マグサリオンの殺戮道場 (ヘル・レーベンシュタイン)
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第一陣 殺塵鬼

俺はストーリーを読むのが好きなわけじゃねェ、爽快感のあるバトルシーンが好きなんだよォッ!
というノリで、基本的に書いてます。昔から戦闘シーンを書くのがとにかく大好きだったもので。というわけで、マグサリオンがひたすら戦っていく内容ですが、どうぞお楽しみください。


 

男の生涯は殺戮に満ちていた、誰であろうと殺す。敵であろうと、味方であろうと、その業を見極めて晒し、理解した上で殺す。

これこそ冥府魔道を往く凶剣、第一神座において最強の座へと至ったマグサリオンという男の生き様である。

 

「……ここは?」

 

そんな彼が決戦の時まで深奥に控えているはずが、気が付けば何処かの神殿の中にある、闘技場の様な場所の真ん中に立っていた。

加えて、何処となく無数の視線を浴びてると感じとる。其処に敵意や侮蔑、或いは嘲笑等と数多の色が織り混ざった様な雰囲気を感じさせるが、どちらにせよ本人からしたら不愉快極まりない状況だ。しかし視線がある以上、これから起こる出来事が何が察しがついた。いいや、これは所謂茶番劇。決戦を前に控えた幕間と言うべきか。ある種いつも通りと言われればその通りだろう。

 

「なるほど、俺が屑と殺し合う姿が見たいか?趣味の悪い……俺は殺すことを決して好んではないのだが、まあ良いだろう。こうしてこの場に立った以上やることはやってやる、但し貴様らの期待通りにことが運ぶと思うなよ。」

 

そう言い放ちながらマグサリオンは肩に剣を担ぎ、視線の先にある扉が開かられるのを見た。そし周囲の視線から熱狂が帯び始めた。

そう、今から待ちに待った闘技が始まるのだと、視線の者達は期待に満ちていると確信する。するとそこから、赤い甲冑の鬼が現れた。

 

「ほう、これはこれは。随分と男前な騎士様が居るじゃねェか。」

「………」

「オイオイ、そんな仏頂面するなよ。湿っぽい空気は好みじゃねェよ。俺はカーネイジと言うだが、お前さんの名は?」

「御託は良い、さっさと来い。楽に死ねると思うなよ。」

「おいおい、名前を教えてくれないのかよ。へっ、無愛想なこって。それじゃあ遠慮なくその言葉に甘えさせてもらおうかァッ!」

 

戦意を露わにカーネイジはその巨体に似合わない速度で疾走する、その速度は亜音速に到達し、轍の如き亀裂を闘技場に刻んでいく。そして巨大な爪を振り上げながら、一気にその速度を乗せた一撃をマグサリオンへと叩き込まんと迫り来る。

それに対してマグサリオンは、閉じぬ瞳でその一撃を見定めれば迎撃する形で剣を振り上げた。すると巨大な金属音と共に火花を散らせば、カーネイジの巨体が少し浮かび上がった。

 

「ぬォッ!?お前さん、見かけによらず力持ちだな。ハッハッハッ、こいつは敵わねェな。だが、こいつは良い戦になりそうだなァ。ああ、しかし……哀しいかな、嘆かわしいかな。結局俺らは殺し合う定め、この至高の戦はたった一度でしか味わえない。なあ、お前さんもそう思わないか?」

「……だったら何だ、一緒に不殺に目覚めましょうってか?」

「生憎とそうはいかん、俺は死んだ戦友と約束したんだよ。聖戦の暁に、真なる勝利を墓前に捧げるとな。貴公程の戦士の首、捧げれば弔いになるってものよ。」

「………」

「故にさあ、どうか見届けてほしい。研鑽の重ねた我が御技を受け取ってくれェッ!」

 

刹那、カーネイジから暗黒の波動が全身から発生する。それに触れた瓦礫が、初めから無かったように消失した。その本質は物質分解能力、無機物有機物であろうとも暗黒に触れたものを瞬時に分解していく力であり、それを赤鬼は全身に身を纏っていた。まさに攻防一体、大量殺戮を齎すカーネイジの本領発揮が始まる。

 

Disaster Carnage(義なく仁なく偽りなく、死虐に殉じる戦神)

 

暗黒を纏った爪を上下左右に振り回す、それをマグサリオンは獣の如き乱雑な動きながらも、正面から剣で迎え撃ち、時には攻撃の間隙を見定めて其処へ潜り込んで攻撃を捌いていく。それを見てカーネイジは驚愕と感嘆の声をあげる。

 

「チッ、なんだこりゃ……英雄様の技巧とは違う。だが、どうにも分からねえが上手く当たらねェ。」

「どうした、俺の首を取って戦友の墓前に捧げるんじゃないのか?」

「おかしいだろお前さん、俺の目から見てもその剣技も体捌きも素人のそれだってのに。」

「さて、どうだかな。貴様の腕が純粋に下手くそ、で俺を捉えきれてないだけではないか?」

「チィィッ、その軽口を塞いでやらァッ!」

 

そう言い放てば、カーネイジは暗黒を身に纏った両手を振り上げて、まるで野獣の様に地面へと叩き付けた。その衝撃によってマグサリオンの足場が崩れ、その隙を狙ってカーネイジは抜手を放ち込む。それが直撃して、マグサリオンは数十m先まで吹き飛び壁面へと激突した。

 

「さぁて、こっから仕切り直しだ。妙な手応えだったが、ようやくまともに攻撃を当てられた気がするぜ。さぁて、

「黙れ、臭いんだよ嘘吐きが。」

「ッ!?」

 

壁面から立ち上る土煙を払いながら、マグサリオンはそう言い放つ。

 

 

「いかにも友のためといいながら、舌の根も乾かぬうちに随分と楽しそうに力を振るうではないか。友とやらの為に戦ってるのか、自分の為に戦ってるのかどっちなんだよ?戦闘狂いかと思ったが、どうにも違うな。察するに、昔から殺しが好きな性分だったのだろう。」

「……」

「要はお前は一方的に誰かに対して大好きな殺しをしたいと、そんなところだろう。臭いな、殺戮をしたくてたまらないという腐臭が隠しきれてないぞ。なぁ、そうだろう。」

「フフ、フハハハ………アァアハハハハハハァッーー!!」

 

マグサリオンの指摘を聞き届ければ、赤鬼は身体を震え上がらせながら笑い声を上げた。

 

「最高だよお前さん、正解だ。騙されたまま殺されてくれれば、俺としては万々歳だったんだがな。アンタは立派だ、素敵だ、だから殺されてくれ。そうだとも、俺はただひたすは、純粋に、殺して殺して殺したくて仕方ねェんだよォォォッ!」

「阿呆が」

 

今まで隠し続けていた純粋なる殺意、それを起爆剤とした過去最速にして最強の攻撃が迫り来る。しかしたった一言、マグサリオンがそう言い放てばすれ違い様に剣戟が黒い閃きを放つと同時カーネイジの胴体が両断された。身に纏う暗黒の波動も纏めて。

 

「……あ?」

「俺と対峙した時点で、安らかに死ねるとでも思ったか?考えが浅いんだよ、間抜けが。」

「テメェ、まさか……やめろやめろ、俺を何処に連れていく気が。こ、の、この狂人めがァァァッ!?」

「何処へだと?決まっている、俺の不変に呑み込んでやる。ああ、冥土の土産に教えてやるよ、俺の名はマグサリオン。貴様を殺した男の名だ。」

「うおぉぉぉ、マグサリオン!テメェ、絶対許さねぇぞォォォッ!」

「好きなだけ吼えろ、何度来ようと殺し返してくれる。殺人が趣味の屑に足踏みしてるようでは、俺も程度が知れるというものだ。」

 

そう言い放つと同時に、無慙無愧の剣閃が一瞬にして全方位を覆ってカーネイジを包み込んだ。その果てに其処には何もなく、無と静寂のみが漂っていた。

 

「まずは一体、次は何が来るか。だが誰が来ようとも関係ない、俺の道は生涯不敗。それこそが俺の不変なるもの、誰一人逃しはしない。」

 

闘技場の中心に佇みながら、自身を見ているもの全てに対してそう宣言した。冥府魔道を往く凶剣の殺戮劇が、開幕を告げたのだった。




次回のキャラもまた、シルヴァリオから出すかもしれません。


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第二陣 神を名乗る者

今回は皆さんご存知のあの帝王です


 

 

 

「………」

 

男は闘技場で待ち続けていた。否、既に察知している。これから訪れる、敵にして王者が。既に周囲の視線、この戦いを見届ける無数の者らも何人かが心折れた様に視線を閉ざしたと実感する。

まさに覇者、他者を屈服させることに長けた者が此処に訪れようとしている。そして視線の先の入口から、遂に姿を表した。それは全体的に黄色の衣服、金髪、透き通るように白い肌をした男が現れた。ゆっくりとマグサリオンの方へと近付き、会話出来るほどに距離を詰めれば奇妙なポーズをしつつ問い掛けてきた。

 

「君が、私の相手かね。」

「………」

「ふふ、黙秘か。まあ結構、知らぬ相手とは何をしてくるか分からないからな。名前の一つでも、顔を覚えられるに等しい。だが、怖がる必要はない……友達になろうではないか剣士殿よ。」

「友達?」

 

刹那、マグサリオンから殺意が迸る。拒絶と憎悪、それを纏わせた剣戟を男に向けて放った。狙いは左脚、それを断ち斬らんと剣が唸りをあげる。

 

「間抜けが、俺に友なんぞ要らん。」

「ふん、無駄無駄。」

「ッ!?」

 

だが斬撃が直撃すると確信した直後、マグサリオンの身に突如強烈な衝撃が襲いかかった。それによって攻撃は届かず、身体が退く結果となる。

 

「なァッ……」

「ほう……これは奇妙な話だ。このDIO、数多の敵やスタンド使いと邂逅したが、攻撃の気配を感じさせないとはな。否、これは“隙を世界にねじ込む能力”と言えるか。殺意自体は感じ取れたが、攻撃の軌跡を未だ記憶から辿れん。ほぼ反射で動いてなければ、こちらが危なかったようだ。」

「貴様……そうか、DIOと言うのか。」

「おっとこれはこれは、ついうっかり答えてしまったなァ〜。さて、そろそろ君の名を聞かせてもらいたいが、捻くれ者の君はまだ教えてくれないかな?」

「ふん、知りたかったら自力で吐かせてみろよ屑が。」

「OKOK、実にシンプルで分かりやすくて結構だ。では、我がスタンド『ザ・ワールド(世界)』で貴様を支配してくれるッ!」

「笑わせるな、俺は誰の支配も受けない。」

 

そしてDIOはスタンド『ザ・ワールド(世界)』を完全に顕現させ、その機械的なボディから拳のラッシュを放ち込む。全てが光速に匹敵し、見えようが見えなかろうが並の戦闘者では圧倒されてしまうだろう。

それを前にマグサリオンは、同じく剣戟のラッシュを以って迎撃する。今も尚、スタンドの姿や攻撃の軌跡すら直視できてないが、DIOの視線やどうにか殺意を感じ取ってそこに剣を合わせていく。だが……

 

「グォッ!?」

「エイイッ、貧弱貧弱ゥ!やはりどうやら、我がスタンドを視認できてないようだな。それに貴様の見えぬ攻撃なんぞ、手数で圧倒すれば良いだけのこと。そんな様でこのDIOを圧倒できると思ったが間抜けがァ、このまま嬲り殺してくれるッ!」

 

休む間もなく放ち続ける拳のラッシュ、しかしその最中でDIOは違和感を覚えた。それは、マグサリオンの損傷が次第に小さくなってると確信してからだった。

 

(こいつ、剣のパワーとスピードも私のスタンドと大差ない。だが、時間経過と共にパワーもスピードも増してそれに比例して、損傷も減っている……まさかこいつ、ジョジョや承太郎のように劣勢になればなるほど成長の可能性を……)

「なるほど、それがスタンドとやらか。」

「ッ!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、DIOは大きく距離を取った。それを追討ちせず、マグサリオンはDIOをその閉じぬ瞳でじっと見つめていた。そして納得したような表情をすれば言い放つ。

 

ザ・ワールド(世界)と言ったか、貴様の隣に立つそれがスタンドとやらの様だな。なるほど、持ち主の隣に立つが故のスタンドというわけか。」

「貴様……」

「どうした、さっきまでの余裕は何処に行った?余裕という名の安心が無ければ、まともに会話もできんか。」

「……フフフ、フハハハハハハッ!なるほどなるほど、これは素晴らしいな。グレート、大した力だなそれは。」

「……何だと?」

 

突如笑い声を上げ、そして拍手しながらそう言い放つDIOを見てマグサリオンは眉を顰める。拭えぬ不安を抱えたまま、DIOとそのスタンドが動きを始めた。

 

「非スタンド使いながらも良く、我がスタンドをその瞳に引き摺り出した。だが、それでもこのDIOに遠く及ばんッ!」

「貴様、まさかまだ手を隠して……」

「遅いわァ、『ザ・ワールド(世界)』止まれィッ!時よッ!」

 

DIOがそう言い放った瞬間、時という概念そのものが動きを止めた。当然、時の概念に依存した存在全ての存在がが凍結されたように動きを止める。唯一の例外は、発動者たるDIOとそのスタンドのみ。

止まった時の世界、その中では安心が満ちてると確信してるDIOは散歩でもするようにマグサリオンとの距離を詰める。その脳裏に浮かぶのは、かつて止まった世界の中で動いた空条承太郎という、因縁の相手。故に同じ過ちを繰り返さぬように徹底して潰していくと決めていた。

 

「一秒経過……貴様の真に恐るべき力は理解した。要は相手を理解すればするほどそれに応じて成長する能力……私の名前とスタンドの名前を理解したことで、原則としてスタンド使い同士でしか見えぬはずのスタンドを見抜いたというわけか。フフ、知らぬうちに私が追い詰められたとは恐れ入ったよ。」

「………」

「だが、我がスタンドの真の能力、時を支配する力までは理解しておるまい?ならば理解される前に貴様を殺すまで!その真実を知れぬまま、奈落の底に堕ちるが良いッ!」

 

そう言い放つと同時に、スタンドパワーを全開にしながらラッシュを放ち込む。当然ながらマグサリオンは動けない。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーッ!」

「………」

「10秒経過……ふふ、承太郎との決戦を経て成長したこのDIOと邂逅したのが運の尽きよ。11秒、そして時は動き出す。」

「ッ!?ぐオォォォォォッ!?」

 

時の流れが元に戻ると同時に、拳のラッシュの損傷がマグサリオンの体に刻まれる。その衝撃のあまりに、身体が大きく吹き飛び宙へ浮く。その後を追うように、DIOは大きく跳躍する。

 

「何が起こるかわかるまい、そしてその真実を理解できまい。だが間髪入れず、我が能力で貴様を捩じ伏せてくれる。その恐怖に沈んで……」

「マグサリオンだ。」

「ッ!?」

 

能力を発動しようとした刹那、突如マグサリオンは名乗りを挙げた。唐突の名乗りにDIOに動揺が生まれて行動が止まってしまった。その光景を嘲笑うように、マグサリオンの口は止まらない。

 

「どうした、あれだけ欲しがってた俺の名前だぞ。どうだ……それを聞けて“安心”出来たか?」

「貴様ッ!ぬうぅぅぅッ、ふざけた真似をするでないわァッ!『ザ・ワールドォォォォッ!(世界)』」

 

まるで口封じのように、再びDIOは時を止めた。そのままラッシュを放って始末しようとするが、直前で考えを改める。

 

「3秒経過……何が狙いか分からんが、突如名乗ったことに裏があるのだろう。ならば、どんな策があろうと近付く必要のない方法で処刑すれば良いだけのこと!」

 

するとDIOは鋭利な瓦礫をスタンドに拾い上げさせ、それをひたすら投擲させていく。するとマグサリオンの直前で静止する。

 

「フハハハ!承太郎も成長して我がスタンドに食い下がったが、どれだけ貴様が成長しようとも、時間の止まった世界では無意味である。剣などという、距離を詰めなければ意味などない武器に頼るからそうなるのだ。10秒経過……さあマグサリオン、このまま串刺しに……」

「阿呆が」

 

瞬間、止まった時の中でマグサリオンが動き出した。上段から振り下ろした剣が天地開闢を連想させる閃きと同時に、止まった世界ごとDIOの右半身を斬り払った。

 

「なぁにィィィィィイイッ!?」

「時を止める、それは貴様が安心を得たいという願いの裏付けだろう。それ自体は悪しきものではないが、貴様は他者を屈服させて支配する形で実現しようとしている。

人の心理、情報、そして圧倒的な力で支配し、確実な安心を得ようとしている。ああ、お前は俺の知ってる世界で生まれてたら、より凶悪な存在になってた可能性はあるだろう。だが、ここまでだ。お前は俺の手で始末する。」

「ぐぬぬぬぬッ、己ぇマグサリオォォォォンッ!」

 

残った半身をどうにか動かしながら、DIOは睨み上げていた。しかしその内心では、この窮地をどう脱するか思考を巡らせている。

 

(これは致命的だった、想定外すぎる……奴の成長速度はジョジョや承太郎以上だった。だが、急激な成長は人には過ぎたるものだ。何か裏があるはずだ……ッ!)

 

その瞬間、DIOに落雷の如き閃きが発生した。不敵な笑みを浮かべながら、更に思考が加速していく。

 

(そうか、分かったぞマグサリオン。お前が相手を理解するごとに成長するのは、対象の内情を理解し、その果てに否定するためだなァ?どれほど大層の野望があろうとも、武力で実現させようとする輩を諦めさせるため。まるでそれは、仏陀やキリストの如き聖人の所業のそれだ。さっきから、やたらとベラベラと喋るのが動かぬ証拠よ。だが、だからこそ貴様は二流なのだよ間抜けッ!ああ、惜しいとすら思うよ。

このDIOにそんな考えは通用しない、常にあるのは『勝利して支配する』というシンプルな答えのみ。それこそが我が不変の真理よ!その夢を成すためならば、過程や……方法なんぞ……)

「どうでもいいのだァーッ!」

 

そう叫ぶと同時に、DIOは断絶面を巧みに操って出血させる。そしてそれは、マグサリオンの目に直撃した。それだけに終わらず、傍にある右半身の死体をスタンドで持ち上げ、それをマグサリオンに向かって投げつけた。

かつて承太郎に目潰しだけでは通じなかった経験を経て、もう一つ工夫を挟むことにしたのだ。

 

(隙を作り上げるのは貴様だけの特権と思うなよマグサリオォンッ!そのまま間抜けな隙を晒して逝けッ!)

「勝った、死ねェッ!」

「無駄だ」

 

投擲した死体を盾代わりにしつつ、その背後で心臓を狙った拳の一撃を放ち込む。しかし、マグサリオンは一瞬にしてそれら全てを剣の一振りで両断した。そう、まるで“光をも凌駕する速度、その果てに止まった時の中を駆ける”様に。

 

「馬鹿な……貴様、まさか時を?」

「貴様のなまっちょろい小細工、この俺に通用すると思ってるのか間抜けが。」

 

斬られた実感すら湧かないDIO、そして止めの様にマグサリオンがそう言い放った瞬間大量の出血が発生する。遅れてやってきた激痛の最中、DIOはマグサリオンの真意を悟った。

 

「ウガァァァァ!?そうか、見誤っていた。マグサリオン、お前の進む道はそうか……だが、その先に安心なんて何処にもないぞッ!?」

「安心?そんなもの俺は一切望んでいない。貴様と一緒にするなよ間抜け、地獄へ堕ちるというのならば望んで行ってやる。天国なんぞ、俺には不要だ。」

「ッ!?」

「故に堕ちろDIO、貴様の負けだ。」

「馬鹿な、このDIOがッ!このDIOがァァァッ!?」

 

そして肉体が爆散し、DIOの肉体が無に飲まれる様に消滅した。この勝負の雌雄は決した、最後を飾る様に剣についた血糊を払いつつマグサリオンは呟く。

 

「支配して得る安心か、その様な理だろうと俺は屈しない。神だろうと、悪魔だろうと俺は誰の支配も受けない。俺は俺の不変を、如何なる時も貫くのみだ。」

 




公式で格上殺しの専門家と言われるだけあって、やはりマグサリオンは上の存在との戦いの方が動かしやすいですな。武力だけでなく、精神的なやりとりとかと言う意味でも。そう言った意味でも前回のカーネイジ戦はちょっとやりにくさを感じてました。


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第三陣 英雄王

今回も結構多くの人が知ってるであろう、あの王様となります。


 

 

DIOを撃破し、再びマグサリオンは新たな敵が現れるのを待っていた。するとDIOと同様、覇者の気質を振り撒く者の気配を感じ取る。

そして入口から現れたのは、DIOと同様に金髪の男。しかし黄金の鎧を着ており、マグサリオンと同様に剣や弓で戦っていた時代の雰囲気を漂わせる。まさに黄金の王者、そう連想させるように。その王の名はギルガメッシュ、古代ウルクの王であり、かつてこの世の全てを支配した人類最古の英雄王である。

 

「ふん、随分と寂れて穢れた神殿に呼ばれたと思えば……我を出迎える輩がこんな狂犬とはな。玉座も用意せず、この犬と我を同じ地平に立たせるとは無礼にも程があるわ。この邂逅の場を設けた者を見かければ、極刑を以って処したいところだ。」

「………」

「おい雑種、この我を言葉をただの無意味な独り言にするつもりか?躾のなってない犬よな。今時の雑種は吠えること出来んのか?ただでさえ、周囲から常に下衆な視線が刺さって苛立っているのだ。詫びの言葉と歓迎の挨拶の一つでも寄越せば、片腕を対価に許してやる。さもなくば殺してやるから死ね。」

「何を勘違いしてやがる?」

 

傲岸に言葉を放つ王に対し、マグサリオンは否定の言葉と同時に剣先を向ける。それはまさに、天に唾を吐く行為に等しいだろう。

 

「死ぬのはお前だ、それとも王の決定だから確定とでも?舐めるなよ屑が、道化の様に無様な悲鳴でも上げながら死ね。」

「………フフ、フハハハハハハハハハッ!吠えたな、薄汚い狂犬めが!ならば良かろう、その喧嘩買ってやる。ああ、釣りはいらん……この我を闘えたことを誇りに、冥土の土産に持っていくが良い!」

「何度も同じとを言わせるな、死ぬのはお前だ。俺の往く道は生涯不敗、こんな所では止まらんのだよ。」

 

こうして英雄王と、凶剣の決戦が始まった。マグサリオンが疾走すると同時に、ギルガメッシュの背後の空間から多数の武具がまるで砲門の様に現れ、そして射出される。これこそが彼の宝具の一つ『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』であり、どれも全てギルガメッシュがかつて集めた宝物の原典。例え未来の物であろうとも、この王の宝物に必ずその原典が収められている。その無数の宝物が射出され、マグサリオンの進路を阻む。

 

「ほう……腕力は確かにある様だな。だが無駄よ、その剣の間合いに我の身体が届かねば無意味。そのまま我が宝物に潰されて死ね。」

 

事実、彼我の距離は確かに圧倒的に離れていた。少なくとも数十mは離れており、マグサリオンがどれだけ瞬間加速を上げようともその進路を阻む様に宝物が無尽蔵に襲いかかってくる。マグサリオンの脚が、肩が、腕が、数多の宝物が貫いて破壊していく。無論、真正面から迫るそれ黙って受けるわけもなく、剣を振り上げて砕いていく。しかしその様子を嘲笑う様に、ギルガメッシュは吐き捨てる。

 

「剣一本で処理できると思ってるのか?無駄よ、数の優劣で初めから限界があったのだ。とはいえ、それが直撃すれば危険なのもまた事実。ならばこれはどうだ?」

「ッ!」

 

ここでギルガメッシュは攻撃の流れを変える。砲門は正面だけでなく、背後からも発射されてくる。それによって背中に宝具が直撃し、多量の血が噴出する。故に立ち止まっていては串刺しにされてしまい、まるで休む余裕すら与えてくれない。もっとも……

 

「阿呆が」

「っ!?何ィッ!?」

 

マグサリオンは最初から……否、兄が姿を消してからその生涯を全て殺戮に注いだ。故に休むことは一切なく、本人も求めることはしなくなった。

世界を呪う様なその言葉と共に漆黒の斬撃を振り下ろした瞬間、剣の範囲分という小規模とはいえギルガメッシュとマグサリオンの間合いという距離が殺され、その分縮まった。咄嗟にギルガメッシュは距離を取ろうとするも、無駄と言わんばかりまた一閃。そしてその分また距離を削られ、次第に間合いが縮まっていく。

 

「おのれ小癪なァッ!」

 

激昂の言葉を発しながら、ギルガメッシュ砲門の数を更に倍増やした。秒間で放たれるそれの量は、既に人の身体を覆って余りあるほど。しかしどれだけ串刺しになろうとも、マグサリオンは前進を止めない。流血も次第に減っており、それを見てギルガメッシュも動きを変えた。

 

「……良かろう、ならば我もやり方を変えるとしよう。我が宝物庫はただ射出して攻撃する為にあるわけではない。」

 

そう言い放つと同時に、一本の剣を取り出す。そしてそれを一振りすれば、地面が一瞬にして凍りマグサリオンの脚ごと凍結させた。

 

「温い」

 

しかし、マグサリオンはそう言い放つと同時に一歩踏み出して氷の地面を一瞬にして粉砕した。

だがそれでも充分な時間ができた、そう言い放つ様にギルガメッシュは両手に黄金の斧を携えながら上空から攻め入った。

 

「オォォォッ!」

「ヌゥッ!」

 

放射場に広がる火花、このギルガメッシュは射撃に重きを置いてるとはいえ決して白兵戦ができないわけではない。故に、直接剣を結んだことで見えてきた部分があった。

 

(此奴、なんて下手くそな剣なのだ。本質的には木の棒を振り回してる小僧と大差ない、その差を埋めて余りあるほどの戦闘勘とパワーがあるだけだ。)

「なんだ、さっきの遠距離戦はしないのか?」

 

そう言い放つと同時に、マグサリオンの剣先が下方から跳ねた。それがギルガメッシュの左肩に直撃し、黄金の鎧の一部を粉砕しつつ血が跳ねた。

 

「なァッ……おのれ、この我に傷なんぞをッ!」

「傷一つくらいでわざわざ騒ぐな、王の癖に随分とデリケートだな。」

(腹立たしい……しかし、此奴の斬撃が察知出来なかった。あんな下手くそな剣戟、我の目で捉えられんなんぞ普通はあり得んはず。ならば、その手の力を持ち合わせてるわけか……)

「どうした、随分と苛ついてる顔だな王様よ。沢山お宝があるのならば、とっておきの一つでも出して見たらどうだ?」

「何だと貴様……エアは我が認めた相手のみに出す物。貴様如き薄汚い駄犬に抜くほど安い物ではないわァァァァッ!」

 

叫びながらギルガメッシュは二本の剣を両手に携え、マグサリオンへ突貫していった。しかし、悉くが空を切る。時に剣を粉砕されつつも、即座に別の宝剣を取り出しては突撃を繰り出す。それでも尚、攻め続けてもマグサリオンに確かな損傷一つをつけられない。まるで、圧倒的戦闘眼でギルガメッシュの隙を正確に見抜いて其処へ入り込んで安全を確保しているように。

 

「馬鹿な、何故このような……貴様の剣技ではそんな真似は……」

「間抜けが、俺に技術が無いから剣技での真っ向勝負ならば勝機があるとでも思ったか?貴様は確かに俺よりも技術面は上かもしれんが、全身から慢心だらけで突き入る隙が幾らでもある。ましてや教科書通りの剣術で実に読みやすい、工夫のない基本なんぞ餓鬼の遊びにも劣るわ。」

「ぐぬぬ……黙れ、慢心せずして何が王かァッ!」

「ならばこのまま死ぬか?」

 

そう言い放ち刺突一閃、今度は左脇腹へと刺さった。激痛が全身を駆け抜け、口から血が垂れ落ちる。慢心し続ける王と決して慢心せぬ剣士、実に相性が悪すぎる対面と言えるだろう。

するとギルガメッシュは怒りの視線を向けるも、即座に諦めたような表情を浮かべた。マグサリオンも何かを察したように刺した箇所から剣を抜き数歩後ろに下がる。そしてギルガメッシュは口を開く。

 

「認めよう……貴様は我が見た剣士の中でも最高峰の武を確かに持っている。我が名はギルガメッシュ、貴様は何という?」

「マグサリオン。」

「良かろう。その名を脳裏に刻み、我の本気を見せてやろう。さあ、目覚めるが良いエアよ!貴様に相応しき舞台、世界最強の剣士が目の前にいるぞッ!」

 

そう言い放つと、王律剣バヴ=イルを回せば魔術回路が広がって収束しギルガメッシュの手元に乖離剣エアが握られていた。そして正面にかざし地面に突き刺せば強烈な回転と同時に周囲の景色も削られるように苛烈な空間へと変わっていきその果てに宇宙空間のような景色へと変わった。

 

「原初を語る。元素は混ざり、固まり、万象織り成す星を生む。」

 

その果てにエアを中心にギルガメッシュの頭上に、三層の世界の断絶現象を引き起こすエネルギー力場が発生していた。それはもはや人を殺す兵器から逸脱しており、太陽系を飲み込んでも余りあるほど。

 

「貴様には天の理を示してやろう、死して拝せよ!

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』」

 

乖離剣エアの剣先がマグサリオンへと向けられれば、巨大な断絶現象がマグサリオンへと迫っていった。それをさながら、無数の星を飲み込むブラックホールの様に。

距離を取る?空間転移で逃げる?そんな逃げ場を取るという選択肢、世界そのものに牙を剥くこの脅威を前には無意味な選択。ならば、マグサリオンはどうするのか?

 

「慢心だらけの王らしく、派手な一発だな。良いだろう、ならば俺はそれを超えていくだけだ!」

 

マグサリオンがその言葉を告げ、次いで振り下ろした一閃はもはや斬撃という概念をも逸脱した究極の一振りだった。無限の殺意から放たれるそれは、エアから放たれる断絶現象を両断した。砕け散る万象、三層から織りなす螺旋は木っ端微塵に破壊されていった。その光景はもはや、奇跡としか言いようがなかった。

 

「フフフ、ハハハハハハ!フハハハハハハハハハハハハハハハー!!」

 

その光景を前に、ギルガメッシュは愉快な笑い声をあげていた。巻き込まれた斬撃から走る痛みは、もはや忘れてしまったかのように。そして次第に自分の姿が透けていき、マグサリオンと向き合って言い放つ。

 

「褒めて遣わす、マグサリオンよ。実に充実した一戦であった。また合間見えれば我をさらに楽しませよ。」

「負けたというのにか?そもそも二度も会えると思うな馬鹿が、さっさと死ね。」

「戯け、万象結果が全てというならば全て生まれ出でた時点で無価値というもの。ならば納得のいく終わりを迎えたというならば、大笑いを出して退場してこそ華があるというものよ。派手さ伴っての王道と知るが良い。」

「……貴様の決まり事に従う気はない。」

「従わんか、我がルールだぞ。だが……貴様の魔道というのはそういうものか。まさに否定の極みよ。」

 

ギルガメッシュの言葉を聞き、マグサリオンは眉を顰めた。

 

「貴様……」

「気づいてなかったとでも?戯け、我はこの世の全てを手に入れた。故に人の業を見定めるこの観察眼も一級品よ……貴様は人と言えぬだろうがな。」

「……なるほど、王と自負するだけある。」

「そういうわけだ、また次の機会があれば今度は酒を飲み交わしてから再戦といこうか。従わぬというならば、無理矢理にでも従わせてやるわ!フハハハハハハハ!」

 

そんな高笑いを残しながら、ギルガメッシュはこの場から退場していった。その姿を見送り、息を吐き捨てながらマグサリオンは言った。

 

「我儘な王だ、笑えんことを最後の最後に残しやがって。なんて傍迷惑な奴だ。」

 

と、辟易したような言葉を言わずにはいられなかった。



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第四陣 鬼の子

最近ワンピもハマってるので、ついつい出してしまいます。特にエースのスピンオフは最高でした。


 

 

 

まず感じたのは熱気、そして王者でありながらも何処か自由を求めるような奔放さだった。マグサリオンは、今まで闘ってきた敵と似つつも、どこか違うと推測した。

闘技場の入り口から現れたのは青年、帽子を被っており筋肉質な体格をしている。見た目だけの年齢ならば自分と近いかもしれない。

 

「どうもはじめまして、俺の名はエース。お前が俺と喧嘩してくれる男かい?」

「……」

 

ぺこりとお辞儀しつつ、エースと名乗った男はマグサリオンへとそう問いかけた。しかし返答をせず、その様子を見ればエースはニカっと笑った。

 

「無言か、じゃあ肯定したとして受け取らせてもらうぜ。」

「……何のために戦う?」

「あァ?」

「俺がここで今まで闘った輩は、大概が俺の命を奪わんとする奴等ばかりだった。だがお前は別段、殺しを好んでやるやつには見えん。故に戦う理由がなければ、やる必要性すらないだろう?」

「……なんだなんだ、無愛想な奴かと思えば、変に律儀なやつだな。」

 

マグサリオンの言葉を聞き、エースは呆れた口調でそう言い放つ。そして割拠な笑みを浮かべながら、返答を口にする。

 

「確かに俺は、無駄な殺し合いはやる様な性分じゃねェよ。だが、お前の様な強そうな奴がいれば、自分の力がどこまで届くのか試してェんだ。」

「要は腕試しか。」

「ああ、俺は男だからな。頂を目指してェんだよ。どんな時、どんな場所だって俺は悔いは残さねェ。男なら、夢の為に命を懸けて人生を駆け抜ける……違うか?」

「……ほう」

 

エースの発言を聞き、マグサリオンは珍しくも感心した様な声を出した。それを開戦の合図と受け取ったのか、エースは戦闘態勢へと入り出した。

 

「そういうわけだ、男として、そして海賊としての高みを目指すためにも付き合ってくれよ。」

「いいだろう、そういうノリは嫌いではない。来いよ海賊、呑み込んでやる。」

「上等、じゃあ行くぜェッ!」

 

瞬間、エースの全身から突如炎が帯びた。そして右拳を握りしめ、全力で拳を放てばロケットパンチの様に炎の形をした巨大な炎がマグサリオンへと迫り来る。

この技の名は、エースの海賊としての肩書きに由来する。

 

火拳(ひけん)!」

 

火拳のエース、これが彼の海賊としての通り名である。火の巨拳を前に、マグサリオンはそのまま真正面から刃を刻み、ケーキでも斬るように炎拳を両断した。

 

(炎を斬った?覇気使い……では無さそうだな。どの色も使ってる様子が無ェ。というか、あの太刀筋は……)

「温いな、火の粉は払わせてもらったぞ。それで、曲芸はまさかこれで終わりか?」

「はッ、馬鹿抜かせこの野郎。まだ始まったばかりだろうが。火傷すんなよ甲冑野郎?」

「吠えたな」

 

挑発的な発言をするエース、それに乗る様にマグサリオンは疾走する。それに対してエースは指を銃の様な形にし、その指先から弾丸の様な炎を連射する。

 

火銃(ひがん)ッ!」

「もう一度言う、温いんだよ。」

 

直撃すれば小規模の爆発が起きるが、この程度ではマグサリオンにとっては火傷どころか傷ひとつつかない。超高温の鉄火場を駆け抜けた彼にとっては、温風に等しいだろう。

だが、エースの狙いはそれだけではない。

 

「へッ、好きなだけ受けとけ。こっからが見せ所だぜ?」

 

そう言いながらマグサリオンとの距離が詰まり、約3mまで迫る。その瞬間、エースを中心に周囲に高熱が発生する炎の陣が出来上がる。

 

炎戒(えんかい)

 

それを前にマグサリオンは関係無いと言わんばかりに、炎戒の中へと入り込む。そして一歩踏み出し、エースの眼球目掛けて刺突を放ちこむ。

しかし、それを“先読み”したかの様にエースは目を閉じながらしゃがみ込んで回避した。

 

「やはりな、お前の剣は下手っぴだ。駆け出しのならず者が鉄棒を振り回してるに等しい。」

「……」

「まあ、それを踏まえてもパワーもスピードも半端じゃねェからシャレにならねェが、取り敢えず喰らいやがれッ!火柱(ひばしら)ァッ!」

 

瞬間、地面から巨大な火の柱が出現する。まるで地雷が爆発したかの如く。攻撃の間隙を狙ったカウンター戦法、それを以ってエースは反撃を狙った。

 

「なるほど、少しはやる様だな。」

(めちゃくちゃな剣技とはいえ、俺の火拳を真正面から粉砕するほどの威力だ。直接的なぶつかり合いはヤバい。武装色みたいな攻撃も備えてると予測すれば、一撃だって喰らったら死ぬかもしれん。だったら、戦術とテクニックで上手く押し通すまでだ!)

 

エースはそう考えながら、火柱をマグサリオンへとぶつけていく。しかしそれすらも、押し通して突き進むのがマグサリオン。発生した火柱の中心部、そこに向かって剣を叩きつけた。その衝撃の密度は火柱のそれを凌駕し、アッサリと鎮火させた。既に跳躍してその場から離れてるエースは、その光景を見て驚愕の表情を浮かべる。

 

「なァ!?おまッ、そりゃアリかよ!?」

「逃さん。」

 

跳躍した隙を狙った様に、マグサリオンの剣先が獲物を捉えた蛇の如くエースへと迫る。無論、これは隙を挟み込んだ一撃であり、意識の底から狙った暗殺の御業に等しい。目で捉えて回避するのは無理に等しいだろう。

 

「まずッ……!」

 

エースの首に刃が通り、そして頭部が胴体から離れた。しかし鮮血は舞わず、宙を舞う首は空蝉の様に一欠片の炎となって消失した。

そして着地した胴体はひとりでに動き、首の上が発火すれば、無傷の頭部が生えてきた。それをみたマグサリオンは、特に驚いた様子も見せずに口を開く。

 

「その炎の身体……流動体であることを利用し、俺の剣戟に通り道を作って回避したか。器用な真似をするな。」

「………へへ、これでも結構な修羅場を潜ってるんでな。うまく立ち回らねェと命が幾つあっても足りねェよ。」

 

汗を出しながらも、笑みを浮かべるエース。しかし内心は冷静さが崩れつつあり、心臓も早鳴りしていた。

 

(危ねェ……剣の気配がまるで捉えられんかった。隙を付いた剣の技術か?というかマジでそのまま切り結んでたら死んでたじゃねェか。

なんにせよ、サンキュー、サッチ。お前が見聞色を鍛えることを指摘してなかったら、俺は今頃首が刎ねられてただろうな。チッ、とことん退屈させてくれねェな!)

 

そう言い放ちながらエースは小さな火球を、自分とマグサリオンの周囲へとばら撒く。それはさながら蛍の様に、淡い光を放っている。

 

蛍火(ほたるび)

「……」

 

マグサリオンはその火球に視線を向ければ、突如意志を持ったように襲い掛かってくる。

無論、そのまま棒立ちで受ける訳もなく。マグサリオンは乱雑な足捌きながらも、蛍火の直撃を避けていく。

 

「ッ!?」

 

しかし、ある程度は避けられたものの退路の先に火球が設置されていた。それが直撃してマグサリオンの前身を炎が包み込む。

まるで退路を予測していたかのように、蛍火が迫り来る。それを見に受けてマグサリオンは確信した。

 

「なるほど貴様、“未来”を見たか。」

「お、お前解ったのか。凄いなお前、覇気無しで見聞色の本質を見極めるとはな。」

 

見聞色の覇気を見極めたマグサリオンに、エースは感嘆の声を上げた。だが、続けて不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。

 

「だが、解ったからといって解決する問題でもねェ。俺の攻撃は、必ずお前の先に到達する。お前じゃ俺に勝てねェよ。」

「……御託は終わりか?やるならさっさとやれよ。」

「へッ、なら遠慮なく火達磨にしてやるよ。」

 

そう言いながらエースは再び、蛍火を周囲に展開した。そして当然、火球は一人でにマグサリオンへと迫り来る。マグサリオンも迫る最中、退路を見極めてそこを通りつつエースへと前進していく。その速度はまさに亜光速に迫り、第三者からすれば一瞬にしてエースとの距離を一気に縮めると思うだろう。しかし、その途中で見聞色によって先に退路を見極めたエースが、途中に火球を設置する。

 

(これで発火直後に、もう一発ぶち込んでやる。これなら流石に堪えるだろう。)

 

エースはかつて覇気を鍛えてくれたクルーに感謝の言葉をささげる。だが、その予測を踏み躙るかのように、マグサリオンは退路先にある火球を斬り払った。それを見てエースは内心で驚愕の声を上げる。

 

(は?いやいや待て、同じ戦法とはいえあの速度でアレを普通迎撃できるかよ!?と言うかこいつ、炎が直撃してるのに、肌が焦げた様な様子がない。あの親父ですら、表面にちょっとした焦げ跡だってあったのに……)

「馬鹿かお前、同じ手が何度も俺に通用するとでも?」

「クソ、仕方ねェ。神火(しんか)不知火(しらぬい)!」

 

内心驚いているエースを嘲笑う様に、前進しながらマグサリオンは挑発する様にそう言い放つ。エースは追撃のために用意していた攻撃を、驚きつつも躊躇いなくマグサリオンに向かって放ちこむんだ。槍の形をした火柱二本が迫り来る。直撃すれば鉄の壁で有ろうとも貫通し、誘拐する炎熱が込められている。人体が直撃すれば身体に風穴が開くだろう。

 

「ふん。」

 

しかしそれらすらも、一蹴するかの様に横薙ぎの剣戟によって無に還る。剣の先にある床と壁面に、底が見えないほどの亀裂が刻まれた。ここまで全ての攻撃が、悉くただの剣戟によって蹂躙されていく。その事実を前にエースは戦慄した。

 

(クソ、ヤバい奴だと薄々思っていたがここまでだとは……というか、俺の未来視より先に行くってことは、通り道を開ける会費も意味ないじゃねェか。しかも攻防速全てにおいて、最初の頃よりも圧倒的に強くなってやがる。こりゃ洒落にならねェぞ!)

「ウオォォォォッ!!大炎戒(だいえんかい)!」

 

ヤケクソ気味にエースは咆哮をあげながら、大規模な炎の陣を作り上げた。そして自身の掌の上に、太陽を連想させるほどに巨大な火球が出来上がる。それを見てマグサリオンはポツリと呟く。

 

「これが貴様の奥の手か?」

「ああ、ありったけをテメェにぶつける。覚悟するんだな。」

「面白い、だが捨て身か?」

「馬鹿言うな、意味のない自己犠牲なんてやるかよ。言っただろう、俺は人生に悔いを残さねェ。確かにお前は強いが、力に屈したら男に生まれた意味がねェだろう。」

「……違いないな。」

 

エースの独白を聞き届け、マグサリオンはまるで苦笑する様にそう言い放った。そしてその言葉を招致するかの様に、一歩踏み出して駆け出す。そして、エースもそれに応える様に炎帝を投擲する。

 

炎帝(えんてい)ィ!ッ!オォォォォッッ!!」

「ヌゥッ!!!!」

 

爆ぜる紅蓮の炎と、迸る漆黒の剣閃。それはかつて、生前にエースが黒ひげと激突した光景を再現するかの様な景色だった。黒と赤が闘技場全域を包み込み、闘技場そのものを崩壊させていく。故に逃げ場は皆無に等しい。

そして赤と黒が消えれば、立っていたのは黒騎士であり、炎と男は膝を地面につけていた。

 

「終わりだな。」

「はァ………はァ……」

 

死神の如くマグサリオンは冷徹にそう言い放ち、エースは言葉を返す余裕がないほどに体力が消耗していた。全身の至る箇所に傷が刻まれ、呼吸も肩でしている。

 

(クソ…….これだけやってもダメか。やることはやったから後悔はほとんど無いが、やっぱ悔しいな。だけど、これ以上は何もできねェ。悪いなルフィ、そして親父……ここでも俺は、負けた様だ。)

「では、これで終わりだ。死ぬがいい。」

「………」

 

マグサリオンがそう言い放ち、エースは覚悟を決めた様に目を閉じた。そして迫る刃が首を通そうとした。その刹那……

 

「よォ、死んでも元気な様だな馬鹿息子。」

「お……おォ、親父ィッ!?」

「……何だ?」

 

不意に男の声が聞こえ、エースが振り返り、マグサリオンも目を見開く。そこにいるのは6mをも巨大な身体に、右手に薙刀を携えた金髪の大男。

その名はエドワード・ニューゲート。かつてこの世の全てを手に入れた海賊王、それと肩を並べた世界最強の男を呼ばれた人物である。




次回が実は本命だったりします


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第五陣 世界最強の男

前回の続きとなります、どうぞお楽しみ下さい


 

 

「親父……なんで、アンタが?しかもその姿は……」

「遅くなってすまねェな、エース。」

 

マグサリオンとエース、その二人の間を割るように現れたのは金髪の巨漢、エドワード・ニューゲート。伝説の海賊であり、通り名は白ひげと呼ばれていた男。それを前にマグサリオンは傲岸に言い放つ。

 

「親父……か。息子の喧嘩に間を割ってくるとは、だいぶ恥知らずなようだな。」

「テメェッ!」

 

激昂し立ちあがろうとするエースだが、それを静止するように手を差し出す白ひげ。

 

「誰が息子のピンチを救ったらダメなんてルールを決めた?そんなのが嫌なら、この闘技場のルールでもそこらに出しておけ。無いなら誰だって無法地帯って思うのが普通だろうが、アホンダラが。」

「……ほう、口が回るようだな屑めが。」

「グララララ!返答が減らず口ってなら、特に俺と闘うことに異論はないって思って良いんだな?」

「構わん、やるならさっさと来い。」

「上等だァ、なら早速始めるぞォッ!」

 

瞬間、白ひげを中心に圧倒的な威圧が放たれた。覇王色の覇気といい、未だ謎の多い力であるが顕著な現象として発動者の威圧感に精神的に屈すれば気を失ってしまう。事実、周囲に漂う魂の多くが威圧感に敗北して色を失い、エースですら言葉一つ発せない状況となっていた。

だが、マグサリオンは……

 

「……弱者狩りの威圧で俺を試してるつもりか?舐めるな、この程度で俺を止めれると思うなァッ!」

 

常に受け続けてる威圧感を鼻で笑うようにそう言い放てば、地を蹴って距離を詰める。数mを光速で駆け、そして首狩りの一閃を放ち込む。加えてこの一撃は白ひげの隙を突いており、肉眼で認識して捉えるのは不可能だろう。

しかし、それを阻止するかのように白ひげの薙刀の穂先が中で激突した。刀身一瞬で黒くなり、マグサリオンの剣とぶつかる直前に黒いスパークが放射状に広がり威力が周囲を巻き込んでいく。その辺りの衝撃が周囲を巻き込み、エースも柱に掴まらなければ宙に放り出されるほどであった。

 

(見聞色であいつの剣筋を読み取り、武装と覇王を組み合わせ、そしてグラグラの実による振動攻撃か。親父の全盛期はロジャーと互角とは聞いてたが、これほどとは……)

「ヌゥゥゥゥゥッ!」

「ッ!」

 

激突無き鍔迫り合いが数秒続き、その果てにマグサリオンが宙を舞い背後にある壁面へと吹き飛んでいった。一方で白ひげはその直後にその反動によるものか、数歩後ろに下がっていた。その光景を見てエースは歓喜の声を上げる。

 

「親父が激突で勝ったか!」

「グラララ…….そう見えるだけだ、まだ勝負はついててねェ。」

「だけど、あいつが吹っ飛んだってならパワーなら親父が上ってことに……」

「違う、寧ろ逆だ。パワーで押し負けそうだったから振動でアイツの力を分散させて誤魔化してただけだ。」

「なッ……」

「しかも俺の一撃を致命傷を避ける為に、うまく直撃からズラしてやがった。あの一瞬で恐ろしい青二才だ。」

 

白ひげの返答を聞いて、エースは感嘆と戦慄を帯びた声を上げた。マグサリオンは白ひげと激突した際、白ひげから発した振動による影響で剣戟の衝撃が分散され、不安定な状態になったところを一撃が狙われたのだろう。裏を返せば白ひげが直接的なぶつかり合いを避けたことであり、エースからすれば信じられない光景である。

 

「あり得ねェ!親父より小さい上に、剣の才能が明らかにないあいつがどうやって親父より上のパワーを……」

「まあ、普通ならあり得ねェが少し見えた気はする。理屈は知らねェが、アイツは自分と他人を含めた殺意の量だけ強くなれるんだろう。」

「……は?」

「何せ鍔迫り合いしてる時、こっちが限界の限界をどれだけ出しても必ず上回ったパワーを出してたからな。だとしたら、そう言った力の出所があってもおかしくないだろう。」

 

淡々と推測を述べる白ひげに対し、唖然とした表情を浮かべるエース。たった一度の接触でここまで考察できることに感心していたのかもしれないが、即座に頭を切り替えて言葉を返す。

 

「な、なるほどな……それなら確かにパワー面では不利かもしれねェ。だが、それはグラグラの力で分散して吹っ飛ばすことはできるんだろう?だったらそれを上手く活用して……」

「そのつもりだが、それも何処まで通用するか……」

「……どういうことだ、親父?」

「黙ってろ、来るぞ。」

 

その瞬間、崩壊の音とともに歩く男が聞こえる。音の元からマグサリオンが現れ、肩に剣を担ぎながらこちらへと迫ってくる。そして一定の距離を詰めれば、口を開いた。

 

「なるほど、振動で俺の攻撃をブラしてたか。」

「やはりアレだけじゃ傷一つ付かねェか。あの一瞬でよく、俺の攻撃を捌いたもんだ青二才。それで、テメェの攻撃力はこの場にある殺意全てを掻き集めて力に変換しているものというわけだな?」

「………『絶し不変なる殺戮の地平(サオシュヤント・アウシェーダル)』それが俺の戒律だ。」

「ッ!」

 

なんとマグサリオンは白ひげの問いに対して、態々自ら答えを示した。その光景にエースは驚きを隠せず、一方で白ひげは歩的な笑みを浮かべていた。

 

「ほォ、戒律と言ったか。つまり自分のルールということは、守らなきゃならん決まりがあるはずだ。そうだ、例えば『接触の際には必ず殺意が交わらねばいけない』とかな?それを破れば死ぬか、想像を超えた最悪の結末が待ってるとか、そんなところか?」

「………」

「なんだ、よ………それ?そんなの人としての生活なんぞ望めやしねェじゃねェか!」

「だろうな、まるで自らを殺す為にしか使われない剣として扱ってるみたいな戒律だ。で、黙ってるということは肯定と受け取っても良いよな?」

「好きにしろ、それで仮にこれが事実だとしてお前に何の関係がある。不憫だからやめるとでも?それとも殺意無く触れば容易く折れる塵だとでも思ったか?」

「グラララ!へそ曲がりが、んな訳ねェだろ。海賊の闘いは常に生き残りを賭けた殺し合いだ。危険な相手に殺意を封じて闘うなんぞ、そんな器用な真似は出来ねェよ。聖者でも相手してるつもりかアホンダラ。」

 

白ひげは己の獲物『むら雲切り』を旋回させ、そして勢いよく地面に叩きつけた。局所的な地震が発生し、再び覇王色の覇気を撒き散らしながら仁王立ちする。

 

「ハナッたれの若造の癖に、一丁前に格好つけるじゃねェか。常に殺し合いに身を投じようとする姿勢、俺は気に入ったぜ?平穏な日常や安心な環境、そういうのはもう望めねェだろうが承知の上なんだろう?」

「無論だ、俺にそう言ったのは不要だ。誰であろうと必ず殺す、例外なく呑み込んでくれる。」

「グラララララララ!面白ェ……青二才が、やってみろォッ!」

 

刹那、先に動いたのは白ひげだった。その巨大からは似合わない速度、エースですら初動すら反応することができない。まさに光を凌駕せし速度、超光速疾走からの壊天。即ち震災鉄拳が繰り出された。音を壊し、振動を砕く一撃。加えてエースと同様にマグサリオンの退路を見聞色で予め観測しており、安易な回避は叶わないだろう。

 

「笑止。」

 

白ひげの予測通り、マグサリオンは正面から迫る鉄拳を正面からズレた位置に移動して回避をしようとする。当然、白ひげはその退路を塞ぐようなポジショニングの動きをする。重心移動によって射程を僅かに伸ばし、むら雲切りを横に添えることで逆方向の退路を断つ。海賊として数多の戦闘によって積み重ねた経験による創意工夫。それらの組み合わせがマグサリオンの退路を塞ぎ、的確な一撃を直撃させるだろう。

しかし、それに対してマグサリオンがとった行動は出鱈目そのもの。剣を肩に担いだかと思えば、そのまま白ひげの股を潜り抜けるような形で乱雑なスライディングを行って鉄拳の直撃を回避した。そして、そのまま上体逸らしと同時に全力のフルスイング。宛ら金属バットを振り回す、ならず者のような所作だった。熟練の剣士が見れば失笑は避けられないような立ち回りだったが、マグサリオンからすれば関係の無い話。本人からすれば、どんな手段でも己の手で確かに殺すことができればそれでいいのだから。

 

「ッ!グラララララ!とんでもねェ真似するなこの野郎!」

 

下方から迫る矛先を、直感でむら雲切りの肢で防いだ。そして笑みを浮かべたまま、すれ違ったマグサリオンを追う形で再び疾走。今度は、むら雲切りに振動を纏わせてそれをマグサリオンへと直撃せんと迫りくる。

それを振り返りと同時に漆黒の剣閃が放たれ、互いに矛先がぶつかり合って衝撃が放射状に分散する。しかしそれだけで終わらず、白ひげとマグサリオンは何度もそれを繰り返す。地上で、時には空中で極限のぶつかり合いが広げられ、それは宛ら宇宙空間に浮かぶ星々の爆発と死滅を連想させる光景であった。それを第三者として見届けていたエースは、唖然とした表情で見ているしかなかった。

 

(ほとんど見えねェ……マグサリオンもそうだが、親父も早すぎるだろう……あの速度でパワーを減少させないどころか、どんどん上がってきている。マグサリオンが隙をついて攻撃するも、親父が見聞で先読みしてはぶつかり合いの繰り返し。単純だからこそ、互いに突破口を見つけるのが難しいこう着状態化か……しかし、これが親父の全盛期とはな。って、というか光速で動ける黄猿より早くねェか!?)

