためにはまず基礎が大事なんだよ。知ってた?」

 

「えっと……つまり……」

 

「小手先の技術を覚える前に、走り込みと筋トレしよ!ね!」

 

結局、基礎体力を向上させないとどうにもならないってことみたいだった。

 

「いきなり体術っていうのはムズかしいよ」

 

「ん……それは……そうかもしれないけど……」

 

「焦りすぎ!瑠璃ちゃんはまだ1年生なんだし、これからゆっくり色んな経験を積んでいけばきっと大丈夫!」

 

頭を撫でてくるお姉ちゃんに、何も言えなくなってしまう。

でも、お姉ちゃんの言ってることは間違ってない。

足手まといにならないためにも、走るのが嫌いだとか言っている場合じゃないか。

 

「……分かった……ランニング……頑張る……」

 

「うんうん!じゃあ瑠璃ちゃんに合ったトレーニングメニュー、一緒に考えよっか!」

 

そう提案してくれたお姉ちゃんと相談して、最終的に毎日のランニングと筋トレから始めることになった。

明日からなんて言わずに、ちゃんと今日から始める。

ランニングの時点で心が折れそうになったけど、こういうのは積み重ねが大事だっていうのは分かる。

頑張ろう。

 

 

 

そしてさらに翌日。

私は筋肉痛でぐったりになっていたけど、教室は一昨日の話題で持ちきりになっていた。

そんな中8時24分になった瞬間に、飯田くんが教卓の方へツカツカと歩いていく。

 

「皆ー---!!朝のHRが始まる!私語を謹んで席につけー---!!」

 

「皆座ってる……座ってないの……飯田くんだけ……」

 

皆席に座って話していた。今教室で立っているのは飯田くんだけだ。

ツッコんであげたら、飯田くんは席に戻りプルプルと震え始めた。なんというか、すごい空回りしてるな。

それも含めて静かになったタイミングで、教室の扉が開いた。

 

「おはよう」

 

「「「相澤先生復帰早えええ!!!!」」」

 

教室に入ってきたのは両腕にギプスをつけて首に吊り下げた上に、顔まで包帯でぐるぐる巻きになっている相澤先生だった。

波動で見えていたから分かってはいたけど、教卓までヨロヨロふらふらしながら危なっかしい感じでゆっくりと進んでいく様子は見ていてハラハラしてしまう。

 

「先生、無事だったのですね!!」

 

「無事言うんかなぁアレ……」

 

飯田くんが真面目に反応してるけど、お茶子ちゃんの言う通りだ。

あれは無事とは言えないと思う。

 

「俺の安否はどうでも良い。何よりまだ戦いは終わってねぇ」

 

「戦い?」

 

「まさか……」

 

「まだヴィランがー-!!?」

 

峰田くんがなんか言ってるけど、そんなことあるわけないだろう。

皆も不安になってるみたいだけど、そういうことならこんな悠長に話すわけがない。

それに、読心云々以前にもう体育祭の時期なのは明らかだ。

 

「雄英体育祭が迫ってる!」

 

「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!」」」

 

先生の言葉を聞いて、皆はほっとすると同時に歓声を上げた。

私は私で、体育祭が中止になったりしないか心配してたんだけど、例年通り開催するみたいで安心した。

お姉ちゃんの活躍を見る機会が減るのは耐えられない。

 

雄英体育祭。

多数のメディアを入れた会場の中で行われる、個性ありの体育祭だ。

テレビでも放送されるそれは、かつてのスポーツの祭典であるオリンピックに代わって全国を熱狂させている。

一般人にはそんな娯楽としての意味合いが強いけど、雄英生にとっては違う。

この体育祭には、現役プロヒーローがスカウト目的で大勢観戦に来るのだ。

ここでプロに見込まれれば未来が開けると言っても過言ではない。

 

お姉ちゃんも体育祭で活躍して、No.9ヒーローリューキュウに指名された。

そのまま職場体験、インターンと色々面倒を見てもらっているのだ。

つまり、ここで有力なプロヒーローに興味を持ってもらうことが重要であるということだ。

 

「年に1回……計三回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!その気があるなら準備は怠るな!HRは以上だ」

 

相澤先生はそう言って私たちに発破をかけて、HRを締め括った。

 

 

 

「体育祭……録画しなきゃ……」

 

「ん?ああ!テレビに映っちゃうもんね!私も録画しようかな!」

 

「……?私が録画するのは……3年生の方……お姉ちゃんの最後の体育祭……見逃せない……」

 

そう。お姉ちゃんの最後の体育祭なのだ。

お姉ちゃんの晴れ舞台でもある体育祭を、見逃すわけにはいかない。

今年は私も出なきゃいけないから、リアルタイムで見れないのが残念だ。

それなのに、私が3年生の方を録画すると言ったら透ちゃんが微妙そうな顔になった。

 

「る、瑠璃ちゃんがお姉さん大好きなのは分かるけど……自分の方はいいの?」

 

「ん……自分のなんかよりも……お姉ちゃんの方が大事……」

 

透ちゃんの表情がさらになんとも言えないものになる。

何が言いたいかは分かるけど、実際にお姉ちゃんの体育祭の方が興味があるんだから仕方ない。

ただ、自分の方に全く興味がないかと言われるとそういうわけでもない。

録画するほどの興味がないってだけだ。

いい成績を取って、インターンとかでもいい事務所に行きたいとは思ってる。

お姉ちゃんのサイドキックになった時に、お姉ちゃんにも箔が付くような事務所に行きたい。

 

「デクくん、飯田くん……頑張ろうね体育祭」

 

透ちゃんと話していたら、お茶子ちゃんの全然うららかじゃない声が聞こえてきた。

表情もすごく強張ってて、すごいことになってる。

 

「どうした?全然うららかじゃないよ麗日」

 

三奈ちゃんがそんなお茶子ちゃんに声をかける。

その後ろでブドウ頭が『生理か?』とか考えてるけど……

最低。デリカシーがなさすぎる。

しかもあろうことか口に出そうとまでしている。

だけど、彼は最後までその言葉を口にすることはできなかった。

口走り始めたところで、暴挙に気付いてすぐに制裁した梅雨ちゃんは流石というほかない。

 

「皆!!私!!頑張る!」

 

その横で、お茶子ちゃんがすっごく険しい表情で気合を入れていた。

『父ちゃん母ちゃんに楽させたげる』『ここでアピールしないと』という思考が聞こえてくるし、そういうことなんだろう。

お茶子ちゃん、本当にいい子だ。表情と声はすごいことになってるけど。

 

 

 

放課後――――

1-Aの教室前は人ごみで大変なことになっていた。

大体が偵察か冷やかしではあるけど、ここまで集まられると正直鬱陶しい。

 

「うおおお……何ごとだぁ!!!?」

 

「出れねーじゃん!何しに来たんだよ」

 

「敵情視察だろザコ。ヴィランの襲撃に耐え抜いた連中だもんな。戦いの前に見ときてえんだろ」

 

びっくりするお茶子ちゃんや憤る峰田くんに自分の所感を述べて、爆豪くんがこの人ごみがどういう目的で来ているのか説明してあげている。

爆豪くんはこういうところは意外と優しい。

口が悪いけど。人に罵倒みたいなあだ名付けてくるけど。そのせいで印象最悪だけど。

この前"クソチビ"とか呼ばれてキレそうになってしまった。

というか私はチビではない。四捨五入すれば150cmはあるのだ。小さいはずがない。

なんで私のあだ名がチビなんだ。そのあだ名は峰田くんが妥当ではないのかと文句を言いたい。

 

私が内心で爆豪くんに憤っていると、教室の前の騒動は落ち着いていた。

普通科の人が宣戦布告したり、B組の人が怒鳴り込んできたり、爆豪くんが煽った上でそれらを無視したり色々あったようだ。

敵を増やしたなんて上鳴くんが怒っているけど、これで帰れるようになったし別にいいのではなんて考えてしまう。

どのみち既に目立ってるんだし、今更だ。

 

帰路につきながら、今日の残りのトレーニングメニューについて考える。

少しでも体育祭でいい成績を残せるように、頑張ろう。

 

 

 

体育祭まで、あと2週間――――



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救助訓練

体育祭の開催を告げられた2日後、私たちは再びUSJに来ていた。

 

「まああんなことはあったけど、授業は授業。というわけで救助訓練、しっかり行ってまいりましょう」

 

コスチューム姿の13号先生が、人差し指を立てて小首を傾げるような仕草をして話し始めた。

包帯ぐるぐる巻きのままの相澤先生もいる。

2人とも無理しすぎじゃないだろうか。

 

「13号先生、もう大丈夫なんですか?」

 

先生のファンのお茶子ちゃんも、心底心配した様子で問いかけている。

 

「背中がちょっと捲れただけさ。先輩に比べたら大したものじゃないよ」

 

「授業を行えるなら何でもいい。とにかく早く始めるぞ。時間がもったいない」

 

13号先生が相澤先生の方を示しながら、自分は大したことはないと嘯く。

背中に大きな傷跡が残ってもおかしくないレベルの捲れ方だったと思うんだけど……

相澤先生もさっさと授業を始めようと歩き出してるし、なんでこんなに普通にしていられるんだろう。

 

「相澤先生!前回は13号先生と相澤先生、あとオールマイトが見てくれるはずでしたけど、オールマイトは……?」

 

「知らん。ほっとけあんな男」

 

相澤先生は緑谷くんの質問に少し足を止めたけど、素っ気なく突き放して再び歩きだしてしまった。

その様子を見て、昨日のことを思い出しながら相澤先生の後ろについて訓練場所に向かった。

 

 

 

昨日の放課後―――

 

そろそろ帰ろうかと準備をしていた頃、突然オールマイトに呼び出された。

休憩室で骸骨姿のオールマイトの正面に座って話を切り出される。

 

「急に呼び出してすまないね、波動少女」

 

「いえ……それは大丈夫ですけど……」

 

なんの用だろうと思いながら淹れてくれたお茶を飲む。

オールマイトも自分のお茶を一口飲んでから話し始めた。

 

「明日の授業なんだが、ちょっと協力して欲しいことがあってね」

 

つまるところ、オールマイトの話はこうだ。

明日のヒーロー基礎学の授業は、あの日襲撃されてできなかった内容をUSJで行うらしい。

その中で、オールマイトがヴィランに扮してサプライズを仕掛けるつもりなのだそうだ。

私が生徒側に居ても波動でオールマイトであることを看破しちゃうから、人質役になって欲しいらしい。

 

「サプライズ……それ……本当に必要ですか……?皆……十分怖い思い……したと思いますけど……」

 

「彼らはあの襲撃を事故だと思っている。何千、何万分の一の確率で起こった偶然だと。しかしそうではない。ヒーローには絶えず危険が付きまとう。それを自覚して欲しいのさ」

 

「そのこと……相澤先生は……?」

 

「賛同は得られなかったけど、承認はしてもらったよ」

 

悪意も無ければ思考とのズレもないし、オールマイトが嘘をついてる様子はない。

だけど、理由を聞いてもそんなことをする必要はないんじゃないかと思ってしまう。

皆、あの事件を真剣に受け止めて、今後につなげようとしていた。甘く見ている生徒はいないと思うんだけど。

とはいえ、新米とはいっても相手は教師だ。授業のために必要だと言われれば拒否するつもりはない。

 

「……人質役は……分かりました……でも……私はどうすれば……?」

 

「ああ。じゃあ、倒壊ゾーンの方での訓練になったら――――」

 

 

 

相澤先生に連れていかれた先は、断崖絶壁の山岳ゾーンだった。

オールマイトは昨日の言葉通り、建物が倒壊している市街地のようなエリアで準備をしてるみたいだ。

この訓練に合流するつもりはないらしい。

 

「ではまずは山岳救助の訓練です。訓練想定としまして、まず登山客3名が誤ってこの谷底に滑落。1名は頭を激しく打ち付け意識不明。他2名は足を骨折し動けず救助要請という形です」

 

ツラツラとされる13号先生の説明を受けて、切島くんと上鳴くんが結構深い谷を覗き込み始めた。

 

「うわあ!?ふっけええ!!?」

 

「2名は良く骨折で済んだなあおい!?」

 

波動を見ても100m程度は深さがある。ここを滑落なんてしたら死んでいてもおかしくないはずだ。

見えない谷底に対して2人が漏らした感想を聞いて、飯田くんが駆け出した。

 

「切島くん上鳴くん!何を悠長なことを!!一刻を争う事態なんだぞ!!大丈夫ですかあああ!?安心してください!!必ず助け出しまああす!!」

 

「おめえは早すぎんだろ」

 

「まだ人いねえよ」

 

谷底に向かって叫んだ後、返答を聞き取るために耳を澄ましている飯田くんに2人が至極真っ当な反論をしている。

まだ誰も下にいないし、真面目にやるのはいいけど、これはこれでなんかちょっと違う気もする。

 

「うおおお!本格的だぜ!!頑張ろうね!デクくん!!」

 

お茶子ちゃんが前回の13号先生の演説の時みたいなテンションになっていた。

張り切る姿はすごく可愛らしいけど、距離を詰めすぎてて緑谷くんがすごい思考になってる。傍目から見る分には面白いけど。

だけど、そんな緑谷くんもすぐに気を取り直して、気合を入れなおした。

 

「よし、それじゃあまず救助要請で駆け付けたと想定し、この4名だ。そこの道具は使っていいこととする」

 

相澤先生が人を乗せられる救命具やロープとかを示しつつ、訓練開始を宣言した。

 

皆恙なく訓練を進めていく。

一番揉めていたのは最初の組だ。

爆豪くんがキレ散らかして、轟くんが売り言葉に買い言葉で喧嘩に発展しそうになった感じだ。

百ちゃんが叱りつけて統率を取って何とかなったけど。

 

あとは、百ちゃんが崖下に呼びかける時に、コスチュームのせいもあってお尻が強調されてしまっていた。

そこまではいい。彼女の個性の関係上コスチュームの露出は仕方ないことだ。

だけど、それをしゃがみ込んでまでガン見するブドウ頭。あいつはだめだ。

切島くんが率直に「屑かよ!」なんてツッコんでたけど、正しくその通り。

わざとぶつかることで彼の姿勢を崩れさせて、覗き見を妨害した私は絶対に悪くないと思う。

 

 

 

そんな感じのことはあったけど、訓練は順調に進んで私の番になった。

私は最後の組だ。

メンバーは緑谷くん、お茶子ちゃん、尾白くん、私だ。

崖下への声掛けは緑谷くんとお茶子ちゃんが最初にやってくれた。

その後にどうするかは、今からやる方針を決めるための作戦会議の結果次第だ。

ただ、この組なら作戦なんて一つだと思う。

私が要救助者の位置を割り出しつつ昇降に適した位置を探して、お茶子ちゃんが谷底に降りて要救助者を無重力する。

その後浮いてきた要救助者を、緑谷くんと尾白くんでキャッチすればいい。

 

「谷底まで……大体100mくらい……私……USJの中なら全部感知できるから……下ろす位置とか……指示出すね……」

 

「USJの中全部!?波動さんってどのくらいまで見えてるの!?」

 

私ができることを最初に説明すると、緑谷くんが驚愕しながら聞き返してきた。

 

「ん……大体1km先くらいまでなら……誰が、何をしてるのかまで分かる……地形の把握もできるから……この訓練は私大活躍……」

 

茶目っ気を込めてピースなんかもしながら答えてあげる。

私の返答を聞いた途端、いつもの緑谷くんのブツブツが始まった。

褒めてくれてるのは分かるけど、相変わらずちょっと怖い。

 

「デクくん!デクくん!!今作戦会議中っ!!」

 

「はっ!?麗日さん!?ご、ごめん!」

 

お茶子ちゃんが慣れた様子で緑谷くんをこちらの世界に戻してくれた。そっか、もう慣れちゃったのか、あれ。

 

「で、でも!波動さんがそこまで見えるなら、作戦は波動さんに安全なルートを指示してもらって、麗日さんに谷底に降りてもらうのが一番だよ」

 

「だな。俺と緑谷は麗日を下ろす手伝いと浮かせてもらった要救助者をキャッチする感じにしようか」

 

「じゃあ私と瑠璃ちゃんの腕の見せ所だね!がんばろうね!!」

 

皆も同じ結論になったらしい。

あっさりと作戦は決まった。

 

 

さっきから何度も見ている崖の状況を再度確認する。

お茶子ちゃんが下りる準備をしてるけど、そこはダメだ。

崖に突出してる部分があって、まっすぐ降りると崖にぶつかってしまう可能性が高い。

 

「お茶子ちゃん……そこはダメ……崖、飛び出してるところがある……危ないよ……」

 

「本当!?じゃあどこら辺が良さそうかな?」

 

要救助者に近くて、まっすぐ降りても問題がないところとなると……こっちかな。そう思って、大丈夫そうな場所を指し示す。

 

「ここからなら……危険もないし……要救助者に近いよ……」

 

「ありがとう瑠璃ちゃん!」

 

私の指示を受けて、お茶子ちゃんはにこやかにお礼をいうと、救命具を無重力にした。

そのまま自分もそれに乗り込むと、括り付けたロープを使って、緑谷くんと尾白くんが崖下に下ろしていく。

 

「……谷底……ついた……1回離して大丈夫……」

 

「よし。しかし波動、本当に見えてるんだな」

 

「ん……感知なら任せて……お茶子ちゃんと合図も決めといたから……上げるときにまた声かける……」

 

後は流れ作業だ。

 

最初の頭を打っている要救助者だけ救命具に乗せて、無重力にして引き上げる。

ここは問題なく終了した。

 

2人目の骨折している設定の要救助者。

ここが問題だった。

なんで問題かというと、要救助者が峰田くんなのだ。

今も下でお茶子ちゃん相手に不快極まりない思考を垂れ流してる。

命綱を付けた峰田くんをお茶子ちゃんが無重力にして浮かべて、尾白くんたちが引き上げ始めた。

彼が近づくにつれてより鮮明に伝わってくる思考がただただ気持ち悪くて、後退って崖から離れてしまう。

『波動』『波動来い』『抱き着いて胸に顔埋めてもセーフ』『救助してもらった瞬間に胸とか尻触ってもそれは事故』とか考えている。

あんな思考を受けて不快にならない女の子がいるはずがない。

緑谷くんと尾白くんも、私が後退った瞬間は不思議そうな顔をしてたけど、上がってきたのが峰田くんであることに気付いてすぐに納得していた。

結局、峰田くんは尾白くんがキャッチした。

私が離れた位置に居るのを確認した峰田くんが「なんで波動じゃねえんだよおおお!!」とか叫んでいたけど、なんで私に対応してもらえると思っているんだろう。

見学していた女子も峰田くんをゴミを見るような目で見ていた。

 

3人目の梅雨ちゃんは緑谷くんがキャッチして特に問題なかった。

まあ梅雨ちゃんがお姫様抱っこを恥ずかしがったり、緑谷くんが骨折している人の支え方を考えていなかったりなんてことはあったけど、その程度だ。

 

「要救助者、全員保護しました!」

 

「はい、終了です」

 

最後に救命具を下ろしてお茶子ちゃんを回収して、訓練は問題なく終わった。

皆のところに戻ると13号先生が講評をして、この訓練を締め括った。

 

「皆さん大変素晴らしい成果でした。1回目にしては。救助とは時間との戦いでもあります。まだまだ改善の余地が皆さんにはありました。すなわちまだまだ伸びしろがあるということ」

 

「なんかあっけねぇなや」

 

「気を抜くな。まだ授業は続くぞ」

 

上鳴くんの気の抜けた一言に、相澤先生が釘を刺して次の訓練へ移行した。

 

 

 

次の訓練は倒壊ゾーンで行う救助訓練だった。

内容は簡単に言うとかくれんぼだ。

4人組が他の隠れている要救助者16人を探す訓練らしい。

隠れている16人の内半分は喋ることもできない状態なんていう設定付きだ。

だけどこれは、私が探す側だと一瞬で終わってしまう訓練でもある。

 

説明が終わった直後にブドウ頭がまた妄言を吐いていたのは完全に無視する。

緑谷くん以外もう反応すらしていなかった。

とりあえずそれは置いておいて……

 

「……これ、私が探す側だと……5秒で終わる……」

 

「「「5秒!?」」」

 

私の率直な感想に、皆が声を揃えて反応した。

相変わらず仲がいいな皆。

 

「ん……かくれんぼなら……USJ全体でやっても変わらない……一瞬で場所が分かるから……あとは回収する作業……」

 

「ああ、波動さんは申し訳ありませんが、この訓練中は要救助者役です。流石に一瞬で終わってしまうと訓練にならないので」

 

そんな13号先生の指示もあって、私は隠れる側になった。

そして、これがオールマイトとの約束の状況でもある。

 

オールマイトの波動を感じるビルまで行ってパパッと合流する。

オールマイトは角とか棘とかが沢山ついている謎の変装をしていて、如何にも悪役といった風貌だった。

 

手筈通り、そのままオールマイトの小脇に抱えられて、気絶した振りをする。

 

そして、オールマイトは早々に見つけた飯田くんを追いかけ始めた。

飯田くんはオールマイトの攻撃から近くのお茶子ちゃんと響香ちゃんを庇うように、2人を巻き込んで飛び込んだ。

起き上がってこっちを見たお茶子ちゃんと響香ちゃんは、すぐに私に気が付いたようだった。

 

「そんな……まさか……瑠璃ちゃん……!?」

 

「波動の感知をすり抜けたってこと……!?」

 

「早く!君たちは先生の元へ!」

 

異常を察知した皆がどんどん集まってきる。

皆困惑してるけど、状況はすぐに飲み込めたようだった。

 

「ヴィラン!?」

 

「嘘だろぉっ!?」

 

「瑠璃ちゃん!?」

 

「そんな……」

 

皆が混乱する中、先生の近くにいた尾白くんが、即座に指示を仰ぎ始めた。

 

「先生!!ヴィランの残党が!!」

 

「ナンテコッタ、オレタチハマダケガデタタカエルカラダジャナイ」

 

「では……!?」

 

「では?では……逃げてください!正面出口まで!早く!」

 

相澤先生はいくらなんでもその棒読みはないんじゃないだろうか。

13号先生も結構な大根役者で笑ってしまいそうになるから勘弁してほしい。

 

「逃がしゃしないさ!全員まとめて、死にさらせぇ!!」

 

その言葉とともに、オールマイトは衝撃波を放って周囲一帯を更地にしてしまった。

……正体を隠す気はあるんだろうか。

こんな力を持ってるヴィラン、早々いないと思うんだけど。

 

皆、ヴィランのあまりの強さに呆然としている。

そんな中、爆豪くんと轟くんだけは飛び出してきて、正面からオールマイトに応戦し始めた。

私は私で何度も爆風と氷に巻き込まれそうになるし、オールマイトには振り回されるしで正直生きた心地がしない。

 

そんな攻防を繰り返している間に、爆豪くんの煽りに奮起した皆は、オールマイトに挑む覚悟を決めたみたいだった。

 

各々が出来ることで一斉にオールマイトに攻撃を始める。

だけど相手はオールマイトだ。

それも簡単に一蹴されてしまった。

 

その中で唯一爆豪くんだけは、怯まずに再度オールマイトに襲い掛かった。

連続で爆撃をし続けて、時間稼ぎをし始めている。

その隙に緑谷くんが作戦を立てて皆に伝え始めていた。

 

皆も同意して、作戦が決まったみたいだ。

緑谷くんと透ちゃんが走り出すと同時に、爆豪くんが爆風を起こす。

その隙にお茶子ちゃんが透ちゃんを無重力にして、梅雨ちゃんが透ちゃんを舌で放り投げた。

 

「瑠璃ちゃんをっ!!返せええええっ!!」

 

透ちゃんは手に持っていたもぎもぎを私の背中に張りつけて、投げられた勢いともぎもぎの驚異的な接着力を利用して、私をオールマイトの手から引き剥がした。

 

『爆発のタイミングでっ!?』

 

オールマイトもその手腕に驚愕している。

だけど、私の救出だけでは終わらずに、回り込んでいた緑谷くんが指を犠牲にしてのデコピンで凄まじい暴風を放った。

反応自体は出来たオールマイトは、腕をクロスして身をかがめて耐え始めた。

 

そのまま耐えきられて終わるかと思ったけど、爆豪くんがオールマイトに追撃をかけて、爆発で吹き飛ばした。

オールマイトはその先のもぎもぎが張りつけられた瓦礫に叩きつけられて、あえなく行動不能になった。

 

爆豪くんはそのままゆっくりとオールマイトのところまで歩いていく。

 

「う、動けん!」

 

「止めだ!クソヴィラン!」

 

それまで必死でもがいていたオールマイトだったけど、動きまくった影響でようやくマスクが外れて顔が晒された。

 

「私が来てたぁ!!!」

 

「「オールマイト!!?」」

 

ヴィランがオールマイトだったという事実に、爆豪くんと緑谷くんの息の合った声が響き渡った。

 

「HAHAHAHA!!実はちょっとサプライズ的にヴィランが出た際の救助訓練をと思ってね!!ほら、前あんなことが起きたばかりだし!!いやぁしかし皆思いの他テキパキしてて!!流石雄……ぇぃ……」

 

……皆怒ってるのは分かりきってたことだけど、オールマイトはそこまで話して、ようやく皆の視線がおかしいことに気が付いたらしい。

 

「なんか……すいませんでした……」

 

「「「やりすぎなんだよオールマイトぉ!!!!」」」

 

皆ご立腹だ。

一部の血気盛んな男子が、動けないオールマイトを袋叩きにし始めるくらいには。

 

こうなるだろうなとは思ってた。

授業で教師の指示だから従ったけど、これはいくらなんでも皆を刺激しすぎだ。

もうネタバラシもしたし、いいかなと思って目を開ける。

 

「……新米教師……」

 

「る、瑠璃ちゃん起きてたの!?というかそうだよね!?これなら大丈夫なはずだよね!?というかこれ知ってたの!?」

 

「あっ!!?テメェもこのクソサプライズ共犯かクソチビィ!!!」

 

私のつぶやきに透ちゃんが反応して、色々混乱した様子で質問してくる。

その声で私のことを思い出したらしい爆豪くんも、罵声を浴びせてきていた。

 

「ごめんね……昨日……オールマイトに頼まれたの……私がいると……すぐにオールマイトだって気付かれるからって……」

 

爆豪くんは不満そうで爆発寸前だけど、一応はこれで納得してくれたらしい。

怒気を若干残しつつ、オールマイトに不満そうな視線を向けながら離れていった。

 

「そ、そっか……そうだよね。瑠璃ちゃん居たらヴィランに変装なんて意味ないもんね……でも、無事でよかったぁ……」

 

「ん……私も……透ちゃんが助けに来てくれて……嬉しかった……」

 

あの時の透ちゃんは、心の底から私を心配して、危険を冒してまで助けに飛び込んできてくれた。

私はそれが嬉しかった。

もぎもぎで私にくっついたままになってる透ちゃんの手に、私の手を重ねて感謝を伝える。

それを聞いた透ちゃんは、気恥ずかしそうに反対の手で頬を搔きながら微笑んでくれた。

 

「ひどいよぉオールマイト!!」

 

「ごめんって本気じゃなかったんだよぉ」

 

「しかし緑谷くんは指を負傷しています!!これは学校としてはまずいことになるのでは!?」

 

「もうダメですからねオールマイト!!ね、デクくん!」

 

「はぁぁ……でも、サプライズで良かった」

 

「緑谷少年……」

 

「緑谷少年……じゃねえんだよっ!!」

 

オールマイトは相変わらず皆に口でフルボッコにされている。

まあこんな質の悪いサプライズ企画したんだから自業自得だ。

 

私も他の皆にも謝罪して回った。

理由に納得されたのもあって、私の方はすぐに皆に許してもらえた。

 

そんなこんなで初めての救助訓練は終わった。

サプライズのせいで締まらない結果になった気がしないでもないけど、こういうのもオールマイトらしいのかもしれない。




「アニメフェスタだから」のくだりは当然ながら全カットです


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雄英体育祭 第一種目

2週間はあっという間に過ぎて、雄英体育祭当日になった。

私たちは体操服に着替えて、控え室で待機していた。

 

「皆準備はできているか!?もうじき入場だ!!」

 

飯田くんが張り切って声掛けをしているけど、誰も反応しない。なんか、空回りする飯田くんをスルーするのが当たり前になってきてるな。

 

「コスチューム着たかったなー」

 

「公平を期すために着用不可なんだよ」

 

そんな空回る飯田くんを尻目に、三奈ちゃんと尾白くんがコスチュームに関して話していた。

着たいのは分かるけど、ヒーロー科以外コスチュームなんて持っていないんだから仕方ない。

 

「私はまだコスチューム戻ってきてないからラッキーかな!」

 

「あと……一週間くらいだっけ……?」

 

「そうそう!少し前に繊維出来たって連絡来たし、もう少しで出来ちゃうんだよ!!」

 

透ちゃんがまだ見ぬコスチュームに胸を弾ませながら、ニコニコと笑顔を浮かべている。

デザインもいい感じのが出来たし、私も楽しみだ。

 

皆思い思いの方法で過ごしている中、轟くんが緊張でガチガチになっている緑谷くんに近づいていった。

珍しい組み合わせに、皆各々で話しながらチラチラと様子を伺っている。

 

「緑谷」

 

「轟くん……何?」

 

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」

 

……いきなりすぎる宣言ではあるけど、轟くんは客観的に見てもクラストップの実力者だから、この自信も頷けてしまう。

それだけ圧倒的な実力差があるのは、もう骨身に染みて分かってる。

 

「おまえ、オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが……お前には勝つぞ」

 

轟くんの宣戦布告を受けて、緑谷くんが少しびっくりしたような表情を浮かべた。

緑谷くんの虚をつかれた時の咄嗟の反応が成長していることに、少しだけ安心する。

この前もオールマイトと一緒にお昼を食べていたみたいだし、あれだけ露骨に贔屓されてるんだからこれくらい堂々としていた方がいいのは確かだ。

 

「おお!?クラス最強が宣戦布告!!?」

 

「急にケンカ腰でどうした!?直前にやめろって……」

 

轟くんの発言に上鳴くんが反応して、切島くんが止めに入る。

だけど、私はこういうのもありだと思う。

ヒーロー科にとっての体育祭は、友達との馴れ合いをしながらやるようなものじゃない。

今後のインターン先とかがかかった、将来に直結する戦いなんだから。

 

「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのかは……分かんないけど……そりゃ君の方が上だよ……実力なんて大半の人に敵わないと思う……客観的に見ても……」

 

「緑谷もそーゆーネガティブなこと言わねぇ方が……」

 

切島くんが緑谷くんを止めに入るけど、ちゃんと最後まで聞くべきだ。

彼の決意は、ネガティブなものなんかじゃない。

 

「でも……!!皆……他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって……遅れを取るわけにはいかないんだ。僕も本気で獲りに行く!」

 

「……おお」

 

緑谷くんのその決意表明に、皆息を呑んでいた。

内心まで見えてる私は、オールマイトの後継者としての重圧とヒーローへの憧れを思い浮かべながらのその宣言に、不覚にもちょっとかっこいいと思ってしまった。

それくらい今の緑谷くんには貫禄があった。

 

「……緑谷くん、熱いね!」

 

「ん……そうだね……」

 

透ちゃんが緑谷くんへの感想を口にしながら、真剣な表情で私を見つめてくる。

透ちゃんも、今の緑谷くんの言葉に思うところがあったみたいだった。

 

「ねえ瑠璃ちゃん……体育祭の競技中は、全力の真剣勝負、しようね!」

 

「ん……競技中の馴れ合いは……なし……」

 

お互いに頷きあって、そう約束する。そのタイミングで、飯田くんが声を張り上げた。

 

「皆、そろそろ時間だ!スムーズに入場できるよう、整列しておこう!!」

 

もう開会式の時間が迫っていた。

 

 

 

『雄英体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!どうせてめーらアレだろこいつらだろ!!?ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた新星!!!ヒーロー科!!1年!!!A組だろおお!!?』

 

アナウンスに合わせて、ゲートから入場する。

その瞬間、客席から爆音のような歓声が上がって、多くのフラッシュが焚かれた。

テレビで見て知ってはいたけど、相変わらずすごい数の観客だ。

普通にしていると入試の時のように騒音で酷いことになるのは分かりきってるから、透ちゃんの思考を集中して読むことで気を逸らす。

こういう時、信頼できる人がいると安心だ。

知らない人でもないから不意に不愉快な感情とか思考を読むこともないし、騒音にも悩まされない。

代わりに透ちゃんが考えていることをほとんど読み取っちゃうけど、透ちゃんなら何の心配もない。

普段から裏表がないし、今も緊張しつつ張り切ってるくらいで変な思考を抱いたりもしてないし。

 

「凄い!満員!ちょっと緊張しちゃうね!」

 

「ん……そうだね……」

 

透ちゃんが緊張を振り払うかのようにテンション高めに話しかけてくる。

私はあまり緊張していないけど、一応同意はしておく。

 

『B組に続いて普通科C・D・E組……!!サポート科F・G・H組もきたぞー!そして経営科……』

 

その後もアナウンスに合わせて普通科、サポート科、経営科も順番に入場して整列した。

 

 

 

「選手宣誓!!」

 

ミッドナイト先生が宣言しながら鞭をピシャンと鳴らした。

相変わらずすごい衣装だ。

その衣装は規制されてなお18禁ヒーローの名に相応しく、身体のラインを惜しげもなく晒け出している。私には絶対に真似できない。

 

「選手代表!!1-A、爆豪勝己!!」

 

「えー!?かっちゃんなの!?」

 

「ん……彼……入試一位だし……当然……」

 

緑谷くんがビックリしているけど、彼が首席なんだし当然だろう。

そんな私の言葉に対して、普通科の方から不愉快な感情と思考が流れてくる。

『劣等感』、『嫉妬』、『不快感』、『面倒くさい』

そんな負の感情ばっかり垂れ流されたら、こっちも気分が悪くなる。

 

「ヒーロー科の入試な」

 

しかもわざわざ普通科の方から強調までして文句を垂れてきた。

劣等感を感じるのは自由だけど、雄英体育祭なんて毎年やってるイベントなのに、今更こんなことで文句を言ってこっちを不快にしないでほしい。

 

「学校で一番偏差値が高い学部の……入試一位が代表……何かおかしなことある……?……劣等感で文句言われるの……不愉快……」

 

「ちょ!?瑠璃ちゃん!!?」

 

そこまで言って私はそっぽを向く。

案の定負の感情を抱いてる普通科の生徒が露骨に睨んできた。

周りの皆がアワアワしてるけど、知ったことではない。

あんな自分勝手で不愉快な感情を向けてくる人間と馴れ合うつもりはない。

ヒーロー志望としてどうかと思われるかもしれないけど、不愉快なんだから仕方ない。

 

そんな風に睨み合っている間に、爆豪くんがポケットに手を突っ込んだまま壇上に登った。

 

「せんせー、俺が一位になる」

 

「絶対やると思った!!」

 

爆豪くんはいつもの調子で優勝宣言をした。

うん。本当にいつも通りだ。

だけどその瞬間、周囲からブーイングが巻き起こった。

 

「なんで首席と次席がこんなにバチバチしてんだよ!?」

 

「調子のんなよA組オラァ!!」

 

「なぜ品位を貶めるようなことをするんだ!!」

 

「ヘドロヤロー!!」

 

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

爆豪くんはそんなブーイングに対して、首を掻っ切るような仕草をした。

そんな行いに対して、さらにブーイングが上がる。

 

「どんだけ自信過剰なんだよ!!この俺が潰したるわ!!」

 

B組の人がそんな言葉を漏らしてるけど、そうじゃない。

爆豪くんは、自分を追い込んでいるだけだ。

幼馴染の緑谷くんだけは、彼の言動の理由を正確に把握していた。

 

 

 

「さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう!!」

 

競技説明が始まると同時に、ミッドナイト先生の後ろにホログラムが投影された。

 

「いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者がティアドリンク!!さて運命の第一種目!!今年は……コレ!!!」

 

意気揚々と声を張り上げる先生の言葉に合わせて、ホログラムに"障害物競争"という文字が大きく表示された。

 

「計11クラスでの総当たりレースよ!コースはこのスタジアムの外周約4km!我が校は自由さが売り文句!ウフフフ……コースさえ守れば何をしたって構わないわ!」

 

早速という言葉の通り、この後すぐにスタートみたいだ。

先生の思考からしてスタート地点になるであろう外へつながるゲートが、大きな物音を立てながら開いていた。

 

「さあさあ位置につきまくりなさい……」

 

指示に従って、皆慌てた様子でスタートラインに並んだ。

私もなんとか前の方の位置に陣取れた。

 

そして、スタート直前のこの状況で注意すべき波動がある。

轟くんだ。デジャブを感じる。

彼は戦闘訓練の時と同じように『凍らせる』って感じの思考になってる。

多分、スタート直後に地面と足を凍らせて足止めするつもりなんだろう。

あの時と同じだ。だけど、分かっていれば対策は取れる。

 

「スター---ト!!」

 

ミッドナイト先生の言葉とともに生徒が一斉に走りだした。

 

ゲートは狭くて、すし詰め状態で走らざるを得ない。

ここで他の生徒を出し抜くには、轟くんを利用するしかないと思う。

そう思って轟くんの動向に集中した。

その時に備えての自身の波動にも意識を向けておく。

 

『さーて実況してくぜ!実況は引き続き俺、プレゼント・マイク!!解説アーユーレディ!?ミイラマン!!』

 

『お前が無理矢理呼んだんだろうが……』

 

マイク先生が冗談も交えつつ張り切って実況を始める一方で、相澤先生は怨嗟の声のように低い声を出していた。

メディア嫌いの相澤先生がいるのは、言葉の通りマイク先生に無理矢理連れてこられたせいだろう。

 

そんなことを考えていたら、轟くんの右半身の波動が揺らいだ。

それを見た瞬間に腕と足に波動を集中する。

前の人には悪いけど、利用させてもらおう。

前の人の肩を強化した腕で掴みつつ、跳び箱の要領で一気に地面を蹴って跳ね上がった。

 

次の瞬間、轟くんの氷が地面と他の生徒の足を凍りつかせた。

 

「そう上手くいかせねえよ半分野郎!!」

 

爆豪くんの声が響き渡る。

周囲を見なくても波動が見えてるから分かる。A組は全員避けた。

この先には入試の時の仮想ヴィランの波動を感じる。

0ポイントヴィランまで大量に配置されているのはちょっと大変そうだ。

私は皆に遅れないように走りつつ、仮想ヴィランを避けて走り抜けられるルートを考え始めた。

 

 

大体ルートに当たりを付けた。後は動いて位置が変わったり攻撃してくるであろう仮想ヴィランを波動を感知し続けるだけだ。

 

『さぁいきなり障害物だ!まずは手始め……第一関門、ロボ・インフェルノ!!』

 

「「「入試ん時の0ポイントヴィランじゃねえか!!!」」」

 

「「「ヒーロー科あんなんと戦ったの!?」」」

 

皆が驚愕の声を上げながら足を止める。

当然、想定出来ていた私は足を止めることはない。

皆が止まっている隙に、想定していたルートを全力で走り抜けるだけだ。

 

走り続ける私に、轟くんもすぐに動き出した。

また轟くんの右半身の波動が揺らぐのを感じる。

彼が意識を向けているのは私が今横を通り抜けようとしている0ポイントヴィランだ。

 

彼が凍らせるタイミングを見計らってジャンプして自分が凍らないようにする。

0ポイントヴィランはあっという間に凍ってしまった。

後続が続こうとするけど、それはやめた方がいい思う。

凍った仮想ヴィランはグラグラ揺れている。倒れるのに巻き込まれるだけだ。

実際に仮想ヴィランはすぐに倒れたけど、巻き込まれたのは切島くんとB組の人。

潰されたみたいだけど、切島くんはもちろんB組の人も無事のようだ。

 

『1-A 轟!!攻略と妨害を一度に!!こいつぁシヴィー!!!すげえな!!イチ抜けだ!!アレだなもうなんか……ズリィな!!』

 

私はジャンプして氷を避けたり、若干スピードダウンしたのもあって轟くんには抜かれてしまった。

だけどこれなら、轟くん以外には大きな差をつけることができる。

 

他の0ポイントヴィランが拳を振りかぶってるけど、波動で動きは見えてるから、目で見る必要はない。

それに、そんなに大振りだとどこを殴ろうとしているかは大体分かる。

来る場所が分かっているなら、その場所を避けて走るだけでいい。

 

『同じくA組波動!!ロボに見向きもしねぇで走り続ける!!こいつもこいつですげぇな!!どんな動きしてんだ!?』

 

第一関門は抜けた。

この先には、断崖絶壁の大きな丸い穴の中に点在する足場をロープでつないだエリアがある。

これが第二関門だと思う。

轟くんはもうそこに差し掛かっている。

だけど、これだと私は早く抜けることは難しい。

普通に落ちないように抜けていくしかなさそうだ。

とりあえずロープを凍らせるであろう轟くんの通らなそうなルートを選んで、確実に抜けよう。

 

『オイオイ第一関門チョロイってよ!!んじゃ第二はどうさ!?落ちればアウト!!それが嫌なら這いずりな!!ザ・フォー--ル!!!』

 

谷底に安全対策をしてるのは波動で分かるけど、肉眼で暗い穴を見ているとどうしても不安になる。

目を閉じて波動だけを頼りに綱渡りしていった方がマシか。

 

穴の真ん中あたりまで来た辺りで、後続が第二関門に着いたようだった。

爆豪くんや梅雨ちゃんみたいな一部の人を除いて、戸惑っているのか皆足を止めている。

 

『実に色々な方がチャンスを掴もうと励んでますねイレイザーヘッドさん』

 

『何足止めてんだあのバカ共』

 

『さあ先頭は難なくイチ抜けしてんぞ!!』

 

轟くんが第二関門を抜けたようだ。

そのすぐ後に、私の頭上を爆豪くんが爆発で飛んでいって、一気に轟くんに追いついた。

さらに後ろからは、エンジンを利用して凄まじい速度で走る飯田くんが、ロープの上を走って私を追い抜いていった。

抜かれはしたけど、私も飯田くんに続いて第二関門を突破した。

 

『先頭は一足抜けて下は団子状態!上位何名が通過するかは公表しねえから安心せずに突き進め!!そして早くも最終関門!!かくしてその実態は――――……一面地雷原!!!怒りのアフガンだ!!地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!!目と脚酷使しろ!!』

 

第三関門は地雷原みたいだ。

地面の上からでも波動が見えてるから、どこにあるかは分かる。

透視をして見えてる波動に対して地雷のサイズが変わらないかを確認しながら走れば、ここは私にとってはただのランニングコースだ。

 

『ちなみに地雷!威力は対したことねえが音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!』

 

『人によるだろ』

 

爆豪くんがまた飛び上がって、轟くんを追い抜いていった。

何やら二人で言い争ってるけど、私は自分のペースで走るだけだ。

 

『ここで先頭がかわったー--!!喜べマスメディア!!おまえら好みの展開だあああ!!後続もスパートかけてきた!!!だが引っ張り合いながらも先頭2人がリードかあ!!!?』

 

私は地雷のない所を最短ルートで走って先頭2人を追いかける。

飯田くんは地雷でもたついているようで簡単に抜くことが出来た。

だけど、私の足が遅いせいで、後続は少しずつ引き離せても先頭2人との距離は縮まらない。

 

その時、私の後ろの方で大爆発が起こった。

緑谷くんが地雷を集めて変なことをしているとは思ってたけど、集めた地雷の爆風を利用して飛び上がったようだ。

 

『後方で大爆発!!?何だあの威力!?偶然か故意か―――――A組緑谷爆風で猛追ー----!!!?っつーか!!!抜いたあああああー!!!』

 

凄まじいスピードで吹っ飛んできた緑谷くんが、先頭2人を一気に追い抜いた。

緑谷くんはそのまま乗っていた鉄板を地面に叩きつけて、地雷を爆発させて妨害までしている。

 

『緑谷間髪入れず後続妨害!!なんと地雷原即クリア!!イレイザーヘッドおまえのクラスすげえな!!どういう教育してんだ!』

 

『俺は何もしてねえよ。奴らが勝手に火ィ付け合ってんだろう』

 

3人とも、そのままゴールまで凄い速さで走っていった。

私も彼らから少し遅れて地雷原を抜ける。

残っている力を振り絞って、今出来る全力で走って3人を追いかけた。

 

『さあさあ序盤の展開から誰が予想できた!?今一番にスタジアムに還ってきたその男―――……緑谷出久の存在を!!!』

 

緑谷くんが1位でゴールした。

轟くんと爆豪くんも緑谷くんに続いてゴールしている。

 

私も、その少し後に続いてなんとかゴール出来た。

4kmも走ってもう体力も限界だ。

そのまま邪魔にならなそうな位置で倒れ込む。

ランニングを始めてなかったら途中でダウンしていた自信がある。

走り抜けられたのはお姉ちゃんのアドバイス通りランニングを始めていたおかげだ。

お姉ちゃんに感謝しないと……

 

第一種目

1位 緑谷出久

2位 轟焦凍

3位 爆豪勝己

4位 波動瑠璃




障害物競走は瑠璃にとっては結構なボーナスゲームです。

ロボ
常に周囲の波動を読むだけで攻撃の予兆も見えるからほぼ意味なし。ロボの単調な攻撃なら攻撃が来そうな地点を避けながら走るだけでいい。

ここは普通に綱渡り。ただ崖下に安全対策してるのが見えるからちょっと思いきりは良くなれる。
地雷原
見えてる地雷なんて意味がないからただのランニングコース。

これらを探知による予測の下、目視できる前からどう走るか考えることができるのです。妨害してくる他生徒の挙動も見えるので妨害も意味をなさない。
足を止めるわけがないし、体力さえ持てば走り続けられるってことですね。


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雄英体育祭 第二種目

私は最後の人がゴールするまでの間、倒れたまま休憩していたからある程度体力は回復した。

百ちゃんにくっついてゴールしてきたブドウ頭がこっちをガン見してきたけど、反応する体力すらなかったから放置しておく。

その後もダウンしたまま休憩してたら、40位でゴールしてきた透ちゃんに倒れてるところを見られて心配されてしまった。

4km走って体力の限界だったことを説明したら、すぐに納得はしてくれたけど。

 

「予選通過は上位42名!!!残念ながら落ちちゃった人も安心なさい!まだ見せ場は用意されてるわ!!そして次からいよいよ本戦よ!!ここからは取材陣も白熱してくるよ!キバリなさい!!!」

 

全員が走り終わったところで、ミッドナイト先生の説明が始まった。

先生が声を張り上げるとともに、通過した上位42人が載っているホログラムが投影される。

 

「さーて第二種目よ!!私はもう知ってるけど~~~……何かしら!!?言ってるそばから、コレよ!!!!」

 

その言葉と同時に、ホログラムには"騎馬戦"と表示された。

 

「参加者は2~4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ!」

 

ルール説明のつもりなのか知らないけど、13号先生とマイク先生でオールマイトを担いでいる映像が映し出されている。

オールマイトは機嫌良さそうに「フジヤマー!」なんて言ってる。

なんだこれ。謎すぎる。

 

「基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど一つ違うのが……先ほどの結果に従い各自にポイントが割り振られること」

 

「入試みたいなポイント稼ぎ方式か。分かりやすいぜ」

 

「つまり組み合わせによって騎馬のポイントが違ってくると!」

 

「あんたら私が喋ってんのにすぐ言うね!!!」

 

砂藤くんと透ちゃんが先生の説明中に理解した内容を口に出し始めた。

それに対して、先生は勢いよく鞭を振って怒りながら説明を続ける。

 

「ええそうよ!!そして与えられるポイントは下から5ずつ!42位が5ポイント、41位が10ポイント……といった具合よ。そして……上を行く者には更なる受難を。雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ。これぞ"Plus Ultra"!1位の緑谷くんに与えられるポイントは1000万!!!!」

 

先生のその言葉を聞いた瞬間、皆の視線が緑谷くんに集中した。

皆欲望に正直だ。

緑谷くんのハチマキを取ったら通過確定だから当然ではあるけど。

 

「制限時間は15分。振り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイント数が表示された"ハチマキ"を装着!終了までにハチマキを奪い合い保持ポイントを競うのよ。取ったハチマキは首から上に巻くこと。取りまくれば取りまくるほど管理が大変になるわよ!そして重要なのはハチマキを取られても、また騎馬が崩れてもアウトにはならないってところ!」

 

そこまで説明を受けて、大体の人はルールを十分理解できたようだった。

 

「"個性"発動ありの残虐ファイト!でも……あくまで騎馬戦!!悪質な崩し目的での攻撃等はレッドカード!一発退場とします!それじゃこれより15分!チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

 

先生は説明が終わると同時にいきなりスタートの合図をして、唐突にチーム決めが始まってしまった。

 

透ちゃんと目が合い、お互いに頷く。

透ちゃんと組んでもこの競技では勝ち目がない。

むしろ、戦闘能力と機動力がないのが早々に2人固まるのは、愚策でしかない。

競技で馴れ合いはしない。

お互いに組む意思がないことを再確認して、チームメンバーを探し始めた。

 

私は騎馬としても騎手としてもほぼ役に立たない。

騎手になった時の利点は、自分で攻撃を避け続けられること。欠点は攻撃手段がないこと。

騎馬になった時の利点は、強いて言えば騎手に危険が迫った時に声をかけられるくらい。欠点は結局ほぼ素の身体能力でしか動けないことか。

どっちでもあまり活躍できないことに変わりはない。

 

私は周囲を見渡して皆の状況を確認する。

轟くんは早々にチームを決めたようだ。

緑谷くんは避けられている。お茶子ちゃんとサポート科の人は決まったみたいだけど、まだ人を探している。

ここは私が入ったら勝てないから、声はかけられない。

爆豪くんは多数の生徒に囲まれているものの決めかねているようだった。クラスメイトの個性すら覚えていないらしい。

切島くんだけは決めたみたいだけど、まだそれだけだ。

B組はB組で組んでいる。

普通科の人も早々に声をかけ始めていた。

 

そんなふうにどうするかを考えていたら、爆豪くんが近づいてきた。

今のメンバーは爆発に耐えられる前騎馬の切島くん、轟くんの氷対策の三奈ちゃんみたいだ。

 

「おいチビ。俺の騎馬になれ。お前の個性は役に立つ」

 

彼が純粋に私の索敵能力を欲しがっているのは、すぐにわかった。

自分の引き立て役としてだけど。

確かに私が爆豪くんと組めば、周囲の警戒を全部私に丸投げできる。

爆豪くんは攻めに集中して好き放題出来ると思う。

それに、ルール的に大丈夫か分からないけど、爆豪くんは飛べるから騎馬の機動力に拘る必要がない。

爆豪くんが飛んだ場合、私なら話さなくても爆豪くんの挙動だけで落下地点を予測して回収もできる。

どうやら私の障害物競争でのロボへの対処を見て、私の個性がどこまでできるか大体理解できたみたいだった。

 

爆豪くん自身が戦闘能力と機動力に優れているから、騎馬には自分のサポートをできる人間だけを選べばいい。

そう考えると、確かに私は彼にとって最良に近い選択肢と言える。

チビなんて呼ばれるのは癪だけど、彼と組めば通過できる確率が高いのも確かだろう。

爆豪くんが暴走さえしなければだけど。そこだけは条件を付けるか。

多分、爆豪くんは理に適っていれば無視はしないと思うし。

 

「……指示を聞けとは言わない……だけど、私がする警告に……ちゃんと耳を貸すならいいよ……」

 

特に返答はないけど、キレもせずに私に背を向けた。

どうやら了承してくれたらしい。

思考が読める私だから意思がちゃんと伝わっているけど、そうじゃなかったら拒否と取られてもおかしくない行動だ。

 

「ん……じゃあ三奈ちゃん……切島くん……よろしく……」

 

「え!?今の了承!?」

 

「波動も大概図太いよなぁ」

 

案の定今の爆豪くんの反応は、三奈ちゃんには了承とは受け取られていなかったらしい。

切島くんに図太いとか言われてるけど心外だ。

爆豪くんが暴走したら負けてしまう可能性があるんだから、条件は付けられるなら付けたい。

それに、私は最大限譲歩している。

爆豪くんが受け入れやすいように、指示を聞けとは言わなかったし。

 

 

 

『よぉーし組み終わったな!!?準備はいいかなんて聞かねえぞ!!いくぜ!!残虐バトルロワイヤルカウントダウン!!』

 

「狙いは……一つだ」

 

カウントダウンが始まると、爆豪くんが気合を入れなおすように呟いた。

やはり目的は緑谷くんただ一人らしい。

 

『3!!!2!!1……!スタート!』

 

マイク先生のその掛け声とともに、皆一斉に動き出す。

透ちゃんのチームとB組の人のチームが緑谷くんに向かっていた。

というか透ちゃん、なぜ上半身裸……

ハチマキは首から上に着けなきゃいけないから、若干見づらくなるくらいでそんなに意味はないと思うんだけど。

 

私たちにも何チームか意識を向けている。

爆豪くんは緑谷くんの方を注視していて、周囲の警戒を完全に私に投げていた。

どうやら緑谷くんの隙を突いて1000万ポイントのハチマキを奪取するつもりらしい。

私は、それまで自分たちのハチマキが取られないように周囲を警戒し続ければいいか。

 

 

 

『さ~~~~まだ2分経ってねえが早くも混戦混戦!!各所でハチマキ奪い合い!!1000万ポイントを狙わずに2位~4位狙いってのも悪くねぇ!!』

 

「右後方……10m……左……15m……どっちも様子を伺ってる……」

 

目を閉じて余計な情報を遮断した上で、来ているチームの方向と距離、襲ってくるつもりならタイミングを爆豪くんにその都度伝える。

爆豪くんは私の簡単な情報だけですぐに爆破で牽制するか、その方向の警戒を強めつつ緑谷くんの観察に戻るという流れを繰り返していた。

本当に緑谷くん以外に興味はないらしい。

 

『峰田チーム圧倒的体格差を利用しまるで戦車だぜ!』

 

そして、緑谷くんが峰田チームに襲われて逃走のために飛んだ瞬間、爆豪くんが騎馬から飛んだ。

 

「調子乗ってんじゃねえぞクソが!」

 

爆豪くんは空中の緑谷チームに爆破で襲い掛かるけど、常闇くんに防がれてしまった。

そして、そのまま落下しそうになる爆豪くんの手が、緑谷くんとは全く違う方向を向いた。

波動の揺らめきからして個性を使うつもりだろう。

爆豪くんの今の思考は罵倒しかないから挙動で読むしかないけど、爆破でこっちの方に適当に戻ってくるつもりだろう。

完全に回収は私任せの動きだ。

 

「切島くん……三奈ちゃん……右前方に直進……良いって言うまで急いで進んで……」

 

「おう!」

 

「うん!」

 

2人は指示に従って進んでくれた。

流石に横方向に飛んでこられると落下地点を予測しづらいから勘弁して欲しい。

私がロボの挙動を見て攻撃予測をしていたから落下地点の予測もできると思われてるんだろうけど、ロボの単調なパンチとはわけが違う。

爆豪くんのそれは結構な無茶振りだ。

落下してくるであろう方向まで来た辺りで、爆豪くんはこっちの方に吹き飛んできた。

 

「ここで左に1m……!」

 

若干ズレていたから微調整の指示を出す。

微調整後の騎馬の位置は合っていたけど、爆豪くんはすごい勢いで吹き飛んで来ている。

このままの勢いだと爆豪くんとぶつかって騎馬が崩れる。

だけど爆豪くんは着地寸前で逆方向に爆破を使って勢いを殺して、そのまま騎馬に乗りなおした。

 

「よっしゃナイスキャッチ!」

 

キャッチ出来て一安心だ。

爆豪くんは当然と言うように乗っているけど、切島くんは褒めてくれた。

あの勢いで飛んでこられると、さっきみたいに爆豪くん自身で勢いを殺すか硬化した切島くんを盾にするしかなくなる。

次からは一応切島くんがクッションになれるような向きで待機できるようにしないと危険だ。

 

『おおおおおお!!?騎馬から離れたぞ!?良いのかアレ!!?』

 

「テクニカルなのでオッケー!!地面に足ついてたらダメだったけど!」

 

落下しなければ騎手だけで飛んでも大丈夫という解説がされる。

違反扱いされなくて良かった。

ルールでは言われなかったし、ミッドナイト先生の好みで裁定が決まっていそうだったから心配だったのだ。

 

その直後、後方の波動から敵意を感じた。

 

「爆豪くんっ!後ろっ!!」

 

「あっ!!?」

 

今まであった距離や動向を示す言葉のない不明瞭な注意。

だけど、だからこそ爆豪くんはすぐに後ろを振り向き、爆破で牽制してくれた。

 

近寄ってきていた物間チームは爆風で煽られて、ハチマキを取ることはできずに距離を取った。

 

「A組……単純ではあるけど……やっぱりその種の分からない感知の個性は厄介だね」

 

「んだてめぇ殺すぞ!!」

 

ハチマキを取られる寸前だったせいか、爆豪くんがキレそうになっている。

挙句の果てに、爆豪くんの怒声を無視して私の個性の考察までし始めたせいで、爆発寸前だ。

 

「……障害物競争……B組は明らかに手を抜いてた……そういうこと……」

 

だけど、今のセリフと彼の思考で大体分かった。

B組は障害物競争で、次に進める程度の後ろの方の順位で走ることによって個性の観察をしていたんだと思う。

その上で1位狙いのチームのハチマキを掠め取ることで、2位~4位を狙う作戦のようだった。

 

「あぁそうさ。わざと後ろの方を走ることでライバルになる者たちの"個性"や性格を観察させてもらった。その場限りの優位に執着したって仕方ないだろう?」

 

物間くんが煽ったタイミングで、ちょうどマイク先生の実況が入った。

 

『7分経過した現在のランクを見てみよう!……あら!!?ちょっと待てよコレ……!爆豪は点動いてねえし、A組緑谷以外パッとしてねぇ……!!』

 

電光掲示板に映っている途中経過は――――

 

1位 緑谷チーム

2位 鉄哲チーム

3位 物間チーム

4位 爆豪チーム

 

「クラスぐるみか……!」

 

「まあ全員の総意ってわけじゃないけど、いい案だろ?人参ぶら下げた馬みたいに仮初の頂点を狙うよりさ」

 

性格も見ていたというのは本当なんだろう。

物間くんは爆豪くんをキレさせて集中力を削ろうとしている。

そしてその上で、自分の個性を使ってこちらのハチマキを取るつもりだ。

 

「爆豪くん……あれの話……聞いちゃダメ……わざと煽ってる……」

 

「あ、あとついでに君有名人だよね?「ヘドロ事件」の被害者!今度参考に聞かせてよ。年に一度ヴィランに襲われる気持ちってのをさ」

 

そこまで言われた瞬間、爆豪くんの頭の中でブチッと何かがキレた音が聞こえた気がした。

 

「切島……予定変更だ。デクの前にこいつを殺そう……!!」

 

「爆豪落ち着け!冷静になんねえと逆にポイント取られるだけだぞ!!」

 

「ん……切島くんの言う通り……ギリギリだから……ポイントは増やさなきゃいけないけど……取られたら意味がない……」

 

「今のままでも4位なんだから!本当に冷静にね!」

 

「俺はすこぶる冷静だ……!!あいつからポイント取りゃあ問題ねえだろ……!!」

 

騎馬3人で注意するけど、爆豪くんは唸るような声を上げつつ物間くんを睨みつけている。

ここまでキレてしまった爆豪くんは、もう制御は出来なそうだった。

 

せめて爆豪くんが一人で飛んで行かないように、物間くんからハチマキを取るのに協力するしかなさそうだ。

声に出しても爆豪くんがさらにキレるだけだから、隣の三奈ちゃんと目を合わせて静かに頷く。

三奈ちゃんも同じ結論に至ったようだった。

三奈ちゃんが切島くんを軽く小突いてアイコンタクトをしている。

切島くんはそれだけで察したようだ。

 

私は思考を読めるからそれでも分かるけど、なんで切島くんと三奈ちゃんはそれだけで意思疎通できるんだろう。

素直にすごいと思う。

 

『何だ何した!?群がる騎馬を轟一蹴!鱗チームと拳藤チームのハチマキを奪って一気に3位に浮上だあああ!!』

 

話している間に轟くんが3位になったようだ。

私たちはそのままスライドされて5位に転落してしまった。

もう余裕はない。ハチマキを奪うしかなくなった。

 

3人でタイミングを合わせて一気に物間チームとの距離を詰める。

だけど、近づいた瞬間、物間くんの手から爆発が起こった。

 

「ははぁ……へえ!すごい!いい"個性"だね!」

 

「俺の……!!」

 

「爆豪おめーも駄々被りか!!」

 

違う。これは彼が爆破の個性を持っている訳じゃない。

彼の個性は、コピーだ。

本人は個性の良し悪しを考えていてよく分からなかったけど、騎馬の思考を見てすぐに分かった。

 

「くそが!!!」

 

「僕の方がいいけどさ」

 

自分の個性を自慢しながら、今度は切島くんの硬化と同じように腕をガチガチにして爆豪くんの爆破を防いだ。

 

「ちげぇ、こいつ……コピーしやがった」

 

「正解!まぁ馬鹿でも分かるよね」

 

爆豪くんもすぐに彼の個性が何か分かったらしい。

……コピーなんて個性で、私の波動をコピーされるわけにはいかない。

まだ、皆に感情や思考を読めることは知られたくない。

どこまで個性をコピーできるのかは分からない。

だけど、注意しておくに越したことはない。

思考からして条件は触ることみたいだし、絶対に触られないようにしないと。

 

そんなことを考えていたら、右側の波動から遠距離攻撃を行おうとしている思考を感じた。

 

「皆っ……!下がってっ……!」

 

私の声に合わせて切島くんと三奈ちゃんも一緒に後ろに飛びのく。

さっきまで私たちがいた場所には、白いドロッとした粘性の液体が大量に降り注いでいた。

その液体はすぐに固まり始めている。

なんでこんなに速乾なのかは分からないけど、おそらくボンドかなにかなのだろう。

 

「物間。後は逃げ切るだけだ。このポイントなら4位以内に入れる!」

 

物間チームは飛びのいて開いた距離を利用して離れていく。

 

「怒らないでね。煽ったのは君だろ?ホラ……宣誓で何て言ったっけ……恥ずかしいやつ……えー……まあいいや。おつかれ!」

 

爆豪くんに飛んでこられても、単体で来るだけなら防ぎきる自信があるんだろう。

最後の最後に言われた、ただ煽ることだけを目的とした捨て台詞に、爆豪くんが狂気じみた表情になった。思考も暴言が飛び交っててやばい。

 

「1位だ……ただの1位じゃねえ俺がとるのは……完膚無きまでの1位だ……!!!俺単騎じゃ踏ん張りが効かねぇ、行け!!!あいつのポイントも奪って、1000万へ行く!!」

 

爆豪くんが鬼気迫る表情でそう宣言して、私たちに指示を出し始めた。

 

「黒目!進行方向に弱め溶解液!」

 

「あ・し・ど・み・な!」

 

三奈ちゃんは文句を言いながらではあるけど、指示に従って溶解液を出す。

溶解液を避けるために爆豪くんが急に右足を上げたせいでこっちに全体重がかかって、バランスを崩しそうになってしまう。

 

「クソチビ!跳ねる準備しとけ!」

 

「……チビじゃない……波動瑠璃……」

 

爆豪くんがやろうとしていることは、思考を読んだから分かる。

チビではないけど、勝つために協力はする。

言われた通り、両足に波動を集中させていつでもジャンプできるようにするのに合わせて、思考を読んだ作戦の成功率を上げるために腕にも多少の波動を集めておく。

 

爆豪くんは両手を後ろに向けると、飛んでいる時に使っていた爆破を両手同時に使用して、騎馬ごと一気に加速した。

私たちは事前に撒かれていた酸で滑って、さらに加速しながら物間チームに近づいていく。

 

目の前に物間チームが迫ったところで、急に眼前に丸い盾のようなものが展開された。騎馬の人の個性のようだ。

これが物間くんが単騎で来られても大丈夫だと考えていた要素なんだろう。

 

「クソチビっ!!」

 

爆豪くんの声に合わせて、三奈ちゃんと切島くんから手を離す。

爆豪くんは手を離したタイミングで小規模の爆破を起こして浮いてくれている。

私は浮いている爆豪くんの足を、身体全体をバネのようにして跳ねることで押し出した。

 

私の力だけなら、飛ばせる距離なんてたかが知れてる。

でも爆豪くんはちゃんと私のタイミングに合わせて自分でも跳ね上がった。

虚を突かれた盾の人もぎりぎりで反応して上方向に盾を出している。

だけど、爆豪くんは上方向に爆破を放って物間くんの方に急降下しつつ、さらに追加で爆破を放つことで盾を打ち砕いた。

守るものが無くなった物間くんのハチマキを、爆豪くんは素早く奪い去った。

 

その一方で、私たち騎馬は爆豪くんを投げてからすぐに組み直していた。

ハチマキを奪って落下してくる爆豪くんを、切島くんがクッションになって受け止めることで地面への落下を阻止する。

 

『爆豪!!物間のハチマキを奪取ー---!!』

 

「次!!デクと轟のとこだ!!」

 

時間はもうない。

指示通り彼が望んだ2組がいるところまで全力で走る。

そして、爆豪くんが緑谷くんと轟くんに襲い掛かるために飛びあがったところで、それは響いた。

 

『タイムアップ!!!!』

 

その声に出鼻をくじかれた爆豪くんは顔面から地面に墜落した。

 

『早速上位4チームを見てみよか!!』

 

『1位轟チーム!!』

 

『2位爆豪チーム!!』

 

『3位鉄て……アレェ!?オイ!!!!心操チーム!!?いつの間に逆転してたんだよおいおい!!』

 

『4位緑谷チーム!!』

 

『以上4組が最終種目へ進出だああー-------!!』




瀬呂不在になったことによる爆豪のチームメイト選出時の行動予測
周囲に集まっていた個性を知られていない生徒たち
芦戸→轟対策(採用)
葉隠→騎馬としての利点なし
砂藤→身体強化だけの人を騎馬として採用するか疑問が残る
障子→索敵能力がそもそも瑠璃>障子、運動能力は障子の方が優れるが運動能力で選ぶなら砂藤の方が上か?
青山→組むことによる利点が少ない、ビームでの牽制は可能だが……

知らないB組生徒と組むとは思えない
轟チームは早々に決まっているから除外
緑谷と組むわけない、麗日は早々に緑谷に合流。

残ったのは
切島→自分から声をかけてきた爆破に耐えられる前騎馬(採用)
蛙吹→跳躍力と舌の長距離攻撃は魅力
峰田→騎馬できない
常闇→まだ弱点を見抜いていない筈だから有力候補
耳郎→騎馬をやっている時に周囲の探知をできるかと言われると……
尾白→尻尾で少し警戒範囲が広がる、尻尾で騎馬を組みながら攻撃できる
口田→騎馬戦でどう活躍するんだこれ……?
瑠璃→索敵チートは授業で分かりきっている。全方位警戒可能なのも障害物競争で分かっている。出力は弱いが身体強化もできるのは散々見ている。

原作の爆豪は爆破に耐える切島、機動力があり空中での回収もできる瀬呂、酸での轟対策で芦戸を選んでいるあたり明確な目的を持って選んでいる。
切島、芦戸は爆豪の目的から採用するとして、残りの一人を比べたときに一番役に立つのは瑠璃って感じで選ぶと考えています。


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雄英体育祭 昼休み

『一時間程昼休憩挟んでから午後の部だぜ!じゃあな!!!オイ、イレイザーヘッド飯いこうぜ……!』

 

『寝る』

 

『ヒュー!!』

 

マイク先生の漫才のような掛け合いが響いて、お昼休憩になった。

障害物競争から時間が空いていて良かった。直後だったらお昼ご飯なんて食べられなかった自信がある。

 

「くぅ~!負けた!瑠璃ちゃん、おめでとう!」

 

透ちゃんが脱いでいた上着を着ながら祝福してくれる。

騎馬に男子もいたのに一切気にしてない透ちゃんの強靭なメンタルは素直にすごいと思う。

 

「ん……でも……爆豪くんのおかげだから……」

 

褒めてくれるのは嬉しいけど、正直自分の実力で勝ち上がれたとは言い難い。

爆豪くんは多分私が居なくても通過していたと思うけど、私は爆豪くんのチームじゃなければ勝ち目がなかった。

近くで三奈ちゃんと梅雨ちゃんも似たような話をしていた。やっぱり思うところは同じなんだろう。

 

「いやいや!爆豪くんの目に留まるものがあるからメンバーに入れてもらえたんでしょ!瑠璃ちゃんの実力あっての結果だよ!私なんて組んで欲しいってお願いしても無視されちゃったし!」

 

「……そうかな……ありがと……」

 

そんな感じで会話をしながら昼食に向かった。

体育祭会場にはランチラッシュのメシ処が出張してきているのだ。

その道中で、お茶子ちゃんが緑谷くんを探し始めていた。

 

「……ていうかその緑谷くん、デクくんは……?」

 

「緑谷くんなら……ゲートの方……轟くんと話してる……」

 

そう、彼は今轟くんとゲート付近で話し込んでいるのだ。

競技が終わって早々に2人で抜け出していた。

 

「え、そうなん?」

 

「ん……さっきの続きだと思う……」

 

「なるほど!男のアレだな~~~~」

 

お茶子ちゃんがさっきも飯田くんに言っていた言葉を繰り返す。

どうやら男同士の友情とかライバル関係みたいなのが好きらしい。

 

そしてこっちは言わないけどオールマイトとエンデヴァーも何やら話しているようだ。

示し合わせたわけでもないみたいなのに、親子と師弟同時になんてすごいタイミングだ。

 

 

 

食堂に到着するとそこは凄い人でごった返していた。

遠目にチアリーダーの衣装を着ている人も見える。

生徒以外も使うんじゃ混むのも仕方ないなんて思いつつ、昼食をどれにするか考える。

結局、今日は体力を使ってお腹が空いてるし、カツ丼とデザートのプリンにしようなんて考えながら長い列に並んだ。

 

「あ!瑠璃ちゃん!こっちこっち!」

 

プリンまで買い終えてから皆に合流すると、透ちゃんが席を取っておいてくれていた。

波動でどこにいるか把握していることも分かってるはずなのに、大きく手を振ってアピールしてくれている。

 

「ん……ありがと……」

 

「どういたしまして!」

 

お礼を言いながら席に着く。

というか今気がついたけど、なんで爆豪くんは食堂に来ないで緑谷くんたちの話を盗み聞きしているんだろう。

最初は居なかった筈だからわざわざ盗み聞きしに行った訳ではないと思うけど、方向音痴なんだろうか。

 

そんなことを考えたり、透ちゃんたちA組女子と話したりしながらご飯を食べていたら、嫌な波動を感じ取った。

上鳴くんと峰田くんだ。

……まだ考えただけだから、何も言わない。

行動に移したら……どうしてくれようかな。

 

「あれ、瑠璃ちゃんどうしたの?嫌いなものでも入ってた?」

 

透ちゃんは『さっきまでニコニコしてたのに急に無表情になったけど、どうしたんだろう』とか考えている。

美味しいご飯を味わいながら食べていたのに急にテンションが下がったから、心配させてしまったようだ。

 

「……大丈夫……なんでもないから……」

 

「そう?大丈夫なら良いんだけど……」

 

なるべく気にしないようにしながら続きを食べる。

せっかく買ったデザートも、気分を害されたせいで味が落ちた気がしてしまう。

そして、食事を食べ終えた頃、奴らは近づいてきた。

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

「あら、どうかしましたか峰田さん」

 

ブドウ頭はまず百ちゃんに話しかけた。奴らの思惑は百ちゃんの協力が不可欠だから、そこから説得することにしたらしい。

そしてブドウ頭は、向こうで食事を食べている外国人チアリーダーを指差しながら話を続けた。

彼女たちはオフショルダーでヘソ出し、マイクロミニスカートといった露出がすごく多いオレンジ色のチア衣装に身を包んでいる。

 

「午後は女子全員、ああやって応援合戦しなきゃいけねぇんだってよ!」

 

「……聞いてないけど……」

 

あまりにも胡散臭いその言葉に、響香ちゃんが怪訝な表情を隠そうともせずに聞き返す。

普段からセクハラばっかりしてくるブドウ頭の言うことなんて、信じるわけがない。当然の対応だ。

そんな様子を見た上鳴くんが、深刻そうな表情で続けた。

 

「信じねぇのも勝手だけどよ……相澤先生からの言伝だからな」

 

その言葉に、百ちゃんや響香ちゃんを含めた他の女子は信じかけてしまっていた。

確かに先生の名前を出すのはリスクが大きすぎるから、信じそうになるのは理解はできるけど……

 

「じゃあ、確かに伝えたからな」

 

手応えを感じたのか、いつものようなセクハラを重ねてくることもなく2人は去ろうとし始めた。

私は今、自分がすごく冷めた目をしている自信がある。

私は、ヴィランはもちろんのことだけど、そうじゃなくても悪感情を意味もなく向けてくるような人は嫌いだ。

だけどそれ以上に嫌いなのは、私利私欲を満たすために笑顔で嘘をついてくる人間だ。

そしてこいつらも自分の欲望に従って、私たちを騙そうとした。

考えただけなら見逃してあげようと思っていたけど、あろうことか実行に移した。

もう我慢する必要はない。

 

「ねぇ……」

 

去ろうとする2人の背中に声をかける。

私の声に反応した2人は、足を止めてこちらを向いた。

 

「なんだ?何か聞きたいことでも「なんで嘘吐くの……?」

 

被せて言った言葉に、2人の様子が明らかにおかしくなった。

 

「な、何言ってんだよ波動、俺たちは本当に相澤先生に……」

 

「嘘……」

 

ブドウ頭が反論してきた。

すぐに認めるつもりはないらしい。

 

「……相澤先生……さっきのアナウンス通り……放送席で寝てる……貴方達とは接触してない……」

 

「事前に言われてたんだよ!」

 

「事前っていつ……?私たちに言わずに……あなたたちに言う理由は……?」

 

「朝だ朝!」

 

「残念……今日、相澤先生は……私たちと別れてから……一回も貴方達に接触してないのも知ってる……」

 

私の反論に女子全員が厳しい視線を2人に送り始めていた。

 

「で、電話で言われたんだよ!電話!」

 

上鳴くんが苦し紛れに絞り出すけど、その反論は意味がない。

というか電話できるなら当事者の女子にしない理由はなんだ。

 

「じゃあ着信履歴見せてよ。電話で言われたなら見せられるでしょ」

 

響香ちゃんがそう言ってスマホを寄越せと言わんばかりに手を差し出す。

当然そんな証拠なんてない2人の嘘はすぐに露見した。

 

 

 

嘘吐き2人組は百ちゃんが出したロープで腕を縛ったうえで、床に正座させた。

 

「波動さんが居なければ危うく騙されるところでしたわ……」

 

「まさかここまでアホだとは思わなかった」

 

「2人ともダメよ。そういうの」

 

「嘘はあかんよ、嘘は」

 

「私は素直に言ってくれれば着たかもしれないけど……嘘はダメだよね!!」

 

「……嘘吐き……変態……最低……」

 

「いやぁ嘘は駄目でしょ。しかも先生の名前まで出して」

 

皆で思い思いに2人を罵る。

透ちゃんの発言を聞いた辺りで上鳴くんの表情が若干明るくなって、ブドウ頭が「じゃあ……!」みたいなこと言い出したけど、反省してないのかこいつら。

 

「……反省してない……先生に突き出す……?」

 

「それもありかもしれませんね」

 

「じゃあどうやって放送席まで連れて行く?簀巻きにして引きずる?」

 

「あ!私が簀巻きにした2人を浮かせよっか!」

 

「「すいませんでしたぁ!!どうか、どうか先生に突き出すのだけはご勘弁を!!」」

 

私たちが2人の処遇を話し合っていると、本格的に突き出されそうだと感じたのか2人は腕を背中側で縛られたまま頭を擦り付ける勢いで土下座し始めた。

 

そんな2人を尻目に話し合った結果、2人は簀巻きにして飯田くんに突き出すことになった。

私は先生の名前を利用したんだし、先生に突き出して良いと思っていた。

私利私欲のために人を騙そうとしたんだから、相応の制裁を受けるべきだと思っていたのだ。

だけど続けられる土下座を哀れに思ったのか、皆先生だけは勘弁してあげるかみたいな雰囲気になってしまった。

 

とはいえ、先生は勘弁してあげるにしても何もしないのでは気が収まらない。

そこでクラス公認のクソ真面目委員長、飯田くんにお説教してもらうことにしたのだ。

 

百ちゃんに布団とロープを出してもらって、2人を簀巻きにして縛ろうとする。

だけど2人は、あろうことか隙を見て逃げ出そうとしていた。

 

「逃げたら……居場所も含めて……先生に報告するから……」

 

だから、ちょっと脅しをかける。

こっちの慈悲で先生に報告しないであげてるのに、どういうつもりなんだ。

皆もこの所業で本格的に対応を考えなおし始めている。

だけど再び土下座の体勢に移行した2人に、結局対応が変えられることはなかった。

 

完成した簀巻きは、すぐに飯田くんに引き渡した。

事情を説明したら、酷く憤慨した様子でお説教することを約束してくれた。

「女子の皆を貶める恥ずべき行為」、「先生の名を騙るなど卑怯千万」と憤る様子に、彼に託して間違いなかったと確信できた。

このタイミングで合流してきた緑谷くんが、何があったのか理解できなくて困惑していたのが少しだけ面白かった。

 

飯田くんは約束通り2人をこってりと絞ってくれたようで、ヨロヨロしながら解放された2人に少しだけ胸の空く思いがした。



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雄英体育祭 第三種目(前)

『最終種目発表の前に、予選落ちの皆へ朗報だ!あくまで体育祭!ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ!本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げてもらうぞ!さぁさぁ皆楽しく競えよレクリエーション!』

 

『それが終われば最終種目!進出4チーム総勢16名からなるトーナメント形式!!一対一のガチバトルだ!!』

 

昼休みが終わって、私たちは再び会場に戻って来ていた。

 

「トーナメントか……!毎年テレビで見てた舞台に立つんだぁ……!」

 

「去年トーナメントだっけ?」

 

テレビで見ていた舞台に立てることに嬉しさを滲ませる切島くんに、三奈ちゃんが問いかけている。去年は確か……

 

「1年生でトーナメントは……一昨年……去年は確か……チャンバラ……?」

 

一昨年の体育祭が似たような形式だった。お姉ちゃんの活躍が目覚ましかったからよく覚えている。

去年の1年生は確か……スポーツチャンバラかなにかだったかな?

去年は2年生のステージを見ていたから全然覚えてない。

 

「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります!レクに関して進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も温存したい人もいるしね」

 

今年も最終種目まで行っていればレクの参加は自由らしい。

私は体力もそんなにないし、参加しないで最終種目のためにも見学にして体力温存しておこう。

 

「んじゃ1位チームから順に……」

 

「あの……!すみません」

 

ミッドナイト先生がくじを順に引かせていこうとしたところで、尾白くんが恐る恐る手を上げて話を遮った。

 

「俺、辞退します」

 

「尾白くん!なんで……!?せっかくプロに見てもらえる場なのに!!」

 

尾白くんの申し出に、周囲にざわめきが起こった。

まあ、普通に考えたらあり得ない行動だし仕方ないと思うけど……

 

「騎馬戦の記憶……終盤ギリギリまでほぼぼんやりとしかないんだ。多分奴の"個性"で……」

 

この奴というのは緑谷くん以上のもじゃもじゃ頭で、目つきが悪い普通科の彼だろう。

尾白くんの思考の感じからして、声をかけられてからそんな感じの状態になったようだ。

あの時のぼんやりした思考と、今の尾白くんやもじゃもじゃくん本人の思考的に洗脳って感じっぽいけど、無差別ではなさそうだから、会話するとか返答するとかが個性のトリガーだと思う。

とりあえず、彼に声をかけられても反応しない方が良さそうだ。

 

そんなことを考えている内に、同じ理由でB組の庄田くんが辞退した。

2人の辞退はミッドナイト先生の好みによって承認されて、代わりに鉄哲くんと塩崎さんが繰り上がることになった。

 

その16人でくじ引きをしていって……

 

 

緑谷 ― 心操

轟  ― 波動

塩崎 ― 上鳴

飯田 ― 発目

芦戸 ― 青山

常闇 ― 八百万

鉄哲 ― 切島

麗日 ― 爆豪

 

 

私の初戦の相手は、轟くんだった。

うん。私の体育祭、終わったんじゃないかな。

戦闘訓練で勝てたのは2対1の状況だったからだし、あの時は個性の詳細も知られていなかった。

だけど今回は違う。

1対1で、かつ私に碌な戦闘能力がないこともバレてしまっている。

出来る限りのことはするけど、正直勝てるビジョンが思い浮かばない。

 

しかも勝てば2回戦で当たる緑谷くんは『僕も勝って轟くんも勝ったら、もう……』とか考えているし、轟くん本人は『意外と早かったな……来いよ緑谷。この手で倒してやる』とか考えている。

私なんて眼中にないらしい。

これは流石にイラっとしてしまう。

確かに私に勝ち目はほぼないけど、それでもここまで気にも留めない思考をされるのは心外だ。

 

正直、轟くんよりもちゃんと対戦相手への反応を示している爆豪くんの方が好感が持てる。

「麗日?」っていう一言だけだし、お茶子ちゃんはその反応に内心で悲鳴を上げてるけど、無視される私よりはよっぽどマシだ。

 

『よーしそれじゃあトーナメントはひとまず置いておいて、イッツ束の間!楽しく遊ぶぞレクリエーション!』

 

 

 

それで一時解散になった。

私はレクリエーションに参加する透ちゃん、梅雨ちゃん、響香ちゃんを応援しながら作戦を考えていた。

あの失礼極まりない氷男に勝つためにはどうすればいいか。

どうすれば、轟くんの鼻を明かせるか。

 

だけど、考えても考えても、その結論は出なかった。

私と轟くんの相性が悪すぎるのだ。

轟くんは広範囲攻撃を得意としている上に、近づいても凍らせることができてしまう。

避け続けることも難しい上に、仮に出し抜いて近づけたとしても戦闘訓練の二の舞。

しかも私にできることはそのくらいしかない上に、もうあの時のような搦め手は使えないときている。

どうしようかな、これ……

 

 

 

『ヘイガイズアァユゥレディ!?色々やってきましたが!!結局これだぜガチンコ勝負!!頼れるのは己のみ!ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!分かるよな!!心・技・体に知恵知識!!総動員して駆けあがれ!!』

 

時間はあっという間に過ぎて、最終種目の時間になった。

私は2戦目が出番だから、控室で待機していた。

あの2人の個性だし、決着はすぐだと思う。

普通科の人が緑谷くんを操るか、緑谷くんが操られずに勝つかのどちらかだ。

 

『1回戦!!成績の割になんだその顔!ヒーロー科、緑谷出久!!バーサス!!ごめんまだ目立つ活躍なし!!普通科、心操人使!!』

 

『ルールは簡単!相手を場外に落とすか行動不能にする、あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!!ケガ上等!!こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから!!道徳倫理は一旦捨て置け!!だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ!!アウト!ヒーローはヴィランを捕まえる為に拳を振るうのだ!そんじゃ早速始めよか!!レディィィィイスタート!!』

 

マイク先生は素早く説明を終えると、試合開始の宣言を叫んだ。

 

「瑠璃ちゃん、大丈夫?」

 

そんな感じで試合が始まる中、1回戦を見ないで控室まで一緒に来てくれていた透ちゃんに、心配そうに問いかけられた。

 

「大丈夫……ありがと……」

 

不安で埋め尽くされている内心を誤魔化すように、笑みを浮かべながらお礼を言っておく。

透ちゃんも、これが強がりであることはすぐに気が付いたようだった。

 

「いやぁしかし!まさかの轟くんかぁ!轟くんにとってはリベンジマッチな訳だ!」

 

「ん……そうだね……」

 

透ちゃん自身も、私と轟くんが1対1で戦ったら勝ち目がないことなんて分かっている。

それでも、私の意を汲んで明るく振舞ってくれていた。

その後も少しの間ぽつぽつと透ちゃんと話して過ごす。

 

『二回戦進出!!緑谷出久ー---!!』

 

試合の決着は、予想通りすぐに着いたようだ。

 

「じゃあ……行ってくるね……」

 

透ちゃんにそう告げて、控室を出ようとする。

 

「瑠璃ちゃん!」

 

呼び止められて、足を止めて振り向く。

 

「応援してるから!頑張ってね!」

 

そう言って右手をグーにして突き出す透ちゃん。

それに対して、私も手を透ちゃんの方に突き出す。

 

「ん……!頑張る……!」

 

お互いに笑顔を浮かべてから、ゲートの方に駆け足で向かった。

 

 

 

『お待たせしました!!続きましては~~こいつらだ!』

 

事前の指示通り、アナウンスに合わせてステージに上る。

 

『ここまで4位・2位と優秀な成績!こいつに見通せないものはあるのか!?ヒーロー科、波動瑠璃!!バーサス!!2位・1位と強すぎるよ君!同じくヒーロー科、轟焦凍!!』

 

轟くんと向かい合う。

轟くんから発せられている波動は穏やかだ。

間髪入れずに攻撃なんてことはしてこないだろう。

 

『スタート!!』

 

開始の合図が響いても、お互いに少しの間睨み合う。

轟くんは搦め手を気にしているみたいだけど、そんなのこの状況でしたところで意味がない。

私が何もしてこないことが分かったのか、轟くんの波動が揺らいだ。

 

その瞬間私は斜め前に走り出して、一気に飛び込むようにして受け身を取った。

 

次の瞬間、私が立っていたところには、スタジアム上空まで広がる大きな氷柱が一瞬で出来上がっていた。

轟くんの思考を深く読もうとしなくても、この行動は読めていた。

前回もビルを凍らせるような大規模な氷撃を放ってきたんだし、予想の範囲内でしかない。

そこに攻撃直前の思考である程度の範囲を、波動の揺らぎでタイミングを判断すれば、避けられない攻撃じゃない。

 

『なんっだこれ!?どんだけ規格外なんだよ!?それを余裕をもって避ける方もやべぇな!!?』

 

「お前なら避けるよな。もう油断はしねぇ」

 

「油断してくれた方が……ありがたかったんだけどな……」

 

轟くんの言葉に、思わず本音を漏らしてしまう。

眼中にはなくても、油断はしてくれないらしい。

だけど、本気で臨んでくれているということでもある。

 

さっきの攻撃でステージ全体を凍らせなかったことを考えると、そこまではできないんだろうか。

直線的な氷が迫ってから、そこから氷柱が立ち上がってきていた。

近く以外はあの直線的な動きが基本になるのかな……?

過信しすぎるのはだめだけど、一つの指針にはなる。

そんなことを考えていると、再び轟くんの波動が揺らいだ。

 

轟くんの意識が向いている方向から、全力で身体を逃がす。

避けること自体には成功した。

放たれたのはさっきほどの氷撃ではなかったけど、それでも結構ギリギリだった。

どんどん氷で動けるところが減っていくのを考えると、長期戦は得策じゃない。

 

それは轟くんも分かっているのか、何度も同じ攻撃を繰り返してくる。

私もどんどん逃げ場がなくなっていって、少しずつ追い詰められていく。

 

このまま繰り返していても、凍らされるだけだ。

滑った瞬間に終わるリスクがあるからあんまりしたくなかったけど、仕方ない。

そう思った私は、足に波動を集めてステージ中に作られている氷柱を蹴ることでジャンプして射線からの回避を続けた。

 

「埒が明かねぇ」

 

氷まで利用し始めた私に、轟くんは呟くように吐き捨てた。

さらに、離れた所からの攻撃では埒が明かないと判断したのか、轟くんはこっちに向かって走り出してきた。

 

『波動、またしても回避!!痺れを切らした轟はすかさず近接へ!!』

 

走りながら繰り出される、直線的な氷撃を横に飛んで避ける。

だけどその瞬間、轟くんは氷を足場にして駆けあがった。

轟くんは、受け身を取って倒れていた私の上から飛び掛かってきていた。

 

まずい。

すぐに立ち上がろうとするけど、頭では分かっていても身体が付いてこない。

急いで手に波動を集めて、腕の力だけで無理矢理身体を横に飛ばす。

ほぼ距離は出なかったけど、上空からのパンチと着地直後の拳からの氷は避けることが出来た。

だけどこれだけで終わるはずがない。

彼の思考は、飛んでいる段階から避けられることを考えていた。ここからの追撃は絶対にあるはず。

そう考えた私は、受け身を取ってそのまま転がって、反動を利用して一気に立ち上がった。

 

案の定、叩きつけられた拳から生えた氷から、さらに氷柱が伸びてきた。

予測出来ていたその攻撃を、急いで横に飛ぶことで回避する。

 

『避け続ける波動を追う轟……なんつーか……こう……弱いものいじめを見てるみてぇでモヤっと……』

 

飛び込んで避けるなんて行動を続けている私の体操服は、ボロボロになってきている。

避けきれずに氷が掠ったりしたせいで、身体の一部に霜が降りたりもしている。

そんな私を哀れに思ったのか、マイク先生が同情してきていた。

 

『何言ってんだ。むしろ、力を認めているからこそ本気で追い続けてんだろ』

 

『は?』

 

『波動は授業で2対1の状況とはいえ、轟の確保に成功している。そんな何をしてくるか分からない相手の力を認めているからこそ、反撃の隙を与えないために攻撃し続けてんだろって話だ』

 

だけど相澤先生がその同情をすぐに打ち消してくれた。

相澤先生の反論に、会場が少しざわつく。

でも、手加減される方が気分が悪い。

氷だけとはいっても、全力でかかって来てくれるなら、悪いことではない。

 

轟くんがゆっくりとこちらに向き直る。

一見するとこっちの様子を伺いながら注意深く観察しているその動き。

だけど私には、その動きがどこか鈍っているように見えた。

 

これじゃあ、こっちも埒が明かない。

反撃に出ないと……でも、チャンスは一度きりだ。

 

轟くんがこちらの動きを観察しているその隙に、足に波動を集められるだけ集める。

全身の波動を集める勢いで足に集中させる。

普段は軽く集めるのを連続で何回かするだけで、キャパオーバーになって動けなくなっているのに……

今日……というよりも轟くんとの試合では何故かそんなことになっていないけど、ここまで集中させるのは始めてだ。

もしかしたら今日は調子がいいのかもしれない。

これでダメだったら、どんなに調子がよくてもキャパオーバーになると思うけど、もともとこれしか勝ち目がない。

次で、決めよう。

 

私がそう心に決めた瞬間、轟くんが動き出した。

轟くんも、私が何かを決意したのに気が付いたらしい。

また最初の大氷撃をして、今度こそ終わらせるつもりだ。

 

轟くんの足元から氷が生え始める。

思考からして、最初と同じ氷撃をしてくるのかと思ったけど、最初よりも規模が小さくなっている気がする。

私は波動を使わずに、射線から外れるように、倒れない程度に斜め前に跳ねる。

ギリギリのところを氷が掠めて行って右腕を思いっきり凍らされてしまうけど、そこ以外は無事だ。

右腕も動きながら掠めただけだったからか、氷柱の中に巻き込まれずに凍らされるだけで済んだ。

上出来だ。

 

『轟の氷を波動が間一髪で回避!!だが右腕を凍らされちまったぞどうすんだおい!?』

 

着地と同時に、私は足に集中させた波動を利用して全力で地面を蹴った。

 

その瞬間、足に集めていた波動が弾けたような気がした。

その弾けるような感覚に合わせて、私の身体は前方に吹き飛んだ。

轟くんが、目の前に迫る。

自分でも予想外のその速度に、パンチとか器用なことはできなかった。

そのまま勢いに任せて轟くんの身体を押し出そうとする。

轟くんも驚愕したような顔をしていたけど、すぐに気を持ち直した。

すかさず自身の後ろに氷を出して、吹き飛ばないようにしてくる。

氷に阻まれて勢いを殺されてしまった私は、無防備な状態で轟くんの前に立っている状態になってしまった。

そのまま私の方に右手を向けると、私は頭以外を全て凍り付かされてしまった。

 

 

 

 

「一応確認するけど……波動さん……動ける?」

 

「無理……私の負け……」

 

私の言葉を聞いた半分凍ったミッドナイト先生が、大きく息を吸い込んだ。

 

「波動さん行動不能!!轟くん二回戦進出!!」

 

その宣言とともに、静まり返っていた会場に歓声が響き渡った。

轟くんはすぐに炎を出して氷を溶かし始めてくれている。

 

「すまねぇ……やりすぎた」

 

「前も言った……私が選んだ作戦の結果……気にしてない……」

 

相変わらず謝ってくる轟くんに、前回と同じく気にしていないことを伝える。

それでこちらの意思は伝わったようだった。

その様子を眺めながら、無言で氷を溶かし続ける轟くんに声をかける。

 

「ねえ……轟くん……私……少しはヒヤリとさせられた……?」

 

私の質問に、轟くんは少しびっくりしたような顔をして返答してくれた。

 

「ああ……最後の反撃は危なかった」

 

「そっか……じゃあ……よかった……」

 

どうやら、最後の一撃で轟くんを出し抜けていたようだ。

そこまで確認して、キャパオーバーで限界だった私は、目の前が真っ暗になった。



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雄英体育祭 第三種目(後)

私が目を覚ましたら、そこは保健室だった。

 

「おや目が覚めたかい」

 

「ん……はい……」

 

リカバリーガールがいつもの調子で声をかけてきた。

 

「対戦相手の子があんたをここまで運んできてくれたんだ。後でお礼を言っときな」

 

「轟くんが……」

 

轟くんが試合後にここまで連れてきてくれたらしい。

担架のロボットとかもいた思うんだけど、それほど罪悪感を感じていたということか。

明らかに試合と関係ない要因でイラついていた感じもしたから、その罪滅ぼしの意味もありそうな気もするけど。

 

「身体の凍傷も、もう治癒で治ってる。目が覚めたなら退院だよ」

 

「そうですか……ありがとうございました……」

 

やっぱり凍ったところは凍傷になっていたようだ。どうりで試合中痛かったはずだ。

だけど今は痛みもさっぱり無くなっている。

流石リカバリーガールだ。

治っているなら、目も覚めたしもう大丈夫だ。

長居するつもりはなかったから、リカバリーガールの指示通り早々に退室した。

 

 

 

波動を頼りに皆のところに向かって、固まって座っている席に合流した。

 

「あ!瑠璃ちゃん!お疲れ様!」

 

「ん……負けちゃった……」

 

透ちゃんが隣の席を取っておいてくれていたみたいで、そこに座るように促される。

 

「ごめんね!お見舞い行ったんだけど、治療の邪魔だからって追い出されちゃって!」

 

「ん……仕方ない……ありがと……」

 

透ちゃんが手を合わせて謝罪してくるけど、そんなの気にしない。

むしろ来てくれていたという事実が嬉しい。

 

「お疲れ。しかし波動、最後のアレ凄かったね。あんな隠し玉あったんだ」

 

透ちゃんと話していたら、近くに座っていた響香ちゃんが最後の跳躍について聞いてきた。

 

「あれ……どうやったのか自分でもわからない……」

 

「え、そうなの?」

 

「ん……無我夢中だったから……」

 

本当に私にもどうやったのか分からないから答えようがない。

でも、あれを使いこなせるようになれば私の武器になる。

そう確信出来るほどの速度だった。

 

「そう言えば……今試合してないけど……次誰の試合……?」

 

「次はお茶子ちゃんと爆豪くんの試合だよ!」

 

「瑠璃ちゃんもそうだったけど、次はある意味最も不穏な組ね」

 

「ウチなんか見たくないなー」

 

透ちゃんが答えてくれて、梅雨ちゃんと響香ちゃんが話に乗ってきた。

確かに、爆豪くんとお茶子ちゃんだと不安になるのも仕方ないか。

 

「ん……じゃあ轟くんは控室か……お礼言おうと思ったんだけど……」

 

「お礼?」

 

透ちゃんがなんのお礼なのかって感じで聞き返してきた。

 

「ん……私が気絶した後……轟くんが保健室まで運んでくれたって聞いた……」

 

「ああ、そのことか。しかし轟もすごいよね。氷溶かしきったと思ったら波動を抱き上げてそのままステージから出ていくんだから」

 

響香ちゃんがその時の状況を教えてくれる。

というか、抱き上げた?

 

「えっと……抱き上げたって……?」

 

「轟くん、瑠璃ちゃんをお姫様抱っこして颯爽と去っていったんだよ!」

 

……おぶって連れて行ってくれたのかと思ってた。

こんな大衆の面前でお姫様抱っこされたのかと思うと、どんどん顔が熱くなってくる。

三奈ちゃんが目を輝かせているけど、これはそういうのじゃない。

恥ずかしさに思わず身悶えてしまう。

 

「あああああ!轟の野郎許せねぇ!!溶けた氷の水で体操服が身体に張り付いた波動を抱き上げて!?お姫様抱っこで退場!?なんであいつだけ美味しい思いしてんだよ!!オイラと代われよ!?」

 

ブドウ頭が何やら騒ぎ出していた。

轟くんならまだしも、ブドウ頭にそんなことをされるのは死んでもごめんだ。

付き合ってるとかなら話は別だけど、あんなに下心に塗れた人に抱き上げられるなんて、普通にあり得ない。

 

「うるさいわよ峰田ちゃん」

 

梅雨ちゃんがそう言いながら舌でブドウ頭をビンタして黙らせてくれた。

そんな話をしていたら、次の試合の始まりを告げるマイク先生のアナウンスが響いた。

 

 

 

『一回戦最後の組だな……中学からちょっとした有名人!!堅気の顔じゃねぇヒーロー科、爆豪勝己!!バーサス……俺こっち応援したい!!ヒーロー科、麗日お茶子!』

 

そのまま試合が始まった。

試合は終始爆豪くんのペースだ。

爆豪くんがお茶子ちゃんを容赦なく爆破する姿を見て、「女の子相手にマジか……」とか叫び出す観客まで出始めている。

 

「爆豪あいつまさかあっち系の……」

 

響香ちゃんまで顔を隠して爆豪くんにあらぬ疑いをかけ始めていた。

 

「女とか関係ない……真剣勝負なんだから……全力出して当たり前……」

 

「瑠璃ちゃん、普段の穏やかな性格に反して負けず嫌いだよね」

 

「負けず嫌いとか……関係ある……?真剣勝負で手を抜かれたら……イラっとするよね……」

 

透ちゃんとも話してみるけど、あんまり共感を得られない。

これはもしかしたら、轟くんに対しても似たような反応だったのかもしれない。

 

『休むことなく突撃を続けるが……これは……』

 

マイク先生も言葉を濁し始めていた。

 

「見てらんねぇ……!!おい!!それでもヒーロー志望かよ!そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!!女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」

 

「そーだそーだ!!」

 

ついにブーイングまで起こり始めてしまったけど、さっきの私の試合と相澤先生のコメントを聞いてどうしてそうなるのか。

理解に苦しむ。

 

『一部から……ブーイングが!しかし正直俺もそう思……わあ肘っ!?何スーン『今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?シラフで言ってるならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ。さっきも言ったが、ここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してるんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断もできねぇんだろうが』

 

相澤先生が私が言いたかったことを大体言ってくれた。

そうだ。手を抜かれるということは、力がないと、こいつはこの程度でも余裕だと侮られている証拠でしかない。

こんな真剣勝負の場で手を抜かれるなんて、屈辱でしかないと思う。

全力で戦ってくれているということは、それだけ相手の力を認めているということだ。

 

だからこそ、轟くんは避けるだけだった私を警戒し続けた。

だからこそ、爆豪くんはお茶子ちゃんが逃げ回るだけにしか見えなくても全力で対処し続けている。

 

そんな駆け引きがしばらく続いた後、お茶子ちゃんのとっておきである大量の瓦礫が、流星群のように爆豪くんに降り注いだ。

だけど、爆豪くんはその瓦礫すべてを一撃で打ち砕いた。

秘策を破られたお茶子ちゃんはそのまま負けてしまった。

 

 

 

お茶子ちゃんが担架のロボットに運ばれていく。

うん、これが普通の姿のはずだ。

私もああなるはずだった。なんでお姫様抱っこなんてされたのか。

爆豪くんと轟くんの優しさの違い?

まあ爆豪くんがお茶子ちゃんをお姫様抱っこなんてしたら、頭がおかしくなったのかと思ってしまうけど。

轟くんがそういう行動に出たのは、やっぱり不当なイラつきをぶつけた罪悪感かな。

 

そんなことを考えていたら、爆豪くんが観客席に戻ってきた。

 

「大変だったな爆豪、悪人面のせいで」

 

「組み合わせの妙とはいえ、とんでもないヒールっぷりだったわ」

 

爆豪くんが上鳴くんと梅雨ちゃんに声をかけられる。

その中で投げかけられる言葉に、爆豪くんはイライラしていた。

 

「うぅるっせえんだよ黙れ!!」

 

「しかしか弱い女の子によくあんな思いきり爆破出来るな。俺はもーつい遠慮しちまって」

 

「完封されてたわ上鳴ちゃん」

 

「……あのな梅雨ちゃん……」

 

怒りの声を上げる爆豪くんに上鳴くんが猶も言葉を続ける。

正直、私は爆豪くんの内心に賛成だ。

 

「どこがか弱ぇんだよ」

 

「ん……お茶子ちゃん……別にか弱くない……」

 

爆豪くんのつぶやきに私もつぶやくけど、特にそれ以上の反応はなかった。

 

 

 

少ししてから、お茶子ちゃんが観客席に戻ってきた。

目が腫れてちゃってて、多分泣いてたんだろうなっていうのはすぐに分かった。

 

『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!!まさしく両雄並び立ち今!!緑谷バーサス轟!!スタート!!』

 

少しして、轟くんと緑谷くんの試合が始まった。

轟くんは私の時と同じように、開幕で大氷撃をぶっ放している。

緑谷くんは緑谷くんで、指を犠牲にしてそれを相殺していた。

 

「あの個性……相変わらずすごいけど……羨ましいとは思えない……」

 

「痛々しくて見てられないよねぇ」

 

私の呟きに、透ちゃんが律義に反応してくれた。

その後も、轟くんが放つ氷を緑谷くんが相殺するという流れを何度か繰り返していた。

 

そうこうしていると観客席に切島くんが戻ってきた。

切島くんは2回戦進出を祝われて笑顔で応じている。

爆豪くんにも気さくに声をかけている辺り、切島くんは凄いと思う。

私は罵声を浴びせられるのが嫌だからあまり自分からは話したくない。

 

「……とか言っておめーも轟も強烈な範囲攻撃ポンポン出してくるからなー……」

 

「ポンポンじゃねぇよ。ナメんな」

 

「ん?」

 

「筋肉酷使すりゃ筋繊維切れるし、走り続けりゃ息切れる。"個性"だって身体機能の一つだ。舐めプ野郎にも限界はある。さっきのチビとの試合見てなかったのかよ」

 

爆豪くんが私と轟くんの試合を例に挙げる。

やっぱり、轟くんの動きが鈍くなったのはそういうことだったんだろう。

爆豪くんもそこから轟くんの弱点を見抜いたんだと思う。

だけど、それが弱点だとしても炎さえ使えばすぐに克服できるものだ。

エンデヴァーとの確執がそれをさせないんだろうけど。

 

そんな話をしている間に、両手を全て壊した緑谷くんに、轟くんが止めの氷を放っていた。

だけど、緑谷くんは鬼気迫る様子で壊れた指を使って氷を相殺した。

そして、静まり返る会場に、緑谷くんの声が響き渡ってきた。

 

「震えてるよ、轟くん。"個性"だって身体機能の一つだ。君自身冷気に耐えられる限度があるんだろう……!?で、それって左側の熱を使えば解決できるもんなんじゃないのか……?皆……本気でやってる。勝って……目標に近づくために……一番になる為に!半分の力で勝つ!?まだ僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ!全力でかかってこい!!」

 

戦っている最中の轟くんが、過去を強く想起している。

幼少期のトレーニングという名のエンデヴァーによる虐待。

父親のようにはなりたくないけど、それでもヒーローになりたいと母に吐露する声。

そして、オールマイトの声。

最後に後押ししてくれる母親の声が聞こえたところで、轟くんの左側から炎が吹きあがった。

 

少し間をおいてエンデヴァーが騒ぎ出している。

というかあの聞こえた声の通りならこの男は父親の風上にも置けない人間だ。

オールマイトを敵視はしてるけど、感情や思考だけでは轟くんの思考から聞こえたような非道な男には見えない。

No.2ヒーローという名声まで持っている。

なんというトラップだ。

 

結局、試合は最後に大爆発を伴ったぶつかり合いを経て、轟くんが勝った。

 

その後はとんとん拍子で試合が進んだ。

飯田くん対塩崎さんは飯田くんが速攻で勝利。

常闇くん対三奈ちゃんは、常闇くんのダークシャドウが大暴れして常闇くんの勝利だった。

切島くん対爆豪くんも、怒涛の爆破の連打で爆豪くんの勝利だ。

 

結局、ベスト4は全員A組の生徒となった。

準決勝はどっちもすぐに決着がついた。

最初の飯田くん対轟くんの試合。

あの必殺技で轟くんを追い詰める飯田くんだったけど、エンジンのマフラーを凍らされ敢え無く敗北。

 

次の常闇くん対爆豪くんの試合は終始爆豪くんのペースだった。

 

「常闇なんでぇ!?私たちんときは超攻撃してきたのに!!」

 

「何かタネが……?」

 

常闇くんに負けた三奈ちゃんと百ちゃんが、防戦一方の常闇くんに不満や疑問の声を漏らしている。

 

「……弱点なら……仕方ない……」

 

だけど、本人はもちろんお茶子ちゃんや緑谷くんの思考ですぐに分かった。

光が弱点なら仕方ない。

爆破は相性最悪だと思う。

結局スタングレネードのようなことをした爆豪くんの勝利になった。

 

その後、決勝戦を待っている間に飯田くんが電話をもって席を離れた。

家族から電話がかかってきたようだ。

飯田くんは電話に出たところまでは普通だったけど、途中から感情が『驚愕』、『心配』、『怒り』、『悲しみ』ととにかく負の感情で埋め尽くされた。

不審に思って思考を深く読むと、この前自慢していたプロヒーローの兄、インゲニウムがヴィランに襲われて重症を負ってしまったことが分かった。

飯田くんは、そのまま早退していった。

兄姉が大好きなもの同士、心配ではあるけど今私にできることはない。

 

私が飯田くんの心配をしている間に、決勝戦は炎を使わなかった轟くんを制した爆豪くんの勝利となった。

 

『以上ですべての競技が終了!!今年度雄英体育祭1年優勝は―――A組、爆豪勝己!!!!』

 

 

 

「それではこれより!!表彰式に移ります!」

 

私たちは再びグラウンドの方に降りてきていた。

目の前の表彰台の頂上では、雁字搦めに拘束された爆豪くんが轟くんに向けてガンを飛ばし続けていた。

 

「何あれ……」

 

「うわぁ……」

 

「優勝した人の姿には……見えない……」

 

あまりにもあんまりなその姿に、響香ちゃんや百ちゃんと一緒にドン引きした感想を漏らす。

 

「3位には常闇くんともう1人、飯田くんがいるんだけど、ちょっとお家の事情で早退になっちゃったのでご了承くださいな」

 

飯田くんは心配だけど、お兄さんの無事を祈るしかない。

緑谷くんも同じ気持ちのようだ。

 

「メダル授与よ!!今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!!」

 

「私がメダルを持って来「我らがヒーローオールマイトォ!!」

 

スタジアムの屋根の縁からジャンプして颯爽と登場したオールマイトのセリフに、ミッドナイト先生が思いっきり被せてしまった。

悲壮感溢れる背中で震えながらミッドナイト先生を見つめるオールマイトに、思わず笑ってしまう。

 

その後、オールマイトは順番に言葉をかけながらメダルを授与していった。

爆豪くんは激しく拒否していたけど、口に無理矢理引っ掛けられていた。

結んだりされた訳でもないのに落とさない辺り、オールマイトの言葉は爆豪くんにも響くものがあったんだろう。

 

「さぁ!!今回は彼らだった!!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ!競い!高め合い!さらに先へと昇っていくその姿!!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和下さい!!せーの!!」

 

オールマイトの最後の言葉は、流石No.1ヒーローと思える程いい言葉だった。

 

「「「「「プルス「おつかれさまでした!!!」ウル……」」」」」

 

「そこはプルスウルトラでしょオールマイト!!」

 

「ああいや……疲れただろうなと思って……」

 

やっぱり締まらないな。いつものオールマイトだった。

 

 

 

その後、一度教室に集まった私たちは明日、明後日が休校になることを伝えられて、帰路に着いた。

 

家に近づくと、すぐに気が付いた。

部屋にお父さんとお母さんが居る。どうやら会場まで応援に来てくれていたらしい。

多分実際に見ていたのは最後の体育祭のお姉ちゃんの方かな。

お姉ちゃんももう帰ってきているようだった。

 

「ただいま……」

 

扉を開けるとお姉ちゃんがすぐに飛んできた。

 

「ねえ瑠璃ちゃん!聞かせて!?最後のジャンプはどうやったの!?ね?」

 

「お、お姉ちゃん……!?」

 

抱き着かれてその場で動けなくなってしまう。

 

「お帰り、瑠璃」

 

「ん……ただいま……」

 

お姉ちゃんの後ろから声をかけてくれるお母さんに返事をしておく。

お父さんはどうやらテレビで何かを見ているらしい。

多分私たちのどっちかの録画だと思う。

お姉ちゃんの発言からして、私の方を見ていたんだろうか。

私の録画は私自身ではしてなかったはずだけど、お姉ちゃんがしていたってことかな。

 

「最後のは……自分でも分かんない……無我夢中だったから……」

 

「そっかー!気になるね!不思議!」

 

「ん……お姉ちゃんは……?」

 

「私?私はねー2位だったんだよ!最後の最後で負けちゃったの!」

 

「そっか……優勝できなかったのは……残念だけど……2位、すごい……」

 

お姉ちゃんは2位だったらしい。

優勝できなかったのは残念だけど、お姉ちゃんが負けたなら優勝したのは多分通形さんか天喰さんだろうし仕方ないか。

いや、性格的に天喰さんはないな。通形さんか。

 

「2人とも、そんなところで話してないで早く入りなさい。ご飯、2人の好きなもの準備してあるんだから」

 

お母さんの声に我に返って、2人で部屋に入る。

その後は、家族でご飯を食べながら録画を見て過ごした。

私の試合の録画を見ていたお父さんから、「瑠璃を抱き上げた轟くんとはどういう関係なんだ!?」と深刻そうな様子で問い詰められたりもした。

ただのクラスメイトでお互いにそういう感情はない、思考も読んでるから確実だと説明して何とか理解してもらえたけど、さすがに疲れた。

お姉ちゃんの録画も見せてもらったけど、体育祭でのお姉ちゃんの活躍は相変わらずすごかった。

今日の私自身のことを考えると、余計にそれが実感できた。



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ヒーロー名

3日後、休みも明けて登校日になった。

今日も今日とてお姉ちゃんと登校だ。

お姉ちゃんの提案で、今日は少し早く家を出ている。

今日は雨だから微妙だけど、体育祭を見た人たちに囲まれる可能性があるらしい。

 

案の定お姉ちゃんが囲まれて時間がかかってしまった。

私もお姉ちゃんの人気が誇らしくてドヤ顔をしていたら、ぽつぽつと話しかけられた。

それだけ体育祭の注目度が高かったということだろう。

 

だけど中学生と思わしき少年たちに「本当に小さいな!」とか言われたのが気に食わない。

それもこれも爆豪くんが不名誉なあだ名で呼ぶせいだ。

何か仕返しを考えておこう……

 

 

 

教室に着いたら皆登校時の話で盛り上がっていた。

 

「超声かけられたよ来る途中!!」

 

「私もじろじろ見られてなんか恥ずかしかった!」

 

「私も……話しかけられた……」

 

「俺も!」

 

透ちゃんが見られて恥ずかしかったとか言ってるけど、もしかしなくてもそれはいつもではないだろうか。

浮かぶ制服は目を引くと思う。

言わぬが花か。

 

皆賑やかに話していたけど、予鈴が鳴ったら速やかに席に着いて相澤先生が入ってくる頃には静まり返っていた。

もう相澤先生の指導が身に染みついている。

 

「おはよう」

 

「「「おはようございます!!」」」

 

姿を現した相澤先生は包帯とギプスが取れていた。

そのことを梅雨ちゃんが指摘するけど、一言で受け流されてしまっていた。

 

「んなもんより、今日の"ヒーロー情報学"ちょっと特別だぞ」

 

その言葉に、クラスに緊張が走る。

例のごとく『小テストか!?』とかいう思考がちらほら聞こえる。

まあそんなことではないわけだけど。

 

「"コードネーム"、ヒーロー名の考案だ」

 

「「「胸膨らむヤツきたああああ!!」」」

 

その一言でクラスが俄かにざわめき出したけど、先生が髪の毛をざわつかせた瞬間にピタリと静まり返った。

それを確認した先生が、続きを話し始める。

 

「というのも先日話した"プロからのドラフト指名"に関係してくる。指名を本格化するのは経験を積み即戦力として判断される2、3年から……つまり今回来た"指名"は将来性に対する"興味"に近い。卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある」

 

「大人は勝手だ!」

 

峰田くんが何やら文句を言っている。

だけど1年生に指名を出しただけでそれ以降ずっと面倒を見続けないといけないなら、ヒーロー側にとって不利すぎる制度になってしまう。

そんな制度だったら指名を出すヒーローなんていなくなってしまうと思う。

 

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

 

「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」

 

透ちゃんの質問を肯定しつつ、相澤先生が黒板に棒グラフ付きの集計結果を表示させた。

 

A組指名件数

轟 4123

爆豪 3556

常闇 360

飯田 301

波動 278

上鳴 272

八百万 108

切島 68

麗日 20

 

私にも結構な数の指名が入っていた。

ただ私の場合、感知能力を期待されての側面が大きい気がする。

まあどんな理由であっても指名してくれたのは嬉しい。

お姉ちゃんに箔をつけられるような事務所があるといいんだけど……

 

「例年はもっとばらけるんだが、二人に注目が偏った」

 

「だー--白黒ついた!」

 

「見る目ないよねプロ」

 

上鳴くんが嘆いてるけど、上2人が規格外なだけだと思う。

三奈ちゃんは呆然としているし、青山くんは憤慨していた。

緑谷くんも1件も指名が入っていないし、最終種目に出場するだけでは駄目ということなんだろう。

 

「波動すごいじゃん。クラス5位だよ」

 

「ん……ありがと……でも……分不相応な気がする……」

 

響香ちゃんが手放しに褒めてくれる。

嬉しいけど、その指名件数に見合うだけの活躍も出来ていなければ実力も足りていないと思う。

やっぱりまだ分不相応だ。

 

「これを踏まえ……指名の有無関係なく、いわゆる職場体験に行ってもらう。お前らは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りある訓練にしようってこった」

 

「それでヒーロー名か!」

 

「俄然楽しみになってきたぁ!」

 

「まあ仮ではあるが適当なもんは「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

相澤先生の話を遮って、ミッドナイト先生が教室に入ってきた。

相変わらずのコスチュームな上に、惜しげもなく披露されるセクシーポーズ。

18禁ヒーローの名に相応しい登場だ。

 

「この時の名が!世に認知されそのままプロ名になっている人多いからね!!」

 

「まぁそういうことだ。その辺のセンスはミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん」

 

相澤先生は本当にそのままミッドナイト先生に丸投げするつもりみたいだった。

既にごそごそと寝袋の準備をし始めている。

 

「将来自分がどうなるのか。名をつけることでイメージが固まり、そこに近づいてく。それが"名は体を表す"ってことだ。"オールマイト"とかな」

 

それで説明は終了して、ヒーロー名を考案するための時間になった。

 

 

 

15分後―――

 

「じゃ、そろそろ出来た人から発表ね」

 

ミッドナイト先生のその言葉にクラスに動揺が走る。

やっぱり皆の前で発表となると恥ずかしい人が多いらしい。

 

青山くんがすかさず手を上げたけど、彼のさっきまでの思考から大分不安が残る。

そして、自信満々で見せられたフリップボードには、案の定な文言が書いてあった。

 

「行くよ……輝きヒーロー"I can not stop twinkling(キラキラが止められないよ⭐︎)"」

 

「「「短文!!!!」」」

 

あまりにも名前に適していない文章の登場に、皆度肝を抜かれている。

だけど、ミッドナイト先生だけは冷静にアドバイスを考えていた。

 

「そこはIを取ってcan'tに省略した方が呼びやすい」

 

「それね、マドモアゼル☆」

 

ミッドナイト先生のアドバイスは確かにその通りなんだろうけど、何か釈然としない。

皆も『これは……!!』とか考えている。

やっぱり皆同じような感想なんだろう。

 

次に前に出てきたのは三奈ちゃんだった。

 

「じゃあ次アタシね!エイリアンクイーン!!」

 

「2!!血が強酸性のアレを目指してるの!?やめときな!!」

 

「ちぇー」

 

これに関しては先生の言う通りだと思う。

エイリアンクイーンはヒーロー名というよりもヴィラン名と言われた方がしっくり来てしまう。

大喜利のような雰囲気になってしまったのもあってか、『バカヤロー!!』なんて頭の中で罵っている人も多い。

 

「じゃあ次、私いいかしら」

 

その空気を打ち破って梅雨ちゃんが手を上げる。

 

「小学生の時から決めてたの。フロッピー」

 

そう言って梅雨ちゃんが出したフリップボードには"梅雨入りヒーローフロッピー"と書かれていた。

 

「カワイイ!!親しみやすくて良いわ!!皆から愛されるお手本のようなネーミングね」

 

ミッドナイト先生も大絶賛だ。

皆も嫌な空気を打ち破ってくれた梅雨ちゃんを称賛するようにフロッピーコールを繰り返している。

 

それに続いて出てきたのは切島くんだった。

 

「んじゃ俺!!烈怒頼雄斗(レッドライオット)!!」

 

「"赤の狂騒"!これはあれね!?漢気ヒーロー"紅頼雄斗(クリムゾンライオット)"リスペクトね!」

 

「そっス!だいぶ古いけど俺の目指すヒーロー像は"(クリムゾン)"そのものなんス」

 

「フフ……憧れの名を背負うってからには相応の重圧がついてまわるわよ」

 

「覚悟の上っス!!」

 

堂々と憧れの人の名前を背負っていくと宣言した切島くんは、当然合格だった。

 

そこで一度発表の流れが途切れた。

ここらへんで言っておこうかな。

 

「ん……じゃあ……はい……」

 

「はい!波動さん!」

 

手を上げてミッドナイト先生に指名される。

そのまま席を立って教壇まで歩き、フリップボードを皆に見えるように置く。

フリップボードにはこう書いておいた。

 

 

"波動ヒーローリオル"

 

 

「可愛いじゃない!これは自分の名前を捩った感じかしら?」

 

「ん……それもあります……だけど……それだけじゃないです……波動は……波みたいなもので……波紋って言われることもあるんです……その波紋を英語のリプルにして……全部を見通してやるぞっていう……意気込みを込めて……オールを掛けました……」

 

「意気込みを込めた名前、良いわねぇ青臭くて……好きよ!そういうの!」

 

「ありがとう……ございます……」

 

合格を貰えて一安心だ。

席に戻ると響香ちゃんが「いいヒーロー名だね」なんて笑顔で褒めてくれた。

褒めてもらえて私も嬉しくなってしまう。

 

そんな感じのやり取りをしていたら、響香ちゃんのさらに隣の上鳴くんが渋い顔をし始めた。

 

「うあ~考えてねんだよなまだ俺」

 

そういって考え込む上鳴くんの肩を響香ちゃんがつつく。

 

「つけたげよっか、"ジャミングウェイ"なんてどう?」

 

「武器よさらばとかのヘミングウェイ捩りか!インテリっぽい!カッケェ!!」

 

響香ちゃんに提案されたヒーロー名に、上鳴くんが嬉しそうに反応する。

だけど、多分響香ちゃんはウェイをいつものショートした上鳴くんにかけているだけだと思う。

それでもいい感じの名前に仕上げている辺り、流石響香ちゃんだとは思うけど。

 

「~~~~いやっ、せっかく強いのにプフッ!すぐ……ウェイってなるじゃん……!?」

 

響香ちゃんは笑いながらすぐに種明かしした。

仲いいなぁと思っていたら、響香ちゃんがスッと立ち上がって前に出る。

 

「耳郎おまえさぁふざけんなよ!」

 

「ヒアヒーローイヤホンジャック!」

 

「良いわね!次!」

 

響香ちゃんは聞く耳を持たずに、ささっといい感じのヒーロー名を発表して終わった。

その後は皆流れを掴んだのかどんどん発表していった。

 

「テンタコル!」

 

「触手のテンタクルとタコの捩りね!」

 

「テ……テイルマン」

 

「名が体を表してる!」

 

「かぶった……シュガーマン!」

 

「あま~~い!!」

 

「ピンキー!!」

 

「桃色!桃肌!」

 

「チャージと稲妻でチャージズマ!」

 

「たはは~!痺れるぅ!」

 

「ステルスヒーロー!インビジブルガール!」

 

「良いじゃん良いよ!さぁどんどん行きましょー!!」

 

先生は次々と発表されるヒーロー名を一言ずつ褒めて、どんどん次に回している。

その後も続々と発表していって、爆豪くんが席を立った。

 

「爆殺王」

 

「そういうのはやめた方が良いわね」

 

今まで一言で称賛しまくっていたミッドナイト先生が、冷静に否定した。

正直思考停止で褒めてるのかなとか思ってたけど、そうでもなかったらしい。

だけど私もそう思う。少なくともヒーローなのに"殺"の字を入れるのはよろしくないだろう。

 

続いてお茶子ちゃんが前に出ててきた。

 

「考えてありました……ウラビティ」

 

「洒落てる!」

 

そこまでは順調に進んで、残りは飯田くんと緑谷くん、爆豪くんの3人になった。

 

飯田くんは一度フリップボードにインゲニウムと書こうとしたみたいだったけど、『僕はまだ―――』なんて考えて消してしまった。

やっぱりインゲニウムのことを気にしているんだろう。

もしお姉ちゃんに何かあったら私も似たような状態になるだろうなと思うと、さらに心配になってしまう。

どこかで励ましてあげることとかできないかな……でも私が同じ状況で励まされても絶対に受け入れないだろうし……

 

そんなことを考えていたら緑谷くんが前に出てきていた。

フリップボードには"デク"と大きく書かれていた。

 

「緑谷、いいのかそれ!?」

 

「うん、今まで好きじゃなかった。けど、ある人に"意味"を変えられて……僕には結構な衝撃で……嬉しかったんだ」

 

『いつまでも雑魚で出来損ないの"デク"じゃないぞ……"「頑張れ!!」って感じのデク"だ!!』

 

「これが僕のヒーロー名です」

 

ある人なんて濁しているけど、これお茶子ちゃんのことだよね。

もしかしなくてもそういうことなんだろうか。

ちょっと気になる。

爆豪くんが凶悪な顔で緑谷くんを睨みつけている気するけど、爆豪くんは早く自分の名前を考えた方が良いと思う。

今書いている"爆殺卿"が通ることは絶対にないと思うし。

とりあえず"殺"の字を入れるのをやめた方がいいってことを教えてあげた方がいいんだろうか。



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職場体験先

「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあったものは個別にリストを渡すからその中から自分で選択しろ。指名のなかったものは予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件、この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ」

 

授業の最後に相澤先生がそんな感じで説明して、話を締めた。

だけど、隣のミッドナイト先生が意味もなく胸を張るように伸びをしたり、謎のセクシーポーズをしたりしていてすごく気が散る。

ブドウ頭の垂れ流しになっている思考と感情が大分気持ち悪いことになっているから、勘弁して欲しい。

 

「俺ぁ都市部での対・凶悪犯罪!」

 

「私は水難に関わるところが良いわ……あるかしら」

 

切島くんと梅雨ちゃんが自分の希望の傾向を探している。

やっぱり皆どういう分野で活躍したいかとかは考えているんだろう。

 

私もお姉ちゃんのサイドキックになるという目的を考えて事務所を選ぶべきだ。

人命救助中心の13号先生のようなヒーローの事務所に行って長所の感知を伸ばすのもいいし、武闘派ヒーローのところに行って欠点の戦闘能力のなさをどうにかするのもいいかもしれない。

切島くんのような対・凶悪犯罪のところに行ってヒーローが戦いやすいようにサポートをする方法を学ぶのもいいかもしれない。

悩ましい所だ。

 

「波動」

 

「はい……」

 

そんなことを考えていたら相澤先生に呼ばれた。

 

「お前の指名リストだ」

 

そう言って紙の束を渡してくれる。

私でもそこそこの厚さになってるけど、爆豪くんと轟くんは大変なことになっているんじゃないだろうか。

そう思って爆豪くんの方を意識を向けると、束なんて表現では済まない紙の山があった。

これ、目を通すだけで1日かかるんじゃないだろうか。

 

「今週末までに提出しろよ」

 

そう言って先生は授業を締めくくった。

今日は木曜日だから、あと2日で提出しろということらしい。

相変わらず時間に厳しい先生だ。

 

 

 

授業も終わったから席を立って、透ちゃんの席に移動する。

透ちゃんは既に配られた紙から目を離していた。

丸を付けているところがあるし、どこにするかもう決めたらしい。

 

「透ちゃん……もう決めたの……?」

 

「うん!隠密活動中心のヒーローがリストにいたんだよ!ここ!」

 

そう言って透ちゃんは丸を付けている事務所を指さした。

聞いたことがない事務所だけど、隠密活動を中心としているなら当然か。

むしろ有名になったら活動の邪魔になるから、本格的に隠密活動をしている証拠なのかもしれない。

 

「そっか……隠密活動なら……透ちゃんの独壇場だね……」

 

「そうなんだよ!だから見てすぐに決めちゃった!瑠璃ちゃんは?いい所から指名入ってた?」

 

そう聞かれて透ちゃんに私のリストを手渡す。

 

「ね、ウチも見ていい?」

 

「ん……いいよ……」

 

近くで百ちゃんと話していた響香ちゃんも気になったのか覗き込んできた。

百ちゃんは自分のリストに集中しているみたいで、私のリストを見ようとはしなかった。

 

「わ、やっぱり人命救助系の事務所が多いねー!」

 

「プッシーキャッツにバックドラフトに……13号先生まで!?」

 

私のリストはやはりというべきか、人命救助系の事務所が多かった。

ちなみにお姉ちゃんがお世話になっているリューキュウからの指名はない。

 

「ん……ただ……人命救助もいいけど……迷ってる……」

 

「そうなの?」

 

「うん……得意な部分を伸ばすのもいいけど……苦手な所もどうにかした方がいいのかなって……」

 

「そっかー「うわマジ!?ミルコからも指名来てるじゃん!?」

 

透ちゃんの声を遮るように、響香ちゃんが声を上げた。

そしてその声に大げさに反応する人が、1人だけいた。

 

「ミルコ!!?」

 

緑谷くんだ。

さっきまでお茶子ちゃんと話していたのに、興奮した表情をしながら凄い速さで近寄ってきた。

 

「ほ、本当にミルコから指名が入ってたの!?」

 

「ん……うん……来てた……」

 

にじり寄ってくる緑谷くんにリストを見せてあげる。

 

「ほ、本当だ!凄いね波動さん!ミルコは管轄を持たずに日本中を飛び回る新しい形のヒーローなんだよ!一人でいることを好んでサイドキックもいない彼女がまさか指名を出すなんて……!これは凄いことだよ波動さん!!」

 

「そ、そっか……でも……どこに行くかはまだ迷ってる……」

 

緑谷くんが相変わらずの早口で説明してくる。

ちょっと怖い。

私が迷っていると返答したら、それはそれでさらに早口で聞き取れないくらいのブツブツをし始めた。

うーん、どうしようかなこの緑谷くん……お茶子ちゃんに引き取ってもらおうかな……?

そんなことを話していると、話を中断されてしまったお茶子ちゃんも近づいてきた。

 

「瑠璃ちゃん、迷ってるの?」

 

「ん……私……全然戦えないから……そういうのが学べるところもいいのかなって……」

 

「そっか!じゃあ私と同じだね!私もこの間の爆豪くん戦で思ったんだ!強くなればそんだけ可能性が広がるって!だから私、指名があったバトルヒーローガンヘッドのところに行くことにしたんよ!」

 

「あー、そっか。2人は体育祭で圧倒的格上相手にボコボコにされちゃったもんね……」

 

透ちゃんが悩んでいる理由に納得してくれる。

そして私の言葉を聞いた緑谷くんが、また目を輝かせ始めた。

 

「そういうことなら!ミルコのところは波動さんにぴったりだよ!なんといってもミルコは肉弾戦を主体にした武闘派ヒーローのトップ!ビルボードチャートトップ10の中でも数少ない女性ヒーローだし!波動さんが戦い方を学ぶっていうならこれ以上うってつけのヒーローはいないよ!一人で活動しているミルコなら波動さんの感知は絶対に役に立つし!それに轟くん戦の最後の跳躍を使いこなせるようになればミルコみたいに戦うのも不可能じゃないかもしれないから!」

 

「そ、そっか……ありがと……参考にするね……」

 

解説はありがたいんだけど、皆が生暖かい目で緑谷くんを見ていることに気が付いていないんだろうか。

気付いてないんだろうな……

 

そんな風に話している教室の端で、憎悪の感情を飯田くんが発しているのが気になってしまう。

保須市のヒーロー事務所のことを考えているみたいだけど……

……思考からして、やろうとしてることに想像はつくけど、あまりいい予感はしない。

気を配りはするけど、職場体験先で何かすることを考えているなら出来ることはないに等しい。

出来るとしたら、行く前に声をかけて早まらないように言っておくくらいか。

 

 

 

放課後―――

 

「オイラはMt.レディ!!」

 

欲望駄々洩れのブドウ頭が、自分の職場体験の希望先を暴露していた。

 

「峰田ちゃん、やらしいこと考えてるわね」

 

「違うし!」

 

どこが違うと言うのか。

ラッキースケベを期待して、そのことを強く考えていたじゃないか。

 

「芦戸もいいとこまで行ったのに指名ないの変だよな」

 

「それぇ」

 

尾白くんと三奈ちゃんが指名がないことへの疑問を発する。

確かに三奈ちゃんに指名がないのは不思議だなと思っていると、透ちゃんに声を掛けられた。

 

「瑠璃ちゃんはどこに行くか決めた?」

 

「ん……ミルコのところに……行こうかなって……」

 

「そっかー!じゃあ職場体験が終わったら瑠璃ちゃんが武闘派に目覚めちゃってるかもしれないわけだ!」

 

そんな風に冗談めかして話してくる透ちゃんと会話していると、お茶子ちゃんが緑谷くんに声をかけた。

 

「デクくんはもう決めた?」

 

それに対して緑谷くんは特に返答しなかった。

というか、できなかった。

 

「まずこの40名の受け入れヒーローらの得意な活動条件を調べて系統別に分けた後、事件・事故解決件数をデビューから現在までの期間でピックアップして僕が今必要な経験もそうそうないし慎重に決めるぞ。そもそも事件がないときの過ごし方も参考にしないといけないな忙しくなるぞうひょー」

 

『『『芸かよ最早』』』

 

うひょーってなんだうひょーって。緑谷くんのテンションはどうなってるんだ。

緑谷くんがオタクモードになって、それを皆が生暖かい目で見るのがもはや定番になりつつある。

だけど緑谷くんのその考察は無駄になりそうだ。

今、オールマイトが緑谷くんの指名のことを考えながら教室に向かってきている。

きっと遅れて指名が入ったんだろう。

 

「わわ私が独特の姿勢で来た!!」

 

どうやったのか横にスライドしながらオールマイトが登場した。

汗がだらだら流れているけどどうしたんだろう。

走っただけじゃオールマイトは汗なんか搔かないと思うんだけど。

 

オールマイトはそのまま緑谷くんと退室していった。

もう贔屓していることを隠そうともしなくなっている気がする。

思考からして、緑谷くんを指名したのはオールマイトの先生らしい。

 

……オールマイトが新米教師過ぎて耐えきれなくなって指名してきたのかな?

まあオールマイトを育てた先生ならきっとすごい人なんだろう。

オールマイトも何故かすごく怖がっているし。汗を搔いていた理由はこれか。

そんなに怖い人なんだろうか。少し気になった。




ミルコはサイドキックは雇っていませんが、公安の要請で学生を受け入れたりすることはあります。(チームアップミッション)
なので卒業後サイドキックとして雇うことはなくても、ミルコにとっての利点があれば指名を出すこともあるかなと考えています。
学生ならプロに指示なんか出せるはずもなく、完全に自分の管理下に入りますしね。


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職場体験(前)

職場体験当日――――

 

「コスチューム持ったな。本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」

 

「はーい!!!」

 

「伸ばすな。「はい」だ芦戸。くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」

 

私たちは職場体験に向かうためにコスチュームを持って駅に集合していた。

 

「透ちゃん……コスチューム間に合ってよかったね……」

 

「うん!これで私のインビジブルガールとしての活動が捗っちゃうよ!」

 

透ちゃんのコスチュームは数日前に戻って来ていた。

見せてもらったけど、ちゃんと透明で肉眼じゃ見えなくなっている。

それなのに触ると確かにそこにある不思議な衣装。

私の目には波動でくっきりと形や模様が分かるけど、他の人には一切見えないと思う。

それに元々あった手袋とブーツが付いている。

肉眼で見ただけなら元のコスチュームと変わりない感じだ。

 

その後も少しの間透ちゃんと話して過ごしていたら、あっという間に出発の時間になった。

 

「それじゃあ、私もう時間だから!お互い頑張ろうね!」

 

「ん……!透ちゃんも頑張ってね……!」

 

そう言って透ちゃんは何故かうおおおお!とか声を上げながら去っていった。

元気で可愛らしいけど、駅でそれは迷惑になるからやめた方がいいんじゃないだろうか。

 

 

私もそろそろ行かないといけないけど、その前に飯田くんに声をかけておきたい。

飯田くんは、今まさに緑谷くんとお茶子ちゃんに声を掛けられて出発しようとしている。

飯田くんの波動からは、思わず後退ってしまいそうになるほどの憎悪の感情が伝わってくる。

ちょっと気後れしながらも、飯田くんが皆から離れたタイミングで声をかけた。

 

「ねぇ……飯田くん……」

 

飯田くんは特に返事もせずに顔をこちらに向けた。

 

「今の飯田くんが……何を考えているか……大体分かる……ヒーロー殺しが……憎いんでしょ……?」

 

「……」

 

こちらを見定めるような視線で、猶も無言を貫く飯田くんに言葉を続ける。

 

「分かるよ……私も……お姉ちゃんが同じ目にあったら……絶対に同じことをしようとするから……」

 

「何を言っているんだ波動くん、俺は「だから……わざわざ保須の事務所を選んだんでしょ……?」

 

飯田くんが反論してくるけど、あえて言葉を被せることでそれ以上先を言わせない。

 

「何をしようとしてるかなんて……聞くつもりもないし……止めるつもりもない……だけど……飯田くんには……これからも……クラス委員長でいて欲しいから……ちゃんと生きて帰って来てね……?」

 

「……ああ、約束する」

 

今の飯田くんに、意図がきちんと伝わったかは分からない。

飯田くんの気持ちが理解できてしまう私は、飯田くんを止めたいなんて思わない。

だから他のクラスメイトや先生にも言うつもりはない。

だけどせめて、飯田くんが返り討ちにあって死ぬなんてことだけはあって欲しくない。

そのための釘刺ししか、私にはできなかった。

 

 

 

新幹線に乗って約1時間弱。

職場体験地である神奈川に到着した。

 

集合場所は駅からほど近いホテルだった。

このホテルが、事務所を持たないミルコの今の住まいということなんだろう。

指定されたホテルに到着して、エントランスのソファーに座って待っていた。

 

「お前が波動だな?」

 

後ろからかけられたその声に反応して振り向く。

振り向いた先には、オフショルダーでハイレグのボディスーツに身を包み、筋肉質な身体を惜しげもなく晒すうさ耳が生えた女性、ミルコがいた。

すぐに立ち上がってミルコの方に向き直って、頭を下げる。

 

「はい……波動瑠璃……ヒーロー名はリオルです……これから1週間……よろしくお願いします……ミルコさん……」

 

「おう!早速出るから、さっさとコスチュームに着替えてきな」

 

そう言ってミルコさんは私に早く着替えるように促してきた。

ミルコさんが借りているらしい部屋の鍵を借りて、部屋の中で手早く着替えてしまう。

 

「お待たせしました……」

 

「んじゃさっさと行くぞ」

 

ミルコさんは特に説明もなく、ささっとホテルから出ていく。

私も駆け足で追いかけた。

私が何をすればいいのか、ミルコさんに聞いておいた方がいいか。

 

「私は……どうすればいいですか……?」

 

「付いてくるだけでいい。私に付いてきて、私の動きを見てろ。後は……私が聞いた時に判れば、それに答えるだけでいい」

 

「……分かりました……」

 

それだけ言うとミルコさんはすたすたと街を歩き始める。

試しているとかそういうことではなく、本当に『付いてくるだけでいい』と思っているみたいだ。

本心からの言葉なら、従う他にないか。

 

 

 

パトロールを始めて1時間くらい経った。

その間ずっと、本当に付いていっているだけだった。

 

「あー!ミルコだー!サインください!!」

 

「おう!」

 

あとは、時折ミルコさんがファンに呼び止められたりしているくらいだ。

今も小学生くらいの少年にサインを求められて快く応じている。

惜しげもなくファンサービスするミルコさんを見ていて、少し意外に感じてしまう。

サイドキックを雇わないと聞いていたから孤高な一匹狼を想像していた。

だからファンサービスなんて全然しないと思ってたんだけど……

ミルコさんは我は強いけど人は好いらしい。

ファンの求めには、どれ対しても快く応じていた。

 

「ねぇ、もしかして雄英の1年生の子?」

 

そんなミルコさんのファンサービスを眺めていたら、私も声をかけられた。

 

「……はい……そうです……最終種目……1回戦で負けちゃいましたけど……」

 

私がそう返答すると小さな子供連れの女性が目を輝かせた。

子供の方もじっと私を見ている。

というよりも尻尾をじっと見つめている。気になるんだろうか。

あくまで飾りだから動物の尻尾に比べてしまうとどうしても作り物感が否めないんだけど。

 

「やっぱり!この前の体育祭、見てたわ!サインもらっても良い?」

 

「いいですよ……どこにしますか……?」

 

「なぁ!俺も貰ってもいいか?」

 

「コスチュームの耳、かわいいね!」

 

私が子供に尻尾を触らせてあげながらサインの求めに応じていたら、他の人たちまで私の周りに集まってきた。

1回戦敗退なのにここまで声を掛けられるとは思っていなかった。

体育祭効果恐るべし……

 

「きゃあああ!!ひったくりぃぃ!!」

 

対応を続けていたらそんな声が響いてきた。

その瞬間、囲まれていた筈のミルコさんが声の方向に向かって跳び上がった。

凄まじい跳躍力でひったくりとの距離を詰めると、ミルコさんはあっという間に犯人を捕まえてしまった。

 

「私の縄張りで悪いことなんてするもんじゃねえぞ」

 

決め台詞のようにそう言ったミルコさんに、周囲の一般人から歓声が上がった。

ミルコさんはその歓声に応えるように決めポーズまでし始めている。

流石プロだ。これなら人気なのも頷ける。

 

 

 

その後のパトロールは特に大きな出来事もなくて、困っている人の手助けやファンサービスを行う程度だった。

昼食は食べたけど、それ以外の時間はパトロールをしていただけだったと言っていい。

暗くなってきたあたりで、ミルコさんから今日は終わりにすると言われてホテルに戻ってきていた。

 

どうやらミルコさんは私の部屋も取っていてくれたらしい。

私の部屋はミルコさんの部屋の隣だった。

朝はまだチェックインできない時間だったからミルコさんの部屋で着替えさせられただけのようだ。

 

今はミルコさんと一緒に、ホテルのレストランで夕食を取っている。

生の人参まで頼んでいて驚いたけど、普通に運ばれてきたことにさらにびっくりした。

なんで対応できるんだこのレストラン。

対応できるところを選んでるのかな。

黙々と食べていたミルコさんが食べ終わったタイミングで、聞きたかったことを聞いてみることにした。

 

「ミルコさん……なんで私を指名してくれたんですか……?」

 

その質問に対して、ミルコさんは少し考え込むような仕草をすると、目を閉じて話し始めた。

 

「個性が便利そうだった。私以上に視野が広そうだったしな」

 

……やっぱり私の波動による感知が便利だから指名したらしい。

その答えに私が納得しそうになった瞬間、ミルコさんはニヤリと笑みを浮かべてから話を続けた。

 

「ま、それだけじゃ指名なんかしなかったがな」

 

「え……?」

 

「私は一人で自由にやるのが性にあってるんだ。ただの感知系の個性なら興味ない。正直付いてこられても邪魔なだけだしな。だが、お前は違う。お前の個性、"波動"だったか」

 

どうやらミルコさんは、私についての情報を学校から聞いていたらしい。

ミルコさんの思い浮かべている私の個性の内容は、私が学校に知らせている個性の詳細と一致していた。

 

「たまたま近くにいて時間があったから体育祭を見ていたが、お前の戦い方を見てもったいないと思った。それが理由だ」

 

「もったいない……?」

 

「ああ。見てた限りでも、しっかりと鍛錬を積めば私と同じような戦い方が出来るはずなのに、あの体たらくだ。最後の最後だけ光るものはあったが、素直にもったいないと思った」

 

私がミルコさんと同じような戦い方をできるようになるなんて、とても思えないけど……

 

「あと、単純に私と似てるからな、お前」

 

「似てる……?」

 

「あぁ。似てる。波動がどういうものかなんてのは知らねぇが、私は音で、お前は波動で周囲の状況を把握してる。そうだろ?」

 

「はい……」

 

ミルコさんは飲み物を飲んで一息挟んでから話を続けた。

 

「んで、ここからが私の勘なんだが……お前、波動で位置や行動以外の何かを読めてるだろ。私が本能で色々察してるのと同じように」

 

その問いかけに対して返答することなんてできなくて、息を呑むことしかできなかった。

 

「それが何かなんてどうでもいい。だが、お前が体育祭で見せた動きにあの超人的な予測と異常な範囲の感知……使いこなせれば私と同等以上のヒーローになる。そう思ったから指名した。学生の間だけなら面倒見てやってもいいかと思ってな」

 

「そう……ですか……」

 

「ま、そういうことだ。ただし、私は具体的な指導なんかしねぇから、私の動きを見て自分がどうすれば同じ動きが出来るか考えろ。それがこの1週間の課題だな。私はもう戻るから、お前は好きにしてな。明日は8時にコスチューム着てロビーで待ってろ」

 

その言葉で会話を締めて、ミルコさんは私の分まで会計を済ませてからレストランを出て行ってしまった。

私はその背中を、黙って見送ることしかできなかった。



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職場体験(中)

2日目

私はミルコさんに言われた通り、8時にはコスチュームを着てロビーで待機していた。

当然もう朝食も済ませている。

いつでもパトロールに出発できる状態で待っていると、時間ぴったりにミルコさんがやってきた。

 

「ちゃんと時間通りだな」

 

「おはようございます……ミルコさん……」

 

「おう、さっそく行くぞ」

 

ミルコさんはそれだけ言うと、さっさとパトロールに出発してしまった。

私も置いていかれないように、ミルコさんを追いかけた。

 

パトロールの間、ミルコさんに昨日言われたことを思い出す。

私がミルコさんと同じ動きが出来るはずなんて言ってくれていたけど、今でもそんなことはないだろうと思ってしまう。

ミルコさんのパトロール中の思考は、自信に満ちた感じでヴィランを探しているか、興奮気味にファンサービスをしているかのどちらかだ。

私に対する思考はほぼ皆無に等しい。

本当にただついていってるだけでしかなかった。

 

たまにヴィランというか、その辺のごろつきによる犯罪を取り締まっている。

だけどミルコさんが一瞬で鎮圧してしまうから、私が手伝えることが一切ない。

昨日の言葉通り、感知すら必要とされてない。

見ることで自分の動きを学べなんて言われたけど、どうすればいいのか皆目見当がつかない。

見ていて分かることなんて、声や音で犯罪に気が付いたミルコさんが、しゃがんでから一気にジャンプして近づいて、蹴りで制圧しているなということくらいだ。

これをどう学べと言うのか。

 

結局、その日もパトロールについていくだけで終わった。

ミルコさんの跳躍力で引き離されたりはぐれたりもしたけど、感知でミルコさんの波動を追って事なきを得た。

これ、私を指名した理由は、自分が好きに動き回っても勝手に着いてこれるからっていうのが大きいんじゃないだろうか。

感知能力を頼りにされない割に、1番最初に挙げた指名の理由も感知能力だったし。

そう思ってしまうくらいの放置具合だった。

 

そして夕食。

今日もミルコさんは食事以外にも生人参を頼んでかじっている。

1日のご褒美的なやつなんだろうか。

昨日とは違うレストランなのに、頼んだらすぐに生人参が出てきた。

やっぱり出せるところを選んでいるみたいだった。

 

「んで、何か分かったか?」

 

「……すいません……さっぱりで……」

 

「ま、そうだろうな」

 

私はそれ以上答えられず、黙々と食事を続けていると、ミルコさんが口を開いた。

 

「一つだけヒントをやる。お前、私が常に足の力を張り続けてるとでも思ってるのか?」

 

「え……?」

 

「それだけだ。明日も朝8時にロビーだ」

 

そう言ってミルコさんはまたしても会計を全部済ませて、先に部屋に戻ってしまった。

ちょっと、考えてみるか……

 

 

 

3日目

今日も8時きっかりにロビーに来たミルコさんと一緒にパトロールに繰り出す。

 

昨日のミルコさんの言葉を受けて、部屋で色々考えた。

ミルコさんがジャンプの時に使っている力。ウサギとしての跳躍力。

それはウサギの個性由来の物であっても、ずっと使っているわけじゃない。

彼女が普通に歩いている時には、普通に人としての動きしかしていないからだ。

 

ミルコさんだと分かりにくいけど、梅雨ちゃんを例に考えると分かりやすいかもしれない。

梅雨ちゃんは蛙の個性を持っている蛙人間だ。

だから蛙のような飛び跳ねるみたいな移動もできるし、舌を伸ばしたり壁に張り付いたりなんかもできる。

だけど、梅雨ちゃんはUSJの時のような緊急事態でも、飛び跳ねて移動せずに普通に走って移動していた。

飛び跳ねて移動した方が早いにも関わらずだ。

つまり、生物の特徴が身体に現れる個性でも、意識的にその生物の動きと人間の動きを使い分けていることが分かる。

 

これを分かった上で、ミルコさんの動きを見てみる。

ミルコさんは今も犯罪を犯したヴィラン擬きのごろつきに対して、個性を使ってのジャンプと蹴りを見せていた。

そのジャンプでウサギとしての跳躍を使ったのは、踏み切りの瞬間だけだ。

しゃがみ込んで、飛び上がる瞬間にだけ力を入れてるんだ。

空中では足も含めて普通に人としての動きしかしていない。

ミルコさんがすごく鍛えられていて、蹴り技が巧みすぎるから分かりにくいだけだ。

 

そこまで考えてミルコさんが唯一光るものがあると褒めてくれた、轟くん戦の最後の自分の動きを思い出す。

あの時私は、身体の波動を足に詰め込めるだけ詰め込んでいた。

これはミルコさんの動きでいう、しゃがみ込む動作と同じように跳ねるための準備をしていたと言えなくもない。

そして踏み切り。ミルコさんを押して同じ動きが出来るはずだと言わしめるほどの動き。

意識的に普通の人ではない動きをしたはずの瞬間。

あの時、私自身は思いっきり地面を蹴っただけのつもりだった。

だけど、本当にそうだろうか。

今まで地面を蹴るだけで波動が弾けるような感覚がしたことなんて、一切ない。

波動を集めた足で地面を蹴っても、ちょっと強く地面を蹴れる程度でしかなかった。

 

違いがあるとしたら、何故か普段よりも多かった波動を足に詰め込んだことくらいだ。

ここにあの弾ける感覚の秘密があるんだろう。

弾けるということは、私が無意識化で何か波動に干渉していたか、波動に何かしらの負荷がかかって勝手に弾けたということではないだろうか。

 

そう考えた上であの時の波動の動きを考えてみる。

足にいつもよりも多く集めた波動は、いつもの足に集めるときと同じくらいの範囲に詰め込んでいた。

つまり、波動がいつも以上の密度になっていたということ。

それが意味することは……

 

「……圧縮……?」

 

詰め込んだことで無意識に圧縮していたとして、それが蹴るという更なる力で限界に達して、最後に加えられた力の方向に弾けて波動が噴出していたとしたら。

あの動きは、ありえない事ではないのではないだろうか。

 

少しだけ、光明が見えた気がした。

この通りの原理であの動きが出来ていたなら、使いこなせばミルコさんのように跳躍を自由自在に行うことが出来るかもしれない。

私はミルコさんについていきながら、早速波動の圧縮を試し始めた。

 

 

 

午後3時頃、なかなか波動を圧縮する感覚が掴めなくてヤキモキしていると、スマホが通知音を発した。

確認すると、緑谷くんがクラスメイトに一斉に位置情報だけを送ってきたようだった。

その住所が示す場所は、保須市だ。

 

「……飯田くんに……何かあったって……ことかな……」

 

きっとこれは応援要請か何かなのだろう。

だけど、私は今神奈川にいる。東京の保須市まで、どんなに早くても1時間程度はかかってしまう。

それに、私を受け入れてくれたミルコさんにも迷惑がかかってしまう。

行くことはできない。

 

これを緑谷くんが送ってきたということは、緑谷くんが近くにいるということではあるんだろう。

あとは、東京にはエンデヴァーヒーロー事務所がある。轟くんが職場体験に行っているはずだ。

私にできることと言ったら、轟くんにエンデヴァーによる救援を頼むくらいか。

 

そう思った私は、轟くんにメッセージを送った。

 

『突然ごめんなさい。緑谷くんのメッセージは見た?』

 

『応援の件か。親父は別件で動けねぇから、俺だけで向かってる』

 

轟くんは、既に向かってくれているらしい。

だけどエンデヴァーが来れないということが気がかりだ。

轟くんが強いとはいっても、ヒーロー殺しに遭遇してしまうのは不安が残る。

それでも今他に取れる方法なんてなくて、そこにヒーロー殺しがいる可能性を示唆しておくことしかできなかった。

 

『多分、そこにヒーロー殺しがいるんだと思う。轟くんも、気を付けて……』

 

『気を付ける。ありがとう』

 

そこでやり取りは途切れた。

私にできることは、これくらいだ。後は無事を祈るしかない。

そう思って、やり取りをしている間にはぐれてしまったミルコさんを追いかけ始めた。

 

 

 

そして夕食。

今日もミルコさんと一緒に食べている。

あんまり会話はないけど、これがミルコさんなりの学生とのコミュニケーションなのかもしれない。

 

ついさっき、轟くんからまた連絡が届いた。

とりあえず3人とも無事だったらしい。それ以上のことは何も言われなかったけど、無事なら良かった。

後で電話でもしてみようかな。

 

「今日は、何か掴めたみたいだな?」

 

私が轟くんたちのことを考えていると、ミルコさんに話しかけられた。

 

「気付いてたんですか……?」

 

「うさぎは視野が広いんだよ!で、内容は?」

 

「えっと……波動を……圧縮できれば……あの時みたいな動きが……できるんじゃないかなって……気が付きました……まだ……圧縮の方法が……掴めませんけど……」

 

「良いじゃねぇか。それが出来るようになったら、使って私の跳躍についてきてみろ。キャパとか考えなくていい」

 

「それで良いなら……はい……分かりました……」

 

ミルコさんはニヤリと笑って明日の指針を示してきた。

思考の感じからして、頭でごちゃごちゃ考えるより一回身体に染み込ませた方がいいって考え方みたいだ。

確かにそうかもしれない。

キャパを気にしなくていいと言ってくれるなら、お言葉に甘えて挑戦させてもらおう。

結局、その後はあまり会話もなくミルコさんは部屋に戻っていった。

 

 

 

部屋に戻ってからは、ミルコさんのことを考えていた。

ミルコさんは、ぶっきらぼうだしパトロール中は完全に放置されるけど、真摯に私に向き合ってくれている。

指導はしないと言っていたのに、毎日私と食事をする時間を取ってアドバイスまでしてくれている。

先生、というよりも師匠っていう感じかな。

ミルコさんにその気があるかは分からないけど。

 

この3日間のミルコさんとの会話で、一切嘘はなかった。

笑顔の裏で悪感情を抱いているなんてことも一度もなかった。

私のことを理解して、成長のための手助けをしようとしてくれてるいい人だ。

私が何かを隠していることに気が付いていても、黙っていてくれた。

ここまで赤の他人である私のことを考えてくれたミルコさんに、隠し事をしておくのはいくらなんでも不義理だ。

ミルコさんはいい人だから、だから大丈夫。

そう自分に言い聞かせて、ミルコさんの部屋を訪ねた。

 

「あの……ミルコさん……少し……いいですか……?」

 

突然訪問したにも関わらず、ミルコさんは嫌な顔一つせずに、部屋の中に入れてくれた。

 

「で?」

 

椅子に座ったミルコさんは、短く用件を聞いてきた。

そこに悪感情は一切ない。

 

「この前言ってた……私が波動で読めている何かについて……です……ミルコさんの言う通り……私は……波動で位置や行動だけじゃなくて……感情や思考を……読むことが出来ます……それで……色々と予測を立てて動いています……」

 

私が感情や思考を読めていることを伝えても、ミルコさんの表情や思考は変わらない。

一切の悪感情を抱いてない。

ただ『まぁそうだろうな』って軽く考えている程度だ。

 

「まぁそうだろうな」

 

実際に口にも出した。

 

「見てりゃ分かる。明らかに予備動作のない行動に対しても回避行動取ったりしてたしな。未来予知とか思考を読んだりとか、そういう何かがなきゃできないことだ」

 

「そ、そんなに……分かりやすかったですか……?」

 

「ああ。体育祭の試合なんかすげぇ分かりやすかった」

 

ミルコさんがニヤリとからかうように笑った。

クラスメイトには誰にも指摘されなかったけど、そんなに分かりやすかっただろうか。

さらに私の様子からあまり知られたくないことだったと分かったみたいで、ミルコさんは念を押すように言葉を続けた。

 

「私は考えてることを読まれたって気にしない。自由にやるだけだ。吹聴したりもしないから安心しな」

 

ミルコさんはその言葉通り、感情も思考もさっぱりしていた。

何も変わってない。

そのことに、私は安心して胸を撫でおろしてしまった。

 

「話はそれだけだな?じゃあ今日はもう寝ときな。明日も朝からパトロールだ」

 

「……はいっ……!」

 

ミルコさんの言葉通り、私は自分の部屋に戻って眠ることにした。

家族以外で、初めて個性を知っても受け入れてもらえた。

その事実が嬉しくて、私の顔は自然と笑顔になってきていた。

今日は、すぐに眠れそうにない。



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職場体験(後)

4日目。

今日もパトロールだ。

やっていること自体は昨日となんら変わらない。

ミルコさんの動きを見たり、かけられる一般人からの声援に応えたり。

そうして過ごしながら、あの時の感覚を意識して波動の圧縮を試し続けていた。

 

足の方に波動を集める。ここまではいつも通り。

だけどやっぱりあの時のような量を集めることが出来ない。

あの時キャパオーバーにならなかったのは、波動の量が増えていたからだと思う。

それが今は元に戻っている。

若干体育祭前よりは増えている気がしないでもないけど、微々たる差でしかない。

圧縮をあの時のままの感覚でやろうとしても上手くいかないのは、これが理由だと思われる。

 

だから、範囲をさらに絞る。

足の裏、その一点にいつも足に集中させる量を押し込めるだけ押し込むイメージだ。

おそらく、これであの時よりも規模は小さいけど似たような状況に出来ていると思う。

ここまでは何とかなる。昨日もここまでは出来た。

 

ここからが問題だ。

うまい具合にこれを弾けさせることが出来ないのだ。

 

「ヴィランだあああ!?」

 

「きゃああああ!!」

 

そう思っていたら、ミルコさんがまた跳躍した。

この先のお店で集団強盗事件が起こっているみたいだ。

波動から感じる悪意からして、3人のヴィランによる犯行みたいだ。

ミルコさんはあっという間に小さくなっていった。

私も走ってそのお店まで向かう。

私がお店に着いた時には、ミルコさんは空中で『踵月輪(ルナリング)』という蹴り技を繰り出して2人のヴィランを鎮圧したところだった。

それを見て気が付く。

今、ミルコさんはウサギとしての身体能力を利用して技を放っていた。

今までジャンプにだけ集中してミルコさんの動きを見ていたけど、空中で器用に蹴りを強化するなんて使い方もあるのか。

 

そこまで考えて、ふと思った。

今まで私はあの時の感覚のように波動を弾けさせようとしていたけど、必ずしも弾けさせる必要ないんじゃないだろうか。

今のミルコさんのように、必要な方向に、必要な力を向けられればいいのだ。

つまり、圧縮した波動を、意図的に一部から放出できれば、同じ効果が得られるのではないだろうかということだ。

 

私は放出は苦手だけど、できないわけじゃない。

幼少期に少量の波動の放出をして気絶してしまってから、やろうと思わなくなっていただけだ。

だから、波動の放出の仕方は分かる。

そのやり方を応用して、放出するための穴を、圧縮した波動があるところに開けるイメージで行けば……

 

ヴィランの一人が逃げている。

ミルコさんが2人を鎮圧している隙を突いたようだ。

当然、ミルコさんは既にそのことに気が付いているし、そっちに向かおうとしている。

 

きっと、今がこの技を試してみるチャンスだと思う。

ミルコさんはキャパオーバーを気にしなくてもいいから、自分の跳躍に付いてこいと言った。

ミルコさんが跳躍するのは、ヴィランを見つけた時。

つまりヴィランが居る時でも、キャパオーバーを気にしなくていいからついてこいということだ。

今、私が跳躍に成功してあのヴィランの前に出ることが出来れば、ヴィランは足を止めざるを得ない。

私もコスチュームを着ているのから、一見して学生だなんて思わないと思う。

そうすれば、ミルコさんがヴィランを捕えやすくなる。

今が、試すときだ―――

 

 

 

足に波動を集中させる。

さらに足の一部に波動を詰め込む。

踏み切りの瞬間に、波動を集めていたところに、小さいころにやったような、体内の波動を放出する穴を開けるイメージで―――

 

そう考えた瞬間、足に圧縮していた波動が、一気に噴き出した。

踏み切りに合わせて、身体が上空に向けて跳ね上がる。

ヴィランは余裕で飛び越えた。

問題は着地だ。

この勢いで私が普通に着地できるとは思えない。

急いで足に波動を集中する。

 

波動を集中させたことで、よろめきながらではあったけどなんとか着地に成功した。

私の全身は何もしなくても脱力してしまいそうな程になっていて、明らかにキャパオーバーだ。

だけど、無理をしてでもヴィランの方に向き直る。

 

「てめぇ、ヒーローか?まあいい、こんなチビ女のヒーローなんかが来たところで「月墜蹴(ルナフォール)!!」

 

ヴィランが私に襲い掛かろうとしたその時、上空からミルコさんが凄まじい勢いで降ってきた。

ヴィランの頭にミルコさん渾身の踵落としが炸裂して、彼は敢え無く気絶した。

 

それと同時に、遠巻きに見ていた一般人から歓声が上がった。

 

「ミルコー---!!」

 

「すげええええ!!」

 

「ありがとおお!!」

 

私はその歓声を聞いた途端、全身が脱力してしまう。

なんとかなって良かった。

 

そんな私の方に、ミルコさんがそのまま私の方に歩いてきていた。

 

「できたじゃねぇか」

 

「……はい……でも……もう限界で……」

 

「確かに動けなくなるのはいただけねぇが、初めてで意識保ってりゃ上出来だ」

 

そう言いながら、ミルコさんは腕を引っ張って私を立ち上がらせて、そのままひょいっと背負われてしまった。

さらにあろうことかミルコさんは、未だに歓声を上げている人たちの方にそのまま歩き出した。

 

「ミルコもすごいが嬢ちゃんもすごかったな!」

 

「ママ―!しっぽー!」「こらっダメでしょ」

 

「あ、もしかして雄英の子!?」

 

背中をバンバン叩かれたり、小さい子供に尻尾を掴まれたり、私が動けないのをいいことに好き放題される。

揉みくちゃにされてしまったけど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

 

 

「今日はもう休んでていい。動けるようになっても休んで明日に備えとけ」

 

ミルコさんは私をホテルまで運ぶと、そんなことを言いながらまたパトロールに繰り出していった。

私はミルコさんに置かれた自分の部屋のベッドで、脱力したまま動けなくなっていた。

動けないのに意識はある。すごく手持無沙汰だ。

 

ふと思い出してスマホを見てみる。

特に通知はない。

職場体験に戻れていれば出れないかもしれないけど、それはそれでいい。

無事とはいえ怪我がないかとかも心配だし、轟くんに電話をかけてみることにした。

数回のコールで轟くんは電話に出てくれた。

 

『波動か……』

 

「うん……ちょっと心配で……電話かけちゃった……ヒーロー殺しと……会ったんだよね……?怪我とか……大丈夫だった……?」

 

『ああ。俺も緑谷も飯田も、入院することにはなったが命に別状はない』

 

「そっか……ならよかった……」

 

入院することになったってことは、相応の怪我をしているということなんだろう。

心配ではあるけど、命に別状がないなら良かった。

 

『なぁ、ちょっと聞きてぇんだが……波動は……俺との試合のせいで、手がダメになったりとか……してねぇよな……?』

 

手がダメに?なんでそんなことを聞くのかがさっぱり分からない。

 

「別に……なんともないけど……なんで……?」

 

『いや、その……呪いが……』

 

「のろい……?」

 

何故呪いなんだろうか。本当に意味が分からない。

 

『いや……俺がハンドクラッシャー的存在になってる気がしてな……』

 

「はんどくらっしゃー……?」

 

本当に意味が分からない。どういうことなんだ。

 

『わりぃ……なんでもねぇ……』

 

「そっか……なら……いいんだけど……」

 

『そういえば、波動はこんな時間に電話してて大丈夫なのか?』

 

「その……キャパオーバーに……なっちゃって……休んでろって……」

 

『そうか……――――』

 

その後も少しの間話して、電話を切った。

後ろの方で緑谷くんと飯田くんが会話する声も聞こえたから、割と元気みたいで安心した。

 

 

 

夕食の時間になった。

ミルコさんはいつも通りの時間に帰ってきて、動けるようになった私と一緒に食事を取っていた。

 

「今日の動きは良かった!この調子で行け!」

 

上機嫌で人参に噛り付きながらミルコさんが褒めてくれる。

だけど、私の課題は山積みだ。

 

「……でも……1回でキャパオーバーに……なっちゃいました……」

 

「そこは昼も言った通りいただけねぇな」

 

「はい……なので……キャパオーバーにならないように……調節を……頑張ろうと思います……」

 

今後の課題は、アレを使ってもキャパオーバーにならないようにすること。

込める波動の量を少なくして、小規模でも同じことが出来るようにすればキャパオーバーにはならなくなると思う。

代わりに繊細な波動の操作が必要になるから、練習は必要だと思うけど。

 

「調節が出来るようになれば攻撃も視野に入るからな。その方針でいけ」

 

「攻撃……?」

 

「お前の波動は別に足専用じゃねぇんだから、使えるのは跳ねるためだけじゃねぇだろ」

 

目から鱗が落ちる思いだった。

確かにその通りだ。

波動を集める場所を変えればいいのか。

例えば、掌底に波動を集めて叩きつける瞬間に噴出できれば、それはなかなかの攻撃になるんじゃないだろうか。

他にも、踵やつま先に集めて、蹴りや踵落としの瞬間に波動を噴出させれば……

どんどんイメージが湧いてくる。

これは、是が非でも調節の技術を習得しなければ。

 

 

 

5日目

午前中に波動を噴出しての跳躍をしてみたけど、調節に失敗してキャパオーバーになってしまった。

そのまま休憩できるようなベンチで休まされて、動けるようになってからミルコさんに再合流した。

午後は1回目はキャパオーバーにならなかったけど、全然跳ねることが出来なかった。

込める波動が少なすぎたようだ。

2回目はその失敗を鑑みて波動を増やしてみたら、今度はキャパオーバーになった。

なんだこれは。調節が難しすぎる。

午後にキャパオーバーになった時点でホテルに運ばれて、この日はそれでおしまいになった。

 

 

 

6日目

午前

跳躍にいい感じの波動の量が分かった。

そこそこ跳ねるけど、キャパオーバーにならない。そんな量が。

さらに量を少なくしても、圧縮を頑張ればちゃんと跳躍できることも分かった。

ただ圧縮を頑張るとそれに集中しないといけなくなっちゃって、あまり現実的じゃない。

 

午後

跳躍は何回かなら出来るようになったから、攻撃に手を出してみようと思う。

パンチはあんまりうまくできる気がしない。

というよりも、パンチはどこに波動を集めればいい感じに当たるかが分からないのだ。

だから、掌底に集めて試してみた。

波動を集めるということ自体は出来たし、噴出も出来た。

だけど夕方、パトロールが終わる直前にミルコさんに完成度を見てもらったら、タイミングが全然だめだと言われてしまった。

どうやら、私が喧嘩慣れしていないせいで当たるタイミングできちんと噴出出来ていないらしい。

 

夕食の時にもミルコさんに「まずそのへっぴり腰をどうにかしろ」とまで言われてしまった。

やはり体術か……

 

 

 

7日目

 

「じゃあ、感知も利用していいからやってみろ。無理だと思ったら言え。私が捕まえる」

 

ミルコさんにひったくり犯の確保を任された。

最終日だから、テストみたいな感じなんだろうか。

任されたからには全力でやる。

攻撃はまだできないけど、移動は大体感覚を掴んだ。

 

波動でひったくり犯の位置は常に確認できている。

だから、一度逃がして安心させることにした。

被害者の女性にも、私が常に位置を把握していることを伝えて待ってもらう。

 

200mくらい離れたところで、犯人は路地裏に入った。

路地裏に入ってからは、犯人は歩いている。

私は大通りの方から、油断しきった犯人を追いかけた。

犯人はもう『逃げ切った』と考えている程度には安心していた。

 

大通りの方を走って犯人を追い抜く。

この後犯人が通る十字路に面する道で、足に波動を集めて待機しておく。

犯人は小心者だ。思考を読めば分かる。

滑走の個性をうまいこと利用してひったくりをしたみたいだけど、内心が小物すぎる。

多分、実力差を見せつければあっさり捕まえられると思う。

 

そして十字路に犯人が入る直前で、私は圧縮していた波動を噴出して犯人の目の前まで吹き飛んだ。

 

「ひっ!?な、なんだてめぇ!?」

 

「ヒーロー見習い……リオル……ひったくり犯を……捕まえに来た……」

 

「ひ、ひいいいいいい!?」

 

目の前にすごい勢いで飛んで出てきたせいで、犯人は怖気づいたらしい。

ひったくりをしてまで取った荷物を投げ捨てて、個性を利用して滑りながら一目散に逃げだした。

 

そんな様子を見て、私はもう一度足に波動を圧縮して噴出する。

犯人に向かって吹き飛ぶことで体当たりをして押し倒した。

そのまま犯人に馬乗りになって、ブラフで顔の前に手を掲げる。

 

「私……手からもさっきの……出せるんだけど……まだ抵抗する……?」

 

「あっ……ぁぁぁぁぁぁ……」

 

犯人は意味もない声を出しながら脱力した。どうやら諦めたらしい。

 

「やったか」

 

「ミルコさん……これで確保……で、いいですよね……?」

 

「上出来だ」

 

被害者の女性がミルコさんと一緒にのんびり歩いてきた。

警察も一緒に来ている。

 

犯人はそのまま警察に引き渡した。

私は犯人が投げ捨てた荷物を拾って、被害者に渡す。

 

「はい……荷物……お返しします……投げてたから……中の物……壊れてないといいですけど……」

 

「ありがとうございます……!中身のことはいいんです!助かりました!」

 

「どういたしまして……」

 

感謝の言葉に、笑顔で答える。

思考も、中身のことは本当に気にしていないようで安心した。

 

「あの、サインもらってもいいですか?」

 

そう言って女性は、荷物の中から定期入れのようなものを出して、ペンと一緒に差し出してきた。

 

「ん……お安い御用……です……」

 

「あ、ありがとうございます!大事にしますね!」

 

まだ拙いサインを書いてあげると、女性は大喜びで手を握ってきた。

なんだかちょっと恥ずかしい。

でも自分が小さいとはいえ事件を解決できたという実感が、今更湧いてきた。

 

 

 

結局この日はこれ以上の事件もなく、お昼過ぎにパトロールを切り上げた。

これで、職場体験は終わりだということだろう。

たった1週間。

短い期間ではあったけど、すごく有意義な時間だった。

 

「この1週間の成長は目覚ましかった!良かったぞ、波動!」

 

「ミルコさん……1週間……ありがとうございました……」

 

ミルコさんの言葉に、頭を下げてお礼を言う。

そんな私に、ミルコさんは真剣な表情で続けた。

 

「ああ。これからも励めよ。お前は私に迫るものがある。そう確信した」

 

「はい……頑張ります……あの……できれば、インターンの時も……お世話になりたいなって……」

 

「それはその時の私の気分次第だ!」

 

ミルコさんはニヤリとした笑みを浮かべて笑い飛ばした。

この人は、本当に気持ちいいくらいさっぱりした人だ。

 

「波動は覇気があれば言うことないんだがな……ほらよ」

 

そのまま終わるのかと思ったけど、ミルコさんは紙を1枚差し出してきた。

確認すると、そこには電話番号が書いてあった。

職場体験の時に事前に聞いていたミルコさんの番号じゃない。

これは……

 

「私のプライベートの番号だ。気が乗れば相談に乗ってやる」

 

その言葉に、思わず笑顔になってしまう。

プライベートの番号を教えてもらえて、相談にまで乗ってくれるらしい。

そこまで認めてくれたということだろう。

 

「……はいっ!ありがとうございますっ!」

 

「そうだ!普段からそのくらいの覇気を持って話せ!」

 

ミルコさんは獰猛な笑みを浮かべながら冗談めかしてそう言った。

 

その後、ミルコさんはパトロールに戻っていった。

私は帰りの新幹線の中で、スマホに登録したミルコさんの番号を笑みを浮かべながら眺めていた。




基本的に毎日パトロールしてました
一応職場体験中の流れを整理すると

1日目:指名理由を聞く
2日目:ミルコの動きを見ても何もつかめず。ヒントを貰う
3日目:波動の圧縮という可能性に気が付く。飯田のピンチに轟を頼る
4日目:体育祭の再現に成功。轟に電話
5日目:キャパオーバーにならないように調整の練習
6日目:跳躍に関しては物にする。攻撃はまず「へっぴり腰をどうにかしろ」と言われるレベル
7日目:ひったくり犯を自分の力で捕まえる。ミルコのプライベートの電話番号を貰って瑠璃ニヤニヤ

って感じです。


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救助訓練レース

翌日―――

 

「アッハッハッハマジか!!マジか爆豪!!」

 

切島くんの笑い声が教室内に木霊する。

理由は簡単。

爆豪くんの髪が、いつものツンツン頭から8:2分けのぴっちりした感じに矯正されていたからだ。

 

「笑うな!クセついちまって洗っても直んねんだ。おい笑うなブッ殺すぞ」

 

「やってみろよ8:2坊や!!アッハハハハハ!!」

 

震えながら怒る爆豪くんに、切島くんはさらに爆笑で返す。

私も不覚にもすれ違った瞬間に噴き出してしまって、爆豪くんに「あっ!!?」って怒鳴られながら思いっきり睨まれてしまった。

 

爆豪くんの怒りにこれ以上巻き込まれないように、早々に女子が集まっている方に逃げる。

 

「へぇーヴィラン退治までやったんだ!うらやましいなぁ!」

 

「避難誘導とか後方支援で実際交戦はしなかったけどね」

 

「それでもすごいよー!」

 

梅雨ちゃんの席の近くで三奈ちゃん、響香ちゃんが話していた。

 

「私もトレーニングとパトロールばかりだったわ。一度隣国からの密航者を捕えたくらい」

 

「「それすごくない!!?」」

 

梅雨ちゃんの言葉に三奈ちゃんと響香ちゃんが驚愕の声を上げる。

その反応に梅雨ちゃんは特に反応を返さず、自分の席の方でいつもと違う雰囲気を漂わせていたお茶子ちゃんに声をかけた。

 

「お茶子ちゃんはどうだったの?この一週間」

 

「とても……有意義だったよ……」

 

お茶子ちゃんがコオオオオオオとかいう謎の音を立てながら、何かの型のような動きをし出した。

凄い。波動の量は増えてないのに、波動の動きがすごく研ぎ澄まされてる。

まるで武術の達人みたいな波動の動きだ。

この一週間で何があったんだ。

 

「目覚めたのね。お茶子ちゃん」

 

「お茶子ちゃん……凄い……波動がすごく研ぎ澄まされてる……」

 

「バトルヒーローのとこ行ってたんだっけ」

 

ビックリしている私たちを他所に、お茶子ちゃんは型の動きからパンチを繰り出していた。

本当にすごい。腕の波動が拳を中心に螺旋のように渦巻いている。

ミルコさんには及ばないけど、それでも目を見張るものがあると思う。

 

そんな話をしていたら、登校してきた透ちゃんもこっちに近づいてきた。

 

「おはよー瑠璃ちゃん!職場体験どうだった!?」

 

透ちゃんが興奮気味に話しかけてくる。

 

「おはよ……職場体験は……色々掴めた気がした……」

 

「おー!!私も勉強になることがいっぱいでね!?」

 

透ちゃんと話している最中に、ブドウ頭の方から暗い波動を感じる。

どうやらMt.レディのところで何かあったみたいだ。

これで改心してくれればいいんだけど……まあ、今はどうでもいいし放っておこう。

 

「俺は割りとチヤホヤされて楽しかったけどなー。ま、一番変化というか、大変だったのは……お前ら三人だな!」

 

そう言った上鳴くんは、緑谷くん、飯田くん、轟くんの方に話を振って、皆の視線が3人の方に向いた。

 

「ヒーロー殺しと会ったんだよな。命あって何よりだぜマジでさ」

 

「……心配しましたわ」

 

切島くんが爆豪くんにシバかれながら会話に入ってきて、百ちゃんは素直に感情を吐露していく。

 

「エンデヴァーが助けてくれたんだってな!さすがNo.2だぜ!」

 

言葉の通り、あの一件は結局、エンデヴァーのお手柄ということになっている。

私はあの時の轟くんとのやり取りで、エンデヴァーが現場にすぐに向かうことが出来ていなかったことを知っている。

エンデヴァーが後から来て、彼らを助けた可能性もあるにはある。

だけど、それならここまで轟くんが普通にしているとは思えない。

 

「……そうだな、救けられた」

 

「うん」

 

轟くんと緑谷くんがそう返答する。

3人の思考で分かったけど、やっぱりエンデヴァーがヒーロー殺しを確保したわけではないみたいだ。

だとすると、この結果になっているのは、3人がプロの指示なしに個性を使用したのを庇うためとかそのあたりだろうか。

 

「俺ニュースとか見たけどさ、ヒーロー殺しヴィラン連合ともつながってたんだろ?もしあんな恐ろしい奴がUSJ来てたらと思うとゾッとするよ」

 

「でもさぁ確かに怖ぇけどさ……尾白動画見た?アレ見ると一本気っつーか、執念っつーか……かっこよくね?とか思っちゃわね?」

 

尾白くんの言葉に上鳴くんがそんな感想を漏らした。

上鳴くんはミーハーのような感覚で言っている。

私もその動画は見た。だからどんな思想の下で犯罪を犯していたかも知っている。

でも、上鳴くんのその考えだけはだめだ。

 

「……上鳴くん……あれがかっこいいと……本当に思ってるの……?」

 

「え?」

 

「あいつは自分勝手な理由で……人を殺したんだよ……?被害者が……家族が……どんな思いをするかも考えずに……自分勝手な理由で……もし上鳴くんが……家族をあんな思想のために殺されたとして……受け入れられるの……?」

 

私の言葉で、上鳴くんはようやく飯田くんのことを思い出したらしい。

 

「あっ……飯……ワリ!」

 

「いや……いいさ。確かに信念の男ではあった……クールだと思う人がいるのもわかる。ただ奴は信念の果てに"粛清"という手段を選んだ。波動くんの言う通り、どんな考えを持とうともそこだけは間違いなんだ。俺のような者をもうこれ以上出さぬためにも!!改めてヒーローへの道を俺は歩む!!」

 

飯田くんは決意表明をしながら、ビシッと右手を振り下ろした。

そして気を取り直して、ハキハキと叫び出す。

 

「さぁそろそろ始業だ!席につきたまえ!!」

 

「五月蠅い……」

 

飯田くんの声が教室中に響き渡った。

常闇くんは迷惑そうにしているけど、飯田くんが元気そうで少し安心した。

 

「なんか……すいませんでした」

 

「ん……上鳴くんは猛省して……」

 

ヴィランの理論に絆されて不用意な一言を言ったんだから、反省して欲しい。

 

 

 

「ハイ私が来た。ってな感じでやっていくわけだけどもね、ハイヒーロー基礎学ね!久しぶりだ少年少女!元気か!?」

 

「ヌルっと入ったな」

 

「久々なのにな」

 

「パターン尽きたのかしら」

 

「もうネタ切れ……早い……」

 

登場の仕方のネタが切れたのか、いつものセリフをスッと言ってオールマイトが話し始めた。

なんか負け惜しみのように「尽きてないぞ、無尽蔵だっつーの」とか言っているけど、冷や汗が流れてるのを隠しきれていない。

 

「職場体験直後ってことで今回は遊びの要素を含めた、救助訓練レースだ!!」

 

「救助訓練ならUSJでやるべきではないですか!?」

 

オールマイトの説明に、飯田くんがすかさず質問した。

 

「あすこは災害時の訓練になるからな。私はなんて言ったかな?そうレース!!ここは運動場γ!複雑に入り組んだ迷路のような細道が続く密集工業地帯!5人4組に分かれて1組ずつ訓練を行う!私がどこかで救難信号を出したら街外から一斉スタート!誰が一番に私を助けに来てくれるかの競争だ!!もちろん建物の被害は最小限にな!」

 

オールマイトはそう説明しつつ、ススススと爆豪くんを指さす。

爆豪くんも「指さすなよ」なんて感じで不満そうではあるけど、納得はしているようだ。

 

この運動場γ、波動で見渡すだけでもすごく入り組んでいるのが分かる。

私でも最短ルートを考えるのが大変な程だ。

これは感知が出来る私は結構有利かもしれない。

 

 

 

「じゃあ初めの組は位置について!」

 

最初の組に指定されたのは、私、緑谷くん、尾白くん、飯田くん、三奈ちゃんだ。

 

「強いて言うなら波動さんと緑谷さんが不利かしら……」

 

「感知で最短ルート行ける波動はともかく、ぶっちゃけ緑谷の評価ってまだ定まんないんだよね」

 

「何かを成すたびに大けがしてますからね」

 

指定された私たちが立ち上がって準備を始めると、皆はモニターの前に座って話し出していた。

 

「やっぱ飯田が一位かな」

 

「あー……うーん、でも尾白もあるぜ」

 

「オイラは芦戸!あいつ運動神経すげぇぞ!」

 

「デクが最下位」

 

「怪我のハンデがあっても飯田くんな気がするなぁ」

 

「でもこういう複雑な所は瑠璃ちゃん早そうじゃない!?」

 

透ちゃんが期待してくれている。期待に応えられるように頑張ろう。

皆が好き放題話し合っているのを背に、私たちは指定されたスタート地点まで移動した。

 

 

 

指定された位置に着いた。

基本的な作戦はなるべく最短ルートを感知で読んで、そこを進んでいくので間違いはないと思う。

登りやすそうな階段が付いた建物がいくつかあるから、そこに登って跳躍を使って屋根伝いにショートカットをするつもりだ。

それに、こういうところならちょっと試してみたいことがある。

まだ攻撃にあまり使えない手からの波動の噴出の使い方を、爆豪くんを参考にして私なりに考えたのだ。

今回みたいな、攻撃を気にせずに走りながら跳躍するだけでいい状況なら、波動の圧縮に集中できそうだ。

圧縮に集中できる状況なら波動の使用量をセーブできそうだし、割と行けるかもしれない。

 

そんなことを考えていると、指定エリアの中央あたりで救難信号が発せられた。

救難信号のあたりの波動を見てみると、どうやらオールマイトは建物の屋上にいるらしかった。

 

『スタート!!!!』

 

オールマイトのその声とともに、全力で走り出す。

救難信号への最短ルートを考えながら走っていると、緑谷くんが飛び上がった。

彼は凄まじい速度で中央に向かって行っている。

 

「骨折……しなくなったんだ……」

 

オールマイトの個性をある程度使いこなせるようになったらしい。

その目覚ましい成長に少し驚いてしまう。

この調子で行けば彼が1位かなと思ってしまうような速度だった。

だけど―――

 

「あっ……落ちた……」

 

緑谷くんがパイプの上で足を滑らせて落ちていった。

これは好都合だ。

その隙に中央近辺まで最短ルートで辿り着いた私は、道中の上りやすい階段が付いたビルを駆け上がる。

ここのビルから跳び移っていけばオールマイトのいる建物だ。

ただし、2回目の跳び移らなければいけない距離が結構あって、1回の跳躍で行くことはできそうにない位置でもある。

 

ビルの屋上についた私は立ち止まって、集中して足に波動を集め始めた。

それぞれの足の裏に波動を圧縮できるところまで圧縮しきったところで、全力で走り出す。

 

目の前に建物の淵が迫ったところで、片足だけ波動を噴出して一気に飛び上がる。

結構な高さの建物から、上に飛び上がっているせいでなかなかの高さになっている。

怖いと思わないでもないけど、飛び移るビルの目星は既についているし、飛距離は十分だ。

 

「……よし……」

 

1回目の跳躍は難なく成功した。

問題は次のオールマイトが居るビルへの跳躍だ。

今の飛距離を考えても、やっぱり1回の跳躍だと届かない。

だから、手に圧縮しておいた波動を利用するつもりだ。

失敗したら落下するから、流石に少し怖いけど。

 

三奈ちゃんと尾白くんの思考からして、私が跳躍出来ることに気がついたらしい。

2人ともこの地点を視認できるくらいの距離まで近づいてきていた。

そうこうしている間にビルの上に登りなおした緑谷くんがまたぴょんぴょん飛んで一気に進み始めている。

飯田くんも地面を走り続けて既にビルの近辺に着いている。

1位を狙うならもう時間はない。

 

「……よし……行こう……」

 

再度気合を入れなおして、四肢それぞれの掌底と足に波動を集中させる。

圧縮を終えたところで、すぐに走り出した。

ビルの端、ギリギリのところで足の波動を噴出させて跳び上がる。

 

やっぱり飛距離は足りなくて、ビル間の距離が残り3割くらいになったところで落下し始めてしまった。

 

「波動さん!?」

 

近くに来ていた緑谷くんが、私が落下しそうになっていることに気が付いたらしくて、驚いたような声が聞こえてくる。

なにやらこっちに向かって助けようとするような思考を感じるけど、その必要はない。

 

私は両腕を下斜め後ろに向けて、両手の波動を同時に噴出した。

空中で落下しかけていた私は再び推進力を得て、オールマイトがいるビルの屋上まで一気に吹き飛んだ。

 

 

 

「フィニー--ッシュ!」

 

全員がゴールしたところで、オールマイトはそう宣言した。

私は無事1位だった。

 

ただ、空中でさらに推進力を得て再度ジャンプをするなんていう動作を初めて試したせいもあって、私はそれがどんな挙動になるかを理解しきれていなかった。

空中で凄まじい勢いで押し出されて、コントロールを失った私は屋上に叩きつけられそうになってしまったのだ。

大急ぎで両手に波動を圧縮して、ぶつかる直前に噴射することで勢いを殺して事なきを得た。

だけど急いで圧縮した結果、多量の波動を詰め込んでしまって敢え無くキャパオーバーになってしまった。

 

そういう経緯があって、私はオールマイト謹製の"助けてくれてありがとう"と書かれたタスキをつけられた状態で動けなくなっていた。

そんな私の横で、三奈ちゃんが悔しそうに地団駄を踏んでいる。

緑谷くんもゴールした直後に倒れ込んで、『足場の不安定な状況では跳ぶ先も加味すべし……』とか考えながら私と同じような状況になっていた。

 

結局順位はこうなった。

 

1位 私

2位 尾白くん

3位 飯田くん

4位 三奈ちゃん

5位 緑谷くん

 

「一番は波動少女だったが、皆入学時より"個性"の使い方に幅が出てきたぞ!この調子で期末テストへ向け準備を始めてくれ!!」

 

レースだったからそのまま1位にしてくれたけど、これが通常の救助訓練だったら私は落第もいい所だったと思う。

目的地に到着した瞬間キャパオーバーになるなんて、論外にもほどがある。

改善の余地があるし、今後練習をして慣れておかないといけない。

あと、ぶっつけ本番はやめよう。今回の件で学んだ。




2段ジャンプはスマブラの復帰をイメージしてもらえると分かりやすいと思います。

一応順位の理由としては、

瑠璃:最短ルートで走れる。ある程度近づいたら跳躍で一気に距離を詰めた。
尾白:尻尾でパイプからパイプへ移って移動できる。上に登れる関係上視界は良好で最短に近い道を移動できる。
飯田:単純にエンジンで足が速い。ただし入り組んでいる工業地帯でマップで大体の位置しか分からないところに向かうとなると、減速せざるを得ないしある程度時間はかかる。
芦戸:酸でビルよじ登ってたけどコレ相当時間かかるよね。
緑谷:落ちた。瑠璃が落下しそうになったのに気を取られてもう1回落ちた。

こんな感じで考えたときにこの順番が妥当かなと思いました。


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女子更衣室にて

救助訓練レースの後倒れたまま動けなくなってしまっている私に、三奈ちゃんが肩を貸してくれた。

 

「緑谷もだけど、波動も跳べるようになったんだね!」

 

「ん……まだ……すぐキャパオーバーになっちゃうけど……」

 

「いやそれでも十分すごいでしょ!」

 

三奈ちゃんが手放しに誉めてくれて、少し照れてしまう。

さっきまで凄く悔しがっていたのに、それはそれとして褒めてくれるあたり三奈ちゃんの人の好さが出てると思う。

 

「ああ、完敗だった。謙遜する必要はない」

 

「でもほんとにすごかったね。最後のなんか特に。あれ、どうやってたの?」

 

飯田くんが同意して、尾白くんが最後の空中ジャンプについて聞いてくる。

 

「あれは……圧縮した波動が……手から噴出する勢いで……跳んでる……爆豪くんを参考にした……」

 

「あー、なるほど。爆豪か」

 

そんな風に私たちが話している影で、オールマイトがこっそりと緑谷くんに話しかけていた。

『話さなければならない時がきた』とか、『ワンフォーオールについて』とか気になる思考がオールマイトから聞こえてくる。

今日の放課後話すみたいだし、少し気にかけておこうかな。

 

私はそのまま三奈ちゃんと話しながら、皆がいるモニターの前まで戻った。

 

「瑠璃ちゃん1位おめでとう!あのジャンプ、すごかったね!」

 

「ん……ありがと……」

 

透ちゃんが駆け寄ってきて祝福してくれる。

三奈ちゃんから透ちゃんに引き渡された私は、そのまま皆が座っている所に座らされた。

その後は皆と話しながら訓練の様子を見学していたら、授業が終わる頃にはちゃんと動けるようになっていた。

 

 

 

授業が終わって、皆で救助訓練レースの感想や課題を話しながら着替えをしていると、隣で着替えていた透ちゃんが口を開いた。

 

「うーん……やっぱり私機動力、というか運動能力全般が課題だなぁ」

 

「そこはウチもだよ。移動とかにも活かせないし……」

 

透ちゃんの呟きに、響香ちゃんも同じように溜め息を零す。

透ちゃんの運動能力自体は私よりもよっぽどいい。

だけどやっぱり、個性の応用という点では"透明化"は難しい。

奇襲、潜伏、潜入とかなら活躍は容易だけど、それ以外の活用方法となると途端に難しくなる。

響香ちゃんもその辺は同じだと思う。

音系統の個性は便利は便利だけど、移動にどう生かすかと言われるとパッと思い浮かばない。

 

「ん……でも……こういうのは……適材適所……」

 

「ええ、そうですわ。葉隠さんは隠密行動、耳郎さんは索敵とそれぞれ得意分野がありますし。得意な部分を伸ばして補いましょう」

 

私の意見に百ちゃんも同意してくれた。

やっぱりこういうのは分担も大事だと思う。

 

「でもウチの索敵って波動のには遠く及ばないからなぁ」

 

「……私、遠くの音とかは聞けないから……響香ちゃんの方がすごい所も……あるよ……?」

 

「そうよ響香ちゃん。響香ちゃんの感知もすごいわ」

 

得意な部分として索敵を上げられた響香ちゃんが、私の感知と比べてなんとも言えない表情になっている。

だけど実際、響香ちゃんの方が優れている所もあるのだ。

私は半径1km以内なら人がどこに居ても感知できるし、何をしているかも考えていることも分かる。

だけど、音や匂いといったものは分からない。

さらに言えば、波動が関与しない映像通信や電話といった方法を取られると、視覚的な情報とその場にいる人間の思考以外の情報は何も分からない。

その点で見れば、遠くの音を聞き分けて会話を全て知ることが出来る響香ちゃんの方が優れているのだ。

 

「私も課題多かったからなぁ。自分を浮かせるのはいいけど、もっと酔わんようにしやんと……」

 

「私も課題だらけでしたわ……」

 

「えー?ヤオモモはテキパキと道具作って移動出来てたのに?」

 

 

皆でワイワイと話しながら着替える最中に、それを感じ取った。

隣の部屋……というよりも隣の男子更衣室から、すごく邪な思考を感じ取ってしまったのだ。

ブドウ頭の『こ、これは!?』とかいう思考と、それに付随する私たちの裸や下着姿を妄想する気持ち悪すぎる思考を。

 

これから着るために持っていた服ですぐに身体を隠す。

 

「あれ?瑠璃ちゃん急にどうしたの?」

 

急に身体を隠して険しい表情をする私に、透ちゃんが声をかけてくれる。

 

「ん……すぐに分かる……皆も身体……隠した方が良い……」

 

百ちゃんにすぐに塞いでもらうという手もあるけど、ブドウ頭はもう行動に移そうとしている。

今百ちゃんを穴の前に立たせてしまうと、百ちゃんだけがっつり見られてしまう可能性がある。

そんな酷いことはできないから、全員穴から離れて身体を隠すのが一番だ。

私の返答に皆は疑問符を浮かべるが、その疑問はすぐに解消された。

 

「おい緑谷!!やべぇ事が発覚した!!こっちゃ来い!!」

 

ブドウ頭の声は、女子更衣室にも響いていた。

 

「見ろよこの穴ショーシャンク!!おそらく諸先輩方が頑張ったんだろう!!隣はそうさ!わかるだろう!?女子更衣室!!」

 

それだけで皆どういう状況なのかを察したようだ。

一瞬で空気が冷めて皆無表情になる。

 

「……こういうことかぁ」

 

「そこ、よく見ると穴空いてるね……向こう側は見えないけど……」

 

男子更衣室と女子更衣室を隔てる壁には、なぜか小さな穴が開いていた。

今まで全然気にしていなかったから気が付かなかったけど、波動をよく見てみると向こう側をただのポスターか何かで塞いでいるだけの穴があった。

 

「ウチに任せて」

 

「お願いね、響香ちゃん」

 

制裁を立候補してくれた響香ちゃんが、穴の脇に近づいて右耳のイヤホンジャックを壁に突き刺す。

そのまま左耳のイヤホンジャックでいつでも穴を突けるように、音でタイミングを図り始めた。

 

「峰田くんやめたまえ!!ノゾキは立派な犯罪行為だ!」

 

「オイラのリトルミネタはもう立派な万歳行為なんだよぉぉ!!」

 

飯田くんが止めてくれようとしているけど、おそらくブドウ頭は止まらないだろう。

 

「八百万のヤオヨロッパイ!!芦戸の腰つき!!葉隠の浮かぶ下着!!波動のロリ巨乳!!麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱぁあああ!!」

 

女子の身体を揶揄する下劣で最低な言葉が響き渡る。

全員が穴の方にゴミを見るような視線を向ける中、響香ちゃんが穴にイヤホンジャックを突き刺した。

 

「あああ!!!!」

 

その直後、ブドウ頭の断末魔の叫びが響き渡った。

目にイヤホンジャックが突き刺さって爆音の心音を響かせられているようだった。

 

「ありがと響香ちゃん」

 

「何て卑劣……!!すぐにふさいでしまいましょう!!」

 

言葉通り、百ちゃんがすぐに個性で穴を塞いでくれた。

 

『ウチだけ何も言われてなかったな』

 

……響香ちゃんはブドウ頭の言動の中で、自分だけが挙げられていなかったのが不満らしい。

響香ちゃんは引き締まった身体をしていて、スレンダーですらりと綺麗なボディラインなのに、その良さがあのブドウ頭には分からないらしい。

だけど、私にも不満がある。

 

「……私……ロリじゃない……皆と同じ、15歳……」

 

そうだ。私はロリじゃない。

身長は女子の中で一番小さいけど、四捨五入すれば150cmなのだ。

透ちゃんも梅雨ちゃんも響香ちゃんも四捨五入すれば150cm、同じなのだ。

断じてロリではない。

 

私がその心無い言葉に胸を痛めていると、透ちゃんが頭を撫でて慰めてくれた。

だけど、今頭を撫でられるのは子供扱いされているようで釈然としない。

 

私の言葉に反応して響香ちゃんが『同い年なのになんで……!!』とか嘆きの思考を伴いつつ胸を凝視してきたけど、反応はしない。

ここで慰めたりしても傷を抉るだけなのは分かってる。

私も身長のことで同じことをされたらすごくイラっとするから、そんな真似はしない。

 

 

 

着替えが終わって放課後。

緑谷くんがオールマイトのいる仮眠室に通された頃、私は飯田くんに呼び出されていた。

三奈ちゃんがキラキラした目で見てきたけど、これは絶対にそういうことじゃないと釘をさしておいた。

 

「呼び出してすまなかった、波動くん」

 

「ん……気にしないで……それで……話って何……?」

 

校舎裏の誰もいない一角。

一歩間違えたら告白の現場と勘違いされかねないそこで、私は飯田くんと向かい合っていた。

 

「俺は……怒りで君の忠告を忘れ、約束を破りそうになってしまった……!」

 

飯田くんは、真剣な表情で話し出した。

 

「緑谷くんのメッセージを見て、君が轟くんに連絡を取ってくれていたことも聞いている!俺の愚かな行動が、君にどれだけ心配をかけたか……!!あの時の波動くんが……どんな思いで俺を送り出していたか……!!それを俺は、僕は踏みにじったんだ……!!」

 

震えながら行われるその告白に、私は何も言い返すこともできなかった。

 

「緑谷くんと轟くんが来てくれていなければ、僕は殺されていただろう!君との約束を破るところだったんだ!本当に、申し訳なかった!」

 

飯田くんはそこまで言い切るとすごい勢いで頭を下げる。

彼はそのままの姿勢で固まり、頭を上げようとしなかった。

 

「……いいよ……ちゃんと、約束通り……生きて帰ってきたんだから……」

 

「だが……!」

 

「本当にいいの……友達を心配するのは……当然のことでしょ……?」

 

そう、友達なのだ。

緑谷くん目的ではあったけど、頻繁に一緒に昼食を食べたりしているし、話も結構している。

真面目で裏表のない彼に、不快感はない。

読心を隠しているからこそ出来た友達だとしても、私にとって数少ない友達なのだ。心配して何が悪い。

最初は頑なに頭を下げたままだった飯田くんだったけど、そこまで言ってようやく頭を上げてくれた。

 

「……ああ、そうだな。ありがとう、波動くん」

 

「ん……それでいい……」

 

飯田くんは私の言葉に同意して、謝罪から感謝の言葉に切り替えてくれた。

その表情は、憑き物が落ちたようにすっきりしたものに変わっていた。

 

その後、飯田くんと話しながら教室に戻った。

教室に入った途端、三奈ちゃんがキラキラした目でなんの用事だったのか問いかけてくる。

そういう話じゃないって言ったのに、信じてくれていなかったらしい。

私が再度三奈ちゃんにそういうことではないと釘を刺すと、ようやく理解してくれた。

「つまんないの」とか文句を言われるけど、最初からそうじゃないと言っておいたはずだ。

 

 

 

私が飯田くんとの話や三奈ちゃんへの説明をしている間に、オールマイトと緑谷くんの内緒話は終わったらしい。

思考から聞こえたのは、耳を疑うような情報ばかりだった。

個性を奪う個性"オールフォーワン"

それに対抗するために受け継がれてきた個性"ワンフォーオール"

ヴィラン連合のブレーン。

ここまではいい。

思考から察するに、オールマイトは過去にヴィラン連合のブレーンを下してる。

彼が居れば、何とかなると思えてしまった。

 

だけど、そこから先の緑谷くんにすら打ち明けなかった情報。

オールマイトの命が、そう長くないかもしれないということ……

この思考を感知して、私は言葉を失うことしかできなかった。



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授業参観のお知らせ

救助訓練レースから数日後。

オールマイトの余命のことは、今はどうしようもないからこれ以上考えないことにした。

 

今日のヒーロー基礎学は内容がなかなか濃かった。

倒壊した廃墟での救助袋の使用といった実践的訓練から、ヘリコプターを使用した雪山、水辺での救助訓練という内容だったからだ。

救助袋の使用を爆豪くんが拒否して相澤先生からお説教が入ったり、雪山で梅雨ちゃんが寝ちゃったりと色々あった。

救助訓練は私の独壇場であったことは言うまでもない。

水辺は私と梅雨ちゃんの連携で速攻で救助できたりもした。

そんなUSJでのヒーロー基礎学の後、私たちは教室に戻って来ていた。

 

「オイラ、海で溺れたら人工呼吸は女子にしてもらうんだ……思わず息の根、止まっちまうようなディープなやつを……!」

 

「その前に、もう止まってんじゃねぇ?」

 

「煩悩の塊……」

 

上鳴くんと話しながら、ブドウ頭が気持ち悪い妄想を垂れ流していた。

それに対して常闇くんがボソッと苦言を呈するように呟く。

ブドウ頭が溺れていても、彼の本性を知っている女子は演技を疑って人工呼吸なんてしたがらないと思う。

それに、仮に本当に溺れて心肺停止に陥っていたとしても、通常通り心肺蘇生を行うのがセオリーのはずだ。

心臓マッサージをされている状況でそんな悠長な感想を抱けるなら、逆に尊敬してしまう。

 

そんなくだらない話の中、相澤先生が教室に入ってきた。

いつも通り、皆は先生が入ってきた瞬間に即座に反応して席に戻っている。

 

「はい、おつかれ。早速だが、再来週授業参観を行います」

 

「「「授業参観ー!?」」」

 

先生の言葉に、皆は声を揃えてびっくりしている。相変わらず仲がいい。

そんな感じでざわついている間に、相澤先生はプリントを配り始めた。

 

「プリントは必ず保護者に渡すように。で、授業の内容だが保護者への感謝の手紙だ。書いてくるように」

 

伝えられた内容に、一度教室は静まり返った後ドッと笑い声が響いた。

 

「まっさかー、小学生じゃあるまいし」

 

ありえないでしょと言わんばかりの調子で上鳴くんが先生に言う。

だけど、先生はその言葉を即座に切って捨てた。

 

「俺が冗談を言うと思うか?」

 

その静かな声に、教室は静まり返った。

 

「いつもお世話になっている保護者への感謝の手紙を朗読してもらう」

 

相澤先生がそこまで言って、皆はようやくこの現実を受け入れ始めたようだった。

 

「マジでー!?冗談だろ!」

 

「流石に恥ずいよねぇ……」

 

皆口々に嫌そうな感想を漏らしている。

私は何とも思っていないし、文句も言わない。

私は相澤先生は冗談は言わないけど、普通に嘘を吐く人だということを知っている。

実際に相澤先生は今も嘘をついている。

悪意とかは感じないから悪質な嘘ではない。

授業の内容として言っていた保護者への手紙も、私たちに保護者のことを意識させることが目的みたいだし。

この感じだと、当然今言っていたような授業内容ではないだろうし、普通の授業でもないと思う。

 

私がそんなことを考えて込んでいると、飯田くんの声によって現実に引き戻された。

 

「静かにするんだ、皆!静かに!静かにー!!」

 

「飯田くん……声……おっきい……」

 

「飯田ちゃんの声が一番大きいわ」

 

私と梅雨ちゃんの指摘に、飯田くんは謝罪してから話を続けた。

 

「しかし先生、皆の動揺ももっともです。授業参観といえば、いつも受けている授業を保護者に観てもらうもの。それを感謝の手紙の朗読とは、納得がいきません!もっとヒーロー科らしい授業を観てもらうのが本来の目的ではないのでしょうか!?」

 

そんな感じで鼻息荒く言い切った飯田くんに、相澤先生が反論した。

 

「ヒーロー科だからだよ」

 

先生はその回答に困惑する皆を見回してから、さらに話を続けた。

 

「お前たちが目指しているヒーローは、救けてもらった人から感謝されることが多い。だからこそ、誰かに感謝するという気持ちを改めて考えろってことだ。ま、プロになれるかどうかはまだ分からないけどな」

 

「……なるほど!ヒーローとしての心構えを再確認する、そしてヒーローたる者、常に感謝の気持ちを忘れず謙虚であれ、ということを考える授業だったのですね!納得しました!!」

 

「納得はやっ」

 

飯田くんの180度反転した変わり身の早さに、お茶子ちゃんが噴き出す。

皆もこの説明を受けて諦めて受け入れることにしたようだ。

これ以上の反論はなかった。

 

「ま、その前に施設案内で軽く演習は披露してもらう予定だが」

 

「むしろそっちが本命じゃねえ!?」

 

上鳴くんの言う通り、こっちが本命だ。

ここで何かを起こすつもりのようだ。

というかこれ、わざわざ保護者を意識させる課題を出している辺りオールマイトの酷いサプライズの再来な気が……

 

 

 

「感謝の手紙、どうしようかなぁ」

 

透ちゃんがぼやいているけど、困っている様子はあまり感じられない。

 

「ん……私も……何書こうかな……」

 

保護者への手紙が仕込みのためだとしても、何も書かなかったら相澤先生のことだから何かしらの罰則とかしてきそうだ。

とりあえず書くとしても、内容をどうするか迷ってしまう。

お姉ちゃんへの感謝の手紙なら何枚でも書けるんだけど……

 

「改まって書くとなると内容迷っちゃうよね」

 

「そうだね……お姉ちゃんになら……いくらでも書けるんだけど……」

 

「あはは……瑠璃ちゃんは相変わらずだね……」

 

透ちゃんはなんとも言えない笑みを浮かべながら答えてきた。

さらに話を逸らすように言葉を続けようとしている。

お姉ちゃんへの感謝の手紙を書いた場合の内容を語ろうと思ったのに、残念。

 

「そういえば、瑠璃ちゃんってお姉さんと2人暮らしだったよね。実家ってどの辺なの?」

 

「実家は……秋田だよ……」

 

「じゃあ結構遠いねぇ。結構急なお知らせだけど、お父さんとお母さん、来れそう?」

 

「ん……お父さんは……分からないけど……お母さんは来れると思う……」

 

「そっか!じゃあ安心だね!」

 

透ちゃんがにっこりと笑顔を浮かべる。

見えないのに本当に表情豊かで可愛い。

 

「透ちゃんは……?」

 

「私?私は東京だから、その辺は心配ないと思うよ!」

 

「そっか……」

 

嬉しそうな透ちゃんに私も笑顔になってしまう。

発表されている授業参観の内容だと、親が来れない方がいいなんて人もいるだろうにそんな感情は微塵も感じない。

透ちゃん、本当にいい子だ。

 

 

 

そんな風に透ちゃんと話していたら、一度教室を出ていったはずの相澤先生が戻ってきた。

相澤先生が一度教室を出てから戻ってくるなんていう非合理的なことをするのも珍しい。

 

「波動、話がある。帰る前に職員室に来い」

 

それだけ言うと、先生はさっさと教室を出て行ってしまった。

 

「瑠璃ちゃん、何か呼び出されるようなことしちゃったの?」

 

「心当たり……ない……」

 

2人でひとしきり不思議がった後、遅くなると怒られそうだからということで透ちゃんと別れて職員室に向かった。

 

職員室の中は、相変わらず資料やプリントの束で雑然としている席が多い。

相澤先生のところまで進んでいくけど、なぜか今日は視線を多く向けられている気がする。

思考からして、さっきまで授業参観の内容で盛り上がっていたせいだと思われる。

やっぱり生徒には伝えていない内容があるみたいだ。一応深く読心すれば分かるだろうけど、相澤先生の今の思考からして必要なさそうだ。

チラチラと見られながら相澤先生の席までたどり着いて、先生に声をかける。

 

「先生……来ました……」

 

「来たか……お前を呼んだのは他でもない、授業参観についてだ」

 

先生はそう言って話を切り出した。

 

「お前に隠しておいても意味なさそうだし、単刀直入に言う。授業参観で――――」

 

そうして相澤先生から話されたのは授業参観の内容についてだった。

授業参観では保護者を人質にしてヴィラン役が暴れまわるといったシチュエーションで救助訓練を行うつもりだったらしい。

感謝の手紙は思考で読んだ通り、保護者を意識させて本気度を上げるための合理的虚偽みたいだった。

 

「お前の感知範囲外ですべての準備をするのがそもそも面倒だし、人質役の保護者の方たちに完璧な演技は求められん。途中で暴露されるくらいなら、お前にだけは伝えておくっていう判断だ」

 

「……話は分かりました……じゃあ……今回も私は……人質役とかの方がいいですか……?」

 

先生の話を聞いて、私がオールマイトのサプライズの時のように人質役になった方がいいかを質問してみる。

 

「いや、そこまではしなくていい。それに、毎度お前が人質役をしていると、お前が人質=仕込みと判断するやつが出てきそうだ」

 

それは確かに先生の言う通りだ。

いくら感知能力に優れているからといって、毎回人質になっていたらおかしすぎる。

絶対邪推する人が出てくる。

 

「今の話を口外したり、途中で暴露したりしなければそれでいい」

 

「それでいいなら……」

 

私が了承すると、相澤先生は目を閉じて静かに頷いた。

 

「ああ、そうだ。授業参観の内容を教えたからと言って、別に感謝の手紙を書く課題が無くなるわけじゃないからな。お前だけ書いてなかったら流石に不自然だ」

 

「はい……分かりました……」

 

そういうことらしい。

私も別に免除されるとは思っていなかったから、特に反論もせずに受け入れる。

 

「話はそれだけだ。もう帰っていいぞ」

 

これで話は終わりみたいだった。

思考もこれ以上の内容は読み取れないし、本当にこれですべてみたいだ。

私は相澤先生に一礼してから職員室を後にした。

 

 

 

教室に戻ると、透ちゃんが待ってくれていた。

 

「おかえり瑠璃ちゃん!なんの呼び出しだったの?」

 

当然のように呼び出しの目的を聞かれる。

まあ、透ちゃんが教室で待っていてくれたのは分かりきっていたから、あらかじめ言い訳は用意してある。

 

「ん……授業参観……3年生も同じ日にやるみたいで……親がどっちに来るのかとか……そのあたりを色々と……」

 

「あー、そっか。お姉さんも同じ日に授業参観じゃ、授業の内容によっては片方しか見られなくなっちゃうもんね」

 

私の言い訳であっさり納得してくれたらしい透ちゃんの様子に、心の中で安堵のため息を吐く。

いきなりバレましたなんてなったら、相澤先生に何をされるか分かった物じゃない。




半径1kmの探知範囲から出そうとすると面倒くさいことになるのでこの采配です。
ちなみに、この半径1kmがどの程度の距離かというと……
東京ドームが大体縦横それぞれ200m程度。
某ネズミの国が縦横それぞれ600m程度です。(地図から算出。間違ってたらすみません)

この1kmを自分を中心に360度感知できるわけなので、瑠璃に授業参観の内容を完全に隠蔽するためにはこの範囲の外で全ての準備をしないといけません。
そう考えると、瑠璃にだけ内容を明かすというのは合理的判断と言えるはずです。


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おもちと買い物

時は進んで授業参観前日。

あれから確認したら、授業参観はやっぱりお母さんだけが来るらしい。

お父さんは仕事の都合がつかなかったみたいで、悔しそうな声で謝罪してきた。

 

秋田から出てくるお母さんは1泊してから帰るそうだ。

私はお母さんの分の食材の買い足しと、今日はお姉ちゃんがナポリタンの気分だったみたいだから、その材料の買い出しのためにスーパーに向かっていた。

 

そしてその道中で、見慣れた背中を見つけた。

 

「うう、ケチくさぁ~!」

 

お茶子ちゃんだ。

手にスーパーのチラシを持ちながら身悶えている。

どうやら特売のおもちが"お一人様、お一つまで"であることが不満らしい。

友達に会って無視するなんてありえないから、とりあえず声をかけるか。

 

「お茶子ちゃん……どうしたの……?」

 

「聞いてよ酷いんだよ!特売の特大おもちパックがお一人様一つまでってなってて!せめてお一人様、二つ……いや三つ……いや、せめて四つ……いやいや、五つ……いっそのこと十くらいええんとちゃうかなって思て……!!」

 

お茶子ちゃんは休日に私に話しかけられたことに対してなんの疑問も抱かずに、頭の中で特大お餅パックを増量していっていた。

 

「って、瑠璃ちゃん!?休日に奇遇だね!瑠璃ちゃんも買い物?」

 

一通りおもちを増量しきってようやく私に気が付いたみたいで、ちゃんと意識を向けてくれた。

 

「ん……そう……授業参観で……お母さん来るから……買い物……」

 

「瑠璃ちゃんもなんだ!私も父ちゃん来るから、食材買っとこと思ってさ!」

 

私たちが話していたら、さらに後ろから声を掛けられる。

 

「麗日さんに波動さん?」

 

「さっき十がなんとかって叫んでたけど、何が十?」

 

「八百万さん!梅雨ちゃん!」

 

声をかけてきたのは百ちゃんと梅雨ちゃんだった。

 

「わー!どうしたの?珍しい組み合わせだね!」

 

たまにスーパーで会う私だけじゃなくて、百ちゃんと梅雨ちゃんにまで休日に会えたことで、お茶子ちゃんはさらに嬉しそうにテンションを上げていた。

 

「私は本屋に参考書を探しに。その帰りに偶然、梅雨さんにお会いしましたの」

 

「私は足りなくなった便箋を買いに。お茶子ちゃんと瑠璃ちゃんは?」

 

百ちゃんは手に持った参考書を、梅雨ちゃんはレターセットを軽く見せながら、何をしていたか説明して、私たちの方にも問いかけてきた。

 

「スーパーに買い物!明日、父ちゃんが来るから!食材の買い出し!」

 

「私も……同じ……食材の買い足しと……今日の夜ご飯の材料……買いに来た……」

 

「そういえば麗日さんに波動さんも、実家を離れて暮らしているんでしたわね。自炊しているなんてすごいですわ。大変でしょう?」

 

百ちゃんが感心したように褒めてくれるけど、実際のところ全く苦じゃない。むしろ私が望んでやらせてもらってることだし。

 

「私は……もともと料理するの……好きだから……苦じゃない……」

 

私が思ったことを口に出すと、お茶子ちゃんも照れたように笑いながら話を続けた。

 

「そんなことないよ~、外食とかできあいの弁当とか買ってたら食費、えらいことになるからさ。それに手、抜きまくりだし。めんどくさい時はおもち一個ですませちゃう……」

 

そこまで言って、お茶子ちゃんはハッとした。

どうやらおもちの特売のことを思い出したらしい。

 

「そう、おもち~!!」

 

そのままがっくりとうなだれるお茶子ちゃんに、状況を理解しきれていない百ちゃんと梅雨ちゃんは顔を見合わせてしまっていた。

 

「お餅がどうかしましたの?」

 

「それがね……」

 

お茶子ちゃんが私に無意識でしたようなお餅の説明を二人にもする。

 

「さっきお茶子ちゃんが言ってたのは、お餅のことだったのね」

 

「すごい剣幕だったから、何事かと思いましたわ」

 

「う……だってね、安いおもちが一袋買えるのと二袋買えるのとは、えらい違うんよ~っ!一か月生き延びるのと、二か月生き延びるのくらい違うんだよ?」

 

そう言ってお茶子ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめた。前から思ってたけど、そんなにおもちが好きなのか。

 

「なら、お餅買うの手伝うわ。一人一つなんでしょ?」

 

「クラスメイトの命が伸びるのでしたら、私もお手伝いさせていただきますわ」

 

「私も……おもちは買うつもりなかったから……協力する……」

 

「……女神!!」

 

お茶子ちゃんは私たちの言葉を聞いて、まるで拝むかのように崇め始めた。お茶子ちゃんのおもち好きは筋金入りみたいだ。

そのまま放っておくと跪いて拝み始めそうだったから、3人でどうにか説得してどうにかやめてもらった。

 

そのままスーパーへ4人で向かう。

 

「おもち四袋~♪おもち三昧~♪」

 

お茶子ちゃんがご機嫌な様子で歌いながら先頭を歩いていく。

さっきからテンションの上がり方がおかしい。

 

「お餅好きねぇ、お茶子ちゃん」

 

「ですが、お餅ばっかりじゃ飽きたりしません?」

 

「なに言ってるの、八百万さん!おもちには無限の可能性があるんだよ……!お醤油でしょ、海苔でしょ、海苔お醤油マヨネーズでしょ……―――」

 

百ちゃんの質問に、お茶子ちゃんが聞き覚えのあるおもちの呪文を唱え始めた。

相変わらずだなぁと感心してしまう。

 

「そ、そんなに種類がありますの……私、お餅を甘く見ておりましたわ」

 

「瑠璃ちゃんにはもう教えたけど、甘いおもちなら意外とチョコもいけるんだよ。これが」

 

「ん……チョコの甘さにおもちのもっちり感が合わさって……あれはおいしかった……今もたまに作ってる……」

 

お茶子ちゃんがチョコおもちにも言及した。

私もあの時教えてもらってから試してみたけど、これがすごく美味しかったのだ。

チョコの種類を変えれば甘さも調整が効いていい感じにバリエーションも増えるし、なにより甘くておいしい。

チョコおもちのもっちり甘い味を思い出して涎が垂れそうになってしまう。

 

「瑠璃ちゃんがこうなるってことは美味しいんでしょうけど、ちょっと半信半疑ね」

 

「そ、そんなに美味しいんですのね……味が想像できませんわ……」

 

「八百万ちゃんにも想像できないものがあるのね」

 

透ちゃんもそうだったけど、創造の個性を持つ百ちゃんでも味が想像できないらしい。

あんなに美味しいのに……

 

「あっ、おもちのお礼にチョコおもちご馳走するよ!」

 

「いいの……!?お茶子ちゃんが作ったチョコおもち……食べたい……!!」

 

これだけおもちが好きなお茶子ちゃんが作るチョコおもちだ。

作り方を教えてもらったとはいえ、私よりも洗練されたチョコおもちが出てくるに違いない。

 

「波動さんがここまで言う程なら、私も食べてみようかしら……」

 

「瑠璃ちゃん、相変わらず甘いもの好きね。私もちょっと食べてみたいかも」

 

「任せて!」

 

そんなことをワイワイと話していたら、スーパーに着いた。

 

「さっ、行こー!……ん?」

 

「ここがスーパー……」

 

お茶子ちゃんがテンション高めにスーパーに入ろうとするけど、百ちゃんが呟きながらきょろきょろと店内を見渡していた。

 

「八百万ちゃん?」

 

「あ、すみません。あまりスーパーに来たことがなくて、つい……」

 

百ちゃんと話していて大体想像が付いていたけど、スーパーを知らない程の超絶お嬢様だったらしい。

 

「スーパーがない生活……ちょっと想像つかない……」

 

「おお~、お嬢様だ!」

 

「あ、あの、このカートは使いませんの……?」

 

百ちゃんは、スーパーでは有り触れたカートを、期待を隠しきれない様子でちらちら見ていた。

 

「あ、使う?」

 

お茶子ちゃんが持っていたカゴをカートにセットしながら問いかける。

そのまま物珍しそうに見ていた百ちゃんに、あとは押すだけの状態になったカートを差し出した。

 

「八百万さん、押す?」

 

「えっ、いいんですの?実は、前からちょっと気になっていて」

 

百ちゃんはそう言って興奮気味にカートを押し始めた。

百ちゃんは私が見上げないといけないほど背が高くて普段から大人っぽいのに、今は無邪気な子供みたいだった。

 

「八百万ちゃん、子供みたいね」

 

「なんかかわい!」

 

「ん……可愛い……」

 

微笑ましそうにつぶやく梅雨ちゃんに、二人で同調する。

そのまま私とお茶子ちゃんで先導しながら、店内を回り始めた。

途中で百ちゃんが詰め放題はバックに詰めるのかとかズレたことを聞いてきて、箱入りお嬢様具合を見せつけたりする一幕もあったりした。

 

そんな感じで話しながら進んでいると、お茶子ちゃんがハッとした様子で立ち止まった。

 

「―――今更だけど、お一人様一つなのに、友達に頼んで買ってもらうのっていいんかな……!?」

 

深刻そうに悩むお茶子ちゃんに、3人で顔を見合わせる。

 

「……難問ですわ……何しろ私、こういう事態が初めてなので……」

 

「実家にいた時は家族で並んで買ったことはあったけど、友達やろ?こういうのって買収とかそういう汚い大人のやり方なんかな~?」

 

「……大きく数を制限しなきゃいけないなら……一家族一つって書くと思うから……大丈夫だとは思うけど……」

 

「確かに、誰かが多く買った分、他の誰かが買えなかった……なんてこともあるかもしれないわね」

 

冷静に指摘する梅雨ちゃんの言葉に、お茶子ちゃんが両手で頭を抱えて葛藤し始めてしまった。

 

「あかん……ヒーロー志望なのに、他人のおもちと自分の生活費が両天秤で揺れとる……!」

 

そうこうしているうちに、おもち売り場に着いた。

特売になっているおもちの大袋は山積みになっていて、簡単にはなくなりそうにない量が置かれている。

 

「お茶子ちゃん、このくらいたくさんあれば大丈夫じゃない?」

 

「そうですわ、この中の4袋くらい大海の一滴です」

 

「こんなにあって……売れ残った方が店員さんも困る……だから大丈夫……」

 

私たちの言葉にお茶子ちゃんも同意をして、カゴの中に一袋入れて、さらに二袋目に手を伸ばしたところで、再び手が止まった。

 

「う~、でももしかしたらすぐ大家族がどっと買いに来るかもしらんし……おもちパーティー計画してるかもしらんしぃ~……あ、でも私もおもちパーティーしたいなぁ~……うう、どないしよ~」

 

お茶子ちゃんがすごい葛藤している。

だけど今半径1km周囲にはそんなことを考えている人はいない。大丈夫だと思うんだけど……

 

結局悩みに悩んだお茶子ちゃんは、梅雨ちゃんが提案したしばらくしてまた来たときに減ってなければ4袋、ちょっと減ってれば2袋、いっぱい減ってたら1袋買うということで納得した。

そんな方針になったのもあって、私たちはそのままスーパーを回って時間を潰すことにした。

 

 

 

まず私の目的の物からだ。

 

「そういえば波動さんも買い出しと言っていましたが、何を買いに来たのですか?」

 

「私は……食材の買い足しの他に……ナポリタンの材料と……一応、ミートソースとアラビアータの材料……」

 

「一応……?」

 

百ちゃんの質問に私が買い物の予定を伝えると、一応と言った辺りで3人とも疑問符が飛んだ。

 

「ん……今日のお姉ちゃん、ナポリタンの気分だったけど……帰ってくる頃に変わってる可能性があるから……今日の感じで変わる可能性がありそうな……ミートソースとアラビアータ……」

 

まあこれだけだと分かりづらいか。私は普段、お姉ちゃんの思考から作るものを決めていて、もう確定なくらいお姉ちゃんの気分が固まってればそれを作っておく。

だけどそんなに希望が固まってなければ、可能性がありそうなものの種だけ作っておいて、お姉ちゃんが感知範囲に入ったら食べたいものの最終確認をして、それを仕上げるようにしている。

流石にお姉ちゃんの帰りが遅い日は一番可能性がありそうなものか、お姉ちゃんの好きなものを作ってるけど。

思考を読んでそれに合わせて作ってるから、外したことなんて数えるほどしかない。

私が自信満々で買う予定のものを言うと、お茶子ちゃんが何故か汗を垂らしながら質問してきた。

 

「えっと……お姉さんからリクエストがあったってこと?」

 

「違う……私の予想……でもほとんど外したことない……」

 

「なんで直接言われてもないのに当てられるの!?凄すぎやん!?」

 

何やらドン引きされている。

まあ確かに思考が読めることを知らなければ意味が分からないか。

だけどこうしてお姉ちゃんがその日食べたいものを作っておくと、凄く喜んでくれるのだ。

やめるつもりはない。

 

 

 

目的の材料を買って、そのまま皆とあてもなくスーパーを物色する。

昔好きだったお菓子の話をしたり、両親の話をしたりして移動していって、衣類エリアまでたどり着いた。

 

衣類エリアで引き続き話していると、梅雨ちゃんがお茶子ちゃんと百ちゃんの後ろをじっと見つめ始めた。

 

「どしたの?」

 

「……どうかしたのかしら、あの人」

 

その言葉に、皆で梅雨ちゃんが示している人を見る。

するとそこには俯きながらもまるで警戒しているようにあたりを忙しなくキョロキョロ見回している、汗びっしょりの20歳くらいの細身の男がいた。

まあ問題はそこじゃなくて、彼がいる売り場が問題なんだけど。

 

「……具合でも悪いのかな?」

 

「それはいけませんわね、倒れる前に……」

 

「あれ……焦ってはいるけど……具合悪いわけじゃないと思うよ……」

 

とりあえず具合が悪いという部分は否定しておく。

百ちゃんが声を掛けようとするけど、お茶子ちゃんが彼がいる売り場に気が付いたみたいだった。

 

「―――ちょっと待って。あそこ、下着売り場じゃない……?」

 

彼がうろついているのは、女性下着コーナーだ。

色とりどりのショーツが売られている場所を、挙動不審な様子でうろついているのだ。

不審に思ったお茶子ちゃん、百ちゃん、梅雨ちゃんが近くのパジャマの影に隠れる。

私は彼の思考が読めているからいいかと思ったんだけど、隠れないでいたらお茶子ちゃんに腕を引っ張られて一緒に隠れさせられた。

 

「……もしかして下着泥棒……」

 

お茶子ちゃんが緊張した面持ちで呟く。

まあ当たらずとも遠からずだ。

悪意はなくて罪悪感しか感じていない彼だけど、このまま放っておけば下着泥棒になるのは間違いないだろう。

 

「その可能性はありますが、決めつけるのは早いですわ。もしかしたら彼女や奥様へのプレゼントを選んでいるのかもしれません……」

 

「自分用の可能性もあるわよ、八百万ちゃん」

 

梅雨ちゃん正解。彼は自分用の下着を探しているのだ。

 

「た、確かにいろんな趣味の方がいらっしゃいますしね……」

 

「無限の可能性やな……」

 

梅雨ちゃんの言葉に、お茶子ちゃんと百ちゃんがめくるめく趣味の世界を妄想する。

3人が面白いからもう少し見ていてもいいかとも思ったけど、流石にそろそろ止めないと万引きしてしまいそうだ。

そう思って、立ち上がって隠れていたパジャマの影から出た。

 

「ん……ちょっと行ってくる……」

 

「ちょっと!?瑠璃ちゃん!?」

 

3人の感情が驚愕で染め上がり、お茶子ちゃんが止めようとしてくるのを避けてササっと彼の方に近づいた。

 

「お兄さん……ちょっといいですか……」

 

「な、なんだい!?今僕は急いでいるんだが……!?」

 

今まさに万引きをしようと考えていたところに声を掛けられて、男性は露骨に焦っていた。

だけど焦りすぎだ。

 

「お兄さん……ここ、女性下着コーナー……男性用は……あっち……」

 

「え!?」

 

今更気が付いたらしい。

 

「このお金……あげるから……新しい下着、向こうで買ってください……」

 

驚愕で固まってしまった男性に、1000円を握らせる。

男性ものの値段は分からないけど、これくらいあれば安いのは買えると思う。

 

「いや、こんなの受け取れないよ!!」

 

流石に見知らぬ少女からお金を渡されるのは気が咎めたのか、固辞しようとしてきた。

だけど、こんなことでヴィランになってしまう方が馬鹿らしいし可哀そうだ。

 

「ん……下着が汚れちゃって……新しいの……欲しかったんですよね……でもお金を持ってないから……万引きしようとしてた……」

 

「な、なにを言って!?」

 

「いいから……早く行ってください……デートなんですよね……?」

 

最後の一言だけお茶子ちゃんたちに聞こえないように声を抑えて伝える。

 

「……っ。…………すまない!ありがとう!この恩は忘れないよ!」

 

結局男性は泣きそうな表情になりつつお金を受け取って、一目散に走り去っていった。

 

そこまで見守って、お茶子ちゃんたちも隠れていたところから出てきた。

 

「そういうことだったのね」

 

「残念な不幸が重なった結果の挙動不審だったということですか……」

 

「あんな理由で万引きしようとすることもあるんやんなぁ」

 

口々に感想を言う3人。

女性下着を万引きしかけていたことを怒っていない辺り、3人の人の好さが分かる。

 

その後少しの間あの男性について話していたところで、お茶子ちゃんがおもちのことを思い出した。

全くと言っていい程減っていなかったおもちの山を見たお茶子ちゃんは、すごく嬉しそうに4袋買うことを決めたのだった。

 

 

 

買い物を終えた私たちは、約束通りお茶子ちゃんの家でチョコおもちをご馳走になることにした。

道中に私の家があるから寄らせてもらって、買った物をしまってしまう。

そして前回お母さんたちが来た時に大量に置いていって、食べきれてないきりたんぽと稲庭うどんを3袋ずつ手に取った。

 

「3人とも……これあげる……」

 

3人とも急な贈り物に疑問符を浮かべている。

代表してお茶子ちゃんが聞き返してきた。

 

「これ、きりたんぽとうどんだよね?」

 

「秋田のお土産で……体育祭の時にお父さんとお母さんが……すごい量置いていった……明日また持ってくるって言ってたから……食べきれない……あげる……」

 

「ああ、そういうことでしたのね」

 

「ありがとう、瑠璃ちゃん。いただくわね」

 

「ん……季節外れだけど……お鍋とかで食べると……おいしいよ……」

 

3人とも嬉しそうにお礼を言って受け取ってくれた。

 

そのまま私たちはお茶子ちゃんの家に移動して、チョコおもちをご馳走になった。

やっぱり美味しい。

というよりも、流石おもち大好きなお茶子ちゃんだ。

私が作るよりもずっとおいしくできている。

百ちゃんと梅雨ちゃんも美味しさを分かってくれたようで嬉しい。

今度透ちゃんにも作ってあげて布教しようかな。

そう思いながら私は和洋折衷のスイーツ、チョコおもちに舌鼓をうった。



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授業参観(前)

授業参観当日。

 

「おはよ……透ちゃん……」

 

「おはよー瑠璃ちゃん!」

 

登校すると、透ちゃんがいつも通り弾けるような笑顔で迎えてくれた。

 

「ついに参観日当日だね!瑠璃ちゃんのところは誰が来るの?」

 

「ん……お母さんがくる……透ちゃんは……?」

 

「うちもお母さんが来るよ!私と同じで透明だから見たらすぐ分かると思う!」

 

そんな他愛もない話を続けていたら、今登校してきたらしい緑谷くんが教室の後ろを通って自分の席に向かってきた。

近くを通ったタイミングで軽く手を振って挨拶する。

透ちゃんも「おはよー!」なんて元気よく挨拶している。

緑谷くんもどもりながら挨拶を返してくれるけど、その顔は赤く染まっていた。

相変わらず女子に慣れていないらしい。

 

緑谷くんが近くに集まっていた男子に挨拶をすると、峰田くんが口を開いた。

 

「聞いてくれよ、緑谷!常闇、ロリコンだったんだよ……!」

 

「ええっ?」

 

「なっ……虚言を吐くな……!」

 

驚く緑谷くんに、常闇くんが怒りながら否定する。

というか、常闇くんの思考からして本当にそんなんじゃないし、結構酷い冗談だ。上鳴くんが訂正しようとしてるから特に口は挟まないけど。

 

「違う、違う、常闇が幼稚園児に告られたの」

 

「え、なんで?」

 

「まぁそれは話せば長くなるのだが、出会いはどこに転がっているか分からない。だが、とりあえず言えるのは、常闇くんはロリコンではないということだ」

 

しっかりと訂正する飯田くんに、峰田くんが興奮気味に捲し立てた。

 

「いいや、二十年後ならわかんねーだろ!いや、むしろ今から理想の女に育てあげる光源氏計画を発動するつもりなんじゃ……!」

 

そんなことを考えるのはブドウ頭くらいだと思う。

常闇くんは言動はちょっと独特だけど、恋する幼女の夢を打ち砕くようなことをするとは思えない。

案の定常闇くんは、峰田くんに軽蔑した眼差しを向けていた。

 

「それをやりたいのは峰田、お前だろう」

 

「あぁやれるもんならやりたいね!!犯罪にならないギリギリな感じで!」

 

「峰田はギリギリアウトだろ」

 

欲望剥き出しで吠えるブドウ頭に、百ちゃんのところで話していた響香ちゃんがイヤホンジャックのコードを手で弄りながら振り返って突っ込んだ。

 

「うるせぇっ、チッパイは黙ってろ」

 

「ハァ!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、響香ちゃんが鬼の形相に変わった。

あのブドウ頭、今までも散々身体的特徴を揶揄してきたけど、まさか罵倒の方向で揶揄してくるとは思わなかった。

いくらなんでもこれはない。

 

「……最低……」

 

「今のはいくら何でも酷いよ峰田くん!」

 

透ちゃんもバタバタとオーバーな動きを伴いつつ憤っている。まあ、あんなの聞いて軽蔑しない女子いないだろうし当然の流れでしかない。

 

「チッパイ?とはなんだ?」

 

「ちいせぇおっぱいのこと」

 

下劣な揶揄の言葉の意味が分からなかったらしい飯田くんが首を傾げながら尋ねて、上鳴くんが律儀にそれに答えた。

 

「上鳴っ、んな説明してんなよっ!飯田も聞くなってば!」

 

「それは失礼した。だが胸は胸だ。大きくても小さくても気にすることはないぞ」

 

飯田くんの返答は、相変わらずクソ真面目だった。本当に心の底からそう思ってるし。

 

「そうですわ、耳郎さん」

 

「ヤオモモに言われても……」

 

百ちゃんも響香ちゃんを慰めるように続いたけど、百ちゃんが言うのはやめた方がいい気がする。

私と透ちゃんもダメだし、この場で響香ちゃんを慰められる女子はいない。

その反応を見て話題を逸らすことにしたのか、百ちゃんが思い出したように話を切り出した。

 

「それより、チョコお餅……これが意外とイケましたの!」

 

「マジで~?」

 

「え、ヤオモモちゃんも食べたの……?」

 

「ん……おいしいから……透ちゃんと響香ちゃんも……食べてみるべき……」

 

昨日は百ちゃんも梅雨ちゃんも美味しそうに食べていた。

それに対して響香ちゃんと透ちゃんは半信半疑といった反応を返してくる。

透ちゃんには前に美味しかったと言ったはずなんだけど、信じていなかったらしい。遺憾の極みだ。

 

 

 

そんなこんなで話していると、そろそろホームルームの時間になった。

先生がここに来ることはないはずだけど、一応席についておく。

 

「相澤先生、来ないね?」

 

皆ももうすっかり習慣になっていて、時間でサッと席についている。

いつもならすぐ来るのにチャイムがなってもやってこない先生に、透ちゃんが疑問の声をあげた。

 

「遅刻かしら?」

 

「なっ、見本であるはずの教師が遅刻とは……!これは雄英高校を揺るがす、由々しき事態だぞ、みんな!!」

 

「オールマイトならともかく……相澤先生だし……それはない……」

 

梅雨ちゃんの言葉に反応した飯田くんが立ち上がって、腕を機関車のように回しながら叫んだ。

私の言葉も聞こえていないようだ。

飯田くんは皆に宥められてもどんどんヒートアップしていく。

 

「――何かあったのかな……?」

 

後ろで緑谷くんがボソっと呟く。

ショートホームルーム終了のチャイムが鳴っても現れない先生に、流石におかしいと教室がざわつき始めていた。

 

「そういえば、そろそろ保護者が来てもいい時間ではありません?」

 

「そだな。でもまぁ始まるまで時間はもう少しあるし……」

 

「でも、まだ一人も姿を見せないのは……」

 

「どこかで迷ってるとか?」

 

「雄英、広いからねー」

 

「よし、僕が委員長として職員室に行ってくる。みんなはそのまま待機していてくれ」

 

飯田くんがそういって職員室に向かおうとした瞬間、全員のスマホが一斉に鳴った。

確認すると、スマホには相澤先生からのメッセージが表示されていた。

 

『今すぐ模擬市街地に来い』

 

「市街地?なんで……」

 

「……あ、オレ分かった!相澤先生、あっちでまとめて授業……つーか手紙の朗読と施設案内するつもりなんじゃね!?合理的に!」

 

上鳴くんがハッとしたように言った。

まあ相澤先生ならそういうことをしてもおかしくない。それくらい合理主義だし。皆もそれは理解しているのもあって、渋々移動し始めた。

 

 

 

乗っていたバスが模擬市街地のバス停に到着した。

途中で先生や保護者が感知範囲に入った。

相澤先生は違う場所にいるけど、ヴィラン役として細いオールマイトが保護者と一緒にいるみたいだった。

オールマイト、あの姿でちゃんとヴィラン役を出来るんだろうか。

人質を取っているヴィランの対処とかが課題なのかな?

 

それはそれとしてちゃんと保護者にはこの件を伝えて、協力の同意を得ているようだった。

流石に無駄に怖がらせるようなことはしていなかったみたいで安心した。

 

「この中で待っているということなんだろう。さぁ、みんな行こう!」

 

飯田くんが腕を上げて皆を誘導しようとする。

 

「……なんか臭う」

 

障子くんが腕に鼻を出して臭いを嗅ぎながら言う。

ここで私が何も言わないのは流石に変かなと思って私も言葉を続ける。

 

「待って……この波動……」

 

私がそう言った直後、小さな悲鳴が聞こえた。

 

「なんだっ?」

 

その悲鳴がやまないうちに、別の人たちの叫び声も聞こえ始めた。

慌てて皆で声をする方に駆け出す。

 

ガソリンの臭いを強く感じる道を突き進んでいくと、本来あったはずのビルが無くなり空き地となっている場所に着いた。

 

「……なんだよ、あれ……」

 

切島くんが呆然とした様子で呟く。

私たちの視線の先には、本来ビルが建っていた所に大きな穴が開き、その中央にポツンと取り残された足場の上にそびえ立つ檻があった。

 

檻の中には保護者とオールマイトがいる。

私たちが来たことに気が付いたらしい皆の家族が、それぞれ声をかけてきていた。

皆も困惑と悲壮感に満ちた感じでその声に応えている。

ちなみに私のお母さんは端っこでこっちの様子をちらちら伺っている。

当然思考が読めることを知っているお母さんは、わざわざこっちに声をかけたりはしてない。

というよりも、私が思考を読んでこの状況がどういうものか分かっていることも理解しているみたいだ。

 

私が冷めた感じで眺めている一方で、皆は慌てて駆け寄ろうとして穴を覗き込んでいた。

 

「っ、くさ……ガソリン……!?」

 

お茶子ちゃんが顔をしかめる。

穴の底は臭いの元凶と思われる淀んだ液体で満たされていた。

 

「なんだよ、これっ?なんで親があんなとこ……」

 

「つーか、相澤先生は!?」

 

困惑する皆の声に応えたのは、冷たい機械的な声だった。

 

『相澤先生は、今頃眠っているよ。暗い土のなかで』

 

わざわざ変声機まで使っているオールマイトの言葉を受けて相澤先生の波動を見てみると、本当に地下で寝袋に入っていた。

モニターでこっちを見ているみたいだけど、間違ったことは言っていない。

 

緑谷くんが確認するようにこっちを見てくる。

一応、間違ったことは言っていないから小さく首を縦に振っておく。

私の返答を見た緑谷くんは、さらに絶望した表情になった。

 

「暗い土の中って……」

 

「相澤先生、やられちゃったってこと……?」

 

「ウソだよ!なんかの冗談だろ!?もうエイプリルフールは過ぎてんだぞ!つーかお前、誰だよ!?姿を見せろ!」

 

皆混乱しながらも身構え始めていた。

姿を見せろなんて言っているけど、既にオールマイトは見える位置にいる。

 

「……姿は、見えてるよ……檻の中……保護者の中に……紛れてる……」

 

私の言葉を受けて、また機械的な声が響いた。

 

『その通り。僕はここにいる』

 

保護者の人たちが恐れ慄いたように退くと、黒いフルマスクを付けて黒いマントを纏った背の高い男、細い方のオールマイトが姿を現した。

その隙を突いた飯田くんが、この異常事態を受けてこっそりスマホで連絡を取ろうとし始めた。

 

『おっと、人質がいることを忘れてくれるな。外部へも、学校への連絡もするな。あぁ、もちろん、そこの電気くんの個性でも無駄だ』

 

オールマイトが上鳴くんの方を向きながら言った。

それを聞いて、個性の詳細を知られていることを緑谷くんが訝しんでいる。

まぁ細かい個性の詳細まで知られていたら訝しまれて当然だ。

 

『逃げて外に助けを求めに行くのも禁止だ。逃げたら、その生徒の保護者をすぐに始末する』

 

黒尽くめのオールマイトがそこまで言ったところで、檻の中でがっしりとした体格の人の良さそうな人……お茶子ちゃんの父親らしき人が格子を掴んでガチャガチャと揺らして叫んだ。

 

「あかん!檻が頑丈でどうにもできひんわー!!」

 

「と、父ちゃん!!」

 

お茶子ちゃんが穴の淵に立っておろおろとしながら叫んでいるんだけど、私からするとお茶子ちゃんのお父さんの演技が気になってしまう。

 

「た、助けて、百さーん……!」

 

「お母様があんなに取り乱すなんて……気を確かにっ……!」

 

百ちゃんのお母さんも棒読みな感じで助けを求めてきてて、こっちからしたらバレバレな感じではあるんだけど、何も知らない百ちゃんは動揺しながら答えていた。

 

「ゲコッ、ゲコッ」

 

「危険音……ケロ……」

 

これは流石に分からないけど、不安そうな梅雨ちゃん曰く危険音らしい。

ここまでの保護者の人たちの助けを求める声で、皆本当にヴィランの襲撃だと思っている。

爆豪くんですら信じきっている。

一方で私は、保護者の演技とか相澤先生の様子で笑ってしまいそうになっていた。

温度差が凄い。

流石に皆の空気に水は差せないから、努めて無表情を維持して笑うのを堪える。

お母さんだけが、私が笑いそうになっていることに気がついてハラハラしている。

私たち親子だけが、ちょっとズレた空気になっていた。



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授業参観(後)

「なんで……なんでこんなことを……!?」

 

緑谷くんが絞り出すように黒尽くめのオールマイトに問いかける。

 

『僕は、雄英に落ちた。雄英に入って、ヒーローになるのが、僕の全てだったのに。優秀な僕が落ちるなんて、世の中間違っている。世間では、僕はただの落ちこぼれ。なのに、君たちは、明るい未来しか待ってない。だから―――』

 

「要するに八つ当たりだろうが、クソ黒マントが!!」

 

オールマイトが説明する設定に凝ってるなあなんて思っていたら、爆豪くんが叫んだ。

 

「かっちゃん!?」

 

「めんどくせえ、今すぐブッ倒してやるよ……!」

 

もう我慢の限界らしい爆豪くんが、手で爆破を起こそうとしていた。でも、今の状況でそれはないだろう。

 

「爆豪くん……ダメだよ……爆破しちゃ……下のがガソリンだったら……大変なことになる……」

 

そう思って静止したんだけど、私の声が聞こえていないらしい彼は、淵の方に駆け出そうとし始めていた。

 

『おっと、人質がいるのを忘れるな』

 

「キャア!」

 

黒尽くめのオールマイトは一番近くにいた爆豪くんの母親らしき人を引き寄せる。

それを見た途端、爆豪くんは舌打ちをして立ち止まった。というか、この行動って子供と親を結びつけられる程度には知ってる人ってことになるからバレるリスクが……

そう思ったんだけど、彼の頭には怒りとかの他に焦りの感情が見える。どうやら彼なりに母親を心配して焦っているみたいで、そこまで考えが及ばなかったらしい。

 

「勝手につかまってんじゃねぇよ、クソババア!」

 

そんな爆豪くんの怒りの言葉に、オールマイトに掴まれていた爆豪くんのお母さんの思考が怒りに染まった。

 

「クソババアって言うなっていつも言ってるでしょうが!!」

 

人質に相応しくない怒号が響いて、皆きょとんとして爆豪くんのお母さんを見つめてしまう。

爆豪くんもすごいけど、その母親もすごかったらしい。というか、人質の態度じゃないよこれ。

 

「……すげー、流石爆豪の母ちゃん」

 

「変な感心してんじゃねえ、クソ髪!!」

 

切島くんも私と同じ感想を抱いたみたいで、唖然としたように呟く。

爆豪くんのお母さんの方は緑谷くんのお母さんらしき人が宥めて大人しくなった。

 

緑谷くん的には、爆豪くんのお母さんの姿はいつも通りだったらしい。

落ち着きを取り戻した緑谷くんはオールマイトに目的を聞きだした。

 

「……それで、あなたの目的はなんですか?」

 

『……目的は、一つ。輝かしい君たちの、明るい未来を壊すこと。そのために大事な家族を、君たちの目の前で壊してしまおうと思ってね』

 

「……それだけのためにかっ?」

 

尾白くんが怒りに尻尾を震わせながら呟く。

その後も何人かが説得を試みるけど、当然ヴィラン役のオールマイトが意見を変えるはずがない。

 

『僕には失うものは何もないんだ。だから、君たちの苦しむ顔を最後に見ておこうと思ったんだ。君たちも大事な家族の最後の顔を、よく見ておくんだ。―――さぁ、誰からにしようか……?』

 

そう言ってオールマイトは人質の保護者に向かって手を伸ばした。

保護者は怯えて隅に寄って行く。

 

「やめて!!」

 

お茶子ちゃんが必死の形相で叫ぶ。

その陰で、緑谷くんがブツブツと対応策を考え始めた。

やっぱりこういうところは緑谷くんは頼りになる。

他の皆もオールマイトに話しかけて時間稼ぎをしているようだ。

 

そんなことを考えていたら、透ちゃんがチラチラこっちを見ていることに気が付いた。

透ちゃんはそのまま静かに私の方に近寄ってくると、小声で耳打ちしてきた。

 

「ねぇ、これってもしかして……そういうこと?」

 

……透ちゃんとは普段からずっと一緒に居るから、私の様子から気付かれてしまったようだ。

表情には出してなかったはずだけど、必死さが足りなかったかもしれない。

ほぼ確信していると言っていいレベルで質問してきている。

ここまでだと否定しても意味はなさそうだ。ここまでバレてるなら、透ちゃんには言ってもいいかな。

 

「……ん……そう……」

 

「やっぱり!瑠璃ちゃん、本当にピンチな時はいつも必死になってたのに今はそういう感じじゃなかったし、そうじゃないかと思ったんだ!」

 

「……そんなに分かりやすかった……?」

 

「分かりやすかったのもあるけど、瑠璃ちゃんが相澤先生に呼び出されるところ見てるからねぇ。この状況になってて、今の瑠璃ちゃんの様子とあの呼び出しは流石に気づくよ」

 

……私のせいではあるけど、相澤先生のせいでもあるな、これ。

流石にこれで怒られることはないと信じたい。

そんなことを考えていると、透ちゃんが小さくニヤッと笑った。

 

「それに……瑠璃ちゃん、ちょっと笑いそうになってたでしょ」

 

「……なんで分かるの……?」

 

「そりゃあ、一番の友達ですから!」

 

どうやら透ちゃんにはお見通しだったらしい。

確かにさっき『あれ?』なんて思考をしていたからおかしいとは思ったけど、ここまで見抜かれているとは思わなかった。

少し顔が熱くなっている気がする。

 

「……そっか……でも……皆には……まだ内緒……」

 

「うん!」

 

そこまで話したところで、緑谷くんから声がかかった。

 

「葉隠さん、波動さん、ちょっとこっちに」

 

言われた通りに近寄る。

どうやら百ちゃんとお茶子ちゃんも呼んでいたらしい。

ブドウ頭だったらハーレムが云々とか喚き出しそうな状況だ。

 

「スタンガン?」

 

「うん、なるべく目立たないように小型で威力のあるものを作って欲しいんだ」

 

スタンガンとなると、一つ確認は必要だと思う。

 

「……爆発とかは大丈夫そう……?」

 

「うん、さっきかっちゃんが手で小規模な爆発を起こしてたのに爆発してなかったから、多分」

 

「……それが最善ですわね。分かりました」

 

どうやら爆豪くんは、あの後普通に爆破をしていたらしい。

聞こえていなかったのか、聞こえていたのに無視したのか……どっちだとしてもちょっと酷いな爆豪くん。

まあ、もう過ぎたことだし仕方ないか。

そんなことを考えている間に、手のひらからポケットサイズのスタンガンを作った百ちゃんは、それをお茶子ちゃんに手渡した。

お茶子ちゃんも頷いてからスタンガンを受け取って、手早く個性を使っている。

 

「塗装は目立たぬように土色にしてみましたわ」

 

「私はこれと透ちゃんを浮かせばええんやね?」

 

「うん、これが出来るのは葉隠さんしかいないから」

 

「ちょっと待ってね!今全部脱ぐからっ!」

 

そういうと透ちゃんは、いつもの調子でぽいぽいと制服を脱いでいった。

というかこの調子で脱いでいくと下着が見られてしまう。

緑谷くんはすぐに「わっ!?」なんて言いながらすぐに後ろを向いてくれた。

だけど周りの男子、というよりもブドウ頭が問題だ。

 

「ひょー……!!JKの生脱ぎ……!!身体は脳内補完!!」

 

案の定、オールマイトの注意を引き付けていたはずのブドウ頭がにじり寄ってきた。

私がブドウ頭と透ちゃんの間に身体を入れて見えないようにすると同時に、梅雨ちゃんの舌が伸びてきてブドウ頭を地面に叩きつけた。

 

「非常事態でもブレないわね、峰田ちゃん」

 

「……変態……」

 

「ふごぉっ!」

 

透ちゃんが脱ぎ終わったのを確認して、緑谷くんの肩を叩く。

 

「準備万端だよっ!」

 

「気を付けて、透ちゃん……!」

 

「任せて!」

 

準備が終わった透ちゃんに声を掛けながら、お茶子ちゃんがタッチする。

そして、スタンガンを持ってふわふわ浮いている透ちゃんが檻へと向かっていった。

それに気が付いた注意を引き付けている皆が、ヴィランに気づかせないようにより一層大きな声を上げ始めた。

 

「それで波動さんには、ヴィランに隙が出来たらあっちに飛んでいって欲しくて」

 

「それはいいけど……私だけ……?」

 

「飯田くんとかっちゃんは少しの時間があれば自発的に移動してくれると思うんだ。ただ、やっぱり人手が多いに越したことはないと思うから……波動さんがまだ空中での跳躍に不安があるのは分かるんだけど、お願いしたくて」

 

……どうやら私は声をかけておかないと自発的に飛ばないと思われていたらしい。

まあ確かにまだ空中での再跳躍には不安が残るし、コントロールできる自信があんまりない。

これだけの距離がある上に着地地点の足場が小さいこの状況だと、自発的には動かなかっただろうなとは思う。

 

「ん……分かった……ただ、確実を期すなら……お茶子ちゃんに浮かせてもらった方がいい……浮かせてもらっておけば……波動の推進力で一気に近づけると思う……」

 

「そういうことなら私に任せて!」

 

そんなやり取りをしている間に、透ちゃんは檻の周りまでついたみたいだ。

低い姿勢を保って移動した透ちゃんは、檻の中で歩き回っているオールマイトの近くで待機し始めた。

思考的にタイミングを計っている感じっぽい。

 

『だから、黙ってくれと何度言えば分かる……?一番うるさい生徒の親を始末すれば、大人しくなるかな……』

 

オールマイトが親を見定めようと足を止めた。

透ちゃんはスタンガンをそーっとオールマイトの足元へと近づける。

だけどバチバチと青白い光を放ったその瞬間、オールマイトがスタンガンを蹴り飛ばした。

 

「あっ……!」

 

『どうやら、見えないコバエが紛れ込んでいたな……!』

 

オールマイトは怒っている演技をしながら、乱暴に鍵を開けて檻の外に出てきた。

そのままの流れでマントからライターを取り出して、皆に見せつけてくる。

 

『一人一人、じっくり苦しめたかったが、やめた。皆仲良く、地獄に行こう』

 

そういうとオールマイトは、ライターを穴に放り込んだ。

その瞬間、穴から勢いよく炎が立ち上がってきた。

 

「僕のせいだ……」

 

緑谷くんが失敗した絶望に崩れ落ちそうになってるけど、そんな背中に爆豪くんが後ろから蹴りを入れた。

 

「わっ……?」

 

「アホか、テメーは。今が絶好のチャンスだろうがよ!」

 

爆豪くんがお茶子ちゃんに声をかけていく。

 

「おい、丸顔!俺を浮かせろ!」

 

「う、うん……!」

 

丸顔って……相変わらず酷いあだ名だ。だけど、お茶子ちゃんは気にしてないみたいで、さっと爆豪くんにタッチした。爆豪くんは浮かび上がってすぐに爆破を連発してオールマイトの方へと飛んでいった。

檻から出ているオールマイトを狙いに行ったみたいだ。

 

それをサポートするかのように、轟くんがオールマイト目掛けて氷結を使っていく。

氷はそのままオールマイトの足を凍り付かせていた。

 

『くっ……!』

 

「この黒尽くめ野郎が!!」

 

爆豪くんは動けなくなったオールマイトに馬乗りになって、爆発で威嚇する。

 

「僕たちも行こう!」

 

飯田くんの促しに緑谷くんが立ち上がって、お茶子ちゃんとタッチした。

 

「ありがと!」

 

「父ちゃんをお願い……!」

 

お茶子ちゃんの必死のお願いに、緑谷くんは柔らかい笑みを浮かべて頷いた。

 

緑谷くんと飯田くんは一緒に飛び上がって、檻に向かって飛んでいった。

轟くんと常闇くんもそれに続いている。

 

その瞬間、中央の足場の下の方で爆発音が響いた。

中央の足場が今にも崩れそうなくらい揺らいでいる。

その様子を見て、百ちゃんがすぐに消火器を作り出してくれた。

 

「おい!下が崩れそうだ!早く避難しろ!!」

 

尾白くんが緑谷くんたちに呼びかける。

その周りで手の空いてる人で消火器で燃え上がる火を消せないか試みるけど、弱まる様子すらない。焼け石に水だ。

 

「あかん!こんなんじゃ間に合わへん……!」

 

「猛烈な炎を消すより、もっと合理的な……そうですわ……!」

 

百ちゃんはハッとしたように防火シートを作り出した。

どうやら氷の上を防火シートで滑って脱出を図るつもりみたいだ。

 

中央の足場の方にいる緑谷くんたちも同じ結論に至ったらしい。

 

「そうか!つまりこの氷の橋を滑って避難するということだな!」

 

「もう時間がないよ、八百万さんになにか大きなシートを作ってもらって「もうそろそろできますわ……!」

 

今まさに防火シートを作り終えようとしていた百ちゃんが声を張り上げた。

 

「防火シートですわ。さっきから作っていましたの。麗日さん、波動さんお願いします!」

 

「はいっ」

 

「んっ……!」

 

シートを受け取ったお茶子ちゃんが、タッチして無重力にしたシートを手渡してくる。

手渡す瞬間、私にもタッチして私も無重力にしてくれた。

 

足とシートを持っていない手に波動を圧縮させていく。

まず足に圧縮した波動を噴出させて斜め上に飛び上がる。

無重力だったせいか予想以上の速度で弾きだされる。

炎の頂点を超えたあたりで、手を後ろ上方に向けて波動を噴出する。

そのまま中央の足場に向かって結構な速度で一直線に落ちていった。

やっぱり山なりの軌道になってしまう通常時よりも、無重力になっている時の真っ直ぐ吹き飛ぶ軌道の方が読みやすい。

上手く着地できるように意識を集中しておく。

 

「ダークシャドウ!」

 

「アイヨ!」

 

着地に備えて身構えていた私を、常闇くんのダークシャドウが受け止めてくれた。

私は持っていたシートを、サッと緑谷くんに手渡してしまう。

 

「ありがとう波動さん!防火シートも、さすが八百万さんだ……!」

 

そう言いながらシートを広げる緑谷くん。

 

「皆さん!これの上に乗ってください!」

 

グラグラと足元が揺れる中で、保護者の人たちが防火シートの上に乗る。

 

「葉隠さん乗った!?」

 

「乗ってる!」

 

「波動さんも乗っておいて!」

 

「ん……分かった……」

 

透ちゃんがちゃんと乗ったか確認するあたり緑谷くんは流石だと思う。

私に関してもそんなに多くの回数をまだ跳べないし、私の跳び方だと足並みを揃えるのが難しい。

まだ無重力だから押したりすることも難しいし、保護者と一緒にシートに乗っておくように促すのは妥当な判断だ。

 

「飯田くんの"エンジン"で引っ張って、僕たちが後ろから押すのが良いと思う。轟くんはギリギリまで氷結していて欲しい」

 

「分かった」

 

緑谷くんの指示に、轟くんは氷をどんどん増量していく。

 

「犯人はどうする」

 

氷を眺めながらの常闇くんの言葉に、緑谷くんが一瞬考え込んだ。

 

「置いていくわけにいかないけど「変な真似したら、俺が爆破する」

 

緑谷くんが考えて対応を伝えようとした途端、抵抗しなくなったオールマイトをシートに引っ張り上げていた爆豪くんが遮って答えた。

 

「行こう!緑谷くん!」

 

「うん……!!」

 

緑谷くんの返答を聞いた飯田くんのエンジンが、唸るような音を出し始める。

 

「最初から全開だ……トルクオーバー……レシプロバースト……!!」

 

その瞬間、防火シートがすごい勢いで引っ張られた。

後ろから緑谷くん、常闇くん、爆豪くんが押して、後ろのシートの両端はダークシャドウが持ち上げている。

ギリギリまで氷結を使い続けた轟くんも無事にシートに転がり込んでいる。

飯田くんは凄まじい速さで氷の橋を走り抜け、あっという間に穴の向こう岸の地面を踏んだ。

 

その瞬間、中央の足場が大きな音を立てて崩れ落ちた。

その崩落は氷の橋にも伝わって、シートが通り過ぎるのを待たずに崩れ落ち始めている。

足場を無くした緑谷くんたちも、何とかシートを掴んでいる。

それを認識した飯田くんがなんとか踏ん張りながら引っ張って、向こう岸にいる他の皆がシートを引っ張り上げ始めた。

 

「せーの……!!」

 

立ち上る炎に飲まれそうになった瞬間、シートは引き上げられた。

 

『あっ……!?』

 

だけど、その時、シートの端にいた緑谷くんのお母さんが弾かれるように宙に浮いた。

思考からすぐにその状況を察知できた私は、急いでシートを蹴る。

無重力の状態を維持されていた私は炎の方に飛び上がって、緑谷くんのお母さんを追い抜く。

そのまま急いで波動を圧縮して炎の方に向けて噴出し、緑谷くんのお母さんの背中に体当たりをした。

緑谷くんのお母さんはそれでシートに戻れたけど、私が押した衝撃で炎の方に流されてしまう。

そのまま流されてしまいそうになったところで、シートに乗っていたオールマイトが私の手を掴んで引っ張り上げてくれた。

 

その直後、全員を乗せたシートは無事に地面にたどり着いていた。

 

「大丈夫!?出久……!」

 

「お母さんこそ……!」

 

感動の再開のように涙をこぼしながら緑谷くんのお母さんが緑谷くんの背中を摩る。

とりあえずなんともなくて良かったと思いつつオールマイトの方に目を移す。

 

『おめでとう。これで、授業はおしまいだ』

 

「は?何言って……」

 

「捕まえとけ、とりあえず学校に知らせねぇと……!」

 

「それに相澤先生を「はい、先生はここです」

 

そこまで来て、ようやく相澤先生は姿を現した。

 

「「「……は?」」」

 

皆の状況を飲み込めていない声が、空しく響き渡っていた。

 

 

 

「皆さん、お疲れさまでした。なかなか、真に迫っていましたよ」

 

先生の保護者への声掛けに、お茶子ちゃん、百ちゃん、梅雨ちゃん、爆豪くんの家族が順に和気藹々と話し出した。

他の保護者の人もさっきまでの怯えたような表情じゃくて、明るい表情で感想を言い合っていた。

私と透ちゃんを除く皆はポカンとした顔で呆然としている。

 

「まだ分からねえか?分かりやすく言うとドッキリってやつだな」

 

「「「はー!?」」」

 

「は、犯人も……!?」

 

「えー……この人は劇団の人です。頼んできてもらいました」

 

相澤先生は一瞬考えて、オールマイトであることを隠して、ただのヴィラン役であることを伝えた。まあ、私にも隠したくらいだし、オールマイトだなんて言えるわけがない。

 

『あ、はい。驚かせてごめんね』

 

オールマイトは黒尽くめのまま首を傾げながら謝罪の言葉を述べた。

 

そこまで言われてハッとした表情になった爆豪くんが、こちらに詰め寄ってきた。

 

「ってことはてめぇ……!またクソサプライズの共犯か!?」

 

爆豪くんの言葉に、当然のように皆の視線が一気に私に集まる。まあ、言い訳はもう考えてある。

 

「ん……すべては先生の要請……私は黙ってただけ……」

 

「あっ!?」

 

私の素っ気ない返事に爆豪くんがキレそうになるけど、切島くんが爆豪くんを抑えてくれた。

 

「ま、まあまあ爆豪。波動だって好きでそういう役回りしてる訳じゃねえだろうからさ」

 

爆豪くんも先生が話している途中だったことを思い出したようで、この場でのこれ以上の追及はしないことにしたようだ。

 

その後もいくつか生徒から先生に質問がしていたけど、悉く言い負かされていた。

 

 

 

「いいか、人を救けるには力、技術、知識そして判断力が不可欠だ。しかし、判断力は感情に左右される。お前たちが将来ヒーローになれたとして、自分の大切な家族が危険な目にあっていても変に取り乱さず、救けることが出来るか。それを学ぶ授業だったんだよ。授業参観にかこつけた、な。それともう一つ、冷静なだけじゃヒーローは務まらない。救けようとする誰かは、ただの命じゃない。大切な家族が待っている誰かなんだ。それも肝に銘じておけ」

 

先生のその言葉に、皆静かに頷いた。

その後は救助のための行動のダメだし、改善点の指摘をされたけど、ギリギリ合格点という評価を貰えた。

まあ反省点をまとめて明日提出なんていう課題まで渡されてしまったわけだけど。

 

授業が終わって、お母さんのところに向かう。

その直前で緑谷くんのお母さんに丁重にお礼を言われたけど、特に恩に着せるようなことでもないから、普通に感謝の言葉を受け取って離れた。

 

お母さんのところに着いたけど、なにやらニコニコとしている。

感情も歓喜で満たされている。

思考は……深く読むまでもない。

私が透ちゃんと仲良く話していたのがよっぽど嬉しかったらしい。

友達がいないことでお母さんにも想像以上に心配をかけていたみたいだった。

お母さんが透ちゃんに挨拶したいなんて言い出してるし、余計なことを言われないかが心配だ。

 

その後は、少しの間保護者間での交流とかもしてから教室に戻った。

教室に戻る途中で校門の方にエンデヴァーの波動を感じた気がしたけど、もう授業は終わってるし今更何をしに来たんだろう。

轟くんに言っても不機嫌になるだけだろうし、余計なことは言わないことにした。



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近付く期末テスト

「えー……そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間一か月休める道理はない」

 

「まさか……」

 

相澤先生のその発言に、クラスに緊張が走った。

 

「夏休み、林間合宿をやるぞ」

 

「知ってたよーーやったーー!!!」

 

補習か何かかなんて警戒していた皆は、一転して嬉しいお知らせに俄かにざわめき出した。

 

「肝試そーー!!」

 

「風呂!!」

 

「花火」

 

「風呂!!」

 

「カレーだな……!」

 

「行水!!」

 

やかましいブドウ頭は無視するとしても、皆が口々にやりたいことを上げていく。林間合宿で楽しそうなイベントとなると……何があるかな?やってみたいことはいろいろあるけど……

 

「自然環境ですとまた活動条件が変わってきますわね」

 

「いかなる環境でも正しい選択を……か。面白い」

 

「湯浴み!」

 

「寝食皆と!!ワクワクしてきたぁあ!!」

 

収拾がつかなくなってきたところで相澤先生が髪をざわつかせると、皆一斉に静かになった。

 

「ただし、その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……学校で補習地獄だ」

 

「みんな頑張ろーぜ!!」

 

先生から通達される補習地獄の可能性に、切島くんが冷や汗を流しながら必死の形相で皆に発破をかけてきた。

爆豪くんは『クソ下らねー』なんて考えているけど、彼はなんでもそつなくこなせるからその感想になるだけだろう。

上鳴くんとかは冷や汗を流してしまっている。

私は入試の時と同じく筆記の心配は一切していない。実技が少し心配なくらいだ。

 

 

 

そんなこんなで時間は流れて六月最終週。

期末テストまで残すところ一週間を切っていた。

 

「全く勉強してねー-!!」

 

叫ぶ上鳴くんの横で、三奈ちゃんがあっけらかんと笑い始めた。

思考からして三奈ちゃんも勉強しているわけではなさそうだし、本当に大丈夫なんだろうか。

2人とも中間はワースト2だったはずだ。

 

「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねー-!!」

 

なんでもともとそこまで良くないのに、コツコツ勉強しておかなかったのか。

三奈ちゃんはあっはっはっはなんて笑っている。

 

「中間はまー入学したてで範囲狭いし特に苦労しなかったんだけどなー……行事が重なったのもあるけどやっぱ、期末は中間と違って……」

 

「演習試験もあるのが辛ぇところだよな」

 

ぼやく砂藤くんに峰田くんがドヤ顔で返す。

彼は中間テストはクラス10位だったらしい。なんであのブドウ頭がそこそこ頭がいいんだろうか。

 

「あんたは同族だと思ってた!!」

 

「お前みたいなやつはバカで初めて愛嬌が出るんだろが……!どこに需要があるんだよ……!」

 

「"世界"かな」

 

上鳴くんと三奈ちゃんが悔しそうに叫ぶ。

そしてセクハラの塊のブドウ頭の頭が良くても、どこにも需要はないと私も思う。

 

「アシドさん、上鳴くん!が……頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!」

 

「うむ!」

 

「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねぇだろ」

 

そう元気付ける緑谷くん、飯田くん、轟くんの中間の順位は確か5位、3位、6位だったはずだ。

轟くんのは元気付けているっていうよりも止めな気がするけど。

うん、どっちにしろ傷を抉るだけだ。

 

「言葉には気を付けろ!!」

 

案の定刺さるものがあったみたいで、上鳴くんは胸を押さえて這いつくばりながら叫んだ。

雄英に入れている時点で地頭はいい筈なのに、なんでこうまで差ができてしまうのか。

 

「お二人とも、座学なら私お力添え出来るかもしれません」

 

「ヤオモモー!!!」

 

百ちゃんが勉強を見てあげるらしい。

中間テスト1位だった百ちゃんなら適任だろう。

なにやら『演習の方はからっきしでしょうけど』とか考えているけど、そんなことはないだろう。

あの分析力があって真面目で委員長気質な百ちゃんなら、演習の方の助言もばっちりだと思うんだけど。

実際に口に出して轟くんにも不思議がられているし、私だけの感想でもない筈だ。

 

「お二人じゃないけど……ウチもいいかな?2次関数ちょっと応用で躓いちゃって……」

 

「え?」

 

「俺もいいか?」

 

「え?」

 

響香ちゃんと尾白くんも百ちゃんにお願いすると、百ちゃんの感情が歓喜で埋め尽くされた。

 

「良いデストモ!!」

 

諸手を挙げて歓迎する百ちゃんに、教えてもらう皆が俄かに盛り上がった。

そんな流れを一緒に見守っていた透ちゃんがポツリと呟いた。

 

「うーん……私も中間テストあんまり良くなかったし、教えてもらおうかな」

 

透ちゃんは中間テストは17位だったはず。

感情も不安がほとんどだ。

……私も林間合宿に透ちゃんがいないと寂しいし、協力しようかな。

 

「じゃあ……私と一緒に勉強……する……?」

 

「いいの!?」

 

提案すると同時にガシッと両手を掴まれる。

私は中間テスト2位だったし、力になれるかなと思っての提案だ。

思考が読めるから間違った考え方をしているところは指摘できるし、教えるのは多分苦手ではないはず。

代わりに思考を深いところまで読むから、私が読んでも大丈夫と思える相手限定の教え方になるけど。

悪感情ばかり抱く人に同じことをしようとすると、すごいストレスでイライラしてしまう自信がある。

 

「ん……放課後と……週末でいい……?」

 

「うん!すっごく助かるよ!ありがとー!!」

 

掴まれていた手をぶんぶんと振られる。

私には表情が見えているから大丈夫だけど、見えない透ちゃんにとってはこのオーバーな動作が感情表現なんだろう。

 

 

 

昼休み。

場所は変わってランチラッシュのメシ処。

今日は透ちゃんや緑谷くんたち3人組だけじゃなくて、轟くんと梅雨ちゃんも一緒に食事を食べていた。

轟くんはあの保須の一件以来、緑谷くん、飯田くんと一緒にいることが多い。

 

「普通科目は授業範囲内からでまだなんとかなるけど……演習試験が内容不透明で怖いね」

 

「突飛なことはしないと思うがなぁ」

 

「普通科目はまだなんとかなるんやな……」

 

緑谷くんの言葉通り、まだ演習試験の内容は具体的には発表されてなくて不透明だ。

お姉ちゃんの時はロボ相手に波動ぶっぱで終わったらしいけど、今年は違いそうな気がする。

何故かというと、最近相澤先生が私たちの動向をこそこそ伺っていることが多いからだ。

何かの組み合わせを考えていることも多い。

これがテストに関することとは限らないけど、ロボ相手の演習試験ならこれが必要とはあまり思えない。

不確定な要素を皆に伝えても視野が狭まるだけだし、余計なことは言わない方がいいかと思って黙っている感じだ。

それに、下手にロボ演習の可能性をちらつかせると、上鳴くんとか三奈ちゃんが盛大に油断しそうだ。

 

「一学期でやったことの総合的内容」

 

「とだけしか教えてくれないんだもの相澤先生」

 

「戦闘訓練と救助訓練、あとはほぼ基礎トレだよね」

 

透ちゃん、梅雨ちゃん、お茶子ちゃんで言葉を引き継ぎつつ喋る。

そんなことを話していると、B組の物間くんが緑谷くんの背後に近づいてきていた。

軽い悪意があるから何かしかけてきそうだ。

 

「試験勉強に加えて体力面も万全に……」

 

「緑谷くん……後ろ「あイタ!」……遅かった……」

 

警告している途中で、物間くんが持っていたトレーで緑谷くんの頭を小突いた。

角を当てられていたし、普通に痛そうだ。

 

「ああごめん、頭大きいから当たってしまった」

 

「B組の!えっと……物間くん!よくも!」

 

緑谷くんは「よくも!」とか言っているけど、全然悪感情を抱いていない。どれだけ人が好いんだ。

 

「君らヒーロー殺しに遭遇したんだってね。体育祭に続いて注目を浴びる要素ばかり増えてくよねA組って。ただその注目って決して期待値とかじゃなくて、トラブルを引き付ける的なものだよね」

 

物間くんも根はヒーロー志望としての物を持っているけど、だいぶ拗らせている。

というか雄英ヒーロー科にしては珍しく嫉妬心とかの感情を抱くタイプの人だ。

そこまで過剰ではないから不快という程ではないけど、性格のせいか大分香ばしい感じになっている。

 

「あー怖い!いつか君たちが呼ぶトラブルに巻き込まれて僕らにまで被害が及ぶかもしれないなぁ!ああ怖……ふっ!!」

 

物間くんの喋りを呆然と聞いていると、彼の背後から近づいてきたB組のサイドテールの美人さん、拳藤さんが物間くんの首をチョップして黙らせた。

 

「シャレにならん。飯田の件知らないの?ごめんなA組。こいつちょっと心がアレなんだよ」

 

「拳藤くん!」

 

緑谷くんが『心が……』とか考えているけど、拳藤さんは何も間違っていない。

彼は心がちょっとアレな感じだ。

方向性は違うけど、ウチのクラスのブドウ頭ポジションなのかもしれない。

そんなことをぼんやり考えていると、拳藤さんが話し始めた。

 

「あんたらさ、さっき期末の演習試験不透明とか言ってたね。入試ん時みたいな対ロボット演習らしいよ」

 

「え!?本当!?なんで知ってるの!!?」

 

「私先輩に知り合いいるからさ。聞いた。ちょっとズルだけど」

 

拳藤さんは自分が知り得る情報を惜し気もなくこっちに伝えてくれた。

物間くんのストッパーになっているだけあって、すごくいい人だ。

 

「ズルじゃないよ!そうだきっと前情報の収集も試験の一環に織り込まれてたんだそっか先輩に聞けばよかったんだ何で気付かなかったんだ」

 

拳藤さんの情報を聞いて緑谷くんがブツブツといつものアレを始める。

それに対して拳藤さんがぎょっとした様子で緑谷くんを見ていて、笑ってしまいそうになる。

私たちはもう慣れてしまったけど、やっぱりそれはちょっと怖いよ緑谷くん。

 

「バカなのかい拳藤。せっかくの情報アドバンテージを!!ココこそ憎きA組を出し抜くチャンスだったんだ……」

 

「憎くはないっつーの」

 

拳藤さんはもう一度物間くんにチョップして黙らせて去ろうとしている。

彼女は親切心で分かっている情報を教えてくれたわけだし、こっちも持っている情報は教えてあげるべきだろう。

 

「拳藤さん……」

 

「ん?」

 

私の呼びかけに、拳藤さんが足を止めてこちらを振り返った。

 

「最近……A組の周りで……相澤先生……B組の周りで……ブラド先生が……こそこそ隠れて何かしてること……多い……試験の内容……変わるかも……」

 

「……マジ?」

 

「ん……私も……お姉ちゃんに聞いて……ロボかなって……思ってたけど……最近になって……先生たちがコソコソしだしたのが……気になる……ただの演習のためだったら……いいんだけど……試験のためかもしれないから……」

 

そこまで伝えると、拳藤さんは少し考え込み始めた。

物間くんまでびっくりしてこっちを見ている。彼に関してはちょっと疑っている感じがするけど……

 

「信じるのも……疑うのも……自由……私が皆に言ってなかったの……油断する人がいると思ったからだし……」

 

「……そっか。うちのクラスにも油断してそうなのいるし、気にかけとく。ありがとね」

 

そう言った拳藤さんは、物間くんを引きずって去っていった。

今の話に思うところがあったらしい皆の視線が、こっちに集まっていた。

 

「えっと……瑠璃ちゃん、知ってたんだ」

 

「ん……さっきも言ったけど……ロボ相手だって分かったら……上鳴くんと三奈ちゃん……油断すると思ったから……先生がコソコソしてるから……変わるかもっていうのも……ほんとだし……」

 

私が具体的に誰が油断すると思っていたのかを言うと、皆納得したような表情になっている。

うん。やっぱりあの二人、油断しそうだよね。

雷と酸ならロボ相手なら無双できるし。

 

「伝えるかどうかは……皆に任せる……変わる可能性高いと思うし……言わない方が良いと思うけど……」

 

そこまで言うと皆でどうするか話し合いになった。

今まではこうだったけど変わる可能性が高いことを伝えるという意見の子。

逆に全く伝えないという意見の子。

色々話し合った結果、一応伝えはするけど変わる可能性が高いことをしっかりと伝えるということで落ち着いた。

 

案の定あの2人はロボの可能性を伝えた瞬間に喜び出しちゃったけど、その後すぐに変わる可能性が高いことを伝えると一応は気を引き締め直していた。

まあ、これがいい落としどころなのかもしれない。



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勉強会

6月最後の日曜日。

梅雨が明けて、夏直前である今日この日に、私は東京の方まで出てきていた。

 

「あ、瑠璃ちゃ~ん!!」

 

駅から出たところで、透ちゃんが全身を使ったすごく大きな動きでぶんぶんと手を振ってくれていた。

小走りで透ちゃんの近くまで駆け寄る。

 

「おまたせ……」

 

「全然待ってないよ!じゃあ行こっか!」

 

そう言って先導してくれる透ちゃんに、のんびりついていった。

 

今日は透ちゃんとの約束通り、勉強会をすることになっている。

場所は図書館や私の家、透ちゃんの家とか、色々意見を出し合って決めた。

出された意見の内、学校に近い図書館は爆豪くんと切島くんが勉強会をするらしいから却下。

絶対に騒ぎになるに決まっている。勉強できる環境じゃなくなると思う。

私の家はお姉ちゃんが勉強しているから、できれば邪魔したくないと遠慮させてもらった。

そうやって考えていった結果、少し遠いけど透ちゃんの家で勉強会をすることになった感じだった。

 

 

 

駅からしばらく歩いて住宅街に差し掛かって、さらに少し歩いたあたりで透ちゃんが足を止めた。

 

「じゃーん!ここが、私のお家です!」

 

「おー……」

 

アピールするように手をひらひらと振りながら示される。

私もそれに合わせるように小さく拍手した。

それで満足したらしい透ちゃんは、にっこり笑って私の手を掴んだ。

 

「じゃ、早速入ろ!遠慮とかいらないから!」

 

「ん……」

 

そのままされるがままに引っ張られて、玄関の中まで通される。

その音が聞こえたみたいで玄関からつながっている廊下のドアが開いて、透ちゃんのお母さんが出てきた。

授業参観の時にも会ったけど、透ちゃんのお母さんも透明人間だ。

肉眼だと服が浮いているようにしか見えない。

 

「いらっしゃい。今日は透のためにありがとね」

 

「いえ……気にしないでください……好きで教えに来てるので……あとこれ……皆で食べてください……」

 

そう言って手土産として持ってきたお茶菓子を手渡した。

透ちゃんのお母さんは「気にしなくてもいいのに」なんて遠慮気味ではあったけど、受け取ってはくれた。

私がそんなやり取りをしていると、透ちゃんが突然ハッと思い出したような表情をした。

 

「そうだった!瑠璃ちゃん!この前確認し忘れたけどお母さん見えてる!?それだけは確認しとかないと!」

 

「え……うん……透ちゃんと同じ感じでなら……見えてるよ……」

 

「だよね!ちょっと待ってて!!」

 

そこまで確認すると、透ちゃんは凄く慌てた様子で透ちゃんのお母さんが出てきたドアの方に走っていった。

「お父さーん!!」なんて声がここにいても聞こえてくる。

透ちゃんの『お父さんが全裸の可能性がある!!』なんていう思考に、なんとも言えない表情になっていると、透ちゃんのお母さんに話しかけられた。

 

「ええと、見えてるって本当?」

 

「ん……はい……私の個性……波動って言って……―――」

 

戦闘訓練の時に透ちゃんにしたのと同じ説明をする。

説明に対して透ちゃんのお母さんも『後で確認してみようかしら』なんて考えている。

透ちゃんもそうだけど、驚かせるのが好きなんだろうか。

正直私には意味がないんだけど……

そんなやり取りが終わったころに透ちゃんが戻ってきた。

 

「おまたせ!いや~お父さんたまに全裸になってるから!瑠璃ちゃんいる間は絶対に服着ててって釘刺してきた!」

 

「ん……ありがと……」

 

透ちゃんの説明によると、なんでも透ちゃんのお父さん、というか透ちゃん含めた葉隠一家は家の中では全裸でいることがあるらしい。

やっぱり見られないから羞恥心が薄いのだろうか。

まぁ透ちゃんは時折というよりも、寝る時にっていう感じみたいだけど。

 

「じゃあこっち!上がって上がって!」

 

そのままパタパタと駆け上っていく透ちゃんを追いかける。

透ちゃんの部屋は全体的にピンク色でまとめられているかわいらしい感じだった。

 

「どーだ!」

 

そう言って透ちゃんは部屋の中を披露するかのように手を広げた。

 

「可愛くて……良い部屋……ぬいぐるみも……ポイント高い……」

 

「えへへ!そーでしょ!」

 

そのまま中に通される。

透ちゃんは準備してあった勉強道具を広げ始めていた。

 

「さっ!座って!荷物は好きな所に置いていいからね!」

 

端の方に荷物を置かせてもらって、私も透ちゃんの対面に座る。

 

「じゃあお願いします!瑠璃ちゃん先生!」

 

「ん……任せて……」

 

そうして、勉強会は始まった。

 

 

 

「ここ聞いてもいい?」

 

「見せて……」

 

今透ちゃんが解いていたのは数学の問題だ。

どうやら2次関数の応用問題で躓いたらしい。

思考も見ていたから、どこから間違った考え方に移行したのかも把握している。

ひとまず問題を見せてもらって、理解する振りをしてから解説する。

透ちゃんが躓いていた部分を重点的に説明すると、すぐに理解できたようだ。

問題を解けた透ちゃんが満面の笑みで顔を上げる。

 

「解けたー!」

 

「ん……良かった……」

 

「瑠璃ちゃんの説明すごく分かりやすいよ!」

 

途中で一緒に軽食を食べて昼食も済ませている。

そんな感じでどんどん勉強を進めていると、透ちゃんのお母さんが階段を上がってきた。

 

「透ー?開けるわよー?」

 

そう言って入ってきた透ちゃんのお母さんは、お菓子と紅茶を入れてきてくれたようだった。

 

「ちょっとくらい休憩したら?ケーキと紅茶持ってきたから」

 

「わ!ありがとーお母さん!」

 

「ありがとう……ございます……」

 

机に置いてくれた美味しそうなキャラメルケーキっぽいケーキ。

透ちゃんの好物がキャラメルだったはずだし、キャラメルケーキで間違ってないはずだ。

おいしそう……

 

「透に聞いてたけど、本当に甘いものに目がないのね」

 

「瑠璃ちゃん、甘いもの前にするといつもこうだからねー」

 

「ふふ、じゃあ邪魔しないように私はもう戻るわね」

 

「うん、ありがとー!」

 

透ちゃんのお母さんはそう言って部屋から出ていった。

 

「じゃあ食べよっか!」

 

「ん……キャラメルケーキ……おいしそう……!」

 

勉強の手を止めて勧められるままに食べ始める。

キャラメルケーキは甘くてすごく美味しいし、紅茶はいい香りでスッキリしている。

私がケーキを粗方食べ終えて残りの紅茶をのんびり飲んでいると、透ちゃんに声を掛けられた。

 

「それにしても、瑠璃ちゃん勉強教えるの上手だねぇ」

 

「……そう……?」

 

「うん。瑠璃ちゃん口数少ないから、教えるのとかは苦手かと思ってた」

 

まあ確かに普段からそんなに喋らないし、発言してもそんなに長々と話したりしないから、透ちゃんにそう思われてても仕方ないのかもしれない。

 

「それに、苦手な所とか分かってないところを特に分かりやすく教えてくれてたし!瑠璃ちゃん、先生とか向いてるのかもね!」

 

「それは……どうかな……?私、話すの得意じゃないし……」

 

「いやいや、あんなにドンピシャで分からないところを理解してくれてる先生なんて、今まで見たことないよ!これはきっと才能だよ!」

 

透ちゃんは褒めてくれるけど、あれは個性に頼っていただけだ。

思考が読めなければあんなことはできないし、思考を読むのだっていい人じゃないと私がしたくない。

とても教師に向いているとは思えない。

 

「でも……やっぱり私には……向いてないと思う……」

 

「そっかー、まぁ私たちヒーロー志望だもんね。雄英の先生みたいに教師になる道もあるけど、まずはヒーローだ!」

 

私の素っ気ない答えを聞いても、透ちゃんは明るくそう言って気合を入れなおしていた。まあ、その目標のためにもまずは目の前のテストが大事だろう。

 

「ん……じゃあそのためにもまず……赤点回避だね……」

 

「うん!もうひと頑張り、がんばろー!!」

 

甘いものと休憩でリフレッシュした私たちは、その後も勉強を続けた。

目標は赤点回避、透ちゃんと一緒に楽しく林間合宿に行くことだ。先生の思考的に赤点でも連れていってくれるとは思うけど、あまりにも酷いとどうなるか分からないし。

今までの林間学校とか修学旅行では、全くと言っていい程楽しかった思い出がない。

むしろ苦痛でしかなかったほどだ。

でも、透ちゃんと、A組の皆となら、きっと楽しめる。

そう思えたのもあって、さらに力を入れて透ちゃんに勉強を教えていった。




すごく今更ですけど普通の人が見えないものが見えるのはルカリオの公式設定です。
以下図鑑説明文
波動を キャッチすることで 見えない 相手の 姿でも 見えると 言われている。


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演習試験(前)

時間はあっという間に過ぎ去って、演習試験当日。

 

筆記試験は皆上々の結果だったみたいだ。

透ちゃんも私にお礼を言いながら抱き着いてきてたくらいだし、三奈ちゃんと上鳴くんもテストが終わって早々に百ちゃんに嬉しそうに報告していた。

 

そして演習試験。

私たちは演習場とかの雄英敷地内の連絡網になっているバス乗り場の前で集合していた。

集まるまでの段階で三奈ちゃんと上鳴くんが『ロボなら楽勝』とか考えていたけど、表情が緩んでいない辺り油断しきっているわけではないようだ。

 

「それじゃあ演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたきゃみっともねぇヘマはするな」

 

そう言う相澤先生の周りには、校長先生含めて他に8人の先生がいる。

私はもう試験内容が分かっちゃったけど、これは難しいなんてものじゃない。

本当に赤点になる生徒がでる可能性がある。

というか、校長先生が特に意識してるのが三奈ちゃんと上鳴くんなんだけど、これは本当に厳しいかもしれない。

私も人のことは言えないけど……

 

「先生多いな……?」

 

「……5……6……8人?」

 

響香ちゃんが疑問を呈し、透ちゃんが先生の数を数えている。

だけどここにいる先生以外にもオールマイトが隠れている。

多分ムキムキの姿の時間を浪費しないための措置だと思う。

 

「諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々分かってるとは思うが……」

 

その言葉を聞いた瞬間、三奈ちゃんと上鳴くんの表情がパッと明るくなる。

 

「あ、そういうってことは入試みてぇなロボ無双で間違いないのか!?」

 

「花火!カレー!肝試ーーー!!」

 

喜ぶのはいいけど、話はちゃんと最後まで聞かないと……

 

「残念!!諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

案の定2人のテンションが一気に落ちた。

 

「変更って……」

 

「それはね……これからは対人戦闘・活動を見据えたより実践的な教えを重視するのさ!というわけで……諸君らにはこれから、二人一組(チームアップ)でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」

 

校長先生のその言葉で、皆に緊張が走った。

皆もどれだけ難しい試験かを理解できたらしい。

 

「尚、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ」

 

やっぱりあの相澤先生の行動は、この試験のためのものだったみたいだ。

 

「まず轟と八百万がチームで、俺とだ」

 

そう言って先生は首に巻いている布を手に持ってニヤリと笑った。

 

「そして緑谷と、爆豪がチーム」

 

「デ……!?」

 

「かっ……!?」

 

2人はお互いに顔を見合わせて、驚愕の感情に包まれている。

 

「で……相手は「私が、する!協力して勝ちに来いよ。お二人さん!!」

 

そのタイミングで、ムキムキの姿になったオールマイトがようやく姿を現した。

その後も、先生は組み合わせをどんどん発表していく。

 

組み合わせは―――

 

轟・八百万 VS イレイザーヘッド

爆豪・緑谷 VS オールマイト

芦戸・上鳴 VS 校長

麗日・波動 VS 13号

口田・耳郎 VS プレゼント・マイク

蛙吹・常闇 VS エクトプラズム

青山・峰田 VS ミッドナイト

障子・葉隠 VS スナイプ

切島・砂藤 VS セメントス

飯田・尾白 VS パワーローダー

 

 

私はお茶子ちゃんとペアで13号先生が相手だった。

 

「それぞれステージを用意してある。10組一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内バスだ。時間がもったいない。速やかに乗れ」

 

先生のその言葉を受けて、皆ペアのところに向かったりバスに向かったりと行動を始めた。

まあペアのところに向かわずにバスに向かい始めたのは爆豪くんくらいなんだけど。

 

私もペアのお茶子ちゃんの方へ行く。

 

「お茶子ちゃん……よろしく……」

 

「うん!頑張ろうね!瑠璃ちゃん!」

 

お茶子ちゃんが満面の笑みで手を握ってくれた。

そんな感じで挨拶を済ませて2人でバスを探していると、13号先生がバスの前で手を振っていた。

 

「麗日さん、波動さん。こちらのバスですよ」

 

「ありがとうございます!13号先生!」

 

「ありがとう……ございます……」

 

「いえいえ。さ、乗ってください」

 

そのままささっと紳士的にバスに乗るように促される。

13号先生のファンのお茶子ちゃんには堪らない仕草だったみたいで、13号先生をキラキラした目で見ていた。

促されるままにバスに乗り込んで、バスの中程で向かい合わせになっている席に座る。

お茶子ちゃんは私の隣、13号先生は私たちの対面の席に座った。

 

そのまま軽く談笑しながらバスは進んでいった。

談笑とはいっても、心の底から楽しめていたかと言われると何とも言えない。

お茶子ちゃんなんかは不安を紛らわせるために、無理して笑ってるっぽい所もあったくらいだ。

それにしても、このバスの向かっている方向は、もしかしなくてもUSJじゃないだろうか。先生の思考もそんな感じな気がするし。

 

「このバスが……向かってるの……」

 

「ああ、やっぱり気が付きますよね。そうです。僕たちが向かっているのはUSJです」

 

やっぱりUSJだったらしい。

あそこは広いけど、何度か授業で行ってるからある程度構造を把握しているだけマシだと考えた方がいいか。

他のペアが乗っていたバス的に、救助訓練レースで使った演習場とかのペアもありそうだったし、複雑すぎないUSJは外れではないはずだ。

そんなことを考えていると、バスは目的地に着いた。

 

 

 

バスを降りて先導してくれる13号先生についていく。

USJの中央広場に着いたところで先生は立ち止まった。

 

「ではルールを説明します。制限時間は30分。君たち2人の目的は、"このハンドカフスを僕に掛ける"か、"どちらか一人がこのUSJから脱出すること"です」

 

「逃げてもいいんですか?」

 

手錠のようなハンドカフスをこちらに見せながら説明する13号先生に、お茶子ちゃんが質問する。

13号先生はそれに頷くような仕草をして、答えを交えつつ話を続けた。

 

「はい。なにしろ戦闘訓練とは訳が違いますから。いつもの戦闘訓練では生徒同士、個性の相性や多少の力量差はあってもそんなに実力に差があるわけではありません。でも今日は違う。格上の教師が相手になります」

 

そう、相手はプロヒーロー。

ましてや私たちの相手は絶対的な吸引力と破壊力がある個性を持つ13号先生だ。

先生がさっき考えていた『勝ち筋を残す手加減』というものをしてくれるにしても、困難なことに変わりはない。

 

「僕らをヴィランそのものだと考えてください。会敵したと仮定して、そこで戦って勝てるならそれで良いでしょう。ですが実力差が大きすぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明なのです。以前この場所で一緒に飯田くんを逃がしたお二人なら、そのことは良く分かっているはずです」

 

これはその通りだ。

実際にあの時はヴィランへの対処法がなくて、救援を呼ぶために飯田くんを逃がしたのだ。

相手が強敵なら、助けを呼ぶために逃げるのも手ということを頭に入れさせるためのルールだろう。

 

「つまり、君たちの判断力が試されるということです。ですが、こんなルールでは逃げの一択になってしまうのでは?とお思いでしょう」

 

そこで言葉を区切り、先生はごそごそと何かを漁り出す。

漁っているのは、リストバンドのようなものだ。

それを取り出した先生は、私たちに見えるように小さく掲げた。

 

「そこで僕たちはサポート科にこんなものを作ってもらいました。超圧縮おもりです。僕たち教師は体重の約半分の重量を装着します。まあ、ハンデですね。動きづらくなりますし、体力も削られます」

 

そう言いながら、13号先生はリストバンドを手足に着ける。

「うわ、結構重いなぁ」とか素が出ている感じで呟いてるけど……

13号先生は凄く長身の女性だし、ヒーローとして鍛えていることを考えると、重りも30~40kgくらいはあるんじゃないだろうか。

そう考えると、そんなものを付けて動かなければいけないのは、確かに結構なハンデになるはずだ。

まあ正直13号先生の個性だと動かなくても強力だから、欠片もハンデにならない可能性もあるわけだけど。

 

「スタート地点はこの場所。制限時間は30分。今から15分後に開始の合図が放送で入りますので、それをもって試験開始となります。説明は以上です。何か質問はありますか?」

 

先生の言葉に、私たちは顔を見合わせる。

私は特に質問はない。お茶子ちゃんも質問はないようだ。

 

「特にない……です……」

 

「私も大丈夫です」

 

私たちの返答を見た13号先生は、頷いてから話を続けた。

 

「では、僕も試験の準備のために離れます。開始の合図まで作戦会議をするも良し、心を落ち着けて待つも良しです。相手をする僕が言うのもなんですが、頑張ってください!」

 

そこまで言って13号先生は去っていった。

言葉通り試験の準備、というよりも自分が待機したい位置取りに向かったようだ。

 

 

 

先生が離れたのを確認してお茶子ちゃんに話しかける。

 

「作戦……どうする……?」

 

「確保か逃走かだよね。でも私たちで13号先生相手だと、確保ってむっちゃ難しいやんな」

 

まあ、実際お茶子ちゃんの言う通りだ。

お茶子ちゃんの"無重力(ゼログラビティ)"はそもそも触らないと発動できないから、13号先生のブラックホール相手に近づくのがそもそも至難の業。

仮に発動できたとしても、浮いた状態でもブラックホールは使えるからその後が続かない。

戦闘訓練の時の彗星ホームランみたいに瓦礫を打つっていう手もないではないけど、ブラックホールを使われたらそこまでだ。

私の"波動"は感知は得意だけど、それ以外は早く動ける、空中で方向転換や再加速が出来る、それらを利用した突撃や当たる保証が全然ないパンチやキックからの波動の圧縮放出が出来る程度。つまりは近距離攻撃しかないのだ。

結局ブラックホール相手に近づかなければいけないことに変わりはない。

 

「ん……二人とも……近づかないと……まともな攻撃手段ない……」

 

「じゃあやっぱりやるとしたら逃走だよね。でも、私たちが考えることなんて先生も分かってるだろうし……」

 

「先生、今ゲートの前に陣取った……私の感知でバレるから……隠れても意味ないし……ゲートでガン待ちってことだと思う……」

 

「だよねぇ」

 

言った通り、先生はゲートの前に立っている。

まあUSJ全域を感知できる個性なんかいたら、どこにいるか読まれて囮でも使われたらもう1人が逃走成功しちゃうから当然の判断か。

そうなるとどう逃走するかということになるけど……

 

「どうにか先生を出し抜いて逃げないといけないってことだよね……」

 

「ん……そういうこと……」

 

出し抜く方法がないでもないけど、成功するかは正直分からない。

ゲートの付近は階段もあって、周囲よりも高くなっている。

1人が正面の階段から突破を試みて囮になって、もう1人が脇から強引によじ登って一気にゲートを抜けるとかならありかもしれない。

13号先生が本命の脇の方に気を取られるなら、囮だった方が先生を飛び越えてゲートを抜けてもいい。

タイミングさえ合わせれば何とかなるかもしれない。

そのことをお茶子ちゃんに伝えてみる。

 

「おぉ!それはいけるかもしれないね!」

 

「13号先生が気が付いて……ゲートにぴったりくっついたりしたら……無理だけど……それをされたら勝ち目ないから……そこまではしないと思う……」

 

「じゃあどっちがどっちやる?私たちなら、お互いにどっちでも出来るもんね」

 

どっちがどっちの役割をやるかは結構重要な気がする。

お茶子ちゃんの言う通り、2人ともどっちの役割もできる。

お茶子ちゃんの場合、囮役なら普通に突破を試みつつ、気がそれたら超秘で飛び越えることが出来る。

本命役なら脇から無重力で浮かんでこっそり抜けてしまえばそれでいい。

私の場合、囮役は普通に突破を試みつつ、気が逸れるなら波動の圧縮で一気に距離を詰めて正面突破。

本命役なら、波動の圧縮で2段ジャンプしてよじ登る。万全を期すならお茶子ちゃんの無重力で浮かせてもらっておくべきだ。

 

この作戦の問題点は、2人ともキャパオーバーになる可能性があることか。

お茶子ちゃんは自分を浮かせるとすぐキャパオーバーになっちゃうし、私は波動の圧縮でちょっと調整を間違えるとすぐにキャパオーバーだ。

というか、先生たちもしかしなくてもこれが理由で私たちをペアにしたりしたんだろうか。

何かしらの課題とか不仲とかが理由でペアを作っていたみたいだし。

 

まあそれは置いておくにしても、どちらの役割をやるか。

この作戦の要はタイミングだ。

囮役に先生が気を取られたタイミングで、本命役がこっそり脱出する。

このタイミングがすごく大事。

そう考えると私が本命役をした方が確実か。

 

「……瑠璃ちゃん、脇から飛ぶ方……お願いできる?」

 

「ん……私もそう思ってた……タイミング合わせるのは……私の方が得意だし……そっちの方が確実……」

 

「じゃあ私は囮役やるね!……頑張ろうね、瑠璃ちゃん!」

 

「ん……頑張ろうっ……!」

 

お茶子ちゃんと顔を見合わせて、お互いの手をグーで軽くぶつけ合う。

試験開始の時間が、迫っていた。




一人称視点であり、本編に書くつもりがないためここに書いちゃいますが、この2人がペアの理由はキャパオーバーだけではなく『格上相手にキャパを考えずに破れかぶれで無茶な作戦を取りがち』なことです。
瑠璃:轟戦×2
麗日:
戦闘訓練 緑谷の無茶な作戦容認+失敗してたらキャパオーバー待ったなしの超秘の使用(成功しているから結果オーライ)
黒霧戦 飯田を逃がすためとはいえ、確証がない策を行うために黒霧に突撃する(成功しているから結果オーライ)
爆豪戦 他に手がないとはいえやるだけやってキャパオーバーに

他でペアが変わっているのは青山・峰田ペアだけになります。
ここは元の瀬呂・峰田が『拘束しかできない』が理由だと思うので、瀬呂がいなくなった結果、遠距離攻撃しかない青山を代わりに入れています。
なのでペアの理由としては、『個性がワンパターン』とかですね。


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演習試験(後)

『皆位置についたね。それじゃあ今から雄英高1年期末テストを始めるよ。レディイイ―――……ゴォ!!!』

 

USJに開始の合図が響き渡った。

13号先生は相変わらずゲートの前だ。

今のところ動こうとする様子はない。

 

「先生……ゲート前から動いてない……行こう……」

 

「うん!」

 

お茶子ちゃんともはや見慣れたUSJを駆け抜ける。

真っ直ぐ行ってしまうと高い位置にいる先生からは丸見えになるから、大きく膨らみながら向かう方針だ。

というか、そもそも先生が覗こうと思えば今いる中央広場も見えてしまう。

一度姿を隠さないと作戦を立てた意味がない。

 

まずは倒壊ゾーンに紛れ込む。

ここなら崩れたビルとかで視認性は最悪だ。

少なくともゲート近辺からはこちらは見えないはず。

 

ここでお茶子ちゃんとは別れる予定だ。

私はここから植え込みの方に紛れてゲート脇へ。

お茶子ちゃんには土砂ゾーンの方を経由してもらって、正面から階段を上ってゲートへ向かう予定になっている。

離れてしまうとお互いに合図は出せない。

私が一方的に把握することなら出来るけど、お茶子ちゃんに伝える術がない。

だから、時間で管理することにした。

突入は別れてから10分以上経過後にするように頼んである。

私はお茶子ちゃんが良い感じに気を引いてくれたら一気に突入できるように準備しておく感じだ。

 

「じゃあ瑠璃ちゃん、よろしくね!」

 

「ん……お茶子ちゃんも……気を付けて……」

 

ある程度倒壊ゾーンに入り込んだところで、お茶子ちゃんに触ってもらって無重力にしてもらう。

私が浮いたのを確認して、お茶子ちゃんとは別れた。

 

 

 

私は浮いたまま瓦礫や建物を伝って移動する。

13号先生はゲート付近をうろうろしている。

私たちが最初にこっち側に走っていったのを見たからか、若干こっちを警戒している気がしないでもない。

行き過ぎないように、かつ13号先生の視界に入るような位置に出てしまわないように気を付けつつ進んでいく。

植え込みの方までは簡単に移動出来た。

後はこの植え込みの中を進んでいく。

植え込みの中は葉っぱや枝がちくちくするけど、コスチュームのボディスーツが全身を覆っているから大分マシだ。

そして私が植え込みを抜けてゲートの直下あたりに着いた頃、それは響いた。

 

『報告だよ。条件達成最初のチームは、轟・八百万チーム』

 

「こんな放送……あるんだ……」

 

こんな放送があるとは思っていなかった。

しかもまだ開始10分経つか経たないかといったところなのに。

流石百ちゃんと轟くんだ。

こんなに早く相澤先生を攻略したらしい。

凄すぎる。

あの二人なら作戦立案は百ちゃんだろうか。試験の後でちょっと話を聞いてみたい。

 

そんなことを考えていたら、お茶子ちゃんが動き出した。

それに合わせて、私もいつでも動き出せるように四肢に少量の波動を圧縮し始める。

噴水の影に飛び出たお茶子ちゃんは一気に階段を駆け上っている所だ。

 

13号先生は結構待ちくたびれていたようだ。

私がいないことを疑問に思って周囲への警戒をしつつではあるけど、お茶子ちゃんをしっかり見据えている。

おもりの影響からか先生の動作は緩慢だけど、割としっかりと動くことが出来ていた。

 

お茶子ちゃんもどうにか抜け出せないかと13号先生と言葉を交わしながら隙を探っているみたいだけど、それ以上踏み込めてない。

お茶子ちゃんがこれ以上行動しないのを確認した先生は、右手をお茶子ちゃんにかざした。

それを確認したお茶子ちゃんは大急ぎで階段の手すりを掴んだけど、それ以上動けなくなってしまった。

 

13号先生がじわじわとお茶子ちゃんに近づいていく。

……行くなら今かな。

そう思った私は、両足に圧縮していた波動を放出して一気に跳ね上がった。

ゲートの高さまで飛んだ時点で右手を背中側に向けて放出して、ゲートの方に進路を強引に変える。

 

もう少しでゲートに飛び込める位置になるから、左手を左側に向けてすぐにゲートの方に飛べるようにする。

でも、先生もそんなに甘くはなかった。

 

「おっと、どこから来るのかと思っていたら、そんなところから来ましたか」

 

そう言った先生は、お茶子ちゃんに向けていた手をすぐに私の方に向けた。

流石にそのまま飲み込まれるわけにもいかないから、ゲートに飛び込むために左手に残しておいた波動を噴射して、一瞬だけ吸われる速度を緩めてゲート脇の手すりを右手で掴む。

 

「危ない危ない。まさかここまでこっそり来るとは思っていませんでしたよ」

 

先生はそんなことを言いながら左手で汗を拭うような動きをしている。

その隙にフリーになったお茶子ちゃんが、自分を無重力にする動作をした。

どうやら超秘で隙を突くつもりのようだ。

だけどこの位置関係で自分を無重力にして飛び越えようとすると、私の方に向いているブラックホールの吸引力の影響を受けてしまうはずだ。

どうするつもりなのかと思っていたら、お茶子ちゃんの思考からは『先生の左側から回り込む』というものが読み取れた。

 

お茶子ちゃんもそれだけだとブラックホールに吸い込まれるのは分かっている。

ゲートに向かっても、それは私と同じ状況になるだけ。

先に自分を無重力にしていることを考えると、今まで掴んでいた手すりを蹴って先生の左側に回り込んで、さらにその先の柵を蹴ることで先生に突撃を強行するつもりなのだろうか。

今ブラックホールを使っていない左側から先生を強襲して、私が脱出できる隙を作るつもりなのかな……うん、思考からしてもそうみたいだ。

 

私もその期待に応えられるようにもう一度四肢に波動を圧縮していく。

先生はこっちをブラックホールで吸い込みつつお茶子ちゃんも気にかけてはいるけど、タイミングさえうまくいけば成功するかもしれない。

 

そのタイミングで、また放送が入った。

 

『爆豪・緑谷チーム条件達成!』

 

その瞬間、お茶子ちゃんの思考が緑谷くん突破報告による安堵に染まった。

『私も、デクくんみたいに!』なんて感じで気合を入れなおしている。

そして、お茶子ちゃんは手すりを乗り越えて蹴り飛ばすことで一気に飛び上がった。

 

先生は柵を蹴る音に反応して、すぐにお茶子ちゃんの方を向いた。

お茶子ちゃんはそのまま先生から見て9時方向に着いて、すぐに再び柵を蹴って先生の方に切り返そうとしている。

 

 

 

だけど、その行動に対する先生の対応は、すごく冷静だった。

一瞬私の方のブラックホールを消して、左手の指のキャップを開けて、両手でブラックホールを使ったのだ。

 

「なっ!?」

 

「……早すぎるっ……!?」

 

「これでもプロだからね!戦闘は苦手でも捕り物には一家言あるんだ!」

 

結果は最悪と言っていい。

結局、私とお茶子ちゃんは先生の0時方向と9時方向で吸い込まれないように必死で柵にしがみついている状態になってしまった。

2人同時に逃げられないようにしている関係上、近づいてくるなんてことはできない。

だけどこのままだと時間切れは必至だ。

どうにかこの状況を打破できる方法を考えないといけない。

 

『あかん……!考えろ考えろ!!考えろ!このピンチ、こういう時……デクくんなら……』

 

お茶子ちゃんも、必死でどうにかする方法を考えている。

 

だけど、もうこの状況だと逃走は不可能だ。

やるとしたら確保一択。

じゃあ確保役に相応しいのは私とお茶子ちゃん、どっちかというと……

間違いなく、お茶子ちゃんだ。

お茶子ちゃんは職場体験でGMA(ガンヘッドマーシャルアーツ)という体術を習得してきている。

お茶子ちゃんの個性も確保に向いてるし、先生の個性をどうにかすれば、確保できる可能性がある。

確保をお茶子ちゃんにお願いするからには、私が先生の個性をどうにかする役割を担わなければならない。

 

 

 

必死で考えていると、一つの方法を思いついた。

でもこれは、先生に内容を知られずにお茶子ちゃんにも先生に飛び込んでもらう必要がある。

秘密の情報共有なんてできない状況で、最低限の言葉でお茶子ちゃんに発破をかけて、飛び込むだけの勇気ときっかけを与える必要がある。

そんなことを出来る要素というと……これしかないか。

あんまりこういう状況で触れたい内容じゃないけど、仕方ないかもしれない。

 

失敗すれば、というよりも失敗した上で先生が加減を失敗すると死ぬかもれない作戦とも言えない特攻だけど、これしか手段がない。

覚悟を決めよう。

 

「お茶子ちゃん!」

 

「な、なに!?」

 

「私はお茶子ちゃんを信じるから!お茶子ちゃんも私を信じて!」

 

「え!?なに!?」

 

急な要求に、お茶子ちゃんはただただ困惑してしまっている。

そこでこれを突く。さっきお茶子ちゃんが考えた、"デクくんみたいな方法"を。

 

「やってみよう!お茶子ちゃんが考えたみたいに!"デクくんみたいに"!」

 

お茶子ちゃんの感情が驚愕に包まれる。

お茶子ちゃんの視線がこっちに来ているこの瞬間に、私は柵から手を離した。

 

私の身体が13号先生の方に吸い込まれる。

お茶子ちゃんがぎょっとしているのが分かる。

だけど、私は真剣だ。私の表情を見て、お茶子ちゃんも私が手を離した理由を考えている。

 

吸い込まれながら膝を180度曲げて、足から波動を放出することで加速する。

お茶子ちゃんも、ここまで来て何をするつもりなのか大体察してくれたようだ。

私からワンテンポ遅れて、お茶子ちゃんも柵から手を離した。

 

「解除!!」

 

手が空いたお茶子ちゃんが無重力を解除する。

それと同時に先生が慌て始めている。

これは虚を突かれたというよりも私たちを崩壊させないようにするために慌てている感じだ。

私なんか加速までしたからすごい速さで吸い込まれてるし、余計に気を遣うんだろう。

 

だけど、これだけでは終わらない。

私は右手を頭側に向けて、圧縮していた波動を噴出する。

先生のブラックホールの吸引力に、波動の噴出で抗うことはできない。

だけど、吸い込まれながら、その方向に流されながらなら、多少流される向きを変える程度の加速はできる。

変える向きは、真っ直ぐ流されていたのを先生の左手の側に着地するように変える程度でいい。

つまり、先生の身体1つ分横に流れるように噴出すればいいんだ。

 

波動を噴出すると、予想通り、右手に吸われながらではあるけど、先生の左手側に流れることが出来た。

絶対に先生が加減した影響はあるだろうけど、それも含めて試験だと思う。

もう先生の右手のブラックホールは止まっている。やっぱり手加減してくれている。

そのまま先生の懐、お茶子ちゃんの方に向けている先生の左腕付近に着地した。

このままカフスを付けるのは流石に難しい。

抵抗されるだけだし、右手のブラックホールをどう使われるか分からない。

だから、あとはお茶子ちゃんの協力を得られる状況を作らないといけない。

 

私はパンチやキックは苦手だ。

というよりも、喧嘩なんてしたことないし、今までしたことがなかったんだから、ミルコさんにへっぴり腰なんて言われるのも仕方がない。

だけど、掌から噴出する波動の勢いだけで繰り出す裏拳に、腰が入っているとか、型とか、そんなものは関係ない。

 

自分の左手が波動の噴出で吹き飛ぶ射線上に、先生の左腕が来るように位置を調整する。

調整してすぐに、私は左手の波動を噴出した。

 

予想通り、裏拳はミルコさん曰く腰の入っていないパンチなんかよりも、よっぽど鋭く打ち出された。

先生の左腕に当たったそれは、コスチュームに付いている棘で先生の腕を抉りつつ、弾くことに成功した。

 

これで先生が体勢を立て直すまでは、ブラックホールは使わないはず。

もうお茶子ちゃんも、先生の目の前に迫っていた。

 

「お茶子ちゃん!!」

 

「うん!!」

 

今お茶子ちゃんが思い浮かべているのは、ガンヘッドさんから教わった心得なんだろう。

『敵の"フィールド"でなく己の"フィールド"で戦うべし!』という言葉を思い浮かべている。

お茶子ちゃんは吸引されていた勢いと個性を利用して、あっという間に先生を押し倒して、カフスを装着した。

 

 

 

『麗日・波動チーム……条件達成!!』

 

 

 

「やったー!!」

 

「成功した……良かった……」

 

お茶子ちゃんが両手を上げて喜んで、私は安堵に胸を撫でおろす。

先生もすぐに起き上がって話し始めた。

 

「いやぁ、二人とも職場体験の成果をいかんなく発揮してくれましたね。文句なしのクリアです!お見事でした!」

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとう……ございます……」

 

先生の称賛の言葉を素直に受け取る。

正直賭けだったから、成功して良かったということしかできない。

 

その後は先生に言われるままにバスに乗った。

このまま校舎の方に戻るらしい。

バスの中では、行きの時と同じ位置に座っていた。

 

「そういえばさ、瑠璃ちゃん」

 

「なに……?」

 

「さっき、私が考えたみたいに、デクくんみたいにって言ってたけど、なんで分かったの?デクくんのこと考えてたって」

 

その質問、墓穴を掘ってるけどいいんだろうか。

……まだ自覚してないのかもしれない。

まあでも本人に聞かれてることだし、素直に答えてあげるか。

 

「お茶子ちゃん……緑谷くんのこと考えてるとき……表情違う……恋する乙女みたい……すぐ分かる……」

 

「んなっ!?なに言って……!?そんなんじゃないよ!?ちがうよ!?ちがうちがう!?」

 

お茶子ちゃんが顔を真っ赤にしてワタワタしだした。可愛い。

13号先生までニヤニヤしてるし。

うん、恋バナ、今まで実際にはしたことなかったけど、楽しいかもしれない。

自分がいじられる側になると楽しくはないんだろうけど、いじっている側は凄く楽しい。

 

その後はお茶子ちゃんをいじったり、雑談をしたりして過ごした。

校舎に着くころには日が暮れ始めていた。



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林間合宿のお知らせと買い物

翌日。

教室の中は、4人が放つ暗い空気に支配されていた。

 

「皆……土産話っひぐ……楽しみに……うう、してるっ……がら!」

 

暗い空気を出している1人である三奈ちゃんが、涙ながらにお土産を希望してくる。

 

「まっまだ分かんないよ。どんでん返しがあるかもしれないよ……!」

 

「試験で赤点取ったら林間合宿に行けずに補習地獄!そして俺らは実技クリアならず!これでまだ分からんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!!」

 

慰める緑谷くんに、上鳴くんが目つぶしを繰り出した。

だけど、それを言ったら青山くんも怪しいと思う。

クリア自体はしたらしいけど、ミッドナイト先生の初撃で眠っちゃって、峰田くんが一人でクリアするまで爆睡し続けていたらしいし。

自覚はあるみたいで、青山くんは冷や汗を流して震えている。

というか、それ以上に恐怖の感情に支配されている。

思考も『まずいまずいまずい』なんて鬼気迫ったものになっていた。

林間合宿にいけない可能性があるだけでここまで焦るのもよく分からないけど、深刻に考えているのは確かだろう。

 

でも、そこまで心配しなくてもいいと思う。

相澤先生が全員で林間合宿に行くことを考えていたのを、少し前に確認している。

いつもの合理的虚偽ってやつだったんだろう。

 

そんな感じの流れが少し続いた所で予鈴がなった。

その瞬間、カァン!と凄い音を立てながら、いつも通り時間ぴったりに相澤先生が教室に入ってきた。

 

「予鈴がなったら席につけ」

 

皆予鈴がなった瞬間には席に座って、先生が教卓に辿り着くころには教室は静まり返っている。もう慣れたものだ。

 

「おはよう。今回の期末テストだが……残念ながら赤点が出た。したがって……林間合宿は全員行きます!」

 

「「「「どんでんがえしだぁ!」」」」

 

実技試験未クリア組が涙ながらに叫んだ。

青山くんも言葉には出していないけど、内心がすごい安堵に包まれている。

 

「筆記の方はゼロ。実技で切島・上鳴・芦戸・砂藤、あと青山が赤点だ」

 

「行っていいんスか俺らぁ!!」

 

先生の赤点宣告に、青山くんが「はうっ」なんて言ってダメージを受けている。

まぁ、試験中ほぼ寝ていたのなら赤点もやむなしだろう。

 

「今回の試験、我々ヴィラン側は生徒に勝ち筋を残しつつどう課題に向き合うかを見るように動いていた。でなければ課題云々の前に詰むやつばかりだったろうからな」

 

「本気で叩きつぶすと仰っていたのは?」

 

尾白くんが、説明の時の先生の発言との違いを、確かめるように質問する。

 

「追い込む為さ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそここで力を付けてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつさ」

 

「「「ゴーリテキキョギィイー!!」」」

 

相澤先生がカッと朗らかな表情で言ってのけた。

それに対して赤点組のテンションがおかしいくらい上がっている。

だけど、先生があれだけ圧をかけていたんだから、ペナルティが無いわけないのは分かっているんだろうか……

 

「またしてやられた……!流石雄英だ!しかし!何度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!」

 

「わあ、水差す飯田くん」

 

飯田くんが勢いよく立ち上がって、異議を唱える。

うん、お茶子ちゃんの言う通りこっちもこっちですごい水差し具合だ。飯田くんらしいけど。

 

いい加減、現実を見せておくか。

 

「……先生、赤点のペナルティがないとは……言ってない……」

 

私の言葉で赤点組がピタリと止まった。

 

「確かにな、省みるよ。で、波動の言う通り全部が嘘ってわけじゃない。赤点は赤点だ。おまえらには別途補習時間を設けてる。ぶっちゃけ学校に残っての補習よりキツイからな。じゃあ合宿のしおり配るから後ろに回してけ」

 

その宣告を受けた途端、赤点組のテンションは地に落ちた。

 

 

 

ホームルームは終わって放課後になった。

 

「まぁ何はともあれ全員で行けて良かったね」

 

尾白くんがカバンを背負いながら皆の方を振り返ってそう言った。

 

「一週間の強化合宿か!」

 

「結構な大荷物になるね」

 

「水着とか持ってねーや。色々買わねぇとなぁ」

 

「暗視ゴーグル」

 

……またブドウ頭が妄言を吐いている。

今ブドウ頭が考えているのは私たちの全裸だ。完全にそんな感じのことを考えてるし、間違ってないだろう。

どう考えても覗きに使うつもりだ。

というか、私がいる時点で暗闇に紛れて覗きをしても意味がないことを分かっているんだろうか。

 

私がイライラしながらそんなことを考えていると、透ちゃんが閃いたと言わんばかりの明るい表情になった。

 

「あ!じゃあさ!明日休みだしテスト明けだし……ってことで、A組みんなで買い物行こうよ!」

 

ニコッとすごく魅力的な笑顔を浮かべながら、そんな提案がされる。

その提案を聞いて皆一気に盛り上がっている。

透ちゃんの提案はいい提案だ。授業参観前の4人での買い物も楽しかったし、皆で行けばきっと楽しいものになるだろう。

 

「皆で買い物……いいね……」

 

「おお良い!!何気にそういうの初じゃね!?」

 

「おい爆豪お前も来い!」

 

「行ってたまるかかったりぃ」

 

「轟くんも行かない?」

 

「休日は見舞いだ」

 

「ノリが悪いよ空気読めよKY男共ぉ!!」

 

轟くんは仕方ないにしても、爆豪くんも来ないらしい。

まあ彼が皆と一緒にお買い物なんて言うのはあまり想像できないけど、あの爆豪くんを誘ってくれるような友達なんて中々いないんだから、爆豪くんは切島くんを大切にした方がいいと思う。

 

 

 

翌日。

 

「ってな感じでやってきました!県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!木椰区ショッピングモール!」

 

休日のショッピングモールは人でごった返していた。

その中で、私たちは周囲の人の視線を集めている。

どうやら、まだ体育祭のことを覚えている人が多いらしい。

緑谷くんなんかいつものブツブツをやってるけど、この状況でそれをやったら絶対に奇異の目で見られると思うんだけど……

 

「お!アレ雄英生じゃん!?1年!?体育祭うぇー-い!!」

 

そんな感じで陽気な人たちがテンション爆上げで声をかけてくる。

お茶子ちゃんも「まだ覚えてる人いるんだぁ」なんて困惑してしまっている。

周囲の目はもう無視するしかなさそうだ。

 

そんな中、皆どうするかを近くの人と話し始めていた。

 

「俺アウトドア系の靴ねぇから買いてぇんだけど」

 

「あー私も私もー!」

 

透ちゃんは靴を買いに行くらしい。

結構な山中にいくらしいし、私もそれ用のやつを買おうかな。

 

「ね……私もいい……?」

 

「おぉ!もちろんだぜ!」

 

「靴は履きなれた物としおりに書いて……あ、いや……しかしなるほど。用途に合ったものを選ぶべきなのか……!?」

 

私たちの会話を聞いて、注意をしようとした飯田くんが相変わらずのクソ真面目で暴走し始めていた。とりあえず靴擦れになったりするようなものじゃなきゃいいと思うんだけど……

 

「ピッキング用品と小型ドリルってどこに売ってんだ?」

 

ブドウ頭がどう考えても覗き用のツールと思われるものを探してるけど、無視だ。

ここで阻止しても意味がない。

阻止するなら実行する直前か直後のどちらかだ。

 

「目的バラけてっし、時間決めて自由行動すっか!」

 

切島くんが皆に呼びかける。

結局、3時にこの場所で再集合ということで一時解散となった。

 

 

 

透ちゃんや上鳴くんと靴を物色している途中で、それは起こった。

 

「……は?」

 

「どうしたの?瑠璃ちゃん。」

 

今、集合場所にいる緑谷くんの近くに、あの手のヴィランと同じ悪意を感じた。

人が多すぎて見落としていた?

確認の意味も込めて緑谷くんの近くの波動をじっくり見てみると、間違いなくあの時のヴィランがいた。

 

「……透ちゃん……上鳴くん……ちょっと来て」

 

「え?え?」

 

「おいおいどうしたんだよ波動」

 

困惑している2人の手を無理矢理引っ張る。

この場でヴィランが居るなんて声高に言うわけにはいけない。

一般人が混乱して騒ぎになってしまえば、今は緑谷くんと話しているだけのあのヴィランが何をするか分からない。

少なくとも、今彼の思考から一般人や緑谷くんを殺そうとするようなものは読み取れない。

 

他の人に聞こえないように、耳元に口を寄せて囁く。

 

「1階の……さっきの場所に……あの、手のヴィランが居る……緑谷くんが捕まって、話をさせられてる……」

 

「はぁっ!?」

 

「なっ、それ本当!?」

 

「ん……今のところ誰かを殺そうとかは考えてなさそうだけど……いつ心変わりするか分からない……刺激しないように隠れつつ……助けに行こう……」

 

2人はしっかりと頷いてくれた。

まずスマホで警察に通報する。

すぐ向かってくれるみたいだった。

 

後は緑谷くんを助けに向かうだけと思った瞬間、ヴィランの悪意が膨れ上がった。

すごく濃い悪意にも関わらず、一方で彼の感情は歓喜で満たされている。

純粋な悪意、気分が悪くなるような狂人の波動。

緑谷くんが危ない。

そう思った私は、走ってヴィランがいる所へ向かった。

 

私が現場に着くよりも先に、お茶子ちゃんが戻って来ていた。

お茶子ちゃんに気が付いたヴィランは、すぐに平静を装って去っていった。

私が着いたのは、その場から手のヴィランがいなくなった後だった。

 

 

 

結局、私がした通報で警察が来たのはその5分後。

その時には既に手のヴィラン、死柄木弔は転移で完全に消えてしまった後だった。

 

ショッピングモールは一時的に閉鎖。

既にヴィランは転移で逃走した後であるということも伝えたけど、念のため区内のヒーローと警察が警戒と緊急捜査をしてくれた。

やっぱり何も見つかったりはしなかったみたいだけど。

私と緑谷くん、お茶子ちゃんはその日のうちに警察署へ連れていかれて、事情聴取を受けた。

まあ、メインは緑谷くんで私とお茶子ちゃんは経緯の確認のための簡易的な事情聴取だ。

 

警察の人からは、個性を使って急接近なんて行動や、周囲に大々的に知らせるような行動を取らなかったのは英断だと褒められた。

やっぱりあの状況でヴィランを刺激しようものなら何をするか分からないっていうのは、警察としても感じたようだった。

 

結局、私とお茶子ちゃんは夕方には解放された。

緑谷くんはもうしばらくかかるから、先に帰っているようにと厳命されてしまって、そのまま2人で緑谷くんの心配をしながら帰路に就いた。




青山は演習試験では最初に峰田をレーザーで吹き飛ばして爆睡していました。青山は咄嗟の判断は優れているのでこれくらいはやってのけるでしょう。しかし原作瀬呂と同じく赤点です。
その後は峰田単体でどうにかしてくれています。あの役割は別に瀬呂である必要がないので、最後のテープでの窒息まがいをマント口に巻いて我慢に変えたくらいでしょうか。


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夏休み直前

「……とまあ、そんなことがあって、ヴィランの動きを警戒し例年使わせて頂いている合宿先を急遽キャンセル。行き先は当日まで明かさない運びとなった」

 

翌日のホームルームの時間に、相澤先生はそう切り出した。

最初に配布したしおりすらも引き裂いている。

これはもう仕方ない。USJに続いてまたヴィランと遭遇してしまっているのだ。

頻度がおかしいし、また何かあればそれこそ雄英の信頼に関わる。

高校側としても苦肉の策だろう。

 

「もう親に言っちゃったんですけど」

 

「故にですわね……話が誰にどう伝わっているのか学校が把握できていませんもの」

 

「合宿自体をキャンセルしねぇの英断すぎんだろ!」

 

皆が口々に感想を言っていく。

そんな中で爆豪くんはその苛立ちを緑谷くんにぶつけていた。

 

「クソナード……骨折してでも殺しとけよ……」

 

「ちょっと爆豪!緑谷がどんな状況だったか聞いてなかった!?そもそも公共の場で"個性"使用禁止だし!」

 

……透ちゃんが珍しく敬称を外すくらいにはプンプン怒ってるな。まあ、あの時の状況を知ってて爆豪くんの感想を聞いちゃったらそうなっても仕方ないんだけど。

 

「ん……あの状況で反撃に出たら……一般人に被害が出てた……緑谷くんは正しい……」

 

「知るかとりあえず骨折れろ」

 

「かっちゃん……」

 

私も緑谷くん擁護のために苦言を呈するけど、爆豪くんは知ったことではないと言わんばかりに同じ発言を繰り返している。

そんな感じで皆が話していると、先生の話はまだ途中だったみたいで、髪の毛をざわつかせて皆を黙らせた。

 

「それともう一件。夏休みの間は長期の外出はなるべく控えるように。最近のヴィランによる襲撃や接触を受けての措置だ」

 

「えー!?マジかよ!?」

 

上鳴くんが文句を言っているけど、正直これは仕方ないと思う。

これだけ執拗に狙われているのに、教師がいない時に狙われたら危険極まりない。

 

 

 

ホームルームが終わってから、私を含めた女子は全員、百ちゃんの席の周りに集まっていた。

 

「残念ですわ。両親と旅行でヴェネチアへ行く予定でしたのに……」

 

百ちゃんが胸に手を当てながら残念がっている。

 

「ブルジョワや……!!」

 

それを受けてお茶子ちゃんが結構な勢いで倒れた。

百ちゃんのあまりのリッチさに耐えきれなかったようだ。まあ、高校生でヴェネチア旅行なんてあんまり考えられないし、仕方ない気もする。

 

「あぁ~~せっかくおニューの水着買ったのにぃ~」

 

「仕方ないよ。ウチらは一度ヴィラン連合に襲われてるし」

 

「それに……この前も緑谷くん狙い撃ち……流石に危ない……」

 

三奈ちゃんのぼやきを、響香ちゃんと一緒に宥める。

だけどそれだけで三奈ちゃんの不満が解消されるはずもなかった。

 

「それでもあそびたーい!どっかいきたいー!!」

 

不満なものは不満らしい三奈ちゃんは、腕をバタバタと振りながらさらに不満をあらわにし始めている。そんな三奈ちゃんを見ながら、透ちゃんが口を開いた。

 

「じゃあさ!夏休み、学校のプールに集まらない!?」

 

透ちゃんは名案!とばかりに明るく提案してくる。皆も、その提案は満更でもないみたいだった。

 

「そうね!学校のプールだったら先生も許可してくれると思うわ!」

 

「いいね~!お金もかかんないし!」

 

「家に閉じこもってるよりましかー!」

 

「でしたら、私が学校側に許可をもらってきますわ!」

 

そんな感じで、その提案が拒否されることなんてあるはずもなく、皆で夏休みにプールで遊ぶ計画が始動した。

……今ブドウ頭がこちらの話を盗み聞きしているけど、学校だしあまり露骨な手段はとれないだろう。

妄想の中で私たちが色とりどりの水着を着ている気がしないでもないけど、学校のプールでそんなものを着れるはずがないのが分からないんだろうか。

もし要望が通って実現しても、当然スクール水着だ。

 

あの後すぐに申請に行った百ちゃんは、サクッと戻ってきた。

"日光浴"目的で申請してあっさり通してもらえたらしい。

やっぱり学校側としても、長期の外出自粛要請は負い目があったのかもしれない。

 

 

 

夏休み直前。

 

「はい……期末テスト……無事合格でした……ミルコさんのおかげです……」

 

『あー、はいはい。そのセリフもう散々聞いた』

 

今日は久々にミルコさんに電話をかけていた。

期末テストの演習試験の内容の報告と、ちょっと助言が欲しい部分があったからだ。

そのためにも、まずは試験であったこと、攻略の為にしたこと、その流れを順番に説明してしまう。

 

『おお!裏拳ってのはありだな!あのへっぴり腰でもそれなりの威力になるだろ!』

 

「ん……はい……それで……体術の練習は進めるんですけど……攻撃手段を他にも増やしたくて……」

 

『あー、そういうことか』

 

私の相談に、ミルコさんも考え込んでいた。

そして、考えがまとまったのか少し間をおいてから返答があった。

 

『……まあ、結局のところ体術を身に着けろっていうのは変わらねぇ。それ以外となると、裏拳出来たんならもう大体想像できてるだろ』

 

「はい……足首の辺りで……波動を噴出して……蹴ったりってことですよね……」

 

『ああ。あとは頭突き、膝蹴りとかか?まあでも、結局喧嘩慣れしてねぇお前のそんな攻撃に大差ないだろ』

 

「そうですよね……」

 

『……あんまり助言しすぎるのも良くねぇんだが……私だけからヒントを得ようとしてるのが間違いだな』

 

「え……?」

 

ミルコさんは怒っている様子とかは微塵もなく、淡々と話を続けた。

 

『まず、お前自分の個性をどういう物だと思ってるんだ?』

 

「えっと……波動が見えて……多少波動の操作が出来る……?」

 

『そこから間違ってるってことだよ』

 

電話での会話で読心が出来ないから、どういうことなのかすぐに理解が追い付かない。どういうことだ。

 

『例えばだが、気は万人の身体に宿っているもので、武術の達人とかになるとその気を利用してくるわけだ。だが、気はそいつにとっての個性なのか?』

 

「…………そういう……ことですか……?」

 

つまりミルコさんは、私の波動を利用した攻撃は個性じゃなくて、普通に波動の扱いがうまくなって自身の波動が扱えているだけの話ではないかと言っているのか。

波動も万人に宿っているものである。そんなの散々見てきた私が一番良く分かっている。

そして、武術を修めた人の波動が研ぎ澄まされていたり、パンチの時に波動がらせん状になっていたりするのは、気と同じように個性ではないということか。

 

私の波動の操作は個性じゃない。

自身の波動を、うまい具合に操作する術を知っているだけということだろうか。

そうなってくると、話が変わってくる。

 

『分かったみたいだな』

 

「はい……」

 

『そういうことだ。体術のことが聞きたければ私に聞けばいいが、適材適所があるだろ』

 

「……はいっ……!」

 

そうだ。

私以外で、私以上に波動の扱いがうまい人。

お姉ちゃんだ。

私が今までお姉ちゃんにアドバイスを貰わなかったのは、個性の根本が違うからアドバイスの貰いようがないと思い込んでしまっていたからだ。

お姉ちゃんの"波動"は、活力をエネルギーに変換して放出している。

私の"波動"はただ波動の感知が出来るだけの個性で、自身の波動を技術で攻撃に転用している。

なら、お姉ちゃんに波動のエネルギーに変換した後の操作方法を教えてもらうことが、できるかもしれない。

 

その方法が掴めれば、放出をうまくできるようになることが前提ではあるけど、お姉ちゃんのビームみたいな遠距離攻撃が出来るようになるかもしれない。

まさか口頭だけでここまでヒントを貰えるとは思ってなかった。

 

『んじゃ、とりあえずこれで十分だな……っと、聞き忘れるところだった』

 

「……?」

 

『お前、I・エキスポプレオープンの招待状いるか?私に送り付けられてきてな。いらねぇから欲しいならくれてやる。まあお前がいらねぇつったら捨てるだけなんだが』

 

I・エキスポ。

確かI・アイランドで行われている研究や開発の成果を展示した博覧会だったはずだ。

少し前にニュースか何かで見た記憶がある。

プレオープンは確か夏休み中で、林間合宿とも被っていなかったはずだ。

サポートアイテムの展示とかもしていたはずだし、勉強になるかもしれない。

 

「……じゃあ、もらってもいいですか……?勉強になると思うので……行ってみたいです……」

 

『おう。送っといてやるから好きに使え。同伴者がどうとか書いてあったから誰か誘って行けばいい』

 

「ありがとう……ございます……」

 

『ああ。また気分が乗れば相談に乗ってやる。じゃあな』

 

「はい……」

 

私がそこまで答えたところでぷつっと電話が切れた。

 

 

 

今日はお姉ちゃんも家にいる日だ。

今はリビングで本を読んでいる。

早速相談してみるか。

 

「お姉ちゃん……ちょっといい……?」

 

「んー?どうしたの?」

 

「ん……波動のコントロールについて……ちょっと聞きたい……」

 

「急だねー。今まで私には聞こうとしなかったのに、心境の変化とか?不思議!」

 

さっきミルコさんと話した内容をお姉ちゃんに伝えてみる。

気を例にした説明も含めて、私の個性に関してを包み隠さず伝える。

 

「おー、なるほどねー。確かに瑠璃ちゃんの波動の操作は自分の波動だけだし、個性っていうよりもそういう解釈の方が当てはまるのかな?」

 

「ん……それで……お姉ちゃんの……活力を波動のエネルギーに変えた後の……操作のコツとかを聞きたい……」

 

私のお願いに、お姉ちゃんは考え込み始めた。

まあ考え込むって言っても教えるかどうかを迷っているわけじゃなくて、いつ教えるかとかそっちの方向で悩んでいる感じみたいだ。

 

「教えるのは全然大丈夫だよ。ただねぇ……なんていうか、口で伝えるのはなかなかムズかしんだよね。結構感覚的な所が多いから。今度、演習場とかを借りれたときとかでも大丈夫?」

 

「ん……お姉ちゃんが大丈夫な日に合わせるから……今度予定教えて欲しい……」

 

「うん!あ、そうだ!あとね、具体的にこうしたいから助言が欲しいとかだったら、いつでも相談に乗るからね!」

 

お姉ちゃんはにっこり笑ってそう締めくくった。

まあお姉ちゃんは昔から「でっかいのはムズかしい」とか言ってたから、感覚的になってしまう自分の操作方法を教えるために、安全を確保しつつ披露しながら出来る状況を作ってからじゃないと駄目っていうのは納得できる。

具体的な指針の相談とかはいつでも乗るって言ってくれているし、思いついたら相談してみよう。

 

「あ……そういえば……もう一つ……」

 

「んー?」

 

お姉ちゃんは本に目を戻しつつではあるけど、まだ話をしっかり聞いてくれていた。

 

「お姉ちゃん……I・エキスポのプレオープンとか……興味ある……?」

 

「I・エキスポ?行きたいの?」

 

「えっと……ミルコさんが……招待状くれるって……言ってたから……一緒にどうかなって……」

 

「もらったの!?凄いね!不思議!」

 

お姉ちゃんが驚いた表情をこちらに向けてきた。

 

「でも、それって確か林間合宿の少し前だったよね?私はその辺りインターンがあるから多分無理かな」

 

「そっか……残念……」

 

お姉ちゃんと一緒に旅行に行けるかと思ったんだけど、残念だ。

私がしょんぼりしていると、お姉ちゃんはにっこり笑って話を続けた。

 

「瑠璃ちゃんもお友達出来たんだから!その子誘いなよ!ね!」

 

「……透ちゃんか……」

 

透ちゃんと一緒に旅行。

それも楽しいかもしれない。

今度誘ってみようかな。



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プールでお茶会

夏休みに突入している今日は非登校日ではあるけど、私たちA組女子は学校に集まっていた。

目的は単純明快。

プール使用のために申請した日が今日だからだ。

今は更衣室で着替えている所。

男子更衣室の方にも多数の波動を感じる。

あの後ブドウ頭も緑谷くんを巻き込んで申請したみたいだけど、緑谷くんを"体力強化"なんて目的で誘ったら皆を呼ぶに決まってる。

まだいないのは上鳴くん、ブドウ頭、緑谷くん、爆豪くん、切島くんの5人か。

それ以外は揃っているみたいだ。

 

「おニューの水着着たかったのになぁ……」

 

三奈ちゃんがまだ残念がっていた。

 

「ねー!」

 

「学校だから……仕方ない……」

 

「まあ、残念だけどしょうがないよね」

 

「その分、皆で楽しめばいいんだよ!」

 

三奈ちゃんの不満に答えたりして、皆で話しながらささっと着替えてしまう。

 

「でもまさか日光浴で申請が通るなんてね!」

 

「私も驚きましたわ。相澤先生、特に質問などもなくあっさりと承認してくださりましたもの」

 

「多分……学校も……長期の外出自粛に……負い目があったんだよ……」

 

「やっぱりそれが理由かしらね」

 

「まぁこれで今年通ったからって来年も通るとは限らないよね」

 

着替えは済んだけど、響香ちゃんの波動が若干怖い。

凄く暗い波動を背負っている。

理由は分かりきっているけど、やはり触れるべきではない。

というか、響香ちゃん以外皆大きい方なのだ。

慰めても傷を抉るだけだ。

違う方向の話題を振って盛り上がった方が良いかもしれない。

 

「皆……私……ジャスミンティー冷やしたの……持ってきたから……後で飲も……」

 

話題を逸らすのも兼ねて、持って来たクーラーボックスの中を皆に見せる。

今日はジャスミンティーを淹れて冷やした上で持ってきたのだ。

この季節だから、熱中症対策は大事だ。

後はジャスミンの匂いがダメな人用に一応紅茶も持ってきている。

ただ、紅茶に関しては百ちゃんに提供するのは気が引けてしまう。

紅茶の知識が豊富そうというか、舌が肥えてそうな百ちゃんだと紅茶はうまく出来ているか心配になってしまう。

 

「わー!瑠璃ちゃんありがとー!」

 

「ジャスミンティー?」

 

「うん……ジャスミンの香りがするお茶……おいしいよ……」

 

透ちゃんが嬉しそうにお礼を言ってくれたのを皮切りに、皆クーラーボックスを覗き込んできた。

 

「その容器……瑠璃ちゃん、自分で淹れたの?」

 

「うん……お姉ちゃんが好きだから……家でよく淹れてるの……香りがいいジャスミンも……美味しい淹れ方も研究した……自信ありだよ……」

 

「いいご趣味をお持ちですね波動さん!今度私が淹れた紅茶と一緒にお茶会などいかかですか?」

 

「ん……楽しそう……今度やろうね……」

 

百ちゃんの提案に快く応じる。

皆でお茶菓子を準備したりするともっと楽しいかもしれない。

 

「ただ……ジャスミンティーって独特な匂いだから……ダメな人はダメかも……一応紅茶も持ってきてる……百ちゃんには及ばないと思うけど……」

 

「波動気が利くね」

 

「うんうん!そんなの気にしなくていいよ!ありがとう!」

 

響香ちゃんの暗い波動もすっかりなくなっている。

そのままワイワイ話しながら皆でプールサイドに移動した。

 

 

 

プールサイドに出ると、そこには私が更衣室にいると感知していたA組男子が揃っていた。

 

「あれ、男子も今日プール申請出してたんだ」

 

「ああ!緑谷くんにトレーニングをしないかと誘われてね!参加させてもらったというわけさ!」

 

「峰田くん……私たちの企画を聞いてた……峰田くんと上鳴くん企画で……緑谷くんを誘ってたはず……そういうこと……」

 

飯田くんの返答に私が呟くと、女子は何が目的かを察したみたいだ。

一応、飯田くんにはっきりとそういう目的じゃないのかと伝えない辺り、皆優しい。

 

まあ皆コスチュームがぴっちりしてたり露出してたりで、割と慣れている。

スクール水着なんか見られても今更感がある。

普段よりも露出というか、変化が一番大きいのは響香ちゃんかな。

 

男子が集まっているプールサイドとは反対側に、女子で集まって荷物を置いておく。

そのまま並んで準備運動をしていると、上鳴くんと峰田くんがすごい速さで入口の方に駆け抜けてきた。

そんな2人に気がついた飯田くんが、すぐに声をかけた。

 

「遅かったじゃないか!!」

 

「おいおいおい!なんでお前らここにいんだよ!」

 

「体力強化するから、皆も一緒にどうってメールしておいたんだ!」

 

ブドウ頭が文句を言ってるけど、緑谷くんグッジョブだ。非常に好感が持てる真面目さをしている。

 

その後すぐに現実逃避をやめた2人は、鬼気迫る表情でこっちを見てきた。

だけど、見た直後に上鳴くんは落胆した。これはこれで失礼だな。

ブドウ頭はブドウ頭で、悟りを開いているのか知らないけど普通にニヤニヤしながらこっちを見ている。

 

「やっぱりそういうことなのね、峰田ちゃん」

 

「アホだろあいつら」

 

「ん……でも、目的に体力強化なんて書いた……自業自得……」

 

梅雨ちゃんと響香ちゃんの発言に、私も続く。

私が呟いたあたりで、飯田くんが二人に近づいていっていた。

 

「上鳴くん!峰田くん!!学校内で体力強化とは!見事な提案だ!感心したよ!さぁ!皆と一緒に汗を流そうじゃないか!!」

 

2人は、水着姿でムキムキの肉体を惜し気もなく晒す飯田くんに抱えられて、連行されていった。

飯田くんは「はっはっはっはっ!!」なんて笑っている。すごく上機嫌だ。

二人の「まってくれ~」なんていう情けない声を聞いて噴き出した私は悪くないはずだ。

 

 

 

その後は普通に皆でビーチバレーで遊んだり、のんびり泳いだりして過ごした。

男子が休憩をするタイミングで、私たちも上がってジャスミンティーを振舞う。

男子の方は飯田くんがオレンジジュースを配っているみたいだ。

流石委員長。気が利いている。

 

「「「おいしー!」」」

 

「良い香りですわね。淹れ方にこだわっていることがすぐに分かりますわ」

 

「ジャスミンの香りがいいわね」

 

「市販のより全然おいしいよこれ」

 

「おいしいなら……良かった……」

 

皆口々に褒めてくれてちょっと照れてしまう。

まあジャスミンティー好きのお姉ちゃんに認められるものを作ったのだ。

美味しくなければ困ってしまう。

 

その後は合流した爆豪くんと切島くんとのやり取りもあって、男子が競争をすることになった。

女子ももう一通り遊んだし、男子に協力することにした。

まあ私たち、というよりも百ちゃんがスタートの合図を協力しているだけで、他の女子は見学しながらお茶会をしているというのが実情だ。

個性ありで行われる競泳?でプールの一部が凍ったり、コースロープの上を爆走する人がいたり、爆発で飛んで行く人がいたりと色々あったし、あのまま遊んでなくて良かったかもしれない。

とはいえ、特に大きな問題があるわけもなく、順調に時間は進んで……

 

「17時。プールの使用時間はたった今終わった。早く家に帰れ」

 

その言葉とともに現れた相澤先生によってお開きになった。

当然文句を言う人もいたけど、先生は「なんか言ったか」の一言で黙らせた。

相澤先生の統率力は相変わらず凄い。

 

 

 

その帰り道、女子全員で公園に寄っていた。

百ちゃんから話があるらしい。

 

「実は父がI・エキスポのスポンサー企業の株を持っていまして……その伝手でプレオープンの招待状を頂きましたの。3枚あるので、どなたかお二人とご一緒にどうかと思いまして」

 

「ブルジョワや……!!」

 

どうやら百ちゃんもI・エキスポの招待状を持っていたらしい。

3枚のチケットを見せてくれる。

お茶子ちゃんはいつもの卒倒を見せつつも、視線はしっかりと招待状に向いていた。

 

「マジ!?」

 

「え!?なに!?連れてってくれるってこと!?」

 

「行きたい行きたーい!!」

 

「ケロ。私も行きたいわ」

 

皆俄かにざわめき出した。

そんな様子を尻目に私が何も反応しないでいると、百ちゃんがこっちに視線を向けてくる。

 

「波動さんはよろしいのですか?」

 

「私も……招待状持ってる……ミルコさんにもらった……」

 

今日透ちゃんを誘うつもりで持ってきていた招待状を見せる。

皆の血走った目が私の招待状に向いた。

 

「ミルコにもらったってマジで言ってんの!?」

 

「ん……いらないから欲しいならくれてやるって……私がもらわなかったら捨てるとまで言われた……」

 

「さ、流石ミルコ。豪快だね」

 

響香ちゃんがビックリしたような声を上げた。

透ちゃんは私が伝えるミルコさんの様子に冷や汗を流してしまっている。

 

「波動さんのその招待状はプロヒーロー向けの物ですよね。確か、同伴者も大丈夫だったはずでは?」

 

「ん……だから……今日誘うつもりで持ってきてた……透ちゃんを誘うつもりだったんだけど……この状況だと……百ちゃんのと合わせて……じゃんけんとかにした方がいい……?」

 

百ちゃんの質問に素直に答える。

あとはこの同伴者枠をどうするかだ。

透ちゃんと行くつもりだったけど、これだけ皆行きたがっている状況で私だけ透ちゃんを指名するのもなんだかなぁといった感じだ。

 

「それは波動さんにお任せしますわ。波動さんの招待状なのですから。葉隠さんと行きたいということであれば、それでも大丈夫ですよ」

 

「ん……そっか……」

 

……どうしようかな。私が悩んで決めかねていると、透ちゃんが私の肩をつついてきた。

 

「瑠璃ちゃんがいいなら、皆でじゃんけんでもいい?」

 

自分も行きたいだろうに、透ちゃんは平等にじゃんけんを提案してきた。

 

「いいの……?」

 

「うん、瑠璃ちゃんさえよければだけど。こういうのは平等にやっといた方が後腐れしないと思うんだ!」

 

「ん……じゃあ、じゃんけんで……」

 

私がそう言うと、百ちゃんと私を除いた5人の間にビリビリとした電流が走った。

そのまま、私と百ちゃんが見守る中、5人は真剣に身構えた。

 

「「「「「うーらみっこなしよ、じゃんけんポン!」」」」」

 

そして全員が一斉に手を出した。

透ちゃんだけは透明化で見えない関係上、棒が付いたグーチョキパーのマークを出している。

あれ、いつも携帯しているんだろうか。

私が見ても良かったけど、私は透ちゃんが一番いいと思ってるのはさっきのやり取りで分かってるし、不正を疑われないようにするならこれが一番か。

 

勝ったのは、グーを出したお茶子ちゃん、響香ちゃん、透ちゃんだった。

 

負けに気が付いた三奈ちゃんが、「やっちまったー!!?」なんていう絶叫を公園に響かせていた。



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I・エキスポ(前)

7月末。

林間合宿も近づいてきたこの日に、私たちA組女子は皆で飛行機に乗ってI・アイランドにやってきていた。

I・エキスポプレオープンの招待状は5人分しかない。

だから三奈ちゃんと梅雨ちゃんには申し訳ないけど、プレオープンの日は2人でホテルとかで過ごしてもらうことになっていた。

だけど、プレオープン翌日、一般公開日には女子皆で回ることになっている。

クラスの女子だけで旅行というのもできる機会はなかなかないし、5人も同じ場所に行くならもう今回の機会にやってしまおうということになったのだ。

 

I・アイランド。

1万人以上の科学者たちが住む、学術人工移動都市。

海に浮かぶ人工島であり、簡単に言ってしまうと大きな船のような都市だ。

ここは科学者たちが"個性"の研究やサポートアイテムの発明とかを行う場所だ。

その関係上、非常に強固な警備システムが敷かれていて、あのタルタロスに相当する能力を備えているとすら言われている。

この警備システムのおかげもあって、長期の外出自粛を求められているにも関わらず、学校側から特別に許可が出るほどの場所だった。

 

そんなI・アイランドにやってきた私たちは、動く歩道に乗って入国審査を受けていた。

身体をスキャンするような光が通されたと思った途端、空中に大きく私たちのプロフィールが表示される。

 

「おー!ハイテクだー!!」

 

「……すごい……」

 

「なんか、ちょっと恥ずかしいね」

 

「聞いていた通り、素晴らしいセキュリティですわね」

 

全身スキャンだけじゃなくて、そのままパスポートの確認とかも一気に行われた。

 

『入国審査が完了しました。現在、I・アイランドではさまざまな研究、開発の成果を展示した博覧会、I・エキスポのプレオープン中です。招待状をお持ちであれば、ぜひお立ち寄りください』

 

一通り審査が終わると、アナウンスとともに目の前のゲートが開いた。

 

「「「わぁ~!!!」」」

 

開いたゲートの先には、広大なエキスポ会場が広がっていた。

ウォーターアトラクションのような建物から噴き出した水が文字になったり、楽器モチーフのパビリオンでは音楽に合わせて音符が出現したりしている。

空飛ぶ球状の乗り物が飛んだりもしていて、まさしく最先端科学の集合によってつくられた未来のような世界が広がっていた。

 

人の入り具合もなかなかのもので、一般公開前のプレオープンにも関わらず多くの人々がエキスポの中に入っていっていた。

 

「ケロ。来場者、多いわね」

 

「一般公開前なのにすごくない?」

 

「ホテルどっちか分かる?」

 

「えっと……あっち……」

 

とにもかくにもまずはホテルにチェックインだ。

事前に見ておいた地図と波動で感じ取れる地形を照らし合わせて皆を案内する。

 

 

 

チェックインは凄くあっさり終わった。

皆でホテルに入って荷ほどきする。

エキスポに行く5人はここでコスチュームに着替えてしまう。

なんとエキスポ内はコスチューム着用可になっているのだ。学生でも着てていいらしい。

まぁヒーローコスチュームを着て歩いてもらうことで犯罪抑止効果を期待しているんだろう。

だから学校に申請してコスチュームを持ちだしてきていたのだ。

 

着替えが終わったところで三奈ちゃん、梅雨ちゃんと別れる。

 

「ケロ、じゃあ楽しんできてね」

 

「明日は一緒に周ろうね~!」

 

梅雨ちゃんは寂しそうに、三奈ちゃんには涙ながらに手を振られる。

2人は今日はエキスポ以外のところを周ってみるらしい。寂しくはあるけど、招待状が足りないものは仕方がない。

 

 

 

私たち5人は予定通りエキスポに入った。

どこに行くか皆で相談して、まずサポートアイテムが展示されているパビリオンを見てみることになった。

 

サポートアイテムのパビリオンは、飛行機型の乗り物である多目的ビークルや潜水スーツ、多数のセンサーが搭載されたゴーグルとか、多くの興味を惹かれるものが置かれていた。

 

「お?ねーねー瑠璃ちゃーん!こっちこっち!」

 

透ちゃんが手をぶんぶん振って私を呼んでくる。

近くにいた皆と一緒に近づくと、そこにはいくつかのゴーグルが展示されていた。

 

「波動が見えるようになるゴーグルだって!」

 

「おぉ!てことは、波動が見てる視界が見えるようになるゴーグルってこと?」

 

「こんなゴーグル……あるんだ……」

 

説明を見てみると、どうやら気や波動の研究の過程で作られたゴーグルらしい。

今後の武術の発展のために、みたいな感じの目的のようだ。

 

ちょっと興味を持ったから試しに着けてみる。

すると、普段見えている波動に重なって、一回り小さくぼんやり薄い波動っぽいなにかが見えた。

私の個性よりも大分不鮮明だけど、確かに波動が見えているみたいだ。

波動が被って見づらいから、私は早々に外してしまう。

皆も試しに着けてみているようだった。

 

「わぁ!これ着けてると透ちゃんどこにいるかすぐ分かるね!」

 

「本当!?どーだぁ!!」

 

お茶子ちゃんがゴーグルをつけて透ちゃんを見ている。

まあ今の透ちゃんは透明のボディスーツを着てるから、肉眼では手袋とブーツにしか見えないし、見たくなるのも当然か。

透ちゃんもノリノリでポーズを決めてるし。

普段波動が見えない人が、ぼんやりとはいえ波動が見えると楽しいのかもしれない。

透ちゃんも見られているという状況に楽しそうにしている。

 

「これが波動さんには常に見えているんですね」

 

「ん……でもこれ……だいぶぼんやりしてるし……ちっちゃく見える……私には……もっと鮮明に見えてるよ……」

 

「あ、やっぱりそうなんだ。流石にこのぼんやりじゃいつもの予測とかできないよね」

 

このゴーグルだと、多分透ちゃんもぼんやりと輪郭が見える程度でしかないと思う。

でもこのゴーグルがあれば透明人間を看破できるし、そういう目的の為なら凄いゴーグルなのかもしれない。

私には必要がないものだけど。

 

「ていうかこれで見てるとよく分かるけど、波動だけ周りの波動が多いよね。なんか纏ってるぼんやりが多い」

 

「それは……私が小さいころから……自分の波動を使ってるから……増えたんだ思う……」

 

「なるほど。鍛錬の賜物というわけですね」

 

そんな感じで一通り皆で波動を見るのを楽しんでから、ゴーグルを元の場所に戻した。

 

そのまま皆で物色しながら見物していく。

そんな風に周っている最中に、お茶子ちゃんが呟いた。

 

「そういえばプロヒーロー、すごく多いよね」

 

確かにヒーローがすごく多い。

ミルコさんにも招待状を出してたくらいだし、多くのヒーローを招待していたんだろう。

 

「ミルコにも招待出してるくらいだし、色んな人に招待状出してるんじゃない?」

 

「見ただけだと誰か分からないヒーローも居ますわね……」

 

「デクくんがいたら解説してくれそうなんだけどなぁ」

 

「あはは、緑谷がいたらずっといつものアレやってそうだよね」

 

お茶子ちゃんが笑顔で緑谷くんのことを話題に出し始めた。

というよりも……

 

「緑谷くん……いるよ……?」

 

「へ?」

 

「何?緑谷も来てるの?」

 

「ん……範囲内だと……緑谷くん以外にも……飯田くん、上鳴くん、峰田くん、爆豪くん、切島くん、轟くんがいる……他の男子も……エキスポの外にならいる……」

 

私の返答に皆がぎょっとする。

 

「皆来てるじゃん!」

 

「そんなに来てたの!?」

 

「合流……してみる……?一番近いの……緑谷くんだけど……」

 

提案してすぐに、透ちゃんとお茶子ちゃんがすごい乗り気な感じになった。

私含めた他の皆も特に嫌なわけじゃないし、ひとまず近くにいる緑谷くんと合流してみることにして、そっちに向かい始めた。

 

 

 

皆を誘導して、緑谷くんがいる建物に入る。

そして視界に緑谷くんが入った瞬間、お茶子ちゃんが固まった。

 

「え!?ちょっ、緑谷くん、すっごい美人さんと一緒なんだけど!?」

 

声を抑えながら透ちゃんが驚きを露わにする。

透ちゃんは手袋とブーツを投げ捨てて、そのまま気配を消しながら凄い勢いで緑谷くんに近づいていった。

透ちゃんの言葉通り、緑谷くんは背が高く胸も大きい金髪の美人さんと一緒に居たのだ。

どこで知り合ったんだろう。

響香ちゃんなんて気になったのか地面にイヤホンジャックを刺して盗み聞きしてるし。

 

少しして再起動したお茶子ちゃんは、ゆっくりと緑谷くんの方に近寄っていった。

私たちもそれに続いて、静かに近づいていく。

 

「デクくん、本当にマイトおじさまが大好きなのね。さっきはすごい勢いでびっくりしちゃった」

 

「あっ!すいません、つい、その……クセで……」

 

金髪の美人さんの言葉に、緑谷くんが照れている。

なんだこれは。カップルにしか見えないんだけど。

それに、わざわざ"デクくん"って呼ばせてるのか。

耐えきれなくなったのか、お茶子ちゃんが平坦な笑顔で声をかけた。

 

「楽しそうやね、デクくん」

 

「う、麗日さん!?どうしてここに?」

 

飛び上がる程驚いた緑谷くんが、気まずそうな表情でお茶子ちゃんに声をかけた。

浮気がバレた夫みたいな状況になっている。

 

「楽しそうやね」

 

『2回言った!?』

 

そこで百ちゃんが「コホン」と咳払いをしたことで、緑谷くんは私たちに気が付いた。

 

「八百万さん!」

 

「とっても楽しそうでしたわ」

 

「緑谷、聞いちゃった」

 

「私も……感知しちゃった……」

 

「耳郎さんに波動さん!?」

 

驚きっぱなしの緑谷くんの背後に、さらに透ちゃんが近づいていく。

 

「わっ!!!」

 

「ひぃっ!?」

 

緑谷くんが比喩ではなく飛び上がって驚いた。

というか相変わらず驚かせるの好きだね透ちゃん……

 

「私も見ちゃった!!」

 

「葉隠さんまで!?」

 

私以外の4人は詮索するような視線を緑谷くんに向け続けている。

 

「お友達?」

 

「学校のクラスメイトで……何か誤解しているみたいで」

 

私はもう大体納得したから問題ないけど、さっきのは誤解されても仕方ないと思う。

その実態は相変わらず贔屓全開のオールマイトに付き添ってきた緑谷くんを、オールマイトの親友の娘さんが案内しているなんていう状況みたいだった。

 

「あ、あの、僕はメリッサさんに会場の案内をしてもらってるだけで……」

 

誤解を解きたいのか、緑谷くんは必死で説明しようとしている。

そんな緑谷くんに、隣にいるメリッサさんが助け舟を出した。

 

「そうなの。私のパパとマイトおじさまが……」

 

「わ~~~~!」

 

緑谷くんが慌ててメリッサさんの言葉を遮る。

そのままコソコソ隠れて話し始めた。

そんなに隠したいんだろうか。

オールマイトに贔屓されていることはもう周知の事実なんだから、今更だと思うんだけど。

 

……それにしても、お茶子ちゃんがちょっと怖い。

2人でひそひそ話している緑谷くんの後姿をじーっと見つめている。

まあ見てるのは皆もなんだけど、お茶子ちゃんだけ雰囲気が違う。

どんどん誤解が深まっていってる。

 

「良かったら、カフェでお茶しません?」

 

そんな感じで待っていたら、内緒話が終わったメリッサさんが振り返って、そう提案してきた。



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I・エキスポ(後)

私たちはメリッサさんの誘いに乗って、エキスポ内のオープンスペースのカフェで話していた。

 

「へぇ~!お茶子さんたち、プロヒーローと一緒にヒーロー活動したことあるんだ!」

 

「訓練やパトロールくらいですけど」

 

お茶子ちゃんが感心した様子のメリッサさんに答える。

 

「ウチは事件に関わったけど、避難誘導したくらいで……」

 

「私もパトロールに着いていかせてもらったくらいだったな~」

 

「それでも凄いわ!」

 

「私も……パトロールに着いていったくらい……あとは……ひったくりを捕まえた……」

 

「すごい!事件の解決もしたのね!」

 

「私はなぜかテレビCMに出演する羽目に……」

 

「普通じゃできない事ね。素敵!」

 

シュンと落ち込む百ちゃんも含めて、メリッサさんは全員に笑顔を向けてコメントしていた。

メリッサさん、聞き上手だ。

 

私たちが話している隣のテーブルで、緑谷くんがぐったりしている。

どうやら誤解を解けたことに安堵しているようだった。

 

「明日、アカデミーの作品展示してるパビリオンにも行く予定なんです」

 

「すごい楽しみ!」

 

「ん……楽しみ……」

 

「メリッサさんの作品も?」

 

「ええ、もちろん」

 

「わー!見てみたいです!」

 

私たちがメリッサさんと話していると、上鳴くんと峰田くんの波動が近づいてきた。

 

「お待たせしました」

 

「その声……か、上鳴くん!と、峰田くん!」

 

そちらに目を向けると、ウェイター姿の上鳴くんと峰田くんがいた。

 

「あんたら何してんの?」

 

響香ちゃんが驚いて質問する。

だけどこの2人の目的なんて、お金といつものしか思い浮かばない。

というか、ブドウ頭の思考が実際にそれだし。

 

「エキスポの間だけ臨時バイトを募集してたから応募したんだよ。な」

 

「休み時間にエキスポ見学できるし、給料もらえるし、来場した可愛い女の子とステキな出会いがあるかもしれないしな!」

 

いつもの邪な妄想をしながらの視線は、私たちを順番に見た後、メリッサさんで止まった。

メリッサさんはきょとんとしてしまっているけど、ロックオンされてしまったようだ。

ブドウ頭と上鳴くん、バイト中の癖に下心丸出しで本当に何をしに来たんだ。

 

「おい緑谷、あんな美人とどこで知り合ったんだよ!?」

 

「紹介しろ、紹介!」

 

「いや、あの……」

 

緑谷くんは困惑して特に答えたりしていない。

メリッサさんも彼らの危険性を理解しきれていないのか、「彼らも雄英生?」なんて呑気にこっちに質問してきている。

その質問を耳聡く聞きつけた2人が、素早い動きでこっちに来た。

 

「そうです!」

 

「ヒーロー志望です!」

 

バッとかっこつけているけど、鼻息荒いし目が血走っている。

それにここまでがっつかれると正直恐怖と嫌悪感しかない。

そう思っていたら、飯田くんが凄まじい速度で走ってきた。

 

「なにを油を売っているんだ!?バイトを引き受けた以上、労働に励みたまえ!!」

 

その姿を確認した2人は、プールの時の恐怖が残っているのか「ぎゃ~!!」なんて情けない悲鳴を上げていた。

自業自得だ。

どうやら飯田くんはあの2人を監視していたようだった。

委員長としての使命感からの行動みたいだけど、流石飯田くんと言わざるを得ない。

 

「い、飯田くん!」

 

「瑠璃ちゃんも言ってたけど、来てたんだね!」

 

「うちはヒーロー一家だからね。I・エキスポから招待状を頂いたんだ。家族は予定があって、来たのは俺一人だが……」

 

「飯田さんもですの?私も父がI・エキスポのスポンサー企業の株を持っているものですから、招待状を頂きましたの」

 

百ちゃんが奇遇だと言わんばかりに説明する。

お茶子ちゃんも流石にもう聞いているネタでいつもの卒倒はしないらしい。普通に流していた。

 

「で、ヤオモモの招待状が2枚余ってて、波動がミルコからもらった招待状でも同伴者ОKだったから……」

 

「真剣勝負の結果、私たちが一緒に行くことになったんだよ!」

 

響香ちゃんがお茶子ちゃんと透ちゃんの肩に腕を乗せてニッと笑う。

透ちゃんもそれに合わせてにんまり笑っている。

私以外には分からないだろうけど。

 

「波動さん、ミルコに招待状もらったんだ」

 

「ん……ミルコさん……興味ないからいらないって……私がもらわないなら捨てるって言ってた……」

 

「な、なるほど」

 

緑谷くんに確かめるように聞かれて、女子にしていたのと同じような説明を返す。

緑谷くんの中のミルコ像とも大きなずれはなかったんだろう。すぐに納得してもらえた。

 

「でも、他の女子もこの島には来てるんよ」

 

「そうなんだ」

 

「ん……明日からの一般公開で……皆で見学する……」

 

私のその言葉に、メリッサさんが反応した。

 

「よければ、私が案内しましょうか?」

 

「いいんですか……?」

 

「うん!」

 

「「やったー!」」

 

透ちゃんとお茶子ちゃんが大喜びしている。

なんか便乗して「俺たちも」とか言おうとしているブドウ頭と上鳴くんがいるけど、バイトをしているのを忘れているんだろうか。

 

 

 

その後、爆音を聞きつけた私たちはお茶会を中止して、音がしたアトラクションのようなところに向かった。

 

アトラクションで爆音を立てていたのは切島くんだったらしい。

その後も、爆豪くんが続けて挑戦しているようだ。

いつも通り「死ねぇ!」と叫びながら行われる爆破で、爆豪くんは1位に輝いた。

 

爆豪くんの挑戦が終わって、切島くんが周囲を見たことで私たちが来ていることに気が付いたようだった。

 

「あれ?あそこにいるの緑谷じゃね?」

 

切島くんのその声を聞いた瞬間、引きつった笑いをする緑谷くんの目の前の手すりまで爆豪くんが吹き飛んできた。

 

「なんでテメーがここにいるんだぁ!?」

 

「や、やめようよ、かっちゃん。人が見てるから」

 

「だからなんだっつーんだ!」

 

爆豪くんがいつも通り緑谷くんにガンを飛ばす。

飯田くんが止めに入っても騒ぎ続けている爆豪くんを見て、メリッサさんが声をかけてきた。

 

「あの子、どうして怒ってるの?」

 

「いつものことです……」

 

「男の因縁ってヤツです」

 

「お茶子ちゃん……そういうの好きだよね……」

 

呆れたように答える響香ちゃんを尻目に、お茶子ちゃんが真剣な表情で返す。

お茶子ちゃんは相変わらずみたいだ。

 

そんな騒動を尻目に、百ちゃんが切島くんに声をかけた。

 

「切島さんたちもエキスポへ招待受けたんですの?」

 

「いや、招待されたのは体育祭で優勝した爆豪。俺はその付き添い。なに、これから皆でアレ挑戦すんの?」

 

そんな切島くんの言葉を聞いて、また爆豪くんに火が付いた。

 

「やるだけ無駄だ!俺の方が上に決まってんだからな!」

 

「うん、そうだね、うん」

 

……緑谷くん、明らかに受け流そうとしてるな。

 

「でも、やってみなきゃ分からないんじゃないかな」

 

「ん……緑谷くんなら……どうなるか分からない……」

 

「うん、そうだね……って」

 

私とお茶子ちゃんの言葉に、緑谷くんが無意識で同意した。

爆豪くんはそれを聞いて大爆発してしまった。

 

「だったら早よ出て、ミジメな結果だしてこいや!!クソナードがぁ!!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

あの後、緑谷くんもアトラクションに挑戦して、爆豪くんに1秒負けという結果だった。

もう緑谷くんは戻ってきていて、お茶子ちゃんと飯田くんと話している。

 

「緑谷くんすごかったね!」

 

「ん……でもこの後……もっとすごいの見れる……」

 

「え?どういうこと?」

 

透ちゃんが疑問の声を上げた瞬間、アトラクションが凍り付いた。

MCの女の人も大盛り上がりだ。

 

「あー、なるほど。轟くんかぁ」

 

「ん……結局こういうのは……大規模攻撃できる人が強い……」

 

「まぁ確かにそうかもね。私じゃどう足掻いても勝ち目ないや!」

 

透ちゃんがあっけらかんと言い切る。

まあ透明化の個性でこのアトラクションを速攻でクリアするのはどう考えても困難だから、納得ではあるけど。

 

 

 

あれ?

今、メイン通りの脇にある埠頭の倉庫の方に……確かに強い悪意を感じたけど……

自分の感覚を信じてそのあたりの波動を注視してみる。

やっぱりそうだ。これ、ごろつきとかが持つレベルの悪意じゃない。ヴィランだ。

しかも、ボスっぽい男の足元に警備員と思われる人が倒れて気絶している。

ボスのような男の思考は『この島にオールマイトが……』なんていう物になっていて、明らかにオールマイトを警戒している。

これ、もう事件が起きている。

 

「……あの……メリッサさん……」

 

「あら、何かしら?」

 

「えっと……I・アイランドに……ヴィランが入りこむ余地って……ありますか……?」

 

「え?それは、無理だと思うけど……入国審査はあなたたちも受けたでしょ?」

 

「……そう……ですね……」

 

メリッサさんは困惑した様子で質問に答えてくれる。

そんな私の様子に違和感を持ったのか透ちゃんが質問してきた。

 

「瑠璃ちゃん、何か見たの?」

 

ここで騒ぎを起こしてヴィランが自棄になっても面倒だ。

小さな声で透ちゃんの質問に答える。

 

「ん……多分……ヴィランだと思う……足元に警備員も倒れてる……倉庫を制圧したみたいだけど……それ以外の行動はまだ……」

 

「それ本当!?」

 

「結構な人数だと思う……どうやって入ったのか分からない……」

 

「そ、そうだよね。あのセキュリティを突破するなんて……」

 

私たちがコソコソ話していると、メリッサさんが訝し気にしている。

だけど、今思考を読んで分かった。

メリッサさんは今、ヴィランが侵入できる可能性を思い浮かべていた。

『内通者がいれば不可能ではないかもしれない』という考えを。

 

この状況で頼るべき人は、オールマイト以外いないだろう。

オールマイトは今感知範囲外だ。どこにいるのか教えてもらう必要がある。

 

「緑谷くん……ちょっといい……?」

 

「波動さん?どうしたの?」

 

「ん……ちょっと聞きたいことがあって……オールマイト……今どこにいるの……?」

 

「うえ!?きゅ、急にどうしたの!?なんで僕にオールマイトのことを聞くのかな!?」

 

緑谷くんはおどおどしながら誤魔化した。

だけど、メリッサさんとのあんなやり取りを目の前で見せているのに、なんで気づかれていないと思えるんだろう。

 

「オールマイトと来てるの……見てれば分かる……良いから教えて……」

 

「……えっと、オールマイトとはセントラルタワーで別れたけど……」

 

「ん……ありがと……」

 

「え!?それだけ!?波動さん!?」

 

緑谷くんが何か言ってるけど時間がない。

早々に行動を開始するべきだ。

 

「透ちゃん……一緒に来てもらっても……いい……?」

 

「それはもちろんだけど……どうするつもり……?」

 

透ちゃんが不安そうな顔で聞いてくる。だけど、やることなんて1つだけだ。

 

「オールマイトに……伝える……」

 

「あ、なるほど!オールマイトが来てるならそれが一番だね!」

 

「ん……それで……無駄な混乱を起こしたくないから……一緒に遊びに行く体で……抜け出したい……」

 

「うん!もちろん!」

 

透ちゃんも同意してくれて方針が決まったから、百ちゃんに声をかける。

 

「百ちゃん……ちょっといい……?」

 

「あら、どうかしましたか?」

 

「透ちゃんと……ちょっとあっちの方を……見に行きたくて……」

 

「そうそう!少し見たら戻ってくるから!ちょっと抜けるよって声掛けにきた!」

 

「ああ、そういうことですの。もちろん大丈夫ですよ。合流は……波動さんがいるなら大丈夫ですね」

 

「ん……満足したら……合流するね……」

 

特に疑問とかもなく、あっさりと送り出してくれた。

私と透ちゃんはそのままセントラルタワーに向かう。

まだヴィランたちに動きはない。

思考を読む限り、行動開始は夜、レセプションパーティーの時のようだ。

私はヴィランの監視をしつつ、内通者の可能性がある人間を探しながら進んだ。




I・アイランドは直径14km。
各ブロックが大体直径の1/3~4程度の直径。
つまり1ブロック直径4km程度ですね。
で、瑠璃の感知範囲は半径1km、直径2kmです。これがエキスポのあるブロックを感知しながら歩き回っているわけです。
小説にてヴィランが潜伏していた場所は"エキスポのメイン通りから外れた埠頭にある倉庫"と描写されています。エキスポと書かれるということは、同じブロックにあるということですね。
この状況で瑠璃がいてヴィランを察知できないのはおかしくないか……?ということで早期発見ルートになりました。
セントラルタワーはブロックが違うので流石に範囲外になります。


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暴露

中央のブロックに移ったあたりで、オールマイトが感知範囲に入った。

それとともに、オールマイトと一緒に居る人の思考も読み取ってしまう。

 

この人が、今回の犯人?

主犯っぽい思考はしているけど、あのヴィランたちをただのごろつきだと思っているみたいだし、何かがおかしい。

他にも内通者がいないかを感知し続ける。

 

その一方で、私は考えていた。

ヴィランに関しては、簡単にオールマイトに伝えられる。

警備員に危害を加えているから、これだけでもオールマイトは対応に当たってくれると思う。

だけど、内通者のことはどう説明するのか。

オールマイトと内通者の人は今も一緒にいる。

少なくとも彼自身が現時点の潔白を証明する証人のようなものになっているのだ。

 

確証を得た情報が、思考を読んだことを伝えないと伝えられない。

でも、ここで内通者をどうにかしないといずれ同じことが起きるかもしれない。

……オールマイトには、明かさないと駄目かな。

 

考え込んでいると、透ちゃんが私の顔を覗き込んできた。

 

「大丈夫?顔色悪いよ?」

 

「ん……大丈夫……」

 

どうやら顔色にも影響が出ていたらしい。

透ちゃんも言葉自体は信じてくれているけど、心配が拭えていない。

思考が読めることを伝えたくなくて、気分が悪くなっているのは間違いじゃない。

ただ、不安だった。

知られたら、今まで仲良くしてくれていた人の態度が変わるかもしれない。

友達じゃなくなってしまうかもしれない。

そう考えると不安で仕方なくなってしまう。

 

不安のせいでおかしくなったのか、それとも優しく聞いてくれている透ちゃんに絆されたのかは分からない。

だけど私は、なぜか透ちゃんに確かめたくなってしまっていた。

 

「……ねぇ、透ちゃん」

 

「どうしたの?」

 

「……透ちゃんは……心を読まれたりするの……どう思う……?」

 

なんで、私はこんなことを透ちゃんに聞いているんだろう。

こんな、臭わせるようなことを聞いても、墓穴を掘るだけなのは分かりきってるのに。

 

「心を読む?それって、考えてることを読まれたりってこと?」

 

「……うん……」

 

「うーん、それが悪事の為だったらダメだ!って思うけど……そうじゃないなら、特になにも!」

 

「……え……?」

 

「だって、その人は特に悪いことはしてないんでしょ?なら思うことなんて何もないよ!凄い個性だなぁとは思うけどね!」

 

なんで、そんな感想になるんだろう。

だって、今までの友達だった子は皆それを知った途端私を毛嫌いしたのに、皆、私を無視したのに……

 

「……怖くないの……?」

 

「怖い?なんで?」

 

「なんでって……」

 

「何も悪いことしてない人を怖いなんて思ったりしないよ!それが友達だったりしたら猶更かな!」

 

「……そっか……」

 

透ちゃんが嘘を言ってないのが、分かってしまった。

もうそれ以上、言葉を続けられなかった。

明らかに変なところで話が切れたのに、透ちゃんはそれ以上何も聞いてこなかった。

 

 

 

そのまま無言で走ってセントラルタワーに着いた。

もうすっかり夕方になってしまっている。

今、オールマイトはちょうどセントラルタワーから出てこようとしている。

ここで待ち伏せするのが一番だ。

 

少しして、ムキムキの姿のオールマイトが正面玄関から出てきた。

 

「オールマイト……!」

 

「おぉ!波動少女に葉隠少女!こんな所で奇遇じゃないか!どうかしたのかい?」

 

「ちょっと……お話があります……どこか……個室でお話ししたいです……」

 

「個室?そりゃまたどうして……いや、分かった。着いてきなさい」

 

私のお願いに、オールマイトは疑問符を浮かべていたけど、表情を見てからすぐに了承してくれた。

流石オールマイト。

助けを求めている人の気配に敏感だ。

 

そのままオールマイトに連れられて、セントラルタワーの一室に入った。

どうやったのか分からないけど、この一室を借りたらしい。

本来なら、ここで透ちゃんに外に出てもらうべきだ。

でも私は、さっきの透ちゃんの言葉を、信じてみたくなってしまっていた。

 

「それで、話ってのはなんだい?」

 

「I・アイランドに……ヴィランが潜り込んでいます……」

 

「なっ!?」

 

私の言葉を聞いた途端、オールマイトがアメコミ風の顔のまま驚愕で固まった。

 

「本当かい?ここはタルタロス並みのセキュリティがあるっていうのは知っているだろう?」

 

「はい……もちろんです……場所は、エキスポのメイン通りから外れた……埠頭にある倉庫です……中に結構な人数のヴィランが潜伏中……警備員も二人気絶させられてます……」

 

「おいおいマジかよ……!その情報、他の人には?」

 

「私と……私の様子で気が付いた透ちゃんだけ……他の人には話してないです……」

 

「よし!今すぐ私が行く!」

 

オールマイトは、すぐにでも立ち上がって出ていこうとし始めた。

 

「待ってください……まだあります……」

 

「あぁ、すまない。早まった。なんだい?」

 

「そのヴィランを手引きした……内通者がいます……」

 

「内通者!?確かにそれならヴィランも潜り込めるか?」

 

オールマイトは潜入の方法を考えて、納得したみたいだった。

 

「それで聞きたいんですけど……オールマイト……さっきまで一緒に居た人……誰ですか……?」

 

「さっきまで私といたのは、親友のデビット・シールドだけど……おい、おいおい待ってくれ。まさか、デイブが内通者だっていうのか?彼がそんなことをするはずがない!」

 

私の言葉を、オールマイトは早々に否定してくる。

善良で真面目な人だからありえないと考えているみたいだ。

でも彼が親友だというのなら、善良で、真面目で、オールマイトを想う親友だからこそ、この犯行を行ったんだと思う。

私は確証を持っている理由を伝えるために、一度深呼吸をする。

手が震えている気がする。

もう一度深呼吸して話し始めようとすると、透ちゃんが手を握ってくれた。

思わず透ちゃんの方を見ると、静かに頷いてくれていた。

……透ちゃん、もしかして気が付いている……のかな?

私は、そのままオールマイトに向き直って話を続けた。

 

「私は、確証を持って言っています……理由は、彼が考えていたことから、です……」

 

「考えていたこと?」

 

オールマイトが不思議そうに聞き返してくる。

 

「私の個性……"波動"は……人の波動から……その人の感情と、思考を読むことが出来ます……さっき……ここに来る途中で読んだんです……オールマイトと一緒に居た彼が……"ヴィランを装った者に盗ませる"……"君を失うのが怖い"……"築き上げた平和が崩れてしまう"……"現状維持の産物でしかなくても"って……考えていたんです……」

 

「そ、それは……!!その話に、嘘偽りは一切ないんだね?」

 

オールマイトが確認してくる。

私を信じられないというよりも、親友の犯行を信じたくないって感じだと思うけど。

透ちゃんは、変わらずに私の手を握ってくれている。不思議と、手の震えが止まっている気がした。

 

「はい……誓って、嘘はないです……」

 

「……そうか」

 

「あと一つ……ヴィランは、装った者なんかじゃない……あれだけの悪意を持っているのは……本物のヴィランだけです……デビット博士がヴィランを装った者と考えていたのを考えると……デビット博士を騙して……本物のヴィランを手引きした人がいると思います……」

 

私の言葉を受けて、オールマイトがさらに考え込んだ。

 

「……私から可能性があると言えるのは、助手のサムくらいだ。彼なら、いつもデイブと一緒に居たはずだ。もし本当にヴィランの手引きをする相談をするとしたら、彼以上の存在はいない」

 

「助手のサム……分かりました……私が……ここで2人の監視をしておきます……なので……」

 

「ああ。私は、まずヴィランを制圧してくる。デイブのことは、申し訳ないがその後だ」

 

そこまで言うと、オールマイトは凄まじい速さで姿を消した。

助手のサムという人の波動をセントラルタワーの中から探す。

今、デビット博士に会っている人がそうだろうか。

思考を注視して、すぐに確信した。この人だ。

やっぱりこの人が故意に悪質なヴィランを手引きしている。

私は2人の監視に努めた。

 

そうしていると、透ちゃんが明るい声で話しかけてきた。

 

「いやぁ!何かあるなぁって思ってたけど、やっぱりそういうことだったかー!」

 

「……怖くないの……?」

 

「さっきも言ったでしょ!怖くなんてない!瑠璃ちゃんは私の一番の友達なんだから!こんなことで嫌いになったりしないよ!」

 

本当に、嘘が一つもない。心の底から言ってくれている。

そう確信できた途端、自然と涙が流れてきていた。

透ちゃんは私の手をぎゅっと握りながら話し続けてくれる。

 

「でも考えてることが分かるのかー。あ、もしかしなくてもこの前の勉強の時、これ使って私に教えてくれてた?」

 

「……ん……考えてる途中の……間違ってるところを……指摘したり……重点的に説明したりした……」

 

「やっぱりか!他には……―――」

 

透ちゃんはその後も読まれていたかもしれない時をどんどん挙げていく。

明るく茶化すような感じではあったけど、いつもと変わらない感じで話し続けてくれている透ちゃんに救われた気がした。

 

 

 

少し話してから、透ちゃんが切り出してきた。

 

「よし!瑠璃ちゃん!内通者の2人がいる場所、教えて?」

 

「……なんで……?」

 

「瑠璃ちゃん、今も監視してるんだよね?でも、いくら考えてることが分かるからって、会話とか、電話とかまでは分からないでしょ?前に響香ちゃんにそんな感じのこと言ってたし!だから私が隠れて会話とかを見張ってるよ。その方が確実でしょ?」

 

透ちゃんの言うことも分かるけど、それは危険な気がする。

デビット博士の方は大丈夫だと思うけど、サムの方は見つかった場合何をしてくるか分からない。

 

「あ、今危ないとか考えてるでしょ。大丈夫!これでも隠密系ヒーローのところで職場体験したんだよ!任せて!何かあったら連絡するからさ!」

 

確かに、透ちゃん1人なら見つかることはそうそうないだろうけど……

私が一緒に行くと隠密行動の邪魔になるし、行くとしたら1人で行ってもらうことになる。それは心配でしかない。

だけど、透ちゃんもヒーロー志望で、隠密行動に特化しているのもまた事実ではある。

私は離れていても透ちゃんの様子が分かるし、危なくなったらすぐに助けに行けばいいかな。

 

「……少しでもおかしいと感じたら……戻ってくるって約束してくれるなら……いいよ……」

 

「もちろん!守らないと瑠璃ちゃん突撃して来そうだし、ちゃんと守るよ!あ、それと、瑠璃ちゃんはここで待っててね!オールマイトが戻ってくるの、ここだろうし!もし内通者が逃げ出したら瑠璃ちゃんがオールマイトに伝えないとダメでしょ!」

 

図星を突かれた上に、こっそり着いていくなんていう可能性すら潰してくる。

 

結局私は、透ちゃんに2人がいる場所を教えることにした。

透ちゃんは手袋とブーツを私に預けて気配を消しながら2人の所に向かっていった。

透ちゃんが部屋の中に潜り込んで会話を、私がこの場で思考を監視し続けたけど、ヴィランがオールマイトに襲われた時に通信が来たくらいしか動きがなかった。

オールマイトにバレたことでサムは慌てふためいていたけど、その状況で出来ることはなかったみたいだ。

逆にデビット博士は悟ったような思考をしていた。『流石だな、トシ』なんて寂しそうな感じで考えている。一方で、オールマイトの個性の衰えを心から心配して憂いてもいる。本当に大切な親友なんだと言うことが、分かってしまった。

 

それとは対照的に、サムは好きになれない小物感漂う負の感情を垂れ流している。

サムは動かなくなったデビット博士を放って逃走し始めた。透ちゃんもサムを追い始めている。

 

だけど、そのタイミングでオールマイトが戻ってきた。

 

 

 

結局、事件はオールマイトがあっという間に解決した。

オールマイトの説得でデビット博士も自首して、素直に応じようとしなかった助手のサムもオールマイトが何とかした。

唆してヴィランの手引きをしたサムの方は投獄は免れないらしいけど、デビット博士の方はまだ保留。今後の裁判で決まるらしい。

私と透ちゃんも軽い事情聴取を受けたけど、オールマイトに知らせたことを褒められてすぐに終わった。

 

私の個性のことに関しては、オールマイトと透ちゃんに他言しないようにお願いした。

まだ皆に教えるだけの踏ん切りはつかない。2人とも快く了承してくれた。

 

全てが終わる頃には、外はもう真っ暗になっていた。

その段階でスマホを見たら、私と透ちゃん、どちらも着信履歴と通知が凄いことになっている。

心配をかけてしまったみたいだ。

まあ、あんな言い訳で抜け出して戻ってこない上に、ヴィランが出たなんて騒動になれば当然か。

私と透ちゃんは皆に平謝りすることしか出来なかった。

 

 

 

皆楽しみにしていたレセプションパーティーは中止になってしまった。

明日予定されていたI・エキスポの一般公開も延期になった。

三奈ちゃんのテンションが地に落ちる勢いで落ちてしまっている。

上鳴くんと峰田くんは喜んでいるような落ち込んでいるような、複雑な感情をしていてよく分からなかった。

そんなにバイトが嫌だったんだろうか。

でも、なんとオールマイトが落ち込むみんなのためにイベントの代わりにバーベキューを企画してくれることになったのだ。

皆でバーベキュー、楽しみだ。




事件解決RTA
オールマイトに丸投げする
以上!!
でもまぁこの状況に陥ってオールマイトと親交がある雄英生がオールマイトに相談しないわけがないし、さもありなんって感じですね。

瑠璃が早期に発見したことによって起きた変化は以下の通り
・ヴィランが装置を使用していないため強化されていない
・オールマイトがパーティーや人質で拘束されている時間がなかったため制限時間があまり減っていない
・人質がいない、ヴィランは一応警備員を人質にできるがそれだけ
・プロが動ける状況なので学生が動くことはできない
・既に内通者は補足済み
・セントラルタワー内に瑠璃がいるため内通者の行動は常に感知され続けている
・オールマイトによるヴィラン襲撃時内通者はセントラルタワーでパーティーの準備をしている
・上記から、ヴィランから発覚を知らされたとしてもセキュリティの乗っ取りなどを出来るはずもないし、ヴィランが確保された後に乗っ取ったって意味がない
・たとえ逃走しようとしても位置と思考を読んでる瑠璃とその場で監視し続けている葉隠の監視網で逃げるのは困難


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バーベキューと密談

I・アイランドの中にある湖の側のテラス。

そこに私たちは集まっていた。

オールマイトが企画してくれたバーベキューに参加するためだ。

 

山のように準備された高そうなお肉と野菜。

それをオールマイトが、グリルで手ずから焼いてくれている。

美味しそうな匂いを漂わせながらじゅうじゅうと焼けてきているお肉は、もうそろそろ食べごろな気がする。

 

「さぁ食べなさい!!」

 

「「「いっただきまーす!!」」」

 

ムキムキの姿のオールマイトに勧められて、見守っていた皆は一斉に声を上げた。

 

だけど、流石オールマイト。

エキスポが中止になって皆落ち込んでいたとはいっても、こんな企画をしてくれるなんてすごい太っ腹である。

 

「やったー!!肉だ肉だー!!」

 

「たくさんあるから、お腹いっぱい食べなさい!少年少女たち!」

 

切島くんと上鳴くんが大はしゃぎしている。

その横でオールマイトが、すごい勢いで消えていくお肉を補充していく。

No.1ヒーローにこんなことをさせているなんて、すごい贅沢だ。

 

「……美味しい……」

 

「お肉うまー!思わず飛び上がっちゃうよ!」

 

「……飛び上がる……?」

 

無くなる前に第一陣のお肉を取って食べる。

透ちゃんも美味しそうにお肉にかぶりついている。

だけど透ちゃんのその表現はよく分からない。どういうことなんだ。

 

「うんまー!」

 

「串、気を付けなよー」

 

串付きのお肉にかぶりつく三奈ちゃんに、響香ちゃんが笑って注意を促す。

その近くでは口田くんが別の鉄板で焼いたお肉を頬張っていた。

彼も無口な割にすごく美味しそうに食べている。表情豊かだ。

 

「うう~ん!美味しいね、梅雨ちゃん!」

 

「ええ、青空を見ながらだと、余計美味しくなる気がするわね」

 

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんは楽しそうに「あーん」と食べさせあっている。

 

その横では、百ちゃんが凄まじい勢いでお皿と串を量産していっていた。

 

「バーベキューなんて初めてですけれど、なかなかいいものですわね。お肉もお野菜も、とても美味しいですわ。今度家の庭でやってみようかしら。あら、このラムもイケますわ!あっ、このソーセージもいただかないと!」

 

「無限……」

 

近くにいた常闇くんが唖然としながらお皿の山を眺めている。

だけど、本当に百ちゃんの身体のどこにあれだけの量が入っていくんだろう。

不思議だ。

 

「ワイルドな肉汁が俺を獣にさせるぜー!」

 

百ちゃんの向かいで何やら砂藤くんが叫んでいる。

尾白くんにアピールしてる?よく分からない。

 

そんな様子を眺めていたら、ソーセージのお皿を持ちながら百ちゃんが話しかけてきた。

 

「それにしても波動さん、昨日のあれはそういうことでしたのね。戻ってこなくて皆心配していたのですよ?」

 

どうやら昨日、適当な言い訳で抜け出してオールマイトのところへ行ったことを言っているらしい。

 

「ん……ヴィランの波動を感じたから……オールマイトに伝えに行った……オールマイトがいるのは知ってたから……」

 

「でも、私たちくらいには教えてくれてもよろしかったのに」

 

百ちゃんは隠していたことを若干不満そうにしている。

まあ百ちゃんたちだけだったら教えていたと思うけど、あの場にはメリッサさんもいた。

 

「あの時……メリッサさんもいたし……ヴィランは潜伏中とは言っても……騒ぎになったら何するか分からなかったから……」

 

「それはそうですけれど……いえ、ですが葉隠さんは波動さんの変化に気が付いて確認したんですものね……これも己の未熟さ故ですわね……」

 

結局自己完結したみたいだ。

自分の未熟さを悔いているみたいだけど、あれは透ちゃんがおかしいだけだと思う。

 

「あれは……透ちゃんがおかしい……」

 

「ん?私がどうかした?」

 

自分の名前が出たことに気が付いたらしい透ちゃんが話しかけてきた。

 

「透ちゃんの観察力……最近おかしい……」

 

「え?そうかな?……まあ、口数少ない瑠璃ちゃんを観察してると、何考えてるか多少予想できるようになるよね!」

 

「つまり、鍛錬あるのみということですわね!」

 

「……あんまり見られると……恥ずかしい……」

 

透ちゃんが恥ずかしいことを言っているし、百ちゃんまで同調している。

あんまりじっくり見ないで欲しい。

 

 

「ここら辺、もういいぞ」

 

「ひゃっほー!肉祭りじゃー!」

 

また別の鉄板では障子くんが複製腕も使って焼いたお肉を振舞っていた。

それを峰田くんが大量にとって、何本もの串に幸せそうにかぶりついている。

 

「峰田くん!そんなにたくさん何本も一人で取ってしまっては、他の人が食べられなくなるだろう!それに一度に全部食べられないから、肉が冷めてしまうぞ。それでは君も残念ではないか!」

 

「ま、まぁまぁ落ち着いて飯田くん!」

 

委員長として張り切っている飯田くんが峰田くんに注意する。

それを緑谷くんが困ったような顔をしながら抑えていた。

 

「両手いっぱいの肉祭りくらいやらせろよ~、オイラの美女との出会いが無くなっちまったんだから!」

 

何か嘆いているけど、何を考えているんだこのブドウ頭。

バイト中にナンパして出会いなんてあると思っているんだろうか。

というか、このブドウ頭に靡く美女がいるとは思えない。

響香ちゃんも呆れた表情を浮かべている。

 

「なんで出会える前提なの」

 

「ね……しかもバイト中に……」

 

私たちの言葉を受けて、ブドウ頭は何かを堪えるように呻き始めた。

 

「っ、こーなったら食いまくってやらぁー!!」

 

「峰田くん!さっきから肉しか食べてないじゃないか!野菜も食べねば立派なヒーローにはなれないぞ!」

 

「肉祭りに野菜はおよびじゃねーんだよぉ!」

 

飯田くんの指摘にブドウ頭が叫ぶ。

やけ食いか。まぁこっちに被害が来ないだけマシな気がする。

 

そんなことを考えていたら、一通り肉を焼いて鉄板の管理を交代したらしいオールマイトが近づいてきた。

 

「波動少女、少しいいかな」

 

「……?はい……」

 

「よし、少しあっちで話そう」

 

何をしに行くのか聞いてくる皆に対して、オールマイトが昨日のことを聞くだけだと言って暗に着いてこないように言い含めていた。

 

 

 

オールマイトに先導されてテラス近くの公園の方へ移動した。

木陰に隠れたところで足を止める。

 

「もう……大丈夫ですよ……周りに誰もいません……」

 

「ああ、すまない。ありがとう」

 

そう言うとオールマイトは身体から煙を出しながら、がりがりの姿に戻った。

 

「話というのは他でもない。今まで君の前で、あまり他言できないことを何度も考えていたことを思い出してね。波動少女がどこまで知ってしまっているのかを把握したい」

 

「……全部言っても……?」

 

「ああ、頼む」

 

「分かりました……周囲の警戒をしながら……話しますね……」

 

そして私は周囲の波動を警戒して誰も近づいてこないことを確認しつつ、一つずつ今まで知り得たことをオールマイトに伝えた。

 

・個性を奪う個性"オールフォーワン"の存在

・それに対抗するために受け継がれてきた個性"ワンフォーオール"の存在

・オールマイトの個性はОFAだったが、既に次代に引き継いでしまっていること

・後遺症と衰えと継承のせいでオールマイトはもう1時間も戦うことができないこと

・それらのこともあり、オールマイトが次代を育成するために雄英に赴任したこと

・ОFAの継承先は緑谷くんであること

・緑谷くんの職場体験先のプロヒーローグラントリノはオールマイトの恩師であり、オールマイトの前の代のОFA継承者と縁がある人であること

・爆豪くんは真に受けていないが、緑谷くんが爆豪くんに人からもらった個性であることを暴露したこと

・ヴィラン連合のブレーンがAFОであること

・オールマイトの寿命がもう長くないということ

 

話している途中からオールマイトの顔色はどんどん悪くなっていって、今はもう汗をだらだら流してしまっている。

 

「シット!!ほぼ全て知っているじゃないか!?そのこと、誰かに話したりしてないだろうね!?」

 

「はい……誰にも……話してないです……」

 

「そ、そうか」

 

内心で『波動少女の口が堅くて助かった』とか考えているけど、そこまで読まれていることを分かっているのだろうか。

そんなこと毛ほども気にしていないのか、オールマイトは話を続ける。

 

「波動少女には申し訳ないが、このことは誰にも口外しないでくれ。もちろん、緑谷少年にもだ。必要なことは、私が折を見て彼に伝えていきたい」

 

「それは……大丈夫ですけど……」

 

「ありがとう」

 

オールマイトの要望を聞くのは全然問題ない。

むしろこれは進んで広めたい内容ではないし。

……オールマイトの話はここまでっぽいし、私からもオールマイトに言いたいことがある。

 

「じゃあ……私からもいくつかいいですか……?」

 

「ん?ああ、なにかな?」

 

「デビット博士のことです……」

 

「デイブのこと?」

 

オールマイトが訝しげに問いかけてきた。

 

「彼は……こんな犯罪に手を染めてしまうほど……心の底からオールマイトのことを……案じていました……彼にくらいは……伝えてもいいんじゃないですか……?」

 

「……」

 

オールマイトは真剣な表情で考え込み始めた。

ここから先は私が易々と踏み込んでいい話じゃない。結局、どうするかはオールマイト次第だ。

 

「それと……なんで死期が近いことを……緑谷くんにも隠してるんですか……?」

 

「……彼は、私のファンだからね。悲しませるだけだ。それに緑谷少年はきっとその未来を変えようとして、無茶をするだろう。ナイトアイの予知で定められた未来が変えられたことはない。未来を変えられない絶望なんて、味わって欲しくないんだ」

 

「……大切な弟子でも……ですか……?」

 

「あぁ。その方が、緑谷少年のためだ」

 

もうオールマイトが考えていることは大体分かった。

サー・ナイトアイの未来予知が外れたことがないから、そこをゴールと定めて全力で走り続けてきたみたいだけど、いくらなんでもこれは酷いだろう。

そんなことが、本当に緑谷くんのためになるだろうか。

私だったら、信頼している師匠に、死期が分かってるのにそれを隠されたまま死なれたら……ミルコさんに同じことをされたら、私は信頼されていなかったんだと絶望してしまうと思う。

 

「本当に……そう思いますか……?私がミルコさんに……同じことをされたら……私は……頼ってもらうことすら出来なかったんだって……絶望して……ずっと自分を責め続けると……思います……緑谷くんも……きっと……」

 

「……それは、そうかもしれないが……」

 

私が言うことにも、理解は示してくれている。

でも、全然思考の根本が変わってない。どれだけ頑固なんだ。

 

「私が言ったところで……変わらないとは思いますけど……私は……打ち明けた方が……いいと思います……」

 

「……波動少女の言うことも、もっともだ。もし、打ち明けた方がいいと私自身が判断できたなら、その時は打ち明けようと思う」

 

つまり、今は言うつもりがないと言うことか。

私が本心を見抜いている前提で言っているのか、もうこれ以上この件について答えるつもりはないみたいだ。

それなら、もうこの件について私から言えることはない。酷い師匠だとは思うけど。

 

……そうだ、あともう一つ言っておかないと。

 

「あともう一つ……」

 

「……ああ、なんだい?」

 

「オールマイト……緑谷くんもですけど……2人とも……表情と態度に出すぎです……」

 

「ど、どういうことだい?」

 

あまりの落差に拍子抜けしたのか、オールマイトが困惑している。

でもどういうことも何も言葉通りの意味だ。

ちょっと確信に近い質問をされるだけで焦ってワタワタしだすし、逆に真顔になったり冷や汗を流したりもしている。

今も冷や汗を流しているし、分かりやすすぎる。

No.1ヒーローとしてはそういう姿はチャームポイントになるんだろうけど、隠さなければいけない秘密を持つ者の姿としてはどうなんだと思う。

 

「言葉通りの意味です……隠すつもりがあるなら……もっとどしっと構えててください……保健室で姿のことを言ったときも……そうでしたけど……分かりやすすぎです……」

 

「そ、そんなに分かりやすかったかな?」

 

「はい……思考を読まなくても……何かあると思えるくらいには……」

 

「そ、そうか……」

 

オールマイトがズーンと暗い雰囲気を纏って落ち込んでしまった。

だけどすぐに気を取り直したのか元の感じに戻って、ついでのようにムキムキの姿に戻った。

 

「いや、すまない。今後気を付けるよ。波動少女からはそれだけかい?」

 

「はい……これだけです……」

 

「そうかい。じゃあ皆のところにお戻り!楽しいバーベキューはまだこれからだからね!」

 

「はい……ありがとう……ございます……」

 

そこで話は終わって、オールマイトの言葉に従ってバーベキュー会場に戻った。

 

オールマイトはしばらく戻ってこなかったけど、皆でワイワイしながらするバーベキューは凄く楽しかった。

エキスポはヴィランのせいであまり楽しめなかったけど、これはこれでありかもしれない。

林間合宿でも似たようなことが出来るかもしれないし、すごく楽しみだ。



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自主トレ!

I・アイランドから帰ってきて数日経った。

今日は林間合宿の前日。普通ならこのまま明日の準備をして一日を終えるところだ。

だけど今日はお姉ちゃんのインターンがないらしい。

一緒にお茶会でもどうかと思ったんだけど、お姉ちゃんがこの前約束していた波動の操作のコツを教えてくれると言ったくれたのだ。

お姉ちゃんも疲れてるだろうし、無理に早くしなくてもいいとは言ったんだけど、林間合宿の前までに教えておいた方が私の成長につながるからと固辞されてしまった。

 

「体育館γ……?」

 

「そう!トレーニングにはうってつけなんだよ!」

 

場所はお姉ちゃんがどうにかしてくれるって聞いていたけど、私が今まで使ったことがない場所を借りたらしい。

お姉ちゃんがこう言うからには何か凄い設備があるんだろうか。

 

 

 

体操服に着替えてから体育館γにやってきた。

入った体育館は、灰色の岩山のようなものがそびえ立っていた。

なんだこれ。

というか、体育館なのになぜ岩山あるんだろう。

私の思考が疑問に埋め尽くされていると、お姉ちゃんがはしゃぎながら話しかけてきた。

 

「ねぇねぇ知ってる?ここはねぇセメントス先生が岩山とかをババーンって出せるんだよ!知ってた!?言ったっけ!?」

 

「ん……知らなかった……凄い……」

 

高校生になってから昔のようにはしゃぎながら色々知りたがったり教えたがったり、お姉ちゃんの可愛さが天井知らずになっている。

天使と言っても過言ではない。この尊さを世界に知らしめるべきだ。

 

それはさておき、どうやらこの体育館はコンクリートで作られていて、セメントス先生が地形を弄れるようにしてあるらしい。

なるほど、確かにこれならお姉ちゃんの波動の的にぴったりかもしれない。

それに修理費とかもかからないだろうし経済的でもある。

セメントス先生ありきではあるけど、色々考えられているらしい。

 

「でしょ!?すごいんだよ!申請するときに出しといてもらえるようにお願いしといたの!」

 

「なるほど……ありがと……」

 

お姉ちゃんがわざわざお願いまでしてくれていたようだった。

可愛い上に優しくて気が利いているなんて、完璧超人すぎる。流石私のお姉ちゃんだ。

 

「じゃあ早速始めよっか!」

 

「お願いします……!」

 

「じゃあまず、今の瑠璃ちゃんが出来る放出、見せて!」

 

「ん……分かった……」

 

お姉ちゃんに言われた通りに、波動の圧縮、放出を披露する。

地面を蹴る瞬間に圧縮した波動を噴出して高速移動。

ジャンプの踏切りで使ってハイジャンプ。

ジャンプの途中で手から放出して2段ジャンプ。

期末試験で使った波動の噴出の勢いを使った裏拳。

練習中でまだあんまりうまくないけど、掌底突きをしながら掌底から圧縮した波動を噴出などなど、とにかく出来ることとか想定していることを見せていった。

 

「すごいすごい!瑠璃ちゃんがこの4か月とっても頑張ったのがよく分かるよ!」

 

「うん……がんばった……」

 

お姉ちゃんが頭を撫でてくれて思わず笑顔になってしまう。

 

「それで、瑠璃ちゃんが知りたいコツってどういう方向性なの?」

 

「近接攻撃は……ミルコさんに相談に乗ってもらってるんだけど……他にも……お姉ちゃんみたいな……遠距離攻撃が出来るようになりたくて……」

 

「なるほどねー。遠距離攻撃かー」

 

お姉ちゃんはそう言って考え込み始めた。

だけどすぐに考えるのをやめて、気合を入れなおして次の行動に移っていく。

 

「よし、じゃあ最初に一通り見せるからしっかり見ててね!」

 

笑顔でそう言ったお姉ちゃんは、足から波動を放出して浮かび上がった。

これもお姉ちゃんは普通にやってるけど、すごく繊細な操作をしているはずだ。

波動を足から噴出し続けたとしてもこの挙動にはならないはず。

どうやったらあんなに自然に飛べるんだろうか。

私は波動の量の問題であんな風に飛び続けることなんてできないけど、跳躍のヒントになるかもしれない。

 

「まずは普通にいくねー」

 

そう言うとお姉ちゃんは手からねじれる波動を放出し始めた。

渦を巻くようにゆっくりと放出される線状の波動は岩を貫いていった。

 

そのままお姉ちゃんはいくつもの技を惜し気もなく披露していった。

 

周囲に小さく細切れにされたような波動をばら撒く技。

岩の周りをねじれる波動で囲むように旋回させる技。

岩を鞭のようにした波動で掴んで投げ飛ばす技。

お姉ちゃんの必殺技でもある、ねじれる波動(グリングウェイブ)

ねじれる波動(グリングウェイブ)は特にすごくて、打った先の岩山が完全に崩壊してしまっていた。

 

本当に色々な技を見せてくれた。

その技のどれもが、すごく繊細な操作を必要としていていることが容易に想像できた。

 

「多分これが一番瑠璃ちゃんの参考になると思うから、よく見ておいてね!」

 

空を飛んでいるお姉ちゃんが大きな声で呼びかけてくる。

お姉ちゃんが両腕にらせん状のねじれる波動を纏わせている。

その両手の波動を練り上げるように合わせて、正面にビームのように打ち出した。

 

ねじれる洪水(グリングフロッド)!!」

 

その波動のビームは、片手で放たれるものよりも遥かに大きなものだった。

片手ずつ同時に打っても、こうはならないと思う。

そんなことを考えていると、お姉ちゃんがふんわりと宙を浮きながら降りてきた。

 

「どうだった?分かった?」

 

「ん……ちょっとだけ……」

 

しばらく考えて、ようやく理解した。

お姉ちゃんは、波動の量が足りていない私が遠距離攻撃として波動を放出できる可能性がある方法を提示してくれたんだ。

私はそもそも波動の量が足りていないのが問題点だ。

だからお姉ちゃんは、少ない量の波動でも遠距離攻撃にできる可能性のある、両手から波動を重ね合わせて増幅させる技術を見せてくれた。

 

ただ、今まで片手から波動を噴出しても、それはただの衝撃波になるだけだった。

当然、その衝撃波を遠距離攻撃としての体を保つことができるビームなりなんなりに変える方法を考える必要がある。

ビームにする方法はお姉ちゃんの個性の領域になっちゃうから、教えてもらうのはちょっと難しそうではある。

だけどその方法を考えて、それに加えてさっきのお姉ちゃんの練り上げるような波動の増幅を出来るようになれば、いい感じの遠距離攻撃に出来るかもしれない。

 

「お姉ちゃん……さっきの……ねじれる洪水(グリングフロッド)の……波動を練り上げる感じのコツ……聞きたい……」

 

「うん!いいよー!」

 

 

 

お姉ちゃんは何度も技を見せながら、丁寧にコツを教えてくれた。

感覚的とは言っていたけど、分かりやすい範囲だと思う。

むしろこんな力の調節の部分のコツを聞かれて、ちゃんと言語化して伝えてくれているお姉ちゃんは凄いと思う。

コツを聞きながら練習方法も相談させてもらった結果、お姉ちゃんに提案された両手から極少量の波動を放出して合わせる練習をすることになった。

 

試しに手から波動を放出してみるけど、すぐに霧散してしまってなかなかうまくいかない。

 

「……うまくいかない……」

 

「うーん……瑠璃ちゃん、どういうイメージで合わせようとしてるの?」

 

「えっと……普通に、手から出た波動を混ぜようとしてる感じ……」

 

「もっとしっかりと、どういう風に波動を動かすのか意識した方が良いと思うよ。ぼんやりした感じで混ぜるのはムズかしいよ」

 

「具体的に……」

 

お姉ちゃんの言うことももっともだと思った。

お姉ちゃんのねじれる洪水(グリングフロッド)を小さくした感じをイメージしてやってみようかな。

 

もう一度、極少量の波動を手から放出して、お姉ちゃんがやっていた波動の流れを意識して混ぜようとしてみる。

だけど、波動の量が少ないからか、なかなかうまくいかない。

何度も試してみるけど、成功の兆しすら見えない。

 

しばらく私が躍起になって波動を放出をしていると、お姉ちゃんに腕を掴まれた。

 

「そんなにムキになってもダメ。それに、昔みたいに倒れちゃうよ。休憩しよ?」

 

そう言ってお姉ちゃんはジャスミンティーを差し出してくる。

というかこれ、私がお姉ちゃんのために入れてきたジャスミンティーなんだけど……

そうは思ってもお姉ちゃんに勧められたものを拒否できるわけもなく、一緒にジャスミンティーを飲みながら休憩することになった。

「おいしー!」なんて言いながら嬉しそうに飲むお姉ちゃんに、私も嬉しくなってしまう。

ゆっくりジャスミンティーを飲んでいると、不意にお姉ちゃんに話しかけられた。

 

「ね、瑠璃ちゃん。無理に私の真似をする必要はないんじゃないかな」

 

「え……?」

 

「さっきの、私のやり方をそのまま真似しようとしてたでしょ。瑠璃ちゃんには瑠璃ちゃんにあった方法があるはずだから、真似じゃなくてちゃんと考えよ?ね?」

 

確かに、私はお姉ちゃんの真似しようと躍起になっていた。

言われてみれば、お姉ちゃんは活力を波動のエネルギーにして、大量の波動を練り上げているんだから、同じ方法でやってもダメか。

指摘されてようやく気が付いた。

 

「それに、瑠璃ちゃんの波動の圧縮、すごいと思うよ!私でもあそこまで細かい圧縮できないよ!どうやってるのか気になっちゃう!不思議!」

 

「ん……そうかな……」

 

「そうだよ!瑠璃ちゃんには瑠璃ちゃんの強みがあるんだから、そこを生かして行こ!ね!」

 

つまり、ただ混ぜるんじゃなくて、放出した波動を身体の外で圧縮してみたらどうかっていう提案だろうか。

身体の外での圧縮となると難易度はさらに跳ね上がりそうな気がするけど、何事も挑戦か。

 

 

 

ジャスミンティーを飲み終わったあたりで休憩も終わりにして、身体の外での波動の圧縮を試してみる。

今までと同じ要領で圧縮しようとすると、何かに詰め込むイメージが必要になる。

手の間でやることを考えると、球体に詰め込むイメージが良いかな。

そう思ってゆっくりと両手から波動を放出して、丸い玉に波動を詰め込むイメージで圧縮していく。

だけど集中が足りていなかったのか、圧縮の仕方が足りないのか分からないけど、波動はすぐに霧散してしまった。

 

その後も何度も挑戦していくけど、なかなかうまくいかない。

もうちょっと何かないかと考えて、さっきのお姉ちゃんが教えてくれたねじれる洪水(グリングフロッド)の波動を練り上げるコツを思い出した。

ゆっくりと波動を放出する。

お姉ちゃんが両手の波動を合わせるために渦のように練り上げたイメージで、イメージしている球体の外側から内側に波動を循環させていく。

そのまま小さな球体に無理矢理詰め込むイメージでさらに圧縮を掛ける。

 

次の瞬間、私の両手の間に、すごく小さいけど、紫黒の外郭で中心が青白い光を放つ球体が出現した。

小指の先程度の大きさしかないその球体は、パチパチと波動を迸らせながら渦巻いている。

成功、した……?

