ろっきんがーるに恋する男子 (詞連)
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結束バンド結成編
Chapter1  石塚太吾と後藤ひとり その1


ぼっちのクラスメイトの男子のうち何人かは
(ふっ、後藤の可愛さを理解(わかっ)てるのは俺だけだな)
って思ってるに違いない


 

 

 

 その時、俺は雷鳴に撃ち抜かれた。

 

 

 

 親が離婚して、家に居づらくなった。13になったばかりの時だ。

 親父がリストラに合って、キャリアウーマンやってた母親との関係が悪くなって、離婚。

 俺はお袋に引き取られた。

 母親はますます仕事にのめり込み、俺は多めの小遣いを与えられて放置気味。

 平気なふりをして、自由を謳歌しているようなふりをして、追い詰められ、自棄になっていた。だからと言って分かりやすく不良をするほどの度胸も動機もありはしない。

 中二に進んだと同時に転居転校。友達どころか顔見知りもいない。独り行く当てもなく放課後や休日、誰もいない校舎で時間を潰していた。

 

 

 彼女のギターを聞いたのはそんな頃だった。

 

 

 後藤ひとり

 

 

 変わった名前のそのままに、教室ではいつも一人でいた女だ。

 唐突にギターを持ってきたり、突然机に出店の如くCD広げたりと、悪い意味で目立っていた彼女。

 秋、文化祭の振り替え休日。黄昏時の、まだ解体されていない屋外ステージの上。彼女はエレキギターをかき鳴らしていた。

 

 11歳まで習い事でピアノをやっていたので、多少は音楽が分かる。

 弾けてはいるが、そう上手いわけではない。

 だが、なぜだろう。シビれた。

 エレキの旋律が、リリックが、雷鳴のように駆け抜け、俺を貫いた。

 

 弾き終えた後藤は何かに怯えるように、しかし同時に期待するように周りを見渡した。

 反射的に俺は隠れてしまった。

 後藤は俺の存在に気付かないまま、そそくさと逃げるように帰っていった。

 

 

 

 

 なぜあの時声をかけれなかったのか?咄嗟に隠れてしまったのか?

 考えた結果、俺は思った。

 

「俺には、何もない」

 

 親が離婚し、不貞腐れ、ただ漫然と時間を潰す。

 そんな何も持たない俺が、あの雷鳴のような旋律を持った彼女の前に立つのは、恥ずかしい。

 思春期男子のつまらない見栄だと思うが、だが大事なことだとも思った。

 

「後藤の前に立つのに、ちょっとは格好つけたいな」

 

 その日の夜、部屋をひっくり返してキーボードを掘り出した。

 11歳以来、弾くのをやめていた指は、意外なほどによく動いた。

 練習用の譜面を取り出し、弾きまくり、気づけば朝になっていた。

 

「―――よし、これで行こう」

 

 徹夜明けの回らない頭で、中二の俺は、音楽を始めることを決めた。

 

 

 

 3ヵ月練習して、路上デビュー。

 最初の一回目は警察に注意され、次から母親に頼んで許可申請をとった。

 春の頃には立ち止まってくれる人が出始め、SNSにもフォロワーが増え、

 

「今日も暑い中、精が出るな。この後、かき氷でもどうだ?おごるぞ」

 

 7月の頭。バンドに誘われた。

 声をかけてきたのは、新宿のライブハウスの雇われ店長。彼が目をかけている高校生バンドへのお誘いだ。

 中3だと言ったら驚かれたが、

 

「その年でそれだけ引けて作曲までできるとかマジかいな!?

 っていうか来年進学なら新宿の近所の学校――ってよりうちの高校に進学してくれればええやん!ラッキー!」

 

 バンドリーダーがぐいぐい来るので、半ば流されるように加入した。

 だが悪い気はしなかった。

 自分が、人様に言える何かを手にしたのだと、そう思えた。

 

 夏の間は、ライブ巡りだ。

 イベントで対バンをして、狂ったように練習と作曲をして、ひたすらバンド漬けの毎日だった。

 

「いや、最低限勉強はしろ」

 

 バンドリーダーを殴り倒して勉強時間を確保してくれた店長のご厚意がなければ、高校進学も危うかったかもしれない。ついでにリーダーの進級も少し危なかった。

 

 ともあれ、俺の所属したバンド。Irrational/Numbers(イレーショナル ナンバーズ)――イレナンはインディーズとはいえ、ある程度知名度を得て、軌道に乗った。

 

 俺は中学の文化祭でバンドを披露した。

 学校に頼んで、特例としてバンドメンバーも招くことを許され、ライブを決行。

 手前味噌だが、最高に盛り上げれたと思った。

 

 ステージの上から見た観客の中に、後藤の姿もあった。

 

 ああ、あの日の雷鳴よ。

 俺は、君に向き合えるだけのものを握ったぞ。

 

 そう思い、確信し、改めて後藤に話しかけよう。

 そう決意した翌日だった。

 

 1年前と同じように、しかしそれ以上の雷鳴が、再び俺を貫いた。

 

 忘れた機材を取りに寄った代休の学校。

 夕暮れの、片づけられる前のステージの上、去年と同じように彼女は立って、エレキギターをかき鳴らしていた。

 その旋律は、より鋭く、より深く、より巧みで―――去年より俺をシビれさせた。

 

 後藤のギターは上達していた。必死に練習し、場数を踏んだ俺よりもはるかに。

 練習量だけではないだろう。どこかで場数を踏んでいるはずだ。

 だがどこで?

 あの技術でバンドを組むなりしていれば、流石に耳に届くはずだ。

 ひょっとしたら、ネットで動画でも挙げているのか?

 わからない。

 

 だが、一つ確信したことがある。

 

 これは、アンサーだ。彼女から、俺への。

 

 なにせ、彼女がステージ上でかき鳴らしたメロディは、俺が文化祭でやったカバー曲と同じものだった。

 

 

『もっとイケるでしょ?登ってきなよ』

 

 

 彼女はきっと、そう言ってるのだ。

 きっと1年前のあの日、俺が彼女の演奏を聴いていたのを、気づいていたのに違いない。

 そして今も、どこかで俺が聞いていると、確信して弾いているのに違いない。

 

「――遠いなあ」

 

 後藤がこそこそと、逃げるように去った後。物陰で座り込んだ俺は、悔しさをかみしめながら、つぶやいた。

 

 

 それから半年。中学卒業まで、俺はまたバンド漬けの日々を過ごした。

 

「いや、本当に少しは勉強しろ。教養は音楽に出るぞ」

 

 もちろん、店長の指導の下、最低限の勉強は忘れずに。

 危なげなく、バンドリーダーと同じ高校にも受かり

 

「これで高校でも後輩やな!アンパンと午後ティー買ってこさせるで!!覚悟しーや!」

 

とウザ絡みしてくるバンドリーダーをかわしていた時だった。

 

「―――そういえば、学園祭の後、声をかけると言っていた彼女はどうなった?続報は聞かないが」

 

 店長の何気ない質問が、バンドの先輩達の興味に着火した。

 

「えなになになに?カノジョおんの!?ガッコに?アカン俺引き裂いちゃった!?地元遠いヤン!遠距離恋愛!?どーして言ってくれへんの!?え?カワイイ!?どこまでいった!?ちゅーした!?ねえねえ!?」

 

 リーダーが特にうるさかったが、他のメンバーも似たり寄ったりだ。

 観念して、白状する。

 

 中二の秋に彼女のギターを聴いたこと。

 それに触発され、音楽を始めたこと。

 今年の文化祭の後に、もう一度彼女のギターを聴いたこと。

 音楽に込められたメッセージに打ちのめされ、時期尚早として、話しかけてないこと。

 

 それらを語り終えた後、バンドリーダーが

 

「―――いや、単にヘタれて話しかけれてないだけやん」

 

 ブチ殺してやろうかこいつ。

 

「そもそも、アンサーであるというのは気のせいである可能性が高い。

 実際に顔を合わせたわけでもないのにその後藤君が、君に演奏を聞かれていたと確信するとは考えにくい。

 また、今年の文化祭の後に彼女の演奏を聴くことになったのは偶然によるものであり、その偶然を利用して彼女が君にメッセージを送ったと考えるのは、少々論理性に欠ける」

 

 店長、論理的に否定しないでください。

 あの後冷静になって考えて、自分でもそーじゃないかなーって思ってたんです。

 

「ともあれ!卒業式って来週やったっけ?

 このままじゃアカンて!ガッコー離れたらもうノーチャンスやぞ!」

 

 ではどうしろと?

 

「告る一択に決まっとるやろ!!!!」

 

 そんな無茶な。

 

「いや。恋愛感情に限らず、基本的に人間の関係性の進展は、接する頻度や時間に比例する。

 卒業までに最低限、定期的に会える状況を作らなければ、彼女と関係を結ぶことは極めて難しくなるだろう。

 定期的にその後藤君と接点を持つために、最低でも『彼女に興味がある』ということを伝えなくてはならない。その点、告白というのはあり得る選択肢だ」

 

 だから理論的に追い詰めないでくださいってば。

 

 とはいえ、店長が言うのももっともだ。

 告白は無理でも最低でも連絡先を交換しないことにはどうしようもない。

 

 よし。大丈夫。イレナンの活動は順調。作詞作曲も評価を得てるし、演奏だって、彼女ほどではないが上達している。

 

 いける!いけるぞ!

 

 気合を入れた卒業式。

 お袋は来なかった。だが好都合だ。

 卒業証書を片手に校門で、後藤の姿を探し―――

 

「先輩!第二ボタン下さい!!!」

 

 という後輩達の群に襲撃された。

 女生徒中心だが男子生徒も多数。十重二十重の人垣根。

 ここでロックンローラーらしく

 

『退けろ豚共!』

 

 と一喝して通り抜ければいいのだが、そこまでなり切れてない俺は

「ああ、どうぞ」

「ごめんね、もう、ボタン、ない」

「サイン?あ、いいよ」

と、終始流されるままに対応。「先輩かわいいー」とか言われた。やかましい。

 

 ようやっと抜け出して、気を取り直し、改めて後藤を探して―――

 

 

 

 

 ―――いない?

 

 

 

 

「後藤さん?―――ああ、あの子。家族と帰ったみたいよ?

 連絡先?え?あ、そういえば知らないなあ。ってか、クラスの誰も知らないんじゃない?」

 

 後日、クラス女子の中心になってる子に尋ねたが、彼女も、そして彼女が言う通り他のクラスメートも、誰も後藤の連絡先を知らなかった。

 学校に問い合わせても、個人情報の保護を盾に教えてもらえなかった。

 

 

「あー……どんまい?」

 

 あのウザいバンドリーダーすらも気遣うような勢いで、俺は凹んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月頃。未だに立ち直れず、その思いをダウナー系の曲として出力しつづけていた頃、

 

「すまない。ちょっとこのライブハウス、行ってみてくれないか?下北沢なんだが」

 

 店長が、そう言ってチケットを差し出してきた。

 

「知り合いの店で、彼女の妹がバンドデビューするらしくてな。

 サクラとして呼ばれた」

「ほーん、Starry……ああ、伊地知の姐さんとこの……。店長は行かへんの?」

「―――すまん、急用ができてな。寝過ごした酔っ払いを山梨まで迎えに行かなくてはならなくなった」

「山梨て……またきくりさん、えっらい所に……店長も彼氏やってて大変やなあ」

「誠に遺憾ながら、惚れた女だ。仕方ない。

 というわけで頼んだ。そこの失恋小僧の気分転換くらいにはなるだろう」

 

 と、そんな流れで俺はリーダーと連れ立って下北沢に向かった。

 わずか数キロの距離だが、東京は距離のわりに広く、雰囲気はガラリと変わる。

 より純度の高い、音楽の街。

 その一角にある、上の階がアパートになっている半地下のライブハウスがStarryだった。

 

「ち~っす!代理できました~!うちの店長、アル中介護で来られへんです」

「アイツらまたか」

 

 ここの店長の女性に、リーダーが挨拶しているのを尻目にフロアに。

 ギリギリのタイミングだったのか、演奏はすぐに始まった。

 

 ロック中心にまとめられたライブが始まる。

 体の芯に響くドラム。深く響くベース。そして―――エレキギター。

 ギターの旋律を聴く度に、耳はつい、あの日の雷鳴を探してしまい、そして落胆する。

 

 

 違う。あの旋律は、彼女だけのものだ。その彼女は、いない。

 

 

 卒業式の後、俺は少ない伝手を使って後藤を探した。

 音楽関係はすぐに手詰まりになった。そもそも1年以上、後藤がどこかでギターを弾いていないかとアンテナを張っていたのだ。今更引っかかるはずもない。

 地元の学校に進学した知り合いに当たったが、後藤らしき女性とを見かけた情報もない。どこか遠方の高校に進学したのだろう。

 最早手詰まりだ。

 

 

 いい加減、忘れて振り切らないといけないんだがなあ……。

 

 

 そう思いながら、ステージも見ずにぼーっとしていた時だった。

 

「なんやアレ?」

 

 リーダーの言葉につられ、ステージを見る。

 そこにはギターとベースと

 

「完熟マンゴー?」

 

 のダンボール箱。

 人が入りそうなサイズのその中には、気配的に実際人が入ってるようだ。

 

「斬新なパフォーマンスやなあ」

『初めまして!結束バンドでーす!』

「名前も斬新やなおい!」

 

 リーダーが突っ込みを入れる中、結束バンド――後から聞いた話だと、ここの店長さんの妹さんのバンドらしい―――の演奏が始まった。

 

 

 そして―――三度、あの雷鳴が、俺の体を貫いた。

 

 

 演奏はボドボドだ。

 不安げで、ミスも多い、技術ではなく、バンド慣れしていないことが丸わかりの、冴えないギターの音色。

 しかしその旋律に、癖に、確かに聞き覚えがあった。

 

 後藤ひとり

 

 俺が憧れ、探し求めていた雷鳴が、ステージの上でかき鳴らされていた。

 

 

 

 

 

 

「ちょ!おい!待ちぃや!―――あ、スンマセン伊地知の姐さん!なんやウチのツレ、あのマンゴー仮面の知り合いらしくて―――」

 

 ライブの後、リーダーをほっぽりだして俺はバックヤードに走った。

 扉を開ける。

 いた。

 後藤ひとりだ。

 唐突に踏み込んできた闖入者である俺に、後藤を含め結束バンドのメンバーは、驚きと警戒、そして不審の視線を向けるが、だが構わない。

 これはチャンスだ。

 音楽の神か、恋愛の神か、どちらかは知らないが与えてくれた天祐だ。

 無様でもなんでもいい。逃がさない。

 

 とはいえ、何を言えばいいか?

 逡巡の後、口から出た言葉は

 

 

「よ、後藤。久しぶり。ギター、こっちで弾いてたんだな」

 

 

 口から出たつまらない、しかし無難な言葉に、我ながら失望と、しかし同時に安堵を得た。

 

 うん、これでいい。

 いきなり告白炸裂とか論外だ。

 流石に顔ぐらいは覚えてくれているはずだし、ここから話を膨らませて最低でも連絡先を―――

 

 

 

 

 

「ぇ、あの……誰?」

 

 

 

 

 

 

 ―――後藤ひとりの口から零れた無慈悲な言葉に、俺は膝をついた。

 

 

 

 

 

つづく




おまけ


ぼっち@中学 「ぶ、文化祭のステージで演奏できた!
        こ、これで人気バンドに一歩近づいたぁっ!
        (ハッ)ひ、ひょっとしたら今の演奏を偶然通りかかった
        大物Pが聴いててそのままメジャーデビューしたり……!?
        デュ、デュフフフフフッ……!」




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Chapter2  高清水律志と廣井きくり その1

なぜ、創作上のダメなアル中お姉さんはこんなにも魅力的なのか?(哲学)
あと、やや猥談要素が入ってしまったのでR-15タブ追加


 新宿の一隅にあるライブハウス、EXoutの雇われ店長、高清水律志(りつし)は車を出した。

 新宿から首都高に乗り、そこから中央高速に入る。

 目指すのは山梨県の大月。同じく『中央』の名を関する路線である中央本線に乗って運ばれた酔っ払いを回収するためだ。

 ちなみに、高速自動車道と鉄道、その両方に冠する『中央』とは、『日本の中央=東京から日本アルプスをぶち抜いて名古屋まで』を指す言葉らしい。

 などと益体のない豆知識を思い出しながら、高清水は車を転がす。

 八王子に入る頃にはビルもなくなり空が開け、過ぎるころにはすっかり春の緑が萌えあがる山の中。そこを越えて、長いトンネルを抜け、一瞬だけ神奈川県に入る。

 相模湖・相模川に沿って走り、すぐに山梨県に入る。それとほぼ同時に相模川は桂川へと名前を変え、そこからずっとつかず離れず、蛇行する山間の平地を走ること小一時間。

 大月ICで降りると、そこからUターン気味に甲州街道を走る。目指すはJR大月駅。

 数分で到着し駅前の路肩に車を止めて、スマホの子供用GPSアプリを起動。

 100m程離れたコンビニに反応あり。

 広めの駐車場のある、田舎のコンビニに彼女はいた。

 駐車場に車を止め、彼女の前に立つ。

 彼女は、廣井きくりはしゃがみこんで泣いていた。

 

「うぐっ……ひぐぅっ……!

 りっくん!酷いんだよ!このコンビニ―――鬼ころがおいてない!!」

 

 ストロングで虚無な缶酎ハイを握りしめながら咽び泣く酔っ払いを見て、律志は手で顔を覆ってため息をついた。

 

 

 

 

 

 

「くぅ~っ!シジミが肝臓に染みるぅ」

「ほれ。水分も取れ」

「ありがと~」

 

 大月駅前は住宅街のど真ん中だ。

 その駅前のコンビニにこの酔っ払いを置いたままにしておけず、さりとてこの状態で1時間程運転をしてる途中で『ダム放水』されても困る。

 それゆえの折衷案として、律志は高速に乗ってすぐのサービスエリアで、酔っ払いを休ませることとした。

 お気に入りのしじみ汁を飲んで一息ついた酔っ払い―――廣井きくりは受け取ったペットボトルを見て、不思議そうに

 

「あれ?なんでお酒じゃないの?」

「この流れでなぜ酒を渡されると思った?」

「だってお酒は命のお水だし?」

「命の水ではなく普通の水を摂れ。

 アルコールは分解にも水を使うし利尿作用もある。水分補給にならない」

「いじわる~」

「そうか。

 ほら、スポーツ飲料で水分と電解質を補充しろ。そうしておけば二日酔いの予防にもなる」

「二日酔いなんて迎え酒があれば」

「二日酔いはアセトアルデヒドの中毒と脱水によるものだ。迎え酒はアルコールで不快な症状を麻痺させているだけで治療にはならない」

「なんかいつもより冷たくない?なんかヤなことあった?」

「そうだな。直近で言えば唐突にアルコール依存症患者の介護の要請があって、予定を全部キャンセルさせられたこととかか?」

「はっはっはっ!それは災難だったねえ!

 そんなときはやっぱり幸せスパイラルをキメるに限る!

 というわけでりっくんも一杯!」

「これから運転せねばならん人間に何を勧める気だ?

 というかどこから取り出した!没収だ!」

「あ~っ!返せ~っ!」

 

 などと、痴話げんかとも酔っ払いの介抱ともつかないやり取りを、人気のないサービスエリアのベンチで交わす。

 鬼ごろパックの争奪戦は、元の体格差に加え、泥酔状態の廣井が勝てるはずもなく、律志が没収で決着。廣井は敗北の涙と共にスポーツ飲料を舐めることとなった。

 「おにごろ~」とべそをかきながらストローを咥える廣井。

 深い春の夜の底。街灯と、時折通り過ぎるヘッドライトに照らされる静寂の中で、律志は切り出した。

 

「―――それで、きくりこそどうしたんだ」

「ん~?なんのこと~?」

 

 いつもと変わらない風に、赤ら顔で笑う彼女に、けれども彼もまた変わらず問いかける。

 

「まず酒を買う金があり電車も残っているのに電話で助けを求める点。次に帰還困難などのケースで最初にレスキューを求めたのがバンドメンバーではなく俺である点。そして、何より―――いつも気分よく飲んでいる時は忘れるベースを、今日は肌身離さず持っている点」

 

 お互い、高校の頃からのそれなりに長い付き合いだ。

 律志が忙しい身であることを知る廣井は、迎えなどを求めるのは予定が空いているバンドメンバーを選ぶ。

 また、そもそもこういう乗り越しケースの体験も多いので、自力で帰れるなら何とかする。

 そしてなにより―――

 

「打ち上げなどの本当にストレスフリーで飲んでいる時は、音楽のことも脳から消し飛んで、ベースを置き忘れるからな。

 そのベースを忘れてないということは、おおよそ、何か音楽で悩んでいて、酒でもそれが抜けないパターンだ。

 バンドメンバー相手にも、音楽関係で弱い所は見せたがらないしな、君は」

「――なんでもお見通しだねえ。流石本業が大学の先生」

「まだ院生だ。そして、一応は雇われとはいえライブハウスの店長と、プロデューサー染みたこともしてる。あと、君の彼氏も兼務だ。

 ――話ぐらいは聞くぞ。たまにはゲロ以外のものも吐けよ。受け止めるから」

「まあ、大したことないんだけど―――いろいろだよ。

 ただまあ、きっかけは………知り合いがまた1人、音楽やめちゃったこと、かな」

 

 

 ぽつぽつと、廣井は話し出した。

 

 後輩の一人が、バンドを解散し、音楽をやめてしまったこと。

 努力の他に才能と運が求められる世界だ。好きだけではやっていけない。駄目だと分かって見切りをつけて去っていくのも、悪いことではない。

 けれども、それでも背中を見送るのはつらく、また、同時に自身を振り返っての不安にもつながる。

 

「寂しくて、辛くて、けどどうしようもなくて。

 そう思ってると、自分のことも不安になって、いつまで音楽できるのか、してていいのか、続けられるのか、怖くなって。

 なんかもう、頭の中ぐるぐるしちゃってさ。

 幸スパキメても消えなくて、もうどうしようもなくてさ。

 駄目だね私」

 

 目尻の下がった泣きそうな笑顔。

 その表情に律志は覚えがある。

 廣井が昔、まだ酒を飲んでない頃によくしていた顔だ。

 自分に自信がなく、将来が不安で、ライブハウスどころか楽器店に入ることすら躊躇していた頃。自分はダメだと自嘲ばかりしていた頃。

 あの時の表情をする彼女に、彼もまた、あの頃と同じようにする。

 

 手を取り、引き寄せ、抱きしめる。

 

「――できる。君は音楽を続けられる。俺はそれをずっと見ている」

「こんなどーしよーもない酔っ払いベースでも?」

「逆説だ。こんなどうしようもない酔っ払いをこんな山奥まで迎えに来ているのが、何があっても見捨てないという証拠だ」

「私も大概、ロックと酒に嵌ったダメ女だけど、りっくんもそんなダメ女に嵌ったダメ男だね」

「そうだな。お似合いだ」

 

 お似合いの男女が、唇を重ねた。

 しばしの交感の後、彼女は彼の肩に頬を寄せ

 

「ありがと。ちょっと元気出た」

「そうか」

「うん――――で、このあとどうする?お持ち帰りしてエロいことでも、する?」

「しない。この後ライブハウスで残業があるし、何より、酔っぱらっている状態での性交渉はもうこりごりだ。行為中にぶちまけたのを忘れたのか?

 しかもよりにもよって、君が上に乗っている時に」

「あれはりっくんも悪いって。

 たらふく飲んで酔っ払ってる時に、ロデオ状態で下からガンガン突かれたら、上から噴出するのは自然の摂理じゃん」

「その摂理を学び、生かすのが人間の叡智というものだ」

「ええ~、ロックじゃない~」

 

 などと、春の夜。まだ少し肌寒い中、二人が取り留めなく言葉を交わしていると―――

 

「……ちょっと待て、着信だ」

 

 番号は、面倒を見ているバンド、イレナンのバンドリーダーである頼光のものだ。

 バンドメンバーの石塚と一緒に、STARRYのライブに行ったはずだが……

 

「――もしもし、どうした」

『店長!大変や!石やんがナンパして振られてショック死した!』

「なんか、りっくんの周りも結構ロックだね」

「何でもかんでもロックでくくるのは、やめるべきだと思う」

 

 おちおち恋人といちゃつくこともできない。

 ため息一つついた高清水は、酔っ払いの送迎と、ライブハウスの残務と、そしてSTARRYの店長伊地知への謝罪と、その他タスクの整理に頭を悩ますのだった。

 

 

 

つづく

 




 高清水店長のライブハウスEXoutは、原作2巻で廣井がライブをした、吉田店長のライブハウスとは別。
 ライブハウス運営と私情は分けねば、という高清水の生真面目さもあり、廣井はあまりEXoutでライブに出ない。たまには出る。  という設定


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Chapter3  石塚太吾と後藤ひとり その2

 本当は虹夏のお相手回のつもりだったが、ぼっちちゃんがあまりに転がってしまったので話として独立させた。
 やはりぼっちちゃんにはスター性がある。


 STARRYにて、後藤ひとりことぼっちは調子に乗っていた。

 理由は色々ある。イヤイヤながらも始めたバイトも(ぼっちの主観としては)慣れつつあること。客と目を合わせずに、しかし自然に見えるように対応する技術を会得しつつあること。バンドの練習で、他人に合わせる感覚がだんだんつかめてきたこと。

 だが、今日の彼女を決定的に調子づかせた理由は別にあった。

 

「ふふ、ふふふ……て、照れるなあ。まさか有名人からナンパされるとか……」

 

 不気味に笑いながら見るのは、スマホの電話帳画面と、そして本日配布されたフリーペーパー。

 フリーペーパーは、ややアングラ寄りのバンドの情報誌だ。開かれたページは最近勢いをつけているインディーズバンド『Irrational/Numbers』の特集記事。

 そしてスマホに表示されているのは、『石塚太吾』の文字。それは、特集記事の写真に乗ったキーボード担当の少年と同じ名前。

 偶然の一致、ではない。

 まさにそのスマホの登録情報は、イレナンのキーボード担当、石塚太吾のものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、すんませ~ん。バンドグループイレナンのリーダー、大河内(おおこうち)頼光(よりみつ)いいます~。

 うちのハリキリボーイが失礼しとります~」

 

 最初のライブの後、唐突に駆け込んできた謎の少年が、これまた唐突に崩れ落ち、困惑していた時だった。

 彼のツレらしい関西弁の男性が、どうもどうもとやってきた。

 ぼっちの言葉で精神的な死を迎えたらしい少年――石塚太吾に変わって、その大河内という人物が言うには

 

「こいつ、そこの、えー後藤ちゃん?と、同中(オナチュー)だったんですわ。

 けど連絡先もわからんで行方不明になってたの心配してたところで、後藤ちゃんのギター聞いて、つい駆け出したらしゅうて」

 

 とのことらしい。

 こいつの熱い“友情”に免じてなにとぞ堪忍、という大河内に対し

 

「けど、ぼっちは今日のステージ、完熟マンゴーだったから、顔とかわからなかったんじゃない?どうしてぼっちって気づいたの?」

 

 と、リョウが疑義を呈すると

 

「―――後藤のギターで、俺は音楽をもう一回始めたんで、聞き間違えないです」

 

 死んでた石塚少年が、うつむき加減にそう言った。

 

 

 

 

 まあ、そんなこんなで、

 

「今後もバンド仲間としてよろしゅうな!ロイン交換しよか?―――ほら、石やん!」

「あ、はい。―――後藤、その、いいか?」

 

 と、連絡先とSNSの交換をするに至った。

 

「バンドに入ってライブをしたら、男子の連絡先が……?え?ナニコレ?妄想?」

 

 信じられない展開に、脳がその案件については強制フリーズ。さらにはバンドの活動資金稼ぎの為のバイトという極大の問題が降ってきたことにより、完全に脳の外に一時退去。

 その後、バイトを休むための氷風呂から始まり、初バイト、初の風邪、そこからの復帰を経て、多少落ち着いてきた今日、

 

「ぼっちちゃん!ホラ!これ、この間の人達の記事だよ!」

 

 STARRYの店内に配置する予定のフリーペーパーが、彼らの存在を思い出させた。

 

 

 

「『Irrational/Numbers』―――新宿中心に活躍する新進気鋭のインディーズバンド。

 基本路線はロックだが、ポップス寄りの幅広いオリジナル曲と、それを歌いこなすリーダーヨリミツの歌唱力で、この1年で急速に伸びてきた―――だって」

「へ~。あの石塚君って子が作詞作曲なんだ。ってか去年からってことは中学から?すっご!

 ぼっちちゃん、すごい人と知り合いだったんだねえ」

「え、えへへ……いや、それほどでも」

「けど、ぼっち、顔も名前も忘れてたよね。向こうは覚えてたのに」

「うぐうっ!」

「まだ中学卒業してから1か月くらいだよね。忘れるにしても早くない?」

「げばらぁっ!」

 

 油断していたぼっちの精神に、リョウと虹夏のツープラトンが炸裂。

 一気に瀕死までもっていかれたぼっちは、釈明する。

 

「わ、忘れてたわけじゃ、ないです。その、そもそも覚えてなかったから……」

『酷っ』

 

 酷い、といわれても仕方がない。

 話を聞くに、相手は文化祭のステージで、メインを張るような超リア充だ。

 リア充達の放つ光は、拗らせ陰キャの生命活動に致命的な影響をもたらす。

 近くで浴びれば体は灰となり、直視すれば目が焼ける。

 

「眩しすぎて直視できず、顔も名前も覚えてなかった、と」

「あー……ぼっちちゃんらしいといえばらしいね」

 

 二人の認識に、悲しさと同時に居心地の良さも感じるぼっちだった。

 

 

 

 

 などというやり取りを経て、現在バイトの間の小休止。

 

「ふふふっ……私は、魔性の女……セクシー後藤……」

 

 ぼっちのちっぽけな自尊心メーターは、早くもオーバーフローを起こしていた。

 

 初ライブ、ライブハウスでのバイト、そして同年代男子の連絡先。

 これはリア充!圧倒的にリア充!もはや自分は石の裏にへばりついたナメクジではない!光の世界の住人だ!テキーラで満たされたナイトプールで、男を1000人侍らせてサーフィンする女!!

 

「それに―――私のあの演奏、聞いててくれたんだ」

 

 思い出すのは、中学の2年と3年の秋。

 結局言い出せず、仲間も集められず、憧れていたステージを、遠目に見ることしかしなかった文化祭。それでもどうしても後ろ髪をひかれ、気分だけでもと文化祭の翌日に学校に行き、休日の学校で、全ての鬱屈を叩きつけるようにギターをかき鳴らした。

 あの無言の叫びを乗せた旋律は、無人の校舎に誰にも受け止められることもなく、飲まれて消えたと思っていた。

 けれど―――

 

「聞いて、くれてた人がいたんだ」

 

 そしてその人は、それを切っ掛けに音楽を再開した。そして、そのメロディを覚えていて、あんなへたくそな演奏だったのに、それでもそれが私だと気付いてくれた。

 

「えへへ……」

 

 投稿した動画に初めてイイネがついた時と似た、こそばゆさ、温かいさ。承認欲求もだが、それ以外にもなんか、心が温かく満たされるような、そんな気持ちがした。

 

 頑張ろう。

 もっとバイトして、練習して、ライブとかもバンバンやって、もっと自分に自信が持てたら

 

「デート、とか……さそってみたり?」

 

 呟いてから我に返り、熱くなった頬を冷却するように顔を振る。

 

 ないないない!いくら何でも調子に乗りすぎだぞ私!

 確かに石塚君はなんかいい感じだし、私の事みててくれたし、ひょっとしたら万が一にもそういう感情をいだいてくれてる可能性もなくはないが!

 けど、万が一、向こうが誘ってくれてるならちょっと考えなくはないことも!?

 

「ぼっちちゃーん?ヘドバンの練習?―――ぼっちちゃーん!!!

「ひ、ひゃい!セクシーぼっちです!」

 

 虹夏の声に、ぼっちは妄想の海から帰還する。

 

「あれ?プランクトンじゃなかったっけ?

 ま、いいや。今日、仕入れの人来るから、荷物受け取って」

「し、仕入れの人、ですか?」

「そ。ジュースとか軽食とか。柊商店ってとこでまとめて卸してもらってるんだ。今後も頻繁に会うことになるから、顔合わせってことで」

「し、知らない、人……」

 

 怖気づくぼっちに虹夏は笑いながら

 

「心配しないで!相手は中学生だから」

「ち、中学生?」

「そ!私の幼馴染で、柊さんちの一人息子。弟分って奴?

 可愛い奴だから、ぼっちちゃんでも緊張しなくて大丈夫!」

「ち、中学生……」

 

 言われてぼっちは考える。

 相手は男子中学生らしい。

 普段のぼっちなら、あるいはそれでも尻込みしたかもしれないが、だが、今日のぼっちは一味違う。

 自尊心メーターは振り切れんばかり。中学男子などなにするものぞ。妹のふたりに毛が生えたようなもんである!

 

「わ、分かりました!セクシー後藤にお任せを……!」

「……大丈夫かなあ」

 

 などと言っていると、搬入に使う勝手口側のインターホン。

 

「あ、ぼっちちゃん出て」

「は、はひっ!」

 

 緊張しながらも、しかし躊躇わぬ足取りで対応に出るぼっち

 大丈夫。私はリア充!私は陽キャ!むしろ初対面の中学生に安心感を与えるために、笑顔で対応!いけ、後藤ひとり!

 

「ど、どうも~」

 

 と、愛想笑いと言えなくもない表情を作ることに、辛うじて成功しながら、ぼっちが裏口を開け―――ぼっちは静止した。

 

 

「ウッス」

 

 そういう配達員は、確かに中学生なのだろう。身長はぼっちより低くはあった。

 

 

 だが、まず髪。明らかに脱色され、整髪料で重力に反抗するかのように盛り上げたヘアースタイルでワンアウト。

 つぎにアクセサリー。これでもかという風に耳につけられたシルバー系のピアスでツーアウト。

 そして、目つき。威嚇するように睨みつける目線(に、感じたのはボッチの主観で、ただ見慣れない人が出てきてちょっと訝しんだだけなのだが)でスリーアウト。

 チェンジ。ゲームセット。

 

 

「ぢ、調゛子゛に゛乗゛っ゛て゛申゛し゛訳゛あ゛り゛ま゛せ゛ん゛で し゛た゛」

 

 

 顔面と精神を崩壊させながら、ぼっちはとりあえず謝った。

 

 

つづく




 石塚太吾 15歳

 身長173㎝。細身のマッシュルームカットで、大体丸首の無地モノトーンなロングTシャツ。アクセサリー類なし。いかにも陰キャ寄りのバンドマンって容姿。

 という外見設定。アニメ5話の男装ぼっちとリョウを足して2で割った感じ


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Chapter4  柊俊太郎と伊地知虹夏 その1

 きららMAX1月号のぼっち・ざ・ろっく!が尊かった反面、星歌の彼氏創造の難易度が爆上がりした件。

 追記 原作を読み直していた所、3巻のいい加減なブッカーの苗字とシュンの苗字が柳でかぶってるのが判明。伏線にしようかとも思いましたが、結局、柊に修正することとしました。ご了承ください


 (ひいらぎ)俊太郎(しゅんたろう)。愛称はシュン。中学三年生。

 彼には伊地知虹夏という2つ上の幼馴染がいる。元々家が近かったというのもあるが、最近では虹夏の姉、星歌がSTARRYというライブハウスを始め、そこがシュンの生家である柊商店の卸先の一つとなったことから、会う頻度も増えている。

 虹夏は明るく前向きだが、よく考えなしに突っ走っては痛い目を見る、危なっかしい女だ。

 

「アイツは、俺がついてなくちゃダメなんだよなあ」

 

 とシュンは思っているが、虹夏もシュンに対してそう思っているという、まあ、似たもの同士の姉弟のような関係だ。

 

 そんな虹夏に関して、とある噂をシュンは聞いた。

 虹夏が念願かなってようやく結成したバンドの初ライブにて

 

「あのイレナンの石塚が、結束バンドってバンドのメンバーに告白したらしい」

 

 ということだ。

 

「聞いてねえぞ、そんなこと!」

 

 あの日、シュンは家の用事でライブにはいけず、その場にいなかった。

 また、ライブはどうなった、というロインの問いかけに対しては

 

『トラブルもあったけどバッチリだったよ!』

 

 というスタンプ付きの返事が虹夏からきただけで、具体的なことはわからない。

 

 噂は本当なのか?あるいは嘘か?事実ではあるが尾ひれ付か?

 事実だとしても告られたのは虹夏か?虹夏だとしたらどう返事をした?

 断った?受けた?それとも?

 

「チッ!俺がついてないとホント危なっかしい奴だ」

 

 などと偉そうなことを独り言ちながらも、ロインでそのことについて問うこともできず、『明後日配達だからその時聞けばいい』という言い訳をしたまま、噂を聞いてからの2日間を、シュンは過ごした。

 

 

 

 そして配達当日

 

「ッシ!」

 

 気合十分。

 ()()()()()()気にしている、他人より()()()()()低い身長をカバーするヘアスタイル。

 中坊と舐められないためのキメキメのピアスとスカジャン。

 

 ―――客観的に見れば、つま先立ちレベルの全力背伸びをした中学生男子ファッションそのままだが、当人的にはバリバリにキマった格好で、STARRYの裏口に、シュンは立った。

 流石に、ここまで来ればもう逃げることはない。配達もあるし。

 

「ウッス」

 

 と、意識的に低音にした声でSTARRYに入ると―――見知らぬ女がいた。

 

 長い髪をしたピンクジャージの猫背の女。年齢はシュンと比べて同じか上か?新しいバイトだろうか?

 ともかく、名乗ろうとしたシュンだったが、それに先んじてその女が

 

 

「ぢ、調゛子゛に゛乗゛っ゛て゛申゛し゛訳゛あ゛り゛ま゛せ゛ん゛で し゛た゛」

 

 

 割と整ってたはずの顔面を崩壊させて、土下座をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュン!ダメでしょ、ぼっちちゃんをイジメちゃ!」

「イジメてねーよ!勝手に泣き出して土下座って来たんだよ!

 つかぼっち呼ばわりとか、アレか!?俺の方こそ今まさに女同士の陰湿なイジメの現場に立ち会ってんのか!?」

 

 謎のピンクの生き物(女から格下げ)に土下座られた数分後。

 崩壊したぼっちを回収した虹夏は、シュンといつもの言い合いをしていた。

 そう、二人にとってはこんな言い合いがいつものやり取りである。ただ、その声量は大きく、ゴミ箱に避難したぼっちにとっては、恐怖以外の何物でもないようで、声が響く度にガタンガタンと揺れていた。

 

「つか、あれが新メンバーってマジかよ」

「マジだよ!っていうか、アレ呼ばわりってなによ?」

「どう見ても深刻なコミュ障だろ、アイツ。ステージの上、よく上がれたな。ギターできんのか?」

「できるよ!あんま上手くないけど。あとステージも上がれたよ!ダンボール箱の中に入ってだけど」

「それが新メンバーってマジかよ

 ――例のいかにもイケてる感じだった逃げたギタボ、あれからどうなった?」

「……連絡つかないまんま。どうしたんだろ」

 

 心配そうにいう虹夏に、震えるボッチを『よーしよしよし』と撫でていたリョウが

 

「これだけ時間が経っても反応がないんだ。もう生きてはおるまい」

「そこ!不吉なこと言わない!」

「けど、まあ薄々そんな気はしてたぜ、俺は。あのねーちゃん、なんかどっか腰ひけてたし」

 

 喜多、とか言ったか。

 いかにもイケてるグループって感じの女だったが、どことなく虹夏やリョウに対して壁のようなものがあると、シュンは傍から見て思っていた。

 

「大方虹夏がグイグイ行き過ぎて、引かれたんじゃねえのか?」

「そんなことないもん!―――仕入れのジュース、仕分けてくる!」

 

 言われて、実は多少は気にしていたのか、虹夏は捨て台詞を遺して、シュンが持ってきた荷物を積んだバックヤードの方に向かう。

 してやったりと笑ったシュンだったが

 

「―――あっ」

 

 と、今日の本題を思い出す。

 

『あのイレナンの石塚が、結束バンドってバンドのメンバーに告白したらしい』

 

 この噂の真偽を問いただすことだ。

 だが、臍を曲げさせてしまった虹夏に今更問うたところで、ちゃんとした答えが返ってくるはずもない。

 しまった、どうするかと悩んだシュンの横から、

 

「……そんな子供っぽい態度をするから、いつまでも弟扱いなんだよ」

「……んだよ、リョウ」

「先輩と呼びなさい」

 

 いつものすまし顔で、リョウが話しかけてきた。

 そういえばこいつもその現場にいたよな、とシュンは思う。

 とはいえ、この女は一癖も二癖もある厄介な女だ。なんかよく道端に生えてる草とか貪ってるし。

 などと考えていたシュンの機先を制するようにリョウが

 

「―――石塚が告ったってのは、嘘だよ」

「!……へ、へえ!そんな噂もあったな、そう言えば!ま、まあ聞いただけで、興味があったわけじゃないがな」

「―――ライブの後、ナンパ仕掛けてきたのは本当だけど」

「!?!?!?!?」

 

 二転三転する感情のままに、リョウの方を見たシュン。

 顔を向けられたリョウは、右手の平をそっと口元に沿えて

 

「ププ」

「っっっ!こんのぉっ……!」

 

 いいようにからかわれている。そのことを自覚したシュンは椅子から腰を浮かせ―――

 

「大丈夫。虹夏が相手じゃないから」

 

 それをそっと押しとどめるようなタイミングで挟まれたリョウの言葉で、中腰のままの姿勢で固まった。

 安心と、動揺と、矛先をそらされた怒りが胸中を空転し―――結局、シュンは再び腰を下ろし

 

「フン、ってこたあ、お前が声かけられたってわけか。モテるじゃん。ま、顔だけは良いからな」

「ううん。ナンパされたのはぼっち」

「流石にもう引っ掛からねえぞ?」

「ホント。いきなり控室に駆け込んできたかと思ったら、わき目もふらずぼっちに向かって熱烈に」

「……石塚って、ヤベエ性癖でも拗らせてんのか?」

 

 シュンは石塚に告白されたらしいピンク色の生命体に目を向ける。

 ゴミ箱を宿主にしたぼっちは

 

「聞いてください。調子に乗って中学生に負けたプランクトンのレクイエム」

 

と、ゴミ箱に嵌りながら、器用にギターを鳴らしていた。

 

「―――ん?意外と上手い」

「……実は、ソロだと結構弾けるんじゃないか、って思い始めてる」

 

 などと言っていると

 

「ちょっとー!リョウもぼっちちゃんも手伝ってよー!」

 

 奥から、虹夏の声がする。

 気が付けば、シュンも結構な時間をSTARRYで過ごしていた。

 休憩にしても長すぎるし、この後も他の配達がある。

 

「ヤッベ!――んじゃ!行くわ!

 ご贔屓に!」

 

 そう言って、裏口から足早に出て行くシュンの背中に

 

 

「シュン。今回は違ったけど、虹夏は人気あるぞ。急げよ」

 

 

 扉が閉まる直前のタイミングで、リョウの言葉が投げかけられた。

 振り向くと、閉まりかけた扉の向こうに薄く笑うリョウの顔が見え、その後すぐ、バタリと扉は閉じた。

 

 

 

「―――わかってんだよ、そんくらい」

 

 

 

 シュンはそう吐き捨てる。

 虹夏は、可愛い。ずっと近くで見てて、憧れていたシュンはそれを嫌というほど知っている。

 だが同時に、自分が背丈も低い中学生で、虹夏が二つ年上の高校生だという現実も知ってる。

 2年の年齢差は、ティーンエイジャーには大きな壁だ。

 

「せめて、身長だけでも追いついてからじゃねえと、格好つかねえっての」

 

 伊地知虹夏 身長160cm

 柊俊太郎 身長153cm

 シュンは最近成長期で、去年1年で8㎝伸びた

 このままいけば1年後、高校に上がる頃にはギリギリ越せる

 

「くっそ~。早く身長、伸びねえかなあ」

 

 それが等身大の男子中学生の、魂の叫びだった。

 

 

 

「ふふふ、そういうことを気にしている内は、まだまだ虹夏の隣はあずけられんな」

「リョウ、何に1人で呟いてんの?」

 

 

 

 つづく




 虹夏ちゃんのクラスメイトの男子は、結構な割合で『自分は伊地知とイイカンジ』と勘違いしていると思う。罪な女である。


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Chapter5  石塚太吾と後藤ひとり その3

 書くにあたって原作、アニメを見直したところ、初バイト→風邪→喜多ちゃん勧誘の流れは

 原作   風邪復帰から数日後、バイトに慣れてきてからの勧誘
 アニメ  風邪復帰初日の登校で勧誘

 と微妙に経過が異なることが判明。
 ここでは原作よりの日程経過で書かせていただきました。


 石塚は目黒の学生マンションに暮らしている。高校は大久保にある。

 なぜ微妙に離れた位置に居を構えることになったかといえば、条件が合う場所がそこしかなかったからだ。

 高校に進学しての一人暮らし自体は、母親はすんなりと許可した。仕事にかまけて放置していたという自覚もあったので、むしろちゃんとした学生寮なりに入ってもらった方が安心できる、という考えがあったからだ。

 が、ではどこでも好きな場所に、というわけにもいかなかった。

 石塚としてはバンド活動もあり、夜が遅くなる場合も多いので門限が緩い方がいい。母親としてはセキュリティがちゃんとしてて、どちらかといえば規則も固い所の方が安心できる。そして両者の認識として、食事が出るところが望ましい。等々。

 それらの要望でスクリーニングし、残ったのが中目黒の学生マンションだった。

 事前申請すれば門限免除。費用を払えば朝夕の食事サービスを受けられる。大久保までの通学には若干時間がかかるが、許容範囲と判断したのだ。

 

 

 

 その朝、石塚は普段と違うルートで登校していた。

 いつもなら副都心線で東新宿までいき、そこから徒歩。だが今日は、コンビニに寄る用事があった。ネット通販で買った譜面の受け取りだ。

 距離的には大差なかったが、信号待ちと気まぐれとが重なった結果、恵比寿駅から山手線に乗ることにした。

 混雑する電車の中、遭遇は偶然だった。

 ギターケースを担いだ、ピンクジャージの小柄な姿。

 

「後藤」

「へっ!?あ、はひ?」

 

 びくつきながらピンクジャージ、ぼっちは石塚の方を向く。

 見つめ合うこと数秒。

 

「……よ、元気してた?」

「ぁ、ぅ。はい、その、石塚、君?も、元気でしたか?」

「ああ」

 

 そこで会話が止まるぼっちとヘタレ。また数十秒のインターバルを挟んで

 

「その、ギター」

「は、はい!ギターです!」

「いい感じに、似合ってると思うぞ。様になってる」

「そ、そうですか?え、えへへ……。その、石塚君も、えっと……」

 

 と言って、ぼっちは石塚の立ち姿を見る。彼はコンビニで引き取った譜面入りの小包を小脇に抱えている。

 これだ!

 

「似合ってますよ!ダンボール箱!」

 

 言って1秒と経たず、ぼっちは思う。

 

(やらかしたあああっ!ダンボール箱似合ってるって何ぃっ!?)

 

 段ボールがお似合いなのは自分の方だろマンゴー仮面!などと内心で自分を罵倒するぼっちだったが

 

「そっか、ありがと」

 

 ヘタレもヘタレで若干浮つき気味であり、なんとこれをスルー。

 一方お礼を言われたぼっちは、とりあえず機嫌を損ねなかったことに安堵して

 

(うん、もう余計なことは言わないでおこう)

 

 完全に専守防衛の構えで、貝のように口を閉じて俯く。

 

 再び数十秒。

 

「その、後藤は今も神奈川から?」

「は、はい。2時間かけて」

「いつも、この電車?」

「はい、そうです」

「そっか」

 

 などと言っていると、電車が減速。渋谷だ。

 

「わ、私!ここで乗り換えなんで!」

 

 降りる人の流れに乗って、後藤もあわただしく、逃げるように動き出す。

 そのギターケースを負った背中に

 

「おつかれ。またな」

 

 ヘタレは声をかけたのだった。

 

 

 

 2分程のズタボロな会話を終え、ホームに降り、京王井の頭線のホームへと向かうぼっち。

 その胸中は――

 

(やったあああっ!話しかけられたし、すっごく喋れた!)

 

 ―――なぜか、自信と達成感に満ちていた。

 

(イケる!ギターを持ってって話しかけてもらおう作戦!今度こそイケる!

 学校につく前からこの効果なら、学校につけばもうみんなの中心間違いなし!

 さっきも私にしては凄く会話できてたし、やっぱコミュ力も上がってる!

 もはや私はリア充!日の当たる世界の人間!)

 

 確たる自信と希望を胸に、ぼっちは学校に向かい――

 

「他力本願じゃだめだよね」

 

 登校してから数時間で、薄弱な自信と希望ごと、『中学の時同じことして失敗したのに今回だけ上手くいくわけないだろ』という現実に叩き潰されたのだった。

 

 

 

 

 一方同じ頃

 

 

 

 

「こんヘタレが!そんな絶好球貰っておいて見送り三振とかアホちゃうか!?」

 

 石塚もまた、バンドリーダー大河内によるダメだしで、浮ついていた気持ちを叩き潰されていた。

 昼休み、二つ上の先輩である大河内に誘われた昼飯で、珍しく石塚の方から振った話題。ぼっちと偶然に会った際の顛末を語った結果がこれである。

 

「何も進展しなかったわけじゃないです」

「あん?なんや?聞いた限りやとダンボール箱が似合う自分を見つけた以外、新しいことなんもあらへんのとちゃう?」

「―――後藤が渋谷で乗り換えだって情報を得ました。なんで俺明日から通学に山内線を使います。そうすればまた後藤と会えるかも―――」

「最近本で読んで知っとんで。守株待兎って奴やろそれ」

 

 大河内は大仰にため息をついて

 

「あんなあ、石やん。幸運の女神っちゅーんは、後頭部刈り上げのリーゼントなんやで」

「女性がするには相当ロックな髪型ですよね」

「そのロックな女の髪を正面からひっ掴むくらいの根性見せーや、ちゅうとんねん!ホレ!」

 

 といって、大河内が付きだしたのは自分達のバンド『Irrational/Numbers』のライブチケット。

 

「ヘタレの罰としてノルマ追加や!」

「―――わかりました。じゃあ今からSNSで……」

「アホか!口実に決まっとるやろ!これで後藤ちゃん誘えっちゅーんや!」

「……流石にまだろくに話せてない相手にチケット買えって言うのは……」

「ロハでくれたれや!」

「……学生の身分でいきなり2000円奢るのは重すぎて引かれる可能性も……」

「石やん、お前そんなキャラやったっけか?

 もっとこう、積極性とかはない代わりに、遠慮とも無縁の、ふてぶてしいのがお前んキャラやろ」

「……後藤相手だと、なんか調子が狂うんですよ」

 

 うつむき加減にいう石塚を見て、大河内はいよいよ思う。

 

(ホンマ、ガチ惚れしとんやなあ)

 

 石塚は受動的ではあるが物怖じするタイプではない。会話でも聞き手に回り、他人を優先しがちではあるが、同時に他人に何を言われてもあまり気にしない性格だ。

まず自分が自身をどう評しているかが重要で、他人が自身をどう批評してもせいぜい参考意見程度にしか思わないか、何なら最初から聞いていない。根っこの部分はワガママかつ、自己完結型のボッチ気質。

 

(それがここまで他人に、後藤ちゃんにどう思われるか気にするとはなあ)

 

 物静かでクールでかわいい!と彼を評する石塚推しのファン達に、今の石塚を見せたらさらにバズるか?いや、ガチ恋勢が炎上するか?どうだろう?

 

 などと、バンドの新たなマーケティング戦略について向きかけた意識を、大河内は、いかんいかんと修正。

 

「ともかく。なんでもええから誘って来いて。卵は割らなきゃオムレツは出来へんで」

「最近、妙に格言ぽいこと口にしますよね、リーダー」

「店長に言われて始めた読書の効果やろな。溢れる知性がつい言葉になってしまうねん。これからはインテリジェンス頼光で売り出すつもりやからな、ヨロシク!」

「わかりましたインテリジェンス先輩」

「いやそこは突っ込めや」

 

 

 

 

 

 

 と、そんな会話をした放課後

 

「後藤ちゃんだけ誘うんがハードル高いなら虹夏ちゃんらも誘えばええやろ!

 結束バンドご一行様~ってな感じで」

 

 と、さらに2枚、合計3枚のチケットを押し付けられ、石塚は下北沢までやってきた。

 まあ、ここまで来てしまえばもうじたばたすまい。

 STARRYに行って、チケット渡してさっと帰ろう。ライブは今週末。練習もしたい。

 

 と、STARRYに続く通りを歩く前方。今朝見たばかりの姿を見かけた。

 ぼっちだ。今朝と同じギターケースを背負ったピンクジャージ。

 が、今朝と違う点が一つある。連れがいた。

 女だ。白いギターケースを背負った、後藤と同じ制服――と思われるスカートを穿いた女。

 後藤は、彼女にしては珍しく、ふざけてじゃれているのだろうか、その女の肩に捕まり引きずられている。

 

「後藤?」

 

 友人連れでじゃれ合う、などというらしからぬ行動をするぼっちに、思わず疑問形のトーンで呼びかけてしまう石塚。

 ぼっちは、今朝と同じように一瞬全身を硬直させた後、おっかなびっくりという様子で石塚の方を向き

 

「あ、ど、どぅもぉ……」

 

 今朝より挙動不審な様子で返事をした。

 今のぼっちは今朝のぼっちとは違い、『自分はもはや陰キャでないのでは』という無根拠の自信はない、いわばノーマルぼっちである。

 つまり普段通りの挙動不審なわけだが、石塚には違って見えた。

 

(警戒されてる……?まさか、1日2回も偶然会ったせいで、ストーカーか何かと思われてる、か?)

 

 実のところ、朝に会う可能性を高めるために通学路を変えるあたり、すでにストーカーへの一歩を踏み出しているような気がしないでもないが、ともあれ、石塚はぼっちの行動に対してそんな懸念を抱いた。

 いかん、リーダーの口車に乗って攻め過ぎたか?とはいえ、ここで逃げたらストーカー疑惑が増す気がする。

 ここは、さっさと要件を済ませて撤退しよう。

 石塚はそう思い 「え?誰?後藤さんの知り合い?」 と困惑している連れ合いの少女を無視するように

 

「これ。うちのバンドのチケット。週末にやるから、良ければ来てほしい。結束バンドのみんなで」

「結束バンド!?」

 

 無視していた少女が、突然に大声を上げた。

 驚いた石塚とぼっちが少女の方を向けば、彼女は震えながら顔を青ざめさせていた。

 

「ご、後藤さんのバンドって……その、ごめんね、私、やっぱり帰る」

 

 早口に言う少女。石塚はもちろん、ぼっちにとってもそれは突然の事だったようだ。

 

「え、なんで」

 

 と聞くぼっちの顔を、少女は有無を言わさぬ迫力で両手で挟みこむように掴んで

 

「うぶぅ」

「ごめん、理由は言えないけどそこにはどうしてもいけない。ここに来たことは絶対その人達には―――」

「ぼっちちゃーん!」

 

 そこに、さらに新しい登場人物が現れた。

 伊地知虹夏。ぼっちが所属する結束バンドのリーダーだ。

 彼女はエナドリが詰め込まれたビニール袋を手に駆け寄ってきて

 

「ってああっ!逃げたギター!!!!」

 

 謎の少女を指さしてそう叫んだ。

 

 

 なるほど、厄介事か。と、妙に冷静になった頭で石塚は思った。

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。で、なんやかんやでそこで喜多って子も復帰して4人でバンドを再開、ちゅーことになったんか」

 

 その日の夜、本拠地にしているライブハウス、EXoutのスタジオで、石塚は大河内に事の顛末を話していた。

 

 

 虹夏の逃げたギター発言の後、リョウの登場、唐突な土下座などのイベントはあったが、4人の少女たちは、これ以上往来で話すのは、と彼女達のホームであるSTARRYに向かった。

 当然ながら完全部外者の石塚はそこで離脱。

 

 

「まあ、チケット渡すのはできましたが」

「よし!上出来や!」

 

 その後、流石に経緯や顛末が気になり、ぼっちにロイン経由で事情を聴いた。

なんでもあの少女――喜多は元々結束バンドのギターボーカルだったらしい。憧れ優先でギターを弾けないことを隠したまま加入したがファーストライブの土壇場で失踪。その後、偶然にも同じ学校の同級生だったぼっちと知り合い―――

 

「――とまあ、いろいろあって大団円ってわけか。なんちゅーか、イベント事に事欠かん子達やな、あの子ら」

「大丈夫なんですかね?」

「うん?一度逃げた奴をもう一度仲間にすることがか?

 ―――ええんちゃうか。失敗も過ちも成長の糧にできるなら立派な経験や。

 一度逃げた奴、失敗した奴は信頼でけん、って意見もあるけど、一度失敗したり間違ったからこそ、次はもうせーへんやろ、って考え方もある。

 アメリカの偉い企業家も『失敗したことない奴と失敗の経験を積んだ奴と、どちらかを選ぶなら失敗した経験を積んだ方を選ぶ』みたいなこと言うてたし」

「それも、本からですか?」

「ふっふっふっ、インテリジェンス頼光と呼んでくれてかまへんで。

 ―――さって!休憩終わりや!もうちょい追い込むで!石やんも気張りや!後藤ちゃん、来るんやろ!?」

「――ハイ」

 

 そうして、石塚や、他のメンバーたちは楽器に向かう。

 

「さあ、キッチリ仕上げて、ライブばっちり決めるでぇっ!」

 

 リーダーの声に、バンドメンバー達が気炎を上げた。

 

 

 

 

 

 

 その週末、ライブハウスEXoutで開かれたライブは大成功を収めた。

 特にイレナンの演奏では、普段はリズム側に回る石塚が積極的に前に出てその技巧を存分に発揮。女性ファンの黄色い声援を浴びた。

 ライブを終えた後、全てを出し切ったという風に座り込んでいた石塚に、大河内が

 

「石や~ん、よーがんばったお前にご褒美タイムやで~

 ―――後藤ちゃん、来るで」

「!?」

「ロインで虹夏ちゃんに、後で楽屋裏に来ーへんか、って誘ったんよ。

 スタッフさんにも結束バンドご一行様ご招待、ちゅーことで話しつけとるから、もうじき来るで。

 ……今日の演奏、なかなか良かった。アピールチャンスやぞ」

 

 肩を叩く大河内。

 リーダーの世話焼きに、石塚は珍しく、心から感謝をする。

 汗をぬぐい、軽く髪を整え、いくつか会話パターンを脳内シミュレーションしていると

 

「おじゃましまーす!大河内先輩!石塚君!あそびにきたよー」

 

 虹夏に連れられて、結束バンドのメンバーが入ってきた。

 それを大河内が出迎える。

 

「おお!虹夏ちゃんようこそー!演奏どやった!?」

「サイコーでした!お姉ちゃんについてく以外でライブってあまり来たことなかったけど、やっぱいいですね!」

「そらよかった!リョウちゃんはどないやった?」

「ふむ。まあ悪くなかった。特に楽曲構成がバンド間でもちゃんと盛り上がりとコードを意識しているのが―――」

「あー、ちょ、ちょい待ってな。なんや語るの長くなりそうやからまず後で。

 で、そっちのが噂の喜多ちゃん?」

「は、はい!喜多って言います。結束バンドのギターボーカルを担当してます」

「よろしゅう。Irrational/Numdersのリーダー、大河内頼光いいます。

 同じギタボやから、なんか相談あったらいつでも言ってや!ロイン交換、ええ?

 それと――――」

 

 と言って、大河内は改めて周囲を見渡す。

 虹夏、リョウ、喜多。そこには3人の少女がいる。3人しか、いない。

 無言で立ち尽くしている石塚のプレッシャーを感じつつ、大河内は問う。

 

「―――後藤ちゃんは?」

「ぼっちちゃんは、そのー……」

 

 

 

 

 

 1時間前、銀座改札にて

 

「あっ今日のライブすごくよかった……です……。ありがとうございました」

 

 

 

 

 

「――って、人混みに負けて体調崩して、帰っちゃいました」

 

 ゴッ、っという鈍い音を、大河内は背後に聞いた。振り返れば、石塚が膝から崩れ落ちていた。

 

「い、石やあああああああああああん!」

「え、そ、その人、どうしちゃったんですか!?まるで後藤さんみたい!」

「あー……お似合いっちゃあお似合いなのかなあ、この二人」

「そんなことより、今日のライブについてもちょっと語りたいんだけど」

 

 そんな風に、癖の強いバンドマン達の夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

つづく

 




 二次創作において原作で行われていた描写をどれだけ削りどらだけ描写するかは、二次における永遠の命題。
 特にオリキャラ多めだと、肝心の原作キャラの出番が……
 要精進要精進、と


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Chapter6  海野敦と山田リョウ その1

感想でも期待されていたリョウのお話。
もし今後リョウの過去バナが出てきて設定が矛盾したら、その時修正するなりなんなり考える!

あと年齢的なバランスや今後の展開からIrratianal/Numders の大河内頼光の年齢を一つ上げて修正しました。


 山田リョウは飢えていた。

 バンド仲間の喜多郁代のベースを買い取ったからだ。

 良いベースだったし、可愛い後輩の為でもあるし、悔いはない。悔いはないが食い物もない。

 いつもの金欠の時のように野草を採って飢えをしのいでいるが、春も終わり、夏の前。縄張りの野草は葉境期(本来は畑に対して使う言葉であって野草に使うべき言葉ではない)で、食料供給がいよいよ危うい。

 さらに言えば、野草生活の頼もしい味方、マヨネーズも底が付きそうだ。

 マヨネーズ。それは頼もしき相棒。こいつがあればどんな野草も大体食えるし、こいつ自体がハイカロリー。野草で不足するカロリー分を補ってくれる。

 だが、マヨネーズとてただではないし、奴が供給してくれるカロリーは脂質で構成されている。

 糖質とタンパク質が、カーボとアミノが足りない!

 リョウの若い肉体は、切実にそれらを求めていた。

 

 まあ、家族に泣きつけばBBQくらいすぐしてくれるのだが、ロックではない。

一応は過保護な親への反抗という体裁で始めたロックである。ロックに関して小遣い以上に頼ることはなるべく避けたい。

 

「仕方がない。最終手段の一歩手前を使うか」

 

 リョウはロインでメッセージを送った。

 

 

 

 

 

 

「―――というわけで、ちょっと男の人とデートしてご飯奢ってもらう仕事があるから、今日は早めに上がるね」

「リョウ先輩!早まらないで!ごはんなら私がいくらでも食べさせてあげるから!」

 

 夕方、STARRYを出ようとするリョウに、喜多が縋りついた。

 一緒にいたぼっちは

 

「援助でパパな交際活動……女子高生のお値段……闇のバイト……週刊誌……!」

 

 と、恐れ慄いていた。内臓売るよりはまだ闇が浅いのに、基準が今一わからんものである。

 そして結束バンド最後の一人、虹夏はというと

 

「まーた誤解させるような言い方して。大丈夫よ喜多ちゃん、そういうのじゃないから」

「じゃ、じゃあどういうのなんですか?」

「それは―――」

 

 と、その時、STARRYの表口が開いた。

 入ってきたのは、ライブハウスにふさわしからぬスーツ姿の男性だった。

 20代半ばくらいの温和な印象の青年で、ぼっち達が見てもわかる程度に良い背広を着ている。

 

「失礼します。――リョウさん、迎えに来ましたよ。伊地知さんも、おひさしぶりです」

「お久しぶりです、海野(うんの)さん。リョウがご飯集るの、結構久しぶりですね」

 

 にこやかに会話する虹夏と青年。彼は戸惑ってる喜多とぼっちに

 

「はじめまして。海野(うんの)(あつし)と申します。

 後藤さんと喜多さんですね、リョウさんからお話は伺っておりました。

 いつもウチのリョウさんがお世話になっております」

「ど、どうも……」

「は、はい!喜多と申します。その―――」

 

 先輩とはどういう、と喜多が聴く前に、ぐぎゅるごりゅるるううぅ、というデスメタル調の重低音がした。リョウの腹の虫だ

 

「アツシ。お腹空いたし、早く行こう」

「ハイハイ。―――すみません。リョウさんが限界みたいなんで、今日はもう失礼しますね」

「じゃ、また明日」

 

 足早に去るリョウと、それに引っ張られるようにしてSTARRYから出て行く敦。

 取り残されるのは、じゃあね、と見送る虹夏と、突然の展開にパニック状態の喜多とぼっち。

 先に再起動を果たしたのは喜多で

 

「に、虹夏先輩!今の人、その一体?苗字違いますしお兄さんとかじゃないですよね!?まさか、本当に援助こ―――」

「あー、違う違う。そういう後ろ暗い奴じゃないって。婚約者なんだって」

「あ、そ、そうですか婚約―――」

 

 女子高生の日常では見ないフレーズを飲み込むのに一秒

 

「――――――――――――婚約!?」

 

 一秒後、喜多はSTARRYが揺れるような大声で叫んだ。

 

「ここっこここ婚約ってあの、将来を誓い合うあれですよね!?高校生、え?先輩高校生ですよね!?それで、なんで!?」

 

 混乱する喜多に虹夏は「ぼっちちゃんみたいだなあ」などと思いながら

 

「なんか、家の都合?とかで中学の頃にお見合いしてって感じみたい?

 あまり言いふらさないでね。リョウ、隠してるわけじゃないけど、面倒くさいからって公言はしてないから」

「い、家の都合!?押し付けられた結婚!?愛のない関係!ど、どうして!?た、助けなきゃ!?ギ、ギターで!ギターでぽむっと……!」

「喜多ちゃん!落ち着いて!」

 

 メロドラマに出てきそうなフレーズを口走りながら、ギターのネック側を握って駆けだそうとする喜多を、虹夏は組み止めて

 

「大丈夫だから!リョウ的には不満じゃないみたいだから!嫌なのに強いられてとかじゃないから!

 というか、そんなしっかりした関係じゃなくて、金欠の時にご飯集る親戚のお兄ちゃん的な立ち位置みたいだから!」

「そう、なんですか?」

 

 喜多は落ち着いたのか、ギターを戻して椅子に座る。

 虹夏もため息をついて座り

 

(ただ、リョウは兎も角、海野さんは本気でリョウのこと好きっぽいんだよなあ)

 

 という情報を、口に出さないまま飲み込んだ。

 喜多がその情報を耳にすれば、また暴走しかねないと思ったからだ。

 どうしたものかと、虹夏が頭を悩ませていると

 

「おーい、お前ら。そろそろ仕事再開しろー。そろそろ客が入るんだからな」

 

 バックヤードから星歌が声をかけてくる。

 ナイスタイミングお姉ちゃん!と虹夏は思った。とりあえず、仕事を始めて頭をリセット。それからだ。

 

「ほら二人とも!今日はリョウがいない分、がんばんないと!」

 

 二人に発破をかける虹夏。

 

「は、はい!」

 

 と、先に答えたのは喜多ではなくぼっちの方だった。

 一方、普段なら最初に反応するはずの喜多は、逆にいつものぼっちのような虚ろな表情で

 

「すみませんセンパイ。ちょっと、ショックが大きすぎたので、今日明日休みます」

「喜多ちゃああああああああああああああああああん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 産廃化した喜多を帰し、ぼっちと虹夏が通常の二倍の業務量に押しつぶされているころ、

 

「げふ~」

 

 リョウは、腹いっぱい状態で、フローリングの上に転がっていた。

 場所は敦の自宅。振る舞われたのは敦手製の手料理。

 そのラインナップは肉肉米肉魚米肉!暴力的な糖質とタンパク質の宴!

 なお、これは海野が男飯しか作れなかったというわけではなく、リョウのリクエストである。

 

「ヴィーガンとか、狂人の戯言だね」

「他人の信条に対してそういう物言いをするのは感心しませんよ。

 ご満足いただけましたか?」

「ん、余は満足じゃぁ~」

 

 エプロン姿で食器を片付ける敦に、転がったままに応えるリョウ。

 敦は小さく笑うと、食器を水につけてから、紅茶を煎れる。

 

「ミルクと砂糖は……」

 

 と聞くために、リョウを見ると、

 

「―――」

 

 リョウは、静かに寝息を立てていた。

 

「風邪をひきますよ。せめてソファで寝ればいいのに」

 

 そう言いながらも、敦は起こさないよう静かに、リョウの頭の下に二つ折りにした座布団を差し込み、体にはタオルケットをかけてやる。

 そうして、寝ているリョウを見守るように、自分も床に座り、ソファに背中を預けた。

 いつも大人びた表情のリョウも、寝ている時は年相応にあどけない。

 

「寝てる横顔は、あった頃のままだな」

 

 

 

 

 

 敦がリョウと会ったのは4年前のことだ。

 

 

 

 

 海野敦は、つまらない人間だ。

 少なくとも、彼自身はそう考えている。

 それなりにいい家柄に生まれ、それなりに交友関係に恵まれた。それなりに芸能や趣味を嗜み、それなりに良い学歴を積み重ねて、それなりに良い企業に就職する。

 世間ではエリートと呼ばれる層にはいるが、本物のトップエリートたちがいるような、人生をかけて鎬を削るような領域にいるわけでもない。

 特別はまり込むような趣味もなければ、願い、叶わなかった夢があったわけでもない。そのため、親が望んだ進路のままに進んだが、それに反感や後悔を抱くこともない。

 その順風満帆だが詰まらない人生に、そこそこ満足しているところが、何よりも自分という人間のつまらない所だ。

 敦は自身についてそう思い、しかし同時に、納得と諦観を以てそれを受け入れていた。

 

 

 

 

 そんな人生に、山田リョウが現れた。

 

 

 

 

「こんにちは、ロックンローラーの山田リョウです」

 

 それが、リョウの第一声だった。

 

 場所は、庭園付きの邸宅だった。

 お見合いのセッティングを趣味とするさる奥方様の趣味に、付き合わされることになったのが発端だった。

 海野家と山田家、その両親にとって縁のある家からのお誘い。強制ではないが断るのもなんだし、まあ趣味にお付き合いする感じで、という流れで、当時22歳、就職したての海野敦と、同じく進学したての13歳のリョウのお見合いの席が設けられた。

 適当に正装し、あいさつし、食事の一つでもしてお開き。そんな予定だったはずの所に、当時、過保護な親への犯行という名目でロックに嵌りだしていたリョウがやらかした。

 

 制服姿に、ベースをひっさげ登場。

 前述の口上を述べた後、ワンフレーズを演奏。

 

 唖然とする仲人と海野の親、流石に苦笑いでどう謝ろうかと考える山田夫婦。

 その中で敦は、やり切った表情のリョウに近づくと

 

「―――ロック、好きなんですか?」

 

 手を取って、尋ねていた。

 

 眩しかったのだ。

 やりたい何かがあって、その為に自由に振舞う彼女の姿が。

 特にやりたいこともないがために、自由を必要とすら思わない自分と、全く対照的な少女。

 

 

 10歳近くも年下の少女に、彼は確かに一目惚れしたのだ。

 

 

 

 二人は“婚約者同士の逢瀬”という名目で、いろいろなところに出歩くことになった。

 リョウがそれを受け入れたのは、敦が『保護者同伴必須』のライブハウス等に出入りする際のチケット代わりになったからだ。

 ライブという自分の趣味が丸わかりになる会場に、親同伴はなんか恥ずかしい。その点、この敦とかいう男はちゃんと話を聞いてくれるし、親を連れて行くよりは恥ずかしくない。

 そんな13歳の少女の需要に、22歳の青年はちょうど合致したからだ。

 

 ライブやフェスを巡ったり、楽器店やCDショップをはしごしたり。

 なかなかに図々しいリョウは、あれやこれやとおねだりし、敦が買い与えた時期もあったが、割とすぐに親バレ。過保護ではあるが、同時に最低限度の厳しさは忘れていなかった山田両親から、消え物以外の買い与え禁止令が出された。

 そうしているうちに3年。

 リョウは高校に進み、念願のバンド活動を始め、そして――――

 

 

 

 

 

 

「―――おはようございます。リョウさん」

 

 まどろみから覚めたリョウの耳に、聞きなれた声がした。

 敦だった。

 起き上がり、タオルケットと枕代わりの座布団に気付く。

 

 (いつもながら気が利くな)

 

 時計を見る。進んだ時間はほんの10分か少し。そんなに時間は経ってない。

 もうすこしのんびりできるな、とリョウはまた横になる。

 

「お茶、いりますか」

「いい。―――ありがと」

「どうしたんですか?急に」

「―――側にいてくれて」

 

 唐突な言葉に、敦は少し苦く笑う。

 

「いいですよ。私は、側にいることしかできませんし」

「―――」

 

 がばりと、リョウは勢いをつけて起き上がり、敦を見た。

 無表情な彼女には珍しい、険のある表情。睨んでいる、と言ってもいくらいだ。

 何か悪いことでも言ったのか?

