デート・ア・アウトサイダーズ (GGO好きの幸村)
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第1話/はじまり
ノリと勢いだけで書きました!楽しんで頂けると嬉しいです!
とある街角。そこには2人の少女がいた。
先程までショッピングをしていたのだろうか、足元に散乱する紙袋から新品の洋服や、可愛らしいスイーツが顔をのぞかせている。
…そう、足元に手荷物が散乱しているのだ。これは明らかに只事ではない。
そしてその場には2人の少女だけでなく、仰々しい装置に身を包んだ屈強な男達が片方の少女を羽交い締めにし、もう片方の少女も身動きが取れないように取り押さえる。
もしもこの場に第三者がいたらこの様子をこう言うだろう…「誘拐現場」と。
「離せ、離せ、離しやがれっていってるんですよ!…ぐっ!」
「真那ちゃん!くっ、どいて、どいて、どけよ!なんで真那ちゃんを連れていこうとするんだよ!くそっ、どけ、どけよ!真那ちゃぁん‼️」
黒髪の少女が伸ばした手は無慈悲にも届かず、独特な言葉遣いをする青髪の少女は男達に連れ去られてしまう。
…拐われる青髪の少女の姿が完全に見えなくなると、流石にもう追いかける事は不可能だろうと思ったのだろうか、男達は黒髪の少女の拘束を解き、まるで魔法のように空の彼方へと飛んで行った。
「…っ!つ、伝えなくちゃ…早く、この事を…」
そう呟きながら少女はよろめきながらも立ち上がる。
拐われた親友には兄がいる。どこか抜けてて、時々香ばしい発言をするが、いざと言う時は頼りになる、そんな兄貴分が居るのだ。
この事を早く親友の実兄で、自分の兄貴分である彼に伝えなくては。彼女はその一念でボロボロな体を動かした。
さっき取り押さえられた時に落としてしまった携帯端末は見るも無残な姿になっていたが、幸いな事に彼の今いる場所は分かっている。
彼が人生初のデートを行うと言うので、2人で間違いないと世間の恋に恋する者たちに自信を持って勧められる完璧なデートプランを考えたのだ。余程のことが無ければこれに沿って行動している筈だし、仮に外れててもお相手は「絶世の美女」という言葉ですら霞む程の女性だ。少し聞き込めばこの海辺の街の地図、彼の普段からの思考などに当てはめれば簡単に居場所は分かる。
自らを天才と言って憚らない少女は、その優れた頭脳で見込みをつけると、彼女は全身に広がる鈍痛を堪えながら目的地へと向かう。
彼らの方にも何かあったのだろうか?聞き込みなどで当初のコースから逆算するとまるで何者かから逃げていたような居場所に居ることを割り出した彼女はそんな事を考えるが、そんな事よりも早く親友の危機を兄貴分に伝えなくてはと思考を切り替え、駆ける。
「っ…はぁ、はぁ、真士にぃ!澪さん!大変だよ、真那ちゃんが、真那ちゃ、ん、が…」
…しかし、不幸とは立て続けに起こるものだ。
やっとの思いで2人の元へとたどり着いた彼女が見たのは
「シン、シンっ…」
大粒の涙を流すデート相手の少女と、
「………」
物言わぬ骸となった兄貴分だった。
体にはかすり傷ひとつ無いのに、死んでいると分かる
「アハハハハ…アハハ、アハハハハ‼️」
…なにが親友だ。その彼女を守れないで。
…なにが妹分だ。自分の事でいっぱいいっぱいになって、彼がどうなっているかなんて考えもしないで。
…なにが…なにが天才だ‼️何一つ出来なかったくせに‼️
「アハハハハ‼️アハハハハ‼️アハハハハハハ‼️」
笑う、哂う、嗤う
己の無様を、己の無力さを、世界の理不尽を
「アハハハハハ‼️」
彼女はもう、
天宮市。
その街はおよそ30年前に起こった大規模な空間震、通称南関東大空災によって壊滅的な被害を被ったところから、長き日を経て、今では世界屈指の「空間震に強い都市」とされる街である。
そんな街に住む高校1年生の青年、五河士道は玄関先で困惑していた。
「えっと、これ本当に俺宛てであってます?」
「はい、たしかに五河士道様宛ですけど…」
「えぇ…でも、こんなの買った覚えは無いんですけど…」
「いや、そう言われてもこっちも仕事なので…じゃっ、これで失礼します‼️」
そう言うが早いか配達員の青年はトラックに乗って立ち去り、その場には立ち尽くす士道と荷物…立派なバイクが残された。
「俺、免許持ってないんだけどなぁ~…第一、なんでスマートブレインの本社から送られて来たんだ?」
…スマートブレイン。それは食料品からロボットまで幅広く扱う大企業である。その歴史は意外と浅く、女社長の「櫻田加奈」が20年前に起業。そこから飛ぶ鳥を落とす勢いで成長し、今では存在しない時代が考えられないほどの企業となった。
そんな大企業となんの縁もない自分の元に最新のバイクが突然送られてきたのだ。当然の事ながら困惑する。が、このまま呆然としていても何も分からないし、何より
家を空けがちな両親が帰ってきたらなんと説明しようかと考えながらバイクを押していると、荷台にアタッシュケースが括り付けられているのを見つける。
ただでさえバイクという進学したての男子生徒が中々手が伸ばせない代物が無料で手に入ったのに他にもオマケがあるとなると幸運を通り越して恐怖すら覚えてくる。
ケースを回収して家に戻り、妹からの質問ラッシュを適当に捌くと自室に入り、中身を見る。
中には最新鋭のデジカメを皮切りにいざと言う時便利なポーチライトなどが入っている。
その中でも特に目を引くのは何やらメカニックなものー隣に描かれているピクトグラムでは腰に巻き付けている様だし、腹巻か何かだろうかーと、今では中々お目にかかれないずっしりと重量感のあるガラケー。
この何の規則性も見いだせないラインナップに、士道の頭は破裂寸前だ。
これがもしも1年前に届いていたのなら、
「これが組織の連中が秘密裏に開発していた最終兵器、『
と、めちゃくちゃ
故に、今の士道にとってこれは未知なる世界への招待状ではなく、「なにかの手違いじゃないだろうか?」「後からとんでもない料金を請求されるんじゃないか?」とまさに恐怖の塊なのである。
だが、もしもそういう事件性のあるなにかだったとしても、今士道に出来る事は特に無い。ならばせめて、このアイテム群の使い方位は把握しておこうとビニールの中にある資料を取り出す。
その資料のトップにはこう印字されていた…
「ファイズギアユーザーズガイド」
と。
天宮市のオフィス街には他のビルのと比べて明らかに巨大なものがふたつある。
1つはイギリスに本社を置くデウス・エクス・マキナインダストリアルの日本支部。そしてもう1つがスマートブレインの本社である。
スマートブレインの本社、その最上階にある社長室にて、2人の男女が言葉を交わしていた。
「それで、彼の元に
「ええ、私の部下が彼が1度変身した所まで確認しています」
「さすがね、須藤くん。上の上の成果よ」
そう言って女性…スマートブレイン社長の櫻田加奈は微笑みながら相手の男性…須藤雅史を賞賛する。
「ありがとうございます、櫻田社長。では、約束のモノを」
「えぇ、もちろん。そういう約束だったものね」
そう言うと加奈は四葉のクローバーの模様が付いた灰色のピンバッジを投げ渡す。
「これで貴方は今日から我々オルフェノクの中でも上の上…最高クラスの実力を持つエリート集団、ラッキークローバーの一員よ」
「ありがとうございます…フフ、やはりオルフェノクになって頂点を極めるのは興味深い…‼️では、私はこれで」
「えぇ、ご苦労さま」
社長室から須藤が出ると、女性は『櫻田加奈』の仮面を外し、呟く。
「これで仕込みは上々、細工は流々、仕上げは…」
そこまで言うと、うっとりとした表情で額縁に入っている古ぼけた写真に触れる。
「もう少しだから、待っててね、真士にぃ…私の神の才能で、必ず蘇らせてみせるから」
そう言うと、彼女はゆっくりと両頬を上げた。
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1章 十香コンプリート
第2話/日常
そのサンバは、とても素晴らしいものだった。音がないにも関わらず、思わず演奏が聞こえてくるかのようなリズムのとり方。無駄がなく、それでいて情熱的な足さばきは、一朝一夕で身につくようなものでは無いだろう。これを夢うつつな状態で見ていたら、夢の中にはきっと行ったこともないのにリオのカーニバルが出てきた事だろう。路上パフォーマンスで行われていたら投げ銭は諭吉になっていたと断言出来るほど見事なサンバだった…そう、これが寝ていた自分の体の上で行われていなければの話だが。
「おお!!おにーちゃんおはよーなのだ‼️」
「あー、うん、おはよう琴里」
つい先ほどまでダンスステージにされていた士道は、寝起きでかすれた声で独特な方法で自分を起こしてくれた義妹、五河琴里に挨拶を返す。
今日は4月10日、士道が2年生に進級する日だ。しかしまだまだ外は寒く、布団の魔力は未だ健在である。これに抗う事など、並大抵の精神力では出来やしない。瞼がスーッと重力に沿って閉じていくが…
「ぐふっ!」
「あはは、ぐふっだって‼️陸戦用だー‼️」
…頭上の
なんとかもう少し眠れないかと頭で考えた事が脊髄反射で飛び出してくる。
「あ~琴里、実は俺は『とりあえずあと10分寝ていないと妹をくすぐってしまうウイルス』、通称Tウイルスに感染しているんだ…」
…自分で言っておきながらなんとも無茶苦茶な話だが…
「ギャーーーッ!」
と悲鳴をあげてリビングへと逃げていった。これを信じるとは…お兄ちゃんは今から将来が不安です。
時計を見ると、時刻は5時55分55秒。ドアを開けたらやかましい怪人たちが乗っている時の列車に乗れそうな時間である。
と、ここで今日から両親が出張でしばらく家を空けるので、朝ごはんと弁当を作るために琴里に起こすよう頼んでいたことを思い出す。
しかし冷静になって考えてみると、今日は始業式しかないから弁当を作る必要は無いし、登校も去年届いたバイク…オートバジンを2人乗りで使うから以前より時間にだいぶ余裕がある。
今日は琴里に負担をかけてまで早起きしなくても良かったな…なんて思いながら下に降りると、そこにはテーブルでバリゲードを作って身を潜める義妹の姿が。俺は苦笑いを浮かべながら、安心させるように両手を広げた。
『本日未明、天宮市近郊のー』
「ん、近いな…何かあったのか?」
フライパンに卵を割り入れている時にテレビから聞こえてきた住んでいる街の名前に、すわ事件かと火を止めてカウンター越しに画面を覗くと、そこには悲惨な姿の市街地が。
ああ、また空間震かと、いつもなら特に気にもとめないのだが、今日は不思議と気になった。
「最近なんでこんなに空間震が多いんだろうな?」
特段興味がある訳でもないが、こういう事は1度考え始めるとそれらしい理屈を聞いて納得したいものである。
自分と対して歳も変わらぬ妹に質問…というよりも答えを求めていないのだから大きめの独り言の方が近いだろうか?なんにせよ、喉に小骨が突っかかったような疑問が、ぽろりと口から零れる。
「んー、そーだねー。予想より少し早いかなー」
「早い?なにがだ?」
「んー、あんでもあーい」
と、ここで士道は少し疑問を覚える。それは妹の発言を不可解に思ったとか空間震の秘密やらなんやらに気付いたのではなく、途中から妹の言葉がもごもごとこもっているのだ。まるで何かを口に入れているかのように。
まさかと思い琴里の頭をこちらに向けさせると、予想通り口の中には彼女の大好物のチュッパチャプスが。
「こら、飯の前にお菓子を食べるな」
士道は口から飴を取り上げようと棒を引っ張るも、口をすぼめて抵抗することで中々抜けない。可愛い顔を崩し、変顔百面相をしてでも離さない執念にとうとうこちらが折れて、しっかりと朝ごはんを食べると約束させた上で棒から手を離す。
再びコンロに火を灯したところで、今日の昼ご飯のことを考え始める。2人とも午前終わりなら、今のうちに昼ご飯の下ごしらえも済ました方が後で楽になる。中学校も午前中だけなら折角だしメニューは琴里の好物にしてやろうと話しかける。
「今日は中学校も始業式だよな?」
「そうだよーだから今日は午前中だけだねー」
「じゃあ昼飯も家で食べるよな…琴里、何かリクエストはあるか?」
「んーじゃあデラックスキッズプレート!」
「当店ではご用意できかねます」
返ってきた答えはまさかのファミレスのお子様ランチ。これは流石に作れない。出来るだけ出費は避けたいが、仕方ないかと嘆息する。
「よし、なら昼は外で食うか」
「おー!本当かー!」
「本当だ。ただ予定表見るとこっちの方が終わるの遅そうだし先にファミレスで待っててくれ」
「絶対だぞ!絶対約束だぞ!地震が起きても火事が起きても空間震が起きてもファミレスなのに焼肉をしてる絹ごしの冷奴を掴めないくらい不器用なお巡りさんたちが居ても絶対だぞ!」
「わかったよ、ってか最後のお巡りさんたちは別に問題なくないか?」
そんな事を言いながら、士道は完成したオムレツを皿の上に盛り付けた。
「2年4組…ここか!」
今日から通う新しい教室を見つけ、中に入るともうすでに結構な人が入っていた。さて自分の席はどこかと座席表を確認しようとすると、
「─五河士道」
後方から見知らぬ少女に呼び止められる。
人形のような端正な顔立ちで…表情がまるで窺えなかった。
しかし、こんな特徴的な人に会ったことがあるのなら忘れようもない筈だが、会った覚えは無い。だが、彼女は士道の名前を知っていた。やはりどこかで会った事があるのか、はたまた人伝に聞いたのだろうか?去年まで琴里は外泊が多かったし、歳の離れた友人の兄と話がしたかった可能性も十分にある。
そんな予想は、彼女が「覚えていないの?」と不思議そうに首を傾げたことであっさりと否定される。
やはり彼女と俺は会った事があるようだ。可能性があるとすれば免許獲得後に興奮冷めやらぬままオートバジンであちこちツーリングした時だが、あの時は同年代ではなくバイク好きの年上との交流が多かったし、唯一出会った同年代は、立ち寄ったラーメン屋で仲良くなったオレンジ髪が特徴の双子の少女くらいだ。様々なことで対決しているようで、その時は店の名物である大盛りラーメン早食い対決をしていた…ちなみに勝者は独特な言葉遣いをする少女の方で、「嘲笑。自信満々に勝負を挑んできたのに負ける気分はどうですか?ぷぷぷ」とドヤ顔を決めていた。
そんな事を考えているうちに眼前の少女が自分のことを覚えていないことを察したのか、
「そう」
と、特に落胆した様子も無く席に着いた。
やはりどこかで彼女と会ったことがあるのか?ならば思い出さないと失礼だろうと悩んでいると、ぱちーん‼️と気持ちのいい音を立てて平手打ちが背に叩き込まれる。
「ってぇ、なにすんだ殿町!」
振り向くとそこには腕組みしながら笑う級友、殿町宏人の姿が。
「おう、元気そうだなセクシャルビースト五河。この間まで浮いた話のひとつも無かったのにいつの間にあの鳶一と仲良くなったんだ、ええ?」
「鳶一…?さっきの娘か?」
「おま、知らないで話してたのか⁉️いいか、アイツはな…」
そして語られるのは鳶一折紙についての情報。
曰く、話しかけた際の反応は塩対応を越して永久凍土だのマヒャデドスだのと言われる程。
曰く、成績は常に学年首位、体育の成績もダントツの超天才。
曰く、去年の『恋人にしたい女子ランキング・ベスト13』では堂々の第3位の美少女。
などなど、様々な噂も含めた話を聞かされる。
そんな印象的な人物を何故知らないのかと呆れられるが、士道からすれば成績に関しては2輪免許の取得や取得後の遠乗りの為に補習のある赤点ラインを上回っているかしか関心が無いから、成績表は最低限しか見てないし、学校の美少女の噂はあまり興味が薄い。なんなら、ランキングがあったことも今知った程である。
と、ここで少し疑問を覚える。
「なぁ、なんでベスト13なんだ?普通トップ10とかだろ?」
「主催者の女子が13位なんだよ」
「…なるほど」
どうしてもランクインしたかったからなのかと、苦笑いを浮かべる。
「ちなみに男子の方はベスト358までだ」
「はぁ⁉️学校の男子ほぼ全員じゃねぇか。凄まじいまでの意地だな」
「全くだな。ちなみに主催者は俺だ」
「お前かよ⁉️」
「ちなみにお前は1票で52位だ、よかったな」
そう言って血涙を流しながらこちらを見る殿町の顔から士道はそっと視線をはずした。
ちなみに、席は件の鳶一折紙の隣だった。
そんな会話からおよそ3時間後。
「五河ー、飯いかねー?」
先程の自爆から持ち前のメンタルで復活した殿町が士道に話しかけてきた。
昼前に学校が終わることはそうそう無く、たまには友人と共に食いに行くのも良いが、生憎と興味は先約がある。
「悪ぃ殿町、今日は琴里とデラックスキッズプレートの約束があるんだ」
「琴里ちゃんか…俺も一緒についてって良いか?」
殿町と琴里は何回か会った事もあるし、特に問題はないだろう。OKサインを出そうとしたタイミングで、
「なぁなぁ、琴里ちゃんって今彼氏とか居るのか?」
と声を潜めて聞いてきた。
「…お前、それを聞いてどうするつもりだ?」
「いや、琴里ちゃん今中2だろ?3歳年上とか大丈夫かな~と」
「…今日お前を絶対に連れていかない」
「いや、冗談だってばお義兄様」
「誰がお義兄様だ‼️」
士道は殿町を置いてさっさとファミレスに向かおうとした、その時!
