成り上がり魔法使いアーサー (恒例行事)
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没落貴族兼浮浪者アーサー


ゆる~く毎日更新を目指していきます。


 

「アーサー!! アーサーはどこ!?」

 

 姉上の声が聞こえてくる。

 

 随分慌てている様子だ。

 ダメだなぁ、ダメダメだ。

 人生は緩やかに、それでいて規則正しく、そしてのんびりと生きていかなくちゃ。

 そこら辺の野草を千切って炎魔法で無理矢理抽出したお茶をヒビの入ったマグカップに注ぎながら、ボクはのんびりとお茶を啜った。

 

「ヴェホッ!! ゲホッ! オエッ!」

 

 渋すぎ!!!

 辺り一面に広がった暗黒のお茶に黙祷を捧げながら水魔法で地面を洗い流した。

 

 今日の実験は失敗だ。

 実験内容は『優雅にお茶を啜れば貴族っぽく見えるのか否か』というものである。

 ボクは形から入るタイプなんだ。

 決してやる事がなくて暇つぶしに遊んでいた訳ではない、決して。

 

「アーサー! やっぱりここにいたのね」

「やあ姉上、髪の毛が乱れているよ」

「今はアンタしか見てないからいい。それよりも聞いてアーサー!」

 

 そう言いながら姉上は洗い流した渋すぎるお茶も気にすることなくズカズカと部屋に押し入り、ただでさえボロい床が更に外の汚れていくのを悲しく見るボク前にある紙を突き出した。

 

「えーと、なになに。『第十七回魔法応用コンテスト』……」

 

 これは流石にボクも聞いたことがある。

 宮廷魔法使いとか魔法が得意な第四師団とか、そこら辺の組織が主催する魔法コンテスト。

 在野に埋もれた原石を探すのが目的で、結果次第では優勝しなくてもスカウトされるとかなんとか。

 

 なるほど。

 ついに姉上はプータローのボクを許せなくなってしまったらしい。

 自尊心の欠片も無い怠けものであるボクにとって就職と労働程愚かな行動は無いけれど、世間一般的には違うからね。

 

 あの手この手で断る算段は勿論用意してあるのさ。

 

「そっか、頑張ってね姉上」

「斬るわよ」

 

 有無を言わさぬ眼光で睨まれてしまえば非力なボクにどうにかする手段は無い。

 

 これは脅しだ。

 そして警告でもある。

 ま、唯一の跡取りで正式に家督を継げる人間がこの有様だからね。

 そりゃ姉上が憤るのも無理はない。

 

 諦めるとは言ってないけど。

 

「勘弁してよ。ボクは上昇志向も無いしやる気も無い、生きていければそれでいいし贅沢な暮らしも望んでない。貴族の務め(ノブレス・オブリージュ)も持ち合わせてないし、ていうか没落したんだから貴族ですら無いのに今更何をしろと」

「口だけは回るわね……」

「口と魔力を回すのが魔法使いの仕事だからね」

「知ってる? ただ魔法を使える人間の事を魔法使いとは呼ばないのよ、この国では」

 

 なんてことだ。

 それじゃあまるでボクがだらしない無職のバカみたいじゃないか。

 

「そう言ってるじゃない」

「ふー…………姉上が嫁入りしたし、もうよくない?」

「よくない。お父様が言っていたでしょ、『常に己を磨く事を忘れるな』って」

「家訓だね。それに倣って磨いた魔法は今やこの有様だけど」

 

 床を水浸しにする程度の魔法しか使っていないボクが魔法コンテストなんて出てやる気に満ち溢れた挑戦者達に勝てる訳無いじゃないか。

 

 姉上は少々身内贔屓する節がある。

 確かに昔、幼い頃、まだ家が万全で両親も存命だった頃に『神童』なんて騒ぎになったことはあるけれど、結局今はこの有様だ。

 没落貴族で野草と虫を主食に生きる無職。

 定職に就くことも出来ず、嫁入りした姉上に時折支援されてひっそりと命を繋いでいる無能。

 

 それがボク、アーサー・エスペランサである。

 

「エスペランサ家は没落した。今やこの姓を持つのは国にボクだけで、歴史はここで幕を下ろす。父上と母上が戦場で散ったあの日から、ボクらの運命は決まっていたのさ」

「そんなのはどうでもいいのよ」

「…………ん?」

 

 ふー……

 少し落ち着こうか。

 心が跳ねたような気がする。

 簡単に言えば動揺した。

 今姉上なんて言ったかな。家が滅ぶことはどうでもいいって明言したよな。

 

「滅ぶ家には滅ぶべき理由がある。暗闘に負けたか、失態を犯したか、なんだっていいの。それがこの国にとって重大な影響を及ぼさないなら私に言える事は何一つとしてない」

「……流石は武人だ」

「私にはそれしか無かった。でもアンタは違う」

 

 手に持っていたコンテストの応募用紙をボクの胸元に押し付けて、黄金に輝く瞳で真っ直ぐに見つめて来た。

 

「魔法の才能がある。何かを傷つける事でしか己を証明できない私と違って、アンタは――アーサーには、魔法を生かす才能がある」

 

 姉上は魔法が使えない。

 それどころか魔力が全くない。

 エスペランサ家は成り上がりの家で、五代前の傑物が興した魔法使い一族だった。

 

 時代が進むにつれて衰退していくエスペランサ家待望の双子が、魔力を持たない長女と無能のボクじゃあどうにか出来る筈も無く。両親が戦場で散ったあの日、この一族は終わったのだ。

 

 そして姉上は己の道を突き進み、そんな姉上と違ってプライドも何も持ち合わせていないボクはこうやって草に潤う朝露を啜るような生活をしている。

 

「魔法の才能ねぇ……そんなものがボクにあるとは思えないけれど」

「相伝を受け継ぐ前にお父様が亡くなったから継承してないのは知ってる。でも、アーサーは魔法を使う事を止めていない。それはれっきとした才能に違いないの」

「姉上が剣を振り続けるのと同じだって? 冗談はよしてくれ」

 

 ボクが魔法を使うのは便利だからだ。

 生きていく上である程度のエネルギーを摂取すれば確実に魔力に還元されるこれさえあれば成人男性一人生き延びるくらい屁でもない。

 これがなければもうくたばっていた。

 

「姉上には魔法の才能がない代わりに剣があった。それが努力の末に掴んだ物だと知ってるけど、同列にするのは貴女に失礼だ」

「いいえ、同じよ。いい、アーサー。もう一度だけ言うわ」

 

「アンタには魔法を生かす才能がある。その才能を発揮して、自分だけの名声を掴むべきだ」

 

 こうと決めた姉上は動かない。

 昔から頑固で、自分でやると言った事は決して諦めないのだ。

 

 すごい人だ。

 だからより一層ボクは自分が醜くて、楽な道に逃げ込みたくなる。

 

「……それでも、遠慮しておく。もう、努力はしたくないし」

 

 ダメなんだ。

 子供の頃に味わった挫折が、ボクの心を離れない。

 神童なんて持ち上げられたボクが、ただの早熟な凡人だったと叩きつけられたあの日が忘れられない。

 だから努力は出来ない。

 どれだけ努力しても、結局才能に勝る事は無かったから。

 

 凡人は地べたを這いずって醜く生き伸びる。

 天才に楯突こうとするのが間違いなんだ。

 ボクは凡人だ。

 だから無理だ。

 

「悪いね、姉さん。ボクはもう――」

「あ、因みに最近の貴族は腐敗が進んでるからもしも取り入れる事が出来たらヒモ生活出来るかもね」

 

 ――なんだって?