 

「ね!ね!瑠璃ちゃん!打ってみて!それが飛んでる所見てみたい!不思議不思議!」

 

お姉ちゃんが大興奮で私の周りをぐるぐる回って波動の球体を観察している。

お姉ちゃんの期待に応えるためにも、私はその球体をそのまま前に押し出した。

波動の塊は意図したとおりにまっすぐ飛んで行く。

そのまま正面の岩山に飛んでいって、ぶつかった瞬間に弾けて、少しだけ岩肌を削り取って消えてしまった。

 

「すごいすごい!あれ波動の塊だよね!不思議ー!」

 

私を抱き上げてぐるぐる回って大興奮するお姉ちゃんに、私も嬉しさがこみあげてくる。

まだ威力は全然だけど、遠距離攻撃の可能性が見えた気がした。

 

 

 

波動の訓練に集中していたせいで気が付いていなかったけど、外はもうすっかり夕方になっていた。

訓練もここまでにして、先生に挨拶してから帰宅する。

私も明日の準備をして早々に寝ることにした。

明日はついに林間合宿。待ちに待った透ちゃんたちとの泊りがけの学校行事だ。



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バスの旅(前)

林間合宿当日。

 

A組、B組計40人のヒーロー科1年は、朝早い時間に雄英高校のバス停に集合していた。

 

「え?A組補習いるの?つまり赤点取った人がいるってこと!?ええ?A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ!?あれれれれぇ!?」

 

相変わらず心がアレな物間くんが、こちらを煽ってくる。

というか他のB組の人の思考を見る限り、彼も赤点組みたいなのになんで煽れるんだ。

相変わらず摩訶不思議な行動をしている。

そんな物間くんの背後から拳藤さんが近づいてきて、いつものように首に手刀を繰り出した。

 

「ごめんな」

 

物間くんは速やかに回収されていった。

拳藤さんの鮮やかな手並みに驚いてしまう。

拳藤さんが通り抜けた横には、B組女子の面々が揃っていた。

 

「物間こわ」

 

「体育祭じゃなんやかんやあったけど、まァよろしくねA組」

 

「ん」

 

最後の、小大さんだったかな。私と似たような雰囲気を感じる。

彼女も口数が少ないんだろうか。

ちょっと親近感を感じてしまう。

 

「よりどりみどりかよ……!!」

 

「おまえダメだぞそろそろ」

 

……このブドウ頭、私たちだけでは飽き足らず隣のクラスにまで被害を出すつもりか。

覗きをするつもり満々みたいだし、絶対に阻止しなければ。

クラスの恥以外の何者でもない。

 

「B組のバスはこっちだよー。早くしな」

 

物間くんの処理が終わったらしいB組委員長の拳藤さんが、B組に声をかける。

B組生徒がぞろぞろバスに乗っていく中、ブドウ頭がただただ気持ち悪い思考を垂れ流していた。

 

「B組も粒ぞろい……」

 

涎を垂らし息を荒げながらB組女子を視姦する性欲の権化の姿は、性犯罪者のそれでしかない。

思わずブドウ頭に蔑み見下す視線を向けてしまう。

透ちゃんが隣で、『あー、瑠璃ちゃんが峰田くんに厳しいのって、そういうこと……』なんて私がブドウ頭に殊更手厳しい理由に納得しているみたいだ。

透ちゃんが考えている通り、このブドウ頭の思考がすごく気持ち悪いから私がブドウ頭に厳しくなるのは仕方ないことなのだ。

とりあえず透ちゃんがブドウ頭の被害にあわないように私が守らないと……

 

「峰田くん!そっちはB組のバスだぞ。早く席順に並びたまえ!」

 

飯田くんの声でようやく気持ち悪い思考をやめたブドウ頭が、渋々A組のバス乗り場に集まった。

 

「では、みんな席順で乗り込もう!」

 

テキパキと出される飯田くんの提案に、三奈ちゃんが不満そうに抗議の声を上げた。

 

「席順じゃなくてもいいじゃん。適当に自由に座ろうよー」

 

「しかし、席順の方がスッと座っていけるのではないか?」

 

「だぁって、せっかくの合宿なのにいつもと同じ席順じゃつまんないじゃん」

 

「芦戸くん、合宿は学校行事なのだから、つまらないとかいう感情は関係ないのでは」

 

「俺も自由に座りてー」

 

上鳴くんも三奈ちゃんに続くように声を上げる。

私も透ちゃんと隣が良かったけど、席順ならそれはそれで響香ちゃんが隣だからどっちでも大丈夫だ。

だけど、そろそろ話をまとめないとまずいと思う。

 

「では、ここは多数決で「いいからさっさと乗れ。邪魔だ」

 

いつも通り空回りしまくっている飯田くんの発言を、相澤先生が遮った。

ちょっと怒ってるし、早く乗った方が良い。

皆も分かっているのか、素早くバスに乗っていった。

 

バスの車内は、観光バスによくある左右2列ずつで合計4列の造りだった。

皆ワイワイとどこに誰と座るかを話しながら乗りこんでいて、何度も通路がつかえてしまっている。

 

「瑠璃ちゃん!一緒に座ろ!」

 

「ん……座ろ……」

 

透ちゃんが声をかけてくれた。

最後の方にバスに乗った私たちは、運転手の後ろに座っている相澤先生の後ろの席に座った。

通路を挟んだ隣には三奈ちゃんと切島くん、私たちの後ろには青山くんと轟くんが座っている。

 

まだワイワイ右往左往している皆に対して、先生が「どこでもいいからさっさと座れ」なんて地を這うような声で言って座らせることで、ようやく騒ぎが落ち着いた。

 

 

 

バスがゆっくりと走り出す。

次第にスピードを上げて景色が過ぎていく様子に、皆が静かにしていられる時間は長くなかった。

 

「一時間後に一回止まる。その後はしばらく……」

 

相澤先生が皆に説明しようとするけど、そんな声はテンションの上昇を抑えきれない皆の話し声に遮られてしまっていた。

 

「音楽流そうぜ!夏っぽいの!チューブだチューブ!」

 

「席は立つべからず!べからずなんだ皆!!」

 

「ね!ね!瑠璃ちゃん!しりとりしよ!!」

 

「ん……いいよ……」

 

透ちゃんもそんな空気に当てられたのか私にしりとりを提案してくる。

しりとりをすること自体は吝かではないけど、相澤先生が『わいわいできるのも今のうちだけだ』とか考えているのが気になる。

目的地に着いたら早々に厳しい特訓か何かが始まるのだろうか。

とりあえず楽しめるうちに楽しんでおくことにしよう。

 

「しりとりの『り』!」

 

「……リューキュウ……」

 

「『う』!ウン十万円!」

 

……透ちゃんにしりとりを振られたはずなのに一瞬で終わらされた。

ウケ狙いなんだろうか。

今の私の顔を見て笑っている様子を見るに、私を驚かせたかっただけか。

 

そんな感じの賑やかさに我慢できなくなったのか、飯田くんが立ち上がって叫び始めた。

 

「おおい、みんな!静かにするんだ!林間合宿のしおりに書いてあっただろう!いつでも雄英高校生徒であることを忘れず、規律を重んじた行動を取るようにと……!」

 

さっき立ち上がるべからずなんて自分で叫んでいたのに、自分が立ち上がるのはいいのか……

私がそんなことを思っていても皆はそもそも聞いてすらいなかったみたいで、飯田くんは完全に無視されて隣の緑谷くんに宥められていた。

相澤先生も諦めたのか寝始めてしまっている。

 

「お茶子ちゃん、ポッキー食べる?」

 

「食べるー!」

 

「ポッキーちょうだい」

 

「私も飴持ってきたの、はい!」

 

「ありがと」

 

「ねぇ、ポッキーちょうだいよ」

 

青山くんがさらに後ろの席でお菓子交換をしているお茶子ちゃんと梅雨ちゃんにポッキーを貰おうとして無視されている。

 

「うおっ、青山くん!」

 

「そんなにポッキー好きだったの?青山ちゃん」

 

「メルシィ」

 

ようやく気が付いてもらえて貰ったポッキーのお礼を髪をかき上げながらいう青山くん。

相変わらずである。

 

「昨日、荷物の準備で遅くなって寝坊してしまったのさ。それで朝食を食べ損ねてしまったんだよね。だからせめてポッキーをと思ったのさ☆」

 

「せめてポッキーとは、ポッキーに失礼やで。プレッツェルとチョコレートの夢のハーモニーなんやから」

 

青山くんの言葉にお茶子ちゃんが真面目な感じでポッキーを擁護する。

お茶子ちゃん的には、いつも節約しているのもあって思うところがあるらしい。

それはそれとして、青山くん、嘘を吐いている……?

寝坊したのは本当っぽいけど、荷物の準備とかではなさそうな気がする。

なんでこんなことで嘘を吐くのかよく分からない。

 

「はいはい、レディ」

 

お茶子ちゃんを軽く流すと青山くんは手鏡を見始めた。

 

 

 

お茶子ちゃんたちが後ろの方で昔の修学旅行の話をしているのが聞こえてきた。

お茶子ちゃんが東京の夢の国、梅雨ちゃんは北海道に行ったらしい。

その話で気になったのか透ちゃんが話を振ってきた。

 

「瑠璃ちゃんは修学旅行どこだった?」

 

「私は……北海道……」

 

「じゃあ梅雨ちゃんと同じだね!」

 

「ん……透ちゃんは……?」

 

「私は京都!」

 

元気に教えてくれる透ちゃんの笑顔が眩しい。

 

「京都……楽しかった……?」

 

「うん!グループ行動の時に隠れて皆を驚かせたりして、すっごく楽しかったよ!」

 

それは京都が楽しかったというよりも、驚かすのが成功して楽しかっただけじゃないだろうか。

透ちゃんならどこでも同じことが出来ると思うんだけど。修学旅行のテンションだと面白さが増幅したりするのだろうか。

でも、確かに普通の人が透ちゃんに本気で隠れられたら見つけられないだろうし、驚かせて楽しかったっていうのも理解できなくはないけど。

 

「瑠璃ちゃんはどうだった?」

 

……さっきの質問、しない方が良かったかもしれない。あんな質問したら私も聞かれるのは当然の流れだった。

透ちゃんの質問に、私は返答できなかった。

正直に言って、修学旅行は地獄だった。

学校中から無視されている私とグループを組みたがる人なんていなかった。

早く終わらせたがっている先生に、仲良くしたくもない人たちと無理矢理グループを作らされて、内心でずっと文句を言われ続けていたのだ。

雄英を受験する都合上、休みが多くなりすぎても困るから長丁場になる修学旅行を休むわけにはいかなかった。

そして、行ったら行ったで、グループ行動中も完全に私をいないものとして扱うか、私への悪口と邪険にする思考ばかり垂れ流すような人たちと行動を共にしなければいけない苦痛。

はぐれて先生に何か言われても面倒だし、こいつらと一緒に行動もしたくない。

そう思った私はグループの視界に入らないように一定の距離を保ちつつ、一人で行動していたのだ。

宿も、お風呂も、移動も、全部変わらない。

私の隣の席や同じ部屋になった人の内心での文句を聞き続けるハメになった。

あんなの、楽しかったわけがない。

 

私の様子で大体何があったか透ちゃんは察してくれたらしい。

透ちゃんには友達がいなかったことも言っちゃってるし、思考が読めることも知られている。

何度も怖くないのかなんて聞いたりもしちゃったし、何があったかなんて容易に想像はできるか。

 

「……ごめん、聞かなかったことにして」

 

「……透ちゃんは……悪くないから……私が先に……自分が答えられないような……質問したのが悪い……」

 

「……よし!悲しい思い出なんか忘れちゃうくらい、楽しい思い出を作ろうよ!林間合宿、きっと楽しいよ!」

 

「ん……そうだね……ありがと……」

 

いつものようにうおおおお!と気合を入れる透ちゃんに、思わず笑ってしまう。

透ちゃんとなら、本当に楽しい思い出が出来そうだと思えた。



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バスの旅(後)

「眩しいわ、青山ちゃん」

 

「ウィ……」

 

そんな話をしていると、青山くんの鏡の光が目に入ったらしい梅雨ちゃんが、青山くんに声をかけた。

それに答えるように後ろから元気のない青山くんの声が聞こえる。

振り返ると、そこには青い顔でぐったりとして窓に頭を寄せている青山くんがいた。

透ちゃんも気になったのか青山くんを心配そうに見ている。

 

「……大丈夫……?」

 

「どうしたん?青山くん」

 

私たちの声を聞いて、今まで通路を挟んだ隣の席の緑谷くんと飯田くんの話を聞いていた轟くんも初めて青山くんの変化に気が付いたようだ。

 

「どうした」

 

轟くんの声で緑谷くんと飯田くんも気が付いたらしい。

 

「多分、乗り物酔いね。ずっと鏡を見てたんでしょう」

 

「……美しい僕を見ていて、気持ち悪くなるはずないだろう……?☆」

 

指摘する梅雨ちゃんに青山くんが反論する。

死にそうな顔をしながらウィンクする青山くんに、梅雨ちゃんが心配そうな表情で言葉を続けた。

 

「変わらない態度は立派だと思うけど、無理しなくていいのよ?」

 

「ノンノン……無理なんか……無理……うっぷ」

 

明らかに吐きそうな青山くんに、お茶子ちゃんが慌てだす。

 

「吐く!?袋、袋!」

 

「……美しい僕が美しくないものを吐くわけない……たとえ吐いたとしてもキラキラしたものしか吐かない……おっぷ」

 

ここまできて、騒いでいた他の皆も流石に気が付いたらしい。

 

「え?なに、青山酔ったの?」

 

「まぁそれは大変ですわ!」

 

「大丈夫ー?」

 

「……自業自得……」

 

常闇くんや百ちゃんを含めた何人かが思い思いに感想を言っているのを他所に、梅雨ちゃんが冷静にアドバイスをし始めた。

 

「とりあえず窓を少し開けましょう。それから衣服を緩めて横になると少しは楽になるはずよ」

 

「分かった」

 

青山くんの隣の轟くんが窓を開けて、横になるスペースを確保するために自分は立ち上がって席と席の間の肘置きをしまった。

轟くん、文句一つ抱かずに粛々と対応してあげている。

席まで移動しなきゃいけなくなったのに、すごく優しい。

青山くんも轟くんの厚意を受け取って、「メルシィ……☆」なんて言いながら襟首を緩めて横になった。

 

だけど青山くん、方角を気にしたり曲がる回数を数えたりしているし、そんなことをしているから酔うんじゃないだろうか。

 

「轟くん、席……あっ、僕、代わるよ!」

 

「大丈夫だ」

 

緑谷くんの席を変わる提案を遠慮した轟くんは、そのまま元の席の隣の補助イスを下ろした。

轟くんはそのまま補助イスに座る。

 

「轟、補助イス似合わないねー!」

 

「確かに!」

 

ちょこんと座っている轟くんを見て思うところがあったのか、三奈ちゃんがケラケラと笑って、透ちゃんもそれに同意した。

 

「……補助イスに似合う似合わないなんてあんのか?」

 

「……よく分からない……」

 

轟くんが疑問を呈するけど、私もよく分からない。似合うとかそういう問題なんだろうか。

そんなやり取りをしていると緑谷くんが立ち上がった。

 

「と、轟くんっ、やっぱり僕が代わるよ!僕のほうが小さいし!」

 

「いや、ここは委員長として俺が!」

 

そうこうしてるうちに、なぜか緑谷くんと飯田くんがどっちが交代するかで揉め始めた。

そんなことをしている場合じゃないと思うんだけど。

 

「大丈夫だ。椅子なんて座れりゃなんでもいいだろ」

 

「そうよ、それにとりあえず今は青山ちゃんの具合の方が大事だわ」

 

「ん……梅雨ちゃんの言う通り……」

 

梅雨ちゃんの指摘でようやく落ち着いたらしい緑谷くんと飯田くんが、しゅんとしながら席に着いた。

 

そんな中、三奈ちゃんの隣から切島くんがスマホを見ながら口を開いた。

 

「乗り物酔いに効くツボがあるらしいぜ!手首から指二本分下んとこを押すといいらしい」

 

「分かった」

 

切島くんの提案に、青山くんの一番近くに座っている轟くんがその役目を請け負うために、青山くんの手を持とうとする。

だけど持つ直前で、轟くんはハッとして顔を強張らせた。

 

「……俺じゃダメだ……」

 

「どうしたの、轟くん」

 

深刻そうに呟く轟くんに、緑谷くんが確認する。

轟くんの思考は以前言っていた『ハンドクラッシャー』というものになっていて、本当によく分からない。

 

「俺が関わると、手がダメになっちまうかもしれねぇ……」

 

「は?」

 

「ハンドクラッシャー……」

 

「それ……この前の電話でも……言ってたよね……」

 

三奈ちゃんや透ちゃんがきょとんとする中、緑谷くんと飯田くんが噴き出している。この2人は知ってるのか。

 

「俺にはお前のツボは押せねぇ……誰か代わりにやってくれ」

 

「……いや、僕自分で出来るから……ていうかほっといてくれていいから……」

 

轟くんと青山くんがやり取りをしているなか、さっきの私の発言に気が付いたらしい透ちゃんと三奈ちゃんの視線が私に集中していた。

というか、この三奈ちゃんのキラキラした目は大分まずいかもしれない。

 

「ねぇねぇ波動!なに!?普段から轟と電話してんの!?詳しく教えて!!」

 

「ここは大人しく吐くべきだと思うよ瑠璃ちゃん!」

 

本当に余計なことを言ったかもしれない。

これ、緑谷くんたち3人が黙っていることを私が言うわけにもいかないし、説明ができない。

 

「……そういうのじゃ……ないから……今は……そんなことより……青山くんのことを……」

 

「そんなこと言わずにさぁ」

 

「そうだよ!喋った方が楽になるよ!」

 

鼻息荒い三奈ちゃんと透ちゃんに詰め寄られて困っていると、切島くんの声が聞こえてきた。

 

「あとは……気を紛らわすといいらしいぜ!」

 

「……!じゃあ、皆で順番に……しりとり、しよう……!」

 

私が苦し紛れに切島くんの言葉に反応すると、緑谷くんがいつものブツブツを始めた。

 

「それは確かにいいかもしれないな……一見単純だけど、単純だからこそ気軽に、様々なワードを思い浮かべることで集中できるぞ。しかも言葉尻の一文字から始まるワードは思った以上に限られる。そのうえ、熟考する時間はない。あまり時間をかけると周りから急かされる。そのプレッシャーの中で考えなければいけない。考えるって行為自体が脳細胞を活性化させるし、精神面も鍛えられる……一挙両得じゃないか」

 

「おお、デクくんのブツブツ、久しぶりって感じ!」

 

苦し紛れにさっき透ちゃんに振られた遊びを提案しただけで、そこまでの意図はなかったんだけど……とりあえず緑谷くんのおかげで話の流れが変わった。

初めてあのブツブツに心から感謝したかもしれない。

三奈ちゃんと透ちゃんも残念そうにしてるけど、ひとまず諦めてくれたみたいだ。

『夜に聞けばいっか』なんて考えられているあたり、問題の先送りでしかない気もするけど、この場での危機は脱したと思う。

 

そんなことを考えていたら、飯田くんが立ち上がって声を張り上げた。

 

「ということで、みんな!乗り物酔いで苦しんでいる青山くんのためにしりとりをしよう!」

 

「しりとりぃ?」

 

「小学生じゃねーんだからさー」

 

峰田くんと上鳴くんが不満げな声を漏らす。

それに対して、三奈ちゃんが声を張り上げて反論してくれた。

 

「いーじゃん、しりとり!暇つぶしといえばしりとりじゃん!」

 

「暇つぶしかよ」

 

「青山くんのためだぞ、芦戸くん!それに、せっかくの合宿だ。こうしてみんなで共同作業をすることも協調性を育むのではないか!?」

 

飯田くんの説得で乗り気じゃなかった人たちも承諾して、皆でしりとりをすることになった。

しりとり自体は順調に進んだ。

緑谷くんがヒーローの名前を出したり、百ちゃんが難しい四字熟語を出したり、砂藤くんが料理知識を披露したり、上鳴くんが爆豪くんを起こしてしりとりに巻き込んだり、ブドウ頭がMt.レディのところで得たトラウマで黒いオーラを出したり色々あった。

だけど、ブドウ頭に関しては、邪な妄想をした上で勝手な期待をしながらMt.レディの所に行ったら、全く興味を持たれずに体よく扱き使われたってだけの話なのに、何をそんなに負の感情を背負っているんだろう。

完全に自業自得でしかない。

 

しりとりは轟くんがさっきの透ちゃんのような他意ははなく「氷点」と言って終わらせてしまった。

透ちゃんとのその差にちょっとくすっと笑ってしまったけど、その様子を見ていた透ちゃんがすごくキラキラした目で見てきた。

ただちょっと面白くて笑っちゃっただけなのに、なんでも変なことにつなげるのはやめてもらいたい。

 

次に始まったのはクイズ大会だ。

緑谷くんによるヒーローにまつわるすごく細かい問題が出されて、皆混乱してしまっていた。

私は緑谷くんの思考を読んで答えが分かっていたけど、流石にズルだし緑谷くんに同じレベルのヒーローオタクだと思われても困るから黙っておいた。

 

 

 

「どいつもこいつも、まったくわかってねーなぁ」

 

皆で盛り上がっていたら、ブドウ頭が最後列から口を挟んできた。

 

「男の気がまぎれるって言えば、1つしかねーだろうが。オイラがとっておきの話をしてやるぜ」

 

そんな話を許容するとでも思っているんだろうか。

今のブドウ頭はいつもよりは思考がピンク色ではないけど、ブドウ頭というだけで信用できない。

他の女子もそう思ったのか、皆口々に文句を言い始めた。

 

「ちょっと、エロ話なんかすんなよ」

 

「そうですわ、下品な話はおよしになって」

 

「オイラは男の気がまぎれる話って言っただけですけどぉ?」

 

「信用ないから……黙ってて……」

 

「アンタの口から出てくるのは、エロだけでしょーが!」

 

「そうだ、そうだー!」

 

私たち女子がブーイングをするけど、ブドウ頭はイラっとする小馬鹿にしたような顔で聞き流している。

悪くなってきた空気に流石にまずいと思ったのか、飯田くんが背筋を伸ばしてブドウ頭の方を振り返った。

 

「そうだぞ、峰田くん!ここはバスの中だ!聞きたくない者がいる以上、ムリヤリ話すことは反対する!」

 

流石飯田くん、真っ当な意見だと思っていたら、ブドウ頭が反論を始めた。

 

「委員長……オイラだってTPОをわきまえる男だぜ。それともなにか?恐怖政治でクラスを抑えるのが委員長なのか?」

 

「いいや!そんなことは決してない!俺はみんなの意見を平等に尊重するつもりだ!」

 

駄目だ、飯田くんが丸め込まれそうになっている。

こんなところでクソ真面目を発動しないで欲しい。

 

「なら、話してもねえのに止めるっていうのはおかしかないか?」

 

「ム……それもそうだな。ならば、とりあえず聞いてみようではないか」

 

案の定飯田くんはやすやすと丸め込まれてしまった。

私たちが話させまいと再びブーイングをするけど、ブドウ頭は一切気にしなかった。

そして私たちのブーイングの陰で密かに期待している上鳴くん他数名。

私の中での彼らへの好感度は駄々下がりである。

 

「あれは、オイラが小学生の頃。レンタルビデオ屋の18禁コーナーのカーテンを潜るのを止められた、ちょうど100回目の帰りのことだった」

 

「しょっぱなからエロじゃん!」

 

「こんなに嫌がってるのに……変態……最低……」

 

「こんなんでエロなんて片腹痛いわ!!」

 

続く私たちのブーイングを、ブドウ頭は鼻で笑った。

やっぱりあのブドウ頭、最低だ。

 

そしてブドウ頭は話を続けた。

河川敷で拾った官能小説の内容を赤裸々に語り出したのだ。

直接的な描写がないだけで、ブドウ頭は普通にR18の内容を話している。

私はブドウ頭の妄想込みでそれが伝わってきてしまって、正直苦痛でしかない。

だけど官能小説の内容で『真実の愛』という単語が出たあたりで、他の女子が絆され始めてしまった。

皆どれだけ恋バナが好きなんだ。

私も恋バナ自体は嫌いじゃないと思うけど、ブドウ頭の妄想込みの官能小説の恋バナは流石に無理だ。

ある程度のところまで話し終わったところで、ブドウ頭は話を切った。

 

「つーかエロ話じゃなかったよな……?」

 

「なんていうか……微妙にいい話みたいな……そうじゃないような……」

 

切島くんのその声に、緑谷くんが同意するように首を傾げ始めた。

一部の男子は消化不良のような感情を抱いてなんとも言えない表情をしている。

 

「……皆、絆されすぎ……直接的な描写がないだけで……普通にR18の内容だから……」

 

「ねぇねぇ!その小説の続きはどうなったの?」

 

透ちゃんまで絆されてしまったようで、しきりに続きを気にしている。

だけど、その返答はやはりブドウ頭だった。

透ちゃんが声をかけた途端、さっきまでの普通の表情の仮面を脱いで性欲にまみれた顔を晒した。

目を血走らせてだらしなく開いた口から涎を垂らしながら、ニヤリと笑った。

 

「……へっ、知りたけりゃ、オイラの家に来いよ。おっさんのサイン本見せてやるぜ」

 

「うわ、サイッテー!」

 

それで皆はようやく目を覚ましたらしい。

あからさまで最低な誘いに再び女子皆のブーイングが上がった。

 

その後は梅雨ちゃんがほのぼの系の話かと思いきや怪談展開の話をして、響香ちゃんと何人かが悲鳴を上げる一幕があったくらいだ。

それで目が覚めたらしい相澤先生が、皆に声をかけた。

 

「……お前ら、うるさい。もうすぐバス止まるぞ」

 

不機嫌そうな先生の声に、車内は一瞬で静まり返った。



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魔獣の森

「さっさと降りろよ」

 

相澤先生にそう言われて、バスから降りる。

そこは休憩所とかはなにもないただのパーキングスペースだった。

周囲は見渡す限りの山ばかりだ。

 

相澤先生や隠れている人たちの思考を読んで、私はこの後何が起こるかもう大体察してしまったけど、もう流れに身を任せるしかなさそうだ。

そんなことを知らない皆は伸びをしたりしている。

峰田くんなんかは、トイレを探して走り回ってしまっている始末だ。

 

青山くんもケロっとした表情でバスから降りてきた。

酔いも収まったらしい。

 

相澤先生が最後までバスの中に残っていた梅雨ちゃんとお茶子ちゃんに声をかけて、バスから全員を下ろした。

 

「休憩だ―――……」

 

「つか何ここ。パーキングじゃなくね」

 

「ねぇアレ?B組は?」

 

「お……おしっこ……トトト、トイレは……」

 

皆もようやくこの異常な状態に気が付いたみたいだった。

 

「何の目的もなく、では意味が薄いからな」

 

先生がそこまで言ったところで、隠れていた2人の女性が先生の前に飛び出してきた。

 

「よー--うイレイザー!!」

 

「ご無沙汰してます」

 

先生が頭を下げると、2人はそのまま颯爽と動き出した。

 

「煌めく眼でロックオン!」

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

猫耳と猫の手と尻尾を付けた二人の女性がビシッとポーズを決める。

脇にいる少年のことが気になるけど、どちらかのお子さんか何かなんだろうか。

というか、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツって私に指名をくれていたところじゃなかっただろうか。

 

「今回お世話になるプッシーキャッツの皆さんだ」

 

ポーズを見ていた時から震えだしていた緑谷くんが、相澤先生の言葉に我慢できなくなったのかいつものヤツを始めそうな感じになっていた。

 

「ワイプシ!!連名事務所を構える4名一チームのヒーロー集団!山岳救助等を得意とするベテランチームだよ!キャリアは今年でもう12年にもなる「心は18!!」へぶっ」

 

緑谷くんの解説でぐらつき始めていたワイプシの二人だったけど、金髪の人の方がキャリアの話になったあたりで耐えきれなくなったようで緑谷くんに張り手を繰り出した。

心は18とか叫んでいたし、気にしているんだろうか。

しかもその後は緑谷くんに掴みかかって18なんて復唱させてるし。

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね」

 

若干赤みがかった茶髪の方の女性が、山の方を見ながら話し始めた。

 

「あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」

 

「遠っ!!」

 

ピッと猫の手の爪を立てて指さされる山に、驚愕の声が上がる。

皆が俄かにざわめき出していた。

透ちゃんも不安そうにしながら私の方を見てきた。

 

「ね、ねぇ瑠璃ちゃん……これって、もしかしなくても……」

 

私が黙って目を閉じているのを見て、透ちゃんも察して諦めたらしい。

逃げようがないのに、足掻いても意味がない。

逃げたところで、相澤先生に怒られるだけだ。

 

「今はAM9:30。早ければぁ……12時前後かしらん」

 

心の中で『私たちなら』とかいう注釈をつけないで欲しい。

つまりその時間に着くことすら難しいということじゃないか。

 

「ダメだ……おい……」

 

「戻ろう!」

 

「バスに戻れ!!早く!!」

 

「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

 

さっきの思考と合わせてまさかのお昼抜き宣告に愕然とする。

今から夕食までご飯抜きなのか……

 

そして、地面がゴゴゴゴゴと地鳴りのような音を鳴らし始めた。

どうやら金髪の女性の個性のようだ。

 

「わるいね諸君。合宿はもう、始まっている」

 

地面から盛り上がってくる土石流に、皆一斉に流されてしまう。

流されている最中に赤みがかった茶髪の方の女性が叫んだ。

 

「私有地につき"個性"の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!この……"魔獣の森"を抜けて!!」

 

土石流を操作していい感じにクッションになるようにしていたみたいで、1人も怪我をした様子はなく起き上がった。

 

魔獣の森とは言い得て妙だ。

確かに周囲には生き物じゃないけど動き回っている何かがいる。

感情や思考を感じないから感知しづらいけど、土で出来た魔獣っぽい何かみたいな形をしているものが、森の中にうじゃうじゃいる。

 

「"魔獣の森"……!?」

 

「なんだそのドラクエめいた名称は……」

 

「雄英こういうの多すぎだろ……」

 

「文句言ってもしゃあねぇよ。行くっきゃねぇ」

 

文句を言いながらではあるけど、皆立ち上がって動き出そうとする。

 

「耐えた……オイラ耐えたぞ!!」

 

その一方でさっきからトイレを我慢していた峰田くんが、木陰に向かって走り出した。

トイレのためなんだろうけど、そっちには土の魔獣っぽいのがいる。

 

「そっちはだめ……!戻って峰田くん……!」

 

私の注意も聞く余裕がないのか、爆走する峰田くんは正面から魔獣と鉢合わせた。

 

「マジュウだー--!!?」

 

上鳴くんが、そのまんますぎる感想を叫ぶ。

ブドウ頭と言えども流石にこれで怪我をするのはかわいそうだ。

助けようと思って私が足に波動を圧縮し始める。

 

「静まりなさい獣よ、下がるのです!」

 

「口田!!」

 

「ダメ……あれ、生き物じゃない……!」

 

意外にも一番に動き出したのは口田くんだった。

引っ込み思案の彼がすごく頑張っているとは思うんだけど、あれは生き物じゃない。

口田くんの個性は効かないと思う。

緑谷くんも全く止まる様子がない魔獣を見て気が付いたみたいだ。

 

私が波動を噴出して魔獣に向かって吹き飛んだのとほぼ同時に、緑谷くん、飯田くん、轟くん、爆豪くんも魔獣に攻撃を仕掛けていた。

私のタックルも含めた5人の攻撃を一斉に受けた魔獣は、跡形もなく砕け散ってただの土くれに戻った。

 

「これ、ピクシーボブの個性だと思う」

 

緑谷くんがそう切り出して皆に情報を伝え始めた。

私も感知範囲内で分かることを伝える。

 

「ん……この魔獣、土だけで出来てると思う……生き物じゃない……こういうのが……森の中にすごい数放たれてる……」

 

「す、すごい数ってどのくらい?」

 

「ちょっと待って……」

 

冷や汗を流しながら聞いてくる透ちゃんに正確な数を伝えるために、感知範囲内を精査してみる。

正直ただの動く土の塊を正確に感知するのは、その辺に転がっている石ころを探しているようなものだから、判別するのが大変なのだ。

動いている個体はいいけど、動いていない個体とかは探すのに苦労してしまう。

とりあえずざっと感知してみたけど、正直数えきれない程いるとしか言えない。

少なくとも100とかじゃすまない数が放たれている。

 

皆私の感知の結果を待ってくれている。

爆豪くんまで素直に待ってくれているのが少し意外だった。

 

「……全方位、ランダムに……魔獣がいる……数は……方角によって変わるけど……半径1km周囲には……100なんか軽く超えるくらいの数の魔獣がいる……正直、数えきれない……」

 

「波動でも数えきれないの!?」

 

私が数えきれないと言うと響香ちゃんにすごく驚かれる。

違う方向性とはいえ感知が出来る個性を持っている響香ちゃんなら理解してくれると思ったんだけど、感知だと万能だとでも思われているんだろうか。

感情や思考を読める生き物以外だと、細かく感知するのは割と難しいのに。

 

「私の個性……生き物とか以外……その辺の石ころも、草も、木も……全部感知しちゃうから……ただの土の塊だと紛れて感知しづらい……大体の数は分かるし……近くだけなら正確に感知できるけど……広範囲になると……皆が公園で歩いてる蟻を数えろとか言われてるのと……変わらない感覚だと思ってくれていい……」

 

「チッ……つかえねぇ」

 

「ちょっ!?瑠璃ちゃん頑張って数えてくれてたのになんてこと言うの爆豪!?」

 

爆豪くんが私につかえねぇ宣言してきて、透ちゃんがそれに対してプンプン怒る。

まぁ期待されていた完全感知とはいかなかったから使えない扱いも仕方ない気がしないでもない。

 

「あと……目的地は私の感知範囲外……流石に遠すぎて感知できない……」

 

私がそこまで言うと、皆が悩み始めてしまった。

爆豪くんもイライラしているけど一人で行こうとはしていない。

まあ私の個性を完璧に使えない状況にしてきたあたり、先生はわざと持久戦になるように仕組んでいそうだ。

持久戦であの魔獣を相手にし続けるとなると連携せざるを得ないし、爆豪くんも1人で行っても無理だというのは理解できているんだろう。

 

少しすると考えがまとまったのか、百ちゃんが声を上げた。

 

「全員で一塊となって動きましょう。距離も、敵の数も正確に把握できない現状で、バラバラに動くのは愚策と言わざるを得ません」

 

何人かが頷くのを確認しつつ、百ちゃんが話を続ける。

 

「そのうえで、班を二つに分けるべきです。感知を行い周囲の状況把握、最短ルートの模索に努める索敵班と、索敵班を守りつつ接触を避けられない魔獣の露払いをする戦闘班の二つに。ここまでで皆さん異論はありませんか?」

 

百ちゃんが確認するように周囲を見渡した。

だけど、百ちゃんの意見には今のところ否定する要素なんかない。

 

「索敵班は波動さん、耳郎さん、障子さん、口田さんにお願いし、後は戦闘班と索敵班の連携を図る指揮官を一人置く。残りは全員戦闘班とするのがよいのではないでしょうか」

 

「……うん。僕も色々考えたけど、八百万さんの言った作戦が一番だと思う。戦闘班でローテーションを組んで、体力を温存してコンディションの維持をしつつ索敵班を守る。それで最短ルートを突き進むのが一番だ」

 

視野が広く博識な百ちゃんの意見に、普段からピンチで光る作戦立案をする緑谷くんが同意する。

拒否する人は誰もいなかった。

 

この状況で指揮官にするべき人は、百ちゃん以外いないと思う。

他に可能性があるのは緑谷くんと爆豪くんだけど、緑谷くんはピンチ以外での女子相手のコミュニケーションに難がある。

爆豪くんも頭もいいし能力的にはできなくはないんだろうけど、喧嘩腰な上に戦闘狂でコミュニケーションや指示に問題が出る可能性がある。それに彼の戦闘能力を指揮官として遊ばせておくこと自体がもったいない。

爆豪くん自身もそれが分かっているのか、指示をされている現状に相変わらずイライラしている様子はあるけど、特に反論なく受け入れている。

 

「指揮官は……百ちゃんが良いと思う……」

 

「ああ、俺もそう思う」

 

私の意見にまず轟くんが同意して、皆も口々に賛同した。

 

「では、私が指揮官を勤めさせていただきますわ。まず戦闘班は爆豪さん、轟さん、緑谷さん、飯田さんを中心にそれぞれ小グループを作りローテーションの順番を組んでください」

 

百ちゃんは、最低限の指揮が出来て、単体でも魔獣を撃破出来る人を小グループのリーダーに指名した。

指名を受けた人を中心に、戦闘班の面々がグループを組み始めている。

それを見つつ、百ちゃんは私たち索敵班にも指示を出し始めた。

 

「索敵班は、索敵範囲の一番大きい波動さんを中心に動いてください。その上で役割分担を指定させていただきたいです。よろしいですか?」

 

「うん。ヤオモモの指示に従うよ」

 

「ん……異論ない……」

 

「ああ。問題ない」

 

響香ちゃんと障子くんと私が口頭で同意して、口田くんも首を縦に振って同意の意を示している。

 

「ありがとうございます。では、まず波動さん。波動さんには広範囲の感知のみに集中していただきたいです。漠然とした感覚でも構いません。魔獣が最も少ないと感じられるルートを波動さんに指示してもらいたいのです」

 

「ん……大丈夫……私もそれがいいと思う……」

 

その指示に一切の異論はない。私がルートの指示を出すのが一番合理的だ。

ルートを選ぶための感知に集中するために、周囲の索敵は誰かにお願いしたいけど、百ちゃんの役割指示はそのためだろうし何も問題ない。

 

「次に、耳郎さんと障子さん。二人には周囲の警戒に集中していただきたいです。波動さんに広範囲の感知に集中していただくために、お二人には周囲の感知を徹底していただき危険を払いたいと思います」

 

「……重要な役割だね。頑張るよ」

 

「全力を尽くさせてもらおう」

 

2人も異論はないようですぐに同意した。

 

「最後に口田さん。一番重要な役割です。口田さんには波動さんのサポートをしていただきたいのです。目的地の方角や進行方向で、波動さんの感知範囲外の場所に危険がないかなどを感知して、波動さんに伝えて欲しいのです。波動さんの感知に目的地が入ったところで、耳郎さん、障子さんとともに周囲の索敵を行ってもらい、警戒をさらに強固にしたいと思います」

 

口田くんも再び頷いて同意する。

 

確かに感知範囲外の施設を私の指示で目指してしまうと大体の方角に進んでいくしかない。

最悪遠回りになってしまうこともあるだろう。

そこを口田くんにサポートしてもらうということらしい。

うん、いい作戦だと思う。

 

私たちが同意したのを確認して、百ちゃんは戦闘班の方の確認に向かった。

 

「よろしくね……口田くん……」

 

私の挨拶に、口田くんは頷きで返答してくれる。

彼も早速鳥たちに指示を出しているし、私も広範囲の感知に意識を向け始める。

 

少ししてから、百ちゃんが皆の中央に立った。

戦闘班の方も決まったらしい。

百ちゃんが皆に号令をかける。

 

「それでは皆さん、参りましょう!!」

 

「「「おー!!」」」

 

その掛け声に皆で腕を上げつつ答える。

魔獣の森の攻略が始まった。

 

出発直前に、そう言えば峰田くんはさっき漏らして汚したズボンはどうしたんだろうと思って確認してみたら、新しいズボンを履いていた。

百ちゃんが作ってあげたみたいだ。流石百ちゃん、気が利いている。



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合宿地到着

午後4時過ぎ。

 

あれから約6時間。森を歩き続けてようやく建物が見えてきた。

もう夕方になりかけている。

やっぱり昼食を出すつもりは初めからなかったらしい。

 

「やーっと来たにゃん」

 

「とりあえずお昼は抜くまでもなかったねぇ」

 

最低限の戦闘に抑えたとは言っても数十回は魔獣と遭遇していて、皆ボロボロだしキャパオーバーギリギリの子も多い。

私も魔獣の少ないルート選択のために波動に集中しすぎて、精神的に疲れた。

 

「何が3時間……うそつき……」

 

「波動たち索敵班に感知してもらってこれは最初から無理だって分かりきってただろぉ!!」

 

「そうだそうだ!嘘つき―!!」

 

「悪いね。私たちならって意味。アレ」

 

私が文句を言うと、皆も続くようにして文句を言い始めた。

それに対してマンダレイが、さっきの思考を正直に開示する。

そんなことは思考を読んで知っている。だけど倍もかかるとは思っていなかった。

 

「実力差自慢の為か……やらしいな……」

 

「ねこねこねこ……でも正直もっとかかると思ってた」

 

砂藤くんも文句を言うけど、ピクシーボブに流された。

というか、もっとかかると思われてたのか。

 

「私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ、君ら……特に、そこ4人に感知の子。躊躇のなさは経験値によるものかしらん?」

 

そう言って彼女は爆豪くん、轟くん、緑谷くん、飯田くん、私を順番に指さす。

 

「三年後が楽しみ!ツバつけとこー!!!」

 

そしておかしなことを言い出しながら、男子4人に比喩ではなく唾をかけ始めた。

普通に汚い。流石にドン引きである。

 

「マンダレイ……あの人あんなでしたっけ」

 

「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで」

 

どうやらピクシーボブは結婚適齢期で悩んでいるらしい。

というか、そうだとしても高校1年生に唾をかけるのはどうなんだろう。

15歳差くらいだと思うんだけど。犯罪臭がすごい。

 

その単語に緑谷くんも反応して口を開いた。

 

「適齢期と言えば「と言えばて!!!」

 

緑谷くんは、ピクシーボブに顔を正面からはたかれた。

そんなに年齢を気にしているのだろうか。

まあでも適齢期を気にしていると言われたのにそれに反応しちゃうあたり、緑谷くんも悪いか。

 

「ずっと気になってたんですが、その子はどなたのお子さんですか?」

 

「ああ違う。この子は私の従甥だよ。洸汰!ホラ挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから……」

 

従甥、確かいとこの息子だっただろうか。

つまりマンダレイの親族らしい。

彼から結構な負の感情が伝わってくる。というか、プッシーキャッツ含めて私たちに対して負の感情を向けてきている。

何かあったんだろうか。

 

緑谷くんが彼に近寄って頭を撫でようとする。

彼の思考的にやめた方がいいと思うけど……

 

「あ、えと僕、雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

 

洸汰くんは差し出された緑谷くんの手を完全に無視して、緑谷くんの股間に鋭いパンチを放った。

緑谷くんは「きゅう」という切なそうな声を出して倒れた。

本人の思考を見ている限り凄まじい激痛みたいだし、他の男子の思考が同情と心配一色になっている。

男の人はアソコを叩かれるとそんなに痛いんだろうか。

自分が味わったりはしたくないけど、少し気になる。

 

「……アレ、そんなに痛いの……?」

 

「あぁ……女子には分かんねぇよ……あの痛みはな……」

 

私のつぶやきに、上鳴くんが顔を青くしながら答えてくれた。

他の男子もぶんぶんと凄い勢いで首を縦に振っている。

やはり相当痛いらしい。

 

「デ、デクくん!?大丈夫!?」

 

お茶子ちゃんが顔を真っ赤にしながらも心配そうに駆け寄っていく。

飯田くんも慌てて緑谷くんに駆け寄って洸汰くんに食って掛かっていた。

 

「緑谷くん!おのれ従甥!!何故緑谷くんの陰嚢を!!」

 

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ」

 

「つるむ!!?いくつだ君!!」

 

洸汰くんはそのままスタスタと去って行ってしまった。

洸汰くんからは嫌悪感の感情がとても強く読み取れる。

ヒーローが嫌いみたいだけど、プロヒーローに預けられていて大丈夫なんだろうか。

 

爆豪くんがマセガキとか鼻で笑っているけど、爆豪くんは人のことを言えないだろう。

 

「部屋に荷物運べ。18時から食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ」

 

相澤先生はそう言って建物の中を親指で指さして、早く入るように促してきた。

私たちは合宿所に到着していたバスの中から自分の荷物を出して、早々に部屋に向かった。

 

 

 

女子部屋として案内された部屋は普通の旅館の部屋といった感じの部屋だ。

7人が寝ても狭くはなさそうなくらいの広さはある。

男子は男子で、全員同じ大部屋に通されているみたいだ。

 

「おーなかなか広いじゃん!」

 

まずはとりあえず荷ほどきをしてしまう。

三奈ちゃんと透ちゃんなんかは早々に荷ほどきを終わらせて、ぐでーっと畳に横になってしまっている。

疲れ切っていたらしい。正直私も同じ感じでだらけたい。

だけどやらなければいけないことがある。

とりあえず私はやることをやっておかないと。

そう思って部屋の波動を入念に確認し始める。

 

「んぅ?波動?」

 

「瑠璃ちゃん、何やってるの?」

 

だらけていた組が私の挙動に気がついて質問してくる。

2人の質問で他の皆も私の行動に気が付いたらしくて、こっちを見てきた。

 

「穴とか隙間とかないか……確認してる……」

 

「あぁ……そういう……」

 

私が返答すると皆一様に納得したような萎えたような顔になった。

そう、私は更衣室での反省を生かして、覗きが出来る場所がないかを洗い出していたのだ。

あのブドウ頭、暗視ゴーグルとかまで準備して覗きをするつもり満々だった。

妄想はほぼ全裸の妄想だったから入浴中の覗き目的なんだろうけど、着替えを覗こうとした前科があるから、部屋を覗かれないとは言い切れない。

 

そんな私の様子を見ていた響香ちゃんも、休む体勢に入っていたのをやめて立ち上がった。

 

「ごめん、ウチも協力する」

 

「ん……ありがと……」

 

私と響香ちゃんの協力で、部屋の中はほぼ完全に洗い出した。

響香ちゃんは盗聴が出来そうな場所がないかとか、音の響き具合から穴がないかとかを確認してくれて、すごく助かった。

私は波動で周囲の地形の確認とか、新たに穴を作り出すことが出来てしまいそうなスポットの確認を行った。

盗撮も今の状態のままだと無理だと思う。戸締まりやカーテンを忘れないようにすればきっと大丈夫。

隣の部屋から穴を作るとかされたら流石に防ぎようがないけど。

そのことを皆に伝えると、百ちゃんが口を開いた。

 

「では、隣の部屋にトラップでも作っておきますか?」

 

「ん~、でもそれ、事故で他の人が引っかかってしまうかもしれんしなぁ」

 

「ん……起きてる間は……私が気にしとくから……大丈夫……」

 

トラップなんて誰が引っかかるか分からないものを仕掛けるより、私が警戒しておくのが一番な気がした。

寝ている間に何かをしてくるようなら、それはその時考えよう。本当にそんなことをしたら、心の底から軽蔑して存在を無視する領域に入ってくると思うけど。

 

結局私の意見が採用されて、私が隣の部屋を警戒しておくことになった。

これでひとまずの方針は決まった。

入浴の時のことはその時考えよう。

 

「これで安心……」

 

「なんでウチらがこんなことまで警戒しなきゃいけないの……」

 

私は満足したけど、響香ちゃんは疲れていたところにこんな確認をしなければいけなくなってブドウ頭への不満を募らせている。

私が勝手にやり出したこととはいっても、根本の原因はブドウ頭にあるから仕方ないか。

 

「ケロ。ありがとね、瑠璃ちゃん、響香ちゃん」

 

「うんうん、これで安心だね!」

 

そう言ってお茶子ちゃんたちが私たち用に入れてくれていたお茶を渡してくれた。

あとは夕飯の時間まで皆でのんびりお茶を飲みながら過ごした。

 

 

 

そして夕食。

目の前には山のように積まれたご飯が置かれていた。

酢豚にとんかつ、唐揚げに餃子にローストビーフにサラダなど。

肉比率が凄まじい食事だ。だけど今はそれが嬉しいかもしれない。

凄い運動したのにお昼を抜いて、さっきの休憩中にお茶を飲んだだけだから、お腹はすごく空いてる。

 

「「「いただきます!」」」

 

その掛け声で、男子たちが一斉にご飯をかきこみ始めた。

私もいつも以上の速度でご飯を口の中に詰めている。

 

「おいしい!飛び上がる暇がないくらいおいしい!!」

 

「ん……おいしい……いつも以上に……」

 

透ちゃんもどんどん口に詰めていて、すごい速さでご飯が虚空に消えていく。

相変わらずの不思議な光景だし相変わらず変なことを言ってるけど、今はそんなことを気にする余裕はない。

とにかくご飯だ。私だってお腹が空いていたんだ。

私と透ちゃんが夢中になってご飯を食べていると、向かい辺りに座っていた三奈ちゃんたちが部屋の話をし始めていた。

 

「へぇ。女子部屋は普通の広さなんだなじゃあ」

 

「男子の大部屋見たい!ねぇねぇ後で見に行ってもいい!?」

 

「おー来い来い」

 

男子の部屋とかそんなに気になるだろうか。

波動の感じからして、普通に私たちの部屋を大きくしただけって感じみたいだけど。

 

「美味しい!!米美味しい!!」

 

「五臓六腑に染みわたる!!ランチラッシュに匹敵する粒立ち!!いつまででも噛んでいたい!……土鍋……!?」

 

「土鍋ですか!?」

 

「うん。つーか、腹減りすぎて妙なテンションになってんね」

 

ピクシーボブの言う通り、皆のテンションがおかしなことになっている。

だけどこれは昼食抜きなんてことをしてきた側に原因があるだろう。

 

「まー色々世話焼くのは今日だけだし、食べられるだけ食べな」

 

配膳をしてくれているピクシーボブの言葉に一瞬止まってしまう。

明日から自分たちで作らないといけないのが分かって、なんとも言えない気分になる。

というかこれ、実家暮らし組は料理できる人そんなにいないだろうし、実質的に私と他数人が主体的に作ることになるのでは……

今日みたいに疲れ切っている所を自分たちで作らないといけないのかという感情と、皆で作るのも楽しそうだなと思う感情のどちらもある。

まあせっかくの林間合宿だし、楽しんだ方が得かと思って考えないことにした。



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温泉

ご飯を食べ終わって皆で一通り食器を片付けたら、お風呂の時間になった。

先に着いていたA組が先で、B組が後だ。

 

「わぁ~~!!」

 

「温泉だぁ~!」

 

案内されたお風呂は、なんと露天風呂の温泉だった。

合宿所にされているだけあって7人で入るには明らかに大きすぎる温泉。

これならわざわざB組と分けなくても一緒に入れそうな広さだ。

というか同じくらいの大きさの露天風呂に、13人の男子の方は一度に入れているんだから、B組と合わせても14人しかいない女子なら間違いなく一緒に入れるだろう。

 

ただ一つ心配なことは、男子と女子の露天風呂を隔てているのが厚めの壁1枚しかないことだ。

しかも男子と女子で入浴の時間がずらされていない。うちのクラスに性欲の権化がいることを考えると、非常に危険だと言わざるを得ない。

 

マンダレイの思考からして相澤先生が事前にブドウ頭の存在を知らせてくれていたっぽいから、対策してくれていることに期待するしかない。

 

とりあえずブドウ頭も今は変な行動をしていないから、普通に入浴することにする。

 

「はふぅ……」

 

「気持ちいいねぇ……」

 

身体と髪をしっかりと洗い終わってから透ちゃんと一緒に温泉に浸かる。

疲れていた身体に染みるような熱めのお湯の気持ちよさに、思わずため息を吐いてしまう。

だけど透ちゃん、こうなるとは思っていたけど身体のラインに沿って温泉のお湯が無くなっている。

スタイルまるわかりだし、胸の形もはっきりと分かってしまう。

やっぱりブドウ頭の覗きをどうにかして、透ちゃんを覗きの被害から守らないと……

 

「まさか合宿で温泉に入れるなんて思とらんかった……」

 

「ね~」

 

皆も温泉に浸かりながら気持ちよさに目を蕩けさせている。

響香ちゃんもリラックスはしているけど、若干暗い波動を背負っている。

相変わらずコンプレックスを刺激されているみたいだ。

私に対しても暗い感情が向いていることがある。

だけどそういう意味では私も、日々皆を見上げているせいでコンプレックスを刺激され続けているんだけど、隣の芝生は青く見えるということなんだろう。

 

お風呂で伸びていると、三奈ちゃんがぼんやりとしながら話を振ってきた。

 

「それにしても、今日は大変だったねぇ……」

 

「ん……まさか……6時間も戦いながら歩かされるなんて……思わなかった……」

 

「6時間で済んだのも、波動さんや耳郎さんたち索敵班のおかげですわ。索敵班がいなかったら1日かけても到着出来ていたか分かりません」

 

「確かにねぇ」

 

百ちゃんが私たち索敵班を持ち上げて褒めてくれる。

魔獣を追い払い続けてくれた皆のおかげで感知に集中できたんだから、皆の努力の成果だと思う。

 

「皆が感知に……集中させてくれたおかげ……」

 

「そうそう。ウチらだけじゃ魔獣に襲われながら感知なんてできないし」

 

「ん……適材適所……」

 

響香ちゃんも同じ考えだったようで、皆のおかげだと言葉を返す。

お互いに褒め合う和やかな空気になって皆で笑いながら話を続ける。

 

「私たちも大変だったけど、B組の方も大変だったらしいね」

 

「ケロ、確か虎さんに襲われながら森を抜けたって言ってたかしら」

 

私たちの方が数による暴力だとしたら、B組の方は質による暴力だったらしい。

私たちの方にいなかったプッシーキャッツの残りの2人、ラグドールと虎による連携プレーでスパルタ指導をされていたらしい。

なんでも、森を抜けるまでの間、常に虎さんに襲われ続けていたとかなんとか。

あの巨体で筋肉ムキムキのプロヒーローに襲われ続ける。

考えただけでも大変なことがよく分かる。

 

 

 

そんな感じで話していると、ついにその時が来てしまった。

今、あのブドウ頭が、女子と男子の露天風呂の間の壁の前で仁王立ちしている。

壁の中は空洞になっていて、その中に洸汰くんが待機しているみたいだ。

洸汰くんがマンダレイの用意したブドウ頭対策なんだろう。

 

「……あー、瑠璃ちゃん、もしかして……」

 

私の表情の変化から、透ちゃんも何があったのか気が付いたらしく表情を曇らせる。

 

「ん……もう時間の問題……小さな騎士様が……待機してるけど……成功するか分からない……お湯につかったまま……身体を隠しておいた方がいい……」

 

「小さな騎士様?」

 

皆も私の発言でこれから起こることを察して、またかといった感じで表情を曇らせた。

洸汰くんのことをちょっとぼかして伝えたせいで皆疑問符を浮かべてしまっているけど、身体は隠してくれた。

本当に何なんだあのブドウ頭。楽しかったのに台無しだ。

女子皆が静かになって備え始めたことで、隣の男湯の方の声が聞こえてくる。

 

「飯とかはね……ぶっちゃけどうでもいいんスよ。求められてんのってそこじゃないんスよ。その辺、分かってるんスよオイラぁ……求められてんのはこの壁の向こうなんスよ……」

 

「一人で何言ってんの峰田くん……」

 

緑谷くんがブドウ頭の異変に気が付いたみたいだ。そのまま全力で止めてもらいたい。

 

「ホラ……いるんスよ……今日日男女の入浴時間ズラさないなんて事故……そう、もうこれは事故なんスよ……」

 

大体の男子はそのブドウ頭の発言に驚きつつも恥ずかしがるような反応を示している。

嬉しそうにブドウ頭に同調しかけている上鳴くんの私の中での株は、もともと低かったのにさらに急降下していく。

というか、このブドウ頭の存在そのものが私たちにとって交通事故のようなものだ。何言ってんだこいつという感想しか湧いてこない。

 

「峰田くんやめたまえ!君のしていることは己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」

 

「やかましいんスよ……」

 

飯田くんも口と動きだけじゃなくて強引にでも止めて欲しい。

だけどそんな私の願いも空しく、飯田くんがブドウ頭に近づいて行くと彼は個性を使って一気に壁を登り始めた。

 

「壁とは超える為にある!!"Plus Ultra"!!」

 

「速っ!!」

 

「校訓を汚すんじゃないよ!!」

 

後一歩で覗かれてしまうというところで、洸汰くんがブドウ頭の目の前に顔を出した。

 

「ヒーロー以前に人としてのあれこれから学び直せ」

 

「くそガキィイイィイ!!?」

 

洸汰くんに突き落とされたブドウ頭は、飯田くんの顔面にお尻から落ちていった。

洸汰くんとマンダレイさんグッジョブだ。

覗きを未然に防いでくれたことに安心して身体を隠していた手を元の位置に戻す。

というか、ブドウ頭はヴィランになる一歩手前だったことに気が付いていないんだろうか。

覗きという立派な犯罪行為を個性を使って行うというのは、ヴィランになるということだ。覗きでヴィランになるなんて末代までの恥だと思うんだけど。

 

「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」

 

「あれ……やってることは……完全にヴィラン……」

 

「小さな騎士様って洸汰くんのことかぁ」

 

「ありがと、洸汰くーん!」

 

三奈ちゃんの声掛けに洸汰くんがこちらを振り向く。

 

「わっ……!?あっ……」

 

それで、洸汰くんは私たちの裸をばっちり見てしまった。

正直小さい男の子に裸を見られたところで、少し恥ずかしいくらいでそこまで不快感はない。

だけど洸汰くんにとっては刺激が強すぎたらしい。

そのままぐらついてバランスを崩してしまった洸汰くんは、男湯の方に転落した。

 

「ちょっ!?洸汰くん!?」

 

「洸汰くん!?大丈夫!?」

 

転落した洸汰くんに皆驚いて声を上げる。

だけど洸汰くんは緑谷くんが速やかにキャッチして、救助してくれた。

 

「ん……洸汰くん……緑谷くんがキャッチした……怪我もなさそう……」

 

「よかったぁ」

 

「覗きを防いでくれたのに、そのせいで大怪我とかしたら申し訳なさすぎるもんね」

 

洸汰くんの無事を伝えると皆も安堵のため息を吐く。

だけどその後の行動が……緑谷くん、洸汰くんのために焦っていたのは分かるけど流石に全裸で女性の前に姿を現すのは……

 

「……緑谷くん……裸のまま洸汰くん抱えて……脱衣所出て……マンダレイさんの所に走っていった……凄い大胆……」

 

「マジ!?緑谷大胆すぎるでしょ!?」

 

「デクくんなんしとるんや……」

 

「流石にそれは……」

 

私が伝えた緑谷くんのあまりにも大胆すぎる行動に、三奈ちゃんは笑い飛ばし、他の女子は顔を真っ赤にして困惑してしまっている。

お茶子ちゃんなんか特に顕著で、緑谷くんの裸を想像してしまったのか耳まで真っ赤に染め上げていた。

 

 

 

その後、ブドウ頭が再起動して覗こうとするなんてこともなく、私たちは時間いっぱいまで温泉で温まってから部屋に戻った。

戻ってすぐに、自分の荷物から持ってきていた未開封のお菓子を取り出す。

 

「あれ、瑠璃ちゃんまた食べるの?」

 

「違う……これ、洸汰くんに……お礼としてあげようと思って……怖い思いもさせちゃったし……」

 

透ちゃんの質問に素直に答える。

 

「あぁ!そういうこと!じゃあこれもあげよ!」

 

「ケロ、いいわね。私のも持って行って」

 

「私飴しかないけど、それでも良ければ」

 

「私のもぜひ!」

 

透ちゃんも手持ちのお菓子の一部を提供してれる。

私たちのやり取りで気が付いた皆も少しずつお菓子を提供してくれて、結構な量になった。

小さなメッセージカードのようなものを作って簡単なお礼を書いて添えておく。

早速渡しに行こうと部屋を出ると、透ちゃんもついてきてくれた。

 

プッシーキャッツの事務所で気絶してしまっている洸汰くんの様子を見ていたマンダレイさんに声をかける。

 

「マンダレイさん……いいですか……?」

 

「あら、どうしたの?」

 

「これ……洸汰くんに……さっきのお礼です……」

 

渡された沢山のお菓子に、マンダレイさんも少し驚いたみたいだった。

 

「いいの?」

 

「はい!ぜひ貰ってください!」

 

「怖い思いも……させちゃったので……お詫びもかねて……」

 

「ふふ、ありがとう。洸汰にも伝えておくわね」

 

マンダレイさんは微笑んで受け取ってくれた。

私たちもそれで満足して部屋に戻る。明日は5:30に集合と言われているし、早く寝た方がいいだろう。

部屋に戻ってからしばらくして、洸汰くんが目を覚ましてマンダレイさんにお菓子を渡されたみたいだ。

洸汰くんからはちょっとの気恥ずかしさとヒーロー候補生にお菓子を貰う少しの嫌悪感、それに隠しきれない嬉しさをごちゃまぜにしたようななんとも言えない感情が読み取れた。

少なくとも嫌がっているだけじゃないみたいだし、嬉しさも感じてくれたみたいだからあげて良かったと思えた。



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個性訓練

合宿2日目

AM5:30

 

「おはよう諸君」

 

A組は皆、眠気を隠しきれない様子で合宿所前に集合していた。

私もすごく眠くていつも以上にぼんやりしてしまっている気がする。

B組は早朝集合なんてことにはなっていないらしい。担任次第で変わるんだろうか。

相澤先生がそれだけ本気で私たちを育てようとしてくれてるってことなんだろうけど、今も眠っているB組がちょっと羨ましく感じてしまう。

 

「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化。それによる"仮免"の取得。具体的になりつつある敵意に、立ち向かうための準備だ。心して臨むように」

 

相澤先生のその言葉に、皆ゴクリと息を飲む。そんな様子をサラッと流した相澤先生が言葉を続ける。

 

「というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」

 

「これ……体力テストの……」

 

先生が爆豪くんに個性把握テストのソフトボール投げで使ったボールを投げ渡した。

 

「前回の……入学直後の記録は705.2m……どんだけ伸びてるかな」

 

相澤先生は記録が伸びてないのを分かった上で投げさせているらしい。

伸び率で言ったら私は凄そうだけど、先生の思惑からはズレてしまうから、伸びてない方を選んだのかな。

そんなこととは露とも知らず、爆豪くんは皆の声援を受けながら張り切って腕を振り回している。

 

「んじゃ、よっこら……くたばれ!!!」

 

爆豪くん、相変わらずである。

 

少ししてから相澤先生が持っている機械がピピッと音がなる。記録が出たようだ。

 

「709.6m」

 

「あれ……?思ったより……」

 

「ん……伸びてない……」

 

記録が伸びていないことに驚いた皆がざわつき出した。

それを一瞥し、先生は話を続けた。

 

「約三ヶ月間、様々な経験を経て確かに君らは成長している。だがそれはあくまでも精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインで、"個性"そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だからーーー今日から君らの"個性"を伸ばす。死ぬほどキツイがくれぐれも……死なないようにーーー……」

 

そう言って相澤先生は話を締めくくった。

 

「個性を、伸ばす!?」

 

「急にそんなこと言われても、どうやって……」

 

「具体性に欠けますね。個性が一人一人違うのに、指導者が6人だけで管理できるのですか?」

 

皆が口々に感想を漏らす中、百ちゃんの質問に相澤先生が短く答えた。

 

「そのための彼女らだ」

 

その言葉に合わせて、隠れていたプッシーキャッツの4人が姿を現した。

 

「そうなのあちきら四位一体!煌めく眼でロックオン!!」

 

「猫の手手助けやってくる!!」

 

「どこからともなくやってくる……」

 

「キュートにキャットにスティンガー!!」

 

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!」」」」

 

4人で颯爽とポーズを決めるプッシーキャッツ。

緑谷くんは『フルバージョンだ!!』なんて考えて感動しているけど、私としては見ているだけでちょっと恥ずかしくなってしまう。

 

「あちきの個性、"サーチ"!この目で見た人の情報丸わかり!居場所も弱点も!」

 

「私の"土流"で各々の鍛錬に見合う場を形成!」

 

「そして私の"テレパス"で、一度に複数の人間へアドバイス!」

 

「そこを我が殴る蹴るの暴行よ……!」

 

途中までは皆これでトレーニングを管理するのかと納得していたのに、最後の虎さんの発言で皆の思考は『色々ダメだろ』というもの一色に染まった。

 

「まず、単純な増強型の者は我の元へ来い!」

 

「は、はい!」

 

虎さんの言葉に緑谷くんがすかさず反応する。

 

「我ーズブートキャンプを始めるぞ」

 

……なんだ、我ーズブートキャンプって。

一昔前に流行ったアレのことなのだろうか。

そんなことを考えていると、許容上限のある発動型、異形型・その他複合型とどんどん呼ばれていく。

 

 

 

少ししてから、私はラグドールさんに呼ばれた。

 

「感知の子!あなたはこっちね!」

 

私はラグドールさんにそのまま連れていかれて、森の中に入っていく。

 

「どこまで……いくんですか……?」

 

「もう少しもう少し!」

 

結局、皆がトレーニングをしている辺りから大分離れたところの、土が盛り上がっている穴倉のようなところに入るように言われた。

 

「この中に入ってね!あなたはここであちきとトレーニング!」

 

「分かりました……私は……何をすれば……?」

 

疑問に思ったことを質問をすると、ラグドールさんが逆に質問を返してきた。

 

「逆に質問!あなたの個性、どうやってあの動きをしてるの?波動の感知と読心だけだとあの動きは無理よね?」

 

ラグドールさんはさっき言っていた言葉通り、私の個性の詳細は把握しているらしい。

ここに来るまで聞かれなかった辺り、私が思考を読めることを隠していることに気が付いて黙っていてくれたみたいだ。

 

「……分かっているみたいなので……全部教えます……ただ……このことは……他の人には……言わないで欲しいです……」

 

「あちきこれでも口は堅いのよ!任せなさい!」

 

「……はい……私の個性、"波動"は……―――」

 

まぁ、個性まるわかりのサーチなんて個性を持っていたら口も堅くなるか。

そう思って私はラグドールさんに個性の詳細を教えた。

私の個性は波動を見ることが出来るだけで間違いないこと。それによって感知や読心をしていること。

あの移動とかは個性じゃなくて、私が自身の波動を操作して出来ているだけのことであること。

体育祭とかでなっていたキャパオーバーは、個性のせいじゃなくてただの波動の枯渇による気絶だと考えられること。

このことを伝えると、ラグドールさんは少し考え込んだ。

トレーニングメニューを考えているみたいだ。

 

「その自分の波動って、使えば増えるの?」

 

「はい……使えば使う程……少しずつ増えてます……」

 

「……よし、決めた!」

 

どうやらトレーニングメニューを決めたらしい。

ラグドールさんが意気揚々と始める説明を静かに聞く。

 

「まず、波動を限界まで放出しなさい!気絶しない程度にね!それで倒れたら、そこからは個性のトレーニング!あちきと感知勝負よ!」

 

「感知勝負……?」

 

「そ!あなたの個性、広範囲を一気に感知できるけど特定の個人をすぐに特定できるわけじゃにゃいものよね!そこで精度を上げるためのトレーニング!マンダレイのテレパスで生徒か教師の誰かの名前を言ってもらうから、そのタイミングでどこに居るかをどっちが先に言えるか勝負よ!あちきに勝てるようにがんばりにゃさい!後はその繰り返し!」

 

「な、なるほど……」

 

つまり、波動を限界まで放出して動けなくなったら感知の訓練をする。

範囲内の特定の人の場所を感知して、狙った人を即座に特定する精度を上げていく。

そして動けるようになったらまた放出。

動けなくなったら感知する……その繰り返しか。すごく大変そうだ。

 

「じゃあまず放出からね!」

 

私が考え込んでいると、ラグドールさんは始めるように促してきた。

 

 

 

放出をしろとは言われたけど、具体的にどうしろなんていう指示は出されていない。

気絶ギリギリまで放出すればなんでもいいと言うなら、あの波動の塊を作る練習もしてしまうか。

穴倉の中に座り込んで両手から波動を放出し始める。

気絶しない程度にキャパオーバーになれなんて言われているから、この前みたいに手加減はしないでどんどん放出していく。

球体に詰め込むように圧縮をかけながら、外郭から内側に練り上げるように……

ある程度続けると、手の間にはあの時と同じ青白い光を放つ小さな球体が現れた。

それにさらに波動を練り込んでいくと少しずつ大きくなってくる。

だけど、それと同時に身体を脱力感も襲ってくる。

もう動けなくなってきてるし、これ以上やると確実に気絶するな。

そう思った私は波動の塊を地面に撃ち込んだ。

波動の塊は地面を少し抉って霧散した。

 

そのまま脱力して倒れ込んでしまう。

やっぱり波動を使いすぎるとすぐこうなってしまう。

放出で波動を完全に身体の外に出してしまうと特にそれが顕著だ。

ラグドールさんは通信で誰かと話していたみたいで、私が倒れ込んだのに気がつくと通信を切って近づいてきた。

 

「さっきの遠距離攻撃?体育祭の時に使ってにゃかったわよね?」

 

「ついこの間……出来るようになりました……すぐ動けなくなっちゃいますけど……」

 

「じゃあ個性じゃないとは言ってもキャパを増やすのが『麗日』

 

ラグドールさんと話しているタイミングで、急に頭に声が響く。

一瞬何のことだか分からなくて気がつくのに遅れてしまった。

 

私も気がついてすぐに感知に意識を向けるけど、その頃にはラグドールさんが答えを言ってしまっていた。

 

「遅い遅ーい!こんなんじゃダメダメね!」

 

「不意打ち……」

 

だけどいくらなんでも今のは不意打ちすぎではないだろうか。

ずるいと思う。

 

「不意打ちでもなんでも勝負は勝負にゃ!あちきもあなたが倒れたタイミングを伝えただけで名前を言われるタイミングまでは知らないのよ!条件は対等なの!」

 

確かにその通りと言えばその通りなんだけど、釈然としない。

こんな風に出題してくるというなら常に気を張っておくしかない。

あらかじめどの波動が誰かを確認してずっと見続けておくことも出来ないことはないけど、それじゃ訓練の意味がない。

 

「……分かりました……頑張ります……」

 

「にゃ、それでいいにゃ!」

 

にゃ?

さっきから何度か語尾に混ざったりしていたけど、今更だけど珍しい感じの口癖だ。

プッシーキャッツにかけているのだろうか。

 

「にゃ……?」

 

「にゃ」

 

「にゃ……」

 

にゃ、可愛いけどすごく独特。

 

そんな風に雑談しながら、出題される感知勝負に挑むけど、ラグドールさんには一度も勝てなかった。

というよりも、ラグドールさんの解答が早すぎる。

私が当たりを付ける頃にはもう答え終わっているのだ。

朝の説明通りならラグドールさんも100人までは同時に見えているはずなのに、個人の特定が早すぎる。

何かコツがあるのだろうか。

そんなことを考えながら私も必死で感知を続けた。

 

放出して動けなくなって感知勝負して放出して動けなくなって感知勝負して調整失敗して気絶して水を掛けられて叩き起こされて感知勝負して……そんな感じで時間まで訓練は続いた。

夕方になってようやく今日の訓練の終わりを告げられる頃には、私は精神的にも肉体的にも疲れ切っていた。



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カレー作り

訓練が終わる頃には午後4時になっていた。

 

「さぁ昨日言ったね"世話を焼くのは今日だけ"って!」

 

「己で食う飯くらい己でつくれ!!カレー!!」

 

そして昨日読心した通り、案の定自分たちで料理させられるらしい。

波動の使い過ぎで脱力感がすごいから正直つらい。

 

「「「イエッサ……」」」

 

訓練の内容は違っても皆も同じ状況みたいだった。

ぐったりとしながら了承の返事をしている。

だけど爆豪くんは本当にすごい。

思考の感じからするとすごく疲れてるはずなのに、それを一切態度に出さずポケットに手を突っ込んでいる。

 

「アハハハハ全員全身ブッチブチ!!だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!」

 

ラグドールさんが煽るように足をバタつかせながら「ハハハハハハハハハハ」とか爆笑している。

さっきまでの理性的な態度はどこに行ってしまったのかと言いたくなるほどの豹変っぷりだ。

……こっちがもともとの性格なのかな。

 

そんなやり取りをしていると、飯田くんがハッとしながら呟いた。

 

「確かに……災害時など避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも、救助の一環……流石雄英無駄がない!!世界一うまいカレーを作ろう、皆!!」

 

飯田くんの呼びかけに皆ぐったりしながらも応える。飯田くんのつぶやきを聞いて多少ではあるけどやる気を出したみたいだった。

相澤先生も『飯田、便利』なんて考えている。

多少そういう考えもあるんだろうけど、先生が最初から説明しなかった辺り単純に人手と時間が足りないのと、思い出作りの側面もありそうな気がする。

 

 

 

そしてカレー作りが始まった。

 

皆自分たちで出来る仕事を取っていって、役割分担も自然と決まっていく。

私は普段から料理をしていることもあって、カレーの味付けと煮込む作業をお願いされた。

梅雨ちゃんも普段から料理とかしてるはずなんだけど、彼女は率先して切る作業の方にいっていた。まあ切る作業も慣れてる人が監督した方が安全か。

私への指名は透ちゃんとお茶子ちゃんによるものだ。

砂藤くんも同じ役割だった。

 

「よろしく……砂藤くん……」

 

「おう、よろしくな。この役割指名されてたってことは、波動も普段から料理すんのか?」

 

「ん……私……お姉ちゃんと二人暮らし……料理は……私がすること多い……砂藤くんは……?」

 

「なるほどなぁ。俺は普段から菓子作りしてるんだ。糖分は買ってると高くてなぁ。節約も兼ねて。料理もある程度してるから、大丈夫だよ」

 

砂藤くんは個性の関係もあってお菓子作りを普段からしているらしい。

砂藤くんが作るお菓子、美味しいんだろうか。

普段から個性のために糖分を取っている砂藤くんが自分で作る納得のお菓子……食べてみたい。

きっとおいしいに違いない。糖分を取らないといけないから甘いものなのは間違いない。

 

「おい、波動?顔が緩みまくってんぞ……?」

 

「砂藤くんが作るお菓子……食べてみたい……」

 

「なっ!?い、いいけどよ。じゃあ、今度作って学校に持ってくるか?」

 

「ん……!ぜひ……!」

 

なんか砂藤くんが少しびっくりしている。

だけどそんなことは今はどうでもいい。

今度甘いお菓子を持ってきてくれるって言った。すごく楽しみ。

 

それはそれとして、カレーを作らなければ。

飯盒炊飯している人たちと一緒に火おこしをする。

まぁこれは轟くんに頼んでしまうのが早いか。

 

「轟くん……火、つけてもらってもいい……?」

 

「ああ、任せろ」

 

そう言って轟くんは粛々と火をつけてくれる。

氷と炎という個性の汎用性の高さは相変わらず凄い。

 

「轟ー!こっちも火ぃちょーだい」

 

三奈ちゃんも轟くんに火起こしを依頼していた。

まあ頼むとしたら他には百ちゃんくらいな気もするから当然か。

そんなことを考えていたら、上鳴くんが爆豪くんに声をかけていた。

 

「爆豪、爆発で火ぃつけれね?」

 

爆豪くんはやめた方がいいのでは……爆発で火を起こすのは力加減がすごく難しいと思うんだけど。

 

「つけれるわクソが!!」

 

そう言って爆豪くんは普通に爆発を起こして、竈を一個完全に破壊してしまった。

何をしているのか。

 

「皆さん!人の手を煩わせてばかりでは、火の起こし方も学べませんよ」

 

「火の……起こし方……?」

 

百ちゃんはそう言いつつチャッカマンを創造して火をつけている。

だけど百ちゃんのそれは火の起こし方を学んでいると言っていいのだろうか。

普通の火のつけ方ではないと思うけど。

 

「いや、いいよ」

 

轟くんも特に拒否することなんかもなく、三奈ちゃんが準備していた竈に火をつけた。

 

「わー!ありがとー!!」

 

「燃えろー--!燃やし尽くせー--!!」

 

「尽くしたらあかんよ」

 

お茶子ちゃんがぴょんぴょん跳びながら喜んで、三奈ちゃんもテンションを上げながら大喜びしている。

その一方で、轟くんは火を眺めながら考え込んでいた。

自分の火を眺めながら色々思うところがあるみたいだけど、悪い感情ではないしきっと大丈夫だろう。

 

とりあえず、百ちゃんとかがいっぱい食べるだろうし、沢山作ろう。

A組の分は私と砂藤くんで一つずつ鍋を担当することにした。

砂藤くんはリンゴジュースとか砂糖とかを準備している。甘めな感じで仕上げるつもりみたいだ。

というか、それどこから出したんだろう。まさかの自前?カレー作りを予想して準備してたとか?まあどうでもいいか。

隠し味にリンゴはよくあるし、ここでリンゴをすり下ろす手間を省いてリンゴジュースで代用するのは合理的ではある。

 

砂藤くんが甘めのカレーを作るなら、私は辛めにしたほうが皆の好みで選べるかな。

ルーは同じものしかないし、辛さを足すなら一味唐辛子とか鷹の爪とかが必要か。タバスコとかもあると酸味も足せて良さそうな気がする。

とりあえず出してくれている材料にはないし、聞いてみるか。

 

「ラグドールさん……いいですか……?」

 

「ん?何かあった?」

 

「ちょっと……隠し味に……使いたい材料があって……キッチンとかに……あるかなって……」

 

「ああ、そういうこと。いいわよ。あちきが案内してあげる」

 

私の申し出を受けて、ラグドールさんは快くキッチンに案内してくれた。

冷蔵庫や調味料の保管棚を漁って一味唐辛子とタバスコを発見した。これを使わせてもらおう。

ラグドールさんに確認して持ち出しを了承してもらってから、竈の方に戻る。

 

「あれ?瑠璃ちゃんどこ行ってたの?いないから心配しちゃったよ~」

 

切り終わった材料を持っている透ちゃんが声かけてきた。黙って持ち場を離れていたから心配させてしまったみたいだった。

 

「これ……借りてきた……」

 

「おおう、赤いね。辛めのカレー作るの?瑠璃ちゃんなら甘いの作るのかと思ってたけど」

 

私がもっている一味唐辛子とタバスコを見せると、透ちゃんは意外と言わんばかりの反応をしてくる。

まあ私が甘いものが好きなのはもう周知の事実だし、そう思われても仕方ないか。

そう思って私は説明のために砂藤くんの方を指さした。

透ちゃんも指さした方を見て、リンゴジュースや砂糖が置かれているのを見て納得したらしい。

 

「砂藤くんが……甘いの作ってくれるみたいだから……私は……辛いのを作って……選べるようにしようかなって……」

 

「なるほどね!確かにシュガーマンが甘いの担当の方が分かりやすいか!」

 

「ん……私も楽しみ……」

 

私たちの会話が聞こえていたのか、砂藤くんがちょっと恥ずかしそうにしている。

とりあえず私も作っちゃわないといけない。

透ちゃんが持ってきてくれた材料を順番に下ごしらえしていく。

 

洗い物を増やしちゃうのもあれだし、お鍋で全部作ろう。

まず玉ねぎを飴色になるまで炒める。電子レンジがあれば時短になるけど、キッチンまで行って使って戻ってくるなんて作業をするくらいならそんなに時間は変わらない。

その間にジャガイモのサイズが問題ないことを確認して透ちゃんに電子レンジで5分くらい加熱してきてもらう。

玉ねぎが出来たら一度玉ねぎをお鍋からだす。

次はお肉だ。お肉を鍋に入れる。

竈だから火加減の調節が細かくできないのが大変だけど、お肉の表面に焼き色が付くまで炒める。ワインがあるとお肉の臭みが消えていいんだけど、残念ながらなかった。

その辺りで透ちゃんがジャガイモを持って戻ってきた。

 

「瑠璃ちゃーん!おまたせー!」

 

「ん……ありがと……」

 

ちゃんと加熱されていることを確認する。問題なさそうだ。

お肉を炒めている鍋に人参を入れて一緒に炒める。

ここで最初の隠し味だ。

 

「砂藤くん……こっちにも砂糖貸して……」

 

「おお、いいぞ」

 

砂藤くんから砂糖を借りて少量入れて、一緒に一味唐辛子も入れて炒める。

 

「砂糖もいれるの?」

 

透ちゃんが不思議そうな顔をしながら聞いてくる。

というか、作業が終わった人が徐々に周りに集まってきててすごい見られている。少し恥ずかしい。

透ちゃんの質問には、砂藤くんが答えてくれた。

 

「ああ、辛さ出すのにもギャップがあると良かったりするんだよ。砂糖と唐辛子入れるのはいいな。最初に甘さと旨味が来て、後味でピリッと締めてくれる感じになるだろ」

 

「ん……そう……砂藤くん……詳しい……」

 

「は~、なるほどね~」

 

そんな感じで話ながら作業を進めていく。

鍋の中の人参にちゃんと火が通ったのを確認して、材料を入れていく。

水、飴色玉ねぎ、ローリエを鍋の中に投入する。

その後鍋を竈の端に移動させなるべく弱火になるようにする。

鍋の蓋を少し開けた状態で乗せて、適宜灰汁を取りつつ煮込む。

20分くらいたったところで一度鍋を火から上げて、カレールーを入れる。

カレールーが溶けたことを確認したらまた竈の端の方でじっくり煮込む。

ここで極少量のタバスコを入れておく。

味見をしてみると、悪くない味だ。

いい感じの辛さになっている。

 

「透ちゃんも味見……する……?」

 

「いいの!?するする!!」

 

私が使ったスプーンにお玉で少し移して食べさせてあげる。

 

「おー!おいしー!瑠璃ちゃん流石だねぇ!」

 

「な、なぁ!俺も味見していいか?」

 

「俺も俺も!」

 

「オイラも!!!!」

 

「ウチもいい?」

 

「ん……いいよ……ただし……男子は男子でスプーン持ってきて……」

 

私がそう言うと味見に立候補した男子がスプーンを取りに行く。

ブドウ頭が私たちが使ったスプーンを見ていたけど、使わせるわけがない。

響香ちゃんには私たちが使ったスプーンで問題ないことを確認してから、すぐに渡してあげた。

砂藤くんの方でも同じような味見イベントが起きているらしい。私も食べたいけど、出来上がるまで我慢しよう。

 

味見も終わって、最後にあらかじめ加熱しておいたジャガイモをいれたら熱々になるまで煮込んで完成だ。

 

 

 

「「「いただきまーす!」」」

 

皆で一斉に食べ始める。

 

「うめぇ!カレー自体もうめぇのにこの状況も相まってさらにうめー--!!」

 

切島くんが嬉しいことをいってくれながらカレーにがっつく。

というよりも、皆すごい勢いでカレーをかきこんでいる。それだけお腹が空いていたんだとは思うけど。

私も砂藤くん作の甘口カレーを食べている。

果物の風味と甘すぎないいい感じの甘い味付け、流石シュガーマン。いい味付けだ。後でレシピを聞いておこうかな。

 

「ヤオモモがっつくねー!」

 

「ええ。私の"個性"は脂質を様々な原子に変換して創造するので、沢山蓄える程沢山出せるのです」

 

三奈ちゃんの言葉に、百ちゃんはなんてことないように返す。

だけど百ちゃんの個性、食べないと使えないのは大変そうだけど、太らなそうなのは羨ましい。

私が太りにくくなるような個性を持っていたら甘いものを食べ続けていたかもしれない。

 

「……太らなそう……羨ましい……」

 

「ふふ、それも良く言われますわね」

 

そんな感じで話していると、緑谷くんが席を外した。

どうやら洸汰くんにカレーを持って行くらしい。

私のじゃなくてちゃんと砂藤くんのを持っていった。

これで私のを持って行こうとしてたら止めないといけなかったから良かった。

 

「波動の手作りカレー、めっちゃうめぇ!!」

 

峰田くんは私が作ったカレーがお気に召したみたいだけど、味よりも私が作ったということに価値を見出していてなんとも言えない気分になってしまう。

彼の場合女子が作っていれば誰の物でも同じような反応をしそうだ。

……峰田くん、響香ちゃんにだけは辛辣だし響香ちゃんだと分からないのかな?

まあどうでもいいか。

 

そして、私が密かに嬉しかったのは爆豪くんだ。

小さく「……うめぇ」とつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。

爆豪くんは辛い物が好きみたいだけど、彼にもちゃんと美味しいと思ってもらえたならよかった。

皆に喜んでもらえて、私も砂藤くんの美味しい甘口カレーを食べられて大満足だ。

 

 

 

カレーを食べ終わったころ、マンダレイさんが話を切り出した。

 

「明日の夜は肉じゃがね」

 

「うおー!」

 

その言葉に、男子たちが異様な盛り上がりを見せている。

そんなに肉じゃがが嬉しいんだろうか。

どうせ自分たちで作ることになるの、分かってるのかな。

 

「お肉は豚肉と牛肉だから、A組とB組でどっちがいいか選んどいてね」

 

その言葉に、皆の間にざわめきが起きた。

 

「肉じゃがって豚肉だよな?」

 

「え、牛でしょ」

 

「地域によって変わる……どっちでもおいしいよ……」

 

別にどっちでも大丈夫だ。

地域によって使うお肉が変わるくらいだし。

うちは豚肉だったけど、牛肉のも普通に美味しく作れる。

 

私は傍観してたけど、皆は豚だ!牛だ!なんて感じで意見が分かれて、だんだん収拾がつかなくなってきた。

 

「それでは、今決めてしまおう!いいかい、拳藤くん!」

 

飯田くんが少し離れたところに座っていた拳藤さんに声をかけている。この騒ぎをどうにかしてくれるつもりみたいだ。

 

「あぁいいよ。じゃあ、じゃんけんで勝った方が選ぶってことで」

 

「異論ない。では……」

 

「ちょっと待った!」

 

クラス委員長同士がじゃんけんで決めてしまおうとしたところで、物間くんから待ったがかかった。

 

「ねえ、じゃんけんなんかで決めるのつまらないだろ。ここはきっちり勝負して決めた方がいいんじゃない?」

 

「は?別にじゃんけんでいいだろ」

 

拳藤さんがそう言うと、物間くんがハッと鼻で笑って憎きA組がって感じのいつものが始まってしまった。

相変わらず振る舞いが酷い。

 

「だから、別に憎くはないっつーの」

 

そのやり取りに思うところがあったのか、柳さんが物間くんに声をかけた。

 

「べつに豚でも牛でもどっちでもいい」

 

「ん」

 

「肉食えりゃ、俺もどっちでもいいぜ!」

 

その意見に、小大さんや鉄哲くんも同意する。

鉄哲くんの同意を皮切りに、他の男子も同意しだした。

切島くんなんかはその筆頭だ。今もサムズアップし合っている。

職場体験で男の友情を深めていたらしい。

 

その流れで、透ちゃんも物申した。

 

「ていうかさ、どうせ皆明日も味付けとかは、瑠璃ちゃんとか料理できる子に任せるつもりでしょ?だったら主体で作る人に決めてもらった方がよくない?そっちの方が美味しくできると思うけど」

 

「……一理ある……」

 

透ちゃんの意見は確かにその通りだ。

私はどっちでも作れるけど、B組がどっちかしか作ったことがない可能性もある。

 

「確かに!」

 

「こっちだと、波動と砂藤と梅雨ちゃんか?」

 

砂藤くんも困惑はしているけど、困っている様子はない。彼も肉じゃがは普通に作れるってことだろう。

爆豪くんも今日の感じだと作れると思うけど、名前すらあげられない。まあ喧嘩腰の彼は相談事に不適格だから当然か。

そんな感じで話がまとまりかけたところで、面白くないと思ったらしい物間くんが騒ぎ出した。

 

「ハァ!?肉じゃがには豚肉以外ありえないんだけど!?」

 

……物間くん、A組と勝負して勝ちたいだけだから、とりあえず難癖をつけて争いに持ち込もうとしてるな。

 

「……牛肉の肉じゃがなんて僕には想像もできないけど、今の意見に反論してないってことは、A組はどっちでもいいんだろう?ねぇ、爆豪くん」

 

「あぁ?」

 

物間くんが厭味ったらしい笑みを浮かべながら爆豪くんを煽る。

それを聞いた瞬間、私はすべてを諦めた。

これ、もう理性的な相談はできないよ。

 

「君は牛肉でもいいんだろ?勝負から逃げたA組を差し置いて食べる豚肉はきっとおいしいだろうなぁ!A組は牛肉の肉じゃがでも食べてればいいよ」

 

「……ふざけんな!!こっちだって豚肉だ!!」

 

凄く分かりやすい挑発だけど、こんなに煽られて爆豪くんが乗らないはずがない。

案の定乗せられてしまった爆豪くんも騒ぎ出した。

爆豪くんの"クソB組"発言で他のB組男子も怒り出してしまって、もう収拾がつかなくなった。

先生も止めるつもりはないみたいで、飯田くんの提案で腕相撲で決めることになってしまった。

こんなのに付き合うのも馬鹿らしくて、A組もB組も女子は早々に部屋に戻った。



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対峰田防衛戦線

昨日のブドウ頭の覗き未遂が問題になって、今日から男子と女子の入浴時間はずらされることになった。

男子が先で、その後に女子だ。

男子、女子の中での順番はA組が先でB組が後になっている。

男子たちは時間ギリギリまで騒いでいたけど、入浴時間を思い出したのかあがってから腕相撲大会をすることにしたらしい。

時間自体は女子の入浴時間を長めに取ってくれている。それは嬉しいけど、なんだか男子に申し訳ない。

一部男子、というか爆豪くんが面倒くさい決まりが出来てしまったことにキレてたけど、その矛先はブドウ頭に向いていた。

 

だけど、そんな決まりだけでは安心できない私たちは、男子にブドウ頭の厳重警戒を依頼してから入った。

飯田くんが代表して快く引き受けてくれた。

だけど、飯田くんは昨日もそうだったけど言い包められやすい。

私たちも男子に任せきりというわけじゃなくて、私たち自身でブドウ頭を親の敵かのように警戒して入浴した。

私と響香ちゃんが寝室にしたのと同じような対策を取ったのだ。

他の女子も隠しカメラとか、そういう類のものが隠されたりしていないか探すのに協力してくれた。

とりあえず安心だということを確認してから服を脱いで入浴を始めた。

私と響香ちゃんは適宜個性で周囲の警戒をしつつではあるけど。

 

「これだけ対策したんだもん。きっと大丈夫だよね」

 

「流石にもう大丈夫だと思いたいですわ」

 

「本当にね」

 

温泉に浸かりながら透ちゃんと百ちゃんと三奈ちゃんが揃って溜め息を漏らす。

三奈ちゃんとか結構ムッとしているし、せっかくの温泉を邪魔されていい加減イライラしてきているようだった。

 

「あのブドウ頭……合宿前に色々道具買ってた……どこかで使おうとするはず……」

 

「ブドウ頭て……間違うてはあらへんけど……」

 

私の発言にお茶子ちゃんも苦笑いをしながら突っ込んでくる。

 

「ブドウ頭は……ブドウ頭……それ以上でも以下でもない……」

 

「よっぽど怒ってるのね、瑠璃ちゃん」

 

「まああれだけやらかしてるんだから、被害者側のウチらから何言われても文句言えないでしょあいつ」

 

私のブドウ頭の呼称についてツッコミはあるけど、擁護はない。

皆もいい加減腹に据えかねるものがあるのだろう。

 

「バスに乗る前の感じからして……絶対にB組も覗こうとする……むしろ、本命はそっちかも……昨日、道具使ってなかったし……」

 

「……確かに」

 

「……あり得ますわね」

 

「うわ、じゃあ警戒してる私たちよりもB組の方が危ないんじゃない?」

 

というよりも、今のブドウ頭の思考がB組を覗くことに関してだから、今日が決行日だろう。

 

 

 

結局、私たちの入浴中はブドウ頭が行動を起こすこともなかった。

私たちが部屋に戻ってのんびりし始めた頃。

つまりB組の入浴時間になった頃、奴は行動を起こした。

どうやら腕相撲で飯田くん含めた他の男子の気が逸れたタイミングで抜け出したらしい。

飯田くん……こんなところで空回りを発揮しないでほしい……

 

「……はぁ」

 

「あー、もしかしなくても……」

 

透ちゃんが私の様子で全てを察したらしい。

溜め息だけで全てを察してくる透ちゃんはやっぱりおかしい。

 

「ん……あのブドウ頭……動き出した……拳藤さんたちに伝えに行く……」

 

「私も行く」

 

「流石にA組の恥はA組でどうにかしないといけませんわね……」

 

「……ウチも行くよ」

 

結局皆ついてきてくれることになった。

百ちゃんの言う通り、A組の恥はA組でなんとかしないと駄目だ。

こんなのでワイプシを頼るのも申し訳ないし、相澤先生たちも疲れてる上にこれから補習の監督もしないといけないのに申し訳なさすぎる。

 

拳藤さんたちは今、ちょうど温泉に向かっている。

私が先導して皆を拳藤さんたちのところまで案内する。

脱衣所に入ったところで、B組女子に追いついた。

皆まだ服を着ている。

 

「あれ、A組じゃん。どうしたの?忘れ物?」

 

拳藤さんが不思議そうに聞いてきた。

 

「警告……しにきた……」

 

「警告?」

 

「ん……あのブドウ頭……峰田くんが……覗きをしようとしてる……昨日私たち相手に失敗して……B組にターゲットを変えたみたい……」

 

「あぁ~、そういうこと……」

 

拳藤さんが頭痛を耐えるかのように頭を抑える。

 

「ありがとね、教えてくれて。で、その本人は今どこに?」

 

「女湯と男湯の間の壁の中……少しだけスペースがある……そこの鍵を……ピッキングして忍び込んでる……」

 

「うわ、ガチなやつじゃんそれ」

 

拳藤さん、というよりもB組女子全員がドン引きしている。

小大さんも何も口には出してないけど、嫌悪感がありありと伝わってくる。

 

「私たちで捕まえてきますわ。拳藤さんたちはここで少し待っていてくださいまし」

 

「ん……速やかに回収するから……任せて待ってて……」

 

私たちの提案はB組も特に異論はなかったみたいで、提案通り私たちで捕獲することになった。

さて、どう捕まえるかだけど、やはり挟み撃ちだろうか。

逃がさないために、女湯の壁側から何人か、壁の間の入り口に何人か、男湯の入り口に何人かが理想的かな。

そんなことを考えていると拳藤さんが声をかけてきた。

 

「ねぇ、どうせならさ、合宿中二度と同じことが出来ないくらい痛い目を見せた方が良くない?私たちも合宿中ずっと覗きに怯えたくないし、波動だってずっと警戒してるのは疲れるでしょ?」

 

「……一理ある」

 

確かに拳藤さんの言う通りかもしれない。

 

「よし!じゃあ協力するから、確実に確保して先生に引き渡そう!」

 

そんな感じで、B組と協力してブドウ頭を確保して先生に引き渡す方針になった。

話し合った結果、作戦は囮を使って釘付けにして油断したところを一気に確保することにした。

私が既にブドウ頭とドリルを使って開けた覗き穴の位置を把握しているから、A組は覗き穴から見えない所から穴に近づいておく。

B組は囮役として服を着たまま温泉に入っているかのような会話をすることになった。

もちろん服を着たままだったらすぐに気付かれてしまう。

だから、百ちゃんにドライアイスを出してもらって穴を煙で覆ってもらうことにした。温泉だし、興奮したブドウ頭なら容易く騙せるだろう。

そして油断して穴に張り付いてきたブドウ頭を皆で制裁する予定だ。

初手はもちろん響香ちゃんに任せる。

穴からの直接攻撃を受ければすぐ逃げることは難しくなるだろうし。

あとは流れで制裁だ。

 

 

 

あのブドウ頭、何が『最善の状態で最高のものを見るため』だ。地獄を見せてやる。

私がそう心に決めていると、百ちゃんがドライアイスを作って穴を煙で覆い、囮である拳藤さんたちが行動を始めた。

 

カラカラと扉が開く音に反応して、ブドウ頭は凄まじい速さで穴に張り付いた。

 

『このクソ湯気め……!!』

 

ブドウ頭のその思考に気づかれていないことを確信する。

地獄に堕ちろと言わんばかりに、ブドウ頭が湯気に対して呪詛を吐いている。

お前が地獄に堕ちろとしか思えない私は悪くないはずだ。

 

「あー、やっぱ露天っていいな」

 

「疲れが取れますわね」

 

「ん」

 

拳藤さん、塩崎さん、小大さんの声に反応して、ブドウ頭が興奮した顔をし始めていた。

 

「あれ?唯、背中に傷あるよ。ちょこっと」

 

「ん?」

 

「もしかして私のツルが当たってしまったから……申し訳ありません!」

 

「んーん」

 

「大丈夫だってさ」

 

小大さんは相変わらず「ん」しか言わない。

私も結構「ん」って言うけど、あそこまで徹底はしてない。

私も人のことは言えないけど、コミュニケーションとか大丈夫なんだろうか。

……拳藤さんが普通に意図を読み取れているあたり問題ないのか。

 

「茨って意外と胸あるよね」

 

「そうですか?」

 

「ん」

 

「揉むと大きくなるって本当かなー?よし、試しに揉んでみよ」

 

「あ、ちょっ……」

 

ブドウ頭を釘付けにするためだろうけど、内容が過激過ぎるんじゃないだろうか。

さっきからブドウ頭の思考が気持ち悪すぎてすごいことになってるんだけど。

『天国だ!パラダイスだ!』とか、『自分が女になって素知らぬ顔で加わりたい』なんて思考を皮切りに、すごい勢いで過ぎていく下劣な思考を感じ取ってしまってドン引きしか出来ない。

目の前に女体があるという理由で裸の妄想を我慢しているのも普通に気持ち悪い。

さらに言うとブドウ頭の表情がやばい。

血走った目を限界まで開いて、凄まじい量の涎を垂らしながら、荒い息遣いで壁に張り付いているのだ。

さらに煙をどけようとしているのか、顔を真っ赤にしながら何度も大きく息を吹きかけている。

生理的な嫌悪感しか感じない。

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!

 

「波動も限界っぽいし、もういいでしょ」

 

私の顔色を同情したような表情で見ていた響香ちゃんがそう呟いて、穴にイヤホンジャックを突き刺した。

 

「うぎゃあああ!!」

 

爆音の心音を響かせられたはずなのに、ブドウ頭はふらふらとしながら逃げようとし始めた。

だけどそんなの予想の範疇だ。

三奈ちゃんも逃げようとした気配を感じたのか、すぐに穴に向けて酸を注入している。

 

穴から注入された酸は、壁を溶かしながらブドウ頭に降りかかった。

 

「ぎゃあああ!?」

 

壁が溶けたことでこちらが見えて、ようやくブドウ頭は状況を飲み込めたらしい。

 

「本当に、なぜこのような低俗なことを……」

 

「峰田くん、覗きはあかん!」

 

「……変態……気持ち悪い……最低……」

 

「いつか捕まるわよ、峰田ちゃん」

 

「あっ、ドリルとか持ってきてるよ!用意周到すぎっ!」

 

口々に文句を言いながら詰め寄る私たちに、ブドウ頭の顔がゆっくりと歪んでいって、あっという間に憤怒の表情になった。

 

「風呂場で服着てるなんざ、ルール違反だろうが!!!」

 

「……はぁ!?」

 

「……は?」

 

「オイラは旅番組の温泉で、バスタオルを使うタレントは認めねぇ派なんだよー!!!」

 

こんな状況になっても性欲を爆発させて宣う戯言に、皆の怒りに火が付いた。

 

「さいっ……てー!!」

 

「ルール違反はお前だ!!」

 

「あぁ!?なんならオイラが脱いで見本を見せてや―――」

 

その言葉を聞いて、私と拳藤さんが動き出したのは同時だった。

私は足で波動を圧縮放出して一気に距離を詰めつつ背後に周り、ブドウ頭に向かって両手で掌底突きしながら、手に圧縮していた波動を掌底から噴出する。

同時に拳藤さんは手を巨大化して、フルスイングでブドウ頭を打ちぬいた。

私と拳藤さんによる前後からの凄まじい衝撃に襲われたブドウ頭は、「ぶごっ!!」なんていう情けない声を漏らしながらあっさり気絶した。

 

 

 

百ちゃんに材料を出してもらって溶かした壁を補修してから、B組女子の皆には安心して温泉を楽しむように伝えて別れた。

ブドウ頭は簀巻きにして引きずって、相澤先生に引き渡した。

完全にキレた相澤先生も徹底的な制裁を約束してくれたから安心だ。

これでブドウ頭が懲りて覗きをしなくなると楽なんだけどななんて思いながら、皆で部屋に戻った。



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女子会(前)

私たちはあれから部屋に戻って来てのんびりくつろいでいた。

 

「うぇ~補習やだよ~」

 

三奈ちゃんが自分の布団でゴロゴロしながらそう零す。

三奈ちゃんはこれから補習があるし、考えたくないんだろう。

というか、朝5時30分集合でさらに夜中まで補習とかおかしなことをしている。

三奈ちゃんたち補習組はまともに寝れないんじゃないだろうか。

これが常識的な時間で終わるなら三奈ちゃんが戻ってくるまで起きて待っててもいいんだけど、2時終了予定とか言われると流石に待てそうにない。

絶対に寝てしまう。それくらい疲れている。

三奈ちゃんも待たなくていいとはっきりと遠慮していた。

 

「……ん?今、なんか聞こえた?」

 

布団に寝転がっている透ちゃんがそう切り出した。

 

「……男子の声っぽかったけど」

 

窓際で涼んでいた響香ちゃんが答える。

まぁ、今のは多分ブドウ頭だろう。

今彼は元女湯、現男湯で虎さんに地獄を見せられている。

どうやら制裁を中断して入浴していたワイプシが、ブドウ頭対策で男湯と女湯を入れ替えていたようだ。

案の定拘束を抜け出して覗きに行ったブドウ頭は、トラップに引っかかって虎さんに制裁されているというわけだ。

相澤先生の思考的に制裁はこれだけじゃないっぽいし、明日からは多分安心だろう。

 

「あ~、ご飯のとき、揉めてたもんね!B組と!」

 

「男ってアホだよなー……あ、でもさっきの、峰田の声っぽかったかも」

 

「ん……私も……そう思う……」

 

響香ちゃんもブドウ頭の声だと思ったらしい。

普段から声や音を聞いて感知している響香ちゃんが言うんだから、間違いないだろう。

 

峰田という単語を聞いて、三奈ちゃんがムッとしながら顔を上げた。

 

「おしおきでもされてんのかなっ?されちゃえばいいんだー!」

 

その表情は未だに怒りに染まっている。私も気持ちは分かる。

 

「ほんまやね!」

 

「一度痛い目に遭わないとわからないかもしれませんわね」

 

いつも基本的に制裁はしないで、困った表情をしたりちょっと嫌そうな顔をする程度に収めているお茶子ちゃんにすら言われるってよっぽどだ。

まぁあんな暴挙に出たらそう言われても仕方ないんだけど。

 

「もっと深く刺しときゃよかった」

 

「もっと酸の濃度、濃くしとけばよかった!」

 

「もっと強く……殴っとけばよかった……」

 

あんな性犯罪者、ただのヴィランなんだから制裁はされてしかるべきだ。

もっと痛い目にあわせるべきだった。

そうしたら私ももっとすっきりしたかもしれない。

 

「でも峰田ちゃんのことだから、そうそう変わらないと思うわ。今までだって痛い目に遭ったけど相変わらずだったもの」

 

「それは……そうかも……」

 

梅雨ちゃんの言葉に皆今までのブドウ頭の所業を思い浮かべる。

私も含めてその通りかもと思ってしまって、皆げんなりしてしまった。

 

「それでも、今回は他のクラスの女子にまで被害が及ぶところでしたわ……同じA組として恥ずかしい……」

 

ちょっと良くない雰囲気になってしまった。

皆の溜飲を下げるためにも、ブドウ頭の末路を教えておくか。

 

「ちなみに……ブドウ頭……今……痛い目にあってる……ワイプシの罠にかかって……虎さんのお風呂を覗いた……絶賛シバかれ中……さっきの悲鳴は……多分それ……」

 

「マジ!?」

 

「虎さんのお風呂覗くってどういう状況なんや……」

 

困惑したり盛り上がったりと方向性は違うけど、とりあえず暗い雰囲気ではなくなって一安心だ。

 

 

 

そのタイミングで、ドアをノックする音が部屋に響いた。

 

「拳藤だけど、ちょっといいかな」

 

波動的に、拳藤さん以外にも塩崎さんと小大さん、柳さんもいる。

寝転がっていた子も起き上がって、皆で顔を見合わせた。

代表して百ちゃんが対応を始める。

 

「ええ、もちろんですわ」

 

百ちゃんがドアを開けた。

その先には波動で感知したとおりの人たちがいた。

 

「さっきはありがとね、これお礼」

 

「お礼?」

 

「えーなになに?」

 

三奈ちゃんが興味をひかれたのか袋を覗き込む。

私以外は皆それに続いて覗きに行った。

私は見るまでもない。あれはお菓子だ。

クッキーとかチョコレートとかの色々なお菓子が詰まっている。

 

「お菓子だーっ!」

 

中身を確認した三奈ちゃんが嬉しそうに声を上げた。

 

「持ってきたお菓子の詰め合わせで悪いんだけどさ」

 

「でも何の……もしかして峰田さんの件ですか?それならばそんな必要ありませんわ!むしろ、ウチの峰田さんが大変なご迷惑をかけるところだったんですもの……!」

 

不思議そうにしていた百ちゃんがハッとして、母親みたいな言動で遠慮し始める。

まぁ確かにブドウ頭のせいだから、少し気が引ける。

私たちが洸汰くんにあげたお菓子の詰め合わせとは、ちょっと意味合いが変わってきてしまう。

 

「そんな気にすんなよ。結果的に大丈夫だったんだから」

 

「それに教えてくれたからこそ未然に防げたんだし」

 

「ん」

 

拳藤さん、柳さん、小大さんが順番に返答してくる。

小大さんも「ん」しか言ってないけど、言いたいことは同じみたいだ。

 

「これは私たちの感謝の気持ちです。ここに来られなかった取蔭さん、小森さん、角取さんも直接お礼を言いたかったと申しておりました。ですが、ブラド先生から今日の訓練の注意点があると呼び出されてしまいまして……」

 

「だからさ、これもらってよ。ほんの気持ち」

 

ブドウ頭のせいだから本当に気が引けるけど、B組女子は心から感謝してお礼としてお菓子をくれようとしている。

流石に遠慮し続けるのも失礼か。

 

「でも……」

 

百ちゃんも気が咎めるのか変わらず遠慮しようとし続けている。

だけど、そんな百ちゃんの代わりに、三奈ちゃんが袋を受け取った。

 

「それじゃ、ありがたく!」

 

「芦戸さんっ!?」

 

急な行動に、百ちゃんが戸惑ってしまっている。

 

「まーまー、ヤオモモ。せっかく持ってきてくれたんだし」

 

「そうよ、八百万ちゃん。気持ちを無下にするのはよくないわ」

 

「ん……このままだと堂々巡り……好意は受け取るべき……」

 

「でも、私たちは当たり前のことをしただけですし……」

 

私たちの説得を受けても、百ちゃんはためらい続けていた。

そんな百ちゃんに対して、透ちゃんが以前のように名案!とばかりに明るい表情で提案する。

 

「それじゃ、みんなで食べようよ!」

 

「えっ?」

 

皆が透ちゃんの顔があるであろう所に顔を向けた。

透ちゃん、すごくいい笑顔をしている。

 

「女子会しよー!女子会!せっかくだし!」

 

その提案に、皆も笑顔を浮かべた。

 

「さんせー!こういう機会もなかなかないしね!」

 

「まぁ……女子会……」

 

「え、ほんとにいいの?」

 

急に決まりつつある話の流れに、拳藤さんが困惑気味に聞いてくる。

拳藤さんは困惑してるけど、私は期待でワクワクしていた。

女子会。漫画や本、ゲームとかでは見たことがあるけど、実際にはやったことがない楽しそうな集まり。

私もやってみたい。

 

「もちろんよ。それに、男子たちも男子たちで集まってるみたいだし」

 

「ん……男子たち……まだ腕相撲大会してる……お肉、まだ決まってないみたい……」

 

「……じゃ、やっちゃう?女子会」

 

「ん」

 

「やっちゃうー!!」

 

そういうことで、女子会をすることになった。

 

 

 

乗りに乗って盛り上がった私たちは、自動販売機でジュースを買って、私たちA組もお菓子を提供して車座になってお菓子を囲んだ。

既に敷かれている布団がクッションのかわりだ。

 

準備が終わって乾杯をすると、百ちゃんが話を切り出した。

 

「……実は私、女子会初めてなんですけど……どういうことをするのが女子会なんでしょうか?」

 

「私も……初めて……本とかで読んだ知識しかない……実際は……どんな話するの……?」

 

私と百ちゃんは本当に初めての女子会だったから、2人で皆に聞いてみる。

 

「女子が集まって、なんか食べながら話すのが女子会なんじゃないの?」

 

なんてことないように三奈ちゃんが答えてくれたけど、それに対して透ちゃんがチッチッチッと指を振る。

 

「女子会といえば……恋バナでしょうがー!」

 

「そうだ、恋バナだ!女子会っぽい!」

 

「うわぁ〜」

 

「恋ねぇ」

 

「恋バナ……新鮮……」

 

恋バナの流れになって、皆のテンションが一気に上がった。

お茶子ちゃんや梅雨ちゃんも顔をほんのり赤らめている。

私もお茶子ちゃんと緑谷くんの話とかが気になる。すごく聞いてみたい。

 

「えー……」

 

「あー、そういうノリか」

 

乗り気じゃないのは響香ちゃんと拳藤さんくらいだ。

 

「こ、恋!?そんなっ、結婚前ですのに……!」

 

百ちゃんがずれた硬派な感じの感想を漏らす。内心は満更でもなさそうだけど。

 

「その通りですわ。そもそも結婚というのは神の御前での約束で……」

 

塩崎さんはシスターか何かなのだろうか。そんな感じの雰囲気だ。こっちもすごくお堅いことを言っている。

 

「鯉バナナ?」

 

「んーん」

 

柳さんと小大さんも特に反対しているわけでもないみたいで、結局話題は恋バナになった。

言い出しっぺの透ちゃんがそのまま仕切り始めた。

 

「それじゃ、付き合ってる人がいる人ー!」

 

皆ワクワクしたような目で周囲を見るけど、誰も手を上げない。

思考からして隠そうとしてる人もいないし、本当に誰も付き合ってる人はいないみたいだ。

そんな感じの沈黙が続いて、透ちゃんは愕然とした様子で言葉を続けた。

 

「……えっ、誰もいないの!?」

 

皆もワクワクした顔を引っ込めて周囲を確認するように見渡す。

何人かの子は危機感すら覚えているみたいだ。

どうやら世間一般では、女子高生というものは恋という青春を楽しむものらしい。

雄英にいるとそんな余裕は微塵もないけど。

 

「中学のときは受験勉強でそれどころじゃなかったけど、雄英に入ったら入ったで、それどころじゃないもんなー」

 

拳藤さんの言う通り、雄英ヒーロー科のカリキュラム的に単純に時間がないのだ。

週6日びっしり授業だし宿題も多いし演習もある。

そんな忙しい毎日の中で恋愛をする余裕がある人は早々いない。

 

「うわー、でも恋バナしたい!キュンキュンしたいよー!ね、もう片想いとかそういう雰囲気とかの話でもいいよね!」

 

三奈ちゃんが身を乗り出して皆を見回す。

どうやら一度そういう流れになったからには恋バナで盛り上がりたいらしい。

皆も異論はないみたいで、特に反論とかもなく周囲を見渡し始める。

そんな中、透ちゃんと三奈ちゃんが目をキラリと光らせながら私の方を見てきた。

あ、まずい、忘れてた。

 

透ちゃんと三奈ちゃんがキラキラした目で問いかけてくる。

 

「さぁ波動!キリキリ話そうか!!」

 

「瑠璃ちゃん!昨日は聞く余裕なかったけど今日こそ教えてもらうよ!」

 

2人のその発言で、全員の視線が私に向く。

やっぱり昨日の発言は迂闊だった。夜聞こうなんて考えていた2人が昨日何も聞いてこなかったから、安心してしまっていたのもある。

でも、申し訳ないけど、特に面白い話があるわけでもない。

 

「別に……話すこと……ない……」

 

私は否定するけど、火がついた2人がそんなことで納得するわけがなかった。

質問攻めにするつもりなのか、すごい勢いで詰め寄ってきた。

 

「何もないことはないでしょ!轟と普段から電話してるんでしょ!?」

 

「そうだよ!バスの中で言ってたよね!?」

 

透ちゃんも三奈ちゃんも、過去に類を見ないほどぐいぐい迫ってくる。

その内容に対して、皆まで反応し始めてしまっていた。

 

「電話かぁ」

 

「バスで何言ってたの?」

 

「瑠璃ちゃんがね!轟くんがハンドクラッシャーって言ってた時に、電話でも言ってたよねって言ってたの!普段から電話してないとこんな話にはならないでしょ!」

 

「それは確かにそうかも」

 

完全にヒートアップしていて、止め方が分からない。

好奇の視線に晒されて困ってしまう。

 

「別に……普段から電話してるわけじゃ……ない……」

 

「大丈夫だって!女の子だけの秘密だから!ね!言っちゃお!!」

 

「普段からしてないなら、いつ電話したの?」

 

響香ちゃんが聞いてくる。

いつ電話したかくらいは話してもいいかな。

飯田くんのこととか3人がステインとがっつり戦ったことを話さなければ大丈夫だよね。

 

「電話したのは……職場体験の時……ヒーロー殺しのことがあった……次の日……」

 

私がそれを言った途端、皆が色めき立った。

透ちゃんと三奈ちゃん以外の子も目をキラキラさせ始めた。なぜ……

思考を納得したけど、してしまった発言はもう取り消せない。これは私の回答が悪かった。確かに恋愛方面にこじつけようとしていたなら、こういう考え方にもなってしまうのかもしれない。

 

「なになに?怪我した轟が心配で電話しちゃったの!?」

 

「違う……あれ、違わない……?でも違う……!キャパオーバーで動けなくなって……!暇だったからかけただけ……!」

 

昨日から墓穴を掘り過ぎている。

今の答えも私が轟くんを心配して電話したこと自体は間違ってないから余計に勘繰られてしまっていた。

 

「手持ち無沙汰になって考える余裕が出来たら、いてもたってもいられなくなったってこと?」

 

「ち、違う……!そういう感情……ない……!」

 

私が強く否定しても、納得してくれる気配が全くない。

どうすればいいんだこんなの。今までこんな話を振られた経験なんてないから困ってしまう。

そんな時に、お茶子ちゃんが思い出したように呟いた。

 

「そう言えば、瑠璃ちゃん体育祭で轟くんにお姫様抱っこされとらんかった?」

 

その言葉で、私は録画で見た自分が轟くんにお姫様抱っこされている光景を思い出してちゃって、顔が一気に熱くなった。

そんな私の反応を見てさらに皆が盛り上がり始めた。

あれは轟くんがおかしいだけだ。あんな大衆の面前でお姫様抱っこされたなんて事実だけで恥ずかしくなって当然だ。

 

「うわ、波動顔真っ赤」

 

ちょっと笑ってる拳藤さんに指摘される。自分でも真っ赤になってる自覚はあるけど、これは恥ずかしいからであって恋愛感情とかではない。

 

「これはもしかしなくても、もしかするんじゃない!?瑠璃ちゃん、轟くんのこと好きになっちゃったの!?」

 

「だから……違うって言ってる……!!」

 

「いやぁ、そこまで真っ赤になっておいて違うことはないでしょ」

 

「大丈夫よ瑠璃ちゃん。さっき透ちゃんも言ってたけど、女の子だけの秘密にするわ」

 

梅雨ちゃんすらも微笑ましそうな表情で言ってくる。

もう修正できないレベルまで勘違いが進んじゃってるきがする。どうにか話題を逸らさないとダメだ。

この空気で話題を逸らすには、別の恋バナで話題を塗り替えるしか思いつかない。

……これだ!!さっき勘違いに進める致命的な一言を言ってくれたし、私からも燃料を投下しよう!!



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女子会(後)

「私だけじゃなくて……!お茶子ちゃんの話も聞きたい……!」

 

私の唐突な発言に、皆はキョトンとした表情を浮かべた後に、お茶子ちゃんに視線を向けた。

お茶子ちゃんも私の言わんとしていることが分かったのか、顔を真っ赤にしている。

 

「る、瑠璃ちゃん!?それはこの前ちゃんと違うって言うたやん!?」

 

「そんなことない……!お茶子ちゃん……相変わらず緑谷くんのこと考えてる時だけ……表情違う……!」

 

「言われてみれば確かに!」

 

「おー!お茶子ちゃん、緑谷くん好きなの!?確かにいつも一緒にいるもんね!」

 

「そうなの?お茶子ちゃん」

 

私の言葉に続いて皆も盛り上がり始める。

どうやら話題を変えることに成功したようだ。

 

「違うよ!そういうんとは違くてっ!」

 

お茶子ちゃんは赤かった顔をさらに赤く染めて、焦りまくっている。

私は自分がターゲットじゃなくなったことに安心して、お茶子ちゃんの話を聞く体勢に入った。

私もお茶子ちゃんのネタはいくつか持っているのだ。

 

「でも……お茶子ちゃんも……ヒーロー殺しのことがあった次の日……緑谷くんに電話したんでしょ……轟くんとの電話中に……後ろで緑谷くんと飯田くんがそんな感じの話してるの……聞こえた……」

 

「ちがっ!?それは、ただ心配やっただけで!!」

 

「つまり瑠璃ちゃんと一緒だね!」

 

「ほらほら、吐いちゃいなよ……恋、してるんだろ?」

 

透ちゃんと三奈ちゃんがまるで尋問のように聞き出そうとしている。

お茶子ちゃんも口では違う違うなんて言ってるけど、頭の中にははっきりと緑谷くんのことを思い浮かべている。

これで恋をしていないと言うのも変だろう。

 

「それに……前飯田くんに聞いたけど……お茶子ちゃん……入試の時に……緑谷くんに助けられてる……緑谷くん……お茶子ちゃんが足を挟まれて動けなくなったのを見て……自分を省みないで……0ポイントヴィランをぶっ飛ばしたって聞いた……」

 

飯田くんに聞いたって言うのは嘘だ。ただ入学して間もない頃に思考を読んで知っただけ。

だけど、事実ではあるはずだ。

 

「そ、それは確かにそうやけど……!」

 

「もしかして、それで好きになっちゃったの!?」

 

「ちゃ、ちゃうわ!!ちゃうわちゃうわ!!」

 

ついに耐えきれなくなったらしいお茶子ちゃんが手をブンブンと振って否定する。

その手が詰め寄っていた透ちゃんと三奈ちゃんに当たって、2人は"無重力(ゼログラビティ)"で浮かび上がってしまった。

 

「ひゃっ」

 

「うわっ」

 

2人はそのままふわふわ浮かび上がっていった。

だけど、お茶子ちゃんはそんな2人の様子にも気付かずに、自分の真っ赤な顔を手で覆っていた。

 

「し、知らん知らん!恋なんて知らん!ちゃう!ちゃうわちゃうわ!」

 

お茶子ちゃんまで浮かび始めて、3人は浮かび上がり続けていく。

お茶子ちゃんが顔を隠して恥ずかしがっているのもあって、全然戻ってこない。

 

「おーい、麗日ー」

 

「お茶子ちゃん、お茶子ちゃん」

 

「うぁっ!?ごめん~!」

 

透ちゃんと三奈ちゃんに空中で話しかけられて、ようやく自分以外も浮かせてしまっていたことに気がついたらしい。

お茶子ちゃんが慌てて解除すると、3人はボスンと布団の上に着地した。

 

それで一度空気が元に戻ったけど、それでも恋バナに飢えた2人が私とお茶子ちゃんに詰め寄ろうとしている。

私たちが困っていると、梅雨ちゃんが助け舟を出してくれた。

 

「2人とも困っているし、これ以上無理に詮索するのは良くないわ」

 

「ええーーー!!やだ、もっと聞きたいーーー!!なんでもない話でも強引に恋愛に結びつけたいーーー!!」

 

「芦戸さん、流石に言いたがっていないことまで言わせるのはやめておきましょう」

 

諭すように言ってくれる百ちゃんに、2人は不満そうにしながらも引き下がっていく。

 

「じゃあさ、2人に限定するんじゃなくて、皆でできる話しよ!例えば、A組とB組の中で彼氏にするなら誰!?みたいなの」

 

「それいいかも!」

 

透ちゃんの提案に、三奈ちゃんが即座に食いついた。

 

「でも、どなたか一人を選ぶというのは……」

 

「女子会って要するに井戸端会議みたいなもんだろ?あれやこれや雑談すんのもコミュニケーションの一環だって」

 

戸惑う百ちゃんに、拳藤さんが笑いながら言う。

度量の広さすら感じさせる姉御感に、百ちゃんも納得したみたいだった。

 

「じゃあさっそく……彼氏にするなら誰がいい!?あ、瑠璃ちゃんとお茶子ちゃんは言わなくても良いよ!分かりきってるから!!」

 

「だからちゃうよ!?」

 

「違うって……言ってるのに……」

 

透ちゃんの言葉に反論する私とお茶子ちゃんは完全に無視されて、皆「彼氏かー」と考え出した。

違うって言ってるのにこの扱い。納得がいかない。

 

「いざ彼氏って考えてみると、誰もピンとこないんだよねぇ」

 

「そうだね、そもそもそういう気持ちで今まで見たことなかったし」

 

ムーッと唇を尖らせる三奈ちゃんに、拳藤さんも悩みながら答える。

 

「……あ」

 

そんな中、百ちゃんが何かを思い出したように声を上げた。

 

「なに?ヤオモモ。彼氏にしたい人いたー!?」

 

期待満々の三奈ちゃんが百ちゃんにすごい勢いで詰め寄って、百ちゃんは困ったように笑った。

 

「私じゃなくて耳郎さんですわ」

 

「は?ウチ?」

 

百ちゃんの発言に、響香ちゃんが驚いたような声を上げる。でも、そうか。確かに百ちゃんの思考は間違ってない気がする。まあまだ意識はしてなさそうだけど。

 

「耳郎さんは、よく上鳴さんと仲良くお話しているなと思い出しまして……上鳴さんはいかがですの?」

 

「ん……確かに……隣の席の私から見ても……響香ちゃんは楽しそうに上鳴くんと話してる……」

 

「ちょ、ヤメテ!そりゃ、アイツは喋りやすいけどさ、チャラいじゃん。絶対浮気する」

 

響香ちゃんが恥ずかしそうに顔をしかめた。

だけど、その響香ちゃんの反論に皆がさらに反論する。

 

「そうかしら?上鳴ちゃんって、付き合ったら意外と一筋になりそう」

 

「え、梅雨ちゃん、上鳴くんが好きなタイプなん!?」

 

「いいえ、全然。でも上鳴ちゃんは基本女の子には優しいでしょ?」

 

「う~ん、ただの女好きっていうだけじゃない?」

 

照れくさそうに言うあたり、響香ちゃんも満更でもなさそうな気がする。

まあ私にとっては上鳴くんはチアの一件以来完全に対象外でしかないんだけど、響香ちゃん的にはショートした状態も含めて、悪く感じてはいないみたいだ。

そして、響香ちゃんの"女好き"という単語に反応して、皆の気持ちが一つになった。

 

「……峰田くんよりマシだけど」

 

「「ん」……ブドウ頭にそんな気持ち抱ける人居たら……見てみたい……」

 

皆が声を揃える中、それに反応しようとしたら私と小大さんの「ん」のタイミングが完全に被った。

なんとも言えない状況に、思わず小大さんと見つめ合ってしまう。

ブドウ頭への反応も、私と小大さんのシンクロも、あまりの揃いっぷりに、皆笑い出してしまった。

 

「峰田に比べりゃ、誰だってマシだよ~!」

 

三奈ちゃんが笑いすぎて涙をぬぐいながら、拳藤さんに質問を投げかける。

 

「B組に峰田みたいなのっているの?」

 

「いないいない。ウチの男どもはわりと硬派だよ。あ、物間みたいなのもいるけど」

 

ひらひらと手を振りながら言う拳藤さんが、思い出したように付け加えた。まあ物間くんは悩みの種ではあるだろうけど、ブドウ頭と比べるとマシだと思う。

 

「物間はなー……」

 

「ん」

 

「物間だなー……」

 

「ん」

 

柳さんの言葉に、小大さんが相槌を打っていく。本当に「ん」しか言わないのに会話が成立していた。

 

「顔は結構イケメンなのに、心がちょっとアレなのが残念だよね!」

 

透ちゃんがあっけらかんと言い放つ。

まあ何も間違ってはいない。

物間くんは大分心がアレだし、確かにそういう対象にするのはなかなか難しいかもしれない。

 

「イケメンと言えば、轟は?」

 

「ああ、エンデヴァーの」

 

その三奈ちゃんの言葉に、皆轟くんのことを思い浮かべながら私にチラチラと視線を向けてくる。

というか、私のことは気にしなくていいから普通に話を続けて欲しい。

私に遠慮して本心を言うのを迷っているみたいだけど、そもそも恋してるというのが勘違いでしかない。

 

「……だから、違うって言ってる……私は気にしないで……普通に話していいから……」

 

私のその言葉に、皆も普通に話すことにしたみたいだった。

 

「……ないな」

 

「う~ん、轟くん自体は悪い所ないんだけどね~」

 

「うん、息子の彼女に厳しそう……」

 

エンデヴァーの威圧感を想像しながら、皆げんなりしている。

そして私に同情したような視線を向けてくるんじゃない。違うって何度も言ってるのに。

 

「あぁいう気性の激しい方こそ、心が傷ついているのかもしれません。そんな傷をいやしてさしあげたい」

 

「茨、まさかのエンデヴァー!?」

 

同級生の父親との不倫!?と違う意味で色めきだちつつ、私と塩崎さんが義理の親子になる想像を膨らませる皆に、塩崎さんは冷静に首を横に振った。

……なるほど、否定するときは冷静に。私にはここが欠けていたかもしれない。

 

「すべての生き物は、みな愛される資格を持つのです。癒して差し上げたいだけで、決して恋ではありませんし、タイプでもありませんのであしからず……」

 

「ビックリさせんな」

 

「ん」

 

「塩崎さんって真面目なんやね!」

 

「真面目といえば飯田ちゃんね」

 

「あー、A組の委員長」

 

話は飯田くんに移っていった。

飯田くんは浮気とかはしなさそうだけど、進展とかはすっごく遅そうな気がする。

 

「飯田さんは絶対浮気はしませんわね。きっとお付き合いしても変わらず真面目そうですわ……」

 

「……飯田って手を繋ぐまで何年もかかりそう」

 

「もしかしたら、結婚してからしか繋げないんじゃ……?」

 

「……ありえる……」

 

「ハハッ、さすがにそこまでじゃないだろ?」

 

A組の冗談だと思ったらしい拳藤さんが、笑いながら聞いてくる。

別に冗談じゃないんだけど。皆も真剣な表情で首を振った。

 

「飯田ちゃんならありえるわ」

 

「マジで……?」

 

「純粋ハイパー真面目だから」

 

やはり真面目過ぎても駄目らしく、皆の頭の中から飯田くんという選択肢が消えた。

 

「それじゃ、緑谷は?」

 

三奈ちゃんがちらっとお茶子ちゃんを見てから言う。

お茶子ちゃんは一気に顔が真っ赤になった。

うん、これが本当の恋する乙女の反応だと思う。

 

「あの子って、いまいちよく分からないんだけどさ」

 

「緑谷?」

 

「体育祭でも、埋めてある地雷使ったり大胆な戦法取ったかと思えば、決勝ではノーガードの殴り合いみたいなことしたり、でも廊下とか食堂とかで普段見かけるとイメージが違うんだよな」

 

「うーん……」

 

首を傾げる拳藤さん。

そんな拳藤さんにお茶子ちゃんが何かを言おうとするけど、うまく言葉に出来てない。

私が言ってもいいけど、梅雨ちゃんが気が付いてそうだし任せよう。

 

「そうねぇ、緑谷ちゃんは……すごく努力家だと思うわ。日々感じる全てをヒーローになるために活かそうとしているわ」

 

そこまで言って梅雨ちゃんは、合ってる?と言わんばかりにお茶子ちゃんを振り向いて確認した。

お茶子ちゃんは顔を真っ赤にしたまま大きく頷いている。

 

「……デクくん見てると、私ももっとがんばろうって思えるよ!」

 

というか、この状況でその表情と言いたいことが合わさって完全に恋心を自白してるみたいな状況になってるけど、良かったんだろうか。

まあ緑谷くんの名誉のためか。恋する乙女のパワー、すごい。

 

「そうなんだ。周りにそういう気持ちを思い起こさせるって、いいね」

 

拳藤さんがニッと笑みを浮かべた。お茶子ちゃんも緑谷くんの魅力が少しでも伝えられたと満足そうだ。

だけど、そこで三奈ちゃんが付け加えた。

 

「あ、そんですごいオールマイトオタク」

 

「彼女とのデートと、オールマイトの握手会だったらオールマイト取りそう!」

 

「容易に想像できますわね」

 

「え?学校で会えるのに?」

 

柳さんが首を傾げるけど、三奈ちゃんが深く頷いて答える。

 

「それが緑谷という男」

 

「ていうか、彼女とのデートにオールマイトの握手会に行きそうだよね」

 

「ん……絶対行くと思う……」

 

「それは……そうかもしれん」

 

お茶子ちゃんからも否定の言葉が出てこなくて、B組の中で緑谷くんの彼氏としての評価が一気に落ちた。

 

「彼氏としてはナイ」

 

「ん」

 

選択肢から消えた緑谷くんに、お茶子ちゃんが安心したような言いたいことがあるような複雑な表情をしていた。

これで恋してないは無理があると思う。

 

「じゃあ爆豪は?」

 

「ないな」

 

響香ちゃんが一瞬で切って捨てた。

 

「ん……ない……クソチビって呼ばれてるの……今でも根に持ってる……」

 

「あー、身体的特徴揶揄するのはだめだな」

 

「成績優秀、将来有望……だけど、あの性格じゃあなー」

 

そんな感じで男子たちを順番にあげていって、結局全滅してしまった。

 

「なんてこった……このままじゃ、キュンキュンが足りないまま補習に行かなきゃいけないよ……うぅっ、やっぱり麗日と波動をほじくり返すしか……!!」

 

三奈ちゃんのその言葉に危機感を覚えて、違う話題を急いで考える。

だけど、すぐに思いつかなくてヤキモキしていると、私の様子を見ていた透ちゃんが私が本気で嫌がっているのを察してくれたのか、今までの質問攻めスタイルを引っ込めて別の話題を提供してくれた。

 

「それじゃ逆で考えてみるっていうのは?私たちが男子で、男子がもし女の子だったら彼女にするのは誰!みたいな!」

 

「目線を変えるのね」

 

皆その言葉に従って思考を巡らせるけど、立場の逆転という関係上なかなかうまく想像できないみたいだ。私もうまく想像できない。

 

「なんか違う……」

 

「そもそもキュンキュンする?彼女選ぶ目線って……」

 

「それもそうか!」

 

その指摘に、透ちゃんはてへって感じで舌を出して笑った。私に助け舟を出すために大分無理な話題を振ってくれた気がする。

同じ感じの話の流れでB組で一番カッコイイのは拳藤さんだなんて話題も出て、拳藤さんが終始照れていた。

 

「……って、女同士でキュンキュンしても!」

 

「いや、勝手にキュンキュンされても」

 

三奈ちゃんの言葉に、拳藤さんが苦笑いで返す。

拳藤さんはそのまま話を続ける。

 

「やっぱさ、恋愛目線で見るからしっくりこないんだよ。サイドキック目線とかなら、意外とキュンキュンしそうなとこも見えてくるかもよ?」

 

「サイドキックねー」

 

「もしくは、一日入れ替わるなら、とか?」

 

拳藤さんの提案は素直に受け入れられて、皆考え込む。

私なら、口田くんか砂藤くんだろうか。

糖分食べ放題の砂藤くんは羨ましいし、口田くんの動物と触れ合い放題も楽しそうだ。

 

「それなら、私は爆豪くんかなぁ」

 

「ええっ、そうなの?」

 

お茶子ちゃんの発言に響香ちゃんが驚く。

 

「うん。体育祭で直接戦って完敗したやん?そんとき、素直に強いなーって思ったんだ。あの強さを一回味わってみたい!」

 

「確かに爆豪さんは強いですわ。戦闘センスもありますし」

 

「だから爆豪くんになって、一回思いっきり戦ってみたい!」

 

そう言ってピシっと拳を突き出すお茶子ちゃん。

 

「ヤオモモは?」

 

三奈ちゃんの問いかけに百ちゃんが答える。

 

「私は……しいて挙げるなら口田さんですわね。動物を操れるというのは、とても興味深いです」

 

「「ん」……また、被った……」

 

また小大さんと被った。

どうやら小大さんも口田くんと代わってみたかったらしい。

私は動物は皆素直で可愛いくて好きだから、口田くんみたいに戯れてみたくて口田くんを選んだんだけど……

小大さんとまた見つめ合う。

そして、それだけで私たちは通じ合えた気がした。

小大さんもきっと同じ気持ちだったんだと思う。

 

「「ん」……」

 

見つめ合ったまま静かに頷き合う。

言葉がなくても人は通じ合える。それを確信できた。

私は思考を読んじゃってるけど、きっと読まなくても同じ結果になっていただろう。

 

「え、なにこの状況」

 

「会話は一切ないのに2人は何で通じ合ってるの……」

 

「あー、多分動物好きの同志として通じ合ってるだけだと思うよ。小大さんの方は自信ないから、あくまで多分だけど」

 

透ちゃん正解。

相変わらずすごい観察力だ。なんでそんなに読み取れるのか本当に理解できない。

 

「ウチは上鳴かな。放電して、あのウェイ状態を体験してみたい。一回で十分だけど」

 

「私は……常闇ちゃんかしら。ダークシャドウちゃんと連携で戦う気分を味わってみたいの。それに、自分の中に別の生き物がいるってどんな感じなのか気になるわ」

 

響香ちゃんは相変わらず上鳴くんのショート状態が好きらしい。あれ、体験したいようなものかな。

まあ頭空っぽにするのは1回なら面白いかもしれないけど。

 

「私は砂藤くんかなー!甘いものいっぱい食べても、それがエネルギーになるでしょ。食べすぎても太らないから罪悪感ないし!」

 

「いや、透明なんだから太ってるのとかバレないじゃん」

 

「バレるよ!服の膨らみの感じで!それに瑠璃ちゃんには例え全裸でも即バレだよ!!」

 

……私はそういうことに気が付いても言ったりするつもりはないんだけど。

 

「私……透ちゃんが太っても……他の人に言ったりしないよ……?」

 

「そういう問題じゃないの!」

 

そういう問題じゃないらしい。

私も太りたくないし、見えないとしても透ちゃんも私たちと同じ女の子だということなんだろう。

 

「恋愛抜きだとスラスラ選べるんだけどね」

 

拳藤さんが呆れたように溜め息を吐いて笑う。

まあ今の話は恋バナというより、ただの体験してみたい個性の話になってたし、スラスラ選べるのも納得でしかないけど。

 

「だめだぁ~、もう恋バナのネタないよ~」

 

三奈ちゃんがバタッと倒れ込む様子をみて、皆苦笑してしまっていた。

 

「今は補習がんばれ」

 

「きっと神様のお告げですわ」

 

「やめて~」

 

響香ちゃんと塩崎さんが三奈ちゃんに声をかける。

三奈ちゃんはそれに抵抗するように布団の上でジタバタしていた。

結局その後、三奈ちゃんの最後の抵抗とばかりに好みのタイプの話になった。

私とお茶子ちゃんは分かってるからなんていって、相変わらず話を聞かれすらしなかったのが釈然としない。

あとは、ダークシャドウの意外な一面の話や可愛い一面の話で盛り上がった。

相変わらず三奈ちゃんがプロヒーローと結婚するなら誰!?とか恋バナに繋がりそうな話題を提供しまくっていた。

それ以外にもなんてことない話で盛り上がったりして、轟くん関連は置いておくにしてもすごく楽しかった時間はあっという間に過ぎていった。

話題の尽きない女子会は、補習が始まるギリギリまで続いた。



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3日目

3日目。

私は皆から離れた穴倉の中で、相変わらず波動の放出と個性を伸ばす訓練をしていた。

何回も動けなくなるまで波動の放出を繰り返すのはやっぱり成長率が良いみたいで、昨日よりも波動が増えている気がする。

波動の塊を作るのも慣れてきた。

波動の量の問題で相変わらず練り上げるのには時間がかかるけど、それでも最初よりはマシになってきていた。

感知勝負の方は、正直ラグドールさんに勝つ方法が全然思いつかない。

7日間で勝てるようになるだろうか。正直厳しい気もする。

 

「向こうでも教えてると思うから教えるけど、今日の晩はクラス対抗肝試しを開催するわよ!訓練した後にはしっかり楽しいことがあるから頑張りなさい!アメと鞭ってやつね!」

 

「ん……はい……頑張ります……」

 

『ブラドキング』

 

脱力していた私の頭の中にマンダレイさんの声が響く。

大急ぎで皆の方の波動を意識してどれがブラドキング先生かを確認していく。

 

「仮設トイレのすぐ近くね!」

 

「……また……ラグドールさん……早すぎ……」

 

「ふっふっふ……鍛錬あるのみよ!励みにゃさい!」

 

訓練の時間はそんな感じの繰り返しで過ぎていった。

今日も今日とて波動の使い過ぎによる脱力感と、細かい感知に集中し続けたことによる精神的な疲労に苛まれながら訓練は終わった。

 

 

 

訓練が終わって、昨日カレーを作った場所に着く頃には、すっかり夕方になっていた。

今日は昨日言われていた通り肉じゃがだ。

なにやら男子は昨日、私たちが女子会をしている間に個性を使ってまで争っていたようで、先生たちに怒られてお肉抜きになってしまったらしい。

私たちはお肉を食べていいらしいけど、男子はただのじゃがだ。

ちょっとかわいそうだけど、自業自得だ。

男子側は砂藤くんを筆頭に数人でじゃがを作ることにしたらしい。

男子がお肉を使えない影響でお肉が余っているらしくて、牛肉と豚肉どっちも好きなだけ使っていいなんていう贅沢な状況になっていた。

……肉じゃが、多めに作っておこう。

そう思った私は、自分が作ると言ってくれた梅雨ちゃんにお願いして、今日も私が作らせてもらうことにした。

 

「爆豪くん包丁使うのウマ!?意外やわ……!!」

 

「意外ってなんだコラ包丁に上手い下手なんざねぇだろ!!」

 

「出た!久々に才能マン」

 

お茶子ちゃんの言葉に、爆豪くんが怒りを爆発させながらトトトトトと凄まじい速さで人参を切っていく。

昨日から思ってたけど、やっぱり爆豪くんは料理もできる。上鳴くんの言う通り、爆豪くんは相変わらず器用だ。

そして切島くんがすごい萎えている感じになっている。

2時に補習が終わって、5時30分集合だ。寝る準備や起床後の準備を考えると、睡眠時間は3時間あるかも怪しい。

そんな状態でこの訓練だ。流石に堪えているみたいだった。

 

「男子は……肉抜きじゃが……だよね……」

 

「あぁ、ちょっと昨日色々あってな。仕方ねぇよ」

 

隣で鍋とにらめっこしていた砂藤くんに話しかけると、諦めたように苦笑しながら返事をしてくれた。

 

「量……ちょっと少な目で……作っておいて……」

 

「ん?なんでだ?」

 

「……こっち……多めに作っておくから……一杯目で……肉抜きじゃがを男子皆が食べれば……私が間違えて……多めに作っちゃった肉じゃがをおかわりしても……相澤先生も文句言わないと思うから……捨てるよりはマシだろうし……」

 

「……いいのか?」

 

「ん……大丈夫……だから……少な目にしておいて……」

 

「ああ、分かった。ありがとな」

 

砂藤くんに笑顔でお礼を言われる。

自業自得とはいえ、流石にこれだけ疲れている中お肉無しはかわいそうだからこうすることにした。

そういうわけで、私はこれから凄い量の肉じゃがを作る必要がある。

少なくとも百ちゃんが大量に食べても男子分が余る程度の量を作らないと……

女子は私が尋常じゃない量の食材を要求した辺りで察してくれたみたいだった。

梅雨ちゃんとお茶子ちゃんを筆頭に、大量の野菜を切るのを頑張ってくれた。

 

 

 

私は大量の肉じゃがを作り終わったところで、相澤先生に肉じゃがを作りすぎてしまった旨を説明した。

百ちゃんがおかわりをたくさんしたとしても到底食べきれる量ではない。

男子におかわりしてもらって消費してもらってもいいかのお願いをしにきたのだ。

説明が終わると、相澤先生は呆れながら私を見てきた。

 

「それじゃ罰にならんだろうが」

 

第一声がそれだったから駄目かと思ったけど、流石に捨てるのは先生も気が咎めたらしい。

 

「今回だけだ。次からはこんなことするなよ。次同じ状況で同じことをしたら問答無用で捨てさせる」

 

「ん……はい……ありがとうございます……」

 

許可を得られたし、そのままの流れでA組男子に事情を説明しにいった。

 

「肉じゃが……作りすぎちゃったから……男子もこっちの……おかわりしていいよ……」

 

「いいの!?」

 

「マジか波動!?」

 

「女神だ!女神がここにいるぞ!!」

 

男子が異様な盛り上がりを見せている。そんなに肉抜きじゃがは嫌だったのか。

まぁ当然か。訓練で頑張った日はお肉食べたいよね。

 

「しかし波動くん、これは先生が俺たちに課した罰だ。それをこんな方法で破るのは……」

 

「うわぁ水差す飯田くん」

 

食べたそうにしているのに相変わらずクソ真面目な飯田くんに、お茶子ちゃんが以前のように水差しを指摘する。

まぁ、飯田くんは絶対そう言うと思ったから、ちゃんと先生の許可をもらってきたのだ。

先生は多分こっそりやってる分には指摘しなかっただろうけど、飯田くんにも食べてもらうにはちゃんとした許可が必要だった。

 

「その辺は……抜かりない……相澤先生の許可も……貰ってる……」

 

「……そういうことならば、喜んで食べさせてもらおう!俺たちの不始末なのに、すまない波動くん!」

 

飯田くんがガバッと大げさに謝意を述べてくる。本当に、相変わらずのクソ真面目だ。

 

食べながらB組の方の様子を伺ってみる。

鍋の大きさの関係上、流石にA組男子の分しか余分に作れなかったからちょっと心配していたけど、B組はB組で鍋に入れすぎたお肉をこっそりお裾分けしたりしている。

向こうも拳藤さんたちが考えてあげたんだろう。どちらかだけが食べられないという状況にならなくて良かった。

 

 

 

そして洗い物も終わった後。

ついに肝試しの時間になった。

私たちは宿舎近くに待機している。コースと思われるところがギリギリ感知範囲外な辺り、明らかに私対策だ。

ラグドールさんは私が思考を読めることを知っているし、彼女発案で私が少しでも楽しめるようにしてくれたようだ。

確かに準備している時の思考さえ読まなければ、場所は分かっても楽しめる仕掛けはあるかもしれない。わざわざ気を使ってもらって申し訳ない限りだ。

 

「腹も膨れた、皿も洗った!お次は……」

 

「肝を試す時間だーーー!!」

 

ピクシーボブさんの振りに、三奈ちゃんがテンションを上げて楽しそうにしている。

でも、すごく残念だけど、それのテンションはきっとすぐに急降下してしまう。

 

「その前に大変心苦しいが、補習連中は……これから俺と補習授業だ」

 

「ウソだろ!!?」

 

三奈ちゃんが目が飛び出そうなくらいの勢いで叫ぶ。

でも、相澤先生の思考からして嘘でもなんでもない。本当に補習授業のようだ。

 

「すまんな。日中の訓練が思ったよりも疎かになってたのでこっちを削る」

 

「うわああ!!堪忍してくれぇ!!試させてくれぇ!!」

 

相澤先生は補習組5人を宿舎の中に引きずっていった。

それを見届けてからピクシーボブさんが説明を始めた。

 

「はい、というわけで脅かす側先攻はB組。A組は2人一組で3分置きに出発。ルートの真ん中に名前を書いたお札があるからそれを持って帰ること!」

 

その説明に、皆は特に応えずに静まり返っていた。

反応があったのは常闇くんの「闇の饗宴……」っていう発言だけだ。

緑谷くんが考えている通り、いつも騒いでる賑やかしメンバーである上鳴くんと三奈ちゃんがいないせいだろう。

 

「脅かす側は直接接触禁止で、"個性"を使った驚かしネタを披露してくるよ」

 

「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!」

 

「やめてください汚い……」

 

ルール説明に響香ちゃんがツッコミを入れる。というか、普通に下品だ。

 

「なるほど!競争させることでアイデアを推敲させ、その結果"個性"に更なる幅が生まれるというワケか!流石雄英!!」

 

飯田くんがいつも通り勝手に納得している。

確かに個性の使い道とか個性の組み合わせとかを考えるっていう意味合いもありそうだけど、普通にレクリエーションの意味合いが強いっぽいんだけど。

 

説明も終わって、くじ引きでペアを決めていく。

その結果、私は百ちゃんとペアになった。

 

「二人一組……あれ?20人で5人補習だから……一人余る……!」

 

「くじ引きだから必ず誰かがこうなる運命だから……」

 

緑谷くんはようやく自分が余りの一人であることを認識したらしい。

寂しそうにしている緑谷くんやキレてペア変更を要求している爆豪くんを尻目に、私たちはスタート地点に向かって出発した。

 

 

 

コースが近づいてくるにつれて、違和感が激しくなる。

波動が、明らかに多い……それどころか、この悪意……

私は広範囲の波動の感知を意識しながら、近くにいたマンダレイさんに確認するように声をかける。

 

「マンダレイさん……今、私たちとB組以外の人間は……この合宿所に来てますか……?」

 

「え?いや、来てないと思うけど……待ちなさい、それを聞くってことは……!?」

 

私の質問で全てを察したらしい。

ヴィランだ。数は11人。

宿舎側に1人。この波動には少し違和感を感じる。

スタート地点の広場の近くに向かっているのが2人。

崖の方に向かっているのが1人。

ごちゃまぜで思考が薄弱な気持ち悪い波動のヴィラン1人を含めて森の中に7人。

 

「ヴィランです……!宿舎に1、スタート地点付近に2、崖の方に向かっているのが1、森の中に散らばってるのが7……!今すぐ先生たちにも伝えてください……!B組の生徒にも、今すぐに隠れて戻ってくるように指示を……!」

 

「っ!?分かったわ!」

 

マンダレイさんがすぐにテレパスで連絡を取ってくれる。

 

『皆!!!ヴィラン11人襲来!!宿舎に1、スタート地点付近に2、崖の方向に向かっているのが1、森の中に散らばってるのが7!!動けるものは直ちに施設へ!!会敵しても決して交戦せず撤退を!!』

 

だけど、そんな私たちのやり取りを聞いて、爆豪くんを除いて皆驚いている。

数人はパニックのような状態になってしまっていた。

爆豪くんは好戦的な感じだ。

 

「ヴィラン!?」

 

「なんで!!万全を期したハズじゃあ!?」

 

そんな声を無視して、私はヴィランたちの目的の把握のために思考をなるべく深く読むことを意識しつつ、感知していく。

 

 

 

『は……!?なんでヴィランが―――……』

 

『さぁ、始まりだ。地に堕とせ』

 

『なんか、変な臭いが……?』

 

『飼い猫は邪魔ね』

 

『考えたくないな……!内通者なんてものは……!』

 

 

 

ない……つうしゃ……?

 

 

 

『また……また、僕は……!!』

 

 

 

青山くん……?



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襲撃(前)

内通者がいる。

相澤先生のその思考に、すぐに納得してしまっている自分がいた。

生徒と引率の教師、あとはワイプシとバスの運転手くらいしか知らなかったはずの合宿先。

対策をしていたのに、情報を漏らすような人間にバスの運転手を任せるとは思えない。

今回の襲撃は、生徒か教師、ワイプシの誰かがヴィランと内通したせいだと考えた方が現実的だ。

プロヒーローがヴィランに通じているなんてことも考えられない。

なら、生徒の中に内通者がいるということになる。

 

それを認識した上で、青山くんのあの思考はなんだ?

彼は、またって考えていた。

彼の今の感情は、強い恐怖と後悔と罪悪感。

少なくとも、青山くんに悪意は一切感じない。本当に、恐怖と後悔で感情が埋め尽くされている。

……この感情、USJの時と同じ……?またって、そういうこと……?

内通者の存在と今の皆の思考を考えると、彼以外に当てはまる人間はいない。

USJの時も、今回も、彼がヴィランを手引きしていた……?

 

でも、どうやって……?

皆の近くから離れたりもしていなかったし、内通者だとしても誰かの近くでメールや電話なんて方法も取っていたとは思えない。

初日は彼も普通に皆と就寝していた。感情が読めなくなったから間違いないはずだ。

じゃあ、と考えたところで、気が付く。

2日目は、私が寝た後も彼は起きている。補習組だから2時まで起きていて、その後少し出歩いていても傍からみて不思議はない。

先に寝ている男子たちも、補習組の彼がいなくても不思議には思わないはずだ。

 

思えば、青山くんは林間合宿前からおかしかった。

合宿に行けなくなる可能性があるだけでおかしいくらい追い詰められていたり、バスの中で曲がる回数とかをやけに気にしていたりしていた。

あの思考は、合宿所でスマホの電波が入らなかった時のための備えだとすれば、納得がいってしまう。

直接的な内通者としての思考は浅い思考からは読めてはいなかったけど、なんで気が付かなかったんだ私は。

ヴィランのような悪意を感じなかったから?

どんな理由にしても、少し浮かれすぎていたのかもしれない。

 

でも、今はもうそんなことを気にしている余裕はない。

彼が内通者ではないかというのは、その時々の思考から読み取れた状況証拠から考えられる物でしかない。

少なくとも、すぐに何かをしようと考えている訳じゃないし、これからの動向に注意をしておけば、きっとこの場は大丈夫だと思いたい。

青山くんの近くにいるのは、ブラドキング先生だ。

相澤先生も宿舎の近くにいるようではある。

 

「マンダレイさん……相澤先生と、ブラドキング先生に……テレパスをお願いできますか……?」

 

「いいけど、内容は!?」

 

マンダレイさんが周囲を警戒しながら聞いてくる。

私は皆には聞こえないように声を抑えて言葉を続けた。

 

「内容は……青山くんの動向に注意しろ……今は……それだけでいいです……」

 

「……!?分かったわ、それだけでいいのね!?」

 

「はい……!」

 

そのままマンダレイさんは個性を使用しているのか集中し始めた。

 

 

 

そのタイミングで、近くの2人のヴィランが行動を起こした。

ヴィランの一人がピクシーボブさんを引き寄せて行動不能にしようとしている思考が読み取れる。

それを認識してすぐに、急いで足に波動を圧縮して、ピクシーボブさんに向かって飛びついた。

 

「ピクシーボブさん……!」

 

「ひゃっ!?」

 

ちょうどそのタイミングで吸い寄せられ始めていたピクシーボブさんは、私に押し倒された。

吸い寄せられたという事実で、ピクシーボブさんは私の行動の意図を読み取ってくれた。

すぐに土を操って、自分の身体を一時的に地面に縛り付けることで吸い寄せられないように対策してくれた。

 

そのタイミングで、大柄なロン毛の男と、蜥蜴人間が姿を現した。

 

「あらまぁ、防がれちゃったじゃない」

 

ロン毛の男が軽い感じで話しながら近づいてくる。

それに続くように、蜥蜴人間が下卑た笑いを響かせながら口を開いた。

 

「ご機嫌よろしゅう雄英高校!!我らヴィラン連合開闢行動隊!!」

 

「ヴィラン連合……!?何でここに……!?」

 

そんな尾白くんのつぶやきも、ヴィラン連合は反応しない。2人で相談するように話し始めた。

 

「はっ、ここが当たりか。メインターゲットにサブターゲットまで居やがる」

 

「ふふ、サブの方はもう確保したもう一人のメインで十分だもの。余裕があったらでいいわよ。メインの方に集中しましょ」

 

蜥蜴人間のその呟きに、ロン毛の男が答える。

メインターゲットは皆の方を見ながら言っていたから分からなかったけど、サブターゲットと言ったところで明らかに私を見て言っていた。

 

「メイン!?サブ!?確保!?どういうことだ!?まさか、俺たちの中の誰かを拉致するために来たとでも言うのか!?」

 

明らかにおかしなことを話す2人に、飯田くんが大声で問いかける。

 

「ふふ、メインはともかく、サブは勢い余って殺しちゃうかもしれないけどねぇ。その子、察しが良すぎてすごく邪魔だし」

 

そう言ってロン毛の男は、棒を私に向けてきた。

 

「待て待て、マグ姉!早まるな!生殺与奪は全て、ステインの仰る主張に沿うか否か!!」

 

「ステイン……!あてられた連中か―――……!」

 

「そして、アァそう!俺は、そうおまえ君だよメガネ君!保須市にてステインの終焉を招いた人物。申し遅れた、俺はスピナー。彼の夢を紡ぐ者だ」

 

そう言ってスピナーは、刃物の寄せ集めのような大剣を取り出した。

それに合わせて、爆豪くん、轟くんの戦闘力が突出した2人と緑谷くん以外の皆が、私の方に駆け寄ってきた。

 

「瑠璃ちゃん!」

 

「波動!お前は狙われてるんだろ!俺たちの中に紛れろ!囲んでおけば狙いにくくなるだろ!」

 

「メインが誰かは分からねぇけど、それでもまとまってれば多少マシだろ!」

 

「その方がいいわ。あなたはそっちに紛れてて。ありがとね、助かったわ!」

 

起き上がったピクシーボブさんにも背中を押されて、皆の中に紛れ込まされる。

ピクシーボブさんはそのまま1歩前に出ると、大量の土の魔獣を作り出し始めた。

切りかかってくるスピナーと、棒を向けて吸い寄せようとしてくるロン毛の男。

それに対して、ピクシーボブさんは土の魔獣で迎撃を開始した。

 

「虎!ここは私に任せてあなたはB組の救助を!」

 

「おう!!」

 

「それに、ラグドールから応答がない!いつもならすぐ連絡をよこすのに!」

 

「ラグドールも探す!任せろ!波動!往路と復路、どちらが生徒の被害が大きい!?」

 

被害が大きいのは圧倒的に復路だ。

どうやらもともと復路側に多めに隠れていた上に、奥の方に毒ガスを出すヴィランがいるみたいだ。

この毒ガスを吸って気絶している生徒が何人かいる。

 

「被害が多いのは……復路の方です……!毒ガスを出すヴィランがいるみたいで……気絶している人が多いです……!百ちゃん……!!」

 

このまま虎さんが救助に行っても、最悪の場合B組の生徒と同じ状況に陥ってしまう。

その対策が必要だ。

対策は、百ちゃんに防毒マスクか何かを作ってもらうのが一番だろう。

色んな武器も作り出せる百ちゃんなら、きっと作れるはずだ。

 

「承知しましたわ!!」

 

声掛けの意図をすぐに読み取った百ちゃんは、返事をしながら速やかに21個の防毒マスクを作ってくれた。

百ちゃんは、作ったマスクをそのまま袋に入れて、虎さんに素早く手渡した。

 

「虎さん!防毒マスクです!お使いください!」

 

「感謝する!」

 

虎さんはそのまま森の中に突入していった。

 

そんな中、マンダレイさんが『まずい』とか考えている。これはヴィランにというよりも、洸汰くんがどこにいるのか分からないことに対する焦りみたいだ。

洸汰くんは崖に方にいる。そして、そこにはヴィランが一人向かっている。

緑谷くんも、マンダレイさんの表情を見て洸汰くんのことに気が付いたらしい。

 

「マンダレイ!!僕、知ってます!!」

 

緑谷くんが大声でそれだけ伝えた。

その声に反応したマンダレイさんが、慌てた様子で振り向く。

 

「デクくん!?」

 

その頃には、緑谷くんは個性を使いながら、崖の方に向かって森の中に凄い勢いで飛び出していた。

正直心配ではあるけど、メインターゲットとしか考えてくれないから誰が拉致対象か分からない。

そのせいで迂闊に緑谷くんに増援を出せない。

今緑谷くんが飛び出したのに追いかけなかったあたり、緑谷くんはメインターゲットではないのだろう。

あとは緑谷くんのオールマイトの後継者としての力を信じるしかないか……

 

 

 

ピクシーボブさんの魔獣は、物量作戦でロン毛の男とスピナーを圧倒していた。

大剣を振り回すスピナーと、手に持っている大きな棒を振り回したり肉弾戦をしたりしているロン毛の男では、物量作戦に対する相性が悪かったんだろう。

 

「このっ、うざってぇ!!」

 

「流石にこの数は面倒ねぇっ!」

 

「吐きなさい!誰の拉致が目的!?」

 

「はっ!もう十分ヒントはやったんだ!これ以上教えてやる義理はねぇ!」

 

スピナーは周囲の魔獣を横薙ぎで一掃する。

だけど、そんなスピナーに対して、ピクシーボブさんは即座に魔獣を補充して対応していく。

 

そんないたちごっこを見ながら周囲を警戒していると、嫌な波動を感じ取った。

ヴィランが、ゆっくりとではあるけど、こっちに向かってきている。

 

『肉……肉面……仕事……仕事しないと……肉……』

 

頭のおかしいヴィランは、思考からはなんの情報も得られない。

このヴィランもその類だ。肉、肉面、仕事以外碌な思考がない。

だけど、このヴィランの危険度は相当高そうだ。ステインかぶれで蜥蜴が個性であろうスピナーとは比べ物にならないほど狂気的な思考をしている。

もし攻撃の意思を見せたり、こちらを認識するほど近づいてくるようなら、マンダレイさんたちにすぐに警告しよう。

そうでもなければ、まとめて伝えれば十分だ。

そう思ってさらに周囲の感知を続けた。

 

 

 

崖の方から地鳴りのような音が響いている。緑谷くんがやったみたいだ。

宿舎の方でも、相澤先生が違和感のある変な波動のヴィランを倒したようだ。

文字通り倒した状態で、確保でも、殺害でもない。どうやらあのヴィラン、個性の産物だったらしい。相澤先生が物理的にダメージを与えたら泥のように崩れていった。

 

それから少しすると、森の奥の方にいるヴィランから、さっきの違和感のある波動のヴィランがまた現れた。

波動の形を注意して確認していくと、近くのヴィランと似たような形をしていることに気がついた。

まさか、思考して動く複製?

実際に『もう一回俺を増やす』なんて考えている。複製が個性で間違いなさそうだ。

 

その複製は、また宿舎の方に向かい始めた。

それを感じ取った私は、急いでマンダレイさんに声をかける。

 

「マンダレイさん……現時点で接敵する可能性があるヴィラン2人の情報提供です……1人目……拘束具を身につけた男……こちらにゆっくりと向かってきています……接敵までは時間がかかりそう……2人目……相澤先生が倒した波動のおかしいヴィラン……あれは、他のヴィランが個性で作った複製です……今、同じ複製を作られて……また、宿舎の方に向かってます……」

 

「ありがとう。あなたは警戒を続けて。私は2人目の方をブラドキングとイレイザーヘッドに伝えるから」

 

報告を受けたマンダレイさんは、すぐに先生たちにテレパスを使い始めてくれた。

そして、テレパスが終わってすぐに、相澤先生が考え込み始めた。

……どうしたんだろう。不思議に思って、先生の思考を深く読んでいく。

 

『波動は今、マンダレイと共にいる。波動の体育祭を含めた今までの挙動……ヴィランを感知した際の錯乱状態……USJでの脅威度を含めた詳細な感知……ラグドールがわざわざ1km離れたところで肝試しの説明をした理由……青山の動向に注意しろという、波動からの警告……これらから考えられる最も可能性の高い合理的な結論は……読心』

 

相澤先生のその思考に思わず後退りそうになってしまう。

気付かれた……?でも、相澤先生がわざわざ今そんなことを考える理由が分からない。

私は周囲を警戒しながら、相澤先生の波動を注視し続けた。

 

『波動……この考えが読めているなら、今すぐに、俺からの伝言としてマンダレイに伝えろ。「A組B組総員―――プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!!」お前が何を思って隠していたかは、今はどうでもいい。だが、やむを得ん。生存率の話だ。卵たちに自衛の術を……こんな訳もわからんまま、やられてくれるなよ!」

 

相澤先生の私に向けた思考は、そこで終わった。

ちょうど緑谷くんが相澤先生に合流して、洸汰くんを先生に託したからだ。

緑谷くんはボロボロになってるけど、ヴィランは倒せたらしい。

そして、緑谷くんの思考を読んで分かった。

メインターゲットは、爆豪くんだ。

相澤先生は私に伝えようとした思考を、緑谷くんにも伝えている。

このまま私が言わなくても、緑谷くんが伝えてくれる。言わなければ、まだ思考が読めることは、皆には気付かれないかもしれない。

……だけど、本当にそれでいいの?もしかしたら、私が言うことを躊躇ったこの時間の影響で、誰かが死ぬかもしれない。

本当に、それで……

考えた結果、私は―――

 

「マンダレイさん……相澤先生から……伝言です……今すぐに、私が言った通りに……生徒と教師全員にテレパスをしてください……」

 

「る、瑠璃ちゃん!?ダメだよ!!まだ言いたくないんでしょ!?」

 

「イレイザーヘッドから!?あなた、イレイザーヘッドと宿舎で別れてから会ってないでしょ!?どうやって!?」

 

透ちゃんが、どうやってその伝言を知ったのかを理解して止めようとしてくる。

でも、これで誰かが死んだりしたら、私はずっと後悔すると思う。

だから……

 

「A組B組総員―――プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!!……以上です……早く、テレパスを……」

 

「あなた……分かったわ」

 

マンダレイさんは一瞬私が嘘を言った可能性を考えたけど、私の表情を見てすぐにテレパスを始めてくれた。

皆のギョッとしたような視線が、私に集中していた。

 

『A組B組総員―――プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!!』



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襲撃(中)

マンダレイさんのテレパスが響き渡った。

 

「波動、今のって……」

 

「……今は……説明してる時間……ない……また今度……」

 

響香ちゃんが投げかけてくる質問に、その場しのぎの答えを返す。

一応、ヴィランに襲われている今の状況的にもおかしな返答じゃないはず。

皆も私の返答に一応は納得してくれて、それ以上聞いてくることはなかった。

 

「あぁもう!ほんっとうにうざったいわねぇ!」

 

「ヴィランにウザがられるなんて誉め言葉以外の何物でもないわよ!」

 

そんなやりとりをしている間も、ピクシーボブさんがスピナーとロンゲの男に対処し続けていた。

 

「許可出たってことは、もう我慢しなくてもいいってことだよなぁ?」

 

ピクシーボブさんの戦闘を見ながら、爆豪くんはそう言って掌で小規模の爆発を起こした。

戦闘許可が出たことで、我慢が出来なくなったらしい。

でも爆豪くんが戦うのはダメだ。

私はメインターゲットが爆豪くんであることを伝えようと口を開いた。

 

「……駄目……爆豪くんは……っ!?」

 

『肉……いない……肉……にくめええええええん!!!』

 

「あ!?この期に及んでまだ手ぇ出すなとか言うつもりかクソチビ!?」

 

爆豪くんがキレてくるけど、それどころじゃない。

次の瞬間、さっきまで森の中をゆっくり進んでいた拘束具を付けたヴィランが、口から何かを伸ばして凄まじい勢いで上昇し始めた。

そのヴィランは森の上空で静止すると、そこから真っ直ぐにスタート地点の広場の方を見てきた。

 

「いた……肉……にくぅうううううう!!」

 

そう叫んだヴィランの口から、鋭利な無数の何かが伸びてきた。

 

「上っ!!皆避けてっ!!」

 

ヴィランから勢いよく伸びてくる鋭利な何か。

皆も上空に浮かぶヴィランに気が付いて、各々で警戒し始めた。

 

「全員下がってろ」

 

そのタイミングで轟くんだけはスッと前に出た。

すぐに氷壁を展開して、皆を覆うように氷の壁を作ってくれる。

ヴィランから伸びてきた鋭利な何かは、次々と氷に突き刺っていく。

 

私たちの方は轟くんが問題なく防いでくれたけど、ピクシーボブさんは自分でどうにかしたみたいだ。

土魔獣が悉くやられてしまったけど、ピクシーボブさん自身は土流を使って避けた。

その隙に、土魔獣に押され続けていた2人が、動き出していた。

 

「ふふ、ムーンフィッシュ、やるじゃない」

 

「今のうちに厄介なヒーロー擬きを潰すぞ!」

 

2人が一気にピクシーボブさんに襲い掛かる。

流石にまずいと思ったのか、マンダレイさんも私たちの側から離れてピクシーボブさんの方に向かった。

マンダレイさんは、さっきから怒涛の勢いで襲いかかってくるムーンフィッシュとかいうヴィランの鋭い何かを避けながら突撃していった。

マンダレイさんは、ちょうどピクシーボブさんに切りかかろうとしていたスピナー近づいたところで、テレパスを使った。

 

『スピナー、ヴィランながらかっこいいじゃない♡ 好みの顔してる』

 

「え?」

 

マンダレイさんのそのテレパスに、スピナーは動きを一瞬止めた。

 

「なに照れてんの、ウブね!」

 

「でぇ!!?」

 

その隙を見逃さず、マンダレイさんがスピナーを手に着けている猫の爪で切り裂いていく。というか、こんな手に引っ掛かるのか。

 

「なんて……っ、不潔な手を!尻軽めが!!」

 

「その程度の誘惑でこっちの警戒をしなくなるなんて、いくら何でも舐めすぎじゃない!?」

 

スピナーが振り返って反撃に出ようとしたけど、ピクシーボブさんが土流を巻き起こしてスピナーを押し流していく。

それで危機は脱したように見えたけど、その瞬間、マンダレイさんの身体が浮かんだ。

ロン毛の男の個性で、引き寄せられ始めていた。

 

「おいで飼い猫ちゃん」

 

ピクシーボブさんに最初にやろうとしたその手。

私たち生徒は皆ムーンフィッシュの攻撃で轟くんの氷の影から出られないし、ピクシーボブさんはスピナーに反撃したばかり。

マンダレイさんが危ないと思ったそのタイミングで、相澤先生の所からこっちに向けて全力疾走していた緑谷くんが、ロン毛の男を蹴り飛ばした。

 

「マンダレイ!!洸汰くん無事です!!今は相澤先生のところに!!」

 

「ありがと!あなたもすぐにそっちの皆の方に行って!その怪我尋常じゃない!」

 

マンダレイさんの言う通り、緑谷くんの怪我は尋常じゃない。

顔に殴られた後もあるし、両手は個性の自爆でボロボロ。特に右腕は直視したくないような状態だ。

 

「すいません!もう一つ……ヴィランの狙い、少なくともその一つ―――……かっちゃんが狙われてる!」

 

「かっちゃ……誰!?」

 

その声は、氷の陰で攻撃を凌いでいた私たちにもはっきり聞こえた。

 

「バクゴーくん……!?」

 

「爆豪が狙われてる!?」

 

私たちのその様子で、マンダレイさんも誰のことか分かったらしい。そのままこっちに向かって叫んできた。

 

「少なくとも爆豪くんと波動さんが拉致の対象ってことでしょう!?そのまま皆で固まってて!!戦闘はしないで!!バラバラに動かれると守りにくくなる!!」

 

マンダレイさんはそのままテレパスを始めた。先生たちに誰の拉致が目的かを伝えているみたいだ。

そのタイミングで、ムーンフィッシュの攻撃がさらに激しくなって氷を貫かれ始めた。

爆豪くんは狙われているなんて知ったことじゃないって感じで、貫き始めた刃に対して爆発で攻撃し始めていた。

 

「不用意に突っ込むんじゃねぇ。聞こえてたか!?おまえ狙われてるってよ」

 

「うるっせんだよ……戦えっつったり戦うなつったりよぉ~~~ああ!?クッソどうでもいィんだよ!!」

 

だけど、爆豪くんの攻撃が当たる直前で、刃がさらに分岐して伸び始めた。

地面に刃を突き刺して浮かんでいたムーンフィッシュは、刃を伸ばしながらこっちの方に飛んでき始めている。

 

「"個性"の使い方がうめぇ」

 

「見るからにザコのひょろガリのくせしやがってんのヤロウ……!!」

 

「まずいですわよ。あれに真上に来られると回避のしようが……!!」

 

私たちが必死でムーンフィッシュの対処を考えていると、緑谷くんがこっちに合流しようと動き出した。

 

『さっきの地鳴りのような音……!!派手なパワーバトルが出来るのは私らの中じゃ二人……情報漏らしたってことは……血狂いマスキュラーをこの小さい子が……!?あれがパワー負けしたってこと――――!?』

 

「やだ……この子、本ト殺しといた方がイイ!」

 

吹き飛ばされて倒れていたロン毛の男が、緑谷くんの様子から考察して、弾かれたように殴りかかった。

 

「手を出すなマグ姉!!」

 

そんな緑谷くんへの攻撃に対して行動を起こしたのは、まさかのスピナーだった。

持っていた刃物を投げてロン毛の男の行動を妨害している。

その隙に緑谷くんはこっちに合流して轟くんの氷の影に隠れた。

 

「ちょっと、何やってんの!?優先殺害リストにあった子よ!?スピナーなにしに来たのよあんた!」

 

「そりゃ死柄木個人の意思。あのガキはステインがお救いした人間!つまり英雄を背負うに足る人物なのだ!!俺はその意思にシタガッ!?」

 

状況も考えずに仲間割れしだしたヴィラン2人に、マンダレイさんがスピナーを殴って、ピクシーボブさんがロン毛の男を土流で埋めてすかさず取り押さえた。

 

 

 

ヴィラン2人は取り押さえたけど、そのタイミングでムーンフィッシュは広場の真上に到達した。

 

「肉、見せて」

 

そう言ってムーンフィッシュは、さっきまでの遠距離からの刃での攻撃とは比較にならない勢いで、生徒が固まっている所に刃を伸ばしてきた。

轟くんがすかさず氷を展開するけど、ムーンフィッシュの刃を少し足止めするだけですぐに貫かれてしまう。

それを見て、皆各々でかばい合いながら回避した。

私も当たりそうになっていた透ちゃんに飛びついて、刃が届かない所に一緒に飛び込んだ。

 

「瑠璃ちゃん!?ご、ごめんねっ!大丈夫!?」

 

「ん……大した傷じゃない……平気……」

 

避ける瞬間に肩を刃が掠めたけど、少し血が滲む程度の切り傷だ。大した傷じゃない。

 

だけど、やっぱりこれだけまとまっている所を攻撃されて、全員が回避しきれるわけがなかった。

 

「常闇!!」

 

障子くんが常闇くんを庇っていた。

だけど、その障子くんの複製腕を、刃が切り落としてしまった。

 

「障子!?」

 

それを認識した瞬間、常闇くんの思考が変わった。

その思考は、ヴィランに対する怒り一色で染まっている。

少しして焦りながら我に返ったみたいだけど、手遅れだったらしい。

常闇くんの"個性"、ダークシャドウが、今まで見たことがない程巨大化し始めた。

 

「ぐっ……このっ……静まれっ……!!ダークシャドウっ……!!」

 

障子くんも、何が原因でこうなったのかを、すぐに察していた。

 

「常闇!!これは複製腕が切られただけだ!!また複製できる!!傷はあるが失ったわけじゃない!!」

 

「もうっ……抑えられないっ……!!俺からっ……!!離れろ!!死ぬぞ!!」

 

障子くんの説得も空しく、ダークシャドウは暴走し始めて無差別に攻撃を繰り出している。

ムーンフィッシュの刃に対しての牽制もしてるけど、それ以上に私たちがいるところへの攻撃が多すぎる。

皆散り散りになってダークシャドウの攻撃を避けていく。

 

「なっ、なに!?どうしたの!?」

 

「なに!?暴走!?」

 

マンダレイさんも困惑しながらダークシャドウの攻撃を避けている。

当然スピナーからも離れてしまって、スピナーの拘束は簡単な拘束具だけになってしまった。

ピクシーボブさんも土の魔獣を出して私たちをダークシャドウの攻撃から庇ってくれているけど、攻撃の規模が違いすぎる。防御としては明らかに足りてない。

そんな状況で、緑谷くんが叫んだ。

 

「ダークシャドウの弱点は光だ!かっちゃんと轟くんならっ!!」

 

その緑谷くんの言葉に、轟くんは静かに火を出そうとしてくれる。

 

「ああ。今、炎を「待てアホ」

 

そんな轟くんを、爆豪くんが止めた。すごく、身勝手な理由で。

 

「見てぇ」

 

爆豪くんはそのままダークシャドウを傍観し始めた。

それと同時に、空中に浮かんでいるムーンフィッシュが、声を上げた。

 

「肉ぅううう駄目だぁああ!!肉ぅうううにくめんんん!!駄目だ、駄目だ、許せない!!その子たちの断面を見るのは僕だぁあ!!!横取りするなぁああああ!!!」

 

ムーンフィッシュは、再び大量の刃を降り注がせてきた。

その対処を咄嗟に考え始めたけど、次の瞬間、ダークシャドウが動き出した。

 

「強請ルナ!!三下!!」

 

巨大化したダークシャドウは、その刃を全てへし折りながら、周囲の木々諸共ムーンフィッシュを薙ぎ払った。

ムーンフィッシュは空中で気絶して、そのまま地面に落下していく。

 

「っ……何よこいつ!?流石に分が悪いわっ……!一度引くわよ、スピナー!」

 

「あ、あぁ!クソッ!なんなんだよっ!!」

 

暴走のどさくさに紛れて土流から脱したロン毛の男と、拘束具を破壊したスピナーは森の中に姿を消していった。

 

それで周囲のヴィランはいなくなったのに、暴走したダークシャドウは止まろうとしなかった。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛暴レ足リンゾォオ゛オ゛オ゛オ゛!!!」

 

ダークシャドウが私たちにも襲い掛かろうとした瞬間、爆豪くんと轟くんが常闇くんの懐に近づいて、爆破と炎で光を発した。ようやく身勝手な観察をやめたらしい。

 

「ひゃん!」

 

その光によって、ダークシャドウは情けない悲鳴を上げて泣きながら小さくなった。

 

「てめぇと俺の相性が残念だぜ……」

 

常闇くんは、そのまま膝から崩れ落ちた。



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襲撃(後)

ヴィランがいなくなった広場は、静まり返っていた。

気絶したムーンフィッシュはワイプシの2人が速やかに拘束してくれた。

どうやらムーンフィッシュは歯を伸ばして刃にしていたらしくて、ダークシャドウの攻撃で歯がボロボロになっていた。

この状況で個性が使えるのかは分からないけど、念には念をということみたいで口を開けないように拘束することで対策としたらしかった。

 

A組の皆は膝をついて荒い息を吐く常闇くんに声をかけていた。

そんな中で、そっちには加わらずに周囲の感知を続ける。

少なくとも近くにはヴィランの波動は感じない。スピナーもロン毛の男も森の中に身を隠したみたいだ。

森の中の波動も注意して確認していく。

肝試しコースの復路側は、虎さんがB組生徒を回収しきったみたいだ。

今は拳藤さんや鉄哲くんと一緒に毒ガスのヴィラン制圧に向かっている。

 

往路側。こっちが問題だ。

B組の男子の名前は自信がないけど、B組の誰かを背負った多分泡瀬くんと思われる生徒を、あの意思が薄弱なヴィランが追い回している。

虎さんはさっき感知した通り、毒ガスのヴィランの対処に向かっていて泡瀬くんにすぐに合流することはできない。

このままだと殺されてしまう可能性が高い。

 

「マンダレイさん……往路側でヴィランに襲われてる生徒がいます……!このままだと……!」

 

「っ!?往路側ってことは虎もまだそこまで行けてないのよね!?」

 

「はい……虎さんは今……折り返し地点の辺りで……毒ガスのヴィランの対処に動いています……!」

 

そこまで言うと、マンダレイさんは考え込んでしまった。

内容としては、救助に向かうのは確定として私たちをどうするかだ。

爆豪くんと私が狙われている関係上、私たちをプロから引き離すのは危険すぎる。

だけど、泡瀬くんたちが殺される前に合流しないといけないことを考えると、少なくとも私を連れていくか、連絡手段としてマンダレイさんと生徒全員を置いていくかとかの対応をとる必要がある。

ただマンダレイさんと私たちを置いていったとして、それでヴィランの襲撃を受けた時に守り切れるのかも問題だ。

これはマンダレイさんがプロとはいっても、個性が"テレパス"の女性でしかないからだ。

スピナーとロン毛の男がまた同時に襲い掛かってきたら、確実に拉致を防げるかというと不安が残る。

逆にピクシーボブさんを置いて行って、マンダレイさんに泡瀬くんたちの位置を通信機で教えたとしても、今度はあの意思が薄弱なヴィランをマンダレイさん単体でどうにか出来るのかという問題も出てきてしまう。

全員で視界が悪い森の中に入るのも危険すぎるから、私の感知で警戒をするとしても愚策と言わざるを得ない。

正直、マンダレイさんとピクシーボブさんの2人だけで、A組を守りつつB組の救助に向かうのは無理があった。

 

「……背に腹は代えられないか……皆の力も、貸してもらってもいい?」

 

マンダレイさんは、私たちにそう声をかけてきた。

結論としては、私たちの協力も得てどうにかB組の生徒を救助するというものだった。

ピクシーボブさんとマンダレイさんでA組を2つに割って守りつつ、マンダレイさんとターゲットになっていない一部の生徒たちで泡瀬くんたちの救出に向かうというものだった。

 

「じゃあ私と一緒に来てもらうのは……八百万さんに耳郎さん、飯田くん、尾白くん、砂藤くん、峰田くんの6人ね。時間がない!急ぐわよ!ピクシーボブ!こっちは任せた!」

 

「ええ!任せなさい!」

 

一緒に行くのは、なんでも作れて万能な百ちゃんと、ターゲットでもなくて怪我もしてない索敵が出来る響香ちゃん、狭い場所での肉弾戦に対応できる3人に、ヴィラン拘束能力が非常に高い峰田くん。無難な選択だった。

救助組の方が戦えそうだからだろうけど、爆豪くんがそっちに入りたそうにしている。だけど、行かせるわけがないだろう。

マンダレイさんの指示に、6人はすぐに応じた。

峰田くんも、怖がっているくせにちゃんとすぐに応じていた。彼も心の底はちゃんとヒーロー科の人間だったということだろう。

7人はそのまま往路の方に走っていった。

 

 

 

 

広場はしばらく静かなままだった。

ピクシーボブさんは土の魔獣を作り出して広場に徘徊させて私たちを警護させている。

私が適宜ピクシーボブさんに泡瀬くんの位置とマンダレイさんたちの位置を伝えて、最短距離で向かえるように助言していた。

 

そして、マンダレイさんが泡瀬くんを発見したくらいのタイミングで、また広場の周囲にスピナーとロン毛の男、それに仮面をつけたヴィランの波動が近づいてきた。

その中から、スピナーだけが姿を現した。

 

「あら、また来たの」

 

「目的をまだ達成してねぇからなぁ!」

 

ピクシーボブさんの問いかけに大剣を構えながら返答してくるスピナー。

そんなスピナーに対してピクシーボブさんはすぐに土の魔獣で迎撃を始めた。

 

「ピクシーボブさん……他にも……さっきのロン毛の男と……仮面のヴィランが……近くに隠れています……」

 

「なるほど、つまり正面のあいつは油断を誘う作戦ってわけね」

 

「……はい……まだ動き出してないですけど……」

 

スピナーが来た方向とは違う場所に、ロン毛の男と仮面のヴィランは隠れている。

今のところ動き出す様子はない。

思考からして、何かのタイミングを図っている感じがする。

……少しでも怪しい思考を感じたらすぐにピクシーボブさんに伝えるか。

 

周囲の警戒は障子くんもしてくれている。

私が隠れているヴィラン2人に集中していたら、障子くんが話しかけてきた。

 

「波動。広場の西の方、誰かが近づいてきているぞ」

 

「ん……確認する……」

 

私はヴィランを警戒しつつ近づいてくる波動を確認する。

確かに誰かが近づいてきている。

……この波動は、柳さん?

柳さんは、森の中から姿を見せると、茂みの近くで足を止めた。

 

「あ!A組だ!」

 

「柳さん!」

 

「よかったレイ子ちゃん、無事だったのね」

 

……姿かたちは柳さんそのものだ。服が食事の時のラフな格好とは違う普通の服装になってるけど。

そんな柳さんの姿に、女子会で親睦を深めたお茶子ちゃんと梅雨ちゃんが駆け寄っていく。

透ちゃんは私の様子を訝しんで、その場から動かないでいた。

私は、激しい違和感を覚えていた。というよりも、かすかにではあるけど悪意を感じるのだ。

他ならない柳さんから。

思考を読んでも、『麗日さん、蛙吹さん、波動さん』とか今の状況にそぐわないようなことばかりを考えていてよく分からない。

 

「待って……お茶子ちゃん……梅雨ちゃん……」

 

「え?」

 

「どうしたの?瑠璃ちゃん」

 

とりあえず2人を呼び止めて、B組の波動を感知する。

そして、すぐに分かった。

気絶しているけど、柳さんの波動は数人のB組生徒と同じ位置にある。

その上で目の前の柳さん擬きの波動を注視すると、違和感の正体が分かった。

柳さんの波動に、他の人の波動が微かに混ざっている。

昨日見た柳さんの波動とは、明らかに違う。

 

「あなた……誰……?」

 

「え?私は柳レイ子だけど……」

 

「違う……柳さんは……森の中で気絶してる……それに、あなたの波動……昨日見た柳さんの波動と……違う……!」

 

私がそこまで言うと、柳さん擬きがドロリと溶けた。

 

「へぇ……やっぱり分かるんだ。服着てきて正解でした」

 

溶けた柳さんが、頭の両サイドにお団子を作った金髪の女の子に変わった。

元の姿に戻った少女ヴィランは、近くの茂みの中に隠していた黒いマスクやバックパックといった装備を付けだした。

 

「ヴィラン!?」

 

「トガです!麗日さんに、蛙吹さんに、波動さん。3人共カァイイねぇ」

 

トガと名乗るヴィランは、ナイフで皆よりも近くにいる2人と私を指し示しながら順番に名前を言っていく。

その過程で、トガは緑谷くんの方にも熱い視線を向け始めた。

 

「名前バレとる……」

 

「体育祭かしら……何にせよ情報は割れてるってことね」

 

「2人とも下がれ」

 

「彼の言う通りよ!下がって!」

 

すかさず轟くんが走り出して、突出している2人に下がるように警告する。

ヴィランの増援に気が付いたピクシーボブさんも、スピナーの相手をしながら土の魔獣の何体かをこっちに向かわせてくれている。

それを受けて下がろうとする梅雨ちゃんに、トガが首元の機械を射出した。

 

「梅雨ちゃん!」

 

お茶子ちゃんが梅雨ちゃんの名前を叫んで注意を促す。

梅雨ちゃんは大きく飛びのくことでその攻撃を回避した。

 

「梅雨ちゃん、梅雨ちゃん……梅雨ちゃんっ!カァイイ呼び方。私もそう呼ぶね」

 

「やめて。そう呼んで欲しいのはお友達になりたい人だけなの」

 

マスクをずらして吸血鬼のように鋭い牙を見せながら笑うトガに、梅雨ちゃんが拒絶の言葉を投げる。

 

「や―――じゃあ私もお友達ね!やったぁ!」

 

トガは、梅雨ちゃんの意図を察せずに無邪気に喜びだした。本当に、心の底から喜んでいる。

そんなトガに対して轟くんは氷撃で攻撃した。

 

「そんな攻撃、当たりませんよ」

 

その氷撃を飛び込むようにして避けたトガは、素早くお茶子ちゃんたちに近寄っていく。

トガは、そのままの流れで手に持っているナイフでお茶子ちゃんに切りかかる。

それに対してお茶子ちゃんは、片足を軸に回転してナイフの直線上から身体をずらして、手首と首を掴んでトガを抑え込んだ。

期末試験の時に見たGMA(ガンヘッドマーシャルアーツ)だ。

 

「梅雨ちゃん、ベロで手!拘束!できる!?」

 

「凄いわお茶子ちゃん……!任せて」

 

舌を出して手首に回そうとする梅雨ちゃん。

そんな状況なのに、トガは恍惚としたような表情を浮かべながら話し出した。

 

「お茶子ちゃん……あなたも素敵。私と同じ匂いがする」

 

その発言に、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんも困惑した表情を浮かべる。

 

「好きな人がいますよね。そして、その人みたくなりたいと思ってますよね。わかるんです。乙女だもん」

 

『何……この人……』

 

「好きな人と同じになりたいよね。当然だよね。同じもの身に着けちゃったりしちゃうよね。でもだんだん満足できなくなっちゃうよね。その人そのものになりたくなっちゃうよね。しょうがないよね。あなたの好みはどんな人?私はそこの彼みたいにボロボロで血の香りがする人大好きです。だから最後はいつも切り刻むの。ねぇお茶子ちゃん。楽しいねぇ。恋バナ、楽しいねぇ!」

 

トガは、頭がおかしいとしか思えない行き過ぎた理論を展開していた。

そのまま言いたいことを言い切ると、首元の装備から伸ばした何かをお茶子ちゃんの足に突き刺した。

トガは、痛みでお茶子ちゃんの拘束が緩んだ隙に拘束を抜け出して、流れるような動作で私の方にナイフを投げてきた。

慌てて身体を逸らして、何とかナイフを避ける。

 

でもそのナイフに注意を向けた瞬間、周囲のヴィランへの警戒が疎かになってしまった。

棒をこちらに向けているロン毛の男から、仮面のヴィランが凄まじい勢いで私と爆豪くんの方に射出された。

さっきまで、一切怪しい思考はしていなかったのに、急な行動に驚愕してしまう。

しかもナイフを避けた直後なせいで体勢が崩れていて、仮面のヴィランの突撃を避けられない……!?

 

「瑠璃ちゃん!!」

 

動けなくなっていた私を、透ちゃんが庇うように突き飛ばした。

仮面のヴィランが私たちの目の前を通り過ぎていくその瞬間、私と入れ替わりになった透ちゃんと、爆破で迎撃しようとしていた爆豪くんが、姿を消した。

 

 

 

「透ちゃん……?」

 

近くの木に着地した仮面のヴィランは、見せびらかすように持っている球体で手遊びを始めた。

 

「サブは失敗か。まぁ、サブは所詮サブ。メインさえ貰えればどうでも良い。こいつぁヒーロー(そちら)側にいるべき人材じゃあねぇ。もっと輝ける舞台へ俺たちが連れてくよ」

 

仮面のヴィランの恩着せがましいその言葉に、緑谷くんが反応した。

 

「返せっ!!」

 

「返せ?妙な話だぜ。爆豪くんは誰のモノでもねぇ。彼は彼自身のモノだぞ!!エゴイストめ!!」

 

「返せよ!!」

 

「このっ!」

 

轟くんが仮面のヴィランを立っている木諸共凍らせようとする。

だけど、ヴィランは軽い身のこなしでさらに高い位置の別の木に飛び移った。

 

「"それだけじゃないよ"と道を示したいだけだ。今の子らは価値観に道を選ばされている。本意じゃなかったが、この透明人間もヴィラン向きの良い個性だ。ついでに貰っていくよ」

 

「ふざけんじゃないわよ!」

 

「舐めやがってっ……!」

 

ピクシーボブさんがスピナーを取り押さえながら叫ぶ。

轟くんは今度は手加減なしの大氷撃を放った。

 

「悪いね俺ァ、逃げ足と欺くことだけが取り柄でよ。ヒーローなんかと戦ってたまるか。開闢行動隊!目標回収達成だ!短い間だったがこれにて幕引き!!予定通りこの通信後5分以内に"回収地点"へ向かえ!」

 

「幕引き……だと」

 

「ダメだ……!!」

 

こっちの攻撃を一切意に介さない仮面のヴィランは、そのまま氷から木へ飛び移って逃走を始めた。

スピナーとトガはピクシーボブさんの魔獣が押さえ込んでいるけど、ロン毛のヴィランも逃走を始めていた。

 

「させねぇ!!絶対逃がすな!!」

 

轟くんがそう叫んだ瞬間、私以外の皆が一斉に仮面のヴィランを追い始めた。

 

 

 

そんな状況なのに、私だけは、すぐに動き出せずにいた。

 

「透ちゃん……私を……庇って……」

 

透ちゃんの、私を庇うような行動に、呆然としてしまっていた。

でも、少しずつ状況を理解して、私の頭の浮かんでいたのは、怒りだけだった。

 

「返してよ……透ちゃんを……私の大切な友達を……返してよ!!」

 

波動が今まで感じたことが無いほど膨れ上がっていた。

膨れ上がった波動を足に集中させて、圧縮できるだけ圧縮して、一気に吹き飛んだ。

後先なんて考えないで波動の圧縮と噴出を続けて、ヴィランたちの思考から向かっているであろう地点に向けて、高速で走り続けた。

足に集中して高密度になった波動が、青黒いモヤのようになって私の足に纏わりつくように漏れ出している。

途中で追い抜いたはずの緑谷くんたちが私を飛び越えてヴィランの方に飛んで行ったけど、気にしている余裕はない。

無我夢中で、ヴィランたちがいる場所へ向かって走り続けた。

 

 

 

小さくそこが見えたタイミングで、黒いモヤのヴィランが姿を現していた。

ヴィランが次々とモヤに飛び込んでいく。

でも、あの仮面のヴィランはまだそこにいる。

搾り出せる限りの全身の波動を両手から放出して、波動の塊を作る。

合宿で訓練して多少大きくなっていても、親指程度の大きさにしか出来ていなかったその塊は、今は人の顔くらいの大きさになっていた。

 

「マジックで見せびらかす時ってのは……見せたくないモノがある時だぜ?」

 

そう言うと同時に、ヤツの仮面の下の口から見せびらかすように出された舌の上に、2つの丸い球体が見えた。

 

「氷結攻撃の際に"ダミー"を用意し、右ポケットに入れておいた。右手に持ってたモンが右ポケットに入ってんの発見したらそりゃー嬉しくて走り出すさ」

 

透ちゃんは、そこか―――

 

「そんじゃーお後がよろしいようで「透ちゃんを……かえせえええええええ!!」

 

バチバチと波動を迸らせる塊を、ヤツの顔に向けて射出する。

前の小さい塊だった時よりも遥かに高速で射出されたその塊は、ヤツの顔の側面にぶつかって弾き飛ばした。

弾き飛ばされた勢いで、2つの球体が口から放り出される。

それを取りに行きたかったけど、全身が脱力してそのまま倒れ込んでしまった。

でも、緑谷くん、障子くん、轟くんの3人が球体に飛びついた。

障子くんがすぐに1つをキャッチしてくれた。

もう1つは轟くんが取ろうとしたけど、黒いモヤの中から伸びてきた手に、取られてしまった。

 

「哀しいなぁ、轟焦凍。確認だ。"解除"しろ」

 

「っだよ、今の攻撃……俺のショウが台無しだ!」

 

仮面のヴィランがパチンと指を鳴らすと、球体が弾けた。

障子くんの方に透ちゃんが、黒いモヤの中に爆豪くんが姿を現した。

 

「問題なし」

 

「かっちゃん!!」

 

「来んな、デク」

 

爆豪くんのその言葉を最後に、黒いモヤは消えた。

透ちゃんは取り返せたけど、爆豪くんは連れていかれてしまった。

私の目の前は、そこで真っ暗になった。



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病院と神野区の悪夢

私は、病院のベッドの上で目を覚ました。

点滴もされているみたいで、腕に管がつながっていた。

外は真っ暗だ。

近くの時計で時間を確認すると、午後6時だった。

この状況、小さい頃に波動を放出しすぎて気絶した時に似てる気がする。

あの時は放出できたことが嬉しくて加減なんか考えずに放出していたから、今回も同じ状況になったんだろう。

……前は目を覚ました段階で数日経っていた。

今日は何日だろう。

まだ脱力している身体に無理矢理力を入れて、ベッドから降りようとする。

 

そのタイミングで、病室の扉が開いた。

 

「瑠璃ちゃん!?目が覚めたの!?」

 

波動で見てたから分かってはいたけど、透ちゃんだった。

透ちゃんはこっちに駆け寄ってきて、そのままの勢いで抱き着いてきた。

ベッドに押し倒されるような形になってしまった。

 

「よかったよ~!!瑠璃ちゃん、なんか身体が透けたり揺らいだりしてたし……!全然目ぇ覚まさないから、もう起きないんじゃないかって心配で……!」

 

「ん……心配……かけたみたい……ごめんね……」

 

身体が透けたり揺らいだりっていうのはよく分からないけど、どうやら心配をかけてしまったみたいだ。

痛いくらい抱きしめてくる透ちゃんを抱きしめ返す。

 

「透ちゃんも……無事でよかった……」

 

「うん!瑠璃ちゃんのおかげだよ!」

 

透ちゃんはにっこり笑ってそう言ってくれる。

でも、そもそも透ちゃんが攫われそうになったのは私が原因だ。

 

「そんなことない……そもそも……透ちゃんが攫われそうになったの……私のせい……」

 

「瑠璃ちゃんのせいじゃないよ!全部ヴィランが悪いんだから!それに、瑠璃ちゃんだって私を庇ってくれたでしょ!お互い様だよ!」

 

窘めるように言ってくる透ちゃんに、何も言えなくなってしまう。

そのまま少しの間抱き合って、満足したらしい透ちゃんが私から離れてベッドの脇の椅子に座った。

私も起き上がろうとしたら透ちゃんに押し留められてベッドに戻されてしまった。

 

 

 

「ね……透ちゃん……あれから、何日経ったの……?」

 

「えっと、ヴィランの襲撃があったのは一昨日だよ。だから、今は2日目ってことになるのかな」

 

「そっか……」

 

やっぱり1日以上気絶してしまっていたらしい。

 

「でも本当に心配したんだよ!お医者さんは大丈夫だって言ってたけど、全然目を覚ます気配なかったし!」

 

「これ……加減を知らなかった……小さい時にも……同じことになった……波動の放出のしすぎが原因だと思う……」

 

「……なるほど?つまり、キャパのせいだったんだ」

 

私の説明に、透ちゃんが腕を組むような仕草をして考え込んだ。

 

「ん……それで、私が気絶してる間……何があったか聞きたい……」

 

「そうだよね。う~ん……とりあえず、順番に話すね」

 

透ちゃんは、そのまま順を追って説明してくれた。

爆豪くんが攫われてヴィラン連合がいなくなった後、先生が通報していたらしい警察と消防が15分くらいで到着したらしい。

A組の被害は重症の緑谷くんと意識不明と判断された私の2人。

中、軽傷者は障子くんとお茶子ちゃんを含めた数人だけ。

B組の方は、シャレにならない被害だったみたいだ。

毒ガスによる意識不明の重傷者が13人。軽症者まで含めると物間くんを除いた全員が該当したらしい。

そして、行方不明者は、私たちの目の前で攫われた爆豪くんと、ラグドールさんの2人だった。

ラグドールさんは大量の血痕を残して姿を消してしまっていたらしい。

こんな感じで被害を確認しているタイミングで、気絶した私の身体が透けたり妙な光の粒子のようなものが出たりしているのに気が付いたようだった。

ヴィラン側は、複製を考えなければ襲撃者10人に対して逮捕者は3人。

いずれも凶悪な犯罪歴があるネームドヴィランだったみたいだ。

 

私たちはその後すぐに近くの病院に運ばれたらしい。

A組で入院になったのは私と緑谷くんの2人だけ。

透ちゃんが無理に医者に聞いた話だと、私は身体は問題ないのに何故か揺らいでいるとかいう意味不明な状態だったみたいで、個性の影響を疑って入院になったとのことだった。

私に聞かれても何がなんなのかさっぱり分からない。なんだその現象。

 

それはそれとして、さっきまで皆緑谷くんの所で話していたらしい。

その内容が、爆豪くんの救出に行くべきだという話。

百ちゃんが逃げるヴィランの1人に発信機を付けていたらしい。

泡瀬くんの個性を用いて溶接したそれは、今もヴィラン連合が潜伏しているかもしれない場所を受信デバイスに表示しているようだ。

百ちゃんは事件の直後、それを先生と警察に渡したみたいだけど、その様子を切島くんと轟くんに見られていた。

切島くんと轟くんが緑谷くんを説得するような形で行われたその話は、他の皆の大反対にあったらしい。

それでもその気になってしまっていた2人は、作戦を強硬した。

結局、切島くんと轟くん、緑谷くんに、暴走する3人のストッパーになれるようにと、百ちゃんと飯田くんも含めた5人で行ってしまったらしい。

 

「私、何も言えなくなっちゃって……さっきも、病院の前で、5人が話してるの見たのに、止められなくて……」

 

震えながら涙を滲ませる透ちゃんに、私も何も言えなくなってしまう。

 

そんな沈黙が数分続いたところで、透ちゃんが気を取り直すかのように首を振った。

 

「そうだった!皆も心配してたから瑠璃ちゃんが目を覚ましたよって連絡しちゃうね!」

 

「ん……ありがと……皆にも……心配かけたこと謝らないと……」

 

透ちゃんがスマホを弄って皆に連絡してくれているのをぼんやりと眺める。

少しすると、透ちゃんが急にテレビをつけた。

 

「どうしたの……?」

 

「えっと、なんかテレビ見てみろって言われて……」

 

『では先程行われた、雄英高校謝罪会見の一部をご覧下さい』

 

テレビに映っていたのは、スーツを着た相澤先生とブラドキング先生、校長先生の3人だった。

 

『この度―――我々の不備から、ヒーロー科1年生27名に被害が及んでしまった事、ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えた事、謹んでお詫び申し上げます。まことに申し訳ございませんでした』

 

相澤先生のその言葉で始まった謝罪会見は、終始学校側を悪者扱いする流れになっていた。

 

「なにこれ……学校を、悪者扱い……?」

 

透ちゃんが漏らしたその言葉は、きっと私たち1年生皆が思っていることだった。

いくらなんでも、この会見は酷い。

内通者がいる状態で、ワープの個性を持っているヴィランがいて、どうやって襲撃を防げというのか。

こんなの、林間合宿をしていなくても同じだ。

どこかの演習や、それこそ通学中を狙われていた可能性すらある。

でも、それを全て防ぐなんて不可能じゃないか。

学校側も出来る対策はしていた。

完全に防ぐには、内通者を締め出すために生徒に尋問をしたり読心能力で頭の中を丸裸にでもしない限り不可能だ。

でもそんなことをしたら、それはそれでマスコミは嬉々として学校のスキャンダルを叩くだろう。

それに早期に察知出来たとしても、襲撃してくるヴィランの人数、個性の内容、目的……何も分からないのだ。

そんな状態で、こっちのことは内通者を通して筒抜けで、どうやって被害をゼロにするというのか。

よくマスメディアもヒーローたちやその卵である学生を集めている番組を撮ってるけど、自分達はこれ以上の対策をしているのだろうか。

もしも番組の収録現場を襲撃された場合、被害をゼロになんて出来るのだろうか。

絶対に不可能だろう。

ただ1番有名なヒーロー科だから狙われた。それだけのはずだ。

こうまで執拗に雄英を狙うのは、信用の失墜という意図があるとしか思えない。

マスコミも、ヴィランの掌の上で踊らされているだけじゃないか。

 

 

 

私と透ちゃんが何も言えないでいると、映像が切り替わった。

そこには崩壊した街の中で戦うオールマイトと、ヴィランの姿が映っていた。

 

『悪夢のような光景!突如として神野区が半壊滅状態となってしまいました!現在オールマイト氏が元凶と思われるヴィランと交戦中です!信じられません!ヴィランはたった1人!街を壊し!平和の象徴と互角以上に渡り合って―――……』

 

「なにこれ、神野?ここって、もしかしなくても……」

 

「ん……百ちゃんたちが行ったところだと思う……」

 

映像は、ヴィランが衝撃波を放つ瞬間も鮮明に映していた。

そして、市民を守るために避けることが出来なかった、オールマイトの姿も。

煙が晴れたその場所には、ガリガリの姿のオールマイトが、しっかりと映ってしまっていた。

 

「……え?この人って……保健室で会った……」

 

『えっと……何が、え……?皆さん、見えていますでしょうか?オールマイトが……萎んでしまっています……』

 

透ちゃんと同じように困惑した様子のアナウンサーの声が流れる。

オールマイトの秘密が、晒されてしまった。

私は何も言わずに、黙っていることしか出来なかった。

そんな私の様子を見た透ちゃんが、私に問いかけてくる。

 

「えっと、もしかして瑠璃ちゃん、知ってたの?あの保健室の人が、オールマイトだったって……」

 

「ん……保健室で会った時に……オールマイトと同じ波動してたから……すぐに分かった……」

 

「じゃあ、あの時リカバリーガールと話があるなんて言ってたのも……」

 

「オールマイト……隠してるみたいだったから……確認するにしても……人は少ない方がいいと思った……」

 

私とのやり取りで、透ちゃんもあの骸骨のようなガリガリの姿をしているのがオールマイトだと確信したみたいだった。

 

オールマイトは、本当の姿を晒されても戦い続けた。

片腕だけムキムキの姿になるような、不恰好な戦い方でも必死で抗い続けていた。

オールマイトと互角以上に戦っているこのヴィランが、きっとヴィラン連合のブレーンのAFOなんだろう。

しばらく2人の攻防戦が続いて、オールマイトの渾身の一撃が、AFOを直撃した。

 

それでAFOは動かなくなった。

アナウンサーが感動したような感じで実況を続けている。

 

そしてAFOを移動牢(メイデン)に入れるタイミングで、オールマイトがカメラに指をさして言った。

 

『次は、君だ』

 

透ちゃんは流石オールマイトなんていう風にはしゃいでるけど、事情を聞いていた私には分かってしまった。

オールマイトは全てを出し切ってしまった。

オールマイトは、もう戦うことが出来ないということが。

 

このオールマイトのメッセージは、普通の人はまだ見ぬヴィランへの警鐘として受け取ると思う。

でも、緑谷くんや私のように、事情を知っている側からしたら全く違うメッセージになっていた。

もう戦うことが出来なくなってしまったオールマイトから、次代を担う者たちに託す言葉以外の、なにものでもなかった。

 

私は、オールマイトが、平和の象徴がいなくなる今後のことを考えて、憂鬱になってしまっていた。



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病院での密談

透ちゃんはあの後両親から鬼のように電話がかかってきて、早く帰ってこいって叱られていた。

病院にいるとは言っても、あれだけの事件があった後だ。流石に心配だったんだろう。

そしてその翌日、私は検査をして問題ないことを確認した上で退院の方針になった。

午後にはお母さんとお姉ちゃんが迎えに来てくれることになっている。

どうやらこのまま一度実家に連れて帰るつもりらしい。

 

退院の直前、午前中に相澤先生がお見舞いに来た。

先生は看護師に言い含めて出入りを制限した上で、本題に入った。

昨日からずっといた護衛のヒーローを一時的に下がらせて、ブラドキング先生を見張りに立たせる徹底ぶりだ。

雄英のヒーロー科にすらも内通者を潜り込ませていたんだから、これも仕方ない気もする。

どこに内通者がいるのか分からない。

これから話す内容的にも、警戒するのは当然と言えた。

私自身も波動の感知に意識を割いて警戒しておく。

 

「一度実家に帰るのは問題ない。他の一人暮らしの生徒もほぼ実家に帰ってるしな。問題は……」

 

「はい……青山くんのこと……ですよね……なんでも聞いてください……」

 

言葉を切った先生に私がそう返すと、先生は渋い顔で頷いた。

 

「ああ。だがその前に……すまなかった」

 

相澤先生はそう言って頭を下げた。

この謝罪は、危険に晒したこととかそんなことに対する謝罪じゃない。

思考からしてこれは、読心がバレるような行為を指示したことに対する謝罪だった。

 

「緊急事態とはいえ、読心を隠していたのを察しながらお前の事情を考えずに指示を出した。読心がバレるであろう行為を強要してしまった。本当にすまなかった」

 

心の底からの謝罪だった。

あの時は隠していた理由なんてどうでもいいなんて流してたけど、今はその行為を強要したことに対する苦悩が浮かんでいた。

 

「緊急事態でしたし……仕方ないです……私は私の判断で……伝言を伝えました……気にしないでください……」

 

「……そうか」

 

私がそう返すと、相澤先生はゆっくりと頭を上げで話を続けた。

 

「……謝罪の後ですまんが、時間がない。本題に入る。読心が出来ることは伝言が伝わったことから分かっているが、どの程度の精度なのかが分からん。個性の詳細は話せるか?」

 

相澤先生の質問は、当然のものだった。

どの程度読めるのか分かっていなければ、情報の信憑性は皆無に等しい。

もう相澤先生に隠す意味がないし、全部正直に答えよう。

 

「はい……私の個性は……波動を読み取ることで……人の感情と思考を読み取ることが出来ます……集中して読もうとしなければ……感情と強く考えていることまで……集中すると……その人が考えていることを……ほぼ読み取ることが出来ます……感知範囲は……波動の感知と同じ……半径1kmくらいです……」

 

「そうか……一応確認しておく。俺が考えたことをそのまま言葉にしてみろ」

 

その後、相澤先生が考えたことをそのまま言葉にするというやり取りを何度か繰り返した。

口で別の話を振りつつ軽く考えるみたいな感じのやり方までされて、相澤先生の徹底ぶりが読み取れた。

 

 

 

「よく分かった。そのうえで確認する。お前は青山が内通者だと確信しているのか?」

 

……一応、完全に確信したかというと疑問が残る部分はあるけど、状況的にその可能性が非常に高いって感じだ。そう思ってひとまず首を横に振った。

 

「いいえ……確信できてはいないです……ただ、襲撃直後の思考とか……合宿前の思考から……最も怪しいのが青山くんだと思っています……」

 

「怪しいと思った理由を全て言ってみろ」

 

「はい……」

 

私は、促されるままに青山くんが怪しいと思う要素を全て上げていった。

 

・USJの時にワープで飛ばされた後、彼は隠れていたこと。その時の感情が恐怖と後悔で埋め尽くされ、『僕はなんてことを……』と考えていたこと。

・期末試験で赤点になり合宿に行けなくなる可能性があった時に、彼の思考は『まずいまずいまずいまずい』と鬼気迫ったものになっていたこと。

・合宿に向かうバスの中で曲がる回数や方角をやけに気にしていたこと。

・合宿で襲撃直後にまた恐怖と後悔の感情で埋め尽くされ、『また僕は』と考えていたこと。

・襲撃された時に私が思考を読めることを知っていたのは透ちゃんしかいなかったが、襲撃が発覚した直後の思考は青山くん以外に内通者が疑われる内容の人物がいなかったこと。

・合宿中私が起きている間は、峰田くんの覗き関連を除いて極端に離れたりコソコソしたりしている人はいなかったが、補習組なら遅い時間に隠れて連絡を取っていても違和感を持たれないのではないかと考えていること。

 

そこまで言うと、相澤先生は溜め息を吐いた。

 

「そこまで情報があれば、ほぼ確信していると言っていいだろう」

 

「はい……私も……青山くんが内通者だと……思ってます……ただ……」

 

「ただ、なんだ」

 

私が言い淀むと、相澤先生が急かすように確認してくる。

 

「青山くんから……悪意を感じなかったんです……」

 

「悪意?」

 

悪意なんていう曖昧な表現に、相澤先生は訝しむ。

 

「はい……ヴィランやごろつきからは……大なり小なり……悪意を感じます……気持ち悪い……生理的な嫌悪感を感じてしまう……そんな感情を……」

 

「それが、青山にはなかったと?」

 

「今まで一緒に居て……一切感じませんでした……本当に……恐怖と後悔だけなんです……だから……彼が内通者だと……すぐに疑えませんでした……」

 

私の返答を聞いて、相澤先生が考え込み始めた。

悪意のない犯罪者。愉快犯や性格が捻じ曲がっている人物だったり、狂人の可能性とかを考えているようだ。

でも、その思考は間違っている。

私は狂人や性格が捻じ曲がった人物であっても、他人への害意だったり、殺意のようなものを抱いているだけでも悪意として感じ取ることが出来る。

 

「……狂人とかでも……悪意は読み取れます……あの刃のヴィラン……ムーンフィッシュなんかは……その典型です……」

 

そこまで言うと、相澤先生も私と同じ結論になったみたいだった。

悪意のない犯罪者。異常な程の恐怖と後悔に支配される犯罪者。

そんな犯罪者が、どんな存在かということに。

……それに、彼のヒーローを目指す心に、嘘はなかった。

 

「それに……青山くんがヒーローを目指しているということに……嘘はありませんでした……悪人が……悪意なしでヒーローに憧れたり……するでしょうか……」

 

「つまり、青山が脅迫を受けて仕方なく情報を漏らしたと……情報を漏らさざるを得ない状況に陥っていたと、そう言いたいのか?」

 

「そうでもないと……合宿前の鬼気迫った思考の……説明ができません……」

 

相澤先生は再び考え込んでしまった。

確かに、こんな問題を提示されたら考えざるを得ないだろう。

だけど、もし青山くんが脅迫を受けていたとしたら、内容にもよるだろうけど、無罪とはいかなくても情状酌量の余地が出てくると思う。

だから、私は問答無用で青山くんを捕まえたりはしたくない。

捕まえるにしても、その真意を確認してからにしたかった。

この数ヶ月一緒のクラスで勉強した、クラスメイトとして。

 

「相澤先生……ひとつ……提案してもいいですか……?」

 

「……言ってみろ」

 

「私に……青山くんと話す機会を貰えませんか……?彼が……望んで内通者になったとは……今でも思えないんです……」

 

「……条件がある」

 

しばらく考え込んだ後に、先生はそう言って条件を述べ始めた。

 

「こちらがセッティングした日時で、監視下でもいいなら話す機会を作ろう。内容が内容だ。警察にも監視してもらう可能性があるが、それでもいいのか?」

 

「はい……当然のことだと……思います……」

 

「青山は、本人に気付かれないように秘密裏に監視下に置かれている。こちらの指定した日以外で会おうなんて思うなよ。怪しい行動が見られた場合、即刻確保する手筈になっているはずだ」

 

先生たちは、私も内通者である可能性とかも考えているんだろう。

私の読心だけが理由で青山くんを内通者の容疑者にしている以上、それが大きなリスクなのは間違いない。

だから、私にも考えがあった。

私からの提案だと、その提案も信憑性が下がってしまうかもしれない。

それでも、少しでも情報としての信頼度を上げるための方法だ。

 

「先生は……私も内通者だった場合のリスクを……考えていると思います……」

 

「……ああ、読心からの情報だけで動いている関係上、それは警戒せざるを得ない」

 

「はい……仕方ないと思います……なので……少しでも情報や証拠としての信頼度を……上げるための方法を提案します……」

 

「なに……?」

 

相澤先生が、少し驚いたような表情をした。

そんな先生を尻目に、話を続ける。

 

「読心能力を持つプロヒーローや警察も……その場に呼んでもらって構いません……もしいないなら……物間くんに協力してもらいたいです……」

 

そこまで伝えると、相澤先生はすべてを理解したようだ。

物間くんの個性、コピーで私の個性をコピーさせる。

ラグドールさんの思考から知った物間くんの個性の弱点の一つは、何かを蓄積して使うタイプの個性だとスカになってしまって使うことが出来ないことだったはずだ。

だけど、私の個性は何かを蓄積するようなものではない。

読心は個性が目覚めた時から、ずっと使えてしまっていた。

物間くんの個性でスカになるとは思えなかった。

物間くんは嫌な思いをしちゃうかもしれないけど、背に腹は変えられない。

 

「……確かに、2人からの読心の情報なら証拠としての信頼度が上がるな。分かった。検討しておこう」

 

「ありがとう……ございます……」

 

「話はこれだけだ。波動からはもう何もないか?」

 

今はこれ以上言いたいことはない。そう思って、先生のその言葉に、頷いて返答する。

 

「今後の予定に関してはまた追って伝える」

 

先生はそう言ってお見舞いの品を置いてそそくさと去っていってしまった。

昨日の事件のことや拉致のこともあって、やることが山積みみたいだ。

ブラドキング先生も、私と言葉を交わすことなくその後に続いていった。

 

 

 

しばらくして、お母さんとお姉ちゃんが私を迎えに来てくれた。

会った途端2人に抱きしめられた。よっぽど心配していたらしい。

私はそのまま実家に連行された。

ひとまず何も考えずに今回の疲れを癒せって感じのことをお母さんに言われて、私も甘えることにした。

だから新幹線の中で眠ってしまった私は悪くないはずだ。

目が覚めたらお姉ちゃんの肩を枕にしていて、もっと眠っていれば良かったと少し後悔してしまった。

私は新幹線の中でお姉ちゃんと話したり、透ちゃんとメッセージでやり取りをしたり、また眠ったりして過ごした。

そんな移動の時間はあっという間に終わって、数か月帰ってこなかっただけで懐かしく感じる実家に帰ってきた。




青山がまだ拘束されていない理由
・密談前
瑠璃は青山の動向に注意しろと言ったきり、一切その話に触れずに気絶していた
・密談後
瑠璃の読心からの情報しかなく客観的証拠がない
流石に今まで隠していて個性の詳細も把握できていない、本当かどうかも分からない潔白の証明が済んでいない一学生の個性しか証拠がない状況で、嘘かどうかの判断もつかないのに逮捕、拘束する理由にはなり得ない


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家庭訪問

世間はオールマイト引退の話題で持ちきりになっている。

私はお姉ちゃんと波動の細かい操作の練習とかをしながら過ごしていた。

 

そして実家に帰って来てからそんなに期間を置かずに、雄英高校から手紙が来た。

私とお姉ちゃんそれぞれに送られてきたその封筒。

中身は全寮制導入検討のお知らせだった。

 

「全寮制……」

 

「まあうちからしてみれば、ねじれと瑠璃が2人で暮らしてたのから寮に移るだけの話だもんねぇ。プロヒーローが近くにいてくれる全寮制の方が安心ね」

 

お母さんはあっけらかんと言い放つ。

お父さんもそこまで気にしていないみたいだ。

 

「じゃあこのまま雄英に通い続けるってことでいいよね!?」

 

お姉ちゃんはウキウキした表情を隠そうともせずにお父さんとお母さんに問いかける。寮で皆と共同生活という部分にワクワクしているらしい。お姉ちゃんかわいい。

 

「ああ。どうせ2人とももう通うつもりだろうし、止めても無駄だろう?それに、瑠璃がヴィラン連合に狙われる可能性があるなら、他所のヒーロー科に行くよりも雄英の寮で守ってもらうほうが安全だ」

 

「やったー!寮だよね!寮!どんなところなのかなー!?楽しみー!!」

 

お父さんの返答に、お姉ちゃんがぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいる。なんだ天使か。

そしてお父さんの言うことも尤もだ。

お姉ちゃんがヒーローを目指し続けるなら、私もヒーローを目指す。

お姉ちゃんがやめるとは思えないし、そこは結局変わらないだろう。

私も、サブターゲットとはいっても一度ターゲットにされたのだ。また狙われる可能性はゼロじゃない。

それなら、プロヒーローが数多くいて、今回の件で徹底的に対策するであろう雄英の方が安全だっていう考えだろう。

 

「この手紙……家庭訪問して詳細を話すって……書いてあるけど……」

 

「そうみたいね。ちょっと気合入れてお掃除しとかないと!」

 

お母さんはそう言って気合を入れなおしている。

今回の家庭訪問の目的は、多分反発する家族の説得だろう。

私なんかはターゲットにされた上に気絶して入院までしてたから、クラスの中でも大変だと思われてそうな気がしないでもない。

……これでお父さんとお母さんがこの調子だと拍子抜けされるかもしれない。

 

 

 

数日後。

午前中にお姉ちゃんの担任の先生が家庭訪問に来た。

お姉ちゃんの家庭訪問は本当にあっさり終わった。

私は自分の部屋にいたけど、思考を見てたから分かる。

先生たちがすごく拍子抜けしていて面白かった。

やっぱりターゲットにされた生徒の家族ということで警戒していたらしい。

 

そして午後。

相澤先生とガリガリの姿のオールマイトが来た。

リビングに先生たちを通してお茶とお茶菓子を出す。

その正面に、私とお父さん、お母さんが座った。

お姉ちゃんは先生たちが座っている関係上席がないから机の方には座ってないけど、リビングのソファに座っている。

お姉ちゃんも話を聞くつもりなのは正直意外だった。私みたいに自室にいるものだと思ってたんだけど。

思考を深く読んでも、オールマイトのガリガリの姿を不思議がっていたり、相澤先生の髪の毛を気にしていたりといつもの調子で真意が分からない。

 

「事前にお話がいっているとは思いますが、全寮制についての説明に伺わせていただきました」

 

そう言って相澤先生は話を始めた。

 

「まず謝罪させていただきます。我々の警戒が足りず、瑠璃さんを危険な目にあわせてしまいました。それどころかヴィランの襲撃を防ぎきれず、結果として瑠璃さんが入院しなければならないような事態に陥ってしまいました。申し訳ございませんでした」

 

相澤先生とオールマイトが頭を下げる。

それと同時にお母さんが慌て始める。

 

「あ、頭を上げてください!」

 

お母さんのその言葉に2人はゆっくりと頭を上げた。

 

「確かに娘が被害にあったことや狙われた件については、思うところはあります。ですが、それを受けて、雄英はセキュリティを強化してくださるんでしょう?」

 

お父さんが質問すると、相澤先生が迷うことなく答え始めた。

 

「はい。我々も知らず知らず芽生えていた慢心・怠慢を見直し、やれることを考えています。寮に関しても―――……」

 

そして寮の説明が続いた。

既にお姉ちゃんの家庭訪問で聞いた話ではあるけど、それでもお父さんとお母さんは黙って聞いていた。

 

部屋や寮の構造から始まって、防犯システムに話が進んでいく。

雄英の敷地内へは登録、あるいは許可されていない人間が侵入することが出来ないように防壁が設けられていること。

これは以前の記者の件で作動した雄英バリアのことだろう。

だけどそれだけでは安心できない。あのワープの個性を持つ黒いモヤのヴィラン。

あのヴィランがいる限り、それで安全とは言えない。

それは先生たちも分かっているんだろう。

それに加えて、内容を口外はできないけど、今後寮の改修を検討していること。

24時間複数のプロヒーローがパトロールを行うこと。

異常を検知した場合は、即座に生徒を敷地内のシェルターに避難させること。

シェルターはワープに対しても対策をしていることとかを説明していった。

 

「他にもありますが、生徒の安全を第一に、厳戒態勢で当たらせていただきます。どうか今一度、任せてはいただけないでしょうか。必ず瑠璃さんを立派なヒーローに育て上げてみせますので……」

 

再度頭を下げる相澤先生。

お父さんとお母さんも娘が危険な目にあって怒るのは分かるけど、もういいだろう。

 

「……お父さん……お母さんも……もういいでしょ……結論……決まってるくせに……」

 

私が溜め息を吐きながら言うと、お父さんは苦笑してから口を開いた。

 

「……そうだな。先生、頭を上げてください。私たちの答えはもう決まっています。また、娘をよろしくお願いします」

 

「……よろしいのでしょうか?」

 

あっさりと了承するお父さんに、相澤先生が問いかけてくる。

 

「はい。瑠璃はねじれの後を追うためにヒーローを志しました。ねじれはヒーローを目指すことをやめるつもりはないようですし、瑠璃もやめないでしょう。瑠璃個人が狙われる可能性もあるようですし、他所のヒーロー科に行くよりも、今回の件で警戒を強化し、対策してくれる雄英の方が安心だというのが私たちの結論です」

 

「……そうですか」

 

警戒していただけに若干拍子抜けしている相澤先生とオールマイト。

そこで話が終わるかと思ったけど、お母さんが話し出した。

 

「一つだけ、よろしいですか?」

 

「はい。なんでも仰って下さい」

 

相澤先生も嫌な顔一つせずに応じている。

私はお母さんの思考から何を話そうとしているのか分かって、驚いていた。お母さん、知ってたのか。

 

「瑠璃のことです。瑠璃が入院した原因に、心当たりがあります。瑠璃は今回の件で気絶した後、身体が薄くなって消えそうになったりしませんでしたか?」

 

「それは……確かに、そのような現象があったことは確認しています」

 

相澤先生もここでそれを言われると思っていなかったのか、少し驚いている。

 

「それ、小さい頃にもあったんです。瑠璃が波動を放出できるようになったばかりの頃に……」

 

お母さんはその時の様子を話し始めた。

私が小さいころ、というよりも私が初めて波動を放出した時のことみたいだ。

私は気絶しただけだと思っていたけど、それだけではなかったらしい。

お姉ちゃんの真似をして波動を手から出したことまでは覚えている。

その後、今回の件と同じように身体が透けて揺らいだり、光の粒子のようなものまで見えたらしい。

正直実感が一切ない。

私はその時のことをほぼ覚えてないし。

小さかったからだろうけど、気絶したことと目が覚めたら病院だったことくらいしか覚えていないのだ。

その後は記憶が曖昧だけど、また気絶するかもしれないし危ないから放出はしないようにって言われたんだったかな。

そして、私もそれで危機感を持って放出しないようにしていた。

だからこそ身体の中で動かすだけみたいな使い方をしていたのだ。それなら疲労感を感じることや短時間気絶することはあっても入院するようなことにはならなかったから。

 

「あれは、波動が枯渇したせいだと思うんです。瑠璃から今回の件のことは大体聞きました。加減が分からずに放出して空っぽに近くなってしまっただろう昔と、お友達を助けるために波動を絞り出して攻撃した今回。どちらも限界まで波動を放出していて、その時だけ、あの現象が起きているんです」

 

お母さんの言葉に、否定の言葉が出せない。

確かに、小さい頃に同じことがあったなら、その考えは否定できない。

そして、今お母さんが考えていることが起きる可能性も。

 

「だからもし瑠璃が、本当に空っぽになるまで波動を出し切ってしまったら、あの時の光の粒子のようになって、消えてしまうんじゃないかって、思うんです……」

 

「……確かに、その可能性はゼロとは言えませんね……それだけあの時の状態は異常と言わざるを得ませんでした」

 

「そーそー!だから私が一緒の時は無理してたら止めるようにしてたんだけど、今回みたいなこともあるから!」

 

黙って聞いていたお姉ちゃんが話に入ってくる。

そこでようやく思い至った。

波動の訓練の時に、お姉ちゃんが私の腕を掴んで無理に休憩を取らせたりしていたのは、その可能性を考えてのことだったのか。

というか、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、どうやってこれを私に隠してたんだ。思考を見ていてもそんなことは全然読めなかった。

私が寝ている間に相談したり、話したりしていたんだろうか。

それにしても私が気が付けない程、私が起きている間は一切考えないってどうなっているんだろう。謎だ。

 

「ねじれも、このように気を付けてくれてはいるんです。ですが常に近くにいることが出来るわけではありませんし、ねじれが雄英にいるのも今年度まで……それ以降は、先生方だけが頼りなので……」

 

「……そういうことなら、承りました。瑠璃さんが無理をしすぎないように、我々の方からも注意をするようにしておきます」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

今度はお母さんとお父さんが頭を下げた。

 

その後も少し話し続けて、先生たちが帰り支度を始めた。

どうやら数日以内にA組全員の家庭訪問をしなければいけないらしくて、時間がないようだ。

先生たちが帰るのを見送るために玄関に出る。

そのタイミングで、相澤先生が私に向けた思考を思い浮かべていた。

 

『波動、青山の件は入寮の前日に行う。入寮予定日の前日、9時に学校に来るように。実際に面談するのは夕方になるが、それまでにやることがある』

 

その相澤先生の思考に対して、小さく頷いて返答する。

それで相澤先生にも伝わったみたいだ。

 

こうして家庭訪問は終わった。

それにしても、オールマイトは家に入ってから挨拶以外で一切喋らなかったけど、あの人何のために来たんだろう。



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準備(前)

8月中旬。

青山くんと会わせてもらう日になった。

私とお姉ちゃんは引っ越しの準備のために、数日前からこっちに戻ってきている。

準備自体はもう終わっていて、大きな荷物はもう雄英の方に運んでもらえるように手配済みだ。

家に残っているのは持ち運べる荷物だけになっている。

お姉ちゃんとの2人暮らしが終わってしまうのは残念だけど、事情が事情だから仕方がない。ほんっとうに残念だけど。

 

 

 

相澤先生の指示通り、9時には学校に着けるように家を出た。

お姉ちゃんには先生に呼び出されているとだけ伝えておいた。

不思議そうにはしていたけど、普通に送り出してくれたし、思考的にも納得してくれてたし、多分大丈夫だろう。

どこに来いとは言われていなかったから、学校に着いてすぐに職員室に向かう。

職員室に入ると相澤先生が出てきた。

 

「来たか。とりあえず準備した部屋に行くぞ」

 

「はい……よろしくお願いします……」

 

そのまま相澤先生と一緒に廊下を歩く。

その途中で、先生が明らかに私に向けた思考をし始めていた。

 

『波動、今日この集まりの中で会う人物で、青山以外に内通行為が疑われる者がいればすぐに教えろ。そのようなことがあればこの集まりの前提が崩れる。もし他に内通者がいた場合、その場で拘束して後日予定を組み直す。そのつもりでいろ』

 

相澤先生のその思考に、私は小さく頷いて答えた。

 

相澤先生に連れていかれたのは、外から中を伺うことができなくなっている会議室のようなところだった。

たまに先生たちが集まっていた部屋と場所が一致しているから、職員会議とかをしている部屋なのだろうか。

わざわざここを使うあたり、盗聴対策とかもしてあるのかもしれない。

中にはマイク先生とブラドキング先生以外のプロヒーローの先生たちと、USJの時に見た刑事の人、それに知らないキャリアウーマン風の女性がいた。

当然のように包帯やギプスをしたオールマイトも座っている。

 

「来たね!待っていたよ!」

 

中央に座っていた根津校長が小さな手を振っていた。

 

「君が青山くんに会いたいと言っていたと聞いてね!相澤くん、オールマイトと協力してこの場をセッティングさせて貰ったよ!」

 

相澤先生だけじゃなくて、オールマイトまで協力してくれたのか。

その事実に驚いて視線を向けると、ガリガリの姿のオールマイトは真剣な表情で頷いた。

 

「私の正体を看破した波動少女の個性の精度には、私自身驚かされていたからね。その波動少女がすぐに拘束するのではなく、話を聞きたいと言ったんだ。青山少年の教師だった者の1人として、協力したくもなるよ」

 

「それは……ありがとうございます……」

 

オールマイトに頭を下げていると、隣に立っていた相澤先生にロの字に並んでいる机、その中の校長先生の正面の席に座るように促された。

拒否する理由がないし、促されるままに席に着く。

 

「青山と物間は赤点の補習の名目で赤点のやつら全員とともに呼び出してある。物間に関してはそろそろブラドキングが連れてくるはずだ。青山は補習が終わった後の夕方、ここの隣の部屋に誘導する手筈になっている」

 

どうやら青山くんと物間くんを違和感なく呼び出すために、赤点の補習という名目で呼び出したらしい。

姿が見えないマイク先生は赤点組の方にいるらしかった。

巻き込まれた三奈ちゃんたちの波動を見てみるとテンションが大分低くてちょっとかわいそうではあるけど、怪しまれないためには仕方なかったのかもしれない。

私がそんな風に納得していると、また校長先生が話し始めた。

 

「じゃあまずは紹介しようか!今回のために来てもらった、刑事の塚内直正警部とその妹の塚内真さんだ!」

 

校長先生の紹介に、まず警察と紹介された塚内直正さんが立ち上がった。

 

「塚内直正です。君とはUSJの時にも会ったね。今日は立ち合わせてもらうよ」

 

「波動瑠璃です……よろしくお願いします……」

 

「ああ、よろしく。ただ、場合によっては青山くんを即拘束する可能性もある。君の意図通りに行くかは分からないよ」

 

「いえ……機会を貰えるだけで十分です……」

 

私がそう言うと塚内警部は頷いた。

そして隣の女性、さっき校長先生に塚内警部の妹と紹介された女性も立ち上がる。

 

「こっちは確認のために来てもらった妹の「塚内真です!よろしくね!」

 

真さんは塚内警部の紹介を遮って、にこやかな笑顔で手を振ってきた。

塚内警部の思考を読んで分かった。

一見警察の人の妹なんていう無関係な立場だけど、この人は必要な人だ。

というよりも、この人の個性はこの場で最重要であると言っていい。

この人がいるだけで、一気に私の証言の信憑性が出てくる。

 

「真の個性は、"嘘発見器(ポリグラフ)"と言ってね。発言が嘘かどうかが分かるんだ。警察内の読心や嘘を判別できる人間は数人しかいない上に多忙でね。予定がつかなかったから、代わりに来てもらったんだ」

 

「そうそう!滅茶苦茶忙しいのに兄さんが緊急の要件だなんて珍しく頼ってくるから、どうにか予定を空けてアメリカから帰ってきたのよ」

 

そう言いながら、真さんは私の隣の空いていた席に移動してきた。

そしてそのまま私に握手を求めてくる。

どうやらこれが個性の発動条件のようだ。

 

「分かりました……これが発動条件ですね……ここではずっと手を握っていればいいですか……?」

 

「話が早くて助かるわ。読んでくれた通り、私の個性は身体的接触が必要なのよ。事前に聞いたあなたの個性からして、私の個性はあなたの個性の下位互換って所かしら」

 

真さんが笑顔で自虐する。

でも、なんでもかんでも無差別に読み取り続ける私の個性よりも、真さんの接触している人に限定できる個性の方が便利そうだし、嫌な思いもしなさそうだし羨ましい。

私も制御できるタイプが良かった。

そう思いながら、握手を求めて差し出された手を握り返す。

 

「下位互換なんてこと……ないです……私の個性……いいところばかりじゃ……ないですから……」

 

「……嘘じゃないのね。ごめんね、変なこと言って」

 

どうやら軽いジャブのつもりで軽口を叩いていたようだった。

なんとも言えない表情で謝られた。

 

そんな話をしていると、会議室に物間くんを連れたブラドキング先生が入ってきた。

 

「ブラキン先生、個人授業ってどこまで……なんですか、ここ。教師ほぼ全員に、波動……?何の集まりですか?これ」

 

「物間、お前に協力してもらいたいことがある。ちょうどこれから全ての確認を始めるタイミングのようだし、話を聞いていれば状況も分かる。物間も座って聞いておけ」

 

「は、はあ……」

 

物間くんはただただ困惑しているけど、とりあえず指示に従うことにしたようだ。

困惑した表情のまま席に着いた。

 

 

 

それから始まったのはブラドキング先生が言っていた通り、全ての確認だった。

真さんの嘘発見器(ポリグラフ)で嘘か判別されながらの、先生主導の私への質問が始まった。

 

「じゃあ質問していく。具体的な回答が求められているもの以外は、全てはいかいいえで答えろ。余計なことは言わなくていい」

 

「はい……」

 

相澤先生の指示は、おそらく余計なことを畳みかけるように言うことで嘘を分かりづらくするのを防ぐためだろう。

私としては特に問題がないから普通に了承しておく。

 

「まず……波動、お前はヴィラン連合とつながりがあるか?」

 

「いいえ……」

 

「この前オールマイトが確保した、ヴィラン連合のブレーンとのつながりはあるか?」

 

「いいえ……」

 

「お前は、内通者ではないんだな?」

 

「はい……」

 

「分かりきってると思うけど、全部本当よ」

 

真さんの言葉で、先生たちが若干安心したような雰囲気になる。

ないとは思っていても、私が内通者の可能性を否定出来て安心したようだ。

逆に物間くんは、内通者とかヴィラン連合とのつながりというワードを聞いてかなり混乱している。

 

「よし、次にいくぞ―――」

 

そんな感じでどんどん質問されていって、確認作業は進んだ。

内容としては私の個性の詳細から始まって、相澤先生とした読心能力の程度の確認を他の教師や塚内警部とも行った。

その後は青山くんに関してがほとんどだった。

 

「青山が内通者だと思っているのか?」

 

「はい……」

 

これは簡単だ。これ以外に答えがない。

 

「青山が怪しいと感じた理由は?」

 

これに関しては相澤先生と病院で話したのと同じ内容を順に言っていった。

物間くんの困惑具合が酷いことになってきている。

 

「他の生徒が内通者でないと感じた理由は?」

 

「ヴィランを認識した瞬間や……襲撃を知らされた時の……思考の内容から……内通者ではないと思いました……」

 

これは言葉の通り。皆純粋に驚いたり怖がったりしているだけで、内通者とは思えなかった。

青山くん以外の例外は爆豪くんだけど、彼は好戦的な思考だっただけだ。

 

「なぜ青山と話す機会が欲しいと考えた」

 

「以前相澤先生に言った通り……ごろつきやヴィランから感じる悪意を……狂人であっても感じ取れる悪意を……一切感じなかったからです……」

 

これも以前言った通り、悪意を感じないから事情があると考えて話をしたいと考えた。

 

「波動は、青山がどういう状況だと考えている?」

 

「……青山くんの怖がり方からして……殺害を仄めかす脅迫がされているのではないかと……考えています……」

 

私の言葉に先生たちが息を呑む。

だけどあの怖がり方はいくらなんでも異常だし、これ以外理由が思いつかない。

 

「この場に嘘を判別できる人間を呼んだことをどう思っている?」

 

「証言としての……信頼性が上がるので……とてもありがたいと思っています……」

 

こんなのは簡単だ。嘘を判別してくれるのは証言の信頼性が上がるから素直に嬉しい。

むしろ私から提案したことでもある。

 

などなど、とにかく根掘り葉掘り、本当に全ての発言の真偽を確認しながら質問された。

 

「最後だ。ここにいる人物で悪意を感じる者はいたか」

 

「いいえ……」

 

これは最初に思考で伝えられた内容の確認だろう。

プロヒーローや刑事とは言っても、内通者の可能性はゼロじゃない。

この前の私の口ぶりからして、自発的に内通行為を行うような人からは悪意を感じることは分かっているし、その可能性を真さんに触られている状態で確実に潰したんだろう。

 

「うん。大丈夫。瑠璃ちゃん、嘘は一切言ってないですよ。ちゃんと全部正直に話してくれてます。本人が誤認して真実だと思っていることはあり得ても、悪意を持って騙そうとしていることはないと言っていいと思いますよ」

 

「ありがとう、真。しかし、読心個性の持ち主の発言で発言内容にも嘘がなく、ここまでの証言があるとなると、青山くんが内通者であることはほぼ確定と言っていいな……」

 

真さんの私の発言の真実性の保障に、塚内警部が代表してお礼を言ってくる。

 

嘘を判別できる人からのお墨付きが付いたからか、他の先生たちも口を開きだした。

 

「それにしても波動さんの個性凄いわね……そこまで読み取れるなんて……」

 

「本当に。自分の周囲だけとはいってもその範囲は広大ですし、やっぱり救助活動に向いていますよね。サイドキックに欲しいくらいです」

 

「いや、これは救助活動だけが取り柄の個性ではないだろう。むしろ諜報活動でこそ真価を発揮すると言っていい。1kmも離れた位置から思考を盗み見られたら対処のしようがない」

 

「まぁ実際にこうして内通者を気付かれずに特定しているわけですし、諜報活動に向いているのは間違いないでしょうね」

 

そんな感じで先生たちが話していると、耐えきれなくなったのか物間くんが口を開いた。



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準備(後)

「っ……待ってください!!内通者!?読心!?どういうことですか!?あのヴィランの襲撃が、青山によって齎されたものだと!?」

 

「物間、落ち着け。それをこれから確かめるという話だ。そのためにお前を呼んでいる」

 

混乱の極致に至った物間くんを、ブラドキング先生が宥める。

まあ、何も知らない状態で補習に呼ばれたと思ったらこんな話を聞かされたんだ。

混乱してしまうのも仕方ない。

そんな物間くんに説明するように、相澤先生が話し始めた。

 

「そういうことだ。波動から青山の真意を確かめたいと提案があったからな。そのための場を整えたのもあるが、同時に青山が内通者か否かを確定させるためにこれだけの人員を集めている。教師が緊急事態に備えている間に波動が青山と話し、青山が内通行為を行った事実があるのか、あるならばその真意と状況を確認する。必要があればその場で逮捕もする。そのために刑事も呼んでいるからな」

 

相澤先生の話を引き継ぐようにブラドキング先生が話し始めた。

 

「その場において、物間……お前に協力してもらいたいことがある」

 

「協力……?」

 

「お前ももう想像はついているだろう。現状、青山の容疑は波動の証言からのみで成り立っている。今まで読心能力を隠していた人間の証言のみでは、証拠としての信頼度が低いのだ。その証拠としての信頼度を上げるために、嘘を判別できる人間と、お前をここに呼んでいる。お前には波動の個性をコピーしてもらい、波動が青山と話している間、青山の読心をし続けて欲しいのだ」

 

物間くんが静かに唾を飲み込む。

冷静さを取り戻したみたいだ。

いつもの人を小馬鹿にした感じはなくて、無表情で先生を見据えている。

自分が任されようとしていることの重大性に気が付いたらしい。

私もこの個性を物間くんにコピーさせるのは正直心苦しいけど、仕方ない。

警察の読心個性の持ち主が来れないなら、物間くんに協力してもらうのが一番確実で効率的なのだ。

 

「僕が波動の"個性"をコピーしたとして、スカの可能性もありますよ?」

 

「波動の幼少期の話から、その可能性は薄いというのが我々の見解だ」

 

「……今日、この後会わせるつもりなんですよね?まさか、数時間で波動の"個性"をコピーで使いこなせるように……なんて、冗談言ってます?」

 

「これ以外に怪しまれずに呼び出す方法がなかった。すまないが、出来るようになってもらうしかない」

 

物間くんは少し悩んだ後、諦めたように首を振った。

 

「分かりました。協力します」

 

「よくぞ言ってくれた!流石は我が教え子だ!」

 

ブラドキング先生が嬉しそうに物間くんに笑いかける。

物間くんも満更でもなさそうな様子だ。

B組とブラドキング先生は確固たる信頼関係を築けているようだった。

 

 

 

「説明と確認はここまででいいんですよね?この後は、全て僕の練習時間だと思っても?」

 

「ああ。夕方、補習終了後にマイクが青山を連れてくる手筈になっている。それまで存分に練習してくれて構わん」

 

それを聞いた物間くんが、こっちに近づいてくる。

目の前に来たところで再び口を開いた。

 

「じゃあよろしく頼むよ、波動。憎きA組の思惑に協力するのは癪だけど、そうも言ってられる状況じゃないみたいだしね」

 

「ん……よろしく……」

 

「じゃあ、まずは個性の詳細を、さっきの説明の時よりも詳しくしてもらおうか。短時間で使いこなせるようになるには必要不可欠だ」

 

物間くんの言う通り、この数時間で少なくとも特定の相手の思考を深く読み続けることが出来るようになってもらう必要がある。

私もそのための協力は惜しまないつもりだ。

 

「問題ない……私の個性、"波動"は……自分の周囲、半径1kmくらいの波動を感知できる……普段してる感知は……これで人の位置とかを見てる……でも波動は……人だけじゃなくて……動物も、木も、石も……全部に宿ってる……だから地形の感知もできる……意識すれば……波動を透視して見ることもできる……」

 

「へぇ、すごいじゃないか。それでいつも僕たちの行動を監視していたわけだ」

 

「……ここからが大事……人の波動を感じれば……思考と感情が分かる……これは……最初から出来たから……多分物間くんも……感覚で分かると思う……」

 

「……波動を見れば自然と読み取れるってことかい?」

 

そうだけどそうじゃない。

読み取ろうと思わなくても認識した時点で強く考えていることと感情が垂れ流しで聞こえてきてしまうのだ。

深いところを読むのは集中してもらわなきゃいけないけど、それよりもまず慣れてもらわないといけない。

 

「正直……ここからは試してくれた方が早い……」

 

私がそう言って手を差し出すと、物間くんも何も言わずに手を握り返してきた。

 

 

 

それからしばらく、物間くんは無言だった。

少しずつ顔色が悪くなって、汗をだらだら流し始めている。

私が言った意味が理解できたんだろう。

 

「……おい……なんだよ……これ……」

 

物間くんはそのまま手を離して後退っていく。

 

「ちょっと、物間くん!?大丈夫!?」

 

「物間!?どうした!?」

 

流石におかしいと考えた先生たちが物間くんに駆け寄る。

でも、これは先生たちがどうにか出来る問題じゃない。

先生たちの波動に不快感はないけど、範囲内には大分不快感を感じる波動がいくつもある。

今日は夏休み中で人が少ないからマシな方ではある。

普段はヒーロー科以外の生徒の負の感情が結構多いからもっと酷い。

それでも、慣れてない物間くんからしたら、酷い状態としか感じないだろう。

物間くんが絞り出すように声をだす。

 

「これ……どうやったら聞こえなくなる……こんな……」

 

「……無理……それの制御、できないから……ずっと垂れ流し……」

 

「き、君は……ずっとこんな状態で生活しているのか……?」

 

「ん……小さいころから……ずっとそう……」

 

「……狂ってる……」

 

私の返答に、物間くんは顔色をさらに悪くする。

狂ってるとまで言われるのは流石に私もムッとしてしまう。個性なんだから仕方ないじゃないか。

真さんはさっきの私とのやり取りもあって、もう察しが付いたみたいだった。

でも先生たちはまだ飲み込めないみたいで、物間くんに質問を続けた。

 

「なんだ?どういうことだ、物間?」

 

「……感知範囲内にいる全ての人間の思考と感情が、頭に、無理矢理……目を逸らしても、何も変わらない……ずっと、ずっと聞こえ続けて……怒りや、妬みみたいな、嫌悪感を感じる感情も……読み取り続けて……吐き気が……」

 

物間くんの説明で、先生たちも理解できたらしい。

真さんが確認するように私に聞いてくる。

 

「つまり、あなたの読心能力は、感知した波動から思考と感情を読み取ってしまう能力であって、制御はできないっていう認識でいい?その感情っていうのも漠然としたものじゃなくて、どういう感情なのかまで読み取れて、しかも悪感情は読み取ると嫌悪感を感じてしまうものってことよね」

 

「はい……その通りです……」

 

真さんは納得がいったというように頷いている。

だけど、物間くんと先生たちの顔色は悪くなるばかりだ。

特に相澤先生とオールマイトの顔色がすごいことになっている。

相澤先生は緊急事態のギリギリまで隠していたという事実が、オールマイトは打ち明けた時の様子が合わさって、中学までがどういう状況だったか察しがついたんだろう。

私からは何も言うつもりもないし、あとは先生たちが内心で納得できるかどうかの問題だ。

少なくとも、雄英のプロヒーローは皆人が良すぎるくらいだし、少し引きずりそうな気もするけど。

 

「おい……君、いくら慣れているとは言っても気にしなさすぎだろう……」

 

「そうは言っても……私はずっとそういう状況で……生きてきたから……」

 

「読心をオフにはできなくても、何か気を逸らすコツくらいないのか……?あるならそれを教えてくれ……」

 

「ん……分かった……」

 

物間くんがこっちを見ながら縋るような感じで言ってくる。

確かにあるにはある。

この後深く読むように指示するのは変わらないし、早々に教えてしまおう。

 

「耳とかと一緒……音が……特定の人の声に集中すると……他の音はあんまり気にならなくなるのと同じ……そんな感じで……1人の思考を集中して深く読むと……周りの思考はあんまり気にならなくなる……」

 

「1人の思考を深くだな……」

 

「ん……私でもいいし……他の人でもいい……おすすめはここにいるプロヒーローの誰か……誰でもいいから……波動を注視してみて……」

 

どうやら物間くんはブラドキング先生を深く読心することにしたらしい。

ブラドキング先生の物間くん含めたB組への期待と信頼は本物だし、負の感情も抱いていない。

読んで不快になることはないだろう。

結局1回目は深く読めないまま時間切れになった。

物間くんは凄く疲れた感じでこっちを見てくる。

そんな目でこっちを見られても私からはどうすることもできない。

協力してもらうからには回数を重ねて深く読めるようになってもらうしかない。

私と同じレベルでとは言わなくても、青山くんの思考を深く読めるようになってくれないと困るのだ。

 

それから休憩を挟みつつ何度も何度も物間くんにコピーして練習してもらった。

正直、物間くんの憔悴具合が酷いことになっていてすごく心配だったけど、物間くんなりに頑張ってくれていた。

というよりも、私が普段からその状況で生活出来ているんだから負けたくないみたいな負けん気で頑張ってた。

物間くん、性格は捻じ曲がってるけどこういうところは素直にすごいと思う。

 

 

 

練習に付き合いながら、物間くんの休憩中に真さんや先生たちと話しながら過ごす。

真さんが結構な頻度でどこかに電話していたから何をしているのかと思ったら、仕事の電話だったらしい。

真さんはアメリカのトップランクヒーロー、キャプテンセレブリティのマネジメントをしているらしい。

見た目からしてキャリアウーマンだと思ってたけど、その実力もトップクラスだったようだ。すごい。

 

そんな感じで話したり助言したりして午後3時を過ぎた頃。

ついに物間くんが1人の思考を集中して読めるようになった。

まだ拙いところはあるけど、私が読み取ったのと同じレベルの思考をしっかりと読めていた。これなら私からも文句はない。

物間くんは焦燥しきっていて疲れ果てたと言わんばかりに突っ伏して休憩し始めていて、ブラドキング先生が物間くんを労っている。

 

「うーん……正直この様子を見ていたら、波動さんの読心の精度は信頼していいと思うんだけど……」

 

「……まあ、それは信用するにしても、波動が青山に絆される可能性がゼロじゃない」

 

「……私……絆されたりしません……」

 

ミッドナイト先生の発言に、相澤先生が微妙な表情をして答える。

だけど、相澤先生のその返答には不満がある。

私は絆されたりしない。情状酌量の余地が一切なければ私自身が拘束するつもりですらいる。

 

「現にこうやって会話する機会を作ってくれと言ってるだろう。物間は辛いだろうが、物間がいて損はない」

 

……それを言われてしまうと確かにとも思ってしまう。

悪意がないからと言って問答無用で拘束にかからない辺り既に少し絆されてるか。

そんな感じで先生たちと話しながら、時間を待つ。

物間くんも少ししたら復活した。

 

一応予定としては、隣の部屋で私が青山くんと話して、万が一青山くんが暴走した場合に備えてスナイプ先生と相澤先生を含めた数人の教師と塚内警部も隠れて待機。

そして物間くんはこの部屋で青山くんの読心をし続けて、真さんがその内容に嘘がないかを判定して、読心結果の全てを記録に残すことになっている。

残りの先生たちは物間くんの読んだ内容を精査しつつ監視カメラの映像で成り行きを見守るとともに、不測の事態に備える計画だ。

 

A組赤点組の補習が終わる時間が、迫っていた。



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会合

午後4時30分頃。

私は会議室の隣の部屋で青山くんを待っていた。

私以外にも相澤先生、スナイプ先生、セメントス先生、塚内警部がこの部屋に隠れている。

青山くんが暴走した場合ネビルレーザーの発射が予測される。

そうなった時に防ぐことが出来る3人と、刑事の塚内警部という人選みたいだ。

普通の教室なら隠れるなんて無理だけど、この部屋の机は普通の教室のものと形状が違って死角になる位置があった。

各々そこに身を潜めているようだ。

 

青山くんがマイク先生に連れられて近づいてきている。

マイク先生は、青山くんに準備があるから先に部屋に入って待っているようになんて感じで説明しているみたいだ。

 

 

 

そして、扉が開いた。

青山くんが部屋に入ってきた。

 

「あれ、波動さん?君も呼び出しかい?」

 

「……ん……そう……」

 

青山くんが近づいてきて、そのまま正面までやってくる。

 

「先生、何か準備するって言ってたけど何だろうね」

 

「私も……分からない……」

 

青山くんが何気ない話を振ってくる。

でも、そんな話はしてられない。

こっちから話を振って流れを変えていくか。

 

「……青山くん、さっきまで補習だったんだよね……」

 

「うん?そうだよ!よく知ってるね!まさか入寮前日に呼び出されるなんて思わなかったけどね!」

 

「ん……三奈ちゃんが……愚痴ってたから……知ってる……」

 

「あぁ、そういえば芦戸さんは補習前も愚痴を言っていたね」

 

青山くんも納得してくれたらしい。

まあ補習中の思考を読んでいたんだから間違えるはずもない。

 

「青山くん……合宿前も……赤点じゃないかって……ビクビクしてたよね……勉強、大丈夫そう……?」

 

「それは大丈夫だけど……今日の波動さん、饒舌だね☆」

 

「ん……ちょっとね……」

 

私が女子以外に自分から話に行くこと自体が稀だから、ちょっと訝しまれている。

でも、物間くんのタイムリミットのこともあるから、そんなことは気にしないで話し続ける。

 

「……青山くんは……なんで雄英に入ろうと思ったの……?」

 

「……急だね、波動さん。まぁいいけどね!」

 

青山くんが話す内容を考えている。

その段階で、青山くんが過去のことを思い出していて、もう大筋が見えてしまった。

 

『ママンもパパンも、僕の無個性に酷く狼狽していた。2人はいわゆる富裕層の家系で、何不自由なく大切に育てられて、きっと僕以上に僕が"皆と違う"ことを気に病んでいたと思う。だから、きっと藁にもすがる思いで、僕の幸せを願って―――"噂"を辿ったんだ。貰った"個性"は体質と合わなくて大変だったけど、ママンとパパンは色々大変な思いをして僕を育ててくれた。同調心理から始まったこの夢。僕もいつか、ママンとパパンがしてくれたように『オールマイトが教師になるという噂がある。雄英に入れなさい』

 

「僕の個性、体質と合わなくて大変だったんだけど、ママンとパパンは色々大変な思いをしながら僕を育ててくれたんだ。だから僕もママンとパパンのように、人の為になりたくてね!」

 

「……そうなんだ」

 

思考とは裏腹に、青山くんはいつも通りの表情や仕草で答えた。

でも、その思考から読み取れる状況は、醜悪そのものだった。

無個性の少年に個性を与えて繋がりを作る。

そうして作った繋がりから、脅迫して手駒にする。

この質問だけで吐き気を催す企みが透けて見えてしまった。

 

「……USJの時、隠れてたよね……なんで……?」

 

「……やっぱり見えてたんだ……あんなことを言ったあとでかっこ悪いけど、僕は怖気付いてしまったんだよ。情けないことに、ヴィランが怖くて動けなくなってしまったんだ」

 

「……そっか」

 

これは正直に話してはいる。

自分が招いた危機に、罪悪感とヒーローに相応しくないという絶望を抱いたのと、事情を知らないヴィランに殺されるかもしれない恐怖や怯えを隠しているだけだ。

 

「合宿の時……バスの中で……方向とか、気にしてなかった……?」

 

「……え?いや、そんなことは、ないけど」

 

青山くんが、一瞬止まった。

流石に聞かれている内容がおかしいことに気づき始めている。

 

 

 

私は青山くんの目を真っ直ぐ見据えて、言葉を続けた。

 

「……合宿2日目の……補習の後……何してたの……?」

 

「っ!?」

 

青山くんは、息を飲んで何も答えてくれない。

私が起きていたことに驚愕している。まあ、そんなの誤解で起きてはいなかったわけだけど。

でも合宿場所を電話で誰かに教えていたのが、思考からはっきりと分かってしまった。

青山くんは顔色を悪くして汗をダラダラ流している。

 

「答えてくれないんだ……USJの時も、合宿の時も……ヴィランに襲撃されてから……ずっと怖がって、後悔してたよね……合宿の時は……『また僕は』って考えてた……」

 

「は、波動さん?何を言って「ごめんね……私、皆に隠してたことがあるの……」

 

青山くんの反論を遮って言葉を続ける。

青山くんも、遮られてからは何も言わずに私の言葉を待っている。

 

「私の個性……人が考えてることとか……感情が……分かるんだよ……これがどういう意味か、青山くんには分かるよね……?」

 

私のその言葉を聞いた瞬間、青山くんの感情が絶望に染まった。

青山くんの思考はぐちゃぐちゃになっている。

色んなことが頭の中に浮かんでは沈んでいっている。

私が体育祭で峰田くんと上鳴くんの企みを看破しているところとか、救助訓練で峰田くんから露骨に距離を取った理由とか、授業参観で私が慌てていなかったこととか、色々なことを思い浮かべている。

否定する材料を探す為に色々思い出して、逆に納得してしまっている。

 

その中から一際大きく聞こえるのは、AFOの声だ。

さっきの『雄英に入れなさい』というもの以外に、『クラスが孤立するタイミングを教えなさい』というものと『合宿先を教えなさい』という声が、聞こえていた。

 

「今の問答で……もう大体分かった……もともと無個性だったのに……AFOに個性を与えられた……それで、命令されてたんでしょ……?」

 

「ぁ……ちが……」

 

「嘘……言ったよね……考えていることが分かるって……嘘吐いても……すぐに分かるよ……」

 

反射的に否定しようとする青山くんに、私も悲しくなってきて語尾がだんだん小さくなってしまう。

青山くんは、何も言えなくなってしまった。

ガクガク震えていて、涙も流している。

 

「ねぇ……どうして……?どうして……従ってたの……?青山くんからは、全く悪意を感じなかった……ヴィランたちとは違った……だから、私もすぐに気付けなかった……何か理由があるんでしょ……?」

 

「そ、れは……」

 

私の質問を受けて青山くんが答えを思い浮かべる。

思い浮かべるだけで、何も話してはくれない。それでも、その思考から、全部伝わってきていた。

やっぱり、青山くんは脅迫を受けていた。

彼自身は嫌がっていたのに、両親から言うことを聞くように必死で説得されて、それで情報を漏らしてしまったのが分かってしまった。

 

「ん……大丈夫……もうわかった……次……どんな脅迫を受けてたの……?」

 

青山くんは絶望して泣き続けているけど、質問には反応し続けている。

質問として聞かれたことを一切考えないなんて、相当難しいから仕方がないことではある。

青山くんが思い浮かべているのは、失敗して殺される人間、嘘を吐いて殺される人間、そうして処分された人間を見せつけられたというものだった。

 

「誰も頼らなかった理由は……?警察を頼った場合でも……見せつけられた……?」

 

青山くんの思考から、出所後に殺されて逃げられなかったというのが伝わってきた。

本当に、徹底的に逃げ道を潰されている。

 

「ねぇ……青山くんの……本心を話して……青山くんが……ヒーローになりたかったのは、本当のことなんでしょ……?」

 

そこまで来て青山くんは、私が青山くんを追い詰めたくてこんな質問をしている訳じゃないことに気が付いたようだった。

 

でも、質問には答えてくれなかった。

 

「そうだよ……USJも……合宿も……僕が手引きした……波動さん……僕は……クズのヴィランだ……」

 

青山くんはネビルレーザーで攻撃するつもりのようだった。

だけど、それは自分のためなんかじゃない。

青山くんの思考は、『パパン……!ママン……!』というもので、どこまでも両親の心配をしていた。

 

青山くんがネビルレーザーを発射しようとした瞬間、相澤先生とスナイプ先生、セメントス先生が出てきた。

青山くんもすぐに気が付いたみたいだったけど、相澤先生の抹消で個性を消された青山くんは、あっという間に取り押さえられた。

それに合わせて、隣室で待機していた先生たちや物間くん、真さんもこっちの部屋に移動してきた。

先生たちは、皆悲し気に顔を歪ませていた。

オールマイトの表情が、過去に見たことがない程歪んでいる。

あのA組を目の敵にしていた物間くんですら、沈痛な表情になっていた。

物間くんは私の個性でダイレクトに感情を感じ取っていたから、余計に感情移入しているのかもしれない。

物間くんのタイムリミットを回復しておくために、物間くんの手を触ってから青山くんに近づく。

 

「は、ははは……そうだよね……先生が案内したところに、波動さんがいたんだ……先生は皆、知っているよね……」

 

「青山くん……さっきの質問、答えてもらってない……」

 

「答えたよ……言ったじゃないか、僕は、ヴィランなんだって……自分が殺したかもしれない人たちと、僕は仲間の顔をして笑いあった……笑い合えてしまったんだよ……僕は、根っからのヴィランだったんだよ……」

 

そんな嘘の答えに納得できるわけがない。

青山くんは心の底からヒーローになりたかったのに、両親のことを守るために、死なせないために悪ぶって見せようとしているのが分かってしまった。

確かに青山くん1人の失敗ということにして捕まれば、青山くんは殺されても、使い道があるかもしれない両親は生きていられるかもしれない。

だからここまで両親を庇って1人で罪を被ろうとするんだろう。

だけど、さっきの問答で既に両親が関わっているのは分かってしまっている。既に意味のない行為でしかなかった。

 

「……もう、青山くんの両親が関わってるのは……バレてるから……変に庇おうとしないで……正直に答えてよ……今攻撃しようとしたのだって、1人で罪を背負って両親を庇うためだったでしょ……?」

 

「ちがっ……僕はっ……」

 

両親を庇い続ける青山くんを問い詰めているうちに、私も涙を流し始めてしまっていた。

 

「それも……嘘だよ……」

 

「……波動さんっ……」

 

そこまで来て、ようやく隠し事はできないと悟ったようだった。

青山くんは泣きながら語り出した。

 

「絶対に疑われないように……振舞ってきたよ……罪悪感に押しつぶされるから……無理矢理気丈に振舞ったよ……神野で……AFOが捕まった時、卑しくも……勘違いをしてしまったんだよ……これで皆と……一緒に―――って……僕は、パパンとママンを、守りたくて……!死なせたくなくて……!!」

 

青山くんの慟哭のような独白に、先生たちは息を呑んでしまっていた。

でも、青山くんはまだやり直せる。

これまで聞いた情報は、青山くんに情状酌量の余地があると思わせるものしかなかった。

これならきっと塚内警部が内心で考えていた案を、提案してくれるはずだから。

塚内警部は通信機で別室にいた物間くんと真さんのやり取りも聞いていたはずだから。

だから―――

 

 

 

 

「塚内警部……」

 

「ああ……やっぱり君には、僕が考えていた案も読まれているよね」

 

今までずっと隠れていた塚内警部が机の影から出てきた。

青山くんは警察の登場にもはや諦めたような様子になっている。

 

「久しぶりだね、青山くん。USJの件で会って以来だ」

 

青山くんは黙ったまま答えなかった。

 

「今までの話も、波動さんの個性をコピーしていた物間くんが読心した内容も、全て聞いていたよ。その上で言わせてもらおう。未成年であること、両親からも強要されていたこと、AFOから脅迫を受けていたこと……青山くんには、確かに情状酌量の余地がある。その可能性を考えていたからこそ、波動さんは青山くんの真意を確認するために、こんな場を設けるように願い出たんだろう」

 

塚内警部の言葉に、青山くんは信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。

 

「だが罪は罪だ。事情はどうあれ、AFOに加担した罪は消えない。君が情報を漏らした影響で、個性を奪われたプロヒーローがいる。無事だったとはいえ、拉致された学生がいる。多数の学生が重軽傷を負った。たとえ緊急避難のためであっても、全てをなかったことに出来る罪ではない」

 

青山くんもそんなことは百も承知なんだろう。

泣きながら目を閉じている。

確かにここまでの話だけだと絶望してしまうのも分かるけど、大事なのはこの先だ。

 

「だが、君に利用価値があるのもまた事実ではある。情状酌量の余地があり、心の底ではヒーローになりたいと願っていることが読心で分かっているからこそ、僕は君に一つの提案をする。……青山くん、司法取引に応じるつもりはないか」

 

「……えっ?」

 

青山くんは目を見開いて、驚愕したような顔で塚内警部を見返した。

そんな青山くんに対して、塚内警部は説明を続ける。

 

「神野以降、ヴィラン連合の足取りは途絶えたままだ。今のところ、まったく動向が掴めていないと言っていい。君はAFOの指示で動いていたとは言っても、AFOとつながりがあったヴィラン連合から、雄英の内通者である君に再びコンタクトがないとも限らない。だから、二重スパイになり、ヴィラン連合から連絡があった際にこちらに全ての情報を渡し、ヴィラン連合の行動をコントロールできるように働きかけるというのなら―――検察にも既に掛け合っている……もし本当に波動さんの予想した通りであればという前提ではあったが、既に僕が提示した条件で不起訴にする方針を示してくれている」

 

塚内警部の言葉に、青山くんは呆然とした様子で反応すらしない。

 

「命の危険はあるが、君にもメリットのある話だ。不起訴となることで今回の件に限っては罪に問われなくなる。これは既に根津校長やイレイザーヘッドとも協議したが、雄英にも通い続けることが出来る。さらに言えば、君が二重スパイでいる間は、両親も監視はつけるが逮捕されることはない」

 

塚内警部は監視なんて言っているけど、これは護衛と言い換えてもいいだろう。

もしも理不尽な理由で青山くんの両親に危害が加えられそうになった時に、警察かプロヒーローかは分からないけど守ろうとはしてくれるだろう。

 

「もちろん条件はある。取引に応じる場合は、ある装置を付けてもらう」

 

「……装置?」

 

「ああ。波動さんの感知範囲、彼女の半径1km周囲から出たら教師陣や波動さんに警報が鳴るようにする装置だ。これを以て裏切りを防止する。やむを得ず離れなければいけない際や彼女の睡眠中は別の監視を付ける。行動は制限されるが、悪い提案ではないはずだ。取引に応じなければこのまま逮捕して罪を裁くことになる。君自身が選んでくれ」

 

青山くんは悩んでいた。

AFOはタルタロスにいるとはいっても、別のヴィランに脅迫されたら同じことをしてしまうんじゃないかって。

そんなことをしてしまうくらいなら、罪を裁かれて、日の当たらない場所で死んでいきたいって、考えていた。

 

「ねぇ……青山くん……」

 

「……波動さん?」

 

「これを受ければ……大手を振ってヒーローを目指してるんだって……私たちと対等なんだって……言えるんだよ……?怖いのは分かる……また脅迫されたら同じことをしちゃうんじゃないかって……考えるのも分かるよ……だけど……青山くんは1人じゃないから……私も協力するし……皆だって、相談すればきっと協力してくれるよ……だから……また一緒に、ヒーローを目指そうよ」

 

青山くんはこれだけの状況にも関わらず、心の底からヒーローを目指していた。

ここまで家族のことを、皆のことを考えて悩んで、他人のために涙を流せる人のためになら、協力を惜しむつもりはない。

私が手を差し出すと、青山くんは呆然とこちらを見つめてきた。

でもそれ以上動こうとしてくれない。

あと一押しが足りない。

そう思っていたら、相澤先生が口を開いた。

 

「青山……お前、このまま日の当たらない場所で、うっすら死んでいくつもりか?」

 

「っ!?」

 

読心してるわけでもないのに、相澤先生は青山くんの考えていることを言い当てていた。

青山くんは驚いて固まってしまっている。

 

「俺はまだお前を除籍するつもりはない。俺は、生徒にこの先一生負い目を抱える生き方など教えない。惨めで情けなくても、手を差し出してくれた友と歩め。俺たちが守る。断言する。波動だけじゃない、あいつらといればきっと大丈夫だ」

 

相澤先生のその言葉を聞いて、青山くんの目が変わった。

彼はそのまま顔を上げて、ゆっくりと私の手を取った。



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会合の後

青山くんが手を取ってくれた。

彼の思考は、覚悟を決めたものに変わっていた。

 

「青山くん……!」

 

「僕が、クズなことに変わりはないよ……今でも怖いと思ってる……だけど、それでも、必要だって言ってくれるなら……」

 

嘘は、一切なかった。

怖いのは仕方ない。

それだけ強大なヴィランの脅迫を受けていたんだ。

それでも危ない橋を渡る決断をしてくれた。それが嬉しかった。

私も自然と笑顔になっていた。

 

「それは了承と受け取るよ、青山くん」

 

「……はい」

 

塚内警部の言葉に、青山くんが静かに頷く。

それに対して、塚内警部も頷いて話を続けた。

 

「よし。じゃあまずは知っている情報を全て話してもらおう。イレイザーヘッド、真、波動さん。頼めるかい?」

 

「もう、人使い荒いんだから……」

 

「言われるまでもなくやり続けてますよ」

 

「はい……大丈夫です……」

 

相澤先生の抹消で青山くんの個性を消して突然の反乱の可能性を無くしつつ、青山くんの自白を真さんの"嘘発見器(ポリグラフ)"と私の"波動"で確認する。

合理的な手段だと思う。

物間くんはいい加減限界そうだし、自白に対して二通りの確認が取れる状態だから声を掛けなかったようだ。

青山くんには椅子に座ってもらって、真さんが手を触れておく。

私は青山くんの波動を注視し続けた。

 

「AFOについて知っていることは何かあるかい?」

 

「……知っていることは、何も……僕たちは、ただ頼まれたことを実行していただけです……」

 

最初だからかすごく漠然とした質問だった。

知らないというのは私が読んだ思考とも一致しているし、真さんも頷いている。

 

「神野の強襲はなぜ報告しなかった?」

 

「……こちらからの連絡は、できません……向こうが求めた時にだけ……連絡が来ます……」

 

これも嘘じゃない。静かに頷く。

それを確認した塚内警部は話し続ける。

 

「内通者が捕まっても辿られないようにか……相変わらずの慎重さだな……」

 

 

 

その後もしばらく確認作業は続いた。

青山くんは一切の嘘や隠し事なく正直に話し続けてくれた。

 

「とりあえず今聞けるのはこれくらいか」

 

塚内警部の質問の区切りがついたころ、自白が始まってから一時的に席を外していたパワーローダー先生が戻ってきた。

 

「持ってきたよ。これでいいんだろう?」

 

「ありがとうございます」

 

塚内警部がパワーローダー先生から受け取ったのは、腕輪のような何か。

それに加えて多くの小さなリングだった。こっちは指輪くらいの大きさだろうか。

一つだけ少し色合いが違う。

どうやらさっき言っていた装置は事前にパワーローダー先生に作ってもらっていたようだ。

まあ外注なんてしたらどこから情報が漏れるか分からないし、これも合理的な判断か。

塚内警部は腕輪の方を持ったまま青山くんの方に近づいて、そのまま青山くんの腕に着けてロックをかけていた。

 

「これがさっき言った装置だ。この色が違う指輪から1km以上離れると、指輪の方で警報が鳴って腕輪の現在地が表示されるようになっている。くれぐれも迂闊な行動は取らないでくれよ。怪しい行動を取られると疑わざるを得なくなる」

 

「はい」

 

青山くんは静かに腕輪を眺めている。

塚内警部は色違いの指輪を私に渡しながら話を続けた。

 

「波動さんはこれを必ず持ち歩くようにしてくれ」

 

「はい……分かりました……」

 

私がしげしげと指輪を眺めていると、塚内警部の思考が私に向けたものになった。

どうやら事前に相澤先生に密談をする方法を聞いていたらしい。

 

『さっきはああいったが、青山くんの行動はこの腕輪を通して常に監視している。波動さんは、起きている時に青山くんの思考を気にかけておいてくれるだけでいい。離れざるを得ない時だけは事前に教師に伝えて欲しいが、それだけだ。君の行動を制限するつもりはない。青山くんに常に監視されている、思考を見られていると思わせることが重要なんだ』

 

小さく頷いて了承した旨を伝える。

元々入寮後に学外に出る時は外出申請をする必要があると聞いているし、それほど大きな変化もない。

離れざるを得ない時に先生たちの誰かに伝えればいいだけみたいだし、きっと先生たちや監視している側で警報をオフにしたりするんだろう。

私の方は特に問題はない。

指輪を指に着けておくと特訓とかの時に邪魔だし、とりあえずチェーンを通して首に掛けたりしておこうかな。

 

その後、塚内警部は指輪を先生たち皆に配り始めた。

なんだか先生皆でお揃いの指輪を付けているような状況になりそうで少し面白い。

まあ特定の2人とかじゃないし変な噂になることはないだろうけど。

 

「使い方は後程パワーローダーから聞いてください。この装置の起動は明日、入寮後を予定しています。それまでは監視を付けて対応させていただきます」

 

塚内警部の声掛けに先生たちは頷く。

 

「それとここで知り得たことはここにいる者のみの秘密とし、他言厳禁でお願いします」

 

これも当然の指示でしかない。二重スパイなんてしてもらう関係上、知っている人は少ない方がいい。

問題は青山くんだ。罪を認めたことで、皆に謝りたそうにしている。

このまま放っておくと爆豪くんに土下座しに行きかねない感じだ。

でも、我慢してもらうしかない。流石にクラス皆に伝えてしまうと、情報が漏れるリスクが跳ね上がってしまう。

 

「波動さん、青山くん、物間くん。当然のことだが、クラスメイトにも、両親にも言ってはいけない。どこから情報が漏れるか分からないからね。漏れた時点で青山くんがトラップとして機能しなくなってしまう。特に物間くんは、ここで知り得た情報……個性を奪い、与える個性のことも、全てだ。いいね?」

 

「はい……」

 

「「はい」」

 

青山くんと物間くんも特に質問もなく了承した。

いつもの青山くんなら「ウィ」って言いそうなのにそれを言わない辺り、流石にまだいつも通りとはいかないみたいだ。

 

「よし。あとは調書を作らせてもらうくらいか。しかし警察署に来てもらうわけにもいかない。この後ここで事情聴取をして作ってしまうが、構わないね?」

 

塚内警部の問いかけに、青山くんも頷いた。

まあこんなの拒否できないし当然ではあるけど。

だけど、この感じだと警察署の中も確実に無害とは言い切れない状態なのか。

AFOが狡猾だっていうのもあるけど、それ以上に青山くんの状況を聞いて、どこに内通者が紛れ込んでいるか分からなくなってしまっているのだろう。

 

 

 

物間くんは話すべきことは既に隣の部屋で読心をしながら全部話してくれていて、その様子も読心結果の記録と映像での記録の2通りで取ってあるらしい。

校長先生あたりが取り計らったんだろうか。流石に抜かりがない。

そのおかげもあって、物間くんはもう帰っていいことになった。

先生たちも特に関わっていた人以外は解散になっていた。

 

疲れ果てた様子で帰ろうとする物間くんに声をかける。

 

「物間くん……ありがとね……」

 

「ハッ、こんなことで僕を使おうとするのは、金輪際やめて欲しいね」

 

物間くんはいつものA組を馬鹿にするときみたいな見下す感じで言い返してきた。

強がりみたいだけど、突っ込むのも野暮だろう。

 

「ん……それでも……助かった……」

 

「……そうかい」

 

物間くんはそう言って背を向けた。

そのまま歩いていくのかと思ったけど、少し間を置いていつもの高笑いを始めた。

 

「まあ!?今回で君の個性のことは丸裸に出来たからね!!正体不明の感知個性の秘密を暴いたんだ!!これでB組がA組を打倒する日も近いよ!!アハハハハ!!」

 

「ん……そうだね……楽しみにしてる……」

 

私が返答すると、物間くんはそれ以上会話することもなく、高笑いしながら去っていった。

言動はあんなだけど、思考は私の個性のことを言いふらしたりするつもりはなさそうな感じだ。

性格も誤魔化し方も何もかも捻じ曲がってるけど、物間くんは話してみると意外といい人だった。

 

 

 

その後は私の事情聴取が始まった。順番は私、青山くん、教師陣の順番で始めるみたいだった。

まあ事情聴取なんていっても、さっきの確認や青山くんとの会話で話したこと、私が読心で把握した内容を調書に起こすだけだ。

そんなに時間はかからなかった。

 

事情聴取が終わってやることもなくなったから、私も帰ることにする。

もう結構遅い時間だし、お姉ちゃんが首を長くして待ってると思うし。

教室を出ようとしたところで、後ろから声を掛けられた。

 

「波動さん!」

 

「青山くん……?」

 

振り向くと青山くんが微かに震えながらではあるけど、しっかりとこちらに真剣な眼差しを向けていた。

 

「僕、パパンとママンの為にも!皆の為にも!自分の為にも!戦うから!だから君も!僕が輝くところを、輝けるように努力するところを!見ていて欲しい!」

 

「ん……お互い……頑張ろうね……ちゃんと見てるから……」

 

私が笑顔を向けると、青山くんは真剣な表情のまま鼻息荒く頷いた。

震えてるのがちょっと格好悪いけど、本心からのその言葉に、私も応援しようと思えた。

 

 

 

外はもう真っ暗になっていた。

そのまま家に帰宅してお姉ちゃんとご飯を食べた。

お姉ちゃんがご飯を用意してくれていて、2人暮らしの最後の夕食を楽しんだ。

楽しかったお姉ちゃんとの2人暮らしも今日でおしまい。

凄く名残惜しいけど、仕方ない。これも色々な事情が重なった結果だ。

明日から、A組の皆との共同生活が始まる。

それはそれで楽しそうだけど、その前にちゃんとしておかないといけないことがある。

……明日、皆にちゃんと話そう。



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入寮とお話

雄英の敷地内、校舎から徒歩5分の場所に私たちは集まっていた。

青山くんもしっかり来ている。

目の前にある築3日らしい建物、"ハイツアライアンス"。

正面に大きく1-Aと書いてあって大分センスがあれな感じだけど、大きくて豪華そうな建物だった。

 

「でけー!」

 

「恵まれし子らのー!!」

 

砂藤くんと三奈ちゃんが嬉しそうに感想を漏らしている。

三奈ちゃんの方の感想の意味はよく分からないけど、何か元ネタがあるんだろうか。

 

 

 

「とりあえず1年A組、無事にまた集まれて何よりだ」

 

皆の前に立った相澤先生が、私たちを一通り見渡してから話し始めた。

 

「皆許可下りたんだね!」

 

「ウチの親はオールマイトのおかげですぐに認めてくれたよ。波動は親に反対されたりしなかった?」

 

「ん……別に……普通に認めてくれた……」

 

「入院までしてたのにあっさりっていうのもすごいね」

 

透ちゃんの発言に皆少し賑やかになって、各々の家族がどう言う反応だったか話し出す。やっぱり皆の家族がどういう反応だったか気になるらしい。

 

「無事集まれたのは先生もよ。会見を見た時はいなくなってしまうのかと思って悲しかったの」

 

「うん」

 

梅雨ちゃんの先生を心配する発言にお茶子ちゃんも同調した。まあ、あんな謝罪会見までしてたし、普通なら責任とかそういうことを考えるタイミングかもしれない。

 

「俺もびっくりさ……まぁ、色々あんだよ」

 

先生は青山くんの監視のこととかを考えている。

理由があるとしたらこれくらいしかないだろうし、むしろ事情を一番把握してるのが相澤先生なんだから、担任を外すなんていうのはあり得ないか。

 

「さて……これから寮について軽く説明するが、その前に一つ」

 

そこまで言うと、先生は手を叩いて話を切り替えた。

 

「当面は合宿で取る予定だった、"仮免"取得に向けて動いていく」

 

その言葉に対して皆ポツポツと反応を返したけど、先生はすぐに黙らせて話を続けた。

 

「大事な話だ。いいか……轟、切島、緑谷、八百万、飯田……この5人はあの晩、あの場所へ、爆豪救出に赴いた」

 

皆の雰囲気が変わった。

透ちゃんの病院での話だと、私と爆豪くん以外は密談に参加していたはず。

全員もともと知っていたはずだ。

 

「その様子だと、行く素振りは皆も把握していたワケだ。色々棚上げした上で言わせて貰うよ。オールマイトの引退がなけりゃ俺は、爆豪、波動以外の全員除籍処分にしている」

 

真剣な目で見据えながらの先生の宣告に、爆豪くんと私以外の皆は息を呑んだ。

 

「彼の引退によってしばらく混乱は続く……ヴィラン連合の出方が読めない以上、今雄英から人を追い出すわけにはいかないんだ。行った5人はもちろん、把握しながら止められなかった13人も……理由はどうあれ俺たちの信頼を裏切ったことには変わりない。正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい。以上!さっ!中に入るぞ、元気に行こう」

 

先生は一気に言い切ると、くるりと振り返って寮の方に歩いていく。

皆のテンションはさっきまでのウキウキした感じのものから、どん底まで崩れ落ちていた。

思い詰めているせいか誰も歩き出そうとしない。

私もどうしたものかと考えていると、先に爆豪くんが動き出した。

 

「来い」

 

「え?何やだ」

 

爆豪くんは上鳴くんを掴むと、草陰のほうに引きずって行った。

……やろうとしていることは悪くないんだけど、引きずられる上鳴くんは少しかわいそうだ。

というか、何のために上鳴くんを連れていくんだろう。

 

少しすると草陰から電気が迸った。

電気が止むと、草陰からショート状態の上鳴くんが飛び出してきた。

 

「うぇ~~~い……」

 

それを見た瞬間に響香ちゃんが吹き出す。

響香ちゃんの上鳴くんのツボ具合は相変わらずみたいだ。

 

その後に続いて草陰から出てきた爆豪くんは、切島くんの方に近づいていく。

 

「切島」

 

「んあ?」

 

なんとも言えない反応の切島くんに、爆豪くんはお金を差し出た。

 

「え、怖っ、何!?カツアゲ!?」

 

あの流れの後にこれじゃあ勘違いされても仕方ない。

私も読心と感知がなければ同じ感じで勘違いしただろうし。

 

「違ぇ、俺が下ろした金だ!いつまでもシミったれられっと、こっちも気分悪ィんだ!」

 

「あ……え!?おめーどこで聞い「いつもみてーに馬鹿晒せや!」

 

切島くんが言い切る前に爆豪くんは切島くんの胸元にお金を押し付けた。

 

青山くんが自分が原因で起きたこの事態に、お金だけでも爆豪くんに返せないかみたいな馬鹿なことを考え始めている。

とりあえずそれを止めるために、彼の腕を掴んで首を横に振って諦めさせる。

青山くん自身もバレるようなリスクある行動は慎むべきだというのは分かっているのか、すぐにその考えを引っ込めた。

 

その裏で上鳴くんがうぇいうぇい言って、響香ちゃんが大爆笑し始めていた。

爆豪くんのおかげで、雰囲気は元の明るい感じに戻っていた。

 

「皆!すまねぇ……!!詫びにもなんねぇけど……今夜はこの金で焼肉だ!!」

 

「マジか!?」

「ウェーーーい!」

 

「買い物とか行けるかな?」

 

「というよりも……ホットプレートとか……あるのかな……」

 

焼き肉はまあいい。新築をいきなり焼き肉の匂いにするのも、まあ仕方ない。

問題はそれをするための道具が寮にあるかだ。

実家にならあるけど、2人暮らしでは必要なかったから私も持ってきてない。

道具、あるといいけど……

 

そんな感じでワイワイしながら、相澤先生を追って寮に入った。

 

 

 

「1棟1クラス。右が女子棟で左が男子棟と分かれてる。ただし1階は共有スペースだ」

 

先生が説明しているけど、正直皆耳に入ってないと思う。

目の前に広がる豪邸と言っても過言ではない共有スペースに、皆大興奮だった。

 

「豪邸やないかい」

 

「麗日くん!?」

 

お茶子ちゃんがいつもの卒倒芸を見せつけている。

うん。それくらいすごい豪邸ではある。

 

「広キレー!!そふぁああ!!!」

 

「おおおお!!」

 

「三奈ちゃんも……透ちゃんも……テンション高いね……」

 

それにしてもテンションの上がり方がおかしなことになっている。

2人して腕を上下に振っていて、いくらなんでも興奮しすぎてるんじゃないだろうか。

 

「こんなの見たらテンション上がるでしょー!!」

 

「瑠璃ちゃんはなんでそんなに落ち着いてられるの!?」

 

「その……掃除……大変そうだなって……思って……」

 

2人暮らしの限られたスペースでも、雄英の勉強をこなしながら掃除して清潔さを保っておくのは大変だった。

この規模の掃除とか正直考えたくない。

 

「……こんな時に現実的なことを言うなー!!」

 

「そうだそうだー!!」

 

「……ん……ごめん……」

 

2人に揉みくちゃにされて私の発言は有耶無耶にされた。

 

「食堂や風呂、洗濯はここでやってもらう」

 

続いていた相澤先生の説明に、今度はブドウ頭が食いついた。

 

「聞き間違いかな……?風呂、洗濯が共同スペース?夢か?」

 

「男女別だ。お前いい加減にしとけよ」

 

「はい」

 

そうだった……ブドウ頭がいる寮の中にあるお風呂に入らなければいけないということは、それだけ覗き対策に気を割かなければいけないということだった。

それを考えると今からちょっと憂鬱である。

 

「部屋は二階から、1フロア男女各4部屋の5階建て。1人1部屋。エアコン、トイレ、冷蔵庫にクローゼット付きの贅沢空間だ」

 

こういう寮で部屋にトイレが付いているのは素直にすごいと思う。

安い寮だと共有トイレでもおかしくない。

 

「我が家のクローゼットと同じくらいの広さですわね……」

 

「豪邸やないかい」

 

百ちゃんの相変わらずのセレブ発言に、お茶子ちゃんがまた卒倒している。

お茶子ちゃん、百ちゃんと一緒に生活していて身体が保つんだろうか。少し心配だ。

 

「部屋割りはこちらで決めた通り。各自事前に送ってもらった荷物が部屋に入っているから、とりあえず今日は部屋作ってろ。明日また今後の動きを説明する。以上解散!」

 

それで今日は解散ということになった。

 

 

 

……打ち明けるなら、このタイミングだろう。

受け入れて貰えなかったら出て行った方がいいし、荷解きをする前の方がいい。

早々に部屋に向かおうとする皆を呼び止める。

 

「……皆……少し、いい……?」

 

「瑠璃ちゃん?」

 

「波動さん?」

 

そんなに大きな声じゃなかったのに皆立ち止まってくれる。

 

「……話が……ある……」

 

この時点で、透ちゃんは察してくれたみたいだった。

 

「話って?」

 

「今じゃなきゃだめな感じ?」

 

「ん……今じゃなきゃ……ダメ……」

 

「大方伝言なんて言って急に伝えてた件だろ。もう察しついてるわ」

 

爆豪くんが吐き捨てるように言う。

本当に流石という他ない。上鳴くんがたまに才能マンなんていうだけある。

本人が察しがついていると言っているとおり、読心に関しても思い至っているみたいだし。

 

「あぁ、そういえばあったな。色々ありすぎて完全に忘れてた」

 

「伝言?ってなんのこと?」

 

あの時近くにいなかった三奈ちゃんが不思議そうに聞いている。

そんな三奈ちゃんたち補習組に、お茶子ちゃんが説明してくれる。

 

「えっと、合宿でヴィランに襲撃された時にマンダレイさんから戦闘許可のテレパスが来たのは覚えとる?」

 

「ああ、イレイザーヘッドの名に於いてって言ってたやつだよな?」

 

切島くんが思い出したような表情をして、テレパスで伝えられた言葉を口にしながら聞き返した。

 

「そうそれ。それ、瑠璃ちゃんがいつもみたいに感知してくれてると思ったら、急にマンダレイさんに伝言しとったんや。相澤先生から伝言ですって言うて」

 

「急に?」

 

「うん」

 

「相澤先生が近くにいないのに?」

 

「そういうことですわね」

 

そこまで言われて赤点組もどういうことなのか訝しみ始めた。

青山くんにはもう明かしているし、彼だけは納得している。

 

「その件で呼び止めたということは、どうやって感知出来たのか教えてもらえるということでよろしいですか?」

 

「ん……そう……」

 

皆の視線が集中している。

ここまでは冷静でいられた。

 

でも打ち明けようと思うと、やっぱり駄目だった。

胸が早鐘を打っていて、だんだん息が荒くなって苦しくなってくる。

皆なら大丈夫。頭ではそう思っているはずなのに、不安でどうにかなりそうになってしまう。

 

 

 

私が話せないでいると、透ちゃんが隣に来て手を握ってくれた。

 

「瑠璃ちゃん、皆なら大丈夫だから。ゆっくりでいいから、落ち着いて話して」

 

透ちゃんが手を握ってくれて穏やかに話してくれるだけで、自然と心が落ち着いてきていた。

私も透ちゃんの手を握り返して、ゆっくりと話し始める。

 

「私……皆に隠してたことが……あって……」

 

皆も静かに私が話すのを待ってくれている。

あの爆豪くんすらも、黙って待っていてくれた。

 

「私の個性の……こと……これから……寮で……一緒に暮らすなら……教えといた方が……いいから……」

 

透ちゃんの手を一層強く握る。

透ちゃんも握り返してくれて、それだけで勇気がもらえた気がした。

 

「私の個性……感知範囲内にいる人の……考えてることと……感情が……分かるの……これで……合宿の時に……相澤先生の伝言を……伝えてて……」

 

「それって読心が出来るってこと!?」

 

「す、すごいよ波動さん!読心なんて……!だから轟くんの攻撃を避け続けたりできてたんだね!!」

 

皆純粋に驚いている。

でも、そこは本題じゃない。

 

「でも……これ……制御できなくて……読まないっていうことが……できなくて……無差別に読み続けちゃうから……」

 

話しているうちに中学までのことを思い出してしまって、感情が高ぶってきてぽろぽろ涙が零れ始めてしまった。

皆もここでようやく意味が分かったようで、盛り上がっていたのも一気に静まってしまう。

 

「私がいると……隠したいことも……全部……分かっちゃうから……皆に……嫌な思い……させちゃうかもしれなくて……」

 

透ちゃんが背中を摩ってくれている。

 

「もし……気持ち悪いとか……怖いって……思う人がいるなら……私は……寮に……いない方がいいから……だから……」

 

もう涙は止まらなかった。

皆の反応が怖い。これで出ていけとか言われたら、きっともう立ち直れない。

皆の思考が怖くて透ちゃんの波動を注視して、わざわざ聞こえにくいようにしてしまっている。

透ちゃんは受け入れてくれたし、青山くんは何も言わなかったけど、それでもまだ皆を信じ切れない自分がいた。

 

「怖いなんて、思うはずないよ!」

 

お茶子ちゃんが強い言葉で否定してくれる。

だけど中学までは、皆私を無視して、心の中で悪口を言い続けて―――

 

「でも、中学までは……皆……そう言って……」

 

皆の顔が歪んだのが、涙で歪んだ視界でもはっきり分かった。

 

「俺たちの危険を減らすために隠していたことを明かしてくれた波動くんを、気持ち悪いなんて思うはずがない!そうだろう、皆!!」

 

「おう!もちろんだ!」

 

「いない方がいいなんて、そんな酷いこと思うはずないわ!」

 

飯田くんの呼びかけを皮切りに、皆が口々に優しい言葉をかけてくれた。

それだけじゃなくて、皆近くまで来て、背中を摩ったり、頭を撫でたり、女子は抱きしめたりしてくれ始めた。

 

 

 

「ね?大丈夫だって言ったでしょ?」

 

透ちゃんにダメ押しのように言われて、私は恐る恐る透ちゃんの思考を深く読むのをやめてみる。

それと同時に、皆の思考がはっきりと伝わってくる。

誰一人、嘘を吐いていなかった。

皆受け入れてくれていた。

それを認識したところで、感情の制御が出来なくなって、子供のように泣き出してしまっていた。

 

 

 

しばらくして、感情の昂りも涙もようやく落ち着いてきた。

 

「ん……ごめん……もう大丈夫……」

 

「もうちょっと甘えてくれててもよかったけどね!瑠璃ちゃん大分抱え込もうとするし!」

 

途中から透ちゃんに縋り付くようにして泣いていたことを茶化される。

さっきまでとは別の理由で顔が熱くなってきてしまう。

 

「それにしても、透ちゃんは事前に知ってたのね」

 

「ふっふっふ、これでも瑠璃ちゃんの一番の友達ですから!」

 

梅雨ちゃんの発言に対して、透ちゃんがドヤ顔で返した。

 

「透ちゃん……恥ずかしいから……やめて……」

 

「ふふ、もう本当に落ち着いたようですわね」

 

百ちゃんにも少しおかしそうに笑われる。

というか、今の私の顔大分酷いことになっている気がする。

ちょっと恥ずかしい。

 

「よーし!林間合宿のバスでも言ったけど、悲しい思い出なんか忘れちゃうくらい楽しい思い出を作ろうよ!瑠璃ちゃんがこんなことで悩まなくても良くなるくらい!皆とならできるでしょ!」

 

「いいねそれ!」

 

「そーだそーだ!これからいっぱい思い出作ろう!!」

 

透ちゃんのその言葉に、爆豪くん以外は頷いてくれている。

爆豪くんも反対って訳ではないけど、単純に自分が関わろうと思ってないだけだ。

 

皆そんな感じで、私の周りでしばらく騒ぎ続けていた。

皆、いい人ばっかりだ。



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ハイツアライアンス

しばらくして私が落ち着いた後、とりあえず部屋を片付けてしまおうということになった。

皆指定された部屋に移動していく。

私も一緒にエレベーターに乗った。

向かうのは2階だからわざわざ乗らなくてもいいけど、皆でワイワイ移動するのが楽しかった。

 

そんな中、百ちゃんだけ相澤先生に声をかけられていた。

思考を読んだら納得しかなかったけど。

百ちゃん、この寮に大量の荷物を持ってきたらしい。

1階の隅に山積みになっていた段ボールは部屋に入りきらなかった荷物だったようだ。

流石お嬢様。自分の部屋の整理が終わったら手伝いに行こうかな。

 

「あれ?ヤオモモは?」

 

「なんか先生に呼ばれてたよね」

 

「ん……百ちゃん……荷物の持ってきすぎ……1階の隅の段ボールの山……百ちゃんの荷物……」

 

「な、なるほど……あれ、だいぶ凄い量だったよね……」

 

「ブルジョワや……」

 

私の説明に納得した様子を見せる皆。

読心で把握した内容を伝えても、誰も気味悪がったりしてない。

自然な感じで話してくれる。そんな普通のことがすごく嬉しかった。

 

 

 

ハイツアライアンスは地上5階、地下1階建ての建物だ。

1階は先生が言っていた通り共有エリア。

食堂、談話スペースの他にも、男女別のお風呂、洗濯室とかがある。

2~5階は居住区だ。男子棟と女子棟は分かれていて、基本的に1階で行き来するしかない。

私の部屋は2階だった。

2階の人は男子が峰田くん、緑谷くん、青山くん、常闇くんで、女子は私だけだ。

先生たちなりに部屋割りは考えてくれてはいるんだろう。

暴走する峰田くんの近くには仲のいい緑谷くん。

個性が暴走する可能性がある常闇くん対策なのかは分からないけど光り輝く青山くん。

青山くんの監視に同じ高さの位置に私。

逆に女子が私だけなのはブドウ頭対策だろうか。

同じ高さの部屋は覗きとかもしやすいだろうし。

私なら思考も読めるし、早々に被害に遭わないだろうから信頼しての配置かな。

ちゃんと配置の理由がありそうな感じだった。

きっと他の階もそんな感じなんだろう。

 

ちなみに透ちゃんは3階だ。近くが良かったからちょっと残念。

まあ私は青山くんの近くに配置しておいた方がいいだろうし、仕方ないと諦める。

 

 

 

皆と分かれて2階でエレベーターを降りる。

女子棟のこの階が私だけだと思うとちょっと寂しい。

部屋に入って制服を脱いでジャージとTシャツに着替えてから片付けを始めた。

既に運び込まれていたいくつかの段ボールの中身を広げる。

カーテンは家で使っていた青のパステルカラーのやつを付けてしまう。

この作業は嫌いだ。自分の背の低さを再確認させられる上に椅子に乗って必死で背伸びしてつけないといけないからすごく疲れるのだ。

カーテンが終わったらベッドも完成させて、上にお気に入りのぬいぐるみをいくつか並べる。

服やエプロンはタンスとクローゼットにしまった。

部屋の中央にちょっとかわいい感じの小さい絨毯を敷いて、その上にミニテーブルと座椅子を置く。

その正面あたりにテレビを設置してしまう。

一番大切な荷物は大きなコルクボードだ。

今まではお姉ちゃんと撮った写真を中心に家族写真を貼っていただけだった。

そこに最近撮った透ちゃんとの写真がいくつか貼ってある。

これからは皆との写真も増やしていけると思うと、すごくワクワクしてしまう。

コルクボードを机の上の所に引っ掛けておく。ここなら良く見えるだろう。

あとは写真立てとか本を置いたりとか、小物をいくつか置いたりして部屋は完成だ。

 

正直、お姉ちゃんのポスターとかを作って貼りたい気持ちはあるけどお姉ちゃんに気持ち悪がられたりしたら私の心が折れてしまう。

コルクボードと写真立ての写真で我慢だ。

 

調理道具も持ってきてるけど、部屋に置いても意味がない。

1階のキッチンに置かせてもらおう。

そう思って、調理道具を持って移動し始めた。

緑谷くんがオールマイトフィギュアの並び順で悩んでいたり、轟くんが何故か外にいたり、飯田くんが本の並び順で悩んでいたり、爆豪くんの部屋で切島くんが荷物整理を手伝っていたり……轟くんはよく分からないけどそれ以外の皆はそれぞれ部屋造りに励んでいるのが思考からよく分かった。

ブドウ頭はブドウ頭だった。なんだあの部屋。絶対に近寄らないことを心に決めた。

 

1階に着くとちょうど百ちゃんが荷物の選別を終えたらしかった。

 

「百ちゃん……選別終わった……?」

 

「あら、波動さん。ちょうど今終わったところですわ。波動さんはもうお部屋を作り終わったのですか?」

 

「ん……あとは……調理道具とか……ジャスミンとかを……キッチンに置かせてもらえれば……終わり……」

 

「早いですわね……私はこれからお部屋の片付けですわ」

 

百ちゃんが苦笑しながら言う。

これからだと大変そうだし、百ちゃんの部屋は天蓋付きのベッドっぽいのが置かれていて整理も大変そうだ。

やっぱり手伝おう。

 

「片付け……手伝おうか……?」

 

「え?いえいえ、大丈夫ですわ。悪いですし」

 

「部屋の中の荷物もいっぱいだし……大変そう……気にしないでいいから……嫌じゃなければ……手伝うよ……」

 

「……そうですか?では、お願いしてもよろしいですか?」

 

「ん……任せて……」

 

手早く調理道具をキッチンにしまって、百ちゃんと一緒に百ちゃんの部屋に向かった。

 

 

 

百ちゃんの部屋の片付けが終わる頃にはもう日が暮れ始めていた。

途中で響香ちゃんや透ちゃんも合流して手伝ってくれたおかげで早く終わったと思う。

そのまま三奈ちゃんやお茶子ちゃんとも合流して女子で集まって話したりしながら共有スペースに向かう。

私含めた女子皆ジャージにTシャツくらいのラフな格好をしていた。

梅雨ちゃんはお茶子ちゃん曰く気分が優れないってことだったけど、私は理由が分かっていたから何も言わなかった。

 

そんな感じで共有スペースに向かう途中で三奈ちゃんと透ちゃんが盛り上がり出した。

 

「ねぇねぇ!皆のお部屋がどうなってるか、気にならない!?」

 

「確かに!見てみたい!お部屋披露大会とかしてみるのもいいかも!」

 

「じゃあ男子に提案してみよ!!」

 

皆も特に反論していない。

というか皆私たち女子の部屋を見られるのを想定していない。

お部屋披露大会とか提案すると絶対私たちの部屋も見せろって言われると思うんだけど。

私は大丈夫だから別にいいけど、響香ちゃんとかは嫌がりそうな気もする。

でもまあ本人も今は乗り気だしいいのかな。

 

共有スペースに着くと男子たちもラフな格好でソファに座ってくつろいでいた。

そこに三奈ちゃんが、躊躇せずにすすっと近づいていく。

 

「男子部屋できたー?」

 

「うん。今くつろぎ中」

 

「あのね!今話しててね!提案なんだけど!お部屋披露大会しませんか!?」

 

男子たちの時が止まった。

その隙にもう言ったからいいよねとばかりに、三奈ちゃんと透ちゃんが男子棟のエレベーターの方に駆け出した。

私たちも慌てて追いかける。

男子もまずいと思ったのか急いで追いかけてきた。

 

 

 

まず最初に餌食になったのは緑谷くんだった。

 

「わああダメダメちょっと待―――!!!」

 

必死で止めようとする緑谷くんだったけど、努力の甲斐なく扉は開かれた。

そして見えたのは、分かりきっていたことだけどオールマイトだらけの部屋だった。

 

「オールマイトだらけだ、オタク部屋だ!!」

 

「憧れなんで……恥ずかしい……」

 

お茶子ちゃんはこういうオタク部屋も抵抗はないらしい。

若干頬を赤らめながら部屋を眺めている。恋心、隠す気あるんだろうか。

 

そんな様子を見て男子たちは戦々恐々としたり楽しそうと期待しだしたりと千差万別な反応をしていた。

 

次の部屋に行こうとしたところで、自分の部屋の扉を守るように立っていた常闇くんが目に入った。

 

「フン、下らん……」

 

目を閉じてそう言う常闇くんに、三奈ちゃんと透ちゃんは一層興味を惹かれたみたいだった。

二人で常闇くんを押しのけて部屋に入っていく。

私も入ったら凄い真っ暗でびっくりした。

波動を見ているだけじゃ明るさは分からないし。

 

「このキーホルダー俺中学ん時買ってたわぁ」

 

「男子ってこういうの好きなんね」

 

「暗い……流石にこれは分からなかった……」

 

「剣だ……カッコイイ……」

 

「出ていけ!!」

 

流石にここまで怒っている常闇くんを無視もできなくて、皆急いで部屋を出た。

 

隣の青山くんはキラキラし過ぎてて目によろしくなさそうな部屋だった。

 

「まぶしい!!」

 

「ノンノンまぶしいじゃなくて、ま・ば・ゆ・い!」

 

肉眼で見ると目がちかちかする。

目を閉じておこう。見なくても波動で分かるし。

 

「思ってた通りだ……」

 

「想定の範疇を出ない」

 

「あれ、瑠璃ちゃんなんで目ぇ閉じとるん?」

 

「まぶしくて……」

 

青山くんが私たちが部屋から出ていくのを釈然としない顔で見ている。

流石にちょっとかわいそうだったかな。でもまぶしいのは本当だからちょっと困る。

 

あと2階で残ってる男子の部屋はブドウ頭だけだ。

さっさと3階に行こう。期待して扉の隙間からこっちを見ているブドウ頭がいるけど、あんな部屋入るわけない。

そう思っているとお茶子ちゃんがワクワクした感じで残りの部屋の方を向く。

 

「楽しくなってきたぞ!あと2階の人は……」

 

「入れよ……すげぇの……見せてやんよ」

 

ブドウ頭が荒い息でだいぶアレな感じの顔で誘ってきた。

そんなブドウ頭を無視して、背を向けてエレベーターに向かう。

 

「3階行こ」

 

「あんな部屋……入るわけない……」

 

「あ、やっぱりそういう部屋なんだ」

 

「入れよ……なぁ……」

 

 

 

3階は尾白くん、飯田くん、上鳴くん、口田くんだ。

尾白くんの部屋は普通な感じ。

飯田くんの部屋は本とメガネが沢山ある部屋。

上鳴くんはなんかゴチャっとしてて落ち着かない感じの部屋だった。

そして次は口田くんの部屋だ。

部屋の整理をしている時から気になっていた子がこの中にいる。

私はちょっと期待しながら口田くんに声をかけた。

 

「口田くん……中の子……撫でてもいい……?」

 

口田くんは頷いて許可してくれた。

 

部屋が開くとともにウサギに近寄る。

名前は(ゆわい)ちゃんというみたいだ。

この子はプライドが高い性格みたいだけど、口田くんに懐いていて尊重しているのがよく分かる。

 

「ウサギいるー!!可愛いいい!!」

 

「結ちゃん……かわいい……」

 

結ちゃんを優しく撫でていると他の女子も近づいてきて撫で始めた。

 

「結ちゃんって名前なの?」

 

「ん……プライド高めの男の子……口田くんのこと……好きみたい……尊重し合ってるのがよく分かる……」

 

「すごーい!そういうのも分かるんだ!?」

 

私が結ちゃんの思考を読んで伝えると、口田くんが嬉しそうに顔を赤らめた。

普段の様子から懐かれているだろうとは漠然と思っていても、思考を読んだ私にお墨付きをもらったのが嬉しかったみたいだ。

 

しばらく撫でた後、名残惜しいけど結ちゃんにまたねって手を振って部屋を出た。

 

 

 

口田くんの部屋を出ると、今まで部屋を好き放題言われていた男子たちが話し合っていた。

まぁこんな大会提案していればそうもなるだろうとしか思わない。

 

「釈然としねえ」

 

「ああ……奇遇だね。俺もしないんだ、釈然……」

 

「そうだな」

 

「僕も☆」

 

「男子だけが言われっぱなしてのはぁ変だよなぁ?"大会"っつったよな?なら当然!女子の部屋も見て決めるべきじゃねぇのか?誰がクラス一のインテリアセンスか、全員で決めるべきなんじゃねぇのかあ!!?」

 

ブドウ頭だけは物色が目的で提案してきているけど、これは拒否できない。

眠そうな轟くんを除いて他の男子も皆そう思っている。

 

「いいじゃん」

 

「え」

 

三奈ちゃんはにこやかに賛同して、それに響香ちゃんが顔を赤らめて驚きの声を上げる。

やっぱりこういう反応が返ってくるのは予想していなかったらしい。

 

「えっと、じゃあ部屋王を決めるってことで!!」

 

「部屋王」

 

「別に決めなくてもいいけどさ……」

 

案の定そういうことになった。

こうして、女子も含めて部屋王決定戦をすることになった。



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部屋王決定戦

そんな感じで部屋王決定戦は始まった。

1階に行かないと女子棟には行けないから、まず男子の部屋を見せてもらうのは変わらない。

今まで見た人の部屋はそれで問題ないとして、他の人の部屋を順番に周っていく。

 

4階。

男子は爆豪くん、切島くん、障子くんだ。

爆豪くんはもう部屋で眠ってしまっている。

既に熟睡しているみたいで感情も読み取れなくなっている。

 

「じゃあ切島部屋!!ガンガン行こうぜ!!」

 

「どーでもいいけど多分女子には分かんねぇぞ。この男らしさは!!」

 

テンションが高いままの透ちゃんと三奈ちゃんを先頭に部屋に入る。

私は扉から覗くだけにとどめておく。

波動で感知していた通り、部屋は筋トレグッズやサンドバック、標語の貼り付け、なぜかある大漁旗とすごく暑苦しい感じだった。

これは流石に女子受けは悪い。まあ切島くんはそういうの狙ってないだろうけど。

 

「……うん」

 

「彼氏にやって欲しくない部屋ランキング2位くらいにありそう」

 

「大漁旗……なんで……?」

 

「アツいね、アツクルシイ!」

 

「ホラな」

 

女子受けは狙ってなくても現実を見せられるとちょっと悲しかったらしい。

若干涙目の切島くんだった。

 

次は障子くんの部屋だ。

障子くんの部屋は布団と小さな机と座布団以外何もなかった。

 

「何も面白いものはないぞ」

 

「面白いものどころか!!」

 

「ミニマリストだったのか」

 

「まぁ幼い頃からあまり物欲がなかったからな」

 

「こういうのに限ってドスケベなんだぜ」

 

ブドウ頭が布団を捲ったりしているけど、私はそんなの気にしている余裕がなかった。

障子くんの思考を読んでしまって、幼い頃がどういう状況か少し読めてしまったのだ。

私が顔色を悪くしているのに気が付いたのか、部屋を出た後に障子くんが近づいてきた。

 

「すまん、波動。読ませるつもりはなかったんだが……俺もそのうち皆に打ち明ける。それまでは言わないでもらえるか?」

 

「ん……私の方こそ……ごめん……」

 

「気にするな。さっきの件は、俺も勇気を貰えた。波動のおかげだ」

 

障子くんはそう言って笑顔を浮かべていた。

 

 

 

それ以上の会話はしないで皆を追いかけて5階に移動した。

5階は轟くんと砂藤くんだ。

 

「次々ー!」

 

「轟さんですわね」

 

轟くんの部屋ということで女子が少し色めきだつ。

というか、轟くんの部屋波動で見る限り和室なんだけど……

入居当日即リフォームってどうやったんだ。

百ちゃんの手伝いに集中していたから、外から戻った後の轟くんの行動まで見ていなかった。

まさか畳を貰っているとは……

 

「和室だ!!」

 

「造りが違くね!?」

 

「実家が日本家屋だからよ。フローリングは落ち着かねぇ」

 

「理由はいいわ!当日即リフォームってどうやったんだお前!」

 

「……頑張った……」

 

「なんだよこいつ!!」

 

皆もただただ困惑することしかできていない。本当にどうなってるんだ。

 

「じゃ次!男子最後は!」

 

「俺……まーつまんねー部屋だよ」

 

「轟の後は誰でも同じだぜ」

 

砂藤くんの部屋に入ってすぐに分かった。

この甘い匂い……シフォンケーキの匂いだ……!

すごく美味しそうな匂い……さっきまで焼いていたんだろうか……ちょっと分けてもらえないかな……?

 

「おいしそうな……匂い……」

 

「確かに良い香りするな。コレなに?」

 

「ああイケね!!忘れてた!!だいぶ早く片付いたんでよ、シフォンケーキ焼いてたんだ!!皆食うかとおもってよぉ……ホイップもあるともっと美味いんだが……食う?」

 

その提案に私のテンションは有頂天になった。

砂藤くんの方に駆け寄る。

 

「「「食う~!!」」」

 

砂藤くんがシフォンケーキを切り分けて渡してくれる。

切り分けるところからワクワクして1番前で見ていたから、1番に渡してもらえた。

垂れそうになる涎を飲み込みつつシフォンケーキにかぶりつく。

 

「ふわふわ……なめらか……さっぱり甘くて……おいしい……!!お店で売れるレベル……!!」

 

「あんまぁい!ふわっふわ!」

 

「ステキなご趣味をお持ちですのね砂藤さん!今度私の紅茶と合わせてみません!?」

 

男子が砂藤くんに文句を言っているけど、何も聞こえない。

砂藤くんはホイップがあるともっと美味しいとか言ってた。まだ変身を残しているとか驚異的過ぎる美味しさだ。

シフォンケーキおいしい!

 

 

 

そしてついに女子部屋のお披露目になった。

 

「マジで全員やるの……?大丈夫?」

 

「大丈夫でしょ。多分」

 

さっきと同じで下から順に見ていくことになった。

最初は私だ。

 

「はい……どうぞ……」

 

特に思うことはないから普通に扉を開けて招き入れる。

男子たちは「おぉ……」なんて言うだけで何も言わない。

ブドウ頭も最初だからかヤバイ思考を行動に移してはいない。他の子の部屋の時はしっかり監視しておかないと……

透ちゃんが安心しているのだけが気になる。どういうことだ。

 

「透ちゃん……?」

 

「え?ああ、私瑠璃ちゃんの部屋はもっとお姉さんでいっぱいだと思ってたから、普通に写真だけでびっくりしただけだよ!」

 

「そういうこと……私も……ポスターとか作りたいけど……お姉ちゃんに嫌がられたら……心が折れちゃうからしてない……」

 

「つ、作りはしたいんだ……」

 

お姉ちゃんは可愛くてきれいで最高のお姉ちゃんなんだからそんなの当り前じゃないか。

そんなことを話していたらお茶子ちゃんがコルクボードに目を付けた。

 

「コルクボード?随分大きいねぇ」

 

「ん……大事な写真……貼ってる……」

 

「お姉さんとの写真ばっかりだね!あとは……最近の透ちゃんとの写真?」

 

写真がお姉ちゃんとの物ばかりだったのが気になったらしい。

 

「……そこに貼ってるの……受け入れてくれた人との写真だけだから……貼った後に嫌われたら……悲しくなっちゃうし……」

 

私が答えると皆の顔が歪んだ。

楽しい雰囲気の中で言うことではなかったか。

そう思っていたら透ちゃん、三奈ちゃんにまた抱きしめられた。他の女子も撫でたりし始める。

 

「これからいっぱい写真増やそうね!」

 

「コルクボードなんかじゃ貼りきれないくらい思い出作っちゃうからね!!」

 

「……そうなったら……困っちゃうね……」

 

「幸せすぎて困らせちゃうから!!」

 

私も自然と笑顔になってしまっていた。

そんなこともあったけど、私の部屋は終わりにして次の部屋に移動した。

 

 

 

次は3階の響香ちゃんと透ちゃんだ。

先に響香ちゃんの部屋に向かう。

 

「……ハズいんだけど」

 

響香ちゃんは恥ずかしそうにしながらも拒否はしていない。普通にドアを開けてくれた。

部屋の中は多種多様の楽器で埋め尽くされていた。

 

「耳郎ちゃんはロッキンガールなんだね!!」

 

「ロック……」

 

「これ全部弾けるの!?」

 

「まぁ一通りは……」

 

響香ちゃんがイヤホンジャックを突き合わせて恥ずかしがる。

そんな響香ちゃんに上鳴くんと青山くんがここぞとばかりに辛口なコメントを始めた。

 

「女っ気のねぇ部屋だ」

 

「ノン淑女☆」

 

淑女っぽい部屋ってなんだろう。ちょっと気になる。

私の部屋の時には言わなかったけど、私の部屋は淑女っぽかったんだろうか。謎だ。

そして当然のように上鳴くんと青山くんは響香ちゃんのイヤホンジャックで制裁された。

 

その次は透ちゃんの部屋だ。

全体的に可愛らしくまとめられたいかにも女子って感じの部屋。

 

「どーだ!?」

 

「お……おお、フツーに女子っぽい!ドキドキすんな」

 

私の時よりも反応がいいのが少し気になる。

それはそれとして私は動き出そうとしたブドウ頭の頭を掴んだ。

 

「……は?」

 

「な、なんだよ!?何もしようとしてねぇよ!?」

 

「……は?」

 

「……ぐっ……何も考えてねぇよ!!言いがかりは「嘘吐きは嫌い……」

 

「……すいませんでした……」

 

部屋の匂いを嗅ぐのはまだいい。

だけど箪笥を開けて下着を見ようとするのは違うだろう。

嘘を吐き続けるようだったら波動で制裁も辞さなかったけど謝って諦めたから許してあげることにした。

他の女子も何をしようとしたのかまでは分からなくても、最低なことをしようとしたこと自体は分かったようだ。

ブドウ頭に厳しい視線を向けていた。

 

その後は虎柄のカーテンとかハート柄の絨毯とか可愛らしくまとめられた三奈ちゃんの部屋とお茶子ちゃんの生活感に溢れる部屋を見て回った。

どっちも男子は私の部屋の時と似たような反応しかしてなかった。

 

最後に5階。百ちゃんと梅雨ちゃんの部屋がある階だ。

梅雨ちゃんの部屋は、梅雨ちゃんが気分が優れないってことで飛ばすことになった。

梅雨ちゃんは爆豪くん救出を止めたつもりだったのに止められなかったことを後悔しているようだった。

中から梅雨ちゃんがこっちの様子を伺っていて少し心配になっちゃうけど、お茶子ちゃんが気付いているからきっと大丈夫だと思いたい。

 

最後の百ちゃんの部屋は、天蓋付きのベッドが部屋を占拠していて皆は外から見ることしかできなかった。

私は手伝っただけとは言っても、このベッドがある部屋に荷物を入れていくのは結構大変だった。

 

そんなこんなで談話スペースに戻ってきて、投票も手早く行われた。

私が投票したのは砂藤くんだ。理由はもちろんシフォンケーキが美味しかったからである。

シフォンケーキがなかったら口田くんに入れていただろう。結ちゃん可愛かったし。

どっちの理由も部屋要素は薄いけど仕方ない。

 

「えー皆さん、投票はお済みでしょうか!?自分への投票はなしですよ!?それでは!爆豪と梅雨ちゃんを除いた……第一回部屋王暫定一位の、発表です!!」

 

三奈ちゃんが投票箱に手を突っ込みながら大きな声を上げる。

私からしたらもう結果は見えているけど、こういうのはワクワクする。

 

「得票数6票!!圧倒的独走単独首位を叩きだしたその部屋は―――砂藤ーーー力動ーーー!!」

 

「はああ!!?」

 

本人が一番びっくりしている。

 

「ちなみに全て女子票!理由は、「ケーキおいしかった」だそうです!」

 

「部屋は!!」

 

案の定上鳴くんや峰田くんとかが怒って砂藤くんが攻撃され始めた。

でもあのシフォンケーキの魔力には抗えないから仕方なかったのだ。

私はともかく百ちゃんすらも唸らせる程の砂藤くんのシフォンケーキが全て悪い。

 

部屋王決定戦が終わって今日は解散になった。

お茶子ちゃんが爆豪くん救出に向かった5人を呼び止めて外に呼び出している。

梅雨ちゃんのことはお茶子ちゃんに任せておけば大丈夫だろう。

私も透ちゃんと話しながら歯磨きをしたりしてから部屋に戻る。

今日はぐっすり眠れそうな気がした。



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必殺技

入寮翌日。

私たちは教室に集まっていた。

 

「昨日話した通り、まずは"仮免"取得が当面の目標だ。ヒーロー免許ってのは人命に直接係わる責任重大な資格だ。当然、取得の為の試験はとても厳しい。仮免といえどその合格率は例年5割を切る」

 

「仮免でそんなにキツイのかよ」

 

峰田くんが相澤先生の説明に怖気づいたような反応を返す。

彼は結構こういう反応を返すことが多い。

エッチなことには興味津々で暴走するくせに、結構ビビりみたいだ。

 

「そこで今日から君らには一人最低二つ……必殺技を作ってもらう」

 

「「「学校っぽくてそれでいてヒーローっぽいのキタァア!!」」」

 

相澤先生の合図とともにミッドナイト先生、エクトプラズム先生、セメントス先生が教室に入ってきた。

皆盛り上がってるけど、必殺技って学校ぽいのだろうか。そこはよく分からない。

 

「必殺!コレスナワチ必勝ノ型・技ノコトナリ!」

 

「その身に染みつかせた技・型は他の追随を許さない。戦闘とはいかに自分の得意を押し付けるか!」

 

「技は己を象徴する!今日日必殺技を持たないヒーローなんて絶滅危惧種よ!」

 

先生たちが順番に簡単な説明をしていった。

 

「詳しい話は実演を交え合理的に行いたい。コスチュームに着替え、体育館γへ集合だ」

 

相澤先生のその言葉で皆行動を開始した。

それにしても、体育館γか。

私はお姉ちゃんとのトレーニングでもう使ったけど、確かにあそこなら皆で同時にトレーニングできるだろう。

セメントス先生もいるし、的も地形も自由自在だ。

 

 

 

体育館γ―――

 

「トレーニングの台所ランド、略してTDL!!!」

 

その略称は大分まずくないだろうか。某ネズミが出てきそうだ。

USJもそうだけどそういう何かにかぶれた感じの名前が多いな雄英。

 

「ここは俺考案の施設。生徒一人一人に合わせた地形や物を用意できる。台所ってのはそういうことだよ」

 

「なーる」

 

「前に使った時は……岩山を作ってくれてた……」

 

「使ったことあったっけ?」

 

私のつぶやきに透ちゃんが反応を返してくる。

 

「ん……お姉ちゃんと……波動の特訓した時に……借りた……」

 

「あ、そういうことね。自主トレかー」

 

そんなことを話していると、飯田くんが勢いよく挙手した。

 

「質問をお許しください!!何故仮免許取得に必殺技が必要なのか、意図をお聞かせ願います!!」

 

その質問を受けて相澤先生は説明を再開した。

 

「順を追って話すよ。落ち着け。ヒーローとは事件・事故・天災・人災……あらゆるトラブルから人々を救い出すのが仕事だ。取得試験では当然その適性を見られることになる。情報力・判断力・機動力・戦闘力……他にもコミュニケーション能力・魅力・統率力など、多くの適性を毎年違う試験内容で試される」

 

つらつらと述べる相澤先生の話を、他の先生たちも引き継いでいく。

 

「その中でも戦闘力はこれからのヒーローにとって極めて重要視される項目となります。備えあれば憂いなし!技の有無は合否に大きく影響する」

 

「状況に左右されることなく、安定行動を取れればそれは高い戦闘力を有している事になるんだよ」

 

「技ハ必ズシモ攻撃デアル必要ハ無イ。例エバ……飯田クンノ"レシプロバースト"。一時的ナ超速移動。ソレ自体ガ脅威デアル為、必殺技ト呼ブニ値スル」

 

例としてレシプロバーストが挙げられて飯田くんが感動している。

つまり自分の中での得意な技の型を作れということらしい。

私だと今のところ、あの波動のかたまりと両手の掌底突きとともに波動放出あたりだろうか。

 

そんなことを考えているとセメントス先生が岩山を作り出して、エクトプラズム先生が多数の分身を出した。

 

これから後期の授業が始まるまで、個性を伸ばしつつ必殺技を作るための圧縮授業をするということだった。

 

「尚"個性"の伸びや技の性質に合わせて、コスチュームの改良も考えていくように。プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備はいいか?」

 

こうして必殺技習得のための圧縮授業が始まった。

 

 

 

エクトプラズム先生の分身の1人と一緒に、少し離れた位置に移動する。

 

「サテ、始メルカ。案ガアルナラ見セテクレ」

 

「案なら……いくつか……」

 

私の返答を受けてエクトプラズム先生は見物の姿勢に入った。

いつでもどうぞってことか。

 

あの波動の塊を作るいつものやり方を始める。

林間合宿の最後に限界ギリギリまで波動を放出したせいか、だいぶ波動の総量が増えていた。

あの夜ほどではないけど、以前よりは大きな塊を作れるようになっている。

両手から放出した波動を循環させながら圧縮すると、すんなりこぶし大の波動の塊が出来た。

それを勢いよく前方の岩山に押し出す。

波動の塊は岩山を少し抉って消滅した。

 

「これなんですけど……」

 

「林間合宿ノ最後デ放ッタト報告ガアッタ技カ……必殺技トシテハ申シ分ナイ。名前ハアルノカ?」

 

「名前……ですか……?」

 

「アア。名前ハ重要ダゾ。自分ノ中ノイメージヲ固メルトイウ意味モアル。シカシ必殺技ハ市民ニ強烈ナ印象ヲ与エル。印象ニ強ク残ッテイルヒーローハ、イルダケデ市民ニ安心感ヲ与エラレル」

 

「なるほど……?」

 

確かにそう言う意味では重要かもしれない。オールマイトなんか技名もすごく有名だし印象にも残っている。

この波動の塊に名前を付けるとなると何がいいだろう。

波動の丸い球体。波動の玉。

真っ直ぐ飛んでいく波動の玉。

 

「波動弾……なんて……どうでしょうか……?」

 

「アア、イイジャナイカ。他ニナケレバソレヲ磨イテイコウ」

 

「他にも……あります……」

 

まだ実践で使える自信はあんまりない技だけど、それは今後の練習次第だ。

そのままの流れで人の大きさくらいの飛び出したコンクリートの前に立つ。

両手に波動を圧縮して、両手で同時に掌底突きをして掌底から一気に波動を噴出する。

人に向けるわけじゃないから加減とかはあんまり必要ない。

目の前のコンクリートは衝撃波が出た掌底付近から向こう側が見える程度の穴が開いてひびが入っていた。

 

「……ソレモ十分必殺技ノ域ニ達シテイルナ」

 

「これ……手以外からも出せます……技名って……どうしたらいいですか……?」

 

「別ニ一ツニマトメル必要ハナイ。技ノ型ソレゾレニ名前ヲ付ケルトイイ」

 

蹴りは蹴りで、掌底突きは掌底突きで名前を付けていいらしい。

まあ同じ個性の使い方でも型が違うだけで名前を変えているヒーローはいっぱいいるし当然か。

じゃあこの掌底突きに名前を付けないと。

こういう時にポンポン名前が出てくる爆豪くんは凄いと思う。

本人に言ったらポンポンじゃねぇよとか言いそうだけど。

掌底突きの名前……

掌から波動を放出しているから、波動掌とか?

でもなんか違う気もする。

 

発勁とかどうだろう。

武術を調べる時に中国武術も調べたけど、気とは違う伸筋の力とか伸展の力とか重心移動の力を勁と言って、武術の深奥のようなものらしい。

そんな勁の力を対象に作用させることを発勁というようだ。

武術の深奥を自分で名乗っちゃうのはちょっと恥ずかしいけど、意気込み的にはいいんじゃないかな。

武術の達人でもそうそう使えない波動の力を使って衝撃波を出して相手に与えるんだから、大きく外れた名前ではないはずだ。

技の名前に波動をつけることに拘る必要はないと思う。

エクトプラズム先生に言ってみたら普通に肯定してくれた。

 

そんな感じで悩んでいると、オールマイトの波動が体育館に近づいてきた。

療養していないでいいのかと思ったけど、ムキムキの姿になって吐血したり『必殺技なんてみたいに決まってるじゃないか』とか考えていたりすごい自由だ。

ズボンの後ろのポケットに付箋がいっぱい付いた本を入れている。なんだあれ。

オールマイトはそのまま皆のところを順番に回り始めた。

 

「名前ハ後カラ付ケテモ問題ナイ。訓練ヲ始メヨウ。波動弾主体ノ遠隔カ、格闘技主体ノ近接カ……ドチラガイイ?」

 

エクトプラズム先生はそう言って提案してくる。

波動弾主体で練習しても波動の量の問題で長続きしないし、格闘技主体で波動をガンガン使って体術を鍛えつつ波動の量を増やすのがいいかな。

 

「格闘技主体で……練習したいです……」

 

「ヨシ、ナラ組ミ手ヲシナガラ技ヲ考エテミロ」

 

そんな感じでエクトプラズム先生との技考案組み手が始まった。

エクトプラズム先生の身のこなしが凄すぎてほぼ当てられないっていう問題がありはしたけど、波動の圧縮放出を繰り返す練習にはなる。

組み手を続けているとこっちにオールマイトが近づいてきた。

どうやら私にアドバイスをしてくれるつもりのようだ。

近づいてきた時点で動きを止める。

エクトプラズム先生も特に疑問に思わずに様子見の状態に入ってくれた。

 

「やぁ波動少女!私がアドバイスして回るぞ!」

 

「はい……お願いします……」

 

「波動少女には遠回しに言っても読まれてしまうから、答えを言おうか。職場体験の後から使っているその技術も凄いが、最初から使っていた身体強化も充分凄かったと私は思うぞ。初心を忘れないことだ」

 

「初心……?」

 

「ああ。さっきからエクトプラズムにやっている衝撃波だけでも十分すごいが、身体強化をした状態なら衝撃波の使い道が増えるはずだ。試してみるといい」

 

つまり緑谷くんがOFAでやっているフルカウルみたいなことをやってみろということか。

確かに身体強化を前提にすれば多少無茶な動きもできる。

というよりも波動の圧縮を推進剤に使った蹴りとかが視野に入ってくると思う。

その動きが出来るならミルコさんの真似が出来るかもしれない。

というよりもオールマイトみたいな体格、パワー、個性に物を言わせた無茶苦茶な動きよりも、ミルコさんみたいな跳躍力と鍛えた身体と技術から繰り出す蹴り技の方が私には真似しやすそうだ。

 

「つまり……フルカウルですね……やってみます……」

 

「ああ。期待してるよ」

 

その後は、エクトプラズム先生相手に足や手を波動で強化しながら圧縮、放出を同時に使う訓練に勤しんだ。

なかなかコツが掴めなくて大変だけど、これが出来ればもっと選択肢が増えそうだ。

 

オールマイトも少しの間私を見てから他の子のところに向かっていった。

去って行く背中をチラリとみたらお尻のポケットのところに、「すごいバカでも先生になれる!」とかいう本が入っているのが見えてしまっていた。

それを見て無性に残念な感じがしてしまう。

頑張ってるとは思うし新米教師として努力しているのは認めるけど、せめてそういう本は隠して欲しかった。特に題名にすごいバカでもなんて書いてある本は。

アドバイスはすごく良かったのに相変わらず締まらないオールマイトだった。



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コスチューム改造計画PART2

必殺技訓練初日の体育館γの使用時間が終了した。

 

先生がコスチュームの改良も並行して考えるようになんて言っていたけど、私も少しできないか気になることがある。

そのためにもパワーローダー先生の所に行くことにした。

私が更衣室に行かずにコスチュームのままパワーローダー先生がいるであろう工房に行こうとすると、透ちゃんが話しかけてきた。

 

「あれ?瑠璃ちゃん、どこ行くの?」

 

「パワーローダー先生に会いに……工房に……相談したいことがあって……」

 

「そうなんだ!実は私も相談したいことがあるんだよ!一緒に行こ!」

 

「ん……分かった……一緒に行こ……」

 

透ちゃんと一緒に夕暮れで赤く照らされた廊下を歩く。

ちなみに青山くんは普通に更衣室で着替えて普通に寮に向かっている。

まぁ校舎内から寮は普通に感知範囲内だ。気にするほどのことじゃない。

青山くんがこっちを気にせずに変な所に行ったりしなければ大丈夫なはずだ。

 

話しながら歩く私と透ちゃんの少し前にはお茶子ちゃんと飯田くん、さらに前には緑谷くんがいる。

私たちが曲がり角を曲がって工房が見えるようになった瞬間、工房の扉が緑谷くんを巻き込みながら爆発で吹き飛んだ。

 

「えっ!?ちょっ、大丈……」

 

透ちゃんが心配しようとしたけど、すぐに動きを止めた。

それも仕方ない。爆発で吹き飛んできた発目さんが、緑谷くんを押し倒して胸を押し付けていたんだから。

押し付けられた本人である緑谷くんの思考と表情もさることながら、私たちよりも近くで見せつけられたお茶子ちゃんの思考と表情もすごいことになっている。

 

私たちがお茶子ちゃんたちに追いついた頃、ようやく発目さんが起き上がった。

 

「突然の爆発失礼いたしました!!お久しぶりですね!ヒーロー科の……えーーー……全員お名前忘れました!」

 

「み……みどりりやいずいずく……」

 

「飯田天哉だ!体育祭トーナメントにて君が広告塔に利用した男だ!!」

 

緑谷くんが胸を抑えて興奮、焦り、その他もろもろがごちゃまぜになった感情を鎮めようとしながら自己紹介しているけど、全然話せてない。

初期の女子全員に対して発動していた人見知り的な感じになっている。

お茶子ちゃんはそれを暗い平坦な表情で凝視していて、自己紹介すらしていない。

 

発目さんはそんな緑谷くんたち一行に見切りをつけて、早々に工房に戻ろうとする。

だけど緑谷くんがコスチューム改良の件でパワーローダー先生に用があると言ったあたりで興味を惹かれたようで、凄い勢いで振り返って緑谷くんに詰め寄った。

 

「発目……寮生になって工房に入り浸るのはいいけど……これ以上荒らしっぱなしのままだと出禁にするぞ……くけけ……」

 

そんな発目さんを止めるようにパワーローダー先生が工房から出てきた。

 

「イレイザーヘッドから聞いてる。必殺技に伴うコス変だろ。後ろの2人もまとめて聞くから、入りな」

 

促されるままに工房に入ると、パワーローダー先生が緑谷くんたちに以前来た時に聞いたような説明をし始めた。

緑谷くんがそれを聞いて自分の要望を言うところまでは良かったんだけど、それに対して発目さんは身体を密着させながら緑谷くんの身体を弄り始めた。

 

「は……発目さん何を?」

 

お茶子ちゃんが、さっきみたいな表情になって汗を垂らしながら質問する。

相当危機感を覚えているらしい。

 

「フフフ、身体に触れているんですよ。はいはい……見た目よりがっしりしていますね。フフフ良いでしょう。そんなあなたには……」

 

そう言ったあたりで、発目さんは緑谷くんから離れてアイテムの山を漁り始めた。

 

「……あれ……邪な思考は一切ない……」

 

「まあ……そうだよね、あの感じは」

 

透ちゃんも微妙そうな顔をしている。

だけど、少し考えた後に思い直したのか、ワクワクした顔をし始めた。

思考の内容としては『一切恋愛感情のないライバルの登場でお茶子ちゃんと緑谷くんの仲が一気に進展するのでは!?』というものだ。

流石にどうかと思うけど……余計な焚き付け方しないように釘を刺しておくか。

 

「透ちゃん……ダメだよ……」

 

「ん?ああ、流石にこじれたりしそうだし余計なことはしないよ。まあ恋バナで根掘り葉掘り聞いたりはするだろうけど」

 

「ん……そのくらいなら……いいのかな……?」

 

馬に蹴られない程度につっつくのは、まぁいいのかな……?

そんなことを話していると、発目さんはお探しの物を見つけたらしい。

発目さんはそのまま緑谷くんにパワードスーツを着せて腰を捩じ切りそうになったり、パワーローダー先生に要望を伝えていた飯田くんの腕にジェット噴射するブースターを強制装着して天井にぶつけたりと好き放題していた。

まあその後のやり取りも含めて、緑谷くん的には収穫があったみたいだし良かったのかもしれない。

お茶子ちゃんの"酔いを抑えたい"という要望にも発目さんは目敏く反応してよく分からない樽状のアイテムを押し付けようとしていた。

発目さんは男女見境なく興味が引かれる内容にアイテムの押し付けや開発で対応しているだけで、悪い人ではないんだろう。

 

 

 

そんなこんなで先に対応してもらっていた3人組の話が終わって私たちの番になった。

お茶子ちゃんたちは先に戻っていった。

まあお茶子ちゃんはここに残っていても発目さんに色々削られていくだろうしその方がいいだろう。

 

「んで?そっちの2人の用件は?」

 

「じゃあ私から!この前作ってもらったコスチュームみたいに透明の、マントというか……スカーフみたいなの作って欲しいんです!」

 

「……忍者みたいなの……?」

 

「そうそれ!」

 

透ちゃんの思考から思い浮かんでいそうなものを言語化してみる。

 

「エキスポの時に思ったんだよね。通信機とか何かを使ってても頭を覆って隠せるものが欲しいなって!そうしたら私が隠密行動してる時も連絡が取れるし!マントだと大きすぎて邪魔になりそうだし、ただのスカーフだと小さすぎるから!だから忍者みたいなのを首に巻いておきたいなって!」

 

「そのくらいなら前回のノウハウもあるし、前よりは期間はかからないだろうね。いつでも修理や変更の要望に応えられるようにある程度は髪の毛を培養しておくと言っていたから、今回は髪の毛なしでも行けるだろうし」

 

「本当ですか!?」

 

確かに透ちゃんが隠密行動中も通信機を使えるなら、取れる選択肢の幅が一気に広がる。

私との合わせ技なら私の声だけ通信機で聞いて透ちゃんが伝えたいことは思い浮かべるだけでいいから、エキスポの時みたいな状況だともっと効率的に動ける。

凄くいい追加案な気がした。

透ちゃんのコスチュームが最初は手袋とブーツだけだったとは思えない進歩だ。

それにしても、ぴっちりボディスーツに忍者風スカーフ……透ちゃんのコスチュームがどんどん現代版忍者みたいな感じになっていっている。

今のところやってることは隠密行動中の忍者そのものだからイメージ通りではあるんだけど。

 

「次。そっちはどうしたい」

 

「はい……私は……波動の枯渇を……なんとかしたくて……」

 

「波動の枯渇?」

 

私が要望をパワーローダー先生に伝えると、透ちゃんが聞いてきた。

 

「ん……そう……出来ることなら……波動をあらかじめ溜めておいて、必要な時に取り出せる……みたいな装置……そういうのが欲しい……」

 

「な、なんか大分難しそうだね……」

 

確かに難しいことだろうし、前例がないであろうことをやってもらおうとしていることは分かっている。

でも、実際にこれが出来ると私の波動の枯渇問題の解決に近づくと思う。

普段からそこに波動を貯めておいて、必要な時に取り出してそれを利用できるなら枯渇して消えそうに、なんてことにはそうならないと思う。

 

「フム……ちょっと待ってな」

 

パワーローダー先生はどこかに電話し始めた。

しばらく透ちゃんと話しながら待っていると、電話が終わったパワーローダー先生がまた近づいてきた。

 

「待たせたな。流石にここでは対応できないからそれ作った事務所に確認したら、作れないことはないだろうってさ」

 

「本当ですか……!?」

 

「ああ。もともと波動が使える生徒のコスチュームと聞いて、波動の研究者に渡りをつけていたらしくてね。その手の棘。それに波動の伝導率のいい素材を使ってたらしい。それを改良して波動を貯め込みやすい物質を作るのは、まあ不可能ではないだろうってさ」

 

波動を研究している人。もしかしてI・エキスポで波動が見える眼鏡とか作ってた人だろうか。

確かにあれが作れる人なら、波動について凄く詳しそうだ。

 

「前回は、体内の波動を移動させて打撃に使うと聞いていたからその形状にしたらしいな。波動を貯めておくとなると用途が変わるから、棘から耐久性の高い形に変更も考えたいから要望を教えてくれってさ」

 

「なるほど……?」

 

棘を有効に使えたのは期末試験の時だけな気がしないでもない。

そして波動タンクにしようとするなら、棘から破損の可能性が低い別の形に変えた方がいいというのも理解できる。

でも形を変えるとして、耐久性が高い形なんて言われても球体みたいな感じしか思いつかないんだけど。

 

「球体からそぎ落とした感じのを……今の棘の所につけるのはどうでしょうか……?」

 

「悪くはないんじゃないか?まあ少なくとも先が欠けたりする可能性のある棘よりは、角もないからよっぽどいい。じゃあそれで伝えるぞ」

 

「はい……お願いします……」

 

パワーローダー先生が要望を紙にメモしていく。

だけど、棘の所を改造するとなるとコスチュームは1回事務所の方に送った方がいいということだろうか。

 

「じゃあ……コスチュームは送った方がいい感じですか……?」

 

「いや、その棘だけ外して送る。それで出来上がった手の甲につけるパーツだけ送り返してもらって俺がここでつける。その方が無駄がないからな」

 

それならすごく助かる。流石に必殺技の訓練は体操服じゃなくてコスチュームでしたい。

 

「それで1つ注意だが……あくまで作るのは波動を貯め込みやすい物質であって、そういう装置じゃない。それに波動を込めたり取り出したりってのは個人の技量に頼ることになるだろうってのが見解らしいから、努力は必要だからね」

 

「はい……出来るように頑張ります……ありがとうございます……」

 

他の物に込めた波動を取り出せるかは正直分からない。

ただ自分の波動を空中に出して、それを操作して波動弾にしたり出来ているのだ。

自分の波動なら、物質からも取り出したり出来る可能性があると思う。

そこからは私の努力次第だろう。

 

パーツに関しては、届いたらパワーローダー先生が連絡をくれるらしい。

用件は済んだし、先生にお礼を言って工房を後にする。

その後は着替えて寮に戻った。

寮に戻ったあたりで砂藤くんがキッチンでお菓子を作っているのが見えた。

あの匂い的にレモンシフォンケーキかな。早く食べたい。

百ちゃんの波動から、紅茶を淹れようと考えているのも伝わってくる。百ちゃんの紅茶の淹れ方を教わるのもいいかもしれない。

とりあえずシャワーを浴びたらキッチンに行ってみようかな。もしかしたら味見させてくれるかもしれないし。



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寮の夜(前)

透ちゃんと一緒にシャワーを浴びた後、のんびり着替えて脱衣所を出る。

今日は峰田くんもこのタイミングでお風呂に入っていたから、覗きの心配をしなくてよくて楽だった。

透ちゃんと並んで歩いていると、窓の方を見た透ちゃんの叫び声が寮の1階に響き渡った。

 

「キャー!覗き魔がいるー!!」

 

透ちゃんが見ていた窓の方には物間くんの波動を感じる。

物間くん、どうやらA組の寮の視察に来たらしい。

私の個性の詳細を知っているのにわざわざ隠れる辺り謎の行動を取っているなぁとは思うけど、物間くんはいつも通りでしかない。

 

透ちゃんのその悲鳴を聞いて談話スペースで談笑していた上鳴くん、尾白くん、砂藤くんが駆けつけてきた。

 

「えっ、峰田は風呂だぞ!?」

 

男子からもそういう認識をされているブドウ頭に少し笑ってしまう。

私の様子を見たからか、3人もお風呂を覗かれた訳ではないとすぐに分かったらしい。

 

「峰田くんじゃなかったよ!一瞬だったんだけど、なんかニヤけた顔があそこの窓から覗いてたんだ……!瑠璃ちゃん、誰か分かった!?」

 

「皆の言う通り……峰田くんは男子のお風呂……今のは物間くん……」

 

透ちゃんが指さす玄関側の窓の近くに感じるのは変わらず物間くんだ。

私の返答を聞いた瞬間、透ちゃん含めた皆がすごく拍子抜けしたような顔で安心しだした。

 

「なぁんだ、物間くんかー」

 

「物間って、また何かしにきたのか?あいつ」

 

「どうせまた煽りに来たんだろ?」

 

そんな感じで話していると、透ちゃんが悲鳴を上げた時に離れた所にいた他の人たちも少しずつ集まってきた。

 

「なんだどうした?」

 

「どうしたの?」

 

お風呂に行こうとしていた切島くんが第二陣として来て、その後に緑谷くん、飯田くん、轟くんがなにごとかと駆け寄ってきた。

 

「あ、ごめんね!さっきそこから覗いてた人がいてびっくりしちゃって!瑠璃ちゃんが言うには物間くんらしいんだけど……」

 

透ちゃんがそう返答した時、ドアがドンドンドンッ!と激しく叩かれた。

物間くん、今日は大分乱暴な感じだなぁなんて思っていると、飯田くんがこれは物間くんなのか確認するように私をちらりと見てきた。

私が肯定の意味を込めて頷くと、飯田くんはドアの方にツカツカと歩いて行って扉を開けた。

 

「オイオイオイ!客人が来ているのに随分と待たせるじゃないか!?さっすがA組、随分とでかい態度だね!!」

 

開けた瞬間からHAHAHAHAと響き渡る物間くんの高笑い。

一昨日聞いたときはこの高笑いももう少し印象が違ったんだけどなぁと思って少し残念な感じがしてしまう。

 

「客人って、覗きしてたじゃん……」

 

透ちゃんが寮の中を見渡していた物間くんにげんなりした感じで声をかける。

 

「人聞きが悪いことを言わないでくれよ。誰かいるかなって見ただけだよ」

 

「それを覗いていたと言うのでは?」

 

飯田くんの指摘も、物間くんは素知らぬ顔でスルーする。

埒が明かないと判断したのか、緑谷くんが物間くんに声をかけた。

 

「それで……何の用があって来たの?」

 

「用がなくっちゃ来ちゃいけないって?」

 

「いやっ、そういう意味じゃなくてっ」

 

物間くんはこちらを弄って大分満足したのか、ようやく本題を話し出した。

 

「視察に来たんだよ。A組とB組の寮に差があるかもしれないだろう?」

 

物間くんのその言葉に、集まっている皆がきょとんしている。

 

「差とか……ないよ……?全部同じ間取り……」

 

実際、寮に違いなんかない。そのことを私が伝えるけど、物間くんは一蹴してきた。

 

「ハッ!君は他のクラスの寮に行ったのかい?」

 

「……行っては……ないけど……」

 

「じゃあ違いなんて分からないじゃないか。明るさや置かれている調度品とかが違う可能性もある」

 

物間くんの指摘に、飯田くんが再度確認するようにこちらを見てきた。

 

「……その辺りの違いは分からないのかい?」

 

「ん……色は……濃淡が少し分かるくらい……明るさも……ほぼ分からない……」

 

「なら一理あるのか……」

 

飯田くんは納得しているけど、私の個性で分からないことを把握している物間くんに対して、透ちゃんを筆頭に疑惑の視線を向け始めている。

 

「なんで物間くんが瑠璃ちゃんの分からないこと知ってるの?」

 

「君は争う相手の個性を研究しないのかい?憎きA組の脅威の1人である感知個性を、研究していないわけがないだろう!?自然と僕たちを下に見るその態度!!これだからA組は!!」

 

物間くんがどう言い訳するのかと思ったけど、当たり障りなくA組を煽りながら煙に巻いていた。

律義ではある。律義ではあるんだけど……性格が捻じ曲がっているせいで釈然としない。

 

「じゃあ納得したね!なら確かめさせてもらってもいいよね!?ね!!ね!!!」

 

結局、そうやって物間くんはA組の寮の視察許可を無理矢理もぎ取っていった。

 

 

 

さっき集まっていた砂藤くんを除いた男子たちは、物間くんの視察についていった。

砂藤くんはシフォンケーキを仕上げるために残っている。

私と透ちゃんもそこまで興味がなかったから普通に共有スペースに残っている。

私はもともと砂藤くんのお菓子作りを見学したかったし、予定通りだ。

この前のシフォンケーキにレモンまで足したらきっともっと美味しいだろう。

味を想像して顔が緩んでしまう。

 

「んじゃ俺はシフォンケーキ仕上げるからキッチン行ってるぜ」

 

「私も行く……レモンシフォンケーキだよね……楽しみ……」

 

「お、おお。そうだけど、匂いだけで分かるのか。すげぇな」

 

「瑠璃ちゃんは相変わらずだねぇ」

 

ちょっと引き気味に言う砂藤くんに、透ちゃんが慣れたような感じで言ってくる。

結局3人でキッチンに行くことになった。

透ちゃんは完全に見学でしかないけど、私はジャスミンティーの作り置きを作っておいて冷蔵庫に入れておこうと思ったのだ。

まだ暑いし、いつお姉ちゃんが来ても冷やしたジャスミンティーで歓迎できるように準備をしておかないと。

 

以前まとめて香りづけしておいた茶葉を使ってお茶を入れていく。

今回の茶葉はベーシックに緑茶に香りづけしたやつだ。

予めガラス製のポットにお湯を入れて温めておいたり、色々工夫するところはある。

淹れながら透ちゃんにその説明をしているとはぇ~みたいな反応を返されて少しドヤ顔をしてしまう。

 

蒸らしの段階に入ったところで砂藤くんが作っているシフォンケーキを覗き込む。

相変わらず凄い完成度。

私もお菓子は作れるけど、砂藤くんほどの出来にはまだできない。

 

「…………味見、するか?」

 

「いいの!?」

 

「私もいい!?」

 

凝視するレベルで見ていた私に根負けしたのか、砂藤くんが声をかけてくれた。

私は即答で返事をした。透ちゃんも私に続いて味見を要求する。

甘味の魔力には抗えないから仕方ない。

本当に味見サイズだけどカットの時に薄く切ったのを渡してくれた。

昨日の好評を受けて今日は多めに作ったみたいだった。

一口食べただけで口の中に幸せが広がる。

味見サイズだったのもあってすぐになくなってしまった。

 

そんな感じで色々やっていたらキッチンに百ちゃんが来た。

どうやら紅茶を淹れに来たらしい。

 

「波動さんに葉隠さんに砂藤さん。奇遇ですわね」

 

「ん……砂藤くんが……シフォンケーキ作ってるから……作り置きの茶葉でジャスミンティー淹れてた……ついでにアイス用に大量生産中……」

 

「シフォンケーキ、美味しかったですものね。もしかして、皆さんの分も?」

 

「おう。昨日のシフォンケーキが評判よかったからな。今日はレモンシフォンケーキ作ってみたんだよ」

 

「私はその見学!!」

 

私の言葉を受けて、百ちゃんが少し困った感じの反応をした。

紅茶を作ったら過剰になってしまわないか心配しているみたいだ。

 

「……私も紅茶を淹れようかと思ったのですが、波動さんがもう淹れているなら余ってしまいますかね?」

 

「……多分……そろそろB組の子が……物間くんを回収しに来るから……百ちゃんも……淹れよ……?」

 

「まあ!お客様ということですね!そういうことなら、気合を入れて淹れさせていただきますわ!」

 

張り切った百ちゃんが手際よく紅茶を淹れていく。

やっぱり百ちゃん、茶葉に凄いこだわりがある。色んな種類の茶葉を用意してあった。

今日はレモンシフォンケーキってことで、それにあう紅茶を淹れているみたいだ。

 

「そういえば……百ちゃんに……聞きたいことがあって……」

 

「あら、なんでしょうか?」

 

「ん……ジャスミンティーで……ミルクティーを作ろうと思ってるんだけど……ジャスミンティーだけだと……味を諦めて……香りを強くするくらいしか……方法がなくて……味の補強のために……紅茶も少し混ぜてみたい……香り弱めの……コクが強い紅茶とか……ない……?」

 

「香りが弱くてコクのある紅茶ですか……」

 

私はジャスミンティーに変化をつけるために、香りづけをする茶葉の種類を緑茶から変えてみたり、工芸茶を作ってみたり色々な方法に手を出している。

その中の1つで、ミルクを混ぜてミルクティーにしてみる方法を考えているんだけど、どうにもうまくいかないのだ。

どうしてもミルクの味が強くて負けてしまう。

香りが弱めの茶葉を使うと、香りすら負けてしまうのだ。

そこで私が考えた対策が、もう味を度外視して香りの強いジャスミンティーを作ってミルクを混ぜる方法だった。

これ自体は悪くなかったんだけど、どうしても香りを楽しむミルクティーでしかなくなって味気ない感じになるのだ。

それを受けてさらに考えたのが、他のお茶とブレンドする方法だ。香りはもう十分あるんだから、香り以外の要素。コクがあるお茶を探していたのだ。

そこで紅茶に詳しい百ちゃんに聞いてみた感じだ。

百ちゃんがまた少し考え込んでいる。

その思考には、色んな紅茶の名前が浮かんでは沈んでいっている。

 

「それなら、アッサムなどはいかがでしょうか?配合率で個性が消えてしまうので近場で買おうとすると注意が必要ですが……アッサム茶葉100%ならコクのある濃厚な味わいの紅茶になりますわ。もともとミルクティーに向いている紅茶でもありますし、きっと合うと思います」

 

「なるほど……アッサム茶葉100%……覚えた……ありがと……」

 

「お気になさらず。それに、アッサムなら私のストックがありますし、お分けしましょうか?」

 

「いいの……?」

 

「ええ。遠慮せずにお使いください」

 

「じゃあ……ちょっと分けて欲しいな……」

 

百ちゃんは教えてくれるだけじゃなくて、にこやかに使っていいと言ってくれた。

百ちゃんがすごく優しい。いい感じのジャスミンミルクティーが出来たら1番に飲んでもらおう。



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寮の夜(後)

百ちゃんの紅茶も後は仕上げの段階になって、私も新しくストック分以外のジャスミンティーの仕上げ以外終わった頃、寮の呼び鈴がなった。

波動からして拳藤さん、角取さん、鉄哲くんの3人が寮の前に来ていた。

ドアを開けると、案の定申し訳なさそうな顔の拳藤さんが立っていた。

 

「毎度ごめんな。物間来てるよね?回収しに来たんだけど」

 

「待ってた……入って……物間くんの所……案内するね……」

 

寮の中に3人を通す。

そのまま物間くんがいる切島くんの部屋まで案内した。

 

 

 

部屋に着くと、ちょうど物間くんがいつものようにA組を罵っている所だった。

 

「B組はねぇ、陰でそういう努力をしてるわけ!調子乗っちゃってるA組はどうせ部屋で寛ぐことしか考えてないんじゃないのぉ!?そういうとこだよ、そういうとこ!やっぱりA組の寮を見にきてよかったよ!遠慮なく自堕落な生活をして僕らB組の足元に跪いて「跪くのはお前だ」

 

拳藤さんがいつも通り物間くんの首に素早く手刀を繰り出した。

物間くんは「あうっ」なんて情けない声を出して崩れ落ちていく。

拳藤さんはそんな物間くんを速やかに拾い上げた。

 

「何やってんだよ、物間!」

 

「物間クン、A組行ッテくるッテ出テ行キマシタノ、ビックリしィマシタ」

 

どうやら角取さんの発案で、拳藤さんを連れて物間くんの回収に来てくれたらしい。

鉄哲くんは、近いとはいえ夜道を女子だけでは危ないということで付いてきたボディガードみたいだった。

 

 

 

その後、大人しくなった物間くんを拳藤さんが運んで皆で談話スペースに戻った。

私と百ちゃんと砂藤くんは一度キッチンに引っ込む。

砂藤くんがシフォンケーキを切り分けて、私と百ちゃんはお湯をポットに注いで紅茶とジャスミンティーを完成させていく。

そんな感じでお茶とお菓子の準備をしていても、談話スペースの方の声は普通に聞こえてきていた。

 

「本当に毎度、物間がごめんな」

 

拳藤さんが物間くんの代わりに謝っている。そんな拳藤さんに無理矢理頭を下げさせられている物間くんが、不満そうに異議を唱えた。

 

「……ちょっと拳藤、邪魔しないでよ。せっかくどこかボロを出さないか偵察してたのに」

 

「おい、さっき視察って言っただろ」

 

私たちが準備した物を持ってキッチンを出ると、ちょうど物間くんが拳藤さんの手を退けて頭を上げたところだった。

 

「フン、せっかくB組代表として遊びに来たのにお茶も出ないのかなぁ!?全くこれだからA組……は…………」

 

お茶が出ないことを罵倒した後で、私たちがお茶とお菓子を持って出てきていたことに気がついたらしい。

物間くんも流石にタイミングが悪くて言い淀んだ。

そんな物間くんを上鳴くんがニヤニヤとしながら見ていた。

 

「お茶が、なんだって?」

 

物間くんも言い返せないみたいだった。

だけど、上鳴くんも罵倒されてイライラしていたとはいっても、人の褌で相撲を取るような言動は慎んだ方がいい。後で自分に返ってくることもあるし。

談話スペースの机の上に来客用のティーセットに淹れた紅茶と私の私物のガラス製のポットに淹れたジャスミンティー、砂藤くんのシフォンケーキを置く。

A組はもう分かるだろうけど、B組は分からないだろうから百ちゃんが説明を入れる。

 

「砂藤さんのケーキと波動さんが淹れたジャスミンティー、私がブレンドしたお紅茶ですわ。お口に合うといいのですけど」

 

「ん……ジャスミンティー……茶葉の香り付けからしてる自信作……飲んでみて……」

 

「今日のケーキはレモンシフォンケーキだぜ。ホイップクリームは蜂蜜入れてみたんだ。みんな、授業で疲れてるかと思ってよぉ」

 

紅茶とジャスミンティーはどっちでも選べるようにしてある。

まあ多分ジャスミンティーの方が余るだろうけど、そしたらストックのアイスの方にまわせばいいだけだ。

花の香りを楽しむお茶だし、人を選ぶ味なのは分かってるからこの辺は仕方ない。

 

「これ本当に砂藤が作ったのかよ!?」

 

「とってもオイシソウデース!」

 

「実際……砂藤くんのケーキはおいしい……最近食べた中でもトップランク……ランチラッシュのデザートと……いい勝負してる……」

 

砂藤くんのお菓子に、角取さんと鉄哲くんは目を丸くして驚いている。

そんな2人に対して、拳藤さんは申し訳なさそうにしていた。

 

「なんかごめんな、気を遣わせて……」

 

「いえ、本当に初めてのお客様ですもの。当然ですわ。さ、どうぞ遠慮なさらず」

 

「そう?それじゃあ……いただきます」

 

百ちゃんが食べるように勧めて、拳藤さんたちはケーキを食べた。

私も一緒にケーキを食べ始める。

砂藤くんのシフォンケーキは相変わらず美味しい。

昨日砂藤くんが言っていた通り、ホイップが乗っていてさらに美味しい。

なんだこれ。食べるのが止まらない。

 

「……うまっ!……このお茶もすごい香りいいしっ!」

 

「甘いもんそんなに食わねぇけど、これはうめぇわ!」

 

「この紅茶もピッタリデス!」

 

拳藤さんたちがケーキを堪能しながら食べ進める中、物間くんは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 

「……ちゃんとしたおもてなししないでくれる……」

 

嫌味を言う物間くんも、ケーキを憎々し気に睨みつけながらではあるけど、しっかりと食べ進めていた。

そんな物間くんに対して、上鳴くんが相変わらず虎の威を借る狐みたいな感じで食って掛かる。

 

「砂藤のケーキの前じゃ、お前も完敗だな!」

 

「フン、あんな部屋のキミに言われても何も悔しくないね」

 

案の定言い返される上鳴くんだけど、正直あの部屋は取っ散らかった感じだから言われてもしょうがないんじゃないかな。

昨日の皆の反応が全てだと思うんだけど。

 

「そんなに言うくらいだから、お前の部屋はさぞかしセンスがいいんだろうな!?これでだっせぇ部屋だったら大笑いしてやる!」

 

「ダサくなかったら何してくれる?」

 

物間くんはダサいと言われるなんて全く思っていないみたいで、自信満々だった。

そんな物間くんの様子に一切気が付かずに、上鳴くんは売り言葉に買い言葉で言い返していく。

 

「電気で茶を沸かしてやる……いいや、B組の風呂を沸かしてやるよ!!」

 

そんな上鳴くんの発言に満足したのか、物間くんはスッとスマホを上鳴くんに見せた。……写真撮ってあるのか。

 

「これ、僕の部屋」

 

画面を見た上鳴くんは、絶句して何も言えなくなってしまった。

私と透ちゃんも気になって、物間くんのスマホを覗き込んでみる。

 

「なにこれ、超おしゃれ!!」

 

それを見た瞬間、透ちゃんが驚きの声を上げた。

それも納得のお洒落な部屋の写真がスマホには映っていた。

パステルカラーの壁紙に調和した白いアンティーク調の家具類、さらには絶妙な配置とカラーコディネート。

窓の外にエッフェル塔が映っていてもおかしくない程完璧なフレンチスタイルの部屋だった。

 

「ん……センスの塊……凄い……」

 

「可愛い!」

 

「かわいい……?」

 

「まぁ、こういう部屋もステキですわね」

 

透ちゃんの感想はよく分からなかったけど、お嬢様思考でセンスが飛び抜けている百ちゃんにすら言われるくらいだし、文句のつけようがないだろう。

つまり、上鳴くんはB組のお風呂を沸かす必要があるってことだ。

 

「上鳴くん……人間湯沸かし器、頑張ってね……」

 

「ぅぐっ……!波動……死体蹴りはやめてくれ……」

 

私が上鳴くんを弄っていると、物間くんも鼻息荒く近づいてきた。

 

「で、いつ沸かしてくれるのかなぁ!?でも勢い余って感電なんかさせないでよ!?あぁ怖い怖い!!」

 

「いい加減にしろ」

 

調子に乗り始めた物間くんを拳藤さんが早々に制裁して黙らせた。

 

その後はお部屋披露の流れで、拳藤さんと角取さんの部屋も見せてもらった。

拳藤さんの部屋が下手な男の子よりもかっこいい部屋。バイクの写真とかもあって男っぽいって言う方がいいのかもしれない。

角取さんはアニメのポスターやフィギュアが所狭しと飾られているオタク部屋だった。

透ちゃんがその中の"美少女忍者シノビちゃん"っていうアニメにすごくいい反応を示していた。

昔好きだったアニメらしい。角取さんと一緒に「ニンニン」って言ったりするくらいには好きだったようだ。

だから透ちゃんのコスチュームが少しずつ忍者に寄っていっているんだろうか。

昔の憧れをコスチュームに反映していってるのかな。

緑谷くんも角取さんの部屋の写真に映っている日本未発売の限定オールマイトフィギュアに驚愕して、今度実物の写真を撮らせてもらえるようにお願いしていた。

 

そんな感じでA組とB組でほのぼのと交流していると、ケーキを食べ終わった物間くんが立ち上がった。

 

「ほらもう帰ろうよ。こんなとこに長居は無用」

 

「ちょっと待てよ。勝手に来て、部屋けなして、ケーキ食って帰る……?随分やりたい放題じゃねーか。このまますんなり帰れると思うなよ……?なぁ尾白」

 

「うん。言われっぱなしなのはちょっとね……」

 

上鳴くんだけじゃなく、普通呼ばわりされた尾白くんも不満だったらしい。

物間くんも普段はA組からからまれることなんてほぼないから、この状況を認識した途端すぐにいつもの状態に戻った。

 

「えええ!?それじゃあどうするの!?帰さないって言ったからには、何かあるんだろうねぇ!?勝負!?勝負する!?どっちが上かはっきり決めちゃう!?」

 

「物間くん……楽しそう……」

 

思ったことを口に出すけど、私の声には誰も反応せずに流されてしまった。

物間くんは止めに入ろうとする拳藤さんすらも無視して飯田くんを言い包め、最終的に轟くんが発目さんに貰ったゲームで決着をつけることになった。

 

 

 

轟くんが持ってきたのは海賊危機一髪みたいなゲームだった。

まぁ作ったのが発目さんみたいだから、要警戒のゲームだとしか思わないんだけど。

皆にはまだ発目さん作だと伝わっていなくて、ただの大きな海賊危機一髪だと思われている。

ここで水を差すのもあれだし、透視した感じでも爆発とかそういう危ないのはなさそうだからもう傍観しようかな。

B組の人数に合わせて、各クラス男女2人ずつでメンバーを選出することになった。

こっちの男子は部屋を貶された上鳴くんと尾白くん。あとは女子を決める必要がある感じだ。

 

「はいはい!面白そうだから私もやりたーい!」

 

透ちゃんが元気よく挙手して立候補する。ここまではいい。

ただ、透ちゃんが私を誘おうとしているけど、私は参加しない方がいい。

どれが飛ぶ装置に繋がっているか見えているから意味がない。

 

「瑠璃ちゃんもやろーよ!!」

 

「私は……ダメ……」

 

「え?なんで?」

 

「なんでもなにも……飛ばす機構に繋がってる穴……波動で見えてる……答えを知ってるのに……参加しちゃダメ……」

 

「えー、残念」

 

「なんか面白そうなことしてるね!女子の参加者必要なら私もいい!?」

 

「ん……どうぞ……」

 

今ちょうどお風呂を上がったらしい三奈ちゃんが参加希望してきて参加メンバーが決まった。

 

 

 

始まった海賊危機一髪はカオスでしかなかった。

海賊が飛ばない穴は、剣を刺すと電流とかの罰ゲームが行われる仕様になっていたのだ。

轟くんから発目さん作だと伝えられた時に一時は中止にすべきだなんて意見も出たけど、物間くんの煽りでゲーム続行になっていた。

罰ゲームが電流で最初は余裕ぶっていた上鳴くんだったけど、凄い多種多様な罰ゲームがあることが発覚してからあからさまにビクビクして私に声をかけてきた。

 

「な、なぁ波動……?罰ゲームがない穴とかないか……?」

 

「……それ、言っていいの……?ズルじゃない……?」

 

「そんなこと言わずにさぁ……!」

 

「ハハハハ!!さっきまでの威勢はどこにいったんだい!?随分と弱腰じゃないかA組!!」

 

案の定弱気になった上鳴くんが物間くんに煽られる。

まぁ私が言ったところで何も変わらない。だって罰ゲームと思われる装置に繋がってないの、海賊を飛ばす穴だけだと思う。

なら余計なことは言わずに黙っているだけだ。

透ちゃんが心配ではあるけど、続行も自分の意思で決めたんだから私が邪魔しない方がいい。

 

そんな混沌としたゲームはしばらく続いて、ついに最後の2つの穴になった。さらに三奈ちゃんが剣を刺して罰ゲームを当てて、残りは海賊が飛ぶ穴だけになる。

物間くんが負け確定なんだからと渋っていたけど、結局剣を刺すことになった。

海賊は案の定刺した瞬間に飛んでいく。そして、飛んだ瞬間に「おめでとうございます!」という発目さんの声が響き渡った。

どうやら発目さんは、ゲーム発売当初の飛ばした方が勝ちのルールで作っていたらしい。だから飛ばない穴が軒並み罰ゲームなのか。

そのせいもあって最初に決めた飛ばした方が負けか、発目さんが決めていた飛ばした方が勝ちかで喧嘩が始まってしまいそうになっていた。

だけど、拳藤さんの「っていうかさ、延々罰ゲーム受けただけじゃん……」という一言で、全員我に返った。

 

「……今日はこれで帰るよ」

 

皆疲労感まで思い出していて、物間くんのよろめきながらのその一言に反論する人はもういなかった。

 

 

 

「……ご近所付き合いって大変なんだな」

 

「いや、物間が大変なだけじゃない?」

 

「物間くん以外……皆良い人……物間くんも……性格さえ無視すれば良い人……」

 

「いや、あの性格は無視できないでしょ……」

 

嵐のように去っていった物間くんたち。

今後も幾度となく繰り返されるだろうやり取りを想像して、皆苦笑いを浮かべていた。



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休日(前)

夏休みであっても必殺技訓練とヒーロー基礎学の授業を行っている日々の合間の休日。

 

午前中はお菓子作りをしていた。砂藤くんのお菓子に触発されて、私もお菓子作りに力を入れてみたのだ。

今日はフィナンシェを作ってみた。もう焼成も終わって常温で置いてある。

透ちゃんが味見と称して1個早々に食べていたけど、反応も悪くなかったからきっと大丈夫だろう。

 

午後になってから私は響香ちゃんの部屋で百ちゃん、お茶子ちゃん、透ちゃんと一緒に楽器を触らせてもらっていた。

 

「うおおおお、鳴ったぁ!」

 

お茶子ちゃんがギターの弦を弾くとギューン!と大きな音がする。

その横では百ちゃんもギターを持って悪戦苦闘していた。

 

「耳郎さん、ピックの持ち方はこうですか?」

 

「そうそう、で、肘と手首で弾く感じでやってみて」

 

そんな様子を眺めつつ、透ちゃんが唐突にエアギターを始める。

 

「あたしの魂の音を聴けー!!」

 

「魂の音は……よく分からないけど……エアギター……上手……すごい……」

 

「それエアギターなんだ……」

 

透ちゃんの言っていることはよく分からないけど、エアギターは結構様になっていた。

今にも音が聞こえそうなくらい真に迫っていた。

他の人からは服が動いているようにしか見えないからエアギターには見えないだろうけど。

透ちゃんはこういう見えないよって突っ込まれそうなボケをよくしている。きっと透ちゃんの持ちネタなんだろう。

 

私もギターを触らせてもらっているけど、本当に音が鳴るだけだ。

確かコードとかそういうのがあるんだったかな。当然そんなものは知らないし、響香ちゃんの思考からコツとかを読んでもさっぱり弾けそうにない。

とにかく演奏するなんてとてもではないけど無理な感じだった。

 

「……難しい……」

 

「まあ最初はそんなもんだよ」

 

「仕方ない……けど……ちゃんとした演奏も……聞きたい……」

 

ちょっと期待しながらちらりと響香ちゃんを見る。

他の皆もその意見に同調してくれた。

 

「確かに!響香ちゃんの演奏聞いてみたい!」

 

「確かにお手本を見てみたいですね」

 

「うんうん!響香ちゃん!お手本お手本!」

 

「えー?……それじゃあちょっとだけね」

 

皆のリクエストに、響香ちゃんは恥ずかしそうにしながらギターを弾き始める。

私たちが出す拙い単発の音と違って、ちゃんとした曲をギュギューンと華麗な指捌きで弾いていく。

私は詳しくないけど、素人目にはプロレベルに見える。

 

「すごいカッコイイ!」

 

「プロみたいだったよ!」

 

「カッコイイ……上手……!」

 

「アンコールですわ、耳郎さん!」

 

「ええ~っ、ちょっとヤメて!」

 

私たちの称賛の声とアンコールの要求に、響香ちゃんは顔を真っ赤に染める。

この後響香ちゃんの部屋が即席のライブ会場になったのは言うまでもない。

 

 

 

そんな感じでライブをしてくれていた響香ちゃんの演奏にも区切りがついて、休憩しながらワイワイ雑談をしていた。

部屋の前で複数人の波動が止まったと思ったら玄関の呼び鈴がなる。

 

「三奈ちゃん……梅雨ちゃんと……男子数人……」

 

「結構な人数だねぇ」

 

「ちょっと待ってて」

 

扉の前にいるのは三奈ちゃん、梅雨ちゃん、障子くん、上鳴くん、峰田くんの5人だ。

私が誰が来たか教えると響香ちゃんがパタパタと扉の方に向かった。

響香ちゃんが扉を開くと三奈ちゃんが元気よく覗き込んでくる。

 

「いたいた!ここに集まってたんだ!」

 

「何か用事?」

 

「いやぁ実はちょっとやりたいことがあって……」

 

勿体ぶるようにタメを作る三奈ちゃん。

何が提案されるかは分かった。そしてこの後の響香ちゃんの反応も大体想像がつく。

三奈ちゃんも合宿の時の響香ちゃんの反応は見てるはずだし、明らかにわざとだ。

 

「怖い話大会しませんか!?」

 

「ヤダ!!」

 

響香ちゃんが一気に顔色を悪くして、まだ掴んでいた扉を勢いよく閉じて鍵をかけた。

三奈ちゃんも懲りずにまたチャイムを押してくる。

流石に私たちもこのまま無下にして終わるのもどうかと思って響香ちゃんを宥めつつ扉を開けた。

 

「いいじゃんやろうよ~。夏ももう終わっちゃうよ~?」

 

「ヤダ!ウチヤダ!」

 

拒絶する機械になった響香ちゃんは置いておいて、とりあえず詳細を聞いてみる。

 

「怖い話大会って……?」

 

「いやぁ、夏と言えば怪談でしょ?皆で順番に怖い話したいなぁって思ってメンバー集めてたの」

 

「なるほど……?」

 

「私も含めてそこそこメンバーが集まって来たのだけど、もう少し人数が欲しいってことで勧誘に来たのよ」

 

三奈ちゃんの話を梅雨ちゃんが引き継いだ。

まぁ言いたいことは分かる。私自身が参加するのはやぶさかでもない。

ただし響香ちゃんは絶対に参加しようとしないだろうってことだけは確信を持って言える。

実際に今もヤダって言い続けてて百ちゃんに宥められてるし。

あと問題点があるとしたら、ブドウ頭がいることくらいかな。

ブドウ頭の思考は基本的には怖い話を楽しもうとしている。

だけど恐怖に震えた女子に抱き着かれたい、あわよくば抱き着きたいという思考があるのも事実だ。

正直警戒していないといけない。

私はブドウ頭に視線を向ける。

 

「邪なこと……考えてない……?」

 

「考えてねぇよ!流石に今回は言いがかりだ!」

 

「でも……あわよくばって……思ってるでしょ……」

 

「そういうのを期待するのは男の性だろうが!!そこにまで文句言われる筋合いはねぇぞ!!」

 

「そうだぞ波動!!流石にそこまで口出すのはダメだろ!!」

 

「私も……普通の男子なら……何も言わないけど……」

 

ブドウ頭に同調する上鳴くん。

私も妄想だけにとどめてくれる健全な男子ならこんなことに口を出したりはしないけど、相手はブドウ頭だ。一切楽観視できない。

梅雨ちゃんがいるからやらかしたら率先して制裁してくれるとは思うけど、それでもちょっとどうかと思う思考をしている。

女子側の思考からして追加で参加するのは透ちゃんくらいかな。

透ちゃんが行くなら私も行こう。透ちゃんは私が守らないと。

 

「峰田くんは、まぁきっと大丈夫でしょ!私も参加するー!!」

 

「……じゃあ……私も……」

 

「ウチヤダ!!」

 

「耳郎さん、落ち着いてください。強制参加ではないですから、大丈夫ですから……私がお紅茶を淹れますから、ティータイムにしましょう?」

 

「っ!?ヤオモモ~っ!!」

 

「私も百ちゃんの紅茶飲みたいなぁ」

 

「もちろん大丈夫ですわ。一緒に行きましょう」

 

皆で順番に返事をするけど、やっぱり思考通りの結果になった。

響香ちゃんはもう百ちゃんを救いの女神かのように縋り付いている。

お茶子ちゃんは百ちゃんの紅茶とお茶菓子を期待してお茶会の方に参加することにしたみたいだ。

 

「百ちゃん……」

 

「波動さん?どうかしましたか?」

 

「ん……お菓子……砂藤くんには劣るけど……午前中に……フィナンシェ……作ったのがあるから……お茶菓子にどうぞ……」

 

「あら、よろしいんですか?」

 

「ん……後で……感想だけ……教えて欲しいな……」

 

「もちろんですわ!ありがとうございます!」

 

味見もしたし透ちゃんもおいしいって言ってたから最低限の味は保証できる。百ちゃんの感想を聞いて今後ブラッシュアップしていきたい。

私もお茶会はしたいけど、透ちゃんと怖い話も面白そうだし透ちゃんをブドウ頭から守りたい。

そのまま怖い話の方に参加するつもりだ。

 

「じゃあ葉隠と波動が参加ね!」

 

「よーし!!涼しくなっちゃうよ!!」

 

「ん……よろしく……」

 

「メンバーはもうこのくらいでいいかな?あと1人増えるし。それじゃ、会場に行こっか!」

 

 

 

私たちはそのまま三奈ちゃんを先頭に会場と言っていた場所に向けて出発する。

というか、会場って言って考えてたのが常闇くんの部屋なんだけど……

確かに常闇くんの部屋は真っ暗で雰囲気があるとは言っても流石に怒らないかな。

 

「常闇くんに……了承……取った……?」

 

「取ってないけど、今から取れば大丈夫でしょ!」

 

「……そっか」

 

常闇くんは優しいから説得すれば受け入れてくれるとは思うけど、流石三奈ちゃんと言わざるを得ない感じだった。

私だったら無許可で会場にしようなんて絶対思えない。

梅雨ちゃんと透ちゃんも無許可なことにびっくりはしているけど、三奈ちゃんに任せることにしたみたいだった。

 

常闇くんの部屋の前に着いて、さっそく三奈ちゃんがチャイムを押す。

 

「……なんだ、こんなにぞろぞろと。何かあったか?」

 

「常闇!ちょっと部屋貸して!」

 

「は?」

 

「常闇の部屋、怪談を話すのにうってつけだと思うの!昼でも真っ暗だし!だから、常闇も参加で怖い話大会しようよ!常闇の部屋で!!」

 

その言葉に常闇くんが顔を顰める。

 

「……電気を消せば、他の部屋でもいいだろう」

 

「えぇ~ここがいいんだよぉ!いいでしょ常闇~!おねが~い!」

 

ガツガツとゴリ押しでお願いしていく三奈ちゃん。

しばらく常闇くんと三奈ちゃんがそんな感じのやり取りを繰り返し、諦めた常闇くんが受け入れてくれた。

 

「……あぁ、もういい……好きにすればいいだろう……」

 

「やった~!!ありがとう常闇!!」

 

「ありがとう常闇くん!!」

 

三奈ちゃんと透ちゃんが嬉しそうに常闇くんの部屋に入っていく。

峰田くんと上鳴くんもそれに続いていった。

 

「ごめんなさいね、常闇ちゃん」

 

「ん……ごめんね……」

 

「すまん、常闇」

 

「もういい。さっさと終わらせよう」

 

梅雨ちゃん、障子くん、私も常闇くんに謝罪しながら後に続く。

常闇くんも少し怒ってはいるけど、受け入れてくれていた。

だいぶごり押しされたのにすごく優しい。

常闇くんが部屋の扉を閉めると、部屋の中は蝋燭の明かりだけになった。

部屋の中には骸骨とかもあって、すごく雰囲気があった。

三奈ちゃんが怖い話をする部屋に選ぶのも納得の雰囲気だった。

蝋燭を1個床に置いて皆で囲む。

常闇くんは輪から外れて自分の椅子に座った。

とりあえず私は峰田くんを警戒することに全力を注ぐことにする。

さっき自分たちで言っていた通り、妄想に止めるなら見逃す。

もし女子に抱きつこうとしたらその時は……制裁まったなしだ。



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休日(後)

蝋燭の明かりで鹿や人の頭蓋骨が浮かんで見える暗い部屋の中。

私たちはそんな部屋で蝋燭を中心に輪になって座っていた。

 

「真っ暗な居間……開いていた鍵……聞き覚えのある金属音……家の中には誰もいなかったはず……アレ以外は……」

 

今は私が話す番だ。

大分前にネットで見かけた怪談がちょうどいい長さだったと思ってそれを話している。

話も終盤に差し掛かっていて、私も話し方を特にそれっぽく工夫して話している所だ。

 

「少女が玄関先で母を呼んだ時の……家の異常な静けさ……あんな状態で人なんているはずない……でも……もしいるとしたら……?少女が気が付かなかっただけで……アレがいた居間じゃない……どこかの部屋で母が寝ているとしたら……?少女の声に気が付かなかっただけかもしれない……少女はそう思って……確かめるために電話をかけることにしたの……」

 

私が雰囲気を込めて話しつつ、話すタイミングも皆の思考を読んで調整していく。

峰田くんと上鳴くんの思考が特に面白いことになっている。

 

「スーパーの脇にある公衆電話……震える手で受話器を持って……震える指で番号をゆっくり押していく……2回……3回……コール音が響いていく……そして"ガチャ"って誰かが電話を取った……耐えがたい瞬間に……少女は思わず息を呑んだ……」

 

私の話し方の工夫に皆面白いくらい怖がってくれていて、今も上鳴くんがゴクリと唾を飲み込んでいる。

 

「『もしもし、どなたですか?』って……母の声が聞こえて、少女はほっとした……安堵した少女も『もしもし、お母さん?』っていつも通りの声を返した……それに母も……『あら、どうしたの。今日は随分と遅いじゃない。何かあったの?』って心配したように……聞いてきた……でも……少女の手は……また震えだしていた……手だけじゃない……足も震えだして……立っているのがやっとだった……いくら冷静さを失っている少女でも……この異常には気付いた……」

 

「な、なんの異常……?」

 

上鳴くんが震える声で怖がりながら聞き返してくる。

 

「それは……少女の家には……居間にしか電話がなかったから……さっき居間にいたのは……少女の母じゃなくて……あの化け物だったんだよ……?」

 

「う、嘘でしょ、つまり……」

 

三奈ちゃんが信じられないと言った顔で呟く。

私は目を閉じて皆の波動と思考を読みながら囁くような口調を意識して話を続ける。

 

「あの化け物が居間にいたはずなのに……どうしてこの人は平然と電話に出ているんだろう……それに……今日は随分と遅いじゃないなんて……まるで最初から……ずっと家にいたかのような言い方……少女は……電話の向こうで何気なく話している人物が……得体の知れないもののようにしか思えなかった……そして……乾ききった口から……何とか絞り出した……『あなたは、誰なの?』って……そして……電話の女は『え?誰って……』って言ってから……少し間を置いて……さっきまでとは雰囲気が変わった様子で……『あなたのお母さんよ。ふふふ』って―――」

 

「ぎゃあああああああああああ!!」

 

私がさぁオチですよと言わんばかりにおどろおどろしい声でそう言うと同時に、峰田くんが断末魔もかくやと言う叫び声をあげた。

峰田くんは叫び声と同時に隣の障子くんの大きな腕にコアラのように抱き着いている。

……さっき怖がっているのは女子に抱き着こうとしている布石だなんて思っちゃったのは、ちょっとかわいそうだったかもしれない。

普通に女子のことなんて考えずに頼りになりそうな障子くんに抱き着いていた。

そんな峰田くんに対して梅雨ちゃんが冷静に言った。

 

「峰田ちゃん、うるさいわ」

 

「ほんとだよ!波動の話すごく怖かったのに、峰田のせいで怖さ半減!」

 

不満げに口を尖らせる三奈ちゃんに、峰田くんが涙目で反論する。

 

「おっ、お前ら怖くねーのかよ!それでも女子か!」

 

「怖かったのに冷めちゃったって言ってるの!!」

 

「それに悲鳴上げて抱き着くなんて、峰田くんが女子みたいなことしてるじゃん!」

 

冷静に反論する三奈ちゃんと、からかう調子で言う透ちゃん。

それを受けて峰田くんは、キッと私の方を睨んで反論してきた。

 

「波動の怪談が怖すぎんのがいけねーんだろ!これじゃなんのために参加したのかわかんねえじゃねーか!」

 

怖がりながらもついに本音を暴露して憤るブドウ頭。

かわいそうだったかもなんて前言撤回だ。

やっぱりそれが本音じゃないか。

 

「やっぱりそれ……言いがかりって言ってたのに……嘘吐き……」

 

「やっぱり暗がりにまぎれて抱き着こうとしてたんじゃない。さっき瑠璃ちゃんにあんなこと言ってたのに……まったく峰田ちゃんは」

 

一応とはいえ座るときにブドウ頭の両脇を障子くんと上鳴くんで固めておいてもらったのは間違いではなかった。

 

「男はな、ラッキースケベを常に探し続けるトレジャーハンターなんだよ!」

 

図星を突かれたブドウ頭が開き直る。やっぱり最低だこのブドウ頭。

 

「そんな男……峰田くんだけだから……」

 

「ああ。男を一緒くたにするな」

 

私の苦言に、障子くんも同調する。

ブドウ頭は相変わらずのブドウ頭だった。

それでも、今日から少しだけ寮生活でマシになるところがあると思うとだいぶ良い気分だった。

 

「ったくもう!でも今日からお風呂も安心して入れるもんね~」

 

「ええ、本当に良かったわ」

 

「ん……やっと自由に……のんびりできる……」

 

「見張りたてたり大変だったもんね!特に瑠璃ちゃんは見張りの頻度も多かったし!」

 

笑顔で話す私たちに、ブドウ頭が苦々しい顔で思い出したように言った。

 

「くっ、あのサポート科のいいおっぱいしたヤツめっ、余計なことを……!」

 

そう。私たちはブドウ頭の暴挙にいい加減嫌気がさして、コスチュームを相談するついでに発目さんに覗き対策のセキュリティアイテムの相談をしたのだ。

発目さんは意外にも親身になって、というか面白半分で根掘り葉掘り聞きながら相談に乗ってくれて、お風呂場の入口にセキュリティアイテムを取り付けてくれてたのだ。

もちろんお風呂場の外からの侵入対策も万全である。

 

「あっ、そうだ!こういう時のために痴漢対策のアイテムとかも頼んでみよっか!?」

 

「ん……ナイスアイデア……」

 

「そうだね!相談しちゃおっか!」

 

「やめろぉ!!これ以上オイラのラッキースケベの可能性を減らすな!」

 

私たちがわちゃわちゃとブドウ頭対策を話し合って、ブドウ頭が文句を言う。

そんな状況を我関せずと眺めていた常闇くんが口を開いた。

 

「まったく……さっきも言ったが、他の部屋でもいいだろう……」

 

「それはさっきも言ったじゃん!昼間なのに真っ暗になるところなんてここくらいなんだもん!それに骨とかあるしさー、雰囲気満点!」

 

ニッとサムズアップしながら天真爛漫なにっこり笑顔を見せる三奈ちゃんに、常闇くんがさらに顔を顰めた。

 

「お前たちが怪談を楽しむために飾っているわけではない……!」

 

「ちょうどよく蝋燭もあるしさ」

 

「ちょうどよくない……!」

 

「よし、分かった!じゃあ次はアタシが常闇も怖がるような怪談披露しちゃうよ!」

 

常闇くんの不機嫌がすごい勢いで加速しているけど、三奈ちゃんには一切通じていないようだった。

 

 

 

「……で、その部屋を見た霊能力者がビックリしたんだって。押入れの中に、幽霊がいっぱいいるって!超怖くない!?」

 

「ひぃぃ!!」

 

峰田くんがまた障子くんに抱き着く。

だけど他の皆はきょとんとしていたり、何とも言えない反応をしていた。

でもこれは話し方の問題だろう。

三奈ちゃんの普段からの性格もあるけど、すごく陽気でハイテンションな感じで話していて怪談という感じではなかった。

 

「あれ?怖くなかった?」

 

「そうねぇ、お話はよく考えると怖いんだけど、三奈ちゃんの口調が怖くないのよね」

 

「そうだよ!怪談なんだからもっと怪談らしく、おどろおどろしくビックリさせる感じで話さないと!さっきの瑠璃ちゃんみたいに!」

 

透ちゃんが私の話し方を例に挙げて言うと、上鳴くんが震えながら言葉を返した。

 

「確かに、波動の話し方はすっげー怖かったよな」

 

「ん……私は……普段から……こんな話し方だし……ちょっとそれっぽく話すだけで……効果は絶大……」

 

「瑠璃ちゃん、読心で調整もしてたでしょ。明らかにこっちの恐怖心を煽ってくることも結構あったし。流石ね」

 

「……バレちゃってた……そう……ちょっとズルして……恐怖心を煽って……助長した……」

 

「波動もすごいけど、私もめっちゃ怖く話してたつもりなんだけどなー」

 

自分の知っている一番怖い話をしてくれていたらしかった三奈ちゃんがムッとした顔で唇を尖らせる。

だけど、すぐに良いことを思いついたと言わんばかりの明るい表情になって話し始めた。

 

「ねえ、常闇も怪談話してよ!常闇の超怖そう!」

 

「あ、確かに!普通の口調が波動に負けず劣らず怪談向きだよな」

 

「……どういう意味だ」

 

上鳴くんが同意する一方で、常闇くんが不満そうに呟いた。

 

「私も聞いてみたいわ、常闇ちゃんの怖い話」

 

「ん……私も……聞いてみたい……」

 

「私も私もー!」

 

「よっ、怪談王!」

 

「常闇、そんな怖くなくてもいいぞ……?エロ怖な話なら怖くてもいいけどよ……」

 

皆の期待の視線を向けられて、常闇くんは困ったようにしながらも咳ばらいをして満更でもなさそうな様子で話し始めた。

 

 

 

常闇くんは百物語の話をしだした。

いつもは99個までしか怖い話をしてなかったのに、金髪の女が参加した時に無理矢理100個目の話をしだして、終わった瞬間姿を消した。

その後百物語の参加者が1人、また1人と金髪が1本絡まった状態で死んでいくというお話だ

いつもの口調に凄く恐怖心を煽るおどろおどろしい話し方が加えられて、すごく雰囲気が出ていて怖い。

ブドウ頭だけでなく、私たち女子4人も障子くんの近くに移動してしまう程だった。

障子くんの後ろに隠れたり腕に触れそうなくらい近くに寄ったり、ブドウ頭が冷静だったらハーレムだなんて怒りそうな状況になっていた。

そのブドウ頭本人は障子くんがガッチリを確保してくれていたから、私たちにセクハラしたりすることはできなくなっていた。

 

常闇くんの話はじわじわと皆に恐怖心を抱かせるようなもので、話し終わる頃には皆本気で怖がっていた。

ブドウ頭なんか男のプライドを捨ててトイレに着いてきてくれるように障子くんに懇願しているくらいだ。

そんな恐怖心から逃れるためなのか、またブドウ頭が妄言を宣った。

 

「な、なぁ怖いの忘れるために今度はエロ話しようぜ!オイラの部屋でとっておきの動画見ながら!」

 

「「「「却下」」」」

 

必至で私たち女子4人に縋ってくるブドウ頭。当然私たちは即座に拒否した。

 

怪談は常闇くんの話の教訓もあって、もう終わりにしようということになった。

怖かったけど、なんだかんだで楽しい怖い話大会だった。



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夏の怪談(前)

怖い話大会をした日の夜。

私はすやすや眠っていたけど、峰田くんの恐慌状態になった思考がうるさくて目を覚ました。

 

なんか『気のせい!何もかも気のせい!!』とか『近づいてきてないか!?』とか『ひぎゃあああああああ!!』とかとにかくうるさい。

いくら怖い話大会で怖い思いをしてトイレに行けそうにないかもとか言っていたとしても、これはいくらなんでもうるさすぎだろう。

なんか峰田くんの部屋の近くにすごく小さな波動が飛んでいるから、虫か何かを幽霊と思って騒いているんだろうか。

虫は本能で動いていることが多いせいなのか、感情とか思考が読めないことがほとんどだ。

今回の小さな羽虫みたいなのもその類なんだろう。

騒がしい原因も分かったし私はもう一度眠ることにした。

 

 

 

そして日中。今日も今日とて必殺技訓練とヒーロー基礎学だ。

午前中の必殺技訓練はいい感じに感覚が掴めそうだった。

腕を強化した状態で肘から波動を圧縮噴出すると凄い勢いでパンチが出来るだけじゃなくて、前方に衝撃波が飛んだのだ。

その衝撃波が飛ぶタイミングで拳からも波動を圧縮噴出してみたら、衝撃波がさらに大きなものになって岩肌を削った。

エクトプラズム先生も「モノニシタカ」なんて褒めてくれた。

私も実戦で使えそうな技が覚えられたことに大喜びして、休み時間に技の名前を考えていた所だったのだ。

 

そんなことを考えていたら、昨日怪談をしていたメンバーが騒ぎ出した。

なんでも夜に変な音が聞こえたらしい。

 

「ちょっ、なんでオイラだけ名前呼ばれたんだよ!?誰か嘘だって言ってくれえ!」

 

皆との違いに気がついてしまったらしい峰田くんが、錯乱状態で皆に詰め寄っている。

 

「緑谷っ、本当に何も聞こえなかったのかよぉ!?」

 

「ごめん、昨日は特訓で疲れてぐっすりで……」

 

そんな感じで騒いでいる通り、峰田くんが昨日の夜に大騒ぎしているタイミングで何かに名前を呼ばれたらしい。

他のメンバーは名前は呼ばれなかったけど、ヴィィィという振動音のようななんとも言えない音が廊下から聞こえて震え上がっていたらしい。

透ちゃんもその震え上がっていたメンバーの一人で、涙目になりながら私の方を見てきた。

 

「瑠璃ちゃんは何も聞こえなかったの!?」

 

「私……寝てたから……うるさくて目を覚ました時も……峰田くんがうるさすぎて……何も分からなかった……」

 

「オイ波動!!それが分かるってことはオイラが名前呼ばれたタイミングで起きてたってことだよな!?オイラの部屋の前、本当に誰もいなかったのか!?」

 

峰田くんが必死の形相で縋り付いてくる。

いつもだったらこのタイミングで胸とかお尻を触ろうとしてくるのにそれをしない辺り、本当に必死なんだろう。

 

「人は……いなかったよ……」

 

「人"は"ってどういうことだよ!?他に何かいたのか!?」

 

「ん……すごく小さい波動が……飛んでた……私……虫が飛んでるなとしか思わなかったから……無視してたけど……声、したの……?」

 

「そ、それってやっぱり……お、おわりだああああ!!オイラ金髪の女に殺されるんだあああああ!!」

 

峰田くんが絶望したような感じで叫び出した。

砂藤くんと緑谷くんがなんとか宥めようとしている。

私の返答を聞いて、上鳴くんが事情を説明していた怪談メンバー以外の人も含めて、皆顔色を悪くしていた。

爆豪くんだけは上鳴くんが話し始めた段階で、ビクッて反応してからキレながら教室から出ていったからこの場にはいない。

表に出さないだけで怖いのは少し苦手みたいだった。

皆と同様に顔色を悪くした透ちゃんが、確かめるように聞いてくる。

 

「ね、ねぇ……それ、本当に幽霊だったの?名前は呼ばれなかったけど、私も音聞いちゃったよ?」

 

「分からない……少なくとも……読心は出来なかった……虫みたいな動きで……ふらふら廊下を飛んでたから……全然気にしてなかった……」

 

「ふらふら飛ぶ小さな何かで、名前まで呼ぶって、それ人魂なんじゃ……」

 

いよいよ透ちゃんまで泣きそうな感じになっている。

形を目視できないぐらい小さくてそれの周りの波動が見えていた感じなんだけど、人魂を見たことがあるわけでも無いから否定したところで気休めでしか無い。

適当なことを言って安心させてあげることも難しいだろう。

怖いのが苦手な響香ちゃんも、顔色を悪くして震えながら言葉を続けた。

 

「ウ、ウチも聞こえてた……変なヴィーンっていう音……朝方まで続いてたよ」

 

「姿は波動が見てて?音は耳郎が聞いてる?や、やっぱり本当にいるんじゃ……」

 

感知と音のスペシャリストがそれぞれの分野で何かの存在を示しているせいもあって、皆の中で何かがいることはもはや見て見ぬ振りをできないくらい確定的になってしまっている。

教室にいた全員が恐怖に震え出す中、飯田くんが皆の顔を見渡して力強く言い放った。

 

「しかし、呪いかどうかは置いておいて、複数人が謎の音を聞いたとなるとこれは由々しき事態だぞ。波動くんが見たのは本当に虫で、その音が寮の欠陥を示すモノである可能性もある。音の正体を確かめねばなるまい。ここは委員長である俺が、今日、責任を持って起きていることにしよう!」

 

飯田くんがすごく頼もしい。私も部屋で注視はするけど、飯田くんに任せよう。

コーヒーか何かを差し入れはしようかな。

飯田くん、規則正しい生活してるだろうから夜更かしも慣れてないだろうし。

 

 

 

寮に戻って普段通りに過ごす。

とは言っても皆結構気が気じゃない状態で、怯えながら過ごしているというのが実情だ。

響香ちゃんなんて自分で音を確認しながら、私に何回も昨日のがいないかを確認してきていた。

特に変な音がしたりもしないし、昨日見たような小さな波動も見当たらない。

今のところは大丈夫だろうと思えた。

そろそろ就寝しようという辺りで、私が飯田くんにコーヒーを持っていこうと思っていると伝えたら他の女子も賛同してくれて、皆で作って女子からの差し入れとして飯田くんに渡した。

 

そして夜中。私はベッドの中で寮の中の波動を見ていた。

飯田くんはやっぱり眠いみたいだけど、気合いで起きている。コーヒーを飲んでなんとか意識を保っている感じだ。

 

私がうとうとし始めた頃、それはまた現れた。

2階の廊下を、小さな波動がふよふよと浮かんでいる。

中心に何かある気がするけど、なんなのかは小さすぎて全然分からない。

そして、その波動はまた峰田くんの部屋の前で止まって、体当たりをするようにノックし始めた。

そこからは峰田くんの思考が昨日と同じ感じになった。

峰田くんの悲鳴を聞いて3階で音に気が付いていた飯田くん含めた4人が2階に走って向かっている。

私には分からないけど、起きている青山くんや緑谷くんの思考からして本当に名前を呼ばれているみたいだ。

 

私は昨日以上の情報もないし、特に何も思ってないからそのまま寝ようかと思ったけど、透ちゃんと響香ちゃんが部屋に突撃してきた。

来るのはいいけど恐怖に任せてチャイムを連打するのはやめて欲しい。

私は波動で透ちゃんと響香ちゃんだって分かってるからいいけど、そうでもないと普通に迷惑行為だ。

 

「瑠璃ちゃーん!!」

 

「波動ー!!」

 

名前を呼んでくる2人に、私もドアを開けて招き入れる。

思考からして怖いから一緒にいたい、私なら感知できるから近づかれたらすぐに分かるとかが理由みたいだ。

 

「要件は分かってるけど……ここでいいの……?峰田くんの部屋……近いよ……?」

 

「そんなこと言わないで一緒に居ようよー!!1人じゃ怖いんだよー!!」

 

「ホントに無理、怖いのマジやだ……波動なら近づかれたらすぐに分かるでしょ?お願いだから一緒にいさせて……」

 

「まあ……そっちがいいなら……いいけど……」

 

2人は喜んで抱きついてくるけど、私は普通に眠いのが問題だ。

2人の感じからして固まって夜を明かすつもりみたいだけど、私は先に寝てしまいそうである。

とりあえず床に座っていてもあれだから、3人で各々の部屋から枕を回収してから私の部屋で3人並んでベッドに入る。

日中の疲れもあるし、布団でぬくぬくしてそのまますーっと眠ってしまいそうになる。

 

「る、瑠璃ちゃん、起きてる?」

 

「……すー……すー……」

 

「ちょっ、もう寝たの!?波動起きててよ!お願いだから!」

 

「……んぅ……ごめん……ねむくて……」

 

そのやり取りを何回か繰り返した辺りで、またチャイムが鳴った。

 

「ひぃっ!?」

 

「ひゃあああああ!?」

 

透ちゃんと響香ちゃんが震え上がって悲鳴を上げる。

とはいっても、来たのは三奈ちゃんとお茶子ちゃんだ。幽霊じゃない。

むしろチャイムを押した瞬間に悲鳴が聞こえて、2人ともびくって反応していたくらいだ。

 

「幽霊じゃないから……安心して……」

 

私は起き上がりつつそう言ってドアに向かう。

扉を開けると顔を青くした三奈ちゃんとお茶子ちゃんがいた。

要件は先に来た2人と全く同じである。

 

「いらっしゃい……要件は分かってるから……入っていいよ……」

 

「ありがとう瑠璃ちゃん!!」

 

「さっきの悲鳴って耳郎だよね?3階の2人がいなかったのはそういうことか」

 

「ん……だいぶ前に……2人とも来てた……」

 

「や、やっぱり皆考えることは同じなんや」

 

とりあえず部屋に招き入れる。

透ちゃんと響香ちゃんも2人の姿が見えたことで安心したみたいだった。

 

5階の百ちゃんと梅雨ちゃんも集まっているみたいだ。

今の思考の感じは怖がってはいるけど、他の人を心配する感じでもある。

まあこの2人は恐慌状態になるほど怖がっているわけじゃないし、冷静な2人だからこっちに来たりはしないと思う。

来られても寝るスペースはもう無いわけだけど。

流石に女子全員集まるのは事前にお泊まり用の布団を準備しとかないと無理だ。

5人いる今の状態ですらベッドに座っている状態なんだから。

 

そんな感じで考えていても流石に眠くなってくる時間である。

皆は恐怖で目が覚めているみたいだけど、私は普通に眠い。

男子たちも部屋の中で怖がってたり原因を探そうとしたり皆全然寝ようとしてない。

百ちゃんと梅雨ちゃんも2人で朝まで起きていた。

私も何度も何度も起こされながら、5人で夜を明かした。

明るくなってきた空を見て、私は思った。

皆寝不足だし、これは絶対に相澤先生に怒られるな。



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夏の怪談(後)

「―――音に、小さな浮かぶ何かねぇ」

 

訝し気に相澤先生が呟いた。

 

今日の天気は曇りで夜は嵐になるらしいけど、そんな天気と同じ感じでどよーんとした雰囲気になってしまっていた。

何があったのかというと、皆が寝不足で授業に一切集中できなくて、最後のホームルームで案の定相澤先生に怒られてしまったのだ。

相澤先生も1人2人じゃなくて全員がそういう状態であることを不思議に思って、理由を聞いてくれていたところだった。

 

「しかし、まさかお前ら、呪いなんて非合理的なもん信じてるのか?」

 

先生は呆れたように言う。

そんな先生に対して百ちゃんがおずおずと手を上げて答えた。

 

「し、信じてはいませんが……しかし不可解な出来事が起きているとなると……」

 

そんな百ちゃんの訴えに、飯田くんも同調してバッと手を上げて立ち上がった。

 

「先生!これは大変な事態です!我々の基盤となる生活空間に何かしらの異変が起きている事実。もしこれがずっと続くとなると、我々は授業に専念できなくなります!ここは早急に原因追及と事態の解決を望みます!」

 

「い……いやだぁ!毎晩名前呼ばれたら眠れねぇよ~!!ベッドの中ならいざ知らず……いやベッドに入ってきたら呪い殺される……!でもそれが素っ裸の幽霊なら……いやでも人魂かもしれないのか……?それじゃあ……!!」

 

このブドウ頭、結構余裕があるんじゃないだろうか。

幽霊とエロの狭間で揺れているというか、最終的に人魂から妄想まで始めている。

どういう精神構造をしているんだろう。

 

「呪いか……そういや雄英にもそういう話があったな」

 

「本当ですか!?」

 

先生が思い出したように言うけど、今それを言っていいのだろうか。

どう考えても火に油を注ぐ結果になると思うんだけど。

三奈ちゃんが即座に返した反応に、先生も話を続ける。

 

「雄英七不思議のひとつで、たしか……ヒーローになれなかった卒業生の霊が彷徨ってて、それを見ると呪われるって話だった。よく学校裏の森に出るって言って……あぁ、ちょうど今、寮の建っている辺りだな」

 

「え」

 

「今……それを言うんですか……?」

 

思った以上に致命的な話だった。

この状況でその話は火に油何てものじゃないだろう。

いつも合理的な判断をする先生が珍しい。もしかしてわざとなのだろうか。

案の定教室は阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 

「その幽霊が寮の中、彷徨ってるんじゃ……!」

 

「やめてぇ~!!」

 

「ハイツアライアンスは呪われた寮なんだあ!!」

 

先生は『しまった』とか考えている。

わざとじゃなかったのか。うっかりだったのか。

そのうっかりのせいで安眠が遠のいてしまったのか。

 

「おい、お前ら……」

 

「寮全体が呪われてたらどこにも逃げ場ねーじゃんか!」

 

「し、塩まかな……!!あっ、ごま塩しかなかった……!!」

 

「どうしよう!?透明な私でも幽霊に気づかれるのかな!?気づかれたらやだよう!」

 

「先生……もう収拾つかないんですけど……」

 

先生は声を遮られた上に私の言葉を聞いて、頭痛を耐えるように頭に手を当てた。

いつもなら一喝している場面ではあるけど、自分が悪化させた自覚があるせいか落ち着かせようとしたみたいだ。まぁ、今の状態では何の意味も為してないけど。

 

「―――お前ら、いい加減にしとけよ」

 

落ち着かせることを諦めた先生は、一喝して皆を静かにさせた。

先生の低い声を聞いて、皆恐怖に震えながらも沈黙している。

そんな皆を見渡した先生は、ため息を吐いてから話を続けた。

 

「そんなに音が気になるんなら、今夜見回りをする。ちょうど今夜は嵐らしいし、その方が合理的だろう。点呼もするからちゃんと部屋にいろよ」

 

「せっ、先生ぇ……!」

 

素っ気なく言う先生に、皆は感動したようは反応を返していた。

これなら今日は眠れそうかな。

 

 

 

予報通り、夜には嵐になっていて寮の窓はガタガタと揺れていた。

今先生は言葉通り1階に来てくれていた。

私が昨日までに感知して感じた内容も先生には伝えておいた。

先生もお礼だけ言ってから、特にそれ以上は何も言わず警戒態勢に戻っていた。

先生はどちらかというと幽霊というよりも、内通や盗聴関連を疑って警戒しているようだった。

 

しばらくしてから先生は音に気が付いたようだった。

やはり今日も音が鳴りだしたらしい。

先生は音を追って1階を移動している。

その視線の先には、やっぱりあの小さな波動があった。

そして先生が何かに気が付いた瞬間、先生は転倒して気絶した。

 

「えぇ……なんでそうなるの……」

 

なぜそうなってしまうのか。

とりあえず放置しておくわけにもいかないから、1階に下りていく。

 

相澤先生は食事スペースのテーブル付近で倒れていた。

その足元には台布巾が落ちている。

……これで滑って転んだようだった。先生、意外とドジっ子なのかな。

波動で身体強化をして先生を抱き上げて、ソファに寝かせる。

とりあえず頭に瘤が出来ていたり血が出たりということはしていないし、大きな怪我はしていなさそうだ。

そう思った私は、先生が追っていた小さい波動を探すことにした。

 

1階の中を集中して見ていると、天井付近を飛んでいる小さい波動を見つけた。

あれがそうかなと思った瞬間、外で雷が落ちた。

 

びっくりした瞬間にまた小さい波動を見失ってしまう。

溜め息を吐いてもう一度探し始めたところで、他の皆も1階に降りてきた。

時間になっても先生が点呼に回ってこないことを訝しんだみたいだった。

 

「波動さん?相澤先生は……何かあったのですか!?」

 

先頭にいた百ちゃんが気絶している先生に気が付いて聞いてくる。

 

「先生……そこで倒れて気絶してた……」

 

「どうしてこんなことに……」

 

後ろに続いてきていた皆も、緊急事態に気が付いて談話スペースになだれ込んで来た。

 

「な、なあ相澤先生の首に金髪絡まってたりしねえよな……?……っ!!金髪……!?あ、なんだ俺の毛か……」

 

上鳴くんがビビりながら相澤先生を覗き込んで自分の髪の毛に驚いて一人漫才をしている。

そんな上鳴くんに対して、強張った声で爆豪くんがキレた。

 

「そういうこと言うんじゃねえ、アホ面!!」

 

やっぱり爆豪くんも怖いらしい。

普段の様子からは考えられない感じだ。

 

「先生……その台布巾で滑ったみたい……何かに気が付いた感じの思考になった途端に……滑って気絶した……」

 

私がそう言ってテーブルの近くに落ちている台布巾を指さしながら事実を伝える。

そうしたら、皆が顔を真っ青にしながら騒ぎ出した。

 

「何かに気が付いた瞬間って、それってつまり幽霊が都合の悪いことに気づかれて消そうとしたってこと!?」

 

「え……ちが「呪いか!?やっぱり呪いなのか……!?」

 

私の声に被せられて大騒ぎになってしまった。

そんな意図はなかったんだけど。先生は本当に純粋に滑って転んだだけだ。

 

「だから……違うって「それよりヴィランの襲撃かもしれないだろ!?相澤先生の不意を突いて転んで気絶させるなんてこと……!」

 

「やっぱり呪いだ!!」

 

「幽霊なんだ!?」

 

また被せられた。

もういい。皆が落ち着くまで話さないでおこう。

今何を言っても無駄だ。

 

「落ち着け!!落ち着くんだ、みんなー!!」

 

飯田くんもなんとか騒ぎを収めようとしているけど、飯田くんの声すらも混乱する皆の喧騒にかき消されてしまっていた。

そんな状況の中で、冷静な梅雨ちゃんの声だけはなぜか響いていた。

 

「それより今は、相澤先生のことを他の先生に知らせた方がいいんじゃないかしら」

 

皆もその指摘で我に返ったようだ。

これなら私がさっきの続きを言っても大丈夫だろうか。

 

「その通りだ、梅雨ちゃんくん!今からでも他の先生に―――」

 

飯田くんがそこまで言ったところで外では一際大きな雷が落ちた。

その瞬間、部屋の中は暗闇に包まれた。

停電だ。

 

「ひゃあ!?」

 

「こんな時に停電かよ……っ」

 

「っ……落ち着けダークシャドウ……っ」

 

「ちょっ、常闇!ダークシャドウ出すなよ!?」

 

「わあああ!誰か俺を呪いから守ってくれえ!!」

 

明るさすらも失って、皆は恐慌状態に陥ってしまった。

もう収拾つかないな、これ。

私は頼りにならない視覚の情報を諦めて目を閉じた。

余計な情報は遮断して波動の情報だけに集中することにしたのだ。

 

「みんな!落ち着くんだ!」

 

「み、みなさん、落ち着いて!」

 

飯田くんの声で我に返った百ちゃんが、個性で懐中電灯を創ろうとしてくれる。

だけど、その百ちゃんの足元を、結ちゃんが走り抜けた。

何で結ちゃんがここに?