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥー
街中に不快なサイレンが鳴り響く。
『─これは訓練では、ありません。これは訓練では、ありません─』
─空間震警報の、発令だ
Open Your Eyes For The Next Outsider
「なんで馬鹿正直に残ってやがんだよ…っ!」
「─だってお前も、私を殺しに来たんだろう?」
「何が何だか分からないけど、これくらいなら、出来る!」
次回:第3話/邂逅
「歓迎するわ。ようこそ、〈ラタトスク〉へ」
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第3話/邂逅
空間震が起きたからと言って、パニックに陥る生徒たちは居ない。「空間震に強い町」とはなにも設備の話だけでは無く、住んでいる人々の心構えも含まれているのだ。
…もっとも、「生徒は」だが。
「お、落ち着いてくださーい‼️おさない・かけない・しゃれこうべーっ‼️」
シェルターへ避難している最中に聞こえてくる担任の岡峰珠恵の慌てた声と言動に、ちらほらと笑い声が聞こえてくる。
おさない・かけないは分かるが、髑髏は流石にないだろう。まぁ、もしも逃げ遅れたらそうなるぞ、という警告なら全くもって笑えないのだが。
しかし士道にはそんなことよりも気がかりな事があった。
(鳶一のやつ、本当に大丈夫なのか…?)
先程避難を始めた時に、何故か鳶一が逆方向へと行ってしまったのだ。当然引き止めようとしたのだが、「大丈夫」の一言で押し切られてしまった。なんで出ていったのか、なにが大丈夫なのかさっぱり分からないが、あそこまで頑なに大丈夫だと言っていたのだ、きっと何かしらがあると信じよう。そう思い一旦このことについては考えるのをやめた。
ふと時計を見ると、時刻は丁度昼飯どきに差し掛かっていた。バタバタしてて忘れかけてたが、そういえば琴里も今日は帰りが早かったよな、と思い出す。
『絶対だぞ‼️絶対約束だぞ‼️』
…朝食時に、した約束と共に。
いやまさか、ありえない、さすがに避難しているだろう。そう理性が訴えるが、どうにも嫌な予感がする。
カバンの中に入れてたファイズフォンを取り出し電話をかけるが、繋がらない。そんなはずは無い、自分の思いすぎだ、そう自分に思い込ませながらスマホと比べると少々面倒な手順でGPSアプリを呼び出す。
そこに表示された場所は…士道が望んでいたシェルターの中ではなく…
「あんの、馬鹿…ッ」
ファミレスの前だった。
士道は先程の鳶一と同様にシェルターの反対方向に駆ける。殿町の制止の言葉が聞こえるが、適当に返して駐車場に向かう。
ヘルメットを被る時間さえもどかしく思いながらオートバジンに乗り込み、ファミレスへと向かう。
「なんで馬鹿正直に残ってやがんだよ…っ‼️」
法定速度はもう優に超えているが、どうしても頭の中から焦燥感と嫌な予想が消えない。
まだか、まだ着かないのかと焦りながらアクセルを回していると、ゾクっと背中に悪寒が走る。
慌てて止まろうとするが、急にブレーキをかけてもすぐには止まれず、まばゆい光や爆音と共に発生した衝撃波によって横転しながら吹っ飛ばされる。
「な、なにが起こったん、だ…」
起き上がった士道の前には、何も無かった。
いや、何も
つい先程まであった見慣れた街並みが、一瞬で無に帰した。
もしやと思いファイズフォンのマップを見ると、丁度士道のいるところから前方が空間震の予測被害地域だった。
「これが…空間震、なのか…」
初めて見たその現象に唖然としながら壊れた街並みを見ていると、その真ん中になにやら不可解なものがあった。それは普段の街中にあるはずがなく、ましてやこんな災害の中にある事はありえないものだった。
それは…玉座。下界に王が降り立ったことを示すかのような、堂々たる玉座が瓦礫の山に鎮座していた。
だが、士道が最も目を奪われたのはそこでは無い。
玉座に降臨している王の方だ。
その王…少女は、夜色の長髪にアメジストのような美しい紫色の瞳を持ち、ドレスとも鎧ともとれるものに身を包んでいた。
少女は気怠げな瞳でこちらを一瞥すると、玉座から巨大な剣を取り出し、
「うわぁっ‼️」
一閃。
オートバジンと、咄嗟に屈んだ士道以外の全てのものを同じ高さに切りそろえた。
理解できない状態に直面し、士道の頭を恐怖が支配する。早く逃げねば、だがどうやって、そもそも彼女はなんだ、琴里は無事なのか…様々な考えが頭をよぎっては消え、思うように体が動かない。
その時。
「─お前も…か」
先程まで近くには誰もいなかったはずなのに、頭上から声が聞こえる。恐る恐る顔を上げると、そこには玉座に座っていたあの少女が居た。
「─君、は…」
その暴力的なまでの美貌に、胸中に抱いていた死への恐怖さえ消え、ただ呆然と尋ねる。
「名、か─そんなものは、無い」
彼女はどこか物悲しそうな声で…今にも泣き出しそうな顔で応えると、カチャリと音を鳴らし、剣を構える。
「ちょっ…、待った待った‼️何しようとしてるんだよ⁉️」
「何って…早めに殺しておこうと」
士道の慌てながらの質問に、少女はさも当然とばかりに答える。
「な、なんでだよ…っ」
「─だってお前も、私を殺しに来たんだろう?」
予想だにしない返しに、ぽかんと口を開けてしまう。
「そんなわけ、ないだろ…憎んでもいない人を傷つけるなんて…殺すなんて、出来るわけないだろ‼️」
「─何?」
士道の言葉を聞いて少女の表情に現れたのは驚きか猜疑か、はたまた困惑か…だが、その表情はすぐに消え、気怠げな顔をして空を見上げる。
「んな…ッ⁉️」
そこには、奇妙な格好で空を飛ぶ数名の人間がいた。
「お、俺が知らないだけで最近は本当に変身できるアイテムが流行ってるのか?」
極度の混乱からか、自分の持つアイテムを思い浮かべ、どこかずれた感想が飛び出す。しかしそれも、飛んできた大量のミサイルによって悲鳴に変わる。
しかし、そのミサイルの爆風が士道達を襲うことは無かった。まるで見えぬ手に掴まれてるが如くぴたりとも動かなくなったのだ。
「…こんなものは無駄と、何故学習しない」
少女が手をかざすと、空中で止まっていたミサイルが粉微塵になる。
「…消えろ、消えろ。一切、合切…消えてしまえ…っ!」
無造作に振られた剣先から凄まじい衝撃波を伴って斬撃が飛んでいく。飛んでいた人間も無事に避けられたようだが、それに安堵する暇もなく、別方向から光線が放たれる。
その光線も少女の手で花火のように光の塵と化し、その跡地に人影が降り立つ。
煙が晴れ、見えてきた人物に士道は驚きで身体を硬直させる。
「鳶一─折紙…?」
そこには
思わず漏れた名前に反応するかのように折紙もこちらを一瞥し、「五河士道…?」と名を呼び返す。
しかしそうして士道の方を向いたのも一瞬の出来事で、すぐさま少女の方へと視線を戻す。
そしてどこからか光で構成された剣を持ち出すと、
「─はあっ!」
「─ふん」
少女と激しく切り結ぶ。かたやどこか悲しそうに。かたや純然たる殺意を剣に乗せながら。
士道はなんでこの2人が殺しあっているのか、そもそも少女が何者か、折紙はなぜシェルターに向かわずにここで剣を握っているのかなんて、皆目検討もつかない。
ただ1つだけ確かなことがあるとするならば、『悲しい』と、ただそう思った。
少女とはここで初めて会って、まだ名前すら知らないが、あの世界全てに絶望しているような顔をしているのが、悲しくて仕方なかった。
折紙にしたってそうだ。彼女と初めて出会ったらしい時のことは覚えていないが、午前中の半日だけの付き合いでも、彼女が良い人なのは分かる。そんな表情がお世辞にも豊かとは言えない彼女が一目見ただけで分かるほどの殺意を纏っているのが、どうしようもなく悲しい。
2人が互いに互いの命を奪おうと剣を振る現状が、ただただ『悲しい』のだ。
…止めたい。この悲しい戦いを。自分に何か出来ることは無いのか、何か─
「─あった」
ふと、頭にある考えがよぎる。
それはあまりにも危険で、策とも言えない程幼稚なもの。でも、今の士道に思いつく限り唯一の手段でもあった。
「何が何だか分からないけど、これくらいなら、出来る!」
士道はまず倒れたオートバジンに近づくと、懐からファイズフォンを取り出す。そして背面のパーツ…『ミッションメモリー』を抜き取ると、ハンドル部分に挿入する。
「Ready」
無機質な音声が鳴ると共に、ハンドルがするりと抜け、赤光の刀身が現れる。
続けざまにファイズフォンを開き、手早くテンキーを押し込む。1、0、3、ENTER
「Single mode」
携帯の上半分を傾けることによって、携帯はアンテナを銃口とする銃へと変わる。
こうして士道の手元には2つの武器…ファイズエッジとフォンブラスターが現れる。それらをなにか決心するように握りしめると…2人の少女が殺し合いをしているそのど真ん中に、躊躇無く突っ込んだ。
そしてそのまま、剣先を少女に、銃口を折紙に向けて突きつけた。
「…なんのつもりだ」
そう問うのは、少女の方だ。
「戦いを止めるため」
士道は両方から自分越しに相手に向けられている殺気で震えそうになる腕をなんとか抑えながら、そう返す。
「なぜ。貴方には関係ない事のはず」
そう聞くのは折紙だ。
「2人を見てて…心が苦しくなったから─だってそうだろ‼️2人とも、どこか悲しい顔しながら、ただひたすらに相手を殺そう、殺そうってしてて…そんなもん、見てらんないだろうが‼️」
士道の身を包んでいた恐怖が、言葉を紡いで行く内に、激情へと変わる。
それに気圧されたのか、なにか考えさせられることがあったのか…空間を静寂が支配する。
「…なんで2人は殺しあってるんだよ」
今度は、士道が問うた。
「理由など無い」
少女は気怠げに、
「それが私の使命だから」
折紙は淡々とそう答える。
「ど、どうしてだよ…っ‼️」
士道は呆然となりながら聞く。
「そうしなければ死ぬからだ」
と少女は言い、
「コイツらはこの世に存在してはならない生物だから」
と折紙は断言する。
「どうしても、戦うのかよ…なんとか、止められないのかよ」
士道のどこか縋るような声は
「「無理(だ)」」
…鎧袖一触された。2人は同じ回答をした事が気に食わなかったのか鼻をフンと鳴らし、再び斬り合いを始める。
「なんでだよっ…」
士道の嘆きは争いの騒音で掻き消され、士道の意識もまた、土煙の中に消えた。
「─士道君の意識の喪失が確認されました」
「そう、なら巻き込まれる前にちゃっちゃと回収しちゃって」
「はっ」
「…まったく、精霊の近くに居ること自体想定外なのに、ASTとの間に割り込むなんて…バカもここまでくるといっそ感心するわね」
黒いリボンを付けた少女はそう悪態を吐くが、表情は言葉にそぐわずにほっとしたものを浮かべていた。
「そんなこと言って司令、お兄さんが無事で安心してますよね」
「うっさいわよ神無月‼️」
司令と呼ばれた少女は指摘された事に対する照れ隠しのように、金髪の男性のスネを思いっきり蹴る。
「アリガトウゴザイマスッ!!」と男は嬌声を挙げるが、クルー全員もう慣れた事なのか、眉のひとつも動かさない。
「…彼を回収すると言うことは、そろそろ作戦を始めるのかい?」
「えぇ、もう見ているだけというのにも飽きてきたことだしね。令音、秘密兵器が起きたらこっちに案内する役、任せても良いかしら?」
「…ああ、了解したよ」
眠たげな眼をした女性が医務室へ向かうのを確認すると、少女は棒付きキャンディの梱包を剥がしながら画面に映る士道を見る。
「─歓迎するわ。ようこそ、
そう言って
…悪いわねラタトスク。あんた達のやる事に、少しばかり便乗させてもらうわよ。
精霊と五河士道が接触したことを報告されたスマートブレイン社長、櫻田加奈は、非常に上機嫌だった。
なにせラタトスクの計画が順調に進めば進むほど、彼女とその友人の悲願が叶うのだから。
「須藤君をいつでも動かせる状態にしておいて。ヤツらが目的を達した時、こちらの計画も始まるのだから」
「はっ、全てはオルフェノクのために」
「えぇ、全てはオルフェノクのために…」
…そして、全ては真士にぃのために。
「精々踊ってちょうだいな、〈ラタトスク〉」
櫻田加奈は、より一層その笑みを深めた。
Open Your Eyes For The Next Outside
─やっと、やっと会えたね、シン。
「精霊を倒すのが、ASTの仕事」
「…本当に琴里、だよな?無事だったのか⁉️」
第4話/真相
「精霊に─恋をさせるの」
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第4話/真相
コ哀好きの人は歓喜間違いなしの作品でした!