 困惑する敦にリョウは

 

「正座」

「え?」

「ここに正座しなさい」

「はい」

 

 よくわからず、とりあえず正座する敦。

 そうするとリョウは

 

「えい」

 

 三度横になる。ただし、今度枕にしたのは座布団ではなく、敦の膝だ。

 膝枕の状態で、敦の顔を見上げるリョウは

 

「前のバンドの時の事、気にしてるの?」

「―――実際、部外者で、音楽のことも良く知らない私は、何もできませんでしたし。

 リョウさんが今のバンドを始めたのも、伊地知さんのお陰で――本当に、私は側にいることしかできませんでしたから」

 

 目を伏せる敦。

 

 リョウが高校に上がって入ったバンドは、解散した。

 憧れて始めたバンドは、迷走し、自分らしさを忘れ、売れない現実と乖離する方向性に揺らぎ、決して良いとは言えない形で解散した。

 砂糖菓子のお城のように、無惨に消えついえた夢の形。

 煌びやかであったからこそ、大切だったからこそ、ゆっくりと、ボロボロになって崩れていく過程は、リョウにとって辛いものだった。

 そして、その傷ついたリョウを引っ張り上げたのは、敦ではない。虹夏だ。

 また新しく夢を始め、仲間を得て、出会った頃と同じように、自由に羽ばたくリョウに戻った。

 

 それは敦も嬉しかった。それは間違いない。だが――

 

「私は、何もできませんでした」

「―――いてくれた」

 

 かけられた声で、敦はそらしていた目をリョウに向ける。

 リョウの眼差しが向けられる。水鏡のような、覗き込むものの心を映すような、澄んだ瞳。

 だがそれは、普段と違って、少し潤んでいるようにも見えた。

 

「辛い時とか側にいてくれた

 愚痴を言いたい時も黙って聞いてくれた

 泣きたい時、背中を貸してくれた

 虹夏に誘われて迷ってた時も、何かあった時はまた話を聞いてくれる、って約束してくれた。

 私を引っ張り上げてくれたのは虹夏だけど―――支えてくれたのはアツシだよ。

 だから――何もできなかった、なんて言わないで欲しい」

 

 そうか、悲しくて、怒ってたのか。

 敦はリョウの表情の意味を知り、

 

「―――ありがとう、リョウさん」

 

 膝枕をしているリョウ―――の額にキスをした。

 

「……ヘタレ」

「仕方ないじゃないですか。お義父さん達に、結婚するまでは指一本触れないって約束しているんですから。これでもギリギリですよ」

「周りの男子は、どいつもこいつもヘタレばかり」

「おやおや、聞き捨てなりませんね。婚約者がいるのに他の男性を侍らせるとか」

「私じゃなくて虹夏とぼっちに……」

 

 門限までまだ余裕がある。

 取り留めない会話を交わしながら、二人の時間は過ぎて行った。

 

 

つづく

 




 リョウは『大切なもの・こと』の当たり判定が小さいだけで、そこに当たると結構簡単に傷ついたり凹むタイプと勝手に思ってる


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Chapter7  柊俊太郎と伊地知虹夏 その2

アニメ版が完成されすぎていてオリキャラを挟むのが難しい問題。
ぼっち・ざ・ろっく!はやっぱり名作


 シュンは知っている。バンド、特にロックをするような奴らは、変人だと。

 シュンは家の手伝いで色んなライブハウスに出入りする。その際に会うバンドマン達は、どいつもこいつも一筋縄ではいかない曲者ぞろいだ。

 世間から外れているからこそ、そこに主張や反抗が生まれ、ロックとなる。

 世間から外れているからこそ、そこに耳目が集まり、ライブとなる。

 奇にして異なってなんぼ。それがバンド、それがロック。

 

 とはいえ―――

 

「婚約者なんだ……。床とモップも、あの椅子と机も、ギターとピックも、空と海も、ゴミ箱と後藤さんも、みんな、みんな婚約者なんだ」

 

 ―――程度があるだろう。

 うつろな目で意味の分からないことを呟く喜多をみて、シュンはそんなことを思った。

 場所はSTARRY。閉店後。結束バンドの面々と、そして虹夏に呼ばれたシュンが、テーブルを囲んでいた。

 

「あの、喜多センパイ、どうしたんスか?」

「あ、シュンく―――っ!まさかシュン君も虹夏先輩か店長の婚約者!?」

 

 これがもし『ひゅーひゅー付き合ってんのおまえらー』的なノリなら、シュンは中学生的なノリで『ち、ちげーし!』と真っ赤になって怒鳴り返していただろう。

 だが喜多の表情は、ホラーかサイコサスペンス映画の犠牲者のそれである。

 どうしたものかと周りを見渡す。

 喜多の隣に座っていたピンクジャージは

 

「――――!?」

 

 シュンの視線を感じた瞬間、俯き加減の顔をさらに背けて、逃げの構え。

 喜多に関わりたくないのか、シュンが怖いのか、あるいはその両方か。

 次に正面に座っているリョウは

 

「私は罪な女」

 

 と、アンニュイな風を装ったポーズをとる。

 相手にする価値なし。そう判断したシュンは本命の虹夏に目を向ける。

 虹夏はため息をついて

 

「あー、大丈夫。ちょっとショッキングなことがあって、その後遺症でたまに発作出るだけだから」

「大丈夫な要素がねぇんだが、それ」

「おーい!喜多ちゃーん。喜多ちゃーん!!!

「――――っは!?す、すみません先輩!バンドミーティングですよね!」

「うん、よろしい。

 ――――というわけで、結束バンドのバンドミーティングwith柊商店を始めます!

 本日のお題は―――――こちら!」

 

 と言って、虹夏はスケッチブックを開く。

 そこに書かれていたのは

 

「ズバリ!より一層バンドらしくなるには!?」

『おー』

 

 喜多とぼっちがまばらな拍手をする中で、シュンは

 

(ああ、そのためのこれか)

 

 虹夏に言われて調達させられた、ビニール袋の中の結束バンドの意味に思い至り、ため息をついたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「なーんであそこまで駄目出しするかなあ」

「商売舐めすぎだからだバカ虹夏。つか、そのために俺呼んだんだろうがよ」

 

 バンドミーティングを終え、他のメンバーが帰った後。虹夏とシュンがSTARRYに残っていた。

 虹夏はテーブルに突っ伏し、シュンは同じテーブルに背中を預けて座っている。

 

「だって物販バンバンして、お金稼いで、活動資金増やしたいじゃん」

「まだ1回しかライブやってねぇバンドの物販が売れるわけねえだろ。

 しばらくは数搾った上で、他のバンドの物販の横に間借りして、広告だと割り切って置かせてもらえ」

「だからってなんで10本セットしか買ってこないのさ。まとめ買いした方が安く済むんでしょ」

「誤差だ誤差。保管費の方が高くつくわ!

 あとアルバムもまだ論外だ。まずネットでのDL販売で、物販コーナーにはQRコードのポップ立てとけ。SNS経由にすれば後々の宣伝効果もあがる。実物は売り上げが予測できるようになってからにしろ」

「ぶぅ……」

 

 カッコイイジャケットのアイデア、考えてたのに。とむくれる虹夏。

 

「あのなあ。遊びでやってるわけじゃないんだろ?だったらもうちょっと真面目に―――」

「真面目にやってるもん!」

 

 続けようとするシュンの言葉を遮って、虹夏は床に置いておいた鞄を手に取って

 

「帰る!」

 

 シュンに二の句を告げさせることもなく、店を出て、上階の自宅へと引っ込んでいった。

 

「―――っったく!ガキかよ」

 

 口をへの字に曲げ、虹夏が出て行った扉を睨むシュン。その背後の机に、コーラの入ったグラスが置かれる。

 

「お疲れ。おごりだ」

「星歌」

「店長、もしくはお姉さんって呼べ」

「ババァ店長ゴぉっ!」

 

 頭頂部に星歌の拳骨を喰らい、蹲るシュン。

 

「虹夏の遊びに付き合ってくれてありがとな」

「~~~っ!ありがとうって威力かよチクショウ。―――遊びじゃねえよ、アイツは本気だ」

「だからって、ろくにライブもしてないのにアルバム1000枚とか」

「調子に乗ってるのは確かだと思うぜ。だけど、アレはふざけて言ってたんじゃなくて、知らなくて言ってたんだ。本当に遊んでるなら、口先だけで嘯いても、俺を呼んだり、見積もとったりはしないだろ」

 

 シュンの家、柊商店は飲食物卸だけではなく、少なからず物販関係も手掛けている。

最近虹夏はシュンに連絡を取ってた、物販で並べる品目の見積もりを聞いたり、試算したりを繰り返している。

 

「確かに計画は甘いし、甘く見てるせいか不真面目なところもあるかもだけどよ。

 あいつはあいつなりに、バンドを成功させたいって思ってるぜ。

 そこら辺は認めてやれよ、星歌。そうでなきゃ―――」

 

―――アイツが報われない。

 

 と言いかけて、シュンは黙った。

 

「どうした?」

「なんでもねえ」

 

 次いでもらったコーラに口をつけ、

 

「話は変わるけどよ。虹夏のバンド、ステージに上げんのか?」

「いや、出す気ないけど」

「へぇ。ちゃんとオーディションからするってことか」

「なんだ。まさか妹だからってホイホイ出してやると思ったのか」

「実はちょっと思ってた。星歌は虹夏に甘いからな。

 ま、無条件でオーディション受けさせてやる時点で相当甘いけどよ」

 

 世のバンド、特に駆け出しは、オーディションどころかデモテープを聴いてもらう機会一つを得るのにも苦労する。

 それに比べれば彼女達は恵まれている。

 

「リョウの曲に、あのピンクジャージの歌詞。どんなことになんのかねえ」

 

 不安と、そして少しの期待を込めて、シュンは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、2週間ほど経った頃だった。

 シュンは虹夏の買い物と、そして愚痴に付き合っていた。

 

「―――ってことでさあ!お姉ちゃん酷いんだよ!『一生仲間内で仲良しクラブやっとけ!』とかさ!」

「そーだな」

 

 おざなりに返すシュン。虹夏はよほど腹に据えかねていたのか、同じ話題が3回目である。

 

「オーディションはばっちりキメて、お姉ちゃんをぎゃふんと言わせてやるんだから!」

「別に上手くヤれても、店長的には良いバンドを確保できることになるから、ぎゃふんとはいわねーんじゃねえの?

 っていうか―――イケんのか、お前のバンド?」

「イケる!……って思う。喜多ちゃんも、ぼっちちゃんも、すごく上手くなってるし」

 

 そういう虹夏の顔には、憂いと不安があった。

 バンドメンバー、特に後輩二人には、絶対見せない不安の表情だ。

 それを見たシュンは

 

「らしくねー……なっ!」

 

 ばしっ、と、虹夏の背中を叩く

 

「きゃふん!?な、なにすんのよ!」

「似合わねえツラしてヘタれてるから気合入れてやったんだよ!

 姉貴の分まで有名なバンドになんだろ!STARRYを有名にすんだろ!そこに出るためのオーディション程度で、オタついてどうすんだよ!」

 

 シュンが投げつけてきた言葉に、虹夏は目を見開く。

 

 

 

 

 

 数年前、一度だけ。その夢をシュンに言った。

 星歌がバンドをやめ、ライブハウスを開くといった日。

 

「私がお姉ちゃんの分まで有名なバンドになる!

 それで!お姉ちゃんのライブハウスを有名にする!」

 

 

 

 

 

 

「覚えてたんだ」

「忘れるわけないだろ。お前の大切なこと、なんだから」

 

 言って、気恥ずかしくなったのか、そっぽを向くシュン。

 その生意気な年下の幼馴染の仕草が、おかしいやら可愛らしいやらで

 

「―――そだね!こんなところでまごついてられない!とっととスターバンドへの階段駆け抜けないと!」

 

 笑いながら気炎を上げる。

 その顔を見てシュンは、

 

「それでいい。虹夏は笑ってるのがかわぃ、……いやキレ―――――っっ!笑ってる方がまだマシなツラに見えるぜ!」

「ああん?生意気だぞこいつぅ!」

「うわっ!てめっ!髪弄んなよっ!!」

 

 虹夏はシュンの生意気なツンツンヘアをワシャワシャ乱すと、

 

「ありがと!シュン!ライブ、絶対に出るから見に来てね!」

 

満面の笑顔で言い残して、弾むように駆け出していった。

 その背中を、睨むようにして見送るシュン。

 

 

「バカ虹夏、他の奴にもこんな風にしてんじゃないだろうな。

 勘違いする奴が出たらどうすんだ」

 

 

 勘違い気味の少年は、傾きかけた日に照らされて赤くなった顔で、そう吐き捨てたのだった。

 

 

 

 つづく

 




 シュンくんはガチでお店のことを仕込まれているので、お金勘定に関してはバンドマン共に比べてはるかに大人でしっかり者。
 あと、虹夏にとってシュンは、1巻ラストにぼっちに語った秘密の夢を、当たり前に話す程度には特別な存在であり、シュンの完全な勘違いだというわけではない。
 が、色恋的な意味はまだ秘密


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Chapter8  石塚太吾と後藤ひとり その4

イメージはGYARI(ココアシガレットP)さんのボカロセッション動画
あと、筆者は音楽に関してはずぶの素人です。
間違いに関して指摘される場合、優しく指摘していただけると嬉しいです。


石塚のロインに、一本のメッセージが送られてきた。

 

『オーディションに受かる方法を教えてください!何でもしますから!』

 

 後藤ひとりこと、ぼっちからのものだ。

 金曜の夜、自宅の学生マンションで勉強をしていた石塚の脳内に、15歳の少年らしい妄想が駆け抜ける。

 

『知りたければ、分かってるよな?ひとり』

『わから、ないですよ……』

『カマトトぶりやがって。まずはその()()()()()()()()で……』

 

 ドガッ、とマンション全体に響き渡りそうな音がした。

 石塚が部屋の柱に頭を叩きつけた音だ。

 煩悩退散。

 石塚は深呼吸して、改めてスマホを見る。

 

「―――明日、オーディションなのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、送ってしまった」

 

 同時刻、ぼっちは電車の中で、自分のスマホを握りながら震えていた。

 内容は、オーディションを突破するための必勝法について。

 宛先は、知り合いの有名バンドのキーボード、石塚太吾。

 

 今日はSTARRYでのオーディションの前日だ。

 休息第一と早めに練習を切り上げた結束バンドメンバー。ぼっちはその帰りに虹夏に呼び止められ、少し話をした。

 その時に 『本当の夢はその先にあるんだ』 と、彼女は言った。

 

 ぼっちには人に自慢できる夢や目標はない。

 ギターを始めた動機なんて『ちやほやされたい』なんて程度のものだ。それでも

 

「結束バンドの四人で、ちやほやされたい。虹夏ちゃんの夢をかなえてあげたい」

 

 くだらない承認欲求だとしても、他人の夢への便乗だとしても

 

「明日のオーディション、絶対に通りたい」

 

 その気持ちは本当だ。

 とはいえもう明日、時間はなく、できることもない。

 どうしようかと思っていたところで思い出したのが、石塚の――自分の先に進んでいる、同い年のバンドマンのことだ。

 

「なにか、裏技的なものがあるのかも……!」

 

 と思い、帰りの電車の中で、一縷の望みをかけてラインを送ったものの

 

「……冷静に考えると、教えてくれるわけないじゃん」

 

 送信するまでは妙なテンションに突き動かされていたが、送信後の賢者状態ぼっちは、次々とネガティブな想像を始める。

 

「そもそも、そんな親しいってわけでもないし」

 

『はあ?いきなり何図々しいこと言ってるわけ?』byぼっち脳内石塚

 

「っていうか、チケット貰ったライブ、すっぽかしちゃったし」

 

『せっかく誘ってやったライブをすっぽかしたくせにいい度胸してるじゃねえか!』byぼっち脳内石塚

 

「な、なんでもするなんて言っちゃったし、ひょっとしたらなんかエッチなことを……!?」

 

『知りたければ、分かってるよな?ひとり。まずは()()()()()()()()で……』byぼっち脳内石塚

 

「―――あっ、これはないな。うん。私なんかとエッチなこととかただの罰ゲームだし」

 

 実は一番あり得そうだった未来予想を否定していると、ロインに返信があった。

 石塚からで

 

『とりあえず、本来の後藤の腕前を知りたい。何か動画とかに、演奏をアップしてないか?』

 

 ぼっちは少し悩んだが、毒くわば皿まで、といった気持でguitarheroの動画のアドレスを送る。

 それから待つこと30分。乗り換えを挟み、家の近くまで来た頃だった。

 

『明日の朝、始発で品川駅に』

 

 石塚から返事が来た。

 

『必勝法というわけじゃないが、一種のおまじないみたいなのはある。それをするから、ギター持って来てくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 初夏の朝。六時過ぎ。水気を含んだひんやりとした大気が、太陽によって蒸しあげられる直前。

 

「おはよ――時間が惜しいから、急ぐぞ」

「は、はい」

 

 足早に進むキーボードバックを抱えた石塚を、小走りに追うボッチ。

 駅を降りてすぐの繁華街、その路地にカラオケボックス。

 

「ここ、楽器持ち込み可で、朝から開いてるんだ」

 

 店内に入り、受付に

 

「連れが先に来てます」

 

 と告げて奥に。店員も慣れたものなのか何も言わず石塚を見送り、ぼっちは会釈してから石塚を追う。

 

 奥に進むにつれて、地響きのような、最近聞きなれてきた音がしてきた。

 

「……ドラム?」

「ああ、イレナンのバンド。今日、手伝ってくれる人」

 

 そういって、音の漏れる一番奥の扉を開く。

 

士則(あきのり)さん。着きました」

 

 石塚の声でドラムは止まり、演者が顔を向けた。

 

(あ、美人)

 

 その顔をみて、ぼっちはそんなことを思った。

 ドラマーは、男だった。

 白皙の美貌を通る秀麗な鼻梁と、玲瓏な眉目。それらは氷の彫像のように冷たく、整っている。

 均整の取れた、すらりとした肢体。腕まくりをした白いカッターシャツと、黒のスラックスという地味ないでたちだが、彼が着ているというだけ華やかに見える。

 喉仏や肩幅など、明らかに男性らしいパーツで構成されているのに、その様相は思わず“美男”ではなく美人という単語が先に出るような流麗なものだった。

 少女漫画から出てきたような容姿の彼―――士則と呼ばれた男は、側においてあった大判のPADを手にして、ぼっち達に向ける。

 そこには

 

『ポリポリ(○´∀`)ゞうーっす!おはよー。

 君がぼっちちゃんね~よろしくねぇヽ(〃´∀`〃)ノ

 オイラ(すえ)士則(あきのり)!キリッ!(`・ω・´) ノリさんでいいぜ~』

 

 イメージとは裏腹の、顔文字まみれのメッセージが表示され、人口音声で読み上げられた。

 

 リョウ以上の人形めいた美しさの無表情と、喜多を悪い意味でパワーアップしたような文体。その組み合わせに脳がバグって動きを止めるぼっち。

 一方、慣れている石塚は気にも留めずにキーボードをセットしながら

 

「時間がおしい。後藤も早くセッティングしてくれ―――今から1時間、セッションするぞ」

 

 

 

 

 

 石塚がぼっちに提案したおまじない。

 それは、本番前に石塚と、そしてもう一人、石塚が所属するバンド、『Irratianal/Numbers』のドラムの人と、簡単なセッションをするというものだった。

 セッションは、ぼっちも動画を見て知っている。

 

「ふらりと立ち寄ったミュージックバーでセッションに飛び入りして……!」

 

 などと妄想したことは数えきれないが、その度に『おしゃれなミュージックバーとか、陰キャの私には近くことすら無理』という音楽以前のハードルを前に、想像の段階で諦めつづけてきた。

 それをよく知らない人達となんて絶対無理!と思ったが、こちらからお願いした手前、ノーと言えないのが拗らせ陰キャ。

 

(オーディションに行く前に、死んでしまうかもしれない)

 

 そう覚悟を決めるぼっちに、石塚が譜面を差し出した。

 そこには―――

 

「―――え?コード、二つ?」

 

 そこには1行4小節にコード2つと、簡単なリズムが書かれただけの譜面があった。

 

「本格的なのはやらないよ。この2コード繰り返して、ちょっと遊ぶだけ。できそう?」

「あ、はい、これなら……」

 

 ギター初心者用の練習曲よりも、はるかに簡単な譜面だ。

 

(というか、こんなのどうやってアレンジするんだろう)

 

「じゃ、始めよう」

 

 そういって、何のタメもなく引き始める石塚と、

 

「b(`・ω・´)」

 

 と親指を立ててドラムを静かに叩き出す士則。

 唐突な始まりに慌てて追いつこうとするぼっちだが、すぐに追いついた――というか追いつく必要もなかった。

 なにせシンプルな4小節2コードの繰り返しだ。

 ドラムに合わせて、ギターとキーボードが同じリズムを流す。

 それが十周ほど続いた頃、

 

(あ、音が増えた)

 

 石塚がメロディにアレンジを入れてきた。単純だったメロディを少し複雑なフレーズを加え、何周かして、こちらが慣れてきたと思ったら、また変え、それを追うようにドラムもだんだんと勢いづく。

 それを追っていくうちに、ぼっちは石塚がこちらを見ていることに気付く。

 何かしてしまっただろうか?

 緊張と不安に思わず演奏が狂う。

 普段ならそこから全体が崩れていくパターンだ。だが、今回はそうならなかった。

 石塚と士則がアレンジを戻し、ぼっちのギターを拾い上げる。

 少し落ち着いたぼっちは、改めて石塚をみる。すると石塚は、また同じようにぼっちを見て、しかし今度は、口に出して

 

「―――次、後藤の番」

 

 そう言って、演奏を続ける。

 

(番、って、アドリブのことかな?さっきの視線も、そういう意味だったんだ)

 

 批難しているわけじゃなかったのか。

 そう思いながら、ぼっちはおっかなびっくり、メロディにアレンジを加えていく。

 ちょっとずつちょっとずつ。

 形を変えていくメロディ。

 

(少し、大胆に変えてもいいかな?)

 

 ちらりと、ぼっちは石塚達の方を向く。

 石塚が頷く。

 

(あっ……)

 

 なんか嬉しくなり、ぼっちはギターをかき鳴らす。

 

「そろそろ俺の番でいいか?」

「あ、う、うん!」

 

 思わず全力疾走しそうになったところで石塚にバトンを渡す。

 少しローペース目に変わっていくメロディ。そうしているうちに、また石塚からの視線。

 

(こ、今度はこっちの番、ってことだよね)

 

 今度は、言葉なしでいけた。

 パスして、受けて、何週か続けて、またパス。

 時々意図を取り違えて、アレンジが衝突したり、どっちもせずに基本の旋律ばかりで1分以上お見合いしたり、そんなこともあったが、それでもセッションは続いていく

 

(あっ、なんか……楽しい)

 

 初めてのライブを思い出した。

 段ボールの中で、全然実力も出せなくて、惨めだっり情けなかったりと散々だったけど、

 

(誰かと音楽をするって、こんなに―――)

 

 と思った瞬間だった

 

「あっ」

 

 という石塚が何かに気付いた声と同時に

 

「――――――――――――――――っ!」

 

 ドラムが、爆発した。

 そうとしか言えない程の、烈火の如き高速ドラムソロ。

 士則の氷の美貌は、今や修羅の如し。

 

「っひぅっ!な、なに!?」

「士則さんのスーパードラムタイム(自称)だ。テンションが上がると発作的にこうなる。簡単には止まらない。

 ……タイミング併せて、一緒に入って修正するぞ」

「う、うん!」

 

 そうして、タイミングを見計らい、士則のドラムの勢いが止まった瞬間に

 

『―――――っ!』

 

二人は全力のフレーズを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ」

「あ、ありがとう、ございます」

 

 セッションを始めてから一時間少し。8時の品川駅改札前。

 石塚はぼっちにジュースを手渡す。

 もう時間だ、ということで、ぼっちと石塚はカラオケボックスを辞した。士則は

 

『オイラはもうちょい叩いてから帰るわo(・д・´*)9

 ヾ(=´∀`=)ノ☆ぼっちちゃんまたねぇ~☆ヾ(=´∀`=)』

 

 とのことで、まだ残ってドラムをたたいていた。

 

「あの……」

 

 貰ったジュースをすすりながら、ぼっちは石塚に

 

「……結局、あれって、何だったんでしょうか?

 あんな感じのセッションを、店長の前でやってアピールしろとか、そういう……?」

「いや、課題曲っていうか、やる曲は決まってるんだろ?

 急に変えても落ちるだけじゃないか?」

「あうっ」

 

 ですよねー、と思うぼっち。

 そもそもさっきのセッションが上手くいったのは、相手方を務めてくれた石塚と、そして士則が上手かったからだ。

 では、あのセッションは何のためのものだったのか?

 

「散々練習してきたんだろ。なら今更付け焼刃したところで意味はない。

 最初に言ったろ。あれは、単なるおまじないというか、景気づけみたいなもんだ」

 

 要領を得ず、首をかしげるぼっちに、石塚は少し考えてから

 

「動画見たけど、後藤って、ギター、かなり上手いよ。プロで食ってけるレベルで」

「う、うへでへへ。そ、それほどでも……」

「けどライブや人と合わせるの、かなり下手だよな」

「グフッ!!!」

 

 持ち上げられた直後に、地面に叩きつけられるぼっち。

 

「それって経験不足、っていうか他人の演奏にリアルタイムに合わせるのができない。いや、その経験があまりないから、だよな」

「は、はい、1人で弾いてたので」

 

 一緒に合わせる相手がいたとしても、打ち込み音源くらいだけだった。

 

「けどさ。今日、できたろ?」

 

 だが、今日はそれができた。

 途中失敗はあったが、相手の演奏を聞きそれに応えるという、音楽のキャッチボールができていた。

 それに――

 

「それに、士則さんのスーパードラムタイム止めるときなんて、完全にギターヒーローだったぞ」

 

 ――あの瞬間、僅か少しの間だけだが、士則のドラムに引っ張られる形で、ぼっちはギターヒーローとしての片鱗を見せていた。

 

「あ、あれは、石塚、くんや士則さんが上手かったから、たまたま……」

「音楽に、演奏に『たまたまできた』は、ない。

 あるのは、本来できることが緊張とか不安でできなくなることだけだ。

 『できた』ってことは、『できるだけの実力がある』ってことだ」

 

 だから―――

 

「自信、持ってもいいぞ、後藤。

 お前はギターが上手いし、苦手だった人に合わせることも、できるようになってきている。

 お前のお陰で音楽始めた俺が、保証する」

 

 言われたぼっちは、見た目変わらない。

 猫背で、俯き加減で、だが

 

「あの―――ありがとう、ございます」

 

 声が、少しだけ、はっきり聞こえるような気がした。

 

(おまじない程度には、役に立てたかな?)

 

 想いながら石塚は時計を見る。すでに八時を回っていた。

 少し、のんびりし過ぎたようだ。

 

「俺、もう行く。学校あるし」

「あ、はい……って、が、学校?あの、土曜じゃ……」

「久保高は、一応は進学校ってことになってるからな。土曜も午前に補講が入る」

 

 1コマ目は8時45分。品川から新宿まで電車で20分。駅から学校までの時間を合わせると割とギリギリの時間だ。

 

「じゃあな。オーディション、がんばれよ」

 

 やや急ぎ足で去ろうとした時だった。

 

「ま、待って!」

 

 手を、掴まれた。

 ぼっちだった。

 思わずどきりとして、声も出せずに立ちすくむ石塚。

 一方のぼっちは、中腰姿勢で石塚の手をつかんだまま、石塚を見上げるように

 

「あ、あ、あのっ!ライブ!来て、下さい!絶対でるから!」

「あ、ああ、行く。必ず。うん」

 

 顔を真っ赤にして見合わせる少年少女。

 先に動きを見せたのはぼっちの方だった。

 自分が石塚の、異性の手を握りしめていることに気付き

 

「すすすすみません!いきなり私なんかが手をつかんだりして!手汗とか!本当に申し訳ありません!」

「え、えと、いやその、……じ、時間がないから、もう行く!

 またな!」

 

 飛びのいて土下座を始めるぼっちをのこし、石塚は駆け出し改札に向かう。

 握りしめる手の中には、定期券と、先ほどまであったぼっちの手の感触。

 女性らしからぬギタリスト特有の硬い指先と、その演奏技術を支える、これまた女性にしては大きい手と長い指。その一方で、手全体の作りとしては繊細でほっそりとしていて、女性らしさを感じさせ、きめ細やかな肌は、石塚の手にしっとりとした感触を残していった。

 

(落ち着け、忘れろ、煩悩退散だ!)

 

 少年が走ったのは、何も授業に遅れるからだけではなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 補講が終わり、携帯を見た。

 通知を切っていたロインに、新着あり。

 内容は期待した通り

 

『石やん!グッドニュースや!結束バンドの子ら、オーディション受かったらしいで!』

「なんでリーダーの速報が後藤のより速いんだよ」

 

 喜多という、結束バンドの広報担当の子のイソスタ情報だろうか?

 ともあれ、後藤からも合格の報告があった。

 このくらいは当然だ。

 と後方なんちゃら面をしながら 「おめでとう」 と返信。

 そして今度はSTARRYのイソスタをチェック。

 

「もう発売になってるな」

 

 みれば結束バンドのでるライブの告知と、チケットの販売が始まっていた。ログを見れば、ほんの十数分前に開始。

 どうやらSTARRYの店長的には、結束バンドが出ることになるのは既定路線だったようだ。最後の一枠が正式に埋まったので、既に作っていたものを速攻でアップしたのだろう。

 

「ポチリ、と」

 

 と、迷わず購入。

 それから再びロインを起動。ぼっち相手にメッセージを入力。

 

「チケットをネットで購入しました。ライブ楽しみにしています」

 

 そう言って、送るのと、ほぼ同時だった。

 ピコンと、新しいメッセージが届く。

 後藤からだ。

 

「さっきのおめでとう、への返事か?」

 

 律儀だな、と思いながらメッセージを見ると――――

 

 

 

 

 

 

――――突然だが、話は数十秒前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 オーディションに合格したぼっちには、更なる壁が待ち受けていた。

 

「チケットノルマ、1人五枚ね!」

 

 虹夏に言われて、ぼっちは指折り数える。

 

 父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!

 父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!

 父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!

 父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!

 父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!父・母・妹・犬!

 

 (一人足りないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!)

 

 と、その時だった。

 スマホに着信音。見れば石塚の苗字

 

(石塚君!そうだ!石塚君がいる!見に来てくれるってことはチケット買ってくれるよね!)

 

 5人目!

 今朝、学校があるというのに付き合ってくれた(しかもよく考えればカラオケ代までおごってもらった)人物に、さらに集るのはどうかと、良心が訴えたが、背に腹は代えられない。

 

『すみません、大変厚かましいお願いであるとは重々承知しておりますが、チケットノルマにご協力いただけませんでしょうか?何卒よろしくお願いします』

 

 入力して、送信。

 それと同時に、石塚の方からもメッセージ。

 入れ替わりに同時に送られたその内容は

 

『チケットをネットで購入しました。ライブ楽しみにしています』

 

 

「ピぇがげがぎあががあ゛ああ゛あahあああああ゛あ゛あ゛あahあああ゛ああぁぁぁっっ!」

「後藤さん、どうしちゃったんでしょうか?」

「やっぱ、へんなもんでも食べたのかなあ。演奏なんかすごかったし、その後吐いたし」

「毒草だな。素人が手を出したら危ないというのに。―――いや、何食べたか特定して、それをライブ前にぼっちに摂取させれば、あの演奏を定期的に……」

「そこ!脱法的な話をしない!」

 

 背後でバンドメンバーが何やら好き勝手なことを言っているが、今ぼっちはそれどころではない。

 どうする?

 記念にもう一枚買ってくれとでもいうか?

 それともネット販売のチケットを返品かキャンセルしてもらうか?

 それとも―――

 

 しばしの逡巡の末、ぼっちはメッセージを書いて、送信した。

 

 

 

 

 

 一方同時刻。石塚も頭を抱えていた。

 チケットノルマ。知ってるし、自分も課されてはいるが意識からは抜けていた。

 バンドを組み始めた頃は中学生だったのでノルマ軽めだった上に、路上や動画上でのソロ活動で、既に知名度を得ていた。その後も順調に知名度を上げ続けてきた石塚は、チケットノルマに困った経験がほとんどなかったのだ。

 

 どうする?

 記念にもう一枚買うとでもいうか?

 それともネット販売のチケットをキャンセルするか?

 それとも―――

 

 

 などと思っていると、スマホに後藤からのメッセージが届いていた。

 

『チケットご購入ありがとうございます。

 ご期待に沿えるライブができるように頑張ります。

 チケットノルマの方は心配しないでください。何とかしますので。

 本当にありがとうございました』

 

 

 

 

 

 

「見栄なんか張って、私のアホ~っ!」

「先走り過ぎた俺のアホ~っ!」

 

 ほぼ同時に、一組のぼっちとヘタレが頭を抱えたのだった。

 

 

 

つづく

 




原作5巻も面白かった
これがアニメ化する日が、いつか来てくれればうれしいな


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ファーストライブ編
Chapter9  高清水律志と廣井きくり その2


配信派としては、早くも話題になってる8話を一刻も早く見たくてたまらない。


 その日、廣井きくりはご機嫌だった。

 ライブが終わった打ち上げから、飲み歩いて行き倒れかけた先で、1人の新米バンドガールと出会った。

 後藤ひとりという、バンドを始めた頃の自分と似た猫背の少女。彼女が見せてくれた、チケットノルマ稼ぎの為に行ったゲリラ路上ライブでの才能の鱗片。

 その際に見せつけられたキラキラの青春でダメージ受けかけたり、最後のチケットを買ったら完全にすってんてんになったりなどちょっとしたトラブルもあったが、無事に(その少女にお金を借りて)どうにか新宿までたどり着いたので結果良し。

 おおむね満足のいく、充実した一日を過ごせた。

 こんないい日の〆には、やはり飲むしかない!

 しかし金がない!

 ではどうする!?

 

「って感じだからりっくん!ツケで飲ませて!」

 

 新宿の一角にあるライブハウス、EXout。

 店長の高清水律志は、自分の恋人である酔っ払いを、無表情で出迎えた。

 

「少し待ってろ」

 

 というと、バーカウンターで手慣れた様子でカクテルを一つ作り

 

「ほら、プレーリーオイスターだ」

「ノンアルじゃん!っていうか生卵じゃん!」

「酔いを醒ませと言っているんだ。チェイサーもくれてやる」

 

 と言って差し出したのは、作り置きのおにぎりと、インスタント味噌汁。

 

「晩酌に日本酒が欲しくなる……」

「出さん。流石にダブル太陽は決めさせないからな。

 それと聞いたぞ。久々に路上、それも無許可でしたと」

「うん、ケッコー盛り上がったよ!」

「それは何よりだが、吉田さんがキレてたぞ。今のご時世、コンプライアンスだの何だの厳しい。無名ならともかく、君くらいの知名度で無許可路上とか、SNSが炎上しかねん」

「大丈夫大丈夫。飲酒ライブで何度も炎上してるもん。今更もう燃える材料残ってないって!」

「酒カスの上に燃えカスとは」

「ぷっ!さ、酒カスと燃えカスっ!ひーっひひひっ!」

 

 律志の言い回しがツボに入ったのか、笑い転げる酔っ払い。

 ひとしきり笑った後、

 

「で、この燃え尽きたゴミの隣に座ってる、湿ったゴミは何かなあ?」

 

 カウンターの隣に、無言で突っ伏していた少年を指して尋ねる。

 律志が面倒を見ているバンド、『Irrational/Numbers』の石塚だった。

 

「惚れた女に2連続でアプローチ失敗して凹んでいるそうだ」

「どゆこと?」

「意中の相手は初心者のバンドマン。

 1回目の失敗は相手のライブのチケットを速攻で買って、しかもそのことを相手に報告。その結果、ノルマのチケットを石塚に買ってもらおうと思っていた相手に、逆に気を使われるという間抜けな失態をさらした。

 2回目の失敗は、1回目の失敗でいじけているところに、リーダーの大河内から、『路上ライブにでも誘ってそこでチケットを売ればいい』というアドバイスをもらい、だが散々ためらったあげく、ようやく先ほど連絡をしたら 『もう売れた』 という返事をもらった、振り遅れの空振りだ」

「……別に、結果としてあいつのチケット売れたんだし、失敗ではないです」

「それは彼女の成功だ。君の意図するところを得られなかったのだから、君としては失敗だ。そもそもそれだけ凹んでいる時点で、失敗ではない、は糊塗でしかない」

 

 好きな女子と路上ライブ、およびそれによる彼女からの評価アップなどという、彼にしては珍しい年相応の皮算用をしていた石塚は、再びテーブルに突っ伏した。

 その背中を廣井はバシバシ叩きながら

 

「まあまあ!何とかなるって!なんか聞いた感じ、そこまで男として見られてるっぽくないし!元々の点数がないなら、そこから減点はされないって!」

 

 更なる追撃に、さらに沈みゆく石塚。

 そんな二人を尻目に、律志は食べ終わった廣井の食器を片付けながら

 

「きくり。今日は俺の家に泊まっていけ」

「えーっ?いきなりお誘い!?照れるなあ!っていうか、傷心中の石塚くんの前でそれとか、ちょっと酷くない?」

 

 ニヤニヤからかうように笑う廣井に、律志は彼女が店に来た時にしたような、冷めた表情を向けて

 

「傷つけたくないのであえてストレートに言うが―――臭い」

「―――はっ?」

「確かに、ちょっと、っていうか、大分臭いますね」

 

 石塚も顔を上げ、鼻を鳴らして顔を顰め

 

「なんか、ホームレスっぽい風の……」

「み、妙齢の女性のフレグランスになんてことを……」

「夏場にライブの後、酒飲んで路上で夜越して、その後さらに一日中ほっつき歩いていた奴にフレグランスなんぞあるものか。

 一応飲食店として申請している身としては、入店を拒否したくなったくらいだぞ」

「~~~~っ」

 

 流石の廣井も20代の女性だ。異性からの体臭指摘は堪えたのか、アルコール以外の要因で顔を赤くする。

 

「金がないなら銭湯も無理だろう。俺の家でシャワーでも浴びて、下着も変えておけ」

 

 律志の家はEXoutの徒歩圏内にあるマンション(風呂付き)だ。

 廣井の自宅も徒歩で行ける距離だが、こちらは風呂なし。

 

「鍵をとってくる。ちょっと待ってろ」

 

 そういうと、律志は奥の方に引っ込んだ。

 そんなに匂うかな、と、自分の服を嗅ぐ廣井と、頬杖をついて座る石塚。

 日曜の夜9時。今日のライブは7時までで終わり、スタッフのステージを片付ける音と、スタジオから誰かの練習する音色が聞こえる。

 不意の空白の時間に、石塚は前からちょっと気になっていたことを尋ねてみた。

 

「廣井さんは、店長と同棲とかしてないんですか?」

「ん~?ナニナニ?少年は大人の恋愛事情が気になるか~?」

「介護するなら一緒に住んでいた方が店長も楽でしょ」

「人を何だと思ってるのかな~」

「アルコール中毒患者でしょ。

なんか下着とかも置いてるみたいだし、廣井さん、そもそも自宅にあんまり帰ってない風だし、むしろなんでまだ同棲、つーか、結婚しないのかなって」

「ん~」

 

 廣井は悩むようなそぶりを見せてから

 

「―――実際さ、私って、りっくんと別れるべきなんだよ」

「は?」

 

 いつものように、へにゃっとした笑い顔から飛び出た突然の言葉。

 戸惑う石塚に廣井は、テーブルに突っ伏しながら

 

「りっくんさ、すごくいい男じゃん」

「まあ……そっすね」

「背ぇ高くて~、体もがっしり引き締まってて~、顔はちょっと怖いけど。

 あと、仕事もできるし~、料理や家事もちゃんとしてるし~、頭もいい。

 あ、知ってる?もうすぐ博士号とれるんだって!工学博士だって。すごいよね~」

 

 指折り数えて、廣井は律志の良いところをあげていく。

 

 EXoutの雇われ店長である高清水律志は、かなりハイスペックな人間だ。

 昼は大学の学芸員。夜はライブハウスの店長。専門は音響工学。

 

「性格もいいしさ。こんなちゃらんぽらんな私を見捨てないし、EXoutやここら辺の近所のバンドの子らの世話も、むっつり顔しながらでもちゃんと焼いてるし、慕われてる」

「―――俺らも、世話になりっぱなしですしね」

「でしょ。ホント、すごくいい男なんだよ。

 ―――私みたいなのには、勿体ないよ」

 

 石塚が初めて見る、自嘲する廣井。

 

「……酒、切れてるんですか?」

「だってりっくんお酒くれないし、おにごろも全部飲んじゃったもん」

「酔ってない廣井さんってこうなるんですね」

 

 そう言った石塚は、廣井との付き合いが1年近くになるはずなのに、酒が抜けた姿を見たのは今日が初めてという事実に、若干驚く。

 それは兎も角

 

「てことは――いつか振るために、距離とってる感じですか」

「りっくんのこと振るとか、無理に決まってるよぉ」

「?え、それじゃあ……」

「いつかりっくんが愛想つかせてこっち振るのを待ってるんだよぉ。幸せスパイラルキメながらさあ!」

「仮に振られるとした場合、主な理由はその幸せスパイラルだと思うんですが」

 

 面倒くさい人だなあ。と思う石塚。

 その面倒くさい女の恋人はまだ来ない。鍵を取りに行くついでに、何か作業でもしているのか。そう思ってバックヤードの奥の方を覗き込んでみると、奥の方に律志の姿が見えた。彼の他に二人の人影がある。

 EXoutを拠点にしているバンドのメンバーだったはずだ。

 

 

「なんか、トラブってんのかなあ」

「ちょっともめている、っていう噂はありますね、あそこのメンバー」

 

 などと言っていると、律志はその二人に謝る動作をしてから、こちらの方に小走りで来て

 

「きくり。待たせたな。帰ったら先に寝てていいぞ」

「りっくんは?」

「少し遅くなるかもしれん。鍵はスペアもあるからかけてていい」

 

 そういうと廣井に律志は鍵を押し付け、再び揉めていた二人の方へと足早に去っていった。

 

「ホント、面倒見がいいよねぇ、りっくんは」

 

 呆れたように言う廣井に石塚が

 

「廣井さん―――振られるのを待つなんて、無駄ですよ」

「……なにさ」

「店長って、面倒くさいのが好きなんですよ、きっと。

 例えば、俺達イレナンとか俺以外みんな、ヤバイレベルで変人ぞろいじゃないですか」

「そうだねぇ。他のメンバーもみんなそう言ってるねぇ」

「そんな俺らを店長は嫌な顔―――は、まあいつもしてますが、それでも見捨てないで面倒見てくれてますし。

 そう考えれば、俺ら全員を足した以上に面倒な、世話の焼きがいのある廣井さんを、店長が見捨てることはないと思いますよ」

「……生意気」

「いてっ」

 

 少しすねたような、照れたような顔で石塚にデコピンする廣井。

 確かに生意気だったかもと思った石塚はそれを甘んじて受ける。

 意外と痛かったデコピンの後をさする石塚に

 

「というわけで、生意気の罰として、お金貸して」

「酒代渡したら、俺も怒られるんですが」

「そーじゃないって!

 ―――まだ空いてるスーパーあるからさ。苦労性の彼氏さんに、夜食でも作って待っててやろうかなって思って」

 

 そう言って、面倒くさい女は笑ったのだった。

 

 

 

 

 なお、石塚が貸した金は、冷ややっこの塩辛乗せ、焼しいたけ、あぶりイカ、もろきゅうなどに変化。

 夜遅く、自宅に帰った律志が目撃したのは、

 

「このラインナップなら飲むしかないでしょ」

 

と、それらをつまみに隠しておいた洋酒をパカパカ飲む、まだ風呂にも入ってない、ご機嫌なアル中女の姿だった。流石に怒った。

 

 

つづく

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

ぼっち@ロイン 「チケット全部売れました」

 

虹夏 (お父さんとお母さんと、あとは石塚君が3枚かなあ)

りょう(両親と、あと石塚が3枚だな)

喜多  (ご両親と、石塚君が3枚よね、きっと)

 

 




アニメに追いつきつつあるので、ちょっと更新速度落とします。


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Chapter10 天海恭弥と伊地知星歌 その1

8話が最高過ぎた。ライブもそれ以外も(視聴中)


 普段から明るい虹夏だが、今日は輪にかけて明るかった。

 

「明日、バンドTシャツが来るんだ~♪」

「8回目」

「しかもお兄ちゃんが持って来てくれるんだ~♪」

「それも8回目」

 

 鼻歌交じりで、同じことを繰り返す虹夏。今日は朝からバイトに入り、ほぼずっと一緒にいるリョウにとっては8回目の情報だ。

 虹夏が楽しそうなのはいいことだが、ここまで繰り返されると流石にリョウも辟易する。

 

「え?先輩ってお兄さんもいらしたんですか?」

 

 一方、午後からシフトだった喜多にとって、それは初情報だった。特に、伊地知姉妹に兄がいるというのは初耳だった。

 

「お兄さんって店長さんから見てお兄さんなんですか、それとも弟さん?」

 

 尋ねられた帳簿を整理していた星歌は、「あー」と心底面倒くさそうにためらってから

 

「―――いや、旦那なんだ」

「ああ、義理の兄っていう意味で―――――――!?!?!?

「あ、て、店長って結婚してたんですね」

 

 予想外の情報にわなわな震える喜多と、普通に受け止めるぼっち。

 

「って、なんで後藤さんはそんなリアクション薄いの!?」

「え、だって怖いけど、その、美人だし、そういう相手がいてもおかしくないかなって……」

「そ、それはそうかもだけど!そうかもだけどぉっ!」

「どうどう、おちつけ~」

 

 リョウになだめられ、テンションが下がる喜多。だが、今度は下がりすぎたのか

 

「出会いがない……カレシいないネタ……牽制……

 報告の約束……欺瞞……抜け駆け……気が付けばみんなカレシ持ち……

 クリスマスパーティ……2人×たくさん+おひとり様……ああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「き、喜多ちゃん!ぼっちちゃんみたいになってるよ!喜多ちゃーん!」

「陽キャにも、陽キャ特有の闇があるんだな」

「もう……、もう誰も信じられないっ!

 リョウ先輩にも婚約者がいたしっ!後藤さんも石塚君を彼氏にしてチケット3枚買わせるしっ!虹夏先輩だってきっと彼氏が10人ぐらいいて隠してるんだっっ!」

「つ、付き合って、ないです!ノルマは石塚君が買ったんじゃなくて……!」

「ぼっち、見栄のための嘘で状況を引っ掻き回すのは良くない」

「あ、私、やっぱり信じられていない」

「彼氏10人て、私は悪女か」

「そうだね。10人は違うね」

 

 同じ学校に通うリョウは知っている。社交的で明るい虹夏に気がある男子は、柊商店の少年以外にも、両手の指に余るほどいると。

 

「お前ら!それ以上のおしゃべりはやめて、手を動かせ!」

 

 わいのわいのと騒ぐ結束バンドに、いつもの雷が落ちる。

 それぞれ仕事に戻るバンドの面々。だが、喜多は一つだけ、どうしても気になって小声で虹夏に問う。

 

「あの、そういえば結婚しているのに、苗字は伊地知のままなんですか」

「仕事だと都合が良いから、そう名乗ってるんだって。本当の苗字は―――」

「そこ!無駄口叩くなって言ったろ」

『す、すみませんでした!』

 

 聞き咎められ、追撃の雷。

 流石にそれ以上のおしゃべりはできず、作業に向かう喜多に

 

「―――天海(あまみ)だ」

「え?」

「天海が今の戸籍上の苗字。旦那の名前は天海(あまみ)恭弥(よしや)

 これで気が済んだろ。なら仕事ちゃっちゃと済ませて、練習時間確保しろ。ライブも近いんだから」

「は、はい」

 

 そういうと、星歌は帳簿に向き直り

 

「天の海に星の歌、か。いいなあ」

 

 喜多はそう呟いた。

 喜多郁代16歳。自分の名前にコンプレックスを感じるお年頃である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供の頃は子分。思春期になってからは仲間。そして二十歳を過ぎた頃は、煩わしい存在になっていた。

 それが、伊地知星歌にとっての天海恭弥だった。

 

 物心ついた頃から側にいた。幼馴染という奴だ。

 気が強く、体も大きく、要領も良い女の子だった。気が弱く、背も低く、要領も悪い少年だった。自然と星歌の後ろに恭弥がくっついて回る関係になった。

 中学に上がった頃から少し関係が変わった。

 理由は色々ある。

 恭弥の身長が伸びたこと。

 虹夏という、守るべき年下ができたこと。

 それと、星歌がギターを始めたこと。

 星歌は恭弥にも楽器を勧めたが、残念ながら絶望的に適性がなかった。だが子供の頃からのコンビを解消するという選択肢は、その時の二人にはなかった。自然と恭弥は星歌のマネージャーのような立ち位置になった。

 荷物運びに始まり、ライブのスケジューリング、路上ライブの申請や、チケットノルマのクリア。おおよそ音楽以外のことなら、恭弥は頼りになった。

 中学から高校まで、二人一組でやってきた。

 失敗もあった、痛い思いもした。けれども二人は無敵だと、無邪気に信じていた。

 

 

 その関係が変わったのは、高校2年の冬だった。

 星歌がバンドを結成し、恭弥が本格的に受験を意識し始めた。

 星歌がバンドを組んだ当初は、そのまま恭弥がバンドのマネージャーも務めた。

 最初は上手くいっていた。だが、受験が本格的になるにつれ、バンドが少しずつ有名になるにつれ、恭弥の負担も増えていった。

 バンドメンバーともかみ合わないところが目立ってきた。元々恭弥は音楽についてはずぶの素人だ。それが星歌と組めたのは、恭弥と星歌の幼い頃からの相互理解があったからだ。その積み重ねがないメンバー達との間には軋轢、とまではいかないが、どうしても壁ができていた。

 離脱を申し出たのは恭弥からだった。

 受験を理由の離脱を、星歌以外のメンバーは、残念がりつつも、僅かに安堵しながら歓迎した。恭弥の存在に不協和音を感じていたのは事実だが、恭弥が頼りになる裏方にして大切な仲間であったことも確かだった。その彼と、喧嘩別れや追い出すような形ではなく、新しい目標に送り出すという形での別れを迎えられるなら、と納得した。

 だが星歌だけは違った。怒鳴り、罵倒し、手まで出した。裏切り者と散々に詰った。

 星歌の視点では万事が順調に見えていたのだ。メンバーと恭弥の間の壁も、時間が解決してくれるものだと思っていた。恭弥が受験などという()()()()()()()を捨てて、自分の、自分達の夢に全て賭けてくれるなら、可能だと思っていた。

 あるいはその考えは正しかったかもしれない。恭弥が受験より、バンドのマネージャーとしての業務に力を注いでいれば、メンバーとの関係も改善していたかもしれない。

 だが、現実として恭弥はバンドではなく受験を、自分の進路を選んだ。

 星歌の怒りを、恭弥は黙って受け入れた。裏切り者という言葉にも、言い訳をしなかった。確かにバンドより自分の進路を選んだ、裏切り者だと認めて謝罪した。

 星歌の行いを、バンドメンバーは咎めも止めもしなかった。事前に恭弥から話があったのだ。

 

 

「星歌は相当荒れると思うけど、彼女の味方をして欲しい。傷つけたのは俺の方で、傷ついたのは彼女の方だから」

 

 

 そう言って頭を下げられては、メンバーとしてもどうしようもなかった。

 こうして18歳の初夏。二人の道は一度分かれた。

 

 

 

 

 再び二人の道が交わったのは1年近く後だった。

 受験が終わり、星歌もギリギリ大学に滑り込んだ春、都内の別の大学に進んだ恭弥が、観客としてライブを見に来ていた。そのまま何も言わずに帰ろうとしたところを、他のバンドメンバーが捕まえて、打ち上げの居酒屋まで連行した。

 その頃には星歌の態度も軟化していた。時間も経ち、離脱の際、恭弥がバンドメンバーにしていた根回しが既に彼女の知るところとなっていたこともあり、少なくともいきなり殴りかかるような真似はしなかった。

 だが、裏切られたと、自分達の夢より受験という現実を選んだという思いは消えず、どうしてもわだかまりは残っていた。

 

 

 星歌と恭弥の関係は、バンドとそのファンにして、幼馴染という間柄に修復された。そのことに一番喜んだのは虹夏だったかもしれない。

 虹夏にとって、恭弥は兄のようなものだった。

 それがバンド離脱による星歌との関係悪化と、受験での忙しさから、1年近く会えなかったのだ。

 以前のように、とまではいかずとも頻繁に家を訪ねてくれるようになった恭弥に虹夏はべったりと懐くようになった。それは、大学に進んでから家に寄りつかず、虹夏や家族を疎むようになった星歌への反発もあったのかもしれない。

 その一方で、星歌は恭弥に対して別の形での反発を持ちつつあった。

 

『星歌。おばさんがまた心配してたよ。たまには帰って来いって』

 

 切っ掛けは、母親が恭弥をメッセンジャーに使いだしたことだ。最初は『ガキのお使いかよ』と、と顔を顰めていただけだった。

 だが時が経つにつれて印象は変わっていった。

 決定的だったのが大学3年目の出来事だった。星歌の留年がほぼ確定した頃、恭弥に『ノルマ達成手伝え』と、ライブに誘った時、断られた。

 

『ごめん、インターンシップと被るから行けない』

 

 恭弥は順調に単位を取り、就職活動に歩を進めていた。

 自分の後ろや隣にいたはずの彼が、自分を取り残して先に行ってしまったように思えた。

 

 

 それからだ。星歌が恭弥を煩わしいと思うようになったのは。

 彼のリクルートスーツ姿を見かける度に、家族やバンドメンバーから、彼の就活の話題を聴く度に、彼にこう言われているように思えてならなかった。

 

『いい加減、バンドなんて馬鹿げた夢から覚めて、現実を見ろよ』

『バンド以外のものにも目を向けろ』

『大人になれ』

 

 それは錯覚だし、妄想だ。

 変わらず恭弥はバンドを応援しているし、やめろなどとは言わない。

 だが 『まともな大人』 になっていく彼を見る度に、そんな彼が『おばさんが心配してたよ』という伝言を預かってくる度に、思うのだ。

 現実の象徴である彼が、星歌をバンドという夢から引きはがそうとしているようだ、と。

 そんな気がして煩わしくなり、ますます恭弥や家族や、虹夏から距離をとるようになり――――

 

 

 

 

 

 

――――そんなある日、母さんが死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ん」

 

 星歌は目を覚ました。

 場所は、自宅のリビングのソファ。

 時間は19時過ぎ。今日は休みで洗濯とかの当番で―――

 

「やばっ!」

 

 焦燥感で一気に目が覚めた。

 そうだ。今日は溜まっていた家事をやらなくてはならない日だ。それを完全に寝過ごした。

 何から手を付けようかと寝ぼけた頭で必死で考えながら飛び起きると、

 

「もう少し寝てていいよ」

 

 聞きなれた声が隣からした。

 

「……もう来てたのかよ、恭弥」

「ただいま星歌。洗濯や掃除はやっておいた」

 

 いつもの穏やかな表情で、恭弥が言う。

 彼と自分の位置関係を見るに、どうやら膝枕をされていたらしいと、星歌は理解した。

 

「ごめん」

「いいよ。星歌は立ち上げたばかりの事業主で、大変だろ?休めるときにはゆっくり休まないと」

「大変なのはお前だってそうだろ。外国語できるからってあっちこっち飛び回って。今どこだっけ?」

「ヴィジャヤワーダとペカンバルと岡山を行ったり来たりだね」

「岡山は聞いたことあるな、どこの国だっけ」

 

 気怠げに言いながら、ごろんと星歌は仰向けになる。頭は恭弥の膝の上。

 その髪を恭弥は撫でながら

 

「インドとインドネシアだよ。インドで綿花買って、インドネシアで布にして、岡山で縫製」

「アパレルメーカーって、もっとオフィスとかショップとかの優雅な感じだと思ってた」

「俺も。まさか英語できるからってインドに行くことになるとは思わなかった。

 英語通じなくてその場でテルグ語覚えることになったけど」

「そんな無茶振りに応えるから、ますます無茶なことやらされるんだろうが」

「性分なんだ、ごめん」

「―――知ってる」

 

 恭弥は子供の頃から要領が悪かった。それを人一倍の努力でどうにかして、やり遂げてきた。それは、子供の頃から散々無茶振りをしてきた星歌がよく知っている。出来なかったのは音楽くらいだ。

 

「なんつーか、ありがとう」

「どうしたの、急に」

「いや、虹夏のバンドTシャツの事とか」

 

 結束バンドのバンドTシャツ。その製造や発注は、恭弥のコネで格安で行われた。

 恭弥は大学卒業後、そこそこ大きなアパレル企業に就職した。そこで人当たりの良さと、星歌に鍛えられた無茶振りに応える適応力を見込まれ、世界中を飛び回る羽目になっている。

 

「いいよ、可愛い義妹の為だもの。それに、バンドのマネージャーやってた時の事思い出して、少し楽しかったし」

「―――それと、そのことも」

「どのこと?」

「ガキのころ、マネージャーさせたこととか、やめる時も、私の為に仲間に根回ししてくれてたこととか―――母さんが死んだ時とか」

「……本当にどうしたんだよ、急に」

「ちょっと、昔の夢を見ただけ」

 

 蛍光灯が眩しくて、星歌は目に手をかざした。

 

 

 

 母親を交通事故で亡くした時、その現実に向き合いたくなくて、星歌はロックに逃げた。その間、恭弥はちょくちょく星歌の所に訪れた。

 最初の頃は、家に帰って来いというつもりかと身構えた星歌だったが、恭弥は特に何も言わず、とりとめのない話をして、そのまま帰るということを繰り返した。その時は理由もわからなかったが、母親の事にも家族の事にも触れない恭弥の態度が居心地よくて、そのままにしていた。

 その1か月後だった。虹夏が癇癪を起したのは。

 そこで初めて、星歌は知った。恭弥がほぼずっと、虹夏につきっきりで面倒を見てくれていたことを。

 就活の方もギリギリまで減らし、不在なことも多い父親や、そもそも家に寄りつかない星歌の代わりに。

 

「ごめん。俺だけじゃダメだったよ。やっぱ、ホントの家族じゃないと」

 

 ぐずる虹夏を寝かしつけた後、恭弥は星歌にそう謝り、星歌はその胸倉をつかみ上げた。

 

 なぜもっと早く自分を呼ばなかった!?

 

 自分から目を背けていたくせに、知ろうともしなかったくせに、身勝手に叫ぶ星歌に、恭弥は静かに、そして申し訳なさそうに

 

「星歌も、傷ついてたから。

 音楽ができない、星歌の夢を共有できない俺は、ただ待つことしかできなかったんだ。

 ごめん」

 

 言われて、星歌は初めて気づいた。

 自分は守られていたんだと。

 恭弥がマネージャーをやめた時も、今、この時も、恭弥は自分ができる最大限の方法で、私を守ろうとしてくれてたんだ、と。

 母さんに心配かけて

 虹夏に孤独と喪失を押し付けて

 恭弥に守らせてるくせに疎み、詰って

 そのくせ自分は夢ばかり追って、何も返せていない。

 

「そんなことはないよ」

 

 泣き崩れる星歌を抱き留めながら、

 

「これはおばさんの、星歌のお母さんの受け売りだけどさ。

 夢は、どんな辛い時でも、道を照らしてくれる光になるんだ。

 俺は夢を追えなかった人間で、自分の夢って言える物も持ってないつまらない奴だけど、それでも星歌の夢に照らされて、何とかやってけてるんだ。

 だから、何もできてないなんてことはない。おばさんも、夢見てキラキラしてる星歌を見て嬉しいっていつも言ってた。

 だから今度は、虹夏ちゃんのこと、照らしてあげてくれないか?

 俺も手伝うから。できることは、限られてるけど」

 

 星歌が泣き止んで、自分の足で立てるようになるまで、恭弥はずっと、彼女を抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

「そういえばお義母さん――お前の母さんの方の6回忌って、もうじきだっけか?」

「今年の秋だよ。といっても、法要とかなしで、お墓参りするだけ。来てくれると嬉しいけど無理しなくてもいいよ」

「絶対行く」

 

 遠慮がちに言う恭弥に、星歌は強い口調で言った。

 恭弥は母子家庭で、母親は体が丈夫ではなかった。

 彼がマネージャーをやめ、進学と就職という安定した道を選んだ最大の理由は、この体が丈夫でない母親に心配をかけたくなかったからだったらしい。

 そのことを、末期の病床の彼の母親から、懺悔するかのように告げられた星歌は、とりあえず恭弥をぶん殴って

 

「おい、次から何か辛いことや困ったことがあったらまず私に言え。一人でカッコつけて抱え込むな」

 

 看護師に怒られてから、鼻血を流した恭弥と一緒にもう一度病室に入ると、そこにはやつれた顔に安心しきった笑顔を浮かべた彼の母親がいて

 

「星歌ちゃん、恭弥をよろしくお願いします」

 

 それが、年貢の納め時だったんだろう。

 

 

 

 

「で、最近なんか、あったか?」

「ないよ」

「本当だろうな」

「本当。もう星歌に泣かれたくないからね。何かあったら正直に言います」

「……よろしい」

「あ、けど、頑張ってるご褒美は欲しいかな」

 

 珍しいこともあるものだ。恭弥がおねだりなんて。

 

「なんだ?」

「子供」

「っ!」

「―――なんてね。いつか欲しいのは本当だけど、もう少しお互い、時間に余裕ができてからでいいかな」

 

 言葉に詰まる星歌と、それを見て、少し意地悪く笑う恭弥。

 こいつぅ、恭弥のくせに生意気だ。

 だから

 

「そんなこと言ってグダグダしてると、そのままお互いジジババになりそうだな」

「ははっ、そうかも―――」

「だから今作んぞ」

 

 急に起き上がり、不意打ちで引き倒し、そのまま上に負い被さる。

 星歌の頬に赤い色が指すのは、気恥ずかしさからか、興奮からか。

 

「星歌?そ、その、今はマズいって……!」

「うるさい。後先のこと考えるとか、ホントロックじゃないな、お前」

「後先とかそうじゃなくて…!」

 

 まずはその口から塞いでやろうと、お互いの吐息がかかる距離まで身を寄せ

 

 

 

「お姉ちゃん、起きた?お風呂空いたから―――」

 

 

 

 あと数センチの距離で、虹夏がリビングに入ってきた。

 時が止まったかのような沈黙のあと

 

「ごごごごごめん!お姉ちゃん、その!うん!ごめん!」

「ちが、そ、あっ、違うから!」

「違うところが一つもなげぶぼっ」

 

 星歌はこぶしで恭弥を黙らせる。

 クソッ!まだ脳味噌寝てた!虹夏がいるのは当たり前じゃないか!

 不覚を悔いる星歌。一方の虹夏は湯上りの頬をさらに赤くして

 

「わ、私!ドラムの練習があるから!部屋にこもるから!に、二時間くらいでいいかな!?ヘッドホン付けてガンガン音も鳴らすから大丈夫だよ!それじゃあ!」

 

 そう言って、虹夏はバタバタと自室に駆け込んだ。

 残されたのは妹の気遣いで羞恥心に追撃を受けた星歌と、殴られた頬を抑える恭弥。

 

「……お言葉に甘えて、する?」

「するかバカ!」

 

 顔を真っ赤にした妻は、夫を怒鳴りつけた。

 

 

 

 

 つづく




 感想でも期待されていた星歌ですが、原作特別編が完璧すぎて、あの雰囲気を壊してないか戦々恐々。
 楽しんでもらえたら幸いです。


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Chapter11 皆実彩人と喜多郁代 その1

 原作を読み直していたら、3巻のいい加減なブッカーの苗字と、シュンの苗字が『柳』でかぶっていたことが判明。
 いっそ伏線にしようかとも思いましたが、結局『柳』から『柊』に修正することとしました。


「魔境か……?」

 

 スマホアプリを片手に、皆実(みなみ)彩人(あやと)は思わずそう口にした。

 場所は下北沢の一隅。地下に続く階段の入り口。

 

「喜多がライブするっていうSTARRYって、ここで間違いない、よな?」

 

 スマホを持つのと反対の手にあるチケット。そこに書かれた文字と、階段の奥にぼんやり光るネオンサインは同じだ。

 その時、遠雷が響いた。

 天候は嵐。唸るような風と、曇天の暗さが、階段の奥にあるライブハウスの不気味さを一層強め、彩人がそこに踏み入ることをためらわせていた。

 

 

 

 

 彩人はロックバンドというものに、あまりいい印象を持っていない。彼の両親や親戚の影響だ。

 切っ掛けはよくある話だ。従姉が大学で音楽に、ロックに嵌り、道を踏み外した。

 折角入った大学にもろくに通わず、音楽と酒浸りの日々。就職もせず、今も酒浸りのまま、バンドマンを自称して自堕落な生活を送っているという。実家からは勘当状態で、彩人もここ数年会っていないし、親戚の中でも腫物あつかい。

 そういうわけで、皆実家においてもその一族の中においても、バンド、特にロックは良いものとされていない。そんな中で育った彩人が、ロックというものに良い印象を持つはずもなかった。

 

 

 その彩人がなぜSTARRYのライブチケットを持っているかというと、それは喜多郁代という少女が発端だ。

 

 

 幼馴染、というほどには付き合いは深くないが、ただの友人というほどには浅くもない。

 中学の頃、3年間ずっと同じクラスだった。

 喜多は性格も明るく、容姿も学業にも優れ、運動もできる人気者の、いわゆる陽キャ。彩人は喜多程に明るいというわけではないが、社交的で性根が真面目で、成績も悪くない、部活のバスケ部でも活躍する、いわゆる教師受けのいい優等生。

 学校行事などでは、二人セットでクラスのまとめ役などをやらされたものだった。

 

 

 高校に上がって、流石に4度目の偶然は起きず、クラスは別になった。

 

「残念だったね、皆実。喜多と別のクラスで」

 

 同じ中学出身で4年連続喜多と同じクラスになった佐々木にからかわれたが、別に気にしてはいなかった。気にしてないったら気にしてなかった。

 そんな高校生活が始まってすぐ、彩人の耳に気になる噂が入った。

 

「喜多さん、学外のロックバンドに入ったんだって」

 

 彩人は心配した。

 3年の付き合いで知ったことだが、喜多は意外と奇矯な振る舞いをすることがある。

 下の名前の“郁代”と呼ばれると過度に恥ずかしがり

 

「私の本名はキタキタですよ~」

 

 と壊れたり、林間学校でSNSと遮断された時は、

 

「こんな長い間放置してたら炎上したり、登録解除されるかも」

 

 と禁断症状を起こしたあげく、電波の届いていないスマホを見ながら

 

「あはは、いいねがこんなに」

 

 と、軽い幻覚を見たり。

 

(ひょっとしたらリア充じゃなくて、無理してリア充ぶってるキョロ充なのでは?)

 

 喜多の女子グループの輪の外から、そんな風に心配する。それが彩人のポジションだ。

 そして、その冷静な観察眼が、一つの懸念を持った。

 

(喜多ってギターとか弾けたか?)

 

 少なくとも中学を通じてそんな話は聞いたことがない。もし弾けたとしたら、あの喜多がSNSで披露しないのはおかしい。楽器演奏など、Viewもいいねも稼げるネタなのだから。

 気になって、4年連続の喜多のクラスメイトとなった佐々木に尋ねてみれば

 

「リョウってバンドメンバーの人に一目惚れして、思わずギター弾けないのに参加決めたんだって」

 

 という真相が飛び出てきた。

 納得と同時に、心配の度合いは一気に増した。

 

 バンド募集でそんな素人をいきなり加入させるとは、まともなバンドじゃない。少なくとも、真面目に音楽活動をするつもりはないのだろう。

 つまりファッションバンドだ。

 そしてファッションバンドなんてする連中の目的など、見え透いている。

 女を引っ掛けるためだ。

 

(そのリョウって男の毒牙に喜多が……っ!)

 

 なんとか止めなくては!