困惑することしかできない私だったけど、百ちゃんはそれどころではなかったみたいだ。

 

「キャアアア!?」

 

この状況で未知の何かが足の間を通り抜けたことで、百ちゃんすらも恐怖に支配されてしまった。

 

「その声、ヤオモモっ?ど、どうしたの!?」

 

「な、何かが足の間を通り抜けて……!」

 

「何かってなに……ひゃあ!?な、何かいる……!?」

 

暗闇に包まれて騒がしい周囲に混乱しているのは結ちゃんも同じなようで、走り回ってしまっていて今度はお茶子ちゃんの足の間を通り抜けた。

結ちゃんが誰かに踏まれたりしないように、私は大急ぎで追いかけ始めた。

 

「何かじゃなくて……結「だから何かってなんだよぉ!?」

 

……今日は遮られる日なんだろうか。

悉く私の言葉を遮られて何も伝えられない。

私がゆっくり話す感じなのがいけないのだろうか。

もう諦めて結ちゃんの保護に注力することにした。

 

「誰か明かりを!」

 

飯田くんの声かけで我に返った上鳴くんと爆豪くんが、個性で暗闇を一瞬照らした。

爆豪くんは舌打ちしながらだったけど。

それはそれとして、その明かりが部屋を照らすのと、跳び上がった結ちゃんに私が手を伸ばしながら飛びつくのがほぼ同時だった。

 

「―――!?」

 

私が結ちゃんを抱っこして保護できたことに安堵した瞬間、皆が息を呑んだのが伝わってきた。

だけど、そんな静寂は一瞬で崩壊した。

 

「なななななななななんかいたぁ……!!」

 

「白い何かを持った手が!?幽霊かよ!?幽霊かよぉ!!幽霊ってあんな感じなのかよぉ!?初めて見るからわかんねえ!!」

 

……透ちゃんと上鳴くんに私まで含めて幽霊扱いされたことに、流石に不満を抱いてしまう。

もういい。

何度も違うって言ったし結ちゃんを保護してあげただけなのにそこまで言うなら、よっぽどのことがない限りもう放っておこう。

 

「み、緑谷……幽霊には氷と炎、どっちが効くんだ……?」

 

「へっ?いや、そんなこと考えたこともないから分かんないんだけど、幽霊って冷たいイメージがあるから逆に炎なんじゃないかなぁ!?というよりも物理攻撃効かないんじゃ……!?ほら実体ないのが幽霊なわけだし……っ」

 

「!どうすりゃいいんだ……!」

 

「もうダメだ!!オイラたち、みんな呪い殺されるんだぁー!!ちくしょう!どうせ死ぬなら女体に挟まれて圧死したかった……!!」

 

ブドウ頭がそう叫んだ瞬間、私はタイミングが最悪だと思っていた。

今、寮の前に停電を心配してきてくれたマイク先生がいるんだけど、そのマイク先生の見た目が最悪だったのだ。

嵐でびしょびしょに濡れたマイク先生の髪は、いつものセットされたものではなくて長い金髪のストレートになってしまっていた。

そのマイク先生が、雨で濡れた髪から水を滴らせながらゆっくり入ってきたのだ。

 

「ん……お前ら―――「「「金髪の幽霊だー!!!!!」」」

 

流石にダメだ。皆が個性を使うのも辞さないほどに暴走しかけている。

止める手段なんか一つしか思いつかない。

 

「マイク先生!!なんでもいいから叫んで!!」

 

What the hell!?(なんだなんだ!?)

 

マイク先生の大音量が部屋に響き渡った。

私は結ちゃんの耳を片手で折りたたんで塞ぎつつ、自分のマイク先生側の耳も塞いだ。

皆もあまりの爆音に耳を塞いでいる。

だけど、これでようやく皆もある程度冷静に戻ったようだった。

 

「ぷ、プレゼント・マイク先生……?」

 

「お、おう。お前ら急にどうしたんだおい」

 

金髪の正体がマイク先生であることに気が付いた皆が、個性を使ってどうにかしようとしていたことに冷や汗を流している。

次の瞬間、電気が復旧して明かりがついた。

それと同時に、マイク先生の声で目を覚ました相澤先生が声をかけてきた。

 

「おい、お前ら……」

 

相澤先生の姿を見た皆は完全にパニックから解放されて、先生に駆け寄っていった。

 

「す、すいません!プレゼント・マイク先生のことを金髪の幽霊と思ってしまい……!」

 

「それは今はよくて、先生、一体何があったんですか!?ヴィランですか。それとも本物の幽霊に……!?」

 

「白い幽霊が寮の中にいるんですー!!」

 

「落ち着け」

 

先生の低い声による一喝に、皆さっと姿勢を正した。

静かになると同時に、部屋の中にあのヴィィィという音が響いていることに、皆も気が付く。

 

「波動、あの小さいのはどこいった」

 

先生は当然のように私が把握していることも分かっていて、すぐに聞いてくる。

私ももう発見しなおしているから、素直に今張り付いている天井を指さした。

 

「蛙吹、あのちっこいのわかるか。取ってくれ」

 

「……あの黒いものかしら?ええもちろん」

 

梅雨ちゃんが舌を伸ばして、天井にあったすごく小さい波動を取ってくれる。

案の定その小さい波動からはヴィィという音が響いていた。

 

「これが俺が気絶した原因で、謎の音の正体だ」

 

「ええっ!?」

 

「天井についていたのを取ろうとしてテーブルに上がったら、出しっぱなしにしてあった台布巾で滑ってしまってな」

 

「あっ、私だ!早く部屋に戻らなきゃと思って台布巾すっかり忘れてた!」

 

「先生……ドジ……」

 

透ちゃんがてへっと悪びれずに言う。それ、さっき私が布巾を指さした時に言って欲しかったんだけど……

それに先生も、本当にドジをして転んだだけで拍子抜けしてしまう。

私がボソッとそのことを呟くと先生が睨んで来たけど、自分でもそう思っているのか何も言わずに本題に戻った。

先生が差し出してきたその小さい波動の物体を、百ちゃんが作った拡大鏡で皆で覗き込む。

 

それは極小サイズの機械だった。移動用のモーターがついているようで、それが音の発生源のようだ。

だけど、この形状なら私の感知に引っかからないのも納得だ。

このサイズなら虫にしか見えないし、機械だから当然思考は読み取れない。

こんなサイズの虫は普段からスルーしているから、完全に見落としてしまっていた。

 

相澤先生は相澤先生で『波動の弱点が浮き彫りになったな』なんて考えている。

今回の件で私が極小の独立して動く盗聴器とかを感知できないことに気が付いたらしい。

まあそもそも機械は思考も感情もないから、動いていても魔獣の森の土の魔獣と何も変わらない感じでしか読み取れない。

所詮動く何かという認識でしかないのだ。それが小さくなってしまうともう感知もクソもない。

私も先生の考えはその通りだとしか思わないし、何も言い返さなかった。

 

「なるほど……機械……納得……」

 

「でもなんでこんなものが?」

 

「見知らぬ機械と言えば、多分アレだろ」

 

相澤先生が小さな機械を覗き対策のセキュリティアイテムの近くで放すと、機械は巣に戻る虫のようにセキュリティアイテムの中に戻っていった。

そのまま先生が作った本人に確認するということでパワーローダー先生に電話をかけ、発目さんに代わってもらう。

発目さん曰く、夜中も勝手に見回りしてくれるオプションアイテムらしい。

"どえらい変態さん"の峰田くん対策で、夜中にちゃんと峰田くんが部屋にいるのか確認する機能すらつけていたようだ。

これだけで全ての流れに説明がついてしまった。

 

「よけいなことを!!」

 

「余計な事じゃない……自業自得……」

 

ぬけぬけと宣うブドウ頭に私が言っても、素知らぬ顔で無視された。

 

「で、でもあの白いのはっ!?しかも謎の手まで!!みんな見たよな!?」

 

冷や汗を流しながら、上鳴くんが叫ぶようにして皆に確認してくる。

さっき私が天井を指さしたときに結ちゃんを抱えていたのを見なかったのだろうか。

上鳴くんの目の前にズイッと結ちゃんを掲げる。

 

「私……幽霊じゃない……」

 

「ゆ、結ちゃん!ありがとう波動さん、部屋のドア閉め忘れてたのかな」

 

駆け寄ってきた口田くんに結ちゃんを手渡す。

口田くんは大きな身体で結ちゃんを抱きしめた。

 

「あっ……え、ウサギと波動?……マジ?」

 

「ん……私の手、幽霊呼ばわりは酷い……」

 

「あー、瑠璃ちゃん、もしかしなくても結構怒ってる?」

 

透ちゃんが恐る恐る確認してくる。

でもこんなの怒っても仕方ないだろう。

私の言うことは誰も聞いてくれないし、断片だけ切り取ってパニックになるし、挙句の果てに幽霊呼ばわりだ。

 

「……誰も私の言うこと……聞いてくれないし……断片だけ切り取るし……挙句の果てに……幽霊呼ばわり……誰かが踏まないように……結ちゃんを保護しただけなのに……いくらなんでも酷い……」

 

「ご、ごめんね瑠璃ちゃん。怖くて、わざとじゃないから……」

 

透ちゃんが宥めようとしてくるけど、つーんとそっぽを向いておく。

いくら何でも酷い無視具合だったし、怒っても文句は言えないはずだ。

 

「まったく……お前ら、こんなことでパニックになるとは……もっと平常心を保てるようにならないとヒーローは務まらんぞ。今日はもう全員寝ろ!明日からその辺りも厳しく指導していく!解散!」

 

「は、はい!」

 

皆大急ぎで自室に戻っていった。

 

「なにこれ」

 

心配してきてくれただけなのに完全に放置されたマイク先生の声が、寮に空しく響いていた。



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お誕生日会(前)

「そういえば、明日は飯田くんの誕生日なんだよ」

 

明日の授業に備えて飯田くんが部屋に戻った後、緑谷くんが唐突にそんなことを言い出した。

飯田くんはいつも寝るのが早いからこのタイミングで切り出したようだった。

何か企画みたいなことを色々考えているなと思っていたら、そういうことだったのか。

緑谷くんはどうやらサプライズパーティー的なのをやりたいようだった。

それにしても、パーティー的なことをしたいならもうちょっと早く提案して欲しかったけど。

 

「え、マジ?飯田のやつなんも言ってなかったけど」

 

「飯田くん……多分誕生日のことなんて……忘れてるよ……思考が一切誕生日のことに触れないから……」

 

「自分の誕生日忘れるって、流石にそれもどうなの……」

 

「あはは……僕も入学したばっかりの頃に聞いたから知ってるだけなんだよね」

 

私が飯田くんの思考から覚えていなさそうなことを伝えると、透ちゃんがなんとも言えない感じになって緑谷くんは苦笑した。

 

「それで提案なんだけど……サプライズパーティーみたいなの、出来ないかな……?いつもお世話になってるから、何かしてあげたくて」

 

「いいじゃん!皆世話になってるしな!」

 

「ん……寮に入ってから……お母さんみたいに……色々気にかけてくれてる……」

 

「お母さんって……まあ実際そんな感じだけど」

 

皆も結構乗り気になっているようで、どんな感じにするかワイワイ盛り上がり始めた。

パーティーはどんな感じにするのか、食べ物は、飾り付けは、どう呼び出すかなんてことまで事細かに話し合いは進んでいく。

爆豪くんだけは話し合いに参加しないで部屋に戻っていったけど、特に反対はしていなかった。

飯田くん、爆豪くん以外は全員この話し合いに参加していた感じだ。

 

話し合いの結果、食べ物は私、梅雨ちゃん、お茶子ちゃん、砂藤くんにほぼ丸投げになった感じだ。

普段から料理をしていた私と梅雨ちゃん、自炊していたからある程度は出来るお茶子ちゃん、甘いものから料理までなんでもござれの砂藤くんという当たり障りのないメンバーだ。

飾り付け担当になったメンバーは早々に部屋に戻って飾り作りに着手し始めている。

企画担当みたいな感じになったメンバーは部屋の隅で話し合いを続けていた。

透ちゃんはこの企画班に参加していて、飯田くんをびっくりさせるって意気込んでいた。

 

残った私たち料理班も話し合いだ。

 

「料理か……飯田の好きなもんって何か分かるか?」

 

「飯田くんの好きなものかー、オレンジジュースが好きなのは分かるけど……」

 

「他のものは正直さっぱりね。なんでも好き嫌いなく食べてる印象しかないわ」

 

「ん……私も分からないから……好き嫌いは本当にないんだと思う……けど、やるからには……少しでも好きなもの……作ってあげたいよね……」

 

「そうだよねー」

 

皆で頭を抱えながら悩む。

だけど飯田くんは正直情報が無さすぎて、これ以上の進展が望めない。

 

「とりあえずの方針としては、明日の夕食はランチラッシュ先生の食事は遠慮させてもらうってことでいいわよね?」

 

「ん……どうにか調査して……ちゃんと、好きなものを作りたい……」

 

「私は梅雨ちゃんと瑠璃ちゃんほど料理出来るわけじゃないから、2人の意見に合わせるよ」

 

「じゃあ、料理も作るってことでいこう。それでこの話の直後で悪いんだけどよ、俺はケーキに集中させてもらってもいいか?」

 

砂藤くんが私たちに確認してくる。

私も特に異論はない。というかむしろお願いしたいくらいである。

きっと極上のケーキを作ってくれるに違いない。

 

「ん……異論ない……おいしいケーキ……期待してる……」

 

「お願いするわね」

 

「おまかせしちゃうね!」

 

「おう!任せとけ!オレンジジュース好きなのは分かってるし、オレンジケーキでも作ってみるよ!」

 

そんな感じでケーキは当然のように砂藤くんに任せることになった。

砂藤くんはこっちの話を聞きつつケーキの構想をすぐに練り始めていた。

私たちも料理をどうするかを考えるけど、やっぱり好きなものが分からないと決めようがない。

明日、私がそれとなく聞くことにしようかな。

 

「私が……明日それとなく……確認しようか……?」

 

「うーん、それしかないかなぁ……」

 

「……そうね、悪いけどお願いできるかしら」

 

「ん……まかせて……」

 

2人にも反対されることなくそういうことになった。

そこまで話してもう結構遅い時間だし、今日は話を終わりにして明日に備えようとしたら慌てた感じで砂藤くんが付け足してきた。

 

「ああ、そうだ!すまん波動!その時にアレルギーがないかの確認もしといてくれるか?普段から同じ食事食べてるから大丈夫だとは思うんだけど、一応な」

 

「ん……大事……確認しとくね……ありがと……」

 

飯田くんが寝てから相談していたこともあって、もうだいぶ遅い時間になってしまっていた。

明日眠そうにして飯田くんに怪しまれる人がいないと良いけど……

 

 

 

朝になって透ちゃんと朝食を食べに1階の共有スペースに向かった。

寮での食事はランチラッシュ先生が作ってくれたものが届くようになっている。

自炊する場合は予め申請して届けなくていい日時を申請するようになっている感じだ。

朝食は和食と洋食を選べるようにしてくれている。

今日は和食の気分だったから和食の方よそいに行くと、飯田くんも和食をよそっているところだった。

 

「おはよう、波動くん、葉隠くん」

 

「おはよ……飯田くん……」

 

「おはよー!」

 

私よりも寝るのが遅かった透ちゃんは若干眠そうにしているけど、誤魔化すためなのか元気そうな声を出している。

透ちゃんは私以外が相手なら声と動きだけ誤魔化しておけばいいから、有効な手段ではあるだろう。

そんな感じで挨拶をしていると、障子くん、口田くん、常闇くん、響香ちゃん、百ちゃんもやって来た。

挨拶を済ませて皆で食事を選んで席に着く。

 

「ふあああ~……ねむ……」

 

「ええ……あふ……」

 

響香ちゃんと百ちゃんが揃ってあくびをする。

眠いのは分かるけど流石に飯田くんの前では隠す努力をしてほしい。

 

「どうしたんだ、寝不足か?」

 

「んー……昨日ちょっとさ」

 

「昨日?何かあったのかい?」

 

案の定飯田くんに聞き返されてハッとする2人。ちょっと迂闊すぎる。

サプライズパーティーなのに、飯田くん本人にバレたら意味がなくなってしまう。

助け舟を出そうかな。私が言えば信憑性も高いと受け取ってくれるだろうし。

 

「2人とも……遅くまで……楽器のお手入れとか……読書とかしてるから……そうなる……もっと早く寝ないと……」

 

「つい夢中になってしまって……お恥ずかしい限りです……」

 

「い、一回やり出すと止まらなくなっちゃうんだよね……」

 

返答が若干ぎこちない2人に飯田くんが少し首を傾げてはいるけど、それだけだった。

そんな状況の中、常闇くんが話題を逸らすためなのか、咳ばらいをしてから口を開いた。

 

「……やはり、朝食は和食だな」

 

「ん……お米おいしい……」

 

「……あぁそうだな。こんなに美味しいごはんが朝から食べられるなんて、ランチラッシュ先生に感謝しなくては!」

 

唐突な話題転換に飯田くんも一瞬不思議に思っていたけど、ランチラッシュ先生の朝食の美味しさのおかげで納得してくれていた。

その後も話しながら食べ続けて、一粒残らず食べ終わった飯田くんが「それじゃあお先に」と一足早く寮を出ていった。

そこでようやく若干の緊張感を持った空気が緩んだ。

 

「……皆……露骨すぎ……」

 

「ごめん……」

 

「申し訳ありません、先ほどは助かりました」

 

「それはいいけど……気を付けないと……」

 

百ちゃんたちは申し訳なさそうにしながら言葉を返してきた。とりあえず日中は気を付けて欲しい。

しばらくして、他の皆も続々と降りてくる。

飯田くんがもう登校していることが分かると、夜の続きが始まった。

皆夢中でパーティーの詳細を詰めているし、それだけ飯田くんが皆に慕われているということなんだろう。

まあでも朝からこれを始めたのはよくなかった。

いつの間にか時間ギリギリになっていて、興味なさげに先に寮を出た爆豪くんを除いた皆で、大急ぎで教室に向かうことになってしまった。

 

 

 

なんとか始業には間に合って勢いよく教室へ駆け込む。

 

「ま、間に合ったっ……!」

 

「ちょっ……朝から全力ダッシュはキツイ~」

 

切島くんと三奈ちゃんが肩で息をしながら言う。

私も息も絶え絶えになってしまっていた。

そんな私たちに飯田くんが心配したような表情で声をかけてきた。

 

「みんな!何をしてたんだ!?もう少しでホームルームが始まる時間だぞ!?」

 

飯田くんはいつもみたいに腕を左右に振りながら聞いてくる。

その言葉に皆すぐに理由を言い返せなくて、ピタッと動きが止まってしまった。

 

「それは、ほら」

 

「ねえ……?」

 

皆明らかにぎこちない感じで言い淀む。

私も何かいい言い訳はないかと考えていたら、お茶子ちゃんが飯田くんの前に出た。

新築の寮だからだいぶ無理があるっぽい案な気がしないでもないけど、今はその考えに乗ろう。

 

「そ、それはねえ……!……Gが出たんよ」

 

「Gとは……?」

 

「キッチンとかによく出る黒いアイツ……」

 

「あぁ!ゴキ「名前を口に出すのもおぞましいアイツが出て……みんなで退治してたんだよ……!」

 

麗かじゃない表情になって飯田くんを見つめるお茶子ちゃんに、飯田くんも納得したようだった。

 

「ん……他にいないかも……確認しておいたから……もう安心……」

 

「波動くんがそう言うなら安心だな。手伝えなくてすまなかった!みんなも大変だったな!」

 

誤魔化せたことを確認して、皆も各々の席に散っていった。

お茶子ちゃんが寝癖を飯田くんに指摘されて、誤魔化そうとしてだいぶ怪まれる感じになっているけど、流石にそこまではフォローしきれない。

寝癖をあらかじめ指摘出来ればよかったけど、時間がギリギリだったのもあってスルーしてしまっていた。

そのタイミングで相澤先生が教室に入ってきて、飯田くんも考えるのを後回しにしてくれたから助かった。

そうしていつも通りヒーロー基礎学の授業が始まった。



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お誕生日会(後)

お昼までの授業も終わり、あっという間に昼食の時間になった。

透ちゃんに加えてお茶子ちゃん、梅雨ちゃんと食堂に向かう。

今日は飯田くんの好きなものを調査するという任務もあるから、緑谷くん、轟くんと出ていった飯田くんのすぐ後に着いていった感じだ。

 

今日の食堂は夏休みでヒーロー科以外の生徒が少ないのもあって、いつもより空いていた。

 

「ん?あれ、飯田くんたちの前にいるのって瑠璃ちゃんのお姉さん?」

 

飯田くんたちの前にはなんとお姉ちゃんと天喰さん、通形さんが並んでいたのだ。

 

「ん……そう……お姉ちゃん……今日は冷やし中華の気分みたい……私も冷やし中華にしよ……」

 

「瑠璃ちゃん、前にもそんな感じのこと言ってたけど、そう言うことやったんやんな。実際に知ってみると納得しかあらへんけど」

 

「気分って漠然と言っているけど、食べたいものを正確に把握してくれてるってことだものね。寮に入る前はそれで対応できるように食事を作ってたって言っていたし、本当にすごいわ」

 

「大変だけど……凄く喜んでくれるの……達成感も……やりがいも……段違い……」

 

私がお姉ちゃんの食べたいものを予測して作っていたことを知っているお茶子ちゃんと梅雨ちゃんが、思い出したような感じで言ってくる。

 

そんな感じで話していると、前の方で天喰さんがおどおどとしながら話し出した。

あんな感じなのに荒れていた頃のお姉ちゃんに話しかけて今の状態まで戻してくれたんだから、天喰さんは本当にすごい人だと思う。

 

「ああ……どうしていつもこんなに混雑してるんだ……辛い……帰りたい。せめて教室の隅で食べたい……」

 

いつも通りおどおどしている天喰さんに、お姉ちゃんが無邪気に言い放つ。

 

「それ1年の時から言ってるよね!どうして慣れないのか不思議!ね!通形、何にするか決めた?私はねー、朝から冷やし中華の気分だったの!知ってた?」

 

「俺はラーメンだよね!よし、チャーシュー大盛りだ!環、一枚やるよ!」

 

「ありがとう……豚か……鼻が強いんだよね」

 

ビッグ3なんて呼ばれるようになっても変わらないお姉ちゃんたち3人組の掛け合いに、私もほっこりしてしまう。

 

「瑠璃ちゃんの話だけ聞いてると完璧超人の凄い人って印象だったけど、実際に見てみると可愛い感じの人だね」

 

「ん……お姉ちゃん……可愛いでしょ……」

 

「うん。瑠璃ちゃんの部屋の写真の感じから優しいのも分かってるし、綺麗な人だし可愛い、っていうか無邪気な感じの性格で本当に非の打ちどころがなさそう。びっくりした」

 

透ちゃんがお姉ちゃんの素晴らしさをようやくしっかりと認識してくれたらしい。

私も誇らしくなってドヤ顔をしてしまう。

 

「天喰くん、ねぇねぇ!メニュー決めた?もう順番だよ!分からなかった?」

 

「あ……う……どうしよう……」

 

「環、ボンゴレあるぞ!アサリ!」

 

「それにする……」

 

天喰さんも注文し終わって、お姉ちゃんたちはそれぞれ注文したものを受け取って席に向かっていった。

すれ違いざまにお姉ちゃんがにこやかな笑顔を浮かべて私にウインクしてくれた。手がふさがってなかったら多分手を振ってくれていただろう。

ちらっと透ちゃんたちの方を興味深そうに見ていたから、食事を持っていなかったらきっといつもの質問攻めが始まっていたと思う。

さっきの会話、お姉ちゃんにも聞こえていたようだ。

電話でクラスの皆が受け入れてくれたことを伝えてあるけど、本当に受け入れてもらえたところを見て安心してくれていたようだった。

透ちゃんたちはすれ違いざまに会釈だけしていた感じだ。

今度、時間がある時にちゃんと紹介しよう。

 

 

 

私たちも各々注文したものを受け取って飯田くんたちがいるテーブルに向かった。

飯田くんたちと一緒に食べる頻度が多いお茶子ちゃんが元気な感じで話しかけた。

 

「飯田くん!私たちもここいいかな!」

 

「ああ、もちろん大丈夫だ」

 

飯田くんは快く頷いてくれた。

緑谷くんと轟くんは事情を知っているから特に何も言ってこない。まあこの2人は知らなくても拒否なんてしないだろうけど。

許可ももらったし、さっき買ってきた冷やし中華を置いて席に着く。

飯田くんはカレーを頼んでいるようだ。

前にも頼んでいた気がするし、カレーが好きなのかな。

緑谷くんも好物のかつ丼を食べているし、それをだしに使ってみようかな。

食べ始めてから、話題づくりも兼ねて飯田くんの食べているものに触れてみる。

 

「飯田くん……カレー食べてること……多いよね……緑谷くんも……かつ丼のこと多いし……好きなの……?」

 

「うん!僕とんかつ好きなんだ!飯田くんは?」

 

早速探りを入れた私に、緑谷くんがささっとアシストするように質問を飛ばす。

 

「ああ。基本的に好き嫌いはないが、カレーは好物の一つだ。食べる頻度も相応に多いな。轟くんは蕎麦だろう?」

 

「あぁ」

 

会話が続けながら、飯田くんの思考を深いところまで読んでいく。

カレーも好きだけど、一番好きなのはビーフシチューみたいだ。

うん。これならなんとか作れるかな。

時間はかかるけど何とかなると思う。

下拵えしている間に、誰かにお肉とかワインとかを含めた足りない材料を買ってきてもらえればだけど。

煮込みに凄く時間がかかるし、粗熱を取ったりするのにも時間がかかるから、それでもギリギリになると思う。

……食材の買い物、出来る人そんなにいるかな……ウチのクラス……

正直私以外だと梅雨ちゃんとお茶子ちゃん、砂藤くんっていう今回の調理班以外でパッと浮かぶのは、そつなくこなせそうな爆豪くんだけだ。

梅雨ちゃんかお茶子ちゃんに頼むしかないかもしれない。それか私が買いに行って、2人に野菜を切っておいてもらうとか。

まあそれは後で考えよう。

 

あとはアレルギーの確認かな。

これはちょっと強引に聞くしかないけど。

好きなものの話題はある程度区切りがついているから、逆に食べられない物って感じで聞いておくか。

 

「逆に……食べられない物……ある……?アレルギーとか……お菓子とか料理……作る時の参考にしたい……」

 

「いいや、そういうものは特にないな」

 

「私も特にないよー!」

 

飯田くんの返答に透ちゃんが続いて、皆も続いていった。

今のところ飯田くんにも不審がられてないし、違和感のない流れで聞き出せたと思いたい。

その後も普通に話しながら食べていたけど、唐突に思い出したように飯田くんが言った。

 

「そういえば今日は皆随分眠そうじゃないか。生活の乱れは心の乱れにつながり、授業への悪影響にも繋がるぞ。何かあったのか?」

 

どうやら朝の百ちゃん、響香ちゃん、お茶子ちゃんの件以外にも、授業の合間に欠伸をしていた透ちゃんや梅雨ちゃん、三奈ちゃんを見ていたらしい上に、男子の似たような姿も見られていたようだ。

 

「それはお前の―――」

 

「轟くんっ……!!」

 

「んぶっ」

 

平然と答えをぶちまけそうになる轟くんの口を、緑谷くんが抑えた。

でもその勢いが凄すぎて2人とも倒れ込みそうになってしまった。それを飯田くんが咄嗟に支えている。

 

「ど、どうしたんだ、緑谷くん!?」

 

「な、なんでもないよっ?ほら、口元にネギがついてたから気になっちゃって……ね、轟くん!?」

 

「あぁ……わりぃ、蕎麦食ってたからうっかりしちまった……」

 

……いくらなんでもその誤魔化し方は無理があるだろう。

轟くんも連鎖して口を滑らせないでほしい。さっきから失言続きだ。

飯田くんにも普通に怪しまれている。

 

「……?うっかりって何をだい?」

 

「な、ななななな何でもないよ!ね、轟くん……!」

 

「あ、あぁ……うっかりネギ付けちまってた……」

 

そこまで聞いて、飯田くんは考え込み始めてしまった。

これだけあからさまな態度を取られて、自分以外の皆が挙動不審になって、遅刻しかけたり、眠そうになったりしていたのだ。

怪しまれる要素しかない。

というか、こんなの私みたいに思考が読めないと疑心暗鬼になっても仕方ないレベルだ。

 

『……もしかして俺は、気がつかないうちに何かしてしまったのでは!?』

 

結局、飯田くんはそういう結論に達してしまった。

さっきの轟くんのセリフの続きを勝手に補完して『お前のせいだ』と言われたんじゃないかって考え始めてしまっている。

飯田くんはそのまま自分の素行を思い出しながら、何をしてしまったのかを考え出した。

爆豪くんの足でのドア開けへの再三に渡る注意、長時間鏡を占拠する青山くんへの注意、ブドウ頭が共有スペースで性的な雑誌を読んでいたことに対する注意、湯船での水泳に対する注意、ダークシャドウがはしゃいでお風呂を泡だらけにしたことを嗜めたこと、上鳴くんたちがボディソープを身体につけてカーリングごっことかいう意味わからない遊びをしていたことに注意したことなどなど……

どれも注意されて然るべきことしかなかった。

というか男子たちは何をしているんだ。いくらなんでも自由奔放すぎるだろう。

 

「飯田くん?あの……大丈夫?」

 

黙り込んでしまった飯田くんに対して、緑谷くんが心配そうに声をかけた。

緑谷くんの表情を見て飯田くんはハッとしたように気を取り直した。

 

「……いや、なんでもない。大丈夫だ!」

 

……これ、全然大丈夫じゃないと思う。

今はどうにか嫌な考えを振り払っても、午後にまたよそよそしい態度を取られたら同じ考えになるだろう。

皆絶対にまた同じ感じの態度は取っちゃうだろうし、確実にそうなると思う。

一応、そういうことはあり得ないってことだけ伝えておこうかな。効果は薄いかもしれないけど。

 

「ね……飯田くん……」

 

「波動くん……?」

 

「その考え……絶対にありえないから……安心していい……もし本当に……そういうことだったとしても……私は絶対に……そういうことには加担しないから……」

 

「っ!?すまない!みんなを疑うなんて、恥ずべき考えだった!」

 

「……ここまで露骨だと……仕方ないから……気にしないで……」

 

私の言葉で、皆もどういう考えを飯田くんに抱かせたか分かったのだろう。

すぐに飯田くんに謝って違うということは伝えていた。

まあ結局サプライズパーティーのことを伝えていないから、なんとも言えない心持ちのままなんだけど。

 

 

 

そして放課後。

飯田くんもさっきの件で持ち直したとは言っても、一度考えてしまったことは頭を離れないようだった。

案の定皆は露骨すぎるぐらいのよそよそしさで口数も減っていった。

そのせいで、違うとは思っていても嫌な考えを拭いきれないんだろう。

正直自分が誕生日であることを思い出してくれれば、すぐに思い至ってくれる拙い隠し事なんだけど、飯田くんもそれどころではないらしい。

 

とりあえず私は時間がないから、緑谷くんたちに飯田くんのことを任せて寮のキッチンに入る。

砂藤くんも既にケーキを作り始めていた。

 

「波動!飯田の好物分かったか?」

 

「ん……ビーフシチューが好きみたい……今から大急ぎで作る……足りない材料は……お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが……買いに行ってくれた……」

 

「ビーフシチューって、圧力鍋なんかあったか?ないとすげぇ時間かかるだろ」

 

「ないから……鍋で作る……できるのは……夕食の時間ギリギリに……なると思う……」

 

「そうか……すまん、流石に手伝えそうにねぇ」

 

「大丈夫……砂藤くんはケーキに集中して……」

 

そんな感じのやり取りをしてから、野菜を切ったりストックがあった市販のチキンブイヨンを使ってスープを作っておいたりと出来る準備をし始めた。

 

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんは結構早く帰ってきてくれた。

買ってきてくれた材料はばっちりビーフシチューに適したもので文句なしだった。

そのままお茶子ちゃん、梅雨ちゃんと協力して一気に下拵えを終わらせる。

煮込みの段階まできたら、後は煮汁が少なくなったらチキンブイヨンを継ぎ足して少なくなりすぎないようにお世話をし続けるだけだ。

私は鍋のお世話を続けて、お茶子ちゃんたちがサイドメニューのサラダとかを作ってくれている。

夕食はなんとかなりそうだ。

 

なんか男子たちがお風呂での密談を飯田くんに聞かれたりしてさらに疑心暗鬼を強めたりしているけど、ケアしにいく余裕なんかない。

飯田くんの思考からして緑谷くんに相談するだろうし、緑谷くんに任せよう。

 

 

 

飾り付けも済んで、なんとかビーフシチューも出来上がった。

味見したけど良い感じの出来だと思う。

砂藤くんもケーキが出来上がったみたいで、美味しそうなオレンジ色のケーキになっていた。

 

飯田くんがお風呂から出て部屋に戻ってから、大急ぎで飾り付けをしている皆に出来上がった料理とケーキをお披露目する。

 

「おー、すげぇ!売ってるやつみてぇ!」

 

「うわ~美味しそう!流石瑠璃ちゃんと砂藤くん!」

 

努力の成果を褒められてドヤ顔していたら、エレベーターに向かう爆豪くんがすれ違い様に結構強めに肘を当ててきた。

 

「いたっ……えっ……なに……?」

 

「もっとよく見とけやクソチビ」

 

「ちょっ!?爆豪!?急に女の子どつくってどういうこと!?」

 

透ちゃんが爆豪くんに抗議しているけど、爆豪くんは完全に無視してエレベーターに向かっている。

不審に思って周囲の波動に注意を向けたら、すぐに気がついた。

悪態を吐くようにして爆豪くんが向かったエレベーターは、下に向かってきていた。

というか、飯田くんがエレベーターに乗っていたのだ。

爆豪くんはまだ準備が終わっていないところに飯田くんが来るのを止めに行ってくれたようだった。

『てめぇがいると邪魔』とか、『部屋で勉強でもしてろ』とか疑心暗鬼が深まるような乱暴な物言いではあったけど、飯田くんを言いくるめて部屋に連れ戻してくれた。

 

 

 

その後、大急ぎで飾り付け作業を終わらせた。

談話スペースの一角がバルーンや紙で作った花で色鮮やかに彩られ、窓の方に下ろしたロールスクリーンに誕生日を祝う文字を大きく張り付けてある。

もうすぐ19時になる。流石にそろそろ夕食のために飯田くんが降りてくるだろうけど、企画班はそれだけじゃ満足しなかったらしい。

企画班の計画通りにエレベーターに関わるところ以外のブレーカーを落とした。

当然のように寮内は真っ暗になる。

正義感の強い飯田くんならこうなったらどんな状況でも皆の無事を確認しにきてくれるだろう。

 

予想通り、飯田くんはエレベーターですぐに1階に降りてきてくれた。

静まり返っていることを不審がっているけど、それも含めて計画だ。

 

「キャア!!」

 

「麗日くんか!?どうした!?」

 

「た、助けて飯田くん!早く!こっち!」

 

「待ってろ!すぐ行く!」

 

お茶子ちゃんの真に迫った演技で飯田くんが談話スペースまで駆け寄ってくる。

 

「麗日くん、どこだ!?」

 

「ここだよ」

 

お茶子ちゃんが演技をやめて明るい声で返した瞬間、砂藤くんがブレーカーを上げて電気をつけた。

 

「みんな……!?」

 

「飯田くん、お誕生日おめでとう~!!」

 

そして砂藤くんと部屋に戻った爆豪くん以外の皆は、一斉にクラッカーを鳴らした。

 

「誕生日……そうか、すっかり忘れてた……」

 

呆然としたまま動かない飯田くんに、皆が駆け寄る。

 

「やった!サプライズ成功だね!」

 

「もう朝からヒヤヒヤしましたわ。飯田さんが出かけてから、みんなで段取りの確認をしていたら遅刻してしまいそうになってしまいますし……」

 

「ほんとだよ」

 

「ん……皆……隠し事下手すぎて……びっくりした……」

 

「飾り付け、私たちで昨日の夜から準備しててさ!」

 

「間に合ってよかったわ、ケロッ」

 

「飯田が部屋に戻ってから、みんなで超特急で飾ったんだ」

 

皆口々に飯田くんに笑いかける。

その横でさっきお風呂でやらかした上鳴くんが頭を下げた。

 

「だからごめんな!風呂場で変な雰囲気にしちゃってさー」

 

「ったく、爆豪もいりゃいいのになぁ。部屋に戻っちまった」

 

そんな感じでワイワイ種明かししていく皆。

そして待ちきれなくなったのか砂藤くんがキッチンから顔を出した。

 

「おい、早くメインを呼んでくれよ!」

 

そこで皆ようやく思い出して、百ちゃんの合図でバースデーソングを歌い出す。

それに合わせて砂藤くんが飯田くんの目の前にケーキを持ってきた。

ケーキには火のついた蝋燭の他にも、飯田くんへの感謝の言葉を綴ったチョコレートのプレートが乗せてある。

 

感激した飯田くんはしばらく動けなくなっていたけど、皆に迫られて意気込みながら蝋燭を吹き消した。

 

「これからもよろしく頼む、みんな!」

 

飯田くんは思い詰めていたさっきまでとは打って変わって晴れやかな笑顔をしていた。

 

「んじゃ、ケーキは切り分けて後で食べるとして……」

 

「ん……食事も準備した……食卓行くよ……!」

 

飯田くんを食卓の方に皆で連れていって席に座らせる。

私とお茶子ちゃん、梅雨ちゃん3人でキッチンに戻ってお米とサラダ、ビーフシチューと順番に盛っていく。

全員分準備を終えたけど、とりあえず飯田くんの分を持って、席についている飯田くんの目の前に持って行った。

 

「これは……昼の会話はそういうことか。昼に確認してから作るのは大変だっただろうに」

 

「ん……大変だったけど……3人で力を合わせて……なんとかなった……じっくり煮込んだビーフシチュー……味は保証する……」

 

「味わっていただこう!本当にありがとう、みんな!」

 

その後は皆の分も食卓に持ってきて、一斉に食べ始めた。

食事もケーキも、すごく美味しかった。

 

爆豪くんにも皆が夕食を食べ終わった後になっちゃったけど、部屋まで食事を届けた。

爆豪くんのおかげで飯田くんに最後まで隠し通せたんだから当然だ。

ビーフシチューもちゃんと温め直したし、お米もサラダも持って行く直前によそっているから大丈夫なはずだ。

切り分けたケーキも乗せておいた。

チャイムを押したらイライラした感じで部屋から出てきたけど、受け取ってはくれたからきっと食べてくれるだろう。

こっそり思考を読んで爆豪くんの食事に対する感想を見ておこう。



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サバイバル訓練(前)

「仮免の取得試験は例年災害時における救助を目的としたものが多く出題されている。よって今日は、クラスを10名ずつの2チームに分け、仮免試験を想定した救助訓練を行う」

 

圧縮訓練の一環として先生がそう話を切り出した。

それと同時に黒板にチーム分けが表示される。

私はBチームだ。

他のメンバーは……

 

Bチーム

青山

芦戸

尾白

口田

砂藤

障子

耳郎

葉隠

波動

峰田

 

感知系個性が全員こっちになっていてすごく偏った感じだ。

一方で、戦闘能力に長けた個性やお茶子ちゃんや百ちゃんのような救助に適した個性は軒並みあっち側だった。

恣意的なものを感じる。まあわざとなんだろうけど。

 

「ウチはBか」

 

「私も……よろしく……」

 

「よろしく。救助訓練なら今回も波動の独壇場かな」

 

「災害時の救助って言ってた……響香ちゃんの感知も大事……頼りにしてる……」

 

隣の響香ちゃんのつぶやきに反応すると、そんな感じの返答が返って来た。

でも災害時の救助って言ってたし、どういう災害の想定なのかは分からないけど音は重要な要素になるはずだ。

私が感知できない部分だし、響香ちゃんは凄く頼りになると思う。

 

三奈ちゃんとか峰田くんが私がいればなんとかなるでしょみたいな楽観的な思考になっているけど、私はそうはならないと思う。

私一人でどうにか出来てしまう訓練の時は、相澤先生たちはいつも何かしらの対策や事前告知をしてきた。

それがないということは、何かしらの問題とかが発生するようになっているんだろう。

 

「監督はAは俺、Bは13号が担当する。コスチュームに着替えてAグループはグラウンド・β、Bグループはグラウンド・γに集合だ。速やかに移動しろ。以上、解散」

 

そう言って話を切ると先生は早々に教室を出ていった。

私たちもコスチュームに着替えて指示されたグラウンドに向かった。

 

 

 

更衣室でコスチュームに着替える。

コスチュームはちょうど昨日改造が済んでいて、私と透ちゃんのコスチュームには変化があった。

透ちゃんは忍者みたいな透明の大きいスカーフを首に巻いていて、首元から後ろに2本の布を垂らしている感じになっている。

あのスカーフは必要な時に頭巾みたいに被って頭に着けているものを隠すこともできるし、後ろに伸びている布を手に巻いたりして持っているものを隠したり出来るらしい。

凄い実用的だ。

 

「透ちゃん……それ……カッコイイね……」

 

「ふふ、そうでしょー!私もお気に入りなの!」

 

透ちゃんはスカーフの後ろに垂れている部分をばさーっと翻した。

うん、かっこいい。

 

「葉隠のコスチューム、変わってるんだ。どこが変わってるのかさっぱり分からないけど……」

 

「ん……忍者みたいな……スカーフが増えてる……後ろに2本の布が伸びてて……かっこいい……」

 

響香ちゃんが難しそうな感じの顔で透ちゃんの方を見ている。

まあ普通の人から見たら相変わらずの手袋とブーツだけのコスチュームだ。仕方ない。

 

「その点波動のやつは変化が分かりやすいよね」

 

「うんうん!瑠璃ちゃんの手のやつすごく綺麗!それが波動を貯め込みやすい物質って言ってたやつ?」

 

「そう……まだうまくできないけど……」

 

三奈ちゃんが私の手の甲を指さしながら、私のコスチュームの変化を指摘した。

私のコスチュームの変化は手の甲の所の棘が、楕円形で半球体のクリスタルのようなものに変わっていた。

試しに波動をそこに放出してみたら、本当にすぐに霧散したりしなかった。

練習次第でちゃんと波動タンクとしての役割を果たしてくれそうだ。

今後、頑張って練習していこう。

 

 

 

そんな感じで話しながら着替えを終えて、グラウンド・γに移動する。

グラウンド・γでは13号先生が待っていた。

 

「待っていましたよ。じゃあ早速説明を始めましょうか」

 

13号先生は全員いることをざっと確認して、すぐに説明を始めた。

 

「2時間前、地下にある大型ショッピングモールの最下層で火災が発生。現在火災は鎮火。中にいた人々の避難も終わっています。ですが、この地下街のどこかに、要救助者が1人だけ残っているとの情報が、現場に来ていた波動さんから齎されました」

 

13号先生が私を示しながら説明を続ける。

皆も一瞬私をちらっと見たけど特に何も言わなかった。私ならそのくらい感知出来ていて当然と思われているようだ。

まあ実際今地下6階に要救助者と思われる人形が置かれているのは分かるから、感知出来ているのは間違いない。

 

「地下街全域が火災の影響で停電していますが、幸いにも非常用電源は生きています。その中で皆さんに課せられた任務は、その要救助者を速やかに助け出すことです。ちなみに要救助者としてダミーの人形が置いてあります。説明は以上です。マップを表示できる装置は渡しますので、あとは皆さんでどう行動するかを決めてください。その辺りも含めての訓練になりますので」

 

そこまで言うと13号先生は装置を渡してさっさと脇に移動して見物の姿勢に入った。

本当にこれ以上の指示も助言もないらしい。

とりあえず話を進めないとどうしようもないと思ったのか、三奈ちゃんが話し始めてくれた。

 

「とりあえず方針を決めないといけないよね。さっき先生が言ってた波動が情報提供したっていうのは、先生に事前に何か情報を貰ってるってこと?それとも、普通に感知できるだろうからってことで適当に言われたってこと?」

 

「……今回は……事前に何も言われてない……でも……どこに要救助者の人形があるかは……分かる……」

 

「さっすが瑠璃ちゃん!頼りになるねぇ!」

 

「流石だね☆」

 

透ちゃんと青山くんが手放しに誉めてくれる。

そんな2人を尻目に、響香ちゃんがさっき渡された装置を操作してマップを表示した。

 

「この地図でどの辺かとか分かる?」

 

表示されたマップと波動で感じる位置を照らし合わせる。

地下6階、最深部の端あたりに人形があるから、その辺りを指さした。

 

「この辺……」

 

「最深部じゃねぇか……」

 

峰田くんが怖気づいたような感じで言ってくるけど、今のところそこまで怖がる要素はないと思うけど。

まぁ絶対に何かしらの仕掛けはあるとは思う。

そうじゃなきゃ私がいるこっちのグループはなんの訓練にもならない。

わざわざ違うことを考え続けてくれている13号先生の思考を深く読むなんてズルはするつもりもないし、このまま透ちゃんの思考を深く読みながら訓練には参加しとこう。

 

「……多分……訓練中に何か……あるんだろうけど……ひとまず皆で……ここに向かおう……」

 

「まぁ波動さんがいるのに何も無いわけないよね……逆に何もないと何の訓練にもならなくなっちゃうし」

 

尾白くんも私の意見に同調してくれる。やっぱり絶対に何かあるって思うよね。

 

「今それを考えても仕方ねぇし、さっさと行こうぜ。救助は時間との勝負だろ?波動、先導頼めるか?」

 

「ん……問題ない……」

 

砂藤くんの言うことも尤もだし、その方針でいいだろう。

 

「よし、じゃあ波動を先頭に進もう。脆くなっている箇所があるかもしれないし、俺もサポートする」

 

「ありがと……障子くん……」

 

とりあえず方針は決まったし、私たちは地下街に入っていった。

 

 

 

慎重に目的地まで進んでいく。

皆も訓練とはいえ完全に方針も固まっていて気が抜けているせいか、軽口を叩きながらの移動になってしまっていた。

 

「にしても、今回の訓練のチーム分け、だいぶ偏った感じになってるよなぁ」

 

「確かにね。索敵とかが出来る4人が全員こっちのチームになってるし」

 

砂藤くんのぼやきに響香ちゃんが反応する。

それはさっき私も考えていたやつだ。

 

「まぁこっちは楽でいいけどな!波動もいるし!」

 

「いや、絶対これだけじゃ終わらないでしょ。そう考えると、何かあった時に色々出来るのは向こうだよ」

 

峰田くんの楽観視を尾白くんが窘める。

実際尾白くんの言う通りだ。

要救助者を簡単に運べるお茶子ちゃんやオールマイティに対応できる百ちゃんは向こうだし、突出した対応力のある爆豪くんと轟くんも向こうだ。

なんだったらいつも率先してまとめ役をしてくれる飯田くん、作戦立案してくれる緑谷くんも向こうだ。

 

「麗日もヤオモモも向こうだしねー。このまま終われば楽なんだろうけど、今までの感じからしてそんなことないだろうし」

 

三奈ちゃんが私の意見を代弁するかのように言ってくれた。

 

 

 

そんな感じで話しながら進んでいくと、下の階になるにつれてどんどん周囲が暗くなってきた。

 

「暗いな……」

 

障子くんがぼやくように言う。

私は波動を見ていれば暗くても関係なく進めるけど、皆はそうじゃないだろう。

 

「私は大丈夫だけど……皆は困るよね……明かりは……青山くん……頼める……?」

 

「ウィ!僕の輝きが皆を照らしちゃうよ☆……まぁそんなに長続きはしないんだけど」

 

私の声掛けに青山くんが先頭に出てネビルレーザーをお腹を壊さない程度の長さで放った。

……頼んだはいいけど、これ、危ないな。

ネビルレーザーが柱とか変な所に当たると取り返しのつかないことになりそうだ。

 

「……頼んだはいいけど……これ……あんまりよくないかも……」

 

「威力を弱めることが出来ないなら、レーザーを明かりにするのはあまり好ましくないな。さっきからパラパラと何かが崩れそうな音がする個所もある。そこに当たると取り返しのつかないことになりかねない」

 

「マジ?……うわ、マジじゃん……だいぶ脆い所があるよ……具体的な場所は分からないけど、自然に崩れてもおかしくないレベルの場所が」

 

「じゃあ青山のレーザーを明かりにするのはダメだな……」

 

障子くんの言葉を受けて、響香ちゃんが確認するように地面にイヤホンジャックを突き刺した。

聞き始めてすぐに響香ちゃんも確信したように言ってくれる。

やっぱり青山くんを明かりにするのはダメだな。

青山くんもそれが分かったのか、ズーンと落ち込んだ感じになってしまった。

 

「それなら!私に任せてよ!」

 

透ちゃんがはいはい!と勢いよく手を上げて自己主張してきた。

 

「透ちゃん……?」

 

「葉隠?」

 

透明化の個性の透ちゃんが明かりに立候補してきてびっくりしてしまう。

でも思考を読んで分かった。

そんなことができるの?どういう原理?本当によく分からない個性だ。

 

「ふふふ……見よ!これが私の必殺技だ!」

 

その言葉とともに、透ちゃんは七色に輝き出した。

青山くんよりもよっぽど輝いている。

 

「うわっ、まぶしっ!?」

 

「えっ!?どういう原理なのそれ!?」

 

「光るのはいいけど目が痛いよその光り方!?」

 

「ゲーミング葉隠!?」

 

透明のコスチュームも当然のように虹色に輝いている。

実際に見ても本当によく分からない。どういう原理なんだ。

 

「……凄いんだけど……虹色じゃなくて……普通のもうちょっと弱めの光に……できない……?私はいいけど……皆には目くらましになるかもしれないから……」

 

「えー?面白いと思ったんだけどなー。まぁ弱めの光も出来るから任せてよ!」

 

そう言って透ちゃんはいい感じの目に優しい光に変わった。

 

「おー!いいじゃん葉隠!その調子で照らし続けちゃって!」

 

「まっかせなさーい!」

 

そんな感じで透ちゃんが明かり役になった。

輝く役を取られた青山くんが不満そうな顔をしているけど、青山くんは長時間照らし続けることができないし、単純な明かりなら透ちゃんが適任だろう。

 

 

 

そんな感じのやり取りがあって地下4階に差し掛かった時、それは起こった。

 

「っ!?崩れるぞ!!」

 

障子くんのその声がしたと思ったら、足元が一気に崩落した。

崩落を免れたのは後ろの方にいた三奈ちゃん、響香ちゃん、青山くん、口田くんくらいだ。

他は全員崩落に巻き込まれた。

 

「きゃああああ!?」

 

足元だけじゃなくて、上からも大量の瓦礫が降ってきている。

まずい。

尾白くんと障子くん、砂藤くんは自力で瓦礫を弾いたり粉砕したりしている。

峰田くんは近くにいた障子くんが抱え込んだ。

でも、私と透ちゃんは明かりと先導役で少し突出していたから、自分たちでどうにかするしかない。

私だけなら上から降ってくる瓦礫を波動で砕けばいいけど、それじゃあ透ちゃんが瓦礫の下敷きにされる。

そう思った私は大急ぎで手に波動を圧縮して透ちゃんの方に吹き飛んだ。

 

「透ちゃん!」

 

透ちゃんを抱き込んで、真上から降ってきている瓦礫をどうにか片手で作った波動弾を当てて砕く。

出来たのはそこまでだった。

瓦礫と一緒に落下していく中で、透ちゃんを庇うように自分の身体を下にする。

勢いを殺すために圧縮した波動を地面に向けて噴射したけど、それだけで勢いを殺しきれるはずもなかった。

私の身体は、地面に叩きつけられた。



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サバイバル訓練(中)

「瑠璃ちゃん!瑠璃ちゃん!」

 

身体中が激痛に襲われていて、動かすことすらできない。

なんとか意識は保っているけど、油断するとすぐに意識が飛んでしまいそうになる。

透ちゃんが呼びかけてくれているけど、私は反応することもできずにいた。

 

「葉隠!波動!無事か!?」

 

少し離れた位置から障子くんの声が聞こえてきた。

 

「ここにいるよ!でも瑠璃ちゃんが私を庇って!反応がないの!」

 

「っ!?葉隠、落ち着け!詳細な位置を知りたい!さっきの光は出せるか!?」

 

「う、うん!」

 

この崩落で非常電源が壊れてしまったらしく、周囲は真っ暗のようだった。

障子くんの指示に従ってすぐ近くにいる透ちゃんが光る。

それと同時に私の状態が透ちゃんには見えたらしくて、明らかに動揺し始めた。

 

「る、瑠璃ちゃん……!?こ、こんなの、こんなっ……私のせいで……!?瑠璃ちゃん!?瑠璃ちゃん!?」

 

「……っ……ぅっ……」

 

錯乱した透ちゃんが、私の身体を揺すってくる。

でも揺すらないで欲しい。揺すられる度に激痛が走って意識が飛びそうになる。

明らかに異常な透ちゃんの声に、障子くんが再び声をかけてくる。

 

「葉隠!?落ち着け!今そちらに合流する!波動の息があるかだけを確認したら、波動にはもう触れるな!今荒々しく触れると命取りになる可能性すらある!峰田!そっちの尾白と砂藤は無事だったんだろう!?こっちに来てくれ!!ここの瓦礫にもぎもぎを付けて無理矢理退けられるか!?」

 

「な、なんだよ障子!?どういうことだよ!?」

 

「いいからやってくれ!一刻を争う!」

 

峰田くんはまだ状況が飲み込めていないようで、荒々しく怒鳴る障子くんに困惑している声が聞こえてくる。

峰田くんのもぎもぎをくっつけて取っ手代わりにして瓦礫を引っ張って無理矢理退けたり、障子くんの複製腕で退けていって少しずつ近づいてくる。

透ちゃんは自分でも冷静になれていないことが分かったのか、泣きながらではあったけど障子くんの助言通り揺するのをやめてくれていた。

 

そしてようやく近くの瓦礫が取り除かれて障子くんと峰田くんが顔を出した。

 

「葉隠!波動!ここか!」

 

障子くんと峰田くんが駆け寄ってきて息を呑んだのが伝わってきた。

 

「っ!?」

 

「お、おい、これ!?」

 

障子くんが駆け寄ってきて首に手を当てられる。

脈を測られている。その動きだ。

 

「波動、分かるか。分かるなら何かしらの反応を示してくれ」

 

障子くんの声かけに、声で返答できなくて小さく頷くことで返答する。

 

「意識はあるな。頸動脈も触れる。脈拍も多少早いがそこまでではない。呼吸も異常な仕方ではない。すまん波動、顔に触れるぞ。葉隠、光が欲しい。そのまま光った状態で手を貸してくれ」

 

「う、うん……」

 

障子くんに閉じていた瞼を開かれて光が当てられる。それを両目にやられた。

 

「反射にも異常はなし……問題は外傷か。頭部からの出血に、明らかに折れている腕。全身打撲に加えて、動けない様子を見るに他にも骨折している可能性が高い。今すぐどうというわけではないが、一刻を争うのは変わらないか」

 

「しょ、障子、どうしてそんなに冷静でいられるんだよ!?」

 

峰田くんの困惑した声が聞こえてくる。

そんな彼を尻目に、障子くんはテキパキと傷の位置を確認し、手慣れた様子で応急処置を始めた。

 

「応急処置には多少の心得がある。それにここで取り乱すと、助かるものも助からなくなる。峰田、すまないがそのマントを借りても良いか?応急処置で使いたい」

 

「そ、それはいいけどよ……」

 

峰田くんは躊躇なくマントを障子くんに渡した。

障子くんはマントを何度か折って鉢巻状にすると、私の頭の出血している箇所に巻いて圧迫止血のような感じにしてくれた。

 

「これでこの場で出来ることは全てか……葉隠、この後は早急に脱出して波動を地上に送り届ける必要がある。そのためには全員の協力が不可欠だ。当然、葉隠の協力も。動揺するのは分かる。だが、波動のためだ。協力してくれ、頼む」

 

障子くんにそこまで言われて、透ちゃんもようやく冷静さを取り戻したようだった。

 

「う、うん……!私のせいでこうなったんだもん……!するよっ!協力っ!」

 

「よし。峰田、まずは尾白と砂藤と合流したい。さっき声がした方に案内してもらえるか。葉隠は強く光ったまま俺たちが2人を連れてくるまでここで波動と待っていてくれ。異常があったらすぐに教えて欲しい」

 

「分かった!!」

 

「こっちだ!ついてきてくれ!」

 

峰田くんの障子くんを連れて来た道を戻っていった。

透ちゃんは障子くんたちが離れた段階で遠くまで照らせるように強い光を放ち始めた。

私は目を閉じているからその影響は特にない。

 

「砂藤!尾白!波動が負傷した!早急に脱出するためにまずは合流したい!」

 

遠くで障子くんが尾白くんたちに呼びかける声が聞こえる。

すぐに瓦礫を崩すような音がしだしたし、合流するために急いで作業を始めたようだった。

 

透ちゃんが心配そうに私を見つめているのが分かる。

私も動かないでいれば多少痛みが引いてきたのもあって、ようやく話せそうな感じになってきた。

 

「透ちゃん……」

 

「瑠璃ちゃん!?大丈夫!?」

 

「全身痛くて……動けないけど……最初よりは……まし……」

 

大丈夫ではないけど、透ちゃんを安心させるために強がって見せる。

 

「ごめんね、ごめんね……!私を庇ったから……!」

 

「だい……じょうぶ……私が……やりたくて……やったことだから……」

 

透ちゃんが顔を歪ませながら懺悔のように謝罪してくる。

でも透ちゃんがあんな崩落に巻き込まれたら、対応の方法なんてない。

仕方なかったのだ。

そのことを伝えても透ちゃんはひたすら謝り続ける感じで変わらなかった。

 

 

 

少しして障子くんたちが戻って来た。

尾白くんが訓練の要救助者役だった人形を抱えている。

どうやら落下地点の近くに落ちていたらしい。

でも持ってくるのは正解だ。

多分この負傷者が増えたり、突然のアクシデントも含めての訓練なんだと思う。

尾白くんと砂藤くんが絶句しているけど、時間がない。

早く脱出しないとまた崩落が起きるかもしれない。

 

「っ!?おいおいっ!?波動、大丈夫か!?」

 

「ここまでの怪我なんて思ってなかったんだけど!?」

 

驚愕している尾白くんと砂藤くんの2人を放置して障子くんが近づいてくる。

 

「待たせたな。波動は変わりないか」

 

「……ん……多少は……ましになった……」

 

「話せるようになったのか!」

 

私が障子くんに返答すると、峰田くんが涙目で声をかけてきた。

いつもみたいな邪な感情とか視線とかを一切感じない純粋な心配と喜びを向けられて、ちょっと困ってしまう。

 

「……迷惑かけて……ごめんね……動けなくて……」

 

「いや、波動が庇わなければ葉隠が取り返しのつかない状態になっていた可能性もある。迷惑なんてことはない」

 

「そうだよ!迷惑なんてことないよっ!!」

 

透ちゃんにも激しく抗議される。

そんなこと話をしていたら、周囲からまたパラパラと嫌な音がしだした。

 

「っ!?ダメだ!早くここを出るぞ!周囲の壁が脆くなっている上に、水の音がする!ここが沈むかもしれない!」

 

「沈むって、マジで言ってんのかよ!?どうすりゃいいんだよそんなのおおお!?」

 

「周囲に貯水槽か地下水か分からないけど、とにかく水があるってことだろ!?こんな地下で水没なんてしたら助からないよ!急いで脱出しよう!」

 

尾白くんが障子くんの説明をかみ砕いて方針を示してくれる。

峰田くんが慌てているけど、障子くんと尾白くんの言う通りだ。

 

「波動は俺が運ぶ!葉隠はそのまま周囲を照らし続けてくれ!皆は進行ルートの確保を!」

 

障子くんのその指示に反対する人はいなかった。

そのまま障子くんは私の側に来る。

 

「波動、持ち上げるぞ。痛いかもしれないが、耐えてくれ」

 

「……ん……ごめんね……っ……」

 

障子くんはゆっくりと静かに持ち上げてくれたけど、それでも全身に耐えがたい激痛が走った。

脂汗が滲んでいるのが分かるし、顔も歪んでしまう。

そんな私に、障子くんは申し訳なさそうな表情で声をかけてきた。

 

「波動。辛い所すまないが、俺が指示する方向が間違っていたらどんな手段でもいいから俺に教えてくれ。音や視覚だけでは正確なルートを指示し続けられるとは思えない」

 

「……ん……わかっ……た……」

 

「すまん……!皆!こっちだ!」

 

そこまで言って、障子くんは私を抱えながら皆を先導し始めた。

今向かっているのは、階段の方向だ。

途中に瓦礫の山が結構あって着くまでが大変だけど、階段は無事みたいだし辿り着ければひとまず上の階に逃げて水没の危機は免れることができる。

地下4階に残っていた三奈ちゃんたち4人も行動を開始していて、私たちと合流するために下の階に向かい始めてくれていた。

三奈ちゃんたちは、口田くんが虫で、響香ちゃんが音で周囲の確認をして、青山くんが照明、三奈ちゃんが酸で瓦礫を溶かして進んでいるようだった。

 

「ここを通りたい。砂藤、頼めるか」

 

「おう!任せろ!」

 

砂藤くんがシュガードープで身体能力を向上したパンチで、一気に瓦礫を砕いた。

力加減を間違えると崩れるリスクがある方法だけど、その辺りは本人的には一応気を付けてくれているみたいだ。

 

「よし!どーだ!」

 

「ああ!上出来だ!」

 

「やるじゃねぇかよ砂藤!」

 

移動を続けながら力瘤を見せて皆にアピールする砂藤くんに、皆が称賛の言葉をかけていく。

その後も、そんな感じの作業を何度か続けた。

透ちゃんが光りながら手作業で瓦礫をどけたり、峰田くんがさっきみたいにもぎもぎを取っ手のようにつけて瓦礫をどけたりと協力していたし、尾白くんの尻尾で砕いたりといった活躍も何度かあった。

だけど砂藤くんのパワーが特に重宝されていたのは言うまでもない。

瓦礫の山の大きさによっては一撃で粉砕できるし、当たり前ではあるんだけど。

 

障子くんも私を運びながら耳や目を作って周囲を観察し続けてくれていた。

それでもやっぱりこの瓦礫の状況だと最短ルートを指示し続けるのは本人も言っていた通り困難で、私も時々障子くんに声をかけて方向だけ伝えたりしていた。

そんな感じで進んでいって、なんとか地下6階から地下5階に上がる階段に辿り着いた。

階段に辿り着く頃には地下6階の壁には亀裂が大量に出来ていて、そこから水が漏れ出してきていた。

 

 

 

 

「なんとか水没するまでに階段に辿り着けたか」

 

「……ん……障子くんの……指示のおかげ……」

 

「波動、無理に話さなくていい。ただの独り言だ。すまん」

 

私が顔を歪めながら声を出して障子くんのつぶやきに反応すると、障子くんが申し訳なさそうな顔で謝って来た。

私も独り言なのは承知で声をかけたんだけど……

 

皆で階段を上っていく。

階段はどうしても揺れてしまうのもあって、また身体に激痛が走る。

階段を上りきったあたりで、ちょうど正面にあった瓦礫の山が溶けた。

三奈ちゃんたちとも、なんとか合流出来たみたいだった。



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サバイバル訓練(後)

「いたー!!」

 

三奈ちゃんの声が辺りに響き渡った。

駆け寄ってくる三奈ちゃんに続いて、響香ちゃん、青山くん、口田くんも近づいてくる。

 

「良かった、無事だったんだ」

 

響香ちゃんのその言葉に、透ちゃんが顔を曇らせる。

障子くんが状況を説明するために私を抱えたまま前に出た。

 

「いや……見ての通りだ。全員無事と言える状況ではない」

 

「波動さん!?」

 

「えっ!?波動どうしたの!?」

 

4人の表情が驚愕に染まった。

 

「……大丈夫……意識は……あるから……」

 

「波動、無理をするなと言っているだろう」

 

私が答えようとしたら障子くんに止められた。

 

「その……落ちた時に私を庇って……地面に叩きつけられて……」

 

「今すぐにどうこうという話ではない。だが腕が折れている上に、他にも複数の骨が折れているとしか思えない。頭も打っている。急いでリカバリーガールの下へ連れていきたい」

 

「それに最下層に水が噴き出してる。このままじゃ何階まで水没するか分からないよ。波動さんのこともあるけど、悠長にしている時間はなさそうだよ」

 

私の代わりに透ちゃん、障子くん、尾白くんが順番に説明していく。

 

「わ、分かった!さっき落ちたところまでは私が溶かしたり青山に砕いてもらったりして道は確保してあるから、急ごう!」

 

「頼む!」

 

そうして三奈ちゃんたちを先頭に移動を始めた。

道中の瓦礫はもともと人一人分通れる程度には破壊したり溶かしたりしてくれていたけど、障子くんが私を抱えたまま通りやすいように皆で道を広げたりしながら進んでいった。

青山くんが特に張り切っていて、積極的にレーザーで瓦礫の撤去作業をしてくれていた。

だいぶ心配させてしまったみたいだった。

 

 

 

多少時間はかかったけど、落下地点まで戻ってくることは出来た。

そこで気が付いたけど、上の階でも崩落が起きている場所がある。

地下1階までは今と同じ感じで上がっていけると思う。

でも最悪なことに、地下1階から地上に上がるための階段が崩落してしまっていて、地上への道が無くなってしまっていた。

 

「……障子くん……」

 

「どうかしたか?」

 

「地下1階から……地上に出る階段が……崩落してる……道……ない……」

 

「っ!?それは本当か!?」

 

「マジで言ってんのかよ!?」

 

私の言葉に、皆驚愕の声を上げる。

そんな中障子くんが考え込み始めた。

階段以外で地上に上がる方法を色々考えているようだけど、どれも現実味がない。

皆はもう何度もスマホの電波が入っていないかを確認したりしているけど、基地局もやられたのか地下だからか、電波が入っていなくて先生に助けを求めることもできない。

 

「……ひとまず地下1階まで上がって、そこでどうするかを考えよう。ここにいてまた崩落が起きたらそれこそ取り返しがつかなくなる」

 

「うん、そうだね」

 

「……ん……私も……手伝うから……」

 

私も感知で通れる道を誘導しようと思ってそう答える。

 

「波動は無理しないで休んでてよ。さっきから話す度に痛そうにしてて見てられない」

 

「……でも……」

 

「いいから。感知はウチと障子と口田でどうにかするから」

 

響香ちゃんのその言葉に、障子くんと口田くんが頷く。

 

「ああ。今は波動も要救助者だ。無理をさせるつもりはない」

 

「ぼ、僕も!む、虫の力を借りればここでも偵察くらい出来るから!」

 

口田くんなんかガタガタと震えながらそこまで言ってくれる。

口田くんは虫が嫌いだったと思うんだけど、無理をしてでも私を休ませようとしてくれていた。

それなら、お言葉に甘えることにしようかな。

そう思って、私は目を閉じた。

 

地下1階までは特に問題なく進めた。

口田くんが虫を先行させて道を探って、皆を先導。

明らかに脆くなっている所もあったけど、障子くんと響香ちゃんが音から予測を立ててそういうところは避けて進んだ。

透ちゃんは明かりとして光り続けて感知をする3人をサポートし続けている。

砂藤くん、尾白くん、青山くん、三奈ちゃんは、瓦礫があるところを通らざるを得ない時に瓦礫を破壊してくれていた。

 

 

 

そして、地下1階の階段前に辿り着いた。

 

「瑠璃ちゃんが言ってくれてたけど……」

 

「こんなの、どうやって外に出るんだよ」

 

目の前には、床が完全に崩落して地上への道がなくなった階段だった場所があった。

崩落していない部分まで少なく見積もっても10m以上はありそうだった。

穴になっている所は下の階までつながってしまっていて、本当にどうしようもない。

 

「これじゃあここは使えないよね……」

 

「他に地上に繋がっている所となると……」

 

響香ちゃんがマップを取り出して経路を探す。

だけどそんなものはない。

エレベーターも地下1階までしかなくて地上にはつながっていない。

地上に繋がるような崩落をしている箇所もない。

八方塞がりだった。

 

「スマホの電波も相変わらずだね……」

 

「もうここから叫び続けて13号先生に気づいてもらうとかは?」

 

「でも助けてくれるつもりがあるなら、波動が怪我した段階で助けに来てくれてるだろ。今まで来てくれなかったってことは、怪我人の発生も緊急事態への対処も含めて、全部が訓練ってことだろ?」

 

「それはそうかもしれないけど……」

 

「僕のレーザーを外まで飛ばしてSOSをアピールするとかはどうだろう?」

 

「それも先生に助ける気がないなら意味ないね」

 

「その崩れてる所の下からよじ登ったりは……?」

 

「ここから見ても下の階の瓦礫に登れるほどの高さは無さそうだし……」

 

「一応、下の階まで見に行こう。口田と……砂藤、一緒に来てもらっても良い?」

 

「おう、もちろんいいぜ」

 

そこまで話して響香ちゃんが口田くんと砂藤くんを連れて下の階を見に行った。

私に聞こうとしない辺り、徹底して私を働かせないようにしようという意思が読み取れた。

少ししてちょうど崩落した所の下まで辿り着いた3人は周囲を確認していくけど、やっぱり何もなかった。

戻ってきた3人の報告に、皆が少し気落ちしてしまう。

その後も皆でああでもないこうでもないと話し続けるけど、いい案は全然見つからなかった。

 

 

 

そんな時、峰田くんが私の方をじっと見つめ始めた。

こんな時までいつものエロ思考かと思ったけど、今日は違った。

いつものピンク色の妄想なんて一切感じ取れない。

真剣な悩みだけが読み取れた。

そして意を決したように峰田くんが皆の前に出た。

 

「オイラが行く」

 

「え?」

 

「どういうこと?」

 

峰田くんの急な発言に、皆の頭に疑問符が浮かぶ。

そんな中障子くんは、林間合宿の温泉の時のことを思い出して何をしようとしているのか分かったのか、止めようとし始めた。

 

「っ……峰田、まさか壁をよじ登って向こうまで行くつもりか?」

 

障子くんの確認に、皆の表情が驚愕に染まった。

 

「駄目だ!真っ直ぐ登るだけだった温泉の壁とは訳が違うんだぞ!側面の壁を斜め上に向かって進まなければならない上に、落ちた時は穴の底まで真っ逆さまだ!そんな危険なこと、認めるわけにはいかないぞ!」

 

「そうだよ!流石に危険すぎる!」

 

「それに、峰田くん一人で地上に上がれても先生が助けてくれなかったら意味がないんだよ!?それなのにそんな危ないこと……!!」

 

峰田くんが何をしようとしたのか理解した皆が、必死で峰田くんを説得する。

それも当然だ。

峰田くんのもぎもぎは本人にはくっつかない。

壁にくっつけてそれを辿っていくにしても、結局登るのは本人の腕力頼りだ。転落のリスクが高すぎる。

そして転落すれば下の階の、瓦礫の山に叩きつけられる。死のリスクと隣り合わせの提案だった。

 

それなのに峰田くんは、障子くんに抱えられたままの私をもう一度ちらりと見てから、拳を握って力強く言い放った。

 

「だけど、それしか手がねぇだろ!!オイラたちはいいよ!!どれだけ時間をかけても最終的に脱出できればそれでいい!!だけどよ、波動は違うだろ!!いくら見た目が大丈夫でも、身体の中で出血してるかもしれねぇ!!そしたら、時間をかけすぎたら最悪波動が死んじまうかもしれねぇだろ!?オイラなら登れる可能性がある!!オイラだけなら外に出られるかもしれねぇ!!なら、やるしかねぇだろ!!オイラはかっけぇ男になる為にヒーロー目指してんだ!!自分の身可愛さに女見捨てるような、かっこ悪い男にはなりたくねぇんだよ!!」

 

峰田くんのその言葉に、皆が息を呑んだ。

 

「……だが、外に出てどうする。先生が手を貸してくれなければ結局何も変わらないぞ」

 

「先生には助けを求める。だけど、それで駄目ならそれはそれで考えがある」

 

「考え……?」

 

「ああ。今回の訓練、先生はオイラたちを取り残された要救助者を助けに来たヒーローだって説明したんだ。そんな状況なら、周囲には大勢の人もいるし、他のヒーローや警察だっていると思う。なら、救助道具がないのはおかしいだろ」

 

峰田くんの指摘に、皆唖然としてしまう。

確かにその通りだ。

火災の後の救助現場。これだけの状況で、なんの道具もない方がむしろおかしい。

 

「だからオイラが先生を説得して、この穴を全員が通れるような道具とか、波動だけでも救助できるような道具を借りてくる。それでここから脱出すればいい」

 

「た、確かに、それなら……」

 

「可能性が、あるね……」

 

峰田くんの説明に、皆納得してしまった。

確かにこれなら助かる可能性がある。

峰田くんが1人でリスクを背負うような案になってしまっているけど、現状で一番現実的な案だった。

 

「止められてもオイラは行くからな」

 

そう言って峰田くんはこっちに背中を向けて崩落した階段の方に歩き出した。

そんな峰田くんの背中に、三奈ちゃんが声をかけた。

 

「峰田!」

 

三奈ちゃんの声掛けに、峰田くんが足を止めて振り向く。

 

「今の峰田、超カッコイイよ!待ってるから!お願いね!」

 

「……任せとけ!!」

 

ぐっとサムズアップしてから、峰田くんはもぎもぎを横の壁にくっつけてよじ登り始めた。

峰田くんはもぎもぎに腕力だけでしがみつきながら、次のもぎもぎを壁につけて乗り継ぐという作業をしばらく続けていった。

何度かふらついたり落ちそうになったりしたけど、それでも峰田くんは向こう岸まで辿り着いた。

こっちでハラハラしながら見守っていた皆にまたぐっとサムズアップしてから、峰田くんは外に走っていった。

 

 

 

外では案の定授業の一環ということで先生による救助を拒否されていた。

13号先生の思考を見る限り、案が何もなければ救助に来てくれるつもりだったみたいだけど、峰田くんに案があるのを見抜いて拒否することにしたらしい。

先生は峰田くんの救助道具があるはずという考察を聞いて、快く応じてくれた。

 

峰田くんは縄梯子を手に戻って来た。

 

「皆!!縄梯子あったぞ!!穴の下に回り込んでくれれば、皆も出られるぞ!!」

 

「峰田くん……!!」

 

「やったか!」

 

向こう岸からそう叫ぶ峰田くん。

そして峰田くんはもぎもぎで梯子の端を固定して、下に縄梯子を垂らした。

私たちは地下2階の縄梯子が垂れているところまで行って、順番に梯子を登った。

私は抱えてくれていた障子くんが1番に梯子を登って、そのまま地上まで運んでくれた。

その後に続いた皆は、上で待っていた峰田くんを「やるじゃねぇか!」なんて言いながら揉みくちゃにして褒め称えていた。

 

地上では13号先生だけじゃなくて、リカバリーガールも待機していた。

 

「はいはい。患者はその子だね。早くこっちに寝かせな」

 

「よろしくお願いします、リカバリーガール」

 

「おねがい……します……」

 

障子くんはリカバリーガールが準備してくれていた簡易ベッドみたいなのに下ろしてくれた。

そのままリカバリーガールの診察してくれた。

 

「骨折多数。腕だけじゃなくて大腿と腰も折れてるね。足の感覚もあるみたいだし最低限動いてもいるから神経には問題なし。頭も打ってるみたいだけどそっちも問題なし。応急処置も適切だね。まあ治せる範囲だね。安心しな」

 

そこまで言うとリカバリーガールは治療のためのキスをしてきた。

何度もされるあたり、結構重症だったんだろう。

しばらくそれを繰り返した後、痛みが引いた代わりに凄まじい疲労感に襲われ始めた。

さっきとは違う意味で動けなくなってしまっている。

 

「はい。おしまいだよ。だいぶ体力使っただろうし、ゆっくり休むことだね。ほら、ペッツだよ。お食べ」

 

「ありがとう……ございました……」

 

私は口に放り込まれたペッツを食べながらお礼を言った。

 

そして治療が終わると、遠巻きに見守っていた皆が近づいてきた。

 

「瑠璃ちゃーん!!よかったよぉ!!」

 

「リカバリーガールのお墨付きなら安心だね。いやぁよかったよかった」

 

「腕もちゃんと治ってるね」

 

「皆も……ありがと……」

 

抱き着いてくる透ちゃんを筆頭に、皆もワイワイと話しかけてくる。

そんな感じで話していると、リカバリーガールが声をかけてきた。

 

「ああそうだ。そこの透明な子も診せてみな。そっちの子が庇ったとは言っても身体打ち付けてるんだろ?一応異常がないか確認するから」

 

「え?大丈夫だと思いますけど」

 

「だから一応だって言ってるだろう?2階分の高さから受け身も取らずに落ちてるんだ。そっちの子がクッションになったとは言っても骨が折れてる可能性もあるよ」

 

「そ、そういうことなら……」

 

透ちゃんの身体をリカバリーガールが見ていく。

凍傷の時も思ったけどどうやって見えない透ちゃんの身体に診断をつけているんだろう。本当にすごいと思う。

結局透ちゃんはなんともなくてすぐに解放された。

 

そして私がしっかり治っていることと、透ちゃんがなんともなかったことを確認すると、私に休んでもらうという名目で男子たちは少し離れた位置に移動しようとした。

 

 

 

私はその男子たちの最後尾にいた峰田くんに声をかける。

 

「峰田くん……ありがとね……少し……だいぶ……見直した……」

 

「ほんとほんと!今日のでだいぶ見直しちゃった!」

 

「確かにね」

 

「うんうん!ありがとね峰田くん!!」

 

今度何かお礼しなきゃなと思いながら声をかけた。声をかけたんだけど……

女子4人でお礼を言うと同時に、峰田くんの顔が緩んだ。

というか、ピンク色の思考に包まれた。

表情もいつもの気持ち悪い感じに戻ってしまった。

 

「お礼はオッパイでいいぜ!今日くらいはいいよなぁ!?」

 

案の定動けない私に抱き着こうとブドウ頭が飛びついてきた。

その瞬間、透ちゃんたちの思考が驚愕と怒りに染まった。

 

「なんですぐに見損なうようなことしちゃうの!?」

 

「見直した傍から結局それか!?」

 

「なんでそうなっちゃうかなぁ!?」

 

透ちゃんのまぶしすぎる光を放つ拳と響香ちゃんのイヤホンジャック、三奈ちゃんの弱めの酸が同時にブドウ頭に突き刺さった。

他の男子たちもあちゃーって顔で顔や頭に手を当てている。

私もそんな感じの感想しか出てこない。

さっきの峰田くんは素直にかっこいいと思えたのに、もういつものブドウ頭に戻ってしまっていた。

いつも通りすぎるブドウ頭の悲鳴が、グラウンド・γに響き渡った。



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トレーニングと女子会

そんなこんなでサバイバル訓練を終えた翌日。

私の怪我は後遺症や傷跡もなく綺麗に治っていた。

体力もばっちり回復して体調も万全だ。

 

そんな感じで私は大丈夫なんだけど、透ちゃんがだいぶ思い詰めている。

自分のせいで私が怪我をしたと思っているんだろう。

私が勝手に助けただけだから気にしないでいいって何回も言ったんだけど、透ちゃんは全然納得してくれていなかった。

 

TDLに向かう道中で、思い詰めていた透ちゃんが話し出した。

 

「よし、決めた!」

 

「何を……決めたの……?」

 

透ちゃんの思考はトレーニング内容に関してだったから大体想像はつくけど確認する。

 

「この前みたいなことがないように、私も体術とか鍛える!」

 

「体術……?」

 

「うん!私がもっとうまく動ければ、瑠璃ちゃんが無理して私を庇う必要なかったんだから!」

 

透ちゃんが決意したような表情でぐっと手を握っている。

 

「もう足手まといになりたくないから!それに透明な私がこっそり近づいて、すぐにヴィランを制圧できるだけの体術を使えれば武器になるし!!」

 

「確かに……見えない何かに……急に襲い掛かられて……動けなくされたら……怖いね……」

 

「そういうこと!よし!!そうと決まれば早速エクトプラズム先生に相談してくる!!うおおおおおお!!」

 

透ちゃんがすごい勢いで走っていってしまった。

まだ悩んではいるけど、さっきよりも前向きな思考になっていた。

トレーニングの方向性も悪くないとは思うし、見守ることにしよう。

 

私も自分のトレーニングに集中しないと。

 

 

 

私はTDLでコンクリートの塊から少し離れた位置に立っていた。

右腕に波動を集中して、さらに同時に肘と拳に波動を圧縮していく。

拳を構えて、パンチの為に腕を動かしだすと同時に肘の波動を噴出する。

 

「真空波……!」

 

風を切りながら凄い勢いで繰り出されるパンチの途中で、さらに拳から波動を噴出する。

すると目の前のコンクリートが波動の衝撃波で穴が開いてひびが入った。

 

理論はよく分かっていないけど、波動は波みたいなものだからそれを素早いパンチで増幅しながら正面に伝播させているっていう感じなのかな。多分。

まぁ衝撃波を飛ばしているようにしか見えないから、もうその認識でいいかとも思っている。

波動を用いた技としては波動弾の方が威力もあるけど、こっちは波動の消費量が少ないのがいい所だ。

技の名前は真空波にした。

飛ばす波っていうことで考えた名前だけど、悪くない名前だと自分では思っている。

完成度はそこそこ。波動弾よりも多様出来そうな波動の消費量でこれなら悪くない。

 

そしてもう一つ。

昨日片手で波動弾を作れたから今日も試してみたら、大きさは両手で作るものには劣るけど片手でしっかりと作り出せた。

そのまま手を向けて正面に飛ばすように意識するとそのまま真っ直ぐ飛んでいく。

片手を向けるだけでいいなら小回りも効いて凄く使いやすい。

威力重視の両手と小回り重視の片手。悪くない使い分けだと思う。

手の甲のクリスタルにも波動を込めること自体には成功したから、あとはここから取り出せるようになれば両手同時に波動弾を作るとかもできるようになるかもしれない。

 

透ちゃんはエクトプラズム先生相手に透明なことを利用した奇襲を意識しながらの組み手をしていた。

あれ、私だからあんまり怖いとは思わないけど、見えてない人だと十分すぎる脅威だよねと漠然と思いながらもスルーした。

 

 

 

そんな感じで私が自分の必殺技に磨きをかけていたら、爆豪くんが砕いた岩がオールマイトの上に落下していった。

緑谷くんが飛び出してるから大丈夫だと思うけど、波動弾を作りつつ私もオールマイトの方に走り寄っておく。

 

蹴り技をある程度完成させたらしい緑谷くんは、フルカウルをしながら強烈な蹴りを放って岩を砕いた。

 

「大丈夫でしたか!?オールマイト!」

 

「ああ!」

 

オールマイトは怪我一つない。

周囲に危険が残っていないことを確認してから、循環させていた波動の流れを止めて波動弾を霧散させる。

それにしても、緑谷くんはもうOFAを使っても怪我をしていない。

緑谷くんもだいぶ成長しているみたいだった。

 

「何、緑谷!?サラッとすげえ破壊力出したな!」

 

「おめーパンチャーだと思ってた」

 

私以外にも近寄ってきていた切島くんと上鳴くんが緑谷くんに声をかける。

緑谷くんたちがコスチュームについて話しているのを尻目に、オールマイトが『もう私、"守られる側"か』なんて考えている。

でもオールマイトは凄く長い間ずっと平和を守り続けてきたんだから、いい加減休んで守られる側になってもいいと思う。

 

 

 

私が自分の訓練に戻ろうとしたら、TDLの入口からB組が入って来た。

まだ時間はあるのに、もう交代を要求しにきたようだ。

物間くんかブラドキング先生の提案かな。

 

「そこまでだA組!!!今日は午後から我々がTDLを使わせてもらう予定だ!」

 

「B組」

 

「まだ……時間内なのに……」

 

「イレイザー。さっさと退くがいい」

 

「まだ10分弱ある。時間の使い方がなってないな」

 

私が思っていることを言うと、相澤先生も同感だったようでブラドキング先生の声掛けに反論していた。

そんな口論を始める先生の後ろから、タキシードのようなコスチュームを着た物間くんがいつもの高笑いをしながら姿を現した。

 

「ねえ知ってる!?仮免試験て半数が落ちるんだって!A組全員落ちてよ!!」

 

なんで彼はこう、A組相手になるとすごくひねくれた感じになるんだろうか。

私に対してしてくれていた気遣いを皆にしてくれるだけでも評価が変わると思う、なんて思ったけど……

私に対する寮の時の対応も青山くんの時も捻じ曲がっていたから、評価はそんなに変わらないかと思い直す。

うん。本当にもったいない捻じ曲がり具合だ。

今も思考は不安なのに「アハハハハ!!どっちが上かはっきりさせようかハハハハハ!!」なんて口では言っている。

これは不安なのを誤魔化すために私たちを煽ってるな。

 

「しかし……もっともだ。同じ試験である以上俺たちは蟲毒……潰し合う運命にある」

 

「だから、A組とB組は別会場で申し込みしてあるぞ」

 

常闇くんが物間くんの意見にある程度の同意を示すと、先生が説明を始めた。

 

「ヒーロー資格試験は毎年6月・9月に全国三か所で一律に行われる。同校生徒での潰し合いを避けるため、どの学校でも時期や場所を分けて受験させるのがセオリーになっている」

 

ブラドキング先生のその説明を聞いて、物間くんはホッと安堵の溜め息を吐いた。

 

「直接手を下せないのが残念だ!!アハハハハ!!」

 

「物間くん……不安みたい……」

 

「だよな、ホッつったし」

 

「病名のある精神状態なんじゃないかな」

 

私が指摘すると、切島くんと上鳴くんも物間くんの態度に物申した。

まぁ私のことも気にしないでこんなこと言っているくらいだし、物間くんもこのくらいは気にしないだろう。

 

「1年の時点で仮免を取るのは全国でも少数派だ。つまり、君たちより訓練期間の長い者、未知の"個性"を持ち洗練した者が集うワケだ。試験内容は不明だが、明確な逆境であるのは間違いない。意識しすぎるのも良くないが、忘れないように」

 

相澤先生はそう言って話を締めた。

そんな話をしているうちに、私たちA組のTDL使用時間は終わってしまった。

 

 

 

それから今日の授業も終わって、寮の共有スペースに女子で集まっていた。

三奈ちゃんが疲れ切った顔でぐでぇっとしながら気の抜けた感じの声を上げる。

 

「フヘエエエ毎日大変だぁ……!」

 

「圧縮訓練の名は伊達じゃないね」

 

「あと一週間もないですわ」

 

「ん……もう時間ない……」

 

夏休みなんてなくて大変な日々ではあるけど、必要なことではある。

1年の内から仮免を取ろうとすると仕方ないのだろう。

私がそんなことを考えていると、透ちゃんが皆のトレーニングの進行具合を聞き出した。

 

「ヤオモモちゃんは必殺技どう?」

 

「うーん……やりたいことはあるのですがまだ身体が追いつかないので、少しでも個性を伸ばしておく必要がありますわ」

 

「梅雨ちゃんは?」

 

「私はよりカエルらしい技が完成しつつあるわ。きっと透ちゃんもびっくりよ」

 

百ちゃんは微妙な感じで梅雨ちゃんは順調みたいだ。

梅雨ちゃんのカエルらしい技っていうのがちょっと気になる。舌で何かしたりするのだろうか。

 

「瑠璃ちゃんは順調そうだよね!」

 

考え込んでいたら私には質問じゃなくて確信しているかのような聞き方をしてきた。

 

「ん……まあ、順調……」

 

「波動はなんか張り手で岩砕いたり青い塊飛ばしたり衝撃波みたいなの飛ばしたり凄いことになってるよね。4月は全く戦えなかったとか信じられないくらい。衝撃波とかはまだ身体強化の延長とかで分かるけど、あの青いのなんなの?」

 

「あれは……波動の塊……循環させながら圧縮すると……何故かああなる……お姉ちゃんの必殺技を参考にした……」

 

私が片手に小さな波動弾を作るとお茶子ちゃん以外の皆が興味深そうに見ていた。

お茶子ちゃんは緑谷くんのことで考え込んでいる。乙女だ。

循環させるのをやめて波動弾を霧散させる。

 

「なるほどねぇ。今なら轟と戦ってもあそこまで一方的な感じにはならないんじゃない?」

 

「……どうだろ……轟くんも……強くなってると思うし……」

 

あの時の轟くんとなら多少は勝負になるかもしれないけど、轟くんだって訓練をしていたんだからあの時と同じような結果になるような気がしないでもない。

それ程轟くんの個性の応用力は半端ないのだ。昔はゴリ押し一辺倒だったけど、最近は変わってきている気もするし。

 

「透ちゃんは……?」

 

「私?私はねー、ほらこの通り!」

 

透ちゃんが昨日みたいに七色に輝く。

相変わらず目が痛い。

 

「そ、それはどういう原理なのですか?」

 

「すごいけど、不思議な光り方ね」

 

「ふふふ、でっしょー?目が眩むくらいの光量にしてフラッシュみたいな感じにもできるよ!名前は、"集光屈折ハイチーズ"!」

 

「ざ、斬新な名前ですわね」

 

透ちゃんの技名に百ちゃんが苦笑して返す。

だいぶ奇抜な名前だ。自分で考えたのだろうか。

それはそれとして私が気になっているのは体術の方だ。

 

「体術……どう……?」

 

「そっちかー。そっちはまだ全然。やり始めた初日だから仕方ないんだけどね。エクトプラズム先生には、せっかく透明なんだから組み手中に声出して居場所を晒すなって怒られちゃった」

 

「先生……正論……」

 

「だよねぇ。そうなんだけど普段と真逆な感じにしないといけないから慣れるまでが大変そう」

 

透ちゃんは普段からオーバーなリアクションを取ったり、ボディランゲージを駆使したり、わざと声を出すように意識していたり周囲に意識してもらえるように行動している。

先生の言っていることは正論でも慣れるまでは時間がかかるだろう。

そんな感じで考えていると透ちゃんがお茶子ちゃんに話を振った。

 

「お茶子ちゃんは?」

 

お茶子ちゃんはまだ緑谷くんのことを考えていて全く気付いていない。

 

「お茶子ちゃん?」

 

「うひゃん!?」

 

そんなお茶子ちゃんに梅雨ちゃんが指でちょんっと触りながら声をかけると、お茶子ちゃんは飲んでいた飲み物を噴き出しながら声を上げた。

 

「お疲れのようね」

 

「いやいやいや!!疲れてなんかいられへん、まだまだこっから!……のハズなんだけど、なんだろうねぇ。最近ムダに心がザワつくんが多くてねぇ」

 

隠すつもりがあるのかすら分からないお茶子ちゃんの態度に、三奈ちゃんがキラリと目を光らせながら口を開いた。

 

「緑谷のことだ」

 

「なっ!!?」

 

お茶子ちゃんが固まった。

少しして再起動したと思ったら、手をシュバババって動かしながら顔を真っ赤に染めて言い訳をし始めた。

 

「なにいって!?ザワつくって言うただけやん!?知らん知らん!!」

 

「ほんとに〜?」

 

「ゲロっちまいな?自白した方が楽になるんだよ」

 

そんなあからさまな態度に響香ちゃんすらも参加し始めた。

 

「……で、そこのところどうだったの瑠璃ちゃん!?お茶子ちゃんの内心は!?」

 

「ちょっ!?瑠璃ちゃんに聞くのはズルやん!?」

 

「……流石にそれを言うのは……かわいそうかなって……」

 

ついに私に聞き出した透ちゃんにお茶子ちゃんが憤慨する。

でも流石にそれを言うのは私もどうかと思うから言うつもりはない。

 

「でもそこでズルって言うってことは考えてたんでしょ!?緑谷くんのこと!!」

 

「んなっ!?」

 

図星を突かれたらしい。お茶子ちゃんが何も言い返せなくなっている。

まあお茶子ちゃんの自爆だから私のせいではない。

 

「それに……私と瑠璃ちゃんは見てたんだよ!発目さんが緑谷くんに抱きついて胸押し付けてた時のお茶子ちゃんを!そのことでしょ!?ザワつくのって!!」

 

「なにそれなにそれ!?葉隠そんなネタ隠してたの!?詳しく教えて!!」

 

「そういえば、麗日エキスポの時に緑谷がメリッサさんと2人で回ってるの見た時も雰囲気違ったよね?」

 

「……ちゃうわ!知らん知らんっ!!チャウワチャウワ!!」

 

どんどん追い詰められていってお茶子ちゃんは、合宿の時と同じように自分の顔を手で隠して違うと主張しながら浮かび出した。

 

「浮いた」

 

「お茶子ちゃん教えてよー!」

 

「無理に聞き出すのは良くないわ」

 

「ええ、それより明日も早いですしもうオヤスミにしましょう?」

 

「えぇーーー!!やだ!!もっと聞きたいーーー!!なんでもない話でも強引に恋愛に結びつけたいーーー!!」

 

三奈ちゃんと透ちゃんはまだ聞きたそうにしているけど、梅雨ちゃんと百ちゃんが仲裁に入った。

流石にこれ以上はかわいそうだと思ったみたいだ。

まあ三奈ちゃんはすごく不満そうにしているから、まだ続きそうな気がしないでもないけど。

 

「本当に私……そんなんじゃ……」

 

固まったお茶子ちゃんがぽーっとした表情で窓の外を見始めた。

お茶子ちゃんの視線の先では案の定緑谷くんがシュートスタイルの練習をしている。

 

「……お茶子ちゃん……隠すつもりある……?」

 

「弁明もやめて窓の外をうっとりした感じで見出しちゃった……瑠璃ちゃんがそう言うってことは……これは、もしかしなくてもそういうこと!?」

 

「……視線の先で……緑谷くんが……蹴り技の練習中……」

 

キャーという三奈ちゃんと透ちゃんの黄色い声が共有スペースに響き渡った。

しばらくお茶子ちゃんへの質問攻めが終わらなかったのは言うまでもない。

今回はお茶子ちゃんに話が集中していて、私の方に飛び火したりしなくて本当に良かったと思った。



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仮免試験説明会

ヒーロー仮免許取得試験当日―――

 

「降りろ。到着だ」

 

試験会場である国立多古場競技場に到着して、先生の指示に従ってバスを降りる。

降りてすぐに透ちゃんが伸びをした。

 

「やっと着いたぁ~」

 

「ん……結構長かった……でも……B組よりは近かったと思う……」

 

全国に3か所しかない受験会場のうち、一番近い所を私たちが受けているのだ。

私たちよりも凄く早く寮を出ていたし、B組の移動時間とか考えたくもない。

 

「緊張してきたぁ」

 

「多古場でやるんだ」

 

「試験て何やるんだろう。ハー仮免取れっかなぁ」

 

峰田くんがいつものように不安を吐露する。

そんな峰田くんに、相澤先生が視線を合わせて話し始めた。

 

「峰田。取れるか取れないかじゃない。取ってこい」

 

「おっもっモロチンだぜ!!」

 

「この試験に合格し仮免許を取得できればおまえらタマゴは晴れてヒヨッ子……セミプロへと孵化できる。頑張ってこい」

 

先生のその言葉に、皆が気合を入れ直した。

 

「っしゃあ、なってやろうぜ!ヒヨッ子によぉ!!」

 

「いつもの一発決めてこーぜ!!」

 

切島くんのその掛け声で皆が円陣を組み始める。

私も透ちゃんに引っ張られて円に入れられた。

そんな円陣に帽子を被ったどこかの生徒が混ざろうと近寄ってきていた。

 

「せーのっ、"PLUS……「ULTRA!!!」

 

切島くんよりも頭1個分くらい高いその身長にびっくりしてしまう。

私だと見上げないとお腹の辺りしか見えない。

 

「勝手に他所様の円陣に加わるのはよくないよ。イナサ」

 

「ああ、しまった!!どうも大変、失礼、致しましたぁ!!!」

 

凄くオーバーな動きで巨漢の男が頭を地面に凄い勢いでぶつけながら謝罪した。

なんだこの人。悪意とか悪感情はないけど正直怖いんだけど。

 

「なんだこのテンションだけで乗り切る感じの人は!?」

 

「……背も高いし……正直……怖い……」

 

周囲の思考からして彼は西の方で有名な士傑高校の生徒らしい。

なんかすごい説明してくれる感じの思考の人がいるから間違いないだろう。

緑谷くんみたいな趣味の人なんだろうか。

 

謝罪を続ける夜嵐イナサという人を尻目に、私は後ろから来た同じ制服の人たちを見ていた。

というよりも、後ろにいる女性から少しの悪意を感じる気がしたのだ。

ただ思考が全然読み取れない。

さっきから夜嵐くんの血に呟くように反応したりしているのに、感情がうっすらとしか読み取れない。

どういうことだ。

それに波動も少し見覚えがある気がしないでもない。確信が持てないけど、なんなんだろうこの人。

しかも油断していると私の視界の外にスッと移動するし、明らかに意識されているのは分かる。

 

「瑠璃ちゃん、あの人気になるの?」

 

「……ん……ちょっと、違和感が……見たことあるような……波動の気がして……」

 

「え?会った事あるの?」

 

「ないと……思うけど……」

 

私がじっと女の人を見ているのに気がついた透ちゃんが聞いてくるのに対して、当たり障りのない部分だけ伝える。

悪意があるとはいっても、正直今はあまり参考にならないのが現状だ。

何やら雄英潰しとかいうものがあるみたいで、周囲の学生から大なり小なり悪意を向けられているのだ。

これに関しては私たちは体育祭で個性の詳細が知られているから仕方ない部分がある。

だから多少の悪意は仕方ない。あの人も、そういうことなのだろうか。

思考が読めないせいで全然分からない。

 

そんなことを考えていたら士傑高校の人たちは去っていった。

その背中を見ながら相澤先生が夜嵐くんについて話し出す。

 

「夜嵐。昨年度……つまりおまえらの年の推薦入試、トップの成績で合格したにも拘わらず、なぜか入学を辞退した男だ」

 

「え!?じゃあ……1年!?ていうか推薦トップの成績って……」

 

「……合格蹴るなら……受けなきゃいいのに……中学の推薦の枠だってあるだろうし……」

 

「ねー変なの」

 

雄英の推薦入試なんて絶対に校内選考とかあっただろうに、それを合格した上で蹴るなんて他の生徒にも失礼な気がするけど。

 

「変だが本物だ。マークしとけ」

 

先生がそう警告すると、また別の人たちが近づいてきた。

 

 

 

「イレイザー!?イレイザーじゃないか!!テレビや体育祭で見てたけど、こうして直で会うのは久しぶりだな!!」

 

その声を聞いて振り向いた瞬間、相澤先生がすごく嫌そうな顔をした。

先生がここまで露骨に嫌そうにするのは結構珍しい気もする。

 

「結婚しようぜ」

 

「しない」

 

「わぁ!!」

 

「多分……三奈ちゃんが期待する感じじゃ……ないよ……」

 

女性の突然の求婚に三奈ちゃんが目を輝かせた。

まぁ女性の方も本気じゃなさそうだし、多分腐れ縁な感じなんだろう。

今のところ三奈ちゃんが期待するような関係性じゃないっぽい。

 

「しないのかよ!!ウケる!」

 

「相変わらず絡み辛いなジョーク」

 

「スマイルヒーロー"Ms.ジョーク"!個性は"爆笑"!近くの人を強制的に笑わせて思考・行動共に鈍らせるんだ!彼女のヴィラン退治は狂気に満ちてるよ!」

 

緑谷くんがいつものごとく早口で解説してくれる。

なるほど。だからさっきから凄く笑ってるのかこの人。

そんなことを考えている間も、ジョークさんは相澤先生と掛け合いを続けていく。

ジョークさんは傑物高校の先生みたいで、2年生の担任をしているらしい。

ジョークさん以外にさっき近づいてきていたのはこの生徒の人たちだったようだ。

その中でも見た目は爽やかなイケメンと言った感じの人が、皆に握手を求めながら挨拶周りをし始めた。

 

「俺は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね。しかし君たちはこうしてヒーローを志し続けているんだね。素晴らしいよ!」

 

……この人、正直見ていていい気分じゃない。表情と言動は爽やかなくせに内心とのズレが大きすぎる。

彼は見た目の爽やかな感じとは違って狡賢いタイプの人間みたいで、こういう見た目と内心のズレが大きい人は正直に言って苦手だ。

 

「中でも神野事件を中心で経験した爆豪くん。君は特別強い心を持っている。今日は君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」

 

「フかしてんじゃねぇ。台詞と面が合ってねぇんだよ」

 

爆豪くんは真堂さんが求めた握手を振り払った。

 

「こらおめー失礼だろ!すみません無礼で……」

 

「良いんだよ!心が強い証拠さ!」

 

切島くんが謝っているけど、爆豪くんも間違ってはいない。無礼なのはそうだとは思うけど。

 

「爆豪くん……正解……私もあの人……苦手……」

 

「え、波動がそう言うってことは……マジ?」

 

「ん……マジ……」

 

そんな感じで話していると、相澤先生が声をかけてきた。

 

「おい、コスチュームに着替えてから説明会だぞ。時間を無駄にするな」

 

「はい!!」

 

その後は指示通り更衣室でコスチュームに着替えて説明会の会場に移動した。

相澤先生はわざと雄英潰しのことを皆に伝えてないみたいだけど、私はどうしようかな。

予め口止めされていないから、私に任せるってことなんだろうけど……

 

 

 

説明会の会場では受験者の1540人がぎゅうぎゅう詰めになっていた。

雄英の入試の時よりはマシだけどだいぶうるさい。

透ちゃんの思考を深く読んでおこう。

少ししたら公安委員会の人が説明をし始めた。

 

「えー……ではアレ、仮免のヤツをやります。あー……僕ヒーロー公安委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム睡眠。よろしく」

 

そこまで話したと思ったら目良さんは台に肘をついて俯いて独白を始めた。

 

「仕事が忙しくてろくに寝れない……!人手が足りてない……!眠たい!そんな信条の下ご説明させていただきます」

 

……大丈夫なのだろうか公安委員会。すごくブラックな職場みたいだ。

周囲の人たちも目良さんの心配をしているくらいだ。

そんなのを気にせずに目良さんは説明を続けていく。

 

「ずばりこの場にいる受験者1540人一斉に、勝ち抜けの演習を行ってもらいます。現代はヒーロー飽和社会と言われ、ステイン逮捕以降ヒーローの在り方に疑問を呈する向きも少なくありません」

 

目良さんはその後少しの間ヒーローについて語ってから説明に戻った。

 

「―――そのスピードについていけない者ははっきり言って厳しい。よって試されるはスピード!条件達成者先着100名を通過とします」

 

その言葉に、会場がざわついた。

当然私たちA組もだ。

 

「受験者は全員で1540人。合格者は5割だと聞いておりましたのに」

 

「つまり合格者は1割を切る人数ということね」

 

「ますます緊張してきたぁ」

 

百ちゃんたちも焦りが見えるような反応を示している。

流石にこの通過率で雄英潰しを黙っておくのはよくないような気もする。

この後落ち着いたら皆に話そうかな。

 

「で、その条件というのがこれです」

 

目良さんはそう言ってボールと丸い装置のようなものを取り出した。

 

「受験者はこのターゲットを3つ、身体の好きな場所、ただし常に晒されている場所に取り付けてください。足裏や脇はダメです。そしてこのボールを6つ携帯します。ターゲットはこのボールが当たった場所のみ発光する仕組みで、3つ発光した時点で脱落とします。3つ目のボールを当てた人が"倒した"こととします。そして2人倒した者から勝ち抜けです。ルールは以上」

 

つまり受験者同士の潰し合いということか。

やっぱり雄英潰しのことは伝えておいた方がいいな。

そしてどこにターゲットを付けるかだけど……視界に入らない場所とか咄嗟に回避しづらい部位は避けるべきだ。

具体的には背中とか。

背後からの奇襲で当てられたら目も当てられない。

私は奇襲される心配はなくても、複数人で同時に襲い掛かられるとどうしても背後は正面よりも疎かになるし。

両腕とお腹とかがいいかな。

足は軸足についてたりすると咄嗟に回避しづらいし。

 

 

「えー……じゃあ展開後、ターゲットとボール配るんで。全員にいきわたってから1分後にスタートとします。各々苦手な地形、好きな地形あると思います。自分を活かして頑張ってください」

 

その言葉に合わせて、説明会の会場の壁が倒れていった。

USJと演習場を組み合わせたような試験会場が姿を現した。

まぁ波動で分かっていたので今更ではある。

どこに隠れるかを考えて、その後奇襲をかけて2人倒すのがいいかな。

 

渡されたターゲットを腕とお腹に着けながら、皆に雄英潰しのことを伝えるため近づいておく。

緑谷くんが思考的に気が付いているから、彼と一緒に伝えよう。



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一次試験(前)

受験者全員にボールとターゲットを配り終わって、一次試験開始まで1分を切った。

私は雄英潰しのことを共有するために緑谷くんの方に駆け寄る。

 

「緑谷くん……多分気づいてると思うけど……」

 

「うん。波動さんがそう言ってくれるってことは、間違いないってことだよね。皆!あまり離れず、一塊になって動こう!」

 

緑谷くんはすぐに理解して皆に声をかけてくれた。

だけどそれに反発する人もいた。

 

「フザけろ。遠足じゃねぇんだよ!」

 

「バッカ待て待て!」

 

すぐに爆豪くんが緑谷くんに反発して離れていってしまった。

……私が言ったら残ってくれたりしたんだろうか。無理か。無理だろうな。

切島くんも爆豪くんの後を追いかけていく。

爆豪くんのことはもう切島くんに任せよう。

 

「俺も大所帯じゃ却って力発揮出来ねぇ」

 

轟くんも早々に離れていってしまった。

轟くんならまぁその通りではあるんだけど、林間合宿とかで小回りの利く技を使っていたと思うんだけどなと思ってしまう。

まあ爆豪くんと轟くんなら難なく対処するだろうし、切島くんも爆豪くんと一緒なら大丈夫だろう。

今はそれよりも自分たちのことだ。

 

「緑谷時間ねぇよ!行こう!!」

 

「ん……峰田くんの言う通り……」

 

峰田くんの呼びかけに答えて、残りの17人で固まって移動し始めた。

移動しながら緑谷くんが皆に説明してくれる。

 

「先着で合格だと同校同士の潰し合いはないから、むしろ手の内を知った仲でチームアップが勝ち筋……つまり、学校単位での対抗戦になる……!」

 

「ん……ほとんどの人の狙いは……共通してる……」

 

「つ、つまり……?」

 

峰田くんも薄々察したのか怖気づきながら聞いてくる。

 

「学校単位ならどこを狙うのかって話になるんだよ。つまり……全国の高校の中で唯一個性不明っていうアドバンテージが無くなっている僕たちが、真っ先に集中攻撃される可能性が高い……!そうでしょ!波動さん!」

 

「正解……来るよ……!!」

 

 

 

『START!!』

 

 

 

開始の合図が響いた瞬間に、私たち雄英に対して全方位から他校の生徒たちによる集中攻撃が始まった。

大量のボールが四方八方から投げつけられる。

 

皆各々出来る方法で迎撃に動き出している。

幸い固まって動いているから背後はお互いに任せられる。

私は正面から大量に飛んでくるボール目掛けて、右手で思いっきり真空波を放った。

飛んで行く衝撃波が容赦なくボールを弾き飛ばしていく。

少なくとも私の正面はこれで十分だった。

次どこから投げられてきてもいいように左手に波動弾を作っておく。

 

皆も問題なく各々の正面のボールを防いでいるようで、全方位防ぎきれていた。

緑谷くんも蹴りでボールを弾き飛ばしながら皆に気合を入れるように叫んだ。

 

「締まって行こう!!」

 

それに答える余裕は皆にもないけど、内心で気合を入れ直していた。

 

「ほぼ弾くかぁ―――」

 

「こんなものでは雄英の人はやられないな」

 

「けどまぁ……見えてきた」

 

傑物高校の異形型の人と真堂さんが話しているのが聞こえる。

異形型の人の方の思考は『硬質化……ボールを硬く!!コンクリ以上に硬くする!』というのものだ。

 

「任せた」

 

「任された。これうっかり僕から一抜けすることになるかもだけど、そこは敵が減るってことで大目に見てもらえるとありがたいかな」

 

硬質化したボールを受け取った男の思考は、『ブーメラン、軌道、弦月』とかいうよく分からないものだけど、大体想像はつく。

クラスの皆が受け入れてくれたこともあって、私はもう隠す必要はないと思っていた。

不特定多数の他人にどう思われたっていい。どんなに嫌われたって、皆がいてくれるなら怖くない。

 

「皆……!!コンクリート並みに硬くなったボール……!!曲がる軌道で投げてくるよ……!!」

 

そこまで言ったところで周囲の思考は驚愕に染まった。

まあ読心を知らなければそういう反応にもなるだろう。

読心は頑張れば対策することが出来なくはない。この前の13号先生の違うことを考え続けるなんていうのも対策の一つだ。

私がその人の思考を深く読んでいなければそれで対策できる。

だけど、読心っていう種が分からなければ、個性不明のアドバンテージなんて私がいれば存在しないも同然だ。

今もボールを持っている男の思考は続いている。驚愕しているけど、『投げるのが分かっても地中で軌道を隠せば……』という思考だ。

行動を変えられても面倒だから、男が投げる体制に入ったところで皆にさらに警告する。

 

「地中に投げるつもりみたい……!!」

 

「なっ!?」

 

そこまで読まれるとは思っていなかったのか、男はボールを投げ切ってからさらに驚愕した表情になる。

私の行動予測を聞いて準備していた響香ちゃんが前に飛び出した。

響香ちゃんは地中に隠れるボールを地面を割って見えるようにしてくれるつもりみたいだ。

 

「皆下がって!!ウチがやる!!」

 

響香ちゃんが内心で『音響増幅ジャック、ハートビートファズ』なんていうかっこいい技名を思い浮かべながら地面を音波の振動で砕いた。

地面に投げ込まれてすぐに姿を晒されたボールは峰田くんの方向に向かって行っている。

峰田くん自身もそれが分かっているのか、いくつかのもぎもぎを繋げて鞭みたいな形状にしている武器を構えた。

 

「これオイラに来てるよな!?そうだよな!?」

 

「そうだよ!見れば分かるでしょ!手伝うから、自分でも叩き落とす準備しといて!」

 

「お、おう!」

 

「粘度溶解度MAX!!アシッドベール!!」

 

三奈ちゃんが峰田くんの左側から粘度の高い酸の防壁を峰田くんの前に作った。

投げられたボールは三奈ちゃんの防壁が難なく防いだ。

慌てた峰田くんを見て側面から追加で投げられたボールもあって、それは峰田くん自身が自分の武器で防いだ。

 

「助かった!イイ技だな!」

 

「ドロッドロにして壁を張る防御技だよー!」

 

ここで他校の攻撃が少しやんだ。

その隙に左手に作っていた波動弾に右手も添えて、さらに大きくしていく。

 

「隙が生じた、深淵闇駆(ブラックアンク)!」

 

「言いやすくかっこよくなってる」

 

緑谷くんも常闇くんに突っ込む余裕が出来始めている。

それだけ周囲の攻撃に綻びが出来てきているということだ。

ここで一気に畳みかけて包囲を抜けるべきだろう。

 

「"宵闇よりし穿つ爪"!!」

 

「一気に畳みかける……波動弾……!!」

 

常闇くんの反撃に合わせて正面の傑物高校の方に波動弾を射出する。

 

だけど傑物高校は常闇くんの攻撃をいなしつつ、私の波動弾も飛び込んで避けた。

どうやら彼らも素直な攻撃でやられてくれる程ぬるくなかったみたいだ。

 

『えー現在まだどこも膠着状態……通過0人です……あ、情報が入り次第私がこちらの放送席から逐一アナウンスさせられます』

 

まだ誰も通過していないらしい。爆豪くんも轟くんも瞬殺とはいかなかったみたいだ。

そんな私たちの様子を見て、事前情報と大きく変わっているのを察知した真堂さんが地面に手を当てた。

 

「体育祭で見てたA組じゃないや。成長の幅が大きいんだね。離れろ!彼ら防御が固そうだ!割る!!」

 

これは言葉通りの意味だ。

仕切り直しの意味もあるけど分断も狙っているっぽい。

 

「地面を割られるよ……備えて……!!」

 

「割る!?マジか!?」

 

私の警告に皆すぐに理解を示してくれて、地面の崩落を警戒しつつ近くの人からはぐれないように意識を回し始めた。

私も透ちゃんの方に近づいておく。

 

「さっきからその手の内読んでくるのはなんなんだ!?……まぁいい!最大威力!振伝動地!!」

 

周囲を大きく振動させるその必殺技で、ここら辺一帯は一気に崩落した。

 

 

 

「透ちゃん……!」

 

透ちゃんの方に波動の噴出で跳びながら近づいたけど、透ちゃんは透ちゃんでサバイバル訓練の時みたいなことはなくちゃんと受け身を取っていた。

着地も問題なくこなしている。

 

「流石にそう何度も同じ失敗で迷惑かけないよ!大丈夫!」

 

「ん……良かった……!とりあえず離脱するよ……!」

 

「うん!」

 

完全に分断されてしまったから、私のすぐ近くにいるのは透ちゃんだけだ。

囲まれたら困るから、透ちゃんの手を引いて一気にこの場所を離脱する。

目指すのはとりあえず周囲に誰もいない物陰だ。

 

私が感知に意識を割きながら走ったのもあって、特に誰にも遭遇せずに安全地帯と思われる場所に避難は出来た。

あとはこの後どう行動して試験を通過するかが問題だ。

 

「ここなら安全……作戦会議しよ……」

 

「そうだね。この後は皆と合流する?まずそこからだよね」

 

「ん……ただ結構バラバラになってる……全員と合流は時間がかかるし……見つかるリスクも大きい……」

 

「やっぱりそうだよね……そうするとそれぞれでクリアするのが一番かな」

 

「ん……皆も各々で……動き出してる……信じよう……」

 

合流するまでに絶対に他の学校の集団に見つかるし、囲まれたら脱落のリスクがある。

一度こうなってしまったら合流するために迂闊な行動を取るのは悪手だと思う。

 

「じゃあ私たち2人の方針を決める感じだよね。でも、私たちだと奇襲が一番じゃない?」

 

「……まあ……そうなんだけど……」

 

透ちゃんの言う通りで、私たちが取る作戦となると結局奇襲が一番なのだ。

私が感知で少人数のグループとか孤立している人を探して、透ちゃんの奇襲と私の波動で速やかに制圧するのが手っ取り早い。

 

「……ふふ、なんかこれ、初めての戦闘訓練の時みたいだね」

 

透ちゃんが笑い出した。

まあ確かにそうかも。透ちゃんと2人で奇襲の話し合いをしているこの感じは、あの時みたいだ。

私も懐かしくなって小さく笑いながら返答する。

 

「確かに……そうかもね……」

 

「まあでも、あの時よりは取れる手段は多いよ!私も必殺技作ったんだから!」

 

「ん……期待してる……透ちゃんの光るやつ……私と相性いいと思うし……作戦に組み込みたい……」

 

そんな感じで作戦会議をしていたら、嫌な波動を感じ取った。

というよりも、試験開始前に感じた違和感がなんだったのか、ようやく気が付いた。

今まで緑谷くんに襲い掛かっていた、あの士傑高校の少しの悪意を感じた違和感のある波動だった人。

緑谷くんとの戦闘中も急に思考が読めなくなったりして、とにかく違和感しかなかった人。

その人の波動が、急にお茶子ちゃんに似た波動に変わった。

お茶子ちゃんではない。そんなのは普段からお茶子ちゃんの波動を見続けているからすぐに分かる。

お茶子ちゃんはこんな波動をしていない。何かが混ざっている。

そして、このお茶子ちゃんの波動に混ざっている波動は見覚えがある。

あの林間合宿の夜に、柳さんの波動に混ざっていたのと、同じ波動だ……!

 

「トガ……ヒミコ……!」

 

「えっ!?急にどうしたの!?」

 

「ごめん透ちゃん……!行くよ……!」

 

私は透ちゃんを抱き上げて走り出した。

目的地は、お茶子ちゃんに変身して今まさに緑谷くんを騙そうとしているトガの所だ。



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一次試験(後)

「どういうことなの瑠璃ちゃん!?」

 

「今は詳しいことは……言わない……とにかく緑谷くんがピンチ……!」

 

走りながら最低限の情報を透ちゃんに伝える。

トガのことは今は透ちゃんにも伝えるつもりはない。

こんな試験会場にヴィランに潜り込まれたことが広まりでもすれば、雄英だけじゃなくてヒーロー公安委員会の信用すら失墜する。

しかも成り代わっている生徒は士傑高校の生徒だ。ヴィランに襲われて成り代わられているのに、それに気がつくことすら出来ないと士傑高校の信用も失墜する可能性が非常に高い。

オールマイト引退直後の今の状況で、ヒーロー科トップの雄英、士傑の2校に加えて公安委員会の信用まで失墜するのは悪手以外の何物でもない。

ヒーロー社会の土台すらも揺らぎかねない不祥事になる。

どうしてトガが潜り込んでいて士傑と公安委員会の信用失墜のチャンスを利用していないのかは分からない。

だけど、今はとりあえず緑谷くんに執着しているトガをどうにかしないといけない。

透ちゃんに伝えるにしても、他の誰にも聞かれる可能性のない状況になってからだ。

 

緑谷くんが落下するトガを助けている。

今はお茶子ちゃんになりきっているから大丈夫だろうけど、いつ豹変するか分からない。

トガの思考は読めても狂っているとしか思えないものが多いし、なぜか読めないこともあるから本当に参考にならない。

緑谷くん自身がお茶子ちゃんじゃないってちゃんと気付いているから大丈夫だとは思うけど、それでも今トガが手に持っているボールをいつナイフに持ち替えるかも予測がつかないから急ぐしかない。

 

 

 

緑谷くんがお茶子ちゃんじゃないことを看破していることをトガに伝えたところで、ようやく2人の姿が見えて来た。

 

「―――麗日さんじゃないなら……猶更浮かんだりできないから……あのまま落っこちてたら確実に背中を痛めてた」

 

「―――……!なるほど……それが君の理由なんだね……もっと教えて欲しいな君のこと」

 

トガがお茶子ちゃんへの変身を解いて士傑の人の姿に戻った。

私は透ちゃんを下ろして波動弾を作り始める。

 

「透ちゃん……そっちにお茶子ちゃんいるから……連れてきてもらっていい……?」

 

「瑠璃ちゃんは?」

 

「私は……緑谷くんに加勢する……」

 

「……分かった、気を付けてね!」

 

透ちゃんは少し逡巡した後、お茶子ちゃんの方に向かってくれた。

 

 

 

「君は誰でも助けるの?境界は?何を以って線を引く?」

 

「いや服は!?なんで裸!!着てください!!」

 

トガが緑谷くんを引っ掻いて攻撃した。

その直後に、私は出来上がった波動弾をトガに射出した。

 

「緑谷くん……!!離れて……!!」

 

「あは、やっと来たんだ。随分遅かったねぇ」

 

「波動さん!?」

 

私は瓦礫から飛び降りて、波動を噴出して一気にトガへの距離を詰める。

そのまま近くに着地して、両手で掌底突きして発勁をトガに向けて放った。

 

「素直な攻撃だね。喧嘩慣れしてないのがすぐに分かるよ、瑠璃ちゃん」

 

「もう隠さないの……?」

 

「だって、もう気付いたんですよね?気付けたのは、お茶子ちゃんに変身したからですか?」

 

トガはそのまま私にも引っ掻いて攻撃をして牽制して、凄まじい身体能力でバク転をして距離を取った。

 

「なに!?波動さん、どういうこと!?」

 

「いいから……とりあえず警戒して……血とか、取られないようにしてね……」

 

あれからトガヒミコのことを調べて分かった。

トガは連続失血事件とそれに伴う連続殺人事件の犯人として指名手配されている。

トガは無差別にいろんな人に変身するわけではないのに、今回はお茶子ちゃんに変身していた。

林間合宿で拘束を抜けた時、お茶子ちゃんの足に何かを刺していた。

変身の条件が血だとすれば、納得できる。

お茶子ちゃんはあの時の採血、柳さんは気絶していたからトガのよく分からない感知しにくくなる技術を使えば採血できるだろう。

血を取られたらどこで利用されるか分からない。警戒するべきだ。

 

「つれないねぇ。私、瑠璃ちゃんとはお友達になれると思うんだけどなぁ」

 

「……何が言いたいの……?」

 

「何って……色々調べたんですよ。例えばぁ、中学校とか?私、色々知りたくなっちゃう質なので」

 

「……そう……そういうこと……」

 

そんなことをしていたら、またトガの思考が読めなくなった。

トガはそのまま視界の外に逃げるようにして素早く動いていく。

本当に動きを読みづらい。緑谷くんなんか完全にトガを見失っている。

今は後ろに回り込んでいるけど、波動を見ていてもただの動いている物としか認識できなくて本当にやりづらい。

トガが後ろから蹴りかかってくるタイミングに合わせて、私も振り向いて腕で防ぐ。

 

「なろうよ、お友達。なんだったら、一緒に来ます?」

 

「寝言は……寝てから言って……!!」

 

そのままもう片方の手で波動弾を作ってトガに射出するけど、またバク転で距離を取って避けられた。

 

「私のミスディレクション、だいぶ苦手みたいだねぇ……ふふ、弱点、分かっちゃいました。すぐに気づけなかったのもそういうことだよねぇ!考えてることが分からないと、すぐに気づけないんだぁ!普段からなんでも見えるから戸惑っちゃってるんだよね!カァイイねぇ!」

 

そこまでトガが言ったところで、ようやく緑谷くんも理解したようだった。

それにしても、トガのあの思考を読めなくする技術、ミスディレクションなのか。

確か注意を別の所に向けさせたりする技術だったと思うけど、それで思考を読めなくなるものだろうか。

事実として読めなくなっているから、結局認めざるを得ないんだけど。

 

私が少し考え込んでいる間にトガが動きだそうとした瞬間、お茶子ちゃんがトガの懐に飛び込んできた。

お茶子ちゃんは手の肉球で触ろうとしたけど、トガは超人的な身体能力で難なく回避して崖の上に登った。

 

「いいトコだったんだけどなぁ……残念です……本当に……!もっと話したかったのになぁ……!でもこれじゃあもう無理ですね。透ちゃんもいるみたいですし。残念です。お茶子ちゃん、出久くんにとっても信頼されているんですね」

 

「は!?」

 

「気付かれてるの!?」

 

士傑の人の姿のトガに突然話を振られてお茶子ちゃんが困惑している。

透ちゃんもわざわざ手袋とブーツを外してきているのに気付かれていることに驚愕している。

というか、どうやって見えない透ちゃんを察知したんだろう。音とか?ターゲットもスカーフでうまいこと隠してると思うんだけど……

 

「瑠璃ちゃんも、次はもっとちゃんとお話ししたいな。私たち、似た者同士だと思うから。じゃあね。バイバイ」

 

そう言ってトガは姿を消した。

消したとは言ってもまたあの思考が読めない状態になって、凄い速さで会場の外に向けて移動しているだけなんだけど。

トガ、何しに来たんだろう。本当に話したかっただけなのだろうか。

 

 

 

「……波動さん、あの人……」

 

「ん……もう会場の外に向かってる……後で公安委員会の人に言おう……」

 

「……やっぱり、そうだよね」

 

「瑠璃ちゃんが急に呟いてたけど、やっぱりそういうことなの?あの人がそうだったってことでしょ?」

 

緑谷くんも流石に気が付いたらしい。透ちゃんも私が最初に"トガ"って言っているのを聞いているし、当然のように気づいていた。

まあ途中から口調を隠していなかったし、林間合宿で見せた口癖と思われる「カァイイ」なんて言葉も発したのだ。緑谷くんに気づかれるのも当然だ。

お茶子ちゃんだけは本当に最後しか関わってないから疑問符が飛んでいるけど。

 

『また通過者が出まして現在58名です。あと42名通過で終わり!』

 

アナウンスが鳴り響いた。

 

「公安委員会……気付いてないみたい……もう逃げた後だし……どう処理されるか分からない……クリアしてから伝えよう……他にいないかは……私が注意しておくから……」

 

「……そうだね、そうしよう」

 

実際この不祥事は洒落にならないから、隠蔽される可能性もある。

そうなった場合、公安委員会の人を探して説得している間に試験終了になったりしたら普通に不合格にされる可能性もある。

緑谷くんも同意してくれたし、とりあえず話はクリアしてからだろう。

そんな中緑谷くんが気合を入れ直すように声を出す。

 

「でもこれでとりあえず4人集まれた!」

 

「他の所は……大体10人以上で……動いてる……どうする……?」

 

「……襲われて分かったけど、今近くにいる団体なら何とかなるかもしれない」

 

「え!?すごいね!?どういうこと!?」

 

さっき緑谷くんを襲った近くの8人の団体の攻略を提案された。

透ちゃんも緑谷くんの強い物言いにビックリして確認している。

 

「抜けがけしようとする人がいた。きっと焦ったんだと思う。多数が少数を狙うって、つまり獲物を取り合うってことだから」

 

「あぁ……!抜けがけすると多数がだんだん減っちゃうから不利になってくんだ……やっちゃいかんやつだ」

 

緑谷くんが理由を説明してくれた。

お茶子ちゃんの言っている通り、チーム行動をするうえで不和を産む抜けがけや独断専行は絶対にしちゃいけない。

そう考えると、チームワークもクソもないその集団なら確かに攻略できるかもしれない。

 

「じゃあ……そのグループを一気に攻略しよう……もうそこまで来てるし……緑谷くん……囮……頼める……?視線をこっちに集めて欲しい……」

 

「うん。僕もそれを提案しようと思ってた。僕が囮になるから、葉隠さんが出来るっていうフラッシュで目くらまししてほしい。それで相手の視界と自由を奪って、その隙に波動さんと麗日さんで相手を拘束するなりダウンさせるなりして欲しい。麗日さんの個性は相手の自由を奪いやすいし、波動さんは光とか関係なく動き続けられるから」

 

「……ラジャ」

 

「うん、任せて!」

 

「ん……がんばろ……」

 

緑谷くんは私たちをぐるりと見てから頷いた。

後は透ちゃんとの流れを詰めるだけだ。

 

「透ちゃん……全員を効率的に目くらましするには……上からが一番……投げるよ……」

 

「良いけど、上に投げるならお茶子ちゃんに無重力にしてもらった方が良くない?」

 

「ん……お茶子ちゃんに無重力にしてもらってから投げる……私もその後すぐにジャンプして……緑谷くんが集めてくれた視線を……透ちゃんの方に向けるから……良い感じのタイミングで光って欲しい……」

 

「そういうことなら、任せて!」

 

「じゃあ私は光り終わったら解除したらええかな。そしたら透ちゃんも吹き飛びすぎたりしやんやろうし」

 

「ん……そうしよ……透ちゃんも……参加出来たら拘束に参加して……」

 

「了解!」

 

 

 

作戦が決まって、皆でお互いに顔を見合って頷き合う。

 

「……っし!行く!!」

 

緑谷くんが物陰から飛び出した。

姿を見せた緑谷くんに、相手が一斉にボールを投げる。

緑谷くんは蹴りでそれを捌き始めていた。

 

その隙にお茶子ちゃんがブーツと手袋を脱いだ透ちゃんを無重力にする。

その状態の透ちゃんを私が手を引いて物陰ギリギリの所まで移動する。

私は先に足と腕に波動を圧縮してジャンプの準備をしておく。

お茶子ちゃんもすぐに飛び出せるように近くで待機してくれている。

 

緑谷くんへのボールが少しだけ途切れた瞬間に、透ちゃんを斜め上に投げる。

その直後に、私は目を閉じた状態ですぐに足に圧縮していた波動で踏み切って一気にジャンプする。

私に視線が集まったその瞬間、私の目の前で透ちゃんが光った。

 

「集光屈折ハイチーズっ!!」

 

凄まじい光が周囲を襲った。それこそ閃光弾と言っても過言ではないほどの光だった。

だけど目を閉じていた私にはなんの関係もない。

私は透ちゃんが光った直後から手の波動を後ろ上方に向けて噴出して相手の方に吹き飛んでいる。

 

着地地点のすぐ近くにいた2人に向けて即座に片手ずつで発勁を繰り出して同時に気絶させる。

 

「発勁……!!からの……」

 

さらに両手から波動を出して圧縮させながら循環させて一気に波動弾を作り上げる。

 

「波動弾っ……!!」

 

遠くで目を抑えている男に向けて波動弾を射出する。直撃した男は吹き飛んで気絶した。

 

私が3人制圧している内に、お茶子ちゃんが物陰から飛び出して手近にいた2人を無重力にした。その後悶えたままの2人からボールを取り上げている。

透ちゃんもお茶子ちゃんがすぐに解除してくれたおかげもあって落下してきていて、1人を忍者スカーフで締め上げていた。

緑谷くんも目を閉じてちゃんと透ちゃんの発光を回避したようで、すぐにフルカウルで跳んできて奥の方の2人を制圧した。

合計8人。全員発光の影響で悶えていて動けなくなっていたこともあって、あっという間に制圧出来た。

透ちゃんの必殺技、初見殺しだしヴィラン退治に凄く有効そうだ。

無言で奇襲し続けてたまに正面に入って急に発光するだけで、轟くんみたいなおかしいのを除いて大体の相手はどうにかなるんじゃないかな。

 

『現在76名通過しております―――もうじき定員ですよ―――』

 

「もう時間ない……早くボール当てよ……」

 

私が3人にそう声をかけると、まだ目が見えない様子の浮かばされているだけの人から声をかけられた。

 

「目がいてぇ……!君らまだ1年だろぉ!?勘弁してくれよぉ!俺らここで仮免取っとかないといけねーんだよ……」

 

そんな訴え聞くわけもないんだけど、緑谷くんは少し考えさせられるものがあったらしい。

だけど少し息を呑んでから、しっかりと言い放った。

 

「僕も、同じです」

 

緑谷くんがそう言いながらボールを当てたのを皮切りに、私たちはターゲットにボールを当てる作業を始めた。

 

『現在80名!ガンガン進んでいい調子ですよ―――』

 

その作業は特に妨害されることもなく、4人全員しっかりと一次試験通過になった。

とりあえず、この後どうにか公安委員会の人に会って話をしないと……



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報告と後処理(前)

一次試験クリアになった私たち4人は控室に向かっていた。

控室にも公安委員会の人がいるみたいだし、そこの人に話があることを伝えればいいかな。

その道中、上鳴くんと切島くん、爆豪くんもちょうど控室に来ている所に鉢合わせた。

お茶子ちゃんと透ちゃん、上鳴くん、切島くんが謎のダンスで喜びを分かち合っている横で、珍しく爆豪くんが緑谷くんに声をかけた。

 

「……通ったんか。デクてめクソ……」

 

「かっちゃん……!あ……うん……」

 

「そんな"力"がありゃ当然だ」

 

「な……ええ!!?」

 

緑谷くんが爆豪くんに褒められたことを驚いているけど、そういうことじゃない。

自分で蒔いた種を覚えていないのだろうか。

そのせいで気付かれただけだ。頭のいい爆豪くんに情報を漏らすからこうなる。

 

「"借り物"……自分のモンになったかよ……」

 

爆豪くんのその言葉に緑谷くんが固まる。

その態度が答え合わせになっているのが分からないのだろうか。

オールマイトに師弟揃って表情と態度に出すぎだっていったけど、オールマイトからなにも伝わっていないということか。

……オールマイトだし、伝えてなさそうだな。

あとで緑谷くんにも注意しておこう。

とりあえず固まっている緑谷くんの肩を叩いて再起動させる。

 

「……行くよ……緑谷くん……」

 

「あ、うん!」

 

再起動して慌てて動きだした緑谷くんも伴って控室に入っていった皆の後を追った。

 

 

 

控室の中には既に百ちゃん、響香ちゃん、梅雨ちゃん、障子くん、轟くんがいた。

これで合計12人が既に一時試験を通過したことになる。

とりあえず梅雨ちゃんが教えてくれた通りにターゲットを外してボールとターゲットを返却する。

 

その後話すのもそこそこに公安委員会の人に話しかけようとしたら、外の相澤先生が控室の脇に近づいてきていることに気が付いた。

その思考も『波動、聞きたいことがある』という呼び出しだ。

相澤先生は誰かと一緒にいるけど、公安委員会の人だろうか。

思考的にそうっぽい。私たちの様子から相澤先生が気が付いて話を聞きに来てくれたみたいだ。

私がこっそり出ていこうとしたら、透ちゃんが気が付いて話しかけてきた。

 

「……さっきの件?」

 

「多分そう……先生が来てて……聞きたいことがあるって……」

 

「そっか……私も行っていい?」

 

「……ん……いいよ……」

 

透ちゃんももう知っちゃってるし、来ても問題ないとは思う。

あと来てもらうべきは緑谷くんかな。

ここで事を荒立てたくないから緑谷くんをこっそり呼び出したいけど、緑谷くんは輪の中心にいるのもあって他の皆に気付かれそうだ。

 

「……何か気になることがある?考え込んでるけど」

 

「……緑谷くんも……呼びたいんだけど……ここで騒ぎを……起こしたくなくて……気付かれないように……呼びたいなって……」

 

「そういうことなら私に任せて!」

 

透ちゃんはそう言うと私にブーツと手袋を渡してきた。

なるほど、それなら確かにバレないか。

後は透ちゃんに任せて私は控室の外で待ってよう。

 

透ちゃんは緑谷くんにこっそり近づいて、気づかれないように耳元で外に出て欲しいことを伝えてくれた。

緑谷くんも急に耳元で声が聞こえた瞬間は面白いくらいビクッて跳び上がる感じでびっくりしていたけど、透ちゃんの声の内容を理解してからは誤魔化しながら外に出てきてくれた。

 

「波動さん……?」

 

「ん……行くよ……」

 

緑谷くんは困惑しているけど、すぐに納得してくれた。

透ちゃんに手袋とブーツを返してささっと相澤先生の方に移動する。

 

 

 

「来たか。緑谷たちも連れて来たってことは、間違いなさそうだな」

 

「はい……」

 

「詳細を聞くが、ここで話せる内容じゃない。着いて来い」

 

相澤先生は私の様子や緑谷くん相手にトガが見せた変身を観客席から見ていて、トガが侵入していた可能性に気が付いてくれたらしい。

そのまま公安委員会にプロヒーローとして話をつけて渡りをつけつつ、別室を用意してくれたみたいだ。

 

公安委員会の人の先導で連れていかれた部屋の中には、さっきルール説明していた目良さんがいた。

この会場の責任者なのかな。

 

「ヴィランと遭遇したというのはその子たちですか、イレイザーヘッド」

 

「はい。詳しい確認は今からになりますが」

 

「あれ、この人……」

 

目良さんと相澤先生のやり取りを尻目に、目良さんを見ながら透ちゃんが呟く。

目良さんも何が言いたいのか分かったのか答えてくれた。

 

「あぁ、はい。目良です。アナウンスは部下に任せてきました。……試験中にヴィランに遭遇したというのは本当ですか?」

 

説明をしつつ目を細めながら目良さんが聞いてくる。

確信を持っているのは私だから、私が答えよう。

 

「はい……ヴィラン連合に所属しているヴィラン……トガヒミコが……侵入していました……」

 

「……また、ヴィラン連合ですか。経緯を聞いても……?」

 

「もちろんです……」

 

目良さんの目を見つつしっかりと答える。

目良さんはこちらを疑っているというよりも、今後のことに頭を痛めているようだ。

 

「トガは……変身の個性を持っています……彼女は……士傑高校の生徒に変身して……紛れ込んでいました……」

 

「士傑ですか……まずい、これが事実なら、本当にまずいですよ……」

 

目良さんがさらに頭が痛そうな表情のまま呻き始める。

 

「君、今すぐに会場内の士傑高校の引率教師を連れてきてください。あぁ……また睡眠時間が……」

 

「そ、そんなにまずいんですか?トガはもう逃げましたけど……」

 

慌てて出ていく公安委員会の人を尻目に、透ちゃんが理解が追い付かない様子で目良さんに尋ねる。

でもまずいなんてものじゃない。ヒーロー社会の根底が揺るぎかねない事態だ。

 

「……ステイン逮捕以降、ヒーローの在り方に疑問を呈する世間の風潮があることは先ほど話しましたね。それに加えてオールマイトという心のブレーキが消え去り、これから増長するものが現れることが予測されるこの時期に……雄英と士傑というヒーロー科2トップの不祥事に加えて、我々ヒーロー公安委員会が仮免試験の会場にヴィランの侵入を許したなどという不祥事が加わってしまうと、ヒーロー社会が大きく揺らぎかねない事態になりますよ……しかも、その成り替わりと侵入に気が付いたのは受験生の学生とその学生の変化から気が付いた引率の教師のみ……洒落になりません……正直、考えたくもない……」

 

「し、士傑高校の不祥事ですか?」

 

「葉隠さん、トガは士傑高校の生徒に変身してたんだよ。つまり、士傑高校の生徒を襲撃して成り替わっているとしか思えないんだ。その状況で、仮免試験の会場まで誰も気付かずに連れてきてしまっている。多分、かっちゃんが誘拐されたのと同じくらいの騒ぎになるよ」

 

「あ!?そ、そっか!?」

 

「ん……だから……誰に聞かれるか分からない所では……話さなかった……」

 

私のその言葉に、目良さんが目を見開いた。

 

「本当に、誰にも聞かれていないですか?」

 

「はい……気付いた瞬間だけ……トガの名前を……出しちゃいましたけど……他の所では……トガはおろか……ヴィランという単語も話していません……トガと発言した時も……透ちゃんと2人だけで……声が聞こえる範囲には……確実に……誰もいませんでした……」

 

「確実に……?すみませんが、貴女の個性を確認しても?」

 

「……私の個性は……波動の感知です……半径1km周囲の人、物、地形、全てを……感知し続けています……それで……周囲に人がいなかったことは……確認しています……」

 

「……それなら、まだ対応の方法が……しかしヴィランがこの状況を利用しないとは……失礼しました。発覚の経緯を教えてください。可能な限り詳しく」

 

ここからは読心についても話さないといけない。

話さないといけない状況だし、包み隠さずに伝えよう。

 

「……まず前提として……私の個性は……感知した波動から……思考と感情を……読み取り続けています……」

 

「っ!?……つまり読心ということですか」

 

「はい……今日……変身したトガと会った時から……違和感は持っていました……少しの悪意と……波動から、少しの既視感を……覚えたので……」

 

「……なぜすぐにトガだと分からなかった?以前確認した精度を考えると、会った時点で即座に分かっていてもおかしくない」

 

相澤先生が話を遮って確認してくる。

 

「それは……トガの思考が……読めなかったからです……こんなの初めてのことなので……私も困惑しましたけど……」

 

「あぁっ!?そういうことか!?」

 

私が相澤先生に返答したら、緑谷くんが何かに気が付いたように大きな声を出した。

緑谷くんにここにいる全員の視線が集中する。

 

「す、すみません!でも、トガヒミコが僕に襲い掛かってきた時に姿を消すことを不思議に思っていたら言われたんです!隠れただけ、これは技術だって!相手の()(みみ)から自分の存在を逸らすんだって!その瞬間、息を止めて、何も考えずに潜んで紛れるって!」

 

「やっぱり……ミスディレクションのせい……」

 

「それって、私とお茶子ちゃんが合流した時にトガが瑠璃ちゃんに言ってたやつ?ミスディレクションが苦手なんだとか言ってたと思うけど……でも、一切何も考えないなんて本当にできるの……?」

 

「トガヒミコはそれが一番難しいって言ってたけど……」

 

どうやらトガは緑谷くんにミスディレクションの種をぺらぺら話していたらしい。

でも本当に意識的に完璧な無心になるなんて、恐ろしい技術だ。

人が無心になろうとしても、頭の中では何かしらのことを考えていることがほとんどだ。というか、トガに会うまで完全な無心になれる人と会ったことなんてなかった。

 

「事実として……読めなくなってた……意識的に無心になれるなんて……恐ろしい技術……」

 

「……波動の読心で読めなくなるほどのミスディレクションとなると……相当の練度だな……だが、悪意は感じたんだろ?なんで誰にも言わなかった?」

 

相澤先生がちょっと厳しい目でまた確認してくる。

 

「それは……今日の状況が悪いです……受験生が雄英潰しを企んでいたせいで……少ないながらも悪意を抱いている人が……多かったので……思考が読めないのもあって……そのせいだと誤認しました……」

 

私が返答すると、相澤先生はまた頭が痛そうにし始めた。

 

「説明を続けます……雄英潰しから脱した直後……私と透ちゃんは周囲に誰もいない所に避難して……作戦会議をしていました……その途中で感知したんです……トガが……私のクラスメイトに変身したのを……その子であってその子でない……何かが混ざったような波動……この混ざり物が……林間合宿で襲撃された時の……柳さんに変身していた時に柳さんの波動に混ざっていたものと……同じであることに気が付いて……トガだとようやく気付けました……」

 

「……確認しますが、貴女の個性は本来波動から個人の特定が出来るということですか?」

 

黙って聞いていた目良さんが聞いてくる。

 

「はい……波動は……人によって質が違います……私は……校内でがりがりの姿のオールマイトを見た時にも……すぐにオールマイトであることに……気付いていました……オールマイトにそのことを伝えて……口止めされましたけど……」

 

「なるほど……しかし、波動を知らない人物に変身されると、分からないと」

 

「……今回は、そういうことになります……最初に見た時の既視感が……この混ざり物だったんだと思います……次からは……この既視感をトガだと疑えば……おそらくは……看破できると思いますけど……」

 

目良さんが聞く姿勢に戻った。一応納得してくれているみたいだ。

 

「その後は……相澤先生も見ていたんですよね……?緑谷くんに合流して……トガを撃退しました……私が合流した時には……話し方を偽装することすらしなくなっていましたけど……」

 

「話し方が急に変わったのは波動さんが来てからだよ。トガヒミコは波動さんが来た時点で、バレたのを確信したんじゃないかな」

 

「ん……そんな感じのことを言ってた……その後は……トガが会場の外まで逃げて……範囲外に消えました……それ以降、範囲内にトガの波動は感じませんし……悪意ももう感じません……」

 

私がそこまで説明すると相澤先生も目良さんも頭が痛そうにして唸っている。

トガの目的が分からないのと、今後の対応とで頭痛を覚えている感じだろう。

 

「緑谷、お前も襲われてたんだろ?経緯と流れを説明しろ」

 

「は、はい!」

 

緑谷くんも皆と逸れてからの流れを説明した。

逸れた後にトガに襲われて、他の受験生に2人まとめて襲われたと思ったらトガが姿を消して、お茶子ちゃんに変身したトガが騙そうとしてきたのを看破したというくらいではあったけど。

 

「ますます目的が分からん。これだけの状況で、ヴィランがそれを利用しない理由はなんだ。雄英の信用失墜を目的とした執拗な襲撃を行ってきたヴィラン連合の手法とは思えん」

 

「確かに、その通りですね。今、世間に士傑の生徒を拉致監禁して成り替わり、仮免試験の会場に潜り込めたという情報を暴露するだけで、ヒーロー全体の信用と信頼を失墜させられるというのに……」

 

「……話したかっただけ、かもしれません」

 

困惑している先生たちに向けて、緑谷くんが声をあげた。

 

「どういうことだ?」

 

「もちろん、これから暴露するかもしれません。だけどトガが逃げる前に言ってたんです。もっと話したかったって……僕に襲い掛かってきたのを考えると、僕と……後は、波動さんとも」

 

「緑谷は分かるが、波動もか?」

 

「その、多分ですけど……トガヒミコは波動さんの読心のことを、知っていたんだと思うんです。考えていることが分からなくて戸惑ってるんだって煽っていたので……波動さんが気が付いて、来るのを待っていたんじゃないかと……それに、トガヒミコが波動さんに言ってたんです。お友達になろう、一緒に来ないかって……」

 

「っ!?それは本当か?」

 

相澤先生が驚愕した表情で緑谷くんに聞き返す。

私に関することだし、私が返答するべきだろう。

 

「はい……そう言われました……私の中学までのことを調べた……自分と似たもの同士だと思う……お友達になろうって……」

 

「……トガヒミコに読心がバレているということは、ヴィラン連合全体にバレていると思った方がいいな……それに、勧誘だと……?それが目的か……?」

 

「多分ですけど……勧誘は……トガの独断だと……思います……なんだったら一緒に来るか……みたいな……ついでみたいな感じで……言われたので……」

 

そこまで話したところで、士傑高校の教員を連れた公安委員会の人が戻って来た。



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報告と後処理(後)

士傑高校の引率の教師の人。七三分けの髪型に顔に少し皺がある普通の人といった感じの人だった。

経緯を説明されずに連れてこられたようで、雄英の教師である相澤先生に私たち、目良さんがいることに困惑している。

 

「め、目良さんに、雄英の方ですよね……?私に何か……?」

 

「お待ちしていました。説明させていただきます」

 

目良さんから士傑高校に対する事のあらましの説明と事実確認が始まった。

目良さんからの説明を聞いていくにつれて、士傑高校の先生はどんどん顔色が悪くなっていく。

 

「ヴィランが、我が校の生徒に成り代わっていた!?どういうことですか!?」

 

「まだ確認作業を進めているところですが、おそらく事実です。先程イレイザーヘッドから指摘がありました。雄英の生徒の様子から、襲撃を受けた際に遭遇したヴィランが紛れ込んでいる可能性があると。今、接触した生徒たちに確認を取っていました。ここからが問題ですが、彼女たちは変身の個性を持っているヴィランが、士傑高校の女生徒に変身していたと確信を持って証言しています。さらに、士傑高校の生徒の姿から、雄英高校の生徒の姿に変身したとも」

 

「我が校の女生徒に変身の個性を持った者はいません!ほ、本当に我が校の生徒なのですか!?」

 

「はい……私たちとも……試験前に会っています……夜嵐くんのすぐ近くにいた……明るい茶髪の人です……」

 

まだ信じられないようなので私が補足する。

 

「う、現見さんのことですよね。彼女は……っ!?」

 

生徒の特徴を具体的に挙げたことで思い当たることがあったのか、士傑高校の先生の動きが止まった。

 

「なにか、心当たりでも?」

 

「そ、そういえば……数日前から、彼女の様子に、少しだけ違和感が……」

 

愕然とした表情で冷や汗を流し始める士傑高校の先生。

おそらく、その辺りから成り代わられていたんだろう。

士傑高校の先生もまずいと思ったのか、大急ぎでどこかへ連絡しようとし始めた。

そんな彼に対して、目良さんが声をかける。

 

「焦るのは分かりますが、外部への情報の伝達は最小限に、かつ他言厳禁としてください。この事態が世間に知られると、取り返しのつかない事態になりかねません」

 

「で、ですが!現見さんの身に何かあったということですよ!?それをっ!!」

 

「分かっています。公安からも人を回します。なので士傑高校の教師の極一部以外には、伝えないようにしてください」

 

「すいません……少し……いいですか……?」

 

トガが変身していた女生徒は現見さんというらしいが、現見さんのいる可能性がある場所がある。

その心当たりを伝えるために、言い争いになりかけている士傑高校の先生と目良さんの話に割って入った。

 

「……なんでしょうか?」

 

「トガの個性ですが……おそらく……変身に条件があります……」

 

「条件?」

 

「はい……今までトガが変身したのは……雄英1年B組の柳さん……士傑の現見さん……雄英1年A組のお茶子ちゃんです……」

 

皆が静かにこっちを見ている。

緑谷くんなんかはどこからか出したノートにメモを取って個性の考察を始めている。

ヒーローじゃなくても考察するのか……

 

「トガは……連続失血死事件で指名手配されています……そうですよね……?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「それを共有した上で考察します……林間合宿で襲撃された時……お茶子ちゃんが一度トガを拘束しています……トガはその拘束から一瞬逃れるために……お茶子ちゃんの足に何か、針のようなものを刺して……拘束を緩めました……」

 

ここまで言ったあたりで緑谷くんがいつものブツブツをし始めた。

なんか久しぶりに見た気がする。

 

「血か!確か柳さんも救助された時気絶していたし、ミスディレクションが使えるトガヒミコなら採血は容易!麗日さんは今波動さんが言ってくれたタイミングで採血されてる!」

 

「ん……そう……多分対象の血がないと変身できない……」

 

「……なるほど、確かにその可能性は高いな……」

 

「はい……なので……大量に採血して殺している可能性もありますけど……今の所事件になっていなくて……今の状況をヴィラン連合が利用していなかったことを考えると……トガヒミコの独断先行の可能性があります……そうなると……どこかに誘拐とかはしないで……トガヒミコが潜伏していた場所で拘束していた可能性が……あるんじゃないかと……」

 

「潜伏していた場所……現見さんはこの数日も普段と同じ家から通っていたはずです!」

 

「それなら……自宅に拘束されている可能性が……あると思います……」

 

「すぐに確認してもらいます!」

 

士傑高校の先生は慌ただしく電話をし出した。

そのタイミングで何かディスクのようなものを持った公安委員会の人だと思われる人が駆け込んで来た。

どうやら目良さんが相澤先生から情報があった時点で監視カメラの映像を部下に精査させていたらしい。

持ってこられた映像には、試験中の時間であるにも関わらず警備の人の真横を素通りして会場を出ていく現見さんの姿が映っていた。

 

「これはもう確定ですね……他に何か、共有しておくべき情報はありますか?」

 

「私は……全部話しました……」

 

「僕もです」

 

「私も……」

 

目良さんの確認に、私たち3人はこれ以上の情報はないことを伝える。

それを受けて目良さんは静かに頷いた。

 

「対応はこの後協議しますが、皆さんこの件は他言無用でお願いできますか?彼女の言うようにトガヒミコの独断先行で暴露されない可能性を考え、可能な限り知っている人間を少なくしたい」

 

「は、はい。それはもちろん」

 

目良さんがそう言って依頼してくる。

特に拒否する理由もないから私たちは全員了承した。

それだけ確認してから目良さんはまたこちらに断ってからどこかに電話し始めた。

 

 

 

そんな感じで少し時間が経って、士傑高校の先生が通話中のままだった電話に対して安堵したような声を上げた。

 

「ほ、本当ですか!?息もあるんですね!?よ、よかった……いえ、助かりました。ありがとうございます」

 

現見さんは予想通り自宅にいたようだ。

無事だったなら良かった。

思考を読む限り採血痕以外傷跡もなく、ただ眠っているだけという状態のようだ。

そうなるといよいよもってトガの独断先行な気がする。彼女本人の目的が話がしたかったとかいう意味が分からないものっぽいし。

 

既に電話を終えていて経過を見守っていた目良さんも安堵したようだ。

士傑高校の先生の電話が終わったことを確認してから、目良さんが話し出した。

 

「ひとまず、本日この後実施予定だった二次試験は他会場も含めて明日に延期します。確認しなければならないことが大量に出来てしまったので……今日は睡眠時間、なさそうですね……それはそれとして、先ほど雄英の方々には伝えましたが、他言無用でお願いします。延期の理由もこの後建前上のものを皆さんに伝えるので、素知らぬ振りを通してください。宿泊場所などはこちらで準備しますので、その辺りはご安心を」

 

見渡すようにそんな感じの説明をする目良さん。

さっきまでの電話は最低限の方針を決めていたらしい。

二次試験が明日ということになると始業式をどうするつもりなのかが少し気になるけど、まあ先生がどうにかするだろう。

 

「士傑高校の方はこれからの話をさらに詰めたいので残ってもらいますが、雄英高校の方々はとりあえず戻っていただいて構いません。確認の電話などをする可能性があるので、イレイザーヘッドは電話に出られるようにだけはしておいてください。情報提供ありがとうございました」

 

そこで話を切ると私たちには雑な感じに退室を促してきた。

まあこの後のこの人の業務量を考えたら仕方ない部分もある。

素直に指示に従って部屋を出た。

 

「俺はこの後校長やブラドキングと連絡を取り合って今後の対応を決めてくる。お前たちは控室に戻ってろ」

 

相澤先生もそれだけ伝えると足早に去っていった。

 

「とりあえず……戻る……?」

 

「そ、そうだね」

 

「うん、そうしよう」

 

私たちはこれ以上特にやることもなかったため、指示通り控室に戻った。

 

 

 

「あ!3人戻って来た!!もうどこ行ってたのさ!?」

 

控室に入ると三奈ちゃんが声をかけてきた。

 

「ん……ごめんね……ちょっと色々あって……」

 

「ご、ごめんね」

 

3人で平謝りするとすぐに許してもらえた。

お茶子ちゃんだけはちょっと不審に思っているみたいだけど、まぁこれくらいなら大丈夫な範囲だろう。

謝罪が終わったら三奈ちゃんが思い出したように明るい表情で話しかけてくる。

 

「そうだった!3人がいない間に試験終わったんだけどね、なんと!A組全員一次通過だよ!!」

 

「本当!?やったね!!」

 

「す、すごいや!」

 

私たちが話し合いをしている間に皆無事に通過していたらしい。

青山くんとかが罪悪感で自分を犠牲にして他の人を通過できるようにしそうで心配だったけど杞憂だったようだ。

 

それから置いてあった飲み物で皆で乾杯したりしながら指示を待った。

私たちが控室に戻って30分くらい経った後、公安委員会からアナウンスが入った。

それは会場の設備トラブルがあって二次試験をすぐに行うことが出来なくなってしまったため、明日に延期する。

宿泊場所は公安委員会が準備するため、今日はそこで寝泊りして欲しいというものだった。

さっき目良さんが言っていた通りの内容だった。

皆も困惑していたけど設備のトラブルなら仕方ないと納得していた。

まぁ着替えとかがないよーって女子側は結構文句を言っていたけど。

男子はそういうの気にしないんだろうか。

 

 

 

その後相澤先生と合流してホテルに移動した。

 

「おー!なんかホテルおっきくない!?」

 

「ん……おっきい……」

 

ホテルはなかなかに豪華な所だった。

そのせいか透ちゃんなんかはしゃぎ始めてしまっている。

急にこんなことになった不満を抑える為だろうか。結構お金がかかっていそうな感じだった。

 

各々の部屋に解散する前に、相澤先生が生徒を集めて説明し始めた。

 

「今回の件は学校側にも連絡とって始業式を1日ずらすことになった。だからその辺は気にするな。各々ホテルであるということを忘れずに節度を持って過ごせよ。間違っても騒ぎなんか起こすな。明日の朝は準備を済ませて8時にロビー集合とする。以上、解散」

 

先生の思考的に学校側ももう一度スパイや成り替わり、盗聴器とかを1日かけて洗い直すつもりみたいだ。

まあ生徒を襲撃して完全に成り替わる能力や、ミスディレクションを使って容易に侵入できる能力がトガヒミコにあることが分かったのだ。

対策を根底から練り直さないといけないんだろう。

学校に残っている先生たちが地獄の確認作業に入っていそうでちょっとかわいそうになってしまった。

私がいたら協力させられていたんだろうか。

成り替わりがないかの確認はいいけど、盗聴器とかの探知は集中しなきゃいけなくて疲れるから勘弁して欲しい。

 

考え込むのもそのくらいにして部屋に移動する。

女子の部屋は2人部屋2部屋、3人部屋1部屋だ。

 

「部屋割りどうする?」

 

「じゃんけんにでもする?私は誰とでもいいけど」

 

「皆に……任せる……」

 

話し合いの結果、結局じゃんけんで勝った順に2人部屋に入って最後まで負けた人が3人部屋になった。

じゃんけんか。変な駆け引きさえなければ公平かな。

駆け引きをしだすと私に筒抜けになるから、余計なことはしない方が良かったりする。

 

結局私は三奈ちゃんと2人部屋になった。

他の組み合わせはお茶子ちゃんと百ちゃん、梅雨ちゃんと透ちゃんと響香ちゃんだ。

特に仲がいい組み合わせが綺麗にばらけたなぁと思う。

まあ皆仲いいから誰とでも問題ないのは本当だしそんなに気にしてないけど。

 

食事と入浴を済ませて部屋で三奈ちゃんと話していたら、唐突に三奈ちゃんがパジャマパーティーを提案してきたからお茶子ちゃんたちも誘って皆で3人部屋を襲撃したりもした。

7人全員集まって多少騒ぎはしたけど、これくらいなら節度ある範囲だと思う。

男子とか部屋割りの段階で大騒ぎして相澤先生にガチギレされていたし。

トラブルのせいでこんなことになったけど、これはこれで楽しかった。

部屋の入口や窓の方に成り替わり対策であろう隠しカメラがあったのが少し気になったけど、トガ対策だと思って黙っておいた。



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二次試験の説明と確認

翌朝。

ホテルで朝食を済ませて指示通り8時にロビーに集まった。

 

「よし、全員集まったな。会場に移動するぞ。昨日みたいなバカ騒ぎはするなよ」

 

「はい!」

 

相澤先生の引率の下試験会場に移動する。

それにしても全員一次試験を通過していてよかった。

もしこの状況で1人だけ落ちていたとかなっていたら、凄くかわいそうな感じになっていたと思う。

 

そんなことを考えながら移動していたら、先生が私に向けた思考をしだした。

 

『波動。もし少しでも違和感を持つ人物がいたらその場ですぐに俺か公安委員会に教えろ。その場で拘束とまではいかなくても厳重にマークしておく』

 

その思考をした直後に皆が付いてきているかを確認するように先生が振り向く。

そのタイミングで小さく頷いて了承したことを伝えておいた。

 

 

 

会場に着いてコスチュームに着替えてから、公安委員会の指示に従って昨日の控室に移動する。

士傑高校も来てはいるけど、やはり現見さんは来ていないみたいだ。

本人はトガに拘束、監禁されていたんだし、逃走したトガが扮した現見さんも一次試験も通過してないと思うから仕方ないことではあるんだけど。

 

控室の中には目良さんを含めた公安委員会の人たちがいた。

 

「えー、設備の不備で延期となり、ご迷惑をおかけしました。ただいまより二次試験のご説明をさせていただきます。まずはこれをご覧ください」

 

目良さんはそう言って控室の壁にかかっている大きなモニターを示した。

そこにはこの控室の周囲にある昨日一次試験で使ったフィールドが映っていた。

 

「フィールドだ」

 

「なんだろうね……」

 

緑谷くんとお茶子ちゃんがそんな感じで呟いた少しあと、フィールドにあった建物や山、ありとあらゆるものが大爆発を起こした。

控室の周囲では凄まじい轟音が響いていて凄くうるさい。

 

『―――何故!?』

 

あまりの出来事に雄英の生徒だけでなく、他の学校の生徒も困惑している。

そんな学生の様子を気にすることもなく目良さんは話を続ける。

 

「二次試験で試験はラストになります。皆さんにはこれからこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます」

 

「「パイスライダー……?」」

 

峰田くんと上鳴くんがまた意味の分からないことを言っている。

というかこんなの授業で習ったじゃないか。峰田くんとかそこそこ成績いいのになぜそうなる。

 

「現場で居合わせた人のことだよ」

 

「一般市民を指す意味でも使われたりしますが……」

 

「ん……授業で習ったでしょ……?」

 

透ちゃんと百ちゃんが2人のすっとぼけた発言に優しく説明してあげていた。本当にこんな時にまで何を言ってるんだこの2人。

 

「ここでは一般市民としてではなく仮免許を取得した者として、どれだけ適切な救助を行えるか試させていただきます」

 

説明に合わせてボロボロになった廃墟がアップで写り、動いている人の姿が映る。

それを見て、周囲の学生がざわついた。

あれは普通に怪我人役だからそこまで心配する必要ないんだけど……

どうせすぐに説明が入るだろうから特に何も言わないけど。

 

「人がいる……」

 

「え……あぁ!?老人に子供!?」

 

「危ねぇ何やってんだ!!」

 

目良さんがざわめきに対して説明を始めた。

 

「彼らはあらゆる訓練において今引っ張りだこの要救助者のプロ!!HELP・US・COMPANY、略してHUCの皆さんです。色んな傷病者に扮したHUCがフィールド全域にスタンバイ中。皆さんにはこれから彼らの救出を行ってもらいます。尚、今回は皆さんの救助活動をポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格とします。HUCの準備時間を考え、試験開始は10分後になります」

 

救助演習が試験なのはいい。むしろ私にとっては好都合だ。

だけど要救助者役の人たちを救助することが試験内容なら、質問しておきたいことがある。

とりあえず手を上げてみるか。

 

「質問……いいですか……?」

 

「内容によってはお答えできませんが、それでもよろしければどうぞ」

 

目良さんは特に拒否することもなく質問を促した。

 

「はい……怪我の状況などは……どのように判断しますか……?HUCの方を見たまま……演技などを見て……判断して大丈夫ですか……?それとも……声をかけた段階で……正しい情報をHUCから伝えられる形式ですか……?」

 

「基本的にHUCの皆さんは血糊などを用いて巧妙に怪我人に扮しています。演技を見たままで判断してください」

 

まあここはそうだろう。実際今血糊を自分にかけている人が多数いる。

問題はここから先だ。

 

「脈拍や呼吸などは……演技できないと思いますが……そこに関しては……?」

 

「HUCの皆さんは特殊な訓練を積んでいます。それらも見たまま、測定したままで大丈夫です」

 

「……では、トリアージ黒に該当する要救助者は……配置されていますか……?されているなら……それはHUCの演技ですか……?人形ですか……?」

 

「……そちらもHUCの演技になりますが……」

 

私の個性なら生きているか否か、気絶しているか否かを波動の動きや思考の状況から判断できる。

胸郭の動きも読み取れるし、出血状況とかも読み取れる。

透視すれば心臓の動きも見えるから脈も測れる。

傷の程度も内部まで透視すれば見えるし、体内であっても出血していれば分かる。

まだまだ確認したいことがあるから続けて質問していこうと思ったら、目良さんが遮ってきた。

 

「ちょっと待ってください。この質問の流れ全てがヒントになりかねません。こちらに来てください。個人的な質問として受け付けます」

 

「……分かりました」

 

それをやると他の受験生に反感を持たれると思うけど、そう指示してくるなら従うしかない。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!そいつだけ特別扱いですか!?」

 

案の定不満そうにした他校の生徒から文句が出てくる。

A組の皆はもう私が遠隔からトリアージができることを伝えているから、必要な質問だと理解してくれている。

だけどやはり何も知らない他校の生徒からは不満が出てきてしまう。

特に仮免試験は蹴落とし合いだと思っている人も結構多いからこういうことになる。

この救助演習なんて他校の生徒であってもチームアップしないといけないのに。

もう不満の処理は目良さんに任せて私は素知らぬ顔をしておこう。

 

「特別扱いではなく、彼女の個性の性質上必要な情報です。他の方でも我々が同様に情報を渡す必要があると判断できれば、挙手していただければ質問に答えます。一応、公平性を保つために彼女の質問終了後に周知しておくべき情報があった場合は全員に周知します。他に何か意見がある方はいますか?」

 

目良さんのその言葉で、文句を言った受験生は不満には思いつつも黙ってしまった。

 

「では波動さんはこちらに来てください」

 

「はい……」

 

周囲の嫌な視線を感じながら目良さんの方に歩いていく。

目良さんの隣に着いたところで、私が分かることを声を潜めながら説明してしまう。

目良さんだけが聞くなら、この方がいちいち質問という体にしなくていいし楽だ。

 

「あの……私……範囲内の波動を見れば……生きているかは……分かります……思考を読んで……気絶しているか否かも分かりますし……どの程度の意識を保っているかも分かります……波動の形を見れば……胸郭の動きから呼吸も見れますし……出血状況も傷の深さも見れば分かります……波動の透視をすれば体内でも見えるので……心臓の動きから脈も測れます……体内の出血や骨折も判断できます……移動しなくても範囲内なら……トリアージ出来るんですけど……HUCの方だと実際の怪我人と違いすぎて……困ります……」

 

「……昨日聞いていたのである程度予測していましたが、そこまでですか……分かりました。貴女には1人公安の職員を付けます。正確な位置とHUCの読み取れる負傷状況を言うことが出来れば、それに対応した情報を開示しましょう」

 

「通信機とかじゃなくて……横にいてくれるんですか……?」

 

「貴女にとっては普段から読み取れている情報を演習で読み取るための必要な措置でも、他の学生からは不正や贔屓に見えるのは分かっているでしょう?その不満を軽減するためにやり取りを周囲の学生に開示します。通信機では貴女が情報を聞いているようにしか見えないでしょうしね」

 

凄く合理的だった。

確かにその方がいいかもしれない。

目良さんに頭を下げて元の位置に戻る。

士傑の人たちが轟くんや爆豪くんと話したりしている。轟くんと話している夜嵐くんから憎悪のような感情を感じてしまって気分が悪い。

そんなのに構っていても仕方ないから私は気にしないで透ちゃんの近くに戻った。

 

 

 

 

「大丈夫だった?必要なこと聞けた?」

 

透ちゃんが心配そうな顔で聞いてくる。

 

「私の近くに……公安委員会の人が……待機してくれることになった……HUCの人の読み取った情報とかを伝えれば……対応する本当の情報を教えてくれるって……」

 

「それなら瑠璃ちゃんもいつも通りの活躍出来るね!よかったね!」

 

「ん……安心……透ちゃんも……一緒に頑張ろうね……」

 

「うん!がんばろーね!」

 

「ん……!」

 

透ちゃんはむんっ!て感じで気合を入れ直している。

私も透ちゃんの真似をして気合を入れ直してみる。

その後も少しの間話していたら、周囲に大きな警報音が鳴り響いた。

 

『ヴィランによる大規模破壊(テロ)が発生!』

 

「演習のシナリオね」

 

「え!?じゃあ……」

 

公安委員会の人からの声掛けとかもない唐突なそれに、響香ちゃんが困惑したような声を漏らす。

 

『規模は〇〇市全域。建物倒壊により傷病者多数!道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ!』

 

控室の周囲の壁がまた崩れ始めた。

こういう仕掛け好きなんだろうか。

 

『到着するまでの救助活動はその場にいるヒーローたちが指揮を執り行う。一人でも多くの命を救い出すこと!!!』

 

完全に壁が倒れたと同時に、『START!』というアナウンスが響いて試験が始まった。

私の個性を最大限に生かすには最初が大事だ。

ちょっと苦手なことではあるけど、周囲の説得を頑張らないと。



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二次試験(前)

走り出そうとする受験生を尻目に、私は大きく息を吸った。

A組は大体何をやろうとしているかを察してくれているようで、爆豪くんとそれに付いていこうとしている切島くんと上鳴くん以外は足を止めてくれている。

 

「私は!!既にこの被災地内全ての負傷者の位置を把握しています!!怪我の程度も把握できます!!迅速な救助活動のために協力してください!!」

 

その声掛けに、走り出していた他校の生徒の三分の二くらいが足を止めてくれた。

A組も含めて残ってくれた人たちが近寄ってくる。

士傑の生徒も夜嵐くん以外は大体残ってくれていた。

その中から毛がもじゃもじゃの人が一歩前に出てくる。

 

「……それは本当か?」

 

「はい……私の個性は……半径1km周囲の人、物、地形……全てを読み取り続けています……私の指示に従っていただけるなら……最も効率的な方法で救助できるように指示します……」

 

「それで、先ほどのあの対応か」

 

「はい……協力……してくれますか……?」

 

もじゃもじゃの人は周囲を見渡してからこちらを見てしっかりと頷いた。

 

「ああ。先ほど言ったことが事実なら、協力するのが最も効率がいい。だがどう指示を出すつもりだ?」

 

他の人も特に異論はないようで、抜けるような人はいない。

というか多分この情報を知った上で抜けたりしたら、それはそれで減点対象になる可能性すらある気もするし。

指示の出し方は百ちゃんが残ってくれているし安心だ。

私が百ちゃんの方を向くとすぐに意図を読み取って頷いてくれる。

そして実際に片耳につけるヘッドセットのような通信機を胸元から凄い勢いで量産しながら声を上げた。

 

「その点に関してはおまかせを。私が通信機を作りますわ。皆さんにお配りいたします」

 

「さ、流石雄英。すごいわね」

 

他校の女子生徒が呆然としたように呟く。

まあ百ちゃんの個性は万能すぎるから驚くのも無理はない。

 

百ちゃんが作った通信機を各々が1つずつ取っていく。

そんな中、百ちゃんが私に話しかけてきた。

 

「波動さん、負傷者はこの場に集めてください。一か所に負傷者をまとめられるなら、救護所を作ってしまうのが一番。応急処置が出来るように私が道具を揃えます」

 

「そういうことなら!俺はこの辺り綺麗にして救護所作ってから救助に向かうぞ!」

 

百ちゃんが簡易救護所の設立まで提案してくれる。

そんな百ちゃんの提案を受けて砂藤くんがそう声を上げ、他にも賛同した力自慢の何人かが周囲の瓦礫をどけ始めてくれた。

その空いたスペースに百ちゃんが簡易ベッドを作り始めている。

 

私は他の人に指示を出すために向き直る。

周囲の負傷者はこの地点を中心に、東の火事が起きている廃墟に17人、北東の崩れている山に14人、北の住宅街のような場所に21人、西の廃墟に23人。

北西の高層ビルの辺りが特に多くて、28人かな。

とりあえずそのことを伝えて向かってもらう人員をグループ分けしてもらわないと。

細かい指示は近づいてからだ。

 

「5グループに分かれてもらっても……良いですか……?」

 

私がそう声をかけるとささっと大体の数で5グループに分かれてくれる。

 

「では……ショートがいるそのグループは……東の火事が起きているエリアに向かってください……次、ウラビティがいるグループ……北西の高層ビルがあるエリアへ……―――」

 

知っている個性や思考から読んだ個性から適任そうなグループに大まかに割り振る。

負傷者に近づいたらまた指示を出すことを伝えたら、皆足早に指示されたエリアに向かっていった。

 

 

 

「デク……正面20m先に負傷者……トリアージ黄……歩行困難……呼吸は若干促拍……出血多量……でも脈拍は安定してる……出血に注意しながら救護所に連れてきて……」

 

『わ、分かった!』

 

緑谷くんに指示を出していると障子くんから通信が入る。

 

『リオル、俺の進行方向、だいぶ先だが人が見える。救助に向かうぞ』

 

「……動きが一切ない……呼吸もわざと止めてる……心臓は動いてるけど……すいません……この地点の人の心臓……動いている扱いでいいですか……?」

 

「そこは……あぁ、心臓は動いている」

 

私が障子くんの報告を受けて公安委員会の人に最低限の質問と簡潔な答えが返ってくる。

 

「テンタコル……トリアージ赤か黒……気道確保して呼吸が再開するかを確認して……しなかったら……黒扱いでいい……」

 

『……了解した』

 

障子くんの真剣な声が返ってきて通信が切れる。

轟くんも火災が起きているエリアに到着したみたいだ。

 

「ショート……今のショートの目の前の建物から……左に3つ目の家……火に囲まれた人が取り残されてる……膝はついてるけど……まだ意識はある……呼吸と脈にも異常なし……トリアージは黄か緑……」

 

『分かった』

 

轟くんは簡潔に返事をして移動を始めた。

そんなやり取りをしていたらお茶子ちゃんが高層ビルの辺りにたどり着いた。

お茶子ちゃんに救助してもらうつもりの人の状況を公安委員会の人に確認する。

 

「すいません……この高層ビルの1階……角部屋の人……瓦礫に埋もれています……HUCの人は……骨は折れてないですけど……設定では折れてますか……?」

 

「そこの負傷者は……右腕が折れているな」

 

「ありがとう……ございます……」

 

確認した内容を伝えるべく通信機でお茶子ちゃんに声をかける。

 

「ウラビティ……その高層ビルの中……結構人がいる……順番に伝えていくから……まず1階の角の部屋……その中の瓦礫に1人埋もれてる……意識あり……呼吸と脈拍にも異常なし……ただ……右腕の骨が折れてる……他の骨は折れてないけど……歩けるかは不明……トリアージは黄か緑……」

 

『了解!ちょっと確認してくるね!』

 

お茶子ちゃんとの通信が途切れた辺りで、緑谷くんがフルカウルをしながら負傷者を抱えて戻ってきた。

 

「波動さん!連れてきたよ!」

 

「ありがと……もう大丈夫だからね……えっと……」

 

救助してきてくれたことにお礼を言いつつ、負傷者の少年に声をかけてもう一度目視でトリアージしようとしたら金髪ロングで額当てを着けている他校の女子生徒に手を掴まれた。

びっくりして思わず顔を凝視してしまう。でもその思考は完全な善意だった。

 

「急に掴んでごめん、でもあなたは遠隔のトリアージと指示に集中して。あなたの時間はここにいる誰よりも貴重よ。1秒でも無駄にしないで。再トリアージは私がするから任せなさい」

 

そういうとその女子生徒は緑谷くんが抱えている少年に声をかけつつトリアージをし始めた。

その女子生徒の判断は私と同じく黄色。判断も間違ってない。信頼できそうだった。

 

「……うん、じゃあ右のエリアのベッドに運んで。クリエティが包帯とかも準備してくれているから、応急処置はそこで」

 

「は、はい!」

 

緑谷くんも強く返事をして少年をベッドの方に連れて行った。

百ちゃん作の簡易救護所は今や小さな病院ではないかというくらいの設備が整いつつあった。

大きなテントの屋根の下にいくつもの簡易ベッドが並び、その脇には多くの医療道具がある。

包帯やガーゼだけでなく、消毒液にバックバルブマスク、果てにはAEDまで作り始めている。

素人でも使える可能性のある道具をどんどん作り続けているみたいだ。

いくら私が指示していてここに負傷者を集められると言っても、驚異的という他ない。

思考を読む限り点滴とか注射器とかも作れるみたいだけど、医者がいないから作るのはやめたようだ。

まあ知識のない人間が適当に点滴なんてしようものなら、逆に患者を殺してしまう可能性すらあるからそれで正解だと私も思うけど。

後は百ちゃん作の点滴は流石に使用するのが怖いことか。

点滴の成分が百ちゃんの知識頼りになってしまうと、専門的な勉強を教育機関でしていない独学の百ちゃんが万が一成分を勘違いしていた場合、それが命取りになる可能性すらある。

それらを考えると、百ちゃんは現状出来る最良のことをし続けているということだ。

百ちゃんの点数、きっとすごい高くなると思う。

 

そして百ちゃんが作った救護所には負傷者が続々と集められていた。

雄英だけじゃなくて、他の高校の生徒も指示に従ってくれているおかげもあって順調に救助活動は進んでいる。

 

それはそれとして再トリアージを引き受けてくれた女子生徒にお礼を言っておく。

 

「ありがとうございます……助かります……」

 

「あなた一人の負担に比べたらこんなの屁でもないわよ。いいから指示を続けてなさい」

 

「はい……」

 

サバサバした感じの他校の女子生徒の人は他の運ばれてきた負傷者の方に駆けていった。

私もどんどん指示を出さないと。

 

「ウラビティ……歩けるなら緑だから……誘導は他の人に任せてウラビティは2階に……そのビルの救助にウラビティ以上の適任はいないから……」

 

『う、うん!すいません、この人の誘導をお願いしてもいいですか?』

 

「ウラビティ……そのまま2階に上がって……着いたらすぐ右の部屋に2人……床が抜けて身動きとれなくなってる……トリアージは緑……」

 

『瑠璃ちゃん人使い荒いね!全然いいけど!』

 

「それだけウラビティが……頼りになるってこと……」

 

お茶子ちゃんとの通信を切って、また公安委員会の人に確認する。

 

「この地点の気絶したフリしてる人……見た目通りの状況でいいですか……?心臓は動いて呼吸もしています……脈拍にも異常はないです……血糊もそんなに付けてないし……骨にも異常ないです……」

 

「……あぁ、それで合ってる。見たままで大丈夫だ」

 

「分かりました……インビジブルガール……ちょっと遠いけど……その場所から50mくらい西……崩れた瓦礫の隙間……多分真っ暗になってる所に意識を失ってる人がいる……呼吸と脈拍には異常なし……トリアージは赤……グループの人も連れて行って……瓦礫の撤去に協力してもらって……」

 

『任せて!私が照らせばいいんだよね!』

 

「ん……そう……頑張って……」

 

 

 

 

透ちゃんに指示を出し終わったあたりで、救護所に少年を送り届けてきた緑谷くんが戻ってきた。

 

「波動さん!この後僕はどこに向かえば―――」

 

緑谷くんがそこまで言ったところで、会場の壁が大爆発を起こして吹き飛んだ。

 

「緑谷くん……!ヴィランが来る……!緑谷くんはその対処に向かって……!」

 

客席の下あたりに集団が隠れているとは思っていたし、思考的にも襲撃してくるのは分かってはいたけどそこまで大胆に侵入してくるとは思っていなかった。

 

「ヴィラン!!?……そっか!!皆さん!演習のシナリオ―――……」

 

緑谷くんが振り向きながら叫ぶ。

しかしその皆に呼びかけている言葉が最後まで言われることはなかった。

緑谷くんの視線の先にギャングオルカが侵入してきていたからだ。

テロという説明である程度予測していたとは言っても、ここまで強大な敵だとは思っていなかったのだろう。

これで、救助をしつつヴィランの対処もしなければいけなくなってしまった。




結構専門用語とか書いてしまっているのでここで解説しておきます
トリアージ:
重症度や緊急度に応じた傷病者の振り分けのこと
災害時の限られた医療資源を、速やかにより多くの人間に振り分けるための基準です
黒>赤>黄>緑
の順で重症度が高くなります

黒:治療対象外
死亡している、または蘇生の可能性が低く、治療の優先度が最も低い
言い方は悪いですが、限られた資源(人員、医療資源など)を有効に使うために切り捨てなければいけない重症度
赤:緊急治療群
最も治療優先順位が高いです。速やかな救命処置を必要とする重症度になります
黄:非緊急治療群
治療の遅延が生命には影響しないが、治療の必要がある
緑:軽傷群
歩行可能、必ずしも治療を必要としない

一応簡単な振り分け方としては
歩行が 出来る→ 緑
出来ない

呼吸が ない→ 気道確保をして呼吸が再開しない→黒
ある                再開する→赤
↓            
呼吸回数 異常に多いor少ない→赤
問題なし

脈拍 異常な頻脈or脈が触れない→赤
問題なし

指示に 従えない→赤
従える



こんな感じです
これを何度も行い、経時的な状態変化への対応や判断ミスの防止をしていきます

バックバルブマスク:人工呼吸をするための風船付きのマスクです
AED:簡単な診断や心電図の確認、電気ショックなどを自動でしてくれる機械です


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二次試験(後)

ビルボードチャートJP10位、ヴィランっぽい見た目のヒーローランキング3位のギャングオルカが姿を現した。

その周囲にはギャングオルカのサイドキックたちが大量に出来てきている。

 

「対敵、全てを並行処理……出来るかな?」

 

「ギャングオルカ!」

 

緑谷くんがギャングオルカを見て驚愕の声を上げる。

そんな状況で、アナウンスがなった。

 

『ヴィランが姿を現し追撃を開始!現場のヒーロー候補生はヴィランを制圧しつつ、救助を続行してください!』

 

「どう動く!?ヒーロー!」

 

ギャングオルカが実物のヴィランも真っ青なくらいの威容を示しながら、部下が散って襲撃を開始した。

どう見ても狙いは救護所。

ここに負傷者を集めているから当然ではあるんだけど。

この状況でトリアージ赤と黄の人を動かして逃げる暇はない。

緑の人だけ数人で移動させて、他は救護所の護衛に当たりつつ残った負傷者を保護していくしかない。

 

「デク……救護所の護衛……お願いできる……?」

 

「もちろん!」

 

緑谷くんはすぐに飛び出して四方八方から襲い掛かってくるサイドキックの対応に当たり始めた。

避難の指示は、百ちゃんに頼めばきっと仕切ってくれる。

通信機で百ちゃんに呼びかけよう。

 

「クリエティ……トリアージ緑で動ける人を……避難させよう……守る範囲を最小限にしたい……」

 

『ちょうど数人に避難誘導を依頼したところですわ!こちらは私たちでどうにかしますから、波動さんはそのまま残った要救助者の救助の指示を続けてください!』

 

「流石百ちゃん……ありがと……」

 

既に百ちゃんが避難指示をしてくれていたようだった。

次は無差別にヴィラン対応に来られたら救助のための人員がいなくなって困るから、対応に当たる人を指示するかな。

これだけの数を少人数で対応するとなると、制圧能力の高い人を集めるのが効率的だ。

そうなると、氷と炎の轟くん、風の夜嵐くん、振動による地割れの真堂さんが本命か。

ただ轟くんと夜嵐くんの不仲が心配ではある。

夜嵐くんはエンデヴァーを憎んでいて、その面影が見える轟くんにも憎悪を燃やしている。

轟くんもエンデヴァーのことに触れられると憎悪に囚われるリスクがある。

対多数の戦闘においてこれ以上の適任はいないから、不安は残るけど2人とも呼ぶつもりではある。

ヴィランに襲撃されているこんなタイミングで喧嘩なんてしないと信じよう。

 

あとは爆豪くんが性格的にも能力的にも適任なんだけど、爆豪くんは通信機を持っていないから呼ぶことが出来ない。

夜嵐くんは毛原さんの近くにいるからそこに通信すれば呼べるけど、爆豪くんは近くにいる切島くんと上鳴くんすら通信機を持っていない。

近くに通信機を持っている誰かが近づいたら伝えてもらうくらいしか手がないか。

 

「ショート……救護所に戻って来て……ギャングオルカの対応に当たって……チューイー……近くにいるレップウにも……同じ指示を伝えてください……」

 

『レップウはもうそちらに飛んでいった』

 

『おう、俺もちょうど向かってる』

 

「ありがとうございます……グランドも……そのまま対応に当たってください……」

 

既に2人とも向かってくれていた。言うまでもなかったか。

真堂さんは救護所の近くにいたのもあって、すぐに救護所の護衛に当たってくれていた。

救助の指示を出しつつ、次の手を考える。

 

「ウラビティ……そのまま4階へ……左の角部屋に……1人残ってる……トリアージ黄……」

 

『了解!』

 

「フロッピー……その池の近く……今のフロッピーの視点で見て左手側の建物……その近くに……瓦礫に足を潰されてる人がいる……トリアージ黄……」

 

『分かったわ』

 

ヴィランにされたら困るのは、救護所の襲撃だ。これを防ぐ必要がある。

ギャングオルカ本人はともかく、サイドキックの襲撃を防ぐには硬い壁でも作ってしまうのが手っ取り早いか。

なら……

 

「クリエティ……救護所に壁って……作れる……?」

 

『一部なら可能ですが……流石に全周を覆うような規模は無理です』

 

「ん……だよね……だから……中はスカスカな素材でも良い……それなら可能……?」

 

『……可能だと思いますわ』

 

「ならお願い……今その壁を補強できる人に……そっちに向かってもらうから……」

 

『分かりました!』

 

硬質化する個性の人は心当たりがある。

一次試験でボールを硬くした人。傑物高校の人だ。二次試験にも通過してきている。

協力してくれる人の思考は読んで大体の個性の把握に努めていたけど、彼は手で擦ったりこねたりすれば硬質化させられるみたいだ。

スカスカな壁でも硬質化してもらえればある程度は防いでくれるだろう。

 

「Mr.スミス……救護所の壁を硬くしてもらいたいです……救護所に向かってください……」

 

『俺か!?……いや、分かった。急いで向かう!』

 

 

 

私が色々と指示を出している間に、轟くんも夜嵐くんももうこちらに到着している。

だけど考えたくなかった最悪の事態に陥っていた。

なんで喧嘩してるんだあの2人。状況を分かっているんだろうか。

いくら嫌いな相手であってもヴィランを目の前にしたヒーローとして、その行動だけはあり得ない。

自分たちの後ろには負傷している民間人が集まっている救護所があることが分からないのか。

オールマイト嫌いで有名なエンデヴァーですら、そこまで馬鹿げたことはしていない。

2人ともエンデヴァー嫌いは共通しているくせに、自分たちがエンデヴァー以下の行動を取っていることが分かっていないんだろうか。

 

「あんたが手柄渡さないように合わせたんだ!」

 

「は?誰がそんなことするかよ」

 

「するね!だってあんたはあの―――エンデヴァーの息子だ!」

 

そこまで言われて、轟くんまでキレてしまった。

 

「さっきから、何なんだよ、おまえ。親父は関係ねえ、っ!?」

 

喧嘩をして完全にヴィラン集団から意識を外した轟くんに、サイドキックからセメントガンが飛んできた。

いつもの轟くんならこんなの避けるか氷で難なく対処しているのに……

その体たらくはギャングオルカにすら「ヴィランを前になにをしているのやら」とか煽られているほどだ。

私は指示を続けないといけないから、状況を考えない2人を止めに行く余裕がない。

緑谷くんにどうにかしてもらうしかないか。

救護所を守りながらだと大変だと思うけど。

 

「ごめん……デク……そこの状況を考えない2人……任せてもいい……?」

 

『うん。流石にこれはダメだ』

 

緑谷くんが2人に向かって移動を始めた瞬間、轟くんと夜嵐くんが同時に攻撃を放った。

それも最悪な組み合わせを。

よりにもよって炎と風が同時に放たれたのだ。

轟くんもなんで氷の方にしなかったのか。

案の定風に煽られた炎はあらぬ方向にも飛んでいって、真堂さんまで巻き込まれそうになってしまった。

 

「何を、してんだよ!!!」

 

その真堂さんを凄い速さで回収して、緑谷くんが叫んだ。

……多分、この状況を考えない2人はもう不合格だと思う。

この調子だと頼りにもできないし、早く救助を終わらせて他の人にも来てもらうしかないか。

そう結論付けて救助の指示を急いだ。

 

 

 

「ウラビティ……そのビルを出て……反対側に回って……そこから20mくらい進んだところに……負傷者がいる……歩けそうだから……トリアージは緑……」

 

『うん!』

 

「テイルマン、フロッピー……その辺りの負傷者はその人で最後……一人をその人の搬送に回して……後は対ヴィランの救援に……」

 

『ええ!』

 

『了解!』

 

「インビジブルガール……近くにバクゴーがいると思う……周囲に負傷者はもういないから……搬送はチャージズマと烈怒頼雄斗(レッドライオット)に任せて……バクゴーはヴィラン対応に来るように伝えて……」

 

『分かった!爆豪くん大喜びしそうだね!』

 

「ピンキー、ツクヨミも……その人で最後……一人は搬送……後はヴィラン対応に……」

 

『うん!ほら、常闇も援護に行くよ!』

 

やっと終わりが見えてきた。

今爆豪くんたちが救助した2人と、お茶子ちゃんに救助に向かってもらった人と梅雨ちゃんたち、三奈ちゃんたちがそれぞれ救助した人。

この5人を安全なエリアに運べば試験終了になると思う。

 

「今救助している人たちを避難させれば……救助活動は終了です……もうひと頑張り、頑張りましょう……!」

 

通信機へそう呼びかけると、元気のいい返事が大量に返って来た。

 

このタイミングになってようやく轟くんたちの目が覚めたらしい。

しっかりとコントロールされた炎と風の合わせ技で炎の渦を作って、その中にギャングオルカを閉じ込めた。

最初からそれをやって欲しかった。

 

「もう……遅いよ……」

 

とりあえずギャングオルカの拘束はそのまま轟くんたちに任せよう。

周囲のサイドキックは今大量に救援を呼んだし、もう大丈夫だろう。

既に尾白くんと梅雨ちゃん、三奈ちゃん、常闇くん、士傑高校の人たちと続々と集まってきている。

 

さっきの指示が終わったあたりで私が指示出来ることはもうない。

ここで私もヴィラン対応に行ってもいいけど、もう対応には十分な戦力が集まっている。

少ししたらギャングオルカが炎の渦を抜けると思うけど、獰猛な笑みを浮かべた爆豪くんが飛んできているし、緑谷くんもいる。

もう戦力は必要ないだろう。

それよりも私にしかできないことをするべきだ。

そう思って救護所の方に移動する。

 

 

 

「クリエティ……救助の指示終わった……赤エリアの人の対応……手伝う……」

 

「まあ!ありがとうございます!流石ですね!」

 

「百ちゃんも……ここまでの救護所が出来ると思ってなかった……凄い……」

 

簡易救護所は今やしっかりと壁に囲まれ、内部には明かりも灯されている。

様々な医療機器や道具、寝具と災害現場でこれ以上は望めないというレベルの小さな病院になっていた。

お互いに褒め合ってから私は赤エリアの対応に困っている人の所に向かった。

そのまま体内の透視で疑似的なレントゲンの診察のようなことをして、私の感知と読心と透視をフル活用して公安委員会の人に情報をもらって出血部位や骨折部位を考えた応急処置に努めた。

 

そのまま少しの間応急処置と診断を続けていると、辺りに大きなブザーの音が響き渡った。

 

『えー、只今を持ちまして、配置された全てのHUCが危険区域より救助されました。まことに勝手ではございますが、これにて仮免試験全行程、終了となります!!!』

 

なんとか無事試験終了となった。

 

『集計の後、この場で合否の発表を行います。怪我をされた方は医務室へ……他の方々は着替えてしばし待機でお願いします』

 

まあ私の試験官の思考も読めているから称賛する思考も確実に合格だという思考も全て伝わってきている。

他の皆の結果ももう大体分かった。

全部感知して見ていた私としては当然の結果でしかないんだけど、皆は少しざわつきそうだなと思った。




マイナーヒーロー名注釈
チューイー:士傑のもじゃもじゃの人。毛原さん
グランド:一次試験で地面割った傑物高校の人。真堂さん
Mr.スミス:一次試験でボールをコンクリ以上に硬くした傑物高校の人。真壁さん


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仮免結果発表

試験終了後、私たちは制服に着替えて戻って来ていた。

 

「どうかなぁ……」

 

「やれることはやったけど……どう見てたのかわかんないし……」

 

「こういう時間いっちばんヤダ」

 

「人事を尽くしたならきっと大丈夫ですわ」

 

響香ちゃんがすごく緊張していてそれに百ちゃんやお茶子ちゃんが同意を示している。

ただ百ちゃんは余裕があるのか穏やかに響香ちゃんを宥める感じだったけど。

透ちゃんも当然のごとく同じような状態になっていた。

 

「うぅ……不安だよぉ」

 

「透ちゃんなら……大丈夫だよ……」

 

「瑠璃ちゃんは不安じゃないの?」

 

「私の採点してた人の思考も……読めてるし……」

 

「そ、そうだった……」

 

私の返答に透ちゃんががっくりした感じになっている。

 

「……ということは、瑠璃ちゃんにはもう私の合否とかも……」

 

「……予想はついてるけど……聞きたいの……?」

 

「うっ……聞きたい……いやでも……聞きたいような、聞きたくないような……」

 

深刻な表情で悩みだしている透ちゃんに苦笑してしまう。

そんな感じで皆と話しながら時間を待った。

轟くんだけは自分の結果がもう予想がついているのか、暗い雰囲気を纏っていた。

 

 

 

そして、ついに結果発表の時間になった。

壇上に目良さんが立って説明を始める。

 

『皆さん、長いことお疲れさまでした。これより発表を行いますが……その前に一言。採点方式についてです。我々ヒーロー公安委員会とHUCの皆さんによる二重の減点方式であなた方を見させてもらいました。つまり……危機的状況でどれだけ間違いのない行動を取れたかを審査しています。とりあえず合格点の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上で、ご確認ください……』

 

その言葉とともに、正面の電光掲示板に合格者一覧が一気に表示された。

私の名前も透ちゃんの名前もしっかりと載っている。

A組で載っていないのは事前に感知した公安委員会の人の思考通り、轟くんと爆豪くんだけだ。

透ちゃんはとりあえず自分の名前を見つけたみたいで跳び上がって喜び始めた。

 

「あったーー!やったーー!」

 

「おめでと……透ちゃん……」

 

「ありがとー!瑠璃ちゃんも合格だよね!よかったぁ!」

 

ついに透ちゃんが抱き着いてきた。

他の合格していた皆は安堵したり喜んだりと表情は様々だけど、感情は歓喜一色だ。

まあ爆豪くんは「ねえ!!」ってすごい顔で目をギラつかせているんだけど。

 

皆で喜び合っていたら、夜嵐くんが轟くんの方に歩いてきた。

彼は轟くんの前に立つと立ったまま地面に打ち付ける程の勢いで頭を下げた。

 

「ごめん!!あんたが合格を逃したのは、俺のせいだ!!俺の心の狭さの!!ごめん!!」

 

「元々俺が蒔いた種だし……よせよ。お前が直球でぶつけてきて、気付けたこともあるから」

 

轟くんはすぐにそう言って夜嵐くんを宥める。

でも今回の結果は轟くんにも非があるし仕方ない。

最初は夜嵐くんが喧嘩を吹っ掛けたとしても、それに応じる判断をしたのは轟くんだ。

今までもエンデヴァーのことを煽られて冷静さを欠いたことがあったのに、それを直さなかったのも轟くんだ。

夜嵐くんがいなかったら合格していただろうけど、いたからと言ってこの結果になったのは轟くん自身の積み重ねだ。

 

夜嵐くんの謝罪を近くで聞いていた三奈ちゃんが心配そうに近づいてくる。

 

「轟……落ちたの?」

 

「……あの状況で喧嘩してたら……落ちるのも当然……」

 

「る、瑠璃ちゃん……!」

 

透ちゃんが私の発言を諫めようとしてくる。

この発言が今あんまりよくないこと自体は理解している。

でもあの状況で喧嘩し始めて気を揉んだのも確かだし、ちょっとくらい苦言を呈しておきたかった。

 

「いや、波動の言ってることは尤もだ……俺が未熟だった」

 

轟くんは気落ちはしているけど、私の発言自体は気にした様子もなく流した。

近くでは爆豪くんに上鳴くんが暴言を改めろなんて当然のアドバイスをしているけど、本人は切れて黙ってろなんて当たり散らしている。

 

峰田くんもさっきまで震えていたのに合格して気が大きくなっているのか、2人を煽りだした。

 

「両者とも、トップクラスであるが故に自分本位な部分が仇となったわけである。ヒエラルキー崩れたり!」

 

そう言って轟くんの肩を叩こうとした峰田くんを、飯田くんがスッと遠ざけた。

 

 

 

『えー、全員ご確認いただけましたでしょうか?続きましてプリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されてますので、しっかり目を通しておいてください』

 

目良さんのそのアナウンスとともに、公安委員会の人がプリントを配り始めた。

 

『ボーダーラインは50点。減点方式で採点しております。どの行動で何点引かれたかなど、下記にズラーっと並んでいます』

 

「葉隠さん」

 

透ちゃんがプリントを手渡されている。

そのままじっとプリントを読み込み始めた。

 

「どうだった……?」

 

「んー……68点。透明だから連携に悪影響が出ているとか、救助の時の負傷者に対する声掛けとかいろいろ指摘されてる。でも透明で連携に悪影響とか言われてもなー、これが私の個性だし……」

 

「でも……合格は合格……救助の時の存在感の出し方とか……今後考えていこ……」

 

「……そうだね!気にしすぎても仕方ないか!これを糧にもっと頑張ればいいんだよね!」

 

ちょっとむぅっとした感じだった透ちゃんも、やる気が出たのか気を持ち直してくれた。

そんな感じで透ちゃんと話していると、私の方にも公安委員会の人が近づいてきた。

 

「波動さん」

 

「はい……ありがとうございます……」

 

渡された紙をしっかりと受け取って目を通していく。

点数は100点だ。

うん、よかった。公安委員会から見ても間違っていない行動がとれていたみたいだ。

下の方の減点理由記載欄にはコメントが記載されていた。

今回は問題なかったから減点にはしていないけど、話し方に覇気が足りてないから指揮や指示に影響が出る可能性がある。可能なら直した方がいいという感じのことが書かれていた。

これはその通りだ。私もそう思う。

だけど苦手なものは苦手なのだ。もうこの口調で固まってしまったし、今更普通に話すのも難しい。

 

「瑠璃ちゃん見してー!」

 

「ん……どうぞ……」

 

私が透ちゃんにプリントを渡すと透ちゃんが目を点にして固まった。

 

「100……?」

 

「ん……そうみたい……」

 

「100点!?」

 

理解が追い付かなかったのかボソッと呟いて確認してきてから、しっかりと理解した途端に大きな声で驚愕し始めた。

 

「100点!?マジか波動!?」

 

すぐ近くにいた上鳴くんまで大声で反応してくる。

さらに近くで聞いていたA組生徒がちらほら近づいてきた。

 

「でも波動さんのあの働きなら100点も納得だよね。むしろ、あれで100点じゃなかったら何が100点なのか分からなくなるし」

 

「救助なら独壇場の面目躍如って感じだったもんなぁ」

 

尾白くんや砂藤くんまで褒めてくれて少し気恥ずかしくなってくる。

でも多分100点は私だけじゃない。百ちゃんだって絶対にそうだ。

被災地にあの小病院を作り出したのに100点じゃなかったら逆にびっくりだ。

 

「ん……頑張ったから……あと……100点……私だけじゃないと思う……」

 

「他にっていうと……」

 

私の返答を受けて透ちゃんが少し周囲を見ると同時に、響香ちゃんの声が響いた。

 

「待ってヤオモモ100点!?」

 

声の方を見ると方を見ると百ちゃんがすごく可愛いドヤ顔をしていた。

透ちゃんがすすすっとそっちに近づいていく。

私も透ちゃんに着いていって移動した。

 

「ヤオモモちゃん100点なの!?」

 

「ええ。おそらく波動さんも100点だったのではないですか?」

 

「ん……そう……百ちゃんも100点だと思ってた……救護所が病院になってたし……」

 

「いや、ヤオモモも波動も凄すぎでしょ。あの遠隔トリアージとあの病院だからそれ以外ないとは思うけど」

 

響香ちゃんがそう言って褒めてくれる。

なんか今日は皆に褒められて私も少しずつ気分が高揚してきた。

百ちゃん程とは言わなくても少しドヤ顔をしてしまっている気がする。

 

 

 

その後はまた目良さんからの話になった。

 

『合格した皆さんはこれから緊急時に限りヒーローと同等の権利を行使できる立場となります。すなわち、ヴィランとの戦闘、事件、事故からの救助など……ヒーローの指示がなくとも、君たちの判断で動けるようになります』

 

そう、これでセミプロと言える立場になったのだ。

お姉ちゃんは仮免を取ってからリューキュウの所にインターンに行ってたし、これから私たちもインターンに行かせてもらえるのかな。

行かせてもらえるならミルコさんが受け入れてくれると嬉しいんだけどどうだろう。

 

『しかしそれは君たちの行動一つ一つにより大きな社会的責任が生じるということでもあります。皆さんご存じの通り、オールマイトという偉大なヒーローが力尽きました。彼の存在は犯罪の抑制になるほど大きなモノでした。心のブレーキが消え去り増長する者はこれから必ず現れる。均衡が崩れ世の中が大きく変化していく中、いずれ皆さん若者が社会の中心となっていきます。次は皆さんがヒーローとして、規範となり抑制できるような存在とならねばなりません。今回はあくまで仮のヒーロー活動。半人前程度に考え、各々学舎で更なる精進に励んでいただきたい!』

 

……この話は昨日も少し話していたけど、結局トガはもう暴露するつもりがないという認識で大丈夫なのだろうか。

暴露されないならそれに越したことはないけど、それでも嫌な感じはする。

トガの私の感知すらもすり抜ける可能性を秘めた変身とミスディレクション。

これからは、私ももっと注意深く見ていかないといけない。

少しでも既視感とか違和感を持ったら、他の人と情報共有するくらいの感覚が必要だと思う。

皆との学校生活を守るためでもあるし、頑張らないと。

 

そんな感じで考えていたらいつの間にか目良さんの話は終わって、不合格者への特別講習の話になっていた。

3か月の特別講習とその後の個別テスト。

雄英の土曜日まで詰まった予定と各教科の宿題の存在を考える凄まじいハードスケジュールになるのは想像に難くない。

それでも、轟くんと爆豪くんならやりきるだろうけど。

 

その後はバスに乗って寮に帰った。

緑谷くんなんかがバスに乗る前に仮免のカードを見ながら涙を流して安堵していているのがすごく印象的だった。

そこまで感慨深いか。まあでもオールマイトの後継者としての第一歩を歩みだせたと思うと安堵が来るのも当然か。

色々あって緑谷くんに態度や表情に注意するのを忘れていたし、寮に着いたらこっそり伝えておこう。

緑谷くんはあわあわしそうだけど、これも緑谷くんのためだ。



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喧嘩を密告

寮に着いて、私たちは共有スペースで寛いでいた。

百ちゃんが紅茶を淹れてくれると言っていたので、私も手伝いがてら百ちゃんの淹れ方を教えてもらった。

茶葉がいいのもあるけど、百ちゃんの淹れ方のこだわりが凄くてとても参考になった。

今は2人で淹れた紅茶を飲んで共有スペースで紅茶を飲んでいたのだ。

 

「明日からフツーの授業だねぇ!」

 

「ヒーローに休息はありませんわ」

 

「しかし、色々ありすぎたなぁ」

 

「一生忘れられない夏……」

 

「瑠璃ちゃん!そのチョコちょーだい!」

 

「ん……どうぞ……」

 

透ちゃんにつまんでいたチョコを分けて欲しいと言われて、箱を透ちゃんの方に向けた。

透ちゃんも嬉しそうに食べている。

このチョコ甘くておいしいんだよね。

百ちゃんと淹れた紅茶をちびちび飲みながら食べるだけで幸せな気分になれる。

 

しばらくそんな感じでお茶をしてから口田くんが共有スペースに連れてきた結ちゃんを愛でる。

梅雨ちゃんはカワイイちゃんって呼んでいたりするけど、結ちゃんのあだ名なんだろうか。

 

皆でワイワイしながらのんびりしていたら、爆豪くんが緑谷くんの方に向かい出した。

そしてすれ違いざまにいつものように威圧するような感じで緑谷くんに声をかけた。

 

「おい!……後で表出ろ」

 

ついに、緑谷くんにОFAのことを追求するみたいだ。

来るべき時が来たということだろう。

 

「てめぇの"個性"の話だ」

 

緑谷くんはまた固まっている。

でも応じるつもりはあるようだ。

なんかコソコソ話しているつもりみたいだけど、私がいることを分かっているんだろうか。

それとも聞かれてもいいと思っているのかな。

 

 

 

皆が寝静まった頃、2人は動き出した。

他の人に聞かれたらまずい話だけど、爆豪くんの思考からして喧嘩を吹っ掛けると思うし教師には伝えておいた方がいい。

本当は相澤先生に伝えた方がいいんだろうけど、内容的にオールマイトに伝えておくくらいしか選択肢がないか。

今日AFOに会ってきて色々考え込んでいる所申し訳ないけど、自分の弟子の不始末だし頑張って欲しい。

 

とりあえず2人の行き先が分かるまで、思考と進行方向を見つつ観察を続ける。

グラウンド・βに向かってる感じかな。

盗聴対策をしていない電話で全部話すのも良くないし、メッセージに誤魔化しながら説明するのも面倒くさい。

もう行き先だけメッセージで送っておくか。

私から場所だけ書かれたメッセージが来れば流石に確認に行くだろう。

教師寮も範囲内だからあまりにもズレた思考をしたり、メッセージをスルーするようなら鬼のように電話をするだけだ。

 

青山くんの腕輪の件で教師全員分の連絡先を貰えているから、そういう意味ではラッキーだった。

とりあえずオールマイト宛に『グラウンド・β』とだけメッセージを送る。

既読はすぐに付いた。

オールマイトは一瞬疑問に思うような思考をした後にドタバタとグラウンド・βに向かっていった。

私も監視ロボットに見つからないようにこっそり見に行こう。本当に危なそうだったら止めないといけないし。

爆豪くんも緑谷くんも戦闘訓練で危険行為をした前科がある。

一応緊急事態に備えておこう。

 

 

 

私が向かっている途中で、爆豪くんたちは話を始めた。

内容はやっぱりOFAのこと。

気付いた理由は神野でAFOがラグドールの個性を奪ったことで個性の移動という異常事態の実例を見たこと、複数個性を持った脳無を見ていたこと、緑谷くんがオールマイトと会ってから変わったこと、それに合わせてオールマイトが力を失ったこと、神野でのオールマイトの言葉を緑谷くんが明らかに別の意味で受け取ったことなどなど―――

そのとどめに緑谷くんの"人から授かった個性なんだ"という発言。

これだけ情報があって気付かない方がおかしい。

 

その後はコンプレックスが爆発した爆豪くんが、案の定緑谷くんに喧嘩を吹っ掛けた。

この辺りで私もグラウンド・βに到着して建物の陰に隠れておく。

オールマイトはさっきまでグラウンド・βにいたけど教師寮に戻っていった。

監視ロボットにバレていた2人のこの会合を見てまずいと思ったんだろう。相澤先生を止めに行っている。

監視ロボットが異常を感知すると担任に連絡が行くようになっているのかな?

 

喧嘩が始まったあたりで相澤先生の思考にも動きがあった。

『マジかよ……』とかいう思考になっているから、監視ロボットが通報したみたいだ。

なんとか間に合ったオールマイトが相澤先生を止めることができた。

まあ代わりにオールマイトが2人を先生の所に連れていくという約束をしたみたいだけど。

 

 

 

しばらく続いた爆豪くんと緑谷くんの争いは爆豪くんが緑谷くんを取り押さえて終わった。

これ以上続けるようだったら流石に止めに入ろうと思っていたから終わってくれて良かった。

緑谷くんがフルカウルを8%で出来るようになっていたりして収穫はあったことにはあったんだろう。

 

しばらく様子を伺っていたオールマイトもようやく止めに入った。

爆豪くんは、神野のことを相当気に病んでいたようだ。

まあ爆豪くんの憧れのヒーローであるオールマイトが完全に力を失う原因になった事件だから、気に病むのも仕方ないんだけど。

今までもたまにそんな感じの思考がちらっと見えたけど、すぐに別の思考に移っていたからそこまで気にしていなかった。

そんな爆豪くんに事情を説明するオールマイトだけど、爆豪くんも素直じゃないからなかなか真っ直ぐには受け取れない。

それでも根気よく爆豪くんに声をかけるオールマイトに、爆豪くんも響くものがあったようだった。

座り込んで緑谷くんに声をかけた。

 

「おまえ……一番強え人にレール敷いてもらって……負けてんなよ……」

 

「……強くなるよ。君に勝てるように」

 

爆豪くんは溜め息を吐いて話を続ける。

 

「デクとあんたの関係知ってんのは?」

 

「リカバリーガールと校長……生徒では、君と波動少女だけだ」

 

オールマイトがちらっとこっちを見ながらそう返答する。

どうやらオールマイトには私が近くまで見にきていたことが分かっていたらしい。

 

「は、波動さんも知ってるんですか?」

 

緑谷くんがオールマイトに問いかける。

むしろなぜ私が知らないと思っていたんだ。読心を打ち明ける前ならまだしも、もう打ち明けたのに。

入学してから今まで緑谷くんは散々私がいるところでOFAのことを考えていただろうに。

 

「あのクソチビの個性で知らねぇわけねぇだろクソデク……バレたくねぇんだろオールマイト」

 

爆豪くんは頭を抑えて顔を隠しながら確認するように呟く。オールマイトからの返答は特にないけど、理解はしているみたいだ。

 

「あんたが隠そうとしてたから、どいつにも言わねぇよ……クソデクみてぇにバラしたりしねぇ……ここだけの秘密だ……」

 

「秘密は……本来私が頭を下げてお願いすること。どこまでも気を遣わせてしまって……すまない」

 

「遣ってねぇよ。言いふらすリスクとデメリットがデケェだけだ」

 

「こうなった以上は爆豪少年にも、納得いく説明がいる。それが筋だ」

 

そのままオールマイトはOFAの説明を始めた。

爆豪くんは静かに話を聞いていた。

 

「暴かれりゃ力の所在で混乱するって……ことか……っとに……なんでバラしてんだクソデク……クソチビの口の堅さ少しは見習えや……」

 

「私が力尽きたのは私の選択だ。さっきも言ったが、君の責任じゃないよ」

 

「結局……俺のやることは変わんねぇや……ただ、今までとは違ぇ……デク、俺も全部俺のモンにして上へ行く。"選ばれた"お前よりもな」

 

「じゃっ……じゃあ僕はその上を行く。行かなきゃいけないんだ……!」

 

これがお茶子ちゃんがよく言っている"男の因縁"ってやつなんだろう。

爆豪くんと緑谷くんは因縁の相手っていうか、ライバルって感じだけど。

 

 

 

話が終わったところでオールマイトが2人に相澤先生の所に行かなければいけないことを説明して連れていった。

私もそろそろ戻らなきゃなと思っていたら爆豪くんの思考が『あのクソチビ、見てやがったな』というものになった。

間違ってはいないんだけど、いつ気付いたんだろう。

私がいるところには一回も視線を向けてなかったと思うんだけど。

オールマイトが来たことで気付いたんだろうか。

まあでも隠れてグラウンド・βまできたはずなのに、事の詳細を説明できるオールマイトだけが都合よく現れたことから私が呼んだと思われたのかな。

……爆豪くんが気付くなら相澤先生にも気付かれている可能性があるか。

今の所相澤先生の思考的には大丈夫そうな気がするけど、ボロを出さないように気を付けないと。

これから2人に下される罰則が私にまで課されたらたまらない。

 

 

私も監視ロボットに見つからないようにしながら部屋に戻る。

私が部屋に着いたあたりで、教師寮の方では相澤先生による拘束と罰則の宣告が行われていた。

相澤先生のキレ具合が酷い。

まあ仮免試験から戻って来てから相澤先生とブラドキング先生も地獄の確認作業に合流していて、やっと終わって休めると思ったらこれだ。

それは怒るだろう。

 

結局オールマイトの説得もあって、爆豪くんは4日間、緑谷くんは3日間の謹慎と掃除、反省文の提出という罰則になっていた。

それにしてもあの怪我で保健室に行くなとか言われてるけど大丈夫かな。

爆豪くん、思いっきりフルカウル状態の緑谷くんに蹴られたりしてたし、緑谷くんも爆発に巻き込まれたり地面に叩きつけられたり結構な怪我をしていたはずだ。

 

それはそれとして爆豪くんもオールマイトも私のことは相澤先生に言わないでいてくれた。

これなら私がボロを出さなければ証拠がない。

夜中にグラウンドまで勝手に出歩いて罰則なんて外聞も悪い。

何も言われないなら助かった。

 

とりあえず2人の喧嘩も終わったし、怪我はともかく無事なことも確認できた。

私ももう眠いし、結構遅い時間だ。早く寝ることにしよう。

そう思って寝る準備をしていたら、オールマイトからメッセージで2人のことを伝えたお礼とあまり夜中に出歩かないようにという注意が返ってきた。

変なところで律義だなオールマイト。

とりあえず『今日は事情が事情だったので。以後気を付けます』とだけ返信して、スマホを充電コードにつないでベッドに入った。




ここの原作のオールマイトってどうやって監視ロボットの密告を受けた相澤先生よりも早く話の内容を把握して先回りしたんですかね?謎です


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始業式

翌朝。

皆が準備を終わらせて制服で共有スペースに降りてくる中、緑谷くんと爆豪くんはラフな格好のまま掃除機で掃除をしていた。

当然皆不思議に思っている。

そんな中三奈ちゃんが代表して確認を始めた。

 

「爆豪と緑谷何してんの?早くしないと遅刻しちゃうよ?」

 

「……その……」

 

それに対して緑谷くんが言いづらそうに説明し始めた。

まあ説明なんて言っても昨日の夜に喧嘩して罰則で謹慎になったってことだけだけど。

爆豪くんの感じからして他の日にずらすことはできなかったんだろうけど、緑谷くんはトガの成り替わりを知っていたのに何を考えているんだろうという感想しか出てこない。

 

「ケンカして」

 

「謹慎~~~~~~~~!?」

 

三奈ちゃんと透ちゃんのその声を皮切りに、皆も当然のように騒ぎ出した。

 

「馬鹿じゃん!!」

 

「ナンセンス!」

 

「馬鹿かよ!」

 

「骨頂―――」

 

緑谷くんもその数々の罵声に対して言い返せることがないのか「ぐぬぬ……」なんて反応しか返せていない。

そんな中お茶子ちゃんは罵声を浴びせたりはせずに少し心配そうに質問する。

 

「えええ、それ仲直りしたの?」

 

「仲直り……っていうものでも……うーん……言語化が難い……」

 

「……仲直りっていうより……納得して……矛を収めただけ……」

 

「チッ……やっぱ見てんじゃねぇかよ……」

 

私が口を挟むと爆豪くんがボソッと吐き捨てる。

まあ見てはいたけど、私に隠すつもりがあるなら私が寝てからにしてくれないと困るんだけど。

 

「隠すつもりがあるなら……私が寝てから誘えばいいのに……」

 

私がそう言い返しても、爆豪くんはそれ以上何も言い返してこなかった。

緑谷くんも私にはОFAのことも含めて色々思うところがあるらしく、何かを言いたそうにしている。

この場で話せる内容ではないし、実際に聞くことはできないけど。

そんな緑谷くんに対して飯田くんがさらに追い打ちをかけていく。

 

「よく謹慎で済んだものだ……!!ではこれからの始業式は君ら欠席だな!」

 

お茶子ちゃんにすら白い目で見られてしまっている。

まあ今回の件は自業自得だろう。

その後も皆で弄ったり小言を言ったりしてから、私たちは寮を出た。

 

 

 

今日は入学式の時のようなことはなくちゃんと始業式に出られるらしい。

それもあってか飯田くんがいつものように張り切って列を整理している。

列は出席番号順だ。

爆豪くんがいないから透ちゃんが私の前にいる。

透ちゃんが近くなのは嬉しいけど、問題は後ろだ。

後ろは緑谷くんがいないから峰田くんなんだけど……

このブドウ頭、さっきから私のお尻をガン見している。

身長差の問題があっても私とブドウ頭なら背中くらいに視線が来るはずにも関わらず、気持ち悪い表情で相変わらずのピンク思考をしている。

普通にドン引きである。もうちょっと隠すとかできないんだろうか。

思考だけならスルーしやすいんだけど……

そう考えるといつもは緑谷くんがいい感じの盾になっていたようだ。

どうせ文句を言っても聞かないだろうし無視するしかないか。

 

「皆いいか!?列は乱さずそれでいて迅速に!!グラウンドへ向かうんだ!!」

 

そういう飯田くんは列から外れて横でシュバババって手を動かしている

相変わらず言動と行動がなんかずれている。

 

「……そういう飯田くんが……列から外れてる……」

 

「委員長のジレンマ!!」

 

「あはは、飯田くんは相変わらずだねぇ」

 

別に委員長だからといって列から外れずに、列を作った後は先頭で先導すればいいだけだと思うんだけど。

 

そんな感じで進んでいると、先に教室を出ていたらしいB組に昇降口の辺りで追いついた。

物間くんが下駄箱に肘で体重をかけて待ち受けていたと言った方が正しいかもしれない。

思考からして物間くんはいつも通りとしか言いようがない感じだ。

 

「聞いたよ―――A組ィィ!2名!!そちら仮免落ちが2名も出たんだってええ!!?」

 

「B組物間!相変わらず気が触れてやがる!」

 

「さてはまたオメーだけ落ちたな」

 

凄い勢いで煽ってくる物間くんに、上鳴くんが辛辣なことを言っている。

切島くんなんかは期末テストの補習組だったことからそう予想している。だけど物間くんは昨日普通に喜んでいたし、今も私たちを煽ることを考えているから普通に合格していると思う。

 

「ハッハッハッハッハッ!!」

 

煽るように爆笑した物間くんはそのままスッと静かになった。

 

「いやどっちだよ!」

 

「……昨日……B組は誰も……暗い思考の人……いなかったよ……そういうこと……」

 

問い詰める切島くんに私が補足すると、物間くんはゆっくりとドヤ顔をしながら決めポーズみたいな感じでこちらを振り返った。

 

「その通り。こちとら全員合格だよ。水があいたねA組」

 

拳藤さんが呆れた表情で物間くんを見ているけど、これはいつものチョップが飛んでくるのではないだろうか。

 

「ブラドティーチャーによるぅと、後期ぃはクラストゥゲザージュギョーあるデスミタイ。楽シミしテマス!」

 

「へぇ!そりゃ腕が鳴るぜ!」

 

「つか外国人さんなのね」

 

精一杯片言で思いを伝えてくる角取さんに、物間くんが近寄って耳打ちをする。

角取さんまで利用するのか物間くん。

捻じ曲がりすぎではないだろうか。

 

「ボコボコォに、ウチノメシテヤァ……ンヨ?」

 

「角取さん……それ……覚えなくていいから……」

 

物間くんは意図通りの言葉を言い放った角取さんを尻目に高笑いしている。

そんな物間くんは当然のように拳藤さんの制裁を受けていた。

今日はチョップじゃなくて目つぶしらしい。普通に痛そうだ。

 

私たちが完全に足を止めて話し込んでいると、後ろから来たC組の心操くんが注意してきた。

寮に入ってから心操くんが相澤先生とちょくちょく秘密特訓している所を感知していたけど、その成果はちゃんと出始めているようだった。

以前見た時よりも全体的にがっしりしていた。

 

 

 

グラウンドに整列すると始業式が始まった。

校長先生のどうでもいい話がとても長くて眠くなってきてしまう。

校長先生は5分くらいぺらぺら話した後に、ようやく本題に入った。

 

「―――ライフスタイルが乱れたのは皆もご存じの通り、この夏休みで起きた"事件"に起因しているのさ。柱の喪失。あの事件の影響は予想を超えた速度で現れ始めている。これから社会には大きな困難が待ち受けているだろう。特にヒーロー科諸君にとっては顕著に表れる。2・3年生の多くが取り組んでいる"郊外活動(ヒーローインターン)"もこれまで以上に危機意識を持って考える必要がある」

 

……この感じだと私たちはまだインターンはできない感じなんだろうか。

まあそのうち相澤先生から話があるかな。

 

「暗い話はどうしたって空気が重くなるね。大人たちは今、その重い空気をどうにかしようと頑張っているんだ。君たちにはぜひともその頑張りを受け継ぎ、発展させられる人材となって欲しい。経営科も普通科もサポート科もヒーロー科も、皆社会の後継者であることを忘れないでくれたまえ」

 

校長先生はそう言って話を締め括った。

校長先生、ブラドキング先生に『短くまとめただろ?』なんて言っているけど、それなら最初の無駄話はいらなかったと思う。

 

そんな感じで始業式は進んで―――

 

「それでは最後にいくつか注意事項を、生活指導のハウンドドッグ先生から―――……」

 

ブラドキング先生の言葉で朝礼台に登ったハウンドドッグ先生は、もう意味が分からなかった。

いや、言いたいことは分かる。だけどそうなるならもう出なくてもいいのではといった感じだ。

 

「グル゛ル゛ル゛……昨日う゛う゛、ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛、寮のバウッ!!バウッバウッ!!慣れバウバウ!!グル゛ル゛生活バウ!!アオーーーーン!!!」

 

皆意味が分からなくてドン引きしてしまっている。どうしてくれるんだこの空気。

 

「……瑠璃ちゃん、通訳」

 

「……昨日喧嘩をした生徒がいました……慣れない寮生活ですが……節度を持って生活しましょう……」

 

「な、なるほど……」

 

透ちゃんなんか困惑して私に通訳まで求めてきた。

ブラドキング先生が私が言ったのと全く同じ内容を補足しているけど、それをするなら本当にハウンドドッグ先生はいらなかったのではないだろうか。

 

「キレると人語忘れちまうのかよ……雄英ってまだ知らねーことたくさんあるぜ……」

 

「緑谷さんと爆豪さん、立派な問題児扱いですわね……」

 

「個性を使った喧嘩なんて……普通に問題児……」

 

困惑した空気に包まれたまま、始業式は終わった。

 

 

 

教室に戻ったらホームルームだ。

相澤先生が後期の授業の話に軽く触れていると、三奈ちゃんが梅雨ちゃんにコソコソ話しかけ始めた。

それに対して先生はすかさず髪の毛を逆立たせて睨みを利かせる。

 

「何だ芦戸?」

 

「ピッ!久々の感覚!」

 

三奈ちゃんが触角をゾワっと反応させている。その触角、危機察知能力とかあるんだろうか。

気配に敏感とか?よく分からない。

そんな三奈ちゃんを尻目に梅雨ちゃんが先生にインターンに関して質問した。

皆も疑問に思っていたようで質問も重なって、先生も説明する気になったみたいだ。

 

「―――平たく言うと"校外でのヒーロー活動"。以前行ったプロヒーローの下での職場体験……その本格版だ」

 

「はあ~そんな制度あるのか…………体育祭の頑張りは何だったんですか!!?」

 

先生の説明に対して一瞬考え込んだお茶子ちゃんが麗日じゃない様子でガバッと立ち上がって質問する。

砂藤くんにツッコまれていても「しかしぃ!」なんて言ってて全然麗日じゃない。

 

「ヒーローインターンは体育祭で得た指名をコネクションとして使うんだ。これは授業の一環ではなく、生徒の任意で行う活動だ。むしろ体育祭で指名を頂けなかった者は活動自体難しいんだよ。もともとは各事務所が募集する形だったが、雄英生徒引き入れのためイザコザが多発し、このような形になったそうだ。分かったら座れ」

 

そこまでの先生の説明でお茶子ちゃんも納得できたのか席に着いた。

体育祭の指名となると私は結構あったけど、やっぱり行くならミルコさんの所がいい。

受け入れてくれるかが問題だけど。インターンの学生って職場体験よりも新人サイドキックみたいな感じで世間には扱われるし。

ミルコさん、サイドキックいないしなぁ。

そんなことを考えていたら先生が後日体験談なども含めてちゃんとした説明をすると言って話は終わった。

その体験談の部分でビッグ3の3人、つまりお姉ちゃんが先生の思考にちらついた。

これはお姉ちゃんの武勇伝を聞ける機会が出来たということだろうか。期待しかない。



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脱走の兎

始業式の翌日。

今日は普通に授業だ。演習とかもないし、基本的に座学だけの日になる。

朝食を食べて普通に登校した感じだ。

掃除とかは緑谷くんと爆豪くんがやってくれるからすごく楽だ。

昨日帰った後なんか峰田くんが爆豪くんを「このホコリはなんです?」とか言って姑みたいに煽っていたけど、今日の朝も煽りちらしてから登校していた。

なんで普段はエロ方面以外は気が小さいのにそうなるのか。しかも爆豪くん相手に。

峰田くんは本当によく分からない。

あと朝にあった出来事と言えば、口田くんが寝坊して慌てていたくらいだろうか。遅刻はせずにギリギリセーフだったから何も言うことはないけど。

最近夜に結ちゃんがはしゃいでいるから、そのせいで眠れないのだろう。

 

 

 

そして、1時間目の授業が終わって透ちゃんの席に向かっていた時にそれは起こった。

結ちゃんが口田くんの部屋から脱走したのだ。

ぴょこぴょこ普通に部屋を出ていることを考えると、ただのドアの締め忘れである。

 

「……口田くん……何やってるの……」

 

「どうしたの?」

 

「結ちゃん……口田くんの部屋から脱走した……」

 

「ええ!?」

 

「ちょっと口田くんに……伝えてくる……」

 

「そ、そうだね!その方がいいよ!」

 

透ちゃんに断ってから口田くんの方に歩いていく。

透ちゃんも普通についてきた。

 

「口田くん……」

 

私が声をかけると言葉は話さずに小首を傾げてこっちを向く口田くん。

相変わらず無口だ。恥ずかしいだけなんだろうけど。

 

「結ちゃんが……部屋から脱走してるんだけど……」

 

「えっ!?」

 

流石に口田くんも驚いて声を出した。

その後慌てたように私に確認してくる。

 

「ど、どういうこと波動さん!?」

 

「どういうこともなにも……口田くん……朝ちゃんとドア閉めた……?」

 

「……あぁっ!!?」

 

ようやく自分がしっかりとドアを閉めていなかったことに気が付いたらしい。

口田くんはもう大慌てだ。

その様子を見て周囲の皆も気になったようで、話に入ってきた。

 

「口田、朝遅刻しかけてたもんなぁ」

 

「脱走って、結ちゃん大丈夫なの?」

 

「ん……今は部屋の前の廊下を……ぴょんぴょんしてるだけだけど……」

 

「無事ならいいのだけど、ちょっと心配ね」

 

砂藤くんやお茶子ちゃん、梅雨ちゃんたちも心配そうにしている。

私も心配だ。

結ちゃん、寮の中庭を見下ろして大興奮している。

思いっきり野を駆けて、お腹いっぱい芝を食べたいって考えている。なんなら穴も掘ってみたいらしい。

可愛らしい兎としての本能と欲求なんだけど、流石に心配だ。

口田くんもあわあわしてしまっていてどうすべきか迷っている。

今から寮に行くと間違いなく次の授業に間に合わないし、放置しておくのは普通に心配だ。

緑谷くんたちに連絡すればいいだけの話だと思うんだけど、口田くんは慌てすぎて全然そのことに気が付いていない。

そんな口田くんの様子を見かねて、飯田くんが話しかける。

 

「不注意はもう仕方あるまい。今日は幸いにも緑谷くんたちが寮にいるのだ。電話で保護してもらえるように依頼すればいいだろう」

 

「あっ!!そうだねっ!ありがとう飯田くん!」

 

そう言って口田くんはスマホを取り出して大急ぎで緑谷くんに電話をかけ始めた。

その時だった。

 

「えっ……」

 

「今度はどうしたの?」

 

「波動にその反応されると、何があったのか少し怖くなるんだけど……」

 

「……結ちゃん……一人でエレベーター……乗ったんだけど……」

 

「……は?」

 

「……え、どういうこと?」

 

私も自分の感知を疑ったけど、間違いない。

結ちゃんはジャンプしてボタンを蹴ってエレベーターを呼んだ。

その後エレベーターを待って、ドアが開いたらすかさず乗り込んで、華麗なジャンプで1階のボタンを押した。

中庭に出るという明確な意思を持って、エレベーターに乗っていた。乗り方は口田くんの操作を見て覚えていたらしい。

なんだこのスーパー兎。

 

「ジャンプして……ボタン押して……エレベーター乗った……乗ってから……ちゃんと1階のボタン押してる……」

 

「えええええっ!!?」

 

「どういうことなの!?」

 

「なんだそれ!?結ちゃん本当に兎なのか!?」

 

皆もますます混乱して結ちゃんの脅威の学習能力に驚愕している。

 

「だけど、そうなるとますます心配ね……早く緑谷ちゃんたちに保護してもらわないと」

 

「う、うん……あっ、緑谷くん!ご、ごめんね急に!実は―――」

 

口田くんがかけていた電話も緑谷くんに通じたようで、事情を説明し始める。

 

「じ、実はエレベーターに乗ったみたいで……うん……えっ、いないの!?」

 

今緑谷くんがエレベーターを確認したら、確かにエレベーターがちょうど1階に来ていたけど中には誰もいなかったらしい。

まあそれも当然だ。結ちゃんは爆豪くんがかけ続けている掃除機の音にビックリしてエレベーターを降りたらすぐに物陰に隠れてしまった。

確認するように口田くんが私の方を見てくる。

 

「結ちゃん……掃除機の音にビックリしたみたい……今はエレベーターを降りて……共有スペースのソファの陰に……隠れてる……」

 

「あ、ありがとう!波動さんが言うには、ソファの陰に隠れてるみたいで……」

 

『いた!後は僕たちでなんとかするから!任せて!』

 

スマホからそんな声が聞こえたと思ったらぶつっと通話が切れた。

僕たちってことは、爆豪くんにも協力させるつもりだろうか。

爆豪くんなら根は真面目だし優しい所もあるから大丈夫だとは思うけど、一方で普段の言動を見ていると爆発させてこんがりいっちゃわないかも心配になってしまう。

まあもう任せるしか選択肢はないんだけど。

口田くんもまだ凄く心配そうな顔をしている。

これは多分授業には集中できないだろうな。

 

「結ちゃん……」

 

「口田くん……後はまかせよ……」

 

「そうね。緑谷ちゃんが任せてって言ってくれたんだし、きっと大丈夫よ」

 

「……うん、そうだね」

 

口田くんは心配そうにしながらも、席に座った。

授業と授業の合間の休み時間は10分しかない。

時間ギリギリだったから、皆も急いで席に戻って授業の準備を始めた。

 

 

 

授業が始まったのはいいんだけど、私は全然授業に集中できていなかった。

爆豪くんは最初はドア閉め忘れたマヌケの責任って言って手伝おうとしてなかったけど、緑谷くんの謹慎中に何かあったら相澤先生に怒られるという説得に応じて、渋々2人で結ちゃんを追いかけ始めていた。

私はこの件で結ちゃんに何かあっても、口田くんが怒られることはあっても爆豪くんは怒られることは無いと思っている。だからそんな説得で応じるあたり、やっぱりなんだかんだ言って爆豪くんは優しい。

というか、結ちゃんがバクゴウとかミドリヤとか考えているのを見るあたり、もしかして結ちゃん拙いながらも人の言葉が分かるんだろうか。しかも人間の個体識別をできるレベルで。

普段から口田くんに対して甲司って考えてるのは名前も覚えちゃうくらいすごい懐いてるんだなって思ってたけど、もしかして賢いだけなのか。

本当になんだこのスーパー兎。すごいな結ちゃん。

 

爆豪くんは爆発ダッシュまで使っていたけど、緑谷くんが止めてくれた。

結ちゃんも爆発の音にすごいびっくりしていたから、ちゃんと止めてくれてよかった。

爆豪くんも緑谷くんの兎の習性を含めた理詰めの説得にイラつきながら応じてくれていた。

 

その隙に結ちゃんはエレベーターで再び逃走した。逃走先は2階の峰田くんの部屋だ。

緑谷くんたちは二手に分かれて探すことにしたらしい。爆豪くんは2階から、緑谷くんは5階からだ。

まあそこまではいいんだけど、文句を言いながら探している爆豪くんが峰田くんの部屋に入った。

そこからは爆豪くんの思考は罵詈雑言の嵐だった。

まあそれも当然である。ブドウ頭の部屋は堂々と全裸の女性のポスターが沢山貼られているし、成年向けの雑誌と思われるものも所狭しと山積みにされている。

こんなの見たら文句の一言も言いたくなるだろう。

爆豪くんがこれに気を取られた間に結ちゃんが雑誌の山を崩して爆豪くんを埋めた上で逃走しているし、キレ具合が酷いことになっている。

 

でも出し抜かれて頭が1回沸騰したら、逆に冷静になったらしい。

爆豪くんがバナナで釣る作戦を提案して見事に結ちゃんを確保した。

バナナの匂いに気が付いてからの結ちゃんの思考は可愛かった。

バナナだ!バナナ!!とかとにかくバナナで思考が埋め尽くされていて、他のことは何も考えずに探し回っていたのだ。

口田くんを守るべきなんてかっこいいことを考えていても本能には勝てなかったんだろう。

そんな感じで授業中ずっと寮の方を監視していたせいで、上の空になってしまっていてマイク先生に弄られたけどまあ良しとしよう。

 

 

 

授業が終わり次第口田くんに無事保護されたことを伝えたら心底安心していた。

口田くんはそのまま電話で緑谷くんにお礼を言い続けていた。

 

授業が終わって寮に戻ると、また峰田くんが爆豪くんを揶揄っていた。

 

「掃除が板についてきましたなぁ!もう掃除屋のナンバーワン目指した方がいいんじゃねぇ!?」

 

「てめーの部屋、まるごと燃やして掃除したる!!」

 

爆豪くんの意見に大賛成だ。あんな魔窟全て焼き払って欲しい。

それはそれとして三奈ちゃん、お茶子ちゃん、透ちゃんと一緒に口田くんに抱えられている結ちゃんに駆け寄る。

 

「わー、ふわふわ癒されるぅ~」

 

「あ、もしかして中庭で遊ばせるの?よかったねぇ!」

 

「やっぱりかわいいねぇ」

 

結ちゃんを愛でる3人を尻目に私は口田くんに話しかける。

結ちゃんはさっき自分の意図が口田くんに伝わらなくて、人間と動物の翻訳機を作ってくれって切望していた。本当に意味が分からない頭の良さだけど、本心を伝えておいてあげるべきかなと思ったのだ。

 

「口田くん……」

 

「どうしたの?」

 

「結ちゃん……さっきぷうぷう鳴いてたでしょ……確かに中庭には降りたがってたけど……さっき言いたいことは違ったから……それに結ちゃん、上手く伝わらなくて人と動物の翻訳機が欲しいって……思ってたから……結ちゃんの本心を伝えておこうと思って……」

 

「え、そうなの?」

 

口田くんが透ちゃんたちに撫でられている結ちゃんに確認すると、目を輝かせながら頷いた。

……普通に日本語通じてるよね。結ちゃん、賢すぎる。

私に対する結ちゃんの期待の思考がすごいことになっている。

 

「結ちゃん……爆豪くんと緑谷くんを見て……皆優しいんだって安心したみたい……だから……結ちゃんが口田くんを守らなくても……ここは安全だから……かっこいいヒーローになるために……学校でたくさん勉強してこいって……俺は帰ってくるのを部屋で待ってるから……だって……」

 

「それ、本当?」

 

「ん……私……嘘は嫌い……」

 

「結ちゃん……!」

 

口田くんは感動したように声を震わせながら優しく結ちゃんを抱きしめていた。

大好きな口田くんに抱きしめられて結ちゃんもご満悦そうだ。

私にも『ハドウは翻訳機だったのか!?』とか、『ありがとう!』なんて思考を向けてきている。

ぷうぷう鳴いている姿が可愛らしい。

 

「結ちゃんいい子だねぇ」

 

「ん……すごくいい子……口田くんのこと……弟だと思ってるみたい……大切な家族なんだと思う……」

 

「いい話やんなぁ」

 

「私たちのことも……新しい家族だと……思ってるみたいだよ……」

 

「結ちゃんそれは可愛すぎるでしょ……!」

 

ひとしきり抱きしめて満足したらしい口田くんが嬉しそうにこちらに向き直った。

 

「ありがとう、波動さん」

 

「ん……気にしないで……それより……結ちゃん……中庭で遊ばせてあげよ……朝からずっと遊びたかったみたいだし……」

 

「うん!」

 

ウキウキした様子の口田くんが、中庭への期待を隠しきれない結ちゃんを抱えたまま走っていった。

早速中庭のドアを開けて結ちゃんを好きにさせてあげている。

日差しが差し込んでいる中庭を小さな兎が嬉しそうに駆け回っていた。



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ビッグ3

結ちゃん脱走事件のさらに2日後。

緑谷くんの謹慎が終わった。

彼は鬼気迫った表情で教室に入ってくるなり大声で謝罪しだした。

 

「ご迷惑をおかけしました!!」

 

「デクくんオツトメごくろうさま!!」

 

「オツトメって……つか何息巻いてんの?」

 

お茶子ちゃんが鼻息荒く謝罪している緑谷くんににこやかに声をかける。

響香ちゃんはお茶子ちゃんの言い方にツッコミつつも緑谷くんに問いかける。

 

「飯田くん!!ごめんね!!!失望させてしまって!!」

 

「うむ……反省してくれればいいが……しかしどうした?」

 

「この三日間でついた差を取り戻すんだ!」

 

「あ、良いなそういうの好き俺!」

 

緑谷くんは息巻いている理由をそう声高に宣言した。

すごく鼻息が荒い。

私も緑谷くんの謹慎が明けて嬉しい。

 

「……ふふふ……緑谷くんも皆も……今日の授業は期待していい……!」

 

「……波動もなんか妙に息巻いてない?」

 

「う~ん……朝からこの調子なんだけど、教えてくれないんだよね」

 

「このあとすぐの……お楽しみ……!!」

 

透ちゃんや響香ちゃんが困惑しているけど、そんなのは知ったことではない。

透ちゃんはお姉ちゃん関連かななんて予想を付けているみたいだけど、確信には至れていないみたいだ。

 

私が息巻いている理由なんて一つしかない。

なんと今日はお姉ちゃんの素晴らしさが皆の胸に刻まれる日なのだ。

昨日からお姉ちゃんと相澤先生がそういう思考だったから間違いない。

先生はお姉ちゃんたちを呼ぶのに緑谷くんの謹慎明けを待っていたようなのだ。

実際今もお姉ちゃんたちビッグ3が相澤先生と話している。この後の授業でお姉ちゃんたちが来ると見て間違いなさそうだ。

こんな日に謹慎だなんて爆豪くんも馬鹿なことをしたものだ。お姉ちゃんの雄姿を見れないなんてかわいそうで仕方ない。

 

 

 

そしてヒーロー基礎学の授業の時間。

ついにお姉ちゃんが皆の前に登場する時間になったのだ。

今は相澤先生が話しているところだ。

 

「じゃ緑谷も戻ったところで、本格的にインターンの話をしていこう。入っておいで」

 

流石相澤先生。いつも通り合理的で素早い説明だ。

お姉ちゃんが活躍する時間を1秒でも長くしてくれるなんて、相澤先生も分かっていると言わざるを得ない。

そしてその相澤先生の言葉とともに、お姉ちゃんと通形さん、天喰さんが教室に入ってきた。

その姿を見た瞬間透ちゃんが『あ~、そういうこと……』って納得しているけど、なぜそんなに気落ちしているのか意味が分からない。

お姉ちゃんがこれから大活躍するのだから、テンション爆上げになってくれないと。

 

「職場体験とどういう違いがあるのか、直に経験している人間から話してもらう。多忙な中都合を合わせてくれたんだ。心して聞くように。現雄英生の中でもトップに君臨する3年生3名―――……通称、ビッグ3の皆だ」

 

流石お姉ちゃん。立ち姿も綺麗で可愛らしくて非の打ちどころがない。

私がドヤ顔で頷いていると響香ちゃんがこっちを見て若干引きながら呟いた。

 

「……波動が散々アピールしてたから、そういう人がいるのは知ってたけど……」

 

「びっぐすりー!!」

 

「めっちゃキレーな人いるし、あれ波動の姉だよな?見た目だけだとそんな感じには見えねーけど……普段の波動の言動からして、そんな感じなのか……?」

 

上鳴くんがお姉ちゃんの美貌に早速やられたらしい。

まあお姉ちゃんは絶世の美女だから仕方ない。見惚れるだけなら許してやろう。

手を出すのは絶対に許さないけど。もし手を出そうとしたら即制裁だ。

お姉ちゃんの相手は私がしっかりと見定めるのだ。

今の所お姉ちゃんとそういう関係になってもいいと私が思えるのは通形さんと天喰さんだけだ。

荒れていたお姉ちゃんをここまで戻してくれた2人には感謝してもしきれないのだ。

お姉ちゃんがどちらかを交際相手として連れてきたら私は大喜びで祝福するつもりだ。

 

私がお姉ちゃんの登場に内心ヒートアップしていると、相澤先生がお姉ちゃんたちに自己紹介を促した。

 

「じゃ手短に自己紹介してくれ。天喰から」

 

その言葉とともに、天喰さんが凄まじい目力で教室を見渡した。

彼は私たちの頭をジャガイモに見立てているらしい。

皆は息を呑んでいるけど、私はそのギャップに噴き出してしまった。

 

「ぷふぅーっ!」

 

「は、波動……?」

 

隣の響香ちゃんが困惑して冷や汗を流しながら私を見てくる。

だけどこんなに面白い天喰さんが悪い。

なんであんなにすごい目力なのに、内心はあんなに小心者なのか。周囲の皆の反応とのギャップも相まって笑うのを耐えられない。

 

「駄目だミリオ……波動さん……ジャガイモだと思って臨んでも……頭部以外が人間のままで、依然人間にしか見えない。どうしたらいい。言葉が……出てこない。頭が真っ白だ……しかも……波動さんの妹……爆笑してるし……辛いっ……!帰りたい……!」

 

天喰さんはいつもの天喰さんだった。

いくらなんでも小心者すぎる。

お姉ちゃんが思い浮かべている『ノミの心臓』というのがピタリと当てはまる小心者具合だ。

皆はさらに困惑していて空気が変なことになっていた。

 

「雄英……ヒーロー科のトップ……ですよね……」

 

代表して尾白くんが困惑したまま途切れ途切れに質問する。

私は残念ながら笑いを耐えるのに必死で平静を装うことすらできないから、フォローしてあげることもできない。

質問にも答えられず動かなくなっている天喰さんの代わりに、菩薩の如き優しさを持つお姉ちゃんがフォローし始めた。

 

「あ、聞いて天喰くん!そういうのノミの心臓って言うんだって!ね!人間なのにね!不思議!」

 

ケラケラと笑い飛ばしながら不思議がるお姉ちゃん。かわいい。

そしてお姉ちゃんはそのまま天喰さんの自己紹介も代わりにし始めた。

 

「彼はノミの"天喰環"。それで私が"波動ねじれ"。今日はインターンについて皆にお話ししてほしいと頼まれて来ました」

 

真面目な話も出来るお姉ちゃん、流石である。出来る女だ。非の打ちどころがない。

そこからはお姉ちゃんの独壇場が始まった。

 

「けどしかし、ねえねえところで君はなんでマスクを?風邪?オシャレ?」

 

「!……これは昔に「あらあとあなた轟くんだよね!!ね!?なんでそんなところ火傷したの!?」

 

障子くんが律義に答えようとしているけど、あの状態になったお姉ちゃんはもう止まらない。

なんでも気になることを聞き続けるのだ。無邪気で可愛い。

そして話を振られた轟くんも答えようとするけど、さらにお姉ちゃんに遮られた。

 

「……!?それは「芦戸さんはその角折れちゃったら生えてくる?動くの!?ね?峰田くんのボールみたいなのは髪の毛?散髪はどうやるの!?蛙吹さんはアマガエル?ヒキガエルじゃないよね?どの子も皆気になるところばかり!不思議!」

 

「天然っぽーい。かわいー」

 

「幼稚園児みたいだ」

 

「見た目は大きくなった波動って感じなのに、性格が全然違うね……」

 

三奈ちゃんと上鳴くんは2人ともよく分かっている。

お姉ちゃんは天然さんだし幼稚園児のような無垢さも併せ持っている完璧超人スーパーお姉ちゃんなのだ。

まさに現世に降臨した天使だ。

私もドヤ顔で頷くばかりである。

響香ちゃんも私の様子と姉妹のギャップにドン引きなんかしてないで、お姉ちゃんをもっとその目に焼き付けておくべきだ。

 

「オイラの玉が気になるってちょっとちょっとーーーー!!?セクハラですって先パハァイ!!」

 

は?

 

「おい波動、お前の姉だろ。なんとか「お姉ちゃんをそんな目で見るなブドウ頭ぁ!!!」

 

お姉ちゃんに見惚れるのはいい。だけど性欲に塗れた汚らわしい視線を向けるのは許さない。

ブドウ頭なんてお姉ちゃんの相手として論外だ。これは許されざる暴挙である。

とりあえずその汚らわしい視線をやめさせるべく私はブドウ頭をがるるるって感じで威嚇する。

皆が困惑してこっちを凝視しているし『えぇ……』って一致した思考が聞こえた気がするけどきっと気のせいだ。

相澤先生が何か言っていたのを遮った気がするけど、そんなことよりもお姉ちゃんを欲望に塗れた目で見るブドウ頭をどうにかしなくてはいけないのだ。

 

「ねえねえ尾白くんは尻尾で身体支えられる?ねえねえ答えて気になるの!」

 

その間にもお姉ちゃんがぴょんって可愛らしくジャンプしながら聞き込みを続けている。

ブドウ頭も私の威嚇でようやく欲望に塗れた視線をひっこめたし、この場はここまでにしておこう。

 

「……合理性に欠くね?」

 

「イレイザーヘッド安心してください!!大トリは俺なんだよね!」

 

相澤先生が震えるような地を這うような低い声で通形さんに話しかけている。何か嫌なことでもあったのだろうか。

そんな相澤先生の要望を受けて、通形さんが声を張り上げた。

 

「前途ーーーー!!?」

 

通形さんのその声掛けの意味を皆は理解できなくて完全に固まっている。

私は求めていることは分かっているけど、まだ続いているお姉ちゃんの質問攻めを観察するのに忙しいから応じる余裕はない。

 

「多難ーーー!っつってね!よぉしツカミは大失敗だ!!」

 

ハッハッハッハッハッなんて通形さんが高笑いしている。

 

その傍らで、隠れてお姉ちゃんの陰口を言う不届き者が現れた。

 

「……3人とも変だよな。ビッグ3という割には……なんかさ……」

 

「風格が感じられん……」

 

砂藤くんと常闇くん、それに聞くことに徹していた会話相手は口田くんか。

お姉ちゃんの悪口なんて許されざる暴挙である。

分からせるべくそっちの3人にも威嚇しておく。

 

「は、波動、落ち着いて」

 

「駄目だよ……!!お姉ちゃんへの罵倒は……許されざる暴挙なんだから……!!」

 

「分かった。お姉さんがすごいのはもう分かったから、ね?」

 

「でもまだお姉ちゃんの悪口言う不届き者がいる……!牽制してもっとお姉ちゃんの良さを布教しないと……!!」

 

響香ちゃんが宥めようとしてくるけど、お姉ちゃんへの罵倒は許すことはできない。

私が思いっきり睨んで威嚇していることに気が付いたらしい3人は、冷や汗を流しながらこっちに首を振って何も話していませんよという風を装ってきた。

思考を見る限り私の変化に困惑はしているけど、お姉ちゃんへの悪口は思い浮かべていない。

過ちに気が付いたというなら、後でお姉ちゃんの良いところを言って聞かせるくらいで許してやろう。

 

そんな喧騒は気にせずに通形さんは話を続けていた。

 

「まぁ何が何やらって顔してるよね。必修ってわけでもないインターンの説明に、突如現れた3年生だ。そりゃわけもないよね。1年から仮免取得……だよね。フム……今年の1年ってすごく……元気があるよね……そうだねぇ……なにやらスベり倒してしまったようだし……君たちまとめて、俺と戦ってみようよ!!」

 

その通形さんの声で、皆の思考が驚愕一色になった。

この感じだとこの意見は通りそうかな。何故か相澤先生も疲れ果ててるし。

 

「俺たちの"経験"をその身で経験した方が合理的でしょう!?どうでしょうねイレイザーヘッド!」

 

「…………好きにしな」

 

諦めたような相澤先生の許可を受けて、お姉ちゃんの独壇場は終わりを告げてしまった。

こうして私たちは通形さんと体育館γで模擬戦をすることになった。

……これを機についでにお姉ちゃんの強さももっと布教できないかな……?



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手合わせ(前)

皆で体操着に着替えて、体育館γに移動した。

さっきの通形さんの提案である、模擬戦を行うためである。

今は通形さんが準備運動をしているのを困惑した皆で待っている感じだ。

 

「ミリオ……やめた方がいい。形式的に"こういう具合でとても有意義です"と語るだけで十分だ」

 

「遠」

 

天喰さんがすごく離れた位置の体育館の壁に向かって話している。

そのメンタルの弱さは峰田くんにすらツッコまれているほどだ。

 

「皆が皆上昇志向に満ち満ちているわけじゃない。立ち直れなくなる子が出てはいけない」

 

天喰さんなりに私たちを心配してくれているみたいだけど、今年の1年生はB組も含めてそういう面では大丈夫な気がする。

まあ通形さんがよっぽど酷い方法を取ったりしなければ大丈夫だろう。

 

そんな天喰さんの発言に対して、三奈ちゃんの触角を弄っていたお姉ちゃんも反応した。

 

「あ、聞いて知ってる?昔挫折しちゃってヒーロー諦めちゃって問題起こしちゃった子がいたんだよ、知ってた!?」

 

「知らなかった……!お姉ちゃん、博識……!」

 

「ふふ、でしょー。まあそれはそれとして大変だよねぇ通形。ちゃんと考えないと辛いよ、これは辛いよー」

 

「おやめください……波動も止めてよ~」

 

「ごめん三奈ちゃん……お姉ちゃんの好奇心は……とどまるところを知らないから……!」

 

「意味わかんないよ~」

 

触角を弄られている三奈ちゃんがやめてほしそうにしているけど、私はお姉ちゃんが好奇心を満たすのを邪魔したくない。

今も三奈ちゃんの触角が動いているのを見ながら嬉しそうに「動く!」って言っているお姉ちゃんが可愛いから仕方ないのだ。

 

 

 

私がお姉ちゃんや三奈ちゃんとわちゃわちゃしている間にも通形さんとの話は進んでいて、緑谷くんが一番手として通形さんに仕掛けることになった。

まあ私は通形さんの戦い方は基本的に知っているし、参加するつもりはないからお姉ちゃんの横で見学してよう。

 

「近接隊は一斉に囲んだろぜ!!」

 

「よっしゃ先輩そいじゃあご指導ぉ―――……」

 

「よろしくお願いしまーっす!!!」

 

突撃を敢行した緑谷くんを皮切りに、皆が戦闘態勢に移行した。

さっきまでこっちにいた三奈ちゃんもしっかりと常闇くんの隣まで移動して、腕から酸を出して構えている。

 

しかし次の瞬間、通形さんの服が全てばらばらと地面に落ちていった。

当然通形さんは全裸である。

 

「あーーーーー!!」

 

響香ちゃんが顔を真っ赤にして叫んでいる。

相変わらず乙女だ。

 

「今服が落ちたぞ!」

 

「ああ失礼。調整が難しくてね!」

 

通形さんがいそいそとズボンだけ穿き直している

それにしても通形さん、一応見えないように隠してはくれているけど相変わらずだ。

調整が難しいのは分かるけど、せめて下着だけはどうにか落ちないように調整できるようになってもらいたい。

 

緑谷くんは初撃で遠慮なく顔面にフルカウルでの蹴りをぶち込んでいるんだけど、狙うべきところはそこじゃない。

通形さんの個性を知っていると狙うべき場所は限られる。服を着ようとしている今の状況なら、ズボンをひっかけている腰付近やズボンをちゃんと穿いている足だ。

そこに通形さんの視界、意識の外からの奇襲や反応できないほどの速度で攻撃するしかない。

そう考えると通形さんの天敵はトガになるんだろうか。

ミスディレクションを使われると普通に奇襲されそうだ。

 

緑谷くんに続いて遠距離攻撃が出来る人たちの攻撃が通形さんの身体に降り注ぐ。

酸に音波にレーザーにと大量の攻撃が飛んで行って通形さんの身体が見えなくなってしまう。

その隙に通形さんは全身透過して下に落ちた。

私の個性だと感知できるけど、響香ちゃんや障子くんの感知だとこれは分からないだろう。

姿を消したようにしか見えないはずだ。

身体の角度的に、多分響香ちゃんの後ろ辺りに跳ぶつもりかな。

 

そこまで来てようやく通形さんが消えていることに飯田くんが気が付いた。

 

「いないぞ!!」

 

次の瞬間、通形さんが響香ちゃんの真後ろに跳ね上がった。

あの瞬間移動紛い、何度見ても目を疑う挙動をしている。

地面にめり込んだ状態から一瞬で弾きだされているのだ。

完全にゲームのバグを見ている気分だ。

 

「まずは遠距離持ちだよね!!」

 

「ギャアアアア!?」

 

響香ちゃん、通形さんの陰部をモロに見たな。

まあ全裸でいきなり跳び上がってきたら見てしまってもしょうがない。

でもよりによって一番初心な響香ちゃんが被害に遭ってしまっている辺りドンマイという他ない。

 

「……相変わらず……目を疑う挙動している……」

 

「瑠璃ちゃんは地面に落ちた通形も見えてるんだもんね!地面の中ではどうなってるの!?通形に聞いてもよく分からないから気になるの!」

 

「ん……完全にゲームのバグ……地面にめり込んで……一瞬で弾きだされてる……」

 

「へぇーなるほどねー」

 

お姉ちゃんと話しながら模擬戦を眺め続ける。

皆は通形さんの個性をワープも併せ持った強個性だと考えているけど、あれはそんなにいい個性じゃない。

少し失敗するだけで全裸になってしまう上に、全身透過すると地面に落下して呼吸もできない上に何も見えないという扱いの難しすぎる個性。

落下中に透過を解除して弾き出されるのはいいけど、何も感じられない状態で身体の向きとポーズの微調整で出る位置を調整するなんていう血の滲むような努力の跡が見える技。

一部を透過して攻撃を避けるにしても正確に相手の攻撃を読み取って予測しないと、普通に対策されるリスクがある個性なのだ。

お姉ちゃんの個性の大火力で微調整や連携が難しいという欠点とはまた違った欠点が目立つ個性だ。

自分があれを出来るかと言われると首を傾げざるを得ない。

 

この模擬戦は皆にとって実りある模擬戦になると思う。

相澤先生もそれを分かっているから模擬戦を了承したらしく、皆に声をかける。

 

「おまえらいい機会だ。しっかりもんでもらえ。その人……通形ミリオは俺の知る限り最もNо.1に近い男だぞ。プロも含めてな」

 

そのタイミングで通形さんは瞬く間に模擬戦に参加している大部分を無力化した。

 

「一瞬で半数以上が……!No.1に最も近い男……」

 

「……おまえいかないのか?No.1に興味ないわけじゃないだろ」

 

「俺は仮免取ってないんで……」

 

轟くんがすごく潔く遠慮していた。

相澤先生も『丸くなりやがって……』とかいう感想になっている。

溜め息を吐きつつ今度は私に視線を向けて相澤先生が確認してくる。

 

「波動、おまえはいいのか?」

 

「はい……私……通形さんの個性……知ってますし……技の種も……思考と動きを見てれば……分かります……私と通形さんじゃ……お互いに相性が悪くて……どちらかがミスするのを待つ持久戦になるだけなので……体力と身体能力的に負けるのは私ですけど……フィジカル面で差を見せつけるのは……今回の趣旨に反していると思ったので……」

 

「……そうか」

 

「まあ瑠璃ちゃんならそうだよねー」

 

お姉ちゃんも私が残っている理由が分かっていたのか、ケラケラ笑いながら頭を撫でてくれる。

お姉ちゃんは撫でるのが上手だからすごく気持ちいい。

 

そんな感じで話している間に、通形さんは残った近接主体の人たちを素早く無力化していった。

全員を腹パンで無力化しているのにこだわりを感じる。

 

 

 

「ギリギリ見えないように努めたけど!!すみませんね女性陣!!」

 

「……響香ちゃんに……思いっきり見せてましたけど……」

 

「あはは!出た瞬間は仕方ないよね!ごめんね!」

 

指摘すると通形さんは笑いながら謝罪した。

羞恥心というものがないのだろうか。

 

「とまぁ―――こんな感じなんだよね!」

 

「訳も分からず全員腹パンされただけなんですが……」

 

参加していた皆はお腹を押さえてグロッキーになっている。

だいぶ鋭い腹パンがめり込んでいたし、さもありなんという感じだ。

 

「俺の"個性"強かった?」

 

「強すぎですよ!」

 

「ずるいや!私のことも考えて!」

 

「すり抜けるしワープだし!轟みたいなハイブリッドですか!?」

 

まあそう考えても仕方ない挙動をしているのは確かだ。

それにしても透ちゃんの文句が切実すぎる。やっぱり透ちゃんももっと扱いやすい個性が良かったと思っている感じなんだろうか。

 

「私知ってるよ"個性"ねえねえ言ってい?言ってい!?トーカ!」

 

「波動さん、今はミリオの時間だ」

 

お姉ちゃんがハーイって手を上げてて凄くかわいい。

そのまま止められてむすっとしているお姉ちゃんもさらにプリティだ。

 

「いや1つ!!"透過"なんだよね!君たちがワープと言うあの移動は推察された通りその応用さ!」

 

「どういう原理でワープを……!!?」

 

緑谷くんが手にメモするような動作をしながら質問する。

その手にメモする動作、意味あるのだろうか。

その後は通形さんによってワープの原理が説明された。

まあ私が見た通りで、弾き出されてるっていう認識で間違いはないだろう。

 

「……?ゲームのバグみたい」

 

「三奈ちゃんの言う通り……波動を見てても……ゲームのバグみたいに……弾き出されてるよ……」

 

「イーエテミョー!!」

 

通形さんも分かっているのか笑い飛ばしている。

そのまま自分の欠点である全身透過中は呼吸ができない事、何も見えない事とか欠点を包み隠さず教えてくれた。

 

「長くなったけどこれが手合わせの理由!言葉よりも"経験"で伝えたかった!インターンにおいて我々は"お客"ではなくサイドキック!プロと同列として扱われるんだよね!それはとても恐ろしいよ。時には人の死にも立ち会う……!けれど怖い思いも辛い思いも全てが学校じゃ手に入らない一線級の"経験"!俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ!ので!怖くてもやるべきだと思うよ1年生!」

 

通形さんがそう締めくくると皆一斉に拍手し始めた。

 

「話し方もプロっぽい……」

 

「"お客"か。確かに職場体験はそんな感じだったな」

 

「危ないことはさせないようにしてたよね」

 

皆も通形さんの話に思い当たるところがあったんだろう。

これで話は終わりっぽいし、相澤先生ももうそろそろ戻ろうと考えている。

思考を読む限りこの1時間分は全部説明で使うつもりだったっぽいし、余った時間は別のことで使うことを考え始めている。

でも、せっかくTDLまで使っていて、お姉ちゃんたちがいて、それで終わるのはもったいないと思う。もともと1時間使うつもりだったなら特に。

 

「先生……もう戻ろうと思っている所……悪いんですけど……」

 

「……なんだ」

 

「せっかくお姉ちゃんたちもいるので……余った時間は……実戦形式の模擬戦とか……どうでしょうか……残り時間も中途半端なので……悪くないと思うんですけど……」

 

「……まあ、一理あるか。この時間だけだぞ。次の授業は予定通り座学だ」

 

皆も私が授業の進行に口を挟むのが意外だったのか、ちょっとびっくりしてこっちを見ている。

 

「……皆……いい腹パン貰って疲れてると思うから……少し休んでて……」

 

「え、じゃあ瑠璃ちゃんはどうするの?」

 

透ちゃんが私に質問してくる。

腹パンを食らった皆を休ませると必然的に残るのは私と轟くんだけだから当然か。

でも、私もやりたいことがあるのだ。

 

「お姉ちゃん……私と模擬戦……してほしい……!」

 

お姉ちゃんと時間を合わせるのはなかなか難しいから、こういう機会がある時に手合わせしておきたい。

自分の成長を確かめるためにも。

 

あとお姉ちゃんの実力を皆に知らしめるためにも。もうさっきみたいな悪口は言わせない。



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手合わせ(後)

「え、瑠璃ちゃん1対1で模擬戦するの!?」

 

「ん……お姉ちゃんと……真剣勝負したい……」

 

「でも、ビッグ3なんでしょ?さっき先輩に皆で挑んでも一方的にやられたのに……」

 

「勝ち目が薄いのは……承知の上……それでも……やってみたい……」

 

透ちゃんが通形さんにボコボコにされたのを理由に止めてくる。

確かにお姉ちゃんに勝てるとは思っていない。

お姉ちゃんは空を飛べるから、跳躍しかできない私は圧倒的に不利だし火力も不足している。

そんなのは分かっているけど、それでもやってみたかった。

急に模擬戦の誘いを受けたお姉ちゃんも真剣な表情で私を見ていた。

 

「うん、いいよ。瑠璃ちゃんの成長を確かめるチャンスだし、どーんと胸を貸してあげるよ!」

 

「……がんばる……!」

 

「ふふ、しっかり見るのは合宿前以来だね。色々あったし、どれくらい成長してるか楽しみ!」

 

快く受けてくれたお姉ちゃんに安堵する。

思考を見る限りちゃんと本気でやってくれると思う。

相澤先生もお姉ちゃんの戦い方を見るのも勉強になると思っているみたいで、そのまま傍観の構えを取ってくれていた。

実際お姉ちゃんの広範囲攻撃の制御とか、調整の技術は一級品だ。

轟くんはもちろん緑谷くん、あとは意識してみてくれれば上鳴くんあたりの参考になると思う。

 

 

 

そのままお姉ちゃんとTDLのコンクリートで出来た岩山の方に移動する。

作戦は短期決戦しかないと思う。

お姉ちゃんは絶対に飛ぶから、私は岩山に隠れて隙を伺いつつ一気に二段ジャンプで跳躍して発勁か波動弾で決めるしかない手がないというのもあるけど。

のんびりしているとお姉ちゃんの大火力で岩山ごと吹き飛ばされておしまいだ。

だからなるべく速やかに、お姉ちゃんの虚を突いて決めないといけない。

とりあえずお姉ちゃんと向かい合う。

 

「じゃあいつでもいいよー!仕掛けておいでー!」

 

「ん……分かった……」

 

先手は譲ってくれるみたいだ。

お姉ちゃんのその言葉を受けて私は四肢に波動の圧縮を始める。

問題なく圧縮が終わったところで、右腕に波動を集める。

お姉ちゃんはチャージに時間がかかるから、まずは一気に畳みかけて先手必勝狙いだ。

波動弾で無駄に波動を消費したくないから、ここは真空波が最適だ。

そう思って真空波をお姉ちゃんの方に飛ばす。

 

お姉ちゃんは片手でねじれる波動を出してきて難なく相殺した。

 

「見たことない技だね。衝撃波?不思議!」

 

お姉ちゃんが反応してくれているけど、足に圧縮しておいた波動で一気にお姉ちゃんの方まで吹き飛んで移動する。

そのまま懐に潜り込んで両手で発勁を叩きつけようとする。

 

「早いねー。でも、瑠璃ちゃんが私相手に取れる戦い方ってそんなに多くないから、予想できるんだよね」

 

そう言いながらお姉ちゃんが両足からねじれる波動を放出して飛び上がった。

後方に飛びながらの飛行に、発勁は難なくいなされてしまった。

相変わらず私には真似できそうにもない芸当を難なく見せてくれる。

飛ぶために相当量の波動を出し続ける必要があるし、お姉ちゃんがすごく努力して飛べるようになったのは知っているけど、少し羨ましくなってしまう。

個性で活力を波動にしているお姉ちゃんだからこそ出来る技で、自分の波動を使う私には波動の量の関係で絶対にできない技だ。

 

「と、飛んだ……」

 

「波動とか爆豪がしてるみたいな強引な跳び方じゃないよなあれ」

 

「お姉さんの個性も"波動"なのかな?でもそうだとしたらどうやって飛んでるのかさっぱり……」

 

「瑠璃ちゃんが出してる波動とは色が違うけど、あれってそもそも波動なの?なんかすごいねじれてるし」

 

皆がお姉ちゃんの個性に関して考察している。

まああれを見て普段から私の波動を用いた攻撃を見ている皆が、"波動"の個性で間違っていないなんて思わないよね。

 

それはそれとして、お姉ちゃんに飛ばれてしまうと私の攻撃はほぼ届かなくなってしまう。

お姉ちゃんの戦闘スタイル的に飛ばないのは完全に舐められているとしか言えないから、ちゃんと向き合ってくれているっていう証拠ではあるんだけど結構困る。

とりあえず上空から見下ろされている状態だとお姉ちゃんの高火力の遠距離攻撃に勝ち目がない。

そう思って視界の外に逃げるために足に波動を圧縮、噴出して岩場の陰に飛び込んだ。

 

「ま、そうくるよねー。火力勝負はまだできないだろうし」

 

私は素早く岩山の陰を移動し続ける。

同じ所に居続けると絶対にお姉ちゃんはその岩山崩してくると思うし。

救助活動とかヴィラン退治とかの設定じゃなくて模擬戦だから、遠慮する必要すらないからいくらでもぶっ放せるはずだ。

実際今もお姉ちゃんの思考はどの岩山を崩すか迷っている感じだ。

 

何もしないで逃げるだけだと勝ち目なんか皆無だから、片手で作った小さ目の波動弾を岩と岩の継ぎ目の辺りで投げておく。

お姉ちゃんは相変わらず低威力のねじれる波動を出してすぐに相殺してくる。

やっぱりこれだと威力不足だ。

その隙に反転して進路を変えてお姉ちゃんに隠れている場所を予想させないように走り続ける。

 

「今投げてきたのがそこだからー、じゃあそこにしようかな。チャージ満たん出力30、ねじれる波動(グリングウェイブ)!」

 

お姉ちゃんの思考からして私の進行方向の1個先の岩山を攻撃しようとしている。

なんで私の性格とか足の速さとかそんな情報だけで反転まで含めて正確に予測できるのか。しかも私が避ける前提で次の手も考えてるし。

進行方向を変えてどうにかお姉ちゃんの背後に回り込もうと走り続ける。

するとお姉ちゃんは予想とかはしていないのに自分の背後の岩山を崩しだした。

向かっていた岩山が、お姉ちゃんの広範囲の波動による衝撃波を受けて粉々に砕け散った。

 

「うんうん。やっぱり回り込もうとするよね。今方向転換したってことは……」

 

まずい。ここでこの前の練習の時に見せてもらった曲がる槍みたいなのを使われると逃げ場が無くなる。

もういっそ曲がってくるタイミングで上に跳んで、岩山を追加の波動ダッシュで思いっきり蹴って跳び上がってお姉ちゃんに特攻するか。

誘われてる気もするけど、どのみち隠れる岩山を一つずつ潰されたらジリ貧だし。

手にも波動を圧縮しておいて二段ジャンプできるようにして一応の緊急回避もできるようにしておけば最低限の対応はできる。

 

「続けて行くよー!捻じれて穿つ槍(グリングパイク)!!」

 

案の定曲がる波動の槍を打って来た。

波動を圧縮しながらギリギリまで引き付ける。

お姉ちゃんも私が避けることを確信しているのか、容赦なく腕をグリンと動かして槍を曲げて直撃コースにしてきた。

当たる直前で足で圧縮していた波動を噴出して一気に跳ね上がる。

空中で再度両足に波動を圧縮しながら、片手の波動で隣の岩山の方に吹き飛ぶ。

隣の岩山に着いたところで壁ジャンプの要領で圧縮していた足の波動を噴出してお姉ちゃんの方に吹き飛ぶ。

 

「素直に真っ直ぐ来るねー。でも、それを私が受ける必要はないかな」

 

お姉ちゃんはそのままさらに上昇して直接攻撃できないようにしてくる。

そんなことをされるのもある程度読めていたから、手の波動を噴出して再上昇をかけてお姉ちゃんを追う。

もうこの状態になっちゃったらここで決めるしかない。

着地狩りされるのは目に見えてるから逃げるなんて選択肢はない。

動けなくならない程度で今出来る範囲の大きめの波動弾を両手で作る。

 

お姉ちゃんも両手に渦巻くほどの波動を練り上げている。

正面から迎え撃つつもりみたいだ。

今の練り上げ方はねじれる洪水(グリングフロッド)の物だし、思考からしてそれで間違いない。

 

このまま打っても火力負けするだけだ。簡単に波動弾が霧散する未来が見える。

そう思った私は波動弾を作りながら、足に波動を圧縮し始めた。

今から圧縮するんじゃそんなに吹き飛んだりはできないけど、これを噴出すればお姉ちゃんの射線上から外れることが出来るかもしれない。

せめてもの悪あがきだ。

 

「じゃあ、決めよっか。ねじれる洪水(グリングフロッド)!!」

 

お姉ちゃんが特大の波動のビームを私に打ち込んでくる。

さっき多少圧縮した波動を足から噴出して少しでも身体を射線上からずらす。

当たるのは避けられないけど、最低限上半身は射線から外すことが出来た。

下半身はダメージ覚悟だから、そのまま波動を少し集中しておいて身体強化をかけておく。

 

「波動弾……!!」

 

下半身にねじれる洪水(グリングフロッド)を食らいながらお姉ちゃんの方に向かって波動弾を射出する。

お姉ちゃんの手元でねじれる洪水(グリングフロッド)には当たっちゃうだろうけど、ダメージがゼロとは言わないだろう。

 

 

 

そう思ったんだけど、私の波動弾はお姉ちゃん手元のねじれる洪水(グリングフロッド)に当たってそのまま霧散してしまった。

完全に威力不足だった。お姉ちゃんの手元まで届けば、減衰はしてもお姉ちゃんには当たるんじゃないかと思っていたけど、それすら叶わなかった。

 

そのまま落下していると、お姉ちゃんはサッと攻撃をやめて手を上に向け、私の方に向かって加速しながら落下してきた。

一応着地用に手に波動を圧縮し直していたけど、私が地面に落ちる前にお姉ちゃんが拾い上げてくれていた。

私を持ったままお姉ちゃんはふわりと地面に着地する。

 

「負けちゃった……」

 

「でも昔の瑠璃ちゃんだったら最初の1撃で終わりだったよ。成長してるって!」

 

「ん……でも……手も足も出なかった……」

 

「瑠璃ちゃんまだ1年生なんだから!気にしすぎても良くないよ!一歩一歩じっくり進んでいこ!ね?」

 

私がしょげているとお姉ちゃんが慰めてくれる。

慰めてくれるのは嬉しいけど、やっぱり悔しい。

お姉ちゃんの役に立つためにも、もっと力を付けないと……

そう思っていたらお姉ちゃんはにっこりと嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「それに、私は瑠璃ちゃんがお友達と普通に話せてるのが見れて嬉しかったよ。葉隠さんと仲良くしてるのは前に見たけど、今日見てた感じだとちゃんと皆と仲良くできてるみたいだったし」

 

「ん……そっか……」

 

「うん!瑠璃ちゃんが普通にしてても大丈夫なお友達が出来たんだっていうのが実感できて安心しちゃった!」

 

そう言ってお姉ちゃんは頭を撫でてくれた。

皆に見られている中で露骨に子供扱いされると流石に恥ずかしいんだけど……

あんまり2人で話してても時間がなくなっちゃうし、照れ隠しの目的も含めてちょっと足早に皆の方に戻る。

 

「ねぇ、なんかお姉さん波動に対してとさっきの感じで全然雰囲気違くない?」

 

「さっきは天然だと思ったけど、こうしてみると優しい姉って感じだな……」

 

「なんか、今のお姉さんは瑠璃ちゃんの部屋の写真のイメージそのまんまって感じだよね」

 

皆がお姉ちゃんに関して話している。

どうやらお姉ちゃんの滲み出る優しさと母性、それに実力をようやく理解できたらしい。

 

「通形先輩もそうだったけど、波動先輩も、雰囲気と実力が全然ちげーな……」

 

「あ、あの!聞きたいんですけど、お姉さんの個性って瑠璃ちゃんと同じ"波動"なんですか!?」

 

「ん?んーそうだねぇ。確かに個性の名前は"波動"だけど、瑠璃ちゃんとは全然違うよ」

 

「ん……お姉ちゃんの個性は……活力を……波動に変換してる……感知はできない……」

 

その後はお姉ちゃんの個性の説明になった。

お姉ちゃんの個性は勝手にねじれるしスピードは出ないし、威力を出そうとするとチャージが必要で時間がかかる。

さらに高威力にしていくとコントロールが難しいし周辺への被害も看過できないほどになるなどなど……

お姉ちゃんの戦い方を見ていると想像もできないけど、すごく扱いが難しい上に癖も強くて欠点も多い個性なのだ。

それを努力して努力して努力して、安定して飛べるようになったり、様々な形状の攻撃で周辺被害を軽減したり、色んな工夫や技術を身に着けてこの実力まで至っているのだ。

流石お姉ちゃんである。才能まである上に努力まで出来るのだ。まさに最強のお姉ちゃんだ。

 

それはそれとして、お姉ちゃんはこの技術やコントロールをリューキュウの下で、インターンで経験を積みながら学んだのだ。

通形さん程とは言わないけど、インターンの成果が表れてあれだけの戦いが出来るようになったと言っても過言ではない。

この話をお姉ちゃんがしたらまた皆はインターンへの期待を抱いていた。

 

 

 

「分かっただろ。これが雄英トップの実力だ。まだ時間余ってるし、好きなだけ揉まれて来い」

 

相澤先生がそう声をかけてくる。

私も5分と持たずに負けたし、通形さんの手合わせも5分もかかっていない。

なんだかんだでまだ20分くらい残っていた。

その後は皆でお姉ちゃん、通形さん、天喰さんの胸を借りて模擬戦をしてもらった。

手も足も出なかったけど、凄くいい経験になったと思う。

皆も色々思うところがあったようで、個性の応用やインターンについての思考で頭が埋め尽くされていた。

 

それにしても爆豪くんは謹慎で掃除をしているんだけど、これはだいぶ色んな意味で損をしたのではないだろうか。

自業自得とはいえ流石にちょっとかわいそうになってしまった。



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取材が来た日

お姉ちゃんたちと模擬戦をした翌日の放課後、私は相澤先生に呼び出されていた。

 

「実は、明日お前たちA組に新聞社の取材が入ることになった。取材内容は寮生活を始めた生徒たちの暮らしぶりをレポートする、だそうだ」

 

「……この時期に……部外者を入れるんですか……?トガの警戒とかで……先生たちも大変そうなのに……」

 

職員室に入るなり先生はそう切り出した。

先生自身の気が進んでいないのは思考を見れば分かる。

実際私もこんな時期に取材を入れる必要があるのかと考えてしまう。

トガの侵入対策であれだけ監視カメラを増やしたり警備ロボットを配備したりしていたのに、わざわざ部外者を入れて盗聴器とかを仕掛ける隙を与えるつもりなのか。

 

「俺も正直受ける必要はないと思っている。だがお前たちが元気に生活していることを保護者の方々に知ってもらおうと考えた校長が、特別に許可したそうだ」

 

「……一理ありますけど……」

 

「だが警戒していないわけではない。当日は俺も監視するようにする。それに先方からの希望があったのもあるが、A組だから許可を出したという部分が大きい」

 

「……そういうことですか……」

 

つまり、私にその記者の監視をしろということか。

確かに私なら多分トガを見破れると思うし、よからぬ目的で取材を申し出ていた場合それを見抜くこともできる。

A組だから取材を受けたというのも理解できない話ではない。

 

「そういうことだ。悪意はもちろん、少しでも気になることがあればすぐに教員に教えてくれ」

 

「まあ……それはいいですけど……」

 

「毎度こんなことを頼んで悪いが、これが一番合理的なんだ。すまんな」

 

「いえ……気にしてないので……何かあれば……言っていただければ……」

 

用件はこれだけかと思ったら、まだ先生の話は続いた。

というよりも、夜間出歩いた件のお小言の思考が読み取れてしまってなんとも言えない表情になってしまう。

 

「でだ……もう話は分かったかもしれんが、お前仮免試験の日の夜に出歩いてただろ」

 

「……すみませんでした……」

 

「波動は喧嘩をオールマイトに伝えただけだと聞いている。その後の行動も万が一に備えてのことだろう。その件を怒るつもりも罰則を科すつもりもない。だが、問題はそこじゃない」

 

先生の言いたいことがすぐには分からなかった。

でも、思考を読んで分かった。確かにこれは小言を言われても仕方ない。

私の認識不足だった。

 

「オールマイトがなぜ監視ロボットの報告を受けた俺よりも早く喧嘩に気が付いていたかを考えて、ようやくお前が密告していたことに気が付いた。オールマイトを問い詰めて、やっとお前もグラウンド・βまで出歩いていたことが発覚したんだぞ。なぜちゃんと報告しない。ヴィラン連合対策で校内に監視網を張り巡らせていることくらい、お前なら分かっているだろう。監視カメラに一切映らず、監視ロボットにも一切見つからずに校内を出歩けると言うのは明確なセキュリティの穴だ。ここまで言えばもう分かるだろう」

 

「……はい……すみません……認識が……甘かったです……」

 

「ああ。以後万が一同じようなポイントがあったら必ず報告しろ。お前の感知で隠れられるということは、他の感知系個性でも搔い潜ることができる可能性があるということだ。その認識をしっかり持っておけ」

 

先生はそう言いながら頭に手を当てた。

どうやら私のこの行動を受けて監視カメラの配置を全て洗い直していたらしい。

もともとのカメラの配置に穴があるのが悪いというのはあるけど、それでも報告をしていないのは私の怠慢だった。

自分も罰則を科されるかもしれないと思って自己保身に走ってしまっていた。次から気を付けよう。

オールマイトもこの件でだいぶ詰められていそうな感じだった。相澤先生、オールマイトにも遠慮しないで言うことは言っているみたいだし。

 

 

 

翌日、私たちは朝から寮の1階に集められていた。

今日の取材のために相澤先生から皆に注意を促すためみたいだ。

 

「取材!?」

 

「ああ。お前たちに新聞社の取材が入る」

 

先生のその言葉を聞いた途端、皆が盛り上がり始めた。

透ちゃんも凄くはしゃいでいる。

 

「瑠璃ちゃん!取材だよ取材!おめかししなきゃ!」

 

「おめかし……なるほど……写真写り……大事だね……」

 

「波動はともかく、葉隠はする必要ないんじゃ」

 

響香ちゃんが苦笑しながらツッコんでくるけど、透ちゃんだっておめかしは大事だ。

服に気合を入れたりとかできることはいっぱいある。

 

「浮かれるな。取材内容は寮生活を始めた生徒たちの暮らしぶりをレポートする、だそうだ。―――……」

 

先生が私にしたのと同じ説明をし続けるなか、ブドウ頭が相変わらずの妄想を近くの上鳴くんにぶちまけ始める。

それはそれとして記者の人が勝手に寮に入って来ているのが気になる。

一応悪意は感じないけど、こういう勝手な行動をするタイプの人ならちょっと注意しておく必要があるかな。

 

「取材に来るの女かな!?女かな!?女子アナ!?よくよく考えたら女子アナってすげーネーミングだよな!女子のあ「だからそう言う真似を絶対にするな」

 

雄英の恥を外部に晒さないように相澤先生が注意を促していると、記者の人が口を挟んだ。

 

「そういうのやめましょう相澤先生。私は、寮生活をしている雄英生の生の生活を取材したいんです」

 

「特田さん。まだ入っていいとは」

 

「取材は午前8時から午後6時まで。もう始まってますよ」

 

特田というらしいその記者の人は時計を示して先生にアピールしながら説得する。

黙った先生を見た特田さんはこちらに向き直って自己紹介を始めた。

 

「皆さん、記者の特田です。今日は1日、よろしくお願いします。特別何かをしていただく必要はありません。皆さんがいつも送っている生活の様子を、カメラに収めさせてください。たまに質問するかもしれませんが、その時はよろしく」

 

「わぁ!爽やかイケメンだ!」

 

「女じゃねぇのかよ」

 

「困っちゃうね。僕は常日頃から輝いてるから、恰好の被写体になっちゃうよね」

 

「すげぇな青山」

 

特田さんに対して好き勝手に感想を述べていく皆を尻目に、先生がこそこそと特田さんと話している。

先生の思考は結論としては『この記者なにか考えてるようだが、犯罪の匂いはしない。まぁ好きにさせるか』というものだった。

少なくとも特田さんが今言っていた目的は嘘のようだ。何かを探りに来たみたいだし、実際に何かを企んではいるんだろう。

ただ悪意を感じない。青山くんの時のような恐怖で縛られている感じもない。思考と感情を見る限り根は悪い人ではなさそうだ。

波動は普通だし、トガの波動も混ざってないと思う。

思考が唐突に読めなくなったりもしないし、深く読んでも狂った思考をしているわけでもない。トガが変身しているということもなさそうだ。

私もとりあえず様子見でいいかな。先生と一緒に注意を払っておこうという程度の結論だった。

先生相手に小さく頷いておく。先生も意図を読み取ってくれたみたいだった。

 

 

 

そこから取材が始まった。

 

「1枚いいかな?」

 

透ちゃんと並んでご飯を食べていると、特田さんに声をかけられた。

ラフな格好で食事しているところを撮られるのは少し恥ずかしいけど、寮生活の写真となると仕方ない部分もある。

拒否はしないでおこう。ヒーローになるなら写真を撮られるのにも慣れておかないと駄目だと思うし。

透ちゃんはむしろはしゃいで撮ってもらおうとしている。

というよりも私に思いっきり抱き着いてきてポーズまで決め始めた。

 

「ほらほら瑠璃ちゃんも!ピースピース!!」

 

「ぴ……ぴーす……」

 

恥ずかしいけど、とりあえず透ちゃんに合わせてピースをしておく。

それと同時にシャッターを切られた。

これ、写真にすると私だけポーズを決めてるように見えるから余計に恥ずかしいんだよね。

 

特田さんはそのまま何枚か三奈ちゃんや響香ちゃん、百ちゃんたちも含んだ写真を撮った後、別のテーブルに移っていった。

青山くんが盛大にポーズを決めたり爆豪くんがぶちぎれていたり、だいぶ個性的な写真を大量に撮られていた気がする。

 

 

 

その後も特田さんは登校や授業風景の写真を撮っていった。

梅雨ちゃんが登校中に猫を見ている写真だったり、授業中にカメラをガン見してドヤ顔している青山くんの写真とか、本当に色々な写真を撮っていた。

 

その中で、ようやく特田さんの目的が分かった。

『最初から目星はつけている』とか『体育祭2位の轟焦凍も除外対象』とか、『彼の後釜』とか分かりやすすぎる思考が大量に読み取れた。

つまりこの人は寮生活の取材なんかじゃなくて、オールマイトの後継者がA組にいると睨んで探りを入れに来たのだ。

 

緑谷くん、駄目そうな気がするなぁ。

この間謹慎中の緑谷くんに虚を突かれた時の表情や態度を改めるように助言したのだ。

その時にも『や、やっぱり知ってたんだね!?』とか『ぼ、僕のせいだよね!?僕の思考を読んだから分かっちゃったんだよね!?』とかあたふたして問いかけてくるばかりだった。

オールマイトも緑谷くんも思考から駄々漏れだけど、それがなくても虚を突かれると表情や態度に出すぎているから何かあることが分かってしまうことも伝えたけど、愕然としたあとに呆然としてしまっていた。

緑谷くんの本質は何も変わっていないし、多少は気にかけてくれるだろうけど揺さぶりを掛けられたら絶対に挙動不審になると思う。

後継者であることがバレたら、ОFAの存在を知っている人には継承者であることは即バレだろう。

可能なら隠した方がいいんだけど……

今から緑谷くんに注意を促しに行ってもあまり結果は変わらないと思うし、私が監視しておいて世間に公表するつもりがあると判断したところで拘束が正解かな。

 

緑谷くんは今雨の中寮の玄関の辺りで蹴り技の練習をしている。

ちょうどそこにオールマイトが声をかけて、コンビニでオールマイトファンに押し付けられた肉まんを差し入れとしてくれていたところだった。

その後オールマイトは『次は君の……いや、君たちの番だ』と言って緑谷くんの肩に手を置いている。

その場面を特田さんの個性で身体から生やしたレンズでばっちり写真を撮られていた。ついでにオールマイトが肉まんを食べている写真も撮ってるっぽい。

これ、もう確信した上で証拠集めしている段階だよね。

これだけ周到に証拠を集めていっているのを考えると、もともと緑谷くんに当たりを付けていたんだろう。

今更隠したところで飛ばし記事のようなものを書こうと思えば書けてしまう。

やっぱりさっきの方針で間違ってはいないと思う。このまま見守ろう。

 

特田さんはそのまま緑谷くんに近寄って行って、話し込み始めた。

話している最中の特田さんの思考を読み続けていたけど、これなら多分大丈夫じゃないだろうか。

緑谷くんは案の定特田さんの理路整然とした推論による指摘で挙動不審になってほぼ自白していたけど、特田さんから悪意は変わらず感じなかった。

彼から感じ取れるのは、純粋なオールマイトへの憧れ、尊敬、羨望……とにかくそんな感じのプラスの感情ばかりだった。

思考からも『希望が失われていないことをどうしても知りたかった』、『希望は失われていないんだって胸を張って報道出来る』、『この写真、私の身体の中で大切にしまっておくよ。君の本を出版するときまで』というものが読み取れた。

これだけ純粋な波動の人なら、きっと大丈夫だと思う。後は彼の良心を信じよう。

新聞社にはさっき盗撮したオールマイトの買い食い写真で誤魔化すつもりみたいで、保身もばっちりのようだ。ある程度は信用出来ると思う。

 

緑谷くんには厳重注意が必要だろうけど。どれだけ他人に情報を漏らせば気が済むんだ。

 

 

 

「瑠璃ちゃん?さっきから目ぇ閉じて、何かあったの?」

 

透ちゃんがずっと目を閉じて波動の感知に集中していた私に声をかけてきた。

まあ誤魔化してもいいけど一部なら本当のことを伝えてもいいかもしれない。

ちょうど透ちゃんが食いつきそうなネタもあるし。

 

「ん……お茶子ちゃんも……大変だなと思って……」

 

「お茶子ちゃん?……はっ!?これは恋の匂いがするよ!!そうだよね!!」

 

私の返答に、透ちゃんは少し考え込んでから目を輝かせて聞いてきた。

 

「恋の匂い!?なになに!?何があったの!?」

 

三奈ちゃんまで透ちゃんの発した単語に反応して詰め寄ってくる。

 

「……今、特田さんが……緑谷くんに単独取材してた……お茶子ちゃんがやきもきしながら覗き見してたんだけど……特田さんが緑谷くんを引き寄せて自撮りツーショットを撮った瞬間……顔を紅潮させて……『なんなん!?』って……」

 

「これはお茶子ちゃんを問い詰めないと……!」

 

「今日はきゅんきゅんさせてもらえるんじゃないのこれは!?」

 

2人が黄色い声を上げつつそう言ったその時、お茶子ちゃんの声が玄関から響いてきた。

 

「皆肉まーん!!オールマイトからの差し入れだって!!」

 

その声に2人の目がキラリと妖しく輝いた。

2人はそのまま玄関に向かって走っていく。

 

「麗日ー!!ちょっとお話しよー!!」

 

「お茶子ちゃんお茶子ちゃん!肉まん食べながらでいいからじっくりと話を聞かせてよ!!」

 

「な、なに!?急にどうしたの!?なんなん!?」

 

玄関の方からお茶子ちゃんの困惑した声が響いてきた。

そのままお茶子ちゃんは共有スペースの方に連行されて2人に根掘り葉掘り聞かれていた。

私もその話を横で聞いていたけど、お茶子ちゃんはあわあわしたりちゃうわ!って言ったりと忙しそうだった。

2人による恋バナという名の尋問は、梅雨ちゃんが夕食が冷めるって呼びに来てくれるまで続いた。



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インターンの行き先(前)

「1年生のヒーローインターンですが、昨日協議した結果校長をはじめ多くの先生が"やめとけ"という意見でした」

 

ホームルームで相澤先生がインターンに関しての説明を始めた。

それがいきなり否定的な内容で、お姉ちゃんたちの話を聞いて期待に胸を膨らませていた皆は不満の声を漏らし始める。

 

「えーあんな説明会までして!?」

 

「でも全寮制になった経緯から考えたらそうなるか……」

 

「ざまァ!!」

 

「参加できないからって……」

 

インターンが立ち消えになりそうな雰囲気に、仮免を持っていなくてインターンには絶対に行けない爆豪くんが嬉しそうにしている。

 

「が、今の保護下方針では強いヒーローは育たないと言う意見もあり、方針として"インターン受け入れ実績が多い事務所に限り、1年生の実施を許可する"という結論に至りました」

 

「ガンヘッドさんのとこどうなんやろー……」

 

「セルキーさん連絡してみようかしら」

 

「……クソが!!」

 

「爆豪くん……みみっちぃ……」

 

「あっ!!?」

 

爆豪くんが一喜一憂しているけど、他人の不幸を喜んでいたらそんなことはなかったからそのことに文句を言うなんていうみみっちさに笑ってしまう。

自分が行けないのが悔しいとか遅れているのを見せつけられるのが嫌だとか、理由は理解できなくもないけどヒーロー志望としてちょっとどうなんだという態度だ。

それはそれとして、インターン受け入れ実績を見るとなるとミルコさんは絶対無理な気がする。

ミルコさんは実力は申し分ないけど、代わりに実績はほぼ皆無に等しい。むしろ私以外に職場体験やインターンの受け入れなんてことをしたことがあるのかすら怪しい。

 

「波動には個別に話がある。この後職員室に来い。以上だ。解散」

 

最後にそう言って先生は教室から出ていった。

……最近個別の呼び出しが多いんじゃないだろうか。

思考を見る限りインターンに関してみたいだけど、なんで私だけを呼ぶのかがよく分からない。

考え込んでいると透ちゃんが近づいてきて声をかけてくれる。

 

「瑠璃ちゃんまた呼び出し?一昨日も呼び出されてなかった?」

 

「思考的に……インターンのことっぽい……前回とは内容が違うけど……よく分からない……」

 

「心当たりなしかー。っと、呼び止めちゃった。待ってるから、行ってきちゃいなよ!」

 

「ん……ありがと……ちょっと行ってくるね……」

 

待っていてくれるという透ちゃんにお礼を言ってから職員室に向かった。

 

 

 

職員室では相澤先生が待ち構えていて、すぐに先生の席まで通された。

 

「話というのは他でもない。インターンに関してだ。すまんが、お前にだけは別の条件を付け加えることになった」

 

「条件……?」

 

いきなりすぎる話だった。私にだけ条件を付け加えるというのが意味が分からない。

 

「ああ。まず事情を説明する。仮免試験後から、公安が妙にウチの1年のインターンの時期を気にしていてな。確かに1年生からインターンを行うと言うのは異例ではあるんだが、ここまで注視する意味が分からん。ヴィラン連合への対策がどうなっているのか確認するためなんて説明をしていたが、それで2年生以上の対策を聞いてこないもんだからさらに理解できん」

 

「……確かに……意味不明ですね……」

 

先生の言うことは尤もだった。他の学年の話を聞かずに、1年生のインターンの時期だけを連合対策なんて理由だけで聞いてくるのは確かに意味不明だ。

 

「1年の仮免取得を早めていたことからインターンも早めることは予測できたことだ。こんなことを受験の申し込みをした段階や神野事件の段階で聞いてこなかった理由が分からん。だが、公安の態度が変わったタイミングを考えてようやく理解できた」

 

「……仮免試験ですか……?」

 

「ああ。お前の個性の詳細が公安側に知られた後から態度が変わったと考えると合点がいく。つまりお前を利用したいがために、インターンの時期を気にしていると考えるのが妥当だ」

 

「……なるほど……」

 

公安委員会が私の個性を利用してやらせたいことがあるから気にしていると考えるのなら、確かに理解できる。

でも表立って学校経由で依頼してこない理由はなんだ。調査なのか救助なのか偵察なのかは分からないけど、あまりいい印象は受けない。

 

「直接言ってこないで遠回しに確認してきていることから、あまり表立って言える内容ではないと考えるべきだ。そこで、お前にのみ条件を付け加えることとした。"理不尽な要求を公安にされた場合に跳ねのけることが出来るだけの胆力を持っている者"であること。これを条件として付け加える」

 

「……気の弱いプロヒーローだと……良いように使われる可能性があるって……ことですか……?」

 

「……言い方は悪いが、そうだ。公安が回したい仕事というのがどういうものか分からんが、直接依頼してこない時点であまり信用できん。だが、お前だけインターンに行かせないというのも成長の機会を奪うことになる。だからこの条件だ。代わりに、学生の安全を確保できるだけの実力と言いなりにならない胆力があると判断できれば、実績はある程度は目を瞑るつもりだ」

 

先生の言うことは尤もだった。

私が直接確認していないからあくまで先生の予測でしかないけどそう考えると納得がいくし、付けてくる条件も理解できる。

でもこの条件なら、ミルコさんは当てはまるんじゃないだろうか。

実績なんて皆無だろうけど、ビルボードチャートJPでトップ10の実力者だし、誰かの言いなりになったりはしない人だ。

 

「……先生……もし受け入れてもらえるなら……ミルコさんなら……学校側は容認してくれますか……?」

 

「ミルコか……確かにあいつなら言いなりにはならんか……実力も十分ではある……だが、受け入れの可能性はあるのか?ミルコはサイドキックすら取ったことがない一匹狼だろ」

 

受け入れてもらえる可能性はあると思う。

ミルコさんは、学生の間だけなら面倒をみてやるって言ってくれた。

電話を掛ければ、忙しいタイミングじゃなければちゃんとアドバイスもしてくれている。

卒業後にサイドキックにしてくれることはない気がするけど、卒業までなら受け入れてくれるかもしれない。

 

「ミルコさん……学生の間だけなら……面倒を見てくれるって……言ってくれたんです……プライベートの電話番号もくれて……たまにアドバイスも貰ってます……可能性は……あると思います……」

 

「……分かった。こっちでも校長に確認しておく。もし受け入れが出来るというなら他の奴らに言わずにこっちに伝えろ。示しをつけるためにも先方から指名があったという体にする」

 

「はい……!ありがとうございます……!」

 

今日の夜あたりに電話をしてみよう。

ミルコさんのパトロールが終わる時間は把握しているし、それ以降なら普通に対応してくれるだろう。

 

「失礼しました……!」

 

私が早々に出ていくと、鼻息の荒い緑谷くんとすれ違った。

インターンの件でオールマイトに頼みたいことがあるみたいだけど、オールマイトからサー・ナイトアイに紹介してもらうっていうのは無理があるんじゃないだろうか。

オールマイトの寿命の話って間違いなくナイトアイの予知によるものだろう。その状況でサー・ナイトアイがオールマイトに一切関わっていないなら喧嘩別れとかしてそうだ。

 

 

 

透ちゃんと一緒に寮に帰って食事やお風呂を済ませた後、私はさっそくミルコさんに電話をかけていた。

いつも通りサバサバしたミルコさんに、挨拶もそこそこに本題に入る。

 

「お願いしたいことがあって……インターンとかって……ミルコさんのところでやらせてもらえませんか……?」

 

『インターン?お前、もう仮免持ってんのか?』

 

「はい……!つい先日、合格しました……!」

 

カリッて音がするから多分生人参齧ってるなミルコさん。

仕事終わりの1本な気がするから邪魔して申し訳ないとも思うけど、私にとってはすごく大事な話だ。

 

「それに……波動も上手く扱えるようになってきましたし……!ある程度戦えるようにも……なったんです……!ミルコさんにも見てもらいたくて……!」

 

『私は卒業後に雇うつもりはないから、進路が狭まるぞ。来なくても今まで通りアドバイスだけならしてやるから、他の奴のとこに行った方がいいだろ』

 

「私がミルコさんの所がいいって……思っているのも……あるんですけど……実は……事情があって……」

 

そして私はミルコさんに事情を説明し始めた。

仮免試験で事情があって公安委員会の人に個性の詳細を読心も含めて伝えたこと。

それ以降、公安委員会の態度が変わって妙に1年のインターンの時期を気にし始めたこと。

学校は何か表立って言えない仕事をやらせようとしているのではないかと予測していること。

それを受けて、インターンの受け入れ先に条件を付けられたこと。

トガの襲撃以外は全部包み隠さず話した。

 

『あー、なるほど。あいつらならやりかねねーな。それで?私なら言いなりになることは絶対にないだろうってことか?』

 

「はい……それもあるんですけど……実力と胆力を併せ持った人なら……私の場合は実績には目を瞑ってくれるって……言われたんです……ミルコさんなら……強くて……胆力もあるから……私も……安心だなって……思って……」

 

『……まあ、そう言われるのは悪い気分じゃねーが……いいんだな?卒業後は本当に面倒見ないぞ』

 

「はい……!大丈夫です……!それでもミルコさんのところが……いいんです……!」

 

ミルコさんは少し考え込んだ後、やれやれといった感じで答えてくれた。

 

『分かった分かった。受け入れてやる』

 

「本当ですか……!?」

 

『ああ。こんなんで嘘吐いてどうすんだよ』

 

「ありがとうございます……!嬉しいです……!」

 

ミルコさんがインターンを了承してくれた。

仕方なさそうな感じではある言い方だけど、嫌がっている感じではなかった。

嬉しくて思わず笑顔になってしまう。

 

『んで?私はどうすればいいんだ?』

 

「今……先生に最終確認してもらってるんですけど……問題なければ……他の生徒に示しを付けるためにも……ミルコさんから指名があって……協議したって体にしたいみたいで……」

 

『まあ確かに一度指名してるからな。そのくらいは別に問題ねえが』

 

「ありがとうございます……なので……それが終わったら―――……」

 

 

 

それからしばらくミルコさんと書類のことを話したり、簡単な雑談をしたりしてから電話を切った。

それと同時にスマホからコール音が響いた。

お姉ちゃんからの電話だった。すぐに応答する。

 

「お姉ちゃん……?どうしたの……?」

 

『やっとつながったー!珍しいね!瑠璃ちゃんが長電話なんて!』

 

「ん……ちょっとね……」

 

『お?何かいいことあったでしょ?声が弾んでるね!』

 

声の調子だけでいいことがあったことを言い当てるお姉ちゃんは流石だ。

そんな風に思っていたらお姉ちゃんが話を続けた。

 

『っとと、そうだった。ね、瑠璃ちゃん、麗日さんと蛙吹さんについて聞きたいことがあって―――……』

 

お姉ちゃんの用件はお茶子ちゃんと梅雨ちゃんのことに関してだった。

3年生寮のお姉ちゃんの思考を見る限り、2人をリューキュウの所に推薦するつもりだろうか。

その情報収集の一環として私に話を聞きたいってことか。

2人にとってもすごくいい話だし、私も快く2人のことをいっぱい話した。



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インターンの行き先(後)

それから時は過ぎて週末になった。

ミルコさんに許可を貰えたことは翌日早々に相澤先生に伝えてある。

緑谷くんは今日サー・ナイトアイの所に行くみたいだ。

すごくいそいそと準備をしている。

 

それはそれとして今日は百ちゃんが皆のために予習会を開くことになっている。

私も教師側として呼ばれているし、透ちゃんも生徒側として参加することになっている。

他の生徒側は三奈ちゃん、響香ちゃん、上鳴くん、尾白くんだ。

基本的に百ちゃんが教えて、私は読心で間違った思考をしている所や躓いている所をフォローする予定だ。

 

透ちゃんと合流してから1階に降りると、上鳴くんと峰田くん、それに常闇くんと切島くんがいた。

 

「おはよー!」

 

「おはよ……」

 

「はよー」

 

挨拶をしあってからのんびり洗面所に行ったりして勉強会に備えて準備を進める。

やるべきことは終わったし、紅茶でも淹れようかな。

そう思ってお湯を沸かし始めてしまう。

 

「休みだねー」

 

「特訓に仮免とバタバタしてたから、今日くらいゆっくり「おはよー!!!」

 

のんびりと歯を磨いていた上鳴くんと峰田くんの近くを、緑谷くんが嵐のように過ぎ去っていった。

 

「しろよ!ゆっくり!」

 

峰田くんの文句も尤もだ。

大事な日なのは分かるけど、それならもっとゆったりと余裕を持って行動すべきだ。

 

「あっちの2人も、週末は仮免の講習か……今日俺らヤオモモの予習会やんだけど、お前らも来る?」

 

「わり、俺らも用事ある」

 

上鳴くんが仮免講習に向かった爆豪くんと轟くんの背中を見つつ切島くんたちを誘ったけど、用事があったらしく拒否されていた。

それにしても爆豪くん、『後ろ歩け!』とか大騒ぎしているけど本当に大丈夫かな。あの口の悪さを治さないで講習をパスできるんだろうか。心配だ。

それはそれとしてお湯が沸いた。

 

「紅茶淹れるけど……皆……飲む……?」

 

「飲むー!」

 

「俺も貰っていいか?」

 

「頂こう」

 

透ちゃんがすぐに反応したのを皮切りに、切島くんと常闇くんも希望してくれた。

上鳴くんと峰田くんは歯磨きしていたのもあっていらなかったみたいだ。

人数分淹れてテーブルに持っていく。

 

そのタイミングで峰田くんが口を開いた。

 

「今日のおかずどうしよ」

 

「……それぞれのライフスタイル」

 

「おかず?お昼ご飯の話?」

 

「……女子がいるところで……そう言う話しないで……」

 

透ちゃんがブドウ頭の戯言に純粋な反応を返している。

私も一瞬おかずってなんのことだって思ったけど、思考を読んで理解できてしまった。

何を口走ってるんだこのブドウ頭。

そういう話をするにしてもせめて女子がいないところでやって欲しい。

透ちゃんは疑問符を浮かべたままだったけど、私の反応を見て下ネタだって理解できたようだ。

ブドウ頭をぽかぽか叩いていた。

 

 

 

休日は予習会であっという間に過ぎ去っていった。

百ちゃんの的確な解説に加えて、私が理解できていない所を指摘して補足していったから、多分今日の範囲は皆ちゃんと理解できたと思う。

夕方になって共有スペースに戻ると、緑谷くんたちも戻って来ていた。

サー・ナイトアイにインターンを受け入れてもらえたらしい。

だいぶ頑張ったみたいだ。

 

「インターン先決まったんだぁ!よかったねぇ、デクくん!」

 

「凄いじゃん!」

 

「おめでとう緑谷くん!俺もうかうかしてられないな!」

 

「けど本当にすげぇよ緑谷」

 

「通形先輩の推薦でサー・ナイトアイの事務所だって?よかったなぁ!」

 

緑谷くんの報告に、皆が口々に賞賛の言葉を贈っていく。

実際サー・ナイトアイの事務所にインターンは結構凄いと思う。

 

その一方で緑谷くんの思考は結構後ろ向きな感じだった。

『僕に、ОFAを諦めさせるための採用なんて言えないや……』とか考えている。

どんな理由でも採用してもらえるなら、それだけの価値があると判断してもらえたってことだと思うんだけど。

 

「……どんな理由でも……採用は採用……緑谷くん……凄い……」

 

「あっ、そ、そうかな。ありがとう……!」

 

私が思考を含めた称賛の言葉を贈ると、緑谷くんは驚いた後に少し照れくさそうにお礼の言葉を言ってきた。

 

そんな感じで話していると、やっぱり皆の話題はインターンのことになっていった。

 

「学校側から、ガンヘッドさんインターンの実績が少ないからダメやって言われたぁ……」

 

「私も、セルキーさんの所に行きたかったわ」

 

「フォースカインドさん、インターン募集してねぇんだもんなぁ」

 

お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、切島くんがぼやく。

 

「瑠璃ちゃんは?ミルコさんダメだった?」

 

「そもそも……ミルコさんはサイドキックすらいない……実績なんて……あるわけない……」

 

「そっか、そうだよねぇ……」

 

「つーか元から敷居が高いんだよ……インターンの受け入れ実績があるプロにしか頼めないにしても、ミルコすらダメってやべーだろ……」

 

「仕方ないよ。職場体験と違ってインターンは実践。もし何かあった場合「プロ側の責任問題に発展する」

 

私も相澤先生に私からは言うなって言われていたから話を合わせておく。

皆でぼやき続けていると相澤先生が割って入って来た。

 

「リスクを承知のうえでインターンを受け入れるプロこそ本物。常闇、その本物からインターンの誘いが来ている。九州で活動するホークスだ」

 

「ホークス!?ヒーローランキング3位の!?」

 

「流石だなぁ……」

 

常闇くんはホークスからの指名まで受けたらしい。インターンで指名ってよっぽどだし、本当にすごい。

 

「どうする、常闇」

 

「謹んで受諾を」

 

常闇くんも表情は憮然としているけど、内心が歓喜に満たされている。

すぐに承諾していた。

 

「それから、波動」

 

「……はい……」

 

相澤先生はここで私の話もまとめてしてしまうつもりみたいだった。

基本的に知らない体で話を合わせておくべきかな。

 

「お前にもインターンの誘いが来ている。ミルコからだ」

 

「ミルコ!!?」

 

「ミルコさんってさっき瑠璃ちゃんが実績ないって言ってたのにいいんですか!?」

 

「だよな!?ありなんですか!?」

 

皆も混乱してしまっていて先生を問いただす感じになっている。

まあ実際実績云々を無視できるならインターンに行ける人も増えるだろうから気になるのも当然だろう。

 

「ミルコに関しては先方から指名があり、ビルボードチャートトップ10と実力も突出していることから、会議の結果認めることとした。つまりほぼ特例ということだ。他の者も同様に指名があれば会議で判断するが、基本的によほどの実力者からの指名でなければ通るとは思うなよ」

 

「確かにミルコの所なら危険なんてないだろうけど……」

 

「瑠璃ちゃん、ミルコさんにプライベートの連絡先まで貰って気に入られてるもんねぇ。指名も来るかぁ」

 

「にしても、常闇も波動もビルボードチャートトップ10入りしてるプロから指名とかすげぇなぁ」

 

皆も一応理解は示していた。

透ちゃんなんかは私がたまにミルコさんと連絡を取っていることを知っているから、特に納得した感じになっている。

 

「それで……波動はどうする」

 

「喜んで……受けさせてもらいます……」

 

「分かった。常闇と波動には後でインターン手続き用の書類を渡す。それぞれインターンに行く日が決まったら教えろ。公欠扱いにしておく」

 

先生はそこで一回話を切った。

 

「良かったね!瑠璃ちゃん!」

 

「ん……ありがと……」

 

透ちゃん含めた女子に祝福されて少し嬉しくなってしまう。

常闇くんの方も男子が集まって同じように祝福していた。

 

「それから切島。ビッグ3の天喰がお前に会いたいそうだ。麗日と蛙吹にも姉の方の波動から話があるらしい。明日にでも会って話を聞いて来い。以上だ」

 

先生はそこまで言って早々に立ち去っていった。

 

「天喰先輩、何の用だろ」

 

「やはり、インターン絡みの話ではないかしら!?」

 

「嘘ぉ!?もしそうなら期待してまう!!」

 

お茶子ちゃんたちもこの流れでの話に期待が大きくなっている。

 

「少なくとも……お茶子ちゃんたちは……インターン絡み……少し前に……お姉ちゃんに……お茶子ちゃんたちのこと……色々聞かれた……」

 

「ほんと!?」

 

「お姉さんのインターン先って言うと……」

 

「ドラグーンヒーロー……リューキュウのとこ……」

 

私がそこまで伝えると、皆はまたざわめきついた。

 

「リューキュウって、そっちもチャートトップ10のヒーローじゃねーか!?」

 

「もし本当にインターンの誘いなら凄くない!?」

 

皆もどんどん盛り上がっていった。

リューキュウがどんなヒーローかとか、天喰さんがファットガムの所にインターンに行っているとか、ホークスやミルコさん、サー・ナイトアイのこととか、様々な話題がどんどん湧いてきていた。

切島くんも同じ流れで呼ばれているし、緑谷くんが通形さんの推薦を受けているのもあって同じように自分も推薦してもらえるのではという期待が大きくなっていっている。

どんどん高まる期待に、お茶子ちゃんたちは我慢できなくなったようだった。

 

「明日まで待てねぇ!俺、3年の寮に行ってくる!」

 

「お茶子ちゃん、私たちも行きましょ!」

 

「うん!」

 

3人は期待に胸を膨らませながら3年生の寮の方に駆けていった。

 

 

 

「いいなぁ麗日たち」

 

「俺らも頑張ろうぜ!」

 

「へっ、何がインターンだ。1年の俺らが行っても、雑用を押し付けられるのがオチだってーの」

 

三奈ちゃんの胸をいつものようにアレな表情で見ていたブドウ頭がやさぐれた感じで呟いた。

それにしても、このブドウ頭本当に隙あらば女子の身体を見てるな。

文句を言っているときまでそれってどういうことなんだろう。

とりあえずそっちを見ないようにブドウ頭の頭を後ろから叩いておく。

その様子に苦笑しながら上鳴くんがブドウ頭にツッコミをいれた。

 

「それはお前の職場体験だろ?」

 

「思い出させるなよ黒歴史ぃ!!」

 

ブドウ頭は頭を抱えながら嘆き始めた。

Mt.レディの所での職場体験、どれだけトラウマになっているんだろう。

さっきまでインターンに行ける私たちに対する羨ましさからちょっとなんとも言えない空気になっていたけど、峰田くんのおかげで皆の顔に笑顔が戻っていた。

峰田くんのエロ命の姿勢は一切評価できないけど、こういうところは憎めないのかもしれない。



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初めてのインターン

インターン先が決まった数日後。

今日はお茶子ちゃんと梅雨ちゃん、切島くんがインターンに行っている。

緑谷くんは昨日早速サー・ナイトアイの所にインターンに行って、すごくへこんで帰ってきていた。

どうやらエリちゃんという女の子を助けられなかったことやオールマイトに秘密にされている諸々のことで思い詰めているらしい。

エリちゃんの方は私からはどうしようもないけど、オールマイトの方は緑谷くんが問い詰めれば多分教えてくれるんじゃないかな。

家庭訪問の後からオールマイトの心持ちがだいぶ変わっているし。寿命に抗おうとしている感じがするのだ。

 

「授業が始まるぞ!!麗日くんと梅雨ちゃんくんがまだ来ていないが!?」

 

「公欠ですわ委員長」

 

お茶子ちゃんたちが来ていないことに気が付いた飯田くんが大声で確認して、それに対して百ちゃんがスッと答える。

それにしても今日は飯田くんの動きが一段とキレがいい。どれだけ気合を入れているんだろうか。

 

「そっちも切島いなくね?」

 

「切島も公欠だよ。インターン」

 

インターンの話題で皆が盛り上がり始めると、透ちゃんが私にも確認してきた。

 

「瑠璃ちゃんはまだ行かないの?」

 

「ん……ミルコさんからは……近くに来たら呼ぶって言われてる……」

 

「あー、事務所がないとそういう感じになるんだ」

 

「それもあると思うけど……ミルコさんの気が向いた時に……呼びたいだけだと思う……」

 

「……確かに、ミルコならそれもありそう……」

 

「俺より一歩先の話をするんじゃねぇ!!」

 

透ちゃんと話していたら前の席の爆豪くんが頭を抱えながら怒鳴ってきた。

どれだけ嫌なんだ。

 

緑谷くんの方は緑谷くんの方で、完全に上の空になっている。

さっきから峰田くんとか三奈ちゃんが話しかけているのに「んあうん」とかいう生返事しか返していない。

 

そろそろホームルームだななんて思っていたらスマホが振動した。

確認してみるとミルコさんからの電話だった。

……もう大体予想はついた。

 

『やっと出たか。今から甲府まで来い』

 

「今からですか……?甲府に今からって……2、3時間かかりますけど……」

 

『私も今協力要請受けたんだよ。ヴィランが人質取って立てこもってるってな。近くに被害なしで対処できそうなヒーローがいねぇとかで、到着まで1時間はかかる私に依頼してきた。結構人質がいるみたいでな。私一人で強引に突入しても人質の被害0に出来るかは運任せだ。こういうのは私よりもお前の方が向いてる。今更1、2時間増えてもそんなに変わらないだろ。いいから来い。甲府の駅で待ってるからな』

 

「……分かりました……急いで向かいます……」

 

『おう、なるべく早くな』

 

ミルコさんはそこで電話を切った。

隣で聞いていた透ちゃんも急な話過ぎて呆然としている。

 

「きゅ、急だね」

 

「でも必要としてくれてるって……ことだから……急がないと……」

 

「それもそうだね!頑張って来てね!瑠璃ちゃん!」

 

「ん……!行ってくる……!」

 

とりあえずコスチュームを持って大急ぎで相澤先生の方に向かわないといけない。

爆豪くんが凄まじい形相になっていたけどスルーして教室を出た。

先生はホームルームのために廊下を歩いている所だったからすぐに合流できた。

 

「今から?」

 

「はい……ついさっき電話で……今から甲府に来いって……」

 

「はぁ……分かった、公欠扱いにしておく。行ってこい」

 

「あの……青山くんの腕輪のことも……」

 

「分かってる、気にするな。いいから行け。急いでるんだろ」

 

「はい……!」

 

ミルコさんの傍若無人っぷりに呆れているけど、承認はしてくれた。

腕輪のことも最低限お願いしたしなんとかしてくれるだろう。

そう思いながら大急ぎで駅に向かった。

急いでいたらヒーローが声をかけてくれて、事情を話したら駅まで送ってくれて時間短縮が出来たりもしてすごく助かった。

 

 

 

静岡から電車を乗り継いで甲府まで移動した。

やはり電車だけで2時間ちょっとかかってしまった。

流石にこの長時間の移動を普通の電車に乗ってとなると、コスチュームを入れたアタッシュケースが重くて仕方ない。

 

「おう、やっと来たか。遅かったじゃねーか」

 

「移動開始してから3時間かからないくらい……予定通りです……」

 

「ま、そうだけどな。とりあえず現場はまだ膠着状態だ。早く着替えてこい」

 

ミルコさんにそう言われて着替えてくるように促される。

でも駅に更衣室なんてあるわけもないし、ミルコさんも思考を見る限りさっきまで現場にいて今私を迎えに来ただけって感じだ。

 

「着替えって……どこでしてくればいいですか……?」

 

「まだホテルも取ってないからな。そこに多目的トイレあるだろ。そこで着替えてこい。ヒーローがコスチューム着るために使うつったら怒るやつなんかいねえよ。リオル」

 

「トイレ……いえ、分かりました……ちょっと待っててください……」

 

指示された通りに多目的トイレに入ってささっと着替えてしまう。

そのままミルコさんの方に戻る。

 

「行くぞ。まだ大丈夫とは言っても、人質がいることには変わりないからな」

 

「はい……急ぎましょう……」

 

ミルコさんはそう言うと足早に歩きだした。私もそれを追いかけるようについていく。

コスチュームで街を歩いていると相変わらず市民の人たちの視線を感じる。

ミルコさんはそんなの一切気にした様子もなく話し始めた。

 

「移動中に状況だけ伝えるぞ。場所はこの近くのでけぇ銀行。そこに銀行強盗がおそらく4人入り込んでいる。個性の詳細はまだはっきりしていない。人質は襲撃時にいた客と職員全員。総数もまだ不明だ。警察に対しては逃走車とその後の追跡禁止を要求してる感じだな。この状況で下手なヒーローが踏み込んでも人質を危険に晒すだけだ。犠牲者0にするには私でもリスクが残るからな。だからお前を呼んだ」

 

「私が……強盗と人質の配置を確認して……隙を見て突入指示を出せばいいですか……?」

 

「それが一番の仕事だな。だが、お前も成長したんだろ?」

 

「……はい……!前よりも……ずっと戦えるようになりました……!」

 

「ならそれを見せてみろよ……ほら、あそこだ」

 

そう言ってミルコさんが示した銀行の周りには、たくさんのパトカーが止まっていた。

警察はもちろんヒーローコスチュームを着た人も数多くいる。

 

「ヒーロー……多いですね……」

 

「ああ。だがこれだけいても人質が多くて踏み込めないのが現状だ」

 

「ミルコ!お待ちしていました!」

 

ミルコさんと近づくと警察の人が駆け寄って来た。

警察の人はミルコさんを見た後に私の方に視線を移してまじまじと見てくる。

 

「こちらが?」

 

「ああ。ほら、自己紹介」

 

「はい……ミルコさんのところでインターンをさせていただいています……雄英高校1年……ヒーロー名……リオルです……」

 

「ミルコから適任者を連れてくると聞いていました。急な招集に応じていただきありがとうございます!」

 

「いえ……全然大丈夫です……」

 

思考を見る限りこの現場の警察のトップの人だと思うんだけど、腰が低くてぺこぺこしてくる。

学生で子供の私にこんな態度を取られると凄く恐縮してしまう。

仮免とはいっても、これがヒーローに対する扱いってことなのだろうか。

 

「で、状況は変わってねぇな?」

 

「はい。ヴィランたちが焦れてきてはいますが、車の準備に時間がかかっていると誤魔化し続けています」

 

「よし、情報集約してるところがあんだろ。そこに通せ」

 

「はい!」

 

警察の人に現地の対策本部のような場所に通される。

そこには銀行の間取り図とかいろいろな道具が置かれていた。

 

「リオル」

 

「はい……」

 

ミルコさんは私に声をかけてから壁に寄りかかって完全に傍観の構えになった。私に任せるつもりみたいだ。

ミルコさんに指示された通りに銀行の中の波動を注視する。

人質は全員で33人かな。だけど、ちょっと気になる人がいる。

 

「……ヴィラン……4人で間違いないんですか……?」

 

「はい、間違いないはずですが……」

 

警察の人に確認するとそう返事が返ってくる。

確かに人質の周りを固めているのは4人だ。これをヴィランとして扱っているんだろう。

だけど、人質の中に1人悪意を感じる人がいる。

思考も襲撃のことを考えていて、恐怖や焦燥とかで思考を埋め尽くされている他の人質とは全然違う。

 

「……人質の中に……もう1人紛れ込んでいます……ヴィランは5人です……」

 

「なっ!?それは本当ですか!?」

 

「はい……人質は32人……この位置にいます……その人質たちの中に紛れ込んでいる……帽子を目深にかぶった……大柄な男から……悪意を感じます……彼は間違いなくヴィランです……」

 

人質が集められている場所を間取り図で指さしながら説明していく。

さらにヴィランが立っている場所、それぞれの思考から予測される個性とか、読み取れる情報をどんどん伝えていく。

個性に関して分かったのは人質の周りを固めている4人のうちの3人だけ。

手から火を出す、遠くを見ることができる、見た目通りの異形のクワガタだ。

遠くを見れるっていうのがどのくらいか分からないのがちょっと厄介だけど、巡回している4人は誘い出せばミルコさんなら制圧できると思う。

ちょうど車が届かないってことで焦れている状況みたいだし、車の準備が出来たって誘い出せばいいんじゃないかな。

『車の準備が出来たら早く離脱する』っていう思考がひしひしと伝わってくるし。多分保険のヴィランが人質に紛れ込んでいるから普通に出てくると思う。

移動にそんなに人質を連れて行くとは思えないし、多分人質を数人抱えてるくらいならミルコさんなら気にしないで制圧できるだろう。

 

保険として潜り込んでいるだろうヴィランは私が対処すればいいかな。

自分が一味の1人だと気が付かれていないと余裕の思考をしているし、虚を突けば私でも制圧できると思う。

ミルコさんが制圧を開始するのと同時に、近くの窓を叩き割って侵入すればいいと思う。発勁なら簡単に割れるだろうし。

 

「ミルコさん……ミルコさんなら……車に乗るために出て来た4人……人質が1人2人いても制圧できますよね……」

 

「ああ。そのくらいなら余裕だな」

 

「中のヴィランは……私が対処するので……ミルコさんには……4人の方をお願いしてもいいですか……?ミルコさんが動き出したタイミングで……私も動き出します……」

 

「よし。じゃあさっさと行くぞ。警察も、やることは分かってるな?」

 

「はい!今から車の準備が出来たことを伝え、誘き出します!」

 

警察の人が慌ただしく動き出すのを尻目に、私たちは対策本部を離れた。

 

 

 

ミルコさんは隣の建物の屋根に跳躍で登って銀行の屋根に飛び移った。

どうやらそこで待機するつもりらしい。

私もヴィランたちの視界に入らないようにしながら突入予定の窓の近くに待機する。

警察が囮に使うつもりらしい車を正面玄関近くの道路に止めている。

そろそろか。

 

手と足に波動を圧縮し始める。

ゆっくりと片手で波動弾を作っておいて、時間をかけて少しでも両手で作ったものと同じ大きさになるようにどんどん波動を練り上げていく。

その状態になってから2分くらい経った頃、中のヴィランたちが動き出した。

 

4人は手近な人質を1人連れて出口に向かっていく。

そしてヴィランたちが正面玄関から出た瞬間、ミルコさんが屋根から飛び降りた。

それに合わせて私は左手で窓ガラスに発勁を放って叩き割る。

それと同時に片足から波動を噴出して銀行の中に飛び込む。

人質の人たちが驚愕してこっちを見ているのが分かる。

非常事態が起きたことを理解したらしい人質の中に紛れている男が、手近な人質を掴もうとしている。

その手に向けて、勢いよく波動弾を射出した。

 

「波動弾……!!」

 

波動弾は狙い通りヴィランの手に当たって、ヴィランを大きく怯ませた。

他の人質たちは今悲鳴を上げて散り散りになっていった。

残ったもう片足から波動を噴出して、空いたスペースを吹き飛んで一気にヴィランとの距離を詰める。

 

右手に波動の圧縮を始めているけど、発勁と真空波どちらをするにもまだ圧縮が足りない。

だから、左手に波動を集めて左手側の身体強化をしておいた。

突撃の勢いを利用して左手でそのままヴィランの顔を殴る。

 

「発勁……!!」

 

さらに怯んだ隙を利用して、圧縮が終わった右腕で腹部に発勁を叩き込んだ。

意識は失っていないけど悶えているヴィランをそのまま地面に叩き込んで拘束してしまう。

 

「これで……このヴィランは大丈夫……ミルコさんは……」

 

すぐにミルコさんの方にも意識を向ける。

だけどその必要はなかった。

ミルコさんは既に人質を救出しつつ4人をダウンさせていた。

流石すぎる。

 

そして警察も銀行の中になだれ込んで来た。

すぐに私が拘束していたヴィランを拘束具を使って拘束している。

ミルコさんの方のヴィランも同じように拘束されていっていた。

 

完全に解決した雰囲気が漂い少しの間沈黙が辺りを支配した後に、歓声が響き渡った。

人質の人たちも手を取り合って喜び合っている。

怪我人もいないみたいだし、本当に良かった。

 

私が安心していたらミルコさんが近づいてきて乱暴に頭を撫でられた。

 

「上出来だ。本当に戦えるようになってるじゃねえか」

 

「ありがとうございます……!ミルコさんも……流石です……!」

 

「このくらい朝飯前だよ。お前もいい動きだった」

 

「ミルコさんのアドバイスの……おかげです……!発剄も波動弾も……!ミルコさんのアドバイスのおかげで……出来るようになったものなので……!」

 

ヒーローとしてミルコさんの役に立てたことが嬉しかった。

ミルコさんとそんな風に話していると人質だった人たちや野次馬だった人たち、さらには報道の為に来ていた記者まで周囲に集まり出した。

ヒーロー名を聞かれたり揉みくちゃにされたりお礼を言われたり、照れ臭かったけど自分が仮免とは言えヒーローになったことを実感出来た。

写真も沢山取られたりしたけど、ミルコさんはよかったんだろうか。記者の人たち、完全に私のことをミルコさんのサイドキックとして認識してたけど。

ミルコさんは一切記者のことは気にせずに一般の人たちにファンサービスをしていた。

 

それからしばらく一般人や記者の対応をしてから現場を離れた。

ミルコさんはそのまま近くにホテルを取るみたいだ。

また呼びたいときに呼ぶってはっきり言われた。とりあえず明日は呼ぶつもりはないらしい。

私はミルコさんの誘いで一緒に食事をしてから雄英に戻った。

寮に着くころには外は真っ暗になっていた。



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協力要請?

翌日になって、私は普通に登校していた。

昨日は帰った後に透ちゃんを筆頭にした皆に質問攻めにあって大変だった。

お茶子ちゃんたちも今日はインターンはないみたいで、ちゃんと登校してきている。

3人とも昨日は事件解決に関わったみたいで結構遅い時間に帰ってきていた。

今日は常闇くんが公欠になっている感じだ。

 

そして朝になって昨日の事件のゴシップ的な部分がニュースになり始めたのか、皆スマホを持って騒ぎ始めていた。

 

「切島コラァ!!!お前名前!!ネットニュースにヒーロー名載ってるぞスゲェ!!!新米サイドキック烈怒頼雄斗(レッドライオット)爆誕!!初日から市民を背負い単独ヴィラン退治だってよぉ!!」

 

疲れでボケーっとしていた切島くんが目をパッと開いて上鳴くんのスマホを覗き込む。

そんな切島くんに対して爆豪くんが凄まじい怒気を放っていた。悔しいのは分かるけどなんでそう捻じ曲がった感じになるのか。

そしてそれに続くように三奈ちゃんと透ちゃんが女子で集まっていたところでスマホを掲げ出した。

 

「梅雨ちゃん麗日ぁ!すごいよー名前出てる!えっとリューキュウ事務所に新たなサイドキック!インターンシップで所属した2人!」

 

「瑠璃ちゃんも載ってるよ!ほらここ!ミルコにまさかのサイドキック!?ミルコが認めるその実力は!?だってぇ!!」

 

昨日記者の人たちに散々写真を撮られたから、ニュースに載ってるのは納得ではある。

むしろあれだけ写真を撮って使わなかったら何のために撮ったのかと聞きたくなってしまうし。

だけど透ちゃんが見せてくれたそのページには、ミルコさんに荒々しく頭を撫でられている私の写真が大きく映っていた。

 

「マジじゃん。ルックスもキュート、お手柄、大事件を瞬時に制圧。実力は本物。ベタ褒めだね」

 

「うへぇー嬉しいなぁほんとだ……!」

 

「どこから撮ってたのかしら」

 

「……この写真……いつの間に……後から散々撮った癖に……なんでこれを……」

 

「すごいねぇ~!もうMt.レディみたいにファンついてるかもねぇ~!」

 

「うらやまー!!」

 

お茶子ちゃんたちはすごく嬉しそうにしているし、三奈ちゃんたちは興奮気味に捲し立てる勢いだった。

私も記事自体は嬉しいけど、写真が少し恥ずかしい。子供みたいにガシガシ頭撫でられてるし。

……でもミルコさんと撮った写真なんて持ってないし、この記事を印刷して写真の所だけ切り取ってコルクボードに貼っておこうかな。

この記事書いたところに連絡したら写真もらえたりしないかな。

 

「瑠璃ちゃんすごいね!ミルコって一匹狼の印象が強かったんだけど、この写真見たら一気にイメージ変わっちゃった!」

 

「……少し……恥ずかしいんだけど……」

 

「でもそれだけ可愛がられてるってことでしょ?ほら、この記事にもわざわざサイドキックの到着を2時間近く待ってたって書いてあるし!」

 

「そうかな……?」

 

「そうでしょ!可愛がってなきゃプライベートの電話番号なんて渡さないし、わざわざ指名したりしないと思うよ!それに、ミルコがこんな風に誰かの頭撫でてるのなんて見たことないし!」

 

指名は私がお願いしてそういう体にしてもらっているだけなんだけど、電話番号をくれたのも頭を撫でられたのも事実だ。

ミルコさんに気に入られているということならそれは嬉しいことだけど、サイドキックとして騒がれてミルコさんのイメージが変わってしまうのは迷惑が掛かっているんじゃないかって心配になってしまう。

とりあえず迷惑をかけた分、いい働きをしてミルコさんにお返しをしていこう。

 

「仮免といえど街へ出れば同じヒーロー……素晴らしい活躍だ……!だが学業は学生の本分!!居眠りはダメだよ!」

 

飯田くんが褒めてくれた後に注意を促してくる。相変わらずのクソ真面目だ。

 

「おうよ飯田!覚悟の上だ!」

 

「うん!」

 

「ん……当然……」

 

私たちもその意見に対して特に反論もない。

同意の返事を飯田くんに返していると、ちょうど予鈴がなった。

サッと席に座ってそのまま先生が来るのを待った。

 

 

 

「あっ!そういえば瑠璃ちゃん!昨日からランチラッシュのメシ処に期間限定メニューが増えたんだよ!瑠璃ちゃんが好きそうなやつ!」

 

昼休みになった途端、透ちゃんにそんな話を振られた。

透ちゃんがこう言うってことは甘い物関連だろうか。

 

「……つまり……甘い物……?」

 

「そういえば、ねじれ先輩がそんなこと言うとったなぁ」

 

「絶対に瑠璃ちゃんが食べると思うって言ってたわね」

 

昨日お姉ちゃんとインターンに行っていたお茶子ちゃんと梅雨ちゃんが、お姉ちゃんがなんて言っていたかまで教えてくれる。

 

「つまり……!お姉ちゃん一押し……!」

 

「ねじれ先輩本人は食べたことないって言うとったけどね」

 

「確か……タピオカミルク丼だったかしら」

 

タピオカミルク丼……名前を聞いただけだと一切味が想像できないけど、絶対に甘い感じのやつだ。

しかも丼ってことはそれでご飯になるということ。

ランチラッシュ先生作の料理だし、その辺の奇を衒ったゲテモノとは訳が違うと思う。

味は保証されているような物だし、これは試さなければいけないだろう。

 

「そうそう!甘いんだろうけど味が想像できない感じのやつ!瑠璃ちゃんなら絶対試すだろうって思ってたんだよ!」

 

「ん……今日早速頼む……行くよ……透ちゃん……!」

 

「ちょっ、待って、行く、行くから!引っ張らないで〜!」

 

透ちゃんの手を引っ張ってメシ処に向かった。

透ちゃんがあわあわしていたけど、タピオカミルク丼が万が一売り切れたりしたら悲しくなってしまう。急がなければ。

 

メシ処では通形さんもタピオカミルク丼を頼んでいるようだった。通形さんはにこやかに食べてるし、きっと当たりだったんだろう。

お姉ちゃんが興味深そうな顔でその様子を見ている。お姉ちゃんは食べないんだろうか。

注文が終わってテーブルにタピオカミルク丼を持って行っても、透ちゃんは相変わらず「味が想像つかない」なんて言って渋い顔をしていた。

これはチョコおもちと同じ感じで透ちゃんは食べないやつだな。

食わず嫌いは損をするということをどうにか教えてあげられないだろうか。

 

頼んだタピオカミルク丼はつぶつぶの甘いお茶漬けって感じで普通に美味しかった。流石ランチラッシュ先生。

メニューにある間は定期的に頼もう。

あと定期的に透ちゃんにプッシュしてみよう。透ちゃんは今日もラーメンを食べていたし、たまには気分転換してもいいと思う。

それにしても、なんでこんなにおいしいのに食べたいと思わないんだろう。おいしいよってことも教えてるのに。謎だ。

 

 

 

そしてその日の夜。

通常通り学校が終わって夕食もお風呂も全て済ませた頃。

部屋でのんびりしていたらミルコさんから電話がかかってきた。

 

「どうしました……?今から呼び出しですか……?それとも……次のインターンの日……決まりました……?」

 

『呼び出しじゃねぇな。インターンの日取りの方だ。まあ決まったっちゃ決まったんだが……』

 

いつもハキハキズバズバ言いたいことを言っていく強気なバニーのミルコさんにしては珍しく、すごく歯切れが悪かった。

 

「歯切れ……悪いですね……珍しい……」

 

『正直気が向かないっつうか……予想通りだった場合だいぶ気に食わねぇことされてるからな』

 

その言い方はつまりミルコさんがどこかからの要請を受けて、その内容が気に食わないということだろうか。

これだけだとよく分からない。近くにいれば何が気に食わないのかなんてすぐに分かるんだけど……

 

「えっと……つまり……何かの要請を受けて……それが気に食わないって……ことですか……?」

 

『まあそうだよ。単刀直入に言うと、サー・ナイトアイからの協力要請だ』

 

「サー・ナイトアイ……ですか……?私のクラスの生徒が一人……そこにインターンに行っています……思考を見ている限り……数日前に少女の保護を失敗して……だいぶ落ち込んでいましたけど……それ関連ですか……?」

 

『多分それだろうな。情報漏洩を防ぐためなのか、私にすら最低限しか話さないせいで朧げにしか分かんねぇけど』

 

情報漏洩を防ぐためっているのは分かるけど、ミルコさんにすらちゃんと詳細を話さないって言うのは変な気もするけど……

 

「……じゃあ……何が気に食わないんですか……?まだ……あんまり分からないんですよね……?」

 

『……ま、私の勘だよ。この要請、私に対してのものじゃなくてお前に対してのものじゃねぇかって疑ってるだけだ。名目上は雇用主の私に要請が来てるけどな』

 

「……公安絡みってことですか……?」

 

『まだ分からん。内容次第だろ。んで、そのナイトアイからの要請で情報共有のための呼び出しがあった。その日にお前も参加しろ』

 

……確かに、インターンの学生目当てで協力要請なんてされてたら気に障りもするか。

ミルコさんがそれを確かめる前に私も呼ぶってことは、私の読心も含めて情報を収集しておかしいと感じたら教えろってことだろうか。

 

「私が読心で……変だと感じたら……教えればいいですか……?」

 

『そこまでは求めてねぇよ。要請を受けるかどうか、方針をどうするかは私が決める。筋が通ってなかったり気に食わなかったら拒否するだけだ。お前自身のことが関わってるかもしれねぇから、お前も参加しとけってことだ』

 

「それは……大丈夫ですけど……」

 

『ま、理不尽な要求だったり後ろ暗い要求だったら私が跳ねのけてやるから、お前はそんなに気張んなくても大丈夫だよ』

 

「ありがとうございます……」

 

『よし。じゃあ3日後、ナイトアイの事務所でミーティングがあるからそこに来い。時間は10時開始予定だったはずだ。遅刻すんなよ』

 

「分かりました……」

 

そこまで話してミルコさんは電話を切った。

それにしてもサー・ナイトアイとのチームアップか。まだ分からないけど、要請を受けるとしたら緑谷くんや通形さんとも動くことになるんだろうか。

緑谷くんも呼ばれているのか今度聞いてみようかな。



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協議

そんなこんなで普通の学校生活を送って数日後。

今日はサー・ナイトアイの事務所に行く日だ。

それとなく緑谷くんにも確認してみたら緑谷くんも今日はインターンで呼ばれているらしい。

お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、切島くんも今日インターンがある感じの思考をしていた。

相澤先生もナイトアイから協力要請を受けたっぽい。もう学校を出ているけど、多分現地に行ったら合流できると思う。

 

ちょうど切島くんと緑谷くん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃんも寮を出たところみたいだから合流しよう。

 

「緑谷ぁ!!おはよ!!おまえも今日行くんだ!?キグ―だな!」

 

「しばらく呼ばれなくってやっと今日だよ。コスチュームはいらないって言われたけど……」

 

「あれー!?おはよーーー!!二人も今日!?」

 

「4人とも……おはよ……私も……今日インターン……」

 

「奇遇ね」

 

玄関で合流して皆で駅に向かった。

それにしても、思考からして皆サー・ナイトアイの事務所に向かってるんじゃないかな。

緑谷くん以外が場所の名前とかを伝えられてなくて、なんとなくしか分からないけど。

 

「あれ?皆こっち?切島くん関西じゃ……」

 

「ん?ああ!なんか集合場所がいつもと違くてさぁ」

 

「あたしたちも」

 

皆も電車に乗る段階で不思議に思い始めているし、もうそろそろネタバラシしていいだろうか。

一応周囲には聞こえないように声を抑えめにして伝えればいいかな。

変装して来いとか言われていないし、ここまで大々的にナイトアイ事務所に集めてるんだから多分大丈夫だろう。

ミルコさんとかリューキュウなんて歩いているだけで人だかりができるくらいの人気ヒーローを普通に呼んでいるんだし。

 

「皆同じ駅!?奇遇だね……!」

 

「先輩と現地集合なのよ」

 

「……奇遇というか……私が向かってるの……サー・ナイトアイ事務所だし……他の3人も名前言われてないだけで同じだと思うよ……昨日からの住所とかの断片の思考を……見てる限りだと……」

 

緑谷くんの表情が驚愕に染まった。

 

「そうなの!?」

 

「ん……ミルコさんから電話で……協力要請受けたからお前も来いって……言われたよ……」

 

「だ、だからインターンの日の確認してきたんだ」

 

「ってことは、リューキュウとファットガムも協力要請受けてるってこと?」

 

お茶子ちゃんが私に聞いてくるけど、流石にそこまでは知らない。

でも同じ場所を目指しているんだし多分そうなんじゃないだろうか。

 

「流石にそこまでは……知らないけど……でも……相澤先生も協力要請を受けてたみたい……」

 

「それは、分かっているだけでもすごい数ね」

 

「ミルコにリューキュウにファットガム、それに相澤先生?どんだけヒーロー集めてんだ!?」

 

「そんなに大勢集めて、一体何を……」

 

そんな感じで話しながら移動して、サー・ナイトアイ事務所に着いた。

事務所の前にはお姉ちゃんたちビッグ3が待っていた。

お姉ちゃんが視界に入ってすぐにお姉ちゃんに駆け寄って抱き着く。

 

「お姉ちゃん……!」

 

「わ!瑠璃ちゃんもだったんだねー!」

 

「ん……!ミルコさんも呼ばれてた……!」

 

「そっかそっかー」

 

お姉ちゃんに頭を撫でられながら事務所の中の波動に注意を向ける。

事務所の中にはミルコさんやリューキュウといったいるのが分かっていたヒーローの他にも、グラントリノやよく知らないヒーローまでいる。

ナイトアイ事務所のヒーローも含めると20人以上のヒーローがいる感じだ。

そろそろ時間だし、8人で2階の大会議室に向かった。

 

 

 

会議室の中には感知した通りの人たちが集まっていた。

とりあえず壁に寄りかかって腕を組んでいるミルコさんの方に歩み寄って挨拶しに行く。

 

「ミルコさん……来ました……」

 

「おう。時間ギリギリだな」

 

「皆と……一緒に来たので……」

 

私がミルコさんと話しているのと同じように、お姉ちゃんもリューキュウの方に抱きつきながら話しかけている。

そして抱きつかれたリューキュウの声かけで、サー・ナイトアイが話し始めた。

 

「あなた方に提供して頂いた情報のおかげで、調査が大幅に進みました。死穢八斎會という小さな組織が何を企んでいるのか、知り得た情報の共有と共に協議を行わせて頂きます」

 

そのまま着席を促されて席に着く。

ミルコさんの隣に座ったけど、ミルコさんがすごくふてぶてしい感じで座っていてちょっと狭い。

文句を言うつもりはないけど、反対側に座っているヒーローの人もちょっと居心地悪そうにしていた。

 

「我々ナイトアイ事務所は約2週間程前から、死穢八斎會という指定ヴィラン団体について……独自調査を進めて……います!!」

 

ナイトアイ事務所のサイドキック、バブルガールだっただろうか。

彼女は不慣れなのかすごくたどたどしい感じで説明を始めた。

……それにしてもあのコスチューム、すごい露出だ。百ちゃんのコスチュームもすごいけど、あれも負けてないと思う。

素肌の露出が大事な個性なんだろうか。

 

「私、サイドキックのセンチピーダーがナイトアイの指示の下追跡調査を進めておりました。調べたところここ1年以内の間に全国の組外の人間や同じく裏家業団体との接触が急増しており、組織の拡大・金集めを目的として動いていると見ています。そして調査開始からすぐに……」

 

センチピーダーが言葉を区切ったところで天井からプロジェクターが降りてきた。

そこに映し出された映像には、男2人が路上で話している映像が映っていた。

 

「ヴィラン連合の1人、分倍河原仁、ヴィラン名トゥワイスとの接触。尾行を警戒され、追跡は敵いませんでしたが警察に調査協力していただき、組織間で何らかの争いがあったことを確認」

 

「連合が関わる話なら……ということで俺や塚内にも声がかかったんだ」

 

「その塚内さんは?」

 

「他で目撃情報が入ってな。そっちへ行ってる」

 

塚内さんは相変わらずヴィラン連合関係でかけずり回っているらしい。

相変わらず大変そうだ。

その後はグラントリノが緑谷くんに巻き込んだことを謝ったり、お茶子ちゃんたちがHNについて質問してお姉ちゃんが答えたりして少しの間話が止まった。

それに対して褐色肌の男性ヒーローが口を挟んだ。

 

「雄英生とはいえガキがこの場にいるのはどうなんだ?話が進まねぇや。本題の企みに辿り着く頃には日が暮れてるぜ」

 

「ぬかせ!この2人はスーパー重要参考人やぞ!」

 

そんな文句に対してファットガムが立ち上がって反論した。

それにしても、すごく丸い人だ。身長も高いし存在感がすごい。

横はいらないから縦の長さだけでも分けてもらえないだろうか。

私がそんなことを考えていたらお茶子ちゃんと梅雨ちゃんが「丸くてカワイイ」って声を揃えて言ってアメを貰っていた。

 

そこからファットガムによる"個性を壊すクスリ"の説明が始まった。

個性因子を傷つけるクスリであること、撃たれた天喰さんも自然治癒で今では元通りになっていることなどを相澤先生の抹消の話も含めて説明してくれた。

 

「そして、その中身を調べた結果、ムッチャ気持ち悪いモンが出てきた。人の血ィや細胞が入っとった」

 

「えええ……!?」

 

「別世界のお話のよう……」

 

そこまで聞いた段階で、緑谷くんと通形さん、それにナイトアイの思考から、もうどういうことか分かってしまった。

人を切り刻む狂気の行い。

幼い少女を恐怖で縛り付けて行われる殺害と再生による拷問。

少女を切り刻んで作った弾丸。

それを売りさばくことによって資金を集め、完全に個性を破壊する弾丸を作ろうとしている可能性。

何もかもが、吐き気を催すほどの行いだった。

 

私の息が荒くなっているのを感じ取ったのか、ミルコさんが頭をガシガシと荒く撫でてくれる。

いつもだったら髪の毛が乱れるとかちょっと文句を言いたくなるような行いだけど、今はそれがありがたかった。

 

私が呆然としている間も話は進んでいる。

お茶子ちゃんや梅雨ちゃん、切島くんはすぐには分からなかったみたいだけど、さっき文句を言っていた褐色肌の人が解説してくれてどれだけ惨いことが行われているかを理解したようだった。

緑谷くんと通形さんは一度保護に失敗したことを悔いているようで、凄まじい自責の念が伝わってくる。

2人はもともとの気質にその責任感も加わって、いてもたってもいられずに立ち上がった。

 

「今度こそ必ずエリちゃんを……!!」

 

「保護する!!」

 

「それが私たちの、目的になります」

 

ナイトアイは2人の言葉に続く形で話を締め括った。

それに続く形で褐色肌のヒーローが疑問を口にする。

 

「ケッ、ガキがイキるのもいいけどよ。推測通りだとして若頭にとっちゃその子は隠しておきたかった"核"なんだろ?それが何らかのトラブルで外に出ちまった。あまつさえガキんちょヒーローに見られちまった!素直に本拠地に置くか?俺なら置かない。攻め入るにしてもその子が"いませんでした"じゃ話にならねぇぞ。どこにいるのか特定出来てんのか?」

 

「確かに。どうなのナイトアイ?」

 

「問題はそこです。何をどこまで計画しているのか不透明な以上、一度で確実に叩かねば反撃のチャンスを与えかねない。そこで八斎會と接点のある組織・グループ及び八斎會の持つ土地!可能な限り洗い出しリストアップしました!皆さんには各自その箇所を探っていただき、拠点となり得るポイントを絞ってもらいたい!!」

 

「なるほど、それで俺たちのようなマイナーヒーローが……見ろ、ここにいるヒーローの活動地区とリストがリンクしている。土地勘があるヒーローが選ばれてんだ」

 

……そういうことなら、ミルコさんの選出理由がない。

ミルコさんは事務所を持っていないし、全国各地を渡り歩いている。土地勘なんて皆無に等しい。

その状況でミルコさんに協力要請をしてくるなんて、ミルコさんの想定通りだとしか思えない。

私の個性の詳細がどこから漏れたのかなんて問題はあるけど、そんなの緑谷くんか通形さんを予知で見てしまえばいいだけの話だ。

私は緑谷くんや通形さんの前では一切個性の内容を隠していないし、読心で得た情報を元に色々すっ飛ばして行動していたりする。

未来予知で普段から行動予測しているであろうナイトアイが見たら、おかしな行動の違和感から読心ができることなんて普通に予想できるだろう。

 

それなら、私が呼ばれた理由は、敵地の偵察……?

 

「あのー、一ついいですか?どういう性能かは存じませんが、サー・ナイトアイ、未来を予知できるなら俺たちの行く末を見ればいいじゃないですか。このままでは少々……合理性に欠ける」

 

「それは……出来ない」

 

相澤先生のその質問に、サー・ナイトアイは目を伏せながら返答した。

 

「私の予知性能ですが、発動したら24時間のインターバルを要する。つまり一日一時間、一人しか見ることが出来ない。そしてフラッシュバックのように一コマ一コマが脳裏に映される。発動してから一時間の間、他人の生涯を記録したフィルムを見られる……と考えて頂きたい。ただしそのフィルムは全編人物のすぐ近くからの視点。みえるのはあくまで個人の行動とわずかな周辺環境だ」

 

「いや、それだけでも十分すぎる程色々分かるでしょう。できないとはどういうことなんですか」

 

「例えば……その人物の近い将来……死、ただ無慈悲な死が待っていたら……どうします」

 

ナイトアイは、明らかにオールマイトの寿命の予知のことを気にしていた。

それもそうか。緑谷くんが以前話していた話を聞く限り、ナイトアイはオールマイトフリーク。そんな人の死を自分が確定させたと考えていたら、こんな態度にもなるだろう。

ミルコさんなんかはナイトアイのその様子を見てイライラしている上に、思考が『弱虫め!』って感じになってしまっている。ちょっと怖い。

自分を予知しろなんて言っている人もいるけど、ナイトアイはそれも一蹴していた。

 

 

 

そこで話はいち段落したと思ったんだけど、ミルコさんが口を開いた。

 

「で?私を呼んだ理由はなんだ、ナイトアイ。私はどの地点にも土地勘なんかなければ、情報提供もしてねえ。呼ぶ理由がねーだろ」

 

「……その様子なら、もう分かっているのでは?」

 

その返答にミルコさんの額に青筋が出来た気がした。

思考が結構な罵倒になっていて怖い。

 

「じゃあはっきり言ってやろうか。私の所に来てるインターンの学生の個性が欲しいがために、私に協力要請を出したんじゃねーのかって聞いてんだが?」

 

相澤先生もある程度予想していたのか、頭に手を当てて溜め息を吐いている。

 

「その少女の個性は、我が事務所に来ている学生の緑谷を予知した際に知った。今回の調査において、彼女がいるといないでは天と地ほどの差ができる」

 

「そんなんインターン受け入れてる私が一番よく分かってるよ。だがいくら仮免持ってるとはいえ、学生相手にすることじゃねーだろ。それに私に対するスジが通ってねぇんじゃねぇか?」

 

「学生の力を借りるために協力要請を出したことは謝罪しましょう。ですが、その少女の個性が本案件に於いて重要であることが分かっているからこそ、ここに連れて来たのではないですか?」

 

「っ……!さっきから何だよ個性だの重要性だのぼかしやがって!分かるように話せよ!」

 

褐色肌の人が文句を言う。こんな意味深な会話だけされればそれも当然だろう。

ナイトアイも状況が状況だけになりふり構っていられないのか、こちらに視線を向けてきた。

相澤先生みたいに私にはっきりと向けてきた思考じゃないけど、話しても大丈夫かの確認だった。

ここにいる人たちは悪意を感じる人はいない。

多分大丈夫だと思う。私は小さく頷いた。

 

「そちらの少女の個性は、自己の周囲を広大な範囲に渡って感知が可能なのです。さらに、その範囲内の人間であれば読心も可能。緑谷を予知した際に見た過程を飛ばした行動や体育祭での挙動からの推測ですが、そう間違ってはいないでしょう?」

 

「……間違ってないです……」

 

「読心って……」

 

「……それは確かに、効率が段違いになるな……」

 

周囲のヒーローがざわつき始めた。

お姉ちゃんとかA組の皆は心配そうに私を見ている。

そんな雰囲気の中、相澤先生が口を開いた。

 

「……ナイトアイ、リオルの個性に頼るのは私は反対です。確かに密偵という点ではこれ以上の人材はいないでしょう。ですが、リオルはヴィランの読心を行った際に錯乱した過去がある。それだけの悪意が渦巻く死穢八斎會の構成員の読心は、負担が大きすぎる」

 

「……私も同意見だな。自分の弱虫を棚に上げて他人に負担を強いる根性が気に食わねぇ」

 

「負担になるのは百も承知です。ですが、それを押して協力を依頼したい……少女を確実に保護するためにも。もちろん協力が難しいということであれば断ってもらってもかまいません。その場合はここにいるヒーローで何としてでも拠点を割り出すだけです」

 

ナイトアイはそう言って目を閉じた。

反応しなくなったナイトアイを見て、ミルコさんは青筋を引っ込めて横目でこっちを見てきた。

 

「…………はぁ。気には食わねぇが、後ろ暗いこと考えてる様子もなければ、これに関しては間違ったことも言ってねぇ。お前の判断に任せる。ヤバイ思考を読ませようとしてるんだ。学生のお前が断っても誰も責めねぇよ」

 

ミルコさんの言うことも尤もだ。

さっき相澤先生が言ったように、少女を切り刻むような狂人の思考を読んだら黒霧の思考を読んだ時みたいに錯乱しないとも限らない。

だからこそ相澤先生とミルコさんは私に逃げ道を作ってくれた。

でも、私がいると効率が段違いになるというのも事実だと思う。

これだけの所業をしてのける死穢八斎會の構成員の読心なんてしたくないというのが本音だ。

どれだけの悪意や悪感情を読むか分かった物じゃない。錯乱しないなんて保証はできない。

 

それでも、エリちゃんという少女がその悪意に晒され続けているというなら、なんとかしてあげたいとも思った。

 

「……分かり……ました……錯乱しないかの保証は……できませんけど……協力……します……」

 

「感謝する」

 

私の返答を聞いて相澤先生とお姉ちゃんの思考が、さらに心配している感じになった。

でもこの場で何かを言ってくることもなく、これで話は終わったと判断したらしいナイトアイは立ち上がった。

 

「娘の居場所の特定・保護、可能な限り確度を高め、早期解決を目指します。ご協力よろしくお願いします」

 

「えー!では個別に詳細お渡ししますので―――……」

 

こうして、情報共有と言う名の会議が終わった。



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協議の後の確認

サー・ナイトアイのサイドキックであるバブルガールから、依頼したい内容の詳細が記載された紙を渡された。

要約すると現状エリちゃんがいる可能性の高い本拠地の偵察の依頼だった。

エリちゃんがいるかどうかの確認、可能なら侵入経路やそこからエリちゃんがいる場所までの経路の割り出し、構成員の人数の確認など多岐に渡った。

 

「……調査は私といる時以外はすんなよ。あくまで仮免のインターンだってことを忘れるな」

 

「大丈夫です……1人でしようとは考えてないので……」

 

「ならいい。私はもう帰るぞ。日時とかはまた電話で連絡する。じゃあな」

 

「はい……ありがとうございました……」

 

それだけ伝えるとミルコさんはスタスタと去っていった。

いつもならそのまま食事に連れて行かれてるけど、これは他の雄英生が集まっているのに気づいていて遠慮してくれた感じかな。

 

 

 

1人で突っ立っていても仕方ないし、私も皆の方に合流することにした。

ちょうどさっきまで緑谷くんがエリちゃんと接触した時の話をしていたようで、すごく暗い雰囲気になっている。

緑谷くんだけじゃなくて通形さんまで落ち込んでいた。

お姉ちゃんが真剣な表情で通形さんを見つめている。凛々しくて素敵だ。

でもこの空気の中に入っていくのはなかなか難しい。

 

「そうか、そんなことが……」

 

「悔しいな……」

 

「デクくん……」

 

合流しようとするタイミングを間違えたかななんて思いながら入るタイミングを伺っていると、私の次のエレベーターに乗っていたらしい相澤先生が物陰に隠れている私を見て溜め息を吐いた。

 

「……通夜でもしてんのか。波動も隠れてないで来い」

 

そのまま私の手を掴んで無理矢理引っ張り出される。

 

「先生!」

 

「瑠璃ちゃんまで!いつからいたの!?」

 

お茶子ちゃんがびっくりした様子でこちらに質問してくる。

 

「……緑谷くんたちの話が……終わったあたりから……入りづらい雰囲気だったから……様子を伺ってた……」

 

私がそう返答すると皆なんとも言えない雰囲気になった。

その雰囲気一切気にせずに先生が話し始める。

 

「学外ではイレイザーヘッドで通せ。いやぁしかし……今日は君たちのインターン中止を提言する予定だったんだがなぁ」

 

先生はそう言い放った。

先生にそういう考えがあるのはここに着いたあたりから気が付いていた。

説明を聞いている途中で緑谷くんの様子からまた暴走しかねないことが分かって気が変わったみたいだけど。

緑谷くん、結構暴走するし前科もあるから当然か。

保須や合宿の時のような脅迫観念に等しい恐ろしい程の人助け精神や、爆豪くん関連の戦闘訓練や直近の喧嘩。それの複合である神野の件まで枚挙に暇がない。

普段の真面目な緑谷くんの印象からは想像もできないほどだ。

正直あの状態になっている時の緑谷くんの思考は、人助けに狂った狂人みたいになっていて普通に怖い。

自分の命を度外視しているし、怪我も一切気にしないで自分の身を投げうつ精神性はどうかしているとしか思えない。

オールマイトもそんな感じだし似たもの師弟なんだろうけど、嫌な所で似たものだと思う。

……むしろそういう精神構造をしているから自分の後継にしたのかな。

そう考えるとさらに怖いなこの師弟。

 

「ええ!?今更なんで!!」

 

ガーッて感じで切島くんが立ち上がって質問する。

 

「連合が関わってくる可能性があると聞かされたろ。話は変わってくる」

 

先生の意見を聞いて緑谷くんが苦虫を噛み潰したような顔をし出した。

切島くんもだけど、先生が最初に"予定だった"って言ったことに気が付いていないんだろうか。

 

「ただなぁ……緑谷、おまえはまだ俺の信頼を取り戻せていないんだよ……」

 

先生が「喧嘩したしな」なんてぼやきながら頭を掻いた。

そのまま先生は目線を緑谷くんに合わせるためにしゃがみ込みながら話を続けた。

 

「残念なことに、ここで止めたらおまえはまた飛び出してしまうと、俺は確信してしまった。俺が見ておく。するなら正規の活躍をしよう、緑谷。分かったか問題児」

 

そう言って先生は緑谷くんの胸に拳を当てた。

青山くんの時もそうだったけど、相澤先生はこういう時は本当に頼りになって格好いい。

除籍にするなんていう思考のせいで最初は掴み損ねていたけど、生徒のことをよく見て考えてくれている先生だっていうのが最近になって理解できてきた。

 

そんなことを考えていると、落ち込み続ける通形さんに天喰さんとお姉ちゃんが声をかけた。

 

「ミリオ……顔を上げてくれ」

 

「ねえ私知ってるの、ねえ通形。後悔して落ち込んでてもね、仕方ないんだよ!知ってた!?」

 

流石お姉ちゃん。端的で的確な助言だ。慈愛の聖母のようだ。

ここで流石お姉ちゃんと称賛したい衝動に駆られるけど必死で我慢する。

今騒いだらお姉ちゃんの助言が台無しになってしまう。自制しないと……

 

「……ああ」

 

通形さんもお姉ちゃんの助言をちゃんと受け止めたようで、表情を新たにしていた。

先生も緑谷くんを励ますために、言葉を続けた。

 

「気休めを言う。掴み損ねたその手はエリちゃんにとって、必ずしも絶望だったとは限らない。前向いていこう」

 

「はい!!!!」

 

緑谷くんもそれを受けて明るい表情で返事をした。

良かった。あんなにどんよりした思考と雰囲気のままだと、ちょっと近寄りづらかったし。

 

「俺……イレイザーヘッドに一生ついていきます!」

 

「一生はやめてくれ」

 

「すいぁっせん!!」

 

「切島くん声デカイ……!」

 

「ん……もっと声……抑えて……」

 

切島くんも感動するのはいいけど、流石に大声を出すのはやめて欲しい。

それにそんな舎弟みたいな感じの関係は相澤先生は望んでないと思う。先生はA組の皆を生徒として可愛がっているだけだし。

 

そんな風に話していたら先生は今度は私の方に向き直った。

 

「波動、お前もだ。無理や深入りはするな。今日のミルコの様子なら信頼は出来ると思うが、不調を感じたらすぐに伝えて調査を中断しろ。なんだったら途中で投げ出してもかまわん。おまえはまだ学生だということを忘れるな。学生に重大な役割を担わせているんだ。その尻拭いをするのはプロ、大人の仕事だ。無理をして潰れるなんてことだけはないようにな」

 

「はい……ありがとうございます……」

 

「そうだよ瑠璃ちゃん!絶対に無理しちゃダメだからね!つらかったらミルコとか先生に……私でもいいからちゃんと誰かに言うんだよ!溜め込んだりしないように!瑠璃ちゃんすぐ溜め込むんだから!」

 

「ん……お姉ちゃんも……ありがと……無理だと思ったら……ちゃんと相談するね……」

 

先生とお姉ちゃんからの念押しに、私もしっかりと頷いた。

聞いているだけでも狂気に満ちた行動としか思えない死穢八斎會構成員の読心。

正直不安しかないけど、お姉ちゃんもいるし、先生もいる。ミルコさんだっている。言われた通りに無理をしないで、皆を頼ろう。

 

 

 

「……それはそれとしてだ、プロと同等かそれ以上の力を持つビッグ3はともかく、波動以外のおまえらの役割は薄いと思う。蛙吹、麗日、切島。おまえたちは自分の意思でここにいるわけでもない。どうしたい」

 

先生の続けて確認し始めた。確かに先生の言う通りで、私以外は特に重要な役割を与えられているわけでもない。

緑谷くんみたいに暴走するような問題児でもない。来るなという強制はしないけど、望んでいないなら教師としてストップをかけてくれるということだろう。

それに対して勢いよく立ち上がったお茶子ちゃんを皮切りに、意思表明が始まった。

 

「先……っ、イレイザーヘッド!あんな話聞かされてもう、やめときましょとは行きません……!!」

 

「イレイザーがダメと言わないのなら……お力添えさせて欲しいわ。小さな女の子を傷つけるなんて許せないもの」

 

「俺らの力が少しでもその子の為になるなら、やるぜイレイザーヘッド!」

 

3人が一通り意思を伝えた。

 

「会議に参加させてる以上、ヒーローたちは1年生の実力を認めていると……思う。現に俺なんかよりも、1年の方がよっぽど輝かしい」

 

「天喰くん隙あらばだねぇ」

 

「天喰さん……相変わらずの卑屈さ……」

 

その横で天喰さんが相変わらずの卑屈な発言をして、お姉ちゃんに突っ込まれている。本当にどうしてお姉ちゃんに初めて話しかけた時の勇気を普段から出せないのか。

そんなお姉ちゃんたちの様子は気にせずに、立ち上がった相澤先生が話を続けた。

 

「意思確認をしたかった。わかってるならいい。今回はあくまでエリちゃんと言う子の保護が目的。それ以上は踏み込まない。一番の懸念であるヴィラン連合の影。警察やナイトアイらの見解では良好な協力関係にはないとして……今回のガサ入れで奴らも同じ場にいる可能性は低いとみている。だが万が一見当違いで……連合にまで目的が及ぶ場合は、そこまでだ」

 

「了解です!」

 

そんな感じで今日の集まりは終わった。

もう夕方で外は夕日に染まっている。

相澤先生から念押しのようにインターンに関する一切の口外禁止を言い渡されて、相澤先生を除く皆で帰路に就いた。

先生はまだやることがあるらしい。相変わらず忙しそうだ。先生、ちゃんと休んでいるんだろうか。



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偵察任務(前)

後半にグロテスクな表現があります。苦手な方はご注意ください。


協議の翌日。

私は朝から死穢八斎會本拠地近くの駅に来ていた。

昨日の協議で依頼された、死穢八斎會の感知に来たのである。

日時はミルコさんの指示で、私服で来るようにと念押しされた。

密偵なのにヒーローコスチュームなんか着て目立ってたらバレるリスクが上がるだけだし、当然の指示だ。

 

私が来てから10分くらい経った頃、ミルコさんの波動が近づいてきた。

そちらに目を向けると、私服で耳を隠したミルコさんが歩いてきていた。

早速駆け寄って挨拶してしまう。

 

「おはようございます……!」

 

「おう。時間通りだな」

 

「はい……えっと、今日はなんて呼べば……いいですか……?いつも通りだと……ダメですよね……?」

 

「ん?ああ、そうだな。好きに呼びな。いつも通りじゃなきゃどうでもいい」

 

変装しているのにヒーロー名で呼ぶのはあり得ない。なんて呼べばいいだろうか。

何か適当な偽名で呼ぶのもありだけど、ミルコさんの本名で呼んでもいいと思う。

ミルコさんの本名は兎山ルミだったはずだ。

本名で呼んでも怒らないかな……?怒らないよね、きっと。

 

「じゃあ……ルミさんでも……いいですか……?」

 

「ああ。別にそれでいい。とりあえず行くぞ、波動」

 

「はい……!」

 

名前呼びを認めてもらえた嬉しさに頬を緩めながら、ミルコさんに先導されて歩き始めた。

 

 

 

死穢八斎會の本拠地の屋敷に近づいてくるにつれて、その地下に広がる広大な空間を嫌でも感知してしまう。

どれだけ広いんだろうこの空間。一応範囲内に収まってはいるけど、感知範囲ギリギリまで空間が広がっている。

ミルコさんはスタスタと歩いていって、死穢八斎會の本拠地から通りをいくつか挟んだところにある喫茶店に入った。

そのままミルコさんは店員に声をかけ始める。

 

「すまんが、外から見えない席に案内してくれるか?」

 

「外から見えない席にですか……?」

 

不思議そうな顔をしてすぐに案内してくれない店員に、ミルコさんは深く被っている帽子を少しずらして耳を見せた。

 

「今日はオフでな。周囲の目を気にせずにのんびりしたいんだ」

 

「……!なるほど!承りました!こちらになります!」

 

店員の後をついて喫茶店内の奥まったところにある席に案内される。

どうやらこの女性の店員さん、ミルコさんのファンらしい。思考もそうだけど、明らかに態度が変わった。

まあミルコさんは強い女性のシンボルみたいな感じで扱われている風潮もあるし、この店員もそこら辺がいいと思っているタイプっぽい。

ミルコさんが変装なんてするわけないって言う偏見からすぐには気が付かなかったみたいだけど、耳を見てすぐに自分の考えを修正していた。

なんというか、この人は結構拗らせてる感じだな。

 

案内された席は周囲に観葉植物とかもあって、お店の中からもなかなか目につかない位置の席だった。

 

「いい感じの席ですね……ルミさん……」

 

「おう。ま、私はゆっくり茶でも飲んでるからのんびり感知してくれ」

 

「はい……!」

 

とりあえず店員があまり近づいてこないように、先に注文を取ってしまう。

ベルを鳴らしたらさっき対応してくれた店員がやってきた。私は違和感を持たれないように紅茶と摘むものを注文した。

 

「紅茶とこの野菜スティック。あとは……生人参出せるか?」

 

「もちろんお出しさせていただきます!コックがダメだと言っても私が出させます!」

 

ミルコさんの無茶振りに女性店員が凄いハイテンションで答えた。

だけどコックがダメだと言ったものを出すのは飲食店として大丈夫なんだろうか。心配になってしまう。

そんな心配をしていたのに、注文を取り終わったはずの店員さんが離れずにもじもじしている。

思考を読んだから分かるけど、これ性格悪いヒーローにやったら怒る人もいると思う。

ミルコさんなら大丈夫だろうけど。

店員さんは少し声を抑えながら興奮気味に話すと言う器用なことをしながら色紙を差し出してきた。

 

「あ、あの!サイン貰ってもいいですか!」

 

「おう。してやるから後は仕事に集中しろよ」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

ミルコさんが色紙にさらさらとサインを書いていく。

ファンサービスも頻繁にしているミルコさんはやっぱりサインも書きなれているようだった。

書き終わったサインを嬉しそうに眺めた店員さんは、今度は私の方にも視線を向けてきた。

……なるほど。この人だいぶディープなファンみたいだ。

この前の記事で興味を持たれていたらしい。

 

「あの、あなたにもお願いしていいですか!?ミルコさんが認めた唯一のサイドキックのサインも一緒に欲しいんです!!」

 

「……私、学生ですけど……いいんですか……?」

 

「はい!お願いします!!」

 

店員さんの勢いに押されてミルコさんのサインが書いてある色紙の端っこに不慣れなサインを書いてしまう。

ミルコさんみたいな書き慣れた綺麗なサインじゃないから、ちょっと恥ずかしい。

 

「はい……どうぞ……」

 

「ありがとうございます!家宝にします!ご注文の品は最優先でお持ちしますので少々お待ちください!!」

 

ばびゅーんって感じの凄い速さで女性店員は去っていった。

嵐みたいな人だった。何だったんだろう。

 

 

 

少し待って注文した物が揃ってから感知を始めた。目を閉じて波動に集中する。

死穢八斎會の本拠地の地上部分はただの大き目なお屋敷でしかない。

ごろつきレベルの悪意の人たちが歩いている。

この人たちの思考はただのごろつきだったり、"若頭"への恐怖で支配されていたりするだけだ。

核心に近い情報は何もない。

若頭っていうのはナイトアイの所での協議に出てきた治崎という壊して治す個性を持っている人だったはず。

 

地下への入口は、普通の形状をしていない。

多分仕掛け扉とかになっている感じだと思う。周囲の枠とかに何か仕掛けのような機構があるけど、複雑すぎてどう動かせば開くのか見当もつかない。

地下の方も浅い所から順に集中して見ていっているけど、そこまで重要な思考をしている人が見当たらない。

なんだか今浅い所にいる人たちは大体ごろつき程度の悪意しか持っていない。

 

深い所にいるのかな?

そう思って地下深い所の波動に集中すると、小さい子どもみたいな大きさの波動を見つけた。

その子は今、ペストマスクみたいなものを付けた男に手を引かれて歩いていた。

 

多分この角が生えている小さい子がエリちゃんだと思う。

その子の波動を見て、思考を深く読んで、私は愕然としてしまった。

全身に、夥しい切り傷の跡が残っている。

それだけじゃなくて、凄まじい恐怖と絶望に支配されている。

殺害を仄めかされていた青山くんが林間合宿前に抱いていた恐怖よりも、すごく強い恐怖の感情だった。

思考も、『また……今日も……』とか、『もういや……!でも、逃げたら……また誰かが……!』とか見ていられないようなものばかりだ。

 

隣の男からは、凄まじい悪意を感じる。

この男、治崎は死柄木には劣るけど、その辺のヴィランなんか目じゃないほどの悪意を秘めていた。

『親父』、『組の為』、『あと少し』。そんな思考ばかり読み取れる。

親父と言うのはお屋敷の方の奥のベッドで色々な機械に繋がれている人のことだろうか。

大きな心電図の機械や点滴とかを繋がれているのを考えると、何か重い病気を患っているのかもしれない。

 

そんなことを考えながら波動を注視し続けていると、感じ取りたくもないような拷問が行われ始めた。

 

麻酔なんか使わずに切りつけられる少女の手足。

激痛に叫び声をあげる少女の思考。

そこから肉や血を喜々とした様子で採取し続ける治崎。

治崎の狂った思考。親父の為と言いつつ、親父という人を自分で昏睡させて、組を大きくするために個性を破壊する銃弾と修復する血清を作ろうとしていることも、何もかも狂気的な思考とともに読み取れてしまった。

 

 

 

「ぉぃ!おい!波動!」

 

肩を強く揺さぶられながら大声で声を掛けられて、私の身体がビクッて跳ね上がった。

そこでようやくミルコさんに呼ばれていたことに気が付いた。

 

「大丈夫か?呼吸が荒いぞ」

 

「は……はい……ルミさん……本拠地に……エ……少女が……いました……今……ちょうど……拷問を……」

 

「よし、よくやった。それだけ情報があれば十分だ。もう無理すんな」

 

ミルコさんにそう声を掛けられた瞬間、少女の悲鳴が、断末魔の悲鳴が、頭の中に響いた。

 

『あぁああああぁああああああああああああっ!!?』

 

断末魔の悲鳴とともに、死ぬ間際の思考と恐怖、苦痛とかの、ありとあらゆる不快で、身の毛もよだつような思考が、頭に叩き込まれてくる。

そして、波動が少しずつ霧散していって、少女は動かなくなった。

 

少女の死体は、腕も、足も引きちぎられていた。そこから肉を抉り取られている。

表情も、想像を絶するほどの恐怖と苦痛に歪んだ、この世の物とは思えない物になっていた。

 

「ぁっ……し、しんでっ……ぅぷっ……ルミさっ……ご、ごめんなさいっ……」

 

私はミルコさんに断って、大急ぎでトイレに駆け込んだ。

胃の中の物を全て吐き出しても、吐き気は収まりそうになかった。

 

殺された少女は、治崎の個性で蘇生されていた。身体は元通りになっている。

治崎は粛々と少女の血液や肉片を整理している。

エリちゃんは、それを恐怖と絶望に塗れた思考で、諦観の念を込めながら、暗い目で涙を流しながら見つめていた。

 

それからも、何度も何度も、その拷問は、殺戮は繰り返された。

何度も何度も、頭の中に少女の苦痛に満ちた声が、断末魔の悲鳴が聞こえてくる。

そのたびに死に際の思考が叩き込まれて、少女の苦痛に歪んだ死に顔が見えて、気が狂いそうだった。

 

なんでこんなことが出来るのか、なんでこんな、血も涙もない行いが出来るのか。

なんでこの少女は、何度も何度も殺されて、死という逃げ道すら封じられて、『私が我慢すれば……』なんて思えるんだ……

何もかも、気持ち悪くて、吐き気がして、見ていられるものじゃなかった。

 

こんな苦痛に、恐怖に晒したまま放っておくことなんてできない。

こんな状況に置かれた少女を、無視することなんてできない。

お姉ちゃんも、先生も、ミルコさんも、逃げていいって、投げ出していいって言ってくれた。

だけど、どうにか助けてあげないといけないと、強く思ってしまった。

そのためにも、嫌悪感も吐き気もなくならないけど、感知をし続けた。




この話以後、死穢八斎會編では似たような拷問の描写が入ることがあります
次話以降は前書きでの注意書きをしないので、苦手な方は重ねてご注意を


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偵察任務(後)

それから少しして、ようやくエリちゃんに対する拷問が終わった。

エリちゃんは恐怖に歪んだ表情のまま涙を流して、ただただ耐えていた。

治崎がエリちゃんの手を掴んで部屋を出ようとしたタイミングで治崎に電話か何かがかかってきたようで、スマホに向かって話している。

 

その話が終わるくらいの時、地下の端の方にある通路に見覚えのある波動が2つ現れた。

この波動は、トガと林間合宿の時に複製を作り出していた男の波動だ。

それを認識したところで、私は立ち上がってミルコさんの所に戻った。

 

「もう大丈夫なのか」

 

「……はい……心配かけて……すいません……」

 

「……まだ続けるつもりか」

 

ミルコさんは私の目を真っ直ぐ見据えて、そう聞いてきた。

 

「……はい……あの子……どうにかしてあげたいって……思ったんです……」

 

「……そうか」

 

「それに……地下の奥深くの……通路の所に……トガと……ヴィラン連合の複製個性の男、トゥワイス……2人の波動を感じました……」

 

さっきまで静かに私を見ていただけだったミルコさんが、そのことを伝えた途端獰猛な笑みを浮かべた。

 

「へぇ……つまり、ヴィラン連合との協力関係が明確になったわけだ」

 

「幹部と思われる……悪意の大きい者たちが……1つの部屋に集まっています……トガたちも……そこに向かっています……これから会合があると思います……」

 

「……まだ読めるんだな」

 

「はい……」

 

「死柄木じゃなくて部下2人と会合をしようとしている時点で協力関係は明白だからな。無理だと思ったらすぐに言え。そこは変わらねぇ。続けたきゃ続けな」

 

「はいっ……」

 

 

 

ミルコさんからの承認をもらったし、感知を続ける。

トガたちはしばらくの間地下を歩かされたあと、ようやく幹部たちが集まっている部屋に入っていった。

ヴィラン連合の目的を確認したい。口の動きと思考の内容から会話を予想して補足していこう。周囲全員の思考に注意を向けながら、治崎とヴィラン連合2人の思考を出来る限り深く読んでいく。

 

『上からの命令で仕方なく来ました。トガです』

 

『久しぶりだなトリ野郎!てめぇ絶対ゆるさねぇぞ!』

 

『マグネの件はすまなかった。俺も彼を殺したくはなかったんだ。恨む気持ちも分かるが協力関係となった以上、計画遂行に助力して欲しい』

 

マグネというのは林間合宿の時に襲撃してきた棒を持って吸い寄せたりしていた男のことだろうか。

あの男が、殺された?死穢八斎會に?

それで協力する理由はなんだ。理解に苦しむ。

少なくともトガとトゥワイスは乗り気でない上に、キレているのが伝わってくる。

 

『組の者同様、我々の指示に従ってくれればいい。そのためにも個性の詳細を教えてくれ。情報交換、もしもの時連携取りやすいようにしておきたい』

 

『もしもの時ならもしもの時に教えます。あなた達のことまだ好きじゃないので』

 

治崎にトガが口答えした瞬間、小さなペストマスクの人が激怒した。

思考が荒ぶっていて何を言っているかはよく分からないけど、多分トガの態度に激怒している感じかな。

 

『あーダメだやっぱダメ!!なってないね!!決めたね!!感じ悪いもん教えてやんねー!!』

 

トゥワイスが激しく首を振りながら拒否している。だけど次の瞬間、トゥワイスの思考が困惑に包まれた。

……口が意思に反して勝手に動いている?

思考の方は『口が勝手に!?』って感じだ。

治崎の方の思考の感じからしてトゥワイスは自分の個性のことをぺらぺら話しているようだ。

内容は、あらゆるものを2つに増やす個性。身長や胸囲といった多くのデータをしっかり測って明確なイメージを持つことで初めて複製できるようだ。

弱点は衝撃に弱いこと。ここは相澤先生と複製の戦闘からある程度分かっていたことだ。

新しい情報は、多くのデータがないと複製できないことと、2つまでしか複製できないこと、2つ目はさらに耐久性が下がること、個人的事情とやらのせいで自分を複製できないということくらいか。

 

……この個性、自分を複製出来たら大変なことになるのではないだろうか。

複製が個性を使えることはもう分かっている。なら、複製がさらに自分の複製をつくることもおそらく可能なはずだ。

つまり、無限に増え続けることが出来るということになる。複製の人海戦術で圧殺することすらできるということだ。

しかも2つの複製をつくれるということは、複製に自分+トガや自分+荼毘というように複製させ続けるだけで複製以外の個性持ちすらも無限に増やし続けられるということになる。

個人的事情とやらが分からないけど、警戒しておかないといけない危険度の高い個性だ。

 

トゥワイスがぺらぺら喋るのをやめたとたん、トガが責めるような目でトゥワイスを見ている。

『違う!』って言っているあたり、本当に自分の意思で喋ったんじゃないようだ。

周囲の人間の思考を探ると、"真実吐き(まことつき)"という個性の影響で問いかけに対して強制的に本心を語らせているようだ。

私の読心程じゃないけど、隠し事をさせないという意味では驚異的な個性ではある。

 

さらにトガに対しても個性が使われたようで、困惑するトガの内心とは裏腹に口が動いている。

こっちも周囲の思考からすると、個性の内容を話しているのは変わらないようだ。

トガの変身で新しい情報は、効果時間と服も含めて変身するから裸で変身しないと服が重なるということくらいか。

 

周囲の口の動きを見る限り、真実吐き(まことつき)の個性を持っているのは治崎の後ろの長身の男だと思う。

この男も深めに読心しておこう。

 

『死柄木から裏切りの予定を聞かされたか?』

 

深く読心を始めた直後に真実吐き(まことつき)の個性の男はそう質問したと思う。

それに対してトガとトゥワイスは否定の言葉を返したようだ。

 

つまり、裏切りの予定を直接は聞かされていないと言うこと。

だけど思考を見る限り、従う気がなさすぎる。

多分真実吐き(まことつき)の個性での聞き方が悪いんだと思う。

直接聞かされたかを質問しているからこうやって騙される。

どういう風に聞かされて出向してきたかを喋らせれば死柄木の意図を全て読み取れるだろうに。

そこまではできない個性なのだろうか。でもさっき個性の内容をぺらぺら喋らせたんだから、出来ると思うんだけど。

使い方が悪いだけのような気がする。

 

『オッケーだ。これから八斎會の一員として迎える。だが手配犯のおまえらを自由にさせるわけにもいかない。指示のない限りこの地下の居住スペースから出ないように頼む』

 

『軟禁かよ!?』

 

『ええー自由でいたい』

 

『もう少し信用できる仲になったら自由にしてやるさ。君ら次第だ』

 

ここまで話して治崎が部屋を出て行って会合が終わっていた。

 

少なくともヴィラン連合とは一時的な協力関係だけど、裏切る可能性が高いことは分かった。

あとトガとトゥワイスの個性の詳細も。

これは大きな情報だと思う。

 

 

 

「ルミさん……会合……終わりました……連合は……協力関係ではありますが……裏切る可能性が高いと思います……裏切れとは指示されてないようですけど……全然従う気がなさそうです……」

 

「おう。となると、何か他に目的があるとみるべきだな」

 

「はい……出向2人は……何も聞かされてないみたいで……それが何かまでは……分かりませんでしたけど……」

 

ミルコさんに伝えながら持ってきた紙に読心した内容をまとめていく。

エリちゃんのことから行われていた拷問、治崎の目的、連合のこと、トガとトゥワイスの個性、真実吐き(まことつき)の存在辺りをざっとまとめてしまう。

そこに私の所感も書き加えていく。

あとは地下の構造を地図っぽい感じで書いておこう。

エリちゃんの部屋だと思われるおもちゃが転がっている部屋やエリちゃんが拷問されていた部屋、会合に使われていた部屋とか重要そうな地点の周囲を重点的にまとめた。

書けることを書き上げて顔を上げるとミルコさんが人参をかじりながら私のことをじっと見つめていた。

 

「出来たか」

 

「はい……」

 

「見せてみろ」

 

「どうぞ……」

 

ミルコさんにノートを差し出す。

パラパラとゆっくりと捲られていくページに合わせて、ミルコさんの顔つきがどんどん険しくなっていく。

思考も粗暴な感じになっていっている。エリちゃんに対する行いに思うところがあるみたいだ。

 

「なるほど……さっきのはこういうことか」

 

「はい……」

 

「たくっ……無理すんなって言っただろうが」

 

「でも……」

 

「いい。無理した理由は理解できた」

 

反論しようとしたらミルコさんに遮られた。

 

「……だがいい仕事だ。ここまでの情報があれば少女保護の成功率は段違いになるだろう。よくやったな」

 

ミルコさんにぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。

髪が乱れるのは嫌だけど、悪い気分はしない。

エリちゃんのために頑張ったけど、これで少しでも突入が効率的に進められるなら嬉しい。

私がエリちゃんを見つけられたし、近いうちに突入日が決まるんじゃないだろうか。

 

さっきの店員さんが凄い凝視してきているけど、流石に話までは聞いてないよねあの人。

心配になって思考を深く読んだけど、特に怪しい点は見つからなかった。

ただあの記事みたいに頭を撫でられているのを見て、面倒見のいいミルコさんに感動しているだけみたいだ。

そんなことをしていたらミルコさんがメニューを持って店員さんを呼んだ。

店員さんは凄い反応速度でこっちに飛んできた。

 

「これ。早めにな」

 

「承りました!!」

 

店員さんが凄まじい速さで戻っていった。

……メニューを隠して頼んでたけど、ミルコさんが私にケーキを頼んでくれたのは分かった。

多分精神的に疲れたのを労うために頼んでくれたんだろう。

正直さっきの拷問の光景が頭から離れなくて食欲はあまりないけど、甘いケーキなら食べられる気がした。

ミルコさん、その辺りも考えて甘い物を頼んでくれたのかな。

 

 

 

運ばれてきたケーキを食べきって、喫茶店を出る。お金はミルコさんが払ってくれた。

最悪だった気分も、ケーキを食べて少しだけマシになった。

ノートはミルコさんが預かってくれた。ナイトアイの方にはミルコさんから情報共有してくれるらしい。

今日この後共有しに行くから、私はもう帰って休んでいいと言われた。

ミルコさん、凄く配慮してくれている。

不器用だけど私を気遣ってくれるその優しさが嬉しかった。



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トラウマ

寮に帰る頃には夜になっていた。

ミルコさんにケーキを奢られたり褒められたりして、少しだけマシになったとは言っても、正直気分は優れないままだった。

吐き気もまだ残っていて、とても夕食なんて食べられる感じではなかった。

 

私が玄関のドアを開けた途端に緑谷くんたちインターン組が駆け寄ってくる。

 

「波動さん!どうだった?」

 

「成果は……あったよ……」

 

「本当!?」

 

私の返答に切島くんとお茶子ちゃんが嬉しそうにしている。

その一方で、梅雨ちゃんが心配そうな表情で問いかけてきた。

 

「……瑠璃ちゃん、顔色が悪いわ。大丈夫?」

 

「……ん……大丈夫……だけど……食欲……なくて……ちょっと……休みたい……」

 

「休んだ方がいいわ。皆も、話を聞きたいのは分かるけど休ませてあげましょう」

 

梅雨ちゃんが背中をさすりながらそう言ってくれる。

緑谷くんたちも梅雨ちゃんの指摘で私の顔色に気が付いたようだった。

 

「す、すまねぇ!」

 

「よく見なくても顔色真っ青やん!?ご、ごめんね!!気になりすぎちゃって……」

 

「大丈夫……私の方こそ……ごめんね……」

 

切島くんとお茶子ちゃんが謝罪して道を開けてくれる。

緑谷くんは何も言ってこないけど、私の様子に気が付いてからどういうことかの予測がついてしまったらしい。

顔色を悪くして愕然としている。

 

梅雨ちゃんの気遣いをありがたく受け取って、今日はそのまま部屋に戻らせてもらった。

眠れば多少はマシになるかななんて思って、早々にベッドに横になった。

 

 

 

『いたいっ!!いたいよぉっ!!』

 

『やだっ!!いやぁっ!!』

 

『ゆるしてっ!それはいやっ!!あ゛ぁっ!?』

 

『あぁああああぁああああああああああああっ!!?』

 

『ぁっ……ぅっ……っ…………』

 

 

 

「っ……!!……はぁ……はぁ……」

 

エリちゃんの断末魔の悲鳴で、ベッドから跳び起きた。

全身がじっとりと汗ばんでいて、呼吸が荒くなってしまっている。

あの苦痛に歪んだ表情が、恐怖に満ちた表情が、脳裏から離れてくれない。

エリちゃんの断末魔の悲鳴が、死に際の思考が、恐怖が、ずっと頭の中で響き続けている。

苦痛と恐怖の中で、薄れゆく意識を、死に向かっていく少女の思考を、少女の身体から少しずつ波動が霧散していって、思考が読めなくなっていく様を思い出してしまう。

 

眠ればマシになるかなんて思ったけど、そんなことはなかった。

むしろあの拷問を、エリちゃんの恐怖と絶望に塗れた思考を夢で思い出してしまって、とてもじゃないけど忘れられそうにもなかった。

これ、フラッシュバックなのかな。

自分にされた拷問じゃないのに、こんな状態になってしまう自分に嫌気がさしてしまう。

実際にあの拷問に晒されているエリちゃんの苦痛は、恐怖は、私なんかの比じゃないはずなのに。

 

時間を確認すると、ようやく普段皆が寝ているくらいの時間だった。

とてもすぐには眠れそうにない。

そういえばまだお風呂に入ってなかったと思って、シャワーを浴びて汗を流すことにした。

皆眠っていて静けさに包まれた寮の中を、荒い呼吸のまま進んでいった。

 

 

 

結局あの後は一睡もできなかった。

目の下にクマも出来ていたけど、こんなの残しておいたら心配されるのが目に見えてる。

お母さんに女の子なんだから持っておけって無理矢理持たされている化粧ポーチの中のコンシーラーを使ってなんとか誤魔化した。

ほとんど使ったことがないせいで凄く時間がかかったけど、ぱっと見で分からなくなったからとりあえずこれでいいだろう。

そのタイミングでチャイムが鳴った。部屋の前にいるのはいつも通り透ちゃんだった。

 

「瑠璃ちゃーん!おはよー!ご飯食べに行こー!」

 

「ん……おはよ……透ちゃん……」

 

「……?……瑠璃ちゃん、顔色悪いよ。大丈夫なの?昨日は夕食も食べてなかったけど……」

 

「……大丈夫……心配かけて……ごめんね……行こ……」

 

「そう……?」

 

透ちゃんは私の顔を見てすぐに異常に気が付いたみたいだった。

私が誤魔化すと、違和感は残っていたようだけど訝しみつつもそのまま流してくれた。

 

食欲はなかったけど無理矢理朝食を詰め込んで登校した。

午前中はヒーロー基礎学だ。

今日は崖登りとかの訓練だった。

インターン組の皆の気合の入りようが凄かった。

私もエリちゃん救出のために気合を入れて訓練していたけど、インターン組は皆同じ気持ちだった。

それに対して爆豪くんが「何を掴んだか言え!!」なんてキレてたけど、単純に助けたいっていう気持ちと使命感に燃えているだけだ。

 

 

 

そして放課後。

今日も授業が終わって透ちゃんと話しながら寮に帰ろうとしていたら、お姉ちゃんとすれ違った。

そして、私たちとすれ違うタイミングで笑顔で手を振ろうとしたお姉ちゃんの動きが止まった。

お姉ちゃんは険しい表情に変わって私を凝視している。

まずい。バレた。

 

「あ、ねじれ先輩!こんにちは!」

 

「うん。こんにちは……ごめんね葉隠さん、瑠璃ちゃん借りていくね」

 

「お姉ちゃん……!私……大丈夫だから……!」

 

「そんな状態で何が大丈夫なの?ほら、行くよ」

 

お姉ちゃんが私の腕をぐっと掴んで無理矢理引っ張って歩き出した。

透ちゃんもその後を追いかけてくる。

 

「ねじれ先輩!やっぱり瑠璃ちゃん無理してたんですね!?私確信が持てなくて!」

 

「瑠璃ちゃんこういうのすぐ誤魔化そうとするから。普段してないお化粧までして誤魔化しちゃって……」

 

「あー!朝の違和感はそういうことか!?もー!!瑠璃ちゃん!?」

 

「……大丈夫だもん……」

 

「どこが。眠れてないでしょ。溜め込むなって言ったのに」

 

お姉ちゃんがプンプンしながら私の反論を悉く打ち砕いてくる。

 

「それで多分インターンのせいだと思うから、守秘義務もあるし葉隠さんには申し訳ないけど……」

 

「やっぱりそれが原因ですよね……分かりました!瑠璃ちゃんのことはねじれ先輩におまかせします!」

 

「うん。本当にごめんね」

 

お姉ちゃんはそう言って透ちゃんに謝りながら、私を引っ張って歩き続けた。

 

 

 

最初に連れていかれたのは職員室だった。

お姉ちゃんは相澤先生を探していたみたいだけど、生憎今日は不在だった。多分ナイトアイからの依頼をこなすためだと思う。

そこでお姉ちゃんはちょうど席に座っていたオールマイトに話しかけることにしたらしい。

 

「オールマイト!」

 

「?……あぁ波動少女。なにか用かな?」

 

「瑠璃ちゃんの外泊許可ください!」

 

「外泊許可?」

 

「はい!ちょっと色々あったみたいなので!今日は私の部屋に泊めようと思います!」

 

そういうことのようだった。

お姉ちゃんは明らかに眠れていない私を自分の部屋に泊めてメンタルケアするつもりらしい。

お姉ちゃんと一緒に寝れるのは嬉しいけど、迷惑をかけてしまっている気がして気が引けてしまう。

オールマイトはお姉ちゃんに掴まれている私の腕を見てから、私の顔をじっと見つめてきた。

 

「分かった。許可しよう。私から相澤くんにも伝えておくよ」

 

「ありがとうございます!」

 

すぐに許可をくれたオールマイトにお姉ちゃんもにこやかにお礼を言っている。完全に私の意思が無視されているけど……

そしてこれだけで終わるかと思ったら、お姉ちゃんはいつものように気になることが頭を支配し始めた。

とりあえず目的を達成することができて、オールマイトへの興味が少し大きくなってきたようだった。

無邪気で可愛い。さすがお姉ちゃん。

 

「それにしても……ねぇねぇしかし、オールマイトはなんでそんなにガリガリなんですか?直前までムキムキだったのに萎むみたいにガリガリになってたし!そういう個性なの!?なんでムキムキの時は画風が違うの!?ね!?ねぇねぇ答えて知りたいの!」

 

「いや、波動少女……それはだね、会見でも説明したように―――……」

 

オールマイトが律義にちゃんと説明し始めている。

それから少しの間はしゃぎ続けるお姉ちゃんに、困惑したオールマイトが誤魔化しながら当たり障りのない答えを返し続けた。

お姉ちゃんに変な情報を漏らさないか心配だったけど、杞憂だったようだ。

何度か助けを求めるようにこちらを見てきたけど、冷や汗を流しながら挙動不審になっていたからいつ余計なことを言うか気が気じゃなかったのだ。

お姉ちゃんに余計な情報を漏らしていらぬ危険まで持ち込まないように睨んでおいたおかげかもしれない。

 

お姉ちゃんはお姉ちゃんで、オールマイトが誤魔化していることも理解していたし、私が答えを把握しているであろうことも分かっているみたいだった。

その上でオールマイトにじゃれつきながら質問し続けていた。もしかして私に気を遣ってわざとこういうやり取りをしているのだろうか。

お姉ちゃんは突発的な行動が多いから行動理由までは読めないことが多くて、本当の所がどうなのかはちょっと分からないけど。

 

 

 

「オールマイトは気になることばっかり!不思議!」

 

職員室から出たお姉ちゃんは未だに興奮冷めやらぬ様子だった。

もう私も諦めてお姉ちゃんのされるがままになることにした。

お姉ちゃんの部屋にお泊りをさせてもらえるなら、いつもなら大喜びしているくらいの状況だし。

私に何があったのか詳しく話を聞こうとしているお姉ちゃんにどこまで話すべきかなんて考え込んでしまうけど……

お姉ちゃんの気遣いに甘えて、お泊りさせてもらって相談することにしよう。

守秘義務も、お姉ちゃん相手になら気にしないでいいだろうし。

お姉ちゃんを困らせてしまうかもしれないけど、それでも、溜め込むよりは吐き出した方が、いいかもしれないから。

 

その後は一度私の寮に寄って着替えとかの準備をして、3年生の寮に向かった。

A組の皆にもだいぶ心配されていたけど、お姉ちゃんの提案でお泊りすることになったことを伝えたらだいぶ安堵していた。

お姉ちゃんに任せれば大丈夫なんて皆が考えていた。

流石お姉ちゃんだ。メンタルケアまでこんなに信頼されているなんてハイパーお姉ちゃんである。

でもお姉ちゃんがメンタルケアをしている所なんて皆見たことないと思ったんだけど、なんでこんなに信頼されているんだろう。謎だ。



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突撃3年生寮

お姉ちゃんに連れられて3年A組の寮に着いた。

寮の中は本格的にインターンをしている3年生なせいもあってか、私たちのクラス以上に人は疎らだった。

いるのは天喰さんと男女合わせて5人くらいの知らない人たち、あとはお姉ちゃんとよく一緒にいる甲矢(はや)さんだった。

通形さんはB組だからこの寮にはいない。

 

「ただいまー」

 

「おかえりねじれ……と、妹さん?なんで?」

 

お姉ちゃんのその言葉に甲矢さんが反応する。

私の方を見ながらの疑問には、お姉ちゃんが何気ない様子で答えた。

 

「ちょっと色々あってねー。今日は私の部屋にお泊りだよ」

 

「ねじれの部屋に……お泊りですって……!?」

 

甲矢さんが固まった。

甲矢さんは相変わらずお姉ちゃんの良さを分かっている。

お姉ちゃんのことをおとめ座銀河団一かわいいと思っている甲矢さんは、分かっていると頷かざるを得ない。

今固まったのは私がお姉ちゃんの部屋にお泊りする羨ましさから固まった感じらしい。

クラスメイトなんだから自分から提案してお泊りすればいいのになんて思うけど、なぜしないのだろうか。

 

「……波動さんの妹、大丈夫?顔色悪いけど……」

 

天喰さんが顔を伏せながら聞いてくる。

相変わらずの人見知りというか、引っ込み思案だ。

それでもちゃんと聞いてくれるあたり人の好さは伝わってくるけど。

 

「大丈夫じゃないから私の部屋にお泊りさせるんだよー。というわけで今日はよろしくね!」

 

「……よろしくお願いします……」

 

お姉ちゃんが皆にお願いするのに合わせて、私も頭を下げた。

お姉ちゃんのクラスメイトだし、悪い人がいないのは分かっているけど他のクラスの寮というのは少し居心地が悪い。

 

「なるほどね。好きに寛いでいきなよ」

 

「ねじれから色々話は聞いてるよ~」

 

「波動さんの妹さん、ヒーロー科に入ったとは聞いていたけど……」

 

天喰さんは何が原因でこうなったのかは想像がついたみたいだけど、他の人たちは分からないにも関わらず普通に歓迎してくれた。

それはそれとして今気になることを言った人がいる。

 

「そこの……お姉ちゃんから色々聞いてるって言った人……何を聞いたのか……詳しく……教えて欲しいです……!」

 

お姉ちゃんから聞いた私の話と言うのがだいぶ気になる。たとえ気分が悪くて体調が芳しくなくても聞いておきたい。

そう思って私がお願いすると、その人は快く応じてくれた。

 

 

 

私が共有スペースのソファで先輩たちに囲まれながら話を聞いていると、再起動した甲矢さんが私の隣に座って一緒に話を聞いていたお姉ちゃんに話しかけた。

 

「ねじれ、ジャスミンティーあるけど飲む?」

 

「飲むー!瑠璃ちゃんも飲むよね?」

 

「……じゃあ……良ければ……貰います……」

 

「はいはい。ちょっと待っててね」

 

そう言って甲矢さんがキッチンの方に消えていった。

それにしても、お姉ちゃんのクラスメイトの人たちは皆いい人だ。

お姉ちゃんの周囲の人の抜き打ちチェックも兼ねて全員の思考を深く読んでみたけど、特に嫌な感じの思考や感情は感じなかった。

強いて言うなら天喰さんが相変わらずすぎる感じだっただけだ。

なんで私の頭を未だにじゃがいもに見立てているんだ。いい加減慣れて欲しい。

私の顔のパーツなんてお姉ちゃんに似てるんだから猶更慣れやすいだろうに。

 

「瑠璃ちゃんと有弓(ゆうゆ)、気が合うと思うんだよね。なんだか雰囲気似てるし。この後お話ししてみたら?」

 

「ん……そうかな……まぁ……甲矢さんには言いたいこと……あるから……」

 

「え?甲矢と瑠璃ちゃん似てるか……?性格なんてほぼ真逆な気が……」

 

お姉ちゃんの言葉に男子の先輩がそう呟いている。

確かに私と甲矢さんが似ているかは甚だ疑問が残るけど、お姉ちゃんがそう言うんだからきっと間違ってないんだろう。

 

それから少しして甲矢さんが戻って来た。

甲矢さんが配ってくれるジャスミンティーにお礼を言いながら口を付ける。

……おいしい、おいしいんだけど、香りが薄目だしちょっと癖が強い。

これは多分市販の茶葉を使ってるな。

まあお姉ちゃんがいつでもジャスミンティーを飲めるようにするためっていうならこれはこれでいいんだろうけど、お姉ちゃんにはもっとこだわったのを飲んで欲しいと思ってしまう。

そう思いながらも、甲矢さんに聞きたいことを聞いてしまわないとと考えて口を開いた。

 

「甲矢さん……」

 

「ん?なに?」

 

「去年のミスコン……お姉ちゃんのサポートしたの……甲矢さんですよね……?」

 

「そうだけど……」

 

甲矢さんはちょっと暗い雰囲気になりながら、それがどうかしたのかと言わんばかりに聞いてくる。

だけど、やっぱり甲矢さんがサポートしてたのか。

つまり、あの準グランプリは、宇宙一可愛いはずのお姉ちゃんの敗北は、この人のせいと言うことだ。

なぜお姉ちゃんに豪華な路線で着飾らせて、あのインパクトの人に豪華さで争わせたのか。

お姉ちゃんは妖精や天使のような可憐さを持っているのだから、そこで攻めるべきだったのだ。

このことを、ずっとずっと文句を言いたかったのだ。

 

「なんで……お姉ちゃんに豪華さで競わせたんですか……!!お姉ちゃんは……妖精や天使のような可憐さ、かわいらしさ、天真爛漫さを持ってるんだから……そっちの方向性で着飾るべきだったんです!!あれは……お姉ちゃんの良さを殺してました……!!」

 

「っ!!?」

 

私の言葉を受けて、甲矢さんが衝撃を受けたように固まった。

周囲の天喰さんを除いたお姉ちゃんのクラスメイトの人たちの思考が、『あっ……そういうこと……』って思考で固まっている。

どうやらクラスメイトの人たちも、これでお姉ちゃんの敗因に思い至ったようだ。

 

「ごめんなさい妹ちゃん!確かに、あの敗北は私のせい……!ねじれの魅力があったのに、準グランプリ止まりになっちゃうなんて……!でも安心して!私も今年はその方向性でねじれの良さを生かすつもりだったから!」

 

「分かってるなら……いいんです……」

 

「うん!私が絢爛崎さんの豪華絢爛さに惑わされたのがいけなかったんだよ。それをねじれに合うかどうかも考えずに強硬するなんて……だからもし今年もねじれが出てくれるなら、ねじれの良さを生かすんだって決めてたから!」

 

「それならもうお姉ちゃんの優勝は決まったようなものです……!期待してます……!」

 

私がこの話を振った瞬間に、甲矢さんの思考はお姉ちゃんにつけなくていい傷をつけてしまったという感じになっていた。

まあお姉ちゃんの魅力をもってして敗北してしまったならサポートした人のせいだから、自分を責めるのは分からない事でもない。実際私も負けたのは甲矢さんのせいだと思ってるし。

その後は甲矢さんとミスコンの審査員の目がいかに腐っていたかとか、お姉ちゃんのかわいらしさについて語り合った。

甲矢さんがお姉ちゃんのことを銀河一可愛いとか、お姉ちゃんの美しい髪がとか、いろいろと何度も頷いてしまうようなことを言ってくれて私も共感しっぱなしだった。

お姉ちゃんといつも一緒にいるだけのことはある。ちゃんと分かってるな。

あとはとりあえずこのジャスミンティーに注文を付けとかないと。茶葉の香り付けの方法とか教えてあげようかな。

お姉ちゃんにはいつでも最高のものを飲んで欲しいし。甲矢さんに教えておけば多分頻繁に作ってくれると思う。

 

そんな風に私と甲矢さんが盛り上がっていたら、お姉ちゃんのクラスメイトの人たちは一歩引いた位置で苦笑いしていた。

なぜなのか。お姉ちゃんと同じクラスなんだから甲矢さんのようにちゃんとお姉ちゃんの魅力を理解して欲しい。

お姉ちゃんは話を半分も聞かずにケラケラ笑いながら「おいしー!」って言ってジャスミンティーを飲んでいた。お姉ちゃん可愛い。

 

 

 

その後はお姉ちゃんと一緒に夕食を食べて一緒にお風呂に入って、一緒にお姉ちゃんの部屋に向かった。

お姉ちゃんのクラスメイトの人たちは本当に良い人ばかりだった。

私が眠れていないのを分かっていたお姉ちゃんは、いつもよりも全然早い時間に私と一緒にベッドに入ってくれた。

ベッドの中で向かい合いながら横になっていると、お姉ちゃんが話しかけてきた。

 

「それで、何があったの?全部話して」

 

「それは……」

 

私が言葉に詰まっていると、お姉ちゃんがじっと私の目を真剣な表情で見つめてきた。

お姉ちゃんの思考も、私への心配一色になっている。

そんなお姉ちゃんに根負けして、私はぽつぽつと話し始めた。

昨日ミルコさんと一緒に死穢八斎會の調査に行ったこと。

本部である組長の屋敷にエリちゃんはいたこと。

そこで行われていたエリちゃんへの拷問。それを行っていた治崎の目的。

治崎の個性によって蘇生されて繰り返される拷問。

そんな拷問の中にあっても、助けを求めているのに他人を気遣って逃げることすらできなくなってしまったエリちゃんの内心。

一度話し出したらもう止まらなくなってしまって、全てが話し終わる頃には私はお姉ちゃんに縋り付きながら震えてしまっていた。

 

「それで……エリちゃんの死に際の思考と……断末魔の悲鳴と……苦痛と恐怖に歪んだ顔が……頭を離れなくて……寝ると……思い出しちゃって……」

 

「……そっか」

 

お姉ちゃんは静かにそう呟くと、私を抱きしめてくれた。

 

「つらかったね」

 

「……つらいのは……私じゃないから……」

 

「そうかな。瑠璃ちゃんは優しい子だから、その子に共感したんだよね。だからそんなになるまで頑張って見続けたんじゃないの?」

 

「……それは……そうだけど……」

 

「そういうことなの。だからそれだけ怖い所を見ても、助けてあげたいって思えるんだよ」

 

「……うん……」

 

「それに、もう怖い所を見るのも終わったんだから。あとは頑張って助けてあげるだけだもんね」

 

「うん……」

 

「それにしても、瑠璃ちゃんは本当に優しくていい子だねー。私も誇らしいよ」

 

「ん……」

 

抱きしめられたまま動けない私の頭を、お姉ちゃんがゆっくりと撫でてくれる。

お姉ちゃんは撫でながら私に優しい言葉をかけ続けてくれて、その心地よさにいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

お姉ちゃんのぬくもりに包まれて眠っていたはずなのに、少しの寒さで目を覚ました。

目を開けるとお姉ちゃんが私を起こさないようにベッドを抜け出していたところだった。

……どこに行くのかは分かった。私も一緒に行かないと。

そう思って私はお姉ちゃんの背中に抱き着いた。

 

「あれ?瑠璃ちゃん起きちゃったの?」

 

「ん……私も行く……」

 

「そっか。じゃあ一緒に行こっか」

 

お姉ちゃんは1階で天喰さんと合流してから外に出た。

外には通形さんがいる。通形さんたちも決行日のメールが来たらしい。

通形さんと合流すると、天喰さんが声をかけた。

 

「ミリオ……」

 

通形さんは、凄く真剣で怖い表情をしている。

それだけ覚悟を決めているということなんだろう。

お姉ちゃんはそんな通形さんに欠伸をしてから話しかけた。

 

「がんばりましょう」

 

お姉ちゃんはエリちゃんのことを通形さんや天喰さんに言ったりせずに、ただそれだけを伝えた。

私も眠くてふにゃふにゃしながらお姉ちゃんに抱き着いたままだったけど、お姉ちゃんのその言葉に心を引き締める。

あとは明日、エリちゃん救出のための突入に全力を尽くすだけだ。



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突入直前

翌日、私は突入直前の会議の前にミルコさんと一緒にナイトアイに呼び出されていた。

正直ミルコさんの怒気が怖い。

部屋に入って早々に、ナイトアイが深々と頭を下げてきた。

 

「すまなかった」

 

「それは何に対する謝罪だ?」

 

「私の浅慮、侮り、油断……それによって学生であるリオルに、多大な負担を、心労をかけたことに対しての謝罪だ」

 

青筋を浮かべながら問いただすミルコさんに、ナイトアイは頭を下げたまま答えた。

 

「正直に言って、私は治崎の個性も、残虐性も、異常さも、何もかも侮り、見誤っていた。リオルの個性すらも、侮っていた。それによって、リオルの精神的負担が計り知れない物になってしまった。本当に申し訳ないことをしたと思っている」

 

ナイトアイの発言に嘘はなかった。

治崎の個性が死者蘇生まで成し遂げるほどの常軌を逸した個性だったことや、そのために少女を殺し続けることすら厭わない異常さ、それに加えて私の個性の過小評価。それらに思い至らなかった浅慮。それによって私に発狂しかねないほどの光景を感知させてしまったことを、心の底から悔やんでいた。

 

「……頭を上げてください……ナイトアイ……」

 

「しかし……」

 

「いいので……上げてください……私はミルコさんに言って感知をやめて逃げることもできました……でも、感知し続けたのは……エリちゃんのためなんです……あんな状況に……あの子を置いておきたくない……そのために……できる限りの情報を……感知したんです……」

 

私がそこまで言うと、ゆっくりとナイトアイは頭を上げた。

表情がすごく暗いし、内心も自責の念で満たされたままではあるけど……

 

「可能な限りのアフターフォローをさせてもらう。後日改めて謝罪と今後の対応に関する相談をさせて欲しい」

 

「それは……はい……分かりました……」

 

突入前に会議をすると言う話もあったし、それを考えるともうあまり時間がない。

そう思っていたんだけど、ナイトアイはさらに話を続けた。

 

「それともう一つ……突入前の会議には、申し訳ないが参加してもらいたい。しかし突入には参加しなくても大丈夫だ」

 

「……どういう……ことですか……?」

 

「これ以上、君の負担を大きくしたくない。君は十分すぎるほどの情報をもたらしてくれた。感謝してもしきれない。感知をしていた時の状況も、ミルコから聞いている。ゆっくりと精神を休めながら、吉報を待っていて欲しい」

 

ナイトアイのその言葉に、ついにミルコさんの堪忍袋の尾が切れた。

 

「おい」

 

「……なにか?」

 

「なにかじゃねーよ。それこそあり得ねぇ。こいつは、その少女を助けたくて潰れそうになりながら感知を続けたんだぞ。こいつの目を見て分かんねぇのか?こいつは、もう覚悟を決めてそいつを助けようとしてんだよ。邪魔すんな」

 

「……本当にいいのか?」

 

ミルコさんの言葉に、ナイトアイが確認するように私の方を見てくる。

 

「はい……!私も参加させてください……!放って置けないんです……!」

 

「……分かった。可及的速やかに、少女を保護しよう。力を貸して欲しい」

 

「はい……!」

 

それで、会議前の話し合いは終わった。

その後は速やかに会議の部屋に移動して、会議が始まった。

 

 

 

「本拠地にいるぅ!!?」

 

「本拠地っちゅうことは……」

 

「八斎會のトップ……組長の屋敷」

 

突入直前の会議には以前の協議に参加したヒーローは全員集まっていた。

昨日集まれる人たちで協議をしていたようだけど、今日は地方に散って調査していた人員も戻ってきている。

ほぼ1からの説明になっていた。

 

「なんだよ、俺たちの調査は無駄だったわけか」

 

「どうやって確信に?リオルいう子の読心か?」

 

ファットガムがナイトアイに確認する。

ナイトアイは深刻な表情で頷いた。

 

「はい。リオルが行った感知、読心により、多くの情報を得ることが出来ました。少女がいるかどうかだけでなく、どこに少女の私室があるか、弾丸を作るために傷つけられていた部屋はどこか、さらには、少女に行われていた拷問の内容まで……」

 

「……拷問って……」

 

緑谷くんたち4人は、私の顔色からある程度予測していたのか顔色を悪くしている。

 

「……口にするのも憚られる所業です。麻酔なしで切開して血肉を採取し、四肢を捥ぎ取り、最終的には、殺害するまで素材として少女の肉体を削り続けたと」

 

「さ、殺害!?」

 

「四肢を捥ぎ取るって……」

 

「じゃあ、エリちゃんはもう!?」

 

周囲のヒーローや学生は皆顔面を蒼白にして愕然としている。

少女が殺されているという言葉。

さらには少女の肉体を素材にしていると言っても、そこまで外道なことをしているとは思っていなかったのだろう。

ナイトアイはさらに話を続けた。

 

「いえ、少女は生きています。八斎會の若頭、治崎の個性"オーバーホール"は、我々の想像をはるかに超えていました。対象の"分解"、"修復"といえば簡単に聞こえますが、その効果は想像を絶するものだった。少女は、死ぬまで素材として肉体を削られた直後、治崎の個性によって"修復"されたのです。つまり、死者の蘇生を成し遂げることが出来るほどの個性だった、ということです。それによって少女は、死ぬまで肉体を削られ、死ねば蘇生され、また肉体を削られるという拷問を行われていたのです」

 

「な、んだよ……それ……」

 

「人間の所業じゃないわ……」

 

「だが死者の蘇生って、俄かには信じられないな……」

 

多くのヒーローがその所業に愕然とするなか、名前を知らないヒーローがそう呟いた。

理解しがたいことなのは分かるけど、それが事実だ。

 

「……でも……それが事実です……私は……少女の……エリちゃんの断末魔の叫びも……死に向かって薄れゆく思考も……彼女の心臓が止まるのも……感知しました……治崎……オーバーホールが蘇生し……エリちゃんの千切られた手足が……元に戻るのも……心臓がまた動き出すのも……何度も……何度も……」

 

「っ……」

 

私があの光景を思い出して震えながら感知したものを伝えると、多くの人たちは息を呑み、怒りに震えた。

ミルコさんが私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくるし、お姉ちゃんまで背中を摩ってくる。

気遣ってくれるのは嬉しいし、ミルコさんは無理するなって言いたいみたいだけど、これを伝えないと理解してくれない人もいるんだから仕方ない。

緑谷くんと通形さんの自責の念が、さらに酷いことになっていっている。

 

言葉を発することすら許されないような空気の中、ナイトアイはプロジェクターに私が書いた地図をデジタル化して綺麗にしたものを映しながら話を続けた。

 

「リオルからの情報はこれだけではありません。屋敷から地下への入口の位置、地下の構造を詳細に記した地図、八斎會幹部数人の個性の詳細など、多くの情報を齎してくれました」

 

「すごい……」

 

「本当に。これだけの情報を、よくこの短期間で……」

 

「それに加えて―――」

 

ナイトアイが眼鏡を光らせるかのように顔を伏せる。

 

「ヴィラン連合所属のヴィラン、トゥワイス。さらに、トガヒミコの存在を感知したと報告がありました」

 

「ヴィラン連合って……!?」

 

「協力関係にないって話じゃなかったのかよ!?」

 

ナイトアイの言葉に、周囲がさらにざわついた。

 

「治崎の思考内容から、ヴィラン連合と八斎會との間で何らかの取引があった物と思われます。しかしリオルの感知から、治崎の手によってヴィラン連合のヴィラン、マグネが殺害されていたことが発覚しました。トゥワイスとトガはそのことに対して激怒しており、さらに死柄木から碌な指示も受けておらず内心で従おうとする意思が一切見られないと。これらから面従腹背ではないかというのがリオルの推測です。いつ裏切っても、おかしくないほどであると」

 

「……今、俺の方にも塚内からヴィラン連合に大きな動きがあったと連絡があった。それと碌な指示を受けてねぇってのを合わせて考えると、その2人は今回はヴィラン連合とは独立して動いていると考えていいんじゃねぇか?」

 

グラントリノがスマホを弄りながらそう言った。

ナイトアイもそれには同意見なようで頷いている。

 

「報告が齎された後にすぐ集まれるもので協議しましたが、そちらでもそのような推測になりました。何らかの取引が成立した時点で、ヴィラン連合の目的は達成している。あるいは、潜り込み、復讐をすること自体が目的なのではないかと。最大限の警戒はしますが、目的は少女の保護であることに変わりはありません」

 

ナイトアイのその言葉に、"連合にまで目的が及ぶ場合はそこまでだ"と先生に言われていた学生側は安堵のため息を吐いていた。

その後もナイトアイの話は続いた。

私が感知したトゥワイスとトガの個性、万が一自己複製をされた場合に起こり得る可能性に、真実吐き(まことつき)という個性の存在。それにトガのミスディレクションの共有など、多くの情報の共有が行われた。

 

「リオルの感知では地下への入口の開き方は分かりませんでしたが、そこはこちらで情報を掴みました。八斎會の構成員が先日近くのデパートにて、女児向け玩具を購入していました」

 

「はぁ!?」

 

「なんじゃそらぁ……!」

 

「まさかそれを使って開くとか言うんじゃないやろなぁ!!意味分からんでナイトアイ!!」

 

「いえ……これは接触のために利用しただけです。その構成員は、少女のためにこれを購入しようとしていた。そのような趣味を持つ人間ならば確実に言わないセリフを吐いていたので。なので、それを利用して見せてもらいました」

 

ナイトアイはそう言って予知で見た内容を話し始めた。

女児向け玩具のことを教える体で構成員の身体に触れ、その男が地下に入る瞬間を確認したらしい。

 

「予知使うのかよ!」

 

「確信を得た時、駄目押しで使うと先日も言ったハズ。これで地下の入り口の開け方も分かりました」

 

「とにかくこれでようやっと決まりっちゅうワケやな」

 

「やつが家にいる時間帯は張り込みによりバッチリでございます」

 

「警察との連携で令状も出ています後は―――「踏み込むだけやな!」台詞取られた!!?」

 

良い感じのポーズを決めて締めの言葉を言おうとしたバブルガールが、ファットガムに台詞を倒られて愕然としていた。

この空気でそのノリが出来るのはある意味尊敬してしまう。

 

 

 

それから警察署の前で警察と合流した。

警察からは八斎會構成員の分かる範囲の登録個性をまとめたリストが配られ、隠蔽の時間を与えないためにも可能な限り迅速に全構成員の確認、補足を行うことが確認された。

 

「決まったら早いスね!」

 

「君朝から元気だな……」

 

「あれ、デクくん、その赤いのってこの前までなかったよね?」

 

「……うん、フルガントレットっていうサポートアイテムなんだ。今回は、全力で挑みたかったから」

 

「……そっか、頑張ろうね、デクくん!」

 

皆もエリちゃん救出のためにも気合を入れ直していた。

私も気合を入れ直しながら八斎會の地下にエリちゃんが今もいることを確認しておく。

 

「……よし……頑張らないと……」

 

「瑠璃ちゃん、もう無理だと思ったらすぐにミルコに言うんだよ」

 

「ん……そうする……ありがと……」

 

お姉ちゃんが心配した表情のまま話しかけてくる。

私がそんなお姉ちゃんにお礼を言っていると、相澤先生が近づいてきた。

 

「おい、波動」

 

「はーい?なんですか?」

 

「……なんですか……?」

 

「……すまん、妹の方だ。波動、オールマイトから波動がどういう状態かだけは聞いている。情報収集に関しても、無理をした理由は理解した。だが何度でも言うぞ。無理だけはするな。ここには多数のプロがいるんだ。潰れるまで頑張る、なんていうのは間違ってるからな」

 

「はい……気を付けます……」

 

相澤先生はわざわざこれを言いに来ていたみたいで、そのまま緑谷くんの方に歩いて行った。

 

そして、準備が出来たのか警察の人が話し始めた。

 

「ヒーロー、多少手荒になっても仕方ない。少しでも怪しい素振りや反抗の意思が見えたら、すぐ対応を頼むよ!」

 

そんな風に警察の人が話しているのを尻目に、今まで黙って私が注意されるのを見ていたミルコさんが話しかけてきた。

 

「おい、リオル」

 

「なんですか……?」

 

「私は無理をするなとは言わねぇ。助けたいんだろ?」

 

「はいっ!」

 

「珍しくいい覇気だ。あとは全力で助けてやるだけだ……やれるな」

 

「やれますっ……!そのために……無理してでも感知し続けたんですから……!」

 

私の返答に、ミルコさんはニヤリと笑ってから頷いた。

 

「相手は仮にも今日まで生き残って来た極道者。くれぐれも気を緩めずに各員の仕事を全うしてほしい!出動!」



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突入(前)

午前8:30。

決行の時間になった。

 

「令状読み上げたらダーーーッ!!と!行くんで!速やかによろしくお願いします」

 

そう言って警察の人がインターホンの前に移動しようとした瞬間、中の家から巨体の男が出てきた。

悪意を感じるし、何よりもこっちを殴ろうとする意志が読み取れる。

これは、このまま突撃してくる……!