 

「特に第四師団。あそこは腐敗が進んでるから、上に気に入られた奴が昇格する最悪の環境よ」

「なんて事だ……許せないな。民を守るべき軍隊が腐敗しているなんて」

「本音は?」

「口先を回して取り入るのはボクの特技だ。エスペランサ家の再興は任せてくれ」

 

 腐敗上等。

 ボクは清廉潔白な人間などではない。

 楽に蜜を啜れるなら何もかも投げ捨てで、当然リスクとリターンは考慮するが、道は太く広い方がいいに決まっている。

 細い茨の道なんてものは選ばない。

 だから魔法を生きるためだけに使っているんだ。

 

 というか冷静に考えてみれば挑戦するだけタダじゃないかな。

 コンテストに挑戦するのに費用は掛からない。

 くくっ、勝ったな。

 ボクの人生はここまで堕落と墜落の一途を辿っているけれど、ここからが真実の道というワケだ。

 

 そして無事コンテスト評価されちゃったりしたボクは貴族のお嬢様に惚れられて結婚したりして成り上がって、エスペランサ家は終わるかもしれないけど人生は続いていくと言うワケだ。

 腐敗の進んだ貴族社会でヒモになる。

 これがボクの夢。

 今決めたもう決めた。

 

「ハーッハッハ! どうやら来てしまったようだね、ボクの時代が」

 

 野草茶とネズミスープからはもうオサラバだ!

 

 成り上がって玉の輿を手に入れて見せようじゃないか!

 

 



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ボクの姉上が堂々と汚職をするわけがない

 

「えー、アーサー・エスペランサ。不合格」

 

 結論から言うと、ボクはコンテストの二次審査で落ちた。

 

 当たり前だ。

 なぜならボクは家が没落してから全くと言っていい程努力をしてこなかったからだ。

 暖を取るのに炎魔法を使い水を飲むために水魔法を使うボクはそれはもう落第者もいい所だろう。

 

「困ったな、どうしようか……」

 

 会場から少し離れた広場に噴水があったので、これ幸いと身体を清めながら嘆息した。

 

 周囲の人からコソコソ言われているのは自覚している。

 いやでもすまない、残念ながら街の外に居を構えていたボクにとってこれだけ大量の安全な水と言うのはとても珍しいものなんだ。

 如何せん魔力の回復量が少ないからね。

 十分な食事を摂れてる訳でもないし。

 充実した生活を送るにはボクのスペックでは足りない部分がどうしても発生してしまう。

 

「ふっ……コンテスト、受けに来てよかったな」

 

 お陰で衛生的な肉体に戻る事が出来た。

 礼を言う、貴族達。

 さて、綺麗になったことだし今日の晩御飯でも探しに行こうかな。

 

 服は勿論下着以外脱いでいたので着直して、身体に付着した水滴を取る為に風魔法と炎魔法を組み合わせて温風にして乾かした。

 

「そう簡単に上手くいく筈もないねぇ」

 

 ボクは楽観主義者だが、現実主義者でもある。

 うまい事人生が回るのならば、そもそもエスペランサ家は没落などしてないのだ。

 何かの所為にして呑気に生きていくのは心が救われるが、現実を変える事にはならない。

 だからボクは現実からも目を逸らして生きていける街の外で、社会から外れた生活を選んだワケだ。

 

「…………うん、帰ろう」

 

 コンテストは大盛況だ。

 会場は大盛り上がりで歓声がここまで聞こえてくる。

 この広場は中に入りきらなかった人たちが実況の声を聴きながらワイワイ騒ぐ、要するに少し貧しい人達の集まりだ。だからボクが服を脱いで噴水で身体を清めていても騒めきと噂話は起きても、触れぬ存ぜぬを通そうとするのさ。

 

「おい、そこのお前!」

 

 怒声だ。

 一体どこの誰が粗相をしているのだろう。

 ボクのような善良な市民にとって暴力や争いごとは避けなければならない事だ。

 特に腕っぷしに関してはボクはゴミだ。

 カスと言ってもいい。

 チンピラに絡まれただけで財布の中身を無くし姉上の腕力によって救われた事は数え切れないくらいある。

 

 一般人は大人しくして用じゃないか。

 

「お前だ、お前! そこの噴水の傍にいるお前!」

 

 声の元に目線を向けると、フルプレートの鎧に身を包み武器を構えた騎士が二人とその二人を従えるように少し変わった装飾の施された騎士が一人。

 女性の声だね。

 姉上みたいな感じだ。

 でも姉上ではない。

 世の中には武人気質な女性が多いなぁ。

 ボクみたいに情けない男が多いから女性が独立したのかもしれない。

 あんな強そうな人に睨まれたらおしっこちびっちゃうね。

 

「貴様……舐めているな?」

 

 怒りが滲んだ声色で女性は言う。

 早めに身を差し出した方が身のためなのに。

 物分かりの悪い人間は損をするね、まったく。

 

「お前達、奴を捕らえろ。取り調べなど不要だ、監獄にブチ込んでからすればいい!」

「しかし隊長。不審人物とは言え明確に罪を犯したわけでは……」

「そんなもの関係ない。奴は国の管理する施設を本来の用途と違う形で利用し、余計な整備費用を悪意の元に発生させた。それだけで十分だ」

「了解しました」

 

 そして後ろに控えていた二人の騎士が歩いてきて────ボクの両手を掴み、手錠を掛けた。

 

 ふむ。

 ふーむ……

 

 周囲の安堵したような雰囲気。

 怒気を滲ませる『隊長』と呼ばれた女性に、ボクに近付いて来た二人の騎士。

 

 なるほど。

 どうやら犯罪者はボクだったらしい。

 噴水で身体を清める行為は犯罪に当たる、と。覚えておこう。

 

「────貴様、簡単に解放されると思うなよ……!」

「いや、申し訳ない。まさか噴水で身体を洗うのが犯罪だとは思わなかったんだ」

「やかましい! 我々第二師団を侮辱したことを後悔させてやるからな……」

 

 やれやれ。

 やはりコンテストには来ない方が良かったかもしれない。

 牢屋で食べられるご飯は美味しいのかな。

 野草茶とネズミのスープよりは美味しいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけでボクには前科がついてしまったわけだが。

 

 想像よりも牢獄暮らしもいいものだ。

 毎日食事は出るし、スープは美味い。

 食べた後腹を下さない時点でかなり質が高いね。

 そしてトイレも備え付け。

 流石に一日三回くらいしか流せないけど、自動で流れてくれるだけでうれしいもんだ。

 

「おっ、今日のスープには野菜が入ってるね」

「……お前、それそこら辺の野草だぞ」

「野草もバカにしたもんじゃないさ。ボクの主食は野草から抽出した野草ティーだ。8割くらいの確率で激渋で飲めたもんじゃない」

「イカれてる……」

 

 ウ~ン、美味しい。

 野草からちょっとイヤな香りがするけどそれを考えたら心が辛くなるから止めるとして、美味しく全部頂いて看守へ皿を返却する。

 

「ごちそうさま。今日も大変美味だった」

「金に困って牢獄にブチ込まれるために犯罪を犯す奴はいるが、お前ほど満喫してる奴は見たことが無い」

「住めば都とも言うしね。それにほら、ここは魔力抽出機が備え付けられてるでしょ」

 