 焦る彩人だったが、その情報を得た翌日に、事態はさらに急転した。

 

「バンド、逃げてきちゃった」

 

 何とか取っ掛かりを、と喜多にバンドについての話を振ったら、見たこともないほどに気落ちした様子で、喜多が答えた。

 

「憧れてた先輩目当てで、ギター弾けるって嘘ついてバンドに入って、取り繕うために必死に練習したけど全然弾けなくて―――ライブ当日になって、逃げちゃった」

「それは、その……酷いな」

「ううううっ」

 

 彩人は何とコメントしたらいいかわからず、結果として死体に鞭打つような言葉しか口にできなかった。

 いくらなんでも、酷過ぎる梯子外しだ。

 昨日までは殺意すら抱いていたリョウとかいう男に、彩人は一転して深い同情を覚えた。

 だがそれはそれとして安心した。

 

「まあ、そのバンドの人達には悪いけど、喜多がそういうのやめてくれて良かったよ」

「彩人くん、本当にロック嫌いだね」

「だって、ガラ悪いだろ。どう見たって」

 

 彼らの通う秀華高校は下北沢に近い。バンドマン達を見かけることがある。彩人自身、偏見だとは思うが、それでもバンドマンという人種に好印象を抱けない。

 

「そんな人ばかりじゃないけどな……」

 

 そんな彩人に、喜多は少し悲しそうに笑った。

 

 

 ところが、話はそこからさらに展開した。

 喜多が後藤という生徒に、ギターを習い始めたのだ。

 

 

 後藤ひとりは彩人のクラスメイトだ。話したことはないが、名前は知っている。

 一言で言うと、ヤバい陰キャだ。

 休み時間もずっと一人でいるのは、まあまだいい。昼休み、空き教室や階段の下の物置スペースに潜り込んで一人飯をするところを目撃されるが、まあ、個人の自由だ。

 だがそれに上乗せで、突如百面相をして独り言をつぶやいたかと思うと、突然悲鳴を上げたり、顔面を崩壊させたり、謎のギターの弾き語りを始めたりなど、どうにも正気とは思えない。

 

 なお一人飯や独語、弾き語りなどは、後藤ひとりことぼっち的には、誰にも見つからないようにやってるつもりなのだが、何せ狭い学校でやってることだ。みんな見て見ないふりをしているだけである。

 

 ともかく、クラスメイトはおろか最近では全校生徒から『1年生のヤバいゴなんとかさん』として、ある種の怪談のように少しずつ名が知られつつある女。

 それが後藤ひとりだ。

 その女に、喜多がギターを習い始めた。気になって喜多に話を聞くと

 

「逃げたバンドにもう1回、入り直すことにしたの」

 

 今度は全て打ち明けて、逃げないつもりだ、という。

 久々に見た陰りのない喜多の笑顔。

 

「あ゛、あ゛、あ゛、ば、バスケ部、陽の精鋭……っ!」

 

 一緒にいた後藤が何故か慄きながら死にかけていたが、まあ、彼女はそう言う種類の妖怪なんだろう。

 

 

 

 梅雨になり、バスケの地区大会が終わり、中間考査が終わり、夏になった。

 放課後の空き教室から響くギターの音は、少しずつ淀みない物になり―――同時に、喜多の奇行が増え始めた。

 後藤の名前を呼びながらゴミ箱を覗き込んだり石をひっくり返したり。

 二つ一組のものを見るたびに 「婚約者なんだ」 と虚ろな目でつぶやいたり。

 廊下で棺桶に収まった後藤に話しかけたり

 異音――人類の出せる声とは思えない――を出した後藤に対して、急にヒューマンビートボックスの真似をしたり。

 

「ほとんど後藤関係じゃないか」

 

 いや、その後藤も結局はロックバンド関係者だ。

 やはりロックにかかわると碌なことはない。

 

「やっぱり喜多を、ロックバンドなんかやめるように説得しなくちゃな」

 

 夏休み前、彩人は改めて決意した。

 

 佐々木がチラ見せしてきた、リョウって男の写真が予想外にイケメン――マッシュルームヘアにピアス、スーツ姿――だったから、というのは関係ない。ないったらない。

 

 夏休みも翌日に迫った日、来月やるライブの話になった時に、彩人は改めて喜多に説得を試みた。

 その結果――喧嘩になった。

 

 原因は彩人にあった。

 彩人の説得に、曖昧に笑ってのらりくらりとかわす喜多。埒が明かずに苛立ちが募り、つい強い口調で結束バンドのメンバーを批判した。

 それが喜多の逆鱗だった。

 

「バンドのみんなのこと知らないのに、馬鹿にしないで!」

 

 普段から周りとの和や空気を過剰なまでに気にする喜多が、眉を立てて声を張り上げる。

 

「そりゃたしかにリョウ先輩は計画性無くてお金にだらしなくていい加減なところもあるし!

 虹夏先輩も勢い任せの行き当たりばったりで思慮分別に足らないときもあるし!

 後藤さんは奇声や奇行にことかかないし、たまに笑うと大体不気味だし、人の目を見て話してくれないし、虚言癖もあるし、服のセンスとかも死んじゃってるし、ぶっちゃけ明らかに不審者だけど!!!」

「ちょっと待て!俺が想定してたのの数倍酷いんだが!?」

「とにかく!みんなのこと何も知らないくせに馬鹿にしないで!」

 

 そう言って喜多が彩人に突き出したのは

 

「チケット!来月、ライブするから見に来て!それで、彩人くんが間違ってること、証明してみせるから!」

「あ、お、うん」

 

 勢いに飲まれてチケットを受け取り

 

「千五百円!」

「あ、お、うん」

 

 抵抗もできずチケット代を巻き上げられた。

 

 

 

 それから夏休み。

 彩人が所属するバスケ部は都大会でベストエイトまで進み敗退、3年は引退。

 ウィンターカップに向け2年生主導の新体制の下、練習に励む日々が続いた。

 その合間合間、友人伝手に喜多の女子グループと遊びに出かける誘いがなんどかあったが、彩人は夏休み直前の件の気まずさゆえに、部活を理由にそれを避けた。

 部活漬けの日々が過ぎ、夏休みも後半となり、そして―――

 

 

 

 

 

 

「やってる、よな?電気ついてるし」

 

 階段を下り、STARRYの扉を前にしてなお、彩人はまだまごついていた。

 

 台風が来たことで、チケットを買った喜多の友人達は軒並みキャンセルした。

 彩人もそれに倣うかとも思ったが

 

「――悪いこと言っちゃったし、約束したしなあ」

 

 彩人は基本、生真面目な少年だ。勢いに任せてよく知りもしない喜多のバンドの仲間を悪く言ってしまったことを気にしていたし、流される形であるとはいえ、ライブに行くとも約束した。近所住まいでもあり、物理的に行ける以上、行かないという選択肢はなかったのだ。

 だが同時に、生真面目ゆえに今までの人生で縁遠かったライブハウスという物と、ロックに対する悪印象が、押せば開く扉を巨大で分厚い壁に見せていた。

 まごつく彩人の後ろから、別の客がやってきた

 

「あれ~?あの~ひょっとして今日、閉じちゃってますか?」

「あ、いえ!その、やってる、とは思うんですが」

 

 背後からかけられた声に、しどろもどろで答える彩人。

 振り返ってみれば、来たのは20台頃の女だった。キャミソールワンピースの上にスカジャンを羽織った、下駄履きの女。美人ではあるが……

 

(うわ、酒臭っ!)

 

 なんと、まだ昼だというのにかなり飲んでいるのか、アルコールのにおいを漂わせている。

 

 やはりロックやバンドにかかわる人間に碌なやつはいない。

 

 と、思った彩人は、彼がそう思う原因になった彼女の面影を、その女の酒で赤く染まった顔に見出した。

 いや、面影どころではない。

 記憶より大人びてはいるが、目元も、口元も、編み込みしたサイドテールまでもそのままだ。

 

「きくり、姉ちゃん?」

 

 酔っぱらいの女――5年以上会っていなかった従姉の廣井きくりは、

 

「――――?あ、ああああっ!あーくんじゃん!!」

 

 緩んだ笑顔で細めていた目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 STARRYの扉が蹴破られるかのような勢い開かれ、客が二人入ってきた。

 

「ぼっちちゃん!来たよ~!」

 

 と、すっかり出来上がった状態の廣井と、

 

「がっ、ぐ、ぐぇ」

 

 彼女に、首を小脇に抱えられた彩人だ。

 彩人の身長は180㎝近く。それが平均的な体格の廣井にヘッドロックを決められた状態なのは、姿勢的にひたすらキツイ。

 

「あ、お、お姉さんと……?」

「彩人くん!?どうして、っていうか誰!?」

 

 意外な人物の組み合わせに、それぞれと知り合いのぼっちと喜多は疑問符を浮かべる。

 

「え?おまえ、ぼっちちゃん目当てに来たの?あとそれ、誰?」

「あ~ん?そだよ~ぼっちちゃん目当て~。

 あとこれはあーくん!従弟!そこで久々にばったり出会って拾った!

 すっかり背も伸びて逞しくなっちゃって!

 部活なんかやってる?」

「ば、バスケ部で、……は、なせ……」

「ところでセンパイ!打ち上げやるんでしょ!居酒屋もう決めた!?」

「へぶっ」

 

 酔っ払い特有の移り気で、床にポイ捨てされる彩人。

 

「彩人くん、大丈夫?」

「あ、ああ……酷い目に合った」

 

 心配そうに駆け寄る喜多。彩人は首筋をさする。

 喜多はそんな彩人を嬉しさと、そして困惑の混ざった表情で見る。

 

「来て、くれたんだ。ロック嫌いだって言ってたのに……」

「約束したからな。

 それに、証明してくれるんだろ、俺が間違ってるんだって」

「―――うん!」

 

 満面の笑顔で、頷く喜多。

 久々の彼女の笑顔に、彩人もまた笑顔で返してから―――

 

 

(さて―――こいつらが、結束バンドか)

 

 

 改めて、喜多と一緒にいた面々を見る。

 結束バンドの情報を、彩人はほとんど知らない。喜多以外のメンバーで知っているのは後藤と、そしてあとは『リョウ』と『ニジカ』というメンバーの名前だけだ。

 バンドやロックについて否定的な彩人に、喜多は殆どバンドのことをしゃべらなかったし、結束バンド自体が、生まれたてほやほやで、口伝手でもネット上にも情報が落ちていない。

 一応はバンド公式アカウントはSNS大臣の喜多の手で運営されているが、完全に喜多の美容アカと化している。

 彩人が結束バンドのメンツを見るのは、ほぼ初めてだ。

 だが、立ち位置と雰囲気、そしてチラリと佐々木に見せてもらった写真から、彩人は確信した。

 

(こいつが、リョウって奴か)

 

 向かう。

 失礼にならない範囲で、しかし舐められないように。

 口元には笑顔で、だが眉は立て、心は試合でマンツーマンをする時と同じ戦闘態勢。

 彩人は、後藤の側に立っていた彼に言った。

 

「はじめまして。喜多の友達で、あと、後藤のクラスメイトの皆実彩人っていいます

 いつも二人が、世話になってます」

 

 言われた、マッシュルームカットのいかにもバンドをしているといった風体の少年、石塚太吾は思った。

 

(まさかこいつが―――後藤の動画のコメントにあった、バスケ部の彼氏なのか……っ!?)

 

 皆実彩人と石塚太吾。二人の少年の間に、無言の静寂と一触即発の緊張感が満たされた。

 ―――なお、その緊張感と誤解は数分後には解消され、後々まで散々ネタにされることとなるのだが、その時の少年たちには、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

つづく




 実は喜多ちゃんの彼氏が今のところ一番難産だった。
 だって脳内で何度シミュレートしても、喜多ちゃん普通に彼氏作って普通にいちゃつくだけで、一向にお話にならないんだもの。
 楽しんでいただけたら幸いです。


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Chapter12 ろっきんがーると男子達 その1

気付けば男子とは言い難い年齢の奴ら率が高い件


 悪天候でも、STARRYに客が少しずつ集まってきた。山田リョウの婚約者、海野敦もその一人だ。

 春のライブに行けなかった敦は、今度こそはと意気込んで、STARRYの扉をくぐる。

 そこで彼が目にしたのは、床に蹲るリョウの姿だった

 

「リョウさん!?」

 

 それを見た敦は、血相を変えて駆け寄り抱き上げる。

 

「リョウさん、一体何が……」

 

 敦の腕の中、顔を赤くし浅い息をつくリョウは、フロアにいる別の人物を指さした。

 それは高校生と思われる少年―――皆実彩人だった。

 スポーツ刈りの彼は、耳まで真っ赤にした顔を両手で抑え、地面にしゃがみ込みながら

 

「いっそ殺せ」

 

 とうめくように呟いた。

 その声を聴いた瞬間、リョウは

 

「---ぶっ!」

 

 と一瞬耐えた後―――

 

 

 ―――敦は、大声で笑い転げるリョウという、珍しいものを見ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず素っ頓狂なことになってんな、お前のバンド」

 

 ライブの前に瀕死になったリョウに、同じく恥にて瀕死となった彩人という少年。

 そんな混沌としたSTARRYに入ってきたシュンは肩をすくめる。

 

「あ、シュン!来てくれたんだ!」

「おう。流石に客0とかなったら気の毒だからな。来てやったぜ、感謝しろよ」

「ハイハイ、ありがとうございまーす」

 

 憎まれ口のシュンに、同じく憎まれ口を笑顔で言い返す虹夏。

 その顔が、次の瞬間にはまるで小さな子供のような満面の笑みに変わった。

 新たに、STARRYに入ってきた人物を見たからだ。

 

「お兄ちゃん!」

「やあ、虹夏ちゃん。見に来たよ」

 

 それは、彼女の義兄の天海恭弥だった。

 

 

「恭弥、もう飛行機の時間じゃないのか?」

「台風で欠航になったんだ。替えの便は明日」

「ヤッタ!台風様様だね!」

「さっきまで台風で凹んでたくせに現金な奴」

 

 嬉しそうに恭弥の腕に抱き着く虹夏と、肩をすくめる星歌。

 二人に挟まれた恭弥は、シュンのほうを向き

 

「や、シュン君。ひさしぶり。背、伸びたね」

「……ッス」

 

 少し視線をそらして、シュンは答えた。

 

 シュンは、恭弥が苦手だった。厳密には、最近苦手になってきた。

 嫌い、ではない。虹夏ほどではないにしろ、シュンにとっても恭弥は幼い頃から知っている相手で、面倒も見てもらった、兄のような存在だ。好意も敬意もある。

 だからこそ、思春期になり虹夏への思いを自覚した今。その背中の大きさや、向けられる虹夏の表情の違いが、少年のルサンチマンを刺激する。

 しかも、それだけなら嫌うなり疎むなりで済むのだが―――

 

 

「シュン君」

 

 目上に対しては失礼な態度のシュンに、恭弥は気にすることなくいつもの穏やかな笑顔で

 

「いつも虹夏ちゃんのこと、気にかけてくれてありがとう。頼りにしてるよ」

 

 頼りにしている―――兄のように思っている、尊敬する人からかけられた言葉は、少年の自尊心に心地よく響く。だが同時に、その程度で絆されるなという安っぽいプライドや、恭弥に対して子供っぽい態度しか取れない自分へのさらなる劣等感も首をもたげる。

 そんな複雑に矛盾する少年の心は

 

「……ッス」

 

 結局、こんな無愛想な対応として出力されるのみである。

 

「どしたの、シュン。さっきから」

「なんでもねえよ。それより、そろそろ時間だろ、さっさと準備しろよ」

 

 そう言うと、シュンは逃げるように距離を取り、壁に寄りかかってスマホをいじり始める。

 

「なによ、一体……」

「ガキにもいろいろあんだよ。ほら、シュンが言った通り、そろそろ時間だ。早く準備しろ」

 

 星歌に尻を叩かれ、虹夏も楽屋のほうへと向かう。

 

「じゃね、お兄ちゃん!楽しんでってね、頑張るから!」

 

 そう言って立ち去る虹夏と、難しい顔でスマホをいじるシュン。

 

「ったく、二人ともまだまだ子供だな」

「でも、同じ頃の俺たちよりは大人って気もするよ」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 方や怪訝そうに、方や楽しそうに、保護者達は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 結束バンドの出番の直前になって、入ってきた客がいた。

 Exoutの店長の高清水律志だった。

 

「あ、りっくん!」

「きくり?君がこっちに来てるのは珍しいな」

「こいつ、ぼっちちゃん目当てで来たんだと」

「ぼっち、とは?」

「あーほら、お前んとこのバンドの石塚って子が熱上げてる」

「ああ――いじめはよろしくないですよ、伊地知店長」

「いじめじゃねえよ」

 

 などと言い合いながら、星歌ときくり、そして律志は、ステージから離れた一番奥の壁に並んで陣取る。

 

「で?お前は?お前こそ珍しいじゃん」

「春の時の埋め合わせと、あと、石塚が気にしてる後藤という子の演奏に興味がありまして」

「お前もぼっちちゃん目当てかよ」

「あれ~、りっくんもぼっちちゃんに興味があるの?

 だよね~わかる!あの子は上がってくるよね~!よっ!お目が高い!」

「いや、一度も演奏を聞いたことがないからそれはわからんが」

 

 などと大人が話すうちに、ステージが整っていく。

 

 

 

 

 

 

 フロアの真ん中程、所在無げに立つ彩人に、石塚が話しかけていた。

 

「―――じゃあ、後藤は付き合ってるバスケ部とかいないんだな」

「だから知ってる限りだといない、って言ってるだろ。

 つか、お前も後藤のこと知ってるんだよな?ならあの後藤が男と付き合うとか女子みたいな真似できるわけないのはわかるだろ」

「いや、けど後藤って、美人だし、かわいいし、綺麗だし……」

 

 一切の冗談の色を感じさせない石塚の言葉に、彩人は察する

 

(あっ、こいつも頭おかしい人(バンドマン)だ)

 

 後藤といい、再会した従姉(きくり)といい、この石塚という奴といい、どいつもこいつも狂人だ。

 さっき爆笑しくさったリョウとかいうのも、なんかどっかヤバい雰囲気を感じる。

 やはり喜多を説得して、ロックから足を洗わせよう。

 

 と思ったところで、一つ、彩人はちょっと気になっていたことを思い出した。

 

「じゃあ、石塚。結束バンド――っていうか、喜多と後藤って、上手いのか、ギター。特に後藤とか」

 

 謎の弾き語りを耳にしたことはあるが、平素の後藤を見ていると、彼女がギター、それもロックなんてものを弾いている様を想像できない。

 

「喜多さんについては、知らない。ただ初心者ではあるけど、ちゃんとオーディションして通ったらしいし、大丈夫じゃないか?

 後藤については―――ギターは凄く上手いけど、まだライブは、どうだろう」

「どうだろうって、どういうことだよ?」

「そうだな……」

 

 石塚は少し考えて

 

「バスケ部、だったよな」

「ん、ああ」

「例えばさ、ドリブルもできて、シュートも上手い、けれど一度も試合をしたことがない人がいたとして、その人はすぐ選手として起用しても、活躍できるか?」

「あー、なるほど?ずっと一人で練習してたから、他人と合わせることが極端に苦手なのか」

 

 その説明で、彩人の中で、後藤のイメージとギターが、ようやくつながった。

 

「楽器って、楽譜通りに正確に弾くだけじゃないんだな」

「そういうジャンルもあるが、ライブ、特にロックやジャズは違う。

 まあ、実際は聞いてみたほうが早い。――始まるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、ライブが始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1曲目が終わり、ぼっちは焦っていた

 

(このままじゃだめだ……)

 

 1曲目は惨憺たるものだった。

 肩に力が入りすぎた不安定な虹夏のドラム。らしくない、ミスの多いリョウのベース。初心者の喜多は不調のリズム隊に引っ張られ歌もギターも、せっかくの練習をまったく生かせてない。

 ぼっち自身も、みんなに合わせられず、いつもよりももたついた演奏しかできなかった。

 

 (このままじゃだめだ……)

 

 観客は白けている。

 リョウの婚約者の敦さんは、拍手してくれたが、それが却って一層空気を冷やすありさまだ。

 せっかく来てくれた、チケットを買ってきてくれた二人も、残念そうな、裏切られたような顔をしている。

 喜多さんの友達――実は自分のクラスメイトらしいが、覚えてない。だってバスケ部とか、直視したら目玉が蒸発する―――も、白けたような、失望したような顔をしている。

 

 (このままじゃだめだ……でも)

 

 なんとかしたい。けどわからない。

 『何をしていいか』 ではなく 『それをしていいか』 が、わからない。

 ダメで、変で、コミュ障で、プレッシャーに弱くて、臆病で、嘘つきで、そんな自分が、踏み出していいのか、わからない。

 怖くて、ステージの上で立ちすくむぼっち。

 

 

 ―――その時、視線を感じた。

 フロアの真ん中。石塚だ。

 彼の視線に、覚えがあった。

 オーディション前、セッションの時だ。

 

(――次、後藤の番)

 

 無言でくれたパス。

 

(自信、持ってもいいぞ、後藤)

 

 あの日の朝にもらった言葉を、ピックのように握りしめ―――

 

 

(このままじゃ嫌だ!!!)

 

 

 ―――鉄を弾く。

 

 

「―――――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ぼっち・ざ・ろっくが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 MCを切って、突如始まったぼっちのギターソロ。

 客以上に、虹夏達は驚いた。

 それは予定外のことであったからでもあるがそれ以上に

 

(―――ぼっちちゃん、上手い)

 

 音が違う。

 今までの、普段の演奏が、まるで重りや鎖でがんじがらめだったかのように思えるほどに、深く、軽く、鮮やかに、重く。フロアをギターが、ぼっちの演奏が支配する。

 ソロパートが佳境へと差し迫った時だった。

 目が、バンドメンバーたちをとらえた。

 猫背のまま、長い前髪の隙間から。

 昏いブッシュの中から、獲物を狙う虎のような、獰猛な眼光。

 それに追い立てられるように、あるいは強引に引き込まれるように、

 

 

「―――――!」

 

 

 演奏が始まる。

 ぼっちの走り気味のリードに、リズム隊が追うように合わせ、安定した。

 安定したリズムの上に、喜多のギターと歌が乗る。

 ともすれば、他三人の演奏に、喜多が遅れそうになるが

 

(後藤さんが……)

 

 喜多に目を合わせ、喜多を救い上げるようにフォローした。

 

 

 オーディションの日以降、ぼっちは演奏中、積極的にメンバーと目を合わせようとして、失敗してきた。

 目が合うと、合わせるどころか緊張感で、かえって演奏がダメになる始末だった。

 だが、今日は違った。

 必死だ。

 すでに限界いっぱい。どうにかしなくてはという追い詰められた感情が、緊張すらも意識の外に追いやっていた。

 ぼっちが支えてくれることを信じ、喜多はサビまで歌い上げる。

 そして、アウトロのギター。

 ふり絞るように、叩きつけるように繰り出されるぼっちのギターフレーズ。

 追い上げるメンバー。

 

 

 そして―――印象的な残響を残し、2曲目が終わった。

 

 

 当たり前のことだが、観客は増えない。

 いくらいい演奏をしたところで、箱にいる人以上の拍手も、称賛も生じない。だが、

 

「ちょっといいじゃん」

「ね」

 

 少ない観客全員から起こる、称賛の声と拍手。

 その演奏は、確実にその場にいる全員の心をつかんだ。

 

(え?あれ?え、えっ、え?)

 

 さざ波のように寄せられる静かな拍手の中で、ぼっちは混乱していた。

 必死で、ただただ必死で、演奏中のことなど覚えていなく、半ば記憶が飛んだ状態だ。

 縋るように背後、虹夏の方に振り向く。

 その視線に気付いた虹夏が、飛び切りの笑顔でサムズアップをしてきたので

 

「???」

 

 とりあえず、ぼっちもまた親指を立てた。

 

 

 

 

「それでは三曲目―――」

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 




石塚君との練習の分、原作よりちょぴっと成長しているぼっちちゃん という設定。


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Chapter13 ろっきんがーると男子達 その2

当たり前のことだが、登場人物が増えると話が長くなる


 結束バンドの出番が終わり、他の演者の演奏も終わり、撤収作業も一段落した結束バンドおよびSTARRY一行は

 

『かんぱ~い!』

 

 下北沢からほど近い、居酒屋にて祝杯を挙げていた。

 一行の面子は結束バンドの4人と、STARRYスタッフである店長およびPAさん。

 そして……

 

「店長さんの旦那さんの、恭弥さんですよね?」

「はい。いつも星歌と虹夏ちゃんがお世話になってます」

 

 喜多の正面に座った男性、天海恭弥はジョッキを置いて答える。

 彼は人の良さそうな顔に、少し気まずさを感じる笑いながら

 

「えっと、俺、部外者なんですが、なんか混ざっちゃってすみません」

「いえいえ!Tシャツ作っていただいて、ありがとうございます」

「そうだ、お前はバンドの為にきっちり仕事した。遠慮すんな。―――マジで関係ないのについてきた連中もいることだしな」

 

 恭弥の隣でビールを煽っていた星歌は、恭弥と反対隣を見ると

 

「ええ~誰のことですか、せんぱ~い」

 

 と、泥酔する廣井きくりが星歌に抱き着き

 

「その酔っ払いの回収係ですよ、伊地知店長」

 

 きくりと逆サイド、机の一番端に陣取った高清水律志が答えた。

 喜多から見て、見知らぬ大人の男女だ。とりあえず手前、廣井については前情報として

 

「えっと、たしか、彩人くんの従姉の……」

「はーい!誰よりベースを愛する天才ベーシスト!廣井きくりでーす!

 ベースは昨日飲み屋に忘れました。どこの飲み屋かもわかんなーい」

「一瞬で矛盾したんですけど……」

「酒呑童子ならEXoutに届いたぞ」

「マジ!?」

「新宿近辺の飲み屋なら、大体君のことは知れ渡ってるからな。

 何かあったら大体俺の所に連絡が来る。家に置いてるから後でとりに来い」

「助かる~、持つべきものはできる恋人だねえ~」

「え?お二人は付き合ってらっしゃるんですか、ええっと……」

「――Exoutの高清水店長だよ。

 SICKHACKの廣井きくりと恋人同士ってのは結構有名な話」

 

 と、口を挟んだのは、珍しいことにリョウだった

 

「ん?ウチらんこと知ってんの?」

「ハイ!何度かライブに!」

「見る目あるじゃ~ん」

「ありがとうございます!」

 

 目を輝かせてリョウが言うには

 

 ・ 泥酔はあたりまえ

 ・ ステージ上から客に酒を吹きかける

 ・ 泥酔した結果歌詞が飛ぶ

 ・ それをブーイングされたらF〇CKサインと暴言で返す

 ・ 顔面踏まれるのはいい思い出

 

 等々

 

「私ってロックの事、全然知らなかったんですねー」

「知らなくていいかなー」

 

 呆然とする喜多に、苦笑いする虹夏。

 

「ええ~一度来て、体感しなよー。そこの子は特に歓迎するよ~」

 

 一方の廣井は、なぜか喜多に絡みモード。

 なぜかといえば

 

「うちの彩人(あー)くんとイイカンジだったじゃ~ん。

 チケットあげるから今度二人できなよ~」

「えっ!」

 

 と、瞬間的に顔を赤くして固まる喜多と

 

「お?ナニ?彩人くんって、喜多ちゃんがライブに呼んだ男の子だよね?なんかあったんですか?」

 

 猫耳モードになり、話に食い付いてくる虹夏。

 

「なんかライブ終わった後、彩人くんとイチャイチャとさあ~」

「ち、違います!ちょっとお話してただけですっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは小一時間前のことだ。

 

 

 

「悪かった」

 

 結束バンドの出番が終わった後、ステージ袖にて。

 喜多を呼び出した彩人は、まずは素直に謝った。

 直立姿勢からのお辞儀。ものの見事な謝罪の姿勢である。

 ぎょっとする喜多に彩人は

 

「正直、お遊び程度の、なんちゃってバンドだと思って、バカにしてた。

 本当にすまない」

「ちょ、や、か、顔上げてよ!」

「けど……」

「も、もういいからぁ!」

 

 言われて、ゆっくりと顔を上げる、彩人。その表情は、まだ自分の謝罪について、どこか納得してない、といった風だった。

 一方の喜多は、彩人が顔を上げたのを見て一息ついてから、ちょっと気恥ずかしそうに

 

「それで、その、どんなところが良かった?」

「ん、あ、そうだな……」

 

 これは喜多の純粋な興味本位の質問だったが、

 

 (多分、これは謝罪の続きかな)

 

 と、彩人は考え、喜多が納得してくれるような言葉を必死に考える。

 

「っても、俺、音楽とか全然知らないから、あんま大したこと言えないけど。

 ―――なんか、カッコよかった。

 特に後藤!2曲目とか、なんか、とにかくすごかった。

 全身を揺さぶられた感じっていうか、クラスにいる時のアイツと全然違うじゃないか!」

「うん!」

 

 彩人の言葉に、我が意を得たり、という風に頷く喜多。

 彩人もそれを見て、今の自分の答えが正解だと思い、そのまま続ける

 

「あとドラムの人やもう一本のギター、みたいな?」

「リョウ先輩?ベースの事?」

「そう!ベース!

 正直何やってるかよくわかんなかったけど、めっちゃカッコよかった!」

「わかる!立ち居振る舞いからカッコいいよね!」

「ああ、それと――」

 

 と、彩人はライブの興奮を思い出したままの勢いで

 

「それと喜多。お前も、カッコよかったぞ!」

「ぇっ」

 

 突然、自分の話になって凍り付く喜多だったが、彩人はそれに気づかぬまま

 

「ステージの真ん中で歌う姿、すっごい凛々しくて、綺麗だった!

 ライトに照らされてキラキラしてさ!

 いつも通り歌もうまいし!それもギター弾きながらだろ、すげえよ!

 まるでプロの歌手とか、アイドルとかみたいで!

 思わず惚れ―――」

 

 と、そこまで口にしたところで、彩人は自分の口にしていることの内容と、喜多が目の前で顔を真っ赤にしていることを認識する。

 

 まて、今俺は何を口走った。いや、嘘は言っていない。思ったままだ。後ろ暗いことは何もない。

 何もないが、じゃあ同じことを、素面でもう一回喜多に言えるか?

 

(ぅおああああぁっ!何言ってんだ俺ぇっ!)

 

 喜多と同じような色の顔で、そっぽを向く彩人。

 どうしようかと思って話題を探していると、フロア、というかバーカウンターの方から

 

『ぼっちちゃん!そうそう!ビールにウィスキー注いで……はい!ボイラーメーカー完成!

 おめでとう!これで君も立派なバーテンダーだ!』

『は、はい!……ふ、ふふ、カクテル、陽キャパリピのマストアイテム。それを作れた私は、リア充界を支配する力を得た、いわばリア充マスター……』

『何言ってるかわからないけどその通り!ホラ、もっと練習!次はニコラシカを』

『コラッ!!!勝手にメニューにないようなもん作らせんな!ぼっちちゃんも作らない!』

『え~っ!』

『ひ、ひゃい、すみませんでした。陰キャがカクテルとか調子に乗ってすみませんでした。陰キャらしく番茶でも挽いてきます……』

 

 などと聞こえてきた。

 

 甘酸っぱい青春空間から、一瞬で甘酸っぱ(ゲロ臭)い空間に引き込まれた彩人は

 

「あー、っとさ。俺、実は身内にロックバンドしてる奴がいてさ、それがどうしようもない―――」

 

『あ~ん!ビールサーバーに住みた~い!』

 

「―――ホント、どうしようもない女でさ」

「うん。そうみたいね」

「だから、喜多がそうならないかって心配で、つい、よく知りもしないで、喜多の仲間を悪く―――その、本当にすみませんでした!」

「―――わかりました。

 謝罪を受け入れます。だから、もうやめて、元通りになろ!ねっ!そっちの方が私嬉しいかな」

 

 喜多の首をかしげておねだりするような笑顔に、彩人も流石に態度を崩さざるを得なかった。

 

「そっか……そだな!じゃ、仲直りってことで」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

「―――って感じで!別に付き合ってるとか、いい雰囲気だとかそう言うのじゃないですよ!」

「青春じゃん」

「イチャイチャじゃん」

「あ~、失われた輝きがハートを鈍く切り裂く~」

 

 喜多の弁明への感想は、上から星歌、PA、そしてボトルでキープした焼酎をラッパする廣井。

 

「つか、お前ら高校生の癖に色恋的に強者過ぎないか?」

 

 星歌は自分から見て右から順に

 

「リョウは高校生の分際で婚約者持ちだし」

「いぇい」

「喜多ちゃんは元から陽キャでバスケ部のキープくんいるし」

「だからキープとかそう言うのじゃ……!」

「虹夏―――は、おいておいて」

「お姉ちゃん、ちょっと」

「ぼっちちゃんは―――」

 

 と、そういえばずっと静かだな、と思いながら、星歌はテーブルの端、ぼっちと、そして律志がいる方を見ると

 

「―――では、次の質問だ?いいかな、後藤くん」

 

 と、テーブルの上で手を組み、いつものいかめしい面構えをした律志と、

 

「ハイ」

 

 その圧を前に、爆発四散すら許されず、正座で対応をしているぼっちがいた。

 目は虚ろ、口元からは謎の液体を垂らしている。

 

「ギター歴3年ということだが、他に楽器、音楽の経験は?」

「ありません」

「独学ということだが、使用した教材は市販の教本かね」

「ハイ、父の本棚から借りました」

「ストロークに独特の癖、というか技法を感じたがそれはどこで」

「気が付いたら、癖で」

「その癖が身についた切っ掛けのようなものはあったかね?誰かの演奏動画など」

 

 それは完全に圧迫面接だった。

 

 律志自身には、そんなつもりはなかったが、高い上背と低い声、そして直截的な物言いは、周囲に、そしてぼっちに、まるで捕まった犯罪者か捕虜が、尋問を受けているかのような印象を与えていた。

 ぼっちは、思う。

 どうして自分はこんな目に合っているのか?

 居酒屋で真っ白で燃え尽きた状態でギタ男達におめでとうされていたら、目の前にメニューを差し出されたのが切っ掛けだ。

 お礼を言ってメニューを手に取ったら、渡してきたのが見知らぬ怖い印象の男の人で

 

「君が後藤君だね、ライブハウスEXoutの高清水という者だ」

 

 話を聞くと、石塚の知り合いらしい。

 

「今日の演奏、素晴らしかった。良ければ少し、君について聞きたいのだが」

 

 褒められて、少し気を許したのが良くなかった。

 え~、他のライブハウスから引き抜き?それともどこか事務所に紹介?でゅへへへ……

 そんな予想に、承認欲求の魔物がちょっと身じろぎをして

 

「では、いくつか質問に答えてもらう」

 

 始まった瞬間、魔物は一瞬で奥に引っ込んだ。

 

 有り体に言って、尋問だった。

 

 無表情から、ベースのような低音で放たれる、機械的な事実確認。

 ぼっちが人生で体験してきた中でこれに一番近かったのは高校入試の面接だが、試験官である高校教師達が醸し出していた、受験生達が緊張しないように、という気遣いのオーラは残念ながら一切ない。

 出会い頭に爆発四散するなり、塵に還るなりしていればあるいは逃げられたかもしれないが、尋問が始まった今、そんなんで逃げれる雰囲気じゃない。後悔先に立たず。

 

 私が一体なにをした?どんな罪を犯したというのか?

 そうか、ギターソロだ。陰キャの私が陽キャの喜多さんのMCを遮ってギターソロなんてしたのがいけないんだ。

 喜多さんの話をギターの騒音で遮った賞で逮捕されたんだ。そして、今、余罪がないか取り調べを受けているに違いない。

 ああ、もう駄目だ。無期懲役100万年だ。お父さんやお母さん、ふたりやジミヘン、結束バンドのみんな、網走まで面会に来てくれるかな?

 

「ぜ、全部認めますから執行猶予を……」

「回答の意図がつかめない。認める、とは何を対象としてかを……」

「おい」

 

 と流石に見かねた星歌が律志に声をかけようとし、しかしそれより1秒ほど早く、焼酎瓶を片手の廣井が律志の隣にそっとやってきてた。顔を見れば、頬がパンパン。焼酎を口いっぱいに含んでいるようだった。

 廣井はぼっちへの質問に意識が行っていた律志の肩を叩く。

 

「?なんだ、きくり。今、忙し―――」

 

 と、いう、律志の口を、唇でふさいだ。

 

『――――っ!』

 

 ぼっちや星歌含め、全員があっけにとられる中、廣井は『ズキューン!』という植写が見えそうな勢いのキスを敢行。口に含んだ焼酎を、律志の喉に流し込み、そして彼を解放。

 

 

「ッ!ゲホッ!き、きくり!何を―――!」

 

 咽る律志を尻目に、廣井は今度は焼酎瓶をラッパ飲みしてから

 

 ズキューン(2回目)

 

 しかも今度は、焼酎を流し込んだ後、舌を突っ込み10秒ほど攪拌。

 それは、時間稼ぎだった。

 その10秒で律志の胃粘膜から血中へと、アルコールが吸収され。

 

「ぬ……ぐ」

 

 パタリと、意外に軽い音を立て、律志の体は畳の上に倒れ伏した。

 沈黙の中、廣井は袖で酒と二人の唾液の混合物で汚れた口元を拭って

 

「ごめんねぇ、ぼっちちゃん。

 こいつ、悪気があったわけじゃなくってさ。気になることがあると周り見えなくなる癖があるんだよ~。

 酒弱いから、こんだけ酔わせればもうしばらくグデングデンだし、安心していいよ~」

「そんなことしなくても、普通に止めればよかったじゃないか」

 

 照れ半分、ドン引き半分といった風に言う星歌に

 

「無理ですよセンパイ。りっくん、いつもはクールな大人ぶってますけど、気になることがあるとすっごい執着するんですから~」

 

 ケラケラ笑う廣井。

 その様子を見て、頭から煙が上がりそうなほどに混乱した喜多が言う。

 

「私、まだロックの事、全然理解してなかったんですねー」

「うん、ロックやってる女ってみんなこんななんだねー」

「高校卒業しても手を出してこなかったら……やるか」

 

 その両隣、虹夏は数日前のリビングでの遭遇をフラッシュバックさせながら真っ赤な顔でそう言って、逆隣のリョウは静かに決意を固めた。

 なお、至近距離にいたぼっちは、ショック死し、塩の柱となっていた。

 

 

 夜はまだ、これからだ。

 

 

 

 

 つづく




次回でとりあえずファーストライブ編は終わり、になればいいなあ


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Chapter14 ろっきんがーると男子達 その3

 師走ガッデム忙しいが、そんな中でぼざろ本編や二次小説が、ささくれだった心を癒してくれる。


(居酒屋って少し楽しいかも)

 

 注文したマチュピチュ遺跡のミシシッピ(以下略)改めフライドポテトをチマチマ食べながら、ぼっちは思った。

 喜多の注文のオシャレさと自分との落差に当てられてダメージを受けたり、近くのサラリーマン達の身の上話でダメージを受けたり、そこから連想された『バンドが当たらなかった未来の自分』にダメージを受けたりと、それなりにH P(ひとりぽいんと)を削られはしたが

 

(なんも喋ってなくても、なんかみんなの輪の中にいる、って感じがするし)

 

 見れば、大人組は酔いが回り、未成年組もそれに飲まれる感じで、テンション高めに会話が弾んでいた。

 

「PAさんって元はEXoutに勤めてたんですか?」

「あれ?虹夏には言ってなかったっけ?」

「店長が、って紛らわしいか。伊地知さんがSTARRY開く前、マスターの勧めでEXoutでバイトして、そこでライブハウス経営のノウハウを勉強してたのよ。そこに私もいて、引き抜かれたの」

「高清水君とマスターさんには本当にお世話になったよ。ありがとうね。っていうか、大丈夫?お水、飲むかい?」

「あー……ありがとうございます、天海さん」

「お、回復してきたねぇりっくん。もう一発、いく?」

「やめろ。次は本当に帰れなくなる。あー、それで、なんだったか……。

 そう、マスター……オーナーだ。オーナーの紹介で雇ったんだ。オーナーも人が良すぎる。給料払って、勉強の機会を与えて、設立までも世話した挙句、優秀なPAまでつけて送るなど……」

「あれ?私はマスターに『高清水君にお願いされたんだが』って言われたんですけどー?」

「……記憶にない」

「マジかよ……。ちっ、勝手なことしやがって」

「お姉ちゃんも高清水さんも、捻くれてるなあ」

「え?店長も高清水さんも、親切で素敵な人だと思いますけど?」

『頼む、やめてくれ……』

「ヒャヒャヒャヒャッ!いいぞキタちゃーん!センパイとりっくんを浄化しちゃえー!」

 

(うん、いるだけで、リア充になった気になれる)

 

 会話は疲れる。怖い。そもそも出来ない。

 けれども居酒屋なら問題ない。だって喋らなくてもいいんだもの。

 飲み物片手に適当に頷きながら、談笑している人達の近くにいるだけで、それに参加しているって雰囲気になれる。

 居酒屋、凄い。居酒屋、最高。居酒屋 いず マイホーム。

 

 などと、思っている間にも会話は進む。

 

「お姉ちゃん。さっきから話に出てるマスター?オーナー?ってどんな人」

「あん?ああ、Exoutとか、他にもいろんなバーとか喫茶店とか、いろんな箱もってるオーナーがいるんだ」

「オーナー自身はお茶の水でレコードカフェのマスターしてるので、大体はみなマスターと呼んでいる、というわけだ」

「マスター、すっごく格好いいんだよ?ロマンスグレーっていうか、ナイスミドルっていうか」

「ジジ専」

「違います-。私はマスター専ですー」

「にゃはははっ!PAちゃんホントにマスター好きだよねえ」

「ええ、好きですよ?そういう廣井さんだって高清水さんのこと大好きだし、店長だって旦那さんにぞっこんじゃないですか」

「まあねえ~」

「あ、お姉ちゃん照れてる~」

「うっさい」

「俺も星歌にぞっこんだけどね」

「だからうっさい!つか、なんでとうに結婚してる私がいじられんだよ?

 こういうのは、今まさに付き合ってるか、付き合い始めの連中がされるもんだろ。

 喜多ちゃんとか、ほら、ぼっちちゃんとか」

「はぇ?」

 

 油断していたぼっちに、流れ弾が飛んできた。

 ポテトをかじっていたぼっちが反応する間もなく、追撃が入る。

 

「そーいえば……今日も来てたよね、石塚く~ん」

 

 というのは虹夏。幻覚だろうが、頭の上に猫耳が見える。

 

「は、へ、あ、いや、その……」

 

 ぼっちは気づいていなかった。

 陽の輪の近くにいるということは、その重力に捉えられ、いつその中に取り込まれるともしれない、陰キャにとって極めてリスキーな行いであるということを。

 

 

 

 

 

 

 酔っ払いたちに、ぼっちは散々に弄ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

「だって!ダジャレみたいでしょ!来た~行くよ~だなんて!アハハハハッ!」

 

 標的がぼっちから喜多に移り、彼女が下の名前コンプレックスを拗らせてぶっ壊れた頃、ようやく現世に戻ってきたぼっちは、虹夏の姿が見えないことに気付いた。

 

 そういえば、スマホに着信があって、外に出ていたっけか?

 

「ちょっと、トイレ」

 

 少し遅いなと心配したぼっちは、虹夏を探して外に出た。

 探すまでもなく、虹夏は見つかった。

 店の前、出てすぐの所で、まだ通話をしていた。

 

「―――へぇ、珍しいじゃん。シュンがそんな風に素直に褒めるなんて。

 ううん、ありがと。―――じゃ、そろそろ。お休み」

 

 優しげな笑顔でスマホを切り、

 

「ごめん、待たせて。なんかあった?」

「あ、いえ。ただ、結構戻って来ないからちょっと……あ、の、今の、シュンくんから、ですか?」

「うん。めずらしく素直に褒めてたよ、ライブのこと」

「あ、はい、その、よかった、です?」

「ははは、なんだそりゃ」

 

 ぼっちの少しズレた返答に笑う虹夏と、つられて笑うぼっち。

 その二人の間を、ゆっくりとした風が流れる。

 台風一過の晴れた夜空。夏の終わりの夜風には、昼の暑さを感じない。

 

「なんか、もう夏も終わりって感じだねえ」

「そうですね」

 

 居心地の悪くない無言。

 店内から漏れ聞こえる喧騒。

 ライブの疲れもあって頭の芯は重く痺れ、けれど目は冴えている。

 

(酔っぱらうって、こんな感じなのかな?)

 

 ひょっとしたら場の空気に当てられて、実際酔っぱらっていたのかもしれない。

 そのためか、ぼっちは普段なら絶対自分から言わないような話題を口にした。

 

「虹夏ちゃんは、好きな人、とかいるんですか?」

「へ?」

 

 不意打ちの質問に、虹夏は一瞬あっけにとられたような表情をしてから、それに続けて、少し意地悪そうに笑った。

 

「なになに?さっきの仕返し?」

「あ、いいいいえ!その、あの!つい、出来心で、決してそのような……」

「アハハハハッ!いいよいいよ!ぼっちちゃんもそういうの、やっぱ気になるか!女の子だもんね!

 ―――うん、奇行が過ぎて、時々忘れそうになるけど」

 

 自分自身でもなんでそんなこと聞いたのかわからず慌てるぼっちに、虹夏は一瞬、真顔になってから。

 

「そうだなあ……。

 まず、さ。私の初恋ってお兄ちゃん、恭弥さんなんだよね」

「ぇっ?」

 

 衝撃の事実に、一気に妄想の世界に飛びそうになるぼっち。

 それを虹夏がインターセプト。

 

「あーっと!あくまで初恋!幼い日のほろ苦い思い出!って奴だから!

 姉妹が一人の男を争っての愛憎乱れたサスペンスとかじゃないから!」

「そ、そうなんですか。よかった……」

「一瞬でも本気でそんな風に思ったんかーい。

 ……まあ、それでね。そんな流れだから、好みもお兄ちゃんみたいなタイプなわけなのよ」

「は、はあ」

 

 ぼっちは、店長の夫である天海恭弥の人物像を脳内でまとめる。

 そこから考えられる虹夏の理想の男性像は……

 

「大企業に勤めて、外国語とかバリバリ使いながら、世界中を飛び回る……」

「そういうんじゃなくて」

「えっと、じゃあ、その、穏やかで、優しくて、とか?」

「んー、まあ、それもあるけど……」

 

 少し、自分の中の曖昧なイメージを吟味するように悩んでから、虹夏は言った。

 

「できる範囲で全力なところ、かな」

「できる範囲、で?」

「うん。出来る範囲、できる限り、で」

 

 虹夏は、夜の空を眺めながら

 

「確かに、さ。イケメンで、お金持ちで、なんでも叶えてくれる石油王!みたいなカレシがいたらいいな、って思うけどさ。

 けどそれよりも、不器用で、お金持ちじゃなくても、自分でできる範囲で、全力で愛してくれる、そんな人の方が、私は好きかな」

 

 実は、と虹夏はちょっと自慢気に

 

「私、結構告白とかアピールとか、されるんだよねー」

「どぅぇっ!?」

 

 驚くぼっち。だが同時に

 

(そりゃそうだよ!虹夏ちゃんカワイイし!優しいし!お洒落だし!いい匂いするもん!)

 

 と納得する。

 一方の虹夏といえば、自慢げな表情から一転、ヤレヤレといった風な表情に変えて

 

「でもどいつもこいつもダメダメでね~。

 STARRYの手伝いやバンドで忙しい、って雰囲気出すだけで、脈なしだ~ってすぐ手を引くし。

 告白するにしても『試しに』とか『その場のノリで告ってみました~』みたいな、予防線張りまくり。

 男なら全賭け、全力でこーい!って思うわけよ。

 ―――だって、逃げ道作って、言い訳を先に用意して、なんて、自分でできる全力の告白じゃ、ないじゃない?」

 

 本気で告白するなら、そんなものもなく、全力で当たってくるべきだ。

 

「お兄ちゃんはお姉ちゃんに対して、いつも全力だった」

 

 受験や就職で、離れることもあった。

 今も仕事の都合で、すぐそばで支えているわけじゃない。

 星歌の望むことを、全て叶えられたわけじゃなかった。

 でも―――

 

「自分にできる範囲で、お姉ちゃんのためにできることを、全部やってくれてた。

 まあ、たまに無理し過ぎたこともあったみたいだけどね」

「あ、あの……けど、それって、その、なんていうか、かなり」

「わかってるって!あんな大当たり彼氏様がそこら辺に転がってるわけないってくらい!

 けどさ……せめて告白くらいは、できる限り、全身全霊でして欲しいじゃん!」

 

 虹夏は、ちらりとスマホを見て

 

「そうしたら、ちょっとはグラっと来るかもなのにな」

「?あ、あのそれは、どう、いう?」

「なんでもなーい」

 

 その視線と言葉に対するぼっちの問いを、虹夏は笑って遮ってから

 

「それより……人にここまで語らせたんだから、ぼっちちゃんもちょっとくらい教えてよ。

 石塚君の事、どう思ってんの?」

「んぐぅっ!」

「おおっと、奇声や死亡芸で逃げるのはなしだよー。

 ささっ!石塚君の事、どんな風に思ってるのか、お姉さんに言ってみなさい」

 

 距離を詰めてくる虹夏。進退窮まるぼっち。

 

「ぅぅぅぅぅ……っ」

「んんー?」

 

 追い詰められた果てに、ぼっちはついに観念した。

 いつもよりもさらに俯き、猫背になりながら

 

 

 

「わからない、んです」

 

 

 

 本音が口から零れた。

 

「誤魔化す、とかじゃなくて。

 本当に、本当にわからないんです、なにも」

 

 生まれてこの方、ぼっちは狭い人間関係の中で生きてきた。

 両親と、妹と、犬。それが持っていた人間関係のバリエーション。

 幼稚園から中学まで、クラスメイトはクラスメイト以上の存在でなく、友達なんていなかった。恋や恋人などといったものは、物語の中の、架空の概念のようなものだ。

 

「私、コミュ障で、陰キャで、ぼっちで……。

 友達とか、友情だってよくわかんないのに……。

 そんなのに、恋とか言われても、わかんないです、よ……。」

 

 それは、クオリア問題にも似ていた。

 生まれてからずっと、真っ白な部屋で生きてきた人間がいたとする。彼女は『赤いリンゴ』なるものがこの世にあることは聞いていたが、赤という色すら見たことがない。そんな彼女が、赤いリンゴを初めて見た時、それを『赤いリンゴだ』と分かるものだろうか?

 友達や友情すらもまだわからず、家に虹夏と喜多を招くというだけであれだけ空回っていた彼女だ。それが『彼に恋をしているのか』など問われて、どうして答えられるものだろうか?

 

「正直、石塚君が私をどう思って、どうしてこんな良くしてくれるかわからないし……。

 それを、どう思えばいいかも、どう思ってるかも、もう、私自身よくわからなくて……その、わかりま、せん。

 ごめんなさい……」

 

 まるで、授業で教師から簡単な問題を当てられて、けれども一切わからなかった時のような、そんな惨めさをぼっちは感じた。それと同時に、恐怖も。

 つまらないと、思われただろうか?駄目な奴だと、失望されないだろうか?

 虹夏の反応を怯えて待つぼっちに、虹夏は―――軽い感じで言った。

 

「そ。じゃあ、『わからない』でいいんじゃない?」

「――え?」

 

 顔を上げる。そこにはいつもの、明るくて優しい笑顔があった。

 

「『わからない』ならその『わからない』がぼっちちゃんの石塚君に対する本当の気持ちだよ」

「い、いいんでしょうか、それで」

「いいに決まってるよ!だって、ぼっちちゃんがどう思うか、って話でしょ?

 なら、感じるままが正しいよ。正解とか、間違いとか、そんなのない」

 

 石塚君には、ちょっとかわいそうな話かもだけどね、と虹夏は思ったが口にはしなかった。拗れそうだし。

 

「たださ、一つだけ確認。

 その『わからない』は、イヤな『わからない』かな?」

 

 言われて、ぼっちは思い出す。

 石塚と(ぼっちの主観では)初めて会った時の事。

 電車で偶然鉢合わせして、話したこと。

 オーディションの朝のセッション。

 

「……いや、じゃ、ないです」

「そっか。じゃあやっぱ『わからない』のままでいいよ。

 いつか、その『わからない』の名前が分かるようになるまでは、ね」

「……はい。その……ありがとうございます」

 

 少し、胸が軽くなったぼっちは、虹夏に礼を述べた。

 夏の空の下、涼風と、無言と、喧騒が過ぎる。

 居心地のいい空気の中で、虹夏が、思い出したかのように唐突に。

 

 

 

 

「あのさ!今日の演奏見て気づいたんだけど―――ぼっちちゃんがギターヒーロー、なんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち上げが終わり、三々五々に解散となった。

 リョウの迎えに敦が来て、廣井は『二次会だ!』とふらつく律志とまだ飲み足りなかったPAを引っ張り夜の街へ。廣井としては星歌や恭弥を誘いたがったが、恭弥の明日の飛行機が早いことと、虹夏やぼっちを早く帰さなくてはならないことを理由にそれを断った。

 ぼっちは星歌達に駅まで見送られ、そこで別れ、今、電車待ちのホームにいる。

 

「バレたけど、良かった……」

 

 人気のないホームで一人呟く。

 思い出すのは居酒屋の前での虹夏との会話。

 ギターヒーローであることはバレたが、失望されたり、黙っていたことを攻められたりはしなかった。

 それどころか

 

「ぼっち・ざ・ろっく、かぁ」

 

 悪くないフレーズだ、と思った。

 自分のロックを、響かせる。それを良しとしてくれる人がいる。

 自分のロックを、自分のありのままの感情を―――

 

「『わからない』でもいい、か」

 

 最近の自分を悩ませていた、石塚への感情。

 まだ名前も知らない、よくわからないこの感情も、しばらくはこのままで、ありのままでいいのだろう。

 

「――あ、石塚君からロイン入ってる」

 

 スマホを見ると、ちょうど彼からのメッセージが入っていた。

 演奏の後、いつの間にか消えてしまった石塚。

 

(なんか用事でもあったのかな?―――演奏がダメ過ぎて失望して帰ったとかじゃないよ、ね。うん、そんなことないよね!)

 

 少しビビりながらロインを開くと、そこにはライブへの好意的な感想。

 1曲目に関しては励まし中心。最初だし、出だしに躓くことはあるというフォロー。

 2曲目のリカバリーと3曲目については、控え目な言葉ながらも、絶賛の内容。

 

「くふっ、うへへへ」

 

 1分前までビビっていたぼっちが、すぐ鼻を高くしてご機嫌になる。

 やっぱり石塚君は良い人だ。褒めてくれるし、親切だし、優しいし、話聞いてくれるし……

 

「話……」

 

 一人のホーム。静かな夜。

 普段のぼっちなら何も思わなかっただろう。

 だが、ついさっきまで居酒屋での打ち上げの中にいた彼女には、普段よりもずっと寂しく感じられた。

 なので、

 

「ちょっと『わからない』まま、ロールしてもイイよね」

 

 彼女をスマホを起動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし』

「あ、ああの、ご、後藤、です」

『ああ、うん。こんばんわ。その――何か用?』

「あ、その、用、って程では。なんといいますか……その、声が聴きたくて」

『――――』

「すすすすみません!なんか迷惑っていうか、キモいですよね!良く知らない相手なのに!なんか、本当に!い、今から切腹してお詫びを……!」

『いや、別に、迷惑とかじゃ、ない。……えっと、罰ゲームか、何かか?打ち上げの余興とかで』

「あ、いえ、打ち上げは終わって、今、帰りで、電車待ってて……。その、ひ、暇だったので。ご、ご迷惑だったでしょうか?」

『いや、俺も暇だったから。新幹線乗ってて』

「新幹線?あ、あの、どこに?」

『秋田。鬼フェスって知ってる?そこで明日、出番なんだ』

「あ、し、知ってます。東北で開かれる大きなフェスだって。その、凄いですね」

『そう、知ってるのか。そっか。その、良かった』

「―――それに比べて、10人くらいしかお客さんがいないライブで盛り上がってる私なんて……」

『……そんなこと、言うなよ』

「……?石塚君」

『俺は、良かったと思う。あのライブ。

 特に2曲目のギターソロ。痺れた。聴けて、あのライブのあの瞬間にいれて、本当に良かったと思ったんだ。だから、そんな風に、言わないでくれよ』

「あ、そ、そのごめ――――ありがとう、ございます」

『ん』

「あ、あっ!電車、来ました!切りますね!」

『そうか。その、気を付けて。じゃあ』

「じゃ、じゃあ、また!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 人のまばらな、終電間際の電車。

 ぼっちは、まるで全力疾走でもしたかのように荒い息をついて、座席に座る。

 手には、通話終了したばかりのスマホ。

 通話時間は一分足らずだが、ひょっとしたらライブより疲れたかもしれない。

 胸の中では心臓はバクバクとビートを刻み、頭の中ではあの『わからない』感情がぐるぐる巡っている。

 

(けど、なんか、イヤじゃないな)

 

 窓から月が見えた。

 夏の夜の、少し歪んだ月。

 

(石塚君も、見てるのかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の石塚は、月を見ていなかった。

 新幹線のデッキで、壁にもたれかかりながら、

 

「―――驚かすなよ。わかってやってるんじゃないよな、後藤」

 

 スマホを握りしめ、真っ赤な顔で呟いた。

 月など見るほどの、余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 つづく




ファーストライブ編終了!
次は文化祭編だがどうすすめるか。
アニメ版を見ながらちょっと考えるので、少し投稿に間が空きます。


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Chapter15 ろっきんがーると男子達 Extra

前に『ファーストライブ編終了!』とか『少し投稿に間が空きます』とか言ったな。
ありゃ嘘だ。
本編にどうしても組み込めなかった、かといって独立させるには少なかった端材の再編集です。どうぞ


海野敦と山田リョウ

 

 

 リョウは敦と夜の街を歩いていた。

 

「向こうに車を停めてます」

 

 打ち上げが終わり解散した後、少し遠めのコインパーキングへ向かう。

 

「路駐でよかったじゃん」

「違反はとられたくないので」

 

 相変わらず生真面目だ、とリョウは思う。

 

「打ち上げ、楽しかったですか」

「うん。廣井さんとも話せてよかった」

「廣井さん……ああ、SICKHACKの?お酒の人?」

「そう。店長の後輩なんだって」

「世間は狭いですね」

 

 取り留めない会話をしながら、繁華街を行く。

 ライブの感想や、打ち上げでのこと。

 歩いているうちに、ライブや打ち上げでの、酔いのような高揚感が夜風に溶けていくのが、リョウには感じられた。

 

 駐車場は通りから少し離れたところだった。

 人通りのないコインパーキング。

 

「ちょっと待っててくださいね。清算を―――」

 

 敦が後部座席を開けた時だった。

 

 

 背後から、リョウが抱き着いてきた。

 

 

 たまにこういう時がある。二人きりの時、誰もいない時、リョウが敦の背に抱き着いてくることが。

 パターンは2つ。一つはいたずら。もう一つは、何かがあって感情の整理がつかない時。

 

 こういう時、敦は何も言わずに待つ。今回もそうした。

 

 誰もいないパーキング。街灯の明かりがわずかに届く中。

 

 ぽつりと、リョウが零した。

 

「また、終わっちゃうのかと、思った」

「何がですか?」

「一曲目」

 

 ライブの事だろう。1曲目、音楽について敦は詳しくない。リョウに付き合って聞くだけ程度だ。その敦にも分かるほどリョウの演奏は精彩を欠いていた。

 

「郁代と、みんなそろってのライブで、大失敗して。このまま解散しちゃうんじゃないかって……」

「怖かったんですか?」

 

 無言。抱き着く腕の力が強くなる。

 

「2曲目からは、ちゃんとできたじゃないですか」

「あれはぼっちが頑張ってくれたから」

 

 衝撃的なギターソロからの2曲目。それによってリョウも調子を取り戻し、最終的にライブは成功した。だが―――

 

「私がしなくちゃいけない役目だった」

 

 あのバンドの中で一番上手い。リョウにはその自覚があった。

 リズム隊として、バンド経験者として、

 

「私がみんなを引っ張って、守ってやらないといけなかった」

 

 ところが蓋を開けてみれば、この有様。

 

「情けなかった」

 

 虹夏や郁代に不安にさせて、

 

「悔しかった」

 

 ぼっちに無理させて、

 

「怖かった」

 

 あのままだったら、ぼっちが何とかしてくれなかったら。

 郁代も、虹夏も、ぼっちも、バンドや音楽を辞めてしまってたかもしれない。また居場所を、自分の音楽をなくしていたかもしれない。

 ライブの成功の高揚感が薄れた今、忘れていた恐怖が思い出されて、どうしようもなかった。

 

 リョウの吐息とかすかな震えを感じながら、敦はただただ、黙っていた。

 

 自分にはそれしかできないから。

 そして、自分にはそれができるから。

 

 何分かして、敦の背中から、リョウの体温が離れた。

 

「もう、大丈夫ですか?」

「―――ん、ありがと」

 

 いつもの表情のリョウがいた。

 

 まだ胸の内には、何か感情が渦巻いているのかもしれない。だが、敦はそれを聞かない。

 言いたいことや、辛いこと、耐えられないことがあったら、またああやって吐露してくれる。それを信じて寄り添うことが、自分の役目だ。

 

 開きっぱなしにしていた車のドアを、リョウはするりと潜り、席に着く。

 敦は車を出した。

 路地から大通に。バックミラーを見れば、そこには頬杖をつき窓の外を眺めるリョウ。

 頬が普段より赤く見えるのは、照れているのか、気のせいか。

 独り言のように、彼女は言う。

 

「夏は、もっとたくさん練習する」

「頑張ってください」

「今度はちゃんと守れるようにする」

「バンドのお父さん役なんですね、リョウさんは」

「うん。虹夏は私の嫁」

「では喜多さんや後藤さんは娘ですか?」

「いや、ぼっちはペットのツチノコ」

「かわいらしいツチノコですね」

「しかもお金も貸してくれる」

「リョウさん、お金はちゃんと返しましょ?ね?」

 

 取り留めない会話をしながら、車は夜の街を走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

高清水律志と廣井きくり

 

 

 

「よいっ……っしょ!ほら!ついたよりっくん」

「ぬ、あ、すまん」

 

 夜半過ぎ。

 律志の自宅であるマンションに廣井と、彼女に支えられた状態の律志がたどり着いた。

 

 

 星歌達と分かれた後、二次会と称して2軒目に向かった律志と廣井、そしてPAの3人。

 当初、律志は飲むつもりはなかった。自分の酒量の限界はわかっていたし、飲むにしても薄目のハイボールで唇を濡らす程度にして、泥酔するであろう廣井の面倒を見るつもりだった。

 

「あら!律志ちゃんじゃない!飲み歩きなんて珍しいわね!」

「あっ!銀ちゃん!」

 

 偶然にも、入った店に知り合いがいた。

 新宿FOLTの店長、吉田銀次郎だ。彼(もしくは彼女)もライブの打ち上げだった。

 当然の如く合流。先ほどまでの結束バンドの打ち上げとは違い、こちらは成人バンドグループ達の、対バン打ち上げ。当然の如くアルコールマシマシ。

 

「律志ちゃんが飲むなんて珍しいじゃない!」

「まあ、多少は」

 

 盃を勧められ、律志は受けた。テキーラベースの濃いめであった。

 普段の律志ならば、自分の限界量を鑑み謝辞するところではあったが、悪条件が重なった。

 まず相手が、吉田店長だった点。律志にとって銀次郎は何かにつけて世話になった店長としての先輩である。さらにはEXoutから”卒業”したバンド達の次のステップであるFOLTの店長だ。酒を勧められれば断りにくい。

 また律志自身酔っぱらっており、自身の限界を見誤っていたし、銀次郎という自分以外の廣井の保護者がいることから、万が一自分がつぶれても大丈夫、という気の緩みもあった。

 おまけに銀次郎も酔っていた。普段の銀次郎は相手に酒を無理強いするようなことはしない。だが、彼(彼女)もまた酔っぱらっていた上に、律志が普段酒を飲まない男であるが故、律志の強面な外見もあり『バーボンくらいカパカパ開けるでしょ』という思い込みがあった。

 結果として、

 

「ぬふぅ」

 

 高清水律志は、飲み屋の床に沈んだのだった。

 

 

 

 

 

 

「私がしっかりしてて、りっくんがデロデロとか、珍しいこともあるもんだねえ」

「……不覚だ……」

「ほら、水分を摂取しろ~」

 

 普段と逆の立場で、律志の真似をしてミネラルウォーターのボトルを差し出す廣井。

 律志は黙って受け取り口をつける。

 

「お~!会いたかったよ~!私の半身!スーパーウルトラ酒呑童子EXぅぅっ!」

 

 一息ついた律志は、再会した愛ベースに抱き着く廣井を眺めていた。

 その視線に気づいた廣井は

 

「ん、どうしたの?まさかベースに嫉妬」

「……ふっ、そうかもな」

「お、なんかご機嫌だね。いいことでもあった」

「そうだな。君が目にかけているというバンドも見れたし、久しぶりに天海さんや伊地知店長、あとPA……ああ、名前をド忘れしたな。いかん。まあ、とにかく、懐かしい顔とも飲めた。

 それに、一つ重要な知見を得た」

「ちけん?」

 

 首をかしげる廣井。それを無言で手招く律志。

 無防備に近づいてきた廣井を

 

「ぅわっ」

 

 律志は手を引き、押し倒した。

 

「いてっ!ちょ、な、何?」

 

 律志には珍しい粗野な仕草。

 押し付けるように重ねられた手。熱い吐息に混ざる酒気と、袖口から薫るシトラス系のコロンの香り。

 いつも顰め面をした恋人の、普段と違う抜けた表情と潤んだ眼に、廣井は妙な色気を感じた。

 

「―――りっくん?」

「シンプルな、三段論法だ」

 

 戸惑う廣井を無視するように、律志は言う。

 

「大前提として、君は面倒見がいい。SIDEROSの子達の時もそうだが、今回の結束バンド、特に後藤君に対しては顕著だった。目下の者、保護対象がいると、君はそれを保護するように動く。美徳だ」

「あ、うん。そ、そうかな?あ、ありがと?」

 

 押し倒され、急に褒められ混乱する廣井。拘束を解かず、律志は続ける。

 

「小前提として、アルコール・飲酒は妊婦、胎児に対して悪影響を与える。これはあらゆる研究から明らかになっている事実だ」

 

 おっと雲行きが怪しいぞ。抜け出そうとする廣井。しかし律志は拘束を解かず、結論に至る。

 

「結論として―――君を妊娠させれば、胎児の為に君は飲酒をやめる」

「りっくん!?」

「うむ。完璧な三段論法だ。美しい」

「妊娠断酒法なんて聞いたことないんだけど!?」

「俺もだ。人類初だろう。素晴らしい知見だ」

 

 覆いかぶさった律志の体が、ゆっくりと迫ってくる。

 

「ま、待て待て待って!たんま!ちょっとたんま!」

「愛している、きくり」

「わ、分かった!分かったから!せめて明るい家族計画を!」

「大丈夫だ。これは明確な計画性に基づいた生殖行為だ」

「そういう意味じゃ……んひゅぃっ!」

 

 律志が廣井の首筋に顔をうずめる。

 首筋へのキス。濡れた感触と、吸われる痛み。

 貪られる被征服感と、愛される、奉仕されることによる充足感。

 

「ぁ……ぅぅっ!りっくん……!律志、くん……!」

 

 最初のキスが終わる。浅い息をつきながら、律志の体を押しとどめるように、あるいは抱き留めるようにして、廣井は言う。

 

「い、いやぁ、こんな、お酒の勢いとかで……!」

 

 涙声で言う廣井に、律志は応えず、ただ首筋に顔をうずめているだけだ。

 

 

 数秒経ち……

 

   十数秒経ち……

 

     数十秒経ち……

 

 

「―――りっくん?」

 

 答えはない。

 

「……寝てる?」

 

 赤みの抜けてない顔で、呆然と呟く廣井。

 急速に、表情から熱が抜ける。

 冷徹さすら感じる目で、廣井は律志の体の下から抜ける。律志に起きる気配はない。

 廣井は律志の鼻をつまんでみた。

 

「―――っ!っが!……ふごっ」

「……ぷっ、本気で寝てるし」

 

 しばらく楽しんでから廣井は律志の鼻を解放した。

 それだけやっても起きる気配はない。完全に寝入ったようだ。

 廣井は数口分ほど残っていたミネラルウォーターの瓶を手にして一気に飲み干す。

 それから、ベットから持ってきたタオルケットを律志にかけてやり、ベースを背負い広告の裏に一筆。

 

『帰る。鍵はポスト。お酒はほどほどにね~♪ きくり』

 

 そして、

 

「次、素面で言ってくれたら、考えたげる」

 

 眠りこける愛しの恋人の耳元に、そんなつぶやきとキスを残して、彼女は部屋を出て行ったのだった。

 

 

 

 

 

マスターとPA

 

 

 

 

 お茶の水に、隠れ家のようなレコードバーがある。

 昼はレコード喫茶、夜はバーという経営形態のそこは、知る人ぞ知る名店だ。

 レコードや設備のセンス、コーヒーやカクテル、軽食の美味さ、雰囲気の良さなどもあるが、一番の理由は客層と、マスター自身。

 ライブハウスの店主や楽器店経営者、他音楽関係者が多く集まり、マスター自身もいくつもの箱を持つオーナーだ。

 自然と、その客層は中高年が中心になる。

 そんな中に、少し珍しい来客があった。

 僅かにパンク系のニュアンスが入ったメイクの若い女性だ。

 慣れた様子で店に入ってきたのは、STARRYのPAだった。

 グラスを磨いていたマスターが彼女を迎える。

 

「やあ、久しぶり、カウンターにどうぞ」

「ありがと、マスター」

 

 ほろ酔い気分の彼女はカウンター、マスターの正面近くに座る。

 時刻は日付が変わってしばらくしてから。

 そろそろ店じまいの頃で、客足も大分遠のいている。

 

「紅茶と、あとエルビス」

「ブランデーは」

「今日はいいかな。ちょっと飲み過ぎたし」

 

 注文し、ほどなく出てきたのは、上品なアッサムと、サンドイッチ。ピーナッツバターとバターが塗られたパンにベーコンとバナナを挟んだもの。この店の名物であり、酔客がシメとして頼むことも多い一品だった。

 

「今日、STARRYで新人のバイトの子達の打ち上げだったんですけど、高清水さんと廣井さんもいたんですよ」

「そう。高清水君は元気だったかい?」

「ええ。廣井さんと仲良さそう……って、マスター、EXoutのオーナーですよね?会ってないんですか?」

「彼はしっかり者だからね。放っておいてもちゃんとやってくれるので、つい……」

「もー……マスターって、マメなのかズボラなのかわからないですよね」

「リズムだよ。時に強く(フォルテッシモ)、時に弱く(ピアニッシモ)。でないと長くは続かない」

 

 そう言いながら、マスターはレコードをかける。

 リズム&ブルース。半世紀以上前、ロックの誕生前夜という時期の一曲だ。

 

 最高のサンドで程よく満ちた腹。頭の中に残る酔いと、レコード特有の音色間を漂いながら、紅茶を楽しむ至福の時間。

 

「ねぇマスター」

「ん?」

「伊地知店長、今日、旦那さんも一緒だったんです。海外に単身赴任だって聞いて心配してたんですが、凄く仲良さそうで、幸せそうでした」

「そうかい」

「高清水さんも、廣井さんとイチャイチャしてもう。ま、高清水さんは認めないでしょうけど」

「彼は根が素直なくせに、捻くれてるからね」

「羨ましいなあ」

「君も探せばいいさ。振り向いて流し目の一つでもくれてやれば、どんな男もイチコロさ」

「目の前に、それが効かない魅力的な男性がいるんですけどー」

「こんなおじさんに何を言ってるんだか」

 

 肩を竦めるマスター。そんなつれない彼に、彼女は頬杖をつきながら

 

「覚えてますか?昔、私がマスターに告白した時のこと。

 言いましたよね『10年したら考えてあげるよ、お嬢さん』って」

「ああ、そんなこと言ったかな」

「言いました。それでですね―――」

 

 大人になったかつての少女は、言われた通りの流し目を向けて

 

「あと2年で、10年ですよ。マスター」

「……困ったもんだ」

 

 サウンドが、緩やかに続いていた。

 

 

つづく




今度こそ文化祭編のアニメ版を見て、次の展開を考えようと思います。
あと少々年末進行で立て込むので。


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夏休み編
Chapter16 大河内頼光と大槻ヨヨコ その1


違うんだ。本当は数日置くつもりだったんだ。
だがTwitterで流れてきたヨヨコ先輩アニメ版の映像見たらいつの間にか出来上がってたんだ。


 大槻ヨヨコにとって、大河内頼光は見る価値もない、取るに足らない存在だった。そのはずだった。

 

「ども~!関西は兵庫から来ました、大河内頼光いいます~!

 とりあえず、ロックで行けるとこまで行こ、ってのを目標としてます!