 

「しつこいな、信用されて「敵が来ますっ……!!門から離れてっ……!!」

 

私が合図をしたタイミングで、門をパンチでぶち破った巨体の男が飛び出してきた。

そのパンチに対して、ミルコさんがすかさず跳び上がった。

 

月堕蹴(ルナフォール)っ!!!」

 

空中から振り下ろされたその強烈な蹴りは、男の巨大な拳を地面に叩きつけた。

 

「はっ!図体がでかいだけのウスノロだなっ!」

 

「オイオイオイ待て待て!!!感づかれたのかよ!!」

 

「いいから皆で取り押さえろ!!」

 

強気に言うミルコさんを尻目に、警察や他のプロヒーローが狼狽する。

男は地面にめり込んでいた腕を力尽くで引き上げて、そのままミルコさんに向けて拳を構えた。

 

「ほんの少し元気が入ったぞ―――……もぉ~~~~」

 

「なるほど、見た目通りフィジカルだけはいいってか?それだけでやれるほどヒーローミルコは甘くねぇぞ!」

 

「ミルコ!!」

 

「あ?」

 

ミルコさんが応戦しようとすると、その前にリューキュウが飛び出してきた。

邪魔されたと思っているミルコさんの顔に青筋が浮かんでいる。

そんなミルコさんを意に介さずに、リューキュウは個性を使ってドラゴンに変身した。

 

「あなたがここで時間をかけることは、リオルがここに残ることを意味します。人探しに於いて彼女の個性は必須です。それに、ここに人員を割くのも間違っている。ならばこそ、彼はリューキュウ事務所で対処します。皆は引き続き仕事を!」

 

そう言ってリューキュウは男の拳を掴んで地面に叩きつけた。

 

「今のうちに!!」

 

「よう分からん、もう入って行け行け!!」

 

「ちっ……」

 

リューキュウの合図に皆が走り出す。

ミルコさんも間違ってはいないと思ったのか、舌打ちをしながらも走り出した。

お姉ちゃんたちリューキュウ事務所でインターンをしている3人はリューキュウのサポートをするために走り出していた。

 

「梅雨ちゃん、麗日!頑張ろうな!」

 

「また後で!!」

 

緑谷くんと切島くんがお茶子ちゃんたちに声をかけてから走っていく。

私もミルコさんを追わないと。

だけど、その前にお姉ちゃんに伝えておかないといけないことがある。

 

「お姉ちゃんっ……!!その男、触ると活力を吸い取るみたいっ……!!気を付けてっ……!!」

 

お姉ちゃんが頷いたのを確認して、私もミルコさんを追いかけてすぐに走り出した。

 

 

 

死穢八斎會の庭に入ると、すぐにドラマとかで見るような分かりやすいやくざが出迎えてきた。

 

「おぉい何じゃてめぇら!」

 

「勝手に上がり込んでんじゃねーーーーー!!」

 

「ヒーローと警察だ!違法薬物製造・販売の容疑で捜索令状が出てる!」

 

やくざの男たちに対して警察が即座に罪状を述べたけど、男たちはそんなことは気にしないで反撃してきた。

『個性"葉操"』という思考と同時に、木から葉っぱが飛んできた。

その葉っぱはすぐに前の方を走っていたプロヒーローが捌いて、一切止まらずに走り続ける。

 

「まっすぐ最短で!目標まで!!」

 

走り続ける間にも、情報が伝達された死穢八斎會の面々が動き続ける。

今、あの拷問部屋の近くにいるオーバーホールは、『今見つかるわけにはいかない』、『あいつらが勝手に暴れたことにする』、『その間にエリもろとも全て運んで隠し通す』とか考えて逃走を図っていた。

私がそんな思考を読んでいる間にも、天喰さんや相澤先生がヤクザについて話していた。

忠義と結束の話をした上で先生が逃走を予測すると切島くんが憤りを露わにした。

 

「忠義じゃねぇやそんなもん!!子分に責任押し付けて逃げ出そうなんて漢らしくねぇ!!」

 

「んん!!」

 

「ミルコさん……オーバーホールが逃走を図っています……鉄砲玉、生贄の8人に大暴れさせて……エリちゃんも……銃弾を作る設備も……運び出すつもりみたいです……」

 

「弱虫が。おいナイトアイ!今の予想通りだ!急がねぇと何もかも持って逃げちまうってよ!」

 

「急ぎましょう……ここです」

 

ナイトアイが掛け軸の前で足を止めた。

壁の向こうには空間が見える。ここで間違いない。

ナイトアイはすぐさま掛け軸の前の花瓶動かし始めた。

 

「この下に隠し通路を開く仕掛けがある。この板敷きを決まった順番におさえると開く」

 

そう言ってナイトアイが板敷きを押し始める。

……壁の向こうでヤクザが身構えている、警告しよう。

 

「……壁の向こうで……ヤクザが3人身構えています……備えてください……」

 

私がそういうと、センチピーダーが動き出した。

 

「任せてください。バブルガール。1人は任せます」

 

「はい!それにしても、忍者屋敷かっての!ですね!」

 

バブルガールが冗談めかしていっているうちに、開いた壁から3人のヤクザが飛び出してきた。

出てきた瞬間に何か叫んでいたけど、言い終わるのを待つことなくセンチピーダーに2人拘束され、バブルガールの泡による目潰しで残りの1人も拘束された。

すごい手際だ。

 

「追ってこないよう大人しくさせます!先行って下さい!すぐに合流します!」

 

「疾え……!!」

 

センチピーダーとバブルガールを残して階段を駆け降りる。

降りている途中で気がついたけど、通路が壁で塞がれている。

この前感知した時はなかったと思うけど……オーバーホールの個性で作ったのだろうか。

死者蘇生なんてできる個性だし壁を作るくらい簡単だろうし。

 

「……この前までなかった壁が……通路を塞いでます……壁の向こうに道は続いているので……正面の壁を壊してください……!」

 

「それは、来られたら困るって言ってるようなもんだ!」

 

「そだな!!妨害出来てるつもりならめでてーな!!」

 

私の発言に即座に反応した緑谷くんと切島くんが、壁が見えてすぐにフルカウルによる蹴りと硬化して繰り出すパンチによって壁を粉砕した。

次の瞬間、すぐ近くの壁の中に、高速で移動してきた妙な波動を感じた。

壁が、地面が、大きく歪んだ。

その現象はオーバーホールがいる最深部以外のほとんどの場所で起こっていた。

そして、その変化が起きているコンクリートの壁の中、その中を凄まじい速さで移動し続けている波動を感じる。

 

「道が!!うねって変わっていく!!」

 

「治崎じゃねぇ……逸脱してる!考えられるとしたら……本部長、入中!しかし!規模が大きすぎるぞ!奴が"入り""操れる"のは、せいぜい冷蔵庫ほどの大きさまでと―――……」

 

「かなーーーりキツめにブーストさせれば、ない話じゃぁないか……」

 

「モノに入り、自由自在に操れる個性……!!"擬態"!地下を形成するコンクリに入り込んで、"生き迷宮"になってるんだ……!!」

 

つまり、この壁の中を高速で移動している波動が入中という男なんだろう。

 

「何に化けとるか注意しとったが……まさかの地下。こんなん相当身体に負担かかるハズやで。イレイザー消せへんのか!!?」

 

「本体が見えないとどうにも―――……リオル!本体がどこにいるかは分かるか!?」

 

「壁の中を高速で移動しています……!変化している所の近くから覗いていますけど……全然一定の所にとどまりません……!おそらく動けなくなるくらい限界を迎えないと……捕えられません……!」

 

私が相澤先生に答えると、先生は顔を顰めてどうにか視界に入中を入れられないかと周囲を伺い始めた。

 

「道を作り替えられ続けたら……目的まで辿り着けない……その間に向こうはいくらでも逃げ道を用意できる。即時にこの対応、判断……ああダメだ……もう……女の子を救い出すどころか俺たちも―――……!!」

 

天喰さんのその卑屈な物言いにミルコさんがちょっとイラっとした瞬間、通形さんが声を張り上げた。

 

「環!!そうはならないし、おまえは!サンイーターだ!!そしてこんなのはその場凌ぎ!どれだけ道を歪めようとも目的の方向さえ分かっていれば、俺は行ける!!」

 

「ルミリオン!」

 

「先輩!」

 

「スピード勝負、奴らも分かっているからこその時間稼ぎでしょう!」

 

走り出そうとする通形さんに、ナイトアイと緑谷くんが声をかける。

今、オーバーホールとエリちゃんがいるのは、下に約55m、正面を12時として11時方向に70mくらいだ。

さっきトガとトゥワイスにこっちに向かうように指示を出して、自分はそのまま逃走しようとしている。

今オーバーホールの近くに残っている部下は、"真実吐き(まことつき)"と平衡感覚を奪う個性、さっきのリストから考えると"泥酔"の個性、それに時計の針のような髪の毛をしている男、"クロノスタシス"の個性の3人だ。

この情報を、今すぐに通形さんに伝えるべきだ。

 

「ルミリオン……!!今オーバーホールとエリちゃんがいるのは……下に約55m……正面を12時として11時方向に約70mの地点です……!!近くにいる部下は……"真実吐き(まことつき)"と"泥酔"、"クロノスタシス"の3人だけです……!!」

 

「ありがとうリオル!先に向かってます!!」

 

そう言って通形さんは壁に潜り込んでバグのような挙動を繰り返しながら高速で目的地に向かい始めた。

 

 

 

そして、そのタイミングで壁の中の入中の思考は『すり抜けは防ぎようがない』、『辿り着けても一人じゃどうにもならない』というものが読めた。

その瞬間、地面が無くなった。

落下し始めてすぐに開いた穴も閉じてしまう。

ミルコさん1人なら跳躍で抜けられたんだろうけど、ミルコさんはそんなことせずに一緒に落下していた。

思考を見る限り、入中の個性のブーストによるものであるとすぐに気がついて、1人で突出するんじゃなくて私と一緒に落下するのを選んだっぽい感じだ。

ミルコさんは敵がいるのを気配で察知して、すぐに一歩前に出た。

 

「おいおいおい空から国家権力が……不思議なこともあるもんだ」

 

「このミルコを前にして、ごろつきが随分と余裕そうじゃねぇか」

 

「よっぽど全面戦争したいらしいな……!流石にそろそろプロの力見せつけ―――……」

 

相澤先生が抹消を発動して、ミルコさんとファットガムが今すぐにでも応戦しようとした瞬間、天喰さんがミルコさんのさらに前に歩み出た。

 

「その"プロの力"は、目的のために……!!こんな時間稼ぎ要員―――……俺一人で十分だ」

 

その豹変具合に、ミルコさんが呆気にとられたような顔をして天喰さんを見る。

 

「へぇ……さっきまでとは正反対の、いい闘気じゃねぇか……加勢はいらねぇんだな」

 

八斎會の幹部3人が銃や刀を構えるのに対してミルコさんは避けようとする素振りも見せずに、試すように笑いながら天喰さんに声をかけた。

それを受けて天喰さんは、慌てて拳銃を構える警察や前に出ようとするファットガムを押しのけて、貝に身を包みつつタコで3人を拘束、武器を回収した。

 

「はい。こいつらは相手にするだけ無駄だ。何人ものプロがこの場にとどまっているこの状況がもう、思うツボだ」

 

「でも先輩……!!」

 

「スピード勝負なら一秒でも無駄にできない!!イレイザー筆頭にプロの"個性"はこの先に取っておくべきだ!!蠢く地下を突破するパワーも!この状況でも周囲を把握できる探知も!拳銃を持つ警察も!ファットガム!俺なら一人で3人を完封できる!」

 

天喰さんの啖呵に、ミルコさんが賞賛するかのように口笛を吹いた。

ファットガムも天喰さんの言葉を受けて、表情が変わった。

 

「行くぞ!!あの扉や!!」

 

「ファット!」

 

切島くんが猶もファットガムに考え直すように声をかけている。

それを無視して、ミルコさんは駆け出した。

 

「行くぞリオル。ここはこいつで十分だ。任せられる」

 

「はい……私も天喰さんなら大丈夫だと……思います……」

 

私もミルコさんを追いかける。

天喰さんなら、天喰さんの弱気な姿勢が取り払われている今なら、あんな奴らに負けるはずがない。

 

「皆さん!!ミリオを頼むよ!あいつは……絶対無理するから助けてやってくれ」

 

走り始めた私たちの後ろで、まだ戸惑っている人たちに動くように促す天喰さんの声が聞こえた。

それを聞いて、天喰さん以外は全員走り出した。



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突入(後)

天喰さんに背後を任せて私たちは廊下を走り続けていた。

 

「先輩……大丈夫かな……やっぱ気になっちまう」

 

「うん……」

 

緑谷くんと切島くんが、天喰さんを一切信頼していない弱気な言葉を口走る。

 

「背中預けたら信じて任せるのが漢の筋やで!!」

 

それを受けて、切島くんの顔も思考も暑苦しいいつもの感じに戻った。

 

「先輩なら大丈夫だぜ!!」

 

「逆に流されやすい人っぽい」

 

「デクは……サンイーターのこと信じてないの……?」

 

「そうだ!!心配だが信じるしかねぇ!!サンイーターが作ってくれた時間!一秒も無駄にできん!」

 

切島くんはすっかりもとの調子を取り戻したようだった。

それを横目に見ながら、オーバーホールの方に向かうために最短ルートを模索する。

 

「あの階段を上って……上に戻りましょう……」

 

走っている人たちは、皆私の指示に従ってついてきてくれた。

今は周囲にヤクザも幹部もいない。

ミルコさんがいい加減焦れてきて飛び出そうとしている。

だけどそれは困る。ミルコさんが飛び出すとインターンの私も追いかけて飛び出さざるを得なくなる。

追いかけるのは波動の噴出でどうとでもなると思うけど、置いていく側が問題だ。

地形変化とかでさらに分断されかねない。

それに、入中がいる限り地形変化は続く。

突出すれば集中的に妨害されるだろうし、全方位をミルコさんでも砕けないくらい厚い壁で囲まれて地中に隔離される可能性すらある。入中をどうにかするまでは、突出したりするべきではない。

 

「ミルコさん……この地形変化……どうにかする案があります……単独行動は待ってもらっても……いいですか……?」

 

「……へぇ、いいだろう。見せてみろよ、その案とやら」

 

「今やっても……逃げられるだけです……機を待ちます……」

 

案は、要するにただのゴリ押しだ。

そのために確認したいことがあったから、緑谷くんに声をかける。

突入直前の思考で気になる部分があったのだ。

 

「デク……確認……そのサポートアイテムを付けてれば……100%を出しても大丈夫って認識で……いいんだよね……」

 

「うん、3回限定だけど、大丈夫なはずだよ」

 

「……じゃあ、タイミングと位置は……指示するから……1回分……私に委ねて欲しい……」

 

「……分かった」

 

「100%、だと……?」

 

私と緑谷くんの会話を受けて、ナイトアイが訝しんだ。

当然か。今の緑谷くんからはとてもOFAの100%を出せるとは思えない。

緑谷くんの100%と聞いたあたりで、切島くんが興奮気味に緑谷くんに話しかけ始めた。

 

「100%って、緑谷お前、いつものは5%だっけ?」

 

「うん、シュートスタイルなら8%も出来るけど、基本は5%」

 

「ってことは……いつもの20倍か!?」

 

緑谷くんは普段から使っている力が数%でしかないことをクラスで公言している。

100%がどれだけのものか興味があるんだろう。

その話で興味を持ったのか、ミルコさんが声をかけてくる。

 

「私じゃなくてそっちに言うってことは、そっちの方が確実だってことでいいんだな」

 

「……はい……ミルコさんには申し訳ありませんが……デクの100%は……オールマイトに匹敵します……」

 

「いい、私も興味が湧いた。見てみたい」

 

そう言ってミルコさんはニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

そんなことを話していたら、相澤先生が口を開いた。

 

「妙だ。地下を動かす奴が、なんの動きも見せてこないのは変だ。何の障害もなく走ってるこのタイミングで邪魔してこないとなると……地下全体を把握し動かせるわけではないのかもな。サンイーターに上に残った警官隊もいる。もしかするとそちらに……意識を向けているのかもな」

 

「把握できる範囲は限定されていると?」

 

「イレイザーヘッド……正解です……入中は目で見て把握したところだけを……動かしています……迷宮の壁の中を高速で移動するせいで……中々捉えられませんけど……変化する直前に……波動が近くで止まります……」

 

「やはりか……」

 

先生がそこまで言った瞬間、高速で近づいてきた波動が壁の中で止まった。

その波動は、相澤先生を凝視していた。

 

「入中が近くで止まったっ……!!来ますっ……!!先生っ!!」

 

私が声を発した瞬間、壁が横から迫り出してきた。

その壁は相澤先生だけを的確に狙っていた。

明らかに抹消されることを嫌がっていた。

私の声に先生は飛び退いて避けたけど、その移動先にもさらに壁が迫り出してきた。

私が先生を突き飛ばすなりして壁の迫り出しから避けさせたかったけど、さっきの迫り出してきた壁が邪魔で難しい。

だけど何もできずにいる間にファットガムと切島くんが先に先生を弾き飛ばした。

ファットガムたちはそのまま入中が作った横穴に落ちていった。

治崎の異常な個性を抹消で封殺出来る可能性のある先生を優先したんだろう。

入中の波動は、その時には既に高速での移動を再開していた。

ファットガムたちが落ちた先には、2人の幹部と思われる波動が感じられる。

切島くんは心配だけど、ファットガムもいるし信じて先に進むことにした。

 

 

 

さらに進んでいると、今度は壁、天井、地面、全てが迫ってきていた。

 

「迫ってくる!!圧殺されるぞ!!粗挽きハンバーグにされちまう!!」

 

「ロックロック!!」

 

「リーダーぶるない!この窮地!もとはと言えば、あんたの失態だろうが!!"本締(デッドボルト)"!!こっちへ!この辺はもう動かねぇ!」

 

褐色肌のヒーロー、ロックロックが"施錠"の個性で壁とかを動かなくしてくれた。

しかしその範囲はあまり広くないようで、少し離れた位置のロックされていない所から壁が迫り出してくる。

次々と迫り出してくる壁は、緑谷くんとミルコさんが蹴り技で砕いて対処を始めた。

 

「SMASH!!」

 

「おら!!」

 

ミルコさんなんか跳躍もしないで、立ったままの蹴り技で迫り出してきた石柱を粉々に砕いている。流石のキック力だ。

 

相澤先生が入中を探している。

トガやトゥワイスから私の情報を聞かされたのかは知らないけど、私の近くにいる時は特に頻繁に高速移動していて全然的を絞れない。

だけど、入中の限界は近い。この壁による圧殺は相当な負担がかかるようだった。

迫り出し続ける壁に、緑谷くんが焦れたように声を上げる。

 

「埒が明かない!!」

 

緑谷くんがそう叫んだ瞬間、入中が反応した。

そしてロックされていない周囲の壁全てが、急に皆が固まっている所に飛び込んできた。

入中はもう限界だ。判断力すらも鈍っている。思考も、凄く単純化している。

今までのような余裕がある分断じゃない、緑谷くんの声に反応してなりふり構わない無理矢理な分断を仕掛けてきたのがその証拠でもある。

だいぶ深い所からこっちを見ているのは一応の用心なんだろう。

あの深さだと、ミルコさんや緑谷くんの蹴りでもどうにか出来る深さじゃない。

だからこその油断。しかも、壁で分断するのに集中しきっている。

天井からこっちを見ている入中の周囲には他に人はいないし、射線上になるであろう地上も道路で今は誰もいない。

今だ。今しかない。

入中のいる位置を指さして叫ぶ。

 

「デク!!!全盛期のオールマイトの想定でも!!射線上に人はいない!!全力でやって!!」

 

「っ!!!」

 

私の声に反応してすぐに緑谷くんが飛び上がって、私が指さした場所に向けて拳を構えた。

 

「100%……DETROIT SMASH!!!」

 

緑色の光を右腕から溢れさせながら、緑谷くんが拳を振るった。

その瞬間、暴風が周囲を襲った。

凄まじい衝撃波が天井を貫き、それでも減衰すらしない衝撃波が、天を貫いた。

光が差し込んだ大穴から、粉々になった天井や道路の残骸と一緒に完全に意識を失った入中が落下してきた。

 

緑谷くんが飛び跳ねながら入中をキャッチし、そのまま降りてきた。

 

「緑谷……貴様……」

 

ナイトアイが緑谷くんを信じられないと言うように凝視している。

相澤先生やミルコさんですら絶句して緑谷くんを見ることしかできていない。

 

「ぐあっ!!?」

 

皆が呆然として動けなくなっていたら、唐突にロックロックの呻き声が響いた。

声の方に目を向けると、トガが血の付いたナイフを持って、倒れたロックロックを踏みつけていた。

 

「あは、最低限ですが、お仕事してあげました。もうこれでいいですかね」

 

「トガヒミコ!?」

 

「トガ……!!」

 

土壇場で集中していたのもあるけど、トガの波動を見落としていた。

やはりミスディレクションは厄介極まりない。常にトガの波動に集中していないとすぐに見失ってしまう。

緑谷くんがトガの名前を叫んだ瞬間、トガは恍惚とした表情を浮かべた。

 

「トガ!!そうだよトガです!覚えててくれた!!わああまた会えるなんて嬉しい!!嬉しいなぁ出久くん!!さっきのすごかったね出久くん!!かっこよかった!!本当に―――」

 

そこまでいた瞬間、トガがまた気配を消して緑谷くんに近づき始めた。

私はトガと緑谷くんの間に波動で吹き飛んで、すぐにトガに真空波を放つ。

 

「真空波……!!」

 

「あは、瑠璃ちゃんも久しぶりだねぇ!!どうだった!?この前言ったの、考えてくれた!?」

 

「それは……ごめんだって言った……!!」

 

トガは真空波を軽く避けながら、嬉しそうに話しかけてくる。

そんなトガをあしらって左手に波動弾を作りつつ、周囲の警戒を続ける。

トガが話している間にも、もう1人のヴィラン連合のヴィラン、トゥワイスが近づいてきていた。

その横には違和感のある波動、複製を連れてきている。

 

「ミルコさん……!!トゥワイスも来てます……!!隣の巨体は複製です……!!そっちをお願いします……!!」

 

「おう!」

 

姿を現したトゥワイスは、何故かポーズを決めて「ハァン!?」なんて意味が分からない感じで息巻いていた。

 

「どんなヒーロー来てんのかと思ったらコノヤロー!!只のリーマンにぼさぼさのおっさん!さらにはバニーにガキだぁ!?ヤクザなめんなコノヤロー!!やっちゃってください乱波の兄貴!!」

 

満月乱蹴(ルナラッシュ)!!」

 

突撃してきた巨体の複製に、ミルコさんの蹴り技の連撃が容赦なく叩き込まれた。

壁まで吹き飛んだ複製は、そのままドロリと溶けて泥に戻った。

その様子を呆然と見ていたトゥワイスは、大きく息を吸ってから叫んだ。

 

「ヤクザ、使えねぇな!!」

 

「本物はこんなに弱くねぇ。しっかし、地下闘技場の次はヤクザとはな。あげく魂の打撃も利用されてこの様とか、笑わせてくれる。やっぱりパンチ力よりキック力だな」

 

……ミルコさん、あの巨体の複製元と面識があったんだろうか。

とりあえずトゥワイスはミルコさんが牽制しているから大丈夫だろう。

私はトガを真空波と波動弾で牽制しつつ、周囲の探知をする。

もう入中はいない。これから地形が変わることはない。

そしてオーバーホールと戦っている通形さんと、通形さんに守られているエリちゃんはもうすぐそこだ。

 

「おい、デクとか言ったか。そこのもじゃもじゃの」

 

「は、はい!」

 

唐突なミルコさんの質問に、緑谷くんがどもりながら答える。

 

「さっきのはまだ撃てるな」

 

「さ、サポートアイテムがないとあの威力は出せないので、耐久度の問題であと2発だけですが、撃てます!!」

 

「それだけ残ってれば上々だ……ナイトアイ!!イレイザーヘッド!!デクを連れて先に行け!!ここは私とリオルでどうにかする!!警察はロックロックを避難させて応急手当してろ!!」

 

ミルコさんのその声に、緑谷くんが叫ぶ。

 

「なっ!?ミルコはともかく、波動さんも!?大丈夫なの!?」

 

「ミルコさんが言ったのが……!!最適解……!!私は、トガの変身も、ミスディレクションも……トゥワイスの複製も見破れる……!!ここは任せて行って!!」

 

「で、でも……」

 

緑谷くんが猶も渋り続ける。

でも、早く先に行ってもらわないと困る。

今まさに通形さんが、個性消失弾で狙われている。

エリちゃんを狙うなんてゲスな方法でやろうとしているそれを、通形さんが庇わないわけがない。

助けに行かないといけないけど、一方でトガとトゥワイスは放置できない。

トガのミスディレクションは言わずもがな。トゥワイスの複製は自分を複製できないとしても、ヴィラン連合などの凶悪なヴィラン2人を複製することが出来てしまう。

万が一にも自己複製なんてし始めたら目も当てられない。

それらを考慮して対抗できるある程度の戦力でこの2人の対応しつつ、一撃の大きい緑谷くんと抹消の先生には治崎の方に行ってもらった方がいい。

だから、残るのはミルコさんと私が最適解だ。

 

「いいから行って……!!ルミリオンが個性消失弾で狙われてる……!!取り返しのつかないことになる……!!もうオーバーホールはすぐそこ!!その道を真っ直ぐ走り抜ければつくから!!早く!!」

 

「っ!?デク、先を急ぐぞ!!」

 

私の言葉を受けて、ナイトアイが走り出した。

それに続くように、緑谷くんも動き出す。

 

「波動さん、気を付けて!!」

 

最後まで残った相澤先生が、駆け出しながら話しかけてきた。

 

「ミルコ、波動を頼みます」

 

「おう。任せろ」

 

「波動、深追いはするな。ヴィラン連合は今回の目的ではないからな」

 

「はい……!」

 

それだけ言うと、相澤先生は走って2人を追っていった。

残ったのはトガ、トゥワイスの2人と向き合う私とミルコさんの2人だけだった。



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仮面

相澤先生が走り去ったあたりで、トゥワイスがまた複製を作り始めた。

ミルコさんがすかさず飛び蹴りを当てて、完成しかけていた複製を一撃で元の泥に戻した。

 

「おせぇな!!」

 

「早すぎんだろうがよ!全然遅いね」

 

ミルコさんはそのまま回し蹴りを繰り出した。

顔面にミルコさんの足がめり込んだトゥワイスは壁まで吹き飛んだ。

その周囲には砂煙が立ち込めて姿が見えづらくなってしまっている。

 

「ってええ!!ちくしょうこのヤロー!!」

 

砂煙が晴れたその先には、トゥワイス以外の姿もあった。

波動で形を見た時に分かるように、ヴィラン連合の手配書は大体目を通している。

あれは、荼毘とMr.コンプレスだっただろうか。

 

「いいか!てめーらは!コピーだ!!よって、死んでも存在が消えることはない!復唱しろ!"僕たちは死んでも死ぬことはない!"心がスッと軽くなるハズ「しねぇよ。誰だあいつ」

 

「何言ってんのお前、こえーよ。おじさんビビっちゃうから」

 

「へぇ……」

 

複製で増えたヴィラン連合のヴィランたちを見て、ミルコさんが獰猛な笑みを浮かべた。

ミルコさんはチラッとこちらを一瞬伺ってからトゥワイスと複製たちに向き直る。

思考的に、トゥワイスの処理を優先したようだ。確かに先に片付けないと不味いのはトゥワイスの方ではある。

なら、私はトガを見張っておくべきだ。トガの捕捉に私以上の適任はいない。

 

「面白れぇ!蹴っ飛ばしてやる!」

 

蒼炎が広がり始める中に、ミルコさんは飛び込んでいった。

 

 

 

「どこ見てるんですか?」

 

複製に注意を割いていたら、懐に飛び込んできたトガがナイフで切りかかってきた。

緊急回避用に足に圧縮していた波動で後ろに吹き飛んでナイフを避ける。

 

「どこって……警戒してるんだよ……分からなかった……?」

 

「分かりませんでした!ごめんなさい!でもね、よそ見しちゃだめだよ!せっかくお友達とお話ししてるんだから!こっちを見てよ!!」

 

「……友達になった覚えなんて……ない……!!」

 

更に近づいてきて切りかかろうとしてくるトガに、発勁を繰り出す。

トガは身体の軸をスッと動かして、それを避けてくる。

ナイフで切りつけられるのかと思ったけどそんなことはされず、トガはそのまま私を押し倒そうとしてきた。

 

「相変わらず、素直な攻撃。ねぇ瑠璃ちゃん、お話ししましょうよ」

 

トガの言葉は無視して、倒されながらでも片手での発勁をもう一度トガに叩き込む。

流石に直撃するのは嫌だったのか、トガはバク転をして距離を取って来た。

 

「つれないねぇ。この前似た者同士だと思うって言ったの、本心なんですよ?瑠璃ちゃんなら分かりますよね?」

 

以前そう言われた時のトガの思考には、確かに嘘はなかった。

だけどトガの思考はそもそも血に執着しすぎていたり脈絡がなかったりで、参考にならないことが多すぎる。

特に好意を抱いているっぽい緑谷くんや、お友達扱いしている私やお茶子ちゃん、梅雨ちゃんとかを見た時の思考なんかトリップしすぎていて理解すら難しい。

この前のオーバーホールとの会合では比較的にまともだったから理解できたけど、今も仮免試験の時も本当に意味が分からない思考をしている。

 

「……あなたの思考は……理解できないから……信用できない……」

 

「あは、そういうこと言っちゃうんだ」

 

トガの目がスッと細くなった。

それと同時に思考が読めなくなって、トガの波動が素早く動き始めた。

波動に集中していないと見失いかねない。

トガの波動を注視しながら、迎撃できるように波動弾を作り始める。

トガが後ろに回り込んでこっちに近づいてきたところで、波動弾を射出しないで手の前で維持したままトガに押し付けようとする。

 

だけどトガはそれも異常と言えるほど巧みな身のこなしで難なく回避して、また距離を取った。

 

「ねぇ瑠璃ちゃん。こんな世の中、瑠璃ちゃんは生きづらくない?」

 

「……何が言いたいの……?」

 

私が聞き返すと、トガは鋭い犬歯を見せつけるように狂気的な笑みを浮かべ始めた。

 

「私は生きづらいです!だって、私は普通に生きたいだけなのに!私は嬉しい時に普通に笑って、好きな人の血を啜ってるだけなのに!これが私の普通なのに!それなのに誰も分かってくれないの!お父さんもお母さんも!皆皆!」

 

トガは口が裂けたのかと思えるほどの笑みを浮かべて、話を続ける。

でもトガの言いたいことは、もう分かった。

何が似ているって言いたかったのかも。

 

「だから仮面を被ったんです!必死でお父さんとお母さんが、皆が求める"普通"を演じたの!自分を抑え込んで!瑠璃ちゃんもそうじゃないんですか?」

 

「……別に……私は演じてない……」

 

私がトガの問いかけに答えると、トガはさらににんまりと笑顔を浮かべた。

 

「そうだね!演じてはないね!でも、仮面は被ってますよね?そうやって感情を押し殺して!自分にとっての普通を心の中に無理矢理押し込んで!我慢して!」

 

「っ……」

 

正直、これは図星だった。

読心がおかしいことだと理解させられた時から、家族以外から排斥されるようになった時から……

周囲は皆私を避けるようになったし、私もそれで平気なんだと見せつけるように無関心を貫いて、誰かに話しかけられても余計なことは言わないように最低限のこと以外は口にしなくなった。

読心から得られた情報なんて、A組の皆が受け入れてくれるまでは、お姉ちゃんたち家族以外には一切話さなくなっていた。

 

「あんまり喋らないのもそうだよね。私分かるんです。だって私がそうだったから!心にもないことを言って周りに合わせて!自分の感情を、欲求を抑え込んだから!ねぇ瑠璃ちゃん!瑠璃ちゃんも感情とか言いたいこととか、読心で分かったこととか!沢山抑え込んでましたよね!」

 

「……だったら……なに……っ……!?」

 

私が言い返せずにたじろいでトガの波動への注意が一瞬逸れた瞬間、トガが飛び掛かってきて今度こそ押し倒されてしまった。

トガはそのまま私に馬乗りになって、ナイフを首に添えてくる。

 

「瑠璃ちゃん、頑張って雄英のヒーロー科なんて"普通"のすごい所に入ったのに、瑠璃ちゃんの中学校を見に行った時そこの大人たちがなんて言ったと思いますか?『あんなやつ知らない』って、口を揃えて言ったんですよ。それで確信したんです!瑠璃ちゃんは私と似た者同士だって!どんなに私たちが周囲の"普通"に合わせてあげても!受け入れてもらえないんだって!」

 

そういうトガの顔は、トガの言う"普通"の仮面を完全に脱ぎ捨てて、素の顔を曝け出していた。

私は、四肢に波動を圧縮して脱出の機を伺いながら納得してしまっていた。

あの中学校の大人たちなら、間違いなくそう言うだろう。

あいつらは、そういうやつらだ。トガは、嘘を言っていない。

 

「だから、私も普通に生きるのです。そのために連合にいるのです。弔くんと全てを壊して、その上に私が私として生きやすい世の中をつくるのです。だから、瑠璃ちゃんを誘っているのです。私と一緒に、生きやすい世の中を、私たちが普通に生きても文句を言われない世の中を作りましょう?」

 

そう言ってトガは首に沿えたナイフを、ゆっくりと首に押し付けてきた。

 

 

 

次の瞬間、トガの頭があった位置にミルコさんの蹴りが飛んできた。

 

「リオル!」

 

トガはさっきまでの狂気的な表情を引っ込めてスッと無表情になって、ミルコさんを睨みながら伏せて蹴りを避けた。

それと同時に私もトガのナイフを持っている手に向かって波動の噴出を当てて、ナイフを吹き飛ばす。

ナイフを吹き飛ばされたトガはそのままの勢いでアクロバットな信じがたい身のこなしをしながら距離を取った。

 

「ミルコさん……!ありがとうございます……!」

 

「……邪魔しないでください」

 

「はっ!随分とリオルに入れ込んでるじゃねぇか!ヴィラン風情が」

 

ミルコさんはトガに威勢よく声をかけるけど、トガは興味なさそうに一瞥するだけだった。

 

「今回はもうダメそうですね。残念です。瑠璃ちゃん、理由も教えたし、今度こそ考えておいてくださいね。バイバイ」

 

そう言ったトガは、またミスディレクションを使って駆け出した。

傷だらけでスーツがボロボロのトゥワイスはたった今緑谷くんが開けた風穴の中で消えた。近くにコンプレスの複製もいるから、多分あのガラス玉に仕舞われたんだろう。

私がトガに拘束されたせいで、逃がさざるを得なかったってことかな……

あとはトガもそこに向かっているということだけは分かった。

でも、トガがミスディレクションを発動する直前に『更に混沌(プルスケイオス)』と考えていたのが気になる。

どう考えても、まだかき乱すつもりだ。

でもさっき接触するまでのトガとトゥワイスの思考は、死穢八斎會、と言うよりも治崎への復讐。

地上へ向かっているのと併せて考えると、多分お姉ちゃんたちを焚きつけて加勢を増やすつもりなんだろう。

 

「リオル、先に進むぞ」

 

「はい……」

 

ミルコさんはあの2人にもう直接的な妨害をする気がないことを本能で察したのか、そう提案してきた。

ミルコさんと一緒に最深部へ向かっていく。

途中で地上のトガが緑谷くんの波動に変わるのを感じた。その時のトガの思考は、やはりオーバーホールの打倒にヒーローを利用することだった。

……ここでは、それ以上の目的はないようだ。エリちゃんを確保したがっている節はあるけど、その一方でこちらを襲撃する意思はもうない。

こちらが先に保護してしまえば、ヴィラン連合の2人はおそらく逃げると思う。

 

 

 

少し走った先に、通形さんが倒れていた。

 

「通形さん……!」

 

「っ……リオルに……ミルコ……エリちゃんが……戦場に戻っちゃって……ごめん……エリちゃんを……助けてあげて欲しい……」

 

そこまで言って通形さんは気絶してしまった。

エリちゃんの波動は、確かにオーバーホールや緑谷くんの近くにある。

通形さんがここまで連れてきたのに、オーバーホールに刻み込まれた呪詛のような洗脳で戻ってしまったんだろう。

 

「行くぞリオル。こいつの意思を無駄にするな」

 

「はいっ……!」

 

通形さんには申し訳ないけど、ここに置いていくことにした。

とにかくエリちゃんの救助が最優先だったから、仕方ないと思っての行動だ。

この状態で戦場に連れ戻すよりも、ここにいる方が安全だろうし。

 

そして、オーバーホールのいる部屋に飛び込む。

部屋の中は荒れ果てていて、その中心にボロボロのオーバーホールがいた。

その後ろに、エリちゃんもいた。

 

「これで……!100%……っ!?」

 

緑谷くんがエリちゃんに当たらないようにしながら、オーバーホールに100%を打とうとしている。

だけど次の瞬間、天井が崩落してリューキュウと八斎會の巨体の男がオーバーホールの真上に一緒に落ちて来た。

その後に続いてお茶子ちゃんと梅雨ちゃんも降りてきていた。

 

「リューキュウ!!2人とも!!波動さんにミルコまで!!」

 

ちょうど周囲を見て私とミルコさんが部屋に入って来たことに気が付いたらしい。

 

「ナイトアイの保護を頼む!!」

 

緑谷くんはそれだけ私たちに言い放つと、全力でオーバーホールの方に駆け出した。

ナイトアイは片手と片足、それに脇腹をがっつりと抉られていた。

 

「ナイトアイ……!」

 

ナイトアイの方に急いで駆け寄る。

酷い。トガに集中していたせいで全然こっちを見れていなかったけど、このままだと確実に失血死する。

片手と片足が無くなっているし、脇腹が内臓ごとごっそり持って行かれている。

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんもこっちに駆け寄って来てくれているから、2人と協力してなんとか保護して、すぐに手当てをしないと。

 

「リオル……」

 

「喋らないでください……!今、安全な所に……!」

 

「いい……リオル、イレイザーを連れてこい……ここに来て早々に、どこかに連れていかれた……オーバーホールは……修復で無傷の状態まで回復できる……100%でも……少しでも意識を保っていれば回復した上で反撃される……奴をどうにかするには……イレイザーが必要だ……」

 

そんなことをしている間にも、オーバーホールは自分の真上に落ちてきていた部下を分解して取り込み始めた。

ミルコさんもそちらに走り出していて、大きく跳び上がってオーバーホールの増えた腕に蹴りを叩き込んでいる。

 

ナイトアイの言うことは、間違っていないんだろう。

ナイトアイの思考を見る限り、さっき1度緑谷くんが100%を当てたみたいだけど、意識を保っていたオーバーホールは部下と自身を分解して融合しながら修復することで力を増しながら無傷の状態に戻っていたようだった。

その時の反撃から緑谷くんを庇って、ナイトアイは重傷を負ってしまっていた。

 

相澤先生は、少し遠くの地形変化に巻き込まれていない部屋で"クロノスタシス"と一緒にいる。

最短ルートでその部屋まで行って、あの男をどうにかして、先生を連れてくる。

あの男、玄野の個性の条件は警察がまとめた資料に書いてあった。

本人が停止している状態でないと、針を伸ばせない、だったはず。

虚を突けばすぐには個性を発動できない。

これなら、私でもどうにか出来ると思う。

 

「ウラビティ……フロッピー……ナイトアイのこと……お願い……」

 

「リオルはどうするの!?」

 

「私は……イレイザーヘッドを救出してくる……!」

 

私はそれだけ言って2人にナイトアイのことを任せて、イレイザーヘッドの下へ向かって走り出した。



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個性の暴走

私は1人で相澤先生の波動がある部屋に向けて全力で走っていた。

 

ミルコさんはいない。

ミルコさんは今、緑谷くんと連携してオーバーホールの対処に当たっているから、連れてくることはできない。

門の所にいた巨体の男と融合してから、オーバーホールは巨大な肉の鎧のようなものを纏った化け物になっていた。

そんな化け物にどうにか100%を当てようとする緑谷くんを、ミルコさんが跳び回りながら蹴りを入れて翻弄してサポートしている形だった。

だから、そんなところから最高戦力の一角であるミルコさんを連れてくることなんてできない。

通形さんも今は廊下で倒れているし、お姉ちゃんやお茶子ちゃん、梅雨ちゃん、リューキュウは活力を吸い取られてすぐに動くことは難しい。

ナイトアイは重症だし、ロックロックも結構深い傷を負っていて頼ることは難しい。

切島くんも気絶しているようでファットガムに介抱されている。

天喰さんはあの3人の処理を終わらせて動き出しているけど、先生がいる部屋までは距離がありすぎる上にそもそも合流に時間がかかりすぎる。

私以外に動ける人がいなかったのだ。

 

相澤先生は今玄野に踏みつけられて動けないでいる。

動きの遅さから考えて、先生は玄野の個性を食らってしまったんだろう。

 

玄野は『お前が敗けるはずない』とか、『もし……廻が敗北した場合、せめて完成品と血清だけでも……』とか『こいつの世話してる余裕なんてなかったんだ』とか考えている。

そんなことを考えながら、ナイフを取り出し始めた。

先生を殺して、オーバーホールの下へ向かうつもりなんだろう。

私は扉の前で、四肢に波動を圧縮しつつ波動弾を練り始める。

圧縮が済んでから、さらに残っている波動を身体の表面を覆うように寄せて疑似的なフルカウルのような状態にしておく。

 

 

 

そこまで準備が終わった段階で、中で玄野がナイフを振りかぶった。

それを確認すると同時に部屋のドアを開いて、ナイフに向けて波動弾を射出しながら足の波動を噴出して玄野に突撃した。

 

「なっ!?」

 

侵入に気が付いた玄野が驚愕に染まった表情でこちらに顔を向けた瞬間、手に波動弾が当たってナイフが吹き飛んだ。

 

「発勁っ……!!」

 

そのまま懐に潜り込んで両手で発勁を放って玄野を吹き飛ばして先生の上からどける。

 

玄野が痛みに悶えながら個性で私を狙おうとしているのが分かる。

だけど、玄野の個性は私と相性が悪い。

動かないなんて明らかに意識しなければ無理な行動に加えて、さらに髪の毛で対象を刺す必要すらあるのだ。

読心と波動の動きの感知で攻撃が簡単に予測できる。

 

追撃をかけるために玄野に迫りながら、波動の動きで針が伸びてくるのを感じた瞬間に身体の軸をずらして針を避ける。

 

「このっ……!なんで!!」

 

「そんな攻撃……当たらない……真空波っ……!!」

 

何度も針を伸ばしてくるけど、読心から玄野の意思が向いている場所を予測して攻撃をいなしていく。

そしてあと少しで玄野の近くに辿り着くというところで、右手で真空波を放って玄野を怯ませると同時に、玄野の身体を動かして針を伸ばせなくする。

そこから懐に潜り込んで、左手で発勁をお腹に思いっきり叩き込んだ。

 

玄野はそれで気絶した。

思考が読めない状態、寝ているのと同じ状態になったから間違いない。

 

「警察だ!!……ヒーロー?」

 

「波動さん……?」

 

そこで通形さんを背負った天喰さんと、大勢の警察が部屋になだれ込んできた。

 

「サンイーターに……警察ですか……すいません……警察の方……この人、クロノスタシスの拘束をお願いします……気絶していますので……」

 

「は、はいっ!!」

 

私の言葉を聞いた警察の人が、すぐに玄野を拘束してくれる。

これでもう反抗なんてできないだろう。

 

 

 

身体強化をして相澤先生を背負って連れて行こうとすると、地下全体に轟音が響いた。

波動を見る限り、エリちゃんを背負った緑谷くんがミルコさんに気を取られたオーバーホールを100%で上空に吹き飛ばしたようだった。

そこでフルガントレットと思われる緑谷くんの腕についていたサポートアイテムが砕け散った。

オーバーホールは天井を突き破りながら地上、上空へ吹き飛んで行く。でも、まだ意識はある。

このままだとまた修復で回復される。

緑谷くんもそれが分かっているのか、明らかにいつもの許容上限を超えた限界以上の力でフルカウルをして無理をしてでも上空に跳び上がった。

 

オーバーホールは意識が朦朧としながらもまだ諦めていないのか、周囲の地面やコンクリートを取り込んでどんどん大きくなっていく。

早く、先生を地上に連れて行くべきだ。

先生なら遅くなっていても見ることさえできれば個性を発動できるはず。

遠くからでも、見てもらえれば大丈夫なはずだ。

私が先生を背負ったまま部屋を出て行こうとすると、天喰さんが話しかけてきた。

 

「波動さん、どこへ?」

 

「先生を地上へ連れて行きます……デクが……オーバーホールに重傷を与えて……上空に吹き飛ばしました……だけど……オーバーホールの個性なら……傷も治せる……先生の抹消がないと……決め手に欠けます……」

 

私がそう返答したところで、梅雨ちゃんが駆けて来た。

 

「リオル!先輩!良かった、先生とルミリオンは無事!?」

 

「ケロケロさんそっちは!?」

 

梅雨ちゃんに事情を話そうとしたタイミングで、緑谷くんの思考が変わった。

さっきまでのただ追撃しようとしていたものとは違う。

緑谷くんが『骨折してない!それどころか……怪我も治ってる……!』という思考になってから、オーバーホールがご丁寧にエリちゃんの個性を事細かに説明してくれていた。

巻き戻す個性。自分で制御できない個性。

発動すれば触れるものすべてが"無"へと巻き戻される個性。

その説明を受けて、緑谷くんは、『体感した感じで分かった、身体が戻り続けるスピード……!』、『それ以上のスピードで常に大怪我をし続けていたら!』とか怖いことを考え出している。

つまり、エリちゃんの力を借りて、限界を超えて力を出して身体を破壊し続けるつもりか。

 

「フルカウル……100%って……正気……?」

 

「瑠璃ちゃん?」

 

「フロッピー……力を借りたい……!」

 

緑谷くんが危ない。

オーバーホールどうこうとかいう話じゃない。

緑谷くんの案がうまくいけば、オーバーホールはどうとでもなる。

オールマイト並みのパワーが大暴れすることになるんだから。

問題は個性のコントロールが出来ないエリちゃんの巻き戻しを頼りにそれを行うことだ。

勝った瞬間にエリちゃんを投げ捨てるなんてことが緑谷くんに出来るとは思えない。

この状況で、エリちゃんが急に個性をコントロールできるようになるなんて楽観視はできない。

つまり勝って自己破壊が終わった瞬間、緑谷くんが無まで巻き戻されてしまう可能性がある。

 

「どういうこと?リオル」

 

「デクが危ない……!先生を地上まで急いで連れて行く……!デクがオーバーホールを倒すまでに連れて行かないと……!取り返しのつかないことになる……!」

 

「っ!?分かったわ!移動しながら詳しく話して!」

 

梅雨ちゃんはすぐに了承してくれた。

最短経路は、正攻法でこの地下を出るんじゃなくて、緑谷くんが開けた大穴まで一気に駆け抜けて、梅雨ちゃんに先生を持って大穴を登ってもらうルートだ。

 

 

 

移動中、私はさっきの予想を全部梅雨ちゃんに話した。

梅雨ちゃんもすぐに理解を示してくれて、大急ぎで移動をし続けた。

背負われながら話を聞いていた先生も遅くなっているせいで返事はできないけど、理解は示してくれていた。

大穴までの道は私が先生を背負って波動の噴出による跳躍で加速しながら移動する。

横では梅雨ちゃんが蛙跳びで飛び跳ねて並走してきてくれている。

申し訳ないけど、天喰さんは置いてきた。天喰さん自身が怪我をしている上に、通形さんも背負っている。

2人にはゆっくりと地上に出てきてもらうことにしたのだ。

そして、ちょうど大穴に辿り着いた時、緑谷くんがフルカウル100%によるラッシュをオーバーホールに叩き込んだ。

 

「……梅雨ちゃん……!今からの攻撃が……止めになると思う……!ごめん、急いで……!」

 

「分かったわ!任せて!」

 

梅雨ちゃんはそう言うと先生を舌でぐるぐる巻きにして壁をすごい速さで登り始めた。

本来なら私も波動による跳躍でついていきたかったけど、正直波動が枯渇しかけてきていて意識を保つのがやっとだった。

しばらくは動くことすら難しそうだ。

梅雨ちゃんが登り始めたのを確認して、そのまま地面に座り込んでしまう。

 

そして梅雨ちゃんが大穴を半ばまで登り切った頃、緑谷くんはオーバーホールを地面に叩きつけた。

緑谷くんが地面に着地して、少しの間は大丈夫だった。

だけど、恐れていた事態が起こってしまった。

『エリちゃんの"個性"が、勢いを増してる!!』というものになっている。

 

梅雨ちゃんが登っている所に、リューキュウが追い付いた。

梅雨ちゃんがリューキュウに事情を説明したようで、リューキュウは背中に梅雨ちゃんを乗せた。

リューキュウもさっきの様子だともう動くのもやっとだったようだけど、無理をしてでも羽ばたいて地上に飛び上がってくれた。

 

そしてそのタイミングでオーバーホールが最後の悪あがきをして緑谷くんを潰そうとしたけど、暴走するエリちゃんに融合で増えた腕が触れた途端、個性によって元の普通の人間の状態まで戻されて気絶した。

多分、オーバーホールの変化が止まったのは普通の人の姿に戻ってエリちゃんとの距離が出来たからだと思う。

一方で、緑谷くんの変化が止まりそうにもない。

エリちゃんが『嫌……!!』、『止まって!!』ってすごく頑張って制御しようとしているけど、暴走は止まらなかった。

 

エリちゃんの悲鳴が地上に響いた時、リューキュウが地上に到達した。

梅雨ちゃんがすぐに先生の顔を緑谷くんの方に向けた。

それで先生がすぐに抹消を発動して、暴走が止まったエリちゃんは気絶した。

 

オーバーホールも起きる様子はない。

これで、エリちゃんの保護が完了した。




瑠璃視点の地の分でちょいちょい書きましたが分かりづらかったと思うので……
時系列順の流れ
・死者蘇生の事前把握による治崎の個性の再考察が大人たちの中で行われています。自己修復の可能性に関しても考慮されました
・瑠璃の正確な位置情報の伝達により通形が原作よりも早く治崎を襲撃しました
・ミミックは緑谷の100%で撃破。100%の周知により自己修復する可能性がある治崎への対策として、緑谷が一撃で意識を刈り取る戦力として数えられました
・緑谷たちはトガたちと戦闘を行なっていない+瑠璃の案内によって最短ルートに直行したことで、原作よりも早く治崎に辿り着きました
・通形は原作通り個性消失弾を打ち込まれましたが、合流が多少早くなったこともあり原作よりも軽症になりました
・イレイザーヘッドが原作通り別の場所に連行されたため、治崎対策での切り札が緑谷になりました。それにより緑谷、ナイトアイで協力して治崎の対応に当たっています
・2人がかりでなんとか100%を当てましたが、執念で意識を保った治崎が自己修復+融合で復活。不意をついた反撃を受け、避けきれなかった緑谷をナイトアイが庇いました
・瑠璃ミルコ到着と同時にトガの誘導を受けたリューキュウ落下
・緑谷の100%を脅威として考えた治崎が活瓶と即座に融合し、レイド戦になりました
・融合治崎の意識を1撃で刈り取るために、ミルコが遊撃で翻弄しつつ緑谷のフォローに入りました
・暴れ回る巨体からエリちゃんを守るために緑谷がエリちゃんを背負いました
・ミルコの必殺技を受けて怯んだ治崎の気が緑谷から逸れた瞬間、緑谷が100%を当てて治崎を上空に吹き飛ばしました


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ナイトアイ

戦いが終わって、私は波動の枯渇による脱力で動けなくなっていたところを警察に保護された。

さっきトガが範囲外に消える直前にしていた行動が治崎の護送車の観察だったのが少し気になる。

明らかに私を警戒していて、思考がほぼ読み取れなかったから理由が全然分からなかったけど。

トゥワイスはトゥワイスでマスクが破れているせいなのか発狂しかけていて、思考が全く参考にならない。

確かめに行こうにも私はもう動けないし、他にすぐに動けそうなプロもミルコさんくらいしかいない。

しかも目的が分からない上に、まだ死穢八斎會の残党がいることを考えるとここから戦力の動けるヒーローを引き抜くのは良くない。

結局警察に注意を促しておくくらいしかできなかった。

 

警察も警察で私が動けないのをすごく心配してきた。

ただ波動が枯渇しただけだから大丈夫だって説明したのに、トガが首にナイフを押し付けてきた時についた切り傷があったせいか動けないのと合わせて結構重症に見られたようだった。

結局念のためだからって言われて押し切られて病院に搬送されてしまった。

検査の結果は当然なんともなくて、切り傷の処置をされた後にベッドに寝かされて波動の回復に努めることになった。

 

 

 

目を覚ましたら、もう夕方になっていた。

私の波動ももうだいぶ回復して、普通に動けるようになっていた。

波動を見る限り、切島くんはミイラ状態だけど命に別状なし。

天喰さんも同様で、ファットガムも包帯塗れ。

通形さんも腕と胴に包帯が巻かれている。

ロックロックは刺されたところの治療がされただけで命に別状なし。

問題は、ナイトアイだった。片腕片足を持って行かれて、内臓ごと脇腹を抉られている。

周囲にバブルガール、センチピーダー、リカバリーガール、医者に加えて、オールマイトまでいる。

思考を見る限り、もう助かる見込みがないという感じのようだった。

 

私はもうなんともなかったし、ナイトアイの下に向かっている緑谷くんと相澤先生の方に向かった。

 

「要するに、彼女の"個性"には頼れないという話だ」

 

「先生……緑谷くん……!」

 

困惑して聞き返そうとしている緑谷くんを尻目に、2人に話しかける。

 

「波動も来たのか……波動はもう状況を把握しているな」

 

「はい……」

 

「どういう……ことですか……?」

 

「受け入れるしかない。ちょうど彼も到着したところだ」

 

困惑したままの緑谷くんに先生がそう返答したタイミングで、病室の扉が開いた。

その先には、リカバリーガールとスーツ姿のオールマイトがいた。

 

「オールマイト……!リカバリーガール!なんで」

 

「私が呼んだの。だって……サー、いつもオールマイトのこと……」

 

「泡田」

 

自分がオールマイトを呼んだことを言い、バブルガールは泣き出してしまった。

人が増えたこともあって、医者が説明を始めてくれた。

 

「出血が多く、大量の輸血をした上での手術で内臓や手と足の切断面などの必要な処置をしなければ、どうしようもありません。ですが衰弱が激しく、もう、彼に手術に耐えられる体力は……」

 

「こうまで衰弱した状態じゃ、治癒も使えない。逆にとどめをさすことになるよ……」

 

「残念ながら……明日を迎えられるかも……怪しいと言わざるを得ません……」

 

リカバリーガールと医者の説明が終わると、オールマイトがナイトアイに声をかけた。

 

「ナイトアイ……!!」

 

「……オール……マイ……ト……死で……ようやく会う気に……?」

 

「返す言葉が見つからないよ……私は君に……ひどい事を……」

 

「ナイトアイ……!ダメだ生きて……!頑張って!」

 

オールマイトと緑谷くんが必死でナイトアイに声をかけている。

そんな2人に対して、ナイトアイもか細い声で声をかけていく。

 

「ずいぶんと……かしこまってるじゃないか……私は……別に……あなたを恨んじゃいないよ……あなたに……幸せになってほしかっただけだ……から……抗うと……決めてくれたなら……私は……いい……」

 

「君も抗ってくれ……!これまでの償いをさせてくれ!」

 

「……償いなど……私も……多くの人間に……迷惑をかけた……これまで……あなたが殺される……未来を変えたくて、変える術を探ってきた……ずっと……どうにも……ならなかった……私では……どうにも……変えられなかった……だが……緑谷が今日見せてくれた……」

 

ナイトアイは、今日緑谷くんの死を予知していたらしい。

緑谷くんを庇った瞬間に治崎の予知を行った。

その際に緑谷くんが最後の100%を当てた後に治崎が回復して、成すすべなく殺されて治崎が逃走する未来が見えていたらしい。

それからナイトアイは、緑谷くんがどうやって未来を変えたのか、その可能性に関して話し始めていた。

 

 

 

私は、そんなナイトアイの話を聞きながら、ナイトアイの波動を注視し続けていた。

ナイトアイの波動は、少しずつ、少しずつ霧散していっている。

散々見たエリちゃんの死に際の波動と同じだ。

波動が霧散していくにつれて、どんどんナイトアイが朦朧としてきて、衰弱していく。

 

その様子を見ていた時に、ある一つの可能性に気が付いた。

それは、波動と活力……体力の関連性についてだった。

個性は、何かの条件がある時には関連性のあるものが条件になることが多い。特に変換するタイプのものに関しては。

百ちゃんの脂質や砂藤くんの糖分、鉄哲くんの鉄分なんかがそうだ。

百ちゃんの脂質。百ちゃんの個性は分子構造が重要だ。脂質を分解してその分子を変換することで創造していると考えられる。

砂藤くんの糖分。人間はもともと糖分を、糖質をエネルギーに変換して筋肉などを動かしている。砂藤くんは余分に糖分をエネルギーに変換してそれで筋肉の動きに補強できる個性なのだと考えられる。

鉄哲くんの鉄分。これは一番分かりやすい。単純に鉄分を多く摂取しておくことで、その分鉄になった時に余分に鉄分が使えるから強度が上がるんだろう。

 

そう考えた時に、お姉ちゃんの個性の存在が出てくる。

お姉ちゃんの個性は活力を波動に変換している。

今まではそういうものなんだと思っていた。活力と波動の関係性なんて考えたこともなかった。

でも百ちゃんや砂藤くんのように、関連があるからこそ変換出来ていると考えることも出来てしまう。

 

私は人が死ぬ瞬間の波動の注視なんてしてこなかった。だって、そんなことをしたら死に際の嫌な思考や感情をダイレクトに読み取ることになってしまうから。

だけどエリちゃんの波動を見て、何回も何回も人が死ぬ様子を注視して、衰弱に合わせて波動が霧散していく様を見て……

波動と活力は、直接的な関係があるんじゃないかという考えが、私の中に芽生えていた。

現に、私は自分の波動が枯渇するとまともに動けなくなるし、気絶することすらある。

これだけでも活力と関係があると思えるけど、お姉ちゃんの個性で活力を波動に変換出来ていることで、よりその考えが補強された。

 

こんなことに気が付いて何か変わるのかっていう話ではある。

だけど、波動が活力に関係するとなると、一つの可能性が思い浮かぶのだ。

それは波動を注入……譲渡することで、活力の回復が図れないかということ。

試したことなんてない。私の希望的観測による絵空事かもしれない。

だけど、試してみる価値はあると思った。

 

私は最近コスチュームの波動を貯め込みやすい物質である水晶に、波動の注入を定期的にしていた。

この間ようやく少しずつ取り出せるようになってきたのもあって、結構頑張って練習していたのだ。

この波動の注入を、人に対してしたら、どうなるのか。

活力を回復できるのか。

確信は持てないけど、やってみようと思った。

 

 

 

私が動き出そうとしたとき、部屋の扉が開いて看護師を引きずっている通形さんが飛び込んできた。

 

「サー!ナイトアイ!」

 

「……ミリオ」

 

「ダメだ!生きてください!死ぬなんてダメだ!」

 

「ミリオ……辛い目に遭わせて……ばかり……私が……もっとしっかりしていれば……」

 

「あなたが教えてくれたから強くなれたんだよ!あなたが教えてくれたからこうして生きてるんだよ!俺にもっと教えてくれよ!!死んじゃダメだって!!!」

 

通形さんが、ナイトアイに縋り付いて泣いている。

通形さんはお姉ちゃんをもとに戻してくれた恩人だ。通形さんのこんな顔も、悲しみと嘆きに満たされたこんな波動も、見たくない。

 

「リカバリーガール……治癒ができないのは……衰弱しているからなんですよね……体力が、活力が戻れば……治癒は……」

 

「……確かに体力があれば治癒は出来るが、今からそんな体力を戻す方法なんてものは……」

 

リカバリーガールが苦々しく言うのを尻目に、私はナイトアイの側まで駆け寄った。

 

「波動さん……?」

 

緑谷くんが私の行動を見て呟いている。

ナイトアイも、駆け寄ってきた私を見てか細い声で話しかけてきた。

 

「きみにも……酷い負担をかけた……すまなかったね……」

 

「喋らないで……余計な体力を……使わないでください……試してみたいことが……あります……」

 

私はそれだけ言って、ナイトアイの身体に両手をかざす。

そのまま両手から、波動をゆっくりと放出していく。

放出した波動を、ゆっくりと、少しずつナイトアイに馴染ませるように注入していく。

 

「波動、お前何を……」

 

相澤先生も私がしていることを理解できなくて、そう聞いてくる。

私は少しずつ波動を放出してナイトアイに注入しながら、意図を説明し始めた。

 

「これは……あくまで私の推測です……波動と……活力の関係性について……」

 

「波動と、活力……?」

 

「はい……私は……波動が枯渇すると……動けなくなります……気絶することすらあります……お姉ちゃんの個性も……活力を波動に変換しています……これだけだと……そう言うものなんだって思っていただけでした……でも……何度も何度も……エリちゃんが死ぬところを注視して……気付いたんです……衰弱するのに合わせて……死に向かっていくのに合わせて……少しずつ波動が霧散していくことに……」

 

「波動少女、それは、つまり……!?」

 

「あくまで可能性の話です……波動と活力が……直接的な関係があるなら……活力が低下していくのに合わせて……波動が霧散していたんだとしたら……逆に……波動を注入することで……活力が回復するんじゃないかって……思ったんです……私は……最近物体への波動の注入の練習をしていました……それを……ナイトアイに試します……!」

 

私がそう宣言すると、周囲にいた全員が息を呑んだ。

通形さんなんか泣いたまま呆然としてしまっていて、何も話すことが出来なくなっていた。

 

 

 

皆が固唾を飲んで私の様子を伺っている。

私が波動をゆっくりと注入するのに合わせて、波動の霧散は止まった。

それを見て効果があったんじゃないかと思ったけど、そこまでだった。

ゆっくりとした注入じゃ、霧散の速度と釣り合うだけで死ぬまでの時間の引き延ばしにしかなっていないと思う。

この注入量じゃ、駄目だ。

私が出来る、最大限で注入しないと……多分……

危ないのは分かっている。お姉ちゃんやお父さん、お母さんの心配してくれている感情を、踏みにじるようなことだっていうのも分かってる。

だけど、やらないと駄目だと思った。

 

私は、今出来る全力で波動の放出を始めた。

それに合わせて、私の手から放出される波動が青白い光を放つ揺らめきとして可視化され始めた。

その段階になって、何をやっているかが相澤先生には分かったんだと思う。

 

「波動!!やめろ!!今すぐに放出を元の量に戻せ!!」

 

「ダメです……!!あの量じゃ……!!霧散の速度と釣り合うところまでしか行かない……!!先延ばしにしかならないんです……!!」

 

「ダメだ!!そうだとしても許容できん!!今すぐに戻せ!!」

 

「あ、相澤くん!?どういうことだい!?」

 

相澤先生のあまりの変化に、オールマイトが慌てた様子で聞き始めた。

 

「緑谷は林間合宿での波動を見ているだろう!波動は自己の波動が空になると霧散して消滅する可能性がある!」

 

「あ、あの時の、身体が透けていた、あれのことですか……!?」

 

「なっ!?そ、それは……!?」

 

「リオル……やめろ……君がそこまでのリスクを負う必要は……!」

 

それを聞いて、ナイトアイすらもそんなことを言い始めた。

それでも、無視して波動の注入を続ける。

ナイトアイの波動が少しずつ増えてきて、顔色がさっきよりはよくなってきた。

そう思って、もうひと頑張りって考えながら眩暈や脱力感を無視して波動を注入し続けていたら、それは起こった。

バチッバチッて感じで波動を迸らせながら、私の身体がぼんやり発光して透けるように明滅し始めたのだ。

 

「波動!!」

 

いよいよという所まできて、相澤先生が私の方に駆け寄ってきて、私の肩を掴んだ。

そのまま先生は私の肩を思いっきり引っ張って、注入をやめようとしない私をナイトアイから無理矢理引きはがした。

それと同時に、私の身体はもう抗えないほどの脱力感で、動くことが出来なくなってしまった。

 

「りかばりー……がーる……ちゆを……」

 

「波動少女!!」

 

「先生!波動さんは……!」

 

「こいつは……これなら、ある程度なら治癒もできるよ。すぐにでもやろう、チユーーー」

 

「本当ですか!?なら、サーは!」

 

「なんてことだ……!これなら手術も……君!今すぐに準備を―――……」

 

そんな声を聞きながら、相澤先生に抱き上げられた私の目の前は真っ暗になった。



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病院でのその後

目を覚ましたら、病院の天井が見えた。

身体はちょっと脱力感が残っているくらいで普通に動かせるようになっている。

 

「やっと起きた!もう、瑠璃ちゃん!?」

 

お姉ちゃんの声がすぐ側で聞こえた。

そっちに顔を向けると、怒った表情のお姉ちゃんが座っていた。

どうやら相澤先生がお姉ちゃんに報告してしまったらしい。

散々無理しないように念を押されていたのに、自分から霧散しかねないことをしたのもあって流石に気まずい。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「なんでこんなに危ないことしたの!?しかも自分からわざとなんて!?」

 

「でも……ああしないと……ナイトアイが……」

 

「でももだってもないよ!それとこれとは話が別なんだから!」

 

私がなんとかお姉ちゃんの怒りを宥めようとしても、お姉ちゃんの態度が変わることはなかった。

しばらくお姉ちゃんに叱られながら話していて、ようやく思い出した。

 

「そうだ……!ナイトアイ……!お姉ちゃん……!ナイトアイはどうなったの……!?」

 

「全く……ナイトアイは「ちょうど手術が終わったところだ」

 

お姉ちゃんの返答を遮るように、病室に相澤先生が入ってきた。

 

「夜通しの手術だったが、無事に終わったそうだ。ナイトアイは一命を取り留めた」

 

「本当ですか……!?」

 

先生のその言葉を受けて、病院内の波動からナイトアイの物を探す。

多分集中治療室と思われるところで、口の管から人工呼吸器に繋がれているナイトアイの波動がすぐに見つかった。

ナイトアイは眠っているみたいで思考は読み取れない。

腕も足も出血をどうにかしただけでないのは変わらない。内臓も、オールマイト程ではないけどだいぶ持っていかれている。

とても面会できるような状態じゃない。だけど、それでも確かに生きていることはすぐに分かった。

 

集中治療室の外には通形さんもいるみたいで、無事に手術が終わったことに安堵して号泣しているのも伝わってきた。

すぐそばで看護師さんがどうにか通形さんを元の病室に戻そうとしているけど、通形さんはびくともしなかった。

嬉しいのは分かるけど、流石にそれは看護師さんにとって迷惑もいい所なんじゃないだろうか。

 

「良かった……」

 

「確かに、お前のおかげでナイトアイは助かった。そこに関してはよかった。だが今回の件で、お前も緑谷のような暴走癖があることがよく分かった」

 

「さ、流石に緑谷くんほどじゃ……ないと思うんですけど……」

 

相澤先生のその言葉に、流石の私も反論してしまう。

あんなに人助けに狂った思考はしていなかったはずだと思うんだけど。

 

「どこがだ。今回の自分の行動を思い返してみろ。エリちゃんを助けるために自分の精神を省みずに感知を続けたことしかり、限界ギリギリまでナイトアイに波動を注入したことしかり。他人のために自分の身を省みずに周囲が止めても強行する。緑谷の行動そのものだと思うが?」

 

相澤先生のその言葉に、今回の件での自分の行動を思い返してみる。

……確かにそういう部分があるかもしれない。

私が納得してしまったのが伝わったらしい。相澤先生は真剣な表情で話を続けた。

 

「今回はよかった。今回は結果的にお前の身に何もなく、ナイトアイやエリちゃんを助けることが出来た。確かに自己犠牲や人助けの精神はヒーローには重要だ。だが、勇気と無謀をはき違えるなよ」

 

「……はい……すいませんでした……」

 

「分かればいい。姉からも散々言われただろうからな」

 

「先生の言う通りだよ!頑張るのはいいけど、自分が潰れたり死んだりしたら意味がないんだから!」

 

「ん……お姉ちゃんも……ごめんね……」

 

相澤先生はとりあえずそれで納得してくれたし、お姉ちゃんも謝ったところで怒りを収めてくれた。

純粋に私を心配してくれてのことだったのは分かっていたけど、ここまで真剣に私のことを考えて怒ってくれると少し気恥ずかしくなってしまった。

 

 

 

それから先生と少し話して、今回あったことを報告していた。

具体的には、トガの目的と真剣に勧誘を受けたことに関してだ。

 

「……全てを破壊して、ありのままの自分を受け入れてくれる社会を作る、か」

 

「はい……確かに……そう言ってました……死柄木と全てを壊して……生きやすい世の中をつくる……だから私を誘ってるって……」

 

私が伝える情報に、先生もお姉ちゃんも考え込み始めてしまった。

 

「似た者同士かぁ。瑠璃ちゃんの昔の状況を見れば、確かにそう言われるのも分かるけど……」

 

「でも……私とトガの間には……決定的な違いがあるから……」

 

「違い?」

 

先生がそう聞き返してくる。

だけど、トガと私の差なんて一つしかない。

 

「……お姉ちゃんです……私には、無条件で信頼して……受け入れてくれるお姉ちゃんがいました……お父さんとお母さんも……最初は戸惑っていたけど……お姉ちゃんを見て……受け入れてくれました……他の人が受け入れてくれなくても……私には受け入れてくれる家族がいたんです……」

 

私にはお姉ちゃんがいた。

お姉ちゃんがいたから、何をされても、どんなに無視されても気丈でいられた。気にしないでいられた。

外で仮面を被っていても、素を曝け出しても受け入れてくれるお姉ちゃんがいたから。

もしお姉ちゃんがいなくて、お父さんとお母さんが私を拒絶していたら。

そうしたら、醜悪な人、悪感情を向けてくる人たちに、何をしてしまっていたかなんて、私でも分からない。

最初は今みたいに口数を少なくして、仮面を被って誤魔化すだろうけど、いつか我慢できなくなって仮面を捨て去ってヴィランになってしまっていたと思う。

そう考えると、トガはお姉ちゃんがいなかった私の姿なのかもしれないと思えてしまった。

でも、だからこそトガと一緒に行くなんてことはできない。

トガが望む世界の先に、私が望む世界はない。

私は、私を受け入れてくれたお姉ちゃんが幸せに、楽しく暮らしていられる世界がいいんだ。

そんな崩壊した世界の上に作った、誰かの犠牲の上に成り立つ普通に過ごせる世界なんて私はいらない。

 

「なるほど。受け入れた家族と、受け入れずに"普通"を強要した家族の違い、か」

 

「私にとっては当然のことだったんだけどなぁ」

 

「それでも……その当然が……私にとってはありがたかったの……」

 

私がそう返すと、お姉ちゃんは嬉しそうな顔で私の頭を撫でてきた。

お姉ちゃんが嬉しそうにしていると私も嬉しい。

 

「ヴィラン連合、その中でもトガは特に行動の理由と目的が読めていなかった。今回得られたその情報は大きな進歩だ。俺の方からグラントリノや塚内警部に伝えておく」

 

「お願いします……」

 

先生がそう言ってくれたのに対して、私がお礼を言ったタイミングで病室のドアが開いた。

 

入って来たのは緑谷くんに、切島くん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、通形さんにバブルガール、センチピ―ダ―だった。

それからしばらく緑谷くんたち4人に意識を取り戻したことを喜ばれたり、通形さんたちナイトアイ事務所の3人に涙ながらにお礼を言われながら揉みくちゃにされ続けた。

まぁ緑谷くんは相変わらずちょっと挙動不審ではあったけど。

とりあえず、お姉ちゃんの恩人である通形さんが悲しみに歪んだ表情をするような事態にならなくて本当に良かったとも思った。

通形さんは特に個性消失弾で個性を消されてしまっているし、ここに師であるナイトアイの死なんてものが重なってしまったら精神的に大変なことになってしまいそうだったから猶更だ。

 

 

 

それから通形さんが病室に連れ戻されて、バブルガールとセンチピーダーは事件の後処理に向かっていった。

緑谷くんなんかが学校に戻る前に通形さんを訪ねて、"先輩に個性を渡せるって言ったら"なんて相変わらずの情報漏洩具合の発言を通形さんにしたみたいだけど、通形さんに拒否されていた。

通形さんが拒否して話自体をそのまま流してくれたから良かったけど、流石に何をしているんだと怒りたくなってしまう。

爆豪くんの時の反省が全く生かされていなかった。

 

その後、私の所にも主治医らしい先生が来て、波動が回復したのに合わせて動けるようになったこと、推測ではあるものの身体が薄くなった理由、それらからもう大丈夫であることなどを切々と説明した。

主治医の先生はすぐには納得しなかったけど、色々と検査をしてようやく納得してくれた。

すぐに退院して良いとは言ってくれなかったけど、午後には退院させてくれることになった。

それもあって、午後にお姉ちゃんに付き添ってもらって退院して寮に戻る予定になった。

 

それまでの間は通形さんの所に顔を出したり、テレビを見たりして過ごした。

テレビでは、犯人護送中の襲撃事件というニュースが何度も何度も繰り返し放送されていた。

その内容は、ヴィラン連合によって護送中の治崎が襲撃されたというもの。

しかも、護衛のヒーロー2人と警察が何人か殺害されている。

重要証拠品の紛失なんてことまでニュースになってしまっている。

重要証拠品というのは、もしかしなくても個性消失弾のことだろうか。

トガとトゥワイスの最後の行動の意味はそういうことだったということか。でも、命令を受けていないのにどうやって意思の統一を図ったんだろうか。

会合の時の思考を盗み見た時も、直接会った時も、復讐のための思考は読み取れても、そんな思考は一切読み取れなかった。

私がちゃんと読み取れていればこんなことにはならなかったんだろうか。でも、思考を意図的に読めなくしてくるトガと発狂していたトゥワイスの思考なんて、どう読み取ればよかったんだろう。

 

それに個性消失弾が盗まれたとなると、だいぶ致命的な失態ではないだろうか。

ニュースは相変わらず警察や護衛のヒーローへの批判に終始していて見ていられるようなものじゃなかったけど、今回は個性消失弾なんて特大の秘密を一般社会にばら撒くわけにはいかないだろうから仕方ない部分もあるのかもしれない。

 

そんなこともあって落ち込んでいたら、ミルコさんから電話がかかってきた。

どこから聞いたのか分からないけど、私が自殺紛いのことをしてナイトアイの治療をしたことを知ったらしい。

怒られるのかと思ったけどそんなことはなくて、『いいぞ、生意気だ』なんてよく分からない感想を返された。

生意気……なんだろうか。謎だ。

でもミルコさんが褒めてくれて、さっきの暗い気分もちょっと吹き飛んだ。

 

それからは時間を潰して、午後になっても特に体調に変化もなかった私は無事退院ということになった。

色々と大変なこともたくさんあったけど、エリちゃんも無事に保護出来た。

病院でエリちゃんに会わせてもらえなかったのが残念ではあったけど、少しだけ清々しい気持ちでお姉ちゃんと一緒にのんびり歩きながら雄英への帰路に就いた。



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寮への帰還

学校に着くころには夜になっていた。

私が寮に着くと、先に帰ってきていたはずの緑谷くんたち4人もちょうど寮に入ろうとしている所だった。

なんでも色々と調査や手続き、あと相澤先生との面談とかで立て込んでこんな時間になったらしい。

寮の中では皆が私たちの帰りを今か今かと待っていて、待ち伏せのような状態になっている。

爆豪くんすらも1階で待っているみたいだった。

この後の展開の予想がついてちょっと身構えていると、そんなものは気にしていない緑谷くんたちがササっとドアを開いた。

 

「帰ってきたぁあああ!!奴らが帰ってきたぁ!!!大丈夫だったかよぉ!!?」

 

峰田くんのその声を皮切りに、心配した表情の皆が駆け寄ってきた。

 

「ニュースみたぞおい!!」

 

「大変だったな!」

 

「皆心配してましたのよ」

 

「まぁとにかくガトーショコラ食えよ」

 

「お騒がせさんたち☆」

 

「おまえら毎度凄ぇことになって帰ってくる!怖いよいい加減!」

 

「無事でなにより」

 

「ブジかなぁ……無事……うん」

 

ガトーショコラ!砂藤くんが凄く美味しそうなガトーショコラを持っている!

ここ数日まともなご飯を食べていなかったせいか、今は凄くお腹が空いていた。

正直あの拷問の光景はまだ頭にちらつくけど、それでもエリちゃんはもうあんな目にあっていない。

そう思うだけで多少マシな気分だったし、食欲も戻ってきていた。

 

「ガトーショコラ……ちょうだい……!」

 

「おう!たんまり焼いといたからな!好きなだけ食ってくれ!」

 

「ん……!ありがと……!」

 

砂藤くんが渡してくれたガトーショコラに、空腹に任せて噛り付く。

口の中に広がる甘い味に蕩けそうになっていると、透ちゃんに飛びつかれた。

 

「瑠璃ちゃん~!!」

 

飛びつかれた衝撃で危うくガトーショコラを落としそうになるけどなんとか持ちこたえる。

一度食べるのを中断して透ちゃんに向き直る。

 

「ただいま……透ちゃん……」

 

「おかえり!!元気になったみたいでよかったよぉ~!!」

 

さらにぎゅうっと抱きしめられて動けなくなってしまう。

だいぶ心配をかけてしまったみたいだった。

お姉ちゃんに連れられてお泊りに行ってから碌に会ってもいなかったんだから、当然ではあるんだけど。

 

皆が私たちの無事を喜んでくれている中、飯田くんが声を張り上げた。

 

「皆!心配だったのは分かるが!!落ち着こう!!報道で見たろう!あれだけのことがあったんだ!級友であるなら彼らの心を労わり、静かに休ませてあげるべきだ!身体だけでなく……心も擦り減ってしまっただろうから……」

 

緑谷くんが急に泣き出した様子や私が明らかに精神的な不調をきたしていた様子を見ていただけあって、真面目な飯田くんはそう進言してくれた。

そんな飯田くんに対して、緑谷くんが声をかけた。

 

「飯田くん、飯田くん」

 

「ム」

 

「ありがとう。でも……大丈夫」

 

緑谷くんは通形さんの個性が無くなってしまったことや、ナイトアイに庇われて重傷を負わせてしまったことを思い出しているみたいだった。

多分最後に個性の譲渡を提案した時に色々言われたんだろう。

飯田くんは緑谷くんのその返答に目を点にしながら話し始めた。

 

「じゃあいいかい。とっっっっっっっても心配だったんだぞもう!!俺はもう!!君たちがもう!!」

 

「飯田くん……凄い勢い……」

 

飯田くんの勢いにちょっと困りながらガトーショコラを食べ続ける。

砂藤くんは次のターゲットを緑谷くんに定めたみたいで、緑谷くんの口にガトーショコラをそのまま1本ねじ込もうとしていた。

なんて贅沢な食べ方。流石にお行儀が悪いし真似できない。

 

「ラベンダーのハーブティーをお淹れしますわ!心が安らぎますの!」

 

百ちゃんがそう言いながらキッチンの方にぷりぷりしながら走っていった。

それにしても今日の百ちゃんの恰好、凄く大人っぽい。

髪の毛を下ろして落ち着いた感じの恰好をしているからだろうか。

 

そんなことを考えていたら、青山くんが近づいてきた。

 

「波動さん、無事でよかった」

 

「青山くんも……心配かけてごめんね……」

 

「大丈夫ならいいんだ。ここ数日の波動さんは、あまりにも酷い状態だったから」

 

「ん……もう大丈夫だと……思うから……」

 

少しの間引きずる気はするけど、それでも食欲が戻っているのは改善に向かっている証だと思う。

あまりにも睡眠に影響が出続けるようだったらお姉ちゃんや先生に相談した方がいいだろうけど、もうそこまでのことにはならないと信じたい。

そう思って私が青山くんに返答すると、青山くんがいつもの気取ったようなポーズを決めた。

 

「そっか☆でも、何かあったら相談して欲しい。それに、僕は周囲の顔色を伺うのは得意なんだ。あまりにも抱え込んでいるようだったら、今度は僕が波動さんを助けるから」

 

「ん……ありがと……」

 

青山くんはそう言って笑顔を浮かべた。

私もそんな青山くんに対して笑顔でお礼を言った。

それを確認した青山くんは、普段からあまり関わっていないのに急に関わるのも変だと考えたのかササっと離れていった。

そんな青山くんの様子に、透ちゃんがちょっと不思議そうにしている。

 

「珍しいね、青山くん。今度はって言ってたってことは、瑠璃ちゃんと何かあったの?」

 

「ん……ちょっとね……色々あった……」

 

「……そっか!」

 

その説明であまり人に言えることではないのを理解してくれたらしい透ちゃんは笑顔を浮かべて流してくれた。

若干不穏な思考をしていた気がするけど、流してくれるならそれはそれで余計なボロが出なくていい。

 

そんな感じで話していたら、切島くんに話しかけていた三奈ちゃんが結ちゃんを抱えながら近づいてきた。

 

「あっ!結ちゃん!」

 

「口田から借りたの!梅雨ちゃんも抱いてみる?」

 

「ケロッ」

 

「次私ね!」

 

女子で結ちゃんを順番に抱っこし始める。

私はガトーショコラを食べているから参加しないけど、結ちゃんは相変わらず素直で可愛い。

今も『おかえり』って考えたり、私たちの顔を見ながら『ウララカ』『ツユちゃん』『ハドウ』って感じで順番に名前を思い浮かべている。

完全に個体識別をするという驚異の知能を見せつけてきていた。

 

「結ちゃんも……おかえりって……考えてるよ……私たちの名前も……ちゃんと分かってる……」

 

「相変わらず賢いねー結ちゃん!」

 

「カワイイー!」

 

女子が結ちゃんに夢中になって抱っこして撫でていると、上鳴くんに煽られた爆豪くんが立ち上がった。

 

「寝る」

 

「えー早くね!?老人かよ!!」

 

爆豪くんは相変わらずみたいだ。さっきまでふてくされてはいたけど、一応は安堵していた癖にこの態度だ。

すぐに爆発する爆豪くんにここまで気安くじゃれつける上鳴くんも凄いと思うけど。

それに上鳴くんの反応はそんなに間違ってない。

今はまだ8時30分くらいのはず。

爆豪くんがいつも寝ている時間から考えても全然早い。

 

「一言くらいかけたら?」

 

「てめーらと違ってヒマじゃねんだ」

 

そう吐き捨てながら爆豪くんは部屋に戻っていった。

それに続くように外に出ていた轟くんが戻ってきて声をかけてきた。

 

「緑谷、麗日、切島、蛙吹、波動。わりぃが俺も」

 

「えー早くね!?老人かよ!!」

 

上鳴くんのツッコミにもそんなに反応せずに、轟くんは部屋に戻っていった。

轟くんの思考はエンデヴァーへの嫌悪感がちらついていた。

さっき外に出たのは多分エンデヴァーから何らかの連絡があったんだろう。

 

「……爆豪ちゃんはともかく、轟ちゃんまでどうしたのかしら……」

 

「あいつら明日仮免の講習なんだ。にしても早いけど」

 

梅雨ちゃんや響香ちゃんも不思議そうにしているけど、轟くんのこれはもう仕方ないだろう。

エンデヴァー関連は彼にとって完全に地雷なのだ。

体育祭とかで読み取った虐待行為や彼のエンデヴァーへの憎悪の思考からして、これは他人が簡単に口を出していい問題じゃない。

轟くん自身が乗り越えるのを待つしかないだろう。

 

 

 

その後は飯田くんたち皆の計らいで、私たちインターン組も早めに部屋に戻った。

緑谷くんも、お茶子ちゃんも、切島くんも、梅雨ちゃんも、皆思うところはあったようで、各々考え込んでいた。

私も今回のインターンは色々と考えさせられることが多かったのもあって、色々と考え込んでしまっていた。

そのまましばらく考え込んでいたけど、波動の枯渇による脱力感が残っていたのもあって少ししたら私は寝入ってしまっていた。



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波動注入

数日後。

あれからインターンに関して学校側とヒーロー側で話し合いが行われて、しばらく様子見ということになった。

仕方なかった部分があるとは言っても流石に看過できない規模の組織との事件に、さらにヴィラン連合まで関わっていたという事実。

これらのこともあり、生徒の安全確保のための措置だった。

 

エリちゃんとナイトアイは無事目を覚ましたらしい。

エリちゃんは精神的に不安定でいつ暴走するか分からないから面会はできないけど、身体的には元気は元気らしい。

ナイトアイは目を覚ましたとは言っても重症だったこともあって、まだ面会が出来るほどの状態ではないと相澤先生から教えられた。

そんな感じで面会はしたいけどできないという状況なのもあって、私たちインターン組も普通に授業に打ち込んでいた。

 

「アマリ美シイ問イデハナイガ……コノ定積分ヲ計算セヨ。正解ノ分カル者ハ挙手ヲ」

 

エクトプラズム先生はそう言いながら黒板に数式を書いた。

上鳴くんなんてすぐに諦めて「うぇからね」とかふざけたことを言っているけど、解く努力はした方がいいと思う。

私もガリガリと解いていくけど、あと少しで解き終わるというところで緑谷くんが、挙手した。

 

「緑谷!」

 

「107/14です!」

 

「不正解!」

 

緑谷くんが不正解の宣告を受けた。

そのタイミングで私も解けて挙手したけど、百ちゃんよりも少しだけ遅かった。

 

「八百万!」

 

「107/28ですわ!」

 

「正解!デハ次ノページヘ」

 

私も同じ答えだっただけに、ちょっと悔しい。

上鳴くんに注意を向けた私が間違っていた。

 

「波動はあってたの?」

 

「ん……百ちゃんと同じ答えだった……」

 

「うわ、惜しかったね」

 

私が手を挙げたのも見ていた響香ちゃんが確認してきてくれるけど、仕方ない。

私の不注意だ。余計なことに気を逸らしすぎた。

それにしても最近の緑谷くんはすごく猛々しい感じだ。

ちょっと心配ではあるけど暗い感じの思考とかではないし、多分大丈夫かな?

 

 

 

そんなこんなで昼休み。

私の席に透ちゃんが近づいてくるのと同じように、緑谷くんの席にもお茶子ちゃんと飯田くんが近づいていっていた。

 

「デクくん猛々しいねぇ」

 

「勉強に力を入れるのは良いことだ!!さぁ午後のためにもランチラッシュの料理を食べに行こう!」

 

「うん、腹ペコ……」

 

緑谷くんがそう言うと同時に、青山くんが緑谷くんの口にチーズを差し込んだ。

 

「じゃあチーズあげる☆」

 

それと同時に虚を突かれた緑谷くんが固まった。

何してるんだ青山くん。思考からして純粋な心配と好意からやってるのは分かるけど、急にあれをやられたら流石に怖いと思う。

緑谷くんも実際にそう思っていたようで、少しの間完全にフリーズしていた。

 

「びっくりした!!チーズ!!?」

 

「ポン・レヴェックチーズ。まろやかで食べやすいんだ」

 

青山くんはそう言いながらももう一度チーズを緑谷くんに差し出した。

繰り返されるあまりに唐突な青山くんのその行動に透ちゃんとお茶子ちゃんなんか唖然として言葉を発することすら出来なくなっている。

 

「ええ!?いやいいよ!まだ口の中に残ってるよありがとう!!」

 

緑谷くんはそう言ってチーズを遠慮した。

それにしても青山くん、メシ処に来るつもりが無いみたいだけどまた教室で1人でご飯を食べるつもりだろうか。

以前までは内通者をしていた負い目やなるべくボロを出さないようになんていう目的があったんだろうって言うのは今なら分かる。

だけどそれももう気にしないでよくなったんだから、青山くんも一緒に食べればいいのにと思う。

 

「……青山くんも……一緒にご飯食べよ……いつも一人で食べてるでしょ……」

 

「俺もそれを提案しようと思っていたんだ!どうだろうか青山くん!」

 

「……そうだね☆せっかくの波動さんたちからの誘いだし、たまには一緒に食べようかな☆」

 

私と飯田くんの誘いを受けて、青山くんも一緒にご飯を食べることになった。

うん、やっぱりクラスの仲は良い方がいいよね。皆私を受け入れてくれるようないい人たちなんだし、仲がいい方が嬉しい。

それはそれとして透ちゃんが「ほー」なんて感じで私と青山くんの顔を交互に見ている。

なんだ。何が言いたいんだ。思考を見ているから分かるけど、そういう関係ではない。

これは注意しておかないと駄目か。

 

「……透ちゃん……そういうのじゃないから……」

 

「うんうん!分かってるって!そうだよね!まだそんな感じじゃないよね!」

 

「……まだ……?」

 

「ほら瑠璃ちゃん!早く行かないと席なくなるよ!」

 

誤魔化すかのように透ちゃんが私の手を掴んで走り出した。

本当に違うんだけど、なんでそんなにそういう邪推をするんだろうか。

お茶子ちゃんの恋バナを聞いたりするのは楽しいけど、こういうのは私にはまだ理解できない領域だった。

 

 

 

そして今日も授業が終わった。

 

「―――……以上だ、解散」

 

相澤先生がいつものようにホームルームを締める。

いつもならそのまますぐに職員室に向かうのに、先生は皆がぱらぱらと動き始めるのを確認してから私の方に向かってきた。

 

「波動」

 

「はい……なんですか……?」

 

「リカバリーガールから話があるそうだ。この後保健室に寄って行ってくれ」

 

「リカバリーガールから……ですか……?」

 

「ああ。インターンの最後にやった技術に関してだ。必ず寄ってから帰れよ」

 

「……分かりました……」

 

先生は私の返事を確認すると職員室へ戻っていった。

最後の技術って言うと、波動の注入のことだろうか。

相澤先生もだいぶ強く言ってきている感じだし、話の細かい内容を知ってそうな感じだったのに反対している感じは一切なかった。

 

「また呼び出し?」

 

「そうみたい……どのくらいかかるか分からないし……先に帰ってて……」

 

「そう?……分かった。何の用件かは分からないけど頑張ってね」

 

「ん……ありがと……」

 

透ちゃんがすかさず声をかけてくれた。

だけどどのくらいかかるかも分からない話だ。

いつもの透ちゃんだとこのままここで待ってるって言いそうだったから、先に寮に帰っておいてもらおう。

今日も宿題とか沢山出てるから、余計な時間を取らせたくないし。

透ちゃんも了承してくれたから、そのまま軽く挨拶してから教室を出た。

 

 

 

保健室の中に入ると、リカバリーガールがこちらを向いた。

 

「来たかい。ほら、こっちにおいで。ここに座りな」

 

リカバリーガールはそう言いながら自分の正面の椅子を指さした。

指示に従って椅子に座る。

 

「イレイザーから話は聞いてるね。ナイトアイにやったあの技術に関してだ」

 

「はい……それ以上の話は聞いてないですけど……」

 

私がそう返答するとリカバリーガールは真剣な表情で私の方を見つめてきた。

 

「あんた、あの技をこれからも使うつもりはあるのかい?」

 

「……どういう意味ですか……?」

 

「そのままの意味だよ。活力の回復だけとは言っても立派な治癒だ。それを今後も使うつもりがあるのかいって聞いてるんだよ」

 

リカバリーガールはそう言って質問を繰り返した。

正直、リスクのある技だっていうのは分かっている。

だけど、あれを使いこなせれば活力を回復させることが出来る。

お姉ちゃんに何かあった時でも、ナイトアイの時のように緊急で活力の回復をすることが出来る可能性がある。

あとお姉ちゃんは認めないだろうけど、あれを使いこなせば私がお姉ちゃんのエネルギータンクになれるっていうのもある。

そんなこともあって、リスクはあってもこれからも使うつもりは普通にあった。

 

「……はい……あれを使えれば……何かあった時に……絶対に役に立つので……」

 

「だと思ったよ。だけどね、自身の波動の譲渡だ。リスクがあるってことは自分でも分かってるんだろう?」

 

「……はい……」

 

私の返答に、リカバリーガールは溜め息を吐いた。

 

「あの後イレイザーとも話したんだよ。このまま放置すればあんたが勝手に練習するだろうってことも、リスクが大きすぎるって事もね。その上で出た結論が、もし今後も使う気があるなら教師の監督の下で練習させるってことだったんだ。ここまではいいかい?」

 

「はい……それは……その通りだと思うので……」

 

「そこで誰の監督の下で練習するのが一番いいのかって話になるんだよ。まあでも、正直選択肢なんてほぼないんだけどね。ここで治癒系の個性を持っているのは私だけだし、練習とはいえ活力の回復を無駄にするのももったいないしね」

 

「つまり……リカバリーガールの所で……助手をしながら練習しろって……ことですか……?」

 

「簡単に言ってしまうとそうだね。ただね、利用しようってつもりは私もイレイザーも一切ないよ。確かに私の個性との相性には驚いたけど、あくまでこの保健室での助手をって話だからね。私の個性で治癒をした後に、体力が減った生徒を相手に練習しないかって話をしてるだけだよ。嫌ならそう言ってくれればイレイザーが別の練習方法を考えてくれるだろうけど、活力の回復がうまくいっているかを確認するためにもこの方法が一番だと思うけどね」

 

リカバリーガールの提案は、実際その通りだと思った。

疲れてもいない人にあれをやっても効果は実感しづらいと思うし、訓練後で疲れてるところを狙うのも練習機会が限られる。

その上調整を失敗すると私が消滅しかねないのを考えると教員の指導の下でしか練習させないというのも合理的だ。

これらから考えると、確かに練習したいときにリカバリーガールの指導の下で助手をするのが一番効率的だし、無駄がなかった。

リカバリーガールの発言に一切の嘘もないし、思考も純粋に私の指導をしようとしているだけだ。信用は出来ると思う。

 

「……分かりました……じゃあ……お願いしてもいいですか……?」

 

「そのつもりで呼んでるんだよ。じゃあ今後は練習したくなったら保健室に来なさい。患者がいない時間は、そうだね。医療の知識でも教えようか。あんたの個性、確か透視もできるんだろう?透視で応急処置するために必要な簡単な診断の方法とかは、あんたには役に立つと思うしね」

 

リカバリーガールの思考を見る限り、私が学校に提出している個性の詳細から透視が出来ることが分かった感じかな。

確かに仮免試験の時に透視した上での最適な治療が分からなくて困ったりしたから、それを教えてくれるというなら助かりはする。

授業で習うような内容だと本当に簡単な応急処置だけで足りないと思っていたところだった。

 

「……いつ来ればいいですか……?」

 

「強制はしないよ。さっきも言った通り、練習したいと思った時に来なさい。ただし、練習のために呼んでるんだ。活力の回復は私がいない所では絶対に練習しないと約束するんだよ」

 

「分かりました……よろしくお願いします……」

 

私が頭を下げると、リカバリーガールは小さく頷いた。

 

「この後はどうする?せっかく来てるしこのままやっていくかい?急な話だし、後日って事でもこっちは大丈夫だけど」

 

「じゃあ……練習していっても……良いですか……?」

 

「大丈夫だよ。患者が来るまで待ちになるけどね」

 

リカバリーガールがそう言ったタイミングで、ちょうど保健室に怪我をした生徒が入ってきた。

その後はリカバリーガールが治癒をした生徒に波動を注入したり、応急処置について勉強したりして過ごした。

波動の注入は極少量ずつから試すように厳命されて、リカバリーガールの指示の下でやっていった感じだ。

効果は薄くなるけど、リスクを最低限にするためには仕方ないと納得している。

治癒が必要な生徒は疎らにしか来ないからそんなにたくさん練習できるわけではないけど、それでも治癒のスペシャリストのリカバリーガールの指示の下で練習するのは安心感があった。



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深夜のサプライズ

リカバリーガールの所での練習は夕方には終わった。

初回だから無理をしないように調整されていた感じは否めないけど。

実際数人の怪我人にリカバリーガールの治癒の後に波動の注入をしてみたけど、なかなか調整が難しい。

もう十分すぎるほどに回復しているのに私がそれに気付かずに注入し続けていたり、逆に少なくしすぎることもあった。

その度にリカバリーガールに指摘されて、回復完了の目安の模索や微調整を繰り返していった感じだ。

リカバリーガールもまだ私のキャパシティを把握しきれていないのもあって、凄く慎重に微量ずつの注入を指示された。

これはもうお互いに慣れていくしかないんだと思う。

 

そんなこんなで練習も終わって寮に戻った。

寮ではいつもどおり透ちゃんたちと一緒にご飯を食べてお風呂に入った。

食後には砂藤くんが皆の分のデザートまで準備してくれていて、大喜びで食べさせてもらったのは言うまでもない。

 

 

 

そんな何気ない生活を送りつつ、そろそろ寝る時間と言うことで透ちゃんとも別れて部屋に向かおうとしていたら青山くんが近づいてきた。

 

「波動さん、少しいいかな」

 

「どうしたの……?」

 

「ちょっと相談があってね☆」

 

改まった言い方にちょっと身構えるけど、青山くんの思考には特に不審な点はない。

 

「実は、今日の夜に緑谷くんにサプライズをしようと思うんだ」

 

「サプライズ……?」

 

急な申し出に少し戸惑ってしまう。

サプライズをするにしても私にわざわざ言ってくる理由がよく分からない。

 

「そうさ☆緑谷くん、最近以前にも増して焦っているように見えるんだ。だから、ちょっと元気づけてあげたくてね」

 

「それで……サプライズ……?」

 

私が聞き返すと青山くんが頷いた。

 

「なんでそれを……私に……?」

 

「サプライズは夜に仕掛けようと思ってね☆だから、怪しまれないように波動さんには事前に言っておいた方がいいと思ったんだ」

 

「……なるほど……」

 

それなら確かに私に言ってくる理由も理解できる。

それにしても、青山くんが進んで誰かに関わるのは凄く珍しい気がする。

内通者だった負い目もあってか、自分からそういうアプローチをかけるのは見たことがなかった。

 

「珍しいね……青山くんが……自分からそういうことするの……」

 

私がそう言うと、青山くんはさっきまでの感じとは打って変わって真剣な表情で話し始めた。

 

「緑谷くん、僕に似ていると思うんだ」

 

「似てる……?」

 

「彼の"個性"、身体に合っていないじゃないか。力を発揮するだけで大怪我したりして。僕も仕方ない事とはいえ個性が身体に合っていないから、共感しちゃってね」

 

……青山くんの言うことは間違っていない。

むしろ核心を突いていると言っていい。

緑谷くんはオールマイトに個性を貰った。

青山くんはAFOに個性を貰った。

2人とも他人に貰った個性なのだ。身体に合わないのは当然と言っていい。

青山くんの思考を見る限り、本当に純粋な善意でサプライズを仕掛けようとしている。

OFAのことなんて微塵も知らないだろう。思考からもそのことは分かる。

青山くんがこちらをどうにか騙して内通行為を続けていたとして、ターゲットにする可能性が高いのが緑谷くんではある。

だけど、本当に純粋な気持ちで励まそうとしているのは伝わってくるし、何より悪意も悪感情も、負の感情も、一切感じない。

信用は出来るとは思う。

 

まあ思考を読んだ時に見えたサプライズの内容には首を傾げざるを得ないけど。

なんだそのサプライズ。私がそれを仕掛けられたら、思考の純粋さと行動の乖離に普通にドン引きする自信がある。

緑谷くんでも仕掛けられた直後は絶対に怖がると思う。

だけどこれが青山くんなりのサプライズみたいだし、そこに口を出すのも野暮だとも思う。

とりあえず変なことをしないかだけ最後まで見守ればいいかな。

緑谷くんが恐怖体験することになるだろうけど、そこはもう諦めよう。青山くんの善意を全身で受け止めてもらうしかない。

 

「ん……分かった……一応私も起きておくけど……何時くらいにやるつもり……?」

 

「そうだね……緑谷くんが寝るであろう時間がいいかな。0時から1時くらいなんてどうだろう」

 

「……ん……分かった……頑張って……起きておく……」

 

結構遅い時間の決行予定に、睡魔に負けないか心配になってしまう。

 

「無理して起きておかなくても大丈夫だよ?変なことをするつもりがないのは読心で分かっているだろう?」

 

「……分かってはいるけど……一応ね……」

 

私の気が進んでいないのが分かった青山くんがそう言ってくれるけど、今回は相手が悪い。

緑谷くん相手じゃなければ私も寝たと思う。

だけど緑谷くんだけは流石にダメだ。

万が一にも緑谷くんから情報を抜かれたら面倒なことになりかねないから、一応の用心だ。

私が頑なに見張ると言ったことで、青山くんもこれ以上何か言ってくることはなかった。

その後は簡単な挨拶をしてお互いに部屋に戻った。

 

 

 

深夜。

私は自室で青山くんと緑谷くんの波動を注視していた。

緑谷くんは1時頃になってようやくベッドに入った。

その気配を察したらしい青山くんがようやく動き出す。

早く終わらせて欲しい。眠くて仕方ない。

 

青山くんは自分の部屋のベランダから緑谷くんの部屋のベランダに飛び移った。

外からベランダのドアを開けようとする青山くん。

普通に開くわけがないと思うのだが。普通は鍵を閉めてるよそこは。

そして緑谷くんは眠っていない。案の定青山くんの異常行動に気が付いて恐怖を覚え始めている。

 

部屋への侵入を諦めた青山くんは、ベランダにチーズを並べ始めた。

やっぱりこのサプライズは理解に苦しむ。なんでそうなるんだろうか。

最初は室内にそのチーズを仕掛けるつもりだったんだろうけど、入れたら誰かに侵入された恐怖体験だし、入れなくても恐怖体験だ。

青山くんはチーズを『ぼくはしってるよ☆』って形に並べて颯爽と自室に帰っていった。

 

緑谷くんの思考がかわいそうなことになってしまっている。

『何今の!!?』から始まり、『今の……青山くん……だよな!?』とか『ええ……!?なんでベランダ!?何しに!?なんで!?あああ怖っ、どうしよう!?』とか考えている。

かわいそうな緑谷くん。心を強く持って欲しい。

……これ、もしかして私も共犯扱いになったりするのかな。承認して見てるだけだから流石に違うと思いたい。

 

そして緑谷くんは『隣の部屋なのになんでわざわざベランダを……!?訪ねてみるか……!?いや!ちょっとわけわからなさすぎて怖い……!一体何しに……』って考えながら起き上がった。

ベランダを確認するつもりみたいだ。

そして謎のチーズを見た緑谷くんはさらに困惑と恐怖に包まれた。

これ、緑谷くん今日はもう眠れないんじゃないかな。

かわいそうに。

 

さて、私は寝るか。青山くんは自分のベッドに戻ったみたいだし、もう眠気が限界だったのだ。

 

 

 

翌朝。

 

「走ってはいけない!!しかし出せる限りのスピードで!!」

 

案の定緑谷くんは眠れなかったみたいで、飯田くんとお茶子ちゃんと一緒に競歩で教室に飛び込んできた。

入って来た瞬間にお茶子ちゃんがセーフセーフと手をブンブン振っている。可愛い。

 

「始業一分前!ギリギリセーフだ!……しかし夜更かしはよくないぞ、自律神経が乱れる」

 

「すいません委員長」

 

飯田くんの苦言に緑谷くんはペコペコ頭を下げていた。

そんな緑谷くんに青山くんが『サ・プ・ラ・イ・ズ』なんて小声で話しかけている。

緑谷くんは『怖くて眠れなかったよ……』なんて思っているけど当然の反応過ぎる。

 

そして授業は進んでヒーロー基礎学。今日も必殺技の訓練だ。

コスチュームに着替えるために皆移動の準備を始めている。

そんな中すぐに移動はせずに上鳴くんが峰田くんに話しかけていた。

 

「おい峰田!知ってるかコレ!?」

 

「Rは?」

 

「全年齢よ」

 

ブドウ頭のその確認はなんなんだ。R18じゃなかったら話は聞かないのか。

そんなブドウ頭の反応を一切気にしていない上鳴くんは話を続けた。

 

「Mt.レディがエッジショットとチーム結成!シンリンカムイもいるぜ!」

 

「マウント……レディ……だと!?」

 

「"ラーカーズ"だよね。前々から噂あったよ」

 

響香ちゃんが上鳴くんに返答してあげている。

それにしてもブドウ頭はなんでそんなにトラウマになっているんだ。職場体験で雑用として扱き使われただけだろうに。

普段から制裁を受けまくっているくせになんでそういうところだけ繊細なんだ。

 

その後はチームアップに関して話していたんだけど、三奈ちゃんが楽しそうに話し出した。

 

「私たちもプロんなったらチーム組もー!麗日がねぇ!私を浮かしてねぇ!酸の雨を降らす!」

 

「エグない?」

 

三奈ちゃんのその提案にお茶子ちゃんが思わず聞き返した。

確かにエグイ。つまりは三奈ちゃんが空から狙ったところがどろどろに溶ける技ってことだろうけど、凄まじいエグさだ。

 

「梅雨ちゃんが私をヤオモモの作ったロープで操作するんだよ!」

 

「……!万事お任せください!」

 

百ちゃんが頼りにされて嬉しそうにしている。それでいいんだろうか。

その技が完成した暁には凄まじいスプラッタが繰り広げられるけど。

 

「口田と障子と耳郎と波動が偵察ね!チームレイニーデイ!」

 

「オー」

 

「凄い……残虐だけど……大抵のヴィランはなんとかなりそう……」

 

響香ちゃんが気のない返事を返している。

実現は出来るだろうけど本当に情けも容赦もない凄まじい連携だ。

しかも私とか響香ちゃんまで呼ぶなら遠くから感知して位置を特定、はるか上空から酸の雨という不意打ちすら可能になる。

なんだこの連携攻撃。パッと思いついたとは思えない完成度とエグさなんだけど。

 

そんなことを話していたら名前を呼ばれなかった峰田くんと上鳴くん興奮気味で三奈ちゃんに声をかけた。

 

「「俺たちは!?」」

 

「いらない」

 

無慈悲に却下された。

まあ当然ではある。今の作戦に上鳴くんと峰田くんを呼んだところで出来ることはないだろう。

落ち込んだ2人は「ちょうど5で死ぬルールな」なんて言いながら手遊びをし始めた。

 

「チームアップは"個性"だけじゃなく性格の相性も重要ですわ」

 

「ヤオモモそれ追いうち」

 

「百ちゃんも……中々残酷……」

 

透ちゃんにすらツッコまれていた。透ちゃんは呼ばれないことに不満を抱いている様子は一切なかった。

透ちゃんを偵察として呼ぶことはできないでもないけど、酸の雨に晒すことになるし、危険なだけだ。適材適所だろう。

 

「皆!早く移動しなさい!着替える時間なくなるぞ!」

 

話し続けていたら飯田くんに怒られた。

それを受けて流石に皆更衣室に移動した。

 

 

 

TDLでの必殺技訓練はいつも通りの内容だった。

最初に言われた最低2つの必殺技。出来てなければ開発を、出来ていれば発展をという内容だ。

それをセメントス先生に言われた途端、切島くんが硬化を発動した。

 

安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)!!!」

 

「わっ」

 

唐突な切島くんの行動に、三奈ちゃんが軽い驚きの声を上げる。

切島くんの思考は死穢八斎會の幹部と思われる男、乱波のことになっていた。

相澤先生を庇って落ちた先で、色々あったようだ。

 

「乱波と同等の連撃受けて鍛える!!それには―――……爆豪!!砂藤ー!!緑谷!!波動!!思う存分俺をサンドバッグにしてくれ!」

 

「誤解を招くぜ!!?」

 

まさかの私にもお誘いがきた。

発勁による打撃を期待されているんだろうか。

だけど私はいい加減波動の取り出しとそれによる波動弾の生成を完成させたい。

今回は遠慮させてもらおう。

 

「ごめん僕は一人で……!」

 

「わかった!」

 

「ごめん……私も……別の練習したくて……」

 

「おう!気にすんな!!」

 

断る私と緑谷くんを、切島くんは嫌な顔一つせずに流してくれた。

とりあえず私も離れたところで練習しよう。

爆豪くんが"榴弾砲(ハウザー)"撃たせろなんて言っているし、近くにいると巻き込まれそうだ。

 

 

 

そんな練習のさなかに、緑谷くんに聞かれた青山くんがサプライズの理由を教えたようだった。

凄いビックリして愕然としているけど、青山くんの気遣いを受けて緑谷くんは最終的に笑顔になっていた。

青山くんも『辛いことと向き合ってるだけじゃ、きっとキラメけないのさ☆』なんて言いながら笑顔を浮かべていた。

そこまでならいい話だったのに、青山くんがやらかしたみたいだった。

流石に直視したくないから練習に集中することにした。

 

練習自体は順調で、人への波動の注入を練習したおかげなのか、体外の波動の操作もだいぶ精度が上がってきた。

コスチュームのこの水晶から波動を取り出して波動弾にすることもできるようになったし、これからは定期的に水晶に波動を注入しておこう。

なんだかんだでこれも波動譲渡の練習になるし。これに関しては先生たちにも止められていないからやめる理由がない。

 

 

 

授業が終わって寮に戻ってからも青山くんが緑谷くんにフィナンシェをあげたりしていた。

どうやら本格的に仲良くなったらしい。

よくクラスの仲を取り持とうとしている三奈ちゃんなんかも笑顔でその様子を見ていた。

私も青山くんがちゃんとクラスの輪に入ってくれて嬉しいなと思いながら、その様子を眺めていた。



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決意

インターンもなく普通に授業に打ち込む日々。

そんな日の辺りが暗くなってきた頃、寮の共有スペースで障子くんが皆を集めていた。

早く眠ってしまうことが多い爆豪くんもちゃんと来ている。

さっきまで共有スペースで飲食していたお菓子や紅茶が置かれた机を囲む形で集まっている感じだった。

 

ついに話すつもりらしい。

私はもう知ってしまっているけど、それでも障子くんは少し不安そうだった。

皆なら大丈夫だとは思う。異形差別なんかをする人たちじゃない。

異形差別をするような人は、私の読心なんて到底受け入れられない。だから大丈夫。

そう思っていても、それだけ重い話を障子くんが打ち明けるとなると、私も流石に少し心配だった。

 

「集まってもらってすまない。皆に話しておきたいことがあるんだ」

 

皆なんの話かはまだ分かっていないから、リラックスした感じで聞こうとしていた。

お菓子を食べている人もいるし、紅茶を飲んでいる人もいる。

ゴミをまとめていた緑谷くんは大きなゴミ袋を持ったままだ。

 

そんなちょっと緩い感じの雰囲気は気にせずに、障子くんは自室以外では外さないマスクを外した。

マスクの下の顔には、夥しい古傷が刻まれていた。

口の端から口を切り裂くように刻まれた傷や、口を縦断している傷もあった。

一体どれだけの仕打ちを受ければこんな傷がつくのかと言いたくなってしまうような傷痕だった。

 

その傷が見えた瞬間さっきまでの緩い雰囲気は一気に霧散して、皆一様に息を呑んだ。

 

「その傷……」

 

「波動の話を聞いて、俺もいつまでも隠しておくべきではないと思った。今から皆に説明する」

 

それから障子くんはゆっくりと話し始めた。

障子くんの住んでいた地域の説明から始めて、その地域の障子くんの複製腕や顔の形とかの異形に対する偏見、どんな行いがそこで為されていたのかを順を追って話していった。

その話を、皆呆然としながら聞いていた。

上鳴くんなんか口に含んでいた紅茶を垂れ流しにして零してしまっているくらいだ。

 

「両親にこの腕はなかった。酷い村だったよ。人に触れようものなら総出で"血祓い"だ。常闇や口田ら都会生まれには教科書の中の話かもしれんが、子どもにこんな傷を負わせる地域がまだ残ってるんだ」

 

「ゆるせん!そんな奴ら根絶やそ……!」

 

三奈ちゃんがそう言って憤る。

だけど、人はそういうものだ。

障子くんにされていたことが、当たり前のことだとも思っていないし、軽く見ているわけでもない。

でも、こんなのをいちいち根絶やしにしていたらきりがない。

私だって排斥してきた人たちを許すことなんてできていないし、障子くんだって恨んでいないわけではない。

でも根絶やしなんてことをしていたら、その偏見は、差別は、次世代もその次の世代も、恨みの連鎖となって延々と続いていくだけだ。

 

「そういうものなんだよ……」

 

「波動……?」

 

私が口を出すと三奈ちゃんが聞き返してきた。

 

「人は……自分たちとは違うものとか……怖いと思ったものを……排斥するものなんだよ……その方法が……暴力だったり……無視だったり……色々あるけど……その本質は変わらない……今障子くんに共感してたり……私をすぐに受け入れてくれた皆が凄いだけ……ほとんどの人は……自分とは違うもの……理解できないものを……態度には出さなくても……内心で怖がって……拒絶してる……理解を示そうとする人なんて……ほとんどいない……そういうものなんだよ……」

 

「瑠璃ちゃん……」

 

透ちゃんが静かに手に自分の手を重ねてきた。

その気遣いは嬉しいけど、私は気にしないようにしているから今更だ。

それに、今大事なのは障子くんの話だ。

 

「波動の言うことも尤もだ。やはり、"差異"というものはある……」

 

障子くんのその言葉を受けて、考え込んでいた峰田くんが愕然とし始めた。

 

「オイラ……"タコ"って言った気ぃする……!ごめんなぁ!でも気味悪ぃとかそんなん考えてねーよ!」

 

峰田くんは泣きながら障子くんに縋り付くように謝罪している。

エロ方面が全てを台無しにしてしまっているけど、こういう素直で偏見なく人を見ることができる所は彼の良い所だと思う。

いつもの行動がその良さを塗りつぶしてくるけど。

 

「この腕から蛸を連想するのは当然だ。ヒーロー名テンタコルだし、それに俺だって"ヴィランっぽいヒーローランキング"とか下世話なもの見たりしてるし、触れないで変に気を遣って欲しくない。けれどこの"傷跡"と"異形"は意味を強制する。だからマスクをしてる。俺は"復讐者"と思われたくない」

 

「……強いのだな」

 

障子くんのその姿勢を、常闇くんが静かに賞賛する。

無視され続けただけの私でもどうにかしてやろうかと思うことは何度もあった。

直接的に傷つけられた障子くんがそう言う風に思えるのは本当にすごいことだと思う。

 

「嫌なことは山ほどあったし、忘れることはない。でも、嫌な思い出を数えるよりも、たった一つでも、この姿で良かった思い出に、縋りたいんだ」

 

思考からして、障子くんは昔激流の川で溺れて流されていた女の子を助けた時のことを思い出しているようだった。

それを、たった一つの良い思い出だって言っていた。

それを聞いて、私はもう耐えられなかった。

皆もそうだったんだと思う。

三奈ちゃんや切島くん、上鳴くん、梅雨ちゃん、峰田くん、口田くんが障子くんの腕の中に飛び込んだ。

私も一緒に障子くんの腕の中に飛び込む。

 

「"たった一つ"とかやめて……マジでぇ!」

 

「これからいっぱいつくろうよお!もぉお!!」

 

「ぼくらとさぁ!!良い思い出をさぁー!!」

 

「障子も波動も、良い思い出で溢れさせてやるからなぁ!!」

 

「ぬくいの知ってるの」

 

「障子くんの腕の中……安心感あるから……」

 

USJで庇ってくれた時に知ったことだけど、障子くんの大きな腕の中は相変わらず安心感があって暖かかった。

障子くんも怖がることなんて一切なく変わらない態度を続ける皆に、穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

「うん。100年以上続くしがらみを一世代でフラットに出来るとは思わない。だからこそ、先人たちがそうしてきたように、俺も紡いでいきたいんだ。世界一かっこいいヒーローになって、"次"に、良い思い出を」

 

その障子くんの決意表明に、皆感動しているようだった。

腕の中に飛び込まなかった人も、障子くんの周りに集まって涙ながらに声をかけ、障子くんの腕に触れていた。

 

私も障子くんのその考えには、共感しかなかった。

トガが言うように全てを壊した上に受け入れられなかったものが好きに生きられる世界を作っても、復讐の連鎖を生むだけだ。

排斥されてきたものたちが大手を振って過ごすために割を食う人たちの憎悪が蓄積していって、立場が逆転するだけ。

その先に待っているのは復讐の連鎖と、それによる度重なる弾圧と虐殺だ。到底受け入れられるものじゃない。

そんな世界だと、お姉ちゃんと安心して過ごすことなんてできない。

そう思って、私は障子くんに声をかけた。

 

「私も……そう思う……ヴィランになって復讐するのは簡単……復讐の為……好きに生きる為……差別から逃れる為に……ヴィランになった人は……いっぱいいると思う……だけど……その先に待っているのは……復讐の連鎖でしかないから……少しずつでも……偏見をなくして……色んな人が受け入れられる世界を作っていく方が……いいから……だから……頑張ろうね……お互いに……」

 

「ああ。そうだな」

 

障子くんはしっかりと頷いてくれた。

私も、決意を新たにする。

トガとは相容れないとは思っていたけど、それ以上に、彼女の理想が、彼女の目指す場所が、私には受け入れられない。

復讐に意味がないとは思わない。それで救われる被害者の心があるのも分かっているし、理解もしている。

でも、そんなものが蔓延って、治安が崩壊した世界は、本当に私にとって生きやすい世界なのだろうか。

私がヒーローになりたいのは、お姉ちゃんと一緒に過ごすため、お姉ちゃんの役に立つためっていう目的なのは確かではある。

だけどそれ以上に、多くの人が負の感情に落ちて、悲劇の連鎖が起きるのを許容できない。

そんな思考も感情も、私は読みたくない。私はありのままの私を受け入れてくれる人たちの前で仮面が外せるならそれでいい。

 

トガを、止めないといけないと思った。

自分と似たような境遇だからこそ。

トガも、きっとここのような所なら、皆のような人たちになら、受け入れてもらえたのかもしれない。

そう考えたら少し寂しくなってしまうけど、それでも、そんな彼女の暴走を、止めてあげないといけない。

トガにとっては余計なお世話かもしれない。私の上から目線の考えかもしれない。

だけど、それでも……

彼女の姿に、お姉ちゃんにも拒絶されて、受け入れてくれる人を求めて暴走する自分の姿を幻視して、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

私がそんな風に考え込んでいたら、障子くんは皆によってもみくちゃにされ始めていた。

透ちゃんに引っ張られて、私もその輪の中に引きずり込まれる。

何故か私まで障子くんと一緒にもみくちゃにされ始めるのはどういうことなのかと思わなくもない。

だけど皆に囲まれてこういう風にワイワイ騒ぐのも、楽しい思い出だ。

障子くんも少し困った表情をしているけど、それでもそれ以上に嬉しそうなのは確かだった。



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あの子の素顔は?

障子くんが皆に事情を打ち明けてから数日後。

今日の近代ヒーロー美術史の授業は似顔絵の授業だった。

近代ヒーロー美術史は普通の美術みたいなことも教えてくれる。

特に似顔絵とかはヴィランを目撃したけど逃げられた、みたいな時に情報提供するのにも役立つし、あって困らないスキルだ。

 

私はこういうのは結構得意だ。

雄英に入る前まで一人で出来る趣味に手を出し続けた結果、絵を描いたりもしてたってだけなんだけど。

でも趣味でイラストを描ける程度の腕にはなっているから、似顔絵もそこそこ書けるのだ。

というよりも満足のいくお姉ちゃんの似顔絵を描けるレベルまで頑張って練習したからうまい方だと思う。多分。

 

それはそれとして、似顔絵の授業だ。

2人一組で行われるそれを、ミッドナイト先生監督の下で皆でやっている所だった。

……先生の指示に従ってペアを組んだけど、本当にこれでよかったんだろうか。

私のペアは三奈ちゃんだ。私自身はこれで問題ない。

問題は透ちゃんの方だ。ペアはお茶子ちゃんなんだけど、どう似顔絵を描くつもりなんだろうか。

実際にお茶子ちゃんは『う~~~~~ん、困った……どう描けばいいのか分からん……』なんて考えている。

まあこういうペアで私と透ちゃんを固定しちゃうと経験っていう意味でもよくないのは分かるから指示には従う。

従うんだけど、初回くらいは私と透ちゃんがペアでよかったんじゃないだろうか。

 

「ほらほら波動!手が止まってるよ!どんどん描いてよ!私も描いてるから!」

 

「ん……ごめん……三奈ちゃん……」

 

三奈ちゃんに声を掛けられて、私も集中しなおす。

透ちゃんに気を取られっぱなしなのは三奈ちゃんに失礼だし、真剣に三奈ちゃんの絵を描こう。

透ちゃんの絵は、多分お茶子ちゃんがなんとかするだろう。

 

授業時間いっぱい使って描き終わった絵を三奈ちゃんに渡す。

私の方に渡された三奈ちゃんの絵は、なんていうか個性的な感じだった。

普段あんまり描かないけど、真剣に描いてくれたのが伝わってくる感じの絵といえば分かりやすいだろうか。

 

「えっ!?うわっ、うまっ!?どうなってんの波動!?うますぎでしょ!?」

 

「ん……絵は……昔いっぱい描いてたから……得意だよ……」

 

「いやそれにしてもでしょ!?」

 

「お姉ちゃんの似顔絵……納得いくまで描いてたら……こうなった……」

 

「あっ、そういうことか。なるほど、でもすごいね波動!」

 

一瞬スンッてなったけど、気を取り直した三奈ちゃんが褒めてくれる。

三奈ちゃんがべた褒めしてきてちょっと恥ずかしい。

大げさに褒めてくれるのもあって皆が集まってきて絵を見られて、さらに恥ずかしくなってしまう。

 

他の人たちは皆三奈ちゃんと似たり寄ったりの絵を描いている感じだった。

ブドウ頭だけ百ちゃんの胸をアップにした無駄にうまいデッサンを描いていたけど、梅雨ちゃんが即制裁してくれていた。

あとはお茶子ちゃんだろうか。お茶子ちゃんは結局顔は描かずに浮かぶ制服を描くことにしたらしい。

透ちゃんも先生も文句を言ってなかったし、それでよかったってことなんだろう。

でも流石に透ちゃんがかわいそうだし、次は私とペアにしてもらえるように頼んでみようかな。

 

 

 

そんな授業の後の昼休み。

私はメシ処で透ちゃんと食事をしていた。

珍しく2人で食べている感じだ。

というよりも、お茶子ちゃんたちが珍しく透ちゃんを避けた。

透ちゃんの素顔が気になる感じの思考をしていたし、今も皆で集まって何か話しているけど何を企んでいるんだろうか。

梅雨ちゃんが素直に聞きにこようとしているのも止めているし、謎だ。

 

「あれ、瑠璃ちゃんどうしたの?心ここにあらずって感じだけど」

 

「ん……なんでもない……気にしないで……」

 

「そう?」

 

透ちゃんが私が感知に集中しているのを疑問に思って質問してきたけど、私の返答を聞いて食べるのに集中することにしたらしい。

 

 

 

そんな謎の昼休みも終わりに近づいて廊下を歩いていると、お茶子ちゃんが近づいてきた。

 

「瑠璃ちゃん、透ちゃん!1枚写真撮らせて!」

 

「え?いいけど、急にどうしたの?」

 

「……迷走中……なるほど……」

 

私に直接聞いてこないってことは、これは皆で透ちゃんの素顔を解き明かす過程も楽しんでいるとかそう言う感じだろうか。

今もわざわざ発目さんに相談して謎のカメラを作ってもらってきたみたいだし。

透明人間を撮りたいという要望で乗り気になった発目さんも発目さんだけど、お茶子ちゃんたちも迷走しすぎな気がする。

 

『な……何コレ!?』

 

しかも撮れた写真は心霊写真のようになっていたらしい。

これで透ちゃんの写真が撮れるならそのカメラを貰いたかったけど、失敗か。

透ちゃんの顔がちゃんと写ってる状態で一緒に撮った写真が欲しかったんだけど、失敗だったら仕方ない。

発目さんに頼めばさらに改良してくれたりするんだろうか。

 

 

 

寮に帰ってからも皆の謎の行動は続いた。

寮に帰るなり三奈ちゃんたち女子一同が近づいてくる。

 

「葉隠ー!みんなで家族写真見せあいっこしようよー!」

 

「うちの家族?普通だよ?瑠璃ちゃんも会ったことあるし」

 

「ん……普通だった……」

 

確かに普通の透明人間でそれ以外は完全に普通の人だった。

とりあえず見せること自体には了承したらしい透ちゃんが両親が写っている写真を持ってきた。

提案は皆で見せあいっこだったし、私もとりあえず持ってきておく。

 

透ちゃんが皆に見せた写真は、案の定浮かぶ制服と浮かぶスーツの透明人間家族が写っているだけだった。

 

「昔のだからちょっと恥ずかしい!」

 

「見えないけどね……写真だし……」

 

「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ!」

 

「瑠璃ちゃんの言ってた普通って、普通の透明人間ってことだったのね」

 

「ん……勉強会を……透ちゃんの家でした時に会ったから……知ってた……」

 

『両親も!?』なんて皆が考えている。

この素顔を暴く作戦、いつまで続くんだろうか。

皆楽しそうだから放置するけど。

 

 

 

そして寝る前、また三奈ちゃんが顔パックを持って透ちゃんに話しかけた。

 

「葉隠ー、これあげるよ。お肌もちもちになるよ」

 

「えっ、いいの?これ使ってみたかったんだ!」

 

「波動も使う?」

 

「私は……いい……」

 

透ちゃんは結構髪の毛のお手入れを頑張っていたり美容に気を遣っているから、これは喜ぶだろう。

ただ、これだと素顔は絶対に見えないだろうけど。

皆も分かっていたけど一応試してもらった感じらしい。

本当に何がしたいのか分からない。なんで素顔が知りたいのに私に聞きに来ないのか。

自分から言うようなことでもないし相変わらず楽しそうだから放置一択だけど、本当に謎すぎる。

 

 

 

次の日もあの手この手で皆が透ちゃんの素顔を探ってきていた。

そして放課後。ついに万策尽きたらしい皆が透ちゃんに直接聞きに来た。

 

「もう単刀直入に聞くね!!透ちゃんってどんな顔してるの!?」

 

「スリーサイズは!?」

 

どさくさに紛れてブドウ頭が世迷言を宣った。

とりあえず黙らせるために頭を思いっきり叩いて制裁しておく。

 

「えっ、私の顔?昨日の授業の後から皆変だと思ったら、そんなことが知りたかったのね!しいて言えば、楊貴妃と……」

 

『えっ、凄い美人!?』

 

「ザビエルを足して2で割ったような顔かな!」

 

『どんな……!?』

 

透ちゃんのふざけた返答に皆がげんなりしてしまった。

だけどこれは聞く方も悪いだろう。透ちゃんは自分の素顔を知らないんだから。

 

「透ちゃん……正直に言えばいいのに……自分の素顔……知らないって……」

 

「え?いやぁでも、それを言っちゃうとお茶子ちゃんたち気にしちゃいそうじゃない?」

 

「でも……知らないものは知らないんだから……仕方ないよね……」

 

私たちが話していると、どうして透ちゃんがふざけた答えを返してきたか理解できたらしい。

 

「えっ、そうなの!?ごめんね!?」

 

私と透ちゃん以外の女子も、ちょいちょい参加していた男子も、皆口々に透ちゃんに謝罪し始めている。

それにしても、本当になんで私に聞いてこないんだ。

思考を見る限り、心から知りたそうな感じだったのに。

 

「ねぇ……」

 

「なに?波動?」

 

「なんで私に聞かないの……?」

 

「え、どういうこと?」

 

皆の頭に疑問符が浮いている。

私は透ちゃんのこと見えてるって前からずっと言ってたと思うんだけど……

 

「透ちゃんのこと……見えてるって私言ったよね……?顔も……見えてるよ……?」

 

「えっ!!?」

 

「うっそぉ!?」

 

「マジ!?」

 

皆から驚愕したような反応が返ってきた。

もしかして忘れてただけなのだろうか。

私がどういうことなのか確認するように皆を見渡すと、響香ちゃんが説明してくれた。

 

「いや、エキスポの時に眼鏡で見た波動じゃ形しか分からなかったから、顔が見えてるとか思ってなかったんだけど……」

 

……なるほど。あの眼鏡を参考にして考えていたらそういう考えにもなるか。

私も本人以外には透ちゃんが見えるとしか言ってなかったはずだし。

 

「ちょっと待ってて……」

 

透ちゃんがずっと自分の顔を知らないのもかわいそうだし、いい機会だから一度部屋に戻って絵を描くことにした。

制服の透ちゃんがいつものにっこりダブルピースをしてる感じのやつとコスチュームで格好よく決めてる感じのでいいかな。

 

1時間くらいかけて、制服とコスチュームの透ちゃんの絵が描けた。

うん、ちゃんといつも通りのかわいい透ちゃんが描けてると思う。

 

 

 

1階に戻ると、皆は共有スペースの所にいた。

 

「おまたせ……」

 

私が声をかけると皆が振り向いた。

そんな中透ちゃんが声をかけてきてくれる。

 

「瑠璃ちゃん、待っててって言ってしばらく戻ってこないからどうしたのかと思ったよ」

 

「ん……絵……描いてたから……はい……透ちゃん……」

 

透ちゃんに絵を手渡す。

その絵を見た瞬間、透ちゃんが固まった。

 

「えっ……これ、もしかして私?」

 

「ん……透ちゃんの……制服でのいつもの笑顔と……コスチューム姿……」

 

「わぁ……これ、貰っていいの……!?」

 

「ん……そのために描いたし……」

 

透ちゃんが花が咲いたようなにこやかな笑顔を浮かべた。

喜んでもらえたなら良かった。

ちょうど昨日私が描いた三奈ちゃんの絵も見てるから、どのくらいの物なのかは分かってくれているだろうし。

 

「見せて見せてー!」

 

「えっ!?うわ、すごい美人やん!?」

 

皆も私が描いた絵を覗き込んで透ちゃんの可愛さを褒め始めた。

珍しく透ちゃんが本当に恥ずかしそうな顔をしている。貴重な表情だ。

本当に描いてよかった。これからも透ちゃんの絵を定期的に描いて透ちゃんにあげようかな。

そんなことを考えていたら、邪な思考を感じ取った。

 

「マジか!?マジか葉隠!?ガチで超美人じゃねーか!?これであのオッパイだろ!?こんなの犯罪きゅっ!!?」

 

即制裁した。

……余計なことをしたかもしれない。これで透ちゃんが余計にブドウ頭の標的になってしまうのではないだろうか。

でも透ちゃんは喜んでるし……とりあえずブドウ頭の毒牙から透ちゃんを守るために頑張らないといけないと心に誓った。



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文化祭のお知らせ

透ちゃんの素顔を暴こうとした騒動の翌日。

教室の後ろの方で三奈ちゃんが何やら準備運動を始めていた。

 

「見て見てー!見ててー!」

 

三奈ちゃんはそう言うとバク宙を華麗に決めて片手で逆立ちすると、そのまま背中を付けて上半身を軸にしてコマのように回転しだした。

 

「ブレイキンブレイキン!」

 

「ポウ!ポウ!」

 

三奈ちゃんの身体能力は凄い。こんなのどうやっても真似できるとは思えない。

私が真似しようとしたら最初のバク宙の時点で失敗する自信がある。

それにしても透ちゃんのその掛け声は何なんだろう。少し気になる。

 

「彼女、ダンスが趣味なんだよね☆」

 

「三奈ちゃん……すごい……」

 

「下穿くならスカート脱げよなぁ……!」

 

相変わらずブドウ頭がおかしなことを嘆いている。

ダンスをするのにスパッツとかの何かしらを穿かないわけないし、穿いたら脱げというのもさらに意味不明だ。

 

「峰田くんそういうの禁止ー!!」

 

「……最低……」

 

とりあえず意味の分からないことを宣うブドウ頭を透ちゃんと一緒に叩いておく。

 

「芦戸さんは身体の使い方がダンス由来なんだよね。なんというか……全ての挙動に全身を使う感じだ」

 

「初めての戦闘訓練でマント焼かれたこと忘れない☆」

 

緑谷くんが分析をしながらノートを見ている。

そのノート、どこまでの情報がまとめてあるんだろうか。少なくとも三奈ちゃんの挙動は書かれているみたいだけど、技でもない挙動まで分析してあるノートとか凄まじい情報量になりそうだ。

 

「僕もやってみようかな……」

 

「教えてもらえば?」

 

緑谷くんがそう呟いたのに反応した上鳴くんが、教えを乞うことを提案する。

それを受けた三奈ちゃんはノリノリな感じで動き出した。

 

「オーケーボォオイレッツダンスィ!!」

 

「あっ、ええと、お願いします!」

 

その後は緑谷くんと青山くんが三奈ちゃんに教えてもらいながらダンスをし始めた。

2人ともぎくしゃくとした滅茶苦茶なダンスを披露していて正直見ていられるものじゃなかった。

そんな光景を眺めながら、上鳴くんが話し始めた。

 

「砂藤のスイーツとか波動の絵とかもそうだけどさ、ヒーロー活動にそのまま活きる趣味は良いよな!強い!……趣味と言えば、耳郎のも凄ぇよな!」

 

「ちょっ、やめてよ」

 

正直その例として私が挙げられるのは意外だった。

まあ確かに私のような遠距離からヴィランや周辺の状況を把握できるような個性なら、イラストは他の人に情報を伝える手段として有用だから間違ってはいないんだけど。

この前の偵察の時もそれで地図を書いているし。

 

「あの部屋楽器屋みてーだったもんなぁ、ありゃ趣味の域超えてる!」

 

「もぉやめてってば!部屋王忘れてくんない!?」

 

「いや、ありゃプロの部屋だね!!何つーか正直かっ……!?「マジで」

 

本気で恥ずかしがって嫌がっている響香ちゃんを無視して語り続けた上鳴くんの目の前に、イヤホンジャックが突き出された。

上鳴くんが褒めようとしているのは分かるけど、流石にデリカシーがなかったと思う。

もうちょっと響香ちゃんの様子を見て発言を考えればいいのに。

響香ちゃんはそのまま自分の席に戻ってしまった。

 

「……なんで……?」

 

「……もうちょっと……デリカシー……大事にしよ……」

 

「えぇ……?」

 

上鳴くんはおろおろしてしまっている。

とりあえず思ったことを言ったけど上鳴くんにはうまく伝わらなかったみたいで、困惑しているだけだった。

百ちゃんも苦笑いしてそんな上鳴くんの様子を見ていた。

 

 

 

「文化祭があります」

 

「「「ガッポォオォイ!!」」」

 

ロングホームルームの時間になった途端、相澤先生がそう切り出した。

それにしても皆のその掛け声は何なんだろう。思考を読んで『学校っぽい』って言いたいのは分かるけど、それでも割と意味が分からない掛け声だ。

 

「文化祭!!」

 

「ガッポいの来たぁ!!」

 

「何するか決めよー!!」

 

皆が盛り上がって思い思いのことを叫んでいる。

そんな中、切島くんが物申し始めた。

 

「いいんですか!?このご時世にお気楽じゃ!?」

 

「切島……変わっちまったな」

 

「でもそーだろヴィラン隆盛のこの時期に!!」

 

上鳴くんにぼやかれているけど、切島くんは意見を曲げなかった。

そんな切島くんに対して、先生が説明を始める。

 

「もっともな意見だ。しかし雄英もヒーロー科だけで回ってるワケじゃない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら、文化祭は他科が主役。注目度は比にならんが、彼らにとって楽しみな催しなんだ。そして現状寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じる者も少なからずいる」

 

これは相澤先生の言う通りだ。

サポート科と経営科はそんなでもない。

だけど普通科がもう酷い。

負の感情の垂れ流しになっている人が結構な人数いて、それをヒーロー科の生徒に普通に向けてきているのだ。

被害者に対しての扱いとしてはあり得ない対応と言える。恨むべきは執拗に狙ってきたヴィラン連合であってヒーロー科じゃないのに。

 

「そう考えると……申し訳たたねぇな……」

 

「ああ。だからそう簡単に自粛とするワケにもいかないんだ。今年は例年と異なり、ごく一部の関係者を除き学内だけでの文化祭になる。主役じゃないとは言ったが、決まりとして一クラス一つの出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう」

 

先生の説明を受けて、切島くんも納得したようで席に座り直していた。

先生は学級委員にこの後の進行を丸投げして寝る体勢に移り始めた。相変わらずすぎる。

 

 

 

「ここからはA組委員長飯田天哉が進行をつとめさせて頂きます!スムーズにまとめられるよう頑張ります!!まず候補を挙げていこう!希望のあるものは挙手を!」

 

飯田くんがそう言った瞬間、凄まじい勢いの声とともに皆の自己主張が始まった。

 

「ぐっ……なんという変わり身の早さだ……ええい、必ずまとめてやる!」

 

飯田くんがその様子に怯みながらも持ち直して意見を聞き始めた。

 

「上鳴くん!!」

 

「メイド喫茶にしようぜ!」

 

「メイド……奉仕か!悪くない!!」

 

メイド喫茶って、料理を作るのは私と梅雨ちゃんと砂藤くんメインになるだろうに、接客を女子に丸投げして砂藤くん以外の男子は何をするつもりなんだ。

今のままだと流石にどうかと思わざるを得ない。

 

「ぬるいわ上鳴!!」

 

「峰田くん!」

 

嫌な思考を感じた私は席を立った。

 

「オッパ―――っ!!?」

 

伸びてきた梅雨ちゃんの舌がブドウ頭の顔面にめり込んだのと、私の拳がブドウ頭の頭にめり込んだのは同時だった。

梅雨ちゃんがブドウ頭を簀巻きにしてくれたから、協力してそのまま教室に吊るし上げる。

重りも砂藤くんが用意してくれたから、これでブドウ頭は降りてくることができない。

そんなことをしている間にも話は続いていた。皆すっかりブドウ頭の蛮行とそれに対する制裁に慣れてきた感じがある。

 

「麗日くん!!」

 

「おもち屋さん!」

 

「なるほど和風で来たか!」

 

「腕相撲大会!!」

 

「熱いな!」

 

「ビックリハウス!」

 

「分からないが面白いんだろうなきっと!」

 

「クレープ屋!」

 

「食べ歩きにもってこいだ!」

 

「ダンス―!!」

 

「華やかだな!」

 

「ヒーロークイズ!」

 

「緑谷くんらしい!」

 

「蛙の歌の合唱!」

 

「微笑ましい!」

 

「……ふれあいどうぶつえん」

 

「触れ合い動物園!!」

 

「手打ちそば」

 

「大好きだもんな!」

 

「デスマッチ」

 

「まさかの殺し合い!」

 

「暗黒学徒の宴」

 

「ホホウ!!」

 

「僕のキラメキショウ」

 

「……んん!?」

 

「お姉ちゃんの魅力を語り合う会……!!」

 

「んん!!?」

 

「……コントとか?」

 

「なーる!さぁ他にはないか!?」

 

私も意見を出してみたけど、なんで飯田くんがあんな反応だったのか理解に苦しむ。

お姉ちゃんの魅力を語り合う会、良いと思うんだけど。甲矢さんとかも喜んで来てくれそうだし。

なんだったらお姉ちゃんクイズ大会にしてもいい。

お姉ちゃんのマニアックな情報を集めたクイズ大会だ。

そんなことを考えていたら、意見を出し終わったと判断したらしい飯田くんと百ちゃんが進行し始めた。

 

「一通り皆からの提案は出揃ったかな」

 

「不適切・実現不可、よく分からないものは消去させていただきますわ」

 

そう言って百ちゃんは暗黒学徒の宴、オッパ?、殺し合い(デスマッチ)、僕のキラメキショウ、お姉ちゃんの魅力を語り合う会を消した。

 

「あっ」

 

「無慈悲っ」

 

「は?」

 

「ハナから聞くんじゃねーよ」

 

「良いと思ったのに……残念……」

 

何がダメだったのか。

百ちゃんの言う不適切、実現不可、よく分からないもののどれに引っかかってしまったのか。

甚だ疑問である。少なくとも不適切ではない。よく分からなくもない。

実現不可?お姉ちゃんから苦情が来る可能性でも考えているんだろうか。

……それなら仕方ないか……不満ではあるけど、納得するしかないかもしれない。

 

「郷土史研究発表もなー地味よねぇ」

 

「確かに」

 

「別にいいけど他が楽しそうだし」

 

「総意には逆らうまい!」

 

「勉強会もいつもやってるし」

 

「お役に立てればと……つい」

 

「喰いもん系は一つにまとめられるくね?」

 

「そばとクレープはガチャガチャしねぇか?」

 

皆で少しずつ選択肢を削っていったけど、意見は全くまとまりそうにもなかった。

ロングホームルームも終わりに近づいてきたのに、まだ言い争いのような状況になってしまっている。

 

「だぁからオリエント系にクレープは違うでしょー!」

 

「やっぱりビックリハウスだよー!」

 

「……!ならっ!ここは私と緑谷くんのを合わせて……お姉ちゃんクイズ大会で……!」

 

「静かに!静かにぃ!」

 

「まとまりませんでしたわね……」

 

収拾がつかなくなったところで、チャイムがなった。

その瞬間に相澤先生が立ち上がって教室から出て行こうとする。

 

「実に非合理的な会だったな。明日朝までに決めておけ。決まらなかった場合、公開座学にする」

 

先生は凄みながらそう言い放った。

皆も衝撃を受けて戦慄している。公開座学はまずい。流石に恥なんてレベルの話じゃない。

これはなんとしても今日中に決めないと……

 

 

 

そんな風に思っていたら、峰田くんが出て行こうとする先生の背中に叫ぶような勢いで声をかけた。

 

「おい……!待ってくれよ……!!先生!!ミスコンは!!ミスコンはどうなってんだよ!?波動が姉のこと散々自慢してたからあるのは知ってんだぞ!!なんでミスコンのお知らせしねぇんだよ!!」

 

峰田くんの暴走するようなその言葉を聞いた瞬間、相澤先生が毛を逆立たせながら峰田くんを睨みつけた。

その瞬間に峰田くんは蛇に睨まれた蛙のようになって椅子に座りなおした。

 

「出し物一つ決めるのに時間かかったお前らに、ミスコンのこと教えたらまたムダな時間がかかるだろうが。分かったか峰田」

 

そんな先生の威圧を受けて、峰田くんは思考的に漏らしそうになっているのに立ち上がってさらに詰め寄った。

 

「……っ……時間さえ、時間さえかからなければいいのか!?そうだよな!?そういうことだよなぁ!?」

 

なんでそんな状態でガクガクと足を震わせながら立ち向かうのか。エロパワーが為せる業なのだろうか。

 

「波動もそう思うよなぁ!?」

 

ブドウ頭が私にまで確認してくる。でも私が見たいのはお姉ちゃんの雄姿であってミスコンに参加したいわけじゃないから別にどうでもいい。

ミスコンの参加にそこまでの価値があるとは思えない。

あれはお姉ちゃんの雄姿を見る会でしかないし、このクラスで代表者を決めてもちょっと大会を盛り上げる端役でしかない。

 

「別に……どうでもいい……今年の優勝は……お姉ちゃんなんだから……他はお姉ちゃんを引き立てる端役……」

 

「なんでそうなるんだよぉっ……!?」

 

ブドウ頭が愕然とした様子で文句を言ってくる。なんでもなにも言ったことが全てでしかないんだけど。

他の人に助力を求めることをやめたらしいブドウ頭は、それでも諦めきれないようで先生に啖呵を切った。

 

「じゃあミスコンの代表者も授業時間外で決めるからいいだろ!?なぁ!?それなら時間もかかってないしよぉ!!」

 

「……はぁ……クラスから代表者を1人決めろ。1週間後の期日までに決まってなかったらウチのクラスからは出さん。分かったな」

 

諦めないブドウ頭の執念に先生も面倒になったようで、溜め息を吐いてからブドウ頭の意見を認めた。

 

まぁそれはいいんだけど、ブドウ頭は誰に出てもらうつもりなのか。

正直私以外の女子6人は今のブドウ頭の執念にドン引きしていて、私も含めた女子全員が自分がその代表者になることなんて微塵も考えてないけど。

誰かしらを説得しないといけないわけだけど、何か方法は考えてあるんだろうか。

まあどうでもいいか。

どうしてもミスコンの代表者を出したいのはブドウ頭だし、ブドウ頭が悩めばいいと思う。

とりあえず私はミスコンでのお姉ちゃんの応援方法を考えないと。



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お見舞い

文化祭のお知らせをロングホームルームでされた日の放課後。

私は死穢八斎會突入に一緒に参加した緑谷くんたちに常闇くんを加えた5人と一緒に、インターンの穴埋めの補習を受けていた。

そんな中、相澤先生がエリちゃんの話を切り出していたところだった。

 

「緑谷ちゃんに会いたがってる?」

 

「ああ。厳密には緑谷と通形を気にしている。要望を口にしたのは入院生活始まって以来、初めてのことだそうだ」

 

緑谷くんが唖然と口を開けてびっくりしたまま少しだけ嬉しそうにしている。

だけどあの子の考え方からして、おそらくお話とかお礼したいから会いたいとかじゃない。

 

「エリちゃんの考え方からして……多分謝りたいんだと思う……あの子……傷つけたことに対する……自責の念が凄いから……」

 

「……やっぱり、そうなのかな」

 

「……まあ、どんな理由であっても自分の要望を口にするのは進歩だ。そこで緑谷、明日は空いているか?」

 

先生は私の発言を否定せずに緑谷くんに確認した。

緑谷くんは気を取り直してしっかりと頷いた。

 

「はい!空いてます!エリちゃんに会いに行きたいです!」

 

「なら明日、俺が送迎するから病院に行くぞ。あとは……波動」

 

緑谷くんとの話を区切った相澤先生が私にも話を振ってきた。

思考的に、私も明日病院に行けるかの確認のようだった。

 

「……はい……空いてます……大丈夫です……」

 

「ならお前も来い。もう分かったと思うが、ナイトアイがお前に礼を言いたいそうだ」

 

「分かりました……」

 

私が返事をすると、気になっていたらしい切島くんが声を張り上げた。

 

「ナイトアイ、もう話せるくらい元気になったんですか!?」

 

「ああ。まだ動くことは難しいが、話すことが出来る程度には回復している」

 

「良かったぁ……」

 

「ええ、本当に」

 

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんも安堵の溜め息を吐いた。

特にお茶子ちゃんはナイトアイを抱えて地上まで引き上げていたこともあって、『もっとやれることがあったんじゃ』と思い悩んでいたから猶更のようだった。

 

常闇くんが蚊帳の外になってしまっていることもあって、この話自体はそんなに長く続けずに補習に戻った。

補習が終わった後に寮に戻ったら、文化祭の出し物は無事に決まったらしい。

生演奏とダンスでパリピ?空間の提供ということになったようだ。

正直他科のストレスが云々というのは私は共感できなかったけど、決定には従う。

この感じなら三奈ちゃんと響香ちゃんが大活躍な感じかな。

私は演奏もダンスもほとんどやったことがないし、どの役割になっても教えてもらう必要がありそうな感じだった。

 

 

 

翌日の日曜日。

相澤先生に連れられて緑谷くん、通形さんと一緒に病院に訪れていた。

まず最初にナイトアイの方に面会することになった。

緑谷くんたちも一緒だ。あんな状態になったナイトアイとまた面会できるようになったんだから2人も早くまた会いたかったんだろう。

ナイトアイはもう集中治療室も出ることが出来ていたらしい。案内されたのは普通の病室だった。

 

「サー!」

 

病室に到着すると同時に通形さんがナイトアイに駆け寄った。

ナイトアイは頭側を起こしたベッドに座っていた。

左腕と左足はないけど、表情や顔色自体は元気そうだった。

 

「ミリオか」

 

「良かった!本当に良かった!」

 

「心配をかけたな。すまなかった」

 

「良いんだよ!あなたが生きていてくれてよかった!ただそれだけさ!」

 

通形さんは笑顔を浮かべながら泣くなんていう器用なことをしていた。

ナイトアイも笑顔で通形さんのその突撃するような勢いに応じていた。

 

「ナイトアイ!」

 

「緑谷も、すまなかった。お前には特に、辛く当たってしまっていたからな」

 

「いえ、そんなことはいいんです」

 

緑谷くんもそこに合流していって、しばらく3人で話し込んでいた。

しばらく話して通形さんが落ち着いてきたところで、ナイトアイは私にも声をかけてきた。

 

「リオル、いや、波動。ありがとう。君には命を救われた」

 

「いえ……良かったです……私も……無理した甲斐がありました……」

 

「今はこのような状態で何もできないのが申し訳ないが、この礼は必ずさせてもらう」

 

ナイトアイはそう言って頭を下げた。

 

「その後は……大丈夫ですか……?」

 

「ああ。経過自体は順調だ。ただ、やはりヒーロー活動を続けることは難しいだろうがね」

 

「それは……」

 

ナイトアイはヒーローは続けられないと言いながらも、暗い表情はしていなかった。

むしろ、清々しいくらい明るい表情をしていた。

 

「君のおかげで、ミリオの未来をこの目で見ることが出来る。抗うと決めたオールマイトの姿も見ることが出来る。それだけで、本当に感謝してもしきれないくらいだ」

 

「それなら……良かったです……」

 

ナイトアイは心の底からそう言っていた。

これからは義手や義足を使用した生活になるだろうし、内臓をやられているから食事とかでも気を付けなければいけないことが多いだろう。

それなのに、ナイトアイはそんなことは一切気にしないで笑顔でそう言ってのけていた。

 

「君も、素晴らしいことをしたのだから笑顔で胸を張っていて欲しい。色々と私の内心を気にしているようだが、そんなことは気にしないでいいんだ」

 

「はい……ありがとうございます……」

 

ナイトアイは私が手足のことや後遺症のこと、それによるナイトアイの内心とかを気にかけていることが分かったようで、笑顔でそう言ってくれた。

私も少し笑顔を浮かべてナイトアイの声掛けに答えた。

 

それからしばらく私も交えて話し込んで、ナイトアイの病室を後にした。

まだ入院して療養している必要があるナイトアイの体力に気を遣ったのもあるし、この後エリちゃんとも会わないといけないと言うのもあったからある程度の所で切り上げた感じではあったけど。

ナイトアイは後日必ずしっかりとした礼をするなんて重ねて言ってきて、私もちょっと恐縮してしまうくらいだった。

 

 

 

エリちゃんの病室は、病院の奥まったところにある個室だった。

多分、個性が暴走した時のことを考えているんだと思う。

私はエリちゃんのことを一方的に知っているだけで面識はないから声を掛けたりしないで、相澤先生と一緒に緑谷くんと通形さんが話しているのを遠目に眺めている形になった。

 

「会いに来れなくてゴメンね」

 

「フルーツの盛り合わせ!よかったら食べて!好きなフルーツある!?俺当てていい!?ももでしょ!?ピーチっぽいもんね!」

 

通形さんが冗談めかして話を振る。

エリちゃんの性格的に、通形さんみたいに冗談を交えつつ優しく話しかけてくれる人は相性がいいと思う。

好物は桃じゃなくてリンゴっぽいけど。

 

「リンゴ」

 

「だと思ったよね!!」

 

とりあえず盛り合わせで置いておいても仕方ないし、看護師さんに包丁を貸してもらってエリちゃんが好きだと言っていたリンゴを切ってしまう。

小さい子だし、うさぎみたいな感じで切っておけばいいだろうか。

とりあえずエリちゃんの話を邪魔しないように切ったリンゴを近くに置いておいてあげた。

 

「ずっとね、熱でてたときもね、考えていたの。救けてくれた時のこと……でも、お名前がわからなかったの。ルミリオンさんしかわからなくて、知りたかったの」

 

「緑谷出久だよ。ヒーロー名はデク!えっと……デクの方が短くて覚えやすいかな……デクで!デクです!」

 

名前が分からなかったと言われたところで緑谷くんが凄まじい衝撃を受けたような顔をしていた。

むしろ自己紹介をしていないことに気が付いていなかったのかとしか思わないんだけど。

 

「ひーろめい?」

 

「アダ名みたいなものだよ」

 

「デクさん……ルミリオンさん、デクさん、あと……メガネをしていたあの人……皆……私のせいでひどいケガを……私のせいで……苦しい思いさせてごめんなさい……私の、私のせいでルミリオンさんは力を失くして……」

 

そこまで言うとエリちゃんは泣き出してしまった。

エリちゃんに刻まれた治崎の呪詛は相当根が深いようだった。

あれだけの拷問を行われて、あれだけ散々罵られて、精神が歪まない方がおかしいから仕方ないことではあるんだけど……

そんなエリちゃんを励ますように、通形さんが話しかけた。

 

「エリちゃん!苦しい思いしたなんて思ってる人いない。皆こう思ってる!"エリちゃんが無事で良かった"って!存在しない人に謝っても仕方ない!!気楽にいこう!皆君の笑顔が見たくて戦ったんだよ!」

 

通形さんのその言葉を聞いたエリちゃんは、少し呆然とした後に無理矢理表情を変えようとし始めた。

……何をやろうとしているのかなんて、思考を見なくても分かる。

私も今でこそマシになってるけど、小さい頃に無関心の仮面を被り続けていたらどうやって笑ったらいいか分からなくなったことがあるから、その気持ちは痛いほど分かってしまった。

 

「ごめんなさい……笑顔ってどうやればいいのか」

 

緑谷くんと通形さんは、エリちゃんのその言葉に何も言えなくなってしまっていた。

悲しそうにそう呟いて涙を浮かべるエリちゃんに、私はもう耐えられなくなってしまった。

エリちゃんに近づいて、頭を撫でてあげながら声をかける。

 

「無理して笑わなくても……いいんだよ……」

 

「お姉さんは……?」

 

「私は……波動瑠璃……瑠璃って呼んで……」

 

「ルリさん……?」

 

「ん……私も……エリちゃんを救けたくて……色々頑張ったの……」

 

「そう、なんだ……」

 

エリちゃんは涙目のまま、また暗い表情を浮かべた。

 

「笑顔はね……楽しかったり……嬉しかったりしたら……自然と浮かべられるようになるから……今は……無理しなくてもいいんだよ……無理して笑顔を浮かべても……辛いだけだから……」

 

「そう……なの……?」

 

「ん……私もね……色々あって……どうやって笑ったらいいのか……分からなくなったことがあったんだ……でもね……楽しい事……嬉しい事……いろんなことを教えてくれた人がいて……また笑顔を浮かべられるようになったの……だから……今は無理しなくても……いいんだよ……エリちゃんも……いろんなことを経験すれば……そのうち笑えるようになるから……急がなくても……大丈夫……」

 

「でも、皆……私の笑顔が見たいって……」

 

「皆優しい人だから……無理矢理浮かべた笑顔なんて……喜ばないよ……私だってそう……エリちゃんが笑いたくなった時に……自然に笑ってくれたら嬉しいなとは……思うけど……」

 

「そうなんだ……」

 

エリちゃんは無理して笑顔を浮かべようとするのを完全にやめて、考え込み始めた。

この子が今笑顔を浮かべるのは、多分無理だろう。

私だって他の人に排斥され始めたばかりの頃は泣いてばっかりで、お姉ちゃん相手にも笑顔を浮かべることすらできなくなっていた。

お姉ちゃんすらも信用しきれなくて、無表情で様子を伺っていたことすらあった。

でもお姉ちゃんが私に根気よくいろんなことを教えてくれて、一緒に遊んでくれて、また楽しいって思えるようになって、笑顔を浮かべられるようになったのだ。

エリちゃんも、同じように優しい人に、いろんなことを教えてもらえば、きっと……

 

私がそんな風に考えながらエリちゃんとお話ししていたら、緑谷くんが相澤先生に声をかけ始めた。

 

「相澤先生、エリちゃん1日だけでも外出できないですか……?」

 

「無理ではないハズだが、というかこの子の引き取り先は今「じゃあ!」

 

相澤先生の思考的に、エリちゃんの引き取り先は雄英の教師寮になるのが最有力のようだ。

まあ個性が暴走した時に抹消で止められる相澤先生がすぐ近くで見守るということなんだろう。

 

「文化祭!エリちゃんも来れませんか……!!?」

 

「……なるほど」

 

緑谷くんのその提案を聞いて、通形さんも閃いたらしい。

通形さんは個性が無くなった影響で今は休学中だし、通形さんに任せればエリちゃんは多分大丈夫かな。

 

「ぶんかさい……?」

 

「エリちゃん!これは名案だよ!文化祭っていうのはね!俺たちの通う学校で行うお祭りさ!学校中の人が学校中の人に楽しんでもらえるよう、出し物をしたり食べ物を出したり……あ!リンゴ!リンゴアメとか出るかも!」

 

「リンゴアメ……?」

 

「リンゴをあろうことかさらに甘くしちゃったスイーツさ!」

 

「さらに……」

 

通形さんの言葉を聞いたエリちゃんは、涎を垂らしながらリンゴアメに思いを馳せていた。

小さい子はこういう素直な思考が凄くかわいい。

 

「校長に掛け合ってみよう」

 

「……それじゃあ……!エリちゃん……どうかな!?」

 

「……私、考えてたの。救けてくれた時の……救けてくれた人のこと……ルミリオンさんたちのこと、もっと知りたいなって考えてたの」

 

エリちゃんは期待でちょっと頬を赤く染めながらそう言った。

その反応に、通形さんと緑谷くんのやる気に火が付いたらしい。

 

「嫌ってほど教えるよ!!!」

 

「校長に良い返事がもらえるよう俺たちも働きかけよう!……俺休学中だからエリちゃんとつきっきりデートできるよね!」

 

「でぇと?」

 

通形さんのその言葉に、エリちゃんは不思議そうに聞き返した。

6歳の子に何言ってるんだ通形さん。

 

「蜜月な男女の行楽さ!」

 

「みつげつなだんじょのこうらく?」

 

「先輩何言ってんですか」

 

「通形さん……ロリコン……」

 

「ろりこん?」

 

「あはは!何も言い返せないよね!」

 

「波動さんまで何言ってんの!?」

 

そんな感じで話していたらいつの間にか面会時間終了の時間になっていた。

今日はエリちゃんは笑えなかったけど、文化祭で笑えるようにいい出し物が出来るように頑張ろうと思えた。



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配役決め

お見舞いに行った翌日。

その日の授業も普通に受けて放課後の補習が終わった。これでインターンの穴埋めの補習はおしまいになった感じだ。

補習がない皆は、寮でダンスと生演奏の配役を決めている。

爆豪くんが思うところがあったようで一悶着あったようだけど、爆豪くんがドラムをすることで落ち着いたらしい。

今はバンドやダンスに加えて演出を加えないとという話をしていたようだ。

そのタイミングで、私たち補習組も寮に帰りついた。

 

「うーす」

 

「補習今日でようやく終わりました。本格参加するよー!」

 

お茶子ちゃんたちが鼻息荒く皆に声をかけた。

それを受けて皆が状況を説明してくれた。

これで私以外の補習組も状況を飲み込めたようだった。

そして、その説明を受けたお茶子ちゃんがあっけらかんと言い放った。

 

「へ?うたは響香ちゃんじゃないの?」

 

「いや、まだ全然……」

 

お茶子ちゃんの言葉に響香ちゃんが困惑したように答える。

そしてボーカルの話になったことで一部の人達が自己主張を始めた。

 

「ボーカルならオイラがやる!モテる!」

 

「ミラーボール兼ボーカルはそう、この僕☆」

 

「オウ!楽器はできねーけど歌なら自信あんぜ!」

 

そこからは自分がボーカルをやると言う人たちによるアピールが行われ始めた。

最初の切島くんは演歌を熱唱し始めた。

うまいんだけど、当然のようにジャンルが違うということで皆から却下を食らった。

次は峰田くん。

何を言ってるのか分からないレベルで怒鳴っているだけの歌とは言えないそれは即座に却下。

最後に青山くん。

いつもの裏声を披露しただけで歌かと言われると疑問符を浮かべざるを得ない。当然却下だった。

そんな様子を見ていた透ちゃんが声を上げた。

 

「私も響香ちゃんだと思うんだよ!前に部屋で教えてくれた時、歌もすっごくカッコよかったんだから!」

 

「私も……響香ちゃんがいいと思う……歌……とっても上手だった……」

 

「ちょっと2人とも……ハードルあげないでよ。やりづらい」

 

「いいからいいから」

 

「ん……見せつけてあげて……」

 

響香ちゃんもやりづらいとは言うけど歌うこと自体に文句はなさそうだ。

やると決めたからには吹っ切れているようだった。

透ちゃんと私でマイクを準備すると普通に歌う準備を始めてくれた。

 

「オイラたちの魂の叫びをさしおいて……どんなもんだコラ……?ええコラ!?」

 

「耳郎の歌聞いてみてぇな!いっちょ頼むぜ!」

 

峰田くんの挑発や切島くんの期待を込めた声援を受けて、満を辞して響香ちゃんが歌い出した。

その瞬間、皆は時が止まったように固まった。

それだけ響香ちゃんの歌に聴き入っているということだろう。

 

「耳が幸せー!!」

 

「ハスキーセクシーボイス!!」

 

「満場一致で決定だ!!」

 

「……じゃあそれはそれで……で!!あとギター!!二本欲しい!!」

 

響香ちゃんは顔を赤くして話題を切り替えるようにギターに話を移した。

その響香ちゃんの希望を聞いた瞬間、上鳴くんと峰田くんが凄い勢いで自己主張を始める。

……峰田くん、目立てればなんでもいいのかな。節操がない感じか。

 

「やりてーー!!楽器弾けるとかカッケー!!」

 

「やらせろ!!」

 

そんな2人に対して爆豪くんがキレながら声をかける。

 

「やりてぇじゃねんだよ!殺る気あんのか!?」

 

「あるある超ある!ギターこそバンドの花だろぃ!!」

 

上鳴くんは相変わらず爆豪くんを全然怖がらない感じだ。

その横で峰田くんは涙を流していた。

身体が小さいせいでまともにギターを持てないらしい。

 

「キャラデザのせいで手が届かねぇよ!!」

 

自分の身長と体格のことをキャラデザとか訳の分からないことを言い出した。

それに思考と感情が凄まじいほどの悲しみとかの負の感情で満たされている。

流石にちょっとかわいそうかもしれない。

そんな峰田くんが駆け出した時に置いていったギターを、常闇くんが掴んだ。

常闇くんはそのままギターを構えると、切ない感じの音を鳴らし出した。

どうやらギターを弾けたらしい。

 

「常闇……!?」

 

「なんて切ねぇ音出しやがる……!!」

 

「弾けるのか!?なぜ黙っていた!?」

 

「Fコードで一度手放した身ゆえ」

 

驚愕する皆に常闇くんはちょっとしょんぼりした感じの表情で答えた。

Fコードがどんなのかは知らないけど、響香ちゃんの反応を見る限り初心者が躓く最初の難関のようだった。

 

「峰田。おまえが諦めるならば、俺がおまえの分まで爪弾く」

 

「勝手にしろクソが。下らん下らん。はよ終われ文化祭。全員爪割れろ」

 

峰田くんは完全に拗ねてしまった。

まあボーカルにギターと希望したものを悉く出来なかった感じだから仕方ない部分はあるけど……

そんな峰田くんの様子を見ていたお茶子ちゃんが、三奈ちゃんの方に顔を向けた。

なるほど。それなら確かに機嫌を直して参加してくれそうだ。

むしろ嬉々として参加すると思う。

こういうのは皆で参加できた方が楽しいと思うし、それくらいならいいか。

透ちゃんの方を見ると、透ちゃんもどんな提案をするかは大体察したようだった。

透ちゃんも嫌がってなさそうだし、多分大丈夫かな。

そんなことを考えていたら、お茶子ちゃんの意図を察した三奈ちゃんがダンスに参加する可能性がある女子全員に顔を向けていった。

三奈ちゃんは皆順番に頷いたのを確認してから、峰田くんに近づいていった。

 

「峰田!ダンス峰田のハーレムパート作ったらやる!?」

 

「やるわ。はよ来いや文化祭」

 

一瞬で思考が歓喜に包まれて涙を浮かべながら参加を表明した。

相変わらず現金なブドウ頭だった。

 

 

 

その後も皆で話し合いを続けて、私はダンス隊になった。

全員の役割が決まる頃には深夜1時になっていた。

 

「全役割、決定だ!!」

 

「まだ決まってねぇよ!!」

 

飯田くんが嬉しそうに役割が決まったことを宣言したのに、ブドウ頭がそれを打ち消すように叫んだ。

ステージの役割は飯田くんの言う通りちゃんと全員決まっている。

だけどブドウ頭の思考はミスコン一色になっている。

ブドウ頭は先生に口答えしてまでミスコンの参加権を得た後、どうにか自分のクラスの女子を参加させようと躍起になっていた。

なんとか説得しようと必死で女子のところを回るブドウ頭を、正直に言って皆ドン引きしながら見ていたのだ。

 

「決まっていないとは……?」

 

「ミスコンだよ!ミスコン!!まだ決まってねぇだろ!!」

 

「まだ言ってたの?」

 

「この前も断ったと思うんだけど……」

 

ブドウ頭のその言葉を受けて、飯田くんが少しではあるけど顔を顰めた。

 

「しかし峰田くん、ミスコンはあくまで希望制だ。女性陣から希望がない以上……」

 

「でもよ!他科のストレスを発散するための一助になるんだろ!ミスコンだってストレス発散できる催しの一つだ!そこにウチのクラスから参加者を出さなくてどうするんだよ!」

 

「……確かに一理あるのか!?」

 

「そんなの……ないと思うけど……」

 

そんなものはない。飯田くんも空回りしてブドウ頭に丸め込まれそうにならないで欲しい。

そのはずなのに他の女性陣からは否定の言葉が出ない。皆なんだかんだで他科のストレスという部分を結構気にしていたらしい。

そのせいでブドウ頭の説得だけじゃなくて、この場で希望や推薦を募ることになってしまった。

どうしてこうなった。

 

「では、一応希望者を募ろう。参加希望の者は挙手を!」

 

当然のように誰も手を挙げなかった。

飯田くんも見渡してから普通に流した。この結果は予測通りだったんだろう。

 

「では次は推薦を募る。これで参加者が決まらなければ、もう諦めるということでいいな?峰田くん」

 

「おうよ!」

 

飯田くん的には女子をしつこく説得して回っているのもあまりいい印象を受けなかったんだろう。

この場で決まらなければ諦めるように厳命をしたうえで他薦を募り始めた。

他薦と言ってもそれは強制ではないからダメなら諦めろと釘を刺してくれた感じっぽい。

飯田くんのその言葉を受けて、皆が推薦する人を考え始めている。

ほとんどの人が思い浮かべているのは百ちゃんだ。

まあ百ちゃんは職場体験でCMにも出演していたりして知名度もあるし、他科の生徒から一定の支持もあるから当然の流れでもある。

 

「他薦となると、やっぱりヤオモモちゃんかなぁ?」

 

透ちゃんがぽつりと呟いたのを皮切りに、皆が百ちゃんを推薦していった。

 

「わ、私ですか!?」

 

「CMに出て知名度もあるしな!」

 

「背も高いし、スタイルもいいもんね」

 

口々に褒められたりしながら理由を説明されて、百ちゃんがどんどん赤面していく。

だけど、百ちゃんの思考的に参加は無理そうな感じかな。

クラスの出し物を優先されると仕方ない部分もある。

 

「で、ですが私には、バンドでのキーボードの練習がありますので、流石にそれをしながらミスコンの準備となると……」

 

「そっか、そうだよね……」

 

「クラスの出し物のため……仕方ない……」

 

「そうなると、耳郎と芦戸も厳しいよな。演奏とダンス教えなきゃいけねぇし……」

 

「葉隠の素顔は凄く美人だったけど、見えないから流石にマニアックが過ぎるし……」

 

これはこのまま立ち消えになるかななんて私が思っていたら、皆の視線が私に集まっていることに気が付いた。

思考からして、私を推薦しようとしている。

正気か?

 

「……私……?……正気……?」

 

私が自分を指さして困惑しながら聞き返すと、透ちゃんが説明し始めた。

 

「でもヤオモモちゃんがダメなら瑠璃ちゃん以外いないと思うんだよ。瑠璃ちゃん小柄で可愛いし美人だし、去年準グランプリのねじれ先輩にすごく似てるし」

 

「だよな。波動先輩と似てる波動ならいい所までいけるんじゃないか?」

 

「……私、お姉ちゃんの邪魔したくないし……似てるからこそ投票者層が被って……お姉ちゃんにボロ負けすると思うけど……」

 

私が難色を示しているのが分かった途端、ブドウ頭が私の足に縋り付いてきた。

 

「頼むよ波動!オイラを助けると思って!な!?出し物とかはオイラも全面的に協力するから!なぁ!頼むよぉ!」

 

「えぇ……」

 

鼻水まで垂らしながら懇願してくるブドウ頭に正直ドン引きしてしまう。

さっきも言った通り私はお姉ちゃんの邪魔をしたくないし、少ないかもしれなくてもお姉ちゃんの票を食う可能性があるなら出たくなんてないんだけど。

緑谷くんが、知り合いがミスコンに出てたらエリちゃんが楽しめるかもなんてひっそり考えているけど、それとこれとは話が別だ。

私の態度が変わらないことを察したブドウ頭は、縋りつくのをやめて今度はひそひそと内緒話をするように話しかけてきた。

さっきのはウソ泣きか、このブドウ頭。

 

「……参加者になることで、舞台裏や練習の時の波動先輩の姿も実際に見れるんじゃないか……?」

 

「……くわしく……」

 

私がそう返すと、今度は上鳴くんが近づいてきた。

 

「峰田の言うことはまぁそのままとして、あとは参加すれば、ステージ上で波動先輩の売り込みをすることもできるんじゃないか……?」

 

「……なるほど……」

 

ブドウ頭と上鳴くんの言うことも一理ある。

なるほど。お姉ちゃんのミスコンの舞台裏を知るチャンス。

波動が見えているとは言っても、この目に焼き付ける最後のチャンス。

なるほどなるほど。それにステージ上で参加者の私がお姉ちゃんの売り込みもできる。なるほど。

 

「……分かった……いいよ……ミスコン……出る……」

 

「ほんとか波動!?」

 

「よっしゃあ!」

 

「よーし!じゃあ私が瑠璃ちゃんのサポートしちゃうよぉ!」

 

「それなら、ドレスは私も一緒に見繕いましょう!」

 

私の返答を受けて、皆がさらに盛り上がりを見せた。

男性陣は言わずもがな。女性陣は自分は立候補しなくても、出る人のサポートはしたいとかそんな感じで。

私は私で、ミスコンでどうお姉ちゃんを売り込むかを考え始めていた。

 

そんなこんなで配役にミスコンの代表者も決まる頃には深夜2時近くなっていた。

爆豪くんなんか話がミスコンのことに移った時点で早々に寝てしまっている。

区切りがつくところまで話したこともあって、皆大急ぎで自室に戻ってベッドに入った。



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少女来訪(前)

配役決めも終わった土曜日。

土曜日だから今日は半休だ。

爆豪くんと轟くんの仮免補講も今週はないらしく、今日半日と明日1日皆で練習に打ち込むことになった。

 

「緑谷違ーう!もっとこうムキッと!!ロックダンスのロックはLOCKだよ!」

 

練習している寮の前の広場には、指導している三奈ちゃんの声が響き渡っていた。

ちょっと指導の仕方が感覚的で分かりにくい部分もあるけど、指導している内容自体は的確だ。

 

私たちダンス班の女性陣は、三奈ちゃんの指導する声を聞きながらダンスの練習をしていた。

練習と言ってもハーレムパートの内容をブドウ頭指導の下ちょっと詰めていただけだけど。

ハーレムパートには同意はしているし、やるからには本人の要望も必要になってくるから仕方ないのだ。

 

「もっとこう、オイラを崇めてくれ!」

 

「こう?」

 

「崇めるようにって、具体的にはどうすればいいの?」

 

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが試したりしながら聞いてあげている。

正直私にも分からない。崇めるようにって具体的にどうすればいいんだ。

 

「オイラに媚を売るように、オイラに全てを捧げるようにだな……」

 

「……意味不明……」

 

「もうははーって感じで手を振っておけばいいかな?」

 

透ちゃんが手を上げてブドウ頭に向けて上下にひらひらしたり、左右に身体を振ったりしている。

なんだその手を上げる振り付け。ちょっと理解できないけどブドウ頭が止めてないから真似してみる。

結局透ちゃん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃんと一緒にブドウ頭を囲んで4人でこれをやっているけど、本当に何を表現しているのかが分からなかった。

ブドウ頭の周りをウェーブでもするのだろうか。

さらに言うとブドウ頭が満更でもない顔で偉そうにしているのがちょっとイラッとした。

少しの間それをしていたけど、ブドウ頭が急に呟いた。

 

「やっぱりなんか違うな……没だ!オイラももっといいの考えるから、女子でも良い感じのハーレムパート考えといてくれ!」

 

「ええー!?」

 

「……は?」

 

「瑠璃ちゃんどうどう。ハーレムパート自体には瑠璃ちゃんも同意したんでしょ?これくらい我慢しないと」

 

「……月夜ばかりと思うなよ……」

 

しかもやらせるだけやらせて完全に没にされた。何だったんだ今の時間。完全に無駄だったのか。

 

 

 

もういいや。とりあえずミスコンの出し物も考えないといけないし、三奈ちゃん指示の全体練習以外はそれを考えてよう。

ミスコンの出し物、何にしようか。

去年の優勝者である絢爛崎さんはサポート科らしく自分で作ったド派手な舞台装置みたいなのに乗ってステージを闊歩していた。

お姉ちゃんもそれに対抗するように空を飛びながら派手目の特大ビームを空に放っていた。

他には普通にバレエのようなダンスをしている人もいたし、武術の型のようなものを披露している人もいた。

優勝する気はないけど、無様なものを見せるのもちょっと嫌だ。

あまりにも酷いとそれはそれで負の感情を向けられたりしそうだし。

そんな感じで考え込んでいたら、透ちゃんが話しかけてきた。

 

「瑠璃ちゃん何考えてるの?」

 

「ん……ミスコンの出し物……何しようかなって思って……」

 

「ミスコンかー。何かいいの思いついた?」

 

「まだ……何も思いついてない……」

 

私がそう返すと透ちゃんも一緒に考えこみ始めた。

去年と同じ感じのステージだとお姉ちゃんみたいに空を飛べない私が使える範囲はそんなに広くないのもある。

波動弾とかを使おうにもお姉ちゃんみたいな見栄えするビームにはならないし、正直魅せるための演技というのがなかなか思いつかなかった。

ある程度のところで切り上げてお姉ちゃんの売り込みをするつもりだからそんなに長くなくても良いんだけど、それでもなかなか良い案は浮かばなかった。

 

「うーん、出し物かぁ……」

 

「私……武術とかも出来ないし……見栄えがするようなダンスも踊れない……何をすればいいか迷っちゃって……」

 

「瑠璃ちゃんが出来る出し物となると……」

 

「そこは持ってる武器を活かすべきだろ!」

 

透ちゃんと2人で頭を捻りながら考えていると、ブドウ頭が近づいてきた。

協力するとか言っていたからある程度口を出してくるのは予想していたけど、その思考は割りと最低なことを考えている。全く参考になる気がしない。

可能性は0じゃないから一応話は聞くけど、本当に最低な思考をしている。

思考通り私の胸をガン見しているし。

 

「持ってる武器?」

 

「考えてる内容からして……期待はしてないけど……一応言ってみて……」

 

私と透ちゃんの質問に、ブドウ頭がドヤ顔をし出した。

思考と合わせて無性に腹が立つ顔である。これで思考通りの内容を言ってきたら制裁待ったなしだ。

 

「波動の武器と言えばもちろん、その身長に見合わないオッパイだろ!!バランスだけで見れば波動先輩に全く見劣りしねぇその身体を今活かさないでいつ活かすんだよ!!エロい衣装着て誘惑するようなエロいポーズ決めればへぶっ!!?」

 

練習をしながら話を聞いていた梅雨ちゃんの舌が飛んでくるのと、私と透ちゃんが拳を振りかぶるのはほぼ同時だった。

最低すぎる妄言を宣うブドウ頭の顔面に、私と透ちゃんの拳と梅雨ちゃんの舌が突き刺さった。

 

「最低……」

 

「何考えてるの峰田くん!?」

 

「本当に最低ね峰田ちゃん」

 

「ミスコンをなんや思とるんや峰田くん」

 

お茶子ちゃんも制裁まではしていないけど凄く冷めた目でブドウ頭を見ている。

女子に対してあんなデリカシーのない発言をして、ドン引きされたり気持ち悪がられたりするって理解できないんだろうか。

ダンスの練習をしていた他の男子たちはブドウ頭を凄い目で見ているし、緑谷くんたちに指導していた三奈ちゃんすらもブドウ頭にゴミを見るような目を向けていた。

 

「峰田ぁ!あんたお世辞にもダンス仕上がってるなんて言えないでしょ!今からみっちり扱いてあげるからこっち来て!」

 

「な、なんだよ!?オイラ別に間違ったことは言ってねぇだろ!!」

 

「十分すぎるほどに最低だから!あんまりにも酷いとハーレムパート消すよ!!波動たちの邪魔だから、いいから早くこっちに来なさい!!」

 

「ひっ!?ご、ごめん!悪かったって!謝るからそれだけは勘弁してくれ~!!」

 

三奈ちゃんの憤怒の表情での脅しに、ブドウ頭はそそくさと指示に従った。

それにしても本当に一切参考にならなかった。

なんであんなにデリカシーのない最低なことを言えるんだあのブドウ頭。

 

 

 

そんなことをしていると、相澤先生と通形さんとエリちゃんの波動が近づいてきた。

とりあえずくだらないギャグをしようとしている通形さんを無視だ。

ブドウ頭に害された気分を癒すためにエリちゃんに近づいていく。

 

「どうれ……登場一発ギャグで一笑いかっさらって……」

 

「あ!通形先輩!」

 

「いらっしゃい……エリちゃん……」

 

「デクさん……ルリさん……」

 

通形さんが「桃が生ってるよ!」とかいう意味の分からないギャグをしていたり、お茶子ちゃんたちがエリちゃんが来たことに驚いているけど、とりあえずスルーしてエリちゃんの頭を撫でておく。

 

「え!!?何なに先輩の子供……!?」

 

尾白くんが意味の分からないことを言っている。エリちゃんくらいの子が通形さんの子供だとして、通形さんが何歳の時に出来た子供だと思ってるんだ。

流石にありえないだろうに。

 

「髪の毛……前よりも綺麗になったね……」

 

「わぁ~可愛いねぇ!この子がエリちゃん?」

 

「ステキなおべべね」

 

「かっかっ可愛~!」

 

透ちゃんも駆け寄ってきてしゃがんでエリちゃんの目線に顔を合わせた。

エリちゃんには何も見えてないから少し困惑しているけど。

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんもエリちゃんを褒めている。お茶子ちゃんなんて腕を振り上げるというポーズ付きだ。

それもそのはず。エリちゃんは可愛らしい子供服に身を包んで、可愛いポシェットも下げている。

本人の髪の毛がサラサラになっていたりするのもあって、とっても可愛らしくなっていた。

 

「校長から許可が下りた。びっくりしてパニックを起こさないよう、一度来て慣れておこうってことだ」

 

相澤先生も出てきてなんでエリちゃんが来ているのかも説明してくれた。

 

「エリちゃん……インターンの子か!俺は飯田!よろしく!」

 

「10年後が楽しみだ。オイラミネタ」

 

とりあえず変なことを言う懲りないブドウ頭を引きずってエリちゃんから遠ざけておく。

ブドウ頭は小さな子の教育上よろしくない。

悪影響を与えたらどうしてくれるつもりだ。とにかく引き離しておくべきだ。

そんなことをしている間にエリちゃんは通形さんの後ろに隠れてしまった。

 

「照れ屋さんなんだよね」

 

「照れ屋さんか」

 

「というわけでこれから俺、エリちゃんと雄英内を回ろうと思ってるんだけど、緑谷くんと波動さんもどうだい!?」

 

通形さんがそう提案してくれる。

その提案は凄く嬉しいし特に何もなければ行きたかったけど、私もこの後用事があるから行けないのが非常に残念だ。

この後はミスコンの準備でちょっと備品室の方に行かなくてはいけないのだ。

私のサポート役は透ちゃんがしてくれることになっているから、透ちゃんも一緒だ。

 

「ん……ごめんなさい……私はこの後……用事があるから……」

 

「僕は……」

 

私が断るとエリちゃんがちょっと残念そうな表情をした。本当に可愛くて一緒に回ってあげたいんだけど、行けないものは仕方ない。

緑谷くんも悩んでいたら、察したらしい三奈ちゃんがダンス班に声をかけてくれた。

 

「じゃーちょっと休憩挟もうかぁ!ティータイム!波動と葉隠はミスコンの準備の方行っていいからね!」

 

「ん……ありがと……三奈ちゃん……」

 

「ありがとー!じゃあちょっと行ってくるね!」

 

とりあえず三奈ちゃんの方に断って移動を始める。

それに合わせてエリちゃんにも声をかけておいた。

 

「一緒に行けなくて……ごめんね……やることがあるから……通形さんなら……どこにいるか分かると思うから……後で会いに来て欲しいな……」

 

「……はい」

 

「波動さんはミスコンの準備だよね。備品室?」

 

「はい……そうです……」

 

「じゃあ後でエリちゃんと顔出すね!」

 

「はい……待ってますね……」

 

そこまで話してエリちゃんに手を振ってから別れた。

エリちゃんも小さく手を振り返してくれた。やっぱり小さい子は素直で可愛い。

こっちもちょっと名残惜しいけどエリちゃんたちを置いて備品室に向かった。



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少女来訪(後)

透ちゃんと備品室へ移動する。

今日はドレスの試着が出来るということで備品室にある貸出可能なドレスを見に来たのだ。

出し物で何をするかをまだ決めてないから正直ちょっと決めきれない部分はあるけど、こういうのを見てイメージを固めるのもいいかもしれない。

 

それはそれとして、なんと今の時間はお姉ちゃんも備品室にいるようだ。甲矢さんや天喰さんを含めたクラスメイトと一緒にドレスを見に来ているらしい。

いきなりミスコンに参加した利点を享受できるみたいだ。

お姉ちゃんのドレスの試着を見学もといお手伝いできるなんて最高としか言えない。

 

「あー、瑠璃ちゃん……もしかして……」

 

「流石透ちゃん……!察しがいい……!お姉ちゃんの試着を見学できるよ……!運がいいね……!」

 

「ん~」

 

透ちゃんが渋い表情をしだした。思考もなんとも言えない感じになっている。

何故だ。お姉ちゃんのドレス姿を見れるのになぜそんな思考になるんだ。

もしかして布教が足りなかったのだろうか。

透ちゃんはそのまま私に向き直ると、真剣な表情で両手を私の肩に置いてきた。

 

「ねじれ先輩のドレスを見るのもいいんだけど、瑠璃ちゃんのドレスもちゃんと選ぶんだよ?」

 

「……ん……お姉ちゃんのドレスを選んだ後でいいなら……」

 

「いやいや、エリちゃんが見に来るんでしょ?ちゃんと瑠璃ちゃんのドレスを最初から選ばないと」

 

渋々お姉ちゃんのドレスを選んだ後に自分のドレスを選ぶことを伝えたら、透ちゃんがそう諭してきた。

でもエリちゃんだってお姉ちゃんのドレス姿を見れば、それだけできっと満足できると思う。多分。きっと。

 

「……エリちゃんも……お姉ちゃんのドレス姿を見るだけできっと満足……」

 

「エリちゃんってねじれ先輩と面識あるの?」

 

「それは……ないと思う……けど……」

 

「ならちゃんと瑠璃ちゃんのドレス姿を見せてあげないと。ねじれ先輩のドレスもきっと凄く綺麗だと思うけど、エリちゃんは一緒に回りたいくらい好きなお姉さんの瑠璃ちゃんのドレスを見たいんじゃないかな?」

 

……透ちゃんの説得に、納得してしまう自分がいた。

私がエリちゃんの立場なら、懐いている人の姉妹のドレス姿を代わりに見せられてもちょっとびっくりするくらいでしかないと思う。

エリちゃんのため……でもお姉ちゃんのドレスの試着は見たい……でも自分がエリちゃんなら……

 

「…………え、エリちゃんの……ためなら……お姉ちゃんの試着を手伝うの……我慢する……」

 

散々考え込んだ結果、私は絞り出すようにそう返答した。

 

「流石瑠璃ちゃん!じゃあとびっきりのドレスを選ばないとね!ヤオモモちゃんも休憩になり次第来てくれるって言ってたし!」

 

「お姉ちゃんの試着……お姉ちゃんの……」

 

「ほらほら行くよー!」

 

私が諦めきれずにいると、透ちゃんに引きずるようにして備品室に連れていかれた。

 

 

 

備品室に入るとお姉ちゃんが胸元や太ももを惜し気もなく晒したドレスを着ていた。

流石お姉ちゃん、あの美貌にやられない人はいないだろう。

でもお姉ちゃんのかわいらしさとか可憐さをアピールする方向性ならもう少し露出を抑えた方がいいと思う。

お姉ちゃんの抜群のプロポーションにあのドレスだと、どうしてもそっちに目が行ってしまってセクシーさとかアダルティさが際立ってしまう。

お姉ちゃんの方に駆け寄って話しかける。

 

「お姉ちゃん……!」

 

「お?瑠璃ちゃんも来たんだ。もしかしてミスコン出るの?」

 

「ん……百ちゃん……職場体験でCMに出てた子が……クラスの出し物の都合で辞退して……皆に推薦された……」

 

「そっかそっかー。じゃあ一緒にミスコン出られるんだね!お互い優勝目指して頑張ろうね!」

 

「お姉ちゃんの優勝を……邪魔する気はないけど……私も頑張る……」

 

お姉ちゃんが私の頭を撫でながらそう言ってくれる。

とりあえずお姉ちゃんの優勝を確実なものにするために甲矢さんたちにドレスに関してアドバイスしないと。

そう思ってドレスを物色している甲矢さんの方に歩いて行こうとしたら、透ちゃんに腕を引っ張って止められた。

 

「瑠璃ちゃん、さっきちゃんと自分のドレス選ぶって言ったでしょ?」

 

「……でも……一言くらいアドバイスしても……」

 

「瑠璃ちゃんのドレスを選び終わったらねー」

 

透ちゃんがぐいぐい引っ張ってきて甲矢さんの方に行かせてくれない。

一言くらいいいじゃないか。

 

「あはは!葉隠さん、その調子で瑠璃ちゃんのことお願いね!瑠璃ちゃん、私がいると自分のこととか気にしなくなっちゃうから!瑠璃ちゃんも!出るからには真剣勝負だよ!」

 

「はい!任せてください!」

 

「……お、お姉ちゃんがそう言うなら……」

 

お姉ちゃんまで真剣勝負をするように言ってきた。でもお姉ちゃんがそう言うなら仕方ない……

お姉ちゃんに勝つつもりはなくても、真剣勝負と言うからにはちゃんとそれなりのものをお姉ちゃんに見せないと……

そう考えて透ちゃんとドレスを物色し始めた。

 

 

 

少ししてから来てくれた百ちゃんとも合流した。

3人であーでもないこーでもないと言い合いながらドレスを選んでいるけど、なかなか決まらなかった。

 

「うーん、やっぱり瑠璃ちゃんのスタイルは活かすべきだよね」

 

「ですがそれでは波動先輩と方向性が被ってしまうのではないですか?」

 

「甲矢さんとこの前話した時は……お姉ちゃんの可憐さとか可愛らしさ引き立たせるって言ってた……今はあんなセクシーなの着てるけど……」

 

「あくまで以前の方向性ですからね……いえ、方向性の被りなんて気にしていても仕方ないですね。波動さんに似合うドレスにしなければ……!」

 

百ちゃんが凄く張り切っているし、透ちゃんも生き生きとした感じでドレスを物色している。

私も色々見ているけど、イメージが湧いていないのもあってかピンとくるようなものは見つからなかった。

 

「波動さんはブルーやネイビーが似合うと思いますわ。そちらの系統から選ぶべきかと」

 

「瑠璃ちゃんが使う波動の色も暗めの青だもんね!確かにそのイメージが強いかも!」

 

「ん……私も……色は寒色系がいいと思う……」

 

色に関してはすぐに決まった。

コスチュームが濃い青と黒だし、波動の色が濃い青なのもあって迷うこともなかった。

問題はドレスの形状だった。

正直これに関しては出し物が決まっていないのもあって難航していた。

 

「波動さんは小柄ですから、やはりボリュームを控えたすっきりしたシルエットのドレスが映えるかと」

 

「だよね!ボディラインもアピールできるからその辺がぴったりだと思う!」

 

百ちゃんがオブラートに包んで背が低いのを補うためのドレスを提案してくる。

思うところはあるけど、私もそうした方がいいと思うし当然の意見だと思う。

 

「……はっきりと……背が低いって言っていいんだよ……?」

 

「……ですが、コンプレックスなのですよね?」

 

「ん……正直……気にはしてるけど……事実は事実……」

 

「そうですか……では、はっきりと言いますわね。波動さんの身長では、普通のドレスを着てしまうと胴長短足に見えてしまいます。ミスコンに出る女性が高身長の傾向が強いので猶更です。なので、重心が高い位置にくるドレスにするべきですわね。端的に言うと、Yシルエットのようなものをイメージしていただけばよろしいかと」

 

「そうなると……このあたりのやつかな?」

 

透ちゃんが百ちゃんのアドバイスに沿ったドレスを物色し始めた。

装飾の少なくてすらっとしたドレスを中心に探している。

私もそんな感じのドレスを探し始めた。

しばらくドレスを見繕って、とりあえずと言うことでボディラインがきっちり出て足を長く見せられるチャイナドレスを勧められた。

背に合ったものを選ぼうとすると胸がきつくなりすぎてしまうという理由で迷っていると、百ちゃんが私のスリーサイズを確認してそれにあったドレスを出してくれた。

そのまま作ってくれたドレスを受け取って、濃い青のチャイナドレスを着てしまう。

 

「おー!!瑠璃ちゃん似合ってるよ!」

 

「似合ってますわ波動さん!出し物を何にするにしても、チャイナドレスならスリットで動きやすさの調節もできますし、最適かもしれませんわね!」

 

「ぴっちりしてて……ちょっと恥ずかしいけど……」

 

褒められるのは悪い気分じゃないけど、ウエストもぴっちりしていて胸と腰が強調されて凄く恥ずかしい。

私が少し頬を紅潮させていると、備品室にエリちゃんが入って来た。

 

 

 

「去年の準グランプリ!波動ねじれさんだよね!!」

 

通形さんは私がいることは分かりきっているから、他にもいるであろうお姉ちゃんのことを説明していたらしい。

エリちゃんが入って来たのに気が付いたお姉ちゃんは、飛んだままエリちゃんに近づいて行った。

 

「ねぇねぇ何でエリちゃんいるの?フシギ!なんでなんで!?楽しいねー!」

 

エリちゃんが飛んできたお姉ちゃんを不思議そうな目で見ている。

 

「……おっきいルリさん……?」

 

「そっちは……私のお姉ちゃん……待ってたよ……エリちゃん……」

 

「あ……」

 

エリちゃんがビックリしたように私の方を向いた。

ドレス姿を上から下に確認するようにじっくり見られる。

エリちゃんのその視線に不埒なものは全くないから恥ずかしさとか嫌な感じとかは一切ない。

 

「無理して感想とか……言わなくてもいいよ……今は……いろんなものを見るだけでいいから……」

 

私がそう言うとエリちゃんは小さく頷いてから、お姉ちゃんと私を交互に見ていた。

そんな私とエリちゃんを尻目に、緑谷くんが挙動不審になりながらもお姉ちゃんに問いかけていた。

 

「"個性"も派手だしその……お顔も……ププププロポプロ……」

 

「プロポーション」

 

お姉ちゃんの魅力の前には仕方のないことだけど、相変わらずすぎる。

 

「そんな先輩でも準なんですね」

 

「そー聞いて!!聞いてる!?毎年ねぇ勝てないんだよー。すごい子がいるの!」

 

「ミスコンの覇者!!三年G組サポート科、絢爛崎美々美さん!」

 

通形さんが絢爛崎さんのことを説明していた。

でもあれは実際に見ないと理解しきれないだろう。

それに私は未だにインパクトと豪華さだけでお姉ちゃんに勝ったあの人を認められていない。

美人ではあるけど、派手さとかを除いた時にお姉ちゃんに勝てるとは思えないし。

話すと文句が出ちゃいそうだし、エリちゃんの前でもある。黙っておこう。

 

「今年はCM出演で隠れファンが急増しつつある拳藤さんもでるし、波動さんとそっくりの妹さんも出るんだ。波動さんも気合が入ってる……大衆の面前でパフォーマンスなんて……考えただけで……いたた……お腹いたくなってきた……」

 

天喰さんは相変わらずの人見知りだ。

膝をついてお腹を押さえだしてしまった。

そんな天喰さんの様子を気にしないお姉ちゃんは話を続けた。

 

「最初は有弓に言われるまま出てみただけなんだけど……なんだかんだ楽しいし悔しいよ。だから今年は絶対優勝するの!最後だもん!」

 

「ん……!お姉ちゃんなら優勝間違いなし……!有終の美を飾るのはお姉ちゃんなんだから……!!」

 

「……ルリさん……?」

 

「瑠璃ちゃんも優勝を目指すの!真剣勝負って言ったでしょ!」

 

お姉ちゃんが念を押してくる。

でも本気でやっても私がお姉ちゃんに勝てるとは思えないから、これはもう仕方ないのだ。

実際緑谷くんもお姉ちゃんの魅力にやられて私なんて眼中になかったみたいだし。今ようやく私の方を見て挙動不審になっているのがいい証拠だ。

男の子目線でもお姉ちゃんの魅力が私なんかよりもよっぽどすごい証拠である。

流石お姉ちゃん。罪な女だ。

 

その後はエリちゃんと少しお話して、まだ他の所も回るっていうエリちゃんたち一行は文化祭準備の見学に戻っていった。

エリちゃんは別れるまでずっと私とお姉ちゃんを見つめていた。

エリちゃん的にも色々と思うところはあったみたいだ。

この調子でゆっくりと情緒を育んでいつか笑えるようになってくれると嬉しい。

そう思いながら私は、まだドレスを物色して試行錯誤を続けている透ちゃんと百ちゃんの方に戻っていった。



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練習の日々

翌週の日曜日。

私たちダンス隊は今日もミーティングやダンスの練習をしていた。

そんな中席を外していた緑谷くんが戻ってきそうな気配を感じて、スーツを着て雰囲気づくりをしている三奈ちゃんが深刻そうな空気を作り出した。

事情を察した私たちも暗めの表情で気まずそうな雰囲気を作る。

そして、扉が開いた瞬間に三奈ちゃんが切り出した。

 

「緑谷……クビです」

 

三奈ちゃんが緑谷くんの肩に手を置いてそう宣告した瞬間、緑谷くんが絶望に支配された表情になった。

 

「クビ、っていうか厳密には、演出隊からの引き抜きです!人手が足らんのだと!」

 

「何故……僕に……?エリちゃんに……踊るって……言っちゃったよ……」

 

緑谷くんは表情を変えずに固まったまま呆然と呟いた。

まあそういう反応にもなるよね。うん、仕方ないと思う。

 

「フロア全体に青山が行き渡るようにしたいんだけど」

 

「青山くんが行き渡るってなに!?」

 

「そんな大掛かりな装置もないし、人力で動かせるパワーが欲しいんだって!他にできそうなのは砂藤と波動だけど、波動は出力不足だし砂藤も制限時間とかいろいろあるし!色々考えた結果緑谷が一番ってなったんだってさ!」

 

青山くんのミラーボールを効率的に行き渡らせるための提案に、緑谷くんが凄まじい困惑具合を見せている。

でも三奈ちゃんが説明してくれたとおりで、私もできなくはないけど多分すぐにガス欠になる。

跳躍から超パワーまでなんでもござれなフルカウルが出来る緑谷くんが割と真剣に適任なのだ。

そんな風に考えていると、青山くんがいつものポーズをキメながら緑谷くんの前に出て行った。

 

「僕、序盤でダンサーからミラーボールに変身するんだ☆ 新技☆ネビルビュッフェ、飛距離も抑えられるんだ。僕の為にある職☆同じタイミングで離脱して協力してほしい」

 

「つまりクビとは出番が削れるってことね……」

 

「ん……ちゃんと見せ場……ある……エリちゃんにも見せられるはず……」

 

「ワリィ!!おめーの練習を無駄にしちまうが……どうか頼まれてくれねぇか……!?さらに良いもんにしてぇんだ……!!」

 

悩む緑谷くんに、切島くんが手を合わせながら頭を下げる。

緑谷くんも少し考え込んだ後、頭に手を当てながら返答し始めた。

 

「……んん……!出番あるなら……エリちゃんに嘘吐いたことにはならないし……良いものにするためなら……分かった!」

 

「メルシィ!」

 

「ありがとう漢だおめぇは!!」

 

「緑谷最近青山と仲いいし、きっと良いよ!」

 

そんな感じで緑谷くんは青山くん運搬役に就任した。

 

 

 

その後はまた分かれてダンス練習に入った。

今はある程度形になってきたハーレムパートの段取りを女子で確認していたところだ。

峰田くんは連携訓練をしてくると言って離れていった緑谷くん、飯田くん、青山くんを除いたダンス隊の他の男子と一緒に休憩している。

障子くんや砂藤くんにミスコンのことを提案した時に漏らしそうになっていたことを弄られていたようだ。

それはいいんだけど、ハーレムパートの練習をしているのになぜ峰田くんが来ないのか。

私がそう思っていたら、三奈ちゃんとお茶子ちゃんが峰田くんに声をかけた。

 

「峰田、油売ってないで練習するよ!」

 

「峰田くんの見せ場なんやから!」

 

三奈ちゃんたちの呼びかけに、ブドウ頭がおもらしを弄られて憤慨していた顔を一転して満足そうな笑みを浮かべた。

 

「まず見本見せてくれよ、オイラのハーレムダンサーズ。まず全体像を把握しねーとな」

 

「……なに……?ハーレムダンサーズって……」

 

流石にその呼び方には少しムッとしてしまう。

そんな私を宥めるように三奈ちゃんが言葉を続けた。

 

「まぁまぁ波動。じゃあ見ててよ?」

 

三奈ちゃんの号令に従って渋々踊り始める。

一列になってから皆で少しずつ違う位置に手を広げて、素早く峰田くんの周りに分散する。

そのまま峰田くんご所望の崇める感じで手を上げて、峰田くんを引き立たせるような感じだ。

その流れを一通り披露すると、峰田くん以外の男子は「いいじゃん」と声を上げてくれた。

……にも関わらず、このブドウ頭だけは何故か不満そうな顔で口を開いた。

 

「まだまだ甘い!ハーレムだぞ?もっとハーレムっぽい振り付けにしろよ!」

 

「……もうこのパート……削ってもいいんじゃないかな……」

 

ブドウ頭の思考を読んでどんなものを求めているかは分かった。

そんなことを強制されるくらいならダンスなんてやめてやると言いたくなるレベルのものをブドウ頭は要求していた。

私の反応を見てどういうことか察しつつも、一応という感じで梅雨ちゃんがブドウ頭に確認する。

 

「ハーレムっぽい振り付け?」

 

梅雨ちゃんの質問に、ブドウ頭は男子の中から一歩前に出て来た。

 

「全員オイラに惚れてる感じでうねうねと身体をこすりつけるような振り付けだよ!もちろん本番の衣装はきわどいスケスケだ!ようし、オイラが今から見本を―――へぶっ!?」

 

変質者のお手本のような血走った目で鼻息を荒くしながら近づいてくるブドウ頭に、波動を集中した腕でアッパーをかけて空中に吹き飛ばす。

さらに追撃をかけるように、宙に浮いたブドウ頭を梅雨ちゃんが舌で確保して地面に叩きつけた。

 

「……変態……最低……何考えてるの……」

 

「もう!隙あらばだね!!」

 

透ちゃんも私に同調してプンプンと怒っている。

三奈ちゃんも怒った表情でぷんすかしながらブドウ頭に詰め寄った。

 

「エロばっか考えてるなら、波動の言う通りハーレムパート削っちゃうよ!?」

 

「モウニドトエロイコトハカンガエマセン」

 

「棒読みの見本!」

 

お茶子ちゃんが棒読みで謝罪するブドウ頭にプフーッと吹き出して爆笑している。

相変わらずお茶子ちゃんはおおらかすぎる。なんで自分たちが被害に遭いそうになったのに笑っていられるのか。

でもこのくらいのことなら笑って流してくれるお茶子ちゃんのラインを今まで何度も超えているあたり、やばすぎるブドウ頭にドン引きすることしかできないんだけど。

 

ちょうど通りがかって一連の流れを見ていたらしい心操くんが『アイツ、いつかセクハラで退学になるんじゃないか……?』なんて考えているけど、まさしくその通り。

こんなことを繰り返していたらいつか退学になる。

というか林間合宿での覗きとか退学になっていてもおかしくなかった出来事が多すぎる。

 

 

 

そんなこんなで練習を続けて夜になった。

私は百ちゃんが紅茶を淹れてくれているのを近くで見て、百ちゃんの淹れ方を見学させてもらっていた。

それにしても今日の紅茶はすごく香りがいい。

絶対いつものやつよりもいいやつだ。

 

「耳郎さん、ご指導も本職さながらですわ。素人の上鳴さんが一週間でコード進行まで辿り着くだなんて」

 

「別にそんな……ってか、今日のお茶良い香り」

 

「ん……茶葉だけでもすごく良い香りだった……絶対にいつものやつよりも良いやつ……」

 

私と響香ちゃんが茶葉がいつものレパートリーよりも良いやつそうなことを指摘すると、百ちゃんはパァッと朗らかな笑顔を浮かべながら興奮気味に話し出した。

 

「わかりますの!?お母様から仕送りで戴いた幻の紅茶、ゴールドティップスインペリアルですの!皆さん召し上がって下さいまし!」

 

「よくわかんないけどいつもありがとー!!」

 

「よくわかんないけどブルジョワー!」

 

百ちゃんの言葉に共有スペースの方の皆が盛り上がりながらお礼を言っている。

それにしても本当にいいのだろうか。味の違いが分からない人も多そうだけど。

多分何も言わないで分かるのは女子以外だと爆豪くんと砂藤くんくらいな気がしないでもないし……

 

「ゴールドティップス……ほんと……?すごく高いよね……?本当にいいの……?」

 

「分かりますのね!その通りですが、お気になさらず飲んでくださいまし。1人で飲むよりも皆さんで飲んだ方が美味しくなりますから」

 

「……それなら……ありがたく飲ませてもらうね……」

 

百ちゃんはプリプリして紅茶を淹れながらそう言った。

百ちゃんがそういうならありがたく飲ませてもらおう。

紅茶のブランドとか銘柄までは分からないけど、インペリアルなんて銘打たれてるってことは王室御用達とか、それに負けないくらいの味があると自負してないとつけない名前だし。

ちょっと茶葉を覗き込んでみたらほぼゴールドティップスって感じだし、絶対おかしな値段の紅茶だ。

私がそんなことを考えていると、響香ちゃんも茶葉が気になったのか不思議そうに聞いてきた。

 

「波動は分かるんだ」

 

「ん……ゴールドティップス……いわゆるゴールデンチップスのこと……お茶の樹の一番上の芯芽のことで……この茶葉の黄色がかった明るい色のやつがそう……収穫できる量がすごく少なくて……これが多いか少ないかで紅茶の味が決まると言ってもいい……銘柄までは知らないけど……この紅茶……ほとんどそうだし……しかもインペリアルなんて銘打っちゃうくらいだし……絶対に高い……少なくとも普通の茶葉の数倍……こだわりようによっては数十倍……」

 

「な、なるほど……」

 

「流石ですね。その通りですわ」

 

具体的な値段を言われたことで、響香ちゃんは冷や汗を流しながら百ちゃんが淹れてくれている紅茶を見ている。

 

「私が作るのはフレーバーティーだから……紅茶の香りよりも……お花の香りが大事だし……値段も安く出来るから……ゴールデンチップスとかはほぼないのを……使ってる……香り付けのために市販のいろんな紅茶を見てきたけど……このクラスの紅茶は見たことない……楽しみ……」

 

「ええ!期待は裏切りませんわ!ゆっくり味わってくださいまし!」

 

私がそう締めくくると百ちゃんは嬉しそうに頷いた。

響香ちゃんも戦々恐々と言った感じで渡された紅茶を飲み始めている。

百ちゃんが運ぶのを手伝って紅茶のカップを共有スペースの方に持っていく。

私の解説を何気なく聞いていたらしい皆も我先にとカップを持っていった。

 

そんな中緑谷くんはこっちの様子なんて一切気にしないでスマホを弄っていた。

思考がオールマイト一色で怖い。一体何があったんだ。

私がさりげなく緑谷くんから距離を取っていると、優しいお茶子ちゃんが緑谷くんの分の紅茶を持って近寄っていった。

 

「デクくん!ヤオモモちゃんのお茶飲まんの?」

 

「アイテム付きオールマイト……アイテム付きオールマイト僕としたことがそんなレアマイト知らないなんて不覚も不覚、グッズは?画像……ない……動画で残ってないか?」

 

「ヒッ!!?」

 

緑谷くんの鬼気迫る様子の久しぶりのブツブツに、お茶子ちゃんですら恐怖を覚えていた。

それでもちゃんと普通に接して紅茶を渡してあげているあたりが流石だと思う。

 

お茶子ちゃんの言葉や緑谷くんの思考を見る限り、オールマイトの何かの動画を探していたら紅茶の動画を誤タップで再生してしまったようだ。

それにしても緑谷くんクラスのオタクで知らないオールマイトの情報なんて、本当にレアだ。

だからと言ってあの取り乱しようはドン引きだけど。

 

お茶子ちゃんの邪魔をするつもりもないし、緑谷くんが探しているレアマイトなるものにも興味はない。

そう思った私は透ちゃんの隣に座って、百ちゃんが淹れてくれた紅茶をゆっくりと味わった。



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ミスコンの準備(前)

今日の練習も終わって夜。

寮の共有スペースで女子でまったりしていると、お茶子ちゃんが質問してきた。

 

「そういえば瑠璃ちゃん、ミスコンの出し物どうするか決まった?」

 

「ん……一応……演武みたいな感じがいいかなって……こうすれば……多少見栄えもするし……」

 

お茶子ちゃんの質問に答えながら、手に波動を集める。

そのまま手に波動を纏わせるように放出して、それを軽く圧縮する。

すると外側が紫黒、内側になるにつれて青白くなっていく波動が私の手を覆って揺らめき始めた。

 

「わぁ!綺麗だね!」

 

「いいわね。演武ってことは、ドレスもチャイナドレスに決まったの?」

 

「そこはもう決定!動きやすいし、瑠璃ちゃんにも似合ってるし、足も長く見えるからね!」

 

梅雨ちゃんの問いかけに、透ちゃんが元気よく返答する。

ドレスは波動の暗めの青とは対照的にちょっと明るめの青に決めていた。

この辺は百ちゃんと一緒に詰めた感じだ。

 

「それにしても、波動がここまで真剣に出し物考えたりするとは思ってなかったんだけど。波動先輩のアピールで時間使い切ると思ってた。上鳴とかにそんな感じのこと言われて立候補承諾してたっぽいし」

 

響香ちゃんがそんなことを聞いてくる。

実際その指摘は何も間違ってない。承諾した時は間違いなくステージ上でお姉ちゃんの布教をしまくる予定だったし、投票の呼びかけすらしようと思っていた。

だけど事情が変わったのだから仕方ない。

 

「ん……そのつもりだったけど……お姉ちゃんから真剣勝負って言われたのと……エリちゃんが見に来るし……思考が……ワクワクしてる感じだったから……期待を裏切るのは……どうかなって……」

 

「エリちゃんかー」

 

「それなら、いい所を見せないといけないわね」

 

「瑠璃ちゃんとねじれ先輩のドレス姿見て視線が釘付けになってたもんね」

 

お茶子ちゃんや梅雨ちゃんも納得した様子を見せている。

やっぱりエリちゃんの期待を裏切るようなことはできないよね。

多分お茶子ちゃんや梅雨ちゃんが代表者でも同じ感じで本気になっていたと思う。

そんなことを考えていたら、百ちゃんが話の続きを切り出してきた。

 

「演武をどのようにするかは決めましたか?ドレスは私が創造すれば微調整はできますが、どのような演武にするかによって調整の内容が変わりますし「ドレスの……調整?」

 

百ちゃんがドレスの話をし出したら、いつから聞き耳を立てていたのかブドウ頭が話に割り込んできた。

その後ろには上鳴くんもついてきている。

 

「ドレスはチャイナドレスなんだろ!ならそんなの出し物に関係なくエグいスリット入れれば間違いねぇよ!それで飛び跳ねて演武なんてしてみろ!チャイナドレスで強調されたオッパイが凶器となって暴れまわり、さらに良い感じに色々見えて目の保養にへぶぅっ!?」

 

「相変わらず最低ね、峰田ちゃん」

 

ブドウ頭がいきなり気持ち悪い妄想をぶちまけながら、いつもの目を充血させて鼻息を荒げる気持ち悪い表情で妄言を宣ってきた。

私が制裁しようと思ったけど、今回は梅雨ちゃんが即座に舌をブドウ頭の顔面にめり込ませて、そのまま舌で簀巻きにして床に叩きつけてくれた。

それにしても本当に最低でありえない妄言を吐いてきたな。なんで面と向かって女子に対してそんな妄言を言えるのかが本当に理解できない。

というか仮に飛び跳ねるにしてもスポブラでちゃんと揺れないようにするし、スパッツも穿く。そんなまともな対策も取らないで暴れまわったら痛いし恥を晒すだけじゃないか。普通にありえない。

ブドウ頭はそれでダウンしたけど、まだ後ろにいた上鳴くんを響香ちゃんが睨みつけた。

 

「で?上鳴もこんなくだらないこと言いに来たの?場合によっては似たような目に遭ってもらうけど」

 

「いやいやいや!?ちげーぞ!!今のは峰田が勝手に言っただけだ!ミスコンの出し物のことを話してるみたいだったから、俺たちも波動を推薦した手前意見だしたりで協力できないかと思っただけだ!!」

 

響香ちゃんの脅しに上鳴くんが凄く焦った様子で必死に釈明した。

言い訳とも取れる内容だけど、嘘は吐いてない。あのブドウ頭の妄言はブドウ頭の独断ということだろう。

まぁ上鳴くんも期待している感じの思考をしていたから一切信用できないけど。

 

「……一応……嘘は言ってない……」

 

「ほらな!ほらな!嘘は言ってねぇよ!」

 

「一応、なんだ」

 

「ん……上鳴くんも……ブドウ頭の妄言を聞いて……期待してたから……」

 

私がそれを伝えると、上鳴くんにも女子からの冷たい視線が向けられた。

 

「し、仕方ねぇだろ!男なんだから!想像しちまうのは仕方ねぇじゃねぇか!」

 

「……だから……一応……想像に留めてたから……制裁するつもりはない……」

 

私がそこまで言うと他の女子も溜め息を吐いたり気を取り直したりして、上鳴くんが相談に入るのを黙認して相談を続ける姿勢に戻った。

 

「で、演武の出来だよね……見かけだけの演武なら……練習してある程度出来るようになったけど……なんていうか……」

 

「インパクトに欠けるって言うか、分かりやすく言うと地味なんだよねー。手の波動の揺らめきは綺麗なんだけど、それだけだから記憶に残らないって言うか……」

 

私が言葉に詰まっていたら、演武の練習に付き合ってくれていた透ちゃんが説明を引き継いでくれた。

実際透ちゃんの言う通りで、普通に単調な上に地味なのだ。

これだけだととてもではないけどいい評価はもらえないと思う。

 

「ん……ちょっとやってみるね……見てて……」

 

ソファから少し離れてスペースがあるところで簡単な演武を見せていく。

演武とはいっても動画とかで見て学んだ付け焼刃の型の動きをしながら、手に波動を纏わせて可視化するだけなんだけど。

少しの間それを続けてある程度の所でやめて皆の方に戻る。

 

「どうだった……?」

 

「う~ん、葉隠と波動が言ってる通りかなー。躍動感に欠けるって言うか……」

 

「これをステージの上でやるのですよね?そうなるとやはり物足りない感じがしてしまいますわね」

 

「悪くはないけど、遠目にこれを見て印象に残るかと言われると微妙ね」

 

皆の感想も私と透ちゃんが思っていたものとほぼ同じだった。

やっぱり物足りない感じがしてしまう。

何か改善できるところがないかを透ちゃんと考えても、結局の所私が武術の素人なのもあって演武の難易度を上げたりするのは難しかったりといい案が浮かばなかったのだ。

 

「何か改善できるところとかないかなー。私と瑠璃ちゃんで結構考えたんだけど、なかなかいい案が出なくて」

 

「改善案かぁ」

 

「う~ん……」

 

皆も真剣に考え始めてくれた。

しばらくの間意見を交換し合っていたけど、あんまり進展はなかった。

そんな感じで頭を悩ませていたら、今まで黙っていた上鳴くんが口を開いた。

 

「なぁ、あながち峰田が言ってたのも間違ってなかったんじゃねぇか?」

 

「あんたまだそんなこと言ってんの?」

 

「上鳴ちゃん……あなた……」

 

上鳴くんにまた女子からの冷たい視線が突き刺さったけど、上鳴くんは冷や汗を流しながら話を続けた。

 

「違う違う!いや、違わねぇのか?……俺が言いたかったのは、エロとか関係なく飛び跳ねるのがありなんじゃねぇかと思ったってことだよ」

 

「飛び跳ねる?」

 

上鳴くんのその言葉に、皆冷たい視線を引っ込めて頭に疑問符を浮かべた。

でも、そうか。その手があったか。

何も決まった型だけをやらないといけないわけじゃないし、私なりに変えるというのは確かにありだ。

 

「ああ!波動のあの吹っ飛ぶ感じのジャンプとか、空中での方向転換とか再ジャンプを演武に組み込むんだよ!そうしたら躍動感も出るだろうし、必殺技まで織り交ぜたりすればド派手な感じになるんじゃねぇか!?」

 

「……あぁ!なるほど!」

 

「確かにそれなら地味な感じじゃなくなるし、インパクトもあるかもね!」

 

「ん……ありかもしれない……」

 

皆も私と同じ感想を抱いたようで、上鳴くんの意見ににこやかに同調し始めた。

上鳴くんも満更でもなかったようで、ちょっと照れくさそうに笑っていた。

 

そんなちょっと方向性が決まって和やかな雰囲気になっている中、制裁でダウンしていたブドウ頭が再起動した。

 

「……ようやく、オイラが言いたかったことが分かったみてぇだな……!」

 

「いや、峰田くんの言いたかったことはこれっぽっちも分からなかったけど」

 

「ん……全く参考にならなかった……参考になる意見を言ったのは……上鳴くん……」

 

透ちゃんと私でブドウ頭の発言を真っ向から否定する。

それでもブドウ頭はめげずに話し続けた。

 

「いや、飛び跳ねるならやっぱりスリットは大事だろ!ないと動きに制限がかかるし、跳んだ時に良い感じのスリットがあればチラリズムがだな……!」

 

「まだそんなこと言ってる……」

 

「……まあ、全く参考にならないかと言われるとそうでもありませんが……ある程度のスリットがあった方が演武をしやすいのは確かですし」

 

百ちゃんの言う通りではある。

だけどブドウ頭のエロに満ちた思考を伴った提案を素直に飲むのは、色々とこちらの気分的に思うところがあった。

再起動してから言っていることは完全に間違っているわけではないというのが厄介な所だ。

 

結局、しばらく話し合って演武には上鳴くん発案の飛び跳ねる感じのアレンジを加えつつ必殺技を織り交ぜる感じで行くことになった。

ドレスに関してはブドウ頭の意見を嫌々ながらも少し取り入れ、演武をする上で必要な分と男子から見た時の見栄えを考えて、ある程度のスリットを入れるということで落ち着いた。

一応話し合いで決まったことだし、私も納得してはいる。

ちゃんと私も嫌がらないラインの調整を女子でしてくれているし、結論としては一切おかしな点はない。

だけどブドウ頭の最初の妄言のせいで、いまいち釈然としない感じがしてしまうのがなんとも言えないところだった。

 

そんなこんなで話し合いをしていたら結構遅い時間になっていたのもあって、演武の内容はまた後日詰めるということで今日は解散になった。

ブドウ頭はある程度自分の意見を受け入れられてニヤついているし、本当に釈然としない。変な期待をするにしてももうちょっと隠すことはできないのか。

どこまで行ってもブドウ頭はブドウ頭だった。



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ミスコンの準備(後)

ミスコンの出し物の有力な案が出た翌日。

私は体育館を借りて出し物の構成を考えていた。

体育館を借りたのはダンス隊も同じ場所で練習しつつ、私もそこでミスコンの出し物の練習をするためだ。

具体的には、ダンス隊の方の情報もある程度得つつ私の出し物を他のクラスの人の目に触れないようにして、さらには挙動の部分とかでダンス隊の指導をしている三奈ちゃんのアドバイスをもらうためである。

 

最初は昨日皆に見せたみたいな普通の演武をして、ある程度の所で波動を足に圧縮して跳び上がる。

手に可視化した波動を纏わせたままを意識しないといけないから、いつもよりも注意が必要だったりする。

そのまま着地して透ちゃんに見栄えを聞いてみる。

 

「どうだった……?」

 

「んー。前よりは全然いいと思うよ。だけどなんていうか……」

 

「もうちょっと動きが欲しい……?」

 

「そうそれ!」

 

透ちゃんが言語化しづらかったのか、言い淀んで口には出さなかったことを私が言語化してみる。

すると透ちゃんは私を指さしながらそれだ!と言わんばかりのポーズをした。

つまりもうちょっと全体の挙動に動きを増やした上での派手さが欲しいと言うことか。

 

とりあえず演武の部分の派手さを増すには挙動の節々で発勁とか真空波を織り交ぜればいいだろうか。

可視化した波動を纏った手で放てば、纏っている波動もある程度噴出した形に合わせて動くと思うし。

試しに纏わせた状態でそのまま発勁を使ってみる。

するとやはり噴出する波動に沿う形で可視化している部分も動いた。

これはいいかもしれない。演武で腕を突き出したところで使えば見えている波動に動きが出来て派手さが上がっている。

 

「これ……良い感じだと思う……」

 

「確かに!それ足すだけで普通の演武ももっと見栄えが良くなるね!」

 

透ちゃんも絶賛してくれている。

その流れのままで真空波も試してみた。

真空波をすると纏っている波動も少しだけ一緒に飛んでいくのか、可視化した波動も少しではあるけど離れたところまで飛んでいった。

これもこれで見栄え的にいいかもしれない。

後は演武のどこに発勁と真空波を入れるかかな。

その辺りも含めて透ちゃんとしばらく演武部分の構成について話し合った。

 

 

 

話し合いがある程度進んだあたりで、ダンス隊が休憩に入ったらしい。

三奈ちゃん含めたダンス隊の一部がこっちに近づいてきていた。

 

「波動ー、葉隠ー。進捗どう?」

 

「ん……演武に関しては……キレとかはまだしも……見栄えは良くなった……跳びはねるところは……まだなんとも……」

 

「空中での動きとかがねぇ。跳び上がってもそのまま降ってくるだけだと何とも言えない感じになっちゃって」

 

「あー。跳びはねに関しては最初にやってたのから進歩ないってことか。う~ん……」

 

三奈ちゃんも最初の動きは見ていてくれたのか、すぐに考え始めてくれた。

三奈ちゃんの場合はダンスが出来るのもあって色々な挙動が出来るから、アイデアはいっぱいあるみたいだ。

私がそれを出来るのかという問題が出てくるけど。

そんなことを考えていたら、今まで後ろの方でいつも通り普通な感じで見ていた尾白くんが声をかけてきた。

 

「演武の方、キレがって言ってたけど、もしよかったら俺が教えようか?これでも武術の心得は多少あるから、教えられると思うけど」

 

「……いいの……?」

 

「うん。俺で良ければ」

 

「流石尾白くん!フツーにいい人だね!」

 

「ふ、普通……うん、まぁ、そうね。うん……」

 

尾白くんは確かに尻尾っていう普通な個性で雄英でやっていけるほど卓越した武術の技量を持っている。

教えてもらえるなら凄く助かるし、嬉しいことだ。

尾白くんのそんな提案を聞いていたら、三奈ちゃんがさっきの続きを切り出してきた。

どうやら考えたのはいいけど、どこまで出来るか分からないから確認をしたい感じみたいだ。

 

「空中で1回転とかは難しい?跳び上がってる時に手の波動を揺らめかせながら回ったりしたら目がいくと思うけど」

 

「ん……落ちる直前になら……出来なくはないかもしれないけど……」

 

私がバク転とかバク宙とかをもとから出来たら話は変わるんだろうけど、そこまではできないのが問題だ。

三奈ちゃんの提案もその通りだとは思う。

だけど落ちながら波動の噴出で無理矢理回転して身体強化で着地してって感じになると思うから、失敗するリスクすらある方法だったりする。

 

「とりあえずステージ全体を使って跳び回るのはいいとしても、最後は何か凄く目を引く感じで締めたいよねぇ」

 

「波動の身体能力で出来そうなことかぁ」

 

こんな感じで結局あまり運動してこなかった私の身体能力がネックになってしまった。

体育祭の後から本格的に自主トレしているとは言っても、あんまり無茶な動きを出来るほどのものではない。

そう思っていたら、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんも近づいてきていた。

 

「ねぇねぇ!演習試験でやってたみたいに着地に合わせて何か技を使ってみるのは?あの時の鋭い裏拳、普通に見てるだけでも格好良かったし!手に波動が揺らめいてるならもっと見栄えも良うなる思うんやけど!」

 

「ん……なるほど……?」

 

「確かにいいかもしれないわね。でも上から降って来てる時に出来る技となると……」

 

空中からの落下の締めに技を組み込む。

いいアイデアかもしれない。

でも大きく跳ね上がった後に使えそうな必殺技がないのが問題だ。

今の私で出来そうな必殺技以外の技となると、裏拳、頭突き、肘とか膝による打撃に蹴り、踵落としあたりだろうか。

そこまで考えたところで、一つのアイデアが思い浮かんだ。

 

「……!空中からの締め……!足に波動を纏わせて……ミルコさんみたいな踵落としとか……いいかもしれない……!」

 

「ああ!ミルコさんの蹴り技凄いもんね!あれを真似できれば注目間違いなしだね!」

 

ミルコさんの蹴り技、というよりも月堕蹴(ルナフォール)擬きを繰り出しながら高速で空中から落下したらすごくいい感じだと思う。

私が月堕蹴(ルナフォール)を真似するとなると、波動の噴出で跳び上がってすぐに両足のつま先と蹴りをする足の踵に波動の圧縮をして、蹴りをしない方のつま先の波動を噴出して回転開始、そこから足が頂点の辺りに着いたところで残ったつま先から噴出して落下と足の回転に加速をかけて、踵が当たる瞬間に踵からも噴出させて威力を増強させる感じだろうか。

もちろん着地失敗の危険もあるし、ある程度身体強化もかけておく必要もある。

さらに出し物の見栄え用に足に波動を纏わせることを考えると、繊細かつ多量の波動操作が必要になってだいぶ難しそうな感じだ。

でもこれが出来るようになったら必殺技としても選択肢が増えるし、頑張る価値はあると思う。

 

それからは技の練習になった。

跳び上がって踵落としをするという簡単な流れを何度かしてから、そこに波動の噴出を追加していって回転を足して勢いを上げていく。

途中で緑谷くんが興奮気味にミルコさんの細かい挙動とかを含めて早口でブツブツとアドバイスしてくれた。

自分がシュートスタイルで蹴り技を使っているとはいっても、その内容はすごく細かくオタク的な知識からくるアドバイスであることはすぐに分かった。

なんでミルコさんの技を何度も間近で見てる私よりも詳しい細かい分析が出来てるんだ。

緑谷くんのオタク知識は凄まじいものがあるのは知ってたけど、なぜ私が月堕蹴(ルナフォール)を使うならなんていう分析まですぐに披露出来るのか。

ちょっと怖いなと思ってしまった私は悪くないと思う。

 

それから透ちゃんも含めた皆がダンスに戻ったりしつつ、私は技の練習を続けた。

練習自体は何度か着地に失敗しそうになったりとヒヤッとすることもあったけど、回数を重ねる毎に安定度が増していった。

ただ結構波動を使うのもあってずっとは続けていられないから、休憩や尾白くんによる演武指導を受けたりもした。

そんなこんなで3時間くらい練習を続ける頃には、ある程度の完成度で月堕蹴(ルナフォール)擬きを使うことが出来るようになっていた。

私が着地したタイミングでまた休憩になったらしいダンス隊の皆が近づいてきた。

 

「瑠璃ちゃんそれもう出来てるでしょ!」

 

「ん……コツは掴んだと思う……後は調整次第……」

 

「すごいね波動さん!もう十分必殺技として成立するんじゃないかな!」

 

透ちゃんの声かけを皮切りに皆に声をかけられる。

特に緑谷くんが興奮気味に捲し立ててくる感じだ。やっぱりちょっと怖い。

 

「名前は!?必殺技の名前は付けたの!?」

 

「緑谷くん……ちょっと怖い……名前は……まだ付けてない……」

 

緑谷くんに言われてようやく名前について考え始める。

正直出し物として練習していたのもあって、名前とかは全然考えてなかった。

名前……何がいいだろうか。

ミルコさんの月堕蹴(ルナフォール)の模倣だから、名前も似せるのがいいだろうか。

色々と考えて、やっぱり名前も似せようということで波動蹴がいいんじゃないかなと思った。

波動を使った踵落としだし、意味合い的にも合いそうだ。

 

「ん……決めた……波動蹴(はどうしゅう)にする……」

 

月堕蹴(ルナフォール)リスペクトだよね!すごく良いと思う!」

 

私がそういうと皆納得してくれているようだった。

緑谷くんなんかはすぐに意図を読み取ってくれている。

私の技名までノートにメモを取っているその様子は相変わらずって感じだ。

 

「瑠璃ちゃん!最後のやつがそこまでできるようになったなら1回通しでやってみない?」

 

「ん……そうだね……やってみる……」

 

透ちゃんの提案を承諾して少し離れようとする。

そのタイミングで峰田くんが話しかけてきた。

 

「通しでやるならドレス着てやった方がいいんじゃねぇか?体操服だけで練習してても調整できねぇし」

 

……峰田くんの提案は間違ってない。

だけど尤もらしいことを言いつつ顔がニヤけている。

ピンク色の思考が透けて見えているせいで同意しきれない自分がいた。

百ちゃんから暫定のドレスは貰ってるから、着ることは出来るし調整のために着て練習もしておいた方がいいのも分かってはいる。

だけどこの下心が透けて見えるブドウ頭の前で着たくないというのが本音だ。

 

「瑠璃ちゃん、峰田ちゃんのことは私たちで見張ってるから、ドレスを着てやってみない?」

 

「ん……見張っててくれるなら……着替えてやってみるね……」

 

私が考え込んでいたら、梅雨ちゃんが見張りを提案してくれた。

それならドレスで練習するのも吝かではないか。

そう思って一度寮に戻った。

 

 

 

もう辺りは結構暗くなっていた。

ドレスを持ってササッと体育館近くの更衣室に移動して着替えてしまう。

当然丈の短いスパッツは穿いているし、下着もがっちりホールドしてくれる感じのを付けてブドウ頭がお望みのものは見れないようにしてある。

 

「おまたせ……」

 

「わぁ!綺麗だねぇ瑠璃ちゃん!」

 

「とっても似合ってるわ」

 

「おー!いいじゃん波動!」

 

ドレス姿を初めて見る女性陣が褒めてくれる。流石にちょっと照れてしまう。

時間も時間だし話すのもそこそこに通し練習の準備をする。

 

そのままダンス隊に見守られながら演武を始めた。

やること自体はさっき散々やっていたことと同じ。

発勁と真空波を織り交ぜた演武をやった後に、軽く跳びはねながら移動する。

そのままクライマックスとして一際高く跳び上がって、波動蹴を地面に叩き込んだ。

 

「わあ!」

 

「よかったよ波動!」

 

皆歓声を上げて褒めてくれる。

まだ構成とかが調整の余地があるけどなかなかだったと思う。

そう思って皆に笑顔で応じていたら、怒りを滲ませたブドウ頭が喚き出した。

 

「なんで下穿いてんだよぉ!!大事なチラリズムが台無しじゃねーか!!スリットも浅くてなかなか見えねーのに見えたらそれかよ!!がっかりだよ!!それならもっとスリットエグくてもいいじゃねーぅっ!!?」

 

三奈ちゃんが踊っていた時のスパッツに対して言っていた文句と似たようなことを喚いていたブドウ頭は、梅雨ちゃんの舌をお腹に叩き込まれて敢え無く撃沈した。

 

「しつこいわよ、峰田ちゃん」

 

「そういうの禁止だって言ってるでしょー!?」

 

「峰田も懲りないな……」

 

ブドウ頭は相変わらずだし論外なんだけど、その戯言を一部取り入れざるを得なさそうなことがさっきの通しで分かって正直気が滅入ってしまう。

スリットを深くした方がいいと言うのはある意味では間違っていなかったのだ。

踵落としで足を振り上げるのはいいんだけど、スリットがある程度の所で止まっているせいもあってチャイナドレスが足の可動域を制限してしまっていた。

これを解決するとなると、スリットを深くするのが現実的だったりするのだ。

百ちゃんに提案して調整はしてもらうつもりなんだけど、ブドウ頭がまた喚きだしそうでなんとも言えない気持ちになってしまった。

とりあえずブドウ頭がまた喚くようだったら即制裁するしかないか。うん、そうしよう。



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文化祭前夜

月日は過ぎ去ってとうとう明日が文化祭の本番。

ミスコンの出し物自体は、あれから透ちゃんや三奈ちゃん、尾白くんたちと相談して演武の動きや構成に少し調整を掛けたくらいだ。

構成がほぼ決まってからは尾白くんに演武指導を入れてもらいつつ練習して少しずつ磨きをかけていった感じで、皆と練習できる時間はダンスの方を主に練習していた。

ドレスも百ちゃんと相談して、スリットを深くしつつドレス自体の模様とかにもこだわってみたりと調整している。

それに加えてスリットを深くした影響でスカート部分が1枚の布のようになってしまったのもあって、布が暴れすぎたり足にまとわりついたりしないように煌びやかな飾り紐をスリットの上の方に緩く付ける感じになった。

結構悩んだのもあって、良い感じのドレスが完成した。

さっき模様とかを最終調整したものだって言われて渡された辺り、百ちゃんはギリギリまで考えていてくれたようだった。

ミスコンの準備はばっちりと言ってもいい。

クラスの出し物であるダンスの方は一応三奈ちゃんの要求レベルには達した、はず。

私がミスコンとの二足の草鞋になったこともあって、三奈ちゃんが集中的に指導してくれたりもしたのだ。

これだけ苦労を掛けたんだから、本番で不甲斐ない所は見せられない。

今はそんな意気込みを込めて体育館のステージで皆で練習していたところだった。

 

「もう閉まっちまう!最終確認通しで行くぞ!」

 

切島くんの掛け声で通し練習を始める。

ダンス隊の方は三奈ちゃん主導で通し練習を始めていた。

 

「ツートントン!ツートントン!パッ!で、青山中央、緑谷ハケる」

 

「ウィ☆」

 

「ラジャ!」

 

最初の山場の青山くんミラーボール化の流れを進めていく。

私は透ちゃんの隣で一緒にステップをしている感じだ。特にここで私の見せ場はないし。

 

「緑谷!!動きまだヌルいから!!グッ!!グッ!!意識!!波動も!!動きのキレが悪い!!疲れてるのは分かるけど、それじゃあ悪目立ちするよ!!」

 

「ん……!ごめん……!」

 

三奈ちゃんが凄い熱量の熱血指導をしていて、ダンス隊は皆集中して練習に望んでいた。

 

「そんで緑谷はソデからすぐ天井行って、そんで青山セットして、ロープで吊り上げる!そんでその後はステージに氷が展開されるから、麗日と梅雨ちゃん、波動と葉隠の2組で―――」

 

そんな感じの三奈ちゃんの指示の下行われる通しでの段取りの確認は時間ギリギリまで行われた。

そして一通り確認が済むというタイミングで、体育館のドアをガァン!!と鳴らすような凄い勢いで興奮状態のハウンドドック先生が飛び込んできた。

 

「モウガルルル9時ダロ!?生徒はァア゛ア゛ア゛!!9時まデダロォ!!」

 

「やっべ、帰りまーす!!」

 

流石にハウンドドック先生が来ているのにこっそり延長なんてこともできるはずもなく、そのまま大慌てで寮に戻った。

 

 

 

寮に戻ってからは普通に夕食を食べて、入浴してと慌ただしい感じでやるべきことを済ませていった。

その後は各々思い思いに過ごしていた。

百ちゃん筆頭に半分くらいの人はもう部屋に戻って寝てしまっている。

もう11時30分過ぎだし、今共有スペースにいるのは私と透ちゃんを含めた夜更かし組11人だけだった。

 

「寝れねー!!」

 

「静かに!寝てる人もいるから!」

 

「三奈ちゃんの言う通り……部屋に戻ってる人は……もうほとんど寝てる……起こさないようにしないと……」

 

上鳴くんと峰田くんが「わー」なんて騒ぎながら走り回っている。

楽しみで興奮するのは分かるけど、子供かと言いたくなってしまう。

その行動は小学生レベルではないだろうか。流石に幼稚だと思わざるを得ない。

私がそんなことを考えていたら、ソファに座っている飯田くんが不安そうに口を開いた。

 

「皆盛り上がってくれるだろうか」

 

「そういうのはもう考えない方がいいよ。恥ずかしがったりおっかなびっくりやんのが、一番よくない。舞台に上がったらもう後は楽しむ!」

 

「おまえめっちゃ照れ照れだったじゃねえか!」

 

「あれはまた違う話でしょ」

 

響香ちゃんが飯田くんに的確なアドバイスをしていた。

それにしても飯田くんがこの時間まで起きているのは凄く珍しい。

いつも早々に部屋に戻って早くに寝てしまうのに。

思考を見る限りさっき発言していたみたいな不安と、あとは少しの期待が混ざってて若干の興奮状態と言う感じだ。

つまり、飯田くんもなんだかんだで上鳴くんたちと同じように眠れないからここにいるってことだろう。

でも上鳴くんが響香ちゃんを弄ったあたりで飯田くんもニコニコと笑顔を浮かべていたし、多分大丈夫だとは思う。

上鳴くんも上鳴くんで若干ズレた弄り方をしていたけど、わざとやったわけじゃないっぽい。偶然かな。

 

「耳郎さんの話、色んなことに通じるね」

 

「ウィ☆誰が為を考えると、結局己が為に行きつくのさ」

 

「なるほど」

 

道具の点検をしていた緑谷くんと青山くんもこちらの話を聞いていたらしい。

仲良く話している2人を微笑ましく思いながら見ていると、緑谷くんが何かに気が付いたようだった。

 

「これ、ロープがほつれてる」

 

「ワオ☆ずっと練習で酷使してたもんね。僕らの友情の証じゃないか!!☆」

 

「うん……いや、危ない。ごめん気付かなくて……」

 

青山くんがだいぶ嬉しそうに反応を返している。友情の証を感じることができたことが心底嬉しかったらしい。

そんな2人の話を聞いた上鳴くんが口を挟んだ。

思考的に何を言おうとしているかは分かる。

部屋に戻ってる人はもう寝てるってさっき言ったのに、それは無いんじゃないだろうか。

それを考えると頼めるのは明日の朝だ。

 

「八百万に作ってもらえば?」

 

「ヤオモモもう寝てるよ!便利道具扱いしないの!」

 

「ん……頼むにしても……起きてくるのを待たないと……」

 

正論を言ったと思うんだけど、上鳴くん的には気に障る部分があったらしい。

不満そうな顔で文句を言い始めた。

 

「俺のことは充電器扱いするじゃん!」

 

「これが男性蔑視」

 

少なくとも私と三奈ちゃんは上鳴くんを充電器扱いしてないと思うんだけど。

それに上鳴くんが寝てる時に充電器扱いで起こしてる人なんてクラスにもいないし。峰田くんの発言も的外れだ。

 

「僕、明日朝イチで買ってくるよ。朝練もあるし、ついでに買いたい物あるし」

 

「いやいや、俺ら10時からだぞ。店って大体9時からじゃん」

 

「雄英から15分くらいのとこにあるホームセンター、あそこなら8時からやってるんだよ」

 

「けっこーぎりじゃん」

 

緑谷くんはリンゴアメが文化祭で売ってなさそうなことにプログラムを見ていて気が付いたらしい。

エリちゃんにサプライズをするために自作するつもりみたいだった。

ついでに買いたい物っていうのはその材料みたいだ。

 

「緑谷くん……」

 

「どうしたの、波動さん?」

 

「リンゴアメ……飴の材料とか食紅とか……私と砂藤くんで大体の材料は……揃うから……リンゴだけ買ってきて……」

 

「ほんと!?ありがとう!助かるよ!」

 

緑谷くんは嬉しそうにお礼を言ってくれた。

それにしても砂糖を食紅を入れて煮詰めるだけとは言っても、普段料理とかお菓子作りをしていない緑谷くんだけだと心配だし手伝おうかな。

 

「ん……明日作るの……手伝おうか……?」

 

「ううん、大丈夫。波動さんはミスコンとかもあって大変だと思うから……その、コツとかだけは明日聞くかもしれないけど」

 

「そっか……聞いてくれれば教えるから……なんでも聞いてね……」

 

「うん。ありがとう」

 

緑谷くんは穏やかに頷いた。

とりあえずいつ質問されてもいいように、スマホの通知は頻繁に確認しておくようにしておこう。

ミスコン中とかに作ったりはしないと思うから、流石にそれで大丈夫だろう。

それにしても、緑谷くんはこういうところは本当に気が利く。

人助けに狂った精神を持っているだけあって、お人好しが服を着て歩いているみたいな人だ。

そんな私と緑谷くんのやり取りを聞いて不思議に思ったのか、透ちゃんが私に質問してきた。

 

「なんでリンゴアメ?」

 

「リンゴ……エリちゃんの好物だから……通形さんがリンゴアメあるかもって……エリちゃんに言ってたけど……プログラム見る限りだと……ないみたいだし……サプライズみたい……」

 

「あぁ!なるほどね。エリちゃん、リンゴが好きなんだ」

 

「ん……この前のお見舞いの時に言ってたから……間違いない……緑谷くん……気が利いてる……」

 

「そうだね、流石だね!」

 

説明したら透ちゃんもすぐに納得してくれた。

透ちゃんの中でも緑谷くんはそういう認識だったらしい。

 

 

 

「そろそろガチで寝なきゃ」

 

その後もミスコンの出来とか不安はないかとか、リンゴアメの作り方とかエリちゃんのこととか色々皆で話していたけど、0時を回りそうになった頃に三奈ちゃんがそう切り出した。

明日も朝は早いし、もういい時間だ。そろそろ寝ないといけない。

そう思って私もソファから立ち上がったタイミングで、切島くんが意気揚々と夜更かし組皆に声をかけた。

 

「そんじゃ……!また明日やると思うけど……夜更かし組!!一足お先に……」

 

切島くんがそう切り出した途端、皆何をしたいのかはすぐに察して切島くんの周りに集まった。

 

「絶対成功させるぞ!!」

 

「「「おーーー!!」」」

 

片手を上げて私も声を出しておく。

轟くんなんかは声を出したり腕を上げたりということはしてなかったけど、しっかり周りには集まっていた。

青山くんも以前では考えられないほど意気揚々と腕を振り上げていた。思考も一切暗い思考はない。

皆心から文化祭を楽しもうとしていた。

私もそうだ。

こういうのは今までやったことがなかったからちょっとワクワクしてしまう。

文化祭だってそう。中学時代は出席日数の為に通学はして文化祭中も人目につかないところで隠れて過ごしていたから、準備も含めて何もかも参加したことはなかった。

お姉ちゃんが楽しそうにしているのは去年と一昨年で見ていたけど、自分がその輪の中に入るのは初めてだ。

透ちゃんと一緒に回る約束もしてるし、他のクラスの出し物とか屋台とかとにかく色々見て回りたい物もある。

ミスコンも当初の目的とは変わっちゃったけど、お姉ちゃんと一緒に出られると思えばそれはそれで楽しみだった。

何もかもが凄く楽しみだし、私自身さっきの上鳴くんたちのことを悪く言えないくらい興奮気味なのが自覚出来てしまう。

明日のために早く寝なきゃいけないのは分かっているけど、すぐには寝付けそうにないなと思った。



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文化祭当日の朝

文化祭当日。

朝7時前。

 

あの後なかなか寝付けなかったこともあって、今日はいつもより起きるのが遅くなってしまった。

まあそれでも十分な時間に起きてはいるんだけど。

起きてからは軽く朝食を食べて、身支度を整えた。

今日の予定としては、まず備品室の方に行ってミスコンのことを色々と最終確認をする。

9時までに確認の方を終わらせて、体育館へ移動。そのまま衣装に着替えてダンスの準備。

10時にダンスをする。A組の皆はその後は盛大に散らかる氷とかの片付けをする予定だけど、私と透ちゃんは免除になっている。

私たちはそのままミスコン会場の方に移動して、ドレスに着替えてミスコンの準備だ。

着替え、メイク、参加者全員での段取りの確認にリハーサルとやることがたくさんあるのだ。

13時からミスコンが始まって、14時くらいには終わる予定。

それ以降は透ちゃんと一緒に文化祭を回る約束をしている。

結構予定がぎちぎちだ。

B組は拳藤さんがミスコンに出るらしいけど出し物の演劇の方に出ない選択をしているらしいし、予定の詰まり方を考えるとそういう方法もありだったんだろう。

 

それはそれとしてミスコンの最終確認だ。

控室に行ってからは着替えたりステージ進行の段取りの確認とかリハーサルとかがあるから、衣装とか装飾とか各々の出し物の確認は事前にやっておかないといけないのだ。

時間もあんまりないし、透ちゃんと一緒に早々に備品室に向かった。

 

「いよいよ本番当日だね!」

 

「ん……忙しいけど……がんばろ……」

 

「うん!頑張ろうね!」

 

透ちゃんの声掛けに返答すると、透ちゃんはにっこりと笑った。

そんな会話が終わる頃には備品室に着いた。

備品室には既に拳藤さんと柳さんがいた。

拳藤さんはちょうどドレスに着替え終わった所みたいだった。

ドレスは胸元から肩にかけて大きく露出している青いセクシーな感じのドレスだ。

拳藤さんにすごく似合っていた。

 

「お、波動じゃん」

 

「拳藤さん……今日はよろしく……」

 

「よろしく!そっちも今から最終確認?」

 

「ん……拳藤さんもだよね……ドレス……似合ってるね……」

 

「ありがと」

 

拳藤さんはちょっと赤面して呟くようにお礼を言ってきた。

こういうドレスを着慣れていないのと場違いだと考えているのとで色々複雑な感じみたいだ。

私の方は私の方で、百ちゃんが張り切って最終調整したドレスを昨日の夜に渡してきたのもあって、とりあえず一度試着しておかないと不安が残る。

ドレスを着てもダンスの衣装に着替えないといけないけど、そういう事情もあって試着することにした。

透ちゃんにも協力してもらって着替えが終わってカーテンで区切られたスペースから出ると、ちょうど備品室に物間くんの声が響き渡った。

 

「あっははは何だい拳藤その衣装は!!暴力に魂を売った人間とは思えないなァ!!」

 

「褒めてんのか貶してんのかどっち」

 

「ちょっと男子。ズケズケ入って来ないでよ」

 

女子がミスコンの準備をしている部屋にズケズケと入ってきて、相変わらずの煽るような発言をする物間くんに拳藤さんと柳さんが文句を言う。

内心では褒めてる感じの思考をしているのに、どうして発言する段階でそんな変な感じになってしまうのか。

 

「ほめてんのさ!!何てったってエントリーしたのはこの僕だぜ!?CM出演で人気のある拳藤なら優勝間違いなし!A組の波動をコテンパンにして優勝することによってB組はさらにプルスウルトラ!何よりその間君の手刀から僕が解放されるのさ!!」

 

「まぁ……やるとなったらてっぺん狙わせてもらいますけども」

 

拳藤さんがなんとも言えない表情を浮かべながらぼやいた。

それにしても、今物間くんが聞き捨てならないことを言った。

優勝はお姉ちゃんなんだから拳藤さんの優勝間違いなしってどういうことだ。流石にそれはあり得ない。

拳藤さんは綺麗な人だし格好いい人だとも思うけど、どうやって女神の如き美しさを持つお姉ちゃんに勝つと言うのか。

甚だ疑問である。

今ちょうどお姉ちゃんも備品室に入ってきてなんで優勝間違いなしなのか疑問に思っているし、一緒に文句を言うか。

 

「ねぇねぇ待って。なんで間違いなしなの?まだ分かんないよ」

 

「ん……優勝はお姉ちゃんなんだから……拳藤さんの優勝間違いなしはおかしい……」

 

「波動ねじれ先輩に波動!?」

 

お姉ちゃんはなぜまだ分かんないなんてぼかすのか。

優勝はお姉ちゃん確定なんだからもっと勝ち誇ればいいのに。

……他の人にも可能性を残っている感じをアピールして、楽しめるようにしてあげてるのかな。流石お姉ちゃんである。菩薩のような優しさだ。

 

「瑠璃ちゃん、まだ分かんないって言ってるでしょ。瑠璃ちゃんもちゃんと優勝目指して全力でやるんだよ」

 

「……勝てるわけないと思うけど……全力ではやるから……」

 

「それならよし!拳藤さんもよろしくね!」

 

お姉ちゃんは私にちゃんと全力を出すように釘を刺してから、拳藤さんにも挨拶し始めた。

拳藤さんも恐縮したような感じで笑顔で応じている。

流石お姉ちゃん。人望もばっちりだ。

そう思いながら頷いていたら、絢爛崎さんの波動が近づいてきた。

 

「おやおや私を差し置いて、優勝のお話を!?有終の美を飾るのはこの私!!」

 

絢爛崎さんはあろうことかその長すぎる睫毛をお姉ちゃんに当てながら登場した。

物間くんがビックリしたのか先輩の名前を叫んでいる。

お姉ちゃんの身体に少しでも傷がつかないように間に身体を滑り込ませる。

 

「そんなことない……!!有終の美を飾るのはお姉ちゃんなんだから……!!」

 

「あら、威勢のいい。こちらはねじれさんの妹さん?」

 

「うん、そうだよー。今年は瑠璃ちゃんも出るからよろしくね!」

 

「あらそうなの。よろしくお願いしますね、瑠璃さん」

 

「……お願いします……」

 

気に入らない相手だし威嚇は続けるけど、挨拶を返さないのは流石に失礼だと思って返事だけはしておく。

そんな私たちの様子を見て、泡瀬くんが「女の闘いだ……!」なんて呟いていた。

 

 

 

それからは時間がないこともあって私は他の人から離れて衣装とか装飾、それに出し物の流れを透ちゃんと一緒に再確認した。

確認自体はそんなに時間がかからずに終わったけど、ダンスの衣装に着替え直す頃には8時50分になっていた。

急いで体育館に向かっていたけど、その途中で範囲内に凄まじい速度で飛び込んできた2つの波動と、それを追うように飛び込んできた緑谷くんの波動に気が付いた。

 

「……緑谷くん……なにしてるの……」

 

「え?緑谷くんがどうかしたの?」

 

「ん……ちょっとね……電話するからちょっと待ってもらってもいい……?」

 

「それは全然いいけど……」

 

最初に飛び込んできた男の思考からして、雄英に侵入しようとしていたらしい。

見栄、ヒーローへの憧れと諦め、歴史に名を残すための浅ましい行動。

色々読み取れるし、悪意もごろつきレベルの物は感じる。

つまるところ、個性が厄介そうではあるけど世間に自分の存在を刻み込みたい見栄の塊のヴィランによるくだらない犯罪行為ということか。

タイムアタックとかふざけたことを考えているのもイラっとするけど、それ以上に困るのはタイミングだ。

世間に警鐘を鳴らすみたいな大層なお題目を掲げているみたいだけど、目的はさっきのくだらない物。

そんなことの為に文化祭を中止にされるようなことになるのだけは許容できない。

私だって初めて普通に参加できる文化祭で凄く楽しみにしていたのに、台無しにされたくない。

そう考えて出来ることを考える。

正直私がその場に向かうよりも、警備の先生に向かってもらうのが1番だ。

ほとんどの先生たちが警備に回ってくれているけど、近くにいるのはハウンドドック先生。

あとはハウンドドック先生から少し離れた所に分身のエクトプラズム先生が数人。

本体は出店とかの所で通信機で色々連絡を取っている。

……報告をして理性的な対応をしてくれるのはエクトプラズム先生か。

 

先生たちに知らせるのは即中止になるリスクはあるかもしれない。

でも、ハウンドドック先生が近くにいるならどのみちすぐに見つかってしまう。

後は今も緑谷くんと戦う中で悪意が少しずつ萎んでいっているこのヴィラン次第か。

本当にくだらないと思うし、こんなことで中止にされたくないけど、エクトプラズム先生に既に戦闘になっていることをぼかして電話で報告するのが最良だろう。

先生はスマホの表示で私の名前を確認したらすぐに電話を取ってくれた。

 

『ドウシタ、何カアッタカ?』

 

「先生……揉め事が起きています……緑谷くんが巻き込まれているみたいで……」

 

『何ダト?確カナノカ?場所ハ?』

 

「……ポイントが割り振られてますよね……思い浮かべてもらってもいいですか……?」

 

エクトプラズム先生はすぐに分身体に各々がいるポイントの割り振りを思い浮かべさせ始めた。

 

「ポイントE-4です……対応をお願いしてもいいですか……?」

 

『アア。全テコチラニ任セルヨウニ』

 

先生の思考が『敵意ヲ確認デキ次第、文化祭中止、生徒避難ノ旨通達スル』というものになっているのが怖いけど、実際エクトプラズム先生の分身が向かい始めるころにはハウンドドック先生が動き出していた。

私が連絡してもしなくても結果は変わらなかっただろう。

 

「緑谷くん大丈夫なの?」

 

「ん……多少怪我してるけど……エクトプラズム先生と……ハウンドドック先生が向かってるから……もう大丈夫だと思う……」

 

「大丈夫ならいいんだけど……」

 

透ちゃんは心配そうに呟いている。

私も心配だけど、とりあえず体育館に移動しながら感知を続けた。

 

先生たちが近づいた時には、そのヴィランの思考に残っていたのは一緒にいる女性のことだけだった。

『この戦いはなかったことに、少しでも、罪を軽く』なんて考えている。

緑谷くんを見えない所まで吹き飛ばして何もなかったことにしつつ、自分が自首してその女性の罪も含めて全て被るつもりらしい。

もう彼から悪意は感じなくなっていた。

緑谷くんとの戦闘で、思うところがあったんだろう。

緑谷くんもそれを察して誤魔化して報告してくれた。

エクトプラズム先生もハウンドドック先生も、当然"ちょっと揉めた"なんてものじゃなくて明確な戦闘行為があったことも察している。

それでもヴィランが無抵抗であることと、緑谷くんの想いを汲んだのが合わさって、目を瞑ってくれていた。

 

 

 

私たちが体育館に着くころには9時20分になっていた。

 

「おまたせ……」

 

「ごめんね!遅くなっちゃった!」

 

「ミスコン組は来たか!ったく、緑谷あいつ何してんだ!?」

 

「なぁ波動!緑谷どこにいるか分かるか!?あいつ電話にも出ねぇんだ!」

 

緑谷くんがまだ来ていないことに、皆だいぶ気を揉んでいるようだった。

軽いブーイングすら起きている。

ちょうど先生にも飯田くんから事情を説明されていたようで、「は?緑谷が?」とか結構怖い表情で呟いていた。

エリちゃんも緑谷くんが来ないことに対して不安になってしまっている。

 

「皆……緑谷くんは……ちょっと揉め事に巻き込まれて遅れてるけど……もう解決してこっちに向かってるから……エクトプラズム先生の分身も一緒……ちゃんと間に合う……大丈夫だから……安心して……」

 

私がそう言うと、皆不安そうな顔はしつつも怒りや不満は少し引っ込んだようだった。

不安だし文句を言いたいとは思っているようではあるけど。

 

それからしばらくして緑谷くんも雄英の敷地内に戻って来た。

擦り傷とか土埃で汚れているのもあって、エクトプラズム先生の勧めもあってリカバリーガールの所に寄ってからこっちに来ることにしたらしい。

……保健室に行って、ダッシュで体育館にきて、着替える。

一応間に合うとは思うけど、これは時間ギリギリかな。

皆にもそのことは伝えてスタンバイした状態で待っているように伝えた。

爆豪くんが言葉には出さなくても内心で凄まじいキレ具合なのが怖かったけど、あとで緑谷くん自身でどうにかして欲しい。

流石にあんな罵倒塗れの思考で憤怒に染まった爆豪くんに自分から話しかけたくない。

そう思いながら、皆で緞帳が閉じたままのステージで配置についた。



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垂れ流せ!文化祭!

開幕の1分前になって、ようやく緑谷くんがステージ裏にやってきた。

本当にギリギリだ。波動が見えている私でもハラハラしたんだから、皆なんてもっと不安だっただろう。

緑谷くんもステージに並んだことで、全員が揃った。

 

ダンス隊、バンド隊はそれぞれの衣装を着てステージに立っている。

私たちダンス隊は色は黄色で統一されているけど、男女で形が違う。

男子はタキシード風で短めのネクタイの衣装。飾りでダブルボタンが付いている感じの衣装だ。

女子はズボンをミニスカートに変えて、さらに上の丈を少し短くしてへそ出しになっている衣装だ。

飾りとかは同じ感じなんだけど、露出が増えていてちょっと恥ずかしい。

バンド隊と演出隊はすごくシンプルな感じだ。制服のズボンやスカートに、A BANDと胸元に大きくプリントされているTシャツを合わせている。

そんな統一感のある衣装を着て、ダンス隊皆で左手を上げて待機していた。

 

10時になった瞬間、ブーというブザーがなって幕が開き始めた。

それと同時に観客の人たちが俄にざわめき出した。

 

「お」

 

「始まるぞ」

 

「1年ガンバレー!」

 

「ヤオヨロズー!」

 

「どんなもんだあ!?1年ー!」

 

観客は9割は純粋に興味を持って見に来てくれた人、1割が批判ありきで見定めに来ている人だ。

正直後者の人たちは結構不愉快な感情を向けてきている。

相澤先生とパトロールを抜け出してきたマイク先生が今話している通り、最近の雄英に対する不満を全て私たちに責任転嫁して考えている人たちだ。

それによる憎悪とか怒り、恨みとかを向けられているせいもあって、すごく嫌悪感を感じる人たち。

だけど、ここに来ている人たちはマシな方ではある。

ここに来ている人たちは、まだ見定めようとする思考が見られる。

もちろん酷いものとか要求に満たないものしか見せられなかった時には完全に見限られるけど、それでもまだ改心の可能性がある人たちだ。

もっと酷いのはここにも来ないでただひたすら文句を垂れる思い込みが激しい上に捻くれた人。

少ないながらもそういう人もいる。敷地内で不愉快な波動を垂れ流しているから近寄りたくもない醜悪な人って感じでしかないけど。

まあそれはそれとして、とりあえずここに来ている人は不愉快な人もいるけど、不愉快な人でも改心の可能性がある思考をしているのだ。

出来る限りのパフォーマンスを見せる価値はある。

 

 

 

「いくぞコラァアア!!」

 

爆豪くんのその怒鳴り声と、同時に背後で巻き起こされた大爆発によってバンド隊の演奏が始まった。

度肝を抜くような爆音の直後に、ステージから重く響くような演奏が続く。

批判的な目で見てた人の思考も驚愕に包まれている。掴みはバッチリだ。

 

「よろしくおねがいしまぁす!!!」

 

音楽が始まるのに合わせてダンス隊はステップを始めている。

響香ちゃんが『Hero too』という英語の歌詞の曲を流暢に歌い始める。

サビに入ったあたりでジャンプも織り交ぜたダンスになる。

そのまま少し踊ったところでミラーボール青山くんと運搬係緑谷くんの見せ場だ。

他の皆で2人の方に視線を集めるように腕を向ける。

ステージの中央に集まった2人は、2人並んでダンスを始めた。

 

「息ピッタリ!緑谷とレーザーだ!」

 

「見せ場!!」

 

「行くよ!」

 

「ウィ☆」

 

観客もこれから何が起こるのかと期待しながら2人を見ている。

青山くんと緑谷くんは、お互いに声を掛け合ってから息を合わせて動き出した。

青山くんを掴んだ緑谷くんが、青山くんを空中に思いっきりぶん投げる。

その頂点に到達した辺りで青山くんは回転しながら"ネビルビュッフェレーザー"を放った。

暗闇の中で四方八方に放たれる小刻みなレーザーはさながら花火のような輝きで空中を灯した。

 

「レーザーだ!」

 

「人間花火かよ!」

 

そのまま落下してきた青山くんを尾白くんが回収して、青山くんと緑谷くんは舞台袖に引っ込んだ。

 

次は峰田くん待望のハーレムパートだ。

青山くんが空中にいて観客の視線が空に釘付けになっている間にステージ中央あたりに集まっておいたダンス隊女子陣は縦一列に並んだ。

正面から見て手が重ならないよう同時に手を広げて、サッと左右に分散して5人で峰田くんを囲む。

そのまま峰田くんを崇めるように下から上に手を上げていって、峰田くんに視線を集める。

その段階で峰田くんが振り向いて、凄まじいニヤけたドヤ顔を披露した。

うん、峰田くん、楽しそうだ。

こんなことでご機嫌になって嬉しそうにしてるならそれはそれでいいか。お祭りだし。

まあ峰田くんのドヤ顔が披露された瞬間に観客からは凄まじいブーイングが響き渡ったんだけど。

 

そのまま2番のサビに入ったところで、轟くんが空中に氷の道を張り巡らせた。

同時に百ちゃんがキーボードを弾きながら空中に大量のクラッカーを発射している。

緑谷くんは青山くんが行き渡るように天井近くの鉄骨の上を走り回っていた。

 

私たち女子も峰田くんの周りを回りながら踊っていたハーレムパートを締める。

そこで女子は再び分かれて行動を始めた。

ステージ右の道の方に梅雨ちゃんとお茶子ちゃん、左の道に私と透ちゃん、ステージ中央に三奈ちゃんが残る感じだ。

 

「透ちゃん……!」

 

「うん!全力で光っちゃうよ!」

 

私は身体強化を掛けつつ透ちゃんを背負って目を閉じる。

足に波動を可視化するように纏わせて、氷の上を走り出した。

透ちゃんは私の背中に乗って盛大に虹色に光っているはずだ。

サバイバル訓練でゲーミング葉隠って言われていた珍妙な技だ。

変ではあるけど目を引く光り方ではあるから、こういう時には役に立つ。

 

「楽しみたい方ぁあ!!ハイタッチー!!」

 

反対側の道では梅雨ちゃんが無重力になったお茶子ちゃんを舌で持って氷を駆け上っている。

お茶子ちゃんは空中を浮かんで観客の人達に次々とタッチして空に飛ばし始めた。

それを見た障子くんが、ステージ中央に残っていた尾白くんや三奈ちゃんたちを中央の空中に出来上がっている氷の足場に向けて放り投げた。

三奈ちゃんたちは足場に着地すると速やかに動き出して、そのままテープで空中に浮かんでいる観客の安全確保をし始めた。

 

次は私と透ちゃんの見せ場だ。

ちょうど対岸に梅雨ちゃんが来ていることを確認する。

それを確認したら背負っていた透ちゃんを下ろして、空中に浮かんでいるお茶子ちゃんに狙いを定める。

 

「行くよ……!」

 

「うん!!」

 

私は透ちゃんの手を掴んで一回転して勢いをつけたら、身体強化で無理矢理上げた腕力に任せて透ちゃんをお茶子ちゃんに向けて放り投げた。

ちょうど体育館の中央辺りで、透ちゃんとお茶子ちゃんがハイタッチした。

その瞬間、透ちゃんはステージ中央に浮かんだ状態になった。

そのまま一際強い凄まじい虹色の輝きを透ちゃんが放った。

暗かった体育館を虹色の輝きが塗りつぶす。

 

「なんだよこの虹色の光!」

 

「すげぇな目がいてぇ!」

 

透ちゃんの発光によるゲーミングライトの評判はばっちりだ。

わざわざこのためにスカートの裏地を光を反射する素材にしてもらった甲斐がある。

それを聞きながら私は手に波動を纏わせつつ、四肢にも波動を圧縮していく。

圧縮が終わったところで目を閉じたまま透ちゃんの方に跳ね上がった。

 

「透ちゃん……!」

 

「瑠璃ちゃん!」

 

空中でお互いに手を伸ばして透ちゃんをキャッチしてそのまま肩に掴まっておいてもらう。

それを確認次第落下する前に手の波動を噴出することで中央の大きな氷の足場に向かって跳び上がる。

氷のステージに着地して、先に飛ばされてきている三奈ちゃんに置いておいてもらったテープで透ちゃんが飛んで行かないようにしてしまう。

それを確認したところで透ちゃんは再び虹色に輝き出した。

 

その後は中央ステージに残ってロボットダンスをし続けていた飯田くん以外のダンス班全員で、氷のステージの上でダンスを続けた。

それから少ししてダンスの終了と同時に演奏も終わった。

それに合わせて、観客からは割れんばかりの歓声が響いた。

もう不愉快な感情を向けてきている人は体育館の中にはいなかった。

エリちゃんも興奮していて弾ける笑顔を浮かべていた。

通形さんなんかその様子を見て嬉し涙を滲ませていた。

 

それからしばらく拍手と歓声は鳴りやまなかった。

ステージは大成功だった。

 

 

 

閉幕と同時に、A組の皆は大急ぎで片付けを始めた。

次のステージがB組の演劇だから、散らかしたものを綺麗さっぱり片付けないといけないのだ。

散らかしたものは正直考えたくもない程の量と種類がある。

楽器とかは当然のことながら、空中に作り出した氷の道やステージ、演出でばら撒いたテープや紙吹雪、とにかくすごい量だった。

これを10時開演の演劇の準備の邪魔にならないように片付けなければいけないのだ。

時間のこともあるし、氷が溶けるとさらに面倒くさいことになる。とにかく大急ぎでやらなければ間に合わない。

そんな状況だから、皆はそのために散り散りになって急ピッチで片付けを行っているのだ。

 

一方で、私と透ちゃんは片付けには参加しないで移動の準備をしていた。

ミスコンの段取りの確認とリハーサルの時間が迫っているのだ。

着替えのことも考えるともうあんまり余裕はない。

 

「皆!ごめんね!」

 

「じゃあ……ミスコンの方に行ってくるから……!」

 

「気にすんな!」

 

「本番は見に行くからなー!」

 

「頑張ってきてねー!」

 

走りながら皆に声をかけると、皆は朗らかに声援を送ってくれた。

皆の声援を背に、走ってミスコンの控室に向かい始める。

頑張りはするけど、お姉ちゃんがいる以上勝ち目がないのがなんとも言えないところではあるけど。

皆も私が優勝する気がないのは分かった上で応援してくれているから、まあそれはいい。

実際布教にステージを利用したいという思いがまだあるのも事実ではある。

だけどエリちゃんがワクワクしながらステージを楽しみにしている思考も読めてしまっているし、お姉ちゃんから真剣勝負と言われてもいる。

だからエリちゃんが楽しめるような出し物が出来るように、ミスコンの出し物では全力でやる。

布教はステージが終わるまで我慢だ。



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女の闘い(前)

ミスコン参加者個人の控室に着いてから、大急ぎで衣装に着替えた。

チャイナドレスはノースリーブで肩を露出しているし、スリットが深いから太ももも結構露出している。

出し物で跳びはねる関係上タイツを穿くのもやめておいたから、素足にヒールのないチャイナシューズを履いている感じになっている。

下着はスリットが深くなった関係からスパッツはやめて、チャイナドレスと色を合わせたアンスコにすることにした。

なんだったら形も普通のショーツに近いのを百ちゃんに作ってもらった。普通のアンスコを穿いたら結構ガッツリチャイナドレスの上から分かるようなラインが出てしまったのだ。

こんな感じの日によっては寒さも感じてしまうような恰好だけど、今日は天気も良くて10月なのにこの格好でも全く寒くなかった。

ドレスの色は青で、サラサラしててちょっと光沢のある生地だ。薄い金色みたいなキラキラしている糸でところどころに刺繍も施されている。

細部まで丁寧に仕上げられているドレスに、百ちゃんの気合を感じられた。

髪は特に弄っていない。もともと肩にギリギリ届かないくらいのボブカットだし、お団子を作るか悩んだ結果そのままにすることにしたのだ。

代わりに花の髪飾りを1つ付けることにしている。

 

「よし!できたー!」

 

「ありがと……透ちゃん……」

 

「なんとか間に合ってよかったよ!」

 

透ちゃんが汗を拭いながら笑顔を浮かべた。

透ちゃんも着替えやメイクを手伝ってくれていた。

透ちゃんはメイクなんてしたことがなかったのに、他の人に頼んだりしないで毎日練習してくれていたのだ。

その甲斐もあってか出来は上々だと思う。

普段あまりメイクをしない私が自分でやるよりもうまくメイク出来ていると思う。

笑顔でお礼を言って、リハーサルの時間も迫っていたからすぐに移動を開始した。

 

 

 

ミスコン会場後ろの大き目の控室に入ると、ちょうど入口のところで拳藤さんが自分の頬を両手でパンッて叩いて気合を入れていた。

拳藤さんの前を歩いていた柳さんがその音に驚いて振り返っている。

 

「なにしてんの?」

 

「ちょっと気合をさ」

 

「赤くなってんじゃん~」

 

柳さんが拳藤さんの頬を冷やすためなのか、自分の手を拳藤さんの手に当てた。

拳藤さんの思考を見る限り、柳さんの手は相当冷たいらしい。

 

「……瑠璃ちゃんはやらないでね?」

 

「大丈夫……やらないから……気合い入れるにしても……あれはしない……」

 

「ならいいんだけど……」

 

透ちゃんが冷や汗を流しながら私に注意してきた。

まあメイクしてくれた側としては、メイクをした後に頬を赤く腫らしたりされたら堪ったものではないだろう。

そんなことを考えていたらお姉ちゃんが控室に近づいてきていた。

お姉ちゃんも遠目に今のやり取りは見ていたみたいで、ササっと拳藤さんの方に近づいて行った。

 

「どうしたの?痛いの痛いのとんでけーってやってるの?」

 

「ねじれ先輩!?いえ、ちょっと気合を入れていただけで……」

 

「気合を入れるにしても……自分で頬を叩くのはびっくり……」

 

「波動まで見てたの!?」

 

きょとんと不思議そうにしたお姉ちゃんの声掛けに、拳藤さんは慌てて振り返ってようやく私と透ちゃん、お姉ちゃんが近くにいたことに気が付いたらしい。

甲矢さんも少し遅れて控室に入って来た。

そんな中、お姉ちゃんは気合と聞いてにこっと笑った。

 

「気合かー、私も入れよう、気合!ふんー!」

 

「お姉ちゃん……!溢れんばかりの気合が伝わってくるね……!」

 

「そうでしょー!今回は私、気合入ってるよー!」

 

お姉ちゃんは無邪気に拳を握って気合を入れた。

見るだけで伝わってくる溢れんばかりの気合を見て、私も気合が入ってしまう。

一方で甲矢さんは苦笑しながらお姉ちゃんに声をかけた。

 

「ねじれ、あんまり気合入れすぎて"個性"出しちゃダメだよ」

 

「わかってるってばー」

 

「喉渇いてない?ジャスミンティーあるよ」

 

「ありがと。渇いたー」

 

甲矢さんに差し出されたジャスミンティーをお姉ちゃんは嬉しそうに飲み始めた。

拳藤さんや奥の方にいた絢爛崎さん以外の他の参加者も、お姉ちゃんの無邪気な様子に肩の力が抜けて笑顔になっていた。

流石お姉ちゃん。周囲の緊張すら解してあげるなんて、女神のような慈悲すら持ち合わせている。

それにしても、あのジャスミンティーの匂い、前のやつと同じだな。

やっぱり茶葉の香り付けの方法を今度教えておくべきだ。

私がそう考えていると、甲矢さんはイヤリングやヘッドドレスを物色し始めた。

まだ悩んでいるらしい。

 

「ねじれに似合うのは……」

 

「……今回のお姉ちゃんのドレスなら……なしでもいいと思います……どうしても付けたいなら……こういうのがいいかと……」

 

これくらいならお姉ちゃんも怒らないよねと思って甲矢さんに助言した。

透ちゃんも苦笑はしているけど、助言すること自体は止めなかった。

お姉ちゃんの今回のドレスはふんわりした可愛い感じのドレスだ。肩と胸元は露出しているけど、この前みたいなセクシーな感じじゃない。

ちゃんとお姉ちゃんの妖精のような可憐さを活かせるドレスを選んでくれていた。

それにイヤリングとかヘッドドレスは正直いらない。

お姉ちゃんのもともと持つ美貌で十分すぎるほどだし。

仮につけるにしても、素朴な可愛さとか可憐さを損なわないシンプルな小さいイヤリングとかで十分だ。

そう思ってお姉ちゃんに似合いそうなのを示すと、甲矢さんがビックリしたように顔を上げた。

 

「瑠璃ちゃん!?……ううん、そうだよね。今回の方針からして、その方がいいよね」

 

「はい……派手なアクセサリーは……似合っていたとしても……今回は邪魔です……」

 

「うん……ありがとう!瑠璃ちゃん!よし、無しにしちゃおう!」

 

甲矢さんの思考はお姉ちゃんを負けさせられないって感じで結構追い詰められているのはこの前から変わらない。

焦ってもいる感じだし、多分他の出場者とかサポートしている人が言っても罠とかを疑って素直に聞き入れてはくれなかったと思う。

でも、私だけは違うことをちゃんと甲矢さんも分かってくれている。

私がいかにお姉ちゃんを大事に思っているか、お姉ちゃんの優勝を心から願っているかは、この前寮で話した時に十分伝わったんだろう。

それもあって、甲矢さんは笑顔を浮かべてお礼を言ってきた。

これでお姉ちゃんのドレスと装飾は確定したのかな。

このままお姉ちゃんが考えていた出し物をするなら優勝はまず間違いないと思う。

 

そのタイミングで、控室に絢爛崎さんが入って来た。

 

「オホホホホホホホホ!ごきげんよう、皆さん!」

 

入って来た絢爛崎さんの衣装は、とにかく豪華で光り輝いていた。

着物なんだけど、その表面は輝くスパンコールドレスみたいな感じになっている。

これであのちょっと離れた所に控えている、遊園地のパレードで使われるような大きな車に乗ってアピールするつもりなんだろう。

車の形状が絢爛崎さん自身の顔になっていて、とにかくインパクトが凄い。

このインパクトがあるせいで去年までお姉ちゃんは負けてしまっていたのだ。油断できない。

 

「今日は決戦の日、お互いに悔いの残らない戦いをしましょう!」

 

絢爛崎さんは控室にいる全員に向けて声をかけた。

他の参加者の人達は絢爛崎さんの圧に当てられたのか、緊張感が漂っていた。

この人は美人ではあると思うんだけど、やっぱりお姉ちゃんみたいな周囲を和ませる可憐さがない。

やはり勝つべきはお姉ちゃんだ。

 

絢爛崎さんは周囲を見渡すと、そのままお姉ちゃんの方に歩いて行った。

 

「よろしくね、ねじれさん」

 

「うん、がんばろうね。今年は負けないよ!」

 

お姉ちゃんは挨拶に応じつつも、勝利宣言とも取れることを言い放った。

流石お姉ちゃん。実力に見合った自信まで持ち合わせている。

そんなお姉ちゃんの返しに対して、絢爛崎さんは長い睫毛をピクリと揺らした。

 

「あらごめんあそばせ、今年も私が勝ちますわ。それより早くドレスにお着替えになったら?」

 

は?

お姉ちゃんはもうドレスに着替えているし、これ以上ない程可憐で可愛くて天使のような輝きを放っているのに、それが分からないというのか?

 

「もう着替えてるけど?」

 

「あらごめんあそばせ!あまりに地味なので、普段着なのかと思いましたわ!オホホホホホホホホホ!!」

 

「むぅーいじわる言ってー!かわいいドレスだもんっ!」

 

バチバチとした一触即発という空気ではあったけど、絢爛崎さんの罵倒に私はもう耐えられなかった。

甲矢さんと姉御肌の拳藤さんも止めるために動き始めようとしていたけど、私が動き始める方が早かった。

 

「そうだよ……!!お姉ちゃんは今……!!かわいいドレスで着飾って……!!その美貌を、可愛らしさを……!!さらに引き立てることが出来てるんだから……!!」

 

私が間に入って物申すと、絢爛崎さんはきょとんとした様子でこっちを見てきた。

 

「……ねじれさん?妹さんも出場なさるのですよね?」

 

「……あー、うん。そうなんだけど……瑠璃ちゃん、ありがとね。大丈夫だから、瑠璃ちゃんは自分の準備に集中してねー」

 

「ごめんなさいねじれ先輩!ほら瑠璃ちゃん!邪魔しちゃダメだよ!」

 

「ダメじゃない……!!お姉ちゃんのことを貶めるようなこと言った……!!許されない暴挙……!!透ちゃんも引っ張らないで……!!」

 

「うんうん、分かったから!許されないことだから!とりあえず一回離れるよ!」

 

透ちゃんに引きずられてお姉ちゃんから引き離されてしまった。

なんてことをしてくれるんだ。これじゃあまたお姉ちゃんが罵られてしまう。

そう思っていたら、甲矢さんがお姉ちゃんと絢爛崎さんの間に割り込んだ。

流石甲矢さん。お姉ちゃんの良さを理解しているだけある。

 

「絢爛崎さん、これ以上ねじれに絡むのはやめてくれる?」

 

甲矢さんはまるでお姉ちゃんの忠犬のように絢爛崎さんを威嚇した。

お姉ちゃんにとってその行動は意外だったのか、ちょっとびっくりしているみたいだった。

絢爛崎さん的にも甲矢さんの表情や行動に思うところがあったらしく、一切動じることなく口を開いた。

 

「甲矢さん、付き添いの方の余裕のなさはねじれさんに伝わるのではなくて?焦りは美しくなくてよ」

 

「っ……」

 

核心を突くような指摘に、甲矢さんは黙ってしまった。

なんてことだ。いくら核心を突かれたとはいってもこんなことで言い負かされてしまうなんて。

 

そのタイミングで、ミスコンの実行委員の人が入ってきた。

リハーサルの順番の説明に来たらしい。

甲矢さんは顔を顰めていたけど、その後は特に参加者間でバチバチとした空気になるようなこともなくリハーサルに移行していった。

リハーサル自体は問題なく終わって、ちょっと変な空気のまま各々の控室に戻っていった。



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女の戦い(後)

リハーサルが終わって個人の控室に戻ってのんびりする。

リハーサル自体は特に何もなかった。

強いて言えば絢爛崎さんだけ出し物のリハーサルをしなかったり、拳藤さんの出し物が演武で内容がちょっと被っちゃったことくらい。

まあ拳藤さんはしっかりした武術の型に則った本格的な演武、私のは尾白くん指導の付け焼き刃で体裁だけ整えた型に波動の見栄えを足した魅せる演武だから系統が違うんだけど。

リハーサルでの出し物は皆触りだけやって、全容は分からない感じになっている。

私も波動を手に纏わせて型を少しやっただけで終わらせた。

必殺技は発勁しか見せてない。波動蹴は本番まで取っておいた。

 

「瑠璃ちゃんお昼どうする?もういい時間ではあるけど」

 

「今はいいや……終わったらにする……透ちゃんは食べてきても大丈夫だよ……」

 

「んー、私も今はいいや!終わったら一緒に回りながら食べ歩きしよ!」

 

「ん……そうだね……」

 

12時過ぎくらいになっていたのもあって、透ちゃんからご飯をどうするかを確認された。

とりあえず私自身は終わってから食べるつもりだったからそのことを伝えたら、透ちゃんが後で食べ歩きするのを提案してくれた。

友達と食べ歩き、少し楽しみだ。

 

そんなことを考えていたら、少し遠くの控室から「なによ、これ!」という声が聞こえた。

……甲矢さんかな。多分お姉ちゃんが履く靴を見ながら、思考が驚愕と怒りに染まっている。

釘も手に持っているし、まさかお姉ちゃんに嫌がらせしようとする人間が出てきたのか。

緊急事態に、私は大急ぎで部屋を出た。

透ちゃんも何かがあったことを察してすぐに追いかけてきてくれた。

 

お姉ちゃんの控室に着くと、困った表情のお姉ちゃんと怒りに震えている甲矢さん、それに声を聞きつけてきた拳藤さんがいた。

ちょうど拳藤さんが何があったのか聞いていたところだったようだ。

 

「……ねじれのハイヒールに釘が入ってたのっ……」

 

「えっ」

 

「嫌がらせなんて誰が……!」

 

甲矢さんは怒りが抑えられない様子で、犯人の予測を立て始めている。

……さっき部屋に入ったのは発目さんだ。お姉ちゃんたち以外発目さん以外近付いてすらいない。

でも悪意を感じなかった。それに発目さんは今、『リモコンどこですか!?』とかいう謎の思考で大慌てで走り回っている。とても犯人とは思えない。

私がそんなことを考えていると、お姉ちゃんは困ったような感じで甲矢さんに話しかけた。

 

「んー、嫌がらせかどうか分かんないよ?たまたま入っちゃったとか」

 

「たまたま入っちゃう釘なんてあるわけないでしょっ!?」

 

甲矢さんの言うことは尤もだ。拳藤さんも内心で同意している。

透ちゃんがお姉ちゃんへの嫌がらせに怒らない私に不思議に思ったのか、私の方を見ながら聞いてきた。

 

「瑠璃ちゃん、静かだけど、何か分かることあるの?」

 

「……一応、出来る可能性があったのは……1人だけ……」

 

「それは誰っ!?」

 

私の返答を聞いて甲矢さんがすごい剣幕で詰め寄ってきた。

そんな甲矢さんを、お姉ちゃんが窘める。

 

「有弓」

 

「あっ、ご、ごめん」

 

「いえ……大丈夫です……」

 

「瑠璃ちゃんが言わなかったってことは、何か理由があるんだよね?」

 

普段の私だったら甲矢さんに同調して激怒している場面だということはお姉ちゃんにも分かっているんだろう。

誤解がないように聞いてきた。

多分なんですぐに言わないのかまで大体察してくれているみたいだった。

 

「ん……前提として……この部屋にお姉ちゃんたち以外で……近づいたのは……1人だけ……ただ……その人からは……悪意を一切感じなかった……お姉ちゃんのリハ中だったのもあって……行動もそこまで監視してない……釘を入れたかも気にしてなかったから……分からない……」

 

「……悪意?」

 

拳藤さんと柳さんが不思議そうにしているのが伝わってくる。

まあ当然のことではあるんだけど。読心を知らない状態でいきなり悪意とか言われても意味不明だろうし。

だけど説明していたら話が進まないし、とりあえず無視して話を続けた。

 

「それで、誰だったの?」

 

「……サポート科1年の……発目さん……」

 

「サポート科……!?それなら、やっぱり絢爛崎さんが……!」

 

完全に誰かの嫌がらせだと思い込んでいた甲矢さんは、案の定そういう思考になった。

でも発目さんの性格とかを知っているこちらからしたらありえないとしか思えない。

仮に発目さんがやっていたんだとしても、少なくとも発目さんから悪意も負の感情も感じなかったから誤解とか手違いだった可能性が高い。

怒りに燃える甲矢さんに、お姉ちゃんがちょっと怒ったように顔を顰めた。

 

「ダメだよ有弓」

 

「……ごめん。でも……ねじれに優勝させないようにしたいのは、連覇してる絢爛崎さんしか……」

 

「ダメって言った。それに、悪意はないって瑠璃ちゃんが言ってくれたでしょ。悪意に関しては瑠璃ちゃんは特に敏感だから、陥れようとしてってことは絶対にないはずだよ」

 

メッて諭すお姉ちゃんに、甲矢さんは何も言えなくなってしまった。

 

 

 

そのタイミングで、隣の部屋から「もっとよくお探しなさい!」という声が聞こえてきた。

どうやら、絢爛崎さんの方でもトラブルがあったようだ。

思考的に本番でつける予定だったジュエリーが無くなってしまったらしい。

明らかに何かがあった声が聞こえたせいもあって皆気になったようで、すぐに隣の部屋に移動した。

移動してすぐに拳藤さんが絢爛崎さんに声をかけた。

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

「あらみなさん。それが……私の本番でつけるジュエリーが見当たらなくなってしまったの……このリハーサル前まではこのテーブルの上にあったはずなんですけど……!」

 

絢爛崎さんはそう言って窓辺のテーブルの上のジュエリーケースを指さした。

付き添いの先輩は大慌てで周囲を探していた。

そのタイミングで烏が飛び立っていった。

……?烏はそこの窓の桟の所で光るものを探していたようだったけど、なんでわざわざそこで探しているのかがよく分からない。

今なんか特に人の気配も多い所だろうに。

そう思っていたら、部屋の中に発目さんが入ってきた。

発目さんはなんていうか、薄汚れたタンクトップを着ていた。

顔も汚れが目立つし、もしかしなくてもお風呂に入っていないのだろうか。

 

「わたしのベイビーのリモコンありますかー!?絢爛崎先輩!ありますか!?」

 

「いったいなんのこと?……明!お風呂に入りなさいとあれほど口を酸っぱくして忠告したのに入ってませんね!?」

 

「朝まで調整作業してたので!」

 

「それで、リモコンがなんですって?」

 

絢爛崎さんは発目さんに発明以外のことを優先させるのは無理があると諦めたように首を振りながら質問した。

 

「リモコンです!技術展示会で披露する、わたしのドッカワベイビー第202子の!」

 

「ここにはないわ。さっきジュエリーを探したけど、リモコンなんて見当たらなかったもの」

 

「そんな!!」

 

「なにをやってるの!予備は!?」

 

そこからは発目さんの説明が始まった。

なんでも絢爛崎さんのアドバイスでもっとキラキラさせるように言われていた発目さんは、確認してもらうためにリモコンを絢爛崎さんの控室に持ってきていたらしい。

無くなったことに気が付いてからは、教室、寮、食堂、トイレと行ったところは全部探したと言っている。

もう時間がないから探すのを諦めて乗り込んで直接入力した方が効率的かとかよく分からないことまで言い出す始末だ。

 

……発目さん、本当に行ったところを全部探したのだろうか。

さっきお姉ちゃんの控室に行っていたと思うんだけど。

 

「発目さん……ちょっと聞きたいんだけど……」

 

「なんですか?」

 

「本当に行ったところ……全部探した……?さっきお姉ちゃんの控室に行ってたよね……?」

 

「お姉さんの控室ですか?お姉さんというと、そちらの方の所ですよね?行ってないと思いますけど?」

 

「……?間違いなく……行ってたと思うけど……」

 

私が疑問符を浮かべると、発目さんが考え込みだした。

少し考え込んだ後、発目さんは話し出した。

 

「絢爛崎先輩の部屋にリモコンを見せに行って、いなかったので私が来た目印にすぐ気付ける靴の中に私しか使わない釘を置いて、その後は森の中を……あぁ!!そうです!戻る時に通った森の中を探していません!!すぐに探しに行かなければ!!」

 

「私も探して差し上げますから、落ち着きなさい」

 

「いいんですか!?絢爛崎先輩はこれからミスコンでは!?」

 

発目さんが閃いたようで、それに対して絢爛崎さんが反応し始める一方で、甲矢さんが拍子抜けしたような顔をしていた。

 

「……えっと、つまり?」

 

「……発目さんが……控室を勘違いしてただけだと……思います……」

 

「だからいやがらせかどうか分からないって言ったでしょ?」

 

お姉ちゃんがドヤ顔でそう言う。可愛い。

そんな会話をしているうちに絢爛崎さんと発目さんは控室を出て行こうとしていた。

そんな2人にお姉ちゃんが声をかけた。

 

「はいはい、探すよー。私も」

 

「ねじれ?」

 

お姉ちゃんの声掛けに、甲矢さんが驚いたような表情を向ける。

 

「だって、探すなら人数が多い方が見つかる可能性が高いよ!」

 

「あのっ、私も探します!」

 

「……私も……手伝います……」

 

「私も手伝います!」

 

「あらあら……よろしいの?」

 

「いーよ。ほら、早く探そ。時間ないよー」

 

拳藤さんと私、透ちゃんも手伝うことを伝えると、絢爛崎さんは素直にお礼を言ってくれた。

私はすぐに発目さんが無くしたリモコンと絢爛崎さんが無くしたジュエリーがどういうものかを確認した。

生き物じゃないから探すのは大変だけど、形が分かれば多少マシだ。

形が分かったところで砂浜に落とした米粒を探すような作業だから大変なことには変わりないんだけど。

 

「よし!瑠璃ちゃん、ちょっと一緒に空飛ぼっか。私が抱えるから」

 

「ん……それがいいかも……私が下を歩きながら地道に探すより……そっちの方が効率良さそう……」

 

「じゃあ私たちはちょっと空から探してるから、皆は下から探してねー」

 

私の感知個性を知っている人たちがすぐに同意してくれて、その提案はすぐに採択された。

そうと決まったらお姉ちゃんの行動は早かった。

私を抱えるとササっと飛ぶ上がって森の方に移動し始めた。

 

 

 

お姉ちゃんに抱えられて森の上を飛んで行く。

集中してリモコンが落ちていないかを確認しながら見ていくけど、なかなか見つからない。

絢爛崎さんのジュエリーも控室がある建物の中にないか見たりしたけど、特に見当たらなかった。

リモコンはともかくジュエリーが建物の中にないってどういうことなんだろう。

まさか窃盗なのだろうか。でも悪意を感じるような人は控室の方には近づいてすらいない。

良くわからない感じだ。

 

「どう?ありそう?」

 

「ん……まだ……流石にすぐには……見つからない……」

 

「そっかー」

 

お姉ちゃんもキョロキョロ見ながら探してはいるけど、森の中にあるかも分からないリモコンを肉眼で探すのは無理がある。

拳藤さんや甲矢さん、透ちゃん、柳さん、絢爛崎さんに発目さんは地上を歩いて探してくれているけど、そっちも収穫はなさそうな感じだった。

 

しばらく飛び回って探していたけど、やはり見つからなかった。

何かヒントはないかと思って考え込んでいたけど、そこでようやくある可能性について思い至った。

さっき絢爛崎さんの部屋の窓の桟に烏が止まって、光るものを探していた。

無くなった物は絢爛崎さんのジュエリーと発目さんのキラキラ改造を施したリモコン。光るものばかりだ。

つまり、烏が持ち去った可能性があるのではないだろうか。

そう思って闇雲にリモコンを探すのではなく、烏の波動を探すことにした。

 

「あった……」

 

「ほんと!?」

 

「ん……烏が……リモコンも……ジュエリーも……どっちも持ってる……」

 

「烏?」

 

「ん……あっちに飛んで欲しい……」

 

「あっちだねー。よーし、少し急ぐよー!」

 

烏だけを集中して探したら目的の物はすぐに見つかった。

ある烏の近くの枝に、普通にリモコンっぽいものとジュエリーが置かれていた。

お姉ちゃんにお願いしたらそっちの方向に素早く飛んで行ってくれる。

 

「この辺……降りたい……回収してくる……」

 

「大丈夫?私が取ってこようか?」

 

「烏に怪我させたくないから……引っ掻けてある枝だけ折る……私だけの方がいいと思う……」

 

「そっか、じゃあ任せるね」

 

お姉ちゃんはすぐに了承してくれた。

ゆっくりと地面に着地してくれたお姉ちゃんから降りて、烏の方に近づいて行く。

お姉ちゃんに取ってもらうのが一番手っ取り早いけど、カラスがお姉ちゃんの白魚のような手を突っついて怪我してしまう可能性もある。

私がやるのが最適解だ。真空波でいいかな。多分それが烏にも怪我をさせない最適な方法だと思うし。

そう思って枝の方に真空波を飛ばす。

枝は簡単に折れた。それに合わせて烏は飛び上がって、リモコンとジュエリーは折れた枝と一緒に落ちてくる。

下で待機していたから、落下してくるそれらはササっと回収できた。

 

「おつかれさまー」

 

「ん……じゃあ皆と合流して戻ろ……もう時間ない……」

 

皆も森の中を歩いて探しているから、すぐにそちらに向かってしまう。

甲矢さんや拳藤さんたちとはすぐに合流できた。

甲矢さんはちょうど拳藤さんに悩みを打ち明けていたタイミングだったようで、なんで思い詰めていたのかとかを全部お姉ちゃんに聞かれてしまった。

お姉ちゃん的にも思うことは色々あったみたいで、神妙な眼差しで甲矢さんを見ていた。

お姉ちゃんは別に怒ってないし、私とは違ってミスコンで負けたことも甲矢さんのせいだなんて思ってない。

なんだったらお姉ちゃんは甲矢さんが喜びそうだからっていう理由でミスコンで優勝したいって言っているくらいだ。

ちゃんと素直に話せばこじれたりすることはない。

 

実際お姉ちゃんはすぐに甲矢さんに駆け寄って、甲矢さんの悩みも甲矢さん自身が嫌なことも全部受け止めた上で自分の親友だってしっかりと明言していた。

ミスコンで優勝したいって何度も強調していた理由も、甲矢さんが喜んでくれるかなーって思ったからなんていうことも包み隠さずに伝えた。

「負けたままのなのは嫌だし!」って付け足して、お姉ちゃんの負けず嫌いな一面もしっかりと見せたそれらの言葉に、甲矢さんもようやく笑顔が浮かんだ。

お姉ちゃん、個性が気合を入れた手から少し漏れている。甲矢さんを和ませるためにわざとやったのかな?

 

そんな和やかな雰囲気で甲矢さんの悩みが解消していくところを眺めていたら、絢爛崎さんの顔面アピールが激しい車が近づいてきた。

 

「オホホホホホホホホ!犯人が誰かは聞きました!悪戯好きな鳥類はどこですか!?」

 

「絢爛崎先輩!?」

 

「目的の物は……もう回収済みです……」

 

絢爛崎さんに回収したリモコンとジュエリーを見せる。

絢爛崎さんは多分烏が犯人だってことを天喰さんに聞いたんだと思う。

まあそれを聞いただけで装甲車で乗り込んでくるのはどうかと思うけど、多分後輩の為なんだろう。

私の言葉に絢爛崎さんは驚いたような表情を浮かべた。

 

「まあ……私のジュエリーまで……」

 

絢爛崎さんは装甲車から降りてきてリモコンとジュエリーを手に取り、リモコンの方をすぐに発目さんに渡した。

多分時間ギリギリだったんだろう。発目さんはこちらにお礼を言ってから凄まじい速さで駆けて行ってしまった。

それを確認した絢爛崎さんは恭しく頭を下げ始めた。

 

「皆さん、この度はサポート科の後輩のために力を貸してくださってお礼申し上げます」

 

「……気にしないでください……」

 

お礼の言葉に、私も拳藤さんも簡単に受け流す。拳藤さんはちょっと慌ててたけど。

お姉ちゃんはと言うと装甲車の方に興味が移ってしまったようで、無邪気な笑顔を浮かべて装甲車の周りをぐるぐる飛び回っていた。

 

「それよりも……!絢爛崎さん、なにこれ!すごいよー!」

 

「オホホホホホホホホ!そんなに私の装甲車が気に入りましたの?そこまで言うのならば、あなたのサポートアイテム、私がデザインして差し上げてもよろしくてよ」

 

「それは大丈夫、趣味じゃないし」

 

「んまあ!あなたとは美の基準が合いませんわね!」

 

絢爛崎さんは上機嫌でそんな提案をしたけど、お姉ちゃんはすぐに拒否していた。

まああんなキラキラした豪華絢爛な感じはお姉ちゃんの趣味じゃないし当然ではある。

絢爛崎さんはぷりぷりと怒っているけど。

 

その後は甲矢さんが絢爛崎さんに謝罪していたくらいで特に大きなことは何もなかった。

森から控室の方に歩いて戻ると、ちょうど私たちを探していたらしいミスコン実行委員が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「出場者の皆さん!探しましたよ!もうすぐ始まります!」

 

その声を聞いて、絢爛崎さんがお姉ちゃんと拳藤さん、私を見て口を開いた。

 

「さぁ、清く正しく美しい女の闘いをしましょう!」

 

「豪華絢爛にね」

 

にこっと笑ってお姉ちゃんが言い返すと、絢爛崎さんも笑みを返した。

そのまま私たちは開始時間が迫っているミスコン会場へと急いで移動した。

拳藤さんのドレスが枝に引っ掛けたのか裂けているのが気になる。

柳さんが焦りながら指摘しても拳藤さんは焦ってないし、演技でもっと裂くような思考が読み取れるからいいのかな?気にしないことにした。

私の方は私の方で集中しないと駄目だし。

空を飛んだせいで乱れた髪を透ちゃんが慌てながら直してくれているのを少し申し訳なく思いながら、自分の出番を待った。



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ミスコン

色々あったけどミスコンは問題なく始まった。

今は最初の方の順番の人達が出し物をしているところだ。

順番自体は去年のグランプリの絢爛崎さんと準グランプリのお姉ちゃん以外でくじ引きで決めた。

絢爛崎さんとお姉ちゃんは2人でくじ引きをしている。2人は最後の2人になるように調整しているみたいだった。

まあ絢爛崎さんを最初の方に持ってこられると、そのインパクトで他の参加者が印象に残らなくなる可能性があるから仕方ない措置なのかもしれない。

絢爛崎さんをトリで固定するのも……ということで準グランプリのお姉ちゃんも巻き込んで2人でくじ引きをすることにしたみたいだった。

 

くじ引きの結果決まった順番は、知らない参加者の人たち5人が最初から順番に並んでいて、その後は拳藤さん、私、絢爛崎さん、お姉ちゃんの順番だ。

お姉ちゃんがトリになったようだ。

これは本当に有終の美を飾ることになってくれそうだ。

 

準備も終わってもう本番ということで、透ちゃんや柳さん、甲矢さんを含めたサポートしてくれた人たちは全員客席の方に移動している。

裏に残ってもいいみたいだけど、皆ちゃんと出し物を見たいらしい。

 

出し物は順調に進んで、今は拳藤さんの番になっている。

会場の方からは「ケンドー!」とか「シュシュっと一吹きケンドー!!」とかいうヤジが聞こえる。

百ちゃんもライブで「ヤオヨロズー!」って言われてたけど、やっぱりCMによる知名度効果は結構大きいらしい。

拳藤さんは綺麗なドレスのスカートを裂いて人為的にスリットを作って演武を行っていた。

大量に並べられている大きな板を素手で砕いている。

手が大きくなってないから"大拳"の個性も使ってないと思うし、あれは素の武術の実力なんだろう。

素直にすごいと思った。

というか物間くん普段あんなに凄まじいチョップを食らってるのに平然としてるのか。物間くんも凄いな。

 

『華麗なドレスを裂いての演武!!強さと美しさの共存!素晴らしいパフォーマンスです!!』

 

拳藤さんのパフォーマンスは特に失敗もなく無事に終わったようだ。

これから割った板の片付けをしたら私の番だ。

 

 

 

目を閉じたままランウェイをゆっくり歩いてセンターステージに向かう。

結構な人数の観客がいて、皆の視線が私に集中している。

舞台袖でお姉ちゃんも見てるし、A組の皆も固まって見ている。

通形さんとエリちゃんもA組の近くにいるようだ。

エリちゃんがワクワクした感じで期待を滲ませている。

その様子を見るとちょっと緊張してしまう。期待に応えられるように頑張らないといけない。

あとはミルコさんのファンだと思われる生徒からの期待の思考はちらほら見られる。

まあこの人たちはミルコさんのファンであって私のファンではないから、拳藤さんのやつとはちょっと違う感じだ。

その一方で、やっぱり私に対しては嫌悪感みたいな感情を向けてくる人がいる。

ライブの時と同じだ。結局色々な影響を全部私たちのせいにしたがる人はいる。こんな不愉快な人は無視一択だけど。

とりあえず不愉快な波動の人は無視して、お姉ちゃんとエリちゃんのために頑張ろう。

 

ステージの中央に着いたところで目を開けて、深々と一礼する。

一拍置いて頭を上げる。

そのままゆっくりと火を灯すような感じで、両手に可視化した波動を纏わせていく。

観客がちょっと騒めいたのが分かる。こんなところで気にしていても仕方ないからどんどん進めていく。

波動を纏った手を動かして演武を始める。

舞うようにゆっくりと身体を動かしていく。

片足を上げる感じで構えてから、片手を上げながらもう片手を正面にかざしたりといった、尾白くんや透ちゃんと一緒に考えた手の波動の見栄えがいいほぼオリジナルの型のような動きをしてアピールする。

徐々に速度上げつつ、尾白くん指導のもと磨いた動きをさらに意識してキレを良くしていく。

その段階に入ったところで、手を突き出すタイミングに合わせて発勁を繰り出して可視化された波動を纏った衝撃波を見せつける。

ここからはどんどん動く範囲を広げていく。

足に波動を圧縮して即座に噴出して軽く跳び上がる。

手からも圧縮、噴出させてステージの上を移動する。

それを繰り返しながら発勁、真空波で可視化した波動の衝撃波を織り交ぜて、魅せることを意識しながら動き続ける。

少しずつ跳ね上がる高さを上げながら縦横無尽にステージを跳び回って型を披露していく。

結構集中していることもあって、周囲の雑音は聞こえなくなってきていた。

分かることは、エリちゃんがキラキラした笑顔でこっちを見てくれていることとか、A組の皆やお姉ちゃんが楽しそうに見てくれていることくらいだ。

 

そんな感じで演武を続けてそろそろクライマックスだ。

ステージの中央から少しランウェイ寄りの位置に着地したところで、今日一番の量の波動を足に圧縮していく。

そのまま足に可視化した波動を纏わせながら、一際高く跳び上がった。

散々練習した波動蹴のルーチンをして、頂点の辺りで回転をかける。

そのままつま先から波動を噴出して、足を振り下ろしつつ落下に加速をかけた。

地面に近づいてきたところで足に纏わせている波動を意図的に増やして、見えている波動をさらに大きくする。

落下の勢いに沿って凄まじい速さで揺らめく波動が地面に接触する直前で、踵から波動を噴出した。

 

「……波動蹴っ……!!」

 

足に纏わせていた波動は噴出の衝撃波と落下の勢いで、爆発するように広がりながら霧散した。

そのまま姿勢を直立に戻して、ゆっくりと両手を合わせる。

そのタイミングで手に纏わせていた波動を、内側から波動が散るように霧散させて一礼した。

 

それと同時に、観客から歓声と拍手が沸き上がった。

 

『またもや強さと美しさを共存させた演武!!荒々しくも美しい揺らめき!!こちらも素晴らしいパフォーマンスでした!』

 

司会の人が言い終わるのに合わせて頭を上げる。

エリちゃんが笑顔でこっちを見ていた。もうすっかり自然な笑顔を浮かべることが出来ている。

私の演技でエリちゃんが笑顔になっていることに確かな満足感を感じつつ、ランウェイを歩いて舞台を後にした。

 

 

 

舞台裏に入ると、ニコニコしたお姉ちゃんが待っていてくれた。

私の演武をしっかり全部見てくれていたようだった。

 

「お疲れ様。すごくよかったよ」

 

「ありがと……」

 

「私も負けてられないね。よーし、頑張っちゃうよー!」

 

「ん……お姉ちゃんの出し物……私も楽しみ……頑張ってね……」

 

「うん!ありがとー!」

 

お姉ちゃんに褒められた。すごく嬉しい。

もう後はお姉ちゃんの出し物を見るだけだ。

私もお姉ちゃんの集中の邪魔をしないように、話すのもそこそこにステージが見えるところへ移動した。

 

出し物はすぐに次に移ってるんだけど、待機している絢爛崎さんから『地味!!何も分かっていないようですね!!その程度でこの私と張り合おうなんて!!』なんていう思考が伝わってきた。

確かに絢爛崎さんに比べると地味ではあるけど、そこまで地味だとは私は思わないんだけど。

結構派手になるように波動を纏わせて頑張っていたし。

……でも確かにあの顔面装甲車に比べると地味か。何も言い返せなかった。

 

「絢爛豪華こそが美の終着点!!」

 

『3年サポート科ミスコン女王!!高い技術で顔面力をアピール!!圧巻のパフォーマンス!!』

 

絢爛崎さんの装甲車を見た観客は、どよめきと衝撃に包まれていた。

エリちゃんなんてかわいそうなことに『これは何する出しもの?』なんて困惑してしまっている。

なんてことをしてくれるのか。

しかも装甲車が変形までしてさらに困惑させちゃってるし。

絢爛崎さんの出し物自体はそんなに長くなくて、すぐに装甲車ごと引っ込んでいった。

 

 

 

出し物は最後のお姉ちゃんの順番になった。

大丈夫。お姉ちゃんの可愛らしさを引き立ててくれるあのドレスで練習していた出し物をするなら、絢爛崎さんの豪華絢爛さなんかには負けない。

そう確信しながら、お姉ちゃんを見守る。

 

お姉ちゃんはステージの中央まで進むと、ゆっくりと飛び上がった。

私みたいな勢いに任せたジャンプじゃない。優雅に、穏やかに、浮かび上がった。

お姉ちゃんはそのまま空を舞いながらゆっくりと飛び回った。

 

「お姉ちゃん……きれい……」

 

その姿は神々しさすらあって、妖精や天使、女神と言っても過言ではなかった。

言葉では表現しきれない程幻想的で、優雅で、キラキラ輝いているお姉ちゃんの姿に、感動してただ見ていることしか出来なかった。

こんなに輝いている人はお姉ちゃん以外この世にいないと思えるほど、美しい空の舞だった。

お姉ちゃんが舞を終えてステージに降り立つと、周囲からは私や絢爛崎さんなんか比じゃないくらいの喝采と歓声が響き渡った。

これが私のお姉ちゃん。こんなに綺麗で、可愛くて、人々の称賛を一身に受ける素晴らしい人が、私のお姉ちゃん。

その事実がただただ誇らしかった。

 

『幻想的な空の舞!引き込まれました!』

 

 

 

お姉ちゃんの出し物が終わって、全員の出し物が終わった。

今は『投票はこちらへ!!結果発表は夕方5時!!締めのイベントです!!』なんてアナウンスがされている。

……さて、そろそろやるか。

そう思って私が動き出そうとした時、嫌な波動を感じた。

物間くんだ。

 

「B組拳藤!拳藤B組に清き複数票を!!」

 

なんてことだ。出遅れてしまった。

お姉ちゃんから真剣勝負と言われていたからミスコンのプログラム中はやらなかったのが仇になったか。

私も早くやらないといけない。

そう思ってステージの中央まで走り出した。

物間くんの隣まで来た私はさっそく行動を始めた。

 

「物間くん静かにしてて……!」

 

「なんだい波動!?まさかB組の勝利を邪魔するつもりか!?」

 

「邪魔なんてしない……!優勝するのはお姉ちゃんなんだから……!!皆さん……!!お姉ちゃんに清き一票を……!!可愛くて可憐で無邪気で、妖精、いや天使、いや女神のようなお姉ちゃんこそ雄英一の美女なんです……!!」

 

透ちゃんがあちゃーって顔をしているけど、なんでそんな顔をしているのかが謎だ。

それに物間くんに出し抜かれるなんて不覚も不覚。

可能な限りお姉ちゃんの布教をしなければいけないのだ。

 

「なんだ波動!!やっぱり邪魔するつもりなんじゃないか!!このっ……!!B組拳藤!!B組拳藤に清き複数票を!!」

 

「お姉ちゃん!!3年A組波動ねじれに清き一票を!!お姉ちゃんはそれはもう無邪気で可愛くて―――」

 

私はお姉ちゃんの魅力や良いところをとにかく熱弁し続けた。

でも、お姉ちゃんの魅力を語る時間はそう長く続かなかった。

 

「何やってんだ」

 

「瑠璃ちゃんストップ!!」

 

拳藤さんが物間くんの首にチョップするのと、透ちゃんが私の口を塞ぐのはほぼ同時だった。

こんなところに伏兵がいたとは。

お姉ちゃんが舞台裏で甲矢さんと話している隙を突いたのに、まさか透ちゃんに裏切られるなんて。

私が抗議するようにもがいていると、透ちゃんが諭すように話しかけてきた。

 

「ねじれ先輩の空の舞、すごく良かったでしょ?きっと大丈夫だから、ね?」

 

ここでようやく透ちゃんは私の口から手を離してくれた。

 

「……優勝間違いなしだけど……念には念を入れておかないと……」

 

「大丈夫だから。それにこんなことしてると、優勝出来てもいちゃもん付けられるかもしれないよ?」

 

……透ちゃんの言うことにも一理あるか。

確かにお姉ちゃんの優勝に反論の余地を残さないためにもここでこれ以上の布教は慎むべきか。

私が大人しくし始めたのを見て察したらしい透ちゃんも解放してくれた。

だけど代わりに腕を掴まれて、一緒にステージの下に連れて行かれた。

物間くんは拳藤さんに引きずられていっている。

 

まあ透ちゃんの言う通り、お姉ちゃんの演技は素晴らしかったから私が余計なことをしなくてもお姉ちゃんは優勝するだろう。

そう思って今回の布教はここまでにしておくことにした。

これから透ちゃんと一緒に文化祭も回らないといけないし。あとは文化祭を楽しむことに集中しよう。

 

それにしてもなんで通形さんはエリちゃんの目と耳を塞いでいるんだろう。謎だ。



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文化祭巡り

ミスコンも終わって、私は一度控室に戻って制服に着替えた。

通形さんとエリちゃんは、付き添いの相澤先生以外にも緑谷くんとお茶子ちゃん、梅雨ちゃんと一緒に文化祭を回るようだ。

私も誘われたんだけど、着替えをしないといけないことや私たちがまだお昼ご飯を食べていないこととかもあって、先に回り始めてもらって後で合流できたら合流しようということになった。

エリちゃんは別れる前に興奮気味にミスコンの感想を教えてくれたけど、光りながら降ってきたのがきれいだったって捲し立てるように言ってくれて流石にちょっと恥ずかしかった。

 

そんなこんなで私たちも着替えが済んで動けるようになった。

 

「よし!じゃあどこから回ろっか?とりあえず何か食べる?」

 

「ん……クレープは食べたいけど……そっちは後にして……何かご飯食べたい……」

 

「だよね!じゃあどこがいいかなぁ」

 

透ちゃんがパンフレットを広げてどこから回るかを考え始めた。

とりあえず食べ物系であるのは、ランチラッシュ先生の出張屋台、フランクフルト、たこ焼き、焼きそば、焼きトウモロコシ、チリコンカーン、ポップコーンとかいろんな種類がある。

甘い物系も入れるならクレープやチョコバナナ、綿あめ、お団子にお饅頭、あんみつとかもある。

飲み物は普通のジュースを売っている所からセメントスカップのセメントスジュースなるものまである。

なんだあれ、カップのコストが洒落になってないと思うんだけど。

喫茶店系の出し物をしているところまで考えだすと、人間猫カフェとかいう一体何なのか名前を聞くだけでは一切判断できないものまで存在するのだ。

まあ波動を見る限り人が猫耳猫尻尾を付けてにゃんにゃん言いながら接客してくる意味不明なお店みたいだけど。

女子だけが接客するならまだしも男子も、なんだったら凄く体格がいいゴツイ男子までやっている。

すごいお店だ。行きたくはないけど。

 

「間違いないのはランチラッシュ先生の所だろうけど、流石に代り映えしないよねぇ」

 

「お祭り用にはしてるだろうけど……いつも食べてるから……違うのにする……?」

 

「んー、じゃあたこ焼きとかどうかな?ご飯にもなるし美味しいし!」

 

「ん……そうしよっか……」

 

話した結果そういうことになって、まずはたこ焼きの屋台を目指すことになった。

 

たこ焼きの屋台がある屋台通りに行くと、そこにはなぜかたこ焼き屋の屋台の中にいる障子くんと砂藤くんの姿があった。

……さっきまで普通に回ってたと思うんだけど、どういうことなんだろうか。

 

「あれ、障子くんに砂藤くん?何してるの?」

 

「おー、葉隠に波動か。なんか店番することになっちまってよぉ」

 

「経営科のたこ焼きなんだが、近くに人気のたこ焼き屋があるだろう。そのせいで客足が伸びず、今、この屋台のクラスは経営戦略会議と買い出しを兼ねて留守にしている。たまたま通りかかった俺たちが留守番を任されているんだ」

 

「……2人とも……お人好し……」

 

障子くんが複製腕で指し示す先には、確かに行列が出来ているたこ焼き屋があった。

留守番を押し付けられるのも意味が分からないし、一人も残さずに他クラスの人間に留守番を丸投げして全員で経営戦略会議と買い出しをしているのがもっと意味が分からなかった。

それを押し付けられて快諾している障子くんと砂藤くんがお人好し過ぎてびっくりだ。

そんなことを考えていたら、ちょうど通りかかったらしい青山くんがチーズを食べながら会話に入って来た。

 

「ハイ☆波動さんに葉隠さん、障子くん、砂藤くん。聞こえちゃったけど、大変そうだね」

 

「青山くん!やっぱり大変そうだよね!それで、なんで2人は留守番なのにたこ焼き作ろうとしてるの?留守番って悪戯されないようにする見張りとかじゃなくて、店番まで任されてる感じ?」

 

青山くんの言葉に透ちゃんが同意しつつ、たこ焼きを作っている障子くんと砂藤くんに疑問を呈した。

 

「留守番中、自分たちで作って食っていいって言われてよ。せっかくなら作りてぇだろ。障子もたこ焼き好きだっつーし」

 

「あぁ。波動たちも食べるか?」

 

障子くんは砂藤くんの言葉に同意しつつ、焼けたたこ焼きをパックに移してソースを塗り、鰹節と青のりを塗した。

 

「いいの?じゃあもらおうかな!」

 

「私も……食べたい……お腹空いた……」

 

同意した私と透ちゃんに、障子くんはささっと1パックずつたこ焼きを渡してくれる。

 

「ノン☆僕はチーズがあるから☆でもたこ焼きだけじゃないね?甘い匂いがする」

 

「せっかくならスイーツ焼きも作ってみるかと思ってよ。ほら、食べるか?」

 

「……!そっちも……!食べたい……!」

 

砂藤くんが差し出したのは、チョコがかかったたこ焼きサイズのロリポップケーキだった。

普通に凄く美味しそうだ。というかこれを留守番を任されてからその場の材料でサッと作れている砂藤くんが凄い。

 

「波動はさっき動きまくってたから腹も減ってるか!ほら、好きなだけ食いな!」

 

「ん……!ありがと……!」

 

私が笑顔で受け取ってたこ焼きとロリポップケーキの食べ比べを始めていると、考え込み始めた砂藤くんが青山くんに声をかけた。

 

「チーズ……青山、そのチーズ1つくれ」

 

「食べたいの?しょうがないなぁ、いいよ☆」

 

青山くんが快くチーズを渡すと、砂藤くんはそのチーズをたこ焼き器の生地の中に入れ、焼けたものを青山くんに差し出した。

 

「これならどーよ」

 

「……じゃあいただくよ☆」

 

青山くんは少し驚いた様子ではあったけど、砂藤くんが渡したチーズ焼きを食べ始めた。

焼きたてだから凄く熱そうな感じで、はふはふしながら食べていた。

 

そこまではよかったんだけど、匂いに気が付いた周囲の生徒たちが寄ってきていた。

 

「チーズたこ焼き?うまそー、一つちょうだい!」

 

「あ、俺もー」

 

「私、甘いヤツにしようかな」

 

「いや、俺たちは留守番で……」

 

障子くんがその生徒たちに対して断ろうとするけど、砂藤くんが止めた。

 

「今焼いてる分くらいなら、食ってもらっていいんじゃねぇか?せっかく俺たちの作ったヤツ、うまそうって言ってくれてんだしよ」

 

砂藤くんは嬉しそうな感じでそう言った。

結局売り始めたはいいんだけど、人が集まり始めたのを見て周囲の人達も興味を惹かれたのか、どんどん新しく焼き始めることになっていた。

私と透ちゃんも食べ終わったのもあって、手伝った方がいいかと思って声をかける。

 

「砂藤くん……手伝おうか……?」

 

「ん?いや、波動たち、その感じからしてミスコンやらで昼飯食う暇もなかったんだろ?大丈夫だから文化祭回って来いよ」

 

「そう……?」

 

「おう、気にすんな!」

 

提案したはしたけど、結局拒否されてしまった。

そう言うことならと厚意に甘えて文化祭巡りに戻ることにした。

それで屋台を離れようとしたら、青山くんに声をかけられた。

 

「あ!波動さん!」

 

「……?どうしたの……?」

 

「ミスコン、凄くよかった☆輝いていたよ!」

 

青山くんは思考からして残って行列の整理に協力するつもりみたいだけど、わざわざそのことを伝えるために呼び止めたらしい。

 

「ん……ありがと……」

 

私がそれだけ返すと、青山くんは言いたかったことは言ったとばかりに行列の整理をし始めた。

褒められるのは嬉しいし、それはいい。青山くんからは下心とかは特に感じないし。

だけど問題は、『ほ~ん?』って感じの思考でこっちを見ている透ちゃんだ。

まあ考えているだけだから無視するか。詳しく聞かれても青山くんとの関係は説明できないことが多すぎるし、墓穴を掘るだけだと思うし。

そう思って屋台からササっと離れていった。透ちゃんも特に何も言ってくることなく普通についてきてくれた。

 

 

 

その後はクレープとかセメントスジュースを買ったりしながら色々と見て回った。

セメントスジュースはカップはまだしも中身は普通にココナッツジュースだった。

口当たりのいいほんのり甘い感じの美味しいジュースだ。

ジュースを飲んだりクレープをパクついたりと食べ歩きしながら回っていると、ヒーロークイズ大会をしている教室からどよめきが聞こえて来た。

……これ、緑谷くんが原因か。

エリちゃんたちもいるみたいだし、そろそろ合流するかな。

 

「透ちゃん……そこのクイズ大会の所に……エリちゃんたち……いるみたい……」

 

「あ、そうなの?じゃあ合流しちゃおっか!」

 

「ん……行こ……」

 

透ちゃんも快く応じてくれたから、そのまま教室に入った。

 

「第25問!洗濯ヒーロー・ウォッシュがCMで―――」

 

クイズを読み上げている途中なのに、ピンポン!という音が鳴って緑谷くんのボタンが光った。

 

「ワシャシャシャシャ!5回!」

 

「正解!」

 

緑谷くんは、目を血走らせて殺気立った様子でクイズに望んでいた。

何やってるんだ緑谷くん。どういうことだこれ。

しかも通形さんがまたエリちゃんの目を塞いでいるし。『教育上良くない』とか考えている。

まあ今の緑谷くんは正直怖いから同意しかないんだけど。

 

「お茶子ちゃん……これ……どういう状況……?」

 

「あ、瑠璃ちゃん、透ちゃん。いやぁ、この大会の景品が雄英プロヒーロー教師のサイン寄せ書きでね?」

 

「緑谷ちゃんにとっては愕然とするくらい豪華な景品だったみたいなのよね」

 

「な、なるほど。だから緑谷くんあんなに殺気立ってるんだ」

 

お茶子ちゃんは普通に応援しながら見ているけど、梅雨ちゃんはちょっと苦笑いしているし、私と透ちゃんは正直に言ってドン引きしている。

一体何が彼をそんなに駆り立てるのか。

 

「では最後の問題……オールマ―――」

 

ピンポン!!

緑谷くんが、凄い勢いでボタンを押した。

なんでそこでボタンを押せるのか。私は読心の情報があっても問題すら分からないんだけどどうなってるんだ緑谷くん。

異様な緊張感に包まれるなか、緑谷くんはそっと口を開いた。

 

「―――7分31秒」

 

緑谷くんの具体的過ぎる意味の分からない回答に、会場全員がきょとんとする。

だけど、MCの人の思考が驚愕に包まれている。つまり正解なのか。

なんであれだけで正解できるんだ。八百長か何かか。

 

「問題は、オールマイトの伝説のデビュー動画の時間は何分何秒というものでしたが……7分31秒、正解!優勝はぶっちぎりで1年A組緑谷くん!」

 

「やったぁ!」

 

緑谷くんは先ほどの殺気立った感じから一転して無邪気に大喜びしだした。

だけどこっち側はもうドン引きだ。

お茶子ちゃんですらちょっと引いている。

 

「なんでオールマ……でわかるんやろ」

 

「ほんとに、意味分かんないね」

 

「……私でも……問題すら分からなかったんだけど……」

 

「きっとオタクの神様が降りてきたのね」

 

私たちが困惑している横で、通形さんによる目隠しを解除されたエリちゃんが緑谷くんに尊敬のまなざしを送っていた。

緑谷くんは照れくさそうにエリちゃんに笑顔を返しているけど、素直に褒められない自分がいた。

 

 

 

そんなこんなで合流して、エリちゃんたちと一緒に色んな所を回った。

心霊迷宮は、中の波動を見る限り心操くんあたりの仕掛けがエリちゃんのトラウマを抉る可能性があるから入らなかったけど、とにかくいろんな場所を見て回った。

そんな中、緑谷くんの思考がリンゴアメのことで染まってきていた。

なるほど。抜け出したいけど、当たり障りなく抜け出す方法がなくて迷ってる感じか。

今の思考の感じからして、「ちょっと用事を思い出した」とか言って無理矢理抜け出すつもりっぽい。

でもそれはエリちゃんが心配するだろうし、かわいそうだろう。

……流石に助け舟を出すか。今の挙動不審な感じが利用できそうだし。

 

「緑谷くん……」

 

「っ!?な、なにかな?波動さん?」

 

「そんなに挙動不審になるくらい……サインが心配なら……寮に置いてきたら……?」

 

「え?で、でも……」

 

緑谷くんが言い淀む。

 

「私たち別の所回ってるから行って来たら?あんなに必死になるくらいのお宝なんでしょ?」

 

「ん……その方がいい……ね、エリちゃんも少しの間……緑谷くんいなくても……大丈夫だよね……?」

 

「……うん。デクさんの宝物、大事にしまってきた方がいいとおもう」

 

私の声掛けで何を促そうとしているのか察したらしい透ちゃんも援護射撃をしてくれた。

とどめにエリちゃんの言葉があればいいかなと思ってエリちゃんにも援護射撃してもらえるように声をかけると、期待通りの答えを返してくれた。

お茶子ちゃんたちも急な提案に不思議そうにしているけど、挙動不審な理由に納得していて拒否している感じではなかった。

 

「ご、ごめんね!じゃあ寮で大事に保管してくる!ありがとう!」

 

緑谷くんはそう言って凄い速さで走っていった。

エリちゃんも認めてくれたけど、ちょっと寂しそうにシュンとしていた。

一緒に居たいのを我慢して緑谷くんの宝物を優先してくれるなんて、やっぱりすごくいい子だ。

そんなシュンとしているエリちゃんに、相澤先生が声をかけた。

 

「エリちゃん、猫は好きかな。人間猫カフェに行ってみようか」

 

「にんげんなの?ねこなの?」

 

エリちゃんはその珍妙なワードに興味を示してくれた。

……あそこに行くのかぁ。今とかさっきよりも体格がいい猫(人間)がいるから正直行きたくないんだけど、エリちゃんの気を紛らわすためなら仕方ないか。

 

そんなこんなで人間猫カフェに着いた。

女子ならそこまで酷くないんだけど、やっぱり男子側がかわいそうなことになっている。

エリちゃんは興味深そうに見ているから、まあいいか。先生含めた他の皆はだいぶ困惑しているけど。

 

私はもうこれは気にしなくていいかと思って緑谷くんの波動の方に集中することにした。

緑谷くんは爆走しているところを飯田くん、轟くん、常闇くんに見られて、事情を説明して一緒に作ることにしたようだ。

それでも誰も自炊できる人がいないから心配でしかないんだけど。

緑谷くんは動画を見ながらリンゴアメを作るつもりのようだ。

……とりあえずポイントだけでもメッセージで送っておくか。

エリちゃんに気付かれないようにスマホを机の下で出して、コツを箇条書きにして送っておく。

火にかける前に水、砂糖、食紅をよく混ぜておくこと、火にかけた後は混ぜると砂糖が結晶化しちゃって白く濁ってじゃりじゃりするから飴が出来るまで混ぜないこととかだ。

動画を見てるから大丈夫だとは思うけど一応という感じだ。

メッセージの既読自体はすぐについて、短いお礼のメッセージだけ送られて来た。



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祭りの後

文化祭巡りも終わって夕方になった。

ミスコンの結果発表も終わった。

優勝は当然、お姉ちゃんだった。

流石お姉ちゃん!全人類を魅了する美貌を持っていてミスコンもグランプリ、にも関わらずビッグスリーと称えられる実力も併せ持ち体育祭も上位入賞!しかも雄英ヒーロー科に入れる頭脳まで持っている!非の打ちどころがなさすぎるハイパーお姉ちゃんだ!

表彰式ではお姉ちゃんも凄く嬉しそうな笑顔を浮かべてステージで観客に手を振っていた。

絢爛崎さんもお姉ちゃんのことを認めて握手していたし、わだかまりもなさそうだ。

他の順位は2位絢爛崎さん、3位拳藤さん、4位が私だった。

私の順位の発表の時に『最後のがなければ……』とか考えている人がそこそこいたけどどういうことなんだろうか。謎だ。

まあそんなこと気にしていても仕方ない。

私はお姉ちゃんの優勝がただただ誇らしくて、これが私のお姉ちゃんだという満足感と共にドヤ顔をしながらステージ上でお姉ちゃんに拍手を送っていた。

 

 

 

そしてエリちゃんもついに帰る時間になってしまった。

先生と通形さんは2人とも病院まで付き添うらしい。

校門までのお見送りはエリちゃんが特に懐いている緑谷くんと私だけでということになった。

あんまりわちゃわちゃしてもエリちゃんが困っちゃうだろうし、この方がいいと私も思う。

 

「今日はありがとう!楽しかった!」

 

「……うん」

 

エリちゃんは寂しそうにシュンとしている。

でも緑谷くんのサプライズがまだあるのだ。きっと大丈夫。

 

「エリちゃん、顔を上げて」

 

緑谷くんは静かにそう声をかける。

エリちゃんがゆっくりと顔を上げると、そのタイミングで緑谷くんは後ろ手に隠していたリンゴアメをエリちゃんの顔を前に差し出した。

 

「サプライズ!」

 

「リンゴアメ!?売ってた!?俺探したよ!?」

 

エリちゃんは目をまん丸にしてびっくりしながらリンゴアメの棒をぎゅっと握りしめて受け取った。

通形さんも凄く驚いている。

実際通形さんは回りながらパンフレットに載ってないけど売ってるお店はないかとかくまなく探していたから猶更だろう。

 

「プログラム見て無いかもと思ったんで、買い出しの時にリンゴを買っといたんです!波動さんと砂藤くんが他の材料を提供してくれて!作り方も意外にカンタンで!」

 

「あ、じゃああの時のサインをって言って抜け出した時に!?」

 

「ん……あのままだったら……緑谷くん……ちょっと用事思い出したとか言って……走ってどこかに行きそうだったから……助け舟を出しました……」

 

「うぅっ……やっぱりそこまで分かってたから助けてくれたんだよね……ご迷惑をおかけしました……」

 

私たちがそんなことを話していると、相澤先生がエリちゃんを見ながら口を開いた。

 

「まぁ、近いうちにすぐまた会えるハズだ」

 

先生は教師寮へのエリちゃんの引っ越しのことを考えている。

やはり近いうちにエリちゃんは雄英に来るらしい。

ここは優しい人がいっぱいだし、エリちゃんにとってもその方がいいだろう。

そんなことを考えていたら、エリちゃんはリンゴアメをゆっくりと口に運んだ。

カリッという音を立てて一口食べると、エリちゃんは花が咲くような大きな笑顔を浮かべた。

 

「フフ……さらに甘い」

 

「また作るよ。楽しみにしてて」

 

そこまで話すと、相澤先生はくるりと振り返って歩き出した。

私はリンゴアメを食べているエリちゃんの目線の高さにしゃがみ込んで話しかけた。

 

「エリちゃん……またすぐ会えるから……待ってるね……」

 

エリちゃんはリンゴアメを食べながらしっかりと頷いた。

その後は特に会話もなくて、手を大きく振る通形さんと一緒にエリちゃんは病院へ帰っていった。

 

手を振り終わった緑谷くんが自分の手をちらっと見てからデコピンするように指を弾き出した。

どうやら少し痛むらしい。

ダンスでそこは使ってないから、あのヴィランとの戦闘で負傷したんだろうか。

しかもその指の痛みを胸の痛みと重ねている。

あのヴィランに自分を重ねて『オールマイトに出会わなかった未来の自分かもしれない』なんて考え込んでいるようだった。

正直その考え方は私がトガに対して感じた考え方と似ているから分からなくはない。

だけど、緑谷くんはあのヴィランとは違うだろう。

そう思って私は緑谷くんの右手を両手で包んで、ゆっくりとごく少量ずつ波動を譲渡し始めた。

 

「波動さん……?」

 

「確かに……その可能性はあったかもしれない……でも……緑谷くんは出会ったんだから……彼とは違う……だから……挫折した人たちの想いまで背負って……抱え込むのは間違ってる……」

 

「……でも」

 

「緑谷くんがそういう風に考えちゃうのは知ってる……でも……一人で出来ることには限度があるから……誰かに相談して……オールマイトとか……爆豪くんなら……力に関しても相談に乗れる……もちろん私も……だから抱え込まないで……私も……人のことは言えないんだけど……」

 

「……うん、ありがとう」

 

「どういたしまして……あぁ、そうだ……相談……力に関してのこと以外なら……お茶子ちゃんにしてもいいかも……」

 

「麗日さんに?」

 

「ん……きっと……誰よりも真剣に……相談に乗ってくれるよ……」

 

「……そっか」

 

緑谷くんの暴走癖のことや人助けに狂った思考の懸念もあって、いい機会だから口を挟ませてもらった。

あとはお茶子ちゃんの恋が実るように、簡単な手助けも。

そろそろ緑谷くんの活力も十分回復したかな。

そう思って私は緑谷くんの手を離した。

 

「はい……これでいいかな……」

 

「今のって、ナイトアイにやってた?」

 

「ん……波動の譲渡による……活力の回復……手、痛かったんでしょ……?傷は治らないけど……活力が回復して……元気になるから……多少はマシだと思う……」

 

「うん、ありがとう。少しだけど、動かしやすくなった」

 

緑谷くんは手をぎゅっと握りこみながらお礼を言ってくれた。多少でも良くなったなら良かった。

その後は深刻な話とかはせずに、他愛もない話をしながら寮に戻った。

 

 

 

「ただいま」

 

寮に入ると同時に緑谷くんがそう声を出した。

それと同時に、共有スペースで集まってワイワイしていたA組の皆が出迎えてくれた。

 

「デクくん、瑠璃ちゃん、エリちゃん喜んでた?」

 

「ん……満面の笑みで……噛り付いてた……」

 

「うん!すごく喜んでくれたよ!」

 

緑谷くんは弾けるような笑顔をお茶子ちゃんに向けて頷いた。

それを見ていたリンゴアメ作りを手伝った飯田くんや轟くんも笑顔を浮かべて緑谷くんに声をかけ始めた。

そのタイミングで、砂藤くんが共有スペースに入って来た。

 

「おーい、みんなできたぞ!」

 

砂藤くんが持つお皿には、リンゴやイチゴ、みかん、ぶどうなどの色とりどりのフルーツが使われたフルーツ飴が乗っていた。

 

「わぁ、どうしたの、それ!」

 

「実はたこ焼き屋の店番やったお礼に、フルーツもらったんだよ。緑谷がリンゴアメ作るっていうから、じゃあフルーツ飴にしたら皆食べられるかと思ってよぉ」

 

驚いて聞く緑谷くんに、砂藤くんが説明した。

結局繁盛したまま経営科の生徒が戻ってくるまで行われた屋台の店番のお礼にフルーツを貰ったらしい。

 

「「フルーツ飴で打ち上げだよー!」」

 

ぴょんって感じでジャンプしながら透ちゃんと三奈ちゃんが声を上げた。

そんな2人に近づく不穏な気配を感じて、私は自分の身体をブドウ頭と透ちゃんの間に滑り込ませる。

 

「女子にはこの俺特製バナナ一本飴をやるぜ!だが条件がある!舐めるところをじっくり観察させてもら―――ぐへっ!?」

 

「自分で舐めなさい」

 

「普通に……ドン引き……自分で舐めてて……」

 

ゲヘゲヘと下心を隠しもせずに近づいてきたブドウ頭に、私の拳と梅雨ちゃんの舌が突き刺さった。

もはや制裁が日常になっているせいもあり皆一切気にせずに飴を選び始めている。

私も早く選ばないと。イチゴがいいかな。

 

「わぁ、どれにしようかな」

 

「わたし、イチゴ!」

 

「私も……イチゴ……!」

 

「オレはリンゴだ、絶対に」

 

私たちがフルーツ飴を選んでいる横で、爆豪くんが興味なさそうにソファに座った。

部屋に帰らない辺り、爆豪くんも素直じゃないと思う。

そんな爆豪くんには、切島くんが飴を勧めていた。爆豪くんは受け取らなかったけど。

でも砂藤くんはそれも予測していたようで、トウガラシ飴なんていうゲテモノまで準備していたらしい。

「辛ぇか甘ぇか分からなくなる」ってキレていたけど、最終的には無理矢理押し付けられていた。

そんなやり取りを終えたらしい爆豪くんが、珍しく自分から緑谷くんに声をかけた。

 

「おいクソデク……てめぇ、あのアスレチックやったんか」

 

「アスレチック?」

 

「在学中のオールマイトの記録がまだ抜かれてないヤツだよ」

 

言葉足らずの爆豪くんの質問を、尾白くんが補足してくれた。

……午後に爆豪くんがキレながら何十往復もしていたあたりにあった出し物のことだろうか。

 

「えっ!?そんなのあったの!?オールマイトもやったアスレチックなんて!!」

 

「ざまぁ」

 

「……爆豪くんがキレながら……何十往復も……してたところのだよね……」

 

「あぁ、結局オールマイトの記録抜けなかったんだよ」

 

「クソチビもクソ髪も余計なこと言うんじゃねぇっ!!」

 

爆豪くんがこっちに向けてキレながら、隣にいる切島くんを激しく小突いている。

そんなに悔しかったのか。

その怒りも落ち着いたところで、爆豪くんはトウガラシ飴を緑谷くんに突きつけて言葉を続けた。

 

「来年の文化祭でてめぇもやれや。俺はてめぇもオールマイトの記録も抜かすからな」

 

「……わかった!僕も負けないようにがんばるよ!」

 

爆豪くんのその宣言に、緑谷くんも意気込みながら両手の拳をぎゅっと握り込んでいた。

その後は皆でオールマイトの記録に挑戦しようとか、運動場γがアスレチックの動きに効きそうとかそんな話で盛り上がった。

 

そんな話で盛り上がる中、百ちゃんが皆に声をかけた。

 

「皆さん、来年のお話も結構ですけれど、とりあえず今日の締めをなさっては?」

 

「そうね、せっかく作ってくれた飴、早く食べたいわ」

 

百ちゃんに続いた梅雨ちゃんの言葉に、皆飴を持って自然と円になった。

爆豪くんは切島くんたちが無理矢理円にねじ込んでいる。

そして円が出来たところで、飯田くんがかしこまった感じで口を開いた。

 

「えー、今日という文化祭のために、全員で寝る間も惜しんで準備してきました。ですが、思えば出し物を決めるのに一苦労したのが昨日のことのよう……あの時は出し物も決められず相澤先生にお叱りを受け、それから俺たちは―――」

 

「そっから振り返るのかよ!こういうのは手短に!」

 

皆が苦笑いする中、思わずというように上鳴くんがツッコんだ。

それに対して飯田くんは「俺としたことが」なんて言いながら咳ばらいをして、皆を見回してから飴を掲げた。

 

「それでは簡素に……みんな、お疲れさまでした!」

 

「「「おつかれさまー!!」」」

 

飯田くんの掛け声に合わせて、飴を掲げて乾杯するように声を上げた。

皆すぐに自分の飴にパクついている。

色々あって疲れたけど、飴の甘さとフルーツの酸味がそれを癒してくれるような気がした。



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少女引っ越しとビルボードチャート

文化祭も終わって少し経ち、11月も下旬に差し掛かったころ。

ついにエリちゃんが教師寮にやってきた。

それに合わせて緑谷くん、切島くん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、私の5人は教師寮に呼ばれている。エリちゃんとの顔合わせが目的なのは明白だ。

先生に指定された時間に教師寮に向かうと、教師寮の中にはお姉ちゃんたちビッグスリーとエリちゃん、相澤先生が待っているようだった。

 

「先生なんの用事やろうな?」

 

「この5人ってことは、インターン関連かしら」

 

「……教師寮に入れば……すぐに分かるよ……」

 

用事を気にしている感じだった皆も、私がそう伝えたら悪い内容ではないということを察したようだった。

それからすぐに教師寮にもついて、緑谷くんが寮のドアを開ける。

その先にはソファーに座ったエリちゃんの髪を結ってあげているお姉ちゃんの姿があった。

流石お姉ちゃん。溢れんばかりの優しさと母性が滲み出ていて、その姿はさながら地母神のようだ。

 

「雄英で預かることになった」

 

「近いうちにまた会えるどころか!!」

 

先生の端的な説明に、緑谷くんが驚愕の声を上げた。

 

「どういった経緯で……!?」

 

「いつまでも病院ってわけにはいかないからな」

 

「わーエリちゃんやったー」

 

「私妹を思い出しちゃうわ。よろしくね」

 

「待ってたよ……よろしくね……」

 

「よろしくお願いします」

 

先生が緑谷くんの疑問に答える一方で、私たち女子3人はエリちゃんと挨拶を交わしていた。

それからしばらくの間話していたけど、相澤先生と通形さんが入口の方でちょいちょいし出した。

どうやらエリちゃんのことを説明するつもりらしい。

 

「先生……話は分かったので……終わるまでこっちにいていいですか……?」

 

「……好きにしろ」

 

私の確認に先生は目を伏せながら了承してくれた。

緑谷くんたちは先生の誘導に従って一度外に出て行った。

まあ話の内容は、エリちゃんが親に捨てられたこと、組長が意識不明のままで寄る辺がないこと、個性の放出口の角が少しずつ伸びてきていること、それもあって引き取り先が相澤先生がいる雄英になったこととかだ。

寮の部屋を整えたり、それ以外の手続きも含めた諸々の準備をしていた相澤先生の今までの思考から読めていた既知の情報しかなかった。

どうやら私たち1年生にはお客様が来るとかで、この後寮に戻るように指示されるみたいだけど、それまでお姉ちゃんも交えてエリちゃんとお話ししておきたかったのだ。

 

「おねえさんは、ルリさんのおねえさん?」

 

「うん、そうだよー」

 

「ん……私の自慢のお姉ちゃん……」

 

「そうなんだ」

 

思考的に、多分姉妹とかが羨ましい感じだろうか。

 

「さっきエリちゃんにしてあげたみたいに、瑠璃ちゃんの髪も結ってあげたりしてたんだよ?」

 

「そうなの?」

 

「ん……だけど……私は髪……そんなに長くないから……エリちゃん程弄れないけど……」

 

「エリちゃんは髪長いからいっぱいアレンジできるよね。もうちょっと弄ってみよっか」

 

話の流れがヘアアレンジのことになっちゃったせいもあるけど、お姉ちゃんはまたエリちゃんの髪を弄り出した。

エリちゃんは嬉しそうな顔でされるがままになっている。

……これは、髪を弄られて嬉しいというよりも、私が昔してもらっていたことを自分にもしてもらえていることが嬉しいとか、そういう感じっぽい。

まあでもなんだかんだでエリちゃんは笑っているし、ちゃんと笑顔を浮かべてくれるようになってくれていて嬉しくなった。

お姉ちゃんはなんていうか、エリちゃんを昔の私に少し重ねているなっていうのは分かった。接し方が小さい頃の私に対してのものほぼそのまんまだったし。

しばらくエリちゃんとお姉ちゃんと3人で話していたけど、緑谷くんたちがエリちゃんに挨拶しに戻って来てお開きとなった。

来客があるってことだし、私も緑谷くんたちと一緒に寮に戻った。

 

 

 

「へっちょい!!」

 

寮に戻ってのんびりしていると、唐突に常闇くんがくしゃみをした。

 

「風邪?大丈夫?」

 

「いや……!息災!我が粘膜が仕事をしたまで」

 

「なにそれ」

 

「まぁ……間違ってはいないけど……」

 

粘膜が仕事をしたって、間違ってはいないけどなんでそんな分かりづらい言い方をするんだろうか。

私がそんな風に考えていると、上鳴くんが茶化すように常闇くんに声をかけた。

 

「噂されてんじゃね!?ファン出来たんじゃね!?ヤオヨロズ―!みたいな」

 

「茶化さないでくださいまし。有難いことです!」

 

巻き込まれた百ちゃんが恥ずかしそうに抗議した。

……それにしても透ちゃんはさっきから走り回って何をしているんだろう。

三奈ちゃんと鬼ごっこでもしているんだろうか。謎だ。

まあそれはそれとして、上鳴くんの茶化すような指摘を受けてお茶子ちゃんが口を開いた。

 

「常闇くんにはとっくにおるんやない?だってあの"ホークス"のとこインターン行っとったんやし」

 

「いいや、ないだろうな。あそこは早すぎるから」

 

常闇くんがなんとも言えない表情で否定した。

そんな常闇くんを見ながら、さっきまで走り回っていた透ちゃんが一転して口を挟んできた。

……あれで聞いてたんだ、会話。

 

「ファンと言えば、瑠璃ちゃんもファンとか出来てそうじゃない?なんて言ってもあの"ミルコ"の所でインターンしてたんだし」

 

「……一応……サインを求められたりしたけど……あれは私のファンじゃなくて……ミルコさんのファン……ミルコさんのサイドキックのサインが……欲しいだけ……」

 

私が答えると、透ちゃんがちょっと残念そうな顔をして口を開こうとしたけど、そのタイミングで寮の扉が開いた。

 

「あ!!来たぞ皆!お出迎えだ!!」

 

飯田くんが扉が開いたことに反応して声を張り上げる。

その扉からは、見覚えのある4つの波動が飛び込んできた。

 

「煌めく眼でロックオン!」

 

「猫の手手助けやってくる!」

 

「どこからともなくやってくる」

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」」」」

 

例のポーズを私服でビシッと決めたワイプシの4人が現れた。

虎さんはお土産のお饅頭まで持っている。

三奈ちゃんが早々に受け取っている。

 

「あん時ぁ守り切ってやれずすまなんだ」

 

「ほじくり返すんじゃねぇ」

 

「ウチら大丈夫っすよ。ね」

 

謝罪する虎さんに、響香ちゃんが皆にも確認してくる。

でも響香ちゃんが振り返った先の女子は今肉球まんじゅうに夢中だ。多分もう話を聞いてない。

 

「にくきゅーまんじゅー」

 

「にくきゅーまんじゅー!」

 

三奈ちゃん、お茶子ちゃんが肉球まんじゅうに手を上げて喜び、透ちゃんまで同じような感じになっている。

まさかの透ちゃんまであっち側である。

その後は洸汰くんのこととかに話題が移っていて、お茶子ちゃんたちがソファとか机の準備をし始めた。

なら私は今キッチンの方に向かった砂藤くんと一緒に紅茶を淹れるか。

そう思って私もキッチンの方に移動する。

 

「私も……手伝う……」

 

「おう、ありがとな」

 

もうお湯自体は沸かし始めていたようで、カップを温めたりするのをササッと手伝ってしまう。

紅茶自体はすぐに淹れ終わって、共有スペースの方に戻る。

その頃には洸汰くんとの話も一段落していたようで、砂藤くんもワイプシに声をかけた。

 

「しかしまた何で雄英に?」

 

「復帰のご挨拶に来たのよ」

 

「復帰!!?おめでとうございます!!」

 

復帰の挨拶。

AFOが個性を返すとは思えないし、仮に返すつもりがあってもタルタロスにいる状況で個性は使えないから返せない。

つまり、ラグドールの個性なしで復帰するのか。

 

「ラグドール戻ったんですか!?"個性"を奪われての活動見合わせだったんじゃ……」

 

「……緑谷くん……ラグドールさん……個性戻ってない……タルタロスにいるヴィランから……個性を使った個性返却なんて……してもらえるわけない……」

 

「そ、戻ってないよ!アチキは事務仕事で3人をサポートしていくの!ОLキャッツ!」

 

「波動さんが言ってくれた通りよ。タルタロスから報告は頂いてる。返したいのは山々だけど、"個性"を使わなきゃいけない。それでも良ければすぐにでもなんて言ってるらしい。どんな、どれだけの"個性"を内に秘めているか未だ追及している状況。現状何もさせない事が奴を抑える唯一の方法らしくてね」

 

ラグドールさんとピクシーボブさんがそう説明してくれる。

タルタロス側としても、それを受けようとするヒーロー側としても、AFOの個性使用は許容できない。

返してもらえないのも、仕方ないか。

ラグドールさんにはもっと感知のこととか教えてもらいたかったんだけど……

 

「……ではなぜこのタイミングで復帰を?」

 

「今度発表されるんだけど、ヒーロービルボードチャートJP下半期、私たち411位だったんだ」

 

「前回は32位でした」

 

「なるほど、急落したからか!!ファイトっす!!」

 

「違うにゃん!!全く活動してなかったにも拘わらず3桁ってどゆ事ってこと!!」

 

確かにその通りだ。下半期活動休止していて一切事件解決や山岳救助をしていないワイプシが、3桁順位がつくのがそもそもおかしい。

つまり、支持率が高かったって事なんだろう。

 

「支持率の項目が我々突出していた」

 

「待ってくれてる人がいる」

 

「立ち止まってなんかいられにゃい!!」

 

「そういうことかよ!!漢だ、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」

 

やっぱりそういうことみたいだ。

切島くんなんてその返答を聞いて泣き叫んでいた。

 

その後は少しの間話したりしたけど、B組の方にも行くと言ってワイプシはそんなに長居せずに去っていった。

ラグドールさんとも少し話せたけど、あそこまで感知についてしっかりと教えてもらえたのは初めてだったからやっぱり残念な気がしてしまう。

多分コツとか自体は聞けば教えてくれるだろうけど、指導となると個性を奪われたままだと難しいだろう。

私が少ししょんぼりしていたらラグドールさんは「気にしないの!」なんて言って流していたけど、むしろ一切気にしないような素振りを見せているラグドールさんが凄いと思う。

個性を奪われて事務でしかサポートできないこと、少し気にしているみたいだったのに。

 

 

 

その翌日、ヒーロービルボードチャートJP下半期の結果が発表された。

皆でテレビを見ていたけど、結構盛り上がった。

トップ10のヒーローたちが意気込みを語っていたけど、私たちと関わりがあるヒーローは結構多い。

A組と関わりがあったトップランクヒーローは、10位のリューキュウ、5位のミルコさん、3位のベストジーニスト、2位のホークス、1位のエンデヴァーって感じだろうか。

こう考えるとトップ10の内半分のヒーローの所に職場体験やインターンで誰かしらがお世話になっている感じだ。結構凄いことだと思う。

一言コメントもリューキュウは無難、ミルコさんはいつも通り、ベストジーニストはそもそも欠席、ホークスはミルコさん以上に生意気な感じだった。

ミルコさんが「いいぞ、生意気だ!」なんて私に言っていたのと全く同じことを言っていたくらいだし。

エンデヴァーは一応、「俺を見ていてくれ」なんて言って観客はその雰囲気に息を呑んでいた。

 

まあそれはいい。実際皆もかっこいいね!なんて反応を示していたくらいだ。

一方で轟くんはと言うと、小さく呟くように同意は示してそれ以上の反応はしていなかった。

ただ、轟くんの思考から内情を察している私としては不安しかない。

今のテレビの感じのまま、全てを隠しきってくれるならいいだろうけど、もし仮にエンデヴァーの醜悪な内面が知れ渡ったら面倒なことになりそうだ。

タブー視されている個性婚、それに傾倒した結果の特訓と言う名の虐待。

轟くんの以前の思考から家事はお姉さんがしているみたいだけど、母親は結構前から入院しているような思考をしていることもあったし、それと合わせるとネグレクトすら追加される可能性もある。

これらが明るみに出た時の騒動なんて考えたくもない。

今は轟くんに過干渉なくらいで虐待とかはしてないみたいだし、これ以上余計なことをせずに隠し続けてくれることを祈ることしかできなかった。



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波動注入?

ビルボードチャートが発表された翌日。

今日は授業が終わった後に保健室で波動の注入の練習をしていた。

今はちょうど怪我人の治療が終わったところで、波動をゆっくりと注入していた。

リカバリーガールが見守っている所で、その男子生徒に手をかざしてゆっくりと波動を注入していく。

ゆっくりと、少しずつ、馴染ませるように。

私の波動を少しずつ男子生徒の波動に注いでいく。

いつもだったらそのまま活力の回復が終わるところだったけど、今日は違った。

注入していた男子生徒が、不思議そうな様子で急に口を開いた。

 

「……?あれ、今何か言いました?」

 

「……?何も……言ってないですけど……」

 

お互いにきょとんとして少しの間見つめ合う。

この人、嘘を吐いている様子はないしどういうことだろうか。

まさか幻聴?

 

「でも今波動さんの声で、馴染ませるように、みたいな感じの声が聞こえて……あれ?」

 

「私も見てたけど、この子は何も喋ってないよ」

 

リカバリーガールが付け加えるようにそういうと、男子生徒はさらに困惑し始めた。

なんだったら負傷している時に頭を打っている人だったから、リカバリーガールが心配して目とかいろいろな所を確認し始めている。

でも、馴染ませるように?

口には出してないけど、確かにちょうどそのタイミングで考えていたことだし、少し気になる。

 

「……ほんとに……聞こえたの……?」

 

「えっと、はい。確かに、"ゆっくりと、少しずつ、馴染ませるように"って……」

 

本当に私が考えたままのことが、幻聴として聞こえている?

嘘を吐いている様子は変わらずないし、この人の個性はリカバリーガールの問診で話していた感じだと出力の弱い念動力だ。

少なくとも読心や精神干渉系じゃない。

一応この人の頭の中に異常が起きてないか透視で見ておくけど、特に出血のようなことが起きている所はない。

男子生徒に聞こえないようにリカバリーガールにこのことを伝えてしまう。

 

「……リカバリーガール……透視で見ました……頭に出血とかの異常はないです……嘘も吐いてないですし……」

 

「そうかい……じゃあまあ、原因はあちら側と言うよりも、こちら側にあると考えるべきかね」

 

「やっぱり……そうですかね……?」

 

それから男子生徒は問題なしということになって、私の波動注入ももう終わっていたから帰ってもらった。

その後はさっきの現象に関してリカバリーガールと話し合いになった。

 

「……えっと……ゆっくりと、少しずつ、馴染ませるようにって……確かにその時考えてました……注入のコツを意識しながら……調整してたので……」

 

「となると、テレパスかい?今まで同じことが起きたことは?」

 

「1度も……ないです……」

 

「……試してみるか。何かを強く考えて私にテレパスできないかやってみな」

 

リカバリーガールはそう言ってやってみるように促してきた。

促されるのはいいんだけど、正直どうやればいいのかさっぱり分からない。

とりあえず強く考えてみればいいだろうか。

そう思って色んなことを思い浮かべてみる。

だけどいつまでたってもリカバリーガールの表情は変わらない。思考からして何も伝わってない。

そんな感じの状態を5分くらい続けた。

 

「……ダメそうだね」

 

「……はい……どうやればいいのか……さっぱり……」

 

「まあそうだろうね。あんたにとっても急だっただろうし。じゃあ後出来ることと言えば、条件を揃えて試してみるくらいかね」

 

そう言ってリカバリーガールが手を差し出してくる。

つまり波動の注入をしながら試してみろと言うことか。

リカバリーガールの手に私の手をかざして、ゆっくりと波動を注入していく。

リカバリーガールは条件を揃えるって言っていたし、さっきと同じような感じでゆっくりと、馴染ませるように注入していく。

 

「……確かに、微かにだけど何か聞こえる気がするね。私が年で幻聴が聞こえるようになってなければだけど」

 

「えっと……波動を注入すると……考えていることが……伝わっちゃうんですかね……?」

 

「それだったら今まで伝わってないのがおかしいよ。何か条件があるはずだ」

 

何か条件になりそうなことがあるだろうか。

波動の注入中に行っていることと言えば、手をかざしたり身体的な接触をする、波動を放出する、放出した波動を操作して相手の方に纏わせる、波動を馴染ませるという順序だ。

波動の注入中に勝手に考えていることが伝わってしまうのは困るし、もし意図的にテレパスが使えるならそれは絶対に役に立つ。

もう注入で行っていることを一つずつ試して、何が原因かを確定させるべきだと思う。

そのことをリカバリーガールにも伝えて、一つずつ順番に試していった。

 

まず手をかざす、または身体的な接触をする。

これはすぐに否定出来た。一応リカバリーガールに手をかざしたり、手を繋いだりしたけど。

まあ今まで生活しててテレパスなんて起きたことがないんだから当然でもある。

 

次に波動の放出。

これもすぐに否定出来た。というか、試すまでもなかった。

今まで私が波動を放出、注入していた時に真横にいたリカバリーガールに伝わってないんだからこれが原因の訳がない。

 

次が波動を纏わせる。

私が放出した波動を遠目に操作してリカバリーガールに纏わせたけど、特に何も起こらなかった。

多分これも違う。

 

となると複合的な条件でない限り、最後の波動を馴染ませるという部分が条件ということになってくる。

これはなんていうか説明が難しい。

私の放出した波動と相手の波動をゆっくり混ぜる感じで動かしているのだ。

この部分で条件になりそうなことはというと、一応2つある。

私の波動と相手の波動を混ぜているのと、相手の波動にも若干干渉していることだ。

そのどちらもの可能性もある。

まずは混ぜる方から試してみる。

私の波動を放出して、馴染ませようとしないで、無理矢理リカバリーガールの中に時間をかけて注入していく。

これでも注入はできなくもないけど、少し時間がかかるし集中しないといけなく疲れてくる。

少しの間それをやっていたけど、特にテレパスが発動することはなかった。

次は相手の波動への干渉だ。

今まで意識して試したことなんてない作業ではある。

試しにリカバリーガールが元から持っている波動を少し動かそうとする。

やっぱり他人の波動は全然動かないし使ったりなんてとてもじゃないけど無理だけど、多少干渉することくらいはできそうだ。

出来そうな範囲はやっぱり少しだけ動かして馴染ませたりすることくらいだった。

そんな感じでリカバリーガールの波動に干渉して少し動かす作業を続けていたら、リカバリーガールが口を開いた。

 

「……意味が分からない感じの声とも音ともつかないのが響いて、頭が痛いんだけど」

 

「えっ……ご、ごめんなさい……」

 

言われて大慌てで波動の操作をやめた。

 

「今何やってたんだい?」

 

「えっと……リカバリーガールの波動に干渉して……動かしてました……」

 

「……ふむ……読心について少し聞いても大丈夫かい?」

 

「……はい……」

 

リカバリーガールは少し考え込んでから私に質問を始めた。

 

「読心っていうのは、耳で音が聞こえるわけじゃないよね?」

 

「はい……波動を認識すると……頭に詰め込まれる感じです……深く見ようとするときは……波動を詳しく見て……細かく読み取ってます……」

 

「つまり、聞いてるんじゃなくて見てるわけだ。波動の形とか、質とかで見てるわけだね?」

 

「……はい……私は感覚で見てるので……おそらくですけど……そうだと思います……」

 

「……さっき、私の波動に干渉して動かしたって言っていたね?それは馴染ませるのとは違う動きなんだね?」

 

そこまで言われて、リカバリーガールが何を言おうとしているのかようやく理解できた。

つまり、馴染ませるという部分が重要。

というよりも、馴染ませる段階で、相手の波動を私の波動の形に無意識に変えていた可能性がある。

私の読心は、波動の形や質を読み取ることで読心をしている。

つまり思考や感情は波動の形として表に現れているということ。

なら、他の人の波動を私の波動の形や質に馴染むような感じで似せれば、私の考えていることと同じことが他の人の思考の方に伝わる可能性がある。

リカバリーガールも乗り気な感じで考察してくれているし、このまま少し試させてもらおう。

 

「……試してみても……いいですか……?」

 

「好きにしなさい」

 

リカバリーガールの返事を確認してから、波動の操作を始める。

リカバリーガールの波動を、私の波動と同じ感じになるように意識しながら、馴染ませるように動かす。

『リカバリーガール……聞こえますか……?』なんていう感じのことを常に考えながら試していく。

それを試して数分した頃、リカバリーガールが口を開いた。

 

「はいはい。聞こえるよ」

 

「ほ、ほんと……ですか……?」

 

「こんなことで嘘吐いてどうするんだい。それに、嘘かどうか分かるんだろう?大丈夫だよ。ただ、待ってる間頭に意味のない音が響くことがあるのが困るね。要練習って感じかね」

 

「はい……!練習します……!これ、凄く便利だと思うので……!」

 

リカバリーガールは小さく笑みを浮かべながら頷いてくれた。

 

 

 

その後患者を待ってる間にまだ練習をさせてもらおうかと思ったんだけど、そのくらいのタイミングで範囲内の人間の大部分の思考が不安や心配、怒り、不満といったものに変わった。

 

「っ!?」

 

「どうしたんだい?」

 

「……リカバリーガール……今日……もうおしまいでもいいですか……?」

 

「……?何かあったのかい?」

 

「……範囲内の人の思考が……不安……怒り……不満とかに……一斉に変わりました……思考からして……エンデヴァーが関わってるみたいです……なにか事件があったみたいで……」

 

私がそこまで伝えると、リカバリーガールはちょっと心配そうな表情をした後に終わりにすることを了承してくれた。

私はその答えを聞いて、すぐに寮に向かって走り出した。

轟くんの思考や皆の思考、寮に駆け込んでいる相澤先生の思考からは、不安や心配しか分からない。

轟くんが憎悪なんて完全に忘れて『見てるぞ!』なんて思考になっているくらいだ。

よほど危険な状況らしい。

私が寮に駆け込んだところで、テレビには空に輝くもう一つの太陽が映されていた。

その火の塊は、地面に凄まじい速度で落下していった。

 

『エンデヴァーーーーー!!!スタンディング!!立っています!!腕を!!腕を高々と突き上げて!!勝利の!!いえ!!始まりのスタンディングです!!』

 

炎が消えた瞬間姿を現したエンデヴァーは、右腕を高々と振り上げて立っていた。

全身ボロボロだし、腕に穴は空いているし、顔も血みどろだ。

だけど、確かに立っていた。

焼死体から見るに、多分敵は脳無。その中でも相当強いのが相手だったんだろう。

轟くんも力が抜けたようにしゃがみ込んで目を閉じている。

先生は彼の背中を撫でていた。

その後はヴィラン連合の荼毘までやってきたりして一時はどうなるかと思ったけど、ミルコさんが跳んできてエンデヴァーとホークスを狙った炎を打ち消すと、荼毘は何かの転移の個性で消えた。

ミルコさんが転移の時に出た泥みたいなものに触れた足の匂いを嗅いで悶えている。相当臭いみたいだ。

何にしてもいきなりエンデヴァーが殺されるなんていう考えられる限り最悪の事態にならなくて良かった。

 

それにしても先生、スリッパを片方だけ履いていないのはそれだけ焦っていたということなんだろうけど……

轟くんを心配して焦っていたんだろうけど、やっぱりドジっ子なんだろうか。



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全員出動

エンデヴァーが辛勝した翌日、教室ではその話題で持ちきりになっていた。

 

「最後は、勝利とガッツのスタンディング……!くぅう、男だぜ……!」

 

「流石ナンバーワンだよね!」

 

「ホークスもすごかったよ!」

 

「イケメンだし!」

 

「早すぎる男の異名は伊達じゃねぇよなあ!」

 

皆エンデヴァーとホークスを褒めたたえている。

まあ実際それだけ凄いことをしてくれている。新ナンバーワンとして相応の姿を見せてくれた。

後は過去のことを隠し通してくれることを期待するだけか。

それにしても、透ちゃんはあの2人の姿を見た感想がそれなのか。

相変わらずだなぁと思って苦笑いしていると、教室の扉が開いて轟くんが入って来た。

緑谷くんがすぐに声をかけに行く。

 

「轟くん、エンデヴァーの容態は……?」

 

「ああ、命に別状はないそうだ」

 

「自慢の父ちゃんだな!轟!」

 

峰田くんのその言葉は轟くんの複雑な心境にクリティカルヒットしている。

一応憎悪とかの感情は今はないけど、複雑なのは変わらないみたいだ。

 

「ああ。そうだな」

 

轟くんは静かにそう呟くと、自分の席に向かい出した。

そんな轟くんがちょっと心配になって、声をかける。

 

「……大丈夫……?」

 

「……ああ。問題ない」

 

「……そっか……」

 

轟くんは少し詰まったけど素っ気ない返答を返してきた。

嘘は吐いてなさそうだし、本人がいいならいいか。

そう思っていたら、相澤先生が教室に近づいてきた。すぐさま席についてしまう。

それから1分も経たずに相澤先生が扉を開けて入って来た。

もう皆席に座って待っている状態だ。

 

「おい!チャイムはとっくに……よし。いつまでも浮かれてないで、少しは自覚しろ。仮免許とはいえ、お前らはもう公にヒーロー活動が出来る資格と責任を与えられている。そのことを忘れるな。とはいえ2名程、仮免講習を補習中のものもいるが。今後授業もギアを一段上げていくから、そのつもりでいろ。さて、今日のホームルームは……」

 

先生がそこまで話したところで、教室に謎の警報が鳴り響いた。

……こんなシステムあったのかこの教室。

警報は出動要請とか言っているけど、仮免をもってない生徒もいるクラス単位に出るような指示ではない。まあでも訓練だしそんなものなんだろうか。

 

「ヒーロー科1年A組、出動だ!」

 

すぐに意図を読み取った飯田くんが、皆に指示を出した。

皆も特に拒否することなく大急ぎで移動を開始した。

 

 

 

「グラウンド・βにヴィランが侵入。現在判明している情報はそれだけだ。訓練であろうとも、俺たちは全力でこの任務にあたり、遂行する」

 

「まずは状況の把握からですわ。偵察班の皆さん、お願いします!」

 

飯田くんと百ちゃんの声掛けに、私と口田くん、障子くん、響香ちゃんが前に出た。

私がいきなり全てを言うと他の人の訓練にならないから、他の3人に先に情報を言ってもらう。

 

「被害を受けた場所を、偵察するのです」

 

「北東、約900m。断続的な破壊音」

 

「イヤホンジャックの報告地点に爆炎を確認。ビルが川に向かって倒壊。火災が発生している。周辺にヴィランは視認できない」

 

「……倒壊したビル周辺にヴィランはいない……その先の川に……流されている要救助者1名……」

 

『分かりましたわ』

 

私たちの情報を聞いて、すぐに百ちゃんの指示で皆が行動開始した。

消火活動と人命救助にほとんど人員が行って、ヴィランの捜索、対応に爆豪くん、上鳴くん、切島くんが勝手に向かっていった。

人命救助とか消火活動は皆が素早く対応してくれているから、こちらからの指示はほぼ必要ない。

隠れているお姉ちゃんたちヴィラン役が動き始めたところで伝えればいいだろうか。

 

……問題は私がいるとこの3人の感知の訓練にならない事なんだよね。

どうしよう。

 

「……私が感知しちゃうと……3人の訓練にならないよね……?どうする……?」

 

「まあ、確かにそうではあるんだが……」

 

「でも波動が何もしないのもそれはそれで訓練にならないよね?」

 

「このままならあとはヴィランの捜索だけだけど、それだと波動さんは一瞬で分かっちゃうもんね……」

 

皆どうすればいいか分からなくなってしまう程度には困っていた。

私がどうすればいいか相澤先生に確認しておくべきだったか。

今回の内容だと魔獣の森とかの時と違って、明らかに私と分業できる内容じゃないし。

 

「……じゃあ……ちょっと試したいことが……あるから……皆が感知した情報……通信で伝えたりしないで……私に教えてもらっていい……?」

 

「試したいこと?」

 

私がそう伝えると、響香ちゃんが不思議そうな感じで聞き返してきた。

障子くんと口田くんも疑問符を浮かべている。

まあ試したいことと言うのは昨日のテレパスでしかないんだけど。

昨日の夜お姉ちゃんに電話をして許可をもらったうえで、遠距離の人に対して同じことが出来るのかを試させてもらったりしていたのだ。

結果は上々。電話を切っても私の読心とテレパスで会話をすることができた。

まあテレパスの方はちょっと伝えるのが遅くなっちゃったり、ノイズや騒音混じりになったりすることがあるみたいではあったんだけど。

 

『これ……』

 

「っ!?え、ちょっ、今のなに!?波動今喋ってないよね!?」

 

「なんだ、どうした耳郎」

 

「ど、どうしたの!?耳郎さん!?」

 

響香ちゃんが凄く慌てた様子でキョロキョロした後に私を凝視してきた。

とりあえず何があったか分かっていない障子くんと口田くんにも同じ感じのテレパスをしておく。

 

「私の波動と……それぞれの波動を……馴染ませる……というよりも……同じ形、質に……共鳴させると……私の思ってること……伝えられるみたいで……練習したいなって……」

 

「つ、つまり、テレパスってことだよね?」

 

「……なんというか、波動の出来ることが異常な速度で増えていくな。活力の回復と聞いて驚いたばかりだったはずなんだが……」

 

口田くんが障子くんに同意するように激しく顔を縦に振っている。

正直私もどんどん出来ることが増えてびっくりしているくらいだ。

散々使っている私ですらまだ理解しきれていない。それだけ波動が凄いものだってことなんだけど。

 

「……分かった。波動がそれを使いこなせれば100人力だもんね。練習、付き合うよ」

 

響香ちゃんが同意してくれたのを皮切りに、障子くんと口田くんも同意してくれた。

とりあえず私は素早く共鳴させられるように頑張らないといけない。

万が一戦闘中に頭に騒音を響かせたらそれが致命的な隙になりかねないし。

 

それから響香ちゃんたちは感知に集中し始めた。

 

「火災は収まったようだな」

 

「良かったぁ」

 

「しっ、静かに!嫌な、音がする……波動!」

 

「ん……!」

 

響香ちゃんが感知したのはお姉ちゃんが動き出した音だろう。

響香ちゃんが感知出来たことだし、その情報なら私から出してしまおう。

私がいるのに不透明な情報が出てきたら、それはそれで事情を知らないあっち側は混乱するだろうし。

 

『緑谷くん……正面20m先……上空10m……ヴィラン接近……早急に対処を……』

 

『うんっ!任せて!』

 

テレパスをしたら、平然と通信で返事が返って来た。

これは、通信機からの音だと勘違いされた感じか。

まあそれだけ普通に伝えられたってことなんだろうけど。

 

「……緑谷、普通に通信機で返答してきたね」

 

「ん……思考も普通だったから……多分テレパスだって……気付いてない……」

 

「それはそれでどうなんだ……?」

 

「まあ……それはいいんだけど……ヴィラン役……お姉ちゃんと……天喰さんだけなんだよね……要救助者役も……通形さんだけ……」

 

私があとは何をすればいいか分からないということも含めて伝えると、障子くんたちも考え込み始めた。

 

「うちらもヴィラン対応に行く?」

 

「うーん……」

 

「……俺はここに残るべきだと思う。波動の感知でここから半径1km周囲にヴィランがいないことが分かっても、高速で移動できるヴィランが範囲外にいる可能性もある。他のヒーローのみで対応できている現状で、警戒を疎かにしてまで救援にいくべきではないと考える」

 

「……確かに……障子くんの言う通りかも……」

 

障子くんは何も間違ったことは言っていなかった。

ヴィラン連合の黒霧のような転移系の個性や、飯田くんのような高速移動系の個性がいたら範囲外からでも一気に急襲できる。

それらの警戒も含めて任された偵察班として、その職務を放棄してまで救援に行くような状況ではないか。

響香ちゃんと口田くんもその考えには同意していて、その後は特に何も起こらずに訓練は終わった。

 

 

 

訓練が終わって制服に着替えた。

透ちゃんと一緒に教室に戻ったところで、席に座っている緑谷くんに声をかける。

思考的に大丈夫だったんだとは思うんだけど、ノイズや騒音被害が発生していないかを確認しておきたかったのだ。

 

「緑谷くん……ちょっといい……」

 

「波動さん?どうしたの?」

 

「さっきの訓練中……私がヴィランの情報伝えたの……変な感じしなかった……?ノイズとか……騒音とか……」

 

「え?特になんともなかったけど……」

 

緑谷くんは平然とそう答えてきた。

やっぱり普通に通信機からの声だと思われてるなこれ。

そう思っていたら、不思議そうな顔で透ちゃんが会話に入って来た。

 

「そんな通信してたの?個人通信?あの通信機そんな機能あったの?」

 

「え?……いや、そんな機能ないよね?葉隠さんの通信機、故障してたの?」

 

「ん……透ちゃんの方があってる……通信なんてしてない……」

 

「どういうこと……?」

 

緑谷くんがさらに困惑した様子で考え込み始めた。

もうさっさと種明かしして細かい感想を聞くべきだ。分析好きの緑谷くんなら絶対ためになる情報をくれる。

 

『これ……伝わってる……?』

 

「っ!?……テレパス!?そうだよね!?そういうことだよね!?どうやってるの!?波動さんの個性でそんなこと出来る方法あるの!?詳しく教えて!?」

 

緑谷くんがノートとペンを取り出して凄い剣幕で詰め寄って来た。

どうやら理解できない事象に、分析好きの血が騒いだらしい。

緑谷くんに聞いたのは間違いだったかな……?

その後は緑谷くんの声で興味を持った皆が集まってきた。

私が緑谷くんに捕まっている間に響香ちゃんたちが皆にも説明してくれたけど、それだけで納得してくれるはずもなくて私ももみくちゃにされながら質問攻めされた。

結局緑谷くんにはノイズとか騒音とか違和感とか、聞きたかったことは一切聞けなかった。

もう緑谷くんには聞かないで、透ちゃんに協力してもらって感想を聞いた方が早いか。

透ちゃんなら少なくとも暴走しないだろうし。うん、そうしよう。



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暴発と冬仕様

結局あれから透ちゃんと練習しようとしていたら凄い勢いで迫って来た緑谷くんも含めて、3人で色々実験してみた。

その結果分かったのは、感知範囲内ならテレパス可能であると言うこと、距離が離れれば離れるほど精度が落ちてノイズやタイムラグが大きくなることだった。

多分距離が離れるほど相手の波動に干渉するのに時間がかかったり、私の波動と僅かな誤差が出来てノイズ交じりになってしまうんだと思う。

波動に干渉出来るなら自分の波動以外も武器として使えないかと思って色々試してみたりもしたけど、出来たのはやっぱり共鳴させる程度の操作だけ。

自分の波動のように自由自在に動かすなんていうのはできそうにもなかった。

 

そんなことがあって翌日も色んな人、主にお姉ちゃんや透ちゃん、A組女子に協力してもらって練習を続けた。

緑谷くんに協力してもらわなかったのは……うん、単純に昨日すごい勢いで迫られて怖かったのだ。

なんだったら練習してることを察して話を聞きに来たりしてたし。

エンデヴァーの初戦の後から自分のことでも思うところが多そうなのに、なんでこうも他の人のことにいつも通り興味津々なのか。

そんなことを思いながら1日を過ごして夜。

テレパスによる興奮も収まったらしい緑谷くんは基礎体力訓練とOFAの訓練を遅い時間までして、その疲れのせいかお風呂にも入らずに眠ってしまったようだった。

まあここまではいい。私も何も思わずに寝たし。

問題は目が覚めてからだ。

なんで緑谷くんの部屋はあんなにボロボロになってるんだ。

しかも大事にしているオールマイトのフィギュアとかも倒れたりしているし。普段だったら絶対にありえないことだ。

襲撃でもあったんだろうか。

緑谷くん自身はランニングしてて今は寮にはいない。

緑谷くんの思考と青山くんの監視をしている人の思考をしばらく注視してようやく緑谷くんの個性の暴走?があったことが分かった。

OFAって暴走するものなのか。流石にちょっと心配になってしまう。

それもあって緑谷くんが寮に戻ってくるのを待ち伏せして話を聞くことにした。

今、共有スペースには私しかいない。好都合でもあった。

 

「緑谷くん……」

 

「波動さん?どうしたの?」

 

私が声をかけると、緑谷くんが不思議そうな顔で疑問符を浮かべる。

 

「大丈夫……?部屋……ボロボロだけど……」

 

「う、うん。僕はなんとも」

 

「思考見てたから分かったけど……個性の暴走ってほんと……?そっちも心配……」

 

「それが、僕にもよく分からなくて……」

 

これは嘘だ。

思考からして、暴走に関しては本当によく分からないけど、何か心当たりがあるようだった。

 

「……嘘だよね……それ……心当たり……あるんだ……」

 

「……うん。だから、オールマイトに相談しようと思って」

 

「……なるほど……分かった……緑谷くんが一番信頼してる……オールマイトに相談するなら……大丈夫だよね……」

 

「うん、ありがとう。心配かけてごめんね」

 

緑谷くんはちょっと困ったような感じで小さく笑みを浮かべながらそう言ってきた。

まあとりあえず今はそれでいいか。話を濁したのはOFAのことで何か心当たりがあったからみたいだし。

それを誰に聞かれるかも分からないここで言わないのも、事情を知っている私にしか分からないようにオールマイトに相談するとだけ伝えるのも、ほぼ満点の回答と言っていい。

これ以上ツッコむのも野暮だろう。

……あとはまぁ、言いたいことは言っておくか。

 

「納得したから……それはそれとして……緑谷くん……くさい……」

 

「えっ」

 

「汗臭いよ……昨日もシャワーすら浴びずに寝て……今もまた汗かいてるし……皆が起きる前に……シャワー浴びた方がいい……」

 

「ご、ごめん!?え、そんなに臭いかな!?」

 

「うん……くさい……」

 

『く、くさっ!?』とか『そこまで直球で言わなくても!?』とかショックを受けてないで早くシャワーを浴びてきて欲しい。

昨日自主トレの後にシャワーを浴びなかった自業自得だ。

ちょっと離れて話してても汗臭い感じの臭いが分かってしまう程度には臭い。

女子も含めて寮で共同生活をしているんだから、そういう最低限の身だしなみはどうにかしておいて欲しい。

緑谷くんも流石にそこまで言われて危機感を覚えたようで、私に謝りながらシャワーを浴びに行った。

 

 

 

そんなこともあってお昼。

緑谷くんはお弁当を買ってオールマイトの所に直行していた。

皆とご飯を食べながら、こっそり見ておくか。

 

「メシだー!」

 

「「メシだー!」」

 

三奈ちゃんとお茶子ちゃん、透ちゃんが腕を振り上げてそんなことを言っている。

よっぽどお腹が空いていたらしい。

 

「メシだ」

 

「い・い・だ」

 

「峰田くん……ボケ……分かりにくい……」

 

女子がメシメシと騒いでいたのもあって、それを聞いていた峰田くんが急に飯田くんを指さしながら三奈ちゃんたちと同じことを言いだした。

飯田くんの苗字の読み方を変えたボケなんだろうけど、流石にちょっと分かりにくいと思った。

 

それはそれとして食事を食べながら緑谷くんとオールマイトの密談を監視する。

『初代の記憶……!見たか……!』とかいう思考になっている。つまりそう言うことらしい。

緑谷くんは夢で初代OFAの持ち主の記憶を見て、目が覚めたら暴走していたということか。

面影はまぁ体育祭の後の密談とかでも話していたからいいとして、その後も『特異点』、『まだ20%』、『培ってきた人たちの想いが"力"の一部として記憶されてる』、『見た影の中でオールマイトだけボヤッーとしてた』とか、気になる情報は色々あった。

あとは緑谷くんが急に先々代がキレイな人だったとか言い出したくらいか。

オールマイトも嬉しそうに笑っている。なんというか、オールマイトに女性に対して綺麗とか思う感情があると思ってなかったから少し意外だった。

 

 

 

そんな感じのこともあって午後。

今日のヒーロー基礎学は演習だ。

運動場γを使ってするらしく、皆で着替えてからそっちへ向かっていた。

私のコスチュームはそのままだけど、皆結構冬仕様に改造を施している感じだ。

 

「ワクワクするねー!」

 

「ん……今日のは……いつもと違う感じ……楽しみ……」

 

透ちゃんも冬仕様とかには変わっていないうちの一人だ。というよりもぴっちりスーツ組は梅雨ちゃん以外誰も冬仕様とかにはしてない。

梅雨ちゃんは見た目は変わらないけど、防寒保温スーツに変わっているらしい。

まあ梅雨ちゃんは寒くなると寝ちゃうから当然の機能だ。

 

透ちゃんは今も寒さとかを感じている様子はなく元気にピースしている。

そんな透ちゃんもいつもと違うことをするのは楽しみみたいで、期待に胸を膨らませていた。

まあB組との合同訓練なんて言われれば楽しみになるのも仕方ない。

物間くんが大騒ぎしそうなのがなんとも言えない所だけど。

 

「私冬仕様~!カッコイーでしょーが!」

 

「ええ!」

 

「流石に寒くなってきたもんね」

 

三奈ちゃんが冬仕様のコスチュームをアピールし始めた。

三奈ちゃんの変化は、半袖程度の袖が出来たのと首元のもこもこが増量しているかんじだろうか。

冬仕様と言いつつ半袖止まりなのは酸を出す関係上仕方ないことだと思うし、いい感じの変化だと思う。

あと女子で分かりやすい変化があるのは百ちゃんだ。

 

「百ちゃんも……マント……かっこいいね……」

 

「ありがとうございます!」

 

「ヤオモモは流石に寒そうだったもんね。個性のためとはいってもあのままじゃなくて良かったよ」

 

百ちゃんは素肌から創造する関係上露出を減らすわけにはいかないのは分かるけど、それでも最近は凄く寒そうだった。

全身すっぽり覆う感じのマントみたいだし、これなら多少はマシだろう。

百ちゃんや三奈ちゃんみたいにある程度の露出が必要な個性はこういうところが大変だなと思う。

 

「!かっちゃんも変えてる」

 

「あーーーーー!?文句があるなら面と向かって言えや!!クソナードが!!」

 

「そのスーツ……防寒発熱機能付き?汗腺が武器のかっちゃんにとってとても理に適った変更で素晴らしいと思「ほめてんじゃねーーー!!!」

 

緑谷くんは緑谷くんで凄いな。相変わらずではあるんだけど、なんであんなに邪見にされて罵倒されてて、キレるのが分かってる爆豪くんにも平然と声をかけられるのか。

私は自分に対して負の感情を向けてくる人とは関わりたくないと考えてしまうから、とても真似できない。

あと爆発すると分かってる人にもわざわざ声をかけにいったりしない。

特に爆豪くんなんかイライラしてたりキレてたり、内心を見ていると爆発しやすい状態ばっかりで、思わずツッコんだり口を挟むことはあるけどあまり自分から声をかけようとは思わないし。

 

「緑谷が一番変化激しいよな。最近また何か付いたし」

 

「やれることが増えてきたからさ。すごいんだよ、このグローブ。実は既に2代目なんだけど、発目さんが強度まで調整してくれて!」

 

「あー!発目なー!」

 

緑谷くんがそんな感じで嬉しそうに発目さんのことを話しだした途端、お茶子ちゃんが固まった。

というよりも、発目さんによる緑谷くんへの胸の押し付けの数々を思い出しているようだ。

そう思って微笑ましく見守っていたら、お茶子ちゃんが急にガンッなんて音がなるくらいすごい勢いで自分の頭を殴った。

 

「去れ!!」

 

「麗日ーーー!?」

 

「お茶子ちゃん……!?いくら嫌なこと思い出したからって……!!」

 

「……!そういうこと!?お茶子ちゃんそういうことだよね!?」

 

「お、なになに麗日!何を思い出したの!?」

 

「ちょっ!?瑠璃ちゃんも透ちゃんも違うから!!そういうんじゃないから!!三奈ちゃんも、私なんも思い出しとらんで!!」

 

あまりにも露骨で自虐的なお茶子ちゃんの行動に私が思わず口を出すと、透ちゃんと三奈ちゃんがワクワクしながらお茶子ちゃんに詰め寄った。

お茶子ちゃんも慌て始めてしまって必死で誤魔化そうとしている。

でもここまで露骨な行動を取って、緑谷くんに発目さんの影がちらついた瞬間に態度が変わって、隠しているなんてどのみち無理がある言い分なんだからもうちょっと態度に出さない方法とかを考えた方がいいと思うんだけど。

せめて男子がいるところだけでも。

そんなことでワイワイ話しながら移動して、運動場γに辿りついた。



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チーム分け

運動場γについてすぐに、いつもの煽るような声が聞こえてきた。

 

「おいおい、まーずいぶんと弛んだ空気じゃないか。僕らをなめているのかい」

 

「お!来たなぁ!!なめてねーよ!わくわくしてんだ!!」

 

「フフ……そうかい。でも残念。波は確実に僕らに来ているんだよ。さぁA組!!!今日こそシロクロつけようか!?」

 

物間くんが、いつも通り私たちを挑発するように煽ってきた。

それにしても、B組での物間くんの立ち位置はA組でいうブドウ頭の立ち位置と同じ感じのようだ。

小森さん以外のB組女子が冷たいやや引いたような感じの視線を向けている。

特に小大さんは物間くんに対して冷たい視線を向けている。

あれは私がブドウ頭に向ける視線とほぼ同質のものな気がする。

実際小大さんの思考は物間くんに対して冷たい思考になっているし、そう間違ってない気がする。

物間くんのことが苦手なんだろう。

そんなことを考えていたら、物間くんは凄まじい笑顔で高笑いしながら(ぼくしらべ)なんて書いてある紙を見せてきた。

 

「見てよこのアンケート!文化祭で取ったんだけどさぁーあ!A組ライブとB組超ハイクオリティ演劇どちらが良かったか!見える!?二票差で僕らの勝利だったんだよねぇ!!」

 

「マジかよ、見てねーから何とも言えねー!!」

 

「……どっちの出来がとかの話はともかく……ぼくしらべの時点で……信頼性が高いデータじゃない……参考にならない……」

 

「入学時から続く君たちの悪目立ち状況が変わりつつあるのさ!!」

 

物間くんは変わらず高笑いしながら、手を打って煽り散らしてくる。

だけどこのデータの信頼性はそんなに高いものではないだろう。

雄英の生徒数で母数100以下のデータだし、さらにぼくしらべなんて書いてあるし。

そもそもアンケートの取り方が謎。少なくともA組のライブ中にそんな投票箱は体育館にはなかった。

体育館で取ったんじゃないとすると、物間くんがアンケートを取っていったことになるんだけど、この時点で公平じゃない。

負け惜しみとかじゃなく、どっちが良かったかとかを判断できるようなデータではないと思う。

 

まあそんなことはどうでもいいか。

とりあえず物間くんは気を付けた方がいい。

怒りに震える拳藤さんが拳を握って震えているし、相澤先生の思考も制裁に関するものになっている。

 

「そして今日!!A VS B!!初めての合同戦闘訓練!!僕らがキュ!!」

 

「黙れ」

 

案の定物間くんは相澤先生の捕縛布で首を絞められて、強制的に黙らされた。

相澤先生がいるところで授業妨害にもなるような行為をしているんだからさもありなんとしか思わない。

だけどあれは苦しいとか以前に、結構がっつり絞められていて痛そうだ。

一応最低限の加減はしているんだろうけど。

 

物間くんが黙らせられたことで話せる状況になったと判断したらしいブラドキング先生が話し出した。

 

「今回特別参加者がいます」

 

「しょうもない姿はあまり見せないでくれ」

 

特別参加者というのはもしかしなくてもブラドキング先生の後ろに隠れている心操くんのことだろうか。

心操くんは頻繁に相澤先生と特訓をしていたし、特別参加者として参加できるということは先生視点でも捕縛布の扱いもある程度できるようになったということだろう。

先生たちの思考的にも編入テストの意味合いもありそうだし。

 

「ヒーロー科編入を希望している、普通科C組、心操人使くんだ」

 

「「「あ~!!!」」」

 

「心操ーーー!!」

 

「まぁねってこういうことか!」

 

「あれ相澤先生の捕縛布?」

 

「マスクはオリジナルかな」

 

「よろしくなー!!」

 

紹介された心操くんに対して、皆口々に感想や挨拶を述べていった。

特に尾白くんの驚きようが凄い。体育祭で痛い目を見ているから当然ではあるんだけど。

 

「一言挨拶しろ」

 

「何名かは既に体育祭で接したけれど、拳を交えたら友達とか……そんなスポーツマンシップを掲げられるような気持のいい人間じゃありません。俺はもう何十歩も出遅れてる。悪いけど必死です。立派なヒーローになって、俺の"個性"を人の為に使いたい。この場の皆が超えるべき壁です。馴れ合うつもりはありません」

 

相澤先生に挨拶を促された心操くんは、そう言い切った。

それと同時に皆から拍手が響いてくる。

正直挨拶というよりも宣言って感じではあったけど。

 

「ギラついてる」

 

「引き締まる」

 

「……嫌われる個性で……それを人の為に使おうと思えるの……凄いと思う……」

 

「いいね彼」

 

心操くんの宣言には私としても思うところはあった。

正直、心操くんはすごいと思う。

洗脳なんていう人から嫌われる個性で、それを人の為に使おうと思うのが私には理解できない。

私はお姉ちゃんのためにヒーローを目指しているんであって、波動の感知や読心を人の為に使いたいと思ってヒーローを目指したわけじゃない。

悪意とか負の感情は苦手だから、可能ならそういうのをどうにかしたいとは思うけど、あくまで可能ならの話だ。

読心を負の感情を向けてくる人の為に使おうなんて、私にはとてもではないけど思えなかった。

だから正直にいって、心操くんのその考え方はすごいと思うと同時に理解できないものでもあった。

 

 

 

「じゃ、早速やりましょうかね」

 

「戦闘訓練!!」

 

心操くんの紹介も終わったことで先生たちは今日の授業の説明に移った。

ブラドキング先生が大きな箱まで取り出している。

ボールみたいなのがたくさん入っているし、くじ引きでチームを決める感じか。

 

「今回はA組とB組の対抗戦!!舞台はここ、運動場γの一角!!双方4人組をつくり、一チームずつ戦ってもらう!!」

 

「……心操を加えると41名。この半端はどう解決するのでしょうか?」

 

「心操は今回2戦参加させる。A組チーム・B組チームそれぞれに1回ずつ。つまり5試合中2試合は5体4の訓練となる」

 

宍田くんの質問に相澤先生が答えると、不公平だと思ったらしい透ちゃんが憤ったような感じで声をあげた。

 

「そんなん4人が不利じゃん!!」

 

「……透ちゃん……落ち着いて……」

 

「ほぼ経験ない心操を4人の中に組み込む方が不利だろ。5人チームは数的有利は得られるがハンデもある」

 

私が隣の透ちゃんを落ち着かせるために声をかけたけど、すぐに先生が補足してくれた。

 

「今回の状況設定は"ヴィラングループを包囲し確保に動くヒーロー"!お互いがお互いをヴィランと認識しろ!4人捕まえた方が勝利となる!」

 

「ヒーローであり相手にとってはヴィラン!?どちらに成りきればいいのだ!?」

 

「ヒーローでよろしいかと」

 

訓練の設定に対して飯田くんが相変わらずの空回りを見せている。

なんでそういう思考になるのかがよくわからない感じだ。百ちゃんの言う通り、普通にヒーローに成り切ればいいだろうに。

 

「双方の陣営には"激カワ据置プリズン"を設置。相手を投獄した時点で捕まえた判定になる」

 

「緊張感よ!!」

 

「自陣近くで戦闘不能に陥らせるのが最も効率的。しかし、そう上手くはいかんですな……」

 

「"4人捕まえた方"……ハンデってそういうことか?」

 

爆豪くんは本当に頭が回るし、理解力がある。その通りで間違いない。まあ心操くんの実力からして足手まといにはならないからハンデになるかと言われると疑問が残るけど。

爆豪くんの質問には、相澤先生が答えた。

 

「ああ……慣れないメンバーを入れること、そして5人チームでも4人捕えられたら負けってことにする」

 

「お荷物抱えて戦えってか。クソだな」

 

「ひでー言い方やめなよ!」

 

「いいよ。事実だし」

 

「徳の高さで何歩も先行かれてるよ!」

 

「……心操くん……足手まといには……ならないと思うけどね……」

 

爆豪くんが文句を言う中、私がボソッと呟くと透ちゃんが不思議そうに聞いてきた。

 

「そうなの?」

 

「ん……少ない側が……捕える対象を選べるのと……心操くんが連携の訓練をしてないことくらいだよ……ハンデって言えるの……それが数的有利と釣り合うかと言われると……微妙……」

 

「じゃあやっぱり4人が不利ってことか!?」

 

透ちゃんがまた若干憤っている。

だけど先生たちはそんなの無視してくじの箱を差し出してきた。

 

「じゃ」

 

「くじな」

 

 

 

1試合目

蛙吹、上鳴、切島、口田  VS 塩崎、宍田、円場、鱗

2試合目

常闇、葉隠、波動、八百万 VS 黒色、拳藤、小森、吹出

3試合目

飯田、尾白、障子、轟   VS 回原、角取、鉄哲、骨抜

4試合目

青山、砂藤、耳郎、爆豪  VS 泡瀬、鎌切、取蔭、凡戸

5試合目

芦戸、麗日、緑谷、峰田  VS 小大、庄田、物間、柳

 

私は2試合目。

透ちゃん、百ちゃん、常闇くんとチームになった。

相手は拳藤さん、小森さん、吹出くんに黒色くん。

個性だけで見てしまうと拳藤さん以外は全員厄介だし、拳藤さんは頭が回ることも考えると全員厄介な感じか。

 

「よろしくね!」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

「よろしく……」

 

「よろしくお願いしますわ!」

 

私も含めた皆がチームメイトと挨拶し始める。

私のチームだとブレーンに百ちゃん、隠密行動に透ちゃん、汎用性の高い常闇くん、索敵に私という感じか。

まあ考えるまでもなく役割分担には困らなそうな感じだ。

 

「じゃ、心操引け」

 

「それぞれ出た数字のチームに入れる」

 

差し出された箱から心操くんが引いたのは、A組1、B組5だった。

つまり梅雨ちゃんの所と物間くんの所に入るということ。

私とは関わらない感じだ。

まあそれでよかったと思う。

心操くんの個性は私とは相性最悪だし、編入試験の意味合いがあるなら彼にとっては関わらない方が断然いいだろう。

心操くんが各チームと挨拶を終えたところで、相澤先生が話を締めるように最後のルール説明を始めた。

 

「スタートは自陣からだ。制限時間は20分。時間内に決着がつかない場合は残り人数が多い方の勝ちとする」

 

そこまで説明されて、1試合目のメンバーは指示された位置まで移動し始めた。

残りはここでモニター前に座って見物する感じになった。

皆まだ作戦会議とかはしていない。

私は2試合目だし、この試合で作戦の重要性が分かってからとかだと遅いと思うから、試合を見ながら作戦会議を提案しようかな。

百ちゃん中心に作戦会議すればいい感じの作戦を考えられそうだし。



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作戦会議

そろそろ第一試合が始まるというところで、オールマイトとミッドナイト先生がやってきた。

どうやら見学に来たらしい。

 

「オールマイトとミッドナイトが来たー!熱愛!?」

 

「やめて。年上管轄外」

 

三奈ちゃんが相変わらずの恋愛脳でミッドナイト先生をからかう。

先生は先生でちゃんと乗りながらも否定している感じだ。

オールマイトは50歳くらいだったはずだし、仕方ない気もするけど。

 

「どっちが勝つと思います?」

 

「どうだろうねぇ。多くのピンチを乗り越えてきたA組は強い。しかし……データを見ると実はB組の方が伸びてるんだ。トラブルがない分着実に地力を上げている」

 

オールマイトがそんな感じで解説する。

確かにB組は堅実に実力をつけて行っているイメージがある。

授業の時の波動を見ていても実際そんな感じだし。

そんな話をしている間に第一試合の参加者が全員スタート地点にたどり着いた。

 

「じゃ、第一試合……START!」

 

ブラドキング先生の掛け声とともに、試合が始まった。

 

さて、私は第二試合だし、この第一試合を見ながら作戦会議をした方がいいと思う。

その前に確認しておきたいことが少しある。

試合が動き出す前に相澤先生に質問してしまおう。

他の生徒に聞こえないように端の方にいる先生にこっそり近づいて声をかける。

 

「先生……聞いておきたいことが……あるんですけど……」

 

「どうした」

 

「読心……どこまでしていいですか……?試合前の作戦会議とかも……全部していい感じですか……?」

 

「……それを聞くということは、もう隠しているわけではないんだろ?」

 

「はい……自分から言ったりはしてないですけど……特に隠しているわけでもないです……」

 

「なら俺から言うことは何もない。好きに使え。今後、そういう個性のヴィランを相手にする可能性もある。今までの挙動、言動を見て気付けていないというのなら、それは相手側の落ち度だ」

 

「……分かりました……ありがとうございます……」

 

読心も好きに使っていいという確認が取れたから、先生に頭を下げて透ちゃんの隣に戻る。近くには百ちゃんと常闇くんもいる。

それにしても、作戦会議の読心もしていいとなるとこっち側にだいぶアドバンテージがある感じだ。

バレている可能性ももちろんある。

B組で完全に私の読心を知っているのは物間くんだけだ。だけど、物間くんは読心に関してはちゃんと隠してくれている。

あとバレる可能性があったところというと、始業式の日に物間くんや切島くんたちに言ったことを聞かれている可能性があることと、この間のミスコンの時に拳藤さんが悪意に敏感というお姉ちゃんの言葉を聞いているくらいか。

それに挙動とかを合わせて考えれば予想できなくはないはず。

実際ミルコさんとかナイトアイには挙動で見破られてるし。

相澤先生は挙動、言動、状況の合わせ技の積み重ねだからほぼ例外だ。

 

そんなことを考えながら透ちゃんたちのところに戻った。

 

「透ちゃん……百ちゃん……常闇くん……私たち……次試合だし……見ながらでいいから……作戦会議しよ……」

 

「うん!しようしよう!」

 

「ええ……あちらでしましょうか。あそこまで行けば聞こえないでしょうし」

 

「ああ、そうだな」

 

皆もすぐに同意してくれて、他の人から少し離れた位置に離れた。

3人にも読心で作戦会議も含めて盗み見してもいいと言われたことを伝えてしまおう。

 

「今確認してきたんだけど……拳藤さんたちの作戦会議も……全部読心していいって……」

 

「うわ、それほんと?」

 

「ん……今後そういう個性を持ってるヴィランに……遭遇するかもしれないし……もう隠してないなら……言動や挙動から気付けない……相手の落ち度だって……」

 

「確かに、真理ではあるか……」

 

「そう言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまいますわね。私たちも拳藤さんたちの個性で知らないことがあれば、それは私たちの分析不足の一言で済んでしまうことですし、条件自体は同じということですか」

 

「一応……精度とかは別として……拳藤さんとかには……気付かれる可能性は……あると思うけど……」

 

相澤先生の容赦のない裁定に、皆ちょっと引きつつも納得は示している。

百ちゃんなんかはむしろ相手側の個性のことを頭の中で分析し直しているくらいだ。

 

「百ちゃん……分析し直すの……ちょっと待って……合宿の時に……ラグドールさんが読んでた個性の詳細……4人分伝えるから……」

 

「うわぁ、そっか、そうだよね。合宿の時皆個性の分析してもらったもんね。当然読めてるよね」

 

「ん……ただ……ここ数ヶ月の成長が加味されてない……古い情報っていう前提で聞いて……」

 

「ええ、もちろんですわ」

 

そこからは拳藤さんから順番に個性の情報を伝えていった。

拳藤さんの大拳。人を覆えるサイズまで両拳を巨大化できる。基本的にそれだけ。弱点はないけど、悪く言えば普通の個性。

小森さんのキノコ。湿っているところにキノコを繁殖させられる。弱点は滅菌処理に弱いこと。

黒色くんの黒。黒色ならなんでも溶け込めて、その中を高速で移動できる。弱点は強いて言えばただ溶け込むだけだから、動かすとかは出来ないこと。あとは単純に光に弱くて、強い光で照らして入っている影を消すと飛び出てきてしまうことくらいか。

吹出くんのコミック。発したオノマトペを具現できる。弱点は発声しないと具現化できないこと。

皆も頷きながら聞いている。百ちゃんはそこから個性が伸びているとしたら、という仮定で考察し始めている。やっぱり百ちゃんは頼りになる。

 

『早くも削り合い!宍田、円場の荒らしが覿面!!これは!!残人数は同じでも精神的余裕はB組にありか!?我が教え子の猛追が遂に!!A組を打ち砕くのか!?』

 

「いいぞ僕らのブラキン先生!」

 

「偏向実況やめろー!」

 

作戦会議をしている間にも試合は進んでいる。

A組は口田くんと切島くん、B組は円場くんが確保されたようだ。

その様子をブラドキング先生が凄まじい贔屓ぶりを見せながら実況していた。

それに対して三奈ちゃんや響香ちゃん、青山くんが垂れ幕やプラカードを作ってまで抗議していた。

……皆作戦会議しなくて良いのかな。見ながらでも多少の作戦会議は出来ると思うんだけど。

まあ私たち以外は試合と試合の合間でも作戦会議はできるからいいといえばいいのか。

試合を見るのも勉強になるから、ある程度ちゃんと見ておかないといけないのは確かだし。

 

「……拳藤さんに読心について気付かれている可能性があると言っていましたわね。それはどの程度か確認しておいても?」

 

「ん……ミスコンの時にトラブルがあって……お姉ちゃんが私は悪意に敏感だからって言ってるのを……聞いてる……どの程度読めるかはわからないだろうけど……読心の存在には気付いてても……おかしくない……」

 

「それならば、読心で盗み見た作戦が罠である可能性も一考するべきですわね。読心の可能性に気付かれているならば、それを逆手に取ってくる可能性もあります」

 

「ん……そのあたりは……注意した方がいい……拳藤さん……頭が回るし……そういうの得意そう……」

 

百ちゃんの指摘は何も間違っていない。

拳藤さんなら気付いている可能性もあるし、最悪のケースを想定して筒抜けの対策をしてくる可能性もある。

ブレーンになるであろう拳藤さんを重点的に深く読んでおくつもりではあるけど、どうなるかは分からない。

 

「読心に気が付かれていてもいなくても、波動さんがいる以上場所は筒抜けなのですから、相手には速攻しか作戦はありません。何かしらの手段を用いて分断をするように仕掛けてくる可能性が高いと思いますわ」

 

「ん……私もそう思う……少なくとも……私は一人にしたいはず……」

 

「ですが、そこは私たちも逆手に取ることができます」

 

「あ!そっか!テレパス!」

 

「はい。私たちが通信機をつけていない状態で分断された場合、各個撃破に動いてくると思います。そこで波動さんがテレパスで敵の位置を伝え、こちらに有利な状況になるように誘導してくださるだけで、優位はゆるぎないものとなりますわ」

 

「ブラフ。罠として十分に期待できるな。この時期の新技を、読まれる可能性は低い」

 

 

 

その後も色々作戦会議は続いた。

基本的に頭が良くて話をまとめるのもうまい百ちゃんが中心で、私がちょくちょくサポートする感じで話は進んだ。

 

「では、基本的な役割は私と常闇さんが遊撃。波動さんが索敵。葉隠さんが隠密ということでよろしいですか?」

 

「ん……大丈夫……」

 

「うん!もちろんだよ!」

 

「ああ。異論ない」

 

一応ある程度こちらの作戦は決まった。

ただ、拳藤さんたちはまだ作戦会議をしていない。

さっき少しだけだけど、拳藤さんの思考が私に関する考察になって、悪意に敏感ということについても考えていた。

その後から分析しなくなったあたり、明らかに警戒し始めたとみるべきだ。

多分程度は分からなくても読心に思い至っている。

作戦会議をまだしていないのは、こちらに対策を考える時間を与えないためだろうか。

確かにそれはそれで有効ではあるけど、代わりに試合直前まで全然話し合いをできないことになる。諸刃の剣の対策だ。

でも結局相手の作戦を読めないなら、こちらの作戦はこれ以上詰められない。

あとは本番直前に詰めるしかないか。

 

そんなことを考えていたら、ブラドキング先生が声を上げた。

 

『第1セット、ぐぬぬぬぬ、A組+心操チームの勝ーーーーー利!!』

 

ちょうど操られた塩崎さんがB組の残り全員を檻にぶち込んで試合終了となったようだった。

それにしても梅雨ちゃんと上鳴くんの機転が利いたいい作戦だったと思う。

心操くんの強みをよく生かされていた。

今は一人一人反省点を聞かれていて、それに対して相澤先生からのコメントを返され終わったところだった。

 

皆も作戦会議や対策を練る重要性にようやく気が付いたらしい。

至る所で作戦会議が始まっていた。

誰を軸にするか、どんなアイデアやコンボがあるかといった感じの内容が主だ。

私たちのチームは私の感知を軸にしていく作戦を組み終わっている。

一方で、拳藤さんたちはまだ作戦会議すらしていない。

本当にスタート地点についてからすぐに作戦を決めるつもりか。

まあ拳藤さん以外の3人も私がいる以上速攻が基本になることは分かっているっぽいし、最低限の意思の統一はできているのか。

 

『では第二セットチーム2!準備を!!』

 

ブラドキング先生が準備するように促してきた。

私たちはササッと指示にしたがって、A組、B組一緒に指定のエリアに向けて移動を開始した。



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VS B組(前)

8人で所定の位置へ移動中に、拳藤さんが口を開いた。

 

「八百万さ!」

 

「はい拳藤さん」

 

「ミスコン、なんで出なかったの?波動に決まった経緯は聞いたけど、2人とも乗り気じゃなかったんだよね?絶対出ると思ってた」

 

「バンドの練習があったので……出来をよくするためにも、片手間では無理だと判断しました」

 

「ふーん」

 

百ちゃんのその返答に、拳藤さんは一応の納得は見せている。

 

「職場体験からCM出演しちゃって、なーんか同列に見られるんだよね。ハコ推しみたいな」

 

「箱おし?」

 

百ちゃんが拳藤さんの言っている意味を理解できず、箱を物理的に押す意味かなんて誤解している。

流石にこれじゃあ話が進まないし、ちょっと笑いそうになりながら声をかける。

 

「百ちゃん……違う……そういう意味じゃない……」

 

「あの子もこの子もまるごと好きーってこと!文化祭でも同じ人がヤオヨロズー!ケンドー!って叫んでたでしょ?」

 

「ああ、そういえば」

 

「イドラ。偶像崇拝」

 

私たちの補足で、百ちゃんもようやく理解できたらしい。

 

「八百万の方が成績も"個性"も上なのに一緒くたにされてんのが、地味に嫌だったからさ。個人的に、ちゃんと戦ってみたかったんだよね」

 

「誠心誠意お受けいたしましょう」

 

「ま、ちゃんと戦えるか分からなくなるくらいの不安要素もあるけどね」

 

百ちゃんに宣戦布告しながら、拳藤さんはちらりと私を流し見た。

やっぱり、拳藤さんは読心の可能性に気が付いている。

精度が分からないから、全て読まれている前提で考えているだけだ。

そしてそのことをまだ他の3人に伝えてすらいない。

今の拳藤さんのセリフに疑問符を浮かべているのがいい証拠だ。

拳藤さんの思考を深く見ても、百ちゃんに対するライバル心、戦ってみたいという期待、それに私に対する警戒とその対策くらいしか読み取れない。

思考がほぼ作戦に触れていないから、わかりづらいことこの上ない。

私対策で色々考えているのは分かる。読心ができる可能性。読心に普段している感知を合わせた場合、できるであろう感知内容。

そしてその場合に読み取れない可能性が高い内容。

それを考えたうえでどう伝達すれば私への作戦漏洩が最小限になるか。

拳藤さんは、スタート地点についてから一気に畳みかけるように作戦を伝えるつもりみたいだ。

確かにそれをされると音を感知できない関係上、思考からの推察しかできない私だと作戦全てを把握するのは困難だ。

ほぼ最適解と言っても過言ではなかった。

そうなると、読めた内容にもブラフが混ざってくる可能性を一考しないといけない。

 

……作戦を確認しようとしている感じを印象付けて、ちょっと揺さぶりをかけておこうかな。

そうしたらテレパスによる奇襲がもっと生きるだろうし。

私は拳藤さんの瞳をじっと見ながら話しかけた。

 

「……不安要素……私のことだよね……速攻が最善手だけど……作戦なしでするだけなら……私が丸裸にできる……さっき作戦会議……してなかったみたいだし……」

 

「さあ、どうだろうね。波動の個性が不安要素であるのは間違いないけど」

 

「ん……そっか……対策……楽しみにしてるね……」

 

「こっちこそ。この前の悪意がなんとかって話とか、どの程度のものなのか楽しみにしてるよ」

 

拳藤さんはにっこり笑ってから分かれ道で曲がっていった。

ここで別れて各々のスタート地点に向かうことになる。

なにやら常闇くんも黒色くんに何か言われていたようだけど、2人ともすごく迂遠な言い回しをしていて分かりづらい。

透ちゃんが会話に交ざらずに「わぁー」なんて言うだけで眺めているのも納得の意味不明具合だった。

 

 

 

自分たちのスタート地点について、私はさっきの拳藤さんの様子や今畳みかけるように説明している拳藤さんから読める内容を伝えていく。

 

「拳藤さん……やっぱり読心の可能性に気付いてて……全部読まれる前提で動いてる……今も……私が音を読めないのを分かったうえで……読心されても正確に読み取りにくいように……捲し立てるみたいに作戦を伝えてる……」

 

「やはりそうですか。ならば、私たちはブラフがある前提で動きましょう。波動さんも、情報はブラフだと分かってもそれを含めて伝えていただけると助かりますわ」

 

「ん……当然……」

 

百ちゃんもすぐに理解を示してくれる。

やっぱり百ちゃんは頭の回転が速いからこういう情報伝達がすんなりいって助かる。

 

「とりあえず……あっちの作戦は……初手黒色くんの突撃で場所を特定……その後は速攻からの分断……吹出くんのオノマトペで……分断してくると思う……それで……ブレーンの百ちゃんと……邪魔な私の各個撃破を狙ってる……」

 

「吹出くんかー。あのオノマトペ、分からないことが多いもんね」

 

「深淵の理解者が初手か」

 

「常闇くんそれ好きだねぇ」

 

「それとは?」

 

百ちゃんが考え込み始める中、透ちゃんと常闇くんが軽口を叩き始めた。

まあ緊張してないのはいいことだ。

 

 

 

百ちゃんが小森さん対策を考え始めた頃に、アナウンスが響いた。

 

『それではガンバレ拳藤チーム!START!!』

 

とりあえず歩いて移動を開始しながら感知を続ける。

あちら側は黒色くんが動き出している。

近づいてきたタイミングで透ちゃんに声をかければいいか。

そんな中、百ちゃんが皆に声をかけてきた。

 

「皆さん、小森さんの対策をしておきましょう。こちらを全身にかけてください」

 

「これは?」

 

百ちゃんがスプレー状の何かを各々に渡してくる。

それに対して常闇くんが疑問を呈した。

 

「滅菌スプレーです。中身はエタノールなどで人体に害はありません。小森さんのキノコが広範囲で展開できるのはいいとして、人にも生やすことができる可能性を考えての対策です」

 

「なるほどな」

 

「ん……大事だね……」

 

「ありがとー!」

 

そのまま皆でスプレーを全身に吹きかける。

それが終わりそうになった頃、黒色くんが高速で近づいてきていた。

 

「透ちゃん……!!フラッシュ……!!」

 

「おおっと!?集光屈折ハイチーズ!!」

 

私が叫ぶと、透ちゃんはすぐに反応してくれた。

凄まじい光が周囲を覆うと、影が消えて黒色くんが飛び出してきた。

 

「ケヒヒ!」

 

黒色くんはそのまま物陰の影になっているところに入っていった。

私は追撃するように黒色くんがいるところに波動弾を放つ。

でも私がいることで場所が捕捉されることが分かっていた黒色くんは、すぐに引いていった。

あらかじめ読んでいた通り、あれはこちらの場所の確認でしかなかったってことだろう。

透ちゃんがフラッシュで光れば遠くからでもある程度の場所は分かるだろうし。

 

それで場所を察したらしい小森さんがこちらに向かって歩き始め、拳藤さんと黒色くんも散り散りになって動き始めた。

小森さんが移動するのに合わせて、周囲を徐々にキノコが覆い始める。

B組はもちろん、私たちの身体にもキノコは生えてこないけど、地面や壁をキノコが埋め尽くしていった。

 

「菌茸類が大地を埋め尽くしていく!」

 

常闇くんが異常なその光景に率直な感想を述べている。

透ちゃんも急激に成長していって周囲を埋め尽くすキノコに、ゾゾっとした寒気を感じているようだった。

百ちゃんの対策がなかったらまずかったかもしれない。

そんな中でも、私は小森さんの思考を読み続けていた。

キノコで覆ってきたなら何か目的があるはず。そう思っての行動だった。

 

『クロハナビラタケくん、キシメジちゃん、エノキタケにヒトヨタケ、ソライロタケにカエンタケにテングタケ』

 

彼女の思考は、キノコの名前をつらつらと列挙していた。

さっきまでこんな思考はしていなかった。

つまり、生やしたキノコの名前を列挙している?