 しっかり食事を摂って魔力が回復すれば、自動的に部屋の中から魔力を吸い続ける魔道具が作動する。

 

 これまで一度もお国に貢献したことのないボクでも役に立てるんだ。

 魔力は貴重なエネルギー源だからね。

 魔力を孕んだ魔力石(マギアライト)だけでは賄えない部分もある。

 

「なんならずっとここに住み続けてもいい。何もしなくていいのは実に嬉しいことだ」

「――――へぇ。そこまで言うなら私の屋敷まで連れてってあげてもいいのよ?」

「……リ、リゴール大隊長!?」

 

 看守さんと和んだ会話をしていた間に割り込んで来たのは聞き慣れた声。

 

 フローレンス・リゴール。

 第二師団第二部隊大隊長を務める騎士。

 元エスペランス家の長女で、つまるところボクの姉。

 一週間のホテル生活はどうやら今日で終わりらしい。

 どうせなら気が付かれないまま一ヵ月、いや三ヵ月、欲を言えば半年くらいは看守さんとお話をする毎日を過ごしたかったんだけれどもね。

 

「看守、弟が迷惑をかけたわね」

「い、いいえ滅相もございません!」

「ちょっと姉さん、看守さんを脅さないでくれないか? とても仕事熱心のいい人だ」

「犯罪者は黙りなさい。久しぶりにまともな食事を摂った感想は?」

「身体の調子がいいね。普段飲んでる野草茶に毒が混じってたのが原因の一つだとわかったよ」

「そ。ならいい加減理解したでしょう、アーサー」

 

 鉄柵越しに姉上は見下ろしてくる。

 

「コンディション最悪、魔力量は本来の十分の一しかない、身体中悪い状態のまま生活を続けていた癖に国が主催するコンテストで二次審査まで通る。アンタは才能があるの」

「たかが二次審査だ。一次審査は最低限を篩い落とすためのモノで、それは誇れる事じゃあない」

「ここ一週間、この牢獄の魔力抽出量は右肩上がりよ。看守がボーナスを期待できるくらいにはね」

「ほほう、それならボクは世話してくれた分の恩は返せるわけか。奥さんを連れて旅行でも行ってくると良い」

「アーサー。無能を装うのはやめなさい」

 

 姉上は黄金の瞳を向けてくる。

 ボクはこの目が少し苦手だ。

 この人は凄い。

 強く美しく清い。

 

「……装ってるワケじゃない。ボクは真実、己が無能だと理解してるんだ」

「挫折が苦しいのはわかってる。でも私は恵まれたから、アンタのその苦しさに共感して手を差し伸べる事は出来ない」

「ならいいじゃないか。ボクは姉上の事は苦手だけど好きなんだぜ」

「私はアンタの事は嫌いよ。私にその才があれば家を救えたのに、こんな立場で満足することなくもっと上を目指せたのに」

「知ってる。肉親だから気をかけてくれるその優しさに甘えてるだけさ」

「それでいい。その代わり私はアンタを諦めない。その才能は腐らせてやらない。ガキの頃に言ったあの約束は、決して撤回させてやらない」

 

 南京錠と魔法で施錠された扉を姉上は解除して、中に入って来た。

 

「セイクリッド王国第二師団第二大隊長フローレンス・リゴールの名の元に。アーサー・エスペランスを第二師団へ推薦します」

「…………えーと、福利厚生とかは」

「アンタの元には一ヵ月に何度行っていたかしら」

「大体一回だね」

「そういう事よ」

 

 ふー……

 

 なるほど。

 とうとう姉上も我慢の限界になったらしい。

 これまで関わって来た中で、一度だってその立場を持ち出したことは無かった。

 それをするという事は、それは命令だ。

 姉上の思惑……というより、計画の中にボクはようやく組み込まれたのだろう。

 

「ボクの夢はヒモなんだけど」

「安心しなさい。第二師団は女が多いわ」

「ボクが姉上に逆らう訳無いだろ? これまでの人生一度だって逆らったことは無いぜ」

「はい決まり。看守、悪いけど手続きは後からするから」

「ええっ!? そ、それはちょっと……」

 

 ボクの首根っこを掴んで俵担ぎしたまま、姉さんは看守さんの肩に手を置いて囁いた。

 

「職務に忠実なのね。ボーナス、期待しておきなさい」

「――――は、はいっ!」

 

 あーあ、悪い大人だ。

 厳格な武人なのにこういう政争も出来るようになっちゃってまあ、姉上が心強いぜ。

 

「これから忙しくなるわよ」

「ふー……前科持ちの弟でよろしければ」

「揉み消すに決まってるでしょ」

 

 持つべきものは権力者の身内だね。

 



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これは誘拐ですか?

 

「ところで姉上」

「なに?」

 

 俵担ぎされたまま街中を歩いているため注目を浴びているが、一向に姉上は気にしていない。

 ボクの名誉には一切関与しないが、彼女の名誉に傷がついてしまわないか心配なボクはその内容を伝えたけれど、鼻で笑われた。

 

「は~~~!? 今更アンタ一人拉致ったところで誰も気にしないわよ」

「おっと、これは拉致に属するのか」

「言葉の綾って奴ね」

「失言は控えた方が良いんじゃない? 揚げ足取られるぜ」

「大隊長なんて中間管理職、誰もなりたがらないからいいの」

 

 うお〜、我が姉ながらよく言うぜ。

 というかやっぱり中間管理職は大変なのか。

 時折ボクの家(とは名ばかりの廃屋)に来た時に愚痴を吐く時があったからストレス溜まってるとは思ったんだけど、これは結構鬱憤が溜まってたみたいだ。

 

 ボクは姉上のことは好きだからね。

 出来ることなら役に立ってあげたいのさ。

 ボクが労力を支払わない形で、という注釈が付くけれど。

 

 そのまま姉上の肩で揺られることおおよそ三分。

 案外乗り心地がいい安定感に促され船を漕ぎ始めていたボクに対し情け容赦なく大地は直撃し、目覚めの刹那に土と接吻をする事になった。

 

 ぐるりと身を翻して空を仰げば熱烈な光の歓迎を受ける。

 

「眩しいね、太陽は」

「着いたのに起きないからよ」

「もっと優しく、薔薇を愛でるように起こしてほしいね」

「生憎だけど花は摘む以外に愛し方を知らないの」

 

 これは藪蛇だ。

 軽口の果てで命を摘まれては仕方ないので、諦めて降参の意思表示をする。

 

「ここは……第二師団第二部隊本部。つまり姉上のお城ってことか」

「……そこは訂正しておきましょうか。第二第二と続くからややこしくて嫌いなのよ、その言い方」

 

 ボクから一歩前に進み、大きな門を背に姉上は堂々と立つ。

 いつのまにか背後に並んでいるフルプレートの騎士達の姿は正に圧巻と評するしかなく、語彙力に貧するボクでさえ多種多様な言葉で言い表したくなる程だった。

 

「第二師団の誇る最大戦力にして、この国を守る最後の盾。我々の後には何も残らず、我々の後には何も通さず。黄金に輝くこの身ある限りセイクリッドに闇は無い」

 

 乱れない圧倒的な光景。

 ここにいる誰もがボクを片手間で殺すことできる強者。

 戦争で活躍し続ける騎士の上澄み。

 それら全てを束ねる、姉上の黄金がいやに眩しく感じる。

 

「我ら黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)。聖なる国の輝き続ける盾である──…………と。口上はこんなものね」