 あんじょうよろしゅうお願いします!」

 

 出会ったのは2年前だ。

 自分より1年ほど遅れて活動を始めた、自分より1つ年上の男。

 声もガタイも大きく、性格も明るく、人当たりも良い。一見するとがさつで無思慮に見えるが、意外と察しが良く気も使える。

 

 頼光が拠点としているライブハウスはEXout。新宿FOLTとはほど近く、店長同士の付き合いや、FOLTの顔でもあるSICKHACKの廣井きくりとEXout店長と関係もあり、人の出入りも多い。

 あっという間に頼光はFOLTにも馴染み、スタッフや廣井を始めとする他のバンドマン達とも仲良くなっていた。

 人見知りが激しく、バンドメンバーとすらギクシャクしている彼女とは正反対。

 正直言って、ムカついた。

 

「フンッ、バンドマンに大事なのは演奏の腕前の方よ」

 

 そう思って、彼女は顔を背けて練習と活動に打ち込んだ。

 顔を背けながらも、頼光の動向は耳に入ってきた。

 

 頼光のポジションはギターボーカル。

 ギターは高校になってからの初心者で、はっきり言って下手。

 だが歌は抜群にうまいらしい。なんでもデカい寺の生まれで、読経をしてたから発声は凄く良いのだとか。

 まずは高校の同級生一人と組んで、ギター2本でコピーバンドから始め、その内どこからともなくドラムとベースを拾ってきて、正式にバンド結成。

 

「『Irrational/Numbers』だって。りっくんが名付け親なんだ~』

 

 姐さんと慕う廣井きくりから、結成の報を聞いたのは冬の初め。

 それから本格的にバンドとして始動した頼光の活動を聞いて―――彼女は怒りを覚えた。

 

 

 

 典型的な、コミックバンド路線だった。

 

 

 

 Irrational/Numbers、イレナンのメンバーが、とにかく濃かった。

 

 アフリカ系移民の2世。外見はいかにもロックやヒップホップやってそうなガタイの良い黒人男性なのに、その実態はアキバ系オタクのギタリスト、ジョージ・モリスこと森須(もりす)定治(さだはる)。普段の一人称は拙者で、陽キャに囲まれると『日本語が不自由な外人』の物真似で逃げようとする。

 高校生モデルとしてファッション誌の紙面を度々飾る美形だが、言動がナルシズムを越えてキモチ悪いにまで至っている変人ベーシスト、百澤(ももざわ)綺斗(きらと)。通称キモザワ。ステージ上で最終的に上半身裸になる。

 そして、全く喋らないくせに悪ふざけが好きな、変人美形の内、視覚的に静かだが音的にうるさいドラム。(すえ)士則(あきのり)

 

「あの子達、ステージに乗せて適当に喋らせてるだけでも面白いわよね~」

 

 FOLT店長の吉田の言う通り、彼らは前座の盛り上げ役として丁度良かった。

 数曲適当にメジャー曲を披露し、フリートークでつないで場を盛り上げる。そんな役割。

 

 あんたはこんなのでいいのか?

 こんなの、お笑い芸人じゃないか!

 ロックで行けるとこまで行くんじゃなかったの!?

 

 珍しく、というかほとんど初めて話しかけた。ケンカ腰に、詰るように。

 頼光はそれをどこ吹く風と、肩を竦め

 

「まだ期やない。それだけのことや」

 

 それを聞いて、怒りが失望に変わった。

 

「結局、遊び半分、ガチじゃなかったってことね。行くところまで行く、とか言ってたくせに」

 

 まだチャンスじゃない。機会があったら。充電期間。

 どれもこれも、やらない奴の言い訳だ。一番を、上を目指さない奴が立ち止まり、挑まない自分を慰めるための言葉だ。

 大河内頼光は、障害足り得ない。ライバル足り得ない。―――仲間、足り得ない。

 そう判断して、彼女は彼を、意識から切り捨てた。

 

 

 

 頼光の存在を彼女が再び意識したのは、それから半年後、夏になってからだ。

 Irrational/Numbersが、本当の意味で活動を開始した。

 

 切っ掛けは5人目のメンバー、石塚太吾の加入だった。

 中学生キーボーダー。西東京から神奈川にかけての路上演奏で、そこそこ名前が知られつつあった彼の加入を切っ掛けに、イレナンはオリジナル曲の演奏を中心に据え始めた。

 次々と発表する新曲。

 前座を重ねたコネを利用した高頻度のライブ出演と、動画投稿サイトやSNSを駆使したプロモーション。

 無謀ともいえる大ステージや対バンへの参加。ライブを繰り返す度に、勝利と善戦を積み上げ、演奏は厚みと深みを増していく。

 

 彼女が彼らに感じるものは、夏の頃には追い上げられるプレッシャーだったが、秋にはあっさり並ばれたショックとなり、冬には後塵を拝する悔しさとなった。

 思い返せば、その時のショックやストレスが、当時のメンバーの離脱・解散の原因だったのかもしれない。

 彼女が気を取り直し、今のメンバーをそろえ活動を再開した頃、その新しいバンドメンバーからこんな話を聞いた。

 

「イレナン、未確認ライオットっていう企画にエントリーするらしいっすよ?」

 

 10代限定のロックフェス兼コンテスト。いくつかの審査の上、最後にフェス形式での審査を行い、グランプリを決定する。

 

 彼女はエントリーしなかった。

 今のメンバーで活動し始めてまだ数か月。エントリーが4月。実力的に無理な挑戦だとは思わなかったが、知名度が足らない。

 

 彼女が新生したバンドと地道に活動を重ねるうちに季節は巡る。

 その間にイレナンは危なげなく予備審査を通過。フェスに臨むこととなった。

 

「見に来てくれへんか?」

 

 フェスの前日、珍しく頼光が話しかけてきた。

 

「……なによ。いまだに伸び悩んでる私達に、晴れ舞台の自分ら見せてマウントとろう、ってわけ?」

「そんなんちゃうて!ただ、ずっと見ててくれたやん」

「見たことなんてないわよ、あんたのライブなんて」

「『行けるところまで行く』」

 

 それは、かつて頼光が言った言葉で、ヨヨコが問い返した言葉。

 

「メンバー以外で、あの言葉を聞いて、覚えてくれてて、怒るくらい真剣に受け止めてくれたんは、見ててくれたんはヨヨコちゃんだけやねん。

 せやからこの晴れ舞台、見に来て欲しいんよ」

 

 そう言って頼光は彼女に、チケットを押し付けて去っていった。

 顔が少し熱かった。

 

 

 ライブ審査当日。彼女はフェスの会場にいた。

 

「あ、ヨヨコ先輩も来たんですね」

 

 バンドメンバーも頼光に呼ばれたらしい。

 

「なんか、メンバーの石塚君が誘おうと思った子らがいたらしいんですが、初ライブの準備がどうたらで、結局遠慮して誘えず、チケットが浮いたみたいで」

「ふーん」

 

 あのナンパ野郎。余ったチケットを口から出まかせで押し付けたのか!?

 いや、けどそれはこの子達だけで、私のは別かも?いや、けど、どうだろう?

 

 などとヤキモキしていると、イレナンの出番が始まった。

 

 

 

 

 

 

 圧巻だった。

 

 動画で彼らの演奏は聞いていた。上手いとは思っていた。

 しかし、ライブではさらに数段上だった。

 普段の奇矯な振る舞いからは考えられない、安定感のあるベース。パワフルさと繊細さを兼ね備え、演奏を支えるドラム。精密かつ大胆なリードギターと、変幻自在なキーボード。

 そして、それらの楽器に支えられ、まとめ、率いる頼光の歌唱とギター。

 特に歌だ。

 まるでライブの観客一人一人に訴え、叫び、語り掛けるように感じられたそれは、技術か天性か。

 頼光の歌に伴いギターとキーボードが奏でられ、ベースとドラムがリズムを作るという、通常とは逆の、しかしイレナン独自のスタイル。

 ただ一曲で会場は熱狂に包まれ、その中に、彼女もいた。

 

 

 

 

「―――みんなも感じたと思う。こいつらはモノが違う!他のバンド達もすげぇ良かった!熱演だった!だが、そんなお前らも納得してくれるだろう!?こいつらなら、仕方ねえって!

 ―――グランプリは!Irrational/Numbeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeers!!!」

 

 

 

 

 祝勝会は、FOLTで開かれた。

 

「所詮泡銭!ぱーっと使うが作法やで!」

 

 などと言いつつ未確認ライオット優勝ライブと銘打って、チケット代を徴収して費用のほとんどを回収していた。抜け目のない男だ、と彼女は思った。

 

「……ま、歌は悪くはなかったわよ。相変わらずギターは下っ手くそだけど」

「たはー、相変わらず厳しいなあ」

「それと……」

 

 と、彼女が続けようとした時だ。

 

「ライコウ!来てくれたまえ!例のレーベルの人が来ている。話があるそうだよ!」

 

 ワイシャツの前をはだけさせてポージングした半裸の声が、それを遮った。

 声をかけてきたのはベースの百澤だ。ちなみに彼がどこぞのぼっちが想像する陽キャパリピ染みた所作をするのは、祝勝会テンション故ではなく、平素からである。

 

「おう?ちょっと待ってや!―――ヨヨコちゃん、それと、なんや?」

「なんでもない。それより、レコード会社の人なんでしょ、早く行きなさいよ」

「せやけど……」

「いいから!!」

 

 尻を蹴り飛ばす勢いで頼光を送り出す。

 全く、大きなチャンスになるかもしれない話なのに、知り合いとの雑談を優先しようとするとか、なんといい加減な男だろう。それともグランプリを取って増長しているのか?

 

「こんなところが全盛期とか、赦さないわよ。あんたは、私の目標なんだから」

 

 目標。そう、目標だ。

 今日のフェスで、魅了された。そして思い知らされた。並ばれた、でも、先に行かれた、でもない。完全に格上だと、認識してしまった。

 だが、同時にこうも思った。

 

 私も、あそこに行ける。

 

 今は無理でも努力を重ねれば、この道を進んでいけば、その先に彼らがいる。彼らに追いつき、競い、いずれ勝つことも可能である。

 

 廣井らSICK HACKのような、年齢層もジャンルも違う、敬う先達ではない。

 遠いが、しかし追いつき、乗り越えられると思える具体的な目指すべき指標。

 だからこそ、こんなところで立ち止まらずに、もっと先へ、進むべき道を示して欲しいのだ。

 そしていつかその遠い背中に追いついて……

 

「いつか、私たちのステージで魅了し返してやるわ。覚えてなさい」

 

 言いそびれた言葉を一人呟き、そっとその場を離れようとした彼女の耳に、頼光の、無駄にデカい声が届いた。

 

「あー、すんません。ちょっとそのお話、待ってもらえますか?

 実家継ぐ関係で、イレナン、今年で終了するかもしれへんので」

 

 大槻ヨヨコは、持っていたグラスを取り落した。

 

 

つづく




次回も頼光とヨヨコ編です。これはなるべく近いうちに。
というか、ほぼほぼ捏造かつオリキャラ話なんだが、二次創作としてこれでいいのだろうか?


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Chapter17 大河内頼光と大槻ヨヨコ その2

やたら長くなったが、どうにかできました


 Irrational/Numbersのリーダー、大河内頼光。

 関西出身。根明のお調子者のギターボーカル。しかしそのイメージと裏腹に、その生活はストイックだ。

 起床は朝四時。実家である寺での生活そのままである。

 

「最初実家出たときは、夜ふかしとかしたろ!って思ってたんやけど……夜起きてても、することあらへんやん」

 

 練習用にスタジオを押さえるにしても朝の方が都合がよかった。バイトで仲良くなったスタジオ主から 『掃除してくれるなら』 という条件で、開店前に特別に貸してもらえたりするからだ。

 それに引きずられ、イレナンの他のメンバーも

 

「イヤでござる!拙者!リアタイ視聴を諦めるのはイヤでござる!」

 

 と、抵抗していたジョージが

 

「夜明けのコーヒーと共に摂取する録画した今期の俺の嫁(推しキャラ)はサイコーにござるなデュフフフフッ」

 

 と朝型生活に堕ちたのを以て、全員朝型となった。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 頼光は、桶一杯の水で身だしなみを整えてから朝食(手作りと惣菜半々。味噌汁と米だけはマスト)を摂り、その後15分ほど座禅を組む。

 

「ホントは経の一つでも上げたいんやけど、ガチめに苦情来よったからなあ」

 

 未明にどこからともなく聞こえてくるお経は、近隣住民的にかなり怖かったらしい。

 座禅を終えてからは、その日による。

 前述したようにコネで確保したスタジオで朝練をしたり、学校の課題や予復習をこなしたり、店長の勧めで始めた読書を嗜んだり等。

 だが、夏休みに入ってからは大体予定が固定されていた。ランニングである。

 

「声出しは体力が基本やし」

 

 夏休み前は休日限定だったが、夏休みに入ってからは日課になった。

 

 近所、戸山公園を時間を決めて適当に。今は30分くらい走り回ってから、インターバルを置いてからまた走って帰宅というのをメニューにしている。

 

「おはようさん!」

「お姉さん、今日も精が出ますねえ!」

「よう、気合入っとんなあ!大会近いんやろ、気張りや!」

 

 大学生や、近所の主婦、近くの中学の運動部。すれ違う面々とも顔なじみになってきた。相手の方も気さくに声をかけてくる頼光を 『ロックバンドしてるくせ健康的な、やたら愛想の良いお兄さん』 と認識し、声を返し、あるいは頼光より先に声をかけてくる。

 

「袖触れ合うも他生の縁。―――あと、こういう草の根の宣伝が地味に効いてくんねん」

 

 生来の性根半分、バンドリーダーとしての打算半分。

 

 20分くらい走り、そろそろ帰りのルートも考えようかといったところで、ここ数日で、新たに顔なじみになった人物が寄ってきた。

 厳密には、前からの知り合いだったが、最近ここでも見かけるようになった、だ。

 

「ヨヨコちゃん、おはよーさん」

 

 並んできた小柄な影は、

 

「……フンッ。ついてこないでよね」

 

 そっぽを向くとダッシュを仕掛けてきた。

 徐々に離れていく背中を見て

 

(これ、ついてかんかったら、拗ねるかこっそり泣くかするんやろなあ、きっと)

 

 肩をすくめて、頼光はその背中を追って足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 イレナンを辞めるかもしれない。

 頼光の話を聞いてしまったヨヨコは悩んだ。

 

 別にあいつがやめるのはあいつの勝手じゃない!

 ここまで来てバンドやめるなんてもったいない!

 あんたが言っていった「行けるところ」ってここで終わりなの!?

 

 頭の中をぐるぐる回る感情と思考の果て、ヨヨコは決心した。

 

「問い詰めてやるわ!……次に会った時に!」

 

 

 

 

 わずかにヘタれて、その場で聞かずに後日に回したのが、尾を引いた。

 

 祝勝会の後、頼光はFOLTになかなか顔を出さなかった。いろいろなライブハウスやイベントに、引っ張りだこだったからだ。

 未確認ライオットへの優勝のためにイレナンがとった戦略の一つが 『とりあえずいろんなところに顔を出す』 だった。

 コミックバンドをやってた頃のコネなどを駆使しして、あらゆるところに顔を出す。その際に 『未確認ライオットでグランプリ獲って有名になったら、ここでもっかいライブしますから』 という約束をするのが定番だった。

 そして実際グランプリを獲り、その督促が舞い込んできた、というわけだ。

 

 未確認ライオットから1週間経ち、半月経ち、1か月経って、しかしヨヨコが頼光と会う機会は巡ってこなかった。

 

 FOLTに顔を出してはいるらしい、と知ったのは店長の銀次郎からの情報だ。

 

「頼光ちゃんならこの間、来てたわよ」

「それっていつですか、店長!?」

「つい昨日。実家に行って来たって言って、お土産おいていったわ。マメな子よねぇ」

 

 テーブルの上には有馬せんべいの箱が置いてあった。

 

 どうやら、会えないのはタイミングのせいでもあるらしい。

 どうするか……

 

「普通に会いに行けばいいじゃない」

「それじゃあまるで私があいつに会いたがってるみたいじゃないですか!」

「会いたがってるじゃない」

「違います!会いたいのと、会って済ませておきたい用事があるのは違うんです!」

 

 店長は面倒くさそうに

 

「じゃあ“偶然”会いに行ったら?頼光ちゃん、最近朝は走ってるみたいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼヒュ―――――――――ッ‼

 カヒュ―――――――――ッ‼

 ウォェッ‼――――ウボェ……」

 

 夏の終わりの早朝の、涼やかな風が通り抜ける公園の一角で、芝生に横たわったゾンビがいた。生前の名前は大槻ヨヨコ。

 彼女の横にスポーツドリンクを買ってきた頼光が膝をつく。

 

「ゆっくり深呼吸な?落ち着いたらこれ飲みぃや?な?」

「ヒュ―――ア、リ―――ゼヒュ――オカネ――」

「奢ったるからええって。それよか、なんでそんなんなるまで全力ダッシュすんねん。健康のためのジョギングで命削るとか笑い話にもならへんよ?」

「ヒュ―――余計―――ゼヒュ――な、お世話――――よっ!」

 

 死体から人間に復帰して、ヨヨコはもらったスポーツドリンクを手に取る。

 喉を鳴らして飲むヨヨコを見て、

 

(なんか話があるけど、意地張って言い出せんとかやろなあ)

 

 そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 ヨヨコとジョギングで会うようになったのは、ここ1週間程のことだ。

 出会った初日、彼女は後ろから追いついてきて頼光の隣に立ち

 

「ハァ……ッ!ハァ……ッ!

 ボ、ボーカル……ッ!わぁっ……!体力ッ、資ほンガ……ハァッ!

 このく、ふぅっ!とう……ッ!ぜん……ッ!うおぇっぷっ!」

「立ち止まって話そか?」

 

 その日は息が整った後

 

「覚えてなさい!次は負けないわ!」

「ジョギングは勝ち負けとかとちゃうで~」

 

 なぜか捨て台詞を残して帰っていった。

 

 その2日後、筋肉痛が抜けたヨヨコがまた来た。

 今度は待ち伏せ。前を歩くような速度で進んでいた彼女に声をかける。

 そのまま追い抜いたと思ったら、ヨヨコは急に速度を上げ、頼光のやや後ろの位置から

 

「この前は後れを取ったけど、あれはたまたまよ!」

 

 声をかけて、そのまま伴走。

 

「あー……無理してついてこんでも……」

「別に、私と同じコースをあんたが偶然走ってるだけよ」

 

 このまま家にでもついてくるつもりやろか?と懸念した頼光だったが、それは杞憂だった。

 5分程後、ヨヨコは坂道を登れずダウンした。

 

「お、覚えて、なさいよぉ……」

「風呂でちゃんとマッサージせーよ?それだけで大分ちゃうからな~」

 

 またも捨て台詞を残し、膝をがくがくさせながらヨヨコは帰っていった。

 

 

 

 

 そしてまた数日おいて、今日だ。

 今度はヨヨコ先行で、頼光がそれについて走っていくという形になった。

 ルートは平地中心で、コンセプトとしてはどこかをゴールに設定するか、あるいは一定以上離して勝利宣言でもするつもりだったのだろう。しかし、ピッタリ一定距離を突いてくる頼光より前を維持するだけで10分足らずで体力が尽き、ゾンビとなった。

 そのゾンビがスポーツドリンクを飲み干すのを見ながら、頼光は考える。

 

(多分、なんや聞きたいことかお願いしたいことがあるんやろな)

 

 ヨヨコとの2年来の付き合いと、ここ数日の言動を照らし合わせて考えると

 

(俺に話しかけたいけど、しばらく会ってないせいか、話したい内容かなんかが理由で気まずいんやろ。

 で、とにかく話しかける話題が欲しくてランニングしている俺に突っかかり、勝負を挑む。そんで勝って、自分の価値なり有意性なりをアピールしてから会話に入りたい。そない思っとるんやろなあ)

 

 ほとんど図星であった。

 なぜ頼光がこれほどヨヨコの思考をトレースできたかといえば

 

法会(ほうえ)とかで檀家(だんか)さんとこん子ら預かった時にも、たまにこういう子おったなあ)

 

 完全に子ども扱いである。

 ともあれ、頼光の予想は大体当たっていた。

 人心地ついたヨヨコは、唇を噛む。

 

 (ランニングでいい感じに話題を作る作戦は失敗ね……)

 

 1回目は普通に追いつくだけで体力切れ。

 2回目は持久力で勝ってアピールする目的で待ち伏せして、これまた体力切れ。

 そして本日3回目は先行して一時的にでも大幅に差をつけてやろうとしたところ、『ついてきなさい』という言葉通りピッタリついてこられた結果、プレッシャーに負けてペースを乱され、無事墜落。

 

(……よく考えれば普段から走ってる男相手に勝てるわけないじゃない!吉田店長にしてやられたわ!)

 

 足で勝負してこいなど一言も言っていない吉田店長に内心で濡れ衣を着せて、ヨヨコは頼光を見る。

 

「もう具合はええ?大丈夫?吐き気とかせーへん?」

 

 笑顔で気遣ってくる頼光。

 その快活な、ヨヨコに言わせれば何も考えてなさそうな笑顔が、癪に障る。

 

(バンド、やめるかもって瀬戸際なんでしょ!何でこいつこんなニヤニヤできんのよ!

 っていうか、そもそもその話、どうなってんのよ!)

 

 イレナン解散説。8月頭にそんな噂が流れた。

 祝賀会での頼光の言葉を耳にしたヨヨコ以外の人々が発信源で、その後SNS上に流れた

 

『未確認ライオットまで走りっぱなしだったのでちょっと充電期間を置きます』

 

 というイレナン公式アカウントのコメントが論拠になった。

 なおその風説は、充電期間と言っておきながら、いろいろな箱でライブを続けるイレナン達の活動そのもので搔き消えた。

 しかしその言葉を直接聞いたヨヨコの不安は、消えることはなかった。

 

(けど……私、聞いていい立場なの?)

 

 そもそもそんなに親しい間柄ではない。立場にしても、活動年数はヨヨコの方が1年上だが、現状における実力も人気も頼光の方が上だ。

 それなのに、バンドを続けるか否かというデリケートな、しかも実家を継ぐかどうかというプライベートな要素まで絡んでくる問題に、口を出したり無遠慮に尋ねたりして良いものだろうか?そんな資格が、自分にあるのか?

 

 遠慮や気おくれが、ヨヨコの口を重くする。

 手元のペットボトルを睨んでしばし。

 そして結局

 

「―――っ!覚えてなさい!次は―――」

 

 といつもの捨て台詞を残して去ろうとした時だった

 

「ちょい待ちぃ」

 

 立ち上がろうとした手を握って、引き留められた。

 頼光だ。

 彼の方を向いたヨヨコの目の前に、3本の指が立てられる。

 

「俺の3連勝や。負け分、払ってもらおか?」

「はぁ?」

「ランニングで3回勝負仕掛けたんはそっちやろ?

 それに3連勝したんだから、一つくらいお願い聴いてくれてもバチは当たらへんて」

「ハンッ、かけっこで勝ったから言うこと聞けとか、小学生じゃあるまいし」

 

 割と似たようなことを考えていた自分を棚に上げ、鼻で笑うヨヨコ。

 そんなヨヨコの様子を無視するように

 

「という話でヨヨコちゃんに命令!―――俺に聞きたいこととか、言いたいこと。あんなら言ってくれへんか?」

「っ……何のことよ」

 

 驚きに言葉を詰まらせてから、眼をそらして言うヨヨコ。

 その丸わかりの態度を、しかし頼光は指摘せず

 

「ん?ちゃうん?なんや、言いたいこととか、聞きたいこととかあるから、朝も早よからこないとこまで来てると思うたんやけど?勘、外れてもうたかな?」

 

 すっ呆ける頼光。気まずげなヨヨコ。

 ヨヨコが何も言いださず、しかもいつもの捨て台詞を残して立ち去ろうともしないの確認してから、頼光はつづけた。

 

「ま、言いにくいこととかやったら、無理に言えとは言わんし、言ってもしゃーないこととかもあると思う。

 せやけど、口にしたらそれだけで楽になることもあると思うんよ?

 だから、俺のことはお地蔵さんかなんかと思ってでもいいから―――何悩んでるか、教えてくれへん?

 お願いします」

 

 そういって、軽く頭を下げた。

 

 悩んでいる相手の話を聞いてやるのに、なんでこちらが頭を下げなくてはならないのか、とは頼光は思わない。悩んでいる相手の話を聞いてやりたい、と思っているのは自分であり、つまりは自分の欲だ。

 そして、悩んでいるのにそれを相手が口にしないのは、相手の中に悩みを口にできない理由があるからだ。それがどんな物かはわからないが、悩みを抱える労苦よりも重い、あるいは大切なものなのは間違いない。

 自分の欲で、相手が重く、大切に思っている物を曲げさせて、話させようとしているのだ。ならばお願いし、頭を下げるのは当たり前のことである。

 僧としての師である父や祖父の教えに則り、ヨヨコの言葉を待つ。

 

 さらりと、夏風が草の葉を擦る音がする。

 

「……やめちゃうの?」

 

 その音に紛れるほどの小さな声がする。

 

「……本当に、バンド。

 Irrational/Numbers、やめるの?

 実家を継ぐって?本当?

 ―――やめないでよ!」

 

 ヨヨコが、必死の表情で言う。

 

「私は―――あんたに、あんたたちに追いつきたい!そう思ったの!目標にしたのよ!

 追いついて!並んで!追い越して!魅了したい!

 あの時!未確認ライオットであんたが私にしたように、私があんたを魅了したい!

 ……そう、思ったの。思ったのに……」

 

 声が途切れる。

 頼光が顔を上げていた。

 思いの丈を全てぶちまけ、肩で息をするヨヨコと、それを静かに見つめ返す頼光。

 

「少し……実家の話、しよか」

 

 実家。頼光が継ぐべき物の話。

 居住まいをただすヨヨコ。頼光は、ゆっくりと語りだした。

 

「そやな。まず……行方不明になってた兄貴がタイの歓楽街の外れで尼僧になって発見されたところから……」

「待って」

 

 普段のジト目で、ヨヨコは頼光の語りを遮った。頼光は不満そうに

 

「……ヨヨコちゃん。今、結構カッコイイ雰囲気やったんやけど?」

「それぶち壊したのはあんたじゃない!情報量多いわよ!尼僧になった兄って何!?」

「それも一からちゃんと説明するから、聞ぃてぇな!な!本邦初公開!大河内頼光、半生を語る!やで!」

 

 いつもの雰囲気に戻りながら、頼光は自分の実家のことを話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵庫県の都市部から少し離れた山の麓あたりに、頼光の実家があった。

 実家は寺だ。檀家も多く末寺もある、それなりに由緒正しい仏家だ。

 そこの次男として生まれた頼光は、兄の頼信共々自然と僧侶を目指すようになった。

 生真面目で責任感もあり容姿も学術にも秀でた兄は、門徒や檀家からも期待された跡取りだった。

 その兄が、伝統である『俗世行』を行うこととなった。

 

 俗世行とは、大河内家に伝わる修行の一種だ。

 大河内家には、次のような家訓がある。

 

『娑婆を知らずして、豈に仏道を説かんや』

 

「世間俗世も知らねぇ箱入り坊主が、どうやって俗世で暮らす衆生に道を説くってんだ、仏道ナメんな、っつーこった」

 

 というのが住職である祖父の言。

 この家訓に従い、大河内家出身の僧は、十代から二十代くらいにかけて、寺から離れて社会生活を送ることが義務付けられている。

 

「なるべく“俗”な生き方しろよ?殺生(コロシ)女犯(レイプ)違法薬物(ドラッグ)以外は大体赦してやるからよ。

 寺の外に出ただけで寺でいんのと似たような生活してたら、またやり直しな」

 

 爺様、流石にそれはロックが過ぎるとちゃう?

 と、風狂全開な祖父から、父の方に目を向けると、人のよさそうな丸顔に、穏やかな表情を浮かべた父が

 

「いやあ、懐かしいな、俗世行。とーちゃんも色々あったで?

 冒険、スリル、仲間達と友情。良い思い出やし経験にもなった。

 ま、ちょっと痛い思いもしたけどな?」

 

 と言って、小指が掛けた四本指の手を見せて、照れながら

 

「こないな言い方すると、なんや指輪物語みたいやな」

 

 とーちゃん。フロドはそないごっつい仁王様の彫りモン背負っておらへんがな。

 あと、それじゃあ毎年の節目節目に挨拶に来る、いかついスーツのおっちゃん達はアレか?旅の仲間か?

 

 ともあれ、祖父や父の脅しとも応援ともつかない話を聞いた上で、15歳の兄は世間に出た。

 選んだ進路は、全寮制の進学校。

 そこで学業においては上位。部活は書道部で、いくつか賞を取った。優秀な生徒として卒業。大阪の良い大学の人文学部を受験。合格した。

 順風満帆な、どこに出しても恥ずかしくもない立派な寺の跡取りだ。

 

 檀家も、末寺の僧達も、皆それを喜び、祝福し――――爺様がブチ切れた。

 

「どぉぉこが俗世行だテメェ!寺にいんのと変わらねえじゃねえか!?舐めるのも大概にしろやっ!!!」

 

 兄を寺に呼び戻し、入ったばかりの大学に休学届を出させて、2択。

 

「選べ、頼信。満仲(オヤジ)が若いころ世話になった“会社”で3年か、今賽子(サイコロ)で選んだ……タイか。タイで1,2年くらいバックパッカーか」

 

 酷い二択もあったもんだ。

 不安げな13歳の頼光に対して、もっと不安であっただろう兄、頼信は、しかしそれを感じさせない気丈な笑顔で

 

「タイに行ってくる。あそこは仏教の本場。学べることはあるはずさ」

 

 そう言ってタイに旅立った兄は、1か月後、

 

『本当の自分が見つかったかもしれない』

 

 という手紙を最後に、タイの首都バンコクで消息を絶ち―――

 

 

 

 

 

 

 

「1年半後。俺が中3の秋頃、バンコクの歓楽街の外れの寺で、尼僧をやってるところを発見されたんや」

「だから何があったのよ」

「色々や。話すと長くなるからまた今度な」

 

 

 

 

 

 

 

 ビザが切れて送還された兄だった姉。

 ド派手に変わったその姿に、寺の僧達は腰を抜かし、兄に秘かな想いを寄せていた檀家の娘さんは卒倒した。

 困惑や失望、あるいは軽蔑など、決して良いとは言えない視線やざわめきの中、しかし元兄の姉は、その増設された胸を張り、威風堂々と祖父と父の前に進み出た。

 

「よう、派手になったじゃねえか。頼信」

「今はヨリーよ。久しぶりね爺様。おかげさまで人生楽しいわ」

「そうかい。―――進むべき道、説くべき道は見つけたか?」

「……まだまだ。ほんのその始まりが見えたくらいよ」

「はンッ!謙遜すんな!その歳で十分大したもんだよ。俺なんぞ、半世紀以上も坊主やってて、まだ道半ばにも来ちゃいねえ。

 ……俗世行、完成だ」

「おかえりなさい、頼信。―――立派になったなあ。こういう方向は、予想外やけど」

 

 と、住職である祖父とその後継者である父に認められ、兄改め姉は家に戻った。

 

 が、そこでめでたしとはならなかった。

 後継者問題である。

 

「私、下まで工事しちゃったから、子供出来ないわよ。

 あと復学して卒業するまでは日本にいるけど、大学出たらタイに戻るわ。

 バンコクに少ないけど世話しなきゃならない信徒の子達、残してきちゃったんだもの」

 

 まず兄が寺の相続を放棄。

 

「ああ、道を説かねばならん人らがいるなら仕方あらへんなあ、ヨリー」

「だな。ガキつくれねーなら後継者問題も面倒だ。ってことで頼光、お前が寺継げ」

 

 次代住職と現住職のシームレスな認可により、あっさり後継者問題自体は解決した。

 次なる問題は、間近に迫った頼光御曹司の俗世行である。

 

「門徒や檀家共が 『今度こそまともなところで』 とかうるせぇが、必要なら黙らせる。――賽子(サイコロ)、いってみっか?」

「とーちゃんの知り合いの“会社”の人に話してもええよ?」

「タイもいいわよ。お世話になったお店に紹介してあげる」

 

 頼光は思った。アカン、と。

 

 俗世行のお題として、何かしら祖父らを納得させる“俗なこと”を言い出さなければ、賽子(サイコロ)か、小指切断か、チ●コ切断だ。

 つか、いくら何でもこいつら全員ロックに過ぎ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せや!ロックや!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ちゅーんが、俺がロックすることになった理由や」

「……なんか、凄く仕様(しょう)もない理由なんだけど」

「しょーもないことあるかい!こっちは人生と小指とチ●コかかっとんねんで!」

「わ、悪かったわよ」

 

 珍しく憤る頼光に、ヨヨコは気圧された。

 

 話しながら歩く二人は、もうじき公園の外に出るところだ。

 空気は早朝の涼やかなものから、残暑を感じる夏の大気に変わりつつある。

 

「ま、それでな。後はヨヨコちゃんの知ってる通り。なんやかんやバンド組んで、未確認ライオットでグランプリとって、それ引っ提げて実家に報告に言ったわけや」

「……それで、どうなったの」

「もうちょいロックを続けてもいいか、って聞いたら、ぶん殴られた」

 

 息をのむヨヨコに、頼光は笑って

 

「『人に自分の道を問うような奴が他人に仏道説けるか!俗世行、続行だ!』って怒られたわ」

「それって……!」

「ああ、イレナン、もうちょい続けるわ」

 

 不安そうだったヨヨコの顔に、満面の笑みが浮かび、

 

「―――まっ、良かったじゃない。目障りがいなくならなくて残念だわ」

 

 自身の表情に気付いたヨヨコは、慌てて普段の、不機嫌そうな表情に改める。

 だが、それでも口元や目元には、笑顔の残滓が残っている。

 

「なんやねん!さっきは『イレナンは私の目標なんですぅ、やめないでー』って泣いとったのに」

「なっ!?ないて、泣いてないわよ!ってかそんな変な言い方してないわよ!言いふらしたらぶっ殺すわよ!」

「え~、どないしよ~。あん時のヨヨコちゃん可愛かったしなあ~」

「このっ……!」

 

 殴りかかろうとするヨヨコと、からかいながらその手をいなし、避ける頼光。

 そうしていると、ランニングの疲れが出たのか、ヨヨコの足がもつれる。

 

「っと」

 

 咄嗟に支える頼光と

 

「……!」

 

 支えられたヨヨコ。

 

 至近距離で合う目と目。

 

「な、なによ」

「―――いつかは、やめるよ。バンド」

 

 ヨヨコを抱き留めた頼光は言う。その言葉にヨヨコは身を固くする。

 

「なんでよ」

「俺のなりたい未来は、やっぱ坊さんやねん。

 ロックも好きやし、イレナンの仲間も、他のバンド連中も、店長達もみんな好きやけど、それでも人生の目標は、ちゃうねん。

 だから早けりゃ25くらい、遅くとも30前にはイレナンも、ロックも終いや」

「……ロックは本気じゃないってこと?」

「いや、本気やで?」

「だったらっ――――」

「本気やから80年分を10年間に注ぎ込む」

 

 ライブの時の歌のように、頼光の言葉が強く響き、ヨヨコの心をつかんだ。

 

「俺、100まで生きるつもりやから残りの人生80年ちょいや。

 その80年でやるはずのロックを、この10年間に詰め込む。

 一生分のロックを、この10年にギッチギチに詰め込む。

 せやから―――覚悟はええか?」

 

 ヨヨコを立たせて、頼光はいつもと違う、少し挑発的な笑顔で

 

「もしも俺に追いつきたかったら、死に物狂いで追って()ぃ。

 こちとら8倍速で生き急いでんねん。ランニングで追いつくより、めっちゃハードやで?」

「……上等」

 

 ヨヨコも、笑顔で返す。

 いつもの挑戦的な、常に一番を、トップを目指す、睨みつけるような表情で

 

「そっちこそ、簡単に追いつかれないでよね」

「わかっとるって」

 

 頼光は歩き出し、その数歩後ろをヨヨコもついていく。

 

 わずか数歩。だが絶対的な距離。アドバンテージ。

 悔しいが、今はそれを認めよう。認めた上で、挑み、乗り越えよう。

 そして目指すのだ。

 ヨヨコの夢。それは有名な海外フェスのトリを飾ることだ。

 その夢に少しだけ追加ができた。

 フェスの最前列。ギターボーカルの正面。そこに彼を呼ぼう。

 根明で、人付き合いも口も上手くて、気遣いもできて、誰にも好かれるような、自分と正反対の彼。

 けれど自分と同じで、ロックに全力で、必死に上を、先を目指す彼。

 彼を魅了するのだ。

 最高のステージで、最高の演奏で、彼を心をつかむのだ。

 

「いつか海外フェスで大トリを飾った時、アンタ、最前列キープしなさいよね」

「そん時、チケットは奢ってくれるん?」

「いいわよ!その頃の私は大ロックスターなんだから!」

 

 未来のロックスターたちは、足早に夏の街へと踏み出した。

 

 

つづく




 大河内頼光のキャラは結構設定という立ち位置が変遷したキャラです

 最初はきくりのお相手ポジを考えていたので、ベースの酒呑童子→源頼光。そこから捻って源氏でも摂津ではなく河内→大河内。みたいに連想したのが始まり。
 バンドも頼光四天王でそろえる予定でしたが、そこまでやるときくりとの関係性が強くなりすぎるからなし。で、その内きくりのお相手に高清水を生成。

 その後は喜多ちゃんのお相手ポジを想定していましたが、組み合わせとして今一なのでリストラして、彩人君を生成。

 最終的に浮きゴマのままにしておいたところ、大槻ヨヨコの彼氏役に丁度良さそうと天啓が降りてきて今の形になりました。

 なお外見は175cm以上、180cm弱で割と細マッチョ。頭は脱色(ブリーチ)坊主。ピアスはなし、をイメージしてます。


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Chapter18 石塚太吾と後藤ひとり その5

地域のケーブルテレビというものを、存在こそ聞いたことがるが見たことがない。


 ぼっちは焦っていた。妹であるふたりの絵日記を見てしまったからだ。

 

『お姉ちゃんはすごいと思いました!』

 

 この部分だけ見れば、姉を尊敬するかわいらしい妹だ。しかしながらこの『すごいな』が何に対してかといえば

 

『夏休みの間、ずっと家でギターの練習を続けるお姉ちゃん』

 

 である。

 

「ぉぉぉぁぁぁぁっ……」

 

 絵日記の、友達と遊びに行くふたりと、それを家で見送るぼっちの図。

 絵日記の中のぼっちが、笑顔のままで現実のぼっちに歌いかけてきた

 

『楽しい楽しい夏休み♪ずっとギターと一緒だよ♪

 一日練習10時間♪家族とすらも会話なし♪

 ふたりはお出かけ楽しそう♪私も誰かを誘おかな?

 ううん無理無理不可能さ!だってボッチはボッチ虫♪

 キャハハハハハハハハッ!』

 

 クレヨンで描かれたぼっちが、ふたりが、ふたりの友達が、ジミヘンが、そして絵日記の中にいるはずもない結束バンドのメンバーが、ぼっちを囲んで嗤う。哂う。

 

「ぼっちちゃんごめんね~忙しくてかまってあげる暇ないんだ~」

「というか、バンド仲間ってそういうのじゃないから」

「え~?後藤さん、遊んでくれる人いないんだ~」

「おねーちゃんえらーい」

「ワンワン!」

「仕方ないよ。だってあなたは、ワタシナンダモノ」

 

 

 

『きゃははははははははははははははははははははっ!

 キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!

 キャハハハHAHAhaAAAAAAAAHAHHAHAHHAHAHAH!』

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああああっ!」

「おかーさーん、お姉ちゃんが変ー」

「いつものことでしょー」

 

 そんな、いつもと変わらぬ後藤家の、のどかな夏の午後。

 日付はすでに8月25日。早いところではすでに新学期が始まっている。ぼっちの通う秀華高校は8月いっぱい、31日まで夏休み。

 残すところはすでに一週間を切っていた。

 

「予定は、空けてる。うん、空けてるんだ。空いてるんじゃないんだ。全然違うんだ」

 

 必死に自分に言い聞かせるぼっちだが、それが虚勢であることは薄々、というかしっかり理解していた。

 しかしながらぼっちはそれに縋るしかない。

 

『予定を空けておいて、誰かが誘ってくれるのを待つ』

 

 この他力本願な手段に縋るしかないのだ。

 ん?自分で誘えばいいだろ?とな?

 できるわけがないじゃない。だってぼっちなんだもの。

 

 スマホの登録画面を見つめる。その少ない登録数が、垂らされるかもしれない蜘蛛の糸の本数だ。

 

「誘ってくれる可能性があるのは、虹夏ちゃんか喜多さんが濃厚。リョウさん、は独りが好きな人だし望み薄であとは……」

 

 『石塚』の文字で、ぼっちの動きが止まる。

 

「どうなんだろ」

 

 畳の上で仰向けになりながら、ぼっちは誰となく問う。

 

 最後に彼と話したのは、打ち上げの夜。電話越しだ。

 なんてことのない会話だったが、

 

「んふ、ふへへっ」

 

 思い出すだけで、ちょっと胸が温かくなり、頬が緩む。

 

「おかーさーん、おねえちゃんがまた変ー」

「今日は多いわねえー」

 

 家族の心無い声も効かない。効かないったら効かない。

 

「そういえば、今どうしてるんだろう」

 

 秋田の鬼フェスの後も、方々に呼ばれて忙しくしている、という話は聞いた。

 なんでも不確定だかラリアットだかいう賞を取って、そのおかげでイレナンは今、ちょっとしたフィーバー状態にあるらしい。

 スマホでイレナンの公式アカウントを開く。

 

 

『(*≧д≦)やっとお礼ライブ巡りおわったー。_(。_°/ もう死ぬ・・・』

 

 

 ドラムの士則が主に担当しているSNSによると、しばらくライブはなし。バイトと休養、そして練習に充てるとのことらしい。

 だったら、ひょっとしたら、もしかしたら!暇になった石塚君が誘ってくれるかも!

 

(おいおい、大丈夫か私?男子と出かけるとかデートでは?リア充では?)

 

 など思いながらSNSの履歴を眺めていると……

 

『TVデビューヤッタ━━ヾ(*≧∀≦*)ノ━━!!!ま、地域のケーブルTVなんだけどね( •́ .̫ •̀ )』

 

 という、書き込みと、オーチューブへのリンクを見つける。

 

「そういえば、石塚君のバンドやってるとこ、見たことなかったっけ?」

 

 そう思ってタップ。

 

 

 

 

 地域の情報を紹介するタウンニュースのワンコーナー。数分程度の内容だった。

 そこでIrrational/Numbersが、新宿で活動中の新進気鋭のロックバンドとしてやや大仰な煽り文句と共に紹介されていた。

 リーダーのギターボーカル、西から来た快男児、大河内頼光。

 日本の水で育ったブラックソウル、ジョージ・モリス。

 現役の高校生モデルにしてベーシスト、百澤綺斗。

 実はひょうきん者?月の如き静かなる麗人、ドラムの陶士則。

 そして―――

 

『メンバー最年少。バンドの曲の殆どを手掛ける天才キーボーダー、石塚太吾くんです!』

『どうも。応援ありがとうございます』

 

 ファストフード店の店員が浮かべるような0円スマイルの石塚。

 いかにもインタビューとかされ慣れてる雰囲気。

 

「いいなあ」

 

 ぼっちの口から思わず零れる本音。

 ケーブルテレビのローカル番組とはいえテレビに取り上げられたこともだが、

 

「私なら、こんな風には無理だろうなあ……」

 

 よくやるMステ妄想では、ぼっちは大御所ギタリストのような対応をする自分をイメージする。だが今回の場合、画面の中にいるのはリアルでよく会う知り合いだ。自然と想像内の自分もリアル寄りになる。

 

『結束バンドのリードギター!天才ギタリスト後藤ひとりさんです!』

『あ、はい、どうも。すみません。こんな無価値な存在を公共の電波に垂れ流して……』

 

 ファーストフード店においてある可燃ゴミ用のゴミ箱に嵌った自分。

 いかにも根暗な陰キャの雰囲気。

 

「いやいやいや!自信を持て私。ファーストライブは成功したし、バイトもだんだん慣れてきた!

 もし今こんなインタビュー受けることになってもゴミ箱はない!完熟マンゴーで済むはずだ!」

 

 強がりながらも、心が叫ぶ。プレッシャーキツイ、と。

 

 今のぼっちの夢は、売れて高校中退。最低でも高卒時点で就職しなくて済む程度には売れていることだ。

 その最低ラインが石塚達だろう。

 つまり、彼らが目標。それは演奏だけではなく、あのインタビューなどへの対応もだ。

 

「……いや、インタビューとかより、まず演奏もっと上手くならないとなあ」

 

 不意に、ぼっちが妄想からリアルに戻った。

 動画の後半。イレナンの演奏パート。オリジナル曲を1コーラス分。

 イレナンの演奏を見て思うのは

 

「……ギターの腕は、負けてないんだよね―――ソロで()る時と」

 

 イレナンのギターパートは、それほどでもない。

 リードギターのジョージの腕前は、確かにプロの水準を満たしているかもしれないが、ギターヒーロー状態のぼっちより、明らかに劣っている。

 大河内に至っては

 

「歌ってる時、あんまり弾いてない、よね?」

 

 基本はリズムギターに徹しているが、サビなど盛り上がるところでは、歌に集中するためか完全にギター放置。その間は石塚かジョージがその役を担っている。

 そのリズムギターも、そこまで褒められた腕前ではない。

 

「演奏に関して言えば、ギターヒーローとしての実力を発揮できれば問題なさそう、かな」

 

 そう思うと、少し気が楽になった。

 夢は、夢ではない。叶えられる現実なのだ。

 メジャーデビューして高校中退!そのためにもギターヒーローとしての実力を発揮できるようにもっと練習を―――

 

 

「……あれ?ギターヒーローの動画、最後にあげたのいつだっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、石塚は真剣な表情でベンチに腰を掛けていた。手にはスマホ。画面はロイン。

 場所は新宿の西の外れ。公園の東屋だ。

 この公園は近くに行きつけの音楽スタジオがあり、コンビニも近い。

 練習が終わった後のバンドミーティング、という体裁の雑談の為によく使う。

 そして今日も、イレナンのバンドミーティング(仮)が行われていた。

 

「本日のお題は 『石やんがヘタれて後藤ちゃんを遊びに誘えない問題!』 でっす!」

 

 頼光のよく通る声が公園に響く。

 ちなみに、ファミレスなどではなくこのような屋外でバンドミーティングを開く理由は、この頼光の声のデカさである。

 それは兎も角

 

「鬼フェス終わって!ライブ巡りも終わって!体が開いたのが昨日!

 ところがこのヘタレは一晩経っても、ロインの一文、電話の一本すら送れておらん!」

「いや、昨日は疲れてただけなんで」

「なら起きてから今までの間に送れたやろ!?」

「朝6時からさっきまで練習してたんで」

「もう!言い訳ばかりして!おかーちゃん、あんたをそんな風に育てた覚えはありません!」

「いつの間にタイに行って帰ってきたんですか?」

 

 絶好調の頼光に、視線すら向けずに石塚が返す。

 目はスマホから離さない。

 

「今、誘う文面考えてるんで、放置して話してもらって構いませんよ」

「このお題の主役が何言ってんねん」

「主役とはいっても目的は、俺のことイジって遊ぶのが目的じゃないですか?

 つまり俺が何をしなくても話は進むでしょ?

 ここで無抵抗にメール打ってるんでどうぞお好きに」

「つれへんなー。なんかこー、俺らにして欲しいこととかあらへんの?」

「そうですね、黙ってくれると嬉しいです」

「石やんのそういう容赦ないとこ、嫌いやないで?モットモット!」

 

 無視。

 

「と、言うわけで、勝手にイジっていいってお墨付きが出たわけやけど、何や意見のある奴、おるか?」

 

 手を上げた人物がいた。ジョージ・モリスこと森須定治だ。

 頼光と同じ18歳の高校生だが、身長185㎝、体重100㎏近い固太りの巨漢であり、腕を組んで座る姿は、かなりの威圧感がある。

 その彼が、そのイメージとは似つかぬ口調で

 

「拙者思うに―――三次元(リアル)の女に懸想するとか、石塚殿は正気でないのでは?」

『(((壊゚∀゚)))ァヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!ジョージは初っ端から飛ばしてくるなあ( ´∀`)』

「つか、そういうお前とて、なんばガールズん子らと一緒になった時、めっちゃキョドって意識しとったやん」

「あれはトキめいていたのではござらぬ!秘儀・日本語分からん外人の物真似したのにやたら構ってくるギャル共にビビってただけにござる!」

「日本語分からんフリに頼るのはもうやめぇや。みんなもうお前が日本語ネイティブなん知ってて、外人のマネはただのキャラ付けちゅーかネタでやっとると思われてんで?」

 

 即座に話が脱線する頼光とジョージ、そして士則。

 その傍ら、先ほどまで黙っていた男が立ち上がった。

 百澤綺斗だ。

 長いまつ毛と彫りの深い顔立ち。少し小麦色に焼けた肌。士則とは逆の、太陽のような美形だ。

 彼は足跡が一直線に並ぶように、踏み出す足のかかとが、反対の足のつま先の延長線上に来る歩き方―――いわゆるモデル歩きをして、石塚の前に立つ。

 それから、前髪を手櫛でかきあげるようなポージングをして

 

「イッシー、文面に困っているね?そんな君にアドヴァイスを授けよう」

「結構です。グラビアやファッション誌の謎ポエムは今日は不要なので」

 

 曲や歌詞を作る時、綺斗に相談すればやや耽美や厨二の風情はあるものの、貴重なアイデアを貰えることがある。だが今回のは普通のメッセージだ。お呼びではない。

 しかし断ったはずの綺斗は引き下がらない。

 今度は左手を腰にやって、人体の全身をS字構造を強調するかのようなポーズをとり

 

「まあそう結論を急ぐなよ、イッシー。デートのプランは決まってるのかい?」

「……今日の多摩川の納涼花火に」

「今日!?急すぎへんか?向こうにも都合があるやろ」

「そう、ですかね」

「……いや、ありだね」

 

 断言した綺斗。彼はまた別のポーズをとり

 

「ドア・イン・ザ・フェイスの一種さ。

 軽い感じで 『今日、花火大会があるけど、二人で一緒にどう?』 とでも誘い給え」

 

 そこで綺斗はポージングを変え

 

「それでYESを貰えれば良し。Noと返ってきても、そこから『他に空いてる日はないか?』と遊びの誘いに展開するのさ」

『(゚ω゚;)キ、キラトの癖にまともなプラン、だと?*゚Д゚)ハッ さては偽物!』

「いや!あの数文ごとにポージングを変えるウザさ、本物にござる!」

 

 肩を竦めてポージングを変えるキラト。

 それを見て石塚は思った。

 

(相変わらず視覚的にうるさい人だけど、この意見は珍しくまともだ)

 

「じゃあ……」

 

 そう言って、石塚はロインにメッセージを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「居場所が……ネットから私の居場所がなくなる!」

 

 同じころ、ぼっちは焦って撮影の準備をしていた。

 久々に見た自分のアカウント。

 登録者数は目に見えて減り、コメントも失踪認定や登録解除宣言がチラホラと。

 ぼっちの数少ない自尊心、自己肯定の論拠が、崩壊しかけていた。

 

「動画を今日中に……!撮影……の前にちょっと練習した方がいいな。今からちょっと練習して、何パターンか撮影して、動画編集して……!」

 

 すでに午後。日は傾きつつある。今日中に上げるとしたらそうそうのんびりはしていられない。

 ……まあ、数か月放置していたのだから、いまさら数日放置したところでどうということはないだろうが、そこは気持ちの問題だ。

 

 機材を出して、曲を選んで、楽譜をDL販売サイトで……などとやっていると

 

「ロインにメッセージ?こんな時に……!」

 

 見れば送り主は石塚

 

『久しぶり。今夜、多摩川で花火あるんだけど、暇なら二人で、どう?』

 

 普段はロイン一文送るにも一々悩むぼっちだが、今日は焦燥感に追い詰められていたためか、珍しく即決で

 

『無理です。ごめんなさい』

 

 と手短に返信。

 さて、それより今は楽譜選びだ。スマホの画面を再び楽譜のDL販売サイトに戻す。

 

「よし。この曲……は青春ソングだからやめてこの曲に!あとはこれを購入してコンビニで印刷して……!」

 

 

 

 

 

 

 

 石塚が膝から崩れ落ちた。

 何事かと思って石塚が手に握ったままのロインを覗き込むイレナン面々。

 スマホ画面には

 

 

『久しぶり。今夜、多摩川で花火あるんだけど、暇なら二人で、どう?』

『無理です。ごめんなさい』

 

 

 

「後藤ちゃん、きっつぅ……」

『石塚と二人は無理、かぁ(ノω<;)』

「やはり三次元(リアル)の女はやめとくべきでござるよ石塚殿」

「ふっ……適当なこと言ってごめんなさい」

 

 美しい程の直角お辞儀で謝罪する綺斗に、石塚は蚊の鳴くような声で

 

「いや、まだ、その、用事があって無理って意味かもしれないし」

「『かもしれない』って言うとるあたり、自分でもそう思えてないって自己申告しとるようなもんやないか」

 

 言われていよいよ瀕死になる石塚。

 その時、再びロインの着信が鳴り――――

 

 

 

 

 

 その少し前、

 

「うん。いくら急いでたとはいえ、あの文面だと石塚君に失礼かもしれないし」

 

 撮影の目途が立ち、少し冷静さを取り戻したぼっちは、石塚に追伸を送ることにした。

 

 

『ギターヒーローの動画の撮影で忙しくて、今日は夜まで手が離せません。

 誘っていただいたのに、申し訳ありません』

 

 

「送し……」

 

 

 と、ボタンをタップする直前。ぼっちは止まった。

 数秒の静止後、

 

「にへへっ」

 

 と笑い

 

「あああ、いやいやいやいや!」

 

 と頭を振り

 

「けど、だけど……うううううっ!」

 

 と、頭を掻き毟る

 

「おかーさーん。お姉ちゃんがまた変ー」

「やっぱりお祓いした方がいいのかしらー」

 

 そんな百面相を一通りした後、胸に手を当てて

 

「―――うん、わからないけど、イヤじゃない」

 

 そう呟いて、文章を追加。

 

 

『明日以降なら予定を開けてますので、お誘いしていただけると嬉しいです』

 

 

 

 

 

 

 

 ぼっちからの追伸を見て、石塚は復活した。

 同じく覗き込んでいたメンバーも沸き立つ。

 

「よおおおしっ!まだある!目はあるで石やん!」

『ヤッタ-☆└(゚∀゚└))((┘゚∀゚)┘ヤッター☆』

「この女子、悪女の臭いがするでござるよ。やはりはやめておいた方が無難でござるぞ?」

「ふっ!僕の策に抜かりはなかったな!―――で、イッシー。当然第二の矢は用意しているんだろうね?」

「そうですね」

 

 少し迷った後、石塚は返信を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめん。明日から俺、バイトとかで埋まってて。夏休み明けてからまた何か機会があったら』

 

「……ですよね。うん。売れっ子バンドだもんね。

 こんな芋ジャージを誘うなんて、一度あるだけで奇跡的なことですよね。分かってました。

 うん、これでよかったんだ。よく考えれば花火で男子と二人とか、普通に破裂して死ぬし」

 

 口ではそう言いつつも、千切ってしまった蜘蛛の糸をやっぱり惜しかったと思いながら、ぼっちは撮影の準備を再開した。

 その日は失った夢をテーマにした曲を撮影、アップした。

 真に迫る演奏と、久々のギターヒーローの投稿ということで、結構な再生数を稼げた。

 ぼっちの自尊心が、少し回復した。

 

 

 

 

 

 

「このヘタレがあああああああっ!なんでそこでそうなんねん!」

「だって、ここでまた断られたら、今度こそ精神が死んでたんで」

 

 

 8月末の公園に、新進気鋭のバンドマン達の、年相応なバカ話が響いていた。

 

 

 つづく




ぼざろロス、今から恐ろしい。
文化祭編以降、どうしようかなあ。
2期アニメが来るまで休むか、原作だけ参考にして進めるか……。


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Chapter19 柊俊太郎と伊地知虹夏 その3

丁度いい区切りが思いつかず短くなってしまった。


 柊俊太郎の夏は受験勉強と家の手伝いで過ぎていった。

 中学三年生の最後の夏休み、一見すると灰色かつ極めて不毛なように見えるが、シュンとしてはそれほど悪いものではなかったと思っている。

 

(虹夏の奴も似たようなもんだしな)

 

 虹夏の夏休みも家事か、バンドの練習か、あとはSTARRYの手伝いが主体だ。

 つまり、学校がある時期より会える回数はむしろ増える。

 

(しかも来年からは同じ学校だしな)

 

 シュンの志望校は下北沢高校だ。レベルは高めだが、現状十分に合格圏にある。

 親には志望動機を

 

「近いから。あとまあ、将来考えて」

 

 と言っているが、その時の彼の両親のニヤケ面を見る限り、

 

「……ったく、勘違いしやがって。そんな理由じゃないっての」

 

 ―――彼の両親は息子に対して正しい理解をしているようだった。

 

「けどまあ、下北高受かったら……」

 

 シュンは想像する。

 下北高はいろいろ厳しく行事も地味だ。だが、地味だからと言ってないわけでもない。イベント以外に日常で会う機会も増えるだろう。

 登下校なり、昼休みなり……

 

「……ま、悪くは、ねえな」

 

 勉強に疲れた時等、ついついそんな高校生活を妄想するシュンだった。

 

 

 

 

 

 

 ともあれ、そんな夏休みも最終日の8月31日の昼。

 いつも通りの御用聞きと配達に、STARRYへと来たシュンは、変な地縛霊と遭遇した。

 

「アスコルビン酸……ヒドロキサム酸……」

 

 その地縛霊はピンクのジャージを着た女で、蝉の死骸を拾っては、店の前の植え込みスペースに埋めていった。

 蝉の木でも生やす気か、それとも墓でも作る気か?

 と思ったら、次はどこで入手したのか卒塔婆を突き立て始めた。

 どうやら植樹ではなく墓の方だったようだ。

 

「いつもの事か」

 

 シュンは地縛霊―――後藤ひとりの行動を平素の奇行と判断し、それをスルー。

 裏口の方に回り、インターホンを鳴らす。

 

「?」

 

 反応がない。

 ちょっと迷ったが

 

「ちわーす、柊商店でーす」

 

 鍵はかかってなかったので、扉を開けて声をかける。

 

「あー、わるいな、シュン。ちょっとぼっちちゃんがな」

 

 シュンから見て奥、店の表側の方から星歌が来た。

 

「ん?あのピンクジャージがどうかしたのか?今日も表で元気そうにしてたぞ?」

「蝉の墓作ってるのがか?」

「卒塔婆も立ててたぜ。まあ、あのピンクジャージは大体あんな感じだろ?」

「おまえといいリョウといい、ぼっちちゃんを何だと思ってるんだ」

「ギター弾ける妖怪」

「お前なあ」

 

 などと言っていると、表の方から虹夏が来た。

 焦り気味の彼女曰く

 

「お姉ちゃん!ぼっちちゃんが死にそうだから海行ってくる」

「おーう」

「死体遺棄かよ」

「あ、シュン!来てたんだ!

 そうじゃなくて、ぼっちちゃんが夏に誰とも出かけてないせいで死にかけてるから、今から夏の思い出つくって蘇らせようって思って」

「状況は分かったが何一つ理解できねぇ」

「まあ、そうだよねー」

 

 肩を竦めるシュンに虹夏は苦笑いして

 

「シュンはどうする?」

「は?」

 

 問われた内容が分からず一瞬呆けて

 

「お、俺もかよ!?」

「そだよ。シュンもずっと勉強か手伝いかって言ってたじゃん。

 最後の日くらい夏休みの思い出、作んない?配達もSTARRYが最後なんでしょ?」

 

 シュンは御用聞きや配達の際、STARRYを最後にして、虹夏と雑談したりバンドの練習を聞いたりと、いくらか時間を潰してから孵るのが定番だ。

 今日も、そのつもりで最後に回してきたのだが……

 

「お、俺は別にお前のバンドのメンバーでもねーし、女の中に男一人とかキツいし、そんな暇じゃ……」

 

 虹夏と!一緒に!海に行きたい!という、本心とは裏腹に、シュンの口から出てきたのは、同行しない理由の羅列。

 反射的に張ってしまう、無意味な意地。男子中学生とは哀しい生き物である。

 だが、そんな意地っ張りな少年に天使が微笑みかけた

 

「どうしてもダメ?―――男の人が一緒だと、心強いんだけどなあ」

 

 天使の名前は虹夏といった。

 小首をかしげて微笑んでくる憧れの少女の顔に、少年は一瞬見惚れてから

 

「ーーっ、し、しょうがねえな!お前らだけじゃ危なっかしいし、ついてってやるよ!」

「ヤッタ!ありがと!」

 

 腕を組んでそっぽを向きながら言うシュンに、虹夏は満面の笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことで!気絶したぼっちちゃん運ぶ役、お願いね!」

「そういうことかよチクショオォォォォォォォッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかに押し寄せる潮騒。

 夏の終わりの夕暮れのビーチ。

 石塚が、ひとりと一緒に波と戯れるように走っていた

 

「ハハハ、おーい、待てよひとり!」

「だーめ、待たない♪」

 

 

 ―――この数行でわかったと思うが、これは石塚の妄想である。

 だが、もうしばらくこの妄想に付き合ってもらいたい。

 

 

 さて、砂浜にもつれあう様に転んだ二人。

 仰向けになり、夏の終わりを感じながら弾む息を整える。

 目と目が合い、手をつなぎ、砂浜に座る。

 

「夏も、もう終わるな」

「来年も、その、い、一緒に来ましょうね」

 

 自然と近づく距離、感じる吐息。

 そして―――

 

 

 Tropical LOVE forev「イラッシアッセェェェェェェッ!」

 

 

 石塚の妄想を終了させたのは、唐突に入ったオーダーだ。

 

 

「ビールィチハイリャーーーースッ」

「ヨロコンデー」

 

 現実復帰した石塚は、慣れた手つきでビールサーバーを操作。

 機械的だが、仕事はそれなりに丁寧。

 冷えたグラスに黄金のビールと、それなりの泡を形成。コツは先に泡を作り、その下にそっとビールを流し込むこと。

 カウンターに置くとウェイターがすぐに来て持っていく。持っていく先はビーチに展開されたテーブルだ。

 

 石塚がいるのは海の家だった。

 夏ももう終わり。海水浴客はもういないが、サーファーや釣り人、そして観光客もチラホラ。

 ビーチは閑散とはしているものの無人ではなく、海の家にもたまに客がやってくる。

 

「夏も、終わりか」

「おい、石塚。大丈夫か?さっき意識飛んでたぞ」

「……大丈夫。ちょっとあり得たかもしれない今日を見てただけだから」

「あー、うんそうか。変な電波受信するとか、バンドマンも大変だな」

 

 やや引き気味に言うのは最近出来た友人、皆実彩人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 結束バンドのファーストライブの日に出会った石塚と彩人。

 まあ、再会することはないだろうな、と思った二人がばったり出くわしたのは4日前。まさにこの海の家だ。

 石塚はぼっちを誘えず、練習以外ほぼ何もなくなった予定表を埋めるためにバイトを探していた。

 

「できれば遠くへ、行きたい」

「なら江の島どうや?ちょうど知り合いがバイトの欠員出て困っとったし」

「微妙な遠さですね」

 

 仕事は海の家、お給料は緊急募集であることもあり良さげ。

 

「行きます」

 

 半分くらい傷心旅行気分で江の島に行ったその先で、

 

「ん?石塚、だっけ」

「あっ、廣井さんの従弟の?」

 

 ばったりと、二人は再会した。

 彩人としては、出会った時のあの赤っ恥は未だ忘れ得ぬプチトラウマであり、その関係者である石塚のことは記憶に残っていた。

 一方の石塚としては、アレは正直どうでもいい思い出だったが、彩人自身を『廣井の身内』として記憶していた。

 

「売れてるバンドマンだ、って聞いたから、バイトとかするとは思わなかった」

「売れているといっても、新人として注目されてる、ってレベルだし。そっちこそ、部活は?」

「自主練期間で休んでバイト。新しいバスケットシューズも欲しかったし……あと、喜多がまたライブした時のための、チケット代稼ぎ、だな」

「……そうか」

「言っとくが、後藤目当てとかじゃないからな」

「そうか」

 

 石塚と彩人。 

 方や陽キャ寄りのバスケ部。方や陰キャお一人様気質のバンドマン。一見して正反対の二人だったが、意外と気が合った。

 結束バンドや廣井きくりという共通の話題もあったし、根が真面目で、仕事に対しては黙々と取り組むタイプだという共通項もあったからだろう。

 

 そんな風に過ごして今日で4日目。8月いっぱいの契約のバイトも、今日で最終日だ。

 

 

 

 

 

「店長達、遅いな」

「客を呼び込んでくる、とか言っていたけど。どうなったかなあ」

 

 今、店内には石塚と彩人、それと厨房担当が一人だけ。

 それだけでも十分周るほどの暇さ加減だ。

 

「シラス、入荷し過ぎてヤバいんだっけか?」

 

 思い返すのは、今朝の店長の顔。

 

「強気に行き過ぎちゃったぜ!―――もうちょい頑張って捌かないと怖いお兄さん達に、シラスの餌にされるかも?みたいな?」

 

 こんがり焼いた日焼けの上からでも、血の気が引いているのが分かる程に青ざめていた店長は、他メンバーを集めて呼び込みに出ている。

 

「知り合いも呼べるなら呼べって言われたけどさあ……」

「キーボードがあるなら客寄せ位程度できるんだけど……持って来てない」

 

 などと話していると、話していると

 

「あー、惜しかったぁ」

 

 と、店長達が帰ってきた。サーフパンツに、星型のサングラスとかいう、これでもかというパリピな装いだ。

 

「お疲れっす店長。釣果はどっすか?」

「ダメダメ!一組、いーかんじのJK?JD?のグループいたんだけど、声かけた子がいきなり爆発四散しちゃってさ、逃げられちゃった!」

「後藤みたいな人、他にもいるんだなあ」

 

 世の中広い、と彩人が思う。

 

「アヤトくんもタイゴくんも、もうちょいトモダチとか呼べない?

 注文入れてくれなくても、ただ座って席埋めてくれてるだけで、客の入りが大分違くなるからさ」

「―――もっかい、当たってみます」

「了解です」

 

 店長に言われてスマホを起動。

 とりあえずで開いたSNSに、フォローしているアカウントの新規書き込みのお知らせ。

 それは喜多だった。内容は写真。

 写真の内容はタコせんべいを買い食いしている喜多達だ。

 

「ん?これひょっとして、近所か?」

 

 だとしたら、誘えば海の家に来てくれるか?

 

 などと思っていると、

 

「彩人」

 

 石塚が、彩人の肩をつかんだ。

 いつになく力のこもった、真剣な声音と表情の石塚。

 彼のスマホにも、喜多がさっき上げたばかりの写真が表示されている。

 石塚は、その写真の中の一点を指さしながら、言った。

 

「この男は誰だ?彩人は知っている?……まさかバスケ部か?」

「お前のそのバスケ部に対する敵愾心は何なんだよ」

 

 画面内、結束バンドと一緒に写っている少年、シュンを指さし聞いてくる石塚に、彩人はため息をついた。

 

 

 

 

つづく




夏休みの時系列もそうだが、廣井関係の時系列も結構悩ましい。


 星歌が大学留年しているという情報があることから、星歌が大学に在籍していたのは5年間(複数回留年の可能性もあるが、まず置く)。
 大学の先輩後輩となるとしたら、その年齢差は最大でも4年だが、そこから一切情報なし。

 なお。今作中内では1つ2つ下くらいのイメージです。


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Chapter20 皆実彩人と喜多郁代 その2

今一切りどころが上手く決められない
ひょっとしたら後で章の区切りを変えるかもしれません


「あっ、うまく撮れてる」

「おー、いいねー。これ、イソスタにあげるの?」

 

 場所は江の島。名物のたこせんべい屋の前に、結束バンド一行+αがたむろしていた。

 そのαであるシュンは、たこせんを手にぼーっと、メンバーの一人を見ていた。対象はもちろん虹夏、ではない。

 

「あっ、今日はありがとうございました。お疲れさまでした」

 

 猫背でうつむき気味にたこせんべいをかじりながら涙を流しているぼっちである。

 シュンの目はぼっちの、さらにその胸元に向けられている。

 思うことは一つ。

 

(デカかった)

 

 

 

 

 STARRYを出発する際、意識を失ったぼっちの運搬役を押し付けられたシュンは、彼女を背中に担いだのだが、

 

 むにゅん

 

「ぉおう?」

 

 人生において、あまりなじみのない感触が背中に来た。

 いや、ひょっとしたら赤ん坊の頃は日常的に触れていたかもしれないが、物心ついてからはほぼ初めてだ。

 

(いや、た、確かに。ジャージの上からわかる程度にはあったけどよ……)

 

 ジャージにもいろいろある。スタイルを強調するぴっちりしたのやオシャレのも。だがこいつが身に着けているのは、厚手でダボっとした芋ジャージだ。

 その厚手の布の上からも存在が確認できるそれが、布越しにシュンの背中に押し付けられている。

 

(惑わされるな、俺!相手は妖怪ピンクギターだぞ!)

 

 などと自分を叱咤するも、背負った時、座った椅子から起こす時、肩を貸す時、その度に思春期の少年の触感センサーがビンビンとその感触を拾い上げ、シュンの脳に報告する。

 

 落ち着け、落ち着くんだ俺!まず現実は認めろ。この妖怪は妖怪だが実は女だ。それもよくよく見れば確かに結構美人かもしれない。だが、所詮は妖怪だ。

 確かに腰も手足も細いし、そのくせ太ももとかはしっかりむっちりしてるし、あ、実は結構いい匂い?香水?コロンか?学校の派手目の女子がつけてる甘ったるい感じとは違う、ビターな感じのシックな芳香が……

 

(だから惑わされるな俺ええええっ!)