 

最早何回繰り返されたかわからない衝突の果てに、マグサリオンと白ひげが再び激しい鍔迫り合いした。視線が交差し、殺意の帯びた眼光を激突させながら両者が口を開く。

 

「グラララ!こんな激しいぶつかり合い、ロジャーの時以来だぜ。やるじゃねェか、下手っぴな剣でよくここまで食い下がるものだ。」

「食い下がる?そうか、お前にはそう感じるか。」

「……なんだと?」

「……なあ、おい貴様。罪人風情が“家族ごっこ”をして満足か?」

「ッ!?」

「過去の罪、過ちはどれだけ言い訳しても拭えるものではないだろうが間抜けが。」

 

刹那、下方から跳ね上がった漆黒に白ひげは呑まれてしまった。逆袈裟状に刻まれる斬撃痕、激しい血飛沫が地面を朱色に染め上げる。

マグサリオンの攻撃を未来から予測し、捌き続けた白ひげの見聞色が、この瞬間まるで捕捉することができなかったのだ。

 

「グゥッ!」

「親父ィィイッ!?」

「狼狽えるんじゃあなィ!この程度かすり傷だアホンダラッ!」

 

駆け寄ろうとするエースを、白ひげは叱咤して止めた。仮にも父親として威厳を保ちつつ、荘厳な武将の如き笑みを浮かべながら。だがその反面、内心は混乱に満ちていた。

しかしマグサリオンが考える余裕も与えるはずもなく、空かさず追撃が正面から迫り来る。この一撃も見聞色で読み取ることは出来ず、咄嗟に正面にむら雲切りを翳して辛うじて防ぐことしかできなかった。反撃に転じる余裕もなく、今はひたすら防御することしかできない。その光景を嘲笑うようにマグサリオンが口を開く。

 

「お山の大将を気取ってた割には無様な姿だな、間抜け。瑕疵を晒してるからそうなる。」

「グラララ……跳ねっ返りやがって。だったら言ってみろよ、この俺の瑕疵とやらよ。」

「おうとも、言ってやる。なあ、偉大な親父殿とやらよ。家族にこだわるなら、何で“其処にいるバカ息子”と一緒に俺と戦わせてやらない?最初はともかく、そろそろ立ち上がるくらいの体力は回復しているだろう?」

「ッ!」

「………」

 

マグサリオンの指摘に最初に反応したのは、エースだった。白ひげは険しい表情をしながら攻撃を防ぎ続ける。マグサリオンはそのまま、力を込めて白ひげを押し続けつつ話を続ける。

 

「こいつ程の実力者を育て上げる以上、親の七光りとして甘やかして堕落させるような無能は晒さんだろう。

ならば察するに、其処のバカ息子が過去に無茶をやらかしてそれが原因で取りこぼしたことがあるんだろう?そしてここでも、また同じ過ちを繰り返さない為に、戦線復帰をさせないようにお前は立ち回ってるわけだ。まあ、個人として俺の武力に関心を抱いてる部分も多分にあるのだろうがな。」

「……ヘッ、好き勝手言いやがって。」

「言っただろう、過去はどう足掻いても拭えんとな。家族という聞こえ心地のいい言葉を盾に、馬鹿息子の尻拭いと自分の贖罪を都合良く収めようとするのは厚顔に程があるだろう。緩い、甘い、欠伸が出るぞ老害が。そんなブレた無能に俺が負けるわけがない。」

「親父………」

 

マグサリオンの指摘に、白ひげは反論することはなかった。皮肉なことに、無言を貫くことが事実上の肯定に繋がるという事象が今度は彼に返ってきたのだ。

エースも内心は憤怒の炎で燃えているが、マグサリオンの指摘が正しいのは認めざるを得ない事と、今自分が戦線に参加したところで却って足手まといになる事が嫌となる程自覚している。ならば、今自分にできる事を考える……そして決意をすれば、起き上がりつつ声を張り上げた。

 

「親父ィッ!」

「ッ!エース……」

「……」

 

エースの声に白ひげは驚きの表情を浮かべる。その一方でマグサリオンは無表情を貫くが、その間を割るような真似はせず、ただ二人の行く末を見守っていた。

 

「ハァ………ハァ……俺の失態の尻拭いとか、後悔からの贖罪とか、色々あるんだろうけどよ……もうそういう難しいのはいいんだよ!俺をあの戦争で救おうとしてくれて、息子として愛してくれただけでも満足なんだ俺は!」

「……」

「だから……ハァ………白ひげの、世界最強の男の全力を俺に見せてくれよォーッ!!」

「ウォォオオオオオアアアーーッ!!!」

 

瞬間、白ひげは世界が割れるほどの咆哮を挙げた。それと同時にむら雲切りを上空へと勢いよく投げ飛ばす。その影響でマグサリオンも数歩分吹き飛ぶ。その間に白ひげは大気を掴み、まるでカーテンをちゃぶ台返しするような所作でひっくり返した。それに連動したかのように、マグサリオンも宙に放り込まれる。唐突な出来事に、マグサリオンは一瞬だけ混乱した。

 

「ヌォオオオオオオオッ!!」

「グオォォォォッ!?」

 

興奮状態の偶然の産物か、あるいは歴戦による経験則か。そのどちらにせよ、その一瞬を狙い穿つように戻ってきたむら雲切りを掴み、即座に振動、武装色、覇王色を纏った刺突を放ち込んだ。流石のマグサリオンもこれには溜まらず、苦悶の声を上げながら遥か後方に吹き飛び、苦悶の声を出しながら激突した。あまりの出来事、それも一瞬だった為、誰も声を出すことができず静寂を齎した。そしてそれを最初に途絶えさせたのは、肩で呼吸をしている白ひげだった。

 

「ハァ………礼を言うぜ、エース。どうやら俺も、余計な事を考えながら戦闘してたようだ。だが、今はお前のおかげで吹っ切れることが出来た。」

「は、ははは……水臭いこと言うんじゃねェよ、親父。アンタの息子だ、このくらい役に立ちてェと思うもんだ。」

「グラララ、はなったれの癖に一丁前のことを言いやがって……立派になったな。」

「……茶番は終わったか?」

 

親子同士の微笑ましい会話、それを切り捨てるような言葉が間を裂いた。おぼつかない足取りながらも、全てを殺さんと途切れることのない殺意の視線が二人を穿つ。

 

「コイツ、親父の本気を受けながらまだ死んでなかったのかよ!?」

「……確かな手応えはあったと思ったが、覚醒した動物系(ゾオン)みたいにタフネスな奴だ。まさかとは思うが……」

「なんか分かったのか、親父?」

「いや、何でもねェ。」

 

エースの問いかけを振り切るように、白ひげは再びマグサリオンへと接近した。そして互いの獲物がギリギリ届く間合いまで詰めれば、白ひげが先に言葉を発する。

 

「悪いな、余計な不純物を抱えたまま戦闘しちまってよ。」

「俺には関係ないことだ、抱えていようが何だろうがお前を殺すことには変わりないからな。」

「ヘッ、素直じゃねェな。まあいい、俺の瑕疵を指摘した返しに俺からの返答も一つ聞いてくれよ。」

「……言ってみろよ、聞いてやる。」

 

マグサリオンの返答を堪えるように、白ひげは周囲に浮かぶ数多の視線を指差すようにむら雲切りを宙に掲げながら言い放った。

 

「“コイツら”はお前が生み出してるんだろう?」

「……何故そう思った?」

「お前の戒律が殺す事に長けてるのとはよく分かった。そして、その果てに全てを殺す覚悟を抱くのも確かなのだろうよ。だがな、それが実現した時、お前という剣に価値はあるのか?もう誰も殺せる相手が居ないと言うのによ?」

「………」

「もしお前に自殺の趣味があるなら、最終的にお前を殺して完全な無の世界の完成だ。だが、そうじゃないと言うなら、何処かから他人を生み出すシステムを設けるのは自然な事だろうよ。」

「その通りだ、俺に自滅の趣味はない。故に生まれ出てもらうまでだ、俺の殺意に触れた俺の民に。」

「グララララ!王のような真似をしやがって、慕われはしてもそう言う性分じゃないだろうに。」

「貴様に言われるまでもない、自覚している。それで、確認は終わりか?」

「あァ、ケジメは付けた。ならそろそろケリを付けるか。いくぞ青二才ッ!」

「こい老害、殺してくれるッ!」

 

マグサリオンと白ひげは同時に地を蹴り、そして同時に闘技場の中心で激突した。金属音とともに周囲の物質が崩壊し、その衝撃音は空中、地面など数多の方向から聞こえてくる。それをエースはただ見守るしかなかった。

 

「ヌァアッ!」

 

刃をぶつかり合い、白ひげが数歩下がれば片手で大気をつかんで再び空中へ放り出そうとした。そして今度は武装と覇王、振動を纏った鉄拳を繰り出そうと目論む。

 

「甘い」

 

しかし、先程も似た戦法で損傷を負った以上は二の足を踏まないよう立ち回るのがマグサリオン。白ひげが掴んだ大気に向けて、剣を振り切る。すると彼我の間にあるはずの大気が空間ごと消失し、その分だけ白ひげがマグサリオンへと近づいたのだった。

 

「な、グウッ!?」

 

そしてその現象が起きた動揺の隙を突かれ、身体の中心に刺突を繰り出された。全身に激痛が走り、腹部から爆発したような血が噴出し、口から血が爛れ落ちる。

 

「オォォォォォォォッッ!!」

 

しかし、白ひげは足掻くようにマグサリオンの頭部を掴みそのまま地面に武装、覇王色の覇気、そして渾身の振動を纏わせて地面へと叩きつけた。それは局所的な世界崩壊を連想させる一撃、それら全てがマグサリオン個人へと集中した攻撃だった。

激しい土煙が舞い、それが視界を覆う。暫くして晴れれば、闘技場の中心にはマグサリオンが地に倒れ、白ひげが立ち尽くした姿がそこにあった。

 

「親父ィ!親父が勝ったんだな?」

 

歓喜の声を纏わせながら、エースはその場に向かって駆け寄った。しかし、暫くしたらマグサリオンがゆっくりと立ち上がり、ボソリと呟く。

 

「大した奴だ、死ぬ間際にあんなカウンターを繰り出すなんてな。こういうのを、立ち往生と言うんだったか?」

「……何?」

「逃げ傷一つなく、たったまま死ぬとか本当に人間かよ?とんだ頑固親父だな。」

「お……や、じ……」

 

マグサリオンとエース、この二人が見上げてたのはたったまま命を失った白ひげ、エドワード・ニューゲートの亡骸だった。マグサリオンへのカウンターが最後の気力であり、仮にマグサリオンがそれで死んだとしても、変わらない結末だっただろう。もっとも、マグサリオンからすればまるで勝ち逃げされたような気分、その不快さを吐き捨てるように言い放つ。

 

「だが言ってたよな?海賊とは生き残りをかけた戦いが常、とな。ならば、その理屈に倣って俺の勝ちだ。何か文句あるか、馬鹿息子?」

「あァ……無ェよ。この勝負、お前の勝ちだ。親父だって生きてたらそう言ってるよ。」

「ならば、これで終わりだ。それはお前の好きに扱え。」

「ああ、じゃあな。」

 

そう言い放てば、マグサリオンは二人に背を向けて何処かへと立ち去っていった。それを見届けることもせず、エースは自信と白ひげを中心に炎を発生させる。まるでそれは、火葬のように穏やかながらも苛烈な熱量を感じさせる。

 

「親父……やっぱ俺は、アンタの息子だよ。だけどさ、一つ付き合ってくれ。今度は俺が、アンタに自慢の息子としての姿を見せてェ。その為に、俺はロジャーに喧嘩を売る。あの面に火拳をぶちかまして吠え面かかしてやるんだ。」

「………」

「はは、アンタならロジャーの首はそこまで安くないアホンダラって言うかな?だけど、俺は必ずやるぜ。これもまた、俺のケジメみたいなものだからよ。だから……これからも頼むぜ、親父。」

 

その言葉を最後に、白ひげとエースの姿が闘技場から消失していった。それを背中腰にチラリとマグサリオンが見れば、ポツリと呟いた。

 

「アンタが欲しかったのは、ああいう普通の人間関係ってものだったんだろう。なぁ、兄者?」

 

 




ちょっとオチが微妙になってしまったかもしれませんね……


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第六陣Ⅰ 星を掲げる者

今回はlightユーザーならタイトルの時点で大体察しがつくかなと思います


 

 

 

また、マグサリオンは戦地へと出る。今度の相手は誰だろうか、何処となくもはや先にそう思うような表情をしている気がする。

すると、突如膨大な熱量を感じ取った。それは前に交戦した火拳のエース、それに匹敵する程の密度だ。そして現れたのは腰まで伸びた黒髪の男性…‥否、男性型のアンドロイドと言うべきだろうか。なぜなら、確かに血肉はあるのかもしれないが、体内から機械音が流れているのをマグサリオンは聴き逃さなかった。それを知ってか知らずか、どちらにせよ気兼ねないような雰囲気を出しながらその者はマグサリオンへと問いかける。

 

「察するに、どうやらかなり前にカーネイジがこちらに参じたようだな。しかし、お前がアレを始末したと言ったところか。」

「だとしたら?敵討ちでもする気かよ。飼い主ならば、少しは飼い犬の躾くらいしておくこだったな。」

「これはこれは、実に耳が痛い言葉だな。しかし、これでも己は当人達の自由は認めているつもりなのでな。よく言うだろう、自由に責任はつきものだろう?ゆえに、自由に動いた結果は本人の責任だ。死ねばそれまでの話である。」

「ふん、違いないが……それで、それだけを話すためにここに来たのか?」

 

突き放す様に、マグサリオンは鼻を鳴らした様な口調でそう言い放つ。すると、相手は笑みを浮かべながら否と告げる。そして両手を広げながら応えた。その姿はさながら、さながら、星を掲げる者(スフィアライザー)というべきだろうか。

 

「そんな訳あるまい、己は己の目的があってこの場へ参じた。それは即ち、我が野望たる聖戦をもう一度、その果てに大和を再び地上へと下ろすこと。それこそ我が不変の使命!その為に、いかなる戦場へと駆け出すことは厭わない。」

「ほう……」

「そういうわけだ、故に付き合ってもらうぞ剣士殿よ。我が名はカグツチ、我が星の輝きを以って道を開かせてもらおう。聖戦の成就のためにッ!」

「良いだろう、それをやりたいというならば成してみるが良い。もっとも、ここに来た以上は俺が貴様を殺すがな。」

 

そう言い放つと、マグサリオンは切っ先をカグツチに。そしてカグツチは燃える掌をマグサリオンへと向けた。それを開戦の号砲と捉えたかの様に、互いに同時に攻撃を開始した。

 

「オォォォォォッ!」

超新星(Metalnove)

 

大和創世、(S h i n i n g)日はまた昇る。希望の光は不滅なり(S p h e r e r i s e r)

 

禍つ黒閃と揺れる煉獄。カグツチが己が星の解放と同時に灼熱の炎が放射状に放たれる。マグサリオンは陽炎を放つ炎熱ごと斬り裂かれるが、それごと塗り替える様に炎の壁が視界を覆う。水ならぬ炎を斬り裂くという非常識なマグサリオンの剣技だが、カグツチの炎も人の常識を既に超えている。

最低でも数億度を超えており、そのまま放っておけば、専門家ですらこの段階では定義できないほどの炎熱に到達していてもおかしくないだろう。

しかし、それでもマグサリオンの進撃は止まらない。そもそもかつての強敵、バフラヴァーンから炎熱を交えた戦闘は既に経験済みであり、数億度では止まるわけもなかった。よって次第に、時間を掛ければカグツチの喉元に剣先を突きつけることは決して不可能ではない。それを証明する様に、後数歩でマグサリオンの剣の間合いへと入り込む。よってカグツチなんぞ恐るるに足らぬ、とはならなかった。

 

「知っておる、この程度では英雄もお前は止まらぬのだろう。その対策を、聖戦を控えてた己に対策がないとでも思ったか?」

「ッ!?」

 

炎の壁を斬り裂き、それと同時に眉間に向けて放った刺突が空を穿つ。そして同時にマグサリオンの側頭部に走る衝撃と熱。それはカグツチの鉄拳であり、拳は炎を纏っていた。あり得ない話である。マグサリオンの刺突は光をも凌駕し、加えて炎の海の中で確かな隙をついたというのに。しかしそれすらも、高練度の演算と根性を以ってして見切るのが光の使徒たるカグツチだ。その直後に返しの刃が放たれるも、それすらも全て見切って回避、悉くが被弾しない。

 

「どうした、まさかこんなものではあるまい?己はまだまだやれるぞ?」

 

光速機動する生体兵器という下手な冗談の様な存在、生前にカグツチと交戦したかの冥王が見れば驚愕するだろう。なぜなら、生前においてカグツチは姫を守護する騎士の如く、一定の場所から動かずに迎撃しながら戦闘していたのだから。しかし、仇敵たる冥王はカグツチからすればあくまでも本来はイレギュラーな存在。本来の来たる聖戦の相手はクリストファー・ヴァルゼライドなのだから。かの英雄は大量破壊兵器は当然ながら、拳の極みたる拳法家すら気合と根性、そして努力を極めて蹂躙する不滅の光。即ちヒットアンドアウェイなど、絶えず動き続ける高速機動戦闘を前提としなければ並大抵の攻撃は当たらない。故に、カグツチがそれを想定するのは本人からすれば当たり前の話である。現世において動かなかったのは、冥王をある場所に到達させてはいけなかったし、下手に動けば最悪な毒の海に飛び込むに等しかったからである。

しかし、今回の戦闘ではそのような縛りはない。故にカグツチは動き続ける、距離を取ったり敢えて詰めて殴り込みに行ったり数多の戦法を行使していく。

 

「やはり、己の見込み通りお前の武は究極の領域にまで達している。かの英雄に匹敵するほどにな。」

「だから?」

「故に、己の星がどこまでの高みへと至れるか俄然興味が湧いた。ならばこそ、付き合ってもらうぞ凶剣よ!その禍つ剣へ星を掲げん!」

「やってみろ、撃ち落としてくれる。」

「ならば遠慮なく!」

 

有利なのはカグツチ、ボロボロで不利なのはマグサリオン。しかしその向き合う姿勢はまるで逆、それは即ち両者とも、状況だけで相手を見ていない証拠である。まだ巻き返すかもしれない、既に布石を振られてるかもしれない。常に油断なく状況を見据える。そんな姿勢を露わにしていた。

そしてそれを踏まえた上で、カグツチは敢えて大雑把に攻めることを選択した。

 

創生・純粋水爆星辰光(フュージョン・ハイドロリアクター)

 

消し飛べィ!」

 

カグツチが手をマグサリオンへと翳せば、膨大な熱量が集まり瞬間的な水爆が出来上がる。それは放射能を発生させない清潔な虐殺の炎であり、それを一瞬にしてマグサリオンの懐へと入り込み同時に躊躇いなく爆発させる。そんなことをすれば自分すら巻き込まれかねないというのに。

その大熱量は間違いなく闘技場全域を蒸発させ、この戦闘を見ている数多の存在の何人かを殺しかねない。

 

「………なんなんだ今のは?」

 

然し、それを一番直撃したであろうマグサリオンは未だ無傷。むしろ先程の虚をついたカウンターの方がよほど痛手だったと言わんばかりに。故にお返しと言わんばかりの一閃が放たれるが、カグツチはそれをバックステップで回避。

そして今度は、天上に輝く星すらも我が手の内にと示す様に片手を上空へ掲げる。

 

「やはりこの程度では止まらぬか、ならばこれはどうかな?

 

重圧・(ベクター・)流星群爆縮燃焼(レーザーインプロージョン)

 

すると今度は、マグサリオンの退路を断つ様に彼の周囲に無数の粉塵爆発が引き起こる。一つ一つの威力自体は先程の一撃の方が上だが、その数自体があまりに膨大。その炎熱爆発の数は不可思議の領域に達しており、人の手に負える数ではないのは、文字通り火を見るより明らかである。

だが、それでもマグサリオンは正面突破をする。その一つ一つの爆破に剣筋を立てて斬り伏せる。不可能?困難?それが止まったり諦めたりする理由になんてならない。除雪車の如く前進し続ける、那由多だろうが無量大数に至ろうがそこに確かな限界があるのならば、そこに至るまで繰り返すのみであると。それを見てカグツチは笑い声を上げながら、煙幕の彼方から再び水爆を放ち込む。

 

「ハハハハハハッ!素晴らしい、それこそがお前の武か凶剣よ。しかし解せぬな、何故この民草共を放置する?ただ人とは生きて死ぬのが当たり前だから、勝手に生かすことこそが正しいと?それは些か、無責任と己は思うぞ。」

「なんだ、俺のやり方にケチを付ける気かよお前。」

 

水爆と爆破を一刀の元に斬り伏せ、文字通り道を開いて互いに視線を交える。そしてカグツチは宣誓するように話を続ける。

 

「自由と悪性がセットになるのは今更故に、論ずるに値しないのは当然だ。だが、それを認知して放置するか手を施すかで大きな差だろうよ。要はお前がその気になれば巨悪を見つけ、裁きを下す様な天下に出来るはずなのにしないのは何故だ?可笑しいだろう、往けるものは往くべきなのだから。お前の名を聞けば悪党共を震え上がらせ、安易な悪に陥らない様にすべきだろうに。」

「お前の大好きな英雄と同一視してるんじゃあない。」

 

カグツチの問いかけを、まるで無価値と断ずる様に食い気味にマグサリオンは否定した。

 

「恐怖の圧政の為に俺の名を屑共に轟かせ、その結果悪党共を震え上がらせろ?何の冗談だ、笑わせるな。そもそも俺は面倒な頂点に興味無いし、そんな義務なんぞ知らん。そんなものは俺の求む不変では無い。」

「ほう、不変とな?」

「その通り、正義とは立場次第で変わるもの。であればまた、恐怖のあり方というのも変わってくるだろう。秩序による恐怖の圧政、武力による恐怖の圧政……等とそんな曖昧なものに俺が成れとでも?誰が決めた、お前か?だとしたら、お前を殺すまでだ。」

「ふむ、なるほど……求めるものは不変故に、立場次第で変わる正義に寄り添いたく無いとな。だからこそ、無名にして無法なる存在でありたいと。良いだろう、理解したし納得もしよう。されどもやはり共感は出来ん。

何故ならば、それでも人とは正義無くして生きられぬ。正義無き力なんぞ、単なる暴走と何が違う!?ならばこそ、人は正義の方向性を定めるべきなのだ。」

 

瞬間、カグツチの放つエネルギーが炎とは異なるものを帯び始めた。マグサリオンは、カグツチが複数の能力を持ち合わせていると思ったが、何か違う様子だとその姿を観察し続ける。それを見越してか、カグツチは不敵な笑みを浮かべながら語り始める。

 

「不変を求めていると、お前は言ったな。ならば良かろう、己も大和を地上に下ろすという不変の使命を掲げるが故に。己の想いこそが上だと、貴様を倒して証明するまでだ。

再結合・惑星間塵(ユニオン・コズミックダスト)

 

カグツチの周囲に、星屑が舞い始める。まるで太陽を中心とした太陽系惑星の如く。それは眷属の能力を命じて使うという力である。だが本来、神星鉄(オリハルコン)という特殊素材がなければ絵に描いた餅である。だがそれを承知の上で気合と根性、すなわち心の力ひとつで不可能という壁をぶち抜いた。

それこそまさに、かつてカグツチが実現しようとした聖戦の疑似再現。英雄単騎による無双劇の幕開けだった。もっとも、相対するものは英雄ではなく万象滅殺を目指す凶剣という違いがあるが。

 




すみません、一回で書き上げきれず2回以上に分けて書く予定です


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第六陣Ⅱ 星を掲げる者

遅らせながら、メリークリスマスです。
年を明けると逆に時間がなくなりそうなので、年内でカグツチ戦を書き上げることにしました。そして無事終わらせてホッときたしています。どうぞお楽しみください。


 

 

 

まずカグツチが動かしたのは、赤と青の輝きを放つ魔星。その名は天王星(ウラヌス)火星(マルス)であり、闘技場の気温が一気に下がる。

 

殺塵鬼(カーネイジ)、並びに氷河姫(ピリオド)、我が()(もと)へ掬ぶがよいッ!」

 

主神の司令により個別の筈の紅蒼が融合を実現させ、原子単位で結合分解を齎す瘴気が凍結という形で災禍を齎してきた。剣士一人で対処しようもない攻撃だが、マグサリオンは一歩も引く様子を見せない。

 

「温い、逃げ場無き攻撃程度で俺が止められるとでも?」

 

冷徹にそう言い放ちながら漆黒の剣戟を一閃、二閃と何度も放ち続ける。すると凍結や分解といった現象が起きないまま、紅蒼の災禍は斬り裂かれた箇所のみとはいえ解体され無へと還っていく。それはまるで、かつて光の英雄の絶技を前に敗れた歴史をなぞるが如く。

それは数多の現象に偏在する解れや隙を見抜き、そこに剣を通して解体しているが故に。それを観察してカグツチは感嘆の声を上げる。

 

「なるほど、おそらくこの世全てに存在しているであろう解れや隙の概念を見極めているわけか。いや、それだけではなく作り上げているとも言えるか。おそらくお前はずっと、瞬きや食事、剣を鞘に収めるといった休憩の類をしていないと見た。何せ己が見ている限りではずっと、一度も瞬きをした様子がない。それは人としてあり得ぬ話だ。

つまり、休憩や安らぎといった隙を作らぬ代わりに、数多の存在の隙や解れを見極めるのがお前の能力というわけか。」

「……絶し不変なる凶剣の冷徹(サォシュヤント・マーフ)

それが俺の戒律だ。」

「ふふ、ふはははは!恐れ入ったよ、この様な狂気的な行動をとる人間がいるとはな。いや、お前は人間ではないな。己の知る英雄とは違う因子を感じる。」

「……」

「まあいい、なんにせよ勝負はここからだ。

産霊べよ、露蜂房(ハイブ)ーー堕落の蜜を貪るが良い。」

 

次に輝いたのは金星(ヴィーナス)、その刹那に紅蒼の氷を媒介に無量大数の魔性の機械蜂が発生した。その外見は黒曜石の様な輝きを放っており、マグサリオンに向かって飛翔乱舞を行っていく。

直撃すれば凍結と分解が同時に迫り、これだけの数を処理するためには大規模破壊を齎す兵器がなければ不可能だろう。

 

「舐めるな」

 

しかし、その数の差すらも嘲笑う様にマグサリオンは蹂躙していく。無量大数といえど、結局のところ終わりなき無限ではない。故に、終わるまで殺し続ければ良いだけのこと。

最速にして最短、そしてこの刹那に最強の火力で剣戟を放ち続ける。隙を見出し、そこを退路として身を滑り込ませ、迫る蜂達を回避していく。そしてカウンターの如く返しの刃を放つ。シンプルながらも、単純だからこそ効果的でそれを我武者羅に繰り返すだけ。其れを以って蜂達を斬り払っていく。そしてそれをカグツチが想定してない訳もなく……

 

「孤独で空虚な色即絶空(ストレイド)ーー(かつ)える技に傷はなく」

 

続けて起動したのは土星(クロノス)であり、カグツチがそれを解放した瞬間、見た目的な変化はなくマグサリオンも眉を顰める。そしてカグツチもまた蜂達の戦火へと身を飛び込ませ、当然ながらマグサリオンが迎撃として刃を振るいカグツチの胸筋を切り裂いた。

しかしカグツチに外傷はなく、視界の外から何かが破壊する音が鳴り響く。不可解な現象にマグサリオンの混乱を招き、その間隙をカグツチは見逃さない。既に既存法則を凌駕した炎熱を拳に纏わせ、それをマグサリオンの腹部へと叩き込む。

 

「ゴガァッ!?」

「やはりな、確信したぞ。お前のその身体を構築するのは即ち無の概念。そしてそれを支えにしているのは殺意という名の意志力。血は無く、骨も無く、まさに伽藍堂の無の体。しかしそこに確かに存在している、故に物理的な破壊では無の剣士は倒れないからこその無敗。己の炎熱で倒れなかったのも納得の話である。ならば、その殺意が無意味となる刹那を作り上げれば良いだけのこと。例えば今みたいに、お前の予想を超えて隙を作り上げるとかな。」

「………」

「故に、この状況はまさにお前の様な存在に対しては鬼門だろう。蜂だけでなく、己もまた参じた上に攻撃の矛先も逸らされるとなれば……」

「なるほど、その星の輝きは本来は衝撃操作というわけか。」

「ッ!?」

 

勝利を確信してたカグツチは、マグサリオンの唐突な指摘にまるで世界が壊れたかの様な衝撃を受けた。追撃は無く、しかし二の次に放たれる言葉がよりカグツチの混乱を招いた。

 

「拳の研鑽、経絡秘孔を経て確実に人体を破壊する拳の極み。それを夢見た星の輝きだが、貴様が使うことで異能すらも受け流す力へと変換したわけか。なるほど、機械らしく合理的で、実につまらん真似をするな。」

 

その直後、カグツチの視界からマグサリオンは消えた。その直後にカグツチの身体に刃がめり込む。当然、その損傷は蜂へと肩代わりさせる。しかし放たれる攻撃は一度だけではない、二度、三度……否、気がつけば四桁以上にまで及んでいた。先程とはパワーもスピードも圧倒的に違っている。

 

「止まれィッ!」

 

カグツチはマグサリオンの進撃を阻止しようと再び拳が畝りをあげて直撃する。しかし、直撃した拳によって損傷を負うどころか、逆にカグツチの拳が砕けた。まるでより強大な壁に拳をぶつけてしまったかの様に。

 

「なんだ……これはァッ!?」

「そのまま死ね」

 

そしてマグサリオンはそのまま攻撃を続け、次第に蜂達の総数も残り三桁となった。このままでは殺される、そう確信したカグツチが翳したのは水星(ヘルメス)。周囲の貴金属が一人でに動き始める。

 

「手を伸ばせ、愛に破れた錬金術師(アルケミスト)よ。」

 

地面に転がる蜂達の残骸、それを媒介に磁場の大渦(ヴォルテックス)。マグサリオンの扱う剣、そして鎧もまた鉄である以上は磁力からは逃れられない。

故に目に見えない巨人に頭上から抑えられる様に、地面へと押しつけられる。しかし、それも束の間。振り下ろした剣戟が、その分だけ空間を消滅させる。無論、その場にあった磁力もまた例外なく。磁力も空間という下地がなければ存在することは叶わない。

 

「その星の輝き、本来はお前とは相容れない奴が使っていただろう?こんなやつに使われたくないと、嫌悪感を露わにした匂いが感じたぞ。ああ、臭くて敵わんな。」

「ふっ、安心すると良い……次で最後だ。

 

いざ、鋼の光輝は此処に有りーー浄滅せよ、霆天・天御柱神(ガンマレイ・ケラウノス)

 

 

惑星間屑(コズミック・ダスト)の最後を飾るのは、やはりこれしかないだろう。翳すのは木星(ゼウス)の星光、天へ昇る光輝の柱。必中にして必殺の爆光、光の貫通力に磁力が帯びるという出鱈目の御技がマグサリオンへと迫る。

それを前に、マグサリオンは一歩も引かない。真正面から刃を突き立てるという、あまりに無謀な真似をする。

 

「オオォォォォォォォッ!!」

 

爆光と剣戟がぶつかる。放射線が無の身体を駆け抜け、桁違いの激痛が襲い掛かる。しかし倒れることなく、殺意が途切れることはない。この光を放つ英雄は、気合と根性で数多の困難を乗り越えてきた。ならば、あえてマグサリオンもそれを行いつつもこの光を穿つための行動をとっていう。

ゆっくりと、しかし確実に剣が動き出す。第一戒律によって光よりも強い力を獲得し、そして第二戒律によって光そのものの解れを作り上げてそこに剣を通していく。光が割れ、禍つ黒閃がカグツチの身体を割いて行った。

 

「グオ、オォォッ!?」

「これで終わりだ、カグツチ!」

 

よろめく身体、そして超光速を越えて迫ってくるマグサリオン。既に守る星々は潰され、どれだけ炎熱を放っても止まらない。故にもはや対抗する術は無し、詰みであると誰もが思うだろう。

 

「まだだッ!」

 

最早これまで、そう思うような展開を光の使徒は認めたりしない。寧ろ起爆剤となり、意志の力が常軌を逸脱して暴走する。その果てに覚醒、成長して逆転劇を実現するのだ。

 

創生(フュージョン)収縮(フュージョン)融合(フュージョン)装填(フュージョン)

 

灰燼滅却、極・超新星(ハイパーノヴァ)ッ!」

 

今までの熱量、それの数百倍の威力を誇る爆光がカグツチの鉄拳と共に放たれた。その果てに、マグサリオンの身体に激突すると同時に熱波が放射状に広がる。その結果、闘技場は完全崩壊を起こし、足場すらも崩壊させてその果てに天体崩壊を起こして両者共に宇宙空間へと放り出された。

それを成したのは気合と根性、即ち心の力である。

 

「……ああ、お前ならばそのくらいのことはやると確信していたとも。」

 

しかしそれすはも、マグサリオンの想定範囲内。太陽系全土にすら及びかねなかった破滅の光を一刀両断、それでも周囲の環境は破壊は止められなかった。

だが、これだけの大技と急な覚醒。その反動が大きいのは想像な難しくない。故にこの気を逃す手はないと、一流の戦士ならば誰もが思いつくだろう。

 

「ま だ だ ッ!」

 

しかし、カグツチが切ったカードは掟破りの二重覚醒。カグツチはマグサリオンを見くびってない、寧ろ必要以上に評価しているからこそ、この程度で仕留めきれないと正しく評価する。

意志の力を暴走させ、炎熱の熱情をこれでもかと限界を越えさせて空間の壁を突破。大出力のエネルギーの果てに、宇宙空間に現れるのは次元孔、即ちブラックホールである。

 

「虚空の彼方へ堕ちるがいいーー崩界・事象暗黒境界面(コラプサー・イベントホライズン)ッ!」

 

生み出された無明の暗黒天体は、三次元宇宙空間に亀裂を生みだして銀河を瞬時に二桁大飲み込み始める。その先は虚無で有り、どこへ辿り着くかはマグサリオンどころか発動者であるカグツチですら知り得ない。

その重力崩壊にマグサリオンは巻き込まれ、次元の狭間へと墜落しそうになる。その最中、空間を鷲掴みしながら抜け出そうとするがある程度の時間を有するだろう。

 

「ま だ 、 ま だ ァ ッ ! !」

 

故にカグツチは更なる追撃を放とうとする、油断はしない。マグサリオンに確実な手で敗北を叩きつけて勝利を収める。そのために己のリミッターをかなぐり捨て、更なる覚醒へと手を伸ばす。だが……

 

「……ぁ、アァ……」

 

パリンと、自身の内から決定的な何かが壊れる音が聞こえた。人体と機械には、どうしても限界というものが有る。気合と根性による踏ん張りも、結局のところは未来を犠牲にした前借りみたいなものには等しい。よって、限界に達したことでカグツチに未来は無く、敗北の文字を前に屈するのであった。

 

「………ふははは、あははははは!!そうだなぁ、我が宿敵よ。応とも、誰にものを言っている!ならば刮目するがいい、英雄譚(ティタノマキア)の幕開けであるッ!!」

 

だが、それすらも心の力で凌駕する。かつて宿敵たるヴァルゼライドからの叱咤を連想し、それを以って心の昂りを再起させて覚醒へと至る。その果てに、自壊した身体を復元するかの様に金属細胞で埋め合わせを行い、そしてどこまでも大雑把に自信の持つエネルギーを天井知らずに跳ね上げ、チャンドラセカール限界寸前まで昂りながら、カグツチは星の爆弾を作り上げた。ソレはもはや既存の宇宙法則を凌駕しており、直撃すれば如何なる生命体であろうとも、放射能で根源から絶滅させる宇宙現象である。幾ら宇宙を絶滅させたマグサリオンであろうとも、これならば真正面から直撃すれば無事で済まないのは確かである。その異界現象を、森羅万象を焼き尽くす爆光をマグサリオンに向けて指向性を持たせて放とうとする。

 

縮退星・創造(ディジェネレイトスター)ーー大解放(バースト)ォォォォッ!!」

 

これを以って完全勝利、重力崩壊に巻き込まれたマグサリオンにこれを逃れる術はない。窮地に立たされ、困難を乗り越えてこそ英雄譚は眩くなるもの。

よって、此処で勝負は決した。凶剣は光に飲まれ、カグツチの勝利でこの一戦の幕は降りた。

 

「いいや、お前の負けだよカグツチ。お前に勝利は訪れない。」

「ッ!?」

「手を見てみろよ。」

 

が、その幕ごとマグサリオンは破壊した。否、それは既に行われてたというべきか。暗黒天体に囚われ縮退星に呑まれた筈のマグサリオンは、なぜか既にカグツチの背後に立っていた。

否、それは成功してなかったのだ。マグサリオンの指摘通りカグツチは手を見ると、その両手は斬り飛ばされており、縮退星の発動は防がれてたのだった。だが、それはいつから?そんな疑問を浮かべたカグツチだが、それを読み取られたかの様にマグサリオンが答えた。

 

「お前が限界突破して自壊していた辺りで、俺は既に次元孔から既に抜け出してたのだよ。そして覚醒したが、それは同時に隙でもある。それを態々、見逃すと思うか?」

「ーー」

「故に終わりだ、カグツチ。この勝負の幕を引こう。」

「……否、否否否否否否否否ァーッ!己は、まだ……」

 

まるで駄々をこねる様に足掻くカグツチ、この窮地すら起爆剤にせんと心の力を奮起させようとする。しかし、その刹那に。

 

「ああ、英雄譚をやりたいならば……俺のあずかり知らない、何処か遠くでやってくるといい。」

 

マグサリオンの剣先が、カグツチの首を刎ねた。かつて抉られて敗北を叩きつけられた一撃、それをなぞるかの様に。過去に受けた傷だからと、流石に三重覚醒後に易々と出来るものではない。この一撃は暗黒天体、縮退星という窮地を超えた剣戟で有り、カグツチの意志力を凌駕する程である。

更に、オマケと言わんばかりに残った肉体も裁断して宇宙に漂う星屑にした。その様子を見届けたカグツチは、愉快に満ちた声で最期を口にする。

 

「ははははは……なんと、己の全霊が届かぬとはな。ままならぬものだ……だが、まだだ。また次がある時、必ず勝利して見せよう。勝つのは、己だ。」

「いいや、何度戦おうと俺が勝つ。誰が相手だろうと俺は負けない。」

「ふは、それでこそよ。ならばこそさらば、また会おうぞ。」

 

そう言い残して、カグツチの首が星屑となって消えた。その直後、マグサリオンは吐血し身体が倒れかける。

 

「ぐゥ……あの手の相手は、流石に手が焼けるな。あの一撃を許していたら、流石に不味かった……だが、だからといってあの手の相手に負けるわけにはいかん……なあ、お前だってそう言うだろうバフラヴァーン?」

 

そうマグサリオンの脳裏には、かつて己の手で撃ち滅ぼした魔王の貌が浮かび上がった。不変の闘争を掲げ、闘争の概念そのものになった男である。

今回の一戦を見届けていたとすれば、さぞご満悦の笑みを浮かべたのは違いない。そう考えれば、呆れた様にマグサリオンは血を吐き捨てたのだったを

 

 




ぶっちゃけマグサリオンが勝てたのは、この物語において主人公だからと言う補正でと言えます。何せカグツチの最後の縮退星と正面からぶつかり合わせれば、もはや決着がつかなそうだったのであの様な形で収めさせていただきました。
一部の技も原作より規模が大きくなってますが、正直マグサリオンとぶつかったらあそこまで覚醒しそうだなと思ったのでつい……描いてて楽しかった分、どう決着つけさせようか凄く悩んだ一戦となりました。


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第七陣Ⅰ 黄金の獣

今更ながら、明けましておめでとうございます。そしてタイトルでお察しの通り、例の人が今回の相手です。そしてそれに合わせていろいろ変わります。


 

 

悪の楽土たるこの闘技場、その中心を陣取るのは凶剣マグサリオン。殺戮の地平を世界に刻み、己の殺意の純度を鈍らせぬために数多の敵と殺陣を成す事こそが目的。

来たる決戦、それに備えた予行演習と言えるだろう。その過程で、かつての第一神座では出会った事の無い益荒男達と剣を交えてきた。だが今宵、対峙する相手は全てにおいて違う。かの神の井戸端会議で相対した者であり、今までの益荒男達とは根本から似ておきながら異なる。戦場を多く宵闇が割れ、黄金の神眼がマグサリオン……否、彼を中心として渦巻く“みんな”を一纏めにして射抜いた。

 

『失敬、いつまでも決戦の時が来ないので焦らされてしまったよ。端的に言おう、卿を魂の限り”愛したい”。我が愛は破壊の慕情、なればこそ魅入る強者を目の前にして、来たる時が来るまで我慢せよとは興醒めが過ぎるということ。故に、付き合ってもらおう“無慙殿”よ。』

「……はッ、我慢の効かん男だな。要は冷めた心を燃やしてくれと懇願しているのだろう?」

 

天の瞳を見上げながら、マグサリオンは失笑を交えながら傲岸にそう言い放つ。そしてそれに連動して、周囲に漂う“みんな”もまた同様の思念を黄金の覇気へと敵意を向けながら放ちこむ。即ち、この時点で鬩ぎ合いが発生していた。

その現象を前に、黄金の瞳は愉悦と歓喜が孕む。その殺意、敵意、そして神威が愛おしいと。それに応えるように、マグサリオンの周囲に渦巻いてた混沌の総軍が形を成してマグサリオンの身体に纏い始めた。それは次第にマグサリオンとは似て非なる存在を作り上げ、それが黄金と同じ次元まで昇華させていく。これこそが無慙という神の正体、神座についたのはマグサリオンであってマグサリオンの別人格。敢えて名義をつけるならば『外装人格』という擬似覇道神である。

 

『これでも紳士として嗜みは弁えてるつもりだとも。だが、娯楽無くして魂と精神の淀みは拭えぬ。それは無尽の殺意を纏う卿もまた同様と思うが如何かね?』

「釘を刺しておくが、俺はお前と違って殺しに淫しているわけではない。お前達に分かりやすく言うならば食事や排泄と同じ次元の行為であるだけだ。」

『結構、それでも共に踊ってくれると言うならば相手にとって不足無し。むしろ趣味が異なるから力不足と断ずることなんぞ、侮辱に等しいだろう。我が破壊の愛に反する理念だとも。』

「好きにほざけ。どの道、貴様のような屑を見過ごす道理なんぞ無い。どこまでも茶番の空間とはいえ、無慙の所業をやり直すことに相違ない。ならばこそ、貴様の命を此処で取る。」

『ならば、これを以って開戦の号砲を挙げよう。卿に我が愛を示そう、神座の先達たる無慙殿よ!』

「いいだろう、褒美に貴様に敗北という名の死をくれてやる!」

 

その刹那に、神の理が流れ出した。天地開闢が成され、宇宙の色が変わっていく。その神座を両者が謳いあげる。

対峙する神と神、黄金の覇気を流す金髪の軍人と、殺意の覇気を流す漆黒のスーツを身に纏う剣士がそこに居た。そして互いに視線を交わし、己が世界を宣誓する。

 

修羅道黄金至高天(Du sollst Dies irae)

堕天無慙楽土(Paradise Lost)

 

此処に、破壊の宇宙と混沌の宇宙が激突する。

 

 

 

 

「おおおォォォッ!」

 

聖槍と神剣が宙の中心で激突し、それに連鎖して無慙と黄金の総軍が戦況を作り上げる。まさに混沌の激突、宇宙規模の大戦争が星々を蹂躙していく。

 

「ああ、何故だ。何故耐えられぬ。抱擁どころか柔肌を撫でただけで、なぜ砕ける。何たる無情ーー森羅万象、この世は総じて繊細に過ぎぬから。

我が愛は破壊の慕情、愛でるためにまずは壊そう。壊れ果てるまで愛させてくれ、私は全てを愛している!」

 

その口から奏でる旋律は、破壊への礼賛。黄金の覇道に染め上がった総軍は、総じて修羅の軍勢。戦争に長けた人種が集まっており、その全てが髑髏。しかして有象無象の集まりではなく、武器を利用する躊躇いのなさ、個々人の連携、そして総司令たる黄金の戦略眼の抜け目なさ。それら全てが総じて次元が高く、まさに宇宙最強の総軍と言っても過言ではないだろう。

 