「…五河、士道」
精霊との戦いが終わり、自衛隊・天宮駐屯基地へと帰還した折紙は、椅子にもたれ掛かるように座りながら、そうボソッと呟く。
何故あの場に居たのか、自分と精霊に向けてたあの武器は何なのか…色々と気になることはあるが、それよりも頭の中を占めるのは、士道が言い放ったあの一言。
『戦いを止めるため』
士道が震えながら言った言葉が、彼女の脳内でリフレインする。
戦いを止める?誰と誰の?…私と、精霊の?
そんなことは不可能だ。
「ご苦労さん」
声をかけて来たのは、折紙の部隊の隊長である日下部燎子一尉だ。
「よく1人で精霊を撃退してくれたわね。…勝手に先に離脱した友原と加賀谷は後でこってりと絞らないとね」
「撃退なんて、していない」
「そう報告しとかないと、こっちが上からどやされるのよ。全く、宮仕えも楽じゃないわね…それから」
燎子は折紙の顔をこちらに向けさせると、
「あんたは少し無茶しすぎよ。私達の仕事は被害を最小限に抑えて、精霊を早めに
「─それは違う」
折紙は燎子の目を見つめて否定する。
「精霊を倒すのが、ASTの役目」
─だから私は精霊を殺す。両親の仇を討つために。もう二度と精霊によって大切な人を失う人が出てこないように。そのためなら、私はたとえ死んでも構わない。
いくら言っても折紙の意思は変わらないと感じた燎子ははぁとため息を吐く。
「…まぁ良いわ。別に、個人の考えに口出しするつもりは無いからね。好きに思ってなさい…あぁそうだ、あんたが前々から気にしてた
「…!そう」
「にしてもあんたよくあんなプロジェクトのこと知ってたわね。『
「…計画自体はCR―ユニットが開発される前から動いてるから、あれは単純に精霊を殺すためだけに開発された兵器。だから私は、アレに興味がある」
「ふぅん。ま、アタシ達には関係のない話でしょ」
と言って燎子は報告書を書くべくその場から立ち去る。
「─私は必ず手に入れてみせる…あの
そう呟く折紙の瞳は、どこまでも暗く深く、溺れてしまいそうなまでの憎悪に染まっていた。
─久しぶり。
頭の中に、懐かしい声が響く。
─やっと、やっと会えたね、シン。
その声を聞くと、心のどこかが歓喜で震えるのを感じる。
─嬉しいよ。でも、もう少し、もう少しだけ待って。
その声はまるで母親のような暖かさと、恋人のような温もり…相反する2つの要素を併せ持っているように士道は感じた。
─もう、絶対離さない。もう、絶対間違わない。
待ってくれ、と声をかける間もなく声はそこで途切れた。
その声を追いかけようと散り散りとなっていた意識のカケラを集めると、
「うわッ!」
と驚愕の叫びを上げる。
それもそのはず、目を覚ますと見知らぬ女性が士道の瞳にライトで光を当てる…刑事ドラマや医療ドラマで鑑識がよくやっている瞳孔確認をされていたのだ。驚くなという方が無理という物だ。しかも周りを見てみると、なにやら無骨なダクトやら配線やらが混みあっていて、病院というよりもなにかの施設ある医務室のようだ。すわ拉致かと思い、一層警戒を強める。
「…ん?目覚めたね」
そう言ってきたのは先程まで士道の瞳を覗いていた女性だ。灰色の髪と、目の下にある分厚い隈が特徴的で、軍服のような服に身を包んでいる。
「…えっと、どちら様で?それに、ここは一体…?」
「…ん、ああ。ここは〈フラクシナス〉の医務室。私はここで解析官をやっている村雨令音だ、よろしく」
「あ、はい、よろしくお願いします…じゃなくて、結局その〈フラクシナス〉とやらはどこなんですか⁉️」
「詳しい話はこれから会う人に聞くといい。どうも私は説明が下手くそだからね」
そう言うと令音は、ふらふらと部屋の出入口へと向かう…が、程なくして派手な音を立てて壁に頭を打ち付ける。
「だ、大丈夫ですか?」
「…すまねんね、最近寝不足なんだ」
どうやらあの深い隈は伊達では無いらしい。フラクシナスとやらは余程のブラック企業なのだろう、などと思いながら、士道は尋ねる。
「ち、ちなみに、どれくらい寝てない寝てないんですか?」
すると3!と主張するかのように、指を3本ピッと立てる。3日と伝えたいのだろうか?いやいや、あの隈の深さは3日程度でできるものでは無い。そう考え、回答を口にする。
「3週間…とか?」
「惜しいな、30年だよ」
「ケタが違ぇ‼️」
士道は真面目に返された答えに、それがジョークかどうかさえ判別出来ず、変な笑いが漏れた。
「…まぁ、最後に睡眠をとった日が思い出せないのは本当だよ」
「さ、左様で…」
「さ、こっちだ、着いてきたまえ」
とまるで気にせずに士道を先導する。
道中、何も言わずに突然ラムネらしきものを大量に貪った時はさすがに面食らったが、解析官とやらの仕事はきっと頭をフルに使うのだろう。脳の働きを活性化させるのに糖分は重要だと言うし、まともな睡眠時間も取れない環境ならばこの移動時間も貴重な休憩のはずだ。そう士道は判断して何も聞かず、むしろ歩くスピードを落とした。
「…さ、入りたまえ」
しばらく歩いた末に着いた通路の突き当たりの扉。令音が横の電子パネルを操作すると、その扉が滑らかにスライドし、中に入るよう催促される。
恐る恐る入ってみると、そこはなにやら艦橋のような部屋だった。左右から緩やかに伸びる階段の下には複雑そうなコンソールを操作する大勢の大人たち。そして中央には、艦長席らしきものがあった。
艦長席の右隣に立っていた金髪の男性は部屋に士道達が入った事を視認すると、「ご苦労さまです」と令音に軽く礼をした後、士道に声を掛ける。
「初めまして。私はここの副司令、神無月恭平と申します。そしてこちらが…」
神無月は艦長席の左隣の男性に目配せする。その男性は軍服よりもスーツの方が似合いそうな、軽妙洒脱な風格を漂わせていた。
「紹介に与った、呉島貴虎だ。フラクシナスのクルー統括をしている。急な事だらけで混乱していると思っていたが…思ったよりも落ち着いているな。これからよろしく頼む」
そう言うと貴虎は右手を士道の前に差し出す。
「あ、はい。よろしくお願いします…ん?これから?」
「司令、村雨解析官が士道くんを連れてきました」
士道は貴虎の言葉に少しばかりの疑問を覚えたが、それを特に気にせず神無月が艦長席に向かい声を掛ける。
艦長席は低い音を立てながらゆっくりとこちらに正面を向ける。
そこに座っていたのはあまりにも知っている人物で。
「─歓迎するわ。ようこそ、〈ラタトスク〉へ」
真紅の髪をいつもとは違う黒のリボンで括られ、真っ赤な軍服を肩がけている。普段の無邪気な雰囲気から一変し、若干の刺があるものになっている。しかし口元にはいつもと変わらず、好物のチュッパチャプス。
「…琴里?」
そう、そこに座っていたのは士道の義妹である、五河琴里だった。
「ま、色々と混乱してるでしょうけどとりあえず私の話を聞きなさい。さっき士道が会ったのは精霊と呼ばれている「ちょっと待った‼️」…何よ。せっかくフラクシナスのトップが直々に説明してるんだから、ありがたく思いながらおとなしく聞いときなさいよ…で、なに?」
「…本当に琴里、だよな?無事だったのか⁉️」
「あら、可愛い妹の顔を忘れたの、士道?いつの間にか3歩歩くと忘れるニワトリみたいな頭になってたのね。安心なさい、ここのツテを使えば聖都大付属病院の天才外科医に治療してもらうことも出来るから」
「…琴里」
「…なによ?」
「司令だとか〈フラクシナス〉だとかその口調とか、色々聞きたい事はあるけど…とりあえず、無事でよかった」
妹の無事に安堵する気持ち。それが今、士道の胸の中で最も大きな感情だ。色々と聞きたいことや気になることはあるが、ある程度の傾奇者や数奇者、変人にはツーリングの最中で数多く出会った。自分の知らない琴里の側面があったとしても、それはそういうものだと受け入れることが出来る。故に士道からすれば、琴里は変わらず少し抜けてるところがある、可愛らしい妹でしかない。
その事に気づいたのか、琴里も「まぁ私は空間震の中に身を投げ出す士道ほどノータリンじゃないからね」などと軽く毒を吐きながらも、「だけど…心配かけて悪かったわね」と軽く頬を赤く染める。
「あ、あともう1つだけ…気づいてやれなくてすまん!」
そう言うと、士道は琴里に向かって深々と頭を下げた。
これには先程まで兄妹のやりとりを見てほんわかとしていたクルー一同は困惑し、当の琴里もはぁ?と首を傾げる。
「…令音さんを見てればなんとなくは分かる。ここの仕事で手一杯になってて最近あまり眠れてないんだろ?現に、令音さんは最後にいつ寝たか思い出せないとまで言ってる。琴里がここのトップならきっと解析官の令音さんよりも仕事の量が多いはず。それでストレスが溜まって、そんなに攻撃的になっている。それなのに家では全然そんな素振りを見せてなかった…妹に気を使わせるなんてお兄ちゃん失格だな」
「…いや、ちょっと待なさい士道。あなた色々と勘違いしているわ」
「ちょっと前にやけにチュッパチャプスの減りが早い時があったのは、それだけ脳を酷使する仕事をしていて、頭が糖分を求めていたから。この間から玄米を炊くように催促してくるのは、玄米には仕事で溜まった疲れを解消できる疲労回復効果があるから。そう考えれば納得がいく」
「本当に待なさい士道!私の話を聞きなさい‼️」
「安心しろ琴里。話は神無月さんや呉島さんから聞いておくから、お前は令音さんと一緒に医務室でゆっくり眠ってろ。…令音さん、お手数お掛けしますが琴里のことお願いします」
「…私としては別に構わないが…一先ず、後方注意と言っておこう」
「え、それはどういう「いい加減…話を聞けェ‼️」そげぶッ‼️」
自分を心配しているからとはいえ、自分の話を一向に聞こうとしない士道に怒髪天を衝いた琴里が、そのガラ空きの背中に思いっきりドロップキックをきめた。
「っ、てぇ~なんだよ琴里!いくら寝不足でイラついてても蹴ることはないだろ‼️」
「あのね、何を勘違いしているのか知らないけど、〈フラクシナス〉は極力クルー自身のプライベートな時間に気を使ってるホワイトな職場で、退勤時間も緊急時以外は幼稚園児が起きてる時間に帰れるくらい早いわ‼️第一、私のこの口調は素よ、素!司令官としての『強い自分』を前面に出してるだけ‼️」
「え?でも令音さんはここ3週間以上は確実にまともな睡眠を取れてないみたいだし…」
琴里の返しに、士道は戸惑いを隠せない。そこで令音がポン、と拳を手のひらに叩き、うっかりしていたという声色で話す。
「…そういえば言い忘れていたね。私が眠れないのは仕事で忙殺されてるのではなく、単純に体質的な問題さ」
「…なら、睡眠薬とか飲めば良いんじゃないですか?」
「あぁ、飲んでいるとも。さっき君も見ただろう?」
「もしかして、さっきラムネみたいにガブガブ食ってたやつですか⁉️いや、あんな量飲んだら死んじゃいますよ!」
「甘くて美味しいんだ」
「やっぱりラムネじゃねぇか‼️」
予想だにしていなかった令音の言動に、士道のツッコミも切れ味を増す。それを見た琴里は話を始めようとする。
「はぁ、ようやく話を聞いてくれそうね。ちなみにチュッパチャプスは単純に袋詰めで大量に取ったやつの賞味期限が近くなって、もったいない精神で沢山食べてただけの話よ」
「そうか…ん?他のは分かったけどならなんで急に玄米にしろって言い出したんだ?」
謎が解けたとサッパリした顔をした士道だが、なんの言及もされなかった玄米に対して首を傾げる。琴里は一瞬赤面し、「ダイエットよ」とボソリ呟く。
しかし無情にも士道の耳には届かず、「え、なんて?」と聞き返されてしまう。それによって琴里の恥ずかしさやら怒りやらのゲージがマックスになり、
「ダイエットよダイエット‼️最近少しだけ体重が増えてたの‼️なにか文句でもあるの⁉️」
その気迫は凄まじく、目の前にいた士道はもちろん比較的離れた場所にいたクルーさえもビクッ!と反応する。女性クルーに至っては、「女なら必ず直面し、男に一切触れてほしくない話」をこの大人数の中、しかも大好きな人の目の前で叫ぶことになった親愛なる
士道も「す、すまん」と謝ったが、艦内の空気はお通夜状態。だれもこれ以上言葉を発する事は出来ない…かに思われた。しかしいつだって、こういう危機を乗り越えられるのは『命知らずの馬鹿』だと相場は決まってる。
「しかし司令は無理に痩せなくても大丈夫だと思いますよ。なんならもう少しふっくらとしている方が魅力的かと」
そう、『
「黙りなさい、この豚ァ‼️」
「ブヒィ!!」
しかしそんな
幾分か雰囲気は軽くなったが、未だに
「…司令。お言葉ですが、仕事中や自宅でのチュッパチャプスを控えればよろしいかと。飴というのは言わば糖分の塊ですので。ましてや深夜や食前に召し上がるとなると「黙りなさい呉島。貴方もそこの
