金城柑菜は勇者である (ソフ)
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キャラ設定等
キャラクター紹介


【4月4日更新】
ストーリーもかなり進んできたので、より詳細な情報を載せることにしました。


◇◇◇メインキャラクター◇◇◇

主要人物について軽くまとめました。

多少のネタバレを含みます。

 

金城柑菜(かなしろかんな)

身長     :151cm

年齢     :14歳

血液型    :O型

誕生日    :7月4日

好きな食べ物 :うどん

 とても明るく元気なムードメーカー。外敵から四国を守る勇者に選ばれ、たった一人で戦うことになる。

 幼い頃の記憶が無く、本人はそのことに何一つ違和感なく生活していたが、勇者になったことを境に自分の生い立ちに疑問を持ち始める。

 

立森鈴風(たちもりすずか)

身長     :157cm

年齢     :14歳

血液型    :B型

誕生日    :6月27日

好きな食べ物 :うどん

 柑菜の親友。誠実な人柄だが、その真面目さ故に行動が空回りしてしまうことも。

 戦闘で身も心もすり減らしていく柑菜を見守ることしかできない自分に耐えきれず、柑菜の巫女を通じて自分も勇者になろうとするが、そのことが思わぬ騒動のトリガーとなってしまう。

 

花折友奈(はなおりゆうな)

身長     :148cm

年齢     :13歳

血液型    :A型

誕生日    :5月13日

好きな食べ物 :うどん

 柑菜の巫女。お淑やかな印象とは裏腹に好奇心旺盛で、他の巫女にはないとある特殊な能力を持つ。

 友奈因子持ちでもあるが、その一点だけで元々身分の低かった花折家が一気にのし上がることになり、それが原因で大きなトラブルを招いてしまう。

 

栗原(くりはら)先生

身長     :160cm

年齢     :???

血液型    :B型

誕生日    :???

好きな食べ物 :???

 勇者の監視・サポート役兼讃州中学校の教師として香川に派遣された大赦の職員。

 勇者とは中立的な関係であるよう求められているが、とある事情からなるべく柑菜たちの味方につきたいと思っている。

 

 

◇◇◇原作キャラクター◇◇◇

ここではストーリー上で直接的/間接的に関わってくる原作キャラを紹介します。

当作品で使う予定の設定を一部載せておきます。

重要なネタバレを含みます。

 

乃木若葉(のぎわかば)

登場作品:『乃木若葉は勇者である』

 西暦時代の勇者。最終決戦後、勇者システム強化の一環として「若葉疑似精霊化計画」を上里ひなたと共同で発案する。

 

上里(うえさと)ひなた

登場作品:『乃木若葉は勇者である』

 西暦時代の巫女。最終決戦後、大赦の堕落を防ぎ、大赦を人々に寄り添った組織にしようとする。大勢の巫女と結託し、神官を虚偽の神託に従わせることで、大赦の決定権を実質的に掌握する。

 

高嶋友奈(たかしまゆうな)

登場作品:『乃木若葉は勇者である』

 西暦時代の勇者。最終決戦中に生体反応が途絶える。後に神樹の一部になったと結論づけられる。

 

古波蔵棗(こはぐらなつめ)

登場作品:『結城友奈は勇者である 花結いのきらめき』

 西暦時代に沖縄で戦った勇者。一部住民を四国へ逃がす。

 



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ストーリー振り返り

ストーリー本編の大まかな流れを纏めました。
最新話が投稿される度に更新します。

※あくまでも時系列順であり投稿順ではないので最後に読むことをお勧めします。


【マークについて】

♡ → 金城柑菜(かなしろかんな)

♤ → 立森鈴風(たちもりすずか)

☆ → 花折友奈(はなおりゆうな)

○ → その他

 

 

◇◇◇西暦時代・神世紀初期◇◇◇

○沖縄県民の避難、掟の原点 [11話]○

 四国は安全だという噂を聞き、一部の沖縄県民は船で四国に避難することに。

 勇者古波蔵棗は皆が沖縄を離れた後も仲良くやっていけるよう、助け合いの精神を忘れてはならないという"掟"を定める。

 過酷な航海の過程で仲間同士の絆は深まり、"掟"は後世に残るほど強固なものに。

 

 

○人は神に学び、神は人に学ぶ [13話]○

 大社は勇者の魂の情報を勇者端末に刻み、当人がその端末にアクセスすることで勇者に直接神樹の加護を与える技術を発明。

 その後高嶋友奈の勇者端末が神樹に吸収されることにより、その技術は神樹の新たな蓄えとなる。

 

 

金城(きんじょう)家の興り [7話]○

 天空恐怖症候群がきっかけの避難民排斥運動を止めるため、上里ひなたは一部の避難民を大赦に迎え入れ、避難民同士で共有されている情報網を駆使して事態の鎮静化を図る。

 その時の功績が認められ、沖縄からの避難民である金城家は大赦内でのし上がることに。

 

 

○若葉擬似精霊化計画 [11話]○

 勇者の心理的サポートを目的とした若葉の擬似精霊を生み出す研究が始まったが、神世紀72年の大規模テロにより計画は頓挫する。

 

 

 

◇◇◇神世紀227〜1話開始前◇◇◇

-----神世紀227年-----

金城柑菜(きんじょうかんな)誕生 [7話]♡

 大赦で金城絢女(きんじょうあやめ)(以下金城(きんじょう))と金城竪吉(きんじょうたつよし)(以下柑菜の父)との間に柑菜が産まれる。

 

 

-----神世紀228年〜数年間-----

☆花折友奈誕生 [7話]☆

 後に友奈因子持ちだということが判明し、それまで地位の低かった花折家は因子持ちを産んだという功績だけで一気に出世することに。

 

 

○♡柑菜の父の暴走 [7話]♡○

 柑菜の父は無名の花折家に歴史ある金城家の地位が脅かされかねないという危機感から、娘を大赦一の巫女に育て上げることで功績を残そうと躍起になる。

 しかし柑菜は過激な修行の強制を嫌がったため、それに苛立った柑菜の父は次第に柑菜に暴力を振るうようになる。

 

 

○♡金城(きんじょう)柑菜は金城(かなしろ)柑菜へ [7話]♡○

 日々エスカレートする父親の暴力から我が子を守るため、金城は讃州市に住む自分と同じ"掟"を持つ宮里(現柑菜の母)に柑菜を預ける。

 この時、柑菜の苗字の読み方が変わる。

 

 

○♡☆記憶喪失 [7話][11話]☆♡○

 一部始終を見ていた巫女の友奈は、友だちである柑菜の幸せを神樹に祈る。

 するとその願いに神樹が思わぬ形で反応し、柑菜の父と柑菜の記憶が一部消されてしまう。

 その後柑菜の父は記憶喪失により大赦を追われて浮浪者となるも、高知で"掟"を持つ同志に助けられる。

 

 

○♡柑菜の今を知る [11話]♡○

 金城は柑菜の父が失踪したことで柑菜を大赦に戻そうとする。

 しかし、柑菜の記憶は消えており、新しい母(宮里)と幸せそうに暮らしていることを知り、娘の幸せを願って今後の世話も彼女にお願いすることに。

 

 

-----神世紀236年 9月-----

♡○交通事故発生 [9話]○♡

 讃州市で交通事故が発生。

 この事故により柑菜を庇って車に轢かれた宮里は車椅子生活を余儀なくされる。

 警察官である鈴風の父はこの事故の処理を担当することになり、そこで初めて柑菜と出会う。

 

 

 

◇◇◇神世紀241年(本編開始)◇◇◇

-----4月-----

○大赦職員、教師になる [1話]○

 大赦職員の栗原は勇者候補の監視兼サポート目的に讃州中学校の教師として大赦から派遣される。

 

 

-----9月末-----

♡金城柑菜が勇者に選ばれる [1話]♡

 柑菜は自分が勇者に選ばれたことを喜んだ。

 柑菜のクラスの担任である栗原はこれを期に柑菜とより積極的に接するように。

 

 

♡☆カンナ先輩 [7話]☆♡

 勇者の巫女として友奈が選ばれ、友奈は柑菜と久しぶりに話せることを楽しみにしていた。

 しかし柑菜は友奈のことを覚えておらず、友奈は柑菜も記憶を失っていることを悟った。

 幼い頃は柑菜をお姉ちゃんと呼んでいた友奈だったが、それ以来先輩と少し距離を置いた呼び方をするようになった。

 

 

♡手作りのお弁当 [2話]♡

 勇者の特訓後に金城の手作り弁当が出されることに。

 栗原は金城に頼まれた通り、誰の手作りかを伏せて柑菜に与え続ける。

 栗原はこれも一つの愛の形ということで納得していた。

 

 

♡勇者になったことを母に報告 [1話][11話]♡

 柑菜は勇者に選ばれたことを嬉々として母(宮里)に報告しに行くが、母は微妙な反応を見せる。

 その時の反応がきっかけで、柑菜は次第に自分が勇者に選ばれた理由や自分の生い立ちに疑問を抱くように。

 

 

-----10月-----

♡☆勇者御記 [3話][8話]☆♡

 柑菜は西暦時代に書かれた勇者御記に興味を持ち、友奈にそれを探すよう頼む。

 友奈は樹海化中でも神樹が張った根の下で自由に動ける能力を使って御記を保管する倉庫に侵入するも、途中で樹海化が解けてバレる。

 

 

☆○若葉擬似精霊化計画成功の予感 [8話][11話]○☆

 友奈は倉庫に侵入した際、御記と一緒に保管されていた西暦勇者の端末のうち1台が青く光っているのを目撃。

 それを乃木に報告し、乃木の指示で端末の解析を行わせた結果、それが乃木若葉の勇者端末であることと同時に若葉擬似精霊化計画の成功を予感させる解析結果が得られた。

 

 

♡記憶を一部取り戻す [11話]♡

 柑菜は特訓中に出されたお弁当に刺さっていた動物のピックがきっかけで記憶の一部を取り戻す。

 それはお使いでシンプルなデザインの弁当用爪楊枝を頼まれた柑菜の父が間違えて買ってきたものの余りであり、大赦の外の世界を知らない当時の柑菜が物珍しさにその一部を宝物扱いしていた思い出のアニマルピックだった。

 

 

♡☆生みの親について知る [3話][11話]☆♡

 その記憶が本物かどうかを母(宮里)に確認したところ、本物だという確信に変わる。

 その後柑菜は友奈に自分の生みの親について尋ね、隠しきれないことを悟った友奈は柑菜に全てを明かす。

 

 

♡♤鈴風、勇者になることを決意 [3話]♤♡

 柑菜は戦闘での苦戦や失われた記憶を知ったことで心身ともに疲弊してきていた。

 そんなある日、バーテックスとの戦闘後に学校に戻る元気がなく、海の見える港で心を落ち着かせていると、学校に戻ってこない柑菜を心配した鈴風が探しに来てくれ、柑菜はその優しさに涙を流した。

 鈴風はいつもとびきり明るい柑菜が弱っていると知り、そんな柑菜を守るため、自分も勇者になることを決意する。

 

 

-----11月-----

♡お母さんいつもありがとう [4話]♡

 柑菜はいつもの特訓後、栗原にお弁当の感謝を親に伝えて欲しいと頼む。

 栗原は柑菜に親について思い出す何かがあったのだと察する。

 

 

♤○鈴風の父、事故に遭う [4話]○♤

 樹海化侵食により現実世界で発生した災害が原因で鈴風の父は重傷を負うことに。

 自分の知らないところで大切な人が傷付くことに恐怖を覚えた鈴風はより一層勇者になりたい気持ちを強める。

 

 

♤私を勇者にしてくださいっ! [4話][5話]♤

 鈴風は徳島にある大赦が管理する巫女の教育施設に侵入し、そこで出会った神官に自分も勇者にしてくれないかと懇願する。

 しかし神官にあっさりと断られ、実りがないまま踵を返す。

 この時偶然近くで話を聞いていた友奈は鈴風の話に共感する。

 

 

♤樹海化に巻き込まれる [4話]♤

 帰路の途中、バーテックスの襲撃が起こり、どういうわけか鈴風も樹海に放り込まれる。

 当然勇者に変身できない鈴風はなす術なく星屑の攻撃を受けてしまう。

 その後駆けつけた柑菜に助けられたが、怪我は深く、しばらくの間入院することになる。

 

 

♤☆友奈との出会い [4話][5話]☆♤

 入院中の病室に友奈がお見舞いに来る。

 友奈は自分に神樹を動かす力があると打ち明け、鈴風の願いが叶うといいなと思ったことで災いを招いたとして謝罪した。

 その話を聞いた鈴風は友奈の力を借りれば勇者になれると考え、友奈に協力を仰いだ。

 最初は乗り気じゃなかった友奈だが、最終的にはそれを承諾し、鈴風が勇者になれるよう大赦に進言した。

 

 

○乃木の奇策 [11話]○

 乃木は友奈が青く光ったと主張していた乃木若葉の勇者端末を次の勇者に使わせようと考えていたが、自分の子には専用の勇者端末を与えたいとするプライドの高い大人たちにそれを断られ続けていた。

 そんな時、勇者になろうと奔走する鈴風の話を聞き、乃木は彼女に乃木若葉の端末を与えてみようと考えた。

 

 

-----12月上旬-----

♤☆祝・勇者化決定! [5話]☆♤

 勇者になれることが正式に決定し、友奈はそれを鈴風に伝える。

 

 

♤♡対立 [5話]♡♤

 鈴風は自分が勇者になれることを柑菜に話したが、柑菜はそれを拒絶する。

 お互いにこれ以上大切な人が傷付くところは見たくないと主張し、折り合いがつかないまま2人の間にどこか気まずい空気が流れるようになる。

 

 

○娘のために、親のために [6話]○

 栗原は鈴風勇者化の話を聞き、その裏で金城も手を引いていたことを看破する。

 金城は柑菜の負担を減らせると考えてその話に乗ったと説明するが、栗原はそれが却って柑菜の負担になっているのではないかと考察を述べる。

 さらに栗原は柑菜は一人で頑張れば金城が大赦内で報われると考えているのではないかとも主張し、一度親子で直接話をしてみるべきだと説得した。

 それを受けて、これまで娘に会うべきではないと考えていた金城だったが、時間のある年末年始に会いに行くことを決心した。

 

 

-----12月15日(日曜日)-----

♤立金花/必ず来る幸福 [8話]♤

 鈴風は勇者端末継承のための準備として大赦に招かれる。

 この時の鈴風は立森, 金城, 花折の3人ならきっと上手くやれると信じてやまなかった。

 

 

♤☆絶望 [8話]☆♤

 大赦に来たついでに友奈に会った鈴風だったが、ちょうどそのタイミングで友奈に神託が下り、それは想像を絶する規模の襲撃を予感させるものだった。

 友奈が柑菜の命も危ないと声を荒らげた次の瞬間鈴風の目の前から友奈が消え、その時鈴風は友奈が樹海化中も動けることを知る。

 しばらくして戻ってきた友奈だったが、その顔は酷く青ざめており、友奈は鈴風に柑菜が戦死したことを伝えた。

 

 

♡金城柑菜の最期 [8話]♡

 柑菜はバーテックスの急襲で致命傷を負う。

 樹海化が解けた後、柑菜は最後の力を振り絞って鈴風が柑菜を心配して迎えにきてくれた思い出の港へと足を運ぼうとしたが、その道中で息絶える。

 

 

-----12月16日-----

♤姫立金花/あなたに会える幸せ [9話]♤

 柑菜の死の翌日、鈴風は柑菜の死の間際、自分に会いたがっていたことを知る。

 もう柑菜の元気な笑顔を見られないことを実感すると、自室にこもって涙を流した。

 

 

○大赦会議 [9話]○

 勇者の空席を早急に埋めるべく、予定を前倒しして翌日鈴風に勇者端末を与えることが決定される。

 これにより鈴風は正式に勇者と認められることになる。

 

 

☆友奈の拘束 [10話]☆

 友奈は鈴風の精神状態を心配しており、このまま勇者として戦えるのか不安に思っていた。

 友奈は鈴風を少しでも勇気付けるため、柑菜が生前書いていた勇者御記を見せようと考えていたが、その日の夜、乃木体制を転覆させようとする勢力によって拘束されてしまう。

 

 

-----12月17日-----

♤立森鈴風は勇者になる [10話]♤

 鈴風は勇者端末を受け取り、勇者となった。

 

 

-----12月23日-----

○花折友奈解放作戦 [11話]○

 鈴風の勇者化と柑菜の戦死以降、一部の神官は乃木をはじめとした権力者たちに不信感を抱くようになり、塩谷(しおや)という神官が中心となった反体制運動が活発化していた。

 そんな中、友奈の存在が鍵になると考える乃木は、金城に柑菜の父を使って友奈を解放させるよう仕向けないかと頼み込んだ。

 乃木曰く、柑菜の父は失踪後"掟"を持つ同胞に助けられたことで性格が丸くなり、未だに柑菜の父が花折家を恨んでいると考えていてもおかしくない塩谷を欺くことさえできれば、柑菜の父を塩谷のスパイに仕立てることができるとしている。

 

 

-----12月24日-----

○金城、高知へ [11話]○

 乃木から命令を受けた金城は、柑菜の父がいるという高知の町へと足を運び、そこで柑菜の父と再開する。

 金城は作戦の一環として柑菜の父の記憶を蘇らせたかったが、そう簡単にはいかなかった。

 

 

○動物のピック [11話]○

 柑菜の父の記憶を取り戻すため、現柑菜の母(宮里)にも会いに行き、そこで柑菜に関する話を聞いたが、それでも柑菜の父の記憶は戻らなかった。

 しかし、話の途中に出てきた動物のピックで柑菜が幼い頃それを大切そうに保管していた箱の存在を思い出し、その箱を見せたら今度こそ思い出せないかと考えた。

 

 

♤鈴風、初陣 [10話]♤

 鈴風は勇者として戦うことになる。

 しかし、守りたかった柑菜はもうおらず、戦う理由が不明瞭になったことで迷いが生じて苦戦を強いられる。

 

 

-----12月25日-----

♤○分断が進む大赦 [10話]○♤

 ふと自分に巫女がついていないことを疑問に思った鈴風は栗原に相談する。

 その話を聞いて同じく疑問に思った栗原が大赦に出向くと、そこでは反体制運動が繰り広げられており、友奈が拘束されたことを知る。

 

 

○柑菜の父、記憶が戻る [11話]○

 大赦に帰ってきた金城は、柑菜の父に柑菜が昔大切にしていたものを見せることで遂に記憶を取り戻せた。

 これで友奈や我々に対して恨みがある演技をしやすくなるだろうと踏んだ乃木は、柑菜の父に塩谷のスパイになるよう改めてお願いした。

 

 

-----12月30日-----

☆神託 [12話]☆

 監禁中の友奈のもとに神託が届く。

 それはかつてない規模の襲撃(以下襲撃の日)を予感させるもので、柑菜が命を落とした時と似た性質の神託だった。

 

 

-----12月31日-----

☆邂逅 [12話]☆

 長い監禁生活で精神的に限界を迎えそうな友奈。

 大晦日の夜、夢の中に高嶋友奈が現れる。

 

 

 

◇◇◇神世紀242年◇◇◇

-----1月1日-----

☆友奈と友奈 [13話]☆

 高嶋は襲撃の日に力を貸したいとし、当日の樹海化中に誰かしらの勇者端末を神樹の根元まで持ってくるよう友奈に頼んだ。

 

 

○☆好転の兆し [13話]☆○

 友奈のもとに柑菜の父が訪れる。

 柑菜の父はかつての悪行を心の底から反省しており、罪滅ぼしの一環として柑菜の友である友奈を助けに来たと説明する。

 その言葉を信じた友奈は、自分の代わりに鈴風に柑菜の御記を届け、襲撃の日に自分をここから出してほしいと要求する。



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ストーリー本編
第一話 神世紀241年の勇者


◇---◇---◇

柑菜が勇者になった日のことは今でも鮮明に覚えている。

あの日彼女が見せた眩しい笑顔に私は心のどこかで憧れていた。

 

だからこそ、戦闘で日に日に弱っていく彼女をただ黙って見ているだけなんてとても我慢できなかった。

 

そこで私も勇者になろうとした。

勇者になって柑菜を守りたかった。

 

……でも今はその選択をひどく後悔している。

 

--神世紀二四二年一月 立森鈴風(たちもりすずか)

◇---◇---◇

 

 

(キーンコーンカーンコーン)

 ホームルーム前のチャイムが鳴る。

 

(やっとか…)

 私は小さなため息をつく。

 今日はいつもより早起きだったので早めに学校に来てみたが、特にやることなく結局ぼーっと過ごしていた。

 柑菜がいればおしゃべりでもしてようかと思っていたが、残念ながら柑菜はまだ来ていない。

 

(そういえばあいつ遅いな…)

 普段の柑菜はチャイムが鳴る前に教室で慌てて宿題をやっていることが多い。今日は珍しく宿題が終わっていてゆっくり登校しているのだろうか。それとも…。

 

 寝坊の可能性が頭をよぎった次の瞬間、教室の後ろ扉が勢いよく開いた。柑菜だ。

「すずかちゃん、おはよー!」

 柑菜の元気な声が教室中に響く。どうやら寝坊じゃなかったらしい。

 柑菜は私に挨拶すると、私の隣の席に座った。

 

「おはよう。今日は遅かったけど何かあったのか?」

 私は挨拶を返すついでに事情を聞く。

「登校中に首輪を付けた犬を見かけてね、周りに飼い主さんが居なかったから探してたんだ。なんとか見つかってよかったよ」

 

「……そ、それはよかったな」

 いかにも柑菜らしい理由だった。以前にも似たようなことがあったが、たとえ登校中だろうとお構いなしに人助けをする精神は素直にすごいと思う。ただ宿題の時間を全く考慮してない点は除いて。

「ところで宿題はちゃんとやってるのか?」

 宿題のことを聞くのは野暮かと思ったが、それでもやっぱり気になった。

 

「あっ……あああああぁ!!」

 柑菜の元気な声が再び教室中に響く。

(やれやれ…)

 

 私は絶望する柑菜から目を逸らして前を向く。すると間の悪いことに担任の栗原(くりはら)先生が入って来た。

(あーあ…これは終わった…)

「みなさんおはようございます。それでは早速出席を取りますね」

 

 私は自分の名前が呼ばれるのを待ちながら、横目で柑菜を見る。すると柑菜が涙目でこっちを向いているのが見えた。まるで今からでも宿題の答えを見せてくれと言わんばかりだ。

 私は再び視線を前に戻して見なかったことにした。

 

 

金城柑菜(かなしろかんな)さん」

 

 栗原先生は柑菜の名前を呼ぶ。

 柑菜はいつもの宿題が間に合わなかった時みたいに申し訳なさそうに返事をする…と思っていたが、今日はいつまで経っても返事がない。

 

 私はよっぽど宿題のことを引きずっているのかと考えたが、何やら先生の様子もおかしい。

「……次、川浦さん」

 先生の表情が一瞬曇ったかと思えば、何事もなかったかのように次の生徒の名前を呼び始める。

 

 不思議に感じた私はゆっくりと柑菜の方を向く。

 すると、さっきまでいたはずの柑菜の姿が消えていた。

 

(・・・柑菜?)

 

 

◇◇◇

 

 

(すずかちゃんが目を合わせてくれない…!)

 

 今日の宿題は人のを写せば一瞬で終わるものだったはず。だから今からでも見せてもらおうと必死に視線を送っていたのだが、すずかちゃんは完全に前を向いてしまった。

 

 もうすぐ私の名前が呼ばれる。

 ただの出席確認とはいえ、宿題を忘れた日に名前を呼ばれるのはいつになってもドキドキする。

 

 順番が近づき、私は覚悟を決める……が、私の名前は呼ばれることなく教室は突然静まり返った。

(あれ…?)

 私は静寂の理由を考える。

(もしかして先生はまだ私の名前を覚えられてないのかな?)

 

 私の苗字は『かなしろ』と読む。『きんじょう』でも『かねしろ』でもない。

 

 栗原先生は今年度からこのクラスを担当することになり、最初のうちは先生から「きんじょう」と呼ばれることが何度かあったのだが、未だに正しい読みを覚えられてないのだろうか。

 もう9月にもなるし今更その可能性はないだろうと思いながらも、それ以外の理由が思いつかなかったので念のため声をかけることにした。

「先生、私は"かなしろ"かんなです!」

 

(・・・)

 

 反応がない。

 

 私は少しほっとしながらも、一切の反応がないことからようやく何が起こったのか分かった。

 完全に時間が止まっている。

 

(これってもしかして…樹海化!?)

 

 そう悟った次の瞬間、視界が真っ白な光で染まった。

 

 

 気がつくと柑菜は樹海の中で一人ぽつんと立っていた。

 

(これが樹海…)

 話は1か月ほど前に私のもとを訪れた大赦の神官から聞いていた。説明で聞いた通りの景色だ。

(綺麗……)

 神秘的な光景を目の前に見とれていると、遠くから小さな影が複数迫ってくるのが見えた。

 

「バーテックス!」

 

 この世界は四国を囲うように神樹の結界が張られており、結界内にバーテックスと呼ばれる敵が侵入した際に防衛機能として樹海化が起こる。

 その時バーテックスを撃退するのが勇者の御役目であり、その勇者に私が選ばれたんだ。

 

 柑菜は神官から説明された通りにスマホを取り出し、勇者専用のアプリを起動させる。

 すると柑菜の体は光に包まれ、讃州中学の制服からバーテックスと戦うために開発された戦装束へと変化していった。

 柑菜の戦装束は金柑の葉と花を思わせる鮮やかな緑と白をベースに、その実を思わせる橙が混交されたデザインになっている。

 

 変身が終わると武器が手元に出現した。

 柑菜の武器はトンファーだ。対バーテックス用に特殊な素材で作られている。

 トンファーという名前ではあるが、投げればブーメランのように戻ってくるし、受けの構えをとればシールドを展開することだってできる。もはや何でもありな武器だ。

 

(あまり勇者っぽくない武器だなあ…)

 柑菜は少し不満に思ったが、今はそんなことを考えている暇はない。

 バーテックスは樹海を侵食しながら進行する。戦闘が長引くとそれだけ樹海がダメージを受け、蓄積されたダメージは樹海化が解けた後に現実世界で災害としてフィードバックされてしまう。

 

 柑菜は武器を両手に握り、バーテックスに向かって勢いよく跳躍した。

 

「う、うあああぁぁ!?」

 

 戦装束は体に纏うことで身体能力を格段に向上させる。少し跳ねる程度でも常人の何十倍も高く遠くに飛ぶことができる。そう聞かされてはいたが、実際に体験してみるとあまりに現実離れした動きに驚きを隠せなかった。

 

 それでも柑菜は迷いなく敵に向かって飛んでいく。

 向かってくる敵はおよそ40体程度。星屑と呼ばれる小型のバーテックスだ。

 小型とはいえ柑菜の何倍もの大きさをしており、敵に近づくにつれ恐怖心が強くなってきた。

 

 柑菜は覚悟を決め、戦闘の態勢をとる。トンファーの扱いには自信がなかったので、適当に鎌のような持ち方をした。

「だあああぁぁ!!」

 柑菜はトンファーのハンドルをハンマーの頭のようにして全力で振りかざす。

 ダメージを受けたバーテックスは光を放って消滅する。初めて敵を倒すことができた。

 

「この調子でっ…!」

 今度は右手のトンファーをブーメランの要領で投げてみた。投げられたトンファーは何体ものバーテックスを貫き、柑菜の元へと戻ってくる。

 

 上手くキャッチしようとしたが、高速で回転しながら飛んでくるのを見て思わず避けてしまう。

「わっ!? ……あっ、待って!!」

 柑菜は慌ててトンファーを追いかける。

 

 幸い遠くまで飛んでいかなかったのですぐに回収することができた。しかし、敵から意識を逸らしてしまったせいで背後のバーテックスに気付くのが遅れた。

「まずい…!」

 柑菜は急いでトンファーのハンドルを握り直し、ディフェンスの構えをとる。すると目の前にシールドが展開され、バーテックスの突進を間一髪で防ぐことができた。

 柑菜は手首を使ってハンドルを回転させ、突進してきたバーテックスに突きのカウンターを繰り出す。

(おぉ…!)

 カウンターの成功にテンションが上がる。

 

 調子が出てきた柑菜はそのまま次々に敵を薙ぎ払っていく。気付いた頃には最後の一体になっていた。

「これで最後だああぁ!」

 最後の一体も倒し、全ての敵を討伐した。

 初日は何とか無傷で御役目を終えることができた。

 

(・・・)

 樹海化が少しずつ解けていく。

 柑菜は遠くの空を眺めて静かに呟いた。

 

「そっか…私は勇者になったんだ…」

 

 

 樹海化が解けると、私は龍王宮に立っていた。讃州中学からは2kmほど離れた場所にある神社だ。

 

「なんでこんなところに…」

 私は一瞬頭が真っ白になったが、学校のことを思い出してすぐ我に返った。

 樹海化中は時間が止まっているとしたら、もうすぐ1時間目の授業が始まるところだ。

(…急がないと!)