「善ではない?ならば結構、俺は悪を喰らう悪となる。

故に、ありのままに欲望を成せ。奪い、犯し、快楽の果てを追求するのが生きるということ。罪を抱いて罰に生きろ。我が継嗣、我が堕天の園に生まれる命は美しく在れ。発展を目指し、繁栄を成し、だが日々の喜びを無碍にするなかれ。どうということもない日常の中にこそ、おまえたちの真なる宝が存在する。」

 

その口が叫ぶのは無慙の核たる凶剣の冥府魔道とは異聞たる渇望の宣誓。無慙の宇宙に染め上げられた者らは、総じて悪辣なる総軍。如何なる悪業にも無慙無愧。己の勝利のためならば裏切り、犠牲、加虐に躊躇いなく。それどころか修羅の理に染まれば即座に生みの親である無慙に向けて刃を向けて、返り討ちに合う始末。そしてそれらを統括する無慙は彼らを見据えはすれど放置であった。あくまで頂点として君臨すれど、黄金と違って管理や指揮は一切しない。まさに悪辣なる宇宙、黄金とはある種において似て非なると言えるだろう。

だが、両者を見据えて分かることは、やはり覇者としての資質。火を見るまでもなく、黄金の方が司令として、そして神として手練であること。事実、総軍によるぶつかり合いは黄金の方が有利になっていた。単純に数字で比率を表すならば、黄金が80%に対し無慙は20%という子供でも分かるレベルで劣勢である。

 

「ふむ、卿のその在り方もまた愛おしいが、この場においては裏目と出たな。殺しのスペシャリストが、戦争に於いて優秀な働きをするとは限らない。故に、このような結果になるのは自然といえよう。」

 

そう言いながら黄金が手を挙げれば、髑髏の軍勢が陣を組み始める。修羅道において数多の物質を構築するのは、すべて髑髏でありそれこそが黄金によって取り込まれたみんなである。その総数は数百万と一つの宇宙でありながら少ないが、それでも個々の純度が高いために決して覇道神として劣りはしない。

 

「第三十六ーーSS擲弾兵師団(ディルレワンガー)

 

無慙の宇宙へと、数万を超える髑髏の兵士が銃剣に代わり堕天せし悪鬼共を串刺しにしていく。そしてそのまま進撃し、奥に君臨する無慙へと迫っていった。

しかし、それを上段から振り下ろした剣戟一閃で全て両断。その攻撃を見て、黄金は感嘆の表情を浮かべる。

 

「だから指示をしろとでも?くだらん、それはお前の趣味だろう。他力本願は好みではない、我が継嗣は好きに暴れさせる自由がある。誰だろうと俺のやり方にケチを付けさせる気はない。」

「ふふ、面白い……ならば卿のそのやり方がどれ程の光景を見せてくれるか楽しませてほしい。ああ、失望させないでくれよ?」

「ああ、存分に味わって死ぬが良い。」

「ならば、遠慮なく」

 

そして黄金と無慙が、同時に距離を詰めた。まず放たれたのは無慙の刺突、それはこの場にいる殺意全てが糧となり、更に意識の間隙を掻い潜った暗殺剣。それが黄金の喉元へと迫り死線を実感した黄金、しかし戸惑う様子もなく聖槍を旋回させる。

そして刺突を受け流し、即座に無慙の身体の中心に向けて今度は黄金が刺突を放ち込む。体勢を崩された無慙、しかしおよそ人間とは思えないような案山子の如き奇妙な動きで刺突を回避。直撃せず肩を掠っていった。そしてその絶妙な体勢のまま無慙は足払いの剣戟を放つが、黄金は直感一つで跳躍して回避。そして同時に体勢を直して鍔迫り合いが再開した。

 

「ほう……」

「チッ……」

 

黄金は楽しそうに笑みを浮かべる反面、無慙は尚も殺意に満ちた顔を見せている。

黄金の背後で無数の髑髏が集まり、黄金色の巨大な髑髏が聳え立つ。そして司令塔たる黄金が手を下ろせば、銀河を飲み込んで余りあるほどの破壊光線が髑髏の口蓋から放たれる。それを無慙は横薙ぎに剣を振り払い、霧散した光線が周囲の星々、そして両者の総軍へと直撃する。

続けて髑髏の中から戦車、戦艦、そして銃火器を持つ軍勢が無慙に向かって火砲を放つ。その最中、黄金が語りかける。

 

「さて、せっかくの機会だから少し色々語ろうか。そうさな、仮にも男二人。ならば婦人について秘密裏に語るのが嗜みというもの。例えばそう、真我殿とかな。」

「下らん、あの女を話題にして碌なことがあるのかよ。」

 

無慙が剣を振り上げる、髑髏の軍勢は勿論のこと修羅の理に染まった悪童諸共。ならば無慙が弱体化するかと思えばそんなことはない。何故なら、彼の第一戒律は殺意を糧に力を変換することだけでなく、殺意が途切れない限りは無限に他者と言う名の『みんな』が生まれ出でる。故に己の攻撃が継嗣に巻き込まれることに躊躇いはない。

ならば黄金の総軍が減り続けると言えばそんな事はない。何故なら、彼の理の本質は即ち不死。故に司令塔たる黄金が死なぬ限りは、何度でも不死の英雄は蘇る。

そして、その激突の最中で二人は真我について話を交えようとしている。鉄火と剣戟を交えながら。

 

「何、別段恋愛に関しての話題ではない。これでも軍に所属していたのでね、彼女の戦力的評価を卿に聞いてほしいのだよ。」

「何かと思えば……良いだろう、聞かせてみろ。」

「ああ、ならば結論から先に語ろう。我ら覇道神の中で真我殿こそが最弱、しかし彼女はそれだからこそ価値があるとな。」

「ほう、それは……」

「無論語るまでもなく、侮蔑的な意味は含めてないとも。寧ろ、その位置にいるからこそ、彼女は恐ろしい女だとな。

そうだな、強弱を話す上でやはり数字を使う方がわかりやすい。」

 

そう言いながら黄金は指を一本伸ばし、まるで座学でもするような口調で話を進める。

 

「波旬は規格外故に除外、次点で刹那が100、カールが90、女神が85、私と明星殿が80、そして卿が75であり、真我が70……と、数字で戦闘力を指すならばこんなところだろうかな。」

「ほう、将として兵力の査定には長けているとでも?」

「然り、その手の眼の良さはあると自負している。そして、本来であれば卿が神としての力は最弱になり得るだろうが、そのリスクを背負ってるからこそ卿は下剋上をなし得る力を有していると見える。故に、75という数字もあくまで起点。そこから何かをきっかけに、あの波旬の指を切り落とすに至るほどの振り幅がある力を持っていると見た。

しかし、真我殿にはそれは出来まい。そもそもからして恐らく武力面は我らに劣り、総当たりをすれば全敗は確実であろう。だが……」

「そうした最弱の座に居るからこそ、最弱者としのみ可能な特権があると言いたいわけか?」

 

食い気味に無慙が言葉を挟み込む、それを聞いて黄金は肯定するかのように笑みを浮かべる。そして剣先を黄金に向けながら、無慙は言葉を繋げる。

 

「貴様のご高説をいつまでも続ける気はない、要点を早く言ってみろ。」

「ふふ、良かろう。察するに、戒律という力が第一神座の者らに恩恵を与えてるのならば、その始祖たる真我こそ原初の戒律を持っていてもおかしくはあるまい。そして曰く、破戒は死に直結する。それは文字通り死ぬか、あるいは死に匹敵するほどの挫折的で悍ましい未来が訪れるかという意味だろう。

ならば、真我もまたそうした別の力を持っていると私は見る。端的に言うならば場外乱闘……それは破戒のごとく、直接的な戦闘とは無関係な展開において無双の力を発揮する。それを覇道に乗せて周囲を巻き込むとなれば……」

「例え覇道神であろうとも、どれほど乖離した力を持とうと場外乱闘で挫折を味わわせられるかもしれないと?」

「そういう事だとも。それはきっと私達は勿論、真我本人の予想をも超えた絶望の未来。しかし、彼女にとっては想定外こそが予定調和。故に場外乱闘こそが彼女の真価が発揮される……と、私が推測する彼女の評価だが如何かな?」

「……ふん、よくそこまで考えたと褒めてやる。実際、決して全てが間違っているとは俺は思えん。思い当たる節も無くはない……だがあの場で言ったとおり、俺は真相は知らん。それこそお前が本人に突撃して、確かめれば早い事だ。」

「ふむ、それは確かにその通りであるな。」

 

無慙の指摘を受けて、黄金は感心したような口調で納得した。そして話が終われば、今度は黄金が聖槍の穂先を無慙へと向ける。

 

「さて、真我殿の話はこれで終わりだ。彼女も彼女で魅力的だが、やはり今は卿が実に魅力的だ。神としては劣りながらも波旬の指を斬り飛ばすほどの武、激らぬわけがない。ああ実際、今も尚止まらぬほどに膨れ上がる殺意が我が身を焦がしてくれるッ!」

「戯言抜かすな、貴様の趣味に従順する気は無い。この茶番もすぐに終わらしてやる、そのまま見惚れたまま死に果てるが良い」

 

冷徹に無慙がそう言い放てば、髑髏の兵士の間を瞬時に潜り抜けて黄金の懐まで一気に距離を詰める。そしてそのまま剣閃が下から跳ね上がるが、巨大な髑髏が守護するように前へと立ち塞がる。

しかし、剣閃がその巨大な髑髏を一振りで両断した。その先にいる黄金諸共、と思われたが崩れた髑髏の中で槍を構えて剣戟を防ぐ黄金が堂々と立っていた。その直後、黄金の身に纏う霊圧の色が変わる。それを見据えて、無慙が呟く。

 

「真我に最弱の特権があるならば、貴様には覇者としての特権があるというわけか。良いだろう、出し惜しみするなよ。その程度乗り越えれねば、無慙の所業をやり直すなんぞ夢のまた夢だ。」

「良かろう、これほどの益荒男を前に我が愛子らも交えてもらわねば無作法というもの。謳おう、ともに素晴らしき歌劇を。今我らこそが世界の中心にいる。」

 




今回もかなり分けて公開する形になるかもしれませんね……どのくらいで決着がつくか予想がつきません。
そして真我に対する考察ですが、あくまで予想という形で解釈していただければ幸いです。


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第七陣Ⅱ 黄金の獣

獣殿との決戦、後半戦となります。


 

 

黄金が聖槍を構え直せば、まず溢れるのは闇夜の覇道。宇宙にいるはずなのに紅い月が照らす夜の異界へと染め上げ、己の周囲にいる者全て己の養分であると謳い挙げるように宣誓する。

 

「ああ、日の光は要らぬ。ならば夜こそ我が世界。

夜に無敵となる魔人になりたい 。

この畜生に染まる血を絞り出し、我を新生させる耽美と暴虐と殺戮の化身――闇の不死鳥

 

枯れ落ちろ恋人――死森の薔薇騎士(Der Rosenkavalier Schwarzwald)

 

顕現せしは無敵の吸血鬼となる世界、故に明けることの無い夜。人の生きる世界としては破綻しているものの、修羅に生きる悪鬼としては礼賛される血を吸う鬼。それこそが黄金の爪牙たるヴィルヘルム・エーレンブルグの渇望である。

 

「グオォォォォォォッ!!」

 

真紅の月光が第二神座の星々を喰らい、黄金の総軍として組み上げていく。覇道神同士の戦争の優劣をつけるのは、即ち陣取り合戦。今までは質の黄金、量の無慙であった。開戦から今までずっと後者が劣勢ではあるものの、総軍たるみんなの総力と無慙の前進し続ける戦闘経験を活かしてギリギリの均衡を保っていた。しかしその均衡を崩す上でヴィルヘルムの渇望は非常に有効であり、数の差を一気にひっくり返さんと牙を剥く。ダメ押しと言わんばかりに赤き杭が流星群の如く、時には足元から不意に現れて悪鬼を文字通り串刺しにしていく。次第に両者の総数が均一となり、そうなれば黄金の勝利が確定となるだろう。

無論、無慙本人にも迫るが悉くを斬り払って前進する。このままではジリ貧、そう判断して黄金への接近を図る。そして間合いまで詰めれば第二戒律による隙を作り上げ、そこへ剣戟を差し込む。しかしそれすらも直感かあるいは経験則か。どちらにせよ後の先を取るように、聖槍で受け流して剣戟を防ぐ。

 

「ふむ、私の意識の外を狙ったその殺戮剣は中々に厄介だ。今もどうにか凌げたが、今後もそう上手くいくとは限らぬ。ああしかし、卿は劣勢であればあるほど輝くな。この先にどんな境地を魅せてくれるのか、期待に胸が躍ってしまう。」

「貴様は話す時に、いちいち褒めねば気が済まんのか?鬱陶しい上に気色悪いな。」

「これは失敬、とはいえ嘘偽りのない言葉だとも。嘘と出来ぬことは言わぬタチでな。さて、ならばこれはどうかな?」

 

剣と槍が弾け合い、一定の距離まで離れる。無慙が即座に体勢を直して、再び距離を詰めようと駆け出す。しかしその直後に再び黄金の聖槍から別種の輝きが放たれ、先程と同じく闇の概念ではあるものの今度は足元へと干渉を始めた。

愛しい人に置いていかれたくない、なればこそ数多の存在の出鼻を挫こう。そう下賤で浅ましくも、確かな熱量が込められた呪いにして祈りが前に進む栄光を引き摺り下ろさんと影が蠢く。その祈りの源泉は、とある魔女から溢れた執着の現れだった。

 

「この身は悠久を生きし者。ゆえに誰もが我を置き去り先に行く。

追い縋りたいが追いつけない。才は届かず、生の瞬間が異なる差を埋めたいと願う、ゆえに足を引くのだ――水底の魔性

 

波立て遊べよ――拷問城の食人影(Csejte Ungarn Nachtzehrer)

 

顕現せしは魔性の影、影に触れたものを停止させる妨害する異能であった。その影がまるで自意識を持っているかのように、無慙へと迫っていく。

無慙の戦法に回避はあれど後退の二文字は無い。総軍を奪われ続ける状態でその進撃が上手くいくわけもなく、影から生じる停滞の概念に襲われる。それを一瞬であれ黄金の戦闘眼が逃すわけもなく、即座に止めの一撃を放つ。

 

「我は終焉を望む者。死の極点を目指す者。

唯一無二の終わりこそを求めるゆえに、 鋼の求道に曇りなし――幕引きの鉄拳。」

 

聖槍より生じるは冥府の瘴気。万象より生まれ出でば、終局たる死もまた孕むもの。それは即ち歴史であり、前提として死があってこそ成立するもの。

故にこの鋼の求道は、死の極点を渇望せし幕引きの鉄拳。その鉄拳を携えし黒騎士が、停滞した無慙へと接近し、無慙の歴史そのものに終焉を拳と共に叩き付けんと迫り来る。

 

「砕け散るがいいーー人世界・終焉変生(Miðgarðr Völsunga Saga)

 

まさに修羅の連携、黄金の覇道により神域にまで押し上げられた総軍の異能が無慙を追い詰めた。黄金が前述した戦力値に照らし合わせれば、黄金に比べて無慙は下位であり事実そう感じさせるほどの劣勢的な戦況である。

もしも、ここで戦っていたのが貪婪飢龍、光輪、愛なき聖王であればここで終わっていたかもしれない。何故なら神座に到達した神の力量とは基本として不可逆であり、黄金の様に相手の総軍を奪い多少変動させることは可能でも、上昇下降どちらにせよ大幅な変動は基本的には不可能である。故にある種、神座闘争とは最初から勝負が決まっている予定調和の如き茶番と言えるのかもしれない。が……

 

「なるほど、貴様の覇道は他者あってこそが大前提であるが故に無冠か。」

「ッ!?」

 

だが、その法則に抗う例外が居た。その一言と同時に今までとは比較にならない殺意が迸る。それと同時に暗黒の爆光が剣戟と共に放たれ、簒奪の月光、停滞の影、終幕の拳、それぞれが両断と共に無へと染め上げられた。

これが、これこそが波旬の小指を切断するに至った無慙の真なる神威。改良された第二戒律、それは理解した相手への特攻力を獲得すると言うもの。無慙の存在強度が一気に跳ね上がり、堕天の宇宙の領土もそれに合わせて拡大していく。それを目の当たりにして黄金は歓喜の表情に変わる。しかしそれを気にせず、無頼さを露わにしながら神剣を肩に担ぎながら話を続ける。

 

「闘争の為の闘争、そう言ったものは既知だとも。お前が求むものはそれだとようやく理解できた、そしてそれに伴う瑕疵もな。」

「ほう、瑕疵とな。私はそう大した男ではないと自負はしているが、卿の見解を聞かせて欲しいものだ。」

「ああ、その魂に刻んでやるよ。」

「面白い、俄然燃えてきた。」

 

黄金の聖槍から生じるのは、大焦熱地獄を連想させるほどの膨大な熱が帯びる。それは忠義にして恋慕の炎、その渇望は憧憬せし黄金の輝きに焼かれ続けたいという祈りであった。

 

「我は輝きに焼かれる者。届かぬ星を追い続ける者。届かぬゆえに其は尊く、尊いがゆえに離れたくない。追おう、追い続けよう何処までも。我は御身の胸で焼かれたい――逃げ場なき焔の世界。

 

この荘厳なる者を燃やし尽くす――焦熱世界・激痛の剣(Muspellzheimr Laevateinn)

 

顕現せしは、逃げ場の一切無い砲身の異界。紅蓮の炎が異界全土を包み込み、炎熱を以ってあらゆる存在を焼き焦がしていく。無論、無慙も例外では無い。だがこの周囲から漆黒の業火が発生し異界同士で鬩ぎ合う。その炎の名は『無価値の炎』であり、無慙の堕天の覇道より生じた万象を腐敗させる煉獄の業火である。黄金と無慙が睨み合いながら、紅炎と黒炎が衝突し合う。その比率は5:5であり、全くの互角となっていた。

その睨み合いの最中、無慙は『隙』の概念を黄金に差し込んだ。その瞬間に一気に駆け出す、まるでガンマンの早撃勝負をなぞるかの様に。急遽覚醒した無慙、それと互角の鍔迫り合いした黄金は隙を突かれて経験や勘で凌ぐほどの余裕はなく、事実今も尚無慙の動向を認識できていない。よって剣筋を読むことは出来ず、認識できないまま死へと墜落していくのは確実である。

 

「接触を恐れる。接触を忌む。我が愛とは背後に広がる轢殺の轍。

ただ忘れさせてほしいと切に願う。総てを置き去り、呪わしき記憶(ユメ)は狂乱の檻へ。我はただ最速の殺意でありたい――貪りし凶獣。

 

皆、滅びるがいい――死世界・凶獣変生(Niflheimr Fenriswolf)

 

だが、後の先を取って黄金は窮地を脱する。剣筋を認識できずとも、剣戟の直撃までのタイムラグは現実として存在する。ならば時間軸を逆転させて強引に先手を獲得すれば良い。聖槍から生じる神狼の慟哭が、それを実現させる。必ず殺せたはずの殺戮の剣がスルリと回避され、返しのカウンターが無慙の肩を貫いた。

 

「ぬゥッ!がァァァッ!!」

 

この時無慙は無傷のまま攻撃を成功させるならば、それこそ黄金と同じく後の先を取れば良いだけのことだった。最速の理だからと言って隙を埋め込めれるわけでもなく、第二戒律の縛りとはいえ、決して瞳を閉ざさぬ無慙であれば黄金の退路の軌跡を辿ってカウンター返しを実現することだって可能だ。しかしそれは選択せず、そして決して無慙には決してやってはいけないことだった。何故ならそれほどの技巧は、かつて()であるワルフラーンの遂行したことであったから。第三戒律たる『絶し不変なる魔道への誓い(サオシュヤント・アストワトウルタ)』の縛りであり、兄の生き方を踏襲しないという誓いを破ることになる。それは無慙にとっては死も同然。

だから、ここで選択したのは相打ち。肩の痛みを感じると同時に、黄金に意識の間隙を差し込んで剣戟を黄金へと叩き込む。結果、両者に鮮血が舞い散った。紅蓮と漆黒の炎が花吹雪の如く舞いながら、黄金と無慙が、槍と剣が血肉を抉っていく。

 

「オォォォッ!!」

「ハァァァッ!!」

 

それは端的に言って、稚拙なぶつかり合いであった。時間の概念を置き去りにして、世界を何度でも滅ぼせる様な攻撃が交差していく。これだけで人間何人死ねるか測りかねない。

しかし、それでも本質的には子供のようにただただ全力で武器を振り回している。俗にいうグルグルパンチを相手にぶつけているという、シンプルにして雑なものであった。しかしそれこそが愛おしいと、黄金は笑顔と共に歓喜の声が漏れる。

 

「ふふふ、ハハハハッ!ああ、我ながら滑稽なぶつかり合いと自覚している。だが、だからこそ実に楽しい!」

「だろうな、お前はそういうものを望んでいるとよくわかる。だからこそ、お前は覇者の頂点でありながら王者になれるのだよ。」

「ほう、よもやそれが先程言ってた私の瑕疵であるのかね?」

「その通りだ。」

 

そんな会話をしながら、原点回帰する様に鍔迫り合いとなる。そして両者共に視線を交わり、無慙が語り始める。

 

「戦闘狂いであれば、闘争のための闘争の渇望を抱くのも自然なことだ。闘争が不変の概念であることも確かに事実である。だがな、王者は手段としてそれを手にすることはあれど、それ自体を目的として掲げる事は無い。」

「つまり、目的と手段が同一となってるから私は無冠であると?」

「その通りだ。闘争とは競う相手がいてこそ、初めて成立する概念。それそのものが王者として君臨すれば、それこそ矛盾が生じるのが自明の理だ。故にお前は、覇道を極める事はできても、王冠を掌握する事は決してできない。」

 

そう無慙は黄金が神座を掌握できない根拠をぶつけた。事実、真我から波旬に至るまでの誰もが闘争こそを目的として座へ至った神は存在しない。無論のこと、黄金もまた考えればその真実に至るのも難しくはない。

すると黄金は身を震わせ、聖槍を振り上げて無慙を弾き飛ばす。そして天を仰ぎながら誕生の産声を上げる様に笑い声を響かせた。

 

「ふふ、フハハハハ!アハハハハハハハ!修羅そのものを求むが故に、私は王冠へ至れぬと?ああ、あぁ、まさに正論である!だが、私の愛は破壊である。故にそれしか知らぬし、それしか出来ぬ。それこそが我が覇道にして不変の真理である。どだい戦争、単体では成立せぬ概念よ。ならばこそ敵を!求めるが故に部下を!愛し、率いて、壊すのみ!

私の楽土は鉄風雷火の三千世界だ。この極奥神座に集った者ら全てを抱こう、砕け散るほどに愛させてくれ。」

 

新たな真実に到達しようとも、黄金の破壊の愛は不変である。寧ろより、それを貫かんと渇望を激らせる。そこに恥も嘆きも、慟哭も存在しない。

 

「届かない王冠か、だがそれで良い。飽いていればいい、飢えていれば良いのだ。ああ……そうだ無慙。否、卿だけでなく波旬も、そして未だ謎多きナラカもまた。例外はない、魂の限り愛したい。例え無冠の道であろうとも、我が流儀のまま突き進むのみであるッ!」

 

絶頂の咆哮と共に放たれるは黄金の破壊光、それは白騎士の如く最速にして、赤騎士の如く狙った獲物に必ず命中し、黒騎士の如く確かな死へと至らせる。まさしく黄金の放つ究極の一撃と言えるだろう。

それを前に無慙もまた、腰だめに剣を携える。そして同時に鬼気を放ちながら疾走し、凶猛な咆哮と共に闇黒の剣風が破壊の光条を飲んだ。第一戒律によって彼我の殺意を糧に過去最強の威力となり、第二戒律で意識の間隙へと潜り、そして改良した第二戒律によって理解による覚醒を経て黄金を確実に殺害できるほどまでに存在の密度を高めた。その果てに黄金とすれ違い、剣閃を身体に食い込ませて鮮血を舞わせた。黄金へ真実を伝えた時点で既に無慙の存在強度が上回っており、総軍もまたこの時点で大きく上回っていた。まさに下剋上、立場が完全に流転した。しかし、その最中でも黄金の笑みをは消えておらず…‥否、戦闘意思がまだ消えていなかった。

 

「劣勢こそが鉄火場の華、卿はまさにそれを体現する存在であった。ならば、私もまたそれに倣うとしよう!」

 

そう宣誓すれば、黄金は黒円卓の総軍全てを招集させる。そして聖槍を天へ掲げ、無慙へと突き付ける。それと同時に全総軍が魂のまま、全力の突撃を開始した。

 

グラズヘイム(Gladsheimr) ——

 

ロンギヌス(Longinus)ドライツェーン(Dreizehn) オルデーン(Orden)

 

修羅道の全力突撃、そこに今までの様な戦術や術技は存在しない。内情としては実に単純で陳腐と言えるだろう。しかし、修羅の本質は魂の赴くままの闘争であり、これは見方を変えれば死のうとも破壊の愛を不変のまま貫き続けるという宣誓にして証明とも捉えられる。

少なくとも無慙はこう見ており、殺意が孕むもののどこか愉快さを感じる様に口端を上げて不敵な笑みを浮かべてた。

 

「……馬鹿げた男だ、だが大した執念と言ってやる。だからこそ、最後まで付き合ってやろう。」

 

そう言い放って無慙は地を蹴り上げる、総軍一人一人の目を見て、血を浴び、断末魔を聞きながら堕天の理に染めて殺していく。最早異界の領土の9割は無慙が掌握しており、修羅の理が潰えるのは時間の問題だろう。しかしそれでも無傷とはいかず、黒円卓の団員や残った総軍の放つ攻撃が無慙に傷を刻んでいく。

それでも止まらない、殴られ、抉られ、切り刻まれ、殴り、抉って、切り刻む。 それを何度も何度も繰り返していくうちに、修羅の総数が次第に減っていく。万、千、百人を割った。その未知の光景に、黄金は感涙する様に呟く。

 

「素晴らしい……かつて在りし日の刹那から与えられた敗北に迫る境地だとも。」

 

十、五、三、まだ大隊長が終わらないと奮闘する。無冠と言われたものの、だからと言って無様な負け犬のまま終わるつもりはないと、黄金の輝きは不変だと赤騎士が喰らいつく。

そして遂に大隊長も斬り飛ばされ、残るは首領たる黄金のみ。最期に聖槍と神剣、何の異能も纏わせることなく、純粋な一撃を両者交え………その果てに無慙の胸から鮮血が舞い、黄金の首が舞った。無慙は致命を負ったものの膝は地につかず、黄金は確実な絶命にして至高の敗北へとたどり着いたのだった。

 

『ああ、満足だ……無慙よ、卿の様な益荒男と心いくまま戦に身を投じる事ができたことに感謝する。』

「………」

『だが、まだこれで終わりとは言わせぬ。ナラカへと挑戦はまだ始まらず、仮にそれが終わっても我らの決着と答えを出さねばなるまい。ならばこそ、その旅路に卿もまた付き合ってほしい。構わぬよな、どうか私に卿の勇姿をまた魅せてほしい。』

「言われるまでもない、無慙の所業は必ずしもやり直す。ナラカも波旬も、そして貴様もまた例外ではない。」

 

故にこれで終わりではない、またもう一度、いいや何度でもやり直してやると答えた。そしてそれを聞き届け、黄金の姿が次第に溶け始め………

 

『では、その誓いにこそ……勝利万歳(Sieg Heil)

 

そう言い残して、黄金は姿を消していった。




どうにか二話形式で、vs黄金の獣を終わらせられてホッとしました。本当に覇道神同士の戦いだと強いのでよね、獣殿。バランス型の究極といわれるだけあって、戦力として隙が殆どないからどうやって勝ち筋を出すか悩みました。ある意味光の奴隷とはまた別種の厄介さを感じさせてくれました。ですが楽しく書けたので、自分としては満足です。
あと、無価値の炎を使ったことに関しては、多めに見てもらえると助かります。何せザミエル卿の創造に対抗するための術と描写が、今の時点だとアレ以外に思いつかなかったので。


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第八陣 人を滅ぼした神

今回の相手は、あの大人気漫画のキャラです


人を滅ぼした神

 

「……」

 

 黄金との戦闘を終えて、再び闘技場で待ち続けるマグサリオン。其処に再び何者か……否、即座にそれは神性を持つものが現れたことを即座に理解した。

 しかし、それが動かす肉体には神の気配があると同時に下手な人類、精霊、神霊の類を超えるほどの戦闘力を有しているのは一目瞭然だ。しかしどこかチグハグさを感じる。そしてその者がマグサリオンの間合い近くまで歩み寄れば、それは緑色の肌に白髪と黒い法衣のような衣服を着て、そして両耳に緑色のイヤリングをつけた者だった。その者が周囲を見渡せば、露骨に嫌悪感を露わにした表情をしながら吐き捨てる。

 

「なんだこの劣悪な宇宙は……まさに悪法、処するに値する。だが、悪法を敷き上げる邪悪な存在の本丸に来てみれば薄汚い騎士だったとはな。これだから人間というのは醜い。やはり不要な生物だな。」

「……」

「何だ?神の正しさと美しさに圧倒したか。ならば貴様ごと世界を新生させよう。我が姿は正義…我が姿は世界…崇めよ…讃えよ…この気高くも美しい、不死にして最強の神、ザマスを!」

 

 ザマス、そう名乗った者は自身の背後に紫色の鳥のように翼を伸ばした像を出現させる。

 

「さあ、大地を貫き全てを洗い流そう。新たな神の世の到来を祝う宴の始まりだ。

 絶対の雷!」

 

 そして自身で言ってたように己を讃えるかの如く両手を広げれば、白い光輪が神秘的な輝きが放たれる。そうそして同時に更に背後から翼の像から、紫電の稲妻が放たれてマグサリオンへと降り注ぐ。否、それだけで終わらない。その稲妻は星をも攪拌させ、その影響は銀河そのものすら滅びかねない衝撃が、堕天奈落の星々に滅びを齎す。正に人の世界に破滅をもたらす裁きの一撃。彼らの闘いを見届ける“みんな”の多くから阿鼻叫喚の声が溢れ、それを察知したザマスは鼻で笑い飛ばした。

 

「やはり人は醜い、そしてこの愚かさを放置する輩なんぞ滅んで当然……いや、これは」

「何処を見ている?」

「ッ!其処かッ!」

 

 しかしマグサリオンの殺意は一切途切れていない、煙幕を突き破って血を口から吐き捨てながらザマスの背後へと肉薄していた。首を刈り取らんと迫る一閃を、ザマスはマグサリオンの気配を察知し咄嗟に作り上げた気の手刀で咄嗟に防ぐ。その切れ味は宇宙にある物質であれば切れぬものはないと思える程の切断力を有していた。

 しかし膂力に於いて天秤が傾き、ザマスの方が圧倒されて壁面へと飛ばされた。

 

「バ、馬鹿な……神たる我が力において圧倒された、だと?」

「どうした神とやら、俺を殺して新しい世を作り上げるんじゃなかったのか?」

「ぐゥッ、黙れェ!」

 

 ザマスは激昂しながら再び手刀の気を作り上げ、マグサリオンへ接近し振り下ろす。それに対してマグサリオンも合わせるように神剣をぶつけ、激しい衝撃波を撒き散らし空間すらも断絶させながら鍔迫り合いを繰り広げる。その空間の割れ目の先はザマスすらも分からないが、その現象すらマグサリオンを止めるには足りない、踏み躙り、鷲掴みにして握りつぶし、全てをザマスを殺すために殺意を滾らせて進撃し続けていく。

 その最中、ザマスは怒りのままにマグサリオンへと問い掛ける。

 

「そもそもだ、なんだこの宇宙は?悪を喰らう悪だと?その果てに残るのは結局悪ではないか!それを貴様は改善する姿勢すら見せない、明らかな放置である。治そうと思わないのか?真に正しい正義を定義しようと思わないのか?人間は醜悪だと私は何度も確信したが、貴様は孫悟空に匹敵する罪人と知れ!」

「だから何だ?」

 

 ザマスの怒りを聞き届ければ、マグサリオンは断罪するかのようにそう言い放つ。どうやら誰かと同一に見られているようだが、かと言ってこの勝負を譲る気はない。

 

「お前がどう思おうが俺は民の自由を許している、その果てに悪辣な環境になろうとな。それに、統治者としてもお前は俺に劣ると言ってやる。」

「何だと?何を根拠に……」

「お前、人を完全に滅ぼそうとしてるだろう?口を開けば人は醜いだのどうだの、馬鹿の一つ覚えのようにな。その果てに人を完全に無くした新世界を願うことは、想像に難しくない。」

「……フッ、だったらなんだという?それが私がお前に劣るという根拠として足りんぞ。ならばこそ改めて、我の目指す人類0計画の正しさを確信した。永遠に自らの過ちに気付かぬ愚かな生命体が!

 裁きの刃ァッ!」

 

 そう言い返しながらザマスは攻撃を繰り出した。背後から赤い異空間を開け、そこから赤い針状のエネルギー弾がマグサリオンへと襲いかかる。

 マグサリオンは疾走しながら避けていくがそれだけで終わらない、地面への着弾後に爆破する。それを無尽蔵なまでにザマスは放ち続けるが、煙を突き破って背後の異空間ごとザマスを斬りつける。神というくらいなのだから体の頑丈さにも自信はあったのかもしれないが、マグサリオンの殺意を糧に力を増す第一戒律と、隙を作り上げて攻防へ繋げる第二戒律によってその肉体に亀裂を刻んでいく。

 

「おのれ、何故だ……神の身体に傷を!?」

「この程度で神などと笑わせるな、屑めが。お前の人類0計画とやらは、謂わば俺がかつて成そうとした滅尽滅相のそれに近い。

だが、俺は殺しを好んでやってるわけでは無い。馬鹿馬鹿しいとすら思っているくらいだ。己以外は塵という思想は、先のないものだった。残らず殺して俺一人になった時、根本には意味を失くす幻だよ。不変には程遠い。故に、無限に生まれ出てて貰うまでだ、俺の殺意に触れる俺の民に。分かるか?俺とお前の違いは詰まるところ其処にあるのだよ。」

 

 そう言い放ちながらマグサリオンはザマスの胴体を真っ二つにしようと剣戟を放つが、気の手刀で止められる。滅尽滅相、それは『我以外消え失せろ』という他者の存在そのものを排斥する祈りの形。

 ザマスの言う人間0計画は正にそれと類似している。

 

「侮って貰っては困るな、我は不死身だ。この程度は死なぬ。」

 

 ザマスの言う通り、マグサリオンが刻んだ傷は一人でに再生されていった。それを見届けてマグサリオンの瞳が僅かに細くなる。

 そしてザマスは不敵な笑みを浮かべながら、今度は逆に彼が攻撃を放ちながら嘆息し己が意思を述べ始める。

 

「しかしやれやれ…どの宇宙の人間も、どの時代の人間も愚かなり。我と同じ業を成そうとするだけで同じ土俵に立ったつもりか?だから貴様ら人間は滅ぼされるべき存在なのだ。

 だからこそ、我が他の神に変わり汚れなき世界を作ろうとしているのだ。わかるか?これは断罪であり、神々を愚弄した人間という罪の浄化である。

 

最後に我が残ればいい、それにより我が人間0計画は完成する。お前のような己という最大の穢れを残さず、私という完全なる神による理想の世界が始まるのだ。貴様のような神を模倣する人間には出来ぬ!神の正義を思い知るがいい」

 

 剣と手刀がぶつかり合う。空間そのものが悲鳴を上げているかのように振動し、殺意に満ちたその攻撃が、どれほど人を滅ぼしたいと願っているかよく伝わってくる。両者共にジワジワと斬撃がその身を削るが、再生力のあるザマスの方が有利と思えるだろう。

 すると、刃同士をぶつかる最中、ザマスは周囲に気を巡らせた。その直後にマグサリオンから大きく距離をとる。

 

「ふふふ、なるほど……理屈は知らんがどうやらお前の剣は他人の意思を拾い上げて力を高めているようだな?ならば簡単な話だ、周りから先に消し飛ばせばいいだけの事だ!

 滅びるが良い悪なる宇宙よ、我が大いなる力……聖なる逆鱗!」

 

 ザマスが一点集中するように二本の指を上空へ向ければ、まるで太陽を思わせるような気のエネルギー弾を作り上げる。そしてそれをマグサリオンに向かって放たれた。

 回避は無意味……否、回避してしまえばマグサリオン諸共、数多の惑星や恒星に住まう周囲の命を消滅させるほどの爆発が発生してしまう。決して他者の命を救うつもりはないのかもしれないが、マグサリオンは迫る聖なる裁きに向かって剣を打ち込んだ。

 

「オォォォォォォォォッ!!」

 

 爆ぜる光、天地開闢たるビックバンを連想させるほどの衝撃が闘技場だけでなく、神座全域に届きかねないほどに広がっていく。その果てに全身から赤い煙を上げながらも、仁王立ちでザマスを睨みつけるマグサリオン。

 その光景を見てザマスは不思議な既知感を覚えた。それはかつて、滅びへと進んでいった未来世界。その先を憂い駆け出した青年、トランクスというサイヤ人。彼の勇気が人々の祈りを奮い立たせ、祈りが剣へと集まりかつてのザマスを追い詰めていた。その剣とマグサリオンの握る神剣がよく似ている、アレもまたかつての宇宙開闢から流転するまでのみんなの祈りを集め続けていた決戦兵器なのだから。その真実を悟り、ザマスは怒りの声をあげる。

 

「まァた貴様かァ、トランクスゥゥゥッ!!」

 

 しつこい、本当にしつこいとザマスは感じている。剣にゆかりのある相手に限らず、人の祈りをかき集めると言う性能すら殆ど同じなのだ。嫌な因果を感じずにはいられないのだろう。それを気にする様子もなく、マグサリオンは疾走して距離を積める。

 

「またか……またなのか。

 何故愚かな行為を繰り返す?人の力なんぞいくら集めた所で、神に敵うわけがないのだァァァッ!」

「愚かなのは貴様だ」

 

 激昂しつつ背後から放たれる稲妻を掻い潜り、頭頂から足元まで一本の線を刻むようにマグサリオンは剣を振り下ろす。無論、まだ死んでないのだろう。しかし精神的な動揺と合わさり、どこか脆さを感じさせる。その傷を抉るようにマグサリオンの言葉の刃が放たれる。背後の口輪ごと斬り飛ばしながら。

 

「お前の論理は破綻している、単一の存在しかいない世界なんぞ、もはや宇宙ですらない。それを表すように、見てみろよお前の身体。」

「なァ、我の体が……グゥッ!オォォォッ!神が人間に敗れるなどあってはならない……そうだ、あってはならないのだ。」

 

 見れば、ザマスの右半分の身体が紫色かつ肥大化しながら変貌する。それまるで、ザマスの不安定な精神を示すかのように。加えてザマスの怒りはまだ止まらず、肥大化した右腕を全力で振り下ろした。

 マグサリオンはあっさりと回避するが、地面に直撃すれば闘技場諸共、眼下の星を破壊して宇宙空間へと移り変わる。

 

「人間は我が神々の手により滅ぼさねばなるまい…人間よ滅ぶべし…我が手によって滅ぶべきなのだァ!」

 

 それはもはや怒りに身を任せたラッシュだった。当たればマグサリオンと言えど即死はしなくても致命の一撃になるほどに。しかしそれに臆するどころか、嘲笑うように挑発しながら回避していく。

 

「どうした、神らしからぬ攻撃だな。パワーが上がった分速度が落ちてるぞ。まださっきの方がよほど驚異だった。」

「グゥッ、おのれェ……人間風情がッ!」

「人間をどう思おうと勝手だが、それがお前が俺に劣る点の一つだ。他者の存在を不要とする在り方は、比較の概念を放棄し、その果てに成長することすら忘れると言うことだ。それは肉体に限らず、精神すらもな。成長を忘れた生物なんぞ、不変には程遠いんだよ、間抜けが。」

 

 マグサリオンが吐き捨てるようにそう言い放ち、迫る紫の巨腕に剣筋を突き立てる。そして振り切ればまるで包丁で切られた野菜のように、ザマスの上半身と下半身を分離させた。

 

「なぁッ……」

「そのまま潰えろ」

 

 そして二の句を継がせないと言わんばかりに二閃、三閃と容赦なく切り刻んで行く。

 正に微塵切り、その果てにザマスだったものが散り散りとなって宇宙空間に霧散していった。最早勝敗はマグサリオンの圧勝……そう思ったが。

 

「……不死身か、なるほど自負するだけある。ここまで来ると関心すら覚えるぞ。」

 

 文字通り宇宙そのものを見上げるマグサリオン、本来であれば悪の楽土として理が君臨しているはずだが、宙模様に異変が起きていた。

 まず宇宙空間の一部に赤黒い裂け目が発生し、そこら炎を連想させる様な気のエネルギーが流れ出た。まさに狂気が、己以外不要と言う祈りが堕天奈落の理を上塗りするように侵食していたのだ。それを証明するようにソラにザマスとよく似た暗緑色の無数の貌が浮かび上がる。もしもこれを放置していれば此処だけにかぎらず後の神座、如何なる時代かは不明であるが其処にすら到達しかねないだろう。マグサリオンはそう確信していた。そしてザマスの嘲笑うかのような不気味な笑い声が、宇宙全域に響き渡る。

 

『……ハ、ハハハ!アーハハハハッ!ハハハハハハハ……』

「………フン」

 

 浮かび上がるザマスの貌の一つが口を開けば、赤黒い閃光がマグサリオンに向かって放たれた。正に神罰のような一撃、仮にマグサリオン以外に当たれば其処を起点にあらゆる存在が消滅するだろう。正にザマス以外の存在を許さないという、傲慢な祈りを実現するように。

 それをマグサリオンは正面から立ち塞がり、漆黒の斬撃で閃光を正面から斬り伏せた。その切断現象は宇宙の端から端へと刻み込み、浮かび上がるザマスの貌の幾つかを斬り飛ばした。この時点で既にマグサリオンはザマスを殺せるだけの理解を深めていることは明らかだった。しかし……

 

『アハハハハハ………!!』

「世界と溶け込む代わりに、理性を無くしたようだな。」

 

 ザマスという存在そのものが潰えておらず、斬り殺した数を上回る速度で侵食していっている。そのことを理解して、呆れた口調でマグサリオンはそう言い放ちながら剣を肩に担いで宇宙を見上げる。

 

「ならばそこで指を咥えて世界の開闢を見ておけ。ここから先、お前を殺すのは俺であって俺ではない。」

『…………ッ!?』

「嘆きを謳いあげろ、貴様に真の敗北を叩き付ける」

 

 刹那、マグサリオンの外郭を無数の祈りが包み込む。それはさながら同一人物ながらも、観測者によって特徴が異なる百貌の男の如く。まさにそれは、天地を己のみで埋め尽くすザマスとは対照的に。

 その果てに、収束した外族人格を纏ったマグサリオン……否、無慙という覇道神がザマスに向かって己の覇道の理を流出する。

 

「死ね。死ねーー呼吸をしていいと誰が言った!」

『ッ!?』

「悪は何処だ?屑は何処だ?一匹残らず滅ぼしてやる!」

 

 顕現した神、無慙を見て、ザマスは驚愕と同時に違和感を覚えていた。放った言葉は確かにマグサリオンの底無しの殺意をよく現しているが、どこか先程まで対峙していたマグサリオンの特徴とどこか一致しないと。そもそも、彼の目にはさっきまでは漆黒の鎧を身に纏った男なのに、突如としてギャングのようなスーツを着込んだマグサリオンとよく似た男の姿に変わってた。まるで異なる世界の移り変わりを見ているようで。しかし、その先を考察する余裕を与えられるはずもなく……

  

「アアアアァァァァァッ!!!」

 

 無慙が顕現すると同時に流れ出した宇宙そのものと衝突し、溶け込んだザマスが激痛と共に悲鳴を上げる。流れ出る『堕天無慙楽土(パラダイス・ロスト)』の理。それはザマスが最初に目にした、悪を喰らう悪たる世界。しかしそれだけに限らず、欲望の権化、罪の塊、聖者の堕天……などなど、数多の究極的な祈りが融合していたのだと。だが、ザマスと対峙しているそれは、特に堕天を歌い上げる祈りが良く顕著に出ていたと思えた。それを裏付けるように、漆黒の業火が宇宙全土に爆発するように広がりザマス全てを包み込んで絶叫を上げる。

 それと同時に確信する。この炎の本質は“無神”という祈り、即ち神を排除する世界の開闢なのだと。故に理解する、マグサリオンの在り方は正に神に依存しない在り方、己のあり方を曲げて神の座へ至るのではなく、敢えてみんなの祈りを元に別人格を神として昇華する御業。だが本質が無神であるというならば、この人格が不要となった時に真に人が神に頼らず己の脚で未来を歩けると確信しているのだと……ああ、理解はできるが。

 

「ウワァアアァァァァッ!」

 

 宇宙と一体化ザマスはその結果を拒絶するように絶叫する。こちらから見れば亜種なれど滅尽滅相を絶対の真理とする神の怒りは治らない、だが無慙はその意志を断ち切らんと口を開く。

 

「理性を無くしているだろうが聞け、お前勘違いしている。俺はお前が劣ってると言いはしたが、正しくないとは一言も俺は言ってない。」

「ッ!?」

 

 地獄の業火で全てを腐敗される最中、ザマスは無慙の発した言葉に目が点となっている。

 

「貴様の言ってることは正しい、人間は基本的に醜く獰猛な生き物だ。同じ過ちを繰り返しては勝手に争い、しかし己の身が窮地となれば、都合良く自己保身の為に他人や都合よく神への救済を懇願する愚かな連中。滅ぼしたくなるのも自明の理だ。

 だが優しさは如何なる時代にも失われていない。それはお前らの世界も同じだと思うが?」

「ッ!」

 

 優しさ、その言葉を聞いた時にザマスの怒りが僅かに止まった。その隙を無慙は見逃したりはしない。追い詰めるように言葉を続ける。

 

「お前の正義に殺意はあれど悪意は無い。悪意とは大概、劣悪な環境や理不尽な境遇によって育てられるものだ。ならば、お前を育て上げた親、或いは師父は決して悪人ではなかっただろう。そいつにも確かに厳しさはあれど確かな優しさはあった。だが、それに対してお前はどうだった?」

「……」

「察するに、殺したんだろう?そいつの優しさを受け継がず、お前の正しさを優先して。」

 

 無慙の問い掛けにザマスは黙り続けるしかなかった。しかし、問いかけに対しての無言は肯定と同じ意味を持つ。

 

「お前の敗因は其処にある、生き残ったのは偶々運が良かっただけだ。正しさと優しさは矛盾しないと、学ぼうともしなかったからそうなる。殺して全てを奪って先達の上を行ったつもりだったか?それだと貴様のいう醜い人間共と大差ないだろうが。

 そんな事にも気付かんから貴様はダメだと言っている」

『………』

 

 その一言と共に無慙の裁きの一手が降る。漆黒の業火を纏った剣の一撃が全てのザマスを斬り払う。もう勝敗は日を見るより明らかだろう。宇宙全土に響き渡る笑い声は聞こえない、無慙の突きつけた真実を無意識にでも受け入れ、心が折れたのかもしれない。

 

「終わりだ、ザマス。精々あの世でお前の先達に謝罪でもしてこい」

「ァ、ァ、ウワァアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」

 

 こうして人類の滅尽を望む神は、地獄の業火によって腐敗しながら完全に世界から消えていった。

 



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第九陣Ⅰ 永遠の刹那

今回も相手が相手なので、前編と後編の予定となってます。


 

 

 

 

「よぉ」

「……」

 

 ある日突如、無慙の現れたのは件の井戸端会議で波旬との激突を止めた青年だった。曰く五代目である黄昏の守護者、そして恋人である刹那。そんな彼が、フランクな雰囲気で絡んできたのだ。

 

「アンタ、ラインハルトとやりあったんだってな。全く、知ってはいたが随分と荒々しい奴だな。」

「見てたのか、奴との激突を。」

「そこはお互い様ってところでスルーしてくれよ、アンタだって俺が時間に干渉しているのを理解して強化したんだろ?」

「……なるほど、既にある程度は察しているわけか。それで、それを言うためだけに俺のところへ来たのか?だとしたら、随分と舐められたものだな。」

「オイオイ、それはこっちも同じだよ。俺は別に喧嘩が好きってわけではない。ただ賢ぶった将棋の差し合いよりも、どうせやるなら直接的な殴り合いが好みでな。それに、驚異的な奴を安易に受け入れるほど寛容ではない。だから……」

 

 両者の視線が鋭くなる。凍てつく敵意、歪み激らせる殺意、それらが絡み合い空間そのものが染め上げられる程の神威が帯びている。

 一触即発、その言葉がまさに相応しいように。

 

「無慙、お前の力を俺に見せてみろ。ナラカに挑む前に、神座に関わった身としてどれほどのモノか見定めてやるッ!」

「良いだろう、その挑戦に挑んでやる。しかし俺に関わった以上は、死ぬ事くらいは覚悟しろッ!」

 

 その言葉を交えた直後、両者の神威が激突する。停滞と悪滅、その概念が宇宙全土を包み込み激突する。

 両者の神座の名は……

 

 

無間刹那大紅蓮地獄(アルゾ・シュプラーハ・ツァラトゥストラ)

堕天無慙楽土(パラダイスロスト)

 

無慙の第二の神座闘争が幕を開けた。

 

 無間と堕天の宇宙が激突する、だが前者の方が支配領域において圧倒的だろう。純度が違う、理の強度が違う、そして何より意思力が違う。何故なら刹那は歴代最強たる波旬と、防御に専念していたと言え数万年休まずせめぎ合いをし続けていたのだ。一方で無慙は座に君臨し続けたのは数千年、戦い続けてきた経験は勝ってるかもしれないが、神としては劣等生であるが故に自力においてこうした優劣が浮かびがあるのは必定である。