これは一見すると大の大人が一回りも年下の少女の気迫と脅しに屈服したかのように見えるだろう。しかし、実際のところは違う。元々神無月を〆た時点で琴里の苛立ちは収まっており、後は少し落ち着くような言葉選びをすれば問題は解消されたのだ。このことに気付いていないクルーはおらず、貴虎への畏敬の念はますます高まった。
「はぁ…じゃ、改めて話すわね。士道が街で出会ったのは精霊。本来この世界には存在しない怪物よ─」
そうして語られたのは、この世界の裏側。存在するだけで自らの意思とは関係なく空間震を引き起こす存在、精霊。そしてそんな精霊を殺すことで対処しようとする部隊、AST。
マンガやアニメのようだと一笑に付したくなる程現実味が無く─それでいて、士道1人がどう足掻いても変えられない、理不尽な現実だった。
「そんな、そんなことって…なんとか、なんとかなんねぇのかよ⁉️空間震だって精霊が…あの子が故意にやってる訳じゃないんだろ⁉️」
「随意か不随意かなんて関係ないわ。結果的に、精霊が空間震を起こしていることに変わりは無いんだから。ま、その後のASTとの戦いで生じた破壊痕も空災被害に数えられるけどね」
「…なら、ASTが攻撃しなきゃ、被害は抑えられるだろ」
「それは無理よ。精霊は生きているだけで周りを破壊する、言わば人型の核弾頭みたいなものよ。貴方、そんな存在と共存できるとでも思ってるの?─それに、ASTが何もしなくても、精霊が大喜びで破壊を始めるかもしれない」
「それは無い」
琴里の出した仮定を、士道は食い気味に否定する。その言葉に、琴里は不思議そうに首を傾げる。
「あら、根拠でもあるのかしら?」
「…あの子は、『戦わなければ死ぬだけ』って言ってた。つまり、彼女は攻撃されたから自衛のために剣を振るってるんだ。それに、」
「それに?」
「好き好んで街を壊してるやつは…あんな顔、しねぇんだよ」
士道の頭に呼び起こされるのは、先程出会った彼女の言動と表情。
『…こんな物は無駄と、何故学習しない』
─気だるげに自分に襲いかかるミサイルを止める彼女の顔。
『…消えろ、消えろ。一切、合切…消えてしまえ…っ!』
─泣きそうな顔をしながら、剣を振るう彼女の姿。
『そうしなければ死ぬからだ』
─何事も無いかのように、けれど胸の内にある深い悲しみを押し殺しているのが感じられる、彼女の声。
そして、
『名、か─そんなものは、無い』
─世界に否定されている事に対する、どうしようも無い絶望が見て取れる、彼女の姿。
確かに、彼女は生きているだけで空間震を引き起こす化け物なのかもしれない。だけど俺にはただ、自分が生きるために絶望の中でもがいている、普通の女の子にしか見えなかった。それを見て、俺は…助けたいと、そう思った。この感情は同情なのか、哀憫なのかはたまた…恋なのか。分からないけど、俺は目の前で絶望している彼女に手を差し伸べたい。
「それはただの憶測でしか無いわね。第一、殺す以外にどんな方法があると思うの?」
「それ、は…」
ここに来て、初めて士道の口が止まる。士道がいくら彼女を助けたいと思っていても、彼女が自らの意思に関係なく世界を滅ぼす存在なのは変わりようのない事実だ。その脅威がある限り、ASTは彼女を殺しにかかるだろう。
「…だけど、だけどせめて、あの子と一度、ちゃんと話をしてみたい。そうしたら…そうしたらきっと、なにか殺す以外の手段が見つかるかも知れねぇだろ」
それが、彼女を取り巻く理不尽な環境に対して無力な士道が、唯一できると思った事。たとえ今は共存が不可能だとしても、きちんと話せば事態解決のきっかけが見つかるかもしれない。もしダメだったとしても、せめて彼女の絶望に染まりきった心を救いあげたい。そう意を決して発した言葉に対し、琴里はそれを待っていたと言わんばかりにニヤリと笑い、言葉を発する。
「なら、手伝ってあげる」
「は…?」
どういう意味だ、と言葉の真意を聞こうとした時、琴里はバッと両手を広げる。令音、神無月、貴虎…ここにいるクルー全員と、この艦長室…否、
「私たちが、それを手伝ってあげるって言ったのよ。〈ラタトスク機関〉と、」
パチン、と琴里が指を鳴らすと共に、艦橋の景色がガラリと変わる。先程まで薄暗かった艦内は陽の光に照らされ、無機質な鉄板のように見えていた部分が、青空へと変貌する。
「機関が所有する空中艦、この〈フラクシナス〉の総力を以て、士道の手助けをしてあげる」
フラクシナスがなにかしらの巨大な乗り物の可能性を考えていた士道もさすがに空中艦は考えもせず、呆然とする。
「…空間震の時、琴里のGPSがファミレスの前から動かなかったのってまさか」
「あぁ、そういえばここ、位置的には待ち合わせしてたファミレスのちょうど1万五千メートル上空になるわ。なるほど、それで空間震の中飛び出して来てたのね」
しかしGPSに引っかかっちゃうなんてね、後で対策しとかなきゃ、と琴里は顎の下に手を添える。
「さて、話の続きをしましょうか。精霊の対処方法は、大きく分けて2つあるの。1つは、ASTのように戦闘によって抹殺する方法」
人差し指を立て、今までの話をおさらいするかのように丁寧に告げると、次いで中指を立てる。
「そしてもう1つが…精霊と対話する方法。私たち〈ラタトスク〉はその後者。対話によって、精霊を殺さずに空間震の解決を目指す組織よ」
「…確かに、今の俺にとっては渡りに船な話だけど…なんでその組織が俺の手助けをすることになるんだよ」
「ていうか、前提が違うのよ。〈ラタトスク〉はそもそも士道と精霊の交渉によって精霊問題を解決しようって組織なの。つまり、士道がいなきゃ始まらないのよね」
「は、はぁ…ッ⁉️」
精霊との対話やそれで空間震問題が解決できるのなら士道にとって一番の理想だったが、突然それをサポートすると言われ、しかもこんな
だがここで困惑していても何も変わらないと軽く深呼吸し、話を進めさせる。
「…それで、対話って言っても、具体的に何するんだよ。まさかドッジボールなんかのレクリエーションでもして中を深めようって訳じゃないだろ?」
「う~ん、意外と当たってるわね。だけど、より正確に言うならば」
そう言うと琴里は胸を張り、
「精霊に─恋をさせるの」
ドヤ顔で言われた言葉を頭の中で反芻し、なんとか受け入れようと、しばしの間が空く。
どんどん考えていく内にやはり何かの聞き間違いじゃなかろうかという思いが強くなり、念の為琴里にもう一度問う。
「…すまん、ちょっと聴き逃したみたいだから、もう一度言ってくれ」
「だから、精霊と仲良くお話ししてイチャついてデートしてメロメロにさせるのよ」
さも当然とばかりに言われた事によって、『単なる士道の聞き間違い説』は音を立てて崩れていった。それによって士道は、
「は、はぁ~っ⁉️」
混乱のままに、今日一番の絶叫をあげる他なかった。
フラクシナスのクルーに鎧武から貴虎をぶち込んじゃった♡
貴虎は皆自分のことしか考えてないユグドラシルにおいて唯一の真っ当な人だからある意味アウトサイダーってことでお許し願いたい
まぁ、フラクシナスは変態や変人こそ多いですが、精霊を救おうという気持ちや、武力だけではなく対話も用いて世界を救おうとする姿勢は貴虎にも大いに通ずるものがありますし、そういう意味ではユグドラシルよりも天職かもしれません
と、言い訳してみたところで次回予告ドゾー
Open Your Eyes For The Next Outside
「それが、俺にしか出来ないことなら─」
「…部屋の備品さ?」
第5話/訓練開始
「俺は自分が教えたい時にしか教えない主義だが…まぁ、ちょうど暇になったところだ。この恋愛マスターの俺様が直々に女の口説き方を教えてやろう…ハッハッハッハッハ!」
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第5話/訓練開始
「…いやいやいや、どういう意味だよ!精霊に恋をさせるだとかメロメロだとか⁉️」
「そのままの意味よ?昔から言うじゃない。『恋をすると人は変わる』って」
混乱の極にいる士道が質問するも、何事もないかのようにあっさりと返される。
「お前さっき言ってただろ⁉️『空間震は精霊の意思で起こしてるわけじゃない』って。確かに恋で人は変わるって言うけど、それは精神的な話であって生物的に変わる訳じゃないぞ⁉️」
「それが変わるのよ。士道とのデートならね」
「はぁ?」
矢継ぎ早に出てくる情報は、もはや士道の処理できる限界を超えていた。
「お、俺はそういうんじゃなくてもっと他の方法でだな…」
「黙りなさいこのフライドチキン」
士道もなんとか反論しようとするが、有無を言わさない口調で封殺される。
「ASTが精霊殺すの許せない、もっと別の方法があるはずだ、だけど〈ラタトスク〉のやり方はイヤだーって?甘えるのも大概にしなさい!…あなたが精霊を殺したくないっていうなら、手段は選んでいられないんじゃないの?」
その言葉に、はっとさせられる。士道は照れくささやなんやらで〈ラタトスク〉の案を渋っていたが、こうしている間にもどこかに彼女が現れて、また憎悪に顔を歪める折紙と泣きそうな顔で剣を打ち合うかもしれないのだ。それを止める為の機会は、〈ラタトスク〉以外では手にできない。だと言うのに、自分の浅ましい小さな思いでそれを棒に振ろうとしている事を恥じた。
士道はゆっくりと顔を上げ、琴里に問う。
「なぁ、一つだけ教えてくれ」
琴里もまた、兄の周りの空気が変わった事を察し、気を引きしめる。
「なにかしら?」
「それが出来るのは…俺以外に居ないのか?」
単純だが、それ故に心の底から言っている事が分かる問いかけ。
「えぇ…精霊を救えるのは、
琴里のその答えを聞き、士道は腹を括る。
「それが、俺にしか出来ないことなら─俺はやる。絶対に、あの子を救ってみせるっ‼️」
琴里は、その言葉を聞き、満足したかのような満面の笑みを浮かべる。
「─今までのデータから見て、次に精霊が現界するのは最短で1週間後…それに間に合うように、明日から訓練を始めるわよ!」
「おう!…ん?くんれん?」
士道は、なんとも間抜けたこえで呟いた。
「…後であの人にも相談してみるか。俺が知ってる限り一番のモテ男だし」
そして、翌日の放課後。
「来て」とだけ告げられると、士道は折紙に引っ張られて行く。教室からはキャーキャーと姦しい声が聞こえるが、折紙はこれっぽっちも気にする様子を見せない。無言で校舎を移動し、施錠されている屋上への扉でようやく手を放した。
「え、ええと…」
折紙がその気でない事は分かるのだが、昨日散々デートだの恋だのと話をしていたからか、妙に照れる。
「昨日、なぜあそこに居たの」
当然ながら愛の告白などではなく、昨日の空間震にたいしての話だった。
「…妹が警報中に街に居たみたいで、探しに」
「そう。見つかったの?」
折紙は相変わらずと言うべきか、人形のように表情をピクリとも変えずに聞いてくる。
「ああ、おかげさまで」
「そう。よかった」
折紙の顔に一瞬だけ、ほっとしたような表情が見えたが、すぐに消え、再び唇を動かす。
「…昨日見たこと、聞いたこと。全て口外せずに忘れた方が良い。私もあなたのバイクや携帯のことは誰にも言わないし、忘れたことにする。それでおあいこ」
折紙が言っているのは、恐らく…いや、ほぼ確実に精霊のことだろう。
「…あの、女の子のことか?昨日鳶一言ってたよな?『この世に存在してはいけない生物』って…あの子は、そんなに悪いやつなのか…?」
そんな問いに、折紙は微かに唇を噛み締める。
「あれは、精霊─世界を滅ぼす存在。私の両親も5年前、精霊に殺された」
折紙の脳裏に蘇るのは、物言わぬ両親の骸と、炎を背にする精霊の姿。
「っ…」
その話を聞き、士道も口を詰まらせる。
「私は精霊のせいで大切な人を失う人が現れないように戦っている。あなたは戦いを止めたいと言っていたけれど…それは無理な話。全部忘れて、普通の日常を過ごすのが私の望みで、あなたにとっても一番の幸せのはず」
…だから約束して。もう二度と精霊に関わらないと。
それを聞いて、士道も答える。
「あぁ、昨日のことは絶対誰にも言わないよ。だけど…ごめん。2つ目は約束出来ない。…俺は、目の前で絶望している誰かを見殺しになんて、出来ない」
…だから、約束出来ない。ごめん。
─『絶望している人を放っておけない』それが士道の本音にして、本質。たとえ〈フラクシナス〉と出会わなくても、士道はなんとかして彼女を助けようとしていただろう。それを聞いた折紙は、「…そう」と一言だけ呟き、階段を下って行った。