 私はどうせなら学校の屋上に戻してほしかったという気持ちを抑えつつ、全速力で学校に戻った。

 

 

 学校へ戻ると栗原先生が校門の前に立っていた。

「金城さん、初めての御役目お疲れ様でした」

 事情を把握しているのか、落ち着いた声で私に話しかけてくる。

「先生は私が勇者に選ばれることを知ってたんですか?」

 私は疑問をそのままぶつける。

「ええ、そうよ」

 そう答えると、少し間を置いてからもう一度口を開いた。

「みんなには黙っていたんだけど、実は私は大赦から派遣された職員なのよ」

 

 私はその言葉を聞いて驚いた。

 そもそも私と先生が出会ったのは今年の4月だ。大赦側はずっと前から私が勇者になることを分かっていたのだろうか。

「貴方と話がしたいの。このまま職員室に寄ってもらえないかしら? 1時間目の先生には話をつけてあるから」

「わ、分かりました」

 

 その後私と先生は特訓などを含めた今後のスケジュールや勇者システムに不備がなかったかなどを話し合い、話が終わった頃にはちょうど休み時間になっていた。

 戦闘で少し疲れたが、ここからはまた普通の中学2年生だ。次の授業に遅れるわけにはいかない。

 私は急いで階段を上がり、教室に戻る。

 すると、私に気付いたすずかちゃんが慌てて駆け寄ってきた。

 

「柑菜、神樹様からお役目を与えられたって本当なのか!? 大丈夫だったか!?」

 栗原先生が説明したのか、私のことは既にクラスのみんなに伝わっていた。

 

 私は廊下ですずかちゃんに勇者のこと、バーテックスのこと、そして私が経験したことを包み隠さず話した。

 私が話している間、すずかちゃんはずっと窓の外を見つめながら聞いていた。

「つまり柑菜はこれから3か月もそんな化け物と戦うのか…」

「うん、そういうこと!」

「うんって…怖くないのか?」

 

 すずかちゃんは不安そうな顔で私を見つめてくる。

「大赦の人が大したことないって言ってるし、実際今日のお役目も楽勝だったから大丈夫だよ」

 私はそう言いながらニカっと笑ってみせる…が、それでもすずかちゃんは不安そうだ。

 私はそんなすずかちゃんを見て少し揶揄ってみたくなった。

「もしかして私のこと心配してくれてるの〜?」

 

「い、いや…。……まあでも、柑菜が無事でよかったよ」

「えっ…?」

 すずかちゃんは少しはにかみながら、かつてないほど優しげな表情を見せる。

 予想と反した反応に思いがけず頬が熱くなるのを感じる。

「ま…まあ、私は勇者だからね!」

 私は込み上げる感情を誤魔化そうとして、ついおかしなことを言ってしまった。

「なにそれ」

 私の発言ですずかちゃんの優しい顔が一気に崩れて吹き出した。

 私は更に恥ずかしくなった。

 

 それから数分ほど廊下で立ち話をし、気づけばもうすぐ次の授業が始まる時間になっていた。

「そろそろ教室に戻ろっか」

 すずかちゃんは私に微笑みかける。

「うん!」

私はこの日一番の笑顔で返事をした。

 

 

◇---◇---◇

今日は一日中すずかちゃんとお喋りをしていた。

すずかちゃんのお父さんが警察官なのは初耳だったし、いろんなことが聞けて本当に楽しかった。

今日だけで一気にすずかちゃんと仲良くなれた気がする。

 

そういえば、私に一歳年下の巫女がつくことになった。

どうやらその子は巫女の中でも"トクベツ"らしい。

とってもいい子だったし、今度すずかちゃんにも紹介したいな。

 

--神世紀二四一年九月 金城柑菜

◇---◇---◇



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第二話 先代達が遺したもの

サブタイトルは真面目ですが、今回は日常回です!
ここまで平和な回はあと1回くらいしかないかも…


「お父さんはいつ帰ってくるの?」

 幼い私は泣きながらお母さんに尋ねる。

「今日も忙しくて遅くなるみたい」

「嫌だっ! すずはお父さんと遊びたいの!」

 お母さんは困り顔だ。

 ずっと泣いていると、私の肩に後ろから手を置かれるのを感じた。

「お父さん…?」

 振り返るとそこにはお父さんが立っていた。

「ごめんな鈴風。でもな、そうやって母さんを困らせるようだとお父さんみたいにはなれないぞ。警官に必要なのは笑顔と大事な人を守るという強い意志だからな」

 私はその言葉を聞いて泣くのをやめた。

 泣かずに大切な人を守りたいと思った。

 それでも笑顔でいることだけはできなかった。

 

 

 朝だ。どうやら私は夢を見ていたらしい。

 ベッドから抜け出してカーテンを開けると、陽の光が部屋全体に広がる。今日もいい天気だ。

 

 リビングへと向かうと、お母さんがテレビを観ていた。

「おはよう」

「おはよう鈴風。朝ごはんできてるから早めに食べてね」

「うん。ありがと」

 私はテーブルにつき、朝食をとる。

 

(そういえば昔の私は警察官になりたがってたんだったな)

 ふと夢の内容を思い出していると、お父さんが居ないことに気付いた。今日は土曜日だ。いつもなら休日の朝は決まってリビングでくつろいでいるはずだ。

「そういえばお父さんは?」

「朝早くに呼び出しがあったみたい。道路が陥没して交通規制をしないといけなくなったんだって」

 テレビに目をやるとちょうど朝のニュースで報じていた。

 

「今日は柑菜ちゃんとお出かけなんだよね。最近原因不明の災害が多いみたいだし、鈴風も一応気をつけなよー」

「はーい」

 お母さんの言う通り、今日は柑菜と会う約束をしている。一緒に遊ぶのは柑菜が勇者になってからは初めてだ。

 

「ごちそうさま」

 私は食事を終えると遅れないようすぐに出かける準備をした。

 

 

◇◇◇

 

 

「えい!」

 掛け声と同時に右手を前に突き出す。

(すぅ…)

 息を吸いながら受けの姿勢に入る。

 私は有明浜で栗原先生から空手の稽古を受けていた。

 

「そこまで!」

 終わりの合図だ。ここに来る前にバーテックスと戦ったので、今日は既にかなり体を動かしたことになる。

「練習はこれくらいにして朝ごはんにでもしましょうか」

 先生はそう言いながら、鞄の中からお弁当を取り出す。

「ありがとうございます!」

 私はお弁当を受け取ると、ベンチに座って早速蓋を開ける。

 オムレツにウィンナーにオクラの和え物。まさに朝ごはんといった感じの中身だ。

「いただきます!」

 昨晩突然稽古後にお弁当が出ると聞かされてからずっと楽しみにしていた時間だ。

(美味しい…!)

 

「いい食べっぷりね」

 先生が私のところへ近づいてきた。

 私は口いっぱいに食べ物を含んでいて喋ることができなかったので、素早く2回頷いて反応する。

「おかわりはないけど許してね」

 先生はそう言うと、私の隣に座った。

 

「金城さんは今朝も御役目があったのよね。それなのにこんな特訓までさせちゃってごめんね」

 戦闘があったことは先生には言わなかったのだが、流石に知られていた。

「特訓は特訓でちゃんとやらないとですからね! それに悪いのは全部バーテックスですよ!」

 ここに来る途中、通行人の会話から道路陥没の話を聞いている。バーテックスを素早く倒せていればそんな災害は起こらなかった。だから私はもっと強くならなければならない。そのために特訓は必要不可欠なんだ。

 

「それにしても先生は空手が得意なんですね!」

 話が暗くなりそうだったので、私は違う話題を振ってみた。

「私の家系では古くから護身用に琉球古武術を学ぶ風習があってね、その過程で空手もやってたのよ」

 琉球。学校の授業で聞いたことがある。

「琉球って確か、西暦時代にあったという沖縄のことですよね」

 

「ええ。私の先祖は沖縄生まれでね、バーテックス襲来の際に多くの仲間と四国に逃れてきたの。そしてその時もあなたと同じ勇者様が守ってくださった。残念ながらその記録は勇者御記には残ってないみたいだけど、私たちの中ではいつまでも語り継がれているわ」

 

「勇者御記…」

 西暦時代の勇者は勇者御記と呼ばれる日記をつけており、今の私もそれに倣って同じものを書かされている。

 折角なら先代勇者の御記を読んでみたかったのだが、御記を書くよう指示を出した神官に頼んでも読ませてはもらえなかった。私の巫女に頼んだこともあったが、どこにあるのか分からないとして断られている。

(もしかすると先生なら…)

 

「先生! もしよければ勇者御記を読んでみたいです!」

 私は勇者御記見たさに話をやや強引に切り替えた。

「あったとしても私から見せることはできないわ」

 先生は即答する。

「どうしてですか?」

「大赦内には神世紀初頭頃、上里家の指示によって作られた先代勇者様の武器や勇者端末を保管する倉庫があるんだけど、私のような位の低い人はそこに立ち入れないの。きっと勇者御記もそこにあるわ」

「な、なるほど…」

 結局断られてしまったが、新しい情報は手に入った。場所さえ分かれば、いつか読める日が来るかもしれない。

 

 

「ごちそうさまでした!」

 食事を終えた私は先生にお弁当箱を返す。

「すごく美味しかったです! もしかして先生の手作りですか?」

「それは……ええ、そうね。また次もあると思うわ」

 先生の返答はどこか歯切れが悪かった。

(・・・?)

 それにしても今の私は一人暮らしなのでお弁当が貰えるのはとてもありがたい。勇者になってから楽しみがまた一つ増えた。

 

「また月曜には元気な姿を見せにきてね」

 先生は別れ際にそう言うと軽く微笑んだ。

「はい!」

 

 先生と別れた私は琴弾公園の目立たない場所に隠れ、勇者に変身した。

 この後はすずかちゃんと会う約束をしている。折角だしこの姿で一気に集合場所まで飛んでいこう。

(遊ぶぞー!)

 私は目的地に向かって全力で跳躍した。

 

 

◇◇◇

 

 

 私は柑菜より先に集合場所で待っていた。

 集合時間までまだ15分ほどある。

(ちょっと早すぎたかな…)

 柑菜はどちらかといえば時間ギリギリに来るタイプだ。それが分かっていながらも早めに来てしまったのは、私自身も楽しみにしていたからだろうか。

 

(これはしばらく待つことになりそうだな…)

 そう思ったその時だった。

「おおーい!」 

 どこからか柑菜の声が聞こえる。

 辺りを見回すが、柑菜の姿は見当たらない。

「上だよー!」

(上…?)

 私は上を見上げる。するとそこにはこっちに向かって高速で落下してくる柑菜の姿が見えた。

 

「ぅわぁっ!?」

 驚きのあまり声が裏返ってしまう。

 私の反応を見た柑菜はニヤニヤしながら着地する。そのにやけ顔さえなければ、漫画に出てくるヒーローのようなかっこいい登場だった。

「驚いたでしょ!」

 柑菜はそう言いながら変身を解除する。

「ま、まあな…」

 

 まんまと驚かされたことに少し悔しさを感じたが、その感情は初めて勇者姿を見た興奮ですぐに上書きされる。

「それにしても勇者ってそんな感じなんだな。想像よりもだいぶ派手というか、なかなかカッコいいじゃん」

「え?…まあ確かにあまり勇者っぽくないデザインかもしれないけど、使ってみるとかなり動きやすいし気に入ってるんだ〜」

 柑菜はドッキリ成功の話を引き伸ばしたかったのか私の急な話題転換に一瞬硬直したが、勇者服のことを褒められていると分かると再び楽しそうに喋り出した。とても分かりやすい。

 

「何ならすずかちゃんも着てみる?」

 柑菜は突然妙なことを言い出した。

「え?柑菜のをか?」

「うん!きっとびっくりすると思う!」

 柑菜の目は輝いている。

「それは…」

 確かに興味はある。それでも柑菜のものを着るとなると少し恥ずかしい。

「…そもそも誰が着ても同じ効果を得られるのか? もしそうだとしたら誰でも勇者になれることになるけど」

 私はとりあえず疑問に思ったことを投げかけてみた。

「た、確かに…」

 柑菜は顎に手を当てて考える仕草をとる。

「まあ着てみれば分かるよ!」

 その言葉を聞いて柑菜は私に勇者服を着せたいだけな気がしてきた。

「もしかして私に着せたいだけなのか?」

「い、いや、そんなことは…」

 分かりやすく動揺する。

「どっちにしろこんな所では着ないぞ」

「それはそうだね…分かったよ」

 柑菜は少ししょんぼりした。

 

「とにかくそろそろ行かないか? カフェに行くの楽しみにしてるからさ」

 私はこの話から抜け出そうと出発を促した。

 今日は荘内市にある古民家カフェに行くことになっている。柑菜のお気に入りと聞き、そこに行ってみたいと私の方から誘ったカフェだ。

「そうだね。でもその前に少しだけ買い物に付き合ってもらってもいいかな?長袖の服が買いたいな」

 柑菜は少し姿勢を低くして上目遣いで頼んできた。

 

 

 私たちはバスに乗って荘内市のショッピングモールまでやって来た。

 

 柑菜は早速服を探し、良さそうなものを見つける度に私に似合うか聞いてきた。

「これとかどう?」

「今までので一番似合うんじゃないかな」

「じゃあちょっと試着してくるね!」

 柑菜は背を向けて試着室へと向かう。とても楽しそうな後ろ姿だ。私は思わず微笑んだ。

 

「あっ…」

 試着室に向かっていた柑菜だったが、突然足が止まった。

「ねえすずかちゃん」

 そう言って振り返った柑菜の目は何か企んでいるように見えた。

「ん…?」

 嫌な予感がする。

「一緒に試着室に入ってくれない?」

「え…?」

「そこなら勇者服に着替えられるよ!」

 結局勇者服の話に戻ってしまった。

「商品の試着以外で試着室を借りるのは迷惑なんじゃないか?」

 私はなんとか着替えなくて済むよう立ち回る。

「ちゃんと試着目的もあるし、すずかちゃんは付き添いってことにすれば問題ないよ!それにここの試着室は広いんだから!」

「そ、そうなのか…?」

「そうそう!だから一緒に行こ!」

「いや、私は…」

 結局押しに負けてしまった。

 

「すみません。これを試着したいんですけど、付き添いも一緒に入って大丈夫ですか?」

 柑菜は笑顔で店員に話しかける。

「お友達同士でしたら構いませんよ。どうぞこちらへ」

 断られる可能性を期待していたが、意外とすんなり入れてくれた。私は仕方なく入ることにした。

 

「すずかちゃんの勇者姿を見てみたかったんだー」

 試着室に入ると柑菜は再び目を輝かせる。もはや隠すつもりがない。

 柑菜は勇者に変身するとすぐさま服を脱ぎ始めた。

「ちょ、ちょっと待って!」

「今更何を恥ずかってるの〜。私たち女の子同士でしょ〜?」

 心なしか柑菜の言い方が少しいやらしかった。

「違う!そういうことじゃなくて…」

「何が違うの〜?」

 柑菜は流し目で私の方を見る。

「・・・っ!」

 私は諦めて従うことにした。

 

「おぉー!なかなか可愛いじゃん!」

 勇者服を着た私が鏡に映っている。

「…柑菜の新しい服もいい感じだと思う」

 私は柑菜の服を褒めることで恥じらいの気持ちを誤魔化した。

「えへへ、ありがとう」

 柑菜はとても満足そうだ。

「それにしても力が漲る感じは全くしないな…」

 結局専用の服を着るだけで勇者の力が得られることはなかった。やはり勇者になるには神樹様に選ばれる必要があるのだろう。

「やっぱりそうなんだね。それでも私はすずかちゃんの勇者姿が見れて満足だよ!」

 柑菜の反応的に、他の人が同じ力を持てるかどうかは興味がなさそうだ。本当にただ私の勇者姿が見たかっただけらしい。

 

「あまり時間をかけ過ぎるのもあれだし、そろそろ着替えてここを出ようか」

「そうだね。付き合ってくれてありがとう」

 

 

◇◇◇

 

 

 買い物が済むとお昼前のいい時間になっていたので、私たちはそのままバスに乗ってカフェに向かうことにした。

 

 目的地に近づくにつれ、すずかちゃんのテンションが上がる。

「確かチーズケーキが美味しいって話だったよな。楽しみだなあ…」

「お菓子は時期によって変わるみたいだからもしかしたら今日は違うかもしれないけど、あるといいね」

 私は心の中でチーズケーキがありますようにとお願いした。

 

 

 バスから降りてしばらく歩くとようやく目的地が見えてきた。

 

「あれだよ!」

 私は海辺の小さな建物に向かって指を指す。

「おお!あれがそうなんだな!」

 古民家を改装しただけあって外見はあまりカフェのようには見えない。それでもそこで出されるコーヒーは一級品だ。更に二階席からは瀬戸内海を見渡すことができ、その景色の美しさは他のどんなカフェにも負けないとさえ思っている。

 

 目的地に着くと私たちは早速店の中に入った。

 二階席が空いていたので、外の景色が一番綺麗な場所に座ることにした。

 店内には今日のおやつはレアチーズケーキという紙が張ってある。

「今日はレアチーズケーキなんだって!」

 すずかちゃんは珍しく目を輝かせる。

「私もそれにしようかな」

 私がチーズケーキとホットコーヒーのセットを頼むと、すずかちゃんも同じものを注文した。

 

 しばらくするとケーキとコーヒーが運ばれてきた。

「お前ってコーヒー飲めたんだな」

 すずかちゃんはコーヒー片手に私のことをからかう。

「私だって子供じゃないんだから」

 私は少しむすっとしながらチーズケーキを口に運ぶ。

(あ〜…美味しい…)

 ケーキを口に入れた瞬間顔がふやける。

 表情がコロコロ変わる私を見てすずかちゃんはくすりと笑う。

 とても幸せな時間だ。

 

 私は窓の外をじっと眺める。

 遠くには神樹様の壁がうっすらと見える。

 先代勇者もこのかけがえのない時間を守るために戦ったのだろう。

 私は遠くの壁を見ながらそう思った。

 

 

「今日は楽しかったね!」

「私も楽しかったよ。ありがとう」

 カフェを満喫した私たちは讃州市まで戻ってきた。

 

「それにしても、あんないい店よく知ってたな」

「実は何年か前に私のお母さんと行ったことがあったんだ」

 私はかつてお母さんと2人暮らしをしていた。お母さんは交通事故で介護が必要になってしまい、一時期は私が介護をしていたが、私の負担を減らすため今は施設に入っている。このことはすずかちゃんにも話していた。

「柑菜のお母さんって確か…」

 すずかちゃんは地雷を踏んでしまったのではないかと申し訳なさそうにする。

「気にしなくていいよ。お母さんは元気なんだし」

「そうか…」

 すずかちゃんは少し安心した様子だった。

 

 気付けば学校の近くまで帰ってきていた。今日はここでお別れだ。

「じゃあまた月曜な」

 すずかちゃんはそう言って手を振る。

「うん!またね!」

 私はすずかちゃんより手を高く上げて振り返した。

 

 

 すずかちゃんと別れた後、私は考え事をしながら歩いていた。

(お母さんか…最近会いに行けてなかったな)

 最後に会ったのは夏休み前だ。夏休みは大赦の神官から勇者の説明を受ける日が多かったので会いに行けなかった。私のお母さんは勇者のことを知らないはずだ。

(私が勇者になったことも話したいな)

 私は明日にでも会いに行くことにした。

 

 

◇---◇---◇

今日はとても充実した一日だった。

戦闘に特訓に遊び。

最高に勇者の日常って感じ!

 

神託によると、これから敵の襲撃が激しくなるらしい。

今日みたいな日常を守るためにもっと頑張らないと!

--神世紀二四一年九月 金城柑菜

◇---◇---◇



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第三話 決意

今回から少し雰囲気が変わります。
今後はこんな感じで進むことになると思います。
胸糞展開が増えてくるので苦手な方は注意です。


 私は今日もバーテックスとの戦闘を終え、自宅で休んでいた。

 

 最近のバーテックスは星屑が数十体融合し、『進化体』と呼ばれる姿になって襲うようになってきている。それも数が多い。

 もはや無傷のまま戦闘を終えるのは不可能で、今日も身体中に傷を負ってしまった。

 私は頬に貼った傷テープを触る。

(・・・)

 テープを撫でながら明日からマスクをして学校に行こうかと考える。マクスはもちろん顔の傷を隠すためだ。

(これくらいなら別に大丈夫かな…)

 

(ブルルル…)

 突然スマホが鳴り出した。

(誰からだろう?)

 スマホを確認すると、私の巫女から電話がかかってきていた。

 

「もしもーし」

 私は電話に出る。

「あっカンナ先輩! 今日もお役目お疲れ様です!」

 元気そうな声が聞こえる。その声を聞いて自然と口角が上がった。

 

「電話なんて珍しいね。どうしたの?」

「勇者御記のことで報告があります」

 以前特訓中に栗原先生から御記の保管場所を聞き、そこを探してもらえないかと頼んでいたやつだ。

 

「探してくれたの? ありがとう!」

 私は真っ先にお礼を言う。

「それでその御記は見つかった?」

「カンナ先輩に言われた通り大赦内の倉庫を探したんですけど、御記は見つかりませんでした」

 先生の言い方的にあるとばかり思っていたので、その報告は意外だった。先生の予想が外れたのだろうか。

 

「そっか〜…」

 私は少し残念がる。

「でも知れてよかった。ありがとう」

 私は改めて感謝した。

「お礼を言うのは私の方ですよ! 無駄だと思っていた私の力に意味を見出してくれたんですから!」

 今度は私が感謝された。

 

「もしまた私に頼みがあれば何でも言ってください!」

 何でも…。そういえば少し前から聞こうと思っていたことがあったんだった。

「お願いじゃないんだけど、一つ教えてほしいことがあるの」

「何でしょうか!」

 早速の頼み事に興奮しているのが電話越しに伝わる。

「この前私のお母さんに会いに行った時に聞いたんだけど…」

「…はい」

 真面目な話だということを察して、真剣な相槌が返ってくる。

「私の……」

 

・・・

 

 それから20分くらい通話をした。

 

「…私が知っているのはこれくらいです」

「・・・」

 私は言葉を失う。

「カンナ先輩…」

 心配そうな声で私の名前を呟く。

「……長々と語らせちゃったね。色々話してくれてありがとう」

 私は力なく喋る。

「あまり無理はしないでください。いつでも電話をくれたら私も力になりますから」

 

 その後、私は電話を切った。

 電話を終えた瞬間、全身の力が抜ける。

(そうだったんだね…)

 私はスマホを両手に握ったまましばらく天井を見つめていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜が勇者になってから1か月ほど経った。

 10月も終盤に差し掛かり、朝は肌寒さを感じる季節だ。

 

 私はいつも通りの時間に登校する。

 教室の扉を開けると既に柑菜が座っていた。最近柑菜は私よりも先に来ていることが増えた。

「あっ、すずかちゃんおはよう!」

 私に気づいた柑菜が声をかけてくる。

「おはよう」

 私は柑菜の顔に貼られてある傷テープに視線がいく。

(・・・)

 私は傷のことには触れなかった。

 最近の柑菜は体育の時間に黒タイツを穿いていたり、寒くないのに手袋をはめて登校したりしている。きっと傷に触れてほしくなくて隠しているのだろう。

 隠れた傷のことを考えると私はとても心配になった。

 

 

 授業中に柑菜の様子を窺う。

 柑菜は神妙な面持ちで静かに座っている。

(・・・)

 最近の柑菜はどこか様子がおかしい。

 もちろん、単にお役目が大変で疲れているだけの可能性もあるだろう。ただ、それ以外にも何かあったのではないかと訝ってしまう。最近の柑菜にはそう感じさせる何かがある。それでも、それが何なのかまでは分からない。私には知らないことが多すぎる。

(授業が終わったら柑菜のことを聞いてみようかな?)

 

 

 授業が終わり、休み時間になる。

「柑菜…」

 私は教科書を片付けている柑菜に話しかける。

「ごめんすずかちゃん。私もう行かなきゃ」

「行くってどこに?」

「神託によると、もうすぐバーテックスが攻めてくるんだって」

 教科書を片付け終えた柑菜は立ち上がる。

「すぐ戻ってくるからその時いっぱい話そ!」

 柑菜は笑顔でそう言うと教室から出て行った。

(柑菜のことを聞くのはまた今度でもいいか…)

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜が教室から出ると、すぐにバーテックスの襲撃が起こった。

 

 既に変身を済ませた柑菜は遠くの壁を見つめる。

 壁の外から数十体のバーテックスが押し寄せてくるのがうっすらと見える。 

(あの数ならすぐに終わらせられる…!)

 柑菜は臆することなく敵に向かって跳躍した。

 

 敵に近づくにつれ、姿がより鮮明に見えるようになる。数十体の内半数が進化体だ。柑菜はその中に一体見慣れないバーテックスがいるのに気づいた。

(ん? あれは……ウニ…?)

 その進化体は体の四方八方に鋭い矢のようなものを発生させている。

 初めて見る個体を凝視していると、その個体は体の矢を勢いよく射出した。

(…!?)

 柑菜は咄嗟に空中でシールドを展開する。

 間一髪で防ぐことはできたが、あまりの衝撃に体が反り返る。

(ぐっ…!)

 柑菜は体勢を立て直すため地面に着地しようとする…が、進化体はその隙を見逃さなかった。柑菜が着地する地点を予測し、そこに向かって2本目の矢を射出する。

 避けられないことを確信した柑菜は、急所に命中するのだけは避けようと空中で体を捻る。鋭い矢が左上腕の肉を抉った。抉られた場所から鮮血が噴き出す。

「……っ!」

 痛みで一瞬顔を歪ませたが、すぐに真剣な表情で敵を視界に捉え直し、足が地面に触れた瞬間にその標的に向かって再び全力で跳躍した。

 

(このまま距離を詰めて一気に勝負を決める…!)

 柑菜は飛んでくる矢を避けながら敵へと近づいていく。数本の矢が体を掠ったが、その度に歯を食いしばって痛みを耐える。足を止めることだけは決してしなかった。

 全ての矢を射出した進化体は再び星屑と融合することで矢を補充しようとしている。

(今がチャンスだ…!)

 わずか数十センチの距離まで近づき、トンファーで全力の一撃を打ち込んだ。

 進化体は音を立てずに崩れていく。

 ようやく一体撃破することができた。

(このまま他の敵も…!)

 そう思った矢先だった。

 すぐ真横から星屑に突進される。

「がっ…!?」

 一体の敵に集中しすぎて他の敵に対する意識が疎かになっていた。

 柑菜は勢いよく吹っ飛ばされ、樹海の上を転がった。

 

(痛たた…)

 幸い骨折などの大きな怪我はなかったが、集中が完全に途切れてしまった。

 体の傷に視線がいく。一つ一つの傷はそこまで深くなかったが、それでも多くの血が流れている。

(こんなに怪我してたんだ…)

 たった一体でこれだけの傷。

 目線を上げると数十体のバーテックスが浮かんでいる。

(まだあんなに…)

 少ないと思っていたバーテックスが今は多く感じる。

 この空間には柑菜一人しかいない。あの数をたった一人で殲滅しなければならない。どれだけ苦しくても励ましてくれる仲間はいない。どれだけ傷ついても助けは来ない。柑菜が負けた瞬間に全てが終わる。

 その瞬間恐怖を感じた。柑菜の足が竦む。

(…さっきのは多分一番強い敵だったんだ。だから後は楽勝だよ…!)

 柑菜は無理やり自分を奮い立たせる。

 バーテックスが柑菜に向かって近づいてくる。

「私は勇者なんだ…! 勇者は諦めない…!」

 迫り来る敵に対してそう叫ぶと、柑菜は再び立ち向かった。

 

 

(はぁ… はぁ… はぁ…)

 なんとか全ての敵を撃退することができた。

(はぁ… はぁ…)

 呼吸する度に血が滴るのを感じる。

 今回みたいな戦いが今後も続くだろう。

(・・・)

 そう思うと気が重くなった。

 

 樹海化が解け、いつものように龍王宮へと戻される。

 制服が血で滲んでいる。このまま学校には戻れない。

 私は一旦家に帰ることにした。

 

 家に着くと、電気を付けずに卓上の救急箱を手に取った。

 洗面所に向かい、制服を脱いで鏡を見る。

 薄暗い空間に傷だらけの自分が映っていた。

 救急箱を開け、軽く傷の手当てをする。

 手当てが終わると血のついた制服を水で洗う。

 

(・・・)

 無心で洗う。

 

(・・・)

 何も考えずにただ黙々と。

 

(・・・)

 

(・・・)

 水の音が聞こえる。

 

(・・・あれ?)

 気付けば手が止まっていた。

 ふと鏡を見ると目から一筋の涙が流れている。

 鏡を見て初めて自分が泣いていることに気づいた。

 

(私、疲れてるのかな…)

 こんな不安定な状態で学校に戻っても大丈夫なのだろうか。

 

(ちょっとだけ休んでから学校に戻ろう…)

 私は気分転換として海に行くことにした。

 

 勇者に変身して港へと飛んでいく。

 やはり移動手段としても勇者服は便利だ。

 自宅から1分もかからず目的地に到着した。

 

 穏やかな波風と波音が心地いい。

 私はここで少しの間休むことにした。

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜が居なくなってから30分ほど経つ。

 いつもなら既に教室に戻ってきている時間だ。

 私はこっそりスマホを取り出し、柑菜にメッセージを送った。

 

 更に30分ほど時間が経つ。

 休み時間を挟んで次の授業が始まったが、柑菜はまだ帰ってこない。

 スマホを確認しても返信がなく、柑菜のことが心配になってきた。

「先生、ちょっとお腹が痛いので退室します」

「おお、大丈夫か。無理せず保健室に行っていいからな」

 私は教室を抜け出し、急いで職員室に向かった。

 

「栗原先生はいますか?」

 私は職員室に栗原先生がいないか尋ねた。

「あら立森さん。栗原先生なら他のクラスで授業をやっているわ。」

 残念ながらここに先生はいないようだ。

「分かりました…」

「何か緊急の用事でもあるの?」

 私が慌てぶりを察知した先生は私に事情を聞いてくる。

「柑菜が戦闘に呼び出されてからまだ戻ってきてないんです。もし栗原先生が戻ってきたら、そのことを伝えてもらえませんか?」

 私はそう言うと、お辞儀をしてから職員室を去った。

 

 

 私は学校を抜け出し、龍王宮へと向かう。バーテックスとの戦闘が終わるとそこに戻されるということは柑菜から聞いていた。

 

(柑菜はどこだ…!?)