 つまり無慙は刹那のことを若いのと言ったが、実際のところは覇道神として経験豊富なのはむしろ刹那の方なのだ。それを証明する様にこの戦況において無慙が確保できている領域は、剣の間合いというたった半径数m範囲。覇道を謳いあげるものとしては失笑レベルの有様だろう。

 

「ほう、隙間無く染め上がるつもりだったが僅かに踏ん張ったか。いや、あの会議で俺の力を理解していたからな。アレがなければ今頃お前は止まっていたのだろう。」

「ぐゥッ……はッ、なんだ?己の甘さに対する愚痴か?」

「さて、どうだろうか。まあともあれ、さっき言った様に将棋の差し合いじゃなくて、俺は殴り合いが好みなんでな。畳み込ませてもらうぞ。」

 

 などと、無慙のことを一切情けをかけず、かと言って舐めてかかる様子もなく刹那は背中の刃翼の穂先を全て無慙へと向けた。

 一つ一つが宇宙を容易く裁断する神威の刃、見ているだけでも時が止まってしまいそうな錯覚に陥る。そして刹那が視線を鋭くすれば、どこまでも速く駆け抜けて無慙との間合いを詰める。

 

「ッ!」

 

 光を置き去りにするほどの速度、そして首を刎ねれば確実に絶命に至る断頭の刃が無慙の首に向かって迫る。それを剣で防御の構えで防ぎ、穂先を逸らすも肩に刃が入り込む。否、それだけでなく他の刃翼が無慙の体の至る所を削っていく。

 一旦下がって距離を取ろうとするも、それを寸前のところで思い留める。刹那の覇道の本質は時の牢獄、前に進み過ぎても後ろに下がりすぎても駄目なのだ。刻まれた傷は勿論のこと、刹那の神威に染め上げられれば、もう二度と動けなくなるのは当たり前すぎる話だ。

 

「面妖な……まさに凍てつく宇宙、というわけか。」

「そうだ、紅蓮に凍って逝くがいい。」

 

 そのセリフと共に裂けた空間から無尽の刃が無慙へと迫り来る。舞い上がる鮮血、既に無慙の全身は血袋と評される程で生きてるのが不思議なくらいである、

 刹那自身もそう感じているが、それでも容赦という慈悲なんて彼にはない。

 

「オォォォッ!」

「おお、怖いな。そんな有様でも一発当たるだけで致命になりかねない。」

 

 間合いを詰めて接近してくる刹那を視界に捉え、蛇の様に低姿勢で刺突を放ち顎から頭頂にかけて串刺しにせんと放つ。しかしそれを悠々と回避し、まるで挑発する様にそう言い放つ。

 しかし反面、そこに諧謔の意思はなく事実しか込められてない。無慙の第一戒律は彼我の殺意の飽和に応じて威力が増していく。極論、殺意や戦意のない相手しかいない場合を例外として、時間が経てば経つほどに威力は戦場において誰よりも強くなれる力と言っても過言ではない。そして刹那は火を見るよりも明らかに殺意が帯びてる以上は、単純な膂力において無慙が上だ。故に直撃すれば砕かれ肉体が裂かれるのは確かな事なのだろう。

 

「だが、アンタは殺し合いを好んでいるわけではない。」

「……」

「振るう刃に殺意はあれど、狂気は感じられない。それは快楽を求むものでなければ、生を否定する無感への憧憬でもない。そうだな、言うなれば殺し合いの馬鹿馬鹿しさはわかってると言うべきかな。覇道を咏い上げながら、随分と矛盾したあり方だ。無血の新世界が開闢されれば、お前の存在そのものがまさに否定されるわけだ。」

「はッ、それは貴様も同じだろう。」

 

 無慙の真実を見定めるような言葉を刹那が突きつければ、無頼さを出しながら無慙は肩に剣を担ぎつつ言い返す。

 

「愛しい刹那を守り通したい、その果てが停止の牢獄とはな。時の止まった世界、それがお前の愛する世界だとでも?」

「……」

「自分と自分の大切な仲間たち以外、皆止まれ。なるほど、確かに守りに長けているだけはある。だがそれが齎す日常はお前の望むそれとは対極だ。」

「……正解だ。ああ、ぐうの音も出ないとも。そんな世界に価値は無い、だから俺は……」

「あの女に世界を託したと。」

「そうだ、俺なんかよりマリィこそみんなを包む座にふさわしいと確信していた。まあ、結果は察しの通りだがな。」

 

 そう苦笑を浮かべながら、無慙の指摘に対して刹那はそう返した。その瞬間、無慙の覇道の領域が拡大する。

 そう、相手への理解こそが無慙の真骨頂。対象を殺害する特攻力が増していき、刹那は時間が経つに連れて次第に劣勢へと追い込まれていくだろう。

 

「結局、貴様もまた大義の流転には逆らえんかったわけか。あの餓鬼相手に何年も踏ん張ってたのは褒めてやるが、それでも認めん。俺の求む不変には程遠い……故に死ね。」

 

 無明の中の一筋の光を見出したかのように、無間地獄を押し退けて堕天の覇道を拡大させながら接近していく。

 そして至近距離まで詰め、殺意を滾らせて意識の断絶を差し込んで必殺へ至らしめる。そう確信していた。

 

「オイオイ、そうイラついても仕方ないだろう。甘いものでも食べて、リラックスでもしてみたらどうだ?」

「ガ、ァッ……」

「いや、お前がそう言った休憩の概念に堕するのは破戒の対象か。」

 

 刹那から血が滴り落ちる、確かに無慙の攻撃は直撃した結果となる。しかし、それは刃翼の一枚を砕いた過ぎない。他の刃が無慙の身体を貫通している。まるで最初からこの結果を想定し、それに対するカウンターのように。無慙が理解を深めて特攻力を増しても、まだ刹那の太極の領域に及ばないのだ。刹那と無慙の掌握する空間の比率は、この時点において8:2ほどでありまだまだ余裕はあるのだ。

 

「瞬きや食事のような休憩を断ち戦い続ける、縛りは大方そんなところか。普通の生物なら衰弱死するところだが、それを押し通すためのその伽藍堂の体であり戒律の恩恵か。」

「貴様ッ!」

「観察し理解するのがお前の特権だとでも思ったか?これでも結構経験豊富でな、色んな人間の業に触れてきた身なんだよ。だから、構造さえわかればある程度やりようはある。こんな風にな。」

「ギッ、ガァァァァァァァッ!!」

 

 無慙の絶叫が響き渡る、刹那が視線を強めれば広がるは停滞の概念。

 時よ止まれ、時よ止まれ、この刹那よ永遠なれ。その渇望が万象を停止へ至らせる、それはたとて無慙であっても例外ではない。無の身体を起動させる殺意が、次第に内から凍てつかせんと無間の覇道に侵されていく。その様子を刹那は冷徹な視線で様子を窺う。

 

「良い加減楽になりたいだろうな?ならば死という安息をくれてやろう。」

 

 そう言い放てば、刹那の背後で陣取る随神相の鎌首がもたげる。そして口蓋を開けば、そこに極光が集まっていく。

 

「血、血、血、血が欲しい

ギロチンに注ごう、飲み物を 

ギロチンの渇きを癒すため

欲しいものは、血、血、血

 

罪姫・正義の柱(マルグリット・ボワ・ジュスティス)

 

 放たれる破壊光、それは無慙と彼が保有する空間全てを飲み込んで余りがあるほど。これを真正面から喰らえば、時間停止の理に完全に汚染して二度と動けなくなる。そう、本来ならばここで終わるはずだっただろう。

 

「……貴様も良い加減学べよ、俺は安らぎなんぞ求めていないとな。」

「ッ!」

 

 漆黒の殺意に満ちた呟き、それと同時に爆ぜた極光が放たれた剣戟によって縦に割れてそれていく。

 それと同時に堕天の異界が拡大する。肥大化する殺意と共に膨れ上がる悪なる総軍。その光景を見て刹那は目を細める。直近における黄金戦と自身との語らいで見た覚醒現象、それによって無慙の存在強度が上がったが先程のそれとは比べ物にならない。

 

「なるほどな、わかっていたことではあるがその駆け上がりの速さは恐ろしいな。あの下種野郎を斬るだけのことはある。」

「俺のことはいい、この瞬間に重要なのはお前のことだ。」

 

 刹那の語らいを断ち切るようにそう言い放てば、無慙は剣先を突きつけながら逆に問いかける。

 

「なあおい、お前の本当の名は何だ?」

「ッ!」

「お前の顔は、何処となく四代目の顔とよく似ている。そう言う奴には俺も色々思うことがあってだな、だから気になって仕方ない。だからなあ、教えてくれよ。お前は……」

「黙れ」

 

 一言。言葉にすればそれだけだが、今までのソレとは重さが違う。鈍くも鋭い剣戟の旋律が宇宙空間に響き渡り、無慙を大きく弾き飛ばした。しかしそれでも油断せず、飛翔する速度を上回る飛翔を実現させ、刹那は無慙の背後へと回る。

 しかしその最中、無慙の高笑いが弾ける。

 

「ハハハハハッ!どうした、さっきまでの余裕がまるでないな?それ程までに、お前にとって四代目は気に入らん存在か。」

「うるせェな、人の事情にいちいち藪蛇入れてんじゃねェぞ!」

「はッ、人の事を散々観察してた輩が偉そうにほざく。」

 

 閃く両者の刃、それが交差して空間に亀裂を刻む。刹那が放つ断頭の刃の雨を、全て一つ一つ打ち砕いて最短距離で無慙は距離を詰めていく。

 時空を超越した攻防を繰り返しながら、次第に無慙が刹那に追いついていく。ついに両者の覇道の強度が互角の領域へと達していった。

 

「俺的には、今のお前の方が悪くないと思うぞ。先程までの余裕な振りよりかは、随分と似合っている。」

「嫌味が趣味かよお前、波旬に単独で喧嘩を売るような奴にはお似合いな趣味かもしれないがな。」

「言ってくれる、だから俺はこう言ってやるよ。お前、察するに四代目の血を入れ込まれた人間だろう?その結果の果てに覇道神になれたと。それも無自覚にな。」

「ッ!テメェ……」

「皮肉な話だ。人としての日常を愛する男が、その真実は神の血を混ぜ込まれた神造兵器だったとはな。それも、五代目を神座へ至らしめるための引き立て役なのだろう。それも全て四代目の思惑通りなのならば、なるほど見た目まで瓜二つならば恨みを持つのも自明の理という奴だな。」

「……随分とほざいたな、塵。」

 

 刹那の視線が無慙と絡む、そこには憤怒の意が込められている。しかしそれを前にしても揺らぐことのない無慙無愧。

 無間地獄に亀裂が入る、ついに無慙の強度が刹那の覇道を僅かに上回った。しかし……

 

「褒めてやるよ、良くもここまで真実に到達できたものだ。共にナラカに挑む者として俺単独で相手をしようと思ったが、もうここまでだ。俺も手段を選ばん、殺してやるよ無慙。」

「上等だ、ならばさっさとかかってこい。俺はお前たち全員を皆殺しにすると誓っている。それが単に早くなっただけだ。」

「良いだろう……行くぞお前ら、コイツを一緒にぶっ倒すぞぉっ!!」

 

 その宣誓とともに、刹那の軍勢が無慙へと牙を剥いたのであった。

 

 



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第九陣Ⅱ 永遠の刹那

続きです、どうぞお楽しみください。


 

 

「神咒神威・無間叫喚」

 

 刹那がその言葉を発し視線を交えた瞬間、無慙の体を始め彼の総軍が時が加速していくかのように腐敗し枯れ落ちていく。

 言うなれば腐滅の魔眼、このままでは全てが汚泥の如く汚物へと変わっていくだろう。

 

「我が民よ、美しく在れ」

 

 しかし、それを前に無慙は一切臆することなく、閉じぬ瞳を腐滅の魔眼と視線を交えながらそう呟いた。

 すると、まるで禊が行われたかのように無慙の総軍から穢れが払われていく。ならば清浄なる存在へと変わったか?否、堕天奈落は如何なる時でも不変なる悪として君臨している。あくまで美しき摩天楼を露わにしながらも、絢爛たる悪の楽土が広げられている。無慙という覇道神は、第一神座における究極の悪といえる。当時の知世において悪とは絢爛で美しき存在として定義されていたため、無慙こそが最も美しき存在として君臨していたと言えるだろう。それはまさに、万華鏡めいた色彩を放つ百貌の如く。

 

「……なるほど、俺たちのように個別の存在として別けるのではなく、あくまで自分の一側面として昇華させた形か。」

 

 面白い、憤怒の念を視線に乗せながらも刹那は口端をあげる。加速し続ける刃翼に腐敗を纏わせ、そして時には拳の一撃と共に無慙に攻撃を放ちこむ。

 そしてそれに対して、無慙は剣に魔星の煌めきを纏わせながら腐敗の攻めに抗う。炎、氷、雷撃など数多の輝きが腐敗の進撃と激突する。それはまるで、その星々の輝きは醜い兵器だろうと、美しさを追い求めた不変の輝きを刻むかのようであり、決して無駄な歩みではないと剣戟と共に魅せんと振るわれていた。

 

「神咒神威・無間焦熱」

 

 これでは不足と判断した刹那は、次いで炎雷を解放した。それは闇夜を照らし、戦場の進むべき道を示す輝きであり、それは無慙の剣から放たれる輝きに匹敵していた。故に押される、魔星の煌めきが腐敗と炎雷、男女(兄妹)の連携で押しつぶされていく。

 ならばこそと、無慙はその輝きを直視し更に殺意をたぎらせる。それに応じるように、地獄の業火が全身に帯び始める。

 

「己が情熱を持って、戦場の闇を祓いたいと望むか。ならば結構、俺は悪を喰らう悪として、お前に立ち塞がる暗君として君臨しよう。」

「ッ!」

「足掻け、慟哭しその輝きで魅せてみろよ。」

 

 頂点が愚かな汚濁、究極の悪であればその傘下も腐っているのは道理である。故に祓うのならば、やってみせろと無慙はいう。

 無慙の剣が獄炎を纏いながら振るわれ、刹那の刃翼と激突する。空間そのものを砕き、摩訶不思議な色彩を放ちながら剣戟を閃かせる。しかし、今度は押されているのは刹那の方となる。防ぐたびに、刃に亀裂が少しずつ刻まれるのだ。

 

「グッ……神咒神威・無間黒縄ッ!」

 

 侵食し足元から伸びる数多の影、それは炎によって生じる僅かな影からすらも発生していた。それと交えれば慟哭する女の声が脳裏に響き渡り、発狂するほどに愛おしい男を求むような声が精神を汚していく。本来であればそれによって進む脚が停止するものだが……

 

「その影は知っている、故に俺の方が強い」

 

 無慙に精神的揺さぶりが聞く事は滅多になく、それに加えて黄金戦において影による停止は既に経験済み。ならばこそと、闘争の権化となった宿敵(とも)の姿になぞるが如く、渾身の我力を燃焼させながら進撃し、その殺意を止まらせる事なく戦闘を続行させる。

 その姿は刹那にとって脅威的か、或いは警戒してたからこその想定内か、どちらにせよ遂に彼は切り札を出した。

 

「神咒神威・無間身洋受苦」

「ッ!?」

 

 それが発動した瞬間、無慙は自身から不意に不快感が発生したのを実感した。それと同時に今までの力強さが土台を崩したように無力感に蝕まれる。

 その正体は異能殺し、神殺しである。形はどうあれ無慙も覇道神である以上はその対象内である以上は避けられない脅威であった。

 

「オォォォッ!」

「グッ、ガァッ!」

 

 単純な膂力で今まで刹那を上回ってたはずが異能殺しによって戒律の加護まで徐々に薄れ、遂には逆に力で圧倒されるほどにまで切れ味が堕ちていた。

 そして刹那が隙を見極め、その首を刎ねんと刃に殺意を乗せて振り下ろした。

 

「……ああ、そうか。それの本質は“神格の否定”というわけか。」

「っ!?」

「奇遇だな、俺も腐った神の全てを殺したいと願っている。神に許可を仰ぎ、頼らねば何もできん世界なんぞ不要だ。俺は俺のためだけに、刃を振り続ける。」

 

 だがその直前に無慙と視線が絡まれば、そのようなセリフが突きつけられた。その直後に異能殺しの空間を押し除け、かつての力を取り戻す……否、失う前を越えるほどまでに存在強度を増した剣戟が刹那の振るう刃を正面から砕いた。

 その貌と重なるは、平穏なる日常を愛する聖王の姿であり、その本質は即ち神の支配()を無価値にする覇道であり、無慙の理解し昇華する戦闘スタイルもそれを踏襲していると言えるだろう。

 

「なればこそ、人は神に頼らず己の脚で歩むべきだ。それは神がいようがいまいが関係なく、己の意思で己の未来へ飛翔する姿こそが人のあるべき姿なのだから。なぁ、お前“達”もそう思うだろう?神の玩具の運命なんぞ、臭すぎて反吐が出る。」

「ああ、全くもってその通りだなクソッタレ!」

 

 そう言い放ちながら無慙は剣を奮い、刹那はそれを回避することに徹していた。悪態を吐きながらも、もはや迎撃すれ余裕は無い。剣を振るわれるたびに領域が奪われ、徐々にだが追い詰められていた。

 最早一刻の猶予はなく、刹那は文字通り最後の切り札を突き出した。

 

「神咒神威・無間黒肚」

「___」

 

 それが発動した時、無慙は言葉を発することすらできなかった。刹那の姿と重なったのは、首無き黒騎士の姿である。虚無、それはそうとしか言い表しようがない。発する至高の死が無慙の全てを飲み込み、回避や離脱といった安易な逃走先を用意する隙も余裕も与えない。

 まさに幕引きの境地とも言える鬼札、刹那が最後まで温存していた力によってこの勝負の幕が下された、はずだった。

 

「…‥ハァ、ハァ………」

「…‥嘘、だろう。」

 

 なんと、堕天の園が死想を払拭した。無慙は片膝を突き、剣を杖代わりのよう支えしなければならないほどの重症ではある。しかし、それはあり得ない結果だ。死そのものに呑まれれば文字通り死ぬ、ましてや刹那が発動したそれはまさに神であろうと殺せる代物である。強度において上回る波旬は例外として、この場に落ちてほぼ互角の無慙が生き残れる道理は無いはずだ。

 だが、そんなのは当たり前のことだろう。そう言わんばかりに、口の血を振り払いながら、悪辣な笑みを浮かべながら答えた。これこそが不変の恋慕なのだと、世界に刻み込むかのように。

 

「お前の発したそれは、確かに最強の一撃だった。それは認める、だがな……俺の背負った最愛(さいきょう)に比べれば軽かった、それだけの話だ。お前のそれは男の戦場を穢すなと想うのかもしれんが、女の想いを背負った男もまた、より強くあれるのだよ。お前だって、そう思うだろう?」

「……なるほど、そういうことか。ああ……その通りだな。」

 

 刹那はかの極奥神座における、井戸端会議でのやり取りを思い出した。戒律に関する話の際に、真我が勝手に語り出した『相手の攻撃を決して避けない』という縛りの事を。無慙はそれに倣った行動をしたのだ。決して無慙の保有する戒律の縛りではないのだろうが、おそらくその戒律を保有するものの存在を忘れていないと証明するために。結果として黄金の望んだ一戦を叶えたことになるのだが、仮にそうだとしても彼は変わらないだろう。どこまでも己のため、それを貫き通し続けるのだ。

 そして、無慙の問いかけに対して刹那も頷いて答える。かつてありし日に、恋人たる黄昏共に戦地を駆け抜けた思い出を脳裏に浮かべながら。だが、それでも殺戮の荒野は止まらない、立ち上がって剣の穂先を刹那に向ける。その威力は虚無の一撃を経験した事で、最早無慙本人ですら計り知れない程の領域まで進化している。それが動き出そうとした時だった。

 

「参った、降参だ。」

「……何?」

 

 無慙の剣が当たるよりも早く、刹那が降参宣言したのだった。

 

「アンタの強さはよくわかった、戦力としてすごく頼りになると実感したよ。だから、これ以上の流血は無意味だ、戦闘は俺の負けでいい。」

「……随分と簡単に言ってくれるな、負けたら勝者の権利で殺されると考えないのか?」

「それはアンタらの時代の価値観だろう?俺たちの時は、負ける事と死ぬ事は別なんだよ。なんてのは、俺の連れの考えなんだけどな。」

「……俺がそれを振り切って殺しに掛かったらどうする?」

「その時は、何がなんでも生き残ってやる。どんな手を使ってでも、無様さや負け犬として恥をかいてでも、生きていれば負けじゃない。」

「……ふん、あの小僧を相手に耐えるだけあると理解した。ならば好きに足掻くのだな。」

 

 刹那の返答を聞き届ければ、無慙は剣を肩に担いで背中を向けた。殺意はあれど、この場における戦闘を続ける意思は見られない。それを確信すれば、刹那も立ち上がる。

 

「おう、それじゃあ次会う時はナラカとの決着の時だな。」

「ああ……だが、勘違いはするなよ?俺はナラカとの決戦が終えればお前を含めて神座は全て滅ぼす。それを忘れるなよ。」

「分かってるって、その時は俺も全力で争わせてもらう。まあ、それまではよろしく頼むよ。」

 

 そう言い残して、刹那はこの場から姿を消したのであった。




これで刹那戦は終わりです、あっさりした内容になりましたが蓮なら生き残るためなら勝敗はこだわらないだろうなと思ったので、このようなオチになりました。それほど生きる意思が強くなければ、波旬との鬩ぎ合いはできないと思いますし。
そして今回の無慙の戦法ですが、最初は蓮や獣殿みたいな軍勢変生スタイルも考えたのですが、それだとワルフラーンと被って破戒になると思ったのであくまで踏襲し、無慙なりの戦い方に付随するスタイルが彼らしいと思ったかのような形で表現しました。今後もそんな感じでやっていこうかなと思ってます。


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第十陣 Ⅰ 復活した魔人

魔人ブウ

 

 

「……何か来るな。」

 

 マグサリオンが闘技場の中心で立ちすみそう呟いていると、不意に頭上の空間から割れ目が発生した。それがトンネルほどの大きな虚空になると、そこからピンク色の異形な生物が現れた。

 魔人、そう呼ぶに等しい。過去に似通った存在としてザマスもいたが、アチラと似て非なる混沌さを感じさせるだろう。事実、それから感じ取られるエネルギーは神性もあれば人らしさもあり、混ぜ合わされてどちらとも完全に定義できない。そしてその生物と視線を交えれば、悪辣な笑みを浮かべながらマグサリオンに敵意を露わにする。

 

「キサマ……強いな。その気を感じ取ればわかる、戦闘経験が豊富な奴だ。フフフ……面白い、雑魚どもの奴らを滅ぼして飽きていたところだ。」

「なんだ、暇つぶしに付き合えとでも言うつもりかよお前。」

「そうだ、まあ拒否したとしても逃さないがな。この私の糧となるが良いッ!」

 

 そう叫びながら、謎のピンクの魔人がマグサリオンへと襲いかかる。一気に距離を縮めれば、その両手からラッシュが放たれる。

 

「ハハハハーッ!」

「フン……」

 

 拳と剣のラッシュが繰り広げられる、しかしどちらも被弾無し。刺突が、斬風が、裏拳が悉く空を切る。

 それがもたらす破壊はこの闘技場そのものを破壊して余りあるほどだが、その威力の密度はそれで収まるほどではない。かつて戦ったザマスの攻撃力に匹敵しかねないだろう。だが……

 

(この威力……僅かだが私よりも上の様だ。だが、剣戟では殺すことはできんぞ。とは言え、態々全部受ける必要性はない。ならば……)

「……」

「ふふ、ならば少し遊んでやるか……そらァッ!」

 

 すると相手は不意に一気に距離をとる。片手を上空へと掲げれば、そこに紫色のエネルギーが凝縮され、それがマグサリオンへ向かって投擲された。

 

「温いぞ、世界中を滅ぼしてその体たらくか?」

「……ほう、少しはやるようだな。」

 

 だがまるで煙でも払うように、マグサリオンは迫るエネルギー弾を横薙ぎの一閃で振り払った。マグサリオンにとってはこの手の光景は日常茶飯事であり、当たり前の対応。

 だがそれも、この魔人にとっては想定の範囲内のようで、特に驚いた様子はない。すると拳法家のように両拳を顔面に構え、マグサリオンと至近距離で向き合う。そして……

 

「ハァッ!」

「!」

 

 魔人ブウの身体にある穴から、不意に煙が発生して辺りを包んだ。言うなれば『イービル・スモッグ』と言えるだろう。明らかな視界隠蔽、只人であれば目の痛みや困惑で動揺を誘う卑劣な手段だ。

 

「どうだ、これで俺がどこにいるか……ッ!」

「阿呆か貴様。」

 

 だが、マグサリオンを相手にこの程度の手段で隙を作ることはできない。煙幕を突き破って迫る刺突が、魔人の正面から顔面へと迫る。

 咄嗟に顔を沈めて回避した、なんとも柔軟な体とマグサリオンは感心している。

 

「チィ、貴様もか……」

「その口振り、察するに同じことを昔やって失敗したようだな。当たり前だ、そこらの屑と一緒にするなよ。

煙で視界が悪くなっても、影、布ズレ音で位置なんぞほぼ分かる。」

「フン、そう粋がってるのも今のうちだ。泣いて謝っても許さんぞ。」

「小細工して失敗してた輩がよく吠える。」

「ほざけェェッ!!」

 

 激昂しながら魔人は拳を奮う、その威力は確かにマグサリオンと言えど安易に直撃して良いものではない。

 初めて拳が腹部に当たった、しかしその痛みなんて知らないと言うようにマグサリオンはそのまま突き出した拳の腕へ剣を振り下ろす。切断された魔人ブウの片腕、それに戦慄を覚えたのか跳躍して距離をとる。

 

「ッ!?チッ……」

「どうした、これで終わりか?」

 (こ、こいつ……確かに当たったのに手応えが浅い。何か隠しているな……)

「来ないなら、今度はこちらから行くぞ。」

 

 そしてマグサリオンは低姿勢で、まるで野獣の如き疾走を繰り出す。するとそれに対して相手の魔人は、両手を横に出せばジャベリング状のエネルギーを生み出した。

 

「最早手加減無しだ、これでも喰らえっ!」

 

 それは名付けるなら『ミスティックシューター』と言うべきか。無数のピンク色のリングが超光速でマグサリオンへと迫り、直撃すれば切り裂いていくだろう。

 

「緩い、遅い、欠伸が出るわ。そんな手品で俺を殺せるとでも?」

 

 しかしそれを前に、マグサリオンは一歩も引かず、前進しながら剣戟を奮って全てを粉砕していく。多少の被弾はあれど、それでは止まらないようだ。

 しかし、魔人は変わらず不敵な笑みを浮かべる。

 

「なら、更にとっておきの手品で驚かせてやろう。」

 

 そう言い放つと、魔人は息を吸い込んで風船を膨らませるように吹き出す。すると、その口から白いクリームのようなものが現れ、魔人と同じ顔をした幽霊のようなものが現れた。

 

「名付けて“スーパーゴーストカミカゼアタック”だ!」

「…….くだらん」

「そう言ってられるのも今のうちだ、行けェ!ゴースト達!」

 

 まるで子どもがテンションだけで作り上げたような技と名前、実際マグサリオンも呆れたような口調でその様子を見ていた。

 そして迫る幽霊達、マグサリオンは鬱陶しそうにそのうちの一体に剣戟を叩き込んだ。

 

「……ヒヒッ」

「ッ!ガァッ!?」

 

 だが次の瞬間、その幽霊が眩い光と共に大爆発を引き起こした。流石のマグサリオンも予想外の光景で、それを真正面から受けてしまう。殺意の権化とも言える彼ですら、ほんの一瞬殺意が止まるほどの不意であり、激痛が伴い無くなったはずの肉体が戻ってしまうほどの威力が込められていた。

 

「ハハハハー!やったやった、やってやったぞ!カッコつけて偉そうにしてるからそうなるんだ、ざまみろー!」

 

 その様子を見て、魔人とその幽霊達はまるでとっておきのイタズラが成功したかのように喜びの声と挙動をしながら、空中でピョンピョンと跳ねつつ笑いを弾けていた。

 

「……なるほど、触れれば爆発するのだな。」

「ッ!?」

「ガァッ!?」

 

 しかし、その直後にマグサリオンの声が響き渡れば、魔人の半身と、幽霊達の半数が空間ごと裁断される。まるで真っ二つに割れたガラスの様に。煙幕が晴れ、ふらふらと壊れたカカシの様な挙動をしながらも、魔人に向かって殺意をあらわにしながら、そう言い放った。

 その光景を前に、まるで歩み寄る死の恐怖を実感したかの様に戦慄の表情を浮かべ、すぐさま失った半身の再生を起こっている。

 

「確かに驚かされた、だがトドメを刺さないのは餓鬼らしく未熟だな。」

「餓鬼、だとォ……えらそうにいいやがって、ならもう一度喰らって逝きやがれェェェッ!!」

「……学習しろよ、阿呆が。」

 

 迫る幽霊達に向かって、漆黒の斬撃を飛ばして迎撃する。直撃したのは6体、残りの2体がマグサリオンの背後へと回り込む。1体が手を頭上で交差させ、後方の一体が腰に両手を構えた。

 

「魔閃光ォォッ!」

「か・め・は・め・波ァァァッ!」

 

 爆ぜる爆光がマグサリオンの視界を覆い、次いで青白いエネルギー波がマグサリオンを貫かんと迫り来る。星々を貫き破壊せしめる光を前に、マグサリオンは…………

 

「工夫した様だが、俺を止めるにはまだ足りない。」

 

 空手の左手を掲げて握り潰せば、魔閃光を握り潰してその分の距離を詰める。そして即座に剣を振り下ろせば、時空ごと裁断してかめはめ波ごと、二体の幽霊を丸ごと無へと飲み込んだ。

 それはまさに、無貌の怪物。たとえ異形の怪物だろうと、彼の魔道を止めるのが困難だと証明するかの様な光景だった。

 

「ぐ、ううゥッ……」

「さて、あとはお前だけだな。」

「……おい、剣士サマよ。アンタは飴玉は好きか?」

「……?ッ!」

 

 ゆっくりとマグサリオンが魔人へと歩み寄る最中、不意な問いかけが行われた。その直後に頭上の触覚から怪光線が放たれる、それを咄嗟にマグサリオンは片腕で防いだ。

 

「何!?」

「……そうか、その光線は受けたものを菓子へと変えるのだな。」

(馬鹿な……あのビームは片腕だろうと受ければ全身に回るのだぞ?だと言うのに、片腕で防ぐなんて不可能な筈……いや、まさか。)

「ハァァァッ!」

「ッ!チィ……」

 

 魔人がマグサリオンの右腕に向かって、拳をぶつけようとする。それに対して、マグサリオンは咄嗟に剣を盾の様に構えて拳を防いだ。

 それを見て、魔人は確信した様に笑みを浮かべた。

 

「やはりな、ビームは効いてないわけでは無いようだな。見た目の変化はないが、その腕は飴玉になってるわけだな?」

「……」

「黙ってると言うことは、正解だと言ってる様なものだ。フフフ、片腕ではバランスが悪くて、今までの様な予測困難なダッシュはできまい。今まで散々、私をコケにしたことを後悔しながら逝くが良いッ!」

 

 そう言い放ちながら魔人はマグサリオンに向けて、瞬間的に速度とパワーを集中させたアッパーカットを繰り出した。直撃すれば宇宙空間に到達するほどに飛ばされていく。

 

「グゥッ!?」

 

 そのフォームはまさに、拳闘をするものであれば魅了してしまいそうなフォームだ。単なる力自慢ではなし得ない技術と鍛錬だからこそなし得る姿だ。

 だが、そんな人の様な技術を人外たる魔人が得られるものなのだろうか?しかし、そんな疑問を誰かが答えてくれるわけもなく……

 

「そらそらどうした、そのまま私のサンドバッグで終わる気かッ!?」

 

 そしてマグサリオンが飛翔するよりも速い速度で、魔人が遥か上へと移動する。その速度は最早光をも凌駕し、人の常識の範疇で定義できる速度ではない。

 その速度を乗せた一撃を、マグサリオンへと叩き込む。その勢いが殺せなければ、眼下の星々を激突し、貫通していくだろう。

 

「まだだ」

「ッ!?」

 

 だが、その拳に向かってマグサリオンが刃を立てる。まるでページの捲れた本の様に、魔人の腕が分かれていく。思わぬ反撃に動揺したのか、腕を再生させつつも宇宙空間で魔人は僅かに後退する。

 しかし、即座に気持ちを切り替えつつ腰に両手を添えた構えを取る。

 

「ふん、まだ抵抗できる程の元気は残っている様だが今のキミに何が出来る?

終わらせてくれる……かめはめ波ァァァッ!!」

 

 突き出した両手より放たれるエネルギー波、それを中心に渦巻く余波は太陽系をも破壊せしめる攻撃。片腕のみのマグサリオンでは、力負けはせずとも今までの様に捌ける余裕はなく、この攻撃に巻き込まれて致命を負いかねないだろう。

 そう、このままでは……

 

「ああ、それも“取り込んだ奴ら”からの力の一端なんだろう?」

「ッ!?」

 

 エネルギー波が宇宙空間を走る最中、マグサリオンは魔人に向けてそう言い放った。この魔人の戦闘スタイルは、どうにもおかしい部分があった。人体に偏在する気を活用した戦法はどかく、その他からはどうにも一貫性が感じ取れなかった。例えば“スーパーカミカゼゴーストアタック”や“直撃したものを菓子に変える光線”など異質な技も繰り出していた。サブウェポンとして扱うならばともかく、どれも並の戦闘者であれば一瞬にして勝負をつけてしまえる脅威的なもの。そして本体のゴムの様な柔軟性と再生機能のある身体。察するに、色々な戦士をその細胞で吸収し、強くなっていくのがこの魔人の特徴なのだろう。この真実に、ようやくこの場において確信を持てた。

 

「だがらどうしたァァァッ!」

 

 そう、普通であれば真実に到達したところで戦闘には何の影響もない。だが、マグサリオンは違う。今この刹那こそ、マグサリオンの真骨頂なのだから。

 

「“隙”だらけだ」

「なァッ!?」

 

 相対する敵への理解度に応じて戦闘力が増していく、それこそがマグサリオンの第二戒律の真の効果だ。放たれるエネルギー波を、まるで波乗りするかの様にスレスレかつ、まるでハードルを超える様な動きで回避する。そして驚愕する魔人とすれ違い様に斬撃を叩き込んだ。

 

「ガァゥ!?」

 

 それも一つ二つではない、霧状になるほどに微塵切りに。エネルギー波はどこかで激突し、背後の星々が文字通り星屑になる爆発を背景にしながら、マグサリオンの斬滅が行われた。

 これにて終幕、と思われたが……

 

「……」

「しぶとい奴だ」

 

 魔人は肉片を集めて再生していた、これでもまだ死ぬことはない様だ。しかしその表情からは余裕さが消えており、明らかな憤怒の表情が浮かび上がっていた。

 

「馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって、宇宙最強のオレを馬鹿にしやがってッ!ガァァァァァァァッ!!」

 

 魔人は怒りの号砲を爆発させながら、両手を頭上へと上げた。すると、宇宙空間に無数の異次元がところどころに発生し、それが次第に全てを埋め尽くそうとしていた。

 間違いなく、第二天の宇宙を終滅させようとしている。その上怒りが暴走していて理性すら見えない。どれだけ声をかけようとも届かないだろう。それを前にマグサリオンは……

 

「単なる自意識過剰な阿呆かと思ったが、確かに宇宙最強を自負する程の力はある様だな。だが、そんな屑な行いを許すほど俺は甘くない。」

 

 そう言いながら疾走し、魔人へと距離を詰める。だが魔人の周囲にはバリアが張られており、剣の間合いまで詰めることができない。

 

「邪魔だ」

 

 しかし、その障壁の解れを見出しガラスを砕く様に砕いていく。そして距離を詰めれば、魔人の身体を凝視する。

 表層、細胞、内部構造、それらを認識して更なる深部へと観察眼を凝らす。その最深部から感じるのは、一際強力な神性を持つこの魔人とよく似た存在、同じく神性を持ち尚且つ異星人の性質を持つ緑色の異星人。そして膨大なエネルギーを持つ青年と、それと比べて劣るものの決して低くないエネルギーを持つ子供二人。これらがきっと、この魔人を構成する因子なのだろう。決してマグサリオンは彼らを助けるつもりはないが、この魔人を確実に始末するために彼らを狙いに定める。

 

「ァッ……」

 

 畝りをあげる漆黒の斬風、刺突の形で放たれた剣戟は魔人の胸部を穿った。魔人を構築していた肉体から完全に分離され、この宇宙から消え去った。これにて魔人とマグサリオンの決闘は勝負がついた、かに思われた。

 

「アァァァァァァァァッ!?」

 

 その直後、魔人の体がまるで沸騰する様に変化していく。一瞬、その存在強度が弱まるが、数秒後に一気に高まった。体自体は少年の様に小柄ながらも、逆にコンパクトさを感じさせる。

 “純粋”その言葉を連想させる様な姿だ。マグサリオンもそう感じたようで、その魔人を見据えた直後に確信する。

 

「それがお前の“本来”の姿か。」




この状態の魔人ブウは本来最強格なのですが、ベジットが相手だから弱く見えるんですよね。なのでこの戦いで、本来はこれくらい脅威なのだといったスタンスで書きました。


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第十陣 Ⅱ 復活した魔人

今回は少し短めです、あまり思いつきませんでした……


 

 

「ハァ〜ッ」

 

 小柄になった魔人は、まるで憑き物が落ちたかのように快適な表情を浮かべていた。その直後、まるで視界の端に蚊を見つけたかのように、ノーモーションで手を上空に掲げて気を凝縮させる。

 そして巨大な球体になれば、蚊を殺すかのように脚元、即ち地球に向かってそれを振り下ろした。言うなれば“バニシングボール”それが地面に直撃すれば星の命を殺すだろう一撃を放ちこむ。

 

「やらせるかよ」

「ッ!?」

 

 しかし、バニシングボールが地面に直撃するよりも早くマグサリオンが剣を下から跳ね上げる。星の煌めきの如き爆発が発生し、それを突き破って魔神の片腕を切り飛ばす。しかし切り飛ばされた箇所から即座に腕が再生する。

 

「ウギャギャギャー!!」

 

 そして新たな玩具を見つけた様な笑みを浮かべれば、魔人は距離をとって大きな咆哮を放ちそれに伴う超音波を放った。それは次元を歪ませるほどで、直撃すれば体が崩壊しかねないだろう。しかも下手な音波攻撃とは違い、その音波は地球全土に広がりかねないほどだ。

 

「その手の攻撃は見覚えがある」

 

 しかし、それすらもマグサリオンの想定内。剣を上段に構え、そして弾頭台の様に真下へと振り下ろす。すると天地開闢を連想させる空間の断絶を引き起こし、音波を縦に割り霧散させた。

 その光景を前に魔人は驚愕の表情…………

 

「………ヒヒッ、ウギャギャウホーッ!!ホッホッホッホッ!!」

 

 することなく、凶悪な笑みを浮かべればまるでゴリラの様にドラミングを始めた。それはまるで太鼓を叩き、士気を鼓舞する様な光景だった。実際、その存在強度が少しずつ上がってきている。しかし、それはマグサリオンとて理解している。

 

「来ないなら、こちらから行くぞ。」

「……キヒッ」

 

 疾走するマグサリオンを前に、魔人は腰に両拳を構える。そして気を凝縮し、マグサリオンの剣が届く前に紫と桃色の波動砲を放った。マグサリオンは咄嗟に回避するものの、背後の景色へと大きな破壊が齎される。多くの命が潰えたことが、そんな事に彼らは無関心である。

 そして魔人との距離を詰め、今度は反対の腕を切り飛ばした。しかしそれだけで終わらず、今度は胴を切ろうすれば、切り飛ばされた腕が球体となって一人でにマグサリオンへと迫り来る。言うなれば『アームボール』がマグサリオンの進撃を妨害する。単なるダメージで済めば良いが、何が起こるかわからない以上、下手な直撃は愚策というものである。

 

「ウギャギャギャギャギャー!!」

 

 その様子を嘲笑うように魔人は回避し続けるマグサリオンに向けて、宙で弧を描きながら突進を繰り出した。それを側面から受け、マグサリオンが壁面へと激突した。その様子を見て、魔人は腕を元に戻して子供の様に悦びはしゃいでた。だが……

 

「戯れてるつもりか」

「ッ!」

「まあ、楽しむのは勝手だが、生憎と遊びの時間は終わりだ。」

 

 周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら、再びマグサリオンが戦線へと復帰した。それを見て魔人は警戒態勢に入るが、その直前にマグサリオンが剣先を魔人へ向けながら言い放った。

 

「ある程度見て確信した、今の貴様はただ破壊を撒き散らす獣にすぎん。多少の戦闘の工夫は見えるが、さっきの鼻にかけた様な姿とは一変して強さの証明や知性的な動きが見られない。今のお前は目の前にあるものをただ破壊するだけの屑だ。

 そんな輩に、俺が遅れを取る道理はない。」

「ウギャギャギャギャーーー!!」

 

 マグサリオンの言葉を理解しているのか……否、単なる音としか認識してないのだろう。彼の言葉が終われば、魔人は目を上に掲げれば今までとは比較にならないほどに巨大な光弾が一瞬にして出来上がる。それが地面に直撃すれば、間違いなく地球は破壊される。

 だが、最早その次元ではマグサリオンを足止めすることすら叶わない。魔人の本質を理解した彼は、時空を超えた剣戟を以って光弾と魔人ごと裁断し、致命の一撃を刻む。

 

「ガァッ!?」

「終わりだ、ただ破壊を撒き散らす獣に遅れをとってる様では俺も程度が知れると言うものだ。」

 

 再生しようとするも、それも許さない。気体どころか原子の域まで分解されるほどに細かく、そして容赦なく切り刻む。そして止めの一閃が振り下ろされれば、魔人の姿は粉微塵となって消え去った。何処からか再生する様子はなく、ただ静寂のみが通り過ぎるだけである。

 

 



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番外 最弱のヒーロー

今回は比較的?平和な回です。


 

 

「やぁ、こんにちわ。」

「………」

 

 闘技場へ、小太りな一人の中年男性が現れた。それも今時の子供ですらダサいと感じるようなボロボロなヒーロースーツを着ており、端的に言って見窄らしい姿だ。剣呑な雰囲気を出すマグサリオンとは実に対照的で、誰の目から見ても弱い男だ。周囲からその光景を見据える“みんな”からの印象も悪く、嘲笑する声すら聞こえそうである。

 しかし、そんな事実を知ってか知らずか、マグサリオンの目を見据えながら語りかける。

 

「君、お腹空いてるんじゃないかな?良かったら焼きたてな私のあんぱんを食べなさい、きっと元気が出るよ。」

「要らん。」

「ん、そうか……まあ、その声を聞くに元気そうだしね、要らないのも当然か。」

 

 即答、マグサリオンの返答はまさに食い気味だったと言えるだろう。その返答を聞いて男は少しがっかりそうな顔を浮かべるも、頷きながらどこか納得したような表情だった。

 すると、マグサリオンの握る剣の穂先が男へと向く。

 

「お前、ふざけてるのか?機嫌でも振る舞えば殺されないと侮っているならば、覚悟してもらうぞ。」

 

 殺意を露わにし、視線を鋭くしながら言い放つマグサリオン。誰もが数秒後にこの男の命が潰えると予想しただろう。

 しかし、それを前にしても男は笑みを崩さない。少し儚げであるものの、そこには慈愛の相が浮かび上がってた。

 

「ははは、参ったな。そりゃここがどんな場所かなんて流石に分かっているとも。血が流れるのだろう?目的は知らないが、要は闘う場所だ。

だけど、それでも私はお腹が飢えて苦しんでる子供を救いたいんだ。飢えたままだと、死んじゃうからね。」

「………その結果が、胸の傷か?」

「ッ!?」

 

 男の返答を聞き届けたマグサリオンは、今度は彼の胸に刻まれた傷へと剣先を向ける。その指摘に男は動揺の顔を浮かべ、自身の胸に手を当てる。

 

「……見えてたのかい?」

「そこから濃い血と火薬の匂いがした、察するに爆撃されたのだろう。そこに恨みや怨嗟は無く、単なる勘違いなんだろうがな。思い違いで理不尽な死を迎えるなんぞ、人の社会であれば珍しくない。だが、お前の正義は結局報われなかった。違うか?」

「ああ……自覚しているとも、子供たちからの人気は無かったからね。飢えてるみんなを救うという夢は、終ぞ叶えられずに終わってしまった。」

 

 マグサリオンの指摘を男は肯定した、その声色は涙ぐんでおりどれほどの無念なのかは察せられるほどである。

 だが、マグサリオンは優しくない。しかして誇りを踏みつけるほどの外道に在らず。あくまで男の真実を暴くべく口の剣を振るいあげる。

 

「ならばその正義は捨てて然るべきもの、報われる保証のない道を歩むことに価値はない。」

「……ははは、君は本気でそう言ってるのかい?」

「ああ、人は勝手に死んで、勝手に争い勝手に生まれる。態々餌をばら撒く必要はない。」

「その通り、だから私も勝手にあんぱんを配って勝手に子供達を救おう。」

「……」

「君は乱暴者だけど、どうやら人の自由までは奪う気はないようだね。良いかい、理不尽に一度や二度死んだからって、私は私の正義を捨てる気はないよ。」

 

 男の返答を聞き、マグサリオンは少し呆気を取られたような目になる。しかし即座に視線を鋭くして更に指摘を続ける。

 

「その正義のあり方は、人を魅了しないぞ?」

「関係ない、馬鹿にされようとも子供たちの飢えが癒えればそれで良い。」

「お前は貧弱だ、お前の憎む悪に刃向かえない。」

「それでも武器を握ることに逃げたくない。戦争は嫌いだ。」

「どれだけお前が正義を貫こうとも、お前に悪の免罪符をつける輩がその内出てくるぞ。」

「私を悪にして子供達の愛と勇気が育まれるなら、それこそが私の勝利だ。」

 

 男の決して曲げない返答を聞き、マグサリオンは辟易したように息を吐いた。

 

「貴様……俺の思ってる以上にとんでもない馬鹿者のようだな。」

「ははは、伊達に長年ヒーローはやってないとも。それでも世界から戦争が一向になくならないのは、どうにも歯痒く感じてたがね。君のところはどうなのかな?」

「………お前の言うそれと似たニュアンスと伝えておく、それ以上は答える義理はない。」

「なるほど、そうか。どんな世界でも、戦争はあるものなんだね。だが君のその顔を見るに、もしかして戦争は嫌いなのかい?」

「ああ、よく誤解されるが俺は戦争も殺し合いも嫌いだ。血と殺戮に淫してなどいない。」

「……そうか、君は不器用だけど優しい子なんだね。」

「殺されたいのか、お前?」

「ちょっとちょっと、そう言うところが誤解されるんじゃないかい?」

「大きなお世話だ。」

「ははは、素直じゃないね。さて、君ともっとお話ししたかったけど、そろそろ行かなきゃ。」

 

 嫌悪感を露わにするマグサリオンに臆することない男は、ここから抜け出さんと踵を返す。

 ボロボロのマントが靡き、上空へ飛び立とうとした時にマグサリオンの言葉が背中に刺さる。

 

「おい、菓子パン男。」

「うん?」

「お前の名を聞かせてみろ、覚えておく。」

 

 彼を知るものからすれば、驚きの光景だろう。誰かの名前を積極的に聞こうとする姿なんて、彼の生涯の中でも滅多にある姿ではない。

 その一方で男は苦笑を浮かべながら言い放つ。

 

「君は優しくて真面目な良い子だ、だけどマナーは守らなきゃいけないよ。人の名前を知りたければ、まずは自分が名乗る。そう聞いたことはないかい?」

「…………………マグサリオンだ。」

「ん、宜しい。」

 

 心底不快な表情を浮かべながらも、マグサリオンは名乗りをあげた。それを聞き届ければ男は自身の名前を口にする。

 

「私の名前は“アンパンマン”だ、また会おうねマグサリオンくん。今度は私のパンを、食べてくれると嬉しいな。」

 

 そう言い残して、ひ弱で優しいヒーローはどこかへと飛び立って行ったのであった。

 それを見届けるのは、不器用だけど、一途で負けず嫌い救世主(ヒーロー)だった。

 




分かる方はお察しの通り、今回は初代アンパンマンを登場させました。彼がもしもマグサリオンと対面したら、こんな感じに対話するだろうなー、と妄想した結果がコレです。


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第十一陣 極楽浄土

今回は色んな意味でlightユーザーの話題となったあの男です。


 

 

 闘技場に、また再び挑戦者が現れる。それは人間であり、見た目だけで言えばあくまで眼鏡をかけた軍人。それもとても地位の高い人物だと伺える。そしてその身からは悪意の類は感じられず、清廉潔白さをマグサリオンは感じ取った。

 しかし、だからこそだろう。警戒せずには居られない。よく知っているのだ、この手の人物だからこそ、悪意なき暴虐を齎すのは古今東西よくある話なのだと。

 

「君が私の対戦相手……いや、私が君のために用意された駒なのかな。

 ふむ、察するに多大な努力を以てここを実現したのだろう? いやはや、心底に感服するよ」

「……何が目的だ?」

 