正直知らないキノコばっかりで全然参考にならないけど、一つだけやばいキノコは分かる。

 

「百ちゃん……ブラフかもしれない……だけど……小森さんがキノコを散布し始めてから……キノコの名前をつらつら考え出した……その中に……カエンタケがあった……」

 

「カエンタケですか!?」

 

「カエンタケか……本当にどこかに生やしているとしたらまずいな」

 

「なになに?どういうこと?」

 

百ちゃんと常闇くんはすぐに納得してくれたけど、透ちゃんが困惑した様子で聞いてくる。

そんな透ちゃんに対して、百ちゃんが説明を始めた。

 

「カエンタケ。炎のような形をしている殺人キノコとすら言われる猛毒を持つキノコです。その毒性は非常に強く、出てきた汁に触れるだけで皮膚に炎症を引き起こすほどだったはず……」

 

「こんなの生やしたらB組も動きづらい……ブラフだとは思うんだけど……用心しないわけにもいかない……」

 

「瑠璃ちゃんいつも嘘は分かるって言ってたよね?それでわかったりしない?」

 

透ちゃんが泣きそうな顔で聞いてくる。

透ちゃんの個性を生かそうとするとブーツを脱がないといけないし、不安がぬぐえないんだろう。

ボディスーツがあるとは言っても地面を歩いていたら破れたりする可能性はあるわけだし。

でも、聞いてくれたところで悪いけど今回のケースだと嘘かどうかは判断できない。

 

「ごめん……私が嘘かどうか判断してるの……悪意があるかと……言動と思考の乖離とかからだから……特に意味もなく思考で列挙するだけだと……嘘かどうかは分からない……」

 

「万能ではないということか」

 

「……波動さん、小森さんが思い浮かべていたキノコを教えていただいてもよろしいですか?」

 

「ん……分かった……」

 

足元に注意して慎重に移動しながら百ちゃんにさっき小森さんが列挙していたキノコを教えていく。

百ちゃんはさらに深刻な様子で考え込み始めた。

 

「……その中に、毒キノコが多数列挙されています。そこまで多数のキノコを出せるとなると……」

 

「なんだ?カエンタケ以外の懸念があるのか?」

 

「……はい。申し訳ありませんがキノコの名前までは覚えていません。しかしキノコの中には、菌糸を吸い込むことで喘息のような症状を引き起こすものがあったはずです」

 

百ちゃんの指摘にその可能性に関して考えを巡らせつつB組の方に注意を払うと、拳藤さんと黒色くんが違う方向から攻めてきていた。

 

「皆……!拳藤さんと黒色くんが近くまで来てる……!正面を0として拳藤さんは2時方向……!黒色くんは5時方向……!」

 

素早く近づいてくる2人のことを皆に伝える。

皆もその方向に注意を向けてくれた。

私たちの場合全員入り混じった乱戦にされる方が困る。

私も攻撃されたりしている間に指示を出すことが難しいし、乱戦にされると単純に勝率が下がるから。

だからこそあちらの作戦の分断して私と百ちゃんを優先して各個撃破という作戦にはわざとハマってしまうつもりだったのだ。

分断しやすいように固まりすぎないように警戒もしていて、実際吹出くんも良い感じに分断できるように企んでいる。

少なくとも分断してから4対1になったりしないようには動いているし、今の拳藤さんたちと吹出くんの位置関係的にB組全員が一塊になって潰しにくるということはないと思う。

 

拳藤さんたちは最低限の作戦だけ決めて、あとはその場の指示と各々の裁量に任せる感じっぽい。

今拳藤さんが考えていることとか意味が分からないし。

小森さんの巨大キノコで押し潰すとか、拳藤さん自身が超巨大化した手で潰すとか、どう考えてもブラフとしか思えない内容を思い浮かべている。

参考にならないにも程がある。黒色くんが吹出くんを気にしてるから、吹出くんで分断は変わらないだろうけど。

 

足元のキノコに注意しつつ、拳藤さんと黒色くんが潜む方向に身構えるように動く。

黒色くんが影に潜みながら近づいてきたところで、吹出くんが動き出していた。

来る。特大のオノマトペで分断する気だ。

 

「吹出くんが動き出した……!!来るよ!!」

 

「っ!!皆さん落ち着いて行動しましょう!!」

 

「うん!」

 

「ああ!」

 

奥の方から吹出くんの声が聞こえてきた。

 

「ゴンッ!!ガンッ!!ドガッ!!あーー~スドッズンッ!!!」

 

次の瞬間、特大のオノマトペが周囲のものを破壊しながら凄まじい勢いで吹き飛んできた。

 

「ダークシャドウ!!外套を纏え!!」

 

「アイヨ!」

 

「透ちゃん……!!」

 

常闇くんが百ちゃんを両脇を掴んで飛行を開始して、私が波動の噴出で吹き飛びながら透ちゃんを掴んでオノマトペの直撃コースから外れるように移動した。

とりあえずここまでは作戦通り。この後はこの分断された状況を逆手にとって行動しないといけない。

 

それにしても、常闇くんは作戦通りなのに何をそんなに慌てているんだろうか。

百ちゃんのスタイルがいいから脇を掴んで飛ぶのにドギマギするのは分かるけど、もっと冷静になってほしい。



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VS B組(後)

「じゃあ透ちゃん……作戦通りに……」

 

「うん!任せて!」

 

オノマトペの強襲が落ち着いたのを確認してから透ちゃんに声をかける。

透ちゃんは手袋とブーツをぽいぽい脱ぎ捨てた。

私はそんな透ちゃんを見ながら波動を足から噴出して跳ね上がる。

それでパイプに乗ったりまた跳ね上がったりを繰り返して、鉄塔の頂上まで登った。

ここが一番安全なのだ。

湿気が少ないから小森さんのキノコはそうそう生えない。

黒色くんは私の影くらいしか入る場所がない。

拳藤さんはそもそも上がってくることが難しい。のんびり近づいてくればすぐに分かる。

吹出くんのオノマトペと私の影に忍び寄る可能性がある黒色くんに注意しておけばいいだけだ。

それだけで私は指示に集中できる。

百ちゃんと常闇くんはツーマンセルで動いて、私は分断された段階で早々に離脱。

指示に集中して救援が必要そうならそこへ救援に。

透ちゃんは相手に感知系の個性がいない以上、ブーツと手袋を脱いでしまえば居場所はそうそうバレない。

潜伏して奇襲するという作戦だった。

 

『透ちゃん……そのままオノマトペに沿って真っすぐ進んで……4つ目の分かれ道で左へ……そこの奥に吹出くんがいるから……』

 

『うん!了解!』

 

透ちゃんへのテレパスをして、透ちゃんがその返答を思い浮かべる。

これで疑似的な双方向のテレパスになる。

 

透ちゃんへの指示も出したし、皆の感知に集中する。

透ちゃんは吹出くんに向かって忍び寄っているところ。

小森さんは私にスエヒロタケというキノコ吸わせようとしているらしく、キョロキョロと探し回っている。

吹出くんは小森さんの少し後方にいて休憩中だ。大声を出して喉の調子がちょっと悪いらしい。

常闇くんは飛び立ったあたりで黒色くんの襲撃に合ったようだった。

黒色くんがダークシャドウに入り込んで百ちゃんを振り落としてから上空へ飛び立って、百ちゃんから離れた。事前に読んだ通り百ちゃんを孤立させたかったらしい。

百ちゃんはすぐに黒色くんがダークシャドウを操ったことに気が付いて、閃光弾を作り出した。それによって発生した光でダークシャドウは外套の中まで縮み上がっていた。

当然常闇くんは落下し始めるけど、ダークシャドウが縮み上がって小さくなった瞬間に、ダークシャドウに忍び込んでいた黒色くんがはじき出された。

想定している範囲より黒が小さくなるとはじき出されるんだろうか。

百ちゃん自身は何とか着地して、今は立て直しているところ。

拳藤さんはそんな百ちゃんに奇襲を仕掛けようとしていた。

 

『百ちゃん……後方10m……拳藤さんが近づいてきてる……奇襲に注意……』

 

『はい!』

 

もう姿は捉えられているから逃走はできない。百ちゃんもそんなことは分かっている。

奇襲に備えて迎え撃とうとしていた。

 

常闇くんは着地してから外套を一度振りほどいて、ダークシャドウを日光のもとに晒した。

常闇くんの空中での一連の様子を遠くから見ていたらしい小森さんは、見つからない私を探すのを早々に諦めて常闇くんの方に向かっていった。

どうやら私が見つからない時点で感知を元に逃げ回っているか隠れていると見て、早々に見切りをつけたようだった。

あとは透ちゃんは決定打に欠けるのが分かりきってるから、百ちゃんと常闇くんの方に加勢に行った方がマシと判断したらしい。

あらかじめこうなることを予測して、さっきの作戦会議の時に見つからないなら早い段階で見切りをつけろと拳藤さんに言われていたっぽい。

私単体で逃げ回っている分にはそこまで脅威じゃないという判断だろう。私が他のところに合流する前に速攻で片をつければいいと考えたっぽい。

だけどその作戦には、私のテレパスが一切勘定に入ってない。

 

拳藤さんは考える時間は与えないとか考えながら、百ちゃんを強襲した。

百ちゃんと1対1で対面して得意分野に持ち込めば、力で攻めきれると判断したようだ。

 

……どうすれば最良だろうか。

透ちゃんは今吹出くんを無言で殴っては離脱する一撃離脱戦法を取って奇襲し続けている。

吹出くんを完全に釘付けにしてくれていた。

常闇くんは態勢は立て直したけど、黒色くんが少し離れたところから奇襲の隙を伺っている。

小森さんがその常闇くんの方に向かって2対1にしようと企んでいる状況だ。

 

この状況で私が常闇くんの所に行っても、黒色くんに逃げられて小森さんに襲われるだけ。

しかも小森さんが考えているスエヒロタケ、確信は持てないけど吸わせるという思考から百ちゃんがさっき言っていた喘息のような症状を引き起こすキノコの可能性が高い。

常闇くんがさっき考えていた技。疾さ重視の技で奇襲を仕掛けてもらって黒色くんを確保。小森さんは私の誘導で回避しつつ、檻へ向かってもらうのが上策。

透ちゃんはこのまま吹出くんを釘付けにしてくれれば上々。

拳藤さんに押されている百ちゃんが一番まずい状況だ。そこに私が加勢に行くべきなのは間違いない。

 

『常闇くん……正面を0時として……3時方向に約15m進んだところ……黒色くんがいる……さらに……小森さんが接近中……速攻で黒色くんを仕留められるなら仕留めて檻へ……無理なら11時方向に逃走して……そっちなら小森さんと鉢合わせにならない……』

 

『……ああ。仕留める。任せろ』

 

『ん……万が一移動したら教える……お願いね……』

 

私は常闇くんに指示を出し終えると、高所から飛び越えた勢いのままに波動の噴出で吹き飛んでオノマトペを乗り越える。

そのまま百ちゃんの戦闘を見下ろせる位置まで移動した。

移動が終わったころには狙いが変わったのか。

 

『ダークシャドウ!師曰く、疾さは力に勝るという……』

 

常闇くんが手を構えながらそんなことを考えている。

黒色くんも常闇くんが何をするつもりなのかは分かっていないけど、見つかっていないと思って油断している。

そんな黒色くんに対して、常闇くんは高速で詰め寄って周囲の建造物ごと黒色くんを切り裂いた。

 

深淵暗駆(ブラックアンク)"夜宴(サバト)"!!』

 

常闇くんが動き出すのを確認した私は、両足のつま先と攻撃として当てるつもりの方の踵に波動を圧縮しつつ百ちゃんにテレパスをかけた。

 

『百ちゃん……加勢する……』

 

百ちゃんはそれで大体察してくれたようで、抵抗していたのを防戦一方になったように装いつつ移動しなくなった。

拳藤さんもそんな百ちゃんをその場で攻撃して仕留めようとしている。

私はそんな拳藤さん目掛けて飛び降りた。

波動の噴出で加速をかけて、技の準備に入っていく。

拳藤さんの武術の腕はミスコンの時に少しとはいえ見ることが出来ている。

私が誰かのところに救援に来る可能性が高いことにも気付いてる。

あの武術の腕があるなら、音とか何かしらの要素で怪しいと思ったら咄嗟に防御したり、急所を外して反撃してくる可能性がゼロじゃない。

それなら、私の方に気を引いて百ちゃんと連携した上で畳み掛けるのがいいと思う。

奇襲だし、本来なら技名を叫んだりしない方がいいのは分かってるけど、むしろ私の襲撃を印象付けるために叫ぶべきだと思った。

 

「波動蹴!!」

 

「なっ!?このっ!?」

 

落下の勢いのままに波動蹴を放った。

拳藤さんは案の定気配とかで察していたのか、技名を叫ぶ前には既にギリギリで反応し始めていて、巨大化した手で直撃を防いできた。

その上で、私の方を睨みながら口を開いた。

 

「こっちに来るんだ。常闇の方に行くと思ってたんだけど。黒色との相性最悪だし」

 

「……常闇くんなら……問題ない……」

 

拳藤さんもこの状況になったら流石にまずいのは理解している。

拳藤さんの計画だと、私はA組側で唯一と言っていいアタッカーの常闇くんの方に救援に行くと思っていたらしい。

その間に百ちゃんをどうにかするつもりだったようだった。

でも常闇くんはもう黒色くんを攻略した。

後は拳藤さんさえどうにかしてしまえばどうとでもなる。

 

「発勁!!」

 

私が続けざまに発勁を繰り出すと、拳藤さんは鮮やかな動きで防いできた。

でも、そんな隙を百ちゃんが見逃すはずがなかった。

 

「余所見は禁物ですわ!」

 

百ちゃんは手早く鉄の棒を作り出すと、拳藤さんの脇腹を強打した。

 

「ぐぅっ!?……この、まだ!」

 

「もう終わり……発勁!!」

 

再び百ちゃんの方に意識を向けた拳藤さんの頭に若干手加減して発勁を当てると、流石に耐えられなかったのか拳藤さんは気絶した。

百ちゃんが速やかにロープを出して拳藤さんを縛り上げていく。

 

「ありがとうございます。助かりましたわ」

 

「ん……気にしないで……」

 

百ちゃんのお礼に答えつつ、常闇くんと透ちゃんの様子を伺う。

常闇くんは問題なく黒色くんをマントで包み込んで確保したようで、檻の方へ向かい始めていた。

 

『常闇くん……移動……急いで……小森さんがそろそろそこに着く……今向いてる方向から向かえば……遭遇しないから……』

 

『もうこの場に来るというなら、俺がこのまま対応してもいいが、いいのか?』

 

『ん……小森さんがさっきから考えてる……スエヒロタケっていうのが怖いから……いい……小森さんは私が対応する……』

 

『承知した』

 

常闇くんはそれで納得して檻への歩みを速めてくれた。

透ちゃんは未だに吹出くんを翻弄し続けている。

見えない存在が気配を消しながらあらゆる方向からヒット&アウェイで攻撃し続けてくるのだ。翻弄されるのも無理はない。

 

「……百ちゃん……スエヒロタケってわかる……?」

 

「……申し訳ありません。分かりません」

 

「そっか……スエヒロタケ……小森さんが……吸わせようとしてる……あくまで予想だけど……さっき百ちゃんが言ってたやつかなって……」

 

「確かに、吸わせるという表現はその可能性が高いですね……それならば」

 

百ちゃんはそういうと、素早くマスクのような何かを創造した。

それを自分に着けながら、私にも手渡してくる。

 

「防塵マスクです。これをつけていれば、おそらくは予防できるのではないかと」

 

「ありがと……」

 

受け取った防塵マスクをササッとつけてしまう。

ちょっと息がしづらいけど、これは仕方ない。

 

「百ちゃん……拳藤さん連れて行くの……お願いしていい……?私……小森さんの方に行くから……」

 

「かまいませんが、1人で大丈夫ですか?」

 

「ん……小森さん……キノコは脅威だけど……本人の戦闘能力は低いみたい……大丈夫だと思う……」

 

「……分かりましたわ。ならばそれはそれでいいとして……波動さん、常闇さんの方に葉隠さんの場所を伝えておいてもらってもよろしいですか?」

 

「ん……あれ……?……増援……いらないかも……」

 

私がそこまで言うと、百ちゃんも小森さんの個性の考察や現状4対2の状況であることなどを考えてから了承してくれた。

その後に透ちゃんの方への増援の指示を出してくるけど、たった今透ちゃんの方にも動きがあった。

さっきまでヒット&アウェイで静かに暴れまわっていた透ちゃんだったけど、それを印象付けた上で別の行動をとった。

吹出くんが見えない打撃を警戒して慎重に周囲を見渡しているところに、背後から静かに近づいて忍者スカーフで吹出くんの首を絞め始めたのだ。

 

「うわ……何あれ……エグイ……」

 

「ど、どうかしたのですか?」

 

「……ヒット&アウェイで……散々打撃を印象付けておいて……殴られまくって痛む身体で……慎重に警戒してる吹出くんの背後に忍び寄って……忍者スカーフで首……絞めた……これをしてる間……ずっと無言……」

 

それを聞いた百ちゃんも、思わずという感じでうわぁって感じのちょっと引いた感じの表情をした。

あれは凄まじい恐怖体験だ。

急に何かに殴られたと思って透ちゃんだと考察して話しかけても無視。手を振り回したりして近づけないようにしてもそれを搔い潜って殴り続けてくる。

殴られるのを警戒していたら、疲弊したところを音もなく忍び寄られて絞め落とすなんていうエグすぎるコンボ。

透ちゃんが必殺技訓練でエクトプラズム先生と武術の特訓しているのは知っていたけど、ここまでエグイことを考えているとは思っていなかった。

 

「じゃあ……行ってくる……」

 

「はい。一応、私たちも移送が終わり次第防塵マスクを装着して向かうようにしますね」

 

「ん……多分……必要ないとは思うけど……」

 

そこまで言ってから百ちゃんと別れて小森さんの方に向かった。

小森さんは誰とも遭遇できないことに焦って、私たちの方に向かい始めている。

好都合だった。

波動の噴出で吹き飛んで高速で移動して、小森さんの前に姿を現す。

そのまま一気に懐に飛び込む。

 

「なっ!?」

 

「発勁……!!」

 

「ぅっ!?―――マスクなんて……!?こんなの……可愛くないから考えるだけにしておいたのに、ここでやらないなんてダメキノコっ!」

 

小森さんは発勁をお腹に食らって、表情を歪めながら吹き飛んだ。

それでもなんとか動いて、カエンタケを大量に作って物理的に近づきにくくしようとしているようだ。

というよりも、肺攻めを封じられて、孤立無援の状態になって、滅菌処理で身体にキノコも生やせなくて、これ以外に打つ手がない感じか。

だけど、私にそれはあまり意味をなさない。

遠距離攻撃もあるし空中からの襲撃もできるから、カエンタケを全身に纏ったり周囲を囲む程度じゃ意味がないからだ。

実際に自分の周囲にカエンタケっぽい赤いのを育てているけど、そんなの無視だ。

上空に跳ね上がって、小森さんの真上に落下して踵落としを直撃させた。

 

「波動蹴!!」

 

これで小森さんも気絶した。

思考も全く読めなくなったから間違いない。

それを確認した私は小森さんを背負って、皆それぞれに小森さんを確保したことをテレパスで伝えてからカエンタケを跳び越えて檻へ向かった。

 

 

 

「あ!瑠璃ちゃーん!」

 

遠目に透ちゃんが手をぶんぶん振ってアピールしてくる。

その姿に笑顔で応えながら近づいていく。

 

「お疲れさまでした、波動さん」

 

「早く檻に入れよう。目を覚まされても面倒だ」

 

「ん……そうだね……」

 

常闇くんの言う通り、ササッと小森さんを檻に入れてしまう。

その瞬間、アナウンスが響き渡った。

 

『第2セット!!4ー0でA組勝利!!』

 

試合は無事、完全勝利となった。



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反省会と第3試合

「反省点を述べよ」

 

皆の所に戻るなり早々に、先生は私たちを並べてそう告げた。

 

「力押しに持ち込まれた際の手数の少なさです。今回は波動さんがいたのでどうにかなりましたが、他にブレーンを担える方がいなければチームが崩壊していました」

 

「緊急事態への対応。ダークシャドウを操られ、まんまと作戦以上に分断されてしまった」

 

「私今回は頑張ったよ!特に失敗もしなかったし!吹出くんも1対1でちゃんと確保できた!」

 

「……早口で言われたりするだけで……作戦の読み取りが間に合わない……要改善……」

 

私たちの反省点を聞いて、先生はさっきの1試合目の皆にしたのと同じように一人一人に助言をし始めた。

 

「八百万は自覚の通りだ。力押しに対抗できる手段を考えていけ。常闇はダークシャドウを利用してくる相手への対処。光以外の要因で十分な力を発揮できない可能性を考えろ。葉隠は決定打の欠如。あれだけの場を整えてもらったんだ。今回の動きは悪くなかったが、もっと確保までの時間を短縮できるはずだ。波動も自覚の通り。相手が読心の対策をして来たのはすぐに分かったはずだ。相手のブレーンは分かりきってたんだから、早々に会話の推測に見切りをつけて拳藤の読心に集中するべきだった。音を聞けないにしても、断片的な情報からの推測をもっと深くできるようにしろ」

 

完璧だと思っていたらしい透ちゃんが若干とはいえ改善点を示されてしょんぼりしているくらいで、私たち3人は自覚していた通りでしかなかったから素直に頷いていた。

拳藤さんたちの方もブラドキング先生に色々言われているみたいだった。

読心を予測して思考に嘘の判別がつかないブラフを混ぜるようにしたのは良かったけど、その後の対処が問題。私と百ちゃん、どっちを先に潰すか、もっと詰めておくべきだったといった感じだ。

でも読心で読まれるのを警戒するとそんなに作戦会議も出来ないし、結構難しい注文な気もするけど。

 

「被害えげつないですね。一戦目とうってかわって」

 

「ヒーロー科の訓練とはこういうもんだ」

 

心操くんが一部が崩壊したステージを見て率直な感想を言った。

私たちはもう慣れちゃったけど、やっぱりおかしいよねこれ。

吹出くんのオノマトペとか小森さんのキノコとか常闇くんのサバトとか、いろいろと周囲への被害が凄いことになっているし。

 

「しかしちょっと壊しすぎたな。吹出!拳藤!分かってるとは思うが被害は最小限に!」

 

「……うむ……ステージの移動も兼ねて、少しインターバルを挟むか」

 

ブラドキング先生が作戦立案した拳藤さん、実行犯の吹出くんに注意した。

小森さんもカエンタケとかの猛毒のものまで含めてキノコで辺りを埋め尽くすなんていうことをしているのに注意しないのは、おそらく2~3時間で消えるからということだろうか。

それでも毒キノコ、特に結構な量のカエンタケとかを数時間残るような状況にするのは絶対によくないから注意した方がいいと思うんだけど。

 

 

 

少しの間休憩になったこともあって、皆雑談をし始めていた。

まあ雑談と言っても個性に関することとかではあるけど。

 

「B組さぁ曲者多くない?」

 

「いやこっちのセリフ」

 

「本当に。今の試合も理解出来ない動きされること多かったし。波動の感知と八百万が作った通信機の合わせ技?でも耳とかには何もつけてなかったよね?どういう仕掛け?」

 

拳藤さんに話を振られた。相当気になっていたらしい。

隠すようなことでも無いし、教えても大丈夫かな。

 

『これで……私が通信機役してた……』

 

「は?……え?マジ?」

 

「ん……マジ……感知で位置確認……読心でやること確認……テレパスで指示……そんな感じ……」

 

「……こんなの勝てるかー!!!」

 

拳藤さんが吠えた。

どうやって都合よく色々出来たかを考えてたのに、こんな感じの落ちでやってられなくなったらしい。

 

「テレパスって前からできたの!?」

 

「先週くらいに……出来るようになった……まだ結構不安定……」

 

「分からん殺しは警戒してたけど、流石に系統が違いすぎるでしょ……どうやってそんな素振りもなかった最近身に付けた技を見破れって言うの。全部波動の読心で読まれてて偽装した通信機で八百万と一緒に指示でも出してるのかと思ってたんだけど……」

 

「そんな、今回の勝利は私ではなく波動さんの力で……」

 

「……そんなことない……作戦を考えたのは百ちゃん……百ちゃんが果たした役割は大きい……」

 

「つまり、八百万の作戦と波動の万能サポートに負けたってことでしょ。こんなの、どうやって勝てばいいのか今でも分からないんだけど」

 

拳藤さんが自虐するかのように首を振った。

自信喪失とかそういう感じじゃなくて、素直に思ったことを口に出してるだけって感じか。

 

「別に……拳藤さんの対応……間違ってなかったよ……?音が分からないのは……正解だから……早口で作戦伝達されて……具体的なところまでは読みきれなかったし……」

 

「……そっか。じゃあまあ、次はテレパスも勘定に入れて対策立ててリベンジ目指すかな!」

 

「ん……楽しみにしてるね……」

 

拳藤さんは気を取り直したようにリベンジ宣言してくれた。

物間くんも話は聞いていたみたいでこっちをチラリと見ていたけど、話しかけるのは後にすることにしたみたいだった。

 

 

 

そんな感じで話していたら、緑谷くんがオールマイトに連れられて離れていった。

オールマイトは相変わらず贔屓を隠す素振りすら見せないな。

連れられていくときに三奈ちゃんに「蜜月~」なんて言われてるのがいい証拠だ。あれが皆の素直な感想だろう。

爆豪くんがバレるのを気にして忠告しに行ってくれてるし、私は特に何もしなくていいかな。

2人も爆豪くんに怒られてしょんぼりするくらいなら、最初から気を付けておいてほしい。

まあ結局密談の内容は暴走とその後の経過の確認でしかなかったみたいだし、特に目新しい情報もなかった。

 

「えー、ではステージちょっと移動させまして、次行くぞ!第3セット!準備を!!」

 

そんなこんなで第3試合が始まった。

試合は開始早々の鉄哲くんの大規模な破壊から始まった。

ブラドキング先生が「さっきの反省聞いとらんかったのか」とかぼやいている。

4人でしてたさっきの作戦会議とかもこんな行動話してなかったし、鉄哲くんのただの暴走な気がする。

ただ破壊したことで場所が割れたのもあって、轟くんがお得意の開幕ぶっぱをした。

 

「あれ見てると最初の戦闘訓練思い出しちゃうよねー」

 

「ん……確かに……ただ……轟くんの出し方も……正面に氷塊どーんって感じじゃ……なくなってる……」

 

「確かに!轟くん、ぶっぱもちゃんと改良してるってことだね!」

 

透ちゃんが懐かしむような感じで話しかけてくる。

この開幕ぶっぱは戦闘訓練も体育祭も結構苦しめられた印象が強い。

前までは正面にすごく大きな氷の柱みたいなのを出す感じだったのに、今回は視界を覆わないように工夫した出し方をしていた。

轟くんもどんどん技を改良しているんだろう。

 

その後は突撃した飯田くんが沼に沈められたり、角取さんの角が障子くんを捉えたり、鉄哲くんが氷を突き破って轟くんに突撃したり、回原くんが尾白くんを強襲したりして全体的に1対1の状況になった。

A組は皆それぞれ気になるところについてやんややんやと感想を言い合っている感じだ。

私たちの時もこんな感じだったんだろうか。

 

「見て!尾白が―――」

 

「普通に戦ってる!!」

 

「普通に押され気味だけど尾白くんも負けてないよ!」

 

「ん……尾白くんの武術……普通にすごい……回原くんの個性相手に……普通に戦えてる……」

 

やっぱり尾白くんは武術の技量が卓越しているのもあって、身体の使い方がうまい。

回原くんが四肢をドリルのように回転させているのに普通にいなしていた。

 

その後も順調に試合は進んで、飯田くんが尾白くんに加勢して回原くん確保。

骨抜くんが鉄哲くんや角取さんに加勢。

骨抜くんと鉄哲くんの連携で轟くんが気絶させられ、その轟くんを抱えて飯田くんが避難させようとした。

B組の2人ももう限界が近かったけど、執念で飯田くんに直撃させるコースで鉄塔を破壊した。

 

『これは……!!全員―――……ダウン!!!?一気に4名ダウン!!しかしまだ!"牢に入る"まではリタイヤにならないぞ!どうなる!!飯田、意識はあるが動けないかーーーーー!?俺は!!地味に回原のあばれが効いたと見ている!!投獄直前まで抵抗し、彼の足止めに尽力していた!いいぞ回原!おまえがMVPだ回原!!』

 

「偏向実況に拍車がかかってるブラド先生!!」

 

ブラドキング先生の偏向実況が凄いことになっている。

A組のことは全く褒めずに事実を言うだけっていうあたりが徹底している。

そんな先生にはA組の皆は不満があるようで、三奈ちゃんが反抗するかのように声を上げた。

 

「でもでもぉ、このまま皆ダウンしてたら、1-0でA組リードのまま、B組の勝ちが無くなっちゃうよーーー!」

 

「いいえ、芦戸さん」

 

三奈ちゃんが腕を組みながら高らかに上げたその声に、百ちゃんが待ったをかけた。

そこでようやく変化に気が付いた三奈ちゃんを嘲笑うかのように、物間くんが煽りを入れてくる。

 

「アハハハハ!!派手な方に気を取られて見てないんだ!?鉄哲たちが熱戦繰り広げてる間に、形勢は変化しているのさ!!」

 

「障子とポニーちゃん!!尾白にグルグルされてそのままじゃなかったっけ!?尾白は!?」

 

「……尾白くんは……普通じゃない感じで……檻に放り込まれてた……」

 

「あの後―――……」

 

三奈ちゃんが尾白くん方のことに気がつくと、百ちゃんが補足説明を始めてくれた。

簡単に言うと、角取さんの角が尾白くんの尻尾を突き刺して、そのまま飛びながら尾白くんを牢屋に叩き込んだのだ。

 

『どんな状況でも投獄されるまではリタイアにはならない!だがどんな状況でも"投獄されればリタイア"だ!!拘束は解かねばならない!状況は1対1!』

 

その後は、4人がダウンしている状況を把握した角取さんは負けないようにするために、角で骨抜くんと鉄哲くんを浮かび上がらせた。

轟くんも持ち上げていたけど、速度の問題があって檻に連れていく余裕がないのと、4本しか角を飛ばせないのに、飛行のために3本は自分とB組2人を浮かせるために使う関係上、攻撃に回せなくて勝ち目がないことから、時間切れまで空中に逃走しておくことにしたらしい。

 

『20分経過!!第3セット終了!!投獄数!1-1!引き分けだ!!!』

 

「煮え切らねぇ~~~ずりぃ!!」

 

「本番をふまえれば、"逃げて救援待ち"は理に適った行動ですぞ」

 

「……ずるいかどうかは置いておいて……本番を踏まえたら基本的に取れない行動だけどね……"逃げて救援待ち"……角取さんは遠距離攻撃を持ってるから……うまくやってるけど……何かしらの対策をしないと……人質を取られたり……虐殺が起きる可能性がある……状況、悪化する……」

 

「ああ、確かに。九州でエンデヴァーとかが最初に重傷を負った段階で逃げてたら大惨事になってたもんな」

 

「ん……逃げるにしても……何も考えずに逃走はダメ……」

 

宍田くんが理に適った行動なんて言っているけど、あれは本当にヴィランを相手にしている時にはほぼ取れない作戦であるのは間違いない。

逃走が許容されるのは、ヴィランの襲撃があった地域の避難が完了している時だけ。

大部分のヒーローが戦闘不能になり、残った1人が何もせずに逃げの一手を打った場合、残ったヴィランがフリーになる。

ヴィランが好き勝手に暴れられるのだ。避難が完了していない地域だと、街を破壊されるだけならまだマシ。

大量の人質を取られる可能性もあるし、虐殺が起こる可能性すらある。

その状況になった時に再度対応に当たろうとしても、状況は悪化しているのだ。

オールマイトがAFOと戦った時しかり、エンデヴァーが脳無と戦った時しかり。

2人とも限界を超えて戦って、なんとかヴィランを撃破した。

だけどもしもあの状況で2人が逃走して救援待ちなんて手を取っていたらどうなっていたかという話だ。

今回は訓練で、お互いが自分をヒーローだと思ってヴィランである相手の確保に動いている形式だから何も起こらない。

角取さんも相手の攻撃が届かない所まで逃走してから角で牽制しているからいいんだろうけど。

でも近接攻撃しか持っていない人が同じ行動を取っていいかと言われたらノーだ。

というよりも、対策もせずに逃走なんて手段を取ったら世間から大バッシングされると思う。

 

『気絶者多数につき、反省会は後に回す!!よし、では第4セット、準備を―――……』

 

そんな感じで色々と思うところはあったけど、第3試合は終わって次の試合に移っていった。



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個性の暴走PART2

第4試合は素早く終わった。

最近色々思うところがあったらしい爆豪くんが、昔ならもっと分かりづらい感じでしかしなかったことをしたのだ。

特に響香ちゃんを庇ったりとかの分かりやすい行動は今まで見たこともなかった。

今までは切島くんとか上鳴くんみたいに爆豪くんについていった人のフォローをしたり、自分が原因で切島くんにお金を使わせたときにその分のお金を返したりと言った不器用な感じだけだったし。

響香ちゃんも砂藤くんも青山くんも、それぞれがいい感じに活躍できていた。

響香ちゃんと砂藤くんは迅速な連携で泡瀬くんや凡戸くんの確保を成功させたし、青山くんはネビルビュッフェレーザーで取蔭さんのパーツの無差別破壊に尽力していた。

爆豪くん中心にチームで迅速に対応に当たって、迅速に行動できた成果だった。

 

「必要以上の損壊を出さず、捕捉から確保も迅速。機動力・戦闘力に優れた爆豪を軸に3人ともよく合わせた」

 

相澤先生も珍しくべた褒めだ。

まあ改善点なんてほぼなかったから当然ではあるんだけど。

爆豪くんはオールマイトに「震えたよ」なんて褒められて素っ気なく振舞っていたけど、内心では結構嬉しそうな感じだった。

そんな爆豪くんに緑谷くんが駆け寄っていった。

早々に罵倒していたけど、その後はちゃんと発破をかけるようなことを言っていた。

なんというか、最近の爆豪くんは緑谷くんに対してツンデレみたいな感じになっている。

 

 

 

そして第5戦。

B組の敗北が確定したけど、B組側は一矢報いると気合を入れていた。

A組側はA組側で、心操くんの洗脳を警戒していたり、個性がワンパターンで攻めれない、待てないというのを気に病んでいた。

結局お茶子ちゃんたちは緑谷くんを囮にした作戦にしたようだ。

 

『第5セット目!本日最後だ!準備はいいか!?最後まで気を抜かずに頑張れよーーー!!スタートだ!』

 

試合が始まった瞬間、緑谷くんが凄い速さで駆け出した。

それを見て飯田くんが気が付いたことを素直に口に出した。

 

「緑谷くんたちのフォーメーション、第4セットの爆豪くんたちと似てるな」

 

「確かに似てるけど……索敵できる人が……いない……囮をするにしても……慎重な動きが求められる……」

 

「そうだね……さっきみたいに誘い出して位置特定するんなら、緑谷が爆豪以上の働きをしなきゃだね」

 

私の指摘に、さっき索敵係をしていた響香ちゃんが同意してくれる。

実際緑谷くんを囮にして相手を誘い出そうとすると、緑谷くんがよほどの大暴れをしないといけない。

しかも他3人が索敵をできない関係上常に場所を把握してくれるわけでもないから、突出しすぎて囲まれたりしないように注意しないといけない。

結構難しいバランス感覚が求められる感じだった。

 

物間くんが緑谷くんの目の前に姿を現して、B組が本格的に動き出した。

……それにしても、今緑谷くんの気を引くために出してたお茶子ちゃんの悲鳴って、心操くんが出したんだろうか。

 

「今の悲鳴って、出したの心操くんだよね?声真似とかそういう感じじゃなさそうだったし」

 

「……多分そう……すごく自然に女の子の悲鳴……出せてたよね……」

 

「あの気怠い感じで"きゃあ"って言ったんだぁ。ちょっと言ってる瞬間見てみたいね!」

 

やっぱり透ちゃんもその辺が気になったらしい。

透ちゃんは冗談っぽい感じで言っているけど、あれだけ似せた女子の悲鳴まで出せるって相当な脅威だ。

悲鳴とか呻き声すら信用できなくなるから、仲間を心配することすらできなくなってしまう。

男子に関しては元からそんな感じだったけど、女子もそうだというのが今の悲鳴だけでよくわかった。

女っぽい話し方とか練習したんだろうか。したんだろうなぁ。

そんなことを考えていたら、お茶子ちゃんたち3人の方に庄田くん、小大さん、柳さんが襲い掛かっていた。

 

 

 

お茶子ちゃんたちが戦い始める裏で、緑谷くんが物間くんと戦っている最中に、緑谷くんの手から黒い何かがあふれ出した。

 

『何で!!何だよ、これ、さっきまで、何ともなかったのに!!』

 

緑谷くんの思考が、必死の様相を呈して、凄まじい焦り具合になっている。

これは、暴走だ。

ダメだ。これは緑谷くんが制御できてない。緑谷くんが怪我をするだけならまだマシ。

制御できないOFAの力が暴れまわったら、最悪死人がでる。

でもそんなこと分からない皆は、新技かと思って眺めているだけ。

 

「緑谷また新技かぁ」

 

「違う……!!新技なんかじゃない……!!これ、暴走してる……!!」

 

私がそこまで言ったところで、緑谷くんからはさらに大規模な黒い何かが噴き出した。

もう肉眼でもこっちから観測できるほど膨大な量が噴き出している。

部屋をズタボロにした時でも、こんな規模じゃなかったはずだ。

この規模で出てたら緑谷くんの部屋だけじゃなくて、寮そのものがズタボロになっている。

今は、あの時以上に大規模な暴走をしているということだ。

あれが人に直撃したらどうなるかなんて考えたくもない。

 

「先生!!これはダメ!!放置したら、最悪死人が出る!!」

 

「相澤くん!ブラドくん!波動少女の言う通りだ!止めた方がいい!」

 

私とオールマイトが必死に呼びかけると、流石にまずいと思った先生も抹消を使うためにステージの方に駆け出した。

だけどその瞬間、お茶子ちゃんが暴れまわる黒い何かを掻い潜って、緑谷くんに飛びついた。

 

「麗日!?」

 

お茶子ちゃんは近くに心操くんがいることに気が付くと、すぐに心操くんに声をかけた。

『デクくん止めてあげて!!』という叫びが、ステージの方に響いていた。

確かに心操くんの個性なら、緑谷くんが受け答えすることさえできれば、強制的に止めることができる。

相澤先生がすぐに視界に入れることができない位置にいる以上、一番最適な個性を持っている人なのは間違いなかった。

心操くんもそれを受けて『緑谷に洗脳を!何か!!何を問う!?』と真剣に考えだした。

そのまま少し考えた心操くんは、マスクを外して「俺と戦おうぜ」と声をかけて、緑谷くんに応えさせた。

洗脳がかかったことで、緑谷くんから噴き出していた黒い何かは一気に引いていった。

 

その後は、緑谷くんは動かなくなった。

洗脳にかかっているから?でも、前の洗脳の時とは違う。

洗脳されていても、考えること自体はできていた。

今の緑谷くんは思考がおかしな感じになっている。話している相手がいないのに、誰かに話しかけられてそれに反応している感じと言うと分かりやすいだろうか。

 

『こんなにハッキリと―――……これはもう面影とかそういう類のものじゃない!夢でもない!この人は……この人たちは!―――……"力の結晶(ワンフォーオール)"の中に、生きているのか!?』

 

……緑谷くんの妄想じゃなければという前提ではあるけど、この思考はつまり、継承者たちと頭の中で話しているということだろうか。

でも緑谷くんが完全に外部の情報に反応しなくなっていて、継承者と話していることを考えると、個性の中に意識を取り込まれているということだろうか。

『この人の個性!?』とか考えているのを見るに、緑谷くんが使っていた黒い何かは継承者の誰かの個性ということか。

それを、継承者本人に使い方を教えられているとしか考えられない思考をしている。

 

多分話が一段落したあたりで、お茶子ちゃんが緑谷くんの洗脳を解こうとビンタした。

緑谷くんの意識は普通の状態に戻って、外部の情報に反応するようになった。

お茶子ちゃんは自分も黒い何かのせいで傷だらけなのに、それを一切気にせずに緑谷くんを心配して微笑んでいた。

……すごいな、お茶子ちゃん。たとえ好きな人が相手だったとしても、あの力が暴れまわる中に躊躇なく飛び込むのは普通の人にはできないことだ。

 

そう思って波動の感知で動きを見続けていたら、物間くんが襲い掛かった。

彼的にはまだ終わっていないのに何をしているんだってことなんだろう。

その後は全員入り乱れて乱戦が始まった。

相澤先生は、緑谷くんの様子や心操くんのやる気、全員が勝ちに行こうとしている今の状況を見て、少し様子見を決めていた。

『またああなった場合は即止めて、緑谷を退かせる』という思考が見える。

つまりそういうことなんだろう。

先生が緑谷くんをすぐに視界に収められる位置にいるのは分かる。

だからこその判断なんだろうとは思うけど、ブラドキング先生が考えている通り、相澤先生は意外と甘いと思う。

 

その後は2組に分かれて戦っていた。

三奈ちゃんと峰田くんが庄田くん、小大さん、柳さんを相手にして、緑谷くんとお茶子ちゃんが物間くんと心操くんを相手にする感じだ。

……それにしてもあのブドウ頭、なんでこんな乱戦の中でもセクハラできるんだろうか。

三奈ちゃんを庇ったまでは良かったけど、吹き飛ばされたタイミングで『こうなることもな!!』とか考えて顔を三奈ちゃんの胸に押し付けているのが本当に理解できない。何してるんだ。

 

「峰田たち人数不利の中善戦してるな!」

 

「懐に入れれば芦戸の間合いだぜ!スゲんだあいつ!」

 

「ていうか先生たち、止めに行ったんじゃないの!?緑谷と麗日は……」

 

「先生たち……緑谷くんの暴走が収まったのと……まだ全員が勝ちを目指してるのを見て……様子見することにしたみたい……」

 

「え!?大丈夫なの!?」

 

「ん……相澤先生が……緑谷くんをすぐに見れる位置に……待機してる……暴走したら抹消で止めるみたい……」

 

私が説明すると響香ちゃんや透ちゃんは納得したようだった。

話している裏でも戦闘は続いている。

今も物間くんがコピーしたOFAで殴りかかろうとしたけど、スカだったみたいだ。

まあオールマイトとかの話から考えると、OFAは継承しながら力を蓄えていった個性だ。

コピーしても積み重ねとか溜め込むものはコピーできない物間くんだから、もともとのOFAは超パワーなんて全く存在しないただの継承できるだけの個性だったということか。

 

物間くんをお茶子ちゃんに任せて、緑谷くんが心操くんに突撃していく。

それに対して心操くんは、捕縛布で周囲の巨大なパイプを壊して緑谷くんの頭上に落とした。

緑谷くんは避けられないことを悟ると、明確な意思をもって手から黒い紐のような何かを出して、落下してきたパイプを受け止めた。

 

「ちょっ!?また黒いの出たよ!?先生なんで止めないの!?」

 

「……今度は……暴走してない……オールマイトがそれに気付いて……相澤先生を止めた……」

 

「そうなの?」

 

「ん……明確な意思をもって……黒いのを出した……制御できてる……」

 

黒い紐状の何かはすぐに引っ込んだ。

緑谷くん痛がってるし、相当負担がかかるらしい。

 

その後はしばらく順当に進んでいって、物間くんはそのまま檻へ、フリーになったお茶子ちゃんが三奈ちゃんたちに加勢して3人で協力して小大さんたち3人まとめて確保。

緑谷くんも物間くんのツインインパクトで一瞬隙はできたけど、力押しで心操くんを確保した。

 

『第5セット!なんだか危険な場面もあったけど、4-0でA組の勝利よ!これにて5セット全て終了です!全セット皆敵を知り、己を知り、よく健闘しました!第1セットA、第2セットA、第3セットドロー、第4セットA、第5セットA、よって今回の対抗戦!A組の勝利です!』

 

ブラドキング先生から実況を引き継いでいたミッドナイト先生のその宣言で、対抗戦は終わった。

響香ちゃんと透ちゃんはその公正な実況にすごく嬉しそうにしていた。

それにしてもそのプラカード、どこから持って来たんだろうか。"公正実況に努めるミッナイ 偏向実況のブラキンはただちに更迭すべし"なんて強調したりとか色々しながらしっかり書いてあるプラカードだし。

まさか百ちゃん作?抗議には参加してなかったけど、百ちゃんもだいぶ不満に思っていたようだった。



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クラス対抗戦終了

全ての試合が終わって、講評の時間になった。

まずは第5試合の講評から始まったけど、相澤先生は最初に緑谷くんに声をかけた。

 

「えー、とりあえず緑谷。なんなんだおまえ」

 

「凄く黒いのが顕現していたが」

 

「暴走していたが、技名は?」

 

先生の指摘に、常闇くんと黒色くんがソワソワしながら声を上げた。

仲いいなこの2人。

その2人の声に続くように皆がざわざわと話し出した。

緑谷くんの個性に対する周囲の認識は超パワー。こんな反応になるのは当然だった。

 

「新技にしちゃ……超パワーから逸脱してねぇか?」

 

「どういう原理?」

 

「……私の個性も……根本の波動の感知からは逸脱したこと……たくさんできる……そんな感じ……?」

 

「ああ、確かに瑠璃ちゃんもそうだね。そんな感じなのかな」

 

少しでも皆の気を逸らすために、私の波動の感知という個性からは逸脱した技の数々を例に出して、根本から逸脱しているという部分に納得できそうな理由を付け足す。

まあ私の感知した波動を操作するという行動からくる逸脱とは全然違うんだけど、他の人からしたらそこまでは分からない。

実際透ちゃんも少し納得しかけてるし。

 

「僕にも……まだはっきり分からないです。力が溢れて、抑えられなかった。今まで信じてたものが突然牙を剥いたみたいで、僕自身すごく怖かった。でも麗日さんと心操くんが止めてくれたおかげで、そうじゃないってすぐに気付くことができました。心操くんが洗脳で意識を奪ってくれなかったら、どうなるか分からなかった。心操くん"ブラフかよ"って言ってたけど……本当に訳分からない状態だったんだ。二人とも、ありがとう!」

 

緑谷くんは話せる範囲のことを嘘なく、素直に話していた。

うん、これくらいなら話しても何も問題はない。むしろ自分にも分からないと予防線を張ることでこれ以上の質問を封じていた。

 

「ほんとね!緑谷くんの暴走に対して、心操くんはもちろん麗日さんの迅速な判断、素晴らしかったわ!友を落ち着かせるために身体を張って止めに出る!そうよそういうのでいいの!好きよ!」

 

緑谷くんの言葉に同調するように、ミッドナイト先生が小躍りしながらお茶子ちゃんを褒めた。

あの行動は本当にすごい。一切の躊躇が無かったのもさらにすごい。

これが恋心のなせる技なのかと驚いてしまったくらいだし。

そして当然そんな場面を皆に見せつけて、三奈ちゃんや透ちゃんが黙っているはずもなかった。

 

「麗日、びゅーんってすぐ飛んでったもんねぇ。早かったもんねぇ。ガッと抱きついたもんねぇ!」

 

「考えなしに飛び出しちゃったので、もうちょい冷静にならんといかんでした……でも……何も出来なくて後悔するよりは、よかったかな」

 

三奈ちゃんの指摘に、お茶子ちゃんは顔を真っ赤にして呟くように返事をした。

三奈ちゃんはそんなお茶子ちゃんを弄るように、さらに詰め寄っていた。

透ちゃんも三奈ちゃんのように詰め寄って根掘り葉掘り聞きたいという思考がひしひしと伝わってくる。

一応講評中だから今詰め寄ったりということはしていないけど、お茶子ちゃん今日の夜は大変なんじゃないかな。

 

「……俺は別に緑谷のためじゃないです。麗日に指示されて動いただけで、ていうか……柳さんたちも黒いのに襲われてるのが見えた。あれが収まんなかったら、どのみちこっちの敗色濃厚だった。俺は緑谷と戦って勝ちたかったから止めました。偶々そうなっただけで、俺の心は自分のことだけで精一杯でした」

 

心操くんなりに思ったことを素直に言っていたみたいだけど、先生的にはそれに思うところがあったらしい。

ツカツカと歩み寄って心操くんが首に巻いていた捕縛布で、心操くんの首を絞めた。

 

「暴力だーーー!!PTA!PTA!!」

 

その瞬間に皆が体罰に対して抗議するようにPTAコールをし始めた。

まあ体罰は良くないよね。体罰は。

実際今の感じなら口で言えばどうとでもなる内容だし。

 

「ここにいる皆、誰かを救えるヒーローになる為の訓練を日々積んでるんだ。いきなりそこまで到達したら、それこそオールマイト級の天才だ。人の為に、その思いばかり先行しても人は救えない。自分一人でどうにかする力が無ければ他人なんて守れない。その点で言えばおまえの動きは、十分及第点だった」

 

「心操くん、最後のアレ、乱戦に誘って自分の得意な戦いに戻そうとしてたよね!パイプ落下での足止めもめちゃ速かったし、移動時の捕縛布の使い方なんか相澤先生だった」

 

緑谷くんが相澤先生の言葉に続いて、さっきの試合で思ったことを伝え始めた。

わたわたしてるし、いつものオタク的なブツブツもちょっと混ざってる感じではあったけど、今回は暴走はしてない。

言ってることも特に間違っていることもなかった。

少しの間緑谷くんが思ったことをつらつらと言っていき、「誰かの為の強さでいうなら、僕の方がダメダメだった」と締めくくった。

心操くんはその言葉を受けて、きょとんとしながらも首の捕縛布をぎゅっと握りしめていた。

そんな感じで話が一段落したことを確認したブラドキング先生は、編入試験の大体の結果を伝えるために口を開いた。

 

「これから改めて審査に入るが、おそらく……いや、十中八九!心操は2年からヒーロー科に入ってくる。おまえら中途に張り合われてんじゃないぞ」

 

「おおーーー!!どっちーーー!!?Aーーー!?Bーーー!?」

 

実質的な編入試験の合格宣言に、皆もどっちのクラスになるのかなんて大騒ぎし始めた。

相澤先生の弟子的なところがあるし、A組になりそうな気もするけど。

 

「その辺はおいおいだ。まだ講評続いてるぞ」

 

「てゆーか先生ー。峰田最低だったんで断罪してくださーい」

 

「はぁ!?オイラは庄田たちを身体張って翻弄したんだが!?」

 

「……わざと三奈ちゃんに当たりに行った癖に……何言ってるの……?」

 

このブドウ頭は何素知らぬ振りで誤魔化そうとしているのか。

その前の行動が庇うというものでも、その後にする行動がこれでは流石に最低と言わざるを得ない。

そんなブドウ頭の裏で、今度は物間くんが騒ぎだした。

 

「フフ……今回は確かに僕らB組にクロ星がついた。しかし!!内容に於いては決して負けてはいなかった!緑谷くんの"個性"がスカだと分かればそれに応じた策を練れる!!つまりだよ!?今からもう一回やれば次は分からない!!」

 

「やんねぇよ。もう今日の授業は終わりだ」

 

「ああ、そうだ。話のついでで悪いが、物間。ちょっと明日エリちゃんのとこに来い。やってほしいことがある」

 

相澤先生が騒いでいる物間くんにそう切り出した。

どうやらエリちゃんの個性を物間くんにコピーさせるつもりらしい。

物間くんにコピーさせてエリちゃんの個性のコツを掴んでもらうことで、物間くんが助言できるようになるんじゃないかという期待を込めた呼び出しのようだった。

確かに物間くんの個性は私の個性もほぼ十全にコピー出来てコツも掴めていたし、スカでさえなければきっといい助言者になってくれると思う。

……エリちゃんに物間くんが悪影響を与える可能性があるのがなんとも言えないけど。

流石にそこは相澤先生も教育者だし、対策を考えてくれることを期待するしかない。

 

そんな感じで講評も終わった。

初めてのクラス対抗戦も終わりを迎え、解散ということになった。

 

 

 

解散になったことだし、透ちゃんと更衣室に行って着替えようと思っていると、物間くんに声をかけられた。

 

「波動、少しいいかい」

 

「……ん……大丈夫……ごめん透ちゃん……ちょっと待ってて……」

 

「……?うん、じゃあ待ってるね」

 

物間くんが珍しく私に声をかけてきたのもあって、透ちゃんが不思議そうにしている。

何か言ってきたりもしないで待っててくれるって言ってくれているからいいんだけど、内心が『珍しいなぁ』って感じになってる。

物間くんが話そうとしている内容的に、透ちゃんに伝えられないような内容ではないから後で何を言われたかを伝えればいいか。

そのまま物間くんに続いて少し離れた位置に移動する。

 

「一応の確認だ。今日の感じだと、読心に関してはもう隠さないでいいってことかい?」

 

「ん……A組の皆には……だいぶ前に話した……無差別に話されるのは困るけど……物間くんが大丈夫と思った人に話す程度なら……大丈夫……」

 

物間くんは今回の対抗戦で、拳藤さんたちに話すこともできたのに話さないでいてくれた。

拳藤さんたちにどういう感情を向けられたら苦痛かとか、どこまで読めるのかとか、そういう情報を話すことができたのにも関わらずだ。

青山くんの件で知ってから、一切他人に情報を漏らさないでいてくれている。

他人の情報を濫りに話さないというのは、詳細や弱点を知ることができてしまうコピーなんていう個性を持った物間くんなりの矜持なんだろう。

そんな物間くんなら、別に口留めしなくても私を貶めるために情報を利用したりはしないだろう。

わざわざこっちからお願いしなくても、読心でできることの範囲を話すことはあっても弱点を話したりすることはないと思う。

 

「ありがとね……今までちゃんと黙っててくれて……A組の皆……私の読心も……全く気にしないで……受け入れてくれた……だからもう大丈夫……受け入れてくれる人がいる……そう思ったら……他の人にどう思われようと……大丈夫だって思えたから……」

 

「そうかい……ま、君の為に黙ってたわけじゃないけどね」

 

「それでも……寮生活が始まって……視察って言って覗きに来た時も……皆がどこまで知ってるのか確認して……煙に巻いてくれてた……その後も……それ以上のことは誰にも言わなかった……物間くんの優しさは……ちゃんと伝わってたよ……」

 

そこまで言うと、物間くんはちょっと悔しそうな顔をしながら顔を赤くした。

優しさかどうかは別として、図星だったみたいだ。

でもあの気の遣い方は、私は優しいと思った。

思考もいつも通りちょっとねじ曲がった感じではあったけど、嫌な感じは一切なかった。ねじ曲がっているせいでちょっともったいないなとは思ったけど。

そんなことを考えていたら、物間くんはクルリと反転して恥ずかしさを誤魔化すように声を張り上げた。

 

「なら!これからは君の個性の情報も、ある程度はB組で共有させてもらうよ!確かに君の個性は厄介だ!しかし!!今回の僕らの負けは初見殺しと不正確な情報に起因する!!だからこそ!!正確な情報を以て対策を立てて、今度こそ僕らB組が勝利するのさ!!精々首を洗って待ってるんだね!!!アハハハハハ!!!」

 

「ん……黙ってくれてたお礼……私も全力で迎え撃つから……楽しみにしてる……」

 

私が声をかけても、物間くんは高笑いを続けたまま去っていった。

相変わらずねじ曲がってるけど、あんまり嫌な感じがしないのが不思議な感じだ。

まあこの煽りがないと、風邪でも引いたのかと心配してしまいそうな気がするからいいんだけど。

 

話も終わったし、透ちゃんの所に戻る。

話の内容が気になっていたのか、透ちゃんは私が合流するなり内容に関して聞いてきた。

 

「話ってなんだったの?物間くんの高笑いがここまで聞こえてきたけど。またいつもの感じで煽られた?」

 

「ん……煽るような言い方はされたけど……話は……読心に関してだったよ……」

 

「読心?なんで?」

 

「前……物間くんに……個性のコピーされたこと……あったから……物間くん……読心のこと知ってたんだよ……それを……私が隠しているのを知って……ずっと黙ってくれてたの……今日も……拳藤さんたちに言ったりもできたのに……黙ってくれてた……さっきの話は……もう隠さなくていいのかって確認……」

 

私が物間くんの優しさを透ちゃんに教えてあげると、透ちゃんは意外そうな顔で固まった。

 

「い、意外だね。いつもA組のこと煽ってるのに」

 

「物間くん……煽るせいで分かりづらいけど……優しいよ……?ちゃんとヒーロー志望の人の……考え方してる……他の人の個性の弱点とかだって……話したりしてないでしょ……?」

 

「確かに……言われてみればそうだけど、なんというか納得しづらい……」

 

「……まぁ……歪んでるのは事実だから……そこは仕方ない……」

 

透ちゃんは否定はしないけど素直に頷くのも難しいみたいだった。

やっぱりあの煽り、色んな所で損してるよね。根はいい人なのに本当に勿体ない。

透ちゃんとそんな感じの話をして笑い合いながら、更衣室に向かった。



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共有する秘密

「波動少女。少しいいかな」

 

クラス対抗戦後に着替えて教室に戻り、ホームルームも恙なく終わってさぁ帰ろうと思って廊下に出たところでオールマイトに声をかけられた。

どうやら秘密を知るものを集めて、OFA関連の話をしたいようだった。

 

「……分かりました……」

 

「話が早いね。助かるよ」

 

「いえ……場所は分かるので……後で行きますね……」

 

「ああ。よろしく頼むよ」

 

要件を口に出す前に了承すると、オールマイトも笑顔で次の呼び出し対象である爆豪くんの方へ向かっていった。

一緒に帰ろうとしていた透ちゃんも急な呼びかけにきょとんとした表情をしていた。

 

「オールマイトって緑谷くんは頻繁に呼び出してるけど、他の子を呼び出しって珍しいね」

 

「今回の呼び出し……緑谷くんのためだから……」

 

「え?どういうこと?」

 

「あの暴走してた時の状況……可能な限り整理したいみたい……つまり事情聴取……緑谷くんも呼ぶみたいだよ……」

 

「あー、なるほど。つまり蜜月な関係の緑谷くんのためか。相変わらずだねぇ、オールマイト」

 

「ん……相変わらず……とりあえず……そういうことだから……先に帰ってて……」

 

ある程度本当のこと混ぜた事情を説明すると、透ちゃんはすぐに納得してくれた。

そのままお互いに手を振って別れて、私は緑谷くんたちがいつも密談している仮眠室へ向かった。

 

 

 

仮眠室には爆豪くんも来ていた。

爆豪くんが3人掛けのソファの入口側に座っている。

隣と正面は万が一爆豪くんの怒りが爆発したときに巻き添えを食う可能性があるかな。

そう思ってソファの正面に2つ椅子を並べて、爆豪くんとは対角線になる位置に座った。

特に会話もなく待っていると、少ししてから緑谷くんとオールマイトもやってきた。

緑谷くんは入るなり私と爆豪くんを見て驚いている。

どうやらオールマイトは誰を呼んだかを全く説明していなかったらしい。

 

「かっちゃんに、波動さん!?」

 

「ん……待ってた……」

 

「爆豪少年と波動少女も、秘密を共有するものとしてね」

 

「おっせぇよ、クソデク。はよしろや」

 

爆豪くんが苛立ちながら促すと、緑谷くんとオールマイトはアワアワと空いている席に着いた。

緑谷くんが爆豪くんの隣。オールマイトが私の隣だ。

 

その後は今回起きたことの共有が始まった。

 

「心操くんに洗脳をしてもらった後、面影……というよりも、明確な意思を持った過去の継承者と会ったんです。面影とかそういう感じじゃないし、夢とかでもないと思います。OFAの中に、生きているんじゃないかって思うくらい、ハッキリとしていたんです」

 

「……緑谷くん……洗脳された直後は……誰かと会話してる……というよりも……誰かに話しかけられてるみたいな思考をしてました……寝ている時に見た夢なら……朧げな思考しか読めないので……夢じゃないっていうのは間違いないです……」

 

「そうだ!波動さん、継承者の思考とか読めなかった!?OFAが成長してることとか、あの黒いの、スキンヘッドの継承者の個性、"黒鞭"のこととか、いろいろ話されたんだけど!」

 

緑谷くんはもっと多くの情報がもらえないかと私に結構な勢いで問いかけてくる。

だけど残念なことに私は緑谷くんの思考以外読めていない。

 

「……私は……継承者の思考は読めてない……私の読心……波動を読み取って読んでるだけだから……波動がないものは読み取れない……継承者って……OFAの中にいるんでしょ……ダークシャドウとかみたいなのじゃないと……個性に波動はないし……読み取れないよ……」

 

「そっか……」

 

緑谷くんはちょっとしょんぼりと気落ちしながら、続きを話した。

さっき簡単に言っていたOFAの成長に関することや、黒鞭のこと、スキンヘッドの継承者のこととかを、事細かに述べていった。

 

「先代の"個性"、OFAそのものの成長……か」

 

オールマイトがお茶を入れてくれながら緑谷くんの話に呟くように反応した。

 

「オールマイトは知ってたんか。今回のこと。黒い"個性"ん事」

 

「私も初めて目にした。スキンヘッドの継承者―――……お師匠の前の継承者は黒髪の青年と聞いている。歴代継承者の"個性"が備わっていた事、おそらくお師匠も知らなかったはずだ」

 

爆豪くんが目の前に出されたお茶を飲みながらオールマイトに問いかけると、オールマイトが知らないなりにわかる範囲の情報を開示してくれた。

 

「じゃあ現状てめーが初ってことだなゴミ。オイ何かキッカケらしいキッカケはあったんか」

 

爆豪くんが今までの話をまとめつつ、次につながる感じで質問してくれた。

オールマイトも『すごい……話をまとめつつ進行してくれるすごい』とただただ感心している。

 

「ううん、全く……ただ時は満ちたとだけ言ってた……何か外的な因果関係があるのかも」

 

「AFOが関係してんじゃねえのか。OFAは元々あいつから派生して出来上がったんだろ。複数"個性"の所持―――……なるほど、あいつとおんなじじゃねぇか」

 

「……言いたくなかったことを……」

 

爆豪くんがこの場の誰もが思っていたけど口にはしなかったことをズバっと言い放った。

その通りではあるんだけど、もうちょっと言い方ってものがあるのではないだろうか。

まあそれはそれとして、聞いておかないといけないことがある。

個性発現時に暴走する可能性があるなら、とても重要なことを聞いておかないと。

 

「……黒鞭だけじゃなくて……他の継承者の個性もできるようになると考えるのが……自然ですね……」

 

「あ、う、うん!スキンヘッドの継承者にも、6つの"個性"が発現するって言われたよ!」

 

私が思うところを言うと言うと、緑谷くんはすぐに同意してきた。

 

「ん……暴走したことを考えると……知っておいた方がいいと思うんですけど……他にわかる個性はありますか……?」

 

「……いや、お師匠の個性である"浮遊"以外は、分からないな。私の方で調べておく。分かり次第伝えるよ」

 

オールマイトはそう言って笑顔を浮かべた。

それはいいんだけど、"浮遊"の個性が暴走する可能性があるのってかなり危険ではないだろうか。

黒鞭は周囲の破壊っていう意味で危険だ。だけど浮遊はそれとは別の意味で危険だと言わざるを得ない。

浮遊が暴発した時に室内にいるならいいけど、屋根のない所にいた場合どこまでも浮かび続ける可能性がある。

たまにそういう系の個性の事故で聞くような、凄まじい高さまで飛び上がって、暴走が収まった瞬間一気に落下するなんていう大惨事になりかねない。

何か対策が必要な案件だろう。

だけどOFAのことや複数個性のことを話せない関係上、誰かにあらかじめ協力を頼んでおくことも難しい。

緑谷くん自身で対策しておくか、私たちが助けられる状況にいないといけないってことか。

 

「……浮遊が暴発したら……危ないんじゃないですか……?普通に抗える感じで出ればいいですけど……上に落ちるみたいな感じで……吹っ飛ぶ可能性もありますよね……」

 

「……!?た、確かに!?何か対策を考えておかないとダメか!?」

 

「ちっ……んなの、あの黒いのを使いこなせるようになれば一発だろうがよ」

 

私が懸念を口に出すと緑谷くんが焦って考え出したけど、爆豪くんがすぐに解決策を提示してくれた。

確かに黒鞭を使いこなせれば、吹き飛びそうになった時に黒鞭でどこかに掴まればいい。

使いこなせるまでが問題だけど、それが最適解でもあるか。

 

「対策をどうするにしても、またああならぬよう、もっとその力を知る必要がある」

 

オールマイトはそう話を締めくくった。

その後は力を知るということで体育館で確認してみることになった。

 

 

 

「オ゛ラ゛どうした!!びびってんのかゴラ!!!」

 

「待ってって!!待ってマジで出ないんだって!!」

 

「やめーーー!!そういうんじゃないから、落ち着きなさィブハッ!!」

 

「……荒療治……」

 

体育館に移動したはいいけど、緑谷くんが爆豪くんによる荒療治の憂き目に遭っていた。

跳び回る爆豪くんによる爆発の嵐に、緑谷くんも翻弄されっぱなしだった。

オールマイトが吐血しながら止めたことで、ようやく2人は降りてきた。

 

「ヤバくなりゃ出るもんだろうがこういうのは!」

 

「いや、これ出さない為の練習だから!制御の前に暴走をどうにかしないとだめだから!緑谷少年、どうなんだい?」

 

「……やっぱり、出ないです。気配が消えた……」

 

「……気配とか……分かるんだ……」

 

「うん、なんというか……言葉にはしづらいんだけど、出そうになると疼くような感じがするんだ」

 

気配。気配ってなんだろうか。

力の気配。暴走の気配?

暴走の兆候が分かるなら、それはそれで対策が出来るから助かる。

でもさっきの試合の最後は制御出来てたんだし、普通に力の気配の方だろうか。

 

「危機感が足んねんだよ!!もっとボコしゃあひょっこり発現すんだよ!!んで、その状態のテメーを完膚なきまでにブチのめして俺が一番「モチベーション抑えて」

 

「爆豪くん……短絡的……」

 

「あぁ!?」

 

「……僕の気持ちに呼応するのならあの時僕は、今扱える力じゃない、そう判断した……ーーー」

 

爆豪くんの煽りで再び考え込み出した緑谷くんは、いつものブツブツをし始めて自分の世界に入ってしまった。

それを聞いた瞬間に爆豪くんの怒りのボルテージがドンドン上がっていく。

どれだけ苦手なんだ。

 

「つまんねぇなクソが!扱えねーなら意味がねぇ!帰る!てめーのブツクサ聞くと俺ぁサブイボ立つんだ!」

 

爆豪くんはそう言って体育館から出て行ってしまった。

オールマイトも「今日はこの辺にしとくか」なんて言っているし、私も挨拶して早々に寮に帰った。

 

 

 

寮に帰って早々に目に入ったのは、三奈ちゃんとブドウ頭だった。

ブドウ頭は拘束服を着せられて椅子に固定されていた。

頭にヘッドギアみたいなものを付けられていて、それから伸びるクリップのようなもので瞼を強制的に開かれている。

目の前にはテレビが置かれていて、なんというかブドウ頭が好みそうなグラビアの映像が流されていた。

それなのに、ブドウ頭は悲鳴を上げている。

……思考を見る限り、吐き気、頭痛に襲われている。

なんだこれ、拷問?というか、条件付けみたいなことをしてる?

まさか、エロを吐き気とかに直結するようにさせようとしてるのか。

三奈ちゃんの内心は怒ったままな感じで、ブドウ頭の後ろで憮然とした表情で仁王立ちしていた。

……これ、どう考えても触れるべきではないよね。

三奈ちゃんには触れず、反省会兼交流会を兼ねてきていたB組メンバーもとりあえず置いておいて、ソファの方に座っている透ちゃん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃんの方に直行した。

 

「ただいま……」

 

「あ、おかえりー!」

 

「おかえりなさい」

 

「おかえり!」

 

3人ともニコニコしながら返事をしてくれた。

とりあえず気になったことを聞いてしまう。

 

「三奈ちゃん……どうしたの……?怒ってるのは分かるんだけど……あそこまでの制裁……というか拷問するの……珍しいね……」

 

「あー、あれね」

 

「最初はいつもみたいに制裁しとっただけやったんやけど、いらんこと言うてさらに怒らしたんやんな」

 

「……なるほど……つまり自業自得……」

 

すぐに納得してしまった。

セクハラで怒ってるところに、さらに油を注いだのか。自業自得だな、放っておこう。

 

「今日のご飯はビーフシチューだよ!私もまだデザート食べてないから一緒に食べよー!」

 

「ん……食べる……お腹空いた……」

 

透ちゃんはわざわざデザートを食べずに待っていてくれたらしい。

ご厚意に甘えて、透ちゃんと一緒に話しながらご飯を食べた。

やっぱりランチラッシュ先生のご飯は美味しい。

 

その後は百ちゃんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、B組の人たちも交えてお話しした。

小森さん、拳藤さん、百ちゃん、透ちゃんと一緒に試合の反省会をしたり、梅雨ちゃんやお茶子ちゃんを交えて一緒にアイスを食べたりして過ごした。

楽しい時間はあっという間に過ぎて、10時くらいになってお開きになってB組も寮の方へ帰っていった。

今までは物間くんとか拳藤さんとかのごく一部としか交流してなかったけど、今回の交流戦を機にもっと深く交流してみてもいいかと思った。

私の読心を知った後も誰も嫌悪感とかの悪感情を抱いてなかったのだ。

それどころかどこまで読めるのかなんて確認する為なのか自分の内心を深く読ませてくる人までいたくらいだ。

わざわざバラしても大丈夫なレベルの失敗談を思い浮かべたりして笑わせてくる人もいて、読まれることなんて一切気にしていなかった。

B組も皆いい人だ。

嬉しくてこっそり皆でワイワイ騒いでる写真を撮ってしまった。

印刷したらコルクボードに張っておこう。

とりあえず色々あって入れてなかったからシャワー浴びないとと思って、私も着替えを取りに自室へ急いだ。




一応書いておきますが、峰田に行われている拷問は原作通りです
どういうものなのか気になる方はルドヴィコ療法で調べてください
(読んで気分のいいものではないので、自己責任でお願いします)


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コピーチャレンジ

翌日。

放課後になって、私は緑谷くんと一緒に教師寮に呼ばれていた。

先生は心操くんの職員会議をしていたのもあって少し遅れてきそうな感じだ。

ついさっき会議が終わって先生たちも解散になったようだから、多分そろそろこっちに来ると思う。

オールマイトと校長先生だけ応接室に向かっているけど、他の先生たちは各々好きに動き出しているから間違いない。

オールマイトたちは応接室に来ている目良さんの対応に向かっているようだ。公安委員会がなんの用事だろうか。

まあいいか。

これからエリちゃんにとって大事な確認をしないといけないのだから。

 

 

 

相澤先生が教師寮に戻ってくるよりも先に、物間くんがやってきた。

物間くんを見た途端、エリちゃんが困惑と恐怖といった感じの思考になった。

……物間くん、エリちゃんと面識があったのか。というか一体何を言ったんだろうか。

エリちゃんがこんな反応になるなんてよっぽどだ。

 

「ゆうえいの……ふのめん……」

 

「アハハハ!何言ってんのかなこの子ぉ!何言ってんのこの子ぉ!?」

 

エリちゃんがあわわわわと慌てながら通形さんの後ろに隠れようとする。

物間くんは物間くんであまりの扱いに驚いているし、少なくとも何かをした自覚はないようだ。

 

「文化祭の時君のこと"雄英の負の面"と教えたんだ」

 

「僕こそ正道を征く男ですけどぉ!?」

 

「……少なくとも……その言葉を真に受けるだけの……何かがあったはずだけど……」

 

「あの……一体何が始まるんでしょうか」

 

緑谷くんが困惑している。

だけどエリちゃんと接点のない物間くんを呼ぶ理由なんて1つしかないと思うんだけど。

そう思っていたら先生が寮に帰ってきた。

 

「おう、緑谷、波動、通形。悪いな呼びつけて。物間に頼みたいことがあったんだが、如何せんエリちゃんの精神と物間の食い合わせが悪すぎるんでな。まぁ入れ」

 

「僕を何だと思ってるんですかぁ!?アハハハハ!?」

 

先生の全く遠慮しない物言いで物間くんがさらに驚愕している。

相澤先生的には、私の個性をコピーした時の物間くんを見ているから基本的に大丈夫だろうとは考えているようだけど、念には念を入れてエリちゃんのために私たち3人を呼んだようだった。

物間くんも物間くんで、そんなに色々言われるのが嫌なら煽らなきゃいいのに。まあ煽らない物間くんなんて全く想像できないわけだけど。

 

 

 

場所は変わって教師寮内。

エリちゃんと握手した物間くんは頭に角を生やした状態で、エリちゃんの個性を確認していた。

 

「うーん……"スカ"ですね。残念ながらご期待には添えられません。イレイザー」

 

「……そうか。残念だ」

 

ある程度予測できたことではあったけど、やっぱりスカだったらしい。

制御のコツを同じ個性を経験した人間から教えてもらえるならエリちゃんに取って有益だったけど、無理なら仕方ない。

 

「エリちゃんの"個性"をコピー……!?一体何を?それに物間くん"スカ"って……」

 

「君と同じタイプってこと。君も溜め込む系の"個性"なんだろ。僕は"個性"の性質そのものをコピーする。何かしらを蓄積してエネルギーに変えるような"個性"だった場合、その蓄積まではコピーできないんだよ。たまにいるんだよね。僕が君をコピーしたのに力を出せなかったのはこういう理屈」

 

物間くんの説明を受けて、緑谷くんもスカがどういうものかをようやく理解できたらしい。

『そういう理屈じゃなかったら爆散させてしまうところだった……』とか考えている。

爆散ってどういうことだ。OFAってそんなに危ないのか。

緑谷くんの腕が内側からはじけるかのように自傷していたアレを、もっと酷くした感じのが起きる可能性があったということか。

 

「なんでコピーを?」

 

「エリちゃんが再び"個性"を発動させられるようになったとしても、使い方が分からない以上またああなるかもしれない。だから物間がコピーして使い方を直に教えられたらと思ってな。そう上手くはいかないか」

 

相澤先生が頭を搔きながら物間くんを呼んだ理由を説明した。

そんな中、今まで黙ってされるがままになっていたエリちゃんが、泣きそうになりながら口を開いた。

 

「……ごめんなさい、私のせいで困らせちゃって……私の力……皆を困らせちゃう……こんな力……無ければよかったなぁ……」

 

「エリちゃん……」

 

エリちゃんの心の底からのその思いは、過去の私と少し原因は違うけど同じ結論に帰結していた。

私も、こんな個性があるからこんな目に遭う、こんな個性があるから他人に拒絶される、こんな個性無ければよかったなんて何回も考えたことがある。

エリちゃんの他人への迷惑を考える、他を考える優しい心と、他人から嫌われる理由を自分の個性に帰結させた、私の個を考えた醜い心の差は大きいけど、それでもその考えはスッと理解できてしまった。

 

「困らせてばかりじゃないよ。忘れないで。僕を助けてくれた。使い方だと思うんだ。ホラ……例えば包丁だってさ、危ないけどよく切れるもの程おいしい料理が作れるんだ。だから君の力は素晴らしい力だよ!」

 

「……私、やっぱりがんばる」

 

緑谷くんのその言葉は、良い所を示して全面的に受け入れていることを示すその言葉は、エリちゃんの心に強く響いていた。

エリちゃんも、志を新たにして笑顔を浮かべた。

そんなエリちゃんに、私も声をかける。

 

「……私も……手伝うよ……」

 

「ルリさん?」

 

「私も……昔は……個性の制御……全然できなかったから……何度も……個性が無かったらって……思ったことがあるから……気持ちはわかる……」

 

「ルリさんも……なの……?」

 

「ん……私の個性はね……他の人の考えてることが分かるの……分かっちゃうって言った方が……いいかもしれないけど……」

 

「考えてること?」

 

エリちゃんが不思議そうな顔をして聞いてくる。

子供がいきなりこんなことを言われても分からないよね。

 

「そう……例えば……今緑谷くんが……『僕も使いこなすんだ』って考えてたり……エリちゃんが……『これもわかるのかな』って考えてるのも……全部わかる……」

 

エリちゃんがそうなの?と確かめるように緑谷くんの方を向いた。

 

「うん。僕の個性も、力が強すぎて本気を出すと大怪我しちゃうから。自分の力で怪我しないように練習中なんだ。だから、エリちゃんががんばるみたいに、僕も頑張って使いこなすぞーって思ってた」

 

「あってる。すごい」

 

エリちゃんがキラキラした目をこちらに向けてくる。

子供の純粋な思考だと、やっぱりこういう感想になるんだなと思って微笑ましく思う。

 

「だけどね……考えてることを見られるのって……怖いって思う人が多いんだよ……だから……怖がられることが多くて……こんな個性無ければいいのにって思ってた……」

 

「そうなんだ……」

 

「ん……でもね……緑谷くんが言ってくれたみたいに……どんな個性でも使い方次第なんだよ……怖がられる私の個性も……ヒーローとして使うと……すごいって言ってもらえるの……エリちゃんのことを助けるために……この力を使って頑張った時もそうだったんだ……」

 

実際はヒーローとしていいことをしたとしても、読心なんて嫌われたままの可能性が高いんだけど、エリちゃんにはわざわざそこまで言わない。

いいことに、適切に使えば喜んでくれる人や受け入れてくれる人が増えるのも事実だし、A組みたいにほぼ無条件に受け入れてくれる人たちがいるのも事実だからだ。

 

「だから……エリちゃんの個性も……使い方次第……どんなに危ない個性でも……嫌われる個性でも……使い方次第で……迷惑なんて思われないから……」

 

「そっか」

 

エリちゃんが握り拳を作って気合を入れなおしている。

素直でかわいい。

 

「だけどね……頑張るのって1人だと大変だから……エリちゃん1人で頑張らなくても大丈夫……私もお手伝いするし……先生も……緑谷くんや通形さんだって……お手伝いしてくれるよ……迷惑なんて思わないんだから……そうだよね、緑谷くん……」

 

制御できない個性を1人で頑張って特訓するのって結構大変だ。

特にエリちゃんみたいに失敗したら大惨事になりかねないものなら猶更。

私だって読心を怖いとか思わずに負の感情を向けてこないお姉ちゃんがいて、協力してくれたから個性の練習ができて、特定の波動を深く読んで他の思考から気を逸らす、なんていうことができるようになったのだ。

協力者の存在は大事だし、精神的な負担も軽減してくれる。支えにもなってもらえる。

エリちゃんにもそういう人が必要だと思う。

そしてエリちゃんのそういう人は、相澤先生がここに呼んでくれた特に懐いている人がいいと思う。

そう思って緑谷くんに同意を求めるように話を振った。

 

「うん!もちろん!」

 

「もちろん俺も協力するよね!」

 

緑谷くんと通形さんはすぐに同意してくれた。

相澤先生も返事はしないまでも頷いてくれている。

 

「個性の系統は違っても……私も……緑谷くんも……通形さんだって……自分の個性に振り回されたけど……ある程度制御できるようになった……その大変さも皆知ってる……1人でするのが大変なことも分かってる……だから……全力で協力するよ……一緒に頑張ろうね……」

 

「……うん!私がんばる!」

 

エリちゃんが満面の笑みを浮かべて同意してくれた。

ふんすと鼻息荒く気合を入れるその姿は、決意を察せられる一方ですごくかわいらしいなと思ってしまった。

 

それからはエリちゃんと少しの間お話して過ごした。

物間くんが煽りを入れてくるたびにエリちゃんがちょっと怖がっていたけど、本当に損をしていると思う。

さっきだって私がエリちゃんに自分のことを話している時も、一番共感して同情してくれたくらいには優しいのに。

コピーという個性で私のデメリットを知っているからって、そう簡単なことじゃない。そういう素直な共感ができる時点で優しいのは明白だ。

エリちゃんも話しているうちに本質は怖い人じゃないというのを少しずつ理解してきたのか、最後の方には物間くんから隠れたりはしなくなっていた。



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冬の訪れ

12月初旬の日曜日。

仮免補講に参加している2人も今日が最終日だ。

そんな大事な日ではあったけど、今日は朝から雪が降っていた。

寮に残っている皆のテンションはうなぎ上りになっていた。

 

「雪だーーー!!」

 

「心頭滅却乾布で摩擦!!」

 

「布濡れますわよ」

 

「転ばないようにな」

 

「積雪情報みよーぜ。好きなんだよねー俺ー」

 

切島くん、峰田くん、三奈ちゃんが嬉しそうに外に駆け出していく。

そんな子供のような数人に、百ちゃんと飯田くんが注意を促していた。

なんていうか、この2人お父さんとお母さんみたいだ。お似合いとかそういう話ではなく、気質的に。

 

それにしても子供みたいに駆け出したり遊びに行ったりするのはいいんだけど、ドアはすぐ閉めてほしい。

梅雨ちゃんが丸まって動かなくなってしまった。

冬眠のような状態になっているみたいだ。やっぱり蛙的に寒さはダメらしい。

そんな梅雨ちゃんの様子を見て、お茶子ちゃんが即座にドアの近くにいる人たちに声をかけた。

 

「ドア閉めてー!梅雨ちゃん動かんくなった!」

 

「わー!?ごめん梅雨ちゃん!」

 

指摘を受けて響香ちゃんがすぐにドアを閉めてくれた。

それでも梅雨ちゃんは眠ったまま動かない。

一度冷えてしまった室温はなかなか戻らないから仕方ないことではあるんだけど。

私と透ちゃんはいつ梅雨ちゃんが再起動するのか観察しながら、つんつん突っついていた。

 

「やっぱりすぐには起きないねー」

 

「ん……熟睡……」

 

梅雨ちゃんはまだピクリとも動かないで、完全に眠ってしまっていた。

やっぱり暖房をある程度の温度で維持しておかないとダメだな。

後は起きるのを待つしかなさそうだ。

 

「今頃テスト中かねぇ。大丈夫かなぁ」

 

「大丈夫でしょ!爆豪くんも最近感じいいし!悪いけど!」

 

「ケーキでも作って待ってようか」

 

「……じゃあ……私料理作ろうか……?2人の好きなものなら……作れると思うけど……」

 

「やった!」

 

「じゃあ2人が帰ってきたらおめでとうパーティーだね!」

 

そんな感じで今日の夜は仮免取得おめでとうパーティーをすることになった。

料理何作ろうかな。

そんなことを考えていたら、上鳴くんがテレビのチャンネルを変えながらつぶやいた。

 

「俺があの2人に唯一勝ってたのが、仮免持ちっつーとこだけだったのになー」

 

「上鳴くん……みみっちぃ……」

 

「そんなチンケなこと言うなよ」

 

「上鳴チン気!」

 

「上鳴、お前だけの良さは多々あろうに」

 

「んだそりゃ!障子はありがとう」

 

上鳴くんがちょっとあれな方向でボヤいていた。

そんなところでだけ勝っててもなんの価値もないだろうに。それに人当たりとかは普通に爆豪くんと轟くんに勝ってると思う。

別に仮免だけってわけじゃない。

峰田くんも仮免試験の時にそれで轟くんを煽ろうとしていたけど、あの2人よりもリードしていることがそんなに重要なことなのだろうか。

 

他にやることが何かあるわけでもなく、そんな感じで軽口を叩き合いながらのんびりした朝を過ごした。

その後、おめでとうパーティーをどうするかを話し合いで決めた。

話し合った結果、提案通り砂藤くんがケーキを焼いて、私と梅雨ちゃん、お茶子ちゃん主体で料理を作ることになった。

今日は時間ギリギリでもないし、あくまで主体的にやるってだけで他の人にも協力してもらう予定だ。

料理は提案通り、爆豪くんと轟くんの好きなものを作る予定。

轟くんの好物の蕎麦、爆豪くんの好物の辛い物。

ちぐはぐになってしまう気がしないでもないけど、白米も準備するつもりだしきっと大丈夫だろう。

辛い物の方は四川風の中華料理中心で作るつもりだ。

 

「後で料理の材料買いに行かないと……梅雨ちゃんは厳しいだろうから……透ちゃんも一緒に来てもらってもいい……?」

 

「もちろんいいよ!何時くらいに行く?」

 

「ん……確か……帰ってくるのが6時くらいだから……10時くらいに出て……午前は買い物にして……午後から作り始めよっか……」

 

「分かった!任せてよ!」

 

明らかに材料が不足しているだろうから、透ちゃんと一緒に買い物に行くことにした。

ただやはりクラス全員分の量となると不安もあったから、他にも誰かに来てもらおうと思っていたら、お茶子ちゃんや緑谷くんたち男子数人もついてきてくれることになった。

男子も来てくれるのは心強い。

なんだったら全員ついてきそうな勢いで立候補があったけど、流石に大人数になりすぎてしまうから必要そうな人数に絞らせてもらった。

 

 

 

買い物も終わって寮に戻ってきた。

結局、作るものを相談しながら買ったのは、四川麻婆豆腐と雲白肉、四川鍋といった感じの辛い料理と、薬味とかを含めた蕎麦の材料だ。

香辛料とかも買ったから、袋の中がだいぶ赤い感じになっている。

一応麻婆豆腐は辛いのがダメな人用に、四川風じゃないあまり辛くないのも準備しようと思っている。

最悪蕎麦もあるし、大丈夫だとは思うけど。

 

料理自体はそんなに苦労もなく作れた。

梅雨ちゃんが鍋の方を作ってくれたから、私が麻婆豆腐、お茶子ちゃんが蕎麦、透ちゃんとか他の手伝ってくれた子たちに教えながら雲白肉を作ってもらった。

材料を切るのは飾り付けとかをしている百ちゃんと男子数人以外は大体手伝ってくれたと思う。

料理はなかなかの出来だ。私が作ったもの以外も味見したけど、ちゃんとおいしかった。

 

料理はそんな感じで普通にいい出来ってだけなんだけど、ケーキの方が凄かった。

砂藤くん、気合入れすぎじゃないだろうか。

ウェディングケーキかというくらい大きい立派な4段ケーキが出来上がっていた。

おいしそうではあるし、20人で食べることを考えれば妥当と言えば妥当なのかもしれない。

ただ見た目のインパクトが凄い。あと切るのが大変そうだ。

これは普通の1段のケーキを並べられるよりもインパクトがありそうだった。

 

とにもかくにも準備は終わった。

後は2人が帰ってくるのを待つのみ。

今の時間は大体18時前だから、そんなに時間もかからずに帰ってくるだろう。

そう思って部屋を真っ暗にして待っていたんだけど、2人はなかなか帰ってこなかった。

何かあったんだろうか。

流石におかしいということで電気をつけて皆で心配していると、19時くらいになってようやく2人が範囲内に入ってきた。

 

「皆……2人とも……今雄英に入ってきた……電気消して待機しよ……」

 

「ほんと?」

 

「よかった。普通に帰ってきたんだね」

 

「遅くなってしまったようですが、大丈夫でしょうか。仮免をもらえていないなんてことになっていなければいいのですが」

 

「それは大丈夫……2人とも……負の感情は……感じない……遅くなったのも……帰り道にヴィランに遭遇したせいみたい……怪我もないし……精一杯お祝いしよ……」

 

「なら安心だね!」

 

「帰り道にヴィランってマジか……」

 

皆思うところは色々あるようだけど、予定通り電気を消して待機し始めた。

こういうサプライズの為に待機する時間っていうのも意外と楽しいかもしれない。

そして待機を始めて10分くらいたった頃、寮の扉が静かに開いた。

 

「なんで真っ暗なんだ?」

 

「全員出かけてんのか?」

 

2人とも訝しみながら周囲を見渡して困惑している。

そんな2人を尻目に、お茶子ちゃんが大きく息を吸って元気いっぱいに声を張り上げた。

 

「仮免取得……!」

 

お茶子ちゃんの声に合わせて、ケーキを持って待機していた砂藤くんが電気をつけてくれる。

その瞬間、一斉に持っていたクラッカーの紐を引いた。

パァン!と大きな音が部屋に響いて2人の方にテープや紙吹雪が飛んでいく。

 

「「「おめでとうー!!!」」」

 

寮に響く祝福の声に、2人ともきょとんとしていた。

いつもキレている爆豪くんすらもきょとんとしてこっちを凝視している。

この2人は基本的に反応が薄いからここはまあこんなものだろう。

そんな2人に、砂藤くんが凄い勢いでケーキを持って詰め寄って行った。

 

「ケーキ食え!」

 

「こんなに食えるかぁ!!」

 

爆豪くんがキレてる感じで文句を言っているけど、内心は別に嫌がってない。

読心した結果もそうだけど、今ケーキを渡されて食べ始めてるんだから読心するまでもなく分かる。

それにしても砂藤くん、トウガラシ飴の時もそうだったけど爆豪くんを一切怖がっていない。

なかなかのメンタルだ。

 

「轟さん」

 

「おめでとう!」

 

「ああ」

 

「やったな爆豪!」

 

「かっちゃん!これで一緒にヒーロー活動できるね!」

 

「なに上から目線で言ってんだこのクソナードがぁ!!!」

 

「そういうつもりじゃあ!?」

 

「俺に口答えするんじゃねぇ!!!」

 

轟くんは祝福の声に素直に応じ、爆豪くんはいつもの爆ギレを見せつけていた。

私は早々にキッチンに戻って麻婆豆腐とお鍋を温め直してしまう。

ついてきてくれた透ちゃん梅雨ちゃん、お茶子ちゃんと一緒に、雲白肉や蕎麦も準備してしまう。

爆豪くんが食べていたケーキがちょうどなくなった頃、料理が温め終わったから皆に声をかけた。

 

「ごはん……温めたよ……爆豪くんと轟くんも……今日は皆で作ったから……食べて……四川風中心の辛めの中華料理と……お蕎麦あるよ……」

 

「おう」

 

「よっしゃあ!じゃあ飯食ってお祝いだぁ!」

 

「おお!」

 

轟くんは小さくお礼を言って、爆豪くんは舌打ちしながらではあったけど食卓に向かった。

料理も特に文句なくペロリと平らげてくれた。

轟くんも蕎麦以外の中華料理も食べていたし、爆豪くんは中華料理を結構な量食べていた。お腹が空いていたらしい。

緑谷くんがなぜか私が作った麻婆豆腐や梅雨ちゃんが作った鍋をブツブツと分析し出したりする一幕もあった。

なぜ今ここで分析するんだろうか。さっき味見とか好きなだけできたのに。

それだけ美味しいと思ってくれたってことだろうから、別にいいんだけど。

爆豪くんも「麻婆と鍋の味が落ちるわ!!」とか言ってキレてるだけですぐに怒りも鎮火していたし。

しかも爆豪くんはその感想ってことは、四川中華が美味しかったということだろう。

毎度素直に感想を言わないけど、節々から感想が読み取れるからそれで良しとしてやろう。



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メディア演習

仮免取得の翌日、爆豪くんと轟くんにテレビのインタビューが来ていた。

 

「仮免取得から僅か30分後にプロ顔負けの活躍!!普段から仲良く訓練されてるんでしょうか」

 

「そう見えんなら眼科か脳外科行った方がいいぜ」

 

「仲はいいです」

 

「ハァ!?テキトーこいてんじゃねーぞ!!いつ仲良くなったんだコラ!!」

 

「仮免補講で二人一緒にいること多かったろ」

 

「何だそのシステムは!!時間と親交は比例しねぇんだよ!!」

 

「システムってなんだ」

 

「知らねーよ!!てめーも脳外科行け!!」

 

なんなんだろうこの取材。

寮で行われている取材の邪魔にならないように皆遠巻きに見守っているけど、あまりにも酷いインタビューに絶句してしまう。

私もマスコミは醜い内心が透けて見えることが多くて基本的に嫌いだけど、それでもここまでの対応はしないと思う。

今もインタビュアーのお姉さんは苦笑いを浮かべているけど、内心では結構な文句で溢れている。

このインタビューほぼ使えないんじゃないだろうか。あまりにも酷すぎるし。

もしこのまま使われたら爆豪くんはヴィランっぽいヒーローランキング1位に固定されてしまいそうだ。

 

 

 

そんな取材の数日後。

ついにあのインタビューが放送された。

 

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!一時間もインタビュー受けて!!爆豪丸々カット!!」

 

「……見切れっぱなし……完全に無視されてる……」

 

「ある意味守ってくれたんやね」

 

「使えやぁああ……!!」

 

上鳴くんが爆笑している通り、インタビューは轟くんだけアップで映され続けていた。

爆豪くんの発言は丸々カットされていたのだ。

まああんな返答しかしてなかったら当然としか思わないんだけど。

 

「オールマイトから遠ざかってない……?」

 

「イカレてんだ」

 

「聞こえてんぞクソデクと玉ぁ!!」

 

爆豪くんは遠くで呟くように言った緑谷くんの疑問やそれに対する峰田くんの返答にすら噛みついている。

あまりにもな映像に、皆の反応はほぼ呆れと爆笑という酷いものになってしまっていた。

 

「もう三本目の取材でしたのに……」

 

「"仮免事件"の高評価が台無し」

 

「……でも……ある意味……正しい評価に戻っただけとも言える……」

 

そんなA組的には面白いような何とも言えないニュースも終わって、泥花市で起こった事件に移っていった。

9日前に起こったその事件は、泥花市を短時間で壊滅に追い込んだものだった。

人口的な問題で神野よりも死傷者がマシだっただけで、被害自体は神野以上らしかった。

 

『以前ですとこういった"ヒーローがハメられた"事件に関しては、ヒーローへの非難一色だったわけですが、しかしまさに今時代の節目と言いましょうか……"非難"が"叱咤激励"へと変化してきているんですよね』

 

「"見ろや君"からなんか違うよね」

 

「エンデヴァーが頑張ったからかな!」

 

お茶子ちゃんと三奈ちゃんは目に指を当てて開くようなポーズをし始めた。

そのタイミングで、教室の扉が勢いよく開いた。

 

「楽観しないで!!いい風向きに思えるけれど、裏を返せばそこにあるのは"危機"に対する切迫感!勝利を約束された者への声援は、果たして勝利を願う祈りだったのでしょうか!?ショービズ色濃くなっていたヒーローに今、真の意味が問われている!」

 

教室に入ってきたのは、Mt.レディとミッドナイト先生とだった。

ミッドナイト先生はいつも通り胸を強調するようなポーズで入ってきたけど、一方でMt.レディはお尻を強調するようなポーズで入ってきた。

……ミッドナイト先生に対抗するためなんだろうけど、なんでこういうポーズをしたがるんだろうか。私にはまだよく分からなかった。

それにしても、いつものブドウ頭なら大騒ぎしそうな状況なのに、今は震えあがっていた。

職場体験でどれだけのトラウマを負ったんだ。

 

「特別講師として俺が招いたんだ。お前ら露出も増えてきたしな。ミッドナイトは付き添い」

 

寝袋スタイルで授業を完全に丸投げするスタイルの相澤先生も、説明しながら教室に入ってきていた。

そんな先生の説明を受けてMt.レディが"MEDIA"と書かれたプレートを持ちながら話を続けた。

 

「今日行うのは"メディア演習"!私がヒーローの立ち振る舞いを教授します!!」

 

「何するか分かんねぇが……みんなぁ!!プルスウルトラで乗り越えるぜ!!」

 

切島くんが皆に気合を入れた。

まあ気合を入れるのはいいんだけど、今移動するように指示された場所にはステージのようなものが設置されている。

多分そんなに頑張る必要がなさそうな訓練だ。

 

 

 

場所は変わってステージの前。

そのステージに立ったMt.レディが声を張り上げた。

 

「"ヒーローインタビュー"の練習よ!!」

 

あまりにも緊張感のなさそうな授業に、皆『緩い』なんて考えている。

先生たちはもう準備万端のようで、すぐにインタビューが始まった。

最初は轟くんが壇上に呼ばれた。

 

『凄いご活躍でしたねショートさん!』

 

「何の話ですか?」

 

『なんか一仕事終えた体で!はい!!』

 

「はい」

 

なんというか、皆が考えている通り本当にすごく緩い感じの授業だ。

 

『ショートさんはどのようなヒーローを目指しているのでしょう!?』

 

「俺が来て……皆が安心できるような……」

 

『素晴らしい!あなたみたいなイケメンが助けに来てくれたら、私逆に心臓バクバクよ!』

 

「心臓……悪いんですか……」

 

『やだなにこの子!?』

 

轟くん、すごいズレた答えを返すな。

結構な頻度で見られるやり取りではあるけど、インタビューでもそうなっちゃうのか。

そこはもう轟くんの性格だから仕方ないのかもしれない。

それにしても、ズレた答えばっかり返しているのに、Mt.レディは轟くんに対してべた褒めな感じだ。

そういう感じがいいんだろうか。

 

「ねえ……助けてくれる人が……イケメンかどうかって……そんなに重要……?助けてくれるなら……どうでもよくない……?」

 

「っ!?な、なに言ってるの瑠璃ちゃん!?すっごく重要なことだよ!?」

 

「そ、そっか……」

 

透ちゃんに純粋に気になったことを確認すると、凄まじい勢いで肩を掴まれて力説された。

そっか。そんなに重要なのか。

透ちゃんがそういうなら、世間一般もそう思う人が多いんだろう。

そんな話をしていると、急に目の前に氷が展開された。

 

「穿天氷壁。広域制圧や足止め・足場づくりなど、幅広く使えます。あとはもう少し手荒な膨冷熱波という技も……」

 

「あれ?B組との対抗戦で使ってたやつは?」

 

「エンデヴァーの」

 

「赫灼熱拳!」

 

「……は、親父の技だ。俺はまだあいつに及ばない」

 

皆が轟くんの必殺技に対して、皆が赫灼熱拳に関して言及する。

それはいいんだけど、なんで透ちゃんは発言すると同時に集光屈折ハイチーズを使ったんだろう。

急にカッて光ってびっくりした。

 

「……今……何で光ったの……?」

 

「そういう気分だったから!」

 

気分。気分か。

それなら仕方ないか。

 

「技も披露するのか?インタビューでは?」

 

「あらら!やだわ雄英生。皆があなた達のこと知ってるワケじゃありません!必殺技は己の象徴!何が出来るのかは技で知ってもらうの。即時チームアップ連携、ヴィラン犯罪への警鐘、命を委ねてもらう為の信頼。ヒーローが技を叫ぶのには、大きな意味がある」

 

「……そんな感じのこと……エクトプラズム先生も言ってた……」

 

「……ちょっと前までカメラ映りしか考えてなかったハズだぜ、あの女……」

 

「Mt.レディだけじゃないよ。今ヒーローたち皆引っ張られてるんだ。No.1ヒーローに」

 

Mt.レディは以前エクトプラズム先生が必殺技の名前について話してくれた時に言っていた内容と似たようなことを話していた。

Mt.レディや相澤先生の説明を受けてやる気を出した皆は、順番にインタビューに臨んだ。

 

 

 

「兄、インゲニウムの意志を継ぎ、駆ける者であります!」

 

『誠実さが伝わるね!』

 

「博覧強記、一切合切お任せください!」

 

『自信は人を頼もしくするの!』

 

「私の前では全てが無重力なのです!」

 

『和らげるのも一つの才よ!』

 

「闇を知らぬ者に栄光は訪れぬ」

 

『いい~、雰囲気いいよー!』

 

「私の個性の範囲内で……見通せない悪事はない……」

 

『実力に裏打ちされた自信、いいわね!』

 

「俺の後ろに血は流れねぇ!」

 

『ああー兄貴ー!なにもうみんな!心配して損しちゃった!意外にちゃんとできるじゃない!』

 

ミッドナイト先生相手にヒーロー名を披露した時のような感じで、皆答えにスパスパと一言でコメントを返していく。

私はとりあえずOKが貰えそうな自信に溢れたコメントをしておいた。

案の定特に否定されることもなく、普通に褒められて流された。

……それにして、このまま行くとまた爆豪くんが酷いことになりそうだけど、大丈夫だろうか。

そんなことを考えていたら爆豪くんの番になった。

 

「俺ぁテキトーな事ぁ言わねぇ!黙ってついて来い!!」

 

『一人だとまだマシね……分かった。ソリが合わないのね、人類と』

 

「ワリィ。俺がいたから丸々カットに……」

 

「思い上がんな!てめーなんぞが俺に影響与えられるワケねぇだろが!!」

 

「そうか」

 

荒っぽいけど、いつものを考えると全然マシな受け答えをしていた。

誰かと一緒にするのがダメなのか。

でも爆豪くんもこの前のクラス対抗戦の時みたいに成長しているし、そのうち普通に対応できるようになるのかもしれない。

爆豪くんよりも、その後の緑谷くんの方が酷かった。

 

『デクくん、でしたっけ!?活躍見ました!』

 

「それは……良かった。良かったです……!」

 

『ご自身ではどのようにお考えでしょうか!?』

 

「それは……良かった……」

 

緑谷くんの姿は見ていられなかった。

これは初期の女子相手にしていた態度そのもの。つまり極度の緊張状態なんだろう。思考も焦ってるし。

ガチガチに固まっていてロボットのような動きをしている上に、声は小さくて聞き取りづらい。

なんでエリちゃんにはあんなにしっかりといいことを言ってあげられるのに、インタビューとなるとダメなんだろうか。

 

「あいつ、俺の"硬化"を!!」

 

「アガリすぎ。そういえばこういう機会には恵まれてないものね」

 

「でも……エリちゃんにはちゃんといいこと言えるのに……なんでこうなるかな……」

 

その後も緑谷くんのインタビューは酷いものだった。

オールマイトのことになると大声で反応する。

その後は自己分析をいつものブツブツで聞き取りづらい感じで言い連ねる。

正直ダメなインタビューのお手本と言っていいレベルだと思う。

ミッドナイト先生に黒鞭のことを指摘されて黒鞭も試していたけど、ピョロっとほんのちょっとだけ出て終わった。

当然のように皆の反応もしょっぱい感じだった。

 

その後は皆で順番に練習したりコツを教えられたり、緑谷くんは緊張しない方法を教えてもらったりとインタビューの訓練を積んでいった。

まあ緑谷くんはあまり成長してなかったけど。

女子と普通に話せるようになったみたいに、慣れればできるようになると思うし頑張ってもらうしかない。

オールマイトの後継者がまともにインタビューに答えられないなんて口が裂けても言えないだろうし。



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実務的ヒーロー活動推奨プロジェクト

「今日は重要な知らせがある。心して聞くように」

 

メディア演習の翌日、相澤先生はホームルームが始まるなりそう言い放った。

 

「実務的ヒーロー活動推奨プロジェクト……国主導で、ヒーロー科生徒によるプロヒーロー不在地区でのヒーロー活動を行うことが決定した。お前たちもこの対象となる」

 

「「「ものすごくヒーローっぽいのキターっ!!!」」」

 

先生のその言葉を聞いた瞬間、多くの生徒が立ち上がって叫んだ。

相変わらずこういう時のシンクロ率が無駄に高い。

公安が関わっているとなるとクラス対抗戦の後に目良さんがオールマイトと校長に話していたのは、この計画のことだったのかもしれない。

 

「ていうか、もうヒーローじゃん!」

 

「テンションウェーイ!!」

 

三奈ちゃんがさらに大声で続け、それにあてられたのか上鳴くんも呼応して叫んだ。

いくら何でもテンション高すぎじゃないだろうか。

 

「上鳴テンション高すぎでしょ」

 

「ん……もうちょっと落ち着いた方がいい……」

 

上鳴くんの様子に響香ちゃんが呆れた様子で呟いた。

それにまだ先生の話の途中だ。

私も注意はしたけど、早く黙った方がいい。

先生がガチギレ数秒前だ。

 

「話を最後まで聞け」

 

案の定先生が目を赤く光らせて髪の毛をざわつかせながら唸るような低い声で注意してきた。

皆それを聞いた瞬間、さっきまでの騒ぎは嘘だったかのように静まり返る。

心して聞けって言われたのにあれだけ大騒ぎの状況になれば当然の流れだった。

 

「……よし。おまえらの勤務地ははるか南にある"那歩島"だ。駐在していたプロヒーローが高齢で引退。後任がくるまでの間、おまえらが代理でヒーロー活動を行うことになる」

 

「那歩島?」

 

「確か、沖縄の方の島の一つではなかっただろうか」

 

「ってことは今も結構あったかい所な感じ?」

 

「あれ、でも沖縄でも冬は海に入れないくらいには寒いんじゃなかったっけ?」

 

「流石に調べてみないと分からないね」

 

「……何度も言わせるな」

 

勤務地を伝えた途端また雑談が始まってしまいそうになったところで、先生は再び髪の毛をざわつかせる。

流石にまずいと思ったのか皆も借りてきた猫のように静まり返った。

 

「このプロジェクトは規定により、俺たち教師やプロヒーローのバックアップは一切ない。当然、何かあった場合責任はおまえらが負うことになる。そのことを肝に銘じ、ヒーローとしてあるべき行動をしろ。いいな?」

 

「「「はい!」」」

 

「急な決定な上に、公安の指示で明日現地へ向かう日程になってしまった。そのため、今日の午後はヒーロー科のみ休校とする。各自準備を整え、備えるように。以上、解散」

 

先生は最低限の島の情報と集合時間、集合場所とかが書かれた紙を配ってからそう言って話を締めくくった。

 

 

 

配られた紙には本当に最低限の情報しか書いていなかった。

正直最低限必要な持ち物くらい教えてくれるのかと思っていたけど、それすらも書いていなかった。

そんなこともあり、各自で準備を始める前に皆である程度の情報を調べてから、それに対応できる準備をするという方針になった。

 

「那歩島……やっぱり沖縄本島の近くにある島みたい……」

 

「ね!でも1年を通して冬とは無関係とかも書いてあるよ!」

 

「つまり常夏ってこと?」

 

「少なくとも1年中観光客が海水浴とかを楽しめるところみたいね」

 

「沖縄でも冬は海に入れないのに、なんでここは大丈夫なんだろう?」

 

「海流とか色々あるんとちゃう?」

 

皆で島について調べていくけど、那歩島はやっぱり沖縄のすぐ近くの島だった。

でも沖縄とは違って海は暖かく気温も温暖。年中海水浴ができる環境のようだった。

そんな情報を聞いた上鳴くんが嬉しそうにし始めている。

何を考えているかは分かったけど、私たちが行く目的を覚えているんだろうか。

 

「……つまり、俺たちも海に入ったりできる可能性があるってことか!?ということは……」

 

「水着だな!水着が必要だ!!おニューの水着だな!!」

 

ブドウ頭まで同調し始めた。

確かに水着は必要だと思うけど、目的が違う。

2人が想像しているような水着は持っていく必要が皆無だ。

 

「……私たち……ヒーローの代理になりに行くんだよ……海に入るとしても……それはヒーローとして……」

 

「そうですわね。お洒落な水着などあり得ません。学校指定の物のみ持っていくべきですわね」

 

「プールの時も思ったけど、やっぱアホでしょあんたたち」

 

「そ、そこまで言わなくてもよくねぇか!?」

 

女子だけでなく、真面目な男子も百ちゃんの言葉に頷いていた。

少なくとも浮ついてお洒落な水着を想像したのは2人だけだ。

まあそんなことはもういいか。学校指定の水着で十分って結論になったし。

 

「島の広さ……横8~9km……縦2~3km……面積22km²くらい……私の感知だけだと……カバーしきれないくらいには広い……」

 

「なかなかの広さはあるよね」

 

「島の名所は、ビーチにハイビスカス園に……城山?あとは施設としては港とかがあるくらいみたいだね」

 

「城山っていうのはこの離れ小島か?」

 

「多分そうだろ」

 

皆自分が見つけた情報をどんどん発言して共有していく。

ただ小さな島ということもあり、あまり深い情報はこの段階では手に入らなかった。

小さいとは言っても私の個性でもカバーしきれない程度の広さはあるから油断できないわけだけど。

でも、とりあえず見つけられたのは観光目的で開示されているような浅めの情報だけだった。

だから情報収集はそこそこにして、皆で考察して必要な荷物を考える作業に移った。

 

「着替えとかどのくらいもっていけばいいかな?」

 

「先生は……後任のヒーローが来るまでって……言ってたよね……」

 

「少なくとも1週間、長ければ1か月とかかな?1か月もいたら年越しちゃうけど」

 

「だが期間は長めに見ておいた方がいいだろう。洗濯できる設備を借りられると仮定しても、そこそこの量は必要だと考えた方がいい」

 

しばらくそんな感じで話し続け、15時くらいになる頃にようやくある程度皆の意見がまとまった。

まあ簡単にまとめると、夏用の衣服、コスチューム、学校指定の水着、各自必要な日用品などなどって感じだ。

 

その後は各自部屋に解散して準備をすることになった。

詰めたりするのは後回しにして必要なものがあるかを確認しておくべきだ。

無かったら買いに行かないといけないわけだし。

 

着替え1週間分くらいに加えて、日用品を1か月分くらいトランクに詰め込んだ。

特に足りなそうなものはなかったから、そのまま荷造りして早々に終わらせてしまった。

これに加えてコスチュームのアタッシュケースも持たないといけないとなると、結構な大荷物だ。

まあそれは仕方ないからもういい。

皆は一部の人が近くのスーパーやコンビニ、ホームセンターに散り散りになって必要な道具を買いに行ったようだった。

……洗剤とかもクラス共用で持って行った方がいいんだろうか。

まあ洗濯はしなきゃいけない状況になりそうだし、持っていくか。確かストックがあったはずだし。

あとは、百ちゃんが凄い量の荷物を詰め込もうとしているから整理をちょっと手伝おうかな。

 

 

 

そんなこんなで荷物の準備も無事に終わって翌日。

私たちは早朝に駅に集合していた。

相澤先生も見送りに来てくれている。

 

「事前に説明したとおりだ。ヒーローとしてあるべき行動を心掛けろよ。みっともない真似はするな。あとは……バックアップやサポートはしないとは言ったが、万が一のことが起こった時に自分たちだけで対処できるかどうかを判断するのもプロには必要な能力だ。手に負えないと判断したら救援要請をするように。肝に銘じておけよ。じゃあ行け」

 

「はーい!」

 

「返事は伸ばすな芦戸。何回言わせるんだ」

 

「はい!」

 

三奈ちゃんが間延びしたような返事をして先生に注意されていた。

このやり取り、職場体験の時もやってたよね。

まあいいか。

そのまま皆で電車に乗り込む。

移動方法は電車で空港まで出て、空港から飛行機で那覇空港まで移動。

那覇まで着いたら港を目指して、那歩島にフェリーで移動することになっている。

結構時間がかかるルートだ。

 

電車の中や飛行機の中では大騒ぎとまではいかなかったけど、結構にぎやかな感じになってしまっていた。

林間合宿の時のバスの旅を思い出すようなにぎやかさだ。

 

「瑠璃ちゃん、これ食べる?」

 

「ん……ありがと……私のも……あげる……」

 

「ありがとー!」

 

かくいう私もその1人で、透ちゃんと一緒にお菓子を食べたり交換したりしていた。

貸し切りのバスならまだしも、公共交通機関では静かにした方がいいんだろう。

だけど私自身がちょっと旅行気分になっているのもあって文句を言うことはなかった。

飯田くんが狂ったように「静かにー!!」って言ってたりして、緑谷くんに宥められてたりしたくらいか。

そんな旅はあっという間に過ぎ去って、電車から飛行機に乗り継いで、飛行機も降りて空港に出た。

 

「け、結構暑いね」

 

「厚着してなければ……あったかいくらいなんだと思う……」

 

「あー、確かにそうかも。ちょっと薄着にしよっか」

 

「ん……服……透けないようにね……」

 

「もともと透けてるから大丈夫!!」

 

透ちゃんと軽口を叩き合いながら上着を脱いでとりあえず暑くないという程度まで服装を調節した。

皆結構こんな感じで薄着になっていった。透けたりもしてない。完璧だ。

いきなり空港で薄着になるためとはいえ脱ぎだすのはちょっとはしたないけど、暑いんだから仕方ない。

 

それはそれとして、後の移動はフェリーだ。

大荷物を持って順番にフェリーに乗り込んでいく。

皆の内心は、期待とやる気で膨れ上がっていた。

まあ当然か。全て自分たちでヒーロー活動をすることになるんだし。

私みたいに不純な動機でヒーローになろうとしている人間はごく少数。

他の皆は真剣にヒーローになるために訓練してたんだから、一時的とはいえ憧れのヒーローになれるとなると納得の思考でしかないけど。

そんな期待に胸を膨らませた私たちを乗せた船は、暑苦しいくらいの太陽が照り付ける那歩島に到着した。



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那歩島のなんでも屋

那歩島について早々に島の人たちに相談して、宿泊場所や活動拠点の相談をさせてもらった。

やり取りは基本的に飯田くんと百ちゃんがやってくれた感じだ。

交渉の結果、廃業していた元旅館を借り上げて事務所にすることになった。

建物自体ちょっと掃除すればすぐに使えそうだったし、電話回線も生きていたし、2階に寝泊りできる部屋まであったのだ。

ほぼ即決だった。島の人たちもクラス単位で来ると聞いてある程度整えてくれていたようだった。

 

そんな感じで決まった仮設ヒーロー事務所。

1階のラウンジをヒーロー活動の拠点にして、2階の大部屋で男女別に寝泊りする感じだ。

初日は事務所を整える班とヒーロー活動に従事する班に分かれた。

事務所を整える班は百ちゃんをリーダーとして、力仕事があるだろうから男子数人にお茶子ちゃん。

ヒーロー活動に従事する班は飯田くんをリーダーとして感知できる4人を含めた残った皆だ。

私はヒーロー活動班だからパトロールをして困っている人がいたら助けるという作業を繰り返している感じだ。

パトロールに関しては私が島の中央辺りをくるくる巡回して、他の感知3人にカバーしきれない外周部を中心に回ってもらった。

そんな感じである程度班の中からチームを組んで行動していた。

私はというと、とりあえず困っている人がいたら助ける感じで、自分で助けたり範囲内のA組メンバーにテレパスで依頼したりといった感じで動いていた。

そんな初日は問題なく無難に終わった。

 

百ちゃん主導で整えられた仮設事務所はなかなかのものになっていた。

ソファや多数のデスクに加えて、多くの電話、パソコン、データをまとめるためのファイルなどなど。

とにかく事務仕事に使いそうなものや通報を受けるために必要なものなどを大量に用意されていた。

この量があらかじめあったとは考えられないし、島の人たちが融通してくれたとも思えない。

百ちゃんが創造したのは明白だった。

翌日からはそんな感じで整ったヒーロー事務所を拠点に活動を開始した。

 

 

 

3日目。

 

「雄英ヒーロー事務所です!―――はい、すぐに向かいます!」

 

電話が鳴ってすぐに受話器を取った三奈ちゃんが元気よく応答する。

どうやら上鳴くんご指名で依頼があったらしい。

 

「上鳴!西地区の松田さん、バッテリーがまた上がったって!」

 

「またかよ!あのおっさんいい加減買い替えろって!」

 

「がんばれチャージズマ!」

 

「「「ゴーゴー!」」」

 

「ゴーゴー!」

 

「……上鳴くん……単純……」

 

電池扱いに不満を漏らしていた上鳴くんは、三奈ちゃんの声援と事務所にいたお茶子ちゃん、透ちゃん、響香ちゃん、緑谷くんの声掛けに素直に応えて乗り気で駆け出して行った。

響香ちゃんなんか仕方なくみたいな感じで言ってたのに乗せられているあたり、すごく単純だ。

それが上鳴くんの良い所でもあるんだろうけど。

そんなことを思っていたら電話が鳴った。

ササッと電話を取ってしまう。

 

「はい……こちら雄英ヒーロー事務所……」

 

『転んで動けなくなってる人がいてね。場所は』

 

「いえ……大丈夫です……分かりました……農道のあたりですよね……ヒーローを向かわせます……動かないで待っていてください……」

 

仮設事務所から600mくらい離れた畑の間の道の中に、転んでいる人がいた。

その人の近くの人の思考が今の通報と相違なかったし、間違いないだろう。

 

この島には軽救急車が1台しかないから、島の人はよほどのことがない限り救急車を呼ばない習慣があるようだった。

自分たちで対処できなさそうな病状や、明らかに異常だと判断できる時には救急車を呼ぶけど、救急車を呼ぶほどじゃないと判断するとヒーローを頼っていたらしい。

今転倒した人も捻挫して動けなくなっているだけ。

骨も折れてなければ出血もしてない。救急車を呼ばなくてもよさそうなのは確かだった。

向かってもらう人員は……飯田くんが適切だったけど、別件で今走って行ってしまった。

よくぎっくり腰で動けなくなるおばあちゃんがいるから、その人の所に向かったようだ。

私が行ってもいいけど、支えるか抱えるかしないとダメそうだし、身体強化が長続きしない上に背が小さい私よりも、緑谷くんか切島くん、爆豪くんが適切だろうか。

人を運ばないといけない以上青山くんだとちょっと不安だ。

爆豪くんはそもそも怪我人の介助とかには向いていない。

となると……

 

「切島くん……事務所を出て北西に600mくらいの……農道のあたり……捻挫して動けなくなってる人がいる……向かってもらってもいい……?」

 

「おう!任せろ!」

 

「じゃあ……この辺だから……よろしくね……」

 

「分かった。んじゃ、行ってくる!」

 

あらかじめある程度印刷してある地図に印をつけて切島くんに渡すと、切島くんはすごい勢いで走って行った。

その直後、迷子の通報を受けていたらしいお茶子ちゃんが、事務所内を見回しながら口を開いた。

 

「商店街で迷子!手の空いてるヒーロー、一緒に……あ!」

 

私が切島くんとやり取りしていたのを見て、お茶子ちゃんは暇そうに寝転がって地図を見ている爆豪くんの方に目を向けていた。

だけど爆豪くんはそれを察知して即座に反発した。

 

「断る」

 

「早っ!」

 

あまりにも素っ気ないその反応に、お茶子ちゃんが突っ込んだ。

まあ爆豪くんの考えていることは分からなくもないけど、いくら何でも素っ気なさすぎる気が……

暇そうにしてれば頼られるのは当然だろうに。

 

「切島行かせてクソチビの手が空いてんだろ。迷子探しなんてそいつがいりゃ十分だ」

 

「間違ってはないけど……素っ気なさすぎない……?」

 

「知るか。はよ行け」

 

そこまで言うと爆豪くんは地図の方に視線を戻してしまった。

もう会話する気もないらしい。

ヴィランが出た時の為に誰かが事務所に残っておかなきゃだめだっていう考えは分かるけど、百ちゃんもいるしそのあたりは大丈夫だと思うんだけど。

むしろ飛べる爆豪くんを遊ばせておく方が勿体ない。

説得するのが面倒くさいから放っておくけど、その姿勢はヒーローとしてどうなんだろうか。

というかその理屈なら事務仕事をしない理由にはならないのに何で地図を見ているのか。

もういいやと思って爆豪くんを無視してお茶子ちゃんに話しかける。

 

「はぁ……お茶子ちゃん……行こ……」

 

「うん。ありがとね、瑠璃ちゃん」

 

「気にしないで……」

 

「麗日さん!波動さん!僕も行くよ!」

 

お茶子ちゃんと一緒に事務所を出ようとすると、緑谷くんがそう提案してくれた。

緑谷くんのフルカウルによる爆走で速やかに現場に向かえるように手伝ってくれるつもりらしい。

それなら助かる。今事務所にはそこそこ人も残っているし、多分大丈夫だろう。

それにしてもさっき緑谷くんじゃなくて切島くんに頼んだ理由は、緑谷くんがオールマイティに色々対応出来たせいで、朝からひっきりなしに出動していて疲れていると思ったからなんだけど……

彼の内心は今、ヒーロー活動ができる充実感に満ち溢れていた。迷子もなるべく早く見つけたいらしい。

……まあ、あの人助けに狂った狂人思考ならそうなるのか。本人が充実しているならもういいかな。

 

「じゃあお願いしちゃうね!」

 

「ん……迷子……早く保護してあげよ……」

 

「うん!」

 

緑谷くんも伴って、事務所を出た。

彼はすぐに浮き輪を腰に回し、フルカウルを使った。

 

『ワンフォーオール、フルカウル8%!』

 

緑谷くんの邪魔にならないように、お茶子ちゃんが自分と私を無重力にしてくれた。

2人で緑谷くんの腰のところの浮き輪に掴まる。

さぁ出るぞと言うところで、緑谷くんが口を開いた。

 

「ヒーロー事務所!」

 

「1年A組!」

 

緑谷くんに応えるように、お茶子ちゃんも声を上げた。

何を言いたいのかは分かるし、合わせておくか。

 

「「「出動!」」」

 

掛け声とともに、緑谷くんが駆け出した。

私なんかとは比較にならない大きな跳躍で島をどんどん進んでいく。

この島はすごく綺麗なところだ。

本州では見ないような石垣に、それを彩る菜の花やハイビスカス、さらに広大なサトウキビ畑。

空は雲一つない快晴だし、海はエメラルドグリーンに透き通っていてキラキラと輝いていた。

 

 

 

商店街に着いた時、私はどういうことなのかを大体察してしまった。

とりあえずすぐ近くに迷子のような思考の子はいないと緑谷くんに伝えると、緑谷くんは迷子探しを始めた。

お茶子ちゃんもそれに続こうとするけど、聞きたいことがあるから声をかける。

 

「お茶子ちゃん……確認したいんだけど……」

 

「あ、うん!なんでも聞いて!」

 

「通報者……その子のお姉ちゃんであってるよね……通報って……どんな感じだった……?」

 

「え、えっと……泣きそうな声で、『弟が迷子になってどこにもいないの……』って」

 

「……そっか」

 

通報者と思われる少女は見つけた。そして、その近くに弟もいる。

商店街からちょっと離れたところにある、港を見下ろせる公園に一緒にいるのだ。

つまりどういうことかというと、迷子になんてなっていない。

少女の思考もタイムを計っているような感じだし、『ヒーローの化けの皮を剥がす』という思考が読み取れる。

嘘をついているのは確実だけど、悪意はほぼ感じない。

こちらを試すようなことをしているせいと言うよりも、弟を心配するあまりの行動だからだろうか。

姉として弟を心配するその姿勢は認めてあげなくもないけど、嘘はダメだ。

 

「お茶子ちゃん……ちょっと百ちゃんに電話したいから……先に探してて……」

 

「……?分かった。何か分かったらテレパスでもいいから教えてね!」

 

「ん……分かった……」

 

私が了承すると、お茶子ちゃんは緑谷くんが向かった先へと向かっていった。

それを見ながら、私は百ちゃんに電話を掛けた。

 

『波動さん?どうかなさいましたか?』

 

「ちょっと確認したいんだけど……事務所……まだ余裕ある……?」

 

『はい。口田さんや飯田さんも戻ってきましたし、葉隠さんと青山さん、爆豪さんもいます。余裕はありますが……何かありましたか?』

 

「そういうのじゃなくて……さっきの迷子の通報……嘘だったみたいで……」

 

『……それは本当ですか?』

 

百ちゃんは周りに嘘の通報ということが伝わらないように反応を返してくれた。

 

「ん……通報者……迷子って言われてた弟と一緒にいるし……タイムを計ってる……ヒーローを試してるみたい……」

 

『それは……』

 

「思考を見る限り……弟を心配してる感じだから……悪意はほとんどない……なんだったら……少し申し訳ないとも思ってる……だから……注意はしようと思うんだけど……私が最初に接触すると……注意にしかならなくて……余計に反発させる可能性があるから……」

 

『概ね状況は分かりました。つまり接触を波動さん以外の方からしてもらうために、余計に時間がかかるということですわね。大丈夫ですので、こちらは任せてください。よほど重大な何かがあって手が必要になれば連絡しますので』

 

「ん……ありがと……ごめんね……」

 

『いえ、お気になさらず。では』

 

そこで電話は切れた。

百ちゃんの承認は取れたし、最低限の誘導をして緑谷くんかお茶子ちゃんが初接触をしてくれればいいかな。

そう思って、少し時間を置いてから緑谷くんにテレパスをした。

 

『緑谷くん……そのあたりの……港が見える公園……そこにうろうろしてる子供がいるから……行ってみてもらってもいい……?』

 

『分かった!ありがとう!』

 

緑谷くんはそう思い浮かべてから駆け出して行った。

とりあえず私はお茶子ちゃんと合流してから緑谷くんの方に行こう。

 

 

 

お茶子ちゃんと合流して公園に着くころには、夕方になっていた。

 

「遅い!遅すぎる!あなた、名前は?」

 

「で、デクです……あの、キミは……」

 

「活真のお姉ちゃんの真幌!」

 

「じゃあ弟さん見つけてたんだね……良かった……」

 

緑谷くんが安心したようにため息を吐くと、真幌ちゃんは憤ったように声を荒げた。

 

「ちっともよくない!迷子探しに40分もかかるってどういうこと!?あの雄英ヒーロー科のくせに、ダメダメじゃない!これなら前にいたおじいちゃんヒーローの方がよっぽど良かったかも!」

 

「す、すいません……」

 

真幌ちゃんの勢いに、緑谷くんは膝をついて謝りだした。

何やってるんだ緑谷くん。通報してからのタイムを計られている時点でおかしいことに気付いてもいいのに、全く気が付いていない。

どれだけお人好しなんだ。

 

「ま、しかたないか、まだ高校生だし……」

 

「すみません、すみません」

 

「今後はちゃんとヒーロー活動してよね、デク!」

 

「は、はい、以後気を付けます……」

 

「行こう活真」

 

「え、あ、うん」

 

真幌ちゃんに声をかけられた活真くんは、緑谷くんの前まで言ってお礼を言ってから歩き出した。

終わったと見たらしいお茶子ちゃんはそのまま緑谷くんの方にかけて行って、事情を聞き始めていた。

真幌ちゃんは活真くんの手を引きながらこっちの方に歩いてくる。

2人が私の脇を通ろうとしたタイミングで、しゃがみこんで呟くように声をかけた。

 

「真幌ちゃん……」

 

「なにかようですか?」

 

「弟さんを守ろうとするのは偉いけど……嘘だけはダメだよ……本当に大変なことがあった時に……信じてもらえなくなるから……弟さんを大事に思うなら……絶対に嘘だけは吐いちゃだめ……」

 

「な、なにいってるんですか?あたしは嘘なんて……」

 

「大丈夫……分かってるから……今回は目を瞑るから……二度とこんなことしちゃだめだよ……」

 

「……っ。行くよ活真!!」

 

そこまで言うと、真幌ちゃんは活真くんの手を引いて走って行ってしまった。

これで響いてくれるといいんだけどと思いながら緑谷くんとお茶子ちゃんの方に歩いていく。

 

「……ほんとデクくんは、デクくんって感じだね」

 

「なにそれ?」

 

「根っからのヒーローってことさ!」

 

ちょうどお茶子ちゃんがにっこり笑いながらウインクしてサムズアップしていた。

お茶子ちゃんの内心を見るとほっこりしてしまう。

嘘を吐かれてちょっと落ちていた気分が少し持ち直した気がした。



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仕事終わり

事務所に戻ると、ちょうど依頼も落ち着いたところのようだった。

各自ジュースを片手に椅子に座って過ごしていた。

皆休憩もそこそこに働き続けていたからぐったりしてしまっている。爆豪くん以外。

 

「疲れたな……」

 

「労働基準法をプルスウルトラしてるし……飯田ー、ちょっと細かい仕事受けすぎじゃね?」

 

あまりの疲労に呟く砂藤くんに、上鳴くんが反応した上で飯田くんに声をかけた。

まあ昨日もこんな感じだったし、疲れるのも無理はないか。

 

「事件に細かいも大きいもないだろう」

 

「ヒーロー活動をしているとはいえ、私たちはまだ学生……着実にこなし、島の皆様からの信頼を得なければ」

 

きっぱりと言う飯田くんに、百ちゃんがフォローを入れた。

百ちゃんはさっきの嘘の通報のことを考えていた。

試さないとダメだと小さい子に思われたということは、まだ信頼を得られていないということとイコールであると考えたようだった。

ましてやこんなに平和な島でのヒーロー活動。島民からすれば私たちはよそ者以外の何者でもなかったから当然とも言えた。

皆もそんな百ちゃんと飯田くんの言葉に同調していたけど、峰田くんが手をあげて口を開いた。

 

「ここに来て一度もヒーロー活動してないヤツがいるんですけど……」

 

そんなことを言ってにやにやとしながら指差す峰田くんに対して、爆豪くんが威嚇するように声を上げた。

 

「わざと事務所に残ってんだよ!おまえらが出払ってるときヴィランが出たらどうすんだ!?あ!?」

 

「この島にヴィランはいねーだろ」

 

「別に爆豪くんが常駐する必要……ない……常駐するんだったら……百ちゃんか私の方がいいと思う……」

 

「あ!!?」

 

爆豪くんが私の言葉にキレながら振り返ってきた。

でも実際常駐するなら爆豪くんじゃない方がいい。1人でいる時に何かあったら、他の人に連絡取らないで1人で行っちゃうと思うし。

それだったら冷静で円滑に指示を出せる百ちゃんか、感知しながらテレパスで連携を取れる私を残した方がいいだろう。

そのことを説明しようと思ったところで、ドアが開く音がした。

 

「ちょっとお邪魔するよ」

 

「村長さん!」

 

そこには島民を引き連れてやってきた那歩島の村長さんがいた。

飯田くんが近寄って出迎えようとしたところで、ついてきていた島民の人達が口々にお礼を言い始めた。

 

「さっきはばあちゃんを病院にまで運んでくれてありがとね」

 

「バイクの修理助かったわ!」

 

「うちのバッテリーも!」

 

「ビーチの安全ありがとう!」

 

「獲れたての魚だぞ!」

 

「お礼というわけじゃないけど、よかったら食べとくれ」

 

島民の人達はお礼を言いながら、どんどん差し入れと思われる料理を机に置いていく。

からあげ、天ぷら、お刺身、煮物、サラダと、まだまだ他にもあるけどとにかくたくさんの料理が机に置かれていった。

疲れているところにこれから夕食を作らなきゃいけないと思っていたから、正直に言うとすごく助かった。

皆もその御馳走の数々に目を輝かせていた。喜びのあまり、飛び上がり始める始末だった。

 

「「「いっただっきまーす!!!」」」

 

「君たち!少しは遠慮したまえ!!」

 

飯田くんが必死に宥めようとするけど、皆どこ吹く風だった。

村長さんたちは興奮しきりの皆を見ながらニコニコと笑顔を浮かべて早々に帰って行こうとしている。

飯田くんと百ちゃんが事務所の外まで見送りに行った。

こういう時でも委員長と副委員長として色々やっているのを見ると大変だなと思ってしまう。

まあそういうの関係なく2人が真面目なだけかもしれないけど。

 

 

 

「「「ごちそうさまでした!」」」

 

御馳走はあっという間に皆の胃袋に収まった。

透ちゃんも大満足だったようで、ご満悦といった様子でだらけていた。

 

「おいしかったね~」

 

「ん……お刺身……すごく新鮮だったし……どれもすごく美味しかった……」

 

どれも美味しかったけど、南国の島だけあってお刺身は新鮮で脂ものっていて特に美味しかった。

それにしても透ちゃんのとろけ具合が凄い。このまま寝てしまいそうな勢いだ。

流石にそれはまずいだろうと思って透ちゃんに声をかける。

 

「透ちゃん……このまま寝ちゃう前に……早くお風呂入っちゃお……寝るのはその後……」

 

「そうだね~。流石に私も汗でべとべとだからこのまま寝たくないかな~」

 

返答はそんな感じのくせにだらーんとしたまま動かない。

もう無理矢理行こうと思って透ちゃんの手を引いて無理矢理立ち上がらせた。

 

「あー、ごめんね。ありがとー。お風呂入ろっか」

 

「ん……行こ……」

 

私と透ちゃんが歩き出そうとすると、ちょうど切島くんたちもお風呂に向かおうとしていた。

 

「じゃあ爆豪、俺ら風呂入って寝るから」

 

「宿直よろしく!」

 

切島くんと上鳴くんはそう言って爆豪くんの前を通り過ぎようとした。

そんな2人に、爆豪くんは一瞬きょとんとした様子を見せたけどすぐに吠えるように声をあげた。

 

「……なんでだよ!」

 

「だってお前、今日何もしてねーじゃん」

 

「……クソがぁ!!」

 

上鳴くんの指摘に何も言い返せなかったらしい。

宿直は他の家事も含めて当番制で回すことにしていたけど、全く働いていない元気が有り余っている人がいるなら調整するのは当然の流れだった。

 

「自業自得……」

 

「あはは、相変わらず辛辣だね。その通りだけど」

 

透ちゃんも言葉には出さないけど、やはり思うところはあったらしい。

私たちが再び歩き出してお風呂に向かおうとすると、百ちゃんや響香ちゃん、三奈ちゃん……あとはなぜかブドウ頭もこっちに向かってきた。

 

「私たちもよろしいですか?明日も早いですし」

 

「もちろん。私もいいかしら。皆で裸の付き合いね」

 

百ちゃんはいいとして……何言ってるんだこのブドウ頭。

 

「……は?……寝言は……寝ていったら……?」

 

「峰田、気持ち悪い裏声使ってついてくんな」

 

「いい加減懲りたら?」

 

「今度お風呂覗こうとしたら、相澤先生に報告するからね!」

 

「やめろ葉隠!強制送還されちまうだろうがぁ!」

 

このブドウ頭、昨日では飽き足らず今日まで覗きを試みようとしてきた。

昨日は私が即座に発見して、柱に紐で縛り付けた上で男子に監視を依頼したけど、隠れて見れないならさり気なく交ざれないかってことか。

あからさますぎる裏声まで使って自然についてこようとした。

あり得ない。普通にドン引きだ。強制送還でもなんでもされればいいと思う。

 

「うるっせぇ!!さっさと風呂いっとけや!!」

 

爆豪くんのイライラが爆発して怒鳴りつけてきた。

ブドウ頭はそれにビクッと反応して、そのまま男湯の方に駆けていった。

とりあえず昨日と同じように監視しとけばいいか。

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんは今日は後片付けの当番で今は洗い物をしているから、2人に声をかけて5人で女湯に向かった。

 

 

 

お風呂も上がって女子の大部屋でぐでーっとだらける。

林間合宿の時も似たような状況はあったけど、あの時は3日目で台無しにされてしまった。

今観光地ともいえる島の旅館の大部屋で、女子で集まって雑談しながら過ごすだけでもすごく楽しい時間だった。

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんは今お風呂に入っているから、部屋にいるのは5人だけだけど。

 

「お茶子ちゃんたち戻ってきたら恋バナしよ!恋バナ!」

 

「昨日もそんなこと言って話したじゃん」

 

「恋バナの話題は尽きないでしょ!お茶子ちゃんのこともあるし……瑠璃ちゃんも新しいネタがあるからね!」

 

透ちゃんが不穏なことを言い出した。

急になんだ。思考が青山くん関連だからそういうことか。

言い訳を考えるのが面倒だからやめてほしい。

案の定透ちゃんの言葉に表情が変わった三奈ちゃんが詰め寄ってきてしまった。

 

「なになに!?波動に新しいネタって何かあったの!?」

 

「ふふふ、お茶子ちゃんたちが戻ってきてから話すよ!」

 

言い逃れするのが大変そうな雰囲気に、ちょっとげんなりしてしまう。

そんなことを思いながらどう言い訳しようかと考えていると、外で自主トレしている緑谷くんの所に爆豪くんが歩み寄っていた。

しかも『ちったぁ成長したのかよOFA』とかド直球にもほどがあることを言い始めている。

爆豪くんもなのか。緑谷くんほど口は軽くないと思ってたんだけど。

一応今は周囲に人はいないけど、いつだれが来るか分からない。

監視しておかないと……

 

爆豪くんと緑谷くんの話はそんなに長くはなかった。

早く個性をものにして俺と戦えっていう宣戦布告をしていただけだったからだ。

まあそこはいい。口の軽さはよくないんだけど。

問題はその話が終わった直後に、活真くんが2人の所にやってきたことだった。

思考を見ると、ヴィランが出たと嘘を吐くつもりらしい。

あの姉、弟まで巻き込むのか。弟を守るためっていう目的だったから目を瞑ったのに、それは流石に許容できない。

守る対象の弟本人が申し訳なさ、後ろめたさを感じているのが分からないのか。

 

「はぁ……」

 

「どうかしましたか?」

 

「ごめん……百ちゃん……ちょっと出てくる……」

 

「ちょっ!?これからせっかく恋バナできるのに!?」

 

私の言葉に透ちゃんが驚愕したような表情を浮かべて愕然としている。

そんなに恋バナがしたかったのか。

だけど今は他にやらなきゃいけないことがあるんだから仕方ない。

百ちゃんは私の表情を見て何かがあったことが分かったのか、真剣な表情で見つめ返してきていた。

 

「……昼間……嘘の迷子の通報……あったでしょ……今……また同じ子たちが……嘘を吐いて……緑谷くんと爆豪くんを連れて行った……」

 

「また嘘、ですか……?」

 

「ん……今度は……ヴィランが出たって……嘘を吐いた……流石に限度がある……さっきの注意……全く響いてなかったみたい……」

 

「それは……」

 

私の言葉に、百ちゃんを始めとした大部屋にいる女子が驚愕の表情を浮かべた。

 

「場所は分かったから……ちょっと注意してくる……このまま繰り返してると……狼少年になっちゃうと思うし……」

 

「私たちも行きましょうか?」

 

「ううん……人が多いと……威圧するだけだから……ちゃんと諭してあげたい……嘘の主犯……あの子……お姉ちゃんとして弟を守ろうとしてるだけだから……そのためにこっちを試そうとしてただけだったから……」

 

「そういうことなら……分かりましたわ。何かあったらすぐに連絡してくださいね?」

 

「ん……約束……」

 

とりあえずあんまり離され過ぎても面倒だから、3人を追いかけるために早々に部屋を出る。

4人とも心配そうにはしてたけど、特に文句もなく見送ってくれた。

向かう先は、城跡だ。



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嘘の通報

波動の噴出のよる跳躍を繰り返して爆豪くんと緑谷くんを追いかけていた。

目的地は城跡。

那歩島には海を挟んで島と細い道でつながった城山があるのだ。

その小高い山の上部に残っている城跡は非常に大きく、遠目に見ていてもかつての威容が窺える。

その細い道を渡り始めたあたりで、遠目に大きなカマキリのような巨大なヴィランのようなものが立ち上がって。

まあ分かっていることではあるけど、あれは実態のない幻。

波動を一切纏っていないそれは地面とかに足をつけている様子もなく、真幌ちゃんを深く読心するまでもなく幻だということはすぐに分かった。

 

爆豪くんがそれと戦闘を始めようとするけど、初撃でスタングレネードを放っていたのが功を奏してすぐに幻であることに気が付いていた。

手応えはなかったと思うけど、自身の技が放つ光を受けて影がないことに気が付いてすぐに幻であると予測をつけていた。

流石爆豪くん。察しの良さはピカイチだ。

爆豪くんは幻の攻撃を棒立ちで避けようとすらしなかった。

そんな爆豪くんに緑谷くんが驚愕しているけど、すぐに困惑に変わった。

爆豪くんはそのままゆっくりとした動きで構えて、地面に対して大規模な爆破を放った。

轟音とともにビリビリと揺れる地面に、幻も揺らめいた。

爆豪くんは爆破に驚いて這い出てきた真幌ちゃんを掴んだ。

ここまで来て、ようやく私も城跡に到着した。

物陰に隠れて様子を伺う。

 

「おいクソガキ、ヒーローおちょくって楽しいか?あ?」

 

「……え、あ……」

 

爆豪くんが思いっきり睨んで、真幌ちゃんがひるんでしまう。

 

「俺はそんじょそこらのヒーローとはわけが違ぇ……オールマイトを超えてナンバーワンヒーローになる男、爆豪克己だ。おちょくる相手を間違えたな」

 

爆豪くんは今にも制裁を下しかねないほどの形相をし出した。

爆豪くんだけならこのまま飛び込んで止めてもいいんだけど、緑谷くんがいるし多分大丈夫だろう。

 

「ね、姉ちゃんを叱らないで」

 

「ああ?おめえもグルか……なら……」

 

「やりすぎだって、かっちゃん」

 

怯え切った子供を脅してメンチを切る爆豪くんを、緑谷くんが止めに入ってくれた。

爆豪くんが肘打ちを連打してでも緑谷くんをどけようとするけど、緑谷くんもめげずに必死で止め続けていた。

そんなやり取りを続ける2人がもみ合いでバランスを崩して転んだ瞬間、真幌ちゃんと活真くんは走り出した。

爆豪くんがゴキブリのように這いずりながら追いかけようとするけど、緑谷くんが爆豪くんに馬乗りになって抑え込んだことで子供2人には逃げられてしまっていた。

 

 

 

2人が逃げた先はサトウキビ畑の中のようだった。

追いかけてこっそりと2人に近寄って盗み聞きを続ける。

 

「な、なんなのよ。さっきのバクゴーってやつ……なにがナンバーワンヒーローになる男よ。ヴィランっぽいヒーローランキング1位の間違いじゃないの!?」

 

「……救けに……来てくれたよ」

 

「!……活真、そんなにヒーローになりたい?」

 

活真くんが爆豪くんを擁護すると、真幌ちゃんは活真くんがつけているエッジショットの缶バッジを見つめながらつぶやくように問いかけた。

活真くんの答えは決まっているのに、姉を思って返事をすることを躊躇っている感じだった。

 

「反対だな、危険だし……それにあたし、ヒーローよりももっとカッコいい人知ってるもん」

 

「……?誰?」

 

「お父さん。あたしと活真のことをいつも考えて守ってくれてる。活真には、そんなカッコいい人になってほしいな」

 

真幌ちゃんはそう言って空を見つめ出した。

真幌ちゃんが言いたいことも分かるし、活真くんがそれでもヒーローを目指したいと思っているのも分かる。

でも真幌ちゃんは、今伝えたことはすごくいいことだと思うのに、その手段がおかしい。

これだけは正しておいてあげないと、何かあった時につらい思いをすることになる。

そう思って、2人がしゃがみこんでいるサトウキビ畑の中に入った。

 

「言ってることは……活真くんのことを考えてる……いいことかもしれない……でも……やり方が間違ってるよ……」

 

「っ!?なっ!?えっ!?いつからっ!?」

 

「夕方の……」

 

真幌ちゃんがびっくりして固まりかけて、活真くんは呆然としながらこっちを見つめ返してきた。

 

「ん……夕方に二度と同じことしないでって……約束したよね……?」

 

「し、してないわよ!あなたが一方的に言っただけでしょ!」

 

「そっか……分かってなかったなら……分かるように説明するね……」

 

私も真幌ちゃんの近くにしゃがみこんで視線を合わせる。

 

「なんで嘘ついちゃだめって言ったか……分かる……?」

 

「そ、そんなの!あなたたちが面倒だからでしょ!さっきは信じられなくなるとか言ってたけど、短い間しかいないあなたたちに信じられなくても、どうでもいいし!」

 

「私がああ言ったのは……そういう意味じゃないよ……ね、真幌ちゃん……活真くん、大事なんだよね……」

 

「……さっきの話、聞いてたんでしょ。なら聞かなくても分かるじゃない」

 

お姉ちゃんが妹を想う感情をずっと見てきたからこそわかる。

この子はただ活真くんのことを考えて、どうにかしてあげたいと思って行動しているだけだ。

その行動が嘘を吐いてヒーローを試して、ヒーローの酷い姿を弟に見せるというものだったのがいただけないけど。

でも悪いことをしたくて、誰かに迷惑をかけたくてそんなことをしたわけじゃない。

子供特有の視野の狭さが原因で起こっただけだ。

 

「ん……分かるよ……大事なんだよね……なら……やっぱり嘘はついちゃだめだよ……活真くんに何かあった時に……誰も信じてくれなくなっちゃうよ……」

 

「あたしは別に誰にでもこんなことしてるわけじゃないし!さっきも言ったけど、短い間しかいないのにそんなこと言ったってなんとも思わないんだからっ!」

 

「……影響は……そんなことじゃすまないよ……ヒーローに嘘の通報をするのって……他の人から見てどれだけ印象が悪いか分かる……?私たちはいいよ……?人数もいっぱいいる……そのうちの数人がちょっと時間を取られるだけ……だけど……私たちの後に来るヒーローとか……救急隊の人とかはそうじゃないの……」

 

「それが、なんの関係が」

 

「ヒーローってね……通報とかの対応をしたら……報告書を作らなきゃいけないんだよ……さっきのは……嘘だって気づいてたのは私だけ……報告書も……緑谷くんがちゃんとしたのを書いてくれた……だけど……それを何度も繰り返してたら……どうなると思う……?嘘の通報が……記録に残っちゃうんだよ……そうしたら……次に来たヒーローがその報告書を見て……忙しい時に……真幌ちゃんから通報が来た時……どう扱うと思う……?嘘を吐くって噂になっちゃった子から……島に1台しかない救急車の要請があったら……救急隊の人に……どう対処されると思う……?もっとひどくなると……村長さんとかにもそう思われるようになっちゃうかもしれない……そうなると……誰も……あなたたちの言うことを信じてくれなくなるかもしれないんだよ……」

 

「っ……」

 

私の説明に、真幌ちゃんが息を呑んだ。

短期間しかいないヒーローを試すような真似をしても大きな影響はないと本当に思っていたんだろう。

正直ちょっとオーバーに言ってはいる。ヒーロー活動は必ず報告書を作らなきゃいけないけど、通報の1つ1つまで報告書を作っているわけじゃないとか、次に来たヒーローがすべての報告書を事細かに確認するかは分からないとか、そういう部分で。

でも大筋で間違ったことは言っていないつもりだ。

こんなことを続けていたら、いつか痛い目に遭う。

 

「つまり……狼少年になっちゃうんだよ……狼少年って知ってる……?」

 

「……はい」

 

「うん……なら分かるよね……活真くんが大怪我したり……危ない人に襲われたりしても……助けてもらえなくなっちゃうかもしれない……だから……嘘は吐かないでって言ったの……」

 

「……ごめんなさい……」

 

「ん……じゃあ約束……嘘の通報はしないこと……いい……?」

 

「はい……」

 

真幌ちゃんもようやく嘘を吐かないでって再三言っていた意味を理解したらしい。

しょんぼりしながら謝って、約束してくれた。

その上で、少し考え込んでからこちらを伺うように見つめてきた。

 

「……お姉さん……なんでこんなに色々言ってくれるんですか?こんな夜中に、わざわざ……」

 

「……私にもね……お姉ちゃんがいるんだよ……2歳差だから……真幌ちゃんと活真くんよりは……ちょっと年が近い気がするけど……だからかな……真幌ちゃんが活真くんを大事に思ってるのを……お姉ちゃんと私に重ねちゃっただけ……要するに……ただのおせっかい……」

 

「おせっかい……」

 

「そう……ただのおせっかい……妹だった私からしたら……お姉ちゃんが自分のために嘘を吐いて……傷付いたりしてたら……悲しくなっちゃうよ……ね……活真くんもそうだよね……?」

 

「うん!」

 

私が活真くんの方を見ながら問いかけると、活真くんはしっかり頷いてくれた。

 

「ほらね……だから……活真くんを悲しませないためにも……嘘は吐かないでね……?」

 

「はい……」

 

真幌ちゃんはしっかりと頷いてくれた。嘘もなさそうだ。

とりあえず分かってくれたみたいだし、これでいいかな。

そう思って立ち上がる。

そうしたら、真幌ちゃんが口を開いた。

 

「お、お姉さん!名前は……」

 

「波動瑠璃……ヒーロー名はリオル……好きに呼んでくれていいよ……じゃあ私は戻るから……真幌ちゃんと活真くんも……気をつけて帰ってね……」

 

「は、はい!」

 

真幌ちゃんは返事をしてくれなかったけど、活真くんは元気よく返事をしてくれた。

やっぱり嘘を吐いていても思考が素直だから、このくらいの年の子たちはそこまで不快感はない。

これが大人だったら私は容赦なく対応していたと思う。

エリちゃんもそうだけど、私って子供に弱いんだろうか。

まあいいか。とりあえず明日も早いし、私はササッとヒーロー事務所に戻った。

これできっと嘘の通報はもうしない、と思いたい。



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ヴィラン襲来

翌日も朝から大忙しだった。

私もついさっきまで対応していた迷子探しの事務処理をしていた。

宿直明けの爆豪くん以外は皆大忙しで休みなく働いていた。

今もひっきりなしに鳴りっぱなしになっている電話を三奈ちゃんが取っていたところだった。

 

「はい、雄英ヒーロー事務所です……旅行バッグの紛失ですね、わかりました。すぐ向かいます……商店街で観光客の荷物が無くなって……」

 

聞き取りが終わったらしい三奈ちゃんが事務所を見回す。

それに気が付いた透ちゃんがすぐに手をあげた。

 

「私、行く行く!青山くん、ご一緒しよ!」

 

「ウィ☆」

 

透ちゃんはちょうど手が空いていた青山くんを指名して、青山くんもすぐに承諾していた。

そんな様子を見ながら、隣で事務作業をしていた峰田くんが呆れた感じで呟いた。

 

「また忘れ物かよ。そのくらい自分で……」

 

「依頼者の声……すっごくかわいかったなぁ……」

 

ボヤく峰田くんに三奈ちゃんがうっとりしたような感じで言った。

今の三奈ちゃんの思考からして、声がかわいいのは嘘じゃないけど男の人と話している声が聞こえたみたいだし、多分カップルの旅行者だろう。

なかなかのトラップだ。

そんなことは露とも知らない峰田くんは簡単に引っかかった。

 

「うっひょーい!困ってる人はほっとけねーぜ!」

 

峰田くんはすごい勢いで走って行った。

透ちゃんと青山くんも苦笑いしながらそれに続いていく。

 

「三奈ちゃん……策士……なかなかのトラップ……」

 

「へへ、そうでしょ~」

 

「でも……カップルって分かった途端……迷惑かけないか心配……カップルじゃなくても迷惑かけそうだけど……」

 

「その辺は葉隠もいるし、何かあれば止めてくれるでしょ。大丈夫大丈夫!」

 

透ちゃん任せか。まあ透ちゃんなら行き過ぎた行為をしたら、問答無用で制裁してくれると思うから大丈夫だと思うけど。

そんなことを話していると、また応援要請の電話を受けていた百ちゃんが声をあげた。

 

「障子さんから、ビーチに応援が欲しいとのことですわ」

 

「なら俺が行くよ」

 

尾白くんがすぐに反応して出ていった。

 

「俺も定時パトロールに……」

 

「僕も、新島さん家の畑のお手伝いに行ってくるね」

 

尾白くんに続いて常闇くんと緑谷くんもそう言って出ていった。

ただ緑谷くんは出てすぐの塀の所で活真くんに遭遇したみたいで、話し込み始めた。

活真くんはどうやら昨日の件を謝りに来たらしい。

ちゃんと謝れるいい子だ。しかも怖い思いをさせられた爆豪くんに対しても、伝言ではあるけどちゃんと謝ろうとする意志を持っている。

その後はしばらく緑谷くんとお互いにヒーローを目指していることとかに関して話してから、活真くんは去って行った。

 

そんな緑谷くんが活真くんと話している姿を見た島の人が、真幌ちゃんたち姉弟の事情を説明してくれていた。

母親が死んで、父親は年中出稼ぎに出ていて家にいないという内容だ。

ベランダにいた爆豪くんも何気なくその話を聞いていた。

 

 

 

夕方になった。

今事務所にいるのは事務所を空にしないように残っていた飯田くんと当直明けの爆豪くん。あとはついさっき戻ってきた私とお茶子ちゃんだ。

ちょうど村長さんが様子を見に来てくれたこともあって、私たち3人は来客対応をしていた。

 

そのタイミングで、電話がなった。

私が取ろうと思って事務所の方に戻ると、うろうろしていた爆豪くんがちょうど電話を取ってくれていたところだった。

 

「なんだ?チンケな依頼だったら……」

 

『ヴィランが漁港に出たの!』

 

受話器からは、真幌ちゃんの声が聞こえた。

その声はすごく切羽詰まった感じで、明らかに様子が違っていた。

 

「その声……昨日のクソガキだな?おまえなぁ、そう何度も騙されると……」

 

『嘘じゃないって!本当なんだってバクゴー!昨日瑠璃さんに言われたんだもん!もう嘘なんて吐かないよ!』

 

明らかにまともに取り合うつもりのない爆豪くんから、受話器を奪い取った。

 

「てめぇなにすん「真幌ちゃん……!漁港だよね……!今すぐ向かうから……!!」

 

『瑠璃さん!うん、はやくき』

 

そこでブツっと通話が途切れた。

明らかに切羽詰まった様子の声が聞こえていた受話器を、私と同じように爆豪くんから奪い取ろうと考えていた緑谷くんもこっちを覗き込んできた。

 

「波動さん!真幌ちゃんなんて!?」

 

「漁港にヴィラン発生……!昨日真幌ちゃんと……もう嘘の通報はしないって約束してる……その約束に……嘘は一切なかった……!今の切羽詰まった感じ……本当だと思う……!」

 

「じゃあ今すぐに向かわないと……!」

 

緑谷くんは、すぐに漁港の方に走って行った。

爆豪くんも不満そうにしているけど、私が嘘はないというならと言う感じで動こうとしている。

私もすぐに走り出そうと思ったけど、範囲内の端っこに、バイクでこっちに向かってくる島の人の慌てふためいた感じの思考を感じ取った。

 

「爆豪くん……!ちょっと待って……!」

 

「あ?」

 

「ヴィランが他にも来てる可能性がある……!漁港はもう緑谷くんが行った……確認して割り振るから待って……!」

 

短くそう告げると、爆豪くんは舌打ちしながらも止まってくれた。

逃げてきている島の人の思考からして、商店街は確定。

今の固定電話の切れ方も、真幌ちゃんが襲われたとかじゃなくて、電話自体をどうにかされた可能性が高い。つまり、通信基地の方にもいる可能性がある。

それに加えて真幌ちゃんの漁港にヴィランが出たという情報もある。

とにかく、皆にすぐに知らせないといけない。

 

『ヴィラン発生……!確定している場所は、商店街、漁港……!その他複数発生している可能性あり……!事務所の近くにいる人はすぐに戻ってきて……!!5分以上かかる人は私の指示を待って……!!』

 

最初に飯田くんにテレパスをして、その後範囲内にいる近い人から順にテレパスをしていく。

こういう時、複数に対してテレパスできないのがもどかしい。

複数人の波動に同時に干渉するのは難しくてまだできていないのだ。

やろうとすると精度が一気に落ちて、ほぼノイズになってしまう。

 

「波動くん!!今のテレパスは本当か!?」

 

テレパスを聞いて、玄関にいた飯田くんとお茶子ちゃんがすぐに飛び込んできた。

 

「ん……!商店街から逃げてきてる島民の人の思考を読んだ……!真幌ちゃんから漁港にヴィランが出たっていう通報も直前で入ってる……!そこはもう緑谷くんが向かった……!それに、ついさっき固定電話もダメになった……!通信基地付近にもいる可能性が高い……!」

 

私が飯田くんにそこまで伝えたところで、響香ちゃん、上鳴くん、百ちゃん、砂藤くん、切島くんが順番に駆け込んできた。

皆依頼が終わって戻ってくるところだったようだ。

範囲内には少し離れた位置に三奈ちゃん、轟くん、口田くんもいる。

その3人には少し遅れる形になっちゃったけど、テレパスで動かずに待っていて欲しいことを伝えた。

 

「あと範囲内にいるのは……三奈ちゃん、轟くん、口田くん……指示通り待機してくれてる……!」

 

「分かった……躊躇している時間はない!班を3班に割って対応にあたる!!」

 

飯田くんはすぐにでも対応を考え始めてくれた。

その考え自体はすぐにまとまって、この場にいる人を確かめるように見渡しながら話し始めた。

 

「爆豪くん、切島くん、上鳴くんは商店街にいるヴィランを迎撃!八百万くんは耳郎くん、芦戸くんとともに商店街の島民の救助を!轟くん、砂藤くんは俺と一緒に基地局の方へ!波動くんと麗日くん、口田くんは漁港の方へ!波動くん、この場にいないものへの指示を頼む!」

 

飯田くんがそこまで言い切ったタイミングで、感知範囲の端に常闇くんが飛び込んできた。

浜辺にヴィランが出て応援要請に来たらしい。

……浜辺となると、基地局が近いはず。同一か、それとも別か……まだ何とも言えないけど……

 

「ごめん飯田くん……!今常闇くんが浜辺にヴィラン発生の報告をもって……範囲内に入ってきた……!」

 

「浜辺まで!?……そうなると……」

 

私が追加で情報を伝えると、飯田くんが少し考え込み始めた。

その隙に、既に考えがまとまった百ちゃんが声を張り上げた。

 

「商店街のグループは変えずにそのままで!浜辺のヴィランが基地局を破壊したものと同一かは分かりませんが、浜辺の方に轟さん、常闇さん!飯田さんは砂藤さんと基地局近辺を確認し、そこにヴィランがいればその対応へ!いなければ浜辺に合流を!麗日さんと口田さんは浜辺にいる人々の救助と避難を!波動さんは緑谷さんと合流し、漁港の対応に当たってください!飯田さん、これでよろしいですね?」

 

「ああ!問題ない!」

 

飯田くんもすぐに了承した。

人が多い商店街の方の初動対応を多めに割り振ったまま、浜辺の方にはもともと人がいるから、火力のある轟くんを増援に。機動力のある飯田くんとパワーのある砂藤くんを基地局の確認に向かわせて、お茶子ちゃんと口田くんを浜辺の避難誘導に。すでに緑谷くんが向かっている漁港の方には合流しやすい私。理に適っていると思う。

そのタイミングで、常闇くんが駆け込んできた。

 

「報告!海岸にヴィランが出現!尾白たちが防戦中、応援を請う!」

 

「大丈夫……!把握してる……!常闇くんはこの地点にいる轟くんを拾ってそのヴィランの対応に当たって……!ヴィランが複数発生してる……!海岸すぐ近くの基地局近辺を確認次第……飯田くんと砂藤くんが合流する……!海岸の避難にはお茶子ちゃんと口田くんが向かう……!」

 

「なっ!?早いな!助かる!」

 

私がすぐに地図に轟くんがいる地点に印をつけて、常闇くんに渡す。

常闇くんはお礼を言いながら受け取って、地図を確認している。

そんな常闇くんを見ながら、飯田くんが全員に手短に声をかけた。

 

「よし!雄英高校ヒーロー科、1年A組!出動!」

 

皆がその掛け声に応えて、駆け出した。

私も駆け出しながら、三奈ちゃんと口田くんに作戦会議の結果をテレパスで伝えた。

この2人は避難誘導だから、現場にばらばらに向かっても大きな問題はない。その場から向かってもらった。

轟くんは常闇くんが問題なく回収してくれている。

私も漁港に向かって波動の噴出を繰り返して大急ぎで向かった。



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複数個性の男

漁港の方に向かって波動の噴出で跳び続ける。

といっても、緑谷くんがどこにいるか分からないから、あの漁港が見える公園を目指している感じだ。

あの公園なら、漁港が感知範囲に入る。

それは昨日確認済みだ。

 

跳んでいる最中に、商店街の中に包帯の塊を振り回しているヴィランがいる。

透ちゃん、青山くん、峰田くんがそのヴィランに遭遇して対処に動ているようだった。

爆豪くんが凄い勢いで向かっているし、きっと大丈夫だろう。

透ちゃんは心配だけど、気にしないように努めて公園に向かった。

 

 

 

公園まで来たところで、海岸の方のヴィランも感知範囲に入った。

だけど問題は漁港の方だ。

壊滅的な被害を被っている。船が全て破壊されているのだ。

通信基地がやられたことも併せて考えると、この島が完全に外界と隔離されてしまったということに他ならなかった。

漁港のあたりの波動を注視するけど、ヴィランはいない。

緑谷くんも、真幌ちゃんも活真くんも、漁港にいない。

 

パニックになっている人の思考が煩わしくてなかなか思うように感知が進まない。

不安とかの感情は強いけど、憎悪とかの負の感情が薄いだけマシだと自分に言い聞かせながら範囲内を注視していく。

注意深く感知していくと昨日真幌ちゃんたちと話したサトウキビ畑の近辺に真幌ちゃんと活真くんの波動を見つけた。

思考からして、ヴィランに襲撃されて緑谷くんに助けられたらしい。

つまり近くに緑谷くんとヴィランがいるということ。

大急ぎでそっちに向かった。

 

真幌ちゃんたちに近づくにつれて、その近くの森も感知範囲に入ってきた。

その中では、ヴィランと緑谷くんが戦闘をしていた。

ちょうどデコピンによる空気砲でヴィランを牽制しているところのようだった。

 

『面白い使い方をする』

 

『ヤツを活真くんたちにちかづけさせるな。このまま牽制を続けて……』

 

警戒して牽制を続ける緑谷くんの足元を、おそらく突風が襲って、その直後にヴィランの爪が射出された。

いくらなんでも関係がなさすぎる。

まさか複数の個性持ちなんだろうか。

緑谷くんもそう考えたようで、出方を伺うのをやめて、先手を打つ方針にしたようだ。フルカウルで畳みかけようとしている。

 

『……パワーが上がった……!』

 

ヴィランはフルカウルを見ただけで、そんな思考になった。だけどその思考の仕方はいくらなんでもおかしい。

予測でしかないけど、何かしらの感知系統の個性も持っている?

私がそう思いながら駆けていると、緑谷くんの蹴りを盾のような謎の個性で防いだヴィランは緑谷くんの頭を掴んだ。

 

『この力……この"個性"……奪う価値がある』

 

そう考えて何かをしているヴィラン。

だけど、思考からして個性を奪おうとしているようにしか思えない。

緑谷くんはなんとか逃れようともがくけど、抜け出すことはできなさそうだった。

まずいと思って移動の速度を上げたけど、なぜか弾かれたように緑谷くんの身体がヴィランから離された。

 

『奪えない。いや、"空きストック"に収まりきらない。こいつ……潜在的に、"個性"を複数持っている……!?』

 

ヴィランが驚愕していた。個性の強奪に失敗したらしい。

潜在的に複数の個性を持っているなんて言っているけど、OFAの中にいる継承者たちの個性が干渉して奪えなかったということだろうか。

そして"空きストック"という言葉。

少なくともAFOのような無尽蔵の個性の強奪じゃない。個数の制限があるということは分かった。

 

ここでようやく私も森の中に入った。

ヴィランが緑谷くんを消すために片手を向けている。

その腕目掛けて、噴出の勢いそのままに突撃をかけつつ、片手で発勁を繰り出した。

 

「発勁……!!」

 

「……羽虫が増えたか」

 

発勁はさっき緑谷くんの攻撃を防いだ謎の盾のような個性で容易に防がれてしまった。

波動で吹き飛んでヴィランの間合いから離れ、個性を奪われないように警戒する。

ヴィランはそんな私を黄色く輝く瞳で見てきていた。

 

「……波動の感知の個性だと?……いや、感知はもはや不要。興味はあるが、邪魔するならば排除するのみだ」

 

思考を見て、私の個性の内容を完璧に読まれたことに気が付いた。

その個性の読み取り方、内容……それらに、何もかも見覚えがあった。

 

「……個性を奪う個性……それに……"サーチ"の個性……あなた……ヴィラン連合の関係者……?」

 

「……答える義理はないな」

 

誤魔化されたけど、今のやり取りで最低限ヴィラン連合と関係があるのは分かった。

それに、このヴィランがストック上限がある個性を奪う個性に、ラグドールさんのサーチを持っていることも。

他に見たのは、謎の盾の個性と爪を飛ばす個性、風のような何かをだす個性の3つだ。

 

ヴィランが手をこちらに向け、爪を飛ばしてくる。

それを横跳びで避けながら真空波を放つけど、盾で防がれてしまう。

私が攻め手にかけて攻めあぐねていると、緑谷くんが立ち上がって叫んだ。

 

「波動さん!!そいつの狙いは活真くんたちだ!!2人を連れて逃げて!!」

 

「っ!?……でも……緑谷くんが危ないでしょ……!」

 

「いいから!!波動さんが感知で逃げ続けるのが最善手だ!!」

 

緑谷くんがヴィランに跳びかかりながらそう言ってくる。

確かにサーチの個性をこのヴィランが持っていたとしても、半径1km以内なら抱えて逃げ続けられる私が2人を連れて行けば逃走はできる。

範囲外からこちらが対応できないほどの速度で突撃してきたりしない限りは大丈夫だろう。

だけど、問題は緑谷くんの方だ。

今でも押されているのに、どんな個性を持っているかさえ未知数なこのヴィラン相手に緑谷くん1人を置いていくのはリスクが大きすぎる。

だけどこのまま2人で戦って、そのまま負けたり、隙をついて真幌ちゃんたちを襲われた時に取り返しがつかないのも確かなのだ。

 

「……分かった……増援を呼ぶ……耐えてよ……!」

 

緑谷くんの背中にそう声をかけて、土手の方に逃げている真幌ちゃんたちの方に吹き飛んで移動した。

 

 

 

「真幌ちゃん……!活真くん……!」

 

「瑠璃さん!?」

 

「聞いて……あいつの狙いはあなたたち……今から一緒に逃げるよ……!」

 

それだけ伝えて身体強化をかけつつ2人を抱えようとすると、緑谷くんが森の中からすごい勢いで吹き飛んできた。

 

「デク……兄ちゃん……?」

 

「デク……!」

 

真幌ちゃんたちの声を聞いて、緑谷くんがハッとしたようにこっちを見た。

 

「逃げて波動さん!!僕のことはいいから!!」

 

激痛に顔を歪めながら叫ぶ緑谷くんに、私もやるべきことをやるために身体強化をかけて2人を抱えあげる。

移動を開始しようとした次の瞬間、緑谷くんの身体を凄まじい速度で飛んできた爪が貫いた。

 

「デク兄ちゃん!!」

 

まずい。このまま逃げれば緑谷くんが死ぬ可能性が高い。

今すぐにでも救援を呼ばないとダメだ。

一番近くにいるのは……漁港の方に跳んで向かっている爆豪くんがいる!

 

「真幌ちゃん!!大きな幻を出して!!なんでもいいから!!」

 

「ぅっ……!?は、はい!!」

 

『爆豪くん!!目印を出した!!こっちに来て!!』

 

真幌ちゃんが重傷を負った緑谷くんをデフォルメしたような幻を出してくれた。

それに気が付いた爆豪くんはすぐさまこっちに方向転換して、凄まじい速度で跳んできた。

爆豪くんはそのまま、ヴィランに向かって爆破を繰り出した。

 

「見つけたぜ、クソヴィラン!!」

 

「あの人……」

 

「バグゴー!?」

 

「爆豪くん!!そいつの狙いはこの2人!!私が2人を連れて逃げるから!!ヴィランをお願い!!」

 

驚愕している真幌ちゃんたちを気にしないで、爆豪くんに叫ぶ。

爆豪くんは一瞬こっちを見てから、ヴィランに突撃していった。

 

「ハッ!言われなくても俺が見せつけてやるよ!!ナンバー1ヒーローになる男の……強さをなぁ!!」

 

爆破を繰り出す爆豪くんを、ヴィランは盾で防いだ。

その盾に対して、以前円場くんに対してしたように爆破で急上昇をかけて回避して襲い掛かった。

それに対してヴィランは爪を発射して対応している。

……危険ではあるけど、いつまでも見てはいられない。

あのヴィランの底がしれない以上、狙われている子供たちは避難させるべき。

そう自分に言い聞かせて、2人を抱えてヴィランから離れるように動き始めた。

 

 

 

跳躍でヴィランから距離を取りながら感知を続ける。

緑谷くんの助言でAFO擬きの個性を持っていることを把握した爆豪くんは、そのまま背後に回り込んだりして攻撃を続けていた。

 

「ねえ、瑠璃さん……バクゴーとデク……大丈夫かな」

 

「……ん……大丈夫……あの2人……強いから……きっとどうにかしてくれる……2人が集中できるように……私たちは距離を取ろう……」

 

不安そうに聞いてくる真幌ちゃんと、ずっと爆豪くんたちの方を見ている活真くんに言い聞かせるように言う。

そんな中、爆豪くんが懐に潜り込もうとしたのに対して、ヴィランは青い骨でできた竜のようなものを出して、反撃した。

爆豪くんも『アバラァ……持ってかれた……』とか考えている。

まずい。このままだと、爆豪くんも緑谷くんも……

でも、ここで真幌ちゃんたちを置いて行くのはあり得ない。

今の私にできるのは、もっと救援を呼ぶことくらいしかない。

今範囲内で商店街の方にいる百ちゃんたちに、テレパスで場所を伝えて救援要請をしてしまう。

テレパスを受けた皆はすぐに動き出してくれた。

 

そんなことをしている間に、緑谷くんが再び動き出した。

2人は連携してヴィランに攻撃を叩きこもうとしたけど、緑谷くんが込めているパワーに驚愕したヴィランは、両手を振り下ろした。

その瞬間、2人の頭上から、巨大な雷が落ちた。

崩れ落ちる2人を、ヴィランは衝撃波のようなものを出して、吹き飛ばした。

生きてはいる。生きているけど、このまま放置はできない。早く治療をしないと命に関わる。

でも、ヴィランはすぐにこっちに向かい始めている。

私が行くことはできない。救助は今向かってくれてる百ちゃんたちに任せるしかない。

私は、ヴィランと追いかけっこをしないとだめだ。

 

そう思っていたら、突然ヴィランが苦しみだした。

『デメリット』、『細胞活性が無くては……』、『早く』とかそんな思考が読み取れる。

あの雷を落とす個性に、重いデメリットがあるということだろうか。

思考の感じからして、デメリットを無くすために活真くんを狙っているのは分かった。

理由までは分からなかったけど、先に襲撃した活真くんのお父さんだけだとダメで、活真くんを狙いに来たようだった。

それなら活真くんに執着する理由も分からなくもない。

今苦しんでいるヴィランを回収しに来たもう1人の女のヴィランの思考からして、『細胞が死滅する』という非常に重いデメリットがあるから、細胞活性を欲しているということか。

苦しみながら追うように指示を出しているヴィランだけど、女のヴィランはこの島から出られなくしたということを根拠に、撤退して身体を癒すことに注力するという方針になったようだった。

女ヴィランに庇われながら、苦しんでいるヴィランは去って行った。

 

皆と島に甚大な被害を出したヴィランは引いていった。

爆豪くんと緑谷くんは、百ちゃんたちが回収して搬送してくれている。

ひとまずは落ち着いたと言っていいだろう。

だけど、またあのヴィランたちが来ることは明白。

通信をできなくされて、船も壊された今、私たちだけでどうにかするしかない。

これから私たちだけで、デメリットがあるとは言っても天候すらも操って見せたヴィランの対処法を考えなければいけないという、絶望的とすら言える状況に陥ってしまっていた。



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尋問

あの後、私たちは島民の人達と一緒に島で一番大きいサトウキビ工場に避難していた。

島の中心部は重要な施設も含めて半壊状態。

一応私たちが分散して速やかに到着できたのもあって、まだ襲撃されてなくて無事なところもある。

だけど、各々が自宅にいるなんて状況でヴィランから守りきるのは不可能。

さらにいうと、壊された施設は火災が起きていた。夜になって雨が降ってくれたおかげでなんとか鎮火できたというだけで、学校や港の倉庫といったような目立つ施設は壊されている。

事務所の方も島民の人達を避難させるスペースなんてない。

工場の他に避難できる場所がなかったのだ。

 

護衛も必要と言うことで、私たち全員でこっちに来て護衛をしつつ、設備を整えているところだった。

設備の整備は百ちゃんと上鳴くんが一手に担ってくれた。

百ちゃんが最低限の生活必需品や防災グッズを出し続け、上鳴くんが電気室で発電機を手に放電し続けてくれているのだ。

そのおかげで最低限ではあるけど明かりも使えるし、物にも困らないという状況が出来上がっていた。

 

広い作業場では炊き出しも行っていた。

尾白くんや切島くん、青山くん、透ちゃんが率先してやっていている感じだ。

料理を作るということで私も手伝おうかと思ったけど、透ちゃんや青山くんを筆頭に固辞された。

私は周囲への警戒に集中してほしいと言われてしまえば言い返すことなんてできるはずもなく、周囲の警戒をしつつではあったけど島民の人の様子を確認して回っていた。

島民の人達は、不安に支配されている。

平和な島だったのにいきなりこんなことになれば当然のことだし、プロのヒーローを呼ぶことができないというのもその不安を助長していた。

この不安をどうにか軽減できないかと考えていたのだ。

炊き出しの手伝いをしてくれていた村長さんも、不安そうな様子で飯田くんに声をかけていた。

 

「ヴィランはどうなったかの?」

 

「安心してください。みなさんは我々が必ずお守りします」

 

「……私の個性で……周囲の感知を続けています……半径1km周囲は……常に監視できるので……何も指示が無いままなら……ヴィランの接近はないと思ってくださって大丈夫です……」

 

「そうか……」

 

飯田くんが不安を払拭するために意識して力強い笑顔を浮かべているのに合わせて、私も自分の個性で監視していることを伝える。

少なくとも、今ここに危険はない。

ヴィランが引いた理由も、デメリットによって細胞が死滅した影響で負ったダメージを回復するため。

少しの間は大丈夫だ。

一応、ヴィランが逃げた場所は灯台の方だっていうのは、さっきの女ヴィランの思考から分かっている。

だけど、あの複数個性のヴィランがいつ復活するのか、どれほどの力を秘めているのかが分からない現状で、襲撃するのは悪手であると言わざるを得ない。

じゃあ灯台を監視していればいいのかと言うとそうでもない。

どんな個性を秘めているか分からない以上、どこにいても奇襲される可能性は拭えない。

常時監視するために索敵班4人から私を含めて何人か駆り出すにしても、リスクが高すぎる。

何かあればすぐに指示を出すという後手の対応になるしかなかった。

 

「飯田くん……私……ボイラー室に行ってくるから……何かあればテレパスする……」

 

「ああ、頼む。警戒から情報収集まで、負担をかけて済まない」

 

飯田くんに断って、ボイラー室に向かう。

できる限りの情報を抜かないと、安心もできないし、作戦も立てられない。

周囲を確認しつつ、ヴィランが意識を取り戻したらして欲しいと頼まれていたことがある。

意識を取り戻したヴィランは、すぐに状況を理解していた。

監視をしていた三奈ちゃんが簡単な質問をしていたけど、一切答えるつもりはないらしい。

それなら、私の出番だ。

 

 

 

包帯の個性のヴィランは、ボイラー室に拘束されていた。

カメラとセンサー、それに両手を封じる重厚な手枷をして何とか拘束しているという状態だった。

扉を開けて、センサーとかは起動したまま話しかける。

 

「……包帯のヴィラン……今からいくつか質問をする……正直に答えることをお勧めする……」

 

「また尋問か?何をされても、拙者は何も話すつもりはない」

 

「まず……あなたの名前は……?」

 

男は黙ったまま何も答えない。でも深く思考を読めば質問に反応して答えを思い浮かべているから容易に分かる。

巻原包傭。ヴィラン名マミー。

読んだ内容を記録していく。

 

「あなたたちの目的は……?」

 

「……何を聞かれても答えるつもりはない。拷問でもなんでも、好きにすればいい」

 

「そこまでする必要……ない……目的は個性……細胞活性の強奪……そうだよね……?」

 

マミーの思考が驚愕に染まった。だけど、表情は変えていない。

こっちが反応から伺おうとしていると考えている。

そして思考からして、目的は細胞活性の個性をヴィラン名、ナインが奪うことで、デメリットを克服することであることは分かった。

そして、それによってナインが強者に君臨する力を手に入れて、世界の王になろうとしていることも。

 

「個性の強奪……ラグドールさんのサーチの個性……あなたたちは……ヴィラン連合と関わりがある……その関係は……?」

 

「っ……!?」

 

「次……その個性で……どんな個性を奪ってきたの……?」

 

ナインはさっき読んだ通り、強者の頂点に立ち、世界の王になるために、ヴィラン連合に自分を売ったようだった。

実験体になることで、その利益を享受する。

それによって得た個性を奪う個性。

それを使って、今までプロヒーローを何人も襲撃してきた。

元々の個性はデメリットが非常に重い気象操作。そこにAFOの細胞を移植されることで個性を奪う個性を手に入れた。

実験でAFOの個性因子が適合したのはいいけど、一方でデメリットがさらに重くなってしまった。

そのせいで、デメリットは細胞の死滅という凄まじい重さにまで至ってしまった。

だけど、AFOの力を手に入れるという強化自体は成し遂げていた。

そうして得た衝撃波を放つ個性、バリアの個性、爪弾の個性、使い魔召喚の個性、それにラグドールさんのサーチ。

デメリットを克服するために活真くんのお父さんの細胞活性を手に入れた。

 

「……活真くんの細胞活性……なんで奪いたいの……?デメリットがあるにしても……こんな所まで来るほど……?」

 

「……」

 

マミーはこちらの様子を伺うように見てくる。

だけど、目的の大筋はつかめた。

活真くんのお父さんの個性だとA型細胞しか活性化させられず、足りなかったらしい。

そこで同じ個性を持っている可能性がある子供を探して、活真くんがB型細胞の活性化ができる細胞活性だったから狙っているということだった。

 

「なるほど……ナインの個性のストック上限は……いくつ……?」

 

「お前……まさか……!?」

 

「気付いたね……でも気付いてもどうすることもできないよ……ストックは8個……あと2つか……」

 

ここまでの答えを全く求めない質問に対する違和感。

そして私が言及したどう考えても知るはずのない情報。

それらから読心の可能性に気が付いた。

だけど、気が付かれたからどうなるのかという話だ。

特殊な訓練でも積んでいない限り、質問に対して欠片も思い浮かべないというのは不可能に近い。

トガのようなミスディレクションでも使えない限り不可能なのだ。

悪意を持つヴィランの不愉快な思考を深く読んでいるせいで、イライラしてきているのが自分でも分かる。

 

「あなたたちは4人で来てる……それ以上の仲間はいない……間違いない……?」

 

「っ……お前……!お前……!」

 

「文句を言っても何も変わらない……キメラ……スライス……その個性は……?」

 

地を這うような低い声とともに憎悪を向けてくるヴィランに、吐き気を覚える。

でもこんなの気にしてたら情報なんて得られない。

こいつらは4人組で間違いない。増援はない。

ヴィラン名キメラの個性、"キメラ"。名前そのまま、キメラのように多くの動物の特徴を持つ。火を吹いたりもできる。

ヴィラン名スライスの個性、"スライス"。自らの髪を刃物に変化させることができる。

2つともあまり弱点という弱点がなさそうな個性か。

 

「ナインのあの背中の装置……あれは何……?」

 

マミーはついにこっちの言葉になるべく反応しないように、無心を意識し始めた。

でも、全然無心になんてなれてない。トガのミスディレクションの足元にも及ばない。

あれは個性の制御装置。あれが無くなればナインは暴走状態になり、個性の出力が大幅に上がる。

デメリットも相応に大きくなるけど、何かあれば使ってくる可能性がある諸刃の剣か。

 

そんな感じで、しばらく尋問を続けて必要な情報を抜き取った。

マミーは意気消沈と言った様子で、こちらを恨みがましく睨んでいた。

 

 

 

尋問を終えた私は、得た情報をまとめた後に仮設医務室に向かっていた。

情報の共有はこの後、炊き出しとか諸々が落ち着いてから行う予定になっている。

得た情報をすぐに伝えたところで何かが変わるわけでもないし、皆忙しそうに出来ることをしている。

こちらからナインを襲撃するのは、既に回復していたり別行動をしてこっちに向かっているヴィランがいたりした場合に困る。

万全の状態のナインに対して、こちらから襲撃して勝てるとも思えない。

戦力を分散したら尚更だし、キメラとかの実力を聞いたかぎり防衛側が島民を守り切れるかも怪しい。

私が1人で偵察に行っても、その分ここの警戒は手薄になる。

島民の人たちに被害が出るかもしれない賭けなんて、出来るわけがなかった。

正直、市民を背負うことによる制約というものを甘く見ていたと痛感させられた。

 

だからひとまずは現状維持として、私も警戒しながらでもできる作業をしようと考えたのだ。

それが、波動の譲渡による活力の回復だった。

一応、少し前にこれには必殺技名を付けた。リカバリーガールにも十分技として成立しているとお墨付きをもらったのだ。

名前は"癒しの波動"にすることにした。体力を回復するし、悪くはないと思っている。

とにかく、癒しの波動で怪我人とかの体力の回復を促す。

後はまだ目を覚まさない緑谷くんと爆豪くん。

今活真くんが治療をしてくれているけど、時間がかかりそうだ。

細胞の活性化で治癒を促している形なら、活力の回復を併用すれば多少効果は上がるだろう。

 

「活真くん……」

 

「瑠璃ちゃん?」

 

医務室で手伝いをしていたお茶子ちゃんが、すぐに私に反応する。

そのお茶子ちゃんに事情を説明する。

 

「尋問終わったから……手伝う……」

 

「そっか……うん、助かるよ」

 

「ん……」

 

お茶子ちゃんも納得はしてくれた。

すぐに活真くんの前に移動する。

 

「活真くんの細胞活性……細胞を活性化して……傷の治りを早くしてるんだよね……」

 

「え、えっと……多分……?」

 

多分難しいことは何も分かっていない活真くんの正面で、緑谷くんと爆豪くんに手をかざす。

 

「手伝うよ……私……体力の回復ができる技がある……私の技だけだと……なんの治療にもならないけど……一緒にやれば……治りも早くなるはず……一緒に頑張ろう……」

 

「う、うん!」

 

活真くんが気合を入れなおして治療を始めた。

私も癒しの波動を使い始めて、少しずつ波動を譲渡していく。

それから作戦会議の時間になるまで、医務室で治療を続けた。

一度緑谷くんたちの方への譲渡を中断して、他の治療が落ち着いた人たちや危険な状態の人達への波動の譲渡もした。

流石に疲れてくるけど、それでも必要なことだと思って診療所の先生や活真くんと一緒に治療を続けた。



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ヴィラン対策会議

作戦会議の直前に、緑谷くんと爆豪くんは目を覚ました。

活真くんが頑張ってくれたおかげだ。緑谷くんも、目を覚まして活真くんの個性をすごい個性だって褒めてあげていた。

目を覚ました瞬間の活真くんと真幌ちゃんの笑顔は輝いていた。

子供特有の素直な思考と感情の動きは、やっぱり見ていてほっこりする。

 

とにかく作戦会議の時間も近いから、活真くんたちも伴って移動を開始した。

正直やつらの目的の関係上、活真くんたちに完全に事情を伏せるのが難しいのだ。

それなら行動力のある真幌ちゃんとかに変に勘繰られるようなことをしないで、あらかじめ作戦を聞かせて協力してもらった方がいいと思った。

起きた報告をする必要もあるし、ちょうどいいのもあるけど。

作戦会議をする場所として指定されていた休憩室に入る。

私が来たことで緑谷くんと爆豪くん以外が揃ったことを確認した飯田くんは、そのまま話し始めた。

 

「まずは現状の報告を……通信、電力網が破壊され、救援を呼ぶことができない……」

 

「先程、救難メッセージを発信するドローンを創造し、沖縄本島へと発進させました。到着は早くて6時間……救助が来るのはさらに時間がかかりますわ」

 

個性の使い過ぎでぐったりしている百ちゃんが、ソファから半身を起こして言った。

そんな百ちゃんの言葉に、尾白くんが深刻な顔で呟いた。

 

「それまで、ヴィランが待ってくれるとは思えない」

 

「今、我々がやるべき優先事項は、島の人々を守ること……」

 

「どうやって?」

 

言い聞かせるように言葉を発する飯田くんに、砂藤くんが問いかけた。

その問いを受けて、飯田くんが私の方を見てきた。

 

「波動くん、すまないが、尋問の結果を話せるか?」

 

「ん……大丈夫……」

 

私が了承して話し出そうとしたところで、障子くんが活真くんと真幌ちゃんを見ながら心配そうな表情で口を開いた。

 

「話してもらうのはいいが、子供に聞かせて大丈夫な内容なのか?」

 

「ん……むしろ聞いた方がいい……変に勘繰られて暴走する方が困る……核心的な部分は活真くんたちも知ってるし……作戦の中核になりかねない位置にいる……」

 

「どういうことだ?」

 

「これから説明する……けど、その前に報告……活真くんの細胞活性のおかげで……緑谷くんと爆豪くんは……とりあえず目を覚ました……」

 

「本当!?」

 

「よかったぁ……」

 

私の報告に、皆が少しほっとしたような感じで息を吐いた。

とりあえず障子くんも活真くんたちがいることには納得してくれたようだった。

不思議そうにしている活真くんと真幌ちゃんには申し訳ないけど、このまま話し始める。

 

「襲撃してきたヴィランは4人で全て……増援はない……複数個性のナイン……キメラ……スライス……マミー……こいつらの目的は……ある個性の強奪……」

 

「ある個性?」

 

「ん……順を追って説明する……ナインのもともとの個性は気象操作……雷、嵐、竜巻、大雨……天候を操ることができる凄まじい個性……この雷で……緑谷くんたちはやられた……」

 

皆その個性の凄まじい力に息を呑む。

質問したそうにしている人もいるけど、とりあえず話を続ける。

 

「ただし……この個性にはもともと重いデメリットがあった……もとのデメリットがどういうものだったかまでは分からない……だけど……このデメリットをどうにかするために……ナインは自分をヴィラン連合に売った……」

 

「ヴィラン連合!?」

 

「ん……ヴィラン連合の実験体に志願して……ナインはAFOの個性因子と適合した……ストックの上限はあるけど……個性を奪う個性を手に入れた……」

 

「個性を奪う個性って、それ、AFOそのものじゃ……」

 

「ストックが8個しかできないって欠点はあるけど……その通り……」

 

私がそこまで話したところで、緑谷くんと爆豪くんの波動が近づいてきた。

最低限着替えてからこっちに来たらしい。

 

「皆!ごめん!遅くなった!」

 

「緑谷!爆豪!」

 

駆けこんできた緑谷くんとその後ろをふてぶてしく歩いてくる爆豪くんに、皆の表情が明るくなる。

早い段階で来てくれて助かった。

ここまでの説明を2人にもサッとしてしまってから続きを話す。

 

「続き……その実験の影響で……ナインの個性のデメリットは……さらに大きなものになった……そのデメリットは……個性を使うほど自分の細胞が死滅していくこと……」

 

「ま、待って!じゃあさっき言ってた奪おうとしてるある個性って……!」

 

「ん……デメリットを克服するために……細胞活性の個性を狙ってる……活真くんのお父さんを襲撃して……個性を奪ったみたいだけど……A型の細胞活性だけじゃ足りなかったみたい……B型の活真くんの個性も狙ってる……」

 

「お、お父さんが襲撃された!?」

 

真幌ちゃんが泣きそうな表情で叫んだ。

家を壊されて、ヴィランに狙われて、さらに父親まで襲撃されていたとなれば当然の反応だ。

 

「大丈夫……殺してないのは確認が取れてる……それに……事前に真幌ちゃんたちに連絡がなかったことから……その後に死んだりもしてない……不安だろうけど……落ち着いて……」

 

「う、うん……」

 

真幌ちゃんたちもひとまず落ち着いてくれたのを見て、話を続ける。

 

「ナインが持っている個性は……気象操作……個性を奪う個性以外に……ラグドールさんのサーチ……衝撃波……バリア……爪弾……使い魔召喚……細胞活性A型……ストックはあと2つ……上書きができるかは分からない……正直……途方もない力を持ってる……」

 

「サーチを持ってるの!?それじゃあ……!」

 

「ナインが復活したら……ここの場所は間違いなくバレる……仮に活真くんたちだけを連れて逃げても……一般人を人質にされる可能性がある……最初にそれをしなかったから……この後それをやるかは疑問が残るけど……」

 

「サーチって、タルタロスにいるAFOが持ってるって話じゃ……」

 

緑谷くんが震えるような声を絞り出す。

確かにそうだけど、ヴィラン連合はどう考えても個性を増やしたり、人工的に作ることができている。

あり得ない話じゃない。

 

「そうだけど……ヴィラン連合は……珍しいはずの超再生の個性を……脳無に付与しまくってる……個性を人工的に増やしていてもおかしくない……」

 

その可能性に、皆も絶句以外の感想が出てきていなかった。

万が一今回の実験が功を奏してしまって、他の人間にも個性を奪う個性を付与できてしまったら。

脳無のような頭の悪いやつだけじゃなく、普通の人間が、凶悪な個性を大量に持って現れる可能性が出てきてしまうのだ。

到底容認できない緊急事態だけど、今はそんなことを気にしていても仕方ないから、気にしないで話を続ける。

 

「仲間の個性は……ヴィラン名の通り……キメラは……様々な特徴を併せ持つ異形型……火を吹いたりもできる……スライスは……髪の毛を刃物にして……自由に操れる……」

 

「キメラは、あの海岸に現れたやつか」

 

「ん……そのはず……苦戦したって聞いてる……スライスとはまだ交戦してないけど……相当な手練れだと思った方がいい……」

 

皆も交戦したヴィランの実力を思い浮かべながら聞いていた。

その後も、得た情報を順番に伝えていった。

皆絶句したり驚愕したりと感情が目まぐるしく移り変わっていた。

 

 

 

「一応……情報はここまで……作戦を考えたい……」

 

皆難しい表情で考え込み始めてしまった。

 

「聞いただけでも、やばい実力者だよな……爆豪と緑谷を、あそこまで痛めつけてるし……」

 

「俺らが戦ったヤツ、キメラもかなりの手練れだった」

 

「戦うにしても、ヤオモモや上鳴、波動も個性かなり使っちゃってるし……」

 

響香ちゃんが物作りで脂質をほぼ使い果たした百ちゃん、充電でウェイ状態になりかけている上鳴くん、治療で波動の譲渡を続けた私を例に挙げる。

確かに私もだいぶ波動を使ってしまっている。

正直、結構辛い。

 

「それだけのヤツらに、今の状況で一斉に襲われたらひとたまりもねーぞ」

 

「……瑠璃ちゃんに活真くんを抱えて逃げてもらう?」

 

「……やってもいいけど……逃げ続けて手に負えないと判断されたら……ヴィランたちがここを襲撃して……人質を取ってくる可能性がある……力押しでなんとかなると思われているうちに……どうにかした方がいい……」

 

「瑠璃ちゃんと活真くんに逃げてもらっても、島の人たちを背にしての防衛戦になる可能性が高いということね。勝ち目があるとは思えないわ」

 

透ちゃんの提案に苦言を呈すると、梅雨ちゃんが同意を示してくれた。

正直、活真くんを連れての逃走なんて手段を取ると何をされるか分からない。

逃げ回って埒の明かない追いかけっこになったと判断した時点で、暴虐の限りを尽くされる可能性すらある。

やるとしても、最終手段にした方がいい。

 

「波動、今やつらがいる場所は分かるか?」

 

話が行き詰まりかけていると、障子くんが問いかけてきた。

 

「……一応……スライスが逃走した時の思考から……灯台付近なのは予測がついてる……でも……キメラはわからない……灯台にいるかもしれないけど……いない可能性もある……」

 

「じゃあ波動に確認しに行ってもらうってのは……」

 

「……いなかったらどうする……?キメラが合流してない可能性……ナインが回復して行動を始めている可能性……考え出したらキリがない……」

 

「波動さんにそちらに行ってもらうということは、ここの警戒が手薄になることに直結します。それにこの雨……耳郎さんの感知も効率が悪くなりますわ。障子さんと口田さんを頼るにしても、それでは全方位の警戒は難しい。私たちを穴を埋めるように配置しても、確実とは言えません。島民の方を危険に晒すことになってしまいます」

 

「こちらから襲撃をかけるというのも、同じ、いや、それ以上のリスクがあるか……ナインだけでも緑谷と爆豪を圧倒出来るのに、そこにキメラとスライスまでいると、全滅しかねない……」

 

「敵の奇襲に備えて襲撃と防衛で戦力を分けないわけにもいかないし、こっちからの襲撃に勝ち目なんてほぼないよな……」

 

「戦力分けて防衛網はりつつ、灯台にあいつらが全員いるかを波動に確認してもらった上で、全員で奇襲するのはどう?」

 

「……いや、全員でかかっても相手は天候を操るんだぞ……それに、ヴィランが全員いるのを確認するということは、キメラもいる。轟たちでもどうしようもなかったやつまでいる状況で、どうやってナインを攻略するつもりだ……?」

 

「な、ナインが目を覚ましてない可能性とかは?」

 

「……背中の制御装置が怖い……暴走できるみたいだし……デメリットはすごくても……ナインを叩き起こして暴走させられたら……私たち全員殺されかねないと思う……そしたら……ナインはゆっくり活真くんを襲うだけ……」

 

逃走、偵察、こちらからの襲撃……様々な意見が出ても、無視できないリスクが提示されてすぐに否定されてしまう。

皆もあまりのヴィランの実力と、島民の安全を確保しながらどうにかしなければいけないという難しい問題に、頭を悩ませていた。

 

「ぼ、僕をヴィランに渡せば、何か変わりますか!?」

 

自分が重しになっていると思ってしまったらしい活真くんが、恐怖を飲み込んで震える声で絞り出すように聞いてきた。

 

「殺さないって言ってた。僕の個性なんて、無くなってもいい。それで島の皆が助かるなら……」

 

「活真……」

 

活真くんの悲壮な覚悟に、皆が息を呑んで、戸惑っていた。

だけど、活真くんを渡してナインがデメリットを克服してしまうと、エンデヴァーですら手に負えるか分からない状態になってしまうと思う。

それは許容できない。

 

「そんなのダメだ!!君が怖い思いする必要なんかない!そのために僕たちがいる!」

 

「要するに、あのクソヴィランどもをぶっ殺せばいいだけのことだろうが」

 

緑谷くんが活真くんに言い聞かせて、爆豪くんが安心させるようにいつもの強気で言い放った。

 

「爆豪、緑谷、その意見乗った」

 

「私も、島の人たちを守りたい!」

 

轟くんやお茶子ちゃんが2人の意見に同調する。

緑谷くんと爆豪くんの強大なヴィランに立ち向かう決意が、皆に波及していった。

皆、不安がないわけじゃない。

だけどこの困難を、この危機的状況をどうにかしたいという思考が、皆から湧き上がってくる希望と力強い闘志が、私にも、活真くんと真幌ちゃんにも、しっかりと伝わってきた。

 

「いつも言ってますもの」

 

百ちゃんが立ち上がって、隣の飯田くんに声をかける。

それを見て承知したとばかりに飯田くんが頷くと、拳を握って声を張り上げた。

 

「さらに向こうへ!」

 

「「「Plus Ultra!!!」」」

 

皆で気合を入れなおすように、拳を突き上げた。

気合を入れなおし終わったところで、梅雨ちゃんが確認するように呟く。

 

「でもどうやって?」

 

「チッ……クソデク、てめぇさっきブツブツ言ってただろうが。時間ねぇんだからさっさと話せや」

 

爆豪くんが不服そうに舌打ちしながら緑谷くんに話すように促した。

 

「あ、うんっ!考えたんだ、作戦。これが今、最善策だと……思う」

 

「さっすがデクくん!」

 

「いつもいつもきめぇんだよ。サブイボ立つわ」

 

お茶子ちゃんが緑谷くんを褒めて、確認するようにブツブツし始めていた緑谷くんに爆豪くんが苦言を呈した。

こんな時でも緑谷くんは相変わらずだ。

それから緑谷くんが考えを整理していっていたけど、その間に真幌ちゃんと活真くんは眠ってしまった。

皆の気合を入れなおすところや、戦う決意を決めた様子を見たことで気が抜けたらしい。今はソファで寄り添うように眠っていた。

 

「緑谷、作戦は?」

 

轟くんが緑谷くんに話を促す。

緑谷くんはテーブルに広げた地図を指さしながら、話し始めた。

 

「残っているヴィランは3人。後ろが断崖絶壁の城跡を拠点にして、敵の侵攻ルートを一つに絞らせる」

 

そう言いながら緑谷くんは、離れ小島の地図上の滝、鍾乳洞、岩場に目印を付けた。

……轟くんと常闇くんが有利に戦える地形か。

 

「そして先制攻撃でヴィランを分断。それぞれの地形を利用して」

 

「ヤツらを叩きのめす!」

 

緑谷くんの言葉に爆豪くんが続いた。こういう時だけ息が合う。

 

「島の人たちは断崖絶壁の洞窟に避難。活真くんと真幌ちゃんは僕らで護衛。いざという時の脱出経路も確保」

 

「ナインへの対応は?」

 

真剣な表情で地図を見ている緑谷くんに、轟くんが問いかけた。

 

「さっき波動さんが言ってたデメリット、僕とかっちゃんが戦った時に見てる。突然苦しみだして、戦うこともできなくなってた。これを利用したい」

 

「なるほど、消耗させんのか」

 

「ヴィランには波状攻撃を仕掛けて個性を使わせる。個性を奪われるから接近戦はなるべくしない方向で。それでヴィランが倒せればよし。たとえ倒せなくても、救援が来るまで持ちこたえれば、皆を守れるから」

 

「少なくとも……これから襲撃するよりは……分断した上での拠点防衛戦の方が利があるはず……移動の時のリスクはあるけど……こっちが作戦を立てて……準備をしてからの防衛戦なら……ありだと思う……」

 

 

 

そして、作戦は決定した。

主に百ちゃんと緑谷くんがいつものように詳細を決めていって、後はナインと接触した私が感じた所感から個性を使わせる上で有効打になりそうな手を提案したりした感じだ。

透ちゃんにリスクを背負ってもらうことになる作戦だけど、それでも、個性を使わせるというならこれ以上のものは無いと思う。

その後は作戦の準備に移った。

尾白くんと三奈ちゃんが島民を城跡裏の洞窟に誘導。

口田くんが家畜の避難。砂藤くんがリヤカーで食料を運んだ。

さらに峰田くんのもぎもぎでマミーを固定して、救出を困難にした。

各々が罠を仕掛けたり、地形の確認をしたり、準備に勤しんだ。

 

ヴィランを迎え撃つ準備を整え終わって、活真くんと真幌ちゃん、A組全員が城跡の頂上で待機する。

暗かった空が、オレンジ色に染まって明るくなってきていた。

キラキラきらめく海に、柔らかいオレンジ色の空。その間から、ゆっくりと輝く太陽が現れる。

こんな時じゃなければその美しさに感動してしまいそうになるくらい、綺麗な朝焼けだった。



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ナイン(前)

皆の割り振りは、キメラに轟くん、飯田くん、切島くん、梅雨ちゃん、スライスに常闇くん、三奈ちゃん。

スライスは洞窟に追い込んでダークシャドウの力に頼る予定だから、暴走に備えて最低限の人数だ。

ナイン対策は、第一段階百ちゃん、青山くん、第二段階お茶子ちゃん、透ちゃん、砂藤くん、峰田くん、口田くん、第三段階兼真幌ちゃんと活真くんの護衛に緑谷くん、爆豪くん、私、障子くん、響香ちゃんだ。

怪我をしている尾白くんとショート寸前の上鳴くんは、万が一の時の為に島の人達の警護をしつつ、不安を抱かせないように元気づけてもらっていた。

 

城跡の頂上から百ちゃんが作った単眼鏡を使って、障子くんが島につながる道を監視してくれている。

あの道はギリギリ感知範囲外だったから、いち早くヴィラン襲来を知りたければこの方法が最適だったのだ。

 

「来たぞ。3人。予想ルートを固まって歩いてる」

 

『百ちゃん……正面から3人……予想通りのルートを通ってきてる……』

 

障子くんの言葉を受けて、麓でナインたちを待ち構えている百ちゃんにテレパスをしておく。

百ちゃんも単眼鏡を覗いているけど、一応だ。

それから少しだけ時間を置いて、ナインたちが予定のポイントである門に差し掛かった瞬間、青山くんがネビルレーザーを放った。

 

『キャントストップトゥウィンクリングスーパーノヴァ☆』

 

青山くんのすごく分かりにくい技名を叫ぶ思考が感じ取れる。

その技は、青山くんの最大出力と思われるほど巨大なビームだった。

キメラとスライスは左右に散開してビームを避け、ナインはバリアを使用してレーザーを防ぐ。

それを見た青山くんは、明らかに腹痛を耐えるような表情をしながら、ビームの出力を上げた。

さらに肩や膝からも大きなビームを連射し始めている。

キメラとスライスはさらに大きく飛び退いて回避し、ナインから大きく離れた。

 

『分かれた!』

 

それを見た百ちゃんが、すかさず反応する。

迷彩布で隠していた2つの大砲を晒し、轟音とともに砲撃を行った。

風切り音を伴いながら、ナインから少し離れた左右の地面に着弾した。

スライスが嘲笑しているのが伝わってくるけど、着弾した砲弾はそのまま地面を割った。

地下があるのは確認済み。そこに砲弾を撃ち込めば崩落する可能性が高いほど地面が薄いのも感知と透視で簡単に確認できた。

そこに三奈ちゃんの酸で細工してほぼ確実に崩落するだろうと感じられるまで脆くしておいたのだ。

私と百ちゃんで相談して、崩落させるポイントに当てられるように計算しておいた。

用意周到に、分断するための作戦を考えたけど、功を奏したようだった。

崩落し始めたことに気が付いたスライスの表情は、すぐに余裕がなくなった。

スライスは崩落に飲み込まれ、キメラは砲撃とレーザーを避けるうちに崖に追い詰められてそのまま崖下へとジャンプした。

何もかも、予定通りだった。

 

「シュガーラッシュ!!」

 

それに続くように、砂藤くんが空中に浮いている岩を次々と殴りつけて、ナインの方に吹き飛ばしていた。

1つの岩を殴るとそれが凄い勢いで飛んでいき、その岩がぶつかった無重力になっている岩も全て連鎖するように飛んでいく。

 

「解除!」

 

ナインの方に岩が飛んでいくのを確認次第、お茶子ちゃんが無重力を解除する。

だけど、ナインは爪弾の個性で難なく全て破壊しきった。

そんなこと分かり切っていたお茶子ちゃんと砂藤くんは、何度も同じ攻撃を繰り返す。

時折砂藤くんが狙われているけど、砂藤くんがシュガードープで強化した筋力での跳躍や横跳びで回避していた。

岩陰を走り続けるお茶子ちゃんよりも、狙いやすい砂藤くんを狙っているんだろう。

 

「ぐっ、足止めすらできねぇのかよ!」

 

「っ!これなら!」

 

お茶子ちゃんが体育祭で爆豪くんに見せていた瓦礫の雨と同じような技を繰り出すけど、それでもナインは衝撃波で難なく迎撃し、さらに正面から迫ってくる岩に対してもバリアで対処した。

それでお茶子ちゃんはキャパオーバーになりかけてしまっている。

そんなお茶子ちゃんを見たナインは、爪弾でお茶子ちゃんを狙った。

お茶子ちゃんだけだったらそのまま食らってしまうところだったけど、砂藤くんがお茶子ちゃんを抱き上げて本命の方に走り出した。

砂藤くんは肩とかに爪弾を食らって出血しているけど、致命的な傷ではない。

 

「砂藤!麗日!」

 

「峰田!」

 

砂藤くんたちはすぐに峰田くんと口田くんが待つ本命の方に到着した。

そこにはずらりと並んだ木の柵と、それに堰き止められた大量の巨大な岩があった。

木の柵は峰田くんのもぎもぎで接合されていて、連動して無重力にできるように細工されている。

 

「準備できてるぜ!」

 

「麗日頼む!!」

 

砂藤くんはナインに岩を投げ飛ばして時間を稼ぎながらそう叫んだ。

口田くんがお茶子ちゃんのお腹にロープを括り付けて、準備が完了した。

お茶子ちゃんは吐き気に耐えながら、木の柵に手をかけた。

同時に峰田くんが柵の脇へと駆け出し、口田くんはロープの端を砂藤くんに手渡している。

 

「プルスッ……ウルトラアアァァアア!!!」

 

お茶子ちゃんが明らかに現状のキャパを超えた重量の木の柵を、気合で空へと投げ飛ばした。

その瞬間、気絶しかけているお茶子ちゃんを砂藤くんがロープで引っ張り上げた。

柵という堰が無くなった大岩は、雪崩となってナインの方に向かった。

 

この後の計画は、防がれることは前提として、埋もれたナインをもぎもぎを利用して閉じ込めることになっている。

閉じ込めて行動不能になるならそれでよし。ダメでも大技を使わせる算段だ。

瓦礫にもぎもぎをつけて、大技以外でどけることを困難にするのだ。

 

だけど、その直前に一計を講じている。

ナインのサーチには、大きな穴がある。

ナインは、緑谷くんの個性をサーチにかけていたのに、私の接近も、私の個性の感知もできていなかった。

つまり、ラグドールさんが見たことがある個性でも、もう一度見ないと認識できていない。

ナインは、私を感知した後に、活真くんたちを連れて逃走した私を一度見失った。

つまり、デメリットのせいで常時使用していない。

ラグドールさんはこんなことはない。

ラグドールさんは常に感知を続けられたし、100個までという制限はあっても一度見た個性を忘れたりなんてしなかった。

これらから考えられることは、ナインの持つサーチは、オリジナルだとしてもなぜかリセットされているか、超再生のように複製された新しいもの、そのどちらかだ。

この条件があれば、透ちゃんなら、ナインの不意を突くことができる。

 

『透ちゃん!!』

 

ナインの意識は、今は轟音を立てて迫る岩雪崩に向いている。

思考を確認した。それは確実だ。

今なら、多少地面の草が歪んだり、足元の小石が動いたところで岩雪崩の振動と轟音が誤魔化してくれるから気がつくことは難しい。

この作戦は、岩雪崩に巻き込まれないようにするために、ナインの目の前で行うのが1番いい。

だけどどれだけナインに近づいても、岩雪崩に巻き込まれるかもしれない。

近づいた影響で、ナインに気付かれて殺されるかもしれない。

それでも、透ちゃんはしっかりと頷いて作戦に同意してくれた。

私の合図を聞いた透ちゃんは、静かにナインの前に立つと、そのまま無言で、凄まじい光量の光を放った。

 

「ぐぅっ!?」

 

ナインが目を抑えて怯んだ。

思考からして、目に激痛を覚えている。

成功した。

 

「インビジブルガールの奇襲が成功……!ナインは、目に激痛を感じてる……!」

 

「よし!」

 

「これで、個性を常時使用せざるを得ない!」

 

ナインが悶えている隙に、透ちゃんは岩雪崩に巻き込まれないように全力で駆け出した。

サーチがある以上、ナインは視覚に頼らなくても戦えるだろう。

でも、その戦い方をするためには、常にサーチを使用する必要がある。

それに、おそらくいる場所や個性の内容が分かるだけで、細かい動きまでは見ることが出来ない。

こちらの攻撃が通る可能性が増すし、ナインも防御を必要最低限の行動でするなんてことは難しくなるはずだ。

さらに、現状でサーチに登録されていない人間は、感知することすらできない。

 

ナインは目を抑えているけど、岩雪崩を思い出して悶えながら対処に動き出した。

もちろん最適解の行動なんて難しい。

あれだけの量の大岩の雪崩だ。正面に小さな盾を展開するだけでは対処しきれない。

岩に対処するためにある程度の技を使う必要がある。

実際にナインは、正面に盾を展開しながら周囲に小規模の衝撃波を放つことで最低限の回避を行った。

だけど当然それで防ぎきれるはずもなく、ナインは軽い傷を負いながら岩に埋もれた。

 

「行け!!峰田!!」

 

ナインの様子を見た砂藤くんは峰田くんを上空に放り投げた。

 

「スーパーグレープラッシュ!!」

 

峰田くんは、頭が出血するのもお構いなしでもぎもぎを投げ続け、大岩同士をくっつけた。

個々にどけることができなくなったそれは、1つの岩山のようになっていた。

岩山を作り出した峰田くんは、やり切ったように叫んだ。

 

「これが本命だ!!」

 

「よっしゃー!」

 

「やったー!」

 

「や、やった……う、おぇぇぇ」

 

ナインを閉じ込めて喜ぶ峰田くん、砂藤くん、口田くん、透ちゃんを尻目に、完全にキャパオーバーになったお茶子ちゃんが嘔吐してしまった。

皆喜んでいるけど、ダメだ、ナインは動いている。

それどころか、目を潰されたことに、激しい怒りを感じている。

 

「皆!!避けてぇ!!!」

 

個々にテレパスをしていたら間に合わない。

できる限りの大声で叫んだ。

次の瞬間、岩山から光が漏れ出して、光と衝撃波とともに、岩山が爆発したように吹き飛んだ。

 

「きゃああっ!?」

 

「うおお!」

 

反撃があることは予想して、皆ある程度の距離は取っていた。

でもナインは、激しい怒りをぶつけるように今までの比じゃないくらいの衝撃波を繰り出した。

5人は、衝撃波で凄い勢いで吹き飛ばされてしまった。

 

「くそっ!ナインはまだ、苦しむ様子もなく動いているっ!」

 

「ヴィラン、麗日たちに接近!」

 

「ナインは……!まだ目が見えてない……!サーチで位置を見てるだけ……!」

 

障子くん、響香ちゃん、私で感知した内容を緑谷くんたちに伝える。

この状況で、5人を助けに入れるのは私たちだけだ。

 

ナインは、手をお茶子ちゃんたちに向け始める。

私が飛び出そうとした次の瞬間、百ちゃんに支えられた青山くんが、ナインの背後からビームで強襲した。

 

「青山くん!」

 

「ヤオモモ!」

 

「無駄だ」

 

だけど、奇襲は容易に防がれて、青山くんと百ちゃんは衝撃波で吹き飛ばされてしまった。

さっき見た時に、登録されていた?

それなら、青山くんの接近と、気配から最低限の予測はできる。

ナインがもう一度手をお茶子ちゃんたちに向けたところで、爆豪くんが飛び出した。

すぐに爆破で戦闘を仕掛けてくれている。

 

「活真くんたちをお願い!!」

 

「……デク……」

 

「……デク兄ちゃん……」

 

緑谷くんも、その後を追うように飛び降りていった。

私も、透ちゃんも狙われていると思うだけで、いてもたってもいられなかった。

 

「私も行ってくる……」

 

「なっ!?まだ回復しきってないんでしょ!?それに、波動は万が一の時のためにここに残った方が!」

 

響香ちゃんがすぐにそう言ってくれるけど、今の適任は私じゃない。

活真くんを抱えて逃げる状況ということは、対ナインの人員が、全員やられているということ。

そんな状況で逃げ出したら、島民の人たちを人質にされてしまう。

最後に守るために戦わなきゃ行けないなら、感知されない可能性がある響香ちゃんたちの方がいい。

 

「戦力は少しでもあった方がいい……それに私は……もうナインのサーチに登録されてる……抵抗しないといけない時に……居場所を把握されるのは……私……響香ちゃんと……障子くんは……まだ遠目にしか見られてない……登録されてるかは……分からない……活真くんたちが登録されてるとしても……響香ちゃんたちの方が2人を守りやすい……違う……?」

 

「……分かった。気を付けてね」

 

「ん……行ってくる……」

 

響香ちゃんと障子くんは、渋々ではあったけど納得して頷いてくれた。

私は、山頂から飛び降りた。



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ナイン(中)

ナイン目掛けて波動の噴出で吹き飛んで急接近をかける。

私が近づいている間にも、先に戦闘をしかけていた爆豪くんが攻撃を続けている。

 

「食らえ!」

 

爆豪くんが空中から跳びかかりながら炎玉を繰り出し続けているところに、さらに緑谷くんが飛び込んでいった。

 

「セントルイススマッシュ!!」

 

そのまま凄まじい勢いで飛び蹴りを放つけど、ナインは目を閉じたまま周囲に大きく衝撃波を放つことで緑谷くんを吹き飛ばした。

緑谷くんも爆豪くんも、サーチがある以上目が見えていなくても防がれるのは予想している。

だけど、攻撃を続けることで対応するためにサーチを使い続けないといけない状況にすることができる。

2人はそれを理解したうえで、なるべく個性を使わせることを意識しながら行動していた。

そのせいもあってか、普段の爆豪くんからは考えられない行動をした。

爆豪くんは衝撃波で吹き飛んできた緑谷くんを掴むと、爆破で高速回転をかけると緑谷くんを凄まじい勢いでナインに向かって投げ返した。

 

爆破式(エクス)カタパルトォオ!!」

 

緑谷くんもすぐに意図を理解して、加速をつけて再びナインに強力な蹴り技を放った。

ナインは急いで緑谷くんの方向に手を向ける。

全周囲にバリアを張ることで何とか弾いているけど、目で確認できていないその防御は明らかに出力が不足していた。

ナインが後ろの方に吹き飛んで怯み、バリアは消えた。

そのタイミングで懐まで飛び込めた私も、両手に波動を圧縮して攻撃を繰り出した。

 

「発勁!!」

 

「この……!!」

 

この至近距離での攻撃なら、傷つけることができる可能性がある。

防がれるのはほぼ確定事項だ。

だって、周囲に衝撃波を放つだけで手を弾かれた状態からでも全周囲に攻撃できるから。

だけど確実にある程度の規模の攻撃を強制できる。

実際波動が噴出し始めて発勁があたりそうになった瞬間に、私は衝撃波で吹き飛ばされてしまった。

吹き飛ばされながら波動の噴出で勢いを殺して、体勢を立て直す。

緑谷くんと爆豪くんも既に体勢を立て直して、身構えてナインを見据えていた。

意図せず緑谷くんを中心に3人で並ぶような状態になっていた。

 

「ここから先は」

 

「ブッ殺す!」

 

「休む暇なんて……与えない……」

 

「忌々しい羽虫どもが……!」

 

ナインは目を閉じたまま忌々し気に顔を歪めて、こちらに注意を払っていた。

 

 

 

私たちはすぐに散開してナインを囲むように分散した。

そのまま緑谷くんはデラウェアスマッシュによる空気砲、爆豪くんはAPショット、私は波動弾と真空波を次々と打ち込んでいった。

サーチでこちらの動きだけを見ている以上、遠距離攻撃に弱いはず。

そう思っての攻撃だった。

実際にこれは有効だったようで、ナインは前後左右からの絶え間ない攻撃にバリアを全方位に張りつつ、時折爪弾をサーチで感知した位置に飛ばすことでなんとか反撃してきていた。

今は両手で緑谷くんと爆豪くんに爪弾を放って、反撃している。

2人に比べると威力の低い私の攻撃をひとまず無視して、2人をどうにかしようとしているらしい。

緑谷くんはなんとか防いでいたけど、爆豪くんは小手に当たってしまっていた。

小手はそのまま爆発して吹き飛んでいた。

当たったのを感じ取ったナインは、追撃して爆豪くんに止めを刺そうとしている。

 

「させない……!!」

 

私はそれを阻止するために懐まで一気に飛び込んで、爪弾を放とうとしている腕をありったけの波動を使って弾き飛ばした。

その隙に、密かに近寄ってきていたお茶子ちゃんも、どうにか触れて浮かせようとナインの背後に跳びかかっていた。

 

「ぐぅっ!?」

 

だけど、ナインは背中から青い骨が連なったような使い魔を繰り出した。

私とお茶子ちゃんは噛みつかれて遙か上空まで持ち上げられた後、地面に向けて勢いよく投げ捨てられた。

抵抗しなきゃいけないのに、こんな勢いを殺せるほどの波動なんてもう残ってない。

自分では、どうしようもなかった。

 

お茶子ちゃんの方は凄い勢いで飛んできた緑谷くんがなんとかキャッチした。

私も地面に叩きつけられる直前で、爆豪くんが咄嗟に滑り込んでキャッチしてくれた。

 

「あり……がと……」

 

爆豪くんは私を一瞥した後、すぐ近く駆け寄ってきていた透ちゃんの方に下ろされた。

 

「透明女。こいつ見てろ。からっきしの奴がいても邪魔なだけだ」

 

「わ、分かった!」

 

爆豪くんは、投げ飛ばされた後に一切足掻くことができていなかった私を見て、波動が枯渇しかけていることに気が付いたようだった。

昨日からずっと波動を使い続けて、夜にも治療のために波動の譲渡をして、すでに限界に近かったのもあって、まともに身体に力を入れることができなかった。

あの状態になるほどではないけど、最後に爆豪くんの方に攻撃させないために全力で少なかった波動を絞り出してしまった。

透ちゃんも透明なスーツ以外装着していない状態でいる場所を見抜かれたことに驚きながらも、しっかりと了承した。

 

爆豪くんと緑谷くんがナインに向き直った時、それは起こった。

さっき私とお茶子ちゃんを攻撃した使い魔。

それを空中高くに伸ばして、爆豪くんたちの方に向かって勢いよく動き出した瞬間、使い魔は崩れ去った。

 

「こ、これは……」

 

「う……うう……ううあぁあああぁあああ……!!」

 

ナインが、頭を抱えて苦しみだした。

顔にも紫色のひび割れのような傷が浮かび始めている。

 

「デメリット……限界……」

 

爆豪くんと緑谷くんは、そのナインの変化に確かに勝機を感じていた。

 

「かっちゃん!畳み掛けるぞ!!」

 

「命令すんな!!」

 

2人ともこのチャンスを逃すまいと、一気に飛び出した。

そんな2人を感じ取りながら、ナインは必死にどうすべきかを考えているようだった。

 

「さ、細胞活性さえ手に入れば……温存など……必要ない!!」

 

その結論はすぐ出てしまったようで、ナインはスーツの中の小さなボトルから液体を注入していった。

顔のひび割れが、引いていった。

ナインは長い白髪を振り乱しながら、咆哮を上げ始めた。

 

「うぅうあ゛あ゛あぁああ゛ああ゛あぁあ゛あああ!!!」

 

上空に凄まじい速度で暗雲が形成さて空を覆いつくし、雷鳴が轟き始めた。

緑谷くんたちもあまりの異常事態に足を止めて空を見上げてしまっていた。

黒雲の中の雷鳴がひと際強く鳴り響き、光が激しく明滅した直後、緑谷くんたち目掛けて、大規模な落雷が落ちた。

その落雷は地面を引きはがしながら、緑谷くんたちを吹き飛ばした。

離れた位置にいた私と透ちゃんすらも、その衝撃で少し吹き飛ばされていた。

 

 

 

辛うじて保っている朦朧とした意識の中で、活真くんの波動を感じ取る。

響香ちゃんと障子くんがどうにかナインを撃退しようと橋を落としたりしていたようだけど、音を頼りに近くにいることを見抜いて、辺り一帯を使い魔によって薙ぎ払われてしまった。

それを受けた2人は、遠く離れた位置まで血を噴き出しながら吹き飛ばされてしまっていた。

 

ナインは、苦しみながらゆっくりと、活真くんの方に歩みを進めていった。

ナインも、活真くんも、真幌ちゃんも、ほぼ思考通りの言葉を叫んでいる状態になってしまっているから、会話は分かる。

分かってしまった。

 

『活真、逃げて』

 

『お、お姉ちゃん?』

 

『いいから逃げて!!』

 

真幌ちゃんは、震えそうな足で、ナインと活真くんの間に立ちふさがり、両手を広げた。

私たちが不甲斐ないばかりに、真幌ちゃんは、活真くんとの思い出を思い出しながら、『気が弱くて優しい、すぐ泣く弟を守るのは自分の役目だ』って考えながら、ヴィランに立ち向かっていた。

 

『お姉ちゃん!』

 

『来るな!私の弟に手を出すな!来るなって!!』

 

真幌ちゃんは、ナインの恐怖に負けそうになっているのに、それでもなお自分を奮い立たせて、近づいてくるナインに向けて駆け出した。

ナインは、そんな真幌ちゃんの首を掴んで持ち上げた。

 

『こ……こいつの命が惜しければ、こちらに来い』

 

『ダメ、逃げて……!逃げて……』

 

真幌ちゃんは首を絞められているのに、それでも必死で活真くんに呼びかけていた。

ナインはさらにその首を絞めつけながら、活真くんに迫り続けている。

その顔には徐々にあの傷が広がってきていて、もう余裕はない。

ブーストをかけて無理矢理どうにかしていたけど、もう限界なんだろう。

だけど、だからこそナインは真幌ちゃんを人質にして必死で活真くんに懇願していた。

 

『叶えさせてくれ……!私の……願いを……!』

 

『……逃、げて……活……真……』

 

『いやだああ!!僕が守る!僕がお姉ちゃんを守るんだあ!!』

 

活真くんはお姉ちゃんを助けるために、ナインに向かって駆けだしていた。

 

 

 

真幌ちゃんと活真くんを、お姉ちゃんと私に重ねて見ていた。

子供だって言っても、嫌いな嘘を許容して諭すだけに留めたのはそれが理由だったし、普段の私だったら気を使ったりしないで、すぐに私が接触して注意して終わってたと思う。

常に弟のことを考えている優しいお姉ちゃんと、そんなお姉ちゃんが大好きな弟。

今、そんな2人が、ヴィランの魔の手に掛かってしまいそうになっている。

弟を守るんだって頑張っているお姉ちゃんと、お姉ちゃんを守るってヴィランに向かって駆けていく弟。

そんな様子を感じ取っているのに、何もできない自分が情けなかった。

 

「真幌ちゃん……活真……くん……」

 

同時に私は、激しい怒りを覚えていた。

2人の気持ちを踏みにじるヴィランの行い。

そんなものを感じ取って、怒りを感じないはずがなかった。

どうにかしたくて、脱力する身体に鞭打って、地面に指を食い込ませながら必死で立ち上がろうとしていた。

 

怒りと申し訳なさ、何もできない自分に対する情けなさ、悲しみ、そんな感情に苛まれていると、私の身体から、波動が湧き上がってきた。

どんどん膨らんでくるそれは、万全の状態よりも全然大きくなっていた。

それを認識した瞬間、私は手と足に詰められるだけの波動を詰め込んで、ナインに向かって吹き飛んだ。

いつもの波動の噴出なんか目じゃないくらいの速度で吹き飛びながら、さらに波動を四肢に圧縮していく。

その段階で、圧縮しきれずに手足から漏れ出す波動が可視化して、私の四肢に纏わりついていた。

だけどそんなことは一切気にせずに、空中で波動を噴射して急制動をかけて、ナインに向かって急降下をかけた。

 

「波動蹴!!」

 

「スマァッシュ!!」

 

青白い波動を纏った私の足と緑色の電流のような力の奔流を纏った緑谷くんの足が、ナインの腕に同時に突き刺さった。

真幌ちゃんが宙に放り出されるけど、爆豪くんがキャッチしてくれた。

私と緑谷くんは活真くんを庇うようにナインの前に立った。



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ナイン(後)

「真幌ちゃんと逃げて!」

 

緑谷くんが私たちの後ろにいる活真くんに、そう叫んだ。

活真くんも、真幌ちゃんの方にすぐに駆けて行った。

そのまま真幌ちゃんの手を握って引っ張って距離を取ってくれていた。

 

それを確認すると同時に、緑谷くんと爆豪くん、私の3人は一気にナインに向かって飛び掛かった。

私たちの蹴りも、拳も、全方位に張られたバリアによって容易に防がれた。

ナインは目を閉じたままではあるけど、それでも衝撃波を放つことで私たちを弾き飛ばした。

ナインはそのままバリアを張って警戒しながら、こちらを憎々しげに睨んできた。

 

「……どうやって私の稲妻を?」

 

「アレは前に受けた!」

 

緑谷くんのその声とともに、私たちはもう一度同時に蹴りを放った。

緑谷くんと爆豪くんが、バリアの上から押し込むように渾身の力を込めている。

私もそれに合わせて、波動を噴出して圧力をかける。

高まった圧に耐えきれなくなったのか、バリアが砕け散ってナインが後ろに回転しながら吹き飛んだ。

 

「そう何度も同じ手を食らうわけねぇだろ!!」

 

爆豪くんたちは雷が落ちる直前に、爆破やフルカウルによって横に吹き飛ぶような形で大きく動いて雷を避けていた。

目が見えず、サーチで動きしか見えていないなら、雷の爆発によって吹き飛んだと勘違いしてもおかしくない。

実際ナインは私と同じように吹き飛んでいた2人の動きを見て、勘違いしたんだろう。

確かに落雷の衝撃とかの影響もあって、無理して避けた結果、吹き飛んだまま着地できずに地面に叩きつけられたりしていたけど、それだけだ。

ダメージを負ってはいるけど、2人が動けなくなるほどのダメージじゃない。

 

ナインは表情を憎々しげに歪めながら、爪弾と使い魔を放ってきた。

私の方にも使い魔が迫ってくる。

使い魔はまっすぐこっちに向かってきている。

目が見えていないせいで、サーチで感知した地点に単調に向かってくるだけになってしまっている。

私はそれを波動の噴出によって急加速をかけてその地点から脱して回避して、そのままさらにナインの方に向かって加速をかけて距離を詰めていく。

 

「羽虫も……鬱陶しいものでしょ……!!」

 

それに合わせて、両手から次々に真空波を放って使い魔を吹き飛ばしながら、ナインの方にもダメージを与えていく。

緑谷くんも使い魔を次々と切り裂いていっている。

私と緑谷くんの攻撃にナインが気を取られた瞬間、爆豪くんは一気にナインへと距離を詰めて、爆破の連続できりもみ回転しながら勢いをつけていった。

 

「死ねやぁ!!!」

 

爆豪くんの掌がひと際強く光った次の瞬間、地面を大きく抉る程の大爆破の炎がナインを降りかかった。

凄まじい爆発の衝撃と爆風が辺り一帯を襲った。

 

炎を前に、爆豪くんと緑谷くん、私は着地した。

ナインは、まだ意識を保っている。動けないわけでもない。

彼の思考を埋め尽くしているのは、激しい焦燥感だった。

 

「へっ」

 

「……まだ終わってない……気を抜かないで……」

 

爆豪くんが鼻先を擦りながら鼻で笑っている様子を見て警告する。

そしてその予想の通り、ナインは動き出した。

 

「まだ……終われない……!終われるハズがない……!!」

 

ナインは爆発の影響でボロボロになった腕を空へと伸ばし、個性を発動させた。

空に凄まじい速度で暗雲が立ち込めていき、巨大化していく。

それはすぐに、凄まじい大きさの雷雲となった。

紫黒の雷光がその内部を生き物のように蠢いているのが、容易に見て取れた。

 

「この程度で、終わってなるものかぁあああぁあああぁあああ!!」

 

焦り、怒り、憤り。

そんな感情を抱えながら、ナインは激情のままに叫んだ。

そして全身に紫色のヒビが侵食していくのさえ無視したナインの両肩のボトルが一際強く光って、紫色の何かを一気に噴射した。

 

その直後、炎の中にいたナインの周囲に紫色の力の奔流のようなものが迸り、炎を切り裂いていった。

それに合わせて、周囲には爆発のような衝撃波が生まれていた。

炎と爆風がこちらを襲ってくるのを必死で耐える。

そんな中感じ取ったのは、炎の中で浮かぶナインだった。

髪をたなびかせ、紫色の力の奔流を翼のように纏ったナインは、こちらを一瞥してから回転した。

 

次の瞬間、巨大な竜巻が発生した。

その竜巻は、炎を飲み込んで巻き上げていき、同時に生成されていた2つの炎の竜巻すらも飲み込んで、極大の炎の柱として狭い島に打ち立てられていた。

これが、暴走?

情報として聞いてはいたけど、完全に甘く見ていた。

 

「この島もろともブッ壊す気か……!!」

 

『どうする!?まだ活真くんたちが……!それに、避難している人たちにも危険が……!』

 

周囲への被害を一切気にしていないその攻撃に爆豪くんが唸ると同時に、緑谷くんが後ろの岩陰にいる活真くんと真幌ちゃんを気にしている。

この中で、一番火力が出ないのは私だ。なら……

 

「後ろの2人は私が守る!!2人は全力で行って!!」

 

私は後方に吹き飛びながら、炎の柱と活真くんたちの間に身体を滑り込ませる。

それを確認した緑谷くんは、返事はしていないけど心配することはなくなって、『絶対に止める!!』という決意を胸に目の前の脅威に向き合っていた。

 

「ワンフォーオール……100%!!!」

 

「あんなもん、最大火力でフッ飛ばす!!!」

 

2人は、炎の柱に向かって飛んでいった。

私もあの2人ほどじゃなくても、ここからできることがある。

熱風に煽られながら両手を上にあげて、漲っている波動を放出して頭上で循環、圧縮して波動弾を形成していく。

普段はバレーボールくらいの大きさが関の山だけど、今は数mはあるかというくらい巨大な波動の塊になっていた。

 

「デトロイトスマァアアアアッシュ!!!」

 

「ハウザーインパクトォオオオ!!!」

 

「巨大……波動弾!!!」

 

2人が攻撃するのに合わせて、私も作り上げた波動弾を炎の柱に向けて射出した。

私たちが放った一撃と炎の柱が激しく衝突し、そのエネルギーの余波が気流を乱していた。

 

だけど、私たちが放った渾身の一撃は、ナインが操る炎の柱によってそれ以上の力で押し返されて、弾かれてしまった。

炎の柱から発生し続けている渦巻く炎が、辺り一帯に猛威を振り続けている。

竜巻が破壊した岩々が、気流から外れて周囲に降り注ぎ始めていた。

その一部が、活真くんたちの頭上に迫っていた。

 

 

 

ダメだ。破壊は間に合わない。

私だとノータイムで破壊出来るのは精々2つ。

今降ってきている10を超える数の岩に対処なんてできない。

なら、私が取れる手段は……

 

「真幌ちゃん!!活真くん!!」

 

2人の方に吹き飛んで抱え込み、自分の身体の下に入れて庇うことだけだ。

気休め程度の効果しかないだろうけど、背中側に波動を集中して身体強化をかける。

大量の岩が、私の背中に次々と落下してきた。

凄まじい衝撃と激痛が襲ってくる。

少しの間耐えて、なんとか2人は庇い切ったけど、それで動けなくなってしまった。

 

「瑠――ん!!――さん!!」

 

真幌ちゃんと活真くんが私に縋って呼びかけているのが分かる。

だけど、朦朧とする意識ではその声すらもまともに認識できていなかった。

 

薄れゆく意識の中で、周囲の波動を感じ続ける。

そんな中で、信じがたい思考を察知した。

 

『方法が1つだけ……たった1つだけある……』

 

『私の"個性"は、聖火のごとく引き継がれてきたものなんだ。力を譲渡する"個性"』

 

『ヒーローは守るものが多いんだよ……だから、負けないんだよ……!』

 

『ヒーローとは、常にピンチをブチ壊していくもの!!』

 

『守る方法が……』

 

『勝つ方法が……』

 

『『たった1つだけ……!』』

 

緑谷くんのOFAが、爆豪くんに、譲渡されていた。

確かに、それなら可能性はある。

2人のOFAがいれば、打倒することもできるかもしれない。

でも、それじゃあ、緑谷くんは……

なのに緑谷くんは、一切の後悔をしていなかった。

 

「「デトロイトォォォォォスマァアアアアッシュ!!!」」

 

2人が放った拳による一撃が、天を貫いた。

暗雲を吹き飛ばして、そこから希望の光が降り注いでいた。

 

「活真……くん……あり……がとう……」

 

私は激痛に苛まれる身体に鞭を打って、起き上がった。

今まで細胞活性をかけてくれていた活真くんのおかげで、なんとか動ける。

そのまま波動を噴出して、並んで立つ2人の後ろに崩れ落ちそうになりながら降り立って、2人の背中に手を添えた。

 

「私の……ありったけ……!!持って行って……!!」

 

今出せる波動を限界まで絞りだして、2人に譲渡していく。

私の身体が薄く光を纏って、バチバチと波動が迸っている。

それでも、できる限りの量を2人に注ぎ込んだ。

せめて、全力で戦いやすいように。

 

「かっちゃん、行こう!!」

 

「ああ!?俺に命令すんじゃねぇ!!」

 

私の声かけにしっかりと頷いてから、崩れ落ちる私を振り向くことなく、2人はナインに向かっていった。

ナインから使い魔と爪弾が、次々と繰り出される。

迫りくるそれらをいなしながら、2人は倒れそうになりながらも、着実に近づいていった。

爆豪くんが地面を、城壁を溶かして、そのままナインを弾丸のような速度で強襲した。

バリアでなんとか防いだナインに対して、爆豪くんはその場で大爆発を放った。

爆風で飛ばされる爆豪くんと入れ替わるように、緑谷くんが抉られた地面を滑走してくる。

凄まじい速度で空中へ飛び出すと、高速回転しながらバリアを張るナインに向かって突っ込んでいった。

何層も張られているバリアが一気に破壊されて、桁違いの威力による衝突で、凄まじい光が生じながら大爆発が起こった。

その爆発とプラズマの発生によって、ナインは上空へと吹き飛ばされた。

そんなナインを、緑谷くんと爆豪くんが即座に追った。

 

「スマァアアッシュ!!!」

 

ナインも抵抗しようとしていたけど、その身体に緑谷くんの渾身の蹴りと、爆豪くんの大爆発が突き刺さった。

一瞬で海まで届いた炎とともに、ナインは遥か遠くまで吹き飛ばされていった。

2人も、力尽きたように瓦礫とともに落下してきている。

 

「これ……で……なんと……か……」

 

感知範囲内に、ホークスと思われる形の波動が入ってきた。

そこまで認識して、私の目の前は真っ暗になった。



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島とお別れ

「いってええええ!!どうなってんだ、こりゃあ!?」

 

爆豪くんのその叫び声で目が覚めた。

活真くんやリカバリーガールから治療を受けている緑谷くんや爆豪くんの横で寝かされていたようだった。

ちょうど爆豪くんがリカバリーガールに個性を使われていたところだったらしく、その様子を真幌ちゃんが凄い表情で凝視していた。

 

身体は何とか動く。

起き上がると、部屋の中にいた皆の視線が集まったのを感じた。

 

「波動さん!よかった!」

 

「瑠璃さん!目が覚めたのね!」

 

「ん……動けそう……大丈夫……ありがと……」

 

緑谷くんと真幌ちゃんがすぐに笑顔で声をかけてくれた。

活真くんもこっちをちらちら気にしているけど、緑谷くんの治療中だったみたいで、そっちに集中しているようだった。

……緑谷くんが全く暗い雰囲気じゃない。

強がりとかやせ我慢でもない。

個性が無くなったはずなのに、どういうことだろうか。

そう思ってテレパスをかける。

 

『緑谷くん……大丈夫なの……?個性……』

 

『うん。なんでかは分からないけど、OFA、僕の中に残ったままだったんだ』

 

どういうことなんだろうか。

確かに爆豪くんがOFAを使っていたから、譲渡していたと思うんだけど。

爆豪くんは爆豪くんでナインとの闘いの最後の方を全く覚えていないみたいで、腕が赤黒く変色していることに疑問符を飛ばしながら悶えている。

意味が分からない。

あれで譲渡できてなかったならどうすれば譲渡完了という扱いになるんだ。

OFA、相変わらず謎過ぎて理解が追い付かない。

 

それにしても、爆豪くんの腕はリカバリーガールの治癒を受けたはずなのに赤黒いままだ。

体力が足りなくて治療しきれないんだろうか。

爆豪くん、すごく痛そうだし、ちゃんと治癒しきるためにも私が手伝った方がいいかな。

 

「……リカバリーガール……治癒……手伝います……」

 

私の提案を聞いた瞬間、リカバリーガールの表情が凄く険しいものに変わった。

 

「馬鹿言ってんじゃないよ!あんた波動の枯渇で死にかけてた自覚あるのかい!?まだ回復しきってないのに譲渡なんてさせるわけがないだろう!黙って寝てるんだよ!」

 

「ご……ごめんなさい……」

 

リカバリーガールがかつてないほどの剣幕で叱りつけてきた。

波動が回復しきっていないのも承知の上で、できる範囲で譲渡する提案のつもりだったんだけど。

……でもこれも言い訳か。

リスクがあるのは確かだ。安全を考えるならやらないに越したことはない。

リカバリーガールも認めてくれそうにないし、私は言われた通り寝ていることしかできなかった。

 

 

 

しばらく休息と睡眠を取って、ようやく普段の状態まで戻った。

緑谷くんと爆豪くんももうすっかり良くなっている。

真幌ちゃんと活真くんは私たちの回復を確認してから、ちょうどナインの襲撃で負った怪我による入院生活が終わって帰ってきた父親のお迎えをしていた。

2人ともナインに立ち向かった気丈な姿からは想像できないほど子供らしい満面の笑みを浮かべて、父親に抱き着いていた。

私たちも2人の子供らしいその姿を微笑ましい思いで見てから、再会を邪魔しないように静かに事務所に戻った。

A組の皆はボロボロに破壊された島の復興の手伝いに出ていて今は事務所にいない。

どこも人手が足りないのだ。

高校生とはいえ、ヒーロー候補生の手伝いは非常に重宝されていた。

私たち3人は重傷や長時間の気絶という状態だったこともあって、今日までは手伝いは免除。

明日から事務所に復帰して復興の手伝いをすることになっていた。

 

実務的ヒーロー活動推奨プロジェクト自体は公安からすぐに中止を指示されていた。

だけど、こんな状況になってしまった島を見捨てるなんてことが皆に出来るはずもなかった。

数日後に来るという後任のヒーローが来るまで続行させて欲しいと嘆願した結果、渋々ではあったものの了承してもらえたのだ。

こんな事態に陥った手前、公安としてはすぐにでも私たちを引き上げさせたかったみたいだけど、オールマイトや相澤先生の口添えでどうにか納得してもらえたという感じだった。

 

その後に、警察と公安が私に対して今回の件の事情聴取をしてきた。

警察の思考を見る限り、事情聴取自体はもう皆にしてあって、公安が私に聞こうとしているのはヴィラン連合のことのようだった。

ただ、尋問の内容は皆から伝わっているみたいだし、それ以上の情報はない。

個性の複製の可能性、普通の人間に他人の個性因子を適合させる実験とかの情報を教えたら、顔を青ざめさせて絶句するなんていう皆と同じ反応をしていた。

治療が終わったばかりということで、この場はそれでお開きになったけど、なんとも言えない感じだった。

 

 

 

翌日からは予定通り私たち3人も復興作業の手伝いを始めた。

あまりの惨状にちょっとくらい負の感情を抱いている人がいるのかと思ったらそうでもなくて、島の人たちは命が救かったんだからなんとでもなると考えているようだった。

ちょっと理解しがたいポジティブ思考だけど、それでもそんな思いで島の人たちは奮起していて、島がキレイになっていくにつれて笑顔が戻っていっていた。

私は基地局が無くなって連携に困っていた島の人たちの依頼を受けて、商店街とかの建物が多いエリアの中心で、テレパスを利用した電報や電話紛いのことをしていた。

私がテレパスができると島の人たちが理解してからは、こちらをメインにやっていた感じだ。

ヒーローへの協力要請から伝言、呼び出し、居場所の確認などなど、結構な人数が常に周囲にいて、お願いされる電報、伝言のメモが山のように形成されていた。

 

「ばあちゃんがまたぎっくり腰になっちまってねぇ。飯田くんとか、どなたかヒーローの手を借りたいんだけど……」

 

「分かりました……少々お待ちを……」

 

『飯田くん……その地点から西に150m……南に400mの地点で……佐藤さんがぎっくり腰になってる……救助要請……』

 

『分かった!すぐに向かう!』

 

「飯田くんに伝えました……今から向かってくれます……」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「新島さんに伝えてほしいことがあってね、これなんだけど。急ぎじゃないから頼めるかい?」

 

「分かりました……今は範囲内にいないので……入り次第伝えておきます……」

 

「田中さんを港に呼び出せるか?いい加減保存食だけじゃ飽きが来る頃だし、漁に出るから一緒にどうかって感じで」

 

「田中さん……はい……すぐに伝えます……」

 

「瑠璃さん!活真が迷子になっちゃったの!」

 

「落ち着いて真幌ちゃん……活真くんは……―――」

 

範囲内にいれば即テレパス、いなければ入ってきたらテレパスという作業を繰り返していたせいか、島の人たちの波動を大体覚えてしまった。

それもあってか、最終的には名前を言われてその人が範囲内にいれば即特定してテレパスできる程度には熟練度が上がってきていた。

 

 

 

そんなこんなで数日後。

後任のヒーローが島にやってきた。

私たちA組は最低限の引き継ぎを行って、晴れて任期満了となった。

 

その翌日。私たちは誰もいない朝靄のかかる漁港で、公安委員会が用意した特別輸送船に乗り込んでいた。

 

「何も黙って帰ることなくね?」

 

「ねぇ」

 

荷物を積み終えた皆は、デッキに上がって名残惜しそうに島を見つめていた。

そんな中で発された上鳴くんのそんな声に、三奈ちゃんが同意を示していた。

 

「復興の邪魔をするわけにはいかない」

 

「ん……最低限……大まかな修繕はしたし……通信基地の再建も確認した……出来ることはしたはず……」

 

言った通り、大まかで最低限の修復はしたし、通信基地も急ピッチで再建されて電話が通じるようになった。

まだ住む家が無くて日常生活に戻ったと言えないような状態の人もいるけど、それでも最初の状態よりはマシになっていた。

だけどまだそんな状態だから、見送りなんかで時間を取らせるのは良くないってことで、島の人たちには内緒で帰ることにしたのだ。

 

「ま、黙って立ち去るのも……」

 

「ヒーローっぽいか」

 

「ええ」

 

上鳴くんに続く形で切島くんが納得する。

そんなかっこつけとも取れるようなセリフには、百ちゃんも同意していた。

 

そんな風に和気藹々とこっそり立ち去ることに関して話していると、活真くんと真幌ちゃんが手を振りながら船に向かって走ってきた。

 

「おーい!おーい!みんなー!!」

 

その元気な声に皆もすぐに気が付いて、笑顔で手を振り始める。

活真くんたちはそんな私たちを確認してから、大きく息を吸い込んだ。

 

「島の人たちを!」

 

「守ってくれて!」

 

「「ありがとう!」」

 

まるで島民を代表するかのように感謝の気持ちを伝えてくれる2人に、皆の笑顔がさらに深くなった。

船に向かって走り続ける真幌ちゃんは、私を見つけると声を大きく張り上げた。

 

「瑠璃さん!私!ちゃんと活真を守れるように頑張るから!もうやり方を間違えたりしないから!」

 

「ん……やっぱり真幌ちゃん……いいお姉ちゃん……」

 

真幌ちゃんの活真くんを想う心は相変わらず純粋でキラキラしていて、私も思わず笑顔を浮かべてしまった。

真幌ちゃんに向けて、しっかりと頷いて手を振り返しておく。

そんな中、活真くんは緑谷くんが一番上のデッキにいるのを発見すると、一際大きく声を張り上げた。

 

「デク兄ちゃん!僕、強くなるからね!お父さんと姉ちゃんを守れるくらい強くなるから!そして、デク兄ちゃんやバクゴーみたいな、かっこいいヒーローに絶対なってみせる!」

 

「……その言葉ぁ忘れんな、クソガキ」

 

「活真くーん!!君は……!!君は、ヒーローになれる!!雄英で待ってる!!」

 

緑谷くんは泣きそうになりながら笑顔を浮かべて大きく手を振って叫んでいた。

爆豪くんですら満更でもなさそうな笑みを浮かべている。

それにしても緑谷くん、雄英で待ってるなんて言って、活真くんが雄英に入れるようになるくらいの頃に雄英にいるつもりなんだろうか。

留年?教師?

多分緑谷くんはそこまで考えたりしていないんだろうけど、活真くんが本気になればヒーローになるのはそう難しいことじゃない。

彼の治癒系統として見ても上位に当たるであろう、リカバリーガールに匹敵するとすら見ることができる個性。どこへだって引く手数多だ。

そんな個性があって、あれだけ純粋で温かい、期待と希望を抱いている少年なら、きっとヒーローになれる。

後は彼の頑張り次第。雄英を目指すのは中々難しいと思うけど、そのあたりは真幌ちゃんがいる。

今の真幌ちゃんなら、活真くんがヒーローを目指すのを否定しないで、全面的に協力してあげるだろう。

2人の力が合わされば、きっと雄英にも入ることができる。

そうすれば、いつか本当に雄英高校で会えるかもしれない。

そう思うと、胸がポカポカしてくる気がした。



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近づくクリスマス

那歩島から戻ってきて数日が経った。

常夏と言っていい那歩島にいたせいもあって感覚が完全に狂っているけど、こっちはもうクリスマスも間近なのだ。

明日が終業式で、明後日から冬休みになる。

まあ冬休みとは言ってもヒーロー科は夏休み同様にトレーニングがあるんだけど。

そんなことを考えていたら、先生たちが職員会議を始めていた。

実務的ヒーロー活動推奨プロジェクトが実質的に計画中止ということになってしまったせいで、代替案としてなのか"ヒーロー科全生徒の実地研修実施"の要請が来たらしい。

つまり、インターンを再開しろと急かしてきたのだ。

先生たちは学徒動員かと憤りを覚えている。

だけど一方で公安から極秘裏にとは言えそんな要請が来たことで、尋常じゃない何かがあるというのは察しがついていたようだった。

文句を言いながらではあっても、反対意見を出すような人はいなかった。

校長先生は『"冬休みの課題"だね』なんて考えている。

つまり冬休み中に全員インターンに行かせるのか。

全員となると、どう割り振るつもりなんだろうか。

ある程度の実績がある事務所となるとそんなに数はないんじゃないだろうか。

体育祭の後に配られたあのプリントからさらに絞られる可能性も考えると、1か所に複数人とかじゃないと無理な気がする。

私はこの前のままミルコさんのところでやらせてもらえる感じだろうか。行かせてもらえるなら嬉しいんだけど。

でもまだ通達もないし、今考えても仕方ないか。先生たちもこれから詳細を詰める感じだろうし。

 

 

 

そんな深刻な感じの会議を先生たちがしている中、A組の寮は浮かれ切っていた。

 

「パーティーしようよ!パーティー!」

 

「いいじゃん!あとは、クリスマスと言えばプレゼント交換とか!」

 

「いいなぁそれ!」

 

透ちゃんがそんな感じで声を張り上げたのを皮切りに、大盛り上がりでクリスマスパーティーの相談が始まっていたのだ。

三奈ちゃんとか上鳴くんとか、騒ぐのが好きな人が率先してどんどん意見を出していっている。

皆も拒否している様子はないし、笑顔で応じていた。

飯田くんのお誕生日会の準備をしていた時を思い出してしまう。

 

それにしても、プレゼント交換か。

皆でプレゼントを持ち寄って交換する感じでやるみたいだけど、何がいいだろうか。

女子だけならハンドクリームとかも選択肢に入ってくると思うけど、男子もいるのを考えるとそういう性別で使用頻度が変わってしまう物は避けるべきだろうか。

悩む。

私がそんなことを考えている最中も、皆の話は進んでいた。

 

「じゃあ飾り付けは誕生日の時にやってるみたいなのをクリスマス仕様にするってことで……料理とかはどうする?」

 

「そのあたりはあまり凝ったものを作れない私たちで話しても仕方ないですし、蛙吹さんや波動さん、砂藤さんの意見を聞いた方がいいでしょう」

 

三奈ちゃんが料理の話を出したら、百ちゃんが私たちの方を見てきた。

まあ自分たちは手伝い程度しかできないのに勝手に決めるのは気が引けちゃうよね。

でも皆の思考は大体期待してる感じになっているし、私も嫌じゃないから特に拒否する必要性がない。

 

「ん……作るよ……何がいい……?」

 

「ええ。頑張って御馳走を作っちゃいましょう」

 

「ケーキはもちろんだが、料理に関しても任せてくれていいぜ!」

 

私たちが肯定的な返事を返した途端、皆が歓声をあげた。

そんなに嬉しいのか。

そう思って苦笑いしてると、私が希望を聞いたのもあって皆が文化祭の時のように希望を次々と言い始めた。

 

「チキン!!絶対食べたい!!」

 

「パエリア!」

 

「ドリア!!」

 

「アメリカンドッグ!」

 

「たこ焼き!」

 

「ポテト!」

 

「唐揚げ!」

 

「チョコフォンデュ!」

 

「み、皆……すごい勢い……」

 

皆が凄い勢いで希望を言ってくるのはいいけど、その内容はあまりにも系統が違うバラバラのパーティーであったら嬉しい料理という感じになっていた。

梅雨ちゃんと砂藤くんの方を見て一応確認すると、すぐに頷いてくれた。

当日、多分大変だけど頑張ろう。

直前に作らなくてもいいようなやつは前日に作り置きしておいて直前で温め直すとかでいいだろうか。

とりあえず内容はオードブルということにして、統一感はなくてもいいだろう。

 

「じゃあ……オードブルってことで……色々作るね……」

 

「チキン、どのくらい必要かしらね。悩んじゃうわ」

 

「2人とも、私も手伝うからね!」

 

「ん……ありがと……お茶子ちゃん……」

 

お茶子ちゃんがフンスと気合を入れながら声をかけてくれた。

お茶子ちゃんはレパートリーはそこまで多くはないけど、基本的なことは一通りできるから作り方さえ教えればちゃんと作ってくれるしすごく助かる。

おもちのレパートリーだけは洒落にならないくらい多いみたいだから、お正月とかは大活躍なんだろうけど。

 

「ケーキはどんなのがいい?シンプルにショートケーキでいいか?」

 

砂藤くんが皆に問いかけると、すぐに同意してくれていた。

クリスマスだし、誰かの好物に寄せたりせずに皆満遍なく美味しく食べることができる可能性の高いショートケーキはいい判断だと思う。

それにしても、砂藤くんのショートケーキ楽しみだ。

仮免取得おめでとうパーティーで作ってた大きなケーキもすごく美味しかったし、イチゴたっぷりのショートケーキとかも美味しそうだ。

 

そんなこんなで色々決めていった。

まあ決めていったとは言っても誕生日会とかの時と同じで途中からは役割分担したんだけど。

透ちゃんは飾り付け班。

私はいつも通り梅雨ちゃん、お茶子ちゃん、砂藤くんと料理班だ。

こういうのだと大体同じグループにはなれない。まあ料理となると透ちゃんは切ったりとかの基本的なことはできても、それ以上のことはあんまりできないから仕方ないんだけど。

 

料理の内容自体は、皆の意見を参考にオードブルの内容を決めていった。

チキンは丸々1羽売ってるところがあればそれを使いつつ、それ以外にももも肉のローストチキンをたくさん作ることで決定。

あとは希望のあった料理を中心に、色んな種類を、それぞれそこそこの量で作ることになった。

チョコフォンデュとケーキを砂藤くんが作ってくれることになって、それ以外にも量が必要なチキンの下拵えとかも手伝ってくれると言ってくれた。

だからチキンは皆で作って、それ以外の料理を私と梅雨ちゃん、お茶子ちゃんで分担して、甘い物系を砂藤くんに任せることになった感じだ。

その後は料理に必要な材料やその量を4人で相談したりしていった。

クリスマスイブ当日に買うんじゃ作るのが間に合わないと思うし、混みそうなのも困る。

そもそもイブが終業式だから午前中は準備できないのだ。

だから明日一度スーパーを覗きに行こうと思っている。

値段の確認や日持ちするものの購入を先に済ませて、足が早いものは前日に買う方針にした感じだ。

 

 

 

翌日、スーパーにはお茶子ちゃんたち以外にも透ちゃんたち飾り付け班の数人が付いてきてくれた。

期限的に大丈夫なものや、冷凍できるものを大量に買い込む予定だ。

食材の買い物をする前に透ちゃんたちと色々なお店を覗いたりもした。

皆プレゼントをどうするか悩んでいるようだ。

 

「プレゼントどうしようかなー」

 

「迷っちゃうよね……」

 

「どうせならびっくりさせたいよね!」

 

「……びっくり箱とかは……流石にやめようね……?」

 

「あはは!流石にそこまではしないよ!」

 

透ちゃんが若干不穏なことを言っているのが気になる。

どんなプレゼントにするつもりだ。

驚かせるってどういう方向性にするんだろう。

不安だけど、とりあえずびっくり箱とかじゃないならまあいい、のかな?

 

梅雨ちゃんはかわいい感じの雑貨を見てるし、お茶子ちゃんはなぜかお徳用大袋のおもちを凝視して悩んでいた。

梅雨ちゃんはいいとして、お茶子ちゃんはそれをプレゼントにするつもりなのか。

少なくとも自分用にする思考じゃない。プレゼントに悩んでいる思考をしながらの凝視だし。

おもち……まあ実用的ではある。誰がもらっても美味しく食べることができる。

そう考えると悪いプレゼントではないのか。

 

私はどうしようかな。

食べ物系も悪くはないと思うんだけど、物にしたいとは思っている。

そして梅雨ちゃんが悩んでいる雑貨の辺りとかを色々見て回りながら考えていたら、いい考えが浮かんだ。

これなら完璧だ!喜ばない人がいるわけない。

だって私なら嬉しいから!

とりあえず可愛すぎない感じの誰がもらっても使えそうなデザインの物を選んで買っておいた。

後は寮に帰ってから選別作業だ。

……あ、一応許可も取っておいた方がいいのかな。

うん。やっぱり許可も取っておこう。ダメって言われたらそれはそれで代替案もある。

私がそう考えながら小さく笑みを浮かべていると、透ちゃんが話しかけてきた。

 

「何かいいのあったの?」

 

「ん……!完璧なプレゼントを思いついた……!もらった人は運がいい……!大喜び間違いなし……!」

 

「あー、なるほどね……うん!きっとそうだね!」

 

透ちゃんが一瞬微妙な表情を浮かべていたけど、気にする必要はない。

だって同意を示してくれてるし。

透ちゃんが当たっても大喜び間違いなしなんだから。

そのまま透ちゃんは自分のプレゼント選びに戻っていった。

 

 

プレゼントも選び終わって、食材や飲み物もある程度買い揃えた。

皆意気揚々とパーティーの準備を進めている。

そんなに楽しそうじゃないのは爆豪くんくらいだろうか。

一応プレゼントは用意するように切島くんと上鳴くんが説得してくれていたから大丈夫だと思いたい。

ここで準備してくれないとちょっとなんともいえない空気になっちゃいそうだし。

企画班の百ちゃんが張りきって全員分のサンタ服を用意してくれたりもしていた。

そこに関しては百ちゃんにお願いして1つ子供用のサイズも作ってもらった。

教師寮の先生たちがパーティーをしてあげられるならいらないかなと思ってたんだけど、先生たちは色々忙しそうで準備とかは全然できてない。

まあ忙しい中でもエリちゃんのサンタさんになろうとほとんどの先生たちがプレゼントを用意してあげているみたいではあったけど。

でも、エリちゃんはこういうパーティーとかをしたことがないと思うから、できることなら参加させてあげたいなと思ったのだ。

百ちゃんに相談したら、すごく乗り気で小さな赤いサンタ服を作ってくれた。

インターン組でエリちゃんに渡しに行ったら、すごくキラキラした目でサンタ服を見ていた。

サンタさんへの期待で溢れるその思考がかわいらしくて、思わず笑顔になってしまったくらいだ。

 

そんな感じで皆でパーティーの準備を進めていった。

前日にチキンも買って、できる下拵えとかもやっておいた。

そしてついに、クリスマスイブ当日になった。



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クリスマスパーティー(前)

ついに今日はクリスマスイブだ。

予定通り終業式も午前中で終わって、大急ぎで料理も作った。

量が多いチキンの方はまあ予想通りの大変さではあったけど、オードブルとして色んな種類の料理をそこそこの量作るのが結構大変だった。

オードブルとはいっても私たち20人とエリちゃん、あとは付き添いで来るであろう相澤先生が食べる分まで考えると、全部ある程度の量が必要になる。

そんな大量の料理を私、お茶子ちゃん、梅雨ちゃんで目を回しそうになりながら作り上げた。

午前中からできればよかったんだろうけど、学校だったんだから仕方ない。

砂藤くんは砂藤くんでチキンの下拵えを一緒にした後、大量のケーキを集中して作っている。

皆も飾り付けとか色々凝りだしていて、そもそもの手が足りていないのだ。

まあエリちゃんも参加するし、結構豪華な感じにできそうだからいいんだけど。

 

 

 

外もすっかり暗くなって、料理はほとんど完成した。

後はチキンが焼きあがるのを待つだけだ。

さっきからお茶子ちゃんが目をまん丸にしてチキンを凝視している。

思考からしてブルジョワって感じだから、実家ではあんまりこういうのを食べられなかった感じかな。

まあ調理済みの物を買おうとするとチキンは高いし、自分で作れないなら仕方ないのかな。

 

「……お茶子ちゃん……味見……する……?」

 

「味見……いやいや、大丈夫!ごめんね!皆で一緒に食べた方がいいもんね!」

 

お茶子ちゃんは涎が垂れそうになりながらも遠慮してきた。

遠慮する瞬間だけ私の方を見てきたけど、すぐにオーブンの中で焼けてきているチキンの方に視線がいっている辺り期待を隠せてない。

微笑ましく思いながらその様子を眺めていると、赤いサンタ服を着た透ちゃんがキッチンに顔を出した。

 

「4人とも!そろそろサンタ服に着替えておいてね!エリちゃん来ちゃうかもしれないし!」

 

「ん……そうだね……相澤先生……今職員会議終わったっぽいし……そろそろだと思う……」

 

「それなら着替えてから料理を机に並べちゃいましょうか」

 

「じゃあ順番に着替えてこよっか!」

 

「あ、私がチキン見てるよ。焦げないように見てれば大丈夫?」

 

「助かる……多分後15分くらいはかかるから……大丈夫だとは思うけど……万が一焦げそうだったら……そこのミトン使ってオーブンから出してくれれば……大丈夫……」

 

透ちゃんが見ててくれるって言ってくれたから、チキンから出てる油を上にかけなおして再びオーブンの中に入れて、本当に見ているだけでいい状態にしてからキッチンを離れた。

一度部屋に戻って百ちゃんが準備してくれたサンタ服を出す。

私のは赤いサンタ服だ。

帽子のポンポンの部分が人によって形が違うのが百ちゃんのこだわりっぽい。

女子だとお茶子ちゃんが土星、梅雨ちゃんは蛙、三奈ちゃんは白黒で半々になっているポンポン、響香ちゃんが音符、百ちゃんが本、透ちゃんは透明をイメージしたのかなしだ。

私のは波動弾みたいな感じの綺麗な飾りが付いていた。

すごく軽いけど、なんの素材で作ってるんだろう。ちょっと気になる。

まあいいか。とりあえずササッと着替えてしまう。

女子のサンタ衣装はミニスカサンタといった感じで、タイツとロングブーツを組み合わせる感じになっている。

着替え自体はすぐに終わって、キッチンに戻った。

 

「あ、瑠璃ちゃん!衣装似合ってるね!」

 

「ありがと……チキン焼けたんだよね……あとは私がやるから……透ちゃんは……そこのお皿に載ってる料理……机に運んでもらってもいい……?」

 

「うん!任せて!」

 

ちょうどチキンがいい感じに焼けたタイミングっぽくて、透ちゃんがミトンをつけようとしていた。

褒めてくれる透ちゃんに応えつつ、チキンは私がやることにして透ちゃんには配膳をお願いした。

竹串を刺して焼き具合を確認してから作業を進める。

タコ糸とかを取って、お皿に移して、焼いた野菜も一緒に盛り付けて見栄えをよくしていく。

チキンの切り分けは向こうで、皆の前でやるのがいいだろう。

食べやすいもも肉のチキンをいっぱい用意した上で丸鶏のローストチキンを作ったのは見栄えの為でもあるし。

エリちゃんとかこれを見たらきっと目を輝かせるんじゃないだろうか。

 

チキンも机の方に運んでしまう。

私たちがオードブルを作るために早い時間から料理をするのを察した百ちゃんが、大きめの卓上保温プレートなるものをいくつか創造してくれていたのだ。

これがあるとお皿ごとこのプレートに載せておくだけで温かく保ってくれるらしい。

何これ便利。オードブルをビュッフェ形式で時間をかけて少しずつ食べていく関係上、温め直しても冷める可能性を心配していたけど、これならゆっくりと時間をかけても美味しく食べられると思う。

 

 

 

そんな感じで準備も終わって、後はエリちゃんが来るのを待つだけになった。

皆ソファに座ったりして雑談をしながら待っていた。

 

「インターン行けってよー。雄英史上最も忙しねぇ1年生だろコレ」

 

切島くんがホームルームで先生からされた話を切り出した。

結局全員行くようにという通達があって、今までインターンに行ってた人はその事務所で良ければそれで良し。

事情があって同じ所に行けない人や新しく選ぶ人の中で体育祭で指名があった人は、そのリストを学校側で既に取捨選択してくれてるからそこから選択可。

それ以外でも学校側提供のリストから選択といった感じだった。

この学校側提供のリストに関してはなかなか豪華だった。

ヨロイムシャやウォッシュ、チームラーカーズにギャングオルカ、マジェスティックなどなど。トップランクヒーローから聞いたことがあるヒーローまで豪華なメンツが揃っていたのだ。

先生たちが安全確保のためにどれだけ尽力したかがこのリストから伝わってきた。

 

「2人はまたリューキュウのとこ?」

 

「そやねぇ。響香ちゃんは?」

 

「ウチは……あのリストの中だとギャングオルカかな。感知に関して相談出来そうなのがそれくらいしかいなかったし」

 

「ん……確かにそうかも……超音波を感知に利用するギャングオルカは……響香ちゃんにとってはいい相談先かも……」

 

響香ちゃんはギャングオルカのところを候補として考えているらしい。

確かにあの中で感知に関して聞きたいならギャングオルカが1番だろう。

そう考えると障子くんもギャングオルカのところだろうか。

 

「瑠璃ちゃんはミルコのところだよね!」

 

「ん……ミルコさんに……ダメって言われなければ……透ちゃんは……?」

 

「私はまだ悩んでるかなー。職場体験させて貰ったところは今回は弾かれてたし、隠密活動してるようなヒーローリストにいなかったし」

 

「そっか……じゃあ……ゆっくり考えて決めた方がいいね……」

 

透ちゃんはまだ決めかねているらしい。

あのリストだと透ちゃんにぴったり合うところとかはなかなかないだろうし、どういうことを学びたいかと言う視点で選んだ方が良さそうだ。

そう考えると相澤先生に指摘されてた決定打の欠如とかを克服できるようなヒーローのところとかはありかもしれない。

ナイン相手にやって貰った目潰しも決定打と言えば決定打だけど、透ちゃん単体であれをやるのはリスクが大きいし。

 

「聖夜最高」

 

……ブドウ頭が私たちの方にスマホを向けて妄言を宣っていた。

覗きだけじゃなく盗撮もするのかこのブドウ頭。

いちいち注意するのも面倒だし、とりあえず睨んでおくだけにしておく。

パーティーの前に雰囲気を悪くするのもよくないだろうし。

 

「緑谷くんはどうするんだい、その……ナイトアイ事務所……」

 

「ナイトアイは活動休止だけど、センチピーダーが引き継いでるんだろ!?久々に会えるじゃねぇか!」

 

「僕もそう思ったんだけど……忙しくてそれどころじゃないみたいで。グラントリノもダメだから、今宙ぶらりん」

 

「そっかぁ」

 

緑谷くんは緑谷くんでインターン先で悩んでいるらしい。

ナイトアイは最近義手と義足でリハビリを始めたと聞いたけど、それでもヒーロー活動なんてするにしてもまだまだ先だろうし、引き継ぎをしたばかりのセンチピーダーに面倒を見る余裕はない。

グラントリノもヴィラン連合にかかりきり。

なんというか、仕方ない気もするけど運がないな緑谷くん。

まあ轟くんがインターンに誘うのを考えているから大丈夫だとは思うけど。

 

そんな真面目な話をしている裏で、三奈ちゃんがある企みをしていた。

 

「コソコソなんだコラ」

 

「え?なんのこと?」

 

どうやら爆豪くんにサンタ服を着せたいらしい。

……私も協力するか。

クソチビ呼ばわりされてる仕返しだ。

いつか何か仕返しをしようと思っていたのに色々あって特に何もできてないし、爆豪くんは着るのを心底嫌がっているし、エリちゃんのためにも皆でサンタ服を着ておきたいし。

私の心がスッとする、爆豪くんがイライラする、エリちゃんが楽しくなる、一石三鳥だ。

そう思った私は爆豪くんの視界や意識の外を移動して忍び寄り始めた。

 

「爆豪はジーニストか?」

 

「あ!?」

 

切島くんが爆豪くんに話を振った瞬間、上鳴くんが爆豪くんに帽子をかぶせた。

やるな上鳴くん。

爆豪くんは爆豪くんでベストジーニストが行方不明になっていることに思うところがあるのか、無言で帽子を脱ぎ捨てた。

そして爆豪くんが切島くんに返答したタイミングで、三奈ちゃんが爆豪くんの背後から飛び掛かってサンタ服を羽織らせた。

 

「今更有象無象に学ぶ気ぃねぇわ……着せんじゃねぇよ!!」

 

爆豪くんが自分の背後にサンタ服を叩きつけて三奈ちゃんに文句を言い始めた。

三奈ちゃんからは私が見えているから何をしようとしているか分かっている。

そのまま気を逸らすように爆豪くんと話し始めてくれた。

 

「着なよー同調圧力に屈しなよー」

 

今だ。

拾い上げたサンタ服の袖を無理矢理爆豪くんの腕に通して半分くらい着せた。

そのまま三奈ちゃんが正面から一気にサンタ服を着せてくれる。

上鳴くんもすごい勢いで帽子をかぶせてくれた。

サンタ爆豪くんの完成だ。

 

「っ……なにしやがんだクソチビに黒目にアホ面ぁ!!!」

 

「ふっ……いい仕事した……」

 

「ナイス波動!」

 

三奈ちゃんといえーい!って感じでハイタッチしてしまう。

爆豪くんもいい加減埒が明かないと思ったのか、そのまま脱いだりせずに大人しく着たままでいてくれた。

いい仕事をしてしまった。満足感が凄い。

 

そんな感じで私たちがわちゃわちゃとしていると、インターンの話を続けていた皆の方で峰田くんが吠えていた。

 

「清しこの夜だぞ!!いつまでも学業に現抜かしてんじゃねーーー!!!」

 

峰田くんも峰田くんで極端な文句を言ってるな。

まあこれに関してだけは気持ちは分からなくもないけど。

 

「まぁまぁ、峰田の言い分も一理あるぜ。御馳走を楽しもうや!」

 

峰田くんの文句に同意しながら、完成したケーキを持った砂藤くんもキッチンから出てきた。

ケーキも食卓に並んだことで、完全に準備は完了した。

あとは寮の目の前まで来ているエリちゃんを迎え入れるだけだ。



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クリスマスパーティー(後)

「遅くなった……もう始まってるか?」

 

静かに扉が開いて、相澤先生とエリちゃんが入ってきた。

エリちゃんは子供用のワンピース風のサンタ服を着ている。

エリちゃんの帽子のポンポンはノーマルな白いやつが付いている感じだ。

すごく似合ってる。

 

「とりっくぉあ、とりとー……?」

 

「違う、混ざった」

 

「「「サンタのエリちゃん!」」」

 

エリちゃんが頬を赤く染めながらちょっとズレたことを言っている。

確認するように先生の方を向いている姿がかわいい。

私も含めたエリちゃんと面識のあるインターン組はエリちゃんの方に近寄って行った。

 

「かっ可愛~!」

 

「似合ってるねぇ!」

 

「通形先輩はいないんすか!?」

 

「今日はこっちでと伝えてある。クラスの皆と過ごしてるよ」

 

お茶子ちゃんだけヘッドスライディングで滑りながら近寄っている。

あれ、痛くないんだろうか。

 

「おにわそと、おにわうち」

 

「それも……ちょっと違うね……」

 

豆をまき始めるエリちゃんに苦笑しながら声をかける。

パーティーに誘った時点で、色んな行事について調べていたということだろう。

エリちゃんのポケットに卵が2つ入っているのも見えるから、イースターのことまで混ざってるみたいだし。

それだけ期待してくれていたようだ。

 

「卵に絵かいた」

 

「それはイースター!」

 

「ありがと……絵……上手だね……」

 

エリちゃんはそのままポケットから2個の絵が描かれた卵を取り出すと、私とお茶子ちゃんの手に1個ずつ乗せてくれた。

すごく凝ってる。時間をかけて作ったのがよく分かる出来だった。

 

「エリちゃん、ジュース飲む?」

 

「飲む!」

 

三奈ちゃんがコップを持ちながら声をかけてあげている。

ちゃんとリンゴジュースを選んであげていた。

エリちゃんがジュースを持ったのを確認して、皆もそのままの流れでジュースを手に持った。

 

「さて、それでは~―――」

 

「「「Merry Christmas!!!」」」

 

「め、めりー、くりすます!」

 

三奈ちゃんの音頭で皆で一斉にコップを掲げて乾杯をした。

エリちゃんも見様見真似でコップを掲げている。

そこからはもう大騒ぎだ。

お腹が空いていた皆が一斉に料理を手に取り始めた。

お茶子ちゃんなんて一目散にチキンを手に取っている。

透ちゃんもパエリアをお皿に取り分けていた。

 

「いっぱい作ったから……そんなに慌てなくてもいいのに……」

 

「ルリさんがつくったの?」

 

私が苦笑いしていると、エリちゃんが心なしかキラキラした目で見上げながら声をかけてきた。

しゃがんでエリちゃんに目線を合わせて答える。

 

「ん……そうだよ……お茶子ちゃんと梅雨ちゃん……砂藤くんとも協力したけど……並んでるご飯は全部私たちの手作り……いっぱい食べてね……」

 

「うん!」

 

エリちゃんも食べ物の方に駆けて行った。

目が輝いているし、涎も垂れそうになっている。

凄い量が並んでいる御馳走に心が奪われているようだった。

相澤先生と話していた緑谷くんがすかさずエリちゃんに近づいてサポートしてあげ始めた。

気が利いてるな緑谷くん。私がサポートしようかと思ったけど、緑谷くんがいるなら必要ないか。

 

「瑠璃ちゃんも食べなよー!」

 

「ん……そうだね……」

 

透ちゃんも呼んでくれたし、透ちゃんの隣に移動して私も食べ始めた。

 

 

 

そこからは結構カオスな感じだったけど、賑やかな楽しいパーティーが繰り広げられた。

ダークシャドウが宙を舞って食事を物色していたり、砂藤くんが渋々席についていた爆豪くんの口にチキンを放り込んでいたり、髭までつけたサンタ飯田くんの指揮で響香ちゃんが生演奏で歌い始めたり、その横で透ちゃんが踊り始めたり。

青山くんが僕のきらめきショーとか言って文化祭で提案していたことを皆の前でやり始めたり。

お茶子ちゃんなんてチキンを持って小躍りしていたし、普段からにぎやかな皆なのに、今日はいつにも増して賑やかな感じだった。

相澤先生はそんな大騒ぎも見ているだけと言った感じだったけど、障子くんが飲み物を持って行っていた。

流石にそれだけだと何ともって感じだし、食事も持って行こうかな。食べないとは言わないだろうし。

お皿にオードブルを色んな種類少しずつと、チキンを乗せて先生の方に持って行った。

 

「先生も……どうぞ……」

 

「ん?あぁ、俺のことは気にしなくていい。あくまで付き添いで来ただけだからな」

 

「いえ……腕に縒りをかけて作ったので……ぜひ食べてください……」

 

「……分かった、ありがたくいただこう。すまんな」

 

先生も渋々ではあったけど受け取ってくれた。

学生が主体的にやっている集まりにいること自体、先生的には思うところがあるみたいではあった。

楽しい催しに先生がいることで委縮することを嫌っているっぽい。

エリちゃんの為に来たとはいっても、なるべく邪魔しないように隅で気配を消そうとしていたのだ。

エリちゃんの保護者役として微笑ましく見守っているのは分かるけど、それだけだとこっちが気になってしまう。

ずっと見ていても食べづらいだろうし、早々に皆の方に戻った。

 

「このパエリアおいしいねー!」

 

「なら良かった……」

 

「これ作ったの瑠璃ちゃん!?」

 

「ん……パエリアは私……ドリアが梅雨ちゃん……唐揚げはお茶子ちゃん……他も分担して作ってる……」

 

「すっごく美味しいよ!」

 

透ちゃんはパエリアがお気に召したみたいで、すごい勢いでかき込んでいた。

ちょっと行儀が悪い気もしないでもないけど、率直に褒めてくれて私も嬉しくなってしまう。

透ちゃんもニコニコ笑顔で美味しそうに食べてくれているし、食べ方なんか気にしてても仕方ないか。

私もチョコフォンデュと砂藤くんお手製のケーキを食べないと。

何個くらいなら食べていいだろうか。

エリちゃんがリンゴのチョコフォンデュにはまっているみたいだし、一緒に横でチョコフォンデュを楽しもうかな。

 

 

 

「皆!そろそろプレゼント交換に移ろう!プレゼントを取り出したまえ!」

 

「おー!」

 

食事もだいぶ減ってきた頃、飯田くんが皆に声をかけた。

皆意気揚々とプレゼントを取り出していく。

障子くんも珍しくわくわくした感じでプレゼントを掲げていた。

それにしても……

 

「……常闇くん……?」

 

「なんだ?」

 

「正気……?」

 

「いたって正気だが」

 

「そっか……うん……ならいいんだ……」

 

常闇くんは大真面目に大剣のレプリカをプレゼントとして持ってきていた。

百ちゃんとかも大概だと思うけど、常闇くんのそれはどうなんだ。

本人が大真面目だからこれ以上ツッコむのも野暮……なのかな……?

とりあえず中身が分かり切っている常闇くんのもの以外に言及してしまうと皆の楽しみが減ってしまうし、余計なことは言わないでおこう。

 

「では中央にひとまとめにして、各々のプレゼントにリボンをつけよう!そのリボンを同時に引き、もらうプレゼントを決定する!」

 

飯田くんの号令で、皆が部屋の中央にプレゼントを積み上げ始めた。

爆豪くんも再三言われたのもあって一応プレゼントを準備していて、渋々積み上げている。

皆セットが終わって、箱の山から伸びるリボンも肉眼で見ているだけではどのプレゼントにつながっているか分からない状態になった。

それを確認した飯田くんがすぐに号令を発し、皆でわちゃわちゃとリボンを選び始めた。

 

「どれにしようかな~」

 

透ちゃんは鼻歌混じりにリボンを選んでいた。

その様子を眺めていたら、透ちゃんに声をかけられた。

 

「あれ、瑠璃ちゃんは選ばないの?」

 

「ん……私……プレゼントの中身も……つながってるリボンも……全部見えてるから……最後でいいよ……」

 

「そうなの?」

 

透ちゃんがちょっと寂しそうに確認してくるけど、私が再度頷くとそれ以上何も言わずにプレゼント選びに戻っていった。

それはそれとして……上鳴くんが選ぼうとしているリボンは止めてあげた方がいいか。

流石にかわいそうだ。

他の人には聞こえないように上鳴くんにこっそり声をかける。

 

「上鳴くん……」

 

「お?どうした波動?」

 

「それ……自分のプレゼントのリボンだよ……変えた方がいい……」

 

「うえ!?マジか!?」

 

「ん……マジ……」

 

「さ、さんきゅーな!」

 

上鳴くんは慌てて別のリボンを選びに行った。

今の会話が聞こえた人がいたら上鳴くんのプレゼントが分かっちゃうし、近くで選ばれてないやつと混ぜてしまおう。

 

それから少しして、皆リボンを選び終わった。

爆豪くんはプレゼントを置いて早々に立ち去ろうとしていたけど、上鳴くんが爆豪くんの足にリボンを巻き付けていた。

相変わらずな感じだ。

私はそれも終わった後に残ったリボンを手に取った。

 

「よし、では引くぞ!せーの!!」

 

掛け声とともに、プレゼントが宙を舞った。

私の所にも、不慣れではあるけど、一生懸命包んだのが分かる感じの箱が飛んできた。

誰のプレゼントかは分かっている。

中身はビーズのブレスレットだ。

 

「ん……綺麗……」

 

パパっと腕に着けてしまう。

うん。いい感じだ。

今はプレゼントに夢中になってるみたいだから、落ち着いたらつけているところを見せてあげよう。

まあ夢中になってるプレゼントがちょっとアレなんだけど。

 

「私は……おぉ!?手鏡だ!」

 

「かわいい手鏡だね……」

 

「ね!すっごくかわいい!梅雨ちゃんのプレゼントだってすぐ分かる!」

 

隣で箱を開けている透ちゃんは梅雨ちゃんが選んだ蛙型の手鏡を引いたらしい。

透ちゃんが手鏡を使うかって言われると微妙なところなんだけど、少なくとも服を整えたりするのに使っているところは見たことがあるし、本人は喜んでいるからきっと大丈夫だろう。

周囲を見渡すと皆プレゼントで一喜一憂していた。

切島くんのダンベルを持ってジャンプして喜んでいる三奈ちゃん。

百ちゃんの金塊を持って困惑している飯田くん。

飯田くんの眼鏡を一瞥して舌打ちしている爆豪くん。

青山くんの写真を持って絶望している峰田くん。

上鳴くんのバスケットボールを持って、結ちゃんの遊び道具にしようと考えている口田くん。

尾白くんのハンカチを持って『フツー!』って考えている上鳴くん。

透ちゃんのプレゼントの使ってるとシャチに食べられているように見えるブランケットは、尾白くんが貰って困惑していた。

 

お茶子ちゃんと緑谷くんなんかお互いのプレゼント交換になっていた。

お茶子ちゃんがもらったのはオールマイト人形だけど、まあそうなるよなぁって感じで高揚して『ほわぁ』って反応をしている。

恋する乙女的にはオールマイト人形でも好きな人からもらったものは嬉しいらしい。

緑谷くんも緑谷くんで顔を真っ赤にして喜んでいた。こっちは少し意外だった。

お茶子ちゃんのはお徳用の大袋のおもち1袋だし、思考的にも内容で喜んでいるわけではない。お茶子ちゃんからのプレゼントだって分かったから喜んでいる。

つまり、緑谷くんも好意とまではいかなくても気になってないとこんな感情にはならない。

お茶子ちゃん、だいぶ可能性がある感じみたいだ。じれったい。

お茶子ちゃんから告白したら……成功はしないだろうな。緑谷くんオーバーヒートしそうだし。

なら緑谷くんに気付かせるしかないのか。なかなか難しそうだ。

 

「お、写真立てじゃん。中の写真的に……波動のプレゼント?」

 

「ん……そう……」

 

私のプレゼントは響香ちゃんが引いていた。

私は男女どっちでも使えそうな感じのお洒落な写真立てに、選び抜いた写真を入れておいたのだ。

そんな話をしていると、私と響香ちゃんの会話を聞いていた透ちゃんが恐る恐ると言った感じで響香ちゃんが手に持っているプレゼントを覗き込もうとしていた。

 

「ふぅ……よかった」

 

「透ちゃん?」

 

写真を確認すると透ちゃんが盛大にため息を吐いた。

なんで安心しているんだ。

響香ちゃんまで困惑しているし。

 

「葉隠?」

 

「いやぁ、ちょっと瑠璃ちゃんがこれ選んでる時の感じからして、ねじれ先輩の写真入れそうだなぁって思ってたから。安心しただけ」

 

「さ、流石に波動でもそこまではしないでしょ」

 

響香ちゃんが冷や汗を流しているけど、何が流石になのか。

別におかしくないだろうに。

 

「お姉ちゃんに確認したら……ダメって言われたから……代替案の……皆で取った写真にした……」

 

「あー、やっぱり……」

 

『お姉さんありがとうございます!!』

 

透ちゃんが遠くを見るような目をして、響香ちゃんが心の中でお姉ちゃんにお礼を言っている。

どういうことだ。そんなに皆で取った写真が嬉しかったんだろうか。

一応文化祭の後や寮で皆でくつろいでるやつとかいろんな写真は入れておいたけど。

布教が足りなかったのかと思う一方で、皆で取った写真が嬉しい気持ちは私も分かるから対応に困る。

 

「ほ、ほらほら瑠璃ちゃん、そのブレスレットエリちゃんのでしょ?お礼言わないと!」

 

「まあ……言おうとは思ってたけど……誤魔化してない……?」

 

透ちゃんに背中を押されながらエリちゃんの方に連れていかれる。

エリちゃんは大剣をひとしきり喜んでようやく落ち着いたようだった。

さっきまであの大きな剣を担いでいたようで結構疲れている。

 

「あ!ルリさん!」

 

私がブレスレットをつけているのを見て駆け寄ってきた。

 

「エリちゃん……これ……ありがとね……」

 

「……うん!ミッドナイトさんと一緒に作ったの!」

 

ちょっと興奮気味に話すエリちゃんがかわいい。

それにしても、ミッドナイト先生と作ったのか。

面倒見のいい先生だから嬉々として手伝っている姿が目に浮かぶ。

 

「上手にできてる……お休みの時とか……使わせてもらうね……」

 

「うん!」

 

自信満々にふんすと鼻息荒く胸を張る姿にほっこりしながら頭を撫でてあげる。

エリちゃんも満足そうににっこりと笑顔を浮かべていた。

 

 

 

それからしばらく皆で飲み食いしながら騒いでいたけど、9時くらいになったところでお開きになった。

これから片付けだと気合を入れていたら、皆から私たち料理班4人は休んでいるように言われてしまった。

明らかに料理班だけ仕事量が多いことを気に病んでいたらしい。

皆に押し切られて、結局私たちは端っこで休んでいた。

なんだかんだで準備は大変だったけど、すごく楽しいクリスマスパーティーだった。

エリちゃんも大満足だったようで、今も笑顔で大剣を担ぎながら帰っているところだ。

最初は大剣はどうなんだろうとは思ったけど、エリちゃんにはたくさんのサンタさんが教師寮に控えている。

大きなクマの人形に絵本、かわいい櫛と髪飾りと手鏡のセットにDJセット、童謡のCDと多種多様なプレゼントが山となってエリちゃんの枕元に置かれることだろう。

明日の朝のエリちゃんの反応が楽しみだなんて思いながら、パーティーの余韻に浸っていた。



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大掃除

クリスマスも終わって年末が近づいてくると、やらないといけないことが出てくる。

まあやらないといけないことなんて言っても、ただの大掃除なんだけど。

出来たばかりの寮とは言っても、半年近くも住んでいれば汚れも溜まるものだ。

自室は当然各々の裁量で、共有スペースは担当場所を決めてやることになっていた。

今は自室の大掃除をしていたところ。

大掃除とは言っても私は普段から掃除をしているし、普段あまりやらないベッドとかの裏とかの細かい所を掃除していくだけだった。

 

「瑠璃ちゃーん!掃除は順調?」

 

「順調だけど……どうしたの……?そっちもまだ終わってないよね……」

 

「ちょっと休憩がてら様子見に来たの!」

 

……それはいつまで経っても掃除が終わらないパターンじゃないだろうか。

まあ私はあとちょっとで終わるし、少し待ってもらえれば一緒に休憩するのも吝かでもないけど。

 

「……10分待てる……?そしたら掃除終わると思うから……一緒に休憩しよ……ジャスミンティーとか紅茶とか……飲みたいの淹れるよ……」

 

「本当!?やったー!!」

 

透ちゃんが両手をあげて喜んでいる。

とりあえず期待に応えるために、さっさと掃除は終わらせないと。

 

 

 

透ちゃんご希望の紅茶を一緒に飲みながら一息つく。

それにしても、掃除が順調そうな人とそうじゃない人ですごい差が大きい。

普段から家事をしていたかどうかの差なんだろうけど。

梅雨ちゃんとお茶子ちゃんはテキパキと進めていてもう終わりそうだし、百ちゃんは色々四苦八苦しながら作業を続けているけどまだまだ終わりそうにない。響香ちゃんは息抜きに楽器を触っている。作業自体はそこそこの進度っぽい。

三奈ちゃんは……透ちゃんと同じ感じだ。

全然終わってないのに雑誌を読んでいる。整理していたら目についた雑誌が気になってしまったようだ。

 

男子は男子で結構カオスだ。

緑谷くんの部屋に集まった轟くん、峰田くん、青山くんはすごい騒いでいる。

さっきまで緑谷くんのオールマイトを青山くんのライトで照らして盛り上がっていたと思うんだけど、今は違う感じで騒いでいた。

ブドウ頭がそういう雑誌のエッチな袋とじをライトで透かそうとしたら、すごい光量のライトの熱で燃えたらしい。

あわやぼや騒ぎになるというところを轟くんが氷で鎮火したようだった。

何してるんだあのブドウ頭。

流石に危険だ。轟くんがいなかったらどうするつもりだったんだ。

 

「紅茶おいしー!」

 

「……まあそれはいいんだけど……少ししたらちゃんと掃除しなきゃダメだよ……いつまで経っても終わらないし……」

 

「それはそうなんだけど、掃除してると色々気になっちゃうんだよねー。漫画とか雑誌読みたくなったり、皆が何してるか気になったり……」

 

「……休憩終わったら……掃除、手伝おうか……?一緒にやれば……気が散ってたら注意できるし……」

 

「いいの!?ならお願い!」

 

透ちゃんが抱きつきそうな勢いでお礼を言ってきた。

そんなに嬉しかったのか。どれだけ掃除が行き詰まってたんだ。

 

そんなことを話していたら、臨時のゴミ捨て場の方に壊れたサンドバッグを捨てに行っていた切島くん、飯田くん、口田くん、常闇くん、障子くんの足元の地面が崩れて地下に落下した。

 

「えぇ……」

 

「どうしたの?」

 

「ん……なんて言えばいいのか……切島くんたちが崩落した地面に飲まれて……地下に落ちた……」

 

「えぇ!?大丈夫なの!?」

 

「一応……今は怪我してないし……あの場所は先生が広げてる場所だから……大丈夫だとは思うけど……」

 

透ちゃんに事情を説明すると、驚愕したような表情をした後に心配し始めた。

崩落に巻き込まれているあたりちょっと心配だし、先生に報告した方がいいだろう。

あそこの拡大をしているのはパワーローダー先生で、他には校長先生しか入っているのを見たことがない。

どう対応しようか。

とりあえず飯田くんたちには慌てないようにテレパスするとして、先生への報告が問題だ。

パワーローダー先生、校長先生の発案で地下を掘って、置き場に困った発目さんの発明品をあそこに押し込んでいるのだ。

だけど、先生はあそこに専用工房やサーキット場を作ったり、休憩用の映画館や温泉を作ったり、食事ができるスペースを作ったり、割と好き放題している。

飯田くんたちが落ちた場所は先生が生徒のために厚意で作っていたサバイバル施設ではあるんだけど……

校長先生以外があそこに行ってなかったり、気付いている素振りが一切ないのを考えると、多分他の先生には秘密の場所なんだと思う。

どうしよう。

さっきパワーローダー先生は飯田くんたちを見ているし、とりあえずパワーローダー先生に連絡すればいいかな。

あとは、一応校長先生にも連絡するか。万が一パワーローダー先生に何かあった時に、他の先生は知りませんでしたじゃ困るし。

 

「よし……ちょっとテレパスと……電話するから待ってて……」

 

「う、うん。それはいいんだけど……」

 

透ちゃんに了承を取ってから、まずはテレパスで飯田くんに声をかける。

 

『飯田くん……聞こえる……?』

 

『は、波動くんか!?すまない!!俺たちは今!遭難してしまっているのだ!この場所がどこか分かるだろうか!?』

 

飯田くんにテレパスをかけた瞬間、すごい勢いで最低限の状況を伝えてきた。

それだけ焦っているってことなんだろう。

 

『落ち着いて……そこは地下迷宮……使われてないサバイバル訓練施設……基本的に危なくないはず……』

 

『しかし先程猿の玩具に襲われたぞ!?』

 

『それは発目さんの発明品……置き場所に困ったパワーローダー先生が……校長先生に相談して……そこに置いてるみたい……だから発明品の暴走とか……機械が意図しない動きをしない限り……危険はないはず……』

 

『は、発明品?』

 

飯田くんの困惑している感じが伝わってくる。

 

『ん……だから慎重に進めば大丈夫なはず……今から先生に……そこに落ちちゃったこと伝えて……救助に向かってもらうから……怪我とかにだけは気を付けて……』

 

『助かる!すまんが頼む!』

 

飯田くんがそこまで認識して返答が返ってきたところでテレパスを切り上げた。

そのままスマホを取り出してパワーローダー先生にかける。

先生はすぐに電話を取ってくれた。

 

『なんだい?』

 

「先生……崩落した地面に飲まれて……地下に生徒が落ちてます……飯田くん、切島くん、常闇くん、障子くん、口田くんの5人です……」

 

『なっ!?ほ、本当か!?』

 

「はい……先生はさっき地上であってましたよね……落ちた場所はそのすぐ近くです……対応をお願いしてもいいですか……?私の方で校長先生にも……伝えておくので……」

 

『分かった。すぐに向かう』

 

自分が広げた地下に生徒が落ちたとあっては流石に焦っているのか、すぐに走り出していた。

あとは校長先生だ。

まあ伝える内容自体はパワーローダー先生に伝えたものとほぼ同じものだし、連絡自体はすぐに終わった。

校長先生も『連絡感謝するよ!』なんて言って電話を切って、すぐに向かってくれた。

 

「あとは……先生たちに任せよう……」

 

「瑠璃ちゃん、エクトプラズム先生のを知ってたのは前にも見たけど、校長先生とかパワーローダー先生の番号も知ってたんだ」

 

「ん……私の場合……事情があるから……」

 

「事情?」

 

透ちゃんが不思議そうに聞いてくる。

だけどまあこの理由の説明は簡単だ。

 

「トガのことがあったでしょ……あの後……もし校内に疑わしい人物がいたら……教師の誰でもいいから……すぐに教えてほしいって言われて……先生たち全員分の……番号もらったから……」

 

私がそういうと、透ちゃんはすぐに納得してくれた。

実際こんな事情を説明されて納得しない人間なんて早々いないだろう。

トガのことが言えるのは透ちゃんと緑谷くんだけだけど、他の人に聞かれたら不審者がいたらすぐに教えてほしいって言われていると言えばいいだけの話だし。

 

「じゃあ掃除……再開しよっか……」

 

「飯田くんたちのことはいいの?」

 

「ん……先生には教えたし……一応……そこまでの危険はないはずだから……何かあったら……それはそれですぐに分かるし……」

 

「そっか!じゃあ一緒にお掃除、お願いしちゃうね!」

 

「ん……ぱぱっと終わらせちゃお……」

 

そんな感じで飯田くんたちのことは先生たちに任せて、私たちは透ちゃんの部屋の大掃除をし始めた。

 

 

 

透ちゃんの部屋も基本的な掃除自体は普段からしているだけあって、2人がかりでやったら掃除はすぐに終わった。

そんなことをしている間に、飯田くんたちは校長先生の手によって救助されていた。

パワーローダー先生もいるけど、校長先生が色々な施設を見てしまった飯田くんたちにはパワーローダー先生の関与を隠すことにしたらしい。

まあ先生が決めたならそれでいいんだろう。

パワーローダー先生は雄英でも貴重なコスチューム開発のライセンスを持っている先生だし、校長先生も人付き合いが苦手なパワーローダー先生の息抜きの場としてそのまま残すつもりみたいだ。

まあ今後崩落するようなことが無いようにだけしてもらえれば私から言うことは何もない。

パワーローダー先生なんてヴィラン連合対策でも色々と開発させられていてすごく忙しそうだし、そういう場所も必要だろうとしか思わないからだ。

 

懸念事項も解決したし、後は皆の掃除を終わらせるだけだ。

男子の方は男子に任せるとして、女子で掃除が残っているのは響香ちゃんと三奈ちゃんと百ちゃんだ。

響香ちゃんはゆっくりではあるけど1人で片付けられそうなペースで進められている。

あとは三奈ちゃんと百ちゃんか。

百ちゃんの方にはお茶子ちゃんと梅雨ちゃんが手伝いに行っている。

となると、私と透ちゃんは三奈ちゃんの方に手伝いに行くべきだろうか。

透ちゃんに提案してみると、さっきまでの気の散り方が嘘のように了承してくれた。

2人で一緒に三奈ちゃんの部屋の方に移動する。

チャイムを押すと雑誌を読んでいたのを中断した三奈ちゃんが出てきた。

 

「どったの波動?」

 

「三奈ちゃん……掃除……手伝うよ……気が散っちゃって進んでないみたいだし……」

 

「マジ!?すんごい助かるよ!」

 

「マジだよ!私も瑠璃ちゃんに手伝ってもらっちゃったし、一緒に手伝うよー!」

 

「とりあえず……2人で別のこと始めるのだけは……やめてね……」

 

三奈ちゃんも三奈ちゃんで行き詰っているのは自覚していたみたいで、大喜びで部屋に招き入れてくれた。

その後は皆で掃除をしただけで終わった。

案の定三奈ちゃんと透ちゃんがアルバムを見たりし始めてしまった。

切島くんと同じ中学出身なことを三奈ちゃんは口に出したりしてないけど、卒業アルバムを見られてバレてしまっていた。

三奈ちゃんが切島くんの高校デビューは秘密にしてあげて欲しいって言ってて、透ちゃんもすぐに納得していた。

私に関しては特に強く言ってこなかったけど、読心で分かってるだろうし今更だと思ったらしい。

透ちゃんは言葉には出さないけどキラキラした目で三奈ちゃんを見ていた。

……まだ恋愛的な物には発展してないと思うけど……三奈ちゃんも透ちゃんの様子には気付いてないし、言わない方がいいか。

 

そんなこともあったけど、なんとかアルバムに脱線するのもやめさせることに成功して掃除を終わらせた。

とりあえずこれで女子側の大掃除は終わったし、安心して年末を迎えられそうではある。

共有スペースの方は帰省の前までに協力して終わらせればきっと大丈夫だろう。



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1ーA帰省物語 #X 波動家の場合

大晦日。

全寮制に移行した経緯もあって、帰省は先生たちが会議に会議を重ねて、プロヒーローの護衛付きで1日だけ実家に戻れるということになっていた。

仕方ないことではあったけど、青山くんだけはその対象外となってしまっている。

青山くんを実家に帰してしまうと、家の中にまで監視を入れることができない以上腕輪での盗聴や盗撮による監視しかできなくなってしまう。

もし裏をかかれて両親になんらかの意思伝達をされても困るということで仕方なくこの対応になったようだった。

 

私とお姉ちゃんの護衛のプロヒーローは1人にまとめられている。

日にちを分散したとはいってもヒーローの数はそんなにいるわけじゃないし、当然の対応だった。

私たちについてきてくれているのはスナイプ先生だ。

多分私たちが襲われた場合でも、私が特定した場所を即座に狙撃できるからって感じで選ばれたんだと思う。

まあ私がいる限り早々奇襲されることもないし、私とスナイプ先生は個性の相性的にもいい。特に文句はなかった。

私が察知できないパターンとしてはヴィラン連合があのヘドロワープを使ってくるような状況だけど、そんなことをやるつもりがあるならもっと早い段階でどこかでやってきていただろう。

 

そんなこんなでお姉ちゃんと一緒に秋田の実家に帰ってきた。

家の近くを歩いているとたまに向けられる視線と感情が鬱陶しいけど、気にしていても仕方ないし無視だ。

ついてきているスナイプ先生がちょくちょく警戒するように周囲を見渡したりしていたけど、おそらく憎悪とか嫌悪感の視線に対して反応していたんだと思う。

私とお姉ちゃんはもう慣れ切ってるから今更だし完全に無視しているけど、慣れていないとこういう反応になるのが普通なんだろう。

お姉ちゃんをこういう視線にさらすのも申し訳ないし、スナイプ先生には余計な心労をかけてしまってこっちも申し訳ない気がしてしまう。

 

 

 

家についてからはお父さんとお母さんが準備してくれていた御馳走を囲んで家族団欒の一時を過ごしていた。

 

「インターンに那歩島に……瑠璃のことも色々聞いてはいたけど、本当に大丈夫だったの?お母さん心配で……」

 

「ん……色々あったけど……なんとかなった……大丈夫……」

 

お母さんが開口一番にそんなことを聞いてきた。

私は大丈夫だって言っているのにお母さんは全然納得してない。

どうすれば納得してくれるんだ。

 

「瑠璃ちゃん無理しすぎなんだよ。そんな言葉だけで納得できるわけないでしょ。先生から聞いてるんだよ。またわざと空っぽギリギリまで放出したって」

 

「そ、それは……ああしないと……皆死んじゃうかもしれなかったし……」

 

「それとこれとは話が別だって前にも言ったでしょ……心配なんだよ」

 

「……ごめんなさい……」

 

お姉ちゃんに咎められてしょんぼりしてしまう。

そんな雰囲気を変えようとしてか、お父さんが声をかけてきた。

 

「まあ今はいいじゃないか!瑠璃も謝ってるんだし!……そうだ!瑠璃、インターンミルコのところに行っていたそうじゃないか!」

 

お父さんがこれ以上楽しい雰囲気が崩れないように、結構無理矢理な話題転換を試みて来た。

まああの話を続けていてもお姉ちゃんが怒ってお母さんが心配するだけなのは目に見えてるし、素直になっておくのが吉か。

お姉ちゃんたちもお父さんの意図を読み取って普段の感じに戻ってくれたし。

 

「ん……体育祭の後に……指名ももらったし……インターンでも……指名してくれた……冬休みにやるインターンも……お世話になる予定……」

 

「あら、体育祭だけじゃなくてインターンまで指名してくれてたの?」

 

お姉ちゃんがリューキュウから体育祭で指名を貰ってからの流れを知ってるお母さんたちだから、この違和感も分かるようだった。

やっぱりそう思うよね。職場体験で指名を貰って、その後は継続してインターンに行かせて貰えないかお願いするパターンがほとんどだし。指名なんてすごく稀だ。

私も実情はお願いしてそういうことにしてもらっただけだし。

うちのクラスでも常闇くんと轟くんだけだし。轟くんは親子だから例外と考えると、常闇くんだけだ。

 

「仮免取りましたって……電話で報告したら……指名してくれた……」

 

「すごいじゃない!ねじれもリューキュウのところでお世話になってるし、瑠璃はミルコでしょ?姉妹2人ともトップ10入りしてるヒーローのところでインターンなんて、お母さん鼻が高いわ」

 

「この間ニュースになっていた時の記事、印刷してスクラップにしたんだ。見るかい?」

 

「見たい見たーい!」

 

「お姉ちゃん……お茶子ちゃんたちの記事と一緒に見てたよね……?」

 

「こういうのは何回でも見たくない?」

 

「まあ……お姉ちゃんの記事なら……何回でも見たいけど……」

 

お姉ちゃんが嬉々としてスクラップ帳を見始めた。

あれ、お姉ちゃんのことが書いてある記事を集めてたスクラップ帳だったと思うんだけど、私のもそこに入れたのか。

お母さんたちがそれでいいならいいんだけど。

 

「瑠璃、指名ももらえたってことはミルコに気に入られてるのかしら」

 

お母さんが私がわしゃわしゃ撫でられている写真を見てニコニコしながら聞いてくる。

まあ気に入られているかは別として、親しくはさせてもらっているけど。

 

「……気に入られてるかは別として……普段から技の助言もらったりしてるし……親しくは……させてもらってる……」

 

「気に入られてるでしょー!インターンの時のミルコ、すっごくかっこよかったし!」

 

「……心配してくれたりはしてた……気も遣ってくれた……優しくしてくれたと思う……」

 

「それを気に入られてるって言ってるんだよ!」

 

お母さんとお父さんがニコニコしながらこっちを見ている。

そんなに楽しいだろうか。

感情的に楽しんでいるのは間違いないんだけど。

なんというか、そういう微笑ましいって感じの感情を向けられるともにょもにょとした気恥ずかしいような気分になってしまう。

 

「……まぁ……ミルコさん……私の読心にある程度気付いたうえで……職場体験の時から指名してくれてるし……教えても態度……変えなかったし……放任主義ではあるけど……聞けば教えてくれるし……信頼してる……」

 

「瑠璃もねじれ以外に信頼できる人ができたのね」

 

「その辺はもう大丈夫だよね!葉隠さんもいるし、A組の皆にも打ち明けたんだもんね?」

 

「そうなのか!?」

 

……そういえばお父さんとお母さんには透ちゃんや皆に打ち明けたことは言ってなかったか。

お姉ちゃんに報告して満足してしまっていた。

お父さんとお母さんは驚愕して固まってしまっていた。

流石に薄情だったかな。

前に帰って来た時も透ちゃんのことを伝えようと思えば伝えられたけど、青山くんのことで頭がいっぱいだったしそんな話するのも忘れてしまっていた。

 

「ん……透ちゃんには……夏休みが始まってすぐに……事情があって……他の皆にも……寮に入ってすぐに……話した……皆……怖くないって……これから一緒に……楽しい思い出を作ろうねって言ってくれた……大事なお友達……」

 

「そっか……そっか」

 

「……雄英に入ってよかったなぁ!」

 

私が皆のことを大事なお友達だって言った瞬間、お父さんとお母さんは号泣し出してしまった。

心配してくれていたのは分かっているけど、それでもそこまでだとは思っていなかった。

 

「……そ、そこまで……大げさに泣かなくても……」

 

「それだけお父さんとお母さんも心配してたんだよ。瑠璃ちゃんなら分かるでしょ。瑠璃ちゃん、私とお父さんとお母さんで態度が違うのは、最初の反応がずっと引っかかってたんでしょ?大丈夫だよ。お父さんもお母さんも、瑠璃ちゃんのこと、すっごく大好きで心配してるんだから」

 

「……ん……そっか……」

 

お姉ちゃんの言う通り、私がお姉ちゃんとお父さん、お母さんへの対応の差が大きいのは、波動の個性で読心ができていることに気付かれた時に、最初に怖がられたからだ。

お姉ちゃんの私への態度を見て考えを改めてくれたのも分かっているし、その後は純粋に心配してくれていたのも、娘としてかわいがってくれていたのも分かっていた。

私のせいでお父さんとお母さんまで悪口を言われているのにも気付いていたし、それでもお父さんたちが態度を変えていなかったことにも気づいていた。

それでも、最初に向けられた恐怖という感情が、私の中に棘みたいに刺さり続けていた。

信用しきっても大丈夫なのか、また何かあったら怖がられるんじゃないかって思ってしまっていた。

でも、今のお父さんとお母さんの様子を見て、お姉ちゃんに言われて、少し、甘えてみてもいいかなと思えた。

……お姉ちゃんにするほど甘えるつもりはないけど。

 

お父さんたちが落ち着いた頃を見計らって、スマホに保存されている写真をお父さんとお母さん、お姉ちゃんに見せていった。

I・エキスポで撮った透ちゃんとのツーショットや、寮で皆と寛いでいる写真。

飯田くんのお誕生日会で撮った写真や、共有スペースで女子会をしているときの写真。

仮免試験の後に透ちゃんと撮った仮免を持った写真。

透ちゃんが私が描いた似顔絵を持った状態で撮ったツーショット。

ミスコンの衣装を着た後にやり切った表情をしている透ちゃんと撮った写真。

エリちゃん一行と文化祭を回っていた時に撮った写真。

文化祭のフルーツ飴で打ち上げしていた時の皆との写真。

クラス対抗戦の後に拳藤さんたちB組の人も交えて撮った写真。

那歩島の仮設ヒーロー事務所を立ち上げた時に第一歩として皆で撮った記念写真。

お茶子ちゃんたちと料理を作っているところを透ちゃんに盗撮された写真。

これまた透ちゃんに盗撮されていた爆豪くんにサンタ服を強制的に着せている写真。

クリスマスパーティーでどんちゃん騒ぎしているところを撮った写真。

 

そんな感じで、とにかくたくさんの写真を見せていった。

どの写真でも、皆も私も笑顔で写っていて、どれも楽しかった思い出だ。

最近だとコルクボードの写真もお姉ちゃんとの写真の量を減らして皆との写真を増やしていっているところだし、近いうちに貼る場所もなくなってしまいそうな勢いだった。

 

お父さんたちは写真を見ていくうちにまた泣き始めていて、お姉ちゃんも笑顔で頷き続けている。

とりあえずお父さんたちにお願いされたのもあって、写真を共有しておいた。

印刷して取っておきたいらしい。

思考が大量に印刷しようとしている感じだからちょっと気が引けたけど、それだけ心配をかけていたということだろうと自分を納得させて共有した感じだった。

 

「よし、早速スライドショーを作ったから上映会をしよう!」

 

「えっ……ちょっ……待って……!」

 

お父さんがどこからかプロジェクターを取り出しながらそんなことを言い出した。

急に何言ってるんだこの人は。

お姉ちゃんとお母さんは期待に満ちた表情でお父さんが準備するのを見ているし。

流石に恥ずかしいからお父さんを止めようと立ち上がる。

 

「はーい、瑠璃ちゃんはこっちだよー!」

 

「っ!?お、お姉ちゃん!?」

 

急にお姉ちゃんに後ろから抱きしめられてお姉ちゃんのいい匂いに包まれた。

びっくりして素っ頓狂な声が出た気がするけど、辱めに合わされる前にお父さんを止めないとと思ってバタついていると、お姉ちゃんにさらに強く抱きしめられた。

さらに頭まで撫でられ始めている。

あ、ダメだこれ。身体から力が抜けちゃう。

この至福の状況から抜け出すなって身体が勝手に力を抜き始めている。

私は完全に脱力してお姉ちゃんのされるがままになってしまった。

そんな状態で止めることなんてできるはずもなく、無情にも私の写真上映会が始められてしまった。

私の写真を壁一面に映して3人が口々に感想を言っていくなんていう辱めに合わされながら、年末の夜は更けていった。



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冬季インターン

年も明けて学校に戻った翌日。

冬休み中ではあったけど、インターンが始まった。

ヒーロー飽和社会とか言われているのに、雄英ヒーロー科は皆インターンに出ているし、ヒーローはお正月休みすらまともに取っていないらしい。

当直で数人が残っているとかそういう感じですらないのがなんとも言えない感じだ。

 

まあそれはそれとして、私は問題なくミルコさんのところでお世話になることになっていた。

今日も職場体験の時と同じく、朝早くにホテルに集合という感じだった。

私がホテルに入ると、ミルコさんはもうロビーで待っていた。

 

「来たな」

 

「ミルコさん……またよろしくお願いします……」

 

「おう。とりあえずさっさと着替えてこい。ほら、鍵」

 

ミルコさんはいつも通り挨拶を軽く流して、すぐにホテルの部屋の鍵を渡してきた。

ここで着替えてこいという意味なのは分かり切っているし、すぐに部屋に行って荷物を端っこに置きつつコスチュームに着替えてしまう。

着替え終わってすぐにミルコさんの所に戻った。

 

「よし。やることは前と同じだ。パトロールしながらヴィラン退治。要請があればそれに応じる。行くぞ」

 

「はい……!」

 

 

 

スタスタと歩いていくミルコさんに、置いていかれないように付いていく。

お正月の朝早い時間なのもあって、街の中の何もない所の人通りは疎らだった。

そんなちょっと閑散とした街を歩いていると、ミルコさんが口を開いた。

 

「……今回のインターンの前に、公安から要請があった」

 

「公安からですか……?」

 

公安から要請という言葉にちょっと身構えてしまうけど、ミルコさんの思考を読んで厄介な要請を押し付けられたとかそういうのではないのはすぐに分かった。

 

「ああ。インターンで学生を徹底的に鍛え上げろとだけ言ってきやがった」

 

「……雄英には……仮免持ちのヒーロー科生徒全員に対して……インターンに行くように指示が出ています……先生たちは……学徒動員かって……警戒してましたけど……」

 

「だろうな。勘ではあるが私も何かに備えていると感じた。1年生まで含めて全員に経験を積ませようとする程、何らかの人手不足に備えてやがる」

 

ミルコさんも同じような懸念を抱いているようだった。

やっぱりこの学生に実戦経験を積ませるためとしか思えない異常な指示に、凄まじい違和感を覚える。

ミルコさんもその違和感を拭いきれないのか、ちょっとしかめっ面をしながら話すのをやめて、こっちに思考を向けてきた。

 

『それにこの程度の指示を、学生の面倒を見てるヒーロー向けにヒーローネットワークで伝えるんじゃなくて、個別に言ってきたことにも違和感がある』

 

『……やっぱり……そう思いますよね……』

 

私がミルコさんが隠して伝えてきたのに合わせて、テレパスで返答するとびっくりしたような表情で私をチラリと見た後、周囲の警戒に視線を戻した。

 

『これは、私にだけ聞こえてるって認識でいいな』

 

『はい……範囲内限定ですけど……テレパスができるようになりました……密談なら……今の感じで……疑似的な双方向のテレパスで行うのが一番です……』

 

ミルコさんが不敵な笑みを浮かべながら、近くの人達にファンサービスを始めていた。

だけど思考的に、私のテレパスで笑みを浮かべたのは間違いないと思う。

 

『ここからは完全に私の勘だ。私は、ヴィラン連合絡みで何かあるんじゃねえかって考えてる。それに、流石に手間だしこんな指示をヒーロー全員に言っているとは思えねえ。伝えておくべきトップランク、あるいは有用なヒーローと、あとは公安が成長を期待している学生がいるところにだけ伝達して、意識させてると考えるのが自然だ』

 

『はい……』

 

ミルコさんの予測には、一理も二理もあると思った。

学徒動員を疑ってしまうような、1年生まで含めたインターンの実施要請。

安全を考えてインターンを中止にしていた1年生にも強く要請してきているという事実。

学生を徹底的に鍛え上げろとだけミルコさんに伝えられた簡略過ぎる謎の指示。

しかもそれがヒーローネットワークという手軽な手段じゃなくて、わざわざ口頭で為されているという事実。

そこから考えられる、伝える人物を絞っている可能性。

公安が何かを考えているのは間違いない。

ヒーローネットワークを使わないことを考えると、公安がヒーローすらも疑っている疑惑が出てくる。

だから密談で最低限の意図だけ伝わるように思考を向けてきたのか。

 

そんなことを考えていると、ミルコさんが大きく跳躍した。

ミルコさんが跳躍した先には、カバンを持って走っている男がいる。

思考的にひったくりで間違いない。

正月早々ひったくりとは元気なものだと思いながら、私も跳躍してミルコさんを追った。

 

 

 

ひったくりの確保自体は一瞬で終わった。

というよりも、私が追い付くころにはもうミルコさんが確保していた。

あまりにも呆気なさ過ぎて、さっさと警察に引き渡してすぐにパトロールに戻ってしまうくらいだった。

そして歩きながら、ミルコさんが口を開いた。

 

「私よりも感知範囲が広いのに、初動が遅い。思い切りの良さが足りてない。もっとガツガツ行け」

 

「……はい……頑張ります……」

 

「後は……全体的に動きのキレがない。身体の動かし方をもっと考えろ。雑に動き過ぎだ。へっぴり腰はなくなったが、それでもまだだいぶ酷い。跳ねる動作もそうだ。無駄が多すぎる」

 

「分かりました……動作一つ一つを……ミルコさんの動きを観察して……改善します……」

 

ミルコさんがかつてないほど具体的なアドバイスをしてくれ始めた。

さっき密談で伝えられた内容を踏まえて、何があってもいいように最低限成長できるようにアドバイスしてくれている感じだった。

柄でもないことをしているのは、ミルコさんが一番自覚している。

何だったら今でもアドバイスとかをしないで自分が蹴っ飛ばした方が楽なんて思っていたりもするくらいには直球な考え方をしているくらいだし。

それでも明らかに異常と言わざるを得ない公安からの指示に、ミルコさんも思うところがあったらしい。

私が成長できるように真剣にアドバイスしてくれていた。

 

 

 

そんな感じでミルコさんと話したり、ミルコさんがヴィランを退治する様子を観察したり、ミルコさんが見守る中私がヴィラン退治をしたりして時間は経過していった。

そして思ったことは、ミルコさんの動きはやっぱりすごいということだった。

跳躍や蹴りの一切無駄のないしなやかな足遣い。

にも拘わらず、私よりも大きく跳躍しているし、蹴りの威力もただただ凄まじい。

ウサギとしての個性の力が影響しているのは分かる。

だけど、それでも力を入れるべきタイミングや身体の動かし方は分かる。

試してみてすぐに真似できるような技術じゃない。

実際真似してみても、むしろ身体の動かし方がうまくつかめなくてバランスを崩しそうになってしまったし。

 

「波動蹴!!」

 

ミルコさんは跳躍しないで眺めていて、明らかに譲ってくれたヴィランに対して踵落としを放つ。

そんなに実力もないただのその辺のヴィランなだけあって、これで簡単に確保できてしまう。

でも、これじゃだめだ。

私の動きは全然変わってない。

ミルコさんはもっと踏み切りの瞬間に力を爆発させてる。踵落としも、もっと最低限の動きでたたき込んでいる。

頭の中ではこうするべきだとイメージはできても、身体がついてこない。

中々思うようにはいかなかった。

 

今のところ練習しているのは、跳躍とダッシュ、あとは波動蹴だけだ。

単純な動作である跳躍やダッシュを除くと、ミルコさんの技をリスペクトして作った技だけあって、波動蹴が一番ミルコさんの動きを当てはめやすい。

だからまずはこの3つでミルコさんの動きを掴む。

それから発勁や真空波、波動弾の動作にも適応していきたいと考えていた。

 

確保したヴィランを早々に警察に引き渡して、ミルコさんと一緒にパトロールを再開する。

 

「今の流れ、どこが悪かったか自分で分かってるな」

 

「はい……跳躍の放出のタイミングが遅い……踏み込みも足りてない……蹴りも大振り過ぎましたし……回転も軸がブレました……まだまだ……他にも改善点は……」

 

「分かってるならいい。修正していけ」

 

ミルコさんはそこまで確認すると、それ以上は何も言わなかった。

ミルコさん、さっきから私にヴィランを譲ったりアドバイスをしているせいで、少しずつウズウズしてきてしまっている。

我慢できなくなってきてるな。

多分次はミルコさんが飛び出しそうな気がする。

まあそこはいい。私も置いていかれないように跳躍とかをブラッシュアップしながら追いかけるだけだ。

 

それにしても、さっきからミルコさんが普段とあまりにもかけ離れた姿を見せているのもあって、通行人が困惑してしまっている。

まあ普段からあんなに自由奔放で、サイドキックも雇ってなくて、ビルボードチャートの挨拶でも唯我独尊の戦闘狂って感じの振る舞いだったのに、親身になって私にアドバイスしてくれているからそういう反応にもなるだろう。

ミルコさんのイメージが私のせいで変わってしまうのは忍びないんだけど……

ミルコさんの思考を見る限り、全然気にしている様子がない。

いいんだろうか……まあミルコさんが気にしてないならいいか。

 

そんなことを考えたりしながらしばらく歩き回っていると、ミルコさんが再び跳躍した。

その先にはヴィランのようなそうでないような中途半端な悪意の2人組がいる。

思考を見る限り、個性を使ったセクハラをしている性犯罪者のようだった。

……容赦する必要一切ないな。

今もすれ違った女性のスカートめくりしていったし。最低だこいつら。

そう考えて私も、ミルコさんが狙いを定めていない方の男に向かって跳躍する。

 

ミルコさんはすぐにセクハラヴィランを確保した。

私も波動蹴を当てるために上空から回転をかけて加速しながら落下していく。

あと2mくらいで当たる。

そう思って接触部分の噴出の準備をしたところで、範囲外から高速で飛行してきた人間が、ヴィランを取り押さえた。



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ホークス

「おっと、またやっちまった」

 

大きな赤い羽根を生やした人、ホークスはヴィランを羽根で動けなくすると、浮かびながら私の方を羽根の隙間から鋭い視線で見てきた。

 

「何の用だ。今のタイミングならこいつで十分やれてただろ」

 

「いやぁ、すいません。ついさっきもやっちゃったんですよね。ヴィランが目に入ると、つい身体が動いちゃうんですよ」

 

ミルコさんの睨みを利かせた問いかけに、ホークスは飄々とした様子で答えた。

ホークスは、さっき私を見ながら『この子は、会長が言っていた読心の……』なんていう思考を思い浮かべていた。

会長っていうのは公安の会長のことっぽい。

公安から、ヒーロー候補生とは言っても一般人の個性の情報を渡されている?

ホークスの立ち位置がよく分からない。

 

「君は確か雄英の感知の子だったよね。悪かったね。手柄取っちゃって」

 

「……いえ……それは……いいんですけど……」

 

「無視すんな。何の用だ」

 

ミルコさんがそう問いかけた瞬間、ホークスの目が光った気がした。

そのまましゅばっとミルコさんの方に近寄ると、ホークスは懐から取り出した1冊の本をミルコさんの方に差し出した。

 

「用って程でもないんですけど……最近この本に共感しちゃいましてね!活動しながら知り合いのヒーローに配ってるんスよ!さっきもちょうどエンデヴァーさんに渡したところでして、ミルコさんもどうですか?」

 

「なんだぁ?この本」

 

「お!聞いちゃいます?最近エラい勢いで伸びてるんスよ!泥花市の市民抗戦でさらに注目されてて!表題は見ての通り、"異能解放戦線"!昔の手記なんですが、今を予見してるんです!"限られた者にのみ自由を与えればその皺寄せは与えられなかった者に行く"とかね!デストロが目指したのは究極あれですよ!自己責任で完結する社会!時代に合ってる!」

 

「デストロぉ?お前マジで何言ってんだ」

 

ペラペラと喋るホークスに、ミルコさんは胡散臭そうな表情をしながら吐き捨てるように言っている。

そんなあしらわれ方をしている一方で、ホークスは本をミルコさんに押し付けながら、明らかに私に向けた思考をし出していた。

 

『君の個性は公安から聞いてる。どうしても口に出して本心を話すことができない状況だ。俺がどういう状況か―――』

 

『いえ……大丈夫です……もう分かりました……ヴィラン連合で……スパイをしている……まだ信頼されてなくて……厳しい監視下にある……』

 

『……!まさかテレパスまでとは、これは好都合!こんな役割を押し付けて申し訳ないけど、君に頼みたいことがある』

 

ホークスの思考を深く読んで、状況は既に理解できた。

ホークスは、公安の指示で様々な任務をこなしている。

そして、今回は公安の指示で一局面ではなく、大局的に見て闇組織そのものを根絶するために、少しの被害は見過ごして、ヴィラン連合に取り入れという指示を受けていたらしい。

なんとか潜入することはできたけど、まだ一切信用されていなくて身体の動き、話していること、動向など全てを監視され続けている。

それを免れることができる可能性があるのは、頭の中くらい。

公安には暗号で既に情報を伝達できている。

この本にも、監視下でも伝わる可能性がある暗号を散りばめてエンデヴァーに渡している。

ただ、エンデヴァーにはなるべく気付いてもらいたいけど、この本だけだと不安が残るみたいだ。

つまり、ホークスがわざわざリスクを冒してまで私に頼みたいことは、ここ1点しかないと思う。

……だけど、ヴィラン連合に潜入しているとなると、注意しないといけないことがいくつかある。

 

『ホークス……この場に留まる必要はありません……むしろ……留まることでスパイ活動がバレるリスクが跳ね上がる……私の読心は……程度はともかくとして……存在自体はヴィラン連合にバレています……』

 

『……分かった。この後すぐに飛び立つ。要件は飛びながら伝える。範囲は半径1kmだったね』

 

『はい……』

 

「じゃあミルコさん!これ読んどいてくださいよ!この解放思想を下地にした社会になれば、ミルコさんももっと好きに動けるようになると思うんで!んじゃ、俺はこれで!君もインターン頑張って」

 

私と疑似的な双方向テレパスで会話をしながらも、ミルコさんとのやり取りを続けていたホークスは、捲し立てるように言って本を押し付けて飛び立っていった。

軽く周囲を見渡しながら旋回して、少し離れた位置まで移動していった。

そのまま範囲ギリギリの自動販売機の所まで移動して、何かを購入しながらまた私に向けた思考をし出した。

 

『可能ならば、この伝言をエンデヴァーさんに伝えてほしい。ヴィラン連合は、異能解放軍を取り込んで超常解放戦線になった。その数は、末端の戦闘員まで含めると10万以上。死柄木やその裏にいる者の居場所や目的はまだつかめていない。奴らは、4か月後に決起する予定だ。それまでに不意を突いて襲撃できるように合図を送る。だけど、失敗した時に備えて、数を集める必要がある』

 

『……なるほど……つまりこのインターンは……緊急事態に備えた……学徒動員の準備で間違いなかったってことですね……』

 

『……学生の君たちを"失敗"した時の保険に据えること自体、どうかしているとは思ってる。だけど、ツクヨミが教えてくれた。君たちは強い。そして、日ごとに強くなる。俺よりも早いスピードで。保険にした上に、学生の君にこんなことを頼んでしまって本当にすまないとも思ってる。だけど、これ以外にエンデヴァーさんにこの情報を確実に伝える手段がない。裏切り者のヒーローが超常解放戦線にいるから、公安から公に情報を流すことができないんだ。だけど、君のテレパスなら、誰にも聞かれることなくヒーロー側の最大戦力に、この危機的状況を伝えることができる。どうか、頼まれてほしい』

 

『……分かりました……どうにか……周囲に怪しまれずに……エンデヴァーに伝えてみます……』

 

ホークスは、本当に申し訳なさそうに、苦渋の決断と言った感じの思考を浮かべながら、私にそのお願いを伝えてきた。

状況は最悪と言っていい。

今まではおかしな実力を持っているヴィランや脳無の寄せ集めでしかなかったヴィラン連合が、カルト的な考えを持っている集団を取り込んで数すらも手に入れてしまった。

10万もの人数が一斉に蜂起した場合、ヒーローだけではたちうちできない可能性が高い。

殺すことすらも厭わない10万人の集団と、制約の多すぎるヒーローでは、分が悪すぎるのだ。

そう考えると、潜入捜査をしていたことでこの情報を掴むことができたのは僥倖と言えた。

ホークスはつらいだろうけど、それでも何も知ることなく、対策もできずにその日を迎えるなんていう最悪のケースよりはマシだと言えた。

だけど、ホークスがスパイ活動をするなら伝えておかないといけないことがある。

ホークスはさっき買ったコーヒーを飲みながら、声をかけてくる市民たちにファンサービスをし始めていた。

 

『ホークス……注意しておいて欲しいことが……あります……』

 

『注意?』

 

『はい……トガについてです……』

 

『トガ?トガヒミコで間違いない?』

 

『はい……そうです……』

 

私がトガとテレパスした瞬間に、ホークスはトガの情報を思い浮かべ始めていた。

その瞬間、最悪と言っていい情報が読み取れてしまった。

トガが、変身先の個性を使えるようになった……?

それは、今から私が注意しようとしていたことを、さらに最悪の結末につなげる可能性があるのではないだろうか。

考えられる限り最悪の個性の成長の仕方をされたとしか思えない。

私は、死穢八斎會に突入した時に、トガに血を取られている可能性があるから、潜入先で私を見てもトガだから注意しろということを伝えるつもりだった。

だけど、これは……

首に押し付けられたナイフを弾き飛ばしたのに、そのまま放置した4か月前の自分を殴りたい気分だった。

 

『ほ、ホークス……ごめんなさい……私……4か月前に……トガに血を……少量、取られた可能性が……』

 

『っ!?……君の個性の詳細、読心可能な深度、全て教えて欲しい。できる?』

 

『は、はい……』

 

私は、愕然としながらホークスに自分の個性の詳細を教えることしかできなかった。

私が急におかしくなったせいか、ミルコさんが不審がっているけどそんなことを気にしていられる余裕なんてなかった。

私のせいで、公安とホークスの作戦が崩壊する可能性がある。

そうなった場合、起こるかもしれない最悪の事態。

考え出したら、冷や汗が止まらなかった。

 

感知範囲のこと。

読心が普段どういう状態か。

深く読んだ場合どこまで読めるか。

どのようにして深く読んでいるか。

透視も可能なこと。

波動の操作やテレパス、波動の感知から付随して可能な事全て、どのようにして行っているか。

とにかく全て話した。

ホークスはまだファンに囲まれている。一応、今の場所に留まっていてもまだ違和感はない。

 

『これで……全部です……本当にすいません……わ、私のせいで……』

 

『いや、君のせいじゃない。不運が積み重なっただけだ。それに、俺が思考も偽装することができれば、なんとかなるかもしれない。申し訳ないけど、トガが変身先の個性を使えるようになっていることと、君の血が取られている可能性を公安に伝えて欲しい。俺の暗号よりも、より詳細に、正確に、迅速に伝えることができるはずだ』

 

『はい……必ず……』

 

ホークスの言っていることはつまり、公安に伝えて失敗に備えろってことでしかない。

思考偽装で誤魔化せる可能性や、トガが私の個性を短時間で扱えない可能性にかけて、ホークスはヴィラン連合の方に戻るつもりみたいだった。

確かに短時間しか変身できないトガが、私の個性を使いこなして深く読心することは難しい。

だけど、可能性はゼロじゃない。

私の個性なら読心なんて、目の前に姿を現さなくてもできるんだから、いつ、どこで読心されるか分からない以上、常に思考を偽装し続ける必要がある。

暗号であっても、公安に対してコンタクトを取ろうとすること自体が悪手でしかない。

しかも思考を偽装したところで、偽装できるのなんて大体の人は思考の表層まで。

万が一にもトガが深く読心できてしまったら……

 

『ありがとう。君のおかげであらかじめ警戒できる。助かった。じゃあ伝言だけ、頼んだよ』

 

『はい……本当にすいません……』

 

私はもう謝ることしかできなかった。

ホークスは明らかに私に気を使ってあっけらかんとした感じで飛び立っていった。

ホークスに集中するのをやめて、目の前のミルコさんに意識を戻す。

 

「おい、どうした」

 

「……ミルコさん……相談があります……」

 

ホークスが離れてから、私の変化を見てテレパスと読心で何かをしていると察してくれていたらしいミルコさんが、すぐに確認してくれた。

それだけ私の状態が傍目から見ても異常だったらしい。

ミルコさんは、私が声をかけると事務処理をするためになんて嘯きながら、パトロールを一度中断してホテルに向かってくれた。



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公安への報告

ミルコさんはホークスのおかしすぎる態度で、人目があるところで口には出せない内容であることは理解していたようだった。

部屋に戻るなり私の方を向いて話すように促してきたミルコさんに、事務仕事を始めるように促してからホークスから伝えられた内容を包み隠さずにテレパスで伝えた。

 

『……なるほど、スパイねぇ。間怠っこしいことしてんな』

 

『はい……公安肝入りの作戦みたいで……』

 

説明に対して、ミルコさんは驚く程さっぱりと流していた。

私の血を取られた可能性に関しても、ミルコさんは『ま、しゃーない』で流していたし。

確かにあの状況だったらしょうがないと思わないでもないけど、流石に自分のやらかしに気が滅入ってしまいそうだった。

 

『腑に落ちることが多いから確かなんだろうが、なんでわざわざここまで偽装するように促す。部屋の中でも偽装が必要か?』

 

ミルコさんは書類を書きながら当然の質問をしてきた。

私も正直警戒しすぎているとは思っている。

だけど、ヴィラン連合とAFOのつながりがどこまで強いのかが分かり切っていない。

AFOの信奉者とヴィラン連合がつながっているかもまだ分からない。

そうなってくると、警戒してもし足りないのだ。

青山くんのような存在から、AFOに心酔している可能性があるものまで。

どこに誰が潜んでいるか分からない。

ホテルの中だって、遠方から監視カメラの映像とかを確認されたら、私でも気が付くことができない。

既にホークスに負担を強いることになってしまった現状では、これ以上危険な橋を渡らせるわけにはいかなかった。

 

『……詳細は話せません……ですが……AFOは覚えていますか……?』

 

『AFO?ああ、オールマイトが神野でやったやつだろ』

 

『はい……AFOには……多数の手駒がいます……それらが……どこに潜んでいるか……何人いるか分かりません……現状でその人たちが……ヴィラン連合とつながっているかも不明です……ですが……もしも信奉者に会話を聞かれたら……』

 

『最悪の場合を想定してってことか』

 

『はい……』

 

私がそこまで返答すると、ミルコさんが考え込み始めた。

ホークスから依頼されたエンデヴァーと公安への報告。

それを怪しい行動なしにする方法を考えていた。

 

『……エンデヴァーの方はまた考える。とりあえず明日は公安に行くぞ。公安からは普段から連絡やら呼び出しやらが多いからな。大体お小言言われるだけだから完全に無視してるが。スパイなんてやらせてんだ。あそこなら普通に話せる部屋があるだろ』

 

『……公安の連絡……普段無視してるのに……今回は行くのって……怪しくないですか……?』

 

『インターンの件で呼び出されてたんだよ。無視した結果電話で学生を育てろとだけ言われたが。まあ通りがかって気が向いたから来てやったってことならそこまで変でもないだろ』

 

『……分かりました……明日ですね……』

 

ミルコさんの提案は多少の違和感は残るけど、完全に行動を否定できるほどかと言われるとそうでもないという絶妙なラインのものだった。

確かにもともと呼び出されていたなら近くを通りかかった時に気が向いたってことで寄るのは、そこまでおかしな行動ではない。

電話で報告するのは、通信を傍受されたりとかのリスクを否定しきれない。

直接会った方が確実なのはその通りだから、明日まで待った方がよさそうだ。

そんなことを考えていたら、書類を書き終わったミルコさんが立ち上がった。

 

「よし。パトロールを再開するぞ」

 

「はい……今度は……遅れを取らないように頑張ります……」

 

思うところは色々あるけど、ミルコさんの指示に従ってパトロールに移っていった。

 

 

 

翌日。

予定通り、私とミルコさんは公安委員会の本部近くの方へパトロールをしに来ていた。

偶然を装って本部に行くならパトロールするのを近くの地域にした方がいいって考えだろう。

図らずも、いつもミルコさんの気分で活動地域を変えているっていう事実が活きていると思う。

パトロールは真面目にやって、人助けやヴィラン退治をしながらスタスタと町の中を歩いていく。

そして、公安の建物が見えてきたとき、ミルコさんが口を開いた。

 

「あー、そういや公安に呼ばれてたな。無視してたけど」

 

「……行かなくていいんですか……?」

 

「……いつもなら行かねぇんだが、たまには行ってやるかぁ」

 

ミルコさんの意図通りの言葉を返すと、ミルコさんは頭を掻きながら仕方なさそうに呟いた。

あんまりにも白々しい演技ではあるけど、必要な流れだと思ったらしい。

私が報告したどこにヴィラン連合につながる人間がいるか分からないという情報を信じて、普段だったら絶対にやらない演技までして合わせてくれていた。

普段から無駄なことするくらいならさっさと行って蹴っ飛ばすって感じの考え方をしているミルコさんからは考えられない行動だった。

それだけの状況だってことではあるんだけど。

そのままミルコさんと一緒に公安委員会の建物に入った。

 

「なあ、会長から呼び出されてるんだが」

 

「ミルコ!?す、すぐに確認します!」

 

受付の人にミルコさんが声をかけただけで、すごく驚かれている。

どれだけ呼び出しを無視してるんだ。

この人の思考を見る限り、エンデヴァーとか上位のヒーローは少し前に呼び出されていたみたいだけど。

確認はすぐに終わったみたいで、会長室に上がるようにと指示された。

 

エレベーターに乗って移動して、会長室にはすぐにたどり着いた。

会長室の中には、ビルボードチャートJPの時にテレビに出ていた女性会長と、スーツを着た男性がいた。

 

「ミルコ、あなたを呼び出したのは半月前だったはずだけど」

 

「学生も連れてきたのか……」

 

スーツの男の人は私を見て渋い顔をしていた。

私がいると都合が悪いらしい。この2人はしっかりと私の読心を認識している。

私の読心、というよりも個性を利用したがっていたのはこの2人が筆頭っぽい。

 

「事情が変わった。ここは盗聴される心配はないんだろうな」

 

ミルコさんが盗聴と言った段階で2人の表情が変わった。

呼び出しを利用して接触しただけだということを、すぐに理解してくれていた。

 

「ええ。ここのセキュリティは世界トップクラスを自負しているわ。好きに話しなさい」

 

「それがわかりゃ十分だ。ほら、話せ」

 

ミルコさんに話すように促される。

私も促されるままに一歩前に出る。

 

「雄英高校ヒーロー科1年A組……波動瑠璃です……ご存じみたいですので……詳細は省きます……ホークスと接触しました……」

 

「そういうこと。ホークスから何か報告が?」

 

「ホークスからの報告は……公安委員会にもされていると聞いています……敵は解放軍……数10万以上……4か月後に決起予定……死柄木とその裏にいる者の居場所と……その目的は未だ読めず……」

 

「ええ。報告は受けているわ。何かそれ以外にあるのかしら?」

 

会長が探るような視線で私の方を見てくる。

悪意があるわけじゃないけど、ちょっと嫌な感じの視線だ。

 

「……お二人は……私の個性を把握していると承知した上で報告します……トガの個性が……成長しています……条件は分かりませんが……変身先の個性を使えるようになっていると……」

 

「……それは確かに悪い情報だが、わざわざ報告に来るほどか?ホークスの暗号で伝えれば……」

 

スーツの男の人が訝し気に呟いた後、会長も、男の人も、驚愕したような表情に変わった。

気が付いたらしい。

 

「待ちなさい。まさか……」

 

「私の血を……トガに取られている可能性があります……死穢八斎會で接触した際に……首にナイフを押し当てられて出血しています……ナイフは……トガがそのまま……」

 

「つまり、考えられる限り最悪の成長をされたということか」

 

苦々し気な表情を浮かべて、男の人の方が吐き捨てるように言った。

会長も冷や汗を流しながら頭に手を当てている。

 

「ホークスは、なんて言っていたのかしら?」

 

「……私に個性の詳細を確認して……ヴィラン連合に戻りました……思考を偽装することができれば……なんとかなるかもしれないと……」

 

「……ホークスに話した内容を、私たちにも話せるかしら?ミルコや雄英の動きを見る限り、あなたの個性を利用しようとしていたことも分かっているだろうから、話しづらいでしょうけど……」

 

正直気は進まないけど、そうもいっていられない状況なのは分かっている。

読心の深度や深く読むために必要なやり方、少量の血しかないという制約のなか、これを習得できるかは疑問が残ることとか、ホークスに話したことは全て話した。

 

「なるほど……つまり、ホークスが表層の思考さえ誤魔化し続けていてくれれば、乗り切ることができる可能性があるということね」

 

「……だが、これは……報告の頻度はまず間違いなく下がるとして……調査が間に合わないことも覚悟した方がいいな……」

 

2人は唸りながら考え込んでしまっている。

ミルコさんはそんな2人を一瞥すると、背を向けて出口に向かい始めた。

 

「伝えることは伝えた。帰るぞ」

 

「……はい……」

 

「待ちなさい、ミルコ」

 

私もミルコさんについていこうとすると、会長がミルコさんに声をかけた。

ミルコさんも、一応足を止めている。

 

「もともと呼び出して伝えようとしていたことよ。学生に……リオルにより多くの会敵の経験を。トップランクのヒーローたちや、頼らざるを得ない個性を持っている学生のインターンを見ることになっているヒーロー全員に伝えていることよ」

 

「学生を保険に使うこと自体、どうかしてるとしか思えねぇけどな」

 

「外道なのは百も承知よ。でも、それだけ強大な敵を相手にしなければいけない。おそらく決戦となる時には、何人かの学生は前線に駆り出さなければいけなくなる。行方が分からない死柄木に、人体実験で一部とはいえAFOの力を手に入れたナイン、サーチの完全複製……もしも死柄木が同じ人体実験を受けているとしたら……最悪の予測をしていかなければいけない。特に死柄木発見の遅れは、致命的な損害を出しかねないのよ」

 

「はっ。どこまでもクズだな」

 

「ええ、クズよ。分かっていてやっている。きっと私は地獄に落ちるでしょうね。でもそうしなければ、被害を抑えられない」

 

会長は、覚悟を決めていた。

学生をヴィランとの決戦の最前線に駆り出すことがどれだけ非道で、外道で、狂っているか、この人は分かっている。

それでも、そうしないとどうにもならないものがある。

敵の数に対してヒーローが圧倒的に足りていないから、学生を駆り出すしかない。

圧倒的な力を持つ存在がいるから、その対策となる学生は前線に押し出すしかない。

死柄木の場所を掴み切れるか分からないから、探せる可能性のある学生を前線に出すしかない。

その先に待っている最悪の可能性を防ぐために、使えるものはなんでも使おうとしている。

死柄木が、ナインに施した実験をさらに発展させたものを受けて、AFOの個性を完全に使えるなんて事態になったら、超常黎明期のAFOの再来になる可能性すらある。

AFOが、10万の兵力を持った場合の被害なんて考えたくもない。

それを防ぐために、この人の構想の中では、解放戦線の対策として、上鳴くんと常闇くん、小森さん、骨抜くん、あとは、死柄木探しで私を前線に出すことが、想定されていた。

 

「リオルの個性にも頼らざるを得ない可能性が高い。だからこそ、あなたにはリオルを、このインターンで可能な限り成長させてあげて欲しいと考えているの」

 

「……帰るぞ」

 

「はい……」

 

「確かに頼んだわよ、ミルコ」

 

イライラしながら退室しようとするミルコさんの後を、走って追いかける。

そんなミルコさんの背中に、会長が重ねるように声をかけてきていた。



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雑な救援要請

公安への報告が終わった翌日。

あれからミルコさんの指導はさらに熱が入っていた。

前線に駆り出される可能性が高いこと、それを拒否することも難しい可能性が高いこともあって、言われた通りにするのは癪だけど私の為にも必要なことと割り切っている感じだった。

ミルコさんは技の繰り出し方や細かい身体の動かし方、どうすればさらにキレが良くなるかとかを教えてくれた。

職場体験の時に今みたいな指導をされていても、何もできなかった自信がある。

それだけ体力も、経験も、何もかも足りていなかった。

でも、半年以上基礎トレーニングをして、色んな実戦を経験してきて、最近では尾白くんに武術について軽く教わったりもした。

そのおかげか、なんとかちゃんと指導を受けることができていた。

 

そんな感じの指導兼パトロールを続けていると、ヴィランが暴れているところに出くわした。

暴れていると言っても、身体から大量に伸ばした木の枝みたいなのを張り巡らせて道を塞ぎつつ、強盗をしているといった感じなんだけど。

異形型じゃないけどシンリンカムイと似たような個性を持っているっぽい。

跳び越えようにも結構な高さがあって骨が折れそうだった。

 

「行くぞ」

 

「はい……!」

 

ミルコさんが跳び上がるのに合わせて、一緒に跳び上がる。

だけど、すぐにヒーローが近づいてきたのが分かったようで、そのヴィランは店の周りに木を張り巡らせて立てこもるみたいな感じのことをし出していた。

私とミルコさんがバリケードを跳び越えて店の前に着くころには、店が完全に木で覆われてしまっていた。

 

「チッ、めんどくせぇな」

 

「試しに壊せないか……やってみますか……?」

 

「いや、こうなると……見てろ」

 

ミルコさんが木を思いっきり蹴り飛ばして、表層の木を数本砕いた。

だけど次の瞬間、さらに木が追加されてまた塞がれてしまった。

私とミルコさんも流石にこうなってしまうとどうしようもない。

蹴ったそばから修復されるだけだ。埒が明かない。

周囲のヒーローの思考を見ても有効な個性を持っている人はいなさそうだ。

 

「ブーストか?その辺のヴィランが使える個性の強度じゃねぇな」

 

「……そうみたいです……思考……すごく短絡的な感じになってます……」

 

「正直いつ切れるか分かんねぇんだよなあれ」

 

ミルコさんが心底めんどくさそうにしながら頭を掻いている。

お店の人とかは早い段階で逃走していたみたいで、人質とかは特にいない。

短絡的な思考になっていたせいで、お店の人を追ったりしないで強盗に集中したみたいだ。

私が監視していれば逃走はできないけど、いつまで待てばいいか分からないとなると、正直面倒臭いというのは分かってしまった。

 

私がそんなことを考えていると、ミルコさんの思考が『むしろ好都合か』なんて感じになった。

何が好都合なのかと思って思考を深く読んでみると、エンデヴァーを呼ぶなんていう思考が読み取れた。

そういう意味で好都合なのか。

確かに今建物の中にはヴィランしかいないし、エンデヴァーがいれば一発だとは思うけど……

相手は忙しいナンバーワンヒーローだ。

チームアップの要請をしても即来てくれるとは思えない。

そんなことを考えていると、ミルコさんはスマホを取り出していた。

 

「ようエンデヴァー!」

 

『何の用だ、ミルコ』

 

「いやなに、私らじゃちょっと面倒なヴィランがいてな!ちょっと手ぇ貸してくれ!今いるの東京だし、そう遠くねえだろ!場所は送っとくから!」

 

『無理に決まっているだろう。チームアップは事務所を「いいから来い。んじゃ、急いでくれよ」

 

『おいミルコ!無理だと言って』

 

ミルコさんはそこでブツっと通話を切った。

えぇ……すごい強引……

これで来てくれるんだろうか。

凄い勢いで無理だって言ってたけど。

電話を切られたエンデヴァーが激怒しているであろうことは容易に予想できた。

 

「……強引ですね……これで本当に来ますかね……」

 

「来るだろ、エンデヴァーなら。人気で負けてるのに解決数でトップになった男だしな」

 

「ミルコさんがそういうなら……監視しながら……待ちますか……」

 

ミルコさんがそういうなら待つか。

そう思って監視を続けつつ待った。

 

……そういえば、ミルコさんさっき事務所じゃなくてエンデヴァーに直接電話かけてたな。

番号を交換しているんだろうか。

トップランク同士連携するために交換しておいたのかな。

お互いに手に負えないとなると下手なヒーローには救援要請なんか出せないから、効率的ではあるんだけど。

 

 

 

そんなことを考えながら30分くらい待っていると、赤い炎を纏いながらエンデヴァーが飛んできた。

案の定エンデヴァーの表情が凄く怖い。

思考も普通に激怒してるよこれ。

 

「ミルコ!無理だと言っただろう!なんだあれは!」

 

「無理と言いつつ来てんじゃねぇか。ほら、早くやってくれ。中にはヴィランしかいねぇから。私らじゃ埒が明かねぇんだよ」

 

エンデヴァーが激怒しながら吠えているけど、ミルコさんは飄々としながら木で封鎖された建物を示していた。

なんというか、すごい温度差。

エンデヴァーは怒りが収まらないという様子でミルコさんに文句を言い続けている。

まあミルコさんが手に負えないとか言いつつごり押しで救援要請をしてきたから、相当やばいヴィランが出たと思って怒りながらも心配しつつ飛んできたみたいだし、仕方ないのかもしれない。

大急ぎで来てみたら木で囲まれたお店の前で手間取っているだけで拍子抜けして、さらに怒りに火が付いたって感じっぽいし。

 

そんな様子を眺めていると、エンデヴァーから少し遅れて緑谷くんと爆豪くんと轟くんがやってきた。

緑谷くんたちは着くなり疲れた様子で息を整えている。

 

「や、やっと追いついた……」

 

「お疲れ様……ごめんね……急な要請で……」

 

「は、波動さん、良かった、無事だったんだ。エンデヴァーがミルコの要請を聞いた後に大慌てで飛んでいったから、何かあったのかと……」

 

緑谷くんが笑顔を浮かべながら心配してくれた。

なんというか、やっぱりすごく人がいいな。

エンデヴァーへの伝言があったとはいっても、わざわざ忙しいナンバーワンを呼んだのが申し訳なくなってしまう。

 

「ん……なんともないんだけど……籠城されて攻めあぐねちゃって……本当にごめんね……」

 

「っとだよクソチビ!あんな籠城の仕方なら俺でもどうにかなるじゃねぇか!」

 

爆豪くんがキレている。

実際エンデヴァーじゃなくてもいい籠城の仕方をしているし、何も言い返せない。

爆豪くん的には、ミルコさんの手に負えないやばいヴィランと戦えると思ってわくわくしていたっぽい。

それでこれを見て怒りのボルテージが上がっちゃったみたいだ。

 

「でも……私とミルコさんじゃどうしようもないのも……事実……周囲にどうにかできるヒーローもいなかった……ミルコさんが連絡を取れる……どうにかできそうなヒーローが……エンデヴァーだった……仕方ない……」

 

「まあ確かにあれはあいつなら一瞬だろ。放置するわけにもいかねぇし、ミルコの要請を拒否しなかったのはあいつだ」

 

轟くんは静かに籠城現場を眺めていた。

なんというか、エンデヴァーの所でインターンをすると聞いて少し心配していたけど、思った以上に穏やかにやれているらしい。

轟くんがエンデヴァーに向ける感情も、嫌悪感とかはあるけど憎悪は感じなかった。

それに、意外だったのがエンデヴァーだ。

轟くんの思考とか、体育祭の時に見たエンデヴァーの印象とは180度違っていた。

責任感の強い、子煩悩なヒーローの思考をしている。

なんでこんなに変わってるんだこの人。

目の上のたんこぶだったオールマイトがいなくなって浄化されたのか。

今のエンデヴァーの思考は、ナンバーワンとしてもそんなにおかしくない感じになっている。

過去はなくならないけど、隠し通してさえくれればナンバーワンヒーローとしても頼りになりそうだと思った。

 

「ショート!このヴィランへの対処はおまえがやってみろ!課題として与えたことができれば容易いはずだ!」

 

エンデヴァーがあまりにも拍子抜けして轟くんに指示を出した。

まあこれなら轟くんの炎でも行けると思うから、全然いいんだけど。

それにしても、課題ってなんだろうか。

少し気になる。

 

「課題……?」

 

「かっちゃんと轟くんが同じ課題を出されてるんだよ。溜めて放つ、力の凝縮。波動さんは得意だよね」

 

「……まぁ……波動の圧縮噴出は……いつもしてるし……私の技……大体それだし……」

 

「てめーのそれも俺のパクリだけどな!!」

 

緑谷くんがスッと教えてくれた。

爆豪くんは爆豪くんで煽ってくるけど気にしない。二段ジャンプは確かに爆豪くんをパクったし。

それにしても、なるほど。そういうことか。

確かにブッパが基本だった轟くんが、大規模に扱える炎とかを圧縮できる技術を身に着けたら鬼に金棒だ。

 

そんなことを考えていたら、轟くんが木の前に移動した。

まだヴィランは息を荒げながら興奮状態のままだ。

多分少し削ったくらいじゃまた足される。一気にどうにかしないといけない。

轟くんは炎を圧縮し始めていた。

でも、なんというか相変わらず大規模な操り方は得意みたいだけど、圧縮と言う点では全然だ。

細かい調整がまだできないんだろう。

調整にてこずっている姿を見ると、なんというかムズムズしてくる。

 

「ね……轟くん……圧縮は……もうちょっとどう圧縮するのか考えた方が……やりやすいと思うよ……」

 

「波動……?」

 

「エンデヴァーのジェットバーンもそうでしょ……手元で圧縮して……噴出に指向性を持たせてる……私も似た感じ……私の場合……身体の一部に無理矢理押し込む感じで圧縮したり……丸いものの中に詰め込むイメージで……圧縮してる……このイメージでやると……指向性を持たせるの自体は簡単……入れ物に穴をあけるイメージで……圧縮のかけ方を変えるだけで……そっちに噴射できる……私の波動も……轟くんの炎も……どっちも揺らめく感じのものなのは変わらないし……同じ感じでできるんじゃないかな……」

 

「……なるほど。助かる、ありがとな」

 

「やっぱり波動さんの"発勁"とかもかっちゃんの"徹甲弾(APショット)"と同じ要領だよね!!」

 

「だから変な分析すんなクソデク!!本格的に距離を取れ!!」

 

外野がうるさいけど、とりあえず轟くんに伝えたいことは伝えた。

後はもう轟くんがどうにかするだろう。

量が少ないから圧縮しやすい私と、大規模な量を瞬時に出せる轟くんが完全に同じやり方でできるとは思わないけど、多少はイメージが付くだろうし。

緑谷くんが言っている通り、爆豪くんも既にその動きをやっているけど、爆豪くんは殊勝にアドバイスなんてしてくれないだろうし。

 

轟くんは少し時間がかかったけど、エンデヴァーのジェットバーン擬きみたいなのを出して木を焼き払った。

炎で木が燃える中、轟くんはすぐに突入してヴィランを確保してくれた。

うん、圧縮自体はできていたけど、まだ時間をかけすぎてると思う。

エンデヴァーも『これを無意識でできるようになれば……』って考えている辺り、同じ感想を抱いたんだろう。

 

 

 

「次からはこんな用件で呼びつけるな!!本当の緊急時に判断がつかなくなる!!」

 

エンデヴァーがミルコさんの前に仁王立ちしながらそう吐き捨てた。

怒りは少し鎮火してきてるけど、まだ言いたいことはたくさんあるようだった。

そろそろ言うか。ミルコさんもいい感じにエンデヴァーと会話してくれているし。

 

『エンデヴァー……ミルコさんと会話しながら聞いてください……』

 

私がテレパスでエンデヴァーに声をかける。

エンデヴァーは一瞬眉をひそめてチラリと私を見たけど、そのまま会話を続けてくれた。

 

『私の個性は……読心とテレパスができます……そのうえで報告します……先日、ホークスと接触しました……その際にエンデヴァーに確実に伝言するために……伝えて欲しいと依頼された内容を報告します……ヴィラン連合は……異能解放軍を取り込んで超常解放戦線になりました……その数は……末端の戦闘員まで含めると10万以上……死柄木やその裏にいる者の居場所や目的は依然不明……やつらは4か月後に決起する予定です……それまでに不意を突いて襲撃できるように合図を送る……とのことです……今回のミルコさんの強引な救援要請は……これを私から伝えるためのものです……』

 

私がそこまで伝えきると、エンデヴァーは目を閉じた。

ミルコさんが軽口を返したのにため息を吐いた体を装って、私に思考を向けてきた。

 

『やつの暗号からしっかりと伝わっている。安心しろ。しかし、俺はやつにそこまで信用されていなかったか……まあいい、情報、感謝する』

 

「用は済んだ。行くぞ!ショート、バクゴー、デク!」

 

「はい!じゃあ波動さん、お互い頑張ろうね!」

 

「波動、助かった。そっちも気をつけろよ」

 

「ん……緑谷くんたちも……頑張って……!」

 

エンデヴァーは、私に返答するとすぐに飛び立っていった。

緑谷くんたちも、私に声をかけてから大慌てでそれを追いかけ始めた。

爆豪くんだけは無言だったけど、それはもう彼の性格だから仕方ないだろう。

そして、これでようやくホークスに頼まれた伝言が終わった。

少しだけ肩の荷が下りた気分だけど、私は決戦の時に前線に出される可能性が高い。

これからミルコさんと特訓を頑張らないといけないと、気合を入れなおした。



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冬休み明け

ミルコさんと特訓に明け暮れた冬休みはあっという間に過ぎ去って、始業の日になった。

インターン中ミルコさんについて回って色んな街を移動したけど、ミルコさんはよくあんな生活を続けてられるなと思った。

毎日毎日泊まるホテルは変わるし、知らない街をパトロールしているのだ。

普通に疲れるし、そこまで身体も休まらない。

後は自分でご飯を作ったりもできないから食事は全部外食になる。

ミルコさんが毎日豪快に奢ってくれたから、美味しい物自体は食べられたんだけど。

まあそれはそれとして、特訓の日々はひとまず終わった。

ミルコさんのおかげで全体的に身体の動きと技のキレが鋭くなった気がする。

冬休みが明けて学校があってもインターンは続くし、これからも鍛えてもらう予定だ。

 

 

 

「明けましておめでとう諸君!」

 

寮でもう年明けの挨拶はとっくにしたのに、教卓に立った飯田くんはそう言って話を切り出した。

年明け早々の授業での皆への呼びかけはこれだと決めていたらしい。

 

「今日の授業は実践報告会だ。冬休みの間に得た成果・課題等を共有する。さぁ皆、スーツを纏いグラウンドαへ!」

 

飯田くんが今日の授業の内容を伝達し終わったところで、教室のドアがカァンッ!と大きな音を立てて開いた。

 

「いつまで喋って―――」

 

そこまで言ったところでコスチュームを持って移動を始めている私たちを見た相澤先生は固まった。

 

「先生ーあけおめー!!」

 

固まる先生の横を駆け出した三奈ちゃんを先頭に次々と通り抜けていく。

 

「本日の概要伝達済みです。今朝伺った通りに」

 

「飯田が空回りしてねー」

 

「マニュアルさんが保須でチームを組んでリーダーをしていてね。一週ではあるが学んだのさ……物腰の柔らかさをね!」

 

ソレ!なんて掛け声を出しながら飯田くんが盛大に腰を振り始めた。

 

「……さっそく空回り……」

 

「すぐチェーン外れる自転車みてぇ」

 

さっきまでちゃんと委員長してたのに、一気に崩れ去って空回りし始めている。

空回りしてない飯田くんは物足りないけど、この空回りはそれはそれで困ってしまうからなんとも言えない所だった。

そんな様子を横目で見ながら透ちゃんと並んで廊下を歩いていると、校内放送が響き渡った。

 

『相澤先生、職員室までお願いします』

 

その放送を聞くと、訝し気な様子で先生は職員室へ向かっていった。

先生も要件を知らないらしい。

 

 

 

「お茶子ちゃんコスチューム変えたねえ!似合ってるねえ!」

 

「ん……かわいい……いい感じ……」

 

「ホント?よかったぁ」

 

私と透ちゃんがお茶子ちゃんを褒めると、お茶子ちゃんは照れくさそうに笑った。

それにしても本当に似合ってると思う。

ヘルメットのバイザーが無くなって飾り付きの耳当てみたいになっているのと、後は腕に装着するパーツの形が大幅に変わっていた。

 

「うららかリスト重!!」

 

「ワイヤー入っとる。私の"個性"なら重さハンデにならんから。ケースは重いけど」

 

「……なるほど……緑谷くんリスペクト……」

 

「はぅっ!?ち、違うからね!?」

 

私がお茶子ちゃんの思考を読んでツッコむと、お茶子ちゃんが慌てだした。

相変わらず隠してるのか隠してないのかよく分からない感じだ。

 

「こっちには何が……「あーーー!!!」

 

三奈ちゃんがもう片方のお茶子ちゃんリストを持ち上げた途端、小さなハッチが開いて中からぽろっとオールマイト人形が落ちた。

当然のように皆の視線がオールマイト人形に集中する。

 

「麗日!!」

 

「違うの三奈ちゃん!?」

 

ホアアア!!なんて言いながら三奈ちゃんがお茶子ちゃんの方を勢いよく振り返った。

まあ流石に察しがつくよね。お茶子ちゃん否定してるけど。

三奈ちゃんと透ちゃんが嬉しそうにぴょんぴょんしながらお茶子ちゃんに迫り始めていた。

 

「本当に……違うんだ。これはしまっとくの」

 

「……しまっちゃうの……?なんで……?」

 

お茶子ちゃんがそういった顔は清々しい感じだったけど、思考が理解できなかった。

何でこんなに好きな感情で溢れてるのに、恋心をしまっちゃうって結論になるんだろう。

ちょっと意味が分からなかった。

緑谷くん、脈あると思うんだけど。

 

「なんでも!とにかくしまっておくことにしたから!」

 

……思考を読んで理由は大体わかったけど納得しかねる。

目標のために緑谷くんがいっぱいいっぱいだから?

余裕のない姿をかっこいいと思ったから?

なんでそこからしまっておくって思考になるのかがちょっとよくわからなかった。

 

「……あ……」

 

「どうしたの?瑠璃ちゃん」

 

お茶子ちゃんのしまっておく宣言を聞いて少し残念そうにしていた透ちゃんが、思わず呟いてしまった私に確認してきた。

 

「……私……緑谷くんに……困ったらお茶子ちゃんに相談してみるといいかもって……言っちゃった……しまっておく邪魔になっちゃったら……ごめん……」

 

「えっ!?ちょっ!?なんでっ!?」

 

「文化祭の後……悩んでるみたいだったから……抱え込まないで……誰かに相談しろって言っておいた……その時に……お茶子ちゃんなら誰よりも真剣に話を聞いてくれるって……言っちゃった……」

 

お茶子ちゃんが顔を真っ赤にして完全にフリーズしてしまった。

しまっておくなら、余計なことを言ってしまっただろうか。

私がそんなことを考えていたら、透ちゃんが私の肩をちょんちょんつついてきた。

そっちに顔を向けると、透ちゃんと三奈ちゃんが揃ってサムズアップしていた。

 

「グッジョブ瑠璃ちゃん!」

 

「いい仕事だよ波動!」

 

いい仕事だったらしい。

この2人は嬉しそうにしているし、とりあえずまあいいか。

そんなことよりも、早く着替えないと。

お茶子ちゃんに構い過ぎて私自身が全然着替えられてない。

 

 

 

そう思った瞬間、激しい憎悪の思考が、職員室から伝わってきた。

憎悪、嫌悪感、悲嘆……とにかく濃密で凄く不愉快な感情が、相澤先生から伝わってくる。

その思考が、近くにいたマイク先生にもすぐに伝播した。

2人の負の感情の強さに吐き気を覚えて、思わず口を押さえてしまう。

 

「ぅ……」

 

「ちょっ!?どうしたの瑠璃ちゃん!?急に顔色真っ青だけど!?」

 

透ちゃんに話しかけられるけど、まともに取り合えない。

2人の思考は、『白雲』とか、『そんな素振りは』とか、『趣味が悪い』とか、いろいろ湧いては沈んでいく。

白雲っていうのは、確か相澤先生たちの同級生だったはずだ。

相澤先生の思考から時折読み取れる、インターンか何かで在学中に殉職した人。

それに、黒霧に関する思考と、趣味が悪いとか、そんなはずはとか、どんどん色んな思考が読み取れてくる。

つまり、黒霧は、脳無は、人の死体を、使っているってこと?

相澤先生たちが移動し始めたのを感じる。

その思考の中に私の名前が浮かんだのも確認した。

私も、呼ばれていた?でも、それを相澤先生の判断で止めたっぽい……

 

「瑠璃ちゃん!?どこ行くの!?」

 

「ごめん……!先に授業行ってて……!」

 

それを認識した瞬間、私は脱いでいたジャケットを羽織りなおして、走り出していた。

 

 

 

先生たちが車に乗ろうとしているところに、なんとか追いついた。

相澤先生もマイク先生も、思考や感情だけじゃなくて、表情もすごく険しくて、怖い感じになっていた。

 

「先生……!」

 

「……波動。お前は来るな」

 

「でも……私も呼ばれたんじゃ……」

 

私がそういった途端、先生は私を睨んできた。

ここに来た目的なんて、すぐに分かってしまったようだった。

目つきがいつも以上に鋭くて、怯んでしまう。

 

「ああ。確かに可能なら連れてきて欲しいとは言われた。だが俺が拒否した。行った先で読心することになるのは黒霧だ。お前が錯乱した相手の読心を、させるわけがないだろう。塚内さんもそれで納得している」

 

先生は強くそう言い放った。

こんなに憎悪に塗れてるのに、私に対して気を使ってくれている。

その事実が少しうれしかったのと同時に、それ以上に先生たちが心配だった。

確かに、あの波動を読むのはまだ少し怖いけど、でも、先生の親友だった人かもしれないっていうなら、放っておきたくなかった。

 

「嫌です……!先生は、私に気を使ってるんですよね……!?なら大丈夫なので……私も連れて行ってください……!!先生たちの憎悪も、嫌悪感も、悲しみも……こんな感情……見たくないです……!私で役に立てることがあるなら……使ってください……!!」

 

私がそう言い切ると、先生は意外そうな表情で私を凝視してきた。

私がこんなことを言うとは思っていなかったらしい。

先生はそのまま私の目を見つめながら、口を開いた。

 

「……正直、お前の目的はヒーローになることとか、人助けとかじゃなくて、姉の後を追うことだと思っていた」

 

「……それは……ずっとそうです……今までも……一度だって……心からヒーローになりたいなんて思ったことは……ないです……でも……こんな感情になってる先生たちを……放っておけないです……」

 

「……お前も、成長してるってことか……好きにしろ。山田!車変えるぞ!」

 

先生たちが乗ろうとしていたマイク先生の車は、2人乗りだった。私が乗るスペースはない。

マイク先生は相澤先生の言葉を聞いて、走って職員室に戻っていった。

学校の車を借りるつもりみたいだった。

 

「すいません……私のせいで……車……変えなきゃいけなくなって……」

 

「気にするな。ただし覚悟はしておけ。もしこの話が本当なら、奴は死体の成れの果てだ。おまえが前に錯乱した理由にも納得がいく。正直俺も、この状況で奴を前にして、冷静でいられる自信がない」

 

「はい……自分で行くって言ったんです……迷惑は……かけないようにします……」

 

先生は、相変わらず怒りに震えながらではあったけど、私を心配し続けてくれていた。

だけど、向こうに行ったらそうも言ってられない。

先生たちの感情からして、私を気にする余裕なんて皆無と言っていい。

今は私と話して間が空いたから少し冷静になっているだけだ。

本人を前にしたら、絶対に冷静でなんていられない。

私は自分で行くことを望んだんだから、足手まといにならないようにしないとだめだ。

先生たちの役に立つためにも……



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黒霧

しばらく車に揺られて、辿り着いた場所はタルタロスだった。

……正直、ここほど不愉快なところはなかなかないと思う。

凶悪なヴィランたちの悪意、憎悪、狂気……ただただ不愉快で、気持ち悪くて、吐き気を覚える。

そんな波動に満ちていた。

 

先生たちは移動中もイライラしている様子を隠せてなくて、「もっとスピード出せないのか」とか、普段だったら絶対に言わないようなことも言っているくらいだった。

タルタロスについて早々に、塚内警部とグラントリノに出迎えられた。

 

「待っていたよ、イレイザーヘッド、プレゼント・マイク……波動さんは連れてこないという話だったのでは?」

 

「本人が希望したので連れてきました」

 

「……そうか……いや、こちらとしては助かるからいいんだ。以前黒霧を読心した際に錯乱したと言っていたね。こちらで気を配っておくよ」

 

「お願いします」

 

塚内警部が私を見て確認してくるけど、すぐに相澤先生が理由を伝えていた。

塚内警部もすぐに納得して、タルタロス内部に向かって歩き出した。

私たちも特に質問もなく、その後を追いかけていった。

 

「2人は知っているだろうし、波動さんはもう把握してしまっているだろう。脳無は人の手によって改造され、複数の"個性"に耐えられるようになった人間だ。ただし、生きた人間じゃない。脳みそから心臓に至るまでめちゃくちゃにされてる」

 

「……はい……その通りだと思います……黒霧の波動は……何人もの波動をつぎはぎにしたのかってくらい……めちゃくちゃで……死人と変わらない部分もあります……思考も……刷り込まれたようなもの以外は……すごく希薄で……正直……あまり直視したいものではないです……」

 

「君から見てもそう見えるか……脳無とは、正しく人形。意思持たぬ操り人形。そう考えていた。君の思考に対する所感も、この考えを補強するものだろう」

 

塚内警部が私の返答に頷いている。

グラントリノも同じ感じで考えていたらしい。

今回の件で、大きく考えが変わったみたいだけど。

 

「塚内さん……こっちは授業トばして来てるんです。簡潔にお願いします」

 

「相澤」

 

相澤先生が焦れたように、低い声で先を促す。

正直、見える感情が怖い。普段は厳しくても優しい先生だからこそ、余計にそう感じてしまう。

相澤先生を制しているマイク先生の手も、小刻みに震えていた。

 

「必要な話だよ。順を追おう。気持ちの整理をつける為にも」

 

「こいつはヴィラン連合の中核。口を割らせることが出来れば、一気に大元を叩けるんだが、いかんせん肝心なことを一切話そうとしない。くだらない話はするが、連合の不利になる情報については、電源が落ちたかのようにストンと無反応になるんだ」

 

私に最初から読心を頼もうとしなかった理由はそれなのだろうか。

話を振られた途端にストンと電源が落ちたように無反応になるなら、そういう風になるような何かしらを仕掛けているとしか思えない。

その状態で、思考が読めるとは思えなかった。

別室で待機している人の思考的に、脳波も観測しながらやっていたようだし、そのうえでそういう結論になったなら、私が尋問しても読める可能性は確かに低かっただろう。

 

「……つまり?」

 

「あまりに精巧で、それと気づくまでに時間がかかった。複数の因子が結合され、一つの新たな"個性"となっていたんだ。そしてそのベースになった因子―――……かつて雄英高校で君たちと苦楽を共にし、若くしてその命を落としたとされている男。白雲朧のものと、極めて近いことが分かった」

 

「……つまり、黒霧は脳無で、白雲の遺体がベースになっている―――可能性が高いっつーことだ」

 

辿り着いた部屋の奥には、拘束着を着せられて椅子に縛り付けられている黒霧がいた。

黒霧の意識は完全に落ちていて、思考は全く読めない。

だけど、相変わらず不愉快な見ていたくない波動をしている。

正直、エリちゃんが死ぬ様子を何度も見て死体を直視することに慣れていなかったら、また前と同じ状態になっていたと思う。

 

「……"A組の3バカ"なんて呼ばれもしたよ……意味が分かんねぇよ!!!」

 

「"目立たず三ツ星レストランの残飯を漁るようなもの"だそうだ……恐らく遺体を火葬する過程ですり替え……脳無という狂気の玩具に変えた。意味なんて……求めちゃいけねぇよDJ。そこには、悪意があるだけだ」

 

「……わかんねぇよ!」

 

マイク先生の怒りに、グラントリノが説明していく。

その説明を受けても、マイク先生は受け止めきれない様子だった。

それはそうだろう。クラスメイトの、親友の身体を弄ばれて、こんなことをされていたら、受け止めきれなくて当然だ。

私が透ちゃんに同じことをされて受け止められるかと聞かれても、絶対に無理だと断言するくらいには常軌を逸した外道の所業だった。

 

「何で我々を?"絆による奇跡"でも期待してるなら……大衆映画の見過ぎでは?」

 

「根拠がありゃあ"奇跡"は"可能性"になる。九州でエンデヴァーが倒した脳無。報告では明確な人格を有し、強者への執着を見せたそうだ。焼死体のDNA鑑定の結果、あれの素体は地下格闘で生計を立てていたならず者だと分かった」

 

「生前の人格を残してる……と。残念だが雄英で一戦交えてます。口調も違ったし、俺に対して何の反応も示さなかった」

 

「そういう実験をしてたのかもな。改ざん・或いは消去した記憶が命令遂行に与える影響―――……とか。重ねて言うが、こいつが口を割れば大きな進展につながる。波動さんも来てくれたなら、頭の中にそれを過らせるだけでもいい。プレゼント・マイク、イレイザーヘッド。白雲朧の執着を、呼び覚ましてほしい」

 

そう言って塚内警部は、先生たちに刑務所の面会室のような真ん中に透明なガラスが置かれた部屋に入るように促した。

先生たちは無言でその中に入っていく。

私はどうするべきだろう。脳波を見るために待機している人がいる部屋に行けばいいだろうか。

 

「波動さんはこっちへ」

 

「はい……」

 

塚内警部に連れられて面会室が見える隣の部屋に移動する。

待機していた人に頭を下げて会釈すると、会釈を返してくれた。

待機していた人はタルタロスの看守の制服を着ていた。

会ったことはないと思うんだけど、顔が見覚えがあるようなないような……まあ波動に見覚えはないし、すぐに思い出せないならどうでもいいか。

その程度の関係の人ってことだろうし。

 

「波動さん、先に言っておく。いつでも深く読むことを中止してくれていい。君が言っていた悪意に対する吐き気というものを、ようやく少し理解できた気がした。黒霧の波動は、それらを読みなれている君が、完全に錯乱したほどのものだと聞いている。頼っておいて情けない限りではあるんだが、君が無理だと判断すればこちらでなんとかする。潰れるようなことだけはないようにしてくれ」

 

「はい……ありがとうございます……」

 

塚内警部も、気を使っていつでも中断していいと言ってくれている。

だけど相澤先生たちがこれだけの憎悪を感じながら、つらいことをしようとしている。

それで成果なしなんて、そんなことにしたくなかった。

あの時の状況になりかねないと感じたら迷惑を掛けかねないから中断するつもりだけど、そうでもない限り続けるつもりだった。

 

『思い出話でもしろってかぁ!?』

 

「頼むよ」

 

『ご遺族には?』

 

「君たちでだめなら―――……」

 

先生たちも、通信越しにこっちに色々確認して、気合を入れなおしていた。

相澤先生が個性を使って髪を逆立たせたのを確認してから、タルタロスの看守さんが遠隔で黒霧を起こした。

 

それと同時に、私は黒霧を波動に注意を向けて読心し始める。

相変わらず、不快で、気持ち悪い波動をしている。

どこもかしこもつぎはぎで、どれがもとの波動だったかなんてさっぱり分からない。

あの時のエリちゃんと同じような死人の波動も至る所から感じる。

思考も薄弱。表層は相変わらず死柄木のことばかりだ。

 

『おや……?雄英襲撃以来ですかね……珍しい客だ』

 

『やっぱ間違えてんじゃねぇのか!?こいつと白雲に共通点なんざ『死柄木弔は元気ですか?捕まったりしていませんか?』

 

マイク先生が、『身体そのものがもうそういうつくりってこった』とか考えながら声を荒げると、それを遮るように黒霧は死柄木の心配をし始めた。

思考と全く同じ内容の発言でしかない。

 

『知っらねーーーよ!』

 

『そう……残念です』

 

『死柄木が気になるのか』

 

『ええ。彼の世話が私の使命』

 

黒霧がそういった瞬間、相澤先生が固まった。

面倒を見られるという部分を、自分に重ねてしまったらしい。

 

『クソみてーな使命だな!あんな陰気くせーガキンチョの面倒見るのが使命だなん……』

 

『苦ではありませんよ。放っておけない性質なので』

 

マイク先生も、言っている途中で過去の状況と似ていることに気が付いたらしい。

固まってから相澤先生を凝視している。

相澤先生は泣きそうになっているのをこらえながら、言葉を続けた。

 

『俺が拾えないと……やり過ごした子猫を、迷わず拾ってくるような奴だった』

 

『話が見えませんね。何をされにここへ?』

 

相澤先生は、白雲さんの思い出を思い出しながら、言葉を絞り出していた。

でも、先生の言葉は黒霧には欠片も響いてない。

看守さんも「反応なし」って言って、脳波にも変動はないことを伝えてくれていた。

 

『中途半端で二の足踏んでばかりだった。そんな俺を、いつも引っ張ってくれた』

 

『ここを教会か何かと勘違いなされてる』

 

『おまえはいつも明るくて、前だけ見てた。後先なんて考えず……!死んじまったら、全部終わりだってのに……!』

 

その瞬間、今まで完全に呆れて聞いているだけだった黒霧の思考にノイズが生じた。

思考が読めるほどじゃないけど、それでも確かに変化が生じていた。

 

『俺、山田と先生やってるよ。生徒に厳しくあたってきた』

 

「除籍回数がえげつないって話だな」

 

『書類上じゃな』

 

「……相澤先生……除籍回数はすごいけど……そのほとんどを復籍させてるはずです……最近……2年生の思考を読んで……知ったことですけど……」

 

そう、相澤先生は初期は除籍除籍って何度も言ってたけど、全員1回除籍されたらしい2ーAの生徒を、全員復籍させていたらしいのだ。

先生がどういう目的でそんなことをしていたのか理解しかねていたけど、今ようやく理解できた。

 

『生徒たちには、お前のようになってほしくなかった……!正義のためと、己が命を軽んじるヒーローには……!お前のようになってほしかった……!誰かを引っ張っていけるヒーローに……!最高のヒーローには、長く生きて欲しいから……!……白雲!でもまだおまえがそこにいるのなら!なろうぜ……ヒーローに!3人で!』

 

黒霧の思考が、明確に歪んだ。

さっきまでの死柄木を守るなんていう思考に、ノイズが混ざった程度じゃない。

驚愕、困惑、動揺。明らかに、冷静ではなくなっていた。

 

「脳波波形に異常「静かにしてください!!思考が揺らいでます!!少しでも聞き逃したくない!!」

 

「脳無の製造元!!死柄木の居場所を!!」

 

私の言葉に、塚内警部はすかさず指示を出した。

相澤先生は、『目の前にいるのは友の遺体、還ってくるわけでも、ないのに!!』って考えながら、立ち上がって、必死で声をかけ始めた。

 

『言え!!誰がおまえを変えた!?どこで脳みそ弄られた!!』

 

『さっ、さっきから、何、を、仰っている、のか』

 

『答えろ白雲!!』

 

『私は黒霧。死柄木弔を守る者』

 

『おまえは雄英高校2年A組!!』

 

『俺たちとヒーローを志した!!』

 

『『白雲朧!!』』

 

『何を仰っているのかさっぱり―――』

 

その瞬間、黒霧の顔の中に、人の顔が浮かんだ。

それを認識した瞬間、私は他の情報を一切を気に出来ないくらい、深く、詳しく読心をし始めた。

 

『ひ―し、しょう―』

 

『ホラ、3人い――さ!誰か――スっても、残――二人がカバーし――るし!』

 

『変え――た――――こ―ら―年老――男――』

 

『――ういん―』

 

『―――わた……し……は―――しがら―――しょ―――』

 

ブツンッと電源が切れたように何も読み取れなくなった。

そこまで読み取って、私は黒霧の波動を注視することをやめた。

それと同時に、全身に凄まじい疲労感が襲ってきていた。

汗がびっしょりになっているのが自覚できてしまう。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「波動さん、どうだった!?」

 

「白雲さんは……どこまで話しましたか……」

 

「病院、とだけ」

 

「そこは……同じです……私が他に分かったのは……小柄な、年老いた男……それだけです……」

 

「十分すぎる情報だ……!ありがとう!」

 

塚内警部は私にそういうと、先生たちに労いの声をかけ始めていた。

私も、息を整るためにしゃがみこんで深呼吸していた。

そんな私の背中を、グラントリノが摩ってくれていた。

 

 

 

用件も終わって、帰るために車のところまで戻ってきた。

塚内警部とグラントリノも、見送りに来てくれていた。

 

「黒霧は……?」

 

「ショートでもしたかのように停止してる。ともかく……かなりの進展だよ」

 

「あんたらも、かつては生徒で……夢を追いかけた。辛い話をさせた。この恩には必ず報いる」

 

「脳無って……何なんですか。何の為にあんなものを……」

 

相澤先生のその質問に、グラントリノはすぐには答えなかった。

そのグラントリノの思考に、AFOの声が、色濃く思い浮かべられていた。

『君たちには分からないだろうね。ワインと同じさ。踏み躙ってしぼり出すんだ。私はただ、その味を愉しみ続けたいだけさ』なんていう、嘲笑うかのような声が。

こんなの、先生たちに言えるわけがない。

 

「分からない……ただ……これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない」

 

「進展、期待してます」

 

相澤先生はそれだけ伝えると、車の方に歩いていった。

私とマイク先生も、相澤先生に続くように車に向かう。

そのまま全員無言で車に乗って、タルタロスを離れた。

私は疲労感のせいか、そのまま車の後部座席で眠ってしまった。



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閑話:???

「イカレ女、こんなところにいたのか」

 

「ノックくらいしてください」

 

部屋でくつろいでいたら、荼毘くんがノックもせずに入ってきた。

私が文句を言っても気にしている様子もなくそのまま近づいてくる。

 

「いやなに、お前に頼みたいことがあるんだよ」

 

「頼みたいこと?」

 

「ああ。イカレ女、お前確かあいつの血を持ってたよな」

 

「あいつって誰のことですか?」

 

私が今持っている血は結構あるから、どれのことを言っているのかは流石にすぐには分からない。

持っている血を順番に思い出していると、荼毘くんが少し笑いながら口を開いた。

 

「あいつだよ。あのめんどくせぇチビ女。おまえが執着してる読心してくるやつだ」

 

「ああ!瑠璃ちゃんのことですね!はい!持ってますよ!」

 

どうしようもないやくざの所に行って手に入れた瑠璃ちゃんの血。

ナイフについてた血を大事に大事に集めて集めて、保管ケースに入れておいた2滴分の大切な血。

飲みたかったけど、大好きな瑠璃ちゃんの血なら個性も使えるだろうから大切に取っておいた血だった。

 

「量はどのくらい持ってる。ちょっと読心してもらいてぇ奴がいてな」

 

「2滴くらいですね。なのでそんなに長くは変身できないです」

 

「じゃあ2回は変身できるな。それだけあれば十分だ」

 

「……?1滴じゃ1分も持たないですよ?」

 

「いいんだよ。少しでも本心が見えればいいからな。ついて来い」

 

「えー、今からですかー?」

 

荼毘くんはニヤリと口角を上げながら、文句を言う私を無視して部屋から出ていった。

私も仕方なくその後を追いかけることにした。

 

 

 

「あいつだよ。読心して欲しいのは」

 

物陰に隠れながら荼毘くんと一緒に向こう側を覗き込む。

荼毘くんが示す先には、仁くんと話しているホークスがいた。

 

「ホークスですか?」

 

「ああ。ベストジーニストの死体を持ってきてるから大丈夫だとは思うが、本心を確認したい。特に関わってるのが取り入りやすいトゥワイスなのも胡散くせぇ」

 

「んー……まあいいですけど、変身できる時間は短いので話を誘導してもらわないと多分意味ないですよ?」

 

「俺が話しかけるからその辺は心配すんな。おまえは俺が話しかけたら変身して読心してくれればそれでいい」

 

「まあいいです。瑠璃ちゃんの血は私も飲みたかったので。今からやるんですよね?」

 

「おう。じゃあ頼むわ」

 

仁くんが離れていったのを確認してから、荼毘くんはホークスに近づいていった。

その様子を眺めながら、ケースに大事にしまっていた瑠璃ちゃんの血を取り出す。

瑠璃ちゃんは私と同じ。

私が同じになろうとしなくても、似たことを経験して、同じ生き方をしてきた女の子。

今度会った時には、きっとここに来てくれる。

そんな大切なお友達。

だから―――

 

瑠璃ちゃんの血を一滴口の中に入れた。

個性はすぐに発動して、私は見た目も瑠璃ちゃんと同じになった。

瑠璃ちゃんのことを調べて、個性のオンオフの切り替えはできないことは分かってる。

だから、変身すればすぐに……

 

 

 

あれ?

なんで何も変わらないの?

荼毘くんとホークスを見ても普通にしか見えない。

瑠璃ちゃんなら波動が見えてるはずなのに。

瑠璃ちゃんはずっと波動を感じて、心の声を聞いているはずなのに。

そうじゃないとおかしい話がいくつもあったのに。

 

だから、変身すれば使えるはずなのに、なんで何も聞こえないし、何も見えないの?

これ、個性が、使えてない……?

 

瑠璃ちゃんのことは、好きなはずなのに。

大切で、大好きなお友達なのに、なんで、なんでお茶子ちゃんみたいに"個性"が出せないの。

大好きなのに、好きになれるはずなのに……なんで……なんで私は……瑠璃ちゃんになれないの……!?

 

「なんで……!?瑠璃ちゃんとお茶子ちゃん……!!何が違うの……!?なんで使えないの……!?なんでっ!?」

 

頭を抱えながら、どうにかして瑠璃ちゃんの個性が使えないかを考えてみるけど、どうにもできなかった。

好きなはずの瑠璃ちゃんの個性が使えない。

個性を使っているのに同じになれない。

その事実に、私の目からは涙が滲んできていた。

 

45秒くらい経ったところで、私は元に戻ってしまった。

私は、瑠璃ちゃんのことが好き。

同じ境遇で、同じ経験をしてきた子。私と一緒に、普通に生きても文句を言われない社会で、自分らしく生きる、大切なお友達。

お茶子ちゃんのことも好き。

出久くんにとっても信頼されてるお茶子ちゃんが羨ましくて、私も好きな人に近づきたくて、私も、お茶子ちゃんみたいになりたいくらい、好き。

2人とも大好きなのに、何が違うのかなんて分かるはずもなかった。

 

 

 

「イカレ女、どうだった……って、おまえなにしてんだ」

 

「荼毘くん……個性、使えませんでした……」

 

「は?……おまえ、あいつのこと好きだったんじゃねぇのか?」

 

「好きです……好きなはずです……なのに、使えないんです……」

 

私がそう伝えると、荼毘くんは考え込み始めてしまった。

少ししたら荼毘くんは顔を上げて、私を引っ張り始めた。

私はそのまま自分の部屋まで連れて行かれてしまった。

 

「イカレ女。おまえ最初に個性使えてから、他に試してみたか」

 

「いえ……普通の人しか試してないです」

 

「他に好きだと思える奴の血はどれだけ持ってる」

 

「……出久くんもお茶子ちゃんも使い切っちゃったので、瑠璃ちゃんの残り1滴しかないです」

 

荼毘くんは小さく溜め息を吐いてから、部屋に置いてあった私のナイフで自分の腕に傷を付けた。

そのまま傷から血を滴らせながら、私の目の前に腕を差し出してくる。

 

「飲め」

 

「荼毘くん……?」

 

「条件を明確にしとかねぇと作戦の勘定に入れづらい。確認のためだ。飲め。少なくとも俺たちには好感持ってるんだろ」

 

「……確かに荼毘くんのことも好きですけど……」

 

引き下がらない荼毘くんに促されるままに、血が滴る腕に舌を這わせた。

すぐに変身して、荼毘くんと視線が同じ高さになる。

 

「……火、どうやって出してるんですか?」

 

「……俺の顔でその話し方はやめろ。まあいい、火の出し方はーーー……」

 

荼毘くんの言う通りにして火が出せないか試してみた。

何回も、何回も。

それでも、火が出ることは1度もなかった。

 

「やっぱり使えねぇか」

 

「やっぱり、ですか?」

 

「ああ。おまえ、俺たちとあのチビ女に対する好意と、個性使えたやつに対する好意で、ものが全然違うだろ」

 

「どういうことですか……」

 

荼毘くんの言う意味がいまいち分からなくて、そのまま聞き返してしまう。

 

「どうもこうも、おまえ普段イカレた好意向けるやつには同じになりたいって散々言ってるだろ。俺らに対してもそう思ってんのか?」

 

「荼毘くんや弔くんには、そこまで思ったことはありません」

 

「だろうな。ただの仲間として友愛を向けてるだけってことだ。あのチビ女に対しても同じだろ」

 

「……瑠璃ちゃんは、私と同じなんです……私と同じことをしてきてる……だから、一緒に新しい社会で過ごしたいって……」

 

「それはつまり、同族意識、仲間意識から好意を向けてるだけじゃねぇか。同じになろうとしなくても初めから同じだと思ってるやつってことだろ」

 

荼毘くんのその指摘で、ようやく瑠璃ちゃんとお茶子ちゃんの違いが腑に落ちた。

 

「つまり、私が同じになりたいと思うくらい好きじゃないとダメってことですか」

 

「確証は持てねぇけど、高確率でそうだろ」

 

「それじゃあ瑠璃ちゃんをどんなに好きになっても個性は使えないってことになりますよね……?」

 

「仮定があってるなら、少なくとも自分と同じだと予め思ってるうちは無理だろ」

 

じゃあどうすればいいんだろう。

瑠璃ちゃんには、出久くんやお茶子ちゃんみたいに同じになりたいとは思わない。

一緒に楽しく過ごしたいだけだ。

瑠璃ちゃんと同じになりたいと無理矢理思い込む?

もう同じなのに?

思い込むとしてどこを同じにしたいと思うの?

同じ境遇で、同じことをしてきて、同じ身体に変身して、個性を使えなかったのに?

あとは何を同じにしたらいいの?