「…やっぱり、俺は甘いのかな…」
精霊に親を殺された折紙と、居るだけで世界を滅ぼす精霊。その戦いを止めると誓ったが、こうして話を聞くとどうしてもそれが本当に正しいのか、そして自分にやれるのかという不安感が湧き上がる。はぁ、と息を吐いて階段を下りようとすると、廊下から甲高い悲鳴が聞こえてくる。
なんだなんだと集まっている野次馬たちの真ん中には、白衣の女性がうつ伏せになって倒れていた。
「ど、どうしたんだこれ」
「わ、わかんないんだけど、この人が急に倒れて…っ!」
士道の呟きに、一部始終を見ていたらしい女子生徒が、あたふたしながらも状況を伝える。
「とりあえず保健の先生を─」
呼んでくる。と言おうとした士道の足を、倒れていた女性の手ががしっと掴み、ゆらりと立ち上がる。周りにいた生徒たちはざっと飛び退き、さながらパニックホラーのワンシーンのようだ。普通なら悲鳴の一つや二つ上げたくなるところだが、幸いと言うべきか士道はその人物に見覚えがあった。
「…なにやってるんですか、令音さん」
「…見て分からないかい?ここの教員として世話になることになったんだ」
胸ポケットについているネームプレートを指さしながら、〈ラタトスク〉の解析官・村雨令音はそうのたまうのだった。
「…なんですかこの部屋」
「…部屋の備品さ?」
「見ての通り、ただの物理準備室じゃない」
令音に連れていかれた先の物理準備室の中身を見て、思わずといったかんじで質問した士道に答えたのは令音と、途中で合流した琴里だ。
確かに、物理準備室に生徒が入る機会なんてほぼ無いため、士道は具体的な内装を知らない。だが、無数の機器やディスプレイで埋め尽くされているのは、どう考えても普通じゃ無いだろう。
頼むから異例であってくれと、
「…まぁ、部屋は百歩譲って良いとして、もといた先生はどうしたんですか?」
「…ああ、彼か、うむ」
「…」
「…」
しばしの沈黙が部屋を包む。
「…さて、今からシンにやってもらう訓練の説明をしよう」
「うむ、の次は⁉️あとシンってなんですか⁉️」
「む、君の名前はしんたろうじゃなかったかね?」
「士道です‼️」
「いつまで突っ立ってるのよ士道。もしかしてカカシ志望?やめときなさい。あなたの間抜け面じゃからすも追い払えないと思うわよ。ああ、でもあまりの気持ち悪さに人間は寄ってこないかもしれないわね」
「…」
士道の質問を最早尊敬できる域のスルー力で躱されたかと思いきや、自分の名前をどこぞのマニュアル人間な誤砲さんのように間違われていた挙句、妙ちくりんなあだ名をつけられるという怒涛のツッコミどころが現れるも、いつの間にか黒いリボンに付け替えていた琴里の痛烈な毒舌によって無理やり止められる。昨日知った妹の新たな一面を受け入れてはいるが、こうも素早く変えられると、やはりなんとも言い難い感情になる。
「…さて、訓練の内容を説明しよう。精霊に恋をさせるという作戦上、まず会話が必要不可欠だ。この訓練は、女性への対応に慣れてもらう事が目的だ」
この説明には、士道もなるほどと頷く。前にも言った通り、士道はツーリングを介して多くの人物と出会い、そのコミュニケーション能力は叩き上げられてきた。しかし士道のそれは年上の同性と楽しく会話できるものであり、異性を楽しませる、ましてや恋をさせるとなると、全く違うベクトルのコミュ力が必要なのは想像がつく。
「…そこで君にやってもらうのは」
と前置きすると、令音は唐突に士道に身体を近づけてくる。鼻腔にシャンプーのものかはたまた女性特有のものなのか、まるで花のような甘い香りが入り込んでくる。
─え、何?俺は一体何をされちゃうの…ッ⁉️
「…よし、ソフトの立ち上げが完了したね」
「え…?」
令音の言葉にどういうことかと目を開けてみると、先程まで真っ暗だったモニターの一つにカラフルな髪の美少女たちが表示されており、中央には大きく『恋してマイ・リトル・シドー』のロゴが踊る。
「こ、これは…?」
「…うむ。訓練の第一段階、〈ラタトスク〉総監修、現実における様々なシチュエーションをリアルに再現した恋愛シュミレーションゲームだ」
「ギャルゲーかよッ!」
思春期の純情を弄んだことに対しての怒りか、はたまた想像してしまった自分に対する嘆きからか、士道は悲鳴じみた叫びを上げる。
「やだ、何を想像してたの?さすがは妄想力はS級ランクね気持ち悪い」
「むぐっ!」
たまらず否定したくなるが、今回ばかりは琴里の言う通り全面的に自分が悪いので口を噤む。
「…ん、では始めてくれたまえ」
「は、はぁ…」
士道は渋々といった様子でコントローラーを手にすると、琴里がたった今思い出したように口を出す。
「あ、そういえば1回失敗する度に士道が昔書いたポエムやらオリジナルキャラの設定資料やらを世界に公開していくから。1つ1つのライフを大切にね♪」
「はっ…はぁぁぁぁ⁉️」
放課後の校舎に、情けない悲鳴がこだました。
─訓練開始から3日後。
世に晒された黒歴史は数知れず。されど、着実に攻略ヒロインやスチルの数は増えていった。ヤンデレストーカーの海東ちゃんルートの攻略に成功した時は、深夜にも関わらず大きな快哉を上げたものだ。
「士道。今日も訓練があるから放課後ちゃんと物理準備室に来るように」
学校へ行く前の五河家の食卓にて。琴里は士道に今日も訓練をサボらぬようにと釘を刺す。士道は海東ルートを攻略出来て喜んでいるようだが、それはまだまだ序の口だ。無表情故にフラグが立っているのか分かりずらいチェイスちゃんや、辛いことや悲しい事を押し殺して笑っている為、セリフの端々や細かな表情の変化にも気付けないといけない五代先輩など、攻略困難なヒロインは沢山いる。そしてそんなヒロインたち全員に気を配る必要のあるハーレムルートこそ、もっともクリアしづらいものだ─と、フラグ関係のデバックを三日三晩かけて1人でこなした貴虎から聞いている。
すると士道は申し訳なさそうな顔をして、
「すまん!今日は約束があって、訓練には参加出来ないかも!」
と言ってきた。
「ハァ?アンタねぇ、精霊が現界するまで時間が無いってこと分かってる?新学年始まってすぐだから遊びに行きたい気持ちも分からないとは言わないけど、今は訓練が最優先よ。多分殿町さんなら許してくれるだろうし、断って来なさい!」
「いや、約束してるのは殿町じゃないんだ」
士道の言葉からしててっきり級友の殿町と遊ぶ約束をしているものと考えた琴里はそれを咎めるが、どうやら違うらしい。士道はどこか申し訳なさそうに語り始めた。
「…初めて〈ラタトスク〉に行った後、俺の方でもなにかした方が良いかなと思って、ツーリングの最中に出会った人に相談したんだ。そしたら、偶々今日は空いてるから直接会って話をする事になって」
つまりはあの日、士道も「自分に出来ることをしなくては」と女性経験豊富な知り合いに連絡を取り、その人物が多忙な為、士道と会えるのが今日しかない、という事だった。
さてどうしたものかと琴里は顎に手を当てる。確かにこれは明確な士道の連絡不足だが、そこは琴里も訓練が長期的なものだと言わなかった分おあいこだ。それに精霊を助けるために自ら進んで行動した士道の思いを無下にするのも気が引けるし、忙しい合間を縫って時間を作ってくれた相手方にも悪い。「絶対に〈ラタトスク〉のことや精霊の事は言わないから!このとーり!」と頭を下げるおにーちゃんの姿を見て、仕方ないかと嘆息する。
「はぁ、分かったわよ」
「本当か!すまん、恩に着「ただし‼️帰って来てからちゃんと訓練すること!」…おう、もちろんだ‼️」
こういうところは兄に似て甘いな、と苦笑いする。
「それで?今日会う人はどんな人なのよ?」
以前から度々士道の旅先でのエピソードは聞いたことがあるが、正直言って〈ラタトスク〉での研修や旅先で買ってきてくれた地域限定味のチュパチャップスに夢中であまり真剣には聞いたことが無かった。たが今日その旅先で出会った人物の1人と会う事を知り、興味が湧いてきたのだ。
「そうだなぁ…サングラスが良く似合う、クールだけどワイルドなコーヒー好きの大人な人、かな」
ふーんと呟くと、琴里は眼前に置いてある鮭の切り身に箸を伸ばした。
…同時刻、とある場所
「あぁ、今日は予定があるから先に上がるぞ」
高級そうな家具が拵えられた部屋にて、タキシードを着崩した野獣のような雰囲気の男がそう告げる。
「そういえば今日だっけ、次狼が前に2人で出かけた時に知り合った人と会うの」
そう返したのは水兵が着るようなセーラー服を着こなした、中性的な顔の少年だ。
「たし、か…いつか…し、し…しどみ」
うろ覚えの名前を思い出そうと頭を捻っているのは、燕尾服を身に纏う大男だ。
「士道だ、五河士道。ま、そういう訳だから今日の作業は俺抜きでやってくれ」
「ちょっと待て、そんな話俺は聞いてないぞ?」
話が纏まりかけたところで、扉が開き、カジュアルな格好の男が入ってくる。
次狼と呼ばれた男はチッと軽く舌打ちし、少年はあちゃ~と声を漏らす。
「悪いな音也、今日『オレの弟子』の士道と会う約束があってな、うっかり伝え忘れていた」
「おかしいな?『オレの子分』であるはずの士道から俺にはなんの連絡もないんだが」
「つまりお前はお呼びじゃないって事だ。恋愛相談を俺に持ちかけるとは、あいつもよく分かっている」
「ほう?恋の悩みか。俺は自分が教えたい時にしか教えない主義だが…まぁ、ちょうど暇になったところだ。この恋愛マスターの俺様が直々に女の口説き方を教えてやろう─この天才、紅音也様がな‼️」
ハッハッハッハと高笑いをする男─音也に、次狼は白い目を向ける。
「ご生憎様、俺の方が頼りになる色男と思われてるようでな、やれやれ、人望があると困るものだ」
「ほぉ?お前が色男?ハッ!ゆりに無理矢理結婚を迫った挙句、振られた子犬ちゃんが色男とは笑わせる!」
「なんだと?そのゆりと結ばれたのに運命がどうだの言って人妻と不倫したお前が恋愛マスターとは片腹痛い!」
2人の間でバチバチと火花が飛び交う。
「ラモン!力!俺も今日は行けないと太牙や嶋のやつに伝えとけ‼️」
「この忙しい時期に?一応あのプロジェクトの最高責任者は音也なんだけど⁉️」
「う、ん…のう、きも、ちかい」
少年と大男…ラモンと力は苦言をていするが、2人揃って聞く耳を持たない。
「大丈夫だ!政府主導とは銘打ってるが、実際は変な横槍を入れられないようにファンガイアの高官に頼んで名前を借りてるだけだ‼️納期は多少遅れてもなんの問題もない‼️」
「ああ、それにあれは完成したところで所有者は俺かコイツになるからな。予定表にテストだの装着者の選定だのと書いてある期間のうちに完成すれば大丈夫だ」
「それで!場所は!」
「カフェ・マル・ダムールに4時半!」
「今日こそ決着をつけよう…」
「ああ、今日こそ…」
『どちらがより人望を集めているかの勝負をな‼️』
…そう、士道は哀れなことにも?この2人のどちらが人望が厚いか勝負に巻き込まれていたのだ。自称、千年に一人の天才紅音也と、誇り高きウルフェン族の1人、ガルルこと次狼の勝負に。
「…どうしようか?」
「…とり、あえず、むかう、か」
「…そうだね。よし!ドラーン‼️」
力の言葉に一先ず方針を決めたラモンが声をかけると、ギャオーンと雄叫びが聞こえた。もしもこの時外に魔法が使える存在が居たら、きっと腰を抜かしただろう。なにせ、ビルの外観がまるでポスターのように巻き取られ、中から城と一体化した巨大なドラゴンが現れたのだから。
「さて、お姉ちゃんや嶋さんになんて言おう」
「そのまま、はなせば、いいとおもう」
「…そうだね!そうしよっか!」
河童や魚人伝説の元になったとされるマーマン族の1人、バッシャーことラモンと、剛腕・剛力を誇る比較的新しい魔族であるフランケン族の1人、ドッガこと力は、ファンガイアの王城、キャッスルドランに乗って目的地へと向かって行った。
この世界線のキバは本編終了後くらいの年月ですが、本編との主な相違点は
・音也、ゆりの生存
・真夜は依然としてクイーンのまま
・ウルフェン族、マーマン族、フランケン族は全滅してない
などがありますが、他にも変わってるところはあります!その辺も今後明かしていくつもりです‼️といったところで、次回予告‼️
Open Your Eyes For The Next ちょーっと待てぇーい‼️ここからはおれさまが予告するぜぇー!
次回‼️デート・ア・アウトサイダーズ‼️
「認めたくは無いが、そういう話ならコイツの方が詳しい」
「1度目偶然、2度奇跡、3度目必然、4運命…分かるか?」
「恋の、進路相談です」
「男女交際のことかと思っていた」
第6話/レッスン♪ラブハプニング
ウェイクアップ!