 

 等々。ぼっちが海を見て再起動するまでの1時間半。シュンは延々と懊悩し続けた。

 

 

 

 そんなこんなで現在。

 

 

 

「次は江の島ですよー!」

「えぇ……」

「あっ、はい」

 

 キターンと張り切る喜多を先頭として、彼女に引きずられるようにリョウとぼっちが続き、最後尾にシュンと虹夏。

 先行3人と距離が離れたところで、虹夏がシュンに近づき

 

「さっきからぼっちちゃんのこと、見過ぎじゃない?」

「がっ、な、なんのことだよ!?」

 

 耳元でささやかれた言葉に、上ずった声で返すシュン。

 そんなシュンを、虹夏は、普段からは考えられないような冷たい目で

 

「……えっち」

「―――っ!」

 

 精神的ダメージをシュンは何とか耐えきった。石塚なら膝から崩れ落ちていたところだろう。

 だが耐えるのに精一杯で、『運べって言ったの虹夏だろ』等といった反論を思いつく前に、虹夏は身をひるがえして駆け出して行った。

 

「おーい、待ってよー!」

 

 追いかける先の3人に向ける声に、先ほどの険は感じない。追って行って蒸し返すのも封じられた。

 

「畜生、今日は厄日だ」

 

 トボトボと、シュンはついていく。

 

「シュンのばか」

 

 虹夏が零した小さな言葉は、誰にも拾われず、波の音に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな甘酸っぱめの青春模様と同時刻、石塚は深刻な顔で彩人に言った。

 

「後藤に会うのが気まずいから、何か良いアイデアが欲しい」

「悪い、意味わからん」

「実はこの前……」

 

 かくかくしかじか、と話すのは先日のロインでのやり取り。

 

「―――というわけで、何かこう、気まずくならないような、良いアイデアはないか?」

「今のどこに気まずい要素があるんだ?」

「……いや、だって、折角『予定は開けてる』って言ってくれたのに」

「実際予定があって断ったんだろ?なんでそれで引け目を感じるんだよ?」

 

 実は直前の『無理メール』で精神力が削れて誘えず『用事がある』と偽った、とは流石に石塚も言えなかった。

 

「つーか、用事で合えなかったダチと偶然バイト先とかで会うとか、テンションあがるだろ、普通」

「?なんで?」

「いや、なんでって、ほら、『お!偶然じゃん!』みたいな?」

「……?」

 

 ピンとこない石塚に、戸惑う彩人。

 陽の民族と陰の民族。異文化コミュニケーションの難しさの実例がそこにあった。

 

「ともかく、店長がシラスの餌にされないためにも、喜多にロイン送るぞ」

「じゃあ、俺のことは伏せて……」

「どうせここ来たらバレるのにか?」

「これに入って顔を隠せば」

 

 と取り出したのは、完熟マンゴーのダンボール箱。

 

「どこにそんなのに入って人前に出る奴がいるんだよ」

 

 人前どころかステージに上がった人物がいるのだが、彩人はそれを知らない。

 

「今更だけどよ。石塚、お前、後藤の事、好きなのか?」

「……なんでみんな、そんな直ぐに気付くんだ。後藤は気づく素振りもないのに」

後藤の(気づかない)方がどうかしてるんだよなあ」

 

 基本的に、石塚は太々しい。積極的に波風を立てるわけではないし、周りに適当に合わせる程度の社会性はあるが、その内面は傍若無人といってもいい。他人に何を言われても、自分で必要と思わない限り、完全にスルーするタイプだし、親しくなれば言動に遠慮が無くなっていく。

 ただし後藤ひとり相手だと、過敏なほどに彼女の行動に影響される。

 

(こんな普通じゃない石塚見れば後藤だって気づく……いや、後藤の前だと常に“普通じゃない石塚”がデフォルトで、“普段の石塚”を知らないのか?

 それに、後藤ってどう見てもコミュ障だし……)

 

 それは兎も角

 

「悪いけど、もうロイン送った」

「!?」

「あっ、返信だ。相変わらずレス早いなあ。

 来るって。今エスカレーターで江の島登ってるらしい。降りた頃に迎えに行くぞ」

 

「お、おま……。ご、後藤は何て?」

「いや、喜多からの返事だけ」

「そ、うか……。彩人、結局、俺は後藤に会った時、どんな感じで行けばいいと思う?」

 

 彩人は、こいつ後藤が絡むとマジで面倒くさいなあ、と思いながら、

 

「『やあ、偶然だね』とか適当に言っておけよ」

「それでいいんだろうか?」

「おまけに『会えてうれしいよ』とでもつければ喜ぶんじゃね?」

「彩人、お前、それ、喜多にも言えるか?」

「なんでそこで喜多が出てくる」

「彩人は喜多が好き、というか気になってるんだよな?」

「……石塚、お前、なんで後藤以外に関しては、そう鋭い上に無遠慮なんだ」

 

 彩人は、こいつ後藤が絡まなくてもマジで面倒くさいなあ、と思いながら、

 

 

「まー、確かに、気にはなってる」

「告白したり付き合ったりしないのか?」

「10秒くらい前の自分に言ってみろよ、それ」

 

 彩人は頭を搔きながら

 

(まあ、こいつには言ってもいいかな)

 

 石塚は、他人だ。学校や部活のコミュニティの外の人間だ。

 なら、普段あまり言えない愚痴や本音を、ちょっとくらい漏らしてもいいだろう、

 

「……グループ内での空気でさ、前にちょっとトラブって、そういうの、ダメなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実は中学の頃、グループ内で付き合った子達がいたんですよ」

 

 同じ頃、エスカレーターに乗りながら、喜多が話していた。

 

「最初は上手くいってたんですが、付き合いだしてから相手のいろんな所が見えるようになってから上手くいかなくなったらしくて。

 それですぐに別れてればまだ良かったんでしょうけど……」

「同調圧とか、友達の手前、別れたりするのが空気読んでないみたいで気まずくて、とか」

 

 リョウの推測に、喜多は頷く。

 

「貯めこんじゃったせいで、最後は大爆発して、酷いケンカ別れになって」

 

 それだけで済めば、まだ良かったのだが

 

「その二人、結構人気者っていうか、グループの中心、みたいな子達だったから、まあ、いろんな方向に飛び火しまして。クラスどころか学年全体が険悪な感じに……」

 

 人気者同士の破局でそれぞれの支持者で二分、という単純な話ではなかった。

 人気者は妬みも買う。立場を変わってやろうという敵もいれば、さらにそれに敵対する者もいて……。

 

「1学期のことで、何とか夏休みに入ってクールダウンしたんですが……7月は地獄でした」

 

 喜多の陽のオーラが反転したかのような、とんでもない闇のオーラ。

 心なしか、エレベーターが進む速度も遅くなった気がする。

 

(ここはブラックホール)

(地雷踏み抜いたかあ)

(ブラック郁代。いや、喜多サンブラックと名付けよう)

(面白がってる場合かよ)

 

 一名除き、沈痛な面持ちの面々の様子に気付いた喜多は、慌ててあえて明るい表情を作り

 

「に、二学期になったら落ち着きましたよ!

 恋愛自粛!みたいな雰囲気になってましたが、クリスマスの頃にはみんな裏でちゃっかり彼氏とか作ってましたし!……約束したんですけどね、作ったら報告するとか……」

「おーい、いくよー。また重力崩壊してるぞー」

「ハッ!ま、まあそんな感じで!友達同士での恋愛ってのはちょっとー、っていうのがありまして」

「あー……確かに、友達同士で色恋沙汰になって、は、後々色々面倒くさそうだよねぇ。

 バンド内恋愛もトラブルの元、っていうし」

「そう、だなあ」

 

 げんなりとした顔の虹夏と、思い悩むような表情のシュン。

 

「そういうわけで、彩人くんとは、ちょっとそう言うのは考えないようにしてるので……」

「おーけー。そういうことなら、ね」

「はい。なので―――ここは後藤さんと石塚君の話にしましょう!」

 

 笑顔で矛先を変える喜多と

 

「はへぇ?」

 

 完全に油断しきっていたぼっち。

 

「実は彩人くんのバイト先に、偶然石塚君もいるみたいなんですよ!」

「え、ホント?偶然!」

「な゛っ!?」

 

 手を叩く虹夏と、異音を発するぼっち。

 

「石塚って、イレナンの?この間、テレビに出たって聞いたな」

「ケーブルテレビの情報番組だっけ?」

「すっごいよねえ。秋田の鬼フェスにも呼ばれたんでしょ?」

「はい!同い年の知り合いでそんなに活躍している人がいるって、なんか不思議な感じですよね。―――ね?後藤さん?」

 

 と、喜多がぼっちを向くと、

 

「あ、あわ、あばば、つ、つる、吊るされ、火あぶり、処刑……」

「ぼっちちゃんの顔がまた崩れてる」

「ご、後藤さん!どうしたの!?」

「……やっぱ気の迷いだよな、うん」

 

 何かを確かめるように頷くシュン。

 そこで丁度、エスカレーターの連結点にまで到達。

 行動不能になったぼっちを、シュンは虹夏の視線を気にしながら、胴体に触れないように脇道に寄せて、

 

「ぼっち、石塚となんかあったの?」

 

 踏み込んだのはリョウだった。

 

「吊るすとか、火あぶりとか、ただ事じゃないしねえ」

「何かあったの?後藤さん?」

「あっ、はい。その実はこの前、花火に誘われて……」

『えっ?!』

 

 衝撃の事実!ぼっちは夏休みずっとお一人様状態ではなかった!

 そのことに、シュンを含めた全員が言葉を失い

 

「それでその、ちょっと予定があったので、断ってしまいまして」

『はあああああああっ!?』

 

 更なる衝撃の事実。ぼっち、石塚を振っていた!

 最初に食い付いたのは喜多だった。目を輝かせながら

 

「いつ!?どんな風に!?どんな感じで!?」

「え、えっと、一週間くらい前です。ロインで、今日、花火大会があるから二人でどうだ、って。

 けど、その日は、ちょっと用事があって無理で……」

「ぼっち、毎日予定空けてたんじゃないの?」

「た、たまたま、その日は急な用事ができたんです。い、いやあ。残念だったなあ、えへ、うへへ」

「んで、その、吊るされるとか、火あぶりとかは何なんだ?」

 

 シュンの問いに、『男子に誘われたけど用事があって断った私』というシチュエーションでやや自尊心を増大させていたぼっちが、一気に萎んだ。

 

「……石塚君って、今を時めく大人気インディーズバンドじゃないですか?

 そのお誘いをぼっちで陰キャの私が断るとか、どう考えても処刑されるとしか」

「いや、流石にない、んじゃないかなあ?」

 

 けれども、火力強めのファンとかがいるかもしれないしなあ、と虹夏は思った。

 他方、喜多は目を輝かせた状態のまま

 

「他の日とか、誘ったり、誘われたりしなかったの?」

「あ、よ、予定を開けてることは伝えたんですが、今日以外は忙しいから無理、と」

「バンド活動も忙しいだろうからね。石塚、今日もバイトで海の家に来てるんでしょ?」

「はい。4日前からずっと、昼前から夕方までだそうです」

「イレナンって売れてんじゃないのかよ?」

「お姉ちゃんも人気バンドだったけど、いつもお金ないって言ってたっけなあ」

 

 なかなか世知辛い。バンドで成功してリッチマン、という夢をぼっち程ではないにしても夢想する少女たちはため息をつく。

 いや、今はそんな暗い未来を考える時ではない。それよりも、目の前に転がってるぼっちのコイバナだ。

 

「石塚君って積極的なのね。ライブ以来のはずなのに、いきなり二人でデートに誘うなんて」

「デッ!?あ、そ、その、それは違うと思います。私なんか、デートになんて……。

 あ、あと、ライブ以来では、ないです」

「ライブの後、どっかで石塚くんと会ったの、ぼっちちゃん?」

「あ、いえ。直接会ったんじゃなくて、その、打ち上げの後、帰り道で電話で」

「石塚からかかってきたの?」

「いえ、その私から」

 

 ややテンパり気味のぼっちは、その意味を自覚することなく、何でもないような口調で

 

「なんか、石塚君の声、聞きたくなって」

 

 

 沈黙。少しまばらになってきた蝉の声と、観光客の遠い喧騒。

 急に押し黙った4人の様子に、ぼっちは少し不安そうに首をかしげる。

 4人は目くばせをした後、代表として喜多が、恐る恐る

 

「それ、石塚君にも言ったの?声が聴きたくなった、って」

「あ、は、はい」

「そう―――ちょっとタイム」

 

 ぼっち以外の4人は素早く円陣を組み

 

「どう思います?」

「ぼっちのこと?石塚の事?」

「両方です」

「ぼっちちゃんは無意識じゃない?恋愛とかそういうの、まだ疎いっぽいし」

「石塚の方は?」

「そら死んだろ。俺だって虹――もしも!もしも好きな女とかがいて、そいつから夜に『あなたの声が聴きたくて』なんて電話かけられたら、よ」

「まあ、死ぬね。その死んだ脳味噌のまま、花火デートに誘って断られた、と」

「けどその後は後藤さん、予定空けてたんですよね。なのに用事があってデートできないって」

「本当に外せない用事だったのか、高度な恋愛ゲームの駆け引きか……どっちだろ?」

「ヘタレただけだね、石塚だし」

 

 結論は出た。

 円陣を解いた四人はぼっちを見た。知らずに自ら荷馬車に飛び乗った食肉用の家畜を見る目だった。

 びくっとするぼっちに大して喜多が

 

「後藤さん、ちゃんと責任取ってあげないとダメよ」

「えっ、そ、それは、そのどういう……」

「そういう所だぞ、妖怪ピンクギター女」

 

 ぼっちに対する評価を少し改めながら、シュンはため息交じりに言ったのだった。

 

 

 

つづく




当方、ぼっちちゃんは魔性の肉体を持つ派です。
というか、芋ジャージの上からでもある程度女性的なラインが分かるって相当では?


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Chapter21 石塚太吾と後藤ひとり その6

ああ、ぼざろアニメが、1期が終わる……


 日が傾きかけた頃、石塚と彩人は結束バンド組との待ち合わせ場所に向かっていた。

 江の島から出てすぐの、橋の袂あたりだ。

 

「トンビ、今日は多いな」

「やあ、偶然だね。やあ、偶然だね。やあ、偶然だね。やあ、偶然だね」

「……言っとくが、今から待ち合わせ場所会いに行くわけだからガッツリ必然だぞ?」

 

 などと言っていると、堤防に腰を掛けている結束バンドの面々が見える。名物の塩アイスを食べているようだ。声をかけようか、と思った時だった。

 

「あ、後藤、アイス盗られた」

 

 トンビだ。

 観光客が食べ物をかっさらわれる光景は、バイトをしていて稀に見かけるものだったが

 

「……おい、まずくないか?」

 

 上空に、見慣れない数のトンビが集まってきたかと思えば、それらはほぼ同時に滑空。

 狙うのは―――

 

「後藤!上!」

 

 叫んで、石塚は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは弱小な生命体の直感とでもいうべきか。アイスを盗られた瞬間、ぼっちは確信していた。

 

(私、狙われている……!)

 

 見上げれば、十羽近いトンビの群。

 

「は、はあ、はわあああ……」

 

 恐怖しながら見上げると、奴らが一斉に急降下してきた。

 

「うわああああああっ!」

 

(つ、啄まれる!)

 

 もはやこれまで、と、ぼっちが身を竦めた時だった。

 

「おい!離れろ!」

 

 ぼっちに覆いかぶさるように、彼が駆けつけた。

 脱いだパーカーを振り回し、トンビを追い払う。

 弱っちい獲物、とぼっちを認識し、襲い掛かってきたトンビは、急な乱入者に驚き、彼女を襲うのを諦めて飛び去った。

 

「大丈夫か?後藤」

 

 トンビを追い払った後、彼はぼっちに声をかけた。

 その姿を見上げてぼっちは

 

「……え、誰?」

「一応、クラスメイトだよな、俺ら」

 

 彼―――皆実彩人は呆れたように言った。

 

「ハァ、ハァ、だ、大丈夫かっ、後藤……っ!」

 

 彩人の背後から遅れて、息を切らせた石塚が駆け寄ってきた。

 

 

 ぼっちが襲われそうだ、と察知した瞬間。石塚と彩人は同時に駆け出した。

 石塚は所詮バンドマン。彩人はバスケ部で、それも1年にして冬の大会でレギュラーが確定しているエース候補だ。

 砂地のダッシュ走のタイム差は歴然だった。

 

「……まあ、後藤が助かったからそれでいいけど」

 

 自分に言い聞かせるように石塚は言って、ぼっちに手を差し伸べた。

 

「立てるか?」

「あっ、は、はい」

 

 石塚の手をぼっちがとった時だった。

 

 

 

 

 

 トンビたちは、あきらめていなかった。

 いや、あの弱そうなムカつく生き物を襲撃することはもう無理だろうが、このまま引き下がるのはシャクだった。

 しかし、近づけばさっきの強そうなのが反撃してくる。

 ならば、飛び道具だ。

 

 

 装填良し!狙い良し!―――投下!

 

 

 べちゃっ!べちゃっ!べちゃっ!

 

 3羽が放った三発のそれは、目標の頭部、上半身、下半身に一発ずつ弾着。

 

「こらぁっ!ぅ゛あっちいけぇ!」 

 

 弱そうなのの近くにいた別の奴が大声を上げるが、無視。

 もう用事は済んだとばかりに、トンビたちは飛び去った。

 

 

 

 

「……」

 

 トンビの糞を3発。全身に浴びたぼっちは無表情だった。

 そのぼっちに、石塚は沈痛の面持ちで

 

「海の家、シャワーとコインランドリーあるから。行こ」

「ひぃん」

 

 石塚の言葉の温かさに、氷結した感情が解けたかのように、ぼっちは半べそを掻きながら頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!どうしたの?トンビにやられた!?

 そりゃ災難だったね!シャワー使いなよ!石鹸とシャンプーはおまけするからさ!

 あと着替えも貸すよ!バイト用の服だけど!」

 

 海の家でぼっち達を待ち構えていたのは、到着してすぐに遭遇したパリピ達だった。

 一瞬、またぼっちが爆発四散するのではと警戒した虹夏達だったが、糞直撃で流石に凹んだせいか、爆発する気力すらなかったぼっちは

 

「あっ、はい。あ、ありがとうございます」

 

 と、いつもより俯いた状態でシャワーに向かった。

 一方の虹夏達はというと、

 

「ヘイ!シラス丼3丁!」

「わぁい」

「イソスタにあげなきゃ!」

「私は、お腹いっぱいだからいい」

「お前の分は最初から頼んでないっつーの」

 

 運ばれてきたシラス丼は、海の家とは思えないクオリティだった。

 

「あっ、おいし」

「郁代!やっぱ私も、一口」

「はい、リョウ先輩!あーん」

 

 などと虹夏達が楽し気にしていると、それを見掛けた客が、ボチボチと引き寄せられてくる。

 それを見ながら彩人が

 

「……行けますかね、店長」

「ん~、もうちょい起爆剤欲しいねえ」

 

 ちょっとずつ増えてくる客足を見ながら店長は腕を組んで考える。

 その横で、石塚は注文されたドリンクを用意しながら、シャワールームの方を見てぼやいた。 

 

「後藤、遅いな」

「ん?まあ女の子だからねー、シャワーは長いさ!」

「……着替え。女性バイト用の服って言ってましたが、どんなんですか?」

「そういや、女のバイト、みたことないな」

 

 彩人達がバイトに入ってから、スタッフは店長含め全員男だった。

 男はハーフパンツかサーフパンツで、追加でパーカーか、店のロゴが入ったTシャツを着用可能、というのがルール。あと、星型サングラスは備品だ。

 ちなみに彩人は自前のパーカー。石塚はTシャツ。店長達はサーフパンツorハーフパンツのみに、星型のサングラスをお揃いでかけている。

 じゃあ、女性スタッフは……と、思っていると、

 

 

「ぁ、あの!」

 

 着替えが終わったのか、ぼっちがランドリールームからでてきた。

 

 

 

 ピチTとホットパンツだった。

 

 

 

「こ、これ、さ、サイズ、合ってるんでしょうか?」

 

 おずおずと、全身を隠す様に身を縮こませながらでてきたぼっち。

 

「FOOOOO!!似合ってるねお嬢さん!」

 

 ぼっちにむけて笑顔でサムズアップする店長。

 なお、断言するが、彼には一切の下心は存在しない。

 純度高めのパリピである彼にとって、体のラインが出まくりのピチピチなTシャツと、太ももまで丸見えのホットパンツは、海辺の女の子が着る服として標準的、常識的な衣装であり、むしろ芋ジャージこそが異装なのだ。

 

 さて、そんな生足が魅惑的なぼっちへの反応はというと

 

「…っ」

 

 と膝から崩れ落ちた石塚と

 

「まあ、そうなる気はしてた」

 

 とむしろ石塚の方に目をやる彩人。

 

 他方、結束バンドの面々はというと

 

「ほほう!ぼっちちゃん、そういう方向もありだね!」

「甘い系以外も似合いますね!」

「んひぃ……」

「もう。普段からジャージ以外も色々着ればいいのに」

 

 目を輝かせて寄ってくる虹夏と喜多。

 リョウは真剣な表情で

 

「ふむふむ」

「あ、あの、なにか……」

「ビジュアル方面で売り出すのも……ありか」

「え゛?」

「ぼっちはダイヤの原石だったのか」

 

 目が$マークになった。

 

「うん。今後、ぼっちのTシャツは1サイズ、いや2サイズ小さいのにしよう」

「ひっ!」

「あとミュージックビデオは水着、いや、ライブも上は水着で行こう」

「む、無理です!」

「今は動画の再生数こそ全て!多少の犠牲はやむを得ない」

「むむむむむむむむむむむむっ!」

 

 金に目のくらんだリョウの無理な押しに、無理無理ヘッドバンギングで対抗するぼっち。

 

「あはははっ。シュンはどう思う?」

 

 と、虹夏が声をかけるが、シュンは応えなかった。

 彼は一点を凝視していた。

 いや、正確にはその瞳は左右に動いていた。見つめる対象が左右に揺れていたからだ。

 それは、ぼっちの胸だった。

 

「むむむむむむむむむむむむっ!」

 

 と、頭を振るぼっち。その動きに従い、ぴっちりサイズの布地で強調された乳房が、右に左に揺れ動く。

 少年の瞳は、その動きにくぎ付けとなっている。

 

「……シュン」

「っ、な、なに?何だよ」

「何見てるのかなあ」

「べ、別に(チラッ)何も(チラッ)みちゃ(チラッ)いねーよ(チラッ)!」

 

 冷たい虹夏の視線にさらされながらも、本能が彼の視線を双丘へと誘う。

 

「……むぅ」

 

 いよいよしかめ面が深くなった虹夏は、少し何か考えてから、

 

「―――店長さーん!ちょっといいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――はっ!マーメイド!?」

「あ、お、起きたんですね」

 

 石塚が目を覚ました。

 場所は海の家の裏手。スタッフの休憩スペースを兼ねたベンチだった。

 そこには石塚の他にぼっちもいた。

 ぼっちの格好を見て、石塚は意識を失うことはなかった。

 厳密にいえば、ピチTとホットパンツは変わらなかったが

 

「あの、皆実君が、これ、貸してくれて」

 

 その上から、男物のパーカーを着ていた。

 いわゆる、彼シャツ状態である。

 背の高い皆実のパーカーは、ぼっちにはぶかぶかだ。前を閉めて着ているその姿は、きゃしゃで小柄な少女らしさを強調していて、非常に魅惑的に見えた。

 ただし、繰り返すがそれは皆実の服である。

 

 好きな子が 他の男の 服で彼シャツ(字余り)   ※ただしめっちゃ可愛い

 

「ああ」

 

 石塚は理解した。

 

「ジョージさんやイライザさんの言っていた脳が破壊されるって、こういうのを言うのか」

「え?あ、あの、それはどういう」

「いや、何でもない。ちょっと、新しい曲の構想を得ただけだから」

 

 と、言った所で、石塚は思い出す。

 

「ヤバい、今バイト中だった!後藤!俺、どのくらい寝てた!?」

「え。あ、その、大丈夫です。ほんの10分くらいですし。

 それに、今は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石塚が目を覚ました頃、海の家に、ピチTとホットパンツの女子が増えた。

 

「ということで!ぼっちちゃんに着替えとか貸してくれたお礼と、そのぼっちちゃんが石塚君をノックアウトしちゃったお詫びに、ちょっとお店を手伝うことにしましたー」

「いーのかい!?バイト代とか出せないよ?」

「いえいえ、構いませんよ。これも夏の思い出ってことで!」

「怠ぅ……」

 

 海の家でのバイトというイベントに乗り気前回の喜多は、シャツの裾をさらに縛った装い。

 喜多に引っ張られて渋々なリョウは、頭に例の星型サングラスを乗せている。

 そして、

 

「どうかな、シュン?」

 

 所在投げに座っていたシュンと目線を合わせるように、前屈みになって尋ねる虹夏。

 

「に、に、似合う、んじゃねえの?」

 

 顔を赤くして、そっぽを向くシュン。だが、やはり所詮は思春期ボーイ。

 その目線は、眼前の魅惑に逆らえず、ちらりちらりと胸元や足に引き寄せられる。

 

「……ふーん、ぼっちちゃんだけじゃ飽き足らず……。節操ないなー」

「っ!さっきっからなあっ!」

 

 流石に腹が立って、食って掛かろうとしたシュンは、虹夏に食って掛かろうとして、

 

「―――」

 

 言葉を失った。

 予想していたのは、江の島に行く前にされた、冷たい軽蔑するような表情。

 しかし今、目の前にいる虹夏の表情は、嬉しそうな、いたずらっぽい笑顔だった。

 

「シュンのえっち!」

 

 そう言った顔が赤く見えたのは、夕日のせいか、気恥ずかしさか。

 虹夏は身をひるがえし

 

「さ!リョウ!喜多ちゃん!呼び込み頑張るよ!」

「ハイ!」

「えぇ……」

 

 仲間を引き連れビーチに出て行く虹夏を、呆然と見送るシュン。

 そんな光景を、バックヤードから戻ってきた石塚が見て

 

「……人が脳破壊喰らっているというのに」

「おーい、石塚!戻ってきたんなら手伝え!」

「……」

「な、なんだよ」

「どうして……どうして俺の服を剥いて後藤に着せず、自分の服を貸したんだ、彩人!」

「質問の意味が分かんねえよ!」

 

 太陽が、水平線に触れつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり暗くなっちゃったわね」

「す、すみません。ジャージ乾くのに、時間かかっちゃって」

 

 8月も末になれば、日が落ちるのも早くなる。

 西の空に夕日の残照が残る頃、結束バンドとシュンに加え、バイト組の2人も一緒に帰りの電車に乗った。

 

「シラス丼も売れて、店長さんも喜んでたね。完売まではいかなかったけど」

 

 虹夏はそう言って、ビニール袋の中を見る。中身は保冷剤とパッケージングされたシラスだ。

 

 

 

 虹夏達が手伝い始めてから、海の家は一気に客足が増えた。

 虹夏目当ての男客が、と思いきや、女性客が明らかに増えた。

 

「やっぱ女の子のスタッフがいるだけで、お客さんが安心して入ってくれるんだよねー」

 

 とは店長の談。それが分かっててなんで女性スタッフを入れなかったかと聞くと

 

「いやあ、ホントは2人来る予定だったんだけど、体調不良とかでね!」

 

 その空いた枠の分で緊急募集で入ったのが、彩人と石塚だったというわけだ。

 

 ともあれ、帰りがけのサーファーに加え、ナイトダイビングの準備に来た客相手に、シラス丼はだいぶ売れた。

 こうして店長は一命をとりとめ、そのお礼として余ったシラスを貰えたというわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そ、それじゃあ、喜多さん。また、明日」

「じゃ。彩人、今度、ライブとかの予定とか送る。暇なら来て」

 

 藤沢駅にて、ぼっちと石塚が離脱した。

 二人はここから東海道本線で横浜まで。他のメンバーはそのまま江ノ島線で下北沢へ行く。

 社内に残ったのは5人だが

 

「みんな寝ちゃったね」

「だな」

 

 電車に乗って早々、虹夏とリョウは寝入り、藤沢の手前でシュンも船を漕ぎだした。

 起きているのは喜多と彩人の二人だけだ。

 

「あーあ、夏も終わりだなあ」

「そうね」

 

 すっかり暗くなった窓の外、流れる夜景を眺める。

 

「もっとバンドのみんなと遊びに行けばよかった」

「意外だな。喜多のことだしバンドメンバーともいろいろ遊び歩いてるとばかり思ってたぜ」

「ちょっとー、それどういう意味?私達、真面目にバンドやってるのよ?四人で集まる機会があるなら練習するに決まってるじゃない?」

「今、遊びに行けばよかったーって言ってたくせに」

「むー」

 

 人気もない車内で取り留めなく続く会話。

 不意に、少し気になっていたことを、彩人は尋ねた。

 

「なあ、喜多。なんで学外バンドなんだ?」

「え?」

「バンドだったら軽音部とかあるだろ?なのに、なんでわざわざ学外バンドなのかなって」

「ああ、それね。最初は不純なんだけど―――」

 

 それは、以前聞いていたのと、ほぼ同じ内容。

 ベースを弾いていたリョウに一目惚れして、それを追いかけるようにバンドに入った経緯。

 そして

 

「それと、みんなで一緒に過ごして、同じ夢を追って。なんかそういうのに憧れたの。ほら、私って部活とかやったことなかったし」

「じゃあ、なおさら部活とかにしといた方が、楽だったろ?」

「えー。だってリョウ先輩いないじゃない」

「結局そこか」

「アハハハ」

 

 ひとしきり笑ってから、喜多が、少し真面目な面持ちでつづけた。

 

「……それだけじゃなくてね。

 なんか、なんていうか『自分で選びたかった』ってのもあるんだ」

「自分で?」

「例えばクラスの行事とか、文化祭とか体育祭は、組分けとか決まってるじゃない?

 部活だってそう。結局は同じ学校の中の人同士の組み合わせでしょ?

 けどバンドは、結束バンドはそう言う枠も柵もなしで、この広い世界の中で、無限に近い自由な選択肢の中から選んで、出会って、つながった仲間じゃない。

 それが凄く……なんていうんだろう、逆に、強いつながりに思えたんだ」

 

 この国において、大多数の学生の交友関係は、学校という箱の中で展開される。

 狭い世間、限られた選択肢で、半ば仕方なく構成される友人関係やグループ。

 それは、どこまで自分の意志だと言えるだろうか?強い絆と、言えるだろうか?

 

「―――あっ!ご、ごめんね!その、学校の友達や、部活のことを否定にするつもりはないの!

 ただ、その、なんていうか……」

「いや、わかる」

 

 彩人の無言を、否定的な意味に捉えたのか、喜多が慌てて謝ってくるが、彩人は首を振った。

 

「分かる。なんか―――時々息がつまるよな」

 

 学校の友達のことは嫌いじゃない。バスケ部の仲間のことも嫌いじゃない。

 だが時々、打算がよぎるのだ。

 今後2、3年は顔を突き合わせなくてはならない相手だ。上手く付き合わないと、と。

 

「ここ数日、石塚相手は気楽だった」

 

 変な奴だ。

 太々しく、鈍感力高めで、クールなタイプかと思いきや、後藤が絡むと突如ヘタレのポンコツと化す。

 無遠慮だし、発想の基本が根暗だし、バンドマンだし。

 

「いつでも付き合いを切れる相手で、だからこそ一緒にいて楽しいって、楽しいから自分の意志で一緒にいるって、そう言い切れるんだよな」

 

 いつでも切れる関係。自分の意志でつなぎ続けないと切れてしまう関係。

 だからこそ無遠慮にぶつかれるし、ムカついたり面倒だと思っても、ついついロインを交換して、友達を続けたいと思ってしまう。

 

「喜多も、なんか普段よりハッチャケてたよな」

「そうかな?けど、彩人君だって石塚君相手だとなんか普段より楽しそうだったわよ」

「そうか?」

「そうよ」

「そうかもな。

 なんか、いいよな。学校とかそう言うの関係ない仲間とか友達って」

「……うん!」

 

 そう言って、二人は笑い合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(気まずい!)

 

 同じ頃、ぼっちはストレスに晒されていた。

 いや、いつもただ存在しているだけでストレスを感じているぼっちだが、今のは格別だ。

 ストレッサーは隣の石塚だ。

 

(何か、何か話さないと!こう、場を盛り上げられるような、イケてる感じな話題を!)

 

 思考を空転させるぼっち。もちろん、陰キャでコミュ障な彼女にそんなものは思い浮かばない。

 その一方で、石塚も

 

(どうにか、何か後藤が興味を引くような話題はないか……!)

 

 同じ様に思考を空転させていた。

 やがて二人は、とりあえず何か言わないと、と決意を固め

 

『あ、あの!』

 

 被った。しばしの沈黙の後

 

『ど、どうぞ……』

 

 異口同音で同じ言葉が漏れる。

 そして再び始まる沈黙。

 

 ああ、このまま横浜まで無言のままだろうか?

 

 二人そろってそんな絶望感に浸っていると―――石塚のロインにメッセージがあった。

 頼光だった。そのメッセージを呼んで、石塚が

 

「アルバム、決まったのか」

「ぇっ?」

 

 アルバム、そのキーワードにぼっちが反応した。

 

「あの、それって、ひょっとして」

「ん、ああ。―――プロデビューって奴、かな。

 まだ、正式発表じゃないんだけど、この前レーベルに入ってさ。アルバム出す日程も決まったんだ」

「そ、そうですか。その、おめでとうございます」

 

 そういうとぼっちは、座席から降りて、やおら地面に正座した。

 

「……どうした?」

「いや、アルバムを出すようなプロバンドマン様と同じ高さに座るなんて、このフナムシバンドマンには恐れ多く……」

「いいから、ちゃんと座りなよ、ほら」

「は、はいぃ」

 

 促され、ぼっちは再び椅子に座る。

 

「大丈夫だろ」

「え、あ、何がですか?」

「後藤なら、すぐさ」

「な、何が?」

「デビュー。後藤と、結束バンドならできる」

 

 まっすぐに、向けられた石塚の視線に、ぼっちは少しどぎまぎしながらも

 

「あ、その、ありがとう、ございます」

 

 ちょっと引きつっていたかもしれないが、俯き加減だったが、確かに笑って返したのだった。

 

 

 それから、横浜につくまで二人の間に会話はなかった。

 だが二人とも、気まずさは感じていなかった。

 

 

 

 

 

 夏が、終わる。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

その夜

 

リョウ 「アツシー。お土産のシラス。あと、膝枕しろ」

敦   「おや、何かあったんですか?」

リョウ 「別に。どいつもこいつもトロピカルラブ過ぎて、ちょっと当てられただけ」




ロスにも負けず冬の寒さにも負けず、今後もこの二次創作を、とりあえずアニメ1期分までは続けられるよう頑張ります。


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文化祭ライブ編
Chapter22 皆実彩人と喜多郁代 その3


世間では12話がぼざろの最終回だという悪質なデマが……いや、分かってます。
原作読みつつ楽曲聞きつつ、来たるべき2期を待ちながら執筆がんばります。


 秘密や嘘のツケは思わぬタイミングで支払う羽目になる。

 ぼっちがそれを思い知ったのは、新学期最初のホームルームの時だった。

 

 文化祭の出し物決めの時間。一致団結などの青春キーワードで意識を失い、文化祭ライブ妄想。そこから覚めればクラスの出し物はメイド・執事喫茶に決定済み。メイド服を着なくてはならなくなった事実に吐き気を抑えていた時、

 

「文化祭ステージでの個人の出し物を希望する人は、生徒会室前のボックスにこの用紙を提出してください」

 

 司会をしていた文化祭実行委員がいったその言葉と、

 

「クラスの誰かがライブとかしたら、私惚れちゃうかも」

 

 クラスメイトの一人が言った言葉。

 文化祭。ライブステージ。意識消失時の妄想。

 すぅっ、と無意識に潜む承認欲求モンスターに体を乗っ取られる直前、

 

「後藤はステージでライブするよな?」

「へ?」

 

 ちょっと離れた席からかけられた言葉に、消えかけていた自我が引き戻された。

 声をかけてきたのは、皆実という男子だ。江ノ島で助けてくれた、喜多さんの友達。

 

(そ、そういえばクラスメイトだったっけ)

 

 今更、とは言わないでやって欲しい。

 他人と目を合わせることができず、陽キャ相手に至っては直視することすらできない。そんなぼっちが、バスケ部の次期エースと目されるクラスの中心の男子の顔をまともに見ることなどできようはずもないのだから。

 一方、ぼっちの微妙な距離感とは裏腹に、皆実彩人はぼっちに対して、完全に友達距離感で

 

「結束バンドのライブ。楽しみにしてるぜ?」

「うぉっ、眩しい……っ!」

 

 彩人の笑顔から放たれた光に、思わずひるむぼっち。

 そんな彼女を追撃するかのように、彩人の言葉に興味をひかれたクラスメイト達が

 

「えっ、後藤さん――だよね?ってバンドとかするの?」

「そういえば春、楽器持ってきてたよな」

「あ!私、噂で聞いたことある!喜多ちゃんと一緒のバンドなんでしょ?」

「えー!ホント!カッコイイー!」

 

 クラスメイトが文化祭のステージに上がる。

 文化祭の出し物決めの直後というタイミングに突っ込まれたその情報は、まさに火に油。

 急にクラスのトレンド入りしたぼっちは

 

「うへ、えへ、い、いや、まだその、駆け出しのバンドですから」

 

 承認欲求を満たされていた。

 

(そう、これ!これだよ!最初にギターを持ってきた時、こうなって欲しかったんだ!)

 

 クラスの話題の中心。みんながちやほやしてくれる。ああ、なんて素晴らしい。

 音楽最高。ロック最高。ありがとうエルビス・プレスリー。

 そんな風に思っていたぼっちの耳に、彩人とクラスメイトの会話が届いた。

 

「なあ、後藤さんって上手いの、ギター?」

「ああ。前にライブ見に行ったら凄かったし、動画の方とか、もっと上手だったぞ」

「動画?」

 

 ―――動画?え?あれ?ちょっと、それって……。

 

 幸福感に溶けかけ、蒸発しつつあったぼっちが一瞬で固体に戻る。

 ギリギリと軋む音を立てながら彩人の方を向くと、彩人はスマホを操作しながら

 

「ああ。学外の知り合いが、1人で弾いてる時の後藤はマジでヤバいってすごい勢いで推してきてさ。

 あー、これだギターヒ「うぼぉぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 ぼっちが放った断末魔の如き絶叫が、教室内の喧騒ごと皆実の言葉を遮った。

 全員の注目を浴びたぼっちは、増えるワカメの逆再生動画のような勢いで萎みながら

 

「ぶ、文化祭への参加はバンドメンバーとの協議の上で、け、決定します。その、続報は、あとで……」

「あ、うん」

 

 ぼっちを一番近くで囲んでいた女子が頷き、とりあえずその場はお開きとなった。

 

 

 

 

 

「お願いします!どうか!どうか動画の事だけは内密に!何卒!何卒!!」

 

 放課後、人気のない用具置き場、ぼっち曰く謎スペースで、ぼっちは彩人に土下座していた。

 された方の彩人は怯えの混じった困惑顔で

 

「わ、分かった!分かったからやめろよ!」

「ほ、本当ですか?かかか代わりに私は何をすれば?」

「まず土下座やめてくれ!誰かに見られたらマジで困る、ってか社会的に死ぬ!」

 

 埃まみれの床に髪がつくのを一切気にしない全力の土下座。クラスメイトの女子にそんなことをさせてるシーンを誰かに見られたら、彩人の学生生活は試合終了だ。安西先生だって諦める。

 どうにか土下座モードから、三角座り形態に移行したぼっちに

 

「けどさ。なんでクラスの奴らとかには秘密なんだ?」

「そ、その、クラスメイトにっていうか、そこから喜多さんとかにバレたら困るなっていうか」

「え?結束バンドの仲間にも黙ってたのか?」

 

 てっきりギターヒーローとしての腕を買われてスカウトされたのかと思っていた彩人。

 しかし実際はたまたま公園にいたギターを拾ったらSSRだったという虹夏の鬼引きである。

 

「その、わ、私って、1人だと、まあ、ちょっとプロレベルで弾けますけど」

 

 一瞬のイキリモードを経て

 

「けど、他人と合わせるのは、まだミジンコレベルで」

「石塚も言ってたな。他人と合わせる……セッション?だっけ?後藤はそれが苦手、っていうか経験が少なくてできてないって」

「け、経験してもなかなか慣れませんけどね。ほら、私、根暗の陰キャの微生物ですし」

「いや、そこまで言ってないけど」 

「だ、だから!もうちょっと人と合わせる練習して、ギターヒーローとしての実力を発揮できるようになってから、みんなには言おうと。……虹夏ちゃんには、この前のライブでバレちゃましたけど」

「なるほど」

 

 彩人は事情を理解した。

 そういうことならば、ギターヒーローのことは秘密にしよう。まあ、それ以前に、土下座交渉で言わないと約束させられているわけだが。

 

「あ、あの、それでですね?ちょっとお伺いしたいことが……」

「ん?なに?」

「え、えっと、私がそのギターヒーローだって言うのを、いったい誰から……」

「石塚から」

「石塚君が?―――あっ」

 

 言われて、ぼっちは思いだした。

 オーディション前、ギターヒーローのチャンネルを教えていたこと。そして

 

(く、口止めしてなかったっ!)

 

 そもそも口止めが必要とは思っていなかった。

 虹夏達とは学校違うし、そんな滅多に会わないし、と。

 だが、今回のような例を見るに、意外と人の縁とはつながるものらしい。

 それがどこからどう経由して、喜多やリョウの耳に入るかわからない。

 今更遅いかもしれないとは思いつつ、ぼっちはロインを起動。

 

 

『石塚君、お願いします。ギターヒーローのことは、どうか二人だけの秘密ということで、他の人には言わないようにしてくれると助かります』

 

「あ、皆実君にはもう言っちゃってるから、二人だけの秘密にはならないか……ま、いいや」

 

 送信後、ぼっちはそのことに気付いたが、まあ些事だと思いすぐに忘れた。

 

 

 

 

 

 ロインのメッセージに気付いた石塚は、隣を歩いていた頼光に声をかけた。

 

「先輩。記憶消す方法ってなんか心当たり有りません?」

「おん?なんや、忘れたい黒歴史でもできたんか?」

「いえ、後藤と二人だけの秘密を作るために、先輩らの記憶ぶっ飛ばす必要があって。鈍器とかでいけますかね?」

「時々サイコパス風味になるなあ、石やん」

「イレナンのメンバーの他は……彩人か。よし」

 

 

 

 

 

「ま、あれだ。ギターヒーローはおいておいて、ライブの方、マジで期待してるからな」

「あ、あの!も、もう一つ!聞きたいっていうか、知恵を貸していただきたいことが……」

「なんだ?」

 

 一度喋るようになると意外とぐいぐい来るなあ、と彩人は思いながら、ぼっちに促す。

 ぼっちは、真剣な顔で

 

「ぶ、文化祭のライブの事なんですが……なんとか、クラスのみんなを失望させないように断る方法はないでしょうか?」

「……は?」

 

 予想だにしなかった質問に、彩人はぽかんと口を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室前。ステージ使用許可書類の提出ボックスに、用紙を半分突っ込んだ状態で、ぼっちは動きを止めていた。

 動きを止めた、とはいっても静止しているわけではない。体は指先から全身に至るまでプルプルと震えていたし、心に至っては嵐のような様相だった。

 

(出せ出せ出せ出したくない出せ出したくない出せ出したくない出せ出したくない!)

 

 相反する二つの想い。

 

 文化祭ライブに出たい。みんなに聞いてもらって、さっきみたいにちやほやされたい。ってか今さら出ないとか言ったらクラスでなんて言われるか!

 出たくない。無理だ。普段の私を知ってる人の前で、それも100人以上相手に、絶対無理。妄想で1000回以上やったしもういいじゃん!

 

 相反するベクトルを持った巨大な想念は、ぼっちのちっぽけな精神を両面から圧迫し、均衡している、

 

(ああ、どうしよう。っていうか、こんな所みられるのはそれはそれで恥ずかしいっていうか、他に提出しに来た人がいたら迷惑になるんじゃ……)

 

 もはや現実逃避気味に別のことを考えていた時、

 

「ごとー……さんっ!」

 

 わっ、っといった感じに、肩をたたかれ、背後から声をかけられた。

 それは喜多だった。

 喜多の胸中に会ったのは、ちょっとしたイタズラ心。

 いつものように心ここにあらず状態になっているぼっちを発見した喜多は、いかにも年頃の陽キャ寄りの女子高生らしい発想で

 

(こっそり後ろから近付いてびっくりさせちゃおう)

 

 と思い、実行した。

 右肩に、人差し指を立てた状態でポンと手を置いて、声をかける。

 よくある、ありきたりないたずら。

 

 だが、この時のぼっちにとって、それは致命的な行いだった。

 二方向から強力な力を受けて均衡を保っていた物体に、予想外の方向から衝撃を与えたらどうなるか?

 答えは、崩壊だ。

 

 ボッ!

 

 という音を立てて、錐揉み回転したぼっちは、その精神もろともばらばらに砕け散った。

 

「ご、後藤さああああああああああああん!」

 

 

 

 

 

 

 

 パーツごとに分解したぼっちは、保健室で組み上げられ無事復帰。

 

「うん。よく考えれば虹夏ちゃん達に相談してからだよね。止めてもらえて喜多さんに感謝だ」

 

 など言いながら保健室を去った。申込用紙を保健室のゴミ箱に捨てて。

 そして、その保健室に

 

「後藤さん?」

 

 喜多が戻ってきた。大丈夫とは言われたものの心配になったのだ。

 彼女が保健室で見たのは、空になったベッド。それとごみ箱に捨てられた、ぼっちパーツと一緒に拾い、机の上に置いたはずの申込用紙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方。

 部活を終えた彩人は、自転車に乗って下校中だった。

 ロードレーサーで夕暮れの並木道を走っていると、バス停に喜多の姿を見かけた。

 何をするでもなくぼーっと座っている喜多。

 一声かけて通り過ぎようと思っていた彩人だったが

 

「……となり、いいか?」

「え?」

 

 わざわざUターンして自転車を停め、喜多の隣に腰掛ける。

 喜多は、少し驚きながらも、いつもの表情で

 

「どうしたの?」

「それは俺のセリフ。どうしたんだよ、そんなしょげて」

「しょげてなんか」

「暇さえあればイソスタかトゥイッターかロインいじってる喜多が、一人でぼんやりしてるって時点で異常事態だっての」

「うっ」

「……なんかあったのか?」

「あった、っていうか、またやっちゃったっていうか……」

 

 

 

 

 

「勝手に申込用紙を出したぁ!?」

「ううう、や、やってからしまった!って思ったもん」

「やる前に思えよ、そういうの!」

 

 半泣きの喜多と、驚きあきれた彩人。

 

(後藤と喜多、一見すると正反対だけど時々突拍子もないことするとこは似てるなあ)

 

 など思いながら、彩人は促す。

 

 

「なんでそんなことを……」

「だって……」

 

 喜多は、少し拗ねたような、悔しそうな声で

 

「後藤さんがすごいって、かっこいいってこと、みんなに知ってほしかったんだもん」

「ああ……喜多って、そういうとこあるよな」

 

 喜多は共感性の強い少女だ。

 幸せのおすそ分け。他人の幸せや楽しいことを楽しいと感じ、そしてそれを共有したがる。

 SNS中毒の傾向にあるのも、そういう感情の共有を強く好む性格が背景にある。

 彩人の無言に、喜多は気まずそうに

 

「わ、分かってるわよ。私だって、後藤さんがそう言うの苦手な子で、そう言うの無理に勧めるのは良くないって!彩人君に言われなくても……」

「いや、言わねえ、っていうか責めない。つーより責められないわ、俺も」

「え?」

 

 今度は、彩人の方が喜多と同じような気まずげな表情で

 

「……後藤が文化祭でライブに出るように、炊きつけたんだ、俺」

 

 文化祭の出し物の話し合いで、ぼっちに 『ライブするよな?』 と言ったのは、計算ずくだ。

 あのタイミングで、クラスメイトに聞こえるように、あえて大きめの声で言った。

 そうすればクラス全体がそういう雰囲気になり、彼女は断れないだろう、という思惑でだ。

 

「彩人くんって、たまにそういう陰湿な所あるよね」

「陰湿って……いや、まあ、ハメるような真似をしたのは悪かったかなって思ってる」

 

 けど……

 

「後藤さ、教室でいつも一人なんだ。居づらそうで、つまらなそうで。なんか教室にいること自体が苦痛?みたいな感じ」

「ちょっと想像できる……っていうか、ゴミ箱の外にいる後藤さんって、大体居心地悪そうにしてるけど」

「実はセサミストリートの住人じゃないのかアイツ。そんな奴いたよな。

 ―――まあ、とにかくさ。そういうの、勿体ないって思って」

 

 後藤に、学校はもっと楽しい所で、クラスメイトと一緒にいるのは、もっと楽しいことだと知って欲しい。

 そしてクラスメイトに、後藤はもっとすごくて、楽しい奴だと知ってもらいたい。

 

「で、まあそういう陰湿な真似をしたわけだ。……喜多の事、責める資格はないさ」

「そっか……」

 

 街灯が灯り、星が見え始めた空を見て、二人はため息をつく。

 

「まあ、後藤にとっては余計なお世話だったろうけどなあ……」

「正直に言ったら怒るわよね、後藤さん」

「怒った後藤……」

 

 想像の中で、いつもの崩壊しかけた表情のぼっちが

 

『お、おこったぞぉ、ぷ、ぷんぷ―――あっ、な、何でもないです!』

 

「……ぷっ」

「わ、笑い事じゃないわよ!」

「クククッ……わ、悪い!想像図がちょっとツボに入った!」

 

 ひとしきり笑った後、

 

「ま、アレだ。後で二人で謝ろうぜ」

「その前に、実行委員に言って取り下げてもらわないと」

「いや、無理らしいぞ。聞いた話、以前いたずらや、応募したけどやっぱキャンセルってのが横行しまくって、今は一度提出したら絶対取り消せない、ってなったらしい」

「そんなあ……」

「やっぱ素直に謝ろうぜ。そんで、今度は搦め手とか、不意打ちとかなしで頼もう。『ライブ、出てください』って」

「……そうだね。そうしよっか!」

 

 喜多がようやくいつもの笑顔を取り戻した、丁度その時だった。

 彩人のスマホにロインの着信。石塚だ。

 メッセージを読んで―――彩人は硬直した。

 

「ヤバ……後藤、怒るとこうなるのか……」

「ん?どうしたの?」

 

 彩人は無言で、スマホの画面を喜多に向ける。ロインに曰く

 

 

 石塚:後藤のお願いで、お前の頭を記憶が飛ぶまで鈍器で殴る必要ができた。いつ会える?

 

 

「ひっ」

「……俺がクラスをワザと煽ったの、気づいたのか……?」

「な、何かの間違いじゃ……」

「喜多、ごめん。やっぱ後藤に謝るの、お前だけで」

「ちょっと!み、見捨てないでよ!」

「いやだって!俺石塚の対応あるし!!!」

 

 自転車に乗って逃げようとする彩人の裾を、喜多が握って引き留める。

 バスがやってくるまで、そんなやり取りが続いたのだった。

 

 

 

 

つづく




 複数の登場人物が交錯すると、ヒロインと男役二人のタイトルコールがいい加減辛くなりつつあるが、もうちょっとこの路線で頑張ってみようと思います。
 とはいえ、執筆者自身も、原作のどのあたりかわかりにくくなってきたので、正月あたりにでも章分けとかしてみようかしら。
 あと、アンケは年内まで予定です。


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Chapter23 高清水律志と廣井きくり その3

これが今年最後の投下になる、かも?
アンケは年内までです。まだ投票してない方はぜひお願いします。


 平日の昼間から、酒瓶片手にふらりふらり。廣井きくりは下北沢の街を歩いていた。

 本来なら、彼女はこんなところで酔っ払ってていいはずがない。今日は彼女のバンド、SICK HACKのライブの日なのだ。

 ポケットのスマホは、ドラムの志麻からの着信履歴で点滅している。しかし廣井は会場である新宿FOLTに向かわない。

 

(なんか足らないんだよなあ)

 

 天才ミュージシャンの勘が告げている。今日のライブにもう一味。一つまみのスパイスというかエッセンスというか、とにかく何かワンポイント必要だ。

 そんな気がする?しない?やっぱ気のせい?酒のせい?あはははははっ!

 

「そだ、STARRYいこー。ぼっちちゃんいるかなあ」

 

 そんなこんなでSTARRYに行くとぼっちが棺桶に収まっていた。

 ステージ演出かなと思えば

 

「げっ、きくり姉ちゃん」

「お?あーくんもいるじゃん?どったの?」

「学校で後藤が復活しないから運ぶの手伝ったんだ。……まあ、死因の一端は俺だし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時間ほど前、放課後。

 秀華高校1年2組の教室で、ぼっちはいつものように萎縮していた。今回の萎縮の原因は、目の前に座った喜多と彩人。二人とも深刻そうな顔だ。

 

(わっわっわわ、私、何かした?やっぱり文化祭ライブをしないつもりなの、バレた!?)

 

 NO協調性NOライフ。処される?空気を読めない陰キャは罵られ吊るしあげられるのか!?

 そんな!喜多さんも皆実君も陰キャに優しい陽キャだと思ってたのに!?やはり“陰キャにも優しい陽キャ”なんてのは創作や妄想の中だけの存在なのか!?

 

 ストレスで溶けかけるぼっちに対して、喜多と彩人もまた、爆弾処理をするかのようなストレスを感じていた。

 昨晩、彩人は石塚に「とりあえず落ち着け」と説得し、流血は回避できた、と思う。

 だが主犯というかキレた本人であるぼっちを何とかしなければ、後藤ガチ勢である石塚は止まらないだろう。そもそもぼっち自身がギターで喜多と彩人をぽむっ(実態を隠す擬音)、とする可能性が消えない。

 

 ((なんとか謝って許してもらわないと))

 

 と思いつつも踏ん切りがつかずお見合い状態。

 

 3人だけの教室に、無言の緊張感が積み上がっていくばかり。

 そんな時だった。

 

「あ、2組の後藤さん!」

 

 と、教室に第三者が入ってきた。生徒会所属の1年だった。

 彼女は急いでいるのか、空気を読むこともなく後藤の所に来て

 

「はい。ステージ使用の認可証。なくさないでくださいね。ライブがんばって」

「あっはい」

 

 後藤が受け取ったのは一枚の紙。

 2日目ステージの、結束ライブを許可する旨が書かれていた。

 

「えっ、あれ?これ、え、な。はへぇ」

 

 その内容を確認し、キュビズム化するぼっち

 

「……ご、ごめんなさいっ!私が、捨ててた申請用紙、勝手に出しちゃったの!ごめん!」

「お、俺も、その悪かった!クラス誘導して後藤がステージ出ざるを得ないような空気にして、その、ごめん!」

 

 もはやこれまで、と頭を下げた二人だが、ぼっちはそれを見ていなかった。

 

「ぉ、ぉぉぉ……っ」

 

 絞り出されるような小さな悲鳴。

 それを断末魔として、ぼっちはその生命活動を停止したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに、ムンクの叫びは、叫んでる人じゃなくて、どこからともなく聞こえてくる叫び声に恐怖している人の絵」

「リョウ、今はそんな豆知識よりぼっちちゃんが死んじゃってるのをどうにかしないと」

 

 時間は戻ってSTARRY。学校から彩人に背負われて運び込まれたぼっちを、関係者たちが囲んでいた。

 

「このまま後藤さんが目を覚まさないと私達、人殺しに……」

「切っ掛けを作った俺も同罪だ。一緒に自首する……」

 

 納棺されたぼっちを前に、私は罪人ですというカードを首から下げた下手人1号と2号が嘆く。

 そんな二人に酔っ払いが笑いかける。

 

「えー、良いじゃん!ライブするの!」

「……無理、です、私には」

 

 その声に反応して、意外な腹筋力を見せてぼっちが体を起こした。

 

「いつもの箱より多い人の前で、し、しかも、学校での私を知っている人の前でライブするのが、こ、怖くて……」

 

 うつむいて本音を吐露するぼっち。

 それを見て、廣井の脳裏によぎる光景があった。

 

 ライブの前。震える手。そして……

 

(あ、そっか。これが今日の、欲しかったピースか)

 

 丁度良く、ポケットにつっこんでいたそれを差し出す。

 

「ぼっちちゃん、これあげる」

 

 それは今日のライブのチケットだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、大槻ヨヨコは珍しく機嫌がよかった。

 今日は尊敬する姐さん、廣井きくりのライブだからだ。あとついでに……

 

「銀ちゃん!修理終わったでー」

「あら~、仕事が早いわねえ」

 

 ついでに、まあ、どうでもいいことだが。久々に頼光の顔が見れた。

 

(まあ、はっきり言ってどうでもいいことなんだけど)

 

 別に会いたかったとか、そういうのではない。

 なんというか……モチベーション!そう!モチベーションの問題だ!

 打倒すべき相手を定期的に見ることで、モチベーションを高めるためだ!臥薪嘗胆という奴だ!

 

 頼光が今日FOLTに来ているのは、機材修理の手伝いバイトだ。

 修理を引き受けたのは

 

「吉田店長。請求書はこちらになります」

 

 そう言って、奥から出てきたのはEXoutの店長、高清水律志だった。

 

「いくつかパーツを交換するだけで済みましたので、見積もりより安く済みました。……なので、その分きくりの借金は……」

「OK!引いておくわ。相変わらず尽くす男ねぇ」

「このことは、きくりには内密に。調子に乗ったら困るので」

「……ホントに尽くす男ねえ。あの酒カスにはもったいないわ~」

 

 呆れる銀次郎はため息をつき

 

「今日ももうすぐライブなのに、リハすっぽかして……」

「まあ、アレはアレでそういうスタイルと受け入れるべきかと」

「誰もがアンタみたいに寛容じゃないのよ、志麻ちゃんとか」

 

 などと話していると、話題の人物がやってきた。

 

「ここがぁっ!私のホーム!新宿FOLTでーす!」

「姐さん、誰か連れてきたのかしら」

「酔っぱらって他人には見えない人に言ってるだけかもしれへんよ?」

「……あり得るから困るわ」

 

 ヨヨコと頼光の心配は外れた。

 ぞろぞろと、廣井は人を連れてきた。男一人で女が四人。制服を見るに高校生。

 

「おっ!結束バンドの子らやん!久方ぶり!」

「あっ……」

 

 入ってきた一団、それも女子たちの方と頼光の知り合いだったらしく、彼は笑顔で寄っていく。ヨヨコを置いて。

 

「……」

 

 大槻ヨヨコは、不機嫌になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらやだ!かわいい男の子じゃない!え?廣井の従弟?やだも~!そういえばちょっと目元とか似てるかも?」

「あ、はい。うっす。どうもです」

 

 オネエ言葉のおっさんに脳みそをバグらせながら彩人は思った。

 

(バンドマンもその関係者も変なのばっかりしかいねえ)

 

 すごい圧を感じる吉田という店長を筆頭に、アニオタの外人のお姉さんだったり、遠くの席からやたらガンつけてくる女の子だったり。

 だが極めつけは

 

「あっ!りっくん!珍しいじゃん!ライブ見に来てくれたの?」

「ああ、君が壊した機材修理のついでだがな。今日のライブ、がんばれよ」

「へへへ、応援してくれるんだ」

「今日の売り上げも君の借金返済の足しになって、巡り巡って俺の支払いになるのだから」

「金の為かよぉっ!私と付き合ってるのも、金目当てかぁ!ショックだ!飲まずにはいられない!」

「おい!廣井!これ以上酒飲むな!高清水さんも刺激しないでください!」

「俺のせいにするな。こいつは何もせずとも飲むし、それに、なんなら飲んでた方が調子がよかろう」

 

 やたら強面のガタイのいい男が、廣井と、そのバンドメンバーという女と話していた。

 その内容に、聞き捨てならない情報があった。

 

「……えっ!?付き合ってる!?」

「あーくんには言ってなかったっけ?ジャーン、私の彼氏のぉ、高清水律志でぇ~す!」

 

 男の腕を組んでアピールするきくり。

 男―――高清水律志は彩人の方を向くと。

 

「はじめまして。高清水律志だ。芳文大学の理工学部で研究員をする傍ら、近所の、EXoutというライブハウスで店長をしている。君が、きくりの言っていた従弟の彩人君だね?」

「あっ、はい。皆実彩人といいます」

 

 研究員で、ライブハウスの店長?

 一切つながらない肩書を持つ、ヤクザと言われても納得がいくようないかつい男。そしてそれが従姉の彼氏?

 いよいよ混乱する彩人。それを見て律志は

 

「……まあ、君が混乱するのもわかる。こんな酒カスに男がいる、と言われても、にわかには信じがたいだろう」

「ひどくない!?」

「残念でもなく当然なのよねぇ。でも安心して彩人ちゃん。この男、廣井にはもったいないくらい真面目でイイオトコなんだから」

「はぁ……」

「くぅっ!私が自覚して気に病んでいることをっ!」

「ならまず酒やめろ、廣井」

 

 一体何が起きているのか?

 全く把握も咀嚼もできないまま、彩人は繰り広げられる会話と、情報の渦に流されるままとなっていた。

 

 

 

 

 

 それと同時。大槻ヨヨコもまた困惑していた。

 ヨヨコを放置して、きくりの連れてきた女子達の方にフラフラ寄っていった頼光が、

 

「てなことで、この子らが下北のSTARRYっちゅーとこで活動してる結束バンド!仲良うしたってな」

 

 と、その女子たちを連れて戻って来た。

 いきなりのことにヨヨコは

 

「はぁ?何のつもりよ」

 

 とりあえず、とげとげしい態度で対応した。

 

(だって仕方ないじゃない!いきなり面識のない人を一度に二人以上連れてこないでよ!)

 

 と、そんなヨヨコの内心を知ってか知らずか、頼光は肩を竦めて

 

「だってヨヨコちゃん、友達おらへんやん。こういう時に作らへんと、ぼっち拗らせるで」

「ぐふぅっ!」

 

 と、ダメージボイスを放ったのは、ヨヨコではなく連れてこられた女子の内、ピンクジャージを着た女だった。

 ともあれ、紹介されて名乗らないのは礼儀にも反するし居心地も悪い。

 

「……SIDEROSのギターボーカル。大槻ヨヨコよ。バンドしてるなら、聞いた事くらいあるでしょ」

 

 無反応。

 

「……っ」

「どーどー。落ち着きやヨヨコちゃん。この商売で名前知られてなかったんは手前の不足やで?」

「わかってるわよ!」

「あ、え、えっと!SIDEROSの名前だけは聞いたことありますよ!」

「私も。新宿系で最近伸びてきてるって」

「……フンッ!」

 

 サイドテールとショートカットの二人の言葉に、ヨヨコはとりあえずは溜飲を下げる。

 少し落ち着いた彼女は、結束バンド、という名前に心当たりがあったことを思い出した。

 

(そういえば、姐さんやイレナンの連中が言ってたわね。結束バンドの後藤ひとりだか“ぼっち”とかいう奴のこと)

 

 改めてその4人組を見る。

 リュックを背負ったサイドテール。

 すました表情のショートカット。

 そして

 

「ほら、後藤さん!起きて!」

「……はっ!き、今日は素晴らしいライブを」

「だからまだ始まってないわよ!」

 

 いかにも今時の女子高生といった風の子と、伸ばしっぱなしの髪のピンクジャージ。

 後藤と呼ばれたのは、ピンクジャージの女だ。

 

「あんたが、後藤……」

「ひぃっ」

 

 ヨヨコが目を向けると、後藤とかいう女は縮み上がる。

 

(こいつが、姐さんたちが気にするギタリスト?)

 

 にしてはカリスマ性や迫力といったものを微塵も感じない。

 何やらガクガク震える彼女を、ヨヨコがじっと観察していると。

 

「こーれ」

 

 こつん、と、頭頂部にチョップが落ちてきた。頼光だ。

 

「あんま睨んだらカワイソやろ。後藤ちゃん、ヨヨコちゃんと同じコミュ障なんやから」

「だ、誰がコミュ障よ!?」

「―――てな感じで、当たり強めやけど、根はいい子なんで、安生仲よーしたってな?」

 

 などとやってると

 

「ねえ!そろそろお客さん入ってくるから、テーブルとか動かすの手伝って」

 

 銀次郎が声をかけてきたので会話は中断。

 フロアに人が詰められるようにと、テーブルの移動が始まった。

 それを手伝いながら、壁際に避けた結束バンドの面々に、ヨヨコは目をやる。

 

(結束バンド、後藤ひとり……私は認めないわよ)

 

 尊敬する姐さんを奪い、打倒目標である頼光達から注目される、同年代のバンド少女達。

 ヨヨコは、彼女達の存在を意識せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 続々と、ライブ会場に客が入ってくる。

 

「すごいねー。もう百人以上かな」

 

 虹夏が言う通り、広い会場のステージ側は、既に人でごった返していた。

 その後方、壁際に、見知った影がある。

 

「リョウと……高清水さん?」

 

 わざわざ最初の頃からいたのに、わざわざ入口近くの、ステージから遠い所に陣取る二人。

 リョウの方は、分かる。

 

「ライブハウスに良くいる“手前で盛り上がってるお前らとは違うんだぜ感”を出す通ぶりたい客!」

「音を聞け!音を!」

 

 だが、律志はそういうのをするとは思えない。

 

「あの、高清水さんはどうしてそこに」

「ああ、前にいると、迷惑に……」

「―――おい、いたぞ」

 

 虹夏が話しかけた時だった。数人の集団が、律志を見て寄って来た。

 出で立ちや持っているアイテムを見るに、どうやらSICK HACKのファン、それもかなり熱烈な方。

 それを見て、虹夏達は思った。

 

(ま、まさかこれって!高清水さんが廣井さんと付き合ってるのを知って……!)

 

 いわゆる、押しの恋愛認めない派、という奴かもしれない。

 廣井様は俺達のものだ!今すぐ別れろ!そんな人達が徒党を組んで……!?

 ハラハラとしながら様子を見守る虹夏達。

 壁際で腕を組み、動かない律志。

 そんな律志に、廣井のファンと思われる一団は近づいて

 

「廣井さんの介護、お疲れ様です!」

 

 頭を下げた。

 それを皮切りに、同じような人々が次々と

 

「高清水さんお疲れ様です!」

「廣井さんの介護、ありがとうございます!」

「あの、応援してます。廣井さんのアルコール依存の治療、がんばってください!」

「お世話、お疲れ様です」

 

 次々と声をかけていくSICK HACKのファン達に、律志は頷いたり、「うん」「ありがとう」など一言二言、返事をしていく。

 

「高清水さんが廣井さんと付き合ってるのは有名な話だからね。

 コアなファンは、大体高清水さんを認めている。保護者というか、介護者として」

「きくり姉ちゃん、病人扱いかよ」

 

 リョウの解説に、彩人が頭を抱えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(きくり姉ちゃん、本当にライブするのか)

 

 いよいよ始まるという直前、彩人は心配半分、不審半分といった風にステージを見ていた。

 リョウの話や、集まっている人の数を見るかぎり、人気のあるバンドというのは確からしい。

 だが、それでも今一信じられない。

 彩人の中にある廣井のイメージは2つ。

 一つは小さい頃に会った、高校生までの地味で大人しい、引っ込み思案な廣井のイメージ。もう一つは再会して以降の、どうしようもない酔っ払いのイメージ。

 そんなきくり姉ちゃんが、人を魅了するような、あの夏の時の結束バンドの、喜多や後藤のようなライブをできると、彩人にはどうしても思えなかった。

 

「信じられないかね?」

 

 声が掛けられた。律志だ。

 壁側にいたはずの彼は、いつの間にか隣に立っていた。

 ステージを見ながら、きくり姉ちゃんの恋人だという男は言う。

 

「俺は昔のあいつも、今の普段のアイツも知っている。だから、それだけしか見てない君が、信じられないというのも理解できる。だがその上で予告する。

 ステージを見れば君も納得するだろう。きくりに本気で惚れる男が、1人くらいいてもおかしくはない、とな」

 

 その言葉を合図としたかのように、ライブが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブは大いに盛り上がった。

 最高の演奏。大きな歓声。いつもの泥酔によるグダグダもあったが、それあってこそのSICK HACKだ。

 熱狂と興奮の渦。それに飲まれながら、彩人は見ていた。

 渦の中心。光と音の根源の中で、ベースをかき鳴らす廣井きくりの姿を。

 

 かっこいい

 

 心から、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば、結束バンドの面々と一緒に、バックヤードに連れてこられていた。

 熱量の残滓にぼーっとする頭で、なにやら後藤と話しているきくりを眺めていると。

 

「どうだった?」

 

 声をかけられた。声をかけてきたのはドラムの

 

「えっと……」

「岩下志麻です。―――ライブ、どうだった?」

「はい!えっと、凄くよかったです!その、音楽とかよくわかんないんで、なんて言えばいいのか分かんないっすけど、その……と、とにかく!すごかったです」

「ははは、ありがとう」

 

 志麻はひとしきり笑ったあと、少し居住まいを正し、

 

「……廣井が、実家と上手くいってない、っていうか、絶縁状態なのは、私も聞いてる。

 まあ、それは仕方ないと思う。バンドマンなんて不安定な職業だし、あいつ自身、アル中だし、ちゃらんぽらんだし、借金多いし、段取りめちゃくちゃにするし、ライブも泥酔でよく台無しにするし、臭いし、もの壊すし、リハさぼるし、金返さないし、あのクソヤロウ、ぶち殺して……」

「あ、あの~」

「はっ!?……あーこほん。まーその、なんだ。

 確かにいろいろダメな奴で、親や親戚から見捨てられても仕方ないとは思う。

 けどさ―――ライブのアイツ、凄かったろ?」

「はい」

「うん。あいつは、ああ見えて寂しがり屋だからさ。親や親戚から見放されたのも、口では言わないけど結構ショックで、気にしてると思う。

 だから……君一人くらいは、味方になってやってくれないか?」

「……はい。といっても、高校生のガキ一人にできることなんてないですけど」

「すごいと認めてやる。それだけでも十分さ」

 

 肩を竦めて小さく笑う志麻。それを見て彩人は思い、口に出た

 

「きくり姉ちゃん。音楽の才能と、人の縁には恵まれてたんですね」

「まあな。ったく、どんだけ前世で功徳を積めば高清水さんみたいなのを捕まえられるんだか」

「それだけじゃなくて、志麻さんみたいなバンドメンバーもですよ」

「……口が上手い少年だな」

 

 少ししかめっ面で、気恥ずかし気に志麻が言った、まさにその時だった。

 バキッ、という音がした。音源は廣井だ。彼女の拳が、壁にめり込んでいた。

 

「壁の修繕費、+10万加算しといたからね」

「ぼ、ぼっちちゃんとの連帯責任でぇ!」

「はへっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その帰り道だった。

 

「あ、あの」

 

 これから食事をしながらセットリストを決めよう、という結束バンド一行から、彩人が分かれて帰ろうとした時。ぼっちが呼び止めて、言った。

 

「ありがとう、ございます。喜多さんも、皆実君も」

「えっと、なんのことだ?」

「あの時、皆実君がバンドのこと言ってくれて、喜多さんが、捨てるはずの用紙を出してくれて。

 最初は、どうしようって思ったけど―――今は、すごく楽しみで。

 だから、感謝してます。ありがとう」

 

 いつもより少し背筋が伸びた、まっすぐな視線で、ぼっちは言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、FOLT近くの居酒屋のカウンターで廣井が管を巻いていた。

 

「チクショー!お金は天下の回りものっていうけどさあ!こんな早く飛び去らなくていいじゃん!」

「全く同感だ。飛び去った原因は君だが。どうしてこうすぐに物を壊すんだ、君は」

 

 隣では、律志が薄めのハイボールを舐めていた。

 

「大将!芋、もう一杯!」

「飲み過ぎるなよ、というのももう遅いか。―――今日のライブも、良かったぞ」

「うへへ……ありがと。あーくんも、楽しんでくれたかな?」

「見たところ、彩人君も後藤君達も、十分に楽しんでいたようだった」

「ふふん、そっか」

 

 嬉しそうに笑うと、きくりは新しく注がれた焼酎を煽る。

 

「今日は機嫌がいいな。どうしたんだ?」

「んー、ちょっとね。今日、昔からやりたいなって思ってたことができたんだ」

「何だ?」

「ライブに尻込みしてる子の背中を押すって奴」

 

 きくりは氷だけになったグラスを弄びながら

 

「実はね、意外なことにこの天才ベーシストきくりさんは、昔は臆病な根暗ちゃんで、ライブの度に、怖くて、逃げたくてうじうじしてたのさ。で、その度に、とある男の子に励まされて、背中を押されてようやっとステージに立ってたのよ」

「その男の子とやらは、背中を押す役を酒に盗られて、痛く気分を害しているわけだが」

「あははっ!まあ、そんでね。励まされる度に、ちろっと思ってたのさ。私もいつか、こんな感じに、誰かの背中を押せるようになりたいな、ってね」

「……」

「夢、一つ叶っちゃった」

「そうか」 

 

 廣井は、律志の肩に寄りかかった。

 

「危ないぞ」

「ふふ、照れてる」

「酒に酔ってるだけだ」

 

 そう言って、律志は薄いハイボールをまた一口舐めたのだった。

 

 

 

 つづく

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

「あの、後藤。だったらその、石塚に俺を撲殺しないように言ってくれると助かるんだが……」

「え?な、何のこと、ですか?」




あまりうまくまとまらなかった感。
他にも新宿までの道中会話とかいろいろ考えてましたが、冗長になりそうで……。
アニメの程よいふくらまし方は、やっぱ素晴らしかったなあ、と


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Chapter24 ろっきんがーると勉強会

あけましておめでとうございます。
そして、アンケートありがとうございました。
1位がぼっち・石塚ペアなのは予想してましたが、2位以下は全く予想外。やはり積極的にいちゃ付けるすでに付き合ってる組、婚約している組が強いのでしょうか?