考え出したら止まらなかった。

結論も、そう簡単に出るものじゃなかった。

 

「まあいい。使えないなら使えないで、使い道はある」

 

「どういうことですか」

 

「個性の条件調べるのに協力してやったんだ。おまえももう1度協力しろ」

 

荼毘くんはそう言ってまたニヤリと笑った。

協力するのはいいけど、嫌なことはしたくない。

 

「協力するのはいいですけど、辛いこととか嫌なことはしたくないですよ」

 

「ホークスを試す方法を変えるだけだよ。たとえ個性は使えなくても、ブラフとしては使える」

 

「ブラフ?」

 

「ああ。演技に協力しろ。たとえスパイだったとしても、ブラフをかけて行動を制限しておきたい。いいな」

 

「……まあ、いいですけど」

 

「よし。準備が整ったらまた声をかける」

 

私が頷くと、荼毘くんは腕を焼いて止血しながら部屋を出て行った。

 

 

 

しばらくしてから、私は荼毘くんに会議室に呼び出された。

協力すると言ったし拒否する気もない。

素直に会議室に向かった。

 

会議室に入ると荼毘くんは奥の机でふんぞり返っていた。

 

「おう。あと10分もすりゃホークスが来る。それまで好きにしてろ。おまえは俺が合図したらチビ女に変身してくれりゃそれでいい」

 

「それだけでいいんですか?」

 

「余計なことはしないでいい。おまえは変身する前も、した後も、黙ってればそれでいい。戻るタイミングも分からねぇように、変身した姿を見せたらどっかに引っ込んどけ」

 

「まあそれでいいならそうします」

 

余計なことをしないでいいなら楽でいい。

瑠璃ちゃんの残りの血を使っちゃうのは勿体無いけど、荼毘くんに協力するって言っちゃったし仕方ない。

 

10分くらい経ったところでホークスが部屋に入ってきた。

ホークスはキョロキョロと室内を見渡して、荼毘くんの方に視線を向けると笑顔を浮かべながら近づいてきた。

 

「いやぁ待たせた!わざわざ呼び出しなんて珍しいな!」

 

「いやなに、そろそろおまえを本格的に信用するためにテストしようと思ってな」

 

「テスト?ベストジーニストだけじゃ足りなかったか?」

 

ホークスは訝しげに聞き返してきた。

私の方もチラチラ見てきて居心地が悪い。

 

「それだけじゃあ信用しきれねぇな。だが今回のテストはそう難しくない。おまえが本当に心から俺たちに共感してればな……ホークス、雄英の読心個性の持ち主を知ってるか?」

 

「……いや、聞いたことがないな。可能性があるとしたら、体育祭で広範囲の何かを感知していた子か?」

 

「知ってるじゃねぇか。なら話が早え。こいつの血を、俺たちは持っててな……イカレ女に変身させて、読心しながら質問していく。イカレ女」

 

「はぁい」

 

荼毘くんの指示に従って、瑠璃ちゃんの血を飲んで変身する。

ホークスが私の方を真剣な表情で見てくるけど、相変わらず個性は使えないから意図までは読み取れない。

 

「じゃあ荼毘くん、私は自分の部屋で横になりながら読心してるので。報告は後でします」

 

荼毘くんは私の声に返答しないで、笑っただけだった。

ドアを開けて会議室を出る。

その後ろで、荼毘くんの声が聞こえた。

 

「さあ、楽しいおしゃべりを始めようか。ホークス」



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始業一発気合入魂鍋パだぜ!!!会(前)

目が覚めたら、寮の共有スペースのソファで寝かされていた。

タオルケットまでかけられている。

相澤先生は今教師寮のエリちゃんの部屋で、エリちゃんの角のムズムズに対応しているみたいだった。

……やってくれたのは相澤先生とかなんだろうけど、起こしてくれてもよかったのに。

そんなことを考えていたら、透ちゃんが駆け寄ってきた。

 

「あっ!瑠璃ちゃん起きた!」

 

「透ちゃん……?」

 

「大丈夫なの?先生にこのまま起きるまで休ませとけって言われてたんだけど……」

 

「……ん……大丈夫だと思う……ありがと……精神的に疲れてただけだから……」

 

「何があったのかって聞いても大丈夫?」

 

「……答えられない……かな……」

 

私がそう答えると、透ちゃんは心配しながら少しだけ寂しそうな顔をした後に、気合を入れなおすように握りこぶしを作った。

 

「そっか……分かった!じゃあとりあえず、元気になったならこっちに来て!」

 

「……料理?」

 

「そうそう!このあとね!インターン意見交換会兼始業一発気合入魂鍋パだぜ!!!会をするんだよ!」

 

皆が料理しているからそれを聞いてみたら、透ちゃんがずらずらと謎の会の名前を言い出した。

言いたいことは分かるけど、その名前は誰の発案だ。すごく分かりづらい。

 

「えっと……会の名前……長くて言いづらくない……?」

 

「でもこの名前の通りの目的だから!B組も来てくれることになってるんだよ!」

 

「なるほど……?」

 

B組まで呼んで盛大に鍋パをするらしい。

鍋か。

皆の思考的にレパートリーは豆乳鍋、キムチ鍋、寄せ鍋、担々ゴマ鍋みたいだ。

うん。ベーシックなのが多いし、作りやすいかな。

皆で作るというならこういうのの方がいいだろう。

ちょいちょい闇鍋とかいう思考が見えるのが怖いけど。

やるのか、闇鍋。

 

「私も……手伝うね……」

 

「いいよいいよ!瑠璃ちゃんは席に座って待ってて!いつも作ってくれてるし!」

 

「大丈夫だから……一緒に料理したい……」

 

「そう……?大丈夫ならいいんだけど、無理はしないでね」

 

「本当に精神的に疲れただけで……身体はなんともないし……寝たら楽になったから……」

 

私が料理をしたいことを伝えると、透ちゃんは少し心配そうにしながらではあったけど頷いてくれた。

皆と楽しく料理が出来れば気分転換になる気がしたから、できればやりたかったのだ。

黒霧の思考を読むのにも疲れたし、先生たちの感情を感じ取りながら過去とかまで伝わってきて、精神的に疲れていたのだ。

黒霧……白雲さんのことは、それだけ重くのしかかってきていた。

 

 

 

その後は皆と料理をして鍋パに備えた。

私は梅雨ちゃんたちがしている鍋の味付けの方に合流して鍋を仕上げていった。

後は煮込むだけという状態までもっていって、共有スペースの机の方に持っていった感じだ。

 

そんな準備をしていたら、緑谷くんたちもオールマイトとの密談を終わらせたらしくて寮に戻ってきていた。

継承者の個性のことを話していたっぽいし、一応後で詳細は書いておこうかな。

 

「遅いぞ2人ともー。早く手伝わねーと肉食うの禁止だからな!」

 

「すぐやるね!」

 

「肉を禁じたらダメに決まってんだろがイカれてんのか!!」

 

「ええ……やべぇ人じゃん」

 

上鳴くんの声掛けに対して、緑谷くんはすぐに走って手伝いに来てくれて、爆豪くんは謎のキレ方をしながらも野菜を切っている人たちの方に向かってくれた。

そんな状況を横目に、百ちゃんがお茶っ葉を持ちながらウキウキしながら声を上げていた。

 

「なんでも入れてよろしいなんて素敵なお料理ですわね!」

 

「お茶っ葉はよろしくないですわよ!?」

 

「……あれ……闇鍋のだよね……そういうのが醍醐味じゃ……」

 

お茶っ葉にツッコむお茶子ちゃんに声をかけると、恐る恐ると言った感じで私が手に持っていたものを指さしてきた。

 

「る、瑠璃ちゃん……持ってるそれはなに……?」

 

「……工芸茶用の……ジャスミン茶葉……」

 

「瑠璃ちゃんもしかしてふざけてる!?」

 

「……たまにはこういうのも……いいかなって……闇鍋だし……」

 

「で、でもそれ食べられないよね!?さすがにやめとこう!?」

 

……暗闇の中で掴んだものを絶対に食べないといけないルールだし、私以外の人は何も見えないんだから確かにやめておいた方がいいか。

ジャスミンとはいっても毒がない種類のやつだから、万が一食べても害があるわけじゃないし、面白いと思ったんだけどな、これ。

闇鍋なんて美味しくなるわけないんだからふざけてなんぼだと思うんだけど。

 

「そこまで言うなら……やめとく……」

 

「そ、そうしてくれると嬉しいな!」

 

「でも……闇鍋なんて美味しくなるわけないんだから……ふざけた方が……楽しくない……?」

 

「はっ!?なら私、皆がびっくりするようなもの入れたい!」

 

お茶子ちゃんが安堵しかけていたところに、話の流れを聞いていたらしい透ちゃんがお皿を運びながら乱入してきた。

そこまで来た辺りで、お茶子ちゃんは闇鍋を制御しようとするのを諦めたらしい。

菩薩のような笑顔を浮かべた状態で固まってしまった。

 

「ニラ切った奴誰だ!」

 

「俺だ」

 

「姉ちゃん泣くぞ!!クソが!!」

 

爆豪くんの声が響いたと思ったら、轟くんが切った全く切れていないニラを切り直し初めてくれていた。

爆豪くん、なんだかんだで轟くんと仲良くなっていたらしい。

ちょっと意外だった。エンデヴァーに救援要請出したときはまだそんな雰囲気なかったと思うんだけど。

ニラを切り終わった爆豪くんはそのままキッチンの鍋の方に歩いて行って、キムチ鍋を作っていた砂藤くんを押し除けた。

キムチ鍋は自分好みの味にしたかったらしい。

まあ爆豪くんが納得する味なら美味しいだろうし、このままキムチ鍋は任せよう。

私も寄せ鍋の味の調整は頑張った。

梅雨ちゃんとお茶子ちゃんが調整していた豆乳鍋も外れることはないだろうし、坦々ゴマ鍋は砂藤くんが調整してる。

余程のことがない限りは闇鍋以外は美味しく出来るはずだ。

 

 

 

そんな感じで皆で大騒ぎしながら鍋の準備は終わった。

後はB組が来るのを待つばかりだ。

鍋を煮込み始めて、皆でソファに座って話しながらB組を待っていた。

各々が雑談して待っている中、透ちゃんはいつものごとく私に声をかけてきてくれていた。

 

「そういえば瑠璃ちゃんはインターンどうだったの?」

 

「ん……ミルコさん……身体の動かし方とか……技のキレをよくする方法……すごく丁寧に教えてくれた……全体的に動き……良くなったと思う……」

 

「じゃあ瑠璃ちゃんの動きがミルコ並みになってたり!?」

 

「流石にそこまでは無理……ミルコさんについて行くので精一杯だったし……」

 

「あはは、だよねー」

 

透ちゃんも分かりきってはいたけど、ふざけて聞いてきた感じみたいだった。

楽しそうにケラケラ笑っていた。

 

「透ちゃんは……どうだったの……?ヨロイムシャのところだったよね……」

 

「私はコンボとか新技の開発かな!光の屈折がいい感じに出来るようになったんだー!青山くんと連携すればレーザーも曲げれちゃうよ!」

 

「それ……結構すごいよね……」

 

「でしょー?頑張ったんだから!」

 

透ちゃんが胸を張ってドヤ顔を拾うしてくる。

それにしても、レーザーを屈曲できるってことは自分に当たってる太陽光を屈折集中して、虫眼鏡みたいにして発火的なこともできるんじゃないだろうか。

透ちゃん自身が見えないのと合わせると、ナインに使った人間閃光弾に勝るとも劣らない凶悪度な気が……

私がそんなことを考えながら苦笑いしていると、寮の玄関の扉が開いた。

 

「お邪魔するよー!」

 

入ってきたのはもちろんB組で、拳藤さんを先頭に小大さん、塩崎さん、小森さん、角取さん、取蔭さん、柳さんといったB組女子勢揃いでやってきていた。

男子は寮で鍋とかを準備してから来るつもりらしい。

女子が先に来たのはソファとかのセッティング目的っぽい。

 

「さぁ、どうぞ上がってくれたまえ!」

 

「いらっしゃーい!」

 

委員長として出迎えた飯田くんを筆頭に、女子皆でそれに続いて出迎える。

もうお互いに何度か寮を行き来しているから、気兼ねなんてなかった。

 

「これ差し入れ。ジュースとかお菓子。食後に食べようよ」

 

「まあ!ありがとうございます!」

 

拳藤さんが差し入れの入った袋を百ちゃんに手渡して、百ちゃんもにこやかな笑顔で受け取った。

その裏で、小大さんが"サイズ"で小さくして持ってきた数台のソファを取り出していた。

 

「ソファ、持つよ!」

 

「んーん」

 

「大丈夫」

 

「……そっちじゃなくて……轟くんたちを手伝えばいいのに……」

 

女子にいい所を見せようとした上鳴くんが、小大さんにササッと駆け寄って笑顔を浮かべていたけど、小大さん本人と柳さんにすぐに遠慮されていた。

というか、上鳴くんは小さくなったソファを運ぶのを手伝うなんていうちっちゃいことじゃなくて、既に置いてあるソファを動かすのを手伝った方がアピールできたと思うんだけど……

今まさに轟くんと砂藤くん、口田くんが気を利かせてスペースを空けてるし。

その空いたスペースに、柳さんが"ポルターガイスト"で浮かせながら小さなソファを配置していった。

 

「解除」

 

小大さんのその一声で、ソファは元の大きさに戻った。

目測も完璧で、鍋が置いてある机の周りにソファがいい感じに配置された。

これでB組も皆座れるだろう。

 

「目論見が外れたなぁ、上鳴ぃ!」

 

「俺はみんなに優しい男なんだよっ!」

 

「……しかし上鳴……女子が増えるのはいいことだなぁ……!」

 

「そうだなぁ、峰田。囲まれてーよな」

 

「俺、来世は鍋になる。囲まれてつつかれるんだ……そんで、熱くてハフハフされるんだ……」

 

「……最高だな、それ」

 

……ブドウ頭がまた妄言を宣い始めた。

上鳴くんと意気投合するのはいいけど、せめてもう少しこそこそできないんだろうか。

うっとりしながら変なことを言っている2人に、女子側は普通に引いてるんだけど。

 

「バカじゃないの?」

 

「なんだよ、ちょっとかわいい妄想話してただけだろー」

 

「気持ち悪いの間違いでしょ」

 

「ん……響香ちゃんの言う通り……いつもの妄想よりはマシだけど……それでも普通にドン引き……」

 

呆れたように言った響香ちゃんに同調して文句を言っておく。

流石にもう少し周囲のことを考えて話してほしい。

 

「あら?あとはもう来ないのかしら?」

 

「男たち?もちろん来るよ。ちょっとねー……色々持ってくるよ。A組、先に謝っておく。ごめんね」

 

「……物間くんがいるんだから……予想はついてた……謝る必要……ない」

 

梅雨ちゃんの純粋な疑問に、拳藤さんは謝罪も交えて返した。

まあ物間くんがいるからそうなることは容易に予想がついてたし、今更だ。

皆も物間くんのことを思い出したようで、ハッとしたような顔を浮かべた瞬間、ドアをバーン!って凄い勢いで開きながら物間くんを先頭にB組男子が入ってきた。

 

「やぁ!!待たせたね!!待たせすぎたかな!?」

 

「いや、待ち過ぎてはねぇ」

 

「……待ってたのは間違ってないから……とりあえず鍋置いて……鍋パ……始めよ……話は食べながら……」

 

「で、出鼻を挫いてくるじゃないか」

 

「いいから……皆待ってた……」

 

物間くんに構ってたらいつまでたっても食べ始めることが出来ないし、当然の流れですらある。

物間くんが来てから少しして入ってきたB組男子もお腹が空いていたのか、すぐに鍋を置いてソファに座った。

コップにジュースとかウーロン茶とか、各々の希望の物を注いで皆でコップを持っていく。

コップが行きわたったのを確認した飯田くんが、いい笑顔を浮かべながら皆の前に立った。

 

「では!"インターン意見交換会"兼、"始業一発気合入魂鍋パだぜ!!!会"を、始めようーーー!!!」

 

「かんぱーい!!!」

 

「キャー!」

 

「食べる~~~!」

 

音頭に合わせて皆でコップを掲げて、鍋パが始まった。



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始業一発気合入魂鍋パだぜ!!!会(後)

「さぁさぁ、みんなで作った鍋だ!遠慮しないでたくさん食べてくれ!」

 

乾杯してすぐに、飯田くんがB組に鍋を勧め始めた。

B組で一番最初に鍋を覗き込んだのは物間くんなんだけど、明らかに品定めを始めていた。

 

「これは豆乳鍋……あっちはキムチ鍋かな?そしてあっちは寄せ鍋……あれは担々ゴマ鍋か。ふふふ……ずいぶんベタな鍋をそろえたものだね」

 

「……定番だけど……味付けは自信あるよ……」

 

「みんなで一生懸命作ったんだぞー。美味いから食べてみろって!」

 

物間くんの軽いジャブのような煽りに食べるように勧めると、上鳴くんも続くように勧めてくれていた。

B組が持ってきている鍋が常軌を逸している感じだから仕方ない部分はあるんだけど、こっちはちゃんと味付けにこだわって作ってる。

私、梅雨ちゃんとお茶子ちゃん、砂藤くん、爆豪くんというA組の料理ができる5人がそれぞれの鍋を監修して作っているのだから、味は保証できる。

 

「……A組……僕たちが持ってきた鍋も見るがいい。これは僕たちからの挑戦状さ。どちらが美味しい鍋を作ったのか、勝負しようじゃないか!!」

 

「ごめんね?こいつ、言い出したら聞かなくてさ……」

 

拳藤さんが疲れたような苦笑を浮かべながら謝ってきた。

物間くんの暴走を止めるために苦労したのがありありと伝わってくる。

まあこの程度の煽りまで抑えてくれたならそれで充分な感じはする。

そんな拳藤さんを一切気にしない物間くんは、B組が持ってきた鍋の蓋を開けていった。

 

「こ、これは……すき焼きやん……!!!」

 

「……すき焼きは卑怯じゃねぇか!?」

 

「鉄鍋で煮るんだから、立派な鍋料理だろ?ほら、卵も持ってきたからつけて食してごらんよ」

 

すき焼き……流石にずるい気がするけど、まあ鍋と言えば鍋だ。

普通に美味しそう。卵までもってきてくれて気が利いている。

その横には白身魚が入った鍋が置いてある。

 

「これ、海鮮鍋か?でもそれにしちゃ白身魚しか入ってないじゃん。これじゃ波動が味付けしてくれた寄せ鍋にはかなわないだろ」

 

「……上鳴くん……ちゃんと見てから言った方がいい……これ……タラとかじゃない……ただの白身魚でもないし……クエか何かじゃないの……?」

 

「み、見ただけで分かるのかい……?それとも読心か?まあどちらにしても、そうだよ!!その通りさ!!」

 

料理にあんまり詳しくない上鳴くんに、明らかに普通の白身魚じゃないことを指摘する。

案の定物間くんがすぐにクエであることを明かしてくれたけど、クエ鍋までもってきてくれるとか太っ腹すぎる気がする。

値段とか知ったらお茶子ちゃん卒倒するんじゃないだろうか。

 

「くえ?」

 

「スズキ目ハタ科の海水魚ですわ。九州地方でアラと呼ばれたりもしているようです。クエを食べたら他の魚は食べられないなどと称されるほど、美味で有名ですわ。クエ鍋は鍋の王様とも呼ばれています」

 

「付け加えると、クエは超高級魚さ。うちの宍田の実家から送られてきたものなんだ」

 

「そ、そんな高価なものを……」

 

お茶子ちゃんが恐れ慄いて絶句している。

単純に今までほとんど触れてこなかったせいか価値を知らなかったらしい。

 

「いや、お気遣いなく。実家でお歳暮にいただいたものですので」

 

「おせいぼ……ちょうこうきゅうぎょ……ぶるじょわや……」

 

「しっかり、お茶子ちゃん」

 

お茶子ちゃんが完全にフリーズしてしまった。

お歳暮ってことはもしかしなくても天然もののクエだろうか。

私も食べたことないからちょっと楽しみ。

それにしても、お茶子ちゃんは百ちゃんからもらった紅茶とかには反応を示さないのに、この差はなんだろうか。

クエよりもゴールドティップスインペリアルの方が高いと思うんだけど……

 

「さて、じゃあ鍋も揃ったことだし、勝負をしようじゃないか!!」

 

「いやいや、勝負とかじゃなくてフツーに鍋食べようぜ」

 

「おやぁ?もしかして僕たちB組の鍋が怖いのかい?ええ?爆豪くん」

 

答えたのは切島くんなのに、なんで最後に爆豪くんに振ったんだ。

爆豪くんに振って煽れば勝負に持ち込めるとインプットされちゃってるのか。

 

「あぁ?んなもんどっちでもいーわ」

 

「……そうだね、僕らB組の鍋はA組の鍋とは比べ物にならない。例えばこのキムチ鍋なんてただキムチを突っ込んだような創意工夫もない鍋だもんねぇ!?」

 

「てめえ、俺のキムチ鍋にケチつけんのか」

 

「ケチじゃないよ。ただそう見えるだけさ」

 

「そんじゃ食ってみろや!!」

 

完全にキレ始めた爆豪くんに、砂藤くんが助け船を出すように口添えした。

 

「この鍋は俺の出汁ベースに爆豪が自分の激辛調味料で味を調えたんだぞ!何度も味見して、仕上げたんだ。ただ辛いだけじゃない、うまみとコクが複雑に絡みあって豚バラと野菜を引き立ててるんだ!」

 

「爆豪、おめえ、そんなにこの鍋に思い入れがあったのかよ……ようし、みんな鍋対決引き受けよーぜ!俺たちの鍋が負けるわけがねえ!」

 

何やら爆豪くんのキムチ鍋への入れ込み具合で感激したらしい切島くんが立ち上がって皆に語り掛けた。

なんだかんだで皆乗り気になって、鍋対決をすることに決まった。

まあそこはいいんだけど……

 

「……勝負もいいんだけど……鍋……今がちょうどいい煮え具合だから……いい加減食べない……?勝負……皆でゆっくり一通り食べた後に……投票形式にすればいい……煮過ぎて味が落ちたら勿体ない……」

 

「た、確かに!」

 

「……まあ、勝負するというならその形式でもいいよ」

 

物間くんも煽りはしながらもちゃんと美味しく食べたかったらしい。すぐに承諾してくれた。

それを合図に、皆思い思いの鍋を取り皿に取り分けて食べ始めた。

 

「豆乳ナベが最強」

 

「このキムチ鍋、メシにぶっかけてえ!」

 

「ウマーイ!」

 

「やっぱ寄せ鍋だよねー」

 

「担々ゴマ鍋、癖になる」

 

「これは……肉のうまみが甘からいタレで最大限に引き出されてる……!舌でも切れそうな柔らかい牛肉が新鮮な生卵にからまって、よりまろやかに口の中を幸せで満たしてくれる。けれど肉以上にポテンシャルを引き出されているのは野菜だよ。肉のうまみと脂が溶け出したタレでくたりと煮込まれ、野菜のみずみずしい甘みと歓喜のハーモニーを奏でている!卵が上手に味を調和して「鼻につく食レポしてんじゃねえ!!」

 

皆美味しそうに鍋を食べていた。

緑谷くんのブツブツなんかも久しぶりに見た気がする。

私は私でクエ鍋を食べている。

クエが柔らかくてすっごく美味しい。なにこれすごい。

とりあえずこれを食べたら、次は爆豪くんのキムチ鍋にしようかな。

あっちも美味しそうだ。

 

「フフフッ、それねぇ、まだ火通ってないよ!」

 

「透ちゃん……そのネタ好きだね……」

 

透ちゃんが新しく追加した野菜を指さしながら相変わらずなネタを披露している。

私は分かるけど、他の人には一切分からないから完全にネタでしかない。

伝わらないのを分かってやってるし、私に向けて言っているわけでもない。

透ちゃんは相変わらずだった。

 

しばらく鍋を食べて最初の取り合いが落ち着いてきた頃、ようやく皆和やかに話し始めていた。

 

「暖かくなったらもうウチら2年生だね」

 

「あっという間ね」

 

「怒涛だった」

 

「後輩できちゃうねぇ」

 

「私たちも……お姉ちゃんたちビッグ3以外と……関わりないし……関わる機会なさそうだけどね……」

 

いつの間にか話題はもうそろそろ後輩が来るなんて言う話に移り変わっていた。

でも実際関わる機会なんてほぼないと思う。

授業で何か指示があれば関わるだろうけど、基本的に時間もないし。

 

「有望な子来ちゃうなぁ、やだ~!」

 

「君たち!まだ約3か月残ってるぞ!!期末が控えてることも忘れずに!」

 

「やめろ飯田!鍋がまずくなる!!」

 

透ちゃんが嘆くのに合わせて、飯田くんが皆に釘を刺してきた。

相変わらずの真面目さだ。

そんな飯田くんに峰田くんが苦言を呈している。

 

「味は変わんねぇぞ」

 

「おっ……おまえ、それもう天然とかじゃなく……!?」

 

「皮肉でしょ、"期末、慌ててんの?"って」

 

「高度!!」

 

「俺は味方だぞ峰田ー」

 

……味方宣言をするのもいいけど、峰田くんは成績だけはそこそこいい。

心配するべきは三奈ちゃんと上鳴くんだ。

透ちゃんは私とちょくちょく勉強会をしてるし、多分大丈夫……だと思いたい。

 

それにしても、緑谷くんがまた考え込んでいる。

そんなにさっきのオールマイトとの話が響いたんだろうか。

今も常闇くんにポン酢を取ってほしいって頼まれて、「恵まれすぎてる」とかいう思ったことそのまんまな謎の返答をしてたし。

 

 

 

そんな感じで和やかに鍋パは進んでいった。

B組も含めて皆のインターンがどんな感じだったかも聞けたし、皆がどういうところを伸ばすために頑張ったのかっていうのも聞けた。

私のことも話したけど、普段のミルコさんの印象からはかけ離れた熱心な指導に皆がびっくりしていたくらいだ。

 

そしてある程度時間が経ったところで、物間くんが勢いよく立ち上がった。

 

「全員すべての鍋を試食したね!?それじゃあ……投票だ!自分が一番おいしいと思った鍋の前に移動してくれ!」

 

物間くんの声を受けて、皆悩み出した。

私はクエ鍋とキムチ鍋で迷ったけど、キムチ鍋の方に投票することにした。

単純な味で見ればクエ鍋なんだけど、なんていうかあれは、クエが美味しいだけだと思ったのだ。

キムチ鍋は素材は単純なのに香辛料をこだわりぬいているのが一口食べてすぐに分かったし、正直どうやって味を調えたのか気になる出来だった。

私のレパートリーに加えたい。

だからクエ鍋よりもキムチ鍋がいいかなと思った。

爆豪くんに聞いたらレシピを教えてくれるだろうか。教えて欲しいなぁ。

お姉ちゃんにも食べてもらいたい。

あと、すき焼きを鍋っていうのはなんか嫌だ。

理論は納得できるし、そう言われると鍋と言えるのかもしれない。

だけど、あんなの美味しくて当然なのだ。奇をてらっているんだろうけど、なんか納得できないから論外だった。

だけど皆はそうではなかったようで、投票自体はクエ鍋とすき焼きに集中していた。

……クエ鍋はともかく、私が味を調えた寄せ鍋がすき焼きに負けるのか……なんか釈然としない。

 

「おいみんな……!つーか爆豪、お前もクエ鍋かよ!?」

 

「……うめえんだよ」

 

爆豪くん、あれだけ自信あり気な感じだったのに、クエ鍋に投票していた。

爆豪くんの手には、一味が大量にかけられて辛さを足されたもみじおろしが乗った取り皿があった。

……あれで絆されたのか。まあクエ鍋が凄く美味しかったのは事実だから、否定はしないけど。

 

「フフフ……どうやら勝負は決まったようだね。僕たちB組が大差で勝利だ!!!さぁ、勝負に負けたからには罰ゲームと相場が決まっているよねぇ!?」

 

「えー!?」

 

「そんなの聞いてねぇぞ!」

 

物間くんの勝利宣言の後にされた罰ゲーム宣言に、A組皆が文句を言い始めていた。

 

「対戦して、あぁ楽しかった、だけで済むはずないだろ?負けた方には何らかのペナルティがあって当然じゃないか。それともA組は皆そんな平和主義者なのかな?」

 

「とりあえず……煽るのやめて……変な方向になりそうだし……皆嫌がってるし……B組も……物間くん以外その気なし……」

 

「波動、まさか君逃げるのかい!?」

 

「……逃げるとかじゃなくて……どうせこの後闇鍋するんだから……A組はそこで取り皿1杯分は食べることとかでいいでしょ……」

 

物間くんの煽りに、何とも言えない気分になりながら止めに入る。

だけど、物間くんに言った通りA組は普通に嫌がっているし、B組も『そんなつもりはなかった』っていう思考がありありと読み取れた。

どうせ作ったものを無駄にしないために闇鍋を完食しないといけないんだから、これくらいでいいだろう。

 

「……まぁ、それなら良しとしよう」

 

「ん……じゃあ闇鍋……準備しよ……」

 

私がそういうと、皆机の上の整理を始めてくれた。

中身が無くなっている鍋を下げて、中央に闇鍋のスペースを作ったのだ。

正直、皆が持っているものの組み合わせが悪すぎて味がどうなるか全く予想がつかない。

 

「私……電気消してくるから……皆は電気が消えたら始めちゃって……」

 

「瑠璃ちゃんありがとー!」

 

透ちゃんがお礼を言ってくれる。

その声を背に、電気のスイッチの所まで進んで電気を消した。

それと同時に、闇鍋が始まった。

 

「ん?なんか甘い匂いするー!」

 

「今、入れたの食べ物だろうな!?なんかガチャンって音したけど」

 

「……え、なんか発酵臭しない!?」

 

「闇の饗宴……」

 

「暗黒の宴……」

 

部屋が暗くなったせいか、常闇くんと黒色くんが悦に入った感じで謎の発言をしている。

まあそんなのは無視して私も入れるか。

皆の間を縫って鍋に近づいて、あんこを一袋分放り込んだ。

ちなみにつぶあんである。どんなに混ぜられても形が残る方にした。

これで甘くなる、といいなぁ。

入れられている物を見る限り、ならないとは思うけど。

 

しばらく皆が入れていくのを眺めていたけど、流石にまずいものを入れようとした物間くんの腕をつかんだ。

 

「物間くんストップ……それはダメ……」

 

「なんだい波動。キノコが苦手だとしても、それは流石にズルくないか」

 

「そういうのじゃなくて……それ……小森さんが持ってきたやつでしょ……毒キノコだからダメ……」

 

「毒キノコ!?」

 

「ちょっと!?袋に入ってたやつのこと!?それコセイボン茸!波動さんの言う通り、スープを飲むだけで昏睡状態、直接食べちゃうと"個性"が暴走しちゃう毒キノコなのよ!?たまたま生えてるのを見つけたから後で処分しようと思ってたのに、なんで勝手に入れようとしてるの!?」

 

「……悪かった」

 

私が止めに入ったことに不満そうにしていた物間くんだったけど、怒れる小森さんにすぐに顔を真っ青にしてキノコを返していた。

物間くんもわざとじゃなくて小森さんが入れ忘れたのを入れようと思っていただけだし、防げたからいいんだけど、こんなところに毒キノコを持ってくる小森さんも悪いのではないだろうか。

余計なことは言わないに限るから何も言わないけど。

毒キノコという単語が聞こえた皆も戦々恐々としている。

まあ当然の反応だ。鍋に毒キノコ投入なんて常軌を逸しているし。

 

そして闇鍋は完成した。

皆で順番に食べていくけど、やっぱりひどい。

ほうれん草、お肉、キュウリ。この辺りはまだまともだ。

他には、浅田飴、りんご、殻ごとエスカルゴ、コーヒー、サルミアッキ、ニガニガ茸、臭豆腐、納豆、チョコレート、ケーキ、ハンバーガー、ポテトチップス、いちごミルク、バナナ、パイナップル、はちみつ、アイス……他にもいっぱいあるけど、もうカオスだ。

順番に皆食べていっている。

そして、ついに私の番になってしまった。

私が自分で掬うのは不公平だと思うから、透ちゃんにも一緒に来てもらって掬ってもらう。

そのまま取り皿に入れてもらった闇鍋の闇を、口に運んだ。

 

「どう?瑠璃ちゃん」

 

「入ってた固形物は……ケーキだと思う……味は……苦くて甘くて臭くてしょっぱい……舌がしびれる……つまりまずい……」

 

「うわぁ……」

 

透ちゃんがドン引きしている。

だけど透ちゃんだってさっき炭酸ジュースを投入していた。

透ちゃんのせいでもあるだろう。

あんこを入れた私も反省しないといけない。

 

そんな感じで進んでいった闇鍋も、皆一通り食べて何とか鍋を空に出来た。

良かった。なんとかなった。

でもとにかく美味しくなかった。

まあ無事に終わったからいいんだけど、男子はそれでもまだ対決し足りなかったらしい。

食欲が失せたらしい彼らは、そのままお風呂に移動して我慢比べ大会なるものを始めようとしていた。

なんでそうなる。意味が分からない。

 

煽ってくる物間くんもそっちに行っていなくなったし、当然女子がそんなものに参加するわけがない。

女子は女子で食後のお茶会を開こうとしていた。



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AB合同女子会

謎の対決を始めた男子たちは放っておいて、女子の方は普通に親睦を深めるための女子会が始まろうとしていた。

私のジャスミンティーと百ちゃんの紅茶を選べるようにテーブルに置いて、拳藤さんたちが持ってきてくれたお菓子をつまむ感じだ。

A組とB組の女子全員が集まってのお茶会なんて今までなかった気がする。

林間合宿の時も角取さん、取蔭さん、小森さんがいなかったし。

 

「我慢対決だってー。熱いの我慢するの、何が楽しいんだろー?」

 

「……なんか……轟くんの炎まで利用して……お風呂を疑似的なサウナにしてる……誰か倒れたりしないといいけど……」

 

透ちゃんのつぶやきに今の男風呂の惨状を伝えると、透ちゃんはうわぁって感じの引いた表情を浮かべた。

 

「サウナって……何が楽しいのかもっと分かんないや」

 

「おじさんとか、なんでサウナ好きなんだろうね?」

 

透ちゃんはさらに不思議そうな表情を浮かべて、小森さんもそれに同調していた。

正直私もあんまり分からない。

切島くんと鉄哲くんが凄く盛り上がってるけど、何が楽しいんだろうあれ。

 

「私、結構好きだよ。温泉行ったときのサウナとか。長い間は入っていられないけど、そのあとに飲むアイスコーヒーがまた格別なんだよねー」

 

「一佳、オヤジー」

 

「うるさい」

 

拳藤さんはサウナは嫌いじゃないらしい。

思い出したように言う拳藤さんに、取蔭さんがからかうように声をかけていた。

拳藤さんも特に嫌がっている様子はなく、笑いながら返している。

相変わらずB組女子も仲がいいみたいだ。

そんな様子を見ながら、クッションを抱えた三奈ちゃんが口を開いた。

 

「あ、でも私も結構好き!水風呂でキュウーって身体が締まる感じしない?」

 

「えー?ウチ、それが苦手」

 

「サウナ直後に水風呂入る人……意識すると……キュって締まる血管が見えるから……私もあんまり好きじゃない……」

 

「うわ、そういう方向か……確かにそれが見えちゃうと考えちゃうね。ヤオモモは?サウナ好き?」

 

私があんまり好きじゃない理由を言うと、響香ちゃんがちょっと引いたような表情をした。

私に同意を示して、そのまま百ちゃんにもサウナに関して聞き出していた。

 

「家にいた時は割と入っていました。代謝が良くなるように」

 

「家にサウナ!?」

 

「ええ、お父様が好きで、フィンランドから特注のものを取り寄せたそうです」

 

百ちゃんの家にはサウナまであるらしい。

私たちA組はもう慣れてるから微笑ましく見ているだけだけど、百ちゃんのリッチさに慣れていないB組は感心したような声を上げている。

 

「私、何かおかしなことを……?」

 

「大丈夫」

 

困惑する百ちゃんに、お宅訪問をしたことがある三奈ちゃんと響香ちゃんがフォローするように声をかけた。

 

「百ちゃんちのサウナは大きいの?」

 

「大きいかどうかは分かりませんが、50人くらいは入れますわね」

 

「銭湯のサウナより大きいやないかい……!!」

 

50人って、すごく広いな。

お茶子ちゃんが卒倒芸をしてしまうのも納得のリッチさだった。

 

「もしよろしければ、いつか皆さんうちに入りにいらしてください」

 

「え、いいの?」

 

「わー!行く行く!」

 

「さっきサウナ苦手って言ってたのにー」

 

「みんなと入るのは楽しそうじゃない!」

 

「ん……確かに……」

 

百ちゃんの提案に、皆一気に盛り上がり始めた。

百ちゃんは百ちゃんで、さっきサウナの後に身体がキュっとする感覚が苦手と言っていて特に今同意を示したりもしていなかった響香ちゃんに、不安そうに声を掛けたりもしていた。

まあ響香ちゃんも別にそこまで嫌ってわけじゃなくて、すぐに百ちゃんの家には遊びに行きたいって伝えてたけど。

 

 

 

「……ふふふ、男子はまだ我慢対決してるみたいだし、せっかくの女子会だし、ここは恋バナをするべきじゃないかなぁ!!」

 

「……透ちゃん……好きだね……」

 

「だって那歩島でももっと話したかったのに結局できなかったじゃん!!」

 

そんなに根に持ってたのか。

B組との合同の女子会では前も恋バナをしまくってたのにまたこの感じだから、B組も苦笑しちゃってるし。

 

「でも前もそんな感じのこと話して、ほとんどの人が好きな人はいないってなってたじゃん。誰か進展とかあったの?」

 

「進展……進展と言われると、微妙かもしれないけど……でも、話のネタはあるよ!お茶子ちゃんのしまっておく発言とか!瑠璃ちゃんのこととか!」

 

拳藤さんが苦笑いしながら林間合宿での女子会を思い浮かべて聞いてくる。

それにしても透ちゃん、どれだけ青山くんのことを話したかったんだ。

もう困ってるところを助けたとかでいいかな。それくらいならいいよね。

別に間違ったことは言ってないし。

私がそんなことを考えていると、顔を真っ赤にしたお茶子ちゃんが口を開いた。

 

「と、透ちゃん!さっき言った以上のことはないから!本当に!」

 

「えー、でもさっき波動が麗日に相談するように伝えたって言ってた時には顔真っ赤にしてたじゃん」

 

お茶子ちゃんの透ちゃんへの返答に、三奈ちゃんが若干不満そうに声をかけた。

お茶子ちゃんはお茶子ちゃんで顔を赤くして対応に困っている感じだ。

そんなお茶子ちゃんを横目に眺めながら、響香ちゃんが私に問いかけてきた。

 

「波動が、えっと、文化祭の後だっけ?それ伝えたの。どういう状況だったの?」

 

「どういうも状況もなにも……緑谷くんが……ヴィランと自分を重ねて悩んでたから……抱え込まないで誰かに相談しろって言っただけ……その時に……お茶子ちゃんに相談するといいよってついでに……」

 

「緑谷くんの反応は!?」

 

「特には……そっかって納得してただけ……でも……緑谷くんのお茶子ちゃんに対する感情は……もっと分かりやすいのがあったでしょ……」

 

「分かりやすいの?」

 

状況を説明すると、透ちゃんが興奮した感じで聞き返してきた。

でも、普通に納得してた文化祭の後のそれよりも、クリスマスパーティーの時の方が分かりやすい反応をしていたと思うんだけど、皆見てなかったんだろうか。

 

「ん……クリスマスパーティーのプレゼント交換の時……」

 

「そういえば、緑谷さんはおもちの大袋を……なるほど、あれは麗日さんのプレゼントですか」

 

「ん……緑谷くん……すごく嬉しそうにしてたでしょ……あれ……おもちだから喜んでたんじゃないよ……誰のプレゼントか分かったから……分かりやすく嬉しそうな表情浮かべてたの……これ……読心関係なく分かる情報……」

 

「ちょっ!!瑠璃ちゃんストップ!!ストップ!!」

 

顔を真っ赤にしたお茶子ちゃんがガバっと私を羽交い絞めにして、口を塞いできた。

でもちょっと遅い。もう意図はちゃんと伝わってて、三奈ちゃんと透ちゃんが目を輝かせている。

 

「つまり、緑谷もある程度気があるってことじゃん!!」

 

「好きかまでは分からなくても、気になってないとそんな反応にならないよね!?」

 

「そこだけ聞くと、脈があるようにしか感じないね」

 

「ね、今すぐ告白してもいけるんじゃない?」

 

「ん」

 

キャー!と興奮しながら騒ぐ三奈ちゃんと透ちゃんに、B組女子も口々に賛同していく。

やっぱり脈あるよね、これ。

読心の情報はそこまでって感じだけど、ふとした時の感情が明らかにお茶子ちゃんに気がある感じだし。

 

「ほ、本当に、しまっとくの!目標のためにいっぱいいっぱいで、余裕のない姿をかっこいいと思ったから!私も、頑張らないといけないから、だから……」

 

お茶子ちゃんは顔を真っ赤にしながら反論……反論?反論して、口ごもってしまった。

……これは、しまっておくって言ってるけど、好きなのは認めてるよね?

透ちゃんとかそれを理解して大興奮だし。

 

「皆、無理に詮索するのは良くないわ」

 

梅雨ちゃんが皆を止めるように、声を上げた。

流石に根掘り葉掘りツッコみ過ぎたのは皆分かっていたのか、それ以上お茶子ちゃんには無理に聞こうとしなかった。

代わりに三奈ちゃんの思考が私に向き出している。

 

「じゃあ麗日はこのくらいにしてー……波動の新ネタって何!?那歩島の時からすっごく気になってたんだけど!?」

 

「新ネタはねー!瑠璃ちゃんからっていうよりも、瑠璃ちゃんにって方があってるかも!」

 

「波動に?」

 

透ちゃんの発言を受けて、三奈ちゃんが考え始める。

それに合わせるように、皆も考え始めた。

そんなに真剣に考え込まないで欲しい。

そんな内容のことじゃないし。

 

「うーん……物間とか?波動と他のA組に対する態度が明らかに違うけど」

 

拳藤さんが指を立てて確認するように聞いてきた。

まあ物間くんも態度が全然違うんだけど、あれは完全に同情されてるだけだ。

 

「……物間くんは……そういうの一切関係ない……私の個性をコピーした時に……私が普段どんな状況で生活してるのか知って……同情してくれてるだけ……」

 

「……物間が?A組に?」

 

「ん……個性をコピーした時に……私に狂ってるって言ったのも……気にしてるみたい……それから……すごく気を使ってくれてる……」

 

「物間がそんなこと言ったの?さすがにそこまで直球の罵倒をする奴じゃないと思うんだけど」

 

「思わず出ちゃっただけだよ……私の個性の負荷……結構大きいから……すぐに受け止めきれなかっただけ……物間くんは悪くない……」

 

拳藤さん的にも物間くんは煽ったりはしても罵倒するような人じゃないっていうのは感じているらしい。

凄く意外そうな表情で聞いてきていた。

私がその問いかけに返答すると、ちょっと空気が暗い感じに変わりつつあるのを感じた透ちゃんが明るい声を張り上げた。

 

「……物間くんじゃなくて!瑠璃ちゃんにっていうのは、青山くんのことなんだよ!」

 

「青山?」

 

「そう!青山くん、明らかに瑠璃ちゃんを意識してるんだよ!秋のインターンで帰って来た時に、瑠璃ちゃんにだけ心配そうに声かけてたし!文化祭の準備でも瑠璃ちゃんが誘ったら素直にお昼ごはん一緒に食べてた!普段は一人で食べてるのに!文化祭の時もミスコンすごくよかったって直接褒めてたし!クリスマスパーティーでの"僕のキラメキショウ"でも明らかに瑠璃ちゃん気にしてたんだよ!」

 

「ほー」

 

皆の視線がこっちに集中する。

うーん、確かに言われてみれば青山くんからアプローチを掛けられてるように見える。

でも青山くんの感情とかは恋愛感情じゃなかったと思うんだけど。

 

「……多分……困ってるところを助けてからだと思う……それから……そんな感じ……」

 

「瑠璃ちゃん的には青山くんどう!?」

 

「別に……なんとも……」

 

「えーそんなことはないでしょー!」

 

三奈ちゃんと透ちゃんがテンション爆上げで囲んでくるのが困る。

どうしようこれ。

しばらく素っ気なく対応してれば落ち着いてくれるかな。

そう思う一方で、私がチェーンを通して首にかけてる指輪と、青山くんの腕輪がほぼ同じデザインなことに気付かれませんようにと祈り続けていた。

これがバレると流石にめんどくさい。

 

そんなこんなでしばらく素っ気なくしらばっくれ続けていたら、恋バナは鎮火していった。

透ちゃんたちはもっと話したがっていたけど、他にネタなんてないんだから仕方ない。

その後はなぜか山手線ゲームで担任の先生の良い所を言い合う勝負が始まった。

B組はB組でブラドキング先生の良い所をすごい数思い浮かべているし、A組も相澤先生の良い所を大量に思い浮かべている。

私も、今日、白雲さん相手に先生が語り掛けていた内容を、頭の中に思い浮かべていた。

『生徒たちには、お前のようになってほしくなかった……!正義のためと、己が命を軽んじるヒーローには……!お前のようになってほしかった……!誰かを引っ張っていけるヒーローに……!最高のヒーローには、長く生きて欲しいから……!』という、先生の心からの叫び。

私たちをかわいがってくれている先生の本心。

除籍なんて生徒を脅していても、生徒のことを心から心配してくれているその優しさ。

もちろん除籍がいいことだなんて思わないけど、先生には先生の信念があってやっていることだ。

今日の黒霧の一件で、私の中での相澤先生の評価は急上昇している。

いい所はいっぱい言えそうだった。



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少女特訓

通常授業に戻ってから数日が過ぎた。

通常授業とはいっても、インターンに行っている人がいたりするから教室は空席が目立つ。

今日はエンデヴァーのところに行っている3人と、ヨロイムシャのところに行っている3人がインターンで公欠になっている。

透ちゃんがいないからちょっと寂しい。

まあ響香ちゃんや百ちゃん、お茶子ちゃんたちと話しているから問題はないんだけど。

今は授業も終わってホームルームをしているところだった。

 

「―――連絡事項は以上だ。補習がある者はいつもの教室で時間通り開始する。あとは……波動は残れ。手伝って欲しいことがある。以上。解散」

 

補習は昨日インターンに行っていた人とかに対する物だからそれはいいとして、私まで呼び出しがかかった。

思考を見る限り納得ではあるし、私も協力を惜しむつもりはない。

皆がパラパラと席を立ちだしたのを確認してから先生の方に歩いていく。

 

「エリちゃんのことですよね……?今日から訓練ですか……?」

 

「流石に不安が大きいみたいでな。できれば緑谷もいた方が良かったんだが、インターンは仕方ない。通形と波動に来てもらって、エリちゃんの不安を軽減したい」

 

「教師寮に行けばいいですか……?」

 

「ああ。急ですまんが大丈夫か?」

 

「はい……先に行ってますね……」

 

先生に会釈してから、教室を出た。

今日の補習は相澤先生の担当じゃないけど、それでも色々としないといけないことがあるみたいだから来るまでは少しかかるだろう。

それまではエリちゃんとお話してればいいかな。

……寮でビーズのブレスレットをつけてから行こう。

 

 

 

教師寮に着くと、通形さんとお喋りしているエリちゃんを眺めるオールマイトがいた。

 

「オールマイト……?」

 

「ん?ああ、波動少女か」

 

「はい……私もお手伝いに来ました……オールマイトもですか……?」

 

「うん。私にも手伝えることがないかと思ってね。ああ、そうだ。波動少女にも緑谷少年のことで協力して欲し『OFAのことは……ボカすんじゃなくて……思い浮かべてくれるだけで大丈夫です……』

 

あろうことか緑谷くんとの特訓のことを普通に話し始めようとしたオールマイトをテレパスで止める。

なんでこう、緑谷くんもオールマイトも、ついでに爆豪くんも簡単に話そうとするんだろう。

ボカせばいいって問題じゃないと思うんだけど。

 

『すまない……波動少女にも、浮遊と黒鞭の訓練を手伝ってほしくてね。波動少女も爆豪少年と同じように、空中での動作に関しては経験豊富だろう。詳細は伏せて麗日少女と蛙吹少女にも頼むつもりだけど、波動少女も緑谷少年に助言してあげて欲しい』

 

『協力するのは……吝かでもないですけど……浮遊でいいんですか……?私なら……危機感知の方が……詳しく教えられると思いますけど……』

 

『ああ。まずは黒鞭の習熟と、浮遊の習得に集中してもらいたいんだ。危機感知の訓練では波動少女を頼りにしたいけど、どの個性から習得していくかはまた考えて伝えるよ』

 

『……それでよければ……分かりました……』

 

確か、2代目と3代目は分からないって言ってたはずだから、4代目の危機感知、5代目の黒鞭、6代目の煙幕、7代目の浮遊が今のところ分かっている使える可能性のある個性だったはずだ。

この中で黒鞭と浮遊を優先するのは、暴発したら困るものから習得させようとしているとかそんな感じだろうか。

浮遊が暴発して困るのは緑谷くんだし、普段からふわふわ浮いているお茶子ちゃんや舌で黒鞭と似た挙動ができる梅雨ちゃん、空中で方向転換したりしまくってる私と爆豪くんに助言をしてもらいたいっていうのは理解できるからいいんだけど。

 

 

 

まあいいか。今はエリちゃんだ。

そう思って不安そうに通形さんと話しているエリちゃんの方に近づいてしまう。

 

「エリちゃん……」

 

「ぁ、ルリさん……」

 

「やあ波動さん!」

 

元気よく声をかけてくれる通形さんに会釈しつつ、ソファに座っているエリちゃんの隣に座る。

エリちゃんは不安で押しつぶされそうな感じになっている。

角がムズムズしているのもあるっぽいけど、それ以上に、この後うまくできなかった時が怖いみたいだ。

お父さんを巻き戻しで消していることがトラウマになっているみたいで、思考がほぼそれ一色になっている。

 

「……不安……だよね……」

 

「……うん……」

 

頑張るとは言ったけど、やっぱり不安なものは不安だろう。

それがトラウマに触れる可能性があるものなら猶更だ。

その思考が見てられなくて、エリちゃんを抱き上げて私の膝に乗せてしまう。

 

「わっ……ルリさん?」

 

びっくりしているエリちゃんをそのまま後ろからぎゅって抱きしめてあげる。

不安になっている時に、人のぬくもりを感じるのって安心するものだ。

昔お姉ちゃんが良く抱きしめてくれたから、私の経験則でそう感じている。

 

「ん……大丈夫……うまく調整できなくても……相澤先生が止めてくれる……」

 

「……うん」

 

「それに……いきなりうまくできる人なんていない……失敗して……失敗して……少しずつできるようになっていくんだよ……今日はその第一歩……」

 

「……うん」

 

最初からなんでもできる人は、いないわけではないけどそんなのレアケースだ。

実際そのレアケース筆頭がこの部屋にいるわけだけど。

今はそこには触れずに、抱きしめながら頭を撫でてあげる。

 

「あとね……今日は植物でやるって……考えてるみたいだから……失敗しても……そこまで怖くないよ……大丈夫……」

 

「……うん……あ、あの……ルリさん……」

 

「どうしたの……?」

 

エリちゃんが遠慮がちに話しかけてきた。

どうしたんだろうと思って一度撫でている手を止めて顔を覗き込む。

 

「あんまり私を……だきしめないほうが……もしかしたら……消しちゃうかも、しれないし……」

 

「なんだ……そんなこと……大丈夫だよ……私は気にしてないから……」

 

エリちゃんを一際強くぎゅーって抱きしめる。

それでも不安そうな顔は変わらない。

 

「……そっか……それだけだと不安だよね……私……個性が発動しそうなときは……波動の揺らぎとか……考えてることで分かるから……危なかったら離せる……だから大丈夫だよ……安心して……」

 

「……はどう?」

 

エリちゃんがきょとんとした顔で聞き返してくる。

そっか、そこから説明しないとダメか。

 

「波動さん……えーと、瑠璃さんと、ねじれさんがミスコンの時に出してたやつのことだよ!覚えてるかな?」

 

「うん。青いのと、黄色いの……すごく綺麗だった」

 

「ん……これのこと……」

 

通形さんがエリちゃんにパパっと説明してくれる。

私もそれに合わせて手に波動を纏わせて圧縮をかけて可視化すると、エリちゃんがそれを不思議そうにのぞき込んできた。

 

「みんな……見えないくらいだけど……この波動を身体から出してるんだよ……私はそれが見えるの……それで……個性を使っちゃいそうなときには分かるから……大丈夫……」

 

「そう、なんだ……ルリさん、これ、触っても大丈夫なの?」

 

「ん……これくらいなら大丈夫……触ってみる……?」

 

「……うん!」

 

そのままエリちゃんの前に波動を纏わせた手を持っていくと、恐る恐ると言った感じで触ってくる。

ちょっとくすぐったい。

でもこの濃度の波動を触っても特に何かを触ってる感じとかもしないだろうし、すぐに飽きるだろうなと思ってしまう。

しばらく不思議そうに私の手をにぎにぎして、満足したらしいエリちゃんが手を離した。

そんなエリちゃんに微笑みながら、手に纏わせた波動を消してしまう。

 

「あっ」

 

「どうしたの……?」

 

「ルリさん、これ!使ってくれてる!」

 

エリちゃんがビーズのブレスレットを見て嬉しそうに見上げてきた。

 

「ん……エリちゃん手作りのブレスレット……大事に使ってるよ……」

 

「わっ!?これエリちゃんがつくったの!?すごいね!?上手!」

 

「うん!がんばってつくったの!」

 

クリスマスの時みたいなドヤ顔を披露するエリちゃんに、通形さんと一緒にほっこりする。

エリちゃんもこれで少し元気を取り戻したみたいだし、その後は抱っこしたまま3人でお話をして相澤先生を待った。

オールマイトも会話に入ればいいのに、エリちゃんに遠慮して遠目に見ているだけだった。

気にしなくても大丈夫だと思うんだけど。教師寮で見慣れてるだろうし。

 

 

 

「すまん、待たせた」

 

相澤先生が少し急いだ感じで入ってきた。

待たせたのを結構気にしていたらしい。

そんな相澤先生に、オールマイトがさっきまでのエリちゃんの様子を簡単に伝えてくれていた。

相澤先生はそれを聞きながら、枯れた植物を出して準備を進めている。

 

「……なるほど。ありがとうございます、オールマイト。波動と通形も、助かった」

 

「いえ……気にしないでください……」

 

先生に返事をしながら、エリちゃんを膝から降ろしてしまう。

エリちゃんも頑張りどころなのが分かっているのか、気合を入れなおしていた。

 

「エリちゃん……頑張って……」

 

「大丈夫だからね。落ち着いていこう」

 

「よし。じゃあエリちゃん。今からこの枯れたお花に個性を使って、元気にしてあげよう。やりすぎそうになったらすぐに止めるから、安心していいよ」

 

「……うん」

 

相澤先生がエリちゃんにすごく優しい感じで声をかける。

普段とのギャップが凄いけど、先生の子供に対する優しさが伝わってきた。

エリちゃんも、そんな先生の言葉に気合を入れなおして枯れた花と向き合った。

 

エリちゃんが枯れた花に触れて、集中し始める。

しばらく難しそうな顔をして、そのまま動かなかったけど、少ししたらエリちゃんの角が光り始めた。

そのまま少しずつ花が元の姿に戻っていった。

 

もう十分戻したけど、まだうまくコントロールできないのか、エリちゃんは冷や汗を垂らしながらどうにか個性を止めようとしている。

多分、離せば個性は止まるんだろうけど、どうにかコントロールしようと躍起になって茎を握り込んでしまっている。

 

「……ご、ごめん……なさい……」

 

相澤先生がエリちゃんを見て、強制的に止めた。

エリちゃんの手には、双葉まで戻ってしまった植物があった。

 

「大丈夫だよ。落ち着いて」

 

「ん……むしろ……1回目で個性をつかえた……上出来……調整は……これから頑張ろう……」

 

「……うん」

 

「少し休憩したら、もう1回やってみよう」

 

先生はそう言って、エリちゃんの頭を撫でてあげた。

エリちゃんもされるがままになっている。

先生が撫で終わったのを確認してから、私はポケットからハンカチを取り出して、エリちゃんの汗を拭ってあげた。

エリちゃん的にも今の訓練1回だけでもすごく疲れたのか、ソファに深く座り込んだ。

何か飲み物を入れてあげようかな。

そう思って、キッチンの方に入らせてもらった。

 

 

 

そんな感じで訓練を続けて、暗くなってくる頃になんとか花まで戻して止めることに成功した。

エリちゃんもすごく嬉しそうにしていた。

成功率で見ちゃうとあれなのかもしれないけど、初めての成功というのは大きな一歩だと思う。

訓練中、相澤先生とオールマイトが助言をして、私と通形さんが励ますという役割分担みたいな状況になっていた。

それはいいんだけど、エリちゃんがオールマイトを「骸骨の人」って呼んで噴き出しそうになってしまった。

これだけ一緒にいてまだちゃんと自己紹介してなかったのか、オールマイト。

怖がられるかもって思って遠巻きに見守っていただけだったらしい。

最後にはちゃんとオールマイトさんって呼ばれてたけど、それでもちょっと肩の力が抜けた一幕だった。



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煽りと縦読み

1月も下旬に差し掛かった頃。

今日は平日なのもあって、泊りがけでインターンに行っている人とかもいなかった。

今は皆で共有スペースで寛いでいるところだ。

 

「お茶する人挙手ー!」

 

お茶子ちゃんが皆に聞いてくれた。

お茶を入れてくれるつもりらしい。お茶子ちゃんが淹れてくれるのってなかなか珍しい。

それを聞いてソファに座っていた女子は皆手をあげたんだけど、そのタイミングで勢いよく寮の扉が開いた。

 

「おっやー!?弛んでるねぇA組ぃ!?余裕だねー!でもいいのかな!?今日こそは考えを改めるかもしれないよ!?」

 

物間くんが、ホワイトボードを引っ張りながら入ってきた。

……元気だなぁ。

物間くんはたまにA組を煽りに寮まで押しかけてくる。

今日もA組を言い負かしに来た感じっぽいし、暇なんだろうか。

 

「物間くん……」

 

「いいぞ、ガツンと言ったれ飯田ー!」

 

「今日は君たちを言い負かすために資料まで作ってきたからね!しっかり聞いてよ!?今日はすごいよ!?」

 

物間くんは、飯田くんがゆっくりと近づいてくるのも気にしないで話し出した。

物間くんの方に向かう飯田くんの思考が既に面白い。

『彼は何故、俺たちを煽るのか?』とか、『ラジオでのオールマイトの言葉の意味』とか、物間くんの煽りについて真剣に考え込んでいる。

物間くんが必死でA組を言い負かすプレゼンをしているのに、それを完全に無視している。

 

「ね?分かるでしょ!?この時点でB組がA組を上回ってるのさ!」

 

物間くんが、バンってホワイトボードを叩く。

その瞬間、飯田くんの思考が驚愕に染まった。

 

『あれはまさか隠されたメッセージ……"B組怖い"!?』

 

「ぷふーっ!?」

 

「ちょっ!?瑠璃ちゃん急にどうしたの!?」

 

「なっ……なんでもないっ……ふふっ……」

 

物間くんの思惑とは完全にズレた飯田くんの思考に、思わず吹き出してしまった。

なんでそうなる。飯田くんの思考を読む限り資料の縦読みが偶然そうなってたっぽいけど、物間くんにそんな意思は一切ない。

飯田くんの空回りが極まっていた。

 

「で!ここ!よーく読んで!」

 

物間くんがそういいながらホワイトボードに貼ってある資料を指さした。

 

『ずっと救いを求めていた!?』

 

飯田くんの思考が絶望と驚愕に染まった。

今度は指さした先が『たすけて』と縦読みになっていたらしい。

 

「わっ……わざとっ……?わざとなの……?」

 

「る、瑠璃ちゃん……さっきからほんとに大丈夫?」

 

笑いをこらえて肩を震わせながらつぶやくと、透ちゃんが本格的に私を心配し始めた。

流石に申し訳なくなってきたから、透ちゃんを引っ張って一緒にソファの影に隠れる。

 

「飯田くんが……盛大に勘違いしててっ……ふふっ……物間くん……いつも通り煽りに来てるだけなのに……資料……縦読みが……たすけてとか……B組怖いとか……面白いことに……」

 

「えっ、そういう感じ?確かにそれは……」

 

透ちゃんも一緒になってソファ越しに顔を少しだけ出して物間くんたちの様子を伺い始めた。

 

「くっ……俺が!俺が間違っていた!!なぜ今まで気づけなかったんだ!!」

 

「ねぇちょっと君らの委員長!B組の方が優れてるって認めたよ!?A組の学級委員長なのに!!ねぇ今どんな気持ち!?」

 

あまりのすれ違い具合に、透ちゃんもちょっとわくわくした表情を浮かべ始めていた。

飯田くんは飯田くんで『物間くんは俺たちにSOSを発していたのだ!!』とか考えているし、混沌とした状況になっていた。

 

「皆、ちょっといいか?」

 

飯田くんが物間くんから離れて皆を集めて話し出した。

私と透ちゃんも一応そっちに行ってみたけど、完全にズレたことを言っている。

物間くんは救いなんか求めてないし、B組になれて心底幸せを感じているのに。

透ちゃんも透明だから他の人からは分からないけど、完全に笑いをこらえていた。

 

飯田くんの勘違いが伝播した皆は、『彼の本音を聞き出して救けたい』とか考えだしている。

凄いすれ違いだ。

完全に徒労に終わるだろうけど。

そんな中、緑谷くんが物間くんの方に歩いていった。

 

「物間くん、最近どう?何かあったら相談に乗るよ」

 

「え……?僕が?A組の君に?あり得ないんだけど!?」

 

「そう……だよね」

 

物間くんは罠を疑って緑谷くんを素気無く切り捨てた。

 

「……あれ……罠を疑われてる……言ってることが完全に本心……」

 

「やっぱりそうだよねぇ」

 

再び透ちゃんと一緒にソファの影から様子を伺いながら笑いをこらえる。

それにしても、この勘違いいつまで続くんだろう。

もうそうそう縦読みでなんてミラクル起きないだろうし、そろそろ気付きそうなものだけど。

 

「おい物間!俺を殴れ!力いっぱい殴ってくれ!!」

 

緑谷くんとアイコンタクトで意思を共有した切島くんが、すごく暑苦しい感じのことを言い出した。

『殴り合えば本心が分かる』とか考えているけど、割と理解できない感じの考えだ。

 

「!?……ふーん、いいんだね?じゃあ殴るけど!それは君も認めたってことだよね!?A組が、B組に痛……いたくない……!!」

 

「悪い、条件反射で"個性"使っちまった」

 

『B組にいたくない!?』

 

「まっ……まんざいでもしてるのっ……?」

 

私と透ちゃんは漫才にしか見えないその様子を眺めながら、笑いを堪え続けていた。

なんだろうこのすれ違い続ける漫才。こういう芸風の人とかいるんじゃないだろうか。

 

その後もしばらく殴る流れは続いた。

物間くんも本気になって、上着を脱いで殴り続けていた。

物間くんはついさっきも拳藤さんに制裁されてたみたいで、首の後ろに痕がついていた。 

なにやらそれをいじめの暴力によるものだと勘違いした皆が、すごくヒートアップして来ている。

 

「……あれって拳藤さんがいつもチョップしてる場所だよね」

 

「ん……さっきも制裁されてた……」

 

私と透ちゃんは完全に蚊帳の外になっていた。

一応響香ちゃんと梅雨ちゃんも一線引いた位置で眺めているけど、半信半疑で眺めているって感じだし。

いつも冷静な百ちゃんすらも使命感に駆られて紅茶を淹れている。

 

「……いつ皆に教える?」

 

「……とりあえず……そのうち拳藤さんくるから……眺めてよ……面白いし……」

 

「……そうしよっか!」

 

私が傍観宣言をしたら、透ちゃんも乗ってきた。

透ちゃん的にもこのすれ違いは面白かったらしい。

 

「あー!用事思い出しちゃった!ここにいる場合じゃなかったー!」

 

「待って!」

 

「お紅茶をお持ちしましたわ」

 

「八百万の紅茶には敵わないかもしんねーけど、食ってけよ。タルトタタン。出来立てだぜ」

 

「結ちゃん、癒してあげて」

 

物間くんの困惑具合が凄いことになっている。

その割にはタルトも紅茶も普通に美味しくいただいてるけど。

私もタルトタタン食べたかった。

まだあるのかな。今拳藤さん来てるし、落ち着いたら砂藤くんに聞いてみよう。

 

そんなことを考えていたら、物間くんは困惑がオーバーフローしたのか、『罠なのか!?僕をどうしたいんだ!?なんなんだよー!?』とか考えながらパニックになっていた。

煽りに来たのになぜか優しくされてどうしていいか分からなくなったらしい。

その後の物間くんの思考は、すごく達観した感じになっていた。

小さく笑顔を浮かべて邪な思惑なんて一切ない感じの表情になっている。

なんというか、傍から見て浄化されたように見えなくもない。

 

「誰あれ」

 

「心が壊れたように見えるわ」

 

「……あれは……困惑してどうしたらいいか……分からなくなっただけ……」

 

「完全に別人だね」

 

離れた位置から眺めていた4人で達観物間くんの感想を言い合っていく。

その一方で勘違いしてる皆はすごい盛り上がりを見せていた。

達観物間くんが物間くんの本性だと思ったらしい。

そんな中、また寮の扉が開いた。

拳藤さんがようやく回収しに来てくれたっぽい。

 

「物間!やっぱりここにいた!ごめーん!うちの物間、ちょっかい出してない?」

 

「拳藤!拳藤~~!」

 

拳藤さんを見た瞬間、物間くんの顔が輝きを取り戻した。

普段制裁されまくっているけど、やっぱりなんだかんだで好感度は高いらしい。

その様子を見て、皆もようやく違和感に気が付いたようだった。

勘違いを確認するために緑谷くんが口を開いた。

 

「……あのさ、B組って……―――」

 

 

 

「え?B組内で暴力!?ないない!」

 

「B組がそんなことすると思ってるのかい!?」

 

「……とりあえず物間くんは……自分の作った資料と……指さした位置を見た方がいい……」

 

後悔しながら謝罪する皆を尻目に、物間くんと拳藤さんにさっきの資料を返して指さした位置を示す。

縦読みが「びいぐみこわい」と「たすけて」になっていることに気が付いた瞬間、2人は絶句してしまった。

 

「……物間……これ、わざとじゃない……よね?」

 

「わざとなわけがないだろう!?なんだこの偶然!?」

 

「それを示された後に……さっき拳藤さんに制裁された時の痕を見て……完全に勘違いされてたよ……」

 

拳藤さんの表情が完全にうわぁって感じになってしまっている。

当然の反応だ。これがわざとじゃないならどんなミラクルなんだ。

物間くんの方は物間くんの方で、私の方を見てきている。

 

「波動……君、完全に分かってて面白がってただろ……」

 

「ん……笑いをこらえるのに必死だった……ごめん……」

 

「すぐに教えてくれても―――ぅっ!?」

 

「自業自得だよ。ほら、帰るよ。ごめんねA組」

 

「気にしないで……物間くんのことはよろしく……」

 

拳藤さんはひらひら手を振りながら、片手で物間くんを引きずっていった。

凄い筋力だなと思う。私じゃ無理だ。

波動で身体強化してなんとかって感じな気がする。

勘違いしていた皆もなんとも言えない表情になってしまっていた。

暴力がなかったのは喜ばしいことだけど、いつも通りに戻ってまた物間くんが煽ってくるようになるのはなんとも言えないって感じっぽい。

あの煽りに好感を持つことなんて難しいから、仕方ないことではあるんだけど。

 

まあそれはいいとして、私は砂藤くんにタルトタタンがあまってないか聞いてみないと。

あれ、すごく美味しそうだったから私も食べたい。

波動を見る限りキッチンにあるし、多分もらえるはず。

そう思いながら、いそいそと砂藤くんの方に向かっていった。



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協力3人娘

「で……」

 

「何を」

 

「すればいいの?」

 

今日はオールマイトに頼まれていた緑谷くんの訓練に付き合う日だった。

爆豪くんと緑谷くんが訓練をしていた体育館に行って、訓練に付き合うとは言っても何をすればいいのか分からなかった私、お茶子ちゃん、梅雨ちゃんの3人は並んで首を傾けていた。

今日のお茶子ちゃんは髪を結ってきている。可愛い。

訓練の時にたまにやってるやつだ。

 

「悪いね、皆忙しい時に」

 

「新しい力について、アドバイスをお願いしたいんだ!」

 

爆豪くんにこんがりやられてアフロになった緑谷くんが意気揚々とそうお願いしてきた。

まあ私は事情を知っているから拒否する理由がないし、お茶子ちゃんたちも頼まれて嫌がるような子たちじゃない。

 

「……手伝うのはいいけど……アフロ……気になる……笑いそうになるから……」

 

「こ、これは"かっちゃんを黒鞭で捕まえる"って訓練で負け続けた結果だよ。全然捕まえられなくてさ……速い標的にどう対処すればいいか"個性"の使い方が近い麗日さんたちに聞きたいんだ」

 

「爆破がルールにない!爆豪くんあーた、相変わらずひどいねぇ!!」

 

緑谷くんの説明に、お茶子ちゃんが憤りを隠そうともせずに爆豪くんに食って掛かった。

 

「実戦形式ってデクから言ってきたんだよ!!」

 

「そうだとしても……やりすぎだと思う……」

 

「ええ、流石にちょっと酷いと思うわ」

 

女子3人で爆豪くんを囲んで腕を振り上げて抗議するけど、爆豪くんはどこ吹く風で私たち相手にもキレてくる。

だけど相変わらずかどうかは別として、これは普通に爆豪くんが悪いと思う。

わざわざ頭を爆破しなくていいだろうに。

 

「私はどうしよっか!?ワイヤーは練習中の身ですが」

 

「そういう技術なら、相澤先生が得意そうよね」

 

「私も……爆豪くんと丸被り……」

 

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが意見を言うのに合わせて、私も意見を言っておく。

既に分かっているとはいっても、話を合わせるのに言っておいて損はないと思う。

 

「麗日少女には彼に空中制動時の身のこなしを、蛙吹少女には舌を使う際の身のこなし、波動少女には空中での移動時の身のこなしをご教授願いたい!!」

 

「デクくんいつもとび回っとるのに」

 

「ぴょんぴょんしてるわ」

 

「彼はパワーとともに滞空時間も増しているんだ!」

 

「ほほう!」

 

オールマイト、結構無理がある言い訳をしてくるな。

黒鞭の訓練ならお茶子ちゃんを呼ぶ意味がないのが良く考えれば分かってしまう。

黒鞭で浮くことはできないんだから、私と梅雨ちゃんで十分だ。

お茶子ちゃんは浮遊の感覚を掴むために呼んでいるから、説明できなくて苦しい言い訳をしている感じか。

 

「空中でもより高度な動きをしていかねばならないのさ。そして相澤くんだが、彼は今多忙を極めてる」

 

オールマイトはそこまで言って説明を区切った。

相澤先生、黒霧のことで何かやらなきゃいけないことがあるんだろうか。

オールマイトがそれっぽいことを考えていたけど……ちょっと、だいぶ心配だ。

 

「皆と先生の技は書いてて覚えてるんだ。身体の使い方というか……感覚部分で共有できそうなことを―――……」

 

そこからは緑谷くんが教えて欲しい感覚をブツブツズラズラと言ういつものあれが始まった。

相変わらず長くて分かりづらい。

一応思考を読んでるから本意は分かるけど、言葉だけ聞いてるとすごく分かりづらいのは変わらない。

 

 

 

緑谷くんのブツブツが終わってから、すぐに訓練を始めた。

最初はお茶子ちゃんのゼログラビティで浮くところからだ。

 

「空中で泳ぐイメージで手足のバランスを……そーそー」

 

「なるほど……こういうことか!」

 

お茶子ちゃんの説明を受けて、緑谷くんはすぐにエアフォースで空中を飛び回り始めた。

あの軌道は私がお茶子ちゃんに浮かせてもらっている時に波動の噴出で吹き飛んでいる時と全く同じだ。

あれなら助言できなくもない。

 

「おお!いいじゃん!」

 

「あれなら……私も同じことできる……アドバイスできそう……」

 

「よし!その状態で黒鞭や空中での動きのコーチもしてもらおう!」

 

「はい!!」

 

オールマイトも今のは悪くないと思ったようだ。

そのまま指導してもらうように緑谷くんに指示を出した。

 

 

 

そこからは普通に空中制動と黒鞭の特訓が始まった。

 

「背中まっすぐ!」

 

「出すんじゃなくて、当てたい場所に伸ばすイメージが大事よ」

 

ゼログラビティで空中に浮いている緑谷くんは、そのまま岩の方に向かって飛んでいっている。

やっぱり便利そうだ。

梅雨ちゃんも一緒に飛び跳ねてどんどん練習していた。

しばらく梅雨ちゃん主体でアドバイスして落ち着いたところで、緑谷くんは降りてきた。

 

「なるほど、こうすればいい感じにまっすぐ―――……」

 

「……分析……相変わらず好きだね……」

 

「デクくんらしいよね!」

 

「―――……よし、あす……ゆちゃん!ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

緑谷くん、まだすぐに梅雨ちゃんって呼べないのか。

女子の名前呼びに慣れてないのは分かるけど、もうそろそろ1年経つんだし慣れてもいいころだと思うんだけど。

梅雨ちゃんもいつもの返答を返しながらも、緑谷くんの質問に答え始めていた。

 

「それなら、手をこう伸ばせばいいんじゃないかしら」

 

「私がワイヤーでやる時もそんな感じでやってるよ!」

 

「正面に飛ばすのは……緑谷くんもエアフォースでやってるでしょ……そのイメージを……単発の玉じゃなくて……紐に置き換えればいいと思うんだけど……」

 

緑谷くんに見せるために、私も波動を腕に纏わせてから正面に伸ばす要領で動かしていく。

あんまり遠くまで伸ばすと霧散しちゃうけど、可視化したのをにょろっと少し先に伸ばすくらいならできる。

正直波動弾にしてしまう方がコントロールが楽だったりするけど。

 

「イメージした紐を置きにいく感じにするといいんじゃない?」

 

「なるほど……!!」

 

「身体の延長だと思うのが大切だと思うわ」

 

緑谷くんが凄く真剣な感じで腕を伸ばした状態から、黒鞭をぴょろっと出してみたりしている。

正直ここからは感覚的な話になってくるから、梅雨ちゃんと一緒にどんどん試してみるのがいいと思う。

 

「じゃあ……その感覚で練習しよっか……黒鞭……当てたところに引き寄せられるだけじゃなくて……飛んでる時にエアフォース使えば……方向転換できると思うし……戦い方の幅が広がると思う……」

 

「うん!お願いします!」

 

「よーし、がんばろー!」

 

4人でおー!って感じで腕を上げて、緑谷くんの練習を始めた。

 

 

 

「跳びながら……行きたい方向の正反対になる位置に……腕を伸ばす……」

 

「えっと……こうかな?」

 

「ん……そう……ただ……重力とか慣性とかがかかってくる状況で……抗おうとしたり……無理矢理軌道を曲げようとするなら……それじゃダメ……パワーと向き……いい感じに調整……これは感覚……」

 

「な、なるほど……感覚か」

 

緑谷くんと一緒にぴょんぴょん跳んで助言しながら、爆豪くんとオールマイトの密談の思考を感知し続ける。

爆豪くんはいつも緑谷くんを毛嫌いしているのに、ちゃんと心配していた。

これから黒鞭以外の個性が発現したら誤魔化しがきかなくなるってこともそうだけど、継承者の死因まで考えて。

私はノートを見せてもらったうえでオールマイトの思考を読んだから分かるけど、老衰による40代での死亡なんて異常という言葉以外出てこない。

OFAが何か悪さをしているとしか思えないのだ。

だからこそ、爆豪くんは憧れているオールマイトであっても信じきれないと言っている。

 

爆豪くんが考えている緑谷くんの自分を勘定に入れない異常性は、私も読心で散々感じたことだ。

緑谷くんも、オールマイトも、自分を勘定に入れずに、とにかく助けるっていう考えに支配されることが多い。

完全に人助けに狂った狂人としか思えない思考をするのだ。

爆豪くんはそれを感じ取って恐怖を覚えてしまったんだと思う。

まあその結果がいじめとかにつながっているのは一切擁護のしようがないんだけど。

でも、今の爆豪くんは緑谷くんへの嫌悪感と同時に、申し訳なさも感じている。

だからこそ、生理的に受け付けないのは変わらないんだろうけど、それでも特訓に付き合い続けているのだ。

緑谷くんには一切伝わってないのがなんとも言えない所だけど。

そんな思考を散々感知してきたからこそ、お茶子ちゃんが爆豪くんに「相変わらずひどいねぇ!」って言ってた時は相変わらずって部分に若干疑問符が浮かんだ。

一応、爆豪くんも成長していると思うのだ。

少なくとも、仮免の後の一件がある前に今の状況に陥っていたら、爆豪くんは間違いなく緑谷くんを無視して特訓を手伝ったりはしてないと思う。

神野や仮免試験、その後の遅れを取ったという劣等感が、爆豪くんを成長させたんだと感じた。

 

 

 

しばらくオールマイトと話し込んでいた爆豪くんも、話が一段落してこっちに戻ってきた。

 

「おいクソデク!!もう1回やんぞ!!」

 

「あ、うん!ありがとうかっちゃん!」

 

「礼なんか言ってんじゃねーよ!!助言もらってちったぁマシになったんだろうなぁ!?」

 

「試してみたいことがあるんだ!頑張るよ!」

 

「それも含めて完膚なきまでにお前を叩きのめす!!そしてお前は死ぬ!!」

 

なんというか、さっきの思考を見てからこれを見ると完全にツンデレでしかないな、今の爆豪くん。

 

「爆豪くん!今度は頭の爆破はなしだからね!」

 

「知らねぇよ!!実戦形式だっつったのはデクだって言ってんだろ!!」

 

「……アフロにするの……何か意味があるの……?」

 

「意味なんてねえ!!顔に爆破食らったデクが死んだ証ってだけだろーが!!」

 

「それは流石に……爆豪ちゃん、もうちょっと考えて「それじゃ実戦形式にならねぇだろうがよ!!」

 

女子3人で抗議するけど、結局爆豪くんの意識は変わらなかった。

緑谷くんも特に拒否せずにそのまま向き合おうとしている。

それでいいのか緑谷くん。

 

その後、実戦形式の模擬戦が爆豪くんと緑谷くんの間で始まったけど、助言をもらって磨いただけの付け焼刃の技術で緑谷くんが勝てるはずがなかった。

緑谷くんのアフロが増量されたのは言うまでもない。



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鬼と和解せよ(前)

時は過ぎて行って2月。

今日は節分だ。

 

「―――というわけで、今日は鬼チームと桃太郎チームに分かれて対決してもらいます」

 

雄英の施設の一つであるこのエリア。

中央に小高い山がそびえ立ち、それを囲むように森が広がっている謎施設だ。

その施設の入り口で、相澤先生はそんな説明を始めた。

普通に演習って言えばいいのに、わざわざ桃太郎と鬼で節分感を出しているのは、中央の小高い山に立つ建物の中にいるエリちゃんのためだろうか。

 

「中に鬼のくじと桃太郎のくじが入っている。さっさと引け」

 

先生はそう言っていつもの箱を取り出した。

皆はくじを引くために先生の方に近づいていく。

 

「あれ、瑠璃ちゃん引きに行かないの?」

 

「今回は……久しぶりに人質役って……言われてる……」

 

「人質役?」

 

「ん……多分この後説明してくれる……」

 

私と透ちゃんが話していると、面倒くさそうにくじを引こうとしていた爆豪くんに対して、相澤先生が口を開いた。

 

「爆豪、お前は引かなくていい。鬼チームだ。理由はあとで説明する」

 

「あ?」

 

他の皆が引いていく中唐突にそう言われた爆豪くんは、訝し気に呟いた。

そんな爆豪くんに対して笑いをこらえるように震える上鳴くんが話しかける。

 

「爆豪、お前鬼っぽいもんなー!」

 

「んだと、コラ!」

 

煽りに対して爆豪くんがキレて返す。

そんなことをしていると、皆くじを引き終わった。

 

桃太郎チームは、緑谷くん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、峰田くん、上鳴くん、響香ちゃん、三奈ちゃん、尾白くん、透ちゃん、砂藤くん、口田くん。

鬼チームは爆豪くん、轟くん、常闇くん、飯田くん、障子くん、切島くん、百ちゃん、青山くんになった。

 

「先生!チーム対決にしては人数差がある上に、波動くんがくじを引いていませんが!?」

 

「人数差は鬼の方が有利だからだ。今説明する。桃太郎チームは鬼に棍棒を当てられたら失格、鬼チームは桃太郎に豆を3回当てられたら失格。豆は一度当てたら終わりではなく、手元にある限りは何度でも使用可能。そして、鬼チームの勝利は桃太郎を全滅させること。桃太郎チームの勝利は、鬼に捕えられた人質を救出することだ」

 

「人質?」

 

説明に唐突に出てきた人質と言う言葉に、透ちゃん以外の皆はきょとんとした反応を返す。

 

「人質役はエリちゃんと波動にやってもらう。あの山の頂上の小屋で人質として捕まっている設定だ。いいか、両チームとも、人質2人を本物の人質として接するように」

 

「……波動くんも人質役なのですか?」

 

「ああ。今回の訓練は人質対応以外にも、作戦立案にも重きを置いている。波動をチームに入れてしまうと、その相手チームは波動への対策に注力することになる。そういうヴィランの存在を考えて入れてもいいんだが、毎回それだと作戦の幅が狭まる。だから今回は人質役としてチームから外れてもらうことにした。代わりに波動には、自分が2つのチームに入った場合に取るべき作戦のレポートを提出してもらう」

 

「なるほど……納得しました!ありがとうございます!」

 

授業の前に事前に先生にこれを伝えられていた私は、特に文句はない。

確かに私が入ることで相手は作戦を考えることが制限されるし、早口で伝えたりしないと私に思考から漏れる関係からコミュニケーションもうまく取れなくなる。

広範囲感知と読心能力を持っているヴィランなんて超レアケースなんだから、そんなレアケースの訓練ばかり積んでいると、通常時の作戦立案の練習機会が減ってしまう。

理由にも納得しかなかったし、レポートも作戦の概要、相手の行動予測、もたらされる結果を両チーム分書けばいいと言われたくらいだからそこまで負担でもない。

 

「あとは、爆豪。お前には特別課題を出す。この授業中、エリちゃんと少しでも仲良くなるように」

 

「……はぁ!?」

 

爆豪くんもそんなことを言われると思っていなかったのか、一瞬フリーズして少し間をおいてから声を上げた。

皆も似たような反応をしている。

 

「今回は人質を取る側だが、これから先、幼児救出の任務もあるかもしれないだろう。そんな時、幼児に心を開かせることは任務の成否にもかかってくる重要なことだ」

 

「……っ、そんなもん、さっさと救出しちまえばいいだけ―――」

 

「仮にヴィランの目を盗んで救出する状況だったとして、強引に連れ出されたら幼児にとってお前はヴィランと変わらない存在になる。泣かれでもしてヴィランに気付かれたら、幼児を守りながらの戦闘だ。ヒーローにとって、最優先するべきは救出者の安全だ。わかるな?」

 

凄まじい眼力で爆豪くんを見ながら有無を言わせない感じで説明する相澤先生に、爆豪くんは何も言い返せなかった。

 

「では10分後に鬼チームと人質は小屋から、桃太郎チームは森の前からスタートだ。全員配置につけ」

 

 

 

私は鬼チームと一緒に小屋に向かっていた。

爆豪くんがずんずんと苛立ちを隠そうともせずに山を登っていく。

ちょっと怖い。

でもそんな爆豪くんの怒気を一切気にせずに、切島くんが爆豪くんに駆け寄った。

 

「爆豪、すげぇ課題出されたな。俺も協力するから、エリちゃんと仲良くなろうぜ!」

 

そんな切島くんの姿を見て、飯田くんたちも後に続いた。

 

「もちろん、皆で協力しよう!」

 

「でも、どうすれば爆豪さんがエリちゃんと仲良くなれるのか……」

 

「……正直……物間くん以上に……相性悪いと思う……」

 

「爆豪と幼女……まさに鬼門」

 

「確かに」

 

あまりの難問に、皆も頭を悩ませていた。

実際どうすればエリちゃんと爆豪くんが仲良くなれるかと聞かれても、答えを思いつかない。

そんな皆の様子を見て、私の隣を歩いていた青山くんが口を開いた。

 

「まずはキラキラの笑顔じゃない?ほら、ボクと緑谷くんみたいに☆」

 

「緑谷はその子と仲いいからな。緑谷を参考にすればいいんじゃねぇか?」

 

「あぁ!?デクが俺を参考にすることはあっても、その逆は天地がひっくり返ってもねぇわ!!頭沸いてんのか!?」

 

青山くんと轟くんの提案に、爆豪くんが噴火した。

この調子だとエリちゃんと仲良くなるのは厳しいんじゃないだろうか。

さらにそれに付け足すように、百ちゃんまで口を開く。

 

「後は、波動さんも参考になるかと。その、爆豪さんには難しいかもしれませんけど……」

 

「……?私……そんなに難しいことしてないよ……?」

 

「波動さん、エリちゃんと接している時はとても柔らかい笑顔を浮かべて優しく撫でたり抱きしめたりしていますし、爆豪さんがそれをする姿が想像できなくてですね……」

 

「天地がひっくり返ってもないな」

 

「うっせぇぞポニテに鳥ぃ!!」

 

……そんなに表情変わってただろうか。

正直変えてるつもりはほとんどなかった。

確かにエリちゃんを撫でたり抱きしめたりはよくしているけど、それはエリちゃんが喜んだり安心したりするからしている感じだったし。

 

 

 

「ひ、人質役のエリです、よろしくお願いします」

 

頂上の小屋についてすぐに、エリちゃんが緊張気味に挨拶してきた。

ぎゅっと握った手の中には豆が忍ばせてある。

私にも少し渡されてるけど、大事に握って無くさないようにしていたみたいだ。

 

「おう!エリちゃん、よろしくな!」

 

「よろしくお願いいたしますわね」

 

「私も人質役だから……一緒に頑張ろうね……」

 

「ルリさんも……うん!がんばる!」

 

私が声をかけると、エリちゃんはにっこり笑って頷いてくれた。

後は面識がある切島くんと、私やお茶子ちゃんたちと一緒に教師寮に何度か行っている百ちゃんだけが挨拶した感じだ。

他の皆はクリスマスパーティーとかで顔見知り程度の関係だから、ちょっと距離がある。

 

そんな中、爆豪くんは一番後ろで顔をしかめながらエリちゃんを見ていた。

その視線に気づいてしまったエリちゃんが、驚いてしまって肩を竦めている。

 

「―――チッ」

 

エリちゃんの反応を見た爆豪くんは、面倒くさそうに舌打ちした。

これは課題に対する苛立ちから出たものなんだけど、エリちゃんにそんなことが分かるはずもなかった。

ビクッと驚いた後、すぐに私に駆け寄ってきて、爆豪くんから隠れてしまった。

 

「大丈夫だから……落ち着いて……」

 

「ぅ……うん……」

 

私がしゃがんで目線を合わせてからエリちゃんの頭を撫でると、目を閉じてそのまま受け入れてくれる。

落ち着いたところで手を離すと、エリちゃんはゆっくりと目を開けてから、私の身体からちょっとだけ顔をのぞかせて爆豪くんの様子を伺い始めた。

 

「爆豪くん、女児の前で舌打ちなどっ!」

 

「うるせえな」

 

「もう少し波動さんみたいに優しく声をかけてあげられないのかい?」

 

飯田くんの注意に文句を言う爆豪くんの声は、明らかにいつもよりも覇気がなかった。

エリちゃんのために控え目にしているのは分かる。

だけど、エリちゃんは救けられてから、優しい教師寮の先生たちに囲まれて過ごしているのだ。

よく接する私や緑谷くん、通形さん、お茶子ちゃんたちもそんな粗暴な言葉は使わない。

爆豪くんのもともとの荒々しい言動がやくざを想起させてしまっているようで、エリちゃんはわずかな恐怖を感じてしまっていた。

 

そんな不穏な空気の中で、スタートを知らせるブザーが響き渡った。

それが開始の合図であることを把握した切島くんが爆豪くんを少し心配そうに見ながら声をかける。

 

「……とりあえず、爆豪はエリちゃんと波動の見張りだな!」

 

「……あぁ!?」

 

「……えっ」

 

切島くんのその提案に、爆豪くんが叫ぶのとエリちゃんが思わずといった感じの声を漏らすのは、同時だった。

その後に2人はお互いに顔を見合わせて、気まずそうに目を逸らした。

……私が抱きしめちゃうとエリちゃんは安心するだろうけど、爆豪くんの課題の邪魔になる。

それに、普通に考えて人質にそんなことをさせるとは思えない。

そう思ってとりあえずエリちゃんの隣に座る。

 

「る、ルリさん……」

 

「ごめんね……人質役だから……あんまり抱きしめたりとか……良くないと思うの……終わったらね……」

 

縋りついてくるエリちゃんに、苦笑いしながらそういうことしかできなかった。

一応、エリちゃんも人質役ということは理解しているし、死穢八斎會では見張りとかもいたからどういう感じなのかは理解している。

私がそう伝えると、エリちゃんもちょっと気合を入れなおして隣に座り込んだ。

爆豪くんはそんな私たちをチラ見してどうしたらいいか悩んでいる。

 

エリちゃんはなんの説明もされてないから、怖い男の人に睨まれて舌打ちされて、さらにその人が見張りに残ったなんていう状況だ。

特別課題をクリアするの、相当難易度高いと思うんだけど、どうするつもりなんだろう。



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鬼と和解せよ(後)

山の周りの森の中では、鬼チームと桃太郎チームの一進一退の攻防が繰り広げられていた。

障子くんが透ちゃん対策に落ち葉や枝を周囲にばらまいた上で感知に集中して居場所を見つけていたり、百ちゃんが超強力掃除機とかいう謎の機械で豆を吸い込んだり、ダークシャドウが棍棒を片手に暴れまわったり。

基本的に鬼側が攻勢に回っている感じだけど、桃太郎側も防戦に回りながらもアウトにはならないという絶妙な立ち回りをしていた。

 

そんな戦いが繰り広げられる中、小屋の中は沈黙に包まれていた。

先生が爆豪くんに課した課題自体が結構矛盾しているのだ。

人質として接しろと言っておきながら、エリちゃんと仲良くなれとか無茶ぶりもいい所だと思う。

爆豪くんも今『ストックホルム症候群にでもさせろってか!?』とか内心でキレている。

爆豪くんの課題として必要なことだとしても、状況が矛盾していると言わざるを得ない。

実際他の鬼チームの皆、百ちゃんすらも爆豪くんの課題に惑わされて人質に対する扱いが甘いし。

人質が2人いるのに、拘束を一切していないのだ。

これ、特別課題がなかったら、私はエリちゃんを抱えて逃げているけど……

それに私とエリちゃんは隙を突いて反撃に出ていいと3個当たったらアウト判定の豆を少し隠し持っているのだ。

エリちゃんはそれをずっとぎゅって握りしめてる。

皆はそれを見て緊張していると受け取ったみたいだけど、実態はそうだけどそうじゃない。

緊張はしてるけど、それ以上に豆を当てる隙を伺っているのだ。

つまりどういうことかと言うと、人質に対して持ち物検査もしないで拘束もせずにそのまま放置している鬼チームは皆、致命的な失態を犯しているとしか言えなかった。

 

そんなことを露とも知らない爆豪くんはどうやって課題をクリアするか頭を悩ませていた。

 

「クソがぁっ!!」

 

轟くんの緑谷くんを真似したらどうかという言葉を思い出して唐突に叫んだ。

その言動は逆効果だろうと思いながら爆豪くんをしらーっと見守る。

実際唐突な舌打ちと叫びにびっくりしたエリちゃんは、ビクッと身体を震わせていた。

もうちょっと小さい子への接し方とか考えられないんだろうか。

 

爆豪くんはしばらくキレたり唸ったりエリちゃんの方に鬼のような形相を向けたりして悩み続けていた。

……その鬼のような表情が、エリちゃんを怯えさせている一方で、ちょっと好感を得ているのが意外だった。

どうやら『真剣に鬼になりきっている』というのはエリちゃん的には加点要素らしい。

まあ鬼になりきっているというよりは普段からあれなだけなんだけど。

そんな悩み抜いていた爆豪くんが、ついに重い口を開いた。

 

「…………好きな食べ物はなんだ」

 

「……え?……り、リンゴです……」

 

会話はそれで終わった。

エリちゃんの中でなんで急にそんなことを聞いてくるのかという疑問と、不信感がどんどん募っていっている。

私も笑いそうになってしまって、肩を震わせてなんとか耐えていた。

爆豪くんはそんな私を凄まじい表情で睨みつけてきている。

いつものように吠えないのは、一応エリちゃんを気遣ってのことなんだと思う。

 

 

 

そんな不毛なことをしていると、外の方では桃太郎チームがだいぶ人数を削られていた。

残っているのは緑谷くん、梅雨ちゃん、上鳴くん、峰田くん、砂藤くん、口田くんの6人だけだ。

一方で鬼チームは、豆が当たった人はいてもまだ1人もアウトになってすらいなかった。

そんな状況なのもあって、鬼チームは全員一度戻ってきていた。

皆は、苦虫を噛み潰したような爆豪くんと、爆豪くんに怯えて私の陰で震えるエリちゃん、笑いをこらえている私を見て何があったのか大体察したようだった。

そんな状況を見て、飯田くんは委員長としての使命感にかられたのか、一歩前に出てきた。

 

「エリちゃんくん!爆豪くんはこう見えていいところもあるんだ!なぁみんな!」

 

飯田くんの声掛けに、皆困惑しながら顔を見合わせた。

そんな中、切島くんが飯田くんに続いて口を開いた。

 

「爆豪はこう見えても、ウソのつけねぇまっすぐな男だぜ!」

 

切島くんがそう言ってにっこり笑うと、背中を押されたように皆が爆豪くんの良い所を言い出した。

 

「そうですわ!爆豪さんはこう見えても……そうですわね……あ、そう!とてもきれいに食事をされる方ですわ!所作が美しいんですの」

 

「爆豪はこう見えても……こう見えても……寝起きがいい。朝、慌てているのを見たことがない」

 

「……俺か。爆豪はこう見えても…………そうだ、洗面所を綺麗に使う。水滴が飛んだらちゃんと拭いている」

 

皆、こう、なんというか……絞り出すようにいい所をひねり出してきている。

もうちょっといい所あると思うんだけど。

百ちゃんも障子くんも常闇くんも無理矢理感が酷い。

 

「爆豪はこう見えても……こう見えても……?」

 

ついに轟くんが思いつかなかったようで、完全に言葉に詰まってしまった。

 

「じゃあボクが先に言うね!爆豪くんはこう見えても、すっごく器用なんだ!今すぐにでも下がりそうに腰で穿いているズボン、一度も下がったところみたことないよ☆」

 

青山くんが代わりに言ってくれてるけど、それもだいぶ無理矢理だ。

 

「……皆……もうちょっといい所あるでしょ……爆豪くん……こう見えても……すごく視野が広くて……色々見てる……言葉にはしなくても……行動で気を使ってくれてるよ……」

 

飯田くんの誕生日会の時しかり、結ちゃんが脱走した時しかり、文化祭のライブの時しかり、最近だと緑谷くん関連とか細やかに気を使ってくれてる。

まあ口が軽いせいで私的には全然よろしくないんだけど。

私が付け足したところで、ようやく轟くんもいい所を思いついたようで、顔を上げた。

 

「爆豪はこう見えても、講習はきっちり受ける。あと、緑谷の幼馴染だ」

 

……幼馴染っていい所なのか。

爆豪くん、それをいい所に含めたら大爆発すると思うけど……

 

「んだそりゃ!!なんで俺のいいところがクソデクと幼馴染なとこなんだ!!」

 

「え、デクさんと?」

 

爆豪くんが吠えてるけど、エリちゃん的にはそこは加点要素だったらしい。

興味深そうに爆豪くんを見始めた。

 

「なりたくて幼馴染になったんじゃねぇわ!!あとなんだ!こう見えてもって!俺はいったいお前らにどう見えてんだ!!!」

 

せっかく興味を持ってくれたのに、あまりのキレ具合にエリちゃんが完全に怯え切ってしまった。

かわいそうなことに完全に私の後ろに隠れてしまっている。

 

「……どうもなにも……いい所もあるけど……口も行動も思考も……荒っぽい……小さい子相手なんだから……もっと穏やかに接しないと……」

 

「ぐっ……この、クソチビがぁ……!」

 

言い返せないからって唸るように睨みつけないで欲しい。

エリちゃんが完全に怖がっている。

 

 

 

そんなこんなでわちゃわちゃと騒いでいたら、鬼チームはまた外に出ていった。

……進行方向的に、桃太郎チームの罠にかかるなこれ。

そう思って波動を眺めていたら、案の定梅雨ちゃんの舌で青山くんの足を掴まれて、そのまま引きずって行かれた。

それを追いかけていった百ちゃんたちは、もぎもぎや口田くんが呼び寄せたカラスで対策を練られた状態の桃太郎チームに囲まれた結果、一網打尽にされてしまった。

 

……さて、これでいつ奇襲しても大丈夫なわけだけど、どうしてくれようか。

さっきまで何もしてなかったのは、爆豪くんの特別課題を考慮してすぐに終わらせるのはまずいと思ったからだ。

もう爆豪くんしか鬼チームがいない現状で、ここから気を遣う必要もないだろう。

ただ、飯田くんたちが桃太郎チームに特別課題のことを頼み込んでる。

なんか『泣いた赤鬼作戦』とかいうのをアウトになった鬼チームまで一緒になって考えている。

……少しだけ待ってあげるか。

でも、ここで私が動かないのもそれはそれで相澤先生に何か言われそうだ。

どうしよう。

 

悩んだ結果、『泣いた赤鬼作戦』が始まった瞬間に攻撃することにした。

せっかくエリちゃんが気合を入れているし、私がいいタイミングでテレパスしてエリちゃんに合図を送って、爆豪くんに豆を当ててもらおう。

 

少ししたら、マントをつけた大根役者が小屋に入ってきた。

 

「うおおおお~!その子をよこせ~!!」

 

「俺たちゃヴィランだぞ~!」

 

「悪いヴィランだぞ~!」

 

「うわぁ……」

 

あまりにも酷い演技に、思わずつぶやいてしまった。

砂藤くん、上鳴くん、峰田くんなんだけど、もうちょっとどうにかできなかったんだろうか。

爆豪くんもあまりにも酷いそれに、溜まっていたストレスが爆発したようだった。

棍棒で暴虐の限りを尽くし始めた爆豪くんの顔は、すごく生き生きとしている。

 

「後ろのやつら!!かかってこねえならこっちから行くぞ!!おらぁ!!」

 

『エリちゃん……今なら当てられると思うけど……いけそう……?』

 

私がテレパスで声をかけると、爆豪くんの怒気を受けてひきつった表情のままのエリちゃんは小さく頷いてから、爆豪くんに忍び寄り始めた。

 

「ちょ、ちょっと待って!かっちゃん!」

 

「ちょこまか動くなやデク!!」

 

「え……」

 

エリちゃんが緑谷くんの名前に反応して、気合を入れなおした。

どうやら自分が緑谷くんを助けるんだと気合を入れたらしい。

緑谷くんに向かって棍棒を振り上げる爆豪くんの油断した背中に、エリちゃんが腕を振りぬいた。

 

「おにわそとっ、おにわうち……っ」

 

「―――あ?」

 

『爆豪、アウト。これで鬼チームは全滅だな。よって桃太郎チームの勝利だ』

 

先生の声に、呆然としていた爆豪くんが再起動して叫んだ。

 

「どういうこったよ!?」

 

『初めに言っただろ。エリちゃんと波動を本物の人質として扱うようにと。人質はいつだって脱出の機会を狙っているし、武器を隠し持っているかもしれない。よって、エリちゃんと波動には最初から反撃用の豆を渡してあったんだ……波動は特別課題を考慮して待ってくれていたようだが』

 

先生がそこまで付け加えると、爆豪くんは私の方をキッと睨んできた。

エリちゃんは緑谷くんと興奮気味に話してるから、多分聞かれないよね。

 

「……人質の荷物検査も……拘束もしない鬼チームが悪い……特別課題を無視してたら……爆豪くんが一人になって……他のメンバーとある程度距離ができた瞬間に……奇襲を仕掛けてる……完全に油断してたから……当てるのは難しくない……そしたら……私がエリちゃんを抱えて逃げるだけ……」

 

「この……っ……!!」

 

爆豪くんは何も言い返せなくなっていた。

まあ人質を放置してたのは自分たちだし、落ち度は理解できただろう。

凄まじい表情で私を睨みながら、爆豪くんはさっきまでのエリちゃんの様子を考えていた。

怯えたように私に隠れながらも、頑張って爆豪くんを視界に収め続けていた姿を。

そして、手に豆を握り続けていつ投げるか様子を伺い続けていた姿を。

そこまで思い至って、爆豪くんはひとしきり歯ぎしりをした後にスッと無表情になった。

そのままエリちゃんの方に歩いていくと、エリちゃんに声をかけた。

 

「……お前、なかなかやるじゃねぇか」

 

「え……」

 

「エリちゃん!かっちゃんが褒めるなんて、めったにないことだよ!」

 

「そう……なの……?」

 

「ん……すごいことだよ……エリちゃんががんばったから……やったね……」

 

緑谷くんが説明するその姿に、爆豪くんは舌打ちだけして背を向けた。

私もエリちゃんの近くにしゃがんで頭を撫でてあげる。

エリちゃんは爆豪くんの背中を見ながら、ちょっとだけ表情を和らげていた。

エリちゃんの爆豪くんに対する好感度がちょっと上がってる気がする。

今褒められたのと、鬼に本気で取り組んでたからってところだろうか。

 

その後、エリちゃんが13号先生に連れられて寮に帰ってから講評が行われた。

案の定両チームの作戦の荒さや人質放置に関して苦言を呈されて、鬼チームも桃太郎チームもちょっとしょんぼりしていた。

爆豪くんの特別課題もエリちゃんの好感度が上がったからクリア。

まあ鬼を本気でやってたからって部分で上鳴くんに「素でやってただろ」って煽られてたけど。

とにもかくにも無事に終わってよかった。

ただ、私はレポートが残ってるからまだ終わってない。

この後時間もあるし、さっさと済ませるのが吉かな。

そう思って、私ならどういう作戦を立てていたかに思いを馳せた。



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バレンタイン(前)

今日、私たちA組女子はキッチンに集まって皆でお菓子作りに励んでいた。

キッチンの中は甘い匂いに満たされていて、早く食べたいという感情が私の頭を埋め尽くす。

何を隠そう今日はバレンタインデー。

砂藤くんに助言をもらいつつ、チョコレートを作っていたのだ。

 

「ん~まい!」

 

チョコレートを混ぜていたお茶子ちゃんが、自分の手に跳ねたチョコレートを舐めて幸せそうな顔でそう言った。

隣でボウルを押さえていた梅雨ちゃんは「お茶子ちゃんたら」なんて言いながら笑顔を浮かべてその様子を眺めていた。

 

「うま~!これこのまま飲みたい!」

 

「……わ、私も……味見を……」

 

「わたしも味見~!」

 

お茶子ちゃんにつられて、三奈ちゃんまで味見を始めた。

私も誘惑に耐えかねてチョコレートをスプーンに少しだけ移して舐める。

すっごく美味しい。湯煎中でトロトロのチョコもすごくいい感じだ。

透ちゃんも透明な手の甲にチョコを垂らしてもらって美味しそうに舐めていた。

 

「美味しい……!チョコ……このままでもいける……!」

 

「おいし~!」

 

「皆さん、お行儀がよろしくないですわ。テイスティングは波動さんのようにスプーンを使わなくては……さ、耳郎さん」

 

「ありがとヤオモモ」

 

百ちゃんがスプーンを使わずに味見をした2人を見て苦笑いしながら注意を促していた。

百ちゃんも味見自体を否定しているわけじゃなくて、行儀の問題で注意を促しているだけだ。怒った感じとかも一切ない。

響香ちゃんも百ちゃんに渡されたスプーンを少し驚いた感じで受け取って、美味しそうに舐めていた。

私たちが味見に夢中になっている様子を、砂藤くんだけが呆れたように眺めていた。

 

「お前らなぁ、さっきも言っただろー?テンパリングがチョコレートの味を左右するんだって。温度調整しっかりやれよ」

 

「はいっ、すいません!先生!」

 

「……あ、甘い物に惑わされた……ごめん……」

 

砂藤くんの注意に、皆で姿勢を正しながら口々に謝っていった。

甘いものに関しては砂藤くんの助言に従っていれば間違いない。

私が甘いものを作る時は大体レシピに忠実にをモットーに作っているから、そこまでアレンジや細かいコツといったものは分からないのだ。

こうすると失敗しないし、美味しい物も普通に作れるしって感じで、あんまり冒険しようとは思わなかった。

もちろんお姉ちゃんの好みに寄せたりはするけど、それ以上のアレンジはしていなかったというのが実情だ。

その点砂藤くんは基本をおさえつつ、初心者でもやりやすい方法とか、逆に料理ができる私ならこうした方がきっとうまくできるとか、そういったところも含めて細かい所まで教えてくれる。

やっぱりシュガーマンの名は伊達じゃなかった。

 

「ちゃんと混ぜる!美味しいチョコ食べたいもん!」

 

「皆にも食べて欲しいものね」

 

「……だね!」

 

「ん……がんばろ……」

 

なんで私たちがこうしてチョコを作っているかというと、一部男子からのチョコレートが欲しいという圧が凄まじかったのだ。

一部男子というのは言うまでもなく峰田くんと上鳴くんなんだけど。

その圧に根負けしたのもあるけど、どうせなら皆で食べようという話になってA組皆の分を作ることになった感じだった。

まあでも話を聞いた他の男子もなんだかんだで期待した感じの思考をしているし、悪い気分じゃなかった。

女子側はその男子の期待に応えるために、お茶子ちゃんは緑谷くんのことを考えながら、私は家族以外にバレンタインのチョコをあげるっていう初めてのことに期待で胸を膨らませながら、チョコ作りに勤しんでいた。

あとは、最近個性を暴発させる無差別テロなんてものが起こったせいで皆気が滅入っていたのだ。

それの気分転換も兼ねてのチョコパーティーでもある。

 

「それにしても、素晴らしいイベントですわね!友人同士でチョコを贈り合うなんて!」

 

「ねー!なんか男子にあげるより気合入っちゃうよね!」

 

百ちゃんが興奮気味に言うのに、透ちゃんが同意する。

なんでも百ちゃんは、友チョコの存在を知らなかったらしい。

つい最近皆で教えたばかりで、百ちゃんもちょっとわくわくしている感じだった。

それもあって、せっかくなら女子は女子同士で友チョコの交換をしようということになっていたのだ。

私も透ちゃんを筆頭に皆に美味しいチョコを食べて欲しくて、結構頑張ってチョコを作っていた。

いつもならここまでこだわらないって部分まで砂藤くんの助言を聞きつつこだわっていく。

上手くできたらお姉ちゃんの分も確保しないといけないから、量も必要だ。

そんなことを考えていると、響香ちゃんが透ちゃんの言葉に同調しつつ疑問を呈した。

 

「中学の時も気合入ってる子いたなぁ。あれ、なんでだろうね?不思議」

 

「女の子はチョコを作る子が多いからじゃないかしら?手間がかかるって知ってくれているから、丁寧にちゃんと作りたくなるのよね」

 

「それだ」

 

梅雨ちゃんの発言に、お茶子ちゃんが納得を示した。

でも実際それはあると思う。

チョコに限ったことじゃないけど、お父さんよりもお母さんとお姉ちゃんの方が、こだわっているところとか苦労したところに気が付いてくれるからこだわり甲斐があるのだ。

思考を見てるから食べた感想は私に駄々洩れなんだけど、それでも結局のところ苦労を知っているか、工夫を知っているか、知識があるかでそもそも感想のボキャブラリーが全然違うのだ。

 

「分かるぜ。手間かけたものを一口で食われると、手間が走馬灯のように過ぎ去っていくんだよな。でもまぁうまいって食ってくれりゃ嬉しんだけど」

 

「分かりますわ……バランスを考えてブレンドした紅茶なのに、うまいという一言だけの感想だと一抹の寂しさがあるというか……」

 

「主に切島くん、轟くん、上鳴くんだね!」

 

「……轟くんと切島くんは……頭の中では結構感想……浮かんでるけど……上鳴くんは思考も……"なんかうまい"だけ……あれじゃ作り甲斐がない……」

 

透ちゃんが無邪気に名前を挙げていった。

まあその3人は基本的に「うまい」しか口では言ってくれないから仕方ない。

さらに上鳴くんに至っては思考すらも「なんかうまい!」ってものでしかない。

正直あれだと適当に作っても同じ感想しか浮かばないんじゃないかなって思っちゃって、そこまでこだわらなくてもいいかなと思ってしまう。

そんな話を受けて、響香ちゃんが緑谷くんのことを思い浮かべ始めていた。

 

「その点、緑谷の食レポは完璧……というか、少し長すぎるくらいかな?」

 

「いや、味の感想は長すぎるくらい欲しい!」

 

「同じくですわ!」

 

「緑谷くんの食レポは……長いけど……悪い気はしない……」

 

砂藤くん、百ちゃん、私はすぐに響香ちゃんの発言に同意を示していた。

うん。でも緑谷くん、すごく細かいことにも気づいてくれるし、気付かないかもなぁなんて思いながらちょっとだけ味を好みに寄せておいてあげると、すぐにその工夫の内容にまで気が付いてくれるのだ。

あれはどんどんこだわってあげたくなってしまう。

 

「緑谷はこまかいところまで分析して気付いてくれるんだよな。こないだケーキにメープルシロップ使ったんだけど、俺がコク出すために使ったことを言い当ててくれたんだよ」

 

「緑谷さん、最初は紅茶の違いにあまり詳しくなかったみたいでしたが、回を重ねるにつれて気付いてくれるようになってきて……淹れがいがあるというものですわ」

 

「ん……緑谷くん……この前の料理で……ちょっとだけ好みに味を寄せてあげたら……何を入れたのかも……どんな調整をしたのかも気付いてくれた……あれはこだわってあげたくなる……」

 

私たち3人は満足感とともに頷きあった。

うん、やっぱり緑谷くんはいいと思う。

私の場合思い浮かべてくれるだけでもやる気につながるんだけど、緑谷くんは思考も言動もすごく顕著に色々な感想を示してくれるから、分かりやすいのだ。

 

「あ、そういえば爆豪くんも、たまにしか食べないけど割と感想言ってくれるよね?」

 

透ちゃんが私たちを見ながら思い出したように声をあげた。

だけど、その言葉を聞いた瞬間に砂藤くんと百ちゃんの顔から笑顔がスッと引いてしまった。

 

「爆豪はな、なんか鋭いんだよ……こないだちょっとだけ……本当にちょっとだけ焼き過ぎたケーキに気付いたんだよ。なんか前よりパサついてんなって……」

 

「私も……ほんの少しだけ蒸らし過ぎた紅茶を、前のより渋いとお気づきになって……以前は違いに気づいてくれるのが嬉しかったのですが、爆豪さんには、まるで採点されてるような気になるのですわ……」

 

「……そう……?爆豪くん……思考を読んで感想把握して……次にそこを修正してもっと好みに寄せておくと……すごく満足げにしてくれるよ……?表情は変わらないけど……あれはあれで作りがいある……」

 

「そ、それは流石に、波動さんしかできませんわね。爆豪さん、なかなか希望を言ってくれませんし」

 

「砂藤ちゃん、テンパリングは?」

 

私たちが話し込んでいると、梅雨ちゃんが砂藤くんに声をかけて、皆の作業が再開された。

チョコを混ぜ続ける中、百ちゃんが思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、最近峰田さんも丁寧な感想を言ってくれるようになりましたわ」

 

その言葉を聞いた瞬間、私はなんとも言えない気分になってしまった。

あのブドウ頭、最近は感想を意識して増やしているけど、その内心が酷すぎるのだ。

下心が凄まじくて、心にもないことをペラペラと口に出す。

確かに褒めようとして躍起になって料理のいい所を探して言ってはいる。

だけどそれは美味しいと思ったから言っているんじゃなくて、どうにか指摘できるところを探して口に出しているだけだ。

下心と思ってもないおべっかを使われている合わせ技で、私からしたらだいぶ不愉快だった。

あれは論外だ。

 

「ヤオモモ、それは下心だよ」

 

「そっ!チョコが欲しいからだよ!」

 

「うんうん!峰田くんがそんな感じのこと言ってる時の瑠璃ちゃん見たらよくわかるよ!すごく冷たい目してるから!」

 

「……峰田くん……下心で思考が満たされてるし……思ってもないお世辞を口に出してるだけ……」

 

私たちの言葉に、百ちゃんがきょとんとする。

 

「もしかして本命チョコを?」

 

「絶対そう!」

 

「……思考を読んだけど……本命チョコと……その後付き合うことと……付き合った子と……即日エッチなことすることしか考えてない……」

 

私が内容をぼかして伝えると、女子は全員顔を引き攣らせて、引いたような表情を浮かべた。

でも最近のブドウ頭は本当に目に余るピンク色の思考をしているから仕方なのだ。

食べ物の感想だけではない。

ことあるごとに謎に紳士的に振舞おうとしながら女子の手伝いをしようとしてくる。

いつもなら隙あらば下ネタをぶつけてきて、セクハラをしてくるのに、最近はそういうこともしないで妙に親切なのだ。

まあこれだけなら私は諸手を挙げて歓迎するし、すごく嬉しいんだけど、その内心が問題だ。

本命チョコをもらいたいという思考。ここまではいい。

だけどその先の妄想が本当に目に余るのだ。

モテたいというのは、まあ百歩譲って分からなくもない。バレンタイン前だから行動を改めるのもまぁ理解できなくもない。

だけど、その妄想はなんだと声を大にして言いたい。

いつもなら思考だけに留めてくれるなら特に何も言ったりしないんだけど、流石にちょっとという思いがあった。

 

「まぁまぁ……峰田の気持ちも分かってやってくれよ」

 

砂藤くん的には、ここまでわかりやすい行動をするのも可愛いもんだと思うらしい。

普通に擁護してきた。

まあそれはいい。これは普段からセクハラの被害を受けているかどうかで反応が変わる内容だと思うし。

 

「本命チョコが欲しいなら、普段の態度を改めてもらわないとですわね」

 

「下ネタ禁止!まずそこからだね!」

 

「……とりあえず……普段から一切行動に移さずに……妄想だけに留めてくれないと……論外……」

 

女子皆で頷いていると、砂藤くんは特に言い返すこともできないのか苦笑いしていた。

女子がちょっとモヤっとした感じになったのもあって、それを吹き飛ばそうとしたのか三奈ちゃんの目がキラリと輝いた。

……三奈ちゃんの趣味も多大に含んでるな、これ。

 

「と・こ・ろ・でぇ〜……麗日は作らなくていいの?」

 

「作るってなにを……」

 

砂藤くんがいるのもあって配慮するつもり自体はあるのか、三奈ちゃんはお茶子ちゃんの耳に顔を近づける。

もうなにを言われてるのかなんて私たち女子は想像がついている。

私には読心で筒抜けだし。

案の定「緑谷への本命チョコ!」なんて小声で言われて、お茶子ちゃんは顔を真っ赤にしてしまっていた。

 

「なっ!?何言って!?しもうとくって言うたやん!?」

 

「えーこれを機にってこともあるしさー。いいじゃん、作ってみようよ!砂藤大先生もいるんだし!」

 

「あ、あかんあかん!しもうとくったらしもうとくの!」

 

「作ってみようよお茶子ちゃん!チョコで一気に好感度上がっちゃうかもしれないよ!?」

 

ついに透ちゃんまで参戦してしまった。

これはしばらく止まらないな。

お茶子ちゃんが真っ赤になって拒否する流れは、梅雨ちゃんが頃合いを見て止めるまで続いた。

私たちのさっきまでのモヤモヤも、そんな問答を見ていたら微笑ましくなっていつの間にかなくなっていた。

……砂藤くんだけはちょっと居心地悪そうにしてたけど。

 

 

 

その後もチョコを作り続けて、皆で多種多様なチョコレートを作っていった。

トリュフチョコレートにクッキー、アイスにガトーショコラ、フォンダンショコラ、ザッハトルテなど、本格的なものも含めて大量に作った。

この後冷蔵庫で冷やして寝かせて、仕上げをすれば完成だ。

これを食べるのは夕食後、男子も含めた皆でだ。

峰田くんが食べること自体には文句もないし、普通に食べて欲しいとも思う。まあつまり、本命じゃなければ大丈夫なのだ。

あとは女子は全員友チョコ交換用のチョコも作っているから、女子間で交換予定だ。

こっちはこっちですごく楽しみ。

初めてのお友達との友チョコ交換……甘い物な上に、友達とっていうところに、すごくワクワクして期待はどんどん膨らんでいった。



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バレンタイン(後)

作りに作ったチョコの山を冷蔵庫に詰め込んで、砂藤くんを除いた皆はキッチンを出た。

砂藤くんはまだチョコを作るつもりらしい。

思考が本命チョコとかいう感じになってて意味が分からないけど、逆本命チョコでもプレゼントするつもりなんだろうか。

とりあえずそんな砂藤くんは置いておいて、女子は甘い匂いをずっと吸い続けていたのもあって気分転換に外に出ることにした。

だけど思った以上に寒かったらしくて、赤くなった頬をそのままに響香ちゃんが手をすり合わせながらつぶやいた。

 

「さっむ」

 

「大丈夫……?」

 

「まだまだ寒いよねー。近々皆インターンの呼び出しかかってるし、この寒さでコスチュームは結構きつそう」

 

「百ちゃんが特に辛そうよね。マントを増やしたとは言っても下は前のままだし」

 

「そこはもう気合ですね」

 

冷たい空気の中を皆でワイワイと話しながら歩いていると、お茶子ちゃんが白い息を吐きながら声を上げた。

 

「チョコ、美味しくできてるといいねぇ」

 

「だねー。そういえば友チョコの交換ってどうやってやる?」

 

「厳正なくじ引きなどどうでしょう?」

 

「くじ引きとかは瑠璃ちゃんが遠慮しちゃうから、できれば違う方法がいいかなー」

 

「透ちゃん……?」

 

「あ!じゃあさ!音楽かけてる間チョコ回してって、止まった時に自分が持ってたのをもらうヤツは?それなら波動もわくわくできるでしょ!」

 

「お楽しみ会とかでやる方法ね」

 

友チョコの交換方法を話していると、透ちゃんが私に気を遣ってくじ引きを拒否した。

それを受けて、三奈ちゃんが別の方法を提案してくれる。

私は慣れてるからそこまで気にしなくてもいいんだけど、透ちゃん的にはこういう部分も一緒に楽しめないのは良くないと思っていたらしい。

 

「……気にしなくてもいいのに……」

 

「いいから!それに、私あれドキドキして楽しいから好きなんだよね!」

 

「じゃあそれで!」

 

結局透ちゃんと三奈ちゃんに押し切られてその方法に決定した。

皆も特に嫌がっている様子はない。

まぁ、皆がいいならいいか。

そんなことを考えていたら、透ちゃんが自分のお腹を撫でながら口を開いた。

 

「夕飯は軽めにしよー。チョコいっぱい食べたいもん!」

 

「いや、デザートは別腹やろ?」

 

「ん……甘いものは……別腹……」

 

「別腹別腹ー!」

 

甘いものは別腹だろう。

お茶子ちゃんも三奈ちゃんもそう言ってるし、私だけの感想じゃない。

なんだったら夕飯のしょっぱい系の味と中和されてカロリーゼロまである。

好きなだけ食べていいのだ。

むしろ食べる。夕飯の後が楽しみだ。

透ちゃんも私たち3人の意見を聞いて、「そうだよね!」って気合を入れなおしていた。

分かってくれたらしい。

そんなことを考えていたら、さっきからこちらの様子を伺っていた2年生の眼鏡をかけた女子生徒が声をかけてきた。

 

「あの……あの……」

 

当然全員面識なんてない。

そしてこの女子生徒は手にすごく凝ったチョコレートが入った可愛い感じの紙袋を持っている。

 

「あの、何かご用でしょうか?」

 

「あっ……あの、これ……A組の王子様に渡してくださいっ……!」

 

眼鏡女子はそれだけ言うと、百ちゃんに紙袋を押し付けて脱兎のごとく逃げてしまった。

 

「え?」

 

「A組の王子様?」

 

「どういうこと?」

 

皆がきょとんとする中、三奈ちゃんだけは目をキラーンッ!と光らせながら興奮気味に袋を百ちゃんから受け取った。

 

「それは本命チョコだよ……!!」

 

「ん……中身……すごく凝ったチョコレート……間違いないと思う……」

 

「やっぱりそうだよね!!」

 

三奈ちゃんの言葉を受けて私が中身に言及すると、皆紙袋の中を覗き込んだ。

まあ可愛くラッピングされた包みがあるだけだけど、私が透視した上で言っているから間違いは絶対ない。

だけど、それを受けて皆慌て始めてしまった。

本命チョコを託されるというのは皆にとってそれだけ重いことだったらしい。

 

「皆、落ち着いて!あの眼鏡女子はきっとずっとここでA組の王子様に会えるのを待ってたんだよ!チャイム押す勇気もなくて、でも諦めきれなくて……そんな時、寮から私たちが出てきたから、必死でお願いしてきたんだよ……!!」

 

「三奈ちゃん正解……あの人……結構前から……タイミング伺ってた……流石に声をかけるのはどうかと思って……無視してたけど……」

 

「はわー!恋だ!」

 

「そんなチョコを託されたんだよ……これはもう協力するしかなくない!?」

 

「そやね!人の恋路は応援せんと!」

 

透ちゃんと三奈ちゃんが凄い興奮している。

そんな2人を筆頭に、皆も協力する気は満々みたいだった。

 

「しかし、A組の王子様というのは一体誰なんでしょう?」

 

「瑠璃ちゃん誰のことか分かった?」

 

「……あの人……名前知らないんだと思う……助けてもらった人のことを……王子様って思ってただけ……ちょっと待って……深く読心してみるから……」

 

私がそういうと、皆が固唾を呑んで見守り始めた。

そんな中、お茶子ちゃんが緑谷くんのことを思い浮かべて焦り始めていた。

深く読心を始める直前にそんな思考を見てしまって、私は思わずお茶子ちゃんに声をかけてしまった。

 

「お茶子ちゃん……?」

 

「麗日……?もしや今……?」

 

「ちゃうねん……!ちょっと虫がいただけ!」

 

「……でも……今みどり「ちゃうわ!!」

 

お茶子ちゃんに口を塞がれた。

そんな様子を三奈ちゃんと透ちゃんが「ほほう……?」なんて言いながら楽しそうに見ていた。

 

 

 

気を取り直して、少しの間深く読心をし続けた。

そんな中で読み取れたことは正直信じがたいことだった。

紫色の、丸い髪が、かっこいい……?

 

「は……?」

 

「瑠璃ちゃん、何か分かった?」

 

透ちゃんが私の反応に疑問符を浮かべながら聞いてくる。

どうやら皆はA組の王子様っぽい人って誰だろうなんて話をしていたらしい。

透ちゃん一押しのイケメンの轟くんや見た目がそのまま王子様っぽい青山くんとかは当然のように候補に挙がっていた。

だけど、さっきの眼鏡女子の本命は……

 

「……自分の読心の結果が……初めて信じられなくなった……」

 

「え、どういうこと?」

 

「……紫色の……丸い髪って……誰の事だと思う……?」

 

私がそう言った瞬間、皆が固まった。

まあ、そういう反応になるよね。

 

「え、マジ?」

 

「冗談とかじゃなくて?」

 

「ん……私……嘘は嫌い……」

 

今度こそ皆絶句してしまった。

……あの女子、峰田くんの本性を知らないんじゃないかな。

助けてもらったって思考が最初に読めたし。

 

「……あの人……多分峰田くんの本性……知らないんじゃないかな……」

 

「あー……」

 

「最近の妙に親切な感じで助けたのかな……」

 

「……これ、どうする?」

 

皆が沈黙する中、響香ちゃんが本命チョコを指さしながら聞いてきた。

でも、渡さないわけにもいかないよね、これ……

 

「……渡す?」

 

「一応……峰田くんの位置も……さっきの女子の位置も……把握してる……返すこともできるよ……」

 

「ですが、突き返されてそれで納得できるものでしょうか……?」

 

「……渡そっか」

 

皆で静かに頷きあって、そういうことになった。

さっきまでのテンションはどこにいってしまったのかというくらい異様な雰囲気の中、峰田くんの所に向かいだした。

 

 

 

私たちが峰田くんの所に近づいた辺りで、峰田くんと上鳴くんの2人が私たちの方に近づいてきた。

 

「おー!みんなでどっか行くの?」

 

上鳴くんが妙に嬉しそうに声をかけてくる。

その横でブドウ頭が「おっ……」なんて言ってから改まったように渋い表情を作って口を開いた。

 

「……寒いから、風邪ひかないようにもっと厚着しろよ……?」

 

このブドウ頭、下心しかない。

その裏に凄まじい欲望が渦巻いている。

読心ができない皆でも……百ちゃんすらもこのスケスケ具合は丸分かりだったらしく、全員がしらーっとしたなんとも言えない表情でブドウ頭を見つめていた。

 

「……一応……聞いておきたいんだけど……最近眼鏡かけた先輩女子を……救けたりしなかった……?」

 

「眼鏡女子ぃ?いや~ないけど」

 

「オイラもないな……それがどうかしたのか……?」

 

このブドウ頭、まだキメ顔をしながら話してくるけど、相変わらず論外だ。

この発言に嘘が全くない。

つまり、本命目的で救けたくせに、それすらも覚えていないということだ。

私が皆の方を向いて渋い表情をすると、どういう意味なのか分かったらしい皆もすごく微妙な表情を浮かべていた。

私たちがそんなことをしていると、上鳴くんがソワソワしながら訊ねてきた。

 

「なーなー、チョコあんの?」

 

「いっぱいあるよー。ケーキにプリンにトリュフチョコに……」

 

「やー、そういうんじゃなくて、こうバレンタインっぽいチョコ!」

 

「……じゃあ……上鳴くんは……夕飯後のチョコは……なしでいいの……?」

 

峰田くんと上鳴くんが強く望んだから女子皆でお金を出し合ってA組皆の分のチョコを作ったのに、その言い草は酷いんじゃないだろうか。

 

「え、ちょっ!?違う違うっ!!ごめん!ただバレンタインだから女の子からいっぱいチョコもらいたかっただけだよ!両手で抱えきれないくらい!悪気があって言ったわけじゃねぇって!!」

 

あまりにも素直なその発言に、皆呆れてしまっていた。

まあ謝ってくれたし、とりあえず良しとしよう。

 

それはそれとして……頼まれごとはなんとかしないと……

 

「三奈ちゃん……」

 

「あぁ、そうだよねぇ……うん!はい!峰田!」

 

「あ、芦戸!?―――とりあえず、今すぐオイラの部屋に行こう……!!なんならそこの木陰でも!!」

 

「は?」

 

「……やっぱり……渡すのやめた方がいいかも……」

 

その言葉を聞いた瞬間、三奈ちゃんの口から今まで聞いたことがないくらい低い声が飛び出していた。

案の定過ぎる反応を返してくるブドウ頭に、女子全員半眼でドン引きしている。

 

「違うから。これは頼まれただけ。眼鏡かけた先輩女子に、A組の王子様に渡して欲しいって……峰田は忘れてたみたいだけど」

 

「ほ、本当にオイラに……?」

 

「……読心した結果だから……間違いはない……間違いだったと思いたいけど……」

 

私がそこまで言うと、ブドウ頭は三奈ちゃんからチョコをもぎ取ってどこかに駆けて行った。

 

「行っちゃった」

 

「あれ、何しに行ったのかしら」

 

「……眼鏡女子を……探してるみたい…………あっ」

 

「え、どうしたの波動?」

 

ブドウ頭は謎の嗅覚で眼鏡女子を探し当てて、さっきの三奈ちゃんに言ったのと同じことを言い放っていた。

 

「……すぐに見つけて……先輩に告白されたのに……さっき三奈ちゃんに言ったのと同じこと言って……ドン引きされてる……感情が……高揚から……憎悪に近い嫌悪まで……一気に落ちた……峰田くん……ビンタされてチョコ……取り返されちゃった……」

 

「告白直後の下ネタはあかん……」

 

「峰田サイテー」

 

「完璧にフラれたわね」

 

お茶子ちゃんと三奈ちゃんが呆れた様子で言って、梅雨ちゃんが小さく首を振った。

本命チョコはどうにかなったけど、なんとも言えない幕切れだった。

 

 

 

夕飯後のチョコパーティー自体は大成功だった。

皆美味しいって言いながら嬉しそうに食べてくれてたし。

峰田くんは灰のように絶望した感じになっていたけど、砂藤くんが峰田くんのために準備していた本命チョコで感情が噴火して気を持ち直していた。

砂藤くん、峰田くんが本命チョコを欲しがっていたけどもらえないだろうと思って、それっぽいチョコを作ってあげていたらしい。

結局それで復活した峰田くんは、私たちが用意したチョコを食べて満足そうにしていた。

美味しそうに食べてくれているし、よしとしよう。

これであの白々しい感じが元に戻れば嬉しい。普段も普段だけど、あそこまで下心が透けてると行動や言動と思考の差のせいで、私からしたら違和感と嫌悪感が凄まじいのだ。

 

女子同士での友チョコ交換も盛り上がったし、少なくとも記憶にある範囲で友達とバレンタインを楽しめたのは初めてだったから、すごく楽しかった。

色々思うこともあったけど、甘いチョコをいっぱい食べられて、皆でワイワイ楽しめて、大満足のバレンタインだった。



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異国の地へ

『すべては悲劇である。"個性"は人類にとっての福音ではなく、終末への始まりだったのだ。この"個性終末論"に記されている……』

 

それは、壇上で青い肌の男が演説をしている映像だった。

 

『世代を経るにつれ"個性"は混ざり深化し……やがて誰にも、その力をコントロールできなくなる……人類の八割が"個性"という病に冒された時代……残された2割の純粋な人類も"個性"保持者と交わり、その数を減らしていく。絶滅は目の前に迫っているのだ』

 

男の周囲には、白いローブを羽織り、顔全体を覆うマスクをした無数の人間がいた。

 

『我々、ヒューマライズは、今こそ立ち上がらなければならない。たとえ大地を血に染めてでも……人類の救済を!!』

 

その後はローブを纏った者たちによって繰り返されるコールで映像は終わった。

 

「……これが……犯行声明ですか……?」

 

「ああ。まあ分かりやすいカルト宗教だな」

 

空港に向かう道すがらミルコさんが見せてくれていたのは、多数の被害者が出たガスによるテロの後に、ヒューマライズが世界に向けて公表したらしい犯行声明だった。

今日は私……というよりもインターンに行っている雄英生ほぼ全員にインターンの招集がかかっていた。

透ちゃんたちと何だろうねって不思議がっていたら、ミルコさんからパスポート持ってるかとかいう確認の電話が来て驚かされたのだ。

インターンなのにパスポート?と不思議に思っていたんだけど、ヒューマライズによる世界同時多発テロの犯行声明を受けて、世界各国のヒーローで協力して対応に当たることになったらしい。

ミルコさんも当然のように招集がかかったらしく、ミルコさんのところでインターンをしていた私にも、ミルコさんからお呼びがかかった。

あまりにも突然の話だったけど、I・アイランドに行った時に作ってはいたから、パスポート自体は持ってて問題はなかった。

 

「んで、私らが担当することになったのはイギリスだ」

 

「イギリス……」

 

「おう。作戦の詳細は現地に着いてからってことになってる」

 

まあ信者がどこにいるか分からないカルト宗教の相手をしなければいけない状況で、その辺で作戦なんか話せるわけもない。

当然の対応か。

 

「他のヒーローとかは……いるんですか……?」

 

「日本からは私たちだけだな。現地のヒーローは知らねえ」

 

「なるほど……」

 

それにしても、イギリスか……

イギリスとなると、英語が公用語のはずだ。

私もそれなりに頑張って勉強してるし、百ちゃんには劣るけど偏差値70越えの雄英ヒーロー科でクラス2位の成績を取っている自負はある。

英語も最低限は話せるし、聞き取れるとは思うけど、コミュニケーションに影響は出てしまう。

私は波動の形や質から思考を読み取っている関係上、普通に読心はできるとは思う。

思考が英語っぽかったメリッサさんとかも普通に読み取れたし。

だけど問題はテレパスの方だ。

波動を共鳴させて同じ思考を頭の中に響かせてる感じだから、基本的には伝わるとは思うけど、細かいニュアンスがちゃんと伝わるかが分からない。

考える時に使ってる言葉が日本語と英語でテレパスに違いが出るかなんて試したことがないのだ。

ちゃんと伝わらない可能性を考えた方がいいと思う。

あとは、いつも習ってるのはアメリカ英語だけど、行くのはイギリスだしイギリス英語になるだろうから多少違いが出てる可能性も考えないとダメか。

あれ、そういえば……

 

「……そういえば……ミルコさんって……英語話せるんですか……?」

 

「話せると思うか?」

 

「……ごめんなさい……」

 

「ま、お前は成績優秀な雄英生だし、多少話せるだろ?それに読心までできる。通訳は任せたからな」

 

「……はい……頑張ります……」

 

案の定話せなかったらしい。

ミルコさんの思考的に、学生時代に英語の授業とかは受けてはいても話せるレベルまではいってない、一般的な日本人としての英語スキルしか持ってないっぽい。

……私が頑張らないと……ミルコさんに活躍してもらうためにも……

 

 

 

そんなことを考えていると、空港に着いた。

それはいいんだけど、ロビーに着いた瞬間に凄まじい黄色い歓声が聞こえてきた。

 

「キャアアアホォクスゥウ!!!!」

 

「ヘイヘイストップひなどりちゃん。ここ空港だよ。騒いじゃダメだぜ……とまんね」

 

「なぜ俺まで」

 

ホークスが凄い人数の女性ファンから襲撃を受けていた。

彼は常闇くんと一緒にそのままどこかへ連れていかれてしまっている。

ホークス、元気そうでよかった。

少なくとも今まではうまくやってくれていたらしい。

私のせいで殺されている可能性もあったから、結構気にしていたのだ。

私が安堵の溜息を吐いていると、ミルコさんが頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。

ミルコさんも私が気にしていることに気が付いていたらしい。

 

「いい加減自分を責めるのはやめろ。あれは仕方なかった。学生のお前にそこまで気にしろってのは酷だ。どっちかっていうとプロの私の落ち度だしな」

 

「……ありがとう……ございます……」

 

私がお礼を言うと、ミルコさんは気にすんなと言わんばかりにひと際強く撫でてきた。

髪が乱れるのはいただけないけど、ミルコさんに撫でられるのは悪い気はしなかった。

 

「お!ようエンデヴァー!!」

 

「……ミルコか」

 

そんなことをしていたらミルコさんがエンデヴァーを見つけて意気揚々と声をかけにいった。

エンデヴァーの近くには緑谷くんたちもいる。

私は髪を整えながら緑谷くんたちの方に近づいていった。

 

「緑谷くん……轟くん……爆豪くん……」

 

「あ、波動さん!波動さんも今から飛行機なんだね!」

 

爆豪くんはこっちをちらっと見て無視、轟くんは無言で片手をあげて挨拶してくれて、緑谷くんは笑顔で反応してくれた。

 

「ん……緑谷くんたちは……どこに向かうの……?」

 

「僕たちはオセオンに行くんだ!波動さんは?」

 

「私は……イギリス……」

 

私がどこに行くのか答えると、緑谷くんが目を輝かせ始めた。

……何かそんなに反応する要素があっただろうか。

 

「イギリスかぁ!イギリスといえばエレクプラントが有名だよね!強力な電気系の個性の中でも最上位の"発電"の個性を持っててロンドンを拠点にしてるヒーロー!体内で電気を作って、それを使った強力な電撃を武器にしてて―――……」

 

いつものブツブツが始まってしまった。

現地のヒーローの情報を教えてもらえるのは助かるけど、すごい勢いで迫ってくるから相変わらず怖い。

爆豪くんは爆豪くんで緑谷くんを睨んでイライラしてるし。

一応緑谷くんの話は聞き流しながらもある程度は聞いている。

役に立つかもしれないし。

とりあえず、エレクプラントは上鳴くんの上位互換っぽい個性を持っていることは分かった。

 

「ショート、バクゴー、デク。そろそろ時間だ。行くぞ」

 

「オヤジ」

 

「なんだショート」

 

「なんで俺がおまえの隣の席なんだ。笑えねぇ冗談か!?」

 

轟くん、最近憎悪とかはマシになってきたとはいっても、まだまだ受け入れることは難しいらしい。

それにしても、これに爆ギレ爆豪くんまでいたりするし、結構空気最悪な感じのインターン現場なんじゃないだろうか。

この前救援要請した時はそんなことはなかったんだけど、ヒーロー活動をしている時か否かで空気が変わるんだろうか。

 

「緑谷と爆豪の隣にしろ」

 

「と、轟くん……!!」

 

「てめぇまだ俺を友達だと思ってんな?」

 

緑谷くんが冷や汗をだらだら流しながら轟くんの提案に焦っていた。

爆豪くんも爆豪くんで友達じゃないとか思ってる。

……友達じゃなかったのか、爆豪くんと轟くん。

思考もツンデレとかそんな感じじゃないし、心底嫌がってる。

でもじゃあ友達の条件ってなんだろう。

もしかして私と爆豪くんも友達じゃない?

受け入れてくれたし友達だと思ってたんだけど……

コルクボードから爆豪くんが写っている写真を外した方がいいんだろうか。

それはちょっと寂しいかもしれない。

そんなことを考えていたら、大喧嘩しているエンデヴァーと轟くんと爆豪くん、その横でアワアワ慌てている緑谷くんの方を一瞥しながら、ミルコさんが話しかけてきた。

 

「あの3人、いつもあんななのか?」

 

「……まあ……こんな感じです……」

 

あの3人っていうのは轟くん、爆豪くん、緑谷くんのことっぽい。

ミルコさん的にはめんどくさいと思う一方で、私に爆豪くんをちょっとでも見習ってほしいとも思っている。

……見習った方がいいのか、爆豪くん。

 

「……見習った方が……いいですか……?」

 

「お前は覇気がなさすぎんだよ。無理にとは言わないが、少しはあいつの覇気とか、剝き出しの殺意を見習った方がいい」

 

「覇気……殺意……」

 

「それくらいガツガツ行くつもりがねぇと、思い切りよくならなそうだしな。傍観が根っこまで染みついてやがる。あと、個人的にヴィランに対する剥き出しの殺意を持ってるやつは嫌いじゃない」

 

剥き出しの殺意っていうのは、今みたいなのじゃなくて爆豪くんが普段からギラギラヴィランを狙っている感じのことを言っているっぽい。

この前会った時の様子から感じたっぽいけど、エンデヴァーをおちょくりながらそこまで見えてたのか。

相変わらず視野が広い。

 

そんなことを話していたら、人の波を抜け出してきたホークスがエンデヴァー事務所3人の大喧嘩を収めていた。

席の並びを、前列爆豪くん、エンデヴァー、後列に緑谷くん、轟くんにすることを提案したっぽい。

唯一望みがかなえられてないエンデヴァーも、『ショートが俺の背を見るか……悪くない』とか考えている。

本当に、どこまで親バカなんだこのナンバーワン。

むしろなんでこんな親バカなのに虐待なんてしてたんだ。

理解に苦しむ。

 

それはそれでいいとして、私はホークスにテレパスをしてしまわないと。

公安とエンデヴァーに無事に報告できたこと、せっかく会えたんだし伝えておいた方がいい。

ミルコさんと話しながら、ホークスにササッとテレパスしてしまう。

 

『ホークス……以前頼まれた件……公安……エンデヴァー……どちらも無事に報告できました……バレてはいないはずです……』

 

『ありがとう。解放戦線の方でも察知している気配はなかった。大丈夫、うまくやってくれたね。助かった』

 

公安に関しては私の不始末のせいでしなきゃいけなくなった報告だし、ホークスに余計な心労をかけてしまっているし、お礼を言われるようなことじゃない。

ホークスは人の波に再び飲まれて行ったけど、範囲内にはいるしテレパスは続けられる。

 

『トガの件……大丈夫でしたか……?』

 

『ああ。一度目の前で君に変身されたよ』

 

『目の前……ですか……?』

 

『そ、目の前』

 

なんでホークスの目の前で私に変身する必要がある。

ナイフをつたった血なんて少量しかないんだから、そんな警戒されるようなことをしたら情報が引き出せなくなるだけな気が……

短時間しか変身できなくても、誰か別の人が探りを入れながら遠くで読心すればいいだけの話だ。

それなら、そんなことをして得られる利益となると……

 

『……個性……使えてないんですか……?』

 

『その可能性が高いかなとは思ってるよ。俺にブラフを仕掛けてきてると考えると腑に落ちる部分が多い』

 

『なるほど……それなら……よかったです……』

 

『泳がされてる可能性もゼロじゃないし、気は抜けないけどね。何があるかは分からない。だから君も、力をつけて備えておいて欲しい』

 

『はい……がんばります……』

 

トガは、私の個性を使えていない可能性が高い。

もちろんホークスの言うように、泳がされてる可能性もある。

だから気を抜けないのは確かだし、備えておくに越したことはない。

そう思って気合を入れなおした。

そんなことを考えている間に、ホークスは飛行機に乗り込んだらしい。

私に一言かけてから思考が私に向けたものじゃなくなった。

そのタイミングで、エンデヴァーたちも飛行機に乗るために移動を始めようとしていた。

 

「じゃあ波動さん!お互いに頑張ろうね!」

 

「ん……緑谷くんたちも……気を付けてね……」

 

お互いに手を振り合って、緑谷くんたちを見送った。

そうこうしているうちに、私たちが乗る飛行機に乗れる時間が近づいてきた。

 

「よし、私たちもそろそろ行くぞ」

 

「はい……!」

 

これから世界規模でテロを仕掛けてくる集団を相手にしなければいけないのだ。

頑張らないといけない。

飛行機に乗り込みながら、そう考えて改めて気合を入れなおした。



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ヒューマライズ襲撃作戦

イギリス国内の夜空を飛行する軍用輸送ヘリ。

その中に、ミルコさんと私、それにエレクプラントとそのサイドキックたちといったイギリスのヒーローたちがいた。

ヘリの中のモニターは、今回の作戦の概要を示した映像とともに、アメリカのニューヨークに設置された統括司令部の長官の声が流れていた。

この映像は、作戦開始に備えている25か国のヒーローたちに同時に伝わっている。

 

『先日の無差別テロの犯行声明を出したのは、"ヒューマライズ"。人類救済を標榜する指導者、フレクト・ターンによって設立された思想団体である。テロに使用される装置は、個性因子誘発物質イディオ・トリガーを強化したものだと推測される。以後、この装置を"トリガー・ボム"と呼称する』

 

イディオ・トリガー。

個性を強制的に暴走させる、異常な物質。

最初のテロの現場はこのガスが散布されて、多大な被害を被った。

腕に羽根の生えた者は、その羽根が巨大化した。

液体化する個性を持つ者は、人の形を保つことすらできなくなった。

亀の個性を持つ者は、亀そのものになってしまった。

水を出す個性の者は、凄まじい勢いで竜巻状に水を噴出し続け、周囲の建物を崩壊させてしまった。

このテロにいち早く駆け付けたヒーローも、ビームの個性を全身から過剰放出してしまって被害をさらに拡大させてしまった。

たった数分で、その町は瓦礫の山となったのだ。

テロリストたちは直接手は加えていない。

やったことは、ただ一般人やヒーローの個性を暴走させただけ。

本来はここまでの物じゃなかったはずだ。

そんなものなら、ヴィランたちが利用しないわけがない。

だけど、ヒューマライズによって強化されたそれは、常軌を逸していた。

だから、多数の被害者を出したこのテロを、二度と繰り返させてはならないと、世界規模での作戦が行われることになったのだ。

 

『我々、選抜ヒーローチームの任務は、世界25か所にあるヒューマライズの施設の一斉捜索。団員たちを拘束したのち、一刻も早く保管されている"トリガー・ボム"を回収することである。施設では、団員たちの抵抗が予想される。また、トリガー・ボムを使用するリスクも高く、各国の警察への協力要請は自粛せざるを得ない。可及的速やかにこの任務を実行してほしい……オールマイト』

 

本部にいる長官は、控えていたらしいオールマイトに話すように促していた。

 

『ヒーロー諸君、この作戦の成否は君たちの双肩にかかっている。テロの恐怖に怯える人々の、笑顔を取り戻そう』

 

オールマイトは世界的にも偉大なヒーローとして認知されているだけあって、イギリス勢の士気も上がっていた。

そんな中、再び長官の声が響いた。

 

『各ヒーローチーム……スタートミッション!!』

 

その声を合図に、世界中で作戦が開始された。

 

「信者の方はお前らに任せていいんだな?」

 

「ああ。君たちの個性は聞いた。個性からしても、伝え聞く性格からしても、君たち2人には遊撃として動いてもらってトリガー・ボムを発見してらうのが一番効率がいい」

 

ミルコさんの問いかけに、エレクプラントがサッと答える。

エレクプラントは英語で話しているけど、普通に話すことが出来ている。

現地についてすぐに対策本部から支給されたインカムが、何故か翻訳機能までついていたのだ。

誤訳とかがあるかまでは分からないけど、少なくとも今のところ変な訳し方をされている様子はない。

 

「それが分かりゃ十分だ。リオル!行くぞ!!」

 

「……はい……!」

 

ミルコさんは私に威勢よく声をかけると、ヘリのハッチを開いて躊躇なく飛び降りた。

私もその後を追って飛び降りる。

身体が浮遊感に襲われながら急降下していく。

激しい風圧の中、散々訓練した跳躍からの落下の経験も活かしてバランスを取っていく。

落下しながら近づいてくる建物の中と、そこから伸びる地下室、さらに範囲内の人間の思考を感知していく。

トリガー・ボムは、最初のテロ現場で押収は出来なかったものの、あったであろう場所は分かっている。

そのおかげで、床にどんな感じで置かれていたか、どのくらいのサイズの物かは分かっているのだ。

普通じゃないガスが詰まった大きな箱状の物。

それを探しつつ、トリガー・ボムに関して考えている人間の思考を探り続けていた。

 

地面が迫っている。ミルコさんはどうやっているのか分からない身のこなしでパラシュートを開かずに着地した。

相変わらず理解できない動きをしている。

素の私じゃ到底真似できない。

私は波動の噴出で減速を掛けつつちょっともたつきながら着地した。

 

「止まれ!!」

 

「許可のない立ち入りは「邪魔だぁ!!」

 

ミルコさんの蹴りが、警備兵と思わしき信者の仮面を割りつつ、顔面にめり込んだ。

私ももう一人の衛兵のお腹に加減した発勁をめり込ませながら、ミルコさんに警告する。

 

「ミルコさん……!!ここにいる人はほとんど無個性です……!!ある程度加減しないとダメです……!!」

 

「分かってるよんなこたぁ!!」

 

「ミルコ!リオル!足を止めるな!先に進め!」

 

少し遅れて着地したエレクプラントが、私たちに前進するように促してきた。

周囲に続々と集まってきていた信者に対して、エレクプラントは容赦なく放電している。

無慈悲かつ高速で迫る雷撃を、無個性の人間がどうにかできるわけもなかった。

私たちはヒューマライズ信者の悲鳴を背に、屋敷の中に突入した。

 

……あれ……?

誰も、トリガー・ボムに関して考えてない?

そんなことが、あり得るのだろうか。

少なくともここの屋敷の中にも、地下にも、トリガー・ボムも無ければ、それに関して考えている人間もいない。

 

「ミルコさん……!!おかしいです……!!この建物の中……!!トリガー・ボムはおろか、それを認識している人間すらいません……!!」

 

「あ!?どういうことだそりゃあ!」

 

ミルコさんが周囲の信者を薙ぎ払いながら聞いてくる。

私も真空波でミルコさんを援護しながら、感知を続けた。

どういうことだ。

まさか、ここにトリガー・ボムがない?

でも、あれだけ盛大に犯行予告をした組織の人間が、その種のトリガー・ボムを全く把握していないなんてあり得るはずがない。

つまり、今ここいる人間はあくまで末端も末端。

フレクトは自分の信を置ける人間にしか、種を明かしていない可能性が高いんじゃないだろうか。

そうなると、トリガー・ボムの在りかとして可能性があるのは……

どこかにある隠し施設か、あるいは、この建物の外の街中のどこか。楽観視をすれば、イギリスには存在しない可能性もあるけど……

だけど各国の公安に察知されずに大掛かりな隠し施設を作れるなんて思えないし、トリガー・ボムなんて劇物を外から容易に持ち込めるとは思えない。

生成するのに大掛かりな設備も必要なはずだ。

 

「……ミルコさん!!ここの制圧はエレクプラントに任せましょう……!!こんなに誰も知らないなんてあり得るはずがありません……!!イギリスにない可能性もありますけど……!!仮にあるとするなら、どこかに隠し施設があるか……!!一部の人間しか知らなくて……その人間がトリガー・ボムを持って逃げているかのどちらかしかありえません……!!」

 

「チッ……分かった!!一度出るぞ!!」

 

そういうとミルコさんは私を小脇に抱えて、窓から凄まじい速さで跳躍した。

ミルコさんが私を抱えて移動してくれている間にエレクプラントにテレパスをかける。

 

『エレクプラント……!!報告です……!!この施設内にトリガー・ボムは見当たらず……!!それどころか、それを認識している人間すらいません……!!』

 

『なんだと……!?空振りか!!』

 

『はい……!!私たちはここを出て……別の隠し施設や隠れている人間がロンドンにいないか探します……!!この施設の制圧はお任せします……!!』

 

『……任せろ!!街に危険がないか確かめてくれ!!』

 

エレクプラントはすぐに了承して、そのまま制圧を続けてくれた。

今度は司令部の方へコンタクトを取る。

 

「イギリス、ロンドンのヒューマライズ支部から司令部へ……!聞こえますか……!」

 

『波動少女か!?』

 

「オールマイト……?はい、そうです……!」

 

何故かオールマイトが応答した。

さっきのマイク、まだオールマイトが持ってたのか。

通信は全部モニターしてるだろうし、オールマイトが返答してくることも……あるのか?

単純にオールマイトが雄英生からの通信で勝手に応答しただけな気もするけど。

でも読心のこととかを説明しなくていいからすごく楽だ。

 

「報告します……!ロンドン支部にはトリガー・ボム、並びにトリガー・ボムを認識している人間すら見当たらず……!制圧はエレクプラントらに任せ……!私とミルコさんはロンドン市内に隠し施設や、襲撃を察知して逃走している人間がいないか捜索に入ります……!」

 

『……分かった、気を付けてくれよ!』

 

『長官!!クレア・ボヤンスからも報告が―――……』

 

オールマイトの声の後ろから、別の人が報告している声が聞こえる。

この感じだと、他の施設もトリガー・ボムは見当たらなかったか。

 

「報告は終わったな。なら感知に集中しろ。運搬はしてやる」

 

「はい……ありがとうございます……」

 

ミルコさんは私を抱えたまま、建物の屋根から屋根に跳躍して跳びまわっていた。

運ばれながら、私は目を閉じて周囲の波動に集中する。

街の人たちはあそこがヒューマライズの施設だって知らなかったらしくて、突然の爆音や争う音で騒然としていた。

不安の感情とかが全体的に強くてちょっと不愉快ではある。

だけど、このくらいの波動なら黒霧に比べれば屁でもない。

気にせずに感知を続けた。

 

 

 

ミルコさんに運ばれながら、しばらく感知を続けていった。

その時間は、正直どのくらいかかったかも覚えてない。

だけど、ロンドンの端の方に辿り着いた時に、悪意のある波動を感じた。

 

「ミルコさん……止まってください……」

 

私がそういうと、ミルコさんはすぐに止まって私を下ろしてくれた。

感知の邪魔をしないように、私の様子を静かに伺ってくれている。

あのローブ……あの男たちは……ヒューマライズの人間だ。

その近くには……大きな倉庫がある。

倉庫の中の……四角い箱状の何か……

あれは……

 

「トリガー・ボムを発見しました……!!ミルコさん……!!ここから南西に約950mの倉庫……!!ヒューマライズの人間数人に守られて……倉庫の中央に置かれてる箱状の物がトリガー・ボムです……!!」

 

「よぉし、よくやった」

 

そういうとミルコさんは、大きく跳躍した。

私も慌ててミルコさんを追いかけながら、司令部に通信をかける。

 

「ロンドンから司令部へ……!トリガー・ボムを発見しました……!ロンドン南西の端、郊外の倉庫の中に……!トリガー・ボムと、それを守るヒューマライズ信者を発見……!これよりミルコさんとともに襲撃を仕掛けます……!」

 

『本当ですか!?長官!!オールマイト!!ロンドンからトリガー・ボム発見の報告が入りました!!』

 

今度は普通に通信手の人が応答してくれた。

それから少し間があってから、司令部から通信が返ってきた。

 

『エレクプラントによる施設制圧は既に終了しています。これからそちらの増援に向かわせるので、もしも手に負えない場合や、暴走の可能性があるなら、増援を待ってから対応に当たってください。緊急時の為に何かあればすぐに報告を』

 

そこで通信は切れた。

エレクプラントたちも向かってくれているらしい。

増援もある。敵は油断している。

ここだけ見るとこちらの圧倒的な優位な状況。

だけど、トリガー・ボムを使われる可能性もあるから、それを加味するとこちらが不利か。

警戒しないといけない。

そう思って気を引き締めながら、ミルコさんを追いかけた。




ヒーロー解説
・エレクプラント
イギリスのプロヒーロー。
設定を見る限りはイギリスで活躍しているはずなのに、映画で出るたびにアメリカにいる謎の男。
トリガー・ボムはイギリスにもあったはずなのに、なぜアメリカに……?
詳細は前話の緑谷の解説通り。
・クレア・ボヤンス
オセオンのプロヒーロー。個性透視のお姉さん。


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トリガー・ボム

「あそこか」

 

「はい……入口に見張りが1人……中に2人……入口の見張りと……中の1人はおそらく雇われヴィランかと……」

 

「雇われ?」

 

「施設の方にいた信者とは……比べ物にならないくらい普通の悪党です……個性終末論を信じている感じでもないですし……多分お金で雇われてます……個性は―――……」

 

ミルコさんに報告しながら、倉庫にいるヒューマライズの信者たちの読心を続ける。

中にいる1人は個性終末論を信じ切っていて、フレクトに心酔している。

話が通じるとは思えない思考をしている感じからして、あれがフレクトの信を得ている人間なんだろう。

あとの2人は普通のヴィランって感じでしかない。

少しの間思考を読んでいた感じだと、多分個性は身体を岩みたいに出来るのと、腕をハンマーに出来る感じだろうか。

信者の方は多分水系統の何かだと思う。

 

「……入口のは……腕をハンマーに出来る個性……中のは……大柄な方が……身体を岩に出来る個性……小柄な方は……水系統の何かだと思います……」

 

「はっ。大層なお題目掲げてる割には、自分たちも個性使うんじゃねぇか」

 

「お金で個性を持ってるヴィランを雇う程度には……節操無いみたいですし……」

 

ミルコさんの言う通りで、個性終末論なんていう考えを元にしたカルト宗教の癖に、自分たちも個性を使えるのだ。

それにトリガー・ボムを守らせてるのもよく分からないし。

トリガー・ボムが発動したらこの人たちも死ぬ可能性が高いと思うんだけど、それすらも厭わないような思考をしているのは、3人のうちの1人だけだ。

残りの2人はお金の為にいるって感じでしかないし、命の危機を認識したら逃げるんじゃないだろうか。

 

「突入できるのは正面の入り口と窓くらいだな」

 

「はい……」

 

「トリガー・ボムの起動方法は分かりそうか?」

 

「……いえ……なんとも……尋問できるなら分かるかもしれませんけど……今の状況だと……思考がそっちに触れたりもしてませんし……」

 

「……お前、正面のやつやれるか」

 

「……1対1でよければ……なんとかします……」

 

腕をハンマーにする個性なら、1対1なら相手の思考と波動の揺らぎの把握で攻撃の仕方や狙う場所はある程度読めるはず。

他の2人の邪魔さえ入らなければ、負けることはないと思う。

 

「お前がそいつに奇襲を仕掛けて、他の2人の気が逸れた瞬間に窓ぶち割って私が突入する。んで、起動方法知ってる可能性が高い信者の方を即座に蹴っ飛ばす」

 

「……なるほど……分かりました……頑張ります……」

 

確かに、雇われヴィランでしかないトリガー・ボムを理解しているかも怪しい2人よりも、信者の方が知っている可能性は高いだろう。

ミルコさんの奇襲なら、通信とか起動とかをする暇も与えずに制圧できると思う。

私の奇襲でどれだけ気を引けるかが重要かな。

ミルコさんも私なら正面のやつ1人くらいはどうにかできると思ってるから指示してくれてるみたいだし、その期待に応えられるように頑張ろう。

 

 

 

ミルコさんが隣の倉庫の屋根の上、私がトリガー・ボムがある倉庫の屋根の上に移動した。

ミルコさんはもう準備はできている。

いつでも跳ね上がって窓を蹴破りながら突入できるだろう。

私も、インターンで磨いた技の見せ所だ。

技の精度は、冬休み前とは比べ物にならないくらい上がっていると思う。

波動蹴も発勁も、格闘技に近い技はその成果が特に顕著だと思う。

威力の上昇はもちろん、命中率も飛躍的に上がったのだ。

ミルコさんとのインターンでは、ある程度技の精度が上がってきたところで、技以外の色んなことにも助言をもらっていた。

だけどインターンの最初からやっていた技の精度が一番成長した部分なのは言うまでもない。

ミルコさんは、それを見ていて私ならできると思ったから、エレクプラントを待つっていう選択肢を取らなかった。

その信頼に応えたい。

 

私は、入口の見張りをしているヴィランが、ちょうど中から見える位置に来たところで、倉庫の屋根から飛び降りた。

中が見える位置に来たところで飛び降りたのは、少しでも中の2人の気を引くためだ。

波動の噴出で加速を掛けて真っすぐ回転しながら、ヴィランに狙いを定める。

気を引くのは戦闘音で十分。見える位置に来たんだからそれだけあれば十分気を引ける。

相手は本物のヴィランだ。

声を出さずに、一気に決められるなら決めてしまいたい。

そう思いながら、落下の勢いそのままに、ヴィランの頭に波動蹴を叩き込んだ。

 

「ぐっ!?」

 

そのままサッと距離を取る。破れかぶれで適当にハンマーを振り回されたら当たりかねないし。

頭に直撃させることはできたのに、ヴィランはヨロヨロしながらまだ意識を保っている。

ヴィランのくぐもった声が聞こえてこっちを見たらしい中の2人は、私の襲撃に気が付いていた。

雇われヴィランの方がこっちに近寄ってきているのを感じる。

でも中の2人は無視だ。

ミルコさんが私を信じてくれたように、私もミルコさんを信じる。

私は波動の噴出を使いながら一気にヴィランとの距離を詰めた。

奇襲を受けたヴィランもまずいとは思ったのか、ヨロヨロとしながらハンマーを振りかぶった。

だけど、そんな攻撃当たるわけない。

目線の向き、振りかぶられたハンマーの届く範囲、思考の感じからして、攻撃が来る場所は予測できる。

 

「このっ!!クソヒーローがっ!!」

 

倉庫の方で窓が割れる音を聞きながら、ハンマーをいなした。

そのままヴィランの懐に潜り込んで、手に波動をどんどん圧縮していく。

そのまま両手での掌底突きを、思いっきりヴィランのお腹に叩き込んだ。

 

「発勁っ!!」

 

ハンマーのヴィランの意識は、それで落ちた。

思考は読めない。確実に気絶している。

私はそのまま、倉庫からこっちに走り寄ろうとしたけど窓を割っての奇襲に気が付いてどうすればいいか分からなくて困惑している岩のヴィランの方に跳躍した。

入口から斜めに跳躍しているせいでいつもよりも高さはない。

だけど、こんな状況もミルコさんとのインターンで何度も経験してる。

そのままいつも以上に圧縮する波動の量を多くしながら、足に波動を集中させていく。

落下の速度を足せなくなった分の威力は、波動の噴出による加速で補う。

そのまま回転を始めて、さらに波動の噴出で加速をかける。

ヴィランが岩になっているのが見えるけど、そんなの気にしちゃいけない。

躊躇すると技のキレも落ちるし、威力もガタ落ちになる。

思い切りよく、ガツガツと、ヴィランに対しては、爆豪くんみたいな剥き出しの殺意を持つくらいの勢いで……!!

 

「波動蹴っ!!」

 

月堕蹴(ルナフォール)っ!!」

 

私の高速での低空波動蹴が岩の身体にひびを入れるのと、ミルコさんの月堕蹴(ルナフォール)がヴィランの身体の一部を砕いたのは同時だった。

ミルコさん、私よりも後に突入したのに、もう1人を制圧してこっちを蹴り飛ばしに来たらしい。

流石ミルコさんだ。

岩のヴィランは私の渾身の一撃と、ミルコさんの踵落としを食らって岩への変化を保てなくなったらしい。

元に戻った瞬間に、ミルコさんがすかさずお腹に回し蹴りを叩き込んで気絶させた。

 

「上出来だ。拘束具持ってるな。こっち2人はやっとくから表のやつ縛ってこい」

 

「はい……!」

 

岩のヴィランを縛っているミルコさんの指示を受けて、入口の方で気絶したままのヴィランの方に移動する。

そのタイミングで、エレクプラントが倉庫までやって来た。

サイドキックは施設の後始末に残して来たっぽい。

 

「リオル!大丈夫だったか!?」

 

「はい……制圧……完了しました……中の信者も……ミルコさんが拘束してます……周囲に他のヒューマライズの人間はいません……トリガー・ボムは……中に……」

 

「やってくれたか!ありがとう!―――ミルコっ!」

 

エレクプラントは、私に労いの言葉をかけてから、ミルコさんの方に駆け寄って行った。

私もハンマーのヴィランを拘束して、身体強化をかけてヴィランを引き摺りながらミルコさんの方に戻る。

ミルコさんはちょうど統括司令部の方に連絡を取ろうとしているところだった。

ヴィランを他の2人のところにまとめて置いておいて、私も司令部とのやりとりが聞こえる位置まで近寄る。

 

「トリガー・ボムは確保、守ってたやつも拘束済みだ。どうすればいい」

 

『やってくれましたか!トリガー・ボムの状態は?』

 

「とりあえず起動する気配はねぇよ。起動方法も尋問してみねぇと分かんねぇ」

 

『なるほど……少し待ってください』

 

通信手が一度会話を中断した。

まあ一介の通信手が決められることじゃないし、長官に指示を仰いでいるんだろう。

 

少ししてから、通信が再開された。

聞こえて来たのは、オールマイトの声だった。

 

『ミルコ、波動少女よくやってくれた。翻訳を通して会話して意思伝達に齟齬が生じても困るから、ここからは私が話をさせてもらうよ。まず指示を伝える。トリガー・ボム起動の条件が分からない以上、動かすこと自体がリスクだ。本部から人を回すから、そこで待機してほしい』

 

「待機はいいが、爆弾をこのまま置いとくつもりか?起動方法が遠隔操作だったらどうする」

 

『そこが問題なんだ。エレクプラント、君のサイドキックにトリガー・ボムを密閉したりできる個性のものはいるかい?あるいは、ロンドン市内のそういう個性を持っていて信頼できる人間でもいい』

 

オールマイトが途中から英語に切り替えて話し出した。

バイリンガルだからオールマイトを通信役にしたのか。

オールマイトの英語はアメリカ英語だと思うけど、翻訳抜きで話そうとするなら確かにこれが1番か。

私とミルコさんもインカムの翻訳を通じて意味自体はちゃんと伝わってくるし。

 

「いや、いないな。後者はいないでもないが、ヒューマライズと無関係であるという確信が持てない」

 

『そうか……なら、司令部からの増援がつくまで監視を続けるしかない。トリガー・ボムを覆えるようなコンテナとか箱があれば、一応それを被せておいて欲しい』

 

「……一般人の避難とかは……しないんですか……?」

 

『こちらからイギリスの公安に要請するよ。どうするかはそちらの判断に委ねざるを得ないけどね』

 

監視しておくしかトリガー・ボムへの対処法がないなら、本部の人間が対処するまではこの周辺の一般人を危険に晒したまま放置することになってしまう。

避難させた方がいいかと思ったんだけど、本部から避難指示とかは出せないらしい。

 

『……ここからが、一番頼みたいことになる。トリガー・ボムだが、それ以外は、1つも、見つけることが出来なかった。他の24ヵ国では、トリガー・ボムの存在を知る信者を見つけることすら出来なかったんだ』

 

「まんまと一杯食わされたわけだな。私らが最初に突入した施設と同じだったわけだ」

 

『情けないことに、そう言わざるを得ない。ヒューマライズに、作戦を察知されていたとしか思えない。手掛かりすらも一切見つからなかった。君たちが確保してくれたトリガー・ボムと、拘束した信者が唯一の手掛かりなんだ』

 

……言いたいことは、もう大体分かった。

だからオールマイトがわざわざ通信してきたんだろう。

翻訳なしで話すためなんて言ってたけど、本命はこっちか。

頼みたいことは、私に対してのものなんだろう。

だから、オールマイトがここまで言い淀む。

 

『そこで、この頼みたいことが出てくるんだ……波動少女、君が那歩島でした、口を割らないヴィランへの尋問。その正確さ、読み取った内容……全てが素晴らしいものだった。君が悪意を苦手としていることは、重々承知している。だけど、それを押して頼みたい。申し訳ないが、確保した信者の尋問をしてもらえないだろうか。イギリスも、トリガー・ボムがそれだけとは限らない。25ヵ国の市民の命がかかってるんだ……』

 

オールマイト、青山くんの件での物間くんの様子とかを気にしてるな、これ。

確かに信者の狂った思考を読むのは不愉快極まりない。

それでも、流石にこの状況で拒否するほど、私も非情じゃない。

 

「分かりました……やってみます……」

 

『すまない、ありがとう波動少女。こちらも、可能な限り早く人を送る』

 

「指示はそれだけか?」

 

『ああ。ミルコ、波動少女を頼む』

 

オールマイトの言葉に、ミルコさんは特に返事はしなかった。

だけど、ミルコさんはそれを拒否したわけじゃない。

私も精神的にも成長して来てるから、このくらいなら助けはいらないって信頼してくれてるだけだ。

その後、少しの間エレクプラントも交えて報告と確認、今後の方針、尋問で確認すべき内容を固めて、通信は終わった。

私は信者が目を覚まし次第、尋問をしないといけない。

一般人の集団パニックの思考なんて読みたくないし、お姉ちゃんの負担を減らすことにもつながる。

最悪の場合に失われるかもしれない、多くの命を助けることにもつながる。

これらのためにも、ミルコさんやオールマイトの期待に応えるためにも、頑張らないと。



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信者への尋問

通信の後、信者と雇われヴィランは気絶しているし、まずはトリガー・ボムに最低限の処置を行うことになった。

最低限の処置とはいっても、できることはほぼない。

オールマイトが言っていた通り、万が一起動されてもガスが漏れ出さないようにすることくらいしかできることはなかった。

一応、透視して中をじっくり見た結果、多分噴出する機構が機械化されていることは分かった。

恐らく遠隔操作とかの何かしらの操作で、自動で中からガスが噴き出す構造になってる……と思う。

 

「……エレクプラント……電気で機械を壊すこととかって……出来ますか……」

 

「……物によるけど、可能だとは思う。これを壊せないかってことかい?」

 

「はい……透視して見た限り……少なくとも噴出させるための機構は……機械です……」

 

私がエレクプラントに声をかけると、彼は考え込み始めた。

電子機器や精密機械であれば壊せないわけではないっぽい。

彼が考えているのは、仮に壊せるとした時の壊すタイミングの方だ。

 

「一応、貴重なサンプルだ。壊すのは最終手段にしたい。起動する気配を感じたら、その時に破壊を試みる」

 

「私も……それがいいと思います……」

 

エレクプラントは私の返答を聞くと、さっきやってきたサイドキックに隣の倉庫にあったコンテナを運搬するように指示し始めていた。

コンテナの一辺を破壊して、コンテナだけを動かしてトリガー・ボムに被せるつもりらしい。

悪くない方法だと思う。

その方法なら私にできることはほぼないし、トリガー・ボムの処置は任せてしまおう。

そのまま倉庫の端で拘束具をつけたまま椅子に縛り付けて拘束している信者を監視しているミルコさんの方に移動した。

 

 

 

「ミルコさん……信者……起きそうですか……?」

 

「いや、どっかに通信されても面倒だし結構がっつり蹴り飛ばしたからな。しばらくはこのままだろ」

 

「……なるほど……」

 

信者はまだ気絶していて起きる気配はなかった。

ミルコさん、結構容赦なく蹴ったっぽい。

まあでも手加減して万が一他の信者に何かしらのコンタクトを取られて、トリガー・ボムを起動されるなんてことになったら目も当てられないから仕方ないことではあるんだけど。

 

「お前は休みながら尋問で聞く内容考えてろ。オールマイトに確認してほしいこと言われてたろ」

 

「ん……はい……分かりました……」

 

ミルコさんに促されて、尋問する内容と順番を考える。

オールマイトに確認を依頼された内容は多岐にわたる。

基本的に最優先はトリガー・ボム関連。

トリガー・ボムの現在地、仕掛ける予定の場所、起爆方法、起動後に止める手段はあるのか、どこで、どのようにして作ったのかとかだ。

その他にも、信者のこととか隠し施設があるのかとかヒューマライズに関してとか、フレクト・ターンのこととか、いろいろと言われてはいる。

だけどトリガー・ボムのことを確認するのを最優先にしてほしいと言われているのだ。

話を聞く順番は、まあそこまで気にしなくても最優先事項から聞いていけばいいかな。

他のことは余裕があったらだ。

尋問の方法も、那歩島の時と同じ感じでいいだろう。

そう思いながら、改めて聞くべき内容を頭の中で整理し始めた。

 

少ししてから、信者は目を覚ました。

キョロキョロと周囲を見渡してから憎々し気にこちらを睨みつけてくる。

こちら側もこちら側で、ミルコさんが信者を睨みつけ、トリガー・ボムへの最低限の処置を終わらせたエレクプラントが椅子に縛り付けられた信者を警戒しているような状況だった。

 

「……この、重病者どもが……!」

 

信者の感情は、凄まじい憎悪と嫌悪感に歪んでいた。

ステージとかよくわからないことを考えているけど、これは多分個性に対する考え方のランク付けか。

ヒーローをしている人間はステージを高く見積もられているようで、完全にこちらを重病人扱いしている。

 

「……あなたに聞きたいことがある……素直に答えることをおすすめする……」

 

「お前たち重病者に話すことなど何もない!」

 

憎々し気な表情を引っ込めて、信者はいきなり狂ったような笑みを浮かべ、吐き捨てるように言い放った。

さっきも思ったけど、思考が凄く狂信的で読んでいてこっちの気まで狂いそうになる。

早く済ませてしまおう。

 

「トリガー・ボム……あれ以外にもあるの……?あるとしたら……どこにある……?」

 

私が聞いても、信者は当然のように無言を貫いていた。

喋らないのなんて分かり切っていたことだ。

思考を読んで内容を確認していく。

トリガー・ボムは、ヒューマライズの施設がある25か国にあるようだ。

ロンドンにも、あと2つはあるっぽい。

この人はこれ以外の場所は把握していないというのがなんとも言えない所だけど……

 

「……トリガー・ボムの起動方法……どうしたらあれは起動する……」

 

「……」

 

信者の様子は一切変わらない。

でも、この人が知らないことは分かった。

というよりも、誰にも起動方法が教えられていないっぽい。

つまり、誰かが遠隔で起動するということか。

来るべき時に人の多い場所に持っていくように指示を受けている感じか。

 

「あの爆弾……こんなところで起爆するつもりはなかったはず……どこでやるつもりだった……」

 

……ロンドン市内、より多くのヒーローを集められる場所?

ヒーローをおびき出そうとしている?

トラックで運ぶつもりだったみたいだし、振動とかはそこまで気にする必要がなさそうなのは救いか。

 

「トリガー・ボムの……停止方法は……?起動後に止める方法はあるの……?」

 

「はははははっ!そんなもの、あるわけがないだろう!!」

 

「こんなところだけ……正直に話すんだ……」

 

『貴様らのような重病人を粛清するための装置だ!』なんて考えながら、不敵な笑みを浮かべてこちらを小馬鹿にしたように笑う信者は、勝ち誇ったようにそう言い放った。

……でも今話したことで少し信憑性のある情報が増えたな。

重病人……つまり、私たちのようなヒーローを標的にしている。

確かに街中の人が多い場所にあんな危険物を置けば、ヒーローは死に物狂いで止めに行くだろう。

信者すら止める方法を知らない爆弾。

そんなもの、完全密閉して隔離できる個性や、遥か上空とかに吹き飛ばせる個性とかがないと、対処ができない。

さっき破壊できるかもしれないと言ってくれたエレクプラントを信じるなら、入れ物自体をショートさせることで破壊するという手段が取れる可能性がないわけでもない。

だけど、そもそも電気系の個性が超レア個性だ。それを対応策とするのは現実的じゃない。

 

「トリガー・ボムは……どこで作ってる……?」

 

オセオンの本部でベースを作って、こっちで最終仕上げという工程を取っているらしい。

でも、さっきの思考を見る限りもう世界各地に散らばってしまっている。

新しいものを追加されないと楽観視したとしても、既に世界的な危機に陥っている。

 

「ヒーローを狙ってる……ヒーローがいなくなった社会を……どうするつもり……?」

 

「……なるほど……そういうことか……なるほどなるほど……」

 

「……気付いたみたいだけど……どうすることもできない……精々足掻いてみればいい……出来るとは思えないけど……」

 

私が思考を元にした内容を言及したことで、ようやく信者は読心に類する個性の可能性に気が付いたようだった。

だけどそんなものに気が付いたところで、ミスディレクションも使えない人が抗うことなんて―――

 

 

 

毒……?

まずい……!!

その思考を認識した瞬間、私は信者に向かって駆けだしながら、足に波動を圧縮し始めていた。

 

「度し難い重病者どもめ!!今にこの腐った世は変わる!!"個性"と言う病がこの世から消え去るのだ!!」

 

波動の圧縮が終わった瞬間に、信者に向かって全力で吹き飛んだ。

ミルコさんも、私の様子を見て地面を蹴っている。

 

「人類の救済をっ!!!」

 

その言葉を言い放って、信者は思いっきり歯を食いしばるような動作をした。

その瞬間、信者の奥歯から、液体が口の中に噴出された。

信者を気絶させるために私が放った発勁と、私の動きを見てから動き出したミルコさんの蹴りは、間に合っていなかった。

 

「クソがっ!!自殺かっ!?」

 

「ミルコさん!!口の中!!歯から何か出ました!!」

 

私は白目を剝いて痙攣している信者の口を無理矢理開かせて、何とか毒と思われる液体を吐き出させようとする。

だけど、そんなことをしたところで毒が出せるはずもなかった。

水系統の個性を持っている人がいれば、無理矢理洗い流せたかもしれないけど、そんな個性の人は今この場にいない。

そんなことをしている内に、信者の心臓は止まって、波動は、死人の波動になってしまった。

毒物でショックを起こして死んだとしか思えない。

ここで心臓マッサージや波動の注入をしても、体内の毒物への対処ができないんじゃ意味がない。

 

「……し、死んじゃい……ました……」

 

尋問の方法を、間違えた……

狂信者がどんな行動に出るかなんて、考えることすらしなかった。

個性を持っている人間が、トリガー・ボムがどういう物か理解している人間が、トリガー・ボムを護衛していたということは、自爆テロを目論んでいた可能性があったということ。

それはつまり、目的のためなら死すらも辞さないような人間だった可能性があるということ。

そんな人間が、捕まった時の対策として、情報を抜かれないようにするためにどういうことをするか……

気付けたはずだ。

ちゃんと考えれば、予測できたことだった。

予測さえできていれば、断片的な思考から推測して、対応もできた。

だってこの男は、黙秘をしようとしていた。

私に読心されていると気が付いた瞬間に豹変した。

情報漏洩を防ぐことが出来ないと判断した瞬間に……

 

私が直接尋問をしないで、他人が尋問をしているところを読心していれば、この男は読心の可能性に気付くことはできなかった。

私が読心を匂わせるような言動をしなければ、気付かれることはなかった。

自殺の可能性を考えて、口の中や体内に異常な部分がないかよく見るべきだった。

毒が入っていた歯は、よく見てみれば中が空洞になっていた。

その空洞に、液体が入っていた。

歯の中なんて、今まで気にしたこともなかったせいで、完全に見落とした。

信者が気付いた時の断片的な思考。そこから自殺の可能性を推察して、もっと早く対応できていれば……

私が、軽率だったから、こんな……

 

 

 

私が愕然として俯いたまま座り込んでしまっていると、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

 

「ミルコさん……すいません……私……軽率で……あんな……自殺なんて……考えてすら……」

 

「……悪かった。いくらお前に尋問の適性があったとしても、お前は尋問の方法を学んだことがあるわけでも無ければ、経験が豊富なわけでもなかった。これは、お前1人に全てを押し付けた、私たちの失態だ」

 

ミルコさんから、自責の念が伝わってくる。

そう言ってくれるけど、でも、これは、明らかに私の失態だ。

エレクプラントやサイドキックがバタバタと走り回っている音を聞こえているのに、私は、動くことすらできなかった。



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方針の確認

あれからある程度時間も経って、私もようやく落ち着いてきた。

死んだのを確認した信者も、エレクプラントのサイドキックが一応病院へ連れて行った。

他の2人の雇われヴィランはエレクプラントが探りを入れてくれてるところを読心したけど、あの2人は本当に何も知らなかった。

司令部の人たちも大急ぎで来たのが分かるくらいの早さで来て、トリガー・ボムへの対処を始めていた。

私が司令部の人たちにトリガー・ボムはある程度の振動とかは問題なさそうなことを伝えると、特殊なケースのようなもので覆ってトリガー・ボムを運び出そうとしていた。

見た感じ、気密性が凄く高い感じっぽい。組み上げた後の隙間が全然見当たらない。

これでそのまま飛行機で空輸してしまうらしい。

 

そんな様子を尻目に、私は私でミルコさんと一緒に司令部への報告をしていた。

通信をすると、向こう側はすぐにオールマイトに変わってくれていた。

 

「すいません……オールマイト……私のせいで……」

 

『……いや、全てこちらの責任だよ。波動少女の負担が少ない方法で行うべきだった。こちらの浅慮が招いた結果でしかない……辛い思いをさせてしまった……すまなかった』

 

信者が死んでしまったことを伝えて謝ると、顔を歪めた沈痛な面持ちのオールマイトが、頭を下げて謝罪し始めた。

狂気的な感じの思考を読んでいたせいもあって、信者が死んだという事実に対するショック自体はそこまででもなかったけど、自殺されたという事実に、私のせいで失敗したとしか思えなかった。

 

「いえ……自分を過信してました……もっと……うまくやるべきだったと……」

 

『いや……既にミルコから第一報で報告はもらってる。そのような手段を取ってくる者が相手となると、誰が尋問をしても情報が得られないか、自殺されているかの2択だっただろう。自分を責めないでくれ。本当に、今回の件は指示をした私の責任であって、波動少女の責任じゃない』

 

オールマイトの懺悔のような謝罪の言葉に、何も言い返せなくなってしまう。

お互いに何も言えなくなってしまって、今にも土下座しかねないくらい申し訳なさそうな、後悔しているような表情を浮かべているオールマイトと、少しの間モニター越しに見つめ合っていた。

少し経って、オールマイトが意を決したように口を開いた。

 

『本当にすまない。本来なら、すぐにでも休んでほしいくらいなんだけど、時間がないんだ……尋問で得られた情報を、教えてくれないだろうか』

 

「分かりました……トリガー・ボムに関する情報だけですけど……」

 

オールマイトがこちらを心配そうに見ながら読心した内容を教えて欲しいと言ってきた。

必要なことだというのは分かっているし、言わない理由なんてない。

私は、順番に読心で得た情報を話した。

トリガー・ボムはヒューマライズの施設がある25か国に仕掛けられていること。

ロンドンにもあと2つ残っていて、あの信者はロンドン以外は把握していなかったけど、1つの国に複数個仕掛けられている可能性があること。

トリガー・ボムはその存在をしっかりと把握していた信者ですら起動方法を知らないこと。

少なくともあの信者が把握している限りでは、誰にも起動方法を伝えられていないこと。

受けている指示は、来るべき時に人の多い場所にトリガー・ボムを運ぶこと。

そこから考えられるのは、遠隔で起動する可能性が高いということ。

そこにヒーローを誘き出そうとしている可能性が高いこと。

そこまで話したところで、話を聞いて唸っていたオールマイトが口を開いた。

 

『ヒーローを誘き出す?目的は……』

 

「それを聞こうとしたところで……自殺されました……一応……それまでの思考や言動から……個性を消し去ることが目的であることは分かっています……でもこれは……ヒューマライズの思想そのままなので……」

 

『そうか……いや、すまない。ここまでの情報を引き出すことが出来ているだけでも、素晴らしい成果だ』

 

オールマイトが気休めのように褒めてくれるけど、まだ少し情報がある。

 

「あと少しだけあります……トリガー・ボムは……起動後に止める方法は存在しないと言っていました……思考も嘘はなかったです……」

 

『止める方法はないか……そうなると早急に見つける他に手がないか……』

 

「一応……中のガスを噴出する機構が機械なので……エレクプラントは壊せる可能性があると言っていました……あとは……セメントス先生のような個性で……密閉してしまうのもありかと……今さっきここのトリガー・ボムに行っていた気密性の高い物で密閉する処置も……有効だとは思います……」

 

『そうか。それなら、早急に見つけて処置を施すのが一番だな』

 

渋い顔をしていたオールマイトの顔に、少しだけ笑顔が戻った。

対処法が全くないというわけじゃなくて安心したんだろうか。

 

「最後です……トリガー・ボムは本部でベースを作って……各地で組み上げているらしいです……大きな箱のまま運んでいるわけでは……ないようで……」

 

『なるほど……だから空路や海路で運び込まれていないか確認しても、不審な情報が見つからないわけか……既存のルートの洗い直しや、陸路で運び込む方法を再考しつつ、再調査を徹底するよ。ありがとう波動少女』

 

「いえ……それはいいんですけど……」

 

「で?今後私たちはどう動けばいい。残りのトリガー・ボムの捜索をしてればいいのか?」

 

伝えるべき情報を伝えきったところで、今まで静かに見守ってくれていたミルコさんが口を開いた。

 

『ああ。イギリスも含めて各地のヒーローを増員して、トリガー・ボム捜索に当たる。ロンドン郊外の倉庫に隠されていた実例を伝えて、各地に捜索を徹底してもらう。各国の公安にも協力を要請して、少しでも捜索しやすい状況を作るつもりだ。今回波動少女が得てくれた、施設がある25か国にトリガー・ボムがあるという情報があれば、承諾は得られると思う』

 

「それなら……良かったです……」

 

オールマイトが言ってくれた言葉に、さっきの失態で落ち込んでいた気分が少しだけ晴れた気がした。

だけど、私が安心していると、オールマイトの表情にちょっとだけ影がかかった。

 

『ただ、イギリスは波動少女がいるからね……これから増員の割り振りを決めるんだけど、他国に比べると増員が少なくなってしまう可能性が高い』

 

「……こいつがいたらそうなるのも理解できなくはないが、さっきこいつに押し付けてやらかしたばっかだろ。また押し付ける気か」

 

『……本当にすまない、人手が足りてないんだ。学生であっても、短時間で唯一トリガー・ボムを見つけることが出来た波動少女がいるという事実を、人員の割り振りに反映せざるを得ないくらいに。もちろん波動少女1人にやってほしいと言っているわけじゃない。確実ではないけど、イギリスの公安にも依頼して、現地のヒーローの増員も要請はする。エレクプラントにも、全面的に協力してもらうつもりだ』

 

「日本の公安もだが、統括司令部も大概だな」

 

『返す言葉がないよ。私としても、波動少女にかかる負担や心労は、分かっているつもりなんだ。だけど、より多くの人命を救けるために、協力してほしいと懇願することしかできない』

 

オールマイトが凄く深刻な表情で頼み込んできた。

まあ、人助けに狂った狂人みたいな思考をしているオールマイトだし、こう言うことしかできないよね。

一教師として私のことが心配でも、それ以上に何十万、何百万の人たちの命には代えられないということなんだろう。

 

「……いえ……大丈夫です……頑張ります……」

 

『すまない、ありがとう。ミルコ、波動少女を頼む』

 

「……私もあのクソ信者どもは気に食わねぇ。見つけて蹴っ飛ばすだけだ」

 

ミルコさん的にも、いろいろ思うところがあったらしい。

イライラしながらぎらついた感じでそう言い切った。

 

『それで十分だ。そのついでに気にかけておいてあげて欲しい。追加の指示があればまたこちらから連絡するよ』

 

そこで通信は切れた。

そうなると、私はこれからトリガー・ボムの捜索に当たらないといけないってことか。

トリガー・ボムを追加で見つけることが出来れば、また信者を捕縛できるかもしれない。

そうしたら、さっきの反省を生かして、もっと情報を引き出せるかもしれない。

さっきの失敗を、挽回しないと……

そう思っていたら、急に頭をぐりぐりと撫でまわされた。

 

「気ぃ張りすぎだ」

 

「ミルコさん……?」

 

「少なくとも、さっきの尋問で来るべき時ってのはいつだったか分からなかったんだろ?」

 

「……はい……」

 

「なら数分、数時間後ってわけじゃないはずだ。そうだとしたら準備を始めてないとおかしいからな」

 

「……そう、ですね……」

 

「時間はある。気を張りすぎてると無駄に疲れる上に碌なことがねえ。少し休んでこい」

 

「え、でも……」

 

ミルコさんが、急にそんなことを言い出した。

数時間後とかじゃなくても、早い方がいいのは確かなのに……

 

「いいから休め。夜中から作戦開始してそのままトリガー・ボムの対処、信者が起きるの待ってからすぐに尋問までして寝てもいない。一度ホテルに戻るから、仮眠取っておけ」

 

「このくらいなら……大丈夫です……」

 

「お前自分の顔色自覚してんのか?自責の念に駆られるのは分かるが、気負い過ぎだ。いいから寝ろ」

 

ミルコさんはこのまま捜索に入るつもりみたいだったから大丈夫だって言ったのに、休むように言われてしまった。

そんなに顔色悪かっただろうか。

でも、ミルコさんがそういうなら休んだ方がいいのかもしれない。

ミルコさんの思考は純粋に私を心配してくれているし、ミルコさんがわざわざ言うほどってよっぽどだ。

そう思って、これ以上言い返すことはせずに了承の返事だけ返した。

ミルコさんはもう一度頭をぐしゃぐしゃ撫でてくる。

相変わらず髪の毛が乱れるのは気になるけど、ミルコさんの撫で方は荒っぽくはあるけど気遣ってくれてる感じがする。

優しく慈しむ感じのお姉ちゃんの撫で方とはだいぶ違う感じだけど、ミルコさんの撫で方も嫌いじゃなかった。

その後はミルコさんと一緒にエレクプラントに声をかけてから、ロンドン市内に取ってあったホテルに戻った。

そのままシャワーを浴びて、ベッドに横になったら一気に睡魔が襲ってくる。

ミルコさんが怒気を滲ませながらホテルを出ていく波動を感じながら、私は睡魔に身を委ねた。



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捜索継続と指名手配

目を覚ましてからミルコさんと連絡を取って、私も残りのトリガー・ボムの捜索に合流した。

ロンドンが結構広いのもあって、すぐには見つけられない。

昨日数時間で見つけられたのは運が良かったのもあるんだろう。

端っこからしらみつぶしに練り歩いて、範囲内を少しの間集中して感知して悪意のある者やヒューマライズ狂信者、トリガー・ボムの存在を感知し続ける。

悪意のある者としてただのヴィランやごろつきまで引っかかってくるから、雇われヴィランかどうかを確認するのにもいちいち時間がかかる。

 

「……範囲内……ヴィラン1人……これからヴィランになりそうなのが1人ですね……予備軍の方はエレクプラントに連絡します……」

 

「任せた。ヴィランの場所は」

 

「……ここから北西に900mくらいです……」

 

「よし、お前は感知続けてろ」

 

ミルコさんは私が場所を伝えると、すぐさま飛び跳ねて向かっていった。

ハズレの時は、ただのヴィランならミルコさんで対処して、ヴィランの数が多い時や予備軍でしかない時はエレクプラントに連絡を取って場所を共有し、サイドキックや現地のヒーローに対処や警戒をしてもらっている。

この辺は現地のトップランクヒーローであるエレクプラントが、トリガー・ボムの対応に当たっていないヒーローの力量に合わせて再配分する役割を担ってくれていた。

あの後、イギリスの公安から申し出があったのだ。

トリガー・ボムの捜索への増員や街に検問を敷いて警戒の強化を行う。

ただその分ロンドン市内のヒーローが減ってしまうから、もしもヴィランを見つけることがあれば、対処にも協力してほしいって感じの内容だ。

イギリスの公安としては、どうせトリガー・ボム捜索に市内を練り歩くことになるなら、ついでにヴィランを見つけた時だけでもいいから対処してほしいって感じっぽかった。

この協力要請自体は、ヴィランを見つけても対処できなくてイライラしていたミルコさん的には渡りに船だったみたいで、嬉々として了承していた。

その結果がこの役割分担だった。

私は基本的にトリガー・ボム捜索のための感知に集中。

移動するたびにまず最初に悪意のある者を判別して、ヴィランがいればミルコさんとエレクプラントに共有。

ミルコさんが対処に行っている間に、私はトリガー・ボムが範囲内にないかの感知を集中して行う。

ミルコさんが戻ってきて、私の感知も終われば次の位置まで移動するという作業を、ロンドンの端から順番にしていたのだ。

大きい箱とは言っても、トリガー・ボムを見落とさないように感知するのは中々骨が折れる作業だった。

 

 

 

「ほれ」

 

朝からずっと同じ作業を繰り返していると、ミルコさんがヴィランを確保して戻ってくると同時に袋を差し出してきた。

さっき昼食について考えていたみたいだから、手軽に食べられるものをテイクアウトで買って来てくれたんだろうか。

 

「腹が減ってたら集中力も落ちる。食っておけ」

 

「これ……フィッシュアンドチップスですか……?」

 

「おう。あとはスコーンだな。お前こういう甘いの好きだろ」

 

「スコーン……!食べてみたかったやつです……!ありがとうございます……!」

 

2つの袋を受け取って、ミルコさんとベンチに移動して休憩しつつ食事をすることにした。

フィッシュアンドチップスは、見た目そのまんま白身魚のフライとフライドポテトって感じ。

味は無難に美味しい。

衣はカリっといい感じに揚げられているし、中の魚はホクホクしてるし、付け合わせのタルタルソースもなかなかだ。

淡白な白身魚を使っているだけあってそこまでしつこい感じの味でもない。

レパートリーに加えるならちょっと色々工夫してみたいかなって感じだ。

スコーンはもうすごい。

小さなテイクアウト用の器に入っていたベリー系のジャムとクロテッドクリームをたっぷり載せて食べたけど、これが凄く美味しかった。

塩っ気のあるスコーンに、濃厚なクロテッドクリームと甘酸っぱいジャムがベストマッチだったと言っていい。

百ちゃんの紅茶があるともっと良かったかもしれない。

ジャムとクリームを合わせたスコーン自体の味が結構濃いから、紅茶も濃くないと負けちゃうかな。

多分アッサムのミルクティーとかがぴったりだと思う。

今度寮でスコーン作ってみようかな。

砂藤くんにジャム作りを協力してもらって、紅茶を百ちゃんに淹れてもらって……いい感じのティータイムになるかもしれない。

 

「ちょっとは気分が紛れたか?」

 

「……はい……ありがとうございます……」

 

ミルコさんがわざわざ私の好みの甘い物ってことでスコーンを買ってきてくれたのは、昨日の尋問での失敗をいつまでも気にしていた私に気を遣ってくれてのことだ。

そのことは、言葉にはしていなくてもしっかりと伝わってきていた。

 

「いつまでも気負っててもいいことねえ。硬くなってまた失敗するだけだ。切り替えが肝心だからな」

 

「はい……肝に銘じます……」

 

私が返事をすると、ミルコさんは食べ終わったゴミを近くにあったゴミ箱に放り込んだ。

私もそれに倣ってゴミ箱にごみを捨て、既に歩き出していたミルコさんの背中を追いかけた。

 

 

 

それからも午前中と同じ作業の繰り返しだった。

ただ、少しとはいえ気分転換できたのもあって、午前中よりは落ち着いて感知出来ていたと思う。

そんな感じでしばらく感知を続けて、ついに2つ目のトリガー・ボムを見つけた。

場所はロンドンの中央から少し西に外れたあたりの、下水道の中。

下水道内の小部屋のようになっているスペースに置かれていて、そこには案の定信者と雇われヴィランもいた。

今回のヴィランはお金じゃなくて、個性を淘汰した世界での地位を確約したっぽい。

そんなの、トリガー・ボムの効果とヒューマライズの思想を考えれば、ありえないことだって分かると思うんだけど……

まあでも、対処自体はあっけなく終わった。

袋小路にいたせいもあって、基本的に近接戦闘頼りになる私とミルコさんだと信者が本部に連絡を取る可能性があったから、エレクプラントにどうにかしてもらったのだ。

トリガー・ボムが電気で起動するようなものじゃないことは確保済みのサンプルで確認が取れていた。

だから、袋小路の入り口の通路にエレクプラントが手だけをこっそり出して、電撃を放って一気に戦闘不能にしてもらった。

その後に私とミルコさんがすぐに突入して、ヴィランと信者はあっさり拘束できた。

 

「よし、さっさと報告するぞ」

 

「はい……トリガー・ボムの対処の指示……仰ぎましょう……」

 

ミルコさん、エレクプラントと一緒に、司令部へ通信をかける。

だけど応答した司令部は、明らかに異常な雰囲気になっていた。

 

「……?あの……トリガー・ボムと信者の確保の報告なんですけど……」

 

『ほ、本当ですか!?ただ、少々お待ちください。今長官に指示を仰ぎますが、早急に対処すべき事案が発生しているので……』

 

「何かあったんですか……?」

 

『……今真偽を確認中なんですが、オセオンに行っていたヒーロー、デクが、大量殺人で指名手配されたんです。その対処に当たっているので、少しだけ待っていてください』

 

「は……?」

 

緑谷くんが、殺人で指名手配……?

あの人助けに狂った思考をしている緑谷くんが、殺人?

 

「デク……あいつが?デカブツ相手に子供庇うようなやつが、殺人して逃走なんてするわけねぇだろ」

 

「……私も……あり得ないと思います……緑谷くんは……人助けに狂った……狂人みたいな思考をしている人です……狂ったみたいに人助けをしようとする彼が……万が一誤って殺人を犯してしまったとしても……逃げるわけがありません……最後まで……その人が助かるように手を尽くすと思います……」

 

「……オセオンは、ヒューマライズの本部があるはずだ。君たち2人からそこまで信頼されている人物の指名手配となると、何か都合の悪いことを知られたとしか思えないな……」

 

ミルコさんが死穢八斎會の時のことを思い出しながら呟くのに合わせて、私も自分の今までの読心とかからの所感を伝える。

エレクプラントも私たちの意見を受けて、ヒューマライズの何かを知ったのではないかと呟いていた。

実際、エレクプラントの言う通りの可能性は高いと思う。

緑谷くんが殺人を犯して逃走するなんていうあり得ない指名手配。

ヒューマライズの本部があるオセオン。

トリガー・ボムのベースは本部で作られているという事実。

これらから考えて、そういう結論にならないわけがなかった。

 

それから少しして、ようやく通信手が話し始めた。

 

『先のトリガー・ボムと同様の処置ができるように、道具と人員は既に送っています。そろそろイギリスに到着するころだと思いますので、その者たちにトリガー・ボムの対処を引き継いでください。信者は別室に隔離し、見張りを立ててください。尋問は身体検査と毒物摂取を含めた自殺の方法を可能な限り潰してから行います。その準備が済むまで、3つ目のトリガー・ボムの捜索に当たってください』

 

「……捜索は構わねぇが、その言い方……またこいつに尋問させるつもりか?」

 

『……少し待ってください―――』

 

通信手を通して伝えられる指示に、ミルコさんが低い声で返す。

通信手はそのまま何かを確認し始めていて、少しするとまた話し始めた。

 

『まだ詳細は未定ですが、尋問自体は別の人間に行ってもらう予定です。ですが、何も話さない可能性が非常に高いと思われます。可能ならば、リオルに尋問中の思考を、別室からでいいので読心してもらいたい、とのことです』

 

「……分かりました……それでいいなら……協力します……」

 

「いいんだな?」

 

「はい……トリガー・ボムの回収に失敗すれば……平和なんて簡単に崩壊しますし……そんなことは私も望んでません……」

 

お姉ちゃんは、リューキュウたちと一緒にフランスに行っている。

お姉ちゃんの負担軽減の意味合いもあるけど、それ以上に、そんな崩壊した世界でお姉ちゃんが苦しむ姿は見たくないし、ヒューマライズが跋扈した世界で個性持ちが生かしてもらえるとは思えない。

協力するしかないと思う。

そう思って頷きながらミルコさんを見つめ返すと、ミルコさんも納得してくれたみたいだった。

その後は司令部の指示に了承したことを通信で伝えて、通信を終えた。

トリガー・ボムの見張りと信者の移送はエレクプラントのサイドキックに任せて、私とミルコさんはすぐに3つ目のトリガー・ボム捜索に戻っていった。



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オセオンへ

あの後、3つ目のトリガー・ボム捜索に戻った。

1つ目、2つ目が南側、中央付近にあったことと、ヒューマライズの目的からすると、おそらく北側に近い位置に隠されているとは思う。

だけど、最初の信者がトラックでの運搬を考えていたから、一応ちゃんとしらみつぶしにロンドンを跳びまわった。

そして、辺りが暗くなってきた辺りで、ようやく最後のトリガー・ボムを見つけた。

確保も恙なく終わっている。

信者と雇われヴィラン4人っていう中々の人数だったけど、迂闊にも1人離れた位置にいた信者をミルコさんが上空から奇襲をかけて一撃で気絶させたのだ。

それに続く形で私も突入して、ミルコさんと協力して残りの3人を制圧した感じだった。

司令部への連絡も早々に済ませて、エレクプラントにも最後のトリガー・ボムを見つけたことを伝えて、トリガー・ボムの対応をお願いした。

 

その頃にはもうすっかり夜になっていて、司令部から依頼されていた尋問時の読心をすることになった。

信者が拘束されている施設に移動して、尋問を行う部屋のすぐ近くの部屋に通される。

波動の感知でも見えていたけど、その部屋の中にはモニターもついていて、取調室の様子を見ることが出来るようになっていた。

 

「……すごいですね……あれ……」

 

「1回自殺されてんだ。あれくらい当然の対応だな」

 

拘束されている信者が、本当にすごい状態になっていた。

タルタロスで使われているような拘束服で全身、指の一本一本に至るまで、すっぽりと覆われている。

その状態で腕や足をベルトで何重にも縛られていて、椅子に括り付けられている。

あれ、身じろぎ一つできないんじゃないだろうか。

その上でさらに猿轡のようなものまで噛まされている。

歯の中にこの前の信者と同じようなものは入っていないと思うし、毒物の検査は当然しただろうから、単純に舌を噛み切って自殺するのを防ぐためか。

でもこれで尋問ってどうするつもりだ。

喋らせないと尋問なんてできないと思うんだけど。

 

「あの状態で……どうやって尋問するんですかね……」

 

「まあ普通に猿轡外すんだろ。あれなら怪しい行動したら即気絶させられるだろうしな」

 

「なるほど……」

 

そういえば、タルタロスでも黒霧を意図的に覚醒させたりしていたし、そういう設備があれば可能なのかもしれない。

今信者は気絶しているし、おそらくそういうことなんだろう。

 

それから少しして、尋問が始まった。

信者は強制的に覚醒させられて、状況を理解して憎々し気に周囲を見渡していた。

凄まじい憎悪と個性持ちの人に対する嫌悪感、それに加えて狂信的な思考ばかりが伝わってきて、こっちも嫌悪感を覚えてしまう。

そんな信者にイギリスの警察が警告を促してから、猿轡が外された。

 

質問の内容は私が自殺した信者にした質問も含めて行われていた。

当然のように、信者は答えようとしない。

だけど、思考を読んで内容をどんどんメモしていった。

内容自体は最初の信者から読み取った内容と大きな相違はない。

だけど、さっき本部から言われた内容が少し気になっていた。

オセオンのヒューマライズ施設を隠し部屋とかも含めて慎重に捜索したけど、何も見つからなかったと言われたのだ。

でも、最初の信者から読み取った内容に、トリガー・ボムのベースは本部で作るというものがあった。

オセオンの本部と間違いなく読めていた。

そう考えると、オセオンには通常のヒューマライズの施設以外にも、本部がどこかに隠されている可能性が高いと思うのだ。

そしてこの信者はトリガー・ボムを任されていることから、この本部の所在地を知っている可能性が高いと思うのだ。

そう思って質問が落ち着いたところで、尋問をしている警察に、用意されていた通信機でコンタクトを取った。

 

「警察の方……オセオンにある本部……どこにあるのか確認して欲しいです……恐らく……どこかに隠し施設があって……トリガー・ボムに関わっているこの信者は……その場所を知っている可能性が高いと思います……」

 

『分かりました。少し間を置いてから聞いてみます』

 

警察の人はすぐに了承してくれた。

それから少しして、聞きたかった質問もしてくれた。

少し驚いたような表情をした信者の様子やその思考からして、やっぱり知っているっぽい。

深く読み取ってみると、山脈地帯というところまでは読み取れた。

この信者は道を知っているだけで、おそらく座標とか正確な位置情報を知っているわけじゃない。

だけど道となってしまうと、読心で読み取るのは難しい。

道順を思い浮かべろなんて言っても、困惑が勝ってしまって道順なんていう膨大な情報は思考に過らない可能性が高いのだ。

一応警察の人に、どうやって本部に移動しているのか、その道はとかを聞いてもらったけど、やっぱり正確な道順とは思えないものしか読めなかった。

 

 

 

もう1人の信者の尋問も読心したけど、真新しい情報は皆無と言ってよかった。

尋問が終わって、私がオセオンの本部に関して考え込んでいると、ミルコさんに声を掛けられた。

 

「あの質問からして、最低限必要な情報は読めたな。1人で抱え込んで悩んでないで司令部に報告するぞ」

 

「はい……」

 

それを受けて、自分の中でまとめようとしていた考えを中断する。

私1人で考え込むよりも、司令部の長官や、オールマイトとかも交えて考えた方がいいというのは、確かにその通りだと思ったのだ。

司令部からの増員の人たちが用意してくれていた秘匿回線の映像通信の機械を使って、本部に映像通信をかけた。

向こう側が応答すると、画面には長官と通信手、オールマイトが映っていた。

 

『ミルコ、波動少女!何か進展があったのかい?』

 

「はい……今……警察による尋問が終わりました……内容の基本的な部分は……自殺した信者からの情報と……大きな差異はありません……ただ……」

 

『ただ?』

 

「正確な位置情報ではないですけど……本部に関しての情報が得られました……」

 

『本当か!?』

 

画面に映っている3人の表情が驚愕に染まった。

この感じからして、オセオンの方の捜査は手づまりだった感じか。

 

「はい……先程トリガー・ボムの報告をした際にいただいた……オセオンの施設で何も見つからなかったという情報と……自殺した信者の……オセオンの本部でトリガー・ボムのベースを作ったという情報に……差異があったので……警察に……オセオンの隠し施設について質問してもらいました……」

 

『そ、それで!どうだった!』

 

「正確な位置や……道順は分かりません……ただ……山脈地帯にあるという情報は……読み取れました……」

 

『素晴らしい情報だ!!ありがとう!!すぐにでもエンデヴァーに伝えて捜索を開始してもらうよ!!他に伝えておくべき情報はあるかい!?』

 

「いえ……指示は仰ぎたいですけど……伝えることはそれだけです……」

 

『よし!ちょっと待っていてくれ!』

 

オールマイトがそういうと、長官と一緒にバタバタと周囲に指示を出し始めた。

もしかしなくても通信手を通してエンデヴァーに指示を出しているんだろう。

その指示が一段落したあたりで、オールマイトがまた画面の方に戻ってきた。

 

『すまない、待たせたね。それで、指示だったね』

 

「ああ。イギリスのトリガー・ボムは全て見つけた。そうだな?」

 

「はい……さっきの信者の思考も……イギリスのトリガー・ボムは3つということで……変わりはなかったです……」

 

『それなんだが……ミルコ、波動少女。2人にはオセオンに向かって欲しいんだ』

 

私たちが指示を仰ぐと、オールマイトがそう切り出してきた。

 

「オセオン……本部探しの手伝いですか……?」

 

『それもある。あとは、まだオセオンのトリガー・ボムが見つかっていないんだ。それも含めて、捜索に協力してほしい』

 

「……逆に……トリガー・ボムが見つかったところって……他にあるんですか……?」

 

『あるさ。波動少女からの情報提供で、日本を含めた4か国でトリガー・ボムを1つずつ発見した。日本ではギャングオルカとともに障子少年、耳郎少女が尽力してくれたよ』

 

障子くんと響香ちゃんも頑張っていたらしい。

ただ、この感じだと感知系の個性がいるところしか発見できていない感じだろうか。

 

『ただ、察しただろうけど、これだけしか発見できていない。ロンドンに3つもトリガー・ボムがあったことを考えると、他の国からオセオンに増援を送るということ自体が難しいんだ』

 

「ま、そうだろうな。捜索の効率が異常なこいつですら3つ見つけるのに丸1日かかってんだ。他のところは1個見つけてりゃ上出来な方だろ」

 

『……その通りではあるんだ。皆、捜索に全力を尽くしてくれている。ただ、トリガー・ボムは遠隔起動、起動後の停止は困難という情報は変わらずということになってしまうと……トリガー・ボムの回収に気付かれた時に、全て一斉に起動される可能性すらある。時間があるわけではないんだ。だから、本部を割り出して情報を得るべきだと、私たちは考えている。本部を襲撃すればその時点で自棄になって起動されてしまう可能性が高いから、安易な襲撃はできないけどね』

 

「つまり、本部の近くまで行ってこいつに読心させろって言ってんのか?」

 

『そこまで言っているつもりはないよ。ただ、一つの手として本部の位置を知っておくべきだと思っている。それに、波動少女以外にも、オセオンには透視ができるクレア・ボヤンスもいる。起動装置が存在するとして、その位置の割り出しが出来れば、起動前に破壊することも可能かもしれないからね』

 

私の感知が手っ取り早いと感じてはいるんだろうけど、オールマイトは私に極力配慮しようとしてくれているのが、表情からしっかりと伝わってきていた。

どちらかというとオールマイトよりも、長官とかの意見が私に協力してもらいたいって感じなんじゃないだろうか。

私の個性のデメリットを知っているオールマイトと、知らない長官では判断に差が出るのも仕方がないことだろう。

そのためにオールマイトが、クレア・ボヤンスっていうプロヒーローでも効率は悪くなるけど可能であることを念押ししているわけだし。

 

「……私は拒否する理由がない。お前はどうするんだ」

 

「……私も行きます……」

 

『ありがとう、2人とも。2人のことはエンデヴァーに伝えておく。最初の突入作戦に使用した軍用輸送ヘリが空港にある。操縦とかは前回と同じ人員を用意するから、そのヘリを使ってオセオンに向かって欲しい。波動少女も1日動き回っていただろうし、ミルコは夜を徹して行動してくれていただろう。無理をさせるつもりはないから、休憩を挟んでもらって構わない。準備ができ次第、ロンドンの空港に向かってくれ』

 

「つまり、オセオンに行ってエンデヴァーの指揮下に入れってことだな」

 

『ああ。現地でどう動くかはエンデヴァーと相談して決めてくれ』

 

ミルコさんは好きに動きたそうにしていたけど、エンデヴァーならまあいいかとか考えていた。

ミルコさんの中で、エンデヴァーの評価は結構高いんだろうか。

エンデヴァーのギラついてヴィランに容赦ない感じは、ミルコさんは好きそうではあるんだけど……

 

それから少し詳細を詰めて、通信は終わった。

私たちはシャワーを浴びて夕食を食べてから、エレクプラントたちに挨拶をしに行った。

ミルコさんは声をかけずに行こうとしていたけど、流石にどうかと思って私が挨拶したいと言って行かせてもらった。

仮眠は取らない。

仮眠はヘリの中で取るってミルコさんは言っていたし、それがいいと私も思ったからだ。

エレクプラントたちイギリスのヒーローにはすごい勢いでお礼を言われて、ちょっと照れ臭かった。

そんな感じで私たちは空港に向かって、オセオンに行くためのヘリに乗り込んだ。



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オセオンでの方針会議

オセオンには深夜のうちに到着した。

ヘリに乗っていた時間は大体3時間くらい。

私は揺れとかが酷くて寝るのなんて無理だったけど、ミルコさんは豪快に爆睡していた。

ミルコさんは一昨日からほぼ一睡もしてなかったからなのは間違いないんだけど。

とにもかくにも、オセオンに到着した私たちは、深夜だったのもあってエンデヴァーたちが泊まっているホテルに直行した。

そこに私たちの部屋も取ってくれているらしい。

ホテルの鍵は空港で私たちを待ってくれていた司令部直属のスタッフから渡された。

 

「……ミルコさん……エンデヴァー……まだ起きてます……」

 

「は?もう3時になるぞ。マジで言ってんのか」

 

ホテルが近づくにつれてエンデヴァーが色々と仕事をしているのが見えて、私はドン引きしていた。

ミルコさんにそのことを伝えると、ミルコさんも半信半疑で聞き返してくる。

こんな時間まで明日の動きとかサイドキックへの指示とかを考えている。

最大戦力のエンデヴァーが何してるんだ。

サイドキックの……バーニンとかもいるみたいだし、なんで協力してやってないのか。謎過ぎる。

本部の情報が司令部からもたらされてから、昨日の段階で最低限の現地調査をしていたらしいけど、深夜だし、結構な山脈の中を捜索しなきゃいけないのもあって、危険だからということで引き返したようだった。

 

「はい……明日の動きを考えているみたいで……挨拶だけでもしますか……?」

 

「あー……到着したことだけでも伝えとくか」

 

「分かりました……こっちの部屋です……」

 

エンデヴァーの部屋までミルコさんを誘導する。

その最中にホテルの中の波動を見ていったけど、緑谷くんだけじゃなくて轟くんと爆豪くんもいない。

エンデヴァーの思考は3人を心配する感じだから、捕まってはいないんだろうけど……流石に心配してしまう。

そんなことを考えながら、エンデヴァーの部屋に辿り着いてチャイムを押した。

 

「誰だ」

 

「ようエンデヴァー!」

 

「あの……ミルコさん……今深夜……」

 

ミルコさんがいつもの調子でエンデヴァーに声をかけるけど、流石にもうちょっと声をおさえた方がいいんじゃないだろうか。

そう思って注意を促すけど、完全に無視されてしまった。

エンデヴァーはミルコさんであると気付いてすぐにドアを開けてくれた。

 

「ミルコか。リオルも、よく来てくれた」

 

「到着したことを伝えに来ただけだ。明日から行動開始ってことでいいな」

 

「ああ。イギリスでのことは聞いている。今ミルコたちも含めた明日の連携を考えていたところだ。詳細は朝伝える。疲れているだろう。今は休んでおけ」

 

「……エンデヴァーは……休まないんですか……?」

 

「俺はもう少し詰めてから休む。お前たちは気にしないでいい」

 

エンデヴァーはそう言ってくるけど、これ、間違いなくさっき伝えられた本部の情報から、可能性がありそうなところを考えていた感じだ。

広大な山脈地帯を捜索しつつ、街でのトリガー・ボム捜索をするための割り振りや、山脈地帯をどう探すかといったようなルートの考察って感じか。

夜になってから重要な情報が伝えられたから、こんな時間まで色々考えていたんだろう。

もう少ししたらエンデヴァーも休むつもりっぽいし、私たちも明日に備えて休んだ方がいいか。

これ以上邪魔しちゃうのも申し訳ないし、ミルコさんももっと寝たそうだ。

エンデヴァーへの挨拶は早々に終わらせて、ホテルの部屋に移動した。

朝、寝坊しないように気をつけないと。

 

 

 

翌朝、またエンデヴァーの所に行って、指示を仰ぎにいった。

エンデヴァーはバーニンを含めたサイドキックや現地のヒーローたちと、ホテルの広間のような部屋に集まっていた。

私とミルコさんも、部屋の隅で立ったまま話を聞くことになった。

それにしても、エンデヴァーが話すのか。

他国のヒーローと連携を取らないといけない関係上、指示を出すのはオセオン組のトップランクか、全ての国を含めてランクが最も高い者とか、そういう基準で選んでるのかな。

 

「では、今日の方針を話し合おうと思う。トリガー・ボム捜索も、街の中はほとんど探したと言っていい。これでも見つからないことから、おそらく何らかの移動するものに載せているか、そもそも街の中に置いていないかだろう。それらを重点的に捜索する。こちらに関しては、俺のサイドキックの飛べないものと、土地勘のあるクレア・ボヤンスらオセオンのヒーローで捜索を行ってもらいたい」

 

「ええ、もちろん。もうサイズは分かっているんだもの。トレーラーとか、運べるであろうものを透視して探してみるわ」

 

「本部に関しては、夜のうちにいくつかの候補地を絞っておいた。これを見て欲しい」

 

エンデヴァーの合図を受けて、サイドキックが画面にいくつかの衛星写真を映しだした。

 

「司令部やオセオンのヒーローたちと協力して、本部と言える施設を隠せるであろう候補地を絞り込んだ。もちろん全てハズレで、施設全てが地下にあるなどという可能性もなくはないが……これらのポイントが、そこまでの山道と、施設を置くことが出来る土地、地盤が最低限確保されているエリアになる」

 

そこには、オセオンの地図とともに、山脈地帯にある渓谷や崖とその下に広がる荒地のようなところ、いくつかの大きな森とかが映っていた。

 

「トリガー・ボムのベースを本部で作っていて、その後に運搬も行ったと考えると、完全に未開のエリアというのは考えづらいからな。資材の運搬記録などを追えればよかったんだが、オセオンの公安からは、デクの指名手配の経緯から、おそらく難しいだろうという返答があった。そのため衛星写真で施設の有無を確認し、発見できなかったため、隠すことが出来るエリアを絞った形になる」

 

エンデヴァーの言う候補地の条件が、一理も二理もあると思った。

あんな大きくて細心の注意を払う必要がある物、それぞれの国で最終的に組み上げるとしても、運搬にはどうやっても相当な労力がかかる。

それを山道すらも整備されていない獣道で行うなんて、どう考えても現実的ではなかった。

そして、トリガー・ボムを作れるだけの施設がある本部はある程度の規模があるはず。

そうなってくると、衛星写真で見つからないということは、どこかの地下や、崖を切り崩したところ、渓谷や深い森の中といったような、上空からの確認が困難なところにある可能性は高いだろう。

それらを総合して、これだけの広大な範囲の山脈地帯から、一夜にして怪しいポイントを絞り込んでいる。

エンデヴァーの苦労は、これだけで容易に想像できた。

 

「これらのポイントを、街の捜査に加わらない者たちで分散して確認していく。Mr.プラスティックはこの森林地帯を。パンクラチオンはこちらの森林地帯。―――……」

 

エンデヴァーは、一つの案として写真を示しながら担当を口に出していく。

他のヒーローたちも特に嫌がる様子もなく、了承していっていた。

 

「飛ぶことが出来る俺とサイドキックは渓谷地帯を。そして、一番本部がある可能性が高いと睨んでいる、この崖とその底に広がる荒地。ここは、トリガー・ボム3つを信者に気付かれずに発見した実績のあるミルコとリオルに担当してもらいたいと考えている」

 

「これは、本部がある確証が持てても突入するなっていう認識でいいんだよな」

 

「ああ。何の策もなく本部に突入すれば、トリガー・ボムを起爆される可能性がある。本部を把握して、何らかの策を立てたい。それぞれ統括司令部と連絡を取り合い、その都度指示を仰いでくれ」

 

名前が分からない外国のヒーローが、エンデヴァーに質問している。

それに対してエンデヴァーは、オールマイトが言っていたのと同じような答えを返していた。

案の定私が一番怪しいエリアに向かわされるらしい。

まあ私なら1km離れた位置からでも確認ができるからバレるリスクが他のヒーローに比べて低いし、なんだったら本部に向かう信者がいればそれだけで特定できる。

当然の判断か。

 

「異議や意見のある者はいるか。いればそれを踏まえてよりよい策や割り振りを考える」

 

エンデヴァーのその声に、異議を唱える人はいなかった。

皆時間が惜しいのは分かっているし、この割り振りが理に適っていることも理解している。

私も、今のところ拒否する必要性を感じない。

登山しないといけないから、大変そうではあるけど。

 

「いないようだな。ではこれより、トリガー・ボムと本部の捜索を開始する!!本部捜索に当たる者は山脈地帯や捜索担当区域を見ることが出来る端末と地図を持っていくことを忘れるな!」

 

エンデヴァーはそう言ってモニター近くに山積みされている端末と地図と、多分衛星通信ができる通信端末を指し示した。

ヒーローたちは、各自それを取って足早にホテルを出ていく。

私とミルコさんも、端末とかを手に取った。

私は大丈夫だけど、空も飛べない、感知もできないというヒーローが山脈地帯で遭難なんてことになったら笑えないから、必要な処置だと思う。

 

「ミルコ。お前たちの担当区域は島の端だ。流石に距離がある。気取られない位置までは車で移動しろ」

 

「あ?私らは車の運転なんかできねぇぞ」

 

「そんなことは分かっている。俺のサイドキックを1人回す。運転はそいつに任せろ」

 

エンデヴァーがわざわざ車とサイドキックを用意してくれるらしい。

確かにこの位置は島の端の端だし、100kmくらいはあるだろうか。

ヘリなんかで近づくと万が一があり得るから、車である程度の所まで近づいて、そこから徒歩で移動するしかない気もする。

そう考えると、エンデヴァーが車を用意してくれたのはすごく助かる。

 

必要なものは受け取ったし私たちも早く移動しないといけないんだけど、それはそれとして、聞いておきたいのは緑谷くんたちのことだ。

 

「あの……エンデヴァー……緑谷くん……デクと……ショートと……バクゴー……ずっと感知範囲内にいませんけど……大丈夫ですか……?」

 

「……デクの居場所は分からん。ショートとバクゴーはデクの捜索に赴いた。少なくとも、捕まっているという情報は入ってきていない。無事だと考えるしかないだろう」

 

「そう……ですか……ありがとうございます……」

 

それだけ端的に言うと、エンデヴァーはスタスタと歩いていった。

確かに、そう考えるしかない……心配ではあるけど……

エンデヴァーも、轟くんが心配なのを隠して捜索に向かっている。

私も、気にしすぎちゃダメか。

3人を信じて、今できることをしないと。

 

「行くぞ」

 

「はい……!」

 

ミルコさんが歩き出す後ろを、私も駆け足でついていく。

エンデヴァーが用意してくれていた車に乗り込んで、目的地に向かって出発した。




プロヒーロー注釈
・Mr.プラスティック
プラスティック変形の個性を持つプロヒーロー(国不明)
ワールドヒーローズミッションの最初の施設襲撃時にオセオンの施設に突入している、バイザーをつけて腕とかにごてごてしたアーマーをつけている人
・パンクラチオン
ギリシャのプロヒーロー
パワーの個性を持っていて、何倍にもパワーが膨れ上がって力もスピードもすごい!らしい
最初にオセオンの施設に突入しているギリシャっぽい緩めの服と髪の毛、髪飾りをつけてる人


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本部捜索

山の中を車で進んでいって大体2時間くらい経ったところで、車は止まった。

ミルコさんは普通に車内で寝てた。

着いたのを確認して、ミルコさんを起こして車を降りる。

 

ここからは徒歩だ。

まあ徒歩とは言ってもミルコさんも私も普通に跳躍してるんだけど。

それでも、目的地まで中々の距離がある。

一応感知しながら移動しているけど、今のところ私たち以外の人は感知できない。

野生動物はいるけど、それだけだ。

しばらくミルコさんの後ろをぴょんぴょんしてついていく。

そして、ようやく目的地が近づいてきた。

 

「……確定ですね……」

 

「もうなんか見えたのか?」

 

周囲の目につかないように、近づいてからは森の中を進んでいたから、視覚ではまだ何も見えていない。

入口も、まだ範囲内には入ってない。

だけど、見えるのだ。

地下に広がる広大な空間。

その中を大量にうろついている、狂気的な思想の持ち主たちが。

 

「……地下に……すごく広い空間があります……中を歩いている人間も……狂気的な思考の持ち主ばっかりで……狂信者って感じです……思考の内容も誘導できないですし……正直……今の状態での読心は……ほぼ参考にならないかと……」

 

「まあ本部の場所が特定できてれば十分だろ。一応もうちょっと近づくぞ。入口と中の構造くらいは押さえられるなら押さえておきたい」

 

「はい……行きましょう……」

 

森の中を分け入って、さらに本部に近づいていく。

すると、遠くに、崖を切り出して神殿の入り口のような感じにしている建造物が見え始めた。

 

「……舐めてんのか、あれ。入口まるわかりじゃねぇか」

 

「……真上からは見えないですけど……横からは普通に見えますよね……あれ……むしろ……なんで今まで見つかってなかったのか……謎です……」

 

「大方政府か警察、公安あたりのどこかに信者が潜り込んでんだろ。それで交通封鎖するなり、危険地域に指定するなりすりゃ好き放題だ」

 

「……なるほど……」

 

そう考えると腐り切ってるな、この国。

どこまでの人間がつながっているのか分からないから、公的な機関が一切信用できなくなるし。

最初のヒューマライズ襲撃は完全に察知されていたし、さらにいえば緑谷くんに対する謎の指名手配だ。

そう考えると、やっぱりこの3つの組織の中のどこか、あるいはすべての地位を持っている人間の中に、信者がいるとしか思えない。

とりあえず司令部には通信した方がいいか。

エンデヴァーたちが無駄な時間を費やさないようにしないと。

 

「ミルコさん……報告……私からで大丈夫ですか……?」

 

「今更聞くのか。私は中は見えてねぇからお前がするのが適任だろ。警戒はしといてやるから、さっさと通信しとけ」

 

「はい……ありがとうございます……」

 

一応スマホを取り出してみるけど、案の定圏外だ。

あらかじめ渡されていた衛星通信の端末を取り出して、司令部に通信を掛ける。

これ、何気に画面までついていて映像通信までしてくれるらしい。

凄く高性能な機械だった。

 

「オセオンから司令部へ……本部発見の報告です……」

 

『本当ですか!?長官!オセオンから本部発見の報告が入りました!』

 

通信手の人が慌てた感じで長官に報告している。

とりあえず、話を続けていいんだろうか。

勝手に続けるか。

多分通信手は聞いてるだろうし。

 

「オセオンの山脈地帯……北の端の方……司令部とエンデヴァーが抽出した最北端のポイントです……真上からは見えませんけど……崖を抉って神殿を作ってます……横から見たらまるみえの状態です……地下深くまで広がっていて……最深部には……異常なくらい大きな機械が置かれています……施設の中には……大量の信者……大体……数百人規模の狂信者が……ここにいますし……間違いないかと……」

 

『最北端……分かりました。ひとまずその他の捜索班に伝えて、捜査を中断させます。そちらは……』

 

「地下の構造を記録します……その後……途中まで乗ってきた車の所までひとまず戻るつもりです……それで大丈夫ですか……?」

 

『問題ありません!よろしくお願いします!』

 

私の言ったことを、通信手はすぐさま了承してきた。

それでいいのか通信手。オールマイトにも長官にも相談してなかったけど。

まあ私はいいんだけど。

無駄な時間もかからないし。

 

 

 

とりあえず、持ってきていたバッグの中からメモ帳を取り出して、構造を記録していく。

その過程で、フレクト・ターンとかの思考も読んだけど、個性持ちに対する憎悪とか、『人類の救済を』とか、そんなことばっかり考えていて一切参考にならない。

とりあえず、イギリスとかのトリガー・ボムが回収されたことを把握している様子はなさそうではあることは分かった。

回収されてることに苛立っている感じも無ければ、焦ってる感じもない。

もしかしなくても、定時連絡とかしていないんだろうか。

それだけ信者を信頼しているんだろうか。それとも、通信を傍受されるのを嫌がったのかな。

それなら現状を把握していないのも頷ける。

来るべき時っていうのをどうやって伝えるつもりだったのかは分からないけど。

速攻で信者を捕まえたの、正解だったかもしれない。

 

そんなことを考えていると、フレクト・ターンの思考から、『解除キー』、『取り逃がした』、『クレイドならば計画遂行中にここにくることもできまい』、なんていう思考が読み取れた。

解除キー……?

クレイドはオセオンの隣の国だったはず。

計画遂行中に、ここにくる……

そういうことか。

 

「ミルコさん……!トリガー・ボムの解除キーがあるみたいです……!クレイドに取り逃がした何かが……それを持っているような思考をしていました……!ここに来ることもできまいとか考えているので……ここにトリガー・ボムを止める何かがあるはずです……!」

 

「あー、なるほど。あの指名手配はそういうことか。わっかりやすいなぁおい。誰が持ってんのか一瞬で分かんじゃねぇか。とりあえずすぐに司令部に連絡するぞ」

 

「はい……!」

 

ミルコさんに報告すると、すぐに報告するように促された。

すぐさま衛星通信の端末を取り出して、通信をかける。

すぐに通信を取ってくれたみたいで、すぐに映像通信が始まった。

 

「オセオンのリオルから司令部へ……報告します……!」

 

『どうしましたか?何か不都合でも……』

 

「フレクト・ターンの思考が……トリガー・ボムの解除キーが存在することを示唆しています……!クレイドに取り逃がした何かが……!それを持っているような思考をしていました……!"計画遂行中にここに来ることもできまい"と考えていたので……!解除キーを使用する装置は……!この本部にあると思われます……!」

 

『それは本当かい波動少女!?』

 

私が報告していると、オールマイトが画面横から飛び込んできた。

私は話しやすいからいいんだけど、それでいいのかオールマイト。

 

「はい……クレイドに取り逃がしたって考えていることと……緑谷くんのおかしすぎる指名手配からして……恐らく緑谷くんが持っているのではないかと……緑谷くんにコンタクトは取れませんか……?」

 

『いや、今はどこにいるのかすら』

 

オールマイトがそこまで答えたところで、映像通信の方から、大きな音が聞こえてきた。

それと同時に、オールマイトの視線があらぬ方向に向かった。

 

『我々、ヒューマライズは決起する。"個性"という名の病に冒された者たちから……"無個性"と呼ばれる"純粋なる人類"を守るために……我々が開発した"人類救済装置"は、世界25か国に配置され、既に動き始めた。人類救済までのタイムリミットは、今から2時間。だが、我々も無慈悲ではない。この計画を阻止したいと願うのなら、"人類救済装置"を設置した地域をお教えしましょう。我々と異なる考え方をしていようとも、チャンスは平等にあるべきだ……』

 

『長官!トリガー・ボムの設置区域、全25か所、事前に得ていた情報通り、全てヒューマライズの支部がある区域と一致しています!』

 

『だが、地図上に25か所全て表示されているぞ。これは……』

 

「イギリスにないのは変わらないと思います……!フレクト・ターンはトリガー・ボムが回収されていることを認識していません……!」

 

『その情報は助かるよ、波動少女!すぐに各国のマスコミに連絡してくれ!イギリスは全て回収済み、日本、オーストラリア、カナダ、ロシア!それにオセオンも今まさに1個回収できている!不安をなるべく軽減できるようにするんだ!』

 

その後、しばらくオールマイトや長官はバタバタと指示を出し続けていた。

 

 

 

少ししてから、オールマイトが戻ってきた。

 

『波動少女!落ち着いて聞いてほしい。これから、本部に対して総攻撃をかけることが決定した。もちろんすべてのヒーローを投入することはできないが、万が一に備えて他のトリガー・ボムを捜索するクレア・ボヤンスと、避難誘導のために残る数人のヒーロー以外の、オセオンにいるヒーローの総力を結集して、本部に総攻撃を仕掛ける。解除キーをもっているであろう緑谷少年たちには、こちらでなんとしてでもコンタクトを取って、本部に送り届ける。ヒーローたちには、総攻撃をかけて本部を制圧し、解除キーを使用するであろう装置の確保をしてもらいたい。そのためにも、波動少女。君はさっき内部の構造を把握すると言っていたね。紙に書いてたりするなら、それを全て画面に映して欲しい』

 

「分かりました……」

 

オールマイトに言われて、さっきメモ帳に書いた施設の構造を順番に映していく。

その作業をしていたら、ギラついた感じで楽しそうにしているミルコさんがオールマイトに問いかけた。

 

「私たちはどうすればいい。先に突入しとくか?」

 

『いや、軍用ヘリでエンデヴァーたちがそう時間もかからずに到着する。それを待って欲しい。突入は、タイミングを合わせて行いたい。エンデヴァーたちの降下に合わせて突入してくれ』

 

「……分かったよ。仕方ねぇな」

 

オールマイトの指示に、ミルコさんはちょっとだけぎらつきが陰った感じで納得していた。

……突入して大暴れ、したかったんだろうか。

したかったんだろうな。

ここ数日私のサポートって感じで立ち回ってくれていて、相当鬱憤が溜まっていたっぽいし。

突入の時はすごい勢いで突出しそうだ。

 

オールマイトはそこまで伝えると、通信を切った。

多分、指示しなければいけないこと、話し合わなければいけないことが山ほどあるんだと思う。

緑谷くんにもどうにかコンタクトを取らなければいけないだろうし、司令部側は暇なんて全くないだろう。

 

一方で私とミルコさんは、エンデヴァーたちが来るまで少し暇になってしまった。

一応、もう少しだけ近づいておくけど、ある程度の所までだ。

移動自体はすぐに終わった。

時間を無駄にするのももったいないし、私は内部の構造の確認、何かトラップや仕掛けがないか、まともな思考が読めそうな信者の個性の把握をしながら、エンデヴァーたちの到着を待った。



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本部突入

エンデヴァーたちが来るまでの間、私たちは各々できる確認をしていた。

ミルコさんは私がつくった内部の構造を書いたメモを、私は構造の再確認や内部の人の思考の感知に集中していた感じだ。

フレクト・ターンの個性は、多分反射で間違いないと思う。

思考の節々からそんな感じの内容や、自分の個性に対する恨みつらみが読み取れる。

……つまりこのテロ行為、自分の個性をコントロールできないことによる、個性への行き過ぎた憎悪が原因か。

ヒューマライズがなんでやたらと個性持ちを殺そうとするのかと思ったら、そういうことかとしか思えない。

自分の個性を憎む気持ちは、私にも理解はできる。

でも、それを他人に、世界に押し付けるその思想だけは理解できない。

なんでそうなる。

なんで、自分の個性を憎んだ結果、世界の個性持ちすべてを淘汰するなんていう結論に至る。

無個性に憧れるのはいいけど、その独りよがりな我儘を、世界に押し付けようとするその思想にだけは一切共感できない。

 

 

 

読心で読んだ個性の内容とかをミルコさんに伝えたりしながらしばらく待っていると、範囲内にエンデヴァーたちを乗せたヘリが3機飛んできた。

そのヘリが飛んできている映像を、フレクトは見ている。

監視カメラのようなものが正面のどこかについているらしい。

フレクトの指示に従って、信者たちが銃を持って準備しだしていた。

 

「ミルコさん……エンデヴァーたち……来ました……フレクトもそれを把握しています……信者たちも……銃を持って準備を始めています……」

 

「よし。飛び出す準備しとけ。ヘリから人が降下するのを確認すると同時に、私たちも突入する」

 

「はい……」

 

ミルコさんが不敵な笑みを浮かべて今にも飛び出そうとしている。

とりあえず、私は今の情報をエンデヴァーたちにも共有しないと……

 

『エンデヴァー……報告します……フレクト・ターンはヘリの接近を把握しています……信者たちは既に銃を持ち迎撃準備中……突入と同時に銃弾が飛んでくる可能性が高いです……』

 

『織り込み済みだ。リオル、お前とミルコは突入後は好きに動け。最深部までの正確なルートを1番把握しているのはお前たちだ。作戦をすり合わせる時間もない。こちらは露払いする掃討班と深部への突入班に分けて対応するが、お前たちは突入班と目的を同じくするだけで十分だ。突入班の目的は、最も疑わしい最深部までの制圧。それだけだ』

 

『分かりました……解除キーの方は大丈夫でしたか……?』

 

『デクの救出に赴いていたショートと連絡が取れた。解除キーも既に手中に収めていることも確認している。ショートたちも今、プロペラ機でこちらに向かっている。あと1時間もあればここに到着するだろう。俺たちは、それまでにここを制圧することを目指す。いいな』

 

『はい……!』

 

私たちは突入班と一緒に、遊撃として最深部を目指す。

緑谷くんたちの無事も確認できた。

トリガー・ボム爆破のリミットがあと1時間30分くらいだから、1時間で到着してくれるなら私たちが制圧を済ませておけば十分間に合う。

 

「ミルコさん……エンデヴァーからの指示です……私たちは遊撃として……目的のみ突入班と同じくして……あとは好きに動くようにと……目的は……最深部までの制圧……解除キーを持ったデクたちが約1時間後に到着するので……それまでに制圧を目指す……とのことです……」

 

「さっすがエンデヴァー。よく分かってんじゃねぇか。細かいこと言ってこねぇとこが特にいい」

 

案の定ミルコさんは、好みの運用をされて嬉しそうに目をぎらつかせていた。

そして、ついにヘリからの降下が開始された。

エンデヴァーたちが、雨が降り始めている灰色の空の中に飛び出す。

エンデヴァーの赤い炎が灰色の空を照らして盛大に目立っているのもあって、信者たちは上空に視線を釘付けにして、銃撃を開始していた。

 

「エンデヴァーたちの降下が開始されました……!!」

 

「私らも行くぞ!!」

 

そんなエンデヴァーたちの降下を察知した私たちも行動を開始する。

私たちはもう入口の真横に位置する場所までは移動してきていたから、信者たちが上空に気を取られている間に一気に突入するのがいいだろう。

ミルコさんもそう思っているようで、弾丸のように素早い跳躍で一気に入口近辺まで飛び跳ねていく。

私も一気に跳ね上がって、ミルコさんを追いかけた。

 

「赫灼熱拳っ!!」

 

上空から、エンデヴァーの大声と凄まじい熱量の暴風が伝わってくる。

大量に迫る銃弾を払うために、エンデヴァーが一気に周囲を焼き払っているようだった。

あれ、周囲のヒーローは大丈夫なのだろうか。

一応近くにいるのはバーニンとかの炎熱系個性持ちみたいだけど、上空でこれを受けるパンクラチオンとかはたまったものじゃないと思うんだけど。

そう思いながら、信者を薙ぎ払って無駄に荘厳な入口に突入していくミルコさんを追いかける。

そんな私たちの背後から、凄まじい速度の炎が迫っていた。

エンデヴァー、私たちまで焼かないよねこれ。

信じてるけど、ちょっと怖い。

信者に無個性が多いことを承知で加減しているのは分かるけど、それでもこっちからしたらすごい熱量なのだ。流石に怖い。

 

「ミルコさん!!そこを右です!!」

 

「おう!」

 

本部内部に入った私たち目掛けて、信者たちがどんどん向かってくる。

信者たちは、フレンドリィファイアが怖くないのかと思うくらい容赦なく、建物の中でもマシンガンを撃ち込んでくる。

ミルコさんがどうやってるのか分からない感じで銃弾を回避しながら、すぐに距離を詰めて気絶させてくれるから、後ろを走る私は早々狙われていない。

私は、奇襲を目論んで死角から狙ってくる信者たちや、壁についているレーザーを照射してくる機械に真空波や発勁を叩き込みながら進んでいく。

どんどん走っていってはいるんだけど、私たちはどうしても迎撃しながらの突入になる。

そのせいもあって、今まさに、後ろからマシンガンをもった10人を超える信者の集団が迫ってきていた。

 

「後ろから10人くらい来てます!!」

 

「分かってるよ!!」

 

ミルコさんは前方の信者を蹴り飛ばしながら、後ろにも注意を払い始めてくれている。

ミルコさん自身も音で後ろから信者が近づいてきているのは分かっているとは思うけど、一応警告した感じだった。

私も真空波で牽制しようとするけど、マシンガン持ち10人に対してとなると多勢に無勢だ。

そう思っていたら、さっきまで入口の方にいたはずのエンデヴァーとバーニンが凄い勢いで飛んできた。

 

「ミルコ!!リオル!!足を止めるな!!」

 

エンデヴァーが、多分バニシングフィストと思われる技で信者たちを焼き払った。

炎に巻かれた信者たちが悶えながらバタバタと倒れていく。

一応、息はある。殺さない程度には加減はしてるみたいだ。

そんな中、エンデヴァーたちのさらに後ろから、炎を全く気にした様子もない常軌を逸した感じのヴィランが迫ってきていた。

エンデヴァーたちもすぐに気づいて、迎撃の姿勢を取り始めている。

ミルコさんはそれを確認して、すぐに深部へ向かって走り出していた。

私も追いかけようとするけど、最低限あの信者の情報だけ伝えた方がよさそうだ。

 

「エンデヴァー!!その信者!!ブーストを使ってます!!使用前の思考からして、個性は水流に関する何か!!注意してください!!」

 

「情報、感謝する!!ここは任せて先に行け!!」

 

エンデヴァーとバーニンのあの信者との個性の相性は気になるけど、それでも立ち止まっている余裕はない。

2人に背を向けてミルコさんを追いかけた。

 

 

 

奥に進むにつれて、どんどん信者の数も少なくなって、通路の装飾もなくなってくる。

今や通路は完全な洞窟の岩肌が露出しているものになっていた。

ミルコさんが壁を反射するように跳躍を続けてマシンガンをいなして信者を蹴り飛ばしていく。

 

「波動蹴!!」

 

私も自分に可能な範囲でミルコさんの動きを真似して、2段ジャンプと跳躍を駆使して信者たちに波動蹴を叩き込む。

ミルコさん程鮮やかにとはいかないけど、それでも、信者を気絶させることはできていた。

それを繰り返して、フレクト・ターンが待ち構えている部屋の前の扉まで辿り着いた。

 

「この先だな」

 

「はい……この先で……フレクト・ターンが待ち構えています……室内の柱の中……レーザー照射装置があります……入ってすぐに照射してくると思います……」

 

フレクトの思考的に、おそらく侵入と同時にレーザーが照射されると思う。

さらにいうと、フレクトの個性は反射。

レーザーを反射させて、射線通りの軌道をしない可能性すらある。ここにも注意が必要だ。

 

「あの装置か。あれならどうとでもなるな」

 

「……フレクトの個性は……反射です……フレクトの周囲に……どういう仕組みか分からない鏡が……浮いたりもしているので……射線通りの軌道をしない可能性もあります……最大限の注意が必要です……」

 

「反射?となると蹴りは……」

 

「効かない可能性が高いと思います……」

 

「……まあどうにかするしかねぇな。とりあえず蹴っ飛ばして、そっから判断する」

 

ミルコさんは相変わらずな感じだった。

一瞬考え込んではいたけど、とりあえず蹴ってみて判断することにしたらしい。

まあ私もまだフレクトの個性を掴み切れていないし、それで正解なのかもしれない。

そこまで話して、ミルコさんは大きな扉を思いっきり蹴っ飛ばした。

ミルコさんのキック力に耐えきれずに、扉はいとも簡単に吹き飛んでいく。

 

扉が無くなった先には、神殿の大聖堂もかくやという感じの、豪華な広間が広がっていた。

私とミルコさんが部屋の中に足を踏み入れた瞬間、周囲の柱から今までの通路にもあったレーザーを照射する機械がせり出してきた。

それを察知したミルコさんと、ある程度予測できていた私は、左右に分かれて飛び退いて、レーザーを避ける。

そんな私たちの姿を見ながら、壇上にフレクト・ターンが現れた。



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フレクト(前)

壇上に立ったフレクトは、広間に侵入した私たちに蔑むような視線を向けながら口を開いた。

 

「失せよ……おまえたちのような重病者が、立ち入っていい場所ではない。ここは、人類を救済する神聖な場所だ」

 

「はっ、人類救済ねぇ。その割には、掲げる理念と自分たちの行動があってねぇじゃねぇか。笑わせんな」

 

フレクトに対して、ミルコさんが鼻で笑いながら言い返した。

そう、こいつらは"個性終末論"なんて掲げているくせに、自分たちの行動は全くそれにあっていないのだ。

トリガー・ボムによる個性保持者の抹殺は、その思想にあった行動のように見えるかもしれない。

だけど、信者たちの中に普通に個性保持者がいる。

なんだったら、教祖であるフレクト自身が個性保持者だ。

さらにいうと、自分が死ぬことすら考えていない。

本当に個性が世界を滅ぼすから人類を救うなんて考えているなら、こんな思考にはならない。

こいつらの行動の源泉は、フレクトの身勝手で、独りよがりで、我儘な思想の押し付けでしかない。

ミルコさんも、この思考の矛盾に気が付いたみたいだった。

 

「何も間違ってなどいない。純粋なる人々は"個性"という病魔、その脅威に晒されている。それは時とともに混ざり、深化し、コントロールを失って人類を滅亡させる。私がその病魔を祓うことによって、人類を救済するのだ」

 

「個性終末論なんて掲げてるくせに……個性持ちの自分が死ぬことを考えてない……それで人類救済なんて……笑わせてくれる……」

 

私がその言葉を言った途端、フレクトの表情がかすかに歪んだ。

思考的に、死のうとしても死ねないとか、そんな感じのことを考えている。

だけど、その考えこそあり得ないだろう。

死ぬ方法が自刃以外ないとでも思っているのだろうかこの人は。

そうこうしている内に、フレクトは壇上からゆっくりと階段を降りてき始めた。

それと同時に、周囲の本棚がシャッターで覆われ始める。

 

降りてくるのを待ちきれなかったのか、ミルコさんがフレクトの方に跳び上がっていく。

それを確認した私は、明らかに邪魔になるであろうレーザー照射機器の破壊に動き出す。

埋め込まれている柱がどれかなんて、感知と透視でどこにあるかを見ればすぐに分かる。

跳び上がって柱に向かって全力で発勁を叩き込む。

機械の駆動部分だけ明らかに柱としての耐久度が低い。そこを的確に狙い打てば壊すのは容易かった。

 

私が一つ壊すと同時に、フレクトに蹴りを放っていたミルコさんが反射されて吹き飛ばされてしまった。

ミルコさん自身は空中で体勢を整えて普通に着地しているけど、あんな挙動をするとなると、やっぱり直接攻撃は難しいか。

 

「自ら死ぬことを考えていない……確かにそうだ。私は自殺することは考えていない。しかしそれは、私が生まれながらに患っている病のせいだ。決して消えることがない、全てを反射してしまう、この病の……」

 

「個性を病呼ばわりとは、ずいぶんとこじらせてんなぁ!!」

 

ミルコさんが満月乱蹴(ルナラッシュ)をフレクトに放っている。

だけど、やっぱり吹き飛ばされるだけで、その攻撃は何の意味も成していなかった。

私はミルコさんが気を引いてくれている内に、柱の破壊を進めていく。

 

「……フッ、これだから重病者は困る。この病のせいで、私は両親から抱きしめられたことがない。心通わせた友人も、想いを寄せた人も、心すら反射させ、私の元から離れていった……これが病で無ければなんだというのだ。全てを反射させる私は、自ら死を選ぶことすらできないのだ」

 

身勝手にもほどがある不幸自慢と憎悪、普通に生活できる個性への嫉妬、無個性への憧れ、誰からも受け入れられなかったせいで拗らせた承認欲求。

そんな感情を抱きながら、フレクトは大袈裟な身振りで言い放った。

……本当に、ふざけてるとしか思えない。

 

「……死ぬ方法がないなんて、本当に思ってるの……?あなた、肺は普通に膨らんでる……空気を取りこめてる……呼吸してるでしょ……監視してる時の周囲の思考からして……食事だってとれてる……しかも……目に機械を埋め込んでるあたり……光は反射するのかもしれないけど……耳には何もつけてない……音は反射してない……反射できるものとできないものがある……自殺の方法なんてたくさんある……窒息……一酸化炭素中毒……餓死……服毒……今この場で考えるだけでもこれだけ自殺の方法がある……この状況で……個性持ちは殺すのに……自分は死なずに、組織の頂点として君臨し続ける……?本当に……ただ身勝手な欲望を満たしてるだけでしかない……」

 

こいつ、やっぱり自分の死なんて微塵も考えてなかった。

今私を憎々し気に睨んでいるのがその証拠でしかない。

私がこいつから悪意を感じるのだって、こいつが身勝手な欲望のために動いていた証拠だ。

本当に、心からの善意で人類の救済なんてことを成し遂げようとしているなら、ここまでの悪意を感じるはずがない。

それに何も言い返せなかったのか、フレクトが装着している装置から、反射鏡のようなものが外れて浮遊し、空中でピタリと静止した。

 

「ミルコさん!!レーザーです!!鏡で反射させるつもりです!!」

 

「ああ!!」

 

私が声をかけると、ミルコさんも大きく飛び跳ねながら動きまわり始めた。

私も同じように動いて、狙いを絞らせないようにする。

やつの思考からして反射鏡でレーザーを反射させてこっちを狙うつもりだ。

そんなことをするつもりなら、フレクトを無視して先にレーザーを潰しきるだけ。

 

私は真空波を放ちながら跳びまわり続ける。

残ってる機械のレーザーが発射された。

あと5個残っている装置から、赤いレーザーが照射されて、反射鏡を乱反射して私とミルコさんを狙ってくる。

だけど、反射鏡を準備しなきゃいけないこんな攻撃、どこに飛んでくるかなんて思考を読んでれば予測できる。

それを捌ききって、次のレーザー照射装置に向かおうとすると、フレクトがこっちを向いて身構えた。

……飛んでくる。

自身が反射している力を、全て同一の方向に集めようとしている。

間違いなく、凄まじい速さで飛んでくる。

私が落下し始めるタイミングに合わせて、フレクトはこちら側に飛んできた。

 

「人類の救済……その第一歩が、今日、始まるのだ!!数多のヒーローたちの死によって!!」

 

突撃から、拳を突き出してくるのは間違いない。

なら、そこに発勁を当てて……!!

 

私の掌底と、フレクトの拳が激突した。

その瞬間、私が放った威力が、相手の拳に加算されて私の腕に返ってくるのを感じた。

痛い、痛いけど、あくまでこれは反射だ。

パンチの勢いと衝突のエネルギーをどうにかしてしまえば、後は今、こいつが推進力にしている力と、腕を押し付けてくる力、私の手と当たっていることによる抗力に対する反射だけだ。

こちらも力をこめ続けて、抗い続ければ、私の腕はぐちゃぐちゃになる。

なら、抗わない。

与えられる力そのままに、吹き飛ばされるだけだ。

 

月堕蹴(ルナフォール)!!!」

 

案の定、私の身体は紙みたいに吹き飛ばされていった。

なんとか波動の噴出で勢いを殺して、体勢を立て直す。

ミルコさんがフレクトに攻撃を加えて、私に追撃を放つのを防いでくれていた。

今のうちに、真空波で柱から露出してさっきよりも耐久度がないレーザー照射装置の残りを破壊してしまう。

その間にミルコさんも、再び吹き飛ばされて、フレクトはまたフリーになった。

 

「コントロールできない"個性"は苦しみを生むだけ……そして、人類は身体も心も深化する"個性"に押しつぶされる……!!私は私を否定する。ゆえに、"個性"という病をこの世から消し去る」

 

「そんなもん付き合い方次第だろっ!!」

 

ミルコさんがさらにフレクトに蹴りを加えていく。

そんなミルコさんを見ながら、フレクトは鼻で笑いながら言葉を続けた。

 

「フン、普通の個性を持って生まれた者には分からないだろうな。この苦しみも、この病のせいで私を蝕む永遠の孤独も」

 

「確かに私は普通の個性だけどなぁ……コントロールできない個性で大切なやつの役に立とうと足掻いてるやつは、散々見てきたんだよ!!」

 

……ミルコさんは、明らかに私のことを言っていた。

私も、コントロールできない個性が苦しみを生むっていうところだけは、理解はできるのだ。

コントロールできない読心で、散々苦しめられてきた。

人の見たくもない感情は見せつけられるし、笑顔で平然と騙そうとしてくる人も散々見てきた。

笑顔の裏でドス黒い悪意を抱えている悪党だって見てきたし、読まれることを嫌った人たちは私を拒絶した。

だけど、私にはお姉ちゃんがいた。だから、そこまで捻じ曲がることはなかった。

じゃあこいつは、フレクトはどうだったんだと思ってしまう。

フレクトにも、いないはずがない。

反射なんて個性を持っていても、愛してくれた人がいたはずなのだ。

フレクトの目にはめ込んでいる装置。

あれが無ければ、光すらも反射して生活ができないみたいだけど、じゃあ誰があんな、反射なんて個性があっても埋め込むことが出来る特殊な装置を作ったんだ。

反射なんて個性が最初からあったのか、途中で発現したのかは知らないけど、触るもの全てを反射して、目すら見えない子供を育てた両親は、フレクトを愛していなかったのか。

触ることはできなくても、抱きしめてもらうことはできなくても、理解してくれた人がいたはずだったのに。

それなのに、言うに事欠いて、心すら反射して、私から離れていく?

全てフレクトが悪かったとは言わない。

だけど、フレクト自身にも原因があったと言わざるを得ないだろう。

やっぱり、こいつの考えだけは、理解できないし、同調することは決してない。

それだけは確信できた。

そう考えて私もフレクトに攻撃を加えようと思ったところで、入口から、凄まじい勢いの炎が迫ってきた。

 

「ミルコさん!!」

 

私が声をかけた瞬間、ミルコさんは音を聞いてすべてを察して、すぐに飛び退いた。

 

「赫灼熱拳、ジェットバーン!!!」

 

そして、凄まじい熱量の炎が猛々しい声とともに膨れ上がると、フレクトを包み込んだ。



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フレクト(後)

エンデヴァーが、広間の入り口に降り立った。

 

「……重病者どもが、ゾロゾロと」

 

フレクトは憎々し気にエンデヴァーを睨みつける。

ステージ5とか読み取れるから、多分重病人の中でも最高ランクの位置づけにされてるっぽいな、エンデヴァー。

とりあえず、私はエンデヴァーに伝えるべき内容を伝えてしまう。

 

「エンデヴァー……!!フレクトは反射の個性を持っています……!!直接的な攻撃はもちろん……遠隔攻撃も全て反射されます……!!」

 

「なるほど。だからあの熱量を当てても無傷なのか」

 

「さっきの奴はどうにかなったのか?」

 

「あいつはバーニンと後続に任せてきた」

 

エンデヴァーの言葉にあの通路で襲ってきたヴィランの方の波動に注意を向けると、バーニンとパンクラチオン、その他にも何人かのヒーローが連携して対応していた。

私がそんな確認をしていると、ミルコさんが跳び上がった。

 

「エンデヴァー!!リオル!!とりあえず、隙を与えたくねぇのと対抗策考えるために攻撃叩き込みまくるぞ!!」

 

「対抗策など、ない!!!」

 

ミルコさんの蹴りをはじきながら、フレクトが反射鏡を操作して、エンデヴァーの方に吹き飛ぶ準備を始めていた。

エンデヴァーも何かしてくるのを察しているようで、しっかりと身構えている。

私はエンデヴァーの邪魔にならないように、余波や2人の射線から外れるように跳び上がった。

エンデヴァーは、突進してくるフレクトに向かって炎を纏わせた腕を振るった。

 

「バニシングフィスト!!」

 

エンデヴァーは、フレクトの拳に対して凄まじい熱量の炎を纏った両手で、自分に反射による反動が返ってくるのも気にしないでラッシュを繰り出していた。

……フレクトが、熱がっている……?

ぬくもりが分からないなんて考えていたはずなのに……

そういうことか。

人に抱かれるぬくもりは分からなくても、暑いか寒いかは分かるってこと。

それなら……

 

「エンデヴァー!!熱によるダメージ!!入ってます!!熱は反射できてない!!」

 

私の言葉を聞いたエンデヴァーが、さらに熱量を上げたのが分かる。

フレクトの顔が一瞬歪んだけど、フレクトはさらに腕をエンデヴァーに押し付けていった。

それを受けてエンデヴァーは吹き飛んだ。

だけど、エンデヴァー自身はすぐに飛び上がって体勢を立て直している。

エンデヴァーへの追撃をさせないように、私とミルコさんは跳び上がってフレクトに蹴りを叩き込んでいく。

そして私たちが吹き飛ばされると今度はエンデヴァーが突っ込む。

そのエンデヴァーが吹き飛ばされれば、今度は私かミルコさん。

その繰り返しだった。

 

 

 

このままだと、ジリ貧だ。

私とミルコさんにだって体力の限界はある。

ずっと続けていれば威力も精度もどうしても落ちる。

エンデヴァーも炎を使う限界がある。

長期戦は望ましくない。

何が効く。

どうすればフレクトに攻撃が通る。

 

そこまで考えたところで、私は一つの技とも言えない技を思い出した。

嫌がらせに過ぎないけど、それでも、相手の集中力は削げる。

そう考えて、私は、フレクトの波動を、全力で、滅茶苦茶に乱しにいった。

 

「ぐぅ、なんだ!?」

 

フレクトの表情が、露骨に歪んだ。

正直、どうすれば不愉快な音がするかなんて分からない。

でも、適当にガチャガチャ動かし続ければ、何かしらの音は頭に響き続けるはず。

こんなのが響き続けて、冷静でいられるはずがない。

 

動きを止めたフレクトを見たエンデヴァーが、さらにフレクトに連撃を仕掛ける。

フレクトは顔を歪めて、熱や頭に響く異音に耐えるような思考をしながら、エンデヴァーを吹き飛ばす。

体力と集中力は削れているはず。

そう思って私は、フレクトの波動を乱し続ける。

自分の波動と感覚で共鳴させればいいテレパスと違って、そこそこ集中しないと乱し続けることができない。

 

だけど、それに集中しすぎたのがいけなかったんだと思う。

気が付いた時には、フレクトが、私の方に吹き飛んできていた。

まずい、今から波動を圧縮しても回避なんてできない。

横に飛び込むくらいしか……!

 

「遅い!!」

 

そう思った時には、もうフレクトが目の前にいた。

どうにか避けようとしたけど間に合わなくて、フレクトの拳が、私のお腹に突き刺さった。

反射による衝撃も、何もかも叩き込まれたそれを受けて、私は壁まで一気に吹き飛ばされた。

 

「がっ!!?」

 

凄まじい衝撃とともに、壁に叩きつけられた。

それと同時に、全身に激痛が襲ってくる。

そのまま地面に崩れ落ちるけど、フレクトはさらに追撃を仕掛けようとしたのか、私の方に向かってきていた。

 

「人の弟子に、何してくれてんだよっ!!!」

 

私が痛みに悶えて動けないでいると、ミルコさんが今まで見たことがないようなラッシュを、自分に返ってくる反動も気にしないで叩き込み続けていた。

それに続くように、エンデヴァーもバニシングフィストのラッシュを叩き込んでいる。

 

どうにか身体を起こして立ち上がろうとするけど、痛みのせいでちゃんと動いてくれない。

頭から何かが垂れてきてるのも感じる。これ、確実に血だ。

さっきまでの動きは絶対に出来ない。

もう、サポートに徹するしか……

そう思ってフレクトの情報を頭の中で整理し始めたところで、あることに気が付いた。

フレクトは音を反射していない。音を反射してるなら、機械をつけてない耳がその音を拾うはずがないし、自分が出した声の振動もおかしくなって普通に会話なんて出来ない。

呼吸、息も反射してない。これを反射しているなら普通に肺が膨らんだりするはずがない。

食事も取れてる、このことから、確認はできないけど排泄も普通の人と同じだとしか思えない。

もしも排泄物も反射するなら、凄まじい速度で飛び散る汚物を受け止めるための設備が必要になるはずだけど、そんなものはなかった。

つまり、生きるために必要なものや、自分が出すものはまとめて反射してないのだ。

こう考えた時に、1つの可能性に思い当たった。

フレクトが、他に反射していないもの……

 

波動だった。

フレクトは、自分の波動を反射していない。

波動はすごく軽度にだけど振動している。

この振動を反射しているとしたら、身体から離れた波動は、間違いなくあらぬ方向に飛んでいって即座に霧散するはず。

それなのに、私はフレクトが纏っている波動を普通に読んで、読心することが出来ていた。

つまり、波動は、反射していない。

発勁とか波動蹴が反射されたように見えたのは、私の足と手を反射で吹き飛ばされているだけの可能性が高い。

なら、物理的な要素がない純粋な波動の塊なら……通る可能性が高いと思う。

そこまで考えたところで、ミルコさんが声を張り上げた。

 

「エンデヴァー!!反射してくる力が弱くなってやがる!!」

 

「そんなことは言われなくても分かっている!!攻撃の手を緩めるな!!」

 

ミルコさんとエンデヴァーは、フレクトに対して容赦なく重い一撃を放ち続けていた。

その甲斐もあってか、フレクトの反射に綻びが生じてきているらしい。

私もミルコさんとエンデヴァーを助けるために、フレクトの波動を乱しにかかる。

フレクトの波動を乱しながら考えるのは、反射の綻びに関してだ。

フレクト自身は、反射を常時発動型のコントロールできない個性であると考えていた。

だけど、それなら反射に綻びなんて出るのだろうか。

私の常時発動型の波動の感知は、酷使しても綻びなんて生じない。

深く読心していて1人に集中すれば、他の波動は気にならなくなるけど、あくまで気にならなくなっているだけ。

出来なくなっているわけではないのだ。

じゃあそう考えた時にこの綻びの原因を考えると……

フレクトの個性は、常時発動型なんかじゃない可能性が、浮上すると思う。

エンデヴァーとミルコさんも、この可能性に思い至っているからこそ攻撃をし続けている。

負荷をかけ続ければ、個性の上限、キャパオーバーになって、反射が出来なくなる可能性があるから。

 

そのタイミングで、鍵を持っていると思われる緑谷くん、爆豪くん、轟くんと、あとは飛行機を操縦している人の4人が乗った飛行機が、範囲内に入ってきた。

もう1時間も経っていた?

なら、トリガー・ボム起爆までもう30分くらいしかない。

ミルコさんとエンデヴァーが攻撃し続けて、少しずつ反射の綻びが明確になってきているけど、まだ全然戦える程度でしかない。

エンデヴァーとミルコさんの2人を相手に、正面から殴り合いをして問題なく捌けているのがその証拠だ。

そんなことを考えていると、緑谷くんたちが凄い勢いで本部の中を突き進み始めた。

入口に双子の信者や、通路の半ばにバーニン達が押さえているブーストしている巨漢の信者がいるけど、プロヒーローが3人をどうにかして素通しさせている。

これなら……手はある、と思う。

作戦を伝達しようにも、時間がない。

ミルコさんとエンデヴァー、多少雑になってもいいから、同時にテレパスをかけるべきだ。

そこまで来て、私はフレクトの波動を乱すのをやめて、ミルコさんたちにテレパスをかけた。

 

『ミルコさん、エンデヴァー……作戦があります……デク、バクゴー、ショートが……この部屋の近くまで、来ています……フレクトの個性の綻び……個性のキャパオーバーを狙って……5人の大技を、一気に叩き込むべきだと思います……ミルコさんと、エンデヴァー……2人が叩き込んで、3人が、部屋に入る直前に……私がフレクトの意識を逸らします……そうすれば、3人の攻撃は……奇襲にもなると……』

 

『……いいだろう。時間がないのは事実だ。やるだけの価値はある』

 

『それなら、私から叩き込んでやるよっ!!』

 

2人は、テレパスに対して明確に思考を返してくれた。

良かった。どのくらいノイズが混ざっちゃったか分からないけど、それでも、ちゃんと伝わった。

ミルコさんが一際大きく跳び上がるのを確認して、私は緑谷くんたちにも同じ内容をテレパスを始める。

 

『緑谷くん、爆豪くん、轟くん……作戦を、伝える……フレクト・ターンは……反射の個性を持ってる……反射の個性は凶悪……これがあると……攻略のしようがない……この個性の、キャパオーバーを狙うために……ミルコさん、エンデヴァー、あなたたち3人の……大技を、叩き込む……あなたたちは……そのまま全力で、奥の広間まで駆け抜けて……入った瞬間に……全力の必殺技を、叩き込んで欲しい……』

 

『分かった!!』

 

『俺に命令すんな!!!』

 

『それはいいが、波動、お前、このテレパスの乱れ方は……』

 

『……いいから……お願いね……』

 

緑谷くんはすぐに了承して、爆豪くんは反発しながらも納得はしていて、轟くんは、私のテレパスの乱れ方を指摘して心配してきた。

正直、全身の痛みと出血のせいで意識が朦朧としている自覚はあるから、ノイズとか以前に、このせいだっていうのは分かってる。

それでも、やるしかない。

このまま策もなく殴り続けても、トリガー・ボム爆破までにフレクトを倒せる保証がない。

だから、これに賭けるしかないと思った。

 

満月乱蹴(ルナラッシュ)っ!!!」

 

「ぬぅっ!?」

 

ミルコさんが、フレクトに対して蹴りの連打を叩き込む。

そして、最後の一撃を叩き込んだところで、大きく跳び上がってフレクトの周囲から飛び退いた。

私も、波動弾を練り上げ始める。

速度が出るように、より高密度、高濃度で、可能な限りの圧縮を……

動けない私の攻撃なんてこの1撃しか当てられない。

今の波動弾に威力なんてそこまで期待できない。

でも、波動を反射できないなら、まともな痛みをほぼ知らないフレクトなら、波動弾が命中すれば、一瞬こっちに気を逸らすことくらいはできる可能性が高い。

私は、波動弾を必死で練り上げながら、エンデヴァーの唸るような雄たけびを伴った、赤い閃光を凝視していた。

 

「反射など間に合わぬ煉獄、とくと味わえ!!!赫灼熱拳、プロミネンスバーンっ!!!」

 

轟音とともに、部屋の中を凄まじい熱波と衝撃と灼熱が襲った。

私たちへの影響を考えて、最低限の加減はしていると思う。九州の時の太陽のような閃光に比べると、明らかに弱かった。

私の方にも、すごい熱量の暴風が吹き荒れていて、意識が持っていかれそうになるけど、どうにか凝視し続ける。

そして、炎が晴れてきて、3人が部屋の目の前まで来たところで、波動弾をフレクトに向かって勢いよく押し出した。

 

「―――まさか……個性の、限界……!?そ、そんなことが……」

 

「波動、弾っ!!」

 

私が放った波動弾は、高速でフレクトに突き刺さった。

やっぱり、反射されてない。

フレクトが信じられないものを見たような、苛立たし気な表情で、私を睨んでいた。

フレクトは痛みなんてまともに感じたことがないからか、動揺していた。

その視線は、私に釘付けになっている。

 

「フッ、フフッ、まだ動けたかっ!」

 

そう言って私に反撃を仕掛けようとするフレクトの背後の広間の入り口に、爆豪くんと轟くんが姿を現した。

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!!」

 

「膨冷熱波!!」

 

爆豪くんの個性による最大火力の大爆発と、轟くんの氷と炎の温度差の収縮膨張による大爆発が合わさって、凄まじい衝撃が、フレクトを中心とした室内に襲う。

さらに、そんな爆風を切り裂いて、緑色の閃光が、フレクトに突き刺さった。

 

「セントルイススマッシュ!!!―――まだっ、まだぁっ!!マンチェスタースマァアアアッシュ!!!」

 

緑谷くんは、セントルイススマッシュだけじゃ足りていないと判断して、すぐに踵落としを叩き込んだ。

フレクトも反射で全力で対抗していて、緑谷くん側にも凄まじい衝撃が跳ね返っている。

だけど、緑谷くんの蹴りの勢いを相殺しきれなかったフレクトは、地面にめり込みながら叩きつけられた。

もう反射を保つことが出来ていない。

でも、まだ意識自体は保っている。

そんな状態でなんとか起き上がろうとするフレクトの頭上から、ミルコさんが凄まじい速度で落下してきていた。

 

「あいつの傷の礼だっ!!!受け取れクソったれっ!!!」

 

いつも以上に力のこもった踵落とし、渾身の月堕蹴(ルナフォール)が、フレクトの頭に突き刺さった。

フレクトは、それでようやく気絶した。

 

振動、爆風、大爆発、衝撃波。

種類は様々でもそれだけの必殺技の衝撃を受けた部屋は、ヒビだらけになって、天井が崩落し始めていた。

部屋の至る所に瓦礫が落ちてくる。

動けないで、本棚に寄りかかっている私の頭上も、例外じゃなかった。

轟音を立てながら瓦礫が降り注いでくる。

もう私には、それを避けるだけの気力も、体力もなかった。

衝撃を覚悟して、波動で見えてても無意識に目を閉じてしまっていたんだけど、その衝撃はいつまでも来なかった。

いや、波動を見てるから何があったかは分かってる。

轟くんが、氷で庇ってくれたんだ。

 

「波動、無事か!?」

 

「……ん……あり、がと……」

 

「血が……ちょっと待ってろ」

 

氷のドームに守られながら、轟くんが布か何かを探しているのは分かった。

でも、今はそれどころじゃないはずだ。

 

「轟くん……解除、キーを……あそこの、奥の……下りの……階段……その奥が……最深部だから……そこに……怪しい機械が、あるから……」

 

「ああ、任せろ。緑谷!!―――」

 

轟くんが緑谷くんを呼んでいるのまでは認識できた。

解除キーは、緑谷くんが持っているのか。

今、轟くんが緑谷くんに伝えてくれたし、時間も、間に合うくらいの距離しかないはず。

これなら、きっと大丈夫。

そこまで認識して、私の目の前は真っ暗になった。



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帰国

目を覚ましたら、知らない天井だった。

まあ周囲の感じからして間違いなく病院ではある。

頭から血が出てたよなと思って頭に手を当てると、包帯でグルグル巻きにされていた。

 

「やっと起きたのかい」

 

起き上がって声を掛けられた方を向くと、そこにはリカバリーガールが立っていた。

 

「……リカバリーガール……?なんでオセオンに……あれ、ここオセオンですよね……?」

 

「間違いなくオセオンだよ。まったく。あんた何かあるたびに気絶しないと気が済まないのかい?」

 

「……今回のは……私が油断した結果で……無茶をしたというよりも……ポカをしたって……感じなので……」

 

「どっちだとしても結果がこれじゃ変わらないよ。とりあえず横になりな」

 

治癒してくれるつもりなのはすぐに分かったから、大人しく横になる。

そのままいつもの「チユー!」という掛け声とともに頬にキスされた。

頭の鈍い痛みがどんどん引いていく。

相変わらずリカバリーガールの治癒はすごい。

 

「それで、なんでここにだっけ?理由は簡単だよ。ここが重傷者が一番多かったから、治療しにきただけさ。ほら、とりあえずペッツをお食べ」

 

「……ありがとうございます……」

 

ペッツを受け取って口に放り込む。

でも、やっぱりここが重傷者が一番多かったのか。

本部への突入作戦なんてしているから仕方ない部分はあるとは思うんだけど。

ただフレクトと戦って重傷を負っていたのは私くらいだし、他はミルコさんとエンデヴァーが軽傷を負っていたくらいだったはず。

となると他の信者にやられたのかな。

そう思って病院の中の波動を見てみると、バーニンやMr.プラスティックとかが入院しているのは分かった。

入口と通路で幹部っぽいヴィランと戦ってたメンバーが重傷を負ってるのかな。

あとは緑谷くんが入院しているっぽいけど、緑谷くんはどこで怪我をしたんだろうか。

少なくとも本部ではないと思うから、逃亡生活中に負った傷か。

 

「じゃあ私は他の患者の所を回るから、大人しくしてるんだよ。院内を歩くくらいなら何も言わないけど、間違っても他の患者に波動の譲渡なんてしようとするんじゃないよ」

 

「はい……ありがとうございました……」

 

少し話した後に、リカバリーガールはそんなことを言いながらササッと出て行ってしまった。

もう結構な年のはずなのに、相変わらず忙しそうだ。

そんな忙しい中わざわざ来てくれて、こんなに早く傷を治してもらえたんだから、もっと感謝しないといけない。

 

私はどうしようかな。

ミルコさんとかエンデヴァーは範囲内にいないあたり、事後処理とかに駆り出されている感じだろうか。

このまま眠って体力回復に努めてもいいけど、流石に暇すぎる。

緑谷くんのところとかに行ってみるかな。

 

 

 

緑谷くんは病室の中で誰かと話していた。

波動を見て分かっていたことではあるけど、とりあえず元気そうでなによりだ。

来客がいるみたいだけど、どうしようかな。

その人の思考を見ても、すぐに帰る感じじゃないし入っちゃおうかな。

そう思って、ドアをノックした。

 

「はーい、どうぞー」

 

緑谷くんが普通に返事をしてくれる。

ドア越しにちらっと顔を覗かせると、緑谷くんはパッと笑顔を浮かべた。

 

「波動さん!よかった、目が覚めたんだ!」

 

「ん……さっき……リカバリーガールが……治癒してくれたから……緑谷くんは……?入院してたってことは……結構な怪我してたの……?」

 

「あー……うん。そこそこの怪我かな。でもリカバリーガールが治癒してくれたから、もうすっかり良くなったよ!」

 

緑谷くんのことを聞くと、グッと力こぶを作るように元気であることをアピールしてきた。

 

「元気ならよかった……指名手配されたって聞いて……心配してたから……」

 

「それは大丈夫!ロディ……彼が色々助けてくれたから!」

 

「……どーもー」

 

そういって緑谷くんがベッドサイドに座っていた同い年くらいの少年を示した。

ロディという人は気まずそうに頭を掻いている。

ふむ。ちょっと気恥しくて、気まずいから帰ろうかなと思ってる感じか。

それはそれとして、彼の肩に乗って気まずそうにしているピンク色の鳥が気になる。

ロディくんが主人なんだろうけど、こんなに波動が似ていることがあるだろうか。

常闇くんとダークシャドウみたいな感じで、波動が似通っている。

常闇くんたちが感情とか思考が異なっているのに対して、彼はその辺まで同じだし。

そういう個性なんだろうか。

 

「あー、そっか。そうだよね。波動さんなら気になっちゃうよね」

 

「なんだ、どういうことだ?気にしてるのって明らかにピノのことだよな」

 

「……その子……あなたの個性……?その子と……あなたの感情とか……考えてることが……同じだったから……ちょっと気になった……」

 

「うえっ!?え、今そんなに分かりやすかったか!?」

 

ロディくんが驚くと同時に、肩のピノというらしい鳥も、分かりやすいくらいびっくりしていた。

うん。間違いないかな、これは。

私としてはすごく好感が持てる個性だ。

 

「えっと、波動さんのはそういうことじゃなくて……」

 

「私……常時読心しちゃうから……あなたと……その子が……全く同じこと考えてるのが……分かっただけ……」

 

「あ、あぁ……なるほど、そういうことね」

 

説明すると、ロディくんはすぐに納得していた。

納得しちゃうのか。読心に対して全く負の感情を感じない。

 

「読心……怖いと思わないんだね……」

 

「いやぁ、俺は常に垂れ流しにしてるようなもんだからなぁ。今更読まれたところでなぁ」

 

「なるほど……いい個性だね……」

 

「全然良くねーよ。いくら俺が嘘ついても、ピノを見られると本音がバレちまうんだぞ。大したことない個性だ」

 

彼は手をひらひらと振りながらそう言った。

個性に愛着を感じてはいるけど、なんとも言えない微妙な感情を抱えているらしい。

 

「いい個性だよ……嘘をつけないって……すごく優しい個性……本音と言ってることの差が酷い人なんて……不快感しか感じないから……」

 

「……まぁ、こんな個性でも捨てたもんじゃないとは思ってるよ」

 

照れ臭そうにそっぽを向きながら、彼はそう呟いた。

なるほど、素直になりたくないけど、個性でバレるのが分かり切ってるから隠しても仕方ないって感じか。

 

「……そういえば……結局なんで指名手配されたの……?やっぱり解除キー……?」

 

「えっと、うん。そうだよ」

 

緑谷くんが一瞬答えに詰まってから頷いた。

……今ロディくんがちらついたな。

ロディくんの思考まで見たら、どういうことかはすぐに把握できた。

 

「なるほど……そういうこと……運び屋か何か……?しかも……犯罪の片棒を担ぐ類の……」

 

「……そうだよ。だけど、もう足を洗うことにした」

 

「え、そうなの!?」

 

「……今回の件で、身に染みたんだ。弟と妹を守るためにも、危ない橋は渡るべきじゃない」

 

……あんまり事情を聞いてない私が口を挟んでいい話じゃないな、これ。

ロディくんはまだ緑谷くんと話したそうにしているし、その後は一言二言話して、挨拶をして早々に部屋を出た。

せっかくできた友達みたいだし、邪魔するべきじゃない。

部屋を出ようとしたところで、ピノがお礼を言うように手を合わせていたのが印象的だった。

 

 

 

それから数日後。

私は帰国の途につくために、ミルコさんと空港にやってきていた。

さっきまではロディくんが弟と妹を連れて緑谷くんたちに挨拶しに来ていた。

今回は私とミルコさんも、エンデヴァーたちと一緒に帰ることになっているのだ。

今は搭乗手続きを終えて、ロビーで待っているところだ。

だけど、ここでまたひと悶着があった。

司令部の方で用意してくれたチケットが、綺麗に前列3人、後列3人という並びだったのだ。

目の前では、1週間くらい前だったはずなのに、だいぶ昔に感じてしまう光景が繰り広げられていた。

 

「ショートは今度こそ俺の隣だろう!!」

 

「お前の隣は嫌だ。友達の隣にしろ。緑谷か爆豪か波動の隣だ」

 

「友達じゃねぇって言ってんだろうがよ!!」

 

なんでこんなにも同じ内容で喧嘩できるんだろうか。

あまりにも酷い。

ミルコさんとかめんどくさくなって完全に無視してるし。

 

「……ミルコさん……エンデヴァーと同じ並びでいいですか……?」

 

「おう。面倒だからあの争いさっさと収めてくれ」

 

「……分かりました……頑張ります……」

 

とりあえずミルコさんの了承も取れたし、あの喧嘩を収めに行こう。

 

「ちょっといいですか……?」

 

私が声をかけるけど、騒いでいる3人は完全に無視してきた。

気付いているのは緑谷くんだけだ。

……流石にちょっとイラッとした。

仕方ない。声をかけてもこの調子じゃすぐには気付いてくれなそうだし、強制的に気づかせるか。

そう思って、わざと乱して思いっきりノイズがかかるようにして、3人同時にテレパスをかけた。

 

『ちょっといいですか……?』

 

流石に不愉快だったらしくて、3人は動きを止めてこっちを見てきた。

爆豪くんに至っては完全にこっちを睨みつけてきている。

 

「並び……前列を……爆豪くん……エンデヴァー……ミルコさん……後列を……私……轟くん……緑谷くんにしましょう……いい加減周囲に迷惑です……」

 

要望が通る意見だった轟くんと爆豪くんはそれで納得して、唯一希望通りじゃないエンデヴァーだけがちょっと不服そうにしていたけど、周囲への迷惑という部分を気にしてそれ以上何も言ってくることはなかった。

思考も拒否している様子はないから、そのままチケットを配ってミルコさんの方に戻った。

 

「よしよし。よくやった」

 

ミルコさんが頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。

相変わらず荒っぽい撫で方だけど、悪い気は全くしない。

むしろ、フレクトと戦っている時のミルコさんの言葉もあって、ミルコさんに撫でられるのはすごく嬉しかった。

ミルコさんが、あのミルコさんが、私のことを弟子って言ってくれた。

関係だけ見れば、今までも師弟と言えるものだった。

だけど、一匹狼で、学生の間しか面倒を見ないって公言しているミルコさんが、私のことを弟子だって、はっきり言ってくれたのだ。

こんなに嬉しいことはなかった。

私はそんな浮かれた感情を抱きながら、飛行機に乗り込んだ。

友達と飛行機の旅……バスとかと違いはあんまりないかもしれないけど、それでも、これはこれで楽しみだった。



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リンゴパーティー

オセオンから帰ってきて数日。

私を含めたインターンで長期間学校を離れていたメンバーは必死で補習に取り組んでいた。

平日の放課後をほぼそれだけで潰して、なんとか週末になったところだった。

私が部屋で寛いでいると、部屋にお姉ちゃんとエリちゃん、それに通形さんと天喰さんが近づいてきていた。

……思考からして、料理をお願いしたい感じか。

この感じだと、エリちゃんの部屋に山のように積まれているリンゴを使う感じかな。

少し待っていると、チャイムが鳴ると同時にお姉ちゃんの声が響いてきた。

 

「おーい!瑠璃ちゃーん!」

 

お姉ちゃんの声にちょっとわくわくしながらドアを開ける。

その瞬間に満面の笑みのお姉ちゃんの顔が実際に見えて私も大興奮だ。

 

「お姉ちゃん……!待ってた……!入って……!」

 

「いやー、突然ごめんね。頼みたいことがあってさ!」

 

私が部屋に招き入れると、4人が順番に部屋に入りながら通形さんがそんな感じで明るく声をかけてきた。

 

「ん……大体察してます……詳細を詰めましょう……」

 

4人が入ったのを確認してからドアを閉めてテーブルの周りに座った。

お姉ちゃんがコルクボードを見て笑顔を浮かべながら頷いているのがちょっと恥ずかしい。

 

イギリスに行く前は爆豪くんの写真を外さなきゃいけなくなるかと思っていたけど、結局爆豪くんが写っている写真もそのまま残してあるのだ。

轟くんに散々「友達じゃねぇ」って言ってたから、私もちょっと不安になって帰国した後に爆豪くんに聞いてみたのだ。

そしたら、案の定『友達なわけねーだろ』って感じの思考が読み取れてしまって、すごく寂しくはあったけど、仕方なく写真を外そうとしていた。

だけど、私が謝って、じゃあ部屋のコルクボードの写真は外すねって言ったら、爆豪くんはちょっと間を置きながらではあったけど、「んな小させぇことで文句言わねぇ。好きにしろ」って言ってくれたのだ。

発言と思考にずれは全くなかった。嘘じゃない。

友達じゃないとは言っているけど、写真を貼っておくことは許してくれるみたいだった。

爆豪くんはお部屋披露大会の時はいなかったけど、誰から聞いたのか私の部屋に皆の写真が飾られていることを知っていたらしい。

それを知っていたのと、今の会話から予測をつけて、私が受け入れてくれた人とか、友達の写真しか飾っていなかったことを察してくれたみたいだった。

そのうえで、私に気を遣って写真は飾っててもいいって言ってくれた。

友達じゃないって言われたのは寂しかったけど、その優しさは嬉しかった。

 

そんなこんなでコルクボードはそのままになった。

そろそろいっぱいになりそうなコルクボードをどうするかが最近の悩みだ。

 

まあそれはいいとして、今はお姉ちゃんたちの話だ。

 

「波動さん、っとと……ねじれさんとエリちゃんに聞いたんだよね、瑠璃ちゃんは料理がとっても上手だって」

 

「ルリさん、美味しいお料理作ってくれるから……」

 

「ん……リンゴを使った料理を……作ればいいですか……?」

 

「うん!あとはお菓子!」

 

「そうなると……砂藤くんにも……協力してもらった方がいいかも……」

 

ワクワクした表情を隠そうともしないエリちゃんとニコニコ笑顔のお姉ちゃんを見て、私も完全に乗り気になっていた。

その後はどんな感じのものが食べたいかをエリちゃんに聞いていった。

私が作れそうなのは、パイとかガトーショコラ、クッキー、コンポート辺りだろうか。

砂藤くんがいればタルトタタンとかもっと凝ったものを作ってくれると思うから、砂藤くんも巻き込むべきだな、やっぱり。

となると、問題はどのくらい作るかだろうか。

リンゴが数箱単位であるのは通形さんが持ってきた箱の山からして分かりきっているけど、お姉ちゃんたちの想定がよく分からないし。

 

「量とか……どうしましょうか……私たちの分があればいいですか……?」

 

「あのリンゴ……とってもおいしいから、いろんなひとに食べてほしい……!」

 

「さっき俺たちでも話したんだけど、皆でパーティーするのはどうかなって話になったんだ!」

 

「そういうことなら……皆を巻き込みますか……エリちゃん、それで大丈夫……?」

 

「うん!」

 

そういうことで、皆でリンゴパーティーをすることになった。

それからは皆の部屋巡りだ。

順番に皆の部屋に訪問して、用件を伝えていく。

皆すぐに納得してくれて、すごく乗り気で準備を手伝うって言ってくれた。

砂藤くんも気合を入れていたし、美味しいリンゴスイーツができることだろう。

私自身も楽しみだし、お姉ちゃんに美味しいのを食べてもらえるように頑張らないと。

 

 

 

「リンゴここでいいか?」

 

「ちょっと峰田くん!つまみ食いはダメー!!」

 

「あれ、砂糖どこー?」

 

「お?呼んだか?」

 

「あ、ごめん!そっちじゃなくて甘い方の砂糖!」

 

砂藤くん監修のもと、皆で色んなリンゴ料理やスイーツを作っていく。

エリちゃんも緑谷くんに教わりながらリンゴ飴を作っている。

お姉ちゃんは皆の所を興味津々な様子で見て回っていた。

お姉ちゃん可愛い。

皆も料理しているところをお姉ちゃんに見てもらえてきっと大満足だろう。

私は私で、お姉ちゃんに味わってもらうためにこだわりまくった最高のアップルパイを作ろうとしていた。

パイは普通に料理として作ったこともあるから、もともとお姉ちゃんの好みに寄せて作ることはできる。

そのうえで、リンゴをメインにした場合のアレンジの方法を砂藤くんに教えてもらった。

それを踏まえて、さらにお姉ちゃんの好みの味になるように調整したのだ。

後は焼きあがるのを待つばかり。

そう思って達成感とともに皆の方に注意を向けると、リンゴを手で握りつぶしている切島くんがいた。

……どういう状況だ、これ。

思考を読む限りリンゴジュースを作ってるみたいだけど、なんで手で握りつぶして作ってるんだ。

ミキサーがあるだろうに。

エリちゃんも顔を真っ赤にして真似しちゃってるし。

 

「……エリちゃん……ジュース作りたいの……?」

 

「う、うん……だけど、硬くて、あの人みたいに出来ないの……!」

 

エリちゃんはそう言いながら切島くんの方を意識して、リンゴを潰そうとする作業に戻った。

この方法じゃ無理だし、一緒にミキサーで作ってあげようかな。

 

「そうだね……じゃあ……一緒にリンゴジュース作ろっか……」

 

「いいの?」

 

「ん……大丈夫……パイも後は待つだけだから……」

 

エリちゃんも納得してくれたみたいだし、そのままキッチンでミキサーを出した。

さっきまでエリちゃんと一緒にいた通形さんも、私がジュースをエリちゃんと作り出したのを確認してから、自作のリンゴスイーツを作り始めた。

エリちゃんに御馳走するつもりらしい。

それはいいとして、ミキサーにリンゴを入れるのはエリちゃんにしてもらうにしても、ある程度の大きさに切るのは流石に私がやらないとダメだ。

ササッといくつかのリンゴの皮を剝いて4等分に切ってしまう。

 

「はい……ミキサーの中に入れてみて……」

 

「うん!」

 

エリちゃんがワクワクしたような表情でミキサーの透明なカップの中にリンゴを移していく。

その様子を微笑ましく思いながら見守っていると、お姉ちゃんが近づいてきていた。

 

「ふふ、瑠璃ちゃんがお姉さんしてるの見るのは結構新鮮だなー」

 

「お、お姉ちゃん……あんまり見ないで欲しい……」

 

「なんで?いいことだよ。昔の瑠璃ちゃんだったら、私用のアップルパイ作るだけで周囲のことなんか一切気にしてなかっただろうし」

 

「それは……そうかもしれないけど……」

 

「成長してるってことだねー。私もお姉さんしてる瑠璃ちゃんの写真が取れて大満足だよ!」

 

……撮られていることに全く気付かなかった。

またお父さんとお母さんが私を辱める材料が増えてしまったのか。

 

「……お、お父さんと……お母さんには……見せないでもらえると……」

 

「それは無理かなー」

 

「ルリさん!全部入れたよ!」

 

お姉ちゃんをどうにか説得しようとしていると、エリちゃんが満面の笑みで声をかけてきた。

……仕方ないけど、お姉ちゃんの説得はとりあえず後にして、ジュースを仕上げちゃうか。

そう思って私は、エリちゃんの方に戻って、ミキサーの中に水とレモン汁と砂糖と氷を適量ずつ入れていった。

 

「後はこのボタンを押すだけだよ……」

 

「うん!」

 

エリちゃんがスタートのスイッチを押す。

それと同時に、結構大きな音を出しながら、ミキサーが起動した。

それから数分ミキサーをかけ続けて、リンゴジュースが完成した。

完成したリンゴジュースをストロー付きの子供が飲みやすいコップに入れてエリちゃんに渡してあげる。

 

「はい……出来上がり……ゆっくり飲んでね……」

 

「うん!」

 

エリちゃんが大事そうにコップを抱えるのを確認してから手を離す。

それからゆっくりとかわいらしくちゅうちゅうとジュースを飲み始めた。

その様子を眺めながら、私は私でそろそろ焼きあがるアップルパイの確認をしていた。

良い焼き具合だし、これくらいでよさそうかな。

そう思ってアップルパイをオーブンから出していると、少し離れたところから飯田くんの「足の速い者は集まってくれ!」という声が聞こえてきた。

……リンゴ、無くなっちゃったのか。

買い出しの為にこんなことを言っているっぽい。

 

「……リンゴ……無くなっちゃった……?」

 

エリちゃんも遠くの声が聞こえてきたのか、シュンと寂しそうな表情を浮かべて聞いてきた。

一応、その通りではあるんだけど……

 

「ん……そうみたい……一応……足りなそうな分は……買ってきてくれるみたいだけど……」

 

「……エリちゃんが皆に食べて欲しいのは、このリンゴ、なんだよね……」

 

通形さんが言ってくれている通りで、エリちゃんの思考は自分が美味しいと思ったリンゴが皆に行きわたらなくて、食べてもらえない可能性があるのを寂しがっている感じだった。

……解決策、一応あるにはあるけど、常闇くんの私物だからなぁ……

勝手に言うこともできないし……

そう思って緑谷くんたちが買い出しにいくのを見逃そうとしていたら、壁際で腕を組んで目を瞑ってかっこつけている常闇くんが口を開いた。

 

「買い出しに行く必要はない。これを使ってくれ」

 

そう言いながら、常闇くんはリンゴの箱を持ってきたダークシャドウを指し示した。

 

「そのリンゴ、ミリオとエリちゃんが当てたのと同じ……」

 

「うん、間違いないよ!」

 

天喰さんが通形さんに呟くように声を出すと、通形さんもいい笑顔で頷いた。

 

「好きに使ってくれ」

 

「エリちゃん!これだけあれば皆に食べてもらえるね!」

 

常闇くんの気前のいい提案に、通形さんが意気揚々とエリちゃんに話しかける。

エリちゃんはエリちゃんで、気合を入れて常闇くんに話しかけようとしていた。

 

「……あの……!わたしも、リンゴすき……!」

 

「……同志だな」

 

「どうし?」

 

「仲間ってことかな!」

 

「なかま……!」

 

エリちゃんが自分のリンゴ好きを常闇くんに暴露すると、相変わらずな小難しい言い回しで応えていたわけじゃない。

ただ、エリちゃんも通形さんの説明でしっかりと理解できたようだった。

凄く嬉しそうに呟いていた。

 

それから少しして、皆が作っていたリンゴ料理とスイーツが完成した。

エリちゃんも、リンゴを使った料理とかが所狭しと並べられた机を見て満足気にしていた。

私は私で大興奮で甘い系の食べ物を次々と食べていく。

やっぱり甘いものは美味しい。

私が作ったアップルパイもお姉ちゃんを筆頭に大好評だし、悪い気はしない。

エリちゃんもリンゴパーティーを楽しんでいるみたいだし、皆大満足のパーティーだった。



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経営科との地獄の授業(前)

「経営科との特別授業があります」

 

珍しく全員揃っている朝のホームルームで、先生が開口一番にそう言い放った。

サポート科とは皆コスチュームの改造とかでお世話になっているけど、経営科となってくると話は別だ。

普通科と同じく、ほぼ関わりがないと言っていい。

 

「はいっ!それはいったいどういう授業になるのでしょうか!?」

 

皆内容に想像がつかないのもあって疑問符を浮かべていると、飯田くんが凄い勢いで手を挙げて質問した。

それに対して、相澤先生はスッと説明し始める。

 

「経営科によるヒーロープロデュースだ。経営科の生徒とペア、もしくはグループになり、1分以内のヒーロープロモーション映像を作る。そして普通科生徒による投票で順位を決める。ちなみにB組と合同だ」

 

「へえ~」

 

「面白そう!」

 

……皆はいつもの訓練とかとは違った感じの授業に対して期待に胸を膨らませているけど、私は嫌な予感が止まらなかった。

相澤先生が、私たちに心底同情している。

心配するような感じになることはあっても、こんな憐れむ感じになっているのは初めてみた。

あとは、経営科の方の思考が……なんていうか、直視したくもないような妄想が山となっていた。

 

「いいか、これはあくまで経営科主体の授業だ。どんなヒーローになるのかは経営科の生徒次第。つまり、プロモーション映像を作る時は、全部あちらの生徒の言う通りのヒーローを演じろということだ」

 

……もう絶句するしかなかった。

つまりこれは、経営科が理想のヒーロープロデュースを試して、その妄想を酷評されて現実を叩きつけられる授業か。

実際経営科の先生がそんな感じのことを考えてるし。

私たちはそのための生贄にされるらしい。

経営科の指示に従えというのが先生の指示だし、万が一にも言うことを聞かなかったりしたら、先生から指導が入りそうな感じだ。

普通、経営科はそのヒーローを売り出すために、そのヒーローに合ったプロモーションを考えるべきなのであって、自分の考えを押し付けるべきでは……

あ、そういうことか……

今後、自分の理想、というか妄想を押し付けて失敗させないための教訓を、経営科生徒に叩き込むための授業……

やっぱり私たち完全に生贄だ……これ……

……逃げたくなってきた……

 

先生の思考の感じからして、先生もさせられたことがあるみたいだった。

つまり、この生贄は雄英ヒーロー科の伝統みたいな感じになっているということだ。

先生も『言うなよ』って感じの思考を私に向けてきてるし……

どうせすぐにバレるから変わらないと思うんだけど、ここで爆豪くんとかに暴れられても面倒だって考えてるっぽい。

それならこんな授業しなきゃいいのに……

 

「ペア及びグループは事前に経営科で決めてある。これから顔合わせだ。行くぞ」

 

先生はいつも通りさっさと経営観の教室に向かうように指示を出してきた。

い、行きたくない……

だけど行かないわけにもいかなくて、渋々皆と一緒に経営科の教室に向かうしかなかった。

 

「プロモだって!カッコかわいく撮ってほしい~!」

 

「ね~!」

 

三奈ちゃんと透ちゃんピョンピョンしながらこの後繰り広げられる地獄を楽しみにしている。

そんな2人の横で、お茶子ちゃんが恥ずかしそうに手を頬に当てていた。

 

「や~でも、カメラで撮られるってなんか照れる!」

 

「ウチも……やだな~」

 

「こういうの初めてだものね、ケロ」

 

「少し緊張しますわね」

 

皆なんだかんだで楽しみしてしまっている。

私のテンションとは天と地の差だった。

 

「波動は大丈夫なの?なんかいつも以上に黙ってるけど」

 

「……すぐに分かる……」

 

私はそんな言葉しか返すことが出来なかった。

私とペアになるであろう子の思考を読んで、もう何も言うことができなくなっていたのもある。

本当に行きたくない。

私のテンションの低さに他の女子は疑問符を浮かべていたけど、どうせすぐに察すると思ってもう何も言わなかった。

後ろの方で男子が新人売り出し時のプロモーションの重要性とか、自分はこう撮ってもらいたい、みたいな話で盛り上がってるけど、そんないいプロモーションを撮ってもらえるはずがない。

だって、経営科生徒が思い描いているのは、ペアになるヒーロー科生徒の良い所とかじゃなくて、いかに自分の理想をこっちに押し付けるかでしかないんだから。

 

 

 

経営科の教室につくと、すぐに経営科が各々のペアの手を引っ張って移動し始めた。

場所がないのと、自分の秘めた妄想を披露するのはステージであることを考えているのとで、各々なるべく他の人がいない場所に向かっているらしい。

もうやだ逃げたい。

私よりもだいぶ背が高い女子生徒は、体育館の方まで移動してようやく止まった。

 

「じゃあ波動さん!!よろしくね!!」

 

「わ、私は……よろしくしたくない……ゆるして……」

 

「なんかテンション低い?でも大丈夫!!これから女の子の理想を体現してもらうんだから!!きっとテンションだって上がるよ!!」

 

ペアの子のテンションが高すぎてついていけない。

なんでこの子の背が高くて似合わないからって、私がそんな辱めに合わなければいけないんだ。

いらないと思ってるならその無駄に高い身長を私に分けるべきだ。

 

「波動さんは魔法少女って好きかな!?」

 

「す、好きじゃない……もうとっくに卒業してる……ゆるして……」

 

「卒業ってことは昔は好きだったんだよね!!じゃあ大丈夫だよ!!」

 

……これは何を言ってもダメなやつか。

大幅な拒否は授業内容と先生の指示的にできないし、最低限、せめてもの抵抗をし続けるしかないか……

 

「というわけで、もう分かったかもしれないけど!!波動さんには魔法少女ヒーローになってもらいます!!私こういうの大好きなんだよねー!!」

 

「そ、そう……」

 

「だけど私、背が高くてコスプレとか似合わないし……でもその点波動さんは背も小さいし可愛いし、顔も幼さが残っててもう最高!!胸だけはちょっと残念だけど……でも、街を守るために小さな女の子が頑張るのって最高だと思うの!!だから、魔法少女ヒーロー!ウケると思うんだよ!!波動さんあの青いので魔法みたいなのもできるでしょ!?もうぴったり!!私すぐに波動さんとのペアを希望しちゃったもん!!」

 

「背の小ささなら……小森さんとか……」

 

「あー、小森さんねー……うん、やっぱり駄目だね。小森さんって、私の目測的に152cmはあるし。背の高い魔法少女がダメとは言わないけど、150超えてきちゃうと私の求める魔法少女像からズレてきちゃうんだよ。あと個性がかわいくない」

 

「か、かわいく……ない……?」

 

なんだこの人、なんで見ただけでそんな一の位まで身長言い当てられるんだ。

多分あってるし。

しかもこの人の基準、あまりにも酷すぎる。

その条件じゃ梅雨ちゃんすらもダメじゃないか。

さらにいうと個性の可愛さってなんだ。

小森さんのキノコ、幻想的だから浮世離れした感じになっていいと思うんだけど。

私の個性、全然可愛くなんてないし。

 

「そ。キノコはねー、魔法少女が持ってる魔法じゃないでしょ。あれは敵側だよ、敵側。その点波動さんの個性は青くて幻想的な弾を飛ばしてるでしょ?あれとかもう最高だと思うの!それに、波動さん身長14「まだ伸びるから!!」

 

この人、私のコンプレックスをぐりぐりと抉ってくる。

私の身長だってまだ伸びるはず……きっと、高校の間にも伸びれば……夢の150cmに届くはず……

それなのにこの人、いくらなんでも酷過ぎる。

 

「まあ今後伸びるかもしれなくても、今はそうじゃないから!というわけで、私が用意した特製のコスチュームとサポートアイテムがここに!!ささっ、着替えて着替えて!!」

 

「は、話を聞いて……」

 

この人、自分の理想を押し付けることが出来る相手の出現に、異常なテンションになってる。

多分私のことを一切気にしてくれなかったり、コンプレックスを抉ってくるのはこれが原因だとは思う。

だって普段からこんな感じの言動してたら、絶対に周囲から煙たがられたり嫌がられてると思うし。

そこまでの波動を経営科から感じたことがない。

つまり、暴走状態なのだ。

どのペアも今まさに私と同じような状態になっているし……

 

当然、押し付けられるものを拒否できるわけもなかった。

私の手には、フリルたっぷりのフリフリふわふわの水色の衣装と、先端に透き通った水色のハートが付いている、おもちゃとは思えない本格的な質感のステッキが握られていた。

こ、これを着ないといけないとか……洒落にならないんだけど……

エリちゃんがこういうのを持ってる分には、私も微笑ましく思いながら見るだけだけど、なんで私が……

 

 

 

地獄のような時間が終わって、寮に辿り着いた。

ほとんどの人たちは帰ってきていたようで、寮の中はお通夜のような雰囲気になっていた。

授業の前まではウキウキしていた皆も、現実を思い知らされたらしい。

透ちゃんはまだペアの人と着せ替えショー紛いのことをしているから、響香ちゃんたち女子がいるところに向かっていった。

 

「あー、おかえり、波動……その感じだと、波動もだよね……」

 

「ん……響香ちゃんも……」

 

響香ちゃんは、普段だったら絶対に着ないレベルの露出度のドレスを着せられていたはずだ。

こうもなるだろう。

響香ちゃんの後ろでは、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが「歌を練習しないと……」とか言っている。

あの2人はグループで色々させられてたはずだ。

三奈ちゃんもなんか自分のイメージのヒーロー像と真逆の物を提示されたっぽくて珍しくテンション低いし、百ちゃんは……多分提案された内容を理解できてないな。

部屋に戻って調べてからが本番か。

女子の中で一番マシなのは透ちゃんだな、これ。

 

「波動がテンション低かったのって、これを察してたの?」

 

「……ん……もう……経営科の妄想が……どかどかと流れ込んできて……」

 

「あの類のが大量にってこと?洒落になってないね……」

 

「今日の感じだと……乗り気なのは常闇くんだけ……皆同じだと思って……乗り切るしかない……」

 

私がそういうと、響香ちゃんはすごい渋い表情を浮かべた。

私も同じ気持ちでしかない。

今後あの衣装で、あの人の要望通り魔法少女としてPVを撮って、それを、皆に晒される?

どんな地獄だ。

常闇くん以外全員同じ気持ちだから、そう思ってなんとか耐えるしかなかった。



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経営科との地獄の授業(後)

数日後。

壇上に大きなスクリーンを張った体育館に、普通科、経営科、ヒーロー科の3科が集まっていた。

目的は言わずもがな。

経営科による、ヒーロープロデュースという名の妄想の押し付けのプロモーション映像の発表会である。

よく考えたら、心操くんはこの地獄の授業を回避したのか。

ちょっと羨ましくなってしまった。

 

私たちは、体育館のパーテーションで仕切られたエリアで待機していた。

経営科は普通に制服だけど、ヒーロー科は全員フード付きの黒マントを羽織っている。

皆経営科特製のコスチューム紛いを着ていて、映像を流した後にマントを脱ぐように指示を受けている感じだった。

……透ちゃんだけ存在感が凄まじいな。サイズが違い過ぎる。

これマント着てる意味あるんだろうか。

 

まあそれはいいとして、常闇くんを除いたヒーロー科の生徒はB組も含めて皆深刻な表情をしていた。

 

「……誰かウソだって言ってくれよ……」

 

「マジでやんのか……?」

 

「……帰りたい……」

 

私も含めて、皆暗い呟きをブツブツと呟いている。

そんな私たちの所に、相澤先生とブラドキング先生がやってきた。

 

「お前らの気持ちは分かる!だが、これも大事な授業だぞ。覚悟決めて舞台に立て!」

 

「プロヒーローになれば、理不尽なことも一つや二つじゃすまない。これはそのための予行演習でもある」

 

「……ここまでの理不尽……早々ないと思うんですけど……」

 

思わず先生に文句を言ってしまう。

今から漏れなく公開処刑されて来いって言ってるんだから、多少文句を言っても許されるだろう。

先生もやったことがあるとはいっても、流石に文句しか出てこない。

 

「早々ないからこそ、こういうのを乗り越えておけば今後の糧になる。カメラの前であがりにくくなったりな。経営科の方が主目的であるとは言っても、ヒーロー科としても得る物があるからしている合同授業だ。諦めて恥を捨ててステージに立つしかない」

 

先生にそこまで言われて、結局それ以上文句を言うこともできなかった。

皆も先生たちの言葉に諦めて、それぞれ覚悟を決めている。

そして、経営科プロデュースによるヒーロープロモーション映像鑑賞授業が始まってしまった。

 

 

 

順番はA組から出席番号順になった。

最初は青山くんだ。

 

「えー、コンセプトは病弱ヒーローです。病弱だってヒーローになれるんだという社会への強いメッセージを表現しました。それでは、ご覧ください!」

 

経営科の生徒がコンセプトを説明して、映像が始まった。

そこには病院のベッドと思われるような場所で点滴を受けている青山くんが、ヒーローに憧れている様が映されていた。

そのまま場面が切り替わると、ヴィランの前に入院着を着て点滴棒を持った青山くんが立ちふさがっていた。

 

『残り少ないこの命、僕は正義のために生きる……!』

 

かっこよく決めた青山くんはそのまませき込んで倒れ込み、さらには吐血し始めた。

ヴィランが思わず心配して声をかけたところで、青山くんがガバっと動き出していた。

 

『なんちゃって目つぶしビーム!!』

 

そのままレーザーの直撃を食らって、ヴィランは倒れた。

 

『病弱だって武器のうち……病弱ヒーロー・青色吐息……っ』

 

「よ、よろしくね……☆」

 

青白い顔の青山くんがウインクして映像が終わると同時に、壇上の青山くんがマントを脱ぎ去って入院着を晒し、吐血した演技をしながら声を絞り出した。

 

なんだ、これ。

普通科の生徒は呆然としながらその様子を眺めている。

あんまりにもあんまりな地獄のような空気に、私を含めたヒーロー科全員が震えあがっている。

先生たちは、離れたところで私たちに聞こえないように注意しながら、『二度とやりたくない』とか呟いている。

先生たちもそう思うなら、こっちにもやらせないで欲しい。

 

そこからは地獄が続いた。

特攻服を着て仏恥斬りとか喧嘩上等とか夜露四苦とか言って、ヤンキーヒーローをさせられている三奈ちゃん。

2人組で歌って踊る映像が流れる、アイドルヒーローのお茶子ちゃんと梅雨ちゃん。

……よく考えたらこの2人はマシだな。

普通科も普通に「おお~」って感じの反応を返してるし。

普通のアイドルヒーローだ。まあ歌いながらヴィラン退治してるのは意味が分からないけど。

バーでバーテンをしてるダンディヒーローの飯田くん。

クソ真面目な飯田くんにバーテンなんて押し付けたせいで、映像の後に飯田君が「映像の中に出てくるカクテルは本物ではありません!!」とか叫んで経営科の生徒ともめてしまっていた。

ここでもダンディに決めるつもりだったらしい。

 

その後も、ビジュアル系ヒーローの尾白くん、〇ーベル大好きと公言する経営科生徒プロデュースの雷神デーとかいうヒーロー名にされた上鳴くん、漁師ヒーロー切島くんと続いていく。

……大漁旗の伏線、こんなところで拾ってくるのか。

経営科の生徒が漁師大好きって公言しているし、切島くんの提案ではなさそう。

ヒップホップにラップを披露する力技ラッパーヒーローな口田くん。

スナックのママにされた砂藤くん。

一人人形劇を売りにしている、一人人形劇団ヒーローの障子くん。

チャイナドレスで女スパイにさせられた響香ちゃん。真っ赤な顔でキョンキョンというヒーロー名を言うのに、言葉が詰まってしまっているのがかわいい。

いや、まったく笑えないんだけど。私も人のことは言えない。

まずい、どんどん順番が近づいてくる。

披露が終わった人たちの燃え尽き具合はすごいけど、このまま私もそっちにワープしたい気分だった。

 

常闇くんは、もうなんというかすごくノリノリだった。

闇の貴族ヒーロー・ダークシャドウ13世、らしい。

凄く中二病な発言を言わされてるのに、いつもがいつもなせいで全くかわいそうじゃない。

本人も嫌がってない。なんでこんなところでベストコンビみたいな感じになってるんだこの2人。

経営科の妄想と本人の趣向が合致しないで欲しい。

 

轟くんはイケメン過ぎて見た人に激しい動悸を引き起こすというコンセプトの、顔を見せたがらない鉄仮面ヒーロー。

透ちゃんは、もうなんというかカオスだった。

透ちゃんの衣装は着ぐるみなのだ。

それを何個も何個も早着替えしていく感じのやり方。

セリフも「ウサギさんだよ~……ウサギさんキック!!」とか結構意味が分からない感じだ。

だけど、透ちゃんも他の人のを見て自分はマシだったと気が付いたらしい。

壇上で着ぐるみを着ている透ちゃんは、ちょっと清々しい感じの顔をしていた。ずるい。

これなら私もそれが良かった。

 

爆豪くんも爆豪くんでなんだこれ。

なんだヴィランヒーローBack&Goって。爆豪くんが人を殺せるくらいの眼力で経営科の生徒を睨みつけていた。

そんな様を眺めていたら、私の番になってしまった。

 

 

 

『普通の女の子だったはずが、ある日特別な力を手に入れた……そんな少女が街を守るって、すごくいいと思うんです!!そんな魅力を表現したヒーローを目指しました!!』

 

スクリーンに映像が映し出される。

凄い少女趣味の服を着せられた私が、魔法少女のアニメを見せられている。

なんだこれ。ほんとになんだこれ。

穴があったら入りたい。

 

『私も……あんな風に……』

 

あんな風にじゃないが?本当に無理。

なんなんだこれ。私は幼女じゃないと声を大にして言いたい。

映像が切り替わると、映像の私は既に魔法のステッキを持っていた。

 

『メタモルフォーゼ!』

 

ここ、何回もとちってやり直しさせられまくったんだよなぁとぼんやり眺めることしかできない。

映像がまばゆい光で覆いつくされると、あのフリルがたくさんついたフリフリの衣装を身にまとった私が、女児が持っているのが似合う魔法のステッキを握った状態で映っていた。

 

『愛の力でヴィランをやっつける!魔法少女ヒーロー、マジカル・ルリリ、参上です!』

 

周囲から伝わってくる感情と思考がただただ煩わしい。

顔が燃えるように熱いし、どうすればいいんだこれ。

映像の私は、ステッキを手から吹き飛ばされた後に、波動弾を叩き込みながらステゴロでヴィランを退治した。

 

「ま、魔法少女ヒーロー・マジカル・ルリリ、です……よ、よろ……しく……」

 

「波動さん!?はきはき言う練習沢山したでしょー!!なんでそんな消え入るようになっちゃうのぉ!」

 

経営科の生徒が不満そうだけど、知ったことではない。

もう義務は果たしたし、私は逃げるようにパーテーションの向こう側に走った。

 

 

 

「瑠璃ちゃん、お疲れ様……」

 

「……ん……透ちゃんも……お疲れ様……」

 

「だ、大丈夫?」

 

「……心に……多大なダメージを……負った……」

 

透ちゃんが心配してくれるけど、私にはそれどころじゃない精神的ダメージがきていた。

普通に可愛いって思われているだけならまだマシ。この反応が一番多かったのが救いではあった。

だけど、『きっつ』とか、『うわっ』とかいう思考も読み取れるのだ。

さらにいうと普通科の中にいるロリコン。

こいつが私の胸に文句を垂れている思考を垂れ流しているのもただただ不愉快。

 

「私……幼女じゃない……ちっちゃくもない……」

 

「うん、大丈夫。瑠璃ちゃんはちゃんと高校生だから」

 

その後はしばらく再起不能になっていた私を、透ちゃんが優しく慰めてくれた。

途中で上鳴くんが素で似合ってるとか言ってきたけど、響香ちゃんがすぐに上鳴くんの耳を引っ張って制裁してくれていた。

こんな衣装、似合ってるとか言われても全く嬉しくない。

 

私がようやく再起動したころには、B組生徒の発表も終わっていた。

結構な人数が私と同じように深刻なダメージを負っている。

死屍累々といっていい様相を呈していた。

結局優勝したのは、最後の方にトラブルがあって、老朽化していた機材の落下から普通科生徒を守った鱗くんになった。

理由は、「助けてくれたから」でしかない。

経営科は経営科で綺麗に鼻を折られて自信喪失している。

だけど、例年は普通科生徒たちの辛辣な投票理由が延々と並べられるらしい。

あんな目に会わせてくれたのだ。もっとダメな理由をちゃんと伝えて欲しかった。

実際妄想の押し付けが駄目だという教訓を理解できてない経営科生徒が結構いる。

さらに、普通科に『ヒーロー科も大変なんだな』とか思われていたり、心操くんが『編入前でよかったかもしれない』とか思っていたりしていて、すごく何とも言えない気持ちになってしまった。



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観光案内

3月に入って少しした頃。

今日私以外に寮に残っているのは、エンデヴァー事務所に行っている3人と、ギャングオルカの所に行っている響香ちゃんと障子くん、あとはファットガムの所に行っている切島くんだった。

まあ緑谷くんはさっきいそいそと出かけていったから今は寮にいない。

なんでもロディくんが弟妹を連れて日本に来るらしい。

オセオンはあんなことがあったばかりなのに、随分とまぁ豪快だなぁとは思う。

そんなに緑谷くんに会いたかったんだろうか。

 

寮に残っているメンバーがそんな感じなのもあって、私は響香ちゃんと過ごしていた。

音楽を一緒に聞いたり楽器の弾き方を教えてもらったりしていた感じだったんだけど、そんなことをしていたら、スマホに通知が入った。

 

「あれ、どうしたの?」

 

「……緑谷くんから……」

 

「緑谷?誰かに会いに行くって言ってなかったっけ?なんかあったの?」

 

「……寮にいる……来れそうなメンバー連れてきて……街を案内してほしいって……」

 

「?緑谷が自分ですればいいんじゃ……」

 

緑谷くんはどうやらロディくんたちの道案内を求めているらしい。

これは多分、ロディくんと面識があるメンバーにはメッセージを送った感じかな。

ただ、爆豪くんは行かないだろうし、轟くんは今日は自主トレしているみたいだから、行けそうな感じじゃない。

緑谷くん自身で案内しようとしない理由は分かるから、行くしかない、というよりも行かないとロディくんと弟くんと妹ちゃんがかわいそうかな。

私自身ロディくんに不快感は感じないから、特に拒否する理由もない。

 

「自分でやろうとしない理由は……割と簡単に想像つくよ……多分オタク的な場所しか知らないだけ……」

 

「あぁ……確かに。緑谷のことだしオールマイト関連のところしか提案しなそう」

 

「だから……行ってあげた方がいいかなって……ただ……私もあんまり詳しくないから……響香ちゃんも来てくれると……嬉しいかも……」

 

「うん、いいよ。ウチが行っても大丈夫なら、障子と切島も誘っとく?来れそうなメンバー誘って欲しいって書いてあったんだよね?」

 

「ん……誘ってみて……早く外出届とか出した方がいいかも……」

 

響香ちゃんは特に問題なく了承してくれた。

そこからの行動は早かった。

障子くんと切島くんにもどうするのか確認して、緑谷くんが外出届を出した相手だと思われるオールマイトに事情を説明して外出届を提出。

急だとちょっと渋られることもある外出届だけど、外出先がだいぶ前から外出届を出していた緑谷くんのところだったから承認してもらえた。

まあ帰省にもプロヒーローをつけるくらい警戒している今の雄英で、外出を承認してくれるだけ優しいとは思う。

承認をもらって、すぐに4人で電車に乗って移動した。

 

 

 

「よう緑谷!オセオンから来た友達に日本を案内したいんだって?俺らに任せな!」

 

公園のベンチに座って話している緑谷くんとロディくんが見えたところで、切島くんがそんな感じで声をかけた。

知らない人を呼ぶと思っていなかったらしいロディくんはちょっとびっくりしている。

そんなロディくんが、ちょっと拙い感じの日本語で呟いた。

 

「なんかいっぱい来た」

 

「波動さんとは前にも会ったよね!他の皆も雄英のクラスメイトだよ!」

 

「緑谷1人に案内させたらオタクツアーになんぜ」

 

「ん……オールマイト巡り……待ったなし……」

 

私も切島くんに同意しておく。

とりあえずロディくんは嫌がっている様子はないし良かった。

言語の壁の問題があるから、ロディくんが緑谷くんと普通に会話できているのも不思議だったけど、スマホの翻訳と緑谷くんの拙い英会話でなんとか会話していたっぽい。

まあでも、ヒーローとしてオセオンに行っていた時のような高性能の翻訳機能付きのインカムなんてもうないから、仕方ない問題でもある。

そんな感じでロディくんと話していると、響香ちゃんがロディくんの弟と妹にも、ゆっくりと、拙い感じではあるけど英語で声をかけていた。

 

「ロロくんとララちゃんだよね。ウチらも一緒に行ってもいいかな?」

 

「うん!皆で遊んだほうが楽しいよ!」

 

この2人も、子供らしい純粋な思考をしてる。

普通のいい子だ。

 

「そうと決まれば、大衆娯楽に触れるもよし!食べ歩きするもよし!行き当たりばったり街歩きツアーだ!」

 

そんな感じで、当初の緑谷くんのお願い通り、切島くんたちプレゼンツのツアーが始まった。

……私、この辺のこと全然知らないから足手まといだな。

まぁ仕方ない、うん。

 

 

 

「知らない人について行っちゃダメだぞ?」

 

「はーい!」

 

ロディくんがそう言って弟と妹に注意を促している。

移動している中少し話を聞いたけど、ロディくんは何もお金があったわけじゃなくて、以前から弟たちの思い出作りのために応募していた日本への旅行券が当たったらしい。

金銭的にはすごく苦しいけど、思い出の為に貯金を使える凄くいいお兄ちゃんだった。

で、今日が旅行の2日目。明日の日中には帰国するらしい。

 

「Piーーー!」

 

「どうしたピノ?」

 

移動していたら、ロディくん、というよりもロディくんの本心であるピノが、ショーケースに飾られたゴーグルに釘付けになり始めた。

……本人は飄々としているけど、欲しいのか、それ。思考からして『いいなぁ、これ』って感じになってるし、ロディくんは分かりやすいな。

そんな様子を、ロロくんが眺めていた。

プレゼントがあげたいけど、何をあげようか迷っていたらしい。

 

「……プレゼント……迷ってるの……?」

 

「え?な、なんでわかったの?」

 

「ん……まぁ色々と……お兄ちゃんの個性は知ってるだろうから……分かってるだろうけど……ロディくん、ちゃんと欲しがってる思考してるから……あのゴーグルなら間違いないよ……」

 

「ほんと?」

 

「ん……ほんと……ピノからして欲しがってるしね……お金……持ってる……?5000円くらいするけど……」

 

「そ、それくらいなら、大丈夫。今まで貯めてたお小遣い持ってきたから」

 

このくらいの子供にとっての5000円ってすごい価値があると思うけど、何年もかけてコツコツと貯めたお金をお兄ちゃんの為に惜しみなく使うつもりらしい。

ロロくんもいい子だ。

仲のいい兄弟にほっこりして、思わず頭を撫でてしまう。

ロロくんはちょっと不思議そうにしてたけど、撫でられるのを嫌がったりはしなかった。

 

「あーーーっ!プリユアだ!」

 

「っ!?……ぷり……ゆあ……」

 

「お、お姉さん、どうしたの?」

 

「な、なんでもない……ちょっと……トラウマを抉られただけ……」

 

「波動、大丈夫?」

 

「ん……ありがと……響香ちゃん……」

 

あまりにもタイムリーなトラウマに、思わず怯んでしまう。

そんな私の背中を響香ちゃんが摩ってくれていた。

 

「アニメ好きなの?」

 

「プリユア見てる!」

 

「日本の文化に興味があるのだな」

 

「うん!サムライ!ニンジャ!カタナ!」

 

「じゃああれ、やってみる?」

 

ウキウキした様子の2人に、響香ちゃんがコスプレ衣装のレンタルまでしてくれるプリクラを指し示した。

 

 

 

ロロくんが忍者っぽいエッジショットのコスプレ、ララちゃんが、私のトラウマを抉ってくる魔法少女のコスプレに着替えた。

 

「どうかなお兄ちゃん!」

 

「え、ああ。良く似合ってる」

 

子供2人が凄く楽しそうにしている。

うん、響香ちゃん提案のここ、当たりだったかもしれない。

トラウマは抉られるけど。

ちっちゃい女の子の魔法少女コスなんて普通。私とは無関係と自己暗示をかけてなんとか乗り切るしかなかった。

プリクラ自体はすぐに撮り終わったけど、ロディくんがササッと回収してしまった。

どうやらピノが楽しそうにしているのが恥ずかしかったらしい。

緑谷くんが見せてもらおうと掛け合っていると、ロディくんはパルクールみたいなことをして屋根の上に登って逃げてしまった。

そんな隙を見て、ロロくんとララちゃんが話しかけてきた。

 

「ヒーローのお兄ちゃん、お姉ちゃん。あのね……お願いがあるんだけど―――……」

 

ロロくんが緑谷くんの耳元に顔を寄せて内緒話をしている。

まぁでも、お願いは分かりやすい。

ロディくんにバレないようにさっきのゴーグルを買いに行きたいだけだ。

それに協力してほしいってことだった。

 

「俺を差し置いて仲良しこよしかい?」

 

「……ロディ!行きたいとこない?やりたいことは?」

 

「ロロとララがやりたいことを一緒にするさ」

 

「あ―……腹減ってねーか?何か温かいもんでも!」

 

「そうだなぁ……」

 

ロディくんがロロくんとララちゃんに常に気を配っていて、なかなか連れ出せそうにないなこれ。

しかも多分2人をこっそり連れ出したりしたら、ロディくんは大慌てして発狂しかねない気がするし。

ララちゃんだけを連れ出すのは割と簡単なのだ。

女の子だし、トイレに行きたがってるとでもいえば私と響香ちゃんで連れ出せる。

問題はロロくんだ。

プレゼントを買うお金の大部分を捻出しているのはロロくんだし、きっと自分で買いたいだろうし、どうしようかな。

そう思っていたら、ロディくんが珍しい形状の飛行機に視線が釘付けになっていた。

あれは確か、航空系ヒーローが使用している飛行機だったかな。

でもこれは好都合だ。

ロディくん、今はビルをよじ登って高い所から眺めてるし。

ロディくんを追いかけてくれている緑谷くんに、ロディくん用の言い訳を伝えておこう。

 

『緑谷くん……今からちょっと買ってくるから……ロディくん引き止めといて……多分気付いたら慌てると思うけど……2人をトイレに連れて行ったって伝えてもらえれば……多分大丈夫だと思うから……護衛は私たちが付いてるって言っておいて……』

 

『うん、わかった!お願い!』

 

緑谷くんもすぐに了承してくれた。

切島くんはロディくんの足止めの方に合流してくれている。

私と響香ちゃん、障子くんの3人はロロくん、ララちゃんを伴って、さっきのお店まで戻った。

 

 

 

無事に買い物も終えて、観光に戻った。

ロディくんはちょっとハラハラしながら待っていたっぽいけど、大慌てって程ではなかったはずだ。

ただ、ロロくんとララちゃんが戻ってきた瞬間の安堵した様子のピノが、彼の心情をありありと示していた。

そして夕方になって大体の観光を終えた頃合いで、ロロくんからロディくんにプレゼントが手渡された。

 

「はい!お兄ちゃん!」

 

「これは?」

 

「サプライズ!いつもお兄ちゃんロロとララのために頑張ってるから」

 

「ララたちも何かお返ししたいって思ったの」

 

2人の言葉にびっくりした様子のロディくんは、箱をゆっくりと開けていく。

そこには、さっきロディくんが欲しがっていたパイロットゴーグルが入っていた。

 

「パイロットゴーグル……」

 

ロディくんは感動した様子でそれを見つめた後に、おもむろにゴーグルをつけだした。

 

「どうだ?兄ちゃんカッケーだろ?」

 

「「うん!似合ってる!」」

 

「ありがとな!」

 

感動して大泣きしながら飛び跳ねて喜んでいるピノを尻目に、ロディくんはロロくんとララちゃんを抱きしめていた。

 

ロディくんが落ち着いてから、3人が泊っているホテルまで来てお開きにすることになった。

 

「今日は本当に楽しかった!」

 

「ありがとうヒーローのお兄ちゃんたち」

 

「俺たちも楽しかったぜ!」

 

「国に帰っても元気でね」

 

「お兄ちゃん……大事にするんだよ……」

 

「うん……」

 

ロロくんとララちゃんはちょっと寂しくなってシュンとしてしまっている。

そんな様子をみた緑谷くんは、ロディくんに話しかけ始めた。

 

「ロディ……必ずまた会おう!今度は僕が―――」

 

「おいおい、そう湿っぽくなるなよ。またいつだって会えるだろ?」

 

「……?」

 

「俺がパイロットになったらな!」

 

ロディくんは、自分も寂しさを感じながらもそう締めくくった。

その後は、若干名残惜しかったけどお互いに手を振り合って別れた。

私たちは5人で電車に乗って、雄英に戻っている。

そんな中、ふと気になったことを緑谷くんに聞いてみた。

 

「ね、緑谷くん……ロディくんの思考から読めたんだけど……オセオンで……どんな犯罪したの……?茶化す感じだったけど……気になる……」

 

「うえ!?犯罪なんてしてないよ!?」

 

「え……?だって……少なくとも無賃乗車は読めたけど……」

 

「む、無賃乗車はしてないよ!?」

 

「"は"ってことは、何か他にはしたんだよね」

 

私が緑谷くんにどんどん聞いていくと、響香ちゃんたちも話に加わってきた。

そんな感じでワイワイ楽しく話しながら、時間は過ぎていった。



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雪山キャンプ(前)

「瑠璃ちゃん聞いた?」

 

「……何を……?」

 

「昨日先生が、私たち女子だけでキャンプしてもいいよ~って言ってくれたんだよ!」

 

「キャンプ……?」

 

インターンで帰宅が遅くなった翌日の朝、透ちゃんと朝食を食べていたらいきなりそんなことを言われた。

一応、つい先日春休みになったし、キャンプとかにも行けなくはないけど。

 

「そう!キャンプ!なんかね!本格的な雪山訓練の施設があるらしくて!雪山に、森に、魚がいる湖、なんて感じで色々あるらしいの!明日と明後日は女子全員休みだし、全員で使ってもいいよって!」

 

「……?そんな施設……思考からも読んだことないけど……」

 

相澤先生の思考を読んで確認しようかと思ったけど、なんと今日に限って不在だ。

なんだこれ。

私がいない間に説明したり、わざわざ私がいるタイミングで外出してたり、まさか意図的に読ませないようにしてる?

もしかして授業の一環とかそんな感じなんだろうか。

まあ、本当にただの偶然で、善意で提案してくれている可能性がないわけでもないけど……

 

「もう皆も参加するって返事してくれてるし、あとは瑠璃ちゃんだけなんだ!」

 

「私はいいけど……梅雨ちゃん……大丈夫なの……?雪山とか……絶対辛いと思うんだけど……」

 

「厚着して頑張るって言ってたよ。あと、寒い思いしないようにテントとか、テント内の暖房とかはヤオモモちゃんが頑張ってくれるって!」

 

「なるほど……分かった……明日なら……早々に準備しないとだね……」

 

「うん!一緒に準備しよー!」

 

多少気になるところはあったけど、皆も楽しみにしているみたいだし素直に参加することにした。

まあ授業の一環だった場合拒否しても何らかの方法で参加するように強制されるだろうし、授業じゃなければただの楽しいキャンプだ。

拒否する理由がなかったのもある。

とりあえず、雪山での過ごし方を調べておかないと。

冬場の遭難とかの死亡事故が多い原因とか、明らかに寒さとか雪のせいだろうし。

雪山キャンプなんてしくじると同じ状況になりかねないと思う。

爆豪くんが登山が趣味だったはずだし、いれば聞きに行ったんだけどあいにく泊りがけでインターンに行っている。

ネットで調べるしかないか。

そんな感じで透ちゃんと明日の準備をしながら、1日を過ごした。

 

 

 

翌日。

私たちの目の前には、見渡す限り一面の銀世界が広がっていた。

雲一つない晴天から降り注ぐ太陽の光を浴びて、雪原がキラキラと輝いている。

その奥には、大きな雪山がそびえたっていた。

多分雪原の中央辺りに行くだけで、普通に学校が範囲外に出ちゃうくらい広い。

これが学校の施設とか、割と意味が分からない規模してるな。

 

「すっごーい!!」

 

「絶好のキャンプ日和だねぇ!」

 

「寒いけど……すごく綺麗……」

 

私たちはテント以外にもツェルトとかさらに厚着ができるように持ってきたダウンジャケットとかの防寒具とか、万が一に備えた非常食とか、とにかく緊急事態には備えまくった装備をしている。

百ちゃんがいるから大丈夫だろうなんて最初は楽観視していたけど、調べれば調べるほど雪山の危険度を思い知ってしまったのだ。

頼りきりになってしまうと、万が一百ちゃんが滑落とかして大怪我をした場合、大惨事になる。

遭難は、まあ私がいればあり得ないんだけど、私が怪我をして意識を失ったりする可能性もある。

それに、遭難が無くても誰かが大怪我をする可能性は常に付きまとう。

それに対応できるようにするために、重装備になってしまった側面はあった。

まあ重装備とはいっても、お茶子ちゃんが荷物を無重力にしてくれているから、運搬はつらくないから備えられるだけ備えた感じだった。

 

「キャンプ地はこの辺りでいいかな?」

 

「とりあえずはここでよろしいかと。では、事前の打ち合わせ通り分かれて行動を開始しましょう」

 

「ん……頑張ろう……」

 

「おー!薪探しは任せてよ!」

 

「魚とか取れるかな」

 

皆打ち合わせ通り行動を開始する。

キャンプ地でのテント設営を私、百ちゃん、お茶子ちゃん。

食料と、あれば薪探しに響香ちゃん、三奈ちゃん、梅雨ちゃんと透ちゃんが行く感じだ。

まあ割り振りの理由なんて簡単で、設営の方に必要な百ちゃんとお茶子ちゃんをまず設営に割り振って、後は中央にいて連絡役になれるようにしておいた方がいい私を設営に割り振っただけだ。

残りは皆食料探しである。

薪は本当にあったらという程度の感覚でしかない。

雪山だから、そもそも使える薪があるのかも謎だし、見つからなかったら最悪の場合は百ちゃんに出してもらうこともできなくはない。

百ちゃんが大変だけど、昨日の夜にすごい量の食事を食べて備えてくれていた。

 

「それでは、作り始めますか、波動さん、麗日さん」

 

「ん……雪山でテント張るの……大変だって書いてあったし……頑張ろ……」

 

「まずは雪を固めるんだっけ?」

 

「そうしないと身体が沈み込んで眠りづらいそうですし、それであっているはずですわね」

 

そのまましばらく3人で雪原を踏み固めていく。

硬くなったのを確認したところで、百ちゃん作のワンポール型の10人くらいは入れそうなテントを苦戦しながら張っていく。

初めてでこれは大変ではあるけど、お茶子ちゃんが無重力にしてくれたり、百ちゃんが使いやすい道具を作ってくれていたりして、3人で布を引っ張ったりと協力し合ってなんとか設営は完了した。

この後はいかに快適に過ごせるようにするかだ。

百ちゃん作のストーブの設置や、焚火をして皆で囲むスペースの増設をしたりと色々できる限りの手を尽くしていった。

 

テント周りの設備に凝り始めて数時間経っただろうか。

設備は最終的に百ちゃんと協力して作った警報装置まで増設する事態に陥っていた。

やっぱり百ちゃんも私と同じく、このキャンプがただの遊びとして提案されたものではないんじゃないかと考えていたらしい。

それならと、眠っている間とかに何かがあってもいいように、登録された人以外がセンサーに反応するとけたたましい音を響かせる装置をいくつか作って、全周囲をカバーできる位置に設置していったのだ。

そんな作業が終わった頃に、食料調達組が帰ってきた。

魚をたくさん持っているし、大成功だったらしい。

 

 

 

「おいしいー!」

 

「自分たちで獲った魚っていうのがさらに美味しく感じるよね」

 

「そういえば……魚……どうやって取ったの……?釣り竿とかもってなかったよね……?あつっ」

 

「そこは私が酸で湖の氷に穴開けて、耳郎が爆音で魚気絶させて、浮いてきたのを梅雨ちゃんと葉隠が回収って感じだねー。いい感じに分担できたよ」

 

「これ、2匹くらい余裕で食べられそうやんな」

 

「じゃあおかわり焼き始めちゃおうかしら。他に焼いておきたい人はいるかしら」

 

「これは、かぶりついて食べる物なのですね……なるほど」

 

皆でワイワイと話しながら魚にかぶりつく。

百ちゃんだけちょっと困惑していたけど、恐る恐る小さく口を開けて竹串を刺して焼いた魚にかぶりついていた。

焼きあがったばっかりの熱々ホクホクでふわふわの身と、パリパリの香ばしい皮、それに振りかけた塩の味がいい感じにマッチしていた。

さっきまで散々肉体労働していたのもあって、すごく美味しく感じてしまう。

 

「いや~、それにしても、瑠璃ちゃんと色々調べて警戒してたけど、ここまで快適なテントができると思ってなかったよ。流石ヤオモモちゃんだねぇ」

 

「ふふ、私だけでなく、皆さんと協力したからこそですわ」

 

「梅雨ちゃん……今のところ大丈夫そう……?一応テントの中から……暖房垂れ流しにしてるけど……」

 

「ええ、大丈夫よ。ありがとう、瑠璃ちゃん」

 

「そこが懸念点だったもんね。これで大丈夫ならよかったよ」

 

皆で焚火を囲んで話しながら魚を食べるっていうのは、それだけで普段のご飯よりもおいしく感じてしまう不思議な魅力があった。

そんな中での懸念点は梅雨ちゃんのことだったけど、今のところ大丈夫みたいだし、ここまで来たら安心かもしれない。

 

辺りもすっかり暗くなってきていて、周囲を照らす明かりはテントから漏れる光と焚火の火、後は空のプラネタリウムに映る夜空風の淡い星の輝きくらいだった。

そう、なんとここ、屋内施設なのだ。

日中の青い綺麗な空も、今の星がキラキラ輝く夜空も、全部作り物である。

そんな夜空を眺めながら、焚火を利用して淹れた紅茶で食後のティータイムと洒落こんでいた。

 

「キレイだねー」

 

「ね。ここが人工施設とか忘れちゃいそうになっちゃう」

 

「まあでも、あれだけ綺麗な星が出てたら勘違いもしちゃうよねぇ」

 

皆も星空をぼんやり眺めて過ごしている。

一応、今のところ感知範囲内で変なことは一切ない。

それを確認した私は、テントに戻って自分のカバンをガサゴソ漁ってから皆の所に戻った。

 

「皆……私マシュマロとか……ビスケットとか持ってきてる……焚火で焼きマシュマロ……しよ……」

 

「お、いいねぇ波動!」

 

「私も食べるー!」

 

そのまま袋を開けて、マシュマロを竹串にさしてから皆に配って焚火に当てて、焦げ目がついた辺りで冷ましながら口に入れていく。

やっぱり焼きマシュマロは美味しい。

持ってきたクラッカーとかビスケットで挟んでスモアにして食べても美味しいし、百ちゃんの紅茶とも合っていい感じだった。

 

 

 

そんな感じで夕食と食後のティータイムも終わって、皆でテントの中に入ってしまう。

10人くらいは入れるテントとはいっても、そこに皆で寝ようとすると結構狭い。

暖房も、垂れ流し状態はもうやめて最低限の温かさを保つ程度にしている。

今の状態でも、熱すぎると下の雪が解けてべちゃべちゃになっちゃうだろうし、雪的にはあんまり良くないとは思うけど、必要だから仕方ない。

梅雨ちゃんのためだ。

 

そんな暖房を利かせたテントの中で皆で横になって、テントの中の明かりも小さなものに変えてしまう。

そんな状態になったら、案の定透ちゃんと三奈ちゃんがいつものパターンの会話を始めていた。

 

「恋バナしようよ!恋バナ!」

 

「しようしよう!キュンキュンしたいよ!」

 

「恋バナって言っても、流石に誰も進展なくない?麗日は宣言通りしまってるっぽいし、波動も音沙汰ないし」

 

「ええ。流石に、他に誰かしらの話が無ければ会話が続かないのではないでしょうか」

 

透ちゃんたち以外は話題はないと思っているし、私もあるとは思っていない。

案の定透ちゃんが好きな人が出来た人!とか確認してるけど誰も挙手しないし。

一応、三奈ちゃんの切島くんネタが透ちゃん的にはあるはずだけど、そこは約束通り言わないでおいている。

結局、恋バナは特に進展もなく終わった。

まあ話題の提供者がほぼいないのに、ことあるごとにしていればこうもなってしまうだろう。

 

皆疲れていたのもあって、雑談しながら少しずつうとうとし始めていたら、隣の透ちゃんが私に話しかけてきた。

 

「そういえば、瑠璃ちゃん今日はいつものやつはどうしたの?」

 

「いつものやつって……?」

 

「ネックレスだよ、ネックレス。指輪通していつも大事そうに首にかけてたから、よっぽど大事なのかと思ってたんだけど、今日は珍しくつけてないし」

 

「ん……今日は必要ないから……置いてきた……」

 

今回は青山くんも近くにいられないし、無くしても困るからあの指輪は置いてきていた。

そんなことにまで目ざとく気が付いていたらしい。

そこまでならよかったんだけど、三奈ちゃんが急にキランと目を輝かせた気がした。あ、まずい。

 

「……思ったんだけどさぁ、波動がつけてるあの指輪、あれに似てない?葉隠」

 

「あれっていうと…………はっ!?え、なに!?必要ないってそういうこと!?」

 

「なんのこと……?」

 

「とぼけなくてもいいよ波動。波動の指輪、青山の腕輪とデザインが全く一緒だったじゃん。私と葉隠、青山と一緒にインターンに行ってて散々見てるからよく覚えてるんだよね!お揃いってことでしょ!?」

 

「必要ないってそういうことだよね!?青山くんがいない場所だから見せなくてもいいとかそういう!」

 

盛大に勘違いされている。

まずい、餌を与えられた透ちゃんと三奈ちゃんが凄い勢いで迫ってきてる。

さっきまでうとうとしてた皆もなんだかんだで聞き耳を立ててるし。

一応、この前の女子会の後に理由を考えてはいたけど、これが通じるかはなんとも言えない。

でもこれで貫き通して知らぬ存ぜぬで通すしかない気もする。

 

「私のあれ……サポートアイテム……パワーローダー先生に作ってもらったやつ……波動を溜め込みやすい物質っていうの……指輪に出来ないか試してもらった……雪山で無くしても困るから外してきただけ……青山くんとか関係ない……」

 

「え、でも青山と全く同じデザインだよね?」

 

「それは知らない……青山くんもパワーローダー先生に……サポートアイテム作ってもらったんじゃないかな……」

 

「……いくら製作者が同じでも、デザインまで全く同じにするものでしょうか……?」

 

百ちゃんまで疑問を呟くようにして参戦してきた。

でもすっとぼけ続けるしかないと思う。

下手な情報は拡散するべきじゃない。

というか、私と青山くんを関連付ける情報があるのがよろしくない。AFOの信奉者に聞かれて密告でもされようものなら、青山くんの裏切りがバレてしまう可能性がある。

 

「知らない……私は自分の方にしか関与してないし……」

 

「えぇー、何か隠してない?」

 

「隠してないけど……」

 

「皆、無理に聞き出そうとするのは良くないと思うわ」

 

「えぇー!?やだ!!もっと聞きたいー!!だって恋の匂いがするんだもん!!これが偶然なわけないでしょー!?」

 

梅雨ちゃんが助け舟を出してくれたけど、すぐにそれを打ち消してきた。

その後もしばらく三奈ちゃんと透ちゃんに詰め寄られたけど、私はすっとぼけ続けることしかできなかった。

透ちゃんたちの中では疑惑は残っていた、というか深まっていたけど、もう遅くなってきたということで尋問は終わった。

なんとか乗り切れた、のかな?

とりあえず一安心と見ていいだろうか。

次に恋バナをするときはもっと深堀りされる可能性があるから警戒しておかないといけないかもしれない。

青山くんと口裏合わせておいた方がいいか。

寮に帰ったらテレパスを飛ばして密談しよう。

直接会うのだけはNGだ。疑惑が深まるだけだし。

とりあえず行動一つ一つ注意しないと危ないかもしれないと思いつつ、私は眠りに落ちた。



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雪山キャンプ(後)

けたたましい警報がテントの近くで響き渡って、目を覚ました。

皆も一斉に飛び起きていて困惑している。

状況を把握しているのは設置した張本人の私と百ちゃん、あとはそれを見ていたお茶子ちゃんだけだ。

 

「やはり来ましたか」

 

「ただ施設を……貸してくれるだけなわけないとは思ってたけど……案の定……」

 

「え?え?何?どういうこと?」

 

透ちゃんが寝ぼけ眼を擦りながら聞いてくる。

でも、説明は周囲の状況を把握してからだ。

この警報が鳴ったということは、少なくともテントを視認できる位置まで何かが近づいてきたということ。

私がいて奇襲を受けたなんてことになったら、それは私の落ち度でしかない。

皆を危険に晒すようなことはできなかった。

 

「どうですか?波動さん」

 

「……一応……近くにはもう何もいない……多分警報で逃げたんだと思う……ちょっと離れた位置を……人型の大きな機械が……1体だけ歩いてるのは分かる……」

 

「それなら、ひとまずは大丈夫ですか」

 

百ちゃんが安心したようにため息を吐いた。

私も一安心だ。

これなら監視し続けるだけでどうとでもなる。

私と百ちゃんが2人で安心していると、三奈ちゃんが口を開いた。

 

「で、結局どういうことなの?」

 

「ん……ごめん……今から説明する……相澤先生が……素直に施設だけ貸してくれるわけないと思って……百ちゃんと話し合って……対策だけしてたの……」

 

「一応、私たち7人以外の何かが近づいた時に反応して、警報を鳴らす装置を設置しておきましたの。波動さんに事前に大型の野生動物はいないという確認は取ってもらっていましたので……センサーなどの高さや位置を調節して、誤作動を起こさないように工夫もしています。その状況でこれが鳴ったということは、波動さんの感知でも感じ取れていなかった者がテントに近づいたということになります」

 

「お茶子ちゃんも知ってたの?」

 

「うん、2人が話してるの聞いてありえるなぁとは思ってたよ。ただ、センサーの位置とかの話し合いについていけなくて完全に任せちゃったけど」

 

「なるほど?つまり……」

 

三奈ちゃんが透ちゃんが頭を抱えて考えだしてしまった。

まあ百ちゃんが言ってくれたのは本当に私たちが何をしていたのかの整理でしかないし、本質はここから先だから分かりづらいのも仕方ないか。

 

「つまり……私たちが寝てる時を狙って……起きてる間に感知範囲内にいなかったはずの……機械の何かを使って……仕掛けてきたってこと……機械だと私も読心できないし……目的が読み切れないけど……」

 

「うわ……つまり、わざわざ油断した時を狙ってきてるってことじゃん。これ、もしかしてそういうのを叩き込むための訓練?相澤先生、キャンプを楽しめるセールスポイントみたいなの言って印象付けたりしてたし」

 

「……だから相澤先生、わざわざ瑠璃ちゃんがいない日を狙ってキャンプのことを伝えてきたのね。瑠璃ちゃんがいるタイミングで伝えたりしたら筒抜けになってしまって、油断なんか絶対にしないでしょうし」

 

梅雨ちゃんと響香ちゃんの補足を聞いて、透ちゃんと三奈ちゃんも合点がいったと言わんばかりの表情を浮かべた。

まあそれはいいんだけど、ここからどう行動するかが問題なのだ。

皆の思考的に、本当に誰も説明を受けていないから、どうすれば訓練がクリアになるのかが分からない。

先生すらも範囲内にいないから、多分カメラか何かで遠隔で見てるだけなんだろう。

しかも何かを仕掛けようとしてきたのは人型、というよりも毛深いゴリラみたいな大きな機械。

読心できないから本当に何も分からないのだ。

 

「これ……どうすればクリアになるのか分からないんだけど……皆先生から何か言われてる……?」

 

私が問いかけると、皆は先生に伝えられた時の言葉を順番に思い出し始めた。

 

『雪山キャンプなんてどうだ?』

 

『雪山訓練の施設があるんだが、結構本格的だぞ。雪山に、森も、魚がいる湖もある。そこなら1泊くらいはできる。ちょうど女子全員休み被ってる日があるから、全員で使ってもいいぞ』

 

『なんだ?行きたくないのならムリにとは言わないが』

 

『こないだの職員会議で、春休みだから、気分転換に施設を開放しようかって話になったんだよ。リフレッシュした方が作業効率も良くなるしな……で、どうする?』

 

『ただし、一度入ったら24時間経たないと出入口が開かない作りになっている。どんなことがあってもだ。そして、携帯も通じないぞ。それでもいいな?』

 

……皆が思い浮かべてくれていたことを整理すると、言われていたのは主にこのくらいだろうか。

これ、もしかしなくても24時間経たないと出入口から出られないし外部ともコンタクトが取れないことしか情報がない感じか。

 

「……油断したところを奇襲してくる……24時間耐久訓練ってこと……?でも警報で逃げたし……あわよくば誰かを攫おうとしてたとか……?」

 

「あり得ますわね……誰かを攫われてしまえば、この雪山で救出に赴くことになっていたでしょうし……慣れない雪山での集団行動となると、連携にも影響が出ていたでしょうし……」

 

「……じゃあ……とりあえずここを拠点にして……私と響香ちゃんで警戒して……耐久する……?もう油断もないし……訓練の体を保つためにも……どこかで仕掛けてくるしかないと思うけど……」

 

「それが最善ですか……皆さんも、それでよろしいですか?」

 

百ちゃんが周囲を見渡しながら皆に問いかける。

当然、誰も拒否するような人はいなかった。

じゃあここからは警戒に集中だと思ったところで、外の風の音が急に強くなった。

ビュービューとテントに吹き付ける強風が、凄まじい音を伴ってテントを揺らしてきていた。

 

「きゅ、急に風が強くなったね」

 

「もしかして、吹雪いてたりするのかな?」

 

「……ん……降ってきてる雪の量が異常だし……吹雪いてるのであってる……梅雨ちゃんはテント……出ない方がいいと思う……なんだったら……仕掛けてくるまで……テントも開けない方がいいかも……流石にこの吹雪で開けちゃうと……テントの中が一気に冷えると思うし……」

 

「この状況で梅雨ちゃんが寝ちゃうと、奇襲を仕掛けられた時が大変だもんね。その方がいいかも」

 

「ごめんなさいね、迷惑かけて」

 

「大丈夫だよ!皆このくらい気にしてないから!」

 

ここは屋内施設だし、吹雪はこのタイミングを狙って人為的に起こしている物でしかない。

もしかして梅雨ちゃんの明確な弱点に対する対応とかも見られていたりするんだろうか。

梅雨ちゃんは寒さで眠ってしまうという弱点に対して、いつもならヒーローコスチュームで対策することでどうにかしている。

だけど今回はキャンプということもあって誰もコスチュームは持ってきていないし、普通の登山用防寒具を持ってきているだけだ。

これでこの吹雪の中、梅雨ちゃんが眠らないでいられるとは思えない。

梅雨ちゃんに弱点を意識させると同時に、今後油断した状況、準備ができていない状況で自分の弱点と向き合わないといけない可能性とかも意識させられている?

考えすぎかもしれないけど、梅雨ちゃんにとって得る物も多い訓練だったりするのかもしれない。

 

「……じゃあ……響香ちゃん……とりあえず……2人で警戒……し続けとこう……」

 

「うん、任せて。機械が相手ってことだし、波動の感知範囲でも見落としがあるかもしれないもんね。ウチも頑張るよ」

 

「ん……頼りにしてる……百ちゃん……私たちが警戒してる間に……梅雨ちゃんの寒さ対策……皆で考えておいて欲しい……」

 

「ええ、もちろんですわ。万事おまかせください」

 

百ちゃんが了承してくれたのを確認して、私は目を閉じて周囲の波動に集中し始める。

相変わらず非生物の感知はしづらい、というか声が読めない分動いているものとしか感じられなくて見落としが怖い。

私は1つだと感じたけど、動いていなくて気付けなかっただけで複数機いたという可能性もある。

とにかく動いているものに集中して感知していかないといけなかった。

その感知も、すごい勢いで飛んできている吹雪が邪魔になってさらに分かりにくくされている。

まさかここまで対策を取ってくるとは思ってなかった。流石に予想外だ。

響香ちゃんの感知も、本当にすごく大事になってくる。

そう思いながら、感知を続けた。

 

 

 

それから何時間が経っただろうか。

外は真っ暗なままだけど、あの機械が再びテントに近づいてきていた。

 

「……来たよ……ゆっくりと……1体だけ近づいてきてる……距離はあと100mくらい……」

 

「うん、間違いないと思う。少なくとも、それ以外の音が近づいてきてる感じもしないよ」

 

「ありがとうございます……ここで機械をどうにかしてしまうのがよさそうですね」

 

私たちの報告に、百ちゃんが頷いて方針を口にした。

皆も小さく頷いている。

梅雨ちゃんの防寒対策も抜本的に見直して、既にホッカイロとか発熱繊維のインナーとか、厚手の手袋やマフラーとかでゴテゴテの重武装にされていた。

梅雨ちゃんももともと1枚はちゃんと発熱繊維のインナーを着ていたと思うけど、百ちゃんが作ってさらに増量したらしい。

これで大丈夫だといいけど……

そう思った瞬間、少しずつ近づいてきていた毛むくじゃらのゴリラのような機械が、大きく跳躍した。

 

「っ!?跳んだっ!!」

 

「今すぐテントでてっ!!ここに降ってくるっ!!」

 

私と響香ちゃんの同時の警告に、皆個性を使ってテントを破壊したりしながら四方八方に飛び退いた。

一気に吹雪の中に身体を晒すことになって、刺すような冷たい風が身体に突き刺さる。

それと同時に、テント中央にあった暖房の真上あたりに、白い毛むくじゃらのゴリラが降ってきた。

 

「ちょっ!?なにあれっ!!?」

 

「イエティ!?イエティじゃないのっ!?」

 

『これがさっきから言ってた機械っ!!思った以上の運動性能してる!!注意して!!』

 

叫んでいると思われる驚愕の声が小さく聞こえてしまうくらいの吹雪の音を考慮して、伝えるべき情報は、複数人を対象にしたテレパスで伝える。

オセオンで咄嗟にとはいっても意図をちゃんと伝えられる程度の精度で複数人にテレパスが出来てから、頑張って練習したのだ。

多少ノイズは混ざるけど、それでも確かに複数人にテレパスできるようになっていた。

皆も私のテレパスに反応してる思考をしてるから、間違いなく伝わっている。

梅雨ちゃんも、若干朦朧とはしてるみたいだけど眠ってはいなかった。

 

『波動さん!私の指示を皆さんに伝えてください!波動さんと耳郎さんはイエティの感知に集中を!見失いかねない状況です!状況を見て位置を波動さんのテレパスで伝えてください!このイエティ、尋常ではない力と速さのようですが、麗日さんが触れることが出来ればそれも無力化できます!私と芦戸さん、蛙吹さん、葉隠さんで同時に襲撃をかけ、その隙に麗日さんに触れてもらいます!襲撃の合図は、波動さんにおまかせします!』

 

『分かった……任せて……!』

 

私はすぐに皆に百ちゃんから読心した内容を皆にテレパスした。

百ちゃんにも伝えている。この方が伝わったことが分かりやすいと思うし。

百ちゃん、多分梅雨ちゃんが普段通りのコンディションだったらお茶子ちゃんとの連携を指示してたかな。

今の状態だと厳しいと判断したのか、負担の少ない一斉襲撃の方に割り振ったみたいだけど。

 

私と響香ちゃんはそのまま感知を続ける。

今はまだ皆見える位置にいるから、イエティを見失ったりはしてない。

イエティを囲むように7人で周囲に散らばって、イエティとにらみ合っていた。

 

『今っ……!!』

 

私がテレパスで合図を出すと同時に、百ちゃん、三奈ちゃん、梅雨ちゃん、透ちゃんが一斉に襲い掛かった。

百ちゃんは振り回しやすそうなサイズの棒、三奈ちゃんはアシッドマン、梅雨ちゃんは舌、透ちゃんは輝く拳で襲い掛かっている。

透ちゃんのそれはおそらく少しでもイエティの意識を逸らす意味合いだろうか。

 

イエティはそんなの気にした様子もなく、拳を周囲に振り回し4人をあしらった。

だけど、その隙にお茶子ちゃんがイエティが伸ばした手に近づいていた。

ポンとお茶子ちゃんが手で触れると、イエティは浮かび上がっていった。

……遠距離攻撃を持ってなければ、これで終わりかな。

そう思った瞬間、急に吹雪がやんでアナウンスが響き渡った。

 

『訓練終了だ。おつかれさん』

 

「お、終わったー」

 

「2体とかいなくて良かった……」

 

先生のいつも通りな声に、皆安堵の息を漏らす。

先生はそんな様子を気にすることなく話を続けた。

 

『お前らも予想していた通り、春休みの特別授業だ。今回は八百万と波動の察しの良さもあってそこまで悪条件での遭遇とはならなかったが、各自反省点はあったはずだ。各々反省点、改善点をレポートにまとめて後日提出するように。それから、他の生徒にはこの授業のことは絶対に漏らすな。残りの生徒も順次同じ授業をするからな。あと、24時間経つまで扉が開かないのは変わらない。新しいテントをその近辺に用意するから、今夜はそのまま泊まれ。以上』

 

そこまで言って先生からの通信は切れた。

通信の終了と合わせるように、どんな仕掛けなのか分からないけど新しいテントが地面からせり出してきている。

今夜はそこで寝ろってことか。

そう思って、各自の荷物を整理してから、私が皆を誘導した。

皆ちょっと疲れていたけど、笑顔で話しながらの移動だったしそこまで苦でもなかった。

梅雨ちゃんは色々思うところがあったみたいだけど、それは多分今後に活かしてくれるだろう。

流石にあんまり眠れてなくて眠いし、もうひと眠りさせてもらおう。

朝食のことはまた後で考えればいいや。

そう思いながら、皆でまたテントに入って、軽くおしゃべりしながら眠りについた。



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こそこそサプライズ

雪山キャンプの2日後。

あの後、青山くんにはすぐにテレパスをして腕輪のことの口裏合わせはしておいた。

パワーローダー先生にも伝えたから、一応は大丈夫だと思いたい。

透ちゃんたちも聞く相手が男子だし、人が多いところで聞き出そうとするつもりはなさそう。

この感じだと、次インターンに行った時だろうか。

とりあえずあとは青山くんに頑張ってもらうしかない。

 

そんなこんなで数日を過ごして、今、私と透ちゃんはオールマイトから極秘の依頼を受けて、教師寮に対するスニーキングミッションに勤しんでいた。

 

「じゃあ行ってくるね!指示よろしく!」

 

「ん……任せて……!」

 

サムズアップしてくる透ちゃんに、私もグッと親指を立ててサムズアップを返す。

それを確認した上で、明日のインターンの為に寮に持ち込んでいたコスチュームで肉眼では見えない状態になっていた透ちゃんは、スタスタと歩いて教師寮に向かっていった。

 

まあ極秘とはいってもオールマイトが校長先生には話を通してくれてるし、許可自体は取れている。

というよりも、トガ対策のセキュリティ破りをしようとしてるのに、許可を取らないのはまずい。

私と透ちゃんが連携しちゃうとサーモグラフィーを用いたセンサーでもない限り見破ることなんて出来ないだろうし。

自分で提案したのはあったんだろうけど、何やらオールマイトも相澤先生や私たちと仲良くなるために一緒にサプライズをしたいってことで気合を入れていたし、協力を惜しむ様子はなかった。

 

 

 

『透ちゃん……入ったら3階に上がって……共有スペースにエリちゃんと13号先生がいるから注意……』

 

『了解!エレベーター乗る時は仕方ないけど、それ以外は気配消して頑張るよ!』

 

透ちゃんが、サササッと忍び足で移動していく。

エリちゃんはおろか、13号先生も気付いた様子はない。

エレベーターのドアが開いた瞬間だけちょっと不思議そうにしてたけど、特にそれ以上の反応はなかった。

まあエレベーターが誰もいない状況で開くのって、ボタンの押し間違いとかでもあり得るからそんなに不思議なことじゃない。

 

透ちゃんはそのまま廊下を進んでいって、透ちゃんは相澤先生の部屋のすぐ近くで待機する。

そのまましばらく待っていると、さっきまで校舎の方に来ていた先生だったけど、エリちゃんの様子を見に戻ってきていたみたいだった。

 

『動き出した……10秒くらいで出てくるよ……準備して……』

 

『よ~し、気合入れちゃうよ~!』

 

『……入れすぎて……失敗しないようにね……』

 

『その辺は私の腕の見せ所だよ瑠璃ちゃん!!』

 

透ちゃんは声には出してないけど、うおおおおおおお!!って感じのいつもの気合の入れ方を頭の中でしている。

少しして、先生が自室のドアから出てきた。

そして、扉が閉まり切る前に先生の脇を通り過ぎた透ちゃんは、無事に先生の部屋に潜り込んだ。

先生は気付かなかったみたいで、そのまま扉の鍵を閉めるとエリちゃんのところに向かっていった。

 

『寝袋は……普通に机の近くにかけてある……構造はもう見てあるから……細かいサイズだけ確認して……』

 

『うん!ちゃんとメジャー持ってきてるから!ササッと測っちゃうよ!』

 

透ちゃんは意気揚々と寝袋のサイズを測定していく。

相澤先生は13号先生とエリちゃんのところに合流してお話している。

このままいけば大丈夫かな。

出た後の戸締りに関しては、校長先生にテレパスをすれば監視ロボットを操作して閉めてくれるっていってたし、もう任せてしまおう。

 

その後、しっかり隅々までサイズを測って、透ちゃんは先生の部屋を出た。

エレベーターで1階に下りたタイミングで、13号先生が流石に2回目はおかしいのでは?ってことで色々確認してたけど、透ちゃんはササッと離脱してるし特にバレることはなくミッションも完了した。

 

 

 

透ちゃんと一緒にミッション完了を皆に伝えに行ったら、何やらワチャワチャと騒いでいた。

……何してるんだろう。

いや、思考を読んで分かったけど、皆はなんで他人のタイムカプセルを暴こうとしてるんだ。

 

「あれ?皆何してるのー?」

 

「あ、おかえり葉隠!波動!」

 

声を掛けたら三奈ちゃんがいい笑顔で出迎えてくれた。

だけどこの状況はなんだ。謎過ぎる。

 

「なんで……他人のタイムカプセル……暴こうとしてるの……?」

 

「いや、掃除してたらマイク先生がタイムカプセルがあるぞって言ってきたんだよ」

 

一応、今日は来年度に向けて、皆で分担して大掃除している日でもある。

私と透ちゃんはその隙を突いて抜け出した感じだった。

まあ、オールマイトと校長先生、A組の皆も知ってることだから問題ない。

 

「タイムカプセル?」

 

「そうそう!先生たちが学生のころに埋めたやつなんだって!なんかもう爆弾級でドッカーン!!って感じらしくてね!?」

 

三奈ちゃんが興奮気味で話しかけてくる。

これは、マイク先生と相澤先生に吹っ掛けられてるな。

とりあえず、森の方に埋まってるやつがそれっぽいとは思う。

ただ、中身は普通の本とかCD、捕縛布に誰かのコスチュームっぽい何か、それに、白雲さんと相澤先生、マイク先生が3人で写っている写真とかが入っていた。

……特にびっくりするようなものはないし、私たちが暴くべきじゃないな。

先生たちに場所を教えて、私たちは手を引くべきだ。

大事な写真が入ってるし、他人が触れていい物じゃない。

 

「タイムカプセル……見つけたけど……中身……普通だよ……?捕縛布とか……本とか……CDとか……写真とか……面白味は……あんまりないと思う……」

 

「え?でも爆弾級だって……」

 

「……特に目を見張るもの……ない……とりあえず……場所は先生に伝えとくね……」

 

「え~、なんだぁ」

 

私が中身をばらすと、皆あからさまにがっかりしだしてしまった。

そんなに楽しみだったのか、タイムカプセル。

まぁいいかと思いながら、マイク先生にタイムカプセルの位置だけテレパスで伝えてしまう。

そんなことをしている間に、透ちゃんが明るい笑顔でスニーキングミッションの成功を報告していた。

 

「あ、でもね!そっちは残念だったけど、ミッションはこなしてきたよ!サイズもばっちり測ってきた!」

 

「ほんと!?よかったぁ。これで設計に入れるよ」

 

緑谷くんがガバっと反応して、構想を練り始めている。

次の段階は緑谷くんと百ちゃん任せなところがあるし、それを待ってから女子と男子に分かれて作業だ。

とりあえず指示された位置の大掃除を終わらせてから、まとめた情報を緑谷くんに渡して設計してもらおう。

 

 

 

緑谷くんがマイ活なるものをしながらではあったけど、そんなに遅くなることもなく設計図を上げてくれた。

百ちゃんもいい感じの材料を出してくれたから、次は女子の出番だ。

 

「どう?きれいに縫えてる?」

 

「とても上手よ」

 

「みんなで裁縫するのって楽しいね!」

 

「ね……梅雨ちゃん……ここの縫い方って……」

 

「ケロ、そこはね―――……」

 

家族の服のほつれとかを直してあげていたらしい梅雨ちゃんの指導を受けながら、皆で縫製を進めていく。

……それにしても、響香ちゃんのイヤホンジャック、器用な動きするなぁと思ってたけど、ここまで器用だとは思ってなかった。

針にイヤホンジャックを巻き付けて、手を使わないで縫っていってるし。

そんな様子を見ながら梅雨ちゃんに教わっていたら、百ちゃんがティーポットとかを持ってキッチンから出てきた。

 

「皆さん、お茶が入ったので一休みしませんか?」

 

「やったー!」

 

「ありがとヤオモモ」

 

「……匂いからして……ルイボスティー……?」

 

「ええ!ノンカフェインで夜にぴったりですわ!」

 

百ちゃんが気を利かせてノンカフェインのあったかい飲み物を入れてくれていた。

ちょっと休憩と思って針とかを置いてのんびりとルイボスティーを飲み始める。

 

「進み具合はどうですの?」

 

「それぞれのペースで進んでるよ!」

 

「ん……順調……この調子でいけば……数日もすればできる……」

 

百ちゃんの質問に答えながら作業を続けている透ちゃんの方を見ると、梅雨ちゃんに質問しているところだった。

 

「ねえ、布地が固くて針が通らないよー」

 

「そういうときは指抜きを使うのよ」

 

「おー、なるほど。さっすが梅雨お姉ちゃん!」

 

透ちゃんが嬉しそうな顔で梅雨ちゃんにお礼を言っている。

その横で、響香ちゃんがぼやくように呟いていた。

 

「普段から縫い物してないと難しいかも……」

 

「ボタンつけくらいはできるんやけどね」

 

響香ちゃんの声にお茶子ちゃんが反応したところで、三奈ちゃんの目がキラリと輝く。

 

「へえー今度コスチュームのほつれとか直してあげなよ……緑谷の!」

 

「ぶっ!?」

 

「喜んでくれると思うよー」

 

「なんでデクくん限定!?」

 

三奈ちゃんは相変わらずだなぁなんて思って眺めていた次の瞬間、ようやく気が付いた。

やばい、気が抜けてた。

相澤先生が近づいてきてる。

 

「み、皆……!先生が近づいてきてる……!隠して「おい、そろそろ寝ろ。もう遅いぞ」

 

「わぁーーーーーっ!?」

 

私が声をかけると同時に、皆大急ぎで先生が来るであろう入口からは見えない位置に布地とかを隠した。

私の声を遮るように登場した相澤先生に、お茶子ちゃんが思わず大声をあげてしまっている。

 

「せ……先生、今日はお休みでは!?」

 

「見回りだ。カメラの映像見たら教師寮で明らかに不審な動きしてるところがあったからな」

 

相澤先生が、思いっきり透ちゃんを見ながらそう言った。

エレベーターのくだりで疑いをもたれたっぽい。

カメラの映像を見られたとなると、もしかして先生の部屋の扉が誰も映ってないのに開いたのも見られたか。

先生もまだ確信を持てなくて、念の為ってことで見回りを強化してるだけっぽいけど……誤魔化すべきだな。うん。

 

「……そうなんですか……?今日……不審な「そ、そうなんですねー!私たちも気を付けます!」

 

私が誤魔化そうとしたところで、透ちゃんに口を塞がれた。

余計なことは言うべきじゃないと思ったらしい。

誤魔化すべきか黙殺するべきか、なんとも言えない所だ。

とりあえずその場は誤魔化しながら部屋に戻るお茶子ちゃんたちと一緒に、ストトトっと部屋に戻った。

 

それから部屋で集まって裁縫を続けたり、次の日もインターンが無い人で協力して進めたりして、緑谷くんの設計図通りに完成した。

中々の出来だ。

ほとんど素人のメンバーが協力して作ったとは思えない出来をしている。

これは梅雨ちゃんの頑張りのおかげだなと思えた。

そして私たちが完成させたその日、男子たちが帰ってきた。

 

男子たち、というよりも爆豪くん、上鳴くん、轟くん、飯田くん、切島くん、緑谷くんの6人が、雪山キャンプから帰ってきた。

彼らは今日、私たちがキャンプしたのと同じ場所で特別授業をしてきたのだ。

爆豪くんと緑谷くんが熱を出したりして大変だったみたいだけど、なんとかやり遂げたらしい。

まあそれはいいとして、彼ら6人には、百ちゃんに設計図と同じ形の寝袋をいくつか出してもらって、雪山で使い心地を試してもらう手はずになっていたのだ。

そこで使って大丈夫なら保温性とかも問題ないだろうっていう考えだった。

とりあえず、寝袋は問題なさそうな感じだったらしい。

それなら、この手作りの寝袋で大丈夫だと思うから、これを―――

 

 

 

その日の夜、泊りがけでインターンに行っている人もいないから、作戦を決行することになった。

決行のことはオールマイトにも伝えてあって、オールマイトも寮に来てくれていた。

先生が見回りに来るタイミングを狙って、私が皆に待機するように促しておく。

早過ぎる時間に電気も消しておいて、先生が確認に入ってくるようにして、準備はばっちりだ。

そして、寮の扉が開いた。

 

「……今日はえらく消灯が早いな」

 

先生がそう呟くと同時に、皆で隠れていたところから飛び出して、クラッカーを鳴らした。

 

「相澤先生!!いつもありがとう!!」

 

先生は呆然としたような感じで固まってしまって、反応する様子もない。

その様子を見ながら、完成品の手作り寝袋を先生の後ろからすっぽりと被せた。

被せると同時に、三奈ちゃんが正面のチャックを一気に上げる。

 

「我々からのぬくいプレゼントです!」

 

「……寝袋?」

 

そこで、ようやく先生は再起動した。

それを確認してから、皆が矢継ぎ早に説明し始めた。

 

「透ちゃんと瑠璃ちゃんが先生の睡眠環境を調査!」

 

「緑谷が設計して」

 

「ヤオモモが素材作ってー」

 

「私たちがチクチクしてー」

 

「爆豪たちが耐久テストしたんだぜ!雪山キャンプのついでだ!」

 

「言い出しっぺはオールマイトです!」

 

「何かこそこそしてると思ったら、そういうことか。学生時代の時間は貴重。余暇は自己研鑽に使うべきだ」

 

先生は、説明を聞いて素っ気なさそうな感じでそう返してきた。

 

「相澤くんは手厳しいな」

 

「それも分かるけど!」

 

「もっと喜んでいいのよ!?」

 

皆はその言葉をそのまま受け取ってるみたいだけど、そうでもない。

先生の感情は、喜びに満ちていた。

先生の「だが―――温かいな」っていう呟きが皆に聞こえたかは分からないけど、先生がこんなに喜んでくれたなら、頑張った甲斐があったかなと思った。



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少女の特訓の日々と着物

今日も今日とて教師寮でエリちゃんのトレーニングに付き合っていた。

エリちゃん以外にいるのは私と通形さん、相澤先生の3人だ。

緑谷くんは前回はいたけど、今回は爆豪くん、オールマイトと一緒にトレーニングをしている。

私はどっちに参加するか若干迷った結果、緑谷くんとも話してエリちゃんの方に参加することにした。

もう何回もこうしてトレーニングをしてきたからか、エリちゃんも少しずつではあるけど慣れてきている感じはする。

今もエリちゃんの額の角が光っていて、萎れていた花が生き生きと咲き誇っている状態まで戻っていった。

 

「……はふっ」

 

エリちゃんはパッと手を離すと、緊張から解放されたように息を吐いた。

そんなエリちゃんに対して、満面の笑みを浮かべた通形さんが声をかけた。

 

「すごいすごい!植物はもうすっかりお手の物だね!」

 

「ん……狙った段階に……ちゃんと戻せてる……ばっちりだね……」

 

私と通形さんがエリちゃんを褒めると、エリちゃんは嬉しそうに笑った。

 

「それじゃ……次は昆虫行ってみよう」

 

そう言って相澤先生は、足の取れてしまった昆虫を持ってきた。

訓練は大体植物、昆虫とかの小さな生き物、トカゲとかの虫以外の生き物と進んでいく。

エリちゃんはもう虫とかまでは結構ちゃんと戻せるようになっているのだ。

実際今も通形さんに励まされながら、自分に言い聞かせるようにして頭の中で『だいじょうぶ……だいじょうぶ……足を治してあげるだけ……』なんて考えながら個性を使っている。

その制御もばっちりで、取れた足が生えたところでちゃんと止まった。

 

「やったね!ほら、虫も元気になったよ!」

 

「よかったぁ……」

 

「じゃあ……虫さんも元気になったし……逃がしてあげちゃうね……」

 

「うん!」

 

「昆虫の巻き戻しも慣れてきたね」

 

虫かごを持って、窓から寮の裏にある木とかがあるエリアに放してあげてしまう。

エリちゃんも、自分が治療してあげた虫が元気に飛んでいく姿を嬉しそうに見ていた。

ここまではエリちゃんも順調にいくのだ。

最近の虫の巻き戻しの成功率は、ほぼ100%と言っていい。

問題はトカゲとかの、昆虫以外の生き物の方。

こっちの成功率はまだ半々程度なのだ。

今も先生が「それじゃ次はトカゲ……」と言いかけると、エリちゃんは明らかに緊張した様子で身体を固くした。

通形さんが最近自分を巻き戻してもらうことを考えているけど、その賭けに出るにしても、エリちゃんの技量面も心情面ももう少し待った方がよさそうだった。

 

「……少し休憩しようか?」

 

「……がんばる」

 

先生が尋ねると、エリちゃんは戸惑うような様子を見せたけど、首をぶんぶんと振って気合を入れなおした。

目の前に出されたトカゲは、尻尾が切れた状態ではあるけど、ケースの中を元気に走り回っていた。

エリちゃんはトカゲに手を触れて集中しようとしているけど、なかなか個性が発動しない。

明らかにトラウマのせいで硬くなっていた。

今も一息入れて深呼吸して集中しなおそうとしている。

そこまでは良かったんだけど、エリちゃんがもう一度トカゲに手を触れようとすると、トカゲはエリちゃんの手の上に乗って、そのまま腕を走り出してしまった。

 

「わっ……!?」

 

驚いたエリちゃんは咄嗟にトカゲを掴んで強く握りしめてしまっている。

これが良くなかったんだろう。

一気に個性が発動してしまった。

尻尾が生えるだけじゃない。

そのままどんどんトカゲが小さくなっていく。

 

『―――お父さんっ』

 

エリちゃんの思考には、消してしまった父親のことが、ありありと浮かべられていた。

先生がすぐに抹消で止めてあげているけど、トカゲは指先に乗る程度の赤ちゃんくらいの大きさになってしまっていた。

 

「ごめん……なさい……」

 

「こういうときもあるさ!そのための特訓だ!」

 

「少し休憩しよう」

 

「……ううんっ、やり……ます……」

 

「でも」

 

「だ……だいじょうぶ……」

 

通形さんが励ましたり、先生が休憩を提案しているけど、エリちゃんの思考は恐慌状態に陥っていた。

それなのに、焦りとか、申し訳なさとか、そういう感情もあって、必死で自分に大丈夫と言い聞かせながら特訓を続けようとしている。

こんな状態で練習しちゃダメだ。

上手くできるわけがないし、失敗が積み重なってさらにひどくなるだけでしかない。

そう思って私は、仕方なく別の虫を持ってこようとしていた先生を手で制して、エリちゃんを抱き上げた。

 

「ダメ……休憩しよ……」

 

「だ、だいじょうぶ……できるから……」

 

「ダメだよ……頭の中がお父さんのことでいっぱいになってる……焦り、恐怖、私たちに対する申し訳なさ……こんな状態で自分に大丈夫って言い聞かせても……悪影響しかない……気分転換しよ……」

 

「……ごめん……なさい……」

 

「謝らないで……エリちゃんがつらいのを隠して無理しても……私たちは悲しいだけだから……エリちゃん、十分頑張ってるから……」

 

私がそのままエリちゃんを抱きしめながら頭を撫でると、エリちゃんも私に縋りつくように抱き着いてきた。

 

 

 

そのまましばらくエリちゃんの頭を撫でていると、寮の入り口からミッドナイト先生が意気揚々と入ってきた。

手に持っているのは着物だ。

少し前に、ミッドナイト先生と13号先生とかが、エリちゃんの七五三をしようと話していた気がするから、その着物かな。

女性の先生2人が凄いテンションの思考になっていたのと、最近は満年齢でやるのが主流だと思うのに、数え年で計算してエリちゃんなら満1歳と満5歳で七五三をしてないとおかしい!って思考が結構うるさかったからよく覚えてる。

とにもかくにも、七五三は女の子なら、満年齢でやっていたとしても、3歳と7歳でやるはずだ。

エリちゃんの年だともう七五三はしてないとおかしいはずだけど、少なくともエリちゃんの記憶には残っていないらしい。

今までの状況も考えて、じゃあやってないんだろうということになって、11月15日はとっくに過ぎてるけどやろうということになったらしい。

そんな着物が届いたみたいだ。

これならちょうどいい気分転換になるかな。

 

「今、大丈夫?」

 

「ちょうど休憩してるところです」

 

「よかった……エリちゃん、着物が届いたわよ。ほら、これ」

 

先生が広げた着物は、色とりどりの花が咲き誇っている華やかな着物だった。

先生の思考的に、先生が昔着た着物を実家から取り寄せたみたいだ。

 

「一番にエリちゃんに見せたくて。絶対似合うわよ」

 

「わぁ……」

 

エリちゃんの目が凄く輝いている。

そんなエリちゃんの表情を見たミッドナイト先生も、すごく嬉しそうな表情をしていた。

 

「あと帯どめと髪飾りも綺麗なのよ」

 

「すごいな~!ミッドナイトが七五三で着たものですか?」

 

「そうなの。物持ちいいでしょ」

 

「すごいです……私は……どこにしまってあるかすら……分からないですし……」

 

「波動さんも、きっとご両親が大事に取っておいてくれてるんじゃないかしら?こういうのって大切な思い出でもあるし」

 

私が思わずつぶやくと、ミッドナイト先生が微笑みながらそう言ってくれた。

大切な思い出……なんだろうか。

私もその頃はまだスレてなかったはずだし、お姉ちゃんと一緒に走り回ってる感じの写真がいっぱいあったから、多分そうなんだろうか。

怖がられた時に捨てられたりしてなければ、あるのかもしれない。

お父さんもお母さんも、思い出の物を勝手に売ったり譲ったりする人じゃないし。

私がそんなことを考えていると、ミッドナイト先生の返答を聞いていたエリちゃんの思考が、さっきまでの物とは変わっていた。

喜色満面といった感じの思考から、『……わたしがきてもいいのかな……?』なんてものになってしまっている。

人の大事なものに触れるのが怖い感じかな。

生き物しか巻き戻せないとはいっても、それだけトラウマになっているってことなんだろう。

 

「エリちゃん……遠慮する必要……ないんだよ……?先生も……そのつもりで持ってきてくれてるし……」

 

「ぁ、ぅ……あの、わたし……ひとりでおさんぽしてくる……」

 

エリちゃんはそのまま私の腕から抜け出すと、寮の外に駆けて行ってしまった。

 

「……エリちゃん、もしかして迷惑だったかしら」

 

ミッドナイト先生が、少し気落ちした感じで寂しそうな笑顔を浮かべていた。

そんなことはないんだけどな。

エリちゃん、間違いなく着物を見て喜んでたし。

 

「俺、ちょっと様子見てくるよ!」

 

「あ、通形さん……エリちゃん、校舎の陰から……猫を追って森林地区に向かってます……!心操くんも近くにいるので……一応、大丈夫だとは思いますけど……」

 

「心操くん?」

 

「捕縛布を首に巻いてるので分かると思います……普通科ですけど……相澤先生から直接指導してもらってる人なので……悪い人ではないです……」

 

「そっか!じゃあちょっと行ってくるよ!」

 

通形さんはそのままササッと走り出していった。

私はミッドナイト先生のメンタルケアをしておくかな。

今のエリちゃんの、『出来なかったらどうしよう』とか、『ミリオさんの"個性"を戻したい』とか、『出来なかったらまた別の場所に行かなきゃいけないのかな』とか考えている状態だと、大人数で囲むのは悪手だと思う。

それなら、今エリちゃんが一番役に立ちたがっている通形さんが行くのが一番だと思うし。

 

「先生……エリちゃん……別に嫌がってたわけじゃないですよ……」

 

「……そうなの?」

 

「はい……人の大事なものを使わせてもらうことを……躊躇しただけです……着物自体には……すごく嬉しそうな思考してましたし……」

 

「……そっか。それなら、エリちゃんが戻って来たら、エリちゃんと相談してどうするか決めましょっか」

 

「それがいいと思います……」

 

先生も納得してくれたみたいだし、これで安心かな。

 

「ふふ、それと、波動さんにもいろいろ協力してもらおうかしら。エリちゃん、波動さんたち姉妹にだいぶ懐いてるみたいだし」

 

「はい……喜んで協力します……料理でも……なんでも言ってください……着付けはできませんけど……」

 

「そのあたりは私がするから安心していいわよ」

 

私と、あとはお姉ちゃんやお茶子ちゃんたちも呼びたい感じかな。

エリちゃんと接点のある女子生徒を呼びたそうにしている。

着物を着たエリちゃんと、そういう会を楽しむのもいいかもしれない。私も楽しみだ。

 

 

 

しばらくしてから、通形さんとエリちゃんは戻ってきた。

エリちゃんの手には怪我をした子猫が抱えられている。

 

「あ、あの、ねこちゃん、ケガしちゃってて」

 

「酷い傷ね……でも確か、リカバリーガールは今日帰ってくるの、遅くなるんじゃなかったかしら」

 

「先生、エリちゃんがわざわざここに連れてきたの、そういう意味じゃないんです」

 

リカバリーガールの不在を思い出しながらどうするか対応を考えるミッドナイト先生を、通形さんが制した。

そんな通形さんの足元で、エリちゃんが気合を入れた表情で口を開いた。

 

「わ、わたし、救けたいっ……です……!わたしの個性で……!」

 

エリちゃんの決意の声を受けて、ミッドナイト先生と相澤先生が顔を見合わせていた。

少しして、相澤先生がエリちゃんに対してしっかりと頷いて許可を出した。

 

「ねこちゃん……だいじょうぶだよ……」

 

エリちゃんが、腕の中の子猫を安心させるように話しかけている。

エリちゃんは、傷付いて泣いている子猫の痛みを取ってあげたいと、心から願っていた。

自分の『だいじょうぶ……だいじょうぶ……』と言い聞かせる思考の中に、緑谷くんの声で『大丈夫!!』なんていう声まで聞こえてきた。

さっき緑谷くんの特訓を覗いてたみたいだから、その時に言っていた言葉だろうか。

会話までちゃんと見ようとしてなかったから分からない。

それでも、エリちゃんはその言葉にとても勇気付けられていた。

 

「―――だいじょうぶ」

 

エリちゃんが自分に言い聞かせるように呟くと、エリちゃんの角が輝き出した。

そのままゆっくりと子猫の傷が塞がっていく。

あっという間に傷は消えて、血の跡すらもなくなった。

それを見届けたエリちゃんは、優しく子猫をソファに下ろしてあげた。

 

「……はふぅ~」

 

「……やったエリちゃん!!子猫の傷が治ったよ!!」

 

通形さんがエリちゃんに喜びながら声をかけると、エリちゃんもホッとしたような笑顔を浮かべた。

子猫は最初はきょとんとしていたけど、エリちゃんの元を離れずに小さく「みゃあ」と鳴いて、エリちゃんの手をぺろぺろ舐めだしていた。

思考は、お礼を言っている感じだ。エリちゃんが傷を治してくれたと理解しているらしい。

 

「エリちゃん……その子、エリちゃんにお礼を言ってるよ……ありがとうって……痛くなくなったって……」

 

「痛いのなおった?よかったねぇ」

 

エリちゃんはふふふと笑いながら、嬉しそうにしていた。

そんな様子を、先生2人と私と通形さんも、微笑ましく眺めていた。

 

 

 

その後は子猫を放してあげたりして落ち着いてから、ミッドナイト先生がエリちゃんに七五三の話を切り出した。

エリちゃんもやりたいとはっきり言っていた。

先生が千歳飴を準備しなきゃなんて言っていて、説明されたエリちゃんが中々なくならない長い飴の魅力に涎を垂らしてしまっていたのがかわいかった。

多分準備が多少あるのと、先生たちの都合、先生が呼びたがっていたインターンをしている学生の都合があるから、すぐにはできないと思う。

だけど、当日はお赤飯とかエリちゃんでも食べられそうな鯛を使った料理でも作ろうかななんて考えながら、期待に胸を膨らませていた。




この話でOVA、映画、アニオリ、雄英白書、チームアップミッション、スマッシュ(原作単行本に載っていた葉隠回のみですが)を整合性取りつつ入れられるものは全て入れきりました
あとは原作を突っ走るのみになります

以下入れなかった話と理由
OVA
Training of the Dead
瑠璃が発狂しかねない、脳無で錯乱した説得力が低下する
HLB
唐突すぎる、情勢的にやらなそう
笑え!地獄のように
インターンがエンデヴァー事務所じゃないため絡ませづらい、出してもテレビ等を見て爆笑するだけ

映画
来場者特典二人の英雄、ヒーローズ・ライジング
年代が違う、瑠璃視点で入れられない

アニオリ
5期水着回など
瑠璃視点のため苦渋の決断でカット
その他も概ね瑠璃視点のため

雄英白書
教師視点の飲み会全て、B組の文化祭の出し物
瑠璃視点のため
UAクエスト
別次元過ぎる

チームアップミッション
ミッション系は整合性取れないため全切り
その他1〜4巻でギャグに振り過ぎてる、時期や情勢的にやらないでしょって話はカット
5巻の餅つきは単行本派のため間に合わない+この時期に詰め込みすぎると冗長になる、体験入学はすでに入れられる時期を過ぎてました

スマッシュ
ギャグに振り過ぎててほぼ入れられない

ヴィジランテ
年代が違う
キャラとか関係性の匂わせのみになりました

キャラブックの麗日爆豪の話
瑠璃の席が挟まったことにより消滅

BD特典のドラマCD関連
悩んだ結果、知らない人多そうだし今以上に冗長になるので全切りしました


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要請

3月も下旬に差し掛かってきて、そろそろお姉ちゃんたちの卒業式だと思っていた頃。

その連絡は、ついに来てしまった。

インターンの、遠征の連絡。

私だけならなんてことはない、いつも通りのミルコさんの指示でしかない。

だけど、その遠征の連絡が、全員に来ていたのだ。

 

「今度のインターン遠征だって」

 

「あら本当ね」

 

「梅雨ちゃんたちも?まじで?俺らも俺らも!」

 

「僕たちもその日遠征だよ!?」

 

「私たちもだよ!?え~~~!?なんだろうね!?」

 

「待ってウチも」

 

「俺もだ」

 

皆もこの異常な状態に気が付いたようで、口々にその疑問を口にしていた。

 

「瑠璃ちゃんも同じ日に遠征入ってる?」

 

「……ん……私も遠征……」

 

透ちゃんに確認されたから、一応私も同意しておく。

でも、皆不思議そうに話し合っているけど、そんな面白いような話じゃない。

むしろ……

そう思っていたところで、寮の扉が開いて相澤先生が入ってきた。

 

「常闇、上鳴、波動。話がある。ついてこい」

 

「へ?今から?」

 

「……分かりました……ごめん、上鳴くん……大事な話……黙ってついてきて……」

 

「え、いや、別に嫌なわけじゃねーからいいんだけどさ……」

 

「行くぞ。上鳴」

 

上鳴くんがもう夕方なのに今からの呼び出しに疑問符を浮かべている。

でも、この後の説明に時間をかけるべきだし時間が惜しい。

常闇くんは私と先生の様子から色々察したっぽい。

特に拒否している様子もなく、上鳴くんに歩き出すように促してくれていた。

残された皆の心配そうな視線を受けながら、先生に続いて寮を出た。

 

 

 

例の窓がない職員会議をよくしている部屋まで通された。

部屋の中には、先生たちはもちろん、骨抜くんに小森さん、あとは天喰さんも来ていた。

集まっている先生たちは全員深刻な表情をしている。

先生たちは何かあった時の保険としてでも学徒動員されることに憤っていたのに、これから生徒にヴィランとの決戦で最前線に出てほしいなんてお願いしないといけないから、当然のことではあるんだけど……

 

「揃ったね。じゃあ話を始めようか。相澤くん、お願いするよ」

 

校長先生が小さな手を挙げながら、相澤先生に話を振った。

相澤先生も、席の方まで移動してから話を始めた。

 

「6人とも、既に次回インターンの遠征の知らせは受けたな」

 

「ぜ、全員同じ日に遠征になってたやつのことですよね……?」

 

上鳴くんが恐る恐る先生に尋ねる。

この不穏な状況から、只事ではないことは察したみたいだった。

先生は静かにその問いに頷いた。

 

「そうだ。その日のことで、おまえたちを呼んだ。波動はもう察しているようだが、他の者にも理解した上で返事をもらいたい。一から説明していく」

 

「はい……私は気にしないでください……ちゃんと理解してからじゃないと……出来ない話なので……」

 

私が答えると、先生は小さく頷いてから話し出した。

 

「ここで聞いた内容は他言無用だ。情報が漏れれば作戦の成否に関わる。いいな?」

 

先生の言葉に、私を含めた6人は小さく頷いた。

 

「単刀直入に言う。今回の遠征は、ヴィラン連合との決戦になる」

 

「ヴィ、ヴィラン連合!?」

 

私以外は、天喰さんも含めて驚愕したような表情になった。

 

「ああ。12月にあった泥花市の件は覚えているな?もともと泥花市には、異能解放軍……10万以上の信者を擁する組織で、プロヒーローすらも協力しているものがいたほどの組織が存在した。それが、ヴィラン連合との抗争の末、10万以上の兵力をそのままに、ヴィラン連合に吸収された。やつらは超常解放戦線を名乗る、一大組織に成長したんだ。そのヴィラン組織の決起が、4月に予定されていることが分かった」

 

「決起って……」

 

「超常解放戦線による、一斉蜂起だ。ヴィラン連合のヴィランたちや、複数個性を持つ脳無、それに、元異能解放軍の10万の人員が、全国で一斉に蜂起するそうだ」

 

「そ、そんなことになったら……」

 

「それは、信頼性の高い情報なんですか?そんな情報が、どこから……」

 

天喰さんが、震える声で冷や汗を流しながら先生に尋ねた。

……先生たちは、情報源を知らない。

私は知っているけど、言うべきじゃない。

たとえ常闇くんが、ホークスが何をしているのか知りたがっていたとしても、言っていいことじゃない。

 

「それは俺たちにも分からない。俺たちプロヒーローにも、この情報とともに、当日の指示の連絡が来たばかりだ。ついさっきまで緊急の職員会議をしていたくらいでな……まあそんなことはいい。ここから先が問題だ。ヴィラン連合の質と、異能解放軍の数があわさってしまったこの状況は、最悪と言っていい。そんな集団が決起するのを許してしまったら、それこそ対処のしようがない。そこで公安委員会は、超常解放戦線への一斉襲撃の作戦を立案した。それがこの遠征だ」

 

「一斉、襲撃?」

 

「……そのような作戦が立案されるということは、敵の拠点がつかめているということですか?」

 

「全国各地に中、小規模の拠点が点在している。具体的な言及はここでは避けるが、特に大きい拠点は、襲撃当日に集会が予定されているらしい場所と、脳無の生産工場であると疑われている場所。この2か所になる。当日は、全国ほぼすべてのヒーローがこの襲撃に参加することになる。それだけ敵の数が多いからな。そして……」

 

先生が言葉に詰まった。

流石に、先生の口から学徒動員なんて言いづらいか。

そう思って、私が言葉を引き継いだ。

 

「ヒーローを全員動員する関係上……どうしても何かあった時の保険が必要になる……その保険に……ヒーロー科の学生が充てられる……インターンを全員に強制したのは……この学徒動員の準備……」

 

「なっ!?」

 

「学徒動員って……」

 

「……それは学生全体の話だろう。それでは、俺たちだけをここに呼ぶ理由がない」

 

さっきの私と先生の様子から薄々察しているらしい常闇くんが、端的に指摘する。

実際その通りで、ここまでの説明だけだと私たち6人だけを呼ぶ理由がない。

 

「……そうだ。お前たち6人には、公安から別の要請が来ている。正直、これに関してはここにいる教師全員が、反対の立場を取りたいくらいの苦渋の決断だが……伝えざるを得ないと判断した。この話を聞いてどうするかは、お前たちに任せる……お前たち6人には、プロとともに最前線に出て欲しいという要請があった」

 

「え……」

 

「さい、ぜんせん……?」

 

骨抜くん、小森さん、上鳴くんが、完全に固まってしまった。

その様子を見て、ミッドナイト先生が心配そうな表情で声をかけた。

 

「もちろん、ずっと戦って欲しいというわけではないわ。初動で少し、力を借りたいだけだから」

 

「初動?」

 

そんな疑問の声に、オールマイトが凄く表情を歪めながら、絞り出すように声を発した。

 

「ああ。超常解放戦線の圧倒的な人数、幹部の凶悪な個性、実力……さらには脳無だ。同等以上の数と質を持つ集団を相手に、制約の多いヒーローが馬鹿正直に突っ込むだけでは、奇襲をしたとしても分が悪くてね……ヒーロー飽和社会なんて言われる状況でありながら、情けないことにヒーローの数が足りていないんだ。だから、君たちを頼るしかないと、公安は判断した。私たちも、この要請は人道からは外れているけど、納得せざるを得ない部分があると判断した。だからこそ、君たちを呼んで伝えさせてもらったんだ」

 

「な、なんで俺なんスか!?俺よりも、轟とか、爆豪とかの方が、よっぽど……」

 

上鳴くんが、取り乱しながら先生たちに問いかける。

そんな上鳴くんに対して、相澤先生が説明を引き継いだ。

 

「轟や爆豪は確かに優秀だ。だが、優秀なだけで前線に押し出そうとしているなら、俺たちは伝えることすらしないで拒否していた。そんな理由なら、プロが身体を張ればいいだけの話だ。だが、お前たちに対する要請は違う。数の差を埋めるために、広域制圧に長けた骨抜、小森、天喰。会議が行われると予測される地下、暗闇で無類の力、制圧力を発揮できる常闇。こちらの大多数を戦闘不能にされかねない敵幹部の電気系統の個性を無力化できる上鳴。波動以外は、ピンポイントでヴィランへの対応をするために要請が来ている」

 

上鳴くんも、自分に要請が来た意味を理解できたらしい。

何も言えずに震えだしてしまっていた。

そんな中、常闇くんが相澤先生に問いかけようと口を開いた。

 

「……波動以外というのは、どういうことですか?」

 

「……波動以外の5人は超常解放戦線への対応の要請だが、波動は脳無の生産工場の突入班に加わるように要請が来ている。上鳴、常闇。ナインは覚えているな」

 

「あ、あんな奴、忘れられるわけ……」

 

上鳴くんはナインへの恐怖を思い出したのか、震える声で先生に返事を返した。

 

「ナインは、AFOの個性を、不完全とはいえ移植されていた。ヴィラン連合が個性の複製をしていることも分かっている。この状況下で、死柄木がここ数か月、京都の山で強化中という情報が入ったらしい。つまり……」

 

「死柄木も、ナインと同じようにAFOの個性を奪う個性が、移植されている可能性があると……?」

 

「そうだ。死柄木の捜索は一刻を争う。もしもナインのような個性を手に入れられたら、手に負えなくなる可能性が高い。だから、波動に突入班に加わって感知で案内をするように要請が来ている」

 

その可能性の提示に、常闇くんも何も言い返すことが出来なくなってしまっていた。

私以外の学生側は、最悪の想定に絶句することしかできなくなってしまっていた。

 

「もしもこの要請を拒否するとしても、俺たちは誰一人として責めるつもりはない。その場合にも、お前たちに不利益が生じることが無いように、全力をかける。お前たち自身の意思で、どうするか決めてくれ」

 

相澤先生はそういって、私たちに判断を促した。

この場で答えを求められている。

拒否なんてされたら別の対策を考えないといけないし、時間もないから当然ではあるんだけど。

でも、私の答えはもう決まっている。

 

「……大丈夫です……私は……あらかじめ心の準備ができていたので……その要請、受けさせてもらいます……」

 

「は、波動、お前、怖くねぇのかよ?脳無の工場に突入するんだぞ!?やべぇ奴と戦わないといけないんだぞ!?俺は怖ぇよ!!ヴィランの、それも幹部と正面から向き合えなんて言われても……!」

 

恐怖心に満たされた上鳴くんが、早々に了承した私に、必死の形相で問いかけてきた。

私だって、脳無たちが蔓延っている場所に突入するのは怖い。

もしかしたら死ぬかもしれないし、死ななくても、一生障害が残るような状態になるかもしれない。

だけど、それ以上に、私はお姉ちゃんが楽しく、幸せに過ごす世界が崩壊する方が怖かった。

 

「……怖いよ……オールマイトに対抗出来たのとか……エンデヴァーをボロボロにしたのとか……あんなのを人工的に作り出してる巣窟に突入するなんて……怖いに決まってる……だけど……私がここでなにもしないで……最悪の結果になる方が……お姉ちゃんが……危険に晒される方が……怖いから……ヒーローみたいに……見知らぬ誰かの為に、なんて言えないけど……私は、お姉ちゃんの為に戦いたいから……」

 

「……"どこかの誰か"のためにっていうのが難しいから、今一番大事なものを守るために戦う。何も間違ってない。それも立派なヒーローよ」

 

「……ありがとう……ございます……」

 

ミッドナイト先生が微笑みながら言ってくれるその言葉に、ちょっとだけ気恥ずかしさを感じてしまう。

私がそんなことを考えていると、静かに聞いていた常闇くんが一歩踏み出した。

 

「俺は受けさせてもらう」

 

「俺も」

 

「……初動だけで、いいのよね。私も、受けるノコ」

 

「お、俺も、受けさせてもらいます」

 

常闇くんに続いて、骨抜くん、小森さん、天喰さんが次々と承諾していく。

一方で、上鳴くんはまだ恐怖に支配されていたけど、"大事なもの"……響香ちゃんのことを、思い浮かべ始めていた。

そして、響香ちゃんのことが浮かんだ瞬間、上鳴くんの心持ちが明らかに変わった。

 

「お、俺も……受けます。その要請」

 

頭は恐怖でいっぱいだし足は震えているけど、それでも、気になる女の子を守るために一歩踏み出してヴィランと戦うことを決意した上鳴くんは、すごくかっこよく見えた。

常闇くんも、そんな上鳴くんに対して『やはりお前は、心の底から友を想う男だ』なんて考えながら、嬉しそうに見ていた。

 

 

 

全員が要請を承諾したことで、私たちは先生から色々と注意や助言を受けた。

あとは、5人に対しては初動での対応が終わったらすぐに後方に回ってもらうとか、私に対して、相澤先生やマイク先生も一緒に来てくれるとか、少しでも不安が軽減するように色々伝えてくれて、すごく気にしてくれているのは伝わってきた。

最後に守秘義務を念押しされて話し合いは終わって、寮に戻った。

寮では皆に根掘り葉掘り聞かれそうになったけど、私たちが守秘義務で言えないって言ったらすぐに納得してくれた。

 

超常解放戦線との決戦が、もうすぐそこまで迫っていた。



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巻き戻しと約束

6人全員が前線に出ることを了承してから少し時が経って、ついに明日が決行日になった。

私と常闇くん、上鳴くんは寮に戻ったら当然のように皆から質問攻めにあった。

その場は口外できないってことでなんとか誤魔化していたんだけど、翌日には皆にも最低限の情報共有が来た。

全国規模の掃討作戦が行われることと、学生は後方支援として招集していることとかだ。

もうここまで皆も知っちゃってるし、相澤先生に確認した上で、皆にも私たち3人は後方支援ではなく前線に出ることになったことを伝えた。

百ちゃんと爆豪くんは大体察しがついていたみたいだけど、他の皆はそこまでのことだとは思っていなかったみたいで、すごく心配されてしまった。

爆豪くんだけは予想が確信に変わって「なんで俺を呼ばねぇんだ」ってキレてたけど。

 

そんな感じの一幕があって、皆も私たちが前線に出ることはもう知っていた。

理由を詳しくは話してないけど、選出からして明らかに何らかの目的があることは予想がついていたみたいだった。

響香ちゃんが上鳴くんを特に心配してる感じになってて、これは意識してないだけで相思相愛なのでは?なんて思ったりもしたけど、口には出してない。

こういうのは自分で気付くべきだ。

皆がお茶子ちゃんを弄ってるのはお茶子ちゃん自身が自覚している恋心だからだし。

 

とりあえずそんなことで皆も私たちのことは知っていた。

今日は各々、明日のために英気を養ったりしていつも通り過ごしたり、思い思いに過ごしていた。

そんな折に、お姉ちゃんたちビッグスリーと、相澤先生とエリちゃんが寮に来ていた。

 

「はい……砂藤くんに教えてもらいながら……焼いたクッキー……美味しくできたと思うから……食べてみて……リンゴ風味だよ……」

 

「うん!ありがとう!」

 

また角が大きくなってきているエリちゃんに、袋に小分けしたクッキーを渡す。

お姉ちゃんにも当然既に渡している。

お姉ちゃんの好みに完璧に合致するように調整に調整を重ねた至高の一品だ。

クッキーに落とし込むために砂藤くんにがっつりと助言をもらってなんとか仕上げたのだ。

満足のいく出来に私もにっこりだ。

エリちゃんにあげたクッキーはエリちゃん用に調整していて、リンゴ風味で甘めのクッキーに仕上げてある。

エリちゃんもニコニコ笑顔で受け取ってくれて嬉しい。

珍しくお茶を緑谷くんが淹れてくれていたり、お茶子ちゃんがエリちゃんの髪をポニーテールにしてあげたりしていた。

お姉ちゃんも、ソファの後ろから背もたれに乗り出すようにしながらその様子を微笑ましそうに眺めている。

うん、お姉ちゃんもエリちゃんも可愛い。

髪も結い終わってクッキーを食べた始めたエリちゃんが、先生にもあげていいか確認するように見上げてきたら笑顔で頷いてあげる。

そしてちょうど先生がクッキーを取ろうとしたところで、今まで悩み続けていた通形さんが切り出した。

 

「バブルガールから特別に教えてもらいました。明日、全国規模の掃討作戦が行われるって……俺も、役に立ちたい」

 

……バブルガール……思いっきり情報漏洩してる……

いくら通形さんに対してだとしても、今の彼はインターンに行ってすらいない休学中の身。

普通にあり得ない。

しかも、プロヒーローに裏切り者がいるからって連絡手段を絞っているのにそれはちょっと……

思うところは色々あるけど、先生も何も言っていないし、余計なことは言わないことにしておくけど……

私がそんな感じのことを考えている間にも、通形さんは話し続ける。

 

「エリちゃんはここ2か月、虫やトカゲを対象にして、エネルギーを小出しして訓練してきた。成果はずっと横で見てきた……エリちゃん……!利用するような形ですまない……!俺に試してみてくれないか!?"巻き戻し"を……!」

 

通形さんはそう言って頭を下げた。

それを受けてエリちゃんは、先生の方を振り返ってやっていいかの確認をする。

先生も、特に否定することはなかった。

エリちゃんは通形さんの方に近寄ると、通形さんの顔を両手で包み込んだ。

 

「あやまらないで。そのために訓練したんだもん」

 

エリちゃんの思考に、恐怖は感じなかった。

多分、この前の猫の巻き戻しで少し自信が持てたんだと思う。

そして相澤先生が見守る中、エリちゃんは個性を使いだした。

 

戻す分がそんなに長くないのもあって、巻き戻し自体はすぐに終わった。

通形さんも戻りすぎたりしている様子はない。

 

「どう、かな……?」

 

エリちゃんが確かめるように通形さんに問いかける。

すると、通形さんは服だけを残して地面に沈んでいった。

 

「成功だ!」

 

「わぁあ!やったぁ!」

 

「よかった……」

 

緑谷くんがそういうのを皮切りに、お茶子ちゃんも嬉しそうに声を上げた。

エリちゃんは個性が使えているのを見て、胸を撫でおろしていた。

まあそれはいい。

だけど問題はこの後だ。

そう思った私は、エリちゃんを抱き上げて目を塞いだ。

 

「……?ルリさん……?」

 

「ちょっとだけ……待ってね……」

 

「瑠璃ちゃんなにして「PO-WER!!大復活だよねっ!!!」

 

「きゃあああああああ!!?」

 

当然のように、全裸の通形さんが地面からはじき出されてきた。

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが真っ赤になった顔を手で隠してしまっている。

そんな様子は気にしないで、通形さんが私が抱きかかえているエリちゃんの方に駆け寄ってきた。

全裸で。

嬉しいのは分かるけど、せめて服を……

 

「ありがとうエリちゃん!!個性、また使えるようになったよ!!」

 

「その前に……服を……」

 

「あははははははっ!!通形服、服着ないと!」

 

お姉ちゃんが大爆笑している。

お姉ちゃんのその姿はかわいいしいいんだけど、とりあえず早く服を着て欲しかった。

私は波動で見慣れてるからそんなに困ってないけど、目の前でぶらぶらされるとか普通の女子だったら結構致命的な精神的ダメージを負うところだ。

 

「どうした!!?なんか悲鳴がきこえ……て…………」

 

お茶子ちゃんの悲鳴を聞きつけて降りてきた皆が、全裸の通形さんを見て固まってしまっていた。

響香ちゃんとか手合わせの時に直視したのを思い出して耳まで真っ赤になってしまっている。

しばらく混乱は収まらなかった。

 

通形さんが服を着てから少したって、騒動はようやく鎮火した。

今は通形さんがエリちゃんを拝む勢いでお礼を言っていて、エリちゃんが照れ臭そうにはにかんでいた。

 

「無敵の男復活だね、ミリオ」

 

「ああ!今まで心配かけてすまなかった!もう大丈夫!!」

 

「通形すっかり元気になったね!よかったー」

 

お姉ちゃんの思考を見る限り、通形さんはエリちゃんに頼むのをギリギリまで悩み続けていたようだった。

まあ元気になったならよかった。

通形さんの思考も歓喜に満ちてるし、それを見ているエリちゃんの思考も喜びと達成感で埋め尽くされている。

お姉ちゃんもすごく嬉しそうだし、一件落着……なのかな?

でも、このレベルの巻き戻しができるとなると、エリちゃんの重要さが凄い勢いで増してしまっている気がする。

連発できないのは難点だけど、それでも生きてさえいれば、どんな傷でも無傷に戻すことが出来る。

オールマイトみたいな特殊な事例はどうなるかが分からないけど、ナイトアイの傷なら治すことが出来る可能性があるのではないだろうか。

それに加えて、エリちゃんがミスさえしなければデメリットすらない。

治療だけじゃなくて、若返りまでできてしまう。

こんなのがヴィランにバレたら狙われるのは確実だ。

エリちゃんの護衛が必要になるかな、これは。

 

 

 

その後は、皆でお茶しながらのんびり休憩って感じになった。

私とお姉ちゃん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃんの女子4人でエリちゃんの髪の毛をさらに弄って、今は小さくなったけど角が伸びてる時に似合う髪型の研究をしてみたりもした。

そんなこんなで時間も過ぎて行って、もう夕方になったということもあって、各々明日に備えるってことで解散することになった。

それなのに、お姉ちゃんだけは帰ろうとしないで、私に近づいてきていた。

 

「瑠璃ちゃん、ちょっといいかな」

 

「お姉ちゃん……?大丈夫だけど……」

 

「じゃあこっちきて」

 

お姉ちゃんに連れられるままに、他の人には聞こえない位置まで移動させられる。

お姉ちゃんの思考からもう話したい内容は分かったけど、A組以外には誰も話してないはずなのにどこからその情報を知ったのだろうか。

 

「瑠璃ちゃん、明日、前線に出るんでしょ」

 

「……ん……そう、だけど……誰から聞いたの……?」

 

お姉ちゃんには心配を掛けたくなくて、私からは言ってない。

他の誰かがお姉ちゃんと接触して伝えたりもしてなかった。

しいて言うなら天喰さんだけど、天喰さんは性格が災いして前線に出るように言われたことを誰にも言っていなかったはずだ。

 

「天喰くんの様子見てれば分かるよ。天喰くん、いつも以上に口数少なかったし、呼ばれたタイミングからしてそういうことでしょ?しかも、他に誰がいたの~って聞いたら意味深に私を見てたし」

 

「……なるほど……」

 

確かにそれなら、口には出してなくてもバレるか……

 

「……ミルコさんたちの突入を……手伝うように言われてる……最前線に出て……死柄木を探して欲しいって……」

 

「やっぱり……」

 

お姉ちゃんの表情がちょっと曇る。

私の心配をしているのは明らかだった。

それでも、最悪な状況になっているとしか思えないんだから仕方ない。

ここで前線に出るのをやめることはできないし、やめるつもりもない。

 

「大丈夫だよ。やめろなんて言うつもりないから」

 

「……ん……そういうこと……」

 

溜息を吐きながら、お姉ちゃんが私が考えていることを先手を打つように否定してきた。

だけど、言いたいことはもう大体わかった。

 

「今までの感じからして、無理をするなって言うのが無理なのはもう分かったよ」

 

「……そんなこと……」

 

「そんなことあるの。大切な人がピンチになったりしたら、瑠璃ちゃん助けに行こうとしちゃうでしょ?」

 

「……それは……否定できないけど……」

 

透ちゃんとか、私を受け入れてくれた皆とかが死にそうにでもなっていたら、確実に私は無理をすると思う。

だけど、それはお姉ちゃんだって同じだと思う。

大切な人が死にそうになっているのに動かないなんてことは、お姉ちゃんにだってできるとは思えない。

 

「だから、1つだけ約束して。自分から命を捨てに行くようなことだけはしないで。あんな、自分から限界ギリギリまで放出するようなことだけは、もうしないで」

 

「……ん……分かった……約束する……」

 

私が返事をすると、お姉ちゃんは微笑みながら抱きしめてきた。

お姉ちゃんに抱きしめられるのは相変わらずあったかくて安心できる。

 

「頑張ってね。できれば、無理もしないでくれると嬉しいけど」

 

「それは約束できないけど……頑張る……」

 

返事に合わせて、お姉ちゃんが頭も撫でてくれる。

私も安心してお姉ちゃんを抱きしめ返していた。

 

しばらくそんな感じで話してから、お姉ちゃんは寮に帰っていった。

明日は作戦当日。

そう思って、改めて気を引き締めた。



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蛇腔総合病院

蛇腔総合病院。

殻木球大が創設し、理事長を務める病院である。

"個性に根差した地域医療"というスローガンを掲げ、設立後すぐに慈善事業に精を出している病院でもある。

全国各地に児童養護施設や介護施設の開設、個人病院と提携といったような、人道的に見ても素晴らしい行いをしている。

そんな説明がされた後、モニターには殻木球大のプロフィールが表示されていた。

それを見ながら、ロックロックが口を開いた。

 

「なぜこの男だと?」

 

「……公安からの情報と、警察が協力者から得た情報から、候補を絞った。いくつか残った選択肢の内、この病院だけには、関係者も用途を知らない立ち入り禁止の空間があった。霊安室からのみ通行可能な空間。出入りするのは殻木のみと言われている空間があるんだ」

 

「その情報だけで、本当に合っていると言えるのか?」

 

塚内警部の説明に、エンデヴァーが問いかけた。

 

「得られた情報は、京都の山、病院、年老いた背の低い男。さらに、脳無の製造に病院施設を好きに使える地位に、この年老いた背の低い男がいるであろうということを加味して絞り込んだ結果が、3つの病院だった。そこに、超小型ドローンを潜入させて、院内の構造を把握していった。その結果、蛇腔総合病院だけが、不可侵のエリアがあった。だから、ここだと考えている」

 

塚内警部は蛇腔総合病院が脳無の巣窟であると考えている理由を、つらつらと説明していった。

確かに、それならここである可能性が一番高い。

私を先立って近づけて確認させない理由が分からないけど。

 

「確認方法がドローンになった理由は。聞き込みや潜入などを行わなかった理由はなんだ」

 

「というか、死穢八斎會の地下施設をマッピングした学生がここに来てるじゃねーか。なんで確認させてないんだ?」

 

「させられるわけねぇだろうが」

 

ロックロックが塚内警部に問いかける。

そんなロックロックに対して、ミルコさんが吐き捨てるように言い放った。

ミルコさんは私に感知させない理由に思い至っているらしい。

 

「ああ。申し訳ないが、彼女はおろか、調査員すらも潜り込ませるわけにはいかなかった。ロックロック、個性の複製に関しての情報は聞いているかい?」

 

「お、おう。あれだろ、タルタロスにいるAFOが持ってるはずだった個性を使ったヴィランがいたっていう……」

 

ロックロックがそういった途端、ピクシーボブさんやマンダレイさん、虎さんが苦々しい表情をした。

どうやら、サーチの完全複製と思われる事例が発生したことを、既に知っていたらしい。

 

「そうだ。そして、その個性の複製の条件が分からないのが問題なんだ。広範囲を感知、読心できる個性の持ち主の血を、超常解放戦線側に少量取られているという、公安からの情報提供があった。この情報がある以上、少量の血から個性を複製できている可能性を考え、警戒しておく必要があったんだ。万が一思考を読まれて察知されてしまえば、作戦のすべてが瓦解してしまうからね」

 

塚内警部の説明に、ロックロックやエンデヴァーも納得しているようだった。

それにしても、公安から警察側に伝えられていたのか。

塚内警部に極秘裏に伝えたとかだろうか。

塚内警部ならオールマイトと親交が深くて、しかも黒霧を捕まえていて、私の読心もパスしてるからヴィラン連合側なのはあり得ないし。

 

「殻木球大の逮捕自体は難しくない!しかし、先走れば"戦線"の人間たちに感付かれる。我々には保須や神野のトラウマがある。都市に壊滅的な被害を受け、多くの市民やヒーローに犠牲を出してしまった。AFOの逮捕拘束が出来たものの、オールマイトは実質的な引退に追い込まれた。故に、最大戦力をもってこの事案に臨むこととする」

 

塚内警部のその言葉とともに、彼の背後のモニターに作戦の概要が表示された。

 

「まずは、ヒーローたちを2つの班に分ける。エンデヴァー班は、蛇腔総合病院にいる殻木球大の身柄の確保。エッジショット班は、超常解放戦線の隠れ家と目される、群訝山荘への突入。これらの2つの事案を同時に行う。また、それぞれの班の後方には、ヒーロー科の学生たちを配置。事態の拡大時における住民の避難や、救助活動を担ってもらう。一度状況が開始されれば、当然戦線のメンバーや脳無による抵抗が予想される。殻木、脳無、死柄木……そして連合……いや、"超常解放戦線"の一斉掃討が、我々の命題だ」

 

塚内警部は説明を終えると、最後に強く言い放った。

ヒーローたちも特に質問はなく、そのまま気合を入れて準備をし始めていた。

全員が納得したことを確認すると、塚内警部はそのまま私の方に歩いてきた。

 

「波動さん、君は死柄木と殻木の捜索に集中してくれ。患者の避難はマンダレイを筆頭にヒーローで対応する。すまないが、頼むよ」

 

「……はい……分かりました……」

 

私にそれだけ伝えると、塚内警部はそのまま出口に向かっていった。

ただ、エンデヴァーだけは、ホークスのことを気にしているようで、出口に向かいながら塚内警部に話しかけていた。

 

「行くぞ、リオル。何かあったらすぐに教えろ」

 

「はい……」

 

「あとは、あの九州に出たような喋る脳無はお前の手に負えねぇ。万が一遭遇しても、お前はそいつらと戦闘しようなんて思うなよ。逃げることも視野に入れとけ」

 

「……はい……ありがとうございます……」

 

そこまで言うと、ミルコさんも出口に向かっていった。

 

「波動」

 

私も追いかけようとしていると、今度は相澤先生が私の方に近づいてきた。

 

「なんですか……?」

 

「お前が拒否できる状況じゃなかったのは理解しているつもりだ。無理するなといっても何かあれば無理をするのも散々見てきた。昨日姉からも何か言われていたようだが、俺から言えることは一つだけだ。お前はまだ学生であるということを忘れるな。プロを……俺たちを頼れ」

 

「はい……」

 

先生はわざわざ私に視線を合わせながら、そう言ってきた。

先生も、やっぱり私が無理をしやすいと思って心配をしているらしい。

緑谷くんほどじゃないと言いたいところだけど、ここまで心底心配してくれている先生にそれをいうのは野暮だ。

お姉ちゃんや先生、ミルコさんが言ってくれたように、気を付けるようにはする。

それに、私は、先生の親友を弄んだ仇のような相手、殻木に対しても思うところがあるんだ。

お姉ちゃんのために、平和な世界を保ちたいっていうのもあるけど、先生たちの助けになりたかった。

 

「あとは……お前白雲のこと気にしてるだろ」

 

「……なんで……分かったんですか……?」

 

「お前がそういう情に絆されやすいのは、もう理解したつもりだ。少なくとも、信頼している相手に対してのものはな。だが、今回に限ってはその情が邪魔だ」

 

「邪魔……ですか……?」

 

確かに、私のことを大事な生徒として可愛がってくれている先生のことは信頼している。

先生やミルコさんの役に立ちたいとも思っている。

だけど、それが邪魔だっていうのは、先生の思考を読んでいても納得しきれなかった。

 

「そういう考えは、逃げる判断の妨げになる。余計なことは考えるな。命を捨てるような真似だけは……白雲のようなことだけはしてくれるな。お前はまだ学生なんだ。万が一の時には、お前は自分が無事でいられるように全力を尽くせ。いいな」

 

「……分かりました……」

 

先生の白雲さんへの声掛けも含めた本心を知ってしまっていた私にとって、この言葉はすごく重いものなんだっていうのは、すぐに分かった。

私も納得するしかなかった。

これで万が一私が先生たちやミルコさんのために動いて、死んだりでもしたら、先生は一生後悔してしまいそうな感じだったのが、分かってしまったから。

先生も私の返事を聞いて理解したことを察したようで、頷いてから自分の準備に戻っていった。

私も改めて気合を入れなおして、ミルコさんの後を追いかけた。

 

 

 

そして、作戦は始まった。

私の個性が複製されている可能性を考えて、全員が走りながら病院に突入していく。

そして、突入した時点で私にはもう色々と状況が分かってしまった。

多少ノイズがかかるのを承知でヒーロー全員に一斉にテレパスをかける。

 

『地下に広大な施設と、脳無が入れられているカプセルが多数あり!!当たりです!!病院内をうろついている殻木は複製です!!私が先導します!!突入班は続いてください!!』

 

『皆さん外へ!ここが戦場になる恐れがあります!』

 

マンダレイさんもテレパスで避難指示を出している。

私はテレパスをし終わったところで、波動の圧縮で吹き飛んで霊安室の入口へ向かっていく。

エンデヴァーとかに地中まで一気に大穴を開けてもらうのも考えたけど、周囲に患者がいるのと、大穴が避難の邪魔になるしって感じで、よくない要素が多すぎるからやめておいた。

 

ちょうど地下への入り口に向かって、『経過は順調。死柄木弔完成まであと1か月強。楽しみじゃ』なんて考えている殻木の複製が視界に入る。

その油断しきった背中に向けて、屋根に頭をぶつけない程度に低空を、高速で跳び上がった。

並走してくれていたミルコさんも、私から一拍遅れて跳び上がってくれている。

 

「波動蹴!!」

 

月堕蹴(ルナフォール)!!」

 

蹴りが同時に殻木の背中に突き刺さって、殻木は吹き飛んだ。

 

「きゃああああ!?」

 

看護師が悲鳴をあげているけど、気にしている余裕なんてない。

複製は既に泥に戻って消えようとしている。

それを横目で見ながら、走り続けた。

相澤先生もエンデヴァーも、ヒーローはちゃんと付いてきてくれている。

 

そして、殻木もこれで気がついた。

 

「脳無が起動しました!!警戒しつつ全速力で進んでください!!地上に向かおうとしている脳無もいます!!一部のヒーローは残ってください!!」

 

起きてくる大量の脳無たちの波動に対する嫌悪感が凄まじいけど、そんなことを言ってられる状況じゃない。

吐き気とざわつくような嫌悪感を耐えながら、全力で走り続ける。

霊安室の入り口をミルコさんが蹴破ったタイミングで、その先の通路から脳無が姿を現した。



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ハイエンド

左右の部屋から続々と出てくる脳無たちを見た瞬間、ミルコさんの目がギラリと輝いた。

ミルコさんはそのまましゃがみこむと、一気に前方に跳ね上がって吹き飛んでいった。

 

「おんもしれぇ!!!」

 

ミルコさんの蹴りは、複数体の脳無たちの頭を的確に蹴り砕きながら通路の先まで一気に進んでいっていた。

とりあえず進行方向は、このまま真っすぐ、脇道に逸れずに行けば殻木の所まで着く。

それだけ伝えて急いで追いかけるべきだ。

 

『ミルコさん!!道はそのまままっすぐ行けば殻木の所までたどり着きます!!脇道には逸れないでください!!』

 

『おう!!おめぇも早く追いかけて来い!!』

 

ミルコさんを追いかけながら、エンデヴァーたちにも道順を教えておく。

そんなことをしている間にも、ミルコさんはどんどん進んでいくし、通路にはさらに脳無が這い出して来る。

このままだとミルコさんから離される一方だ。

 

「リオル!!俺の後ろに下がれ!!一気に通路を制圧してミルコを追う!!」

 

「はい……!!」

 

エンデヴァーの指示に従って、エンデヴァーの背後まで下がる。

エンデヴァーは私が背後まで下がったのを確認すると同時に、腕に炎を練り上げ出した。

 

「赫灼熱拳……ジェットバーンっ!!!」

 

エンデヴァーの拳から放たれた炎が通路を満たして、一気に脳無たちを焼き払っていく。

まだ両脇の部屋には脳無がいるけど、それでも通路は一時的にまっさらになっていた。

それを認識してすぐに、私は通路を高速で跳びはねながらエンデヴァーや相澤先生、クラストといったヒーローたちを先導していった。

 

 

 

私たちがミルコさんに追いつくのと、ミルコさんが奥の扉を蹴破るのと、部屋の中のシリンダーを割って、思考が妙にハッキリした脳無たちが大量に動き出すのは、同時だった。

ミルコさんが蹴破った扉が潰した脳無のことを、殻木が凄い嘆いている思考をしている。

だけど、今はそんなことはどうでもいい。

あの動き出した5体の脳無たちに対する寒気と嫌悪感が凄まじい。

身体が無意識に震えてしまっていた。

 

「忌々しいヒーローどもを蹂躙せよ!!愛しきハイエンドたち!!」

 

「ミルコさん……エンデヴァー……あれ……全部喋る脳無です……」

 

「だろうな。私の本能もガンガン訴えてきやがる」

 

騒いでいる殻木を無視して、ミルコさんたちに最低限分かったことを伝える。

ミルコさんもやっぱりすぐに気づいていたようだった。

さっきの殻木の思考……『フードちゃんは起動から安定するまで10時間かかった』とか、『スクランブルでは十分な力が』とかいう思考からして、まだ万全ではなさそうではある。

それでも、目の前に立ち並ぶ脳無が全て九州の脳無クラスの力があるとしたら、洒落にならない脅威だった。

 

「ひっ、お、えこっ……ひ……ろ……」

 

「うん……久……ぶり……」

 

「ヒ……ロ……暴れらレル……ヒーロー……!」

 

少しずつ、明らかに喋り方がマシになってくる脳無たちを尻目に、殻木が奥に向かって走り出していた。

それを守るように、脳無たちがこっちに走ってきた。

それを見たミルコさんはすぐさま跳び上がって、相澤先生は髪を逆立たせて抹消を使い始めている。

そんな様子を見ながら、エンデヴァーがすぐに動き出した。

乱戦になればエンデヴァーは大技を使えない。

なら、最初に使ってしまおうという腹積もりだろうか。

 

「これが全てあの脳無と同じ程度のものとなると、骨が折れるな……だが、ここを通してもらわなければならんのだ!!灼けて静まれ!!プロミネンスバーンっ!!!」

 

エンデヴァーから前方に向かって凄まじい熱量が放出された。

九州の最後に放ったような威力の物ではないけど、それでも凄まじい熱量なのは変わりなかった。

少し後方の離れた位置にいても普通に熱い。

でも、そんなことも言ってられない。

殻木を追わないとダメだ。

最奥にある一際大きいシリンダー。

その中にいる死柄木に対して何かしようとしている。

死柄木の波動は、死人の波動としか感じないのに、何故か嫌な予感が止まらなかった。

あれをどうにかしないと取り返しのつかないことになりかねない。

そう思った私は、エンデヴァーの炎で脳無の視界が不明瞭な内に、脳無たちの視界から逸れるように横の方に大きく跳び上がって、移動を始めた。

ミルコさんも私が跳び上がったのを認識してくれている。

ミルコさんはさっきまで殻木を追う気満々だったのに、今は完全に脳無に意識を向けていた。

私から意識を逸らしてくれるつもりか。

実際、ミルコさんは炎が薄くなった瞬間に、脳無に向かって蹴りかかっていた。

 

月堕蹴(ルナフォール)っ!!」

 

「蹂躙せよ、蹂躙っ」

 

頭が伸びた脳無が、ミルコさんの踵落としを迎撃する。

周囲の脳無たちはど真ん中に飛び込んできたミルコさんに視線が集中している。

エンデヴァーもクラストも、先生たちだって脳無に向かっている。

エンデヴァーはバニシングフィストで脳無に殴りかかってくれているし、このまま行ってもミルコさんたちなら大丈夫。

そう思って、静かに着地して、そのまま殻木が向かった方に駆け出そうとしたけど、仮面をつけた脳無から、嫌な波動が、嫌な思考が読み取れてしまった。

ねじ、曲げる……?