「……おお、凄い。思わず見入ってたよ」

「これからアンタも仲間入りすんの。言っとくけど貧弱魔法使いは必要ないし、最低限動けるようになってもらうから」

「姉上の言う最低限とは石を素手で破壊する怪物のことかな?」

「ふぅん、そうなりたいの。男の子ね〜」

「ボクがプライドを持ち合わせてないことなんてわかってるくせによく言うよ。……まあでも、迷惑にならない程度にはなる気はあるさ」

「上出来ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま姉上の執務室まで一緒に歩いて来た。

 入口で集まっていた騎士たちはあの後解散したらしく、ガチャガチャと鎧が鳴る音とちょっとした喧騒の後に静かになった。

 

「それで、今更ボクの事を動かした理由を聞いてもいいかな?」

 

 姉上の後ろに控えた二人の人物のことも気になるけれど、今はそれよりも姉上に訊ねたいことがあった。

 わざわざ警護に連れてくるには少々豪華な装飾だし、きっと腹心とかそういう立場の二人だと思うね。

 だから姉上も多少は腹を割ってくれるんじゃないかな。

 そもそもあまり隠し事の多い人ではなかったけれど、流石に今は立場があるからね。

 

 そんはボクの期待とは裏腹に、姉上から出た言葉は少し冷たいものだった。

 

「アンタにそれを聞く資格はまだないわ」

「……ふむ、予想外だ。ビジネスライクな関係で行く訳ではないんだね」

「当然でしょ。アンタは部下、それも下っ端兵士。本来なら厳しい訓練と試験を突破しないと入隊出来ない第二師団にコネでぶち込んでるんだからこれ以上特別扱いはしないし出来ないの」

「姉上的にはボクを特別扱いする気は?」

「無かったら引っ張ってこないでしょ」

 

 おお、思いの外好印象じゃあないか。

 うむ、良かった良かった。

 

「ただ、アンタの役割は教えられる。そこから勝手に考えることは止めない」

「是非とも教えて欲しい」

 

 そもそも疑問が残る話だが。

 第二師団は屈強な騎士の所属する化け物集団だ。

 団員の七割が戦闘員であり、軍学校や士官学校から成績優秀者として認められた人物若しくは現役の隊員から推薦を受けた者しか入隊する事が出来ない超エリート。

 姉上は軍学校叩き上げだが、その有り余る腕力とフィジカルを遺憾なく発揮し現役の隊長格を叩きのめして入隊した化け物。

 一方ボクはそんな姉上の推薦を受けた物理最弱魔法特化(それも特筆する事の無い平凡なものだが)。

 楽に生きていたいとはいえ、姉上の顔に泥を塗りたい訳ではない。

 

 いつもより真剣な表情で、これが大隊長という役職を背負った時の姉上かと素っ頓狂な事を考えつつ、言葉を待った。

 

「第二師団に魔法を……いや。魔法に対抗する策を独自に編み出す必要がある。魔法に優れた第四師団とも独立して、双璧として並ぶ第一師団を超える形にし、現在国境で小競り合いを繰り返す第三師団に恩を売る形で。その為にアーサー、アンタが必要だった」

「……うん、なるほど。大体わかった」

 

 セイクリッド王国は二大国に挟まれている。

 小国を蹂躙し領土を広げ続けるオスクリダ帝国、保守的でありながら我が国の五倍の領土を持ち尚且つ屈強な魔法師団と弓術部隊を抱えたパラシオ王国。

 ボクがまだまともだった頃の知識だから少し変化があるかもしれないけど、大まかにこのままだと思う。

 首都周辺に緊張感は無いし、敗走してきた兵士を外で見た記憶も無い。

 

 それはつまり成果を急ぐ必要がないという事。

 

 でも姉上は成果を求めた。

 他の団を追い抜いて、第二師団を更に強固なものにして、セイクリッド王国を強くするために。

 第四師団は腐敗で終わっていると言っていた。

 第三師団は国境警備隊だ。そこが腐り落ちる事はないだろうし、恩を売ると明言している事から何かを期待してる事は間違いない。

 第一師団を超えると言う発言はそのままかもね。

 

 つまり、そこまで時間は残ってないってことだ。

 

「何年くらいだい?」

「五年も無いわね」

「おっと……思ってたよりギリギリだ」

 

 帝国か王国か。

 どちらかは不明だけど、確実に戦争が起きるラインなんだろうね。

 そして現状の戦力で守りきる事は出来ないと姉上は考えていて、自分の手札の中で対抗手段を構築すると言う訳か。

 全部を救うつもりじゃないってのが姉上らしい。

 

「ふーむ……ボク如きがそんな大役を担えるとは思えないけど」

「……こう言っちゃ何だけどね。私もそれなりに努力したけど、殆ど引っ張れなかったの。アンタを最後の保険として用意してただけよ」

「ああ、そういう事か。なら納得だ」

 

 つまり元々ある程度計画はしてたけど、一番大切な魔法使いが手に入らなかったと。

 ボクを最終手段として判断していたのは姉上なりの優しさか、それとも単純に最低限の能力だからか。

 後者だろうね。

 もしボクに才能があるなら、あの日負ける事は無かっただろうから。

 

「流石にプータローのボクでも愛国心くらいは携えてるつもりだ。謹んでお受けいたします」

「そう言ってくれて助かるわ」

 

 でも出来る限り頑張りたくないから、お国が滅ばない程度にしっかりやらせてもらわないと。

 具体的に言うなら週休四日実勤務三日労働時間一日6時間くらいで。

 あと家も欲しいね。

 屋根が付いてて壁があった雨風を凌げる高級ハウスが欲しい。

 

「それじゃあこれから顔合わせと行きましょうか。カミラ、兜を外しなさい」

「……はい」

 

 姉上の右後ろに控えていた人が兜を外す。

 うーん、どこかで見覚えがある鎧だ。

 具体的に言うなら、一週間ほど前に見た気がする。

 

 兜の中から赤髪がはらりと出てくる。

 短く切り揃え、センターで分けられた髪型は、長い時間兜で固定されていたとは思えない柔らかさを持っている様に見えた。

 おっといけない。

 人を、特に女性のことをジロジロ観察するのは良くないね。

 

黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)三番隊隊長、カミラ・アンスエーロだ。一週間振りだな、不審者」

「姉上、不敬罪とかは適応されるかな?」

「残念だけどアンタは私の弟である前に三番隊の新入りなのよねぇ」

「あらま。それなら仕方ない」

 

 不快感を隠さず眉を顰めたままのアンスエーロさんはちょっと怖い。

 

 ここはウィットに富んだボクのエスペランサジョークで場を和ませるしかないね。

 

「牢獄は心地よかったよ。あそこで暮らしたいと思ったくらいだ」

「もう一度ブチ込んでやろうか? 今度は出てこれんぞ、牢獄の中でも研究は出来る」

 

 あっ、本気だなこの人。

 ボクはバカだが、ノリで相手をしてイイ人とそうじゃない人くらいは区別できる。

 この人は駄目だね。

 真面目で、冗談が通じない訳じゃないけど、とにかく真面目な感じがする。

 

「失礼しました、小隊長殿。新人のアーサー・エスペランサです」

「……リゴール大隊長。この男、何を考えているので?」

「何も考えてないからこんな感じなの。それを考えるように教育するのが貴女の仕事ね、カミラ」

 

 思わずといった様子で額を抑えるアンスエーロさん。

 

 安心してほしい。

 ボクなりにやらせてもらうから。

 勿論、週休四日の実勤務三日翌日休暇を希望するけどね。

 