 神社に着いたが柑菜の姿は見えなかった。

 もしかしたら学校に戻ってくる途中で何かあったのかもしれない。

 

 そう思った次の瞬間、私のスマホが鳴った。

 スマホを確認すると栗原先生からだった。

 

「先生、柑菜の話は聞きましたか!?」

 私は慌てながら発言する。

「他の先生から聞いたわ」

 きっと職員室で会った先生が伝えてくれたのだろう。

 

「今龍王宮に来ているんですけど、見当たらないんです。柑菜は無事なんですか!? もし柑菜に何かあったら…!」

「立森さん落ち着いて。金城さんならその近くにいるはずだわ」

「そうなんですか…?」

「ええ。勇者端末には勇者の居場所が特定できるシステムが備わってるの。それによると防波堤の先端に居るはずだわ」

「分かりました!今から向かいます」

「金城さんのことは頼んだわ。私は授業に戻らないといけないからここで切るわね。」

 電話が切れる。私はスマホを手に持ったまま走り出した。

 

(いた…!)

 言われた通り防波堤に向かうと、柑菜が仰向けで倒れているのが見えた。

「大丈夫か!?」

 私は柑菜に近づきながら声をかける。

 

(すぴー…すぴー…)

 

「え…?」

 柑菜の顔を覗き込んだ私は驚愕した。

「寝てるだけ…?」

 思わず声に出てしまう。

 

「柑菜!」

 私は柑菜を起こそうと大声で呼びかける。

「んー…あれ…私、寝てた…?」

 柑菜はゆっくりと目を開ける。

「…? すずかちゃん…?」

 少し遅れて私のことに気づく。

 

 私はしゃがみ込み、柑菜の肩に両手を置いた。

(…!?)

 肩に手を置く力が強かったのか、その衝撃で柑菜の目が完全に覚めたようだった。

「なかなか帰ってこなかったから心配したんだぞ!」

 私は語気を強める。

「ご、ごめん…」

 柑菜は弱々しく謝る。私の発言に少しばかり驚いてもいるようだった。

「もしこのまま帰ってこなかったらどうしようかと思ったよ。」

「うん…」

 柑菜は更に弱々しい声で返事をする。

(・・・)

 私は黙り込んでしまう。

 

(・・・)

 静かな時間が流れる。

「…すずかちゃんは私のことを心配してここまで探しにきてくれたの?」

 先に沈黙を破ったのは柑菜だった。

「…ああ」

 私は力強く頷く。

「ごめんね…」

 柑菜は再び謝る。

「ごめん…」

 更にもう一度謝ると、柑菜は私の胸に額を当てて泣き出した。

「柑菜…?」

「私、怖かったんだ。敵がどんどん強くなってきて、このままだといつか死んでしまうんじゃないかって思った」

 柑菜の声は涙で震えている。

「最近一人でいると良くないことばかり考えるようになってた。みんなが居るはずなのに、ずっと一人なんじゃないかって思ってすごく心細かった。」

 

 柑菜はずっと一人で頑張ってきた。

 私の前で弱音を吐いたことなんてなかった。

 心配させないよう心に溜め込んでいたのだろう。

 それが今ここで爆発したんだ。

 

 そうだよな。どんなに明るい人間でも、ずっと無理をしてると笑顔になんてなれないよな。

 

 私は柑菜をそっと抱きしめた。

 

 

 数分ほど経っただろうか。柑菜はようやく落ち着いた。

 

「いきなり泣いちゃってごめんね」

「気にしなくていいよ。それより柑菜が無事で本当によかった」

 柑菜の手を取り、一緒に立ち上がる。

「私を探してくれてありがとう」

 柑菜は笑顔で感謝する。その目には涙が一滴残っていた。

 

「そろそろ学校に戻らないとね!」

 柑菜は元気な声で言う。完全にいつもの柑菜が戻ってきた。

「まただいぶ歩くことになるな」

「お詫びも兼ねて私がおぶってあげるよ」

「え…?」

 調子の戻った柑菜は妙なことを言い出した。

 柑菜は勇者に変身し、私に背を向けてしゃがむ。

 

「まさかそれで飛んでいくのか…?」

 私は恐る恐る尋ねる。

「その通り! これなら1分で戻れるよ!」

 そんなの絶対怖いに決まっている。私は不安そうな目で柑菜を見る。

(フッ…)

 柑菜はなぜかドヤ顔だ。

(・・・)

 一瞬断ろうかと考えたが、ここで断るのも気が引ける。

 私は覚悟を決めた。

「じゃあ…お願いしようかな」

 そう言って私は柑菜の背中に掴まる。

「じゃあ行くよー!」

 柑菜は私を抱えて思い切り地面を蹴った。

 

「うわあああぁぁ!!?」

 あまりのスピードに絶叫する。わずか2秒で地面からは数十メートルも離れていた。この高さから落ちるとほぼ確実に死ぬ。

 あまりの恐怖に私は目を閉じて歯を食いしばる。

「最初は怖いけど慣れると楽しいよ!」

 柑菜が何か言っているが、そんなものを聞く余裕はなかった。

 体が上下左右に揺らされる。一瞬でも柑菜から体が離れると、そのまま落下してしまうのではないかとビクビクする。

 私はその一瞬を無くそうと柑菜に抱きつく力が強くなる。頭も柑菜の肩へと持っていき、頬と頬とが触れ合った。

 

「もうすぐ着くよ〜!」

 今度は柑菜の言葉を聞き取ることができた。やっと解放される。結局途中からはずっと柑菜の体温を感じているだけだった。

 

 学校の屋上に着地すると柑菜は私を下ろした。

「怖かったぁ…」

 私はその場に倒れ込む。

「すずかちゃんなら平気だと思ってたんだけど、意外とダメだったんだね。」

 柑菜はしゃがみ込んで私に話しかける。

「あんなの怖がらない方がおかしいよ…」

 私は弱々しい声で反論した。

「確かにちょっと危なかったかな? ごめんごめん」

「ちょっとどころじゃないよ…」

 私はツッコミを入れながら柑菜の顔を見る。

 楽しそうな顔をしている。

(仕方ないなあ…)

 私はゆっくり立ち上がる。

「まあでも一瞬で学校には戻れたよ。まだ授業中だろうし急いで教室に戻ろうか」

「そうだね! じゃあ教室までどっちが速いか競争しようよ!」

 また妙なことを言い出した。

「競争する必要はあるのか…?」

「いいからいいから! よーい、どん!」

 柑菜は教室に向かって走り出した。

(さっきまで泣いてたのに元気だな…)

 

 柑菜は呆れるほど元気で、誰にも負けない眩しい笑顔を持っている。

 持ち前の明るさと笑顔で人を守ることができる。

 私には到底できない憧れだ。

 

 私は自分に無いものを持つ、そんな柑菜を守りたい。

 ……いや、私が守るんだ。

 

 心の中でそう誓い、私は少し遅れて柑菜の後を追いかけることにした。

 

 

◇---◇---◇

今日ほど心が折れそうになったことはなかった。

無理はしてないつもりだったけど、体は正直だった。

そんな時すずかちゃんは優しく抱きしめてくれた。

すずかちゃんが側に居てくれると私もまだ頑張れる気がしてくる。

ありがとう、すずかちゃん。

--神世紀二四一年十月 金城柑菜

◇---◇---◇



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第四話 私も勇者に

今回でストーリーが大きく動きます。
物語全体で見ると次回から中盤に突入する感じです。
序盤は早く終わらせたかったので週2話ペースで投稿していましたが、次回からは週に1話かそれ未満のペースになると思います。


「それじゃあ今日の特訓は終了にしましょうか」

 

 私は金城さんの特訓に付き合っていた。

 今日は1時間ほどの特訓だ。

 以前まではこの倍の時間をかけていたが、最近は勇者の御役目で負った怪我の治療を優先させるため、特訓時間を減らす方針にしている。

 本当は回数自体を減らすつもりだったのだが、金城さんに回数は減らさないでほしいと言われているので仕方なくそうしている。

 

「お弁当とお茶を用意するから待っててね」

 私はそう言って鞄の中からお弁当を取り出す。

(金城さんが特訓回数に拘るのはこれが理由なのかしら…)

 金城さんは特訓回数のことは気にするが、特訓時間については何も言わない。私はそのことにずっと違和感があった。

 特訓の日は欠かさずお弁当が用意される。もしお弁当が理由なのだとしたら、その違和感に説明がつく。

 

 今日もいつものようにお弁当を手渡した。

「ありがとうございます」

 金城さんは笑顔を見せる。

 純粋無垢な笑顔でお礼を言われる度に私はどんな表情をすればいいのか分からなかった。が、今日の笑顔はどこか雰囲気が違っていた。

「それと…」

 金城さんはまだ何か付け足そうとしている。

(……?)

「いつもありがとうって伝えといてください」

 金城さんはそう言ってお弁当箱を受け取った。

(・・・)

 

 この瞬間、私は全てを悟った。

 ああ、これはもう完全に気付いている。

 

 

◇◇◇

 

 

 11月になり、年の終わりを少しずつ感じるようになってきた。

 

 そんな中、私は勇者になろうと奔走していた。

 柑菜を守るには自分が勇者になるのが一番手っ取り早くて確実だと信じているからだ。一緒に戦うことで柑菜の肉体的な負担も精神的な負担も減らすことができる。これ以上に最善の策は存在しないだろう。

 初めのうちは勇者に関する情報を集めるため、図書館やネットなどで過去の資料を漁っていた。しかし、肝心の情報はほとんど見つからなかった。勇者は元々存在していなかったとすら思えてくるほど何もない。

 その方法では埒が明かないと思った私は、次に柑菜から直接話を聞くことにした。それでも柑菜はお役目のこと以外はあまり詳しくなく、大した情報が得られなかった。

 

 そして今私は途方に暮れている。

(どうしたものか…)

 上の空で授業を受ける。

(やっぱり栗原先生に頼むしかないのかな…)

 栗原先生は讃州中学校の教師でもあり、大赦の職員でもある。本当はもう少し情報を集めてから訊いた方が、何も知らないまま交渉するより上手くいくだろうと思い、意図的に避けていたのだが、ほとんど情報が得られない以上、あまり悠長にはしてられない。こうしている間にどんどん時間が流れ、取り返しのつかないことになってしまっては意味がない。

 

 休み時間になったので私は職員室に行き、ダメ元で先生に訊いてみることにした。

「私も勇者にしてください」

 先生は一瞬困惑した表情を見せたが、すぐ冷静になって返答する。

「私にそんな権限はないわ」

「なら巫女と直接交渉すれば勇者にしてもらえますか? 勇者を見出すのは巫女だと聞いています」

 私は食い下がる。

「巫女も神樹様から神託を受けるだけ。巫女が勇者を選定することもないわね」

 先生はそう言うと、少し間を置いてからもう一度口を開いた。

「…立森さん、勇者になるのはやめた方がいいわ」

 その言葉は穏やかなようでとても力強かった。

「神樹様は1人で3か月間耐えられることを見込んで金城さんを勇者に選んでいるの。私たちもそれに合わせて全力でサポートをしている。最初から無計画で事を進めているわけじゃないのよ。あなたが勇者になろうとする行為はその計画の上で不確定要素にしかならないわ」

 柑菜のお役目は3か月間四国をバーテックスの侵攻から守ること。柑菜が勇者になったのが9月の末頃で今が11月の頭なので、柑菜はまだ2か月ほど戦い続ける必要がある。この1か月間は本当に想定通りの展開になっていたのだろうか。

 いくら大赦でも怪我の程度やメンタルの変化までは事前に織り込めないはずだ。柑菜がどれだけ心身共に傷ついても、その計画の範囲内だけで対処することができるのか。

「だから柑菜がどんなに苦しんでても黙って見守ってろということですか」

 私は感情が昂り、言い方が少々キツくなってしまった。

 それでも先生は落ち着いて切り返す。

「そこはそういうものだと割り切るしかないわ。ただ、見守り方にも色々あるはずよ。あなたはあなたのできる範囲で金城さんの力になってあげて。それが彼女にとっても一番の救いになると思うわ」

「……分かりました」

 これ以上は平行線を辿るだけだと感じた私は引き下がることにした。

 結局それしか方法がないのだろう。選ばれなかった人間が勇者になるなんて初めから無理だったんだ。無駄に足掻こうとせず、サポートに徹した方が柑菜の力になれるのかもしれない。私はそれで納得することにした。

 

 先生との会話を終えると、私は教室に戻った。

 柑菜にでも話かけようと思ったが、教室に柑菜は居なかった。

 待っても柑菜は戻って来ず、次の授業が始まった。

(もしかして戦闘があったのかな…?)

 

 それから30分後のことだった。

 

 栗原先生が慌てて教室に入ってくる。

「立森さん、ちょっといいかしら」

 先生は私を廊下に呼び出した。

 

「さっきあなたのお母さんから電話があったの」

「お母さんからですか…?」

 お母さんが学校に電話を入れるなんて珍しい。

「私も話を聞いたけど、あなたにはお母さんの方から直接話したいと言っていたから、今すぐ人に聞こえない場所で電話をかけてもらえる?」

「はい…分かりました」

 一体何の話だろうか?

 

 私は言われた通り、人気のない階段の踊り場で電話をかけた。

「もしもしお母さん…」 

 私が声を発するとお母さんはそれに被せる勢いで喋り出した。

「お父さんが事故で病院に運ばれたの。今から学校迎えに行くから、鈴風は帰る準備をして待っててくれる?」

「え…?」

 その言葉を聞いた瞬間、私の頭は真っ白になった。

 

 

 私とお母さんは病院の手術室前で座っていた。

 話によると、お父さんは横断歩道の補修作業に協力していたところ、電柱の倒壊事故に巻き込まれて意識不明の状態が続いているらしい。

 重く静かな時間が流れる。

 

 1時間後手術室から医師が出てきた。

「お父さんは無事なんですか…!?」

 お母さんが泣きそうな声で尋ねる。

「手術自体は成功しました。ただ…まだ意識が戻ってません。ここから目を覚ますかどうかは…」

 その言葉を聞き、私は最悪を想像する。

 その時恐怖を感じた。私の知らないところで大切な人がいなくなるかもしれない恐怖。その可能性が今すぐにでも起こりそうな恐怖。そんな経験はしたくない。

 

 幸い、お父さんの意識は数時間後には戻った。

「心配かけてごめんな」

 病室のベッドで横になっているお父さんが私の手を握ってくる。

「うん…」

 握り返した私の手は静かな覚悟で震えていた。

 

 この出来事で私の勇者になりたいという気持ちはますます強くなった。

 勇者の戦いは私の知らないうちに始まり、知らないうちに終わる。何もできないまま後悔するのだけは嫌だ。

 これはもう大赦の神官と直接交渉するしかない。

 

 

 土曜日になると私は電車に乗って徳島へと向かった。

 勇者のことを調べた時に一緒に大赦の情報も集めていた。大赦の所在については一般人に公表されていないが、大赦管轄の土地を調べ、ある程度絞り込むことができた。その中でも徳島県三好市は特に大赦によって管理されている立ち入り禁止の場所が多い。そこまで行けば少なくとも大赦の神官に会える確率は高そうだ。

 

 三好市までやって来ると、スマホのメモを見ながら神官を探した。大赦のことを深追いすると消されてしまうという噂もあったが、そんな眉唾物の情報は気にしない。立ち入り禁止の場所だろうがお構いなしに足を踏み入れた。

 

「そこで何をしているのですか」

 私の侵入に気付た神官が近づいてくる。やっと見つけた。

「私は金城柑菜の友人です。大赦の方に直接お願いがあってここまで来ました。私も勇者として戦わせてもらえませんか」

 立ち入り禁止場所に侵入している時点で交渉は難しいだろう。それでも何も言えないまま追い返されるのだけは避けたい。私は話を相手のペースにされる前に本題をぶつけた。

「・・・」

 神官はしばし無言になる。仮面をつけているせいで表情が分からない。

「貴方が立森鈴風さんですか。残念ながら貴方を勇者にすることはできません」

 神官は不気味なほど淡々と喋る。神官の底知れない不気味さに一瞬怯みそうになったが、ここで断られるのは想定済みだ。

「柑菜はまだ2か月弱も戦い続けなければならないんですよね。その2か月間耐えられる確証はあるんですか」

 私は大赦が力不足に感じている点はないか探ろうとした。もしそれが見つかれば私も何か協力できるかもしれない。

「もちろん我々にはあります。計画は極めて順調に進んでいます」

(極めて順調…?)

 そんなはずはない。柑菜の心は私の知らないところで傷ついていた。もしかしたら他にも傷を隠しているかもしれない。大赦はそんな心の傷まで把握しているのか。それてもそれを知った上で極めて順調だと言っているのか。

「ふざけないでください! 柑菜だって人間なんです。ずっと一人で無理をしていれば、必ず心にしわ寄せがきます。それが不幸に繋がるかもしれないじゃないですか! 大赦はそんな心の動きまで読めているんですか! 」

 冷静に話すつもりだったが、神官の発言につい怒りを露わにしてしまった。

「柑菜の心は既に傷ついていました。大赦はそのことを知っているんですか! それを知った上で極めて順調と表現するのなら、それは薄情だと思います。そんな薄情な方たちが勇者を守れるとは思えません!」

「落ち着いてください。このすぐ近くには巫女の教育施設があります。あまり大声を出されると施設に迷惑がかかります」

 神官は抑揚のない声で喋る。その言葉からは一切の感情を感じられなかった。

「それにそもそも勇者の数を増やすなら、そこに多くのリソースを割くことになります。当然時間もかかります。貴方はあと2か月と言いましたが、逆に言えばもう1か月が経っています。今から勇者になろうとしても、勇者になれる頃には御役目が終わっているかもしれません」

 私は勇者を1人増やすのにどれだけの人と時間が必要になるのかを知らない。神官の言うことが真実なのであれば、私が勇者になる頃には既に3か月が経っているかもしれない。でもそれはそれでいいじゃないか。何もせずに後悔するよりは遥かにマシだ。

「それでも私は…!」

「もういいでしょう」

 突然神官が私の言葉を遮った。

「これ以上話すことはありません。お帰りください」

 神官は背を向けて立ち去ろうとする。

「待ってください…!」

「侵入の件は不問にします。もうここには来ないでください」

 私は呼び戻そうとしたが、神官はそのまま去ってしまった。

 

 結局説得させることはできなかった。それでも望み薄かもしれないが、今回の行動で大赦の動きに何か変化が起こる可能性はある。私はその僅かな可能性に賭けよう。

 私は諦めて帰ることにした。

 

 

 私は帰りのバスに揺られている。

 いつの間にか夕方になり、空が夕陽に染まっていた。

 

 バスで駅まで向かった後は電車に乗り換えないといけない。家に着く頃には暗くなってそうだ。

 

「ご利用ありがとうございました」

 私の前を座っていたおばあちゃんが降車し、私一人になる。

(次で降りよう)

 バスの扉が閉まる。

 

 異変に気づいたのはその直後だった。

 

 バスがなかなか発車しない。

 外に目をやると、バスを降りたおばあちゃんの動きが止まっている。

(あれ?)

 不思議に思って辺りを見回すと、人も車も全てが停止していた。

(これってまさか…)

 柑菜から敵襲の直前には時間が停まると聞いたことがある。

(樹海化…!?)

 次の瞬間私は眩しい光に飲み込まれた。

 

 

 目を開けると鈴風は樹海の中にいた。

 辺り一面に植物の蔓が広がっている。

(なんで私が…?)

 突然の出来事に理解が追いつかない。

 

 空を見上げるとそこには得体の知れないものが大量に浮遊していた。きっとあれがバーテックスなのだろう。

 初めて見るバーテックスの不気味さに圧倒される。柑菜はあんなのと戦っているのか。

 

(もしかして私も勇者になれるのか…!?)

 鈴風は慌ただしく自分のスマホを取り出す。

 確か柑菜はスマホを使って変身していたはずだ。

(どうやって変身するんだ?)

 色々触ってみたが、何も起こらない。

 何の変哲もないただのスマホだ。

(あれ…変身できない…)

 鈴風は次第に焦りが強くなる。

 

 鈴風の気配を感知した星屑が遠くから迫ってきた。生身で戦っても勝てないだろう。このままだと確実に殺されてしまう。

(まずい…! 今すぐここから逃げないと…!)

 鈴風は星屑から背を向けて逃げようとする…が、人間のスピードで逃げ切ることは不可能だった。次に振り返った時にはもう目の前に迫っていた。

 星屑の突進が直撃し、勢いよく吹っ飛ばされる。

「ぐぼっ…!?」

 樹海の蔓に叩きつけられ、大量の血を吐いた。

 鈴風は力無く地面に落下する。

(体が…動かない……)

 星屑はまだ鈴風のことを狙っている。なんとかして星屑の攻撃が届かない蔓の隙間に隠れたかったが、体が思うように動かせない。

 星屑が鈴風に噛みつこうと再び襲い掛かる。

 

 私は死を覚悟した……が、

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 叫び声と共にバーテックスが粉砕される。

「柑…菜……」

 間一髪のところで柑菜が横から助けに入った。

 柑菜は鈴風の前に着地する。

「すずかちゃん!? 何でこんなところに!?」

 口から大量の血を流す鈴風を見て柑菜は深刻な表情を浮かべる。

「バーテックスは全部私がやっつけるから、すずかちゃんはそこでじっとしてて! 絶対死なないで!」

 柑菜はそう言うとバーテックスの方に振り返り、怒りと憎しみに満ちた目で敵を睨みつける。

 

 鈴風は空へと向かっていく柑菜を見たのを最後に意識を失った。

 

 

 目を開けると視界には白い天井が広がっていた。

(私生きてたんだ…)

 体を動かそうとすると鋭い痛みが走る。

(ぅぐ…)

 これはしばらく動けそうにない。

 柑菜を守ろうとしていたのに結局柑菜に守られただけだった。お父さんに続いて私も大怪我を負ったことで親にも心配をかけただろう。自分の無力さを痛感する。体の痛み以上に悔しさを感じた。

 

 その後私は入院することになった。

「立森さんおはようございます。今日の調子はどうですか?」

 女医さんが話しかけてくる。

「体の痛みがずっと続いています」

「疼痛は長引くかもしれません。鎮痛が不十分だとせん妄のリスクにも繋がるので、痛みが激しい場合は無理せず教えてくださいね」

「分かりました…」

「そうそう、それと立森さんに伝えることがあるの」

 女医さんは真面目な話から一転、フランクな感じで話し出す。

「今日は大赦の方が面会に来られるようですよ」

 その言葉に私は驚いた。ここに神官がやって来るのだろうか。私からも色々聞きたいことがあったのでいい機会だ。

 

 しばらく待つと約束の時間になった。

 病室の扉が開く。

 

 そこから現れたのは大赦の神官…ではなく、私と同じくらいの年齢に見える少女だった。

 

「はじめまして。立森鈴風さんですよね」

 

「はい…」

 まさか子供が入ってくるとは思わなかった。

 私は目を丸くする。

 

「私は巫女の花折友奈(はなおりゆうな)です」



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第五話 巫女の友奈

今回から数回、前書きでメインキャラ3人の名前に関する設定を深掘りしようと思います。
今回は一人一人に着目して、名前を決める上で元となったものを紹介します。

金城柑菜は『金柑』、立森鈴風は『風鈴草』という花が元になっています。
一方、花折友奈は『花は折りたし梢は高し』という諺が元になっています。

花言葉や諺の意味を知ってから読むと、もしかしたら見方が少し変わるかもしれません。


 入院中の私のもとに一人の少女が訪れた。

 その少女は花折友奈と名乗り、今私の横に座っている。

 

「花折さんって確か柑菜の巫女ですよね」

 巫女の存在は既に柑菜から聞いている。花折友奈という名前もその時聞いた。

「はい。スズカ先輩のことはカンナ先輩からよく聞いています。私のことは呼び捨てでいいですよ。敬語も必要ありません。私はスズカ先輩の1歳年下で後輩に当たりますから」

 少女は落ち着いた様子で話す。

 

「…わかった。それで今日は友奈一人みたいだけど、何の用なんだ?」

 私は大赦の人間が訪れると聞き、てっきり大人の神官が来るとばかり思っていた。それが蓋を開けてみれば、私より歳下の少女が一人入ってきただけだった。大赦は一体何を考えているのだろうか。

「実際は外に神官が待っています。私からお願いしてここには一人で来ることになりました。私はスズカ先輩に謝罪がしたかったんです」

 友奈一人でここまで来たのかと思っていたので、神官が外で待っていると聞いて少し安心した。それでも謝罪とは一体。

「謝罪…?」

「今回の出来事は全て私のせいで起こったことです。本当にすみませんでした」

 友奈は深々と謝る。

 私は一瞬言っている意味が理解できなかったが、友奈はすぐに詳細を語り出した。

 

「私は大赦で最も神樹様に近しい存在です。スズカ先輩が神官さんと言い合っていた時、その2人の声が私の耳にも届いていました。私はスズカ先輩の意見に共感しました。だから私はスズカ先輩が勇者になれるよう願ったんです。その願いが最悪の形で神樹様に届いてしまったんだと思います。」

 確かに神官はあの時近くに巫女の教育施設があると言っていた。もしかしたら友奈はそこにいたのだろうか。

 それはそうと、友奈は今願いが神樹様に届いたと言った。もしかして、友奈の力を借りれば私も勇者として戦えるのだろうか。

「謝らなくていいよ。私も勝手なことをしすぎた。それより、友奈は神樹様の行動に影響を与えられるのか?」

 友奈は静かに頷く。

「だったら私を勇者にしてもらえるようもう一度神樹様に頼んでくれないか。私も勇者になって柑菜を守りたいんだ。だから…お願い」

 今度は私が友奈に頭を下げた。

 

「スズカ先輩… 気持ちは分かりますが、先輩は一度樹海に飛ばされて死にかけています。もう一度同じ目に遭わせるわけには…」

 友奈は心配の表情を見せる。

「それは私が勇者の力を持ってなかったからだ。神樹様に正式に選ばれたら、大赦の人だって私を勇者にしようと動いてくれるんじゃないか?」

 浅はかな考えかもしれないが、私が勇者になるにはもうそれしか方法が思いつかない。

 

「確かに神樹様から神託を引き出せれば、大赦の皆さんは動かざるを得ないかもしれません。ですが、神託を引き出すのは私の力でも難しいです。それに、出世のために"勇者の子を持つ親"という称号を欲しがる大赦の人間は多いです。実際大赦の中から2人目の勇者を輩出しようとする動きもあります。そんな中ただの一般人が勇者になれば、少なからず反感を買われるかもしれません。もちろん神樹様に一番近い私も…」

 

「ちょっと待ってくれ。大赦は勇者を増やそうとしているのか? 柑菜はその話を知っているのか?」

 そんなことは初めて聞いた。柑菜からも聞いたことがない。

「本当に最近の話ですが…。現状では反対勢力の方が強いのでカンナ先輩にはまだ伝えてません」

 友奈は言いづらそうに喋る。

 

「実は最近バーテックスの侵攻が3か月では終わらない可能性がでてきました。そのことだけはカンナ先輩に伝えてます。そしてそれに乗じて身内を勇者にしようとする動きが徐々に目立つようになってきました。その野望のために私を利用しようする人もいます。それでも私は、そんな人たちに加担するくらいならスズカ先輩が勇者になった方がいいと思ってます。だからあの時私はそうならないかと願ってしまったんです。」

 

 侵攻が3か月で終わらない可能性。私はその言葉を聞いて驚愕した。

「そんな…この前の神官は極めて順調に計画が進んでいると言ってたのに… 栗原先生だって巫女は勇者を選ぶことはできないと言ってそんな動きがあることを感じさせなかったんだ… あれは全部嘘だったのか…?」

 話を聞けば聞くほど大赦への不信感が募る。

「栗原さんはスズカ先輩をトラブルに巻き込ませたくないという優しさでああ言ったのかもしれません。神官さんだって、悪意もあるかもしれませんが、一般人に勇者のお役目について簡単に話すわけにはいかないと思います。あまり責めないであげてください」

 友奈は悲しそうな顔で擁護する。

「・・・」

 私はつい無言になってしまった。果たして大赦にこのまま全てを任せて本当に大丈夫なのだろうか。

 

「まあ、とりあえずはスズカ先輩が無事そうで良かったです」

 私がしばらく黙っていたところ、友奈が再び喋り出した。

「それじゃあ私はそろそろ大赦に戻らないといけないので… 色々話せて良かったです」

 友奈はそう言うと席を立つ。

 

「もう帰るのか…?」

「はい。本当はこの後カンナ先輩にも会いたかったんですけど、そんな時間はないと断られました。それくらい私には自由な時間がないんです。」

「そっか…友奈も忙しいんだな…」

 巫女が普段何をしているかのイメージはあまり湧かなかったが、きっと修行などで色々忙しいのだろう。

「スズカ先輩…」

 帰ろうとしていた友奈だったが、扉の前で足を止めて振り返った。

「カンナ先輩のことを一番近くで守れるのはスズカ先輩だけです。カンナ先輩のことをよろしくお願いします」

 

 柑菜を守る…

 

 今がその最大のチャンスなんじゃないのか?