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第6話/レッスン♪ラブハプニング
もうそんなにか。人の時間は早いね。だけど作者も総合型1期とはいえ受験生として色々と頑張っていたんだ、多少は大目に見ようじゃないか。
ちなみにこの作品の1話の投稿から1年が経ちました。
フェルン。それは流石に嘘だよ。デアラとライダーのクロスオーバーで、変身しないどころか十香の名付けイベントまでたどり着けていないまま連載開始から1年経った作品なんて、あるはずが無いよ。
…これからも更新が遅いとは思いますが、何ぞとご容赦ください
あ、今回この作品初の1万字越えです
「きり~つ、礼」
ありがとうございました~と生徒たちの言葉と共に、本日の学業が終わった教室は部活の準備や近所に出来たコスメショップの話題でガヤガヤとにわかにうるさくなる。
そんな空気の中、士道はさっさと帰り支度を終えて外へと向かう。それはギャルゲーの失敗で世に放たれた数々の黒歴史を誰か話題にしてないかという不安もあるが…単純な話、今日が次狼がなんとか時間を作ってくれた日だからだ。
オートバジンを駆り向かう先はカフェ・マル・ダムール。来禅高校からバイクで10分程の距離にある知る人ぞ知る名店で、最近の士道の行きつけだ…最も、1杯1500円のオリジナルブレンドを頼むことはそうそう無いが。
そんなことを考えているうちに店に着き、駐車場に停めてからドアを開ける。
チリンチリン、と音を立てて開いたドアの向こう側にソワソワしながら座っているのは2人の男…次狼と音也だ。
2人の「どちらが人望あるか対決」は未だ続いており、
「店に入ってきた時、先に士道から声をかけられた方の勝ちでどうだ?」
「おっと?子犬ちゃんは堂々と人望を得る自信が無いのかな?…まぁいいだろう。この俺のカリスマ溢れるオーラに触れたなら、誰であろうと声を掛けられずには居られないからな‼️」
…なんて、謎ルールを設けていたからだ。
そんなことを知る由もない士道が最初に声をかけたのは…
「師匠、お邪魔しま~す」
「あら、士道ちゃんいらっしゃい」
…まさかのマスターである木戸明。
これには2人とも驚き、思わずといった感じで問い詰める。
「おいマスター‼️何で士道とそんな気安い感じなんだ⁉️」
と言うのは音也。
「あ、そういえばそっか…最近音也ちゃんたち朝早くか閉店ギリギリに来るじゃない?で、士道ちゃんは昼頃によく来るのよ~なんなら都合のいい時は店の手伝いもしてくれるしね。渡くん達とならんでウチの若い名物客ってわけ」
「…おい士道、師匠ってのはどういう事だ」
と尋ねるのは次狼だ。
「初めてここに来た時に頼んだブレンドとオムライスが凄く美味しくて…家で作ってみたんですけどあの味が出せなかったので、次来た時に無理を承知でレシピを聞いてみたらじゃあ直接見てあげるって言われて、それ以来お店が暇な時に料理を見てくれるんですよ。最近はお客さんに出せるって太鼓判押してもらいました‼️」
「「そ、そうか…」」
と、2人は不服そうな顔をしながらも席に着く。
「…先に士道に反応されたのは俺だから人望があるのは俺の方だな」
「おいちょっと待て、それはお前が質問した相手が士道だったからじゃねぇか‼️勝負は先に声を『かけられた』方だ、今の勝負は無効だ、む・こ・う‼️」
「はっ、負け犬の遠吠えは醜いな」
「あぁ?それはお前の方だろ?」
バチバチ、と2人の間に電撃が走る。
「…なにやってるんですか?あの2人」
「ん~?こどもの喧嘩。2人とも~喧嘩するなら外でやりなさいよ~」
そう言いながらマスターは、静かにコーヒー豆を挽いていた。
…それからしばらくして。
「んで?士道。わざわざ俺に相談したい事ってなんだ」
「あ、はい。実は…」
ようやく本題を聞いた次郎に、士道は状況を話す…勿論、精霊のことは上手く隠しながらだが。
「なるほど?つまりはやむにやまれぬ事情から自暴自棄になって暴力に走ってる非行少女をなんとか更生させたい、しかもその為には相手の女をお前に惚れさせないといけないって事か?…なんとも七面倒臭い事をしようとしてるな」
「あはは…やっぱりそうですよね。加えるなら彼女と敵対してる相手のレディースの勢いや殺意とかも凄ぇ高くて…彼女、この世の全てに対して絶望してる様に見えたんです。だから、案外この世界も捨てたもんじゃないぞって教えたくて…次狼さんは昔この辺りで1番のモテ男だった、って話を思い出したんです。だから、なにかコツとか聞きたいな~と」
すると次狼はなにやら苦虫を噛み潰したような顔をして2、3秒程唸ると、ハァとため息を吐き、
「悪いが俺はそういう話は得意でなくてな…認めたくは無いが、そういう話なら、コイツの方が詳しい」
と、音也の方を指さした。
「確かに昔は女遊びもそれなりにした…が、俺は鼻が利くんでな。後々面倒になりそうな女には関わらないようにしてた。それに比べてこの馬鹿は運命がなんだと言ってどんな女にも手を出した。クラブの女、バイオリンの教え子、道行く小娘、果ては人妻までな」
「おい、さっきからお前誤解を招くような言い方しか「…あぁ、そういや幼女をだまくらかして自分のツケを払わせたりもしてたな」…後で覚えとけよこのクソ狼が…‼️」
あまりの言いように、さすがに看過できなくなった音也が苦言を呈そうとすると、次狼は間髪入れずに更なる火種を投げ込む。
「…お前の知りたい事がナンパの方法や危ない女の見分け方、デートスポットとかなら俺で正解だったが、自分から面倒な事情持ちの女に突っ込んでいくならコイツの方が適任だ。良かったな、この馬鹿が着いてきたからわざわざ連絡をとる必要が無い」
そこまで言うと、後はもう出る幕じゃないとばかりに、次狼はテーブルに出されたコーヒーの香りを堪能する。
「あのヤロウ…‼️まぁいいか。おい士道‼️今からこの俺様が特別に女の扱い方をレクチャーしてやる」
「えぇと…はい!よろしくお願いします!」
突然な話に士道は目を白黒させるも、とりあえず話を聞いてみる事にした。
「1度目偶然、2度奇跡、3度目必然、4運命…分かるか?」
「なんというか、ロマンチックな言葉ですね」
士道としては特に小馬鹿にした訳ではなく、本心からの言葉だ。それは音也も分かっているのか、「だろう?」と笑みを浮かべる。
「1度目の出会いはただの偶然かもしれない。だが、それが2度、3度となると必ず意味が生まれる。偶然でも、故意にでも関係なく…お前の奏でてる音楽は、特にな」
「…俺の、音楽?確かに、昔ちょっとだけギターをかじったことはありますけど…」
音也が時々ポエマーな表現を使うことは知っているが、急に士道が奏でてる音楽、なんて言われて思わず首を傾げる。
「人はみんな心の中で音楽を奏でているんだ、知らず知らずのうちにな。お前の音楽は…とてつもなく下手くそな不協和音だ‼️」
「え、えぇ…」
いきなり心の音楽がどうこう言われたと思ったら、唐突なディス。これには士道は勿論、聞き耳を立てていた次狼やマスターもドン引きである。
「勘違いするなよ?俺は別にそれが悪いとは思ってないし、不協和音の原因も多分お前の音じゃないしな」
「俺の音じゃない?でもさっき音也さんは俺の音楽が下手くそって…」
というと、音也はなにやら難しそうな顔をして、
「うぅむ…なんと言うか、士道の音楽は、基本となる自分の音の上に、誰か別の人間の音楽があるんだ。この感じは…2人か?激しくて激情的なバイオリンの音と、悲壮なチェンバロの音だな。士道自信の音は、下からのびのびと支えるコントラバスの音だ」
と告げる。
自分の中に流れる他人の音、というのも気になったが、ふと思った事を音也に尋ねてみる。
「そういえば、音也さんにはどんな音楽が流れているんですか?」
「俺か?そうだな、昔は天才を称えるに相応しい、壮大なオーケストラだった」
「…今は?」
そう聞くとフッと笑い、
「たった1人の運命の
と答えた。
その後も色々と話を聞いたが、イマイチピンと来ないものや「そんなの真似できるか‼️」と思わず口走ってしまうようなものばかりで、あまり参考にはならなそうだった…まぁ、普通に良さげなデートスポットや参考に出来る話もいくつかあったので、収支的にはだいぶプラスだったが。
…ちなみにその日の夜、中々クリア出来ないヒロインに対して物は試しだ、と音也から聞いて無茶苦茶だと思った事を真似して試したところ、リケジョのヒロイン『桐生戦子』と体育会系ヒロインの「万丈龍巳」の同時攻略ルートに入り、変な笑いが漏れたのは完全なる余談だ。
「…さて、相談事も終わったし俺達もそろそろ戻るか」
士道が立ち去った後のカフェ・マム・ダムールにて。次狼はそう言いながら、1万円札と5千円札をカウンターに置いた。
「まいどあり。でもどうしたの、これ。いつものコーヒーの代金もだいぶ多く払ってるのに、今日は追加で5千円も」
「あぁ、士道の分の代金だ、釣りはとっといてくれ…ただ、音也の代金の支払いには使うな」
「おまっ、そこは一緒に払うのが漢気なんじゃないのか?」
「生憎、お前に見せる漢気なんてかけらもないからな。自分のツケは、自分で払え」
と笑う次狼にぐぬぬと歯ぎしりしながら、財布から5千円札…ではなく、今日日見ない五百円札を数枚取り出す。
まいどあり、というマスターの言葉も半ばに外へと向かう。
「ラモン達には納期は多少オーバーしても大丈夫とは言ったが、遅れすぎてもマズイからな。今からでも向かうか」
「確かに違いない。初期の初期から開発に関わってるアレが完全する瞬間を見逃す、というのもいい気分じゃないからな」
「噂に聞く〈ラタトスク〉が動くということは、必然的にスマートブレインも動く…そうなってくれば必ず必要になるからな… ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
─数日後
「や、やってやったぞー‼️」
画面に映る『ALL CLEAR』の文字に、士道はコントローラー片手に雄叫びを上げる。
当初は遅々として攻略が進まなかったが、音也や次狼のアドバイスもあって途中からはほぼノーミスでCGコンプに至った。
「クリアおめでとう、士道。その記念に、
と琴里が邪悪な笑みを浮かべて告げる。
「…それ、ご褒美と書いて訓練と読むやつじゃないだろうな」
「あら、よく分かったわね。妹の事を常時考えているからこそ気付くのかしら?病的なまでのシスコンね気持ち悪い」
「…もうそれでいいや」
はァ、とため息を吐きながら、士道は持ち込んだサイフォンのアルコールランプに火をつける。元々ここは物理準備室だったのだ、この程度は許されるだろう。豆は家で挽いてきた物を持ってきたから風味は落ちるが、我儘を言ってここで淹れらるようにしたのだ、そのくらいは仕方ない。そんなことを思いながら、士道は黙々とコーヒーを淹れる。
「…まずは無難に、彼女など…」
「…いいじゃない、それで行きましょう…あら?いい匂い」
ポタ、と最後の1滴が落ちきったのを見てロートを取り外す。
「よし…って、はいざっく⁉️」
コーヒーを淹れ終わると、両隣りから琴里と令音が覗き込んでいる事に気づき、変な声を上げる。
「ハイザックって…この間のグフと言い、案外わざとやってたりするのかしら」
「いや、狙ってたとかじゃなくて、普通にびっくりしたんだよ‼️」
「それにしても中々いい香りだな…シン、私も1杯貰ってもいいかい?」
「あ、はい。元々3人分用意してたんで大丈夫ですよ」
士道は手早く紙コップを3つ取り出し、なみなみと注ぐ。苦いものが苦手な琴里のコップにはシュガースティックを入れることも忘れない。
「出来たぞ~ほれ」
そう軽く言うと、士道は2人にコップを差し出す。
「あら、いただきます…熱ッ‼️フー、フー…」
出したコーヒーを1口飲んだ琴里が慌ててフーフーと息を吹きかける。淹れたては1番美味いがかなり熱い。少し冷ましてから出した方が良かったかな、と思いながらコップを傾ける。
「…うん、美味しい。挽いてから時間の経った豆でこの香りは、そこらの喫茶店よりもいい腕をしているよ。これでもコーヒーにはうるさい方なんだ、信用してくれ」
「いやいや、師匠に比べたらまだまだ…というか令音さん、ずっと眠れてないのってひょっとしてコーヒーの飲みすぎなんて訳じゃ…」
「…さて、訓練の話に戻るが…次の訓練は、実戦を想定したエキシビションに近いものだ」
あ、話しそらしたなこの人
そう思いながら「エキシビション?」と聞く。
「えぇ、精霊が現れたら、士道には基本的にこの小型インカムからの指示に従ってもらうことになるわ」
そう返したのは琴里だ。やはり熱かったのか紙コップは二重に重なっており、どこから持ってきたのか水面には氷がプカプカと浮いている。その耳に付けられているインカムはとても小さく、予め聞いていた上で意識しなければ気が付かないだろう。
「…ちなみに、このインカムからなんかビーム出たりとか爆発したりとかしないよな?」
「…士道、あなたアニメと現実の区別も着いていないのかしら。わざわざインカムを武器にする意味なんて無いじゃない」
「そーだよな、うん。念の為聞いただけだ、念の為…」
そう言いながら士道は後ろポケットで存在感を放っている
「…さて、今回シンの訓練対象は岡峰珠恵教諭だ。頑張って口説いてきてくれたまえ」
と、ここでさらっと令音から爆弾が投げ込まれる。
「え、あ、訓練ってそういう⁉️いや、そんなん出来るわけっ」
「あら、本番だともっと難物な精霊を口説かないといけないのよ?このくらい軽~くやってもらわなくちゃ」
「─っ、そりゃ、そうだけど…っ!」
そんな事急に言われても特にそういう対象として意識したことも無いマスコット枠の先生を口説く気になれるはずも無い。
そもそも、精霊を口説く為に他の人を口説くのは本末転倒というか、誠実では無いというか…
うごごご、っと頭を抱える士道に対し、それならと令音が落ち着いた声色で提案する。
「…なら、他の女子生徒に変えるかね?彼女ならば告白も受け入れないだろうし、あまり言いふらす事も無いと思ったのだが」
「っ‼️」
確かに、そこを考慮するといい人選なのかもしれない。特に士道の場合、ギャルゲーの失敗ペナルティとして学校中に配られたポエムといういつ起爆するのか分からない爆弾もあるのだ、リスクヘッジはするに越したことはない。
「…あぁ、もうやるよやってやるよ‼️」
「ようやく決心がついたみたいね。令音!」
そう言いながら、琴里は耳につけていたインカムを外し、こちらに投げてよこす。
「…ターゲットは東校舎の3階廊下だ、近いね。…そうだ、これも忘れないうちに」
そう言うと令音は機械部品のような物を取り出し、指先でピンと弾く。それは羽根を生やし、虫のように宙を舞う。
「これは?」
「…超小型、高感度のカメラだ。虫と間違えて潰さないように」
モニターがいつの間にかギャルゲーから変わっていて、このカメラで撮影されているであろう映像が、画面全体に表示されている。
かなりの速度で動いているのに映像は全くブレておらず、画質もそこらのテレビカメラよりもクリアだ。
士道が思わず感嘆のため息を吐くと、いい加減しびれを切らしたのか琴里が「
「んじゃ、行ってくるか…」
物理準備室を出て少し歩き、階段を降りた先に、珠恵の背が見えた。
「先生‼️」と声をかけようとして、直前で踏みとどまる。大声ならば届く距離ではあるが、何分人が多い。ただでさえ女性を口説く胆力が無いのに、それを公衆の面前でやる度胸は士道には無い。仕方ないか、と士道は少し駆け足で珠恵に近づく。