 男はマグサリオンと対面すれば、爽やかな口調と共にマグサリオンを一方的に讃えることを口にしていた。しかしそんな事を聞いてもマグサリオンが良い気分になるわけもなく、さらに警戒した口調でそう言い放つ。しかし、男はそんな事を気にする事なく、話を続けた。

 

「目的?私の様な愚物に、最早そんなものはないとも。しかしそうさな、一つ敢えて示すとすれば君の夢を知りたい。」

「……夢だと、正気か貴様?」

「無論だ、君ほどの傑物ならば世界に向けて臨むことの一つや二つあるだろう?私はそれを知りたいだけだ。君の願望が相応しいものであるならば、ぜひ協力させて欲しいのだが……」

「……貴様、馬鹿か?」

 

 男の言葉を聞いて、マグサリオンは鼻で笑った。彼を知るものであれば、当然の反応だと言わざるを得ないだろう。

 

「俺に仲間なんていない、手を貸すものなんぞ不要だ。いるのはいつだって、敵と敵の敵だ。俺が望むのはあくまで悪の根絶、その為に他力なんぞ求めん。あくまで俺自身が悪を喰らう悪として君臨し、反吐が出る大義の流転を終わらせるだけだ。」

「悪? いやいや、君のような存在を人は英雄というのだ。悪を喰らう悪という事は、即ちいずれ滅ぼされる事を前提としているのだろう?それでは君という勝者が哀れではないか……故にどうか、滅ぼされることで浄化などと悲しい事を言わないで欲しい。貴方のような人間を私は求めていたのだから。

 故に我が極楽浄土にて、万代不易の祝福を!」

 

 彼の独白にマグサリオンは辟易とした表情を浮かべてたが、一つ気になる箇所に反応を示した。

 

「……英雄だと?ああ、前に来たカグツチとやらと似たもの同士か貴様。」

「カグツチ?……ああ、もしや天奏も此処に来てたのか。なるほど、という事は彼も倒したというわけか。素晴らしい、俄然興味が湧いた。」

「……」

「君の実力を、どうか私に焼き付けて欲しい。私はギルベルト・ハーヴェス。正義の味方になりたいと願った、凡俗な男の願いをどうか聞いてほしい。」

「……良いだろう、付き合ってやろう。俺はマグサリオン、悪を滅ぼすただ一つの剣だ。」

 

 こうして、ギルベルトとマグサリオンの決戦が幕を開けた。

 

 疾走するマグサリオン、それに対して迎える様に不動であるギルベルト。距離を詰めれば無尽の殺意を纏いし刃が、ギルベルトの首へと向かう。当然、馬鹿正直に受け止めるわけもなく、彼も剣を抜いて迎撃する。

 マグサリオンの第一戒律『絶し不変なる殺戮の地平(サオシュヤント・アウシェーダル)』は殺意を飽和を攻撃力へ変換する異能、それによって殺意がある限り攻撃面ではマグサリオンが優勢となる。そう、今までの戦いでもそれは不動だったのだ。だが…………

 

「ッ!?」

「ほう、理屈は知らないがどうやらパワー面では君の方が上の様だ。危ない危ない、迂闊に受け止められないな。」

 

 結果は相打ち、両者共に無傷ではある。だが、それは異様な結果だろう。重ねていうが、第一戒律の性質上殺意の類がある限りははマグサリオンが力負けすることは理論上あり得ない。それはギルベルト本人の方から語られてるように、当人だって認識しているのだ。だが、ならば何故相打ちになるのか?分からない、この不可解な現象がマグサリオンを困惑へと誘う。

 だが、何か行動をしなければ分かるわけもない。下手な行動は自滅へと誘うリスクもあるかもしれないが、何もしないから状況が好転する保証だってない。そして何よりも、マグサリオン本人がそうした性分ではないのだから。殺意を糧として再び剣を振り上げ、胴を絶たんと振り上げる。更にマグサリオンは第二戒律『絶し不変なる凶剣の冷徹(サオシュヤント・マーフ)』を用いてギルベルトの視界の外に剣を動かしており、いわば隙をついた攻撃をしている。

 

「ッ!?」

「腹部がお留守だ。」

「グゥッ!?」

「私の見えない箇所へ攻撃をしようとしたのだろう?だが、それは君の視線さえ見ていれば自然と見当はつくとも。」

 

 しかし、ギルベルトに直撃する前にまるで壁に激突したかのようにマグサリオンの腕が一人でに弾けて剣戟があらぬ方向へとズレた。当然側から見れば隙だらけであり、ギルベルトがそれを見過ごす訳もなく、横一閃がマグサリオンの腹部を抉る。マグサリオンはこの不可思議な現象に殺意が揺らぎその数だけ、無の身体なんて幻想に過ぎないと言わんばかりに血肉がはぜる。

 やはり、原因が掴めない。まるでギルベルトの他に透明人間がいる様な状況である。加えて不意をついても高度な演算能力で、その上をいかれる。マグサリオンの混濁する記憶の中から浮かび上がるのは、バフラヴァーンの展開した大乱闘。無意識下のうちに己と変わらない分身を生み出して展開する大乱闘(バトルロワイヤル)、それと似た様な状況だが、決して違うとマグサリオンは感じとる。だがしかし、ギルベルトはそんな推敲する時間を易々と与えない。

 

「さあ、共に未来を目指そう。君の輝く姿が見てみたい。

 まだまだ諦めることは無いのだろう? 素晴らしい姿勢だよ。更なる高みへ共に往ってくれまいか。君こそが今の私の標なのだからッ!」

 

 指揮者のタクトの如く振るわれる剣、その全てに高度な研鑽が纏っている。マグサリオンの凶暴な剣風とは対照的で、最短距離で急所に迫る剣戟が血肉を抉る。加えてマグサリオンの狂気的な観察眼を持ってしても、何処かズレたタイミングで穂先が迫り、それが混乱を招き殺意に揺らぎを生じさせる。これこそギルベルトの真骨頂、白兵戦において一度剣を交えただけで相手に何もさせない白夜の悪夢に他ならない。それを讃えるように、ギルベルトは己が星の輝きの詠唱を唱え始める。

 

「創生せよ天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星

 

いざ並べ、死後裁判は開かれた。眠りにまどろむ魂魄ならば我が法廷に凜と立て

 

公正無私の判決に、賄賂も媚態も通じはしない。宿業見通す炯眼は、清白たる裁きのために重ねた功徳を抉り出す

 

汝、穢れた罪人ならば禊の罰を受けるべし。地獄の責苦にのたうちながら、苦悶の淵へと沈むのだ

 

汝、貴き善人ならば恐れることなど何も無し。敬虔な光の使徒に、万代不易の祝福を

 

これぞ白夜の審判である。さあ正しき者よ、この聖印を受けるがよい。約束された繁栄を極楽浄土で齎そう

 

超新星(Metal Nova)

 

――楽園を照らす光輝よ、正義たれ(St.stigma Elysium)

 

 地を踏めば、足場が崩れてもつれ、剣を当てれば直撃する前に一人でに弾かれる。そして避けようとすれば瞬間的にワンテンポ早くなって剣戟が生命を奪いにくる。マグサリオンはその必罰の嵐の最中、我武者羅に剣を振り続ける。しかしギルベルトからすればそれもまた、想定内。動揺する要素が微塵もなく、寧ろそうなれば急所が無防備になるのは想像に難しくない。そしてそれを、ギルベルトが見逃すはずもなく……

 

「私の勝ちだ。」

 

 まるで扉の錠口に鍵を刺すように、マグサリオンの胸倉に向けて剣を深く突き刺した。狙いは心臓、加えて内側から更なる追撃も加えるのも怠らない。致命傷に更にダメ押しの一撃、これでギルベルトの一方的な勝利だろう。

 

 

 そう、相手が確かな人間であったのならば。

 

「……そうか、お前の力の正体は衝撃の付与というわけか。それも接触した箇所に好きなだけ、加えて相手だけでなく己にも自由にできるわけか。だから俺の攻撃の悉くが出鼻を挫かれたわけか。大したものだ、まんまと嵌められていたとも。」

「ッ!」

「だが、これまでだ。ああ……お前みたいな気狂いを俺が逃すわけないだろう。おいお前、俺の輝く様を見たいと言ったな?ならば良いだろう、精々目を凝らしてよく見ておけよ。」

 

 だが、超至近距離でマグサリオンの閉じぬ瞳が不意をつかれたような表情をするギルベルトとの視線が絡む。そしてそう言い放つと同時に、マグサリオンの掌がギルベルトの顔面を鷲掴む。その最中、不思議とギルベルトの対応が遅れてしまった。まるでさっきまで動いてた精密機械にバグが生じてしまったかのように。その原因は大きく分けて三つある。

 一つ、致死の域に至るまで攻撃したのに死んでないマグサリオン。二つ、ここで初めてマグサリオンが素手で対応し始めたこと。そして三つ、これこそがマグサリオンの第二戒律『絶し不変なる凶剣の冷徹』の真の効果によって生み出された隙、即ちギルベルトの意識の間隙が発生したのだ。

 

「グガァッ!?」

 

 まるでトマトでも潰すかのように強く握るマグサリオン、その結果ギルベルトは脳挫傷と視神経の断絶が発生した。そう、誤解されがちだから第一戒律の威力上昇はなにも剣戟限定に限らない。マグサリオンの攻撃全てに上昇効果が付随されるのだ。これによってギルベルトは意識の大混乱と視界不良が発生する。

 それはまさに、光によって目が焦がれた。否、無によって目が絶たれたと言えるだろう。

 

「ぐ、ウゥ……」

 

 不意な出来事、そして頭部内で走る激痛に思わずギルベルトは蹈鞴を踏みながら距離を取ろうとする。流石に視界が血によって塞がれれば対応に無理が生じる。

 

「逃さん」

 

 しかし、そんな当たり前な思考をマグサリオンが想定しないわけもなく、そして何より許すわけがない。血塗れの掌を離れていくギルベルトに向けて握りつぶせば“距離(セカイ)”を殺して先程までの間合いまで詰める。そして剣戟の間合いまで縮めれば、ギルベルトに向けて上段から一閃振り下ろす。

 

「ガァッ!?」

 

 雷鳴の如き爆音と共に、血飛沫が舞う。初めてまともにギルベルトへの攻撃が通ったと言えるだろう。しかし、その直前にギルベルトは確かに衝撃の付与を行っていた。距離を剣の間合いまで詰めれば攻撃が迫ると分かっていた。そしてマグサリオンの武功は凡庸の範疇。ならば視界不良だろうとも正面から攻撃が来るのは当然と予想できる。故に攻撃が来る直前に指を鳴らし、必罰の星を発動させた。

 しかし結果はこれだ。衝撃が発動されたにも関わらずマグサリオンの攻撃が通った。その理屈はどういうものか、ギルベルトは理解出来てない。それを見越してか、片膝をつくギルベルトに向かってマグサリオンは言い放った。

 

「単純な話だ、俺の方が強い。ただそれだけのことだ。」

「は、ははは……なんという事だ素晴らしいッ!」

 

 そう、マグサリオンが白夜の悪夢を乗り越えたのはたった一つの単純な理由。発動した衝撃よりも強い質量のパワーで押し通しただけのことだ。

 無論、それはギルベルトの力に対して無理解のまま出来ることではない。第一、力の出所がわからなければどれだけ質量を高めても空回りするだけであり、下手すればそれをギルベルトに利用されるリスクだってあるのだから。故に理解することで第二戒律の真の効果によってマグサリオンの存在強度を高め、発動する瞬間に第一戒律によって獲得したパワーで押し通す。それを用いて白夜を押し除けたのだ。それを理解したギルベルトは讃えるように笑い声を張り上げた。

 

「やはり私の判断に狂いはなかった、君こそ標にすべき英雄だ。ならば、私も全てを絞り出さねばなるまい。そう、まだだッ!」

 

 ギルベルトもまた、マグサリオンに迫るべく光の使徒らしい選択をした。ここでは彼の十八番の演算力でもなければ能力による力押しでもない。全ては気合と根性、心の力で起死回生を図ったのだ。

 脳挫傷も、視界断絶も全て覚醒を持って補う。目を覆ってた闇が晴れ、混乱に満ちていた脳裏が浄化されていく。

 

「そうだ、これこそが人の歩むべき光の道。確かに個性がある以上はスペックに個体差があって然るべきだが、その程度誤差にしか過ぎない。ヴァルゼライド閣下も、そして君もまた心の力一つで奇跡を成し得た。ならば、答えは明白だ。全ては心一つなりッ!」

 

 その答えを、さもこの世全ての真理であるかのようにギルベルトはそう宣誓した。そして同時に迫る下方から跳ね上げて迫る白夜の剣戟。

 その一振りには“1277層”に及ぶ衝撃が付着しており、まともに受け止めれば想像を絶する衝撃がマグサリオンに迫り来るだろう。

 

「貴様の言ってること自体は正しい、大抵の連中は否定するだろうが、裏を返せばそれは痛いほど正しいことだからな。だが小さいんだよ。お前の瑕疵は其処にある。」

「っ!ガァアァァァァッ!?」

 

 冷徹な殺意を声色に込めると共に、マグサリオンは多重化したギルベルトの剣戟に向かって真正面から剣を振り下ろした。空間ごと破裂するかのような衝撃音と共に、ギルベルトは正面から迫る圧力に押しつぶされた。

 曰く、ギルベルトの瑕疵。それを見極めて晒し、解体せんと無慙無愧の剣が畝りをあげた。

 

「心もまた力の一つと見るのは勝手だ、あながち間違いでもない。だがそんなのは、結局のところは身長の高低差と同次元だ、何故なら心がなくとも強く在れる人間だっているのだからな。例えるならば身長が高い連中を集めれば最強の軍隊でも出来上がるとでも?違うだろう。そんなこと、ちょっと考えれば餓鬼でも理解できることだ。」

「グゥ……ならば、それが私の瑕疵だとでも?」

「言っただろう、小さいと。他にも理由は存在する。お前の言葉をまとめれば、優劣が即座に理解できる世界こそが理想なのだろう。英雄は英雄、屑は屑と。確かにそうした社会になれば、優秀な奴と劣悪な奴というものが分かりやすくなる。だが、人間と社会というのはそう単純なものではない。

 なぜなら、人であれば凡人というのも確かに存在するのだから。だがお前のその理想社会はそいつらも弾くのだろう?お前の世界では、凡人の輝きを理解出来ないから潰してしまう。」

「ッ!」

 

 それはかつて、ギルベルトが光と仰いだ英雄に指摘された真実である。それは例えるならば恒星のみで構築された宇宙、闇の全てを破壊したその環境は、もはや宇宙とは呼べるものではないだろう。当然ながら、人が生きていける世界ではないのはいうまでもないことだ。

 そう指摘しながらマグサリオンの剣先がギルベルトの心臓を穿った。それを受け止めるギルベルトは、避ける様子すらもなくあるがまま攻撃を喰らった。

 

「ガ、ァァ……」

「ああ……勘違いするなよ。凡人こそが尊ぶべき聖人とでもいうつもりはない。凡人とは善と悪、光と闇どちらにも転がり落ちる可能性がある屑になり得る。そんなつまらん輩と分かれば俺は即座に斬り殺す。」

「ならば、君は一体私の何が足りないと言いたいのだ……」

「足りない、というより知らないことがあったと言うべきだな。生憎と俺は、お前よりも凡人のなんたるかを知ってたのでな。それがお前と俺の差であり、勝敗を分けた要因というわけだな。光しか尊ばない奴に、俺は遅れをとるほど愚かではない。」

「ふふふ……ふははははは!」

 

マグサリオンの答えを聞いて、ギルベルトは笑い声を上げた。彼の脳裏には、かつて己に敗北を与えた運命の砂つぶ、そしてそこへと導いた灰と光の境界線を掲げる青年の姿が。そこには爽快感が伴っており、ある種の断末魔とも言えるだろう。

 

「そうか、そうか。つまりは知っていること、持っていることの差がこの勝敗を分けたということか。ならば良し!

 全ては上か、それとも下――そうともこれが在るべき秩序なのだから。故に、約束してほしい。いつか、君の見定めた凡庸の輝きが、どれほどの価値を示してくれたのか。」

「ああ、覚えておくとも。境界の彼方で見ておくがいい。」

 

 マグサリオンはそう言い放ち、光の審判者の首を跳ね飛ばし彼方へと送り飛ばしたのだった。

 



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第十二陣 光の魔王

lightユーザーなら(ry
ただ、オチがかなり賛否分かれるかもしれませんが、それでも宜しければ進めてください。


光の魔王

 

 不意に、時空に揺らぎが生じた。それはまるで部屋の壁に穴が開く様に。マグサリオンが眉を顰めてその穴を見せえれば、人間一人が出入りできるほどとなり、そして黒い軍服の男が現れた。そしてマグサリオンと対面すれば、無邪気な笑みを浮かべながら挨拶する様に口を開いた。

 

「ほう、これはこれは…………かつてないほどの猛者の様だな。ふは、これは実に面白い。初めましてだ、異界の者よ。俺の名は甘粕正彦、人の輝きを絶やさぬために魔王になりたいと願う男だ。どうぞよろしく頼もう。」

「………」

「ふむ、なかなかの鉄仮面さだ。さて、来たのはいいが貴殿とは何を話せばいいのだろうか?」

「俺の会話だと?正気か、貴様……」

 

 嫌悪感を露わに、そして突き放す様にマグサリオンは呟く。しかしそれを聞いても、甘粕の笑みはさらに増した。

 

「ほう、対話を嫌悪しておきながらもしっかり言葉ができてるではないか。結構結構、その上ちゃんと意味も理解している様で何より。」

「赤子でも相手しているつもりか、貴様。」

「そんなつもりはない、ただ会話がどうしても苦手な人種とているだろう?そんな人物に無理して話せなどという、無理強いな趣味はしてないとも。」

「それで、何のためにここに来た?」

「ふむ、そうだな……ここで出会ったのも何かの縁だ。何でもいい、貴殿の輝きを魅せてほしい。」

「輝きだと?なんだ、それは破滅を齎す破壊の輝きでも構わんとでも?」

「然り、例えそれが無血の対話だろうと、拳通しの殴り合いだろうとそれが本気の意思ならば構わない。俺はその輝く様を見たいのだ。」

「……なるほど、貴様は狂ってる様だな。だが結構、俺の本気というのをその身に刻んでやる。」

 

 マグサリオンはそう殺意を露わにし、肩に担いだ剣の穂先を甘粕に突きつけながらそう言い放った。それを見て、甘粕は弾けたように笑い声を上げながら、それに応えるように軍刀を抜いてマグサリオンにそれを突きつける。

 

「ああ、是非とも見せてほしい。その前にどうか聞かせてくれ、貴殿の名を。」

「マグサリオンだ、お前を殺すただ一振りの剣である。」

「委細承知した、ならばいざ尋常に勝負ッ!」

 

 ここに、万象滅殺をする凶剣と人の輝きを渇望する光の魔王による決戦が始まった。

 

「貴殿の時代にあったかは存じぬが、人は文明を極めればこの様なものを作り出せる。その発展の成果物が武器として戦争に使われることとなった。その様な未来を、貴殿は防ぎたいと考えるかな?

 リトルボォォォイ!! ツァーリ・ボンバァァァ!!」

 

 開戦直後、両者共に動き出した。距離を詰めるマグサリオンに対し、甘粕は手を掲げれば創法を以って作り出すは二つの核兵器。それらが床に着弾し、まるで目の前に突如太陽でも発生したかの様な、超爆光を発生させる。

 あまりの荒唐無稽さに、マグサリオンは呆れた顔をせずにはいられない。核弾頭の二連射なんぞ、発動させた甘粕本人ですら無事でいられるはずもないのに。

 

「バカだとは理解していたが、これほどとはな。人が兵器を作りたいならば勝手にやればいい、結局のところ馬鹿と鋏は使いようと言ったところだからな。」

 

 そう言い放ちながら、マグサリオンは漆黒の斬撃を放ち迫る爆破の津波を真正面から斬り裂いた。それはまるで、当たり前の事に対して当たり前に対処したかの様に。しかしその光景は黒い絵の具が白い生地を塗りつぶすかの様な光景であり、誰でもできる様な真似ではない。

 だが、それを前に甘粕はまるで道でも譲るかの様に斬撃を回避する。身体能力はマグサリオンの方が上だが、技能面においては甘粕のほうが上だろう。そこは腐っても見た目の通り軍人らしいと言えるのかもしれない。加えて、彼は人の集合無意識たる阿頼耶識をその身に宿す超人だ。マグサリオンの思考を読めてるわけではないだろうが、マグサリオンは無尽の殺意を除けば人の思考にかなり近い。故に夢の旅路を経ての経験を以って、人類の行動パターンを推測すればこの程度の対処は朝飯前なのだろう。そして同時に、先の読み合いにおいてどの様な攻撃が有効的かも熟知している。それは即ち“読まれようとも関係のない攻撃”であり、そうした手段も持ち合わせている。いいや、寧ろそれこそがこの男の得意分野なのかもしれない。

 

「神鳴る裁きよ、降れい雷ィ!

 ロッズ・フロム・ゴォォォド(神の杖)!!!!」

 

 甘粕が再び手を上空に掲げれば、今度は大気圏外から音を超えた速度で無数の光が降り注ぐ。その総数は数十万程の大きな鉄の棒だった。そのどれもが神威を帯びており、地表を吹き飛ばさんと絨毯爆撃を齎してくる。だが……

 

「先を読まれようとも関係のない攻撃、か。対処が基本的に困難なだけで、裏を返せば単純過ぎてわかりやすい攻撃でもある。故に、この程度では俺の脅威とはならん。」

 

 そう、マグサリオンの進撃は物量差だけでは止まることはない。バフラヴァーンや真我との戦闘を通して、それは証明されている。裁きの雷が地面に着弾するよりも早く、裁断していく。よって神の裁きもまた、マグサリオンを殺すには至らない。

 

「だろうな、だがそれは貴殿にも言えることだぞ?俺の言えた義理ではないだろうが、あまり人を侮ると痛い目を見るぞ、」

「ッ!」

「急段-顕象

 

 斯く在れかし、聖四文字(あんめいぞ・いまデウス)ゥ!!」

「グゥッ!?」

 

 刹那、煙幕を破った甘粕が印を組みながら不意に現れて横振りの一閃をマグサリオンへと叩き込む。シンプルな一撃だが、その密度は今までの攻撃を上回っている。

 急段という、己と己以外の存在と意思が合致した瞬間に発動する無意識の合体技。それはきっと“甘粕を脅威の存在と認知した存在”という意思がトリガーとなっているのだろう。無論、マグサリオンも例外ではない。悪を喰らう悪に、光の魔王の鉄槌が刻まれる。不意打ち、かつ無意識の合意という組み合わせによって、刹那的にマグサリオンの殺意が揺らぎあるはずの無い血肉が弾けた。

 

「……そうか、それがお前の楽園の本質か。脅威無くして人の輝きはあり得ないと。」

「そうだ、それこそ我がぱらいぞ(楽園)。この神話的世界観こそに人の輝きが満遍なく降り注ぐ。」

「ならば、今度は俺の番だな。我が殺意に触れし堕天の民草を見るがいい。

 

絶し不変なる殺戮の地平(サォシュヤント・アウシェーダル)

 

 殺意を露わに振るわれるマグサリオンの一閃、それが甘粕へと吸い込まれる様に放たれる。無論、マグサリオンよりも数秒先を見れる甘粕ならば、余裕を持ってその一撃を防ぐことは可能である。彼を脅威と見定める限り、マグサリオンは自分の力を跳ね返される形となるのだから。

 だが……

 

「ヌゥ、オォォォッ!?」

 

 力のせめぎ合いで押されたのは、なんと甘粕の方だった。彼の急段の合意から外れたのか?否、それはあり得ない。マグサリオンの殺意に例外はなく、それは裏を返せば如何なる存在と脅威と見定めてるに等しい行為だ。ならば、マグサリオンが押し勝った理屈とは一体?

 

「数の差だ。俺の殺意がある限り無限に俺の民草は生まれ続ける、そしてそれが俺の力となる。宇宙の如何なる場所においても、俺の殺意から逃れる場所なんぞ寸毫も無いのだよ。」

「はは、はははははは!つまりあれか、貴殿の殺意は宇宙の端から端に満ちていて余りあるほどというわけか。

 これはこれは、一本取られた。確かに俺は宇宙の全てを殺したことなんぞない、考えたこともなかったとも。視野の狭い俺には痛恨の一手である。」

 

 そう、それは単純な理屈だった。宇宙の全てを一度殺し尽くしたマグサリオンの殺意のベクトルは全て宇宙に向けられている。そしてそれは、第一戒律の効果範囲全てがそうであるということに他ならない。

 決して甘粕の覚悟も決意も、そして夢に対する熱量も安っぽいわけではない。しかしそれでも実績が説得力を増すのもまた事実である。それは相手たる甘粕が痛感している以上、逃れられない現実とも言えるだろう。甘粕の急段では、マグサリオンの第一戒律の壁を突破できない。ならば、次なる一手を模索する他ないだろう。

 

「ならば、我が夢の更なる深淵をご覧にいれよう。どうか偉大なる悪神よ、その閉じぬ瞳でご笑覧あれ。

 

 終段-顕象!」

「ああ、魅せてみろ貴様の夢を。」

 

 高速で印を組む甘粕に対し、迎え撃つように肩に剣を担ぎ見据えるマグサリオン。その果てに甘粕の背後の空間が揺らぎ、まず現れたのは黄金の輝きを放つ龍神だった。

 

唵 呼嚧呼嚧 戰馱利 摩橙祇 娑婆訶(オン・コロコロ・センダリマトウギソワカ)

 

 その名は“黄竜”、成層圏からマグサリオンを見下ろす顔面を表し、まさに王都を守護する神獣の姿を魅せていた。まさに星の地脈を象徴する聖なる輝きを放っている。

 そして、甘粕が召喚はそれだけで終わらない。

 

「終段-顕象 海原に住まう者・血塗れの三日月(フォーモリア・クロウ・クルワッハ)

 

 次いで召喚されたのは、黄竜ほどでは無いが月を飲み込んで余りあるほどの巨体を持つ黒龍にして邪龍。召喚された2体の龍神が、顎を開いて咆哮を放った。

 黄竜が放つは弩級の空間振、肉体のみならず空間諸共粉砕する龍神の裁き。そして黒龍が放つのは生命を干渉し穢す慟哭の調べ。マグサリオンの殺意を潰さんと、負の嵐を放ち込む。

 

「……まさか、その程度ではあるまいな?本丸があるのだろう、その黒龍。」

 

 マグサリオンは内と外から攪拌される。黄竜の咆哮によって身体が少しずつ粉のように崩れ、負の波動が無尽の殺意に揺らぎを生じさせる。それでも途絶えない憤怒の殺意の視線を甘粕との龍神達を見据えながらそう言い放つ。そして黒龍の眉間に剣を突き刺し、開くように剣閃を放てば、その先の上空には巨大な魔眼が開こうとしていた。

 それは即ちバロールの魔眼、その視線が放てば甘粕。のような超人は愚か、黄竜といった神なる存在だろうと死へと強制的に誘われる。その神話こそ、人々が信仰によって具現化されたもの。ならばこそ、人の叡智によって実現された伝説に沿って攻略することこそが正道であるが………

 

「視線風情で止められるものかよ、俺の道は生涯不敗。歴史になぞった形の攻略法なんぞ、二番煎じに過ぎん。それは実につまらんだろう。退屈はさせん、見ておけ。」

「ふふ、ふはははは!それ何とも勇ましい、では魅せてもらおうかァッ!」

 

 そして魔眼が完全開放された刹那、閃いた漆黒の剣閃が天蓋を覆った。まず手始めに甘粕が地平線の彼方へ大きく弾け飛び、黄竜の半身が無に呑まれた。そして無が覆った領域だけ、天の魔眼との距離が縮まった。

 魔眼と凶眼がほぼ零距離で接近を果たし、死の神威がマグサリオンの全身を駆け抜ける。その最中に言葉で表現するのが不可能な、魔獣をも凌駕する絶叫と共に過去最強の殺意を纏った刺突を放ちこんだ。死とは即ち殺意とも解釈でき、それは即ち第一戒律との相性は実に高い。故にただの刺突だろうとバロールを殺すだけの威力に至るのは想像に難しくなく、それを証明するように魔眼が地表全域に至る大爆発と共に滅んでいった。その眷属たる黒龍も巻き込まれるのも語るまでもないだろう。その残滓を払うように剣を振り、殺意のままに無の身体が散った身体を再構築しつつ次なる獲物へと視線を移す。

 

「次は貴様だ、星の死滅が俺を止める脅しになるとでも思ったか?温いんだよ阿呆が、俺の滅尽は万象全てに向けられるものだ。星の滅びになんぞ足止めにもならん。」

 

 夢の欠片を弾き飛ばしながら、大津波を連想させるほどの巨大な黄竜の顎がマグサリオンへと襲いかかった。それはまさに星の挟み撃ちであり、単純ながらも超質量の攻撃と言えるだろう。

 それを剣戟一閃で弾け飛ばし、第二戒律による凶眼で弛緩箇所を見出し返しの一閃で黄竜の身体を両断した。その直後、眼下の大地と大海原が枯れ始める。枯渇し黄昏へと至ろうとする母なる星。星の夢が終わり、一つの終焉へと向かおうとしていた。その最中、地平線の彼方にいる甘粕が黄昏の空を背にしながら高速で印を組んでいた。

 

「やがて夜が明け闇が晴れ、おまえの心を照らすまで、我が言葉を灯火として抱くがいい――

 

終段-顕象

 

出い黎明、光輝を運べ――明けの明星ォ!」

 

 その直後、甘粕の頭上に光が集う。その規模は黄昏を塗り替え朝日の如く眩しくも爽やかな光輝へと至る。その果てに、顕現するのは純白なる大天使。天上の愛と正義を謳いあげる絶対善的な存在。

 

「ほう、明けの明星か……」

 

 そして、マグサリオン……そして無慙にとっては因縁深い存在と言えるだろう。堕天奈落から非想天へと塗り替えた三番目の覇道神、明星と言われたネロス・サタナイルと似て非なる存在と言えるのだから。

 とはいえ別存在、そこは弁えているが故に特別視なんて無粋な真似はしない。それを向こうも察したようで……

 

「おや、何やら因縁があるようですが生憎と私は私。我が主の意思に応えるまで。

星の終末という絶望を、我が光輝にて希望へと変えん。ハレルヤ………オォォォオ、グロオォォリヤァァァス!!」

「ヌ、グオォォォ!!」

 

 羽の一枚一枚からレーザーの如く放たれる烈光、神火の乱舞は正しく愛と正義の顕現であり、悪なる汚濁を浄化し焼き尽くす。

 それは即ち、今は悪を喰らう悪としての要素も抱えているマグサリオンには効果は敵面、体の内側から血肉が貫かれ焼け焦がれる臭いが放出される。

 

「だいぶ苦しそうだな、悪神殿よ。武を極めたであろう貴殿ならば、この窮地をどう覆してくれるかな?さあ、万象を滅ぼした剣の輝きを、今こそ俺に魅せてくれ。」

「……ハッ、どの口でほざく屑めが。魔王を自負しているとはいえ、お前は人の代表者だろうが。俺が殺したとはいえ、人の住まう大地が滅ぼうとしている時に、自分の欲望優先かよ。」

「これはこれは、実に耳が痛い。だが、人ならばこそと思わずにはいられないのだよ。殴るのが決して好きなわけではないが、そうした窮地こそが人の真価を発揮すると思っている。故に人が真なる輝きを放てば、星をも再起させられる程の進化を果たすだろう。何故なら誰だって諦めなければ夢は叶うと、そう信じているからだァッ!!」

 

 明星の輝きが滅びゆく地表を照らす最中、甘粕が追撃の召喚を行なった。それは恐怖せし者、人の歴史において破壊神の中では最上位に君臨せし恐るべき神だった。

 

唵・摩訶迦羅耶娑婆訶(オン・マカキャラヤソワカ)

 

――終段・顕象

 

大黒天摩訶迦羅(マハーカーラ)

 

 顕現した破壊神はその手に握られた、金銀鉄の三都市を破壊した三つ叉の槍“トリシューラ”を放ちマグサリオンの腹部に風穴を開けた。

 その余波で星の8割が崩壊し、無事な箇所を見つけることが困難になっていた。その星の欠片に巻き込まれ、無明の闇へと堕ちていった。故に甘粕の勝利、そう確信して勝利の宴を挙げた。

 

「まだだ、まだこれからだろうッ!

 宇宙を滅ぼした益荒男がこの程度で終わるわけがない、ならば俺も出し惜しみなんぞせん。

 俺の勇気を貴殿に捧げよう、神々の黄昏(ラグナロォォォク)ッッ!」

 

 気合と根性、精神が膨大な熱量で攪拌されながらも甘粕は大多数の神々を国境を超えて召喚させた。その総数は千に至り、その全てが殺し合いを始めた。

 先に召喚した明星、マハーカーラを始め、テュポーン、フンババ、テスカトリポカ、蚩尤、ロキ、須佐之男などなど、まさに混沌を呼び起こす最終戦争が始まった。もはや地球という星は消え、神々は太陽系を巻き込んで戦争を続けていた。ロキの奸計によって明星が水星を浄化させ、須佐男が酔った勢いで金星を踏み砕き、テスカトリポカの放った煙が火星を包み粉微塵にした。などなど、神々の暴動が星々を蹂躙して止まらない。やがて太陽すら巻き込んで自身の内包する阿頼耶識すら吹き飛ばす大激震を引き起こすだろう。即ち世界の終焉、かつてマグサリオンが行った滅尽行と似て非なる結末を齎そうとしていた。だが、星々の輝く宇宙空間に、剣閃が閃き神を一柱切り裂いてマグサリオンが現れた。

 

「バカも極まればこれ程までに至るか、ああよく知っているとも。故に俺が全てを殺してやろう、例外はない。」

「ッ!」

「そして甘粕、お前が望むのは勇気の輝きだな。それは殺し合いだろうと、無血の結末だろうと問わないのだろう?ならば、俺の勇気を今から魅せてやろう。」

 

 故にマグサリオンは宙を駆け抜けながら思考を巡らせるする、甘粕が行ったこの神々の黄昏。これは間違いなく甘粕の全霊であり、例えそれがマグサリオンを殺すに至らなくても己の渾身なのだから一片の後悔だって無い。それを耐えきれればその内甘粕が自滅という結末にも至れるだろう。

 だが、それではダメなのだ。きっとそれでは足りない。勇気を魅せるという条件を満たしてないため、ある種有言実行出来なかったマグサリオンの負けと言えるだろう。かつてナダレが言ったことを思い出す。

 

『ただ殺したくらいじゃへらへら笑うぞ。』

 

 そう、前回戦ったギルベルトも、そして甘粕もそういうタイプだ。殺し合いをしている神を皆殺しするのは大前提、その上で彼の決して出来ない偉業を成し、その上で甘粕の予想を超えた結果を出さねばこの勝負に本当の意味で勝てないだろう。

 ならば、とまずロキの奸計を全て踏破してその首を刎ねた。次に須佐男との力比べに勝利して斬り飛ばした。そして次も、次も次も次も次も飢えた獣の如く神々との力比べに勝利し無に呑んで甘粕との距離を詰めていく。その光景を見て、甘粕は歓喜の表情を浮かべていた。これこそ俺の求めていた、ぱらいぞ(楽園)だと。そしてシヴァを殺し、最後に残った明星と対面する。

 

「ああ、実に恐ろしい方ですね貴方は……実のところ、こうした殺し合いや戦争は好んでないのでしょう?神々を殺してる最中、一度だって笑みを浮かべていない。実に悲劇だ、貴方にいつか救いが訪れればと願わずにはいられません。」

「ふ、ふふふ……救い、救いだと?」

「ッ、何が、おかしいのです?」

「随分と“傲慢”な物言いだなァ、明星?それもお前の主の願いか?まあ、多分にはその要素はあるのだろうがそれが根ではないだろうよ。お前、随分と優秀なようだからな。お前の主……いいや、果てには天地創造した神をも超えてみたいと考えてるだろうお前?」

「っ!貴方、まさか……」

「ああ、俺の知ってる明星はそうだったからな。だが、アイツと違ってお前は神に叛逆して負けて天から墜落したのだろう?その傲慢さが皮肉にも返ってきてな、お前はその過去(現実)にその実恐怖しているわけだ。」

「い、否否否否ァ!私は決し」

「邪魔だ退け」

 

 マグサリオンの思わぬ物言いに対し、激昂し反論しようとした直後に首を刎ねられた。いつか天国から追放され堕天する。その真実こそが明星の弱点にして、隙となった。遂に全ての神々がマグサリオンの手に落ちた。残るは召喚主たる甘粕のみである。だが、彼の表情には満足気な雰囲気に満ちていた。

 

「見事だ、かつてない偉業だよマグサリオン殿よ。神々の全霊の戦争を踏破せし貴殿はまさに、宇宙を滅尽せし武の境地として文句無し。さあ、撃つが良い。これにて決着である。」

「……」

 

 マグサリオンの剣先が甘粕へと向く、しかし首と接触する直前で止まった。それを見て甘粕が眉を顰める。

 

「どうした、躊躇っているのか?貴殿らしくない、殺す事に今更躊躇いなんぞある筈も……」

「お前、本来であればただの軍人として自殺し死んでいるな。」

「ッ!」

 

 マグサリオンの放った言葉に、甘粕の表情が不意を突かれたように目が点となる。そう、この真実を突きつけることこそがマグサリオンの甘粕へ捧ぐ勇気。こんな言葉が終わりの間際に出されるなんて、思いもしなかったのだろう。

 

「お前が生まれた時、世界中で戦争が行われていた。世界中を巻き込んだ戦争の果てに、自国の敗北が確定。己の出来ることの限界を感じ、毒薬でも飲んで自殺したと……人として生き続けた果てはそんな所か。だが、この現実におけるお前は見たこともない超人との出会い、邯鄲という夢の旅路を経て未来の真実を知った。

 そして世界大戦後の未来において覚悟なく堕落する人々に絶望した、それも理由として間違いではないのだろう。だが、一番絶望したのは本来の自分の真実の姿。たった一度の敗北で、自国の再起を信じられずに自殺した情けない自分を変えたいと思ったのだろう?まあ、もっとも。自国が敗北し絶望して自殺する軍人なんぞ珍しくもないがな。だが、そういう意味では本来のお前は凡人と言えるだろうよ。」

「………フフ、フハッ、アハハハハハハハハハッ!!」

 

 マグサリオンの語った真実を聞き届け、甘粕は弾けたように笑った。否、ある種の泣き叫びとも解釈できるだろう。こうした真実を暴いたものなぞ、悪友も、かつて己に勝利した憧れの男にもされた事はない。あまりにも痛く、悲しく、そして嬉しく感じて心臓の鼓動が止まらない。

 

「ああ…貴殿の告げたのはまさに真実だとも。実に正しい。我が母国が敗戦し、敬愛する陛下の件の声を聞き届けて同じく自死した同期も多くいた。だが、そんな事は言い訳にもならん。本来自殺した俺より先の未来において、陛下を筆頭に俺の後輩たちが平和に向けて全力で駆け抜けていた。ああ、米国に依存した結果とはいえ、多くの犠牲はあったとはいえ自国民として生き延びていたのだよ。彼らは全て、全て、実に輝いていたとも。その未来を見て、軍人として母国の未来を信じられず自殺した己があまりに情けなくて、俺は泣き出してしまった。

 魂の劣化?覚悟なき大衆?そんなのは、実のところ盧生になるための理由探しだったのだろうな。本当のところは、未来を信じられず自殺した情けない己を打ち消す事だ。夢を現実に持ち出し、その負け犬な未来をなかった事にしたかったのだろう。」

「夢は所詮、夢だ。摩訶不思議な力で引き摺り出したところで、そんなものは現実逃避に等しい。」

「違いないとも、心身ともに完全敗北だ。貴殿のその真実を暴こうとする信念、決意、そして勇気に乾杯だ。ならばこそ、その修羅の道の行く末に万雷の喝采を持って締めくくるとしよう!

 ばんざぁぁい!ばんざいぃぃぃ!

 

おおぉぉォッ、ばぁんざあぁぁぁぁぁいぃぃぃ!!!」

「………全く、最後の最後までおめでたい男だな。」

 

 万歳三唱をする甘粕に、ほんの僅か苦笑を浮かべながらマグサリオンはその首を跳ね飛ばした。これを以って光の魔王“甘粕正彦”との決着となった。

 




そんなわけで、史実の甘粕大尉を絡めたオチとなりました。
そして次回、ちょっと新しい事に挑戦してみようと思います。少し長めの企画となりますのでご了承ください。


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第十四陣 宇宙的恐怖

今回はリクエストいただいた相手です。


「……何か、来るか。」

 

 闘技場に、揺らぎが生じた。マグサリオンがまず感じたのは、それは悪なる存在であること。そして同時に、後天的でありながらも神性とよく似た性質を有していたこと。

 

「……あァ、何だここは?……ほう、なるほどな。怪人協会の連中みたいな、屑な連中の視線が感じるが……諸悪の権化はお前と言うわけだ。うんうん、決まりだ。悪の親玉には死を、殺戮パーティの始まりだ。」

「……お前は?」

「俺はガロウ、不吉な未来そのものだ。絶対悪、全ての存在の恐怖の象徴として君臨するものだ。」

「何のためにだ?」

「……何のために、だと?さァな、とりあえずお前は気に入らんからぶっ殺す。」

「……」

 

 まさにそれは、人型の宇宙。しかしそれは形だけであって、目に映る姿はひとのそれではない。かつて殺したナダレと良く似た求道神と言える存在と類似しているのかもしれない。しかしその一方で、決定的に違う性質も有していた。故に異質な人物として捉えつつも、決して動揺するような相手ではないとマグサリオンは判断する。

 だが、ガロウが問い掛けに対して答えた直後、マグサリオンは眉を顰めた。

 

「悪を執行する」

「ならば、俺は悪を喰らう悪として貴様を斬る。」

 

 語るまでもなく、二つの悪は激突を成した。まずガロウから常時放たれているのは、宇宙放射線。簡単に言えば、彼の近くにいるだけで人ならば被曝していずれ死ぬ。だが、それだけで宇宙を絶滅させたマグサリオンの足止めにもならない。故にそれを拳に纏い放つ【全生命根絶拳 核分裂】を、マグサリオンに向けてはなった。

 それを知っていたかのようにマグサリオンは、剣戟を奮い正面から激突した。その結果、まず闘技場が核爆発共に跡形もなく消え去った。

 

「ヘェ、これを喰らってまだ無傷とは感心するな。」

「舐めるな、餓鬼。」

 

 しかし、両者共に無傷。粉塵を払い、ガロウの挑発的な言葉をマグサリオンは鼻で笑うような口調で一蹴する。

 

「お前が強いことは確信した、だがこれには耐えられるかな?」

 

だが、ガロウの攻撃手段はそれだけではない。独特な構えをとりながら、ガロウはマグサリオンと対峙する。

 

借頸(モード)“サイタマ”連続普通のパンチ』

「ッ!?」

 

 瞬間、ガロウの顔面に気の抜けたようなスキンヘッドの男の貌が浮かび上がった。その直後に放たれる、パワーと速度が常識外れな“ただの人間の拳”。だがその拳から生まれた余波は、まるで核ミサイルが連続で撃ち込まれたかのように無数の爆発を生み出す。

 マグサリオンは驚きの表情を浮かべながら回避をし続けるも、軽く被弾をしてしまい大きく吹き飛ぶ。なぜなら原理がわからない、ガロウがコピー能力を使ったことは自体はわかる。しかしコピー先の男の力の原理はどこまでもただの人間業の筈なのに、桁違いなエネルギーが内包されていたのだから。

 

「ハハハ!随分と面食らったな、殴られたのは初めてか?なら、もっと本格的なものを喰らいな。」

 

 マグサリオンが瓦礫を振り払って立ち上がり、それと同時にガロウは借頸の構えを取る。

 ポツポツと降り注ぐ黒い雨、核汚染されたの影響によるものである。そしてガロウの顔に浮かび上がる、件の男の貌。

 

借頸(モード) “サイタマ”マジ殴り』

 

 先ほどのラッシュとは異なり、一発にして一点集中の強打。その威力、速度ともに過去最高。この一撃で確実に殺せるだろうと、ガロウは確信していた。

 だが……

 

「阿呆が」

「ッ!?」

 

 マジ殴りはマグサリオンの顔に吸い込まれるように当たった、だが結果は万全とは言えないだろう。ズレたのだ、ガロウとして芯を狙った一撃が何故か半端な手応えしか伝わらなかった。

 武術を極めた彼の中で連想するのは、流水岩砕拳による受け流し。或いはボクシングのスリッピングアウェイのそれが近しいか、と。どちらにせよ攻撃を受け流す類の技術と確信していた。だが、それを踏まえてもやはりおかしいと感じていた。

 

(こいつ、先のぶつかり合いで分かってたが武に関してはど素人。ジジイやアトミック侍みたいな達人級じゃねェのになんでこんな真似事ができるんだよ!?いや、もしかして……)

「そのパンチは、単に威力と速度が桁違いなだけで隙は見えるんだよ。」

 

 ガロウが動揺で生んだ隙を見定め、マグサリオンはそう言い放ちながら剣を振り切る。狙いは突き出した腕、それを竹を割るように斬り裂いた。

 

「ぐ、うぉぉぉぉぉ!!」

 

 ガロウは苦悶の声を挙げるが、即座に下がり腕を意思の力一つで再生させる。完全に怪人となった彼に、人間的常識はほぼ意味をなさない。そして……

 

「ふ、ふははは……なるほど、なるほどな。見えてきたぜお前の力の源流が。」

「……何?」

「鞘を持たずずっと抜き身の剣、瞬きすらしない眼、その他諸々。察するに、共通して休まず戦い続けることが、お前の力を得るための制約といったところか。その力は死線を見極める類と見た。ヒーロー名鑑にもお前ほどではないにせよ、制約を守ることで力を得るタイプのヒーローは何人もいたからな、要するにそう言うタイプというわけか。」

「ほう、だから何だ?」

「ふふふ、まあ見てろや。」

 

 そう言い放ちながら、ガロウは再び借頸の構えを取る。先ほどと同じように、正体不明の男の力をコピーするのか?

 否、マグサリオンが戒律を遵守していることを彼は推察していた。ならば答えは一つしかない。

 

借頸(モード)“マグサリオン” 絶し不変なる凶剣の冷徹(サォシュヤント・マーフ)

「ッ!」

 

 瞬間、ガロウの顔にマグサリオンの貌が浮かび上がった。その結果、マグサリオンの動きを理解した果てにガロウの脳裏に浮かび上がる第二戒律。自身の戒律がコピーされたことでマグサリオンに動揺が生まれる。その隙をガロウは見逃さない、その瞬間を穿たんと手刀を突きの形で放った。

 頭部に迫る手刀、マグサリオンはそれを咄嗟に頭を横に逸らして回避する。しかし完全とは言えず、肩を穿たれた。動揺が生じたことであるはずのない血肉が爆ぜてしまう。

 

「グッ!」

「はは、なるほどねェ。こりゃ便利な力だなァッ!」

 

 ガロウの笑い声が弾ける、しかしその内心には相応の余裕はほとんどない。何故なら、マグサリオンの戒律を擬似的にコピーしたことで相応の反動も生じていた。

 

(休憩といった安らぎを切り捨てる縛り、か……瞬き禁止、非武装禁止、欠伸やスカしっぺの一つも許さねェってか。想像以上の激痛だぜこれは……こんな狂った縛りをよう守ってるもんだ。面白ェ、それでも俺が上だと証明してやるぜ!)