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無能ダメ男アーサー

 

 突然だがボクは自他共に認めるもやしっ子だ。

 子供の頃は魔法も剣も極めようと飽くなき探求心を燃やし似合わない努力を重ねたが、ある少女にボコボコのボコにされてから努力はすっかりやめてしまった。

 お陰で割れていた腹筋はふにゃふにゃになったし元々無かった剣の腕は地に落ちたと言ってもいい。

 

 まさか大人になってダラダラ汗を流して走り回る事になるとは考えてもいなかった。

 

「ひい、ひい、ふう、ひい…………」

「……貴様、以前は浮浪者だったと聞いたが」

「そ、それで間違いないさ。ボクは紛れもない浮浪者で、はあ、野草と小動物のみを頼りに生きて来た魔法使い……ウプッ」

 

 息が苦しい。

 久しぶりに走り回ったからだね。

 今は身体に十分な栄養があるから問題ないけど、ああいう細々とした暮らしで急激な動きをすると回復しきれなくてマズいからしてこなかった。

 

 情けなく呼吸を乱し地面に横たわるボクに対し、アンスエーロ隊長はなんとも言えない微妙な顔で言う。

 

「なんというか……才能は感じない。だが、センスが無いようにも見えない。走り方、身体の動かし方、なんとも言えない感覚だ」

「ボクに才能はないからね。仮に才能があったのなら、こんな姿を晒すことはなかったと思うぜ」

 

 起き上がって息を整えた後、水魔法を行使して頭を洗い流す。

 冷水をいつでも出せるのが魔法使いとなってよかったことだ。

 幼い頃に必死になった価値はあったと思う。

 

「……フン。才能はない、か……」

「その通り。魔法に関して持て囃されたことはあるけど、それも年齢を重ねるにつれて化けの皮が剥がれてしまった。後に残ったのは情けない没落貴族というワケだ」

「腐ってもリゴール大隊長と同じ血を持つという事か」

「姉上が異端なんだ。エスペランサ家は魔法使いを輩出する事はあってもゴリゴリ武闘派の騎士は出たことがない。魔力が無ければ先祖返りに期待して嫁に送り出されるのがオチだったのをたった一人で覆した、それがあの人だ」

 

 我が姉ながらつくづく化け物だと思わされる。 

 ボクはこんなにも無力感に苛まれていると言うのに。

 

 完全に今日の労働は終わったと油断しているボクに、アンスエーロ隊長は無言で木剣を差し出して来た。

 

「……えー、これはつまり?」

「剣を握れ。貴様の基礎体力、センスはある程度把握した。翌日からのメニューを考える最後のピースに剣の腕を知る必要がある」

「一応ボクは魔法使いとして雇われた筈だけど」

「建前上はな。だが私の部下になったのだから、私の求めるレベルには至ってもらわねばならない」

 

 正論だね。

 ボクは国を守る騎士団に所属した。

 それなのにいざ戦いが起きた時、魔法しか使えませんと言い訳をして近接戦闘が出来ない無能のままでは困ると言う事。

 ボクでもそのくらい努力しろと言い放つだろう。

 

 木剣を受け取って、その重さに僅かによろめく。

 懐かしい重さだ。

 でもあの頃より軽い気がする。

 流石に大人になったから筋力の違いもあるし、それでも子供の頃の全盛期に比べたら全然ダメだけど、ちょっとは良い事もあったみたいだね。

 

 軽く素振りしてみたけど、今の僕にこのじゃじゃ馬を扱いきる力はない。

 疲労でプルプル痙攣する腕がそれを証明していた。

 

「……構えろ。打ち込んで来い」

 

 堂に入った構えをして、アンスエーロ隊長は待っている。

 

 期待を裏切ってしまう事を悪く思いつつ、ボクは剣を両手(・・)でしっかりと握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……この男が、リゴール大隊長の弟)

 

 汗を洗い流し気怠そうに立ち上がった青年を見て、自身の敬愛する上司の肉親であるという事実に半ば疑念と怒りを抱きつつ、黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)三番隊隊長のカミラ・アンスエーロは足を進めた。

 

 カミラは叩き上げの騎士だ。

 国境近くの旧式要塞──セイクリッド王国では石造りではない土を用いられた要塞を指す──に配備されていた当時、領土侵攻してきたオスクリダ帝国の騎士団との戦闘になったことがある。

 要塞の六割が消失する程の激しい戦いとなったが、そこで倍以上居た敵騎士団を駐在員僅か五名だけで殲滅。

 その内四名は死亡し、たった一人の生存者となった彼女もまた傷が深く死を待つのみとなっていた所に現れた一人の女騎士に救われて今がある。

 

 ゆえに、その恩人──フローレンス・リゴール大隊長がわざわざ隙を晒してまで入隊させた浮浪者にそんな価値があったのかと、思わずにはいられなかった。

 

 セイクリッド王国は腐敗が進んでいる。

 貴族社会の緩やかな衰退と私腹を肥やす典型的な上位層、品質が落ちる国内の生産品を毛嫌いし他国へのブランドを夢見てそちらへ多大な金銭を流すため国内に金が落ちて行かず状況は悪くなる一方だ。

 それは国を守り盾となる筈の軍部でも変わりなく、特に第四師団は酷い有様だった。

 第二師団は比較的クリーンな組織だと思っているが、他の組織からの牽制も強い。

 隙を晒せばそれだけ介入する理由を生んでしまい、国を守ることすら出来なくなってしまうかもしれない。

 

 それなのに、そのリスクを冒してまでこの男を入隊させた理由をカミラは理解できていなかった。教科書通りの未熟な構えで剣を振り下ろしてくるアーサーを見ても、理解できるものでは無かった。

 

「ふ、ふぅっ……ハハ、腕がパンパンだ」

 

 こちらの視線に気が付いている癖に、それでも余裕だと言わんばかりの口調を崩さないその姿勢にはいっそ感銘すら覚える。

 見栄を張っているのか、それとも単にそういう性根なのか。

 付き合いの浅いカミラにとってそれは大事な事ではない。

 事実として、その在り方が他者を苛立たせるものだと理解した。

 

(これが……この国を、我々を救う手段だと。そう仰るのですか、リゴール大隊長)

 

 少なくとも、この程度の男に頼らなければならない程弱く等無い。

 黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)は不滅の騎士団だ。

 古くから続く伝統的なセイクリッド王国の戦力で、その名は国内外に轟いている。

 第二師団の中に組み込まれた少数精鋭の実力派集団であり、ゆえに王都に配備されている。

 我々こそが最後の盾であり、この国を守る光だと象徴するために。

 

 光る原石であれば何でもいいとなりふり構わない戦力増強に努める方針に転換してからはその数を増やしたが、それでも多くは無い。

 総勢100名程度の小さな軍団でありながら第二師団最強戦力と呼ばれているのがその実力を物語っている。

 

 だからこそ、カミラは困惑した。

 

(なにもない。この男には、何も……)

 

 剣の腕は凡人だ。

 訓練すれば少しは伸びるかもしれないが、この黄金騎士団で戦い抜けるようなものではない。

 

 体力は悪くない。

 それでも成人男性として考えれば物足りないだろう。意外と根性があるように見えたが、それは誰しもが持ち合わせているものだ。

 

 そして何より────光るものを一切感じない。

 

「あっ」

 