ともかく、今年も頑張っていこうと思います。よろしくお願いします。


 日本において、十代の若者の大半は学生である。

 15歳までの義務教育課程はもちろんのこと、続く高等学校への進学率は約99%。

 大学進学率が5割前後であることを差し引いても、十代の若者はまずほとんど学生であると断言してよい。

 よって、10代のバンド少女達もまた、ほとんど学生であり、勉学の義務と権利を有する存在だ。

 

 ここにも、音楽という大望と定期考査という現実の間に苦しんでいる乙女がいた。

 新宿を中心に活動するバンドグループ、SIDEROS。その構成メンバーだ。

 場所は新宿のライブハウスEXout。普段拠点にしているFOLTより幾分か小さめの箱だ。

 EXoutのフロアの一角、テーブルに陣取って、テスト勉強に臨まんとしていた。

 

「―――ということで、春の時みたいに、補修や追試で練習できないとか許さないわよ!」

「はい、がんばります!」

 

 発起人のヨヨコが腕を組みつつ言う。それに答えたのは、語気の割には柔らかな雰囲気を漂わせるのは、ギターの本城楓子。その横では食事の時すらマスクを外さない、ドラムの長谷川あくびが突っ伏しながら

 

「今日、音戯アルトさんの生配信だったんすけどぉ」

「アーカイブで見なさいよ!あなたが一番ヤバいのよ!幽々も今日は真面目にやってよね」

 

 最後に声をかけたのは。ベース担当の内田幽々だ。

 独特の言葉遣いで、ルシファーとベルフェゴールと名付けた人形を連れた、楓子とは逆の意味でふわふわと浮世離れした少女だ。

 そんな彼女は、

 

「ハイ、ガンバリマス」

 

 なぜか、普段と打って変わって借りてきた猫のようにおとなしい。

 そんな彼女に、このテーブルについていた最後の一人、SIDEROSメンバーではない、いわばゲストともいうべき人物が声をかけた。

 

「幽々ちゃん、顔色悪いで?大丈夫?」

 

 心配そうに声をかけてきたのは、ここ、EXoutを拠点に活動するギターボーカル、大河内頼光だ。彼の言葉に幽々は

 

「っ!」

 

 びくっと震えて後ずさり、愛する2体の人形を抱きしめる。

 それは人形にすがるというより、守るような仕草で

 

「なんもせーへん!なんもせーへんから!」

「お、大河内先輩はそうかもしれませんけどぉ、その背後の金色でおっきくて怖いのが……」

「えぇ……なんか背中におんのか俺……」

 

 肩越しに振り向く大河内と、同じように彼の背後を見るヨヨコ。

 二人の目には何も見えずただ虚空があるのみ。

 再びテーブルの方に視線を戻すと、

 

「大丈夫よ、私が守ってあげるからね」

「よしよーし、幽々ちゃんのことは私が守ってあげる」

 

 抱きしめた人形に声をかける幽々と、それを抱きしめる楓子。あくびはぐでっとしたままだ。

 

「……なんちゅーか、俺、おらん方がええよな、これ」

「ちょ、勉強教えてくれるんじゃなかったの?」

「いや、教えて言うたんヨヨコちゃんの方で、俺としてはあんま出来()ーないって言うとるやん。

 つか、下手したらヨヨコちゃんのが勉強できるんちゃう?」

「出来が悪いっていっても大久保高校の3年でしょ、2年の私は兎も角1年の勉強くらいなら教えれるでしょ!?」

「教えんとは言うとらん。ここにいるんは幽々ちゃん的にあかんやろ、ってこと。

 向こうの方で自分の勉強しとるから、分からんことあったら聞きに来てぇな」

「あっ、ちょっと……」

 

 ヨヨコの呼び止めにもかまわず、頼光は勉強道具をそろえると、イレナンのメンバーがいる方に去っていった。

 しばらく彼の背中を睨んでいたヨヨコだったが

 

「……勉強するわよ」

 

 少し涙目でそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、同じように勉学と音楽の間で苦しむ少女たちがいた。結束バンドの面々である。

 特に困っているのは二人。リョウとぼっちだった。特にぼっちが窮地にあった。

 

「ニュートン、ジュール、仕事率はワット」

「何が分からないのかすらわからない」

 

 ゆっくりとだがどうにか中学レベルから積み上げつつあるリョウに対し、どこからどう手をつければいいかもわからないぼっち。

 真面目に解答しようとしているのに全て不正解なのがまた痛ましい。

 

「ぼっちちゃん、もしもの時は私が養うからね」

「後藤さん、学年が変わっても先輩なんて呼ばなくていいからね」

 

 虹夏と喜多も諦めかけたその時、救いの手を差し伸べる者がいた。

 

「しょうがないなー、私が一肌脱ぎますか」

「ダメな大人は黙っていてください」

 

 ゆらりと立ち上がった廣井を、一顧だにせず言葉で両断する虹夏。

 

「まあまあ、確かに私には問題一つ解くこともできないけど、大人には大人のやり方があるのさ」

「……一応聞いてあげますけど、カンニング以外に何があるんですか?」

 

 無言で笑い、きくりはスマホを取り出す。ひび割れた画面を操作して、

 

「あっ、もしもしりっくん?勉強教えてー」

「人頼み!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――で、忙しいから教えて欲しければそちらが来い、と言ったら本当に来るとは」

「えー、来いって言ったじゃーん」

 

 30分後、結束バンド一行は、廣井に連れられ新宿のEXoutに来ていた。

 

「移動の30分を勉強に当てた方がマシじゃないか、と言っている」

「それじゃあどうしようもないレベルなんだってー」

 

 言われて律志は小さくため息をつくと、ぼっちに目を向ける。

 

「ぅへゅっ!」

 

 打ち上げの時の尋問を思い出し、早速精神と肉体の境界線が曖昧になるぼっち。

 律志は彼にしては珍しい、困ったような、どうしてよいかわからず戸惑う様な表情をしながら

 

「……まずは、教科書とノート。そして1学期のテストや小テストの答案を見せなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し診る時間をくれ、と律志に言われた4人はEXoutの店内を見渡した。

 

「STARRYやFOLTと全然違いますね」

 

 ぼっちの感想の通り、2店とは違う雰囲気の店内だった。

 まず、全体的に明るい。装飾品やインテリアも控え目。

 壁も音楽室のような明るい彩色で、ポスターも少ない。その少ないポスターの内容も、ロックやポップスのバンドのものが主体だが

 

「……ダンススクールの発表や、町内管弦楽団?」

「その通り。ここ、EXoutはバンド以外にもいろんな用途でイベント会場として使われるのさ!」

 

 声をかけられたぼっちが振り返ると

 

「やあ、お嬢さん」

 

 変なイケメンがいた。

 かなりざっくりかつ失礼な表現かもしれないが、ぼっちの語彙の中に、それ以外に表現する方法がないような、そんな変なイケメンだった。

 具体的に描写すると、10代後半の、ぼっちと同じか少し上くらいの少年で、顔つきは彫りの深い美形。服装はどこかの学校の制服のズボンと、明らかに学校指定ではなかろうフリル付きのワイシャツ。色はピンク。ボタンは3つ外し、胸板が見えている。

 彼は軽く染められた長めの髪を、両手で掻き上げるようなポージングをしていた。

 そのイケメンは、今度は右手を首筋に、左手を腰に。右足を重心とし、左足はピンと伸ばしコンパスのようにつま先立ちをしたポーズで

 

「君が、後藤ひとりさんだね?イッシーから話は聞いてるよ」

「ひっ、は、ひ、ひとちがいでは?」

 

 イッシー?誰それ?知らない?店長さんはリッシーさんだったし。

 日々自分を脅かす陽キャやパリピとは違う、未知の、だが陽の者っぽい謎の脅威。

 あわあわしていると、ぼっちの前に進み出る者がいた。

 

「綺斗くん久しぶり!活躍聞いてるよ」

「それは光栄だね!」

「あ、けどぼっちちゃんからは離れて。なんか消し飛びそうだし」

「ふっ!よくわからないけど指示に従おう」

 

 台詞一つごとにポージングしながら数歩下がる。

 

「あああの、虹夏ちゃん。こここの、喜多さんを3段階くらい進化させた人は一体……」

「えっ、後藤さん的に私って進化するとこうなるの?」

「この人は百澤綺斗くん。イレナンのベース担当。紅山高校の2年生」

「よろしく!」

 

 キラン!と効果音つきで言う綺斗。

 

「今日は廣井さんの紹介で、ぼっちちゃんの勉強を高清水さんに見てもらうために来たんだ。

 っていうか、そだ!綺斗くん、勉強教えてよ!紅山ってことは頭いいんでしょ?」

 

 紅山高校は都内でも有数の進学校だ。そこの生徒だというなら勉強も相当できるはず。

 ところが綺斗は肩を竦めて

 

「教えるのはいいが……どうにも僕の教え方はあまり評判がよくないようでね。

 まあ、立ち話もなんだ」

 

 そう言って、綺斗はイレナンがいるテーブルの方へ彼女達を連れて行った。

 

 

 

 

 

 

「また結束バンド……!」

「ん?ああ、前に言ってた下北のバンドっすね」

「一体なんでここに」

「……ヨヨコ先輩、人にはまじめに勉強しろって言ってるくせにぃ」

 

 幽々の言葉を横において、ヨヨコはイレナンの占有しているテーブルを睨む。

 女子が4人増え、一気に華やかになった一角。

 

「勉強にかこつけて男女でイチャイチャしようなんて……」

 

 それはヨヨコ先輩の方では、と言わないだけの優しさがSIDEROSメンバーにもあった。

 大槻ヨヨコはストイックである。好きなことは1番になること。それ以外に、音楽以外に何か時間や労力を割いているところを彼女達は知らない。

 そんな彼女が音楽とは無関係に―――まあ、音楽関係者ではあるが―――興味を持った異性が頼光だ。ちょっとくらい応援、とまではいかなくても、アプローチ行為に付き合ってあげるくらいはしてもいい、とは思っている。

 

「……ちょっとわからないとこ出来たんで、聞いてきまーす」

 

 ついでに偵察くらいはしてやろう、と、あくびはノートと教科書を手に席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……ノリさんは何をしてるんです?」

 

 テーブルを運んできて2つ並べ、そこに8人がついていた。

 結束バンドのメンバーと、イレナンの内、石塚、頼光、綺斗、そしてジョージの4人だ。

 イレナンの最後の一人、虹夏が話題にした陶士則はというと、

 

『店長に怒られたんご(´;ω;`)ウゥゥ」

 

 と、壁際に正座をしながらタブレットで返事をした。

 胸からはダンボールにひもを通したカードがぶら下がり、そこにはサインペンで

 

『私は練習中耳栓をつけていませんでした』

 

 と書かれていた。

 

「あー、高清水さんってそういうの厳しいんだ」

「耳栓、ですか?」

 

 虹夏は納得し、喜多は首を傾げ、その疑問にリョウが答えた。

 

「ロックと難聴は切り離せない。一時的に大きな音に晒されてなる急性難聴が別名ロック難聴って呼ばれるくらいに。その急性難聴は時間を置けば治るけど、継続的に大きな音に晒されてなる慢性難聴は治療できないから、予防が必須」

「特にドラムはねー」

 

 80デシベルが境界線だ。それ以上の音は1日当たりの時間制限があり、それを超えると難聴のリスクが高まる。故に、装着による音の変化というデメリットがあれど、耳栓の着用が推奨されるのだ。

 

「必ずしもそうなるってわけじゃないし、時間制限かければいいんだけど」

「士則さんは暇さえあれば爆音で数時間叩き続けるからな」

「ああ……」

 

 石塚の言葉でぼっちは思い出した。

 オーディション直前のセッション練習。士則は自分達が来る前からドラムの練習をしていたし、止めた後も続けていた。

 

「まー、これも店長の愛の鞭や。反省しとれやノリさん」

『(´・ω・`)ショボーン』

 

 無表情のまま、すこし項垂れる士則。

 喜多はそんな彼から視線をずらし、EXoutのフロア全体に目をやる。

 見ればそこらかしこにテーブルが置かれ、自分達と同年代と思われるバンドマン達が、教科書やノートを広げている。

 全体的に明るく、シンプルな内装と相まって、ロックハウスというより、まるで学習塾のロビーのような印象を、喜多は感じた。

 それを察したのか、頼光が

 

「EXoutは新宿で一番お行儀がいい箱ってことで有名なんよ」

「お行儀、ですか?」

「店長が真面目でなあ。

 耳栓つけさせる。全館禁煙。20時以降までアルコールは出さない。未成年の演者は親の同意をきちんととる。親の希望があれば、追試再試を受けた子はしばらくライブ禁止措置までとることもある。

 その代わり、初心者への指導や相談なんかもちゃんとしとるし、なんならバンド活動に反対する親のとこまで出向いて説得したこともあるんやて。

 それに―――ほれ、あのポスターあるやろ?」

 

 と、彼が指さした先のポスターは、ダンスやピアノの発表会の他、地域の催し等の物。

 

「ああいうんで出来たコネから、バンドやりたいって思った子らが、ここでバンドデビューするってパターン、多いねん。で、ここで実力なり評判なりをゲットしたバンドが、卒業してFOLTなりなんなりに行く。ってのが定番コースなんやで」

 

 新宿でバンドを始めるならまず一度、EXoutに行って相談すること。ここ数年で、そう言われつつある。

 卒業したバンドは名前をあげ、たまにここに戻ってきてライブを行い、その前座や対バン相手として初心者達に機会を与える。そういう流れができている。

 

「ま、俺らみたいにある程度売れても居座っとる奴らもおるけどな」

「へぇ……」

 

 そんな雑談をしていると、テーブルに近づいてきた人物がいた。SIDEROSのあくびだった。

 

 

 

 

 

 

(男漁り目的の名前だけバンド、って感じはしないっすね)

 

 近づきながら、あくびは結束バンドの面々を観察し、結論付けた。その結論の決定打となったのは、

 

(ジャージはないっしょ)

 

 ぼっちだった。

 男を誑し込んで遊ぶのが目的のメンツに、あの格好はない。顔こそ色白の美人ではあるが、衣装も挙措動作も、明らかに陰キャのそれだ。ただの勉強姿からもあふれ出す、明確な陰キャのオーラ。

 

(幽々が『肩にすっごいの乗っけてる』っていうのも納得っすね)

 

 ともあれ、偵察はこのくらいでいいだろうと思い、もう一つの目的を果たすことした。

 

「キラトさん、ちょっと教えて欲しいんすけど」

「ふっ、良かろう!」

 

 綺斗に声をかけたのは消去法だ。

 頼光は結束バンドの子と話している。石塚は同学年で、そこまで成績がいい方ではないはず。ジョージは女子相手だと日本語がわからない外人になる。

 故に綺斗だ。ポーズと話し方はウザキモイが進学校の2年だし、最低限教えてくれるだろう。

 

「あの、ここなんすけど」

 

 数学の教科書。三角関数の公式についてだ。

 公式がどうやって導かれているかの解説がどうしてもわからない。

 それを聞くと綺斗はポージングをしながら

 

「……それで?何が分からないのかね?」

「いや、何がって……」

「教科書に、全部わかりやすく書いていると思うのだが……」

「あー、あくびちゃん。無理や。そいつ勉強はできるけど教えるの下手やねん」

 

 割って入ったのは頼光だった。

 

「あ、頼光さん。それはどういう……」

「つまりや―――キモやん。お前、教科書よりわかりやすく解説できるか?」

「ふっ、流石の僕も教科書以上に簡便かつ正確な解説は困難だな」

「ちゅーこっちゃ」

「???」

 

 疑問符が取れないあくびに対し、頼光は少し考えて

 

「つまりや。こいつ勉強できんねん。教科書に書かれたことも普通にバッチリ理解できるんよ。せやから『教科書読んでもわからない』ってのが理解できへんから、何をどう教えていいかわからへんのよ」

「『2+3=5が分からない』って言われて、どう説明していいか困ってるんだよ、綺斗先輩は」

 

 横から石塚が補足し、あくびもなんとなく理解した。

 

「IQにある程度差があると会話が成立しないって、こういうのを言うんすかね」

「さらに頭がいい連中になると、わからん人の頭ン中をエミュレートして、バッチリ分かりやすく教えるみたいやけどなあ」

「ふっ、我が身の不徳を恥じるよ」

 

 ちょっと元気なさそうに綺斗は言った。

 

「まあ、そういうわけやから、俺が教えたる」

「え?いいんすか?」

「まあ、教える約束やったしな。それに、結束バンドの子らも本命の用事の時間みたいやし」

 

 見れば、ぼっちから預かっていた勉強道具を手に、律志がこちらにやってくるところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「結論から言って、典型的な『真面目だが勉強のできない子』のノートと教科書だな」

「あうっ」

 

 律志の言葉にうめくぼっち。

 律志はぼっちの教科書やノートを広げて

 

「付箋が多すぎる、カラーペンも使い過ぎ。ノートもノートで教科書の内容を丸写し」

「それはダメなんでしょうか?」

「ダメというより、無駄だ」

 

 喜多の質問を、ばっさり切り捨てながら

 

「付箋などは頻繁に開く図表等の所にだけあればいい。色鉛筆も赤一色か、なんなら鉛筆一本で十分。

 下線で済むから蛍光ペンもいらん」

「色付きの下敷きで隠したり……」

「不要だ。労力に見合うほど使わんだろう」

「うぐぅ」

 

 ぼっちはさらに抉られた。だが同時に納得もした。

 確かに、一生懸命蛍光ペンでラインを引いたり塗りつぶしたりしたが、それを活用した記憶がほとんどない。

 

「そもそも、教科書と同じ内容をノートに書き写すというのがナンセンスだ。

 授業中に言われた教科書にない部分や捕捉部分を記録するのが板書を書き写す目的であり、担当教師が許すなら教科書に直接書き込んでもいいくらいだ」

「はい先生!ノートに書き写す作業で覚える、という意味はあるのではないでしょうか!?」

 

 聞いてた虹夏が手をあげて言うと、律志は首を振り

 

「うむ。書き取りは勉強の基本だ。だがノートでやることではない。ノートはあくまで繰り返し、後で見返すためのもの、保存をするためのものだ。だからこそ記録(ノート)という。

 記憶するために書いて覚えるなら、チラシの裏で十分。金を払って購入したノートでそれをするのは金の無駄だし、そもそも授業中にするべきことではない」

「アッ、ハイ」

「あ、あの……それで、後藤さんは一体どうすれば……」

 

 すでに自我が崩壊しつつあるぼっちの代わりに、喜多が質問する。

 律志は渋い顔で

 

「本来なら、授業一つ当たり予習復習を5分ずつでいいからすることを勧めるが……」

「5分でいいんですか?」

「授業前5分間で今日授業で何をするか、項目だけでもざっと見ておくだけで、授業中の学習効率が段違いだ。

 授業後は、教師が授業中に言っていたポイントを、5分かけて教科書内で線引きする。それだけでその後の勉強自体も楽になる」

「あの~休み時間は、休み時間では?」

「あれは次の授業のための準備時間だ」

 

 虹夏は思った。

 あっ、この人、意識高い人だ。高い系とかじゃなくて、ガチに高い人だ。

 

「……とはいえ、今からそれを言った所で間に合わんだろう。

 あまりこういう手段は好まんのだが……」

 

 そういうと、律志は開いた教科書を見せる。

 数学の教科書だ。そこにはぼっちに見覚えのない、鉛筆で書かれたマーキングがあった。

 

「すまないが、勝手に書き込ませてもらった。後藤君、よかっただろうか?」

「あっ、はい。その、これは?」

「ここを覚えろ。テストに出る」

「はぁ……えっ?」

 

 あまりにさらりと言われたことに、ぼっちは意味が分からなかった。

 テストに出る?え?なんでわかるの?ま、まさか……

 

「い、今の短い時間で先生を脅したり問題用紙を盗んだり」

「きくり!君か!?」

「えへへ」

「えへへじゃない!大人が子供に何を教えている!?それとまだウチは飲酒禁止の時間帯だ!」

「え~、持ち込みなのに~」

「当店では飲食物の持ち込みを原則禁止としている!」

 

 頭を押さえて、ため息一つついた後、律志は自分が突然上げた声で、ぼっちが意識を飛ばしてしまっていたことに気付く。

 

「……あー、すまない。大丈夫かね後藤君」

「―――はっ!あ、あれ?盗難バイクは?」

「尾崎かね?……まあ兎も角だ。あくまで予想だが、確実に出ると思われるところをマーキングした。

 そこさえ丸暗記でいいので押さえておけば最低限赤点は回避可能だろう」

「えっと、どうして……」

「君のノートだ」

 

 律志はぼっちのノートを広げ

 

「教師は、別に気分で授業をして、気まぐれに問題を作っているわけではない。

 授業には定められた要項があり、生徒に修めさせるべき内容がある。

 授業の内容が分かれば、教師側がどうしても出さなくてはならないポイントがわかる。

 そして教師側も、最低限のポイントを抑えられれば合格できるように問題を作るものだ」

 

 そこで律志は言葉を区切ってから、その顔に、不器用ながらも笑顔らしきものを作り

 

「……そういう意味では、君が丁寧にとってきたノートは、完全に無駄だったというわけではなかった。

 よく頑張ったな」

「あっ―――」

 

 無駄じゃなかった。そう言われたぼっちは、急に溶けだして

 

「ま、まあ、真面目なだけが取り柄ですので。でへへへ」

「安いなあ、君は」

 

 呆れる律志。

 その横から、酔っ払いが絡んできた。肩に手を回しながら

 

「あれ~。ぼっちちゃんに優しくな~い?」

「……先日の飲み会の時、悪いことをしてしまったからな。その補填だ」

 

 と、律志が少し照れたように眼をそらすと、その先にはリョウと虹夏がいた。

 キラキラと、期待を込めた目を向けてくるが

 

「すまないが、これはあくまで後藤君への謝罪のための特別サービスだ。これから他の教科の分も教科書をチェックせねばならず、時間もない。

 君達は自力で頑張り給え」

「そんな!」

「あー、そう旨い話はなかったか」

 

 裏切られた、という表情のリョウと、がっくりとする虹夏。

 他方、秀華高校1年コンビは

 

「頑張りましょ、後藤さん」

「あっ、はい!これくらいの量なら丸暗記で何とか……」

 

 と、早速チェックされた項目に向かっていった。

 そんな結束バンドのメンバーや、隣で勉強しているイレナン、そして少し離れたところにいるSIDEROSや、他の勉強中の若きバンドマン達を見ながら、律志は言った。

 

「勉強し給え、音楽家諸君。教養は音楽に出る。

 勿論、学校での勉学だけが教養ではないが、学校での勉強が教養の一種であるのは揺るがぬ事実であり、また、学生が一番得やすい教養は、学校での勉強なのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 結果として、ぼっちは見事に赤点を回避した。

 律志のチェック項目はほぼほぼ当たり、一緒に勉強した喜多も、ぼっちに付き合ったために勉強時間が普段より短かったにもかかわらず、いつもと同じかそれ以上の点数が取れた。

 一方の2年生組はと言うと

 

「東大受験するからベースなんかやってる場合じゃない!」

「意識高くなり過ぎた!」

 

 学年でもトップに近い点数で試験を終えた代償として、リョウの学生としての意識が一時的に高まるというトラブルがあったものの

 

「―――で?なぜ東大に?」

「はい!学生の本分としてより偏差値の高い……」

「偏差値など必要な学力の目安に過ぎん。大学を選ぶ基準は学びたい研究分野の充実性や、将来の希望する企業などへの就職率だ。

 その上で、東大へは何を目的としていくつもりかね?」

「―――さて、スラップの練習しよっと」

 

 EXoutにテスト結果の報告に行った際、にわかの高い意識は、ガチ系の意識が高い言葉に粉砕され、リョウは元に戻った。

 

 

(よし、文化祭ライブ、がんばろう!)

 

 胸中で意気込むぼっちに、石塚が話しかけてきた。

 

「後藤、文化祭でライブするんだって?」

「あっ、は、はい!」

「うん、俺もいくから、一緒にがんばろ」

「あ?え?み、見に来てくれるってことで……」

 

 石塚の妙な物言いに、ぼっちは首をかしげる。石塚は首を振り

 

「いや、俺らも、Irrational/Numbersも秀華高校のステージにでることになってるから」

「―――へっ?」

 

 

 

 

 つづく




SIDEROSの原作出番、もっと増えないかなあ


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Chapter25 石塚太吾と後藤ひとり その7

書くためにアニメを見直す度に、出来の良さを再確認する


『皆実君!シフト時間外にごめん!ちょっと教室に来て!』

 

 文化祭1日目。彩人のクラスの出し物はメイド・執事喫茶だ。1日目はメイド喫茶で女子が主体。男子は裏方。彩人は裏方業務の休みに、部活仲間と一緒に文化祭を巡っていた。電話が来たのはその最中だった。

 

『イレナンの石塚君が、皆実君のこと呼んでるの!知り合いなの!?』

「え?あ、まあ、友達だけど」

『嘘!マジ!?なんで知り合いだって言ってくれなかったの!?』

 

 興奮状態の電話相手と、後ろから聞こえてくる黄色い悲鳴。

 

「え?アイツそんな人気だったの?」

『そうだよ!とにかく早く来て!』

 

 通話終了。どうしたのかと問う連れに

 

「なんかクラスに知り合いの石塚……Irrational/Numbersってバンドやってる奴が来て、俺のこと呼んでるみたいで」

「嘘だろ!マジ!?なんで知り合いだって言ってくれなかったんだよ!?」

 

 同じような反応をされた。馴れ初めなどを聞かれそうになったが、今は呼び出し中だ。

 

「悪い!ちょっと行ってくる!後でな!」

 

 

 

 

 

 

 急ぎ足でたどり着いた教室。女子達のやや浮ついた雰囲気の中、アイツはいた。

 優雅にコーヒー(インスタント。同じ内容の名前だけ違うメニューが多数ある)を飲んでいる。

 周りを見れば、客の中にも石塚が“あの石塚”だと気付いたらしい者がいて、スマホを向けていた。

 注意すべきかと思ったが、石塚当人がどこ吹く風と無視しているので言いづらい。

 

(いかにも慣れているっていうか、芸能人って感じなんだな)

 

 バイトの時はもっとこう、変人だが身近な気がした。しかし今は有名人特有のオーラ的なものを感じる。

 

「彩人、こっちだ」

 

 石塚が声をかけてきた。それだけで女子の一部が小さく騒ぐ。

 少し気後れしながらも、だが無視するわけにもいかない。対面の椅子に腰かける。

 

「よう。遊びに来てくれたのか?」

 

 彩人は努めて自然になるように心がけて話したが、自分でもどこか上ずったような気がしてならない。

 石塚はそれに気づいたか、気づかないか、はたまたどうでもよいと感じているのか。とにかく全く変わらぬ表情で

 

「ああ、確かにお前の顔を見に来た、というのもあるんだが……」

 

 そこで言葉を区切ると、少し声を潜め

 

「……それで、メイド服姿の後藤は?」

「当店ではそういう指名制度は用意しておりません」

 

 あ、こいついつもの石塚だ。彩人は少し安心しながら応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ぼっちのシフトまで文化祭を見回ることにした二人。

 連れ立って歩くと、秀華生徒からの視線が刺さりまくり、5分に1回くらい

 

「あ、あの!サインください!」

 

 と呼び止められる。

 

「ごめんなさい。人が集まっちゃうと迷惑になるから。

 明日のライブの後、時間を作るからサインはその時に」

 

 愛想笑いで対応する石塚。海の家でのバイトの時も思ったが、

 

(普段の時と比べてなんというか、普通だなあ)

 

 と、彩人は少し感心する。

 やはり石塚なりに外面というか、そういうのは気にするのだろうか。と尋ねたら、

 

「面倒だけど、そう言うの怠るともっと面倒になるから」

 

 経験があるのか、すこしげんなりとした感のある表情で言った。

 どうやら石塚としては、キャーキャー言われるのはあまり好まないらしい。

 などと、人に遮られながらなかなか巡れないでいると、

 

「えっ、何?」

「コスプレ?すっご」

 

 などというざわめきが、進行方向から聞こえてきた。

 それを石塚が

 

「あ、丁度いい」

 

 と言って足を速める。

 

「何が丁度いいんだ?」

 

 彩人に答えず、石塚は廊下の角を曲がる。ついていった彩人は、ソレに出会った。

 一言で言うと、パリコレだ。

 赤と青のツートンカラーのスーツはスパンコールまみれ。足にはシルバーのチェーンがら螺旋状に巻かれている

 上半身、スーツの下は何もなし。スーツ直着で程よく鍛えられた胸板と腹筋が見える。

 首元には髑髏モチーフのネックレス。さらに肩に派手なファーストールを下げている。

 まるでお笑い芸人のような取り合わせだが、着ている当人がめちゃくちゃ派手な美形で、しかも自信満々であるため、妙に様になって見える。

 そんな人物は、ポージングをしながら

 

「やあイッシー!用事は済んだかい!」

 

 やけに通りがいい声でこちらに、というか石塚に話しかけてきた。

 思わず逃げたくなる彩人に対し

 

「いえ。シフトじゃなかったみたいで。今は友達と暇つぶしに見て回ってる所です」

「ならばいっしょにどうだい?」

「是非」

 

 マジかよ!?と彩人は石塚を見て、さらに周りを見渡す。

 周囲には遠巻きに人垣根ができており彩人達、というかパリコレ男(仮称)に視線やカメラを向けている。

 

「さあ、行こうか!イッシー!友人くん!」

 

 キランッ!という音が聞こえそうな笑顔のパリコレ男。

 流石に断って逃げ出せるような空気ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 パリコレ男―――百澤綺斗がモデル歩きで道行かば、人の海が二つに割れる。

 まるでモーセの出エジプト記のような光景を、彩人は後ろから、俯き加減で眺めていた。

 周りから聞こえるのはシャッター音と、見物人たちのざわめき

 

「ねえ何あれ」

「カッコイイ、のか?」

「あれってイレナンのキモザワじゃね?」

「ああ、明日ライブする」

「カッコイイ、けどキモい」

「キモいけどカッコいいよね」

「あのキモいセンスを堂々と貫くところがカッコイイ」

 

 など、大半は綺斗が話題だが

 

「一緒にいるの、キーボードの石塚じゃね?」

「それと……誰?」

「あ、バスケ部の皆実じゃん」

「知り合いなのかな」

 

 同行する石塚と彩人にも、視線がバシバシ刺さりまくる。

 彩人はどちらかと言えば陽の側の人間である。バスケ部でも目立つ方であり、注目されることには慣れているし、嫌いではない。

 だがこんな上野のパンダ状態は流石に羞恥心が勝る。

 石塚はどうしているのかと、俯かせていた視線を隣に向けると

 

「他の人らはどうしたんですか?」

「ステージの下見が終わった後、ライコウは生徒会の友人や校長へ挨拶に行った」

「マメですよね、そういうところ」

「ジョージやノリは人混みが嫌いだからと帰ってしまったよ。残念だ」

「まあ、そこはいつも通りですね」

 

 と、綺斗の斜め後ろ位を、平気な顔で歩きながら雑談していた。

 

「おい、石塚」

「何?」

「何って、平気なのかよこの状況」

 

 綺斗が、向けられたカメラにポージングで応えている隙に、小声で問う彩人。

 石塚は何ということもなさそうに

 

「別に。むしろ注目が綺斗先輩に集まるし、綺斗先輩に話しかけてくる根性ある奴もあまりいないから、呼び止められなくて快適だし、問題ないだろ?」

「ま、まあそうだけどさ」

 

 さっきまで5分毎に呼び止められていたのが、今ではすいすい進む。

 だがその代償は、先導するパリコレ男と一緒くたにされて注がれる好奇の視線だ。

 

「他人にどう見られるかとか、実害なければどうでもよくないか?」

「他人つってもここ俺の学校なんだが!?」

「?同じ学校の他人ってだけだろ?」

「……お前、本当に人に興味がないんだなあ」

 

 やはり、バンドなんてやってる奴らは、どいつもこいつも頭がおかしい。

 

「おーい!イッシー!アヤト!お化け屋敷、入っていかないかい!?」

 

 少し先で、大声でこちらを呼ぶ綺斗。

 彩人は頭を抱えながら、市場に引かれる仔牛のように、とぼとぼと向かっていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 1時間程で、校内引き回しの刑は終わった。

 途中、お化け屋敷で腰を抜かした綺斗を担いで運び出すなどのトラブルはあったが、概ねヒソヒソ噂されて写真を撮られるだけで済んだ。

 

(学校生活的には割と致命傷だがな!)

 

 しばらくいろいろ噂されたり揶揄(からか)われたりするんだろうなあ。

 などと凹みながら教室に戻ると、

 

「喜多と……結束バンドの?」

「彩人くん、実は……」

「メイド服着せたらぼっちちゃんが、恥ずかしがって逃げたんだって。石塚君達も探すの手伝って!」

 

 虹夏の言葉に、真っ先に反応したのは綺斗だった。

 

「任せ給えよお嬢さん!さあ、イッシー、アヤト!迷子の子猫ちゃんを探しに行こうか!」

 

 張り切る綺斗はもちろんのこと、後藤関係である以上、石塚は当然頷く。

 

「……わかった」

 

 校内引き回しの刑、延長。

 項垂れながら、彩人も一緒に探すことにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「無意識に嘘をついて逃げてきてしまった」

 

 校舎裏。じめっとくらいゴミ捨て場側の出入り口で、メイド服のぼっちは丸まっていた。

 

「こんな格好、バンドのみんなや石塚君に見られるとか恥ずかしすぎる……っ!」

 

 こういうのは喜多さんや虹夏ちゃんみたいなかわいい子が着るからイイネがもらえるのだ。自分なんかが来てもイイネどころか低評価、いやグロ画像として動画削除からの垢バン、挙句に『この世にクソみたいな存在を生みだしたで賞』で死刑に処されること請け合いだ。

 

「こんな時は現実逃避しよう。ネットの世界に逃げ込もう」

 

 スマホでオーチューブを立ち上げる。見るのはついこの間、テストの点数が高校始まって以来の高得点(50点以上)だったことにテンションを上げた勢いでアップした動画。

 

「やっぱり私の動画のコメント欄は暖かい。優しいコメントしかない」

 

 スクロールしていくうちに、一つのコメントに目が留まった。

 

『ギターヒーローさんがインディーズの曲って珍しいですね!

 原曲調べたら原曲の方もかなり良くって、ついこのIrrational/Numbersってバンドの曲、大人買いしちゃいました!』

 

 浮かれていた気持ちが、少し沈む。

 

「……やっぱり、凄いよね。石塚君達って」

 

 今回、ぼっちが上げた曲は、イレナンの曲だった。

 曲名はimaginary solution。それをギターソロをマシマシに編曲して弾いたものだ。

 ぼっちの動画の隣、おすすめ動画としてその曲を歌ったイレナンのライブ動画がある。

 音量を絞って、再生してみる。

 

「―――上手い」

 

 思わず、口から零れた。

 リーダーの頼光の圧倒的な歌唱力と、それを支える演奏。

 個々の演奏技術については、結束バンドもそこまで負けてないと思う。ただバンドとして総合力を見た時、明らかに差がある。

 しっかりお互いの演奏を聞きあって、やりとりし合い、補い合い、高め合っている。

 結束バンドと、特に自分との明確な差。

 

「これが私達と同じステージで歌うのかぁ……」

 

 公演プログラムによれば、午後のトップバッターがイレナン。自分達はいくつかの出し物を挟んで大分後だ。

 だがそれでも、同じステージに立つ以上、比較されることは避けられないだろう。

 下手な演奏をしたら、腐った卵とか石とかを投げられる。

 そして審問官みたいなのが出てきて言うのだ。

 

『下手な演奏で空気を冷やしたので退学!ただし喜多さんは可愛いので無罪とする!』

「そ、そんなあああああっ!」

 

 などとコンクリートの上で悶絶していると

 

「ほら、いましたよ後藤さん」

「おー」

「うわゃっ!」

 

 背後から声をかけられ、思わず変な悲鳴を上げるぼっち。

 振り返り、反射的に正座をしながら見上げると、そこにいたのは喜多達結束バンドメンバーだった。

 代表するように、頭になぜか葉っぱをつけた虹夏が

 

「ぼっちちゃーん、クラスの子心配してたよ」

 

 どうやら彼女達は、クラスの人達に言われて自分を探しに来ていたらしい。

 流石に申し訳なくなったぼっちは、

 

「ぁ、ゃ、すぃ……」

 

 すみませんと言おうとしても、突然のことで声が出ない。

 

「ホントにナメクジがいそうなところにいた」

「ゴミ箱とかタンクの中、探した甲斐がありましたね!」

 

 少し呆れた風なリョウと、いつもの笑顔の喜多。

 

「見つかったって石塚君達にも連絡しないと」

「い、石塚君、来てるんですか?ステージは明日じゃ」

「下見と、あと遊びに来るって言ってたじゃん。メイドぼっちちゃん、楽しみにしてるみたいだよ」

「え?あ、はい?」

 

 石塚君が?私のメイド服姿を?笑いものにするため?いやいや、石塚君は優しいからそんなことしない、と思う、たぶん、きっと。けどならどうして?

 首をかしげるぼっちに

 

「これは……」

「石塚君、可哀想」

「え?な、何か変なこと、言いましたか?」

「いやいや、それでこそぼっち」

「まあ、いいや。早く戻ろう」

 

 よくわからないが、逃げることはできないようだ。

 

「はいぃ……」

 

 ぼっちは観念して頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分時間がかかったんスね」

「ごめんごめん!いろいろ寄り道しちゃってさ」

 

 そのしばらく後、メイド喫茶で待っていた男子達に、女子組が合流した。

 とはいっても、ぼっちはそのままシフトに入り、入り口で看板を持っている。

 その扉越しにちらちら見える後姿を、石塚はガン見していた。

 

「石塚」

「なんだ」

「見過ぎ。ってかせめてこっち見て返事しろよ」

 

 しぶしぶといった風に、石塚はテーブルについた面々の方に視線を戻し

 

「それで、何ですか?俺は後藤を見るのに忙しいんですが」

「ぼっちちゃんのこと好きだなあ、石塚君」

「けど見ちゃうのもわかりますよねー」

「そうだね!彼女は磨けば光る素材だ。姿勢や表情をトレーニングすれば読モの仕事くらいは誘ってもいいかもしれないね」

「ギャラはいかほどで!?」

 

 綺斗の言葉に食い付くリョウ。

 虹夏は、目が和同開珎になっているリョウを宥めながら

 

「けど、なんか秀華、妙にイレナンファン多くない?」

「確かに言われてみれば……」

 

 虹夏の言葉に石塚も違和感を思い出す。一般客と秀華生の間に、イレナンに対しての反応に明らかな差があった。

 

「去年秀華で()った時のことを、覚えている人が多いんだと思います」

「そういえばなんで秀華の文化祭に出るの?ノリさんが秀華のOBとか?」

 

 イレナンメンバーでは、士則が最年長で今年19の社会人だ。

 喜多の予測に対し、石塚は首を横に振る。

 

「そうじゃなくて、頼光先輩が……」

 

 と言った所で、入り口側、ぼっちのいた方か

 

『すみませんでしたああああっ!』

 

 という声。目を向けると

 

「ああっ!ぼっちちゃんが世紀末的風貌の人達を土下座させてる!」

「何やったんだあいつ……」

 

 呆れる彩人と無言で立ってぼっちの元に駆け寄る石塚と

 

「おーい、チバちゃんシゲちゃんなに土下座して……へ?後藤ちゃん?ちょ、どないなっとんのや」

 

 よく通り、聞き覚えのある関西弁が、廊下の方から聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、とりあえずそう落ち込まんと。変顔して突っ立ってる女子高生の口から謎の生き物が出てきてそいつにメンチ切られたら、誰だってああなるて。

 ほら、可愛いメイドさんに癒されて元気出そ?な?

 ―――ってことでみんなお待たせ!石やんとキモやんが迷惑かけとらへんかった?」

 

 席について項垂れる世紀末コンビを慰めてから、頼光は虹夏達のテーブルに戻って来た。

 

「えっと、大河内先輩、あの人達ともお友達で?」

「ん、おお、そやで。前ちょっと縁があってな」

 

 なんてことがない風に言う頼光に、虹夏は若干引き気味。

 一方の石塚はぼっちウォッチを再開しつつ

 

「先輩。なんでイレナンが秀華の文化祭に出たのか聞きたいそうですよ」

「おん?ああ、そのことか」

 

 ちゃっかり説明を押し付けた石塚。一方の頼光は、これまたなんてことないように

 

「まあ、特別なことないねん。

 去年、ここの生徒会に友達出来てな。頼んだら舞台に乗せてくれることになったから出たってだけ」

「なるほど」

 

 と納得したのは喜多で

 

「えっと、それだけですか?もっとこう、深い関係とか……」

 

 納得できなかったのは虹夏とリョウ。

 虹夏の疑問に頼光と喜多は

 

「え?せやから友達がおったって言うたやん?」

「それで頼んだら出られることになったからライブをした、っていうのに、何か問題が?」

「これが極まった陽キャか……」

「友達だからって縁もゆかりもない文化祭ステージに出場申し込みとか、強いなあ」

 

 陽キャ側だが常識人成分も高い彩人が関心半分、呆れ半分といった風に言う。頼光は肩をすくめて

 

「袖振り合うも他生の縁、やで?

 まあ、多少無理筋やってのは理解してるけど、あん頃は未確認ライオット目指してたから、文化祭みたいな美味しいのは、無理にでも喰っておきたかったんや」

「美味しい、ですか?」

「ま、その話は長くなるから―――ごとーちゃーん!注文ええかー!?」

 

 虹夏の疑問は脇に置き、頼光はぼっちを呼ぶ。

 忘我の彼方から帰還したぼっちは、慌ててテーブルの方に駆け寄り

 

「ご、ごごご、ご注文は!?」

 

 と聞いてきたので

 

「後藤ひとり、持ち帰りで」

「石やん」

 

 スパンッ、と、石塚の後頭部に関西人によるツッコミフルスイングが入った。

 

「ぇ、へ?あ、あの」

「後藤ちゃん、ちょっと待って。こいつ少しバグっただけやから。他の子の注文先に聞いたって」

「は、はあ」

「けど石塚君が暴走するのもわかるなあ」

 

 虹夏はボッチのメイド服姿を改めて眺める。

 白い肌に細身。しかし胸は大きくスタイルもいい。顔もいい。目つきは柔らかく瞳は大きく。筋の通った高い鼻。

 そんなぼっちに、メイド服は良く似合っていた。

 その大きな胸のサイズが理由か、他の子達とは違う胸元が開いたデザインのエプロンドレス。

 恥ずかしがって握っているスカートの裾のせいで、ニーソックスと太ももの境がよりしっかり見えるようになっている。

 減点ポイントがあるとすれば、警戒するような、怯えるような表情くらいだが、それすらも好みの問題だろう。

 

「後藤さんはこういう甘い系の服、似合いますね」

「わかるぅ。もっとジャージ以外も着ればいいのに」

「……やはりビジュアル方面で売り出すのも……」

 

 などと女子達が盛り上がっている横で

 

「おい、石塚。再起動したか?」

「問題ない」

「こっち見て言えよ」

「なぜ?」

 

 ぼっちをガン見。

 

「まあ、ええやん。暴走したらまた小突いたれば」

「そうですね」

 

 対症療法を提案する頼光と、あきらめて受け入れる彩人。

 

「あ、な、何か頼んでください!」

「つってもオムライスとコーヒーだけだからなあ、この店」

「そなの?」

 

 虹夏に彩人は気まずげに

 

「衣装代で予算が。

 あと、オプションがあるとすれば……」

 

 と言って指さしたのは、美味しくなる呪文(無料)だ。

 

「ほほう」

「これは」

「(ガタッ)」

 

 怪しく目を光らせる虹夏とリョウ、そして思わず腰を浮かして、頼光に無言でたしなめられる石塚。

 いやな予感というか、確実に来る災厄を知ったぼっちは、小さな悲鳴を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

レビュー

 

 

後藤ひとりの「ふわふわぴゅあぴゅあみらくるきゅん。オムライス、オイシクナレー」

 

Nジカさん「冷凍食品のオムライス」

ヤマDさん「パサついてる」

石ZKくん「卵の味わいとライスの旨味、そしてケチャップの酸味が調和した最高のオムライスだった」

頼3つくん「後藤ちゃんえらい!よーがんばった!」

キラトくん「ダメダメ後藤君!もっと自分の美しさに自信を持たなきゃ!」

AYTくん「この案が出た時は、なんかみんなハイになっててさ。明日の執事喫茶が憂鬱だ」

 

 

 

喜多郁代の「ふわふわぁ☆ぴゅあぴゅあ♪みらくるぅきゅん♡。おむらいすさぁん、おいしくぅ……なぁれっ!(キターン)」

 

Nジカさん「ケチャップの程よい酸味とソースの甘さが溶け合い、温かい家庭を感じる味に変わった!」

ヤマDさん「まろやか」

石ZKくん「ああ、うん。いいんじゃない」

頼3つくん「喜多ちゃんかわええな!最高!」

キラトくん「Excellent!!自分の魅力を理解し、最大限に発揮できている!実に良い!」

AYTくん「人類誰もがみんなお前みたいだったらよかったのにな」

 

 

 

 

 

 喜多の魔法に目をつけたクラスメイトにより、数か月ぶりの喜多メイドバージョンが誕生したのを皮切りに、虹夏もメイド化し、リョウに至っては執事コスとなった。

 STARRYのバイトで場慣れした新規メイド二人と、俺様営業により世紀末コンビ他からコアな需要と人気を得るリョウ。

 喫茶店は大賑わいとなり

 

「後藤さん、休憩入っていいよー」

「あっ、ハイ」

 

 その裏で、1人のメイドがひっそりとリストラされた。

 

「じゃ、混んできたし俺らも帰ろか?」

「ですね」

「だね」

 

 彩人もバックヤードに回り、暇になったイレナン3人組は席を立つ。

 そのタイミングで、虹夏が

 

「あっ、ぼっちちゃん。折角だから石塚君達を玄関までお見送りしてあげて!」

 

 そして、すかさず頼光にアイコンタクト。

 

「……あ、そだ。帰る前にちょっとチバちゃんらと話でもしてくわ。久しぶりやし。

 キモやんもどない?」

「そうだね!彼らの時流に靡かぬファッションには、少し興味がわいていた所さ!」

 

 綺斗も虹夏の視線の意図を察したのか、それともただの気まぐれか、頼光に付き合うことにした。

 その結果、自動的に

 

「あー……後藤、玄関まで一緒に、その、どう?」

「あっ、はい。その、ご、ご迷惑でなければ?」

 

 全く以てぎこちなく、ぼっちと石塚は教室を出て行った。

 

「やれやれ、世話の焼ける二人だねぇ」

「あ、あの!伊地知さん?石塚君と後藤さんってもしかして……!?」

「ひーみつ!――あ、お帰りなさいませお嬢様!」

 

 クラスメイトの追及を軽くかわして、虹夏は接客に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭の学校を、石塚とメイドぼっちが歩いてゆく。

 交わす言葉もなく、近くはない。連れ立って歩いてるとも、ただ同じ方向へ歩いているだけとも取れる距離感。

 そのまま昇降口に来た。そこに行事全体のスケジュールが大きく張り出されていた。

 2日目。個人ステージの項目に、Irrational/Numbersと結束バンドの名前が記されていた。

 足を止めてそれを見る二人。

 その背後を、女子の一団が通り抜けていった。

 

「イレナン、楽しみだね」

 

 彼女らの会話から、そんな言葉が零れて、二人の耳に届く。

 

「みんなから、楽しみに、されてるんですね」

 

 ぼっちが、口を開いた。

 ここに来る途中も、石塚の姿を見た人達が口々に言っていた

 

「イレナンの石塚だ」

「明日のライブ、がんばってください」

「絶対、見に行きます」

 

 それに対して、結束バンドの名前を聞いたことは、一切ない。

 

「すごい、ですね。私達なんか、全然で……」

 

 羨ましい、と思う以上に、怖かった。

 以前、申し込み用紙を出す前に、保健室でした妄想の焼き直しだ。

 かつて想像したのは歓声を受ける虹夏とリョウ、そして喜多。それに対して、歓声の代わりに『誰だお前は』と場違いなものに対するような冷たい視線をあびる自分。

 しかし今脳裏に浮かぶのは別の光景だ。歓声を受けるのは石塚達Irrational/Numbers。対して冷たい視線を浴びるのは、ぼっちだけではなく結束バンドのメンバー全員だ。

 

「私達なんて、誰にも期待されてなくて。そのくせ、調子に乗って文化祭に出てみたりして……」

 

 用紙を出したのは喜多かもしれない。けしかけたのは皆実かもしれない。

 だが始まりは自分だ、自分の意志、いや自己承認欲求だ。

 その結果、自分がバカにされたり笑いものにされるなら、まだいい。自分の自我が消滅するだけだ。

 だがそんな醜くて薄汚い物の為に、虹夏を、リョウを、喜多を巻き込んで、辛い目にあわせてしまう。そうなったらどうやって詫びればいいのか。

 

「私、どうして……」

 

 うつむき、立ち止まるぼっち。

 その彼女の手を

 

「俺が、期待している」

 

 石塚が引っ張った。

 握られた手と、大きくはないが強い声。

 顔を上げると、いつもよりずっと必死の表情の彼がいた。

 

「俺が後藤に、結束バンドに期待してる。――それと他にも、他のイレナンのメンバーとか、廣井さんとか……」

 

 後半、石塚は急に眼をそらし、語調も弱くなったが、何とか持ち直し

 

「誰も期待してないなんてことはない」

「……なんで、期待してくれるんですか?」

 

 言われ、それでも信じきれないぼっち。

 石塚は、迷わず答えた。

 

「ずっと夢だったから。

 中2の時、後藤の演奏を聞いた時から、夢だったんだ。後藤と、同じステージで歌うことが」

「……私、バンドだとギターヒーロー、できてないです」

「それでも、夢だったんだ」

 

 いつか、あの雷鳴と一緒に旋律を奏でる。

 

「今回は、一緒に演奏するんじゃなくて、ただ対バンするだけだけど、それでも夢にまた一歩近づけるんだ」

 

 だから

 

「期待してる。後藤の、結束バンドのステージを。あの台風の時と同じで、期待してるし、楽しみにしてるんだ。

 あの夕方の時みたいな感動を待ってるんだ」

 

 根拠も何もない、期待の押し付け。

 だが、それこそが今の彼女に必要なものだ。

 誰にも期待されてないと、冷え切っていた心に、火が灯った。

 

「あの、ありがとうございます」

 

 少し伸びた背筋で、ちょっとだけ前を見た顔で、ぼっちは言った。

 

「ステージ、た、楽しみにしててください」

「うん。楽しみにしている」

 

 少し引きつり気味だが、確かな笑顔で言うぼっちに、石塚は頷き―――手を握っていることに気付く。

 

「す、すまん!」

「あ、いえ、こちらこそ」

 

 手を放して一歩後ずさった石塚と

 

(急に飛びのくとか、手汗とか気持ち悪かったのかな)

 

 と、勝手に想像して再び凹み直すぼっち。ただしその胸中に、もう明日のライブへの不安はなかった。

 

「じゃ、じゃあ俺、帰るから」

「あっはい、お疲れさまでした、じゃなくて!その、い、行ってらっしゃいませ、ごごご主人様」」

 

 足早に去る石塚と、会釈してたどたどしい挨拶を向けるぼっち。

 そのまま踵を返した彼女の背に、

 

「それと!その……!―――メイド服、可愛いと思うぞ」

 

 そう言い逃げして、石塚は去った。

 ぼっちは振り向いたが、そこにすでに石塚の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼっちちゃんおかえりー……どしたの?」

 

 教室に戻ってきたぼっち。その様子が少し変だった。頬は上気し、少し興奮気味で

 

(まさか石塚君(ヘタレ)の癖に、ヤッたか!?)

 

 何をヤッたかは知らないが、きっと何かしらヤッたのだ。

 期待を込めて虹夏が訊ねると

 

「あっ、その、石塚君に……」

「ふむふむ!」

「ライブ、期待してるって言われちゃって……」

「ふむふむ?」

「が、がんばりましょう!明日のライブ、絶対!」

「……そだねー」

「に、虹夏ちゃん……?」

「ん?ああ!何でもない!そだね、ガンバロウ!」

 

 言いながら、虹夏は思った。

 

石塚君(ヘタレ)はやっぱり石塚君(ヘタレ)だったか。

 ……ま、ぼっちちゃんがやる気になってくれたからいっか)

 

 顔が赤かったのも、意気込みで興奮してたからだろう。ぼっちちゃんは色白だから、そういうのすぐ顔に出るし。

 虹夏はそう思い直し新たな客への対応に向かった。

 

 

 

 その一方、教室の前で看板を掲げたぼっちは、言い逃げされた言葉について考えていた。

 

『メイド服、可愛いと思うぞ』

 

(あれ、メイド服のデザインが可愛いって意味だよね、きっと)

 

 自分が可愛いとか、ありえない。

 虹夏ちゃんや喜多さん、リョウさんだって揶揄ってるだけだ。

 けれど、

 

(もし石塚君が可愛いって思ってくれたなら、なんて)

 

 想像すると、また顔が熱くなって、胸にまた例の良くわからない感情がやってくる。

 嫌いではなかった。

 

 

 その日、少なからぬ客が 『顔真っ赤にしてカード持ってたメイドさんが可愛かったから』 という理由で入店したが、そのことを知る者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 つづく

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 夕方頃、受験に向けて勉強中のシュンのラインに、画像付きのメッセージが一つ。

 

 虹夏 『シュン、受験勉強お疲れ!かわいいメイドさんみて頑張れよー』

 

 なお、添付画像の内容はメイド虹夏の自撮り。シュンは1分程じっと眺めた後

 

 シュン 『人が必死こいて勉強してる所に遊びまわってる写真おくってくんじゃねえよバカ虹夏!』

 

 と返信し、一言呟いた。

 

 「俺も行けばよかった……っ!」




がんばれ受験生

なおイレナンの学年、年齢は
士則 19歳 社会人
ジョージ、頼光 18歳(大久保高校3年)
綺斗 17歳 (紅山高校2年)
石塚 16歳 (大久保高校1年)

という設定です


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Chapter26 ろっきんがーると文化祭ライブ その1

区切りの関係でちょっと短め


 秀華祭2日目の昼頃、個人ステージ会場の体育館は、静かな熱気に包まれていた。

 熱気の元は2、3年生だ。皆、口々に言う。

 

「イレナンのライブ、タダで見れるのか」

「去年の文化祭、イレナンのライブ、すごかったよね」

「私、未確認ライオット行ったよ!」

「イレナンが―――」

「イレナン―――」

 

 彼らの口に登るイレナン、Irrational/Numbersという名前に、1年生達が向ける感情は不審半分、期待半分。

 去年、秀華祭でライブをしたというインディーズバンド。

 ネットに検索をかければ、なるほど、確かに出てくる。

 なんでも未確認ライオットとかいうコンテスト?に出て優勝したらしい?

 とはいえ、それだけだ。

 Mステとかには出てないし、そもそもまだCDとかも売られてない。音楽はDL販売のみ。

 実は大したことないんじゃない?けど先輩達はしきりに押してるし……。

 

「おい、出てきたぞ!」

 

 

 予定の時間の少し前。ドラムとアンプだけが設置されていた舞台の上に、5人が姿を現した。

 自分達と同年代の5人の少年。まあ、やたら体格がよいのがいたり、派手なのがいたりしたが、それでも同じ程度の年齢の一団だ。

 そんな彼らの格好を見て、誰かが言った。

 

「……なんで執事服?」

 

 その言葉が示す通り、5人はなぜかそれぞれ執事風のスーツ姿だった。

 歓声と、ざわめきと、疑問。

 それに対して反応を介したのは1人だけだ。

 

『ちょっと待ってな~、今最後のセッティングするから~』

 

 坊主頭。リーダーの少年がマイクを使ってそれだけ言って、自分もギターを弄り始めた。

 たまに鳴る歪んだ弦の音や、さざめくようなドラムやシンバル。

 観客の大半は楽器というものに慣れておらず、その様子を物珍し気に眺める。

 

 調整が終わるのと、観客の注目の大半が集まったのは、ほぼ同時だった。

 

 時間も丁度。

 司会役の生徒が、マイクを手に取る

 

「それでは2日目、午後の個人ステージを開始します。まずは―――」

 

 と、言った時だ。

 

 1音。ベースの弦が弾かれた。

 

 大きく響いたそれに、司会の言葉が止まる。

 ステージ上を見れば頼光が司会に視線を送っていた。

 右手の人差し指を立てて、唇に沿えている。

 ジェスチャーの意味は明白だ。予定外のことにどうしていいかわからず、そしてステージ上の演者の要望を蹴るわけにもいかず、言葉を切る司会。

 小さくざわめく会場。

 その真正面に立つ頼光は、やおら首から下げていたギターをスタンドに戻すと、数歩前に、ステージの際ギリギリに立つ。そして

 

「 ――――― 」

 

 独唱を始めた。

 マイクもなく、伴奏もなく、歌い上げられるのはイレナンの代表曲、 Discrete setのサビの数フレーズ。

 通常よりローテンポで歌われたそれは、一瞬で会場である体育館を満たし、ざわめきをかき消し、観客はおろかスタッフも、袖で待機している次の演者たちも含め、全員の意識がステージに集まった。

 ゆったりと、4小節分歌い終えた頼光。

 その余韻が消える前―――

 

     ―――短いドラムソロが余韻と静寂を吹き飛ばし、イントロが始まった。

 

 力強い音圧と鮮烈なメロディは、頼光の独唱に意識をとられていた観客の横っ面を引っ叩き、半ば強制的にIrrational/Numbersの演奏に意識を向けさせた。

 イントロが終わりAメロが始める、かと思いきや始まったのはAメロをベースにループさせるだけのインストだった。そのタイミングで、ギターを持ち直した頼光が、

 

『どぉぉもっ!おおきにっ!Irrational/Numbers、リーダーでギターボーカルの大河内頼光でっす!』

 

 とインストを背景にMCを始めた。

 

『まずは皆もう知ってると思いますが、改めてご報告させていただきます。

 我らIrrational/Numbers!未確認ライオットにて!グランプリ!獲りましたああああああっ!』

『おおおおおおおおおおおおおっ!』

 

 巻き起こる拍手と歓声。それが少し収まるのを待ってから。

 

『これも皆の応援のお陰です。ホンマにありがとう!

 ――って言っても、1年の子らとかは知らんよね?

 ざっくりいうと、俺らイレナンが夏に賞とったんやけど、それが取れたのはここ、秀華高校のみんなの応援があってこそやったわけでして、今日はそのお礼のためのライブに来たちゅーことです。

 てなことで!俺らは噺家でのうて音楽家!無駄口ばっか叩いてても仕方ない!

 早速音楽で恩を返していこうと思います!

 では1曲目!Discrete set!」

 

 そして、演奏が始まった。

 

 

 

 

 そこから15分は、完全にイレナンの時間だった。

 

 

 

 

 1曲目はスピーディかつ軽快な正統派ロック 『Discrete set』

 2曲目は童話的な内容をハードロック調に落とし込んだ 『ツグミに焦れたカエルの歌』

 〆の3曲目はバラード調の『ラグランジュ』

 

『センキュー秀華高校!あと半日!最後まで楽しんでってな!

 ―――と、忘れるとこやった。宣伝!この執事服を提供してくれたんは1年2組の執事喫茶です!ライブに疲れた休みたいって人は、ぜひ行ったってください!よろしゅうお願いします!

 ということで、俺らの出番はこれまで!

 今日の演奏で俺らイレナンに興味が出たって人は、トゥウィッターやイソスタでフォロー、お願いします!

 ほな!』

 

 

 

 万雷の拍手と共に、秀華祭個人ステージ2日目午後は、大盛り上がりからのスタートを切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後、1年2組の執事喫茶は大混雑をしていた。イレナンの宣伝の効果だ。

 観客たちの殆どは体育館に残ったが、一部が流れて来た。その後もライブに疲れた観客の一部が、休憩所代わりにやってくるのだ。

 次々とやってくる客、忙しく走り回る執事達。その中で、皆実彩人もまた執事として働いていたのだが、それが今、唐突に振って湧いた試練に直面していた。

 

「ふっ、ふわふわ、ぴゅあぴゅあ、みらくる……きゅん。オムライスちゃん、おいしくなれ~」

「ぶっ!だひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!ヒーッ!ヒーッ!……もう一回!」

「……ふわふわ、ぴゅあぴゅ、あ……みらくる、きゅん……オムライス、ちゃん、おいしくなれぇ……」

「ぶはははははっ!げほっ、ごほっ……ぷっ、ぷひゃひはははははははっ!……も、もう一回!」

「!?―――ふわふわぴゅあぴゅあみらくるきゅん!おむらいすおいしくなれええええええええええっ!」

「だーっはははははっ!あーくんカワイイよ!もう一回!」

「いい加減にしろこの酔っ払い!」

 

 3回目のリテイクに、彩人もいよいよ堪忍袋の緒が切れた。迷惑な酔客、廣井きくりを怒鳴りつける。

 一方の廣井はどこ吹く風。

 

「え~、かわいいのに~」

「いや、流石にもうやめてやれよ、営業妨害だろ」

 

 廣井が連れてきた髪の長い女、SATARRYの店長、伊地知星歌がたしなめる。

 

「彩人、だっけ?災難だな」

「全くですよ」

 

 半分はこの厄介なアル中が原因だが、もう半分は過去の自分だ。

 なんだよ、この『オムライスがおいしくなる魔法の呪文:無料』って。

 どうして俺はこの案が出た時、賛成に票を入れたんだ?文化祭テンションってやつか?チクショウ!

 

「それで、星歌さんのご注文は決まりましたか?」

「ああ―――メイド服姿のぼっちちゃん、頼む」

「アンタも石塚(アレ)と同類か!?」

 

 

 

 

 

 

 彩人のシフトが終わり13時40分。結束バンドの出番は14時からだ。

 会場の体育館に、彩人は廣井達と共に向かっていた。

 

「で、どうだった?頼光君達のライブ」

「なんか……すごかった。って、これじゃあきくり姉ちゃんのライブの時とかわんないな……。

 なんていうか、そうだな。……プロって感じがした」

 

 廣井に聞かれた彩人は、ライブで自分が感じた事を、不慣れながらも言葉に変えていく。

 彩人は元バンド嫌い、というか今でもそこまで好きとは言い難く、見たことがあるライブは結束バンドの1回と、SICKHACKの1回、そしてイレナンとそして執事喫茶のシフトまでの間に見た、白米ベーカリー―――イレナンの次のバンドの最初の部分だけだ。

 それらを比べると、イレナン、SICKHACKと結束バンド、白米ベーカリーの間に明確な違いを感じた。

 

「なんっていうか、慣れてる?曲とか演奏とかじゃなくて、観客の反応とかを見れてる、って感じがした」

「へぇ、結構鋭いじゃん」

 

 反応したのは星歌だった。

 

「虹夏とかは、面白いMCをしたい、とか言ってるが、本来MCに必要なのはいかに曲や演奏や自分達に注目を集めるか、だ。曲の解説や自己紹介も間に挟む雑談も、全部はそこが目的だ」

「舞台演出とか曲の入り方とか、そこら辺が熟れてるかどうかでバンドの格っていうか、玄人か素人かがわかりますよね~。その点、頼光君は最初の頃からやたら上手かったなあ」

 

 そうこうしている内に体育館についた。

 まだ結束バンドの一つ前が演奏を続けていた。

 会場の熱気はイレナンの演奏の直後と比べれば大分落ち着いてはいるが、それでも十分温まっている。

 

「へえ、イイ感じじゃん」

「客も集まってるし……後はぼっちちゃんが大丈夫か、だな」

 

 星歌が少し心配そうに

 

「……なあ、ぼっちちゃん、どんな感じだった?」

「後藤ですか?最後に会ったのはここで一緒にイレナンのライブを見た後で、そん時は元気そうでしたよ、心臓だけは」

「心臓?」

「なんかやたらドラムの音が大きいなと思ったら、後藤の心臓の音なんですよね。びっくりしました」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないですか?虹夏さんに声かけられた後は落ち着いた様子で、虚空を見ながら『伝説に』とか『全米ツアー』とか言ってデヘデヘ笑ってましたし」

「……まあ、いつものぼっちちゃんか」

 

 むしろ人の(かたち)を保ち、ゴミ箱や段ボールに詰まってないだけ、普段よりしっかりしているとも言える。

 

「完熟マンゴーだった頃に比べれば、ずっと成長した、かな」

「完熟マンゴー?」

「最初のライブのステージ演出だな」

 

 割り込んできた声。それは石塚だった。

 

「今でも、完熟マンゴーのダンボールの中で演奏していた後藤の姿が目に浮かぶ」

「箱の中だから見えてないだろ、姿」

「むしろ忘れてやれよ」

 

 つっこむ彩人と星歌。

 

「後藤ちゃん見る時の石やんの目には、美化補正が1那由多%くらいかかっとるからなあ」

 

 と石塚と共に来ていた頼光が言う。

 さらにその背後には、イレナンのメンバーがそろっていた。

 

「ダンボール……それは僕もまだ体験したことのないファッションだ……!」

『(・ω・)ノ[GANDAM]』

「というか、箱に詰まりながらギター弾くとか、後藤殿、やはり相当上手いのではござらぬか?」

 

 そんな風に体育館前で駄弁っていると、体育館内から〆のMCが聞こえてくる。

 もしもぼっちが直接聞いたら、放たれる言葉の一つ一つにダメージを受け、格ゲーで無限コンボを喰らったかのような有様になること請け合いの、全力青春トーク。

 

「ぐぼほぉっ!リ、リア充の、イケメンリア充の波動が拙者を蝕む……っ!」

「ここにも同類がいたのか。ってか、さっきステージの上でギター弾いてたのと同一人物か?この人?」

 

 急に苦しみだした陰キャ―――ジョージを彩人が呆れた目で眺めていた。

 

「さーて!人の流れに乗って、ステージ前まで行くぞー!」

「……この酔っ払い、今から大一番を迎える後藤の前に連れていっていいものか……」

「あーくん、君は知らないな、ぼっちちゃんと私の間にある深い愛と関係を。

 ファースト路上ライブも、ファーストライブ鑑賞も、ぼっちちゃんの初めては私がもらったんだぞ!」

「石やん、通路の真ん中で膝から崩れ落ちるなや、邪魔になるで」

 

 

 

 

 

 後、10分少々で、結束バンドのライブが始まる。

 

 

 

 

 

 つづく




アニメ原作では結束バンドの出番は13:30でしたが、最初にイレナンの枠が入ったので14:00になりました。


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Chapter27 ろっきんがーると文化祭ライブ その2

アニメのライブの雰囲気を、少しでも再現出来てたらいいなあ


 13:55。

 ステージ上、幕の裏側から微かにギターの弦やドラムの音がする。結束バンドがライブに向けて最後の準備をしているのだろう。

 彩人はイレナンのメンバー達とステージ側最前列、から少し引いた場所に陣取っていた。

 最前列にいないのは、イレナンメンバーが比較的身長が高めというのもあるが、

 

「今日はぼっちちゃんの応援の為に!奮発してカップ酒!」

 

 とステージをテーブル代わりに酒を飲みだした酔っ払いの存在が最たる理由だ。

 

「事務所に所属してから、そこら辺のリスク管理について塩さん―――プロデューサーさんから厳しゅう言われててな」

 

 イレナンは、最年長が19歳の士則で未成年だ。飲酒喫煙はもちろん、そうと疑われるような行為は避けるように厳命されている。

 SNSでいつ撮られるともわからん状態で、酒盛りしている廣井の近くなどという瓜田に足を踏み入れるのは避けなくてはならない。

 そのような理由で体育館の中央側に彼らは大人しく立っていた。もちろん綺斗もだ。そのせいで綺斗の奇行による結界が壊れたのか

 

「あの~、ひょっとして、イレナンの人ですか?」

 

 とまたもやファンから声をかけられることとなった。

 すわ、折角のライブの空気を壊す羽目になるか、と思ったが、士則が対応した。

 

『サインはライブイベント終了後、校庭で時間を取りますので、それまでお待ちください』

 

 と、顔文字抜きの文面をタブレットに表示しながら、無言で返し続けて撃退した。

 恐ろしく整った顔が無言、無表情で見つめ返すのは、かなりの圧迫感だったようだ。

 半泣きになった女生徒を

 

「ごめんな。今からライブやからお静かに、な?後で校庭でめっちゃサービスするんで堪忍な?」

 

 と、頼光が宥めて事なきを得た。

 

 そして今、開幕まで残り数分。

 

「ねえ、皆実」

 

 石塚達から一歩分ほど離れた位置に立っていた彩人に、声をかけてきた女生徒がいた。喜多のクラスメイトで、彩人とも付き合いの長い、佐々木だった。

 

「私、夏のライブにはいかなかったんだけどさ、ぶっちゃけ、どうなの?」

「結束バンドが?」

「そ」

「上手い、かどうかは俺もよくわからないけど……夏のライブは行ってよかった、って思えるくらいには良かった」

「ふ~ん。……うちには想像つかないなあ。喜多もだけど―――あの、後藤さん?って子も」

「後藤のこと、知ってるのか?」

「喜多からの話と、あとは噂って言うか目立つし」

 

 1年のごなんとかさん。

 彼女は実名は知られてないのに、なぜか都市伝説的な知名度がある。

 1年のほぼ最初から学校指定ですらないジャージで登校。5月になってからはギターもプラス。奇行、奇声は日常茶飯事。たまに変形したり爆発したりと人類と思えないアクションをするとの噂もある。

 

「なんで名前だけが知られずに『ごなんとかさん』て呼ばれてるんだ、後藤は?」

「あれじゃない?名前を呼ぶと存在が確定するから、あえてぼかして呼ぶことで魔除けにしてる~とか」

「いよいよ妖怪っていうか、怪談扱いじゃないか」

 

 いやまあ、見てると正気度失いそうな変化するけどさ、ムンクとか、と、彩人は思った。

 

「後藤も弾けるぞ、ギター。何ならめっちゃ上手いまである」

「それは喜多も言ってたけど……」

「……信じられない、っていうか想像できないって気持ちはわかる」

 

 あの小柄で猫背の俯いてばかりの少女が、ステージの上で100人も越えようかという観客相手にギターをかき鳴らす。想像がつかないのも無理はない。だが―――

 

「期待していいぞ」

「へえ、断言するじゃん」

「俺自身はつい最近までバンドとか音楽とか嫌いで―――」

 

 皆実が言葉を探している時、ステージ最前列から声がした。

 

「~~っはぁ美味い!もう一杯」

「―――いや、今でもまあ、ロックとかあまり治安がいい趣味じゃないとは思ってるけどさ。

 それでも、少なくとも後藤のギターで……」

 

 チラリと隣、1歩分ほど離れたところで、ステージを見つめている少年を見て

 

「後藤のギターで、友達が1人、人生変わったんだ。だからそのくらいの価値はあると思うんだわ」

 

 

 

 

 

 ステージの幕が上がった。

 歓声や、ヤバい酔っ払いの応援だか野次だかわからない何かが収まってから、

 

『私たち結束バンドは―――』

 

 彼女達の“入り”は、オーソドックスなMCからだった。

 人知れず、急遽イレナンの真似をするんじゃないかと心配していた星歌は、大人しくなった廣井を放り出して、そっと胸をなでおろした。それは兎も角、

 

『それでは一曲目やります!結束バンドで「忘れてやらない」!』

 

 演奏が始まった。

 

「へぇ」

 

 という声を彩人は聞いた。

 佐々木だ。彼女は、ステージを見つめていた。

 周りを見れば、MC中はステージよりイレナン達に視線を送っていた生徒達も、今やステージ上の結束バンドのパフォーマンスに目を奪われていた。

 

 軽快な旋律と、喜多の歌声。

 良し悪しが分かる程、音楽には詳しくない彩人にも分かった。喜多は上達していた。

 そればかりか、ステージ上でサビの部分でウィンクをするくらいに余裕がある。

 

 

 危なげなく喜多も結束バンドも、一曲目を弾き終えた。

 

 

『結束バンドで「忘れてやらない」でした!』

 

 1曲目が終わり、歓声が挙がった。演奏開始前とは質が違う歓声。人に向けてのものではなく、そのパフォーマンスに対して向けられた、確かな賞賛。

 

「―――音が」

 

 その賞賛に紛れて、石塚の声が彩人の耳に届いた。

 てっきりペンライトをぶんぶん振り回しでもしているだろうと思っていた石塚が、棒立ちのままじっとステージを、いや、ぼっちを見つめていた。

 見ればイレナンのメンバーの内、石塚の他に頼光と綺斗が、怪訝そうな顔でステージを見ていた。

 

「どうしたでござるか?」

『怖い顔しちゃって(・∀・i)……なんかあったの?』

「わからん。けどなんか、後藤ちゃん、様子変やで」

 

 ぼっちを見つめながら、心配そうに言ったのは頼光。綺斗は、ポージングを変えることすら忘れて

 

「後藤君の高音が安定しない……1弦か2弦かな」

「メカトラっちゅことか?」

「さあ。……修正できればいいのだが」

 

 彼らのささやきが、彩人にはやけに大きく聞こえた。

 そうしているうちに、MCが終わり、2曲目が始まろうとしている。

 後藤からバンドメンバーに、何か言っている様子はない。

 

(大したことない、ってことなのか?)