 こんな機会はもうないかもしれない。

 

「待って、友奈!」

 私は帰ろうとする友奈を呼び止める。

「やっぱり私を勇者にしてくれないか」

 私は友奈にもう一度同じことを頼む。ついさっきとは違う真剣な表情。今ここで友奈を説得するしかない。私も勇者になって柑菜を守るんだ。

 

「スズカ先輩…」

 友奈は一瞬困惑したが、私の目を見て覚悟が伝わったようだった。

「分かりました。大赦に戻ったら私から神官と交渉してみます。すぐに結論はでないかもしれませんが、何かあれば私からスズカ先輩に連絡します。先輩の連絡先を教えてください」

 友奈の表情も真剣になる。私は連絡先を教えた。

「いい知らせができるよう頑張りますね!」

「ああ。ありがとう、友奈」

 

 

 その後私はまた一人になった。

 何もできないまま無の時間だけが流れていく。

 

 時々柑菜が会いに来てくれたが、やって来る度に傷が増えていた。私が把握できるのは手と顔の傷くらいなのだが、それでも傷の増加が分かるほどだった。きっと見えない部分はもっと悲惨なことになっているのだろう。

 柑菜は学校で起きた面白い出来事や期間限定のお菓子が美味しい話など、色んな話を楽しそうにしてくれる。柑菜とお喋りをしている時は楽しかったが、柑菜が帰った後はまた会えるのだろうかという不安と恐怖に支配されていた。

 

 時間の経過とともに怪我が増えていく柑菜と怪我が治っていく私。その違いを意識する度に何もできない自分が嫌になっていく。

(友奈はうまくやれてるかな…)

 私は友奈がうまくやってくれるのを信じることで精神をなんとか保たせていた。

 

 そして12月8日、私は約1か月の入院の末、ようやく退院することになった。

 私は女医さんに頭を下げて病院を後にする。

 

 その帰り道、まるで私の退院を待っていたかのようなタイミングで友奈から吉報が届いた。

 

「スズカ先輩! 大赦から許可が下りました!」

 

 

◇◇◇

 

 

 今日はすずかちゃんが退院してから初めての学校だ。

 

「それにしてもすずかちゃんと二人で登校するのは久しぶりだね!」

 私は久々にすずかちゃんと学校に通えるのが嬉しくて、一緒に登校しようと約束していた。二人で登校するのは滅多にないことだ。

「そもそも私は学校に行くこと自体が久しぶりだけどな。久しぶりの授業にちゃんとついていけるといいなあ…」

 私たちはお喋りをしながらゆっくり学校へと向かった。

 

「そういえば、すずかちゃんは私に何か話があるんだよね?」

 今日の約束をした時、すずかちゃんは私に会って直接話したいことがあると言っていた。一体何の話なんだろう。

「……柑菜に大事な話があるんだ」

 道の途中ですずかちゃんは突然足を止めた。

 ずっと横に並んで歩いていたが、私の反応が遅れて2歩ほどすずかちゃんの前に出る。

 

「すずかちゃん?」

 私はすずかちゃんの方に振り返る。

「私も勇者になって柑菜と一緒に戦える日がもうすぐ来るかもしれない」

「え…?」

 すずかちゃんの口からは全く思ってもみなかった言葉が発せられた。

「実は私の入院中、友奈に会って私を勇者にしてもらえないかと頼んだんだ。友奈の交渉のおかげでその話が大赦からも認められて、今は勇者を増やすための準備をしている段階らしい」

 すずかちゃんが入院中にゆうなちゃんと会っていたなんて知らなかった。しかもすずかちゃんが勇者になるなんて、そんな話は一切聞いていない。

「私そんな話聞いてない…」

「決まったのがつい昨日の話なんだ。多分もうすぐ柑菜のところにもその話がくると思う」

 

 急な話に理解が追いつかない。ただ一つはっきり分かるのが、すずかちゃんもバーテックスとの戦いに巻き込まれるということ。その瞬間、私の頭にすずかちゃんがバーテックスに殺されそうになったあの日のことがよぎった。

「やめて…」

 私の声が震える。

「お願いやめて…! すずかちゃんは勇者にならないで…!」

「柑菜…?」

 必死の叫びにすずかちゃんは驚いた表情を見せる。

「私は柑菜の力になりだけ… 柑菜を守りたいだけなんだ…! 私の知らないところで戦って、私の知らないところで傷ついていく柑菜はもう見たくない…! 分かってくれ…」

 すずかちゃんも必死になって訴える。

 

「分かってる…! 分かってるけど、私だってすずかちゃんが傷つくところは見たくない…! すずかちゃんがバーテックスに襲われて意識を失った時、あのまま目を覚さないんじゃないかと思ってすごく怖かった。もう二度とすずかちゃんと会えなくなるかもしれないと思うと涙が止まらなかった。私のお母さんも同じだった。お母さんも私を庇って事故に遭った。もう私のために大切な人が不幸になるところは見たくないよ…」

「あの時は勇者の力がなかったからああなったんだ。でも今度は違う。ちゃんと戦える。それに私にとって最大の不幸は何もできないまま柑菜を守れずに後悔することだ。 私は後悔したくない。柑菜にはずっと笑顔でいてほしいんだ…!」

 

「すずかちゃん…」

 すずかちゃんの優しさが痛いほどに突き刺さる。

 本当はそう言ってもらえて嬉しかった。でもごめんなさい。それでもすずかちゃんには勇者になってほしくない。

 私は涙が込み上げるのを我慢できなかった。目から涙が流れ落ちる。

 

 私は思わず走り去ってしまった。

「柑菜! 待って…!」

 

 どんどん強くなっていく敵。

 お役目が3か月では終わらない可能性。

 終わりの見えない戦いに大切な人を巻き込みたくない。

 2人で勇者になってもきっと2人とも死ぬだけだ。

 

 

 この日、私とすずかちゃんが話すことはなかった。せっかくまた一緒に学校に通えるようになったのに、お互い今朝のことを思い出して声をかけられずにいた。

 

「金城さん、朝から元気がないみたいですが何か悩み事ですか?」

 休み時間に私の様子を心配した栗原先生が声をかけてくる。私は廊下で先生と話すことにした。

「すずかちゃんがもうすぐ勇者になるみたいなんです」

 私は正直に先生に言う。

「立森さんが…?」

 先生は驚いている。先生も知らなかったのかな。

「そんなの大赦の人間が許すはずないわ」

「でも、ゆうなちゃんの交渉で大赦から認められたと言っていました。既に勇者になるための準備が進んでいるらしいです」

 私はそう聞いたんだ。あの言い方からして本当なんだと思う。

「いくら花折さんでも大赦を大きく動かすことはできないはずだわ。神託だってまだ……いや、まさか…」

 そう言うと先生は沈黙した。その瞬間、先生は何かを察したようだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 12月中旬、私は大赦に訪れた。

 金城さんから立森さんが勇者になるという話を聞いた時、私の頭にとある人物の顔が浮かんだ。きっと立森さんが勇者になる許可が下りたのは、あの人の働きかけが大きいだろう。

 

「栗原さんじゃないですか! 大赦に来るのはかなり久しぶりですよね。何か用でもあるんですか?」

 私のことに気づいた神官が話しかけてくる。

 

「今日は金城(きんじょう)さんに用があるんですよ」



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第六話 必ず来る幸福(前編)

『必ず来る幸福』は立金花の花言葉です。
立森鈴風、金城柑菜、花折友奈の一文字目を組み合わせると立金花になります。
キャラクター紹介の時点でこのことに気づいた人もいたのではないでしょうか。

そして今回は日常回です!
前編と後編で分かれていますが、次回は回想メインの予定なので、日常メインは今回だけです。


私は大赦にやって来た。

 花折さんの交渉で立森さんが勇者になることに決まったという話を聞いた時、私は耳を疑った。大赦がそんなことを許すはずがない。でも、それを現実にできる、そして現実にしたがる人物に一人だけ心当たりがある。今日はその人と話がしたい。

 そして今、その人物と向かい合っている。

 

金城(きんじょう)さん。立森さんが勇者になれるよう裏で手配をしたのはあなたですよね?」

 金城さんは柑菜ちゃんの実の母親であり、大赦内でもそれなりの権力者である。あの子のことは母親なりに気にかけており、勇者を2人に増やすかどうかの議論が一部で起こっている今なら立森さんを勇者にしようと動くのも頷ける。

「ええ。そうよ。立森さんがあの子のことを大事に思ってくれていることは知っている。立森さんならきっとあの子を守ってくれるわ」

 金城さんはあっさりと認めた。

「でも、柑菜ちゃんは立森さんが勇者になることをあまり望んでいない様子でした」

 私はあの子が乗り気じゃないことをそのまま伝える。

「どうして…?」

「恐らく大事なお友達が戦闘に巻き込まれるのが嫌なのでしょう」

 まず一番に考えられるのがその可能性だ。事実、以前立森さんがバーテックスの襲撃に巻き込まれて入院していた間、あの子はずっと暗かった。もうあんな経験はしたくないだろう。しかし、可能性はそれだけじゃない。

 

「それと私の予想ではもう一つ理由があると思ってます。それが金城さん、あなたです」

「私…?」

「柑菜ちゃんはあなたが特訓の日に毎回お弁当を作っていることに気づいていました。話を聞くと、あなたと柑菜ちゃんが離れ離れになるしかなかった事情も大体知っているようでした」

「それが理由とどう関係するの?」

「柑菜ちゃんはあなたのことを気にしているんですよ。私一人で頑張ればお母さんが報われると、そう思っているのではないでしょうか」

 あの子は優しい心を持っている。大切な人のためなら自分が苦しむことも厭わない、自己犠牲に近い優しさだ。今その自己犠牲の精神が誰も得しない方向に働こうとしている。私にはそれを止める責任がある。

 

「…あなたは柑菜ちゃんに会うべきです」

「私は理由はどうあれあの子を見捨てた最低の親よ… 今更どんな顔をして会えばいいの。私があの子にしてやれることなんて、せいぜいこうして遠くからサポートするくらいよ…」

「柑菜ちゃんはあなたが最低の親だとは思っていません。あなたの愛情もちゃんと伝わっています。それが彼女の負担になるくらいに…」

 あの子は多くのことを背負い過ぎている。あの子はまだ中学生だ。もし金城さんがあの子の心の負担になっているのなら、私は今ここでその負担を取り除く為に一歩前進させなければならない。

「もう卑屈になるのはやめにしませんか。子供の成長は早いです。10年近くも会っていないと、柑菜ちゃんのことはもはや何も知らないのに等しいと思います。良かれと思ってやったことが却ってあの子の負担になってしまっては意味がありません。だからこそ、一度家族で直接話し合う時間が必要だと思うんです」

 私は金城さんのことはよく知っているので、あまり強く言うことができない。それでも金城さんには心の底から変わってほしいと思っている。

「金城さん。あの子を本当に大切に思っているのだったら、お願いです…」

 

「……分かったわ。あの子も頑張ってるのに、私がいつまでも後ろ向きじゃだめだよね。私も変わるわ。年末年始は時間があるから、その時あの子に会いに行ってみるよ」

 私はついに金城さんから自分の子供と向き合う言葉を引き出すことに成功した。

 

 

◇◇◇

 

 

 今日は12月14日の土曜日。

 寒空の下、私は駅前に立っていた。

 

「おお〜い! すずかちゃ〜ん!」

 遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。柑菜だ。

「いつから待ってたの? 寒かったでしょ?」

 柑菜は手袋をしていない私を見て真っ先に心配の言葉をかけた。

「今来たばかりだ。寒さは…まあ、大丈夫」

「またまたぁ〜。手も赤くなってるし本当は寒かったんでしょ〜?」

 柑菜が手袋を嵌めた両手で私の左手を握ってくる。

(・・・)

「どう? あったかいでしょ!」

 ・・・つん。私は真顔のまま冷たい右手で柑菜の頬をつついた。

「ふひゃっ!?」

 柑菜の口から変な声が漏れ出る。

「すーずーかーちゃーん!」

「ちゃっと悪戯したくなっちゃったんだ。ごめんごめん」

 私は悪気がなさそうに謝る。柑菜はむっとした。

(あとは一人だな…)

 

 しばらく2人で待っていると、駅に電車が止まる音が聞こえた。

「ゆうなちゃん!」

 駅の改札から友奈が出てきた。友奈は今日だけ特別に大赦から一人で香川に来ることが許されている。今日はこの3人で遊ぶ約束をしている。

 

「カンナ先輩〜!」

 友奈は柑菜に強く抱きついた。

「ずっと会いたかった…」

 友奈の目から一粒の涙がこぼれ落ちる。

「友奈…お前…泣いてるのか…?」

 私には友奈がなぜ泣いているのか分からなかった。

「そんなに私に会いたかったの〜?」

 柑菜は少し困惑しながらも嬉しそうにしている。

「だって……だって…」

 友奈はしばらく柑菜を離さなかった。

 

「先程は取り乱してすみませんでした…」

 落ち着いた友奈は頭を下げて謝罪する。

「直接会うのは初めてだったから、きっと感極まっんだよ!」

 何故か柑菜が事情を説明した。

「……そうなんです」

 不自然な間があったが、友奈は頷いた。

「2人は一度も会ったことがなかったのか?」

「会いたくても大赦が会わせてくれませんでした。私がカンナ先輩の巫女になってからもずっと電話で連絡を取り合っていただけだったんです…」

 私はてっきり既に何度も会っているとばかり思っていたので意外だった。

「それが今日会わせてくれたんだから奇跡だよ! 今日はいっぱい楽しもうね!」

 柑菜は友奈の手をとった。

「行きたいところがあればどこでも言ってね!」 

「はい!」

 友奈は笑顔で返事をする。

「そしたら私、うどん屋に行きたいです!」

 

 

 私たちは友奈をオススメのうどん屋に連れてきた。

「これが本場の讃岐うどん…!!」

 お盆の上に置かれたうどんと天ぷらを目の前に友奈は興奮している。まだ一口も食べていないのにこの高揚っぷりだ。

「いただきます!」

 友奈は満を辞してうどんをすすった。

「美味しい…」

 友奈はあまりの美味しさに天を仰いだ。友奈が巫女だからなのか、天を仰ぐ様子にどこか神聖さを感じた。

「まさかこんなに美味しいとは思いませんでした…! 絶妙な歯ごたえと喉越しに、少し遅れてやってくる小麦の風味とほのかな甘み。何から何まで最高すぎますよ!」

 友奈はいきなり早口で喋り出した。

「よかったな」

 友奈が満足そうで何よりだ。

 

「それにしても、ゆうなちゃんはうどんとかき揚げは別皿派なんだね!」

 柑菜は友奈がうどんとかき揚げを分けていることに触れる。

「え…? 特に気にしてなかったですけど、言われてみればそうかもしれません」

 友奈は少し困惑気味だ。

「ほら! やっぱりかき揚げは別皿で食べるのが一番なんだよ!」

 柑菜は何故か勝ち誇った顔をしている。

「いやいや、それでも私はうどんに乗っける方がいいと思ってる!」

 私は柑菜に張り合った。

「い、いきなりどうしたんですか…?」

 友奈は訳がわからず狼狽えている。

 

「かつてうどんにかき揚げを乗せるか乗せないかで論争したことがあったんだよ。天ぷらの中でもかき揚げ限定で」

 柑菜は友奈に事情を説明をする。

「やっぱりかき揚げは、別皿にとっておいてサクサク状態のまま食べる方が美味しいと思う! ゆうなちゃんもそうだよね?」

 柑菜は改めて友奈を別皿派に引き込もうとしている。

「私もかき揚げと言えばサクサク食感のものが……」

「ちょっと待った!」

 私は友奈が完全に丸め込まれる前に待ったをかける。

「他の天ぷらならそれでいいさ。でもかき揚げだけは違う。かき揚げはたっぷりダシを吸わせてホロホロと崩しながら食べるのが一番美味しいと思う。かき揚げ単体だと若干むつごさがあるが、ダシに浸すことで格段に食べやすくなるはずだ!」

 私はかき揚げを乗せる良さを語る。

「かき揚げが巨大なうどん屋も多いと聞きます。そんな場合なんかは確かに浸して食べるのも……」

「ちょっと待った!」

 今度は柑菜が待ったをかけた。

「わざわざ乗っけなくてもうどんと交互に食べればむつごさなんか感じないよ。それに、かき揚げをダシに浸しちゃうとダシの味が強く染み込んじゃうし、ここはやっぱり素材の味がよく分かるそのままが一番!」

 

 議論は平行線を辿っている。

「ここはゆうなちゃんに決着をつけてもらおうよ!」

「ああ。そうしよう」

 この時初めて意見が一致した。

「えっ? えっ? ちょっと待ってください…」

「ゆうなちゃん!」

「友奈!」

「わ、私は、初めはそのまま食べて、途中からダシに浸して食べるのが好きです…」

 結局友奈は片方だけの味方につくことはしなかった。

 

 

 うどんを食べた後、私たちはショッピングモールにやってきた。モール内は完全にクリスマス仕様になっている。

 

「そういえばもうすぐクリスマスだな」

「大赦のところにもサンタさんはやって来るの?」

 柑菜は率直な疑問を投げかける。

「幼い頃は私のところにも来てましたよ」

「そこは私たちと変わらないんだな」

「大赦ではサンタさんの格好をする時もあの仮面をつけるのかな?」

「どうなんでしょう… 私はサンタ姿の神官さんには会ったことがないので…」

「サンタ姿の神官か…」

 仮面をつけたままサンタの格好をする神官を想像すると、ちょっと面白かった。

 

「あっ、あれみて!」

 話の途中で柑菜が突然指を指す。指の先にはコスプレをした老若男女の姿があった。その近くにはクリスマスコスプレ会場と書かれた看板が立っている。

「衣装の無料貸出もやってるみたいだよ! ちょっとのぞいてみようよ!」

 友奈が看板に書かれてある無料貸出という言葉に吸い寄せられる。意外にも友奈が乗り気だった。

 

 会場内に入ると、そこには小さなサンタ帽から大きな雪だるまの着ぐるみまで様々な種類の衣装が並べられていた。

 友奈はそこからトナカイのカチューシャとヒゲ付きのサンタ帽を選んで持ってくる。

「これとかどうですか! トナカンナ先輩とサンタクロースズカ先輩です!」

 友奈は目を輝かせている。まるで柑菜みたいだ。

「サンタクロースズカって…あまり語感が良くないなあ…」

 ぶつぶつ言いながらも私は帽子を受け取った。

「じゃあ、ゆうなちゃんは花折雪だるまだね!」

 柑菜の手にはいつの間にか雪だるまのパーカーが握られていた。

「もはや名前の成分が消えてるような…」

 私はボソボソとツッコむ。

「いいですね! 早速着替えてきます!」

 私のツッコミは誰にも聞こえてなかった。

 

「どうでしょうか!」

 パーカーを着た友奈が着替えスペースから出てくる。

「おお! すごく可愛いよゆうなちゃん!」

 柑菜は大興奮だ。

「頭に乗ったシルクハット風のバケツがいい感じだな」

「これのせいでフードがちょっと重いです」

 確かに少し重みのありそうな見た目をしている。

「それにしても…スズカ先輩のはあまり似合ってないですね…」

 友奈は思ったことを忌憚なく言う。

「ふふっ… やっぱりゆうなちゃんもそう思うよね! 私もずっと笑いそうだったよ! あははは!」

 そう言いながら柑菜は大笑いしている。

「柑菜はほとんど変わってないな…」

 柑菜はカチューシャをつけただけなので見た目がほとんど変わっていない。私は見た目の変わらない柑菜に笑われたことが不服だったので、他にいいアイテムがないか探しに行った。

 

 30秒後、私は2人のところへ戻ってきた。

「柑菜、トナカイならこれも必要なんじゃないか?」

 柑菜にトナカイの赤鼻を差し出す。

「なんかでっかくない…?」

 柑菜は困惑している。

 赤鼻は1人1個まで持ち帰り可能と書かれたかごの中に置かれてあった。様々なサイズのものがあったが、私は柑菜に一矢報いたくてその中で一番大きなものを持ってきた。

「赤鼻をつけたカンナ先輩も見たいです!」

 友奈はこっち側につく。

「わ、わかったよ…」

 柑菜は仕方なく赤鼻をつけた。

「いい感じじゃないですか! 可愛いです!」

 友奈は目を輝かせている。

「ほんと? えへへ…」

 柑菜は友奈に褒められて嬉しそうにしている。

(あれ…?)

 私はもっと恥ずかしがるのを期待していたが、思った通りの結果にはならなかった。

「あれ? この赤鼻って1人1個無料でもらえるんだね」

 柑菜が赤鼻のかごに気づく。

「そうなんですか!? 私もつけたいです!」

 友奈が食いついた。

「だったら3人お揃いにしない? ねっ、すずかちゃん!」

「えっ…私は…」

 柑菜が澄んだ瞳で見つめてくる。

「……つ、つけます…」

 

「すずかちゃんがさらに面白いことにっ…!」

「くっ…」

 結局私が恥ずかしい思いをしただけだった。

「あのー、せっかくだし3人で写真を撮りませんか?」

 友奈は鞄からスマホを取り出した。

「いいね! こんなすずかちゃんはなかなか見られないし、ちゃんと写真に残しとかないとね!」

 柑菜は友奈の提案に乗る。

「まあ、いいけど…」

 私は仕方なく従うことにした。

 友奈はスマホの自撮り機能を使って3人にカメラを向ける。

「何そのポーズ」

 柑菜は両手で猫の手を作っている。

「トナカイだよ!」

「トナカイってそんな猫っぽいか…?」

「すずかちゃんもサンタのポーズをとってみてよ!」

「え…? サンタのポーズって…こうか…?」

 私は威厳のある感じであごひげを撫でる。

「なんか偉い学者さんみたい」

 柑菜には不評だった。

「ほらほら撮りますよ〜! はいチーズ!」

 

 

 ショッピングモールを後にした私たちは柑菜の家の近くまで帰ってきた。

「この後はまず私とスズカ先輩の2人だけで話をさせてください。それから私とカンナ先輩の2人で話したいです」

「わかった」

 友奈は私に勇者のことで話があると言っていた。きっとそのことだろう。

「2人が話してる間、私はお茶でも入れてゆうなちゃんを待ってるね!」

「ありがとうございます」

 友奈は優しい顔で微笑んだ。

 

 あれこれ話をしているうちに、私たちは柑菜の家の前に着いた。

「じゃあ今日はすずかちゃんとはお別れだね」

「そうだな。じゃあまた来週」

 私は柑菜に手を振る。

「またね!」

 柑菜は最後に笑顔を見せて家の中へと入っていった。

 

「それじゃあ私たちは場所を変えましょうか」

「ああ、そうしよう」

 

 

◇◇◇

 

 

 私とスズカ先輩は琴弾公園までやってきた。

 私たちはベンチに座って話している。

 

「勇者の件ですが、スズカ先輩は遅くとも今月中には勇者になれそうです」

「本当か!? 神官の言い方的にもっと時間がかかるのかと思ってたんだが、そんなすぐになれるもんなんだな」

「実は今回、先代勇者様の端末を再利用することになりました。だからすぐに完成させることができたんです」

 私は以前、カンナ先輩に頼まれて先代勇者様が使った武器などを保管する倉庫に侵入したことがある。その時に使われなくなった端末も見ている。きっとあれを今回再利用したのだろう。

「先代勇者……柑菜が初めて勇者になった日に教えてもらったよ。ずっと昔にも勇者のいた時代があったんだって。その時のものを使っているのか?」

「はい。乃木若葉という勇者様の端末です」

「乃木…!? 確か今の大赦の最高権力者も同じ姓だったよな……もしかしてその乃木なのか…!?」

 スズカ先輩が声を出して驚く。流石に乃木若葉様のことまでは知らない様子だが、乃木家のことは知っているようだ。

「その通りです。乃木様からも許可をもらってます。これはひとえにスズカ先輩の想いが伝わった結果ですよ」

「私そんなにすごいことしたかなあ…」

 スズカ先輩は恐縮している。

「ただ、先代勇者様の端末を継承するとなると、それなりの儀式が必要になります。その儀式についてのお話があるので明日大赦まで来てくれませんか?」

「明日ってまたずいぶん急だな…」

「急な連絡になってしまってすみません。もし無理そうなら別の機会でもいいみたいですよ」

 本当はもう少し後の予定だったが、急に予定が前倒しになった。その理由は私にもよくわからない。理由を聞けば教えてくれるのだろうか。

「いや、明日行くよ」

「ありがとうございます。送迎などの詳細は今夜送られてくると思います。明日の移動中なんかに読んでおいてください」

「ああ、わかった」

 

 

「あとは柑菜がどう思っているかだな…」

 私から話したかったことを話し終えると、今度はスズカ先輩が喋り出した。

「以前柑菜に私が勇者になることを伝えた時、柑菜はあまり乗り気じゃなかった。それで少しだけ言い争ってしまったことがあったんだ」

「・・・」

 私は黙ってスズカ先輩の話を聞いている。

「柑菜はその後、あの日のことは忘れてほしいと言って、私が勇者になることに肯定的になったけど、私はどうしても無理をしているんじゃないかと思って仕方なかった」

「でも、今日のカンナ先輩はとても無理をしているようには見えませんでしたよ」

「そうなんだよ。だけどあの日柑菜が言っていたことも本心のように感じたんだ。だから私は改めて私が勇者になることについてどう思っているのか聞きたかった。聞いて今度こそはっきりさせたかった。だけど、また言い合いになったらと思うと怖くてなかなか聞けなかったんだ…」

「スズカ先輩…」

「今は結局、私がさっさと勇者になって、ちゃんと柑菜を守れるんだってとこを見せるのがベストなんじゃないのかと思ってる。それまではいつものように接したい」

「私もそれが一番だと思います」

「……友奈。今日の私は自然体だったか…? ちゃんと楽しそうに笑えていたか…?」

 スズカ先輩は突然私に質問してくる。

「え…? 特に気になりはしませんでした。だから大丈夫だったと思います」

 私は正直に答える。

「…そうか、よかった」

 スズカ先輩は安堵のため息を漏らした。

「私は笑うのが苦手なんだ。心のしこりがあると無理やりにでも笑えなくなってしまう。私が勇者になるまでの間、柑菜の本心を気にするあまり、普通に接することができなくなってしまうんじゃないかって、それだけが心配だったんだ」

 きっとスズカ先輩も過去に何かあったのだろう。私は先輩の過去が気になったが、聞き返さずに聞いていた。

「だから早めに勇者になれることが知れてよかったよ。今日はありがとう」

 そう言ってスズカ先輩はベンチから立ち上がった。

「柑菜が待ってるだろうからそろそろ切り上げよっか。私の話を聞いてくれてありがとう」

 スズカ先輩は改めてお礼を言う。

「私こそ今日はありがとうございました。また明日、大赦で待ってます」

 

 その後私はスズカ先輩と別れた。

 そして私はそのままカンナ先輩の家へと向かった。



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第七話 必ず来る幸福(後編)

今回の前書きでは金城柑菜の苗字について掘り下げます。
金城という苗字は沖縄県にルーツがあるそうです。
沖縄では"きんじょう"と読む方が多いのだとか…

そして今回で大体折り返し地点になると思います。
残り半分ほどですが、最後までよろしくお願いします。


 私はスズカ先輩との話を終え、カンナ先輩の家へと向かっている。

 

(カンナ先輩と直接2人だけでお話かあ…)

 カンナ先輩が勇者になってから、電話では何度もやり取りをしていたが、直接会わせてまではくれなかった。最後に2人で会ったのはいつだっただろうか。

(昔はよく2人で遊んでたよね…)

 最後に会った日のことを考えていると、2人で遊んでいた日々のことを思い出した。何年も前のことなので断片的にしか覚えていないが、それでも楽しかった記憶は今でも残っている。

(・・・)

 楽しかった記憶を思い出していたが、脳がそれを許さないかのように嫌な記憶が流れ込んできた。正直、楽しかった記憶よりも嫌な記憶の方が脳裏に強く焼き付いている。

(カンナおねえちゃん…)

 

 

◇◇◇

 

 

 金城(きんじょう)家の先祖は7・30天災発生時に沖縄から四国へと逃れてきた避難民である。

 当時、避難民は『天恐』ー 天空恐怖症候群と呼ばれるPTSDを発症するケースが多かった。天恐は星屑に襲われたトラウマに起因する心理的な病だったが、空を恐れるという奇妙な特性から「バーテックスの呪いだ」「天恐は伝染する」などといった風評が瞬く間に広がり、天恐の発症率が高い避難民を排斥しようとする運動が各地で活発になった。

 そんな状況を変えようと、神世紀初頭に上里ひなたは金城家を含む一部の避難民を大赦の人間として迎え入れ、避難民同士で共有されている情報網と大赦の権力を使って、激化する排斥運動の鎮静化を図った。その時に活躍したのが金城家である。その功績が認められた結果、それなりに高い地位が与えられた。

 大赦は世襲制に近い組織なので、よほどの失態をおかしたり、よほどの偉業を成し遂げたりしない限り、地位が変動することはない。その後の金城家はずっと無難に振る舞い、その地位を百年単位で保ち続けてきた。

 

 そして時は流れ、神世紀227年。

 金城家に金城柑菜(きんじょうかんな)が産まれた。

 

 柑菜の母親は優しく大人しい性格で、子供のことを何よりも大切に思っていた。一方、父親は昔から身分を気にする出世欲の強い人間だったが、子供には身分相応に育ってくれれば満足といった具合だった。

 大赦内ではよくある一般的な家庭。特に何事もなく金城家の地位は保たれ続けていく。大赦内の誰もがそう思っていた。…しかし、そうはならなかった。

 

 その1年後、花折家に花折友奈が産まれた。

 花折友奈は後に高嶋友奈の"因子"を持っていることが判明し、大赦内に衝撃が走った。因子持ちなので、教育次第でかつての英雄高嶋友奈のような世界を救う存在になるかもしれない。しかも、大赦で産まれた子供なので、大赦の好きなように教育できる。

 花折家は全くといっていいほど存在感のない家系だったが、因子持ちの子を産んだという功績だけで、大赦内で一気に力を持つことになった。

 

 その過程を見ていた柑菜の父親はそれをひどく憎んだ。

 これまで何もなかった花折家に歴史ある金城家の地位が脅かされようとしていることに対する焦燥感から、まるで人が変わったかのように、自分の子供を大赦一の巫女に育て上げようと躍起になった。

 嫌がる柑菜に無理やり滝行などの修行をさせようとした。父親が熱心になるにつれ、母親との溝が深まっていく。

 

 その頃の柑菜と友奈は仲が良く、よく一緒に遊んでいたが、柑菜の父親は当然いい顔をしなかった。2人を引き離そうと強引に柑菜の手を引っ張ることもあれば、怒号を飛ばして柑菜を泣かせることもあった。

 その様子を見兼ねた母親が父親を止めようとするが、父親は止まらない。ついには母と子に手を出すまでエスカレートしてしまった。

 

 身の危険を感じた母親は離婚し、親権は母親が持つことになった。それでも父親は柑菜のことを諦めきれず、執拗に柑菜を我がものにしようと画策する。母親は柑菜に危害が及ぶことを恐れ、柑菜を大赦の手の届かない一般人に引き渡すことにした。

 

 その一部始終を見ていたのが友奈だった。

(神樹様……どうかカンナおねえちゃんをお守りください…)

 神樹様は人々に幸せを与える存在だと、友奈はそう教えられていた。これ以上柑菜の泣く姿を見たくないと思った友奈は神樹様に心の底から助けを求めた。

 しかし、それが想定外の事態を招くことになる。

 しばらくすると、柑菜の父親に突然異変が起こり、家族に関する記憶が全て消えてしまった。友奈はすぐに自分の願いが神樹様に届いたのだと察した。自分の願いが招いた事態に恐怖を感じずにはいられなかった。その後、柑菜の父親は友奈と母親の前から静かに姿を消した。

 

 そして更に時は流れ、神世紀241年。

 金城柑菜は勇者に選ばれた。

 

 

◇◇◇

 

 

 過去のことを思い出しているうちに、私はカンナ先輩の家までやってきた。

 玄関前に立ち、インターホンを鳴らす。

 するとすぐにカンナ先輩が出てきた。

「待ってたよ! 入って入って!」

 そう言ってカンナ先輩は私を家の中へと入れてくれた。

 

 家の中は暖房が効いていて暖かい。

「こたつもあっためておいたから、ここで話そ!」

 こたつの上にはお茶とみかんが用意されている。

「ありがとうございます」

 私はカンナ先輩と向かい合うように座った。 

 

「すずかちゃんとは勇者の話をしてたんだよね?」

 こたつに入るとカンナ先輩の方から話を振ってきた。

「はい」

 私とスズカ先輩で話した内容は予想通りカンナ先輩に悟られているようだった。

「スズカ先輩は私よりも先に勇者になることを伝えてたんですね。その時に少し言い合いになったことも聞きました」

 私はスズカ先輩とのやり取りを正直に話す。

 以前私がカンナ先輩にスズカ先輩が勇者になることを知らせた際、先輩はすんなりとそのことを受け入れた。その時の私は既にカンナ先輩がスズカ先輩から勇者の話を聞いているとは思っていなかった。しかもその後スズカ先輩と言い合いになったとは露ほども思ってなかった。

「もし嫌じゃなければ、その時の話を聞かせてくれませんか」

 本当は久々にカンナ先輩と2人だけで楽しくお喋りがしたかったのだが、今はそのことについて聞いておきたい。

 

「あの時は急に言われて、自分よりも先にすずかちゃんのことを考えちゃったんだ。すずかちゃんもすずかちゃんのお父さんも私のせいでひどい目に遭ったばかりだったし、私の家族だって私のせいでずっと苦労をしてきた。だから、また私のせいで誰かに辛い思いをさせることになると思うと怖かったんだ」

(スズカ先輩のお父さん…? カンナ先輩の家族…?)