 剣を弾き飛ばした。

 二十年近く剣を握って来た彼女にとって身体の一部と言ってもいいソレは達人の領域に達している。

 素人の剣を無抵抗で弾き飛ばし無力化することなど造作もない事だった。

 

「……把握した。今日はここまででいい」

「ふむ……うん、わかった。余計な時間を取らせてすまないね」

 

 弾いた剣を回収して、訓練場備品室に入り一人になったカミラは考える。

 

 一体何が目的で奴を入隊させたのか。

 語る通り魔法だけを目的にしたのだろうか。

 もしそうならば、圧倒的な天才でもない限り役に立てることは無いだろう。

 第四師団は腐敗しているがそれでも魔法使いを中心とした戦力だ。

 何度も模擬戦を行い殺傷のギリギリまで全力で戦う事もある。

 その中で黄金騎士団は一度も敗北したことが無い。

 生半な魔法使いでは熟練の騎士を止められない。

 それがカミラの結論だった。

 

(幼い頃は神童だった、か……)

 

 現状はともかくとして。

 リゴール大隊長の判断が誤っていないものだと考えるならば。

 必ず役に立つ場面がある、もしくは入隊させること自体に意味がある。

 それに探りを入れるべきだとカミラは判断した。

 

「まずは情報を搔き集めなければな」

 

 リゴール大隊長の旧姓、エスペランサ一族。

 

 その輝かしい栄光と没落。

 そして最後に残されたアーサー・エスペランサの過去。

 意見を出すのはそれからでいい。

 

「……何をしている」

「何って……水分補給さ。牢獄で食事を摂れたお陰で魔力もそこそこ回復したからね。魔力抽出機に吸われたけれど、ただ水を生み出す位なら問題ない」

 

 指先からダバダバ水を垂れ流しながらそれを口に含むアーサーの姿に嘆息した。

 

(前途多難だな、この国は)

 

 

 



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姉が弟にどんな感情を向けているのか、十文字以内で推測せよ。

 

 今の季節は夏が過ぎようとしているくらいだ。

 夜明けの風は冷たくて、隙間風の脅威に曝されながら睡眠をとるのは至難の技。

 身震いする度に意識が覚醒し、眠りにつこうと薄い布に包まれば仄かな暖かさと肌寒さに襲われる。

 ボクはそんな日々を何度も繰り返してきた。

 天井があって壁があって厚めの布がある。

 それだけで天国と言って差し支えないさ。

 

「おお……」

 

 年甲斐もなく感動してしまいそうになったのは、黄金騎士団の宿舎を見たからだ。

 

 豪華で煌びやかな装飾が施されているわけではない。

 でもちゃんとした寮だ。

 各部屋に扉があって外と区切られてる時点でもうすごい。

 かつてのお屋敷もこんな感じだったな……

 色褪せた思い出だ。

 

「これでもう夜風とはおさらばということだ」

 

 かつては仁義なき戦いを繰り返したボクらだが、残念だけどボクは一つ上の領域にいく。

 もう君に悩まされる事はない。

 これが人間の底力さ、大自然。

 

「ハーッハッハ! 未来は明るいぜ」

「なにを騒いでいる。お前の部屋はあそこだ」

 

 アンスエーロ隊長は鎧をガチャガチャ鳴らしながら寮とは外れた場所を指差した。

 

 庭の一角に鎮座する小さな建物。

 建物というより、あれは物置。

 近寄ってノックしてみれば、ゴンゴンとやかましい音が鳴り響いた。

 

「ふーむ…………これは物置だね」

「ああ。残念だがそこしかない」

 

 扉を開いてみれば埃まみれの地面に一応中のものは片付けてくれたのか、ボクが住んでいた廃墟よりも狭く陽の差し込まない空間が用意されていた。

 

「……………………」

「わ、悪いとは思っている。だが部屋が用意できなかった」

 

 流石のボクでもここまで手酷い裏切りを受けるとは思っていなかった。

 仮にも推薦を受けた立場だ。

 それも大隊長直々に。

 血縁者でもある。

 普通は優遇するのでは? 

 廃墟暮らしの方がマシだったかもな、ハハ……

 

「ただし食事は暫くタダになる。それくらいは私の権限で……」

「アンスエーロ隊長。ボクと結婚しませんか?」

「…………明日は日が昇る前に起こしにくる。もし寝ていたら叩き殺す」

 

 抜け落ちた表情でそう言われてはボクにできることは無い。

 嵐が過ぎ去るのを待つ小動物が如く、身を震わせて物置に身を潜めるしかなかった。

 

 

 

 

 

「ウーノ、ドス、トレス」

 

 123のリズムに合わせて魔法を使う。

 

 炎魔法、水魔法、風魔法。

 人類の三割しか魔力を持って生まれてこないと言われるこの世界では、本当はボクみたいな魔力持ちはある程度優遇される。

 本来なら、あんな浮浪者暮らしを許される立場ではない。

 でもそうせざるを得なかった。

 この国の腐敗は今に始まった事じゃないってことだ。

 

 久しぶりに魔力が満ちている感覚がする。

 子供の頃のような全能感は無いけど、好調とはこのような状態を指すので間違いない。

 

「鈍ってるねぇ」

 

 あの頃は良かった。

 ボクは自信に満ち溢れ、あの努力と根性の化身と言うべき姉上相手に模擬戦で負けることもなく。

 同年代は愚か年上も蹂躙し、この世の栄華全てを味わい尽くし天狗になっていた。

 それでも敗北した。

 ボクよりも年下で、ボクよりも幼くて、ボクよりも小さくて弱そうな少女に。

 

 あれが初めての挫折だった。

 そしてそこから立ち直る暇もなく数年で両親が戦場で他界し、大人達の策略で堕ちたエスペランサ家を守ることも出来ず逃げ出した。

 それがこれまでの簡単な来歴だ。

 それじゃあこれからボクはどんな道を歩むのだろう。

 

 腐敗した第四師団に見染められ楽に生きたかった。

 美人ならなおのこと良いけれど、お金と気楽さを提供してくれる人なら誰でも良い。

 努力は報われるものではないと拗ねたボクにとって、第二師団は眩しすぎる。

 選ばれなかったのだから何かを言う権利はないけどね。

 

「……今更英雄願望は持ち合わせて無いよ、姉さん(・・・)………」

 

 その夢を抱くには歳を重ねすぎた。

 第二師団は真っ当なんだろう。

 姉上が腐敗を許すとは思えない。

 自分の手が届かない外界ならともかく、己の身内に粗相をする人間を残しはしないだろう。

 ボクの事はどうして甘やかしてくれるのかがわからないけど。

 

 ボク程度の才能で出来ることなんて限られている。

 それでも、姉上に望まれたのなら、出来る限り頑張ろうとは思う。

 ボクは年下の少女に負ける程度の人間だ。

 過度な期待は控えて、現実的に可能なレベルで信じてほしい。

 

「あ〜あ、せめて相伝の魔法を全部継承出来てればな」

 

 輝きのエスペランサ。

 光属性魔法を操る初代が授かった称号。

 その領域に至る程の傑物は初代以降現れる事はなく、唯一ボクにその期待が寄せられていたが結果はこれだ。

 もしも父上から相伝を受け継いでいたら人生は変わっていただろう。

 少なくとも実験動物、もしくは種馬としての人生だ。

 腐敗と合理のこの国で何の政力も持たない子供なんていいように扱われて終わる。

 だから逃げ出した、と言うのもあるんだけどね。

 姉上には悪いことをしたよ。

 