「死ねェ!」

「お前がなァッ!」

 

 一気に距離を詰め、横薙ぎの一閃をマグサリオン放つ。それを迎撃すべく、もう一度ガロウは第二戒律をコピーし、痛みを気力一つで抑え込んでマグサリオンの隙を見定める。

 横一閃を屈んで回避し、突き上げるかたちで心臓部を手刀で穿たんと放ち込む。

 

「阿呆が」

「なァッ!?」

「俺の力で何を同じ手法を二度もやってやがる。同じことの繰り返しならば、どんな馬鹿だろうとやり返す工夫の一つや二つ思いつくに決まってるだろう。俺を舐めすぎだろう、お前。」

 

 ガロウの手刀は心臓部に届かず、マグサリオンの出した掌で受け止められて阻止された。

 即座に抜け出そうとするも、握りしめられてそれは叶わない。そして空振った死風が、反対側からもう一度放たれる。迎撃すべく構えを取ろうとしたが、ふと不吉な要素をこの瞬間悟った。

 

(こいつの攻撃力、対面した時からずっと俺より高い。さっきの横薙ぎもほぼ反射だから自覚なかったが、直感で力負けしてるからと理解したからだ。何だ、こいつは戦いながら成長しているのか……やば、刃が近、死……)

 

 脳裏に浮かぶ死の文字、それを避けるべく借頸であの男の力を引き摺り出す。片手だけとは言え、それは星をも砕く究極の一撃。

 

借頸(モード)サイタマ 必殺マジシリーズ マジ殴り』

「ッ!」

 

 凶剣と神の拳が激突し、その刹那に超新星爆発が発生した。その余波で周囲の星々が攪拌され、その果てに二人は衛星へと着地し、即座に立ち上がって同時に血を吐き出して向かい合う。マグサリオンの背後には木星があり、神がこの戦いを見下ろしているかのように映っていた。その状況に、思わずガロウは苦笑を浮かべた。

 もっとも、マグサリオンは今もなおほぼ無傷。その一方でガロウは右腕が血染めでボロボロとなっている。やはり、火力においてマグサリオンの方が上なのだ。だが……

 

(フッ、奇しくもアイツとの闘いを少し再現されるなんてな……だが、見えてきたぞ。ん?そういえば、なんか忘れているような……)

「どうした、頭の打ち所でも悪くて苦し紛れの笑みか?そんなに苦しければ、今すぐ殺して楽にしてやるよ。」

「………ハッ、んな見え見えの挑発に乗るかよ。なァに、ようやくお前の全貌が見えてきたから楽しくなってきたんだよ。」

「……ほう?」

 

 興味深そうにマグサリオンは目を細めた、まるでその根拠を話してみろと無言で指し示しているかのように。無論、言葉を交わす間も互いに油断の類はない。一般的なお喋りとは訳が違う、この情報の照らし合わせは両者の今後の戦況を大きく左右させるのだから。

 まず、ガロウからすれば解釈が間違っていれば大きな動揺を生み致命的な隙となる。だが反面、当たっていればマグサリオンの力を完全にコピーを果たすことができ大きな戦力となるからだ。それがどれだけ戦況を大きく動かすかは想像に難しくない。一方でマグサリオンからすれば前述通り、ガロウの解釈が見当違いであれば最大の狙い目。逃す手はなくその時点で殺すことができる。一方で当たっていれば相手の手札を増やすことを許すこととなる。ならばそれらを無視して殺しにかかるのも手段の一つだが、それを出来ないのがマグサリオンという男。何故なら、彼は曖昧でブレた解釈は好まないし許さない。故にガロウがどれだけ自分を理解しているのか見定めなければならないのだ、真に不変なるものとして貫くためにも、そんな妥協や半端に逃げることは許されないのだ。

 

「まず一つ、お前の体はおかしい。

核汚染しない時点でそうだが、まあ耐性のあるヒーローも何人かいたからそういうものと最初は思ってた。だが、何発か当てても肉体を殴った感触がなかった、と思ったら隙を見極めた攻撃を当たれば今度はちゃんと感触があった。なんだそりゃ、まるでトンチンカンだ。と、俺は思ってた。だがどうやら、お前は戦術以外にも自分の体に影響を与える誓約を設けてるようだ。その縛りは……ぶっちゃけよくわからんが、人体を無くすものといったところか。」

「………」

「黙ってるということは、肯定と受け取らせてもらうぜ。もっとも、根底的な部分が曖昧だからその力はコピーできないのが残念だがまあ仕方ねぇわな。」

「御託はいい、話は終わりか?だとしたら、単なる失敗談かよ。」

「まあそう急くなよ、こっからが本番だ。」

 

 苛立ちを隠せないマグサリオンに対し、ガロウは愉快そうに肩を揺らしながら話を続けた。

 

「で、ずっとお前のパワーが俺よりも上回ってたのは、種は俺とお前の殺意を媒介にしてパワーアップしているんだろう?さしずめ、殺意以外の接触は許されない、そんな誓約か。」

「……」

「ビンゴ、だな。あの隙を生みだす力の縛りはどう考えても人間なら不可能、まるで自分を殺戮の兵器にしたようなものだからな。なら、戦闘において避けられない近接接触はどうするかってなったら、そりゃそういう縛りと恩恵にするわな。まあ、おかげで俺としても好都合な力が手に入ったぜ。」

 

 そう言いながらガロウは、もはや見慣れたであろう借頸の構えを取る。何を引き出すかは、もはや語るまでもないだろう。

 同時にマグサリオンは衛星の表面を滑るように駆け出す。

 

借頸(モード)“マグサリオン” 絶し不変なる殺戮の地平(サォシュヤント・アウシェーダル)

 

 闇黒を描く剣に対し、同じく暗黒を生み出す拳が交差する。結果、相打ち。否、本当にそうだろうか?

 小さな差とは言え、マグサリオンと比較して数歩分ガロウが後退していた。単なる誤差、普通ならそう考えるかもしれないがガロウは違った。

 

(……は?嘘だろう、アイツの威力補強の力はちゃんとコピーしたはずだ。ならアイツの殺意を汲み上げた上で、コピーして上書きして返している俺の方が上回るはずだろうが!?)

「どうした、動揺しているぞ。」

 

 コピーしたはずの力の差、それはマグサリオンの無法を象徴する戒律から由来している。より具体的に言うならば、第一戒律は殺意を媒介に他者を生み出す力。故にそこまで理解していないガロウは物量差で押されるわけだが、今の彼には知る由もない。

 しかし、マグサリオンがゆっくり考える余裕を与えるほど優しいわけもなく、ガロウを切り飛ばさんと黒い斬撃波を飛ばしてきた。

 

「くそォ!」

借頸(モード)“ブラスト”』

 

 原因不明である以上、安易に使えない。そう判断したガロウは、ブラストの力である亜空間ホールを展開して斬撃波を遠くへ飛ばそうとした。だが……

 

「ガァッ!?」

 

 あまりのエネルギーに処理が追いつかず、異次元ワープそのものが弾き飛ばされた。それは皮肉にも、かつてガロウ自身がブラストにやった事と同じ結果となっていた。

 

(クソが、あんな斬撃にすら威力補正が働くのかよ!?なら……)

 

 よろめきながら後退する最中、ガロウは再びこちらへと近づくマグサリオンを捉える。ならばと、今度は別の男の貌を浮かび上がらせた。発想を切り替える、隙を生み出し作り出すことはなにも、マグサリオンの専売特許ではないと。

 

借頸(モード)“タンクトップマスター”』

 

 その直後、核爆発を纏わせた拳を目の前の足場へと叩き込んだ。すると足場から核爆発が発生し、足場もろとも吹き飛んだ。当然それにマグサリオンも巻き込まれるが、その瞬間を逃さない。

 

『タンクトップタックル』

 

 そしてガロウは一気に踏み出し、マグサリオンに向かって突撃した。一見すれば単なるタックルだが、確かに動揺を誘う戦術の組み方としては充分だろう。

 一切休まず闘い続けたマグサリオンが相手でなければ。

 

「小さいんだよ」

「ッ!?」

 

 宇宙の端から端を滅尽し続けたマグサリオンにとって、足場の概念なんてほぼ無意味に等しい。両手足で虚空を掴み縦横無尽に駆け抜ける事ができ、ガロウのタックルを目で捉えることは造作でもない。

 故に当たり前に、真正面から剣戟を叩き込まれる

 

「ク、ソがァァァッ!!」

借頸(モード)“閃光のフラッシュ” 流影脚』

 

 ガロウは咄嗟に閃光のフラッシュの技をコピーし、それを活用して剣戟の矛先を横から逸らした。それによってどうにか身体を縦に裂かれる事を防いだ。しかし彼にとって状況は一切好転してない。マグサリオンの攻撃的な力をコピーして自分の力にして優位になるはずなのに、何故こうなってるのか理解不能であり、それが混乱を招いている。

 

(クソが、どうなってやがる……あの力でどうやったらあんな真似が出来るんだよ?こうなったら、とことんまでやってやる!俺は、恐怖の象徴に、絶対悪になるんだ!!)

 

 飛ばされた先でガロウは立ち上がり、まずマグサリオンの足元に亜空間ゲートを展開する。別の場所へ飛ばし隔離しようとする。だが……

 

「くだらん」

 

 マグサリオンは足元に展開されたワープボールを足蹴にし、粉々に砕いた。だが、それはガロウにとっても想定内。

 

(まぁ、そうなるだろうな。アイツも似たようなことはしていた、その程度は覚悟していた。なら……)

 

 覚悟を決め、ガロウはマグサリオンの周囲に無数の亜空間ホールを展開し、そこへ身を投じた。そして転移を繰り返しながら、数多の拳法を放った。

 

『轟気空烈 流水岩砕 爆心解放 疾風鉄斬 核分裂 重力拳』

 

 達人たちの拳法が流星群の如く降り注ぐ。それはマグサリオンにとって未知の拳法、ガロウにとって手応えはあるもののまだ浅い領域と理解していた。だからこそ、更なるダメ出しを押し込んだ。

 

『殺戮地平 凶剣冷徹 怪害神殺拳』

 

 マグサリオンからコピーした力を、自身のオリジナルたる拳法にトレースし、それをマグサリオンへと集中砲火し繰り出す。

 その結果、光をも逃さない暗黒天体の如き空間収縮を生み出し、例えS級ヒーローや災害レベル竜以上の怪人だろうと死にかねない威力が発生していた。

 

「……だから、小さいと言ってる。」

「は……はあァァァ!?」

「その程度で俺を理解したつもりか?ああ、それ以前に絶対悪を自負しておきながら、天からのお恵みで、飼い慣らされた力で胡座をかいてる様なんぞ滑稽だぞ。」

「ッ!何を……ガァッ」

「核爆発、そして数多の流れを己のもとして落とし込む力。猿真似にしてはあまりに道理を無視している。もはやそれは拳法や武といった領域とは乖離しているだろう、敢えて定義するならば……“神通力”とでも?だとしたら、実に茶番だ。」

 

 だが、それでも尚、マグサリオンは生きていた。粉塵を切り払い、閉じぬ瞳をガロウを捉えれば一瞬で間合いを縮めてガロウの心臓部へと刺突を放った。魂を穿つ一撃、痛みすら感じる暇もなく、吐血と同時に常時燃えたぎっていたガロウの殺意と戦意が霧散した。

 マグサリオンの一撃を認識できず、仮にできたとしても渾身の拳法を撃ち込んだ直後なのだからその反動で動けるわけもなく、不可避の一撃だった。

 

(負けた、か……だが、分からねェな。加えて最後の最後に痛い事を言いたい放題しやがって、ムカつくぜ。けどなんでだ、俺がコピーした力とアイツの力、一体どんな差があるんだ?あいつの縛りは確か三つ……いや、待て!もしかして……)

 

 ふと、ガロウに電撃の如き直感が閃く。もしや、見落としていた四番目が存在しているのでは。そう感じた直後に再度、マグサリオンの力の流れを理解せんと探りを入れた。

 直後、その読みは正解だと確信する。

 

(従来の縛りに改良を入れて新たな恩恵、ねぇ。つまりあの力全部に一つ一つ未知数の領域があったと言うわけか。そりゃ小さいと言われるわけだ……だが、何のためにそんな事をしてやがる。俺みたいな奴に絶望を与えるための意地悪か?まさか、そんな訳が……)

 

 そして更に探りを入れた直後、探し求めていた真実に辿り着いた。マグサリオンが改良の果てに目指していたもの、それは……

 

■■(カミ)の予想を超えた存在になる』

「………ハ、ハハハ、ヒャハハハハハハハ!!」

 

 その真実に到達した瞬間、ガロウは思わず笑ってしまった。

 

「……ようやく理解したか、餓鬼。」

「あぁ、悔しいしムカつくが納得した。神を殺すと誓っておきながら神の手先になることを良しとしてしまった俺と、神の思惑すら越えようとしたお前では決定的に違う。」

「そう言う事だ、そしてお前は正確にはガロウ本人ではない。」

「……あァ、何言ってやがる?」

 

 突き刺していた剣をマグサリオンは抜き、そして剣先を向けながら言い放つ。

 

「お前は本体から吹き飛ばされた神通力の残留思念だ、絶対悪だの恐怖の象徴だのご大層な事言っておきながら、目指す目的が曖昧なのが良い証拠だ。」

「ッ!?」

「なんだ、やはり自覚は無かったか。」

「……そうか、なんか忘れている気がしてたがそう言う事だったのかよ。俺自身、何を目指していたのか。そりゃ半端なままじゃ、勝てる勝負も勝てないわな。」

 

 神通力の残滓であったガロウは、不適な笑みを浮かべながらそう呟いた。その直後、マグサリオンに向かって中指を立てながら言い放つ。

 

「じゃあなクソ剣士、もしも本体の俺とあい見えた時せいぜい無様な吠え面晒しやがれ!」

「……フン、負け犬の遠吠えはよく吠えるな。その無様さはしっかり覚えておいてやるよ。」

 

 そう互いに罵り合った直後、ガロウの残滓は宇宙風に乗ってどこかへと消えていった。




ガロウ戦は書いててなんだかんだ、面白かったです。
本編だとサイタマ相手だから実感わきにくかったですが、やはりコピー能力は厄介ですね。


※追記
今回のガロウは、ゼロパンで吹き飛ばされた神からの神通力の残滓が偶然マグサリオンの元へ飛ばされたと言う設定です。その為、本来はサイタマとの戦闘で覚醒や発揮する能力がマグサリオンとの戦闘で、運命力が覚醒して実現されていると言う認識で見てもらえれば幸いです。


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第十五陣 太陽

今回の話は比較的にシンプルかもです。


 

 

 

 闘技場に、また熱風が肌を撫でた。それを感じ取ったマグサリオンは、ここに来るものは随分と暑苦しい輩が多い、そう呆れた様な溜息を吐いた。

 そして、入り口から外衣と眼鏡を纏う長身の男が新月を背に現れる。マグサリオンと視線を交えれば、男が口を開く。

 

「俺はシグルド、お前を殺しに来た。」

「………」

 

 シグルド、そう名乗る男がマグサリオンを相対する。マグサリオンは言葉を返さず、そしてシグルドもまたそれに対して沈黙を貫き見据えているだけ。まるで殺し合いの合意を得た、そう無言で示すかの様に。

 そして合図の様に熱風が両者の間を駆け抜ければ、一番最初に行動したのはシグルドだ。

 

「敵味方識別解除、確実に殺す……シッ!」

 

 シグルドは即座に無数の短剣を取り出し、宙へと放り投げた。そしてそれらが目の前に落ちてくれば、即座に拳のラッシュを叩き込んでマグサリオンへと飛ばした。

 当然、マグサリオンは道でも譲るかの様に回避しする。だが、それだけでシグルドの攻撃は終わりではない。

 

「甘い。」

 

 シグルドは短剣を飛ばした直後に、即座にマグサリオンの背後へと回り込んでいた。そして魔剣グラムで背中から胴を両断せんと振り切る。

 だが……

 

「甘いのはお前だ。」

「グッ!」

 

 振り返ると同時に、マグサリオンは大振りの横薙ぎをシグルドへと叩き込んだ。結果、魔剣と凶剣が激しくぶつかり合う。その直後に、シグルドが大きく後方へと弾け飛ぶ。

 

「グッ、ククク……成程、パワーはお前のほうが上か。ならば、これはどうかな?」

 

 すると、シグルドは自身にルーン魔術を込め、更に竜種改造を使うことで更なる強化を施した。

 そして不的な笑みを浮かべながらシグルドは再び短刀による射撃を放ち込む。

 

「大層なことを言っておきながら、さっきと同じ……いや、これは。」

 

 マグサリオンが呆れた口調をしながら、先ほどと同じように回避をしようとした時に変化があった。

 短剣を飛ばした直後、グラムまでまっすぐと飛ばしてきた。短剣を躱し、次いで迫るグラムを真正面から剣で受け止める。だが、その直後……

 

「はァッ!」

 

 シグルドは拳だけでなく、蹴りを混ぜ合わせながら短剣による攻撃を繰り出した。それによって削られるマグサリオンの体、まさに擬似的な多刀流を再現していると言えるだろう。

 パワーで劣るならば、技巧を以ってしてその差を埋める。本来、シグルドの個体的な力ではその差を埋められないが、それを実現させる竜種改造とルーン魔術。ある種、基本的にして王道的な戦法であると言えるだろう。短剣を織り交ぜた拳と蹴りによるラッシュでマグサリオンを地面に貼り付ける。まさに斬撃の檻、そう表現できるほどである。

 

「クク………クククッ!」

「………」

 

 シグルドから邪気の感じさせる笑みが浮かび上がり、チリチリと焦げる様な音が身体中から上がり、そして小刻みに揺れていた。その様子をマグサリオンは眉を顰めながら眺める。

 直後、シグルドの前に再び魔剣グラムが自動的に現れた。勝負ところと判断したのか、シグルドの全身から魔力が洪水の様に溢れ出す。

 

「魔剣擬似展開……我が炎ー太陽は簒奪せりー!

壊劫の天輪(ベルヴェルク・グラム)!!」

 

 蒼い閃光が宙を駆ける、グラムには炎が纏っており直撃すれば燃焼と切断による損傷が同時に襲いかかってくるだろう。炎と斬撃が闘技場全域を間違いなく消滅させる。

 だがその脅威が迫る最中、マグサリオンは笑みを浮かべながら呟く。

 

「……それで、結局のところお前は誰なんだ?」

「ッ!?」

「その炎が出た途端、身体が震えていたぞ?お前自身はともかく、その身体そのものと炎の相性が悪いのだろう。ああ、まるで炎とは畏怖して然るべきものと体に刻まれてるかの様にな。故に、お前はその騎士にあらず。良い加減、正体を見せてみろ。」

 

 凶剣からの冷徹な言葉の刃が、シグルド……と思われる何者かの精神的隙を生み出した。

 

絶し不変なる殺戮の地平 (サォシュヤント・アウシェーダル)

「……ガァッ!」

 

 それを目を閉じず、眠らず戦い続けるマグサリオンは見逃さない。斬撃の檻をすり抜けて、迫るグラムよりも一歩早い速度で前進して回避する。

 そしてグラムを上回る威力を纏った一撃を纏い、騎士シグルドの殻を被った何者かを、禍つ黒閃で斬り飛ばした。損傷を負い、血を撒き散らすもソレは笑みを浮かべている。

 

「は、ははは……はははははは!見事だ、この世界でもどうやらこの側の拘束をされていた。おそらく、あの戦地に於ける戦闘の擬似再現なのだろうが……何にせよ、ようやく解放された。望み通り、真の姿で相手してやろう。」

 

 シグルド、その体が霧散すれば頭上の新月が泡立つ様な音が鳴り響く。そしてその中からまず赤い手が伸びた。そして腕が、胴体が、足が、角が、そして顔が現れた。

 それは巨炎の擬人化……否、まさに炎の巨人と言えるものが現れたのだ。空を覆ってもあまりあるほどに巨大、恐らく1000mに迫るだろう。その巨人の名は……

 

「さあ、黄昏の時だ……絶望の歌を奏でよ、そして、灰となれ!!」

 

 名は巨人王スルト、星を燃やし滅ぼす終末装置に他ならない。たった一歩、それだけで闘技場が爆炎と共に砕けて溶けた。そのまま全身を続け、その果てに灼熱地獄の領域を展開し、その果てに星の終末を齎さんと。

 だが、その前進を止めるものが脚元にいた。

 

「む?」

「鈍いんだよ、屑めが。」

 

 マグサリオンの剣がスルトの全身を止め、それどころか押し除けた。焔に全身を炙られながらも、まるで微風を受け流すかの様に殺意の瞳は一切衰えてない。等身大の人間と同じ体躯のものが、巨大なスルトを物理的に退かせる。そんな幻想的なジャイアントキリング現象にスルトは僅かに瞠目する。

 だが、即座に己が武器である『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』を握り締めてマグサリオンへと振り下ろした。それは対神、対生命体に対する特攻力があり、擬似的とは言え神性を有するマグサリオンもその範疇から逃れられない。この炎は、生きているのならば神すらをも殺せるのだ。

 

「俺は死なん。」

「ッ!?」

 

 剣と剣がぶつかり合い、星を覆うほどの眩い爆光を爆ぜる。かつて最終戦争ラグナロクにおいて、猛威を振るい神殺しの破滅をもたらした神の武具。その温度は摂取四百万度を超えており、再び世界を焼き尽くさんと灼熱を大地へと撒き散らす。

 しかしそれでも尚、マグサリオンの膂力が強い。第一戒律による殺意の総和が攻撃力に変換される効果は尚も健在、スルトの力を凌駕して否定の言葉と共に押しのけたのだ。

 

「死を!」

「死ぬのはお前だ。」

 

 そしてマグサリオンは空を蹴って宙を駆け、スルトの顔面まで迫り来る。だがスルトも動揺するだけではない、両眼が閃けばそこから熱線を発した。

 マグサリオンは熱線を斬り裂いて捌く、だが裂かれた熱線は背後まで伸びて大地に着弾する。すると、まるで核ミサイルが落ちたかの様に大爆発と共に火の手が上がった。もしも山や海に直撃すれば、それらも難なく蒸発させるだろう。

 

「小賢しい……お前も世界を滅ぼす者だろう?その浴びた濃い血の匂い、俺が見てきた神々でもその領域までは届いてない、間違い無く殺戮においては最高峰だ。それ程までに世界に怒りを抱いているのだろう?だのに、なぜ俺の邪魔をする?」

「俺の殺意の矛先は俺が決める、お前に道を譲る道理は無い。」

 

 炎の殺意と剣の狂気をぶつかり合わせながら、両者は言葉と共に攻撃を交える。炎の剣が横薙ぎに放たれれば、マグサリオンの剣先がそれを止める。

 

「我が炎の贄となれ!」

 

 だがその直後に、スルトの口から吐息の如く火炎放射がマグサリオンの身体ごと包む。

 

「温い、その程度あくびが出るぞ。」

 

 しかし、空いている掌が炎を空間ごと鷲掴み、まるで蜘蛛の巣を払うかのように無へと飛ばしていった。そして剣先を突きながらマグサリオンは言い放つ。

 

「お前の破壊は先の無いものだ、世界を焼き尽くした果てに何がある?意味のないことであり、ましてや俺が既に一度はやっていると察している。ならば二番煎じの現象に何をそこまで拘っている?」

「……黙れ。」

「お前が実現したところで意味のない事と分かってながらも、その上で強い感情を込めてやり通そうとしている。そこから見えてくるものは、その光景を見せたい“誰か”がいるのだろう?ああ、確かに最期までそれを貫き通せばその想いは届くかもしれんな?だが、その想いの答えをお前自身が見出せねば意味はない。」

「黙れ黙れ黙れェェェッ!お前如きが俺を語るなァァァッ!」

 

 まるで古傷でも抉られたかの様に、かつて無いほどに重い感情を、スルトはその一言に載せていた。それを象徴する様に、剣から膨大な炎が噴射する。

 彼の存在そのものを象徴する宝具、それがマグサリオンへと放たれようとしていた。

 

「星よ 終われ 灰燼に帰せ

 太陽を超えて耀け、炎の剣(ロプトル・レーギャルン)!!!」

 

 それは終末の炎を放つ剣。神、生命体、そして世界そのものを滅ぼす一撃。描いた軌跡から焔が巻き上がり、星の表皮を炎熱で燃やしていく。まさに終焉の一撃、間違いなく星を殺せる一撃だろう。

 だが……

 

「お前の抱いた感情を答えてやるよ。」

「ッ!?」

「それは愛であり恋、そのどちらも誰かを想う尊い感情だ。だが、お前はそれを無意味にした。」

 

 業火の帷を突き破りながら、黒い彗星が殺意を纏った現れた。マグサリオンは宇宙を滅尽した冥府魔道を往く凶剣、そんな彼が星の終焉では止まらない。故に星を焦がす炎熱を、上回る切断現象で斬り払いながらスルトへと突き進んでいく。それを防ぐ?避ける?どちらも間に合わない、何故なら今のスルトには動揺が生まれている。

 その隙の真贋を見極め対象の特攻力を研ぎ澄ますのがマグサリオンの第二戒律、その隙を活かして確実に対象を殺す万象鏖殺の凶剣として覚醒する。

 

絶し不変なる凶剣の冷徹(サォシュヤント・マーフ)

「な、何故だ……人ごときが我が身体を……」

 

 果たして凶剣の閃きが、灼熱地獄を綺麗に斬り裂いた。その輝きは熱に溶かされることも、炎によって焦げ目の一つすら寄せ付けない不変なるもの。切断面を再生することは叶わず、溶けた氷の様に全身が崩壊を始めている。

 スルトから苦悶の声が上がる。それは斬られた痛みからの苦悶の声か、それとも自覚できなかった答えによる衝撃と後悔による嘆きか……

 

「オ……オフェリア、オフェリア……!」

 

 スルトは崩壊する最中、彼は手を天に伸ばしながら渇望し続けていた女の名を叫ぶ。

 世界を滅ぼした剣(マグサリオン)は言った、もしもかつて成せなかった終末装置としての役割を果たす。そしてその上で抱いた想いを貫き通せば、きっと世界の境界を超えてその想いは届くかもしれないと。そしてその感情の名は『愛』であり『恋』であると。そのどちらも心に付随する概念であり、そこに善悪は存在しない。だが、それでも此処でも届かず、夢を叶えるのに足りなかった。その原因は一体何なのか……絶望する最中、その答えが下された。

 

「お前の口から“それ”を出せなかったからだ、どれだけ強い想いを抱こうと口に出来なければ意味が無い。真心とは、口に出して初めて実感でき、行動が伴ってこそその夢は現実となる未来(さき)へと歩めるんだよ。」

「オ、オォ……オフェリアァァァアアアア!!」

 

 こうして、愛と恋を知ることのできなかった化け物は無の奈落へと堕ちて行ったのであった。



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第十六陣 進化する戦闘民族

今回はあの有名なキャラと闘わせてみました。


 

 

 不意に、何かがひび割れる音が聞こえた。マグサリオンはその音を捉え、聞こえた場所へと視線を向ける。そこはなにもない空間、しかし徐々に見え始める。

 空間そのものに裂け目が生まれ始めている、亀裂が次第に大きくなっていく。そして、孔が開いてそこから何者かが現れた。

 

「オォォォォォォォッ!」

 

 そこに現れたのは、かつてマグサリオンが殺したバフラヴァーンと似た筋肉隆々な大男だった。男の名はブロリー、今の彼は暴走する野生生物の様に理性を感じさせず、どの様な経緯かは今のところ不明だが結果としてマグサリオンの元へと行き着いた。

 そして彼の殺意に反応し防衛本能が働いたのか、緑色の気を全身へと巡らせてマグサリオンに向けて拳を振り上げた。その過剰な気は物質化しており直撃すれば単純な星であれば容易く粉砕するだろう。速度も見た目とは対照的に、光をも凌駕した速さで迫り来る。

 

「グッ……」

 

 それを前にマグサリオンは体を逸らして回避し、そして返しの刃を放つ。拳と剣がぶつかり合い、その衝撃でまず周囲の星が粉微塵になって消えた。余波ですら小惑星を容易く滅ぼすだろう。

 強い、ただ一度攻撃を交えただけでマグサリオンがブロリーから感じた印象はこれだ。拳を通して伝わるエネルギーの奔流には限界を感じさせず、銀河を破壊してもあまりあるもの。間違いなく宇宙に匹敵するエネルギーを保有しており、互角の殺し合いになるのは間違いないと確信している。

 

「ガァッ!」

「殺す!」

 

 再び両者の剣と拳が交え、その直後にラッシュの応酬が繰り広げられた。だが、マグサリオンからすれば可笑しい話だ。ブロリーの状態と行動からして、殺意が出ているのは当たり前すぎる話だ。故に第一戒律によって、両者の殺意に応じた攻撃力を変換し放ってるはずなのに、一向に力負けしてないのだ。ならばとのような理屈か?

 そう、ブロリーは先の手合わせで学習したのだ。マグサリオンを相手に負けないパワーを、無意識下だろうと死線の刹那に絞り出す。言葉にすればそれだけだが、それを成せるのはブロリーが野生の環境で培ったセンスと学習能力があるからこそなせる奇跡だろう。努力を怠らない天才、そう表現するしかない。魔道を極めたマグサリオンであろうとも、これほどの天才はバフラヴァーンとワルフラーンくらいしか思いつかない。

 

「……大した奴だ」

 

 マグサリオンは宙を蹴り、再び距離を詰める。同じくブロリーもエネルギーを全身から放出しながら迫りくる。一条の光輝を描きながら、拳と剣が交わる。互いに空間ごと割き、砕き、血肉を亜空間内に散らす。

 マグサリオンは剣士らしさを感じさせない独特な動きで、ブロリーの隙を見極めてそこへ剣戟を差し込む。

 

「ッ!?……ダァッ!」

 

 その一閃が気の鎧を貫通し、超人的肉体に傷を負わせる。しかし怯むことなくマグサリオンの頭を掴み、ワイルドなフックを叩き込んだ。

 拳から伝わる感触は伽藍堂、不思議に感じるもののそれでも引かない。二度、三度、四度、強引にパワーの底を上げて無理矢理攻撃を通さんと何度も何度もマグサリオンを殴り続ける。実際、マグサリオンの体から血が弾けており、明確なダメージは確かに現れていた。このまま互いに互角の戦闘のまま、硬直状態が続き先に心の折れた方が負けるだろう。第三者から見れば、そんな予想が生まれると思われる。

 

「だが……お前の顔から喜びは感じられない。」

「ッ!?」

 

 だがそんな予想を裏切るように、マグサリオンはそう呟いた。この言葉の刃による攻撃こそが、マグサリオンの真骨頂だ。その言葉がささったかのようにブロリーは動揺が生まれ、その瞬間をマグサリオンは見逃さない。即座に刺突を肩に向けて放ち、関節を抉るように刃が肩の肉に刺さる。

 ブロリーは苦悶の声を上げながら後退するも、マグサリオンから目が離せない。まるで続けてくるであろう言葉に、強い関心を向けているかのように。

 

「戦闘とは目的の意思あってこそ行動に移せる、例えば戦闘そのものが楽しみだったりとかな。だが、お前には楽しんでる姿は見られない。悪鬼の如く血を好み、破壊を楽しんでもない。ましてや理性なく暴走しているならば、大概コントロールするための管理者がいるものだろう。これほどの力、上手く活用したいと考える奴くらい居るはずだ。例えば………“父親”とかな。」

「ッ!!ウゥッ……」

「……居たようだな。だが、お前と同行している様子が無い、ならば死んだか。平気同然に扱う父親相手に、随分と律儀で純粋な奴だなお前。」

「ガァァァァァッ!!」

 

 マグサリオンの指摘を聞き、ブロリーは激昂しながら口から破壊光線を放ち込んだ。周囲の亜空間をドリルのように抉り、極彩色の欠片を撒き散らす。それはさながら、内に渦巻く衝動のまま人の営みを破壊する獣の如く。

 だがそれらを一切恐れず、破壊の渦の中にマグサリオンは身を投じた。ムカデの様な獣の道の如き軌道を描きながら、ブロリーへ近づいて来る。

 

「ハァァァァッ!!」

 

 しかしブロリーもただそれを待ってるだけではない、光線をやめれば今度は深く呼吸をする様に気を溜める。そして一気に全身から放出すれば、無数の緑色の光弾を雨霰の様に放ち込む。

 

「フン……」

 

 だが、それだけではマグサリオンは止められない。一見逃げ場ない絨毯爆撃だろうと、閉ざさぬ瞳が第二戒律を通して隙間を見出し、そこに身を投じ込む。或いは無理やり切り開いて最短ルートでブロリーへと近づいていく。暗黒の剣風が、翡翠の輝きを獣の様に喰らい尽くす。そして背後から心臓を穿たんと剣先が狙いを定める。

 

「ガァッ!」

「ッ!?」

 

 たが、その更に上へとブロリーが迫った。殺気を探知したのか、ブロリーは振り向くと同時に裏拳を放ち込んだ。マグサリオンは咄嗟に刺突を重ねる形で防いだ。

 だが……

 

「ウォァァァァッ!」

「グゥッ……」

 

 弾ける爆光、その斥力で両者共に弾け飛んだ。だが復帰はブロリーの方が早く、強引に体ごとマグサリオンへと押し付ける。それと同時に胸元から一回り大きい気弾を生み出し、マグサリオンへ追い打ちを叩きつける。

 苦悶の声を出しながら更に弾け飛ぶマグサリオン、だが空間に剣先を突き刺しながら静止する。

 

「舐めるなよ、父親離れ出来てない餓鬼に俺が負けるかよ。道具としか扱われなくても、随分と執着するな。ああ……もしかして誰かに殺されたのか。」

「ッ!」

 

 血を吐き捨てながらそう言い放ち、ブロリーの真正面へと迫る。マグサリオンのぼやきを無視できなかったのか、右手に気弾を溜め込んでマグサリオンの顔面へと叩き込む。

 黙れ、これ以上喋るなと示しているかの様に。

 

「……つまり、お前は父親という拠り所を破壊されたわけだ。その悲しみに耐えきれなかったんだ、理性を失っても俺の一言で怒ってるのが良い証拠だ。」

「ッ!」

 

 だが凶剣の剣風は止まらない、抉られた肩の傷を更に深めんとギロチンのように振り下ろされる。その結果、ブロリーの左肩腕が宙を舞う。

 だが、それでもまだだと吠えんが如くブロリーは気を激らせる。

 

「ハアァァァッ!」

「ガァッ……」

 

 空いている右手を開き、そこに緑色の気の塊を作り上げた。それを全力でマグサリオンへと叩き込む。マグサリオンは咄嗟に片腕でガードするも、まるで意味をなさないだろう。その刹那に破壊の波動が、亜空間全域を吹き飛ばし、気がつけば元の宇宙空間へと戻っていた。

 その最中でマグサリオンが連想したのは、かつて宇宙そのものの巨体、そしてその中で無限数の分身を生み出した真我からの挟み撃ち。まさに文字通り、たった一つの生命体に向けて宇宙そのものが攻撃を繰り出したもの。だがブロリーの今の攻撃は、それすらも凌駕しかねないだろう。真我とブロリー、単純な勝敗はともかく膂力のみであれば後者が上回っていると確信した。故に当然、マグサリオンにも明確なダメージを与えており……

 

「……ああ、他にも誰かいたのか?利害的な関係ではなく、あくまで平穏的で平和に自分に身を寄り添ってくれた誰かがいたと。」

「ッ!グッ、ムゥッ……」

「現に、その腰に巻いている毛皮も忘れられん縁のものだろう?大事に抱えてるではないか。」

 

 マグサリオンの指摘に、古傷でも抉られる様にブロリーは動きを止めた。彼の脳裏を書けるのは、かつて共に団欒をとった二人の友人。そして幼い頃に共に生活を過ごした生物。全て、全て大事な思い出だ。だが、それも既に過去のことである。

 

「だが、こうやって一人でこんな所に来てしまったところを見るに、自覚があろうが無かろうがお前が滅ぼしてしまったか。だが、お前どう感じようとも、この結果になってしまった以上是非もあるまい。殺意も破壊も、他者あってこそ成立する。俺と俺の民を殺して虚無の中一人君臨するか?それとも、やはりどこかにいる他者を求めるのか?決断しなければ、お前は破段するぞ。」

 

 決して閉じぬ瞳でブロリーを見据えながら、マグサリオンはそう言い放つ。既に互いは致命傷でズタボロ、勝負は互いに勝機はあるだろう。

 ブロリーは既にマグサリオンの攻撃力に匹敵する膂力、そして隙を突かれてもそれを探知しとらえられる程に強化されている。

 一方でマグサリオンも殺意は途切れていないものの、総軍はかなり減っているがまだ潰えてない。殺意の民はまだ存在している。もしも全滅すれば、マグサリオンの強化幅も縮まり倒されるかもしれない。だがブロリーの気の鎧と肉体は斬り裂くことが可能であり、事実既に片腕を失わせている。肉体的に有利はマグサリオンにあるだろう。

 

「………」

「………」

 

 両者、言葉を出すことなく殺意を交換して向き合う。速さは互角、故に勝負を決するならば最強の攻撃を最速で当てて決めるのみ。あとはそれを決断する勇気と覚悟、臆すれば一気に潰されるのは間違いない。膠着状態を脱するためには、強靭な精神力が求められるのだ。

 そして一歩踏み出すタイミングは同時、翡翠と闇黒の光輝が軌道を描きながら宇宙空間の中心へと迫り来る。

 

「ハアァァァッ!」

「オオォォォッ!」

 

 唸る拳、旋風を巻く剣。両者の攻撃は、共に互いの体の中心へと叩き込まれた。数秒の沈黙の後、先に倒れたのはブロリーだった。

 その後にマグサリオンも倒れ込むも、剣を空間に突き立ててギリギリのところで意識を保っている。

 

「ア、ぁぁ………」

「貴様の、負け、だ……」

 

 仰向けに倒れるブロリー、彼の金髪が黒へと変わる。そして次第にその生命力も弱まってきており、身体中が散り散りとなっていた。

 まるで錆びた金属が風に吹かれて塵となって消えていくかな様に。先程のまで暴れ回っていた剛力な姿とは対照的である。だが……

 

「う、ァ……」

 

 ブロリーは瀕死の体を動かし、マグサリオンへと手を伸ばした。死にかけてもなお、彼に一矢報いるためか?普通ならそう考えるものだ。

 だが、ブロリーは親指と人差し指の先をくっつける。そして自分の顔へと近づけながら朗らかに笑いながら言い放った。

 

「さん、きゅー………」

「………」

 

 戦いに付き合ってくれたことへの賛辞、それを態々……それもマグサリオンに対して瀕死の身体に鞭打って。

 そして力尽きた彼は、塵となって宇宙風に吹かれて消えていった。それを見届けたマグサリオンは……

 

「……貴様はあまりに、純粋すぎたな。」

 

 そう風に吹かれていった彼へ、黙祷を捧げるかの様に言葉を宙へと投げたのであった。



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第十七陣 武の求道

タイトルでほとんどの人がお察しでしょうが、今回はあの二人と対決です。


 

 

「……ふむ?」

 

 闘技場に、二つの影が現れた。それは彼からすれば小柄な男女2人であるが、その2人は無慙の姿を見れば奇妙そうな表情を浮かべた。

 

「え、アレは……」

「……ん、んんー?」

「……なんだ貴様ら、人の顔を見るに。殺されたいのかよ?」

 

 奇妙な表情をする二人を見て、無慙は不快感をあらわにした表情をしながらそう言い放った。

 すると、男の方が申し訳なさそうな表情をしながら答える。

 

「これは失礼しました、確かに初対面の人に対してやる態度ではありませんでしたね。すみません、ただどうしても気になってしまったので……」

「そうそう、多分二番目に座についた神なんだよね?どうにも昔見た資料……みたいなものかな。それと随分と印象が違くて、もっと老人みたいな見た目だったからさ。」

「ふむ、なるほどな。如何にも、お前たちの予想通り俺は二代目の座についた者である。後世では随分と情報が捩れたようだが、生憎と俺はこの姿でな。でだ……」

 

 二人の疑問に対して、無慙はそう答える。そして目を細めれば、密度の増した殺意の視線が二人に刺さる。

 

「こうしてここに来た以上、まさか雑談で終わるなんて思ってないよな?」

「……えぇ、当然です。むしろそちらが本命ですから。そんなわけで二代目殿、どうかお手合わせをお願いします。」

「私達の重ねてきた力、昔の先達様にどれほど通じるか興味が湧いてね。波旬なんて特例じゃ、参考にならないもの。」

「貴様ら、あの小僧と顔見知りか。まあどちらにせよ、俺の手に掛けることには変わらんがな。さて………では始めようか、簡単に死んでくれるなよ?」

 

 そして求道の神と、覇道の神との激突が始まった。手始めに第二神座の滅殺意思が、2人へと放たれる。その直撃を受ければ、神域の最高峰に達してないものであれば例外なく、痕跡すら残さず消滅する裁きの初撃。

 逃げ場なく放たれる必滅の審判、しかし2人にとっては既知の範疇であり動揺するような現象ではない。

 

「行くよ、宗次郎……」

「えぇ、行きましょう紫織さん。」

 

 二人の闘気が膨れ上がり、その身に帯びるは宇宙の理。無慙とは異なる求道の渇望が、密度を高めて二人を包み込む。

 それが座の滅殺意思を押し除け、開戦の舞台を整え始めた。

 

「太・極」

 

 男女の声が重なる。これよりは血戦の神威神楽、両者共に武の人生を歩み続けた者ら、その積み重ねた研鑽を惜しみなく発揮する。

 

神咒神威(かじりかむい)――経津主(ふつぬし)布都御魂剣(ふつみたまのけん)

神咒神威(かじりかむい)――紅楼蜃夢(こうろうしんむ)摩利支天(まりしてん)

 

 二人の祈りが流れ出し、そこに人型の宇宙が完成した。これこそが求道神、歩く特異点とも言える神座における一種の神の姿であった。故に全身の質量が一個の宇宙であり、血の一滴すら天体と期するほどである。

 その二人の姿を見て、無慙は興味深そうに目を細める。彼の歩んだ屍山血河の歴史において、求道の存在は数多存在した。しかし神域へと一歩手前や、擬似存在とは邂逅した果てに殺したものの、到達した存在とは出会うことはなく、出会える時期ではなかった。故に、真の求道神との対面はこれが正真正銘初めてだろう。故に……

 

堕天無慙楽土(パラダイス・ロスト)

 

 冥府魔道の地獄を歩む彼が、殺さずにはいられないのは語るまでもない。全域に広がるは無慙無愧の大曼荼羅、堕天の神威が武の求道神へと矛先を向けて形を成す。全ての魂が罪を抱いて罰を受ける堕天の園、常時生まれ出る悪鬼から剣先を向けられてるかの様な四面楚歌の宇宙に包まれた。

 その果てに二人の前に現れたのは、芸術品の様な神剣を肩に担ぐ端正的な顔の男。しかし聖人の様な柔らかな雰囲気は無く、何処までも険しく一切油断の無い無骨な雰囲気を放っている。武神、型に嵌めた表現としてこれ以外あり得ないと二人は確信している。大きさ自体は大人の男性とそう大差はない、だが目の前の存在に囚われるのは命取り、そう確信していた。その答えはまだ出さないが………そう警戒していると、二人を見据えて無慙は口を開いた。

 

「ようこそ若者らよ、ここに来たということは俺に殺される覚悟はあるのだろう?ならば手厚く歓迎してやろうではないか……俺は無慙、お前たちよりも遥か昔に座を掌握したものだ。」

「ははは、古の先達様からの歓迎とは恐縮ですね。勿論知ってます、ただ……ほんのちょっとですがね。とはいえ、随分と印象が異なるというのが最初の感想ですね。もっとご年配な印象でした。」

「だね、歴史に誤差が出るのは仕方ないんだろうけど全然雰囲気が違ったから驚いたよ。二代目様がこんな剣呑な伊達男だなんてね。」

「ほう、ならばこの俺はお前達の相手として力不足とでも言うか?」

 

 などと、まるで皮肉でも込めたかの様に無慙は問いかける。すると二人は目を合わせ、そして笑みを浮かべながら戦闘の構えを取る。

 

「まさか、寧ろ俄然やる気が出ましたよ。ええ、武者震いが止まりません。どこまで切り結べるか楽しみです。」

「同感、二代目の神座たる無慙殿。相手にとって不足なし、その上で私は私と貫いて見せる。」

「良かろう、ならば纏めて相手してやろう。来い、若造ども!」

「では……」

「いざ尋常に勝負ッ!」

 

 こうして、堕天奈落と曙光の武神の激突が始まった。

 

 

天王魔王自在大自在 (ぼんてんのうまおうじざいだいじざい)除其衰患令得安穏 (じょごすいがんりょうとくあんのん)諸余怨敵皆悉摧滅(しょよおんてきかいしつざいめつ)

 

首飛(くびとばし)颶風(かぜ)——蝿声(さばえ)ェェェッ!!」

 

 初手に動いたのは宗次郎、迸る剣気と共に放たれる宇宙を割く無謬の切断現象を引き起こした。行き着く先は言うまでも無く眼前の無慙。その斬撃は距離の概念を絶つが故に回避不能、宗次郎が切断の概念そのものであるが故に防御不能の一撃である。

 だが……

 

「浅い」

「っ!正面から粉砕とは……」

 

 無慙は迫る切断現象に向けて、唐竹割りの要領で剣を振り下ろした。ぶつかり合う剣戟、直後競り勝ったのは無慙だった。漆黒の剣戟が単純な火力押しで斬風の神威を塗り潰した。

 

「なら、これならどうかしら?」

 

 直後、次いで動いたのは紫織。その姿が何重にも重なった陽炎の如くブレる。その蜃気楼の分身全ての拳には超密度の気が纏っており、その矛先は無慙へと向けられる。

 

「おん まゆら きらんでぃ そわか

のうもぼたや のうまくはたなん そわか

 

玖錠降神流(くじょうこうじんりゅう)―――陀羅尼孔雀王(だらにくじゃくおう)ゥゥゥッ!!」

 

 大津波の如く迫る、蜃気楼の神咒神威。その拳一つ一つが宇宙規模の密度を誇り、無慙の曼荼羅の総軍を減らしていく。だが、それを迎撃するように暗黒の剣風が吹き荒れる。

 

「増殖するか、なんとも懐かしさを感じさせる。」

「ッ!っのォ!」

「ふむ、なるほどな。可能性を操るのか……アイツとは似て非なるが、ならばやることは変わらんな。“全て”死ぬまで殺せば良い。」

 

 奇怪な軌道を描きながら、増えていく紫織を無慙は一人一人殺していく。紫織の太極の本質は可能性操作であり、どれほどの大破壊を引き起こそうとも、そこに一体でも生き残る可能性があれば玖錠紫織と言う女に真実の死は訪れない。故に本来であれば、無慙の様な一人一人を確実に殺すスタイルの戦闘者とは相性が良いはずだ。

 だが、結果はこれだ。可能性を手繰り寄せるよりも早く、無慙の剣風によって蜃気楼の太極を塗り潰す速度の方が速い。求道神は単細胞生物の似たような身体機能を有しており傷を負っても再生するが、無慙の覇道の理がそれを塗り替えて阻害していく。この刹那に紫織の全身から死の概念が歩み寄ってきている。無論、殺されないために全ての紫織が斬滅行を止めんと拳を振り上げる。

 

「無駄だ。」

 

 しかし、簡単に捉えられない。顔面を殴ろうとすればいつのまにか見失う、殴ったとお思ったら既に斬られた。そして途切れた様に一人死んでいる。なんだこれは、紫織からすれば下手な悪夢よりも恐ろしい。まるで行動どころか思考の隙を突かれている。次第に分身が目に見える形まで減り、死がすぐそこまで迫っていた時だった。

 

「ッ!?」

「……貴方の相手は僕もいるんですよ、忘れられては困りますね。」

 

 紫織の愛する益荒男(刀剣)が、首筋に迫る一閃を迎え撃った。それだけで全身に電撃が疾走した様に痛みを感じている、だがそれでも狂犬の如き笑みを浮かべながら宗次郎は無慙と向き合う。

 

「忘れてはいない、お前も必ず殺す。」

「ならば尚更です、たとえ貴方だろうと僕の伴侶(最愛)を奪わせはしない。」

「宗次郎……」

「ほう……触れたるもの全てを切り裂く刀剣でありながら護らんとするのか。ならば護って魅せろ、言葉だけで済ませる気はないよな?」

「ふふ、当然ですが………だからこそ、貴方を確実に倒すッ!」

 

 宗次郎の決意に見惚れるように見据える紫織と無慙、そして覚悟を決めた宗次郎は殺意の剣気を極限まで高めた。

 

五障深重(ごしょうしんじゅう)消除(しょうじょ)なれ

 

執着絶ち、怨念無く、怨念無きがゆえに妄念無し

 

妄念無きがゆえに我を知しる。

 

心中所願(しんちゅうしょがん)決定成就(けつじょうじょうじゅ)加持(かじ)

 

級長戸辺颶風(しなとべのかぜ)!」

 

 至近距離かつ無拍子で放たれる宗次郎の剣戟、それは側から見れば単なる対人の域を出ない剣技である。だがその密度は確かに神域の神咒神威、即ち百人殺すために百発の剣を放つのではなく、一つの千を込めた一撃を放ち込む。故に真実、初手で放った宇宙を切り裂く斬撃では無く確実に相手を殺す一の太刀。

 事実、この一撃を無慙は躱す事も防ぐ事もできなかった。無慙の曼荼羅(からだ)に袈裟状の確かな切り傷を刻み込んだ。

 

「……まさか、それで終わりか?」

「ッ!?」

 

 だが無慙は死んでなかった、分離しかけてる身体を無理矢理鷲掴みして繋ぎ止める。それと同時に攻撃を終えて隙だらけな宗次郎に向けて返しの刃を叩き込む。

 

「ガッ、アァァァッ!」

「宗次郎!」

「青いな、確かに質を高めた一撃は大したものだ。だがそれでは、覇道を押し退けるには足りんぞ。ああ、だがその様子を見るにお前達が正規の覇道神と闘ったのはこれが初めてか。」

 

 攻撃を終え、尚且つ仕留めたと確信している。故に身も体も隙だらけ、それを無慙が見過ごす訳もない。加えて質を高めた宗次郎の一撃を受けた後であれば、無慙の戒律の性質上威力は其れを確実に凌駕している。防御も意味をなすわけもなく宗次郎は致命の傷を負った。

 

「よくも、私の男に手を出したなァッ!」

 

 憤怒を露わにした紫織もまた、技を繰り出そうとしている。だが怒りの表情反面、その内は冷静に分析していた。例え神といえど、宗次郎の先の一撃は確かに質の高い一撃だったはず、それは無慙本人も認めていたのだから。だが、それでも生きていた。何故?確かに覇道神である以上、魂の総軍を減らさねば必滅に至れないのは事実だろう。だが無慙の場合はそれだけでは無い気がするのだ、問題なのは本人の体の構造だ。

 確かに体は完全とはいえずも分離していた、しかしそれに対して驚愕した様子はなかった。まるでいつもの事と言わんばかりに対処していて、人間ならばそんな経験何度もあるものなのだろうか?紫織からして、自動で回復する不死身的存在はそれなりに見たことある。だがそれでも血を撒き散らしたり、痛みを感じたり、精神や体力が消耗したりと多様な反応があるのだ。だが、目の前の存在からはあまりそうした印象が見られない。そして何よりも……