 スズカ先輩のお父さんが事故に遭ったことはカンナ先輩の刺激にならないよう栗原さんとスズカ先輩で隠していたはずだ。それでも事故が発生したという事実までは隠しきれないので、風の便りで知ったのだろうか。それにカンナ先輩の家族を崩壊させてしまったのは先輩のせいではなく全て私のせいだ。

「それが原因だったんですね…」

 私はスズカ先輩の想いが伝われば、必ず勇者になることを受け入れてくれるだろうという確信があった。だからこそ、スズカ先輩からその話を聞いた時は驚いた。でも理由を聞いて納得した。カンナ先輩は私の思っている以上に色々知っていて、それを自分のせいだと思い込んでいる。

「誰もカンナ先輩のせいだとは思ってませんし、実際カンナ先輩は何も悪くありません。悪いのは……悪いのは、この世界ですよ」

 悪いのは自分だと言おうとしたが、話が堂々巡りになるだけな気がしたので、咄嗟に世界のせいにした。

 

「そうだよね…」

 一瞬の沈黙の後、カンナ先輩が静かに口を開く。

「みんなだって私のことを心配してくれてるよね」

 カンナ先輩は私が言いかけたことを察したようだった。

「私はね、私一人で頑張ればすずかちゃんたちを巻き込まなくて済むって、私一人で頑張ればお母さんもお父さんも大赦からもっと認められるって、ずっとそう思ってた。私はそうやって無理をしすぎて、周りが見えなくなってた。だから私はすずかちゃんにああ言ってしまったんだと思う。本当は一人じゃ心細かった。私を助けてほしかった。だから、すずかちゃんが本気で私を守りたいって言ってくれた時はとても心強かった。それなのに私は自分の気持ちにまで蓋をして逃げてしまったんだ…

 …でもようやく気づいたよ。それじゃあ誰も幸せになれないって。すずかちゃんに、ゆうなちゃんに、栗原先生に、私のお母さんたち。みんな私のことを大切に思ってくれている。私はそんなみんなの気持ちに正しく向き合わないといけないんだって。だから、今はすずかちゃんが勇者になって私と一緒に戦える日を楽しみにしてるよ。もう無理はしない。これが私の本音だよ」

 全てを吐き出したカンナ先輩は穏やかな表情をしている。

「・・・」

 私が黙ったままでいると、カンナ先輩は私の名前を呼んだ。

「ねぇ、ゆうなちゃん」

「……はい…?」

「私って幸せ者だね」

 

 カンナ先輩は笑っている。

 私とカンナ先輩が離れ離れになって以来、私はずっと先輩のことを気にしていた。私がいなければ先輩は大赦で普通に暮らせたんじゃないかと思い、自分の存在を心の底から呪うこともあった。私の存在がカンナ先輩を不幸にしてしまった。会えない間ずっとそう思っていた先輩が今、私の目の前で幸せそうに笑っている。

 

「カンナおねえちゃん…」

 私は思わず昔の呼び方をしてしまった。

「それ、私と初めて電話をした時も言ってたよね」

 カンナ先輩は不思議そうな顔をする。

 先輩の言う通り、私は勇者の巫女に選ばれてから初めて先輩と電話をした時にもそう呼んだ。カンナ先輩は私のことを覚えていると思ったからだ。でも実際は違った。先輩は私の呼び方に困惑した。その瞬間、私は先輩のお父さんと同じで記憶を失っているのだと悟った。だからそれ以降はカンナ先輩と呼ぶようにしていた。

「おねえちゃんと呼んだ方が親しみやすいかと思いまして…」

 私は適当に誤魔化す。

「まあ、実際私はお姉ちゃんみたいなもんだもんね! もしそう呼びたいんだったら、いつでも呼んでくれていいよ!」

 カンナ先輩は呼ばれたがってるかのような反応を見せる。

「じゃあ今日だけ……カンナおねえちゃん」

 私はカンナ先輩の言葉に甘えて今日だけはおねえちゃんと呼ぶことにした。

「へへ…」

 カンナ先輩は嬉しそうに笑うと、こたつに潜り、私の隣に頭を出した。

「そしたら私も妹ちゃんって呼ぼうかな!」

 カンナ先輩はこたつから頭だけを出した状態で喋る。

「妹ちゃん…?」

 私は一度も妹と呼ばれたことはなかったので少し困惑する。

「今日だけだから! それじゃあ、妹ちゃん! このまま一緒にこたつでぬくぬくしよーよ!」

 ノリノリのカンナ先輩を見て、先輩の方が妹みたいに感じたが、口には出さなかった。

「うん、おねえちゃん」

 その後私たちは昔のようにおしゃべりをして楽しんだ。

 

 

 外が少しずつ暗くなり、そろそろ帰る時間になった。

「すずかちゃんは私があの時言ったことを今も気にしてるのかな」

 帰り際にカンナ先輩がスズカ先輩のことを聞いてくる。

「さっき話した時はかなり気にしているようでした」

 カンナ先輩はやっぱりかといった顔をした。 

「何なら私の方から伝えておきましょうか?」

「いや、大丈夫」

 カンナ先輩は即答する。

「月曜日また会えるから、その時私から伝えるよ」

「わかりました。やっぱりそれが一番伝わると思います」

 

「次会えるのはすずかちゃんが勇者になった後かな?」

 カンナ先輩が次に会える機会のことを尋ねてくる。

「それは大赦次第ですね。私からもまた会いに来られるよう交渉してみます」

 今回は本当に特別だったので、次も許してもらえるかどうかは分からない。

「交渉うまくいくといいね!」

「はい! 必ずまた会いに来ます」

 必ず次もうまくやってみせる。そしてまた3人で会いたい。私は強くそう思った。

「楽しみにしてるよ! それじゃあまたね!」

「うん、またね」

 カンナ先輩と別れ、私はまた大赦へと帰っていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 12月15日の日曜日。

 私は友奈に言われた場所で待っている。

 

 しばらく待っていると、神官の乗った車が私の目の前で止まった。

「立森鈴風さんですよね。ここからは車で移動するので早速乗ってください」

 

 車に乗った私は大赦のもとまで連れていかれる。

 今日は勇者端末を継承するための儀式の話がある。私が勇者になるのはもう少し先だろうが、勇者になれる日がすぐそこまで近づいてきたことを実感する。

 

(もうすぐだ…もうすぐ私も勇者になって柑菜を守れるんだ……ありがとう…友奈)

 

 私と柑菜と友奈。

 3人で協力すれば、きっと全てがうまくいく。

 この時の私はそう信じていた。



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第八話 あなたに会える幸せ(前編)

『あなたに会える幸せ』は姫立金花の花言葉です。
立森鈴風、金城柑菜、花折友奈の一文字目を組み合わせた立金花(花言葉:必ずくる幸福)よりも重要度が高いです。

分かりやすい立金花に囚われた結果、より大切な姫立金花を見落とし、気づいた頃には…といった流れを示唆するものですね。


 10月某日。

(あった…これが勇者御記…)

 私はカンナ先輩に勇者御記を探すよう頼まれ、大赦の倉庫に侵入している。

(御記も見つけたし、早いところここから出ないと……ん? あれは…)

 御記を手に取り、この場から去ろうとしたその瞬間、倉庫の奥から微かに漏れ出る青い光が見えた。

(なんだろう?)

 引き寄せられるかのように近づくと、そこには先代勇者の勇者端末があった。端末は全部で4台。その中の1台だけが青く光っている。

(これって全部西暦時代のものなのかな…?)

 私は手元の勇者御記を開く。乃木若葉、土居球子、伊予島杏、高嶋友奈。御記に登場する人物と端末の数が一致している。

(光ってるのは誰の端末なんだろ?)

 そう思った次の瞬間だった。

 

 ビビビビビビッ!

 

(…!?)

 突然倉庫内に警報が鳴り響いた。

「なんで!?」

 思わず声が出てしまう。

「花折友奈!? そこで何をしている!」

 警報音を聞いた数人の神官が倉庫に入ってくる。警報が鳴ってから1分も経たずして私は神官たちに囲まれてしまった。

「お前はここには入れないはずだ。また勝手なことをしたのか?」

「すみません…」

「今までは目を瞑ってきたが、今回ばかりは度が過ぎている」

 神官の言葉からは底知れぬ圧を感じる。

「・・・」

「説教があるからついて来い。乃木様からもたっぷりと叱られるだろうな」

「……はい」

 私は御記をその場に置き、大人しく神官たちについて行った。

 

 

◇◇◇

 

 

 12月15日、私は大赦にやって来た。今日は勇者端末継承のための儀式について説明があるらしい。

「立森様、お待ちしておりました」

 車を降りると男の神官が私を出迎えてくれた。

「どうぞこちらへ」

 私は男神官の案内に従い、大赦の中へと入っていく。ひたすら長い廊下を歩くと、和室部屋の目の前までやって来た。

「立森様がおいでになりました」

 男神官はそう言って襖を開ける。襖の先には仮面を被った人が一人座っていた。そこそこ偉い立場の人だろうと思ったが、みな同じ見た目をしているので違いが全くわからない。

「どうぞお入りください」

 男神官が部屋に入るよう促す。

「し、失礼します…」

 私が和室に入ると、男神官は頭を下げてから襖を閉めた。ここからは一対一で話をするらしい。

「緊張しなくても大丈夫ですよ。話も楽な姿勢で聞いてもらって構わないので、とりあえず座ってください」

「は、はい…」

 威圧感のある見た目からは想像のできないほど優しく大人しい声をしている。

 私は失礼のないよう丁寧に座った。楽な姿勢でいいとは言われているが、あまりそうする気にはなれない。

「大赦神官の金城絢女(きんじょうあやめ)です。これから継承の儀について、私の方から説明いたしますね」

(きんじょう…?)

 一瞬苗字に引っかかったが、すぐ話を聞くモードに切り替わった。

「…よろしくお願いします」

 

 その後私は様々なことを聞いた。継承の儀の詳細だけでなく、勇者についても教えてもらった。勇者システムには最新のアップデートが加えられていること。戦装束や武器は私に最適なアレンジが施されているが、ほぼかつてのものを流用しただけだということ。そして私と端末の元の所有者である乃木若葉とで精神面がある程度似通っており、勇者の力を受け継ぐことが可能だということも。

「私と若葉様って似てるんですか…?」

 私は乃木若葉という人間をあまりよく知らないが、世界を守った英雄と私の間に共通点があるとは到底思えない。

「若葉様は今でこそ英雄と呼ばれていますが、当時は立森さんと同じ中学生でした。勇者としてだけでなく、人としての彼女にも目も向けると似ている部分はきっとあると思います」

「うーん…」

 あると言われても素直に受け入れることができなかった。

(私も若葉様みたいになれるだろうか…?)

 私にとって勇者になるのは手段であって目的ではなかったが、勇者になるからには若葉様を目標にするのもいいように思った。

 

 

 1時間ほど経ち、儀式と勇者についての説明が終わった。

「この後は別室で実際に勇者端末を使った説明があります。戦装束もそこで一回試着してもらいます」

 そう言うと神官は立ち上がり、私を別室へと案内した。

 ここまでわざわざ大赦まで来る必要はあったのだろうかと思いながら話を聞いていたが、その言葉を聞いて理解ができた。きっと先代勇者のアイテムは迂闊に持ち出すことができないのだろう。

 

 特に神官と話をすることもなく別室に到着すると、既に別の神官が数人待機していた。その雰囲気の物々しさからも管理が厳重なことがわかる。

 私はそこで端末の機能や扱い方を実演形式で教えてもらった。

「そしてこれが立森様の戦装束です」

 神官のうちの一人が勇者服を持ってくる。

「かなり昔のものでずいぶん色褪せていたので、紫色に着色し直しました」

 実際に試着してみると意外にもピッタリだった。今は身につけても勇者の力が発揮されることはないが、もうすぐこの服を着て戦える日が来ると思うと少し不思議な感覚がした。

 

 全ての説明が終わり、最初に案内してくれた男神官が私を迎えに来る。

「お疲れ様でした。帰りの車が外で待機しているので、私がそこまで案内しましょう」

 気付けばかなりの時間が経っていた。

「今日はありがとうございました。勇者になったら必ずお役に立てるよう頑張ります。柑菜のことも私が守ります」

 私は最初から最後まで色々と説明してくれた神官に対してお礼と決意を伝えた。

「……ええ」

 勢い余って柑菜のことまで言ってしまったせいか、神官は反応に困った様子だった。

 

「それじゃあ行きましょう」 

「ちょっと待ってください」

 私は先に行こうとする男神官を呼び止める。

「どうかしましたか?」

「帰る前に友奈に会わせてくれませんか?」

 せっかくここまで来たんだ。どうせなら帰る前に一度友奈と会っておきたい。

「それはできません」

 男神官は無慈悲にも私の頼みを即答で却下する。

「わ、わかりました…」

 あまりの圧に食い下がることもできなかった。

(友奈と会うのは諦めるしかないか…)

 そう思った次の瞬間だった。

塩谷(しおや)さん。会わせてあげなさい」

 ずっと一緒にいた神官が口を開く。

「今の時間なら会えないことはないと思います」

「ですが…」

「これは命令です」

「…かしこまりました」

 男神官は不服そうに命令を受け入れた。

 

 

 私は男神官に友奈の居る部屋の前まで案内してもらった。部屋に入ると友奈は1人の神官から授業を受けていた。

「スズカ先輩!」

 私に気づいた友奈が嬉しそうに近寄ってくる。

「説明は終わったんですか?」

「ああ」

「わざわざ私に会いに来てくれたんですね! 嬉しいです!」

 友奈はまるで柑菜みたいに無邪気に笑っている。

「折角だから挨拶だけでもしておこうと思ったんだ」

「よく神官さんから許可をもらえましたね」

 友奈は案内役の男神官に向かってお辞儀をする。しかし、男神官はリアクションを返さず、無言でもう一人の神官の方へと歩いて行った。

「塩谷さん、いいんですか?」

 友奈と一緒にいた神官が小声で話しかける。

「金城様の命令だ。断れない」

「それなら仕方ないですね…」

 私は男神官の態度に不快感を露わにしそうになったが、ぐっと堪える。

「来週の今頃には勇者として戦えるようになるんですよね」

 男神官を軽く睨んでいると、友奈の方から話しかけてきた。

「あ、ああ。これも友奈のおかげだよ。本当にありがとう」

 私は深々と頭を下げる。

「お礼はいいですよ。それより、くれぐれも無理はしないでくださいね」

「肝に銘じておくよ」

 

「そうだ。スズカ先輩、勉強のお供に隠し持ってた飴でも食べますか?」

 そう言うと友奈は急に自分の机を漁り始めた。

「じゃあもらおうかな」

 友奈は鼻歌を歌いながら飴を探している。よっぽど私が会いに来たことが嬉しかったのだろうか。

「あった!」

 友奈は飴玉を取り出すと、片手に握って私の方へと近づいてきた。

「いちご味です。どうぞっ」

 そう言いながら友奈は飴玉を渡そうとする…

 しかし、その次の瞬間だった。

 突然友奈の動きが止まった。

「えっ……」

 友奈の顔が一気に曇る。

「そんな…」

 全身の力が抜け、顔もすっかり青ざめている。

「どうしたんだ?」

「敵襲です! このままではカンナ先輩が!」

 友奈は今までにないほど大声を出している。

「私、カンナ先輩に伝えてきま…」

 突然友奈の声が途切れる。

 その瞬間、私の目の前から友奈の姿が消えた。

「友奈……?」

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜は気付けば樹海の上に立っていた。

(樹海…? なんで…?)

 突然の樹海化に戸惑いを隠せない。普段は友奈から事前に敵襲の情報を教えてもらうのだが、今日はそれがなかった。友奈の神託が外れたのだろうか。

(やらないと…)

 直前まで自宅でくつろいでいたので頭を切り替えられていないが、もたもたしている暇はない。柑菜は勇者端末を取り出し、勇者に変身した。

 敵は進化体が数十体と星屑が数百体。おおよそいつも通りの数だ。

(さっさと終わらせよう!)

 柑菜は気合を入れると、地面を蹴って敵へと向かっていった。

 

 柑菜に気づいた星屑が雪崩のように向かって来る。

「はあっ…!!」

 柑菜は空中で左手のトンファーを投げ、先制攻撃を仕掛ける。トンファーは一直線に飛んでいき、バーテックスの集団に穴を空けた。柑菜はその隙間を潜り、星屑を足場にしながら右手のトンファーで近くの敵を倒しながら進んでいく。目標はこの先にいる進化体だ。

 ブーメランのように戻ってくるトンファーをキャッチすると、星屑を蹴り、さらに高く飛び上がった。ここからならこのまま進化体に攻撃が届きそうだ。

柑菜は構えの姿勢でバリアを展開しながら、進化体に向かって落下していく。

「くらえぇーーっ!」

 進化体の目の前でバリアを解き、全力の一撃を打ち込んだ。ダメージを受けた進化体は音もなく崩れ落ちる。厄介な敵を一体倒すことができた。

 とても調子がいい。このペースで殲滅できれば、いつもより早めに戦闘を終えられるかもしれない。

(この調子でっ…!)

 柑菜は地面に足が触れると間髪を入れずに再び跳躍し、そのままの勢いで次々に敵を倒していった。

 

 ここまではとても順調だった。

 

 敵の数が減るにつれ、バーテックスもそれに対抗するかのように攻撃の激しさを増してきた。星屑もただ真っ直ぐ突撃せず、蛇行や旋回などで惑わそうとしたり、複数体同時に襲いかかってきたりと厄介な行動パターンが増えてきている。

 初めのうちは順調だった柑菜も少しずつ苦戦を強いられるようになってきた。

(結局いつも通りな感じになっちゃったけど、あと少し…あと少しでゆっくり休める…)

 柑菜は戦意を喪失しないよう、自分を鼓舞しなから攻撃を続けた。

 

(あそこら辺、バーテックスが固まってるなあ)

 かなり高い場所をバーテックスの集団が飛び回っている。あの集団を片付ければほぼ終わりだ。柑菜は低空を飛んでいる星屑を踏み台にして、バーテックスの集団に接近する。

「お前たちの相手はこっちだ!」

 柑菜が大声を出すと、それに反応したバーテックスが迫ってくる。柑菜はそこに容赦なくトンファーを打ち込んだ。

「ふぅ…」

 柑菜は星屑の集団を一掃できて安堵する。

 しかし、それも束の間、今度は遠くから細く鋭い角を持った進化体が星屑を巻き込みながら猛突進してしてきた。

 柑菜は慌ててシールドを展開したが、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされる。

「がっ!?」

 追突の衝撃で手が痺れて左手のトンファーを落としてしまった。

「まずい!」

 トンファーを回収したかったが、空中では自由に方向転換ができない。

 そこを狙ったかのように星屑が背後から突進してくる。

 柑菜は体を捻り、右手のトンファーで星屑に攻撃を打ち込む。

 なんとか星屑は対処できた…が、進化体の追撃には対応できなかった。進化体の鋭い角が柑菜の背中を貫通した。

「えっ……」

 刺された場所から流れた血が進化体の角を伝っている。

「離してっ!」

 角の先端をトンファーで粉砕すると、進化体は身体を崩壊させながら柑菜を振り落とした。

 なんとか着地は受け身が取れたが、体の痛みから一瞬意識が飛びそうになる。

 脇腹を見ると、刺された場所から多くの血が流れている。

(もう大半の敵は倒したんだ。早く終わらせて病院に行けばきっと大丈夫…)

 大きな怪我ではあるが、残りの敵が少ないのが救いだ。ほんのあと少し頑張るだけでいい。

 

 しかし、そう思ってもう一度空を見上げた先には絶望の姿があった。

 これまでの敵とは比べ物にならないほど巨大な2つの影が動いている。

「あれってもしかして…」

 ヴァルゴ・バーテックスにカプリコーン・バーテックス。柑菜が勇者になる前に聞かされたバーテックスの完成体だ。

「そんな…なんで?」

 事前の説明では攻めてくることはないと言っていたはずだ。

 理解が追いつかなかったが、ヴァルゴはそこに容赦なく卵形の爆弾を飛ばしてきた。

(危ない!)

 柑菜は訳もわからず飛んできた爆弾を回避する。

(とりあえず先に落としたトンファーを回収しないと…)

 今は考えてる暇などない。まずは体制を立て直すのが先だ。

 柑菜は急いでトンファーを回収し、バーテックスの情報を勇者端末で確認する。完成体とは西暦時代の勇者も戦っているので、その時のデータが端末上に記録されてあった。

 ヴァルゴは爆弾や帯による遠距離攻撃を得意とし、カプリコーンはドリル状の4本の角を使って攻撃する。この情報があれば、うまく立ち回れるかもしれない。

「……例えどんな敵だろうと私、いや勇者なら絶対に諦めないんだ!」

 恐怖で足が動かなくなりそうだったが、柑菜は無理やり気合を入れ直し、大型バーテックスに向かって跳躍した。

 柑菜が近づくと、ヴァルゴが早速帯を使った攻撃を仕掛けてくる。

「はああっ!」

 トンファーで帯に一撃を加えるが、帯はしなるだけで、ダメージを与えた感覚はない。

(本当に効いてるのかな…?)

 もう一度攻撃をしてみるが、やはり打撃技ではダメージが通らないようだ。

(もっと近づかないとだめか…)

 柑菜は帯と爆弾を回避しながらヴァルゴに近づこうとするが、そこに今度はカプリコーンが深い紫色の霧を噴射し、柑菜の視界を阻んだ。

(煙幕!? そんなことまで!?)

 カプリコーンが煙幕を使うという情報はどこにも載っていなかった。西暦勇者が戦った時は煙幕を使われる前に倒したのだろうか。それとも完成体とは名ばかりで、敵も少しずつ進化を遂げていたのだろうか。

 どちらにしろ、煙幕と遠距離攻撃の組み合わせはとても厄介だ。

(早く近づかないと…)

 そう思った次の瞬間、突然柑菜の体に異変を感じた。

「げぼっ…!」

 異変を感じるやいなや、柑菜は口から血を吐き出した。

「あれ…」

 嫌な予感がする。

(この煙幕って…)

 恐らくこの霧には有毒な成分が含まれている。そうだとしたら、一刻も早くここから抜け出さなければならない。

 しかし、それを許さないかのようにカプリコーンがドリルで地震を発生させ、そこにヴァルゴが帯で追撃してくる。怒涛の攻撃に避けきれず、頬の肉を大きく抉られる。

「ぐっ…」

 柑菜はヴァルゴの帯を蹴って、なんとか毒霧から抜け出し、そのまま蔓の隙間に逃げ込んだ。

 

「はぁ… はぁ… はぁ…」

 呼吸が荒くなり、手足が僅かに痺れてきている。少しずつ毒が回ってきているようだ。

「なんでこんな目に…」

 柑菜の目から涙が流れる。こぼれた涙が頬の傷口に流れ込んでほんのり痛みが刺激される。

 勇者なんて痛く苦しいだけ。今ほどそう思ったことはなかった。

「すずかちゃんはそれでも勇者になりたいって言うのかな…」

 柑菜は鈴風の顔を思い浮かべる。想像上の鈴風はとても心配そうな顔をしていた。

(すずかちゃんならきっとそう言うだろうな…)

 鈴風のことを考えると少しだけ元気をもらえた気がした。

 じっとしていてもただ死を待つだけだ。もはや選択の余地はない。今ここでやるしかない。

 

 柑菜は蔓の隙間から飛び出し、もう一度大型バーテックスに向かい合う。

(すずかちゃんと一緒に戦うって決めてたんだ…)

 柑菜の目の前にはヴァルゴにカプリコーン、そして、ほんの少しの星屑たちが浮遊している。

(でも…)

 再び涙が出そうになるが、拳をぎゅっと握って泣くのを堪える。

(ごめんね、すずかちゃん。一緒に戦えそうにないや…)

 柑菜は覚悟を決めて空に向かっていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 樹海化が解け、柑菜は龍王宮へと戻される。

 本当ならこのまま病院へと向かわなければならないが、もはやそんな力は残っていない。

 

(はあ…… はあ……)

 柑菜は次第に薄れる意識の中、病院とは真逆の方向に歩き出した。

 歩く度に血が地面に滴り落ちる。

「きゃーっ!? 誰か救急車を…!」

 血だらけの柑菜を見た人が叫んでいるが、柑菜は気にせず歩き続ける。

 

(ううっ……)

 防波堤に到着すると柑菜はその場にゆっくりと倒れ込んだ。

(みんな…)

 薄れゆく意識の中、ふと友達や家族の顔が浮かんだ。

 鈴風に友奈に育ての親。唯一産みの親の顔だけは全く思い出せなかったが、きっと今でも愛情はあるのだろう。勇者になってからは孤独を感じることが多かったが、実際は全く孤独なんかじゃなかった。みんな柑菜のことを気にかけてくれていた。

(もう少しみんなといっぱい会いたかったな…)

 一番の心残りを心の中で呟くと、穏やかな波風と波音に包まれてそのままゆっくり眠りについた。



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第九話 あなたに会える幸せ(後編)

これが投稿される1週間前から「芙蓉友奈は語部となる」が始まりました。
現状大丈夫そうですが、もし今後の展開で当作品との矛盾が発生してしまったとしても気にせず最後まで駆け抜けることにします。


「友奈……?」

 私の目の前から突然友奈が消えた。

 床には私が貰おうとした飴玉が転がっている。

「くそっ、またか!」

 友奈が消えたことに気付いた男神官が憤りの声を上げる。

「塩谷さん、探しに行きますか?」

「もちろんだ」

 二人の神官は友奈を探し行くつもりだ。

「ちょっと待ってください」

 私は部屋を出ようとする二人を引き止める。

「友奈はどこに行ったんですか?」

「あいつは樹海化中でも動くことができるんだ。以前その力を使ってこの場から脱出を図ったことがあった。今回もきっとそれだろう」

 何か知ってそうだったので質問をぶつけてみたが、話を聞いて更にわけがわからなくなった。

「友奈は樹海化中でも動ける…?」

「ああ。あいつはもはや牢に閉じ込めておくしかないかも知れんな」

 本気か冗談か分からない物騒なことを言うと、二人は部屋から出て行ってしまった。

 

(・・・)

 部屋に一人だけ取り残され、静かな時間が流れ始める。何が起こっているのかも何をすべきなのかも分からず、ただ茫然と立ち尽くした。

 

 友奈が消えてから1時間ほどが経った頃だった。

「スズカ先輩!!」

 視界の外から私を呼ぶ声が聞こえた。声のする方向に視線をやると、そこには深刻そうな顔をした友奈が立っている。

「ゆ、友奈…?」

 どこに行っていたのか聞こうとしたが、友奈の顔を見た瞬間、言葉が出なくなるほどの嫌な予感に支配された。

「カンナ先輩が…」

 そしてその嫌な予感は的中する。

「カンナ先輩がバーテックスとの戦いで命を落としたそうです」

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜の戦死を聞かされた後、私は大赦の車でそのまま家へと帰された。

 

「今日はお疲れ様でした」

 大赦の職員は淡々とした口調で私に声をかける。気付けば車は自宅の目の前に停まっており、辺りもすっかり暗くなっている。

「ありがとうございました…」

 私は元気のない声でお礼を言うと、とぼとぼと玄関前まで歩いて行った。

 

「ただいま」

「おかえり…」

 玄関のドアを開けると、リビングの方からお母さんの声が聞こえてきた。そのテンションの低さからして、お母さんも柑菜のことは知っているようだ。

 私は靴を脱ぎ、部屋の中へと入っていく。

「一応ごはんができてるけど、無理に食べなくてもいいからね」

 食卓の方に目をやると、ちょうどお父さんが食事をとっていた。お父さんは電柱の倒壊事故に巻き込まれた時の骨折で左腕にギプスを着けており、少し食べづらそうにしている。

「骨折、治ってきた?」

 つい最近も聞いた気がしたが、今はとにかく喋り続けないと精神が持たない。

「あと数日でこれが外せそうなところまで治ってきたよ。仕事に復帰できる日も近いんじゃないかな」

「そっか」

 私から話題を振ったくせに、あっさりとした返事で話を終わらせてしまった。

 特に別の話題も思いつかなかったので、私は静かに食卓に着いた。

 

 食事をしながらテレビに目をやると、ちょうどニュースで今日の事件について報じていた。名前は伏せられていたが、柑菜のことで間違いないだろう。

「現在も現場周辺には規制線が張られてあり、中に立ち入ることはできませんが、少女はこの先の防波堤で倒れていたとのことです」

 リポーターの声と共に現場の様子が映し出される。私はその場所に強い見覚えがあった。

(あれ…あの場所って…)

 間違いない。以前戦闘から戻って来ない柑菜を心配して探しに行った場所だ。柑菜はあの防波堤の先で休んでいたんだ。

 そんな場所で倒れていたとなると、柑菜はボロボロの体でそこまで歩いたことになる。でもどうして…?