しかも、ミルコさんの左手に意識が向いている?

これは……!?

 

「先生!!仮面の脳無に抹消を使って下さい!!」

 

気が付いたら、叫んでしまっていた。

私の声に気が付いた先生は、すぐに違う脳無たちに向けていた視線を、仮面の脳無に向けた。

自分の行動がまずかったのは、すぐに気が付いた。

せっかくミルコさんが、私から脳無の気を逸らしてくれていたのに、私は自分で気付かれるような真似をしてしまった。

多少足を止めてでもテレパスにするべきだった。

だけど、それでも、ミルコさんが重傷を負いかねない状況だった。そのせいで、無我夢中で声を出してしまっていた。

そして、私が声を出した途端、太った巨体の脳無が、ゆっくりとこちらを向いた。

 

「君が、何かを感じ取っているなぁ!!」

 

その巨体の脳無は、大きく口を開けながら私の方に向かってきていた。

思った以上に素早くて、回避が間に合わない……!?

今から跳んでも射線から外れることが出来ない!!

出来るだけ傷を浅くするために、少しでも射線の外に行かないと……

そう思って目の前に迫る脳無の射線から必死で身体を逃がそうとする。

噛みつかれる。

そう思った瞬間、マントをはためかせながら、巨体の男が私と脳無の間に身体を滑り込ませてきた。

 

「己を危険に晒しながらも師を想う心!!誠素晴らしきものを見せてもらった!!」

 

「クラスト……さん……?」

 

巨大なシールドを両手から生成したクラストが、脳無の攻撃から庇ってくれていた。

脳無の鋭い歯による噛みつきを受け止め続けている盾が、火花を放っている。

クラストはそのまま全身の力を込めて脳無を一度押し返すと、盾を構えなおした。

 

「行け!!何か行かねばならん事情を感じ取ったのだろう!?為すべきことを為すのだ!!」

 

「君は、ナンバー……知らないケド、クラスト!!」

 

「正解!賢いな!!」

 

『ありがとうございます……!!ここはお任せします……!!』

 

脳無の意識が、完全にクラストに移っていた。

私はクラストにテレパスでお礼を言いながら、走り出した。

クラストは私のお礼にチラリとこちらに笑顔を向けて見送ってくれた。

 

走りながら、ミルコさんの方に視線を向ける。

ミルコさんも、さっきの脳無が何をしようとしていたのかは本能で察していたのか、近くの脳無を踏み台にして抹消で個性が使えなくなっている仮面の脳無の方に回転しながら飛び込んでいっていた。

 

「臆サず飛び込ンデクルとは―――「てめぇ今、遠距離攻撃出そうとしたな……咄嗟に遠距離使う奴は、近距離弱ぇと決まってる」

 

ミルコさんは太ももで仮面の脳無の頭を凄まじい力で挟み込んで、凄まじい眼光で遠距離を使う奴は近距離が弱いなんていう謎の理論を展開している。

複数個性の脳無に通用するのか分からない謎の理論ではあるけど、ミルコさんが言うと説得力があった。

ミルコさんは、そのまま首をねじ切るように脳無にバックドロップのような技を仕掛け始めた。

 

月頭鋏(ルナティヘラ)っ!!!」

 

ミルコさんが脳無の背後に着地する頃には、凄まじい力でねじられた脳無の首は完全に千切れていた。

弱点の頭を潰されて、お得意の超再生も相澤先生に消されて、脳無に出来ることなんてあるはずもなかった。

脳無の巨体は、轟音を立てて崩れ落ちた。

 

「ドタマ潰しゃあ止まんなら、むしろそこらのヴィランよかよっぽど楽だ。来いよゾンビども。ゾンビにヒーローミルコは殺れねぇぞ」

 

ミルコさんがギラギラした目つきで脳無たちを睨みつけるのを感じ取りながら、私は通路の方に駆け抜けた。

 

 

 

背後で相澤先生がマイク先生も『マイク!!エクスレス!!おまえらもリオルと行け!!』なんて言ってるのが感じ取れる。

エクスレスというのは知らないヒーローだけど、マイク先生も来てくれるなら百人力だ。

一応、向かう先にさっきの喋る脳無みたいなやつの波動は感じないけど、それでも、小さな脳無を伴った殻木がいる。

問題はあの小さな脳無の個性が分からないこと。

『モカちゃん』とかいう名前では、個性がなんなのか想像もつかない。

こいつに警戒しつつ、対処する必要がある。

殻木の思考を見る限り、あのシリンダーのようなカプセルは起動装置を兼ねている。

死柄木の心臓は止まっている。

でも死んでるわけじゃない。限りなく死人に近い波動をしているけど、これは死んでない。

あれは、仮死状態だ。

思考的に、あの装置は、AFOと脳無としての力の定着促進、維持を担いつつ、完成したら蘇生させるための装置なんだろう。

つまり、あの装置を壊してしまえば、死柄木は蘇生できない。

あの機械を壊すくらいなら、あの機械を操作する殻木を拘束することくらいなら、喋る脳無たちさえ見ていてもらえるなら、私にだって出来るはずだ。

そう思って、パイプに覆われた狭い通路を、全力で駆け抜けた。



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殻木球大

狭い通路を走って、波動の噴出で加速をかけながら跳んでいく。

後ろの方で私の方に気が付いた脳無がいたけど、ミルコさんやエンデヴァー、相澤先生、ロックロックといったヒーローたちが、即座に妨害してくれていた。

マイク先生たちもこっちに向かおうとしているけど、脳無が邪魔をしてなかなか進めてない。

私が先行して、どうにかしないとダメだ。

今の殻木の思考は、殻木自身と死柄木の逃走。

足元にいるモカちゃんとかいう小さな脳無の個性で逃げるつもりらしい。

思考が逃げる方法に触れないせいで、どうやってかは分からない。

だけど、やらなきゃいけないことは分かった。

死柄木の蘇生装置を兼ねているあのシリンダーの破壊と、小さな脳無の撃破。

殻木の思考からして、まだ死柄木の脳無としての完成度は70%そこそこ。

すぐに起動しようとしている感じはないから、脳無と殻木をどうにかしてからシリンダーを破壊するのでも大丈夫なはずだ。

一番まずいのは、脳無の個性で死柄木が装置ごと、殻木と一緒に消えること。

それだけは許しちゃいけない。

まずは入口から一撃を入れられるシリンダーに一撃を入れて、その後すぐに脳無の方に攻撃するか。

そう思って、跳躍を低空で繰り返して吹き飛んで、身体を一回転させながら、踵を振り下ろした。

 

「やめろぉおおお!!!」

 

全力で放った波動蹴は、噴出した波動がシリンダーに当たると同時に、シリンダーにヒビを入れた。

勢いにままに足を振り下ろして、装置の下の方の機械に足をめり込ませて破壊してしまう。

機械を破壊した影響か、周囲の装置がけたたましい警報を鳴らしている。

だけど、そんなものは気にしないで、もう一度跳ね上がりながら脳無に視線を向けた。

 

「モカちゃん!!」

 

殻木のその呼びかけと同時に、脳無からヘドロのようなものが噴き出し始めた。

 

「二倍持ち……!!」

 

どういうことかようやく理解できて、脳無の危険度の認識を上方修正する。

だからこの脳無と一緒に逃げるなんていう思考になるのか。

二倍を持っているなら、最悪黒霧でも作ってしまえば逃げることが出来てしまう。

この増殖だけは許容できないから、即座に近寄ってヘドロに発勁を叩き込んで形を形成する前に潰してしまう。

 

「発勁っ!!」

 

だけど、私がその複製に攻撃している内に、脳無はさらに自分を複製し始めている。

埒が明かない。

この脳無、多分そんなに知能が高くない。

あのハイエンドとか超常解放戦線の幹部の複製を出されたら普通に負けかねないのに、それをしてない。

無限増殖のつもりなのか、少しずつ真横にいる殻木と自分を増やしている。

 

「モカちゃん!!練習したじゃろ!!もっと別のを出すんじゃ!!死柄木でもいい!!早くっ!!」

 

殻木が狂ったように叫んでいるけど、脳無が出すものは変わってない。

この脳無、まだ個性が使いこなせてないのか、知能が足りなくてトゥワイスが言っていた細かいデータを覚えられていないのか……どちらにしても、これは好都合だった。

さっきの殻木の思考からして、ワープ系の個性の存在を複製できるはずなのに、なんで複製しないのかは分からない。

脳無が焦っているのは分かるから、咄嗟に出せる複製が限られている?

だけど、どんな理由にしても、攻撃にも防御にも個性を使えないっぽい思考をしている殻木と、そんな殻木と自分しか増やせない二倍の脳無だけなら、他を無視して本体を潰すだけだ。

そう思って、中央でちまちま泥を出して増え続けている脳無に向かって跳び上がった。

確実に脳無を潰すために、跳び上がって波動蹴の準備をしながら、波動を手からも放出していく。

 

「遅い……!!波動蹴っ……!!!」

 

脳無に向けて足を振り下ろす。

周囲の脳無がわらわらと本体を庇うために集まってくるのが煩わしい。

今脳無の口から吐き出された泥が、殻木でも脳無でもないものの形に変わろうとしていたけど、ここまで近づけた後なら意味がない。

そのまま足をめり込ませて周囲の複製たちごと一掃する。

案の定庇われた本体が逃げて、残ってる複製に紛れようとしているけど、私に対してはほぼ意味のない行為だ。

 

手から放出して練り上げ続けていた波動に圧縮をかけて、一気に波動弾を形成する。

出来た波動弾を即座に脳無に向けて射出して、私自身もそのまま脳無に向かっていく。

波動弾から庇うためにさらに周囲に複製が飛び込んできたけど、それで脳無の周囲に複製はほぼいなくなった。

あと残っている複製は、私の後ろでコツコツ増え続けているのと、ばらけた位置に少しずついるだけだ。

もう私の攻撃から脳無を庇う存在はいなかった。

私が突き出した掌底突きは脳無に突き刺さって、波動を噴出した瞬間、ブチャッなんて音を立てながら肉塊をまき散らした。

脳無の複製は、本体が死亡したことで形を保てなくなって崩れ去っていった。

 

「あ、あぁあぁあ、モカちゃんっ……!!」

 

殻木は頭を抱えて嘆いているけど、こんな悪党の悲嘆なんか気にしてやる必要が一切ない。

私はそのまま、身を守ろうとすらしていない殻木の無防備なお腹に、殺さない程度に加減した真空波を叩き込んだ。

 

「ぐふっ……!?」

 

身体は普通の老人でしかない殻木は、真空波を食らうと同時に吹き飛んで、お腹を抑えながら悶えていた。

 

悶えている無力な老人でしかない殻木なんて無視して、私は死柄木の方に身体を向ける。

とりあえずさっきまで殻木が弄っていた周囲の機械を順番に破壊していく。

死柄木は既に仮死状態だ。

この装置を弄ることが出来なければ、蘇生することも難しい。

操作端末を破壊し終わったら、即座にシリンダー本体に向かって跳び上がった。

 

「やだぁあああぁあああ!!やめろ!!やめてくれ!!機械は直せても身体の方はっ……!!これ以上溶液を抜かれたら、ワシとAFOの夢の結晶がぁっ!!!」

 

喚いている殻木の思考が、声が、すごく煩わしい。

今まで他人を踏みにじってきて、野望を阻止されそうになるとみっともなく喚くその人間性に、ただただ嫌悪感と吐き気を感じてしまう。

こんなクズの懇願なんて、一切聞いてやる必要がない。

こいつは、先生の親友を弄んだ、悪魔なんだから。

 

「人の死を弄んでおいてっ!!!ふざけたこと言わないでっ!!!」

 

怒りに任せて足を振り下ろす。

シリンダーのヒビはどんどん広がっていく。

溶液もヒビから噴き出しているけど、まだ足りない。

こいつを完膚なきまでに破壊して、蘇生の可能性を潰さないとダメだ。

そう思った私は大きなヒビに向かって腕を突き出した。

 

「これでっ!!!」

 

発勁の衝撃波が当たったヒビが、さらに大きく広がってシリンダー全体に波及していく。

あとは、任せるべきだ。

そう思って、私は耳を塞いだ。

だって、もう私の後ろには、私以上に激怒しているマイク先生が、来てるんだから。

先生は私が執拗なまでにこれを攻撃している様子を遠目に見て、全てを察してくれていた。

 

次の瞬間、私の背後から、凄まじい轟音と衝撃波が襲ってきた。

既にヒビだらけでボロボロになっているシリンダーを構成していたガラスが、轟音を受けて一気に砕け散った。

砕けたガラスとその中の溶液も、死柄木も、衝撃波を受けて一気に奥まで吹き飛んでいく。

マイク先生はそんな様子を見向きもしないで、耳から血を流している殻木に向かって、拳を振り上げた。

 

「真贋確認!D・Jパンチ!!……それと、友達泣かせたぶん!」

 

先生の怒りに任せた拳が、殻木の顔に突き刺さった。

先生だって、こいつが複製じゃないことくらい分かってる。

だけど、それでも、怒りが抑えきれなかったんだと思う。

マイク先生の思考では、相澤先生の声が、『ガキの頃の青い夢……こんな悪夢みたいな形でも、3人で―――』なんていう声が、響いていたから……

殻木は吹き飛んで、そのまま大泣きしながら動こうとしなくなった。

 

マイク先生に続く形で、エクスレスと呼ばれていたヒーローが入ってくる。

エクスレスは死柄木の方に駆け寄ると、確認するように死柄木の胸に手を当てた。

 

「……?―――息が無い」

 

「……死柄木は……仮死状態です……さっき壊したシリンダーが……蘇生装置を兼ねた培養器です……」

 

私が伝えると、エクスレスはすぐに納得したようだった。

私の説明を聞いていたのかは知らないけど、殻木がそれに合わせてまた喚き出した。

 

「な、なんてことを、してくれたんじゃ……ワシの、AFOの夢が……この為に生きてきたのに……終わる!終わってしまう!!!魔王の夢が!!!」

 

だけど、マイク先生は喚く殻木に構うことなく持ち上げて、引きずるように運び始めた。

 

「脳無はてめぇの指示で動いてんだろぉ!?向こうで暴れてるやつら止めろ!ホレ、走るんだよ!!エクスレス!死柄木頼む!」

 

「ああ!」

 

マイク先生は走って喋る脳無、ハイエンドが暴れる部屋に戻っていく。

死柄木はエクスレスが見てくれるってことだし、私もあっちに戻ろう。

何かできることがあるかもしれないし、ミルコさんや相澤先生を手伝いたい。

そう思って、マイク先生を追いかけた。

 

 

 

「70年前、世間はワシの論文を嘲笑した。超常特異点は、根拠薄弱だとのぉ―――奴らは目を背けたんじゃ。荒み切った平和に戻さんと足掻く時代に、"瓦解する未来"を指し示すことなどあってはならないと……」

 

私が先生に追いつくころには、殻木が嘲笑うかのように語り出していた。

何の目的もない、ただの諦めの混ざった嘆きと、先生を煽るための語り。

 

「その学者は発表後に失踪……数年後に亡くなった……生きてりゃ120台の大台だ……」

 

「追放され住む場所も失った……そんなワシに、唯一彼だけが手を差し伸べてくれた。圧倒的存在感、仏の如き微笑み、現人神とは彼のことじゃった。ワシの"個性"、運動能力と引き換えに人の2倍の生命力を持つ"摂生"。ワシはこの"個性"を、彼に捧げた。ワシの中に今ある"個性"はなぁ、己自身の複製でのう…………君……黒霧の友人じゃろぉ。あの時なぁ……本当は"抹消"が欲しかったんじゃがのう……」

 

「先生……こいつの話……聞かない方がいいです……底抜けの悪意があるだけなので……」

 

殻木の言葉に、思わず口を挟んでしまう。

私には、先生がこいつに触りたくない程激しい嫌悪感を感じているのが、手に取るように分かってしまった。

 

「あぁ……君の個性もだ……"波動"の個性……ワシも、AFOも、必要性を感じておらんかった……甘く見ておったわい……AFOに、メインターゲットに変えるように、進言しておけばよかったかのぉ……」

 

「……それはお生憎様……精々死ぬまで悔いていればいい……」

 

こいつの言動からして、合宿で私をサブターゲットにしたのは、AFOだったってことだろうか。

まぁ、今はそんなことどうでもいい。

もうハイエンドたちが暴れていた部屋に着いたけど、戦いは終わっている。

病院側で脳無の対応をしていた、リューキュウや13号先生とか、数多のヒーローが雪崩込んできていて、一気に制圧し終わっていた。

数の暴力に、エンデヴァーとかのハイエンドを殺しきることが出来るヒーローが組み合わさって、残っていた4体のハイエンドも対処し終わっていた。

 

 

 

その様子に安堵して、ミルコさんや先生の方に歩いていこうとする。

そんな時に、エクスレスの思考が、『なんだ、あの機械……チューブで緩衝されて無事だったのか……壊しとこう!』とかいうものになって、目からレーザーを発射して、奥の方にあった機械を破壊した。

次の瞬間、死柄木の身体が、跳ね上がった。

それと同時に、凄まじい悪意を感じ取って、嫌悪感と吐き気に思わず口を押さえてしまった。



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崩壊の序章

思わず、さっき通った通路の方を振り向いてしまう。

ミルコさんも、本能でこの悪意を感じ取ったのかこっちの方を凝視していた。

 

死柄木の心臓が、動き出していた。

さっきエクスレスが破壊した機械のコードが、周囲に飛び散っていた溶液に接触して、感電したのか。

でも、そんなの、電気ショックになるような強さにはなり得ないはず、なのに……なんで……

 

死柄木が、エクスレスの頭を掴んだ。

嫌な予感が止まらない。

エクスレスが崩壊していく。

死柄木の思考が、崩壊がそれだけじゃないことを示している。

それを認識した瞬間、私は範囲内のできる限りの人間にテレパスをかけていた。

 

『逃げてっ!!!病院から離れてっ!!!』

 

私のノイズが混ざりまくったテレパスに、周囲に人たちが困惑した表情を向けてくるのが分かる。

マイク先生は、困惑した様子で私を凝視していた。

 

「お、おい、どういう……「死柄木が目覚めましたっ!!!崩壊が成長してますっ!!!とにかく病院から離れてくださいっ!!!」

 

私は叫びながら、マイク先生の手を引っ張って走り出していた。

そのタイミングで、死柄木が動きだした。

エクスレスのマントを拾い上げて、手をかざした。

 

次の瞬間、崩壊が始まった。

周囲が、パイプも、本棚も、壁も、一気に崩れ落ち始めた。

死柄木の崩壊は、手で触ったものしか崩壊させられなかったはずなのに、ヒビから新たな崩壊が始まっていた。

ヒビに触れちゃダメだ。

ヒビに触れたら間違いなく崩壊する。

 

殻木がいるせいもあって、回避が間に合いそうにないと思った次の瞬間、グラントリノがマイク先生と殻木を掴んで飛び、ミルコさんが、私の腕を掴んで跳ね上がった。

 

「無事だなっ!?」

 

「はいっ!ありがとうございますっ!」

 

「礼はいい!!お前はさっきのテレパスでもう一度周囲に詳細を伝えろ!!私が運んでやる!!」

 

「はいっ!!!」

 

周囲のヒーローも、飛べるヒーローたちが助けているけど、どうしても飛べないヒーローたちは崩壊に巻き込まれ始めてしまっている。

13号先生や相澤先生はリューキュウに乗せてもらっているから無事。

さっき私を助けてくれたクラストも、近くにいたエンデヴァーが拾い上げていた。

跳び続けるミルコさんに抱き上げられながら、私はテレパスを始めた。

 

『崩壊は伝播しますっ!!ヒビに触れないでくださいっ!!死柄木が目覚めましたっ!!直ちに死柄木がいる蛇腔総合病院から離れてくださいっ!!』

 

私が再度テレパスをすると、範囲内の思考が阿鼻叫喚の様相を呈し始めた。

ヒーローだけじゃない。

私が少しでも民間人が逃げられるように、手当たりに、感知できる全員にテレパスをしたせいではある。

だけど、恐怖、不安、怒り……そんな思考が負の感情が大量に伝わってきて、激しい吐き気を覚えてしまっていた。

 

「ミルコさん……ちゃんと……聞こえてましたか……」

 

「ああ!ノイズ混じりで聞き取りづらかったが、間違いなく意図は伝わった!」

 

「よかった……」

 

周囲の感情からして聞き取れる程度とは思ったけど、どの程度聞き取れたか分からなかったから、思わずミルコさんに聞いてしまった。

ミルコさんは冷や汗を流しながらではあったけど、しっかりとそう答えてくれた。

でも、いい加減運んでもらうのもやめて、自分で跳ばないと、ミルコさんの迷惑になる。

 

「あの……ミルコさん……私も自分で跳びます……降ろしてください……」

 

「いい。そのまま静かにしてろ。今のお前の状態で、この速度から逃げられるとは思えないしな」

 

「……すいません……」

 

「いいから大人しくしてろ。万が一さらに状況が悪化することがあれば、テレパスでそれを知らせればそれでいい」

 

「分かりました……」

 

ミルコさんはそう言って、私をお姫様抱っこで抱き上げたまま跳びはね続けた。

もう地上に出ること自体はできている。

ミルコさんの背後に崩壊が迫っているけど、それを跳んで避け続けていた。

私はミルコさんの指示通り、周囲の感知に集中する。

死柄木はあの場所から動いてない。

エンデヴァー、リューキュウは近くにいたヒーローを運搬してちゃんと崩壊のエリアを抜けていた。

 

 

 

そして、ミルコさんがしばらく跳び続けて、ようやく崩壊していない辺りまで辿り着いた。

ミルコさんは周囲を確認すると、私をその場に静かに降ろしてくれた。

 

「死柄木の場所は」

 

「戻るつもり……なんですか……?」

 

短く問いかけてくるその言葉に驚いて、思わずミルコさんを凝視してしまう。

 

「それを聞くのか?」

 

「……いえ……ミルコさんなら……そうするとは思いましたけど…………死柄木は北に300mくらいの位置です……ミルコさんが行くなら……私も行きます……」

 

今死柄木は、エンデヴァーと戦っていた。

クラストは相性が悪いから、少し離れた位置に置いてきているっぽい。

でも、相性が悪いのはミルコさんも変わらない。

一応、相澤先生も死柄木の方に向かっているから、抹消で崩壊を消せば戦うことはできるかもしれない。

あの崩壊は怖いけど、それでも、私もミルコさんの力になりたかった。

 

「お前は来るな」

 

「なんでですかっ……!?」

 

「お前の本領はこっちじゃねぇだろ」

 

「……え……?」

 

言われた瞬間は分からなかったけど、ミルコさんの思考を読んで、どういう意味で言われたのかを理解できた。

ミルコさんはそのままニヤリと私を見ると、頭に手を乗せてきた。

 

「お前の感知は、読心は、他と比べ物にならないほど効率よく救助できる。会ったばっかの頃のお前なら無理だっただろうが、今のお前ならできるだろ。短絡的に蹴っ飛ばすだけの私と違って、お前にしかできないことがあるはずだ」

 

「ミルコさん……」

 

「分かったら行け!!お前はお前にしかできないことをしろ!!躊躇すればその分命を取り零すぞ!!」

 

「……分かりました……ミルコさんも……無事でいてください……」

 

「誰に向かって言ってんだ!!ヒーローミルコはゾンビなんかにはやられねぇよ!!」

 

「はいっ……!」

 

ミルコさんは私にそう言い切って、跳び上がっていく。

本心ではあったけど、私が死柄木との戦闘に参加すると死にかねないってことで遠ざけようとする意図もあったのは、伝わってきていた。

私も、ミルコさんに背を向けて、避難が行われている方に向かっていった。

 

 

 

私がいるべき場所は、死柄木とヒーローたちが避難活動をしている活動をしている場所を、どちらも感知できる位置だと思う。

死柄木が万が一にもあの崩壊をまた使ったら、誰かがすぐに伝えないと大惨事になりかねない。

だから、私は常にどちらも感知範囲に入れ続けて、崩壊からは免れたけど逃げ遅れている人たちの救助の指示をするべきだ。

もちろん、ヒビに触れるような位置にいた人は崩壊してしまっているだろう。

だけど、上層階とかにいたり、どうにか崩壊のヒビに巻き込まれなかった人たちが、生きて瓦礫に埋もれてたり、ビルから出れなくなったりしている。

その人たちの救助の指示をするべきだ。

沢山のヒーローたちが救助に赴いているから、指示を出せば、きっと救けられるはず。

崩壊していない街の部分は、私が行ってもそこまで効率は変わらない。

そっちは普通のヒーローや、後方支援で配置されていたお茶子ちゃんたちも含めた学生に任せるべきだ。

 

正直、恐怖と、憎悪と、悲しみと……とにかく、凄まじい数の、色んな負の感情が至る所で渦巻いていて、気持ち悪いし、感知もしたくない。

だけど、ミルコさんが、私ならできるって言ってくれた。

私にしか、できないことだって、言ってくれたんだ。

私が頑張ることで、救けることができる命があるって、遠回しにだけど言ってくれたんだ。

私を信頼してくれたミルコさんの期待に応えたい。

ここで頑張らないで、いつ頑張るのか。

頑張りどころだと思って、歯を食いしばって目標地点に向かっていった。

 

ようやく目標にしていた地点に着いた辺りで、死柄木が避難先に向かい始めていた。

死柄木の思考は、『満ち足りない』、『AFOが欲した全ての内、唯一思い通りにならなかったもの』、『ワン―――……フォー―――……』と変わっていった。

明らかに、OFAを狙っている。

思考が、OFA一色になっている。

思考の感じからして、死柄木はサーチをもとにした追跡を行っていた。

そんな状況なのに、死柄木移動の報告をどこかから聞いたのか、緑谷くんと爆豪くんが動き出していた。

 

『デク!!バクゴー!!死柄木はOFAを狙ってる!!AFOが唯一手に入れられなかったもの!!それを狙って!!サーチでデクを見て!!躊躇なくこっちに向かってきてる!!』

 

『波動さん!?よかった!!無事だったんだ!!』

 

『今はいいからっ!!とにかく逃げないとっ!!今の死柄木は緑谷くんの敵う相手じゃないっ!!』

 

『ただ逃げるだけじゃだめだ!!僕が人のいない方向に死柄木を誘導する!!』

 

『何言ってっ!?敵わないって言ってるでしょっ!!死にたいのっ!!?』

 

緑谷くんが信じられないことを言いだした。

何を言ってるんだこの人助けに狂った狂人は。

 

『お願いだからっ!!絶対に戦わないでよっ!!友達が死んだりしたら、私はっ!!』

 

必死でテレパスをかけるけど、いくら私が言っても、2人は聞いてなかった。

というよりも、聞く気がなかった。

色々返事は返してくるけど、緑谷くんは完全に人助けに狂った思考のままだ。

爆豪くんすらも、オールマイトを引退に追い込んだ負い目のせいもあって、死柄木をぶっ殺すって感じの思考で染まっている。

ストッパーがいない。

それなら……

 

『グラントリノ!!死柄木はOFAを狙っています!!デクが誘導するといって飛び出して行ってしまいました!!お願いします!!彼を回収してください!!』 

 

『やはりか!?嫌な予感がしたんだ!!場所はどこだ!?回収に向かう!!』

 

『その地点から南西に150mです!!お願いします!!』

 

これで、大丈夫だと信じるしかない。

あとは、私は指示を出し続けるだけだ。

 

『救助活動に当たっているヒーローはっ!!ヒーロー名を思い浮かべてくださいっ!!近くに生きている被災者がいるヒーローに指示を出しますっ!!』

 

私が広範囲に救助活動をしているヒーローに無差別にテレパスをかけると、続々と反応が返ってきた。

疑問を思い浮かべる人、すぐにヒーロー名を返してくれる人、私の無事を安堵してくれているお茶子ちゃんたちA組の思考。

様々なものが、同時に思考として向けられる。

だけど、これを捌ききらないとダメだ。

 

『ケサギリマン……!!すぐ左手のビルの2階に生存者2人……!!』

 

『トイトイ……!!右斜め前方……!!瓦礫に足を挟まれた人が1人……!!』

 

『バックドラフト……!!―――……』

 

すぐにヒーローたちに指示を出し始める。

ヒーローは私を信じて、指示に従ってくれていた。



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逆鱗

しばらく救助の指示を出し続けていると、死柄木の方で動きがあった。

脳無が、瓦礫の山の下から、這い出してきていた。

あの崩壊を、免れていた?

違う。死柄木の思考が『脳無のカプセルに波及しないように調整してみたけど、全部は無理だった』なんてものになっている。

免れたんじゃない。死柄木がそこだけ崩壊しないようにしたんだ。

 

インカムも、少し前から使えなくなっている。

死柄木が電波を広範囲に照射した直後だから、間違いなく死柄木のせいだろう。

私のテレパスには影響はないけど、普通のヒーローたちは連携に影響が出てしまっていた。

思考を見る限り、避難をしている街の方は無事だから、マシと言えばマシなんだろう。

その直後くらいから、相澤先生が死柄木を見てくれているおかげで、崩壊の心配はないけど、それでも、いつ抹消が解けてしまうか分からない。

油断はできなかった。

 

『スナイプ先生……!!右手前方の高さが残ってる建物……!!その中に生存者がいます……!!』

 

『分かった!すぐに向かう!』

 

私が指示すると、スナイプ先生はすぐに走ってその場所に向かってくれる。

本当に、ただこの作業の繰り返しだった。

少しずつではあるけど、それでも瓦礫に埋もれたり身動きが取れなくなっている人を救助できている。

たまに私の指示にすぐに従ってくれないやる気のないヒーローがいるけど、そういう人には再三行くようにテレパスをかけ続ければ一応向かってはくれる。

 

そんなことを繰り返している内に、死柄木の方でも戦闘は続いている。

エンデヴァー、ミルコさん、クラスト、リューキュウ、グラントリノ、相澤先生、マニュアル……とにかく多くのヒーローが死柄木に立ち向かっていた。

グラントリノが地面に叩きつけられた直後、ミルコさんとリューキュウが死柄木に襲い掛かっている。

そこに、緑谷くんまで飛び込んでいってしまった。

あんなに戦わないでって言ったのに、結局緑谷くんには響いていなかったらしい。

黒鞭で緑谷くんが死柄木を拘束して、そこにエンデヴァーが飛び掛かろうとした瞬間、死柄木の思考が、『消失弾』というものになった。

それを認識した瞬間、私は、死柄木と戦っているヒーローたち全員に、テレパスをかけていた。

 

『死柄木が消失弾を使う!!狙いは……イレイザーヘッド!!』

 

死柄木が指で弾いた弾丸は、凄まじい速さで相澤先生に迫っていた。

このまま進めば、先生の右足に当たる。

そう思った瞬間、先生と死柄木の間に、クラストが盾を投げ込んでいた。

 

『……確かにそうすりゃ防げるが、とはいえ流石に、一瞬綻ぶ』

 

死柄木の思考が、そうなった瞬間、ヤツは周囲に衝撃波を放った。

消失弾自体は、クラストの盾が弾いてくれた。

相澤先生の個性が消されるなんていう事態だけは防いでくれた。

だけど代わりに、相澤先生の視界を、盾が遮ってしまっていた。

その刹那の瞬間を見逃さなかった死柄木は、一瞬とはいえ個性を使うことが出来てしまっていた。

衝撃波でリューキュウの巨体すらも吹き飛ばした死柄木は、相澤先生の方に吹き飛んで、先生の顔に、指と爪をめり込ませた。

轟くんがすぐに死柄木に氷を放って、緑谷くんが追撃をかけたことで、先生からは引き離したけど、先生の右目が、抉れてしまっていた。

 

 

 

先生が傷つけられてしまったという事実に衝撃を受けていると、周囲の一般人の思考が、絶望に染まった。

 

『ちょっと何このニュース!?』

 

『どうなってんだよこの国!!』

 

『おわりだ……ここで死ぬんだっ!!』

 

『超大型ヴィランってなんだよ!?』

 

お茶子ちゃんたちすらも、思考が絶望に染まっている。

あまりにも広範囲で、濃すぎる負の感情に強い吐き気を覚えて、思わず口を押さえてしまう。

超大型ヴィランの接近。

まだ、範囲内にはいない。

それなのに、その存在を、認識できてしまった。

ビルよりも巨大なソレが、街を破壊しながら突き進んでくるのが、すごく遠くに、小さくではあったけど、視認出来てしまった。

 

「なに……あれ……あんなの……」

 

私まで絶望してしまいそうになるけど、首を横に振って気合を入れなおす。

こんなので絶望してたらダメだ。

今だって、勝ち目が欠片も見えないのに、ミルコさんたちが死柄木に抗い続けている。

私も、できることをしないと……

 

『フロッピー!!目の前のビル!!3階に人が取り残されてる!!』

 

『そこね!ありがとうリオル!』

 

『ウォッシュ!!次の十字路を左に曲がって5m先の民家!!お年寄りが動けなくなってる!!』

 

私が指示を続ける一方で、お姉ちゃんたち飛べるヒーローが病院側に伝令を頼まれて、飯田くんも勝手にそれについていく形で離脱していた。

私にテレパスするようにお姉ちゃんか飯田くんが思考を向けてくれたらそれでもよかったんだけど、あの巨人が既に目前まで迫っている状況もあって、進路に取り残されている人を救けるために1分1秒でも私の指示の時間を無駄にしたくなかったようだ。

確かに、あの巨人が病院に辿り着くよりも、お姉ちゃんたちが付く方が早い。

向かってくる巨人に対して、死柄木を押さえ込んでいるミルコさんたちができることなんてないから、最低限出現だけ知らせてくれればいいわけだし何も間違ってない。

 

そう思いながら指示を続けていたタイミングで、高速で動いているのに思考が全く読めない人間……トガヒミコが、範囲内に入ってきた。

相変わらずミスディレクションを使っているせいで思考が全く読めないのが困る。

私はトガの動向に注意を向けながら、指示を出し続ける。

そして、トガはお茶子ちゃんと梅雨ちゃんを視認した瞬間、老婆に変身した。

お茶子ちゃんに向けて、何かを叫んでいる。

必死の形相からして助けを呼んでいるのは間違いない。

だけど、違和感が凄まじかった。

トガから、凄まじい憎悪の感情を感じたのだ。

トガからは、悪意は散々感じたけど、ここまでの負の感情を背負っているのは、見たことがなかった。

 

『お茶子ちゃん!!その老婆はトガヒミコ!!ついていかないで!!!』

 

『えっ!!?……ごめん、瑠璃ちゃん時間がないの承知で聞く!あの変身元のおばあさん、生きてるか分かる!?』

 

『ごめん……それは、範囲外だから分からない……!』

 

『……なら、私が確認してくる。もしかたら、生きてるかもしれないから……可能性があるなら、助けに行かないと……!!』

 

『……分かった……深追いはしないでね……』

 

お茶子ちゃんは、私に最低限のことを確認すると、トガを追いかけていった。

梅雨ちゃんにも最低限だけど情報を伝えておいた。

 

そして、巨人が私の感知範囲内に入ってきた。

その背中に、荼毘やMr.コンプレス、スピナーといったヴィラン連合の面々が、乗っていた。

あの巨人のヴィランは、AFOを盟友であると考えて忠誠を誓っている思考をしていて、正直参考にならない。

呼ばれたから向かっているだけ、命令を聞いているだけでしかなさそうな感じで、何をするつもりなのかも分からなかった。

まあこれはいい。暴虐の限りを尽くしている存在がいていいわけではないけど、こうなってしまったらもうどうしようもない。

だけど、問題は荼毘の思考だった。

なんだ、『お父さん』って。

凄まじい速さで街を蹂躙しながら行進していった巨人のヴィランが、病院のあたりに着いた瞬間、荼毘のその思考はさらに顕著になった。

荼毘がその思考を向けている対象は、エンデヴァーだった。

轟くんには、事故死している兄が、いたはず……まさか、そういうこと……?

エンデヴァーに対する凄まじい憎悪と、好意と、認められたいっていう承認欲求と……プラスとマイナスの感情が、ごちゃまぜになっていた。

……これ、エンデヴァーに言うことも悪手だけど、どうせ自分から明かしそうな思考もしている。

でも、知った直後にエンデヴァーが冷静でいられなくなるどころか、隙だらけになるリスクがある以上、何ができるってわけでもなかった。

むしろ、荼毘が動かずに説明をしている状況の方が、攻撃を仕掛けられているところで棒立ちになるよりもマシまである。

救助の指示を止めてまでいうほどのことではない、と思う。

 

 

 

私が救助の指示を続けている裏で、病院の方ではあの巨人、ギガントマキアが暴れ出していた。

死柄木の攻撃とギガントマキアの攻撃を、お姉ちゃんはうまい具合にいなしながら、死柄木に攻撃を加えていた。

病院の方の被害は、甚大だった。

相澤先生、緑谷くん、爆豪くん、グラントリノは重傷。

中軽傷はほとんど全員が負っている。

一方で超常解放戦線側は、死柄木が不完全な改造で終わっているせいで、強すぎる力に耐えられていないのか、身体が再生しなくなっていて重傷。今ようやく気絶したところ。

だけど、他の人員は無傷。

最悪な状況だった。

あの巨人を相手にしなければいけない状況で、どうやって捌けばいいのか。

 

それを考え出したところで、荼毘が歓喜に満たされながら、話し出していた。

楽しそうにくるくる踊りながら自分が轟燈矢であることを明かしていく。

エンデヴァーは、絶望に包まれていた。

この思考の感じは、もう戦えそうにない。

最悪の地雷が相手の中にいたとしか言えない。

ミルコさんたちも、あまりの事実にすぐに動けなくなってしまっていた。

荼毘が、『赫灼熱拳』って言いながら飛び降りたのは分かった。

使えるのか、その技。洒落になってない。

轟くんはエンデヴァーに緑谷くんたちを守るように、必死で話しかけ続けているけど、エンデヴァーは呆然として動く気配すらなかった。

 

 

 

そんなタイミングで、今上空に飛んできた飛行機から、ベストジーニストが降ってきた。

ベストジーニストは、大量のワイヤーでギガントマキアと超常解放戦線の面々を、一気に拘束していった。

その合間を縫って、お姉ちゃんが死柄木に攻撃を仕掛けに、行って―――……

 

「お姉ちゃん!!?」

 

それを認識した瞬間、私は救助の指示なんてすべて放棄して、跳び上がっていた。

荼毘の炎に焼かれて落下したお姉ちゃんを、飯田くんがすぐに抱きとめてくれている。

だけど……

 

全力で移動し続けて、そんなに時間もかからずにお姉ちゃんの所まで辿り着いた。

 

「あぁ……ぁぁっ……」

 

「波動くん!?―――」

 

飯田くんが何かを言ってくれているのは分かるけど、もう、何も聞こえていなかった。

駆け寄ってお姉ちゃんの手を取るけど、目を開けるどころか、手を握り返してすらくれない。

お姉ちゃんは、苦悶の表情を浮かべて、動けなくなってしまっていた。

広範囲の火傷を負ってしまっていて、綺麗だったお姉ちゃんの長い髪も、焼けて、焦げちゃって……

 

『瑠璃ちゃんまだ1年生なんだから!気にしすぎても良くないよ!一歩一歩じっくり進んでいこ!ね?』

 

『成長してるってことだねー。私もお姉さんしてる瑠璃ちゃんの写真が取れて大満足だよ!』

 

『頑張ってね。できれば、無理もしないでくれると嬉しいけど』

 

頭の中で、ブツリと何かが切れた音がした気がした。




リオル 図鑑説明
体から 発する 波動は 怖いとき 悲しいときに 強まり ピンチを 仲間に 伝える。

ルカリオ スマブラ特性
波導の力
波導により、自身がピンチになるほど攻撃力が上がる

メガルカリオ 図鑑説明
爆発的な エネルギーを 浴びて 闘争本能が 目覚めた。 敵に 対して 一切 容赦しない。


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波動氾濫

身体から今までなんて比じゃないくらいの量の波動が溢れ出していく。

それなのに、不思議なくらい頭が冷えていた。

冷えていたっていうと、誤解があるかもしれない。

お姉ちゃんをこんな目に合わせた荼毘への怒り、憎悪……お姉ちゃんが、こんな状態になってしまったことへの悲しみ、嘆き……

とにかく色んな感情がごちゃごちゃになっていて、自分でも訳が分からなかった。

自分の感情が、憎悪が、コントロールできない。

私の頭に強く浮かんでいたのは、激しい負の感情だけだった。

 

「波動くん……!?君は……その波動は……!?」

 

私が立ち上がると同時に、飯田くんが困惑しながら問いかけてくる。

高濃度になって溢れ出す波動は、可視化された状態で周囲にまき散らされていた。

これを見て聞いてきたんだろうけど、そんなことは私にも理解できてない。

それに、今はそんなことを気にしている余裕なんてない。

荼毘に、あいつに、思い知らせないといけない。

自分が、どれだけ愚かしいことをしたのかということを。

 

「波動くん、行くつもりなのか……?」

 

「飯田くん……お姉ちゃんのこと……見ておいて欲しい……」

 

「っ……!!……僕に、君を止める権利はないっ……君との約束を踏みにじって、兄さんの復讐のために動いてしまった僕にはっ……!!」

 

お姉ちゃんの安全を確保するために飯田くんにお姉ちゃんのことを頼むと、飯田くんは表情を大きくゆがめて、絞り出すように叫んできた。

 

「今の君はっ!!あの時の僕と同じなんだろうっ!?止めることができないことなんて、僕が一番よく分かってるさ!!だから、たとえ君が憎悪に突き動かされていたとしてもっ……!!波動くんっ!!死ぬなよっ……!!友からの願いとして、それだけは守ってくれっ!!」

 

飯田くんの叫びに私は何も答えずに、飯田くんに背を向ける。

そのまま、溢れ出す波動を足に思いっきり圧縮して、噴出した。

 

 

 

「燈……矢……!」

 

「ようやくおまえを殺せるよ」

 

噴出した次の瞬間には、蒼炎の中で轟くんを見て笑っている荼毘の顔が、目の前に迫っていた。

 

「荼ぁあああ毘ぃいいぃいいっ!!!」

 

「なにっ!!?」

 

「波動っ……!?」

 

荼毘の身体に、溢れる波動を無理矢理凝縮して発勁を繰り出す。

直撃したらまずいと感じたのか、荼毘は咄嗟に炎を噴出して後方に飛んだ。

だけど、逃がすわけがない。

波動がここまで溢れ出し続けるなら、お姉ちゃんのように足から放出し続けて浮くくらいならできる。

その場に滞空したまま、即座に私の上半身くらいの大きさはある波動弾を形成して、荼毘に投げつける。

 

「読心と感知くらいしか能のねぇ雑魚だったはずじゃなかったのかよっ!!」

 

荼毘は相殺するために凄まじい量の蒼炎を前方に放射してくる。

荼毘が噴出して、纏っている蒼炎が鬱陶しいけど、そんなの気にしている余裕なんてない。

溢れ出す波動を、荼毘と接触しかねない部分を特に高濃度にしておく。

そのまま、波動の噴出で荼毘の蒼炎の脇から一気に距離を詰める。

高濃度の波動を無理矢理圧縮して、一際多くの波動を纏っている右腕を、荼毘に叩き込んだ。

 

「てめぇっ……!?」

 

爆発音のような音が鳴って、波動の噴出によって生じた凄まじい衝撃波で、荼毘の身体は地面に向かって吹き飛んでいった。

でも、全然足りない。

荼毘は全身から高濃度の炎を噴き出して、落下の速度を減衰させたのは分かった。

地面に叩きつけられたくせに、意識を保ててるのがその証拠だ。

足りない。

お姉ちゃんをあんな目に合わせたヤツは、殺してでも思い知らせないとダメだ。

そう思って、私は起き上がった荼毘に、さらに追撃をかけにいった。

波動の噴出で加速をかけて高速で落下していく最中に、荼毘の思考が、『赫灼熱拳……!』というものに変わった。

波動の揺らぎ、思考の感じからして、ジェットバーンか。

エンデヴァーの技を散々見たから、間違いない。

直線的な攻撃なら、そこまで意識する必要がない。

波動弾を練り上げて、投げずにそのまま保持してしまう。

普段だったら何の意味もない行為だけど、身体から放出される波動が見えるようになっているくらい、波動が溢れてる今は違う。

身体をすっぽり覆えるくらいの大きさの波動弾持ったまま迫る炎にかざして、炎を弾いていく。

 

「この程度の小細工っ……!!」

 

荼毘がジェットバーンを放ちながら、私の真下から動いていくのが感じ取れる。

そんなことをするなら、波動弾を投げるだけだ。

荼毘の移動先に波動弾を射出して、私自身は地面に難なく着地した。

 

「どこに行くつもり……?まさか、あんなことしておいて……逃げるの……?逃げられると思ってる……?」

 

「邪魔すんなよっ……せっかくエンデヴァーが壊れるところを楽しく眺めてたってのによぉっ……!!」

 

なんとかギリギリで波動弾を避けたらしい荼毘が、さっきの落下の痛みに悶えつつ、私の方を憎々し気に睨みながら文句を垂れてきた。

エンデヴァーが壊れるところとか、邪魔とか、そんなのは、私には一切関係ない。

こいつの復讐心とか、怒りとか、寂しさとか、そんなのは知らない。

こいつだけは、許しちゃいけない。許すことはできない。

 

「エンデヴァーとか……過去とか……そんなの知らない……お前がっ!!お前がお姉ちゃんをあんな目に合わせたっ!!お前はっ!!!」

 

「お姉ちゃんって、お前さっき燃やした奴の妹かよ!ヒーローのくせに復讐でもしに来たってか!?」

 

話しても無駄だ。

こいつは、エンデヴァーへの強い感情だけが頭を支配している。

それに、今の私に、冷静に話すことなんてできそうにない。

こいつを殺したいくらいの憎悪が、嫌悪感が、怒りが、ひっきりなしに湧き出してくるのが自分でも分かる。

 

「エンデヴァーへの憎悪と歪んだ好意と承認欲求に満たされてる奴にっ!!言われる筋合いなんてないっ!!」

 

「はっ!!だったらなんだってんだよっ!!!俺を捨てたエンデヴァーをぶっ壊そうとして何が悪いっ!!自業自得じゃねぇか!!邪魔するってんなら……お前も姉と同じようにしてやるよぉっ!!!赫灼熱拳―――」

 

荼毘から凄まじい熱量の炎が膨れ上がっていく。

青白い輝きが、どんどん大きくなってくる。

フェイントなんかじゃない。間違いなく、プロミネンスバーンを放ってくる。

やばい技を準備しているはずなのに、そんなの一切気にできなくなるくらい許せない言葉が、荼毘の口から垂れ流されていた。

 

「お姉ちゃんと……同じように……?」

 

……思い知らせてやる。

このふざけたクズに。

お姉ちゃんの痛みを、苦しみを、このクズ野郎にっ……!

波動が全身から溢れ出してどんどん膨れ上がっていく。

荼毘の蒼く輝いて膨れ上がる蒼炎と対になるように、青白い光を放つ波動が膨れ上がっていく。

その膨大な波動を無理矢理圧縮して、巨大な波動弾を形成して、頭上に掲げる。

凄まじいエネルギーを伴って循環していく波動の塊は、周囲に暴風を巻き起こしていた。

 

「プロミネンスバーンっ!!!」

 

荼毘の極大の炎が、蒼い太陽のような光を伴って迫ってくる。

普段の私だったらこんなのが目の前に迫ったら焦って避けようとしていたんだろうけど、今はそんなこと一切考えていなかった。

どうやったらこのクズを出し抜いて痛めつけることが出来る。

どうすればこいつに思い知らせることが出来る。

この巨大な波動弾を投げても、明らかにエンデヴァー以上の火力があるこのプロミネンスバーンをぶち抜くほどの威力はない。

それなら、この波動弾を、囮にする。

 

「その程度の火力でっ!!!打ち消せると思うなっ!!!波動弾っ!!!」

 

荼毘が放ち続けるプロミネンスバーンに、波動弾を当てる。

ほぼ拮抗……いや、私が押していない分、若干こっちが負けている。

荼毘は、自分を焼きながら正面に蒼炎を放ち続けている。

そんな荼毘の様子と波動弾を横目に見ながら、超圧縮した波動を噴出して、三角跳びの要領で蒼炎を避けながら、一気に荼毘との距離を詰める。

荼毘も、私が目の前まで迫って、ようやく波動弾が囮だと気が付いたらしい。

 

「っ!!?てめぇっ!!」

 

「お姉ちゃんの痛みっ!!思い知れっ!!!」

 

こんな奴、死んだっていい。

そう思って、高濃度の波動を纏って蒼炎によるダメージを軽減しながら、ガラ空きになっていた荼毘のお腹に、今できる全力で発勁を叩き込んだ。

その瞬間、荼毘はギガントマキアの方に、凄まじい勢いで吹き飛んでいった。

 

 

 

荼毘は、まだ生きている。

動けなくなってるけど、意識はある。

まだだ、まだ足りない。

お姉ちゃんの痛みは、苦しみは……私の恨みは、この程度じゃない……

荼毘は動けないけど、ミルコさんはギガントマキアの背の死柄木の方に行っていて、ベストジーニストはギガントマキアにかかりきり。

緑谷くんも戦闘不能。エンデヴァーは呆然自失。

さっきまでエンデヴァーに語り掛けていたクラストは、私が荼毘を吹き飛ばしたのを見て、私に何か声をかけながらベストジーニストの方に向かっていった。

荼毘はまだ意識があるけど、痛みに悶えている。

だけど、それでも、お姉ちゃんの肌を、お姉ちゃんの髪を、お姉ちゃんを、あんな、あんな状態にしてくれた荼毘は、とてもじゃないけど許せない。

 

「……―――おいっ!!波動!!」

 

「何……轟くん……邪魔しないで……」

 

轟くんが、私の肩を掴みながら声をかけてきた。

 

「邪魔って……」

 

「轟くんも……お姉さんがいたよね……轟くんは、お姉さんを殺されかけて、冷静でいられるの……?私は無理……自分の感情が制御できないの……あいつを……荼毘を同等以上の目に合わせなきゃ……気が収まらない……」

 

「っ……おまえ……」

 

轟くんが私の顔を見てから固まったのが分かるけど、今は気にしている余裕はなかった。

私は、追撃をかけるために荼毘の方に吹き飛ぶ。

いつもならこの跳躍だって、素早く跳べる程度でしかない。

なのに、今の跳躍はミルコさんと同等以上の速度を出せていた。

 

そのまま弾丸のように荼毘の方に迫っていくと、巨人、ギガントマキアが、雄たけびを上げ始めた。

 

「はああああああああああああああああああっ!!」

 

多分、死柄木が何かをした。

死柄木の思考が、『壊せ』って感じになっていたから、その指示に従おうとしているんだろう。

そして、脳無までベストジーニストの方に向かい始めていた。

ミルコさんとクラスト、通形さん、あとは重傷のはずの爆豪くんが、すぐに脳無の対応に向かっている。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

私が荼毘の所に向かっている間にも、ギガントマキアは身体を大きくしていきながら、雄たけびを上げ続けていた。

身体が大きくなるにつれて、拮抗していたギガントマキアの力とベストジーニストの拘束のバランスが、少しずつギガントマキアに傾いていく。

そして、耐えきれなくなったワイヤーが、ブチブチと千切れ始めた。

千切れるにつれて、ベストジーニストが凄まじい量の吐血を繰り返していく。

コンプレスやスピナー、死柄木に対するワイヤーは、なんとか維持してる。

だけど、ギガントマキアへの拘束が全然足りてない。

 

そして拘束が少なくなってギガントマキアが動けるようになってしまった。

ギガントマキアは、起き上がった勢いのままに、ミルコさん、爆豪くん、通形さん、クラスト、ベストジーニストがいる方向に向けて、大きく腕を振り上げた。

それは、荼毘への憎悪に駆られている私でも、無視することはできなかった。

緑谷くんが『誰も救えてない!!!一人も救えずに木偶の坊になるな出久!!!』なんて考えている。

だけど、腕も足もぐちゃぐちゃの緑谷くんが、これを黒鞭と浮遊でどうにかできるわけがない。

ダメだ、このままじゃ、ミルコさんが、爆豪くんが、通形さんが……!!

お姉ちゃんを傷付けられて、重傷を負わされたのに、それなのに、それに加えて、大好きな師匠のミルコさんや、大切な友達の爆豪くん、お姉ちゃんの恩人の通形さんが、殺される?

それだけはダメだっ!!!

そんなことになったら、私は、私はっ……!!

 

 

 

次の瞬間、さっきまででもあり得ないくらい膨れ上がって、可視化するくらいの密度になった状態で漏れ出していた波動が、さらに莫大な量にまで膨れ上がった。

膨れ上がった波動は、青白い光を放ちながら、私の身体から立ち昇っていた。

それを認識した瞬間、私はギガントマキアの攻撃をどうにかするために、飛び上がってやつの腕を視界に入れる。

そして―――

 

「これ以上私の大切な人をっ……傷付けるなぁあああああああああああっ!!!」

 

ギガントマキアの腕に向けて、湧き出し続けている波動を、押し出した。



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嵐の奔流

押し出した波動は、特大の光線になって、ギガントマキアが振りかぶっていた腕の根元、左肩に突き刺さった。

だけど、ギガントマキアの外皮は凄まじい強度で、腕の動きで押し返されてしまいそうになってしまう。

ギガントマキアは、光線の直撃を食らい続けながら、腕を私の方に振り下ろし始めた。

 

「小蝿がぁあああぁあああああ!!」

 

ギガントマキアの腕が、迫ってくる。

ここで私が避けるのは簡単だ。だけど、そんなことをしたら、ミルコさんと通形さんは避けられるかもしれないけど、爆豪くんとベストジーニストは直撃する。

ベストジーニストがやられれば、超常解放戦線のメンバーも動けるようになるし、ギガントマキアももっと動きやすくなってしまう。

 

押し出す波動の量を増やして、どうにか腕を弾けないか試してみるけどギガントマキアの装甲が厚すぎる。

少しずつ外皮を抉ってきてはいるけど、腕を弾くところまではいけなかった。

振り下ろされてくる腕をどうにか押し返そうと、湧き上がってくる波動の光線を注ぎ込んでいく。

それでも、ギガントマキアの腕は止まらなくて、もう、目の前に―――

 

 

 

「てめぇ、さっき顔を覆う装甲付けてやがったな。わざわざ守るってことは、外皮は硬くても、目はそうじゃねぇってことか」

 

手が振り下ろされる瞬間、ミルコさんが、大きく跳び上がった。

その跳躍は、私の波動の光線も、ギガントマキアの腕もすり抜けて、巨人の顔の目の前まで、跳び上がっていた。

それを見たせいか、ギガントマキアは腕を止めた。

……止めたというよりも、害を為す可能性が高いミルコさんを狙うために、照準を変えただけだけど。

 

「おせぇよ、ノロマが」

 

ギガントマキアの顎にある顔を覆う装甲が上がり切る前に、ミルコさんはギガントマキアの顔まで、距離を詰めきっていた。

 

満月乱蹴(ルナラッシュ)っ!!!」

 

ミルコさんの強力な蹴りの連打が、ギガントマキアの左目に叩き込まれた。

コンクリートすらも砕くミルコさんの蹴りの連打を受けたギガントマキアの目は、潰れてしまったのか、周囲に何かをまき散らしていた。

 

だけど、ギガントマキアは痛覚を感じていないのか、全く痛がる様子もない。

これは、私が放ち続けている波動の光線に対してもそうだ。

多分、痛みを感じていない。痛覚がない。

そのせいか、ギガントマキアは一切ひるまずに、ミルコさんに対して、手を振り上げて払いのけた。

 

「ミルコさんっ!!?」

 

重力に従って落下していたミルコさんの身体が、宙を舞った。

そして、ミルコさんを弾き飛ばしたギガントマキアは、また左腕を振り上げて、波動を放出し続ける私とベストジーニストに向けて、振り下ろそうとし始めていた。

外皮は少しずつ削れてきてるけど、まだ足りない。

守らないとって思いがあると同時に、荼毘やこいつらに対する怒りが、恨みが、悲しみが、湧き上がり続けて、自分の感情は制御できてないままだ。

波動が膨れ上がり続けているのも分かる。

だけど、足りない。

今ベストジーニストがやられたら、こいつらは、完全にフリーになる。

それだけはダメだ。

ありったけの波動を、こいつにぶつけないと……

もっと、もっと波動をぶつけないと、ダメだ。

これ以上、誰も傷つけられないためにも、私が……私がっ、やらないとダメだっ!!

私自身はどうなってもいい、それで、お姉ちゃんを、ミルコさんを守れるなら、私がっ!!!

 

「―――約束、破ろうとしてるでしょ」

 

「え……?」

 

全身から波動を絞り出してでもギガントマキアをどうにかしようとした瞬間、後ろから、声を掛けられた。

 

ねじれる洪水(グリングフロッド)っ!!!」

 

次の瞬間、お姉ちゃんが両手で練り上げていた莫大な量の波動が、私が放出している波動の光線の着弾点と同じところに降り注いだ。

 

「おねえ、ちゃん……?大丈夫なの……?」

 

「妹が身体張ってるの見たら、私も頑張るしかないでしょ!瑠璃ちゃんもいるし、通形もいる!平気!不思議!」

 

お姉ちゃんは、広範囲の火傷を負ったままだ。

意識だって朦朧としているし、全身激痛に襲われてるのに、それでも、来てくれた。

お姉ちゃんの波動も合わさって青色と黄色の光線が、ギガントマキアが振り上げた左腕に突きささった。

ギガントマキアの外皮は、抉れてきている。

大きな傷さえ作れば、そこが致命的な弱点になる。

それさえ作れば……

 

お姉ちゃんの砲撃は、長くは持たない。

そんなのは分かってる。

こんな状態で無理してここに来てくれてるんだから、活力を多大に消費する極大のビームを放出し続けるのは、それこそ命に関わる。

ここで私が失敗したら……ミルコさんとお姉ちゃんに協力してもらったのに、ギガントマキアに力負けしたら、お姉ちゃんも殺されてしまう。

それを認識した瞬間に、私の波動の量は、さらに爆発的に増え始めていた。

自分でもどれくらいになっているのか分からないほどの波動は、私の周囲を渦巻いて、嵐のように暴れまわっていた。

 

「もう、お姉ちゃんも、ミルコさんも、誰も、誰もっ!!傷つけさせないっ!!私のっ、波動の力でっ!!!」

 

溢れ出す波動をありったけ詰め込んだ波動の光線は、ギガントマキアの上半身程の大きさになって、巨人の左上半身と振り上げていた左腕に降り注いだ。

ギガントマキアの外皮は、筋肉は、厚くて、硬かった。

私の波動単体だったら、外皮を傷つけることすら出来たか、分からないくらい。

だけど、波動を照射し続けて、お姉ちゃんの波動の力も借りて、外皮を抉ることはできていた。

その外皮の抉れが、ギガントマキアにとっては致命的な傷になっていた。

抉れていた部分から、身体の中の異様に硬い筋肉に楔を打つように、莫大な波動の光線が貫いていく。

少しずつ、少しずつ傷口が広がっていって、波動は、傷があった場所……ギガントマキアの腕の付け根である、肩を貫通した。

 

 

 

向こう側まで突き抜けたその光線は、凄まじい勢いで傷を広げていって、振り上げられたギガントマキアの腕を、吹き飛ばしていた。

 

「あ……?」

 

ギガントマキアの呆然としたような声を認識したところで、波動の放出を止めた。

それと同時に、凄まじい疲労感が襲ってくる。

でも、さっきほどじゃないとはいっても波動は湧いてくるから、まだ、戦うことはできる。

 

「マキアぁ!!?」

 

「マジかよ……!?」

 

「ハッ、こりゃいい。おい!!ジーニスト!!」

 

「分かっている!!」

 

宙に舞っていたギガントマキアの腕が、凄まじい轟音とともに地面に落ちた。

ミルコさんが大声でベストジーニストに指示を出しているのが聞こえる。

近くにクラストがいるから、ミルコさんを受け止めたのはクラストみたいだった。

ベストジーニストがミルコさんの声を聞いて、さらにワイヤーの締め付けを強くし始めているのが見えるけど、ギガントマキアはまだ立っている。

自分の左腕が千切れたことに呆然としながら、私に怒りの感情を向けて、右腕を振りかぶっていた。

私も、追撃を仕掛けないと。

そう思って、もう荼毘と戦っていた時と同じくらいの量に戻ってしまった波動を圧縮しながら、ギガントマキアの方に跳ぼうとする。

 

次の瞬間、ギガントマキアは、全身から力が抜けたように崩れ落ちた。

 

「~~~~~!?力が……!」

 

「―――!!!山荘からの連絡にあった……効果は無かったって報告だった……!!麻酔が効いてる!!!」

 

状況の理解は追いつかないけど、通形さんのその声で、ギガントマキアの無力化に成功したことが分かった。

動けなくなったギガントマキアに対して、ベストジーニストが再度ワイヤーでの拘束を施していった。

 

 

 

その状況になって、ようやく気が付いた。

ベストジーニストの周りの、脳無たち。

それに対抗するように、通形さん、爆豪くん、轟くん、飯田くんが、戦っている。

お姉ちゃんとミルコさん、クラストも、脳無たちに応戦しようと動き出していた。

超常解放戦線は、脳無たち以外は、スピナーとMr.コンプレス、荼毘はワイヤーで拘束されている。

本当だったら、荼毘にもっと怒りと恨みをぶつけたいところだけど、今はそれどころじゃないし、なによりも、お姉ちゃんの近くで、お姉ちゃんを守りたかった。

だから、私も応戦しないと……

そう思って、ミルコさんたちが脳無と戦う場所まで、跳びあがった。

 

そのタイミングで、ベストジーニストを囲んで守るように戦っていたメンバーの中の1人である、爆豪くんに、ベストジーニストが声をかけた。

 

世界(そと)は見えたか?"バクゴー"」

 

「それは仮だ。あんたに聞かせようと思ってた!今日から俺はぁ……"大・爆・殺・神ダイナマイト"だ!!」

 

せ、成長してない……

爆豪くんが職場体験でお世話になった師匠的ポジションのベストジーニストに、新しいヒーロー名を叫んでいた。

それはいいんだけど、なんで殺の字を入れたままなんだ。

仮だったのは思考から分かってはいたけど、理解したから仮であっても"バクゴー"にしたんじゃなかったのか。

お姉ちゃんにも『物騒!!』って思われるってよっぽどだ。

言われたベストジーニストすらも『小二!!』とか考えてるくらいだし。

ミルコさんにすら『なげぇ』って素で思われてる上に、なんだったらヴィランにすら『ダセェ』とか『ダッセ』とか思われてる。

いい反応を返そうとしているのは通形さんくらいだ。

 

「良いヒーロー名だね!ユーモアがある!」

 

「欠片もねえんだが!!?」

 

通形さんがユーモアがあるとか喜んでるのは、ナイトアイの指導の賜物なんだろう。

実際今もそんな感じのことを言ってるし。"元気とユーモアのない社会に明るい未来はやってこない"っていうのがモットーらしい。

通形さんらしいし、いいモットーだと思う。

爆豪くんも怒るならもう少しまともなヒーロー名を考えたらいいのにと思ってしまう。

 

脳無に波動弾を叩き込みながら、ちょっと肩の力が抜けてしまいそうになった。

だけど、ここで気を抜くことなんてできない。

少しずつ湧き出す量が減ってきている波動を節約しつつではあるけど、波動弾とクラストの盾で怯んだ脳無の頭部に、いつもの数倍の威力の波動蹴を叩き込んだ。

グシャっと嫌な感触とともに、脳無の頭がつぶれる。

ミルコさんも同じ感じで脳無の頭部を潰していて、集まってきた脳無の数も減ってきていた。



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崩壊

脳無たちと戦いながら考える。

なんで、私の波動はここまで膨れ上がっているのか。

今回は、お姉ちゃんをやられたのに激しい怒りを覚えた瞬間だった。

他に波動が膨れ上がった心当たりがあるのは……

体育祭で轟くんにボロボロにされた時と、林間合宿で透ちゃんを攫われた時、ナインに真幌ちゃんと活真くんが襲われていた時だ。

……危機的状況か、激しい感情か。

どっちかは分からないけど、明らかにそういう状況じゃないと変な増え方はしてない。

つまり、これのトリガーは、私に危険が迫った時か、私が何かしらの激情を抱いた時か。

 

そんなことを考えながら、高速で跳びまわって脳無をかく乱していく。

かく乱しながら波動弾や真空波で牽制したり、脳無の動向で隙が見えたら発勁か波動蹴を脳に叩き込むという動作を続ける。

もちろん脳無だって弱点は守ろうとしてくるから、簡単には脳を攻撃はできない。

だけど、増えている波動の量頼りの機動や高速移動、攻撃で、戦い続けることはできる。

波動の量が少しずつ減ってきているとはいっても、まだいつもの数倍は維持している。

だから、この脳無と戦うこと自体は全然問題なかった。

 

お姉ちゃんが起きて救けに来てくれたから若干マシにはなったけど、私はまだ怒っていた。

荼毘に対する怒りも、恨みも、なくなったわけじゃない。

お姉ちゃんの傷を感知し続けるせいで、怒りは収まりそうにもなかった。

 

 

 

脳無と戦っている中で、波動を感知し続ける。

超常解放戦線幹部……ヴィラン連合は、ベストジーニストがワイヤーで気絶させようとしている。

だけど、そんな中でMr.コンプレスが、自分の身体を個性で削って、拘束から抜け出した。

コンプレスはそのまま走り出すと、スピナー、死柄木、荼毘、ロン毛の男と、順番に個性で拘束から解放して、ギガントマキアの背中を駆け上がっていく。

 

まさか、逃げるつもりか。

コンプレスの思考的に、スピナーに時間の猶予を与えて、死柄木を目覚めさせようとしている。

それで、どうにかするつもりなのか。

お姉ちゃんにあんな傷を負わせたのに、逃げるなんて、許すと思ってるのか。

そう思った瞬間に、また波動が膨れ上がった。

 

波動を大量に噴出して、一気に跳びあがる。

コンプレスの動きにすぐに気づいていた通形さんも、すぐに地面にめり込んで、一気に上空に弾き出された。

 

「俺ぁ張間の孫の孫!!盗賊王の血を継ぐ男!!カゲが薄いと思ってた!?そりゃこちらの術中よ!ここぞという時その為に―――タネはとっとくもんなのよ」

 

ヴィランたちを回収し終えたコンプレスが、上り切ったギガントマキアの上で叫んでいた。

だけど、やつの目的は私たちの意識をスピナーから逸らすこと。

それが分かってるんだから、あいつは通形さんに任せて、私は突っ込むべきだ。

 

「Mr.コンプレス一世一代ーーー!!脱出ショウの開演だ!!」

 

やつはそう叫ぶと同時に、スピナーと死柄木、それに、荼毘を、ビー玉のようなものからはじき出した。

通形さんが即座にコンプレスの顔にパンチを入れる。

私は回り込んで即座にスピナーを処理しようと思ったけど、飛び込もうとした瞬間、炎が迫ってきた。

 

「てめぇ……俺の邪魔しといて自分だけ好き放題なんて、させると思ってんのか」

 

「邪魔をっ!するなぁっ!!」

 

こいつ、あろうことか私を邪魔してきた。

……邪魔されたら、どのみち荼毘をどうにかせざるを得ない。

こいつがその気なら、いっそここでっ……!!

荼毘に対する怒りが燃え上がるのに合わせて、波動が一気に膨れ上がった。

膨れ上がった波動を強引に練り上げて、私の身体よりも大きな波動弾を形成した。

荼毘も、私の方に飛びかかろうとしていた。

 

「赫灼熱拳、プロミネンス―――バーン!!!」

 

 

「波動弾っ!!!」

 

正面から迫ってくる青白く発光する炎に、巨大な波動弾を射出する。

炎もすごい勢いで迫ってきてるけど、波動弾もそれをかき分けて進んでいる。

律儀にこのまま射線にいてあげる必要がないし、そのまま再上昇をかける。

 

 

 

次の瞬間、凄まじい衝撃波が、辺り一帯を襲った。

荼毘、スピナーは顔をしかめる程度なのに、それ以外の人間は、軒並み吹き飛ばされていた。

私自身も、空中でその衝撃波を受け流すことなんてできなくて、吹き飛ばされてしまった。

 

「本当に……いい仲間を持った……心とは、力だ。彼の心の原点を、強く抱けば抱くほど、共生する僕の意識も強くなる。憎しみを絶やすな、弔」

 

死柄木……じゃないな、この思考は。

思考も、悪意も全然違う。

誰だ、こいつ。

地面に着地して、最大限の注意を払いつつ死柄木のような何かを見据える。

 

そして、死柄木のような何かが、『信号を送る』なんていう思考になった瞬間、周辺にいる生き残りの脳無が、一斉に動き出した。

脳無たちの目標は、死柄木のような何かだ。

こいつ、脳無たちを、スピナーと荼毘を連れて、逃げるつもりか。

それを認識した瞬間、私は地面から高速で跳ね上がった。

 

「弔は負けた。OFAとエンデヴァーに。その代償は潔く差し出そう。全ては僕の為に」

 

「逃がすと思ってるの?」

 

巨大な波動弾を両手に形成しながら、死柄木のような何かに向かって急接近する。

接近しながら、邪魔をされないように波動弾を1つ先に投げておく。

 

「ああ、君か。君に関しては大きな誤算だったよ。まさか、マキアをこうもやってくれるとはね。"波動"の個性、甘く見ていたよ」

 

死柄木のような何かは、小さく笑いながら手をかざした。

それだけなのに、波動弾は一瞬で霧散させられてしまった。

それを見た瞬間、正面から近づいてもダメだと判断して、急上昇をかけて上空から急襲をかけようと試みた。

 

「その憎悪!怒りで増幅する力!まさに魔王にうってつけじゃないか!まさか、僕の器候補にしてもいいと思えるほどのポテンシャルだったとはね。これなら、サブターゲットなんてぬるいことは言わずに、メインにしておくべきだったよ」

 

「……っ!?あなた、まさか……AFOっ!?」

 

今まで、ヴィラン連合以外でサブだのメインだの言ってきたのは、殻木だけだ。

殻木の言っていたことも合わせれば、私をサブターゲットにしたのはAFOのはず。

だとするなら、こいつは、死柄木の身体の癖に、AFOの可能性が高いってことか。

それなら、こいつが死柄木と違う思考と悪意なのが頷ける。

私は冷や汗を流しながらも、波動弾をAFOに投げつけて、その陰に隠れながら波動の噴出で急加速をかけた。

 

「だけど、器は間に合ってるんだ。君にはもう、興味もないよ。さよならだ」

 

AFOは、手から凄まじい衝撃波を放ってきて、落下の速度に、高速で移動できるくらいの噴出を合わせたはずの急襲をかけていた私を、難なく吹き飛ばした。

衝撃波は強力で、すごい勢いで吹き飛ばされてしまっている。

波動の噴出でなんとかその勢いを殺して、体勢を立て直す。

 

そのタイミングで、手足が動かせないはずの緑谷くんが、口から黒鞭を伸ばして、AFOに迫っていた。

 

「この身体が仕上がったらまた会おう。出来損ないの緑谷出久」

 

「おまえは黙ってろ……!!オール・フォー・ワン!!」

 

「また、会おう」

 

緑谷くんは必死で追いすがろうとしていたけど、AFOはまた手から衝撃波を出して、緑谷くんを吹き飛ばした。

 

「死……柄木……!!待て……!!おまえを……必ず……!!」

 

緑谷くんが、受け身も取れそうにもない速度で落下していく。

彼の内心が、『あの時……AFOに飲まれたおまえが、あの時のおまえが、おまえの顔が、救けを求めたように見えた』なんていう、意味の分からないものになっている。

そのすぐには理解できない思考に困惑しながら、緑谷くんを回収するために空中で波動の噴出を使って、一気に緑谷くんに接近する。

そのまま緑谷くんを抱きとめて、なるべく衝撃がないように、勢いを殺しながら着地した。

 

「緑谷くん……救けって……どういう……」

 

聞こうと思って緑谷くんを顔を覗くと、彼は既に気絶していた。

疑問は解消できなかったけど、仕方ない。

私は小さく首を横に振って、担架を持って駆け寄ってきているヒーローたちの所に、緑谷くんを連れて行った。

 

 

 

お姉ちゃんも、すぐに病院に運ばれていった。

お姉ちゃんは死柄木たちがいなくなって気が抜けたのか、倒れ込んでしまっていた。

生きているのはわかるけど、重症なのは変わらない。

だからせめて活力だけでもと思って、ギリギリまで癒しの波動を続けていた。

私はお姉ちゃんが運ばれるのを見守ってから、動き出すことにした。

さっきまで無我夢中だったせいで全く気にしてなかったけど、周囲の思考からは凄まじい嫌悪感と、吐き気を感じる。

正直感知したくもないし、気がおかしくなりそうだ。

波動の枯渇まではいってないとはいっても、身体の脱力感もすごいしこのまま眠ってしまいたいくらいだった。

だけど私には、やらないといけないことがある。

そう思って動き出したら、ミルコさんが声をかけてきた。

 

「おい、リオル。どうするつもりだ」

 

「……感知で……救助に参加します……」

 

「……お前、もう限界が近いだろ。やれんのか」

 

ミルコさんが珍しく少し心配そうな表情までして聞いてくる。

多分、それだけ顔色が悪いってことなんだろうけど……

 

「……大丈夫とは……言い難いです……でも……やりたいんです……私の本領は……"こっち"、ですもんね……」

 

「……好きにしろ。私は止めねぇよ……だが、やるからにはお前の思うようにやれ。誰かに強制されてやるんじゃなくな」

 

ミルコさんは、否定も肯定もしない感じの答えを返してきた。

だけど、言いたいことは大体わかった。

大丈夫。

今回の救助は、公安や学校に言われたわけでもなければ、ミルコさんに命令されたわけでもない。

私自身の意思で、やらないといけないと思った。

それが、怒りに任せて救助を投げ出した、私の罪滅ぼしだと思ったから。

 

「……はぁ。ほら、乗れ。運搬ぐらいはしてやる」

 

「……ありがとう……ございます……」

 

ミルコさんが少ししゃがんで、背中に乗せてくれた。

そのままミルコさんにお願いして、倒壊して凄まじい被害を被った街の中心部に連れて行ってもらった。

正直、油断するとすぐに吐いてしまいそうなくらいの負の感情が渦巻いている。

悲嘆、怒り、憎悪、嫌悪、恐怖。

とにかく色んな負の感情が、どんどん押し込まれてくる。

そんな状態でも、ゆっくりとテレパスを始めた。

 

『救助活動に当たっているヒーローはっ……!ヒーロー名を思い浮かべてくださいっ……!近くに被災者がいるヒーローにっ……!指示を出しますっ……!』



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地獄

あれから、夜に休憩を挟んだり、病院で最低限の傷の手当だけしてもらったりはしたけど、1日以上駆け回り続けて、ようやく救助活動は一段落ついた。

いや、一段落ついたって言うと、誤解があるかもしれない。

生存者はいなくなったって言う方が、正しいと思う。

 

市民は混乱して、ヴィランに対してだけじゃなくて、エンデヴァーを筆頭としたヒーローたちに対する怒りや憎悪を垂れ流していた。

荼毘のあの告白が、テレビで流されてしまっていたらしい。

だから、エンデヴァーに怒りの矛先が向くのは、百歩譲って理解できる。

だけど、なんでその辺の、ただのヒーローにまで怒りをぶつけるんだ。

このヒーロー飽和社会、誰しもが高尚な志を持ってヒーローになってるわけじゃない。

ちやほやされたいから、皆が目指していたから、そんな理由でヒーローになってる人だって、たくさんいる。

だから、こんな状況になった時に、怒りの矛先をそのヒーローに向けたら、ヒーローなんて辞めてしまうに決まってるじゃないか。

冷静に考えればそんなことは分かるはずなのに、未曽有の大災害で混乱の極致に至った市民は、そんなことを気にすることすらできなかった。

中途半端な志でヒーローになった者たちがどんどん救助活動から抜けていく状況で、警察とヒーローと救急隊だけで、こんな被災地の救助に当たるのは、致命的に人が足りなかった。

 

だから、切り捨てる必要があった。

トリアージ黒の人は、たとえ生きていても問答無用で切り捨てた。

トリアージが赤だったとしても、出血の状況とかを見て助かる可能性が低いと判断すれば、見捨てた。

救助に当たる人数に対して、被災者の人数が、致命的なほどに多すぎた。

緑の人は近くのヒーローに避難誘導だけさせて、黒は見捨てる。

赤と黄色は、救助したとして病院まで持つのかを判断して、助かる見込みが薄ければ、その時は普通に意識があったとしても見捨てた。

さらに、重症度を見て助けるのに必要な人数と労力を考えて、それを割り振った結果助けられる人数が多い方を選択し続けた。

つまり、赤の人を十分に助けることが出来るだけの人手すらなかったのだ。

より確実に、多くの人間を救助できるように、限られた人材を割り振り続けた。

隣に縋っている家族がいても、その人すらも助けることが出来なくなるかもしれないから、その人だけ救助するように指示したこともあった。

 

だけど、そんな指示を聞いた人たちが、納得できるのかという話だ。

だって、トリアージが黒になる程の重症でも、説得しても家族が納得しないことが多いのに。

それなのに、多くを救うためにあなたの家族は見捨てますなんて言って、トリアージが赤に該当する人の救助を懇願する家族が、納得なんて、出来るはずがなかった。

 

近くにいた人が、指示を出している私と、私の護衛兼運搬係で近くにいてくれたミルコさんに直接救助を懇願してきたことだってあった。

だけど、私の感知範囲内ですぐ近くにいる人なんて、もう指示を出し終わった後に決まってる。

その懇願してきた人の家族は、意識はあったし、呼吸も安定していた。

だけど、腹腔内に、大量に出血していたのだ。

あれは、外からは見えないから、家族には分からない。

本人は具合は悪そうだけど、意識はしっかり保っているんだから、家族が助けてもらいたいって考えになるのも理解できる。

だけど、リカバリーガールから医学について教えてもらって、最低限の知識があったからこそ分かる。

たとえ救助したとしても、あれは、病院まで持たない可能性が非常に高い。

既に心臓と血管の動きが、少しずつ弱くなってきていた。血圧が低下し始めていた。

既に、ショック状態になりかけていたのだ。

腹腔内出血は、普段であれば重症であっても迅速に救助して、救急車とかに乗せて病院に連れて行って、即緊急手術とかをすれば、助かる可能性はあっただろう。

だけど、その時の現場には、そんな余裕はなかった。

そんな人手を、この人の助かるかどうかも分からない賭けに使うことは、無駄でしかない。

この人の救助をするとしたら、警察やヒーロー、救急隊……とにかくたくさんの人の手が必要になる。

そんなことをしている間にも、他のトリアージが黄色の人たちの状態が、どんどん悪くなっていって、赤に該当する人が増えていく。

だから、見捨てるしかないと、私は判断した。

家族に迫られた時に、当然このことは説明した。

だけど、納得なんてしてくれなかった。

その家族は、私に対して憎悪と怒りの感情を向けて、『悪魔』、『人でなし』、『てめぇなんかヒーローじゃねぇ!!』って、思考も、言動も、何度も何度も罵ってきていた。

私はそれ以上何も言うことが出来なくて、ミルコさんがその家族を私から引きはがすのを眺めながら、謝罪することしかできなかった。

 

憎悪、怒り、悲嘆、絶望、死に際の思考……そんなものを大量に感知し続けて、頭がおかしくなりそうだった。

吐いたのだって、1回や2回じゃない。

それでも、救助に当たっていたお茶子ちゃんや梅雨ちゃん、私の護衛をしてくれていたミルコさんの思考に縋るようにして、なんとか被災地域全域のトリアージを、順番に回ってやり切った。

 

その結果出来上がったのが、私が見捨てた死体の山だった。

一応、死体の位置は、後から回収しやすいように記録だけはしておいた。

助けられる可能性が0じゃないのに見捨てなきゃいけない、せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。

それを警察に渡して、私がもう生存者はいないと判断してから、回収に当たってもらった。

警察が近場から回収を始めて、広場にどんどん死体が集められていった。

無数に並べられていく死体に、私は、もう何も感じられなくなってしまっていた。

 

 

 

そして、あの日から2日経って、ようやく私は、お姉ちゃんのお見舞いに行くことが出来るようになった。

波動の量もすっかり元に戻っていて、いつも通りな状態になっている。

一応量は増えてるけど、それでもあの時ほどの波動はなかった。

 

お姉ちゃんが入院している病院は、セントラル病院。

最先端最高峰の治療が受けられると言われている病院だった。

病院は、エンデヴァーとかが入院しているのもあって、来院を厳重に管理していたらしい。

正門以外からは入れてもらえず、その正門には、凄まじい量のマスコミがたむろしていた。

1人だったらどうやって入るか頭を悩ませていたところだったけど、ここまで付き添ってきてくれていたミルコさんが、私を先導してくれていた。

こうなるのが予想できていたから、付き添ってくれたのかもしれない。

普段だったら、絶対にこういうのにはついてこないと思う。

そして、私たちが近づいた瞬間、マスコミたちが群がってきた。

 

「ミルコと、関係者の方ですか!?エンデヴァーの容態はどうなっているかご存知でしょうか!?」

 

「今の日本の惨状をエンデヴァーは把握しているかどうか!!」

 

「荼毘との関係について皆知りたがっています!!」

 

「会見の日取りは!?我々は不安なんですよ!!知りたいんです!!」

 

「死柄木との応戦時、エンデヴァーが呟いたという"ワン・フォー・オール"とは何か、ご存知でしょうか!?」

 

「神野のヴィラン、"オール・フォー・ワン"と何か関係が!?」

 

「ミルコ!!蛇腔で何が「どけ」

 

うるさいくらい喚くマスコミに囲まれて動けなくなったところで、ミルコさんが今まで聞いたことがないくらいドスの利いた低い声を発した。

さっきまで騒いでいたマスコミも、その声を聞いて怯んだのか一瞬で静かになった。

 

「で、ですが!!我々は「邪魔だ」

 

「いくらなんでも、その言いぐさは……」

 

「……この2日、被災地の生存者助けるために、血反吐吐きながら駆けずり回ってたやつが、救助が終わってようやく重傷負った家族の見舞いに来れたってのに、それを邪魔すんのか?いいからどけ」

 

ミルコさんのその言葉に、マスコミは何も言い返せなくなったようで、何も言わずに道を開けた。

内心で文句を言い続けている不愉快なやつも多いけど、今はこんな奴らを気にしている余裕なんてなかった。

 

マスコミの間をすり抜けて、正門から病院の中に入る。

マスコミからある程度離れて、声が聞こえなくなった辺りで、身分証明書と誰の家族かを入念に確認されてからようやく許可が出た。

私は仮免と学生証を見せて、お姉ちゃんの名前を言って、確認作業を待っていただけではあったけど。

ミルコさんはヒーロー免許を見せて、私の護衛兼付き添いって言って強行突破していた。

まあ、あのマスコミがいる状況だと付き添いがいても何らおかしくないのと、No.5のプロヒーローっていう知名度があったから出来たことだとは思う。

 

 

 

ミルコさんとは、病院に入ってから別れた。

ミルコさんはエンデヴァーの方を覗きに行くらしい。

思考がOFAに関して触れつつ、聞きたいことがあるって感じだったのが気になったけど、今はあんまり気にしないことにした。

その思考だったら、今病院に入ってきたホークスとベストジーニストもそんな感じだし、死柄木との戦闘の情報をある程度持っている人には、もう隠しきれないと思う。

 

とりあえずそれは置いておいて、私はお姉ちゃんの病室に向かった。

波動からして、お姉ちゃんはもう目が覚めてるし、火傷とかも治療済みっぽいけど、肉眼で確認したい。

 

「はーい、どうぞー」

 

病室をノックすると、お姉ちゃんの元気そうな声が聞こえてきた。

そのことにちょっと安心しながら、ドアをゆっくり開けて顔を覗かせる。

病室の中では、包帯とかを巻いたお姉ちゃんがベッドに腰かけていた。

髪は焦げた部分を切ってしまっているから、だいぶ不揃いな感じではあったけど、それでも、笑顔を浮かべられる程度には元気なようだった。

 

「お姉ちゃん……」

 

「あ、瑠璃ちゃん!入って入って!」

 

「ん……」

 

病室のドアを閉めて、お姉ちゃんが座るベッドの脇にある椅子まで移動して座ってしまう。

 

「お姉ちゃん……元気そうでよかった……痕とか……残らない……?大丈夫……?」

 

「うん、もうすっかり元気だよ。傷も、包帯が取れるころには痕が残らないくらい綺麗に治ってるだろうって」

 

「そっか……それなら……良かった……」

 

お姉ちゃんの返答に、胸を撫でおろす。

そうしていると、お姉ちゃんが心配そうな表情をし始めていた。

 

「……聞いたよ、瑠璃ちゃん、頑張ったんだよね」

 

「……誰から…………分かったから……いいや……お茶子ちゃんたち……口が軽い……」

 

お姉ちゃんの思考からお茶子ちゃんと梅雨ちゃん、あとはリカバリーガールから伝えられたのが分かってしまった。

皆口が軽くて困る。

お姉ちゃんに心配かけたくなかったのに。

 

「……よし!ちょっと一緒に寝よっか!」

 

「……今から……?」

 

「今から!」

 

「制服なのに……?」

 

「制服でも!瑠璃ちゃん、気付いてないのかもしれないけど、顔色すごいことになってるよ。青色通り越して土みたいな色になってる。もう何も考えないでいいから、休も。ね?」

 

お姉ちゃんがごり押してくるけど、あとはここがお姉ちゃんの病室であることくらいしか、反論の材料がなかった。

顔色が悪いのは自覚してたし、正直周囲の不愉快で嫌悪感と吐き気を覚える思考のせいで、全然良くなるとも思えなかった。

だけど、お姉ちゃんが添い寝してくれるって言うなら、少し休もうかな。

 

「……ん……じゃあ……」

 

私が返事をすると、お姉ちゃんはにっこり笑顔を浮かべながら、布団をちょっとめくって私が横になるスペースを開けてくれた。

靴を脱いでベッドに入ると、お姉ちゃんが抱きしめてくれた。

お姉ちゃんのぬくもりに包まれて、頭や背中を撫でられて、私は、眠りに落ちてしまった。




トリアージに関して
助ける順番は赤>黄>緑>黒じゃないの?と思うかもしれませんが、今回は状況が特殊過ぎます
どういうことかというと、今回の場面は、医療行為がほぼ出来ない(圧迫止血やバックバルブマスクがあればそれによる換気くらいしか出来ない)という状況の中、搬送の優先順位を決めている状況になります
ここでも現実なら基本的には一次トリアージが取られるので、優先順位は変わりません。これを元に、受け入れ可能な病院に割り振っていきます
ですが、今回のような街が崩壊して万を超える被災者がいる中、救助の手も全く足りていない状況で、瑠璃のような人間がいると話が変わってきます
基本的に平時の救急医療では、防ぎえた外傷死を防ぐために、受傷から1時間以内に、手術などの治療を開始することが重要とされています。こんなことが言われているくらい、時間との勝負なのです
ではこの状況ではどうなのかというと、当然、全てを助けることはできません
ですが、瑠璃には身体の内部も、脈拍などの情報も、すべて見えています
そのため、救助前にも関わらず、二次トリアージ……本来なら病院に到着し、医療スタッフがトリアージを行った後に医師が行う、診察行為を伴ったトリアージも交えて行っているのです
その情報をもとに、搬送しても病院に着く前に黒になる可能性が高いと判断した場合などに、切り捨てる決断をしています
その人を搬送する人手と時間があれば、もっと多くの人を救える可能性があるからです
これが病院でやってることなら話は変わるんですけど、瓦礫に埋もれたり、被災地で動けなくなった人の救助をしている状況で、生存率まで考えられちゃうので優先順位が狂ってる感じです

腹腔内出血
これは外観上の外傷はありませんが、体内で臓器が損傷し、出血している状態です
肝臓などの血液量が多い臓器が損傷すると多量の出血を伴い、体内を循環する血液量が減って、所謂ショック状態になります
出血した臓器によっては短時間で死に至る可能性のある危険な状況です

つまりどういうことかというと……ヒーローと救急隊は足りてない、交通網もやられてる、病院はどこもパンク状態で助けられる可能性はくっそ低い、他にも被災者は大量にいるって状況なので見捨てて、他を優先したってことです


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対話と……

数時間後、目を覚ましたら少しだけすっきりした気がした。

もちろん、周囲の状況は全然変わってないから、この吐き気は完全になくなる気はしないけど、それでも、お姉ちゃんと一緒にぐっすり眠れたのがよかったのかもしれない。

しばらくお姉ちゃんと話し込んで、悩みとか、救助をしててつらかったこととか、いろいろと相談に乗ってもらった。

お姉ちゃんは、私は悪魔なんかじゃないって、必要なことをしただけだって、言ってくれた。

ヒーローとして、最良の決断をし続けただけだって、言ってくれた。

その言葉に、少しだけ報われた気がした。

 

その後もお姉ちゃんと話していたら、爆豪くんが大暴れしているのを感じた。

まだ緑谷くんの目が覚めないせいで暴れているようだった。

『死んだら殺す』とかいう意味不明な思考をしてて、ただ困惑することしかできない。

ただ、緑谷くんは見た目上は寝ているはずなのに、思考している。

『歴代の継承者たち……また夢の中……!』とか考えてるし、多分また継承者たちと話してるんだと思う。

すぐそばで緑谷くんに触れているオールマイトも何かを感じ取ってるみたいだし、間違いないかな。

 

他にも、ミルコさん、ホークス、ベストジーニストの3人が、エンデヴァーから何か話を聞いている。

まあこっちはいい。

轟くんとか、お姉さんとか、轟一家を含めて事情を説明してる感じだし。

この後OFAのことを聞かれるんだろうなとは思うけど、そうなるとしたら問題はオールマイトの方か。

お姉ちゃんの無事も確認できたし、添い寝してもらったり、話をしたりして、物足りなさはまだあるけど、ある程度落ち着きはした。

また後で戻ってくるとして、皆の方を1回覗きに行こう。

そう思ってお姉ちゃんに声を掛けたら、お姉ちゃんも快く送り出してくれた。

 

 

 

「デクてめゴラ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」

 

緑谷くんの病室の近くに、爆豪くんの怒号が木霊していた。

 

「何で俺が起きててめーが寝とんだぁ!!」

 

「叫ぶな!!」

 

「こいつが起きると悲しむ暇もねぇ!」

 

「すまない梅雨ちゃんくん」

 

叫ぶ爆豪くんは、梅雨ちゃんの舌で雁字搦めにされて、砂藤くんと峰田くんに連れていかれた。

このまま病室に連行するつもりみたいだし、あれはもう放置でいいな。

爆豪くんは普通に重傷だし、動くべきじゃない。

看護師さんに「やっとどっか行った……!」とか言われてるし、やっぱり普通に迷惑行為だよね、あれ。

入院患者は今回の件に関わったヒーローだけじゃないわけだし。

というか、今回の件のヒーローしかいなかったとしても迷惑なわけだけど。

まあそれはそれとして、お茶子ちゃんたちに声をかけてしまおう。

 

「お茶子ちゃん……飯田くん……」

 

「波動くん!救助活動に当たっていたと聞いていたが、大丈夫だったか!?それに、あの時のことも……!」

 

「ん……それは……大丈夫とは言い難かったけど……大丈夫になった……と思いたい……あの時のは……それどころじゃなくなったのと……お姉ちゃんが……無事だったから……多少は……」

 

飯田くんが大袈裟な動作で聞いてくるのに、素直に答える。

実際万全とはいいがたいし、言われた罵倒は楔みたいに突き刺さってるし、周囲の思考と感情のせいで体調は最悪なままだ。

お姉ちゃんとの添い寝で気が紛れただけでしかないし。

 

「瑠璃ちゃん、さっきねじれ先輩のところで一緒に寝とったもんね。元気になったならよかったよ」

 

「ん……心配かけたみたいだし……ごめんね……?」

 

「それはいいんだけど……私こそごめんね?勝手にねじれ先輩に言っちゃって……ねじれ先輩の反応からして、言ってないんだろうなぁとは思ったんだけど、心配で……瑠璃ちゃんのケアならねじれ先輩が一番や思たし」

 

お姉ちゃんに言ったのは、まあいい。

特に文句を言うつもりもない。

だけど、そんなに分かりやすかっただろうか。

お茶子ちゃんたちにテレパスで指示は出したりしたけど、直接は会ってなかったはずなのに。

 

「……そんなに……分かりやすかった……?」

 

「……うん。瑠璃ちゃんの指示の声、だんだん冷たい感じに、変わってきてたから……私がもっと力になれれば良かったんだけど……」

 

お茶子ちゃんが、少し顔を歪めながらそんなことを言ってきた。

自責の念に駆られてる感じみたいだけど、そんなの全然気にしなくていいのに……

私がある程度正気を保っていられたのは、必死で頑張っているお茶子ちゃんや梅雨ちゃんの思考と、ミルコさんの私を心配する思考が読めてたからだったし。

 

「そんなことない……正直、気が狂うかと思ったけど……お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが頑張ってる思考が……読めたから……私も頑張れた……」

 

「そう、なの……?」

 

「ん……だから、そんなに気にしないで……」

 

不思議そうに聞き返してくるお茶子ちゃんに肯定の返事を返す。

お茶子ちゃんは少しだけ照れ臭そうにしながら頬を搔いていた。

 

そんな話をしていたら、響香ちゃんがジャケットのポケットに手を入れながら歩いてきた。

 

「いーんちょ!常闇も上鳴ももう退院できるってさ」

 

「本当か?それは良かった」

 

響香ちゃんの報告に、飯田くんが安堵の溜息を吐く。

そんな様子をよそに、響香ちゃんは扉が閉められた緑谷くんの病室を気にしていた。

 

「……身体は無事なんだよね?」

 

「そう聞いてるけど……不安だ……」

 

お茶子ちゃんも、緑谷くんにするべき治療はもう終えていて大丈夫だってことは聞いているみたいだけど、心配は拭えないみたいだった。

まぁ、OFAに触れないことなら教えてもいいよね。

 

「大丈夫……緑谷くん……今は思考が読めるから……眠りは浅い……多分……近いうちに目が覚めると思うよ……」

 

「本当!?」

 

「ん……私、嘘は嫌い……」

 

「波動がそう言ってくれるなら、確かに安心かな。波動がはっきりと読心できてるってことは、少なくとも頭に異常があって目が覚めないとかじゃないもんね」

 

「ん……そういう障害があると……意味のある思考はほぼ読めないから……」

 

これは、あの救助の時に知ったことだった。

今まで病院の中で思考が読めない人とかは気にしたりしてなかったから、気付かなかった。

だけど、あの救助の中で、頭に瓦礫が当たった人とか、明らかに脳に障害を負った人とかは、意識はあるはずなのに思考は読めなかった。

まあ障害の程度とか、脳へのダメージの程度による部分も大きかったけど。

緑谷くんはOFAのせいで目が覚めない感じだからちょっと違うけど、それでも間違ったことは言ってない。

お茶子ちゃんもちょっと安心したようで、少しだけ笑顔が戻っていた。

 

 

 

そんな会話をしていると、連れていかれる爆豪くんの横を通りながら、ミルコさんとホークス、ベストジーニストがやってきた。

用件はもう分かり切ってる。

それなら、あとは話すかはオールマイト次第だ。

部屋のすぐ近くまで来たところで、ホークスがスマホを操作し始めた。

火傷で喉がやられていて、電子音声で話すしかない感じみたいだ。

 

『緑谷出久くんと話したいんだけど』

 

「今はオールマイトが2人きりにしてくれと―――」

 

『……オールマイトが……』

 

ホークスもベストジーニストも、もうオールマイトが関係している案件だっていうことに気が付いている。

このまま入っていくな、これは。

あとは、ミルコさんは、私が事情を把握しているであろうことにも気が付いている。

だけど、私が自発的に言わないなら、私から聞くべき話じゃないと思って流している感じみたいだった。

他に確認できる人間がいなければ話は別だろうけど、今は何かを知っていそうなオールマイトがいる。

無理に聞き出そうとすることはなさそうな感じだった。

 

今、オールマイトは、緑谷くんが歴代継承者と話している内容を感じ取っている。

だけど、もう重要な話自体はほぼ終わってると思う。

歴代継承者との対話、OFAの真実、オールマイトの師匠である志村さんの葛藤……そして、緑谷くんの、死柄木を、志村転狐を救けたいという、決意を。

そんなタイミングで、ホークスは病室をノックした。

ノックを受けて、オールマイトはすぐに病室から出てきた。

 

『初めまして、オールマイトさん。俺は速過ぎる男なんて呼ばれてまして、諸々すっ飛ばして伺いたいことが……って、緑谷くんやばい感じスか』

 

「いや!大丈夫。きっともうじき起きる。それより何だい、ホークスくん」

 

オールマイトが聞き返したタイミングで、ホークスは少し離れた所まで連れて行ってオールマイトに用件を伝えた。

その裏で、お茶子ちゃん、響香ちゃん、飯田くんの3人は、緑谷くんの病室に入っていく。

 

そこからはホークスが現状の世間のOFAの認識を、オールマイトに説明していった。

辞職したヒーローからの情報漏洩、それが世間でジワジワと広がってしまっている現状、エンデヴァーから伝えられた緑谷くんが死柄木に狙われていたという事実。

そこまで伝えられたところで、オールマイトももう隠しておく段階ではなくなったという認識になったようだった。

オールマイトが、場所を変えてすべてを話す決意をしていた。

 

それなら、私の出番だろう。

この病院から出て話すことは、マスコミのせいで難しい。

なら、どこかの個室で話すしかない。

だけど、病院の個室のセキュリティなんてたかが知れてる。

今の状況だと、その辺の一般人に話を聞かれるだけでも致命的だ。

 

『ミルコさん、オールマイト、ホークス、ベストジーニスト……私が監視し続けます……私の感知範囲内で話してください……もしも誰かが近づこうとしたり……盗み聞きをしようとするなら……すぐに伝えます……皆さんは……盗聴器などの機械にだけ……注意してもらえれば……』

 

『助かるよ、波動少女。辛い状況だろうに、本当にすまない』

 

ホークスももう予想がついていたのか、特に何も思考を返してくることはなかった。

オールマイトに連れられて、3人は空き部屋を目指して移動していった。

 

 

 

4人の会話と、周囲の状況を読み取りながら、私は、1つの事実を、感知してしまった。

今、三奈ちゃんたちが、上鳴くんや常闇くん、爆豪くんを順番にお見舞いしてたんだけど、その中で、ミッドナイト先生が殉職したっていう思考が、読めてしまった。

 

「ミッドナイト先生……殉職……したの……?」

 

思わず、緑谷くんの心配をしているお茶子ちゃんたちに問いかけてしまうと、3人の表情が一気に暗くなった。

間違いなかったようだった。

間違いだったと思いたかった。

セクシーポーズをしたりして、ちょっと困ったところはあったけど、入学してすぐの頃から相談に乗ってくれたりした、優しい先生だった。

それなのに……なんで……

まだ、先生に教えてもらいたいこともあったのに……

まだ、エリちゃんの七五三だってやってないのに……

エリちゃんが食べられる、鯛を使ったお祝い料理のレシピ……もう、調べてあったのに……



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会見中継

あの後、私も含めた入院患者以外の雄英生は順番に寮に帰った。

寮に帰ってからの空気は、最悪だったと言っていい。

三奈ちゃんとかは頻繁に泣いてしまっているし、笑顔なんて浮かべている人は全然いなかった。

休校になってしまっているのもあって、気分転換も何もできないのも大きいのかもしれない。

まぁ、気分転換なんてしたところで、ミッドナイト先生の殉職を受け入れられるかと言われたら別問題なんだけど……

私だって、ミッドナイト先生の死を受け入れることなんてできてない。

私の部屋にも、料理のレシピを書いておいたメモがあるけど、直視したくなくて引き出しにしまったままにしてしまっている。

感知はできるから、隠したところで意味はないのに、それでも肉眼で見えるところに置いておきたくなかった。

 

それに、寮の先生の部屋の遺品を、他の先生たちが最低限とはいえ整理していたのも感知してしまっている。

先生たちも受け入れ切れてなくて、なるべく部屋は残しておこうとしたみたいだけど、遺品は家族に返すべきだっていう考えで、したみたいだった。

その中に、先生がエリちゃんに着せるんだって張りきっていた着物も、当然のように入っていた。

それを持っていかないで欲しいなんてお願いすることは、とてもじゃないけどできなかった。

先生は、あれは実家から送ってもらったものだって言っていた。

きっと、先生のご両親が、先生を想って仕舞っておいた、大切な思い出が詰まったものだったはずだ。

そんな大切なものを、娘が殉職したのに返さないなんてこと、出来るはずがなかった。

 

 

 

お姉ちゃんのお見舞いに行った3日後。

お姉ちゃんももう退院してきてて、不揃いになってしまったお姉ちゃんの髪は、甲矢さんが整えてくれていた。

甲矢さんになら、お姉ちゃんの髪は任せてもいいかなと思えたから、私も特に何も言わなかった。

お姉ちゃんの長くて綺麗だった髪が短くなっちゃったのは悲しいけど、今のショートカットも似合っていないわけじゃない。

そう思って、自分を納得させた。

 

そして、ついに、エンデヴァーの記者会見が行われることになってしまった。

誤魔化すつもりがあるのか、ないのか。

誤魔化すなら、荼毘に対して相応の対応を取りつつ、今後荼毘がするであろう暴露や嫌がらせに対する対抗策を講じていかなければいけない。

正直、これに関してはやったところであまり効果は無い上に、マスコミに調べられて、隠したことがバレた瞬間に大変なことになると思う。

轟燈矢は公には死んでいるとしても、あれだけ個性が似通っていて、家庭の事情に精通していて、髪の色とかの共通点も多い人物を、どうやって無関係であると断じるのか。

私は絶対に無理だと思う。

それなら、正直に言うべきかというと、そうでもなかった。

今、エンデヴァーの、No.1の不祥事が起きたら、間違いなくヒーロー社会は瓦解する。

既にヒーローを信じられなくなって、自衛なんて手段にでる市民が大量発生している状況で、エンデヴァーが荼毘のことを認めたら、間違いなく大部分の市民はヒーローを信じなくなる。

だから、八方塞がりだと、私は思っている。

 

この会見で認めるか認めないかで、治安悪化の速度が変わるのと、その後のヒーローの信頼度の落ち方も変わってくる。

つまり、認めれば治安は一瞬で悪化するだろうけど、代わりに隠し事はもうないんだと大手を振って言えるから、それ以上の信頼の低下を防ぐことはできる。

逆に認めなければ、治安は少しの間は保てるけど、嘘がバレた瞬間に一気に崩壊して、ヒーローの発言を誰も信じないレベルまで、信頼は地に落ちると思う。

だから、どっちもどっち。

正直に言って、どっちを選んでも地獄しかないと思う。

今までの実績と、最近のエンデヴァーの家族を思う心に嘘はないけど、虐待をしてヴィランを生み出したという過去は消えない。

だから、どっちを選んだとしても、学校としての対応が変わるくらいかなと、私は思っていた。

 

 

 

会見が始まる時間になると、緑谷くん以外のメンバーは共有スペースに集まって、皆でテレビを見ていた。

皆も、この会見がどれだけ大切なものかが分かっていたから。

轟くんもここにいるけど、彼の思考は達観していた。

エンデヴァーの自業自得だっていう考えもあるけど、それ以上に、エンデヴァーと一緒に、荼毘を止めたいと考えているのが伝わってきていた。

 

『真実です。お詫びの申し上げようもございません』

 

エンデヴァーは、開口一番にそう言い放った。

そこからは、過去の暴露が、彼自身の口で行われていった。

個性婚をして子供にオールマイトを超えるという悲願を託そうとしたこと、燈矢の自分を超える火力に期待して指導していたけど、体質が合わなくなってしまって、燈矢ではオールマイトを超えられないと考えて、指導を止めたこと。

燈矢に諦めさせるために、半冷半燃を求め続けたこと。

そして、第4子が半冷半燃を持って生まれてきて、燈矢がいよいよコントロールできなくなったこと。

4子と他の子どもを切り離して、燈矢に関しては全て妻に押し付けたこと。

そうなったところで、自分は4子に悲願達成のために厳しい指導……虐待を行ってきたこと。

家族は完全に崩壊して、妻を精神病院に隔離したこと。

そして、燈矢は山火事を起こして焼死した、はずだったということ。

そこまで語った後に、彼はもう1度謝罪して頭を下げた。

自身の擁護をするような発言は、一切なかった。

自分の醜い野望も、個性婚というタブーを犯したことも、虐待をしていたことも……全部正直に語っていた。

轟くんの思考を見る限り、エンデヴァーは山火事が起きた時には必死で山を駆けずり回って探していたらしい上に、最近でも燈矢の仏壇に、頻繁にお線香をあげたりしていたらしいのに、そういうことは、一切言わなかった。

 

皆、絶句していた。

クラスメイトの過去という部分で、何かあることは察していても、誰も触れようとしなかった部分だった。

むしろ、エンデヴァーが活躍したりしたら、峰田くんとかを筆頭に「自慢の父ちゃんだな!」とか、エンデヴァーを褒めるようなことを言っていた側だったから。

そんな空気の中、エンデヴァーを褒めていた自覚がある峰田くんが、自責の念に駆られながら、縋るように轟くんに声をかけた。

 

「轟、お前、これ、マジなのかよ……?」

 

「……ああ。親父は、一切嘘は言ってねぇ。真実だ」

 

「ご、ごめんなぁ!?オイラ、そんなこと知らなくてよぉ!!」

 

轟くんが肯定すると、峰田くんは泣きながら轟くんに謝り始めた。

その様子を見ながら、他の皆も泣きそうになってしまっていた。

もう皆、火傷に関してもどういうことかを薄々察していた。

私は読心で全てを察してるけど、その情報が無かったとしても簡単に予想がついてしまうことだ。

エンデヴァーから負わされた火傷なら、顔の一部だけなんてことにはならないはずだ。

それなら、誰にその火傷を負わされたのかという話になる。

エンデヴァーが明らかにボカした部分。

妻を精神病院に隔離したという部分が関係しているというのは、明らかだったから。

 

「……瑠璃ちゃんが、轟くんにたまに声かけてたのって……そういうこと……?」

 

透ちゃんが、大粒の涙を零しながら、私に確認してきた。

ここは、隠してまで否定するところじゃない。

 

「ん……そう……エンデヴァーのことは……轟くんの思考から……読めてたから……知らなかった頃は……煽って攻略の糸口にしたけど……知ってからは……言及しないようにしてた……あとは……思いつめてる時に……声かけてたくらい……」

 

「わ、私……それ見て、瑠璃ちゃんが、轟くんのことって、喜ぶだけで……」

 

透ちゃんが、私が轟くんを心配して声をかけていた時に、ちょっと色めきだった思考をしていたのは分かっていた。

轟くんのことは勝手に言えないし、私自身触れても墓穴を掘りそうだったから、特に何も言わなかったっていうのもあったけど……

私は、透ちゃんが涙を流しながら後悔しているのに、何も言ってあげることが出来なかった。

 

 

 

その後も、会見は続いた。

ベストジーニスト殺害と、ホークスの実父やヴィラン殺しの件にも、当然のように言及された。

まあ、ベストジーニストは実際には生きてるんだから、それ自体はすぐに否定された。

問題はホークスの方だった。

父親がヴィランだったことも、トゥワイスを殺したことも、肯定していた。

だけど、父親がヴィランであることって、そんなに悪いことなのか。

記者は絶句しているけど、そんなの、子供にはどうしようもないことでしかない。

犯罪者の子供は犯罪者であるなんていう理論を持っているなら、頭がおかしいとしか思えない。

トゥワイスに関しても、ホークスは事情も含めて説明していた。

これに関しては、批判する方がおかしいと私は思う。

トゥワイスの個性を知っていて、トゥワイスを殺した場合でも発生した今のヴィランたちによる被害を見てそれを言えるなら、夢見がちな理想主義者だとしか思えないからだ。

もしあの場にトゥワイスがいたらどうなっていたか。

もし、ギガントマキアと一緒に、トゥワイスまで来てしまっていたら。

そうなっていたら、あの場にいたヒーローは全員、殺されていたと思う。

この前の病院の時にホークスの思考は散々読んだけど、トゥワイスが自身を増殖させられるようになっていることを示すような情報があった。

もし、あの場にトゥワイスが来ていたら、無限増殖されて、時間を稼がれて、死柄木とギガントマキアと、無数の複製たちに蹂躙されていたと思う。

その事情を分かってないから、こうもホークスを批判できる。

 

その後は、記者が明らかに怒った様子で手を挙げて、勝手に自分語りを始めていた。

 

『よろしいでしょうか。ギガントマキアの縦断によって、私の母は重傷を負いました。"全て事実でしたすみません"じゃ取り返しのつかない事態なんですよ!―――……』

 

激怒した記者は、そのまま暴言を吐き続けていた。

でも、この記者の母親は運がいい。

だって、重症ってことは、母親は生きてるじゃないか。

私は、あの地獄で何百人もの人間を見捨てた。

それ以外にも、無数の死体が転がっていた。

そのなかで、重症とはいえ生きているんだから、マシじゃないかとしか思えなかった。

 

そこまで思考したところで、自分がおかしなことを考えていることに気が付いてしまった。

 

私、なんで今、重傷を負った人を、マシなんて考えたんだ。

本来なら、重症でも酷すぎる被害なのに。

 

あの時の地獄が頭に焼き付いてたはずなのに、見捨てた人よりマシだなんて、絶対に考えちゃいけないことを、考えてしまっていた。

私は、自分の感性が歪んでいることに絶句してしまって、言葉が出てこなかった。

 

 

 

そのタイミングだった。

怒っていた人とは別の記者の人が、手を挙げた。

 

『ギガントマキアの縦断……その後の対応について、追加でよろしいでしょうか?』

 

この記者は、よろしいでしょうかなんて聞いてはいるけど、明らかに答えなんて求めていなかった。

特に促されてもいないのに、勝手に話し始めていた。

周囲の記者も、それを止めようとすることはなかった。

 

『今、世間では被害地域の救助活動に、大きな問題があったのではないかと話題になっています。自分の家族は生きていたのに見捨てられたと、告発する動画が公開されています。それに関してはご存知ですか?』

 

その質問を聞いた瞬間、私は、思わずひゅっと息を呑んでしまった。

そういう動画が公開されているのは知っていた。

皆が私を気遣うように時折視線を向けながら、それについて考えていたから、知らないはずがなかった。

だけど私は、その動画を見る勇気はなかった。

どの家族かなんて分からない。私が見捨てた多くの人たちの家族の誰かが、そういう告発をしたんだろうということはすぐに予測がついたけど、その中で、何を言われているのかを知るのが怖くて、とても見る気になんてなれなかった。

皆もここでその話題が出るとは思っていなかったのか、思考は驚愕に染まっていた。

 

『ええ、把握しています』

 

エンデヴァーとホークスはその質問に対して答えずに、ベストジーニストが答えていた。

 

『では、それに関して……あの告発は、事実ですか?』

 

『……事実です』

 

ベストジーニストは、目を瞑りながら静かに答えた。

その答えを聞いた瞬間に、会見場はざわめきに包まれた。

さっきのエンデヴァーが荼毘の件を肯定した時みたいな、暴動みたいな雰囲気に、戻ってしまっていた。

 

『事実っ……!?事実なんですかっ……!』

 

『重傷を負った被害者を見捨てたとっ!?本当にそう言っているのですかっ!?』

 

『……お静かに。これに関しては、あくまで伝え聞いた話になります。指揮を執っていたヒーローの移動の補助に当たっていたミルコから聞いた情報です。その告発の動画は、情報に大きな偏りが生じています』

 

ベストジーニストが話し始めると、記者たちは一応は静かに話を聞き始めた。

だけど、問い詰めようとしているのは明らかだった。

 

『告発者が嘘を吐いていると言っているわけではありません。ですが、公平に判断するのは、一方の訴えを聞くのみでは困難です……ここから私は、事実とミルコからの証言のみを述べていきます』

 

そこからは、ベストジーニストは静かに話していった。

 

『群訝山から蛇腔まで、距離にして約80km。被害地域の住民は50万人程。被災者の正確な人数は調査中ですが、30万人は超えているでしょう。死傷者は10万人にも上ります。この中で、軽傷で動くことが出来たのは一部のみです。それに対して、救助に当たっていたヒーロー、警察、救急隊の人数は、避難誘導や活性化したヴィラン対応、犯罪の取り締まりに当たる者を除き、僅か2000人程。この人数が、全て1か所に固まっていたわけではありません。直線距離80km、幅5km程の被害地域にばらけて救助に当たっていたのです』

 

ベストジーニストは、淡々とデータを話していく。

記者たちは顔を歪めている人が多くて、言い訳を疑っているのは明らかだった。

 

『被災者に対して、救助に当たる人数が足りていませんでした。ですので、指揮を執っていたヒーローは苦渋の決断をしたと、ミルコから伝えられています。刻一刻と状態が悪くなる多数の負傷者を、その個性を活かして状態を判断し、病院まで持たない可能性が高いと判断した者を、より多くの被災者を救助するために、救助しないことを選択したと』

 

『……だから見捨てたと?多くの被災者を救うためというお題目で、少数は切り捨てたと、本気で言っているんですか?』

 

質問をした記者は、噛みつくように質問を投げかけた。

そんな質問者に対して、ベストジーニストは怯むことなく返答を返した。

 

『……瓦礫に埋もれたトリアージ赤に該当する被災者が、多量の腹腔内出血を起こしていて、1時間以内に亡くなる可能性が高い状態になっている。道路は瓦礫で埋め尽くされ、避難する人々が数多くいるため、救急車を使うこともできない。この方を救助するためには、1時間以内に、瓦礫を撤去して建物の中から救出し、数kmは離れた病院まで担架で搬送しなければならない。そして、もし仮にそれが出来ても、救命が出来るとは限らない。それに加えて、周囲には多くの被災者がいて、状態は悪化し続けているのです。この状況、あなたならどう判断しますか?』

 

『それは、ヒーローや救急隊を割り振って……』

 

『全てを救助しようと試みますか?先ほども言ったように、救助に当たっている人数が足りていません。そんな中でそのようなことをすれば、他の救助が手薄になります。取り零す命が多くなる可能性が高いのです。それでも、そう言えますか?』

 

ベストジーニストの問いかけに、記者は何も答えられずに黙ってしまった。

それはそうだ。

この問題に、答えなんてない。

あとはもう、全てを救うという不可能に近い薄すぎる可能性を取って救助が間に合わない人が増えるのを許容するか、合理的に助かる見込みが薄い人を切り捨てて多くの命を救うか。

こんなの、人によって答えは変わるんだから、答えなんてあるわけない。

 

『先程の事例は、実際に指揮を執っているヒーローに詰め寄った家族に対して、ヒーローが行った説明です。その者は、ただできる限り多くの命を救おうとしたにすぎません。ミルコも、私も、この行いを責めることなどできないと考えています』

 

『っ……ミルコと共にいたのは、学生だという噂があるんですよっ!?医師でもない一学生の判断なんて、信じられるわけないじゃないですか!!』

 

『仮に学生であったとしても、それはプロヒーローも、救急隊も、警察も同じことです。救助に当たっていた者は皆、医師ではありません。最低限のトリアージは出来ても、診断できる者は現場にはいないのです。それに、そのヒーローは個性で分かる情報から、客観的に死亡のリスクを判断していたと聞いています』

 

記者が、声を荒げながら問い詰め続ける。

それに対してベストジーニストが淡々と答えるという流れが、しばらく続いた。

それを見ていたら、もう耐えられなくなってしまった。

 

「……ごめん……私……部屋に戻ってる……」

 

「っ!?ま、待って瑠璃ちゃん!!」

 

透ちゃんが止める声が聞こえるけど、気にしてる余裕なんてなかった。

涙で歪む視界のまま、部屋まで走って戻ることしかできなかった。



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薄暗い部屋で

部屋に戻って、真っ暗な部屋でベッドに飛び込む。

涙はいくら止めようと思っても、全然止まらなかった。

 

自分が恨まれることをしていた自覚はあった。

だけど、その場で最善の選択をしているつもりだった。

私が分かる情報で、より多くを助けるためにって、頑張っていたつもりだった。

夢の中まで見捨てた死体の山が出てきたりもしたけど、それでも、私は間違ってなかったって、多くの人を助けることが出来たんだって言い聞かせて、なんとか耐えていた。

それなのに、ここまで言われるなんて、思ってなかった。

確かに私は医者じゃないし、私の診断が確実に合っていたかなんて分からない。

それでも、私は私なりに、ちゃんと客観的な情報を基にして判断をしていたつもりだった。

そうじゃないと、罪悪感で押し潰されそうだったから。

ミルコさんも、私のことを責めるような思考はしてなかった。

むしろ、労って、私は間違ってないって言ってくれてたから、それで、大丈夫なんだって、自分に言い聞かせてたのに……

 

涙を流しながら横になっていても、自分の感情が制御できなくて、眠ることなんて出来そうにもなくて、現実逃避をするように皆や周囲の波動を見続けていた。

あの後、会見はベストジーニストと記者がいくつかやり取りをしてから雄英とかのヒーロー科の高校を避難所にする話を切り出したらしい。

実際、今も着々と生徒の家族が雄英に入ってきている。

一応その人たちは部外者だから、これ以上状況が悪化して欲しくないし、特に依頼とかはされてないけど変な思考の人が混ざっていないかを気にかけておく。

ここにトガヒミコとかが紛れ込んでいたら、洒落にならない。

対策として隔離してから入れるみたいだけど、万が一トガの個性がさらに成長した場合にはセキュリティは突破されてしまうかもしれないし。

今のところ、生徒の親にはおかしな人はいない。

青山くんの両親がAFOにつながってはいるけど、それだけだ。

タルタロスを含めた6つの刑務所が破られて既に数日が経っている。

AFOも脱獄しているから、つながりがあるものにコンタクトがあってもなんら不思議はなかった。

ただ、青山くんの両親だけはスルーだ。

その2人だけは、こっちの手札になる可能性があるし、先生たちもそれを承知の上で入れていた。

 

あとは、会見では当然のようにOFAのことも聞かれていたみたいだけど、エンデヴァーは「分からない」と答えるだけだったようだ。

ここまで、正直にすべてを話したエンデヴァーのその言葉を疑う者は、会見場には存在しなかったらしくて、それ以上の追及はなかったみたいだった。

奇しくも、自身のことを曝け出すことで、緑谷くんを世間から守ってくれたような状況になっていた。

最後にはエンデヴァーが、被害の一切の責任は死柄木を止められなかった自分にあって、私を含めた他のヒーローを責めずに、非難も不安も自分に向けて欲しいって感じの啖呵を切って、会見は終わったようだった。

 

私が現実逃避をしていたら、お姉ちゃんが凄く憤慨してこっちに向かってきていることに気が付いた。

あと、透ちゃんも私を追ってきて、もう部屋の前まで来ている。

皆も私を心配してくれているのは、すごく伝わってきていた。

あの爆豪くんすらも、記者に対して悪態を吐いている感じの思考になっていた。

皆のその思考に、励まされるような気持ちにはなるけど、それでも、さっき記者が言っていた言葉が頭の中をぐるぐる回って離れなかった。

 

そんな状態でぼんやりとしていると、少しして扉がノックされた。

 

「瑠璃ちゃん?いるんだよね?」

 

透ちゃんが心配そうに声を掛けてくれるけど、今出ても、透ちゃんと落ち着いて話す余裕なんてない。

だから、無視することにした。

それでも透ちゃんは諦めきれないようで、しばらくどんどん扉をノックしたり、チャイムを連打してきたりといった行動に出ていた。

 

「おーい!寝ちゃったのー?」

 

寝ちゃったのなんて声をかけてきてるけど、そう思ってないのはありありと伝わってきている。

しばらく無視を決め込んでいたけど、煩わしいくらい鳴らし続けられる騒音に耐えかねて、涙を拭って鍵を開けた。

 

「……なに……」

 

「ごめんね、強引に。でも少しお話したくて」

 

「……私は話すこと……ない……」

 

「私はあるの!というわけで、お邪魔しまーす!」

 

透ちゃんが強引に部屋の中に入ってきた。

強引な手段を謝ったばっかりなのに、すぐに強引な手段に出るのか。

もう入られちゃったし、これ以上は何も言わないけど……

 

「それで……話って……」

 

「……さっきのこと。何があったのか教えて。瑠璃ちゃんを一方的に責めるみたいな記者の質問も、あの動画も、信じられないから。全部教えて欲しい」

 

「……ベストジーニストが……言ってたでしょ……」

 

「私は瑠璃ちゃんの口から聞きたいの!親友を侮辱されて私だって怒ってるんだから!向こうが一方の話だけを聞いて責め立てるなら、私も一方の話を聞いて判断するから!瑠璃ちゃんの主観マシマシでいいから、全部教えて!」

 

透ちゃんが凄く憮然とした感じで言い切った。

嘘は吐いてない。

心の底から、そう言ってくれている。

 

「……聞いてて……気分のいい話じゃないよ……」

 

「それだけ瑠璃ちゃんが酷い目にあったってことでしょ!いいから教えて!」

 

「……透ちゃんがいいなら……いいけど……」

 

どこまでもゴリ押ししてくる透ちゃんに、私もいい加減諦めた。

もう観念して、ベッドの脇に透ちゃんと隣り合わせで腰かける。

 

それから、あの日あったことをぽつぽつと話し始めた。

周囲一帯が、怒り、悲嘆、憎悪、死に際の思考と言ったような、負の感情で埋め尽くされていたこと。

被災地には、トリアージ黄色と赤の人が大量にいて、とてもじゃないけどヒーローや救急隊の手が足りなかったこと。

そんな中、負傷者の状態はどんどん悪くなっていくこと。

それに伴って、さらに負の感情は強くなっていって、何回も吐きながら必死で救助の指示を出していたこと。

人手が足りないだけならまだマシで、救急車や車すらも使えそうになかったこと。

さらには、不満が爆発した市民がヒーローに八つ当たりし始めて、中途半端な考えのヒーローがどんどん救助活動から抜けていったこと。

近場の病院は大体ギガントマキアの行進で破壊されていて、患者は数km~十数kmは離れている病院に運ばざるを得なかったこと。

そんな状態で全員救うなんて不可能だって、早々に見切りをつけたこと。

そこからは、より多くの人を助けられる選択肢を選択し続けたこと。

家族に詰め寄られて説明しても、『悪魔』とか、『人でなし』とか、散々罵られたし、それが1回や2回じゃすまなかったこと。

私だって全く気にしてなかったわけじゃなくて、罪悪感に押し潰されそうになっていて、せめてもの罪滅ぼしで死体の場所は地図にメモしていたこと。

そして、救助が終わる頃には、私が見捨てた死体の山が、出来上がっていたこと。

それが夢にまで出てきて、頭から離れないこと。

 

話している内に、またポロポロと涙がこぼれてきていたけど、とにかく、話せることは全部話していった。

話し切ったところで、透ちゃんが私の肩を掴んで、無理矢理向かい合わせて目を合わせてきた。

 

「瑠璃ちゃん全く悪くないじゃん!!」

 

「でも……見捨てた人の家族も……記者も……」

 

透ちゃんが強い言葉で言い切ってくれるけど、見捨てられた側とか、世間はそうじゃないっていうのは、さっき見せつけられた。

そんな簡単に、割り切れなかった。

 

「でももだってもないよ!!瑠璃ちゃん何も悪いことしてないじゃん!!たくさんの人たちを助けられるように指示し続けたんでしょ!?トラウマになっちゃうくらい悩んで悩んで、悩み抜いた上での決断だったんでしょ!?その状況で、全部を救うなんてできないじゃん!!」

 

「……でも……」

 

「でもじゃなーい!!瑠璃ちゃんが優しい子なのは私が知ってるよ!私が嘘言ってないの、分かるよね?」

 

そういうと透ちゃんは、さぁ読心しろとばかりに両手を広げた。

……そんなことするまでもなく、透ちゃんの思考は読み続けていたから、今更なんだけど。

嘘を言ってるわけじゃないのは分かってる。

だけど、それは、透ちゃんが友達だから言ってくれてるだけのことだし。

 

「……嘘じゃないのは……分かるけど……透ちゃんは……友達だから……そう言ってくれるだけで……」

 

「それの何が悪いの?」

 

「……どういうこと……?」

 

「記者の人は、家族の人の告発を聞いて、それを信じた。私は、瑠璃ちゃんの話を聞いて、瑠璃ちゃんを信じた。それだけの話だよ。会見聞いてて思ったけど、あんなの正解がないじゃん。実際に記者の人もベストジーニストに聞かれて答えられなくなってたし。答えなんてないんだから、後はどっちの主張を支持するかの問題でしかないでしょ?」

 

「確かにその通りだとは……思うけど……」

 

「そういうことなの!」

 

なおも言葉を濁す私に焦れたらしい透ちゃんが、正面から私を抱きしめてきた。

 

「私は瑠璃ちゃんの味方だよ。瑠璃ちゃんは何も間違ったことはしてない。だから大丈夫」

 

「……大丈夫……かな……」

 

「大丈夫だよ。もし大丈夫じゃなくても、私は瑠璃ちゃんの味方をし続けるから。その時は、親友の私をどーんと頼っていいんだよ!」

 

ぎゅうって強く抱きしめながら言ってくれる透ちゃんのぬくもりに、安心感を覚えてしまう。

こういう感覚をお姉ちゃん以外で感じるのは、初めてだった。

その安心感のおかげなのか、いつの間にか涙は止まっていた。

 

「……透ちゃん……そうなった場合……頼りになるのかな……飯田くんみたいに……空回りしない……?」

 

「ふっふっふ……その辺はホラ!大丈夫だよ!なんといっても私、頼りがいのある背中だって皆にも評判なんだから!!」

 

「評……判……?そんなの、聞いたことないけど……」

 

「それは瑠璃ちゃんが噂に疎いだけだねきっと!」

 

「ぷっ……そうかな……」

 

「そうだよ!」

 

透ちゃんお得意の見えないよってツッコまれるボケに真面目な答えを返してあげると、にっこり笑顔で私を煽ってきた。

明らかな嘘なのは思考からして丸わかりなんだけど、そのいつも通りな感じの透ちゃんに、思わず笑ってしまった。

 

そして、そのタイミングでお姉ちゃんが扉の前に来ていた。

 

「瑠璃ちゃーん!!」

 

チャイムと同時にお姉ちゃんが私を呼ぶ声が聞こえる。

このまま放っておいたら、さっきの透ちゃんの二の舞かな。

 

「ん……透ちゃん……お姉ちゃんもいいよね……?」

 

「うん!大丈夫だよ!」

 

「ありがと……」

 

透ちゃんにお礼を言って、お姉ちゃんを招き入れる。

お姉ちゃんは私の顔を見てびっくりした後、にっこり笑顔を浮かべて透ちゃんの方に突撃していった。



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深夜のお手紙

お姉ちゃんと透ちゃんとゆっくり話して、私も少し調子が戻った。

調子が戻ったとは言っても、罪悪感とかが無くなるわけじゃないけど、それでも透ちゃんやお姉ちゃんを頼ってもいいって言ってもらえて、少しだけ気分が楽になってはいた。

皆にも心配かけたことを謝りに行ったけど、謝罪は必要ないって口をそろえて言われてしまった。

皆、安心しているのは伝わってきた。

皆のその思考に、私も少し嬉しくなってしまった。

 

そんなこんなで気分も若干落ち着いて、今後起こり得ることとかをいろいろ考えた。

その結果、私は緑谷くんが帰ってくるのを待っていた。

あの狂人のような人助けに狂った思考の彼が、死柄木に狙われているこの状況でどういう行動にでるか。

自分1人が犠牲になれば、他が狙われなくなる可能性がある状況で、どういう行動にでるか。

予測自体は、簡単にできた。

緑谷くんなら、確実に出奔する。

1人でどこかに出て行って、避難民が、私たちが被害にあわないように、1人で戦い続ける。

正直、これを止めることが出来るとは思えない。

彼のあの根っこまで染みついた狂気的な思考を、捻じ曲げられるとは思えないから。

それならそれで、私にも考えがあった。

そのことを、緑谷くんに伝えたかった。

 

そう思ってたんだけど……

帰ってきたのは、オールマイトだけだった。

しかも、オールマイトが来たのも深夜、皆が寝静まってからだ。

緑谷くんが帰ってくるなら、皆に気付かれない深夜だろうとは思ってたけど、ここまで徹底してくるとは、思ってなかった。

……いや、もしかしなくても、私がいるから、自分が帰ってくることはしなかったのか。

感知されたら、止められるとでも思ったのかな……

 

そして、オールマイトが私の部屋の前に来た。

皆の部屋に、順番に紙を差し込んでいるあたり、多分緑谷くんからの手紙を届けに来てくれた感じかな。

オールマイトの思考からして、間違いないとは思う。

だけど、これから緑谷くんが1人で戦いに行くというなら、せめて……

本当なら、直接伝えたかったんだけど、そういうことをしてくるなら仕方ない。

どうせ先生たちには話して認めてもらわなきゃいけなかったんだから、ここで話してしまおう。

 

そう思って、オールマイトが手紙を差し込もうとした瞬間、扉を開いた。

 

「っ!?は、波動少女……」

 

「入ってください……話があります……」

 

「……分かった」

 

ビクって感じで飛び上がってびっくりしていたオールマイトだったけど、私が用件を伝えると、深刻な表情ですぐに頷いてくれた。

オールマイトはすんなり部屋に入って、すぐに口を開いた。

そんなに時間がない感じなんだろうか。

 

「それで、用件はなんだい」

 

「手紙を読まなくても……分かります……緑谷くんは……1人で行くつもり……なんですよね……」

 

「……あぁ。波動少女に隠し事をしても無駄だろうし、するつもりもないよ。その通りだ、としか言えない」

 

オールマイトは、曇った表情で言い返してきた。

この感じは、オールマイトも反対な感じか。

だけど、止められないと。

まあ、自分が緑谷くんと同じ思考の下で自己犠牲を体現し続けて不動のNo.1になったから、止めることなんてできるはずもないか。

 

「……オールマイトが……緑谷くんを止められないのは……もう理解してます……私が何かを言って……緑谷くんを止められるとも……思ってません……そんなに簡単に考えを曲げるような人なら……あんなに狂った……怖い思考はしてません……」

 

「怖い思考?」

 

「……自分を一切勘定に入れずに……人助けをしようとし続ける……狂人みたいな思考のことです……一応言っておきますけど……オールマイトもそうですからね……私、2人のことは……似た者師弟だと思ってるので……」

 

「っ……ああ、そうだ。その通りだよ。だからこそ私は、緑谷少年が自分がしてきたことと同じことをするのを、止めることが出来なかった。今彼を無理に止めようとすれば、間違いなく制止を振り払って行ってしまうのが分かってしまったからね」

 

オールマイトは、顔を歪めながらそう言ってきた。

緑谷くんに対する心配が、思考を埋め尽くしていた。

この感じだと、オールマイトは緑谷くんについていく感じだろう。

緑谷くんもオールマイトなら拒否しないだろうし、孤立した状況にならないなら、それはいいことだ。

むしろ、誰にも言わずに1人で行くというなら、全力で止めに行っていたかもしれない。

 

「……そうだ……ちょっと待ってください……」

 

オールマイトの思考を読んでいて、1つのことに気付く。

そういうサポートをしてくれるなら、私もちょっと協力するか。

緑谷くんのコンディションはいいに越したことはないし。

メモ用紙を取り出して、さらさらとレシピを書き出していく。

 

「……?どうしたんだい?」

 

「いえ……オールマイトが……緑谷くんのサポートで……食事を提供するつもりなのが分かったので……思考もお弁当に触れてましたし……緑谷くんの好みの味付けの……とんかつとか、好物の作り方を…………はい……レシピです……作るつもりなら……どうぞ……」

 

「ああ、助かるよ。ありがとう」

 

オールマイトは、私が差し出したレシピのメモを素直に受け取ってくれた。

渡したのはいいんだけど、これオールマイトが作るんだろうか。

エプロンをつけたオールマイトを想像して、ちょっと笑いそうになってしまった。

 

まあそれはいいとして、本題に入らないと。

 

「それで……本題なんですけど……」

 

「ああ、なんだい?」

 

「オールマイトは……避難民の受け入れに際して……AFOが何を仕掛けてくるか……予測はしていますか……?」

 

「……トガヒミコじゃなくて、AFOが、でいいのかい?」

 

「はい……トガじゃなくて……AFOです……」

 

オールマイトは、トガの侵入に関してはある程度リスクとして認識していたみたいだけど、それ以上の予測はしていないみたいだった。

だけど、それじゃだめだ。

トガ対策だけじゃ絶対に足りない。

トガの対策なんて、私が見なくても数日隔離してから校内に受け入れるだけで解決できてしまう。

問題は、避難民の方だ。

 

「考えてなかったみたいですし……私の予想を話します……青山くんの状況からして……AFOは……脅迫して従わせている人間を……捨て駒扱いしていると……私は考えています……」

 

「……ああ、言い方は悪いが、そうだろうね。私もそう思う」

 

「はい……それで……内通行為を働きかけてきたAFOが……使い捨ての駒に全幅の信頼を置くのかという話です……青山くんも……青山くんの両親も……まだ処分されていません……まだ、利用価値があるから残している……こちらに、何かしらの内通行為を仕掛けるつもりが……まだあるからだと……私は考えています……そして、信頼しきれない駒だけに……任せきることはないと思っています……」

 

「……確かに、その可能性もあるとは思うが……」

 

オールマイトも考え込み出していた。

むしろ、これまでAFOと向き合い続けてきたオールマイトだからこそ、悪辣な手を取ってくる可能性があることを否定できないようだった。

 

「避難民を受け入れる関係上……合理的な理由がないと受け入れの拒否なんて出来ません……もしそんなことしてるのがバレたら……それこそ手のつけられない暴動に……なりかねないので……」

 

「まあ、それはそうだろうね。つまり、AFOが避難民の中にスパイを紛れ込ませてくる可能性があると、そう言いたいのかい?」

 

「はい……そうです……それで……この話です……先生たち……私に遠慮してますよね……」

 

私が本題を切り出した途端、オールマイトは無言でこちらを見つめてきた。

思考的にも、間違いなさそうだった。

今まであれだけ侵入者とかの対策を打ってきた先生たちが、なぜか今回の避難民の対策を立てる会議をしている様子が見られなかった。

受け入れの準備をしている先生たちの思考から、トガ対策で数日個室に隔離して、待機してもらってから受け入れるというものが読み取れるにも関わらずだ。

つまり、わざわざ私が寝てる深夜に、会議をしたんだ。

私がこの市民のパニック状態の思考を読まないように、なるべくお姉ちゃんか透ちゃんの思考を深く読んでいたのもあったけど、先生たちの思考にあまり注意を払っていなかった。

というよりも、深く読んでいる人以外の思考を、意図的に読まないように努めていた。

もちろん読まないなんてできないから、気を逸らしているだけでしかないんだけど。

そんな中でも、『会議が―――』みたいな曖昧な思考は読めていたけど、具体的な日時を思い浮かべる先生が一切いなかった。

深夜に予定がある程度しか、表層では過らせていなかった。

明らかに、私に読まれないように意識していた。

具体的な方法は分からないけど、忙しそうに色々考えを巡らせていた校長先生が、深夜に急に連絡を取ったりでもしたんだろうか。

まあでも、今はそんなことはどうでもいい。

 

「なんで先生たちは……私に読心を頼まないんですか……私が読心をすれば……トガだけじゃなくて……よからぬ考えを抱いている人まで……弾けるのに……」

 

「……それは波動少女自身が、もう分かってるんじゃないかい。理由は、君の負担が、あまりにも大きすぎると判断したからだ。蛇腔から帰ってきた君を見た時、正直に言って絶句したよ。あれほど憔悴した君は、見たことが無かった。その後の世間の風評も、さっきの会見も、波動少女がどれだけ傷付いたか……他の教師も、同じ思いだったんだと思う。それをするように頼むということは、受け入れることになる市民全員に対して、詳しく読心してもらう必要がある。今の状態の波動少女に、そんなことを頼めるわけがないだろう」

 

「そんなの……避難所として一般市民を受け入れるなら……そんなに変わりません……それなら……せめて……友達が、安心して帰って来られる場所を……作ってあげたいんです……私なら、それができます……私にしかできません……」

 

「波動少女……」

 

オールマイトは考え込んでしまった。

しばらく見つめ合うような状態になってしまって、少ししてからオールマイトは眉間にしわを寄せながら口を開いた。

 

「……私だけで返事ができることじゃない。校長にも相談する。それでいいかい」

 

「はい……問題ないです……」

 

オールマイトだけで返答できる案件じゃないのは分かっていた。

相澤先生も、まだ入院してるから頼ることもできない。

校長先生に相談するというのは、まあそうなるなという感想でしかなかった。

 

それから、もう明日には避難民の受け入れが始まってしまうことと、まだ校長先生が起きているというのもあって、今日の内に相談するという方針になった。

オールマイトが残りの手紙を差し込んでから、一緒に教師寮に向かった。

 

 

 

「やぁ、来たね」

 

「すいません……こんな夜中に……」

 

校長先生は教師寮のソファに座りながら、明日の段取りと思われる紙の束や、いろいろな資料とにらめっこしていた。

校長先生には、さっきオールマイトが話を通すために電話した時に概要は伝えてある。

そのおかげもあって、すぐに本題に入ることが出来た。

 

「いや、それはいいんだ……聞いたよ。なんでも、避難民の受け入れに協力したいそうだね」

 

「……はい……」

 

「……なぜ私たちが君にそれを頼まなかったかも、分かったうえでの提案だということだね?」

 

「……はい……そうです……分かっています……先生たちが……私のことを心配してくれていることも……救助活動の告発を受けて……警戒してくれていたことも……」

 

先生たちからは、本当に、心底心配してくれている思考と感情が私に向けられていることは、分かっていた。

お姉ちゃんにも顔色が土みたいになってるって、ボカして言われてはいたけど、それだけ酷い状態だったのも自覚はしていた。

さっきの告発を受けた記者会見での質問だって、心を抉られるような気がした。

正直にいうと、今も全然状態は良くなってない。

私が見捨てた死体の山も、見捨てた人の家族からの罵倒も、さっきの記者の言葉も、頭からこびりついて離れない。

それだけじゃなくて、周囲の負の感情のせいで常に吐き気を感じているのと、悪意とかも感じるせいで、良くなるなんて思えなかった。

 

「私たちは、君に無理はしないで欲しいと思っている。君がどういう状態なのかも、理解しているんだよ。その上での判断だった。確かに、君がさっきオールマイトに話したという、青山くん以外のAFOのスパイが紛れ込む可能性というのはあると思う。だけど、それとこれとは話が別だと、私は思うんだよ」

 

「確かに……そうかもしれません……だけど……緑谷くんが……1人でAFOに立ち向かう決意をしてるんです……!たとえプロと一緒にいるとしても……彼の性格だといつそれを振り切るかも分かりません……!ならせめて、彼がAFOの手が入っていないって、安心できる場所を、帰ってくることができる場所を、作ってあげたいんです!緑谷くんは、私の大切な友達なんです!彼がこのまま死ぬなんて、嫌なんですっ!」

 

「友のためだと……そういうのかい……私はてっきり、姉に危険が及ぶのを防ぐために、こういう提案をしに来たんだと思ってたんだけどね」

 

校長先生が、溜息を吐くようにして考え込み始めていた。

確かに、お姉ちゃんをこれ以上危険に巻き込まないために、不安要素を排除したい気持ちがないわけではない。

でも、お姉ちゃんは雄英にいる。

私の感知範囲内にいる。何かあれば、私が守りに行くことが出来る。

あの時の力がまた使えるかなんて分からないけど、それでも、私が動くことができる。

だけど、緑谷くんは違う。

これから、こんな荒れ果てて、治安も崩壊した街を、彷徨うことになってしまう。

そんな状況で、AFOとも、脱獄した大量のヴィランとも、向き合うことになってしまう。

彼の性格からして、AFOとつながりがないヴィラン相手でも、一般市民が困っていれば救けに向かうのは容易に想像できる。

狙われることによる周囲への被害を気にしているであろう今の状態で、帰る場所があるなんて、思っているはずがなかった。

 

だけど、死柄木の襲撃の可能性はどうしようもないけど、私がAFOの手の者を排除すれば、少なくとも内部の人間に関して心配する必要が無くなる。

不安要素が減るから、帰ってきやすくなる。

だから―――

 

「私は、緑谷くんにちゃんと帰ってきて欲しいんですっ!このままさよならなんて嫌なんですっ!A組の皆は、私なんかを受け入れてくれてっ……初めてできた友達なんですっ!誰も、欠けて欲しくないんですっ!!だから、せめてっ……帰ってきやすいように……」

 

「波動少女……」

 

オールマイトが顔を歪めながら、呟いている。

校長先生も、頭を押さえて考え込んでしまっていた。

 

「……私の考えは、正直に言うと変わってないよ。ギガントマキアの対処も、崩壊した街の救助活動も……君は十分過ぎるほど尽力してくれた。だから、君の精神的な安寧のためにも、やるべきではないと考えている……」

 

校長先生はそこまで言うと、溜息を吐いてから話を続けた。

 

「だけどね……今の君を放置すると、勝手に選別を始める可能性が高いと、話を聞いて思ってしまったのも事実さ……分かった、認めるよ。だけど、こちらの指示には従ってもらうよ。君の負担を最低限に出来るように、指示を出させてもらう。それでいいかい?」

 

「はい……!大丈夫です……!ありがとうございます……!」

 

校長先生は、諦めたかのような顔で認めてくれた。

良かった。認めてくれなかったら、校長先生の言うとおり、先生たちに内緒で勝手に選別して、処理の方法とかを考えてしまうところだった。

 

「オールマイト……!そういうことなので……!緑谷くんにちゃんと伝えてください……!私が、AFOの手が及ばない場所を作るからって……!いつでも帰ってきていいって……!」

 

「……必ず伝えるよ……すまない、ありがとう」

 

オールマイトも、確かに頷いて承諾してくれた。

その目じりには、少しだけ涙が浮かんでいた気がした。

 

その後、校長先生から明日の予定を教えてもらった。

明日の受け入れは、9時から始めるらしい。

緑谷くんのためにも、明日から頑張らないと……

そう思って、気合を入れなおした。



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選別

翌日、朝になった途端皆の驚愕した思考や、慌てている思考が寮を支配していた。

オールマイトが置いていった緑谷くんの手紙に気が付いたんだろう。

私の手紙には、ちゃんと挨拶せずに出ていくことに対する謝罪と、今までありがとうってこととかが、つらつらと書かれていた。

この手紙からして、緑谷くんはもう戻ってくるつもりがなかったのが容易に読み取れてしまう。

だけど、オールマイトが私の伝言を伝えてくれるはずだし、それで少しでも揺らいでくれたら嬉しいとも思う。

あの後、オールマイトはすぐに学校を出ていった。

今の緑谷くんに、オールマイト以上に信頼できる人なんていないから、私も特に何も言わずに見送った感じだった。

思考を見る限り、緑谷くんはGPSをつけて動いていて、それにオールマイト、エンデヴァー、ホークス、ベストジーニストがついていっている感じっぽい。

ミルコさんはいないみたいだけど、まあそれも当然かと思わなくもない。

緑谷くんを追跡して、それを餌にして待つだけって絶対にミルコさんの性に合わないし。

多分脱獄したヴィランたちを捕まえるために跳びまわってると思う。

 

それはいいとして、私も準備をしないといけない。

昨日校長先生に、朝9時までに例の窓がない会議室に来るように言われている。

急ぐ必要はないけど、制服を着ておいた方がいいと思うし、ササッと着替えてしまう。

 

 

 

「"オール・フォー・ワン"……!?ヴィランが……狙ってる……!?」

 

「緑谷……!何なんだよこれ……!!」

 

着替え終わって1階に降りると、案の定皆は困惑しきっていた。

まあ、あんな手紙だけ残して失踪しているような状態だと仕方ないことではあるけど。

 

「あ!瑠璃ちゃん!瑠璃ちゃんも手紙入れられてた!?」

 

私が周囲を見ていると、透ちゃんが駆け寄ってきた。

その手には当然のように緑谷くんの手紙が握られている。

 

「ん……昨日の夜……オールマイトが全員の部屋まわって……放り込んでた……手紙の内容は……ちょっと違いがあるくらいで……大きな差はないよ……」

 

「え、緑谷くんじゃなくて、オールマイトなの?」

 

「ん……手紙に書いてあった通り……オールマイトは……緑谷くんの師匠だから……」

 

「それは分かったし、オールマイトの贔屓も納得できたけど……瑠璃ちゃん、やっぱり知ってたの……?」

 

透ちゃんが恐る恐ると言った感じで確認してきた。

これは、手紙のことだけじゃなくて緑谷くんの個性のこととかも含めて聞いてる感じかな。

 

「入学してすぐのころから……知ってた……あの2人……隠し事下手過ぎるから……ちょっと聞いたら……全部思考から駄々洩れだった……昨日オールマイトが手紙入れるのも見てたけど……緑谷くんがいなかったし……止めようがなかった……たとえいたとしても……緑谷くんって……狂人みたいな思考してるから……止められないと思う……」

 

「きょ、狂人?みたいな思考って……」

 

「……自分を一切勘定にいれないで……どんな状況でも……他人を助けようとする感じの思考……あんな考え方する緑谷くんが……自分が狙われてるのが分かってるのに……このままここに残るわけないとは思ってた……だから……帰ってくるのを待ってたんだけど……オールマイトしか帰ってこなかった……」

 

「……そっか……」

 

私の説明に、透ちゃんは沈痛な面持ちで納得していた。

周囲の皆が困惑したり落ち込んだりしているのも相まって、寮が凄く暗い雰囲気になっている。

そんな中、納得し終わって私を見直した透ちゃんが、不思議そうに問いかけてきた。

 

「……そういえば、なんで瑠璃ちゃん制服着てるの?休校中なのに」

 

「……私は……私ができることを……しようと思って……」

 

「できること?」

 

「ん……私にしかできないこと……」

 

透ちゃんの頭に疑問符が浮かんでしまっている。

とりあえず、時間も近づいてきてるから行かないと。

 

「……瑠璃ちゃん、また無理しようとしてるでしょ」

 

「……そんなこと……」

 

「誤魔化そうとしなくてもいいよ。顔見れば分かるから……ねぇ、本当に瑠璃ちゃんがやらないとダメなの?この前だって、あんなに酷い状態になってたのに、また無理するの?もうあんな瑠璃ちゃん見たくないよ……」

 

透ちゃんが、顔を歪めて泣きそうになりながら問いかけてきた。

そう言ってくれるのは嬉しいけど、でも、私がやりたいからやらせてもらうんだ。

確かに無理はすることになるし、絶対に体調も悪くなると思うけど、それでも、緑谷くんのためにも、私が、やりたいんだ。

 

「ん……私じゃなきゃだめ……緑谷くんが……少しでも帰ってきやすい場所を……作りたいから……無理は、することになるけど……それでも……私がやらせて欲しいって……頼んだことだから……」

 

「緑谷くんの、ため?」

 

「うん……緑谷くん……大切な、友達の……ためだから……だから、頑張りたいって思った……」

 

「……そっか……」

 

透ちゃんは、顔を伏せて何も言わなくなってしまった。

とりあえず、時間が迫ってるしあんまり遅くなると校長先生を筆頭とした先生たちにも迷惑だ。

 

「じゃあ……行ってくるね……」

 

透ちゃんが逡巡して、止めたいけど止められないなんて考えながら迷っているのを感じながら、学校に向かった。

透ちゃんだけじゃない……お茶子ちゃんも、緑谷くんがいなくなって、『ばかやろう』なんて言いながら、悲しんでる。

皆、友達が苦しい道のりを選んだことを、嘆いている。

ここが、頑張りどころだ。

 

 

 

会議室に着くと、そこには校長先生とセメントス先生、スナイプ先生がいた。

他の先生は、今は周辺の警備や避難民の初期対応とか、いろいろと忙しそうにしている。

校長先生以外のメンバーは、この後やる避難民の初期選別、その時に万が一暴れられても対応できる人選って感じみたいだった。

……本来なら、ここには相澤先生とか、ミッドナイト先生がいた方がよかったんだと思う。

相澤先生なら個性を消してしまえるし、ミッドナイト先生なら、男に対して無類の制圧力を持っているから。

だけど、相澤先生はまだ入院中だし、ミッドナイト先生は、もういない。

それなら、ワンテンポ遅れても制圧力があるセメントス先生と、打ち抜けるスナイプ先生を選んだって感じっぽかった。

そう思いながら周囲の波動を色々見ていると、校長先生が話し始めた。

 

「よし、じゃあ流れを説明するよ。初期対応をしているマイクと13号が、1人ずつ順番に隣の空き教室に案内してくれることになっている。そこで、まずは面接を行うつもりさ。人数も多いから、そんなに多くの時間は取れない。だけど、自己紹介以外にも、来ることを選んだ理由とか、そういうのを聞いていくつもりだよ。そこで波動くんには、面接時の読心をしてもらいたいと考えている」

 

「……読心だけで……いいんですか……?トガかどうかとかも……見るつもりだったんですけど……」

 

「ああ、そっちに関しては、気が付いたら教えてくれるくらいで大丈夫だよ。そもそも、トガヒミコの個性が成長している可能性もあるからね。君が分からない程正確に変身できるようになっている可能性もある。その場合に備えて、面接後は3日程個室に隔離して、その後に受け入れるつもりさ」

 

「……避難民……納得してくれますかね……怒ってたり……ヒーローを恨んでる人も結構いますけど……」

 

「納得させるよ。それが避難所として開く最低限の責任だと考えている。そうしないと、変身の個性を持つヴィランが紛れ込む可能性を排除できないことを説明して、必ず納得させる」

 

校長先生は静かにそういった。

まあ、先生たちがそれで避難民を納得させられるというならそれでいい。

 

「それで、波動くんには面接時の読心の結果、怪しいと感じた者、黒だと確信した者を、テレパスで教えて欲しい。その結果を受けて、対応が変わってくるからね」

 

先生の説明は、当然の指示だと思った。

怪しいけど判断がつかない人は、まとめて一括で管理して、黒は即刻警察に引き渡す。

避難民に内部区画がどうなっているか説明してないみたいだし、その対応が普通の人と異なる対応をされているかなんて分からないだろう。

それ以外は変身確認のための隔離さえパスすれば、普通に内部の避難ブロックに招き入れるつもりみたいだ。

だけど、その怪しい人と言う部分が曖昧だ。

もっと確認しておかないと判断に困ると思う。

 

「……AFOとつながっていない……ヒーローに対する恨みや嫌悪感……悪意が強すぎる人とかは……どうしますか……?」

 

「それは素通ししてもらって構わない。僕たちが弾きたいのは、ヴィラン本人やAFOとつながる者、何らかの内通行為を企んでいるものだけだよ」

 

「その内通行為が……ヴィランじゃない者……脱ヒーロー派とのものだった場合は……?」

 

あらかじめ聞いておきたくて、先生に細かく確認していく。

一応、可能性は低いとは思うけど、脱ヒーロー派に内部情報を渡そうとする人がいるかもしれない。

内部情報の漏洩は、AFOに対して隙を見せることにもなるし、判断に困る。

 

「……内容は問わないよ。今は情報漏洩が致命傷になりかねない状況にある。もし外部との内通行為をしようとするものがいたら、その内容を教えて欲しい。内通先にもよるけど、犯罪にならない程度なら隔離で済ませる可能性もあるからね」

 

「……分かりました……」

 

「後は……無理だと思ったらすぐに教えて欲しい。あの時見せてもらった物間くんの個性の特訓の時の様子からして、今の状況でのこの作業が、君にどれだけ負担がかかるか……」

 

「……ありがとうございます……無理だと思ったら……言いますね……」

 

先生が私を心配してくれているけど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。

頑張らないと。

 

そして、面接が始まった。

隣の部屋で、先生3人が簡単な面接を進めていく。

最初に入ってきたこの人は白だ。

ヒーローに対する不信感と、現状に対する大きな不満を持っていて、負の感情も大きいから不快感はすごいけど、悪意はない。

間違いなく白だと思う。

先生たち3人に白であることをテレパスで伝えると、いくつかの質問をしてからすぐに次の人に移っていった。

 

 

 

そんな感じの作業を数時間した頃、そいつはやってきた。

『あの方の指令』、『未来の保証』そんな思考が、確かな悪意とともに、感じ取れた。

 

『……先生……黒です……この人……AFOと取り引きしてます……取引材料は……未来の保証……目的は……潜入そのもの……まだそれ以外の指示を受けてません……』

 

『……そうかい。ありがとう』

 

校長先生は、自分の未来のために周囲の人間を売り払うその所業に、悲しみと失望と、複雑な感情を抱きながら、そう返答してきた。

 

男は、面接が終わって移動を促される。

連れ添っているのは、ハウンドドッグ先生だ。

ハウンドドッグ先生は、そのまま裏口まで男を連れて行くと、待ち構えていた警察に、男を引き渡した。

男が凄まじい勢いで喚いているのが分かる。

反撃しようとしたみたいだけど、ハウンドドッグ先生にすぐに取り押さえられていた。

それでもなお、男は喚き続けている。

だけど、ハウンドドッグ先生が遠吠え交じりにAFOのことを指摘すると、絶句して何も言えなくなっていた。

『なんで!?』とか、『失敗した失敗した失敗した失敗した』とか、絶望しながら考えている。

男は、そのまま警察に連れていかれた。

 

 

 

それからも、悪意があって判別がつかない怪しい人を何人か弾きつつ、今日の作業は終わった。

私が寮に戻ると、皆の様子が朝と変わっていた。

気合が、入ってる?

思考的に、多分ワイプシが林間合宿で指導してくれた圧縮訓練みたいなことをしていたっぽい。

緑谷くんのことも、ミッドナイト先生のことも、世間のことも、受け止めきれるわけじゃないけど、いつまでもくよくよしてても仕方ないってことで、備えることにしたらしい。

活気が戻ってるのはいいことだし、私から言うことは何もないかな。

 

「あ!瑠璃ちゃん帰ってきた!お帰り!」

 

「ただいま……」

 

「大丈夫だった?顔色、朝よりも悪くなってるけど……」

 

透ちゃんが心配そうに問いかけてくる。

だけど、とりあえず大丈夫だ。

正直、救助活動で感じ取り続けた負の感情に比べれば全然マシだった。

まあ、それでも不快感は感じるし、吐き気もするから、なんともないかと言われるとそうではないんだけど。

 

「大丈夫……救助活動してた時よりは……全然マシだから……」

 

「そっか……」

 

私の返答を聞いた透ちゃんは、少しの間俯いていたけど、すぐに気を取り直して顔を上げた。

 

「瑠璃ちゃん!食欲はある!?」

 

「ん……まあ、普通に食事ができる程度には……」

 

「よし!じゃあこっちに来て!」

 

透ちゃんに手を引かれて、そのまま共有スペースの食卓の方に連れていかれた。

 

「ちょっと待っててね!」

 

そのまま席に座らされると、透ちゃんがキッチンの方にかけていった。

……思考的に、用件は分かった。

透ちゃんが私のことを、心底心配してくれていたのも伝わってきていた。

 

「はい!朝別れてから、瑠璃ちゃんの為に出来ることがないか考えて……私が作りました!手作りのキャラメルシフォンケーキ!砂藤くんの全面指導を受けてだけど!!」

 

「いいの……?」

 

「もっちろん!瑠璃ちゃんの為に作ったんだよ!……出来れば、私も少し食べたいけど」

 

「ありがと……一緒に食べよ……」

 

透ちゃんが一緒に持ってきてくれた、ミルクティーと一緒にシフォンケーキを食べ始める。

甘くておいしい。

透ちゃんの優しさと、大好きな甘いお菓子で、少しだけ気が紛れた気がした。

 

その後は、皆と一緒にご飯を食べて、シャワーを浴びて、早めに就寝した。

明日も朝から、今日と同じ選別作業だ。



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選別と協力

翌日、窓のない会議室に行くと、そこには何故か物間くんがいた。

 

「……なんで……物間くんが……?」

 

「アハハハハ!!君、まさか手柄を全てA組のものにするつもりだったのかい!?」

 

「ん……誤魔化さなくても……読心で照れ隠しなの……分かるから……なんでいるの……」

 

物間くんが盛大に照れ隠しをしながら煽ろうとしてくる。

でも、私にそんな煽りは意味がないのは、物間くんが一番分かってるだろうに。

私がさらに問いかけると、すぐ横にいた校長先生が、小さな手をちょこんと上げながら口を開いた。

 

「昨日の夜、彼から直談判があったのさ!波動くんが憔悴していたのは、受け入れに協力しているからだろう、自分にも協力させろってね!」

 

「ちょっ!?こ、校長先生!?」

 

どうやら、昨日の下校時の様子を見られていたらしい。

そこから私がしていることを推測して、読心が関係しているなら自分でも協力できるだろうってことで、立候補したみたいだ。

校長先生の暴露に対して、慌てて抗議している物間くんに確認するように声をかける。

 

「……物間くん……本当にいいの……?今の状況……分かっててその提案してる……?」

 

物間くんは、私の問いかけに一瞬フリーズした。

だけど、すぐに動き出して私の方に向き直した。

さっきみたいな煽ってるいつもの表情も、今先生に暴露されて慌てていた時の様子も、全部引っ込めて、真剣な表情で私を見据えながら、口を開いた。

 

「……ああ、分かってるさ。僕が散々苦しんだあの時の状況で、ケロっとしていた君が、これだけの状態になっているんだ。分からないはずがないだろう」

 

「なら……」

 

物間くんは、状況をしっかりと理解していた。

今の世間の状況、ヒーローへの不信感、現状への不満、未来への不安……

一般市民は皆負の感情を抱えていて、不快感を感じない人なんて、この状況でも活動し続けているプロヒーローとA組とかの持ち直したクラスだけだ。

一応、B組もそこそこ持ち直して来てるけど、結構ミッドナイト先生のことを引きずってたりする思考が読み取れてしまう。

そんな風に、ヒーロー科の学生すらも不快感を感じる感情と思考を発している状況で、物間くんがまともでいられるはずがない。

私には、そうとしか思えなかった。

 

「……僕だってヒーロー志望なんだよ。君1人にすべてを背負わせて、作ってもらった安全地帯でぬくぬく過ごすなんて、できるわけないだろうっ!!」

 

物間くんは、私の言葉を遮るようにして、啖呵を切った。

私が口を挟もうとしても、彼はそのまま、すごい勢いで、胸に秘めていた思いを吐露し始めていた。

 

「君がどういう状況かなんて分かってるさっ!ここに来ている避難民たちが、どれだけ不愉快な思考を垂れ流しているかも、考えたくもないくらいにっ……!だけどね……僕は、青山の状況も把握しているっ!!AFOがどれだけ悪辣な男かも、嫌と言うほど理解させられている!!こんな状況になれば、青山のような捨て駒を送り込んでくることくらい、容易に想像できるさっ!!そんな中で、君が憔悴しながら、僕が浅く見ただけでも不愉快で耐えきれなかった感情を、思考を、自分から深く読みに行ってるんだぞ!!こんなの、放置できるわけがないだろうっ!?」

 

「物間くん……」

 

物間くんの感情が、思考が、全てダイレクトに伝わってきていた。

彼は、今の私がどういう状況かを、すごく正確に理解してくれている。

周囲がどれだけ不愉快で、吐き気を催すような感情で溢れているかを理解していて、私がそれから逃れる術を持っていないのも分かってる。

そのうえで、他の誰かのために、受け入れに協力していることまで理解してる。

この協力の申し出で、それが自分に降りかかることだって、全部、全部分かってる。

それでも、私1人に任せるのは、自分の矜持に関わるって、私1人に任せるのは、心配だから、協力させろって、申し出てくれていた。

 

「……本当に……辛いと思うよ……8月にやったのとは……比較になんて……ならないくらい……それでも……いいの……?」

 

「覚悟の上だよ」

 

物間くんは私の確認に、静かにそう言って、無理矢理私の手を掴んできた。

 

その瞬間、物間くんの顔が、一気に真っ青に染まった。

凄まじい嫌悪感と、吐き気を感じてしまっている。

思考も、すごくつらそうな感じの言葉ばっかりが浮かんでいっている。

もし、無理だって言うなら、それでいい。

物間くんが協力しようとしてくれただけで、十分嬉しかったし……

 

そう思ったところで、物間くんは、真っ青な顔で口を押さえながら、確かに私を見据えてきた。

 

「こ、この程度かい……これくらいなら、どうとでもなるよ。さぁ、受け入れ作業を始めようじゃないか」

 

「……物間くん…………ありがとう……」

 

物間くんは、明らかに無理をしていたのに、意地だけで始めるように促した。

先生たちも心配そうにはしてたけど、それでも、物間くんの気持ちを汲んで、受け入れ作業を開始した。

 

 

 

私と物間くんは、手をつなぎながら会議室に座って、面接の様子を感知していた。

 

「深く読む感覚……忘れてない……?」

 

「……ああ、問題ない。僕に任せれば、君は座ってるだけでも十分だ。波動先輩でも葉隠でも先生でも、好きな人の思考を深く読んで気を逸らしてればいいだろう」

 

「……それは助かるけど……物間くんもつらいよね……最初に何人か……一緒に読心して……問題ないのを確認したら……交代でやっていこう……」

 

「……君がそれでいいなら……」

 

物間くんは全然大丈夫そうじゃないのに、私に気を遣ってお姉ちゃんや透ちゃんの思考を読んでていいとまで言ってきた。

だけど、それじゃあ物間くんが潰れちゃうと思う。

私は、私だけしかできないと思い込んでいたことを手伝ってもらえるだけで嬉しいし、交代でやっていくようになるだけでもすごく楽になる。

これだけで十分だ。

むしろ、物間くんが慣れるまでは私が全部読んでもいいと思ってたくらいだし。

読心自体は、ちゃんとできてる。

今はパトロールをしているブラドキング先生の思考を読んで誤魔化してるみたいだけど、ちゃんと私が読み取れるのと同じくらいの内容が読み取れてる。

これなら、頼りに出来そうだと思った。

 

そして、今日1人目の面接が始まった。

 

「物間くん……この人の判定……出来る……?」

 

「……感じるのは、脱獄したヴィランに家族を殺されたことへの怒り、悲しみ、ヒーローへの憎しみ、今の状況に対する嘆き……あとは、自殺願望だ……あってるか?」

 

「ん……正解……じゃあ……白ってテレパスしとくね……」

 

物間くんは、問題なく読み取れている。

私はすぐに白であることを先生たちにテレパスして、ついでに自殺願望を持っていることも伝えてしまう。

先生たちは、そのまま個室への隔離のために誘導する先生にその人を引き継ぐと、自殺願望の件を個室の映像を監視している警察に伝えて注意を促してくれた。

 

その後も何度か物間くんと一緒に読心して、答え合わせするのを繰り返して、本当に問題なく読み取れていることを確認した。

それからは、順番に読心をするようにしていった。

物間くんはテレパスはできないから、連絡は私がしないとダメかなと思ってたけど、音もなく白黒判定を伝えられるように、パワーローダー先生謹製の装置を受け取っていたらしい。

それで問題なくコンタクトを取れていた。

 

まあ、やること自体は問題なかったんだけど、やっぱり物間くんにとってはすごく負荷が大きかったみたいで、休憩中に何度か吐いていた。

これは仕方ない。

私も、救助活動に参加していた時は何度も吐いてしまったし、慣れてない物間くんが今の状態でコピーなんてすればこうなるのは予想できたことだ。

物間くんは休憩中は個性のコピーを切ってるみたいだけど、それでも吐き気はすぐになくなるものじゃない。

どうしようもなかった。

正直、物間くんがげっそりしてきててすごく心配だけど、それでも彼は、今の状況でも読心で協力し続けている私の負担を減らすために、意地で頑張り続けてくれていた。

 

 

 

「……すまん、波動。流石にこれは、君にも確認してもらいたい……」

 

物間くんは、自分の順番の時に、顔を一際真っ青にしながらそう言ってきた。

今面接を受けている人からは悪意を感じるから、判断に困ったのかななんて思いながら私も読心をかけていく。

その男の内心は、強い嫌悪感を感じてしまう物だった。

『あのお方』、『内部へ侵入し、緑谷出久の居場所を』、『信頼に応えてみせる』とか、とにかく色々なものが読み取れる。

これは、信者か。

昨日みたいな、未来の確約とかで協力するようになったクズじゃない。

AFOに心酔して、妄信している信者だ。

似たような思考のやつらは、1ヶ月前に嫌と言うほど読んだからすぐにわかった。

 

「……黒……AFOの信奉者……物間くんの最初の判断であってる……間違いないよ……」

 

「そう、か……」

 

「……私から伝えるね……」

 

「頼む……」

 

物間くんに声をかけてから、先生たちにテレパスをかける。

 

『黒です……AFOの信奉者……多分……実力とかはそこまでじゃないですけど……AFOに心酔してます……暴れる可能性が高いです……セメントス先生とスナイプ先生で確保するべきかと思います……』

 

『……分かった』

 

セメントス先生がそう答えると、先生たちは動き出した。

校長先生が机のところにあった謎のボタンを押した瞬間、教室の入り口にシェルターのような鉄の壁が下りてきて、部屋が閉ざされた。

それに信奉者の気が取られた瞬間、セメントス先生が隠してあったセメントを動かして、閉じ込めることでとらえようとする。

信奉者もすぐに反応して、個性を使ってどうにかしようとしたみたいだけど、信奉者があげてきていた手を、スナイプ先生が打ち抜いた。

男はそのまま確保された。

先生たちは、そのまま男を雁字搦めに拘束すると、大急ぎで警察の方に運びだして、移動式牢(メイデン)に放り込んだ。

 

それからも何度か隔離したり確保したりするようなことはあったけど、大きな問題はなく過ぎ去っていった。

確保してくれるのがプロヒーローの中でも実力者の先生たちだから、私たちも安心して任せられた。

 

 

 

夕方、今日の受け入れ作業が終わる頃には、物間くんは憔悴しきっていた。

 

「物間くん……大丈夫……?」

 

「……ああ……大丈夫……問題ないよ……吐き過ぎて食欲はないけどね……」

 

「……ごめんね……」

 

「……謝るな……僕がやらなければ、これを君1人に押し付けることになっていた……それを、僕のプライドが許せなかっただけだ……」

 

「……ん……ありがとう……」

 

物間くんと、その後にもいくつか言葉を交わして、B組の寮に送り届けた。

拳藤さんが物間くんの様子を見て大慌てですぐに介抱してあげ始めていた。

物間くんには厳しい感情を向けていることが多い小大さんすら、物間くんのことを心底心配していた。

物間くんのことは任せて、私も寮に戻ろうと思ったところで、物間くんは「また明日だ」って言ってきた。

これだけ酷い状態になったのに、まだ手伝ってくれるみたいだった。

その優しさが、気遣いが、すごく嬉しかった。

 

 

 

「波動、話がある」

 

そして、B組の寮を出てA組の寮に近づいたところで、待ち構えていた爆豪くんに声を掛けられた。



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変化

「爆豪くん……?今、名前……」

 

爆豪くんに名前で呼ばれたの、初めてな気がする。

爆豪くんがちゃんと名前で呼んでるのって、切島くんと常闇くんとお茶子ちゃんくらいじゃなかっただろうか。

轟くんに対しては最近は思考の方では轟呼びしてることがあるけど、口に出すのはてめーとかおまえとかこいつとかばっかりだ。

実際に轟呼びしてるのは、多分あの蛇腔の時に死柄木に対抗しようとしたときだけだったはず。

……メンバーからして、爆豪くんに認められてる人しか名前呼びされてなかったと思うんだけど、私も名前呼び?

それを不思議に思って、爆豪くんに問いかける。

 

「んなこと今はどうでもいいわ!とりあえず来い!」

 

爆豪くんが叫びながら私を先導してくる。

まあ、聞きたい内容は全うで正当な内容だし、拒否する理由がない。

そのままついていった。

 

少し歩いて、寮から離れたあたりで、爆豪くんが足を止めた。

そのタイミングで私も足を止めると、爆豪くんは振り返って口を開いた。

 

「てめぇ、どこまで知ってやがる」

 

「……緑谷くんのことで間違いなければ……多分爆豪くんとそんなに差はないよ……」

 

「……止めなかったのか」

 

私がどの程度知っているかを今の返答で察したみたいで、端的に聞き返してきた。

 

「透ちゃんに聞いたのか……自分で推測したのかは知らないけど……手紙入れたのが誰か……爆豪くんも察してるんでしょ……オールマイトに、今の緑谷くんを止められるわけ……ないよ……」

 

「デクのイカレ具合分かってんだろ……それを理解した上での意見か」

 

「……分かってるからこそ……止められないよ……オールマイトを説得して……止めてもらうとしても……そんなことをした瞬間……オールマイトすら振り切る可能性がある……それなら……」

 

私がそこまで言ったところで、爆豪くんが遮るように口を開いた。

 

「その結果が、この日課か。なんでてめぇは受け身な考えしかでねぇんだ」

 

「……受け身、かな……これでも……緑谷くんが戻って来ることができるように……頑張ってるつもりだったんだけど……」

 

私は私なりに頑張ってるつもりだったんだけど、爆豪くん的には不十分だったらしい。

それどころか、意味がないとは言わないけど、絶対に緑谷くんが戻ってくる結果に結びつかないとも考えていた。

なんだったら『だからてめぇはクソチビなんだよ』とか考えてる。

あまりにも不服過ぎるあだ名を、頭の中に過らせている。

 

「受け身だろーがよ。どうして無理矢理連れて帰るって考えにならねーんだ。確かにAFOの影響を完全に排除すれば、帰ってきやすくはなるだろうよ……普通の奴ならな」

 

「……緑谷くんだと……違うって言いたいの……?」

 

「あのクソナードがその程度のことで自分から帰ってくるわけねぇだろ……!オールマイトにそれを伝えられても、精々頭ん中で礼言うくらしかしねぇよ、あいつは」

 

……正直、それは考えていないわけではなかった。

あの狂った思考をしてる緑谷くんなら、AFOの手先を排除しても、自発的に帰ってくることはないんじゃないかとは思ってた。

だけど、せめて、無理だと思った時の帰れる場所を、傷付いた時に、少しでもいいから休める場所を、作ってあげたかったから……

 

「てめぇのそれだと、デクの行動を消極的に肯定してんのがなんで分からねぇ。AFOの影響を排除するのが悪いことだとは言わねぇよ。むしろ、デクのこと抜きにして現状を考えたら最善の行動だ。だけどな、デクのためにってことでんなことしてんなら、足りねぇんだよ……!」

 

「……私も、緑谷くんには戻ってきて欲しいよ……無理なんて、しないで欲しい……だけど……それなら、どうすればいいの……!?緑谷くんの狂った考え方を変える方法なんてっ……私には分からないよっ……!!」

 

「結局、てめぇの根っこはそれか……他人の思考に干渉するのが怖いってか?だから消極的で受け身な考え方しか出て来ねぇんだろ。てめぇも、デクと違った方向で拗らせてやがる」

 

正直、図星だった。

私は、他人の思考が怖い。

嫌悪感だなんだって言ってたけど、結局のところ、人の負の感情が怖かった。

私が他人に干渉しようとすると、大部分の人が強い負の感情を発露してきた。

それが、トラウマになっていた。

お姉ちゃんや、お父さんやお母さん、友達になってくれた皆にだって、無理矢理考え方を変えさせたいとは、思えなかった。

あれだけ毛嫌いしてる峰田くんの考え方だって、妄想だけに留めて欲しいと思ったし、その場その場で行動に対する制裁はしていたけど、考え方を無理矢理変えさせようなんて、思えなかった。

それをすることによって、負の感情を向けられるのが、怖かったから。

仲良くなった後に、負の感情を向けられたらって思ったら怖くて、行動に移すことなんて出来なかった。

だけど、それを、爆豪くんが言うのか。

 

「……爆豪くんが……それを言うのっ……!?爆豪くんだって……緑谷くんに対して、拗らせてるくせにっ……!」

 

「っ……ああっ、そうだっ……!俺は、デクのことを見下してたっ……認めたくなかったっ……!」

 

私が言い返すと、爆豪くんはすごく顔を歪めて、唸るように声を絞り出した。

……なんで、爆豪くんの思考が、こんなに変わってるんだ。

緑谷くんを、1人にしたくないって、勝つために、救けて勝つために、緑谷くんを、連れ戻すべきだって、考えていた。

その思考の中で、今までだったら必ずと言っていいほど使われていた『デク』という表現が使われてなくて、ちゃんと緑谷くんのことを『出久』って呼びながら、考えをまとめていた。

 

「勝つためだっ……!勝つために、デクの野郎を連れ戻すっ!波動っ、お前も協力しろっ!」

 

「……勝算は……あるの……あの狂った思考を、無理矢理捻じ曲げるだけの、勝算が……」

 

「それをこれから考える……そのために力貸せっつってんだよ」

 

爆豪くんが、意志の籠った力強い視線でこっちを睨みながら、決意を固めていた。

なんで、こんなに自信満々になれるんだろう。

それが、私には分からない。

 

……だけど、爆豪くんのその決意に、私も、賭けてみたいと、思ってしまった。

私だって、緑谷くんが戻ってきてくれるなら、その方が嬉しいのだ。

友達が、ちゃんと戻ってきてくれた方が……

 

「……分かった……協力、する……」

 

私が返事をすると、爆豪くんは鼻を鳴らした。

とりあえず満足はしたっぽい。

まあそれはいい。

緑谷くんを連れ戻すって言うなら、相応の行動が必要になると思う。

 

「……じゃあ……どうすればいい……?」

 

「……てめぇ、あの兎の連絡先持ってんだろ。連絡取ってデクが一緒に行動してねぇか確認しろ。ジーパンもヘラ鳥もエンデヴァーも、誰も電話に出やがらねぇ。あいつらと兎は、病院でオールマイトに接触してやがる。可能性はゼロじゃねぇ」

 

「……私、爆豪くんにミルコさんの連絡先持ってるって……言ったっけ……?」

 

「透明女が散々言ってただろうが。それに、言われてなくてもインターンがねぇタイミングでもズブの素人だった動きが兎に寄っていってたんだから、嫌でも気付くわ」

 

……嫌でも気付くって部分、私だと思考が読めないと気付けないと思うけど、爆豪くん的には余裕で気付ける案件らしい。

そんなに分かりやすかっただろうか。

まあそれはいい。

その情報は、オールマイトの思考から読めてた部分だ。

 

「……一応この後電話はしてみるけど……その情報は手紙を入れに来たオールマイトから読めてる……エンデヴァー……ホークス……ベストジーニストが……緑谷くんの後をついていってるはず……」

 

「知ってんじゃねぇかよっ……!」

 

爆豪くんが少し怒りながら唸るように返答してきた。

最初に爆豪くんと同じくらいしか知らないって言っておいて、爆豪くんが知らない情報を知っていたから怒ってるっぽい。

 

「……ただ……それはここを出る前の情報だから……今も一緒に行動してるかは分からないよ……緑谷くんが振り切る可能性……普通にあると思うし……」

 

「んなの分かっとるわっ!確認のためにはよ電話しろっ!」

 

爆豪くんの怒りの咆哮を受けて、慌ててスマホを取り出した。

そのままミルコさんの番号に電話をかけてしまう。

少ししてから、ミルコさんは電話に出た。

 

『何の用だ?こんな状況の時に』

 

「ミルコさんに……聞きたいことが……」

 

『手短にしろ。今ヴィラン追ってんだ』

 

……言われてみれば、確かにミルコさん側の音がちょっとガサガサ鳴っている。

風がマイクの辺りに当たってる感じか。本当に走ってるっぽい。

 

「ミルコさん……緑谷くん……デクの居場所……知ってます……?今、エンデヴァーたちが……一緒にいるかとかも知りたいんですけど……」

 

『あー、病院でそんな話してたな。私はそれには乗らなかったが。まあ当初の作戦からして、逃げられてなければ一緒にいんだろ。これ以上は私は知らないぞ』

 

「エンデヴァーと連絡が取れたりは……」

 

『よほどの理由がない限り、今その回線に掛けるつもりはねぇ』

 

「分かりました……すいません、忙しい時に……」

 

『おう……お前、またなんかやってるみたいだが、無理すんなよ』

 

「はい……ありがとうございます……」

 

心配してくれるミルコさんに、ちょっと嬉しくなりながらお礼を言って、電話を切った。

ミルコさんから、最低限の確認は取れたと思う。

エンデヴァーに連絡しないのは、世間の状況が状況だし、緊急回線を他の用途に使いたくなかったのと、目の前にヴィランが出たのとって感じの理由かな。

まあ、少なくとも「逃げられてなければ一緒にいるだろ」って発言は助かる。

とりあえず、今後どうするかを聞き耳を立てていた爆豪くんと相談するか。

 

「……って感じみたいだけど……」

 

「チッ………まあいい、寮戻るぞ。これ以上情報が出ねぇなら、他の奴も巻き込んで方針決める」

 

「分かった……」

 

爆豪くんがスタスタと寮に向かって歩いていく。

なんか、今日の爆豪くんは違和感が激しい。

まあ、多分私が気付いてなかっただけで、今日からっていうよりも、蛇腔の件の後からなんだろうけど。

とりあえず、私は私で緑谷くんを連れ戻すために気合を入れなおしながら、爆豪くんの後を追いかけた。



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強引に

爆豪くんと寮に戻る。

爆豪くんは、待っていた轟くんと常闇くんと情報共有した上で、動き出した。

どうやら私が日中に避難民の受け入れをしている間に、先に2人には相談していたらしい。

ホークスとエンデヴァーとつながる可能性がある2人だから、当然ではあるけど。

 

そして、爆豪くんは皆を共有スペースに集めた。

私にテレパスさせたりせずに、わざわざ部屋を回って全員を集めていった。

皆も、爆豪くんが自分からコンタクトをかけてきたことに最初は不思議そうにはしてたけど、表情を見てすぐに言うことを聞いて集まってくれていた。

 

「あのクソナード!!十中八九エンデヴァーたちといる!!」

 

爆豪くんが、緑谷くんの手紙をビリビリに破りながらそう言い放った。

その発言を受けて、皆も爆豪くんを静かに見つめている。

 

「それ……本当に?」

 

「十中八九……?連絡をして確認を取ったんじゃないのか?君たちの師に……」

 

皆が疑問の声を発する中、飯田くんが窺うようにしながら、声をあげた。

飯田くんが聞いていたのは、エンデヴァー、ホークス、ベストジーニストに関してだった。

この中に、ミルコさんは含まれてない。

あの3人は、少し前にチームアップしたっていうニュースがあったから、爆豪くんのエンデヴァーたちといるって発言を受ければ当然の内容だった。

 

「幾度もしたさ。だが、電話には出なかった」

 

「ジーパンも」

 

「親父もだ。忙しいとはいえ不自然だ。俺たちに隠し事してるとしか思えねぇ」

 

3人とも、自分たちからの連絡に応答がない師匠に対して、苛立ちとか悲しさとかを感じているみたいだった。

轟くんは、エンデヴァーの心配っていうよりも緑谷くんの心配って感じだけど。

それに続けて、響香ちゃんが思い出すように言葉を続ける。

 

「たしか……オールマイトも戻ってないんだよね?」

 

「うん……多分、瑠璃ちゃんが見たっていう手紙を入れた時が、最後に帰ってきたタイミングだと思う」

 

「……授業は停止、進級も留め置かれてる。ヒーロー科生徒は基本寮待機と周辺の警備協力。細かい情報が得にくい環境だ。この状況で……」

 

「でも、トップ3のチームアップしかニュースになってないぜ?オールマイトは入ってない」

 

皆が考え込み始めたところで、爆豪くんは畳みかけるように口を開いた。

 

「ジーパンとヘラ鳥と兎は病院でデクに接触してる。オールマイトとも……だから、抱え込んで話さねぇやつに確認したんだよ。案の定、情報持ってやがったがな」

 

爆豪くんがそういった瞬間、飯田くんとお茶子ちゃん筆頭にした、私が病院に来ていたことを知っているメンバーが、私の方に顔を向けた。

……協力するって言ったんだし、ここで言わないのは、流石にダメだな。

私も、緑谷くんに帰ってきて欲しい。

皆と協力してどうにかできるなら、その方が嬉しい。

 

「おまえ、オールマイトに伝言頼んだな。AFOの影響をここから排除しても、あのクソナードが知らねぇとなんの意味もねぇ。おまえの目的がデクが帰ってきやすいようにすることだったなら、伝えてねぇ方がおかしい」

 

「AFOの影響って……」

 

「雄英へのAFOの影響となると……避難民に、スパイでも紛れ込まされていましたか……?」

 

「だから瑠璃ちゃん、私にしかできない、なんて言って……」

 

「……ん……手紙を入れようとしたオールマイトを待ち伏せして……オールマイト経由で……校長先生に協力を申し出た……認めてもらえてすぐに……オールマイトには……緑谷くんに伝えて欲しいって……伝言した……」

 

私がそう返答すると、皆がちょっとびっくりしたような表情に変わった。

そんな中、透ちゃんが、恐る恐ると言った感じで口を開いた。

 

「えっと、私、瑠璃ちゃんの話聞いて、てっきりオールマイトは手紙を持ってきただけだと思ってたんだけど……その後のこととか、緑谷くんのこととか、何も言ってなかったし……オールマイト、緑谷くんの所に、戻ってたってこと?」

 

「……ん……オールマイトは……緑谷くんと一緒にいる……お弁当とかも作ろうとしてたし……多分位置情報も把握してる……」

 

「そういうことだ。あいつら、組んで動いてやがる。エンデヴァーたちと組んでやがるのも、こいつに兎に確認させた。今はどうか分かんねぇが、作戦が変わってなければエンデヴァーたちと組んでるのも言質が取れた」

 

爆豪くんはそこまで言って、いったん言葉を区切った。

 

「な、なんで言わなかったんだよ?」

 

峰田くんが、若干困惑した感じで、聞いてきた。

だけど、そんなの言えるわけ、ないじゃないか。

あの時、あの状況で、どうすれば緑谷くんを連れ戻せた。

エンデヴァーたちも、オールマイトも、緑谷くんの行動の協力者でしかない。

こっちへの協力なんて得られるとは思えない。

爆豪くんたちの電話を無視してるのが、その証拠でしかない。

ミルコさんも、電話の感じからして不干渉を貫くつもりみたいだ。

校長先生すらも、半ば認めるような思考をしていた。

そんな状況で、どうすればよかったかなんて、分かるわけない。

 

「……皆は……緑谷くんがどれくらいおかしい思考してるか……知らないから……緑谷くんが……どれくらい、自分のことを度外視して……人助けのことしか考えてない……狂人みたいな思考をしてるか……知らないからっ……!言えるわけないよっ……!言ってもっ、連れ戻せるなんて思えなかったっ……!下手に動いたら、それこそ、オールマイトすら振り切るんじゃないかって考えたらっ……!心配でっ……!どうにかしたいと思っても、どうすればいいか分からなくてっ……!ならせめて、私はっ、緑谷くんが帰ってきやすいようにってっ……!」

 

「……す、すまねぇ……オイラ、責めるつもりで言ったわけじゃ……」

 

峰田くんが慌てた様子で謝ってきた。

そんなつもりがないのは、私だって分かってたけど、どうしても、言わずにはいられなかった。

透ちゃんが、私を宥めるように背中を摩ってくれているのが、ただただ申し訳なかった。

 

「俺はエンデヴァーたちよりも、波動よりも、デクのこともオールマイトのことも、知ってる。今の状況は、考え得る最悪のパターンだ」

 

「じゃあ!とりあえず連絡手段をどうするか!!?だな!!」

 

爆豪くんの言葉に、切島くんが勢いよく立ち上がりながら、力強く言い放った。

その言葉を聞いて、皆も一層気合を入れなおしている。

連絡手段を考えたところで、轟くんが私に問いかけてきた。

 

「なあ、波動。ミルコって確か、親父に連絡取れてただろ。ミルコ経由で連絡取れねぇのか」

 

「……さっき電話した時に聞いたけど……よほどのことがない限り……その回線は使わないって言われた……多分……死柄木とか……超常解放戦線とか……脳無とか……そういうのを見つけた時に……使うんだと思う……」

 

「……俺たちにとっては重要でも、向こうから見ればただの私的な要望でしかない。信用されなくなったらそれこそ問題だ。チームアップの可能性があるミルコなら、仕方ない判断だろう」

 

私の答えに、障子くんが納得を示してくれた。

皆も、特にそれ以上言ってくることはなかった。

そんな中、お茶子ちゃんが、覚悟を決めたみたいな感じの表情になって、スッと立ち上がった。

 

「轟くん、エンデヴァーって雄英卒だよね……」

 

お茶子ちゃんが、静かに轟くんに言葉を投げかける。

轟くんは、驚いたような反応はしていたけど、否定はしていなかった。

 

「強引に行こう」

 

力強くそういったお茶子ちゃんは、自分の考えを皆に話していった。

校長先生に協力を仰いで、エンデヴァーを呼び出してもらうっていう、強引な手段ではあったけど。

 

「校長先生って、協力してくれんのか……?」

 

「……一応……校長先生は……どっちつかずな感じ……本人が戻りたがってなくて……ヴィランの目的が……緑谷くんだから……容認してるだけ……」

 

「それなら、可能性はあるんじゃないか?」

 

それからは、話は早かった。

皆で、校長先生に直談判して、エンデヴァーを呼び出してもらうように働きかけることにした。

校長先生は、まだ校長室の方にいた。

受け入れの後処理をしたり、敷地の改修案をパワーローダー先生と相談したりしていた。

皆にそのことを伝えて、すぐに行動を開始した。

 

 

 

「……波動くんが事情を把握しているから、いつかはこうなると思っていたけど、随分と早かったね?」

 

「その反応ならもう要件察してんだろ。話がある」

 

「そうだね……だけど、君たちの口から、どういうつもりなのか考えを聞いておきたい」

 

そういって校長先生は、話すように促した。

校長先生には、緑谷くんがいかに狂っているかとか、私たちの気持ちとかを包み隠さずに伝えていった。

緑谷くん本人のこと、オールマイトのこと、協力しているであろうエンデヴァーたち3人のこと……

そして、このまま放置した場合に起こり得ることまで伝えたところで、校長先生は溜息を吐いた。

 

「……分かった。轟くんを私の名前で呼び出そう」

 

「本当ですかっ!?」

 

「本当さ!こんなことで嘘を吐く必要がないしね。私自身も、思うところがないわけじゃないのさ。君たちの話を聞いて、対話の余地があると判断した。協力しようじゃないか」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「今日はもう遅いし、轟くんの予定もあるだろうから、そんなにすぐに呼び出すことはできないよ。それでも大丈夫だね?」

 

「もちろんですっ!」

 

校長先生の、ハッキリとした肯定の返事に、皆は一気に盛り上がった。

全く手段が思いつかない状態から、解決の糸口が微かに見えてきたような状態でしかないけど。

それでも、少しとはいえどうにかできるかもしれない可能性が見えたのは、暗いニュースしかなかった最近の皆にとってはすごく大きなことだった。

正直、この後エンデヴァーの説得と、緑谷くんの説得があるのを考えると、私には、まだまだ難しいとしか思えない。

エンデヴァーを説得できても、緑谷くんとか、私たちを見たら即座に逃げそうな気もするし。

それでも、その微かな糸に、私も縋ってみたいと思ってしまった



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対話

エンデヴァーへの呼び出しの約束をしてから数日。

あれから私は、物間くんと協力して避難民の受け入れを続けていた。

緑谷くんを無理矢理にでも連れ戻すと決めたから、この選別は緑谷くんが戻りやすくするためじゃなくて、戻ってきた緑谷くんの危険を減らすための作業に、意味合いが変わっていた。

物間くんは私の負担を減らすためにって頑張ってる感じだったし、OFAのことを知らないから特に説明はしてない。

私が気合を入れて選別してるのを見た物間くんは、ちょっと不思議そうにしていたくらいで特に聞いてきたりはしなかった。

まあ、それどころじゃなかったのかもしれないけど。

 

そんなこんなで今日の午前中の選別が終わったところで、校長先生から一声かけられた。

溜まっていた順番待ちの避難民も捌けてきたから今日はここで選別を終わりするってことと、あとは、今日の夕方に、エンデヴァーが来るっていうことを伝えられた。

それを受けて、皆にすぐにテレパスをして備えておくように言っておいた。

皆もすぐに気合を入れなおしていた。

爆豪くんなんかは『やっとかよ』みたいな感じのイライラしてる感じの思考をしていたけど、トレーニングを中断してエンデヴァーを問い詰めるための準備を始めていた。

 

 

 

そして、数時間経ったところで、ようやくエンデヴァーが校長室に入っていった。

万が一早く来た時の為に、少し早めに待機していたのもあって結構待っちゃったけど、皆そんなことは一切気にしていなかった。

私が合図すると同時に、皆で校長室に向かって行く。

校長室の前まで着いたところで、先頭を歩いていた爆豪くんが一切の躊躇なく扉を開け放った。

 

「……校長……やはりこういうことですか……」

 

音に気が付いたエンデヴァーが、ちらりとこっちを見てから校長先生に視線を戻した。

エンデヴァーは私の個性を知っているから、ある程度予想した上でここに来た感じか。

……これは、緑谷くんの現状に、引け目を感じている感じか。

だけど、ここに来るなら轟くんの電話に出てくれてもよかったと思うんだけど……

轟くんと1対1で話すのが気まずかった?巻き込みたくなかった?

その辺はよくわからないけど、私の性格から考えて、1人で会いに来るのが本命だと思ってた感じなんだろうか。

爆豪くんに声を掛けられなければ、自分から動くことはなかっただろうからその予想をしていたとしたらほぼ正解だったわけだけど。

 

「彼らの話を聞いて、対話の余地があると判断した。私は常にアップデートするのさ」

 

「何で俺のことスルーした?燈矢兄を、一緒に止めようって言ったよな!?」

 

轟くんが、エンデヴァーに食って掛かるように言ってのけた。

そんなことを約束してたのか。

正直、荼毘は私がどうにかしようと思ってたんだけど……

轟くんがそう思っているのに、私が手を出すのは……

 

「焦凍、その気持ちだけで俺は救われているんだ」

 

「俺は救われてねぇよ!緑谷だけが例外か!?エンデヴァー!デクとオールマイト2人にしてるだろ!」

 

轟くんを心配するような思考をしながら、エンデヴァーは憮然とした表情で轟くんを見つめていた。

今のエンデヴァーの思考的に、オールマイトすら振り切った緑谷くんを、GPSだけで追っているような状態だっていうのが、伝わってきた。

……結局、振り切ったのか。オールマイトのことも……

付けているのを認識しているであろうGPSを外してないのだけが救いか。

だけど、そんなの、緑谷くんの意思一つでいつでも外すことが出来てしまう。

 

「っぱな……あぁ、正しいと思うぜ。概ね正しい選択だよ……!デクの事……わかってねぇんだ……デクは……イカレてんだよ頭ぁ……!自分を勘定に入れねぇ、大丈夫だって……オールマイトもそうやって平和の象徴になったから、デクを止められねぇ!エンデヴァー!2人にしちゃいけない奴らなんだよ!」

 

爆豪くんは、絞り出すように訴えかけた。

エンデヴァーは、それを受けてホークスたちと緑谷くんのことを話している様子を、思い出していた。

 

「……エンデヴァー……なんで……緑谷くんをそのままにするんですか……」

 

「……緑谷の位置は、分かっている。俺たちも「そんな誤魔化し……いいです……なんで、刺客の襲撃を何度も受けている緑谷くんを……オールマイトすら振り切って、1人で行動し始めてる緑谷くんを……放置するんですか……!?」

 

私が問い詰めると、エンデヴァーは言葉に詰まったように何も言わなくなってしまった。

やっぱり、ここに引け目を感じているのか。

思い起こすように色々な情報が過ぎ去っていくエンデヴァーの思考から、刺客のことも、何もかも、嫌というほど、緑谷くんの現状が伝わってきていた。

ズタボロの状況で、元公安の暗殺者でスナイプ先生の実力を上回る、レディ・ナガンにも襲撃されて、それすらも退けて、レディ・ナガンから聞き出したAFOがいる可能性がある場所に行ったのに、案の定罠だったこと……

それを受けて、緑谷くんの精神状態がいよいよおかしくなって、オールマイトすらも振り切って行動を始めたこと。

正直、私が干渉しすぎたらこうなるだろうと思っていた、最悪の状況に陥っていた。

こんな薄氷の上を歩いているような状態の緑谷くんを、とてもじゃないけど放置できない。

このまま緑谷くんを放置したら、暴走し続けて1人でAFOに立ち向かって、そして、死ぬと思う。

友達が、そんな死に方をするなんて、とてもじゃないけど許容できなかった。

 

「今はもう……GPSで追ってるだけになっちゃってるんですよね……!?それを緑谷くんが自分で外したら……どうするつもりなんですか……!?それに、今のホークスとベストジーニストの状態じゃ……万が一、今緑谷くんに何かあっても助けられないですよね……!?今のあの2人だと、緑谷くんの速度についていけない……!ついていけるとしたら、エンデヴァーだけだったはずです……!なのに、なんでここに来ちゃってるんですか……!?」

 

「それは……」

 

「緑谷くんの思考は……爆豪くんの言う通り、人助けに狂った狂人のそれですっ……!もっとも信頼するオールマイトすら頼らなくなった緑谷くんが……いつまでもGPSをつけておく保証が、どこにあるんですか……!?緑谷くんは、他人の命を危険に晒すなら……迷いなく自分の安全を切り捨てる決断をしますっ……!オールマイトと、あなたたちがいたから……無理に止めて、1人で飛び出されるよりもマシだと思ったから……止めなかったのに……これじゃあ……いつ自分から死にに行くか、分からないじゃないですか……」

 

エンデヴァーが、自分のポケットに入っているスマホを気にしている。

それが、GPSの位置情報を見ることが出来る端末か。

 

「……しかし……」

 

エンデヴァーが何かを言おうとしたタイミングで、駆け出して一気に距離を詰めた。

絶対に反応できるような挙動なのに、エンデヴァーは棒立ちのまま、動こうともしなかった。

そのまま、彼のポケットに入っている端末を強奪してしまう。

 

「これがGPSの受信端末ですよね……こうなったなら……もう緑谷くんを放っておけません……」

 

これを使って、強引にでも連れ戻そう。

力づくでもいい、緑谷くんの同意なんて取れなくてもいい。

1人で暴走して死んじゃうよりも、絶対にマシなはずだから。

そう思っていたら、皆も覚悟を決めた表情で、エンデヴァーを見据えていた。

 

「OFAの悩みを打ち明けてくんなかったのも、あんな手紙で納得すると思われてんのもショックだけど―――」

 

「我々A組は、彼について行き、彼と行動します。OFAがどれだけ大きな責任を伴っていようが、緑谷くんは友達です。友人が茨の道を歩んでいると知りながら、明日を笑うことはできません」

 

轟くんの言葉に続けて、飯田くんが決意表明をするように言い放った。

皆も、緑谷くんについていく覚悟を決めている。

校長先生は、内心で受け入れる覚悟をしてくれている。

だけど、問題は避難民の方だ。

彼らが受け入れてくれなければ、緑谷くんは強引に連れ戻しても出て行ってしまうだろう。

……私も、今の緑谷くんの状況なら、ついて行きたいって、思ってしまっていた。

 

お姉ちゃんのことも心配だから、ここにいたい気持ちはある。

だけど、お姉ちゃんは雄英にいる。

ここは、私がAFOの影響も最小限になるように選別したし、避難システムもある。

だから、大丈夫なはず。

安全地帯にいるお姉ちゃんと、今にも死に向かいそうな友達……

友達を見捨てて、必要かどうかも分からないお姉ちゃんの護衛目的で安全地帯に残るなんて、出来るはずがなかった。

 

「……外は危険だ。秩序が無い。おまえたちまで―――「大人になったね……轟くん……!!」

 

エンデヴァーはまだ納得できないみたいで、止めようとしてくる。

だけど、それを遮るように、校長先生が話し始めた。

 

「私は……ヴィランの目的である彼が、雄英に戻りたがらないことを踏まえ、チームアップを是とした。でも、いいのさ。戻ってきても」

 

「え!?」

 

校長先生が、内に秘めていた考えを話し始めた。

皆は驚愕に固まってしまっている。

 

「合格通知を出した以上は、私たちが守るべき生徒さ」

 

「しかし避難者の安全が……それに、彼らの中にはまだ―――」

 

「……AFOの内通者は、波動くんが尽力してくれて、侵入を防ぐことが出来ているよ。不満に思っている者は数多くいるだろうけど、彼らには、私からなんとか伝えよう。それに、何も敷地面積だけで指定避難所にすることを受け入れたわけじゃない。ヴィラン連合対策で強化していたが、結局出番のなかったセキュリティ、"雄英バリア"がある。それを彼らに伝えて、説得を試みる。いいんだよ……オールマイトだってここで育った!君たちの手で……連れ戻してあげておくれ」

 

校長先生は、そう言って目を閉じた。

エンデヴァーも、それ以上何も言ってこなかった。

 

「雄英バリアの真価……と、仰いましたが……我々も緑谷くんの気持ちは理解して来ています。彼を連れ戻すのであれば、相応のエビデンスを要します。避難されている方々の安心と安全に関わります。だから"彼についていく"と……」

 

「もちろん感情論じゃないさ。緑谷くんは今や、ヒーロー側の貴重な最高戦力。情勢を踏まえても、半端な施設で保護するのはリスキーさ。雄英には国の最新防衛技術が卸されている。レベルで言えば、タルタロスと同等の防御力を誇るのさ」

 

飯田くんが、連れもどすための根拠を確認し始めた。

まあ、緑谷くんの思考的に、何も無ければ絶対に戻ってこないと思うし、聞いておかないとダメだ。

これで何もないってなったら、緑谷くんを気絶させてでも連れもどすとかしないといけなくなってしまう。

 

「そのタルタロスが、死柄木に容易く破られていますが……」

 

「去年雄英も破られた。死柄木の脅威には私も目をつけていた。そこで強化時雄英のシステムに私独自の改修を加えた」

 

「そんな事可能なのですか!?」

 

「……パワーローダー先生が……駆けずり回ってたやつですね……」

 

私は、散々その様子を感知し続けていた。

パワーローダー先生による地下深い所までの改修作業。

それに時折駆り出されているサポート科。

トガの士傑の生徒への成り替わり以降に本格的にスタートして、凄まじい時間と労力を費やして作られた、超巨大なシステムだった。

 

「ああ。結論から言えば、今この瞬間に侵略が始まろうと、避難民及び生徒が毒牙にかかることなく、ヴィランの侵入を許すことはない。今、雄英バリアは単なる防壁に留まらない。雄英は、動く!敷地を碁盤上に分割し、それぞれに駆動機構を備え付けた。有事の際には区画ごと地下に潜りシェルターとなる。そして、シェルターは超電導リニアシステムによって、幾通りものルートを適宜移動する!」

 

「ロボアニメっぽくなったぞ!!!」

 

「その仕組み自体が崩されれば、元も子もないさ。なので、周辺地下には計三千層の強化プレート、それらが異常を検知すると迎撃システムが発動。また支柱がアンロックされ、防壁も独立稼働。どんな攻撃でも到達を遅らせられる。その間にシェルターは安全なルートを辿り……雄英と同等の警備システムを持ち―――波動くんたちが見抜いてくれた"入れ替わり事件"を契機に連携を強化した、士傑高校を筆頭に、いくつものヒーロー科高校へと逃げられる」

 

「そういや言ってたような」

 

あまりにも膨大なシステムに、皆も絶句してツッコむことしかできなくなってしまっていた。

でも、これだけのシステムがあるからこそ、今の状況でも私はお姉ちゃんの側を離れてもいいと思えた。

これが無ければ、私はお姉ちゃんを感知範囲内から出したいなんてとてもじゃないけど思えなかったと思う。

そして、システムを聞いていて不思議に思ったのか、常闇くんが疑問を口にした。

 

「"伝播する崩壊"対策と見受けられますが……文化祭時点ではまだ分からなかったはずしょう?」

 

「それこそなんのエビデンスもない。私の勘だよ。だから費用は私の持ち出しさ!」

 

「億とかじゃすまなさそうですが!?」

 

上鳴くんが思わずツッコんでいるけど、本当にその通りだと思う。

これだけの規模の敷地と地下の開発。

高度なシステムの開発と導入。

多分桁は兆で足りるかも分からない程じゃないかなって思う。

 

「校長は"個性"道徳教育に多大な貢献をし、世界的偉人となられた。今なおご尽力されているのだ」

 

「ほえぇ」

 

震える上鳴くんに対して、エンデヴァーが説明してくれた。

だけど、これだけの規模となると流石にポケットマネーじゃ足りないんじゃないかなと心配になってしまう。

皆が驚愕することしかできない空気の中、校長先生はそれを気にした様子もなく話を続けた。

 

「不理解、不寛容……何れも"あと一歩"、近寄ることのできなかった人々の歩み。動き、犇めき、その"一歩"が、如何に困難な道であるか……ともかく―――彼がここに居ていい理由も理屈も在るよ。避難民の方も、波動くんと物間くんが最低限のラインを整えてくれた。君たちはただ、全力でぶつかっていけばいい」

 

「はいっ!」

 

校長先生のその言葉に、皆で力強く返事をして話は終わった。

私たちは、そのまますぐに行動を開始した。

向かう先は、GPSの示す地点だ。



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友達

「……いた……ヴィラン……ダツゴクに遭遇してる……ヴィラン名……ディクテイター……周囲に一般人がいて緑谷くんを襲ってるけど……こいつの個性で操られてるだけ……対処法は……被害者に強い衝撃を与えるか……本人を気絶させること……」

 

「そんだけ分かりゃ十分だ」

 

雨が降っている中を進み続けて、神野区に入って少ししたあたりで、緑谷くんが感知範囲に入った。

緑谷くんは、ヴィランに襲われていた。

こいつが誰なのかは、本人の思考を読もうとしなくてもすぐに分かった。

緑谷くんが全部、思い浮かべていたから。

私がその情報を皆に伝えると、爆豪くんが飛び出していった。

 

私たちも急いで爆豪くんを追っていく。

爆豪くんはディクテイターの直上まで到達すると、一点集中させた徹甲弾(APショット)で周囲の一般人には一切の被害を出さずに、一撃でディクテイターを気絶させた。

気絶したディクテイターを、轟くんが一瞬で凍り付かせて万が一に備えてくれる。

動けなくなったヴィランは、百ちゃんが創造した拘束具で雁字搦めにしていった。

 

「ダツゴク確保!やりましたねバクゴーさん!」

 

「大・爆・殺・神ダイナマイトじゃ!!」

 

「失礼しましたわ!」

 

爆豪くんが百ちゃんに盛大に文句を言ってるけど、本当にそれにするのか、ヒーロー名。

相変わらずヒーローって感じ皆無なんだけど……

まぁ、今はそんなことはいい。

緑谷くんだ。

周囲の脱ヒーロー派の一般人は、ヴィランの個性から解放されたら、散り散りになって逃げていっていた。

これで、邪魔者はいなくなった。

 

「皆……なんで……」

 

「心配だからだよ」

 

緑谷くんのつぶやきに、お茶子ちゃんがはっきりと答えた。

お茶子ちゃんの言う通り、皆、緑谷くんのことが心配だからこうしてここまで来てる。

荒れ果てて治安が悪化していることとか、ヴィランが大量にいることとか、そんなのは全く気にしないくらい、心配していた。

 

「僕は……大丈夫だよ……だから……心配しないで……離れて……」

 

「そいつぁよかった!さすがOFA継承者様だぜ!んで、てめぇは今、笑えてんのかよ?」

 

爆豪くんのその指摘に、緑谷くんは一瞬固まった。

それはそうだろう。

今、マスクで隠された緑谷くんの表情は、感情が抜け落ちた、抜け殻みたいな感じになってしまっている。

思考も、感情も、何もかも……人助けと、他人の迷惑にならないこととOFAの使命のことしか考えてない。

こんなの、見過ごせるわけがない。

 

「……笑うために、安心してもらうため……行かなきゃ…………だから……どいてよ、皆……!」

 

「どかせてみろよオールマイト気取りが!!!」

 

「……そんな表情で……そんな思考で……何が笑うためなの……見過ごせるわけ……ないでしょっ……!」

 

「緑谷くんが変わらないのは知ってる―――やるぞ諸君!」

 

「うん!」

 

飯田くんは、神野の時の緑谷くんの暴走を思い出しながら、皆に声をかけていた。

皆がその声に応えながら気合を入れなおす中、爆豪くんが表情を歪めながら挑発するように叫び出した。

 

「聞いたぜ!四・六代目も解禁したって!すっかり画風が変わっちまったなぁ!?クソナード!!」

 

「……ありがとう……来てくれて……」

 

緑谷くんはお礼を言うと、周囲に大量の煙幕をまき散らした。

これが六代目の煙幕か。

どのくらいか分からなかったけど、特に煙以外の効果があるわけじゃないみたいだし、私にはこんなもの無いに等しい。

皆にも、緑谷くんが使う可能性がある個性として、歴代継承者の個性は伝えておいた。

特に怯む様子はなかった。

 

「てめーら絶対逃がすなよ!!」

 

「煙幕!!」

 

ただ、場所が分かるとはいっても、緑谷くんの速度があると、煙幕を利用して後ろに回りこもうとしても後手に回るだけだ。

普通に逃げられる未来が容易に想像できる。

それなら、私が緑谷くんの状況を把握して、皆にテレパスして備えたり追い込んだりできるようにした方がいい。

私は緑谷くんの先回りをするように意識して、万が一逃げられた場合に備えつつ、調整するのが最善な気がする。

私がそんな行動をしている中、爆豪くんが爆風を発生させて緑谷君の周囲の煙を吹き飛ばした。

 

「話もしねーでトンズラか?何でもかんでもやりゃできるよーになると、周りがモブに見えちまうなぁ!?」

 

爆豪くんがさらに煽っていくけど、緑谷くんは平然と皆がいない、高層ビルの方に逃げようとし始めている。

そんな緑谷くんに対して、口田くんが操る鳥たちが、大量に襲い掛かった。

 

「戻ってきてダイジョブだって!!緑谷くん!!校長先生が戻っておいでって!!ね!?だから逃げないで!!」

 

「ごめん」

 

普段からは考えられないほどの大声を出す口田くんに、緑谷くんも一瞬思うところはあったみたいだけど、黒鞭で逃げようとし始めた。

その黒鞭に、青山くんが即座にレーザーを放った。

 

「辛いことと向き合ってるだけじゃ、キラメけないよ!緑谷くん!!そんな状態で、君が笑うことなんて、できるわけないじゃないか!!」

 

高速で黒鞭を打ちぬいたレーザーは、長続きはしなかったけど、それでも緑谷くんの動きを一瞬妨害した。

緑谷くんは、確かに落下し始めていた。

そんな緑谷くんに対して、響香ちゃんが音の防壁、心音壁(ハートビートウォール)を繰り出していた。

だけど、緑谷くんは再び黒鞭を射出して、すぐさま跳び上がっていった。

それを確認した私は、すぐに百ちゃんを拾い上げる。

緑谷くんの特訓の時の癖と、今の思考の感じと、さっきの黒鞭の挙動。

これだけ情報があれば、ある程度は移動する方向を予測できる。

 

『百ちゃん……罠を作るなら運ぶ……予想進路はある程度あたりをつけられるから……常闇くんに押し込んでもらおう……』

 

「ありがとうございます!波動さん!」

 

百ちゃんを高層ビルの7階に運びつつ、常闇くん含めた皆にもテレパスを送っておく。

罠にハメて動きの誘導を試みること。

その後に飛び出すであろう予測位置。

そこに待機しておいて欲しい人員。

どんどん調整をかけていく。

これだけやっても、今の緑谷くんを無理矢理捕まえるのは難しいと思う。

結局、筋金入りの狂人の緑谷くんを捕まえるには、強引にいって、そのうえで強く心に揺さぶりをかけられる人じゃないとダメだ。

だから、確保するのは私の役目じゃない。

その役目に適任なのは、きっと……最初の仲良し3人組だけだと思う。

 

「はっや……緑谷ぁ!どーでもいーことなんだけどさ!文化祭の時にノートのまとめ方教えてくれたの、かなり助かったんだよね!些細なことだけど……すっごい嬉しかったんだよね!」

 

響香ちゃんの叫びに、緑谷くんが意識を向けた瞬間、ビルの屋上から、尾白くんが緑谷くんに、尾空旋舞(びくうせんぶ)で回転しながら飛び掛かった。

 

「体育祭の心操戦覚えてるか!?おまえが俺の為に怒ってくれたこと、俺は忘れない!おまえだけがボロボロになって戦うのなんて、見過ごせない!」

 

「僕がいると……皆が危険なんだ……!AFOに、奪われる……!だから離れたんだ……!!!」

 

緑谷くんが、力づくで尾白くんの拘束を抜け出そうとし始めている。

拘束自体は緑谷くんの馬鹿力に勝てるはずもなくすぐに抜け出されてしまう。

だけど、その拘束を抜けた瞬間に、常闇くんが緑谷くんに飛び掛かった。

 

「押せ、ダークシャドウ!!」

 

ダークシャドウに押された緑谷くんが、百ちゃんの罠に押し当てられる。

そんな緑谷くんに対して、落下する響香ちゃんと尾白くんを回収した砂藤くんが、大声を張り上げた。

 

「緑谷!聞いてくれ!おまえは特別な力持ってっけど、気持ちは俺らも同じだ!さっき口田が言った学校の方の話もさ!!聞いてくれ!でなきゃもうエリちゃんにリンゴアメ作る時食紅貸してやんねー!」

 

砂藤くんの叫びは、押し込まれている緑谷くんにも確かに聞こえていた。

 

「いいよ……!エリちゃんだって……僕からじゃなくて……いいよ……!」

 

「初めは一同、あなたについて行くつもりでした。ですが、今はエンデヴァーたちと協力の下、"個性"を行使しています。緑谷さんの安全を確保するという任務で」

 

百ちゃんは話しかけながら眠らせる装置を起動する。

でも緑谷くんはすぐに動き出して、機械を破壊して抜け出してしまっていた。

 

「もう……かまわなくて……いいから……!僕から……離れてよ!」

 

「やなこった!緑谷!OFAだかも大事だと思うけど、今のおまえにはもっと大事なもんがあんぜ!全然趣味とかちげーけど、おまえは友達だ!だから無理くりにでもやらせてもらう!」

 

上鳴くんがガシッと緑谷くんの背後から肩を組むと、その隙に障子くんは上鳴くんごと緑谷くんに腕を巻きつけていく。

その障子くんの腕には、テープが巻いてあった。

 

「絶縁テープが巻いてある。八百万産のな」

 

「―――ここは、暗くていい……ダークシャドウ」

 

常闇くんの合図で、ダークシャドウが障子くんの腕でグルグル巻きにされている緑谷くんと上鳴くんを包みこんだ。

緑谷くんは、皆の説得を受けて少しずつ揺らいできている。

逃げようとしてるのは変わらないけど、苦しみ始めていた。

 

「ダークシャドウの攻撃力を"防"に利用するのは、おまえのアイデアだったっけな。緑谷」

 

「おまえにとって俺たちは庇護対象でしかないのか?」

 

「とりあえず風呂入ろ!な!?緑谷、風呂行こ!!」

 

上鳴くんの率直過ぎる言葉は、相変わらずの感じではあるんだけど、それでも、それが皆の率直な気持ちにも通じるものがあると思った。

皆、緑谷くんに戻ってきて欲しいんだ。

寮で、皆で、また普通に笑い合えるように。

 

……緑谷くんが飛び出そうとしているのは、もう分かってる。

揺らいでるのも、なにが原因でその揺らぎが大きくなってるのかも、なんで戻ろうとしないのかも、全部、分かってる。

それに、私はちょっと怒ってもいた。

緑谷くんに対しても、ちょっと怒ってるけど、それ以上に、AFOに対して。

世間をこんな状況にされて、友達までこんなに苦しめて、怒らないはずがなかった。

その怒りに合わせてなのか、波動の量がちょっと増えていく。

この前タガが外れたからなのか、波動が感情に影響されやすくなっている気がした。

私は、その波動を圧縮をかけていって、緑谷くんが飛び出すのと同時に吹き飛んだ。

 

緑谷くんは、皆の害意のなさに、気が付いていた。

これが"危機感知"……感知してるものが、私の悪意とそんなに違わないことには、すぐに気が付いた。

緑谷くんの隣を一緒に跳んでいた私は、緑谷くんの決意を少しでも揺らがせるために、口を開いた。

 

「ねぇ、緑谷くん……分かってるんでしょ……!皆に悪意が、害意がないことくらい……!皆、心の底から緑谷くんを心配してる……!私だってそうっ!!緑谷くんが心配だから、選別までしたっ!!緑谷くんに戻ってきて欲しいからっ!!大事な、友達だからっ!!内部はもう大丈夫っ!!外部からの危険だって、校長先生が尽力してくれたっ!!大丈夫だからっ!!戻ってきてよっ!!」

 

「離れてよ……大丈夫だから……!!僕は、大丈夫だから!!」

 

『轟くん!!』

 

私が合図すると同時に、遥か下の地面に立っていた轟くんの足元から、氷壁がせり出してきた。

予想もできていなかった氷壁に、緑谷くんはそのまま氷の壁にめり込んでいった。

私はすぐに二段ジャンプの要領で上に跳ね上がったから、氷にはぶつかってない。

これで、すぐには動けないはずだ。

 

「なんだよその面。責任が……涙を許さねぇか。その責任、俺たちにも分けてくれよ」

 

「行かせないわ。もうオロオロ泣いたりしない。大切だから。怖い時は震えて、辛い時には涙を流す、私のお友達。あなたがコミックのヒーローのようになるのなら、私たちは、1人ではそっちへは行かせない」

 

轟くんと梅雨ちゃんも畳みかけるように声をかけるけど、緑谷くんはすぐに氷を割ろうとし始めていた。

そんな緑谷くんの様子を見た轟くんは、声を荒げながら、さらに緑谷くんに語り掛けた。

 

「緑谷!今の状態がAFOの狙いかもしれねぇだろ!その隙に雄英狙ってくるかもしれねぇ!!そんなナリになるまで駆け回って見つかんねぇなら、次善策も頭に入れろ!!大切な雄英を守りてぇなら!離れず側にいるって選択肢もあるだろ!!俺たちも一緒に戦わせろ!!」

 

「……できないよ……これは、OFAとAFOの戦いだから、皆は……ついてこれない」

 

緑谷くんの頭の中には『次は、君だ』っていう、AFOの声が響いていた。

それが、呪いの言葉か。

その言葉を聞いて、オールマイトを振り切ったのか。

 

「"次は、君だ"って……それは、オールマイトが次代を担う皆に言った言葉でしょっ!?あなた1人にすべてを背負わせる言葉なんかじゃないっ!!AFOの言葉に惑わされないでよっ!!アレは、ドス黒い悪意しかない男だからっ!!わざと緑谷くんが苦しむような言葉を選んでるんだよっ!!なんでそれが分からないのっ!?」

 

私の叫びに、緑谷くんは一瞬こっちをチラリと見たけど、氷を破壊して跳び上がって行ってしまった。

正直、今の波動の量じゃ後手に回った状態で緑谷くんに追い付くことはできないし、追いつけたとしても、縋りついたとしても振り払われるのがオチだ。

それなら、別の方法を取るしかない。

そう思って、轟くんが形成し始めている氷の足場に着地する。

皆も、そこに集まり始めていた。

それを察知している梅雨ちゃんと峰田くんが、緑谷くんを少しでも減速させるために動き始めた。

 

「緑谷ちゃん!!」

 

「おまえのパワーがカッケェなんてオイラ思ったことねぇや!!オイラが惚れたおまえは、冷や汗ダラダラで!プルプル震えて!一緒に道を切り拓いて―――あん時のおまえだ!!」

 

梅雨ちゃんの舌を避けた緑谷くんに、峰田くんがもぎもぎをくっつけて重しになって、減速させる。

だけど、すぐにそれも振り払われてしまった。

緑谷くんは、そのまま黒鞭と発勁と45%の疑似100%で、逃げようとしていた。

……使えるようになったのか……疑似とはいっても、100%を。

お茶子ちゃんが飛び掛かってるけど、あの技なら上空に逃げられる。

逃げられたなら、最悪私と飯田くんと爆豪くん、轟くんあたりで追いかけて、他の皆は百ちゃんにバイクとか車を作ってもらって後からきてもらうのでもいいかもしれない。

実際、私がいれば付かず離れずで追いかけることは不可能じゃない。

追いかけっこをして油断したところを強引に捕まえてもいいかもしれない。

だけど、出来ることならここで、皆の説得を受けて止まって欲しかった。

 

「轟くん!!角度が足りない!!もう20度くらい射角上げて!!」

 

「ああっ!!」

 

微調整をかけるために轟くんに氷を増量してもらう。

その間に、緑谷くんに対して、一番響く言葉を投げかけられそうな、飯田くんを射出する準備を整えていった。

 

そして、お茶子ちゃんを避けた緑谷くんが、上空に高く跳ね上がった。

 

「皆ぁ!!!」

 

「溶解度0.1%保護被膜用アシッドマン!」

 

お茶子ちゃんの声を聞いて、三奈ちゃんがすぐに射出組に被膜を張って保護を試みる。

それを確認して、皆で一気に轟くん、爆豪くん、飯田くんを押し出した。

 

「行け轟!!」

 

射出してすぐに、轟くんが膨冷熱波を放って、上空に吹き飛んだ。

すれ違いざまにお茶子ちゃんが飯田くんを無重力にしてくれている。

そのまま、爆豪くんが空中でクラスターを使って、飯田くんを緑谷くんの方に吹き飛ばした。

 

そして、上空で飯田くんが緑谷くんの手を掴んだ。

『余計なお世話ってのは、ヒーローの本質なんだろ』っていう涙ながらの言葉を聞いて、緑谷くんは飯田くんの手を振りほどくことができなくなった。

 

確保を確認したお茶子ちゃんが個性を解除すると、飯田くんと緑谷くんが落下し始めた。

その落下先には、切島くんが来てくれていた。

切島くんは、そのまま2人をしっかりと受け止めてくれた。

どうやら、エンデヴァーの指示であそこに待機してくれていたらしい。

エンデヴァー、なんだかんだで協力してくれたのか。

 

私たちも、大急ぎで緑谷くんの方に向かっていって、合流した。

合流してすぐに、三奈ちゃんが声をかけた。

 

「緑谷……!もう誰かがいなくなんの嫌だよ!一緒にいよう!?また皆で授業受けよう!」

 

「……そう……したいよ……けど、怖いんだ……!雄英には……!たくさんの人がいて……!人に迷惑かけたくないんだ……!もう、今まで通りじゃいられないんだ―――……」

 

筋金入りの狂人の緑谷くんは、まだ逃げようとしていた。

でも、そんな緑谷くんに対して、爆豪くんが声を掛けようとしていた。

……言うのか、今の内心を。

確かに、飯田くん以上に、最も緑谷くんと関わってきたのは爆豪くんだ。

爆豪くんも、昔と比べたらすごく成長してるなって、素直にそう思えた。

 

「死柄木にぶっ刺された時言った事覚えてっか?」

 

「……覚えてない」

 

「"1人で勝とうとしてんじゃねぇ"だ。続きがあんだよ……身体が勝手に動いてぶっ刺されて……!言わなきゃって思ったんだ。てめぇをずっと見下してた……"無個性"だったから。俺より遥か後ろにいるハズなのに、俺より遥か先にいるような気がして……嫌だった、見たくなかった、認めたくなかった。だから、遠ざけたくて虐めてた」

 

爆豪くんの言葉を、皆静かに聞いていた。

緑谷くんも、呆然としたような表情で爆豪くんを見つめている。

 

「否定することで優位に立とうとしてたんだ。俺はずっと敗けてた―――雄英に入って、思い通りに行くことなんて一つもなかった。てめぇの強さと自分の弱さを理解してく日々だった。言ってどうにかなるもんじゃねぇけど、本音だ。出久……今までごめん」

 

爆豪くんは、そう言って頭を下げた。

緑谷くんは、もう狂気じみた思考を引っ込めていた。

それくらいの衝撃を受けていた。

爆豪くんは、頭を下げたままさらに話し続けた。

 

「OFAを継いだおまえの歩みは、理想(オールマイト)そのもので、何も間違ってねぇよ。けど今、おまえはフラフラだ。理想(オールマイト)だけじゃ超えられねぇ壁がある。おまえが拭えねぇもんは俺たちが拭う。理想(オールマイト)を超えるために。おまえも、雄英の避難民も、街の人も、もれなく救けて勝つんだ」

 

爆豪くんがそこまで言ったところで、緑谷くんが全身を脱力させて、倒れていった。

 

「"ついてこれない"……なんて……"ついてこれない"なんて酷いこと、言って……ごめん―――……」

 

「わーってる」

 

皆それを支えようと近づいていくけど、爆豪くんがすかさず駆け寄って、正面から受け止めていた。

 

 

 

「とりあえず第一関門はクリア……ですわね。ここからはより険しいですわ」

 

「……ん……弾いたのは……あくまで黒だけ……負の感情を抱いてる白は……全員通してるから……」

 

「……うん」

 

緑谷くんのその様子を見ながら、私はこの後のことを考えていた。

お茶子ちゃんも、百ちゃんも、皆、ほとんどの人は、この後起こり得ることを考えていた。



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主張

お茶子ちゃんが無重力にした緑谷くんを、障子くんが雨で体温を奪われないように包みながら運んで、雄英に辿りついた。

着いて少ししてから、ようやく気絶していた緑谷くんが目を覚ました。

 

「お、目ぇ開いた!」

 

「13号!起きました!」

 

「あぁ、良かった!聞こえるかい緑谷くん!」

 

「……はい」

 

皆がすぐに起きたことを13号先生に伝えると、先生は緑谷くんに声をかけてくれた。

先生は今、珍しくヘルメットを付けない状態でコスチュームを着ていた。

だけど、着ているコスチュームはボロボロで、先生がどれだけ大変な思いをしながら避難民の受け入れをしていたのかが窺える。

先生は、そのまま緑谷くんに説明を始めた。

 

「今現在、ほとんどの民間人は各地避難所に移動してくれてる。まだ外に残ってるのは、脱ヒーロー派の自警団と、ダツゴクに乗じて暴徒化した過激派。脱ヒーロー派も疲弊して避難所に入る人が増えてる。過激派は多くが徒党化している分、動きは追いやすい。避難が進み、どちらに対しても人員を割けるようになった。皆最善を尽くして状況を変えている。外で君がしてきた人助けは、他のヒーローや警察が肩代わりできる範疇になっている」

 

「ゆ……雄……英……?」

 

緑谷くんが物々しい巨大な壁を見上げながら、呆然としたように呟いた。

その言葉を聞いた透ちゃんが、嬉しそうに話し始めた。

 

「まぁ……この壁を見るだけじゃ……すぐには信じられないよね……」

 

「雄英バリア発動中なんだよ!この壁も機能の一部なんだって!システム聞いたらマジで腰抜かすよ!!士傑とガッチャンコするんだって!!」

 

「…………戻るのは……ダメなんだ」

 

緑谷くんが、そう呟いた。

まあ、理由は分かってる。

さっきから、すごく不愉快で、受け入れ難い自分勝手な思考を垂れ流す避難民が、感知範囲内で騒ぎ続けているから。

あの救助活動の時の地獄を見たり、避難民たちの負の感情に囲まれ続ける避難所として機能し始めた雄英での生活にある程度慣れたりしていなかったら、この場で吐いていた可能性があるくらいには、凄まじい負の感情が渦巻いていた。

緑谷くんも、声を聞いて察したみたいだった。

 

 

 

門を開いて緑谷くんと一緒に入ると、その不愉快な声が聞こえてきた。

 

「その少年を!!雄英に入れるなーーー!!」

 

「噂されてる"死柄木が狙った少年"って、そいつだろ!!」

 

「おい、校長から説明があったじゃないか。我々の安全は保障されてるって……」

 

「納得できるか!!できたのか!?安全だと言われたから家を空けて避難してきたのに!何故爆弾を入れるんだ!!」

 

「雄英じゃなくていいだろ!!」

 

「匿うなら他でやれ!!」

 

「OFAってのは脳無なんだろ……!?」

 

「死柄木が来る!!」

 

「雄英は安心と安全を保障するんじゃなかったのか!」

 

「また隠蔽してやり過ごそうってか!?」

 

ほとんどの人が、罵声に加担していた。

加担していなかったのは、本当に極々一部。

それを見た緑谷くんは、すぐに踵を返そうとしていた。

そんな緑谷くんの手を掴んで止めようかと思ったけど……やめた。

お茶子ちゃんが、私以上の覚悟と決意を持って、「大丈夫」って言いながら、緑谷くんの手を引いて止めていた。

 

「説得、できなかったの?瑠璃ちゃんも、頑張ってくれてたのに……」

 

「……さっきも言ったけど……私が弾いたのは……あくまで黒だけ……白は……弾いてないから……脱ヒーロー派……そこまで行かなくても……不満と、不安と、憎悪と、悲しみと、怒りと……すごく不快な負の感情を持っている人も……たくさん素通ししてるから……こうなるのは……仕方ないよ……」

 

「……ええ。理解を示してくれる人もいた。けれど、全ては拭いきれなかった」

 

マイク先生がメガホンで民衆を止めようとしたところで、入口の方からベストジーニストが歩いてきた。

 

「聞き入れ難い話だろう。こと教員からでは……提言したのは私だ」

 

「ジーニスト……!!私たちは、あなたの言葉を信じてここへ来た!!」

 

ベストジーニストが姿を現したことで、民衆はまだ声を上げ続けているけど、それでも話を聞こうとしてくれる人も、若干は出てきていた。

そんな人たちに対して、ベストジーニストは声を張り上げて語り掛けた。

 

「ああ!校長から説明があったように!ここは今最も安全な場所であり、あなた方の命を第一に考えている!我々は、先手を打つべく緑谷出久を囮に、ヴィランの居場所を突き止める作戦を取った!だが、十分な捜査網を敷けず、成果はごく僅かしか得られなかった!緑谷出久はヴィランの狙いであると同時に、こちらの最高戦力の一角!これ以上の摩耗は致命的な損失になる!確かに最善ではない!!次善に他ならない!不安因子を快く思わないことは承知の上で、この最も安全な場所で、彼を休ませて欲しい!いつでも戦えるように、彼には万全でいてもらわねばならないのです!」

 

ベストジーニストは、一息でそこまで言い切った。

だけど、案の定過ぎる反応が、民衆から返ってきた。

 

「あんたらが失敗したから……そもそも今日本は無法になっちまったんだぞ。んでまた、失敗したから、皺寄せ受け入れろって、あんたそう言ってんだぞ……!?」

 

「ふざけるな!」

 

「それでヒーローのつもりなのか!!」

 

こいつらは、何でこんなに全部人のせいにして、怒れるんだろう。

不安が伝播する?パニックになる?

そんなの、何の言い訳になるんだ。

ここまで状況が悪くなったのは、ヒーローだけのせいじゃない。

確かにエンデヴァーのせいで信頼が揺らいだ部分はある。

失敗して被害が出たのも、そこに関しては何の言い訳もできない。

だけど、その後の所業はなんだ。

ヒーローを手当たり次第に批判したせいで、どれだけのヒーローが辞職したと思ってるんだ。

それでヒーローのつもりなのか、なんて……死柄木による被害とかで人手不足だったところに、さらに人を減らして、余裕がなくなる要因を作ったのは自分たちでもあるのに。

それに、この中にはもともと脱ヒーロー派で武装していた人間だって混ざってる。

自分たちでどうにかしようとしたけど、疲れました、無理でしたって、治安悪化の一助になっておきながら泣きついてきたのに、こんな主張をするのか。

この醜い人間たちをどうしてくれようかと思って、一歩前に出たところで、お茶子ちゃんが片手で私を制してきた。

 

「……お茶子ちゃん……?」

 

「ごめん瑠璃ちゃん。私に任せてもらってもいいかな」

 

お茶子ちゃんはそれだけ言うと避難民の方に向かって歩き出した。

 

「勘弁してくれ!!俺たちはただ―――安心して眠らせて欲しいだけだ!!」

 

その言葉があたりに響いた次の瞬間、お茶子ちゃんがマイク先生が持っているメガホンを奪いながら、助走をつけて飛び上がった。

お茶子ちゃんはそのまま校舎屋上の縁に着地すると、振り返って話し始めた。

 

『デ……緑谷出久は、特別な力を持っています……!!』

 

「だからそんな奴が!休みたいからってここに来るなよって話だろうが!!」

 

『違う!迷惑かけないようにここを出て行ったんです!!連れ戻したのは私たちです!彼の力は……!あの……特別で!AFOに討ち勝つための力です!だから狙われる!だから行かなきゃいけない!!そうやって出て行った彼が今、どんな姿か、見えていますか!?』

 

お茶子ちゃんは、核心に触れることが出来ないせいで拙い感じになってしまっている主張を、叫んでいた。

お茶子ちゃんが投げかける言葉に、避難民の人たちが、少しずつ緑谷くんに視線を向け始めていた。

 

『この現状を一番どうにかしたいと願って!いつ襲われるかも分からない道を進む人間の姿を!見てくれませんか!?特別な力はあっても!!特別な人なんていません!!』

 

「こいつらの命を守るシステムがある……でも―――不安は残っちまう。てめーが拭えねーもんはこっちで拭う」

 

「……お茶子ちゃんの言葉……少しずつだけど……響いてる……」

 

少しずつ、ちゃんと緑谷くんを見た人たちが、どれだけボロボロなのか、どれだけ戦ってきたのかを、直視し始めていた。

特別な力があっても、高校生なんだって、認識し始めていた。

少しずつ、不快な感情が減って、同情が、増えてきていた。

 

「……見たら……なんだよ……!?まさか……俺たちにまで泥に塗れろってのかぁ!?」

 

『泥に塗れるのはヒーローだけです!!泥を払う、暇をください!!』

 

お茶子ちゃんの反論で、もう批判の声は、上がらなくなっていた。

 

「緑谷くん、麗日くんは今、戦っている。君を含めた、全ての人の……笑顔の為に」

 

「麗日さん!」

 

飯田くんの言葉に、緑谷くんも涙を流し始めていた。

そんな中、お茶子ちゃんは、さらに言葉を続けていった。

 

『今!この場で安心させることは……ごめんなさいっ!できません!!私たちも不安だからです!!皆さんと同じ、隣人なんです!だからっ……!!力を貸してください!!共に明日を笑えるように―――……皆さんの力で!どうか!彼が隣でっ!休んで……備えることを、許してくれませんか!!緑谷出久は、力の責任を全うしようとしてるだけの、まだ学ぶことが沢山ある―――普通の高校生なんです!!』

 

この期に及んで、まだ反論しようとしている人もいるけど……もう少数派だ。

それだけ、お茶子ちゃんの言葉が、ここに居る人全員に響いていた。

 

『ここを!!!彼の!!!ヒーローアカデミアでいさせてください!!!』

 

お茶子ちゃんがそう叫んだ瞬間、緑谷くんは、泣きながらしゃがみこんでしまった。

それを見て峰田くんが駆け寄ろうとしているけど、すぐに飯田くんが止めてくれた。

それで、いいと思う。

ここで私たちが緑谷くんに駆け寄っても、意味がない。

背の高い異形型の人と、洸汰くんが、こっちに来ようとしているのは分かっている。

それなら、市民側の人たちが駆け寄ってくれた方が、軋轢は軽減できそうだと思えた。

 

「緑谷兄ちゃん!!ごめんね……!僕っ……怖くて動けなかったんだ!ごめんよ!ごめん!でも!あのお姉ちゃんが頑張って話してて!僕、行かなきゃって……!兄ちゃんみたいにならなきゃって……!!だから僕……来たよ!だから、もう泣かないでよ!」

 

「洸……汰くん……!!」

 

顔を上げた緑谷くんを異形型の人も、緑谷くんを抱き起して話しかけていた。

お礼を言っている感じからして、出奔中に助けた人みたいだ。

本当に、お人好しだけど……ここに来てそのお人好しが功を奏したらしい。

2人と緑谷くんのやり取りを見て、最初から不快な感情を少ししか感じなかった人が、動き出していた。

 

「ヒステリックに糾弾する前に、話ぐれぇ聞いてもいいんじゃねぇのか……?その兄ちゃんはここに常駐するわけでもねぇんだろ!?物資も人材も足りねぇ今、兄ちゃんがすり減ることなく休めるのが、ここしかねぇってこったろ!?そういう説明だったよな、ヒーローさんよ!?」

 

「ええ」

 

校長先生が、すぐにそれを肯定した。

「士傑じゃだめなのか」とか叫んでる人がいるけど、それがなんの問題解決になるのか。

同じことになるだけだし、士傑生じゃないのに士傑に迎え入れてもらう方が難しいというのが分からないのだろうか。

ただ、そのこと自体は、他の人もすぐ気付いたみたいで、指摘してくれて黙らせてくれていた。

そんな中、最初に口火を切った人が、さらに言葉を続けた。

 

「俺ぁよう、こうなるまで、気付かんかったよ。俺は"客"で、ヒーローたちは舞台の上の"演者"だった。かつてオールマイトっつう不世出の男がヒーローを示したよ。皆そいつをなぞった!囃し立てた!そうしていく内に、いつの間にか皆、そこに込められた魂を忘れちまったんだ。だが、舞台は取り払われちまった。失敗を重ねて、金も名誉も望めねぇ。ヒーローと呼ばれた大勢の人間が投げ出した。そん中で今残って戦う連中は、何のために戦ってるんだ?今戦ってる連中まで排斥していって、俺たちに何が残る!?どうやってこれまで通り暮らす!?辛ぇのは分かる!けど、冷静になろうや!俺たち、いつまで客でいるつもりだ?」

 

この人の言葉は、核心をついていると思った。

一般人は、ヒーローのことを他人事として見ていたから、あそこまで批判が出来た。残ったヒーローまで貶めた。

だから、さらに状況は悪化した。

そんな言葉を受けて、反論しまくっていた人も、ようやく観念したらしい。

確認するように、緑谷くんに問いかけ始めた。

 

「ふ、複数の"個性"を操る……襤褸切れのような男が噂になってる。ヴィランの扇動役とも、真のヒーローとも言われてる……答えろよ。おまえがここで休んだら、俺たち元の暮らしに戻るのかよ?」

 

男は、縋るように緑谷くんに問いかけると、緑谷くんも涙ながらに、それに答え始めた。

 

「皆が一緒にいてくれるから……全部、取り戻します」

 

緑谷くんも、ようやく皆で一緒に戦うんだって、決意してくれたらしい。

その言葉を聞けて、本当に良かった。

この状態になれば、きっと、もう飛び出したりなんて、しないと思うから。

緑谷くんの返答を受けて、もう文句を言うような人はいなくなっていた。

 

「よかった……」

 

「うんっ!本当にっ!それに、お茶子ちゃんもすごかったねっ!」

 

「ん……あのままだったら……私の苛立ちで……全部台無しにしかねなかったし……お茶子ちゃん……すごい……」

 

私のつぶやきに、透ちゃんが涙ながらに答えてくれた。

そんなことを話している内に、緑谷くんのお母さんが凄い勢いで緑谷くんに駆け寄っていって、他の人たちも、パラパラと私たちの方に歩いてきてくれていた。

そのまま傘に入れてくれたり、謝られたりしながら、緑谷くんを皆で支えて寮に向かって行った。

爆豪くんが途中で反論しまくってきていた人にガンを飛ばしていたけど、まあそれも仕方ないことだとも思う。

正直、不安が読み取れてる私でも身勝手過ぎてイラっとしたし。

でも、とりあえずこれで、友達が避難所に受け入れてもらえたから、少し安心できた。



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帰還

皆で寮に戻ってきて、すぐにお風呂に移動した。

雨の中で動き続けていたのもあって皆びしょびしょだったし、緑谷くんを早くお風呂に入れないとって感じだったのだ。

正直緑谷くんは見た目も臭いもすごいことになってたし、お風呂に入るのは当然とも言えたし、疲れを取るためにもありだとは思った。

ただ、緑谷くんは疲労が凄い溜まってるみたいだし、お風呂で眠って沈んだりしないように注意しないといけないとは思うけど。

とりあえずそんな事情もあって、男子たちが凄まじい勢いで緑谷くんをお風呂に担ぎ込んでいた。

私たちもお風呂に入る準備をしてるけど、峰田くんが珍しくこっちを一切気にしないで緑谷くんをお風呂に連れて行くくらいには必死だった。

 

私たちも身体を洗ったりしているタイミングで、緑谷くんも洗われていた。

「洗えーーーー!!」なんて騒ぎつつ、シャワーをぶちまけながら多人数で緑谷くんの周りをぐるぐる回っている。

なんだあれ。

いや、まあ緑谷くん汚かったから仕方ないんだけど。

 

「ぷっ……ふふっ……」

 

「どうしたの?なにか面白いことあった?」

 

緑谷くんが頭からお風呂に放り込まれて、それに爆豪くんがキレている姿に思わず笑ってしまうと、透ちゃんが確認してきた。

 

「ん……緑谷くん……すごい勢いで全身洗われて……お風呂に突っ込まれた……それに……爆豪くんが……金タワシと業務用洗剤原液でこそげってキレてて……」

 

「あー、緑谷くんすごいことになってたもんね。それも仕方ないかぁ」

 

透ちゃんもすぐに納得してくれて、洗う作業に戻っていく。

まぁ男子のお風呂の様子なんて伝えられても困るか。

とりあえず緑谷くんが逃げようとしなくなっただけで私も嬉しいし、これ以上言うこともない。

 

その後はササッと洗い終わって、皆でゆっくり湯船に浸かってしまう。

お茶子ちゃんは疲れちゃったみたいで、一言断ってから梅雨ちゃんと一緒に部屋に戻ってしまった。

あれだけ頑張った後だし、そうなるのも当然か。

これに関しては仕方ないことだし、ゆっくり休んで欲しいと思っている。

私は私で、周囲の思考がだいぶ緩和されたのと、緑谷くんが戻ってきてくれた安心感とで、久しぶりに気を緩められていた。

 

「いやー、でも無事に連れ戻せてよかったねぇ」

 

「ん……ほんとに……」

 

「それにしても緑谷も水臭いよねぇ、ずーっと隠してたってことでしょ?OFAのこと」

 

「ですが、おいそれと話せる内容でないことも確かです」

 

「まあオールマイトの個性だなんて、言えるわけないよね」

 

三奈ちゃん的には相談して欲しかったみたいで、表情はあっけらかんとしているけどぼやくように呟いていた。

そんな三奈ちゃんに、百ちゃんがすぐに仕方なかったことを伝えてくれる。

実際その通りで、言うわけにはいかなかった。

オールマイトからの指示でもあったし。

 

「ん……隠してたのは……オールマイトの指示でもあったし……混乱を防止するためでもあった……仕方ない……」

 

「波動はいつから知ってたの?」

 

三奈ちゃんが何気なく聞いてくる。

これは透ちゃんからは聞いてない感じか。

それにしても、いつから。いつからと来たか。

もうほぼしょっぱなからなんだけど……

 

「……初めての戦闘訓練の後……保健室で……がりがりの姿のオールマイトを問い詰めて……その時にOFAって個性の名前と……オールマイトと緑谷くんが師弟なことは分かった……その後……皆でクラスで反省会してる時に……緑谷くんが爆豪くんを追っかけて……『人から授かった個性なんだ!』って……啖呵を切ってたから……それで全部推測できた……」

 

「がりがりの姿って、間違ってはないけどさ」

 

「それ最初も最初じゃん」

 

「隠しているはずなのに、なぜ爆豪さんにそんな啖呵を切っているんですか、緑谷さん……」

 

「正直……私も絶句した……オールマイトが私に話さなかった内容の……核心部分だったのはすぐに分かったし……」

 

百ちゃんが頭に手を当てて理解に苦しむ感じになっている。

まあOFAの重要性を聞いた後に、緑谷くんの初期の行動を聞いたらこうもなるよね。

私も困惑することしかできなかったし。

 

「……ってことは、もしかして爆豪くんも知ってた感じ?」

 

「最初からじゃないけど……神野の……『次は君だ』っていうのを聞いた時の……緑谷くんの反応を見て……確信したみたい……あの2人が謹慎した日、あったでしょ……」

 

「ああ、あったねそういえば……って、もしかして、あの2人それで喧嘩したの?」

 

「爆豪くんが……喧嘩を吹っ掛けた……オールマイトが仲裁して……全部話して……読心で知ってる私も含めた4人が……学校内の秘密の共有者になった……あと知ってたのは……学校だと校長先生とリカバリーガールくらいだよ……」

 

「なるほど……そういえば瑠璃ちゃん、緑谷くんが暴走した時も呼び出されてたもんね。そういうことか」

 

「ん……そういうこと……」

 

皆も納得したような顔で頷いている。

実際呼び出しとかは普通にされてたし、オールマイト、緑谷くん、爆豪くんもセットで動いてることもそこそこあったし、腑に落ちる部分が多いとは思う。

 

「緑谷たちもだけど、波動もすんごい秘密主義っていうか、口固いもんねぇ……これでもう隠してること全部?」

 

「……全部ではないけど……守秘義務があるから言えない……」

 

三奈ちゃんがちょっと気になったみたいな感じで何気なく聞いてくる。

でも、流石に隠し事に関していうのはちょっと難しい。

あと私がしている隠し事となると、青山くんのこととかになってきちゃうし。

流石に言えない。

 

「守秘義務か。じゃあ仕方ないかぁ」

 

「波動抱え込みすぎるし、言えるようになったらちゃんと言ってよー?緑谷のためだったんだろうけど、あんなに取り乱すくらい抱え込むなら、相談してくれた方が絶対いいって」

 

「……ん……そうだね……ありがと……三奈ちゃん……」

 

三奈ちゃんが気を遣ってくれるのに対してお礼を言う。

そのくらいのタイミングで、緑谷くんたち男子はお風呂を出始めていた。

 

「……緑谷くんたち……あがったし……私たちも出よ……皆……緑谷くんと話したいだろうし……」

 

「そうだねー、上がろっか!」

 

皆も特に拒否する気はなかったみたいで、ササッと上がった。

 

 

 

共有スペースに行くと、緑谷くんを筆頭にした男子たちがソファで寛いでいた。

そんな寛いでいる緑谷くんに近づいていくと、確認するように声を掛けられた。

 

「麗日さんは……?」

 

「寝ちゃった。安心したら力抜けちゃったみたい。梅雨ちゃんもそんな感じ」

 

「そっか……皆、ありがと。そして迷惑かけてごめん」

 

緑谷くんが深刻な表情で謝ってきた。

そんな緑谷くんに対して、三奈ちゃんが声を何気ない感じで声をかけた。

 

「そだよー。OFAねー、言ってよねー。手紙のおかげでもう驚きとかそういうのはないんだけどさ」

 

「無個性からトップオブトップの力なんて……大変だったろ」

 

「ホークスに電話に出るように言って欲しかった」

 

「どういう感覚なの?」

 

三奈ちゃんに続くように、皆思い思いの言葉を緑谷くんにかけていく。

そんな緑谷くんを心配するような感じで、轟くんが髪を拭きながら近づいてきた。

 

「緑谷が一番眠ぃだろ。寝かせてやれよ。何のために連れ戻したんだよ」

 

「おまえ登場そのポーズって素でやってんの?」

 

峰田くんが轟くんに対してツッコミを入れる。

まあ多少は気になるか。

透ちゃんとかイケメンの轟くんが様になるポーズをしているから、ちょっと興奮気味になってるし。

 

「大丈夫……っていうか、まだ眠れなくて」

 

緑谷くんがちょっと困った感じで返事をしている。

その裏で、空いている椅子に座った私と透ちゃんの方に向かって、轟くんの真似をした峰田くんが声をかけてきた。

 

「どう?何点?」

 

「……私たちに聞くの……?……0点……」

 

「あれは轟くんがやるからいいんだよねー」

 

かっこつけた表情で轟くんの真似をしているけど、正直なんとも思わない。

むしろかっこつけた表情がバレンタインの時の白々しい表情を思い出してしまってダメだ。

透ちゃんも別に峰田くんがダメだって思っているわけではないけど、イケメンの轟くんと比べてしまうとダメらしい。

 

 

 

そんなやり取りをしている間に、オールマイトが寮の中に入ってきた。

さっきまで緑谷くんと轟くんが話していた謝りたいって話をオールマイトも聞いていたし、無事の確認以外にも謝るのが目的にあったのは明白だった。

 

「こちらこそ、力になれずすまなかった緑谷少年!!」

 

「そんな……!オールマイトは十分力になってくれてます」

 

「謝るなら私たちにも謝ってよねオールマイト!!黙ってどっか行っちゃわないでよー!」

 

三奈ちゃんがプンスカしながらオールマイトに憤りを伝える。

だけど、オールマイトはそれに返事をするわけでもなく、語り出していた。

 

「……決戦の日は恐らくもうすぐそこだ。心労をかけてすまなかった……詳しい話は避けるが、情報は得ている。近いうちに答えが分かる。総力を以てあたる。私も……この身でできることは限られているが、それでも「オールマイト!」

 

オールマイトが語っているのを、緑谷くんが遮った。

緑谷くんや飯田くんは、「一緒に守りましょう!」なんて決意表明をしているけど、私はそれどころじゃなかった。

『私自身が決めつけていた』とか、『地を這ってでも、私も戦うぞ』とか、『火の征く先を、見届けるために』とか、とにかく、そんな思考が読み取れた。

なんだ、これ……

オールマイト、戦うつもり?でも、どうやって……

それに、この覚悟の決め方、すごく嫌な予感が……

でも、これを言ったら緑谷くんの自分を責める感じの思考が再発しそうだし、下手なことを言えない。

オールマイトが1人の時、少なくとも皆がいない所で問い詰めない限り、どうにかできるものじゃない。

そう思って、黙っておくことにした。

オールマイトは、『すまない、波動少女』なんて頭の中で謝ってるけど、隠して欲しいなら、私にも隠し通して欲しかった。

『この少年たちに追いついてみせる』じゃないんだよ。

そんなの、今のオールマイトがしようとしたら、それこそ、死んじゃう可能性が……

 

凄惨な、死……?ナイトアイの予知って、そういうこと……?

あり得ないことじゃない。

こんなの、私1人でどうにかできることでもない。

皆は巻き込めないにしても、せめてナイトアイはどこかで巻き込むべきだ。

 

 

 

私がそんなことを考えている間に、オールマイトはまた出て行った。

そんなオールマイトに対して、常闇くんがホークスへの「メールくらいくれ」なんていう伝言を頼んでいた。

 

「おこじゃん、オコヤミ君じゃん」

 

「心配だったんだよ」

 

「……気持ちは分かる……返事をしてくれるだけマシだけど……私もミルコさんが……心配……」

 

オコヤミ君……まあ常闇くんの思考はちょっと怒ってるくらいではあったけど、確かに怒っていた。

私も私でミルコさんのことが心配だけど、音信不通の常闇くん程ではないとは思う。

 

その後は、皆エンデヴァーが入ってこない理由とかを話し始めていた。

そんな中、オールマイトのことが落ち着いて安心したのか、緑谷くんが眠ってしまった。

皆その様子を見ながら安堵の溜息をもらしている。

轟くんなんかは、毛布を掛けてあげていた。

……私も、少しでも緑谷くんが楽になるように手伝おうかな。

そう思って、緑谷くんの隣に腰かけて、緑谷くんの手に自分の手を重ねて、癒しの波動を使い始めた。

そんな中、轟くんはエンデヴァーの話を聞いて思うことがあったのか、口を開いた。

 

「荼毘の兄弟、エンデヴァーの息子……内心ではきっと、俺の存在も未だに不安だろう」

 

「家庭事情で……悔しいよなぁ、轟が何かしたわけじゃねぇのになぁ」

 

「したよ。血に囚われて、原点を見失った」

 

……轟くんの言う通りで、実際轟くん自身のことを不安がっている人もいる。

だけど、それを言い出したら私も結構な地雷だ。

トガに執着されてるし、トガは神出鬼没過ぎてどういう動きをしてくるか分からない。

ここで言うのは不安を煽るだけだし、言うつもりもないとはいっても、無視できないリスクだった。

轟くん自身が気に病むのは分かるけど、気にしすぎもよくないとも思った。

 

「でも今は違うから。違うって証明する。皆に安心してもらえるように」

 

「……ん……轟くんも……成長してる……頑張って……」

 

「……漢だよおめぇは……!俺、なんだか涙が出てくるよ……!」

 

切島くんなんか涙を滲ませながら震えて感動してしまっていた。

そんな切島くんの様子を見ながら、響香ちゃんが話し出した。

 

「避難してる人たち全員が全員、見方が変わったワケでもない……か。あれだね、なんかあれ。同列に言っちゃうのもおかしな話だけどさ」

 

「何?やだやめて」

 

「きゃっ」

 

「ム」

 

そこまで言うと、響香ちゃんイヤホンジャックを伸ばして、上鳴くんと百ちゃん、常闇くんを引き寄せた。

響香ちゃんはさらに爆豪くんの襟首をひっつかむと、強引に引き寄せてAバンドのメンバーを周りに集めた。

 

「ウチら不安視してた人たちがいてさ。みんなに安心して欲しくて、笑って欲しくてさ。やれること考えてさ。あの時みたいに、最大限の力でやれることやろう!ウチら出来たじゃんね!」

 

「そうだな」

 

「ん……文化祭の時もそうだったし……さっきお茶子ちゃんが見せてくれた……人の考えは、変えられるってところ……」

 

「取り戻すだけじゃなくて、前よりももっと良くなるように、皆で行こうよ!更に向こうへ!」

 

響香ちゃんのその力強い言葉に、皆気合を入れなおしていた。

実際その通りだと私も思うし、そうなるように頑張りたい。

そうしたら、きっと私も、お姉ちゃんも、皆も、過ごしやすい世界になると思うから。

 

だけど、とりあえずそれはそれとして、ブドウ頭はなんで変なキメ顔してるんだ。

緑谷くんに癒しの波動をしてるから頭を叩くこともできないし、皆気合を入れなおしててツッコんでくれる人がいない。

なんとも言えないその感じに、ちょっと気が抜けて肩の力が抜けた気がした。



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挑戦状

翌日になった。

起きてすぐに緑谷くんがいなくなっていないことを確認して、もはや日課になっている受け入れの手伝いに出かける。

物間くんも当然のように毎日来てくれている。

人数が少なくなってきているから私だけでもいいって言ったんだけど、固辞されてしまった。

たとえ人数が少なくても、私に任せっきりというのは良心が咎めるらしい。

そんな物間くんも最近はすごく慣れてきていて、青い顔はしていても吐くようなことはなくなっていた。

物間くんが判断に困った時だけは私も確認するけど、それ以外はもう任せてもいいと思えるような精度で選別できていた。

 

お昼くらいになって、物間くんを迎えに来た拳藤さんに引き渡してしまう。

そのまままっすぐ寮に帰ると、ちょうど皆で昼食を取っているところだった。

午前中の訓練は一段落着いたらしい。

 

「ただいま……」

 

「あ、おかえりー!ご飯食べられそう?食べられるなら瑠璃ちゃんの分も準備しちゃうよー?」

 

「ん……食べる……ありがと……」

 

私が返事をすると、透ちゃんは軽やかな動きでご飯を準備しに行った。

……あんまり疲れてないのかな?

どんな訓練してたんだろう。

まぁいっか。今日は私も午後は手が空いてるし、訓練に参加しよう。

 

そんなことを考えたり、透ちゃんと話しながらご飯を食べていると、爆豪くんがちらっとこっちを見てから話しかけてきた。

 

「……波動、今日は訓練に参加すんのか」

 

「ん……受け入れ作業も……午前中で区切りがついたから……午後はそっちに参加する……」

 

「受け入れ作業って、波動さんが伝言してくれてた……?」

 

爆豪くんに返事をしていると、緑谷くんが聞いてきた。

まあ、緑谷くん的にはそっちの方が気になるか。

皆は爆豪くんの私の呼び方が"クソチビ"じゃなくなっていることの方が気になってるみたいだけど。

 

「そう……AFOの内通者の……選別作業……校長先生とかが面接してるのを……私と物間くんで読心して……内通者……黒を弾いてる……」

 

「校長先生もそんなこと言ってたけど、物間くんもなの?」

 

「ん……私の様子を見て……何をしてるのか察して……校長先生に直談判して参加してくれた……今の状況で私の個性をコピーするの……辛いと思うって全部伝えたんだけど……私1人に任せて……安全地帯でぬくぬくするのは……プライドが許さないって……」

 

物間くんのことを伝えると、皆ちょっとビックリしたような表情をしている。

……皆の中の物間くんの評価が低いのは分かっていたけど、ここまでか。

 

「……そんなにびっくりすること……?私……物間くんのことは……口が悪いだけで……ヒーロー志望の人の考え方してるって……ずっと言ってたと思うんだけど……」

 

「……うん、分かってる、分かってはいるんだけど……普段のあの姿が焼き付いてるせいで、理解するのに時間がかかる……」

 

「やっぱ物間、あの性格ですげぇ損してるよな……」

 

皆も納得自体はしてるけど、それはそれとして理解に苦しむって感じみたいだった。

うん、やっぱり普段の積み重ねって大事だな。印象が違い過ぎる。

 

「……ねぇ、波動さん、やっぱり、いるの?潜り込もうとしてくる人……」

 

今まで考え込んでいた緑谷くんが確認してきた。

まあ、緑谷くん的にはそっちが気になるよね。

 

「……ん……いるよ……もともと信奉者だったと思える人もいるけど……最近になって……取り込まれたんだろうなって人も……未来の保証とかを条件に……内通行為をしようとする人もいる……今のところ……全員弾いて……逮捕してるけど……」

 

「そう、なんだ……」

 

緑谷くんが辛そうな表情で俯く隣で、青山くんまで居心地が悪そうにしている。

居心地悪そうにするのはいいけど、余計なことは言わないでよという意思を込めて、青山くんに視線を送っておく。

一応、青山くんもすぐに理解はしてくれて、態度もちゃんと取り繕ってくれた。

そんなちょっと暗くなってきた雰囲気の中、爆豪くんが口を開いた。

 

「んなこたぁ今はどうでもいいんだよっ!!訓練参加するっつったな!?」

 

「……ん……参加するけど……」

 

爆豪くんが何を言いたいかは分かったけど、多分望み通りの展開にはならない、というかできないと思うんだけど……

 

「なら俺と戦えや。あれ見た後からずっと待ってたんだ」

 

「爆豪何言ってるの!?瑠璃ちゃんが爆豪となんて……」

 

「外野は黙ってろ。で、受けんのか、受けねぇのか」

 

透ちゃんが爆豪くんを止めようとしてくれるけど、爆豪くんはそれを切って捨てた。

まあ、正直あの時の様子を見てないとそういう反応になるのは分かる。

というよりも、あの時みたいな波動の増やし方なんて分からないから、どうしようもないというのが実情だ。

一応、感情とか、状況が影響しているんだろうなっていうのは分かるけど、それをどうすればああなるのかが分からなかった。

 

「……爆豪くんが望んでるもの……出せないよ……あの時みたいなの……どうやればいいのか……分からないし……」

 

「うだうだ言ってねぇでどうすんのか答えろや!!」

 

「……分かった……結果……見えてるけど……」

 

イライラしながら問い詰めてくる爆豪くんに、仕方なく了承を伝える。

そんな中、やり取りを聞いていて分からなかった部分が多かった皆を代表するかのように、上鳴くんが問いかけた。

 

「あの時って?」

 

「……すまない、波動くん。皆にも最低限説明するぞ」

 

「ん……どうぞ……」

 

飯田くんが私に確認を取ってくれた。

正直、あの場にいたメンバーの中では一番説明役に適任かもしれない。

爆豪くんはこの調子だし、緑谷くんは暴走しかねない。

私と轟くんは口下手だから無駄に時間がかかる。

やっぱり飯田くんが説明してくれるのが一番マシだな。

 

「蛇腔で、波動先輩が重傷を負った直後に、感知した波動くんが跳んできたんだ。そして、波動先輩の怪我を見た直後に、波動くんの様子が変わった」

 

「様子が変わった?」

 

「ああ。全身から、俺が見ても異常と思えるほどの量の波動を、滲ませ始めた。そこからは一方的だったよ。エンデヴァーの技、プロミネンスバーンすらも使うことが出来た荼毘を、一切の反撃を許さずに蹂躙した」

 

「蹂躙って……」

 

「……間違った言い方をしてるわけじゃねぇ。それだけ、あの時の波動はやばかった。俺が火力負けした技も、波動の塊一つで相殺してたしな」

 

轟くんも、飯田くんの説明を補足するように付け足した。

皆の視線が集中してて居心地が悪い。

 

「極めつけはその後だ。ベストジーニストが拘束してくれていたギガントマキアが、拘束を破ってしまったんだよ」

 

「なっ!?で、でも、あのデカブツは確保したって……」

 

「ああ。確保した。皆の麻酔の成果と、波動くんの戦果が合わさって、行動不能になったからな……」

 

飯田くんはそこで一度言葉を区切った。

皆はもう黙ったまま、静かに聞いている。

そのまま思い出すようにしながら、飯田くんは続きを話し始めた。

 

「動き出してベストジーニストを殺そうとしたギガントマキアに対して、波動くんは、ベストジーニストとギガントマキアの間に身体を滑り込ませ、波動先輩以上のビームを、放ったんだ。その後に、ミルコや波動先輩のアシストが入って、さらに波動くんの全身から溢れる波動が増えた。そして、ビームがギガントマキアの上半身を覆うほどの大きさになって……ギガントマキアの左腕を切り飛ばしたんだよ」

 

「切りっ!?」

 

「ギガントマキアって、あの巨人で間違いねぇよな!?」

 

「あれの腕を、切り飛ばした……!?」

 

皆、絶句していた。

困惑したような視線を向けられて、こっちも困惑してしまう。

 

「……お姉ちゃんをやられたと思ったら……頭が真っ白になって……怒りに任せて暴れまわっただけ……なんで波動が増えたのかは……今までの傾向から予測はつけてるけど……じゃあどうしたらまた増やせるかとか……分からない……今はもう……元の量よりちょっと増えた程度まで戻っちゃったから……」

 

「い、いや、それでも……あれの腕を切り飛ばすってやべぇだろ」

 

「条件って……もしかして、怒ったりしてたからとか……?ナインの時とか、合宿で私を助けてくれた時とか、いつも以上の動きしてた覚えがあるんだけど……」

 

透ちゃんがちょっと考え込むようにしながら聞き返してきた。

そんな透ちゃんの問いかけに対して、緑谷くんがいつもの分析を始めた。

 

「怒り?いやでもそれだけだと説明がつかない時もあったような……波動さんが明らかに普段よりも力を発揮していた時となると、体育祭と林間合宿と那歩島と蛇腔だ。だけど怒りとなると体育祭で増えるのはおかしい。そうなると感情の昂ぶり?種類は問わない感じ?でもそれだともっとそういう場面がないとおかしかったと思「そのブツブツやめろやぁ!!!サブイボ立つんだよ!!!」

 

ブツブツを聞いている皆は、生暖かい視線を緑谷くんに向けていた。

だけど、そんな緑谷くんのブツブツは、爆豪くんに怒鳴られて強制終了させられてしまった。

いつもならこういう時はクソデクとかクソナードとか罵声とセットだったはずだから、一応柔らかくはなっている、はずだ。

思考でも蔑称のようなあだ名は使ってないし。

とりあえず強制的にブツブツを止めさせて満足したらしい爆豪くんは、さらに私に声をかけてきた。

 

「だから戦えっつってんだろうが。俺が戦いてぇのもあるが、こいつが意識してあの時の状態になれるなら戦力になる。模擬戦で条件考えてろ」

 

爆豪くんが念を押すように言ってくるけど、戦ったからってそう簡単にあの時の状態になれるとは思えないんだけど。

9割以上爆豪くんが個人的に戦いたいだけじゃないだろうか。

 

「……合宿で……常闇くんに対しても……残念だみたいなこと言ってたし……これ……9割爆豪くんの趣味だよね……?」

 

「……ああそうだよっ!!わりぃか!?」

 

まさかの逆ギレだ。

まあ、あれが使えた方がいいのは確かだからいいんだけど……

皆は、私に対して困惑と驚愕といったような感情を向けつつ、爆豪くんのいつも通りのキレている姿に、なんとも言えない感情を抱いていた。



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オリジン

コスチュームに着替えて寮の中庭に移動して、爆豪くんと向かい合う。

正直勝てるとは思えないんだけど……

殺したいレベルの憎悪とかを意識して抱けるなら話は別なんだろうけど、そんなの意識的にできるようなものじゃない。

荼毘のことを思い出すとイライラするし、自分の波動の量が不安定になるのは分かるけど、あんなに莫大な量に増えているような感じじゃない。

皆は各々の訓練に取り組みながらちらちらとこっちを見ている感じになっている。

 

「おら、始めるぞ」

 

「ん……じゃあ321で……」

 

時間を無駄にしないように審判とかも頼んでないから、私がテレパスでカウントダウンすることで開始の合図にした。

まあそれはいい。

問題は爆豪くんをどう攻略するかだ。

正直機動力も破壊力も負けている自覚があるから、思考を読んで裏をかくくらいしか手がない。

でも、爆豪くんはそんな戦い方を望んでいるわけじゃないのは分かってる。

だから、どうにか波動の量を増やせないかを考えながら、思考を読んで裏をかきまくるしかないか。

そう思いながら、テレパスを始めた。

 

 

 

『3……2……1……』

 

「おらぁっ!!!」

 

爆豪くんはいきなり真正面に飛んできながら爆破を放ってきた。

私も波動の噴出で跳んで避けながら、回り込もうとする。

だけど、そんなのは爆豪くんにとっても予想通りでしかない動きだろう。

実際、思考が裏をかこうとする私に対する警戒でしかないし。

今警戒している方向を避けるようにして、爆豪くんの視界の外に回り込もうとしていくけど、爆豪くんもすぐに反応してくる。

 

「分かりやすい動きだなぁおいっ!あの時は正面からねじ伏せる戦い方してやがったのに、随分消極的じゃねぇかっ!」

 

「……っ……あの時がおかしかっただけで……私は元々こういう戦い方……」

 

近づこうとしたタイミングで、すぐに爆破で牽制されてしまって爆風に煽られる。

そのまま追撃されないように大急ぎで距離を取るけど、爆豪くんはそれにも追撃を仕掛けようとしてくる。

 

「おせぇよっ!!」

 

そのまま跳躍で逃げようとするけど、爆豪くんはさらに加速を掛けながら襲い掛かってきていた。

逃げられないなら、反撃するしかない。

そのまま手に波動を圧縮して、着地すると同時に爆豪くんに向かって発勁を繰り出す。

 

「発勁っ!!」

 

「攻撃が読みやすいんだよテメェはっ!」

 

爆豪くんに向かって放った掌底突きは、爆破で若干身体の軸をずらされたことで難なく避けられてしまった。

そのまま迫ってくる爆豪くんから逃れるために、大急ぎで爆豪くんがいない方に跳び込む。

 

だけど、そんなの予想できていたみたいで、すぐに追撃をかけてきた。

起き上がる暇もないくらいの勢いで迫ってくる爆豪くんに、波動弾を投げて牽制する。

 

「その程度の攻撃じゃ牽制にすらなってねぇっ!閃光弾(スタングレネード)っ!!」

 

小規模の爆発で波動弾をかき消しながら、周囲を極大の閃光が包んだ。

 

 

 

爆豪くんがゆっくりと私の頭に押し付けていた手を退けて、立ち上がる。

負け、か。

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)とか、徹甲弾(A・Pショット)を使わなかったあたり、私に気を遣って手加減はしてくれたんだとは思う。

使った技が爆豪くんが使える技の中でも威力は低い閃光弾(スタングレネード)だったし。

だけど、それでも、手も足も出なかった。

ミルコさんと特訓はしたけど、同じように訓練を積んでいたり、戦闘経験が豊富な人が相手になると、勝ち目が薄い。

今まで私が単体で勝てたのだって、あの時の荼毘を除いたら、その辺のごろつきとか、小物のヴィラン、あとは個性の相性がいい相手くらいだ。

こうなるのは分かり切っていた。

実際、私の戦闘能力はA組の中でも下から数えた方が早い。

正面から戦って勝てると思えるのは、透ちゃんとか個性の相性がいい人くらいだし。

だから勝てないのも仕方ない。

そんなことを考えていたら、爆豪くんが鋭い視線で睨みつけてきていた。

 

「なに諦めてんだよ」

 

「……別に……諦めてなんて……」

 

「お前今何考えてた。負けるのは当然だった、勝ち目なんてなかった……どうせその辺りだろ」

 

吐き捨てるように言う爆豪くんに、何も言い返せなくなってしまう。

図星でしかなかったし、実際最初から勝てると思って戦ってないんだから、言い返すことなんて出来なかった。

そんな私を横目に見ながら、爆豪くんは言葉を続けた。

 

「テメェにその辺のモブとは違うポテンシャルがあるのはもう分かり切ってんだろ。なんで食いついてこねぇ。なんで無難な方法しか取ろうとしねぇ」

 

「……それは……」

 

併せてかけられる言葉にも、言い返すことなんてなかった。

全部、爆豪くんの言う通りだ。

今、爆豪くんが、『あの時はこんな消極的な雑魚じゃなかっただろ』みたいな感じの、吐き捨てるような思考をしているのも伝わってきている。

 

「出久もテメェも顔金玉も、感情の昂ぶりとか怒りとか、憎悪とか言ってやがるが……あの時の本質はそこじゃなかっただろうが……!」

 

「ほん、しつ……?」

 

爆豪くんの言葉に、オウム返しをするように聞き返してしまう。

それを聞いた爆豪くんは、舌打ちをしたうえで荒々しく言葉を続けた。

 

「確かに最初は憎悪だった。轟たちが話してるの聞いてりゃそうとしか思えねぇしな。間違いなく憎悪とか怒りでブーストされてるんだろうよ。だけどな……テメェがあのデカブツに向き合ってた時はどうだったんだよ」

 

「ギガントマキアと……向き合った時……」

 

「あの時のテメェは、異常な執着見せてる姉の仇を無視してでも、兎を、ジーパンを……俺を守るために止めに入りやがったっ……!あれは、憎悪でも怒りでもねぇっ……!」

 

爆豪くんは、すごく悔しそうに顔を歪めながら、絞り出すようにそう言った。

そこまで言われて、ようやく気が付いた。

確かにあの時は、怒りとかは、頭から消えてた。

必死だったのもあるけど、ミルコさんや、爆豪くんに、死んでほしくなかったから、守りたかったから、いつの間にか、身体を滑り込ませた。

大切な人たちが死んでしまう可能性に気が付いた瞬間、波動が跳ね上がっていた。

それは、荼毘に対する憎悪で増えていた波動よりもはるかに多くて、さらにブーストのようなものがかかる結果になっていた。

そこにお姉ちゃんが、私を助けるために来てくれて、お姉ちゃんまで死んじゃうって思ったところで、さらに波動は跳ね上がった。

あの時の波動のブーストのかかり方を考えると、荼毘への憎悪、師匠や友達の命の危機、お姉ちゃんの命の危機……この3回、ブーストがかかっていた。

その中で波動の増え幅が一番大きかったのは、お姉ちゃんの命の危機。

次が、ミルコさんと爆豪くん、通形さんの命の危機。

最後に、荼毘への憎悪だった。

確かに、憎悪や怒りでも波動は増えてる。

あの時は、憎悪で増えた波動と、過去の増えた時の状況を考えて、感情の昂ぶりとか、怒りとか、ピンチになったら増えるのかなんて、思ったりもしたけど……

憎悪でも増えるのは間違いないのかもしれないけど、一番効率よく、莫大な量に増えたのは、間違いなく、"大切な人の命の危機"と、それを許容できない私の、どうにかするんだって想いと、それに呼応した感情の昂ぶりだった。

そこまで思い至ったところで、私は確かめるように口を開いた。

 

「そういう、こと……?」

 

「……テメェのそれは、憎悪や怒りによるものじゃねぇ。魔王に相応しい力なんかじゃねぇ。むしろ、真逆だ。俺はそう考えた」

 

爆豪くんは、私がAFOに言われていた言葉も聞こえていたみたいだった。

それを含めて、爆豪くんは、『勇者みてぇな力』っていう認識を、持っていた。

AFOに言われていたことに対して、それを打ち消すような言葉を、かけてくれていた。

 

「……ありがとう……爆豪くん……」

 

「……借りを返しただけだ。早く使いこなして、俺の練習台になりゃそれでいい」

 

照れ隠しのようにそこまでいうと、爆豪くんは静かに離れていった。

爆豪くんは、そのまま緑谷くんの方を見に行ったようだった。

 

 

 

私は、離れていく爆豪くんを尻目に、考えていた。

あの波動の力を、使いこなしたい。

こんな状況になって、お姉ちゃんも、皆も、ミルコさんも、皆危険に晒されていて、傷付き続けている。

こんな状況は、一切許容できない。

それに、超常解放戦線の所業。

監獄破りとか、そういう犯罪は、今はどうでもいい。

どうでもよくないけど、それよりも、私にとって大事なことがある。

ミッドナイト先生を殺されたのも、許せることじゃない。

大事な恩師で、信頼していた先生で、信じても大丈夫だって最初に思わせてくれた、優しい先生だった。

そんな大切な人を殺されたという事実を、許容出来るわけがない。

私たちのことをすごく気遣ってくれている相澤先生だって、重傷を負わされた。

 

こんな状況で、そんな仇と、凄まじい力をもつ連中と、皆、命の危険を無視してでも戦おうとしていて、オールマイトは、自分の死の予知すらも受け入れて戦おうとしている。

こんなの、許容できるわけがなかった。

皆を、大切な人を、救けたい。

一般市民を、なんて、やっぱり言うことはできないけど……

それでも、大切な人の為に、私は戦いたい。

 

そう思ったところで、少しずつ、波動が増えていることに気が付いた。

皆の命の危険を認識して、救けたいって思い始めたからかな。

きっと爆豪くんの予想が、当たっていたんだと思う。

今までだって、波動が増えたタイミングは何回かあった。

多分、普段の私の波動が、あの増えた時の量の足元にも及ばなかったのは、私自身の感情の動きが、お姉ちゃん以外に対する関心が、薄かったせいだっていうことにようやく気が付いた。

今まで、嫌な感情とか思考を無視するために、意識して他人の波動を気にしないようにしていたけど、それが成長の妨げになっていたんだと思う。

 

でも、やっとそのことに気が付くことができた。

一般人に対しては、そこまで変わっているかと言われれば変わってないと思うけど……

私が大切だって思える人たちは、だいぶ増えた。

なら、後は練習あるのみだ。

大切な人たちを想う気持ちと、この状況をどうにかしたいっていう必死さがあれば、きっと……

身体から緩やかに立ち昇り始める波動を見ながらそう考えていると、訓練が落ち着いたらしい透ちゃんが私の方に駆け寄ってくるのが見えた。

そんな透ちゃんに笑顔で応えながら考える。

 

ミッドナイト先生は、大事なものを守るために戦うのもヒーローだって、そう言ってくれた。

それなら私は、お姉ちゃんを、皆を守る、ヒーローになりたい。

今まで、一度だって心からヒーローになりたいなんて思ったことはなかったけど、それでも、それが今の正直な気持ちだった。



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束の間の

あの後は、波動を増やすために色々と試したりして訓練をして、寮に戻った。

受け入れも落ち着いてきて、周囲の人間の思考も少しマシになって、緑谷くんも戻ってきた。

久しぶりに、少し気が抜けるような状態になったと思う。

 

そう思って、少し息抜きの意味も込めて、料理を作っていた。

ずっと訓練をしているわけにもいかないし、少しは休んだ方が効率も良かったりするし、皆も賛成してくれた。

とはいっても、食材がそんなに豊富にあるわけじゃないから凝ったものは作れないし、久しぶりに皆でカレーを作っていた感じだ。

 

「爆豪くん……そっちの鍋任せていい……?」

 

「あ?」

 

「辛いの……爆豪くんが調節して欲しい……私が作ってもいいけど……私は……私が一番うまくできる味付けでやりたいから……」

 

「……チッ……わぁったよ。どれだ」

 

「砂藤くんの隣の鍋……お願いね……」

 

爆豪くんにも味の調節をお願いしてしまう。

そこそこの大きさの鍋でいくつか作る予定だ。

甘口を砂藤くん、辛口を爆豪くん、中辛……というよりもお姉ちゃん好みのこだわりにこだわった至高の味付けを私が作る。

こんなに作ってる理由は、B組も呼んだからだったりする。

物間くんにはすごくお世話になったし、B組的にも息抜きにちょうどいいんじゃないかと思っての提案した。

お姉ちゃんたちも呼ぼうと思っていたんだけど訓練で忙しそうにしてたのと、3年生は3年生で今日は自炊しているみたいだからやめておいた。

まあこれは仕方ない。

ランチラッシュ先生は避難民の食事も作っているから、自炊ができる余裕があるならした方が負担軽減につながる。

食材も有限だから、もう向こうも作ってるなら無理に誘うほどでもない。

出来れば呼びたかったし、久しぶりにゆっくり話したりもしたかったんだけど、お姉ちゃんたちはお姉ちゃんたちでできることをしている。

邪魔をしたくなかった。

 

そんなことを考えながら鍋に隠し味とかを混ぜつつ味を調えていると、寮の扉がバァンっと音を鳴らして荒々しく開いた。

 

「待たせたねぇ!!待たせすぎたかな!?」

 

「お邪魔するよー」

 

まあ、当然のように物間くんだ。

午前中よりもマシになってはいるけど、顔色はまだだいぶ悪い。

ちょっと心配だった。

そんな物間くんの後ろに、拳藤さんを筆頭としたB組の面々もついてきている。

物間くんがいつもの煽るような表情で登場をしているにも関わらず、拳藤さんも特に制裁とかをするつもりはない。

ちゃんとこれがやせ我慢で心配させないためだっていうのが分かっているみたいだった。

それに、B組も鍋を1つ持ってきてくれていた。

カレーを作ってくれていたようだった。

 

「待っていたよ!上がってくれたまえ!」

 

「おー!物間!待ってたぜ!」

 

「いらっしゃーい!」

 

「……いつになく歓迎してくれるじゃないか」

 

皆も物間くんを快く迎え入れていて、その態度に物間くんが困惑するという珍しい状況が出来上がっていた。

私が物間くんが手伝ってくれていることとか、物間くんの考えとかを多少伝えたのもあって、態度の変化につながったみたいだった。

 

「おめぇが漢見せてることは波動から聞いてるぜ!ゆっくりくつろいで行ってくれよ!」

 

「……君、喋ったのか」

 

「……隠す意味……ある……?物間くんが頑張ってること……皆にも言っただけだよ……?」

 

「だからといって別に言う必要も「ほーら、いいから。さっさと席とか準備するよ。唯、お願い」

 

「ん」

 

物間くんが羞恥で顔を歪めながら恨めしそうに見てくるけど、そんな物間くんを拳藤さんが制してくれた。

B組はそのまま小大さんと柳さんを筆頭にソファの配置に取り掛かってくれた。

 

「俺、手伝うよ!」

 

上鳴くんが前回の反省を生かして、お茶子ちゃんが浮かせたりしているソファを動かしてスペースを空けたりする方向で手伝い始めていた。

まあそれはいいんだけど、群訝山荘の要請を受けた時に響香ちゃんのことを思い浮かべていたのはいいんだろうか。

もしかして、まだ意識してない?あんなに露骨だったのに?

響香ちゃんもチラッと見て流しちゃってるし、多分2人ともまだ自覚してないけどちょっと気になるくらいでしかない感じか。

外野がツッコむことじゃないし、自覚してない所に口を挟むのは馬に蹴られそうだしするべきじゃないから放っておくけど。

 

 

 

そんなこんなで準備が終わった。

この情勢のこともあって、最初の方は皆騒ぐような感じはなかったけど、好きな味のカレーをよそって食べ始めるころには賑やかなに話しながらの食事会になっていた。

 

「避難民の事とかもあるし、気を抜き過ぎるのがよくないのは分かってるが……うめぇ!!」

 

鉄哲くんが叫んでいる声が聞こえてくる。

隣にいる切島くんもすぐに同調し始めて、熱血な感じで意気投合して騒ぎ始めていた。

さらにその近くでは、百ちゃんがこんもりと盛られた超大盛のカレーをパクついている。

 

「自分たちで作ったカレーを食べるというのは、やはりいいものですわね」

 

「相変わらずの量だねヤオモモ」

 

「ええ!今日は訓練でだいぶ消費しましたし、その分を補給しなくてわ!」

 

「あ、暗黒の渦……」

 

「フッ、それはもう俺が通った道だ。深淵の理解者よ」

 

にこやかな笑顔でカレーの山を消していく横で、響香ちゃんが慣れた様子で声をかける。

それを見ていた黒色くんが、引いたような感じで呟いていた。

意味が凄く分かりづらいけど、ブラックホールとか、そういう感じのことを言いたいんだろうか。

常闇くんもそれに同調してる感じになってるし、あの2人が揃うと会話が分かりづらくて仕方ない。

 

「これは……!何種類ものスパイスの独特な香りが絶妙なバランスで混ざりあって香り豊かで奥深い味になってる!唐辛子だけじゃなくて色んなスパイスが混ざってるのもあって辛味以外にも酸味と爽やかな香りが混ざり合ってて辛いはずなのにどんどん食べたくなるこの感じは「鼻につく食レポすんなっつってんだろうがよ出久ぅ!!!」

 

緑谷くんも緑谷くんでいつものブツブツを始めて爆豪くんがキレ散らかしている。

一応デクとかナードとか言わなくなってるけど、この辺りは全然変わってない。

根っこの部分が簡単に変わったらむしろ怖いから、当然のことではあるんだけど。

 

「あれ、爆豪っていつの間に緑谷のこと名前で呼ぶようになったの?」

 

「昨日緑谷ちゃんを連れ戻すときに色々あってね」

 

そんな爆豪くんの様子を見ながら、拳藤さんが近くにいた梅雨ちゃんに事情を確認していた。

まあもとの爆豪くんを知ってたらそういう感想になるよねとしか思えない。

私がそんなことを考えていると、隣でカレーをがっついていた透ちゃんが、口の中の物を飲み込んでから話しかけてきた。

 

「瑠璃ちゃんのカレーおいしいね!?自信がある味付けって言ってただけある!!」

 

「ふふ……当然……だってこれは、お姉ちゃんが大好きな味だから……!!おいしいのは、当然なんだよっ……!!」

 

透ちゃんの当然すぎる感想に、思わずドヤ顔を返してしまう。

これは、久しぶりに布教をしなければいけないんじゃないだろうか。

 

「あ、あ~……久しぶりのこの感じ……」

 

「今日作ったカレーは私がお姉ちゃんのためにこだわりにこだわりぬいた至高の一品なんだよ……!若干甘めの味付けだけど確かに辛さもあって、そんな中にもスパイスとフルーツの香りが絶妙なバランスで香るように調整しててね―――……」

 

お姉ちゃんの好みの味を絶賛してもらえて私はもう有頂天だった。

三奈ちゃんとか物間くんとかが、若干引いたような感じでこっちを見ているのが分かる。

これは布教が足りてないな。

また今度余裕がある時に徹底的に布教しとかないといけない。

 

 

 

そんなことを考えながら透ちゃん相手に今できる範囲で布教をしていたら、寮の扉が開いた。

 

「おまえら、何騒いで「相澤先生!!?」

 

扉から姿を現したのは、相澤先生だった。

右目に眼帯を付けているけど、普通に歩いて扉から入ってきた。

その姿に皆驚愕して、大声を出して固まってしまっていた。

 

「もう退院できたのですか!?」

 

「大丈夫なんですか!?」

 

「ああ。ついさっき退院してな。もう大丈夫だ」

 

先生はなんてこともないようにそう言い切った。

だけど、先生の右目は、もうまともに機能していない。

死柄木に完全に潰されてしまっていた。

顔の傷も、くっきりと痕が残ってしまっている。

確かに体調は問題ないんだろうけど、とても万全の状態での退院とは言えなかった。

そんな先生に対して、峰田くんが恐る恐る口を開いた。

 

「な、なぁ、目は……」

 

「問題ない。気にするな。それで、お前たちは……カレーパーティーでもしてたのか?」

 

「はい!避難民のことも、緑谷くんのことも、ある程度は落ち着いたので!訓練も行っていたのですが、それだけではオーバーワークになってしまいますし、気が滅入るということで、気分転換も兼ねて!」

 

先生の質問に、飯田くんが代表して返答した。

先生もこの集まりを否定する気は一切なさそうだし、さっきくらいの騒ぎ方ならいいと思っているらしい。

 

「それを否定するつもりはない。合理的に動くためには休める時に休むことも重要だからな。まぁそれはいいんだが……すまん、こういう集まりをしてるなら、エリちゃんを連れてきてもいいか?どうも最近気が滅入っているらしくてな。気分転換をさせてあげたい」

 

「ん……大丈夫です……どうぞ……連れてきてください……砂藤くん作の甘くておいしいカレーもあるよって……伝えてあげてください……」

 

「助かる、ちょっと待っててくれ」

 

私が皆の思考に拒否してる感じがないことを確認してから返答すると、先生は寮を出て、教師寮の方に向かって行った。

先生が言ってくれていた通り、エリちゃんも最近気が滅入っていた。

まあ、こんな世界情勢になって、護衛もつけられて、行動も制限されて、ミッドナイト先生が殉職して、忙しすぎる先生たちも教師寮になかなか帰ってこなくなって、私たちもエリちゃんと会う時間が取れなくて、気が滅入ってしまうのも仕方ない状況が出来てしまっていた。

そんなエリちゃんの気分転換になるというなら願ったり叶ったりだ。

先生にもちゃんと休んで、気分転換して欲しいし、戻って来たら先生も巻き込もう。

A組は皆その気みたいだし、B組も特に嫌がっている様子はない。

鍋を温め直して先生をまった。

 

そんな感じで、エリちゃんと先生も巻き込んだAB合同カレーパーティーは問題なく終わった。

久しぶりに楽しく過ごせて、ちょっとだけ気分が晴れた気がした。



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遺志

息抜きから一夜が明けて、朝になった。

昨日の夜に、先生たちの思考がアメリカのNo.1ヒーロー、スターアンドストライプに関することになっていたのが気になりはしたけど、わざわざ聞きに行くのはやめておいた。

明らかに混乱した感じだったし、負の感情からして、訃報か何かだろうというのは深く読まなくても容易に想像がついたし、その時の先生たちの状態で聞きに行ってもすぐに教えてもらえるとは思っていなかったのもある。

今日オールマイトが言いに来てくれる感じの思考をしている辺り、特に聞きに行く必要が無かったのは間違いではなかったみたいだった。

 

しばらくしてからオールマイトがやってきて、1階に集められた皆に、案の定スターアンドストライプが死柄木に挑んで敗れたことが伝えられた。

そのうえで、オールマイトが考えていた内容をゆっくりと伝えられた。

その内容に対して、爆豪くんが顔を歪めながら言葉を返した。

 

「猶予ぉ!?」

 

「あぁ。本来なら死柄木は明日にも万全の身体となるはずだった。少なくとも一週間、死柄木は動けない。スターアンドストライプが遺してくれた、最後の猶予だ。この時間を有効に使う……死柄木とAFOを倒すために」

 

「一週間って……どういう基準で判断してますか……?死柄木は……仮死状態から万全でない復帰をした後でも……ある程度動いてましたよね……」

 

「……あぁ、スターアンドストライプが、自らの命と引き換えに、死柄木に大打撃を与えてくれた」

 

そこから、オールマイトはスターアンドストライプの戦いを語り始めた。

内心でキャシーなんて考えている辺り、オールマイトの知り合いだったっぽい。

そんな彼女が死んでしまった悲しみを隠すようにしながら、話し続けていた。

彼女の死を無駄にしないために。

 

「スターが……!死柄木にダメージが!?」

 

「アメリカの戦闘機からいただいた分析データだ。奪われた新秩序(ニューオーダー)が、毒のように死柄木を蝕んだ。身体に多大なダメージを受けるとともに、いくつ持っているのか分からないが、相当数の"個性"が損壊したとみられる」

 

「それじゃあ今が……」

 

「千載一遇のチャンス……!」

 

……この感じからして、自分の個性が奪われることを前提として罠を仕掛けた感じか。

新秩序(ニューオーダー)は確か、ルールを押し付けられる個性だったはずだ。

奪われるために崩壊が使える死柄木に触られなければいけない関係上、自分の身を犠牲にする前提ではあるけど、スターが取れる手段であるのは間違いなさそうだった。

そんな手段に出ているということは、スター個人では敵わなかったということ。

エンデヴァーたちと共闘できれば違ったのかもしれないけど、アメリカから独断専行してやってきていたみたいだし、すぐに連携を取るのは難しい。

仕方なかった感じかな。

 

「一般人の避難も進みつつある今、早速残存ヒーロー総出で捜索を行っている。しかし痛手を負ったAFOがどう動くか……これまで以上に読みづらい。見つかっても見つからなくても、結局は総力戦になるだろう」

 

オールマイトの言っている総力戦と言うのは、OFA……緑谷くんや、私たちも含めた意味での総力戦だった。

もう、学生だとか言っている余裕がない状況なのは痛いほど分かっている。

大切な人を守るためにも、頑張らないといけない。

そして、皆が少し盛り上がり始めている中、オールマイトは敵の戦力を順番に数え始めるように、言葉を続けた。

 

「ともかく君たちには……動けないとは言ったが……依然最強のヴィラン、死柄木弔。同じくAFO本体。エンデヴァーに匹敵する炎……狂気の男荼毘。波動少女の感知すらもすり抜け、翻弄して見せた少女、トガヒミコ。残る3体のニア・ハイエンド。解放戦線の残党。そして未だに捕まることなく、AFOに従い暴れ回るダツゴク」

 

「……恐らくそれだけじゃない……」

 

「ああ。恐らくもっと増える」

 

オールマイトの言葉に、障子くんが反応する。

障子くんは、今まで虐げられてきた者たちが、AFOに同調してしまう可能性を考えていた。

異形差別。

障子くんがその存在を改めて示唆してくれた、田舎の忌むべき風習。

超常解放戦線には、スピナーなんていう神輿にちょうどよさそうな幹部までいる。

今まで虐げられた恨みつらみを抱え込んでいる異形個性の持ち主たちが、このままでいるとは思えなかった。

……というよりも、あれだけ悪辣なAFOが、それを利用しないとは思えなかった。

 

「対してこちら、前線に立つ者もだいぶ減ってしまった……スターの殉職を前に敢えて言う。君たち自身と、君たちが守りたいモノを守るために、この"猶予"を使って、少しでも力を底上げしてもらう」

 

そこまで言うと、オールマイトは私たちを順番に見つめてきた。

だけど、オールマイトから投げかけられた言葉に爆豪くんは耐えられなかったようで、プルプルと震えだしていた。

 

「んなもんとっくにやっとるわぁ!!!」

 

爆豪くんがはっきりとそういうと、あまりの勢いにオールマイトがビクッと反応した。

元No.1ヒーローでも、爆豪くんの勢いにはびっくりしてしまうらしい。

 

「オールマイトはデクくんと出てっちゃったから」

 

「いらしてもすぐ出て行きますし」

 

「群訝・蛇腔以降、プッシーキャッツの圧縮訓練を続けてたんです。寮内でできる範囲で」

 

「……ん……私たちも私たちなりに……できることをしてた……」

 

皆が口々にオールマイトに言葉を返していく。

でも、緑谷くんのことがあったから多少は仕方ないにしても、外に意識が向き過ぎていたオールマイトが悪い。

私以外の皆は、もう避難所として開かれるようになるくらいの頃には訓練を始めていた。

ヒーローが足りなくなるのは分かり切っていたことだから。

それに、今はAFOに挑まなければいけない緑谷くんについて行くって、皆が考えている。

誰にも、迷いなんてなかった。

 

「我々は緑谷と共に征く者……死柄木らを止めるまで、戦い続ける所存」

 

「ショゾン!」

 

常闇くんに続いて、三奈ちゃんすらも憮然とした表情でその意志をオールマイトに訴えていた。

皆がそんな感じで言いたいことを言い続ける中、緑谷くんがさらに言葉を続けた。

 

「これからかっちゃんたちが組手してくれるんです!波動さんが危機感知の訓練をつけてくれるっていうのと、かっちゃんがOFAを完成させてやるって「はあああい!?言ってねーーーよ!!!ダツゴクに耳千切られたんか!!!」

 

「変われよ!!」

 

爆豪くんのいつも通り過ぎる緑谷くんへの突っかかり具合に、砂藤くんが思わずと言った感じで叫びながらツッコみを入れた。

だけど、爆豪くんはそんなことも気にせずにさらに言葉を続けていていく。

 

「俺の新境地"クラスター"が通用するか確かめてぇ。OFA相手は、対死柄木・AFOへの一つの指標になる」

 

「そうだな……」

 

「ん……私も……戦力になれる……あのギガントマキアにやったことを……意識してできるように……緑谷くんに指導しながら、模索する……OFAは……いい練習台……」

 

私も、今日やりたかったことを口に出す。

緑谷くんへの危機感知の訓練は、だいぶ前からオールマイトにも頼まれていたことではあったし、昨日の夜のうちに緑谷くんに提案したら嬉々として受け入れてくれた。

トガのような存在がいる以上、勝手に反応する感知頼りというのは難しいから、慣れている私が教えた方がいい。

それをしながら、意図的にあの波動が溢れる状態になれるようになれば、緑谷くん程じゃないかもしれないけど、私も切り札の一角になれる。

お姉ちゃんと天喰さん、通形さんが一緒に模索している、混成大夥の境地。それに対するお姉ちゃんの波動のエネルギーの転用。

そこから推測される威力は計り知れないし、私がそれに追いつけるかも分からない。

だけど、少なくとも、今みたいに感知以外は足手まといなんて状態にはならないはずだ。

そんなことを考えていたら、切島くんが底抜けに明るい感じの表情で口を開いた。

 

「俺のことも殴ったりしてくれよ!」

 

「……そこだけ聞くと……ヤバい人でしかない……」

 

「俺はもっと硬くならなきゃいけねぇんだよ!波動も俺を殴ってくれ!!」

 

「……やること終わって……余裕があったらね……」

 

切島くんが相変わらずやばい人みたいな危なっかしい発言をしてくるけど、とりあえず流しておく。

今日は指導にもあるから、時間が取れるか分からないし。

 

「スターの遺志をついでいかねばな」

 

「とりあえず中庭あけとくわ」

 

「オイラのスターをよぉ……許せねぇ、クソが……」

 

「みんなのスターだよ」

 

……峰田くん、スターアンドストライプもストライクゾーンに入っているのか。

つまり、自分の数倍は身長があるムキムキの女性でも大丈夫らしい。

これは結構凄い気がしないでもない。

 

まあそんなことはどうでもよくて、皆がスターアンドストライプの遺志を、紡ごうとしていた。

そこからもたらされる儚くて細い希望でしかないけど、それでも、その希望に縋るようにして、前を向いていた。

 

私も、その遺志を紡いでいかないといけない。

スターだけじゃない。ミッドナイト先生の遺志もだ。

私が、大切な人を守ることが出来るヒーローになって、皆を、お姉ちゃんを守って、先生のその遺志を、想いを、紡いでいかないと。

 

 

 

私たちがそうやって思いを新たにする中、オールマイトが去年の、初めての戦闘訓練の時のことを考えていた。

『あの日の卵たちはとっくに孵っていて、嵐にもくじけず、今、頼もしく羽ばたかんとしている。AFO、やはりおまえは馬鹿なことをしたよ。このクラスは、強いぞ』なんて考えていた。

それはいい。

オールマイトがそう思ってくれていることは、私たちとしては嬉しいだけだし。

だけど、オールマイトに言っておかないといけないことがあった。

話ももう一段落したみたいだし、皆が話している様子を眺めながら、オールマイトにテレパスをかけた。

 

『オールマイト……明日か、明後日……ナイトアイが到着したら……お話があります……オールマイトの、未来に関して……この前考えていたことも含めて……じっくり話しましょう……』

 

私がそうやってテレパスを掛けると、オールマイトは小さく驚いたような表情を浮かべて、目を閉じた。

 

『……分かった。ナイトアイには、言いたくなかったんだけどね……この行動に出た場合の自分の未来と、ナイトアイに話した時の反応は、目に見えているし……』

 

『それを分かったうえでの提案です……逃げないでくださいよ……』

 

『にげっ……!?波動少女は私が逃げると思っているのかい!?』

 

『……ナイトアイを避け続けていた前科があるので……信用しきれません……インターンの時……緑谷くんのお願いも……私情を挟んで拒否してましたよね……』

 

『うぐっ!?そ、それに関しては何も言い返せないっ……!!』

 

私が思ったことをそのまま伝えると、オールマイトはうろたえる感じの思考をしていた。

正直、それを分かったうえで見ていると口には出してなくても、何か変なことを考えているのが分かるくらいの挙動不審加減だった。

まあ、私は別に皆にバレてもいいんだけど、オールマイトが嫌だろうからテレパスで声をかけたのに、そんなバレかねない反応をしていていいんだろうか。

せっかくI・アイランドの時に態度に出過ぎだって言ったのに、全く改善されてない。

隠し事が出来ないのは美徳だけど、相変わらずすぎるオールマイトにちょっとほっこりしながら、少しの間テレパスで弄り続けた。



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感知訓練

寮の裏手の広場で、各々でできる訓練をしていた。

そんな中、私は緑谷くんと向かい合っていた。

 

「……危機感知の感覚……どんな感じか教えて欲しい……それによって教える内容が変わるから……思考的に……私の悪意感知と同じだとは思うけど……」

 

「うん。えっと……攻撃されそうな時とか、すごいヴィランが出てきたり何かしようとしたりしたら、頭を刺すような感覚がするんだ。タイミングとかから考えて、僕自身に危害が及ぶ可能性が高い時に警笛が鳴る、みたいな感じだと思う」

 

緑谷くんが教えてくれた内容は、読心で私が予測していた内容と大きな差はなかった。

本人がまとめてくれているように、自身に危害が及ぶ可能性が高い時に警笛が鳴る感覚で間違いないと思う。

まずはこの危害って部分がどんな感じなのかを見極めていかないといけない。

 

「ふむ……ちょっと試してみるから……危機感知が反応したら教えて……あと……試す段階で攻撃を加えるけど……普通に避けていいからね……」

 

「分かった。いつでもいいよ!」

 

「ん……じゃあ始める……私が攻撃し始めるまでは……なるべく棒立ちでお願いね……」

 

「うん!」

 

緑谷くんはすぐに了承して、多少警戒しつつ棒立ちの状態になってくれた。

それじゃあ、始めるか。

まずは、緑谷くんまで一気に距離を詰めて……

 

「発勁っ!」

 

「……発動、してないね」

 

わざと緑谷くんに当てる直前で手を止めて、波動の噴出もしなかった。

私がもともと寸止めするつもりで距離を詰めたのもあって、案の定危機感知は発動してない。

再度距離を取って、続きを始める。

次は……

 

「波動弾っ!」

 

「っ、発動したよ」

 

私が怪我をさせるつもりで勢いよく波動弾を押し出すと同時に、緑谷くんが飛び退いた。

だいぶ発動早かったな。

結構感度がいい感じか。

まあとりあえずこれは予想通りの結果でしかない。

 

「じゃあ次……爆豪くんっ!協力してっ!」

 

「あ?……なんで俺なんだよ。別に俺じゃなくてもいいだろ」

 

私だとできない部分を誰かに依頼しようと思って、2択になった上で適任だと思った爆豪くんに声をかけた。

だけど、爆豪くんは自分の特訓をしていたタイミングだったのもあって若干不満そうに聞き返してくる。

 

「自分である程度予想できてる人の方が……余計な思考が混ざらないから……結果に影響が出ない……爆豪くんか百ちゃんの2択……私だと感知のせいで無意識の攻撃が難しいから……」

 

「チッ……わぁったよ。次は無意識で当たりに行けばいいんだな」

 

「ん……話が早い……」

 

用意しておいた布を渡すと、爆豪くんはすぐに目隠しをしてくれた。

爆豪くんは話が伝わるのが早いから本当に助かる。

爆豪くんの視界が塞がったのを確認して、緑谷くんにテレパスで位置の指示を出す。

 

『緑谷くん……そこから右に2歩、後ろに3歩動いて……』

 

緑谷くんも指示に従って静かに動いてくれた。

位置に着いたのを確認してから、爆豪くんに声をかける。

 

「じゃあ爆豪くん……まっすぐ歩いて……」

 

爆豪くんは何も言わずに歩き出した。

そして、少し歩くと、棒立ちしている緑谷くんに思いっきり肩をぶつけた。

 

「どうだった……?」

 

「発動してないよ。間違いなく肩は当たったけど、発動しなかった」

 

「ん……予想通り……じゃあ次……」

 

予想通りの結果だったことを確認して、そのまま次の指示を出す。

少しの間、爆豪くんに協力してもらいながら、無意識の攻撃、無意識の程度、故意に当てようとしたか否か、その故意の程度による差はあるのか、攻撃の威力と意識の関係性とそれによる危機感知の反応の仕方の変化とか、透ちゃんの集光屈折ハイチーズや轟くんの穿天氷壁を利用した範囲攻撃への反応などなど、とにかく確認できることをどんどん確認していった。

 

 

 

確認の結果、緑谷くんの危機感知は私の悪意の感知とほぼ同じ判定が下されているということが分かった。

これなら教えやすいし私も助かる。

 

「大体わかった……自分に向けられた悪意とか……自分が巻き込まれかねない悪意に対して……危機感知が発動してる……私の悪意の感知が……自分への悪意だけに変わってる感じだから……詳しく指導できる……」

 

「やっぱりそうだよね!じゃあ具体的なアドバイスを……」

 

緑谷くんが嬉しそうに口を開くのを確認してから、それを制した。

アドバイスをするのはいいけど、危機感知自体を過信することがよくない。

それをすり抜ける相手が、超常解放戦線にはいるんだから。

 

「ん……その前に……注意が一つ……AFOと戦うなら……その取り巻きの超常解放戦線のことも考えないといけないから……」

 

「……トガ、だよね。波動さんの感知もすり抜けるほどのミスディレクションとなると……」

 

「多分……というか、絶対……全く反応しないと思う……私の感知もすり抜けるほど……意図して無意識になれるし……後は……言い方は悪いけど……トガは狂ってるから……」

 

「狂ってる?」

 

緑谷くんもトガのことを言っていることはすぐに分かってくれたけど、狂っているっていう部分には疑問符を浮かべた。

まあ緑谷くんは謎の興味を持たれていた程度の印象しかないだろうし、そうなるのも仕方ないか。

 

「ん……狂ってる……ね、緑谷くん……緑谷くんは……好きな人にナイフを振りかざせる……?好きな人を……ナイフで刺すことが出来る……?」

 

「そ、そんなのできるわけないよ」

 

「だよね……でも……トガはそれができるんだよ……むしろ……好きだから……同じになろうとして……血を取ろうとしてくる……ここに悪意って……あると思う……?」

 

そこまで言ったところで、緑谷くんが固まった。

まあ、善意の塊のような緑谷くん的には分かりづらいだろうし、さらに言うと女子と話すだけであんなにガチガチに緊張しまくってた感じからして恋愛感情としての好意とか考えたこともなさそうだし。

私もそういう経験があるわけではないけど、感情の機微には人一倍詳しいと自負はしている。

 

「そう……悪意なんてないんだよ……トガは……私に対しては……友愛みたいなのを向けてきてる……そのせいか知らないけど……攻撃されてる時に……その攻撃行動単体からの悪意は……感じたことが無いんだよ……」

 

「じゃあ、もしかして僕も?」

 

「ん……緑谷くん……自覚してるか分からないけど……トガから恋愛感情を向けられてる……トガはそんな好意を抱いている緑谷くんを……嬉々として殺そうとしてくると思うよ……そして……そこに悪意なんて存在しない……」

 

私がそこまで言うと、緑谷くんはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「だから……トガの攻撃は危機感知にはほぼ反応しない……その認識を持っておいて……感知のコツとか……感じる感覚からできる行動予測とか教えるけど……過信はしないで……致命傷になりかねないから……」

 

「……うん、分かった。ありがとう」

 

「ん……じゃあ、始めよっか……」

 

「うん!お願いします!!」

 

緑谷くんがしっかりと頷いて、元気よく返事をしてくれたのを確認してから、訓練に移った。

 

 

 

他の人が訓練してるところに紛れ込ませてもらって、攻撃を一緒に予測しつつ感知したことと感覚のすり合わせをしたり、緑谷くんが模擬戦をしている時に助言をしたりといった感じで、危機感知の訓練を重ねていった。

そして、爆豪くんとの模擬戦が終わって緑谷くんがアフロになったところで、爆豪くんが緑谷くんに説明するように口を開いた。

 

「エンデヴァーんとこで学んだ"溜めて""放つ"。そいつを一発だけじゃなく、汗の玉にして同時多発させる。それが新境地"クラスター"これから俺の技は全て底上げさせる。あっためんのに時間食うが」

 

「ああ、だから冬服!!」

 

「だからそこまで……汗びっしょり……」

 

「暑くて体力削られっからどっち取るかだ」

 

爆豪くんはその言葉の通り、凄い量の汗でびっしょりになっていた。

こう考えると爆豪くんの個性も大変だな。

汗かかないと大きな力を発揮できないし。

緑谷くんはその流れで轟くんの新技にも感想を漏らしているけど、轟くんの技はまだ爆豪くん程完成していない。

炎と氷の合わせ技はまだ練習中みたいだった。

そんな中、皆の練習を眺めていた上鳴くんと峰田くんがぼやくように話し始めた。

 

「総力戦っつってたけどさ」

 

「うん?」

 

「大将2人は今弱ってるじゃんね?ギガントマキアも拘束して眠らせ続けてんだろ?見つかりゃ今度こそいけそーじゃね?」

 

上鳴くんが凄く浅はかなことを言っていた。

まずAFOが見つかるなんて思えないし、AFOにヘドロワープが残っている可能性がある以上日本に拠点がある保証すらない。

加えてこちらの戦力不足。

さらに、こっちは守らなければいけない拠点がある以上、戦いを始めるタイミングは、ほぼ向こうが握っているということ。

この辺りから考えて、どう考えても見つかるとは思えないし、勝てる保証もないという絶望的な状況であること自体は変わりなかった。

それを少しでも有利にするために、人海戦術なんて方法を取ってまで拠点を探しているのだ。

私がそんなことを考えていたら、同じようなことを考えていた爆豪くんが口を開いた。

 

「ざっくり3点あめぇ」

 

「えええ。3つもあまいの……?」

 

「まず1つ。多分見つからねぇ。これまで脳無格納庫や死柄木のアジト……研究施設は見つかっても、オールマイトに敗北後奴自身の所在は掴めたことがねぇ。逃げ隠れるなら世界一なんだよあの顔金玉」

 

「シモやめて」

 

爆豪くんが1つ目の指摘点をササッと説明してくれる。

その説明の中に出てきたAFOの酷いあだ名に対して、響香ちゃんが心底嫌そうな顔をして文句を言っていた。

その様子を見ながら、指摘点に気が付いている百ちゃんも続いて口を開いた。

 

「2は、そもそも前回の死柄木が不完全な状態だった……ですわね。こちらの甚大な戦力減を鑑みると、五分と言えるか……」

 

「それ」

 

百ちゃんが説明に、爆豪くんも同調している。

最後は私が言うか。

私が理解してることも爆豪くんは分かってるみたいだし。

 

「3つ目……戦いを始めるタイミングは……向こうが握ってる……サーチと、あのヘドロワープが消えていたとしても……相手の拠点が分からないのに……こっちの防衛しなきゃいけない拠点の場所は分かり切ってる……後手は必至……」

 

「だからこその今のヤケクソ人海戦術なんだよ」

 

私の説明に、爆豪くんが補足を入れてくれる。

そんな補足を聞いて、緑谷くんが決意を固めた表情で言葉を続けた。

 

「だから、せめて出方を……動きを誘導できるように、早速僕も捜索に出る」

 

「僕たち、だろ」

 

また1人でやるような発言をする緑谷くんに、飯田くんがすかさずツッコみを入れてくれた。

人のことを言えないのは分かってるけど、緑谷くんは相変わらずだった。

 

「……そうだ、それで言うと……出歩いていいんだよね?」

 

「ある程度は。麗日くんの演説を受けて、ヒーロー科と避難民の接触も緩和されたからな」

 

飯田くんの補足を受けて、お茶子ちゃんが顔を真っ赤にして照れ始めた。

その様子を見て梅雨ちゃんが微笑ましそうに見ているのと同時に、三奈ちゃんと透ちゃんが凄くキラキラした目で見ていた。

まあ、あれだけのことをしたら緑谷くんの中でのお茶子ちゃんへの好感度はうなぎ上りだろうし、緑谷くんのお母さんにも認知されただろう。

それとお茶子ちゃんの反応をあわせて、弄りに行きたいっていう思考がありありと読み取れた。

一応、自重して今はやるつもりはないみたいだけど、食後とかの休憩中にそういう感じになりそうかな。

 

そんなことを考えながらのんびり眺めていた時に、嫌な感じの思考を感知した。



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二重スパイ

……ついに来た、か。

信奉者とか取引した人間を潜り込ませようとしていたから、いつかは来ると思っていた。

弾いた人間は連絡が取れなくなっているはずだし、私が読心できることはAFOも分かりきっているはずだった。

それに、AFOはサーチを持っている。

ラグドールさんが緑谷くんのOFAを把握できていなかったから、全てが読めるわけではないけど、それでも私の個性の詳細は最低限は分かっているはずだった。

そんな状態だったのに、青山くんの両親に指示の連絡がきた。

自分の個性を過信しているのか、私がどこまで読心出来るのか読み切れてないのか分からないけど、それでも迂闊だと思わざるを得なかった。

USJと林間合宿で内通が成功しているから、私がそこまで読めないとでも思っているんだろうか。

それとも、失敗したらしたで切り捨てればいいと思ってる?

なんとも言えないところだけど、連絡が来たのは事実だった。

 

彼らは夕方になって訓練が終わった頃に動き出して、練習している青山くんをにこやかな笑顔で呼び出した。

内心の恐怖と焦燥、嘆き、悲しみ、息子への懺悔とか、いろいろな思考を必死で隠しながら。

その隠し方が功を奏したのか、皆一切不思議に思わずに、心配して見に来た両親が声をかけただけだと思ったみたいだった。

透ちゃんだけは、青山くんの覚悟を決めたような真剣な表情を見て訝しんでいたけど。

 

青山くんの両親に対してコンタクトがあったことは、すぐに先生たちにテレパスで報告した。

オールマイトから塚内警部に連絡を取ってもらって、すぐにこっちに来て待機してもらっている。

青山くんにだけは、まだ伝えてなかった。

なるべく自然な反応を返してもらいたかったからっていうのもあるけど、AFOの個性で、気になるところがあったから。

 

8月の青山くんの自白を聞いて、ずっと考えていた事だった。

裏切り者は、粛清される。

それは分かる。あの悪辣な男のやりそうなことだ。

だけど、どうやって裏切りを判断する。

AFOは、直接会うことは決してない。手の者が指示を出しているわけでもない。

AFO自身が、電話で指示を出している。

こんな方法で、どうやって裏切ったと判断するのか。

指示に対する結果のズレが発覚してから粛清する?

それで、絶対に逃げられない包囲網なんてできるのか?

だって、そんな方法で粛清しているなら、発覚前に海外に逃亡したり、整形で見た目を誤魔化したりできてしまう。

海外に逃げた裏切り者を、見た目が変わった裏切り者を、サーチを手に入れる前の状態でどうやって見つけた?

オールマイトがアメリカに逃れることができた以上、海外に手の者はほとんどいないと見ていいだろう。

だって、あれだけ大きな国で、日本と関わりの大きい国で、逃走先の候補として真っ先に挙がりそうな国なのに、手の者がいなかったのだ。

このことから、海外にはまだAFOの手が及んでいない可能性が高いことが分かる。

それを考慮して考えると、粛清の判断基準が普通じゃないのが容易に想像がつく。

だって、海外に逃げられたから粛清できませんでしたなんてことになったら、脅したところで国外逃亡されまくって、国外で告発されるのがオチだと思うからだ。

 

そうなった時に考えられる粛清の判断基準、裏切りの基準が、電話だった。

そもそも、なんでAFOが直接電話する必要がある。

殻木やギガントマキアのように、心からAFOに従う者がいたのに、なぜ黒幕がわざわざ出張る必要がある。

ここから考えられることが、AFO自身の個性の使用だった。

電話で判断できることとなると、限られてくると思う。

電話の相手が裏切ったらすぐに分かるような個性となると、私の"波動"による読心や、緑谷くんの"危機感知"のような警告系の何か、真さんの"嘘発見器(ポリグラフ)"による嘘の判別のような手段の可能性が、高いと思う。

ただ、読心かと言われるとなんとも言えないと言わざるを得なかった。

だって、夏休み時点での私をサブターゲットにする理由なんて、読心しかない。

個性の複製ができるのに欲しがる時点で、読心は持ってない可能性が高いと思っていた。

つまり状況的に、電話の声だけで、相手の発言や思考の裏を、読心以外の何かである程度読めていないとおかしいとしか思えなかった。

 

だからこそ、AFOは自分の個性を過信して、青山くんを切り捨ててない。

だからこそ私たちは、今の雄英に青山くんの両親を招き入れても、ギリギリまで放置した。

青山くんにも、両親に対して自然な反応を返して欲しかったから、伝えていなかった。

少しでも疑念が生じて、万が一AFOからの連絡があって、筒抜けになった場合が困る。

まぁ青山くんは、おかしいと言わざるを得ない状態の両親を見て、すぐに気が付いてしまったようだけど。

 

『……波動さん、分かっているね』

 

『ん……大丈夫……ちゃんと見てるから……対応は任せて……』

 

青山くんがゆっくり歩き出すのに合わせて、私も動き出す。

思考から移動先を確認して、先生たちにもテレパスをしてしまう。

青山くんの両親の個性が、凶悪度の低いものであることは分かっている。

だから、私が先行して死角に潜んで、AFOからの連絡が既に終わっていると判断した時点で拘束する。

先生たちもテレパスで指示した位置に、バレないように来て包囲してくれることになっている。

 

「……ごめん、透ちゃん……ちょっと出てくるね……」

 

「え?あ、うん。どこ行くの?」

 

「ん……ちょっと用事……」

 

「……そっか、いってらっしゃい」

 

透ちゃんに一声かけてから、寮を出る。

そのまま走って3人が向かう先である寮の裏手の森の中に先回りして、死角になりそうな木の上に隠れてしまう。

そこからは、3人の思考と挙動に集中した。

 

 

 

「やるしかないのよ……あの人が再び"指示"を出してきた。大丈夫……これまで通り、傍受されていても民間の日常に取れるように暗号化してあるわ。ここなら監視の死角になるでしょ……!?大丈夫よ!やらなきゃ私たちが殺されてしまうの!優雅!」

 

青山くんの両親は、凄まじい形相で青山くんの両肩を掴んで、訴えかけていた。

その様子を見た青山くんは、両親の様子を見て少しだけ悲し気に顔を歪ませて、2人を見据えていた。

 

「入学して間もない頃、うまくあの人の要望に応えたじゃない!!合宿でも誰にもバレずに居場所を教えられたじゃない!!」

 

「……出来ないよ、パパン、ママン」

 

「それでもやらなきゃだめなのよ!私たちだって……一度だって好きでやったことはないわ!けれど……もう遅いのよ!遅すぎるのよ……!!」

 

小さく首を振って否定する青山くんに、なおも母親は青山くんの肩を掴んで必死で訴え続ける。

殺されるのが怖いから必死で訴えかけているみたいだけど、青山くんは全く揺らいでいなかった。

むしろ、緑谷くんの様子を見て、読心で選別した私を見て、AFOによって齎された今の状況を考えて、今殺されない為に取り乱している2人の惨状を見て、さらに強く覚悟を決めていた。

 

「私たちは……もう関わってしまった!関わってしまったらもう……AFOからは逃れられないのよ!」

 

そこまで言い切りと、取り乱した母親は、肩で大きく息をして、呼吸を整え始めた。

それを見た青山くんは、肩に掛けられていた手に自分の手を重ねながら、真剣な表情で口を開いた。

 

「パパン、ママン……僕は、もう間違わないって決めたんだ。僕のやっていたことを知ったうえで、信じてくれた人がいた。裏切り者の僕に、手を差し伸べてくれた人がいた。その人の信頼に、期待に、応えたいんだ」

 

「優雅……?あなた、何を言って「ごめん……青山くん……明かしたなら……もうここまで……」

 

青山くんが明かしたのを確認して、私は木から飛び降りて、青山くんの両親を2人とも取り押さえた。

 

「なっ!?優雅っ!?どういうこと!?優雅っ!!?」

 

「パパン、ママン、ごめん。でも、ダメなんだ。AFOだけは、ダメなんだよ。2人が僕のことを想ってしてくれたのは分かってる。でも、僕は人の為に、人に喜んでもらえるように、皆の為に……僕を信じてくれた、波動さんの為に、戦うって決めたんだ。だから、AFOの指示には従えない。僕は、皆と一緒に、暗い世界に、輝きを取り戻すんだ」

 

「優……雅……」

 

青山くんははっきりと自分の考えを、やりたいことを口に出して、両親に語り掛けた。

青山くんの両親は、それを聞いて、それを言っている時の青山くんの表情を見て、固まってしまっていた。

そのタイミングで、先生たちが集まってきた。

私が飛び降りたのを見て、事が終わったと判断したらしい。

その中から代表するかのように、相澤先生が口を開いた。

 

「……よくやった、青山、波動」

 

「いえ……私は……そんなには……」

 

「すいません、僕の為に」

 

「謝るな。青山が有言実行してくれただけで十分だ。それに、お前の覚悟も聞くことが出来た……成長したな」

 

先生はすれ違いざまに青山くんの肩に手を乗せた。

そのまま、塚内警部と先生たちは青山くんの両親を拘束していった。

鉄のマスクのようなもので口を塞ぎ、後ろ手に手錠を掛けられ、その腕ごと、身体を拘束されていった。

そんな中、オールマイトに連れられた緑谷くんと透ちゃんが歩いてきていた。

……緑谷くんは危機感知が反応したから気になって、透ちゃんは、青山くんの様子がいつもと違ったから心配になったのと、私が出て行ったのは同じように心配したからだと思ってつけてきた感じかな。

それをオールマイトが止めてくれていたらしい。

 

「どういう、こと……?」

 

「青山くん……?」

 

緑谷くんと透ちゃんは、青山くんの両親が先生や警察に拘束されていくという現状が呑み込めないようで、呆然とした様子で呟いていた。

青山くんはそんな2人を見て、小さく笑みを浮かべていた。

『やっと謝ることが出来る』って、考えていた。

ずっと土下座したいとか考えていたし、もう枷もなくなったようなものだから当然か。

青山くんは、もうこっち側であることを、先生たちに、塚内警部に、私に証明して見せた。

そこに疑う余地はなかった。

 

「ああ、君たちも来ちゃったんだ……先生、もう隠さなくても、いいんですよね」

 

「……ああ。もう隠す必要はなくなった。好きにしろ」

 

先生の方に向き直って確認する青山くんに、先生も最低限のことだけを伝えて目を伏せた。

返事を聞いた青山くんは、吹っ切れたような表情を浮かべて、言葉を続けた。

 

「緑谷くん、葉隠さん……皆に、話がある。話さなきゃいけないことが、あるんだ」

 

呆然としたままの2人にそう告げた青山くんは、拘束されて連れていかれる両親を横目に見ながら、ゆっくりと歩き出した。



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罪の告白

先生の取り計らいもあって、寮で話していていいということになった。

相澤先生以外の先生たちの方は、まずは塚内警部たちが青山くんの両親を尋問して、行おうとした内通行為の内容の詳細を確認して、今後の対応を考えるらしい。

一応、さっき青山くんに話していた内容である、緑谷くんを雄英から誘き出せで間違いないんだろうけど。

とはいえ、AFOの電話越しに何かを見通しているであろう個性に対してどう対処するかという問題がある。

とりあえず塚内警部たちの尋問が終わるのを待つ方針だった。

 

その間に、私たちA組と相澤先生は、寮に集まっていた。

皆はソファに座っていて、先生はその後ろに立っている。

ただ一人、青山くんがその中央に立っていた。

緑谷くんと透ちゃんの困惑が酷いことになっている。

そんな2人を横目に見ながら、青山くんが話し出した。

 

「ごめんね。集まってもらっちゃって。これから、全てを説明させてもらうよ。さっき緑谷くんたちが見たことも、集まってもらった理由も……この話を聞いて、僕をどうするかは皆に任せる。どんな答えが返ってきても、僕は受け入れるつもりだし、これからすることは何も変わらないから……ずっと、謝らせて欲しかったんだ」

 

「謝るって、何を……」

 

青山くんの要領を得ない話に、皆ただただ困惑することしかできていなかった。

それを分かっている青山くんは、そのまま話を続けた。

 

「緑谷くん、葉隠さん。さっき見たこと、どういう意味か分かったかい?」

 

「どういうって、青山くんの両親が、先生たちに囲まれながら、警察に……」

 

緑谷くんが答えを返すけど、その内容は全然理解しきれていないものだった。

そんな緑谷くんに、青山くんはさらに問いかける。

 

「うん。それで間違いないよ。なんで逮捕されたか、想像できるかい」

 

「それは……」

 

「……内通か」

 

緑谷くんが言葉に詰まって答えられなくなったところを、爆豪くんが静かに引き継いだ。

爆豪くんのその言葉に、皆が息を呑む音が聞こえた。

 

「……波動が素通ししたってことは、全て既定路線ってことだな。てめぇの謝らせろっつー発言と合わせると……神野の後か」

 

「うん。その通りだよ。特に爆豪くんには、ずっと、ずっと謝りたかったんだ。本当に申し訳ないことを、取り返しのつかないことをしてしまったっ……!ごめんっ……!!」

 

青山くんが、爆豪くんに向かって土下座をした。

爆豪くんはそれを静かに眺めている。

その様子を見ながら、状況を飲み込み切れない三奈ちゃんが口を開いた。

 

「ちょ、ちょっと!1人で納得しないでよっ!!何っ!?どういうことっ!?」

 

「チッ……こいつの両親が内通行為をしたから逮捕された。じゃあ今、誰がそんなことするんだよ。顔金玉以外いねぇだろ。内通者は波動が弾いてやがるはずなのに、親なんていう情報を抜きやすい位置にいる奴を見てねぇはずがねぇ。そいつが内通行為をした瞬間に逮捕されたってことは、これを待ってたってことだ。じゃあいつからんな計画立ててたのかってことになる。そこにこいつの謝らせろって発言を考えると……」

 

「……両親だけではなく、青山さん自身も内通者だったということですか。神野の後ということは、林間合宿と……USJが内通行為の結果ですか?」

 

「……うん、そうだよ。僕が、手引きした」

 

「う、嘘だろ……!?嘘だって言えよ……!!」

 

切島くんが困惑したまま、信じられないという顔で青山くんに訴えかける。

だけど、こんなことで嘘を吐く意味がない。

私が証明してもいいけど、青山くんがそれを望んでない。

自分の口で話すのが、犯してしまった罪に対する責任だって考えているみたいだった。

そんな彼の考えを、決心を、邪魔するつもりはなかった。

 

「嘘じゃないよ。合宿2日目の深夜……補習の後に、AFOに、合宿地を教えた。あれは、僕のせいで起きた襲撃だったんだよ」

 

「な、なんでっ……!?どうして、そんな……」

 

「……僕はね……もともと、無個性だったんだよ」

 

「それって……」

 

青山くんが暴露していく内容に、皆の困惑と驚愕が、どんどん広がっていく。

爆豪くんと百ちゃん以外も、ようやく青山くんの最初の発言の意味をちゃんと理解し始めていた。

 

「僕が小さい頃に、パパンとママンを通じて、個性を与えてもらったんだ。それからだよ、AFOに支配されたのは。高校入試のことを考え始めるような時期になって、指示されるようになったんだ。雄英に入学しろ。クラスが孤立するタイミングを教えろ。合宿先を、教えろってね……」

 

「じゃあ、青山くんは……」

 

「出久と同じってことだろ。個性をもらった相手の違いで、だいぶ歯車が狂ったみてぇだけどな」

 

「で、でも、じゃあなんで、青山は、逮捕されてないんだ……?警察も、先生たちも、知ってたってことだろ……?」

 

「……波動か」

 

障子くんが確認するように聞いてくる。

流石にこれに答えないのは変だろうし、私も言葉を返した。

 

「……そう……林間合宿で……ほぼ確信したから……先生たちも含めて……色々話した……」

 

「色々って言うと……」

 

「……事実の確認と……なんで内通したのか……なんで言うことを聞いていたのか……あとは……何で悪意を感じなかったのかとか……」

 

「悪意が、なかった……?」

 

「ん……入学してから……青山くんからは一切悪意を感じなかった……だから……浅い思考しか読んでない時に気づけなかった……それで……先生に……真意を確認させて欲しいって……提案した……その結果が……殺害を仄めかした脅迫……」

 

私がそこまで言うと、爆豪くん以外が息を呑んだ。

爆豪くんは予想がついていたみたいだけど、皆も、AFOがそういうことをするやつだって言うのは、もう痛いほど分かっているみたいだった。

 

「僕の心が弱かったから、脅迫に屈したんだ。だけど、脅迫なんてただの言い訳だ。脅迫されていたからといって、許されることじゃない」

 

「……だろうな。脅迫されていたとしても、齎した被害がでかすぎる。林間合宿での被害から考えて、脅迫されてたから無罪なんてことになるような状況じゃねぇ……波動がした真意の確認ってのに、警察でも呼んで取引しやがったな。その取引の内容は」

 

青山くんが言い訳せずに自分の非を詫び続ける中、爆豪くんがさっさと話を進めようとして察した取引の内容を話すように促す。

だけど、皆爆豪くんほど飲み込みがいいわけじゃない。

爆豪くんの話についてこれてるのは百ちゃんと、かろうじて緑谷くんくらいで、他の皆は困惑が強すぎて理解が全く追いついてない。

そんな皆を代表するかのように、お茶子ちゃんが声を上げた。

 

「ちょっ、ちょっと待って!整理させて!つまり……」

 

「つまり、波動さんの読心で、情状酌量の余地があることを先生方と警察の方の前で証明したのでしょう。まあ、あの時期の波動さんは読心を明かしていませんでしたし、証拠として使えるかと言われると疑問を覚えてしまいますが……」

 

「百ちゃん……正解……私が読心しながら……塚内警部と……先生たちが監視してる中で話した……ただ……やっぱり私1人の読心じゃ証拠としては弱い……だから……先生たちにお願いして……協力者を呼んだ……」

 

「あ……入寮前日に、補習とかで急に呼ばれたのって、そういうこと?物間が朝からブラキン先生に連れていかれて、青山が帰り際にマイク先生に連れていかれてたけど……」

 

百ちゃんの言葉に私が答えると、三奈ちゃんが思い出したように呟いた。

まあ、三奈ちゃんたちは補習で呼ばれてたし、タイミングまで言われたら流石に気が付くだろう。

 

「ん……そう……補習の名目で……呼び出してもらった……理由は……物間くんに私の個性をコピーしてもらって……一緒に読心してもらったから……物間くんと、もう1人……嘘かどうか見分けられる個性の人を呼んでもらって……話をした……」

 

「物間くんが瑠璃ちゃんの個性をコピーしたっていうの、いつやったのか不思議に思ってたけど……そういうことだったんだ……」

 

「んなこたぁどうでもいいわ!!で、もう状況は理解しただろ。取引の内容を言えや」

 

透ちゃんが納得したように呟いているのを遮って、爆豪くんが吠えた。

時間がないのは事実だけど、そこまで急ぐようなことだろうか。

まあ、私はいいんだけど……

 

「取引の内容は、僕が二重スパイになることだよ。もしも、ヴィラン連合から内通行為を持ちかけられたら、その情報を包み隠さずに開示して、向こうの行動をコントロールできるように働きかけること。これを条件に、塚内警部から司法取引を持ち掛けられた」

 

「それだけじゃ裏切らねぇ保証がねぇ。他に条件つけられたな」

 

「うん……本当に、話が早いね、爆豪くんは。そうだよ……この腕輪が、その条件なんだ」

 

「その腕輪……」

 

青山くんが土下座しながら腕輪が見えるように袖をまくると、透ちゃんと三奈ちゃんが私を凝視してきた。

私も、首から下げてる指輪を通したネックレスを外して、机の上に置いてしまう。

 

「この腕輪は、波動さんが持っている指輪から1km以上離れると、波動さんと、先生たちが持っている指輪が警報をならして、腕輪の位置情報を表示するようになっている……らしい。僕自身で外すことはできないし、鳴らしたことが無いから本当かは分からないけどね」

 

「つまり、瑠璃ちゃんの感知範囲内に常にいることで、裏切らないか監視され続けてたって、こと……?」

 

透ちゃんが、泣きそうになりながら震える声で確認してくる。

思考の感じからして、轟くんに対して私が声を掛けたりしてたのと同じように、恋とかそういうことにつなげちゃってた自分を責めているみたいだった。

 

「そうだよ。常に波動さんに思考を見てもらうことで、裏切っていないか監視してもらっていた……その分、波動さんには、負担を掛けちゃったけどね」

 

「じゃあ、さっきのって……」

 

「パパンとママンに、内通するように持ち掛けられた瞬間だったということだよ」

 

緑谷くんが確認するのに、青山くんが答える。

それに対して、さっきの条件を聞いて信頼できると判断した爆豪くんが、口を開いた。

 

「で、その内容は」

 

「……緑谷出久を、雄英から誘き出すこと」

 

「やはり、それか……」

 

青山くんのその返答を聞いて、飯田くんが力なく呟く。

皆、それに対して何も言えなくなってしまっていた。

そのまま少しだけ間が空いて、青山くんは言葉を続けた。

 

「僕は、AFOを欺くために働きかける。嘘を吐いて殺された人を見せつけられたから、どうなるかは分からないけど……それでも、AFOの居場所が分からなくて、探し回っている現状で、唯一僕だけが、明確な意思を持って、AFOに働きかけることが出来る……僕は、戦うって決めたんだっ!僕を信じてくれた波動さんを裏切りたくない。その信頼に、応えたいんだっ!クズの僕を信じてくれた恩を、返したいんだっ!皆は僕を信じられないかもしれない。だけど、それでも……僕が、やらないといけないだからっ……!」

 

「青山くん……」

 

青山くんが啖呵を切るのを、皆息を呑んで見守っていた。

そんな中、爆豪くんだけが動き出して、青山くんに近づいていった。

 

「……いつまでも土下座なんてしてんな。立て」

 

「爆豪くん……?」

 

「いいから立て。立って歯ぁ食いしばれ」

 

「……分かった」

 

爆豪くんがしようとしていることは分かった。

確かに、これは青山くんの引け目を打ち消そうとするには有効かもしれない。

そして、それをするのは、一番被害を被った爆豪くん以外にあり得ない。

 

ゆっくりと青山くんが立ち上がると、青山くんの正面まで歩いていった爆豪くんが、青山くんの頬目掛けて拳を振り抜いた。

鈍い音がなって、青山くんがよろめきながら数歩後退する。

そんな青山くんに背を向けながら、爆豪くんが口を開いた。

 

「これでチャラだ。俺はお前を信じる。お前を信じた波動を信じる。戦うって決めたんなら、いつまでも頭なんか下げてねぇで前向きやがれ……青山」

 

「爆豪くん……ごめん……ありがとうっ……!」

 

「お前らもいいな」

 

青山くんが泣きそうになりながらお礼を言うのを尻目に、皆に確認するように言葉を投げかけた。

その言葉に、皆は覚悟を決めたような顔をして、青山くんに歩み寄っていく。

私も一緒に、青山くんの方に歩み寄る。

そして、飯田くんが代表するように、声を張り上げた。

 

「もちろんだ!!青山くんの心の内を掬い取れなかったのは俺たちの責任でもある!!だからこそ、友として!!戦うと決めた彼と、共に征くだけだ!!」

 

「皆っ……!ごめんっ……本当にごめんっ……!僕はっ……僕はっ……!」

 

その言葉を聞いた青山くんは、いよいよ涙をこらえきれなくなって泣き出してしまった。

私は、青山くんの手を握ったりして落ち着くのを待った。

皆も、青山くんの背を摩ったり、声を掛けたりしていった。

 

そして、頃合いを見計らって、今まで静かに見守っていた相澤先生が声をかけてきた。

 

「話はまとまったな。俺に考えがある。AFOの嘘を見抜く何かを欺く方法、その作戦だ。心操が、最近の特訓の成果で他者を喋らせることが出来るようになっている。それを使って、青山の両親と青山からAFOに直接コンタクトを取らせる。そして、AFOを誘き出す。事前にどこまで見抜けるかの検証に、波動にも協力してもらいたいところではあるが、これが、内通を予測して塚内さんたちとある程度考えてあった作戦になる」

 

「心操くん、そんなことが出来るようになってるの!?」

 

「それなら……確かに可能性は……それに、波動さんも検証に加わるというなら、より確実性は……」

 

皆が驚きを露わにする中、百ちゃんが真剣に考え込み始めている。

……確かに、心操くんがそんなことができるようになっているなら、可能性はある。

電話越しの、嘘の判定か悪意の感知か、分からないけどその程度の事しかしてないなら、他人に勝手に動かされれば反応しない可能性は、全然ある。

 

「お前たちは、捜索隊に合流しないで自己研鑽に励め。正直、これだけ探しても手掛かりが見つからない相手を探し回っても、見つけられるとは思えん。俺たちも、警察も、青山は信頼できるものであると判断した。既にこの作戦を、決戦のための作戦の中核に据える方針になっている。穴倉に隠れて出てこない敵に対する、切り札になるんだ。やれるな、青山」

 

「……はいっ!」

 

先生の言葉に、青山くんが力強く頷く。

涙をぬぐいながらのその言葉に、皆も強く意思を固めていた。



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確認作業

「どうだ、波動」

 

「……思考は読めちゃいますけど……悪意に関しては感じないです……まぁ……青山くんからは元々悪意を感じないので……意味を成しているか分かりませんけど……」

 

私の答えに、塚内警部と先生たちが頭を抱えた。

翌日になって、昨日相澤先生に言われていた確認作業を、青山くんや心操くん、警察や先生たちとしていた。

昨日はA組への謝罪が終わったら、B組にも謝罪しに行った。

私も付いていって説明を補強したけど、特に問題なく終わっていた。

物間くんが全てを把握していて、擁護するように一緒に説明してくれたのが大きかったと思う。

皆びっくりはしていたけど、すんなり受け入れてくれていた。

 

それにしても、昨日はあんまり気にしてなかったけど、塚内警部のやつれ具合が凄い。

多分休む暇もなく走り回ってるだろうから、仕方ないことではあるんだろうけど。

 

「波動少女、感知、読心の専門家として、AFOの電話で裏切りを見抜く技術に関して、どう思う?」

 

「……あくまで予想です……それでよければ……」

 

「ああ、それで構わないよ。思ったことを教えて欲しい」

 

オールマイトが率直に聞いてくる。

一応、予想がないわけではないから言えないわけじゃないけど、あくまで予想でしかない。

確実であるという保証はできない。

それを伝えたけど、オールマイトは本当に私の意見を欲していた。

 

「では……嘘の判別が個性で間違いないのは……皆さんも察していると思います……これ以外に……メッセージやメールなどではなくAFOが直接電話をする理由が思い浮かばない……加えて、AFOの嘘の判別方法は……読心ではないと考えています……理由は……林間合宿時点で……あの爆発的な波動の膨れ上がり方を知らない段階で……私の個性を欲した事実……他人に譲渡するために欲したとしても……個性の複製ができる殻木がいるのに……わざわざ本命の成功率を下げてサブに私を設定する……理由がありません……感知ならラグドールさんをメインにしてましたし……感知目的かと言われるとさらに微妙ですし……」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

「はい……なので読心は選択肢から消します……そして、電話越しに言葉を聞いて判別しているということ……ここから……言葉、声などから何かを感じ取っていることが分かります……これらから嘘を見抜く読心以外の方法となると……真さんの嘘発見器(ポリグラフ)のような個性で嘘を直接見抜いているか……自分に対する悪意を感じ取っているか……このどちらかではないかと……私は考えています……」

 

私の説明に先生や塚内警部は皆頷いて納得していた。

まあ、考えられる選択肢を最低限削っただけでしかない。

とはいっても、現実的にこれらくらいしか考えられないし、私はこれが大丈夫か確認すればいいと思っている。

 

「それで……確認の方法なんですけど……悪意に関しては……心操くんに私への何かしらの害意を抱かせながら……青山くんに喋らせてもらえれば判定できます……一応青山くんが内心で悪意を抱いているパターンも試すべきです……ただ問題は……直接見抜かれていた場合の方で……」

 

「やはり、そちらに関しては方法がないか」

 

「少なくとも……思いつかないです……私が嘘を判別する方法は……悪意と……言動と思考の乖離からなので……真さんみたいに……その人が嘘だと思ってることを言ったら反応する……バロメーターを持っている感じみたいなのとは……ものが違います……」

 

私がそこまで言うと、塚内さんが頭をぼさぼさとかきむしる。

確実性が無いのは怖いから、どうにか確認したいけど……

 

「真を呼べればよかったんだが、あいつはアメリカにいるからな……飛行機もない今、呼ぶのは難しいと言わざるを得ない」

 

「……青山くん……ちょっとだけでも嘘吐いたこととかない……?意に背かない範囲でのこととかでもいいんだけど……」

 

「……心にもないことを言ったことはあるけど、それを嘘と言えるかどうかは……それに、その程度のことなら気付いても無視されていただけの可能性があるから、何の信頼性もない情報しかないよ」

 

「ん……そっか……」

 

ちょっとしたことで誤魔化したりしたことがないかななんて思ったけど、そこまで大胆なことが出来るほど肝は据わっていなかったらしい。

まあ昔の青山くんの感じならそうだろうなとしか思わないから、本当に試しに聞いただけでしかないからいいんだけど。

 

「いや、その方法はありか……三茶、拘置所の方に連絡取ってくれ。AFOと繋がっていた者たちに、些細な事でも嘘を吐いたことがあるか、あればそれを見抜かれたことがあるかを確認してくれ」

 

「了解」

 

塚内警部とよく一緒にいる猫の異形型の個性の人が、敬礼しながら連絡を取りに退室していった。

それを見送ってから、塚内警部が話を続ける。

 

「嘘を直接見抜いたケースがないかは、こちらで確認してみる。波動さんには、悪意に関しての確認をしてもらいたい」

 

「分かりました……じゃあ青山くん、心操くん……よろしく……」

 

「えっと……じゃあまずは心操くんが悪意を抱くってケースからでいいかい?」

 

「それはいいけど、悪意を抱くってどうやればいいんだ?」

 

「えっと、それじゃあ……心操くん……なんでもいいから……私を罠にハメようと考えてみて……どうすればいいか分からなければ……私の悪口を言いふらそうと企んでみるとか……そういうのでもいいから……」

 

塚内警部の依頼を受けて、青山くんと心操くんに私個人への悪意を抱く方法を簡単に教えていく。

ただ、心操くん自身がヒーロー側の思考をしているだけあって、なかなかうまくいかなかった。

しばらくああでもないこうでもないって感じで相談して、やっと若干の悪意が感じられるようになって、そのまま確認作業に移っていった。

 

 

 

何度か試してみて、心操くんが悪意を抱いていても、青山くんが悪意を抱いていても、洗脳中の発言によってそれの感じ方が変わったりすることはなかった。

つまり、洗脳中のその言葉や行動自体には、そもそも悪意も、感情も乗っていなかったってこと。

自身への悪意を感知している方法だったら、確実にすり抜けることが出来ると思う。

そのことを伝えて、その場は解散となった。

心操くんも、青山くんも、自主トレに戻っていったし、先生たちと塚内警部は、別の部屋に移動していった。

ラグドールさんとかホークスとかが来ているし、作戦会議をするっぽい。

思考の感じからして、青山くんが誘き出したところで、敵主力を分断していく感じの作戦か。

まあ、AFOと死柄木が思考の共有をしているかもしれないなんていう情報とか、荼毘の蒼炎とかを考えると、その作戦が無難かなとは思う。

青山くんの誘導が成功するかにかかっている、さっきの私の確認で多少は自信が持てる部分もあっただろうし。

どうやって分断するつもりなのかはさておいて。

 

そんな感じの会議が始まるのを感じ取りながら、私は校門の方に歩いて向かっていた。

わざわざ来てもらうのは申し訳なかったけど、オールマイトと私が一緒に外部に向かうなんていうのは時間的にとてもじゃないけど無理だった。

だから仕方なかった。

校門の内側でしばらく待っていると、彼がゆっくりと歩いてきた。

義足のはずだけど、思った以上に安定しているし、そこそこの速度で歩くことが出来ている。

 

「すいません……わざわざ来てもらってしまって……」

 

「気にするな。君から重大な話を、オールマイトも交えて話したいなんて言われたんだ。おおよその予想はできている……オールマイトは?」

 

私が謝罪すると、ナイトアイはこともなげに流す。

更に周囲を見渡すと、オールマイトの所在を確認してきた。

 

「オールマイトは今……作戦会議中です……今日か明日に話すということ自体は……話をつけてあるので……とりあえず……会議が終わるまでは……少しだけ状況のすり合わせをしておきましょう……」

 

「分かった」

 

ナイトアイを先導して、校長先生にあらかじめ使用許可をもらっておいた教室の方に向かって行く。

緑谷くんとか通形さんに鉢合わせたら時間がかかりすぎるだろうし、仕方ない。

歩き始める前に、ナイトアイの荷物を持つって提案したんだけど、固辞されてしまった。

左手と左足が義手と義足になっちゃってるから大変かと思ったけど、本人的には大丈夫だったらしい。

気分を悪くしたりしている様子はないけど、悪いことを言ってしまっただろうか。

 

まあそれはそれとして、空き教室に辿り着いた。

教室に入って戸締りすると、ナイトアイが口を開いた。

 

「それで?一応、内容を確認しておきたい。電話で話せないこととは?」

 

「はい……オールマイトの未来と……過去にしたという……オールマイトの凄惨な死……という予知に関してです……」

 

「……やはりか。連絡をくれて助かった。いざという時には話さずに抱え込むとは思っていたが……」

 

私の返答に、ナイトアイは頭を抱えていた。

ナイトアイとしても、オールマイトが素直に相談してくれるとは思っていなかったようだった。

私が緑谷くんに感じていることと、ナイトアイがオールマイトに感じているところは、似た部分があるのかもしれない。

まあ、ナイトアイはオールマイトを信頼してるし、ヒーローとしての考え方にもすごい好感を持っているみたいだから、その辺の違いはあるけど。

 

そんな感じで少しの間話していると、ようやく作戦会議の方も一区切りついたようだった。

結局、オールマイトが最初から考えていた『敵主力全てを分断し、各個撃破。おびき寄せるのは青山くんを信じる』ということで、特に異議もなく決まっていた。

話が終わっているのを確認してから、オールマイトにテレパスをかける。

 

『オールマイト……先日お願いしたお話……これからしたいです……場所は……3階の空き教室の方です……』

 

『……もうナイトアイもいるのかい?』

 

『はい……来てくれてます……』

 

『分かった。3階の空き教室でいいんだね』

 

『近づいたらまた誘導します……では……待ってるので……』

 

オールマイトから了承の返事が返ってきたのを確認して、テレパスを終えた。

オールマイトは会議の事後処理とかをしてから、こっちに向かうつもりみたいだし、もう少しだけ時間がかかりそうだった。

それまでの間、ナイトアイと通形さんのこととか緑谷くんのことを少しだけ話して、時間を潰していた。



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予知

少しして、近づいてきたオールマイトに待機している部屋をテレパスで伝える。

オールマイトはそのまま教えた教室に入ってきてくれた。

 

「遅くなってすまない。ナイトアイ、波動少女」

 

「いえ……私は全然……」

 

「私も、先程来たばかりだ。気にするほどの事じゃない」

 

ナイトアイがオールマイトに何気ない言葉を返している。

思考からして、蛇腔の件がある前まではある程度の間隔でオールマイトがお見舞いに行ったりしていた感じかな。

そんなことを考えている間にも、オールマイトはナイトアイに言葉を続けた。

 

「センチピーダーの方は大丈夫かい?」

 

「ああ。センチピーダーもバブルガールも、頑張ってくれているよ。裏方しか手伝えないのは心苦しい限りだが……」

 

言葉の通り、ナイトアイは今自分の事務所の再開するのではなく、センチピーダーを代理としたまま事務作業や他事務所との連携を一手に引き受けている。

本当に復帰しているような状態なら、自分が前に出なくてもナイトアイ事務所を再開して、センチピーダーとバブルガールがどうするかを相談するのでよかったんだろうけど、まだナイトアイは万全とは言えない。

それはそうだ。

あれだけの重傷を負って、数か月単位で入院してて、手足を一本ずつ持っていかれて、全身の筋力まで衰えてしまった。

義足と義手を装着できるようにする手術を終えてから、必死でリハビリをしているって話は聞いてはいた。

そのリハビリの成果なんだとは思うけど、たった半年で、普通に歩くことが出来る程度にまで回復していた。

とはいっても、まだ走ったりすることは難しそうだし、戦闘なんてもってのほかだと思う。

筋力も、依然と比べるとだいぶ萎んでしまっているし。

だから、ナイトアイは本来ならまだ仕事に復帰なんてできる状態じゃない。

だけど、この世間の状況に、何もしないではいられないってことで、センチピーダーのところで裏方ではあるけど、ブレーンのような形で動いていたようだった。

オールマイトもそんなナイトアイの状況は知っていたみたいだった。

そんなことを考えていたら、オールマイトが私に声をかけてきた。

 

「それで、話をしたいんだったね、波動少女」

 

「……はい……オールマイト……緑谷くんを連れ戻した日の思考なんですけど……」

 

「ああ、波動少女には隠せないよね……」

 

私がオールマイトがちょっと陰った感じの笑顔を浮かべた。

だけど、ここでこの狂人の思考をどうにか捻じ曲げないと、間違いなく自分から死に向かって突き進んでいくと思う。

ナイトアイもそれは望んでいないはずだから、詳細を話せばきっと止めてくれる。

止めることが出来なかったとしても、1人で抱え込むような状況はどうにかしたい。

 

「……オールマイト……戦うつもりですか……」

 

「……ああ。私は、自分はもう現役ではないと私自身が決めつけていた。だが、そうではない。君たちが灯す新しい火、その征く先を見届けるために……私も、できることをしようと思ったんだ」

 

「……方法は……?方法は……どうするつもりですか……?OFAはもう緑谷くんに譲渡済み……ムキムキの姿になるのも数秒が限界……身体も……以前よりはマシですけど……戦えるような筋力はありません……こんなの……死にに行くのと、何が違うんですか……?」

 

私がそこまで問いかけると、オールマイトは少し考え込んだ。

どこまで話すべきかなんて考えてるけど、それを私に対してすることに、何の意味があるんだ。

 

「隠さないで……全部話してください……私に隠し事するのが無理なのは……もう分かってますよね……?ここでオールマイトが言わないなら……誘導尋問して……ナイトアイに全部話します……」

 

「……あぁ、分かった。話すよ。考えていること全て。そのうえで、波動少女とナイトアイの意見を聞こう」

 

オールマイトがちょっと顔を歪めてから、ゆっくりと話し始めた。

個性が無くても戦えるようにするための、パワードスーツの開発を依頼したこと。

執行猶予中でI・アイランドから出ることが出来ないデビット博士に開発してもらって、なんとか間に合わせてもらったこと。

そうして開発してもらった車とアタッシュケースを展開して全身に纏うことで、今のオールマイトの状態でも戦えるようになること。

もちろん、ずっと戦えるだけの体力はないから、決戦の中で、ピンポイントで使おうと考えていること。

オールマイトは、ここまで話しきって、目を伏せた。

 

「……オールマイト。私が過去にした予知を覚えていて、それでもなおそう言っているということか。波動がここまで強引に私を呼び、あなたと話をする場まで設けたのは、あなたに死んでほしくないと願ってのことだということも、分かっていて言っているのか」

 

「……ああ、分かっているよ。ヴィランと対峙し、言い表せようもない程……凄惨な死を迎える。忘れたことなんて、あるわけがない。この予知を自分のゴールと定めて走ってきた。だが、神野を経て緑谷少年と話し、運命を捻じ曲げようと決心もした。だけど、これだけの状況だ。こんな命でも、新しい火を紡ぐ礎になれるなら、私も、地を這ってでも戦うべきだと考えた」

 

オールマイトはぽつぽつと言葉を続けた。

だけど、そんな自分勝手で自殺紛いな行動を、許容できるはずがない。

これ以上、信頼してる先生たちが死ぬようなことは、絶対にあって欲しくなかった。

オールマイトのことは、散々新米教師だなんだと心の中では言ってきたけど、それでも、オールマイトは私の大切な、信頼してる先生の1人だ。

そんなオールマイトが死ぬのは、自分から死に向かって行くのは、耐えられそうになかった。

 

「……なんで……オールマイトも……緑谷くんも……2人とも……そんなに簡単に……自分の命を捨てようとするんですか……?なんで……もっと抗おうとしてくれないんですか……もう……ミッドナイト先生みたいに……信頼してる人が死ぬのは……イヤなんです……もっと自分の命を大切にしてくださいよ……オールマイトが死ぬと……悲しむ人がいっぱいいるんですよ……?」

 

「すまない、波動少女。これを他の皆に言っていないのも、緑谷少年たちのことを想ってのことだろう。辛い思いをさせてしまった。だが、私もそう簡単に死ぬつもりはない。全力で抗うつもりだよ」

 

「予知を変えるために、全力をかけると?」

 

「ああ。もちろん、そう簡単な事ではないとは思うけどね」

 

そこまで言ったところで、オールマイトも、ナイトアイも、静まり返ってしまった。

私も、それ以上は何も言えなくなってしまった。

 

「すまない、波動。君の望みは、ここで私がオールマイトを止めることだったんだろう。だが、オールマイトを止めることがどれだけ困難なことか、私は嫌というほど思い知っている。また喧嘩別れなどという結末にもしたくない。だからこそ、私は、オールマイトに協力しようと思う。オールマイトが未来を捻じ曲げるために全力をかけるというなら、私が、それをサポートしてみせる」

 

「……はい……ナイトアイが……そういうなら……お任せ、します……止めることができないなら……1人で抱え込んで……暴走する方が……嫌なので……」

 

「ナイトアイ……波動少女……」

 

ナイトアイの宣言を、私も特に否定することなく肯定する。

緑谷くんの考えを捻じ曲げるのが、どれだけ難しかったかを実感を持って思い知らされた今、似た者師弟のオールマイトを説得できるなんて思えなかった。

それでナイトアイが全力をかけてくれるというなら、予知で未来が変わったかも見ながら関われるというなら、それはそれでいいと思った。

 

 

 

その後は、ナイトアイとオールマイトの話し合いが始まった。

 

「オールマイト、見るぞ」

 

「……ああ、任せる」

 

ナイトアイが、オールマイトに対して予知をかける。

私も、そんなナイトアイの思考を深く読み続けた。

 

しばらくして、ナイトアイがオールマイトから離れる。

その額には、冷や汗が流れていた。

私にも、驚愕、悲嘆……そんな感じの感情が伝わってきていた。

 

「やはり、変わっていないか」

 

「……ああ。大筋は変わっていそうな感じだったが、凄惨な死を迎えていた。過程が変わったのは、緑谷の影響だろうが……それでも、最後には死を迎えている」

 

「……でも……大筋は変わってるんですよね……?未来が……変えられないわけじゃ……なさそうなんですよね……?」

 

「前回は、ここまで閑散として荒廃した都市での戦闘ではなかった。状況自体は変わっている。未来は、変えられる」

 

ナイトアイが力強く頷いてくれる。

それが分かっているなら、全力で抗うだけだ。

そのためにも、状況の確認が必要だと思う。

 

「ナイトアイ、状況を教えてもらえるかい。荒廃した都市での戦闘と言ったね」

 

オールマイトが、静かに聞き返した。

それに対して、ナイトアイが話し始めた。

 

「ああ。まず場所……崩壊している街の中だ。これだけでは、すぐにどこかは判別ができない。そして相手だが……」

 

「ナイトアイ?」

 

ナイトアイが、言葉に詰まった。

なんだ、その間は。

思考からして、AFO?

でも、そんな相手に、オールマイトが無個性で突っ込むって、それは、さっき立てた作戦が瓦解しているような状況じゃないとあり得ないんじゃ……

 

「AFOか?」

 

「……そうだ。だが……これは……」

 

「ナイトアイ、言ってくれ。抗うためにも」

 

「……AFOは……AFOだ……だが……オールマイト、あなたがその重傷を負った時よりも、さらに若い姿をしたAFOと、対峙していた」

 

「っ!?……まさか、巻き戻しかっ!!?」

 

「そ、それじゃあ……エリちゃんから……!?」

 

オールマイトの思考が、驚愕に染まった。

なんだ、その最悪の展開は。そんな切り札が使えるのか。

でも、巻き戻しを使えるってことは、エリちゃんから個性を奪った?

本当に、どういう状況だ。

エリちゃんは、雄英の中にいる。

そんなエリちゃんから個性を奪える状況となると、拉致くらいしか思いつかない。

わざわざ強行突破ということはないだろう。

だけど、拉致されたとして、黒霧もいない現状で、どうやって拉致したんだ。

今の雄英バリアを、どう攻略した?

考え出したらキリがない。

だけど、そこまで考えたところで、ある可能性に行きついた。

 

「あっ……もしかして……個性消失弾から……エリちゃんの細胞を取り出して……個性を複製した……?だとしたら……」

 

「それは……あり得るな……いや、むしろ、今の雄英にいるエリ少女から個性を奪うのは至難の業だ。その可能性が高い。だが、これは……!この情報はまずいぞ……!つまり、全盛期のAFOが出現する可能性があるということじゃないか……!」

 

そこまで話したところで、オールマイトがあわただしく動き出した。

 

「ナイトアイ!!ついてきてくれ!!塚内くんや他の教師も呼んで話を詰める!!対策を練らねばっ……!!」

 

「ああっ……!」

 

「波動少女!すまないが失礼するよ!波動少女は寮に戻って皆と共にいるんだ!」

 

オールマイトはそういって、すごい速さで出て行った。

ナイトアイがついて行ったけど、すぐには追いつけそうにない。

オールマイトの思考から行きそうな部屋をテレパスで伝えておくと、ナイトアイから感謝するような思考が返ってきた。

 

私は、待ち受ける最悪の状況に頭を抱えそうになっていた。



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自主訓練

寮に帰って私も色々考えていたけど、すぐに答えは出なかった。

AFOが全盛期になる可能性があるなら、どうすればいいのか。

今先生たちが協議しているのは、戦場の割り振りだ。

『その場にいなければいい』。

その考えの下、物間くんの個性で黒霧をコピーする。

黒霧の個性を使って、AFOたちを誘き出した後に分断して、担当として割り振られた者たちとともに、各地の戦場に送り届ける。

これはいい。だけど、割り振りをどうするかが問題だ。

敵幹部を全員分断するとしても、AFO、死柄木、荼毘、トガ、スピナー……スピナーはそれほどではないとしても、AFOと死柄木は異常な実力の持ち主で、荼毘もエンデヴァー以上の火力による広範囲攻撃ができるし、トガは感知にすら引っかからずに変身でこちらに紛れ込んでくる可能性がある。

他にも、決戦が始まった場合にAFOが奪還に動く可能性がある黒霧とギガントマキアへの備え。

さらに超常解放戦線の生き残りや、ダツゴクたち。

ダツゴクにも実力者がいることを考えると、手を抜くことはできない。

そんな状況なのに、AFOが全盛期に戻る可能性があるという情報まで入ると、どうすればいいか頭を悩ませてしまっていた。

正直、AFOまで全盛期に戻ってしまったら、対処法があるのかが分からなかった。

 

そんなことを考えている内に、お昼になっていた。

とりあえず、何か思いついたら先生たちに伝えるとして、私は私にできることをしないとダメだ。

会議に参加していない先生は、AFOの油断を誘うために必死な感じを装ってAFO捜索をしてくれている。

私たちに、決戦までにわずかでも特訓の時間を作るために。

その想いを無駄にしないためにも、私たちは、少しでも力をつけるべきだ。

 

そのために、パパっと昼食を取って、訓練に入った。

私が、先生たちに期待されていること。皆に期待されていること。

あの時の力を使いこなすことだ。

そう考えて、私の中でこの間から芽生えている、大切な人を守りたいという想いを、強く意識する。

危険に晒されているお姉ちゃんを、皆を、先生たちを、ミルコさんを、私が、守るんだ。

そう意識するだけで、波動の量が少しずつ増えて、身体から波動が揺らめきながら可視化していく。

ここまではいい。

ここまではこの前も出来た。

だけど、量が足りない。こんな量じゃ、荼毘にも敵わない。

そんな状況だと、私が戦うべきだと考えている相手と戦うのにも、不安が残る。

 

「……―――ちゃん、瑠璃ちゃん!」

 

「……透ちゃん……?どうしたの……?」

 

「いや、午前中出歩いてから、な~んか思いつめてるなぁって思って。少しだけ話に来た。どう?調子は」

 

そんなに思いつめていただろうか。

まぁ、AFOの全盛期……オールマイトに重傷を負わせた時以上の、AFOの全盛期というものを考えてちょっと気が滅入ってはいたから、それが原因か。

 

「……ん……とりあえず……多少は意識して……増やせるようになったよ……これ……見た目だけじゃなくて……波動の量が増えて……溢れたせいで……身体に纏ってる波動の濃度が濃くなって……可視化してる感じだから……」

 

「おぉ~!じゃあ成果ありだね!武闘派瑠璃ちゃんの誕生だ!」

 

「まだそこまでの量は……ないけどね……波動弾とかは……大きくできそうだけど……あの時みたいなのはまだ無理……透ちゃんはどう……?」

 

「私?私も色々考えてるよぉ~。なんとっ!!青山くんのレーザーを曲げるのをさらに応用した、私の新必殺技がっ!!」

 

透ちゃんがドヤ顔で胸を張った。

思考の感じからして、レーザーを曲げてるって聞いた時に私が想像したのを、本当に技にした感じか。

確かにそれなら、規模によってはすごい威力になる気がする。

とりあえず、透ちゃんも見せたそうにしてるし、見せてもらうか。

 

「見てみたい……見せて……」

 

「ふふふ、それでは見せてしんぜよう。これが私の新必殺技だぁっ!!名前はまだないけどっ!!」

 

そう言って透ちゃんは、両手を前にかざした。

次の瞬間、透ちゃんの両手を覆うくらいの光線が、体育館のセメントの床に照射された。

照射された光線はセメントを焼いているみたいで、少しずつ焦げくさい臭いと煙を放ち始めていた。

 

「つまり……集光屈折ハイチーズと……光の屈曲を合わせた……光学兵器だよね……!すごい……!これ、大規模で使いこなせればすごいことになるよ……!」

 

「でしょ~!私もこれはヤバいと確信している技なんだよ!ふっ、自分の才能が恐ろしいよ」

 

「そうだね……透ちゃん……すごい……」

 

私が褒めると、透ちゃんはますますドヤ顔を深めた。

かわいい。

この感じは結構久しぶりだ。

透ちゃんが元気そうでよかった。

 

 

 

そんなこんなで話し込んでいると、後ろから声を掛けられた。

 

「おーい!波動くん!葉隠くん!少しいいか!」

 

飯田くんが、少し離れた位置から呼んできていた。

その後ろには、少しずつ皆が集まり始めている。

なるほど、模擬戦か。

実戦形式の訓練は必要だと思うし、いいと思う。

そう思って、不思議そうにしている透ちゃんの手を取って皆の方に向かった。

 

「どうしたの?飯田くん」

 

「皆で模擬戦をしようと思ってね。自主訓練ではできても、本番でできなければ意味がない。そこで考えたのが、バトルロイヤル形式の模擬戦だ」

 

「バトルロイヤル?」

 

「ああ。チームを組んで戦うのもいいかもしれないが、状況が状況だ。最悪の場合、1人で多数のヴィランに囲まれることもあるだろう。その訓練も含めて、やっておきたいと考えてな。皆、チームは組まずに個人として参加して、最後の1人になるまで戦い続けるという方法で行いたい。どうだろうか、2人とも」

 

透ちゃんが聞き返したのに対して、飯田くんは丁寧に説明してくれた。

まあ確かにそれは練習しておいた方がいいか。

相手はヴィランだ。そんな訓練してなかったから戦えませんなんていう言い訳は通じない。

それなら、少しでも多くの状況に適応できるようにするために、周囲全てが敵という状況の訓練もしておいた方がいいのは間違いなさそうだ。

実際、今までの授業はチーム戦か1対1ばっかりで、乱戦の多対1になるような状況は中々なかった。

練習しておいて損はない。

 

「ん……いいよ……」

 

「大丈夫!もちろん参加するよ!」

 

「よし。じゃあそっちで待っていてくれ。あと何人かに説明して同意を得てくる」

 

飯田くんはそう言って、私と透ちゃんにパラパラと皆が集まってきている場所を示した。

……なるほど、飯田くんと百ちゃんで手分けして説明してる感じか。

それならそんなに時間はかからないかな。

 

 

 

透ちゃんと話しながら5分くらい待っていると皆が集まった。

飯田くんからルール説明が入って、皆散らばっていく。

ルール説明なんて言っても、最後の1人まで残った人が勝ちって程度でしかない。

後は、資源に限りがある現状で大怪我は困るから、最低限加減はするようにってくらいで、ほぼルール無用のデスマッチみたいな状況になっていた。

まあヴィランがルールなんて守ってくれるわけないから、これでいいんだろうけど。

 

開始の合図は私に任された。

爆豪くんと模擬戦をした時のように、皆にテレパスをかけてカウントダウンしていく。

そして、0ってテレパスした瞬間、私は波動の噴出で跳びあがった。

というよりも、皆ほぼ同じ行動を取っている。

理由は簡単だ。こういうのに対して、無法な手段で一瞬で制圧してくるヤバい人がいるし。

 

「穿天氷壁っ!!」

 

体育館が、一瞬で凍り付いた。

まあそれはいい。

滑りやすくなるから注意は必要だけど、普通に避けることができた。

問題は、獰猛な笑みを浮かべてこっちに飛んできている爆豪くんだ。

 

「ちっとは使いこなしたかよっ!!」

 

「そうだねっ……!少しだけっ……!」

 

爆豪くんが跳びかかりながら爆破を放ってくるのを高さを出して避けて、そこに波動弾で反撃をしかける。

爆豪くんも難なくそれを避けた。

正面から戦うのは不利だ。

少なくとも、今の波動の量だと。

そう思って、そのまま岩山を跳びはねながら、爆豪くんを撒こうと試みる。

その後ろを、爆豪くんが猛スピードでついてくる。

執着されてる……というよりも、あの状態になった私と戦いたいだけか。

まだそこまでじゃないんだけど……

なんて思いながら跳んでいたら、ちょうどよさそうな思考を捉えた。

 

その思考の持ち主の方に向かって跳びはねると、案の定爆豪くんもついてくる。

私が二段ジャンプで急上昇をかけて彼の攻撃範囲から逃れた瞬間、爆豪くんもそれに気が付いたようだった。

 

次の瞬間、巨大化したダークシャドウが、爆豪くんに襲い掛かった。

 

「チッ……俺との相性、悪いままじゃなかったのかよ」

 

「相性が悪いからこそ、こういう機会で経験を積んでおくべきだと考えた」

 

「……そうかよ」

 

常闇くんの言葉に、爆豪くんも受けて立ったようで正面から突撃していく。

そして、それを悠長に眺めて空中に浮かび上がっていた私に対して、敵意が向けられた。

あ、これはまずい。相性悪すぎっ!

回避はできそうにないから、せめて耳だけでも塞がないと!

そう思って、大急ぎで耳を塞いだ。

 

『ハートビートサラウンドレガートっ!!!』

 

響香ちゃんの技名の思考と共に、耳を塞いでいても大音量で聞こえてくる響香ちゃんの爆音を浴びてしまう。

流石にこれは放置できない。

耳を塞いで落下し始めていたのを、二段ジャンプで響香ちゃんの方に方向転換して、今度はこっちから襲撃を仕掛ける。

増えてる波動で強引に高出力の圧縮噴出をして、急加速をかけて落下していく。

 

「波動蹴っ!!!」

 

「あっぶなっ!?流石に正面からは分がわる……―――いっ!!?」

 

「あぐっ!!?これ、しびれっ……!?」

 

響香ちゃん飛び込んで波動蹴を避けて逃げ出した瞬間、フィールド全域を、極大の範囲攻撃が襲った。

上鳴くんが、凄まじい出力の雷を放出していた。

電撃を浴びてしまって、身体が痺れてすぐには動けない。

虚を突かれた皆も同様だった。

爆豪くんとか、凄まじい形相で歯ぎしりをしている。

上鳴くん、私が爆豪くんに気を取られてる間に隠れたのか。

今は本人も「うぇ~い」なんて言ってるけど、文句なしで上鳴くんの勝ちだった。

……まぁ、これが実戦ならショートした時点で殺される可能性があるから、絶対に取っちゃいけない戦法なんだけど。

今回は運よく全員行動不能にしたけど、すり抜ける人がいる可能性もあるわけだし。

 

「と、とりあえず、しびれているがっ、1回目は、上鳴くんの勝利でいいな、皆っ!?」

 

飯田くんが痺れている中でも確認してくるけど、皆してやられたことは把握していて、負け自体は認めていた。

 

「よし、では、少し休憩を挟んで動けるようになったら、2回戦だ」

 

そういって、飯田くんは話を区切った。

回復に努めることにしたらしい。

まあ痺れの回復が安静にしてただけで早まるかは謎でしかないけど。

とりあえず、私も2回戦に備えておかないと……

 

そんな感じで、日が落ちて少しするまで、バトルロイヤル形式の訓練を続けた。



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概要

訓練が終わって、寮に戻ってきた。

寮の扉を開いて皆で順番に上鳴くんが床に倒れ込んだ。

 

「つ……疲れた……!」

 

「か、上鳴くん……!」

 

まぁ、口田くんが気にかけてあげてくれているから放置でいいか。

結構ウェイよりの状態になってて脱力してそうだし、女子で手伝えることは少なそうだ。

 

「皆、速やかに就寝しよう。俺たちの強さは若さだ。一挙手一投足全て力につながる。歯磨きは忘れないようにな!」

 

上鳴くんを無視して飯田くんが皆に語り掛ける。

相変わらずのクソ真面目だ。

まあ空回りしてるわけでもないし、頼りになる感じのクソ真面目なんだけど。

そんなことを考えていたら、透ちゃんもソファに倒れ込んだ。

 

「私も疲れたー!」

 

「私も……疲れた……」

 

「瑠璃ちゃんも結構動いてたもんねぇ。もう早くシャワー浴びて寝た方がよさそうだねぇ」

 

透ちゃんがぼんやりした感じでそう呟くけど、それはもうちょっと後になってしまいそうだ。

オールマイトと塚内警部、校長先生、ナイトアイが、近づいてきていた。

 

「……寝るのはまだ……無理そうだけどね……」

 

「え?どういう「わたしが!!毎日のように来た!!」

 

「ちゃす。元気っすね……」

 

「逆にな!!」

 

オールマイトたちが緊急会議をしていたのはちらちら気にするようにはしていたけど、結局どうするつもりなのかは分からなかった。

乱戦の訓練に集中してたし、そこまで気を配れてなかったせいだけど。

全盛期のAFOをどうにかする方法が思いついたんだろうか。

どうにかできるならいいんだけど、あれの全盛期とかどうすればいいか想像もできない。

そんな中、寮に入ってきた人を確認した緑谷くんが嬉しそうに飛び出した。

 

「ナイトアイ!もう歩けるようになったんですね!」

 

「久しいな、緑谷。歩けるようにはなったが、まだ戦闘などできそうにもない状態でね。裏方のサポートをしにきたのだよ」

 

「いえ!ナイトアイにサポートしてもらえるなら百人力です!」

 

緑谷くんがブンブン振られる犬の尻尾が見えるんじゃないかってくらいの勢いで、ナイトアイに詰め寄って行った。

久しぶりに会えたのと、よくなっているのを確認できたからなんだろうけど、それでもだいぶすごい勢いだった。

皆そんな緑谷くんを苦笑いしながら眺めていると、百ちゃんが口を開いた。

 

「……何か決まりましたか?」

 

「概要はね。現在、限られた者にのみ、その概要を伝えている……第二次決戦の最終プラン、その協議を行う」

 

百ちゃんの問いかけに対して、オールマイトは静かにそう言った。

その言葉を受けて皆は、さっきまでの疲れなんてどこにいったのかってくらい、真剣な表情で耳を傾け始めた。

 

 

 

「AFOのことは私たちがよく知っている。この捜索でやつが見つかる可能性は低い」

 

「……まぁ……そうですよね……見つかると思ってるなら……私を捜索に回すでしょうし……」

 

「今プロがしてくれてる捜索は無駄ってことすか?」

 

オールマイトの言葉に、私の率直な感想を返す。

本当にAFOが見つかると思って真剣に探しているなら、私を雄英に置いておく理由がない。

私は緑谷くんたちと一緒に戦うって表明しているし、仮免だけどヒーローなんだから公安やオールマイトたちが躊躇する必要がない。

だけど、オールマイトたちは、捜索成功の薄すぎる確率を砂粒程度上げるよりも、私があの力を使いこなすことを期待しているんだろう。

一応、感知の性能がほぼ知られていたとしても、学生でもあるからヴィラン側から見た時にいないからどうかと言われても微妙なラインでもある。

ちょっと何か別の要素があったら瓦解するような絶妙なバランスな気がする。

そして、私にそれを期待して引っ込めておく以上、学生であるという建前が必要だ。

だからこそ、オールマイトたちは囮なんていう手段に学生を使うことをしなかったんだと思う。

 

「逆だ。青山による誘き出しにつながる」

 

「狡猾な臆病者を引きずり出すためには、心をゆっくり解きほぐす必要があるんだ」

 

「必死で探してるけど見つからないざけんなよ死ねカスっつーポーズか」

 

「爆豪くん……口悪すぎ……」

 

爆豪くんの言葉に、思わずツッコんでしまう。

相変わらずヒーロー志望なのに、なんでそんなに口が悪いんだ。

そんなことを考えていると、百ちゃんがオールマイトに対して再び質問を投げかけた。

 

「……青山さんは、嘘を吐いて殺された人がいると仰っていました。波動さんも確認していたようですけど、嘘の確認方法が分かったのですか?」

 

「それもクリアだ。事前に青山少年に聞いていた情報は、書面、文面でのやり取りはなく音声通信のみでのやり取りをしていることだ。この情報を基に、波動少女がした予測が、言葉、声を聞いてすぐに嘘だと分かる個性か、自身に対する悪意を言葉から感じ取れるのではないかということだった」

 

「……?波動と同じ読心の可能性とかは無いんすか?」

 

「あるわけねぇだろ。あいつら、夏の段階で波動をサブターゲットにしてやがったんだぞ。サーチを盗った以上、あの段階でこいつをわざわざ狙う利点が読心しかねぇ。個性の複製ができる奴らが読心持ってんなら、本命の成功率下げてまで取ろうとする必要がねぇだろ」

 

オールマイトの説明に上鳴くん質問したけど、爆豪くんがすぐに説明してくれた。

爆豪くんは本当に察しがよくて助かる。

私と同じ結論だし。

私が頷いていると、上鳴くんはさらに聞き返してきた。

 

「で、でもよ、合宿の時って俺たちにも読心のこと言ってなかっただろ?どうやってAFOがそれを知ったんだよ」

 

「……とりあえず……可能性はいくつかある……」

 

「え、マジ……?」

 

「ん……1つ目……トガが情報共有した可能性……トガは仮免試験の時点で既に読心を把握してた……どのタイミングで知ったか分からない……共有してた可能性はある……2つ目……私の地元に……AFOの手下がいる可能性……3つ目……I・アイランドのヴィランと……AFOにつながりがあった可能性……あの事件……私の読心が無いと解決できない方法で解決したから……事件の流れが伝わってたら……読心の可能性を推測できる……」

 

「読心がないと解決できない方法って言うと……」

 

「瑠璃ちゃん、一度もデビット博士と顔を合わせずに黒幕だって特定してるんだよ。オールマイトも瑠璃ちゃんの話聞いて、ヴィラン退治したらすぐに友達のはずのデビット博士の逮捕に動いちゃってるし、あれを知ってるなら確かに推測できるかも」

 

私の説明に、透ちゃんが補足説明してくれる。

実際あの流れを知っちゃってると推測できるだろうし、AFOがあのヴィランを通じ何らかの情報を得ていれば可能性としてないわけじゃない。

というよりも、あの時点での私の個性の詳細を知ってないと欲しがる理由が無さすぎる。

 

「まあ、そういうことだよ。そこから、さっき言った2点に絞って、波動少女が予測を立ててくれた。その予測を基に、波動少女が弾いてくれた内通者たちに尋問を行ったんだ。そうしたら、やはりいたんだよ。AFOの嘘の判定を試すために、悪影響は及ぼさない、冗談で通じる程度の何気ない嘘を混ぜて反応を伺った者が。その者が言うには、その嘘に対して、AFOは一切の疑念を抱かなかったそうだ。つまり……」

 

「嘘が分かってない……読心じゃないのも確定……悪意の感知でほぼ確定ですね……」

 

「ああ。そして、悪意に関しては既に波動少女の検証でクリアしている。音声に悪意を乗せなければ、奴は安心して現れる。だから相澤くんのアイデア通り、彼が生きる!」

 

オールマイトはそういうと同時に、カモンっ!!なんて言いながら大きく手で合図した。

それと同時に、寮の扉が開いてコスチュームを着た心操くんが入ってきた。

捕縛布を首に巻いて端っこを垂らしている感じが、ちょっと透ちゃんの忍者スカーフに似ている。

 

「心操ーーっ!!」

 

「コスかっけーー!!」

 

「作戦聞いた時驚いたわ。だって対抗戦のときは……喋らせることはできなかったハズよ」

 

皆心操くんの姿を見て、興奮気味に話しかけ始めていた。

そんな皆に対して、心操くんはちょっと自嘲気味に笑いながら、口を開いた。

 

「……まいっちゃうよな。4月になったらヒーロー科に編入して、皆と競い合ってくと思ってた。その為に"個性伸ばし"訓練続けてきたのに、まさか進級留め置きなんてさ……行けるぜ。俺が青山と両親を操って喋らせれば、そこに俺の意思も、彼らの感情も介入しない。ただその分、条件は厳しくなるけど」

 

「ん……私も保証する……たとえ心操くんに悪意があっても……洗脳対象の言葉、行動からは悪意を感じられなかった……AFOが悪意感知で嘘を判定している可能性が高いから……成功率は高い……」

 

心操くんの説明に、私も補足しておく。

私からのお墨付きとあって、皆は一気に盛り上がり始めていた。

 

「波動さんのお墨付きなら、僕も安心だよ☆」

 

「すっげーーー!!」

 

「すげぇや!!」

 

「サンキューシンソ―!!」

 

「ヒーロー名は!?」

 

「A組入るの!?B組入るの!?」

 

「AにしろA!!」

 

皆が盛り上がり続けるのを見ながら、心操くんが呆然としたように「明るい」と呟く。

まぁ、皆結構底抜けに明るいし、よっぽどの何かが起こらない限りは大体こんな感じだ。

そこに校長先生が、心操くんは相澤先生が鍛えてくれていたことを説明してさらに盛り上がりを見せていた。

そんな空気の中、常闇くんはさらに気になっていたらしい点を問いかけた。

 

「しかし……問題はここからでは?誘き出して一網打尽に?可能だと?数が減ったとはいえ……その場に大量のヒーローが待ち伏せていれば、それこそバレてしまう」

 

「そこは大丈夫だよ……こっちには、物間くんがいる……」

 

「物間くん……?……そうかっ!!」

 

私が物間くんの名前を出すと、緑谷くんはすぐに気が付いたようだった。

まあ緑谷くんなら気が付くか。

それだけ色々考察しているだろうし、黒霧がスカじゃないことも、すぐに気が付くだろう。

 

「そうだ。いるからバレてしまうなら、そこに、いなければいい」

 

オールマイトの説明を受けて、皆の盛り上がりは最高潮に達していた。

ワイワイ喜びあっている感じの皆を尻目に、私はオールマイトにテレパスを送る。

だって、これがどうにかできてないなら、壊滅する可能性すらある。

巻き戻しによる個性のストックがどうなるかが分からない以上、AFO1人に壊滅させられる可能性すら、あるんだから。

 

『オールマイト……全盛期のAFO対策……何か思い浮かんだんですか……?』

 

『……ああ。一応、考えてはいるよ。ただ、成功するかは分からないけどね。それだけ、不確定要素が多すぎる。明日以降、私以外の予知もしてもらって、少しでも精度を上げるために情報を得る。方法は―――』

 

オールマイトが、淡々と作戦を教えてくれる。

……それなら確かに可能性がある、と思う。

あとは、タイミング次第か。

まぁ、タイミング次第で全てが瓦解するから、そもそもそれを出来るかさえなんとも言えないんだけど。

そう思って、私も気を引き締めながら、盛り上がっている皆の方に交ざりに行った。



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出立前夜

オールマイトからの概要の説明はそう時間もかからずに終わった。

雄英の空中要塞化とか、感知で改造していることを知っていても、本当にその動きができるのか信じがたいようなこともあったけど、それでも、とりあえず概要は分かった。

明後日の朝には、作戦に備えて仮設要塞に移動する予定らしい。

雄英から約30kmの地点に作った仮設要塞にヒーロー科生徒を移動し、青山くんがそこから少し離れた孤立した位置に、AFOを誘い出す作戦らしい。

そのために、明日の内に荷物の準備をしておくようにと言われていた。

そんな説明を受けて、皆気合を入れなおしている。

だけど、訓練で疲れているし、今日はもう休むことになった。

 

そして、翌日。

寮の扉を開けて、相澤先生が入ってきた。

昨日は物間くんに付き添って黒霧の方に行っていたみたいだけど、今日は物間くんの方はブラドキング先生に任せることにしたらしい。

そして先生は、入ってきて早々に青山くんに声をかけた。

 

「青山、行くぞ」

 

「ウィ☆」

 

青山くんも、いつもの調子ですぐに答える。

まあ、用件はもうとっくに分かってる。

青山くんの両親も含めて、作戦を練るんだろう。

……私も、行った方がいいだろうか。

心操くんの確認とか、青山くんのこととか、いろいろ関わったし。

 

「……先生……私も行った方が……いいですか……?」

 

「いや、お前は来なくていい。これに関してはお前がいなくてもどうとでもなる。どのみちAFOと連絡を取るのは、お前の感知範囲外でやるのはもう決まってるからな」

 

「……サーチ対策ですか……分かりました……」

 

私の問いかけに、先生はすぐに否定した。

まあそれもそうか。

万が一サーチが残っていたら、内通行為を他の誰かが近くにいるタイミングや私の感知範囲内でやるのはおかしいと思うし。

 

「波動は自分の訓練に注力しておけ。時間は有限だ。戦うと決めたなら、時間を無駄にするな。生存率を少しでも上げるためにもな」

 

「……分かりました……あの……でも午後に……あれをやるんですよね……?ならせめて……エリちゃんの方は……」

 

先生が午後にエリちゃんの所に行こうとしてるのも思考から分かっているから、心配になってしまう。

お父さんを消しているトラウマに、重なる可能性があることをさせようとしているわけだし。

 

「……そっちも大丈夫だ。エリちゃんは俺が見ておく」

 

「……先生の立ち位置的にも……重ねちゃいそうだと……思うんですけど……」

 

「大丈夫だ。あの子だって、いつまでも弱いままじゃない。お前や緑谷のおかげで、成長できたんだ。お前も信じてやれ」

 

先生のその言葉に、何も言えなくなってしまう。

確かにエリちゃんは精神的にも成長しているし、個性の扱いも随分うまくなっている。

でも、そっか。

エリちゃんだって、成長してる。

通形さんの巻き戻しだって成功させたんだから、信じてあげないとダメか。

そう思って、私は私にできることをしっかりとしておくべきだと思いなおした。

 

「分かりました……すいません……我儘言って……青山くんも……頑張ってね……」

 

「メルシィ☆……とは言っても、今日はあくまで作戦会議だけどね」

 

「でも……今日……お父さんと……お母さんを説得するんでしょ……?なら……やっぱり……頑張ってねであってるよ……」

 

「……そうだね。ありがとう」

 

青山くんに激励の言葉をかけると、彼は小さく笑みを浮かべて頷いた。

やっぱり、青山くん的にもいろいろ思うところはあるみたいだった。

まあ、協力してくれないって言うなら心操くんで無理矢理洗脳するだけなんだろうけど、それでも、進んで協力してもらいたいっていう風に考えているみたいだった。

 

 

 

そんなこんなで、今日の訓練も終わった。

青山くんもエリちゃんも、今日やるべきことは無事に終わったようだった。

明日の出立の準備は、皆もう終わっている。

というよりも、皆最低限の荷物しか準備していないのだ。

私だって着替えくらいしか準備してない。

必要最低限のものだけを持っていくつもりだった。

そんな準備も終わって、今は男子も女子もお風呂に入って、今日の疲れを取っているところだった。

のんびりお湯に浸かっていたら、三奈ちゃんがぼやくように口を開いた。

 

「ついに明日にはここを出るのか~」

 

「ここに帰ってくるのは、全部が終わってからになるのよね」

 

「そういうことになりますわね」

 

百ちゃんと梅雨ちゃんも、ちょっと緊張した面持ちで三奈ちゃんのつぶやきに続いていく。

それを受けて、ぼんやりした様子の透ちゃんがポツリと呟いた。

 

「本当なら、今頃2年生になって、後輩も出来てたはずだったのにねぇ」

 

「……鍋パの時と……言ってること違くない……?」

 

「有能な後輩来ちゃうかも~って言って怖がってたよね、葉隠」

 

「やだ~とか言ってたよね」

 

「そ、それはそうだけどさ!それとこれとは話が違わない!?」

 

透ちゃんに私と響香ちゃん、お茶子ちゃんの3人で透ちゃんの過去の発言との矛盾にツッコむ。

それを聞いた途端、透ちゃんはプンプン怒っているようなポーズを取り出した。

まあ表情がちょっと笑ってるし、感情も怒ってる感じは皆無だから冗談なのはすぐに分かる。

 

「まあでも、皆でまたここに戻ってきて、また授業受けるんだもんね!」

 

「そうね」

 

「授業受けれても……後輩ができるような状況かは……分からないのが何とも言えない所……」

 

「そうだとしてもさ!先生たちに教えてもらいたいこと、まだいっぱいあるし!頑張ろうよ!」

 

「そのためにも、誰一人欠けることなく生き残らないといけませんわね」

 

百ちゃんの言葉に、皆もすぐに気合を入れなおす。

敵が強大なのは百も承知だ。

それでも、やらなきゃいけないことがある。

緑谷くんだってそうだし、轟くんだって荼毘……燈矢と向き合おうとしている。

私たちも、頑張らないと。

 

「でも、まだヤオモモ以外場所決まってないんだよねぇ」

 

「ヤオモモは、雄英で死柄木に破壊された場所を補修する材料作るんだよね?」

 

「ええ、パワーローダー先生たちと協力して」

 

「女子は他に誰も言われてないもんねぇ……瑠璃ちゃんもまだ知らない感じ?」

 

「ん……というより……緑谷くん……青山くん……轟くん……百ちゃん……上鳴くん以外……まだ決まってないよ……うちのクラス……」

 

「そっかぁ」

 

皆もちょっと不安になってるけど、誰が、どこの戦場に配置されるのかも、まだ言われてない。

というよりも、緑谷くん、青山くん、轟くん、百ちゃん、上鳴くん以外はまだ決まってもいない。

……だけど、私は、どこの戦場に配置されるか、希望を出すつもりだった。

オールマイトたちが私をどこに配置するか迷っていたのは知っている。

あの時の波動弾とかビームの遠距離攻撃に期待してAFOに割り振るか、ギガントマキアの腕を切り飛ばした一撃に期待して死柄木のところか、ギガントマキアのところか、一方的に蹂躙した荼毘のところか、それとも、感知で位置を把握できるトガのところか。

スピナー以外の幹部のところは、軒並み候補に挙がっているようだった。

だけど、だからこそ、私にはやりたいことがあった。

他の戦場に私じゃないとダメなことがないなら、私は、トガとの戦場に、割り振って欲しかった。

オールマイトに伝えるのは、ここを出て向こうについてからにするつもりではある。

 

「……私は……配置される場所の……希望を言うつもり……通るかは……分からないけど……」

 

「希望?」

 

「波動の配置とか、先生めっちゃ悩んでそうだけど大丈夫かな……」

 

「まぁ……悩んでるのはほんと……スピナー以外……すべての幹部が候補に挙がってたし……ギガントマキアのところも候補になってた……」

 

響香ちゃんの呟くように心配してくれる言葉に、先生たちが実際に悩んでいたのを伝えてしまう。

そんなやり取りをしている間に、透ちゃんが真剣な表情で問いかけてきた。

 

「……トガヒミコのところ?」

 

「トガ?なんで?」

 

「……瑠璃ちゃん、トガに勧誘されてたから……似た者同士だとか言われて」

 

「勧誘!?」

 

「それは、いつの話なのかしら?林間合宿ではされてなかったわよね?」

 

「仮免試験の1日目。二次試験が翌日に延期になったでしょ?あれ、トガが侵入したのを、瑠璃ちゃんが公安委員会に伝えて、警戒のために延期した感じだったから……」

 

「……あぁ!?あの人がトガヒミコだったの!?」

 

「ん……透ちゃんの言う通り……トガのところであってる……」

 

透ちゃんが、守秘義務のある内容を話してしまっていた。

もう治安は崩壊しちゃったし、秘密にしておく意味はないんだけど。

そんな透ちゃんの言葉に、お茶子ちゃんが驚愕の声を上げる。

まだ気づいていなかったらしい。

まあそんなことは今はいい。透ちゃんの言ってた理由で概ねあってるし。

 

「トガが似た者同士だって言ってたの……別に……間違ったことを言ってるわけじゃないんだよ……小さい頃の環境とか……自分の感情を……思ってることを隠して……過ごしてきたところとか……私とトガは……お姉ちゃんみたいな……信頼できる人がいたかどうかっていう……小さな違いしか……なかったから……だからこそ……私が止めないといけないって……思ったから……」

 

「……そっか」

 

「ですが、大丈夫ですか?トガは波動さんの感知をすり抜けるのですよね?」

 

百ちゃんが心配そうに聞いてくる。

それはその通りだけど、集中して見続ければその限りじゃない。

むしろ、その特性は私以外に対しての著しい脅威だし。

 

「悪意を感じづらい上に……ミスディレクションで思考も読めなくなるせいで感覚は狂うけど……集中して見続ければ……場所は分かるから……私なら……変身も見抜けるし……」

 

「あー、お互いに相手にとっての脅威になってる感じなんだ」

 

「ん……だから……直接戦闘で困るのは……お互い様……」

 

皆も頷くようにして納得した様子を示してくれる。

お茶子ちゃんだけは蛇腔でトガと色々あったみたいで考え込んでいるけど……

お茶子ちゃんはお茶子ちゃんで、トガと色々話したいことがある感じみたいだった。

 

その後もしばらく皆で話して、お風呂から出た。

男子は男子で轟くんの冷たい炎のことで盛り上がったりしていたみたいだけど、そう変わらないくらいの時間でお風呂から出てきていた。

明日は朝早いし、もう休もうってことで部屋に戻った。

移動だけとは言っても、相手もイレギュラーな行動を取ってくる可能性はあるわけだし、体力は残しておくに越したことはなかった。

仮設要塞っていうのがどういうところかまでは分からないけど、皆、気合を入れなおしていた。



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仮設要塞

夜が明けて、仮設要塞に出立する時間が近づいてきた。

一応、私たちが今日ここを出ることは避難民の人たちにも伝えられている。

雄英に残るのは、避難民の護衛目的で残るプロヒーローだけだから、流石に言っておかないと不安になる人たちが多いだろうという配慮だった。

あとは、単純にAFOの内通者は弾いてるから、ここで最低限の情報を伝えたところで筒抜けになることはないし、青山くんの内通を利用した作戦で誘き出す以上、その本質の部分さえバレなければ多少情報が漏れても問題ないっていう部分があるからできることではある。

むしろ、あんまりコソコソしすぎていると、何かを企んでいるのが向こうに勘繰られる可能性がある。

仮設要塞にヒーローのほとんどが移動するっていう流れを、今後の捜索に向けたための移動に見せかけるための手段でもある。

 

一応、皆の家族とか、エリちゃんとかは見送りに来てくれている。

あと、負の感情をあまり感じない、今回の動きに何かしらの希望を見出してくれている避難民の人たちが、遠巻きに眺めているくらいだ。

そんな人たちを前に、私たちは並んでいた。

 

「皆さん!ありがとうございました!」

 

緑谷くんと飯田くんが深々と頭を下げるのに合わせて、皆も口々にお礼を言っていく。

爆豪くんなんかは背を向けているのに最前列にいるっている謎の行動をしているけど、それが彼なりの感謝の示し方らしい。

うん、意味わからないけど。

私も私で、小さくお辞儀している。大きな声を出すのはあんまり得意じゃないし。

 

「兄ちゃん!ここを出るって本当!?」

 

「うん。泥を払う暇は、もう十分いただきました」

 

緑谷くんが、洸汰くんに答えながら、避難民の人たちへの言葉も続ける。

避難民の人たちはそんな様子を見ながら、不安に駆られていた。

これからの動きで、いいことが起きてくれればいい。

だけど一方で、ここの護衛をしているヒーローが減るのは怖い。

これが失敗したらどうなるのか。今度こそ、終わってしまうのか。

そんな不安が伝わってきていたのに、誰も、その不安をぶつけてこようとはしなかった。

避難民の人たちも、変わっているのが、伝わってきていた。

 

「あなた方の安全が我々の命題です。ただ一つ、いつ避難システムが作動しても大丈夫なよう、心構えだけお願いします」

 

不安そうな避難民の人たちに、スナイプ先生が声をかける。

避難民の人たちは、ざわつくだけで特に返答はなかった。

だけど、わずかな期待に縋ろうとするその思考だけは、しっかりと伝わってきていた。

 

 

 

そこからは、見送りに来てくれていた人たちと、短くではあるけど挨拶できる時間になった。

私のところにも、お父さんとお母さんが来てくれた。

 

「瑠璃、気を付けるんだぞ」

 

「無事に帰ってきてね」

 

「ん……頑張ってくる……」

 

私が答えると、お母さんが正面からぎゅって抱きしめてくる。

ちょっと苦しい。

まあ、それだけ心配もかけているってことではあるんだけど。

実際、お父さんとお母さんは、今の世間の状況のせいで私がどれだけ嫌な波動を感知しているかとか、あの告発の動画を受けて発生した、あることないこと吹聴する元同級生と思われる人による悪評の流布の影響とかを、すごく心配してくれていた。

周囲の状況に関しては言わずもがなだけど、正直、私としては元同級生のクズなんて知ったことではなかったし、今更評判なんて気にしてなかった。

私個人に対して向けられる負の感情なんて、今の世間の状況だとたかが知れていたから。

確かに不愉快ではあったし、謎の怒りをぶつけてくる人にはイラっとしたけど、そんなのを気にしている暇がなかったって言う方が正しいかもしれないけど。

そんなことを考えていると、お母さんが言葉を続けた。

 

「ねじれも、この後出るのよね」

 

「ん……そのはず……拒否しなかったヒーロー科生徒は……皆仮設要塞の方に移動するから……」

 

ヒーロー科生徒は、一応作戦に参加するかどうかの希望を取って、拒否した者は、ここに残っていいって説明を受けていた。

そんな人は、誰もいなかったみたいだけど。

あんまりまとまって動いて襲撃でもされたら洒落にならないから、少しずつ、分散して移動することになっていた。

だから、お姉ちゃんも目的地自体は同じだけど、少し遅れて移動することになっているはずだ。

そのことを私が答えると、お父さんとお母さんは一瞬暗い表情をした。

 

「娘2人が、あんなヴィランと戦おうとしてるなんて……」

 

「ヒーローになるなんて言った時から、分かっていた事だとは言ってもな……少し、甘く見ていたみたいだ。流石に心配になってしまうな」

 

「……そう……だね……」

 

死柄木の齎した被害を目の当たりにしたうえで、子供がヒーローになることを許容する親なんて、早々いないと思う。

だけど、私も、もう決めたんだ。

もう、どんなに止められても止まるつもりはない。

大切な人たちを、守るためにも。

 

「……お父さん……お母さん……」

 

私が声をかけると、2人は顔を上げた。

ここまで心の底から心配してくれる2人に、私も、思っていることを伝えるべきだと思った。

 

「私は、大切な人を守れる、ヒーローになる。お姉ちゃんだけじゃない。お父さんと、お母さんと、友達と、ミルコさんと、先生たちと……とにかく、大切な人たちを守れる、ヒーローになるから。だから、お父さんとお母さんは、安心して待ってて。私が、私たちが……また、皆で、笑顔で過ごせるように頑張るから。私も、お姉ちゃんも、ちゃんと帰ってくるよ」

 

「瑠璃……」

 

「お前……」

 

お父さんとお母さんが、びっくりしたような表情を向けてくる。

私がお姉ちゃん以外の為に何かをするっていうのをお父さんとお母さんに言うの自体、物心ついてからは初めてな気がするし、それも当然か。

ヒーローになるって言ったことに対しても、すごく驚いているのが伝わってきていた。

次の瞬間、お父さんとお母さんが凄まじい勢いで抱きしめてきた。

 

「瑠璃っ!!」

 

「ちょっ……!?い、いたいっ……!」

 

お母さんはいいけど、せめてお父さんはやめて欲しい。

年頃の娘なのに。

……でも、その娘が戦争しに行くなんて言ってるんだから、仕方ないのかな。

仕方ないから、ちょっとされるがままになってあげることにした。

 

「ちゃんと無事に帰ってくるんだぞ!待ってるからな!」

 

「ん……約束……」

 

私が答えると、さらに力強く抱きしめられた。

い、痛い……

 

しばらくそうやってやり取りをして、お父さんとお母さんは離れていった。

そして、皆の方に戻ろうとすると、今度はエリちゃんが近づいてきていた。

 

「ルリさん!」

 

「ん……おいで……」

 

走って近づいてくるエリちゃんを、そのまま抱きしめてあげる。

エリちゃんは昨日すごく頑張っていたのは、感知で伝わってきていた。

だから、それを褒めるように、不安なのを、安心させてあげるように、優しく抱きしめてあげる。

 

「昨日……頑張ったね……すごかったよ……」

 

「うん!がんばった!」

 

エリちゃんが笑顔を浮かべるのにほっこりするけど、その笑顔も、すぐに引っ込んでしまった。

心配そうな表情を浮かべて、私の手を握ってくる。

 

「デクさんもだけど……ルリさんも……気を付けてね。かえってきてね」

 

「ん……大丈夫……ちゃんと帰ってくるよ……皆で……笑顔で……だから……待っててね……」

 

「うん……」

 

エリちゃんも、すごく素直に言葉を受け取ってくれるけど、不安そうな様子は拭えなかった。

大切な人がいなくなるのが、不安な感じかな。

そんな不安が少しでも払拭できるように、エリちゃんが落ち着くまではこうしてあげよう。

……お父さんとお母さんの視線を感じるのが凄く気になるけど。

流石にここで写真とか取らないよね。

恥ずかしいけど、エリちゃんのためだ。仕方ない。

そう思って、見られているのを分かっていながらもそのまま抱きしめ続けてあげた。

 

 

 

そんな感じで皆思い思いの言葉をかけあって家族と挨拶をしてから、雄英を出た。

バスでの移動である程度の所まで近づいて、あとは徒歩で移動して、出発から2時間くらい経った頃。

雄英から約30kmくらい離れたところに作られた、仮設要塞"トロイア"に辿り着いた。

 

「仮設要塞"トロイア"。セメントス、パワーローダー、そしてエクトプラズムがいるからこそ、超短期施工が可能になった。雄英には到底及ばんが堅牢だ。各自、部屋に荷物を運び、準備を」

 

「ハイツアライアンスリスペクトだね!」

 

「ん……形もそのまんま……」

 

「親切」

 

透ちゃんがちょっと興奮気味に建物を眺めている。

興奮気味とは言っても、無理矢理盛り上げようとしてる感じなのは波動からも表情からも分かるけど。

仮設要塞"トロイア"は、本当にハイツアライアンスそのまんまな形をしていた。

色は真っ黒で、アライアンスだとクラスが書かれているところに謎の模様が描かれていた。

寮を短期間で作ったノウハウがあったから、それを流用できるようにそのままの形にした感じかな。

響香ちゃんも、そんな建物を眺めながら思ったことをそのまま呟いていた。

時間とかノウハウの問題な気がするから、正直親切かどうかはなんとも言えないけど、過ごしやすいのは間違いなかった。

 

そこからは部屋決めという名の、ハイツアライアンスと全く同じ部屋の割り振りをして、各自部屋に向かって行った。

スナイプ先生も準備をとか言ってたけど、特に何か指示があるわけでもない。

荷物を整理したら、ここから離れないようにすれば自由行動していいことになっている。

まぁ、自由行動とは言ってもやることなんて何もないし、荷物も服しか持ってきてないから整理もすぐに終わってしまってやることなんてない。

出来ることと言えば、友達と話すか、開いたスペースで特訓するかだ。

とりあえず、透ちゃんと話したり特訓したりして、タイミングを見てオールマイトとか、作戦に関わっている先生に、配置の希望を伝えに行かないと。

そう思いながら、ベッドと机、空っぽのタンスしかない部屋に荷物をしまった。



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配属希望

仮設要塞に移住した翌日。

私は、ちょうどA組の仮設要塞に訪れていたオールマイトと相澤先生のところに向かっていた。

私よりも少し先に、障子くんと口田くんも2人の下に向かっている。

用件は、2人も同じみたいだった。

異形の者が"病院"を目指しているというのは、身体が大きい異形系の個性の女性が考えていたから分かっていた。

昨日出立前に少し話して、その話を聞いたらしかった。

障子くんがその話を聞いて、何もしないわけがなかった。

 

「俺たちをセントラル病院防衛に配属してください」

 

障子くんが真剣な表情で打ち明けると、先生たちの動きが止まった。

相澤先生もちょっとビックリした表情をしていた。

 

「何でそれを知ってる……!?まだ伝えてないだろ……波動か?」

 

「波動からは何も聞いていません。あの大きな女性が気になることを話していたので、外界の様子を伺いました」

 

「大きなあの子か!」

 

「加えて避難民の方にも」

 

相澤先生に疑いを持たれたことに、ちょっと憤慨してしまう。

私、今までそこまで口が軽いことがあっただろうか。

いくら私が内情に精通しているからって、そこで疑われるのは心外だ。

 

「……私……そこまで口軽くないんですけど……」

 

「波動さん?」

 

「ん……口田くん、障子くんも……配属の希望を言いに来たんだよね……」

 

「"も"ってことは……」

 

「ん……私も……」

 

口田くんが私の方を見て、びっくりしながら聞いてくるのに対して、正直何をしに来たのか伝えてしまう。

別に隠すようなことでもないし、隠すつもりもないし。

障子くんも私の方をチラリと見てきたけど、真剣な表情で先生の方に向き直った。

 

「……すまん、波動。俺の方から言いたいことを言いきるぞ」

 

「ん……どうぞ……」

 

障子くんの言葉に、話を続けるように手で促す。

それを感じ取った障子くんは、言葉を続けた。

 

「決起……異形の者が"病院"を目指して動いていると聞きます。そこに、俺を配属してください」

 

「障子くんが行くなら、僕も行きます」

 

障子くんに続いて、いつもは自己主張を全然しない口田くんも希望を伝える。

先生は、それを真剣な表情で見続けていた。

 

「これを見過ごして、俺はこの先、ヒーローを名乗れない」

 

許可の返事をくれない先生に対して、障子くんがダメ押しのように思っていることを伝えていく。

先生はそれを聞いて目を閉じると、溜息を吐きながら小さく首を振った。

 

「……まだ確約はできん。情報戦を仕掛けてるところだ。状況次第で、お前たちの希望通りになるようにする。それでいいな」

 

「はいっ……!」

 

「十分です。ありがとうございます」

 

先生の仕方なさそうな返事に、口田くんは嬉しそうに返事をして、障子くんは深々と頭を下げた。

先生の思考からして、特に嘘を吐いている様子もない。

実際に偽の搬送先の噂を流したりして、情報戦を仕掛けたりしているみたいだし。

その情報に引っかからなかった場合に、障子くんをそこに配属する感じかな。

そんなことを考えていたら、先生は障子くんたちから私に視線を移していた。

 

「で、お前は」

 

「先生……私を……奥渡島に配属してください……」

 

「……トガか」

 

「はい……」

 

死穢八斎會で何があったか分かっている先生は、すぐに察してくれた。

まあ、察したはいいけど、悩ましそうに頭を掻いちゃってるけど。

 

「……確かに、お前の配属の候補地の一つではあったがな……」

 

「波動少女は、AFO、死柄木、荼毘、トガ、ギガントマキアと、皆から候補地の推挙が多いんだけど……理由は何かあるのかい?」

 

相澤先生のぼやきを補足するように、オールマイトが確認してくる。

それに答えるために、私はずっと考えていたことを、オールマイトの目を見て話し始めた。

 

「私は……仮免試験で……死穢八斎會で……トガに……勧誘されたんです……一緒に来ないかって……自分と似た者同士だから……来た方がいいって……」

 

「似た者同士?」

 

「はい……周囲に対して……自分の感情を……思ったことを隠して……仮面を被って生きてきたところとか……あとは……自分にとっての普通が……周囲に受け入れてもらえなくて……生きづらいのも似てるって……」

 

「それは……」

 

トガに言われたことをそのまま伝えると、オールマイトは唸りながら顎に手を当て始めた。

相澤先生は私を見定めるように見続けている。

ちゃんとどうしたいのか言わないと、希望が通ったりはしなさそうな感じか。

そう思って、言葉を続ける。

 

「実際……トガが言ってることは間違ってないと思うんです……トガには……抑えきれない吸血衝動みたいなのがあるのは……散々見てきた波動から分かってます……両親がそれを毛嫌いして……普通の生き方を強制していたのも……本人が狂ったように言ってましたし……私も……制御できない読心のせいで……色々ありましたし……周囲から向けられる負の感情をやり過ごすために……お姉ちゃん以外には……無関心でいるようにしてたので……」

 

「普通の強制と、無関心の仮面、か……確かに、似てると言えなくもないのかな」

 

「はい……なので……似てるのは間違いないです……だけど……トガと私には……決定的な違いがある……これは……相澤先生にも言いましたよね……?」

 

「ああ。受け入れる家族がいたかどうかだったな」

 

先生も小さく頷いてくれる。

障子くんと口田くんは初めて聞く話に、目を白黒させている。

まあ、この話はお姉ちゃんと相澤先生にしか言ってないし、知らないのは当然だから仕方ない。

 

「はい……私にはお姉ちゃんがいました……だから……踏みとどまれました……それで……トガの訴えを聞いて……同情したわけじゃないんですけど……トガが……お姉ちゃんがいなかった場合の……自分の姿なんじゃないかって思ったら……他人事と思えなくて……トガは……私や……お茶子ちゃんに……お友達になろうって……しつこく言い寄ってくるんです……それに……ヴィラン連合に対して居心地の良さを感じていました……それを考えたら……連続失血死事件も……あの行いも……誰かに受け入れてもらいたいからしている……暴走なんじゃないかって思ったら……止めてあげなきゃいけないって……思ったんです……」

 

「止めるか……出来ると思うのか?トガは、超常解放戦線の一員だ。殺人事件を何度も起こしてる。そんな相手を説得するつもりか?」

 

「……言葉だけでどうにかするつもりはありません…………だけど……私は……読心とか関係なく……トガの気持ちが……分かるんです……分かってしまうんです……」

 

先生は、静かに私を見つめ続けていた。

でも、私にだって、何も策が無いわけじゃない。

……トガは、多分、ヴィラン連合の中でも、理解されてなかった。

荼毘はイカレ女なんて呼んでるっぽい思考をしてたし、スピナーはトガの本質を理解してないと思うし、コンプレスは逮捕されてて、死柄木はAFOが混ざった変な状態だ。

トガの思考からは嘘だとは感じなかったから、ヴィラン連合の居心地がよかったのは確かだと思う。

だけど、その居心地の良さは、不干渉と異常性の許容というものから成り立っているものだと思うのだ。

今まで見てきた思考からして、あそこがそこまでお互いを理解し合っているとは思えなかった。

 

「周囲に向けられる不愉快な思考も……私を排斥しようとした同級生も……あまりにも鬱陶しくて……どうにかしてやろうかと思ったのだって……1回や2回じゃありません……それを……無関心で蓋をして……耐えていただけなんです……だから……トガが……抑圧されたくないって……自由に生きたいっていう気持ちが……私には……分かるんです……読心と……吸血衝動で……ものは違いますけど……周囲に気味悪がられるのも……排斥されて、受け入れてもらえないのも……同じだと思うんです……」

 

「……それで?」

 

先生は、私が言ったことを咀嚼しながら続きを促してくる。

トガは、普通に生きたがっていた。

普通に生きて、普通に恋をして。

ただ、その普通が、多くの人の"普通"と違っただけ。

それを理解してもらえなかったから、"普通"に生きることを強制されて、耐えられなくなって、爆発して、最後にはヴィランになってしまって、異常者として弾き出された。

でも、じゃあ超常解放戦線が作る未来に、AFOが作る未来に、彼女の求めるものはあるのだろうか。

吸血衝動を持つ者としては、普通に過ごすことはできるかもしれない。

だけど、その世界で、普通に恋をして、普通に生きるなんていうことが、できるんだろうか。

私が超常解放戦線に入った場合も、同じ問題に直面すると思う。

治安が崩壊して、負の感情で、怨嗟の声で埋め尽くされた世界で、普通に生きることが出来るだろうか。

少なくとも、私は絶対に無理だと思う。

そして、それはトガも、そんなに違わないと思うのだ。

ヴィラン連合の数少ない面々は、友としてなら一緒にいることが出来るかもしれない。

深入りせずに、最低限の距離を保って、仲間意識を持つことが出来るから。

だけど、そんな仲間意識が、いつまでも続くものだろうか。

AFOが支配する世界で、ずっと、仲間なんて意識を持つことが出来るだろうか。

そこでトガが望んだような、普通の、自由な生き方ができるだろうか。

私には、とてもできるとは思えなかった。

だからこそ、止めてあげた方がいいと思った。

トガの、似た者同士として、唯一、心の底から理解してあげられる、理解者として。

 

「トガは、私が止めます。AFOが支配する世界……そんな世界に、彼女の求めるものがあるとは思えません。だから、彼女の暴走を、私が止めます。彼女と似た者同士で、理解者になれる、私が」

 

「……はぁ。分かった。俺の方から希望も含めて進言しておく。お前はトガのミスディレクションを無視して位置を把握できるし、拒否されることはないだろう」

 

「ありがとうございますっ……!」

 

相澤先生は溜息を吐きながら認めてくれた。

まあ、心配そうにはしてるんだけど。

 

「礼はいい。波動も、障子たちも……やりたいことがあるのはいいが、命だけは粗末にするなよ。それだけは頭に叩き込んでおけ」

 

「はい!」

 

私がすぐに頷くと、障子くんと口田くんも頷いて返事をしていた。

それだけ、先生の目は真剣そのものだった。

白雲さんと重ねて、無謀な事だけはするなって考えているのは、ありありと伝わってきていた。

 

とりあえず、これで希望も通してもらえるってことになったし、私は仮設要塞の中に戻った。

障子くんたちも、私に続くように戻ってきている。

もう決戦まで時間もあまりないし、私は私でできることをしないと。

特に今は、もう決行日は決まっている上に、いつAFOが予測と違う行動を取ってくるか分からない。

1秒でも、無駄にすることはできなかった。



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決戦前日

配属希望を出した翌日には、まだ配属先が決まってなかった皆にも配属先が伝えられた。

青山くんの両親からAFOへの連絡も、とりあえず反応からしてうまくいっていると思える状態みたいだ。

明日、緑谷くんを孤立させた青山くんから、AFOに連絡をするという手筈らしい。

つまり、明日が決戦の時だ。

 

 

私の配属は、奥渡島。

何をするか分からないトガを隔離する場所に選ばれた、太平洋の沖合約200kmにあるリゾート地。

ここに、ギャングオルカを筆頭にセルキーを始めとした海で有利に動くことが出来る個性の持ち主たちと、シリウスら感知系個性の持ち主を集める。

そこに、希望を出した私と、トガと接触回数の多いお茶子ちゃんと、セルキーらと連携を取ったことがあって海でも有利に動ける梅雨ちゃんの3人が、配属されていた。

トガは、私を中心に対応に当たることになっている。

私が一番トガと相性がいいから、当然ではある。

感知で常に位置を把握できて、戦闘能力があることも保証されている私を中心に据えて、それをギャングオルカたちにサポートしてもらう。

 

他の配属地域は……

死柄木を閉じ込める雄英に、ベストジーニスト、ミルコさん、エッジショット、相澤先生を筆頭としたプロヒーロー。

学生は、緑谷くん、爆豪くん、物間くんに加えて、莫大な遠距離攻撃を放てるお姉ちゃん、透化で攻撃をいなせる通形さん、ポテンシャルならプロの中に入ってもトップクラスの天喰さんのビッグスリー。

AFOを飛ばす群訝山荘跡地には、個性を取られにくいヒーローたちを集める。

プロヒーローはエンデヴァー、ホークス、シンリンカムイを筆頭とした、飛んだり遠距離攻撃ができるプロヒーロー。

学生は、響香ちゃんと常闇くん。

荼毘を飛ばす神野区には、炎への耐性が高いものが中心として編成されている。

バーニンを始めとしたエンデヴァー事務所の炎のサイドキッカーズといった、炎熱系の個性の持ち主が中心だ。

そこに、荼毘への対応に当たる轟くんと、そのサポートに飯田くんが配属される。

黒霧奪還に来るのは容易に予測できるから、黒霧がいるセントラル病院にも人が配属される。

結局、情報戦には引っかかってくれなかったらしい。

マイク先生を始めとしたプロヒーローと、希望を出した障子くんと口田くんが配属される。

ギガントマキアは、蛇腔総合病院跡地に拘束されている。

その奪還阻止に、Mt.レディと、類まれな拘束力を持つ峰田くん、Mt.レディの武器を生成できる小大さん、ギガントマキアに一矢報いた切島くんと三奈ちゃんと、後は洗脳でギガントマキアを操れる可能性のある心操くんが配属された。

そして、ダツゴクの中でも特に力を持っている存在、ギャシュリーやクニエダを飛ばす先として想定されている、多古場競技場。

そこに、クラストを筆頭としたプロヒーローと、砂藤くん、尾白くんが配属される。

さらに、どうしてもワープゲートを通らないですり抜ける者が発生する可能性があるから、仮設要塞"トロイア"に、リューキュウ、ファットガムを筆頭としたプロヒーロー。

それと、青山くんと透ちゃんもそこに配属されていた。

透ちゃんに関しては、青山くんとの連携に慣れているのと、AFOと死柄木以外ならどんな相手が残っても潜伏して奇襲を仕掛けられる可能性がある汎用性の高さを見込まれての選抜だと思う。

 

後は百ちゃんが雄英内で資材の生成、上鳴くんが死柄木隔離の為のエネルギー生成の役割を担っている。

A組は全員主要地域に割り振られた感じだ。皆、気合を入れなおしていた。

 

 

それを聞いて、私はお姉ちゃんがいる3年生の仮設要塞の方に顔を出していた。

一応、先生にも確認して許可をもらっての訪問でもある。

お姉ちゃんが死柄木の所に割り振られたのが、ちょっと心配だったのだ。

お姉ちゃんも訓練を終えて天喰さんたちと話していたみたいだけど、私を見てすぐにこっちに駆け寄ってきてくれた。

 

「瑠璃ちゃん!どうしたの?」

 

「ん……お姉ちゃんと……少し話したくなって……」

 

「そっかそっか!じゃあちょっと私の部屋行こっか!」

 

お姉ちゃんは私の言葉に、嫌な顔一つしないで手を引っ張って部屋まで連れて行ってくれた。

お姉ちゃんの部屋も、特に何もない殺風景な感じなのは、私たちと同じだった。

やっぱり服くらいしか持ってきてないんだと思う。

そんなことを考えながら、お姉ちゃんに話しかけるために口を開いた。

 

「お姉ちゃん……死柄木のところに配属されるって……聞いた……」

 

「うん。天喰くんと通形と一緒にね……心配になっちゃった?」

 

「ん……心配……」

 

「そうだよねぇ。でも、私も瑠璃ちゃんが心配だから、お互い様かなぁ」

 

私の言葉に、お姉ちゃんは小さく笑みを浮かべながら、私の頭を撫でてきた。

いつも通りの丁寧で心地いい撫で方に、思わずお姉ちゃんに抱き着いてしまう。

そのまましばらく、お互いに何も言うことなく時間が過ぎ去っていく。

お姉ちゃんが心配してくれているのは、嫌と言うほど私に伝わってきていたし、私がお姉ちゃんを心配していることも、お姉ちゃんは分かり切ってるみたいだった。

だから、それに関しては、もうお互いに何も言わなかった。

 

しばらく経ってから、お姉ちゃんは私を撫でながらにっこりと笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「そういえば!聞いたよ瑠璃ちゃん!お父さんとお母さんにヒーローになるって言ったって!」

 

「ん……私……お姉ちゃんだけじゃなくて……皆を……大切な人たちを守れる……ヒーローになる……初めて、そう思えたから……」

 

「そっかそっかぁ!ついに瑠璃ちゃんも、私を手伝うためなんて理由じゃなくて、ちゃんと自分の夢が出来たんだ!」

 

お姉ちゃんは、気にしないようにはしていたみたいだけど、そのあたりのことはやっぱり心配していたみたいだった。

私がお姉ちゃんを手伝うためだけに、他を一切気にしないで、周囲から罵声を浴びせられる可能性のあるヒーローになることを、すごく心配してくれていた。

だから、あれだけ非難されて、友達と一緒に立ち上がって、大切な人の為にヒーローになりたいって言ったのを、すごく安心してくれてたみたいだった。

 

「お姉ちゃん……結構私のこと心配してたの……?」

 

「えー?するでしょー。だって、妹が自分の夢とか何も言わずに、私のことを手伝うために同じ仕事するって言ってるんだよ?これで心配しないお姉ちゃんいると思う?」

 

「でも……お姉ちゃん……私と一緒にいる時にそんなこと……考えてなかったよね……?」

 

「うん?そうだった?その時々で思ったことを隠したりしてなかったはずだけど」

 

お姉ちゃんはちょっときょとんとした感じの表情で聞き返してきた。

嘘は、吐いてなさそうだ。

……お姉ちゃん結構移り気だし、素直にいろんなことを考えてるから、分かりづらかったとか?