 

「……殴った時に、空箱を触ったような感触だった。」

 

 これが一番の問題だった。分身を削られながらも反撃し、当てた時の感触がまさに無であった事。そして宗次郎に体を分離されても戦闘続行な異形さ、もう明白だ。無慙は見た目と違って常識的な肉体構造をしていない、彼の中は無で構築されているのだと。

 詳しい原理は不明だが、とにかく単純な物理攻撃では効き目は薄いのだと紫織は確信した。

 

此処に帰命したてまつる(オン マカラギャ) 大愛染尊よ、金剛仏頂尊よ(バゾロシュニシャ・バザラサトバ) 金剛薩埵よ衆生を四種に摂取したまえ(ジャクウン・バンコク)

 

 ならばと彼女の纏う気は欲望、その中でも愛欲という戦闘とは一見かけ離れた概念。だが、古来より愛と憎悪は表裏一体をなすと言われている。

 愛する男を傷つけられた怒り、そしてそれを防げなかった己への不甲斐なさへの嘆き、そしてそれを成した無慙への憎悪。それら全てを力へ変換し、拳に纏って突撃する。

 

陀羅尼愛染明王!(だらにあいぜんみょうおう)

「ッ!」

 

 欲望を燃料に放たれる神拳、無慙には物理攻撃の効果は薄いと知ってる。そう、知ってるからこそ敢えてその手段を極めて突き進まんとする。

 その威力はこの戦闘において、彼女が出した過去最高の一撃だった。事実、その拳を顔面から受け止めた無慙は大きく弾け飛んだ。愛と憎しみ、どちらも誠の念が込められた拳は確かに芯に届いたであろう一撃である。故に今こそ狙い目であるが……

 

「宗次郎ッ!」

「はい、紫織さん!」

 

 そしてだからこそ、二人は今度こそ油断しない。少し前に無慙が言ったことを思い出す。“質の高い一撃では覇道を押し除けるには足りない”と、ならば答えは明白だろう。

 

「この世界ごと無慙を殺さねば、この勝負に終わりは訪れない。」

「魂の総軍を無限に生み出す、みんなの魂こそが覇道の神の地肉そのもの。」

 

 かつて二人が合間見えた最強の覇道神たる波旬、彼の覇道はその真逆をいく存在だったが座を掌握した覇道神とは本来他者の魂を生み出すなのだ。波旬も無慙も、異質な覇道神だがどの様な形であれその機構は有している。

 故にその要素を突破しなければ、二人には原則として勝ち目はないのだ。ならばこそ、二人は渾身を奥義を以って無慙を撃つことを決意したのだった。

 

「神の御息は我が息、我が息は神の御息なり。

御息をもって吹けば穢れは在らじ、残らじ、阿那(あな)清々し――石上神道流、奥伝の一」

「なうまく さらば たたーぎゃたなん

おん びほら ぎゃらべい ぎゃらべい そわか 玖錠降神流(くじょうこうじんりゅう)、奥伝

――」

早馳風(はやちかぜ)――御言(みこと)伊吹(いぶき)

大宝楼閣(だいほうろくかく)善住陀羅尼(ぜんじゅうだらに)!」

 

 刹那、堕天の宇宙に吹き荒れる斬撃と打撃の神威神楽。無慙の殺意に触れて生まれた魂の総軍を削る無尽の刃と浸透剄、それらはまさに求道の極みであり狙い通り無慙ごと曼荼羅を破壊している。

 あえて名付けるならば『御言の伊吹・大宝楼閣』と言えるだろう。互いに足りぬ要素を埋め合わせ、守りながら戦っていく。まさに共に武芸に道を極めていく者らに相応しい光景だろう。ああ、だからこそだろう……

 

「そうか、お前達は二人で一つ。互いに殺し合いながらも高めあい、他者という名の鞘を見出す道を示したわけか。」

「ッ!」

「だが、ならばこそ負けられん。無慙の所業は常勝不敗、そして全てを鏖殺してこそ成されるのだ。」

 

 吹き荒れる破滅の神威の中、文字通り真実を見抜く無慙の天眼が二人を捉えながらそう言い放った。それはまさに世界そのものが言い放つ言霊であり、魂を揺さぶる箴言に他ならない。

 破滅に向かう堕天奈落、しかしそれでも尚として殺意を研ぎ澄まし生命の促進を促す殺戮の地平。覇道神の強さの根幹となるのは、神としての理の高度と魂の総軍の数。今の無慙はそのどちらも二人の理解を高めることで無慙の存在強度が桁違いに跳ね上がり、二人の殺戮乱舞を凌駕せんと凶剣が研ぎ澄まされる。

 

「故に、お前達二人に俺の剣舞を捧げてやろう。」

 

 その一言と同時に無慙は宙を駆ける。一条の黒い彗星となり、まずは紫織の全ての分身を斬り刻んでいく。神拳が進撃を止めんと放たれて内から撹拌されるがそれでも無慙は止まらずお返しとばかりに拳を斬り飛ばす。それはさながら、星々を喰らい尽くす異形の獣の如く、蜃気楼を暗黒の津波が覇業を示すかのように飲み込んでいく。拡大していく無慙の覇道、二人の逃げ場を断つように全てを塗りつぶしていく。

 そしてそれを防がんと宗次郎が放つ斬神の息吹、彼の神威が振るわれれば必ず最低でも一つは命を切り刻んでいる。だが、無慙がそれを全て真正面から砕いていく。ところどころで斬撃が体を削っていくが、溢れ出す殺意と戦意が暴走する燃料のように体を邁進させていく。殺される前に殺す、これこそが無慙が二人に魅せる殺戮の神咒神威なのだから。

 

「あッ……」

「がッ……」

 

 遂に全滅となった蜃と斬の神威、旋風のように無慙が二人を通り抜けた。時空を超越して放たれた禍つ剣戟、防ぐことも躱す事も叶わず二人に死を齎した。無慙の覇道に塗りつぶされた事で、完全敗北となったのだ。

 

「あァ……残念だなぁ。もうちょっとで勝てると思ったのに……だけど、すごく楽しかったです。機会があれば、またもう一度やりたいと思えるほどに。」

「だねぇ、やっぱ座についた神に勝つのは簡単じゃないか……けどうん、後悔は無いかな。宗次郎と同じ、また出来るならやりたいね。」

「……やれるものならやってみろ、何度合間見えようとも俺は必ずお前たちを殺して見せる。」

 

 血を吐き捨てながらそう言い放った無慙を見て、二人は微笑みを浮かべながら姿を消していった。

 

「ナラカを殺さん限り、全て茶番となるのだろう?ならば、神座に関わる者であれば……なんであれ関係ない。俺は無慙の所業をやり直すまでよ。」

 

 そして、消えていく二人を見届けながら、無慙は改めてそう決意するのだった。

 

 




一部では無慙は同格に勝ち負けの可能性があるから、求道神にも負ける可能性があるという説を見たことあります。ですが今回の場合は、座の総軍があるため覇道神は基本的に求道神に負けはあり得ないという、という基本設定を重視して書いてます。


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第十八陣 死の超越者

今回は昔、よく最強キャラとして話題になったキャラです。


闘技場に、扉が一つ現れた、その扉が開かれて、現れたのは黒い帽子に黒いコートと、全身黒ずくめの男がそこから現れた。

 男がクスリと笑みを浮かべれば、目線を防止の割れ目越しから合わせながら挨拶を始めた。

 

「これはどうも、初めまして。私は運び屋の赤屍蔵人と申します。」

「........」

「初対面で申し訳ないですが、貴方はとても強そうですので興味が湧きました。なので、どうかお手合わせを……願わくば、その過程を楽しめればよいのですがねぇ....」

「....俺との殺し合いが仕事だと?それも楽しみたいなどと、くだらん寝言をほざきよって。良いだろう、殺してくれてやる。」

「その言葉、同意とみて解釈させてもらいます。では始めましょうか、その勢いのままお願いします。」

 

 涼しい顔を浮かべながら微笑む赤屍に対し、剣吞な雰囲気を纏う無慙と対照的な二人の対決が始まった。堕天の曼陀羅が広がり、それに合わせて

 第二神座の滅殺意思が赤屍へと向けられる。避けようのない必滅の審判を前に赤屍は....

 

「クス…心地いい殺意ですね、これくらいはしてもらえないと困ります。」

 

 それを受けながらも、微塵も脅威に感じていない。笑みを浮かべながら掌からメスを5本握り、無慙に向けて投擲した。煌めく堕天の曼荼羅に赤屍が舞う。銀の閃きを放つメスが迫るが、それを無慙は難なく回避して進む。

 だが、直後に鋭利な旋風が巻き起こった。無慙の周囲を囲むように、無数のメスが旋回し退路を絶たんと円陣を描く。

 

赤い暴風(ブラッディ・ハリケーン)

「阿呆が。」

 

 そして迫る鮮血のメス、だがそれを無慙は稲妻の軌道を描きながら突破した。だが、その直後……

 

赤い雨(ブラッティ・レイン)……貴方は死の雨から逃れられなかったようですね。」

「ッ!?」

「おや、どうやら貴方の体はまともな人体ではない様ですね。ならば、それはそれでやりようがある。」

 

 突如頭上から落ちてきた雨が、無慙の体へと刺さった。恐らくメスの嵐を囮にして、無慙の退路先を想定して先に飛ばしていたのだろう。その光景を見て、赤屍はか細く笑いながらそう言い放った。無慙の様子を見て、元医者としての勘が働いたのか、彼が無の体をしていることを即座に理解した。

 だが、その直後に損傷なぞ知らぬと言わんばかりに無慙は前進する。

 

「この程度で俺が止まると思うか?」

赤い剣(ブラッディ・ソード)………でしょうね、これで終わりはあまりにつまらない。貴方の存在ごと、解体させてもらいましょう。」

 

 お返しとばかりに無慙は赤屍の体の中心に向けて、刺突を放つ。それを防ぐべく、赤屍は血から剣を作り出して刺突の矛先を逸らす。

 そして直後に刺突、斬撃を曼荼羅を裂きながら無慙へと放ちこむ。赤屍は超越者という万象の理から逸脱した存在であり、通常の時間軸からも乖離することが可能である。故に時空を超えた攻防を行なっている。無論、無慙もかつて万象を鏖殺する最中で同様の行動をおこなっており、そうした意味では二人は同じ次元の攻防を繰り広げているのだ。もしもここに常人がいれば、そこから見える景色は日常風景のままで、そしてその認識のまま二人の戦闘の余波に巻き込まれて痛みも感じることなく死ぬだろう。

 

「どうしました?貴方の攻撃は実に単調だ、読み易い。パワーは確かに私より上ですが、その剣筋は実に雑だ。」

「……」

 

 だが……無慙からの攻撃が当たらない、それは端的に言えば大きく大雑把な攻撃だからだ。確かに途轍もない威力と時間軸を超えた速さを持っているが、前者は第一戒律で実現してるものの、速度に関しては赤屍も同様である。対して赤屍の攻撃はほぼ無駄がなく、名医が患部へと触れるが如く繊細かつ効果的な攻撃を繰り広げている。

 一方で無慙の大振りを赤屍は闘牛士(マタドール)の様に華麗に回避しつつ、カウンターを剣戟を的確に当てていく。無慙の体に刻まれる、赤い切り傷。だからこそ、同じ土俵で戦ってるが故にこうした地金が露わとなった。同じ技量であれば、技術によって手数の多いものが有利に傾くという当たり前の結果が齎される。ならば、ここで無慙が取るべき手段は……

 

「連撃ですね。」

「……」

「大砲を当てるには、速さと正確さに長けた連撃で相手を怯ませ隙を作る必要があります。上位者同士の戦いでは、火力の低い連撃で勝負は決まりません。ですが、大砲だけで決まるほど現実は甘くはない。だが……」

「……下らん。」

「えぇ……貴方にそうした技巧は困難なようで…‥残念ですね。」

 

 そう、無慙はそうしたテクニックは扱えない。正確には第三戒律の縛りによって、そうした技巧は使えないのだ。詳しい理屈は知らないものの、そうしたものを扱えないと赤屍も察していた。

 故にここまで、そう判断して空いた掌を無慙の顔に向ける。そこから赤い十字架の閃光が爆ぜた。

 

赤い十字架(ブラッディ・クロス)

 

 無慙に刻まれるであろう大きな十字傷、だがこれはあくまで目眩し程度。本命は剣による心臓の串刺し、それを目眩しの隙に穿たんと放ちこんだ。

 

「……1ナノメートル届いてない、と言ったところか?」

「ッ!?グゥッ……」

 

 だが、それはほんの僅か届かなかった。光が晴れた頃には、いつの間にか赤屍の右肩が無慙の剣によって貫かれてた。そして無慙の顔のそばには左手が握りしめられていた。

 この結果の大きな要因は、赤い十字架は無慙の左手によって空間の概念ごと潰されていたことにある。左手で赤い十字架を握りつぶしたこときよって距離の概念ごと僅かに消滅した。それによって生じた距離感のブレによってタイミングを狂わされ、加えて勝利を確信している赤屍の思考の隙を突いたのだ。これも無慙の決して隙を見逃さない第二戒律が為せる技と言えるだろう。

 

「グゥッ……いやはや、これ程とは……」

「死ね。」

「ですが……赤い奔流(ブラッディ・ストリーム)

 

 赤屍がそう言い放ちながら距離を取るも穿たれた肩から追撃の振り下ろしが刻まれ、赤屍の上半身から血が溢れかえる。だが、発生した血飛沫からメスが発生し、それがカウンターの様に無慙の目を潰さんへと飛来する。無論、至近距離で飛来するメスを無慙は超速反応としか思えない様な挙動で回避する。

 だが、それだけでも充分。その隙に肩から生じた血飛沫が周囲を染め上げ、その血が形を成していく。

 

赤い分身(ブラッディ・アバター)

 

 瞬間、姿形が全く同じ赤屍の分身が血飛沫より発生した。劣化的な様子はなく、全てが本体である赤屍と同じ力量を持った存在であり、それがまずは無慙の見える範囲を埋め尽くす。これを放っておけば、この堕天の曼荼羅を分身で埋め尽くしていくだろう。事実、赤屍の分身たちが放つ斬撃が、堕天の曼荼羅の総軍を確実に削っていってる。

 無論、それを無慙が放っておくわけもなく……

 

「上等だ、殺し尽くしてやる。」

 

 爆ぜる堕天の覇道、それを象徴せし“無価値の炎”が発生した。それが赤屍の分身を腐敗させていく。

 だが、それでも地獄の業火を押し除けて無慙へと襲いかかる個体が現れる。

 

「臭いぞ、貴様ら屑が呼吸しているのも許さん。」

 

 それらを見過ごすわけもなく、首を狩り、胴を裂き、心臓を穿ち殺していく。そうして確実に分身を鏖殺していく最中、無慙の影に一滴の血が垂れた。

 その直後、その血から赤屍が現れる。その現象に即座に気付いたものの、分身を相手にしているタイムラグは避けられない。

 

赤い闇(ブラッディ・ダークネス)

 

 赤屍が無慙へと手を伸ばせば、血液でできた影が迫り襲いかかって来た。それを無慙は咄嗟に避けるものの、頬に掠って弾け飛んだ。

 そして、赤屍は追撃と言わんばかりにメスを握りながら言い放つ。

 

「殺すとおっしゃいますが……生憎と、想像できないのですよ。私が、私自身の死を。」

「……ほう、故に自分の死は起こり得ないと?まるで、他人事のように言うものだな。」

「ええ、実際のところ他人事ですから。摂理とはそう言うものです。“赤い射手矢(ブラッディ・サジタリアス)”」

 

 まるで世間話でもする様に、赤屍はそう言い切った。そして同時にメスを矢のように鋭く飛ばし、そして周囲を埋め尽くす様に残っていた分身で無慙へと襲い掛かる。事実、赤屍に真実の死は訪れない。万象の理を凌駕した超越者として、量子力学の如く認識できないものは存在できない現象として成立できてしまうのだから。故に無慙が赤屍を殺すことはできないこととなり、それでは永遠に勝利へと近づけないことになるのだろう。

 だが次の瞬間、無慙が体を振るわせていた。それは恐怖によるものではなく、笑いによるものだ。

 

「ク、ククク……他人事だと?」

「?……何がおかしいのですか。」

「なぁオイ、それはお前が真実救いたかった命を救えなかったことへの言い訳だろう?この、医者擬き風情が。」

「ッ!?」

 

 無慙の言葉の刃に、赤屍は致命を負った様に体に衝撃が走った。その間隙を逃すわけもなく、無慙は覇道を拡大させて一気に分身とメスを腐敗させて本体の赤屍へと接近する。

 そして振り下ろされる一閃、赤屍は咄嗟に剣で受け止めるもの大きく弾け飛び腐炎が魂をも蹂躙する様に痛みを与える。まるで、罰を与えれかの様に。

 

「グゥッ!」

「お前が医者だったのは、メスを扱ったり俺の身体を触診する様な動きから考えれば想像に難しくない。」

「はァ……だから、なんです?」

 

 激痛に身を捩らせながらも、赤屍は微笑を浮かべながら無慙と視線を交わす。それでも傲岸な雰囲気を晒しながら、無慙は言葉を続ける。

 

「だが、医者が死に対して他人事などと無頓着なのは本末転倒だろう。医者という概念は死から生をもたらすのが本分だ、戦に身を投じて楽しみたいだけなら、軍人にでもなれば良いだろう。だのに、まだ医者の名残が残ってるのは、救えなかった命に対しての後悔だろう。それをきっかけに、死というわかりきった結果ばかりの世界に絶望したとな。」

「……なんと、貴方にそこまで言われるとは。こんな事、今までありませんでしたよ。」

 

 赤屍に刻まれた傷は殆どが無くなっているものの、反面に浮かび上がる表情は過去にないほどにどこか儚さを感じさせていた。それはまるで勝手に記憶、救えなかった少年を抱えていた己を浮かびあげているのだろう。

 だが、それを振り払う様に剣を一閃横薙ぎに振るう。それによって自身を蝕んでいた腐炎を振り払い無慙と向き合う。

 

「それでも……私は私です。今更己のあり方を捻じ曲げるなんてことはできませんし、結果を軽んじるわけではありませんが過程を如何に楽しめるか重きに考える性分なのです。」

「……ならば、どうするのだ?」

「当然、このままこの戦闘を続けさせてもらいます。確かに貴方のいう通り私は救えなかった命に後悔を覚えてますが、これとそれは別。今都合よく殺さずに転じる気はありませんし、貴方との決着をつけるまでどこまで戦えるのか、興味があるのですから。」

「……言っておくが、お前と違って俺は闘うことが好きなわけではないぞ。」

「ですが、私を殺したいという気持ちはあるのでしょう?」

「当然だ。」

「ならば、やることは一つですね。」

 

 直後、同意するかの様に互いの矛先が向けられた。そして炸裂した爆発音と共に剣戟がぶつかり合って空間が歪曲する。繰り広げられる戦況は、手数の赤屍に対して重い一撃を繰り返す無慙という図になった。速度は当初は互角だったものの、徐々にだが無慙の方が速くなっていた。

 赤屍の真実に到達したことによって、殺戮への特攻力が磨かれている。それを察した赤屍は、迫り来る死の緊張感からか汗が流れる。だが反面、どこか心地よさを感じるかの様に笑みが浮かびがった。

 

「これは……今までにない体験ですね。」

 

 そしてついに、赤屍であろうとも困難な領域の戦闘速度へと到達した。まず肩が裂かれた、次に片腕が跳ねられ、そして最後に、赤屍の脳裡に再び死んだ少年が連想される。それと同時にその隙を穿たんと無慙が体を入れ替える様に、すれ違いと同時に剣と腰を両断された。

 

「俺の勝ちだ、お前は死ななくても負けないとは限らない。」

「クス……えぇ、おっしゃる通りです。

 

 無慙の言葉を肯定すれば、赤屍はゆっくりと地面に倒れたのだった。負けが必ず死亡に繋がるとは限らず、その逆もまた然りである。その理屈を確かなものとし、無慙は赤屍へと勝利を掴んだのだった。

 だが、地面に倒れる赤屍の顔は充実感に満ちたものだった。

 

「いやはや、実に良い時間となりました。楽しませてくれたこと感謝しますよ。」

「まるで俺がお前を楽しませるために力を注いだかのような、気色悪いこと抜かすな。更に殺されたいのかよ、貴様。」

「そう言われても、本音なのですがね。これまた一つの奇妙な縁とでも思ってくださいよ。さて、それではまた……」

 

 そう言い残して赤屍は、全身から大きな血飛沫を撒き散らしたかと思えば彼の体はもうそこにはなかった。

 果たして本当に死んだのか、それとも一時的な死で別世界へと飛んだのかは……流石の無慙でもわからない。それこそ本人のみぞ知るということなのかもしれないだろう……そんな赤屍の荒唐無稽さに、無慙は呆れた様に息を吐くだけだった。




赤屍さんは技が豊富なので、使ってて楽しかったです。スピンオフとかでないですかね……


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番外Ⅱ 神拳 前編

今回、初めてオリジナルキャラに挑戦しようかと思います。


 

 

「………」

 

 闘技場の中心に、無慙は立ち尽くしている。灰色の一陣の風が駆け抜けるも、静寂以外何も齎さない。今まで途轍もない益荒男達と殺陣を織り成してきた場だが、今回は何とも静かなのだろう。故にふと、己の過去を振り返ってみることにした。

 かつて悪を喰らう悪の楽土であった第二神座、堕天の園。それに終止符を打ったのは明星ことネロス・サタナイルの来訪によって五千年の歴史は終わったのだ。だが、その以前は?混濁する外装の記憶の中、かつて訪れた者との記憶を振り返る。

 

 

 

 

 

 

 はるか昔、堕天奈落の理が座を覆い尽くした果てに王冠の独裁者の無尽の殺意による理から数多の命が溢れた。禁断の果実を喰らい原罪を得て、裡に秘めた獣の本能のまま邁進する人類。罪を犯し、命を奪い、そこに恥も悔いも無い無慙無愧の民草が跳梁跋扈を繰り広げる。人が言語を得るようになってから、この世界を作った神を憎む者もいれば、救世主の如く讃える集団や国家も出てきた。

 だが、天地開闢の始まりから数百年、栄華を極めた摩天楼に常勝の男が現れた。その男は初めは犯罪集団のリーダーだったが、組織が肥大化したことでマフィア化し、遂には星間の争いにすら身を乗り出すほどとなった。

 

(もう直ぐだ、もう直ぐ終わる……)

 

 男の武器は拳、だがそれは壊れず折れず朽ちぬ生まれつきの神器。炎で炙られようが鉱物の挟み撃ちだろうが、果てには放射能を浴びようが血の一滴すら漏れない不変なる神の拳であった。その異常性に多くの人々は畏れ、たとえそれは生みの親にして先代リーダーである彼の父親すら例外ではない。男がまだ幼い子供であったとき、寝込みを襲われる。死にそうなところ生存本能のまま拳の突き出した暁に父親の心臓を穿つ結果となる。その日以降、彼が組織の頂点となった。加えてこの神拳と触れ合いをしたものは、この堕天の園において異常現象を見せたのだ。

 まず、野獣の如く男を憎んでた女を抱きしめられば、その野獣性が消えて和解し結ばれた。次いで裏切り暗殺をしようとした親友を殴り飛ばせば、己の過ちを認めて涙を流した。そして女との間に生まれた子供からは今まで見たことのないようなまるで罪から解放されたような穏やかさを感じさせた。どれもこれも、神拳の織りなす覇者の奇跡、いつしか男が奇跡を成しこの奈落の世界から解放してくれるかもしれないと夢を見たのだ。そして彼の覇業に魅せられたものは男をこう呼んだ……神拳(ディノス)と。

 

「グァッ……」

「ここだ、この先に王冠が待っている……」

「愚か、モノが……身の程を弁えろ反逆者めが。我らの神の裁きを受け、愚かさを自覚しながら、あの世で後悔するが良い……」

 

 銀河を支配していた宗教国家の総裁の心臓が、拳の一撃で穿たれた。男が数多の犠牲を超えて星々を掌握し、遂に最も王冠に近い場所へと辿り着く。その門番である総裁を殺せば、いよいよ本丸へと乗り出せる。後は穴を開けるだけだ。

 それは単なる物理的な移動法では到達できない。次元の違う場所へ行くためならば、世界そのものに特異点という穴を開けなければならない。その様な無茶、どうやって押し通すかなどと問うことは今更無粋だろう。数多の奇跡を起こしたこの拳、それ一つで実現できると信じて疑わない。ならば、後は実行に移すだけ。

 

「行くぞォォォォッ!」

 

 拳を振り上げ、そして突き出した。狙いは王冠……及び世界の深淵そのもの。硝子を突き破った様な音を響かせながら、遂に目指していた場所へと辿り着いた。

 其処には……彼にとって全ての元凶であるこの世全ての悪が座して彼を持っていた。無尽なる殺意、並のものであれば視線を交えるだけで絶命しかねない圧倒的な存在感がこの場を支配していた。

 

「ようこそ、リカルド・マノデ・ディオス。お前のことはよく知っている……俺は無慙。お前達の祖にあたる者だ。」

 

 無慙、それこそが王冠の独裁者の神名だ。そして男……リカルドと呼ばれた男は緊張感を感じさせない口調で言葉を紡ぐ。

 

「オッス、神様。俺もアンタに会いたくてたまらなかったぜ……全てを終わらせるためにな。」

「ほう、意気込みがいいのは大いに結構。ならばこれ以上の語らいは無粋だな、始めるとしよう。」

 

 その言葉を最後に、遂に王冠をかけた決戦が開始した。まず、王冠より放たれる殺意、滅殺意思がリカルドへと叩きつけられる。資格無き者が直撃すれば、痕跡すら残さず消滅する必滅の審判。

 だが、ここに自力で来るとはそういうこと。言うまでもなく資格は既に有しており、必滅の審判を押し除ける様に覇道を広げた。その名は……

 

■■を粉砕せよ、不変なる拳(デストルクシオン・プーニョ・ディオス)

 

 迸る黄金の神気が宇宙空間に響き渡る。それが必滅の審判を押し除け、リカルドの覇道が万象を染め上げていく。それは神拳に魅入られたものを染め上げ、そして新たなる神話を作り上げていく宇宙。拳一つであらゆる困難を踏破したいという祈りを軸にした異界である。

 それを見届ける無慙は、目を細めながら言い放つ。

 

「知ってはいたことだが、拳一つで全てを支配する覇道とはな。単純故にそれを成すのは簡単ではないだろう。」

「かもしれねェな、だがオレはこうしてここまで来たんだ。後はアンタを倒し、散っていったみんなの無念を晴らすまでだ。」

 

 そして拳と剣、両者共に獲物を相手をと矛先を向けながら視線を交える。そして同時に疾走し、大激突を果たした。

 衝突する神拳と神剣、その余波が銀河を攪拌させて粉砕し、その果てに己の覇道へと染め上げる。両者共に支配領域は互角……否、祖たる無慙が一方先を行ってた。何故なら……

 

「鈍い」

 

 次の刹那に無慙が下方から放った斬撃を、リカルドは認識できてない。何故なら隙の概念を挟まれた一撃であり、それ自体を認識できなければ回避も防御もできない。無防備なまま、致命傷を棒立ちで受けることとなる。

 加えて、無慙は堕天奈落の宇宙を始めた祖としてこの時代のすべての歴史を掌握し、理解し尽くしている。故にリカルドの人生も全て理解し尽くしており、殺すための刃が研ぎ澄まされていることは語るまでもないだろう。故に弱点が剥き出しとなったリカルドは、それを抉られて絶命する運命となる‥‥はずだった。

 

「そう勝負を急ぐなよ、始祖様よ。まだ始まったばかりなんだからさ。」

「……ほう。」

 

 リカルドは目の焦点を神剣に向けることのないまま、まるで回し受けで攻撃を受け流した。そしてそのまま肘打ちを無慙の胸部へと叩き込んだ。

 だが、無慙はそれすら想定のうちであるかな様に開いた腕の掌でしっかりとガードしていた。一筋縄では済ませられない、それほどの強敵だとリカルドは、感心さと苛立ちのどちらも含めた様な舌打ちを漏らした。反面、無慙は冷徹さを一貫させながら口を開く。

 

「気の察知か。」

「流石、知ってたんだな。拳一つであの過酷な環境を生き残るには、気の流れを読まねェと話にならねェ。それはたとえ狙撃だろうと暗殺だろうと同じことだ、俺に隙を突いた闇討ちは通じねェぞ。」

 

 などと、リカルドは不適な笑みを浮かべながらそう言い放った。だが、その内心は決して穏やかではなかった。

 

(なんて言ったが、スピードもパワーも向こうのほうが上だ。安易にアイツの一発をまともに受ければ多分死ねる、自慢の拳で防ぐにも限度ってもんがあるぞ……流石はかの王冠の独裁者様だ、さてどうしたもんか。だけど……)

 

 リカルドの身が震え出す、それは果たして恐怖によるものか。それも確かにあるのかもしれない、だがそれ以上の感情を彼は自覚していた。

 

(怖い以上に、ワクワクするぜ。間違いなく今まで俺が戦ってきた敵の中で最強だ。もしも叶うなら、敵討ちだのそんな細かいことを抜きにして闘いたかったものだが仕方ない。アイツらの無念を晴らすためにも、新時代を開くためにもコイツを早くぶっ殺す!)

 

 そう決意したリカルドは、両手を胸元に近付けてまるで仏像の様に手で円を作った。するとそこに神気の塊ができあがれば、それを瞬時に無慙の方へと押し出す。

 

「ハアァァァッ!」

 

 気合一閃、彗星の様に宙を駆けるリカルドの神気。星を弾き、銀河を押し除けて神拳の覇道を拡大していく一撃。直撃すれば破壊だけでなく、破壊された者らを魅了しリカルドの覇道へ染まっていく。

 それを前に迎撃せんと動き出す無慙、同時に彼の覇道を象徴する地獄の業火が具現化する。

 

「腐れ落ちろ。」

 

 巨悪という極大の汚濁が天を握れば、その下にある者らも腐るのも道理である。それを具現化する無価値の炎を纏った神剣の刺突が、迫る神気を刺突一閃で気そのものを腐敗させていく。慙愧の無いこの炎は、物質のみでなく光の様な流動体や空気といった目に見えない概念、果てには万象そのものへと干渉する域に達している。ならば、神気をも腐敗させることが可能なのは当然だろう。

 だが、その程度はこの王冠の座へ挑戦する前からリカルドは想定していた。ならば、次なる一手を考えるよりも先に無意識に体が動いている。思考の全てを戦闘に割いた極限の集中力、それが無駄がない最善の行動を取らせる。

 

「フン!」

 

 突き出された腐敗の神剣、その下を流れる様にスレスレで避けながら無慙の顎を跳ね上げる黄金の神気を纏ったアッパーカットを繰り出す。人間であれば、脳が急激に縦に揺れて殴られたことに数秒気付けず混乱を招くだろう。

 しかし、無慙の身体は無の概念そのもの。その手の常識的な隙は生まれないしそんなことは本人が許さない。

 

「死ね、その呼吸が気に食わん。」

 

 顎が上がりながらも視線は閉じない。反吐が出ると言わんばかりに言葉を吐き捨てながら、横薙ぎの一閃をリカルドの首に狙いを定めながら放つ。しかし、リカルドはその剣戟を目に捉えることなく、まるで人混みでも抜けるかの様に荒さを感じさせない流麗な動きで無慙の攻撃を回避する。

 

「ッ!?」

「空気くらい俺の好きに吸わせろよ、そのくらいの自由はあっても良いだろう?」

 

 回避、それ同時に無慙の体から殴られた痛みが生じた。その軌道を捉えることができない、何故ならそれはリカルドの回避と攻撃のどれもが時間軸を超越した行動であるがために。

 リカルドの生きた動乱の世界、神拳がどれだけ不変の輝きを持とうともそれだけで生き抜けるほど容易い世界ではない。故に彼は万象に生じる気の流れ、生命エネルギーのコントロールを鍛え上げた。それは自分自身から生じるものはもちろん、他者から生じるエネルギーの流れをも正確に補足できるほどまでに。手刀で水を切り、光を掌に納めて握る、という奇跡をこれまで成してきた。それらを本能のままに可能とした暁には、無意識のまま気の流れを捉えて脅威から避け、同時に脅威を押し除けるために必要なパワーを絞り出して急所へと最短ルートで撃ち込むことを可能とする。コレこそが不変なる拳を持つリカルドの体現した神業である。

 

「ッ!」

 

 リカルドの足元から生じる黒炎の壁、それを拳の振り下ろしで鎮圧する。だが即座に無慙な距離を詰め、斬撃による暗黒の檻を作り上げた。

 それをリカルドは、そのまま拳のラッシュで全て迎撃する。パワーで押されてるものの焦りは見せず、無理な衝突はしないように冷静に見据える。無理矢理突破するなんて真似はせず針に糸を通すかの様に綺麗なカウンターを時折決めて無慙の進撃を止めた。

 

(行ける、このまま圧倒すれば勝てるぞ!)

「オォォォッ!」

 

 ラッシュがぶつかり合う神拳と神剣、ほぼ互角に見えるものの均衡は拳の方が優位へと傾いていた。拳に魅入られた堕天奈落の総軍は、カウンターが決まる度に次第に減ってきておりこの状態が長引けば0となり無慙は袋小路となるだろう。

 だが、無慙の閉じぬ瞳がリカルドの瞳と線を交えた直後に彼は言葉を漏らした。今こそ狙い目と確信したかの様に、まさに悪魔の様な冷酷な口調で言葉を発す。

 

「……その拳で俺を殺せば、全てが報われるとお前は思ってるわけだな?」

「ああ、その通りだ。俺の人生は、全てはこのためにあったんだ。」

「なら、お前の抱えた罪はそれで帳消しとなると思ってるのかよ?随分とおめでたい頭をしているな。」

「罪、だと?……それは一体……」

「お前が生まれ持った原罪を教えてやる、その名は“貪欲”だ。そこから生じた身勝手さを克服しない限り、お前は俺の掌から脱せない。」

「っ!?」

 

 刹那、リカルドは胸に生じた熱さを自覚した。そして自分の胸元を見下ろせば、そこには無慙の神剣が突き刺さっていた。何故避けられなかったのか、その答えは即座に理解した。いつのまにか自身の周囲を囲む無価値の炎、退路が閉ざされ磔に近い状況になってたのだ。ならば避けられないのは道理である。

 

「が、アァッ……アァァァッ!?」

「俺が万象に広げた罪はまだ、正確な形を成してない。その内型に嵌める奴が生まれるだろうが、お前の様に先駆けて無意識に宿しながら邁進する奴が出てくるの想定内だ。故に、その程度の覚醒ではまだ届かんのだよ、若造が。」

 

 痛みを自覚して苦悶の声をあげるリカルド、その一方で冷徹に言葉を紡ぐ無慙。それはまるで、罪人に罰を与える死刑執行者との構図を連想させるだろう。

 その最中、リカルドは己の人生を改めて振り返るのであった。

 

 




というわけで、オリジナルで作り上げた覇道神との戦闘を書いてみました。もしもサタさん以外の覇道神が出たら、無慙はこんな感じに対応するんじゃないかなってイメージで書きました。
ちなみにモデルはDBのカカロットこと孫悟空ですが、後半でちょっとオリキャラらしく特殊な要素を出す予定です。


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番外Ⅱ 神拳 後編

 

 

 俺は確かにここに来るまで、闘いにおいて負けることはなかった。かと言って、無傷や犠牲も無くなんで都合のいい事はなかった。

 避けられない傷は確かにあったんだ。

 

 

 

 

 まず、災禍をまき散らした組織を星ごと滅ぼした。だが生き残った組織の残党が、報復の為に留守番していた俺の息子を、家ごと焼き払った。死にかけだった息子の言葉は、決して忘れられない。

 

「う、うぅ……お願い、父さん。この闘いを、どうか……終わらせて。」

 

 そして今度は、俺を都合よく操る為に妻を拉致し、俺の見せしめのために女として陵辱され続け、果てに奴らは人質にしながら俺へと交渉をけしかけた。当然、乗るわけにはいかない。乗れば都合のいい兵器として妻共々使い捨てられ、それでは息子の遺言が無駄に終わるだけ。だから……こうするしかなかった。妻の最期の言葉は、夢を見る度何度も出てくる。

 

「お願い貴方、私ごとこいつらを殺して!貴方だけが最期の希望なのッ!」

 

 そして、最終局面。暗殺者が現れて、不意打ちの形で俺に襲いかかってきたのだ。狙いはわかってた、体に巻きつけた爆弾で、自分諸共俺を爆殺する気なのだと。今まで過酷な修羅場を突破してきた俺に、そんな小細工は通じない。

 だが、その暗殺者の正体は、俺の昔からの大親友だった。どうやら身内を全員殺されて、俺を暗殺しないといけない状況まで追い詰められてたらしい。だが結局、暗殺に失敗し、俺に敗北した親友は涙と笑顔を浮かべながら、爆発共に消えていった。

 

「あぁ……最期にお前の顔が見れてよかった。じゃあな、俺は先に行くよ。」

 

 そうして俺は、全てを失った。子を、嫁を、友人を……もう俺の隣に立ってくれるものは、誰もいない。

 貪欲、俺は強さをひたすらに求めた。そして得た縁を大事にしたか?わからない……俺の積み上げた人生は、罪だったのだろうか?

 

 

 

 

 

「貪欲の罪、だと?」

「そうだ、それがお前の生まれ持った罪だ。」

 

 腐敗していく全身、そこから生じる痛み震えながらリカルドは無慙の声を聞く。無慙の剣を握り締め、傷口から引き抜こうとするが少しも動かない。まるでリカルドの罪の重さを示唆するかのように。

 

「自身の野望を優先し、お前に焦がれてついていくものを置き去りにしてきた。それ自体は直接的な被害は確かに薄いが、かと言って無視していい事柄ではあるまい。」

「そうかもしれない、が……だったら、俺以外の人間だってそうだろう。俺ほど規模がでかいやつはそういないかもしれないが、個々人の事情でそうなるやつだっているだろう!」

「………つまり、それは人として普遍的な自称だから、罪というにはあまりに理不尽で難癖だと、そう言いたいわけか?」

「ああ、そうだ!だから俺を見過ごせなんて言わねェが、幾ら王冠の独裁者と言われてるからって、そんな言い掛かりは……」

「阿呆が」

 

 リカルドが言葉を続けるよりも早く、無慙の全身から広がる地獄の業火が吹き荒れる。まるで彼の怒りを指し示すかのように。

 

「俺がいつ一般論が答えだとを語った?俺が見てるのは……リカルド、お前自身の瑕疵だぞ?」

「な、何が言いたいんだ?」

「お前の生まれ持った罪は貪欲だが、真に望んでいたのは“誰かの窮地に手を伸ばしたい”というものだろう?」

「ッ!?」

 

 刹那、無慙の発した真実がリカルドの胸裏を深く突き刺した。その痛みは体を腐らす無価値の炎を凌駕し、身体中が震えている。あぁ、これこそ罪を償わず進み続けた罰なのだと……

 

「本当は誰も失いたくなかった、身内を救えなかった事に涙を流すべきだった。だがお前は、俺という頂点と闘いたいという欲を優先し他を置き去りにしたのだ。なんと惰弱、惰弱さ、そんなザマで本気で俺に勝とうとしていたのか?お前のあり方が、お前自身の真実を縛る枷と認識すらできてなかったくせに。」

「………」

「縛る枷を認識でなければ、それを打ち破れる道理もあるはずないだろう。故に死ね、罪の掌の上で踊り続けた屑に俺は用はない。」

 

 地獄の業火が畝りをあげ、リカルドの心臓を、魂をも蹂躙せんと燃え滾る。過去最高の痛みが怒涛に迫り来る、それに呑まれてリカルドは蒸滅する。

 

「………ァ、……アァ………」

 

 そう、その筈だった。だが彼の意思が、怒りが、その罰を押し除けようとしていた。

 

「ッ!」

「アァァァァァァッ!!」

 

 旋風を引き立て、黄金の……否、紅色の輝きを放つ覇気が無価値の覇道を押し退ける。その反面、全身から汗と血が溢れるリカルド。瀕死に等しい状態であり、非常に劣勢な状況と言えるだろう。

 しかし、その眼光は未だ死んでおらず、無慙に向けて何かを伝えようとしている意思が感じ取れた。それを察してか、無慙はただ彼の瞳を見据えてるだけだ。

 

「お前の言う通りだ、無慙。俺は確かにここに来るまでお前と戦いたいと言う貪欲さばかりを優先して大事な家族や、俺の真実の願いを置き去りにしていた。だが、それでもそうした欲があってこその人間だと俺は思う。

 望まなきゃ得られねェし、目指さねば至れねェ。そうした願いを持つこと自体が罪で、その過程で受ける痛みこそが罰なら生まれてくること自体過ちになるじゃねェか。アンタや他の奴らが何を考えてるか知らねェが、少なくとも俺はそれが悪だとは思いたくねェッ!」

「ほう、吠えるではないか。では何だ、お前は己の罪を棚上げしたいとでも言いたいのか?」

「違う、俺の真なる願いは闇に閉ざされたままになるだろう。それを覚悟の上で、今の望みを優先するだけだ。」

「……言ってみろ。」

「アンタに負けたくねェ。例え俺の人生が間違いだらけだったとしても、俺に託してくれたアイツらの祈りを、そしてここまできた道のりを無駄にしたくねェんだァァァッ!」

 

 憤怒奔流、リカルドの願いと怒りが反映されるかのように存在強度が10倍近く跳ね上がった。それを見届け、無慙は呆れるような、関心するかのように言葉を紡ぐ。

 

「笑えん愚かさだな、だがそこまで貫こうとする貪欲さは褒めてやるよ。来い、その罪を呑み込んでくれよう!」

「行くぞォォォォッ!」

 

 宙を駆ける紅蓮の流星、それが無慙の方向へと突き進んでいく。迎撃せんと振り下ろされる無慙の剣、その輝きを殺さんと切れ味の上がった斬撃を意識の間隙を通すことで回避困難な軌道で放たれる。

 本来であれば、特攻力を得た無慙の一撃はリカルドの回避技巧であっても避けるのは不可能。加えて無価値の炎によって身体を侵され続けたことで満身創痍。だがその体に鞭を打ち無理やり動かし、自身の生命力を削り10倍の出力を上げたことでその不可能を可能へと届かせた。そして回避と同時に無慙の顎を拳でかち上げ、死角を作り出す。

 

「ハアァァァァァッ!」

 

 そしてすかさず、神気を拳へと凝縮し両拳を突き出して放出する。リカルドにとって、この瞬間にできる過去最強の一撃。

 人生初の敗北と死を悟り、その上で凌駕する覚悟を決めたのだ。今度こそ、自分の使命を果たすため、みんなの無念を晴らすために渾身を込めたのだから。

 

「俺は負けん。」

 

 だが、それでも美しくも残酷な、絶死を齎す鬼気が凌駕した。紅蓮の神気を覇道ごと斬り割き、そしてリカルドの腕をついに両断した。宙にあがる切り離された腕は、根本から腐敗して掌だけを残す。その斬滅劇はリカルドを無意識に見惚れるほどに美しい景色だった。

 故にもはや再起不能、そう悟ったリカルドは……

 

「まだだァッ!」

 

 最後の抵抗へと出た、まだ戦意は折れてない。残った腕を動かし、無慙に向けて放ちこむ。

 距離感、狙い、その他諸々を思考から放り投げる。とにかく何だっていい、せめて死ぬまで戦闘に殉ずると決めたのだ。あぁ、願わくばこの至高の時間の終わりは、納得のいく形で締めくくらんとするために……この手を伸ばした。

 

距離を粉砕せよ、不変なる拳(デストルクシオン・プーニョ・ディオス)

 

 それは何かしらの脅威が発生した時、距離という概念をなくし敵を駆逐する悲劇なき新世界。ヒーローはいつも後手に回る役割であり、その原因はいつだって距離なのだから。

 ならばその根本原因を駆逐すればいい、そう願った悪の楽園に君臨した神の子(ヒーロー)は……

 

「ようやく届いた様だな。」

「………あぁ、たったの一回だけだけどな。」

 

 無慙の剣が、リカルドの心臓へ、そして魂へと突き刺さっていた。この構図だけを見れば、無慙の勝ちとみて間違い無いだろう。

 だが、当の無慙の頬に殴られた痕跡があった。その影響で口から少し血が垂れており、明確な損傷が刻まれていた。

 

「俺はようやく、自分の望みを果たせたん、だな……」

 

 そう、リカルドが距離を壊し無慙に拳を当てたのだ。確かに敗北した、生存は叶わず死へと至った。だがそれでも、最期に目指した地平へほんの少しだけ辿り着けたのだ。

 だから、リカルドは本懐を果たしたことで満たされた。望むもの全ては得られなかったけど、後悔は無いと思えるほどに。

 

「あぁ、今ならわかるぜ無慙様よ……あんたが望むものを。確かに、俺じゃあ力不足だったな……ましてや原罪を抱えたままとなっちゃあなぁ。」

「…….納得した様だな。」

「あぁ、礼を言うぜ。俺だけじゃ知れなかったことを知ることができた、もう心残りはねぇ。」

「…….俺がなすべき事をやっただけだ、礼なんぞ不要だ。」

「へ、そうかい……まあそれでも良いや。じゃあな、偉大なる王冠の独裁者様よ。アンタとのバトル、これでも楽しかったぜ。アンタも願い、果たせるといいな。」

「……」

 

 そしてリカルドの身体が業火に包まれ、次第に消失していく。まるで罪人へと罰の様だが、同時に遺体を供養する焼却の様にも見えた。

 

「みんな、今から行くよ……約束は果たせなかったけど、いっぱい土産話はあるからさ………」

 

 そう言い残し、リカルドの体と魂が完全に消失した。それを確認すれば、無慙は残されたリカルドの拳を拾い上げる。

 

「リカルド・マノデ・ディオス、その名と武勇はしかと見届けた。ならばこそ次だ、次にこの王冠に辿り着けるものこそ、罪を精算する正義の輝きでなければならん。それへ至るまで、俺は悪の蠱毒を繰り返すまでだ。お前の意思もまた、無駄にせんために。」

 

 そう言い放ち、宙へと放り投げられた不変の拳は無へと呑み込むのであった。

 

 

 




これでオリキャラ編は終了となります、初めての挑戦だったので色々不備はあったと思いますが楽しめたので満足です。


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第二十陣 水銀の蛇

更新に合わせて大幅な変更で動揺させてしまい、申し訳ございません。
あの芝居的な口調、再現できてるか不安です……

追記
4/10 一部修正しました。


 

 

「失礼するよ二代目殿、こうして話すのは初めてであるかな。」

「貴様は四代目、確か水銀だったか。」

 

 無慙の前に、影法師が現れた。あの神座同士の井戸端で目に捉えていたものの、水銀の言う通り面と向かって話した事はなかった。

 故にある種、複雑な対面と言える。歴代の神座を全て滅ぼすと決めてるものの、何せこちらに関心の強くない筈の人物が態々関わって来たのだから。すると、その内実を察したのか、苦笑を浮かべながら水銀は言葉を紡いだ。

 

「愚息と友が世話になっていたようですからな、一度挨拶くらいは交えようとかも思っていたのですよ。下賤の身ですが、これでも先達には敬意を払うくらいの作法は弁えてますとも。」

「……なるほど、殊勝なことだ。だが……まさかこのまま穏やかに終わると本気で思ってるのか?」

「さて、私としては荒事は苦手なので終わって欲しいと思ってますが。」

「ほざけ、俺に関わる以上は荒事は避けられんと覚悟してるだろう。」

「確かに、女神に危害を加える者を見過ごすほど私も愚かではない。結局のところ無意味な茶番に終わりますが、是非もあるまい。」

 

そして動き出す水銀と無慙、互いの神座の理が流れ出した。

 

 

 

未知の結末を見る(Acta est fabula)

 

 永劫回帰と堕天奈落の覇道がぶつかり合いを始めた。無慙がその覇道と対面し感じるのは既知、既知、既知既知既知の嵐。そして水銀の周囲に渦巻く双頭の蛇、それは永劫の繰り返しを体現するかの如く。そのとぐろに包まれるのは彼が保有する全宇宙。

 そこから鱗が剥がれ落ち、流星群となって無慙へ牙を剥く。その一つ一つに凝縮された魂の数は、無慙の総軍に決して劣らないものである。だが……

 

「糞の塊だな、舐めた真似をしてくれる。」

「お察しの通り、私の抱えた魂をこの様な形で放ってるにすぎない。数は……ああ、一つにつき数億といったところかな?まあ、私の髪の毛一本にも満たない数だとも。」

「だろうな。」

 

 言葉を返すと共に無慙は迫る流星を一刀両断、質の面ではこちらが上なのだからこの程度で拘ってるわけにはいかない。

 ならばこそと、接近し既知の覇道を瞬間的に押し除けて水銀の首へと剣を振り下ろす。

 

「ふははは、これはこれは恐ろしい。確かに単純な威力ならば愚息やハイドリヒを超えているな。」

「ッ!」

「確かに未知であるが、生憎と予想の範疇だ。これでは満足出来んな……で、これで終いかね無慙殿?ならば、用済みの役者だ。ご退場願おう。」

 

 無慙の斬撃は、確かに届いた。しかしそれは水銀の髪を数本切り飛ばした程度の結果に過ぎない。よって無傷に等しく、髪を切った程度では赤子も殺せない。

 そして水銀が反撃に動き始めた、彼の司る占星術によって彼の覇道に染められている数多の星々が凝縮されていく。

 