 それにしたってこの仕打ちはひどい。

 コンテストでボクを釣り、受からないのを知っていたくせに乗せてきて。

 そして前科者で詰んだところを鮮やかに回収する。

 何よりも疑問が浮かぶのはここだ。

 どうしてわざわざボクなのか。

 あの時姉上が言った理由、あれは十中八九嘘だと思う。

 なぜならボクが本当に必要なら、コンテストという確実性に欠ける手段で釣ろうとしないからだ。

 

 直球で言えばいい。

 ボクがそれに逆らうわけがない。

 これまで一度だってあの人は言ってこなかった。

 

「本当の狙いは何かな?」

 

 目的はそこまでズレてないと思う。

 腐敗の進む第四師団が逆らえないくらい完璧な武力と権力を手にし、国境警備隊の第三師団に恩をうり、セイクリッド王国が戦火に巻き込まれても生き残れるくらい強くなる。

 要は魔法に対する理解度が足りない、ってことか。

 魔法に対抗出来るようになればパラシオ王国自慢の長距離魔法も恐れなくて済むし、帝国の圧倒的な軍勢を駆逐するような火力を手にすることも可能だろう。

 それを手にした第二師団に逆らえる勢力が、果たして国内に残っているのか。

 そもそもそこまで強大になる前に他国からの妨害が入る。

 それを加味した上で一体何を求めている? 

 この国で最強の暴力集団を手にしたのに、それ以上を求める理由はなんだ。

 

「……ふーむ、わからん」

 

 ダメだな、よくない。

 ボクは昔からひたすら思考を回そうとする癖がある。

 何かを考えるこの感覚が好きなんだ。

 迷いも戸惑いも閃きも、それら全てを巻き込んだ末に導いた正解不正解が好きなんだ。

 だから魔法というものに触れられるのはとても幸運だったし、そのおかげで天狗になっちゃったんだけど。

 

 だから究極まで余裕のない生活をしていた。

 そうすれば現実から目を逸らせると知っていたから。

 

「全く、優しくないな……姉上は」

 

 せめて毛布くらい用意してくれれば泣いて喜んだのに。

 まさか何もないとは想像すらしていなかった。

 隙間風が少し吹き荒ぶ物置は、廃墟よりはマシだった。

 



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黄金騎士団三番隊

 

 吹き荒ぶ夜風に身体を冷やされながら、小さく炎魔法で保温して一晩。

 食事を摂った分魔力に余裕があり、多少の贅沢は許される。

 ふふっ素晴らしいね。

 こんなに温もりに包まれたまま寝るのなんて久しぶりだ。

 風が冷たいから気分は最悪だけど。

 

「……朝だなぁ」

 

 身を起こそうと頑張ってみたけどどうにもうまく動かない。

 気怠い。

 まだまだ寝ていたい。

 廃墟暮らしは活動すればするだけ損をするからずっと寝てたからね。

 その癖が今でも残っている。

 まあ意識だけは覚醒してるから実質起きてるみたいなものだし、アンスエーロ隊長も見逃してくれるだろう。

 実質起きてる。

 

「人生のんびりやっていこうってね。生き急いでもしょうがないさ」

 

 そしてもう一度睡眠に身を委ねようとゴロリと寝転んで、ガシャンとド派手な音と共に開かれた扉からビュウビュウ吹き荒ぶ風に身を震わせた。

 

「ほっ、ホヒョォ〜〜!」

「……起きてはいるみたいだな」

「おっ、脅されてたからね。寒っ、いや寒いな……冬眠しちゃうよ」

「大隊長からはお前が怠けようとした際死ぬ寸前まで痛めつけていいと命令を受けているが」

「いや〜いい朝だ。これほどまでに清々しい朝を迎えたのは何年振りかな?」

 

 やれやれ。

 確かに第二師団には女性が多い。

 それも美人が多い。 

 でもさぁ、ボクに対して辛辣な人が多いんだよね。

 姉上もそうだし、アンスエーロ隊長も早速ひどい扱いをしてくるようになった。

 確かに元浮浪者のろくでなしだけどもうちょっと人権意識というものをだね。

 

「今日は私の部下と顔合わせを行い、その後訓練。夕刻から大隊長に呼ばれているからそちらへ行くぞ」

「ふむ、ボクを過労死で抹殺するつもりみたいだ」

「安心しろ、この程度では死なん。魔力を持たない我々が厳しい鍛錬の末に死んでないのだから、お前は死なないだろう?」

 

 ふー……

 魔力を持ってるからと言って超越者になれるわけじゃあないんだ。

 皮肉げな顔で言うアンスエーロ隊長は魔力を持たないらしい。

 まあ人類の七割がそっち側だからそれは仕方ないことだ。

 ていうかこの流れから察すると、第二師団はそういう方針なのかな。

 ならボクが適任だったと言うのはあながち嘘じゃないかもしれない。

 

「まあ、死んでないんだから死なないと思うよ」

 

 それに。

 子供の頃に文字通り死ぬほど頑張ったけど死ななかったから、きっと大丈夫だと思う。

 それはそれとして努力はもう勘弁して欲しいしただ生きるだけの生命体に成り下がりたいだけなんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたが噂の秘蔵っ子か?」

「ちょっとバロン、そういう言い方は……」

「いいじゃねぇか別に、仲間なんだし」

 

 そして連れてこられた訓練場にて待っていたのは五人のラフな格好をした男女だった。

 

 なんでアンスエーロ隊長は全身鎧に身を包んでるのかな。

 もしかしてまともな私服がないとか……? 

 鍛錬一筋で生きてきたから男が寄り付かなかったのかもしれない。

 かわいそうに、一宿一飯の恩があるから誰もいなかったらボクが婿入りしてあげるからね。

 そして養ってもらう。

 国外逃亡も全然受け入れるつもりだ。

 

「余計なことを考えているだろう」

「ボク程紳士で誠実な男はいないぜ」

「だそうだ。諸君、よく可愛がってやれ」

 

 一番最初に話しかけてきたのは先ほどバロンと呼ばれていた男性。

 

 髪色は金、この国に最も多い民族っぽい顔つき。

 軽薄そうな笑顔を浮かべている。

 だが身体つきは屈強そのもので、柔らかく見えるのはその表情だけだ。

 中々曲者って感じがするね。 

 

「よう、秘密兵器。俺の名前はバロン、バロン・カステルデフェルス。農民出身の平騎士だ」

「ボクはアーサー。アーサー・エスペランサ。元貴族の現没落貴族さ」

「やっぱ没落した時ってショックだったか?」

「まあまあだね。いやごめん、正直その頃引き篭もりだったからあんまり覚えてないんだ」

 

 エスペランサの名に動揺した様子も驚いた様子もない。

 田舎出身なのは間違いないし、農民出身っていうのも嘘じゃないな。

 少なくとも元貴族なんて地雷の多い相手に対しフランクに、それでいて若干舐めた態度で話しかけて様子を探る知性はある。

 

 ……っと、やめだやめ。

 こうやって考えても仕方ない。

 ボクの悪い癖だ。

 何でもかんでも考え込んで自分の中に答えを落とし込もうとする悪癖。

 

「バロン、あんた失礼すぎ! ええと、アタシはルビー・フロスト。ルビーでもフロストでも好きに呼んでちょうだい」

「わかった、ところで年齢は? あと彼氏いる? ボクと結婚しない?」

「──……は、はぁっ!? 何言ってんのこいつ!?」

「おっと、想像してたよりイカれてるっぽいな」

 