 

(私に会いたかった?)

 

 その可能性が頭に浮かんだ瞬間、体から全ての力が抜けるのを感じた。

「…ごちそうさま」

 私は食事を中断し、自分の部屋に閉じこもる。

 ベッドに横になった瞬間、我慢していた涙が一気に溢れてきた。

「うっ…ううう……うあああああっ!!」

 柑菜を守れなかったという後悔の念に苛まれ、涙が止まらなかった。 

 

 

 一晩中泣き続け、気付けば外が明るくなっていた。

(もう朝か…)

 ずっと泣いていたせいで疲れは全くとれていない。

(…私の選択は正しかったのかな)

 私はベッドの上で自分の選択を振り返る。

 

『あなたはあなたのできる範囲で金城さんの力になってあげて。それが彼女にとっても一番の救いになると思うわ』

 

 頭の中でふと栗原先生の言葉が浮かんだ。

 自分のできる範囲を超えて柑菜の力になろうとした結果がこれだ。素直に栗原先生の意見に従っておけば、また違った結果になったのかもしれない。

 

「鈴風〜、起きてる?」

 考え事をしていると、廊下からお母さんの声が聞こえた。

「起きてるよ」

 私が返事をすると、お母さんが部屋の中に入ってきた。

「おはよう。今日学校だけど行けそう? もし休みたいなら今から学校に電話しようか?」

 そういえば今日は月曜日だった。

「いや、学校には行くよ」

 まだ元気はないが、学校に行かないという選択肢は自分には考えられなかった。

「…そっか。途中でしんどくなったら、すぐ帰ってきていいからね」

 お母さんはそう言うと私の部屋から出て行った。

 

(……今のやり取り、昔にも一度あったような…)

 ふと昔の記憶が蘇る。きっとあの時のようにお母さんは私のことが心配なのだろう。

 そう思うと突然一つの疑問が浮かんだ。

(あれ…でもお母さんもお父さんも私が勇者になることを拒まなかったような…)

 両親にとって私が勇者になることが一番の心配の種になるはずだ。それにも関わらず、両親は保留の後にそのことを許可してくれた。

(どうして許してくれたんだろ?)

 一度考え出すと、どうしてもその理由を知りたくなってしまう。こんなことを今まで全く気にしていなかったところからも、勇者に固執するあまり、周りが見えなくなっていたことを実感する。

(直接聞いてみようかな…)

 時間には余裕があるので、今なら聞けそうだ。私はベッドから抜け出し、部屋を出た。

 

 リビングに向かうと、お父さんも既に起きていた。理由を聞くにはちょうどいい。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「どうしたの」

 私が言葉を発するとお母さんが一番に反応した。

「どうして私が勇者になることを許してくれたの?」

 お母さんは急な質問に少し戸惑いの表情を見せたが、すぐに口を開いた。

「実を言うと私は少し反対だったのよ。でも、鈴風が心の底から望んでいることなら止めたくはなかった。それに…」

 お母さんは話の途中でお父さんの顔を見る。

「…ここからはお父さんが話そう」

 視線を感じたお父さんがお母さんに代わって話を始める。そのお父さんの口からは衝撃的な発言が飛び出した。

「お父さんはな、ちょっと前からあの子のことを知ってたんだ」

「柑菜のことを知ってた…?」

 そんなことは今まで一度も聞いたことが無かった。

「それっていつから知ってたの?どこまで知ってたの?」

 予想外の発言に質問が止まらない。

「実は昔、事故に遭った母親の子供を一時保護することになったんだが…」

 そう言うと、お父さんは昔のことを語り始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 神世紀236年9月。讃州市で交通事故が発生した。

 乗用車側の信号無視が原因で、その事故により子供を庇った母親が意識不明の重体で病院に運ばれた。

 

「どうやらあの子は大赦神官の子供で、事故に遭った母親とは血が繋がっていないらしい」

 同僚が被害者の身元確認で判明したことを私に伝えてくる。

「被害者は一般人ですよね。大赦が一般向けに養子を出すのは珍しいですけど、何かあったんですかね?」

「さあな。流石にそこまでは分からない。ただその子の扱いについて児相を通して相談した結果、警察署の方で一時保護してもらってから被害者の元に返すことになった」

 同僚は少し間を置いてからもう一度口を開く。

「そこで悪いんだけど、あの子を病院まで迎えに行ってくれないか」

「金城柑菜ちゃんですよね。わかりました」

 私は快諾すると、早速車で病院へと向かった。

 

 

 病院に到着すると、看護師が泣いている女の子と手を繋いで待機していた。

「君が柑菜ちゃんかな?」

 私の方から声をかけると、女の子はこくりと頷く。

「それでは、お母さんの意識が戻ったらまた連絡のほどよろしくお願いします」

 私は看護師に一言声をかけてから、女の子を連れて警察署へと引き返した。

 

 

「おかあさんは本当に大丈夫ですか…?」

 移動中の車内で女の子は何度もお母さんが無事か尋ねてくる。よほどお母さんのことが心配なのだろう。

「きっと大丈夫だよ」

 私はその度にただただ大丈夫だと答えた。

 

「柑菜ちゃんはお母さんと仲がいいの?」

 私は少しでも明るい話に持っていこうと、私の方から話題を振った。

「おかあさんとはよく高知に遊びに行くんです」

「それは仲が良さそうだね」

「いつもそこで鰹のタタキを食べてて、場所の名前はえーっと、ひろ…ひろ…」

「ひろめ市場かな?」

「それです!」

 女の子は明るい声で答えている。

 少しずつ元気になってきたことに安堵しつつ、ひろめ市場に家族で一度だけ行ったことを思い出した。

「そこにはおまわりさんも子供と一緒に行ったことがあるよ」

「おじさんにも子供がいるんですか?」

 女の子はひろめ市場のことではなく、娘のことに食いついた。

「おまわりさんにもね、君と同じくらいの娘がいるんだ」

「私会ってみたいです!」

「同じ中学校に通うことになったら、会えることもあるかもしれないね」

 事前に教えてもらった情報ではこの子は私の娘と同じ9歳だ。そうなる未来も十分あり得る。

「もしそうなったら、私その子とお友達になりたいな〜」

「その時は仲良くしてあげてね」

「はいっ!」

 

 

 無事に警察署に着くと、私は女の子を同僚の元へと預けた。

「後のことはこっちに任せてくれ」

 同僚はそう言うと、女の子の手を繋いで歩き出した。

「おじさん、またね!」

 女の子は私に向かって元気に手を振っている。

 私も軽く手を振り返した。

 

(さてと、休憩がてら外の空気でも吸いにいくか)

 そう思って警察署から出ようとしたちょうどその時だった。仮面とフードに包まれた人物が正面の入り口から入ってきた。身なりから察するに、大赦の人間だ。

「ここで金城柑菜を預かっているという話を聞いたのですが」

 謎の人物に視線を送っていると、向こうから私に話しかけてきた。

「あなたは?」

「大赦神官の塩谷です」

「何の用ですか」

「その子を私の方で預からせてもらえないでしょうか」

「大赦からそのような話は聞かされておりませんが」

「大赦も一枚岩ではありません。彼女を大赦から引き離したい人間もいるようですが、私からすればそれは愚策です。彼女は将来世界を救う存在になり得ます。どうかここは私を信じて彼女を渡してもらえないでしょうか」

「世界を救うって…それはどういう意味ですか」

「言葉通りの意味です。それ以上のことはお答えできません」

「お断りします。どうしてもあの子を引き取りたいのでしたら、まずあの子が大赦にとってどういった存在で、それが何故今ここで暮らしているのか詳しく教えてください。話し合いはそれからです」

 私はあの子についてよく知らない。ここは詳しく教えてもらわないとフェアでない。

「…それはできません」

 神官は少し嫌そうな顔をした後、きっぱりと断った。私は彼の反応を見て、何か後ろめたい要素があることを察知した。

「何故ですか? あの子について話すと大赦の沽券に関わるのですか?」

「違います。あなた方一般人にお話しする義理がないというだけの話です」

 少しずつ塩谷の口調が荒くなってきている。これが彼の本性なのだろうか。

「どうか黙ってその子を差し出してもらえないでしょうか」

「喋る気がないようでしたら、話し合いの余地はありません。お引き取りください」

 この人はあまり信用できない。そんな人にあの子を預けるわけにはいかない。私は強気に断った。

「……そうですか」

 神官は一瞬の無言の後、深くため息をつく。

「彼女の存在価値は大赦の中でも折り紙付きです。私は見逃しても神樹様は見逃さないかも知れません。その時苦労するのは私と彼女のどっちでしょうね」

 結局あの子のことは何も語らず、神官はこの場から立ち去ってしまった。

(一体なんだったんだ…)

 

 

◇◇◇

 

 

「それがお父さんとあの子との出会いだったんだ」

 私は朝食をとりながらお父さんの話を興味深く聞いていた。

「その後あの子の母親とも話すことになって、そこであの子についていろいろと知ったんだ」

「いろいろって…?」

「それは…」

 お父さんが続きを喋ろうとしたその時だった。

「そろそろ学校に行く時間じゃないの?」

 お母さんが私に声をかける。時計を見ると今すぐ支度をしないと間に合わない時間になっていた。

「ほんとだ…」

「話の続きはまた今度だな」

 もう少し話を聞きたかったが、仕方がない。

「ごちそうさま」

 私は急いで学校に行く準備をし、家を出た。

 

 

 学校に着き教室に入ると、そこには誰一人として一言も喋らない重苦しい空気が漂っていた。クラスメイトを突然失った悲しみは想像以上に大きいようだ。

 

 私は席に着くやいなや机の上で腕を組んでそこに頭をつけた。頭を横に向けると目の前には柑菜の席が残っている。

(いつもこんな感じで慌てて宿題をやる柑菜を眺めてたんだよな…)

 しかしそんな柑菜の姿はもう二度と見られない。

(・・・)

 私は先生が来るまでうつ伏せになった。

 

 しばらくすると、1時間目の先生が入ってきた。

「今日は栗原先生が休みなので、代わりに私が出席確認もやっちゃいますね」

(栗原先生は休みなのか…)

 先生とも少し話がしたかったが、居ないのなら仕方がない。

 私は鞄から教科書とノートを取り出し、授業を受ける準備を始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

「柑菜ちゃんのことは残念でした」

 私は金城さんと話をするために学校を休んで大赦に来ている。

「…栗原さんにもいろいろと苦労をかけたわね」

 金城さんが元気なく喋る。

 金城さんは以前私が柑菜ちゃんと直接会って話をするよう説得した結果、勇者端末継承の儀についての説明を前倒しにしてまで柑菜ちゃんに会おうとしていた。金城さんは自分の子と向き合うため、本気で変わるつもりだった。それだけに今回の一件は相当心に傷を負っただろう。

「それで今日は何の用かしら?」

「柑菜ちゃんのお葬式に関してお願いしたいことがあるんです。私の聞いた話だと、お葬式は大赦の人間だけで済ませようとしているそうですが、立森さんをそこに招待するよう手配していただけないでしょうか」

 金城さんに頼みごとをするのは酷かもしれないが、それでも状況が激変している今立ち止まっているわけにはいかない。

「・・・」

「立森さんはまだ柑菜ちゃんの死を受け入れられてないと思います。ここは死を受容するための時間が必要なんじゃないでしょうか。立森さんはもうすぐ勇者になる身ですし、もし心の整理ができないままだと勇者の御役目にも支障が出るかもしれません」

「わかったわ。今日この後会議があるから、そこで聞いてみるわね」

 

 

◇◇◇

 

 

 会議の時間になり、私は会議室に入る。

「まさかまだ会議に参加できるだけの余裕と地位があったとは」

「ただでさえ凋落気味だったところに、柑菜様まで失ってはいよいよ救いがないな」

「もはやこの場に相応しくないのではないか」

 会議が始まるまでの間、皆好き勝手なことを言っている。私はその間一言も喋らず、ただひたすら会議が始まるのを待った。

 

「静かに。これより本日の会議を始める」

 進行役の呼びかけとともに今日の会議が始まる。私は周りからの視線が厳しい中、栗原さんに頼まれたことをそのまま伝えた。

「柑菜様のご遺体は現在も検死中で葬儀を執り行うまでにはまだまだ時間がかかる。申し訳ないがその話はまた今度にしてくれ。それより今日はもっと重要な話がある」

 私の意見は軽く流されてしまった。

「…重要な話とは何でしょうか?」

 

「勇者の空席を早急に埋めるべく、立森様には明日勇者になってもらうことになった」

 

 

◇◇◇

 

 

 そして神世紀241年年末。

 立森鈴風は勇者になった。

 



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第十話 感情という名の足枷

久しぶりの投稿です。
投稿が遅れたのは全て私の怠惰が原因です(すみません)
次回以降は原作に関わる独自設定が山盛りでどうしようかと悩み中ですが、なるべく早く投稿できるようにします。

それはそうと、今回は少し思想強めです。
苦手な方もいるかもしれないのでご注意ください。


 12月16日夜、友奈は自室のベッドに座って考え事をしていた。

(スズカ先輩、大丈夫かな…)

 今日の昼頃、神官から明日にもスズカ先輩が勇者になることを伝えられてからずっと同じ心配をしている。

 カンナ先輩を失った悲しみに勇者になる理由の消滅。スズカ先輩が勇者になることに対する2人の間でのすれ違いも解消できていない。心の機微が命取りになりかねない勇者のお役目において、これらの要素が悪影響を及ぼすのは避けられない。

 

 私はベッド横の机に置かれた一冊の冊子を手に取る。

 カンナ先輩の勇者御記。遺品整理をする過程で特別に一時的に預からせてもらったものだ。この御記にはカンナ先輩の本音がありのままに綴られている。

(やっぱりこれをスズカ先輩にも見せるしか…)

 カンナ先輩の気持ちが正しく届けば、それがスズカ先輩の力になるかもしれない。勝手に死者の日記を持ち出していいのかと葛藤する部分もあるが、不安要素を取り除くにはもはやこうする他ない気がしている。

 

(…よし)

 私は御記を見せる決心をし、早速それを電話でスズカ先輩に伝えるため、御記を机の中にしまってから部屋を出た。

 私は個人の携帯を持っておらず、電話をしたければ、大赦の共用電話機が設置されている場所まで行く必要がある。

 

 部屋を出てから5分ほど歩いただろうか。目的地まであと3分の1といったところだ。

(やっぱり遠いなあ…)

 大赦の廊下は無駄に長くて薄暗い。薄暗さに関しては、一部を神樹の恵みに依存している電力の節約が理由なのは理解しているが、この長さに関しては理由が全く分からないのでいつも不思議に思っている。

 

(スズカ先輩、まだ起きてるかな?)

 そう思いながら薄暗い廊下を歩いていたが、突然背後に人の気配を感じた。その気配は突然現れ、不自然に静かで私と同じタイミングに足音を鳴らしながら、ずっと一定の距離を保っている。

(もしかして、誰かにつけられてる…?)

 背後が気になって振り返ろうとした次の瞬間、腰に鋭い痛みが走り、そこで意識が途切れた。

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜が戦死してから2日後、大赦の神官が私の家まで勇者端末を渡しに来た。大赦に出向いてまで行ったあの予行練習は何だったのかと言いたくなるが、事態が事態だったので仕方のない部分もあるのだろう。

 これで私は正式に勇者になり、それから一週間後に初めての敵襲があった。

 

 

 淡く茫洋とした空間の広がり。この景色を見るのもこれで2度目だ。

 柑菜はここで孤軍奮闘し、命を燃やした。本来なら今鈴風の隣には柑菜がいて2人で一緒に戦うはずだったが、もう柑菜はいない。

(・・・)

 戦う気力があまり湧かなかったが、ただずっと突っ立ってるわけにはいかない。

(自分が選んだ道なんだ。今更引き返せない)

 鈴風は勇者端末を取り出し、勇者に変身する。

「いくぞっ!」

 鈴風は自分を無理やり奮い立たせるためにわざと大声を出し、足に力を入れて全力で跳躍した。

 

 前にも一度柑菜につかまって勇者の驚異的な跳躍力を体験したことがあったが、やはりこのスピードには恐怖を感じる。

 高い場所から見下ろすと、蔓は思ったよりも密集しておらず、高低差もそれなりにあって戦いづらそうだ。

 

 そんなことを考えていると、目の前から星屑が襲いかかってきた。

「はあっ!」

 鈴風が刀を振ると、敵はあっさりと切断された。かなりの力が必要になると思っていたが、勇者服の効果なのか武器が特殊なのか豆腐を切る感覚で敵を斬ることができる。

(これならいける…)

 

 ふと地上を見下ろすと、今度は蔓の上を全速力で駆ける小さな影が見えた。

(あれは…ジェミニ?)

 バーテックスの情報は事前に勇者端末で確認している。ジェミニ・バーテックスは圧倒的なスピードで一直線に神樹を目指して走り続けるという特徴がある。世界を守るためには敵が神樹に到達するのを何としてでも止めなければならない。

(そうはさせるか…)

 鈴風は空から斬りかかろうとしたが、ジェミニは直前で直角に曲がって回避する。

(動きが速い…!)

 鈴風はジェミニを追おうとすぐさま方向転換したが、次の瞬間にはジェミニが斜め上から蹴りかかろうとしていた。

(…!?)

 ジェミニは樹海の高低差を巧みに利用し、曲がった先の高い蔓を蹴って動作を反転させていたようだ。

 鈴風は刀を使って受け流そうとするが、うまくいかずに吹っ飛ばされる。

「がはっ…!?」

 神樹の蔓に叩きつけられた衝撃で一瞬意識が飛び、気づけば鈴風は蔓の上でうつ伏せになっていた。

(いたた…)

 背中を押さえながら目線を上げると、今度は目の前からは星屑が迫ってきている。鈴風はすぐに起きあがろうとしたが、この既視感のある状況から以前丸腰のまま樹海に飛ばされて死にかけたことを思い出し、その時助けに来てくれた柑菜の後ろ姿が脳裏をよぎった。

(あ…)

 鈴風の動きが一瞬鈍くなり、回避が遅れる。星屑は鈴風の足先を噛み砕いた。

「があああああっ…!」

 あまりの痛みにその場に蹲る。自分の足元を見ると、欠けた靴の隙間から流れ出た血が血溜まりを形成している。

 その血溜まりが広がるにつれて鈴風の意識が遠のいていく。

(このままだと無駄死にしてしまう…私は一体何のために…)

 

 柑菜を思って戦う道を選んだが、皮肉なことに柑菜のことが戦う上で足枷になっている。

 誰かのために。その思いでやったことが全て悪い方向に働いている。

 これは昔からそうだった。鈴風が小学生だったあの時から…

 

 

◇◇◇

 

 

 鈴風は責任感が強く、真面目な子だった。規律正しい警察官である父に憧れ、学校でも規則の遵守を絶対とし、廊下を走る行為や勝手なお菓子の持ち込みなど、規則に反する行為を見かける度にそれが友達だろうと注意をしていた。

 そういった呼びかけが安全な学校生活に繋がることはみんなも少しは理解していた。しかし、やんちゃで無鉄砲な子供にとって鈴風のような生真面目な人間は鼻につく存在だ。最初のうちはみな素直に指摘を受け入れていたが、少しずつ鈴風を煙たがるようになってくる。

 

「鈴風ちゃんって、いつもだめだめ言ってるよね」

「ほんと嫌な先生みたい」

「鈴風ちゃんなんかほっといて私たちだけで遊ぼうよ」

 

 徐々にクラスから孤立していき、やがてひとりぼっちになると、煩く思われる性格とも相まってだんだんいじめに発展してきた。

 初めのうちは陰口を叩かれる程度だったが、いじめはあっという間にエスカレートしていく。

 ノートは勝手に落書きされ、筆記用具は勝手にのりでベタベタにされる。給食の時間は食べ物を牛乳まみれにされて、掃除の時間は雑巾を顔に投げつけられる。そんな日々が毎日のように続いた。

 

「最近学校どんな感じ?楽しい?」

 

 家では母が度々学校のことを聞いてくる。子供の学校での過ごし方が気になる一種の親心。鈴風は家族に心配させたくなかったので、学校のことを聞かれる度に笑顔を取り繕っていじめの事実を隠し続けた。

 

「うん、楽しい」

 

 こうなったのには自分にも責任がある。一度みんなに謝って許してもらおうとしたが、全く意味がなく、むしろそのことがきっかけで何か嫌がらせをされる度に謝罪を要求されるようになった。こうなればもはや我慢するしかない。鈴風はいじめの自然消滅を願ってただひたすら耐え続けた。

 

 しかし、そんな日々も突然望まない形で終わることになる。

 

「あなたのお友達から聞いたんだけど、クラスの子から嫌がらせされてるの?」

 ある日遂に担任の先生に呼び出され、いじめの有無について尋ねられた。

「いや、そんなことは…」

 ここで先生にいじめがバレると、間違いなく親にもその話が伝わる。だからどうしても認めることはできない。

「本当に?」

「本当です。私は嫌がらせなんてされてません。私は………」

 私は大丈夫。そう言おうとしたが、突然体が熱くなり、言い切る前に私の頬から一筋の涙が流れ出た。

「あれ…いや…これは違って……私は…うっ…大丈夫…うぅ…ですから……うううぅ…」

 ただ大丈夫の一言が言いたかっただけなのに、言葉を発しようとすると余計に涙が止まらなくなる。

「正直に話してごらん」

 こうなればもう言い逃れはできない。鈴風は正直に全てを話した。話を聞いた先生は事態を深刻に受け止め、すぐ解決に向かって動いた。当然その話は親に伝わる。学校としては当たり前の対応。それは鈴風の理想とは乖離していたが、いじめの自然消滅なんて都合のいい話はない。

 

「鈴風、大丈夫…? 学校行くのが辛かったら、しばらく学校休んでもいいからね」

 家に帰ると母が心配した様子で話しかけてくる。

「うん、ありがとう…」

 鈴風はあまり心配させないようにいつも通り笑顔を見せようとしたが、最早笑い方が分からなかった。完全に作り笑いを続けた結果だ。

 鈴風はいじめに耐えるだけの無の時間と引き換えに笑顔を忘れてしまった。

 

 

◇◇◇

 

 

(まだだ…まだ終わりじゃない…)

 嫌な記憶と遠のく意識に抗うかのように焦燥感が湧いてくる。

(こんなところで死ぬわけにはいかない…)

 友奈が大赦の人間から反感を買われてまで交渉してくれたんだ。そして何より柑菜に反対されてまで勇者になったんだ。それなのにこんなにあっけなく終わるなんて嫌だ。

 鈴風はやっとの力で再び立ち上がり、躍起になって敵を斬っていく。

(ジェミニはどこだ…?)

 鈴風は向かって来る敵を倒しながらジェミニを探した。急いで見つけなければ、先に体力が尽きて今度こそ終わりだ。

 

(いた…!)

 探し始めて数分後、遂に地を駆けるジェミニを発見した。

 鈴風は腕を振り上げて斬りかかろうとしたが、ジェミニの素早さには敵わず、腕を蹴られて斜め上に吹き飛ばされる。

「がっっ…!」

 今の一撃で腕が使い物にならなくなった。しかし、もうそれでもやるしかない。

 鈴風は刀を口に咥え、地面のジェミニにしっかり標的を定め、空中の蔓を全力で蹴った。

(いけえええぇぇっっ……!!) 

 刃は遂にジェミニを切り裂き、これで全ての敵を殲滅することができた。

「ぐうぅぅ……」

 衝撃で歯が数本折れ、激痛が走る。

 ギリギリの闘いだったがなんとか勝利を収めることができた。

 しかし、そこには達成感も安心感も何もなかった。

 

 

 その日の夜、私は眠れずにスマホの写真を眺めていた。アルバムには柑菜と一緒に撮った写真が残っている。

(・・・)

 古いものから順に見ていくと、最後に撮った一枚には友奈も写っていた。

(そういえば友奈は元気にしてるかな)

 この前友奈と会ってからは全く連絡が取れていない。そもそも勇者には専属の巫女がつくはずだが、私には一人もついていない。

 柑菜には友奈がついていたし、私を勇者にしてくれたのも紛れもない友奈だ。その2点から友奈が引き続き巫女として私と繋がっていてもおかしくないのに、私が勇者になった途端に接点が途切れるのは少し違和感がある。

(明日栗原先生に聞いてみようかな)

 

 次の日、私は早くに学校へ行き、栗原先生を探した。

 幸運なことに職員室に訪れるとあっさり会えたので、すぐに話をすることができた。

 

「巫女がついていない…?」

 私から現状を話すと先生は驚いたような反応を見せる。

「巫女の話は聞かなったから、花折さんが引き続き担当しているとばかり思ってたわ」

 先生も事情を知らないとは完全に予想外だった。

「友奈は元気にしてますか?」

 知らないのに聞いても仕方がない気がしたが、そう思う前に言葉が先行していた。

「うーん… 私と花折さんはあまり接点がないから詳しいことはわからないわね。ちょっと後で確認してみるわ」

 私は後で確認するという言葉を聞いて自分でも不思議なほど安堵した。

「よろしくお願いします」

 私は先生に頭を下げ、聞きたいこともなくなったので、そのまま教室に戻った。

 

 

◇◇◇

 

 

 立森さんが職員室から出て行くのを見届けた後、私は早速金城さんに電話をかけてみた。金城さんなら何か知っているかもしれない。

 しかし、しばらく待っても一向に繋がる気配がない。

(あれ…?)

 少し時間を空けてからもう一度かけ直してみたが、やっぱり繋がらない。

(何かあったのかしら?)