Ira furor brevis est.(イーラ・フロル・ブレウィス・エスト)

 

Sequere naturam.(セクェレ・ナートゥーラーム)

 

 超新星爆発、宇宙規模の大熱波が無慙へと襲いかかる。それはかつて三代目たる明星、ネロス・サタナイルを屠った神火。その真実を察し、逃げ場なんてあるはずも無く真正面からそれを受けることを選択する。

 

「オォォォッ!」

 

 そして何より、明星を屠ったからといってその先代たる己もそれを受けて敗戦なんて二番煎じを受け入れるつもりは毛頭無い。再び畝りを上げる殺意の剣戟、常識的に考えれば星の爆発を剣一本で押し除けることなど不可能。しかし、無慙は剣一つで宇宙を滅ぼし宙を駆け抜けた剣士。

 身体が熱によって沸騰し、焦げていく。だがその熱を前に引かず、その様な痛みなんぞ知らぬと押し通して星の大熱波を新世界の開闢の如く切り開いた。

 

「ほう、これはこれはなんとも勇ましい。いやはや嫉妬してしまいますな、流石は二代目殿。」

「ほざけよ、心からの言葉でもないことを吐きよって。」

「それは当然でございましてな、私にとって心動かすのは女神ただ一人。それこそが最優先であるが故に。」

「五代目の小娘か、あれこそがお前の渇望した宝物そのものだと。」

「然り、彼女を輝かせるためならば万象全てが舞台装置。それこそが我が不変の摂理、故に誰も彼も踊り狂うが良い。」

 

 芝居が勝った口調で水銀は無慙の問いかけに答える、それに応じて永劫回帰の覇道が更に加速する。

 無慙の堕天奈落も、理解に応じて強化されるがまだ押されている。まだ浅いのだ、水銀の真実には。ならば更に踏み込まんと一歩踏み出した刹那、不意な重圧を感じた。

 

Sic itur ad astra.(シーク・イートゥル・アド・アストラ)

 

Dura lex sed lex.(ドゥーラ・レクス・セド・レクス)

 

 それは既知世界に偏在する、銀河面吸収帯の大激突。超極大重力異常が発生し、無慙はまるで時間が止まったかの様に動けなくなった。

 これではジリ貧、そう判断した無慙は己が覇道を顕在化させた無価値の炎で重力圏そのものを腐敗させようとする。その姿を見て、水銀は嘲笑しながら言い放つ。

 

 

「足掻きますな、その無頼さには感心しますがいささか往生際が悪いと言わざるを得ない。」

「ほざけよ……同じことを愚直に繰り返す屑に言われる筋合いはない。」

「それは確かに、私が言ってしまっては身も蓋もありませんな。ですが、その状況で何が出来るのですかな?その炎も、斬撃も、私に届いたところで既知を晴らすことはできまい。それでは私を破壊できない、死ぬことはできませぬ。」

「……それでも、貴様を必ず殺す。」

「否、やはり女神以外に私を殺すことはできない。それこそが真実、それこそが答え。貴方では私に、至高の未知は与えられぬ。」

 

 傲岸な態度、そして傲慢な口上を歌い上げる水銀。実際のところ、無慙の覇道では完全に既知の総軍を一掃する事は叶わない状況である。ならば捉えなければならない、水銀の求める未知の答えを。

 その鍵となるのは五代目たる黄昏の女神、彼女に殺されることこそが水銀の求める未知である。事実、四代目から五代目へと流転されている、ならばそれこそが真実……

 

「いいや、違う。」

 

 それを無慙は否定する、異常重力の負荷によって全身が攪拌されて目や口、そして腕の節々から鈍い音と流血が散布されるもそれでも凶眼を閉じない。それを見て水銀が憐れむ様な笑みを浮かべるが、それを一旦無視する。

 この()は戦闘において勝利を強く望む性分ではない、黄金や刹那の様に苛烈な容赦なさは無いのだ。そこは本人も述べた様に荒事に慣れてない、必要以上に戦闘を長引かせてしまうという油断があると見抜いている。その間に、この男の心の隙間を見極めんとしているのだ。その最中、一つの閃きが降りたのだ。それは……

 

『わたしはあなたにたって唯一無二の、よく分からなかった存在として、不変なるまま残りたい。』

 

 そのきっかけとなったのは、かつて己を翻弄した不変の恋に殉じた乙女(義妹)の微笑みだった。

 

「ふ、ふふふ……」

「何を……」

 

 笑っているのだと、水銀は眉を顰めた。傍観し、平静を装うことに慣れてるはずの胸裏が僅かに疼く。この様なこと、女神を初めて見た時以外無かったはずなのに……

 

「大体わかったぞ、お前の事が。」

「───ほう?」

 

 重力によって潰された脳髄、そして毛細血管の断絶によって流れる血涙。その隙間から覗く無慙無愧の凶眼と視線が合った。

 那由多の年月を経て形成された薄ら笑いが僅かに陰る。ありえないと思いつつ、そういう相手だと解するゆえに。未知の予感に胸を踊らせると同時に、不吉な気配に焦りが生じた。水銀は即座に並行世界全ての天体を操る。一刻も早く、あの瞳の輝きを止めなければと。

 

Deum colit qui novit.(デウム・コリト・クィー・ノーウィト)

 

Aurea mediocritas.(アウレア・メディオクリタース)

 

 その現象の名は“グランドクロス”であり、太陽系の惑星が十字に並ぶことで潮汐力が発生する。水銀の覇道に存在する並行世界の天体を十字に並べた事で、神をも滅ぼす膨大な潮汐力が無慙の内部を沸騰させて粉砕する威力となる。

 そう、その筈だった。もしもグレート・アトラクターに続けて出していれば無慙を完全に潰せていたのかもしれない。

 

「遅い。」

「グ、ヌゥゥゥ!」

 

 しかし無慙の抱えた質量が、既に永劫回帰と互角に至ったのだ。グランドクロスでは死なない頑強さ、放たれた斬撃と黒炎がグランドクロスの星々を斬り払い、既知世界の半分以上を殺すほどの斬撃が下されて水銀は致命へと至る。

 解せない、この男にいったい何が起こったのかと水銀は困惑する。その姿に、今度は無慙は嘲笑う姿を見せる。

 

「愚かだな、己の主導権を他に譲った屑が。」

「貴方に、何がわかると言うのか。我が身は女神に全てを捧げる奴隷。なればこそ彼女が頂点となり万象を包み、回帰の渦を払ったことこそ救済……」

「違うだろう、そんなものは結果論に過ぎん。」

 

 否と、告げると同時に水銀の胸を穿つ神剣の鋒。口から血を流し、視線を至近距離で交えながら無慙は死神の如く告げた。

 

「お前は“主人公”になりたかったんだ、ああもっと正確に言うならば自分も舞台に上がってあの女に相応しい男だと“証明”したかったのだろう?」

「──ッ」

 

 否定は出来ない。言われてから気が付くほどに当然と思っていた道理だがしかし、それではまるで───

 

「おい、何を恥じた様な顔をしている間抜けが。恋を実感したのならば、その惚れた相手の一番(不変)になりたいのは当たり前すぎる話だろうが。だけどお前は妥協したんだろう?女に触れられないから、代替を動かすことに逃げたんだ。」

「オ………オォ、オォォォッッ!!」

 

 無慙の放つ言葉の刃が、受けた斬撃の痛みを上回るほどの苦悶を抱かせる。沸き起こる拒絶の感情が、水銀の心を揺り動かす。

 嫌だ、認めない。こんな結末を受け入れる事は出来ない。

 

「貴方に……否、お前如きに与えられる敗北なんぞ許せるものか……」

 

 もしも、その真実を黄金や刹那に言われていたらまだ受け入れられていたのかもしれない。だが、彼の劇である役者ですら無い部外者が口出しするのは違うだろう、水銀はそう吠えあげる。

 

「はッ、諧謔を撒き散らし傍観に徹していた屑が今更何をほざく。そもそも、そんな都合なんぞ知ったことかよ。」

 

 だが、そんな内情なんぞ知らんと無慙は無頼さを貫く。元より相手の事実を無視し、真実を引き摺り出して殺戮を齎してこその無慙無愧。

 その一方で、一刻も早くこの歪みを払わんと、水銀は因果律をも操る絶技を出した。

 

Ab ovo usque ad mala.(アブ・オーウォー・ウスクェ・アド・マーラ)

 

Omnia fert aetas.(オムニア・フェルト・アエタース)

 

 その術技の名は『素粒子間時間跳躍(エレメンタリーパーティクル)因果律崩壊(タイムパラドックス)』であり、これを発動すれば無慙は因果律崩壊による過去の消滅現象に巻き込まれて並行世界の根源から消え去ってしまう。加えてこの術技には世界の抑止力が含まれる性質上、世界の癌たる自滅因子に対しては特攻力があるのである。

 故に無慙の全身が、溶ける砂糖の如く消滅し始めている。己の生まれた意味すら、永劫回帰の大義の元無意味へと帰するが如く。だが、無慙……否、凶剣は座へ至る前に既に自滅の業を克服している。ならばこそ、もはやその因果に囚われる事はない。

 

「殺意とは他者あってこそ、逆に己一人の孤独に殺意の意味は無い。」

「な、に……」

「言わせてもらおうか、俺の民草(殺意)を侮るなよ。」

 

 無慙の言葉と視線、そこに纏う殺意と共に堕天の総軍が急増した。それに応じて、無価値の炎の猛りもまた増していく。消滅現象を払拭させ、再起を果たしたのだ。

 それはまるで、かつて第二神座の終末においてとある嘘吐き(ライル)がネロス・サタナイルに敗北を叩きつけた歴史をなぞるが如く。そして、胸から剣を引き抜き呆れた様に無慙は水銀へと言い放つ。

 

「お前にも居たのだろう、己の逆しまが。それを抹消してどうする、己自身を否定することに繋がるぞ。」

「……確かに、それは道理である。だが、やはりこの気持ちは誤魔化せんな。」

「ほう?」

「私が己の舞台に上がりたかった、それは確かに認めよう。しかしだ、やはり私の如き下賤の身が女神に選ばれていい訳がないと言う気持ちもまた同居している。」

「つまり、どちらも己の真実であると言うわけか。」

「然り、選ばれたい。ああやはり選ばれていいわけもない。愚かしくも、この二つに一つの感情に縛られてこそ、私なのだと再認識した。そんな私を、愚かに思うかね?」

「ああ、実に愚かだ。」

「……フッ。」

 

 その戒律を連想させる自縛的な在り方を貫く水銀に、無慙は呆れつつも僅かに口端を上げながら言い放つ。

 

「だが、今のお前は悪くないと思う。」

 

 そう互いに言葉を紡げば、答えを収めた以上は語らいは無粋と判断したのか。無慙は剣を構え、水銀は既知世界全ての星々を凝縮ささせる。

 

Spem metus sequitur.(スペム・メトゥス・セクィトゥル)

 

Disce libens.(ディスケ・リーベンス)

 

 “暗黒天体創造”が発動し、並行世界全てを粉砕する力場が発生した。それを迎え撃つは闇黒の切断現象、黒と黒が疼き森羅万象が縮小していく。

 その果てに、半身を崩壊させながら無慙が闇黒天体を突破し、水銀の首を刎ねた。総軍全てを消費し、己が渇望の真実に気付いた彼に回帰による再起へ手を伸ばす気力は無かった。故に、紡ぐ言葉はこれ以外にない。

 

「それではこれにて……芝居は終わりだ(アクタ・エスト・ファーブラ)

「ああ、茶番は終幕だ。」

 

 互いにまだ深い謎は包まれた身、だが少なくとも真実の望みに到達したことで一つの終わりを得たのだった。




やはり水銀の真実は、テレジア√で獣殿と蓮が叩きつけた答えがベストかなと思いました。今後、第三神座の真実が明かされれば異なるかもしれませんが。


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第二十一陣 暴窮飛蝗

タイトルの通り、彼がメインのいつもとは違った変則的な話です。


 

 

「………」

 

 闘技場に、一陣の風が吹き荒れた。それは熱砂のようでもあったが、それと同じく熱を帯びたものだがそれは単なる自然現象ではない。

 それは即ち闘争の概念、凶剣の往く冥府魔道にはかつて宇宙に暴虐を齎した魔王バフラヴァーンがそこに立っている。そして、風と共にマグサリオンへと語りかける。

 

『随分と美味しい想いをしているではないか、強敵(とも)よ。嫉妬してしまうではないか。』

「知ったことか、俺は目の前の敵をただひたすらに殺してるに過ぎん。それも茶番の様だがな、かと言って見過ごす道理も無い。」

『ふは、それは当然だろう。誰であろうとも戦いに身を投じてこその俺たち(我ら)ではないか。だが、そろそろ俺にも順番が回っていい頃合いだろう?』

「好きにしろ、やりたければ勝手にやればいい。」

 

 マグサリオンはため息をつきながら、闘技場の中心を離れてどこかへと去っていった。そして入れ替わる様に砂塵が闘技場の中心に渦巻き、そして形を成していく。

 それは大きな人型となり、火柱の如き赤い毛髪と筋骨隆々とした肉体美の男性が現れる。男はかつて魔王と言われた、バフラヴァーンがその場へと現れたのだ。

 

「さあ、来るがいいならず者達よ!俺は逃げも隠れもせんぞ。」

 

 腕を組み、まるで求婚でもする様な口調でバフラヴァーンは虚空に向けてそう言い放つ。

 するとその想いが天に通じたのか、この場へと誘われた者らが入り込んできた。

 

「あぁ?なんだありゃ……人間、みたいだな。」

「へ、こんな辺境な地でもいるもんだな。なぁ、ホームレス帝。」

「……私への嫌味か?くだらん口は閉じろよ。」

 

 三人……否、正確には一人と二体の異形がバフラヴァーンの前に現れた。一人は、明らかな人間だがボロいマントに行く服を着けた、所謂ホームレスの男。元の世界においては“ホームレス帝”と呼ばれた者。

 残りの者ら、そのうちの一体はドロドロに身体を融解している怪物であり“Gブサイク大総統”と呼ばれた者。そしてもう一体は小柄な黒い小人のような存在で“黒い精子”と呼ばれた者だ。彼は対峙するバフラヴァーンを見据え、悪辣な意思を漏らしていた。それを微風の様に受けているバフラヴァーンは、豪気な笑みを浮かべて彼らへ語りかけた。

 

「良いぞ、お前たちの殺意が甘美だ。さぁ来い、存分に殺し合おう。」

 

 手招きをしながらそう言い放てば、先に動いたのはGブサイク大総統だった。凶悪犯の様な邪な笑みを浮かべ、汚物を撒き散らしながら距離を詰めて拳を握り締める。

 

「へへ、へへへへへ!イラつかせてくれる様な顔してるなぁ、スゲェ自信たっぷりじゃねぇか兄ちゃんよォッ!その自信に満ちた顔を溶かしてやるよォ!顔面融解パンチィッ!」

 

 強酸の纏った拳が、バフラヴァーンの顔面に突き刺さった。人体はおろか鉄器すらも融解する酸の一撃、普通ならば顔面に風穴が開いてしまうだろう。

 そう確信してるGブサイク大総統と、他の者たち。だが………

 

「悪くない、だが火力が足りないな。それが全力か?」

「っ!?と、溶けてねェだとォ!?」

「違うならば、もっと本気で来い。俺は常に全力だぞ。」

 

 バフラヴァーンは生きていた、顔面から湯気が出ているがほんの少し皮膚がささくれているだけ。

 言葉を終えると同時に拳による一撃を、Gブサイク大総統の腹へと叩き込む。普通であれば強酸の風呂に拳を突っ込む様な真似であり、殴った側がダメージを負うはずだった。しかし殴り込んだ拳は溶けた様子もなく、殴られた箇所に風穴が空いていた。

 

「ォ、ゴぉ………な、んで溶けてねえんだよ!?」

「決まっているだろう、俺の方が強かっただけだ。」

 

 痛みと困惑が混ざった顔を浮かべながら問いかけれるも、圧倒的に自信を晒しながらバフラヴァーンはそう答えた。

 そして追撃を放とうとした時、眩い光が闘技場を覆った。

 

「整列爆撃。」

「な、おまッ!?」

 

 ホームレス帝の操る光弾が、Gブサイク大総統とバフラヴァーン諸共巻き込みながら放たれた。

 激しい爆発と共に巻き散る光熱、直撃すれば大抵のものであれば蒸発する光エネルギー。それが強酸を寄せ付けずホームレス帝を無傷のまま戦果を上げていく。直後、穴だらけの体をあらわにしながらホームレス帝への不満の声が煙の帷を突き破りながら漏れてきた。

 

「テメェ、いきなり何しやがる!」

「正当防衛だが?あのまま筋肉だるまの拳が放たれれば、こちらごと巻き込まれた気がしたのでな。」

「嘘吐くなよ!俺を囮にするための口実だろうが!」

「だから?どちらにせよ避けるなり、私の光パワーを溶かすことのできなかったそちらの落ち度だろうが。何もできないならさっさと退きたまえ、邪魔だ。この世界は今度こそ、神の御心のまま私が支配する。」

「そうそう、無能帝が何か寝言言ってるがよー、ご自慢の劣等感パワーなり磨いて出直してこいよ無能。」

「て、テメェらッッ!!!」

 

 ホームレス帝の非難の声に乗っかる様に、黒い精子も優越感を露わにした声を投げ出した。

 その挑発じみた口上に、Gブサイク大総統は身体を怒りに乗じて沸騰してるかの様に、泡立ちながら赫怒の視線を放つ。

 

「上等だ、テメェらの挑発になってやるよ!まずはそこの黒豆を養分に吸収して……」

「悪くない。」

「ッ!?」

「こいつ、まだ生きて…」

 

 その瞬間、背後から飛蝗の王による愉悦の声が流れる。すかさず振り返りながら、酸の塊と光弾が放たれるもの、闘気に満ち溢れた筋肉がそれを無傷のまま跳ね返す。

 バフラヴァーンは菩薩の如き笑みを浮かべながら、拳を握り締め巌の様な硬さを露わにする。

 

「お前達に礼を言おう、お陰でまた強くなれた。これはその返礼と思え。」

「ッ!まず……」

「チィッ」

「お、ォォォォッ!」

 

 我力の凝縮された拳が、踏み込みと同時に放たれる。危機察知したホームレス帝と黒い精子は、その破壊範囲内から逃れる。しかしGブサイク大総統のみ、その巨体と溶ける体の構造上素早く動けず拳と向き合う形となる。故に、迎撃すべくバフラヴァーンの半身ほどの大きさのある拳を放ち込んだ。

 

「舐めるなァッ、全身溶解パンチィィッ!!」

「ヌウゥゥン!!」

 

 ぶつかり合う我力と強酸、その結果は闘気満ち溢れる我力が酸を押し切る。拳から全身へと巡れば、Gブサイク大総統を四散分解させた。

 

「あぐぁ!?は、はー!?あ、あぁぁぁ……」

「チッ、使えん奴め。」

「ホームレス帝、どうやらあの筋肉ダルマは直接見定めた相手にしか集中出来ないらしい。数で固めて仕留めるぞ。」

「ほう、それはいいことに気づけたな。」

 

 黒い精子からの報告を聞き、ホームレス帝は不敵な笑みを浮かべた。そし両手を頭上に掲げると、空を覆うほどの無数の光弾を展開した。

 

「超過密絨毯爆撃」

 

 そして手を下ろせば、その光弾が一斉にバフラヴァーンへと降り注いだ。絶え間なく降り注ぐ爆光、人間であれば頭陀袋になってるだろう。

 だが、直後に光が捻じ曲がる。

 

「ッ!?」

 

 それを成すのは唯の拳圧、バフラヴァーンが光そのものを殴って消し飛ばしたのだ。空を覆うほどの光弾の嵐を以ってしても、バフラヴァーンの筋肉に傷一つ付かない。

 煙幕を突き破り、ホームレス帝へと距離を詰める。彼自身、ほぼ常人と大差の無い身体能力しか持ち得ない彼に逃げる術は無く……

 

「な、何をしている黒い精子ィッ!こいつを早く止めろォッ!」

「チッ、しょうがねぇな……」

 

 命令されたのが癪に障ったのか、不服そうな顔をしつつも黒い精子が行動に出る。地面から黒い塊が蠢き、巨大な手となってバフラヴァーンを掴み込んだ。

 だが、直後にその巨腕から火の手が上がった。

 

「熱ッ!?な、なんだこいつ……発火してやがるぞ!」

「意味が分からんぞ……こんな筋肉ダルマにそんな能力が……」

「どうした、せっかく面白くなってきたろうに……もう終わりなのか、闘いは?」

 

 バフラヴァーンの失望した様な問いかけに対し、黒い精子は舌打ちをする。苛立ちの滲んだ表情とは裏腹に、考え込む。彼歩む場所、正確には目に映っているだろう場所に鬼気の波動から生じる炎熱が床や周囲を焼き焦がしていた。それを見て黒い精子は眉を顰める。

 

(舐めやがって……よく見りゃ足場も溶け始めてるじゃねぇか。てっきりブサイクの野郎がら散らした痕跡かと思ったが、こいつがやったことか。まあ良い、とにかくコイツをぶっ殺す手段を考えねぇとな……」

 

 すると黒い精子は分裂を始める。1、10、100、1000と闘技場を埋め尽くし破裂させかねないほどに。

 その光景を前に、バフラヴァーンは感嘆の声を上げる。

 

「おぉ、おぉぉ……」

 

 そして黒い津波の如く、無数の黒い精子がバフラヴァーンへと襲い掛かる。だが残念なことに、ホームレス帝の光弾と比べて、単に殴る蹴るの黒い精子の攻撃が届くわけもなくバフラヴァーンは無傷。しかしそれでも、関係ないと言わんばかりに攻撃を続けていた。

 そして当然、バフラヴァーンは目の前にいる黒い精子を優先的に殴っていく。

 

「とにかく手数でボコって隙を作るぞ!こんだけの数でやりゃその内見極められるだろう!」

「ふは、よくやった黒い精子!確かコイツは、蚊帳の外には被害を齎さんのだよな?ならば、お前らに釘付けの今の状態ならば、私の神通力も届くだろうッ!!」

「テメェ、俺らを巻き込みに……」

「このまま筋肉ダルマに嬲り殺しにされるよりはマシだと思え!」

 

 放たれる極光、まるで太陽の様に巨大な光がバフラヴァーンと纏わりつく黒い精子へと放たれる。

 彼らの見立ての通り、バフラヴァーンは目の前の敵を優先する特性がある。向き合った敵に対して強力な全身力を発揮するが、裏を返せば横槍には強くないと考察したのだ。故に黒い精子が数で攻めることで囮となり、結果としてホームレス帝が第三者となる形となり、そこを突いたのだ。ならば先程までは通らなかった光弾も、思考の隙を突けば届くだろうと。そう、あながち間違いでもなかったのだろう。

 

「………」

 

 バフラヴァーンはまだ立っていた、周囲の黒い精子は蒸発してるにも関わらず。その姿を見てホームレス帝は舌打ちする。

 

「まだ効きが浅い様だな、黒い精子よもう一度やるぞ。」

「あァ?テメェ、3万人の俺を無駄死にさせて偉そうに言うんじゃねぇ。先にお前から殺すぞ。」

「じゃあどうやって奴を殺すんだ?合体したところで、逆に的を絞られてお前が不利になると思うがな。」

「んだと?お前だって偉そうに言ってるが、お得意の神通力もまともに聞いてる様子が……」

「は、ははは……」

「ん?」

 

 ホームレス帝と黒い精子が言い合いする最中、突如不意にバフラヴァーンの身体が小刻みに震えながら笑い始めた。

 その最中でも、分裂する黒い精子達を殴殺している。いや、寧ろそれこそが楽しくて仕方ない様な表情だった。

 

「はははははははァァァァッ!」

「ッ!?」

 

 そして遂に、我慢できないと言わんばかりの大爆発の大笑いが響き渡る。同時に、バフラヴァーンの殴殺の速度が桁違いに跳ね上がった。それは総数約数十兆を抱える黒い精子が、これを放っておけば底がつくと悟る程に。まだ多少ゆとりがあるとは言え、危機感を覚えていた。

 故にまず、先程と同じ様に分裂隊をバフラヴァーンへと当てて時間を稼ぐ。ダメージは全く通らないだろうがとにかく其方に集中させることを優先させた。それと同時に……

 

「54兆究極合体だ、それで押し通すしか無え!」

 

 残りの群体が、一箇所に集まり融合を始めた。無論、速攻で完遂出来ることではないため、どうしても時間を稼ぐ必要がある。

 故にどうしても守り手は必要になるため、そのために分身を相手させて、同時にホームレス帝に前線に出てもらう必要があるのだ。

 

(本当は合体なんぞ必要無いが、一気に畳み掛けるには致し方無いか。私の神通力を絶え間なく当て続けた方がいいだろうが、やりすぎるとターゲットをこちらに変更しかねない。適度なタイミングで狙撃しつつ、大胆に攻撃して確実に削る様……ん、なんだ?)

 

 ホームレス帝が光弾で狙撃しようとした瞬間、不意に黒い軍勢に爆発が起きた。それは最初はバフラヴァーンの拳撃によるものだと思われたが……

 

(おかしい、あの筋肉ダルマの位置的に明らかに見当違いな場所が爆発したぞ。余波だとしてもあり得ん、しかも二発三発と……何が起きている?)

「どうしたどうした、この程度かぁ!」

 

 そして遂に、わかりやすい形で異変が起こった。

 

「ふ、増えただとぉ!?」

 

 そう、バフラヴァーンの姿がこの瞬間に増えたのだ。少なくとも、ホームレス帝の目に映る範疇では三人もいる。故に即座に悟る、これは絶対勝てないと。神通力が無制限に出せるにしても、彼の中の勝ち筋は完全に闇の中へ消えたのだから。

 そう、この現象は彼らには分かりようのないことだが黒い精子という増殖する同一群体はバフラヴァーンにとって始まりの戦場を想起させる最大の起爆剤だったのだ。何故なら彼は、母体の中にいる時から自我のあった突然変異体。子種の時に周りにいた己の分身と戦って勝利した経験を覚えているのだから。その深層心理を引き出せ、爆発させることで第二戒律が起動し、こうした現象が起こるのだ。

 

「じょ、冗談じゃない……ば、化け物め。早く逃げ……え?」

 

 ホームレス帝が踵を返して逃げようとした刹那、気が付けば右腕が無くなっていた。そしてよく見ると、自分の隣にさっき視界に映したもう一人のバフラヴァーンが立っていたのだから。

 

「ひ、ひゃ」

「この俺が最強だ。」

 

 最後にその言葉を聞いたと同時に、蝗の大群を連想させる無数の拳がホームレス帝を殴殺する。星をも砕く鉄拳が人体に直撃すればどうなるか、常識的に考えれば語るに及ばず。死体のかけらも残さず殺されてしまった。

 

そして……

 

「これ、は……」

 

 合体が完了し『白銀精子(プラティナムせいし)』となったが、既にバフラヴァーンの相手をしていた群体は全滅していた。寧ろ逆に、増殖したバフラヴァーンが場を埋めており、そんな異様な光景に困惑してしまっていた。

 そして一斉にこちらと視線を交え、戦慄を覚えるも即座に好戦的な笑みを浮かべる。

 

「ふ、いいでしょう。数を増やしたところで粋がっても、所詮ゴミはゴミ。私の力で圧倒してあげましょう。」

 

 そして白銀精子が、一歩踏み出し光をも置き去りにした戦況が繰り広げられる。

 交わる白銀と紅色の閃光、拳の応酬がコンマ一秒以下の時間軸で繰り広げられる。だが……

 

「グッ……」

 

 大乱闘によって進化したバフラヴァーンの一撃は銀河に匹敵すら質量の盾すら砕く、それを辛うじて白銀の触覚を生かしてどうにか回避する。しかし……

 

「ガァッ!?」

 

 一歩分処理が遅れ、続けて二体目のバフラヴァーンからの追撃が顔面に刺さる。更に一歩強くなり、最早受け流しは不可能となる。

 

「ギィッ」

 

 そしてバフラヴァーンがバフラヴァーンの腹を突き刺し、更に更に強化した拳によって白銀精子の腹を破る。そして更にバフラヴァーンが背後から迫り……などなど、究極の大乱闘による暴力の嵐が止める様子もなく戦場を包み込んだ。

 

「ふは、いいぞ!」

「それでこそだ、ならばこそもっとだ!」

「こんなものではあるまい、俺の想像を超えてみるがいい!」

「その上で凌駕してみせよう!」

「故に更に強くなる俺に尽くせ!」

 

 もはや逃げ場が無く、全てがバフラヴァーンの増殖によって埋まろうとしていた。燃えたぎる火炎に焼かれ、それを凌駕する圧倒的質量の鉄拳の嵐で縛られた雑巾のようになっている。

 

「ほ、ほ、ほざくな人間風情がァァァッ!」

 

 もはや原型を留めていない白銀精子、それを成すのは合体前の十八番であった数の暴力なのは、なんとも皮肉な話だろう。

 その果てに、闘技場は蝗の大群によって襲われた畑の如く更地となり、そこにはもはや生物の存在は無かった。

 

「ここまでか、悪くない戦であった。だが、これでは収まりがつかんなぁ。お前もそう思うだろう?強敵(とも)よ。」

「……」

 

 その荒野に、冥府魔道を往く凶剣が現れた。約束を果たすべく、拳と剣が交わった。

 

 その先は語るまでもないだろう、どこまでもどこまでも凶剣は生涯不敗を貫き、闘争の飛蝗が傍で戦火を燃やし続けるのだから。

 

 

 そう、次の戦場を求めて。

 

 



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第二十二陣 万仙陣前編

今回も前半後半に分ける形となります。
複数戦は本当に難しい……まだまだ慣れないです。


 

 

 それは、不意な出来事だった。マグサリオンの座する闘技場に桃の香りが発生したのだった。

 

「これは……ッ!?」

 

 甘く心を穏やかさをもたらしそうな桃源郷へ誘う香、只人がそれを吸えば心が洗われるような心地となるだろう。

 しかし、安らぎを拒絶し常在戦場を貫くマグサリオンは即座に赫怒と危機感を抱き辺りに漂う香りへと意識を向ける。

 

「これは、魔性の香か。確か阿片というのだったか、薄気味悪い……」

 

 かつて真我の敷いた二元論の理を連想させるものだった。時空を超えて発生したのだった異界の煙、それが救済と破滅を両立させる破綻した救済の桃源郷へと万人を誘う。

 そして天蓋を見据えれば、そこに煙を発生させている起点たる宮殿が現れた。その名は“崑崙宮殿(こんろんきゅうでん)”と言い、空中から伸びる長い階段の先にある、伝説の仙境を連想させる荘厳な宮殿がそこにあった。そして、宮殿の中にいる白痴たる救済の王が万物を慰撫する様に嘯く。

 

「俺がお前たちを、素生を救ってみせよう。好きに夢を思い描くが良い、俺はお前たちの幸せを祈っているぞ。」

 

 崑崙宮殿より阿片の香が、この堕天奈落の宇宙へと流れ出した。この力の名は『万仙陣(ばんせんじん)』であり、人であれば誰も彼もが夢幻の彼方へと誘われ、自身の描く幸福の夢を与えられて昇天していく。

 ならばこそと、言うべきだろうか。悪の楽土たる堕天奈落の者たちには効果は覿面だった、何故ならこの宇宙には痛みと嘆きが多かったからな。誰も彼もが己の原罪を抱き、そこからの解放を夢見ていたのだから。たとえそれが痛みと嘆きからの解放にせよ、弱者の支配と欲望の海原に沈む血染めの快楽の果てだとしても。どうあれこの知世には無い願いを望む以上、万仙陣の誘惑には抗えない。故に総軍が奪われ、悪鬼の魂が異形の触手へと変貌していく。そしてその夢を守るために、廃神(タタリ)という、その夢を護る守護神が牙を剥く。その誰もが矛盾で個人の都合のいい妄想の産物であるものの、万仙陣の救済に抗うものに向けて襲い掛かる。

 

「邪魔だ屑共。」

 

 ならばこそと、破滅の救済を砕くべく凶剣の殺意が全身を始める。己の支配していた堕天の総軍が奪われるものの、そこに一切の罪悪感も嘆きもない。もとより人とは勝手に生まれて勝手に死ぬものの断じてる故に、甘い救済に堕天しても頓着しない。

 優先すべきは崑崙宮殿の最奥に座する救世主、その殺害こそが目的であるのだから。斬風を舞うマグサリオンの殺戮の凶剣、それが妄想を散らす廃神を切り刻んでいく。例えそれが破滅の悪夢であれ、平穏を願う穏やかな夢であれ、関係なく。その意思を理解し、記憶して殺戮の魔道を孤軍奮闘で邁進していく。空を蹴り宮殿へ伸びる階段へと向かう、その最中…

 

「む…」

 

 不意に弾丸が飛来しそれを握り潰す。それは通常の兵器のそれとは異なっていた。何故ならまるで突然目の前に発生したかの様に、明らかに空間を跳躍してこちらを狙っていたのだから。

 階段の最下層に足をつければ、その上部に並んだのは二人の男子と四人の女子、計六人の若者達がマグサリオン名前に立ち塞がった。否、正確には廃神と呼ぶべきもの達が。理解度の浅い大衆の妄想による産物故にか、ほとんど言葉を発することは出来ない様子だ。しかし明確な敵意を感じさせる故に、決して無視できる存在ではないだろう。

 

大柄な少年、名は鳴滝淳士

細身の少年、名は大杉栄光

銃を持つ少女、名は龍辺歩美

帯を使う少女、名は真奈瀬晶

薙刀を握る少女、名は我堂鈴子

刀を握る少女、名は世良水希

 

構図としては六対一である。卑怯?とんでもない、元よりマグサリオンは宇宙という生物を滅ぼすために、己以外の全てを滅尽した実績がある。その過程で多人数を相手してきたことは語るまでもなく、そんなことに文句を言う輩がその地平を目指すわけもない。故に……

 

「屑共の妄想が生み出した糞か……いや、それと同じくコイツらと闘えばどうなるか興味があるわけだな。良いだろう、乗ってやるよ。」

「………」

 

 桃源郷の中心で、若者達の廃神と凶剣の戦陣が描かれる。先手を撃ったのは、鳴滝淳士。その武器は己の拳であるが、その密度はまさに凶器。人体相応の重さではなく、それは爆撃に匹敵する重圧が込められている。それを迎え撃たんと、殺戮の地平の斬撃が放たれる。正面衝突をする拳と剣、その天秤が傾いたのは剣の方だった。

 拳が血袋となり、苦悶の表情で男は怯みから後退する。しかし逃さないと追撃を放とうとした時、間を割ったのは流麗な曲線を描く刃と鋭さを帯びた白刃だった。

 

「チッ……」

 

 マグサリオンは咄嗟に身を屈め、不恰好であろうとも構わず地面へ転がり込む。仮に大した威力で無かろうとも、無駄に直撃を受けるほど愚かではない。マグサリオンにとって未知こそが最大の敵であり、今この瞬間に脅威が無かろうとも後にどんな猛毒が爆発するか分からないのだから。そして二つの刃を降り直したのは、綺麗な黒髪を纏う二人の女だった。

 どちらの斬撃もしなやかさを纏っており、マグサリオンとは対象的な太刀筋を放つ。特に我堂鈴子は、人体的急所を的確に狙っていた。肩の付け根、指、眼球、股間などなど……どれだけ研鑽を積み上げようとも、人体的に頑丈になり得ない箇所を狙う。それもまた卑怯とは言い難く、御前試合でもない殺し合いなのだから。更に、前進を許さないように、世良水希もまた支援するように追撃を放つ。しかしそれをせせら嗤う様に、マグサリオンの口上が切り裂く。

 

「その程度か?いいや、違うだろう。お前らの狙いは“さっき放った攻撃”を当たるためだろう?」

「!?」

「若い、青い、故に視線から狙いが見え見えだ。もっとも、その程度では俺は殺せんぞ。」

 

 そう、既にマグサリオンは二人の狙いを見極めていた。我堂鈴子の固有の能力たる破段は“斬撃の残留”であり、それは目に見えない脅威である。

 しかし、マグサリオンは死地を駆け続けた百戦錬磨であり、その程度は見極めることは容易い。ならば一々この戦況に拘うことはなく、強引な突破を狙う。

 

消し飛ばせ(アラストール)

 

 力を込め、一歩踏み出すと同時に距離を砕く。すなわち過重と瞬間移動の同時使用であり、強烈な進撃現象が女二人に襲いかかる。

 咄嗟の防御なんぞ砂上の楼閣であり、特に防御が脆い鈴子は、獲物と共に砕け散った。

 

「で、また俺の不意を狙う気か?」

 

 目的の地点に辿り着くと同時に、再び空間の彼方より飛来する弾丸。しかしそれを今度は、そう言い放っと同時に的確に回避する。それは龍辺歩美から放たれたものであり、はっきり言って狙いが的確だった。

 マグサリオンの攻撃は獰猛だが、同時にそれはムラが激しすぎる欠点が纏わりつく。それは武才の無さから発生する避けられないものであり、それを豊富な戦闘経験で埋めてるが完全に断絶されてるわけではない。故に攻撃直後の終わりの動作があり、そこを狙われる。無論、マグサリオンもそれは承知しており、事実こうして攻撃を回避している。だが、同時に足止めされている事実である。ならばどうするか?簡単な話である。

 

「来い。」

「ッ!?」

 

 先に彼女から殺せば良いだけの事。片手を歩美に向けて伸ばし、握りしめようとする。それはまるで世界を引き裂く所作であり、それが握りしめられれば彼我の間にある距離という名の世界が無の彼方へと消え去って、目の前に引き摺り出されるだろう。

 

「ッ!」

「ほう……」

 

 だがその掌に、大杉栄光の蹴撃が直撃した。それはその細身から放たれたとは思えない、消滅を司る現象。何処かマグサリオンの司る不変なる無と類似していた。

 更に、負傷した者らに帯が伸びており、包帯のように包みそこから放たれる光が怪我を癒していた。その起点となっているのは、小銃の女の隣に立つ真奈瀬晶。そこに一切の殺意がなく、ある意味一番警戒しなければならない存在だと断定する。うっかり回復に巻き込まれればどうなるか、己の戒律を振り返れば言うまでもない。

 

「鬱陶しい連携だ、反吐が出る。」

 

 鼻を鳴らすようにマグサリオンはそう言い放つ。しかしそれは、何処か敬意を感じさせる一言であり、同時に殺す決意の表れだった。

 再び突撃する淳士と、消滅の蹴りを放つ栄光。どちらも攻撃に長けており、先陣の配役としては適切だろう。

 

「その重さは己の価値の表れか?」

「ッ!?」

「ああ、同意する。己の価値を見出せぬものに、成せる夢はない。」

 

 マグサリオンの放った言葉が、淳士の動揺を生んだ。それは刹那のやり取りだったが凶眼がその弛緩を見逃さない。

 放たれる刺突、本来圧倒的質量によって鎧と化した肉体が弾くはずだった。しかし動揺による弛緩がそれをなすこと敵わず、胸部に深々と剣先が食い込み、致命となった。

 

「次はお前だな、ああ……考えはわかるぞ?“この瞬間にみんなを守れるならば、己諸共消滅させよう”とな。」

「ッ!?」

「目論見が甘かったな。」

 

 大杉栄光の夢はそう言うものだ、己の基準を天秤にかけて対象を消滅させると言うもの。極論、本人の価値観が合うならば髪の毛一本を引き換えにマグサリオンだって消滅させることも不可能ではないだろう。

 だが、この少年は良くも悪くも単純かつ慈悲深い。強大な敵と合間見れば、腕の一本や足の一本を犠牲にしなければ勝てないと考えるのは当たり前。ましてや今も尚、仲間達との闘いでまともな被弾一つない現状、自分如き命一つ犠牲にしても、果たして届き得るのかわからないのだから。だが、仲間達を守るためならばそれを躊躇う時間もまた惜しいのだから……

 

「判断の甘い奴から死に落ちる、お前だって覚悟してたのだろう?」

 

 その残酷な言葉と共に放たれた斬撃が、少年の胴体を分離させた。そもそもの話として、彼の消滅の夢は触れなければ実行できない。とどのつまり、当たらなければ意味がないのだから態々接触しないといけないことに、マグサリオンが付き合う道理も無いのだから。

 

「急段-顕象 犬村大角礼儀(いぬむらだいかくまさのり)

 

 直後、その宣誓と共に鈴子が発動したのは人外排斥を司る断罪の刃。それは人と獣を別つ境界の具現であり、初見であればマグサリオン相手に成立するとは思えないだろう。

 冥府魔道を往く凶剣は己を万物滅尽の剣と見立てているが、その宣誓“だけ”であれば成立はしていない。究極、それを実行しつつも人としての生活を維持しているならば人間の範疇と言えるだろう。例を挙げるならば、かつて交戦したラインハルト・ハイドリヒ、彼は世界の全てを破壊することが可能である黄金の獣であるが同時に人の究極の一つとも言える。そして何より、本人もまた人としての自負を抑えているのだから、我堂鈴子のこの夢は成立しない。しかしそれにマグサリオンは該当しない。何故なら……

 

「目を閉じれば貴様ら屑を見失う、眠れば俺の思いが途切れる。立ち止まってる時間なぞ、寸毫も無い。ああ、それを実行し続けてきた俺は人では無いだろうな、ならばその夢もまた、成立し得るだろう。」

 

 瞬きせず、排泄せず、睡眠せず、その全てを殺し合いに捧げた生涯。これらを躊躇いなく実行し続ければ誰もが人では無いと口走るだろう。そして何よりマグサリオン本人もまた、無法でありながら人の道理を弁えてるが故に根本から人では無い。そのように自覚しているのだから。

 故に成立する、我堂鈴子の奥義(急段)が成す。汝人にあらずとも謳い人の秩序より逸脱するのならば、人の世より消え去れと処刑が我堂鈴子によって執行される。例えマグサリオンといえど、その刃が身体に触れれば消えるだろう。

 

「一つ聞くが、有利が利くならば勝てると勘違いしてないか?」

「ッ!?」

「それが俺に当たるかは別だろう。だがそうだな………良いぞ。来いよ、当ててみろよ。」

 

 マグサリオンは手招く、本来ならば単純な経験値として彼ならばその刃に当たらないだろう。避けて殺せば良い、それだけのことである。本人の言った通り、成立すれば必ず当たるような能力ではないのだが。

 だのに何故か、手招いて挑発をして来た。それはほぼ自殺行為に等しく、より不利な状況を自ら作ったに等しい。女からすれば提案を蹴る必要性がなく、警戒しつつも己の誇る夢を惑わせながら、地を蹴ってその刃をマグサリオンへと振り下ろした。迫る刃を見据えて、嘲笑うように口端を上げながら嘯く。

 

「それは人じゃ無いと自覚してるヤツを消すのだろう?消す意思とは即ち殺意とは思わんのかよ。」

「ッ!?」

「他人の意思を利用するのは、お前の特権ではないのだよ間抜け。」

 

 瞬間、迎撃するかのように閃く闇黒の刃。そう、人外排斥の夢は特に殺意が強い夢と言える。故にマグサリオンの第一戒律との相性が悪く、正面切ってのぶつかり合いでは特に勝てないのだ。

 マグサリオンを消そうとする意思が力へと変換され、自分自身の力を跳ね返されたかのように再び獲物ごと彼女の身体が破壊された。残るは三人、次に見定めたのは包帯の女だった。

 

「同じ過ちは繰り返さん、お前は確実に殺す。」

「ッ!?」

 

 その宣言を受ければ、当たり前に晶の顔色が白くなる。だがそれを抑えるように仲間達を蘇生させんと、白い帯が伸びて来た。それを掻い潜り、マグサリオンは女へと接近していく。

 重ねて言うが、マグサリオンにとって一番厄介なのは彼女だ。うっかり触れればその時点で死も同然、下手に距離を壊してしまえば彼我の意思とは無関係に帯を招いてしまうかもしれないのだから。故に己の脚で接近する。道中に弾丸、白刃が迫り来るがそれを潜り抜けていく。人体的にあり得ない、蛇のような軌道を描きながら駆け抜け、そしてついに射程距離へと入る。

 

「他者の命を重んじる精神は大したものだ、だが死ね。」

 

 その一言と共に、真奈瀬晶の首が跳ねた。義を重んじて同胞の命を尊ぶ、それは素晴らしいこと。それはそれとして、しっかりとそのことを理解し殺すことこそが冥府魔道。

 故に容赦なく、女の瞳を見据えてその首を刎ねた。これでもう、回復薬はいなくなった。残り二人、もう間も無くこの戦闘における滅尽が完遂される。

 

「………」

「……ほう?」

 

 その時、龍辺歩美がマグサリオンと正面を向き合い己の本気を見せると案に示すかのように銃口を向けた。その姿に感心するような視線を交え、肯定するかのように無言の視線を向ける。同意と受け取り、少女は銃口をマグサリオンへと向ける。

 凶剣は求む、殺すべき相手()を知る未来を。故に成立する、少女の急段(祈り)と。

 

「我、ここにあり。倶に天を戴かざる智の銃先を受けてみよ。

 

急段ー顕象

 

犬坂毛野胤智(いぬさかけのたねとも)

 

 詠唱の直後に銃口が爆ぜれば、駆け抜けるは因果を超えた必中の弾丸。それは両者が共に『未来を見たい』という意思が成立することで成立する夢。

 その威力もまた、彼我の意思を乗せたものである。ならばこそ、カウンターに等しい威力が込められており避けられない致命と一撃となる。

 

「手緩い。」

「ッ!?」

「相手を見極める未来を求める俺の意志を媒介にした、因果を超えた弾丸か。面白いが、俺を殺すには足りんな。」

 

 しかし、いいやだからこそというべきか。マグサリオンは額へと迫った弾丸を掴んだ。

 忘れてはならない、この男はかつて彼らの宿敵である甘粕と殺し合った過去がある。そして彼の急段もまた、カウンターの如き原理をしているがマグサリオンはそれもまた突破した。その本質は全てを鏖殺する第一戒律、総軍を奪われようとも殺意を媒介にし万象鏖殺した実績はあまりに大きい。それがこの結果を引き起こした要素となったのだ。

 

「お前のことはよくわかった、故に死ね。」

 

 まるで引き抜くような腕をの動きによって、歩美はマグサリオンの眼前まで引き寄せられた。そして直後、抵抗する暇すら与えないまま断頭の一閃で首を刎ねられた。

 残るは、一人。世良水希だけとなった。

 

「ッ!」

 

 不意に振り抜く白刃、そこには研鑽だけでなく才覚も見えた。無駄のない夢の密度、体捌き、直撃の瞬間における力加減。そのどれもが高次元であり、六人の中で実力が一つ頭抜けていると言えるだろう。

 強い、圧倒的な才能差はかつて殺したワルフラーンを連想させる。非才だった、正確にはそうアレと強く貫いた己とは対照的と言える。

 

「おォォォッ!」

 

 マグサリオンが我武者羅に剣を振るう、その悉くを女は捌いていた。膂力ではマグサリオンが圧倒的だが、水希は真正面から打ち据える愚を犯さない。

 側面から刀を添え、その軌道を逸らしていく。しかしそれは異常な現象だ。ある程度の武を誇るものであれば一度や二度であれば、確かにそのような真似をできるだろう。しかし、マグサリオンは戒律の性質上時間経過と共にその威力は青天井に上昇していく。つまり、軌道を逸らすタイミングや力加減が一振りごとに違ってくるのだ。しかし、彼女はその全てを今の所難なくこなしていく。それを実現するのは極限の集中力、そして天より賜った才覚によるものだろう。その光景にマグサリオンは懐かしさを感じさせる。そして直後に、言葉の刃を振り上げる。

 

「邪魔者が居なくなって、よりやり易くなったか?」

「ッ!」

 

 女の瞳から怒気が発せられる、まるで仲間を侮辱するなと言わんばかりに。しかしそれを気にすることなく、マグサリオンはさらに話を続けようとした。

 だが、その直前に白刃がマグサリオンの身体を貫いた。まるでそれ以上の侮辱は許さないと言わんばかりに。無の体をまだ完全に貫通はしきれてないが、直撃させるだけでも大きな結果と言えるだろう。

 

「……なるほど、己の役割を理解した上で仲間と共にあると決意しているわけか。」

 

 そして再び交わる刃、軌道を逸らし時には身体を投下させて剣風から抜け出したりもする。そして時折、燕返しの如きカウンターをマグサリオンに当てていく。そこに異能の加護はなく、あくまでも純粋な剣の技量によって。まさにかつて苦戦した、ワルフラーンを連想させる技巧であり少し身体が削れている感触があった。

 まさにこの女でなければ、ここまで食い下がることは叶わなかっただろう。だが、それも限界へと達していく。

 

「だが、それでも俺が止まる理由にはならん。」

 

 足を一歩踏み出し、女の動きを無理矢理止める。そして殺意の視線を交えながら、一言呟く。

 

「ああ、それ程の才があるならば周りを置いてきぼりにさせてしまっていただろう。ああ、それこそ“強くなければ男ではない”と暗に示すかのようにな。」

「ッ!?」

「言っておくがそれだけならばお前自身は決して悪くない。寧ろ力不足だった男どもこそが恥ずるべきだろうよ。もっとも……俺は負けんがな。」

 

 マグサリオンの言葉によって生まれた動揺、その刹那を掻い潜って断頭の刃が振られた。

 刎ねる女の頭部、六人の若者全員が滅尽し、遂に宮殿の前へと辿り着いたのだった。

 



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