 

 不安を抱えながら、2曲目が始まった。

 

 

 

 駆け抜けるような爽快感のある1曲目と対照的な、オシャレな感じのする2曲目。

 ボッチのギターに、妙な光が見えた。

 弦が飛び、スポットライトの光を反射していると気づけた者は、多くなかった。

 その少数の動きは、早かった。

 

「先輩!」

 

 石塚の声に反応して駆け出したのは頼光だった。

 人の海をかき分けるようにステージ袖へ。待機場になっているそこに、イレナン達の楽器も置いてある。

 

「間に合わない……っ」

 

 石塚が歯噛みする。

 2曲目の途中にギターソロが入る。ロインでぼっちから聞いていた。

 だがあのギターでは無理だ。

 

 弦が飛んだあと、ぼっちはステージ上でうずくまり、ペグを触った状態で止まっている。

 1弦だけではない。おそらく2弦にもトラブルがあったのだ。

 

「せめて5,6弦ならばやりようもあるでござるが……」

 

 高音側の弦2本なし。最後まで演奏することすら困難。ギターソロなど不可能だ。

 

「いや、後藤ならソロ以外なら何とか通せるはずだ」

 

 ここは予定していたギターソロパートを飛ばし、演奏を最後まで完遂させる策で通すしかないだろう。

 たとえ最後までは無理でも、途中まで、頼光がギターをボッチに渡すまでもてばどうにかなる。

 

 石塚達がそう考えて、ステージを見守る。

 

 

 

 だが、彼女達はロックンローラーだった。

 

 

 

 

「ギタボの、ソロ」

 

 石塚は目を見開いて、ギターボーカルの少女を見た。

 名前は喜多、だったはず。正直、特に印象はない。

 どこにでも、自分のクラスにも一人二人はいるような、人気者の女子高生。

 上達速度がかなり早い、の他には、後藤とよく一緒にいる、くらいの認識に過ぎなかった。

 どこにでもいる、ギター初心者の少女。

 だが、開いた足を踏ん張り、全身で、全霊で、獲物に襲い掛からんとする虎のように、前屈みにギターをかき鳴らすその姿よ。

 石塚にはそれが、後藤の、ぼっちの姿に重なって見えた。

 

「乗り切った、のでござるか」

「いや……来るよ、彼女が」

 

 ステージ上、呆然と喜多を見つめていたぼっちの視線と、しがみつくようにギターを鳴らす喜多の視線が交錯し―――ぼっちが動いた。

 手を伸ばしたのは、足元に転がってきていた空き瓶。

 

「あれは、きくり姉ちゃんの―――」

 

 そんな彩人の声を、ぼっちが奏でたギターの音がかき消した。

 

 通常の奏法では出ない特徴的な音。

 終点と始点が区切られず、滑らかにつながる伸びのある音色。

 スライド奏法、いや―――ボトルネック奏法だ。

 

「う、そだ、ろ」

 

 士則が呟いた。彼が思わず声を出すほどの驚きを、イレナンメンバー達は共有していた。

 ボトルネック奏法自体は、比較的メジャーかつオーソドックスな技術の一つだ。

 左手の指で弦をネックのフレットに押し付けて音を変えるのではなく、スライドバーと呼ばれるガラスや陶器、金属などでできた特別な器具で弦を押さえることで、自由に音程を変える演奏法。

 そう―――特別な器具で、だ。

 普通は市販のスライドバーを使う。仮に小瓶や自作で切断したパイプなどを使うにしても、散々に試し、選び抜いた、使い慣れたものを用いる。

 ライブ中、弦が切れたという不慮の事故の最中に、その場で拾った空き瓶で行う様なことではない。

 それを、ぼっちはやってのけた。

 

「あのギター、何やってるんだ?」

「良くわからないけど……すげー!」

 

 音楽を知らない観客達は、驚き、歓声を挙げる。

 

「あのギター、やべえ。ちょ~マジ卍バリクソバリクソギター上手いんじゃね?」

「俺、ファンになりそうなんだけど」

 

 音楽を知る者達は、歓声すら上げず、その演奏に見惚れている。

 イレナンのメンツも後者の一部だった。

 

「これが……石塚殿が惚れこんだギターにござるか」

「そのギターを信じ、咄嗟に8小節追加する他のメンバーも、その結束力も侮れないね」

 

 ギターソロが終わり、演奏は進む。

 

「……あれ?頼光先輩は?」

 

 そう言えば、と石塚はつぶやいた。

 

 

 

 

 頼光は、舞台袖で立ち尽くしていた。

 彼が舞台袖にたどり着いたのは、ぼっちが酒瓶を拾ったのと同じタイミングだった。

 舞台の裏にはいる時、喜多がソロに入るのを見て間に合うかもと思い、舞台袖に預けておいたギターをひっつかみ、まさに渡そうとした時。

 ぼっちが、高らかにその音を奏でた。

 

 ボトルネック奏法特有の、金属的な音色。伸びのある音程とシームレスな旋律。

 拾った瓶で、狂ったギターで、ぶっつけ本番でソロパートを行う、隔絶した音感とセンス、そして技術。

 

 ギターを渡すことも忘れ、頼光は立ちすくんだ。

 ぼっちのその技量に、ではない。

 ぼっちの演奏を聞いた自分の、その内に生まれた感動に、だ。

 頼光とて3年近く音楽をやっている。音楽は人に感動を生みだすものだと知っていた。

 だが、それでも、ここまでとは思わなかった。

 

 ああ、ギターとは、人の心にこれだけの感情を想起させることができるものなのか……!

 

 

 

 

 

「先輩、やっとか!」

 

 ギターの休憩パートになって、ようやく頼光がステージの端に姿を見せた。

 天を仰ぎ、息をつくぼっちに、自分のギターを差し出す頼光。

 それに気づいたぼっちが……

 

「ウヒョイッ!?」

 

 まずビビッて小さく飛び跳ねた。頼光の存在に全く気付いてなかったのだろう。

 

「ら、乱入ですかっ!?」

「ちゃうわ!ほれ!使い!」

「え、あ、けど、い、いいんですか?」

「早よせや!」

「は、はいぃっ!」

 

 何やら少しごたついたが、どうにかギターを受け取り、差し替え。

 軽く確かめエフェクターを少しいじり、どうにか最後のサビに間に合わせる。

 

「……いきなり渡されたギターでサラッと演奏復帰できるあたり、やっぱ頭おかしい技量にござるな、後藤殿」

 

 ジョージの言葉に、なぜか石塚が得意げな顔をした。

 

 

 

 

 2曲目の演奏が終わり、歓声が巻き起こる。

 その中には、1曲目にはほとんどなかったぼっちへの歓声が増えていた。

 MCパートの間、ぼっちは頼光から貸されたギターの調整をしていた。

 MCの内容は各メンバーの紹介だ。

 改めて名乗るギターボーカルの喜多。

 1曲目と2曲目の間で一度紹介された虹夏と、すこしだけ言及されていたベースのリョウ。

 

『そして!リードギターの1年5組の後藤さんです!

 私達結束バンドの演奏を引っ張っていってくれる、最高にカッコイイギタリストです!』

 

 喜多の紹介に、巻き起こる歓声。

 

「いいぞー!」

「ご、えっと、なんとかさーんさーん!」

「おねえちゃーん!」

「弦切れたのによく頑張った!」

「ひとりちゃーん!」

「あんな子、1年にいたっけ?」

「かっこよかったー」

 

「ひっ!?へ?は、はへ?」

 

 MCすら聞かずにギターの調整の方に集中していたのか、突然に巻き起こった歓声に驚き目を白黒させるぼっち。

 そんなぼっちに、虹夏が視線を向ける。

 一瞬、視線にびくついたぼっちだが、どうにかその意図は読み取った。

 

 3曲目、イケそう?

 

 ぼっちは頷いて答えた。

 虹夏達は頷き返した。

 突然のトラブルと、それに対応するためのアドリブで、ぼっちほどではないが心身ともに消耗している。

 だがそれでも、今の自分達はベストコンディションだ。

 なんだってできる。どこまでも行ける。

 

『それでは三曲目。これが最後の曲になります。結束バンドで「青春コンプレックス」』

 

 

 

 

 前の曲と違い、暗めでパワフルで、しかし疾走感と迫力のある、いかにもロックな3曲目。

 その残響の後、大きな歓声が巻き起こる。

 

『これだけは言わせてください!今日は本当にありがとー!』

 

 虹夏の言葉に、返される声援。

 ステージの上で、ぼっちは目の前に広がる光景を、夢見心地で眺めていた。

 

 まばゆいスポットライトに照らされたステージ。暗くて、宇宙のように果てが分からないフロア。

 お客さん達の声が、聞こえているはずなのに聞こえない。

 自分の呼吸の音だけが、やけに大きく聞こえる。

 

「後藤!最高だったぞ!」

 

 そんな中、なぜかその声だけがはっきり聞こえた。

 石塚だ。

 フロアに立つ彼は、見たこともないような笑顔だった。

 

(聴いててくれたんだ)

 

 改めて言うまでもないことだ。

 ライブの前に、彼がいたことは確認済みじゃないか。

 そう思いながらも、ぼっちは思う。

 

(聴いてて、くれたんだ!)

 

 ライブの興奮とはまた別の、胸が高鳴る感じ。

 無意識に、彼に手を振り返そうとした、その時だった。

 

 

「後藤さんも、一言くらい何か言わなきゃ!」

 

 

 

 夢が、悪夢に変わった。

 

 

 

 ライブの空気に興奮した様子で、マイク片手に近づいてくる喜多。

 

「ぁ、えっ?」

「ほら!」

 

 突きつけられたマイクが、ぼっちには刃か拳銃のように見えた。

 これは、処刑だ。

 

(コミュ障は事前に台本作っておかないと喋れないのに……!予想外のフリされたら……っ!)

 

 あるいは普段の喜多なら、もう少しぼっちの生態に基づいた配慮をしていたかもしれない。だが彼女も、今は空気に酔っていた。

 キターンという擬態語が見える笑顔で、ぼっちに凶器を突きつける陽キャ少女。陰キャ代表のぼっちは進退窮まる。

 

(な、なにか、何か面白いことを言わないと!なにか、なにか……っ!)

 

 追い詰められた後藤に、天啓が降りた。

 

 ギターが壊れた自分を救ってくれた、酒の空き瓶。

 酒の空き瓶をもたらしてくれた、お姉さん。

 お姉さんの、最高に格好良かったライブ。

 その光景。

 

「あっ」

 

 それは、暗闇の中に一瞬見えた希望への、果敢なる飛翔か。

 それとも、崖に追い詰められた動物が、恐怖のあまり飛び降りるような死への逃避か。

 

「後藤さん?」

 

 喜多の疑問に答えることもなく、ぼっちは駆け出し―――飛んだ。

 

 予告なしの、観客席へのダイブ。

 

 そんな行動に対する客たちの反応は、決まってる。

 

「落ちてくるぞ!」

「逃げろ!」

 

 空くステージ前。

 落ちてくるぼっち。

 迫る床。

 そして―――

 

「後藤!」

 

 一人、石塚が飛び出した。

 

 

 

 

 それからは、一瞬の連続だった。

 

 うつぶせに落下するぼっちに、

 

「イッシー!」

「石塚!?」

「石塚殿!?」

 

 みなの静止の声も振り切り、ヘッドスライディングする石塚。

 キーボードにとって、音楽家にとって命ともいえる腕を差し出す行為。

 だが音楽と運命の神は無情にも、その贄を受け取るのを拒否した。

 石塚のスライディングは間に合わず

 

 ドベッ

 

 という重い音を立てて、地面に激突するぼっち。

 本来ならば、話はそこで終わるはずだった。

 だが、音楽や運命の神はいなくても、笑いの神はそこにいたようだ。

 

 ヘッドスライディング。

 良く磨かれた体育館の床。

 急には止まれない。

 

 うつぶせに倒れたぼっちの頭と、全力で滑り込んできた石塚の頭が

 

 ゴッ

 

 衝突。

 ぼっちが地面に衝突した時の音に引けを取らない、鈍く大きな音。

 動かなくなる、倒れた二人。

 数秒の沈黙の後、

 

「キャーッ!」

「担架!担架持ってこい!二つだ!」

「ぼっち、お前は伝説のロックスターだっ、ププッ」

「アヒャヒャヒャッ!ぼっちちゃん最高!石塚君天才!」

「笑ってる場合か!?」

「石塚……お前さあ……運動神経、あんまよくないのに……」

「うちのお姉ちゃんがすみません」

「いや、うちの石塚も、その、なんとお詫びしたらええもんやら……」

 

 

((ああ、終わった))

 

 

 巻き起こる、悲鳴と笑いとその他諸々をミックスした喧騒の中、倒れた二人は偶然にも、同じ言葉を思い浮かべながら、意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 つづく




ぼっちの不調にイレナンの誰が気付けるかレース結果発表

頼光  :音では気付けなかったがぼっちの様子を見て気づいた。音では気付けない。
石塚  :ぼっちしか見てなかったので気づけた。集中してなかったら気づけてたか半々。
ジョージ:気付けず。ぼっちに集中してたらワンチャンあった
綺斗  :普通に気付けた。
士則  :気付けず。自分だったらどうドラム叩くかしか考えてなかった。ぼっちに集中してればワンチャンあった。


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Chapter28 ろっきんがーると文化祭ライブ その3

 実は漫画とアニメで文化祭の最後が大分違うので、アニメベースにちょい漫画たした感じに。


 やあ!私は後藤ひとり!たこせんべいプレス機!昔はバンドでギターを弾いてたこともあった気がしたけど、きっと気のせい!

 今日も1tの力でタコを焼き潰すわ!

 えいっ!

 ぷぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!(タコの断末魔)

 あ!今度はエビ!?でも、えいっ!

 ぷぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!(エビの断末魔)

 あ、今度は石塚君ね!えいっ!

 ぷぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!(石塚の断末魔)

 

 わぁあ、石塚君も美味しそうなせんべいになったわ!

 つぎは―――

 

 

 

 

 

 

「―――はっ!?江ノ島!?」

「後藤さん大丈夫?」

 

 ぼっちが目を開けるとそこは保健室だった。ベッドサイドには心配そうな

 

「喜多さん。それにお父さん達も……」

「あっ!お姉ちゃん起きた!」

「大丈夫か、ひとり?」

「心配したのよ」

「ここ、学校の保健室よ?江ノ島行ったのは夏休みで、今は文化祭の後。わかる?」

 

 寝起きの一言で、ぼっちの記憶障害を心配した喜多が聞いてくる。

 

「あっ、はい、大丈夫です。ちょっとたこせんべいプレス機になって石塚君を―――」

 

 記憶が、蘇った。

 ステージからのダイブ。

 よける観客。迫る床。視界の端に、飛び込んでくる石塚君が……

 

「ぃ、石塚君は!?」

「こっちやで、先生」

 

 喜多とは逆サイドからの声に振り向くと、隣のベッドに横たわった石塚と、それに付き添いをしている頼光がいた。

 石塚は、動かない。

 

「ぁ、かっ、きっ、こ、ころっ、殺し……―――ロックバンドだから、前科がついても大丈夫だよね」

「いや、勝手に殺さんといてな」

 

 すっと両手を前に出すぼっちに、頼光はあきれた様子で言った。

 

「で、でも、私が石塚君を1tの力でぺちゃんこに」

「どんだけ重いねん?」

「ええっと、い、石塚君が気絶してるのは後藤さんのせいじゃなくて……そう、事故!不慮の事故みたいなものだから!後藤さんは気にしなくていいのよ!」

「……間に合わんかったどころか、むしろ石やんが追撃加害者まであるからなあ」

「???」

 

 どういうことだろうか?

 後藤は首をかしげる。確かに言われてみれば、地面に激突する直前の瞬間の光景と、そして激突した事実を考えれば、石塚を巻き込みはしなかったはずだ。でも、だったらどうして?

 

「じゃ、じゃあ、何で石塚君は……?」

 

 家族の方を見ると、両親は気まずそうに

 

「ま、まあ、その少年の努力は買おうと思う」

「結果が全てじゃない、そうよね?」

「すっごくおもしろかった!」

 

 気まずそうな顔をする面々の中で、ふたりだけが満面の笑顔でそう言った。

 

(あっ、これ絶対黒歴史化する奴だ)

 

 なれば聞くまい。

 少なくとも知らない間は苦しまずに済む。

 

「―――っ、ここは……」

 

 その会話の音で意識が戻ったのか、石塚も目を覚ました。

 頭が痛むのか、顔を顰めながら体を起こし、ぼっちと目が逢う。

 

「ぁ、あ、あの、その……」

 

 何を言うべきか悩むぼっち。

 助けてくれてありがとう?ライブ、どうでしたか?それとも―――

 などと言葉を探しているうちに、石塚は、逃げるようにぼっちから目を背ける。

 

「ふぇっ…」

 

 と、地味にショックを受けたぼっちにも気づかず、石塚は顔を両手で覆いながら

 

「先輩」

「なんや?」

「殺してください。俺は今、恥を知った……っ!」

「ファンの子らに約束したサイン会、済ませてからな」

 

 悲嘆にくれる石塚に、頼光は肩をすくめて言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずは大丈夫そうだということで、石塚達は保健室を出て校庭に向かった。

 

「あの3人だけでサイン会放置とかどないなるかわからんからなあ。俺以外、常識人がいないの、ホンマ困るで。ほなな、喜多ちゃん、先生!親御さんにふたりちゃんも!良かったらEXoutに遊びに来てな!」

 

 と言って出て行く頼光に、死んだ目をした石塚がついていった。

 それに続いて両親も

 

「一般客も退去の時間だし」

 

 と、ぼっちの無事を確認してふたりを連れて帰っていった。

 残るのは、喜多とぼっちの二人だけだ。

 暮れる秋の日が差し込む保健室で、ぽつりぽつりと、言葉を交わす。

 

「あの、ステージ、台無しにしちゃってすみません、せっかくの……」

「ううん、逆に何故か盛り上がってたかも」

「そう、ですか。虹夏ちゃんたちは……」

「片付け中。終わったら打ち上げ行こうって。行くでしょ?」

「あっはい……あっ、それと、あの、驚きました」

「え?何が?」

「喜多さん、いつの間にか上手になってて……」

「バッキング、だけだけどね」

「それでも、その、凄かったです」

 

 身を起こしながら言うぼっち。喜多は少し面映ゆそうに

 

「凄いのは、後藤さんの方だよ」

「え?だ、ダイブが?」

「そうじゃなくて!

 ―――さっきさ、大河内先輩が言ってたの。

 後藤さんの演奏、すごく感動したって」

 

 ギターがこれほど、人を感動させることができるものだとは思ってなかった。

 自分も、ギターには相応に真剣に取り組んできたつもりだったが、まだまだ甘かった。

 

「だから、自分もこれからはもっとがんばんなきゃって。後藤さんのこと、先生なんて呼んでたよ」

「せ、先生だなんて、そんな、でへへへ……」

 

 溶けかけの恵比須顔になるぼっち。それを見ながら、喜多は思う。

 

(後藤さんは本当にすごい。あんなに歌える大河内先輩をこれだけ惹きつけて、評価されるなんて)

 

 それに引き換え、自分は人を引き付けるような演奏なんてできない。初めてソロをやってみてわかった。

 それは天性の才能か?積み重ねた努力か?その両方か?もっと別の何かか?ぼっちと自分の演奏の間には、何か明確な差があった。

 だがそのことを羨んだり、失望したりはしない。自分達は同じバンドの仲間で、補い合う関係なのだ。

 

(私は人に合わせるのは得意みたいだから)

 

「私もこれからギター、もっと頑張るから教えてね」

「は、はい!この後藤先生に任せてください!」

「もう、調子乗りすぎ!後藤―――」

 

 言いかけて、喜多は思い直す。

 バンドは、家族だ。ならば呼び方は

 

「―――ひとりちゃん」

「はい!……えっ?」

「じゃあ、先に先輩達の所に行ってるから!」

「ええ?……えっ?」

 

 家族以外にはまず呼ばれたことのない、下の名前。

 それで呼ばれたことに混乱するぼっちを置いて、喜多は保健室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「後藤先生……ひとりちゃん……んふ、んふふふふっ!」

 

 数分後、復帰したぼっちも保健室を出て廊下を歩いていた。顔には、彼女にしてみれば非常に珍し満面の笑み。

 理由は、呼び名だ。

 自尊心を満たす“先生”という呼び方と、妄想の中ですら滅多に体験したことのない友達からの下の名前にちゃん付け呼び。

 最高にご機嫌な欲張りセットで、ぼっちの自尊心は腹いっぱい。テンションもマックスだ。

 そんな風にご機嫌に歩いていると、通り過ぎた教室のドアから、こんな声がした。

 

「それじゃあ!後夜祭終わったら打ち上げな!来る奴は!?」

「来ない奴数えた方早くね?」

「つか、みんな来るっしょ?」

「カラオケ行こうぜ!カラオケ!」

 

 クラスのみんなで打ち上げ。

 普段のぼっちなら、今の会話だけで弾き飛ばされ、瀕死の重傷を受けていたことだろう。

 しかし、

 

(今のは私はひとりちゃん先生!)

 

 その程度の陽キャの波動、物の数ではない。

 いや、それどころか、こんなことすら思いついた。

 

(……うちのクラスも、打ち上げ、あるよね)

 

 ……行ってみようか?

 

(いやいやいや!流石にそれは死ぬ!っていうかバンドの打ち上げもあるし!)

 

 だが、ちょっとくらい顔を出すのはありかもしれない。

 ほら、ライブも盛り上がったし、人気者としてクラスの中心でちやほやしてもらえるかも……!

 と、皮算用をしながらふらふらと歩くぼっち。

 そんな彼女とすれ違った生徒が、振り向きざまに

 

「あっ、ダイブの人」

「ガッ!!」

「ああ、ロックのやべー奴か」

「ボッ!!」

 

 彼らのつぶやきの2連打に、ぼっちは完全に硬直した。

 彼らとの距離が大分空いた後、ぼっちは辛うじて再起動し、思う。

 

(いつか、いつか高校やめてやるぅ……っ!)

 

 その心に、もはやクラスの打ち上げなどという地獄の祭典に行こうという考えは、思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後夜祭の後、地獄の祭典に向けて人数確認をしていた1年2組はというと、

 

「えっ!?後藤さん、打ち上げ来ないの!?」

「ああ、喜多から連絡があった。バンドの打ち上げ終わったら帰るって」

「え~なんでだよ~」

 

 湧き上がるブーイングと、残念だという声を、皆実はどうにか抑えようとする。

 後夜祭の後、クラスにぼっちの姿はなかった。いや、後夜祭の時点ですでに学校を出ていたようだ。

 後夜祭は自由参加で、部活やクラブ活動などの少人数単位の集まりは、先に離脱し軽く打ち上げをして、その後クラスの打ち上げにも顔を出す、というのが秀華高の定番ルートなのだが。

 

「後藤、家が遠いしダイブで全身打ってるから、早く帰るんだってさ」

「それなら仕方ないか……」

「もっと話とか聞きたかったのになあ」

 

 喜多経由の話を伝える皆実。

 

(まあ、本音としてはこういう集まり、苦手だから避けてるって感じだろうけどな)

 

 そう長くも深くもない付き合いだが、皆実もだんだんとぼっちのことを理解しつつあった。彼女はいわゆる陰キャ、というタイプだ。しかも今まで皆実が見てきたその手の人々とは一線を画す、高レベルな陰キャだ。当然この手の集まりは避けるだろうが

 

(ま、そんなことみんなに言っても盛り下げるだけだしなあ)

 

 ここはロインの内容を信じてそのまま伝えるに限るだろう。

 とはいえ、皆実もぼっちと、ちょっと話したりしてみたいな、などは思っていたが

 

「―――なんて言ったら、石塚に睨まれるかな?」

 

 そういえば、石塚はどうしただろう。校庭でやってたサイン会では、流石に少し凹んだ様子だったが、

 

(後でロインでもしてやるか)

 

 そんなことを考えながら、彩人は打ち上げに向かうクラスメイト達を追った。

 

 

 

 

 

 

 

「てなことで!ライブ打ち上げ&後藤先生に頭突きかまして逃げてきたヘタレの査問会を行いたいとおもいまぁすっ!」

 

 後夜祭が終わった頃、ライブハウスEXoutにてイレナン達の軽い打ち上げが開かれていた。

 肴にされた石塚は

 

「……保健室出る時、ちゃんと謝りましたよ」

「“その、ごめんな、後藤、じゃあ”だけやん!」

「うーん、イッシー。それはいただけないなあ。傷は残らなかったとはいえ、女の子にたんこぶつくらせちゃったんだろ?」

『しかもご両親もいたんだって(´Д`υ)?それでその謝り方はちょっとどうかなあε=(д` )』

「ここは『責任を取ります!娘さんをボクに下さぁい!』とかいう場面やろ!」

 

 などと詰めてくるメンバー達だが、1人、ジョージだけが石塚の側に立った。

 

「まあまあ、待たれよ。あの件は事故ということになったのでござろう?なればいきなりそこでガンガンいっても、後藤殿が引くだけにござる」

『(´・д・`)え?ジョージ、石塚と後藤さんのこと、反対気味だったじゃん?心境の変化?』

 

 ジョージは腕を組み、遠い目をして

 

「後藤殿を見て分かったのでござるよ。アレは、拙者と同じ陰に生きる者の目。であらば、少しくらい応援して差し上げてもよかろう、と」

「陰キャ同士のシンパシーちゅーことかい」

「ふむ、よくわからないが、イッシーの恋を応援したい、ということだね、ジョージ!」

「邪魔する奴らが増えただけって気がしますが……」

『そんなことないよ!トラストミー! ´^ิ ౪ ^ิ)ニヤニヤ』

 

 などと駄弁っていると、

 

「へい、大将!やってるぅ」

 

 酔っ払いが、店にやって来た。

 

「経営はしているが、酒は出さんぞ。まだ八時前だ」

「え~っ!飲ませてよぉ~。ぼっちちゃん達の打ち上げファミレスだったから飲み足りないんだよぉ」

 

 カウンターに立つ渋面の律志に、絡む廣井。

 

「きくりの姐さん!結束バンドの打ち上げは終わったん?」

「え~?あ~!うん!今日は軽めに、だってさ!喜多ちゃんもクラスの打ち上げあるって言ってたし、ぼっちちゃんも全身打った後だからって早めに帰ったよ」

「ということは―――後藤君は今、電車で一人移動中、ということかな?」

 

 綺斗の言葉で、イレナン全員が石塚に視線を向ける。

 

「……何ですか?」

「電話タイムやで、石やん!」

「いやですよ、用事もないのに」

「用事はなくても話題はあるやろ!ライブの感想とか!」

「そうだね、ここは押してもいいシチュエィショォンだよイッシー!」

「まあ、いざとなれば怪我の心配でかけたことにして、すぐ撤退という選択肢も取れるでござるしな」

『(○´∀`)o"で・ん・わ!アソレ で・ん・わ!(○´∀`)o"』

「何~?石塚君がぼっちちゃんに電話するの~?そういう企画~?」

 

 ついには廣井まで食い付いてくる。

 さて、どうしたものか、と石塚は考える。

 別に石塚自身は聞かれて困るものではないが

 

(後藤は嫌がるだろうし、それに、散々チャチャや妨害が入るだろうからなあ)

 

 と、悩んでいると

 

「2番の小スタジオ、空いているから使い給え」

 

 律志がやってきて、鍵を渡した。

 

「ありがとうございます」

「おおきにな、店―――ぐぇっ!」

「お前らはダメだ」

 

 ついていこうとする頼光の襟をつかんで引っ張り、他の面々は視線で牽制。

 

「え~!りっくんのイケズ!」

『(´;ω;`)ウゥゥ ソンナー』

「やかましい!ダメと言ったらだめだ!」

 

 店長に感謝しながら、石塚はスタジオに入り、内側から鍵をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『もっ、もももしもし!』

「こんばんわ、石塚です」

『こここ、こんばんわ!そ、その一体どんな御用で』

「大丈夫かなって。ほら、ステージから落ちたし」

『あっ、はい。大丈夫です。打ったところもそんなに痛くないし。その、頭のぶつかったところも、だ、大丈夫です』

「……聞いたのか」

『というか、その、動画が流出してて……』

「……マジか」

『か、顔にぼかしは入ってました!私も、石塚君も!あ、安心してください!』

「……まあ、別にいいけど。ただ塩谷さんがなんて言うか……」

『塩谷、さん?』

「ああ、契約した事務所のプロデューサーの人で……

 ―――少し、話せるか?」

『は、はい!』

 

 

 

 

 

 片方は1人きりのレッスンスタジオで、もう片方は人気のない休日の夜の電車で、いろいろな話をした。

 今日のライブの事。今のバンド活動の事。バンド仲間のこと。曲の感想。

 

 

 

 

 

「やっぱり、家に改めて謝りに行った方がいいか?たんこぶ、作らせちゃったし」

『家っ!?だ、だだい、大丈夫です!そ、その!だ、男子が家にとか死ぬぅ……

「後藤?」

『ひゃい!えっと!その!えっと!』

「……無理に行くつもりはないから」

『あ、ありがとうございましゅ……』

「……大分、長く話したな」

『そ、そうですね』

「流石にそろそろ切った方がいいか」

『あ、はい、その、私ももうじき到着ですし』

「そっか……それじゃあ……」

『―――あっ!あのっ!』

「何?」

『ひ、一つだけ!その、あっ、ゆ、夢のことなんですけど』

「……1tの力で俺を押しつぶす奴?」

『ど、どこでそれを!?』

「なんか、頼光先輩が言ってた。俺が目を覚ます前に後藤が言ってたとか」

『へ、変な夢の中で石塚君を真っ平らにして誠に申し訳ありません』

「いや、別にいいけど、そのこと?」

『そ、それのことじゃなくてですね、その、石塚君が言ってた夢のことです』

「―――後藤と、一緒のステージに立つことが俺の夢だって話?」

『はい。……私にも、夢、っていうか目標が、できました』

「何?」

『わ、わ、私も―――石塚君と一緒にステージに立ちたい、です』

「―――それは」

『ステージの上で、それと、石塚君のステージを見て、思ったんです。

 お互い、観客席とステージじゃなくて、ステージの上同士で、一緒に並んで、演奏出来たらなって。

 そのっ!すすすすみません!なんか、真似しちゃってるみたいで!っていうか真似その物で!なんといっていいか、えっと!とにかくその―――』

「―――ありがとう」

『はへぇ?あ、あの、なんで……』

「後藤も、そう思ってくれたのが、なんか、嬉しくて」

『あ、そ、そう、ですか。わ、私もそう言っていただけると、その、嬉しい、です』

「……どうせ叶えるなら、でっかいステージやフェスがいいな」

『そうですね。イレナンと、結束バンドのコラボ曲とか、出しちゃったりして』

「いいな、それ」

『いいですね、そんなの』

「―――」

『―――えっと、それじゃあ』

「ああ。……おやすみ、後藤」

『お、おやすみなさい。し、失礼します!』

 

 

 通話が終了する。

 気づけば30分近く喋っていた。

 迷惑に思われてはない、と思いたい。後藤も話すのを楽しんでくれた、だろうか?

 そんな、取り留めないことを想いながら部屋を出ようとすると―――

 

「うおわっ!?」

 

 と、イレナンのメンバー達と廣井が転がり込んできた。

 扉に張り付いて、聞き耳を立てていたらしい。

 石塚は、珍しいことに少し笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「30分も、話しちゃった」

 

 駅から出た帰り道、ぼっちは通話履歴を見ていた。

 こんなに、電話で誰かとおしゃべりしたのは初めてだ。

 友達と、長電話。しかも相手は男子。そんなことを自分がするとは、夢にも思っていなかった。

 

「男子と……初めて……」

 

 その単語を口にした瞬間、

 

「―――っ」

 

 ぼっちは、顔が熱を持ったのを感じた。

 鏡を見るまでもなく、真っ赤になっているのが分かる。

 

「お、落ち着け私!こんな単語だけで変な妄想するな!陰キャでコミュ障の癖にバンドで人気者になりたがってる拗らせ人間な上にむっつりスケベとか救いがなさすぎるっ!」

 

 たっぷり3分間ほど悶えて、少し落ち着いた。

 荒い息を整え、今にもまた暴走しそうな妄想から意識をそらすために考えるのは、電話の最後の会話。

 

「……いつか、一緒に……」

 

 空を見る。

 星空だ。無辺の黒に輝く星が、ステージ上から見た光景に被る。

 そして、もし夢がかなったのなら―――数歩くらい隣に、彼がいるのだろう。

 

「……まあ、その為にはまず結束バンドが人気バンドにならないといけないか……」

 

 虹夏ちゃん達の夢を叶えるためにも、イレナンとコラボして大きなステージに立つためにも、

 

「高校を中退するためにも!!がんばるぞ~っ!」

 

 前向きなのか後ろ向きなのかわからない気炎を上げて、ぼっちは家路を急いだのだった。

 

 

 

 つづく




もうじきアニメ分が終わる。
原作からそれ以降の展開もある程度は考えてますが、しばらくは時系列なしの外伝的な話で引き伸ばす予定です。

ぼざろ2期はよ


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Chapter29 ろっきんがーると文化祭ライブ After

アニメ放送が終わっても、ぼざろ二次が増えていく喜び。


 後藤ひとりには夢がある。

 バンドで売れてちやほやされたい。売れて高校中退したい。虹夏達の夢をかなえたい。石塚と大きな舞台で一緒に演奏してみたい。

 あれやこれや、いろいろとあるが、それらの夢は一つの焦点を持つ。それは『バンドとして成功すること』だ。どの夢も前提としてそれが必要だ。

 そのためにできる努力はなんでもしよう。そう決意した彼女が、まずしたことは

 

「申し訳ございませんでした!」

 

 ギターを壊したことを、父に土下座で謝罪することだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか土下座したら30万円もらえるとは……」

 

 小一時間ほど後、自室にて、ぼっちは余人に聞かれたら誤解されそうなことをつぶやいていた。手には、ギターヒーローとしての活動で得られた広告収入。

 

「とはいえ、精神はかなり削られた」

 

 茶封筒を胸に抱いたまま、ごろりと横になるぼっち。

 HP(ひとりポイント)が削られた理由は主に二つ。

 

 一つは動画コメントの嘘が家族バレしたこと。

 いや、バレたというか、今までずっと筒抜けだった上に、それに触れられず優しく見守られていたということ。この3年間、ずっとである。

 

「うううっ、考えるだけで、口から五臓六腑がまろび出そう……」

 

 さらにそこに追撃があった。

 主体は母親。嘘バレで既に瀕死だったぼっちに、母が嬉しそうに聞いてきた。

 

「それであの石塚君って子、バスケ部なの?」

「へ?」

「この“バスケ部の彼氏”の元ネタ、あの子なんじゃないかなって。どうなの?お母さん気になるなあ」

「へぁっ!?そ、そのち、ちが……!い、石塚君はIrrational/Numbersっていうバンドやってるバンド仲間の知り合いで……」

「何っ!?まさかベーシストじゃないだろうな!?ひとり!彼氏にしてはいけない3Bっていうのはベーシスト!ベーシスト!ベーシスト!なんだぞ!」

 

 母親の好奇心が、娘の、というかぼっちの恋愛という予想外の事案に引き気味だった父親にも引火した。

 その後、石塚との出会いから文化祭までの出来事を一切自白させられた。

 その途中でぼっちは何度も消滅しかけたが、相手はぼっちの両親歴15年。その程度で逃れることはできなかった。

 顔を真っ赤にして全て白状したぼっちに対し、

 

「お姉ちゃん、まるで女の子みたいな顔してる!」

「ふたりはお姉ちゃんをなんだと思ってたのかな?」

 

 という妹の言葉を〆として、ようやく尋問が終わったのが10分ほど前である。

 

 

 ぼっちのメンタルは、豆腐未満の強度だが、その分回復も早い。

 復帰したぼっちは、広告収入の使い道を考える。

 

 まずは10万でギターを買う。それだけあれば、それなりの物が買えるはずだ。

 30万円から引くことの10万円で20万。バイト代=ノルマ代=1万円

 つまり残りの20万円とは2年近いノルマ代である。

 その事実に気づいた瞬間、ぼっちはノータイムで決意した。

 

「よし!バイト辞めよう!」

 

 後藤ひとりには夢がある。そのためにできる努力はなんでもしようとは思うが、イヤなことで、やらずに済むことからはやっぱり逃げたいのである。

 

 

 

 

 

 

 

 なお、当然のことではあるが、バイトをやめるのはその旨を雇用主に告げる必要があり、それができるのならぼっちはぼっちをやってないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭明けの次のバイト日。ぼっちがバイトを辞めるのを諦めた後、結束バンドはぼっちのニューギター購入の為に、音楽楽器の街、御茶ノ水に向かった。

 下北沢から御茶ノ水に向かうルートはいくつかあるが、彼女達が選んだのは中央線で御茶ノ水駅で降りるルートだった。

 地下鉄で新宿駅へ。そこから乗り換えた、そこでばったり

 

「お、結束バンド」

「あ、イレナン」

 

 といった具合にばったり出くわした。

 そこにいたイレナンメンバーは

 

「お、先生もギター買うんか!俺もいい加減ギター新調しよ思ってな!」

 

 といつものテンションの頼光と

 

「……」

 

 無言で気配を消そうと頑張っている目立つ巨漢、ジョージの二人だった。

 

「あっ、あの、石塚君は?」

「石やんは病院」

「ぇっ」

 

 一瞬、色を失うぼっちに

 

「なんや、先生受け止めようとヘッドスライディングした時、捻ったみたいなんよ、足を」

「……足?」

「全く、運動神経ないのに頑張るから……。ああ!頭とか手とかは大丈夫やったから安心し」

「よ、良かった……」

 

 ほっと胸をなでおろすぼっちを見ながら、

 

(なんや、後藤ちゃんの方も石やんのこと、けっこー意識してんのやな)

 

 と、頼光は思った。そこら辺で軽くつついてみようかとも思ったが、

 

(いや、石やんと(ちご)うてこの子はあんま突かんほうがええな)

 

 と思いとどまる。法は人を見て説くべきであり、イジリは人を見て弄るものである。

 それは兎も角、

 

「てなことで、俺らも御茶ノ水までご一緒させてもらってええかな?

 ―――ジョージもええよな?」

 

 と、息を殺していたジョージに話題を振る。

 

(なんでこっちに話題を振るのでござるか!?)

 

 と、視線で訴えるジョージに、

 

(お前は容赦なく弄った方がええタイプやし)

 

 と、視線で返す頼光。そのアイコンタクトの横から、光が差し込んだ。

 

「ジョージさんもギターを新調するんですか?」

 

 光の正体は喜多だった。キターンという効果音付きで叩きつけられたオーラに、ジョージは一瞬のビクッと身を竦めた後、やたらアメリカンな感じの笑顔を浮かべて

 

「NOデース!ワタシ、ヨリミツのツキソイデース!」

「……すまんな喜多ちゃん。もうちょいコミュ回数重ねればジョージの通常モード解禁されると思うんで、堪忍したってや」

 

 昨今テレビの中ですらお目にかかれないようなコテコテの外国人風口調で反応するジョージに、頼光が心底申し訳なさそうな風に言う。それに対して喜多は笑顔で

 

「大丈夫です!テンパってる時やぼっちタイムの時のひとりちゃんよりはスムーズに会話できますし!」

「えっ?私、これ以下?」

「これ扱いは酷いでござるな」

「あ、ぼっちちゃん相手には普通?に喋れるんだ」

「ワット?ナンノことデース?」

「ふむ。ぼっちとの、コミュ障同士のシンパシーか」

 

 いつも以上に俯くぼっちと、似非外国人芸を続けるジョージを乗せて、列車は都心を横断する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 御茶ノ水駅を出て明大通りを下り、お目当ての店にやって来た。

 

「頼光先輩もここ目当てだったんですか?」

「せやでー。虹夏ちゃんはなんでここに?」

「お姉ちゃんがお薦めしてくれて」

「あーん、なるほど」

 

 などと言いながら入店。

 入店と同時に、やおらぼっちがその長い髪を振り乱して一心不乱のヘドバンを開始するも

 

「ピックってこんな種類があるんですねー」

「これとかかわいくない?」

「……」

 

 結束バンドメンバー、まさかの無反応。

 

「えぇ……これをスルーにござるか……」

「流石後藤先生、俺らもまだまだロックが足らんちゅーことか」

 

 などと言っていると、

 

「お客さ……っていうか、大河内君?」

「どもー店長さん、お久しぶりですー」

「噂聞いてるよ!最近調子いいみたいね」

「やあ、それもこれも店長さんら支えてくれてる皆様のおかげです」

「もー、調子いんだから。またギターでなんかあったの?」

「いや、もうそろそろ買い替えと―――あ、せや!」

 

 と、頼光は喜多と一緒に小物関係を物色していた虹夏の背後に回り込み、頭頂部から突き出る特徴的な癖毛を指さして

 

「店長。この子のここ、見覚えあらへん?」

「へ?」

「え?見覚え……」

 

 目をぱちくりさせる虹夏と、首をかしげる店長。

 目の前の少女の映像に、記憶の中の懐かしい姿が重なった。

 

「―――っ!?あああっ!ひょっとして伊地知さんの!?」

「いえっす!妹ちゃんでっす!」

 

 

 

 

 

 

 

「そっかー、今は妹ちゃんがバンドしてるのかー」

 

 二階の応接スペースで、虹夏達は店長に、星歌の思い出話を聞いていた。

 星歌は昔ここでバイトをしていたらしく

 

「仕事はできるんだけど、自分の弾きたいギターを勝手に入荷したり、お客さんがいないとメンテとか言ってギター弾きだしたり、ライブで使っていいかって言ったかと思えば、誰にも買ってほしくないからって売約済みの札を勝手に貼ったり……」

 

 随分と好き勝手していたらしい。

 

「御茶ノ水の魔王(サタン)って呼ぶ人もいたわ」

「いや、それ言ってたの店長さんだけやないですか」

「え?頼光先輩、ここでバイトしてた頃のお姉ちゃんと会ったんですか?」

「おう、2年半くらい前な。初めてギター買った時に世話なったんよ」

 

 頼光は遠い目をして

 

「激闘やったなあ」

「ひっ!ら、乱闘!?」

 

 想像しただけですくみ上るぼっち。

 

「ちゃうて!ちょっと値引き交渉で熱くなっただけや」

「値引き交渉する人はよくいるけど、それにギャラリーがついた挙句、最後に拍手まで飛び出したのを見たのは初めてだったわよ」

 

 苦笑いする店長。

 

「ま、アンプやらシールドやら込々で1万円ポッキリで買えたのはええけど、その後、メカトラと修理の連続で、普通に中古買うよりちょい安い程度の出費になったんやけどな」

「まあ、廃棄予定の廃品でしたからねえ、これ」

 

 店長はそう言って机の上のギターケースに収まった、頼光のギターを眺める。

 

「ついに買い替え?」

「まあ、お世話になったけど、そろそろ卒業かな、って思いましてん。

 ギターの新調と、あとこいつの処分もお願いします」

「えっ、す、捨てちゃうんですか?」

 

 ぼっちの言葉に頼光は肩をすくめて

 

「ライブで使(つこ)うてみて、わかるやろ?」

「た、確かに音が全然響かないし、かと思えばたまに変な反響入るし、なんかダンボールみたいな音がするギターですけど……」

「ぼっちも頼光さんも、よくそんなギターで演奏できたよね」

「まあ、素人に毛が生えたくらいのレベルならそれでも大差出ないんよ。

 実際、俺のギターの腕前なんて、その程度やし。なんならギタボからボーカル一筋に転向しようかとかも思ってたくらいやし?」

 

 自嘲気味に笑った頼光。だが、

 

「―――せやけどな。先生の演奏聴いて、考え改めたんよ」

「え?」

 

 顔を上げたぼっちに、頼光は気恥ずかしそうに

 

「ギターには、これほどまで人の感情を呼び起こす力がある。

 そう思ったら、なんや、もっとギターに真摯に向き合わな勿体ない、って思ったんや。

 先生のお陰です、ありがとうございます」

 

 そう言って、軽くだがしっかりと頭を下げる頼光に、

 

「いいいいいいいいいえいえいえ!そそその!な、なんと言ったらいいか!わ、私はそこまでのものでは……!」

 

 自己承認欲求より先に恐れ多いという感情が勝利し、挙動不審となるぼっち。

 頼光はすっと、頭をあげると、彼女を尻目に店長に向き直り

 

「ということで!今絶賛売り出し中のIrrational/Numbersのギターボーカル!と、そのギターボーカルが先生と仰ぐ、確実にもうじき『来る』天才ギタリスト少女!がギターの新調するわけやけど―――それ宣伝ネタに使ってええんで、お値段、勉強してもらえまっか?」

「そぉー来たかぁー」

 

 タフな交渉になりそうだ、と店長は天を仰いだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 交渉は、今後メンテ関係はウチの店で行うことという条件で、約1割5分引きでの決着となった。

 

「その代わり、ちゃんと人気バンドになってくださいね」

 

 冗談半分、値引き分回収のための本気半分といった風に言う店長に見送られ、一行は日の傾きかけた通りにでる。

 それじゃあ解散、と言う山田に

 

「ちょい待ち。ご飯、ちゅーか軽食奢ったるさかい、もうちょっとだけ付き合ってな」

 

 値引き交渉してもらえた恩があるぼっちと、タダ飯に釣られた山田が転び、元々『なんか食べて帰る?』と提案した虹夏や喜多も特に反対せず。

 頼光に先導されて路地に入り数分。目的地のお店を見た時、喜多とぼっちが、異口同音にこう言った。

 

「わぁっ!なんかおしゃれな雰囲気の喫茶店!」

「ひぃっ!なんかおしゃれな雰囲気の喫茶店!」

「あまり遅くなるとバーになって未成年立ち入り禁止になるし、早よ入ろか」

 

 頼光に連れられて興味津々に(ぼっちだけは戦々恐々と)しながら店に入ると

 

「いらっしゃい。――おや、大河内君、可愛らしいお客さんを連れて来たね」

 

 と、マスターらしきナイスミドルと

 

「―――あら?みんな、どうしてここに」

 

 と予想外の人物が彼女達を出迎えた。

 

「PAさん?どして?」

「こんばんわー、虹夏ちゃん」

 

 気だるげに、だが少し楽しそうに、カウンターの席を埋めていたのは、STARRYのPAだった。

 

 

 

 

 

 レコード特有の柔らかな音色が満ちる店内で待つこと10分程。目的のメニューが出てきた。

 

「お待たせ。エルビスサンドと紅茶」

「あっ、美味しそう」

 

 差し出された皿に乗せられた、バナナとベーコンのホットサンド。

 液状化しかけたぼっちが、一瞬で人間に戻るくらいには、それは実に美味しそうだ。

 ぼっちは早速手に取って

 

「いただきます」

 

 一齧り。わずかに目を見開き。

 

「おいしい」

「それは良かった」

 

 その様子を見てマスターは小さく微笑む。

 

「ウチの店長もメニューに載せてるけど、なかなか味を再現できんって言っとったなあ」

「私も自宅で時々試すんですけど、この味は出ないんですよねえ」

「レシピは合ってるはずなんでござるがなあ」

「食材の状態を見ての匙加減さ。セッションと同じだよ。まあ、簡単に真似されてしまえば立つ瀬がないさ」

 

 一心不乱にモグモグと口を動かすぼっちを囲むように、年嵩組は笑顔で談笑する。

 一方、ぼっち以外の結束バンドメンバーはというと

 

(やっぱりこのマスターって、打ち上げの時にお姉ちゃん達が言ってた、あのマスターだよね)

(うん。EXoutはじめ、いろんな箱とか音楽関係のお店とかのオーナー。東京の音楽界のちょっとした顔。噂には聞いてたけど、ここがその店だったのか……!)

(リョウ先輩!そんなことよりPAさんですよ!あのマスターが、PAさんが好きな人ってことですよね!?)

(そんなことって)

(ごめん、リョウ。私も今は恋バナ方面のが興味ある)

(虹夏まで)

 

 すっかり目がキターンとなってる二人に、思わず真顔になるリョウ。

 三人はマスターの方に目を向ける。

 

 年齢は40代から50代くらいだろうか。

 整えられた髭とオールバックの髪に白い物が混じり始めた、スラっとしたバーテンダー。

 雰囲気が少しEXoutの高清水店長にも似ているが、もっと穏やかで落ち着いた印象。

 じっと観察していると、不意にマスターは三人に目を向けて、

 

「お嬢さん達、そんなに見つめないでくれませんか?照れてしまう」

「あっ、す、すみません!」

 

 いたずらが見つかったような気まずさを感じ、三人は慌ててメニューやスマホに目をそらす。

 そんな少女達に苦笑しながら、PAに

 

「彼女達が前に言っていた?」

「はい、結束バンドです」

「そうか」

 

 マスターは虹夏の方を向き

 

「君が、星歌君の妹の虹夏君だね?」

「は、はい!」

「次のライブは決まってるのかい?」

「い、いえ!そのまだ……!こ、この間文化祭ライブしたばかりで!」

「そうかい。―――次、早く決まるといいね。予定があったら、見に行かせてもらうよ」

「はいっ!頑張ります!」

「おおっ」

 

 背筋を伸ばして応える虹夏と、“あの”マスターが見に来るという言葉に目を輝かせるリョウ。

 

「虹夏、郁代、これはチャンス。次のライブ、早く決めよう!」

「はい!頑張りましょうね!」

「うん!新ギターでの演奏、期待してるよぼっちちゃん!」

 

 虹夏に、急に名前を呼ばれたぼっちは

 

「んぐっ!」

 

 と言って、苦しみだした。

 丁度、サンドイッチの最後の一欠片、耳の部分を口に入れた瞬間だった。それをのどに詰まらせたのか、ぼっちの顔はみるみる青くなっていく。

 

「ひ、ひとりちゃん!?」

「ぼっち。ツチノコになれ。そうすれば丸呑みできる」

「馬鹿言ってないで!ほら、私の分のアイスティー!」

 

 にわかに騒がしくなる店内。

 それを見ながらマスターが笑って言った。

 

「にぎやかな子達だね」

「いつでも、何やってても楽しそうで―――なんかやってくれそうな、そんな気がしません?」

「そうだね。期待して、見守るとしよう」

 

 店内に流れるレコードはジョニー・B. グッド。軽快なギターとそれによって歌われる歌詞は、彼女達に似合っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌朝。ぼっちは朝の街を歩いていた。

 肩には教科書の入った手提げ袋。背中には新ギター、パシフィカの入ったギターケース。

 

「今日もバイトかぁ」

 

 そんな風にぼやくぼっち。

 何となく、昨日のギター購入を区切りに、非日常から日常に戻って来た。そんな感じがした。

 と、その時、スマホに着信。今はまだ朝6時台だ。

 

「誰だろ?こんな朝早く」

 

 見るとそこには石塚の表示。

 

「あっ、もしもし。後藤です」

『後藤、今、大丈夫か?』

「は、はい。その、ちょっとなら。今、登校中で」

『そうか。―――まあ、そんな込み入った話じゃない。

 ……後藤』

「はい」

『……デートして欲しい。今週末、大丈夫か?』

「―――――――――――――――――はい?」

 

 

 

つづく

 




次回でとりあえず第一部完
2期が来るまで、たまに気が向いたら過去編やIF編、時系列に捕らわれないような小話をやってこうかな、などとと思います。


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Chapter30 ろっきんがーるに恋する男子 その1

ごめんなさい!『次回、第一部完!』みたいなこと言ってましたが、なんか長くなり過ぎたので分割します!馬琴先生もやってることなので赦してください!


石塚太吾と後藤ひとり

 

 痛み止めの類を飲むと夢を見る。そういう体質なのだろう。

 足の捻挫で貰った痛み止めを飲んだら案の定、夢を見た。

 

 

 

 神奈川の中学校。

 後藤と自分がいる。

 教室で静かにしている後藤。ステージの上でギターを鳴らす後藤。ひとりで俯き加減で帰る後藤。

 俺はその隣にいるはずなのに、しかし同時に無限に遠い。

 記憶の中の俺は、隣にいるはずの後藤に話しかけない。

 

 どうしてだ?

 

『嫌われたら困る』

 

 それはそうだ。

 

 あの日、あの時、後藤のギターを聞いた瞬間から、俺の世界の中心には後藤がいる。

 彼女は光だ。太陽よりも峻烈な、雷光のような光。

 やりたいことも、やるべきことも何もない。ポンと投げ与えられた自由という寄る辺なき牢獄を焼き尽くしてくれた、憧れの少女。

 近づきたいと思う反面、もし拒絶されたらと、おっかなびっくり近づいては離れてを繰り返している。

 

『けれど、本当にいいのか?』

 

 大丈夫だ。時間はある。

 

『本当に?』

 

 場面が変わる。

 

 中学の頃、クラスの中心だった女子。

 彼女が言う。

 

「後藤さんの連絡先?知らないなあ」

 

 あの時、光は失われた。

 残された音楽に、バンドにしがみついてとぼとぼと歩いていると、再び雷鳴に出会った。

 その偶然に運命を感じた。もうなりふり構わずでも、見失うものかと、そう思った。

 

『けれど今は足踏みしている』

 

 そんなことはない。少しずつは進んでいる。

 

「チャンスの女神は前髪だけしかないんやで?」

 

 頼光が言った。

 スマホの画面だ。病院の待合で暇を持て余して眺めていたSNS。イレナンメンバー内限定の鍵アカにアップされた写真。

 

「後藤先生とおそろいのパシフィカ!」

「今、結束バンドのみんなとマスターの店でエルビス食べとりまーす!」

「いえーい!石やーん!見てるぅ?」

 

 ぶち殺してやろうかこの先輩、という憤怒と、サンドイッチ食べてる後藤かわいいな、という和み。

 そんな相反する感情を感じながら、画像アプリでウザイ関西人の存在を消去。

 その作業中、こんなことを思った。

 

 後藤と何か一緒に食べるとか、したことないな。

 

『先を越されたな、廣井さんの時と同じで』

 

「ファースト路上ライブも、ファーストライブ鑑賞も、ぼっちちゃんの初めては私がもらったんだぞ!」

 

 酒臭い女がケラケラ笑いながら言う。

 さらにその女が男に変わった。目元が似ている、自分と同い年の友人。彩人だ。

 彩人は口角を釣り上げた邪悪な笑みで

 

「ヒャッハー!後藤のファースト彼シャツは、俺がもらったぜ!」

 

 いや、これは言ってないだろ。

 

『だけど彼シャツというシチュエーションを奪われたのは事実だ』

 

 それはそうだ。やはりバスケ部は油断ならない。

 

『バスケ部だけじゃない。後藤のクラスメイトだって文化祭のライブで、後藤の魅力に気付いているはずだ。』

 

 文化祭ライブの後、電話で彩人と話した。

 

「ライブの後、後藤の、その、評判とかそういうの、どうなんだ?」

「え?あ、あー……その、アレだ。あまり本人がいないところでこういうのは言いたくないんだけど……」

「……やっぱり、大量のラブレターが靴箱破壊したり、告白待ちの行列ができたりしてるのか」

「ねーよ。そう言うのじゃなくて、なんてーか……『ロックのヤバい奴』って言われてる」

「ロックの、ヤバい奴」

「べ、別にイジメられてるとか、そういう感じじゃないぞ!なんていうか、こう、畏れ敬うって言うか、敬して遠ざけるっていうか……!」

「分かってる。ヤバいくらいギターが上手くて、ヤバいくらい美人で可愛い、ってことで高嶺の花扱いされてるんだな」

「……お前がそれでいいなら、そういう認識でいいよ」

 

 何か含みのある言い方だったが、今の所後藤はフリーのはずだ。

 

『けれども、いつまでそれが続くかわからない』

 

 ……。

 

『彩人は信用できる。頼光先輩もだ。だけれども後藤の周りには、他にもたくさんの男がいて、つまり選択肢がある』

 

 分かってる。

 

『分かっていない。分かっているなら、危機感を持って行動をしているはずだ』

 

 分かってる!

 

『分かっていない!分かっているなら、あの時みたいに形振り構わないはずだ!』

 

 分かってる!!

 

『そうだ!分かってるはずだ!お前が、俺がやるべきことは―――!』

 

 

 

 

 

 

 目が覚める。

 

「―――」

 

 寝起きなのに、頭は妙に冴えている気がする。

 時計を見れば6:34。最近は頼光先輩に付き合う形で5時起きがデフォだったのだが……。

 

「寝坊、でもないけどな」

 

 普段なら、朝飯の前に宿題なり予習なりを片付けるなりするための時間だが、ガッツリ寝てしまった。知らずに疲れがたまってたのか、痛み止めが効きすぎたのか。

 宿題が少し残ってる。急いでやらねば……

 

「いや、その前に、やるべきこと、やるか」

 

 俺はスマホを手に取った。

 通話。

 何度かのコールの後、

 

『あっ、もしもし。後藤です』

「後藤、今、大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 

 

柊俊太郎と伊地知虹夏

 

 

「石塚君にデートして欲しい、って言われたんですけど、どういう意味なんでしょうか?」

 

 ぼっちがさらりと言った言葉に、STARRYの時間が止まった。

 言われたのはシュンだった。

 たまたま配達に来ていたところに、珍しくぼっちから話しかけた。

 

「あの、実は今朝電話で、石塚君、えっと、知り合いの男子が言ってることが理解できなくて……。

 多分、慣用表現?独特な言い回しか何かだと思うんですが……」

 

 朝から放課後までずっと悩んでも答えが出ず、STARRYのバイトの時間になり、いよいよわからず問いかけたのが

 

「そ、その!同じ男子のシュンくんなら、わかるんじゃないかなって……。

 それで、えっと……どういう意味なんですか、これ?」

「いや、どうって……」

 

 助けを求めるように、シュンが周りを見る。

 周りにいるのは、結束バンドのメンバー他、星歌とSTARRYのPAやってる女だ。

 反応は主に二通り。フリーズするか、目を輝かせるか。

 前者は星歌と山田だ。嘘だろ、という表情の山田と、ジュースのストローを咥えたまま完全に動きを止めた星歌。

 後者筆頭は喜多だ。目をキターンとさせてぼっちとシュンを見ている。虹夏も似たような表情。PAもスマホをいじる手を止めこちらを見ている。目には楽しそうな光が浮かんでいる。

 援軍もなければ退路もない。

 ええい、ままよ。

 

「……普通に、お前とデートしたいってことなんじゃねえの?」

「ははっ、まさか。石塚君みたいな人気者がこんなロックのヤバい芋ジャージとデートだなんてあるはずないじゃないですか?きっと、デートって何かの隠語ですよね?」

 

 乾いた笑い声をあげるぼっちの目を見て、シュンは悟る。

 

「―――なんか最初から様子がおかしいと思ってたら、脳みそバグってたのか」

 

 

 

 

 10分後。

 

 

 

「ぇぇぇでででえでえええええええとおおおおぉぉぉ

 ぁぁぁあああいいいいしづかあああああくんとおおおでえおおおぉぉ」

 

 ゴミ箱の中から、人の声らしき奇妙な物音がしていた。

 ようやく自分が石塚からデートに誘われているという現実を受け入れたぼっちである。

 シュンと、途中から加わった喜多や虹夏の説得で、ようやく現実を受け入れたぼっちは、ゴミ箱の中ですっかりペースト状の何かになって奇妙な異音を放ち続けている。

 

「認識は補正できたけど状態は悪化してねえか、これ?」

「ぼっちちゃんのことだし、すぐ元に戻るよ、多分」

 

 ゴミ箱にむかって「ひとりちゃーん!戻ってきてー!」と声をかける喜多を、シュンと虹夏は眺めていた。

 零すように、虹夏が言った。

 

「羨ましいな」

「……石塚に、デートに誘われたのが、か?」

「ん?んー、石塚君に、っていうよりも、なんか、一所懸命な所が、かなあ」

 

 これはあくまで虹夏の想像だが

 

「石塚君ってさ、ヘタレだけど、すっごくぼっちちゃんのこと、好きなんだよ」

「まあ、江ノ島の時の様子を見るに、だろうな」

「そんなぼっちちゃんが大好きで、けどすっごいヘタレの石塚君が、ぼっちちゃんをデートに誘ったんだよ。

 きっと、凄く緊張して、凄く真面目で、一所懸命、命がけくらいのつもりだったんだろうな、って」

 

 そして、それは石塚だけでなく

 

「そんな石塚君に、ぼっちちゃんも一所懸命、かどうかはわからないけど、とりあえず正気を失ったり液状化したりするくらいに、真剣に考えてる。

 そう言うの、すごくいいなって」

 

 恋にあこがれる年上の幼馴染。その表情にシュンは思わず見蕩れる。

 

「虹夏、俺―――」

 

 と、シュンが我知らず何かを口走りそうになった、その時、

 

「シュンには無理だね。ぼっ乳ガン見するくらい雑念多めだし」

「っ!リョウ、てめぇいつまでそのネタ擦り続けるつもりだよ!」

 

 かけられた冷や水に、シュンは一瞬冷静になり、次の瞬間には再沸騰。

 そんな瞬間湯沸かし器のような少年を無視して

 

「そろそろぼっちを再起動させないと」

「あ、もうお客さん来る頃か。―――ぼっちちゃーん。いい加減人間に戻ってー」

 

 そう言って、ゴミ箱に駆け寄る虹夏。

 喜多と二人でゴミ箱をひっくり返す姿を見ながら、シュンは不承不承ながらリョウに

 

「わりぃ、助かった」

「後でなんかオゴれ」

「……ジュースでいいか?」

「この間、ぼっちのギター見に行った時、ベースを試奏したんだ」

「そうか、ミネラルウォーターがいいのか」

「すごく良いベースだったんだ」

「コップに水道水汲んできてやるからそれでいいな?」

「シュン」

「いいかげんしつけえよ!」

「虹夏にうっかり告白とか私が赦さん、というかそれ以前に、あっさりかわされて終わる」

「……っ」

「告るんなら覚悟キメて、命かけるぐらいの覚悟でいけ―――そしたら、多分ワンチャンあるから」

 

 そう言って、小さく笑うリョウ。

 シュンは不貞腐れたように顔を背けながら

 

「……ご助言どーも」

「感謝してるならあのベースを!今ならセールで……!」

「だから買わねえっつってんだろ!」

 

 

 

 

 

天海恭弥と伊地知星歌

 

 

『――で、日曜の午後にぼっちちゃんのデートが決まったわけだ。

 その前の日の土曜に喜多ちゃんのコーデチェックが入るんだと』

「後藤さんは愛されてるね」

『単純に色恋沙汰に目がないってだけな気もするがな』

 

 恭弥の言葉に、パソコン画面上の星歌がわずかなタイムラグを以て応える。

 フカイプによるインターネット通話だ。星歌は東京。恭弥は今、インドネシアにいる。距離はあれど南北であり、時差はあまりない。

 

「心配?」

『まあ、ぼっちちゃんが何をしでかすかわからない、って意味では心配ではある』

「だったら、何かアドバイスでもしてあげ―――」

 

 といったところで、画面越しに二人は顔を見合わせる。

 

『そういや私たち……』

「……デートらしいデート、したことないね」

 

 一緒に出掛けたことはある、というか、高校くらいまでは大体何をするにも一緒だった。

 だがそれは

 

『デートでは、ないなあ』

「バイトだったり、買い物だったり、ライブだったり……まず目的ありきの外出で、こう、デートって感じで出かけたこと、ないよね」

 

 高校まではお互いを異性として認識してたかも怪しい。

 逆にお互いを異性として認識した後は、二人連れ立って遊びに行った記憶がない。

 

『ライブハウス開くのに、全力だったからなあ』

「二人の時間を持ちたいときは、家でゆったりしてたからね。―――あ、コレ、おうちデートって奴か!」

『だとしても、出かけるデートするぼっちちゃんにアドバイス経験値がねぇことにはかわらないな』

「だね」

 

 苦笑する二人。

 物心つく前からの付き合いで、結婚までしてなお、お互いに知らないことがあったようだ。

 

「……次、時間ができたらさ、デート行かない、星歌」

『は?いや、いい年こいて何言ってんだ?っていうか、もう夫婦だろ、私ら。今さらデートなんていいって』

「いいじゃない。何歳だって、夫婦だって、デートにはいくものだろ?」

『だから、いいって言ってるだろ!』

「俺が行きたいんだ」

『………』

「お願い」

『―――チッ!しゃーねーなぁっ!』

 

 不機嫌そうな声音でいう星歌。

 口調とは裏腹に、荒い画面の向こうのその顔は、少しうれしそうにも見えた。

 

「ありがとう、星歌」

 

 

 

 

 

 

 

 

海野敦と山田リョウ

 

 

 敦は困惑していた。いきなり訪ねてきたリョウが久々の不機嫌モードだったからだ。

 不機嫌モードのリョウは、無言で敦を正座させると、その膝を枕にして横になる。

 無言。目は合わせない。不機嫌だから。

 

「どうしたんですか?リョウさん」

 

 リョウが来てから何度目かの問いだが、無言継続。

 困った。料理が途中なのに。火は止めてるからいいけれど。

 そんな、リョウが困っている雰囲気を察したかのように、リョウはようやく口を開いた。

 

「ぼっちが、石塚とデートするって」

「石塚……というと、あのIrrational/Numbersっていうバンドの人ですよね?

 後藤さんのことを好きだって言う」

 

 全てリョウからの情報だ。

 リョウは最近、良く喋る。話題は結束バンドやその周辺のことだ。

 今までは音楽関係の蘊蓄以外、滅多に口を開かなかった彼女が、ここしばらくはバンド仲間のことを雑談として口にする。

 

(つまり、リョウさんにとって結束バンドの人達は、そのくらい大切なモノということですが)

 

 では、石塚某がバンドメンバーにちょっかいをかけたから不機嫌になっているのか?