 私は急に心配になった。このままずっと繋がらない気さえしてくる。

 もしそうだとしても、さっきの会話で立森さんの精神状態が不安定なのが伝わってきたし、花折さんの状況だけは聞いて伝える必要がある。

 どうしようかと悩んだ末、私は今から大赦に行ってみることにした。

 

 

「一般人が勇者になったところで無駄死にするだけだ!」

「今の乃木家に大赦をまとめる資質はない!」

 

 大赦に来てみると、あちこちから不満の声が聞こえてきた。

 前に来てからまだ一週間ほどしか経っていないが、この前とはまるで雰囲気が違う。

「すみません、一体何があったんですか?」

 私は近くにいた人に声をかけた。

「何がって… 我々は外部の人間を勇者にするという乃木様の独善的な判断に怒っているんですよ」

「は、はぁ…」

 確かにそのことに関しては反対の声が根強かったことは聞いている。しかし、たった一週間ほどでここまで状況が変わるものなのだろうか。

(…とりあえず金城さんを探そうかな)

 考えても仕方なかったので、私は本来の目的に戻って金城さんを探すことにした。

 

 

 しばらく歩いていると、どこからか乃木様を批判する声が聞こえてきた。

「外部の人間を勇者にするとは乃木様は何を考えておられるのか! 子供の主張に判官贔屓の心をくすぐられたのか? だとしたらとんだ愚か者だ! 我々の未来をかけた闘いが子供の感情一つに振り回されることなどあってはならない!」

 声のする方向へ近づいてみると、塩谷さんが多くの聴衆に囲まれながら演説をしているのが見えた。

「感情というものは実に厄介だ。非合理的な話でも感情だけで見せかけの筋を通せてしまう。我々は一体何のために"仮面"をつけているのか。頂点に立つ者がその理念を無視するのなら、我々も容赦なく怒りを解放する!」

 塩谷さんは熱く聴衆に語りかけている。

(うーん…)

 確かに乃木様は何故立森さんを勇者にする許可を出したのか私にも分からない。しかし、塩谷さんの推測は間違っているように思う。私の知る乃木様は感情で動くような御方ではない。塩谷さんの推測はなんというか、大赦内部で蓄積された鬱憤を解放させる流れを作るという目的から乃木様の動機を創作しているように感じる。

 

「塩谷さん!」

 私は耐えきれずに聴衆の声を遮る大声で塩谷さんの名前を呼んだ。

「これはこれは栗原じゃないか」

 塩谷さんは私の大声にも動揺せず、落ち着いた様子を見せる。

「そこで一体何してるんですか? まるで立派なアジテーターじゃないですか」

 乃木様のことは尊敬している。そんな乃木様を憶測だけで悪く言われたことに少々苛立ち、つい口が悪くなってしまった。

「・・・どうやら邪魔が入ったみたいだ。演説の途中で申し訳ないが、私はこの栗原と2人で話をしてくる。…ついて来い」

 流石の塩谷さんも今の発言は許容できなかったのか、演説を打ち切って私を物陰に呼び出した。

 

「それで、お前は私の邪魔をしにきたのか?」

 塩谷さんは不機嫌さを露わにしている。

「金城さんを探していたら偶々見かけただけです」

「…そうか」

 一応信じてもらえたみたいだが、少し不満そうだ。

「それより金城さん見かけませんでした?」

 塩谷さん個人に聞きたいことも色々あったが、一番知りたいのは金城さんと花折さんの情報な上、まともな答えが返ってくる気がしなかったので、ダメ元で金城さんのことを聞いてみた。

「最近見かけてないな。もしかすると、既に我々の計画の犠牲になったのかもしれないな」

 塩谷さんは何やら不穏なワードを口にする。

「計画…?」

「ああ。乃木様をトップの座から引き摺り下ろす。それが我々の計画だ」

 私はそれを聞いて驚愕した。直前までおかしな扇動をしていたが、まさか本気で乃木様の首を狙っているとは。

「そんな… 想定外の事態で忙しい今、そんなことをしている場合ではないでしょう」

「いや、今だからこそだ。乃木様は一般人からの勇者輩出を中心に多くの怒りを買ってきた。そして今、その怒りが金城柑菜の訃報をきっかけに爆発しつつあるんだ。こんな絶好の機会が他にあるか?」

「そこまでしてどうするつもりなの?」

「当然我々が実権を握って我々の思うようにさせてもらうさ。具体的には勇者の扱いを変える。これまで勇者を甘やかしすぎた。今回の予想外の事態も原因はそこにある。そこで勇者を我々の監視下で徹底的に教育・管理し、心のゆらぎによる不確定要素を排除させることで戦力を安定させるというのが我々の基本的な方針だ」

「勇者になれるのはたった10代半ばの少女よ。感情に敏感な年頃の少女に対してそんな機械的な扱いをしたところで寄り添えはしないわ。それどころか、精神状態を悪化させて戦力低下に繋がると思うわ」

「もちろん"普通の子供(部外者)"はそうだ。だが、大赦で育った子供は違う。我々の裁量次第で、心という弱点を克服した理想の勇者を簡単に生み出すことができる」

「あなたは勇者をただの駒としか思っていないの?」

「いくら我々が手厚くもてなしたところで本質的に駒であることには変わりない。それならば感情一つで崩れてしまうような脆い駒ではなく、頑丈な駒を使おうというだけの話だ。これまでは神樹様の気まぐれで狙った者をピンポイントで勇者にすることが叶わなかったが、花折友奈のいる今ならそれが可能だ。だから私は私の野望のためにあいつを拘束したんだ」

 花折友奈。我を忘れる勢いで言い合っていたが、その名前を聞いた瞬間本来の目的を思い出した。と同時にとんでもないことを耳にした。

「花折さんを…拘束…?」

 あまりの唐突さと衝撃度に頭が真っ白になる。

「ど、どうしてそんなことを…?」

「我々が計画を実行する上で障害にも成功の鍵にもなり得るのがあいつの存在だ。だから私は予めあいつを私のコントロール下に置いた。お前たちが過ちを犯し続ける裏で我々は動いていたんだ。乃木家没落の日は近いかもな」

「・・・」

 私は最早言葉を発することすらできなくなった。

「立森鈴風…だったかな? あいつは元々戦う動機が私情100%な上に乏しく、今やその動機すらも失い、やり場のない感情だけが残っている状態だ。悪いがあいつは長くは持たない。その感情が仇となって勝手に身を滅ぼすだろう。今の勇者を失う日が乃木家最後の日だ」

 塩谷さんはそう言い残し、薄ら笑いを浮かべながら去っていった。

(立森さんにどう説明したら…)

 塩谷さんが去った後も私はしばらくその場に立ち尽くしていた。

 

◇◇◇

 

 

 立森鈴風の初陣の前日。

「金城、お前に頼みたい仕事がある。お前にしかできない仕事だ」

 私は突然乃木様に呼び出され、とある任務を任された。

「高知へ行き、行方不明になっていたお前の元旦那と話をしてきてほしい」



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第十一話 心を繋ぐ掟

サブタイトルにもなっている「掟」
個人的にこの設定はお気に入りなので、原作もそうであってほしいと勝手に思っています。


 夜の海に数隻の巨大な船が浮かんでいる。

 それらは月の光で銀色に煌めく波間に揺蕩い、これから起こるであろう数多の困難を予感させないほど静かに佇んでいる。

「私たちはもうすぐこれに乗って避難するんですよね…」

 若い女性が船を見上げながら呟く。その言葉には希望以上の不安と恐怖が滲んでいた。

「心配か?」

 女性の隣にいた勇者姿の少女が簡潔ながらも優しい口調で尋ねる。

「沖縄から四国となるとかなりの長旅になりますし、敵の危険もそうですが、何より食料問題やストレスで仲間割れが起こるかもしれないと考えると怖くて…」

 女性は主に人間関係の不安を口にする。

「それに、四国についてからも上手くやっていけるかどうか…」

 少女は女性の不安を一通り聞き、少し間を空けてから口を開いた。

「…だったら私たちの間で約束事を作ろう。私たちは皆で助け合って生きてきた。それはこれからも変わらない。それをいつでも思い出せるように、私たちだけの"掟"として形に残すんだ」

 

 

◇◇◇

 

 

 立森鈴風の初陣の前日。

 私は乃木様に呼び出され、話をすることになった。

 

「金城、今の私は思ったよりも状況が良くない」

 開口一番、乃木様は端的に現状を告げる。しかしながら深刻そうな表情は一切見せず、頭の中で次の一手を考えている様子だった。

 

「乃木様が立森さんを勇者にする許可を出した理由、私も詳しい事情を知っているわけではありませんが、きっと多くの方に誤解されていますよ」

 今私たちの間では、乃木様は立森さんの主張に共感したから外部の人間を勇者にする許可を出したということになっている。

 しかし、私はそれがどうしても腑に落ちなかった。乃木様の性格を考えると、他に意図があるとほぼ確信を持って言える。

「誤解を解かなくていいんですか? 正しい事情を知る人が増えれば、状況が好転するかもしれませんよ」

「嘘の情報が事実として定着してしまった今、誤解を解くことは容易ではない。それに私が真実を語ったところで、確実に火に油を注ぐことになる。実際のところ、その真実すらも到底受け入れられる内容ではないのだからな」

 

 乃木様の話を聞き、私はその真実が少し気になった。

「その真実について伺っても?」

「…この話は少し長くなる」

 乃木様は断りを入れ、真実について話し始めた。

「結論から言うと、私は先代勇者・乃木若葉の端末を次の勇者に渡したかったんだ…」

 

 

◇◇◇

 

 

 これは神世紀初頭まで話が遡る。

 

 かつて上里ひなたは乃木若葉と共に若葉を精霊化させる「若葉疑似精霊化計画」を立案した。

 それは勇者が精神的に挫けそうになった時に若葉の擬似精霊が現れ、録音された音声を流して元気づけるという勇者の心理的なサポートを目的としたものだ。

 

 企画の段階ではホログラムで精霊を浮かび上がらせる案が検討されていたが、そのような子供騙しでは効果は薄いとし、最終的に擬似的でありながらも限りなく本物に近い精霊を生み出す方向で研究がスタートすることになった。

 

 しかし、精霊を生み出そうとすると、神樹様に蓄積されたこの世の記録にアクセスし、解析の末抽出したものを専用の器に移すことで擬似的な命を宿らせるといった高度な技術が要求される。

 技術力不足はさることながら、神の力に触れることに制限がある状況下では満足に研究することはできない。

 それでも研究は長い歳月をかけることで、少しずつ進展を見せていた。

 

 しかし、神世紀72年に発生した大規模テロによる内部のゴタゴタで計画は頓挫。その後再び研究が再開することもなく、若葉疑似精霊化計画は事実上の凍結状態となった。

 

 それから百年以上の時が流れ、計画の失敗を囁く者すらいなくなっていた今、遂にその状況を変える出来事が起こった。

 

 それは花折友奈が先代勇者のアイテムを保管する倉庫に無許可で侵入し、私が直接注意をすることになった際のことだった。

 

 話の途中、花折は突然倉庫で勇者端末が青く光るのを見たと主張する。

 私はその場に居た神官にも尋ねてみたが、そのような光は見ておらず、ここでは花折の勘違いということになった。

 

 それでも私はそのことがどうしても気になり、後でもう一度花折を倉庫に呼び出した。

 すると、やはり花折は青い光が見えると言う。

 私にはその光が見えなかったが、花折は嘘をつくような人ではない。

 私は花折の言葉を信じ、すぐにその端末を解析班に回した。

 

 すると、それが乃木若葉の端末だということ、そしてその端末から測定できないほどの超高エネルギーが漏れ出ていることが分かった。

 その時私は若葉疑似精霊化計画の成功が頭をよぎった。それも普通の成功ではない、本来の想定を遥かに上回るほどの大成功だ。

 私はその超自然的現象に未知の可能性を見出した。

 

 その頃には敵の侵攻が想像以上に激しくなっており、勇者を2人に増やすかどうかが少しずつ議論されるようになってきていた。

 そこで私はその流れに乗じて、次の勇者には例の端末を試してもらおうと、勇者候補の親族に私の方から頼み込んだ。

 しかし、大赦にはプライドの高い人間が多い。例え私からのお願いであろうと問答無用で拒絶された。

 

 そんな時現れたのが立森鈴風だった。

 立森様は例の端末を使ってもらえる人を探しあぐねていたところに現れ、勇者適正についても申し分ない。

 私は思考の末、外の人間の勇者化を敢行することにした。

 

 

◇◇◇

 

 

「これが真実だ。私は花折友奈という極めてイレギュラーな存在は、きっと神樹様の導きであると信じている。だからこそ私はどうしても先代勇者の端末を使わせたかった。立森様と先代勇者とで精神面が近いとしたのも端末の継承に説得力を持たせるための方便だった」

「そうだったんですね…」

 乃木様に立森さんを勇者にするよう懇願していた私ですら知らない話が多く、ただひたすら黙って話を聞いていた。

 

「とはいえ、正直この判断が与える変化について具体的な予測はできない。現状だけで言うならば、事態は悪い方向に転んでいる。しかしそれは神とは無縁の場所での話。そんなノイズに全てを狂わされるわけにはいかない」

 乃木様は一呼吸挟んでゆっくりと口を開く。

「……ということで少し話が逸れてしまったが、ここからが本題だ。金城、お前に頼みたい仕事がある。お前にしかできない仕事だ」

 

「一体なんでしょうか?」

「高知へ行き、お前の元旦那、金城竪吉(たつよし)と話をしてきてほしい」

「え…?」

 あまりに想定外の命令に私は動揺してしまう。

「そ、それは何のために…?」

「今塩谷が大勢の神官を味方につけて私の首を狙っているのは知っているよな?」

「はい…」

「それに花折も塩谷に捕えられている」

 

「そ、そうですよ! いくらなんでも花折さんを拘束するのはやり過ぎです! 私たちがそこを追求すれば、ちゃんと問題視してくれる人もいるのではないでしょうか!」

 私はかつての夫にあまり会いたくないという気持ちが働き、ほぼ反射的に別の解決策を提案する。

「どうだろうな。奴らは拘束を正当化させるために、ここ最近のバーテックス侵攻の激化は花折友奈の神樹への過干渉が原因だと主張している。正直これを否定するのは難しい。そしてその看過を私の批判に繋げているんだ。そんな中で私達が子供の拘束の非人道性を指摘したところで、ただの保身と受け取られかねない」

 

「そこで出てくるのが私のかつての夫なんですか…?」

「そうだ。お前の元旦那には塩谷を近くで監視し、花折を解放させるためのスパイとなってもらう。あの人には塩谷を容易く信用させるだけのバックグラウンドがあるはずだ」

 

 確かに私の元夫は花折家を目の敵にしていた節があり、記憶のなくし方次第ではスパイとして活躍できる可能性がある。しかし利用できる人間は誰であろうと利用してやろうとする精神はまるで…

「まるで塩谷みたいな発想をしているだろ? 私も根本的にはあいつと似て非情な部分がある。……愛する娘を亡くしたばかりで申し訳ないが、どうかそれでも私を信じて頼まれてくれないか?」

 

 私は乃木様の言葉を聞いてはっとした。

(柑菜…)

 栗原さんが言うには、あの子は勇者という重い役割を背負わされながらも、決して文句を言うことなく、その上私たちの幸せまで願ってくれていた。

(それなのに私がこんなんじゃだめよね…)

 私は気持ちを整理し、口を開く。

「…わかりました。今より状況が良くなるのでしたら、喜んでやらせていただきます」

 

 

 翌日、私は乃木様の指示通り高知のとある町にやって来た。

 

 そこは鄙びていながらもどこか活気を感じる、不思議な魅力のある町だ。

 この町の歴史はそれなりに深く、西暦時代に沖縄から避難してきた者達で小さな集落を築いたのが始まりとされている。

 

 当時の避難民は基本的に大赦が用意した仮設住宅で暮らすことになっていた。

 しかし、沖縄からの避難民だけはそれを拒んで空き地に自分たちで家を建て、畑を耕し、たった数年で完全自給自足のコミュニティを実現させた。

 それどころか、余分な作物を同じ避難民に無償で配ることで周りからは大きな信頼を得ていた。

 

 どうしてそんなことが可能だったのか。

 それは沖縄からの避難民には"掟"があったからだ。

 

 掟は不慣れな土地でも仲間と助け合あって避難生活を送れるよう、勇者古波蔵棗が考えたものだ。

 当初は沖縄を離れる前夜に軽い約束事のつもりで交わしただけのものだったが、過酷な航海の過程でそれはとても強固なものとなっていた。

 

 今の町には当時の面影はほとんど無くなってしまったが、それでも掟だけは今でも先祖が沖縄からの避難民である者たちの心に残っている。

 掟というのはまさに共に助け合い、強く逞しく生きた証として繋いできたバトンだ。

 当然私も沖縄避難民の末裔であるので、その掟は大切にしている。

 

 

(ここね…)

 しばらく歩き、ようやく目的の家に到着した。

 

 乃木様の話によると、私の元夫は記憶喪失が原因で大赦を追われて浮浪者となった後、同じ掟を持つこの家の方に助けられたらしい。

 その方は名前で大赦の人間であることを見抜き、すぐに大赦に連絡したが、乃木様の指示によりしばらくの間保護することになっていた。

 そしてここでしがらみのない、人の優しさに触れる生活を続けた結果、かつての面影がなくなるほど穏やかな人になったと聞いている。

 

(ふぅ……)

 私は深呼吸をしてからインターホンを鳴らす。すると、すぐに中から人が出てきた。

「金城さんですよね。乃木様から話は聞いてましたよ。どうぞお入りください」

 

 部屋に入ると、そこには椅子に座ってお茶を飲むかつての夫が座っていた。実に数年ぶりの対面だ。

「あなたが話に聞いた私の元妻ですか?」

 夫はまるで初対面かのように丁寧な口調で話しかける。

「そうよ。覚えてない?」

「申し訳ないですが全く覚えていませんね」

 事前に聞いた通り、記憶はまだ戻っていないようだ。

「とりあえずその敬語、モヤモヤするからやめてもらえる?」

「…すまない」

 

 私は会話も程々に記憶を取り戻させる策として、大赦で撮られた写真を見せる。

 乃木様の見立てでは刺激次第で記憶を取り戻せると踏んでいる。そして可能であれば記憶を蘇らせてほしいというのが一つの頼みだ。

 

「確かに私が大赦にいた記憶はうっすら残っているが、これを撮った日のことは覚えてないな。これは本当に私なのか?」

「もちろんよ」

「にわかには信じがたいな」

「うーん…」

 あまり写真を撮る機会がなく、枚数自体が少ないのもあるが、やはりこの程度では全く思い出せないようだ。

 

「あのー。もしかしたら宮里さんからお子さんの話を聞けば、何か思い出せるかもしれませんよ」

 どうしようかと悩んでいると、隣でやり取りを見ていたこの家の方が提案してくれる。

「そうね。今から会いに行ってみようかしら」

「宮里さんって確か…」

「柑菜を預かってくれた方よ」

 宮里さんも先祖は沖縄からの避難民だ。私は同じ掟を持つ仲間として無理を言って柑菜を預かってもらっていた。

「会いに行くって… まさか今から香川まで行くのか…?」

「そうよ」

「ちょっと準備をさせてくれ」

 そう言うと夫は立ち上がり、他の部屋へと移動した。

 

「私の旦那がお世話になりました。本当にありがとうございます」

 私は準備を待つ間、夫を保護してくれていたことに対する感謝の意を伝える。

「感謝されるようなことはやってませんよ。私たちはこれまでもこうやって助け合ってきたんですから」

 

「お待たせ」

 施設にも連絡を入れ、しばらく2人で話していると夫が準備を終えて戻ってきた。

「それじゃあ行ってきます」

 

 

 しばらく電車に揺られて、私は元夫と2人で宮里さんのいる施設にやって来た。

 宮里さんは数年前の交通事故が原因で車椅子生活を余儀なくされ、今は施設で暮らしている。

 

「金城さん〜。お久しぶりです」

 宮里さんと会うのは事故後のお見舞い以来だ。

「なかなか会いに来る時間がとれなくて申し訳ないです」

「いいのよ。そっちも忙しいんでしょ?」

「そうですね… バーテックス襲来の可能性が高まってきてからは特に…」

 

「そちらの方が柑菜ちゃんのお父様?」

「そ、そうです…」

 夫はまだ自分に子どもがいることを信じられず、困惑した様子を見せる。

「まあまあ。ここは私の家じゃないけれど、ゆっくりしていってくださいね」

 

「それで、今日は柑菜ちゃんの話を聞きに来たんですよね」

「そうすれば私の夫も何か思い出せるかもしれないと思いまして」

「…あなたも記憶をなくして大変だったでしょう?」

 宮里さんは夫の過去には触れず、記憶をなくしたことに対する労りの言葉をかける。

「そうですね。ただありがたいことに親切な方に助けていただいたので、今は普通に暮らせています」

「あら、それなら良かったわ」

 そう言いながら優しく微笑む姿を見て、私は宮里さんの心の広さを感じた。

 

「さて、それじゃあ柑菜ちゃんとのことについて語らせてもらうわね」

 宮里さんはそう言うと、柑菜に初めて会った日のことから話し始めた。

 

 初めて一緒にごはんを食べた日のこと、映画を観に行った日のこと、うどん屋に行った日のこと、授業参観の日のこと、柑菜が熱を出した日のこと。

 一つ一つは小さな出来事だが、その節々から宮里さんと柑菜はとてもいい関係だったのが伝わってくる。それも私たち以上に家族と呼ぶのに相応しい関係だ。

 

(・・・)

 夫が行方不明になってしばらく経ってから、私は柑菜に会いに行ったことがある。夫がいなくなり、今なら柑菜を大赦に戻しても安全だと思ったからだ。

 あまり長い間迷惑をかけるわけにはいかないという気持ちもあったが、何よりも柑菜に会いたいというのが本音だった。

 しかし、いざ会ってみると柑菜は私のことを覚えておらず、宮里さんと幸せそうに暮らしていた。

 その時私は、これからも宮里さんに世話を任せようと心に決めたのだった。

 

(やっぱりあの時の判断は間違ってなかった…)

 話を聞いていて改めてそう感じたが、事実上柑菜を見捨てる選択をしたことも含めてやりきれない気持ちが今でも渦巻いている。

 

「そしてここからが柑菜ちゃんが勇者になってからのことなんだけど…」

 ここまで楽しそうに喋っていた宮里さんだったが、ここにきて声のトーンが落ちる。

 ここからは私も詳しくは知らない話だ。私は心を落ち着かせ、宮里さんの話に耳を傾けた。

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜が勇者になってから初めて柑菜と会ったのは10月になったばかりの頃だった。

 

「私ね、勇者になったんだ…!」

 柑菜は誇らしげに勇者に選ばれたことを告げる。

 そのあまりに嬉しそうな顔に私は違和感を覚えた。

 私も勇者については事前に聞かされていたが、とてもそんな笑顔になれるような話ではなかったからだ。

 

「そっか…勇者に選ばれたんだね…」

「あれ? もしかして知ってた?」

「私も大赦の方から説明を受けたからね」

「なんだー… お母さん知ってたかー…」

 どうやら柑菜はもっと興味津々に食いついてほしかったらしく、私の言葉を聞いてがっかりした表情を見せる。

「…あっ! じゃあさ、このことは知ってる?」

 がっかりした表情を見せたと思えば、またすぐに明るい表情に戻り、勇者になってからの体験を語り出した。

 

 特訓時に手作りのお弁当が貰えることは知らなかったが、それ以外の話は大体事前に説明があった通りの内容だ。

 それにしても柑菜の言葉からはどこか希望を感じさせる。違う話を聞かされたのか、同じような話を聞かされた上で違った受け取り方をしたのかは分からない。

 しかし、ただ一つ重要なことを聞かされてないのだけは話を聞いていて確信できた。それは勇者となった者たちの結末だ。過去に勇者に選ばれた者たちはおおよそ悲惨な最期を遂げている。

 そこを伝えないのは大赦なりの優しさだろうと思ったが、それが果たしてベストなのか私には判断がつかなかった。

 

「・・・お母さん?」

「え、ええ…」

「・・・?」

 

 私がその時見せた微妙な表情を見て柑菜は何を思ったのだろうか?

 

 それから会う度に柑菜の雰囲気が変わっていく。

「どうして私なんかが勇者に選ばれたんだろ…」

「私のちっちゃい頃ってどんな感じだった?」

 柑菜は自分が勇者に選ばれた理由が気になっている様子を見せる。しかも、そこから自分が何か特別な存在だったんじゃないかと思って過去を振り返ってみたが、昔のことを何一つ覚えておらず、そこに関しても違和感を持っているようだった。

 

 私はそれにどう対応していいか分からず、その時の私は申し訳ない気持ちを感じながらも、適当なことを言って誤魔化した。

 しかし嘘をつくのも良くないと思い、次に会う時は正直に話そうと思ったちょうどそのタイミングだった。

 

「私にはもう一人別のお母さんがいたの…?」

「・・・!?」

 全てを話そうとした矢先、柑菜の口から思いもしない言葉が飛び出した。

「この前特訓でお弁当をもらったとき、ミートボールに動物のピックが刺さってたの。その時私は頭の中に不思議な映像が浮かんだんだ。知らない場所で幼い私がそれを大事そうにしていて、それを2人の大人が見ている映像。顔までは分からなかったけど、その2人の雰囲気にどこか懐かしさを感じたんだ」

「・・・」

「もしかしたらそこは大赦で、2人は私のお父さんとお母さんなんじゃないかって、後になってそんな気がしてきたんだ。ただの予想なのに、何故かそうとしか思えないの。…私は昔、大赦にいたの?」

 

「…その予想は正しいよ」

 私はそのつもりがあったこともあり素直に認める。

「…"本当の"親に会ってみたい?」

「……いや。今離れ離れになっているのにも何か理由があるんだよね? だったら私は無理に会いたいなんて言わないよ。今だってお母さんと一緒にいられて幸せだからね! 私からしたらどっちも本当のお母さんだよ!」

 そう言って柑菜は私に抱きついてくる。

 しまった。変なことを言ったせいで気を遣わせてしまった。

 私は反応に困り、この日は結局全てを話すことができなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「まさかそんなやり取りがあったなんて…」

 

 動物のピックは柑菜が4歳くらいの頃の話だ。

 私たちは立場上、子どもとの時間が少なく、一緒にご飯を食べる機会も少なかった。

 子どもたちは基本的に大赦で生活し、お昼には学校でいう給食のようなものもあったが、私はあの子にお弁当を作って渡していた。

 

「動物の楊枝って確かあなたが買ってきたものよね?」

「お、俺がそんなものを買ったのか…?」

 普段私はシンプルなものしか買っていなかったが、一度夫に頼んだことがあり、その時に買ってきたのが動物のピックだった。

 その物珍しさにあの子は使った後も「おたからボックス」という箱に入れて大事にとっていた。多分その箱は今も大赦にあるはずだ。

 

(そうだ! それを見せたら夫の記憶も蘇るかもしれない!)

 今の話からすると、柑菜が記憶を一部取り戻せたのは思い出に関係する実物があったからだ。それと同じことをしてやれば夫も何か思い出せるかもしれない。

「よし、大赦に行こう」

「えっ…!? 今からか!?」

「今日はもういい時間ですし、明日にしてはどうですか。この施設は宿泊もできるはずですから、今からでもスタッフさんにお願いしてきますよ」

 私が大赦に行こうと宣言すると、夫は驚き、宮里さんは気を遣ってくれる。

 確かに今日は徳島から高知、高知から香川と移動が多く、気づけばもうすぐ日が暮れそうになっていた。

「それもそうですね…お気遣いありがとうございます。施設の方には私から頼みに行きますよ」

 

 その後私たちは特別に施設に泊めてもらうことになり、翌日大赦に帰ってきた。

 

「あった! これよ!」

 自室の押入れを漁ると中からおたからボックスが出てきた。やはりまだここにあったようだ。

 箱の中には様々な小物が入っており、私はそこから動物の楊枝を取り出す。

「これ、何か思い出さない?」

「いや…別に…」

 夫はきょとんとした顔で否定する。

 

 これでもだめか…と思った次の瞬間だった。

「あ…」

 息のような力の抜けた声を漏らし、夫の中で何かが起こったのを感じさせた。

 

 

◇◇◇

 

 

「パパ…これってパパが買ってきてくれたんだよね…?」

 幼い少女が俺に動物のピックを見せてくる。これってもしかして柑菜か?