「あ、先生。ちょっといいですか?」
「五河くん?どうかしたんですかぁ?」
「…っ、あ、あの─」
と、ここで言葉が詰まる。ほぼ毎日見ている顔とは言え、口説く相手として見ると、些か緊張してしまう。
『─情けないわね。これは訓練、しくじったって死にはしないわ』
「無茶言うなよ…ち、ちょっとその…そう、進路のことで相談があって、時間があったらそこの空き教室でお話したいんですけど…」
士道は耳元から聞こえる琴里の声に若干の理不尽さを覚えたが、ひとまず口説くために人気の少ない所へ誘導しようと言葉を選ぶ。「この早い時期から進路について考えているとは、五河くんはしっかりしてますねぇ」と言っているので、ファーストインプレッションは成功と考えて良いだろう。空き教室に入ると、珠恵も進路の事はあまり人に聞かれたくないだろうと気を利かして扉を閉める。
「それで、進路はどうするつもりなんですかぁ?進学?それとも就職?どちらでも先生がきっちりサポートしますよ!」
教師として生徒としっかり向き合わねば‼️と燃える珠恵を前に、士道はどう口説いていくべきかと頭を悩ませる。そもそもそういう経験自体が無いのだ、定石も何も分かるはずもない。
『鈍臭いわね。─とりあえずなにか話しかけなさいな。女性の前でだんまりするほどダメなことはないわ』
そんな事言われても‼️と士道は内心叫ぶが、それで状況は変わらない。ええいままよと、
「はい。…恋の、進路相談です」
「え?」
突然の言葉に珠恵はポカンと口を開け、士道は内心「何言ってるんだ俺ぇぇぇぇ‼️」と悶絶するが、ここで止まったらこれ以上何も話せなくなると、口説き文句を並べていく。
「先生は可愛らしいし、ファッションのセンスもあるし、そしてなによりも優しい。俺、そんな先生が担任になってくれて、最近学校来るのが凄く楽しいんです。…実は俺、前から先生の事が─」
「ぃやはは…駄目ですよぉ。私先生なんですし」
互いの顔は朱に染まり、珠恵の方から大人の女性として話を切り上げる方向に持って行ってくれた。小声で「もういい…もういいだろ‼️」と恐らく近くを飛んでいるであろう小型カメラに向かって話すも、インカムからは『いいわよ士道。その調子でガンガン攻めなさい』と
「俺、本気で先生とけっ…」
婚、と言葉を続けようとした士道の口がピタリと止まる。その理由は珠恵の表情だ。『結婚』というワードを出そうとした途端、彼女の瞳からハイライトが消え、まるで獲物を狙う猛獣のような…あるいは、海中から不気味にこちらを覗く、魚のような目をしていた。ゾクッ‼️と背中が冷えるのを感じ、自分が死地へと足を踏み入れようとしている事を察する。このままでは不味いと、士道は慌ててなぁなぁにする方向へと舵を切る。
「五河くん、今結婚「…いえ、こんな事言われても困りますよね」…いえ今結婚って「俺、こんな気持ちになるの初めてだったんです」なら結婚「でも、相手が先生だし、叶わないのも分かってました」いえ、全然結婚したい「でも、このモヤモヤを抱えたままなのも苦しくて…俺、多分振られに来たんだと思います」結婚したいならいいです、というかむしろ結婚してくだ「ありがとうございました、俺のこんな話聞いてくれて」いえ、年齢とか先生全然きにしないですし、証明して欲しいなら血判状でも「さようならっ‼️俺のッ‼️初恋ッ‼️」あ、待ってください五河くん、結婚、婚期、結婚~‼️」
士道は背後から聞こえる
不機嫌から恐らくは物理準備室で頬をハコフグのように膨らまして拗ねているのだろう。しかし結果はどうあれ琴里が士道をサポートしようとしてくれたのは事実だし、今日は夕飯前のチュパチャップスを2本…いや、3本までは見逃してやるか。
なんて事を考えながら
「っつつ…すまん、大丈夫、か…」
自分の不注意でぶつかってしまったのだから、ひとまずは謝らねば。そう思いながら顔を上げると、視界が白に包まれていた。
…正確に言うならば、白い布地に。
……もっと正確に言うと、純白のショーツ。
「うぉべらっ⁉️」
混乱からか奇声を発しながら飛び退くと、そこにはぶつかってしまった人物にして今の真っ白な下着の持ち主…鳶一折紙の顔が見えた。
「す、すまん鳶一‼️ぶつかるつもりも、み、見るつもりもこれっぽっちも無かったんだ‼️本当に申し訳ない‼️」
あのシュミレーションと言う名のギャルゲーと寸分たがわぬ状況が起こるとは、〈ラタトスク〉のシュミレーション能力は凄まじいな。なんて若干現実逃避気味な事を考えながらも、士道は折紙に謝罪する。純粋に申し訳ないと思う部分もあるが、なにせ士道はついさっき担任の珠恵を口説いたばかりなのだ。ここで問題にされて、珠恵に痴漢で指導されるなんて気まずいなんてレベルの話では無い。しかしやってしまったのも事実なので、士道はひたすらに平謝りする他無いのである。
「ぶつかったのは受け身を取ったから問題ないし、見られたのも構わない。…どうせなら、もっと見る?」
「…はい?」
ナニヲ、イッテイルンダロウカ、コノヒトハ。
前半の受け身を取ったところは、元々彼女は決して喜ばしくは無いが、精霊を抹殺するべく訓練を重ねているASTの隊員だ。咄嗟に受け身を取る事くらい、容易いことなのだろう。
見られた事を構わない発言も、年頃の乙女としては些かどうなのかと思わなくもないが、ビンタの1発は覚悟していた士道としてはありがたい限りなので、問題は無い。
しかし問題は最後のもっと見るという言葉だ。士道が折紙に関するもので見てしまったものと言えば、精霊と戦うASTとしての姿と先程の純白の下着だ。ASTや顕現装置の事は今は特に関係ないし、以前に忘れるか、せめて他言はしないようにと釘を刺されたので考えずらい。となると残るは下着だけだが、それは、いったい、どういう…
『─ちょうどいいわ士道。彼女でも訓練しておきましょう』
興奮と混乱で脳内の収拾がつかなくなっていた士道の耳元に、琴里からの司令が聞こえてくる。急になんて無茶振りを…‼️とは思ったが、『精霊攻略の為には、おそらく彼女と同年代であろう年代のデータも必要だからね』と言われたら一理あるし、このまま立ち去るのも諸々の罪悪感が強すぎる。
先程の発言の真意はともかく、少なくとも事故で下着を見てしまっても許されるくらいの好感度はあるのだ、ここまでくれば毒を食らわば皿までの精神でやるしかない‼️
「と、鳶一っ」
「なに?」
「…あ~前から思ってたけど、制服がすげぇ似合ってるよな」
「そう?ありがとう」
…まずい、会話が続かない。
先程の珠恵は生徒と先生という立場を利用して進路相談というテイで切り込めたが、こちらはただの同級生だ。
もっと言ってしまえば、珠恵は教室での会話や立ち振る舞いなんかから性格をよく読み取れるが、折紙は常に寡黙で表情を動かさない、ミステリアスな少女以上の情報が無いのだ。どういう会話なら彼女が食いつくかなんて、到底想像できない。
『…手伝おうか?』
そんな士道を見かねてか、再び令音が助け舟を出てきた。これはありがたいと思いながらも、1つ留意しておく点があった事を思い出し、令音に伝える。
「あの、令音さん」
『ん、どうしたかね、シン。』
「いや、実は前に俺と鳶一は会ったことがあるみたいなんですけど…俺がその時のことを覚えてないんです。なのでぬか喜びさせちゃうと悪いし、申し訳ないので、昔あったことがあるとか、そっち方向のやつは無しでお願いします」
『…ふむ、君がそう考えているなら、それに合わせるとしよう』
ありがとうございます、と感謝しながらも、士道は令音の言葉を、自分なりに言い換えて話す。
「…俺、折角鳶一と隣の席になれたから、せっかくだし仲良くなりたくて授業中、偶にお前のこと見てたんだ」
中々に気持ち悪いセリフだが、令音の原文は『ここ1週間、授業中ずっとお前の事見てたんだ』である。さては令音さんも中々にぶっ飛んでる人だな?と、士道は今更理解した。
「そう…私も、見ていた」
「…本当か?あ、そういえば鳶一って朝のHRの前になにか本よんでるよな。あれは何を読んでるんだ?」
これは士道の率直な疑問だ。ちなみに原文は琴里からのもので、『放課後の教室で鳶一の体操服の匂いを嗅いだりしてるんだ』である。お前は兄にどうあって欲しいんだと思い、やはり夕飯前のチュパチャップスは1本たりとも許さないと心に決めた。
「あれは普通二輪免許の参考書」
「へぇ‼️」
と、ここで士道のテンションが明らかに上がる。
普通二輪…すなわちバイクでのツーリングは士道のマイブームであり、まさかこんな形で同好の士を見つけられるとは思ってもいなかったからだ。上機嫌になった士道は、インカムから聞こえてくる令音の言葉をそのまま発する。
「そうか‼️なんか俺たち気が合うな‼️」
「合う」
「それで、もしよかったらなんだけど、俺と付き合ってくれないか‼️…ん?」
待て、自分は今なんと言った?
かなりの急展開に思わず油断していた。しかしこんな急に告白するものなのか⁉️
『…すまん、まさかそのまま言うとは』
じゃあなんで元からそう言ってんだアンタは‼️と小さな声に怨嗟を乗せる。
ふと、折紙の方を見てみると、いつもと変わらぬ無表情…なのだが、心なしか目を見開いてるように見える。
「いや、すまん、今のは─」
「構わない」
「…へ?」
「構わない、と言った」
いや、なんでこの唐突な告白が受け入れられるんだよ‼️と考えてから、今の文脈なら(ツーリングに)付き合うという風に考えていてもおかしくない‼️それなら純粋にツーリング仲間が増えて万々歳だ‼️と思い直す。
「あ、ああ…免許が取れたら、ツーリングに付き合ってくれるってことだよな?」
「…?そういう意味だったの?」
折紙は小さく首を傾げる。
「え、あ、ええと…鳶一は、どういう意味だと思ったんだ…?」
「男女交際のことかと思っていた」
ちゃんと意味伝わってるのかよ‼️え、じゃあなんで鳶一は構わないって言ったんだ…?
本日何度目かの衝撃が士道を襲い、これまた本日何度目か分からない混乱に襲われる。
「違うの?」
「い、いや…違わない…けど」
「そう」
─なんで「違わない」なんて言ったんだ‼️今なら、まだ勘違いで通せたのに‼️
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ─
なんて士道が自問自答していると、唐突に空間震警報が鳴り響く。
「─急用ができた。また」
と言うと、折紙は踵を返して走り去っていく。おそらく、いや確実に精霊を殺しに向かうのだろう…その顔に苦しみを浮かべながら。
─そんなことは絶対にさせない。あんな顔は、鳶一のものでも、精霊のものでも見たくない。そのためなら、攻略でもなんでも、やってやる
そう決意を固める士道に、インカム越しに声が聞こえてくる。
『士道、空間震よ。一旦〈フラクシナス〉に移動するわ。物理準備室に戻りなさい』
「…やっぱり、精霊なのか?」
士道の質問に、琴里は1拍置いてから答える。
『ええ。出現予測地点は─
さぁーて、今回も次回予告はオレ様が担当するぜ~
次回‼️デート・ア・アウトサイダー「Burst mode」うわっ、何するんだ‼️おい、撃つのをやめろ、羽に、オレ様の羽に当たっちまっ、うわぁ~
Open Your Eyes For The Next Outside
「安心しなさい士道。〈フラクシナス〉には頼りになるクルーがいっぱいよ」
「おまえは、何者だ」
「─人間は…ッ、お前を殺そうとする奴らばかりじゃ、ないんだッ‼️」
「俺は─お前を、否定しない」
第7話/
「君の、名前は…」
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第7話/君の名前は
ファイズのVシネはまだ見れてないので、鑑賞次第この作品にどの程度反映させるか考えます‼️
─空間震の発生が確認されてから少しして。士道は1度フラクシナスに戻ってから、再び精霊が居る高校へと戻ってきていた。幸いな事に、ASTは未だ遮蔽物の多い校舎への突入を敢行していない為、対話するなら絶好の機会なのだが…
「…琴里、本当に大丈夫なんだろうな?」
『なによ、まさかまだ精霊を口説く覚悟が出来ていないのかしら?とんだチキンね』
「…いや、そうじゃなくてだな…」
士道は、自分が精霊を口説く覚悟はもう─半ばヤケクソではあるが─出来ている。問題は…
…さっきみたいな変なアドバイスしないよな?先生や鳶一の時とは違って、下手しなくても俺死ぬぞ?
という不安である。死因が『他人の指示通りに変態チックな言葉で女の子を口説いたことによる斬殺』なんて冗談では無い。水色髪の某水の女神もプークスクスと嘲笑うどころか、同情までしてくれるだろう。
と、そんな心内を察したのか、琴里が「安心しなさい士道。〈フラクシナス〉には頼りになるクルーがいっぱいよ」と告げる。
「そ、そうなのか?」と士道が問うと、「えぇ、例えば…」と、クルーを紹介して行く。
「五度もの結婚を経験した恋愛マスター・〈
…それは、四回もの離婚も経験している、という事では無いだろうか?
「夜のお店で大人気、〈
…ただの金の力ではなく、レジェンド校長のような人望だと信じることにしよう
「恋のライバルは獄門疆の中へ‼️〈
呪いだと⁉️非ィ科学的だ‼️
「100人の嫁を持つ男・〈
…その嫁達はちゃんと立体的世界に存在しているのだろうか…
「その愛の深さ故に、法律で愛する彼に近づけなくなった女・〈
…もはや色々と手遅れな気がするのは俺だけだろうか…?
「そしてそんなクルー達の統括役・〈
「安心してくれ、ここに居る全員、能力も人格も問題ない者ばかりだ」
…何故だろうか、彼自身に問題は無さそうなのに、彼が人を褒めると急に信じられなくなるのは…
「…皆、クルーとしての腕は確かなんだ」
本当かぁ?とは思ったが、琴里に「ま、士道なら1度くらい死んでもコンティニュー出来るわよ。さっさと行って来なさい」と催促され─いや、それよりもあの少女ともう一度話をしてみたい思いから、精霊が現れた場所…二年四組の教室の扉を開けた。
「やあ、こんばんわ、どうしたの、こんなところで」
─なんて、軽い挨拶から会話を始めるつもりだった。だが、そんな思考は、すぐに掻き消えた。
黒髪の少女が、机に片膝立てて座り、黒板を見つめている…文字に起こせばただそれだけの事なのに、一目見ただけで、士道の思考は完全にフリーズした。
「─ぬ?」
次に士道が思考を取り戻したのは、なにやら物凄い悪寒に襲われた時だった。本能の命じるがままに頭を下げると、ひゅん、と少女が軽く手を振り、それから数秒もしないうちに士道が入ってきた教室の扉とその後ろの廊下の窓ガラスまでもが、粉々に砕け散る。あのまま突っ立ってたならば、士道の首はどこぞの危機一髪のようにスポーンと吹っ飛んでいただろう。
『士道‼️』
琴里の声に反応して上を見ると、少女が手のひらに黒く輝く光球をこちらに放たんとしていた。
しかし悲しいかな、先の攻撃を躱すのに精一杯だった士道はすっかり腰が抜けてしまい、最早逃げることさえままならない。迫り来る光の奔流を、ただただ見つめることしか出来ない。
─琴里、悪い…俺、死んだ。
そんな事を考えながら、迫り来る命の危機にギュッと目を瞑る。
数秒がまるで永遠に感じる…死の淵に立つと時間の流れがゆっくりに感じると言うが、まさか体験する日が来るとは思ってもみなかった。
…やっぱり『変身』してから入るべきだったか?いやいや、それだと精霊を余計に刺激してしまう。
そんな益体もない事を考えていると、ある違和感に気付く。
─いくらなんでも、あの光が届くのが遅すぎやしないか?