よくわからないな。実際読めてなかったし。

まぁ心配とは言っても負の感情とかそういう感じのものではなかったみたいだし、パッと分かるものじゃなかったのは確かかな。

 

「まあでも、これで瑠璃ちゃんにもちゃんとした夢が出来たんだから!葉隠さんも、A組の皆もいるし!もう安心だね!」

 

「安心……なのかな……?」

 

「安心だよ!私の安心度が全然違う!」

 

「……お姉ちゃんが安心なら……私も安心……」

 

「あはは!その辺は相変わらず!」

 

私が思ったことを素直に返すと、お姉ちゃんがケラケラ笑った。

うん、お姉ちゃん可愛い。

やっぱりお姉ちゃんがいるだけで世界平和なんて容易いな。

このお姉ちゃんの可愛さを世界に知らしめなければ。

そんなことを考えていたら、お姉ちゃんは私を撫でるのをやめて、目を合わせて話し始めた。

 

「私たち、これが終わったら卒業式してもらおうと思ってるんだ!今まで通りにはできないだろうし、瑠璃ちゃんも協力して欲しいな!終わったら一緒に色々考えよ!」

 

「ん……!任せて……!お姉ちゃんの門出……!!私が盛大に盛り上げるから……!!」

 

「私だけじゃなくて、皆の卒業式だからね!あんまり私の事だけで盛り上げたらダメだよ!」

 

「…………わ、分かった……気を付ける……」

 

お姉ちゃんの最高の卒業式を作るために一気に考えを巡らせていたら、お姉ちゃんに注意されてしまった。

お姉ちゃんに言われてしまったら、仕方ない、のかな……

凄く残念だけど、お姉ちゃん1人を盛り立てまくって布教しまくる卒業式は脳内で却下した。

悲しい。

お姉ちゃんがそんな私を見てさらに笑い始めているのがちょっと不本意だった。

 

 

 

しばらくお姉ちゃんと話し続けて、私はA組の方の仮設要塞に戻ってきた。

皆、部屋で集まって話したりして英気を養っている。

爆豪くんなんて、友達じゃないって言っていたはずの轟くんの部屋で話していた。

そして、透ちゃんは私を待っていてくれたみたいで、扉を開いて入ったところで勢いよく駆け寄ってきた。

 

「おかえり!ねじれ先輩元気そうだった?」

 

「ん……いつも通り……可愛くて天使なお姉ちゃんだった……」

 

「よかった!じゃあ私の部屋で一緒にのんびりしよ!」

 

「分かった……って、いたいっ……いたいから引っ張らないで……!」

 

透ちゃんにぐいぐい腕を引っ張られて、ちょっとだけ痛みを覚える。

……透ちゃん、不安な感じかな。

思考も感情も、必死で取り繕おうとしてるけど隠しきれてない。

そのままちょっと震える手で私のことを引っ張る透ちゃんにされるがままにされて、透ちゃんの部屋に連れ込まれた。

 

透ちゃんの部屋で、ベッドを背に隣り合わせに座ってぽつぽつと話し続ける。

やっぱり、透ちゃんの不安が結構強い。

その不安を軽減できるように、透ちゃんと何気ない話から話し始めて、ゆっくり話していた。

そんな時間がしばらく過ぎた後、透ちゃんが真剣な表情になってポツリと呟いた。

 

「いよいよ明日、だね」

 

「ん……明日……」

 

「瑠璃ちゃんは不安じゃないの?」

 

「……不安じゃないわけじゃないけど……お姉ちゃんのことも心配だし……」

 

そこまで言ったところで、床に置かれていた透ちゃんの手に、自分の手を重ねる。

 

「透ちゃん、私ね……!さっきお姉ちゃんと約束してきた……!これが終わったら……3年生の卒業式を、盛大にやるから……!大天使お姉ちゃんの卒業式!!私も協力して……!過去に類を見ない盛大なものに仕上げなきゃいけないから……!透ちゃんも協力して欲しい!」

 

「……ぷっ、瑠璃ちゃんこんな時にそんなこと話して来てたの?」

 

透ちゃんがちょっと噴き出しながら、私にそんなことを聞いてくる。

『相変わらずだなぁ』なんて考えているけど、お姉ちゃんのことで盛り上がって何が悪い。

あんなに可愛くて綺麗で最高なお姉ちゃんがいたらこうなるのも仕方ないだろう。

 

「だから、皆で、お姉ちゃんを盛大に送り出すんだよ!!」

 

「……分かった、私も協力する!皆がびっくりするような卒業式にしよ!」

 

「ん!透ちゃんも協力してくれれば成功間違いなし!」

 

そこまで言ったところで、私も透ちゃんも、ちょっと緊張していた糸が途切れて笑い出してしまった。

ひとしきり笑った後、透ちゃんと改めて手を重ねて、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「頑張ろうね……」

 

「うん!頑張ろうね!」

 

透ちゃんと気合を入れなおして、気を引き締める。

いよいよ明日は、作戦決行日だ。




配属先一覧
ヴィラン(予定) ヒーロー(一部のみ記載)
AFO     エンデヴァー(No.1)、ホークス(No.2)、シンリンカムイ(No.7)、耳郎、常闇
死柄木     ベストジーニスト(No.3)、エッジショット(No.4)、ミルコ(No.5)、相澤、緑谷、爆豪、物間、ビッグ3
荼毘      炎のサイドキッカーズ、轟、飯田
トガ      ギャングオルカ(元No.10)、瑠璃、麗日、蛙吹
スピナー    マイク、障子、口田
蛇腔(マキア) Mt.レディ、心操、峰田、芦戸、切島、小大
多古場     クラスト(No.6)、尾白、砂藤
(ギャシュリー、クニエダ)
トロイア    リューキュウ(No.10)、ファットガム、青山、葉隠


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開戦

作戦当日になった。

百ちゃんや上鳴くんといったあらかじめ雄英の中にいないといけない人たちは、早朝から移動を開始して雄英に戻っている。

 

そんな中、青山くんは緑谷くんを連れて、廃墟群の方に歩いていった。

本当なら不安で埋め尽くされている青山くんに直接声をかけておきたかったけど、やめておいた。

AFOは、やはりサーチを持っているような言動をしていたらしい。

青山くんが緑谷くんを特定の地点まで連れて行ったら、勝手に出てくるようなことを言っていたみたいだから。

だから私は、テレパスで青山くんを励ますだけに留めておいた。

まあ要約すると、『頑張って』みたいな感じのことを、ちょっと色々交えつつ伝えた。

それを聞いた青山くんは、私にお礼の思考を向けながら、気合を入れなおしていた。

 

緑谷くんと青山くんに、心操くんはついて行っていない。

心操くんはサーチに登録されていないとは思うけど、向こうが誘き出す地点を指定しているのが怪しい所だった。

もしかしたらその地点を監視している可能性もある。

着いたら連絡しろとかの指示もしていないAFO相手に、心操くんを連れて行く意味がなかった。

だから向かったのは2人だけで、サーチに登録されている可能性のある私たちは皆、部屋で待機していた。

全員バラけていたら怪しまれる可能性があると思って、一緒の部屋で待機してる人もいる。

私は透ちゃんと一緒に待機していた。

指定されたらしい地点は1km以上離れているから、どのタイミングで始まるかは分からない。

だから、私たちは皆、その瞬間を待っていた。

透ちゃんも昨日の不安なんてどこにいったんだってくらい真剣な表情で、待ち続けていた。

 

 

 

そして、目の前に黒霧の個性、ワープゲートの黒い渦が、現れた。

 

「瑠璃ちゃん!」

 

「ん……!!行こう……!!」

 

透ちゃんと目を合わせて頷き合う。

透ちゃんと一緒に覚悟を決めて、目の前で渦巻く黒いそれに、勢いよく飛び込んだ。

 

「ハーッハハハハ!!!フィィクサァアアア!!!」

 

次の瞬間、凄まじい量のヴィランの悪意を感じ取った。

物間くんがなぜかフィクサーなんていう黒幕的な意味合いの言葉を高笑いしながら叫んでいるけど、今はそんなことどうでもいい。

AFOがヘドロワープでヴィランを呼んでいるのは、見るまでもなく分かった。

同時に、荼毘が突出してきているのも。

普段だったら対応できる人にテレパスなり叫ぶなりして伝えるところだけど、今日は必要なかった。

同時に渦から飛び出していた轟くんが、向けられる炎に向かって即座に氷をぶつけていた。

 

「させやしねぇよ!馬鹿兄貴!!」

 

「焦凍ォオ!!」

 

荼毘は、恨んでいるであろう私なんかには目もくれずに、興奮気味に轟くんとエンデヴァーへの偏執的な執着を見せていた。

AFOはこの状況を理解しきれていなかった。

『ここで乱戦でもするつもりか……!?』なんて考えている。

だけど、理解しきれないならそれでいい。

分断の成功率が上がるだけだ。

 

そして、インカムからオールマイトの『システム"誘導牢(トロイア)"ON!!』という声が聞こえると同時に、地面から黒い檻が続々と伸びてきて、超常解放戦線を一部を除いて閉じ込めた。

それを認識してすぐに、私はトガの波動に集中し始めた。

トガのミスディレクションは厄介極まりない。

ちょっと気を抜くだけでスッと意識の外に消えていく。

そんなトガだから、分断対象であるトガが抜け出すことが無いように、トガ1人に集中して監視に努めた。

 

『皆今だ!!押し込め!!!』

 

オールマイトのその声と同時に、物間くんが生成したワープゲートに向かって、檻が一斉に動き出した。

トガは、緑谷くんに意識を向けて『壊して、早く』なんて言っている。

 

『緑谷くん、トガの意識があなたに向いてる……私も対応するけど……緑谷くん自身も気を付けておいて……』

 

『うん』

 

私の警告に、緑谷くんは真剣な表情で檻を睨みながら、思考を向けてくれていた。

 

そんなことをしている間に、檻は壊されてしまっていた。

だけど、もうヒーローが超常解放戦線の方に詰め寄っている。

多数のヒーローが同時に押し寄せて、一気にワープゲートの方に押し込んでいく。

お姉ちゃんも、死柄木が放り込まれていた檻に向けて、波動を放射し続けている。

奥渡島に配属されているヒーローたちも、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんを含めて、ヴィランをワープゲートに押し込もうとしていた。

それを尻目に、私はトガの監視に努める。

トガを押し込む力は足りている。

だから、私はトガのその緑谷くんに対する執着への警戒に、全神経を集中していた。

 

そして、やっぱりトガは動き出した。

ワープゲートに押し込まれたはずのトガが、向こう側からワイヤーのような何かを伸ばしてきていた。

明らかに緑谷くんを引きずり込もうとしている。

緑谷くんは、押し込む方に意識を向けていて気が付いてない。

伸びてくるそれを認識した瞬間、波動の噴出で急加速して、ワイヤーのような何かと緑谷くんの間に、身体を滑り込ませた。

 

「警戒はしといてって言ったはず!!」

 

「え!?」

 

波動を纏わせて身体強化をかけた手でワイヤーを掴みながら、緑谷くんに声をかける。

それを聞いた緑谷くんは、ちょっと驚いた表情をこっちに向けてきていた。

それを認識した爆豪くんが、口を開いた。

 

「あいつは波動に任せろ出久!!テメェはこっちに集中しろや!!」

 

「ん!!トガは私がどうにかする!!緑谷くんは死柄木を!!」

 

「っ……!ごめんっ!!」

 

爆豪くんの発破をかけるような言葉に、私も同意を示して緑谷くんに先に進むように促す。

緑谷くんは、そのまま死柄木を押し込んでいるワープゲートの方に飛び込んでいく。

私も、掴んだワイヤーを持ったまま、トガを押し込んだワープゲートに飛び込んだ。

 

 

 

視界が開けた先は、南国の島の浅瀬だった。

そんな中で、トガがワイヤー……注射器の管を手で弄りながら、鋭い視線を向けながらこっちを見据えてきていた。

 

「……瑠璃ちゃんを狙ったわけじゃないんですけど」

 

「……ダメだよ……こっちにも作戦がある……緑谷くんは……持って行かせない……」

 

私がそういうと、トガは目をスッと細めた。

思考からして、友達とか以前に大好きな緑谷くんと話す機会を奪われたことに対して、多少憤ってる感じか。

だけど、どんなにトガが緑谷くんと話したくても、それを許すわけにはいかない。

あとは……トガが聞きたいことに対する、緑谷くんの答えは分かり切っている。

今それをトガに聞かせるのは、ダメだ。

 

「まぁ、出久くんには後で聞くからいいや……瑠璃ちゃん、来てくれたってことは、答えを教えてくれるってことでいいんだよね?」

 

「……そうだね……答えは、NOだよ……私は、あなたと行くことはできない……超常解放戦線に加わるつもりはない……」

 

「……そっか」

 

トガの質問に、最低限の答えを返す。

それに対して、トガは寂しそうにつぶやくとミスディレクションを使い始めた。

相変わらず集中しないと波動を見失いそうになってしまう、驚異的な技術だ。

高速で近寄ってくるトガに対して、私も皆のことを、守りたい大切な人たちのことを考えて、波動の量を増やしてトガを迎撃する態勢に入る。

トガが切りつけてくるのに合わせて、身体の軸をずらしていなしながら、トガの方に発勁を当てようと腕を振っていく。

トガはそれを相変わらずの身のこなしで回避した。

 

「……変わったね、瑠璃ちゃん。表情が全然違う」

 

「……それは……あなたもでしょ……トガヒミコ……表情が、思考が、感情が……全然違うよ……」

 

今のトガは、悪意が膨れ上がっていた。

この前までは、確かに悪意は感じたけど、ここまで禍々しいと感じるほどのものではなかった。

トガの中に、激しい憎悪が渦巻いている。

それがトガを、心まで堕ち切ったヴィランに成長させかけていた。

その表情も、この前みたいに純粋に友達が出来たと思って喜んでいた時とは、全然違っていた。

思考からして、お茶子ちゃんとも何かあったみたいだ。

この前の蛇腔だろうか。

ヒーローへの失望すら、トガの思考から感じ取れていた。

 

私の指摘に、トガとしても思うところがあるようではあった。

それを私にぶつけるために、トガはまたミスディレクションを使って、距離を詰めてきた。

ここまで分かりやすい行動をしてくれるなら、素直に迎撃する必要すらない。

そう思って、私は高く跳躍した。

 

トガに波動蹴を当てるための軌道予測とトガの行動予測を始めたところで、それに気が付いた。

 

「避けろぉ!!!」

 

「ア、バアア!!!」

 

ギャングオルカの吼えるような警告から少し遅れて、私よりもさらに上空にあがった脳無が、身体から分離したパーツを凄まじい勢いで地面に伸ばしていた。

それを認識した瞬間、波動の噴出で身体の軸をずらして、その攻撃を回避する。

溜めていた波動の噴出を使っちゃって、身体が落下し始めたタイミングで、トガがナイフを投げてきたのが視界に入った。

まずい、回避が間に合わない……!

 

そう思ったタイミングで、私の腕に長い舌が巻き付いてきた。

そのまま勢いよく梅雨ちゃんの近くまで引き寄せてもらえて、ナイフを避けることはできた。

 

「大丈夫!?リオル!」

 

「ごめんっ!ありがとうフロッピーっ!」

 

私がトガに注意を払いつつ梅雨ちゃんにお礼を言う。

その間に、さっきの脳無の攻撃の余波で津波が発生して、こっちに波が押し寄せてきていた。

それに巻き込まれながら、トガは寂しそうな笑みを浮かべながら、私の方を見てきていた。

 

「瑠璃ちゃんも、もうすっかりヒーローって感じだね……ねぇ、ヒーロー。あなたは私をどうしたい?」

 

私に向けられたその言葉に、お茶子ちゃんが『まただ……!』なんて考えている。

これか。お茶子ちゃんに対する、ヒーローに対する諦めの源泉は。

そこまで言って、トガは波に飲み込まれて姿を晦ませた。

私は、トガに伝えたいことを考えながら、トガを見失わないように、読みにくい波動を注視し続けた。



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奥渡島

トガを感知することに集中して、波動弾と真空波で牽制を仕掛けていく。

時折私にニア・ハイエンドの攻撃が飛んできて、避けるために意識を逸らした瞬間にスッと意識の外に消えていく。

だけど、感知系の個性では最上位と言っていいほどの感度を持っている私の個性でも捉えきれないのは分かり切っていたから、オールマイトたちは、感知系のヒーローを私以外にも配置してくれていた。

 

「トガを感知し続けろ!意識するだけでいい!それがリオルへの最大のサポートになる!」

 

感知系の個性を持っているヒーローが、トガの位置を思い浮かべながら声を張り上げてくれている。

波動から思考が読めなくなるっていう部分が私に対して絶大的な効果を発揮するせいで勘違いしやすいけど、それはあくまで副産物でしかない。

ミスディレクションの本来の効果は他人の意識を向けさせないことで姿を晦ませることにある。

だけど、これはトガの意図的な無意識だけじゃなくて、視線の動きとか、そういうのも複雑に支配して初めて効果を発揮する。

トガがあまりにも簡単にやっているように見えるせいで、分かりづらくなっているだけだ。

でも、だからこそ、私の意識から逃れることに集中したら、その分他の感知にはかかりやすくなる。

実際、今も周囲の感知系個性にその位置を捉えられている。

まぁ、それでも感知し続けない限り普通に意識の外に逃げられてるみたいだから、トガのミスディレクションの異常な実力の証明になっているんだけど。

 

そんな感じだから、トガの位置は周囲のヒーローの思考も含めて見てしまえば把握し続けるのは難しくない。

たとえ私の意識から外れて、動き続ける石のような感じの波動になっていて私がすぐに見つけることができないとしても、感知系個性のヒーローの思考を意識して読めばトガを再捕捉できるからだ。

そうして把握したトガの位置目掛けて、一気に距離を詰める。

 

「私は……あなたの考え方を否定するつもりはないよ……トガヒミコ……!私は、あなたの気持ちが……他の人よりも、ずっと分かるから……!」

 

「そうだよね!だって、瑠璃ちゃんはお父さんとお母さんとは違う!お茶子ちゃんとも違う!私たちは、似た者同士だから!他人に、生き方を押し付けられた側なんだから!」

 

言葉に合わせて、懐に潜り込んで発勁を放ったはずだったのに、トガはそれを難なくいなしながら私を切りつけてくる。

そんなものをそのまま受けるはずもなく、波動の噴出で急加速を掛けながら軸をずらしてナイフをいなしていく。

そんな様子を眺めながら、トガはこっちを鋭い眼光で睨みながら言葉を続けた。

 

「……それなのに、なんで好きに生きたいと思わないの!?"普通"の人をいっぱい救けた瑠璃ちゃんを罵って、テレビも、ネットも、瑠璃ちゃんの悪評をバラまいて!!元同級生とかいう奴らの主観に満ちた罵倒をぶちまけられて!!なんでそれでも、そんな奴らを守ろうとしてるの!?瑠璃ちゃんに、"普通"であることを強制した奴らなんかを!!」

 

「……私だって、あんな奴らのことなんか救けたいと思えないよ!!だけど、私にはお姉ちゃんが、友達が……大切な人たちがいる!!だから!!」

 

波動が身体から揺らめきながら可視化し始めているのを認識しながら、増える波動を強引に圧縮して高威力の発勁でトガのいる方向を薙ぎ払う。

トガは、その場で姿勢を低くして懐に潜り込んでくることで、いなしてきた。

それなら、蹴り技を当てるだけだ。

 

「あなたもそうでしょ!思考を見てれば分かるよ!大切な人が……仲間だって思える人達がいるんでしょ!?」

 

私の波動の噴出で勢いをつけた膝蹴りをいなしたトガは、そのまま攻撃したりしないで距離を取ってきた。

 

「……そうだね。それで、そうだったら何か変わるの?ヒーローの瑠璃ちゃん」

 

トガが、こっちを見定めるように眺めてきていた。

表情が、明らかに変わっていた。

憎悪の感情が強くなっている。

トゥワイスの事を考えている辺り、トガと一番仲が良かったのが、よりにもよってトゥワイスだったのか。

……だけど、トガがこっちに憎悪を向けてきたって、私がすることは変わらない。

 

「変わらない。何も変わらないよ。私は、あなたを止めるためにここに来た。私と似てるからこそ……気持ちが分かるからこそ、周囲に嫌悪を向けられて、排斥されて、仮面を被って……耐えられなくなったあなたを、止めに来たんだよ」

 

「ふ、うふふ……なんで、似てる境遇なのに……ここまで違うの……」

 

さっきの、「私をどうしたい?」に対する答えを返すと、トガは俯いて悲しそうな笑みを浮かべ始めた。

トガの思考には、『どうして普通になれないのあなたは……!!』とか、『普通に生きてよ……!!』とかいうヒステリックな女性の声から始まって、『矯正していきましょう。"普通"に』とか、『正しく消していきましょう』とかいう事務的な女性の声が続くように響いていく。

私に向けられていた罵倒の思考のような言葉が次々と流れて行って、最後には『違うんだこれ、もう根っこが!人間じゃない子、産んじゃった!』とかいう発狂したような男の声が聞こえたかと思ったところで、トガは、悲しそうな笑みのまま顔を上げて、静かに口を開いた。

 

「もういい。もう分かったよ。悲しいけど、瑠璃ちゃんは、私と交わることは、ないんだね」

 

そんな風に、寂しそうにトガが呟いた瞬間、トガは腰に巻いて背中にくっついている謎の装置から伸びる管を、展開し始めた。

今のが、トガに向けられていた言葉とかだっていうのは、容易に分かった。

あとは、矯正なんていう最悪な思考は、多分、私の元同級生が、なんで私に受けさせないんだ!とか考えていた、カウンセリングだと思う。

保護者が異常だと感じた行動を、世間一般が感じる"普通"の状態に矯正するカウンセリング。

トガはそれを受けることを、強制されたのか。

正直、同情しないわけじゃない。

だけど、だからと言って、トガの行動を許容できるわけじゃない。

 

「ヒーローとヒーローが守る人たちだけが人だもんね……瑠璃ちゃんも、もうその枠に収まったんだね……だから、もう交わることは、ないんだね……!」

 

トガの背から伸びる管と両手のナイフが迫ってくるのを見て、言葉だけで止まらないのを再確認する。

もう、強引に止めた後に、話せばいい。

そう思って私は、さらに自分の波動を膨れ上がらせるように、皆のことを、皆が命の危機にあるこの状況を、強く意識する。

荼毘に襲い掛かった時ほどじゃないけど、それでも、普段なんか目じゃないくらいまで波動が膨れ上がっていく。

その波動を使って即座に波動弾を形成して、投げたりしないで手に保持したまま振り回して、トガから先行して伸びてくる管を薙ぎ払っていく。

 

私の周りを抉り込むように回り始めたトガを牽制し続ける。

そのタイミングで、今まで周囲のヴィランへの対応をしながらトガの隙を伺っていたお茶子ちゃんが、駆け寄ってきた。

 

「待ってトガヒミコ!!」

 

お茶子ちゃんはトガが私に振りかぶっていた腕を掴んで、私の近くから引きはがしてくれた。

そのまま少し離れた位置まで強引に引っ張って行ってくれる。

 

「あなたと会ってから、あなたの事考えてた!!」

 

「私は考えなかったよ、もう!お茶子ちゃんがパパとママと一緒だっていうのは、もう分かったから!!」

 

トガが、激しい憎悪の感情をお茶子ちゃんに向けた。

そのままお茶子ちゃんに向けて、激しい悪意を見せている。

その攻撃は、ミスディレクションすら使っていなかった。

トガは、前後からお茶子ちゃんに攻撃するつもりか。

それを認識してすぐ、波動の圧縮をかけていく。

 

「世界が私を拒むなら、私も世界を拒む。お茶子ちゃん、悲しいね。あなたなら分かると思ったのに、だってお茶子ちゃんは、私と同じ人を―――」

 

トガが話しているのを尻目に、一気にお茶子ちゃんの方に近づいて迫っていた管を叩き落として破壊していく。

それと同時に、梅雨ちゃんもトガ本人を蹴り飛ばしていた。

 

「おくれてごめんなさい」

 

「お茶子ちゃん、無事!?」

 

「大丈夫、ありがと!」

 

梅雨ちゃんが謝りながら着地する。

その裏で私は、トガを見据えて警戒しながら、お茶子ちゃんに傷の確認をする。

それに対して、お茶子ちゃんはすぐに答えてくれた。

波動で見ていた通り、特にケガもしていないみたいだ。

 

「生きにくい……私はこんなに"好きなのに"。もう、いい。瑠璃ちゃんも、お茶子ちゃんも、梅雨ちゃんも……大好きだけど、もういいよ」

 

トガが、地を這うような声で呟いていく。

その裏で、その思考はお腹につけている箱のような収納に向いていた。

……その中にあるのは、血か。

 

「なりたい自分になりたいの。私は、私が当たり前に生きたいだけ……そこに、ヒーローはいらない!だから消えてね、さようなら!」

 

そう言いながらトガは、収納の中の血を意識しながら、『ねぇ?仁くん』なんて考えていた。

仁くん……仁……?

分倍河原仁……!?

それを認識した瞬間、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんを含めた、ここにいるヒーロー全員に、テレパスを飛ばした。

 

『トガがトゥワイス、分倍河原仁の血を持っていますっ!!!これを飲まれたら全てが終わりかねないっ!!!』

 

私のテレパスを受け取った瞬間、周囲の人たちの思考が驚愕に包まれた。

ホークスが殺したトゥワイスの個性、2倍がどういうものだったかは、既にヒーローに共有されていた。

個性の複製をされている可能性が、0ではなかったからだ。

ホークスから、解放軍潜入時にストックの血に何があるかは徹底して洗ったし、戦闘後の痕跡も消したと聞いていた。

だけど、今、現実としてトガはそれを持っている可能性が非常に高い。

ここでそんなものを使われたら、ここにいるヒーローが全滅する可能性がある。

ヴィランはほとんど確保して、残っているのはトガとニア・ハイエンドだけだ。

だけど、もし使われたらそれを全部ひっくり返される可能性が高い上に、もしも黒霧を奪還されたら、全ての戦場が崩壊する。

それだけは、ダメだ!!

 

一気にトガとの距離を詰める。

 

「仁くんのこと、隠せるとは思ってないよ。瑠璃ちゃんがいるなら、全部筒抜けになるのは、分かり切ってるから」

 

「だったら!!諦めてその血を!!」

 

トガに波動弾を投げながら、発勁を当てにいく。

それをいなしながら走るトガは、思考を巡らせていた。

トゥワイスの血液量は、30~40分の変身が限度みたいだ。

嘘を吐いている感じが無いし、考えている思考そのまんまのところから抜き取って解釈してるから、私が勘違いしてるってこともない。

そして、トガは今その血を飲んで、数的優位を覆せても、変身がこの島だけで終わってしまう可能性が高いことも認識していた。

今までの独りよがりな好意の押し付けじゃなくて、大局的な戦術を、考え始めていた。

 

そこまで読んだところで、トガがミスディレクションを使ったのか思考が読めなくなった。

そして、私の背後に回ったトガの波動を追って、身体を反転させたところで、トガが、何かを梅雨ちゃんとお茶子ちゃんの方向に投げていた。

その投げた何かが割れた瞬間、上空にいたニア・ハイエンドから、大量の攻撃が、お茶子ちゃんたちに降り注いだ。

私は、その範囲からお茶子ちゃんと梅雨ちゃんを弾き出すために、波動の噴出で吹き飛んだ。

2人を抱き込んで、なんとか攻撃の範囲外に出たところで、急いでトガの方に向き直る。

 

そこには、口を大きく開けて、血を飲もうとしているトガの姿が、視界に入った。

 

「言ったよね。行動が分かりやすいって。ヒーローの瑠璃ちゃん」

 

阻止するために、再度波動の噴出で距離を詰めるけど、その血は、トガの口の中に入ってしまった。

 

 

 

その数秒後、爆発的に広がる蒼炎が、周囲を包み込んだ。



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這いよる蒼炎

「リオルっ!!」

 

トガの方に突っ込んでいて蒼炎に囲まれそうになっていたところを、梅雨ちゃんが火傷するのも厭わずに舌を伸ばして、火の中から引っ張り出してくれた。

 

「大丈夫っ!?」

 

「ありがとうフロッピーっ!」

 

梅雨ちゃんにお礼を言いつつ、トガの方に向き直る。

燃え上がる火の中心に、トガ……荼毘に変身したトガがいた。

トゥワイスに変身しなかったのは、私たちを殺せても、切り札がそれで終わってしまって他の戦場には関われなくなってしまうから、温存した感じか。

トガは周囲に蒼炎を振りまいて、ニア・ハイエンドの対応に当たっていたプロヒーローや、感知に集中していたプロヒーローたちを火達磨にしてしまっていた。

幸い周囲が海だったのもあってすぐに鎮火はできているけど、洒落になってない。

それに、現見さんに変身していた時に、普通にトガと同じ動きをしていた。

オリジナルの運動能力を知らないからあくまで予測にはなるけど、変身したからと言って機動力が下がるわけじゃないと思う。

荼毘の火力に、トガの機動力とミスディレクションなんて考えたら洒落になってなかった。

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんじゃ相性が悪すぎる。

というよりも、ここに居るヒーロー全員、相性が悪いと言っていい。

ギャングオルカは対抗できる可能性はあるけど、彼をニア・ハイエンドの対応から外すのはまずい。

それなら……

 

「2人とも……トガは私に任せて……ギャングオルカの方に……!」

 

「なに言ってっ……!?私も戦うよ!!」

 

お茶子ちゃんが驚愕したような感じの反応を返してくる。

だけど、近寄らないと攻撃手段がないお茶子ちゃんと、舌や蹴りと言った身体を使った攻撃になってしまう梅雨ちゃんでは、今のトガに対抗できるとは思えなかった。

それに、私なら荼毘との戦闘経験もあるし、トガのミスディレクションも他の人よりは大きな問題にならない。

 

「……トガの身体能力とミスディレクションを使える荼毘を相手にすると仮定すると……2人だけじゃなくて……ここにいるヒーロー皆、相性が悪すぎる……私は、荼毘との戦闘経験もある……トガに対しても有利に戦える……」

 

「大丈夫なの?リオルが無茶をしようとしているなら、私たちだって……」

 

梅雨ちゃんが心配そうな声で自分も戦うと言ってくれる。

だけど、そんなリスクは冒して欲しくなかった。

2人が今のトガと戦うのは、私が許容できない。

私が一緒に戦っても、守り切れる自信が無い。

大切な友達に、死ぬようなリスクは冒して欲しくなかった。

だから、私1人で戦う。

プロも、相性が悪いなら無理してこっちにきても死ぬだけの可能性がある。

それなら、私1人で戦った方がマシだ。

私が、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんを守る。

絶対に死なせない。

その意思を固めるとともに、波動がどんどん膨れ上がって、全身から可視化している量も増えていく。

 

「大丈夫……私が2人を守るから……波動も、この前ほどじゃないけど増えてるから「いつまでおしゃべりしてるの?」

 

私が後ろの2人に話しかけていると、トガがこっちに向けて劣化ジェットバーンみたいな技を放ってきた。

トガの動きは注視し続けていたから、そんな攻撃に後れを取るはずもない。

上半身くらいの大きさの波動弾を作り出して、向かってくる蒼炎に投げつける。

 

「行ってっ!!私は大丈夫だから任せてっ!!早くっ!!」

 

炎の余波を受けながら、波動弾の向こうから炎を噴き出しつつ駆けてくるトガを見失わないように注意を払う。

蒼炎の影響を少しでも軽減するために、纏っている波動の濃度を上げて身体強化をかけていく。

そして、波動弾をいなして炎の中からナイフを振りかぶってきた荼毘の姿のトガの懐に潜り込んで、腹部に向けて発勁を放っていく。

 

「っ……ごめんっ……!」

 

「他のヒーローに状況を伝えて協力を仰ぐわ!辛いだろうけど、耐えてねっ!!」

 

感知系個性のヒーローの感知は、さっきの蒼炎で完全に崩されてしまった。

立て直すまで少し時間がかかるとは思う。

そんな状況なのもあって、2人はミスディレクションを使って近づいてきていたトガを認識できていなかったことに気が付いて、その特異性と蒼炎のコンボの脅威を認識して、ギャングオルカの方に向かってくれた。

その動きを感知しながらトガのナイフを避けるために上空に跳び上がる。

 

「恋愛的な意味で好きな相手しか……個性は使えないって聞いてたんだけど……?」

 

「その情報、古いよ。瑠璃ちゃん」

 

ホークスの思考の感知から把握していた内容との齟齬に思わず質問してしまうと、トガは冷めた感じで返答してきた。

そこで、トガの思考は相変わらず読みづらいけど、返答してきたことで最低限は読めた。

私の個性が使えなくて、荼毘と色々試したのか。

条件は強い友愛か何かみたいだけど、それでも脅威でしかない。

トガの脅威度が跳ね上がっている。

そんなことを考えている間にも、トガは炎を練り上げている。

だけど、その攻撃は既に荼毘が私にしてきた攻撃だ。

巨大な波動弾を練り上げて、保持したまま盾のようにして炎の方にかざしてしまう。

 

そこまでやって、すぐに気が付いた。

トガの蒼炎は、荼毘よりも規模が小さい。

というよりも、自傷するほどの炎を使ってない。

それなら、トガの技術と合わさってもやりようがある。

 

波動弾をかざしたまま波動の噴出を組み合わせて、トガの方に急加速をかけて落下していく。

そのまま波動蹴を放つけど、トガはそれをギリギリでいなして周囲に炎を振りまきながらナイフを振りかぶってきた。

それを見て、私もトガの懐に飛び込みつつ腕を振りかぶる。

 

「発勁っ!!!」

 

まずはナイフをどうにかしようと思って、ナイフを持っている腕に発勁を放つ。

それに対して、トガは身を屈めて回避して、そのまま切りつけつつ反対の手で炎を投げつけてくる。

だけど、それ自体は予想できていた。

思考も居場所も、本当に読みづらいけど、動くものがあることが微かに認識できるのは変わってない。

トガから離れた炎は普通に見えるから、むしろさっきよりも若干見つけやすくなってるくらいだ。

だから、そのまま足から波動を噴出して、軸をずらしながら横に吹き飛ぶことでナイフと炎を避けてしまう。

 

 

 

状況は、膠着状態だった。

攻撃が当てられない。

何度も何度も接近して離脱してを繰り返すけど、私は感知にほぼ全振りして、トガは相変わらずの意味の分からない身体能力で、お互いに回避し続けてしまう。

荼毘に変身して身体の大きさが変わってるから、多少やりづらくなったりするのかと思ったけど、全然そんなことはなかった。

多分、荼毘の身体に関しては相当慣らしてある。

そのせいで、お互いに入っているダメージは、軽い火傷だけだ。

いい加減埒が明かないと判断して、トゥワイスのことだけは最大限警戒してトガの動向に注意を払いつつ、一気に飛び退いて距離を取る。

そう思ったのはトガも同じだったみたいで、同じように距離を取ってきていた。

 

そのタイミングで、戦場に大きな声を響き渡った。

 

「ショートっ!!荼毘、確保ぉっ!!」

 

誰かは知らないけど、多分ギャングオルカのサイドキックの声だと思う。

その人は、他の戦場での戦果を報告してくれていた。

轟くんが、無事にやり切ったみたいだった。

 

私がその報告に安堵して、若干の笑みを浮かべたところで、トガの様子がおかしいことに気が付いた。

 

「……燈矢くんが、やられた?」

 

感情が抜け落ちたような表情を、荼毘の姿をしたトガが浮かべていた。

あまりの驚愕に呆然としているのか、ミスディレクションを使おうともしていなかった。

その感情は、最初は驚愕に包まれていたけど、すぐに怒りと憎悪に移り変わっていった。

 

「……嘘です……燈矢くんが、負けるはずがないです……!!」

 

「……あの人、嘘は言ってない……事実だよ……荼毘は負けた……轟くんに、負けたんだよ……」

 

少なくとも、連絡を受けた人は嘘を言ってなかった。

思わずそのことを言ってしまうと、トガが凄い形相で睨みつけてきた。

 

「……うるさいっ……!燈矢くんが負けるはずないっ……!私は、私たちはこんな世界を終わらせてっ、新しい世界で、普通に笑うんだからっ!!」

 

その言葉と共に、トガの周囲の蒼炎が、さらに大きく広がり始めていた。

……さっきからずっとそうだったけど、好意で変身したはずなのに、ここまで憎悪と悪意に満ちているのか。

多分、トゥワイスを殺された時からおかしくなって、堕ちてしまったんだろう。

 

「変わったね……本当に……前に会った時は……執着強めの好意以外は……新しい世界への期待と……好きに生きたいっていう希望に満ちた未来への願望と……そんなプラスの思考と感情ばっかりで……そこまで強い悪意を感じなかったのに……」

 

「だったら、何だって言うんですかっ!!」

 

トガが吠えるように叫んで、こっちに炎が迫ってくる。

だけど、私だって、トガに思うところがあるし、言いたいことだって、いっぱいある。

私にだって、ヴィラン連合に、超常解放戦線に、トガに、恨みがあるんだから。

迫ってくる炎を、真空波で正面から相殺して、言葉を続ける。

 

「……トゥワイスは……恋愛的な意味で好き……荼毘は……友達として好き……どっちも好きみたいだけど……もう、変わっちゃってる……憎悪が混ざって……純粋な好意じゃなくなってるよ……」

 

「……っ……!!うるさいんだよっ!!」

 

トガが、目を血走らせて怒鳴ってくる。

それと同時に周囲の蒼炎に揺らぎが生じた。

だけど、少ししてすぐにその揺らぎは取り繕われて、私とトガを囲むように、凄まじい勢いで蒼炎が広がっていった。

 

「あなたに私の何が分かるのっ!?理解者がいたっ!!恵まれていたあなたにっ!!」

 

「そうだね……私は……あなたよりは恵まれてた……全部受け入れてくれるお姉ちゃんがいた……お姉ちゃんがいたから、お父さんとお母さんも受け入れてくれた……だから……周囲に化け物扱いされても……耐えることが出来た……」

 

私がトガとの違いを口に出していくと、トガは、顔だけ半ば変身が解けた状態になって、ヴィラン以外の何物でもない凄まじい形相で睨みつけてきた。

 

「だけど……それとこれとは話が別だよっ!!大切な人を殺される苦しみが……悲しみが分かったんでしょっ!?それなのに、なんでまだたくさんの人を殺そうとするのっ!?その人にも大切な人がいることが、なんで分からないのっ!?」

 

「そんなのっ、知ったことじゃないっ!!私はあいつらとは構造が違うっ!!人間じゃないって言ったのは、あいつらの方なんだからっ!!あいつらを……私の大切な人を殺したやつを殺してっ!!何が悪いっ!!」

 

「そう……そういうこと、言うんだ……」

 

トガは、嘘を吐いていなかった。

心の底まで、ヴィランになってしまっていた。

他人の痛みが全く分からないのは仕方ない。

だけど、それでも、自分が感じたその痛みを、他人も感じるっていうのが、なんで分からないんだ。

 

「……私も……あなたたちに思うところがある……!あなたたちは……私の大切な人を……先生を……殺したんだからっ……!!あなたたちがっ!!」

 

超常解放戦線に対しての憎悪が増すのに合わせて、波動が暴風のように吹き荒れ始める。

 

「これ以上悲劇を繰り返すって言うならっ!!大切な人を殺すっていうならっ!!強引にでもっ!!止めてやるっ!!!」

 

爆発的に増える波動で強引に急接近して、多量の波動を圧縮した発勁を当てようとする。

 

「波動ぉおおっ!!!」

 

トガも同様に、蒼炎を吹き出しながら凄まじい勢いで突進してきて、炎を纏うナイフを振りかざした。

 

 

 

「は?」

 

そして、あと数mでぶつかると思ったところで、目の前に黒いワープゲートが開いていた。



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増殖

私とトガの間に出現したワープゲートは、お互いの視界を完全に遮っていた。

これだけで、凄まじくまずい状況なのは理解できた。

即座に発勁を下に放って大きく跳び上がって、トガの方に急降下していく。

 

だけど、当然そんな後手の行動が間に合うはずがなかった。

トガは、走っていた勢いのままにワープゲートをくぐりぬけようとしていた。

そして、その手は、腰に巻いている、血を入れいているケースに、伸びていた。

 

「シガ……ラキタチヲ救ケル……トガヒミコ……アナタハドウシタイ?」

 

ワープゲート……黒霧は、脳無としての状態で現れていた。

思考にノイズが走っている。

それは分かるけど、脳無としての思考しか、感じ取ることが出来なかった。

そんな黒霧の声に対して、トガは血を口に流し込みながら、答え始めていた。

 

「……ホークスはじめ……全てのヒーローをせん滅。私を拡散して、黒霧さん」

 

ワープゲートをくぐるトガの姿は、既にトゥワイスに変わっていた。

その最悪の状況を察知して、私の波動はさらに膨れ上がり始めていた。

 

即座に地面に着地して、小さくなり始めているワープゲートに向かって間髪入れずに地面を蹴る。

遠くでニア・ハイエンドと戦っていたはずだった梅雨ちゃんとお茶子ちゃんが、無重力になって凄まじい勢いで私の方に飛んできているのを感じる。

だけど、お茶子ちゃんたちが間に合うか分からない。

これで私も待つって言うのはあり得ない。

そう思って、波動の噴出で一気にワープゲートに飛び込んだ。

 

 

 

「どうやら、恵まれない少女たちの争いは、より恵まれない少女に軍配が上がったようだね」

 

「―――そいつを殺せっ!!!今すぐっ!!!」

 

ゲートを出てすぐに、100m以上離れた位置にいるホークスの声が、戦場に響き渡っているのを感じた。

そのすぐ近くに、明らかに全盛期だと思われるAFOがいた。

作戦はうまくいかなかったか、そもそもやることが出来なかったのか、どっちかはわからない。

その周囲に、満身創痍のエンデヴァーと、ズタボロのホークスを筆頭に、ヒーローは皆、ボロボロになっていた。

だけど、作戦の中核の物間くんが、ここにはいない。

少なくとも、ワープしてきて失敗したような状況じゃない。

だけど、そんなボロボロのヒーローの中に、響香ちゃんも入っていた。

響香ちゃんの耳が、片方、無くなってしまっていた。

 

「響香……ちゃん……?」

 

AFOとの戦闘でやられたのは、明らかだった。

あんなの、リカバリーガールの治療じゃ治らない。

リカバリーガールは、欠損を治せない。

欠損を治せる可能性があるのは2人いるけど、信用できるのはエリちゃんだけだ。

治せる。治せはするけど、それでも、そんな重傷を友達が負わされているのを見て、自分の中の怒りが、抑えきれなかった。

 

「……もう、これ以上っ……!!大切な人をっ!!傷つけないでよっ!!!」

 

吹き荒れる波動は、ギガントマキアにビームを放った時のように膨れ上がり続けていく。

 

そして、凄まじい勢いで増殖し続けているトガを視界に入れる。

本体がどれかは分かる。

だけど、複製され続けるトゥワイスと荼毘を見て、すぐに本体の方に行けないのを理解した。

なんでトゥワイスと荼毘しか複製していないのかは分からないけど、それでも、複製され続ける憎悪に満ちたトゥワイスと荼毘の姿をしたトガは、脅威でしかなかった。

山のように折り重なって、蒼炎が周囲を包み込んでいく。

蒼炎で焼かれて消えていく複製もいるけど、そんなの微々たるものでしかない。

トゥワイスの複製が荼毘とトゥワイスを生み出し続けている現状で、こんなのが、響香ちゃんたちの方に行ってしまったら、今度こそ、死んでしまう可能性が高い。

そんなの、許容できるはずがなかった。

 

折り重なる複製たちの方に向かって急降下しながら、大量の波動で波動弾を練り上げる。

そのまま両手に巨大な波動弾を作り出して、周囲を一気に薙ぎ払う。

そして、そのままテレパスを悪意を感じない人たちに無差別にかけた。

 

『増殖するトゥワイスと荼毘に近づかないでくださいっ!!!安全を保障できないっ!!!囲んで溢れる分の処理に集中してくださいっ!!!』

 

ここ以外にもトガの複製たちがいる可能性があるけど、それでも、ここにいるこいつらは、私が対応するべきだ。

私がポカをした。

トガに僅かでも隙を与えてしまうようなタイミングと場所でワープゲートが出現したとか、そんなのは言い訳でしかない。

私のせいでこんな状況に陥った。

エンデヴァーもホークスも常闇くんも、今、必死でAFOを食い止めている。

彼らは作戦通りに動いていてくれた。

オールマイトたちが考えていた最善策が出来なくなったのは、私のせいだ。

私が食い止めないと……!!

私が、皆を、守らないとっ!!!

 

「私がっ!!!皆を守るっ!!!このっ!!!波動の力でっ!!!」

 

飛び上がって、両手から一気に波動を放出して、ビームを前方に放つ。

それを、増殖し続けるトゥワイスと荼毘を薙ぎ払うように照射し続ける。

それだけで、威力は十分だった。

複製の複製は、耐久力が落ちる。

トガ本体から離れていくにつれて、複製されていくのがトゥワイスだけになって、荼毘の複製も炎を使わなくなっていっているから、ここまで分かりやすいものはなかった。

嵐のように噴き出し続ける波動の光線が当たった瞬間に、トゥワイスも、荼毘も崩壊していく。

 

友達を傷つけられた怒りと、皆の命の危機で、強い怒りと憤りを感じているはずなのに、不思議なくらい頭が冷えていた。

荼毘と戦った時のような、怒りで沸騰しそうになって頭が冷えている感じとは、たいぶ違う感じがした。

そんな中、本体であるトガが、複製を凄まじい勢いで消し続ける私を鬱陶しがって、ミスディレクションで紛れながら近づいてくるのも分かる。

周囲を薙ぎ払い続けて増殖を少しでも抑え続けている現状で、トガに近づかれたら、まともな戦闘が出来ない。

この波動の嵐を当てようとしたところで、光線の挙動程分かりやすいものはない。

トガの身体能力とミスディレクションがあれば、容易に回避することが出来ると思う。

だけど、この波動の嵐を止めるわけにもいかない。

これを止めれば、その途端にトゥワイスの増殖速度が洒落にならないくらい上がるのは目に見えてる。

……トガが近づいてきた瞬間に、一瞬だけ光線を切って対処するしかないか。

 

 

 

そう思ったところで、周囲に凄まじい暴風が吹き荒れて、増殖し続けるトゥワイスを、空中に巻き上げた。

 

「この波動……」

 

指のような何かに乗って飛びながら感知範囲内に入ってきたその人たちは、見覚えのある波動をしていた。

 

「雄英からの避難民の受け入れは完了。専守防衛という当初の任に注力しておりましたが、最早趨向は累卵の危機との旨の報告を受け―――士傑高校ヒーロー科一同っ!!助太刀致します!!」

 

「風は吹くんじゃなくて!!吹かせるモンっすよ!!」

 

この風は、夜嵐くんの個性か。

周囲を暴風のように巻き上げ続けてトガトゥワイスの増殖を防ぎ続けてくれるそれは、今の私には追い風でしかなかった。

 

『複製の削りは任せますっ!!!私は本体にっ!!!』

 

「うおっ!?これなんの声っすか!?頭に響く感じっ!?」

 

増援と囲みをしてくれていた残存ヒーローに、テレパスで私は一度削りから離脱することを伝える。

夜嵐くんがすっとぼけた感じの反応を返してきているけど、彼はトガとAFO、両方に攻撃を加えてくれていた。

それに、削りをしてくれている増援は夜嵐くんだけじゃない。

士傑高校の面々に、ピクシーボブさんを筆頭とした広範囲攻撃を得意とするヒーローが、多数来てくれていた。

複製の削りを任せられる増援であることを確信して、トガが走ってくる方に向けて光線を照射して、一気に複製を削り取る。

 

そして、一気にトガとの距離を詰める。

通ったそばからすぐに複製が増殖していって、薙ぎ払ったところを埋め尽くしていく。

その中から時折荼毘が作り出されて、周囲に蒼炎を放ってくる。

それを掻い潜りながら、トガに向かって溢れ出し続ける波動を圧縮して、手に巨大な波動弾を生成しながら、一気に飛び掛かる。

 

「トガっ!!!」

 

「邪魔を、するなぁあああああああっ!!!」

 

近づいたところで波動弾を投げると、トガは複製たちを盾にして、上空に跳ね上がって、ナイフを振りかざしながら私の方に飛び降りてくる。

それに合わせて複製たちも攻め寄せながらナイフと蒼炎で攻撃をしようとしてきている。

それを感知して、即座に四肢に波動を圧縮していく。

トガ本体がいる方向に発勁を放ってその方向の複製たちを排除して、一気に跳び上がる。

そのままトガの懐に潜り込んで、勢いに任せて上空に押し出していく。

 

「いつまでこんなことを続けるつもりっ!?」

 

「うるさいって言ってるでしょっ!!あなたが私の、何を知ってるの!!?理解者がいたくせにっ!!私の何が分かるって言うのっ!!!」

 

トガに向かって声をかけると、トガは、怒り、悲しみ、嘆き、憎悪……そんな感情を振りまきながら、さっきと同じように言い返してきた。

確かに、私は読心で得た情報しか知らない。

だから、情報は歯抜けだし、トガに何があったのかを正確に理解できているかと聞かれたら、理解はしきれていないと思う。

 

「理解はしきれてないと思うっ……!!だけどっ!!気持ちは分かるよっ!!読めちゃうだけなのに、何も悪いことしてないのに、それを怖がられたっ!!私にとっては普通のことだったのに、それで化け物扱いされたっ!!嘘を吐かれる不快感を、なんで皆耐えられるんだって、嫌悪感が拭えなかったっ!!だから仮面を被ったんだよっ!!!あなただってそうでしょっ!!?」

 

「っ……うるっさいっ!!!」

 

トガは、そう叫びながら私の背中にナイフを突き立てようとしていた。

上空に無理矢理押し出しているから、トガの攻撃手段は限られる。

思考が読みづらくても、行動を予測するのは簡単だった。

トガが振りかざしてくるナイフを、発勁を当てて吹き飛ばす。

冷静さを失っているのか、トガがそれを避けることはなかった。

 

 

 

トガを強引に説得しようとし始めたところで、地上の方で、またワープゲートが形成されているのを感じた。

 

『お父さん……!!!』

 

変身でも複製でもない、全身に重度の火傷を負った状態のオリジナルの荼毘が、AFOに肉薄し続けていたエンデヴァーを呼びながら、笑顔でワープゲートから這い出てきていた。



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トガヒミコ

笑顔で凄まじい量の蒼炎をまき散らす荼毘は、空中に浮かびながらエンデヴァーを凝視していた。

轟くんが、やられた……?

聞いていた内容と違って、ここに来てなかったから、本当にやったんだと思ったのに……

荼毘のあの胸の炎の出し方、轟くんが最近練習してたのと、同じ出し方をしている。

轟くんは、大丈夫だろうか。

私みたいに、黒霧に出し抜かれただけならいいけど、そうじゃなければ、これが意味することは……

 

「なに余所見してるんですかっ!?」

 

私が荼毘の方に気を逸らしていると、空中で波動の噴出を繰り返して、上空にかち上げている最中だったトガが、凄まじい形相に睨みつけてきていた。

ナイフを失って攻撃手段がなくなって、変身を解くこともできないトガは、複製を作り始めていた。

だけど、本体が作れる複製は2体まで。

さっきの複製の山から本体作の複製がやられていたとしても、多くても2体までしか作れない。

それなら、やりようはある。

だからこそ、地上で無限増殖し続ける複製に囲まれる状況よりはマシだと思って、上空に運んだのだ。

 

「友達が心配なんだよっ!!あなたも荼毘……燈矢に対してそうだったでしょっ!?」

 

「だったら、なんだって言うのっ!?」

 

トガの背中から出てきたトゥワイスが、拳を振りかぶっていた。

だけど、これはトガに乗ってるだけだ。

やりようはいくらでもある。

そう思って、かち上げていた本体のお腹に抱き着くように腕を回して、頭上から下ろす。

複製は掴んでないから、当然のように落ちそうになって殴るのを中断している。

本体に掴まって維持しているみたいだけど、それなら振り払うだけだ。

一気に噴出の量を増やして上昇速度を上げていく。

トガの方は、縋ってくる複製のせいで、負荷が大きくなっている。

そんな状態は、そんなに長くはもたなかった。

複製がトガ本体に縋り付くのをやめた。

それを確認してから、波動の放出で浮遊した状態を維持して止めてしまう。

それと同時に、トガが、憎々し気な表情で私の首を、手でつかんできていた。

 

「いいよ……絞めたければ絞めればいい……ここで一緒に心中してもいいならだけど……」

 

「そんなの、複製に受け止めさせればっ……!」

 

「もう100mは離れてる……声は届かない……どうやって受け止める……?遠くから聞こえるかどうかも分からない指示で……山を作るようにでも言う……?複製に……上空100mからの落下の衝撃を……どうにかできるだけの何かがある……?今から複製を出しても……さっきと同じことをするだけ……それとも……複製を出すと同時に首を絞めて……生き残る賭けでもする……?」

 

「っ……」

 

トガは、何も言い返せなくなっていた。

こうすれば、冷静にとは言えなくても、少し話すことはできる。

轟くんのことは心配だし、AFOのことはどうにかしないといけないとは思うけど、AFOに関しては、こうなってしまったならナイトアイの言っていた通りに動くのがいいと思う。

だったら、トゥワイスの無限増殖をどうにかするのが私の責任だし、トガと、話をしたいと思った。

少なくとも、トガは新しい世界で、笑って生きることを望んでいる。

死にたいとは、微塵も思ってない。

復讐に囚われているせいで分かりづらいけど、そこは何も変わってない。

吸血衝動とかのせいで狂っているようにしか見えないけど、その部分さえなければ、根っこの部分は、恋をしたかったり、友達と話したかったり、そういう、ごく普通の女の子が出来ることに憧れる、1人の女の子でしかないんだから。

だからこそ私は、ここでトガが自害につながる可能性の高いことはしないと思っていた。

AFOが助けに来ることは、絶対にない。

トガを確保してから思考を注視してみたけど、あの全盛期の肉体は、エリちゃんの個性で巻き戻し続けているだけみたいだ。

しかも、制御できない暴走状態みたいで、時間さえ稼げれば消滅するというもの。

そんな状態で、憎悪に駆られ始めているAFOが、死柄木の下へ向かおうとしているAFOが、トガの救助に来るとは思えなかった。

荼毘は既にエンデヴァーとどこかに消えた。

トガを救けに来る者は、誰もいなかった。

ここでトガを気絶させにかかれば、抵抗される可能性が高い。

そうなったら、首に手をかけられている私自身もどうなるか分からない。

それなら、トガの良心に訴えかけるのが一番いいと思った。

 

「話をしよう……トガヒミコ……」

 

「……私が首に手をかけてるの、分かっててその提案してるの?」

 

「ん……もちろん……こうしないと……話もできないと思ったのもある……お互いに……お互いの命を握っている状況……お互いに下手に動いたら……相手に殺される状況……これなら……話さざるを得ないでしょ……?」

 

私がそういうと、トガは憎々し気な表情は引っ込めて、静かに私を見据えてきた。

これは、見定められてる感じだろうか。

 

「人を殺した理由も……ヴィランになった理由も……ヴィラン連合に入った理由も……全部分かってる……だから……それを踏まえた上で聞くね……AFOが作る新しい世界に……あなたが望むものがあると思う……?」

 

「……あるか、とかじゃなくて、私たちが望む世界を作るんだよ。私たちで。私と、弔くんと、燈矢くんと……皆で。瑠璃ちゃんもその中に入って欲しかったんですけどね」

 

「ん……そっか……」

 

トガのその返答を聞いて、そうだろうな、としか思わないと同時に、そんな願いは叶わないというのが分かってしまった。

だって、トガがしたいことは、自分にとっての普通を受け入れてもらって、友達を作って、恋をして……そんな、普通の望みでしかない。

それが、吸血衝動とかのせいで表現方法がねじ曲がってるから、周囲から受け入れてもらえないだけ。

でも、だからこそ、AFOが作る世界でそんな望みは、叶えられないと思う。

AFOの、魔王の支配する世界で、誰がそんな普通の生活を送れるんだ。

犯罪がのさばって、気に入らなければ殺し合って、AFOに脅されて、支配されて……こんな中で普通の生活ができるのは、生粋のヴィランだけだ。

そして、そんなヴィランは、そんな普通の生活を望んでいる者はごく少数しかいない。

トガは、相当なレアケースだ。

 

「AFOが支配する世界は……そんなにいいものじゃないと思うよ……人を脅して、恐怖で支配して、不安を煽って……少なくとも……ヴィラン側の人間しかのびのびと生活はできない……」

 

「そんなの分かってるよ。私たちは、ヴィランなんだから。ヒーローと交わることはないんだからっ……!だから、ヒーローを淘汰して、世界の構造を変えないと、私が笑うことが出来る世界なんて、できるはずがないっ……!」

 

「……そうかな……私も……お姉ちゃん以外とは交わることはないんだって思ってた……ずっと、ずっとそうだった……お姉ちゃんを傷付けてたクズを、殺してやろうかと思うくらいには……」

 

トガの言うことも、分からないでもなかった。

実際昔の私も、ヒーローじゃないけど、クズの人間たちを淘汰した方が楽だなんて思ったこともある。

私も不快だし、お姉ちゃんの害にもなってるし、あんな奴らが生きている意味がないなんてことも思ったことがあった。

お姉ちゃんがヒーローを目指すって言うからお姉ちゃんを虐めてたクズも見逃してあげただけでしかない。

だから、私は、お姉ちゃんのおかげで踏みとどまれて、それで、トガが望んでやまなかった境遇を、意図せずに手に入れられたんだと思う。

でも、この境遇を手に入れた後だからこそ分かる。

どんなに受け入れがたい性質でも、どんなに排斥されるような異常性でも、それを受け入れてくれる、底抜けのお人好しはいるんだってことが。

 

「だけどね……世界には……どんなに受け入れがたい性質でも……受け入れてくれる底抜けのお人好しがいるんだよ……受け入れてくれない人が多かったとしても……どんなに怖い性質を持ってても……友達になってくれるお人好しが……」

 

「っ……自慢ですかっ!?自分は私とは違うんだって、そう言いたいんですかっ!?」

 

私の言葉を聞いたトガは、憎々し気な表情を浮かべて声を荒げた。

だけど、私が言いたいことはそうじゃない。

 

「違うよっ!!私が言いたいのは、底抜けのお人好し……ヒーローを淘汰した世界こそ、どんな異常性を持ってても受け入れてくれるような人はいなくなるってことだよっ!!ヴィランが支配する世界は、過ごしやすいとは思うよっ!!だけどそれはっ!!異常性をお互いに見て見ぬふりをした世界でしかないっ!!あなたは、不快感を口にしない人間が、内心でどれだけ醜い思考をしてるか分かるっ!?内心で口汚く罵って、嫌悪して、その癖に、笑顔で近づいてくるクズが、どれだけ多いか分かってるっ!?大義を為して、共通の目標が無くなって、超常解放戦線が無くなったらっ!!信頼できる人間なんかいなくなるっ!!お互いに内心を疑わないといけなくなるっ!!そんな世界で、どうやって自然に笑うのっ!?一人で笑えればそれでいいのっ!?」

 

「それ、は……」

 

「違うでしょっ!?あなたは、自分が普通に笑える環境で、友達と、恋人と、自然体のまま笑い合いたいだけでしょっ!?」

 

トガが、言葉に詰まっていた。

多分、考えないわけじゃなかったんだと思う。

それでも、今の状況が酷すぎて他に選択肢なんてなくて、悪いことを考えないようにして、思うがままに、流されるままに動いていただけ。

 

「分かるよ……あなたが心から友達を欲しがってるのも……自分の恋を受け入れて欲しいって思ってるのも……ただ、自然体のまま受け入れてくれる人が欲しかっただけなんだよね?それを示してくれたのが、死柄木と、分倍河原と、轟燈矢と……ヴィラン連合だった。私はそれが、お姉ちゃんと、A組の皆だった。私たちの違いは、多分、ちょっとの運の違いでしかなかったんだよ。最初に受け入れてくれた人が、ヴィランだったか、ヒーローだったか。それだけしか、違いは、なかったんだよ」

 

「そうだとしてもっ……もうヒーローが支配する世界は、私を、私たちを受け入れないっ……!もう止まれないっ……!止まるわけにはいかないっ……!仁くんのことだってっ……!!」

 

迷いと、憎悪と、悲しみと……色んな感情がごちゃまぜになっていた。

そんなトガが、少しずつ首にかけている手に力を入れてくるのが分かる。

それを認識してすぐに、私は、トガに正面から抱き着いた。

 

「いいよ、飲んで」

 

「は?」

 

首を絞めきられる前に言いたいことを言うと、トガは困惑したように固まった。

 

「血、飲んでいいよ。適当な位置に歯を突き立てて。食いちぎられたりしたら困るけど、私は、血を飲むことを怖いと思ってないから。私のこと、友達だと思ってくれてるんだよね?」

 

「……それは、そうですけど」

 

トガは、友人としての親愛の情を抱いている人間に対しても個性を使えるようになっているっていうのは、思考を読んで分かった。

でも、多分トガが個性を使える相手は、そんなに増えなかったんだと思う。

そもそも親愛の情を抱いている人間が少なすぎて、選択肢がなかった。

荼毘しか複製しなかったのは、その弊害なんだと思う。

スピナー、荼毘、トゥワイス、Mr.コンプレス、マグネ、死柄木……そんなヴィラン連合の面々に対して、トガは確かに親愛の情を抱いている。

だけど、トガは血が無いと変身できないし、トゥワイスは身体を細部まで計測できないと複製できない。

トゥワイスの血を手に入れたのが殺されたタイミングだとしたら、その条件に該当するのは、スピナーと荼毘と死柄木だけだ。

だけど、トガは死柄木に変身も、複製もしなかった。

死柄木を複製されたら、それこそ、止めようがなかったのに。

それは、多分死柄木に異物が混ざってるせいなのかもしれないと思った。

トガは、AFOに好意を向けている様子はなかった。

そんなAFOが同居する今の死柄木は、個性が使用できなかったのかもしれない。

 

だけど、少なくともトガは、親愛の情を抱いている人間の個性を使えている。

それなら、友達だと思ってくれている私の血を飲むことで、私の個性を使えるようになると思った。

 

「私は、あなたのことを怖いと思ってないし、友達と遊んだり、恋愛したりしたい、普通の女の子なのも分かってる。私はあなたを拒絶しない。吸血衝動も含めて、あなたの個性だもん。私の読心と一緒。怖がる理由がない」

 

「なに、言って……私に同情して、そう言ってます?それとも、変身させて複製を消す作戦ですか」

 

そういう答えが返ってくるであろうことは分かってた。

こんなの、今の状況ですぐに信じられるわけがない。

だけど、本心だった。

トガのことを考えれば考えるほど、その境遇は、私とボタンを掛け違えた程度の違いしか、見つけられなかった。

殺人とかの罪が無くなるわけじゃないけど、それでも、私は、その性質も、彼女自身の性格も、全部受け入れた上で言っていた。

だから、より一層ぎゅって抱きしめて、穏やかな声色になるように意識して、言葉を続けた。

 

「私の個性を使って、思考を見て。私の読心は、特に練習しなくても勝手に大体読めるし、悪意を持って騙そうとしてる人とかは、嫌悪感を感じてすぐに分かるから。私はあなたを受け入れる。同情なんかじゃない。嘘だったら、好きにしていいよ。だから……お友達になろう、ヒミコちゃん」

 

「っ」

 

ヒミコちゃんが動揺しているのも、何もかも全部伝わってくる。

少しして、ヒミコちゃんの手が首から離されていく。

そして、一拍置いて、私の首に、牙が突き立てられた。




※この話は7/10以前に書き終えて予約投稿済みだったものです
本誌の話の流れと似ている部分がありますが、完全に偶然です


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取り引き

トゥワイスの姿をしていたヒミコちゃんが、私の姿に変身した。

鏡があるわけでもないのに自分が目の前にいることに違和感は覚えないでもないけど、今はそんなことはどうでもよかった。

ヒミコちゃんが呆然としたような感じで、私と顔を合わせてきている。

顔を見合わせたまま固まっていると、ヒミコちゃんの目に少しずつ涙が滲んできていた。

 

「どう?嘘じゃないの、分かった?」

 

「……瑠璃ちゃんっ!!」

 

私の姿をしたヒミコちゃんは、すごい勢いで抱き着いてきた。

急なその衝撃に空中でバランスを崩しそうになってしまうけど、なんとか体勢を立て直す。

その思考は驚愕と歓喜に包まれている。

この感じからして、初めて友達になって欲しいって、本心から言われたんだろう。

まぁ、ヴィラン連合の面々は年も離れていたし、仲間って意識はあっても友達って意識があったかは怪しい物があると思うし、ヒミコちゃんが仮面を被っていたころの友達はカウントしてないだろうから、仕方ない部分もあるか。

 

「個性、使えたんだね。良かった。使える前提の提案だったから」

 

「私、ずっと瑠璃ちゃんのことは友達だって思ってましたし。応えてくれなかったのは瑠璃ちゃんの方です」

 

ヒミコちゃんが目じりに涙を溜めながら、拗ねたように口を尖らせる。

私の顔が口を尖らせてる感じだから違和感は凄まじいけど、すごく自然体で話してくれていた。

私も普通に話すのが疲れてきたし、自然体に戻すか。

 

「一緒に来ないかって……誘ってたのが悪いと思う……」

 

「最初からつれない態度でした」

 

「林間合宿襲撃してきたのに……普通に対応とかできると思ってる……?」

 

あんな会い方をしておいて、どう受け入れろというのか。

なんだったら次の時も仮免試験に入れ替わりなんていう手段で潜り込んでたし、その次は死穢八斎會だ。

こんな会い方ばっかりで、話すら戦いながらで、どう友達になれというのか。

難易度高すぎる……というか、そんなことが出来たらサイコパスだと思うんだけど。

 

「……仕方ないじゃないですか。仮面を被らずにお友達なんて、作ったことなかったんだから」

 

「ん……気持ちは分かる……私も……読心を隠した状態じゃないと……友達を作ろうとしたことなかったよ……」

 

ヒミコちゃんの言葉に、やっぱり共通点が多くて笑ってしまう。

ヒミコちゃんも、ちょっとだけ笑顔が浮かんでいた。

だけど、確認しないといけないこともある。

それによっては、対応を変えなくちゃいけないし……

 

「ね、ヒミコちゃん……まだ戦うつもり、ある……?戦うつもりがあるなら……気絶させないといけなくなっちゃうんだけど……」

 

「……仁くんのことを考えると、まだ戦いたい気持ちはあるよ。だけど……」

 

ヒミコちゃんは、心の底から悩んでいた。

戦えば、また私と殺し合うことになる。

ヒミコちゃんの感覚的にはそれもありっぽいけど、理性が、初めてできた友達を殺すの?って感じで、悩んでいた。

だけど、できることなら……

 

「ヒミコちゃん……自首しない……?」

 

「……やです」

 

「ヒミコちゃんと私自身の為に言ってるんだよ……?ここで自首しないと……超常解放戦線に戻って殺し合うか……どうにかして逃げて……逃亡生活に戻ることになる……お友達とは……好きな時に……沢山お喋りしたくない……?」

 

「やです。自首なんかしたら、瑠璃ちゃんに会えなくなるじゃないですか」

 

ヒミコちゃんが、ツーンとした感じで顔を横に向ける。

だけど、考えが無いわけじゃないんだけどな。

ヒミコちゃんにも読心である程度は伝わってるだろうし。

私がヒミコちゃんに酷いことをしたくてこんなことを言ってるわけじゃないことも分かってると思うんだけど……

 

「だとしても、やです。私は普通に生きたいんです」

 

「まぁ、そうだよね……でも……何もなしってわけにもいかない……だから……ヒミコちゃん……もしも……タルタロスみたいなところに捕まるんじゃなくて……私がある程度の頻度で会いにいける場所で……隔離されるみたいな感じだったら……自首してくれる……?」

 

「……私、気分で監視を撒けちゃうし、ガチガチに拘束でもされてないと逃げられちゃうよ。絶対認められない。お友達に会えないんじゃ意味がないよ」

 

「その答えってことは……肯定と受け取るよ……もし認められたら……これ以上戦わないって誓ってね……」

 

ヒミコちゃんの答えを聞くのもそこそこに、インカムに手をかける。

そのまま司令部の方に通信をかけた。

 

「塚内さん……聞いてましたよね……?」

 

『……ああ。確かに聞いていた。だが、正気の沙汰じゃない。未成年とは言っても、連続失血死事件の犯人で、超常解放戦線の幹部だぞ。そんなことを認められるわけがない』

 

塚内さんは、当然のように全否定してきた。

まあ、ヒミコちゃんは超常解放戦線の幹部なんだから、そういう対応になるだろうとは思っていた。

それに、過去に殺された人間もいる。

普通に考えたら認められることじゃない。

 

「私は無罪にしろなんて言ってません……この前の脱獄騒動で……タルタロス含めて、全ての監獄は崩壊……実力のあるヴィランを閉じ込めることが出来る施設が存在しませんよね……あるとしたら……移動式牢(メイデン)くらい……マスキュラーとかの監視も……手を焼いてるみたいですし……」

 

『……それがどうした』

 

「ヒミコちゃんのミスディレクションがあって……どうやって拘束しておくつもりですか……?監視が必要ですよね……」

 

『おい、まさか……』

 

ここまで言ったら、塚内さんも想像がついたみたいだった。

 

「私が監視します。青山くんと同じように、私の範囲内に常に居続けてもらえば、居場所も、変身も、思考も、全部読んで、私が監視できます。青山くんがつけていた装置に、私のコスチュームと同じ、私の波動を溜め込んだ水晶をつけておけば、すぐに位置の把握も出来ます。だから……」

 

『だから、認めろと?』

 

「はい。認めてください。認めてくれれば、ヒミコちゃんは戦わないことを約束してくれました。彼女はまだ、入れ物に残っているトゥワイスの血を1滴程度持ってますし、荼毘の血も持ってます。これ以上戦うのは、ヒーロー側の消耗につながる」

 

塚内さんが荒々しく頭を掻いているであろう音が聞こえてくる。

ヒミコちゃんの危険度と、司法取引としては成り立たないあまりにも寛大過ぎる措置に、頭を悩ませているのは明らかだった。

だけど、またヒミコちゃんと戦い始めるのは悪手だ。

 

『こっちは内心を読めてないんだぞ。トガがそれを約束したと、本当に保証できるのか』

 

塚内さんは、静かにそう聞き返してきた。

これは当然の確認だ。

この確証が持てないと、承諾なんて話には絶対に行きつかない。

 

「……ヒミコちゃん……私の感知範囲の半径1km周囲内とかで……監禁状態にはなるだろうけど……犯罪をしないようにすれば普通に生活していいって言われたら……納得できる……?」

 

「そう言われても、血は飲みたくなっちゃうよ。絶対我慢できない。私にとって、好きな人になるのが普通なんだから」

 

「ん……分かってる……血を飲みたくなったら……私の血を飲んでいいから……あとは……飽きた時の為に輸血パックでも準備して会いに行こうか……?」

 

「輸血パックはあんまり美味しくないんだけど……でも、瑠璃ちゃんの血を飲ませてくれるなら、いいよ。その条件で納得する」

 

「ヒミコちゃんの言葉に……嘘はないですよ……塚内さん……」

 

ヒミコちゃんのその言葉に、嘘はなかった。

彼女の本質は、別にヴィランに堕ち切ってるわけじゃない。

トゥワイスのことがあったから、おかしくなったりはしていたけど……

それでも、彼女の感性が、彼女の個性が、世間一般の法律に触れて、ヴィランとして扱われてしまっただけ。

彼女は、彼女にとって普通にしていただけで、悪意なんてなかったのだ。

殺人の罪が無くなるとは言わないし、思ってもいない。

絶対に許されないことなのは間違いない。

だけど、それを抜きにして考えると、ヒミコちゃんは普通の女の子でしかない。

だから、約束してくれたなら、きっと大丈夫。

 

『……はぁ……分かった、俺から上に掛け合ってみよう。トゥワイスとして戦場を荒らす力を残しておきながら自首したことを説明し、理解が得られるように動く。だが、それ以上の条件が付く可能性が高いぞ。拘置所に幽閉して、波動さんが面会できる程度の条件まで落ちる可能性もある。それは頭に入れておけ』

 

「はい……ありがとうございます……ヒミコちゃんも、それで大丈夫……?」

 

「……分かりました」

 

ヒミコちゃんは、納得してくれていた。

犯した罪から考えると、すごく軽い措置にはなってしまう。

だけど、もし要望通りの内容が通ったとしても、今後一生監視され続ける生活になるし、少しでも怪しい行動をしたら私が即逮捕することになる。

そして、もし軽犯罪であっても罪を犯したら、今度こそ投獄される。

今の日本の状況だと、投獄できる環境もないから死刑、なんて可能性もゼロじゃない。

それに、塚内さんが言っていた通り、どこかに幽閉されて私が面会できるなんていう条件になる可能性も、結構高いとは思ってる。

ヒミコちゃんは、私の読心をして、その可能性も分かった上で了承してくれていた。

 

塚内さんとしては、苦渋の決断だったんだと思う。

だけど、今ここで下手な手を打ったら、またヒミコちゃんが暴れかねない部分がある。

それを考えると、今の戦況からして無視できないリスクだと判断したんだろう。

遺族からしたら納得できる対応じゃないんだろうけど、それでも、これが今できる最善だと思った。

 

「じゃあ……降りよっか……」

 

「……うん」

 

ヒミコちゃんが返事をしてくれるのに合わせて、ゆっくりと降下し始める。

ヒミコちゃんは、その降下中に変身が解けた。

ヒミコちゃんの意思っていうよりも、効果時間切れで戻った感じっぽい。

あんまり私の血を飲まないでくれたのか。

地上の方で、複製の山が消えたことに喜んでいる思考をさっきから沢山感じられる。

私も、無事に複製をどうにかできたことに安堵していた。

あのまま数十分もトゥワイスが暴れ続けていたら、戦線は完全に崩壊していた。

その可能性を防げただけでも、取引の価値はあったと思った。

 

地上に着くと同時に、お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、響香ちゃんが駆け寄ってきた。

ヒミコちゃんが居心地悪そうに私の後ろに隠れようとしてくる。

だけど、ヒミコちゃんは私と10cmくらい身長差があるから、全然隠れられてない。

頭、普通に見えてるし。

そんな様子を微笑ましく思いながら、ヒミコちゃんが普通に立って私の側にいることにびっくりしている3人に手を振って、考える。

ヒミコちゃんを止めることはできたけど、戦いはまだ終わってない。

そのために、この後しないといけないことを考え続けていた。



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予知の地点へ

「瑠璃ちゃん!大丈夫だった!?首から血出とるけど……」

 

お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、響香ちゃんが、ヒミコちゃんの方をチラチラ見ながら私に話しかけてきた。

 

「大丈夫……これは……説得のために血を飲んでもらった傷だから……」

 

「血を……?」

 

「トガ……ヒミコちゃんに、自分に変身させたの?」

 

首から流れた血を拭っていると、梅雨ちゃんが確認してきた。

ヒミコちゃんは相変わらず居心地が悪そうにしている。

まぁ、ヒミコちゃん的に響香ちゃんは琴線に引っかからなかったのか執着してる様子はなかったし、仕方なかった。

 

「お友達になってもらって……インカムで今後の扱いを塚内さんと相談して……説得した……私が嘘を吐いてないのを確認してもらうために……私に変身してもらったの……そのタイミングで……トゥワイスの複製が消えたはず……」

 

「って、ことは……自首、してくれたってこと?」

 

「ん……ね、ヒミコちゃん……」

 

「……そうですね」

 

ヒミコちゃんがそっぽを向いたまま答えてくれる。

複雑な感情を抱いているみたいではあるけど、不機嫌なわけではない。

その反応に、ちょっと苦笑してしまう。

そんなヒミコちゃんに、梅雨ちゃんはしっかりと目を見て口を開き始めた。

 

「ねぇ、ヒミコちゃん。私、あなたの言葉を聞いて、考えていたのよ。私は、ルールを守ることが、ヒーローだと思ってた。外れることが、ヴィランだと思ってた。でもね、そんなルールより、何より、向き合うべきだって思ったのよ。お茶子ちゃんも、向き合おうとしてたでしょ?」

 

「うん。私も、結構考え変わったよ。遅くなったけど、それでも、ちゃんと話をしたい」

 

「お茶子ちゃん……梅雨ちゃん……」

 

向き合って話をしたいっていう梅雨ちゃんとお茶子ちゃんに、ヒミコちゃんも小さく呟くように答えていた。

そんなヒミコちゃんのつぶやきに、梅雨ちゃんが名前で呼ぶのをやめてって言うことは、なかった。

 

「とりあえず……時間もないし……また今度……ゆっくりお話しよ……ヒミコちゃん……流石にこの場は……拘束しないといけないんだけど……大丈夫……?」

 

「自首するっていったんだから、拒否したりしないよ」

 

「ん……ありがと……」

 

ヒミコちゃんも、拒否することなく了承してくれた。

シンリンカムイに対応を任せればいいかな。

ホークスはズタボロだし、ホークスを抜いたここにいるヒーローの中で、一番ランクが高いはずだ。

そう思って、4人で移動し始めた。

 

「響香ちゃん……耳、大丈夫……?その……」

 

「ん?ああ。魔王と戦ってこれくらいの傷で済んでるんだから、運がよかったくらいだよ」

 

「……そっか……後で……ちゃんと治療しようね……」

 

「うん。ありがと」

 

響香ちゃんの左耳が無くなっていることを心配するけど、なんともないような感じで返された。

一応エリちゃんの巻き戻しがあれば欠損も治せるとは言っても、誰にでも使うわけにもいかない手段だし、心配になってしまう。

でも、響香ちゃんがいいって言ってるんだから、今はこれくらいにしておくべきか。

 

 

 

響香ちゃんの傷もそうだけど、周囲はAFOの齎した甚大な被害で、大惨事になっていた。

AFO自身はもう飛んでいってしまっている。

常闇くんとMt.レディやギガントマキアが倒れているのはとりあえずすぐに分かった。

ギガントマキアは最初は心操くんが洗脳で操って動かしていたみたいだけど、走ってるあたりからはギガントマキア本人の意思で動いていたらしい。

ヒミコちゃんと話している最中に、置いていかれた悲しみ、嘆き、怒りとかを感じ取れたから、それが原因で反逆した感じかな。

まあその反逆も、片腕片目がない状態だと力を発揮しきれなかったみたいで、一蹴されたみたいだけど。

他にも、色々なヒーローを配置していたのは知ってる。

だけど、AFOの前に、どのヒーローも容易くやられてしまった。

 

エンデヴァーやホークスには全盛期の姿に戻る可能性は伝えていたらしいけど、それでも、防ぎきれなかったみたいだった。

AFO自身の隙があまりなかったのと、巻き戻しの速度が思った以上に速かったらしいのもあって、作戦もこの場ですることはできていなかった。

まあ、あの作戦は来てから切り替えまで数秒はかかる。

今雄英の方がどういう状況なのか分からないけど、出来なかったなら仕方ない。

少なくとも、私がヒミコちゃんを止めるまで、トゥワイスがばら撒かれたと思うから、私のせいでもある。

でも、だからこそ、この後のオールマイトのことを思うと、動かないといけなかった。

 

少し移動して、埋もれてしまった人とか怪我をした人を救助しているシンリンカムイのところにたどり着いた。

私たちが近づいたところで、シンリンカムイはヒミコちゃんを見据えながら近づいてきた。

 

「……塚内さんから話は聞いている。自首したということで間違いないんだな」

 

「……まぁ、そうです」

 

ヒミコちゃんがぶっきらぼうに答えるのに、シンリンカムイは静かに頷いた。

シンリンカムイなら、任せられるかな。

愚直な感じだし、今もヒミコちゃんに対して含みがあるような思考をしているわけでもない。

私も、時間がない。

ナイトアイに聞いていた予知の断片からして、私がここにいつまでもいるのはダメだ。

そこでどうなるかとか、そこに行った結果私がどうなるかとか、考えるのは怖いけど、でも、行かない方がまずいと思っていた。

だから、ヒミコちゃんの対応を、皆とシンリンカムイに任せて、行くべきだと思っていた。

 

「……すいません……シンリンカムイ……私……行かないとダメなので……ヒミコちゃんのこと……任せてもいいですか……?」

 

「行く?どこにだ。ここから他の戦地までは距離もある。エンデヴァーに関しては、塚内さんから万が一に備えて誰も近づかないようにと指示が出ている。君の救助の腕は聞いている。できれば、手伝って欲しかったんだが……」

 

「……他の戦場じゃなくて、これから戦場になる場所です……私も……今から場所を確認します……」

 

そこまで言って、シンリンカムイに断ってから、インカムに手をかける。

そして、司令部に通信をつなぐと同時に、多分、受けてくれた通信手の近くで怒鳴っているであろう塚内さんの声が、聞こえてきた。

 

『馬鹿ヤロウっ!!"無個性"なんだぞっ!!!』

 

インカムから音漏れするくらいの大声だった。

それくらい、オールマイトを心配しているんだとは思う。

だけど、だからこそ、オールマイトとナイトアイは、塚内さんにこの情報を伝えなかった。

塚内さんは、ああ見えてオールマイトに対して強い想いを抱いている。

言えば止めるであろうことは容易に予想できたし、不確定の情報で不安にさせるべきじゃないっていう判断だった。

その音漏れを聞いて、困惑した様子のお茶子ちゃんが口を開いた。

 

「えっ?なに、どういうことっ!?」

 

「……オールマイトが……AFOを食い止めるために……戦場に立った……」

 

「なっ!?で、でも、オールマイトって緑谷に個性渡しちゃったから無個性なんでしょっ!?」

 

皆ギョッとしたような表情を浮かべていた。

だけど、とりあえず通信で聞いてしまわないとダメだ。

早く向こうに行かないと、作戦が瓦解する。

 

「ナイトアイ、いますよね……通信手の方……代わってもらえますか……」

 

『わ、分かりました。お待ちください』

 

通信手の人も、困惑したような、慌てたような感じで変わってくれた。

 

『オールマイトの現在地の確認だな』

 

「はい……教えてください……今から向かいます……物間くんは……」

 

『先程トゥワイスが雄英にも現れてな。今は気絶してしまっている。イレイザーヘッドは死柄木を見ているから動けん。物間が起き次第、奴とともに向かってもらう。現状向かう余裕があるのは、多古場と群訝、トロイアにいる者だけだ。余力のある者が急ぎ向かってくれているが、距離がありすぎる。時間がないと言わざるを得ない。波動にも、自分で向かってもらうしかない。場所は―――……』

 

そう言って、ナイトアイはオールマイトがいる地点を教えてくれた。

オールマイトが今いる場所は、愛知県。

雄英と群訝山を直線で結んだその線上で待機していて、今まさに、AFOと遭遇しているらしい。

AFOは、憎しみに囚われていた。

今まで散々邪魔をした憎きオールマイトを見逃すはずがない。

本当に時間がない。

距離もある。気絶してるなら物間くんのワープもできない。

自分で行くとすると、海を迂回して行かざるを得なくなる。

これじゃあ、私が着く頃には、オールマイトは、死体すらも消されている可能性が……

 

「時間がない……ごめん……行くね……」

 

「……知ってたのね、瑠璃ちゃん。何か、作戦があったの?」

 

「ん……ナイトアイの予知で……私も……姿が見えたって言われてた……行かないといけない……オールマイトの予知の結果に……抗うためにも……」

 

ここまで言って、他の人たちもどういう予知が見えていたか分かったらしい。

ナイトアイは、私の姿が見えたとしか言わなかった。

他の人のことには触れなかったし、思考も、同じだった。

つまり、オールマイトが死んだ時、その場には、私しか間に合っていなかったということだ。

今の状況で間に合うかは分からないけど……最悪の結果を回避するために、やるしかない。

 

「待って!!」

 

「お茶子ちゃん……?」

 

「私も行く!!私が行けば、一緒に浮いて向かえるでしょ!?瑠璃ちゃんなら、推進力出せるからっ!!直線距離で向かえるよね!?」

 

お茶子ちゃんが必死な感じで言ってくれるけど、でも、できればそれはやめた方がいいと思う。

お茶子ちゃんが向こうに行った場合、AFOと戦闘になって取り返しのつかない状態になる可能性がある。

私も人のことは言えないけど、私自身は、蛇腔の時の状態になることが出来れば戦える可能性があるし、できなくても、遠距離攻撃もある。

個性の強奪って意味でも、お茶子ちゃんは相性が悪い。

 

「ダメ……お茶子ちゃん……AFOと相性が悪い……私なら遠距離攻撃主体で戦えるから……」

 

「でも、間に合うか分からないんでしょ!?それなら……」

 

「それでもダメっ……!!危ないよっ……!!」

 

「それは瑠璃ちゃんだって同じでしょっ!?それに、それなら私がある程度のところまで送り届けるのも選択肢に入るよね!?」

 

お茶子ちゃんの為を思って言っていることだけど、納得してくれそうにない。

そのままにらみ合って平行線の主張をし続けることになってしまう。

ダメだ、本当に時間がない。

もう振り切ってでも……

そう思って、皆に背を向けようとしたところで、ヒミコちゃんがポツリと呟くように提案してきた。

 

「……それなら、私が行こうか?」

 

「ヒミコちゃん?」

 

「私、お茶子ちゃんの個性使えるよ?AFOさんのこと、あんまり好きじゃないし。むこうについても、私なら隠れてられるし。いいよ、協力しても」

 

ヒミコちゃんが、なんてことないかのように提案してくれていた。

確かに、ヒミコちゃんならお茶子ちゃんの個性を使えるだろうし、AFO相手に戦うつもりが無くても、隠れていられるだけの実力がある。

そして何より、嘘を吐いていなかったし、悪意も感じなかった。

 

「何を言っている!?自首したとはいっても超常解放戦線の幹部だぞ!?信用できるわけがっ……!!」

 

「シンリンカムイ……大丈夫です……悪意も感じないし……嘘もついてません……信頼できます…………ヒミコちゃん……お願いできる……?」

 

「うん、友達のお願いだもんね。頑張るよ。ただ、私もうお茶子ちゃんの血のストック持ってないから、また吸わせてもらわないといけないけど……」

 

「……っ……それくらいなら、いくらでもっ!ヒミコちゃんっ!!瑠璃ちゃんのこと、お願いねっ!!」

 

ヒミコちゃんは、お願いを快諾してくれた。

お茶子ちゃんも相性が悪いって部分を真剣に考えて、自分が行きたいところを耐えて、ヒミコちゃんに託すことにしたみたいだった。

血を飲まれることへの嫌悪とか、そんなことは一切考えてなかった。

 

その後は、時間もないからササッと進めた。

ヒミコちゃんがお茶子ちゃんから採血して恍惚とした表情で血を飲んでいるのを眺めつつ、塚内さんとナイトアイにヒミコちゃんのことを伝えた。

2人とも困惑していたけど、私が保障してなんとか信じてもらえた。

 

そして、1時間くらいは変身できると豪語してくれる量を飲んでお茶子ちゃんに変身したヒミコちゃんと一緒に、無重力になって飛び立った。

ヒミコちゃんの手を引きながら、波動の噴出で一気に加速をかけていく。

オールマイトを救けるために、AFOの下へ、一秒でも早く向かう。

そのことに集中してさらに加速をかけながら、決戦前日にナイトアイとした話を思い出していた。



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未来を変えるために

「わざわざ来てもらってすまない」

 

決戦の前日、私はナイトアイに呼び出されていた。

その内容自体は、既に分かっていた。

ナイトアイの予知を、ここ毎日してきたけど、オールマイトの死の回避につなげられていなかった可能性が高いから、その対策として、やるべきことがある。

ただそのやることは、緑谷くんやエリちゃん、塚内さん、相澤先生と、話を通していない人を呼んでいるから、先に私を呼んで、詳細に関しては話を詰めておきたかったらしい。

 

「大丈夫です……用件は分かってます…………私には……どこまで教えてもらえますか……?」

 

ナイトアイの予知は、写真を連続で見ている感じらしい。

そのせいか、思考を見ていても断片的過ぎて予知の内容が読み切れないのが問題だった。

だから、私も予知の内容は把握しきれてない。

昨日再確認したオールマイトの予知で、死が覆っていなかったことが分かっているだけ。

他のことは、正直そこまで分かってない。

ただ、ナイトアイとしても考えがあって話していない感じだ。

未来を話すことで、変えたくない部分、変えてしまったらいけないプラスの要素も変えてしまう可能性がある。

だから、どこまで話すのかはナイトアイに任せて、なるべく聞かないようにしていた。

 

「……そうだな。波動本人に関わらない部分は教えてもいいと思っている。私がオールマイトの予知をした翌日から、毎日予知をしていたのは知っているな。予知をしたのは順番に、エンデヴァー、ギャングオルカ、緑谷。そして、昨日再びオールマイトを見た」

 

「はい……そこまでは大丈夫です……」

 

私がそこまでは把握していることを肯定すると、ナイトアイは小さく頷いて、説明し始めた。

 

「まずエンデヴァーだ。エンデヴァー、ホークスを筆頭としたヒーローたちの連携によって、AFOを燃やし尽くすことに成功したが、そこで巻き戻しを使っていた。そのまま、AFOは全盛期の肉体に戻った。その後、ワープゲートを通った荼毘が姿を現している。ワープゲートは個性の複製の産物か、黒霧かは分からん。一応プレゼント・マイクに伝えはしたが、それでどうにかなるかはなんとも言えんな。荼毘に関しても、バーニンと轟に伝達してある」

 

「……蛇腔にヘドロワープの脳無がいたので……ワープゲート持ちの脳無がいる可能性は……ゼロじゃないと思います……」

 

「ああ。その報告は私も受けている。その上での判断だ。エンデヴァーに全盛期に戻る可能性があることと、荼毘が来る可能性があることは伝えている。だが、私の今までの経験からして、変わらない可能性も高い。今まで未来が変わったのは、緑谷の一件だけだからな。だからこそ、失敗した時や、過程が変わっても結果が変わらなかった時に備えて、対応の指示を出している」

 

ナイトアイの言うことは、その通りだと思った。

実際、未来を変えるのは生半可な方法じゃだめだと思うし。

それに、結果を変えようとして、変えたくない過程が変わるのは絶対にダメだし。

さっきから何回も思考にトゥワイスが過ってるのに、一切そこに言及しないし、私に関わる可能性があるのは明らかだ。

ギャングオルカの予知をしているのが、その証拠ですらある。

私本人を見てないのは……ナイトアイの未来の見方だと私の感知してる内容とかテレパスは分からないし、万が一遠くで読むだけになられると予知1日分を無駄にする可能性があるから、ギャングオルカの方にした感じだろうか。

とりあえず内容を言わないってことは、捻じ曲げたいような未来じゃないんだろうけど……

 

「次はギャングオルカだな。これに関しては、そこまで言えることがない。言うべきではない」

 

「……大丈夫です……そんなに聞くつもりはないので……」

 

「それでいい。次は緑谷だな。だが、ここに関しても、そこまで言うことはないな。警察とともに練った当初の作戦通り、順調に推移していた。ミリオと君の姉と、天喰の連携、ミルコの遊撃、ベストジーニストとエッジショットの遠隔攻撃による行動の誘導、爆豪のサポート、協力者の攻撃。それら全て、緑谷に対していい方向に働いていた。抹消さえあれば、あれで行けるだろうと思えるくらいにはな。問題はこの後だ」

 

緑谷くんのところが一番心配だったから、そこが問題ないなら結構安心できる。

ナイトアイはオールマイトの死の回避に注力してる関係からか、最後の所までは見ていないみたいだけど、経過が順調になるっていう予知が見えるだけで結構安心できた。

そんな中で、ナイトアイは深刻な表情で話を続けた。

 

「問題はオールマイトの予知だ。死の未来は変わらなかった。周囲の状況や過程に多少の変化があった程度でしかない」

 

「……でも……それをどうにかするための……今日の集まりなんですよね……?」

 

「ああ、そうだ。未来を変えるには、大きなエネルギーがいる。そして、それを必ず成し遂げることが出来るかは分からない。現に、対策を打っているにも関わらず、未来が変わっていない。だが、それならそれで、打つ手がある」

 

そこまで言うと、ナイトアイは一息置いて、眼鏡に手を添えながら静かに言葉を続けた。

 

「死の予知を変えることができないなら、受け入れてしまえばいいのだ」

 

ナイトアイは、覚悟を決めた真剣な表情で、言い切った。

ナイトアイの内心は、その賭けに出なければいけなかった不甲斐なさと、一方で、その賭けが成功すれば、オールマイトを助けることが出来るという可能性に希望を見出している前向きな感情とが、ごちゃまぜになっていた。

 

「私も、あまり取りたくない方法ではあったが、こうするしかないと判断した。一度死に、予知が成就されてしまえばいい。私は死後の予知はできない。そこから先は読めなかったから、成功するかは分からない。だが、死を受け入れてなお、希望を見出すことが出来る男の存在を、私は、私たちは知っている。できることなら、頼りたくはない男だったが……」

 

「……治崎……ですね……そのために私を呼んだ……」

 

「そうだ。そのために、今日の予知を取っておいた。奴は、エリちゃんに心から謝罪することを条件に、死穢八斎會組長と引き合わせてもらう約束を、緑谷としていたらしい。これからその謝罪と、問題が無ければ治崎の巻き戻しを行いたい。君にも、読心で奴の言葉に嘘が無いかを確かめて欲しい」

 

ナイトアイのその提案を、拒否する理由がなかった。

オールマイトのこともそうだし、エリちゃんのこともそうだ。

エリちゃんにとっては、凄まじいトラウマと直面して、しかもそのトラウマの対象を治す必要がある。

だからこそ、私も参加して治崎の本心を確かめつつ、エリちゃんのケアをした方がいいと思っていた。

 

「分かりました……任せてください……」

 

「ありがとう。それと……一つだけ、君に関することも伝えておく。昨日、オールマイトの予知をした際に、死ぬ間際に、君の姿が見えた。ここから先を見ることが出来ないから、これがいい予知なのか、悪い予知なのかは分からない。だから、伝えるだけに留めておく。状況を見て、君自身がどうするか決めてくれ」

 

「……はい……」

 

ナイトアイのその予知の意味が、どういうことなのかは分からない。

だけど、少なくとも私がAFOに立ち向かう可能性があることが、示されていた。

 

 

 

そして、話が終わって、緑谷くんたちが待っている部屋に、ナイトアイと移動した。

ナイトアイの方から警察には話を通したみたいで、オールマイトの死には触れずに、作戦の重要な立ち位置にいることを説明して理解を得たようだった。

もう既に雄英から先生の護衛付きで来たエリちゃんもいて、緊張した面持ちでスカートを握りしめていた。

一応、エリちゃんにも説明はされていて、理解はしてくれた上でここに来てくれている。

通形さん、緑谷くん、私の役に立つならって言って承諾自体はしてくれたらしいけど、気持ちだけでどうにかできる問題でもないのは確かだった。

 

「エリちゃん……大丈夫……?」

 

「る、ルリさん……!」

 

声をかけると、エリちゃんが走って抱き着いてきた。

そのままぎゅっと抱きしめてあげる。

やっぱり、あれだけの残虐な行為をしてきた男に会わなければいけないとなると、負担が大きいみたいだった。

数日前に相澤先生の短期間分の巻き戻しを成功させていたけど、それとこれとは話が違うのは言うまでもなかった。

 

しばらくそんな感じであやし続けて、エリちゃんがある程度落ち着いたところで、緑谷くんがエリちゃんに優しく声をかけてあげていた。

私に抱き着いたままそれを聞くエリちゃんを眺めながら、治崎の波動を注視する。

あいつは、組長に謝りたいという強い思考と、そのためにエリちゃんにも謝ろうとはしていた。

目的のための謝罪。それが本心かは別の問題があるけど、一応、嘘とか、取り繕った謝罪をしようとしているわけではなかった。

 

そんな緑谷くんの声掛けも終わって、警察が治崎を連れてきた。

今の治崎は両腕が無いから、脅威なんてない。

だけど、エリちゃんの表情はこわばって、がたがた震え始めていた。

 

「壊理……」

 

「ひっ……!?」

 

「大丈夫……大丈夫だからね……無理はしないでいいから……」

 

縋りついてくるエリちゃんを抱きしめて、優しく撫でてあげる。

 

「もう、だいじょうぶ……」

 

「ん……ちゃんと見てるから……大丈夫だからね……」

 

少しの間あやして、落ち着いたところで、エリちゃんは自分で私から離れて、治崎の前に進んでいった。

その姿を見た治崎は、顔を少しゆがめてから跪いて、頭を床に擦り付けた。

 

「すまなかった……!」

 

潔癖症の気があるみたいだから、そのせいで嫌悪感を感じているっぽいけど、この謝罪の言葉に嘘はない。

 

「何もかもが終わってから、そこの病人に言われてから、何度も何度も考えた。あの時こうしていればよかったとか、くだらないことを、なんどもっ……!だが、この末路は、親父が俺に警告してくれていたことだったとようやく気が付いたっ……!そのことを親父に謝りたいと思ったが、何もかも、遅かったっ……!俺は、親父の言う人の道から逸れた行いをしていたっ……!だから、それを謝らなければいけなかったっ……!」

 

治崎が懺悔の言葉のようなものを、ツラツラと話し続けた。

エリちゃんも、その姿を静かに見つめている。

私も、治崎の言葉に嘘が無いか、何かを企んでいないかを、慎重に見極めていた。

 

「これは、親父に会わせてもらうためにしている謝罪だっ……!だが……親父への謝罪を考えて、そこの病人の言葉を聞いて、改めて、お前にしてきたことを振り返った……!そのうえで、お前に対しても、謝るべきだと、謝らなければ、許しを得なければ、親父に顔向けが出来ないと、ようやく気が付いたっ……!本当にすまなかったっ……!」

 

治崎はそこまで言うと、土下座したまま動かなくなった。

……一応、忠告してくれていた組長に謝罪したいのも、組長の忠告を思い出して、エリちゃんに謝らないと顔向けできないと思ったのも、嘘ではなさそうだ。

エリちゃんが恐る恐る私の方を振り向いて確認してくるのに対して、頷いて答えてあげる。

それを見たエリちゃんは、表情を引き締めて、ゆっくりと治崎の方に歩みを進めた。

 

「……あなたは、こわいけど……デクさんが、ルリさんが、あなたをひつようとしてる。だから、私は、あなたのことを……」

 

そこまで静かに言って、エリちゃんの手が治崎に触れた。

それと同時に、エリちゃんの角が光を放った。

 

 

 

「瑠璃ちゃん、大丈夫?上の空だけど」

 

「ん……大丈夫……そろそろ着くよ……ヒミコちゃん……」

 

治崎のあの感じなら、最低限は信用できる。

そんなことを考えながら、必死で加速し続けて、ようやく目標地点が近づいてきた。

そして、凄まじい悪意と憎悪が渦巻く男と、その正面に、ズタボロになって倒れているオールマイトが、感知範囲に入ってきたのを、感じ取った。




ナイトアイの予知理由
1日目オールマイト:言わずもがな

2日目エンデヴァー:前日に全盛期のAFOが見えたため、その対応に当たっていたはずの筆頭のエンデヴァー

3日目ギャングオルカ:ここが問題ですね
ナイトアイはエンデヴァーを見た際にワープゲートから出てくる荼毘、トゥワイスを確認しています
これを踏まえた上で予知対象を考えると、マイク、瑠璃orギャングオルカ、轟orバーニンが考えられます
荼毘に関してはエンデヴァーの予知で結末も把握しているので、この中で優先度高めなのはワープゲートとトゥワイスですね
ここで問題になるのは、このワープゲートが黒霧なのか他の脳無なのかが分からないことです
そもそも黒霧は脳無であり、個性の複製が出来る以上他のワープゲートの隠し玉を作られている可能性が0ではありません
分断に成功して即座に帰還しないことから分断が有効であることは分かりますが、座標が分からないとワープ出来ない個性の性能上、黒霧でも脳無でも即座に対応は出来ないことも分かります
そしてもし黒霧じゃなかった場合、マイクを見てしまうと収穫0で1日を無駄にします
そのため、ギャングオルカか瑠璃の2択を選んだ方がいいと判断しています
瑠璃にしなかった理由は、瑠璃の感知、読心、テレパスは、ナイトアイの予知だと確認できないためです
万が一にでも離れたところからサポートなんて行動に移られたら何も見えません
そのため、奥渡島のトップヒーローであるギャングオルカを選んでいます

4日目緑谷:トゥワイスによって崩壊したら困る戦闘の行方の確認と、AFOが雄英に来ていないかの確認
ここでトゥワイスの消滅と対死柄木戦が問題ないことを確認しています
また、エンデヴァー、ギャングオルカの予知で瑠璃が即座にトガを追いかけたこと、緑谷の予知でそんなに時間差なくトゥワイスが消滅したことを確認したため、瑠璃がトガに勝ったと判断
そのため、変えない方がいいと判断して瑠璃には何も言ってくれませんでした

5日目オールマイト:未来が変わったか確認。結果は変わっていないことを確認

6日目治崎:蘇生結果の確認
結果は他人に言わずに、信頼できるとだけお墨付きして終わりです


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凄惨な死

「私はこのまま突っ込む……ヒミコちゃんはここで降りて……私を蹴れば下に飛べるから……ヒミコちゃんの着地の10秒後に……無重力(ゼログラビティ)を解除して……」

 

「分かった……私にも戦えって、言わないんだね」

 

私がヒミコちゃんに指示を出すと、ヒミコちゃんは不思議そうに聞いてきた。

そんなに不思議なことだっただろうか。

 

「AFOのことは……あんまり好きじゃないとは言ってたけど……戦いづらいでしょ……?ここまでついてきてくれただけでも十分だよ……」

 

「……そっか。AFOさん、すごく強いから……死なないでね?」

 

「ん……じゃあ……行ってくる……!!」

 

ヒミコちゃんが私の身体を蹴って下に飛んでいった。

思考的に、AFOから一定の距離を保ったまま廃墟に隠れるみたいだし、多分大丈夫そうかな。

今のヒミコちゃんなら、ヒーローから逃げたりもしないだろうし。

……ただ、私がここで死んだりしたら、どこかに行っちゃいそうな気がするから、生き残れるように頑張らないとダメか。

そんなことを考えながら、ヒミコちゃんの動きを確認してすぐに波動の噴出をして、再度急加速をかけた。

 

 

 

私がAFOの目の前に着地したのは、オールマイトが吹き飛ばされた直後だった。

ゆっくりとオールマイトに近づこうとしているAFOとの間に、身体を滑り込ませた感じになっていた。

奇襲を仕掛けることも考えたけど、そもそも私はサーチに登録されている。

奇襲にならない可能性がある上に、万が一掴まれでもしたら個性を奪われる。

そんなリスクは取れなかった。

 

オールマイトは、纏っていた全身の装甲をボロボロに砕かれて、地に伏せていた。

傷だらけで、血が付いていないところはないんじゃないかってくらいの状態で、全身の骨も、内臓も、破壊され切っていた。

どこまで恨みを晴らそうとすればこんな状況になるんだってくらいの状況だった。

それに対して、目の前のAFOは無傷だ。

攻撃自体は加えていたんだろうけど、それによってできたであろう傷は、巻き戻しで全て無に帰しているのが容易に想像できた。

 

「まさか追いついてくるとはね。そうなると、彼女は寝返ったか。だが、一足遅かったようだね」

 

「……遅くない……ギリギリ……間に合ってる……」

 

「そうかな?まだ微かに息があるのは間違いないが、もはや虫の息だ」

 

AFOの言うことは、間違っていない。

実際オールマイトの心臓の動きはどんどん弱くなってきている。

数分持つかも怪しい状態だった。

だけど私たちは、最悪を予測して動き続けてきた。

ただ、治崎の蘇生は、身体を分解、再構成して成し遂げる物だ。

跡形もなく消されたら蘇生なんてできない。

今の憎悪に支配されているAFOなら、最後にオールマイトを跡形もなく消してから雄英の方に行く可能性が高い。

蘇生も含めた打倒の作戦を遂行するためには、物間くんが必須になってくるから、彼がいつ気絶から目が覚めるのかが鍵になる。

私がそれまでの間、AFOを食い止めて、オールマイトの身体を守り切るしかない。

 

「まあいい。あまり時間がないからね」

 

そう言って、AFOは私の方に手をかざしてきた。

ここで私が殺されれば……ここでAFOを通せば、オールマイトを殺されて、蘇生の可能性を消されて、また移動を開始するだろう。

そんなことになれば、ヘドロワープによって雄英から呼び寄せることができてしまう距離に到達する。

死柄木とAFOが合流したら、全てが終わる。

ここで食い止めないと、魔王2人に、蹂躙される。

そんなことになれば、世界の終焉だ。

AFOの、魔王の支配する世界になってしまう。

皆殺される。生き残った人たちも、恐怖で支配される。

そんなの、許せるわけがない。

 

「消えろ。オールマイトと共に」

 

その声が聞こえた瞬間、AFOの手から、キィイイイという不愉快な音が響き始めて、まばゆい光を放ち始めた。

何をやるかは分かる。その対処法も。

こっちの周囲100mはくだらないくらいの範囲を、衝撃波で一気に吹き飛ばして、私もろともオールマイトを消し飛ばすつもりだ。

このタイミングでどうにかできる可能性があるのは、あの技だけだ。

私が守るんだ。

オールマイトを、お姉ちゃんを、皆をっ!!

この魔王からっ!!

 

「私が……!皆を守るっ!!!私がっ!!!」

 

爆発的に増える波動を、一気に前方に押し出した。

次の瞬間、凄まじい衝撃波が、周囲を包んだ。

波動の嵐が吹き荒れているところだけは、その衝撃を軽減できているけど、周囲はそうじゃなかった。

オールマイトとAFOの戦いで、結構ボロボロになっていても、まだ形を保っていた廃墟群が、凄まじい勢いで崩壊していく。

ヒミコちゃんはAFOの後方の離れた位置にいるから巻き込まれていないけど、それでも、洒落になってない威力の衝撃波だった。

こんなのをこっち側に連発されていたら、オールマイトの身体を守り切れない。

それなら、遠距離から攪乱することで、私の方に攻撃を散らすしかない。

そう思って、AFOが放つ衝撃波が途切れた瞬間に、上空に跳び上がる。

 

「やはり、その力は厄介だな。僕に敵うわけではないが……」

 

AFOが無表情で私を見据えながら、『奪うなら、もう一人の僕が奪うべきだ』なんて考えている。

憎悪を手に入れたAFOが、憎悪でもブーストがかかることに対して興味を示していた。

……私の個性を、死柄木に奪わせようと考えている感じか。

今奪おうとしないのは、私の個性が巻き戻しでAFOの身体と一緒に消えるのを惜しんだから?

でもそんなの、奪って、合流して、譲渡すればいいだけの話だ。

出来ればそうしたいと思ってるだけか。

まぁいい。どんな要素でも利用して、AFOの気を引き続けるだけだ。

無視しても大丈夫と思われたらそこで終わる。

とにかく攪乱し続けないと、ダメだっ!

 

「波動弾っ!!!」

 

跳び上がりながら作り上げた巨大な波動弾を、AFOに投げつける。

AFOはそれを、片手で簡単にあしらってきた。

多分、衝撃波だと思うけど、早い上に規模が大きすぎて判断が付きづらい。

だけど、一か所に留まるのはAFOに狙われるだけだ。

高速で跳びまわりながら牽制し続けるしかない。

 

「羽虫が……今は一分一秒が惜しい。目障りだ」

 

その言葉と共に、AFOは全周囲へ衝撃波を放った。

その衝撃波を、上空に高速で跳び上がることで乗り越えて回避する。

そのまま波動弾を形成して、それをかざしながら、AFOの方へ落下する。

落下の勢いに、さらに波動の噴出を合わせて加速をかけていく。

 

「目障りなら好都合っ……!私は、避けるのは得意なんだよっ……!」

 

AFOに波動弾を押し付けて、そのまま私は波動の噴出による再ジャンプで離脱する。

AFO自身は、波動弾を軽くはじき返した。

 

そして、そのタイミングで、オールマイトの心臓が止まった。

 

「おいおい、手を下すまでもなく死んだのか!拍子抜けするじゃないか!君も、恩師の死に何の反応も示さないのかい?君の個性なら死んだのは分かっているだろう!随分冷たいじゃないか!」

 

AFOが、ニヤニヤと嘲笑うように煽ってくる。

でも、ここで乗ったらダメだ。

冷静ではいられなくしようとしているのは明らかだった。

 

「……オールマイトは……あなたを止めるために全力を尽くした……私もその意志を引き継いで……全力で動くだけ……」

 

こいつ、わざわざ嘘の感知まで使って煽る材料を集めてるのか。

私が嘘を吐いていないのか確かめようとしている。

……だけど、私は悪意を持って騙そうとなんてしていないし、少なくとも嘘は吐いていない。

感知には引っかからないはずだ。

 

「……嘘を吐いていないにしては、いくらなんでも落ち着き過ぎているな。何かの希望を見ている……まぁいい。それなら、その象徴ごと希望を打ち砕けばいいだけだ」

 

私の反応から何かあることを察したAFOが、さらに腕を構える。

その腕は、オールマイトの遺体の方を向いていた。

読まれるのはある程度仕方ないけど、それだけはダメだ。

さっきの衝撃波の時と同じように、オールマイトとAFOの間に身体を滑り込ませてどんどん溢れ出てくる波動を練り上げていく。

AFOの技は、さっきの衝撃波と違うのは思考を読んで分かった。

一点集中の、ビームのようななにかを放ってくる。

 

そこまで予測してから一拍置いて、凄まじい光量の光線が、AFOの腕から放たれた。

それに合わせて私も、一気に波動を放出していく。

さっきとは比較にならないほどの凄まじい光線が、波動の嵐を押し返してくる。

これ、多分さっきギガントマキアを一蹴してたやつか。

 

「まだっ……!!まだぁっ!!!」

 

波動の放出の量をどんどん増やしていくけど、それでも、AFOの高威力の光線が、私の波動を押し返してくる。

お姉ちゃんたちの助けがあってやっとギガントマキアの腕を切り飛ばした私の波動と、一瞬で腕を消し飛ばしていたAFOの光線では、勝負になってなかった。

それでも、こんなのを後ろにそらしたら、オールマイトの身体が消し飛ばされて、蘇生できなくなる。

それに、オールマイトへの恨みを晴らしたら、AFOは死柄木の方に向かってしまう。

そうなったら、ヘドロワープで緑谷くんと死柄木を呼ばれて太刀打ちできなくなる。

だから、何としてでもここで食い止めないと……!!

そう思って、波動を絞り出す勢いで、湧き出す波動を放出に回していくけど、AFOの光線が少しずつ迫ってくる。

本当にまずい、このままじゃ私諸共、消される……!

 

そして、防ぎきれなかったAFOの光線が、私の波動を完全にかき消して、ビームとしての体を為していないレベルまで霧散させられてしまった。

目の前に迫っている光線に、思わず目を瞑ってしまう。

 

 

 

死を覚悟したところで、肩を掴まれて、身体を後ろに引っ張られた。

次の瞬間、AFOの光線が何かに弾かれる凄まじい光と、耳をつんざくような爆音が辺りを襲った。

恐る恐る目を開けると、緑色にたなびくマントが視界を覆っていた。

誰なのかは、顔を見るまでもなく波動で分かっていた。

 

「遅くなってすまないっ!!だが、よくぞ持ちこたえたっ!!!私も加勢するっ!!!」

 

No.6ヒーロー、クラストが、両腕の盾でAFOの光線を、弾き返していた。



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油断

「ほぉ、クラストじゃないか。君の盾は確かに強靭だが、果たしていつまでもつかな?」

 

放出され続ける光線を、クラストさんが両手の盾を使って弾き続ける。

だけど、AFOの光線が徐々にクラストさんの盾を侵食し始めていた。

 

「クラストさんっ!!」

 

「来るなっ!!」

 

少しでも威力を減衰させるために波動の放出で加勢しようとしたら、クラストさんが即座に声を返してきた。

そして、そのまま私に対して思考を向けてきていた。

 

『長くは持たんっ!!限界まで弾き、周囲へ受け流すことでダメージはどうにかするっ!!君はオールマイトをっ!!蘇生できる可能性があるのだろうっ!?傷付いた身体でなお巨悪に立ち向かった偉大な男を、我らで救うのだっ!!』

 

クラストさんは、司令部から私が食い止めていたことと、読心できることを聞いていたようだった。

AFOに聞かれることが無いように、思考を向けることで意思を伝達してきていた。

オールマイトをどうして欲しいのかまでは思考としては向けてこなかったけど、何を考えてそう言ったのかはすぐに分かった。

少なくとも、攻撃の余波が届かない所まで、オールマイトの身体を避難させること。

それまでの時間を稼ぐと、クラストさんは言ってくれていた。

 

『分かりましたっ!!避難させたらすぐに戻ってきますっ!!』

 

私がテレパスで返すと、クラストさんはニヤリと笑って大きく口を開いた。

 

「この程度かAFOっ!!憎しみに囚われた哀れな男よっ!!」

 

「くく……煽るじゃないか。まあいい。その挑発に乗ってあげるとしよう」

 

クラストさんがAFOを煽って、AFOの気を引いてくれる。

それを受けたAFOがさらに光線の出力を上げていた。

その様子を尻目に、私は後方に倒れ伏しているオールマイトの所へ走った。

 

 

 

息絶えたオールマイトの身体は、とても見れた状態じゃなかった。

纏っていた機械は砕け散って、全身から夥しい量の出血をした痕跡があって、骨も、折れたり砕けたりしていない所を探す方が難しかった。

心臓が止まってなお、弱弱しく流れ続ける血が、その悲惨さを物語っていた。

だけど、オールマイトは、想定以上にうまく立ち回って、AFOの足止めをしてくれていたようだった。

だって、欠損している部位が一つもない。

纏う機械を砕かれても、骨を折られても、それでもなお、私が来るまでの間、ただ一人で、無個性のオールマイトが、AFOを……魔王を足止めしていた。

その事実に、驚愕せずにはいられなかった。

 

なにも事前情報もなくオールマイトのこの姿を見てしまっていたら、絶望してしまっていたかもしれない。

だけど、まだ蘇生の可能性はある。

一応、治崎から蘇生の条件は聞いている。

死んでから時間が経ち過ぎていないことと、身体の大半が消失しているなんていう状況にないこと。

それが、蘇生の条件だと言っていた。

なんでも、死んでから時間が経ってしまうと、分解、修復しても何故かうまくいかないらしい。

身体をもとの形に戻すことはできても、なぜか心臓が動き出してくれないと言っていた。

時間が経つことによって、修復しても治しきれない何かの要素があるのだろうか。

でも、とにかく時間との勝負だって言っていた。

だから、死体を放置して、決戦が終わってから蘇生するのは恐らく無理だろうというのが、治崎の見解だった。

だから、作戦は治崎をワープゲートでこの地点まで連れてくること。

そして、治崎が蘇生をしている間に、AFOは物間くんの抹消で個性を消してけりをつける。

それが、作戦の概要だった。

 

元々は、エンデヴァーたちの所に、物間くんが隙を見てワープして、抹消で個性を消すことでAFOをどうにかする作戦だった。

だけど、私がヒミコちゃんにトゥワイスへの変身を許したこと、ワープゲートでそれが大量に他の戦地に飛ばされたことが悪影響を与えた。

それに加えて、そもそも物間くんが抹消の扱いが未熟で先生には劣ってしまうこと、マニュアルさんのようなサポートをAFOが暴れる戦場では受けられないこと、物間くんがワープしてから抹消を使うまでタイムラグが出来てしまうこと、相澤先生と離れた物間くんは5分しか抹消が使えないこと、物間くんがサーチに登録されていることがネックとなって、大きな隙が出来なければそもそも呼ぶことすらも難しいと当初から言われてはいた。

だから、それが出来なかったのは仕方がない。

多分、ナイトアイの予知でもそう変わらない結果になっていて、変えようと動いたけどどうにもできなかったということなんだろうし。

だからこそ、ここでどうにかするしかなくなってしまった。

この後も、物間くん頼りの作戦になってしまうから、早く目を覚まして合流してくれることを祈るしかない。

 

そう考えながら、オールマイトを余波を受けにくい離れた位置まで運んだ。

見てるとは思うけど、一応位置情報を司令部の方に伝えておく。

これを伝えておかないと、物間くんが目を覚ましてもすぐに治崎が蘇生を始めることが出来ない。

そして、それを伝え終わってすぐにAFOの方に踵を返した。

 

 

 

「どうした?もう終わりか?」

 

AFOが、両手から光線を繰り出してクラストさんの盾を粉々に砕いていた。

それに対して、クラストさんはさらに追加で盾を生成しているけど、それを即座に砕かれていく。

私がオールマイトを運んでいる間にもその流れを何度も何度も繰り返していて、既にクラストさんはボロボロになってしまっていた。

 

「まだ、終わりじゃないさっ!!」

 

クラストさんが片腕の盾を砕かれながら、もう片方の盾をAFOに投げつける。

AFOはそれを軽くあしらうようにして砕いてしまう。

そのタイミングで、波動の噴出で爆発的な加速をかけて、一気にAFOの側面に回り込んだ。

 

「波動弾っ!!!」

 

「戻ってきたか。だが、その程度では傷一つつかないよ。それで、オールマイトの遺体を運んでどうするつもりだい?」

 

軽く衝撃波を放つだけで、大量の波動を練り上げて作った巨大な波動弾を、いとも簡単に打ち消してくる。

その動作をしながらの癖に、AFOはニヤニヤとおぞましい笑みを浮かべていた。

オールマイトに対する憎悪が濃すぎて、見ているだけで吐き気が凄まじい。

だけど、そんなことを気にしている余裕なんてなかった。

AFOは、光線と衝撃波だけで、私とクラストさんを軽くあしらい続けている癖に、憎悪のせいなのかオールマイトの遺体を損壊させようとしていた。

 

「リオルっ!!」

 

『ありがとうございますっ!!』

 

AFOが衝撃波を放ってくるのに合わせて、クラストさんが盾を私の前に投げ入れてくれる。

これの強度はさっき見せてもらった。

この衝撃波なら、この盾は砕けない。

それを認識しているからこそ、衝撃波で盾が吹き飛ばされないように、反対側から波動の噴出で盾に体当たりを加えて衝撃波をやり過ごした。

 

AFOを観察しながら、遠距離攻撃をし続ける。

波動弾、真空波、小規模な波動の光線。

それらを織り交ぜながら跳びまわって攻撃し続けるけど、悉くあしらわれてしまう。

それに織り交ぜるように、クラストさんが盾を投げて牽制してくれる。

それに対するAFOの反撃は、オールマイトの身体を狙われない限りは私も、クラストさんも、防御か回避に徹していた。

だって、時間さえ稼げば自然消滅してくれるなら、時間稼ぎすればいいだけだ。

私とクラストさんによる遅滞戦闘に、AFOは既に苛立ってきていた。

逃げて雄英の方に向かえばいいのに、向かおうともしない。

ここでオールマイトを無視して逃げられた方が、こっちの選択肢がないのにだ。

一応、私の波動の嵐で追撃はかけられるし、足を止めざるを得ないとは思う。

だけど、確実性に欠ける。

だから逃げられたら困るのに、それをしないのが本当に理解できなかった。

 

 

 

そして、そんなタイミングで、オールマイトの近くと、ここから少し離れたところにワープゲートが開いた。

私がそれを認識するのと同時に、AFOもそれを認識していた。

ワープゲートの中から物間くんが出てくるのを、サーチで完全に見られていた。

 

AFOは冷たい眼光でそちらを射抜くように見据えると、物間くんがゲートから出切る前に、そっちに向かって、ここまでの遅滞戦闘で一切見せなかった高速移動のような何かで移動を始めた。

 

「物間くん逃げてっ!!!」

 

「なに……―――」

 

叫んだ時には、もう遅かった。

リスクとして認識していた、最も恐れていた行動をされていた。

物間くんの前方で、宙に浮いたAFOが、手をかざしていた。

私ももう動き出しているけど、ここからじゃ間に合わない。

物間くんは、ワープゲートから抹消に切り替えようとしているけど、明らかに間に合っていなかった。

 

「既に見せたワープゲートと容易に想像がつく抹消の合わせ技とは、随分と舐めた真似をしてくれるじゃないか。その油断の報い、思う存分味わいたまえ」

 

その言葉と共に、AFOの手が一際強く輝き、物間くんもあまりのまぶしさに思わず目を瞑ってしまっていた。

 

「ファントムシーフっ!!!」

 

光線が放たれた瞬間に、物間くんとAFOの間に、盾の生成すら間に合っていないクラストさんが、身体を滑り込ませた。

僅かに生成されていた盾を器用に使って、最低限のダメージは軽減しているけど、AFOの光線は防ぎきれていなかった。

夥しい量の血をまき散らしながら、凄まじい轟音とともに、クラストさんが吹き飛んでいく。

 

その一瞬の間に、私は物間くんを抱き上げて一気に射線から外れた。

勢いを重視したせいで着地がうまくいかなくて、物間くんを庇いつつ転がってしまう。

途中で物間くんと離れてしまったけど、AFOの攻撃からは逃れていた。

 

「抹消使ってっ!!!早くっ!!!」

 

「あ、ああっ!!」

 

物間くんの髪が少し逆立って、AFOをその視界に収める。

これで、個性は使えない。

巻き戻しも抹消を使っている間は止まるだろうけど、それでも、無個性のAFO相手なら、いくらでも取れる方法は―――

 

 

 

なんだ、その手に持ってるもの、なんだ、その思考……

いつそんなものを……まさか高速移動しながら!?

まずいっ!!!

 

波動の噴出で物間くんとAFOの間に飛び込んでいく。

 

それと同時に銃声が響いて、脇腹に焼けるような痛みを感じた。



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無力

「波動っ!!?」

 

腹部の激痛を感じながら、勢いのままに地面に倒れ込んでしまう。

物間くんが叫んでいるけど、それに答えることすらできなかった。

いつもと違う、味わったこともないような静けさに、支配されていた。

自分の周囲の見えていたもの……見たくなくても見え続けてしまっていたものが、何も見えない。

思考も、何も見えない。何も、聞こえなかった。

自分の波動すらも、見えなくなっていた。

その事実に愕然として、動くことができなかった。

 

そんな様子を嘲笑うかのように、AFOが口を開いた。

 

「ああ、そうだろうなぁ。オールマイトが死に、クラストは重傷だ。君のさっきまでの様子からして、周囲に近づいてくるヒーローもいないんだろう?ワープゲートで呼び寄せるという千載一遇のチャンスも不意にした。そんな状況で抹消とワープゲートが消えれば勝ち目などない。そうするしかないよなぁ」

 

AFOが、ゆっくりと近づいてくる気配を感じる。

いつもなら、どこにいるのかも、何をしようとしているのかも、手に取るように分かるのに、何も分からない。

さっきの銃弾が個性消失弾だったのは、言うまでもなかった。

打たれた脇腹を抑えながら、なんとか起き上がってAFOを見据える。

 

「だが、瞬きもできず個性を切り替えることもできない木偶の坊と、無個性の小娘の2人で、どうやって僕に勝つつもりかな?」

 

ニヤニヤと笑いながら、AFOが問いかけてくる。

その余裕の笑みが、AFO自身の心情を物語っていた。

 

「コピーの制限時間は5分だったかな?どのみち、抹消を使われている間は巻き戻しも止まるんだ。その間、ここまで裏をかいてくれた、お礼をしないといけないね」

 

「……っ……波動っ……!!僕の後ろにっ!!」

 

「……私は大丈夫だからっ……物間くんは、AFOを見続けてっ……!」

 

AFOの言葉を聞いて即座に移動した物間くんが、私を庇うようにしながら前に出る。

だけど、ダメだ。

今この場で物間くんに攻撃を加えられるのは、そのまま敗北に直結する。

抹消が切れたら、AFOは私と物間くんなんて気にしなくなるだろう。

オールマイトの蘇生が間に合ったとしても、さっき同じような条件でAFOに負けてしまっている。

一応治崎もいるけど、どこまで戦ってくれるか分からないし、オールマイトと治崎が力を合わせたところで、全盛期のAFOに勝てるとは思えない。

そもそも、治崎は分解と修復が出来るだけであって、それを使って自分の身体を大きくしたり、いろいろ飛ばしたりできるけど、いくら自己再生ができても、さっきのAFOの動きからして敵うとは思えなかった。

だから、治療にどれくらい時間がかかるかは分からないけど、ここを通すわけにはいかない。

治崎だけでもこっちに来たら、何か変わる可能性はあるけど、それは賭けでしかないと思う。

多分、それを認識した瞬間、AFOは今みたいなゆったりした舐め腐った動きじゃなくなる。

そうなった時に、物間くんが相澤先生のように抹消をAFOに使い続けられると思えない。

インカムは、さっきの衝撃でどこかにいってしまったみたいで、司令部に連絡を取ることもできない。

 

とにかく、物間くんが瞬きするような状況になるのは、絶対にダメだ。

殴られるのはもちろんそうだし、視線がAFOから外れる可能性があるから、物間くん自身が攻撃を加えるのもダメだ。

 

「物間くんは……抹消で見続けながら……司令部に報告して……何か、手を……考えて欲しいって……私が……それまで、食い止めるから……」

 

「その傷で何言ってるんだ……!?僕のせいでこうなったんだぞっ!?それをっ……!!」

 

「他に手がないから、お願いね……物間くん……」

 

もう八方塞がりみたいな状況だけど、AFOは放置できない。

他に戦える人もいない。

私が、やらないとダメだ。

そう思って、腹部の痛みに耐えながら、物間くんの前に出た。

 

 

 

「オールフォーワンっ!!」

 

AFOに、正面から殴りかかる。

今の状況で回り込んだりとかの器用なことをできる余裕もなかったし、したところで裏をかけるとは思えなかった。

 

「おいおい、個性すらない非力な小娘のそんな攻撃で、僕をどうにか出来ると思っているのか?」

 

殴りかかった拳を、AFOは難なく手で受け止めてくる。

それどころか、私の手をそのまま掴んで逃げられなくして、さっき銃で撃たれた傷の箇所を、思いっきり殴られた。

 

「っ……!?」

 

凄まじい激痛で息が詰まると同時に、悶えて動けなくなってしまう。

そんな隙を見逃してもらえるはずもなく、私の手を離したAFOは、動けない私に向かって、さらに拳を振り抜いてきた。

 

傷口には当たらなかったけど、お腹を直撃したその拳で、私の身体は宙を舞った。

受け身を取ることすらできずに、そのまま地面を転がされてしまう。

それと同時に、こみ上げるような感覚を覚えて、止まると同時にせき込んでしまった。

 

「ゲホッ……ゴホッ……」

 

口の中に血の味が広がっている。

口の中を切ったとか、そういうわけじゃないと思う。

肺がやられたとも思えないから、喀血とかじゃなくて、吐血だと思う。

多分、さっきの銃撃と、今殴られたので、内臓をやられた。

だけど、止まるわけにはいかない。

せめて、オールマイトと治崎がここに来るまでの時間を稼がないと……

口元の血を手で拭いながら、激痛に耐えつつまた立ち上がる。

 

「随分頑張るじゃないか。さっきの希望を持つ感じからして、オールマイトの遺体に何かしているんだろう?その仕掛けはあと数分でここに助けを呼べるほどの物なのかな?」

 

「そっちは、随分、おしゃべりだね……」

 

「抹消がある間は何を出来るわけでもないからね。精々、いたぶって憂さ晴らしするくらいしかできることがない。とはいえ、僕にとってはボーナスタイムのようなものさ。たった5分とはいっても、楽しまなければ損だろう?」

 

「……本当に、悪辣な男……」

 

ニヤニヤと笑いながらにじり寄ってくるAFOに、吐き捨てるように言葉を返す。

そんなタイミングで、司令部への通信が終わったらしい物間くんが、大声を張り上げた。

 

「女をいたぶるような悪趣味なことしてないでっ!僕の方に来いよっ!!僕を狙えば抹消もどうにかできるんだぞっ!!」

 

「別にどっちを狙おうが僕の自由だろう?瞬きが怖くて攻撃も、庇うこともできない役立たずを狙う必要性を感じないね。それとも、抹消をやめて増援でも呼んでみるかい?僕はそれでもいいよ。さっきのように誰かが君を庇ってくれるといいね」

 

本当に、悪辣な男だ。

読心はできなくても、物間くんの心を踏みにじるような行為をして愉悦を楽しんでいるのが、容易に想像できた。

だけど、ここで私が逃げたら、AFOは拍子抜けして物間くんの方に行くだけなのは目に見えている。

物間くんが通信が終わってるのに自分の方に誘導しようとしていたから、多分すぐ近くに増援に来ることができるような人はいなかったってことだろうし、治崎もすぐに来れるわけじゃないってことなんだろう。

そんな状況なせいもあって、私を見据えて歩いてくるAFOに、正面から向かって行くくらいしか、手が無かった。

 

 

 

「イレイザーヘッドの巻き戻しと、抹消とワープゲートの併用による奇襲。その作戦は悪くないが、詰めが甘すぎたね。巻き戻しの使い方は、僕の方が上手だったようだ。だからこうして痛い目を見る」

 

AFOに、首を掴まれて持ち上げられた。

激痛に苛まれながら立ち向かうことなんて、できなかった。

何度も殴り飛ばされて、蹴り飛ばされて、起き上がれなくなってしまったところで、捕まってしまっていた。

 

「……もう、すぐ……おーる、まいとが……」

 

「希望はそれか。蘇生の手段となると……オーバーホールかな?だが、それにしては随分とてこずっているようじゃないか。裏切られたんじゃないかい?」

 

「それ、は……ない……」

 

AFOが煽ってくるけど、それはないと信じるしかない。

死を防ぐことが出来なかった時点で、治崎を信じるしかなくなったんだから。

私が絞り出すように反論すると、AFOはニヤニヤと楽しそうに嘲笑っていた。

 

「まあいい。君がこの先を見ることはないんだからね。精々オールマイトを絶望させる材料になってくれよ」

 

「波動っ!!!」

 

AFOが首を締めながら、腕を振りかぶってくる。

それを見た物間くんが、目を閉じないように必死で開き続けながら、こっちに走ってきてくれていた。

物間くん、多分自分を責めちゃうよなぁなんて思いながら、せめてもの抵抗にAFOの腕をつかむ。

当然そんなことでどうにかなるわけもなくて、AFOは私の頭目掛けて拳を振り始めていた。

思わず目を閉じてしまって、その衝撃を覚悟してしまう。

 

 

 

それなのに、いつまでたっても衝撃は襲ってこなかった。

不思議に思って目を開けると、そこには、鋭い石片をAFOの背中に突き刺すヒミコちゃんがいた。

 

「私のお友達に、何してくれてるんですか」

 

「裏切ったのは分かっていたが……本当にいいのかい?君は好きに生きたかったんだろう?」

 

AFOは、私を投げ捨てながらヒミコちゃんを振り払って、ヒミコちゃんの方を向いた。

投げられるままに転がされてしまう私に、物間くんが駆け寄ってくる。

そんな中、私の方を見ながら、ヒミコちゃんが言葉を続けた。

 

「私、燈矢くんや弔くんは結構好きですけど、あなたのこと、好きじゃないんですよ。あなたに協力した結果支配されるなら、お友達が……瑠璃ちゃんがいる世界の方がいいです」

 

「ほう、好きじゃない。好きじゃないと来たか。これでも、君は優遇しているつもりだったんだけどね」

 

「本気ですか?スピナーくんをおかしくして、燈矢くんを弄んで、弔くんを乗っ取ろうとしてますよね。私が好きになる要素、どこにあると思ってるんですか?」

 

「なるほど、それは否定できないね」

 

AFOは、顎に手を当てながら考え込むような動作をする。

そんな様子を眺めながら、ヒミコちゃんは腰につけたままだった血の保管バッグから血を取り出して、口に流し込んだ。

AFOは、その様子を静かに眺めていた。

多分、今の抹消を使われた状態だと、ミスディレクションに対抗できないから無駄なことをしていないだけだろうけど。

その間に、物間くんはインカムから何かを言われていたみたいで、AFOを見据えたまま私を抱き上げて、大急ぎでヒミコちゃんから距離を取り始めた。

 

「ヒーローは嫌いだけど、私の大切なお友達を傷付ける人はもっと嫌いです」

 

そう言いながら、ヒミコちゃんは荼毘に変身して、蒼炎を周囲にまき散らし始めた。



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個性

「ひみこ……ちゃん……」

 

「……あいつは、信用できるのか?」

 

「……ん……今は、個性……使えないけど……ヒミコちゃんがAFOのこと、好きじゃないって……いうのが本当なのは……さっき確認してる……」

 

「……そうか」

 

物間くんがAFOを見続けながら静かに問いかけてくる。

少なくとも、ヒミコちゃんの私に対する思考に嘘はなかったし、AFOが好きじゃないって言うのも嘘じゃなかった。

だから、信用はできると思う。

ヒミコちゃんは、荼毘に変身して蒼炎でAFOに攻撃を仕掛けている。

相変わらず自分が火傷しない程度の炎に調整はしているみたいだから決定打にはなってないけど、それでも、ヒミコちゃんのミスディレクションと蒼炎の合わせ技は、AFOを翻弄していた。

でも、だからこそ決め手に欠ける……というよりも、AFOがうまく立ち回っていた。

個性は使えないはずなのに、最低限のダメージになるように立ち回り続けている。

もちろん火傷も切り傷もどんどん増えていってはいるけど、その範囲が最低限になるように立ち回っていた。

ヒミコちゃんはミスディレクションを使っているはずなのに、AFOは、大まかな位置だけみたいだけど、その姿を捉えていた。

蒼炎を出すタイミングとか、蒼炎による自傷や変身による個性の使用の反動によるダメージとかで、ミスディレクションが綻んでる?

それを見極められるAFOがどうかしてると思わざるを得ない。

もしかしたら、全盛期のオールマイトと戦い続けてきた戦闘の勘みたいなものがあるのかもしれない。

傷だらけになっていってるはずなのに、AFOは、余裕の表情を浮かべていた。

 

「相手にしてみると厄介なものだね、ミスディレクションは。個性だったらもらってしまいたい所だったが、個性じゃないのが非常に残念だ」

 

「……っ……なんで見えてるんですか。個性使えてないのに」

 

「さぁ、なぜだろうね……そうだな、裏切ったというなら、変身の個性をもらってしまってもいいかもしれない。あれは何かと役に立つからね」

 

「あげるわけ、ないじゃないですかっ!!」

 

AFOに対して、ヒミコちゃんがヒット&アウェイで石片の武器を振りかざし、さらに蒼炎を放っていく。

AFOは、それを受けながら笑っている。

何が楽しいんだ、自分が傷つけられているのに。

 

「物間くん……治崎は……」

 

「さっき通信した時に、少し時間がかかると言われてしまった。今の状況だと、普通に蘇生するだけでは意味がないからってさ」

 

「……そっか……」

 

それじゃあ、治崎も、オールマイトもここにはまだ来れないということか。

クラストさんは動く様子が見えないから、死んではいないとは思うけど意識はないってことだろう。

まずい、かな。

そろそろ物間くんの抹消が、切れてしまう。

そうなったら、ヒミコちゃんしか戦える人がいない。

そして、ヒミコちゃんだけだと個性が使えるAFOに対抗するのは困難だ。

どうすればいい……どうすれば……

 

「自分の火傷なんて気にしている余裕があるのかい?燈矢くんのように、最大火力を使えばいいじゃないか」

 

「……そうですね」

 

AFOが嘲笑うようにヒミコちゃんを煽る。

それを受けたヒミコちゃんも、何も間違ったことは言っていないと思ったのか、火力を上げ始めた。

ヒミコちゃん自身の身体も、AFOの身体も、火傷が広がっていく。

徐々に、地面に広がる蒼炎も、AFOに向かっていく蒼炎も、熱量と規模が、大きくなっていた。

 

その様子を見ながら、物間くんに声をかける。

 

「物間くん……抹消……あと何秒……?」

 

「……30秒も持たない」

 

「じゃあ……事前にオールマイトたちと……緊急事態のために想定してた動きをして……」

 

「……君はどうするつもりだ」

 

「説明する時間がない……お願いね……」

 

物間くんに、この後の動きを指示して、私自身はそのまま痛む身体を引きずるようにして、AFOに向かって走り出した。

後ろから物間くんが呼んでくる声が聞こえるけど、本当に時間がない。

AFOが個性を使えるようになったら、裏切ったヒミコちゃんは粛清される。

そんなの、許せるはずがない。

個性が無くても、出来ることはある。

物間くんは、オールマイトたちと抹消の時間内でAFOを倒しきれなかった場合の対処も話していたはず。

だから、それに基づいて動いてもらうのが一番だった。

そして、それを為すためにも、私のために味方だったはずのAFOと戦うことを選んでくれたヒミコちゃんのためにも、私自身も、出来ることをするべきだ。

 

 

 

「赫灼熱拳―――」

 

「ほう?それを使えるのかい?なかなかの習熟度じゃないか。だが、そろそろタイムリミットのはずだ。それまでに焼き尽くせるかな?」

 

ヒミコちゃんが腕に炎を集中させるのを見ながら、私は、AFOに突っ込んだ。

そのままジャンプして、AFOの顔目掛けて拳を振り抜く。

その拳に対して、AFOは手を差し込んで防いできた。

だけど、これで一瞬の隙はできた。

 

「ヒミコちゃんっ!!!」

 

私が合図するように声を挙げると、ヒミコちゃんは血を収納しているボックスから空容器と見間違うほど少量の血しか残っていない入れ物を出して、開いた口に血を流し込んだ。

 

それと同時に、凄まじい勢いでトゥワイスが増殖し始めた。

ヒミコちゃんは、さっきは抹消の視界を塞ぐのを嫌がってトゥワイスじゃなくて荼毘を選択したみたいだけど、今度は、躊躇なくトゥワイスを選んでくれていた。

 

「仁くん―――力、借りるよ。友達を助ける、力を」

 

「なるほど。そう来るか。だが―――」

 

トゥワイスと荼毘が山のようになってAFOに迫った瞬間、周囲を凄まじい衝撃波が襲った。

私も当然のように吹き飛ばされたし、山になっていたトゥワイスも、一気に吹き飛ばされた。

まだ増殖は続けているけど、近づいているものは一気に消し飛ばされてしまっていた。

 

「どうやらタイムアップのようだ。さぁ、蹂躙を始めようか」

 

傷と火傷だらけで、重症と言っていいような状態だったAFOの傷が一瞬で塞がって、両手から光を放ち始めていた。

ヒミコちゃんも、本人はある程度の距離に避難しつつ、凄まじい勢いで増殖し続けていく。

多分、もうサーチにヒミコちゃんを登録しただろうから場所はバレるだろうけど、距離がある方が回避行動を取りやすいのは確かだった。

 

物間くんが、今増援で来ることが出来る人の位置を、司令部に確認してやり取りしてくれている。

ワープゲートで増援が来るまで、この増殖で乗り切れればいい。

実際、今二倍で増えたトゥワイスの山がAFOに群がって、殴りかかって、押しつぶそうとしている。

その中に荼毘も交ざって、複製諸共自分たちを焼きながら、蒼い炎を立ち昇らせている。

トゥワイスの血が1滴くらいしかなかったはずだから、1分も持たないと思うけど、この猛攻なら、猶予は増えて―――

 

「煩わしいっ!!」

 

両手で、雷のようなエネルギーを練り上げたAFOは、片手を地面に、もう片手を、ヒミコちゃんの方に向けた。

そして、轟音が鳴り響くとともに、AFOの周囲一帯を薙ぎ払いつつ、ヒミコちゃんの周囲で増殖し続けるトゥワイスを、一瞬で消し飛ばした。

ヒミコちゃんにも、その衝撃波は襲い掛かっていた。

それで、変身が解けてしまったみたいだった。

増殖は、止まってしまっていた。

 

「裏切り者には、粛清をしなければいけないね」

 

私も、衝撃の余波で物間くんの近くまで吹き飛ばされてしまっていた。

AFOは、そんな私と物間くんなんか気にすることなく、ヒミコちゃんの方に飛んでいってしまう。

それに気が付いて、すぐに物間くんに向かって声をあげた。

 

「物間くんっ!!ワープゲートはっ!!?このままじゃヒミコちゃんがっ!!」

 

「ちょっと待てっ!!今指示された座標の位置にゲートを出そうとしてるところだっ!!」

 

物間くんも、焦ったような表情でどうにかしようとしてくれていた。

ワープゲートは、遠方の任意の場所に出すためには、正確な位置座標を知っている必要がある。

だから、私たちは決戦前に決まった位置で待機して動かなかった。

その個性の使い方しか出来ないことが、今、完全に仇となっていた。

 

 

 

物間くんのワープゲートは、間に合わない可能性が高い。

これを待っていたら、ヒミコちゃんが殺される。

仮に物間くんがすぐにワープゲートを出せたとしても、ヒミコちゃんを守るために目の前に出しても軸をずらされて終わり。

増援を呼んでもくぐってきた誰かがすぐに状況を理解できるとは限らない。

オールマイトも、治崎も、まだ来る様子はない。

このままじゃ、私のために怒って、私のために戦ってくれたヒミコちゃんが、殺されてしまう。

 

私がどうにかしないと、私が、何とかしないと、ヒミコちゃんが死んじゃう。

友達が死んじゃう。それだけはダメだ。それだけは、許しちゃいけない。

どうにかしないと……!

考えろ。考え―――

 

『例えばだが、気は万人の身体に宿っているもので、武術の達人とかになるとその気を利用してくるわけだ。だが、気はそいつにとっての個性なのか?』

 

『確かに瑠璃ちゃんの波動の操作は自分の波動だけだし、個性っていうよりもそういう解釈の方が当てはまるのかな?』

 

『逆に質問!あなたの個性、どうやってあの動きをしてるの?波動の感知と読心だけだとあの動きは無理よね?』

 

『職場体験の後から使っているその技術も凄いが、最初から使っていた身体強化も充分凄かったと私は思うぞ。初心を忘れないことだ』

 

『だけどね、自身の波動の譲渡だ。リスクがあるってことは自分でも分かってるんだろう?』

 

必死に考えている中で、ミルコさん、お姉ちゃん、ラグドールさん、オールマイト、リカバリーガールといった、今まで、私に色々教えてくれた師匠や先生の声が、頭を過った気がした。

そっか……私、なんで、すぐに気付けなかったんだ。

 

もう、個性みたいに使うのが当たり前になりすぎて、忘れかけていた。

私の個性は、波動の感知であって、波動の操作じゃない。

個性が使えなくなって、波動は見えなくなっちゃったけど、私自身の波動は、なくなったわけじゃない。

初心を、忘れかけてたんだ。

私自身が力を持ったことで、波動が枯渇することがほぼなくなったことで、それがどういう力かを忘れかけていた。

そのせいで、個性が使えないなら、波動も使えないんだって、無意識に考えてしまった。

でも、そうじゃない。

 

たとえ見えなかったとしても、たとえ、感じ取ることが出来なかったとしても―――

 

波動はいつも、そこにあるんだから。



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波動の勇者

いつもの感覚で、波動の操作をしていく。

見えないけど、これでできていないわけがない。

何百回と繰り返した動作だ。

いつもなら圧縮できていると思えるような流れをしたところで、波動を噴出する。

それに合わせて、身体はいつも通り、一気に前方に吹き飛んだ。

やっぱり、見えなくても使うことはできる。

自分の波動も見えないから、感覚で量を調整するしかないけど、それでも、波動を使った戦闘はできると思えた。

 

そして、血まみれのヒミコちゃんに向かって手をかざすAFOに、飛び掛かった。

その手は、キィイイという音を発していて、何かの力が収束しているのが分かる。

今、AFOが私に気付いている様子はない。

多分、私と物間くんが役立たずになったと見て、サーチを使ってない。

だから、この一撃は奇襲になる。

だけど、AFOを一撃でどうにかできるとは思えない。

出来るとしたら、腕を逸らすくらいだ。

 

そう考えて、AFOの手に向かって、全力で発勁を放った。

 

「ヒミコちゃんに、手を出すなぁっ!!!」

 

「……なに?」

 

AFOの手が、私の発勁で弾かれてあらぬ方向を向く。

それと同時に手から光線が照射されて、凄まじい轟音を立てて誰もいない廃墟を破壊し尽くしていた。

 

AFOは、静かに私を見据えていた。

この距離にいること、それ自体がリスクだから、ヒミコちゃんを背にするようにしながら距離を取った。

 

「……確かに個性消失弾が当たったはずだ。個性因子も、損壊しているのを確認した。どういうカラクリだ?」

 

「さぁ……どういうカラクリだろうね……」

 

AFOを見据えながら、両手で波動弾を練り上げる。

自分の波動を感じることが出来ないから感覚でしかないけど、多分、波動が増えたりはしてない。

放出される量からして、通常時の私の波動しかないと思う。

だから、そこまで無理はできない。

それでも、抗うしかない。

 

「まあいい。戦えるというなら、君から蹂躙するだけだ」

 

そう言って、AFOが手をかざしてくる。

ヒミコちゃんが後ろにいるから、避けちゃいけない。

攻撃に転じても、止められるとも思えない。

波動を練り上げられるだけ練り上げて、盾にするしかないか。

そんなことを考えている間にAFOは準備を終えたようで、その手から、光線が放たれた。

 

迫ってくる光線に、波動弾をかざす。

守り切れるとは思えないけど、少しでも威力を減衰したい。

目の前に、極大の光線が、渦巻いて、周囲に暴風をまき散らしながら迫ってくる。

覚悟を決めて波動弾に波動を注ぎ続けて、少しずつ巨大になってきた波動弾は、なんとか身体を覆える程度になってきていた。

 

 

 

波動弾に光線がぶつかる。

そう思ったところで、目の前にワープゲートが開いた。

 

「波動っ!!遅くなったっ!!!」

 

物間くんの声が辺りに響く。

目の前に開いたワープゲートは、AFOの光線を完全に飲み込んでいた。

AFOは光線を出すのをやめて、物間くんを静かに見据えている。

 

そして、そんなAFOの背後から、AFOの光線には劣るけど、巨大なビームが放たれた。

 

「波動さんっ!!!」

 

青山くんが、ナインに放っていた極大のビームを、AFOに照射していた。

ナインの時には肩とかから放たれた小規模なビームも正面に飛ばしていたのに、それらは上空に飛ばしているけど、大元の巨大な光線は、AFOに放たれていた。

AFOを襲う巨大なビームに対して、AFOはそっち側に手をかざして衝撃波を盾のように放ち続けて相殺することで対応している。

 

「……恩知らずが……僕の前にまた来るとはね。わざわざ粛清されに来たのかな?」

 

「違うっ!!!僕はっ、僕を救ってくれた人をっ!!!僕に希望を見せてくれた人をっ!!!救けに来ただけだっ!!!AFOっ!!!お前なんかにっ!!!僕の大切な人をっ!!!殺させたりしないっ!!!」

 

「愚かな……情に絆されて情勢すら見えないとは」

 

青山くんが、すごく真剣な表情で、AFOに啖呵を切っていた。

そんな青山くんを、AFOはゴミを見るような目で見据える。

青山くんは、いつもならもうお腹が痛くなっているくらい時間は経っているけど、それでも、ビームを放ち続けていた。

 

「この程度の攻撃で、僕を止められると思われているとは……舐められたものだ。僕がいらないと判断した個性だけで、抗えるなどと思わないことだね」

 

AFOが、衝撃波でビームを防いでいるのとは別の手をAFOにかざす。

AFOの手に、また光線を放つための光が、集まり始めていた。

そして、光線が放たれた。

青山くんのビームが、一瞬で押し返されていく。

 

そのビームが青山くんに到達しそうになったところで、今度は、上空からとてつもない熱量を伴った光線が、照射された。

なんで熱量があるって分かったかというと、照射されたAFOの腕が、黒く焼け焦げていたからだ。

すぐに再生されているとはいっても、それはAFOの腕を焼き続けていた。

 

「……透明化……?どういう使い方をしているのか知らないが……羽虫どもが……鬱陶しいっ!!!」

 

「あれっ!!?なんかバレてるっ!!?」

 

「サーチ持ってるんだよっ!!ほら、早く移動するよっ!!!」

 

上空には、浮いた状態の透ちゃんとお茶子ちゃん、響香ちゃん、梅雨ちゃんがいた。

透ちゃんの、新必殺技の光学兵器に、青山くんが上空に放っていたネビルレーザーを組み合わせて、あの光線を放っていたようだった。

AFO自身は、上空に光線を放つことで透ちゃんの攻撃を打ち消したみたいだけど、透ちゃんたちはちゃんと避けていた。

全員無重力の状態で、響香ちゃんの音の衝撃波で移動して、掴めるところが近づいたら梅雨ちゃんの舌でさらにそっちに移動するという手段を取っているみたいだった。

 

「こいつは避難させとくっ!!波動も下がれっ!!!」

 

物間くんが、私の背後から声を掛けてくれる。

ヒミコちゃんをワープゲートで避難させてくれたみたいだった。

そして、先行してきた青山くんや透ちゃん以外にも、ワープゲートから、ぽつぽつと人が出てきていた。

多分、AFOに個性を取られないで戦えるヒーローだけ、呼び寄せた感じかな。

個性を取られたら、要救助者になりかねないし。

でも、増援は沢山来てくれた。

これで、時間稼ぎもやりやすくなる。

 

 

 

そこまで考えたところで、再びゴミを見るような目をしたAFOが、周囲に集まってくるヒーローたちを見据えていた。

 

「有象無象が集まったところで、どうにかなるとでも思っているのか。鬱陶しい。ただただ煩わしい。小さな光に集る羽虫どもめ……だけど、時間もない。君たちを相手にしている暇はないんだ。だから、一撃で―――」

 

AFOが、上空に飛び上がっていく。

上空からの広範囲攻撃で一掃しようとしているのは、明らかだった。

消される。

直感で、そう感じた。

これをどうにかしないと、透ちゃんも、青山くんも、物間くんも、お茶子ちゃんたちも、皆、皆消される。

青山くんや透ちゃんも、何かをしようとしているのを察してビームとかで攻撃してくれている。

だけど、AFOはそれを全く意に介していなかった。

攻撃が当たった側から、すぐに巻き戻しで無傷に戻っていた。

 

AFOが、さっきまでとは比較にならないほどの光を、その手に収束させていた。

多分、ここでこの攻撃をどうにか出来る人はいない。

物間くんがワープゲートを使ってさっきみたいにどこかに光線を飛ばそうとしても、軸をずらされたらそれだけで終わりだ。

さっきのは、あくまで増援が気を逸らしてくれたから成功しただけの話。

一応、物間くんの仕掛けがまだ残ってるから、それで少しの間はしのぐことが出来るけど、あくまで数秒だ。

墜落もすると思うけど、それで殺しきれる可能性はゼロに等しいと思う。

追撃をしようにも、今から周囲にそのことを伝達しようものなら、AFOに対策を練られる。

そして、隠しダネを使っても、それが切れた瞬間に同じ結果になるだけでしかない。

それなら、この後の攻撃は、どうにかして防いで、次に繋げないといけない。

 

 

 

……一応、私自身が取れる手はある。

可能性はゼロじゃない。

だけど、リスクが大きい。感知も出来ないから、確実性もない。

でも、ただの時間稼ぎにしかならないとしても、その後どうにか出来るか分からないとしても、やらないとダメなのは分かった。

 

波動をどんどん圧縮していく。

勝負は一瞬だ。

跳ぶ前に気付かれたら終わる。

あそこから突き落とすだけの力も必要だから、その波動も練り上げていく。

 

「物間くん……あれを……私を守るために使ったりしないでね……」

 

「は?おいっ!?波動っ!?どういうことだっ!?」

 

物間くんが問いかけてくるのを無視して、地面を蹴って、一気に跳ね上がった。

結構な量を圧縮したのもあって、AFOのさらに上まで、高速で移動することが出来た。

だけど、それ自体はAFOもすぐに気が付いている。

 

「本当に、鬱陶しい羽虫だ。こんなことなら、早々に殺しておくべきだったか。だがそれも、ここまでだ」

 

AFOは、さっきまで溜めていたそれを、私に向けてくる。

 

そして、躊躇なくそれを、放ってきた。

広範囲の光線が、私に方に向けて迫ってくる。

それに対して、波動を一気に放出して、巨大な波動弾を形成して、盾にするためにAFOの方に向ける。

 

「ははははっ!!その程度のエネルギーで、どう対抗するというんだい!?消し飛ぶといいよっ!!」

 

「この、程度っ!!!」

 

光線を正面から受けて、一気に波動が霧散していく。

だけど、波動弾自体が一瞬で消されているわけじゃない。

波動の噴出で落下に加速を掛けながら、私の波動を注ぎ込み続けることで波動弾を維持する。

 

少しずつAFOに近づけてるけど、同時に、凄まじい脱力感が襲ってくるのが分かる。

このままやり続ければ、自分が消える可能性があるのが分かってしまう。

だけど、ここでやらないと皆が殺される。

お姉ちゃんも、ミルコさんも、透ちゃんも、A組の皆も、先生たちも、皆殺されてしまう。

そんなことを、許すわけにはいかない。

そんなことを、させるわけにはいかない。

私なら出来る。自分にそう言い聞かせて、極大の光線に抗い続ける。

相手がAFO……魔王だったとして、どうにかしないといけない。

 

大切な人たちを、守るためにもっ……!

私は……勇者なんだからっ!!

勇者は、魔王に抗えるものなんだからっ!!

私は、波動の力で、大切な人を守る……波動の、勇者なんだからっ!!!

 

「オールフォーワンっ!!!」

 

「……っ……なぜ、抗えるっ!!」

 

憎々し気に言い放ってくるAFOに、巨大な波動弾をそのまま押し付ける。

それも衝撃波で打ち消そうとしてくるから、波動弾を構成する波動が霧散して消滅しないように、自分の波動を、限界まで注ぎ込んで波動を補充し続ける。

身体が明滅し始めているのが分かってしまうけど、ここで止まることはできない。

ここで止まれば、AFOは、また皆を殺そうとする。

 

「今の貴様は無個性のはずだっ!!無個性の小娘が、なぜこのような力をっ!!」

 

「個性は使えなくてもっ!!!波動は、ここにあるっ!!!」

 

波動弾を押し付けながら、さらに加速して地面に向けて落下していく。

意識が飛びそうになるけど、止まるわけにはいかない。

波動が増えてるわけじゃない。

私の波動を出し切ってでも、こいつを止めるしかない。

大丈夫……抗える……まだやれるっ!!

自分の波動を、信じるんだっ!!!

そう思って、あと少し、自分を奮い立たせるように、声を張り上げながら、波動を絞り出した。

 

「波動は―――我にありっ!!!」

 

その声と共に、ダメ押しで限界まで波動を注ぎ込みながら、紫黒の波動が渦巻いて周囲に暴風を巻き起こしている特大の波動弾を一気に押し出して、AFOを地面に叩き落とす。

バチバチと激しく明滅を繰り返しながら、光の粒子のようなものが霧散していくように舞い始める身体ではこれ以上どうすることも出来なくて、そのまま落下していってしまう。

 

 

 

薄れゆく意識の中で、衝撃に備えていたけど、その衝撃は、来なかった。

誰かに、衝撃すらもほとんどないくらい、上手く受け止められていた。

 

「ここまで、よく耐えてくれた。よく頑張ってくれた。もう大丈夫―――私が来た」

 

その力強い言葉と、支えてくれている大きな身体に、やったんだと安心感を覚える。

そのまま優しく地面に下ろされると、巨体の気配が、AFOが墜落していったと思われるところに、ガチャガチャと装甲の音を鳴らしながら、向かっていった。

 

「オールマイト……その姿は……なるほど、わざわざ古傷を治した状態で蘇生してもらったのかい?だけど、それでどうなるというんだ?OFAもない君が、サポートアイテムを使ったところでどうなる?」

 

「これで十分だ。これだけあれば、お前を気絶させることが出来る。その驕りが、お前を終わらせるんだ」

 

オールマイトの声が、戦場を静かに振るわせていく。

その自信に満ちた言葉に、声に、かつて象徴だった者の姿に、皆、全てを委ねているようだった。

 

『物間少年……もし万が一、策が全て上手くいかず、抹消の制限時間以内にAFOを倒せないと悟ったら、その時は―――』

 

私も、オールマイトの言葉を思い出しながら、彼に任せれば、なんとかしてくれると信じていた。

 

「終わらせる?君がかい?それこそ驕りじゃないかな?まあいい。これが君たちの希望だったわけだ。だが、その程度の希望でどうなるというんだい?これで終わりだよ、オールマイト……なに?」

 

「それがお前の驕りだと言ったんだっ!!!これで、長年の因縁も終わりだっ!!!」

 

「抹消だとっ!?それは、時間切れになったはずっ!?……まさかっ!?」

 

「DETROIT SMAAASH!!!!!」

 

うっすら目を開けて、その姿を目に焼き付ける。

サポートアイテムで武装したオールマイトの渾身の拳が、AFOの顔にめり込んでいた。

そして、凄まじい轟音と共に、AFOが、地面にめり込んだ。

 

「……さらばだ。オールフォーワン」

 

オールマイトが、立ち上がりながら静かに呟く。

そのまま動かなくなったAFOは、少しずつ身体が若返っていって、完全に消え去った。

 

それを視認して、光の粒子になって自分から霧散していく波動越しに私に向かって走ってくる透ちゃんたちの姿を見ながら、私の目の前は、真っ暗になった。



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その後のお話

目を覚まして、すぐに違和感に気が付いた。

ここが病院だとか、そんなのはどうでもいい。あれで入院するのは当然でしかないし。

そういうことではなくて……波動が、見えてる?

個性消失弾が直撃したのに?

なんで?

 

「ルリさん!!」

 

私が困惑していると、小さな陰に勢いよく飛びつかれた。

飛びついてきたのが誰なのかは、見るまでもなく分かった。

 

「よかったよぉ!わたし、失敗したんじゃないかってぇ!」

 

「エリちゃん……?」

 

泣きながら抱き着いてくるエリちゃんに困惑していると、近くで見守っていたお姉ちゃんが口を開いた。

 

「瑠璃ちゃんが悪いんだよ。また自分から消えかねないことしたでしょ」

 

「お姉ちゃん……そうだけど、でも……ああしないと……どうなってたか……」

 

「そうだとしてもだよ。瑠璃ちゃん、緑谷くんとかが自分から死にに行くようなことするの、すごく怖がってたって聞いてるよ。瑠璃ちゃんもそれと同じことしてるの。心配される理由は分かるでしょ」

 

「……ん……そう、だね……ごめんなさい……」

 

お姉ちゃんに言われたことに対して素直に謝ると、お姉ちゃんはエリちゃんごと私を抱きしめてきた。

 

「無事でよかった。私も心配したんだよ」

 

「ん……ごめん……」

 

お姉ちゃんに重ねて謝って、しばらくされるがままになってしまった。

 

少しして落ち着いたところで、不思議に思ったことを聞いてみることにした。

なんでまた個性が使えるようになっているのか。

なんであの状態……極度の波動の枯渇状態まで行って、普通の状態に、戻っているのか。

 

「お姉ちゃん……私、個性消失弾当てられてたはずなんだけど……」

 

「ん?ああ、そのことね。というか、それも瑠璃ちゃんが無茶するから、急いでどうにかしてくれたって聞いてるよ」

 

「急いでどうにか……?」

 

「そうだよ!瑠璃ちゃん、本当に消えかけてたんだよ!?枯渇だけじゃなくて、薄くなった瑠璃ちゃんの身体から波動の粒子みたいなのが出てくるところまで行っちゃったみたいなんだから!!」

 

お姉ちゃんの怒りがちょっとぶり返したみたいで、プンプンした感じで言ってくる。

あれ、やっぱり限界までやってたのか。

でも、その状態からどうやって治療したんだ。

波動の粒子が出てくるってことは、霧散し始めてるってことだし。

 

「でも……なら……どうやって治療を……」

 

「エリちゃんが頑張ってくれたの。その状態になった瑠璃ちゃんを見たオールマイトが、エリちゃんに巻き戻してもらうべきだって言ってくれたんだよ。それで、物間くんがすぐにワープゲートでエリちゃんの所に連れて行ってくれて、エリちゃんが巻き戻してくれたの」

 

「そう……なの……?」

 

「うんっ!わたし、がんばったよっ!」

 

エリちゃんが涙を拭ってから顔を上げて、フンスッ!って感じで鼻息荒く主張してきた。可愛い。

この感じだと、力が溜まり切ってないのに無理して少しの巻き戻しを頑張ってもらった感じかな。

つまり、エリちゃんが命の恩人ってことか。

個性も、その巻き戻しの副産物として戻った感じかな。

 

「そっか……ありがとね……エリちゃん……」

 

「うん!」

 

エリちゃんにお礼を言うと、エリちゃんは満面の笑みでまた抱き着いてきた。

そんな様子を見ながら、お姉ちゃんが私を心配してきていた。

 

「ねぇ、瑠璃ちゃん……その……個性なんだけど……使えないままの方が、よかった?」

 

お姉ちゃんが聞かない方がいいかを迷いに迷った後に、そう問いかけてきた。

お姉ちゃんも、私の個性に対するコンプレックスは、いろいろ考えてはいたらしい。

それが今回、無個性になるっていう手段ではあったけど、その個性から抜け出すことが出来ていたことを、気にしているみたいだった。

でも、それはいらぬ心配だ。

 

「そんなことないよ……ない方がいいなんて、思ってない……それよりも、この個性を、大切な人の役に立てたいって思ってる……だから、大丈夫だよ……個性も、読心も、全部含めて私だから……」

 

本当に、心からそう思っていた。

私の個性は、嫌われやすい物かもしれないけど、大切な人の役に立てることが出来る個性だ。

無い方がいいなんて思ったこともあったけど、透ちゃんたち……友達といろいろ経験して、先生たちやミルコさんにいろいろ教えてもらって、ヒミコちゃんと向き合って……今は、無い方がいいなんて、思っていなかった。

やっぱり、辛いことも多い個性だけど、これも含めて私なんだって、知ることができたから。

そのことをお姉ちゃんに伝えるために、穏やかに、少し笑みを浮かべて言葉を返した。

 

「……そっか。そっか!」

 

「お、お姉ちゃん……痛いよ……」

 

「妹がこんなにいい子に成長してるのに、喜ばないわけないよっ!!少しの間抱きしめさせてっ!!」

 

お姉ちゃんが凄い力で抱きしめてくる。

お姉ちゃん自身も、怪我をしていて包帯が巻いてあるのが、感触としても伝わってきていた。

ちょっと心配だけど、お姉ちゃん自身は元気そうだし、まあ大丈夫だと思うことにしよう。

それよりも、今はお姉ちゃんの感情が歓喜で満たされているし、されるがまま、好きなようにさせてあげることにした。

 

そして、お姉ちゃんが私から離れたあたりで、病室の扉が開いた。

そこにいるのは、見るまでもなく分かってはいる。

 

「あーっ!!瑠璃ちゃん起きてるっ!!!」

 

「ちょっ、透ちゃんっ……!ここ病院っ……!ぐぅっ!?」

 

「よかったっ!!本当によかったよぉっ!!」

 

透ちゃんが叫んだのを止めようとすると、すごい勢いで飛びかかられた。

エリちゃんの巻き戻しで傷も治ってるとはいっても、流石に息が詰まってしまう。

お姉ちゃんは苦笑いしていて止めてくれなかったし、エリちゃんは突撃してくる制服を見てサッと避難していた。

ちょっと薄情なんじゃないだろうか。

そんな私を押し倒した透ちゃんも、私と顔を見合わせると満面の笑みを浮かべてくれていた。

 

 

 

そんな感じでバタバタした入院生活も数日で終わって、無事に退院出来た。

私以外にも入院していた人は結構いたみたいだけど、皆、遠くないうちに退院できるだろうってことだった。

 

決戦がどうなったかも、もう把握している。

皆色々教えてくれたし、周囲の思考からも伝わってきていた。

AFOは、オールマイトの手によって気絶させられて消滅。

死柄木は、緑谷くんとお姉ちゃんやミルコさんたちヒーロー、それにレディ・ナガンとか、ジェントルとか、そういう元ヴィランの協力者たちの協力もあって、無事に倒すことが出来たらしい。

緑谷くんが色々死柄木と話したみたいだけど、そこまで深くは聞いてない。

聞かない方がいいかなって思ったのもある。

とりあえず、死柄木関連は緑谷くんが納得してるからそれでいい気がする。

荼毘に関しては、ナイトアイの予知もあって自爆予定地点に轟くんの家族を待機させていたらしい。

それで、エンデヴァーと、飯田くんが超特急で運んだ轟くんと、轟くんのお母さん、お兄さん、お姉さん、家族皆で荼毘を凍り付かせて、強制的に自爆をどうにかしたらしい。

凄い強引だけど、それで止まったみたいだった。

まぁ、当然全員無傷とはいかなくて火傷だらけらしいし、荼毘……轟燈矢も、逮捕とかできるような状態じゃないほどの重傷で、監視下ではあるけど、病院で治療しているらしい。

でも、そもそも死ぬ可能性が高いような状態らしいし、治療が終わって仮に治っても、まず間違いなく逮捕はされるんだろうけど。

とりあえず、轟くんはゆっくりと話すことが出来て、少し満足気にしていた。

スピナーは逮捕された。

ただ、すごい数の個性を埋め込まれていたみたいで、もう理性はほとんど残っていないような状態だったらしい。

この人は、少しかわいそうだと思ってしまうような幕切れだった。

まぁ、自業自得ではあるんだけど……

黒霧は、決戦中に相澤先生、マイク先生と、いろいろあったらしい。

それで、白雲さんとしての心を取り戻して、最終的には、死を選んだって聞いている。

先生たちがすっきりした感じだったから、多分悪い感じではなく終わったんだろうなとは思えるのが救いだろうか。

他のダツゴクとかは、軒並み逮捕出来たと聞いている。

 

 

 

そしてヒミコちゃんは―――

 

「お邪魔しまーす!」

 

「やっと来てくれたっ!!もうっ!!遅いですよっ!?」

 

「ん……ごめんね……最近退院できたばっかりだったから……」

 

プンプン怒るヒミコちゃんに、苦笑いしながら謝る。

 

ヒミコちゃんには、思った以上に温情がある措置が取られていた。

なんでも、トゥワイスとしての戦闘継続をやめて自首したこと以外にも、私を助けるためにAFOに立ち向かったことが、ヒミコちゃんの印象をすごくよくしてくれたらしい。

あの状況でヒミコちゃんが戦ってくれなかったら、私と物間くんは殺されて、オールマイトの死体と治崎も消されて、死柄木と合流されていたから、当然なのかもしれない。

もちろん、ヒミコちゃんが人を殺していた過去は消せないし、超常解放戦線の幹部としてしていたことはなかったことにはできないけど、それでも、温情をかけてもいいと思わせてくれるだけのものを見せてくれていた。

その結果が、今の状態だった。

ヒミコちゃんへの措置は、最初に私が提案したものをさらに緩くしたものになっていた。

雄英、というよりも私の近くの、厳重な鍵と監視付きの室内への幽閉。

ただ、その中での行動は自由だし、監視に欲しい物を言えばある程度融通してもらえる。

テレビとかの娯楽もあるし、連絡手段としてスマホも与えられている部屋。

もちろんスマホは中も全部監視されてるわけだけど……

まあ、私が読心とテレパスが出来ちゃうから、何を話されてるか分からない状態よりも、記録として残るスマホを使った連絡の方がいいって考えなだけな気がする。

 

そして、ヒミコちゃんが軟禁されている部屋には、私を筆頭としたヒミコちゃんのお友達との面会の自由を許可されていた。

しかもその面会も、ガラス越しに話すだけじゃなくて、同じ室内で過ごしてもいいっていうレベルのもの。

つまるところ、ただの謹慎みたいなものでしかなかったのだ。

もちろん、外出は許されないし、私が引っ越しをすればその周囲の監禁出来る部屋に強制的に移動させられるし、今後一生出られない可能性が高い。

だけど、私たちが結構簡単に訪問できるようになっているっていうのは、ヒミコちゃん的には大きかったらしい。

大喜びで私に連絡を取ってきた。

 

そして、今日はお土産にヒミコちゃんの好物のザクロを持ってきたのと、あとは、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんも一緒に来ていた。

 

「はい……ザクロ持ってきたよ……一緒に食べよ……」

 

「ザクロかぁ。ザクロもいいけど……ねぇ、今日は血を飲ませてくれる?」

 

「ん……いいよ……お茶子ちゃんたちは……?」

 

「うん、大丈夫。私のも飲んでいいよ」

 

「私のもいいわよ」

 

「ほんとですかっ!?」

 

ヒミコちゃんは案の定血を要求してくるけど、私も、お茶子ちゃんたちも、特に嫌悪感もなく受け入れていた。

今のヒミコちゃんに悪意なんて微塵も感じないし、特徴的で純粋な笑顔を浮かべて私たちの血を飲みながら楽しそうにお話しするヒミコちゃんに嫌悪感なんて、感じるわけもなかった。

 

「じゃあ恋バナしましょう!恋バナ!お茶子ちゃんから色々聞きたいですっ!!瑠璃ちゃんと梅雨ちゃんも、好きな人とかいますっ!?」

 

「うえっ!?い、いきなりそれっ!?」

 

「……私は……特にいないよ……」

 

「私もいないわね」

 

ヒミコちゃんのいきなりの提案に、私と梅雨ちゃんが素っ気なく答える。

その一方で、お茶子ちゃんが顔を真っ赤に染め上げていた。

まぁ、ヒミコちゃん的には同じ人を好きになったお茶子ちゃんに対する興味は尽きないだろうから、格好の獲物だろう。

 

「えぇ~ほんとですかぁ?でも、それじゃあ仕方ないかぁ……なら、お茶子ちゃん!出久くんのこと、沢山話そうっ!」

 

「え~……うぅ、分かったよ」

 

「やったー!!えっと、じゃあ、まずはぁ―――」

 

お茶子ちゃんが諦めたように頷くと、ヒミコちゃんが子供のように無邪気に喜んでいた。

 

その後は、外が暗くなるまで4人で恋バナをしたり、何気ないお喋りをしたりして過ごした。

ヒミコちゃんは終始いい笑顔を浮かべていて、楽しそうに過ごしていた。

時間になった時は、流石に寂しかったみたいだけど、スマホでやり取りしようって提案したのと、また来る約束をしたことで満足したみたいだった。

 

 

 

面会も終わって、私たちは雄英に戻った。

雄英はボロボロだから、まだまだ復興作業を進めないといけない。

そんな中での息抜きも兼ねてのヒミコちゃん訪問だった。

とりあえず、今日はもう暗いし、雄英の敷地内に戻ってきていた学生寮に戻って休むことになった。

また明日から復興作業を進めて、パトロールとかにも協力して、その隙を見て卒業式の準備を進めないといけない。

やることは、山積みだ。



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エピローグ

廃墟になってゴーストタウンのようになってしまった街の中を、逃走するヴィランを追って波動の噴出を繰り返す。

まあ、ヴィランなんて言っても脱ヒーロー派崩れの引くに引けなくなったごろつきでしかないからなんてことないヴィランでしかないんだけど。

そんなヴィラン目掛けて低空で加速を重視した跳躍を繰り返して、一気に距離を詰める。

 

「波動蹴っ!!!」

 

「うわぁ!?」

 

サポートアイテムで武装していても、実力自体はそこまでじゃない。

その男は私の踵落としを避ける素振りを見せることすらできなかったみたいで、直撃して倒れ込んだ。

 

あれから1か月。

私たち雄英生、というよりもヒーロー科生徒は、インターン先に合流して復興に尽力するように公安から指示が出ていた。

日本は、完全に崩壊してしまっていた。

大部分がヴィランのせいではあるんだけど、物資の供給が無い中で活動し続けていた脱ヒーロー派が、人がいなくなった家屋を破壊して押し入って、略奪をすることで補給していたという、目も当てられない実情があった。

そのせいもあって、重要施設やインフラはもちろん、家屋に至るまで、無傷のところを探す方が難しいと思ってしまうところまで破壊されつくしてしまっていた。

今は政府と公安の指示の下、ようやく復興に取り掛かり始めたところだ。

国外にも支援要請は出してはいるみたいで、少しずつではあるけど外国のヒーローが来てくれていると聞いた。

そんなことをするくらい人手不足なのもあって、ヒーローだけじゃなくて、仮免ヒーローも、ヴィランの拘束や、暴徒化した脱ヒーロー派の鎮圧に駆り出されていたのだ。

当然私もその中の一人だ。

ミルコさんと一緒に色んな所を駆け回って、ひたすらヴィランを拘束し続けていた。

 

「おー。お前も捕まえたか」

 

「はい……ミルコさんも……お疲れ様です……」

 

跳んできたミルコさんの両手には、拘束されたヴィランが引きずられていた。

流石ミルコさんだ。

大体の方角を言っておいただけだったけど、そっちの方向にいるヴィランを勘で全員捕まえてきてくれていた。

 

「おう。お前もな。そんじゃ、警察連れて行くぞ」

 

「はい……行きましょう……」

 

ミルコさんの提案を拒否する理由もないし、素直に付いていく。

簡単な拘束はしているけど、移動式牢(メイデン)なんていう便利なものはないから警察に送り届けてしまうのが一番効率が良かった。

実際、どのヒーローもヴィラン対応で動き続けているような状態だから、逃走のリスクのあるヴィランをいつまでも連れて行く必要性が一切なかった。

そんな目的でミルコさんの隣を跳んでいると、ミルコさんが声をかけてきた。

 

「お前、明日は雄英に戻るんだったか?」

 

「はい……明日は……卒業式なので……なにかありましたか……?」

 

ミルコさんの問いかけは、事務的な確認だった。

そうなのだ。

明日は何を隠そう、お姉ちゃんの門出なのである。

盛大に祝ってお姉ちゃんを送り出さなければいけない日だ。

このインターン擬きの合間を縫って、皆で企画して、準備を進めていた式だ。

雄英の校舎は甚大な被害を被ってまだ修理中だけど、幸いにも避難ブロックとか、寮の区画とか、一部の体育館とかは空中要塞化した中には入っていなかったから、壊れていなかったのだ。

だから、校長先生にお姉ちゃんたちと一緒にお願いして、卒業式をしてもらう運びになっていた。

 

そして、なんと明日の卒業式は、中継まで入る手筈になっている。

まぁ、テレビなんてまだ再開してないから、テレビ局のスタッフがネットで動画配信してくれるってだけではあるけど。

それでも、日本は復興に向かってるぞって、死柄木たちに立ち向かった学生が雄英を卒業して、プロヒーローとして活動を始めるよっていう、ちょっとでも明るいニュースを世間に発信するっていう目的みたいだった。

この配信をさせて欲しいって話は、最初はどうかなって思っていた。テレビ局なんて信用できなかったし。

だけど、この依頼をしに来たテレビ局のスタッフに、今までの私に対する報道とかを土下座するような勢いで謝罪されたのだ。

というか、実際に土下座された。

あの会見での振る舞いも、その後に憶測で誹謗中傷したことも謝られた。

実際に、謝罪文もネットとかで大々的に公表されている。

これは私に対してだけじゃない。緑谷くんや、非難の的となったヒーローたち全員に対して、真摯な謝罪がされていた。

そこには、超常解放戦線との最終決戦における、各戦場のヒーローの戦いの記録も公開されていた。

本当に心の底から謝罪しているのは、間違いなかった。

その上で、今の暗い日本に少しでも明るいニュースをって頼まれたら、断ることなんてできなかった。

だから、交換条件としてお姉ちゃんをすっごくかわいく撮って盛大に目立たせて、全世界に完璧超人アルティメットお姉ちゃんの存在を知らしめるように言うだけに留めておいた。

それを受けてちょっと記者の人たちが引いているのを見て、布教が足りていないと確信してしまった。

やっぱり全世界に向けて布教しないといけないな、うん。

 

そんなことを考えていると、ミルコさんはなんでもないような感じで言い返してきた。

 

「特にないな。お前がいた方が効率いいから、いねぇならいねぇで動き方考えないといけなくてな」

 

「そうですか…………そうだ、ミルコさんも卒業式……来ます……?」

 

「は?私が?」

 

「はい!リューキュウとか、ナイトアイとか、ファットガムとかが、お姉ちゃんたちのお祝いをするために顔を出してくれるって言ってたんですっ!!だから、ミルコさんもどうかなってっ!!」

 

ミルコさんも来てくれたらきっと盛り上がるし私も嬉しい。

そう思って提案してみたけど、ミルコさんは案の定すっごく渋い顔をしていた。

 

「いや、行かねぇよ。興味ねぇし、卒業する奴らと接点すらねぇじゃねぇか」

 

「そうですか……残念です……」

 

ミルコさんの素っ気ない返事に、ちょっとしょんぼりしてしまう。

 

「とりあえず、お前は明後日にはまた顔出すんだな」

 

「はい……明後日から学校が再開するまで……しばらくは……」

 

私が気落ちしながら返事をすると、ミルコさんが小さく溜息を吐いてから口を開いた。

 

「……私が顔を出す可能性があるとしたら、2年後だけだ」

 

「へ……?」

 

あまりにも唐突なその言葉に、気の抜けた声が出てしまった。

ミルコさんの方に顔を向けるけど、一切こっちを向いてくれない。

思考からして照れ隠しなのは明らかだった。

 

「……二度は言わねぇ」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!!ミルコさんっ!!もう1回っ!!もう1回言ってくださいっ!!」

 

「言わねぇつってんだろうがっ!!」

 

ミルコさんは、ぼそっと呟いて逃走するように速度を上げた。

私も、そんなミルコさんを追いかけるけど、ミルコさんはさらに加速していく。

警察署に着くまでの間、鬼ごっこが繰り広げられた。

でも、口ではそれ以上言ってくれなかったけど、私には、ミルコさんの思考が全部伝わってきていた。

それで嬉しくなっちゃって、自然と笑顔を浮かべたまま、警察を離れた後もミルコさんを追いかけ続けた。

……まぁ、そんなことをしていたら、いい加減怒ったミルコさんに拳骨を落とされたんだけど。

それでも、胸がポカポカする気がして、表情が、戻せなくなってしまっていた。

 

 

 

そして―――

 

「波動ねじれ」

 

「はいっ!」

 

お姉ちゃんがにこにこした満面の笑みを浮かべながら、壇上に登っていく。

私はその様子を、ドヤ顔をしながら見守っていた。

今、お姉ちゃんの素晴らしい姿が、美人で、かわいくて、あまりにも完璧すぎる姿が、全世界に公開されているのだ。

刮目するがいい、世界よ。これが女神の化身と言っても過言ではない私のお姉ちゃんだ。

あれから髪の毛はちょっと伸びてきていて、私と同じくらいになっているのがちょっと気になるけど、なんだかお揃いみたいでさらに嬉しくなってしまう。

卒業証書を受け取って小さく私に手を振ってくれるお姉ちゃんに、私も手を振り返した。

 

卒業式自体は、順調に進んでいった。

A組皆で考えた企画とか、それに対抗するように物間くんを筆頭としたB組が考えた企画とか、他にも豪華絢爛とかなんとか色々企んでいたサポート科とか、色んなものが入り混じって、最終的に混沌とした状況になってはいた。

だけど、送り出される卒業生も、企画をしている在学生も、参列している保護者の人たちとか、ヒーローとか、テレビ局の人とかも、皆心から笑っていて、すごく楽しい時間だったのは間違いない。

最終的に個性が飛び交い始めて、相澤先生がキレて抹消を使ったのはご愛敬だ。

久しぶりにこんなに笑った気がする。

それくらい、楽しい卒業式だった。

 

そんな卒業式も終わって、透ちゃんと一緒に体育館を出る。

 

「そういえば、瑠璃ちゃん泣かなかったね!ねじれ先輩の卒業式とか、瑠璃ちゃんもっと号泣するかと思ってたよ!」

 

「……そうだね……多分、昔だったら……号泣どころの騒ぎじゃなかったと思う……」

 

「あれ、今は違うの?」

 

「ん……お姉ちゃん以外にも大切な人が出来て……個性も、無くなった方がいいなんて……思わなくなって……それで……お姉ちゃんを笑顔で送り出すべきだって……素直に思えるようになったんだ……これも全部……透ちゃんと……皆のおかげだよ……」

 

「……そっか!」

 

透ちゃんの問いかけは、昔だったら絶対そういう反応だったんだろうなぁと思う。

だけど、今は違う。

お姉ちゃんが卒業しても、お姉ちゃんに会えないわけじゃない。

もちろん、会える頻度が下がっちゃうのは寂しくはあるんだけど……

代わりってわけではもちろんないけど、私には、透ちゃんがいる。A組の皆がいる。物間くんたちB組だっている。先生たちも、ミルコさんもいるんだ。

だから、もう大丈夫。

大切な人たちに何があっても守ることが出来るようなヒーローになるために、私は私が出来ることをしていく。

そのために、お姉ちゃんを笑顔で送り出すって決めていたから。

 

そんな話をしながら歩いていると、天喰さん、通形さん、甲矢さんと話しているお姉ちゃんが見えた。

そんなお姉ちゃん目掛けて、走って向かって行く。

そして、近づいたところで、お姉ちゃんに飛びついた。

お姉ちゃんは、そんな私の勢いをうまく流しながら一回転して、抱きしめてくれた。

 

「お姉ちゃんっ!卒業おめでとうっ!!」

 

「うん!ありがとー!……ふふ、瑠璃ちゃん、もう大丈夫そうだねっ!」

 

「うんっ!もう大丈夫っ!今まで、気にかけてくれてありがとうっ!」

 

お姉ちゃんが笑顔で問いかけてくるのに、私も満面の笑みで応える。

たまにはお姉ちゃんと会って、いっぱいお話したりもしたいけど、きっと大丈夫。

だって、もう私には、大切な人たちが、たくさんいるんだから。









これにて波動使いのヒーローアカデミア完結になります!
感想、評価、お気に入りなどなど、全て励みになっていました!
ここまで読んでくださった皆様、本当に、本当にありがとうございました!
活動報告にキャラ設定とあとがきを書いておくので興味がある方だけどうぞ!


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番外編
番外1:始業直前焼肉パーティー


復興も少しずつ進んで、雄英も避難所としてはお役御免になった。

荒廃した街も見た目だけは綺麗になっている。

まぁ、お店とかは経営者とか店員とかの問題とかがあるからまだ再開しているところはごく少数ではあるんだけど……

それでも、スーパーとかのライフラインに関わるところは積極的に再開してくれていて、政府の政策と外国からの支援もあって日用品の買い物には困らないくらいになってきていた。

そのおかげもあって、公安からの私たちの復興活動への協力要請も解除された。

先生たちもヒーロー活動を中断出来る状態にようやくなって、ついに明日から学校再開の運びとなっていた。

そうなれば当然皆も意気込むわけで……

 

「それでは!始業直前焼肉パーティーを、始めようー!!!」

 

「かんぱーい!!」

 

鍋パの時のようにパーティーをすることになっていた。

今回は焼肉パーティーだ。

焼肉は料理の準備が楽だから、私としては嬉しい。

代わりに臭いが凄いことになるんだけど。

入寮初日に焼肉した時も翌日まで臭いが残って大変だった。

……うん、臭いに関してはもう考えないことにしよう。

楽しまないと損だし。

とりあえずいつもの料理が出来るメンバーで野菜に加えてキムチ、ナムル、サラダにおにぎり、さらにビビンバとかチヂミとかのサイドメニュー系を準備しておいた。

他の皆はお肉を調達したり部屋とかホットプレートの準備とかをしてくれた感じだ。

 

「よーし!どんどん焼いていくよー!」

 

「とりあえず……野菜焼く人少なそうだし……私は野菜を焼いていくね……」

 

「じゃあ私が瑠璃ちゃんの分もお肉焼いておくね!」

 

「ん……ありがと……」

 

玉ねぎとかピーマンとかをどんどん投入していく。

そんな私の隣で、透ちゃんもすごい勢いでお肉をホットプレートに載せていっていた。

まあお肉を大量に並べているのは透ちゃんだけじゃなくて、男子も所狭しとお肉を焼いていた。

障子くんあたりは複製腕も利用して焼いてるけど、あれは多分峰田くんとかのも焼いてるだけかな。

皆焼肉が好きなのは間違いなさそうだった。

 

「ほら、この辺り焼けたぞ」

 

「よっしゃ!この辺の肉はオイラのもんだ!」

 

「峰田くん!そんなことをしたら皆が食べられなくなるじゃないか!」

 

「ま、まぁまぁ飯田くん。沢山あるし大丈夫だよ」

 

「百ちゃん!持ってきてくれたお肉すごく美味しいよ!」

 

「それならよかったです。まだ沢山ありますし、お好きなだけ食べてくださいまし」

 

「瑠璃ちゃん!お肉焼けたよ!あーんして!あーん!」

 

「さ、流石にそれは…………ぅぅ……あ、あー…………うん……美味しい……ありがと……」

 

透ちゃんが無理矢理食べさせてきたり、峰田くんが例のごとく取れる範囲のお肉を独り占めしようとしていたり、百ちゃんが持ってきてくれた高級なお肉を目を輝かせながら食べていたり。

最初の方は皆とにかく食べるのに夢中になっていて、ある程度お腹が満たされるまではとにかくお肉を消費していった。

皆お互いに気を遣いながらではあったけど、女子はともかく食べ盛りの男子高校生が10人以上いるのは分かり切っていたのだ。

遠慮しないでいいくらいの量のお肉は準備してある。

……まぁ峰田くんだけは一切その辺りを気にしてないけど。

バーベキューの頃から一切成長してないなこういうところは。

まあ別にいいんだけど。

男子や百ちゃんが凄まじい量食べるのは容易に想像がついたことだし。

そんなこんなで皆順当にお肉を食べ進めて、サラダとかを食べたりおにぎりを焼き始めたりしたところで、ようやくのんびり雑談しながらの食事に移行していった。

 

「それにしても、ようやく休校も終わりだねぇ」

 

「長かった……」

 

「なんだかんだで1か月以上インターンしてただけみたいな感じだったもんね」

 

透ちゃんが白米をもぐもぐしながらぼんやりと呟いたその言葉に、響香ちゃんと一緒に反応を返す。

実際学校の復旧作業とかはサポート科主体でやっていたから、ヒーロー科はプロのところで治安維持に努める感じが主だったのだ。

響香ちゃんは前と同じでギャングオルカのところに行っていたし、透ちゃんたちヨロイムシャの所に行っていたメンバーは今回はクラストさんの所に行っていた。

 

「でも、なんていうのかな……インターンの時とは周りの目ぇ全然違うたんやんな」

 

「あー、確かに」

 

「……ん……前みたいな……ミルコさんのおまけみたいな感じじゃなかった……」

 

お茶子ちゃんたちは、お姉ちゃんがサイドキックをしているリューキュウの所に引き続き行っていたけど、その言葉には共感しかなかった。

私を含めて最悪だった印象が、マスコミの報道を通して改善したのはいいんだけど、代わりに私たちA組の世間の評価がおかしなことになってしまっているのだ。

まあ、十中八九マスコミが謝罪文と一緒に掲載していた決戦の時の戦闘の記録が原因だ。

改めて確認したけど、そうなるのも仕方ないという感想しか抱けなかった。

ミルコさんたちトップランクヒーローの活躍は当然のように写っていたんだけど、それ以上に、幹部と直接対決していた私たちの姿ががっつりと写ってしまっていたのだ。

死柄木は緑谷くん、爆豪くん、お姉ちゃんたちビッグ3。

荼毘は轟くんと飯田くん。

スピナーは障子くんと口田くん。

ヒミコちゃんは私。

ギャシュリーは砂藤くんと尾白くん。

クニエダは青山くんと透ちゃん。

ギガントマキア防衛戦で三奈ちゃんと切島くんと峰田くん、小大さん、骨抜くん、柳さん、心操くん。

AFOは私、物間くん、響香ちゃん、常闇くん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、透ちゃん、青山くん。あとは世間で賛否はあるけどヒミコちゃん。

まぁつまり、雄英内部で色々してくれていた百ちゃんと上鳴くん以外の活躍が世間に大々的に公表されていた。

その結果が、周囲から向けられる視線の変化だった。

 

超常解放戦線と戦った私たちは、プロ、というよりも、英雄のように扱われてしまっていたのだ。

まあ、依存しきった結果の崩壊を経験したおかげで、以前に比べればヒーローに依存しきった感じが減っているから全然マシではあるし、そこまで気になる程じゃない。

これで困ることといえば、インターンくらいだ。

以前はミルコさんのサイドキックとしてサインを求められていたんだけど、今はAFOに正面から立ち向かったヒーローとして、私個人のサインを求められるようになったのだ。

ミルコさんが唯一サイドキックとして認めたのも納得だとか、ミルコさんの目に狂いはなかったとか言われるのは嬉しいけど、それでもそういう感じで見られるとムズ痒いような何ともいえない気分になってしまう。

 

まあ、私の実害は今のところ外を歩きづらくなったのと最近の寮でのアレくらいだからいい。

それ以上にいい点もあったし。

そう!なんといってもお姉ちゃんの活躍も全世界に報道されていたおかげで、お姉ちゃんの人気が凄まじいことになっているのだ!

ようやく世間がお姉ちゃんの魅力を理解したのだ!

私も鼻高々である。

これからもSNSとかを通じてもっともっとお姉ちゃんの良さを布教して、ビルボードチャートが再開した暁にはお姉ちゃんがトップ10になれるように今から下準備を進めなければいけない。

そこまで考えを巡らせて、気分が有頂天になった私は響香ちゃんたちと話を続けていたお茶子ちゃんに意気揚々と声をかけた。

 

「お茶子ちゃん!またお姉ちゃんの活躍を、お姉ちゃんが大人気だった話を、聞かせて欲しい!」

 

「またぁ!?もう10回は話したよ!?」

 

「何回聞いても足りないよ!!お姉ちゃんのことをさらに布教するためにも、世間の理解度を正確に把握しないといけないから!!」

 

私が興奮気味にお茶子ちゃんに詰め寄ると、お茶子ちゃんは冷や汗を垂らしながら後ずさりし始めた。

なぜだ、お茶子ちゃんたちもお姉ちゃんのことは好きなはずだ。

尊敬している思考がちゃんと伝わってくる。

まだ崇拝まで至ってないから足りてないけど、十分理解できているはずなのだ。

それなのに、なんで話すのを渋るのか。

こういうのは実際に見た人から聞かないとノイズが多くて困るのに。

そう思っていたら、梅雨ちゃんが私の肩を優しく叩いてきた。

 

「あとで瑠璃ちゃんのお部屋でじっくりお話しましょ。それで大丈夫かしら」

 

「ん!約束!!」

 

梅雨ちゃんがにっこり笑顔で言ってくれるのに頷きながら、しっかりと約束を取り付ける。

梅雨ちゃんの物分かりがよくて助かる。

そんな話をしていると、真剣な表情でスマホを見ていた透ちゃんが私に話しかけてきた。

 

「……このアカウント、やっぱり瑠璃ちゃんだよねぇ……もうバレてる気もするけど、個人情報とかにだけは気を付けてね」

 

「……?SNSのアカウントのこと……?そんなの当然……お姉ちゃんが困ることはしないよ……?」

 

「うん、大丈夫だと思うんだけど、一応ね」

 

苦笑したまま念を押された。

私、そこまで馬鹿じゃないんだけど。

納得いかない。

 

「まあ波動の話はそれでいいとして、世間の見る目が変わったせいで困ってることと言えば、あれしかないよね……」

 

「あれ?」

 

「あー、あれね……うん」

 

響香ちゃんが話を切り替えると、今まで話に参加してなかった人たちも会話に交ざってきた。

……うん、まあ、世間の評価の変化で困っていることで、今のところ一番実害が出てるのがアレだし、皆も割とすぐに納得していた。

世間から英雄視されるのは、まあ結局のところ寮から出なければそこまで実害はないのだ。

実害があるのは、寮にいてもお構いなしで襲撃してくる大きな変化の方で……

どうせいつものにつながっちゃうからってB組を招いて合同パーティーをするのもやめたわけで……

今まさにその実害の根源が寮の扉の前に来ている。

そして、ノックすらなしでバァンッ!!!と激しい音を鳴らしながら扉が開かれた。

 

「やぁやぁA組諸君!!今日も白黒つけに来てあげたよ!!!今日こそB組の方が優秀だということを、君たちに思い知らせてあげよう!!!」

 

「またか……」

 

「昨日も寮にいたメンバーで勝負したのにまたやるのか?」

 

もう以前の状態に戻った物間くんが、B組男子数人を引き連れてHAHAHAHAなんて高笑いをあげながらズカズカと乗り込んできた。

皆も結構げんなりしている。

これは仕方ない。だって物間くんが寮にいる時は結構な頻度で乗り込んでくるし。

うん、まあ、世間の評価の変化を見て、物間くんがすっかりこの状態に戻ってしまったのだ。

B組は幹部と正面から戦っている生徒はそんなにいなかったから、A組程英雄視はされていなかった。

というよりも、公表された映像に写っていたB組生徒が物間くんと小大さん、骨抜くん、柳さんくらいなのだ。

しかもギガントマキア防衛戦の方は対幹部戦よりもスポットライトが当たっていないから、実質的に物間くん自身以外は評価がそこまで上がっていない。

自分の評価が上がっていたとしても、一緒に戦っていたはずなのにクラス単位でここまで評価に差がついてしまっている現状が、物間くんは耐えられなかったらしい。

そのせいで、B組の皆のためではあるんだけど、A組を倒すことでB組の方が優秀だと証明するなんていう思考に戻ってしまったのだ。

まあ、こういう思考の流れになるのは物間くんの気質からして仕方ない気がする。

損な性格してるなぁとは思うけど。

せっかくA組の中で上がっていた物間くんの株が結構な勢いで急降下して地を這う勢いだし。

本人はもうこの調子だし仕方ない。

結局物間くんの強引な誘いを断ることも出来なくて、男子たちが物間くんの挑戦を受けることになった。

男子たちはビビンバとか焼きおにぎりとか、食べたいものは大体もう食べきったみたいだし、腹ごなし、なんて考えている人もいるくらいだ。

気にするだけ無駄か。

とりあえずその内拳藤さんが回収しに来てくれるだろうし、放っておこう。

 

 

 

男子が寮の前の庭でバカ騒ぎしているのを尻目に、私たちは食後のティータイムに移行していた。

まあ、男子皆物間くんの挑発に乗せられて勝負しに行ったから、例の如く女子会の流れになっただけだ。

 

「男子は相変わらずだねぇ」

 

「まあ……物間くんがあの調子な限りは……仕方ない……」

 

「あれはねぇ……なんでああなっちゃうかなぁ?雄英が避難所になってた時の物間、普通にいいやつだったのに」

 

「B組のためにしていることだというのは分かるんですけど……」

 

皆でうーんと渋い表情をしながら、少しの間沈黙に包まれた。

そんな空気を打ち破るように、パッと明るい表情を浮かべた三奈ちゃんが、話題を強引に捻じ曲げてきた。

 

「こんなこといつまでも考えてても仕方ないし、別の話しよ!私としては恋バナ希望!」

 

「恋バナ恋バナー!!」

 

……いつも通りな流れでしかなかった。

透ちゃんも嬉しそうに同意している。

決戦前のあたりで色々思いつめていたけど、それはそれとして恋バナは好きだから仕方ないって感じか。

でも、誰か進展なんて……あったな、そういえば。

お茶子ちゃんがこの前緑谷くんと話してた時にそんな感じの流れになってたはずだ。

まあそれはそれでいいとして、話題が無いと私が最近青山くんを避けていることをネタとして提供されそうな気がする。

……最近、青山くんから私に向けられる感情がムズ痒くて若干気まずいのだ。

私から何か思うところがあるわけではないけど、自分にそういう感情を向けられているというのが未知の経験過ぎてどうすればいいのか分からなくて、なんとなく避けてしまっていた。

透ちゃんはそのことを察しているみたいだし、まず間違いなくネタにされる。

どう回避するべきだろうか……

私がそんなことを考えている内に、特に別の話題が提案されなかったから恋バナが開始されていた。

とはいっても恋バナで一番最初に餌食になるのは間違いなくお茶子ちゃんなんだけど。

 

「麗日!しまっておくって話とかはどうなったの!?結局そのままな感じ!?」

 

「やっぱり私!?何も変わってないよ!?」

 

「え……?」

 

お茶子ちゃんの全力での否定に、思わずつぶやいてしまった。

その瞬間、皆の視線が私に集中した。

お茶子ちゃんなんてどういうことか一瞬で理解したらしく、私の口を塞ごうと動き出している。

だけど、すぐ近くにいた三奈ちゃんに取り押さえられてしまった。

そんな2人を背に、目を輝かせた透ちゃんが凄まじい勢いで私ににじり寄ってきた。

 

「ちょっ!?三奈ちゃんやめっ!?」

 

「これは進展があったってことでしかないじゃん!!邪魔はさせないよ!!」

 

「瑠璃ちゃんがそういう反応するってことは何かあったってことだよね!?なになに!?なにがあったの!?」

 

……どうしよう。

正直、どうするか迷ってしまう。

三奈ちゃんと透ちゃんだけじゃなくて、響香ちゃん、百ちゃん、梅雨ちゃんもだいぶ気になってる感じの思考してるし……

恋愛的な意味かと言われると間違いなく現状はNO。

だけど、確実にこれが進展するための第一歩になるとは思う。

そして、このままお茶子ちゃんだけに任せると、何事もなく無難に終わって何も変わらないと思う。

…………言うか。

 

「このまま放置すると……何も進展しないと思うから……言うことにします……お茶子ちゃん……緑谷くんの家に招待されてるんだよ……日程はまだ決まってないみたいだけど……」

 

「マジ!?」

 

「家に招待とかこれはもう付き合ってるとかそういうこと!?」

 

「付き合うとらんよ!?」

 

「付き合ってないっていうだけってことは、招待されてるのは間違いないんだ?」

 

「ちがっ!?ちが、く、はない、けど……うぅ……」

 

透ちゃんたちのキャー!なんていう黄色い声が響いてから、パニックみたいな興奮状態になっていた。

お茶子ちゃん本人は顔を真っ赤にして何も言えなくなってしまっている。

……一応、事情はちゃんと説明しといてあげよう。

 

「……ちゃんと説明しておくと……緑谷くんの意思というよりも……緑谷くんのお母さんからのご招待……お茶子ちゃんにお礼がしたいんだって……」

 

「あぁ、そういうことでしたのね」

 

「緑谷ちゃんのお母さん、あの演説の後にお茶子ちゃんにすごいお礼言ってたものね。納得だわ」

 

「それでもこれはすっごいチャンスじゃん!!」

 

「ちゃ、チャンスとかじゃ、違う、ちゃうよ!?」

 

「ここで押して押して押し切れば親公認カップルになれるかもしれないよ!!」

 

百ちゃんと梅雨ちゃんは納得してるだけだけど、三奈ちゃんと透ちゃんの圧が凄い。

結局全員興味津々だったのもあって、ストッパー不在のままお茶子ちゃんは根掘り葉掘り質問攻めにあっていた。

結論としては、そこで告白したりするつもりはないけどおめかしとかはしっかりしようってことで、女子全員でサポートすることになった。

その日着ていく服とか手土産とか、近いうちに皆で話し合うことになったりしたけど、お茶子ちゃん自身が真っ赤になってオーバーヒートしてたからどこまで理解してたか分からない。

まあ承諾自体はしていたし大丈夫だろう。

 

そんなことをしている内に、時間も時間だからってことで明日に備えて就寝することになった。

……恋バナ、私の話題にならなくてよかった。

お茶子ちゃんに悪いことしちゃった気がするから、緑谷くんとのことは全力でサポートする所存だ。

とりあえず、緑谷くんの好きな味付けとかを教えてあげることから始めよう。

そんな計画を頭の中で描きながら、片付けも終わらせてベッドに入った。



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番外2:常夏の楽園に向けて

「うおおおーーー!!!生きててよかったーーー!!!」

 

「どうした峰田!?」

 

放課後に寮でのんびりしていたら、峰田くんが雄たけびを上げながら玄関から駆け込んできた。

皆その声にびっくりして振り返って、ブドウ頭が凄い勢いで噴き出している涙にドン引きしている。

上鳴くんだけはさっと反応を返してあげていた。

私は思考を読んでどういうことか分かってたけど、そのピンク色に染まった思考にドン引きしていた。

 

「どうしたもこうしたもねぇよ!!!ほら!!!これ見てくれ!!!」

 

「団体招待チケット?……トロピカル……?これどうしたんだ?というか、そもそも再開すらしてなくなかったか?」

 

トロピカル。

簡単にいうと、いつでも常夏を感じられる南国リゾート館が大ウケしていた大型の屋内プール施設だったはず。

入場チケットだけでも1年待ちとかいう常軌を逸した人気具合だったと思う。

凄く大きな施設だっただけあって、治安崩壊した時に色々壊されたりしていたみたいで休業してたと思うんだけど、峰田くんの思考を見る限りそろそろ再開するらしい。

 

「もらったんだよ!!!相澤先生に!!!」

 

「先生に?」

 

「おう!トロピカルがそろそろ営業再開するらしいんだよ!それでトロピカルが、超常解放戦線との決戦の功労者に感謝の気持ちを込めて、招待してくれるんだってよ!さっきA組の分の招待券を相澤先生から渡されたんだ!!数日は招待客の貸し切りらしいぜ!!」

 

「マジかよ!?」

 

「トロピカルってアレだよね!?海ーーー!って感じのところだよね!?」

 

「行ってみたかったけどチケットが手に入らなくて諦めてたあのトロピカル!?」

 

「そーだよ!!オイラたち皆で頑張ったご褒美をもらえたんだよ!!」

 

ブドウ頭の興奮しきった言葉に、皆が色めき立つ。

透ちゃんなんて大興奮で手を前後に動かしながら目を輝かせていた。

うん……まぁ、楽しみではある。

楽しみではあるんだけど……

それ以上にブドウ頭の妄想が目も当てられなくて、私は何も言えなかった。

ブドウ頭は嬉しくて興奮してるのもあるけど、私たちの水着姿やそれに付随する卑猥な妄想を繰り広げていて、それで大興奮していた。

決戦前は真面目だったのに、もうすっかり元の卑猥な妄想やセクハラ行為ばかりしてくるブドウ頭に戻ってしまっている。

最近のセクハラ行為には苛立ちしか感じないけど、まだ妄想だけだから……妄想だけなら……まだ、見逃してあげ―――

 

「は?」

 

それを認識した瞬間、ブドウ頭の方に歩いて近づいていく。

このブドウ頭、許されざる妄想をした。

制裁待ったなしだ。

ブドウ頭は目を見開いて鼻息を荒げながらにやけている。

 

「ヒョヒョヒョ!2ーAだけじゃなくて、マブイお姉さんたちも見放題「ねぇ」

 

ブドウ頭の頭を鷲掴みにして持ち上げる。

その隙に何をするのか察してくれた梅雨ちゃんが舌でブドウ頭の手からチケットを回収してくれていた。

 

「今誰の妄想した?」

 

「あ」

 

ブドウ頭はすぐに妄想をやめて、気持ち悪い表情をスッと引っ込めて真面目な表情でこっちを見てきた。

 

「……オイラは悪くない」

 

「……続けて」

 

まさかの言い逃れである。

私が何に対して怒っているか自体はすぐに察していて、どうにか制裁から逃れようと必死で考えているのも全部伝わってくる。

……一応、言い分だけは聞いてあげよう。

 

「波動先輩が魅力的すぎるのが悪いんだ。オイラを魅了するあのおっぱ、じゃなくて、魅力的なスタイル。波動だっていつも自慢してるじゃねぇか。だから、そんな波動先輩の水着姿を想像しちまうのも、悲しい男の性ってもんだ」

 

……確かに私はお姉ちゃんの美貌を皆に自慢して布教していたけど、このブドウ頭の妄想は許しがたいものでしかなかった。

お姉ちゃんを欲望に塗れた汚らわしい目で見るなって言っておいたはずなのに、ブドウ頭のさっきの妄想は、とてもではないけど許容できない。

ブドウ頭を掴む手に波動を集めて、身体強化をかけてどんどん握力をあげていく。

上鳴くんはブドウ頭が何を考えたのか察したらしくて、いつの間にか離れて皆と一緒に今後の話し合いを始めていた。

皆はブドウ頭のこれがいつものこと過ぎてもう何も言わずに無視を決め込んでいる。

 

「……男の性……さっきのラッキースケベがどうとかいう妄想も……その一環……?」

 

「お、おう。そうだ。水着で肌の露出が増えるイベントだぞ。ラッキースケベ、期待しちまうもんだろ。それもこれも水着のマブイ姉ちゃんたちが悪いんだ」

 

「水着……あの妄想が、水着の妄想?お姉ちゃんの、裸どころか、それ以上のことまで考えてた、あれが?」

 

「申し訳ありませんでしたぁ!!!」

 

どこまで読まれたのか察したらしいブドウ頭が、即座に謝罪してきた。

水着の妄想だけなら、お姉ちゃんの美貌に魅了されたんだって見逃してあげようと思ったけど……

だけど、そんな謝罪でお姉ちゃんへの許されざる所業を見逃すわけがない。

 

「お姉ちゃんをそういう目で見るなって言ったでしょっ!!!」

 

「ぐぇっ!?」

 

腕に更に波動を集中させた上でなぜか近くにあった長い布で雁字搦めにしていく。

ギチギチに縛り上げて身動きをできなくしたうえで、天井につるし上げた。

……とりあえず、今はこれでいいか。

後でブドウ頭が汚らわしい思考と視線を二度とお姉ちゃんに向けないように教育するとして、皆の方に合流しよう。

上鳴くんが震えながら顔を真っ青に染め上げて、『波動がいるのに波動先輩で妄想するとか勇者かよ』とか考えているのが伝わってくるけど、無視しておくことにした。

 

 

 

とりあえず、集まって盛り上がっている女子の方に向かう。

響香ちゃんが冷や汗を流しながらこっちを見ていたみたいだけど、これはお姉ちゃんを汚したブドウ頭が何もかも悪い。

 

「トロピカルに行けるんや!」

 

「楽しみだね!」

 

「波動制裁終わった?」

 

「ん……とりあえず今はおしまい……後で布教はするけど……」

 

「あ、相変わらずだね波動」

 

三奈ちゃんの質問に答えると、響香ちゃんがさらに冷や汗を増量しながら苦笑いしてきた。

そこまで引かなくてもいいんじゃないだろうか。

そう思っていたところで、飯田くんが皆の方を向いてにこやかに言い放った。

 

「ああそうだ!皆!水着の用意も忘れずにな!」

 

その言葉を聞いた瞬間、集まっていた女子の内半数が、時が止まったように固まった。

うん、まぁ、決戦が終わってから色々お祝いとかしたり、市民の人たちからもお礼として色々もらったりとかしてたから、そうなっちゃう子も多いよね、うん。

固まらなかったの、一切気にする必要がない百ちゃんと、ちゃんと管理してる梅雨ちゃんくらいだし。

私はそこまで問題はない。

甘い物を沢山食べた分は運動量を増やしたり食事を調節したりしてなんとかしていた。

というか、私たちヒーロー科は元々運動量が凄いから余程のことがないと太らないと思うんだけど……

お茶子ちゃん、響香ちゃん、三奈ちゃん、透ちゃんはそうでもなかったらしい。

 

『今水着はやばい……!最近おもち食べ過ぎたかな……』

 

『食堂の新メニュー全制覇とかするんじゃなかった』

 

『いけないと分かってても夜食しちゃうんだよね……』

 

『最近気が緩んで油断してた……絶対見せられないよ!』

 

透ちゃんはそこまで気にする程じゃないと思うけど……

本人にとっては気になるみたいで、4人でチラチラ見合って牽制し始めた。

この調子なら、今砂藤くんが作ってくれてるスイーツは4人はいらないよね。

4人がこそこそ話してたけど、その中で三奈ちゃんがそんな感じの思考してるし。

 

「特に砂藤のスイーツに注意!!」

 

「今日もスイーツ作ってみたんだけど誰か味見してくれねーか?」

 

三奈ちゃんが叫ぶのと同時に、砂藤くんが笑顔でキッチンから出てきた。

その手に持っているのはクリームたっぷりのパフェのようなスイーツだ。

当然私はもらう。

カロリーとか面倒くさいことはまた後で考えよう。

だって甘い物はカロリーゼロだから!

甘い物を食べる時に余計なことは考えちゃいけないんだから!

 

「食べる……!!透ちゃんたちはいらないみたいだから4人の分も私がもらってあげる……!!!」

 

「え、そうなのか?」

 

「う、うん!悪いけど、人からもらった甘味は喉を通らないんだよね」

 

「ええ……?いつも嬉しそうに食ってたよな……?それなら仕方ねぇけどよ……」

 

三奈ちゃんの言葉に、砂藤くんが困惑して寂しそうな表情を浮かべる。

まあ、甘い物は私たち女子が喜ぶ傾向が強いから、砂藤くんも結構それで調整したりしてくれている。

その女子の大部分が食べないなんて言えばこの反応になるのは当然か。

 

「私は食べるから……!パフェちょうだい……!」

 

「おう!たくさんあるし、好きなだけ食べてくれ!」

 

砂藤くんが渡してくれるパフェを受け取って、スプーンでクリームとアイスを掬って一気にほおばる。

キーンって若干の頭痛が来るけど、同時に口の中に甘い至福の味が広がっていく。

 

「砂藤くん天才……!!!クリームあっさり目で濃厚なアイスにぴったり……!それに蜜までかけちゃっててもうやばい……!至高の甘味だよ……!」

 

「そ、そんなに美味しいの……?」

 

私が砂藤くん作のパフェを大絶賛していると、透ちゃんが恐る恐る聞いてきた。

 

「ん……!今まで食べたパフェの中で5本の指に入る出来……!」

 

「……ゴクリ……わ、私も、ちょっとだけなら……」

 

「う、ウチも味見しようかな?」

 

「本当か!」

 

透ちゃんと響香ちゃんが甘味の魅力に負けたようだ。

お茶子ちゃんもこっちにフラフラと近づいてきていて、止める三奈ちゃんを一口だけなんて言って振り切っていた。

 

「……!砂藤また腕上げたんじゃない?」

 

「へへ……そうか?」

 

「もう一口いいかな……」

 

「口の中に幸せが広がる!」

 

「おいしい……幸せ……」

 

3人もなんだかんだで一口なんかじゃ止まらなくて、結局私と一緒にパフェを食べ続けていた。

私もスプーンが止まらない。

満面の笑みを浮かべてパフェを口に運び続ける。

 

「……やっぱ食べるーーー!私も入れてーーー!」

 

三奈ちゃんも耐えきれなくなったようで、泣きながらこっちに飛びついてきた。

うん、やっぱり砂藤くんのスイーツは我慢できないよね。

仕方ない仕方ない。

 

 

 

で、まあ私はそんなに気にしてないけどダイエットしたいのに結局甘い物を我慢できない4人は気にしちゃうわけで……

数日後、百ちゃん、梅雨ちゃんとお茶談義していたところに4人が泣きつきに来た。

 

「助けてヤオエモ~ン!!」

 

「……まあ……そうなるよね……」

 

「近頃様子が変だと思ってたわ……」

 

「事情は分かりましたけど……今すぐ痩せる道具を創造するというのは難しいかと……」

 

これは百ちゃんの言う通りでしかないだろう。

そんなすぐに痩せることができるような道具が存在するならダイエットなんて存在しないわけだし。

とはいっても三奈ちゃんは必死みたいで、百ちゃんにさらに縋っていく。

だけど、それを百ちゃんに聞くのは無駄でしかない気が……

 

「じゃあどうやってスタイル維持してるか教えて!実践するから!!」

 

「しっかりと脂肪を蓄えることですわ!創造で消費してしまいますからね!」

 

「ムリだー!!」

 

「というかそれ……太らないようにするっていうよりも……痩せないようにするスタイル維持の方法だよね……」

 

案の定過ぎる返答に三奈ちゃんも絶叫することしかできてない。

まあでも、真似したらおデブさんまっしぐらだし当然か。

百ちゃんの個性があるからこそ成り立ってるスタイル維持の方法だし。

そんな百ちゃんを尻目に、今度はお茶子ちゃんが梅雨ちゃんに問いかける。

 

「梅雨ちゃんは?あんまり気にしてなさそうやけど……」

 

「私は胃を出し入れできるから……」

 

「どう頑張ってもムリだよー!!」

 

三奈ちゃんがさらに絶叫した。

梅雨ちゃんのそれも蛙だからこそできることであって、普通の人が真似できることじゃないからこれも仕方ない。

というか、真似出来る方法なんて私の方法だけなのでは?

とはいってもオーソドックスな運動でしかないから皆に受けるかは微妙なんだけど。

そんなことを考えていたら、困ってる4人が助言をもらう流れだったのもあって、透ちゃんが私にも問いかけてきた。

 

「瑠璃ちゃんは?甘い物あんなに食べてるのに全然気にしてないけど……」

 

「……私……毎日ランニングしてるし……甘い物は量気にしないで食べてるけど……食事は昔と変わらない常識的な量しか食べてない……後は授業でも散々運動してるし……体重増えたりしてないから全然気にする必要ない……」

 

「は、走り込み……やっぱりそうだよね……地道な運動しかないよね……」

 

「ん……というよりも……皆だって……授業だけでも相当な運動量になってると思うんだけど……?」

 

私が問いかけると、4人は冷や汗を流しながら目を逸らし始めた。

 

「……運動した後って、お米が美味しく感じちゃうよね」

 

「おもち、美味しいから……しょうがなかったんだよ……」

 

「い、いただきものダメにしたら申し訳ないし……」

 

つまりそういうことらしい。

私と一緒に甘い物を食べたりしてるのに、もらったお菓子とかをいっぱい食べた上に、食事でも結構な量を食べてたからカロリーオーバーになって太ってしまったわけだ。

波動で体形を見ててもそこまでじゃないとは思うんだけど、4人的にはダメらしい。

 

「痩せなくちゃダメなのかしら……?みんな今のままで十分魅力的よ」

 

「透ちゃんもだけど……体形全然変わってないとおもうんだけど……」

 

「……ありがとう梅雨ちゃん、波動……けどね、それ以上にこの気の緩みを正したいんだよ……!」

 

梅雨ちゃんと私でダイエットはいらないんじゃないかって提案をしてみるけど、4人の決意は固いみたいだった。

本気で危機感を覚えているらしい。

……お茶子ちゃんだけはこのままの状態で緑谷くんに見られたくないっていう恋心から必死な感じみたいだけど。

 

「ではやはり運動でしょう。波動さんの先程の話を聞いているので分かると思いますけど、有酸素運動が効果的です。ジョギングやウォーキング、水泳など、筋肉への負荷が比較的軽く長時間継続して行う運動ですね」

 

「そうだよねぇ……ねぇ瑠璃ちゃん、明日から一緒にランニングしてもいい?」

 

「ん……大歓迎……なんだったら……食事の管理も私がしようか……?お姉ちゃんの食事作ってる時に……運動量と摂取カロリー考えて調整したりもしてたから……カロリー抑えめで味も美味しいの作れるよ……?隠れて食べたりしないっていう約束をしてもらう必要はあるけど……」

 

一緒にランニングを受け入れるついでに、食事管理を提案してみたら4人の目が輝きを取り戻してこっちに詰め寄ってきた。

 

「本当!?約束するからお願いしていいかな!?」

 

「わ、私もいいかな!?」

 

「私も!」

 

「う、ウチも……」

 

「ん……じゃあ皆でがんばろっか……」

 

「よろしくお願いします!」

 

4人とも特に異論はなかったみたいだ。

今日はもうランチラッシュ先生のご飯が来ちゃうから、明日から食事も色々考えよう。

明日からはランニングも皆と一緒にだし、結構楽しみかもしれない。

毎日ランニングしてるとはいっても走るのはそもそも嫌いだから、皆と一緒にランニング出来るなら私のモチベーションにもなる。

あと、皆に頼みたいこともあるし私が協力できるところは協力しておきたい。

海水浴とかプールとか、物心ついてからは行こうとも思わなかったから、お洒落な水着なんて買ったことがないのだ。

お姉ちゃんのは色々見てきたけど、自分のをわざわざ買ったことはなかった。

だから、皆と一緒に買いに行って色々助言をもらいたかった。

4人がダイエットに本気だから、ある程度トロピカルに行く日が近くなってから一緒に新しい水着を買いに行くのがちょうどいいだろうか。

そんな先の予定を思い描きながら、食事のレシピに思いを馳せた。



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番外3:常夏の楽園

チケットをもらって少し経った週末。

私たちは、ついに常夏の楽園であるトロピカルに来ていた。

今は更衣室で着替えをしているところだ。

水着も皆で買いに行って一緒に選んでもらったし、なかなかいいのが選べたと思う。

コスチュームとか学校指定の水着よりも肌の露出が多いから結構恥ずかしいけど。

私が買った水着は紫がかった鮮やかな青色……瑠璃色のビキニだ。

フリルがついている感じの可愛いやつだったりする。

お姉ちゃんの去年の水着に似ているデザインを見つけたからそれにしようかと思ったんだけど、透ちゃんを筆頭にした皆にこっちの方が似合うと思うよって勧められたからこっちにした。

色が私の名前と被ってるのはわざとそういうのを選んだのかな?なんて思わなくもないけど、皆のおすすめだし嘘を吐いているわけでもなかったから拒否する理由もなかった。

 

「やっぱりそれ似合ってるね!瑠璃ちゃん!」

 

「ありがと……透ちゃんも……似合ってる……」

 

「ありがとー!」

 

透ちゃんの水着は花柄のワンピースタイプだ。

ビキニも持ってきてるみたいだったから、どっちにするのかなって思っていたけど、こっちにしたらしい。

多分私以外にもダイエットの成果が分かりやすい水着にしたんだろうなって感じだった。

実際ランニングと適度な食事制限を頑張っただけあって、その努力の成果は推して知るべしって感じだ。

もともとよかったスタイルがさらに際立っている。

あとは、珍しく髪の毛を結っているみたいだった。

花飾りがついたシュシュでポニテにしてる。かわいい。

 

「ポニテ……珍しいね……」

 

「ふふふ、瑠璃ちゃんもいるし色々あったのもあって、最近髪型のアレンジを色々考え始めたんだよ!」

 

「ん……かわいい……すごく似合ってる……」

 

「そう?そうかな?ならよかった!」

 

髪型の感想を言うと、透ちゃんはすごくにこやかな笑顔を浮かべて嬉しそうにし始めた。

やっぱり、髪を弄っても誰にも見てもらえないし感想も言ってもらえないんじゃ、興味も湧きづらいよね。

私なら問題なく透ちゃんが見えるし、それで喜んでもらえるなら私も嬉しい。

色々って辺りで青山くんがちらつくのはよくわからないけど、透ちゃんがサプライズにしたいみたいだしそれならそれでいいか。

深くは読まないでサプライズとやらを楽しみにしておこうかな。

そう思いながらお互いに褒め合って、皆の方に向かった。

 

皆ももう着替え終わって談笑していたみたいだった。

お茶子ちゃんはパステルカラーのビキニ。ストラップに綺麗な飾りがついてる感じのやつだ。

髪もハーフアップで結ってる。

梅雨ちゃんはワンピースタイプの水玉模様。

髪の結い方が凄く凝っててすごい。これだけでも時間がかかりそうだ。

三奈ちゃんはストライプのビキニ。フリルもついてる可愛いやつ。

髪に南国風の花飾りをつけてる。

響香ちゃんもビキニ。シンプルなやつだけど、チョーカーもつけてアレンジしてる。

百ちゃんは……なんというかすごい。

この前皆で水着を買いに行った時にこれは無理って私がすぐに却下した、クロスデザインのセクシーな水着。

胸元を惜しげもなくさらしてるし、真似できないししようとも思えない……

あれは百ちゃんみたいな身長と圧倒的なスタイルがないと無理だ。

創造をしやすいようにするためなんだろうけど、プールでその懸念をする必要があるのかは甚だ疑問だ。

普通のビキニでも十分すぎるほどの露出があると思うし。

 

「……百ちゃん……相変わらずすごい露出だね……そういうの……私だと絶対似合わない……」

 

「ヤオモモちゃんの水着はスタイルと身長と自信とって感じで、全部併せ持ってないと真似できないよねぇ」

 

「……?そうでしょうか?」

 

私と透ちゃんの感想に百ちゃんが腕を組んで頬に手を添えながら小首を傾げてるけど、その姿すらもすごいという感想しか出てこなかった。

私と透ちゃんも持っている側ではあるんだけど、百ちゃんはそれ以上の物を持っていた。

というか、響香ちゃんの雰囲気が怖いからこの話やめよう。

梅雨ちゃんもそんな雰囲気を感じ取ったのか、別の話題を振ってくれていた。

 

「4人とも、水着とても似合ってるわ。瑠璃ちゃんと色々している姿を見ていたから知ってはいたけど、ダイエット、頑張ったのね」

 

「とーぜん!やればできる女ですから!」

 

三奈ちゃんがドヤ顔で胸を張っていた。

その話題を聞いて、響香ちゃんの雰囲気ももとに戻っていた。

 

「まあでも、波動がいてくれたから無理なくダイエット出来たよね。私たちだけだったらがむしゃらに運動してただけだった気がするし」

 

「ねー、カロリー抑えめなはずなのにご飯すっごく美味しかったし」

 

「役に立ったなら……良かった……」

 

「役に立ったなんてもんじゃないよ!」

 

ダイエットが成功したのは皆が頑張ったからこそでもあるし、私は成功の一因でしかないはずだ。

走り込みとか若干物足りない食事の中での間食禁止とか、自分自身で頑張らないといけない部分があったのは確かなんだし。

それでも、皆が自信を持って水着に着ることができるようになったならよかった。

そのまま皆で和やかに褒め合いながら更衣室を出て、男子と合流するべくプールの方に向かった。

 

 

 

「ひょー!!」

 

「はしゃぎすぎ!!」

 

案の定こっちを見た瞬間に奇声をあげたブドウ頭に、三奈ちゃんが持っていたビーチボールで即制裁してくれた。

うん、まあこのくらいならもう慣れたから特に思うことはないんだけど、うるさいのは事実だしそういう意味での制裁はありだとは思う。

ビニールに空気入れてるだけのやつだからそんなに痛くないだろうし。

とりあえずブドウ頭は実害がない限り放置でいいや。

見られるのは分かった上での水着だし、実際他の男子の思考も結構浮き足立ってるし、何もブドウ頭だけじゃない。

緑谷くんなんてお茶子ちゃんがすぐに話しかけにいって初期みたいなドモリ具合になってるし。

お茶子ちゃんが積極的なのは私たち的にも嬉しい限りだし、そのまま緑谷くんにガンガンアタックをかけてもっと意識させてあげるといい。

そんな状況なのもあって、いくら私たちを見て妄想を働かせ始めてるブドウ頭だとしてもセクハラされない限り制裁はかわいそうな気もするから、とりあえずもう放置だ。

それはそれとして……

 

「……飯田くん……ユニークな水着着てるね……」

 

「良い水着だろう?機能美を追求したんだ。身体に密着し、縫い目を少なくすることで水の抵抗を最低限に、さらには撥水性にも優れているんだ。それに、エンジンにも干渉しない。まさに俺のための水着と言っていい」

 

「機能美……なるほど……うん……いい水着……だと思う……うん……」

 

飯田くんは、首から膝上にかけてぴっちり覆う水着を着ていた。

ここまでは男子でもそういうタイプの水着はあるだろうし珍しいことじゃない。

実際身体にフィットしているし、縫い目が少ないから水の抵抗が少ないというのは否定のしようがない事実だと思う。

問題はそのデザインだ。

全体が赤と白の縞模様ってどういうことだ。

機能美に優れた水着を自慢したいのか、飯田くん自身がそのクソダ……奇抜な水着を清々しい輝く笑顔で着てるし。

他の男子が無難な水着を着てるだけに余計に目立つ。

……本人が気に入ってるならこっちが口を挟む問題じゃないのは分かってる。

デザインに関して何かを言うつもりもない。

男子も飯田くんを微笑ましく見守っただけみたいだし、きっと他の女子もデザインにツッコんだりしないだろう、きっと。

 

「随分歯切れが悪くないかい?……まぁいいか。波動くんも、とてもよく似合っているよ」

 

「ん……ありがと……」

 

飯田くんの純粋な賛辞に素直にお礼を言う。

うん、飯田くんは本当に邪な思考が過りもしないな。

流石のクソ真面目だ。

ただ純粋に私に似合っているっていう点だけを褒めてくれている。

そんな純粋な誉め言葉に、悪い気は一切しなかった。

 

「じゃあ泳ごうぜ皆ーーー!!」

 

「イエーーー!!!」

 

私と飯田くんがそんなやり取りをしていると、とりあえず合流できたことで気が急ったらしい上鳴くんや三奈ちゃんがいきなりプールに飛び込んだ。

それを見た瞬間、さっきまでにこやかだった飯田くんの動きが止まった。

あぁ、そうだよね……クソ真面目だもんね……

 

「君たち!!飛び込んだら危ないじゃないかっ!!それに準備運動もしていないだろうっ!?」

 

「えー!?このくらいよくない!?せっかくの貸し切りだよ!?このおっきなプールに私たちくらいしかお客さんいないんだよ!?」

 

「そうだぜ飯田ー!こういう時じゃないと飛び込みなんてできないだろー!?」

 

「……一理ないわけではないが、そうだとしてももう少し落ち着きをもってだな―――」

 

……長くなりそうだな、これ。

そんな感じなのもあって、お説教を始める飯田くんを尻目に、プールサイドに残っていた皆で無言で頷きあってから粛々と準備運動を始めた。

 

 

 

「いくよー!そーれっ!!」

 

「ケロっ!」

 

お茶子ちゃんが上空から叩き落としてくるビーチボールを、梅雨ちゃんが下から掬って打ち上げる。

 

今は女子皆で円になってビーチボールで遊んでいた。

ひとしきり泳いだ後に何故か自然に始まったから、私と百ちゃんは困惑してたけど、他の皆は大盛り上がりでやり始めたから友達と水遊びってこういうものなのかもしれない。

実際、昔暇があれば読んでた小説とか漫画とかで、海とかプールとなるとこういう遊びをしていることが多かったし。

私は波動の揺らぎと思考から誰に返そうとしてるのか分かるから基本的に棒立ちだ。

自分の方向に打とうとする意思が読み取れる時とか、暴投で飛んできたときに対応するくらいだ。

そう考えたところで、三奈ちゃんが私の方に飛ばしてきそうな思考をし始めた。

それを受けて打ち返せるように準備を始める。

 

「っとと!?ごめん波動!」

 

「ん……大丈夫……」

 

三奈ちゃんがレシーブを失敗してしまって、ビーチボールは高く飛び上がってしまった。

まああらかじめある程度準備してたから普通に対応できる。

波動の噴出で一気に跳び上がって、波動を感知しながら打ち返す先を考える。

視界の端にプールサイドに座りながら『いい眺めだな』、『全くだ』なんて話してる2人がいて、ブドウ頭の内心と合わさって一瞬そっちに剛速球を飛ばしてやろうかと思ったけど、無視だ、無視。

ブドウ頭の私たちの身体を論評するような思考に加えて、さらにその節々から私の身長に対しての思考も読み取れるのがイラッとするけど、こういうのは無視するのが一番だ。

そう思って、百ちゃんの方に加減しながら打ち返した。

 

「百ちゃん……!」

 

「はい!」

 

百ちゃん含めてヒーロー科は基本的に運動が出来るから、それも簡単にはじき返してくれる。

次は透ちゃんの所に飛んで行っていた。

それはいいんだけど……百ちゃんが今の水着で運動するの、目の毒すぎる。

というか、ブドウ頭と上鳴くんの視線が百ちゃんに釘付けになってる。

……流石に運動系はやめといたほうがいいか。

響香ちゃんもそんな感じのこと考えてるし……うん、やめとこう。

透ちゃんがあらぬ方向に飛ばしてちょうどラリーが途切れたし。

 

「……ちょうどいいタイミングだし……別のことしよっか……」

 

「あー、そういうことだよね。うん、ウチもそうした方がいいと思う」

 

「そういうことって?」

 

透ちゃんが疑問符を浮かべながらこっちを不思議そうに見てくる。

それに対して、私は鼻の下が伸びてるブドウ頭の方を小さく指さした。

それを見て皆もすぐに察する辺り、前科がありすぎるブドウ頭だった。

 

その後はのんびり浮き輪に乗ったり、ビーチみたいになっているところでビーチチェアに座りながらトロピカルジュースを飲んだりして過ごした。

うん、こういう風に穏やかに過ごすのも悪くないと思う。

周囲にいるのがA組以外だと招待されてるヒーロー何人かって感じだから、邪で鬱陶しい思考とか視線はもちろん、囲まれたりとかもなくてのびのび出来るのがなお良しって感じだ。

 

そんな感じで過ごしてお昼になった。

お昼はトロピカル内にあるフードコート的なところで食事だ。

それで、私はちょっとわくわくしてることがあった。

それは、漫画とかゲームとかそういうのでは、海の家ではまずいラーメンが定番らしい。

ここトロピカルも南国風だし、海みたいな感じだし、噂のまずいラーメンという物を味わえるのではないだろうか……!?

なんて思っていたんだけど……

 

「……まずくない……普通に美味しい……なぜ……」

 

「え、美味しいのはいいことでしょ?なんでショック受けてるの?」

 

一緒にラーメンを頼んでいた透ちゃんが隣で不思議そうにしている。

美味しいのはいいことなんだけど、思ってたのと違うというかなんというか……

商業施設にそういう定番を求めること自体が間違いだったか。

いやでも、海の家だって商売してるはずなのに、なんでまずいラーメンが定番なんてことになるのか。

やっぱり食べてみないと分からない。

謎過ぎる。

そう思いながら普通に美味しいラーメンをつるつると食べていると、近くの席に座って緑谷くん、飯田くんと一緒にラーメンを食べていた心操くんが話しかけてきた。

 

「あれだろ?海の家みたいなのを想像してたとか、そういう感じの」

 

「あ、そういうことか」

 

「心操くん正解……海の家のまずいラーメンっていうの……興味あったから……」

 

「まずいラーメンなのに、わざわざ食べてみたかったの?」

 

「ん……小説とか……漫画とかで……よく出てくるから……どういうものかなって……」

 

透ちゃんの質問に正直に答えると、皆苦笑した感じになった。

飯田くんとか百ちゃんとかはきょとんとしてるけど、多分単純にそういうところで食べたことないだけな気がする。

というか、皆の思考を見る限り、まずい、そこまでまずくない、普通に美味しいとか、感想がバラバラだ。

そういう感じなのか。

それとも、地域差がある?本当に謎だ。

なんで客商売なのにまずいまま出すんだ。

 

「味自体は言ってくれた通りそこまで美味しくないのかもしれないけど、友達とか家族とかと楽しい雰囲気の中で食べるから美味しく感じたり、思い出に残ったりするのもあるんじゃないかな」

 

「……なるほど……?」

 

緑谷くんが割と腑に落ちる意見を言ってくれた。

なるほど。それなら確かに印象に残りやすいか。

実際私も、闇鍋とかもすっごくまずかったはずなのに、皆と一緒に食べてるってだけで楽しかった思い出として記憶に残ってるし。

つまり、基本的にはまずいけど、雰囲気とかのおかげで美味しく感じる可能性もあるってことか。

だから売れるし海の家もわざわざ変えたりしないでそのまま出し続けると。

なるほど納得。

そういうことなら今後機会があったら食べてみるくらいの感じでいいかな。

わざわざそれ目的で行動を起こすようなものじゃないな。

 

 

 

そんなこんなで食事を食べ終わってそのままフードコートでのんびりしていると、徐に透ちゃんが立ち上がった。

 

「よし!瑠璃ちゃん、ちょっと待っててね!」

 

「……?ん……分かった……」

 

思考の感じからして、朝考えていたサプライズ的な何かを過らせている。

……着替えに行った?

まぁいっか。

皆もまったり休憩モードになってるし、お喋りしながら待ってれば苦痛でも何でもない。

そう思っていたところで、青山くんが近づいてきた。

 

「波動さん」

 

「どうしたの……?」

 

「いや、その……この後、葉隠さんがしようとしていることに協力するからね。あらかじめこっちに来ておいたんだ」

 

本当のことを言ってるけど、本心じゃない?

……これ、透ちゃんとの約束か何かを口実に私と話に来たのかな?

というか、透ちゃんもしかしてこれを餌にして協力をお願いした?

……まあいいか。

悪意を感じないし、話したいだけみたいだし。

 

「は、波動さん!水着、とても似合ってるよ☆」

 

「ん……ありがと……青山くんも……似合ってる……」

 

青山くんはもはやチャームポイントと言ってもいい星の模様が入った海パンだ。

似合っているのは間違いない。

それはいいんだけど……ドモったりしてる理由も全部こっちに筒抜けになってるだけに、私としては気まずさが勝ってしまうのが困りどころだ。

その後も若干挙動不審になりながら話を振ってくる青山くんと話しながら透ちゃんを待った。

同性同士で話したりしてるところも多いけど、緑谷くんとお茶子ちゃんが顔を赤くしながら話してたり、響香ちゃんが上鳴くんをからかってたりとか、納得の組み合わせになってるところもある。

私はこのまま静観するつもりでしかないけど、お茶子ちゃんたちは進展があるといいなぁなんて思いながら話し続けた。

 

そんな感じで少し待っていると、透ちゃんが戻ってきた。

案の定フリル付きの白いビキニに、頭に花飾りを付けたりとすごくかわいい感じになってる。

皆には見えないのが勿体ないくらいだ。

 

「瑠璃ちゃんおまたせ~!」

 

「おかえり……水着、可愛い……そっちも似合ってるね……」

 

「ありがとー!着替えてきちゃいました!」

 

照れたような表情で頭を掻きながら、朗らかな笑顔で答えてくれる。

うんうん、可愛い。

 

「でも……なんで着替えてきたの……?」

 

「あれ、読心で読めてない?」

 

「読めてないというよりも……透ちゃんがサプライズって考えてたから……深く読まないようにしてた……」

 

「そういうことか!気を遣ってくれてありがとー!でも、読まないでくれたならそれだけびっくりできるサプライズだよ!」

 

透ちゃんがドヤ顔で胸を張っている。

青山くんが関わるなにかでびっくりできるサプライズっていうのがよく分からないけど、透ちゃんがそういうならきっとそうなんだろう。

そんなことを考えていたら、透ちゃんが青山くんの方に近づいていって、内緒話を始めた。

 

『瑠璃ちゃんとゆっくり話せた?』

 

『うん、ありがとう。葉隠さん』

 

『よしよし!それじゃあ、次は私に協力してね!準備は大丈夫?』

 

『大丈夫、いつでもやれるよ☆』

 

私には筒抜けになるから、その内緒話本当に意味がないんだけど……

言わぬが花か。

透ちゃんは皆から見える位置に移動して大きく息を吸い込んだ。

 

「はい!それじゃあ皆!こっちに注目!」

 

「んー?どしたの葉隠?」

 

「ふっふっふ……とっておきのサプライズがあるんだよ!大事に大事に温めた、とっておきのサプライズがね!」

 

透ちゃんのその言葉に、皆疑問符が浮かんだ。

だけど、一方で私は、この後何が起きるのか分かってしまった。

本当にそんなことができるの?

どういう原理?

私まで疑問符が浮かびまくってるのを尻目に、透ちゃんはドヤ顔で胸を張り出した。

 

「じゃあ青山くん!お願いします!」

 

「ウィ☆……ネビルレーザー!」

 

透ちゃんの掛け声と同時に、青山くんがレーザーを放った。

透ちゃんはそれを集光屈折ハイチーズとレーザーの捻じ曲げを応用したような感じの動きで、レーザーを拡散させながら霧散させた。

……それは、いいんだけど……

捻じ曲げ始めた直後から、透ちゃんが、見えるようになっていた。

波動でじゃない。

肉眼で、はっきりと見えるようになっていた。

 

「瑠璃ちゃん以外に直接見てもらうのは初めてだよね!改めて、葉隠透です!よろしく!」

 

透ちゃんはドヤ顔のままそう言って、最後ににっこりと輝くような笑顔を浮かべた。

その笑顔を、皆数秒間凝視してしまっていた。

 

「ええ~~~っ!?」

 

「ちょっ!?えっ!?どういうことっ!?なんで見えるのっ!?個性はっ!?」

 

「葉隠さんの透明化は光の屈折を利用したもののはず。青山くんのレーザーが当たることで見えるようになる?どういうシナジー?サラダ油がガラスに近い屈折率を持ってるから見えなくなるのと同じ原理で透明になってるのかと思ってたけど、違うのか?実際今まで葉隠さんは光の屈折とかを弄って光を収束させたりして光量をあげたり色を変えたり乱反射させたりしてたはず。レーザーを曲げる延長?本当にどういう……これは分析のし甲斐が「それやめろって何回言えば分かんだ出久ぅ!!!」

 

わざわざ水着を着替えたのはこのためか。

透ちゃんのスタイルなら、確かにこっちの方がインパクトも見栄えもある。

見える前提ならこっちの方がいいのは間違いない。

皆がパニックのようになっているのを尻目に、私は透ちゃんの方に歩いていって、ドヤ顔の透ちゃんと顔を見合わせながら話しかけた。

 

「透ちゃん……それ……いつから出来るようになってたの……?」

 

「これはねぇ、超常解放戦線との決戦の時に出来ることに気が付いたんだよ!クニエダを青山くんのレーザー捻じ曲げて奇襲した後に燃やし尽くして倒したんだけど、その時に何故か見えるようになってたの!私もびっくりしちゃったよ!それと同時に安心もしたけど!」

 

「安心……?」

 

「うん!だって急に見えるようになるんだよ!?もしも昔の手袋とブーツだけのコスチュームだったら……」

 

「あ……なるほど……コスチューム改造しておいて……よかった……」

 

「ホントにね!」

 

本当に、これに関しては良かったと私も思った。

もしも戦闘の真っただ中で急に透ちゃんの全裸が晒されたら……考えたくもないな。

少なくとも青山くんに全裸を見られることになりそうだし。

私も冷や汗を流しながら頷いていると、透ちゃんが急にグイっと近づいてきた。

 

「と、透ちゃん……?」

 

「私、瑠璃ちゃんとしたいことがあったんだ!」

 

「ひゃっ……!?」

 

急に透ちゃんに肩を引き寄せられて、お互いの頬が付いちゃいそうなくらい近くに顔を寄せられた。

 

「ほら瑠璃ちゃん!撮るからね!笑顔笑顔!」

 

「……なるほど……そういうこと……私も、透ちゃんと写真撮りたかったから、大歓迎……!」

 

いつだったか、発目さんに透ちゃんが写るカメラを作ってもらいたいと思ってしまうくらいには、透ちゃんと一緒に写真を撮りたかったんだ。

私だって一緒に撮りたかったに決まってる。

満面の笑みを浮かべて、透ちゃんが持っているスマホに顔を向けた。

 

 

 

「あ!いたいた!お~い!」

 

透ちゃんを中心に皆と一緒に写真を撮るのが落ち着いた辺りで、天使のような声が聞こえてきた。

お姉ちゃんだ。あとついでにリューキュウ。

来る日にちが被るなんて運がいい!

 

……まぁ、私がこの日に行くよってお姉ちゃんに伝えておいただけなんだけど。

そこになんとか半日だけとはいえ休みを被せてくれたんだろう。

 

「ねじれ先輩!リューキュウも!」

 

「久しぶりね、ウラビティ、フロッピー」

 

「お姉ちゃん……だいぶ遅かったね……大丈夫だった……?」

 

「大丈夫大丈夫!来る途中でヴィラン見かけて捕まえてただけだから!」

 

ケラケラ笑いながら教えてくれる水着のお姉ちゃんは今日も天使の如き可愛さと可憐さを振りまいている。

これは世の男たちが放っておかないのも無理はない。

私がドヤ顔で頷きながらこの後お姉ちゃんとすることを考えていると、お姉ちゃんが透ちゃんの方を見ていつもの興味をそそられる感じの思考をし始めた。

とりあえずそこを根掘り葉掘り聞くところから始まりそうだ。

そんなお姉ちゃんも無邪気で可愛いし止めるつもりもないから、透ちゃんは甘んじて受け入れて欲しい。

それが終わり次第、お姉ちゃんも含めて皆で遊ぼう。

あと、透ちゃんともっと沢山写真を撮らないと!

 

 

 

寮に帰って自室に戻ってから、透ちゃんがちゃんと写っている沢山の写真をいそいそと印刷した。

そんな写真を並べて、どれにしようかな、なんて思いながら、選別作業を進めていく。

でも、そんなに迷う必要もなかった。

透ちゃんと私が、2人とも満面の笑みを浮かべているツーショットの写真を、コルクボードの真ん中に張り付ける。

その写真を改めて見て、思わず笑顔を浮かべてしまった。




この話は9/18以前に9割方書き終えていた話です。
なんだったら番外2を書く前にここまで構想を練った上で書いてます。
だから今週のヒロアカと内容が若干被った感じになっているのは偶然です。
最新話の流れとか堀越先生のXでの葉隠のイラストの髪に無頓着とか、情報が出る前にこの話は9割方書き終えていたんです。
タイミング……


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番外4:HLB(前)

HLB。

ヒーローリーグベースボールの略称で、端的に言うと野球好きのプロヒーローが設立した草野球団体の総称だ。

草野球とはいっても、その人気自体は結構凄いものがある。

理由はHLBで採用されているルールにあると思う。

選手は先発出場の9人のみ。途中交代はなし。

ポジションチェンジは何回でも可能。

勝敗は9回終了時の点数差か、全員退場による試合続行不可能に陥るかのどちらかによって決まる。

で、ここからが一番重要なんだけど……

個性の使用が自由で、退場者が出ても試合はそのまま続行。

打者が負傷退場したら自動的にアウトになる。

ここで勝利条件の相手全員試合続行不能が悪さをしてくる。

つまり、野球の皮を被った個性使用自由のデスマッチなのだ。

そんなルールだから、とにかく派手な試合になる。

それに、プロヒーローがやっているだけあって選手の知名度も高いし、個性も一定以上の水準が保たれている。

だから草野球なのに人気なのも納得だ。

 

それで、なんでこんなことを考えているかというと……

コスチュームに着替えて、野球のグラウンドに集められたうえで、相澤先生に野球をしてもらうとか言われたのだ。

ヒーロー基礎学なのに。

 

「お前たちも困惑しているとは思うが、これはHLBからの依頼だ。もともとテレビ局からHLBにきていた依頼でな。テレビの再開に伴って、バラエティ番組やニュース番組だけでなく、どうにかスポーツによる娯楽を放送したいという話があったらしい。ただお前たちも知っての通り、多数の欠員が発生してプロスポーツは軒並み活動休止中、依頼の話が来たHLBもプロヒーローは復興のために多忙を極めている。人数を集めること自体が困難でな。そこでお前たちに白羽の矢が立った」

 

「HLBっていうと……?」

 

「HLBっていうのはプロヒーローが組織してる草野球連盟のことだよ!ギャングオルカのオルカーズとかシシドのライオネルズとかが有名だよね!」

 

挙がる疑問の声に緑谷くんがサッと解説してくれる。

まあ、いくら人気とは言っても所詮は草野球。

興味がない子は知らない子が多いのだ。特に女子。

透ちゃんとか疑問符が飛びまくってるし。

緑谷くんはヒーロー関連だから結構深い所まで知ってるっぽい。

思考からオタク知識が大量に読み取れるけど、相澤先生の説明中だから最低限の説明に抑えたらしい。

 

「ああ、そのHLBだ。こちらとしても、個性の応用という点で受けるのもありだと考えてな。特にお前たちは例の件で急成長したのもあって、既に2年の力量を遥かに超えてる。固定観念を取っ払って考えるのにも便利そうだしな。ただ、波動や轟をはじめ、テレビには抵抗がある者もいるだろう。参加したくない者は言ってくれれば、別途課題を与えて参加を免除する」

 

「……まぁ……抵抗がないわけじゃないですけど……私は別に……もう決戦の時の動画とかも散々流布されてますし……」

 

「俺も特には」

 

確かにあの時の悪評の流布に思うところがないわけではないし、変なバラエティとかに出ろって言われる感じなら全力で拒否するけど、ただの授業風景の撮影なら好きにすればいいと思う。

既にあの最終決戦の動画は散々拡散されまくってるわけだし、もう今更だ。

羽目を外し過ぎないようにする必要があるくらいで、やることは特に変わらない。

轟くんも素っ気なく返してるし、同じ考えみたいだった。

拒否する可能性のある筆頭の私たち2人が同意したのを確認して、先生は皆を見渡す。

皆も特に拒否しようとは思っていないみたいだった。

 

「よし。それなら、全員参加ということでいいな。撮影はテレビ局側で勝手にやるからお前らは気にしないでいい。全員参加だから、10人と11人でチーム分けして全員参加するように調整しろ。公平性に関しては―――」

 

その後は先生からルールを簡単に説明されて、チーム分けや人数の割り振りをどうするのかを指示された。

控えに回したら控えになった生徒だけ考える機会が減るから、強制的に全員参加。

心操くんがA組に入った影響で片方だけ人数が多くなってしまうのは、チーム分けで公平性をどうにかする。

HLBのルールでの野球経験者で、共通して感知系の個性を持っている響香ちゃんと障子くんがチームリーダーになって、1人ずつ指名していく形式でチームを決めるらしい。

それで、先に選び始めた方が10人、後に選ぶ方が11人という割り振りで交互に選んでいって、公平性を担保するって感じみたいだ。

どっちが先に選ぶかは2人に任せて、チーム分け時点から作戦や連携を考えたりするっていうのも授業の一環らしい。

 

「ウチがリーダーとか大丈夫かな……前の時のが結構トラウマになってるんだけど……」

 

「……まあ、前のようなプロヒーローの争いに巻き込まれるわけではないし、大丈夫だと思うしかないな」

 

……響香ちゃん、前にやった時は気絶したフリなんかしたのか。

まあ、ギャングオルカとシシドの仲の悪さは有名だし、その争いに巻き込まれたと考えれば仕方ないのかな。

そんなことを考えている内に、響香ちゃんと障子くんが動き出した。

どうやらじゃんけんでどっちが先に選ぶかを決めるつもりらしい。

 

「「じゃんけん―――ポンっ!」」

 

響香ちゃんがチョキ、障子くんがパーで響香ちゃんが勝った。

つまり、響香ちゃんが先に選んでいくってことだ。

響香ちゃんは少し考え込んでから口を開いた。

 

「……それじゃあ、波動!ウチのチームね!」

 

「……私でいいの……?」

 

「うん。作戦筒抜けに出来るのはそれだけで強いし、波動が1番かなって。それに……」

 

「ああ、俺も先に選ぶなら波動を選んだな。そして、そうなると後攻側が絶対に選ばないといけない人員は―――心操!お前は俺のチームだ」

 

「なるほど。そういうことね」

 

ああ、なるほど。

私と心操くんを絶対に同じチームにしないために、こうせざるを得ないって感じかな。

心操くんに対して事前の確実な対抗手段を取ることができるのが私しかいない以上、同じチームになってしまった瞬間に相手チームは話すことすらできなくなるわけだし、連携なんて一切できなくなる。

それを防ぐためには、どちらかが私か心操くんを選んだ瞬間に、相手は残った方を選ばなければいけない。

それなら、先に私と心操くんを比べて欲しい方を選んでしまった方がいいって考えか。

まあ、響香ちゃんは純粋に作戦筒抜け+読心テレパスでの連携とかを考えてたみたいだけど。

実際、相手ピッチャーがしようとしていることを読心して、バッターにテレパスで密告出来るわけだし。

私、波動の噴出ありきでも身体能力はクラスの中だとそこそこ止まりだし、身体能力はそこまで考慮されてなさそうだ。

 

「ん……そういうことならよろしく……」

 

「うん、よろしく。それで、2人目の相談なんだけどさ……」

 

「……緑谷くんか轟くんか爆豪くんの三択……」

 

「だよね、やっぱり……」

 

残ってる人たちの中だと、やっぱりこの3人が最上位だ。

超パワーに黒鞭に浮遊にと大暴れ出来るOFAの緑谷くん、特大の氷と炎をブッパできる轟くん、性格に難があるとは言っても個性の汎用性が非常に高い爆豪くん。

それに続くようにして百ちゃん、上鳴くん、飯田くんが来ると思う。

この競技、相手をKOさせるのがありな以上、純粋な野球の実力だけじゃなくて、制圧力と破壊力も評価項目になる。

そう考えると3人が圧倒的なのだ。

百ちゃんは道具を量産できるけど、身体能力は鍛えてる普通の女の子程度でしかないし、上鳴くんは百ちゃんで対策出来る上に連発不能。

飯田くんの足を考えると簡単なヒットでもランニングホームランに出来るかもしれないけど、他者への攻撃性は低くて野球面でも走るの以外は普通に打たなきゃいけないとか、とにかく何かしらの欠点が目立つ。

まあ、百ちゃんか上鳴くんを選んだら相手が残った方を取るのは私と心操くんの時と同じではあるけど。

とりあえず、そんな感じなのだ。

だから、この後選ぶなら、百ちゃんか上鳴くんで特別選びたい方が決まってないなら、あの3人から欲しい人を先に取ってしまうのがいいと思う。

響香ちゃんもそれは分かっているようだった。

 

「……じゃあ、緑谷で!」

 

「まあ……そうなるよね……私でもそうする……分析で構成を踏まえた作戦も考えてくれそうだし……早めに選ぶのは間違ってない……」

 

「だよね!」

 

実際あの3人の中なら緑谷くんが一番だと私も思う。

そんなことを話しているうちに、緑谷くんが恐縮そうな感じで近づいてきていた。

なんか、私と心操くん、百ちゃんと上鳴くんみたいなメタの張り合いみたいな選択肢以外で一番に選ばれたのが意外だったらしい。

……OFA持ってるんだから、誰が選択する状態でも緑谷くんは最上位だと思うんだけど……

まあいいか。

私たちが緑谷くんと話していると、障子くんは轟くんを選んだ。

そうなると、次に私たちがどうするかが問題だ。

爆豪くん、緑谷くんと致命的なほどに相性悪いし。

 

「……こうなると、他に入れたい人員話し合ってから次の指名考えた方がいいよね?」

 

「……ん……まずは爆豪くんを取るかどうかだけど……」

 

「かっちゃんか……指名してもいいとは思うんだけど……さっきから僕のこと睨みつけてきてるんだよね。選ぶなよって感じで」

 

「……まぁ、思考もそんな感じだよ……丸くなったとはいっても……緑谷くんと進んで同じチームにはなりたくないみたい……同じチームになってもそれなりにやってくれるとは思うけど……喧嘩しないとは言い切れないし……」

 

「喧嘩して連携取れなくなるくらいなら、最初から選ばないほうがいいかな……」

 

私と緑谷くんの意見に、響香ちゃんが渋い顔をしてそう言った。

爆豪くんは3人の中だと一番優先度低いかなと思ってたし、別にそれでもいいかなと思った。

その後は、3人で意見を出し合って欲しい人を話し合った。

私が透ちゃんを推薦して、緑谷くんが飯田くんを推薦、響香ちゃんは百ちゃんを推薦した感じだ。

私は透ちゃんと私のシナジーを考えて、緑谷くんは飯田くんの足を評価して、響香ちゃんは百ちゃんの万能性と上鳴くんとの2択を先に選んでおきたくてって感じで選んだみたいだ。

……なんか、意図せず皆一番仲がいい友達を選んでるな。

まあいいか。

とりあえず、この3人の中ならまずは百ちゃんを取るべきだ。

そうなったら障子くんは上鳴くんを取るはずだし。

その後もう1人確実にこっちが選べる。

 

 

 

そんな感じでメンバー決めの話し合いは進んで最終的には……

 

耳郎チーム     障子チーム

耳郎        障子

波動        心操

緑谷        轟

八百万       上鳴

飯田        爆豪

葉隠        峰田

常闇        切島

蛙吹        砂藤

麗日        青山

芦戸        尾白

          口田

 

って感じになった。

……嫌な予感がするなぁと思ってちらっとブドウ頭を見ると、案の定過ぎる状態になっていた。

 

「……なんだよこのチーム分けぇ!!なんで女子が全員そっちなんだよ!?」

 

「わざとじゃないし……」

 

「作戦を考えた結果だから」

 

「わざとじゃなきゃこうはならねーだろ!!?これじゃラッキースケベもやりにくいじゃぶへっ!!?」

 

「峰田ちゃんうるさいわ。これ全部撮影されてるのよ」

 

「ラッキースケベ狙い……最低……」

 

騒ぎ続けるブドウ頭を、梅雨ちゃんが舌で制裁してくれた。

本当にわざとじゃないし、撮影されてるの忘れてるんじゃないだろうか。

相澤先生が恥をさらすブドウ頭にガチギレ寸前だし、梅雨ちゃんが制裁しなければ先生が制裁していただろう。

そんなタイミングで、威勢のいい声がグラウンドに響いた。

 

「準備終わったなら位置につけぇ!実況はこの俺、プレゼントマイク!YEAHHHH!!」

 

いつの間にか合流していたマイク先生が実況し始めていた。

……さっきまで同じ感じでサッカーやってるB組の方に行ってたと思うんだけど、実況向きなこっちを実況することにしたらしい。

特に逆らう理由もないし、試合を始めるために皆粛々とグラウンドの中央に集まった。



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番外5:HLB(後)

整列をして礼をした後、自分たちのベンチの方に向かっていると、相澤先生に声を掛けられた。

 

「すまん、言い忘れていた。取材は気にしなくてもいいとは言ったが―――」

 

「……もう分かったんで……大丈夫です……先生たちとテレビ局の人たちも……テレパスに含めるようにしますね……」

 

「ああ、話が早くて助かる。手間がかかるが、一応テレビの番組にするって話だからな。片方のチームがずっと無言は困るんだ」

 

先生の言うことはもっともだと思った。

実際、私たちの会話のほとんどは私を中継する気満々だったし、基本的に無言を貫くつもりだったし。

こんな異様な光景をテレビで見せられても、視聴者は困惑するだけだろう。

仕方ない判断だと思った。

 

先生との話も終わって、早々にベンチで集まってる皆の方に合流する。

どうやらポジションを話し合っていたらしい。

 

「あ、瑠璃ちゃんおかえり!先生何の用だった?」

 

「テレビでずっと無言は困るから……無言でもいいけど……テレパスにテレビ局の人たちも含めてくれって……まあ当然の指示……」

 

「ああ、そっか。ウチらは心操相手に無言貫いたりするのはもう慣れてるけど、テレビで、しかもスポーツでそんなの見せられても困るよね」

 

「ん……そういうこと……ところで、ポジション決まった……?」

 

「外野は決まりましたわ。HLBのルールの特殊性を考慮すると、ホームランばかり打たれる可能性がありますので、飛行できて機動力もある常闇さんと緑谷さん、舌で遠くのボールを回収できる可能性のある蛙吹さんを配置することにしました」

 

……なるほど。

まあ確かに、砂藤くんとか障子くんとかは力技でホームランを打ちそうだし、爆豪くんとか轟くんとかは個性の応用でボールを吹っ飛ばせそうだ。

そう考えると跳躍、ないし飛べる人を配置するのが適切か。

 

「そんな感じ!それで、今は外野の人数を増やすべきかを話してたんだよね!」

 

「増やすとしても瑠璃ちゃんと飯田くんくらいしか適任者がおらんのやんな。私は飛び上がれても空中で細かいコントロール出来やんし」

 

「なるほど……」

 

「……ねぇ波動さん、ちょっと提案なんだけど」

 

私が皆の説明に納得していると、緑谷くんが考え込むのを辞めて声をかけてきた。

……あぁ、なるほど。

確かにそれでいいかもしれない。

残りのポジションは緑谷くんの案でよさそうだ。

そんな感じでポジションが決まった。

 

 

 

『それじゃあ皆……しまっていこー……』

 

『おー!!』

 

守備に就く皆にテレパスを飛ばしてから、百ちゃん作の伝導で電気を受け流せる紺色のマントを羽織ってキャッチャーミットを左手にはめた。

ポジションは最終的に、

キャッチャー:私

ピッチャー:百ちゃん

ファースト:三奈ちゃん

セカンド:お茶子ちゃん

ショート:響香ちゃん

サード:透ちゃん

外野(空中):常闇くん

外野(地上):飯田くん、緑谷くん、梅雨ちゃん

って感じになった。

まあ、特別に意図があって決めたのは外野陣とピッチャーとキャッチャーだけだ。

他は動きを見つつ適宜変える予定だったりする。

 

それで、相手の最初のバッターはHLBルールの野球経験者の砂藤くんだった。

開幕ブッパはどうせ対策されてるってことで止めたらしい。

まあ皆普通に避けられるようになっちゃったし、確かに今更感はある。

 

「キャッチャーが波動か……てことは、狙い球とか余計なこと考えられねぇな」

 

……これは砂藤くんの声で確定だし、普通に返答していいな。

というか、私個人は誰が話してるか普通に分かるし黙ってる必要がない。

皆のために中継テレパスしてるだけだし。

 

「ん……そういうこと……まぁ精々足掻いてみて……」

 

私はこの後百ちゃんがすることを考えて小さく笑いながら砂藤くんを煽ってみた。

これで冷静さをちょっとでも欠いてくれたら嬉しい。

 

そして、そんなやり取りが終わったところで、百ちゃんがマウンドでしていた創造が終わった。

マウンドの中央には、物々しい感じのピッチングマシンが鎮座していた。

 

「は……?え、それ、ありなのか……?マジ?」

 

「マジ……個性だからオッケーなのも確認済み……『百ちゃん……内角低め……200km/hのストレートで……』

 

『おまかせください!!』

 

私の指示を受けて、百ちゃんがきゃぴきゃぴしながら嬉々として機械を弄る。

つまりそういうことだ。

人間の限界を超えた球を投げられるピッチングマシンを作って、確実にストライクをぶち込んでいく。

そこに私の読心で狙い球とは真逆の球種、位置になるように指示をするのだ。

これだけで個性でごり押せない人たちを完封できると思ってる。

私は波動で身体強化をかければキャッチ自体は出来るし、来る場所も分かってるから早々に取り零したりもしないし問題ない。

 

そして、ドンッ!!!と凄まじい轟音を立ててボールがミットに収まった。

砂藤くんは腰が引けた感じで冷や汗を流しながら見送っている。

少し遅れて、球審をしてくれているロボットの音声が木霊した。

 

「ストライーク!!」

 

「……一応、聞きたいんだけどよ……今の何キロ出てんだ……?」

 

「ふふふ……なんと200km/h……変化球もコントロールもお手のもの……緩急までなんでもござれ……それを私の読心で采配までしちゃったり……」

 

「な、なるほど……」

 

私の返答に、砂藤くんが渇いた笑いを浮かべた。

 

「打てるかこんなもんっ!!!」

 

『シュガーマンあっという間に三球三振!!バットにかすりもしなかったー!!』

 

当然のように砂藤くんは打てなくて、叫びながら豪快なフルスイングをして三振になった。

それで、まあ1回は経験者がどんな感じなのか見せるってことで砂藤くん、尾白くん、障子くんっていう、素の身体能力に近いメンバーを固めていたらしくて、あっという間に三者凡退になった。

尾白くんは普通に三球三振。

障子くんが目を増やしてボールをしっかり見て当ててきたけど、芯でとらえることが出来なかったらしくてセカンドゴロになってお茶子ちゃんがワタワタしながら処理した。

 

 

 

1回裏、私たちの攻撃になった。

こっちは普通に打てそうな人を上位打線に回している。

1番私、2番飯田くん、3番緑谷くんだ。

……私が打てそうだと思われてるのが甚だ遺憾なんだけど……

私、そこまで運動が得意なわけじゃないのは今まで散々言ってきたと思うんだけどな……

まあ指名されたからには仕方ない。

やろうとしてることは分かるし、打てるかは別として出来る限り頑張ろう。

 

相手のピッチャーは無難に砂藤くんだ。

外野に轟くんと爆豪くんを配置しているあたり、私たちと考えていることは同じらしい。

そこまで飛ばせるかは分からないけど……

とりあえず波動を上半身に集中的に集めて身体強化をかけていく。

そして、読んだ思考かから来るところを予測して―――

 

「ストライーク!!」

 

「……あれ……」

 

「……それはそうだろう。狙ったところに寸分たがわず投げ込むというのは、神業の領域だぞ。そんなことが出来るのは八百万が作ったような機械だけだ」

 

空振りして呆然としながら出た私のつぶやきに、キャッチャーをしていた障子くんが説明してくれた。

……な、なるほど。

今まで球技なんてまともにしたことが無かったけど、普通そんなにコントロールがいいのはあり得ないわけで……

あれ、じゃあ私、読心でコースが分かっても打てなくない?

予測と違うコースに投げ込まれた時に修正できるだけの技量なんて持ち合わせてないんだけど……

 

「波動ー!!バット使わなくてもボール前に飛ばせば打った扱いになるから!!最悪バット使わなくてもいいから!!」

 

「……なるほど……?」

 

私がズーンと落ち込んでいると、響香ちゃんが叫んでアドバイスしてくれた。

……バットを使わなくてもいいとは知らなかった。

響香ちゃんが前にやった時に、実際に音圧だけで前に飛ばしたのがありだったらしい。

それじゃあいよいよ野球の皮を被った何かじゃないか。

……まあ、それがありなら……

片手でバットを持ったまま、反対の手で真空波を放つ準備を始める。

そして、投げ込まれたボールに対して、迎え撃つようにして真空波を放った。

真空波がボールに当たったのを確認して、一塁に向かって波動の噴出を使って一気に吹き飛ぶ。

ぼてぼてのショートゴロになったみたいだけど、切島くんが投げ返してくるまでの間に1塁に到達することが出来た。

 

『前もこんな感じの見た気がするが、これはありでいいよなぁ!!?とりあえず、この試合初ヒットだぁ!!』

 

「ナイス波動!」

 

「よし……」

 

「すごいな、そういうやり方もありなのか」

 

一塁の守備をしていた心操くんが、褒めるような感じで話しかけてくる。

だけど、こんなの無視一択だ。

ここまで分かりやすい罠もないだろう。

心操くんも、私が引っかかることは万に一つもあり得ないのが分かってるから変声機すら使ってないし。

 

そして次の打席の飯田くん。

ここは響香ちゃんと緑谷くん、百ちゃんがあらかじめ作戦を組んでおいたらしい。

すぐにバントの構えになった。

まあ飯田くんなら今の私と同じ感じでセーフティーバントに出来そうだし、全然ありだな。

飯田くんの思考が『これは卑怯なのでは!?』なんて感じになってるけど、立派な作戦だと思う。

実施問題なくセーフティーバントが成功してるし。

 

それで、大本命の緑谷くんだ。

砂藤くんが角砂糖を食べて剛速球を投げるけど、緑色の何かをバチバチと迸らせた緑谷くんが、一瞬で打ち返した。

このままいけば場外ホームラン確実というのがすぐ分かるくらい、特大の打球だった。

 

そんな打球を見て、轟くんがすぐに動き出した。

爆豪くんも飛んで向かおうとしていたけど、反対方向だったのと轟くんが動き出したのとで、任せることにしたらしい。

氷を出すつもりみたいだし、足場にして一気に急上昇してキャッチするつもりかな……?

なんて思って、キャッチされたら戻らないといけないから2塁の近くから様子を見守る。

だけど、轟くんは私の予想とは違う動きをした。

いや、まあある程度は予想通りではあるんだけど……

 

「轟っ!?お前なにしてんだよ!?」

 

「何してやがんだ半分野郎っ!!!」

 

「……?柵は超えないようにしたが、何かダメだったか?」

 

轟くんは、上空に大きくせり出した氷の中にボールを閉じ込めてしまったのだ。

……確かに、それならホームランにはならない。だけど……

……轟くん、もしかして野球をあんまり知らない……?

……まあ、エンデヴァーに虐待されてたわけだし、あり得ないわけじゃないか……

そう思いながら、私は本塁に向かって全力疾走を始めた。

 

「轟!!ホームランじゃないなら、ノーバウンドでキャッチするかボールを持った人間がランナーに触れなければアウトにならないんだ!!」

 

「早く溶かさねぇと!!」

 

障子くんの声を受けて轟くんが炎を出して溶かし始めるけど、普通に遅すぎる。

私と飯田くんは早々にホームイン出来た。

というか飯田くんが速すぎる。ほぼ私に追いついてたし、むしろ追い抜かないように気を遣われてた。

だけど、これで2点リードだ。

その後に続いて緑谷くんがホームを目指して走ってきている。

そんなタイミングで、飛び上がっていた爆豪くんが氷を爆発で粉砕した。

あ、まずい。

 

「ちょっ……!?飯田くんっ!!ホームから離れるよっ!!」

 

「な、なんだっ!?急にどうしたんだっ!?」

 

「いいからっ!!」

 

「死ねや出久ぅっ!!!」

 

私が飯田くんの手を引っ張って無理矢理ホームベースから離れるのと同時に、ボールを含んだ氷の塊が、大爆発を伴って凄まじい速さでホームベースに向かって射出された。

 

「流石にそれは取れんぞ爆豪!?」

 

隕石のように吹き飛んでくる巨大な氷の塊を見た障子くんは、即座に取れないと判断してベースから避難した。

とりあえずこれで直撃する可能性があるのは走ってきてる緑谷くんだけだ。

まだ後方を確認してない緑谷に大急ぎで警告する。

危機感知が反応してるとは思うけど、一応だ。

 

『緑谷くん後ろっ!!』

 

「……大丈夫、かっちゃんなら、そう来るよね!!」

 

緑谷くんも流石に予想していたらしい。

まああの氷からボールを取り出そうとすると爆豪くんが一番早いだろうし、爆豪くんがランナー緑谷くんに向かって何をするかなんて容易に想像できたんだろう。

振り向きざまにフルカウルで強化した蹴りを巨大な氷の塊に叩き込んだ。

 

「あ……」

 

「ぐっ!!?」

 

緑谷くんが自己防衛のために蹴り返した氷は砕け散ったけど、中のボールはそのまま、マウンドの近くにいた砂藤くんの方にまっすぐ飛んでいった。

10mそこらの距離から全力フルカウルで蹴り出されるボールを避けるなんて、出来るはずもなかったか……

砂藤くんはそのまま気絶してしまった。

 

「ご、ごめん砂藤くん!?」

 

『ここでデクが蹴り返したボールがシュガーマンを直撃っ!!たまらずダウンだぁああああ!!』

 

『……ボール蹴り返すのはありなのか?』

 

『ありだろ!!ほぼ正当防衛だったしなぁ!!』

 

『……早々に退場したら授業にならないな……退場したやつには課題でも出すか』

 

緑谷くんが砂藤くんの方に駆け寄ってアワアワしているのを尻目に、先生たちが解説席で話し続ける。

……そっか、ありなのかあれ。

やっぱりデスマッチじゃないか。

爆豪くんが死ねとか言いながら明らかに常軌を逸した速度のボール飛ばしてきたのとか触れられてすらいないし。

一応ホームベース目掛けて投げていたとはいっても、あれは明確な害意があったのにも関わらずだ。

最低限の体裁を保っていればいいらしい。

あ、というか緑谷くんホーム踏んでない。

 

「ランナーアウト!」

 

「え!?なんで!?」

 

主審ロボットにアウトを宣告された。

緑谷くんもびっくりしたのか、砂藤くんから目を離してロボットの方を振り返っている。

 

「……なんでもなにも……走路外れてマウンドの方に駆け寄ったでしょ……ホームベース踏む前に……」

 

「緑谷、野球は走路から横に3フィート……約1m離れた位置を走ったらアウトだ」

 

「そうなの!?」

 

障子くん詳しいな。

思考を見る限り、走路……塁間を結ぶ直線から左右それぞれ3フィートが走路で、そこからさらに3フィートの位置を走ったら自動的にアウトらしい。

走路外れたらダメなのは知ってたけど、細かい数字までは知らなかった。

とにもかくにも、緑谷くんはアウトだ。

爆豪くんはなんかご満悦な感じになってる。

アウト≒死に追いやって満足したらしい。

み、みみっちい……

 

砂藤くんがダウンしたから、そのままピッチャーは峰田くんに変わった。

響香ちゃんや障子くんの思考からして、前回もピッチャーをしたらしい。

今度のバッターは常闇くんだ。

何やら気合を入れている峰田くんは、常闇くんの視界に入らないようにしてロージンバッグを使ってすごい勢いで煙を立てている。

そんなにロージンバッグを使ってどうするんだろう。

……?

は?

それは流石にダメでしょ。

何が『誰にも打てないオイラの魔球の再来』だ。

ブドウ頭が投球動作に入ろうとしたところで不正を確信して、即座にタイムをかけた。

 

「タイム……」

 

「どうした波動」

 

常闇くんが確認してくるけど答えないで峰田くんの方に歩いていって声をかける。

 

「ボール見せて……」

 

「なんだ?オイラの玉に興味があるのか?波動もなかなk「御託はいいから見せて」

 

「な、なんだよ!?やめろよ!?」

 

ブドウ頭がふざけたことを言っているのを遮って、その手を強引に掴む。

やっぱりこれボールじゃないじゃないか。

このブドウ頭、もぎもぎとボールをすり替えてロージンバッグで白く偽装していたらしい。

これじゃあもぎもぎがバットにくっついちゃうんだから、どうやってもバッターは打てない。

 

「主審……不正です……ボール以外のモノを投げようとしてました……」

 

私がそういうと同時に、主審のロボットが近づいてくる。

それを確認して、ブドウ頭の手を離した。

ロボットがそのままブドウ頭が手に持っている物を確認してくれる。

 

「……グレープジュース退場!!」

 

「なんでだよ!?よく見てくれよ!!なぁ!!」

 

ブドウ頭が主審ロボットに詰め寄っていくけど、全く相手にされていない。

これ以上何かを言うつもりはないらしい。

……とりあえず私はブドウ頭から距離を取っておこう。

いつも通り過ぎる最低な目的で、主審ロボットに詰め寄って揉み合いになろうとしてるみたいだし。

実際、私が離れたタイミングで、狙いすましたかのようにブドウ頭がわざとらしく弾き飛ばされる演技をし始めた。

 

「うわっ!?……あれ、な、なんで波動、離れてるんだよ!?」

 

「……その思考見て……そのままそこにいると思ってるの……?最低……」

 

「なにいって「峰田、もう喋るな。お前はこっちだ」……はぃ……」

 

なおも食い下がろうとしてくるブドウ頭に、地を這うような低い声がかけられた。

まあ相澤先生なんだけど。

これ以上恥をさらす前に回収しに来たらしい。

不正だけでもアレなのに、さらにセクハラまでしようとしたのだ。

流石に先生的にもアウトだったらしい。

というかブドウ頭、テレビの撮影してるの忘れてるんじゃないだろうか。

回収されたブドウ頭は、そのまま相澤先生に連行されて実況席行きになった。

 

 

 

その後、相手のピッチャーが爆豪くんに変わった。

そこからは投手戦みたいな感じになっていた。

爆豪くん、ボールを投げる瞬間に爆発でブーストをかけてすごい剛速球を投げてくるのだ。

女子勢はバットに当てることすらできず、飯田くんはまともに飛ばせず、常闇くんは爆豪くんが閃光弾(スタングレネード)で対策してきて爆速ストレートに対抗できず。

私も真空波で迎え撃ってみたけど、まともに飛ばないであえなくアウトになってしまった。

まともに当てられるのが緑谷くんだけだったから、結局点数にならなかった。

こっちの守備はこっちの守備で、百ちゃんのピッチングマシーンはまだ攻略されてなかった。

そんな感じなのもあって、5回裏時点で2対0とこっちのリードのままだ。

爆豪くんと轟くんには爆発と氷で痛い目に合わされそうになったんだけど、なんとか皆回避して誰もKOはされてない。

今のところ退場者は緑谷くんにKOされた砂藤くんと、反則退場のブドウ頭だけだ。

それで、次はちょうど上鳴くんの打席だった。

上鳴くんの思考からして、気付かれたな。

百ちゃんにテレパスしておかないと……

 

『百ちゃん……上鳴くん気付いたみたい……避ける準備しといてね……』

 

『わかりましたわ。波動さんも、感電しないように気を付けてくださいまし』

 

『ん……気を付ける……ありがと……』

 

これは私も百ちゃんも、緑谷くんたちも、皆分かっていたことだ。

百ちゃんのピッチングマシンは、緻密な制御をするために電子制御装置を搭載している。

どんなに電気に対する対策をしたとしても、そこに雷が直撃するような電撃を当てられてしまえばショートする可能性が非常に高い。

だから、このピッチングマシンは、上鳴くんが一番の攻略法だったりするのだ。

一応、上鳴くん自身も何もしてないのに雷撃だけ放つなんて無法はするつもりないみたいだし、空振りしながら電気を出してきそうだな。

 

「分かっちまったぜ、それの攻略法っ!」

 

「……わざわざ分かりやすく警告しなくても……こっちも察してるからいいよ……もう百ちゃん含めて皆に知らせてあるから……お好きにどうぞ……」

 

「えぇ……?なんかあっさりすぎねぇ?いや、やりやすいからいいんだけどさ」

 

上鳴くんが若干拍子抜けしたような感じでバットを構えた。

マシンが一球目を投げ込んだ瞬間、私を含めた内野陣は大急ぎで上鳴くんとマウンドから距離を取った。

ファーストからサードまでの皆は外野まで走っていって、マウンドの百ちゃんは常闇くんが速攻で回収した。

私は後方に逃げて上鳴くんから離れている。

そして、空振りすると同時に、上鳴くんが放電した。

正面に盛大にぶちまけられた電撃によって、マウンドのピッチングマシンは大爆発を起こした。

 

『チャージズマによってピッチングマシンが破壊されたぁ!これで試合が動いたかぁ!?』

 

「よっしゃあ!見たか!」

 

「ん……予想通り……主審、ピッチャー交代で……」

 

予想通りの結果に、主審のロボット交代を告げる。

それを見た上鳴くんは、またきょとんとして声をかけてきた。

 

「あれ、また創造してマシン作らないのか?いたちごっこになるの覚悟で壊したんだけど」

 

「一応テレビだし……同じ絵が続くのは面白くないと思うから……」

 

というか、攻略されるのはこっちも承知の上なのだ。

相手に上鳴くんがいるんだし。

 

だから、ちゃんと次のピッチャーも考えてある。

それも踏まえて、百ちゃんは適当な位置の守備に移動してくれている。

私ももう定位置に座ってるし、油断してるのか知らないけど上鳴くんはバッターボックスに入ったまま誰がマウンドに上がるのか考えてる。

次のピッチャーも、もう動き出してる。

さっき爆発して転がっていったボールが都合よく目の前にいったみたいで、もうボールも持ってる。

……手袋とブーツは脱いでるから、私にしか分からないだろうけど。

 

「あれ、ピッチャー誰だ?誰もマウンドに―――」

 

上鳴くんがそこまで言ったところで、私はキャッチャーミットを前に出して投げ込まれたボールをキャッチした。

 

「ストライーク!!」

 

「はぁ!?」

 

「……次のピッチャー……壊れたマシンの片付け終わってから……すぐにマウンドに立ってたよ……」

 

透ちゃんの忍者スカーフに包まれたボールを、スカーフをちょっとだけずらして見せてあげる。

それを見た上鳴くんが固まった。

 

「葉隠がピッチャーかよ!?というかそれありなのか!?ボール以外のものも投げてるじゃねぇか!?」

 

「そうだそうだ!!オイラは退場で葉隠セーフは変だろぉ!!」

 

上鳴くんに便乗して解説席にいるブドウ頭まで喚き出した。

だけど、ルールに抵触しそうな部分を確認してないわけがないだろう。

私が返答しようとしたら、透ちゃんがマウンドから元気よく声を張り上げた。

 

「ルールは確認済み!ボールに個性由来の何かを付ける分にはOKだって!だからこれはあり!!」

 

透ちゃんの返答に、上鳴くんが完全に固まった。

その隙に、透ちゃんはさっさと構え始めている。

私もさっさと座って上鳴くんにバッターボックスに戻るように促す。

上鳴くんも素直に従ってくれたけど、ほぼ諦めていた。

多分彼なりに必死で何かを観察してはいたんだろうけど、透ちゃんがまだ何もしてないうちにバットを振ってしまっていた。

透ちゃんはそれを見てから悠々と緩いボールを投げて、上鳴くんはあえなく三振になった。

 

「こんなの打てるわけねぇじゃねぇかっ!!」

 

「ふっふっふっ!これが私と瑠璃ちゃんのコンビネーションの力だよっ!」

 

「……打てるものなら、打ってみて……」

 

これが出来るから私は透ちゃんを推薦したのだ。

一応攻略法があるにはあるけど、上鳴くんにそれは不可能だ。

攻略できる可能性があるのは、相手チームだと爆豪くん、轟くん、障子くん、青山くんだ。

とはいえ、青山くんの場合は見えるようにした後に実力で打つしかない上に、見えるようになるのもそんなに長くないから、必ず攻略できるってわけじゃないけど。

他の3人は、ストライクゾーン全域を覆うように攻撃してきた時に打てる可能性がある。

まぁ、それに気付いたとしても、バットを振る意思がある時は私がストライクゾーンから大きく外して投げるように誘導するから、しばらく打てないと思うけど。

 

 

 

なんだかんだで回は進んで最終回の9回裏。

相手チームの攻撃だ。

こっちのチームはお茶子ちゃんが個性を使って、大量のバットを振って強引に当てたボールに無重力を伝播させて、ホームランで追加点があったくらいだ。

流石の轟くんでもほぼ真上に無限に飛んでいくボールをどうにかすることはできなかったらしい。

むこうのチームはここまでまともに打ててなかった。

爆豪くんと轟くんと障子くんは読心で徹底的にメタを張って打たせなかったし、青山くんは案の定レーザーで透ちゃんを見えるようにしてきたけど、それと同時に透ちゃんが集光屈折ハイチーズで直視できないレベルで光り続けることで強引にアウトを取った。

だから、結局9回まで誰も攻略できていなかった感じだ。

そんな感じで3対0。

今は透ちゃんにピッチャーが変わってから、2回目の爆豪くんの打席だ。

2アウトまでは追い込んだんだけど、炎を前面に展開した轟くんがその揺らめきから大体の投げたタイミングと位置を察して、氷ブッパでボールをはじき返してヒットを打ってきた。

守備でちょっともたついたのものあって、ランナー2塁の状態で爆豪くんに回ったのだ。

……嫌な予感がする、というか、爆豪くんがもう我慢の限界みたいな感じの思考になってる。

暴虐の限りを尽くしそうな感じだった。

一応、何回かストライクゾーンから外しておくかな。

そう思って透ちゃんにテレパスして、投げてもらったんだけど……

 

『皆っ!!打たれるっ!!その後は強引に突破してくると思うっ!!注意してっ!!』

 

「はっ、テメェらの動き散々見て、配球も投げるタイミングも大体分かってんだよっ!!前に転がすだけなら不可能じゃねぇっ!!榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)っ!!」

 

正面に、凄まじい爆風を巻き起こしてボールをはじき返した。

直撃は免れたボールは、力なく透ちゃんの方に転がっている。

 

「透ちゃんっ!!ファーストっ!!」

 

「うんっ!」

 

爆豪くんは、打ってすぐに爆速ターボで1塁に吹き飛んでいる。

だけど、一応透ちゃんの目の前に転がっていたから、ギリギリ間に合うかもしれないラインだ。

ファーストの三奈ちゃんも、この後何が起きるのかは大体察していたらしい。

送球をキャッチしてすぐに酸を出し始めた。

 

「溶解度は落として……アシッドマン・ALMAっ!!」

 

「おせぇっ!!徹甲弾 機関銃(A・Pショット・オートカノン)っ!!」

 

爆豪くんは、自分の方にぶちまけられた大量の酸を、三奈ちゃんもろとも連発する爆風で吹き飛ばした。

吹き飛ばされた三奈ちゃんが零したボールは、常闇くんが即座に拾い上げてお茶子ちゃんの方に投げた。

お茶子ちゃんもそのまま爆豪くんの前に立ちはだかってタッチアウトにする気満々になっている。

そんなお茶子ちゃんを尻目に、爆豪くんは上空に大きく飛び上がった。

 

「うえっ!?それありなんっ!?」

 

「走路から横にはずれてねぇだろうがよっ!!」

 

爆豪くんはそのままお茶子ちゃんに頭上に急降下して、触られる前に爆発を使って気絶させてしまった。

ボールはそのままコロコロと転がっていく。

響香ちゃんと百ちゃんも爆豪くんの走路上にいるけど、ボールを持ってないのに正面に立ちはだかることはできない。

……これ、私が最後にぶつからないとダメなやつか。

案の定、外野から凄まじい速さで走ってきた緑谷くんがボールを拾って、私の方に投げようとしてるし。

 

「波動さんっ!!!」

 

OFAを使って投げられたそれは、緑色の閃光を纏いながらすごい速さでこっちに飛んできた。

いや、取れるよ。取れるけど、もうちょっと手加減を……

仕方ないか……

波動を四肢に集めて、可視化して纏うレベルまで圧縮していく。

その流れのまま剛速球を強引に受け止めて、圧縮を解除しないで飛んでくる爆豪くんに向き合う。

爆豪くんは、もう目の前まで迫っていた。

馬鹿正直に待ってたら三奈ちゃんたちの二の舞だ。

そうならないために、手をかざしながら飛んでくる彼に向かって、特大の波動弾を形成しながら飛び掛かった。

 

榴弾砲(ハウザー)―――着弾(インパクト)っ!!!」

 

「波動弾っ!!!」

 

大爆発を波動弾をかざすことで防ぎつつ、どうにか爆豪くんにタッチすれば……あ、まず―――

 

「前から言ってんだろ―――てめぇの攻撃は、読みやすいってなぁっ!!爆破式(エクス)カタパルトっ!!!」

 

「ぐっ!!?」

 

私が以前荼毘にしたみたいに、三角跳びの要領で波動弾を避けるようにして射線からズレた爆豪くんが、爆発を使って高速で回転しながら、私の方に吹き飛んできていた。

準備していなかった方向からの強襲を受けきることが出来るはずもなく、吹き飛ばされてしまった。

そのままバックネットまで吹き飛ばされて、私の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

結局あの後、試合は次のバッターである口田くんを緑谷くんの剛速球で強引にねじ伏せて3対2で私たちの勝ちになったらしい。

最後の爆豪くんの暴虐で、三奈ちゃん、お茶子ちゃん、私を一気にKOされたけど、最終回であと1アウト取ればいいって状況だったのが幸いしたと思う。

まあそんなのはもうだいぶ前のことだからどうでもよくて、今は皆でそのテレビでの放送を見ているところだった。

 

私たちがワチャワチャ試合をしていただけだったのを、テレビ局の人が凄くうまく編集してくれたと思う。

特に悪意ある編集とかは見当たらなくて、純粋に私たちの個性の簡単な説明を添えつつ、マイク先生の実況と相澤先生の解説を主体に進んでいく形式だった。

私のテレパスも、分かりやすくテロップを入れることで差し込んでくれてるし。

普通に面白くなるように編集してるあたり、流石にプロだと思った。

まぁ、その犠牲になった哀れなブドウ頭がいるんだけど。

 

「なんでオイラだけこんな扱いなんだよっ!?おかしくないかっ!?」

 

「別におかしくないでしょ?峰田最低だったし」

 

「ん……反則した上にセクハラ未遂まで……言動まで含めたら完全にセクハラ……さもありなん……」

 

「むしろ、見せ場皆無だったのを面白おかしく弄ってくれただけマシだったんじゃない?」

 

女子が辛辣な言葉を浴びせると、ブドウ頭はぐぎぎと悔しそうに歯ぎしりをし出した。

自業自得とはいえ、ブドウ頭がやろうとしたセクハラを全部解説された上で前科があることまでバラされて、そのことをバラエティ風に弄られていたのだ。

前科がバレた原因が、実況席でしていたブドウ頭自身と相澤先生のやり取りのせいだったとしても、思うところがあるのだろう。

ブドウ頭、決戦の映像でAFO相手に啖呵切ってるのとかで結構ファンが付いてたはずだけど、もう二度と女子のファン付かないんじゃないだろうか。

まあ、女子のファンが欲しければ行動を改めろとしか言えないんだけど。

 

「あんまりだー!!」

 

ブドウ頭の心からの嘆きが寮に空しく木霊した。

上鳴くんや緑谷くんといった仲のいい男子が峰田くんを慰めに行ってるけど、女子は完全に放置の態勢に入っていた。

ここで慰めれば調子に乗ってセクハラしてくるのが目に見えてるし。

女子は女子で、お茶会をしながら反省会も兼ねて録画した番組を再生し始めていた。

峰田くんも慰められて気を取り直したらしく、最終的には反省会を兼ねたお茶会に皆が参加していた。

そんな感じで、皆で楽しくお茶会をしながら、夜は更けていった。



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番外6:閑話:仮設要塞トロイア

「この相性を見るに、先刻の檻は主要戦力の分断を最優先にしたものであり、"その他"の対応については現場対処というわけですね」

 

鬱蒼と広がる植物のうちの一つ。

その頂点に陣取った男が、周囲を見渡しながら淡々と述べる。

確かに、相性は最悪と言ってよかった。

 

仮設要塞トロイアに配属されたヒーローは、ワープゲートから漏れたヴィランの相手をする。

そのために、汎用性が高いヒーロー……悪く言えば、突出して秀でた部分があまりないヒーローが配属されていた。

そんなヒーローたちと、致命的な程相性が悪かったのが、今目の前で僕に視線を向けている男だった。

 

「その根底にあるものは、"信頼"、或いは"希望"?"見えぬもの"こそこの星を覆う湿った被膜そのものです」

 

「何、宇宙人なん自分?この星て」

 

僕を庇って、身体から男……クニエダの個性の植物が生えてしまっているファットガムが、冗談めかしながら言い返す。

 

周囲のヒーローは、ほぼ壊滅状態になっていた。

ここに配属されたトップランクヒーローであるリューキュウが、最もクニエダと相性が悪かったというのもあって、ヒーローの大部分が植物が育つための苗床にされてしまっていた。

リューキュウが意地を見せて、ヴィランの数を大きく削りはしてくれた。

それでも、クニエダの寄生植物を植え付ける個性に対して、巨体のドラゴンに変身するリューキュウは、対抗することが難しかった。

ファットガムも、そう遠くないうちに苗床になるのが分かってしまうような状況で、クニエダに抗い続けていた。

ヒーローの数は大きく削られ、クニエダが動きやすい環境を整えられてしまったこの状況になって、やつは、明らかに僕を狙っていた。

 

「実利と実害の話です。過去、あの男を欺いた者は誰一人として生きてはいない。例外を生むことは許されない。ディクテイターの失態により番が回って来なかった故、"AFOの刺客"の実利。ここより果たして見せましょう。全ての"その他"が君を狙い続ける。"イソップの蝙蝠"青山優雅氏!」

 

「……メルシィ」

 

狙われること自体は、初めから分かっていたことだ。

それを承知の上で、裏切った。

多分、ファットガムも、他のヒーローも、クニエダには勝てない。

この戦場がどうなるかは、僕にかかっている。

これは、僕が果たさなければいけない務めだ。

 

 

 

植物の間を縫って、走り続ける。

僕自身の身体にも、植物が生えてしまっている。

それでも、レーザーで植物を牽制しながら走り続けていた。

こいつは、僕を殺すまで追い続けてくるのが目に見えているから。

 

「どこまで逃げるのですか?私の『苗』は、光がなくとも肉だけで育つ。一輪咲いてしまえば花粉によりイモヅル式に増え、根を介して私の手足となるのです……このように」

 

「くっ……!?」

 

僕のすぐそばに咲いている人面花が噛みつくようにして襲い掛かってくる。

それを、回転しながらレーザーを照射することで何とかはじき返す。

それで襲い掛かってきた個体自体はどうにか出来ても、キリがなかった。

周囲はもう植物で囲まれている。

逃げ場なんてない。

これ以上逃げても、何も変わらない。

むしろ、時間をかけすぎると、苗床にされているヒーローたちの命に関わる。

覚悟を決めて、一際大きな植物の上で見物しているクニエダの方を向く。

 

「……おや、鬼ごっこは終わりですか?まあ、それが利口です。裏切り者に逃げ場なんて、あるワケがないのですから」

 

「逃げていても、状況は変わらない。そんなことは、去年の夏に、嫌というほど理解させられたよ。だからこそ、僕は、抗うって決めたんだっ!!」

 

肩からの小規模なレーザーの連発で周囲の人面花をけん制しつつ、クニエダに向かって、最大出力でネビルレーザーを放つ。

これで、奴が少しでも怯めば、次に繋げられる。

 

「舐められたものですね。この程度の攻撃では、かすりもしませんよ」

 

そう、思っていたんだけど……

やつは、すぐさま周囲の人面花をビームの射線上に集結させてきた。

ネビルレーザーは、それだけで呆気なく防がれてしまった。

 

「そして―――周囲を警戒するのはいいですが、足元への警戒が随分とお粗末になっていますよ」

 

クニエダのその言葉と共に、足元が、一気に盛り上がり始めた。

それを認識して、即座に横に飛び込んだ。

次の瞬間、盛り上がった地面から、巨大な人面花が飛び出してきて、反応が遅かった僕の足に噛みついてきた。

 

「ぐあっ!!?」

 

「言ったはずですよ。根を介して私の手足になると……地中もまた、私の苗の庭です。これで、逃げも隠れも出来なくなりましたね」

 

そのまま倒れ込んだ僕の手足に、植物が絡みつき始めていた。

 

 

 

「これで事情聴取は終わりだ。さっきも言ったが、くれぐれも迂闊なことはしないでくれよ」

 

「はい……」

 

「今日はこれで終わりだ。青山も、今日のところは家に帰れ」

 

あの日、外が真っ暗になってしばらく経って、ようやく事情聴取が終わった。

そのまま家に帰るように促されたけど、僕は、すぐに動くことが出来なかった。

他の先生たちや警察が退室していく中、相澤先生だけは、僕を静かに見続けていた。

 

「先生……その、皆は、僕のことは……」

 

「波動以外は誰も知らん。芦戸たち補習組はもちろん、爆豪もな。だから、迂闊なことは言うなよ。謝ることも許さん。いいな」

 

「……はい…………先生たちは、いつから僕のことを怪しんでいたんですか……?」

 

それを聞くと、先生は小さく溜息を吐いてから口を開いた。

 

「本来は、そういう探りを入れる言動もよくないんだ。これからは監視される立場だということを肝に銘じろ―――俺たちは、正直にいうと、まだ生徒に対しては朧げな疑惑しか持っていなかった。だから、襲撃時に波動に情報提供をされて初めて明確な疑いを持った」

 

「襲撃の時に、ですか……?」

 

「マンダレイのテレパスでな。あの時はまだ、読心の事を知らされていなかった。だから、緊急事態になるまで、疑惑すら伝えられなかったんだろう」

 

「読心を、知らされていなかった?」

 

その言葉に、思わず耳を疑ってしまった。

でも、あの時の波動さんの口ぶりだと、僕が内通者だと確信した理由が、読心であることは疑いようがなかった。

それじゃあ、読心のことは、僕が内通者だと伝えたことが原因で、明かさざるを得なかった?

隠していたってことは、何かしらの理由があるからじゃないのか……?

 

「そうだ。あまり詳しく言うつもりはないが、お前たちに隠していたように、教師にも隠していた。それだけの何かがあった秘密を、お前のために打ち明けたんだ。あいつが考えてることは、さっき全部伝えられただろ。お前も、その想いを汲んでやれ」

 

「誰にも、言ってなかったことを……僕のために……?」

 

隠していた理由は、翌日すぐに分かった。

彼女が入寮の時に、過去に何があったのかを、何で隠していたのかを、泣きながら打ち明けてくれた。

それと同時に、先生が言いたかったことも、全部理解できてしまった。

今まで、教師にすら隠していた読心で、僕の事情聴取をするなんて、認められるわけがない。

物間くんがあの場にいた理由は、つまりそういうことだろう。

彼女は、僕の為に、個性の詳細を隠すなんていうことすらせずに、先生たちに、警察に、物間くんに、あれだけ思い悩んで隠していたことを、打ち明けたんだ。

彼女は、それだけ重いことを、僕の為にしてくれていた。

それなら、僕は―――

 

 

 

ベルト(これ)が無いと漏出……さらには狙いも定まらない。さっきから力んでいますが……花が成長するだけですよ」

 

クニエダの人面花に捕らえられた僕は、四肢を植物に絡めとられて、やつの前に吊り上げられていた。

ベルトもクニエダにはぎ取られてしまった。

ビームが漏出してしまう僕をよそに、奴は、ベルトをしげしげと眺めながら、嘲笑うかのように言葉を続けた。

 

「周囲に流され、身の丈に合わぬ個性(ちから)に踊らされ……端的に言って、なんとみっともない人生っ!!」

 

クニエダの言っていることは、何も間違っていなかった。

僕の人生は、確かにみっともなくて、惨めなものだった。

無個性とか、どうしようもない部分はあったかもしれないけど、それでも、ここまでみっともなくて、惨めな人生になったのは、僕自身のせいだ。

それでも、パパンとママンは、僕のために、無個性であるという悩みをどうにかするために尽力してくれた。

それでも、彼女は、僕のために働きかけて、秘密を打ち明けて、監視なんていう負担のかかることまでしてくれた。

 

『だけど……青山くんは1人じゃないから……私も協力するし……皆だって、相談すればきっと協力してくれるよ……だから……また一緒に、ヒーローを目指そうよ』

 

『ん……お互い……頑張ろうね……ちゃんと見てるから……』

 

『でも……今日……お父さんと……お母さんを説得するんでしょ……?なら……やっぱり……頑張ってねであってるよ……』

 

だから、僕は―――

 

「……そうだね、僕は、みっともない男だよ……だけど……こんなみっともない男を、信じてくれた子がいたんだ……」

 

「……?死ぬ前の自分語りですか?」

 

僕の言葉に、クニエダは嘲笑うように返してくる。

だけど、そんなの、知ったことじゃない。

 

「自分の身可愛さに自分たちを売った僕の事なんか、先生に任せて警察につき出せばいいのに、彼女は、隠していたかったことを曝け出してでも、僕の本心を、真意を、確認しようとしてくれた……彼女は、パパンとママンのために、攻撃までしようとした僕なんかに、涙を流しながら手を差し伸べてくれた……ここで諦めたら、ここで、輝こうとしなければ、ここまでしてくれた彼女に、申し訳が立たないじゃないかっ……!」

 

「……誰のことか知りませんが、つまりは色恋に惑わされて裏切ったと。その程度のことで情勢も読めなくなるとは、殊更滑稽ですね。そのような見えぬものに惑わされるから、こういうことになる」

 

失望したようにため息を吐いたクニエダが手で合図をすると、周囲の人面花が、一斉に僕の方に向かって、飛び掛かってきた。

だけど、ここで諦めるわけにはいかない。

彼女に胸を張って会うために、こんなところで、諦めるわけにはいかないんだっ!!

 

「そうだっ!!僕は、滑稽で、惨めな男だ!!それでも僕はっ!!自分が齎したことへの責任を果たしてっ!!この世界を、皆を、彼女を照らせるようなヒーローになるって、決めたんだっ!!!」

 

啖呵を切ると同時に、今できる全力でネビルレーザーを放つ。

かすりすらもしないレーザーを、クニエダは全く意に介していない。

だけど……

あれから、皆と、彼女と並び立つのに相応しいヒーローになるために、がむしゃらに足掻いてきた。

だからこそ分かる。

 

今、この状況なら―――

 

葉隠さん(キミ)は、必ずそこにいるってことがっ!!

 

「さいっこうにっ!!かっこいいぜっ!!ヒーローっ!!!」

 

その言葉とともに、レーザーの射線に、うっすらと人影が浮かんだ。

葉隠さんが収束させながらはじき返したレーザーは、極大の閃光になって、クニエダを貫いていた。

 

 

 

倒れ伏したクニエダの上に、かつて波動さんの絵で見た姿そのままの葉隠さんが乗っていた。

クニエダは、完全に気絶していた。

そんなクニエダを確認して、葉隠さんは光を収束させて熱で周囲の植物を焼き始めていた。

 

「……葉隠さん……?なんで、見えて……」

 

「え……?…………何で見えてるのぉ!!?私のアイデンティティがぁ!!?」

 

葉隠さんは、じっくりと数秒自分の手を眺めてから、大きく目を見開いて飛び上がった。

そのまま恥ずかしがるように全身を隠そうとし始めている。

……そういえば、葉隠さんは最初は手袋とブーツだけのコスチュームだったな。

変えてくれててよかった。

今全裸が見えたりしたら困惑がさらにすごいことになっていた自信があるし、葉隠さん自身も冷静じゃいられなかっただろう。

一応、クニエダに気を配っておくけど、特に目を覚ます様子はない。

少し、安心かな。

まだ、油断はできないけど。

 

「葉隠さん、ごめん……今は早く植物を焼いて皆を助けなきゃ……ファットの言ってた通り、主が倒れても成長しようとする"意志"が止まるだけで、消えたりはしないみたいだから……表層の苗は僕が焼き切るから、体内に侵食した根は葉隠さんが光量を調節して灼いて欲しい」

 

「……うん、青山くんは足、大丈夫?」

 

葉隠さんが僕に植え付けられた苗を灼きつつ心配してくれる。

 

「……大丈夫……緑谷くんを連れ戻してからの波動さんの様子で、気になることがあったんだ……こんなところで止まるわけにはいかない……まだ、出来ることがあるはず……行けるよ、どこまでも」

 

「……そっか」

 

葉隠さんは、僕の言葉に対して何も言わずに、黙々と根の除去に取り掛かってくれた。

僕も、周囲のヒーローを助けるために、苗をレーザーで焼き始めた。

 

 

 

しばらく除去作業を続けていた時に、その通信が入った。

 

『トロイアは戦闘が終わっているな。これから追加で戦闘が可能そうな者は……』

 

サー・ナイトアイの通信を受けて、葉隠さんが僕の顔を見て確認してくる。

その無言の問いかけに、迷うことなく頷く。

それを見た葉隠さんは、即座に声をあげた。

 

「私と青山くんはまだ戦えますっ!」

 

『……そうか。すまない、状況を説明する。群訝山荘跡地の戦線は崩壊し、AFOの突破を許してしまった。AFOは、巻き戻しの個性を使って全盛期の姿に戻りながら、雄英……死柄木のもとに向かっている。ホークスの報告では、今のAFOは、負の感情が抑えきれなくなっているらしい。そのAFOを足止めするために、オールマイトが戦場に立った』

 

「オールマイトが!?でも、オールマイトは……!?」

 

ナイトアイのその言葉に、葉隠さんも、僕も、驚愕で固まってしまった。

それは、つまり、無個性のオールマイトが、戦場に立ったってことじゃないか。

確かに、負の感情を抑えられなくなってるなら、オールマイトを恨んでいる可能性が高いAFOなら、オールマイトが生きている間は、足止め出来るかもしれない……

でも、それじゃあ……

…………そうか、そういう、ことか。

これか、波動さんが皆に言わずに抱え込んで、思いつめていた何かは。

 

「サー・ナイトアイ……ひとつ、確認させてください。これは、波動さんも、あなたたちも……知っていたこと、ですよね」

 

僕が質問すると、ナイトアイは少し間を置いてから口を開いた。

 

『……そうだ。波動がオールマイトが戦うつもりであることを読心し、私が予知した。これは、初めから分かっていた戦いだ。だが、この戦闘でオールマイトは死亡する。私が、そう予知した。その予知を変えるために、私も、波動も、動き続けてきた。作戦がある。オールマイトの死を覆すための作戦が。だが、君には……波動がAFOと一騎打ちをする可能性があるという方が、分かりやすいか。この戦闘は、他の戦場の比ではないほど死のリスクがある。しかし、もし可能なら、力を貸して欲しい。オールマイトを、波動を救けるために。現状動けるのは、多古場のクラストと、トロイアの君たち2人しかいないんだ』

 

「……分かりました。僕は、波動さんに救われた。今度は、僕が救ける番だ」

 

「もちろん私も行くよ!青山くん!」

 

僕の答えに合わせるように、もう元通り見えなくなっている葉隠さんも賛同してくれる。

そんな僕たち2人に、ナイトアイは言葉を続けた。

 

『ありがとう。位置情報を教える。今から指定するポイントに向かって欲しい。そこに移動を補助できるヒーローが待機している。今は気絶してしまっているが、ファントムシーフが目を覚ませば、ワープゲートの使用も視野に入る。それまでは、陸路で向かってくれ。ポイントは―――』

 

 

 

ナイトアイが指定したポイントに向けて、葉隠さんと並走する。

傷が治ったわけじゃないから足が痛むけど、泣き言を言ってる場合じゃない。

1秒でも早く、指定のポイントに向かわないと……

 

「ねぇ、青山くん」

 

「……どうしたんだい☆」

 

葉隠さんがポツリと呟くように声をかけてくるのに対して、意識して明るく返す。

そうでもしないと、気が滅入ってしまいそうだった。

 

「この戦いが終わったらさ、協力してあげるよ」

 

「協力?なんの……」

 

「瑠璃ちゃんのこと!気になるんでしょ?瑠璃ちゃんの大親友の私が、協力してあげる!もちろん、瑠璃ちゃんが嫌がらない範囲でだし、代わりに私も協力して欲しいことが出来たんだけど……だから、そのためにも、ちゃんと生きて帰ろうね」

 

「……ウィ☆」

 

葉隠さんの提案は、今の僕が望むには過ぎたものだけど……

それでも、葉隠さんが、僕に死ぬなって言ってることだけは分かった。

僕たちは、それ以上会話することもなく、指定されたポイントに向かって、走り続けた。



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番外7:取材が来た日 Returns

「波動、少しいいか」

 

「……?分かりました……」

 

今日の授業も終わって、寮に帰ったらスコーンでも作ろうかななんて思っていたら、相澤先生に呼び止められた。

思考からして私に確認したいことがあるって感じみたいだし、特に拒否する必要がない。

私が了承すると、そのまま先生に連れられて職員室に移動することになった。

職員室につくと、先生はすぐに口を開いた。

 

「端的に言うと、A組に取材の依頼があったんだ」

 

「取材……ですか……?今までなんだかんだで……全部拒否してませんでした……?」

 

先生に振られたその話は、結構急でびっくりしてしまった。

決戦後、取材の依頼が大量に舞い込んでいたのは知っていた。

だけど、そういうのは全部、皆に存在すら匂わせずに学校がシャットアウトしていたはずだ。

なんで今回だけわざわざ私に言うのか、なんて考えたところで、大体納得出来た。

なるほど、そういうことか。

そんなことを考えたあたりで、相澤先生も私が理解したのが分かったらしい。

小さく頷いて言葉を続けた。

 

「理解したようだが、一応説明しておく。今回取材の依頼があったのが、去年取材に来ていた特田さんなんだ。取材内容に関しては、既に校長が問題ないことを確認してくれている。その取材に関しても、話したくなければその場で終了してくれていいとまで先方から言ってきているらしい。その条件なら受けるのも吝かではないかと思ったんだが、一応、お前の特田さんに対する所感を確認しておきたくてな」

 

「特田さんなら大丈夫だと思います……去年の取材の段階で……緑谷くんがオールマイトの後継者であることを見抜いた上で……黙ってくれていました……悪意も一切感じませんでしたし……治安崩壊後も……情報漏洩をしていた感じもなかったですし……信頼できると思います……」

 

「……はぁ……お前、それを黙ってたのか。俺に言えなかったのは分かってるが……まぁいい。とりあえず、悪徳記者じゃないのは確かだってことだな」

 

「はい……」

 

溜息を吐きながらの先生の確認に、再度頷いておく。

特田さんなら特に問題ないのは間違いないと思う。

緑谷くんがオールマイトの後継者であることを、あの治安が崩壊した状況になっても暴露しなかったのだ。

根が腐ってる記者なら藁にもすがる思いで勝手に暴露していた可能性もあるし、最悪の場合はOFAにつなげて放送された可能性もあったけど、それをしなかったわけだし。

あの時、悪意が無かったのも本当だから、あの人の取材で拒否権もあるなら、取材を受けるのくらいはありな気がする。

これで取材内容と齟齬が出るような記事を書くようなら、学校が全力で守ってくれると思うし。

 

「……一応、俺の方でも内容は校長に聞いてる。波動、お前も特田さんの主目的の1人だ。もし取材に答えたくなければ、先方の申し出通り無理に答える必要はないからな」

 

「はい……ありがとうございます……」

 

まぁ、あの決戦の後で初めての取材だし、AFOと戦った私が取材の目的にならない方が変な気もする。

先生の私を気遣う感じの思考は気になるけど、その時になったら考えることにした。

 

 

 

先生の話があった週の週末。

共有スペースに集められた私たちの前に、朝からやってきた特田さんが立っている。

相澤先生も同席してくれていた。

おかしなことを聞くようだったら即刻締め出すつもりっぽい。

……まぁ、特田さんの思考的に問題はなさそうだけど。

悪意も相変わらず全く感じないし。

 

「久しぶりだね、皆。忘れている人もいるかもしれないけど、記者の特田です。今日は取材を受けてくれてありがとう。出来る限り皆の負担にならないように取材していくから、よろしくお願いします」

 

「取材って聞いて期待してたのに、また女子アナじゃねぇのかよ」

 

「よろしくお願いします!!」

 

前回も言っていたような謎の文句を垂れているブドウ頭を尻目に、飯田くんが大声で返事をしながら大袈裟に頭を下げた。

相変わらずのクソ真面目だ。

ブドウ頭との対比で余計に目立ってる気がする。

ただ、この2人と緑谷くん以外は皆結構警戒気味だった。

もちろん、取材を受けるのが嫌なわけじゃない。

なんだったら上鳴くんとか三奈ちゃんとかは結構楽しみにしてたっぽいし。

ただ、それ以上にマスコミからの治安崩壊時の仕打ちの影響が大きくてこの警戒心を呼んでいるだけな気がする。

 

「今日の取材では、超常解放戦線との決戦で何があったのかとか、君たちが感じたこと、思ったこととかを、言える範囲で教えて欲しいんだ。もちろん、言いたくないこととかは一切答えなくてもいいし、貶めるような記事を書くつもりもないから安心して欲しい」

 

「……ほんとに大丈夫なのか?こいつ前の時から胡散臭かっただろ」

 

「爆豪お前、いくらなんでも直球過ぎるだろ!?」

 

爆豪くんのあまりにも直球過ぎるその言葉に、皆はギョッとした反応を返す。

まあでも、口には出してないけどこれは緑谷くんとかの心配をしてるからこその発言だろうし、そんなに酷い言動でもない気もする。

実際に前回の特田さんは色々探りに来てたし、怪しかったのは間違いないわけだし。

とはいえ、このままだと取材もあんまり乗り気じゃないまま始まっちゃうから、私の所感を皆に伝えておいた方がいいか。

 

「……特田さんなら多分大丈夫……前の時に……緑谷くんがオールマイトの後継者なことも把握したのに……ずっと黙ってた……今も悪意は感じないし……嘘もついてない……」

 

「……あ?」

 

「ああ、そっか。君なら、あの時の私と緑谷くんの会話と思考も知ってるよね」

 

「僕も大丈夫だと思うよ、かっちゃん」

 

「……そうかよ」

 

私と緑谷くんが説得すると、爆豪くんは吐き捨てるようにそう言った。

とはいえ、内心は納得した感じみたいだから大丈夫だろう。

これでも納得しないなら、特田さんが前回緑谷くんと約束していた本のこととかを言おうかと思っていたけど、必要なさそうだ。

そんなことを考えてたら、透ちゃんが明るい感じの声を挙げた。

 

「瑠璃ちゃんのお墨付きがあるなら、安心だよね!」

 

「うんうん!私も取材、受けてみたかったんだ!去年爆豪と轟が取材受けてたの、実は少し羨ましかったし!」

 

皆も俄かにざわめき出していた。

もちろん、ミッドナイト先生のこととか、超常解放戦線のこととかで言いづらいことはあるから、全部に答えられるわけじゃないけど、それでも、言える範囲の内容しか言わないでよくて、取材を受けても大丈夫そうな記者相手になら、取材を受けてみたいというのが本音みたいだった。

そんな私たちの様子を見て小さく笑みを浮かべていた特田さんは、少し落ち着くのを待ってから説明を続けた。

 

「それじゃあ、この場所で、順番に取材をさせて欲しい。もしも中止したい場合とか、取材自体が嫌な場合は、言ってくれれば順番を飛ばす。そうなっても記事の中でも悪く書くつもりはないし、1人だけ答えない場合でも、それが分からないように細心の注意を払って記事を書かせてもらうよ。完成した記事は出版前に雄英の先生方のチェックを通すし、君たちも目を通すことが出来るようにしてもらうからね」

 

「取材を受けていない時は別室で待っていた方がよろしいでしょうか?」

 

「好きに過ごしていてもらって大丈夫だよ。取材を聞いていてもいいし、自室で過ごしていてもいい。寮から出ないでいてくれるなら、順番になったらこちらから声をかけるよ」

 

「……なんというか、至れり尽くせりだね」

 

「君たちには、そうするだけの価値があるってことだよ。世間の多くの人たちが、君たちの生の話を知りたがっているんだ」

 

百ちゃんに対する特田さんの答えを聞いて、尾白くんがポツリと呟いた。

まあ本当にその通りで、すごく至れり尽くせりだ。

多分、特集記事を組むであろう雑誌のスタッフまで連れてきてるから、その本気具合が窺える。

というか、このスタッフたちの思考からして、雑誌1冊丸々特集にするつもりなのか。

確かに、ミルコさんたちプロヒーローと違って、私たちがあの決戦後に直接取材を受けるのは初めてだし、特大スクープ扱いに出来るのは間違いないとは思うけど……

とはいえ、これだけでそんなに書ける程の取材内容になるのかな?なんて思っていたら、特田さんはさらに話を続けた。

……大体の言いたいことは分かった。

そういうことか。だから相澤先生は、拒否してもいいって私に強調したのか。

 

「それと……やましいことがないということを示すために、先に話しておこうと思う。今回は、超常解放戦線とのこと以外にも、2つのことを特集しようと思っている。その内容は……ずばり言うと、異形差別と、特異な個性に対する差別に関して」

 

皆の視線が、障子くんと私に集中したのが分かった。

特田さんはそんな私たちの様子を見ながら、持ってきていたタブレットのようなものを操作し始めていた。

 

「皆も察してくれた通り、障子くんと波動さん。2人に、色々と聞きたいと思ってるんだ。皆はあの決戦の後に、世間、というよりも、一部の専門家の間で、さっき言った2つのことが少しずつ話題として取り上げられているのは知っているかい?」

 

「……いえ、知りません」

 

「うん、そうだろうね。本当に、まだごく一部の中で話題として出されているだけだからね……あった。皆ももう散々見ただろうけど、これを見てもらえるかな」

 

特田さんは、操作していたタブレットをこっちに向けた。

そこには、公表されているあの決戦の時の映像が、写っていた。

 

『俺も迫害を受けてきた!俺たちを傷付けてきた者に、正当性などない!でも、やり方が違うだろうっ!?』

 

『傷につけこまれるな!!今度はおまえたちの子供が標的になるぞ!!復讐者にならないでくれよ!!』

 

『こコデひーローガ、か、勝テバ!!何モ、変ワらナイ!日の下を、あっあ、歩イタだけデ、俺ハ殺虫剤を撒カレた!ヤられタラやり返シテインだ!同志ヨ!声ヲ上ゲロ!俺ニ続ケェ!!』

 

『そうだね……私は……あなたよりは恵まれてた……全部受け入れてくれるお姉ちゃんがいた……お姉ちゃんがいたから、お父さんとお母さんも受け入れてくれた……だから……周囲に化け物扱いされても……耐えることが出来た……』

 

『だけど……それとこれとは話が別だよっ!!大切な人を殺される苦しみが……悲しみが分かったんでしょっ!?それなのに、なんでまだたくさんの人を殺そうとするのっ!?その人にも大切な人がいることが、なんで分からないのっ!?』

 

『そんなのっ、知ったことじゃないっ!!私はあいつらとは構造が違うっ!!人間じゃないって言ったのは、あいつらの方なんだからっ!!あいつらを……私の大切な人を殺したやつを殺してっ!!何が悪いっ!!』

 

その映像は、障子くんとスピナーの戦闘と、私とヒミコちゃんの戦闘が、鮮明に写されていた。

障子くんとスピナー、異形型の個性の者たちのやり取りと、私とヒミコちゃんとのやり取りと、自首するまでの、音声も含めた映像が。

もちろん、散々見て知っていたものではある。

特田さんはその映像を示しながら、改めて話を続けた。

 

「この2つの戦いが、専門家の間で議論を呼んでいる。もちろん、悪い方向になんかじゃない。ヒーローの偶像化や過剰な英雄視以外にも、私たち一般市民にも、省みるべきものがあったんじゃないかって内容だ」

 

「それって……」

 

「そう。異形差別と特異な個性への差別。この根強く蔓延ってしまっている差別が、ヴィランを生み出す原因の1つになって、あそこまで状況を悪化させた一因になったんじゃないかって話だよ。ただ、その話が出ているのは、あくまで専門家の間だけだ。一般市民まで広がっているような話じゃない」

 

そこまで言った特田さんは、表情を曇らせながら小さく首を振った。

もう、何が言いたいのかは分かった。

障子くんも、察したみたいだった。

 

「私は、この芽生えた火を、絶やすべきじゃないと思っている。そのために、もしも協力してもらえるなら、君たち2人が経験してきたことを、想いを、記事にさせてもらいたいと思っているんだ」

 

特田さんがそこまで言ったところで、話が途切れた。

……一応、私自身の過去を話すこと自体はそこまで問題ない。

というか、私の方に関しては、もう元同級生とかいうやつらの主観に満ちたものをぶちまけられちゃってるから、今更だ。

あの決戦の後にその情報をぶちまけたやつが、英雄を虐めてたクズって感じで軽く炎上してたくらいだし。

既に虐められてたのが分かる程度には情報があったんだ。

そこに私の主観の情報が足されるだけでしかない。

ただ……

 

「……異物を排斥しようとする思考が……そんな簡単になくなるなんて思えないんですけど……」

 

「異物って、お前……」

 

「……瑠璃ちゃん……」

 

思ったことを返すと、皆から心配そうな思考が向けられる。

透ちゃんなんて、すぐ隣に来て手を握ってくれたくらいだ。

だけど、これは正直な感想でしかない。

結局人は、怖いと思ったものを排除しようとするんだから、差別しちゃいけません、なんて言ったところで、簡単になくなるものじゃない。

そんな私の返答に対して、特田さんは真剣な表情で口を開いた。

 

「いや、君たちの影響力は、君たち自身が思っているよりも大きい。君たちは、超常解放戦線と直接戦った英雄であり、かつ、差別の被害者でもある。もしも、君や障子くんがスピナーやトガヒミコのようにヴィランになっていたらどうなってしまっていたか……そんな君たちの言葉になら、耳を傾ける人も多い。今、皆が今後について考えているこの時期だからこそ、変わることが、変わろうとすることが出来ると思うんだ。だから―――」

 

「分かりました。俺は受けさせてもらいます」

 

障子くんが、特田さんを遮るようにして承諾した。

そんな障子くんの足元に、心底心配している峰田くんが近づいていっていた。

 

「障子、お前、いいのかよ?」

 

「ああ。いいんだ。去年皆にも言った通り、俺は、しがらみを少しでも減らすために、先人のように紡いでいきたいと思っていたんだ。俺のことを話すだけでその一助となれるなら、こんなに嬉しいことはない」

 

「障子……」

 

障子くんは、本当にすごいと思う。

私は、そこまで前向きな感情で協力しようなんて思えない。

もちろん、協力すること自体は全然いいし、どんなことをされてきたのかを言うこと自体はできる。

だけど、思ったこととなると、話は別だ。

 

「……私も……協力自体はしてもいいです……ですが……想いとかは……あまり聞かないでください……」

 

「理由を聞いても?」

 

「……率直に言います……私は……元同級生や教師、私と関わりがあった人間を……クズとしか思っていません……文句しか出ないので……悪影響を及ぼすと思います……なので……聞かない方がいいです……」

 

私は、お姉ちゃんを虐めてたクズどもを、私を排斥した奴らを、どうやっても好ましく思えない。

こんな状態で思ったこととかを言ったら、文句や罵倒以外出てこなくなる。

そう思って言ったんだけど、力強い目で私を見つめたままだった特田さんは、硬い意志を持って言葉を返してきた。

 

「……もし可能なら、不満も含めた君の思ったことも、教えて欲しいんだ。そういう声こそ、今の世間には必要だ」

 

悪意はない。

私のそういう言葉を切り取って変な悪評を流布しようともしてない。

記事の内容も、なるべく悪影響が及ばないように、考えさせるような内容にする書き方を想定している。

なんだったら、記事を作り終わったら即座に音声データも消去するつもりみたいだ。

……まぁ、そこまで言うならいいか。

 

「……分かりました……それでいいなら……」

 

「ありがとう、2人とも」

 

私が了承すると、特田さんは私と障子くんを順番に見てお礼を言ってきた。

 

それから少しして、準備が終わったところで取材が始まった。

私と障子くんは長くなるから最後に回された。

皆は出席番号順に取材を受けていっていたけど、結構明るく、楽しそうな雰囲気での取材になっていた。

これは特田さんの取材の手腕によるものが大きい気がする。

冗談を織り交ぜたり、気分良く答えられるような内容をメインで聞いてくれたり、とにかくこちらに配慮してくれていた。

私と障子くん以外だと緑谷くんも取材時間が結構長かったけど、それは仕方ないことだろう。

OFAに触れないにしても、死柄木とメインで戦ってたのは緑谷くんなわけだし。

なんかこっそりと緑谷くんがプロになってさらに色々な経験を積んだら、今度は緑谷くん単体の本を書かせてくれって約束までしてたし。

 

私に対する取材も、本当にすごく配慮してくれていた。

透ちゃんが隣に座って手を握り続けていたのも、特に文句を言わずに笑顔で了承してくれたし。

共感、同情、驚愕……とにかく色んな感情が特田さんやスタッフからは読み取れた。

本当に思っていた事とか溜め込んでいたことを色々ぶちまけたけど、特田さんたちからは悪意とかは一切感じなかったから、本当に問題なさそうだ。

というか、問題は透ちゃんの方だったりする。

私が昔思っていたこととかを聞いたあたりから、泣きそうな感じで私に抱き着いたり手を握ったりしてくるのだ。

結局透ちゃんに押し切られて私の部屋にお泊りまでして一緒に寝たりしたし。

だけど透ちゃんが、大事な友達だって、大好きだって、何度も言ってくれたのは、すごく嬉しかった。

 

 

 

取材の日から少し経ってから届いた見本誌は、先生も、皆も、内容を確認した。

もちろん、隅から隅まで。

それを読んで思ったことは、特田さんは記事を書くのがうまいなってことだ。

超常解放戦線との決戦の詳細と、私たちの配置や戦闘の詳細。

個々が思ったこと。感じたこと。なんで参加しようと思ったのかまで、詳細に書かれていた。

これは私たちだけじゃない。参加していたプロヒーローも、士傑の生徒からもインタビューしていたみたいで、雄英生以外の人たちの感じたこととかまで、事細かに書かれていた。

そして、それらが終わった後に、異形差別と、特異な個性への差別に対する問題提起が為されていた。

私が盛大にぶちまけた割には、変に反感を抱かないように書き方を工夫してくれている。

読み終わった後に、あれだけ口汚く罵った内容を、よくここまでオブラートに包めたなと思ったくらいだし。

まあ、ちゃんと私が言いたかった文句とか不満を切り取らない辺り、私に気を遣って書きつつではあっても、本当に世間に変化を促したいんだっていうのがよく伝わってきていた。

 

そして、そんな特集雑誌が販売されれば、当然世間の反応も色々出てくるわけで……

 

「……瑠璃ちゃん?なんでスマホ見ながらニヤニヤしてるの?」

 

ニヤニヤとは失敬な。

これは当然の反応である。こんな反応が増えれば、嬉しくならないわけがない。

透ちゃんにも教えてあげなければ。この世界の偉大な変化を。

 

「ふふふ……透ちゃん……ついに……ついに世間が!お姉ちゃんの偉大さを!優しさを!慈愛を!理解したんだよ!!お姉ちゃんがいかに大天使かを理解してくれたんだよ!!ほらこれ!!」

 

「あ、あ~……そういう感じかぁ」

 

SNSでお姉ちゃんに関する投稿を検索すると、そこにはズラーっとお姉ちゃんを賞賛する投稿が並ぶ。

そう、なんと、私が過去をぶちまけたことで、読心なんていう特異な個性を一切の抵抗なく受け入れるお姉ちゃんの慈愛とか、お姉ちゃんのおかげで私がヴィランにならずに踏みとどまれたこととかが知れ渡ったのだ。

その結果、なんとなんと、私がヒーロー側にいたのはお姉ちゃんのおかげだから、ヒーローが勝てたのはお姉ちゃんの功績だ!とか、そんな感じで賞賛したり、女神と崇めたりするアカウントが増えたのだ。

お姉ちゃんのファンクラブの会員数も断崖絶壁みたいな感じの急上昇を見せている。

やばい、ニヤニヤしてしまう。

お姉ちゃんの妹として、ファンクラブ会員番号1番として、これからも一層布教に励まなければいけない。

 

「前も言ったと思うけど、個人情報とかには気を付けてね」

 

「前も言った!!そんなの当然!!ほら、透ちゃん!!こっちの投稿も見て!!お姉ちゃんすごいんだよ!!」

 

「あはは、これは長くなりそうだなー……どの投稿?」

 

「これ!!」

 

透ちゃんは相変わらず若干渋い感じの反応をしている。

これは……もっともっと透ちゃんにも布教しなければいけない。

透ちゃんには、一番理解しててほしいし。

そう思って、スマホを覗き込んでくれる透ちゃんに、お姉ちゃんを褒めたたえる投稿を順番に見せていった。



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番外8:ある日のインターン

「……アイドルイベントの会場の……警備ですか……?」

 

「おう。一応同じ依頼受けてるヒーローもいるみたいだから、私たちだけじゃねぇけどな」

 

「……なるほど……」

 

例の如く唐突にミルコさんに呼ばれてインターンに行ったら、アイドルイベントをしているらしい会場に連れていかれた。

なんでも、警備の依頼を受けたとかで、何故か私服で来るように指示までされていた。

もうミルコさんの思考から大体分かったけど、あまりにも露骨にヒーローっぽい見た目で会場内の警備をされると雰囲気が壊れるとかいう、普通に我儘に思わなくもない要望の結果、私たちが呼ばれたらしい。

 

「……でも……アイドルに変装って……本当に必要ですか……?」

 

「必要かどうかはともかくとして、雰囲気壊れるってのは分からんでもないからな。ごてごて武装したヒーローに守られながらってのは、確かにイベントの雰囲気変わるだろ。それに、私らがパッと見て分かる状態で入ったら、アイドル仕事にしてるやつらがかわいそうだ」

 

「まぁ……アイドル放置して……いつもの私たちのファンに変貌する可能性は……ありますけど……」

 

確かに、ミルコさんの言うことも分からなくはない。

私とミルコさんなんて、普通に街を歩いているだけで囲まれてサインを求められるのが日常茶飯事だし。

だから、変装しろっていうのも分からないでもないし、雰囲気を壊さないために女性ヒーローに変装して警備してもらうっていうのも一応納得は出来る。

それに、ヒーローの控室っぽい所に見覚えのある波動があるし、ヒーロー続けてる人の中でも女性ヒーローなんてごく少数の人間を集められるはずもないから、仮免ヒーローを何人か呼んだなこれ。

まあ、出来る範囲で雰囲気を壊さないように奔走してるって思えば、そこまで我儘っていうわけでもないか。

そんなことを考えながらミルコさんと一緒にヒーローの控室に入ると、そこには感じ取っていた通りの雄英生がいた。

 

「あれ、波動じゃん。あんたも呼ばれてたんだ」

 

「ん……ミルコさんと一緒に……拳藤さんと小森さんと角取さんもだよね…………3人のインターン先のヒーローは……?」

 

「外の警備してくれてるノコ!中は私たち以外にもう2人って言われてたけど、波動さんたちのことだったノコね」

 

……つまり、中の警備はミルコさん以外は仮免ヒーローってことか。

本当にそれでいいのかイベント主催者。

まさか、私たち雄英生をほぼプロヒーローとして数えてる?

 

「あー、つまり、中は私と雄英のヒヨッ子どもだけってことだな」

 

「メイビー、そういうことになると思いまぁす」

 

ミルコさんも若干呆れた感じで確認している。

一応、口ではヒヨッ子なんて言ってるけど、私たちを子供扱いしてるとかじゃなくて、この数の学生に指示を出すのが面倒だって思ってる感じだ。

まあ、ミルコさんはなんだかんだ面倒見はいいし、普通に指示も出してくれるとは思うけど。

とはいえ、イベント会場の警備程度なら私の感知で全域カバーできるから、むしろ私とミルコさんだけでいいまである。

そこまで負担でもないだろう。

 

「まあいいか。私は合わせるつもりないからな。尻尾引っ張るなよ」

 

「もちろん!食らいつきますよ!」

 

「ハッ!その意気だ!」

 

……なんだ尻尾を引っ張るって。

言いたいことは分かるし、誰もツッコんでないからいいのかな。

とりあえず私はいつも通りやるだけでしかないし。

 

「……それで……結局警備だけしてればいい感じですか……?それだったら……私が怪しいのを締め出すだけで済みますけど……」

 

「他所であった事件の警戒も含めてって感じだな。最近アイドルが活動休止する事件が相次いでるんだよ」

 

「知ってるノコ!イベント中に普段は絶対に言わないようなこと言って大炎上したノコ!」

 

詳しいな小森さん。

確か小森さんはアイドルヒーローを目指してたはずだし、アイドル全般の情報は追ってる感じか。

小森さんの思考から『なんであんたがセンターなんだ!票操作してんだろぉ!?』とかいうすごい生々しい感じの言い争いが伝わってくるし、どう考えても何らかの個性の影響か。

そんな感じの思考してるアイドルなんて結構いるし、多分内心で思ってることを口に出させるとかそういう個性かな?

そうだった場合、発動条件次第では容易に不和を招くことが出来る凶悪な個性だな。

 

「んで、リオル。お前今の話だけでもなんか予想付けたな。言ってみろ」

 

「……ここで言わないとだめですか……?」

 

流石にアイドルヒーローに憧れててアイドルが大好きな小森さんに、アイドルの醜い一面とか教えたくないんだけど……

そう思っていたら、大体予想が付いたのか小森さんが私に声をかけてきた。

 

「……私のこと、気にしてるノコよね。大丈夫だから、普通に言って欲しいノコ」

 

「……それでいいなら……」

 

小森さんも、その言葉自体が思ってもいないことを言わされたわけじゃないとは思っていたらしい。

多くのアイドルがどんな目的でアイドルになったかとかも、大体察した上で触れないでいた感じかな。

この前の崩壊の影響もあって、ヒーローと同じくキラキラしてるだけじゃないっていうのはちゃんと理解した上で、それでも好きなアイドルを応援していたんだろう。

 

「恐らく……内心で思ってることを口に出させる個性かなにかではないかと……そういう思考をしてるアイドル……結構いるので……この会場の中でも……色々とアレな感じの思考が感じ取れちゃいますし……条件はその話だけじゃ予想はできませんけど……」

 

「ま、そんな感じだろうな。ただ、条件は分からねぇにしても、個性でアイドルの人気を落とそうとしてるやつがいるのはほぼ間違いねぇ。アイドルが大勢集まるイベントなんてもんがありゃ、ヴィランが現れる可能性は十分ある。それを踏まえて私らがやることは……ヴィランが出たら蹴っ飛ばせ!!それだけだ!!」

 

結論がいつも通りのミルコさんでしかなかった。

まぁ、可能なら被害が出る前に確保出来たらそれに越したことはないわけだし。

小森さんたち3人も、ミルコさんの指示をすぐに了承していた。

 

 

 

「……ミルコさん……そのマスクは……」

 

「ん?ああ、アイドルとして潜入するんだからな。私クラスの知名度があったら必要だろ。それと……今の私はミルコじゃねぇ。タイガーバニーだ!」

 

「Wow!その衣装もアイドルなのでスね!」

 

「た、タイガーバニー……なるほど……」

 

アイドルなのに顔を格闘技のマスクで隠すのが意味が分からなすぎるけど、ミルコさんがノリノリだし、角取さんも納得してるからツッコむのも野暮かな。

ミルコさんは今、虎みたいな模様のマスクをかぶって顔を隠しつつ、学生服みたいな感じの服装になっている。

似合ってはいるし、無理してる感じとかもないから全然いいんだけど、マスクだけが異様な雰囲気を醸し出していた。

ミルコさんの思考的に、昔やったことがある変装みたいだ。

……あれ、というかこの思考からすると、ミルコさん学生の時にこの変装でヴィジランテ紛いのことをしたことがあったのか。

ミルコさんの性格からしておかしなことじゃないけど、ちょっと意外。

 

とりあえず考えるのはそのくらいにして、私も着替えてしまおう。

拳藤さんたちが着ているアイドル衣装みたいな感じの可愛い衣装が、4人分お揃いで準備してあった。

主催者の人、こんなものまで準備したのか。

ミルコさんのが無いあたり、ミルコさんは自分で準備するとか言って遠慮した感じかな。

そんなことを考えながら、衣装に着替えていると、興奮気味な小森さんの声が聞こえてきた。

 

「ノコ~~~~!!」

 

「希乃子嬉しそうだね」

 

「アイドルヒーロー目指してるから当然ノコ!」

 

さっき私が言ったこと、気にしてないか少し心配だったけど、杞憂だったらしい。

キラキラ輝く感じの目で鏡を見ていた。

とりあえず、私は私でさらに手を加えないといけないと思うから悩んでしまう。

ミルコさんが変装が必要なのはもちろんなんだけど、私も街を歩いているだけで囲まれるんだから、コスチュームは着ていないとはいっても変装しておいて損はないと思う。

そんな風に鏡とにらめっこして考えていたら、角取さんが声をかけてきた。

 

「どうかしましたカ?」

 

「ん……私も……タイガーバニーみたいに……変装が必要かなって……」

 

「あー、確かに波動は変装必要かもね」

 

拳藤さんも納得してくれてるし、やっぱり必要だよね。

どうしようかな……髪型を変えてみる……?

でも準備なんて何もしてきてないから、シュシュはおろかヘアゴムすら持ってない。

化粧で誤魔化すにしても限度があるし……

悩んでいると、肩に手を置かれた。

 

「拳藤さん……?」

 

「その感じだと、案ないんだよね?ちょっと髪弄らせてもらってもいい?」

 

「ん……大丈夫だけど……ヘアゴムとか持ってないよ……?」

 

「私の予備貸してあげるから大丈夫。じゃあ触るよ」

 

そう言って拳藤さんは、私の髪を櫛で丁寧に梳かし始めた。

そのまま丁寧に結ってくれて、小さなポニーテールが完成した。

 

「おー……上手……」

 

「これで話し方とか変えれば他人の空似で誤魔化せるんじゃない?まあ、あくまで希望的観測なんだけどさ」

 

「ん……大丈夫……ありがと……話し方は……頑張って変えてみる……」

 

お礼を言うと、拳藤さんは照れくさそうに笑った。

拳藤さん、本当に面倒見がいいな。

このままお言葉に甘えてヘアゴムは借りてしまおう。

そんなこんなで着替え終わって、5人で会場の方に移動した。

 

 

 

「ノコ~~~~!!」

 

「すごい熱気だな」

 

「アイドルとファンがメニーいまぁす」

 

小森さん再び目を輝かせて、盛り上がっている会場を見つめている。

会場は、拳藤さんが若干引き気味になるくらい盛り上がっていた。

とりあえず、私たちもこの熱気の中でアイドルに扮しなければいけないわけだ。

でも、何をすればいいんだろう。

当然持ち歌なんてないわけだし。

そう思っていたら、ミルコさんが動き出した。

 

「さぁて、やってやるかね」

 

そういうとミルコさんは、少し開けたあたりに進んで演武のように蹴り技の型を披露し始めた。

あぁ、なるほど。

歌とかじゃなくても、そういうのでいいのか。

拳藤さんたちも納得したみたいだった。

 

「得意なことをアピールすればいいってことだよね。歌ったり踊ったりするのがアイドルなんだろうけど、私はそういうの柄じゃないし……正拳突きといきますか!!」

 

拳藤さんはササッとミルコさんの方に近づいていって拳を突き出した。

それを見た瞬間のミルコさんの思考はすごかった。

生意気な行動がお気に召したらしい。

拳藤さんの挑発とも取れる行動に、ミルコさんは獰猛な笑みを浮かべながら応戦し始めた。

 

「生意気じゃねぇか。いいぞ!!思い出すなぁ!!戦いに明け暮れた青春時代!!」

 

戦いに明け暮れてたのか、ミルコさんの青春時代。

まぁそんなことは今はいいんだけど、2人の組手が思いのほか激しくてびっくりした。

結構本気で組手してるなこれ。

 

「オー!!これがアイドル活動というものデスね!!」

 

「違う気がするノコ……」

 

「ん……絶対違う……」

 

角取さんが勘違いをしてしまってるけど、集まってるアイドルファンが結構盛り上がってるから、仕方ないのかもしれない。

というか、ミルコさんが観客に『私に蹴られたいか!?』とか挑発しても、蹴られたいなんていう答えを返すのが謎過ぎる。

アイドルのファンってこういう人たちが多いのかな。

ちょっと理解に苦しむけど、まぁそういうものなのかと納得しておく。

とりあえずそんな感じで盛り上がるファンの人たちを見て、角取さんも気分が高揚してきたみたいだった。

 

「Wow!!もうあんなに注目されてincredible(信じられません)!!They have so much influence(すごい影響力です)!おう、ソーリー、つい母国語が出てしまいました」

 

「帰国子女かわいい」

 

「日本文化教えたい……」

 

角取さんの母国語混じりの話し方も、さっそくアイドルファンの人たちにウケていた。

まあ、角取さんのあの感じは受ける人には受けるだろう。

 

それで、私もそろそろ何かしないと、棒立ちしてるだけの謎のアイドルになって変に注目を集めかねない。

紛れ込むためには、私だと気付かせないレベルの擬態をするのが重要だ。

拳藤さんのおかげで見た目は最低限は変わってるから、あとは雰囲気をガラっと変えればいいだろう。

とりあえず、パッと思いつくのがアレしかないのがなんとも言えないんだけど……

一番擬態しやすいのが結局それでしかないから、やるか。

もう何年振りかも分からないけど、多分大丈夫なはず。

今までの思考とか戦闘訓練から読めてる情報でも、知らない体で行けば話の種もある。

そう思って、角取さんに近づいていった。

 

「ポニーちゃんポニーちゃん!なんでポニーちゃんは英語混じりで話してるの!?どこの国出身!?それに角!それって取れたら生えてくるの!?ね!?」

 

「Oh!?」

 

角取さんが凄くびっくりした感じで見返してきてるし、小森さんも『波動さん!?』なんて感じで驚愕してるのが伝わってくる。

今これをやるのはすごく、すごく恥ずかしいけど、擬態のためだ。

これが一番雰囲気変わるし、イメージしやすいんだから仕方ない。

昔の自分に擬態するのが一番やりやすいのだ。

まぁ、昔の自分って言っても、結局お姉ちゃんみたいな感じでしかない。

あの頃はまだ私もスレてなくて明るい性格だった上に、幼かったから身近なお姉ちゃんを真似したりしていて、こんな感じだったのだ。

それが原因でわざわざ読心したことまで聞いたり言ったりしちゃってああなっちゃったんだけど……まあ今はいいか。

 

Your vibe has changed!(雰囲気変わりましたね!) What happened!?(どうしたんですか!?)

 

角取さんが驚きのあまり完全に英語に戻ってしまった。

とりあえず、私も若干英語混じりで答えるかな。

そう思って、意識して明るい笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

To disguise myself as a idle(アイドルに変装するためだよ)!そんなことより答えて!気になるの!」

 

「Oh!ソーリー!分かりました!私はアメリカ出身デス!ホーンも取れたら生えマスヨ!」

 

「へー、なるほどねぇー。それにしても、ねぇねぇしかし、ポニーちゃんの角ってなんの動物の角?水牛?山羊じゃないよね?」

 

私が英語で手早く理由を説明すると角取さんも納得してくれたみたいで、いつもの感じに戻って質問に答えてくれた。

なんか周囲の人たちが「天然っぽい!」とか「無邪気可愛い」とか色々考えてるのは知らない。

気にしたら恥ずかしすぎるし。

小森さんも、服にキノコのアクセサリーとかを付けてアレンジすることで個性を出すことにしたみたいで、うまい具合にアイドルに擬態できてると思う。

そんな感じで各々の方針でアイドルに紛れ込んでいった。

 

 

 

しばらくアイドルファンの人たちとやり取りをしていると、そいつが会場の近くにやってきた。

感知範囲に入ってすぐに分かる程度には悪意がある。

目的も、ただの復讐でしかない。

条件が触ることみたいだし、そこまで凶悪でもない。

取り押さえたらそれでおしまいだ。

今の会場の中だと、ビジネス仲良しとか、自分の楽な生活のためにファンに貢がせるとか、グループ1可愛いのは私!とか考えている人が沢山いるし、個性を使われたらかわいそうだ。

凄く人間らしい思考だし、特におかしいとも思わないけど、アイドルに幻想を抱いている人からしたら違うだろうし、触られたらアイドル生命が終わってしまう可能性が高い。

被害が出る前にさっさと捕まえるか。

 

『角取さん……小森さん……ヴィランが来た……協力してもらっても大丈夫……?』

 

Leave it to me!(任せてください!)

 

『ノコ!』

 

小森さんと角取さんにヴィランがどこにいるのか伝えて、近くにいたアイドルファンの人たちに笑顔で手を振ってから一緒に移動して来てもらう。

ミルコさんと拳藤さんだとどうしても荒事にしかならないからイベントの雰囲気を壊しちゃうし、この2人が最適解だ。

私も視認できる量の波動を使うと身バレする未来しか見えないから、波動弾とかは使えない。

発勁と真空波なら問題ないとは思うけど、そもそも角取さんと小森さんでどうとでもなるレベルのヴィランでしかない。

私すらいらないだろう。

そう思って、そのまま会場の入り口まで移動して、ヴィランたちが来るのを3人で待った。

ミルコさんと拳藤さんにはテレパスで事情を説明済みで、一応会場内の警備は2人に任せる形になっている。

 

少ししたところで、そいつらはやってきた。

 

「この3人!」

 

「ノコ!!」

 

(ホーン)プリズン!」

 

「うわっ!!?ごほっ!?なにっ、なんだっ!!?」

 

対処自体は、一瞬で済んだ。

小森さんが胞子を散布して、角取さんが角砲(ホーンホウ)で2人を拘束。

咳き込んで動けなくなった1人を、私が真空波で吹き飛ばした。

私はそのまま、吹き飛ばした男を取り押さえに行く。

男に馬乗りになって拘束していくと、男がわざわざ腕を触ってきた。

……私の本性を暴こうとしてるのか。

まぁ、無駄でしかないんだけど。

 

「もう逃げられない……個性なんか使ったところで無駄……」

 

「ハッ!どうせもう捕まるんだろ!?なら、せめて、テメェの本性だけでも!!」

 

「……そう……」

 

本当に、くだらない。

そんなことをして何の意味があるんだ。

 

「ほら……早く使えばいいでしょ……あなたのその醜い願望の為に……」

 

「な、なんで、使ってるのに、それだけしか」

 

「私……嘘吐くの嫌いだから……他人の大事な隠し事以外は……全部正直に話してる……その個性……私に対して使うなら……不意を突かないと意味ないよ……」

 

コイツの個性は表層に浮かんでいるような思考しか喋らせることはできないみたいだ。

不意を突かれれば、他人の秘密とか思考を話しちゃう可能性はあるけど、1対1で向き合ってる時にわざわざそんなことを表層に浮かぶレベルで考えているはずがない。

そして、そんなのは私以外にも言えることだし、不意打ちありきの個性だ。

私の本性を暴けなかったと勘違いしてがっくりしてるこの男に気を遣う必要なんか皆無だし、さっさと警察に引き渡そう。

それに、アイドルの本性を暴いたところでどうなるって話だ。

もちろん、全てのアイドルが清廉潔白なわけじゃないし、他人が受け入れがたい思考をしてる人もいるだろう。

だけど、一般市民だって、あの崩壊を経験して変わってきている。

アイドルにだって、偶像を押し付けすぎるのは良くないって言うのは理解できてきている。

……この人は、分からなかったみたいだけど。

 

とりあえず、そんな感じでヴィランは確保して、アイドルに扮して警備をする作業に戻った。

入口で確保するところを見ていた人が少しいて、私が誰かもわかっちゃったみたいだけど、お願いして黙っていてもらった。

サインくださいって言われたから要望通りしてあげたら、喜んで黙っていてくれるって言ってたし、悪意も感じなかったから大丈夫だろうって判断だ。

小森さんも、見られちゃった人の中に会場の中でファンになってくれた人がいたみたいだけど、改めてアイドルヒーローシーメイジのファンになってくれていたみたいで一件落着って感じだ。

それ以降は特にトラブルもなく、無事にアイドルイベントは終了した。

 

 

 

そんな数日後。

夕食を食べ終わったあたりで透ちゃんが笑顔で話しかけてきた。

 

「ねぇ瑠璃ちゃん!」

 

「……嫌な予感がするんだけど……何……?」

 

透ちゃんの思考が嫌な感じ、というか、私の擬態に関して考えてるのが凄く嫌な予感がするんだけど……

 

「瑠璃ちゃんがねじれ先輩みたいに話してたって聞いたんだよ!!私も明るく話す瑠璃ちゃん見てみたい!!」

 

「誰から…………小森さんか……やだ……恥ずかしいし……」

 

案の定過ぎる要望をされた。

どうやら小森さんがバラしてしまったらしい。

まあ、小森さんはあれが昔の私の話し方だなんて知らないから、お姉ちゃんの話し方を真似してるようにしか見えないだろうし、仕方ないんだけど……

 

「えー?いいでしょ、少しだけだから!ね!ね!」

 

「や……」

 

透ちゃんがしつこく言ってくるけど、つれない態度を貫き通す。

これはしばらく続きそうだなぁなんて思いながら、どう誤魔化すかを思考を巡らせた。



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番外9:ご褒美ショッピング

今日は教師寮に呼び出されていた。

エリちゃん関連で頼みたいことがあるらしい。

思考からして服に関してみたいだったから楽観視していた。

していたんだけど……

 

「これ……誰が選んだ服なんですか……」

 

目の前に置かれたセンスがアレな服を見て、思わず呟いてしまう。

その服は、とにかくダサかった。

確か……眼力猫とかいうキャラだっただろうか。

目が大きすぎる猫が、でかでかと描かれているのだ。

色も緑を下地にところどころ刺し色として蛍光ピンクなんて感じで、小さい女の子が好むものでもない。

さらには謎につけられている大量のフリル。しかもそのフリルの色もちぐはぐもいいところだ。

こういうデザインの服ばっかりデザインしている、結構有名なデザイナーがいたと思うから、その人の作品かな。

だけど……これは、流石に……

エリちゃんが拒否した服みたいだけど、こんなの私だって着たくない。

 

「あ~、それは……」

 

私を呼んだ13号先生が凄く歯切れ悪く言い淀む。

その思考には、『先輩』という単語が確かに浮かんでいた。

……13号先生が先輩って呼んでるのって、確か、相澤先生だったはずじゃ……

そう思って、部屋の端で若干不機嫌になっている相澤先生の思考をちょっと深く見てみたら、案の定不満に満ちていた。

退院の時も拒否されたなんて感じのことまで読み取れるけど、あの赤い可愛い服相澤先生が用意したものじゃなかったのか。

……とりあえず、今はそれはいいか。

 

「それで……用件はエリちゃんと服を買いに行くことで……いいですか……?」

 

「そうなりますね。波動さんならエリちゃんと仲がいいですし、同性な上に護衛も最低限でいいので。もちろん、強制ではないですよ」

 

「まぁ……それはいいんですけど……今まではどうしてたんですか……?」

 

行くの自体は全然問題ない。

今のエリちゃんに護衛が必要だっていうのも理解できるし、私が付き添いなら先生側の護衛を最低限に出来るっていうのも分かる。

だけど、ほぼ親代わりの相澤先生がこのセンスとなると、誰が服の準備をしていたのか。

今まで困ってる様子はなかったのに。

そう思って聞いてみたら、13号先生の感情がマイナスの方向に振れた。

……そういうことか。それなら、仕方ないのかな。

 

「……その、今まではミッドナイトさんが揃えてくれていたんですよ。ですが、それもサイズが合わなくなってしまったので……」

 

「……いえ……すいません……そうですよね……ミッドナイト先生なら……そうしてますよね……」

 

「いいんです……それと、申し訳ありません。本来なら僕が一緒に買いに行こうと思っていたんですが、仕事が立て込んでしまっていて……それで、波動さんにお願いしようと思ったんです」

 

「分かりました……じゃあ……明日がちょうど休みなので……一緒に買い物に行きますね……」

 

「助かります。では明日、エリちゃんに寮の方に行ってもらいますね」

 

先生の思考の感じからして、朝から来そうな気がする。

こっちはこっちで準備しておくかな。

服を買いに行くなら、ついでに買えそうなものとかも確認しておいて……

あ、そうだ。

 

「先生……他に来れそうな子がいたら……付き添いを増やしてもいいですか……?」

 

「ええ、もちろんです。皆さんならもとより、波動さんが大丈夫だと判断した人なら、こちらとしても特に異論はないので」

 

……そこまで信頼されるのもむず痒いな。

まあ、今更先生に疑われてもなんとも言えない気分になるけど。

とりあえずこの相談自体はそれだけで終わった。

その後は、普通にエリちゃんや先生とお茶を飲んだりして過ごした。

相澤先生が終始若干不機嫌な感じだったけど。

 

 

 

「それじゃあ!ショッピングにしゅっぱーつ!!」

 

「しゅ、しゅっぱーつ……!」

 

「楽しそうだね……透ちゃん……」

 

「瑠璃ちゃんテンション低いよっ!!エリちゃんだってこんなにワクワクしてるのに!!」

 

……別にテンションが低いわけじゃなくて、平常運転なだけだ。

透ちゃんのその言葉を受けて一応エリちゃんの方を見てみると、手をぎゅっと握りしめて若干興奮している感じになっていた。

そんなエリちゃんの様子を、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんも微笑ましそうに眺めていた。

結局ついてきてくれるのは、透ちゃんとお茶子ちゃん、梅雨ちゃんの3人になった。

この3人は、ちょうどインターンがなかったのだ。

響香ちゃんや百ちゃんはちょっと残念そうにしていたけど、インターンなんだから仕方ない。三奈ちゃんは……補習だ。

男子の方は、エリちゃんの服を下着も含めて物色予定だから流石に遠慮してもらった。

護衛も本当に一応って感じで、エクトプラズム先生の分身が1人だけ離れた位置を付かず離れずでついてきてくれている。

確か分身体は距離が離れると本体との意思の疎通が通信機頼りになっちゃうんだったかな。

まぁエクトプラズム先生は分身でも十分すぎる程強いし、万が一強いヴィランが出ても分身のエクトプラズム先生が囮になって私たちを逃がしてくれると思う。

最悪私とエリちゃんだけでも逃げ出せば皆も先生も守りに入る必要性もなくなるし、私だったらエリちゃんを抱えて無限鬼ごっこで逃げ続けることが出来るから、どんな相手に襲われたってどうとでもなる。

そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に木椰区ショッピングモールに辿り着いた。

ここに来るのも結構久しぶりな気がする。

 

「エリちゃんは……どんな服が欲しい……?」

 

「うーん……」

 

「漠然と聞かれても分かりづらいかしら。それなら、いろんなのを見て選びましょうか」

 

「じゃあまずはかわいい感じのとか見てく?お金は先生たち持ちだよね?どのくらい預かってきたん?」

 

「……これくらい……」

 

お茶子ちゃんにお金について聞かれたから、13号先生に渡されていたお金が入っている封筒の中身を見せる。

ちゃんと私個人のお金とは分けてるから、これは全部渡されたお金だ。

休みを潰して同行してくれた私たちへのお礼も兼ねてるらしく、エリちゃんの洋服一式以外にも好きに使っていいと言われていた。

先生たちで出し合った結果集まった金額らしい。

普通に分厚い札束になってて困る。

お財布に入らないんだけど。

 

「さ、札束……?これ、全部一万円札やし、ぶ、ブルジョワや……」

 

「お茶子ちゃん、しっかり」

 

お茶子ちゃんが久しぶりの卒倒芸を披露していた。

エリちゃんもお茶子ちゃんの反応にびっくりしてアワアワしてしまっている。

まぁ数十万円はあるから仕方ないとは思う。

絶対こんなにいらないんだけど……好きに使っていいって言われても、エリちゃんの服以外でそんなに使うと思えないし……

決戦の時に頑張ってくれたエリちゃんへのご褒美的な意味合いが含まれているのも分かるけど、それでもいくら何でも大盤振る舞いが過ぎる。

 

「これは……お金の心配がいらないのはいいけど、先生たちも過保護だね……」

 

「ん……まぁ……こんなに使えるわけもないし……余ったら返すよ……」

 

「そ、そうだね。そうしよう、うん」

 

透ちゃんも先生たちの気前の良さにドン引きしている。

いつまでも気にしてても仕方ないし、余ったら返すことにしてさっさと周り始めちゃおう。

エリちゃんが初めてのお買い物への期待で待ちきれない感じになってきてる。

 

「じゃあエリちゃん……まずはお洋服を見ていこっか……」

 

「好きなのをえらんでいいの……?」

 

「ん……いいよ……頑張ったエリちゃんにご褒美だって……一緒に可愛いのを選ぼうね……」

 

「……うん!」

 

満面の笑みで頷いたエリちゃんに手を掴まれて、少しだけ遠慮気味に引っ張られる。

少しずつだけど自己主張するようになってくれてるのはいい傾向かな。

そう思いつつ、手を引っ張るエリちゃんに誘導されるようにして、女の子用の洋服売り場まで移動した。

 

 

 

「これはどうかしら?」

 

「ん……エリちゃんが気に入ったら……試着してもらお……あとは……これとか……?」

 

「おー!それも似合いそうだね!」

 

「あ、エリちゃん。試着出来たかな?」

 

「うん……どう、かな……?」

 

私たちが次の服を物色していると、試着を済ませたエリちゃんが試着室から遠慮がちに顔を覗かせていた。

買い物を始めて数時間。

あれから、色んな種類の服を物色していった。

お茶子ちゃんおすすめの可愛くてかつ動きやすい服装とか、透ちゃんおすすめの可愛い系のパーカーとか、梅雨ちゃんおすすめの可愛い水玉模様のワンピースとか、私がおすすめしたシンプルなフリル付きの白いワンピースとかを、ファッションショーみたいにどんどん試着していっていた。

エリちゃんも最初はどんなのを選んだらいいのか分からなそうだったけど、少しずつ自分の意見を出してくれるようになってきていた。

4人で響香ちゃんが好きなパンク系のファッションとか三奈ちゃんが好んでいるレオパード柄だったりコンビネゾンだったり肩を大きく露出する服だったりも見せたりしたけど、ちょっとしっくりきてない感じの反応をしてたし。

百ちゃんが好みそうな落ち着きのあるお洒落な系統の服は不思議そうにくるくる回ってみてたから及第点なんだろうけど、やっぱり可愛い系の服の時だけ明らかに反応がいい。

喜びとか、そういうプラスの感情で満たされて、顔を紅潮させながら嬉しそうに鏡を見ているのだ。

そんな様子を見て、私たち4人全員エリちゃんがどんな服を着たがっているかを把握していた。

だからこそ、私たちは自分の好みの可愛い系の服とか、純粋にエリちゃんに似合いそうな服とかを順番におすすめしていたのだ。

 

「似合ってるよ!エリちゃん!」

 

「ん……とってもかわいい……これも買おうね……」

 

「で、でも、もうたくさんカゴに入れたよ?まだいいの?」

 

「良いと思うわよ。お洋服、全部サイズを大きくしなきゃいけないって聞いてるもの。これくらいあっても大丈夫よ」

 

「うんうん!」

 

「……そっか」

 

ちょっと遠慮がちだったエリちゃんも、私たちの返答を聞いて満更でもなさそうな表情で頷いた。

ちょうどそのタイミングでエリちゃんのお腹が控えめな音を鳴らした。

 

「お腹空いちゃった……?」

 

「……う、うん……」

 

「じゃあ選んだ洋服買ったらご飯食べよっか!フードコートでいいかな?」

 

「ふーどこーと?」

 

「お店屋さんがたくさん集まってて、色んな食べ物が売ってるレストランみたいなところだよ」

 

「ご飯のほかにも……リンゴを使ったスイーツも売ってるみたい……」

 

「りんごのスイーツ……」

 

フードコートの方の波動をざっと見て、エリちゃんの興味が惹かれそうなものがあることを教えてあげる。

それを聞いた途端、エリちゃんの目が期待で輝き始めた。

涎まで垂らしそうになってしまっている。

これはフードコートでよさそうだ。

皆も特に異論はないみたいだし、フードコートで食事をすることになった。

 

 

 

フードコートでニコニコしながらデザートを食べているエリちゃんを眺めつつ、午後の予定を話し合う。

エリちゃんの服はもう揃ったし、他の予定は何も決まっていないのだ。

 

「おもちゃとか見に行ってみる?エリちゃんあんまりそういうの持ってないよね?」

 

「あとは……絵本とか……?先生たちが頻繁に買ってるみたいだけど……エリちゃんが好きなの選んでもいいし……」

 

「どっちもいいわね。エリちゃんは何か欲しいものあるかしら?」

 

「ほしいもの……ほしいもの……?」

 

「うん!なんでも言っていいよ!」

 

透ちゃんがそういうと、エリちゃんは考え込んでしまった。

やっぱりエリちゃん、物欲があんまりないよね。

まぁ、今までの環境が環境だったから仕方ないんだけど。

そんな感じで考え込んでいたエリちゃんだったけど、少ししてから思いついたみたいな感じで口を開いた。

 

「したいことでもいいの……?」

 

「ん……いいよ……言ってみて……」

 

思考からしてもう分かったけど、一応自分の口で言ってもらえるように促す。

その案なら特に問題ないし、エリちゃんの趣味になるかもしれないし、私たちで教えてあげることも出来る。

いい案ではあるだろう。

なんか、私の料理とかお菓子の影響を多大に受けてる気がしないでもないけど、エリちゃんがやりたいって思えたことは尊重してあげたい。

私の促しを受けて、エリちゃんは遠慮がちに言葉を続けた。

 

「お、おりょうりとか……してみたい……おかし、作ってみたりとか」

 

「お料理、いいわね」

 

「うんうん!」

 

「大丈夫だよ……一緒にお菓子作り、してみよっか……作り方も……教えてあげるね……最初に渡すのは……緑谷くんと相澤先生で大丈夫……?」

 

「そ、それだけじゃなくて、ルリさんたちにも食べてほしい!」

 

プロとして忙しそうにしている通形さんを除いてエリちゃんの思考に強く浮かんでいた2人の名前を挙げると、エリちゃんが珍しく強く主張してきた。

お茶子ちゃんたちもちょっとびっくりしてる。

 

「ありがと……すごく嬉しい……じゃあ……とびっきりおいしいの、作ろっか……」

 

「うん!」

 

エリちゃんが満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。

となると、必要なものは……

子供用のエプロンに、エリちゃんが好きな形の型抜き、クッキーの材料辺りは買うとして……今後を見据えて小さい子が使える包丁とかピーラーとかのお料理セットも必要かな。

今日はいらないにしても、お料理も見据えるならどうせその内必要になるし。

 

「じゃあ……エプロンとか型抜きとか……クッキーの材料とか……買いにいこっか……」

 

「そうね」

 

「クッキーなら私も作れるよ!」

 

透ちゃんも珍しく乗り気になっている。

最近は透ちゃんも簡単なお菓子作りに手を出したりしてたから、ここにいる4人全員クッキーは作れる。

これは、材料を買って帰ってそのまま皆でクッキー作りでいいかな。

……となると、ついでに色々買い足した方がいいかもしれない。

もちろん、先生たちのお金を使わずに。

そう思いながら、皆でどんな味のクッキーを作るか話し合いながら移動を始めた。

 

エリちゃんがエプロンを選んでいるのを見守りながら、さっき考えたことを伝えるためにこっそりお茶子ちゃんに近づいていく。

 

「ね……お茶子ちゃん……」

 

「どうしたの瑠璃ちゃん?」

 

「クッキー……お茶子ちゃんも……メインで何個か作ってみよ……」

 

「私も?まあもともとエリちゃんと作るつもりではあったけど」

 

お茶子ちゃんが不思議そうにしながら聞き返してくる。

だけど、私が言いたいのはそういうことじゃない。

お茶子ちゃんのために、対緑谷くんを想定した至高のクッキーの作り方を教えてあげるって話だ。

そのことを伝えるために、私は声を潜めながら言葉を続けた。

 

「そういうことじゃなくて……緑谷くんが好みの味付けのクッキーの作り方……教えてあげる……だから……お茶子ちゃんがメインで作ったの、プレゼントしたらどうかな……?」

 

「んなっ!?なんっ、えぇ!?」

 

お茶子ちゃんが固まった。

相変わらずすぎる。

 

「緑谷くんの胃袋を掴んじゃおう……今後、クッキー以外にも……色々教えてあげるよ……?お菓子に料理に……なんでもござれ……全部緑谷くん好みで調整出来るよ……」

 

私が追撃するようにさらに言葉を続けると、お茶子ちゃんは顔を真っ赤にしながらしばらく考え込んで、か細い声で返事をしてきた。

 

「ぅ、うぅ……じゃ、じゃあ、お願いしても、いい?」

 

「ん……任せて……!A組の皆の好み……私程知ってる人はいないんだから……!」

 

「……それは、信頼してるけど……み、皆には、内緒にしてね?」

 

……内緒にするのはいいけど、今のお茶子ちゃんの様子を透ちゃんがすごくいい笑顔で見てることには気付いてないんだろうか。

表情は見えなくても服が完全にこっち向いてるから気付けるはずではあるんだけど……

さっきまでエリちゃんの隣で一緒にエプロンを見てたけど、お茶子ちゃんが真っ赤になったあたりでこっちに気が付いて、ニヤニヤしながら観察してた。

多分、今直接的なことは言ってこなくても、その内突っつかれるだろうな。

まぁ、言わぬが花か。

とりあえずお茶子ちゃんには頷いておいて、その場はそこまでにしておいた。

お茶子ちゃんも承諾してくれたし、緑谷くん好みの隠し味もこの後の購入リストに追加だ。

そんな感じで、必要な道具や材料を買い揃えていった。

 

 

 

袋詰めしてラッピングもしたクッキーを、大事そうに抱えたエリちゃんと一緒に教師寮に向かう。

クッキー作りは大成功。

エリちゃんが初めて作るからってことでプレーンにしたけど、味も香りも申し分ない美味しいクッキーが完成した。

出来上がったクッキーを、エリちゃんは1番に私にくれた。

味見とかじゃなくて、ラッピングが済んだ第一号を。

すぐ近くで手伝っていたからっていうのもあるんだろうけど、それが凄く嬉しかった。

私も私でエリちゃんの為に作っていたリンゴ風味クッキーをラッピングしてあったから、それをお礼として渡したらすごく喜んでくれた。

そんなクッキー交換もそこそこに、今は相澤先生にクッキーを渡すために教師寮に向かっていたのだ。

他の先生たちの分も作ってあるけどひとまず後回しにして、相澤先生にすぐにでも渡したかったらしい。

そんな目的で教師寮に入ったところで、それに気付いた。

……相澤先生、懲りてなかったのか。

プレゼントを渡す前に不機嫌にならないといいんだけど……

そんなことを考えながら、共有スペースで仕事をしながらエリちゃんを待っていたらしい相澤先生に声をかけた。

 

「先生……」

 

「ああ、帰ってきたか。ちょうどよかった。この買い物の話が決まる前に注文してたエリちゃんの服がちょうどさっき届いてな。これなんだが……」

 

「おようふく?」

 

エリちゃんがちょっと期待しながら不思議そうに見てるけど、その袋の中身が、見覚えがありすぎた。

先生が袋から取り出したのは、あの眼力猫がでかでかとプリントされた服の、色違いだった。

それを見た瞬間、エリちゃんが固まった。

……言葉にはしなくても、やっぱりあの服は嫌らしい。

流石にこれを自分で言わせるのはかわいそうかな。

 

「……先生……ちょっと……」

 

「……どうした?」

 

……この際、もうはっきりと言うか。

 

「その服……女の子が着るにはちょっときついです……エリちゃんもちょっと嫌がってますし……私でもその服は嫌です……服は今日沢山買ってきましたし……それは……」

 

「なっ!?……嫌、なのか?」

 

先生が縋るような感じでエリちゃんに確認する。

エリちゃんもはっきりと嫌とは言いたくないけど、その服を着たくないっていう意思は曲げたくなかったらしい。

小さく頷いた。

それを見た瞬間、先生が凄まじいショックを受けていた。

 

「そう、なのか……嫌か……そうか……」

 

独特なヤバイセンスの眼力猫の服を広げて、それを見つめながら先生が呟く。

その背中も思考も、悲壮感に満ちていた。

そんな先生を見かねたのか、プレゼントを渡すのが待ちきれなくなったのか、エリちゃんがおずおずと先生に近づいていった。

 

「あ、あの……い、いつも、ありがとう!」

 

「……ん……?これは?」

 

「エリちゃんが焼いたクッキーです……私が教えながらですけど……エリちゃんが自分で作りました……先生へのプレゼントだそうです……」

 

「そう、なのか?」

 

「う、うん」

 

先生の思考からは、完全にさっきのショックはなくなっていた。

代わりに、エリちゃんからのプレゼントに対する驚き、エリちゃんの成長に対する喜びとか、色々な感情や思考が浮かんでいる。

少しすると、先生はエリちゃんの正面で膝をついて、視線を合わせてからクッキーを受け取った。

 

「嬉しいよ、ありがとう」

 

「……うん!あのね!ルリさんに教えてもらってね!すごくおいしく作れたの!だからね!―――」

 

先生がお礼を言って笑顔を浮かべたのを確認したところで、エリちゃんが嬉しそうに話し出した。

その2人の姿は、普通の親子に見えるような微笑ましい光景だった。

 

……それはそれとして、今のうちにこの眼力猫の服は回収してしまおう。

13号先生あたりに託せば穏便に処分してくれるだろうか。

そんなことを考えながら、先生にバレないように動き始めた。



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番外10:近くて遠いいつかの未来

※時間が大幅に飛んでいます
※時間が飛んだ影響で、その間に起こったことを既知の事実かのように語っている部分があります(一人称のため)
※ポケモン関連ですが、半オリキャラ半クロスオーバーみたいなキャラが1人出ます(この話以外には出さないので、キャラの説明の文章を省略するため)


今日は久しぶりに雄英に来ていた。

何が目的かはとても簡単で、雄英体育祭を見学するために来たのだ。

私が見に来たのは1年生の会場で、そろそろ決勝トーナメントが行われるところ。

今年は私が1年生だった時と同じで、普通のトーナメントで1対1での試合形式みたいだ。

この会場には忙しくて来れなかった数人を除いたA組の皆も来ていて、皆で一緒に見ていたらしい。

会場に来てすぐに皆がいる位置は分かったから、私もそこに合流するために歩いていく。

 

「皆……」

 

「あ、波動!久しぶりー!忙しそうだったから来れないかなーって思ってたけど、大丈夫だったんだね!」

 

私が声をかけると、三奈ちゃんが明るい笑顔で大きく手を振ってくれた。

前に会ったのは女子7人で集まった時だったと思うから、数か月振りだったはず。

だから、実際結構久しぶりの再会だ。

そして、そんな三奈ちゃんの声を皮切りに皆も私が来たことに気付いて、手を振ったり挨拶したりしてくれる。

そんな声に応えながら、三奈ちゃんに返答していく。

 

「私はなんとか……ただ透ちゃんは日中は無理……夜の同窓会からなら何とか、だって……」

 

「そっかー、でもまぁ、夜は来れるんだもんね!そこで沢山話せばいっか!」

 

「ん……透ちゃんも楽しみにしてたから……皆で沢山話そう……」

 

私がそこまで言うと、三奈ちゃんもにっこりと笑顔で応えてくれた。

……透ちゃん以外で来てないのは、緑谷くんと爆豪くん、轟くん、あとは上鳴くんかな。

4人ともすごく忙しいみたいだし、来れないのも仕方ない。

そう思いつつ、私も女子が固まってるあたりの席に座った。

 

 

 

皆と話しながら試合を見学し続ける。

今の試合は、結構皆釘付けになっている。

理由は簡単。

選手の片方にすごく見覚えがあるからだ。

 

『A組島乃!巨人を作り出しやがったぞ!!こいつもこいつで規格外だなおい!!どうすんだぁ!?』

 

『……まぁ、これを作り出したところで、相性が悪すぎるな』

 

ステージの上に作り出された特大の巨人に対して、実況のマイク先生が大袈裟にリアクションをする。

というか、マイク先生はこの巨人の種が分かってるのに、わざわざこういう言い方してるけど、結果は見えてる。

解説の相澤先生の言う通り、相性が悪すぎる。

 

「ねぇ波動、あの子って」

 

「ん……真幌ちゃん……」

 

「名前聞いてそうかなとは思ってたけど、やっぱりそっか……となると、あれ幻だよね。相澤先生の言う通り、相性悪すぎか」

 

隣に座っている響香ちゃんの質問に端的に答えると、響香ちゃんもこの後どうなるかが分かったらしい。

まぁ、幻の巨人なんて相手が気にするわけもない。

相手もヒーロー科みたいだし、猶更だ。

個性の種なんて、入学してから体育祭までの短い期間でほぼ割れているだろう。

そうなると、真幌ちゃんはカモでしかない。

 

「でも、真幌ちゃんってヒーローに嫌悪感持っとらんかった?最後にはマシになってたからおかしくないとは思うんだけど、ヒーロー科来るなら活真くんかと思とった」

 

「……その辺は別におかしくもないよ……私が雄英に入学したのと……ほぼ同じ目的で雄英のヒーロー科に来たみたいだし……」

 

「……活真さんのためということですか。まあ、あの時にも活真さんのために、嘘を吐いてまでヒーローを試していましたし、納得ですわね」

 

まあ那歩島での真幌ちゃんの様子を見てたら、ヒーローになりたいなんて思われないよね。

実際真幌ちゃんもそこまでヒーローになりたいって思ってるわけじゃないし。

真幌ちゃんの目的は単純明快。

活真くんが目指すヒーロー科がどういう物かを自分の目で確かめて、活真くんの補助をするとともに、将来的には活真くんのサイドキックになるって感じっぽい。

那歩島で会った時からその片鱗は見え隠れしてたけど、心底弟を心配する姉心からの行動だ。

人のこと言えないけど、真幌ちゃんもだいぶブラコンだな。

とはいえ、そんな感じの目的で雄英のヒーロー科に入れちゃう辺り、すごく優秀なんだろうなぁとは思うけど。

……あれ、そういえば、活真くんと真幌ちゃんって何歳差だったっけ。

エリちゃんが雄英に入りたいって言ってたし、受かれば数年後には雄英生になるはず。

もしかして、エリちゃんと活真くん、クラスメイトになるかもしれない?

それはそれですごいなと思ってしまう。

あ、でもあの2人だと回復系統ってことで個性が若干被りそうだし、クラス分けどうするんだろう。

そんな感じのことを考えながら試合を見ていたら、真幌ちゃんの対戦相手の子にちょっと違和感を覚えた。

 

「……?……あの子……」

 

「どうかしたの?」

 

「ん……ちょっとね……幻云々は置いといて……思考と行動予測の癖が気になった……」

 

「行動予測の癖?」

 

真幌ちゃんと試合をしている金髪の女の子は、明らかに普通じゃない動きをしていた。

真幌ちゃんが動き出しているわけじゃないのに、真幌ちゃんの動きを先読みしたかのような動きをしている。

そして、彼女の思考も普通じゃない。

『揺らいだ』なんていう思考が確かに読み取れた。

つまり、昔の私のような行動予測をしているとしか思えないのだ。

……多分だけど、波動が見えてる。

そう思ってじっくりとその子を観察していると、響香ちゃんが興味深そうに口を開いた。

 

「珍しいね、波動がそこまで興味持つの。まだ指名とかもしたことなかったでしょ」

 

「……ん……指名とかは……私が指導してあげられる子じゃないと……する気なかったし……」

 

百ちゃん、響香ちゃん、三奈ちゃんとかは、もう指名もしたことがあったはず。

男子の方も結構指名していて、そのまま卒業後はサイドキックに、なんてことまでしていたりしたはずだ。

ただ、私は事情が事情だから、興味を惹かれて、かつその子の性格的にも問題なくて、さらに私がちゃんと何かしらを教えてあげられそうな子じゃないと指名するつもりはなかった。

私自身が職場体験やインターンでミルコさんに沢山のことを教えてもらったのもあって、指名をするからには何かしらの助けになってあげられるような子に限定したかったのだ。

ミルコさんみたいにとまでは言わなくても、ちゃんとその子の糧になってあげたいし。

だけど、今まではそんな条件に該当する子がいなかった。

だから指名してこなかったのだ。

 

「それにしても、すごい泥試合ね。真幌ちゃんと対戦相手の子、お互いに打つ手なしって感じでただの殴り合いみたいになっちゃってるわ」

 

「……まぁ……読心した感じだと……2人とも打つ手がないのは事実……攻撃手段の乏しい個性みたいだし……殴り合いは必至……」

 

実際梅雨ちゃんの言う通りで、真幌ちゃんと対戦相手の子は泥沼の殴り合いに発展していた。

まぁ、これは対戦相手の子の予測も拙ければ、真幌ちゃんの幻の使い方も拙い。

どっちもまだまだ未熟だからこうなってる感じだな。

 

その後もそんな感じで皆で色々話しながら体育祭を見学していった。

真幌ちゃんは普通に1回戦負けだった。

殴り合いのフィジカル勝負だったから仕方ないのかもしれない。

あの金髪の子、だいぶ鍛えてるみたいだったし。

 

 

 

体育祭も特にトラブルなく終わって、同窓会になったら爆豪くんも含めてクラス全員集合出来た。

爆豪くんなんてめんどくさそうな反応してたのに、なんだかんだで来てくれるあたりやっぱり優しい。

切島くんあたりが説得したんだろうけど、爆豪くんも丸くなってる気がする。

皆色んな話題で盛り上がってるけど、その中でも至る所であげられてる話題は、今年の体育祭を見て誰かを指名をするかどうかだ。

それはいいんだけど、その前に確認したいことがある。

相澤先生は体育祭の後処理とかが忙しいからここには来れないって言ってたけど、流石にそろそろ電話をかけても大丈夫な頃だろう。

そう思って、トイレのために席を外したついでに相澤先生に電話を掛けた。

先生はすぐに電話に出てくれた。

 

『どうした?同窓会なら事前に連絡した通り行けないぞ』

 

「いえ……そういうことではなく……ちょっと確認したいことがありまして……」

 

『手短にしてくれ。すまんが、体育祭の後処理に加えて、指名の確認作業と処理もあるからあまり時間がなくてな』

 

「真幌ちゃんと決勝トーナメントで試合をしていた子のことで……聞きたいことが……あの子って……もしかしなくても……波動が見えてますよね……?どんな個性か……最低限聞いても大丈夫ですか……?」

 

『……なるほど。個人情報だし、本当に最低限になるが……それでもいいな』

 

「はい……大丈夫です……」

 

先生は少し考え込んでから、話し始めてくれた。

まぁ、本当に最低限の情報でしかないし、見てて推測できるくらいのものに留められている内容ではあるけど。

あの子は波動だけじゃなくて、気とか色々なものが見える感じの個性らしい。

私みたいに感じ取れているわけじゃないし、他に何が出来るってわけでもない。

つまり、漫画とかで出てくる魔眼みたいな感じか。

しかもあの戦い方、明らかに波動だけを意識してたし、多分私が参考にされてるな。

私の戦い方なんて、対ヒミコちゃんや対AFOの動画とか、テレビとかで好きなだけ見れるだろうし。

あの子からは悪意も感じなかったし……波動を用いた戦い方を模索してるっていうなら……

 

「……先生……その子に私から指名を入れさせてもらってもいいですか……?」

 

『……一応俺の方も、いずれお前に相談しようとは思っていた。補足しておくが、波動に関しては雄英入学時のお前の足元にも及ばない練度だぞ。それでも大丈夫か?』

 

「はい……ミルコさんがほとんど戦えない私に色々教えてくれたみたいに……私が教えてあげればいいだけの話なので……」

 

『分かった。こちらで処理しておく。お前なら事前調査もいらないから、こちらとしても助かるくらいだ』

 

先生はあっさり了承してくれた。

まぁ、指名拒否なんて素行がアレな感じのヒーローじゃなきゃしないだろうし、当然のことではある。

その後は会話もそこそこに電話を切った。

先生、すごく忙しそうだったし。

そのままスマホをしまって、同窓会でどんちゃん騒ぎしている皆の所に戻る。

 

「あ、瑠璃ちゃーん!どこに行ってたの?」

 

「ん……ちょっと電話してた…………それにしても透ちゃん……ちょっと飲み過ぎじゃ……」

 

「いいじゃん今日くらい~。いつもはちゃんとしてるんだから」

 

透ちゃんが結構酔っぱらった感じで絡んでくる。

まぁ、本当にいつもはちゃんとしてくれてるから別にいいけど、座った途端肩を組まないで欲しい。ご飯が食べづらい。

だけど振り払うのはかわいそうだし、そのままちびちびおつまみで並べられてるお刺身を食べ始めたら、百ちゃんに声を掛けられた。

 

「電話となると、もしかしてお仕事ですか?大丈夫でしたか?」

 

「大丈夫……ちょっと先生に電話してただけ……」

 

「先生に?」

 

「ん……体育祭のことで聞きたいことがあったから……」

 

「あぁ、波動が熱心に見てた子のこと聞いてた感じ?もしかして指名するの?」

 

私の返答に響香ちゃんが納得した感じの反応をしながら確認してきた。

まぁ流石に分かるか。

毎年見に来てるけど、私が興味を惹かれたのってあの子くらいだし。

 

「それも含めて……相澤先生に伝えておいた……指名も受理してくれたよ……」

 

「おー!どの子?どんな子指名したの?瑠璃ちゃんのところに来るとなると、私もよろしくしないといけないし教えてー!」

 

透ちゃん、私が拒否されるなんて微塵も思ってないな。

目を輝かせながら聞いてきてるし。

チームアップしてる透ちゃんからしたら自分にも関係がある話だし、気になるのは当然だから聞かれるだろうなとは思っていた。

 

「透ちゃんさっき動画見てたよね……真幌ちゃんと戦ってた子……」

 

「……あぁ!あの子か!私も真幌ちゃん指名しようと思ってるから、もしかしたら私たちの所に2人で来るかもしれないねぇ!」

 

「真幌ちゃんか……まぁ、透ちゃんなら……真幌ちゃんに幻の使い方色々教えてあげられるよね……」

 

透ちゃんは真幌ちゃんを指名するつもりらしい。

まぁ透ちゃんは光の屈折を利用して幻を出したり出来るし、納得しかない。

となると、真幌ちゃんとも一緒に行動することになる可能性が高いかな。

透ちゃんの知名度と個性の共通性を考慮したら、選ばないなんてことはないだろうし。

 

「皆は誰か……指名したりするの……?」

 

「さっきも話してたんだけど、ウチらは今のところ指名しない感じかな。男子の方が何人か指名しそうな感じの会話してたよ」

 

「なるほど……」

 

……男子の方は思考からして、切島くんと飯田くんが指名を出しそうな感じかな。

女子の方が今回指名を出さないのは別に不思議な事じゃないから、まあそうだよねとしか思わない。

三奈ちゃんなんかは今インターン生の面倒を見てるはずだし、他の皆は有能な子なら見境なく指名をするってわけでもなければ、個性が似通ったりしてるような子もいなかったし。

私と透ちゃんは個性も含めて色々教えてあげられそうな子だから指名してるって感じだし。

私がそんなことを考えながら納得していると、三奈ちゃんが美味しそうに食事を食べ続けていたお茶子ちゃんの方に近づいていった。

 

「波動も戻ってきたことだし、真面目な話はここまでにしてぇ……麗日!」

 

「んぐっ!?けほっ……な、なに?どうしたの急に?」

 

……まぁそうなるか。

お酒も入ったし、真面目な話も話すだけ話したし、お茶子ちゃんが前に会った時につけてなかった指輪つけてるし。

しかも左手の薬指に。

梅雨ちゃんは元々知ってたっぽいけど、こんなの三奈ちゃんと透ちゃんが食いつかないわけがない。

 

「なにじゃないよ!その指輪!それ、緑谷だよね!?進展あったんだよね!?」

 

「さあキリキリ喋ろうかお茶子ちゃん!!私も瑠璃ちゃん戻ってくるまで聞くの我慢してたんだから!!」

 

「そ、それはっ!?そ、その……う、うぅ……」

 

お茶子ちゃんが真っ赤になって黙り込んでしまった。

うん、そうなったところで確実に根掘り葉掘り聞かれ続けるやつだな。

聞かれたくなければ指輪を外してくればよかったんだろうけど、緑谷くんにもらった指輪を外したくなかったみたいだし仕方ない。

こうなる運命だったんだろう。

梅雨ちゃんもある程度の所までは見守るつもりみたいだし、響香ちゃんと百ちゃんもだいぶ気になってたみたいだし、黙って見ておくか。

……私も少し気になってたし。

プロポーズされたのかな。どんな感じだったのか少し……だいぶ気になる。

そんな感じなのもあって、ぐいぐいとお茶子ちゃんに迫っていく三奈ちゃんと透ちゃんを見守る態勢に入った。

まぁ、この後どこまで飛び火するのか分からないから、全員が全員傍観者じゃいられないんだろうけど、飛び火したらしたで考えよう。うん。

 

 

 

そんな感じの同窓会から少し経って、ついに職場体験を受け入れる日が来た。

あの子も真幌ちゃんも、それぞれの職場体験先として私と透ちゃんを選んでくれていた。

今は2人で私の事務所で待っているところだった。

透ちゃんの事務所もあるにはあるけど、私の事務所の方が雄英に近いし、どうせチームアップしてるから一緒に行動するしってことで、ここで2人まとめて待つことにしたのだ。

そんな感じでしばらく待っていると、2人が近づいてきた。

……なんか真幌ちゃん、機嫌が悪い?

そう思ったところで、ドアが開かれた。

波動で感知してた通り、見覚えがあるアタッシュケースを持った、雄英の制服を着ている少女2人が立っている。

 

「瑠璃さん!!なんで私は指名してくれないんですか!?コルニは指名してるのに!!」

 

「……えぇ……」

 

「あはは。真幌ちゃん、瑠璃ちゃんに懐いてたもんね。そういう反応にもなるかぁ」

 

真幌ちゃん的には、私は誰も指名したことがないの知ってたから、今回も誰にも指名は出さないものだと思ってたっぽい。

それで、自分の指名見て透ちゃんからの指名があるのに気付いて喜んでたら、同じクラスで友達のコルニちゃんに指名が入っててこの感想になった感じか。

……まぁ、それなら納得はできるか。

 

「私と真幌ちゃんじゃ……個性が違い過ぎて教えてあげられることがないでしょ……指名出しても成長させてあげられないよ……」

 

「それは……分かりますよ!?分かりますけど!!インビジブルガールが指名してくれてすごく嬉しかったですけど、瑠璃さんにも指名して欲しかったんですよ!!」

 

「まぁまぁ。私、瑠璃ちゃんとチームアップしてるから、一緒にいられるよ!それに、私なら真幌ちゃんに色々教えてあげられるし!」

 

「あ、いや、その、インビジブルガールが嫌なわけじゃないですよ!?そういうことじゃなくて……」

 

「大丈夫。分かってるから」

 

透ちゃんがそのまま真幌ちゃんを宥めにいってくれた。

実際真幌ちゃんは透ちゃんが嫌なわけじゃないし、自分たちを助けてくれたA組の1人から指名が入っていたことを心底喜んでいたのは本当みたいだし。

それはそれとして、私もコルニちゃんと挨拶した方がいいかな。

さっきから私の方を見て固まっちゃってるし。

まぁ、波動が見えてるせいなんだろうけど……

『なにこの波動の量……!?』とか考えてるし。

 

「よろしくね……コルニちゃん……」

 

「……は、はい!!よろしくお願いします!!指名していただけてすごく嬉しいです!!ありがとうございます!!」

 

「ん……あなた……波動が見えてるみたいだったから……戦い方も……明らかに私を意識してたのが分かったし……指名した……一緒に頑張ろうね……」

 

「はい!!あたしリオルの大ファンなんです!!波動を使った戦い方も、リオルの映像を見て色々勉強してました!!足を引っ張らないように頑張ります!!」

 

……慕ってくれてるのはいいんだけど、この子思った以上に背が高いな。

見上げないといけないのが若干もやっとするけど……

まぁ、今はいいか。

 

「じゃあ……とりあえず別室で簡単な説明してから……パトロールしようか……透ちゃんも……それで大丈夫……?」

 

「うん!もちろん!」

 

透ちゃんもスッと了承してくれた。

そのまま別室でヒーローの仕事に関する説明をして、説明が終わったらそのままパトロールに移行する。

まぁ、そもそもこの辺りは私とサイドキックの2人で毎日全域をパトロールしてヴィランは根絶やしにしてるから早々に遭遇しないけど、毎日のルーチンワークだ。

私と透ちゃんがチームアップしてるのは、公安の要請もあってこの範囲を拡大するための連携を図ろうとしてた感じだ。

だけど、職場体験の時に2人でいつものをやり出しちゃうと、学生2人が話についてこれなくなっちゃって学べるものが無くなっちゃうだろうし、透ちゃんと話し合って職場体験の間はもともとしていた作業をすることにしたのだ。

当然、そんななんてことないパトロールは、ヴィランに遭遇することなく終わった。

 

翌日からはパトロールをある程度したら、真幌ちゃんとコルニちゃんの特訓の時間を取るように調整していった。

 

「じゃあ真幌ちゃん、幻の使い方、一例ではあるけど実際にやるから、ちゃんと見ててね!」

 

「コルニちゃんも……波動を意識しながら……私の動きと透ちゃんの波動を見ておいて……」

 

透ちゃんと私は、お互いに自分についている子に声をかける。

そして、そのままの流れで透ちゃんと向き合って、軽く身構えた。

 

「それじゃあ……いっくよー!!!」

 

「ん……いつでもどうぞ……」

 

私の返答と同時に、透ちゃんは太陽光を収束屈折させた熱線レーザーとその幻を織り交ぜながらばらまいてきた。

それを正面から見据えつつ、波動を全く纏っていない幻は完全に無視して、実体があるレーザーだけを避けていく。

しばらくそれを続けて、お互いに満足したところで一時中止した。

 

「はい……コルニちゃん……今の見て気付いたことあった……?」

 

「え、えっと……幻が波動を纏ってないのは、なんとなく分かりましたけど……」

 

「半分正解……だけど……それだけじゃないね……実体を出してる時よりも幻を出してた時の方が……手の波動の揺らぎが小さいのには気付いた……?」

 

「……分からなかったです……」

 

「ん……だよね……そうだと思う……本当に微細な差だから視覚だけに頼ってると難しい……」

 

コルニちゃんの個性が視覚頼りな以上、この微細な差を見極めるのは結構難しい。

さらにいうと、透ちゃんのビームみたいに、使う時に身体を思いっきり動かしてたり、打たれた後は高速で近づいてくるものを、視覚だけで見極めるのはほぼ不可能だろう。

これは透ちゃんに限らず、真幌ちゃんの成長先として透ちゃんが想定している、幻でフェイントを織り交ぜてくるようなタイプは特に。

幻を含めて全部を避けようとすると、不可能なくらいの密度で来ちゃうこともあるし。

だからこそ、揺らぎと感覚から規模や方向、どういう攻撃かの予測をしていくのが結構大事だ。

私は波動の感知が個性で出来ちゃうからもともと出来ちゃってた部分だし、読心でどういう攻撃かまで判断できちゃうから、一見するとコルニちゃんの視覚情報だけじゃ真似できないと思っちゃうかもしれない。

だけど、読心の部分は難しいけど、ある程度近くの波動を感知するのは、普通の人でも不可能じゃない。

凄い熟練度が必要だから、習得するまで途方もない時間がかかるけど。

 

「そういうのを見分けられるようになるために……まずは波動を感じ取ることから始めようか……」

 

「感じ取るって、リオルさんみたいにですか?あたしの個性、見えるだけなんですけど……」

 

「最初はそうかもしれないけど……波動を攻撃に転用したいと思ってるなら……ほぼ必須事項……個性とか関係なく……最低限自分の波動を感じ取ったり……操作したりは……鍛錬を積めばできるようになるものだから……そこまで出来たら……多分近くの人の波動がなんとなくこんな感じかなっていうのは……分かるようになると思う……」

 

「な、なるほど……」

 

コルニちゃんも一応納得はしてくれたみたいだ。

そうなると、まずは自分の波動を感じる部分から始めてもらわないとダメかな。

操作に取り掛かるのはだいぶ先になるだろう。

とりあえず、私の波動をコルニちゃんの波動に馴染ませて、意識させればいいかな。

個性で波動の動きを見ながらなら、自分の波動を感じるだけならそんなに時間がかからないだろうし。

 

「じゃあそこに座って……私の波動を注入して……あなたの波動に馴染ませる動きをしていくから……波動の動きを見ながらでいい……まずは自分の波動を感じ取るところから始めるよ……」

 

「は、はい!」

 

コルニちゃんが座ったのを確認してから私も隣に座って、コルニちゃんの手に自分の手を重ねる。

そのままゆっくりと波動を注入し始めた。

ここから先は私が何かを言うよりも、自分で気付く必要がある部分だ。

私は透ちゃんの方で手が必要ならお手伝いしたりしながらでいいかな。

ちょうど透ちゃんも、真幌ちゃんに体術と組み合わせた幻の使い方を指導し始めてるし。

うん、パンチに合わせて自分の腕の幻を複数作ってくるのは、普通に厄介だよね。

指導方法も普通に正解だと思う。

この練習がうまくいけば、最終的には幻を自分に完全に重ねて姿を見えないように偽装したりとかも視野に入ってくると思うし、本当に真幌ちゃんと透ちゃんは相性がよさそうだ。

 

 

 

そんな感じで練習を始めて数日経った頃。

パトロールを午前中にやって、午後に鍛錬していたところでその連絡が来た。

 

『リオル、ヴィラン出ましたよ。職場体験中だから一応連絡してます……いつも通り私だけで捕まえてもいいですけど、どうします?』

 

『私で対処するよ……場所ももう思考から分かったし……今から向かうね……』

 

『それなら私は変身したまま見張ってますよ。入れ替わりはいつも通りでいいですね』

 

『ん……大丈夫……ありがと、ミラー……』

 

『はいはい。お礼は後で血を飲ませてくれたらそれでいいですよ~』

 

そこでテレパスは途切れた。

ミラーはもう動き始めてるし、私たちもさっさと向かおう。

 

「透ちゃん……!ヴィラン出たって……!職場体験中だし私たちで対処しよ……!」

 

「おー!ってことは、ミラーちゃんからテレパスがあった感じだね!」

 

「ミラー?」

 

透ちゃんはすぐに理解してくれたけど、真幌ちゃんとコルニちゃんは疑問符が浮かんでいる。

まぁサイドキックの紹介なんて一切してないし、なんだったら一般市民にだって私のサイドキックの存在を説明してないからこういう反応にもなるか。

犯罪の抑止力としての私の存在をもっと広範囲で使いたいっていう公安の要請でもあるし、ミラーがいるだけで範囲を1.5倍くらいに出来るから説明しない方が都合がいいのだ。

どのみち個性は使えてるから説明しちゃってもいいんだけど、いまだに怖がる人がいるのも事実だし。

 

「私の1人だけいるサイドキック……私がヒーロー活動してる時間はパトロールしてくれてるの……その子からヴィランが出たって連絡があったから……急いで移動するよ……」

 

「は、はい!」

 

その後は急いでヴィランがいる所まで移動していった。

真幌ちゃんは透ちゃんと一緒に走って、私は波動の噴出で跳びながら、コルニちゃんはコスチュームにつけていたらしいローラースケートで並走しながらって感じで移動していたから、そんなに時間もかからず現場に到着した。

真幌ちゃんが結構辛そうではあるけど。

そんなことを考えながら、私に変身してるミラーの方に近づいていった。

 

「立てこもり中ですね。人質もいるので、インビジブルガール待ちって言って警察も納得させてます」

 

「ありがと……ミラーは事務所戻ってていいよ……職場体験中、結構歩いてもらっちゃってるし……今日の残りはのんびりしてて……ヴィランもそんなに強くなさそうだし……」

 

「じゃあ先に戻ってます……またあとで、沢山お喋りしようね」

 

「ん……夕食……今日は一緒に食べよっか……」

 

私がその提案をすると、ミラーはひらひらと手を振りながら歩いていった。

私が近づいた時点で気配がほぼ感じられなくなったし、周りの人もすれ違ってるのに気が付いてる様子はない。

本当に意味が分からない技術だ。

まぁそれはそれとして……とりあえずヴィランを捕まえよう。

 

 

 

ヴィランの逮捕はあっさり終わった。

そして、それ以降職場体験が終わるまで、軽犯罪以外のヴィランが出ることはなかった。

相変わらず、私の活動範囲は計画的なヴィランがほとんど出ない。

私は楽でいいんだけど。

とりあえず、そんなこんなで職場体験は終わった。

今は、お別れの挨拶をしてるところだ。

透ちゃんは透ちゃんで、真幌ちゃんと話している。

私も、コルニちゃんに言うべきことは言っておくか。

 

「……鍛錬……頑張ってね……根気強く続ければ……波動を使って戦えるようになるはずだから……」

 

「はい!この1週間、ありがとうございました!」

 

「ん……あとは……これを……」

 

コルニちゃんに、あらかじめ準備しておいたメモを渡す。

この子、基本的にいい子だし、頑張り屋さんだったから、今後も手伝ってあげたくなったのだ。

ミルコさんが、私にしてくれたみたいに。

 

「これは……?」

 

「私のプライベートの連絡先……聞きたいこととか……相談したいことがあれば……気軽に連絡して……」

 

「……!う、嬉しいです!!ありがとうございます!!」

 

理解すると同時に、コルニちゃんが花が咲いたみたいな笑顔を浮かべながら、大袈裟に頭を下げてきた。

……昔の私も、こんな感じだったのかな。

 

「鍛錬中にもアドバイスしたけど、自分の波動を信じることが大事だよ。"波動は我にあり"、忘れないようにね」

 

「はい!!」

 

透ちゃんの方も、多分連絡先を渡してあげてるな。

真幌ちゃんなら私のもあげてもいいんだけど、彼女の師匠は透ちゃんだ。

あんまりでしゃばらない方がいいだろう。

そう思いながら、笑顔で手を振りながら離れていく2人を見守った。

 

 

 

「瑠璃ちゃん、ミルコさんの真似してたでしょ」

 

「……別にいいでしょ……私はそうしてもらって嬉しかったんだから……」

 

「悪くなんてないよ!ミルコさん、理想の師匠みたいな感じだったもんね!真似したくなるのも分かっちゃうよ!」

 

透ちゃんが半分ニヤニヤしてるような感じの笑顔で弄ってくるのが、若干気恥ずかしい。

理由は分かりきってるけど、透ちゃんも真似してたじゃないか。

そんな透ちゃんに口で反撃しながら、これから少し忙しくなりそうだな、なんて考えていた。

私も、ミルコさんがしてくれたみたいに、頑張ろう。



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