「そうだけど」

 俺は冷たい態度をとっている。

「えーとね…これとってもかわいくて…えーっと…」

「何」

「だから…ありがとう」

 

 場面が変わり、今度はおたからボックスが床に転がっている。

「それはゆうなちゃんがくれたの! お願いすてないで!」

 柑菜が泣き叫んでいる。

 俺はしがみつく柑菜を突き倒す。

「わっ……」

「駄目だ。いいか、今後一切花折とは関わるな。お前はお前のやるべきことをやれ」

「うぅ……ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

 

◇◇◇

 

 

「俺はなんてことを……」

 夫は突然膝から崩れ落ちる。

「そうだ柑菜だ… 俺はあの子の父親だった…」

 どうやらピックが刺激になって記憶を少し取り戻せたようだ。しかも、この様子だと柑菜以上に記憶を取り戻せてそうだ。

 

「俺のせいであいつはずっと苦しんでいたのか… 俺が…俺が…」

 夫は自責の念に駆られている。性格が丸くなったこともあり、過去の自分に対する嫌悪は一層強いだろう。

「・・・」

 私は夫が悶えている間、何も声をかけることができなかった。

 

 

「落ち着いた…?」

 しばらく時間が経ち、夫はようやく落ち着きを取り戻した。

「ああ……本当にすまなかった…」

 夫は今にも消えそうな声で謝る。

「・・・」

「柑菜にも謝りたい… 柑菜はどこだ?」

 どうやら柑菜のことは聞かされてないようだ。

「柑菜ならもう…」

 私は柑菜のことについて話す。

「そうか…」

 夫は驚きはしたが、勇者のことは既に聞いていたので、すぐにその話を受け入れた。

 

「ねぇ…」

 私はタイミングを失わないうちに乃木様からの頼みの話をした。記憶を取り戻してからのこれというのも、乃木様はなかなかの発想をしている。

 

「俺が塩谷という神官のスパイになれと…?」

「そうよ」

「…わかった」

 夫は躊躇うことなくその頼みを引き受けた。

「俺は散々迷惑をかけてきたんだ。今更断る義理なんて無いさ」

「それじゃあ一先ずこのことを乃木様に報告しに行きましょう」

「ああ」

 そうして、私たちはおたからボックスをしまってから部屋を出た。

 



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第十二話 根っこにて

今回登場する「大赦の根」はオリジナル設定で、原作にもあるといいなという妄想です。

(投稿期間が空くと話が分からなくなると思うので、時系列順のまとめをいつか投稿しようと思ってます)


 俺は妻に連れられて記憶が戻ったことを乃木様に報告しに来た。

「そうか、ちゃんと記憶を取り戻せたか」

「ええ」

「それで、塩谷の監視と花折解放の話は聞いているか?」

「はい。その件も既に妻の方から聞かされました」

 

 ここに来るまでの間に今の大赦は内部対立が激化しており、大変な状況であるという話も聞いていたが、乃木様の様子からはそれをほとんど感じさせない。

 一度記憶を大きく取り戻すとその流れができるのか、乃木様のことも少しずつ思い出してきたが、確かにこんな感じで捉えどころのない御方だったような気がする。

 

「それなら話が早い。記憶を戻したばかりで悪いが、ここはひとつ頼めるか?」

「もちろんです。ぜひ私にやらせてください」

 俺は散々自分勝手な考えで家族とその周りに迷惑をかけてきた人間だ。これが本当に俺"たち"のためになると言うのなら、俺にはやる責任がある。

 

「上出来だ。もしかするとここから流れに棹さすかもしれないな」

 ここまでずっと無表情を貫く乃木様だったが、この二つ返事には思わず口角が上がる。

 俺は乃木様に一礼をし、部屋を出た。

 

 

 それから俺は早速塩谷の居場所について聞き込みを始めた。塩谷は前情報通りここ最近かなり活発に活動しているようで、すぐに目撃情報が上がった。

 

 目撃情報を頼りにその場所に向かうと、数人の神官が固まって休んでいた。

 神官のうちの一人だけ仮面を外しており、その人が恐らく塩谷だろう。

 

「すみません、塩谷さんを探しているのですが…」

「私がその塩谷ですが、何かご用でしょうか」

 集団に声をかけてみると、予想通り素顔を晒している神官が名乗り出た。

 

「あなたがそうでしたか。ちょっと二人で話をしたいのですが…」

 俺はそう言いながら仮面を外す。俺の正体が分かれば、塩谷は興味を持つはずだ。

「あ、あなたは…」

 周りの神官たちは俺の顔を見てもピンとこなかったようだが、幸い塩谷には気づいてもらえたようだ。

「あなたがどうしてここに? あなたは記憶を失って行方不明になっていたはずでは?」

 塩谷の食いつきは上々だ。これで話に耳を傾けてくれるだろう。

 

「話は二人になってからです」

「……いいでしょう」

 

 

「それで、あなたは今までどこに身を隠していたんです?」

 二人になるやいなや塩谷は改めて俺のことを尋ねる。

「身を隠していたなんてとんでもない。偶然親切な方に助けていただいたんです」

「親切な方…?」

「ええ。未だに名前も知らない壮年の男性です。親友に大赦の人間がいるらしく、その方経由で今回の件を知ったんです」

 俺は咄嗟に嘘をついた。ここで正直に沖縄からの避難民を先祖にもつ同胞に助けられたと言えば、金城家が乃木家側なこともあり、例え俺と妻との間で焼け木杭に火がつくことがなかったとしてもスパイを疑われる可能性があるからだ。それに仮に今回の作戦が失敗した場合、同じルーツを持つ人たちの立場が危うくなる可能性すらある。

 

「記憶を失っていた私に親友さんは多くのことを教えてくれました。私が誰なのかも、私がこんなことになってしまった原因も、そして今大赦で何が起こっているのかも。…そこでお願いです。私もあなた方の仲間に加えてもらえませんか?」

 

「…なぜです?」

「だって私をこんな目に合わせた人たちに復讐するチャンスじゃないですか。今思えば私は焚き付けられたのかもしれません。それでも私は自分の手で奴らに復讐しないと気が済まないんです」

 俺はかつての自分を必死に演じる。演技とはいえども、昔の自分に対する憎悪と今の自分との乖離に気持ち悪さを感じる。

 

「・・・」

 塩谷は黙り込み、俺を見つめる。その眼光は鋭く、完全に訝しんでいる。一瞬剣呑な雰囲気に戦慄きそうになったが、なんとか自分を押さえ込めた。

「…私たちはそんな情動に流されているだけの集団ではありませんが、まあいいでしょう」

 塩谷は不審に思いながらも頼みを聞き入れてくれた。

 

「噂によると、花折友奈を拘束しているらしいじゃないですか。彼女は今どこにいるんです? 私は特にあいつに恨みがあるんです」

 俺はついでに花折の居場所も聞き出そうと追い討ちをかける。

 

「花折なら"大赦の根"に監禁しています」

 少し急ぎすぎたかとも思ったが、塩谷は包み隠さず答える。

「かつてそこの管理は閑職でしたが、今は厳重に管理させています。いくら金城さんといえどもそう簡単に入れるつもりはありませんので、娘さんに対する恨みを晴らしたければ、まずは私たちに気に入られるようにしてください」

 

 塩谷はそう言って今後の方針を話してくれた。

 基本的には塩谷の演説に加わり、支持を集める活動をするようだ。花折と接触するためにはそこで成果を出して彼らから信用されなければならない。

 

 俺は完全に籠絡されてしまうことのないよう意識しながら塩谷の指示に従い続けた。

 

 

◇◇◇

 

 

 時は遡り、12月17日。

 

(うーん……ここは…?)

 目が覚めると私は薄暗い空間で倒れていた。

「痛っ……」

 動こうとすると腰のあたりが痛む。

 そうだ、私はスズカ先輩に電話をしようと廊下を歩いていたんだった。そしたら背後に人の気配を感じて…

 

「やっと目を覚ましましたね」

 自分の身に起きたことを振り返っていると、突然背後から人の声が聞こえた。

(…!?)

 振り返るとそこには鉄格子を隔てて一人の女性神官が立っている。

 この異様な光景を前に、私はようやく自分の置かれている状況を理解した。私は牢屋に閉じ込められている。

 

「あなたが私を…!?」

「さて、どうでしょうね」

 神官は私の質問を軽くいなす。

「ここはどこなんですか!?」

「ここは"大赦の根"と呼ばれている場所です」

(大赦の根…)

 

 大赦の根というのは、主に神世紀70年代に活躍した大赦管轄のとある収容施設を指す隠語のようなものだ。

 その頃は平和を乱す人間を排除する鏑矢と呼ばれる少女たちが活躍していた。

 少女たちが持つ神の力を振るわれた人間は昏睡状態に陥り、その後神樹様がその人間に対して救うか罰するかを決定する。

 しかし、神樹様の判断を待つ間、昏睡状態の人間をその場に放置するわけにはいかない。そんな時に役立つのがこの施設だ。

 この施設は神樹様が断を下しやすいよう神樹様の根の下を中心に網目状に張り巡らされており、その風変わりな構造が大赦の根と呼ばれる所以である。

 

「なぜ私をそんなところに…?」

「監禁場所にちょうど良かっただけです。それ以上の理由はありません」

「こんなことをして一体何が目的なんですか?」

「・・・」

 肝心なところで神官は黙り込む。

 

「答えてくださいっ…!」

 私は神官に近づこうとして立ち上がる…が、その瞬間、体に異変を感じた。

「あれ…」

 全身に力が入らず、まっすぐ歩けない。足元がふらつき、遂には体勢を崩して鉄格子に頭を強打した。

「がっ…!?」

 脳が揺れ、私はその場に倒れ込む。

 

「やはりまだ万全ではありませんね。しばらくは安静にしておくといいでしょう」

 神官は一部始終を見ていたが、心配する様子はない。

「わ…私に一体何をしたんですか…」

 私は痛みで手を震わせながら鉄格子を掴み、弱々しい声で尋ねる。

 

「身体機能を一時的に低下させる薬の投与です」

 私はその言葉を聞いて嫌な予感がした。若干マイルドな表現はしているが、恐らくかねてより人を消す際に用いられてきた毒薬のことを言っている。

 

「…私を消そうとしているのですか?」

「そのようなつもりはありません。当然致死量は投与してないので安心してください」

「だったらどうしてこんなことを…?」

「全ては私たちの計画のためです」

「計画…? 計画って一体何を企んでいるんですか!?」

「時が来れば教えましょう」

 神官はそう言って背を向けて立ち去ろうとする。

 

「待って…!」

「…ベッドの上に着替えを置いています。後で食事を持ってくるので、その時までにパジャマから着替えておいてください」

 必死に呼び止めたかったが、神官はそう言い残して完全に立ち去ってしまった。

 

「・・・」

 牢屋を見回すと、確かにベッドの上に着替えが置かれてある。

(そっか…私、パジャマのままだったんだ…)

 神官に言われて初めて自分がパジャマ姿のままだということに気づいた。気を失わされてからそのままここに放り込まれたのだろうか。

(とりあえず着替えよう…)

 私は神官の指示通りパジャマから新しい服に着替える。

 

 脱いだパジャマを畳んでしまおうと逆さまに持ち上げたその時、ポケットから何かが飛び出し、無音の空間に一瞬の金属音が響いた。

「ん…?」

 音のした先に目をやると、そこには鍵が落ちている。

(これって…)

 カンナ先輩の勇者御記をしまった机の鍵だ。あの時念のために鍵もかけておいたんだった。

 

(スズカ先輩…)

 私は鍵を大事に握りしめる。

(こんなところで時間を潰している場合じゃないのに…)

 そう思いながらも、ただ解放を待つしかできなかった。

 

 

 ・・・静かだ。

 

 ・・・ひたすら無の時間が流れる。

 

 ・・・・・・・

 

 ・・・

 

 この感じ、まるで樹海化中のようだ。

 神樹様の根に覆われて真っ暗になった空間で何もできずに座っている。勇者と同じ樹海化中に動ける身でありながら、勇者と違って私はただ樹海化が終わるのを根の下でじっと待つだけ。

 私は確かに他の人にはない力を持っているはずなのにその力を全く発揮できていない。

 今もそう。またしても私は何もできないんだ。

 

 自分の無力さを痛感しながら、何もない時間だけが過ぎていく。

 

 その日の晩、私は敵襲の神託を受けた。

 

 

 翌朝、私は朝食を運んできた神官に神託の内容を伝える。

 

「神託がありました。一週間以内に侵攻があるようです。敵は恐らくジェミニで…」

「そうですか」

 神官の反応は薄い。

「神託を受けられる巫女は他にもいます。あなたの報告は必要ありません」

「ですが私ほど詳細には…」

「結構です」

 神官は冷たく言い放つと足早に立ち去ってしまった。

 

 それからも不定期で神託を受け、その度に神官に伝えたが、反応が変わることはなかった。

 

 

 監禁されてから二週間近く経っただろうか。

 

(スズカ先輩大丈夫かな…)

 

 周りに動くものがないので、樹海化中かもわからない。当然スズカ先輩の安否もわからない。神託だけがくる状況だ。

 

 私は自分がスズカ先輩を勇者にしようとしたことを後悔するようになっていた。

 私はただ私のできなかったことをスズカ先輩に押し付けただけだ。

 本当は私が勇者になりたかった。勇者になってカンナ先輩を守りたいと考えていた。

 私の祈りが神樹様に届くのなら私だって勇者になれると、そう思っていた。でもそれだけはどんなに祈っても叶わなかった。

 

 スズカ先輩のことを知ったのはちょうどその時だった。先輩も私と同じことを思っていた。

 私じゃだめだったけど、先輩なら勇者になれるかもしれない。だから私はその可能性に賭けた。私はスズカ先輩の想いに甘えて全てを託したんだ。

 

 でもそのせいで全てが狂い始めた。私の行いが結果的にカンナ先輩を悩ませてしまったし、今そのことでスズカ先輩が悩んでいる。

 

 完全に私が余計なことをしてしまった。

 私が余計なことさえしなければ、もっと3人で笑って過ごせていたかもしれない。

 そう思うと後悔と自分への憤りで涙が流れた。

 

 

 それからすぐに神託があった。

 それはかつてない規模の襲撃。

 この神託、カンナ先輩が命を落としたあの時のものに似ている。

 

 翌日私はいつも通りに食事を届けに来た神官に神託の内容を伝えた。

 

「だから神託は聞かないと何度も言ったじゃありませんか」

「今度の神託は深刻度が高いんです! …もしかしたらスズカ先輩も死んじゃうかもしれない…!」

 

 その言葉を聞くと、神官は冷たい態度から一変して明らかに嬉しそうな声色になった。

「それは朗報じゃないですか。我々は現勇者の死をもって初めて生まれ変われるんです」

 そう言い切るやいなや神官は笑い出した。

「何を言ってるんですか! ふざけないでください!」

 神官の態度に怒りの言葉が口を衝いて出る。

 

 神官は一瞬驚いた様子を見せると、意味深に考え込んでから口を開いた。

「ふざけてなどいません。これが私たちの計画ですから」

「計画って一体何なんですか!」

「今なら教えてあげましょう」

 

 以前は内容を教えてくれなかった計画だが、今度は詳細を語ってくれた。

 

「大赦の旧態依然とした構造を一新させる。それが私たちの計画です」

「・・・」

「大赦はこれまで乃木様を始めとする一部の家系だけが絶大な権力を握っていました。昔は世界の秘密を守るという立派な事情がありましたが、今はそれが権力を守るための詭弁になりつつあります。権力保持の根拠を実績でなく歴史や伝統に頼るという歪な構造。だから今勇者様を上手く扱えずに事態は悪化の一途を辿っているのです。ですが、今ならそんな現状を変えられる。私たちはこの時をずっと待っていました」

 神官は熱く語っているが、私を強引な手法で監禁したこともあり全く共感ができない。

 

「そのために私を捕まえる必要があったんですか?」

「あなたは神樹様に干渉できる唯一の存在です。今は脅威ですが、将来的には私たちにとって必要不可欠な力になります。あなたは作為的に勇者を選べる唯一の存在。あなたには私たちが実権を握った後に私たちの指定する人間を勇者にしてほしいのです」

 

 神官は堂々と話しているが、都合の悪い時は閉じ込めておいて、風向きが変われば協力してもらおうなんて都合のいい話が許されるはずがない。

「こんなことをしておいて、あなたたちに協力するわけないじゃないですか!」

 

「いや、あなたは必ず私たちに従うことになりますよ」

「どういうこと…?」

「全てはあなたが招いたことですから」

「えっ…」

 

「本来バーテックスの侵攻は3か月程度で終わる見込みでした。しかしそれが長引くどころか激化している。私たちの仮説ではその原因はあなたにあります。あなたに神樹様に干渉できる力があることを敵側が悟ったんです」

「・・・」

 友奈は神官の主張に言い返さず、ただ黙って聞いている。

「あなたが自分の望んだ人間を正確に勇者にしてみせたことで、私たちはあなたに神樹様を動かす力があることを認識しました。そうすれば過去に金城家の人間が記憶喪失に陥った怪事件も自ずとあなたが関与したと確信します。するとそこからその罪に負い目を感じて金城柑菜を守ろうとする外部の人間を勇者にしたという動機が浮き彫りになります。しかし、その神樹様に対する過干渉が逆鱗に触れたことで、敵の侵攻が激化して金城柑菜は命を落としてしまう。…とまあ、大体こんなところでしょうか」

 

「ううっ…」

「あなたも心のどこかで全て自分のせいだと思っているのではないでしょうか、"友奈"さん」

「わ、私は…」

 神官は友奈が明らかに動揺していることを確認すると、一気に畳み掛ける。

 

「あなたがいなければ、金城家が分断されることはなかった」

「やめて…」

 

「あなたがいなければ、立森家にまで累が及ぶことはなかった」

「やめて…!」

 

「あなたがいなければ、何もかもが上手くいっていた」

「・・・」

 

「あなたという存在が厄災そのものだったんです。違いますか?」

 

「分かってます!」

 

 友奈は耐えきれずに大声を上げた。

 

「そんなことは最初から分かってます! 私がいなければ、カンナおねえちゃんもスズカちゃんも普通に暮らせていた! 私が、私が生まれてこなければ、みんな幸せだったんだ! うああああああっ!!」

 

 友奈の嗚咽が牢獄に響く。

 

「そう。全ての元凶はあなたなんです。しかし私たちに従うことで変われます。いい返事、期待してますね」

 神官はそう言い残すとニヤリと笑いながら立ち去った。

 

 

 しばらく泣き続けてようやく落ち着きを取り戻せたが、もう精神が限界に近い。

 

(誰か……)

 

 その日の夜、私は何かに救いを求めながら眠りについた。

 

 

◇◇◇

 

 

(……?)

 

 目を開けると私は見知らぬ場所に立っていた。

(ここってもしかして……樹海?)

 

 いつもなら真っ暗な樹海の底に居るはずだが、今は上を見上げるとそこには空が広がっている。

(夢、なのかな…)

 

「おおーい! 友奈ちゃーん!」

 突然の出来事に戸惑っていると、背後から私を呼ぶ声が聞こえた。それも私によく似た声だ。

 ゆっくり振り返ると、これまた私にそっくりな少女が立っている。

 会うのは始めてだったが、それが誰であるか瞬時に分かった。

 

「高嶋友奈…さん?」

 

「そうだよ! 私、高嶋友奈! 初めましてだね!」 

 



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第十三話 高嶋友奈と花折友奈

ここら辺の話がこの物語を考える上で最初に思いついた内容だったので、ようやくここまできたかという感じです


 高嶋友奈。大赦でその名前を知らない者はいない。過酷な運命に抗いながら、最期まで身命を賭して戦ったとして今でも大赦内で語り継がれる西暦時代の勇者だ。

 そんな歴史上の人物が今私の目の前にいる。

 

「やっと会えたね」

 高嶋様は私に優しく微笑みかけてくる。

 その容姿は私と非常に似ていたが、当然同胞(はらから)でもなければ子孫でもない。

 

「これは夢…ですよね?」

 遥か昔の偉人が目の前に現れるなど夢の中でしかあり得ないことなのだが、夢と呼ぶには意識があまりにもはっきりとしすぎている。

「んー… 正確にはちょっと違うんだけど、まあ夢みたいなものかな!」

 高嶋様はふわふわとした返答をする。

 

「は、はあ…」

「硬いよー! ほらほら、リラックスリラックス!」

 高嶋様はそう言うと、私の手を引いて樹海を一望できる場所まで案内した。

 

 

「綺麗な景色だよねー」

 高度の高い根の上に横並びで座り込むと、高嶋様は樹海を見下ろしながら口を開いた。

「はい……でも、ここって戦場なんですよね…」

 高嶋様の言う通り絶景であることには違いなかったが、ここで多くの勇者たちが戦死したと考えるとなんとも言えない気持ちになる。

「そうだね… 私もこの景色を楽しむ余裕なんてあの時にはなかったな…」

 高嶋様はしんみりとしている。

 

「そういえば高嶋様って神樹様の一部になったんですよね」

「うん。最期の戦いで私の魂は神樹様に吸収されちゃったんだ」

「怖くはなかったんですか?」

「あの時は必死だったから。私に選んでいる時間なんてなかったんだ。でも結果的にこうして友奈ちゃんと会えたし、これで良かったのかなって。それに…」

 高嶋様は私の方を向き、私の手を両手で握る。

 

「それに、今の私なら友奈ちゃんたちの力になれるかもしれない」

「私たちの…力に…?」

 

「友奈ちゃんにも神託が届いているよね」

「あっ…」

 それはかつてない規模の襲撃を予感させる神託。カンナ先輩が命を落としたあの日を彷彿とさせる神託だった。

 このままではきっとスズカ先輩も…

 

「もしかしてどうにかできるんですか…!?」

「それは友奈ちゃん次第だよ」

「どういう…ことですか?」

「友奈ちゃんは樹海化中でも動けるんだよね? だから友奈ちゃんには襲撃の日、樹海化が起こった後に神樹様の根っこのすぐ近くまで来てほしいんだ」

 

「神樹様の…根っこ?」

「ほら、あそこに神樹様が見えるよね。あの根元まで来てくれたら私も何か力になれるかもしれない」

 高嶋様は立ち上がって神樹様の方を向く。

 樹海の中の神樹様は普段の姿からは想像できないほど巨大であった。

 

「でも今の私は捕まってて…」

「友奈ちゃんを助けようと動いている人がいるみたいだから、きっと大丈夫だよ」

「本当…?」

「うん、ほんと!」

 もはや助けは来ないとばかり思っていたので、その言葉を聞いて少し希望が持てた。

「だったら私、やってみます!」

 私の爽やかな返事を聞くと高嶋様はにっこりと笑った。

 

「そうだ、神樹様のもとには勇者端末も持ってきてほしいな。そうすればそれを介して私の力を分け与えられると思うから!」

「わかりました。…でも、そんなこと可能なんですか?」

 高嶋様はさも当たり前のように力を分け与えると言うが、それは一体どういう仕組みで一体どんな力なのか気になった。

 

「勇者端末が勇者の魂と繋がってるのは知ってるよね?」

 それはもちろん知っている。神聖な儀式を通して勇者端末に使用者本人の魂の情報を刻み込むことによって様々な機能が使えるようになる。端末を使った変身や樹海化中の位置情報特定がその機能の代表例だ。

 そしてその魂が強固であればあるほど神樹様から引き出せる力が大きくなる。

 

「さっき私の魂が神樹様に吸収されたって言ったように、こうやって友奈ちゃんとお話できていても私には実体がないんだ。でも逆に言えば魂だけはある。そしてその魂さえあれば勇者端末にアクセスできて少しだけ力になれると思うんだ」

 流石にここまでくると話が抽象的で飲み込むのに時間がかかりそうだが、確かに説得力はある気がする。

 

「魂だけになっても私の気持ちは同じなんだ。みんなを助けたい。みんなといっぱい笑っていたい。みんなと…大好きなみんなとずっとずっと一緒にいたい。……友奈ちゃんもそうだよね?」

「うん…」

 私がそっと頷くと高嶋様は静かに微笑み返す。

「だから私に任せて」

 高嶋様のその言葉は穏やかでありながらもとても力強く、そして心強かった。

 

「でも本当にそんなことができるもんなんですね…」

「勇者端末に魂を共有して神樹様の力を借りるっていうのは大赦の人たちが生み出した技術で、神樹様がもともと持ってる力じゃなかったんだ。でも私の勇者端末も神樹様に吸収されちゃったから、それで神樹様もパワーアップしたみたい」

 相変わらず私には到底理解が及ばない話であったが、高嶋様の堂々とした物言いからも本当にそうなのだろう。

 

 しかし、今の話には一つだけ引っ掛かるところがあった。

「友奈様の勇者端末が吸収された…?」

「うん。私の端末も魂と一緒に吸収されちゃったんだ。だから私がいなくなった後、当時の大社は私の生体反応をうまく拾えなかったんじゃないかな」

 そんなはずはない。私は少し前に大赦の倉庫で4台分の勇者端末を見かけている。それは西暦時代に丸亀で戦った勇者の人数と一致しており、一緒に保管されていた勇者御記を使って確認もした。

 

「でも私は最近勇者端末が4台保管されているのをこの目で見ました。乃木様、土居様、伊予島様、そして高嶋様。ちゃんと全員分あったと思うのですが…」

「それってもしかして…」

 私が見たままのことを話すと、高嶋様は何かを察したようだ。

「ぐん…ちゃん…」

 

 高嶋様の口からは知らない名前が飛び出す。

「ぐんちゃん?」

「うん、私の大切な…大切な友達。……そっか、ヒナちゃんはちゃんと残しておいてくれてたんだね」

「・・・?」

 高嶋様の顔には嬉しそうで寂しそうななんとも形容しがたい表情が浮かんでいる。

 その表情の裏で様々な記憶が駆け巡っていることは想像に容易いが、その詳細まではわからない。

 

「ああ、ごめんごめん。反応に困っちゃうよね」

 高嶋様は私が困惑していることに気付くと、そのぐんちゃんさんについて教えてくれた。

「ぐんちゃんはね、郡千景って言って私たちと一緒に戦った勇者なんだ」

 

「勇者って5人いたんですか…!?」

 勇者が5人いたなんてこれまで聞いたことがない。恐らく大赦でもほとんどの人が知らないだろう。

「実はそうなんだ。ちょっと色々あって名前を残せなくなっちゃったみたいだけど…」

 私はその詳細が気になったが、高嶋様の寂しげな表情を見て聞くのが躊躇われた。

 

「…やっぱり名前、残っててほしかったですか?」

「ちゃんとした考えがあっての結果だから仕方ないよ。でも私たちはヒナちゃんも含めて6人でずっと一緒だったから、できればぐんちゃんのこともみんなに知っててほしかったな…」

 

 私は高嶋様の嘆きにやるせなさを感じずにはいられなかった。

 命懸けで世界を守ってもその存在すら消し去られるなんてあまりにも報われないのではないか。

 

「だったらひと段落ついたら何か残せないかやってみますよ!」

 私は高らかにそう宣言する。

「ありがとう、気持ちは嬉しいよ。でも今からでも可能なのかな…」

「それは分かりません。ですができる限りのことはやってみようと思います」

 完全に勢いだけの発言でプランはないがやるしかない。話を聞いてそう感じた。

 

「そっか。じゃあまずは色々と片付けないとだね!」

「はい!」

 

 

「もうすぐ目が覚める頃だね」

 それから間もなくして高嶋様がそう呟く。

「襲撃は1月10日。頑張ってね、友奈ちゃん」

 高嶋様は笑顔で私に手を振る。

「ありがとう、友奈……さん」

 私も最後は名前で呼ぼうと思ったが、恐れ多くて中途半端な感じになってしまった。

「えへへ、うんっ!」

 

 

◇◇◇

 

 

 目が覚めると私はいつもの煤けた檻の中だった。

(そりゃあそうだよね…)

 起きたら地上なんてことも期待していたが、流石にそこまで都合のいい話はなかった。

 

 しばらくすると、いつもの神官が朝食を届けに来た。

「明けましておめでとうございます、友奈さん」

 神官の物言い的にいつの間にか年が明けていたようだ。

「一晩経って返事の方は決まりましたか?」

 神官は昨日の答えを求めてくる。昨日の私は心が壊れかけていたためか、神官は私を自分たちの仲間に引き入れられるという絶対の自信を持っているようだ。

 

「返事はもう少し待ってもらえませんか」

「・・・!?」

 私が堂々と返事の先延ばしを要求すると、神官は私のメンタルが回復していることに驚きを露わにする。

「そうですか…まあいいでしょう。時が来れば必ず答えを聞かせてもらえますよ」

 神官は少し不機嫌そうに捨て台詞を吐いて去っていった。

 

(・・・ふん)

 相変わらず環境は劣悪で神官はいけ好かない感じだが、高嶋様のおかげで今なら平静を保てる気がする。

 後はただ助けを待つだけ。今私にできることがないのはもどかしかったが、高嶋様の言葉を信じて負の感情に呑まれることなく待ち続けた。

 

 そしてその時は突然訪れる。

 

 神官が去ってから数時間も経たないうちに今度は別の神官がやって来た。

「君が花折友奈か…?」

 その神官は何やら様子が変わっている。

「そ、そうですけど…」

 私は予想外の質問にきょとん顔で答える。

 

「私を覚えているか?」

「えっ、いえ…」

「まあそうだよな…」

 ずっと奇妙なやり取りが続いている。

 私は神官の正体をはっきりさせるためにストレートな質問をぶつけた。

「あなたは一体誰なんですか?」

 

「私は…金城竪吉だ」

 私はその名前を聞いて驚駭する。

「カンナ先輩のお父さん…!?」

 

「ああ。今日はお前に言いたいことがあってここに入れてもらった」

「言いたいこと…ですか…?」

「・・・」

 カンナ先輩のお父さんは言いたいことを口にするのに妙に間を空ける。私はその間に様々な思考が脳内を駆け巡った。

 

 数年前に行方不明になっていた人物が目の前にいるのも不思議だが、そもそもカンナ先輩のお父さんは今でも記憶喪失に陥っているはずだ。それなのに私に何の用があるのだろうか。

 

(もしかして記憶喪失の原因が私にあるって吹き込まれたのかな…)

 私の祈りが原因でそうなったことを大赦の人たちは察しているようだったし、その可能性は十分にある。

(だとしたら今日ここに来た目的って……復讐!?)

 

「あ…あの…私…」

 大ごとになる前にどうにかしようと口を開いた次の瞬間、カンナ先輩のお父さんの声が狭い地下牢の一室に響いた。

 

「本当にすまなかった!」

 

「えっ…?」

 何か良くないことが起こると警戒していたばかりに、逆に呆気に取られる。

「かつての私は権力を守ることに固執しすぎて周りが見えなくなっていた。娘を権力維持のための道具として乱暴に扱った挙句、それを謝罪できないまま娘が戦いで命を落としたと聞いて私は一生をかけても償い切れない罪を背負った。それでも私はできる限りの償いをしたい」

 カンナのお父さんは懺悔の言葉を紡ぐ。それは私がかつて記憶していた人物像からはまるで想像できない内容だった。

「だから今日は娘と仲の良かったお前を助けに来た。お前にも柑菜のことで色々と心配をかけたと思う。本当にすまなかった」

 

「その気持ち、本当ですか…?」

「ああ…本当だ」

 あまりに唐突な話に困惑するが、嘘をついているようには見えない。

 私は少し考えた後、カンナ先輩のお父さんの言葉を信用することにした。

「……わかりました。だったら私からお願いがあります」

「何でも言ってくれ」

 

「もうすぐかつてない規模の敵が攻めてきます。このままでは今の勇者も命を落としかねません」

 私は今置かれている状況を手短に説明する。

「今勇者を失っては大赦を転覆させようとする勢力の思う壺です。なので今の勇者には戦いに備えてモチベーションを上げてもらう必要があるんです」

 

「それで私はどうしたらいい?」

「これを…」

 私は肌身離さず握りしめていた鍵をカンナ先輩のお父さんに渡した。

「これは…?」

「私の部屋にある机の引き出しの鍵です。そこにはカンナ先輩の勇者御記が入っています。その御記を今の勇者、立森鈴風さんに渡してほしいんです」

 これは私が捕えられる直前にやろうとしていたことだ。

 スズカ先輩は恐らくカンナ先輩のことを引き摺っている。自分が勇者になろうとしたことが却ってカンナ先輩を苦しめたと思って悩んでいるはずだ。

 それは違うとカンナ先輩の御記を通して伝えることで悩みを解消できれば、きっと全力で戦えるとそう信じている。

 

「それともう一つ。襲撃当日、1月10日の早朝に私をここから出してください」

「今じゃなくていいのか?」

「1月10日の早朝にお願いします」

 私には襲撃の日、神樹様の根元に行くという使命がある。

 今私がここから脱出すれば必ずその日のうちに捜索が開始される。そんな中で一週間以上身を隠すのはリスクが高い。

 

「…わかった。必ずなんとかしてみせる」

 カンナ先輩のお父さんは力強く返事をする。その言葉からはただならぬ覚悟を感じた。

「あ、ありがとうございます…!」

 

 これで一先ず今やるべきことは達成できた。

 後はスズカ先輩がどうなるか…

 

(必ず… 必ず上手くやってみせる…!)

 私は高嶋様が与えてくれた微かな希望を無駄にしないよう心に固く誓った。



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