そう思い、ゆっくりと瞼を開くと…そこには予想だにしないものがあった。
「Battle mode」
…
銀色に輝くボディにタイヤのような背面装甲、右肩にあたる部分には赤く流線的なパーツ。よく見ると手にもタイヤのようなパーツが付いており、それを盾として光流から士道を守っているようだ。恐らくはこちらの危機に対してフラクシナスが寄越してくれた援軍だろう。そう考えた士道は、自分が生命の危機から脱した事を察し、ホッ、と息を吐く。
やがて奔流も収まり、ようやく彼女と対話が出来ると思ったその時‼️
ダダダダダダダダ‼️
ロボットが手に持つタイヤから無数の弾丸が彼女目掛けて放たれる。
「ちっ、やはり伏兵が居たか‼️」
少女はそう悪態を吐くと、初めて見た時に座っていた玉座を呼び出し、その背もたれで銃撃を防ぐ。ロボットは放銃は効果が薄いと判断したのか銃撃を止め、少女に接近し、肉弾戦を仕掛ける─この時の士道には預かり知らぬものだが、このロボットには超高性能AIと飛行機能が搭載されており、普段ならば標的の周りをホバリングしながら周回し、全方位からの飽和攻撃で防御を撃ち破るのだが…今回は飛行するには狭すぎる室内であると言う点、そして護衛対象の士道が無防備なことから、万が一にも流れ弾が当たらないようにと考えた故の判断である─少女は即座に玉座から大剣を抜剣すると、鉄の拳を剣の腹で受け止め、即座に切り返す。
「琴里‼️今すぐにあのロボットを止めてくれ‼️このままじゃ、俺たちはASTと同じになってしまう…このままじゃ、あの子が本当に人間を信じられなくなる、完全に人間の敵になっちまうよ‼️」
そんな士道の悲痛な叫びも─
『…無理よ』
無為に終わる。
「っ、なんでだよ⁉️フラクシナスは精霊との対話を『だって‼️』…?」
『だってあれは、
「んな…」
唖然とする士道の耳に、焦りを含んだ琴里の声が響く。
『どこの国、武装組織に支給されている武装に類似品無し、装甲の材質不明、目的も不明…ASTの反応が校内に突入していない事から、彼女達の先遣兵器とも考えられない…精霊の確保を試みる国家の秘密兵器か、私たちラタトスクの様な世間一般には公開されていない組織の介入か、はたまた天才的な頭脳を持つ1個人の仕業か…どちらにせよ、このタイミングで突然現れる?全くもって、冗談じゃないわよっ…‼️』
怒りからか、パキリ、とチュパチャップスを噛み砕く音が聞こえる。
…このロボットがフラクシナスのものでは無いと分かった以上、このまま呆然と事態を眺めるなんて考えは士道の頭から消えた。
「おい、やめろっ、よっ‼️」
士道は少女相手に拳打を叩き込もうとするロボットの不意をつき、人間で言う肩の部分に腕を滑り込ませて動きを封じる。
「えっと、君、とりあえずコイツは俺が抑えとくから今のうちに外に…行くとASTが居るんだよな、ちくしょうめ‼️」
そんな事を言いながらも尚も抜け出そうとするロボットを押さえつけていると少女はハァと息を吐き、
「…そのメカメカ団っぽいやつを倒すまでお前には手を出さず、防御に専念しといてやる…これでいいか?」
と答える。
「悪い、ありがとう!」と士道は答えると、ロボットとのとっつかみあいを再開する。幸いな事に、士道には少女に向けたような銃撃などは行って来なかった─護衛対象だから当たり前なのだが─為、思ったよりも容易に組み伏せられた。
「どこの誰だか知らないけど、いい加減に…ん?」
と、士道はロボットの胸元のマークに既視感を覚える。これは、確かファイズフォンの表面に付いているメモリーとよく似たマーク…「この不思議ツール、まだ隠しダネあったのかよ⁉️」なんて考えながらロボットの全身を凝視すると、先程も少し気になった右肩のパーツにも強い既視感を覚える。あれは確か、精霊周りの事情に関わることになった日の数日前、愛車のオートバジンを洗車していた時─
「SB555-B…確かこれってウィンカーのちょい下のパーツに書いてある番号…もしかしてだけどお前、オート、バジン…?」
バイザーの奥が、士道のその問いに賛同するかのように、ピカリと光る。
「…ひょっとしてお前、俺を助けようとしてくれたのか?」
この問いにも、頷くようにバイザーの奥を光らす。
…そう、少女が放つ光流に身を投げ出したのも、その後に少女に襲いかかったのも…全て、士道を守る為の行動だった。
それを察した士道はロボット…もといオートバジンを解放し、
「ありがとな」
と礼を述べる。
確かに、オートバジンの方法は精霊を悪戯に刺激してしまったかもしれない。けれども、その行動で士道の命が拾われたのもまた事実。ならば、それに対しての礼はするべきだろう。
それがどんな方法であれ…誰にそう教え込まれたとしても。
その上で士道はでも、と前置きし
「次からは、こういうやり方はやめてくれ」
と続ける。
「…確かに、お前は強かったし、頼りになる。ひょっとしたら、精霊も倒せたかもしれない」
奥の方で少女が、む…と嫌悪感を露わにする。
それはオートバジンに自分が倒せたかもと言われた事に対するものか、はたまた自分を害する事を発言した士道への失望感か…しかしその表情も、すぐに複雑なものに変わる。
「でも、それじゃダメなんだ。それだと、俺が嫌だと思って、認められないと思ったやつらと同じになる。それは、嫌なんだ」
分かってくれるか?と言う士道の言葉に、オートバジンはコクリと頷くと、
「Vehicle mode」
元のバイクへと戻って行った。
しかしこんな機能まであるんだな、後で説明書読み直さないと…なんて考える士道に向けて、
「─止まれ」
と、少女が剣の切っ先を突き出す。
「おまえは、何者だ」
様々な疑問が含まれているのを感じる問いに、さてどう答えたものかと思っていると、
『待ちなさい』
と琴里の声が耳元のインカムから聞こえてくる。
『あのロボットがなんなのかとか、士道が何を知っているのかとか、聞きたいことは色々あるわ…でも、一旦それは後回し。精霊との対話のサポートは、〈
そう猛々しく言う琴里の前方の巨大モニターには、精霊の少女の顔が映され、横には霊力の波長を感知するメーターなどの精霊の状態を表すパラメーター…その中でも一際目を引くのは、「好感度」と書かれたもの。
…まるでギャルゲーのような画面を、クルー全員が凝視する。
すると画面が明滅し、画面中央にウィンドウが現れる。
①「俺は太陽の子‼️五河士道‼️君を救いに来た‼️」
②「通りすがりの一般人だ、覚えておけ‼️」
③「人に名を訊ねる時は自分から名乗れ」
「選択肢ーっ」
精霊の精神状態を精緻に感知し、精霊への好感度を高める会話内容を高性能AIが選択肢として表示しているのだ。
選択肢の内容は本命・対抗・大穴とあり、その中から精霊の好感度を最も高められるものをフラクシナスクルーが俯瞰的に、そして多人数からの視点で判断し、現場の士道に伝えるのがクルーとしての仕事の1つだ。
そして今回選ばれたのは─
「─みんな私と同意見みたいね。士道、私の言うとおりに答えなさい』
「…もう一度聞く。おまえは、何者だ」
先程よりも剣先を首元に突きつけられ、再度質問された士道は、なるほどフラクシナスのサポートとはこういう意味か、と思いながら琴里の言葉を了承する。
「─人に名を訊ねる時は自分から名乗れ…っておい‼️」
「…ふざけているのか?」
バァン‼️と破裂音が響き、教室の床に穴が空く。
琴里の野郎、俺を殺す気じゃあるまいな…と思いながら、即座に口を開く。
「お、俺は五河士道‼️ここの生徒だ‼️敵対するつもりは無い‼️」
「…確かに、先程あのメカメカ団みたいなやつを止めてたしな、一応信じてやる…だが、そこを少しでも動いたら斬る」
先程オートバジンを止めたのが功を奏したのか、一先ず殺される心配は無さそうだ。
と、少女が士道の顔を少し凝視すると、「ぬ?」と眉を上げる。
「おまえ、前にメカメカ団との戦いに割り込んできたやつか?」
「あぁ、確か今月の十日だったな」
士道の返事に、「おお」と得心がいったように手を打つと、
「おまえは、一体何なのだ?」
と尋ねた。
「人間は、いつも私の事をこの世に存在してはいけないと殺しにくる。理由なんぞどうでも良い、そんな事を問おうとしたら攻撃を捌ききれなくなるからな」
と前置きし、
「─だが、おまえは違う」
と断言する。
「先程のメカメカ団もどきは、中々に強かった…もしかしたら、私を手負いにさせられると思う程度にはな。だが、おまえはアレを止めさせた。今までで1番私を殺せる可能性があったものをだぞ?だから、今の所はおまえが私を殺そうとしてないのは分かる」
「ならば、私のように人間では無いなにかかと言えば、それも違う。私側の存在ならば、前に会った時にメカメカ団を共に倒していたはずだ…だが、おまえは私とメカメカ団の戦いを止めようとした…おまえは、人間なのか?それとも、精霊なのか?」
「…俺は、人間だ」
「…そうか」
少女の瞳に、失望か、落胆か…はたまた絶望か。どう取り繕っても、ポジティブとは言えない感情が写る。
…あぁ、それだ。その顔をしているのが、どうしようも無いほどに嫌だ─だから俺は、あの社会的な命がかかった訓練を乗り越え、今この場に居るんだ。
「だけど‼️─人間は…ッ、おまえを殺そうとする奴らばかりじゃ、ないんだッ‼️…俺は、それを知って欲しくて、ここに来たんだ…俺は─おまえを、否定しない」
…恐らく、今までこの少女には、手を差し伸べてくれる誰かが…居場所が無かったのだろう。なら─俺が手をさし伸ばしてやれば良い、彼女にとっての居場所になってやれば良い。
正直言って、恋させる云々はまだ小っ恥ずかしいし、世界の命運なんて荷が重すぎる。だけど…ひとりぼっちで絶望している少女に手を差し伸べる事の、どこに躊躇する理由があろうか。
「…シドーといったか」
「─ああ」
「本当に、おまえは私を否定しないのか?」
「本当だ」
「本当の本当か?」
「本当の本当だ」
「本当の本当の本当か?」
「本当の本当の本当だ‼️」
と士道が間髪入れずに答えると、
「誰が信じるかばーかばーか…と、言いたいところだが、おまえにはさっきメカメカ団もどきを止めてもらった礼がある。無論、私1人でも勝てただろうが、この世界の情報も得たいからな。情報超大事」
『…ひとまず何とかなったようね。そのまま続けて』
琴里の安堵した声に、了解と小声で返していると、少女が教室中の物をペタペタと触っている。
「なにか気になるのか?えぇと…あ」
『名、か─そんなものは、無い』
少女がなにか気になる物でもあるのかと声をかけようとしたところで、以前名前が無いと彼女が言っていた事を思い出す。
少女もぬ?と首を傾げると、合点がいったように頷き、
「そうか、話をするためには名が必要なのだな…シドー、私に名をつけてくれ」
なんて宣われたのだった。
「お、俺がぁ⁉️」
「うむ。今の所おまえ以外と会話する予定もない…というか、おまえが来るまでそんなこと考えもしなかったのだ、問題なかろう」
「うっわ、ヘビーなやつ来たわね…士道、こっちでも考えるから、焦って変な名前言うんじゃないわよ」
フラクシナスの艦長席にて、琴里はそう士道に指示を出す。
「総員!今すぐ彼女の名前を考えて、私の端末に‼️」
琴里はクルー全員に名前の案を考えるよう指示を出し、自分の端末に送られてきた名前を吟味する。
「川越‼️美佐子って3人目の奥さんの名前じゃない‼️この娘を士道に惚れさせるのが目的なのに、別れた相手の名前をつけるのは不吉すぎるでしょ!却下‼️」
「えぇと、幹本!これなんて読むの⁉️」
「はい‼️
「却下‼️…確か貴方、子供3人居たわよね…もしかしてその子達の名前も」
「上から、
「今すぐ改名させて、学区外に引越しなさい」
「そこまでですか⁉️」
「呉島のは…これ、
「はい。明け方まで残る幻想的な残月に、彼女の天使である剣を掛けてみました…とは言え、どちらかと言うと男児寄りだと思いますので、ここは幹本の案を推薦します」
「統括…‼️」
思いもよらぬ推薦に幹本は目を輝かせ、他のクルー達はえぇ…と軽く引くような反応を見せる。
「却下よ却下‼️そうねぇ…トメ‼️士道、彼女の名前はトメよ‼️』
琴里からの通信を受けて、士道は少女に恐る恐る尋ねる。
「えぇと、トメ、とかはアリだったり?」
「…なぜかわからんが、馬鹿にされてる気がするのでダメだ」
「…だよなぁ」
『あら?古風でいい名前だと思ったんだけど』
ペットは飼い主によく似ると言うが、独特の感性を持つ者の部下には独特な感性の持ち主が集まるものなのだろうか、なんて士道は思った。
…余談はさておき、彼女の名前をどうするものか。そもそも士道が彼女について知っている事は少ない。黒髪、大剣、4月10日…あ
「トーカ、とかどうだ?」
「ふむ、トメよりかはアリだな」
若干不機嫌そうになっていた少女…ないしトーカの機嫌が良くなっているのを見て、ほっと安堵のため息を吐く。
「そういえばここがどんな場所なのか言ってなかったよな。ここ、学校って言って、人間が勉強する場所なんだけど…」
そう言いながら士道はチョークで黒板に「十香」の字を書く。
「こう書いて、トーカ。君の、名前は…十香だ」
少女…もとい十香は、十香、十香と、噛み締めるように口にした後、黒板に近づき、指先だけで黒板を削り、不格好な「十香」の文字を刻む。
「十香。私の名だ。素敵だろう?シドー」と微笑む彼女に、士道も「そうだな、十香」と微笑み返す。
自分のつけた名前…しかも4月
そんな事を士道が考えていると、突如、校舎を凄まじい爆音と振動が襲う。
『士道、外からの攻撃よ。目的は精霊をいぶり出す事…もしくは、精霊が隠れている校舎そのものをなくすつもりかしら』
「んな無茶苦茶な…ASTって空間震による被害を抑えるためにあるんだろ?それなのに建物を壊すのは本末転倒じゃないか?」
『あら、言ってなかったかしら?
士道はなるほど、と思いながらも、そこまでしてでも精霊を討伐しなければならないと考えるASTとの溝に、なんとも言えない表情を浮かべる。
「早く逃げろ、シドー。このままでは同胞に討たれることになるぞ」
『選択肢は2つ。逃げるか、とどまるかよ』
…なら、答えは決まってるよなッ…‼️
十香の悲しげな表情に、琴里からの2択。ならば、答えは1つしか無いだろう。
士道は十香の足元にどっかと音を立てて座り込む。
「は─シドー、何をして「確かに、このままじゃ俺もやられるかもな」なら、早く逃げ─」
「…だから、助けてもらうことにする!オートバジン‼️」
「Battle mode」
士道の声に応えるかのように、スーパーマシン、オートバジンはその姿を人型へと変える。
「オートバジン、外に出て、俺と十香のところに人が来ないようにしてくれ…ただし‼️絶対に殺さないように…出来るな?」
士道の問に、オートバジンはコクリと頷くと、教室の窓から空へと飛び立っていった。
「これなら、まだしばらく話せるだろ?」と嘯く士道に、十香は一瞬驚くような表情を見せた後、士道の向かい側に座り込んだ。
…ここから先の事は、わざわざ語るまでもないだろう。
大空で精霊を殺そうとする人間と精霊を守ろうとするロボットが戦い、その下…ボロボロになった教室で少年少女の
強いて言うなら、精霊の性質の一端が分かった事と、士道がクルー達の後押しもあって十香をデートに誘った事くらいだろうか?…結局デートの意味を説明する前に、十香は
ともあれ、士道と精霊との2度目の奇跡的な邂逅は、こうして終わりを告げたのだった。
Open Your Eyes For The Next Outside
「ようやく気づいたか、ばーかばーか」
「んじゃあ、目覚めたらこの世界に来るってことか?」
「昨日のメカメカ団もどき…オゥトバジン?とやらはどうしたのだ?」
「あら、士道ちゃんの彼女さん?」
第8話/
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