 

(いや、リョウさんとしては後藤さんと石塚さんの関係を、どちらかと言えば推奨していたはず)

 

 では一体、と考え込んでいると視線に気づいた。

 リョウが、いつの間にか仰向けになり、じっと敦を見つめている。

 

「……石塚から、ぼっちをさそった」

「ああ、そうですか。リョウさんは普段からあまり積極的でないと言ってましたが、その石塚さん、がんばったんですね」

「うん。石塚はヘタレの癖に、がんばって自分からデートを誘ったんだ」

「?はい、そうですね」

「そう、自分から誘ったんだ。ヘタレなのに」

「?」

「―――石塚の方から、デートに誘ったんだ」

 

 何を言いたいのだろうか?敦には皆目わからない。

 そんな敦に向けるリョウの目は、普段のフラットなものから、明らかに険を感じるものに変わってきた。

 まごつく敦と、睨むリョウ。

 先に折れたのは、リョウの方だった。

 物分かりの悪い鈍ちんめ、とでもいう風にため息をつきながら

 

「私はアツシからデートに誘われたこと、ない」

「―――ああ」

 

 言われ、敦は納得する。

 

(自分からリョウさんを誘ったこと、ありませんでしたね、そう言えば)

 

 いつもリョウがどこに行きたいか言い、敦がそれについていく。

 ずっとそんな関係で、デートもリョウが行先を決めていた。

 そのことに敦は一切不満などなかったが、どうやらリョウは違かったようだ。

 

「リョウさん」

「何?」

「今度の週末、どこかに出かけませんか?」

 

 敦の誘いに、リョウは彼の顔をじっと見返して

 

「ヤダ、面倒」

 

 まさかこの流れで断られるとは。

 あっけにとられる敦を他所に、リョウは起き上がって

 

「晩御飯、なに?」

「えっ、あ、はい。今日はポトフとパン、あと付け合わせにピクルスでも出そうかと」

「じゃあ食べてく」

 

 そう言いながら、ソファに座ると、テレビをネットにリンクさせ、動画を漁り始める。

 なぜか、機嫌は良くなったようだ。

 

(……なるほど。具体的にどこかに連れて行って欲しいとかではなく、単純に誘って欲しかった、と)

 

 まあ、リョウさんの機嫌がよくなったからいいか、と、敦は肩をすくめて台所に向かう。

 その背中に

 

「―――週末、暇なんでしょ?だったら撮り貯めしといたドラマ、消化するから付き合って」

 

 リョウが言った。普段、彼女が敦を誘う時は、大体こんな風に唐突だ。

 

「さっき誘って、断られたばかりなんですけど?」

「アツシが私を付き合わせるのはダメ、私がアツシを付き合わさせるのはOK」

 

 なんたる暴君。猫の如き気まぐれ。だが

 

「そういうところ、好きになっちゃったんですよねえ」

「……DVDに焼いて持ってくるから」

「了解です、お姫様。―――ポトフにニンニクは?」

「がっつり」

「はいはい」

 

 週末に、楽しみができた。

 そう思いながら、敦は料理を再開した。

 

 

 

 

 

 

大河内頼光と大槻ヨヨコ

 

 

「同い年の女子とデートに行くことになったんで、いい感じのデートコースの助言が欲しい。頼めるか?」

 

 イレナンの石塚が開口一番にそう言った。SIDEROSのメンバー達はあっけにとられた。場所は新宿FOLT。

 

 

 

 

 

 

 数日前、頼光が新品のギターをもってやってきて、ヨヨコに指導を求めた。

 

「思うところがあってな!ちょいとギター強化月間ちゅーわけで!」

 

 とのことだ。

 

「フンッ、しょうがないわね!ただし授業料は高いわよ!」

「嬉しそうっすね」

「臨時収入が嬉しいだけよ。勘違いしないで」

 

 クールぶって言うヨヨコだが、次のレッスンの約束をした時や、帰る頼光を見送る時の表情が、それだけでないことを如実に語っていた。

 

「けど、それ突いたところで面倒くさいんで、ここは全員、余計なことを言わずに見守るって方針で」

 

 あくびの提案に、楓子や幽々も同意した。

 

 

 それから数日、レッスンを約束した土曜の午後。

 約束通り来た頼光だったが、意外なおまけがついてきた。

 

「あ、石塚くんだ~」

「珍しいっすね」

「ども」

 

 キーボードの石塚だ。

 イレナンの最年少であり、あくび達と同年代の少年。

 何かと騒がしいイレナンメンバーの中で物静かでクール、だが時々太々しい。そんなところが主に年上の女性から人気らしい。

 

「なによ、アンタも練習か何か?」

「いえ、音楽は関係ないことで、少し相談がありまして。―――本城さんにちょっと」

「え?私~?」

「む?ふーちゃんに何か?」

 

 首をかしげる楓子と、彼女の前に出るあくび。

 石塚は、彼女達の前に歩み出ると

 

「実は―――」

 

 と前述のようなことを言い出したのだ。

 

 

 

 

 

「後藤、ってあの結束バンドの、ぼっちさんのことっすか?」

 

 練習に行った頼光とヨヨコを除いた4人、石塚とあくび達が、テーブルを囲んでいた。

 話題は、石塚のデートだ。

 

「はーちゃん、結束バンド?ぼっちさん?って誰だっけ?」

「この前EXoutで勉強会した時、廣井さんが連れて来たガールズバンドが結束バンドっすよ」

「後藤は、あの中で一番美人だった子だ」

「肩にすっごいの乗っけてた子ね」

「……ピンクのジャージ着た、髪の長い子がぼっちさんです」

 

 あくびの言葉に、楓子はようやく思い当たった。そう言えば、なんか綺斗さんに話しかけられて、液体になりかけてた人がいたなあ、と。

 

「で、そのぼっちさんと?デートッスか?なんでまた」

「俺が誘った」

『おぉ……っ』

 

 照れもなく言う石塚に、思わず零れる感嘆の声。

 彼女らもまた個性派なれど年頃の乙女、この手の話題には大なり小なり興味がある。

 

「それで、どういう関係?」

「中学が同じで、後藤がギターを弾いているところを見て―――」

 

 と、石塚が今までの経緯を掻い摘んで話す。

 簡潔なレポートのような語り口だったが、バンド漬けの彼女達が欠乏していた、生の恋バナである。

 興味津々、たまに歓声を上げつつ、主にあくびが相槌や、補足のための質問をしつつ話は進み……

 

「―――で、学園祭でライブして、人気がでつつあるのが心配になり、一気に攻勢に出た、と」

「うん。大体そんな感じだ」

「はぁ~、いいなあ。私も恋とかしたいなあ~」

 

 聞き終えて、楓子がため息交じりに言う。

 幽々は連れている呪いの人形の髪をなでながら

 

「で、誘ったはいいけどまさか本当に受けてもらえるとは思ってなくて、いまさらデートのプランをねって右往左往していると」

「……まあ、そうだ」

 

 幽々の指摘にやや憮然と石塚が答えた。

 

「で、困り果てて相談に……けどなんで私らに?」

「頼光先輩の勧めで。実際、他に相談できそうな同年代の女子とかいないし」

「学校とかにもっスか?」

「……面倒ごとになる気しかしない」

「ああ……」

 

 学校に熱烈なファンというか、ガチ恋勢も相応にいるのだろうな、とあくびは推測した。

 なるほど、そこで石塚に意中の女性がいるというのが漏れたら

 

「まあ、面倒ごとにしかならんスね」

 

 ともあれ

 

「けどぉ、そのぼっちさんってどんな子なんですか~」

 

 すっかり乗り気の楓子が問う。石塚が答えるに曰く

 

「ギターだ」

「は?」

「ギターが上手で、ギターが好きで、時間があれば大体ギターを弾いている」

「……え、えっとそれ以外は~」

「それ以外……」

 

 石塚が思い返すのは、夏休みのことや、文化祭の後の長電話だ。

 あの時、彼女が言っていたことによれば……

 

「……江ノ島に、結束バンドの仲間と一緒に来てた。それ以外、夏休み中、バンドの合同練習とバイトとライブ、あとノルマのための路上ライブ以外で、外出はしなかったらしい」

「マジっすか?家で何をしてたとか……」

「ギターの練習だ。休みの日は最低10時間は練習できるから嬉しいと言ってたな」

「じゅっ……」

 

 絶句するあくび達。

 彼女達の中のぼっち像が、ヨヨコに並ぶギターガチ勢に固定された。

 

「……ん?ヨヨコ先輩相当なら、実はかなりチョロいんじゃないっすかね?」

「けど、デートプランって言われてもこまるかな~。何か他に、ギター以外で好きそうなものって心当たりないかな~?ないなら、CDショップめぐりとか、楽器屋さんめぐりとかになるけど~」

「音楽以外……そう言えば、星とか宇宙の動画を……」

 

 と、その時、石塚のスマホに着信があった。

 画面を見れば皆実彩人と表示されている。

 

「ちょっとごめん」

 

 謝って、通話を開始。その数秒後

 

「……裏切ったなっ!アヤトォッ!」

 

 石塚は激昂した。

 

 

 

 

 

皆実彩人と喜多郁代

 

 

 土曜の午後。彩人は喜多に連れられて、はるばる金沢八景までやって来た。

 目的は、ぼっちのデートコーディネートである。リョウと虹夏はバイトで不参加。男の彩人が誘われたのは、

 

「やっぱり男子の視点も大事じゃない?それに、石塚君のこと良く知ってるのは彩人くんだし!」

 

 との理由だった。

 とはいえ、彩人は自身も含めそもそも今回の訪問の必要性に疑問をいだいていた。

 いくら後藤とはいえ女子だ。デートに向けて最低限の身だしなみは整えるだろう。

 という彩人の見解に対し

 

「ひとりちゃんのことだから、きっといつものジャージに星型のサングラスをかけてくるに違いないわ」

 

 というのが、ぼっち生態学の権威、喜多博士の意見だった。

 いや、まさかそんなことはないだろう。

 そう思いながら喜多に付き従い、後藤家に着いた彩人は、

 

「が、がんばりましたっ!」

 

 と、珍しく自信ありげな後藤に遭遇した。

 ゴリゴリのヒッピースタイルだった。

 ヘッドバンドにサングラス。防御力でも高めたいのか、手提げかばんに無数の缶バッチ。腕にはライブのバンドが無数。

 喜多の予想の当社比200%増しである。

 

「ひとりちゃん。お母さんが買ってきた服、着ましょ?」

「え、で、でもぉ」

「今すぐ、着ましょ?」

「ヒャイ」

 

 喜多サンブラックの圧に負けて、奥に連行されるぼっち。

 待っている間、ぼっちの妹であるふたりと飼い犬のジミヘンから

 

「ねーねー、お兄さん、きたちゃんの恋人?」

「わんわん!」

 

 など絡まれるのを適当にあやしていると、

 

「あの、着てきました」

「……おお……」

 

 彩人は思わず言葉を失う。

 文化祭である程度はわかっていたつもりだが、なるほど、素材だけはいい。

 

 白のセーターと、ダークカラーにピンクの差し色が入ったフレアスカート

 

「あとは靴とか靴下とか小物とか、今からそろえに行きましょ!

 ついでに美容院で前髪とか切れればいいんだけど……」

「む、無理です!むむむむむむむむむむむむっ!」

「……まあ、また死んで粒子化されると困るし、そこは妥協しましょう」

「死ぬとか粒子化とか、意味わかんないんだけど……」

 

 けど後藤だしなあ、と思いながら、張り切る喜多とすでに死にそうなぼっちについていく彩人。

 

「目指すは横浜!」

 

 そこで勇者ぼっちの装備を整え、魔王石塚とのデートに備えるらしい。

 軍資金は

 

「あっ、そ、その一応、ありますっ!」

 

 とのことだった。

 だが、駅に差し掛かったところで、重大な問題が発生した。

 

「む、無理です!わ、私みたいなコミュ障の陰キャのミジンコがこんな格好で電車とか乗ったら、法で罰せられる!」

「いや、そんな法律ないから」

「ひとりちゃーん、がんばれー」

 

 彩人に引っ張られ、喜多に励まされ、どうにか横浜までたどり着いたぼっちだが、誰かの視線を感じる度に、あるいはすれ違うたびに、一々了解不能な恐怖に身をすくませる。

 

「……石塚とのデートってどこだ?」

「まだ具体的なことは決まってないらしいけど……新宿か下北じゃない?」

「無理だろ。この分だと横浜より向こうへ行くまでに、後藤、死ぬぞ」

「死ぬのはいつものことだからいいけど、そのまま列車に運ばれて行方不明になるかも」

 

 作戦変更だ。

 

「私はひとりちゃんを少し休ませるから、彩人くんは石塚君に連絡して、デートは金沢八景周辺にして、ってお願いしておいて」

「了解」

 

 ぼっちを休憩させようと、手近な飲食店に引っ張っていく喜多。休憩の為にと選んだ飲食店がスタパだったためか、ぼっちが入店の際に断末魔のような悲鳴を上げたが、コラテラルダメージとして諦めてもらおう。

 彩人は石塚の番号にコール。

 

「もしもし、石塚?俺今、後藤の服を買いに来てるんだけど」

『……裏切ったなっ!アヤトォッ!』

「―――うん、そういう反応が来るのは分かってた」

 

 

 

 

 

 

『分かった。デート先は金沢八景周辺限定だな。あそこは中学の頃いたから、大体わかるし問題ない』

 

 誤解はあっさり解け、デート先についての同意も得られた。

 

「良かったのか?」

『どちらかというと助かった。正直、デートプランに悩んでたから、場所が決まって選択肢が減るのはありがたい』

「ノープランで誘ったのかよ」

『……ほぼほぼ勢いだったから。あと、後悔したくなかったし』

「そっか」

 

 羨ましい、という感情が彩人の胸裏に浮かぶ。

 それを見透かしたように

 

『彩人は喜多さんに告白とかしないのか?』

「江ノ島で言ったろ。喜多は友達同士の恋愛とか、イヤがってるって」

『お前は別に嫌じゃないんだろ?』

「……無理強いしろって?」

『彼女が嫌なら普通にお前がフラれるだけだろ』

「……喜多が気を使って、好きでもないのに告白受けるかもしれないじゃないか」

『だったら彼女が付き合っても後悔せずに済むよう努力すればいい』

「―――随分、絡むじゃないか。デート取り付けて調子乗ってんのか?」

 

 険のある声で彩人が言う。それに対して、いつもの石塚は変わらない口調で

 

『それもあるかもしれないけど、それよりも、俺はお前に後悔して欲しくない。

 俺は、後悔しないために後藤をデートに誘ったし―――そのデートで告白するつもりだ』

 

 電話の向こうから、何か女子の黄色い声のようなものが聞こえた。

 

「お前、人に聞かれた状態でソレ、言い切るのかよ……」

『他人はどうでもいいだろ?それより今はお前のことだ』

 

 石塚は続ける。

 

『中学の頃の喜多さんがどうだったかは知らない。だが今の喜多さんについては多少は知ってるし、多分、中学の頃とは違うというのは分かる』

「何が違うんだよ」

『彼女は選べる。学校の外を』

 

 中学の頃の喜多は、学校という狭い範囲が世界の全てだった。だから―――

 

『中学の、友達グループ内が乱れた時、逃げ場がなくて大変な思いをしたんだろ?』

 

 だが今は結束バンドが、自分の居場所が学校以外にもある。

 

『たとえお前をフろうが、付き合った後に手酷く破局しようが、それで学校の交友関係が荒れまくろうが、その時はバンドに逃げ込めばいいだけだ』

「喜多がそんな無責任なこと、できると?」

『ライブは一度バックれたぞ』

「ぐっ」

『それに惚れた腫れたは当人同士の問題だろ?周囲がそれで騒ぐことにまで責任なんてない。面倒だけどな』

「その面倒ごとを、普通は重視するんだよ」

 

 とはいえ、石塚の言うことにも一理あると思った。

 

「中学ん時のことを理由に喜多に告らないのは、気遣いじゃなくて言い訳だ、って言いたいのか?」

『そこまでは言ってない。喜多さんはその頃とは違うだろうし、告白されて受けるかどうかを決めるのは喜多さんであって、お前が余計な気を回す必要はないだろ、ってことだ。

 その上で訊くぞ、彩人』

「なんだよ」

『喜多さんに告白しないままでいて、別の誰かにかっさらわれたとして、お前は後悔せずにいられるか?」

「―――」

『俺は後悔すると思ったから、デートに誘うことにしたし告白すると決めた』

「それでフられたらどうなんだよ?」

『凹む』

 

 シンプルな一言に、彩人は思わず笑ってしまった。

 

「……ありがとな。参考にするわ」

『うん。……じゃ、連絡ありがとう。後藤にもよろしく。……手を出すなよ』

「おう」

 

 そう言って、スマホを切る。

 喜多達を待ちながら、石塚との会話を反芻する。

 

 そうしていると、

 

「彩人くーん!」

 

 喜多がいつものような笑顔で駆けて来る。

 後ろには、多少持ち直したぼっちがいる。

 喜多の笑顔を見て、彩人は思った。

 

(ああ、石塚の言った通り、もう違うんだな)

 

 中学のあの頃、ギスギスした友人達を取り持とうと必死で、空回りし、時に傷つけられながらも、無理やり笑顔を作っていた喜多。

 あの頃とは、もう違うのだ。

 だとすれば

 

「……告ってフラれても、自分が凹むだけ、か」

 

 それは極論だ。フる方だって気まずいだろうし、周りの人間関係にも波及するだろう。

 だがそれでも、一番喰らうのは間違いなく自分だ。そう考えると大分気楽になる。

 

「ひとりちゃんも大分復活したし、これから……彩人くん?どうしたの?」

「……いや、ちょっとな。―――後で時間、あるか。話したいことがあるんだ」

「いいけど、何?」

「ちょっとな。それより、まずどこを回るんだ?」

「そうね、まず靴と、それからコスメ用品を」

「ひぃっ!」

 

 そのラインナップを聞くだけで悲鳴を上げるぼっちを引っ張りながら、二人は横浜の街に繰り出した。

 

 

 

 

 

 

高清水律志と廣井きくり

 

 

 日曜の朝。自宅の台所で律志は野菜炒めを作っていた。量は2人分。

 米は炊けている。味噌汁もできている。

 

(そろそろ起こすか)

 

 と思っていると

 

「ぅ~、ぉはよぉ~」

 

 リビングのベッドの方から廣井が来る。

 素っ裸にタオルケットを巻き付けて

 

「りっくん、おにころ~。それとぱんつ~」

「俺は酒でも下着でもない。―――酒はないぞ」

「え~!けちー!私、昨日から飲んでないんだぞぉっ!」

「そのまま禁酒してみたらどうだ?

 ―――それと、着てきた服は一式全部洗濯機の中だ。替えのはいつもの場所にある。

 もうすぐ朝飯だ。服着てこい」

「は~い」

 

 廣井は渋々脱衣所に向かった。

 

 

 

 下着の上に、律志のシャツを羽織って廣井は戻って来た。

 

「着替えのスウェットがあったはずだが?」

「いやあ、こっちのが着心地いいし、きっくんの臭いもするし」

「……好きにしろ」

「あ?照れた?ねえ、照れた?」

「やかましい」

 

 言いながら席に着く。

 

「いただきます」

 

 と、味噌汁を一口啜った廣井は、

 

「ああ~、日曜の朝にちゃんと起きて朝飯食べるとか、真人間になったような気がするぅ」

「その程度で真人間になれるなら苦労はないな」

「これで酌の一本でもあれば最高なんだけどなあ」

「一瞬で真人間の道から外れたぞ」

 

 律志は野菜炒めを箸で摘まみ上げご飯に乗っけてさっさと掻き込み食事を済ます。

 食器を片付けながらまだ食べている途中の廣井に

 

「服が乾いたら買い物に行くぞ」

「おにころ?」

「違う。冬服だ。マフラーとか。君が今着ている服も大分擦り切れているからな」

 

 先ほど洗濯機から乾燥機に移し替えたワンピースは、すっかり擦り切れところどころ布が薄くなっている。

 

「買い物行くならやっぱまずおにころ必須じゃん」

「どういう理屈だ」

「だって知り合いに、朝っぱらからきっくんと素面で歩いてるところ見つかったら、『あ、こいつら昨日エロいことしたな』ってバレるじゃん!」

 

 酔っている時にセックスしない。酔った廣井に絡まれ、性的なネタでの揶揄(からかい)を受けた時に、律志がいつも言っていることだ。それ故に、その原因となった行為中マーライオン事件と共に、彼らの知り合いの間には知れ渡っている。

 

「流石に私でもさ、ちょっと恥ずかしいし」

「午前中から泥酔している姿を見られる方が恥ずべきことだと思うがな」

 

 価値観の相違という奴である。

 ともあれ

 

「お金ないからいかない!」

「立て替えてやる」

「そんなお金あるならおにころ買って!」

「……晩酌には付けてやる」

「ヤッター!イェーイ!」

 

 結局折れた律志は、淹れた茶を持ってくる。廣井の分と自分の分。

 乾燥機が服を乾かすまで、もう少し。

 テレビをつけ、日曜朝のワイドショーを眺める廣井。そんな彼女の横顔を見ながら、不意に律志は行った。

 

「廣井、一緒に暮らさないか」

「―――ごめん、まだ無理。覚悟決まんない。

 りっくんとこれ以上近くなっちゃうと、私、多分りっくんなしだと、ホントに生きられなくなるまでハマっちゃうと思うし」

「問題ないだろ。俺は生涯、君と一緒にいるつもりだ」

「そーいうとこ、りっくんて、お酒より質が悪いよね」

「心外な評価だ」

 

 電子音が、脱衣所から聞こえてきた。乾燥機が止まった音だ。

 廣井は立ち上がって脱衣所に向かう。

 

「じゃ!服着たらデート、行きますか!ちゃんとエスコートしてよね~」

 

 さっきまでの雰囲気を感じさせない口調でいう廣井。話は終わり、ということだろう。

 

「またフラれたか」

 

 冷めた茶を一気に煽る。

 人心地ついた律志は、デートと言う単語であることを思い出す。

 

(そう言えば、今日の午後は石塚も後藤君とデートだと言っていたな)

 

 昨日の夜、石塚を囲んだイレナンメンバー達が、助言とも妨害ともつかない意見を出し合いながら、デートプランを練っていたのを思い出す。

 

「大丈夫だろうか、あの二人は?」

 

 

 

 

 

マスターとPA 

 

 

「まあ、大丈夫だとは思うんですけどねえ」

 

 午後、御茶ノ水のレコード喫茶で、STARRYのPAがスマホを弄りながら気だるげに言った。

 話題は、今頃待ち合わせしているであろう石塚とぼっちのデートについてだ。

 

「星歌さん達は心配してましたけど、ぼっちちゃんも石塚君もお互いのことを憎からず思ってるのは明らかですから。

 デートその物に大失敗しても、時間が経てばいい思い出になりますよ、絶対」

「それは経験則かい?」

「残念ながら一般論でーす。

 私の意中の人は、デートに誘ってくれたことも、誘いに乗ってくれたこともないので」

「おやおや、君みたいな魅力的な女性を袖にするとは。そんな奴、捨ててしまえばいいのに」

「そうしたいのは山々なんですけど、あまりにも魅力的すぎて離れられないんですよ」

「困ったもんだ」

 

 そう言って、グラスを磨き続けるマスター。

 PAは小さくため息をつく。

 マスターがつれないのは、いつものことだ。この8年間、ずっとそう。歳の差を理由に躱され続けている。それも覚悟の上で、今でもこうして恋焦がれているわけだが、

 

(デート、いいなあ)

 

 だが、ぼっち達を見て、思わず思ってしまうのだ。自分もマスターと一緒に、どこかに出かけてみたいな、と。

 

「私も、デート行きたいな」

 

 小さく、誰にも気づかれないように漏らした本音の言葉。

 それはレコードの音に消され、誰にも届かず消えた。

 消えた、はずだった。

 

「よければ、どうだい?」

 

 うつぶせのPAにマスターが一枚のフライヤーを差し出した。

 

「……紅茶、品評会?」

「店で出す紅茶の品定めもかねて、毎年行ってるんだ。良ければなんだが……いっしょにどうだい?」

「―――っ!行く!行きます!」

 

 言われたことの理解に数秒。その後、PAは差し出されたフライヤーを手に取って、笑顔で言った。

 ゴリゴリにピアスをつけた、ダウナー系のメイクをした女性の、童女のような嬉しそうな笑顔。

 それを見ながら、マスターは思う。

 親子ほど離れた歳の子相手に、私は一体何を思い、何をしているんだか。

 

「まったく、困ったもんだ」

 

 柱時計が鳴る。午後二時。ちょうど、石塚とぼっちの待ち合わせの時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おおお、お待たせしました!あのっ、でででデートの前に!その、ちょっとお話できませんか!?」

 

 

 

 

 つづく




頼光ヨヨコパート、もっとヨヨコ成分増やしたかった……。
真第一部最終話は近日中に!


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Chapter31 ろっきんがーるに恋する男子 その2

第一部完!
ラブソングが歌えない後藤ひとり版、出ないかなあ


 午後2時、10分前。

 約束の時間より少し早く、金沢八景駅の東口。壁を背にして石塚は立っていた。

 小春日和の午後。日陰は冷えるが日向は海風を涼しく感じる。

 

「お、おおお、お待たせしました!」

 

 待ちかねた声がした。

 見ると、そこには普段と違った装いのぼっちがいた。

 

 白のセーター。ダークカラーを基調としたフレアスカート。ピンクの差し色が印象的。

 履いているスニーカーは卸したて。唇にはカラーリップが乗っているのか、いつもより少し鮮やかに見える。

 

 いつもと違う格好のぼっちは、いつものようにおどおどしながら

 

「あのっ、でででデートの前に!その、ちょっとお話できませんか!?」

 

 返事がない。

 恐る恐る顔を上げて石塚を見るぼっち。

 その視線の先で、石塚は固まっていた。

 口をぽかんと開けたまま、ぼっちを見ている。

 

「あ、あの……や、やっぱり、変ですよね……は、はははっ」

 

 ぼっちは半泣きで、卑屈な笑いを浮かべる。

 

 私なんかがこんな格好するなんて、いくら優しい石塚君でもドン引きするに決まっている。

 こういうのは、喜多さんや虹夏ちゃんみたいなかわいい子がするから良いのだ。

 喜多さんは可愛いくて服とかのセンスもあるのに、どうして私にこんな格好をさせて『似合う』だの『可愛い』だの頓珍漢なことを言うんだろう?

 皆実君は『石塚ならその場で崩れ落ちる程度には喜ぶと思うぞ』とか言っていたが、きっと惨めな私を気遣って言ってくれたに違いない。

 私みたいなのがこんな格好をしたところで……

 

「可愛い」

「はへっ?」

 

 被害妄想の海に沈みかけたぼっちの意識が、石塚の声で引っ張り上げられた。気づけば石塚はすぐ目の前にいた。

 彼の顔がいつもより赤くみえるのはなぜだろう?

 そんなことを考えるぼっちに、石塚は繰り返す。

 

「いつもの格好も悪くないけど、今日は、その、特別可愛いと思い、ます……」

 

 照れくさそうに眼をそらす彼。

 

「あ、その、あ、ありがとう、ございます……」

 

 ぼっちもなんか温かいような、むず痒いような気持になって、同じように眼をそらした。

 

(可愛いって、石塚君がそう思ってくれてるって、信じてもいいのかな?)

 

 そんな風にまごまごすること数十秒。

 先に非積極的な均衡を破ったのは石塚だった。

 

「後藤、その……なんでギターを?あとアンプだよな、それ」

 

 石塚が指したのは、ぼっちの背と、そして手に持たれたアイテムだ。

 デートには似つかわしくない、音楽用のセット。

 

「あ、これは、お、お話しするときに、ちょっと―――あの、一曲、聞いて欲しい曲があるんです」

 

 

 

 

 

 

 ぼっちについて歩いていくと、小さな神社にたどり着いた。

 コンビニのある角を入って、突き出た岬の先に短い橋と神社がポツンとあるだけの小さな島。

 

「あ、ここでお姉さんと会ったんです」

 

 あまり人も来ないので、独りで落ち着くのには最適なのだと、ぼっちは言う。

 鳥居の手前。

 小さな階段を観客席として石塚を座らせ、ぼっちはポータブルアンプをセッティング。

 きょろきょろと、自分達以外がいないことを確認した後、か細く、けれど精いっぱいに張り上げた声で

 

「あ、そ、それでは聞いてください!け、結束バンドで 『ラブソングが歌えない』」

 

 そうして、ぼっちは弾き語りを始めた。

 

 

 恋の歌だった。

 だが、それは誰かに向けた歌ではない。

 恋を知らない少女の歌。

 恋が何かもわからず、面倒くさいと思いながらも、しかし恋に焦れもがき苦しみ、叫ぶ歌。

 嫌だと言いながらも、ラブソングを歌いたいと願う、恋を知らない少女の歌だ。

 

 

 ギターは上手い。客が石塚だけのソロ演奏であるためか、ほぼギターヒーローとして実力が大分出せている。

 対して歌は、技術的には拙い。音程は合っているが声量が追い付かない。

 だがその声音には真に迫るものがあった。

 心の内を、感情や悩みを、全力で吐き出しぶちまけるような、掠れた声で、愛を問う歌。

 

 

 

 叩きつけるような歌詞と、最後の一音。曲が終わった。

 

「はぁ……はぁ……ありがとう、ございました」

 

 息を切らせてお辞儀をするぼっち。

 石塚は拍手をしながら

 

「すごく良かったとおもう。曲も演奏も、それから歌も、凄く良かった。刺さる感じがした」

「えっ、あ、ありがとうございます」

「けど……」

「!?な、何か、問題が?」

 

 やっぱり陰キャの自分が歌うとか、企画自体が大失敗だったか?

 そんな風に思ったぼっちだが、石塚が指摘したのは演奏自体ではなく、

 

「―――ギャラリー、大分増えてるけど大丈夫か?」

 

 ぼっちから見て左手、道路側。10人近い見物人が、二人を、というかぼっちを見ている。

 

「かっけー」

「何?路上ライブ?」

「練習かな?」

「てか、あの女の子めっちゃ可愛くない?」

「ギターも上手かったし、アイドルとかプロのバンドの人かも」

 

 などなど。見れば、スマホを向けている人までいる。

 

「は、ひ、ほ、へ、ふ……っ!」

「―――とりあえず、逃げるか」

 

 そう言って石塚は、左手でアンプを拾ってギターバックを抱え、右手で過呼吸気味のぼっちの手を取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……かひゅっ、ぜひゅぅ……」

「ハァ……ハァ……ご、ごめん。急がせすぎたか?」

「い、いぇ……っ、だ、大丈……げはっ!」

 

 神社からほど近く、海沿いの高架下の石ベンチで、二人は疲労困憊と言った風に息を整えていた。

 距離にして300メートルもないが、陰キャのバンドマンにとって、全力ダッシュをするには過酷な距離だ。

 ぼっちが復帰するのを待って、石塚が言った。

 

「改めて、凄く良かったと思うぞ。あの演奏」

「あ、そうですか?結束バンドの新曲で、か、歌詞は私で、作曲はリョウさんで。つ、次のライブで完全版をお披露目する予定です」

「そっか。聞きに行く。―――今度はノルマ、貢献するから」

「は、はい。ありがとうございます!」

「それで、それが言いたいこと?」

「ぁ、ぅ、は、い、い、いいえ!その、違いますっ」

 

 一瞬、そういうことにしちゃおうか、と思ったぼっちだが、その弱気を飲み込んだ。

 言わなくちゃいけないことがあるのだ。それは、

 

「あの曲が……今の私の、気持ちなんです」

 

 がんばれぼっち!と、ぼっちは自分を鼓舞しながら

 

「石塚君は、その、わ、私の事、好き、なんです、か?」

 

 

 

 石塚は、江ノ島での彩人の言葉を思い出した。

 

『気づかない方がどうかしている』

 

 なるほど。まあ、特に隠していたわけでもないし、バレるよな、と思った。

 石塚自身にも予想外なことに、妙に落ち着いた気持だった。

 今日、告白するつもりで覚悟を決めていた、というのもあるが、

 

(好意が伝わってたってのが、なんか少し、嬉しいかもしれない)

 

 自分の想いが届いていないわけではなかった。そう思うと少し報われた気がする。

 そんなことを考えていた石塚の沈黙をぼっちは

 

(あ、呆れられてる!?)

 

 と誤解。一気に血の気が引く。

 

「ごごごごめんなさい!その!思い上がってました!

 そうですよね!私なんて棘皮動物以下のナマコ女子が石塚君みたいなイケてるバンド男子から好かれてるとか、そんなの妄想の中だけにしておけって話ですよね!

 すみません!今から入水して頭冷やして―――」

「うん。好きだよ」

 

 海に還ろうと柵に手をかけた自称ナマコ女子に、石塚が言った。

 

「石塚太吾は、後藤ひとりのことを好きです」

 

 まっすぐに、少女の目を見て、少年が言った。

 少女は、乗り越えかけていた策から手を放し、ふらふらとベンチに戻って腰を掛けて

 

「は、はい、その、はい」

 

 顔を赤くしてか細い声で言う。

 その隣に、少年も腰を掛けた。間には、一人分程のスペース。

 

 顔を赤くして俯いて座る少女。

 同じく顔を赤くして、遠くを見るように顔を上げて座る少年。

 

 列車の音。波の音。車の音。遠くの喧騒。

 

 無言を終わらせたのは少女だ。

 

「あ、あの。い、今からすごく、自分に都合のいいこと、言います」

「うん」

「その!ひょっとしたらすごく不快に思ったり、怒ったりするかもしれないですけど、さ、最後まで聞いてください」

「うん」

 

 静かにうなずく少年。

 少女は呼吸を落ち着かせてから

 

「……わからないん、です。恋とかそういうの」

 

 それは、歌の内容そのままだ

 

「私、高校まで独りぼっちで、友達も、家族以外に話す人とかも、いなくて。

 高校になって、虹夏ちゃんに声をかけてもらって、リョウさんや、喜多さん、結束バンドのみんなが、友達ができて、すごく楽しかったんです。

 それに、石塚君とも話すようになって、やっぱり楽しかったんです」

「俺も?」

「はい。石塚君は優しくて、頼りになって、話も聞いてくれて、その、話しやすくて、一緒にいて楽しいだけじゃなくて、安心できて……えっと、何言ってんだろ私?と、にかくそんな感じなんです!」

「えと、うん。嬉しいよ、ありがとう」

「あ、いえ、こちらこそ?―――えっと、どこまで言ったっけ?えっと……」

 

 少女は混乱気味になって言葉を探す。どうにか話したいことを改めてまとめるのに、大分時間がかかってしまった。

 そのことで、少年が苛立ったりしてないかと思って隣を盗み見る。

 少年は変わらず穏やかな表情で、少女を待っている。

 

「やっぱり、石塚君は優しい、ですね」

「誰にでもじゃないよ。後藤にだけ、特別」

「特別、ですか」

「どうしたの?」

「……私、分からないんです。石塚君が特別なのか」

 

 悲し気に、不甲斐なさそうに少女は言う。

 

「好きな人って、その人にとって、特別な人ってことですよね。

 石塚君のことは、確かに好きなんだと思います。けどそれが恋なのか、特別な“好き”なのか、分からないんです」

 

 虹夏と話す時も安心する。喜多と話す時も楽しい。リョウも――たまに変な言動はあるが――頼りになる。

 

「みんなへの“好き”と石塚君への“好き”が、同じなのか、違うのか分からないんです」

 

 ギターを始めた時と同じだ。

 最初は他の人の演奏を聴いても、表現の違いどころか、上手いか下手かすらよくわからなかった。

 色んな曲を聞き、自分も弾くようになり、ようやく微細な音色の違いが分かるようになってきた。

 

 自分の心の琴線が鳴らす音の種類が、少女にはわからない。

 

「だから、今の私に、石塚君の気持ちに答えることが、できないんです」

 

 セッションと同じだ。送られた音に、正しい音を返さねば不協和音になる。

 

「友達としか見れないってことか?」

「ち、違くて!その!最近は、ちょっと違うかもって思って、けどよくわからなくて、だけど!えっとっ!じ、時間が欲しいんです!」

 

 それは身勝手な提案だった。

 全身全霊の、本気の少年の告白に、保留という返事を返す。

 少女は思う。

 何て自分は酷い奴なのだろう。なんて無様なんだろう。

 だがだからこそ、せめてもの誠意として、今の自分に言える精一杯を言おう。

 そう思い、か細い声を張り上げて、少女は言う。

 

「私は、まだ恋とか愛とかわからないけど!もしっ、もし恋をするなら、石塚君がいい!だから、待っててください!」

 

 それが、今の少女の精一杯。

 

 

 文化祭のライブの時のような、自分の呼吸しか聞こえない時間。

 長かったような、短かったような、そんな間をおいて、少年は、石塚は言った。

 

 

「分かった。待つよ」

「え?……い、いいんですか?」

「うん。待って欲しいんでしょ?なら、待つ」

 

 信じられない、という風なぼっちの確認の言葉に、石塚は再度頷いて

 

「まだ俺は、後藤のこと、好きでいていいんだよな?」

「あ、はい、そのす、好きでいてくれていいです

 

 消え入りそうな声でいうぼっちに、石塚は小さく笑って

 

「じゃあ、今まで通りだ」

「……はい」

 

 まただ、とぼっちは思う。

 また名前も知らない感情が胸に去来する。

 この感情が恋ならばいいと思う。けれどその感情はまだ小さくて、良くわからなくて、そうだと言い切る確証も勇気も持つことができない。

 

(けど、いつか……)

 

 もし、この感情が本当に恋とか愛とかいうものだったのなら

 

(私から、好きですって言おう)

 

 そう、ぼっちは心に誓った。

 そんな風に思いを巡らしているところに、石塚が

 

「後藤、それで、今日のデートなんだけど……」

「あっ、はい!そのことについてなんですが、もう一つ、言わなくちゃならないことが……!」

「何?」

「あのです、その、お恥ずかしい話なのですが……」

 

 ぼっちは、気まずそうな愛想笑いを浮かべながら

 

「実は―――緊張し過ぎて、今、腰が抜けてまして……ちょっと、待ってもらえませんか?」

 

 ああ、なんて締まらない!今すぐ精神諸共消滅したい!

 そんな風に思うぼっちに、石塚は

 

「そっか、後藤もか」

「え?」

「実は俺も、緊張し過ぎて足が震えて、しばらく立てそうにないんだ」

 

 少し気恥し気にそう言った。

 

 

 

 見つめ合うこと数秒後、どちらともなく、二人は笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 結局、デートの予定はすべて白紙。

 二人は日が暮れるまでの2時間余り、ベンチに座って過ごした。

 少しおしゃべりしたり、ぼっちがギターを弾いてみたり、石塚にギターを持たせてちょっと練習してみたり、あるいはただ無言で海を眺めてみたり。

 

「二人でベンチに腰掛けてデート終了とか、おじいちゃんおばあちゃんの熟年夫婦か!?」

 

 デートの報告をした二人は、それぞれ虹夏と頼光に同じツッコミを喰らったが、当人的には不満のないデートの内容だった。

 

 

 

 

 

 そして―――

 

 

 

 

 

「次のライブ、がんばろ」

「次のライブ、がんばるか」

 

 ろっきんがーると、それに恋する少年は、今日も音楽を奏でるのだった。

 

 

 

 

 第一部 完




 というわけで、ろっきんがーるに恋する男子、とりあえずは第一部完とさせていただきます。
 原作はこの後もまだ続いていますが、とりあえず第二期を待つ感じで。
 外伝的な話は投下するかもしれませんが、間隔はだいぶ空くことになります。
 気が向いたら、お気に入り登録してお待ちいただければ幸いです。


 ではアニメ二期と、またお会いできる日を楽しみにしつつ、お別れしたいと思います。またいつか!


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Extra Edition
Extra Edition 1 天海恭弥と伊地知星歌 クリスマス編


ウェェェェイ!メリークリスマース!
良い子悪い子普通の子!みんなに等しくプレゼント!
さて、来週のぼざろも楽しみだなあ!(現実逃避)


 ミニツリーとちょっとした飾り付け。

 チキンをメインにした食卓。付け合わせはクリームシチューとパン。

 ナッツやレーズンの入ったパウンドケーキは自家製だ。

 

「料理はちょっと待ってて。今、サラダを仕上げるから。お皿のおつまみと、あとお酒はもう開けててもイイよ」

 

 台所ではエプロン姿の恭弥が、ブロッコリーの温菜サラダに、温泉卵と粉チーズをトッピングしている。

 

「おー」

 

 ぼーっとした頭のまま、言われるがままにソファに座っていた星歌は、テーブルに置かれたビールを手に取る。

 良く冷えたビール缶がカシュッっと音を立てる。

 口に運び、一口煽る。

 

「美味い」

 

 ホップの苦みを旨味と感じるようになったのはいつの頃からだったか。

 そんなことを思いながら、テーブルの上に置かれたおつまみの皿に手を伸ばす。

 小皿にはリンゴとチーズのカナッペ(薄切りのパンに食材を乗せたおつまみ)。そこにはちみつが少しと粗びきのコショウがパラり。

 もちろんこれも恭弥の手製。初見の時はこの組み合わせを、ゲテモノか何かと思っていたが

 

「美味い」

 

 口に運ぶ。チーズとリンゴをはちみつの甘味とパンの風味が受け止め、粗びきコショウが噛み砕かれるたびにアクセントをつける。リンゴが甘すぎないのがいい。

 その旨味を流し込むようにビールを煽る。

 ぐっと一気に500㏄缶の半分を飲み干し。

 

「ふぅ……」

 

 一息ついた星歌は

 

(って、ダメだろ私ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいっ!)

 

 顔を覆って、俯いた。

 

 

 

 

 

 

 伊地知星歌。戸籍上の名前は天海星歌。

 結婚1年目の誕生日にしてクリスマス。

 すっかり、仕事に疲れて家事を何もしないお父さん状態であった。

 

 

 

 

 

 

 

 28歳の夏。天海恭弥と伊地知星歌は籍を入れた。

 

 恭弥とは子供の頃から一緒で、いろいろあって、ずっと一緒にいると決めた相手だ。別に結婚が嫌とかではないが、いざ改まってそういう風に関係を改めるとなるとなんだか照れ臭く、煩わしい感じがしてそのままにしていた。

 それが入籍に踏み切った理由は、

 

「去年は私の受験で忙しいってのを言い訳にしてたけど、来年になったら今度はライブハウス言い訳にして結婚先延ばしにするでしょ?」

 

 という虹夏の指摘と、

 

「俺は、星歌に合わせるよ」

 

 と口では言いながら、全身からしょんぼりしたオーラを放つ恭弥に負けて、観念した。

 書類の提出と、家族だけでちょっとしたパーティを開いただけの地味婚でも感極まって少し泣いてしまったわけだが、それは兎も角。

 

 

 結婚してからも、生活はあまり変わらなかった。

 ライブハウス、STARRYの開店予定は春先であり、準備すればするほど増える仕事に星歌は追われていた。

 恭弥は恭弥で入社2年目で飛ばされた先の海外で妙にウケが良かったらしく、

 

「GOOD!GOODダヨ!ヨシュア!次はトロピカルな国、GOしてミヨーカ!」

 

 と、海外業務マネージャーからの強烈な後押しで、2年の予定だった海外派遣を、派遣先を変えて2年追加された。

 一応出世して、同期の中では出世頭とされているらしいが、送られてくる年賀状には同情と心配、そして応援の言葉ばかりが並んでいる。

 夫の人徳を褒めるべきか、余計な苦労を背負いやがってと怒るべきか、微妙なところだ。

 

 さて、そんな多忙な新婚夫婦であったが、

 

「新妻の誕生日で、最初のクリスマスなんです。せめて数日くらいは日本に帰してくれないなら、仕事辞めます」

 

 と、言ったかどうかは不明だが、恭弥が年末に帰国できることとなった。

 

「ったく。今更誕生日って歳でもないつーのに」

 

 唐突な恭弥の帰国予定に、星歌は迷惑に思いつつも、彼の気持ちに応えるべく、クリスマスを空けられるように頑張った。

 ちなみに、その頃虹夏は友人に

 

「お姉ちゃん、お兄ちゃんが帰ってくるって聞いてからやたら機嫌がよくってさあ」

 

 と語っていたらしいが、あくまで虹夏の個人的な見解である。

 

 さて、星歌は頑張ったとは言ったが、頑張りが必ずしも求めるべき結果につながるとは限らない。

 いや、開店に向けての仕事や準備は確かに進んだ。しかしながら、新規開店、新規事業とは、準備をすればするほど新たな準備不足や問題点が見つかるものである。まさに仕事が仕事を呼ぶ状態だ。

 結局、仕事を終えた、というか見切りをつけられたのは、恭弥が帰国する前日、12月22日だった。

 疲労困憊で眠りこけ、再起動を果たしたのが23日。

 まだ疲労が抜けきれず、クリスマスの準備ができてないどころか、やり残しの家事が詰みあがっている家に

 

「ただいま、星歌」

 

 記憶より大分日焼けした恭弥が帰ってきた。

 海外暮らしが長いせいか、妙にハグなどのスキンシップに抵抗がなくなった彼は、そのまま星歌を抱きしめて

 

「ありがとう。俺の為に頑張ってくれて」

 

 その後のことは、よく覚えていない。

 別にお前のために頑張ったわけじゃねえ、と悪態をついたのか、それとも泣きながら甘えたのか?

 どちらだったかのような気もするし、全く別のことを言ったような気もする。

 ただ気が付けば、星歌はベッドの上で、日付は12月24日の夕方。

 起きてみれば、すっかりクリスマスの準備が整った見慣れた我が家、という塩梅である。

 

 

 

 

 

 

「虹夏は?」

「友達の家に泊まるって。

 あ、クリスマスプレゼントは、ほら、ツリーの下にあるヌイグルミ」

「ったく。余計な気、使いやがって」

 

 恭弥特性クリスマスディナーを終え、二人は少し高めのワインを傾けていた。

 BGMは―――ロック。

 

「私は好きだからいいけど、もっとムードある奴じゃなくていいのか」

「俺もロックは好きだし、いいよ」

「けど、こんなちゃんと用意してくれたのに……」

 

 恭弥とて、慣れない海外で、半ば強引に昇進させられ、忙しい日々を送っている中で、なんとか時間をやりくりして休暇をとったはずなのだ。その上で、こんなにもキッチリとクリスマスの準備をしてくれた。自分はぼさっと寝ていただけなのに。

 そんな星歌の気持ちを察したのか、恭弥はちょっと困ったような笑顔で

 

「そんなこと気にしなくていいのに」

「そんなことじゃねえだろ。お前がせっかく準備したのに」

「そう思うなら、もっと楽しんで、というか、甘えて欲しいかな。星歌の世話を焼くのが、俺にとっては趣味みたいなもんだし」

「やめろ!甘やかすな!私が廣井みたいになったらどうすんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくしょん!うー、冷える冷える。おにころおにころ~」

「酒は血管を拡張するのでむしろ体を冷やすぞ。ほら、マフラーを貸すからこっちに寄れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはそれで、面倒を見る甲斐があって楽しそうだね」

「処置なしだな、お前」

 

 肩を竦めてソファに身を沈める。

 

「改めて、お前には迷惑っていうか、世話になりっぱなしだったな」

「そうでもないよ。中学に上がるくらいまでは、星歌にずっと守ってもらって、引っ張ってもらってばかりだったし」

「そうだっけか?……そうだったな」

 

 思い出すのは、小さい頃の記憶だ。

 後ろに引っ付いてくる子分みたいに思っていた恭弥が、中学になり、音楽を初めてからは隣に立つ相棒になった。

 それが一度喧嘩別れ―――いや、喧嘩したのは自分だけだが―――ともかく一度道を別れて、再会して、助けてもらって、分かり合って、想いを通わせて、そして……。

 

 そんなことを思ってたら、ふと、こんなことを思った。

 

「もしさ、バンドやめてなかったら、どうなってたろうな」

「バンド、ってリナさん達との」

「そ。ライブハウスじゃなくて、ライブそのものを虹夏の居場所にしてやる、って感じでバンド続けてたら、今頃どんな感じだったかな、って」

「んー」

 

 恭弥は少し考えて

 

「やっぱり、今日はライブしてたんじゃない?

 伊地知星歌、バースデーライブ!って感じで。で、その最前列に、俺と虹夏ちゃんが陣取って、団扇や横断幕掲げてると思う」

「ハハハ、ちょっと見たかったかもな!」

「フフフッ……じゃあさ、もし俺が、高校の頃、マネージャーやめないで頑張ってたら、どうなってたろ?」

「あん?そうだな……。きっと、バースデーライブの会場は、ニューヨークだったな」

「買い被りすぎじゃないかな」

「いやいや!行けたって!それじゃあさ―――」

 

 二人は、いろんなIFを語り合った。

 

 例えば、恭弥も音楽をやっていたら。

 例えば、星歌が音楽を始めなかったら。

 例えば、二人の性別が逆だったら。

 例えば、二人とも同じ性別だったら。

 例えば、虹夏の方が姉だったら

 例えば―――

 

「―――例えばさ、私がお前と出会ってなかったら、どうなってたろ?」

「……案外、あんまり変わらないかもよ」

「そうか?」

「そうだよ。俺は確かに、星歌と一緒にいたけど、大切な所や大切なことは、全部星歌が自分の意志で選んで、自分の意志で成し遂げてきたんだし」

「そうか……そうかもな」

 

 星歌は想像してみる。

 恭弥が隣にいない自分。

 なるほど。確かにあまり変わらなそうだ。

 音楽やって、バンドして、仲間ができて、母さんを失って、虹夏と二人で生きていくと決めて、ライブハウスを作って―――

 

「それはそれで、気楽で楽しそうだな。

 まあクリスマスは廣井あたりとヤケ酒のんでそうだけど」

「いや、きっと虹夏ちゃんがクリスマスパーティー開いてくれてると思うよ」

「そうか?」

 

 不意にイメージが脳裏をよぎった。

 虹夏と、彼女が集めたバンドメンバーが、いずれ作る星歌のライブハウスで、クリスマスパーティを開く。廣井も乱入してくるかもしれない。プレゼントは期限切れのスタンプカードとかだろう。

 グダグダで、騒がしくて、温かいイメージ。

 だが……

 

「それは、お前がいなかった世界の私に譲るさ」

「いいの?」

「ああ―――ここにいる私は、お前がいい」

「ありがとう、星歌」

 

 

 そう言って恋人達は寄り添った。

 ロックミュージックに包まれながら、聖なる夜は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 おしまい




二次創作世界も原作世界も、みんな幸せになればいい



 天海恭弥のキャラは、割と概要は決まってましたが、輪郭が決定的になったのは単行本5巻、キララMAX1月号掲載の“星に手向けるあいの花”を読んでから。
 素晴らしい過去エピソードに感動しつつも 『この完璧な姉妹の関係に男挟まなくちゃならねえのか、オラ、ワクワクしてきたぞ(強がり)』と思いつつ、構想、執筆した次第です。
 アンケの結果を見る限り、読者の皆様にはおおむね受け入れていただけたようで安心しています。

 なお名前の由来は、苗字の天海は、星歌に合わせて綺麗になるようにというチョイス。
 名前の恭弥は、星歌の誕生日が12月25日のクリスマスであることから、
 1.イエス→ヨシュア→よしや→恭弥 という連想
 2.イエスの誕生日に対抗して仏陀の誕生日(花祭り)4月8日→48→よしや
 というダブルミーニングだったりします。


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Extra Edition 2 高清水律志と廣井きくり early days

お久しぶりです。
難産で放置してたのを、深酒日記できくり成分補充しつつどうにか完成。
過去の投稿を修正しながらボチボチと書いていければな、と思います。
映画までにはもう何本か上げたいなあ。

あと、外伝的な位置にあるExtra Editionをまとめて、章立てを少し変更しました


 ぼっちは、自身の展望の甘さを呪いながら、御茶ノ水の路地裏で息絶えようとしていた。

 死因はキラキラの青春を過剰に浴びたことによる精神的なダメージだ。

 

 御茶ノ水。音楽の街であると同時に、日本屈指の学生街。名門大学や塾、予備校が軒を連ね、そこに通う学生をターゲットとしたおしゃれな店が構えている。

 通り過ぎる若者達はそれぞれの青春を謳歌して、きらきらと輝きながら今を生きている。

 ああ、素晴らしきかな青春の街、御茶ノ水。

 だがそこは、ぼっちのような青春コンプレックスを拗らせた者にとっては、金星の地表並みに過酷な環境である。

 通り過ぎる若者達が醸し出す空気は、さながら高温高圧の金星の大気。ぼっちのインスタント味噌汁に入ってる豆腐のごとき、ちっぽけで柔な精神を跡形もなく焼き潰そうとしていた。

 

(ぁぁ……調子に乗って一人で楽器屋さんに行くんじゃなかった)

 

 次のライブが決まったので、弦やら小物やらをいくつか買うついでに、楽器屋の店長さんにチケットをプレゼントしようと思い、一人で御茶ノ水へ。

 バンドのメンバーも誘おうかと思ったが

 

「まあ、一人でも大丈夫だよね。一度行った場所だし、みんなも忙しそうだし」

 

 と考えた自分が甘かった。

 どこかの大学のオープンキャンパスか文化祭が重なったのか、前に来た時とは比べ物にならない人の群。しかもこちらは後藤ひとりがぼっちで一人。

 

「ひぃっ」

 

 見知らぬお洒落な感じの街で、ひとりぼっち東京。

 思わず人気のない裏路地に隠れようと小道に入ったはいいが、

 

「ひ、人が、陽のオーラを纏った人がいっぱい……!」

 

 逃げられない。現実は非常である。

 それでもどうにか人気のない場所を見つけ逃げ込んだぼっちだが、しかしすでに精神は擦り切れる寸前。出るに出られず立ち往生ならぬ丸まり往生。

 

(もう駄目だぁ……)

 

 などと悲観していると

 

「あれ~?ぼっちちゃんじゃん?」

 

 聞きなれた声に顔を上げると、

 

「お、お姉さん……」

「どしたぁ?」

 

 首をかしげる廣井に、ぼっちは涙目で縋ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廣井がぼっちを引っ張っていった先は、以前エルビスサンドを食べたレコード喫茶だった。

 そこで待っていたのは、

 

「後藤君か?」

 

 と、バーテンダースタイルの高清水律志―――EXoutの店長だった。

 

「マスターは今、紅茶の仕入れで遠出していてな。臨時で俺ときくりが入っている」

「うううっ、借金の方に無理やり働かさせられてるんだよぉ、酒もなしによぉ~」

 

 きくりも店の奥から着替えて出てきた。彼女も蝶ネクタイにワイシャツのバーテンダースタイル。ただしエプロン付きである。

 

「カクテルの練習と称して、大分飲んでいた気がするが?」

 

 律志の言葉にぼっちは鼻を鳴らす。いつもほどではないが、確かにきくりから酒精が薫る。

 

「こんなのでまともに仕事できるのかな?」

 

 と、思わずつぶやいたぼっちに、きくりは

 

「ほい。おごり」

 

 数分後、皿を差し出してきた。上に載っているのはホットサンド。以前この店で出されたエルビスサンドだ。

 いただきますと手に取り一口齧れば

 

「あっ、おいしいです」

「へっへーん、そうでしょ?」

「腹立たしく口惜しく信じ難いことだが、マスターの味を再現できるのはこいつだけでな」

「ここでバイトしてた時に覚えたんだよぉ。昔取った杵柄って奴?」

「昔……あっ、お、お姉さんもアルバイトしてたんですか?」

「そだよー!私にも、今のぼっちちゃんみたいな苦しい売れなかった時代があったのさぁ。

 で、その時にバイトしてたのがここ!りっくんもいたよね」

「ああ。ここの他、いくつか掛け持ちしていたがな」

「昔……」

 

 そういえば、昔は私と同じだったって、お姉さん言ってたな。

 と、ぼっちは当時の光景をなんとなく想像しようとする。だが、目の前の大人達が自分らと同じくらいの年齢の頃にどうしてたかなど、どうにも想像がつかない。

 

「あっ、気になる気になる?私とりっくんの馴れ初めとか!」

「えっ、あ、えっと……す、少し……」

「そっかそっか!じゃあ語って進ぜよ~う」

「……客が来るまでだぞ」

 

 隣に座って楽し気に言う廣井と、黙ってグラスを磨き始める律志。

 店内には、ローテンポなカントリーソングが流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月。ゴールデンウィークに入って、廣井きくりはようやくそのことに気付いた。

 大学デビューとは能動的な行いであり、つまり自分から何かしなくてはいけないのだと。

 

 大学に行けば、何か変わると思っていた。

 キラキラのキャンパスライフ。未来への希望や様々な出会いに満ち溢れた大学生活。

 教室の隅で俯いて時間が過ぎるのを待っていた高校生活はすべて過去になり、新しい自分が待っている。

 

 そんなのは、甘い夢想だった。

 

 授業を選択して受けるようになり、学級というものが無くなった。その結果、『会う人』の数は格段に増えたが、つながりは高校までと比べ圧倒的に希薄になる。意識して交友を持とうとしなければ、高校までよりも深刻なお一人様と化す。

 サークルに入ればまた違ったのかもしれないが、生来の根暗な性根から、今日こそは明日こそはと思って踏み出せないうちに、もう五月。サークルの勧誘も終わり、いまさらどこかに入ろうなど、とてもではないが不可能だ。

 

「このまま単位とって卒業して就職して……」

 

 結婚はできるだろうか?いや、無理かなあ。根暗の陰キャだしなあ。

 廣井は想像する。社会人になり、おばさんになり、老人となり、そして死ぬ。そんな人生を。

 想像は容易だった。その容易さにこそ絶望した。

 

「つまんない」

 

 簡単に想像できてしまうつまらない人生。

 心に降り積もる絶望感と焦燥感。

 

 そんな時、たまたまテレビでそれを見た。

 ロックバンドだ。

 キラキラして、派手で、刺激的で、自分とは真逆の生き方。

 

「これだ……!」

 

 突発的に、廣井は家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「こうして!私はロックを始めたんだ~……って簡単にはいかなくてさぁ」

「ど、どうなったんですか?」

「決まってんじゃん!練習にくじけるどころか、楽器店に入ることすらできず挫折しかけたのさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっぱり無理だぁ……」

 

 御茶ノ水の楽器店の前に、不審な女性がいた。廣井だ。スマホで楽器店と調べて出てきた御茶ノ水のお店。その店先で、柱の陰に身を隠しながら店の中を伺っていた。

 意気込んで家から出た彼女だったが、その熱量は既に半減していた。

 それでも自分を鼓舞して店に入った時だった。

 店員と遭遇した。

 

「……いらっしゃいませー」

 

 金髪の女。鋭い目つき。低めの不機嫌そうな(廣井主観)な声。

 

「マチガエマシタ」

 

 回れ右をして即離脱。

 仕方がないじゃない。怖いんだもの。

 だがそのまま家には逃げ帰らなかった。バンドをやろうという熱量は半減したが、つまりまだ半分は燻っている。

 

 このまま逃げ帰れば、待っているのはつまんない人生。

 生きるべきか、生かざるべきか。そんな風に思いつめながら、店の前をウロウロしていると

 

「あの」

 

 と、後ろから声をかけられた。

 

「うひぃぃぃぃっ!」

 

 驚いて、物理的に30センチほど飛び上がった。

 

「ごごごごめんなさい!あああ怪しい者じゃないです!ちょちょちょちょっと、バンドとか初めてみたいと思ったりなんかしちゃったりしてすみません私みたいなこんな根暗が―――」

「……廣井か?」

「はへ?」

 

 自分の名前を呼ばれて、彼女は初めて自分の名前を呼んだ人物を見た。

 

「あ、え、えっと、た、高清水、くん?」

「……何をしてる?」

 

 不審そうな仏頂面で、高清水律志が廣井きくりを見下ろしていた。

 

 陰キャにも二種類いる。派手な陰キャと地味な陰キャだ。律志は前者、廣井は後者だ。

 地味な陰キャとは、クラスの隅っこで縮こまっている、目立たないか、あるいは目立つ時も悪目立ちするような者を指す。

 他方、派手な陰キャとは、いわゆるクールな一匹狼のことだ。誰ともつるまず、堂々として、周りからも一目置かれている。そんな漫画の主人公キャラみたいな奴。

 

 自分とは似ているようで全く別の生き物だ。

 

 偶然にも三年間、同じクラスだった廣井は、教室の隅から反対側の隅に陣取る律志を、そんな風に見ていた。

 

(それが何でこんなところに!?)

 

 混乱してあわあわするだけの廣井。問いの答えが返ってこない律志は小さくため息をついて

 

「……俺はここでバイトしている。おま―――君は客か?」

「ひえっ?あ、え、えっと!?」

 

 違います!と反射的に答えそうになった廣井だが、寸前でその言葉を飲み込んだ。

 

(これが最後のチャンスだ)

 

 そう思ったのだ。

 ほとんど交流がなかったとはいえ、ギリギリ面識のある相手が、偶然にも楽器店の店員。

 こんな絶好球を逃したら、もう自分みたいな根暗が楽器店に、バンドの世界に飛び込むことなどできはしないだろう。

 だから

 

「あ、あ、あの、バ、バ、バ―――バンド!してみたいんです!」

 

 清水の舞台から飛び降りる覚悟で、廣井は叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな感じの出会い、っていうか再会だったわけよ」

「実は大学は同じだったが、学部は違ったし、お互い同じところに進学してたのは知らなかったからな。このことがなければそのまま顔をあわせることもなかったろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 高清水の背中に引っ付くように店内へ。

 そのまま店内に置かれたソファに案内され腰掛ける。

 

「伊地知サン、お客様対応入ります」

「おう。……ぷぷっ」

「なぜ笑う」

「いや、お前がまともに丁寧語使うのがいまだに時々ツボにはまる」

「張っ倒すぞアホ毛女」

 

 高清水と、最初に入店しようとした時に見掛けた怖い女店員が会話しているのが見えた。

 途中から律志の口調が荒くなり、

 

(そう言えば、口調、少し違う?)

 

 滅多に、というか直接口を効いたことすらあったかどうかという間柄だが、何となく、高校の頃はもっと口調が荒かったような気がした。

 記憶違いかそれとも……

 

「待たせた」

「ふひぅっ!?」

 

 考えにふけっていた廣井は、唐突にかけられた声に思わず変な声を上げた。

 唐突、というのはあくまで廣井の主観で、律志としては普通に声をかけただけだったのだが。

 

「どうした?」

「いいいいえいえ!な、何でもないです!」

 

 変な声聞かれた!と、動揺しつつも、どうにか居住まいを直す廣井。

 少し首を傾げた律志だが、追求しても仕方がないと思ったか、何事もなかったかのように

 

「それで、バンドを始めたい――だったな?」

「は、はい!」

「楽器は?どれがいい」

「え、えと、ギターと太鼓?のどっちか、ってことですよね?」

「……軍資金はどれだけ持ってきた?」

「えっ、えっと、4万ちょい」

「調べた上でか?」

「あ、いえ、その何となく」

「ということは、バンドを始めようと思ったのも大分唐突だったわけだな」

「……はい」

 

 話すにつれて、段々と廣井の肩が窄んでいった。見通しが甘い、考えが甘い。そんな風に叱られているかのように感じたからだ。

 

(やっぱり、私になんか無理だ)

 

 心のうちに、弱気な自分が頭をもたげる。

 

「―――廣井?」

「えッ―――あっはい!すみません!」

 

 暗い思考に捕らわれていた廣井は慌てて顔を上げる。

 ああ、私は何てダメな奴だろう。親身にしてくれている彼を前に別のことを考えて無視するなんて。

 

(私が音楽なんて・・・・・)

 

 やっぱりやめます、と言おうとした、その一瞬前だった、

 

「わかった」

 

 そう言った律志が、廣井の手を握った。

 

「ひょぇっ?」

 

 いきなりの異性との接触に変な声を挙げた廣井に

 

「まずはバイトだな」

「―――えっ?」

 

 

 

 

 

 その30分後。

 

「というわけでマスター。新しいバイトです。探してきました」

「おや、今朝言ったばかりなのに。流石高清水君、仕事が早いね」

「え?……えっ、ええ……?」

 

 戸惑うままに、廣井は律志に引っ張られ、近くの喫茶店にやってきていた。

 場所は、音楽店を出て裏路地に入ったすぐそこ。

 ややレトロな店構えの、お洒落な喫茶店である。

 

「あの、これは一体……」

「廣井、結論から言うと、君は資金が足らない」

「……へ?」

 

 廣井の問いに、ウェイタースーツに着替えた律志が言う。その手には律志が来ている服の女性向け、ちょうど廣井に合ったサイズが持たれていた。

 

「4万円あれば確かにギターやベースの他、アンプなどの小物を含めたスタートセットがギリギリ購入はできる。

 だが―――楽器は、練習や維持のためにも金のかかるものだ」

 

 消耗品はもちろん教本代。住んでる環境次第では練習のための場所代。ずぶの素人で知り合いに楽器ができる人がいない場合はレッスン料もかかることがある。

 

「そういうわけで今後音楽を続けるなら、バイトなりをして資金源を得る必要がある。

 ――確認を忘れていたが、何か現状でバイトの当てなどはあるか?」

「な、ないです」

「なら―――」

 

と言った所で、

 

「あまり強引なのは良くないよ」

 

 横から、声が掛けられた。

 カウンターの向こう。髪に少し白い色が混ざり始めた年齢の男性が、グラスを拭きながら言う。

 この店に入った時に紹介された、ここのマスターだ。

 マスターは廣井をカウンターの席にすわらせ、コーヒーを出してから、

 

「高清水君、君が親切で言っているのは分かるが、押し売りは良くない。

 そこのお嬢さんも困っているじゃないか」

「……すみません、マスター」

「廣井君、だったね?びっくりしたろう。けど、彼も悪気があったわけじゃない。少し親切心が先走ってしまっただけなんだ。許してやってくれないかな?」

「あっ、その、はい」

 

 コーヒーをすすりながら人心地ついた廣井は、改めて周りを見渡す。

 連れてこられた店は、レコード喫茶、と言うものらしい。

 レトロな雰囲気と装飾と、壁に展示されたレコード。そして古ぼけた、だが丁寧に手入れをされているレコードから、アナログ機材独特の音色で、ローテンポの洋楽が流れている。

 

(なんか、かっこいい……)

 

 そんな風にぼおっとしていた廣井に、マスターが話しかけてきた。

 

「どうかな?私の店は」

「あっ、はい、その、か、かっこいいなって思います」

「ははは、若い子にそう言ってもらえるのは嬉しいね。

 ―――それで、ここでバイト、してみるかい?」

「ふへ?」

 

 その話はもう流れたんじゃ?と思う廣井に

 

「人が足りないのは事実だ。個人的に音楽を志す子は応援したいと思ってるのさ」

「マスターはこの店のような喫茶店やライブハウスを持っていて、音楽業界に顔が効いてな。

 音楽をやってる連中の世話を焼いたりしている。

 たまに音楽に関係なく世話を焼くこともあるがな」

「そんな大したもんじゃないさ」

 

 律志の補足に謙遜で応えるマスター。

 ああ、だから音楽を始めようとしてた私を、高清水君はここに連れて来たのか。

 そんな風に思いつつも、廣井は

 

「……けど、私なんかがいいんでしょうか?こんなお洒落なカフェとかでバイトなんて……」

「うん、確かに今は(さま)にはならないかもね」

「ひう」

「けど、何だって、誰だって最初はそんなものさ。

 革靴と同じ。(こな)れるには、(さま)になるのは時間がかかる。

 そして、その為にはまず始めてみないと。

 そう、変わるためには、何か新しいことを始めないと」

 

 廣井はドキッとした。

 まるで、自分を変えたいと思い、ロックを始めようとした自分の心を、見透かされ、背中を押されたような気がしたのだ。

 だが、マスターの人徳のなせる業か、なぜか悪い気はしなかった。

 無言で廣井の言葉を待つマスター。

 廣井はしばし 「あー」 だの 「うぅぅ」 だの言いながら百面相を見せた後

 

「ご、ご迷惑でなければ……!」

 

 そう、頭を下げた時だった。

 

「マスター!おつかれさまでーす」

 

 入り口が開いて、人が来た。

 

「お疲れさま。今日も早いね」

 

 ひょっとして、バイトの先輩になる人かな?

 そう思いながら、廣井は入口の方に目を向ける。

 

 廣井から見て少し年下か、同じくらいの年頃の少女だった。

 ダークカラーを基調にしたパンク風のルージュとアイシャドー。そしてファッション。

 耳はもちろん、顔のあちこちに輝くピアス。

 っていうか、え?あの、舌先、割れてるように見えるんですが?

 

 硬直する廣井の視線の先、少女はマスターに笑顔を向けていたが、廣井に気付くと急に冷たい表情になり

 

「は?何?」

 

 

(あ、無理です。やっぱこのお店でバイトとか無理です)

 

 精神諸共、廣井は崩壊したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、それってひょっとしてPAさん?」

「そそ。いやあ、最初は怖かったなあ」

「結局、崩壊したきくりをかき集めて再起動して、もう一度バイトに前向きにさせるまで小一時間かかったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、なんやかんやあって、結局はマスターの店でバイトすることになった廣井だったが

 

「今日はもう遅いし、具体的な条件とかは後日改めて話そう。高清水君、送ってあげなさい」

 

 ということになった。

 御茶ノ水駅から電車に乗る。聞けば住まいは割と近いようだ。

 

「ううう……あの子と上手くやっていける自信がない……」

「安心しろ。あいつ―――彼女は基本的に温厚だ。君がマスターに色目を使わない限りは」

 

 そんな風に、取り留めない会話を続けていた中、不意に廣井が訊ねた。

 

「あの、高清水君」

「なんだ?」

「どうして、ここまで親切にしてくれるんですか?」

 

 不思議だった。

 高校の頃の律志は、基本的に他人と関わろうとしていなかった。それがどうして

 

「どうして、こんなに、バイトのことまでお世話したり、してくれたんですか?」

 

 そのことが気になった。

 律志は、僅かに迷ってから

 

「……変わりたいと思ったんだ」

「え?」

 

 自分と同じ?それはどういうことだろうか?

 続く言葉を待つ廣井に、律志は逆に問いかけた。

 

「マスターを、どう思った?」

「え?あ、えっと、その……カッコいいな、って」

「そうだろ?―――俺も、ああなりたいな、って思った」

 

 律志とマスターとの出会いは、高校1年の冬だったという。

 

「その頃、まあ、知ってると思うが、俺は一丁前に荒れててな」

「あ、はい。なんか、停学とかになってた気が……」

 

 1年の頃の律志は、本当に荒れていた。

 成績はトップクラス、特に数学は断トツのトップだったが、素行が悪かった。

 ケンカで停学になり、学校中で話題になったこともあった。

 

「まあ、その後も懲りずにいろいろ悪さをしていたんだが、ある時、マスターに拾われた」

 

 喧嘩でボロボロになったところを、助けてもらった。

 最初はあの余裕溢れる態度が鼻についたが

 

「何かと世話を焼かれるようになってな。―――気づいたら、ああなりたいな、と思うようになった」

 

 余裕があって、鷹揚で、物静かで。

 他人を拒絶し、遠ざけて、畏れられるのではなく、助けて、世話を焼いて、慕われる。

 そんな生き方をしたいな、と思った。

 

「だからまあ、その為に口調を変えてみたり、マスターに倣って、おま――君の世話を焼いてみたりしてるんだが……」

 

 律志は自嘲しながら

 

「付け焼刃にすらならないようなあの(さま)だ。

 ――すまなかったな。バイトのこと。身勝手に巻き込んだ」

「い、いえ!その!結果的には良かったと思いますし!き、気にしないでください!

 ……けど、ちょっと意外です」

「何がだ?」

「……高清水君みたいな人でも、私なんかみたいなのと同じようなこと、思ったりしてるんですね」

「同じ?」

「私も、変わりたくて、音楽始めようって思ったんです」

 

 つまらない自分、つらない人生。

 それを変えたかった。変えたいと思った。

 だからロックを、志した。

 

「なるほど、似た者同士か」

「はい」

「―――では、取引、と言うのはどうだ?」

「へ?」

「俺は君に、そうだな。最初のライブが成功するまで手を貸す。

 俺にとっては、マスターのように他人に世話を焼く練習になり、初心者の君は、一応音楽界隈に詳しいサポート役をえられる。

 どちらにも損はない話だ」

「い、いいんですか?」

 

 自分にとってあまりに都合の良い話に思え、遠慮する廣井。だがその一方で、これだけおいしい話を蹴るなてとんでもない、と囁く自分もいる。

 

「ダメか?」

「い、いえ、その……よ、よろしくお願いします」

 

 少し悩んだ後、廣井は律志が差し出した手を、握ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去話が一区切りした後、廣井はぼっちを駅まで見送った。

 

「こ、今度、続き、聞かせてください」

「お?ぼっちちゃん、気になるぅ?石塚君との関係の参考にするのかなぁ?」

「あっ!う、い、いえ!その……!」

 

 顔を赤くしたり青くしたりと、いろいろ忙しいぼっちは、電車に乗って去っていった。

 廣井が店に戻った頃には、まだ客は入ってなかった。

 

「見事に閑古鳥が鳴いてるねえ」

「とはいえ、もうすぐ混む時間だろう」

 

 もう夕方。直に仕事上がりの常連達が入ってくるだろう。

 それを待ちながらグラスを磨く律志と、カウンターに頬杖をつく廣井。

 

 不意に、廣井の脳裏に、昔の光景がフラッシュバックする。

 ああ、そう言えば、ここでバイトを始めたばかりの頃も、こんな風に過ごすことが結構あったな、と。

 

「ねぇ。私ってさ、変われたかな?」

「ああ。君は変わったとも。見る影もない」

「おおん?なんかマイナス評価くらったきがするなあ」

「だが、少なくとも、つまらなそうにはしていないな」

「……うん。まあまあ、楽しいかな」

 

 少し恥ずかし気に、しかしはっきりと言う廣井。

 そちらに目も向けず、グラスを磨く手を止めず、律志はつづけた。

 

「俺は、どうだと思う?」

「んー?りっくんは、あんまり変わってないと思うよ。―――ずっとカッコよくて、頼りになって、優しいまんま」

「自己評価としては全く至らぬ点ばかりと思っているが……まあ、その評価はありがたく受け取っておこう」

 

 そんな風に話していると、ドアベルが鳴る。

 

『いらっしゃいませ』

 

 かつてのように、今日もまた、二人は客を迎えた。

 店内には懐かしいナンバーが流れていた。

 

 

つづく




深酒日記単行本化はよ


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