 バロンはボクのイメージをお高いものだと固定していたらしい。

 ふっ、残念だな。

 ボクは貴族の中でも筋金入りのアホだという自覚がある。

 ふざけてないと永遠に思考を回そうとしちゃうからね。

 糖分が足りなくてだらしなく物を食べ続けるようなこともしちゃうからやらないようにしたい、それを抑えるためにはとにかく無駄なことで行動と思考を埋めないといけない。

 中々難儀な性根を抱えてしまったものだ。

 

「ルビー、君は美しい。どうだい、ボクのことを養わない? 血統だけなら保証でき」

「フロスト。こいつは基本的に何も考えていないバカだ、真に受けるな」

 

 アンスエーロ隊長の殴打で世界が揺れた。

 頭頂部がズキズキと痛みを発している。

 これが生きるってことか……

 世の中世知辛いな。

 まさか求婚すら許されないとは。

 ボクは貴族だぞ。

 元だけど没落貴族だけど仮にも貴族だぞ。

 そんな貴族様の行動を阻害するとは貴様ァ〜、どうやら裁かれたいらしいな。

 

「有事には手を出していいと言われている」

「ならしょうがないね。ルビー、ボクは本気だからよろしくね」

「えっえっ」

「どう考えても適当に言ってるだけでしょう。私はフィオナ・アルメリア」

 

 この揶揄い甲斐のある女性がルビーで、ちょっと堅苦しそうなのがフィオナね。

 

 久しぶりに人と関わるから覚え切れるかが不安だ。

 

「………………ジン・ミナガワ」

「……東洋人?」

「ああ。そして喉が潰れていてな、話すのが得意じゃない」

 

 コクコクと頷いているあたり、性格はちょっと面白そうだ。

 

 珍しい黒髪だなとは思っていたけど、なるほど東洋人。

 子供の頃に一度戦ったあの子は元気かな。

 魔法使いの癖に独特な形をした剣を振り回してきた少女。

 当時のボクの敵じゃなかったけどね。

 

「よろしく、ええと……ミナガワ?」

「ジン」

「うん、わかった。よろしくジン」

 

 手を差し出してきたのでこちらもそれに倣って握り返す。

 ゴツゴツした手だ。

 女の子らしくない手。

 でもここの部隊はみんなそんな感じだろうね。

 よく見れば腰に剣を差してる。

 この距離で対面したらなすすべもないな。

 やるなら中距離から様子を見ながら──カットカット。

 変な方向に思考を委ねるのはよろしくない。

 

 自分の思考を逸らすためにジンから目を離して、残った一人のことを見る。

 

 何やら信じられないものを見たような目でボクのことを見ている。

 後ろを念のため確認したけどそこには不思議そうな顔をしたアンスエーロ隊長がいるだけ。

 改めて前を見た。

 ワナワナ震えながら右手を上げて、人差し指でボクのことを指差している。

 髪色は金。

 どちらかというとプラチナブロンドというものに近いと思う。

 

「────…………よ」

「うん?」

 

 何か言った気がするけど俯いてるから聞こえない。

 

 しょうがないな。

 ボクは心優しい男だからね。

 女性の手を煩わせる程野暮じゃあないんだ。

 

 聞き取るために前に足をすすめた。

 そして耳を澄ませて彼女が何かを言うのを待った。

 ふっ、紳士すぎるね。

 

「────決闘よ!!」

「ウワァーーっ!! 耳が!!」

 

 爆音で叫ばれたシャウトにボクは絶叫した。

 キーンと耳鳴りが止まず、フラフラ後退するボクのことなんて全く意に介さないまま、彼女は続ける。

 

「決闘よ、アーサー・エスペランサ!!!」

「え、ええと…………随分と急だね。ボクは騎士見習いですらないけど」

「忘れたとは言わせないわ!! 私のことをあんなに弄んで、あんなに辱めて……!! 絶対に許さないッッ!」

「聞き捨てならない情報が出てきたな」

「ちょっと隊長、もしかしてこの男かなりやばい奴なんじゃ……」

「……言うな。大隊長の弟だぞ」

 

 情報過多だ。

 後ろは後ろでボクのことをコケにしてるし、肩で息をする彼女はとても興奮しているように見える。

 う〜ん、ボクは生涯で一度も女性を弄んだことはないんだけど……

 自覚なしにやってたってこと? 

 もしかしてボクってそういう才能ある? 

 ちょっとやる気出てきたな。

 ホストに転職しようかしら。

 

 それはそれとして、ボクは彼女のことを覚えていない。

 プラチナブランドの知り合いはいる事にはいるけど、向こうはボクのことなんて覚えてないだろうし。

 

「ごめん、覚えてない」

「は、は、はあぁぁ〜〜〜〜!?」

「それどころか初めましてじゃないのかい? 悪いけど、ボクは君のような子と友人になったことはないんだけど」

 

 ────ん。

 少しだけ彼女の魔力が揺れ動いた気がする。

 へぇ、この部隊にもちゃんと魔力を持つ人がいるじゃないか。

 

 それを知るのが今じゃなければ少しは幸福だったかもね。

 

 プラチナブロンドのポニーテールを揺らしながら、彼女は強い瞳に怒りを滲ませて言う。

 

「私の名前はペーネロープ・ディラハーナ! なら思い出させてやるわ、あの時の続きをしましょう!」

「その時のことをボクは覚えてすらいないんだけど……」

「むっ、ぐぬぬぬむむむむ〜〜!!」

 

 えぇ……

 今決闘なんかしてもボコボコにされるのが目に見えてる。

 だから正直勘弁してほしい。

 でも後ろの隊長の様子を伺ったら「受けろ」と言わんばかりの睨みだった。

 これで断れるほどボクに度胸はない。

 

 ふー……

 仕方ない。 

 絶対負けるけど受けるか。

 これでボクのヒエラルキーは部隊最下位に落ち着くわけだ。

 

 まあ仕方ない。

 それもこれも適当に受け入れて生きていこうじゃないか。

 いずれヒモになれるかもしれないし、死なないように頑張ろう。

 



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(元)国家代表魔法使いアーサーの原罪

 

 決闘は無事執り行われた。

 

 舞台は訓練場。

 観客は総勢五名。

 武器はお互いに木剣だけ、先に降参と言った方が負け。

 魔法の使用は許可されている。

 魔法が使える時点で決闘とはって感じになるけどそこは突っ込まない方がいいのかな。

 

 くっくっく、魔法が許されているのならボクに隙はないよ。

 三つ子の魂百まで。

 子供の頃に積み上げたものは幾つになっても覚えているという諺があるように、ボクの魔法も魂に刻まれているというわけだ。

 

 でもそうだなぁ。

 地べたを這いずって痛みに呻くのはあまり経験しなかったけど、身体が覚えてしまっているみたいだ。

 

「────……弱すぎなんだけど!!?!?」

 

 ペーネロープが絶叫した。

 全身殴打に晒されボコボコのボコになった結果、ボクは身動き取れないくらい激痛に苛まれることになっている。

 唯一無事なのは顔くらいかな。

 急所は避けるという優しさが身に染みるし、手加減されてなおこれという事実が涙を誘発させる。

 

「え!? あんた本当にアーサー・エスペランサ!? 偽物とかじゃなくて!?」

「ざ……残念ながら本物だ。没落貴族から浮浪者へと身を落としていたけどね」

「浮浪者!?!??!?」

 

 ぐにゃあ〜〜〜、と顔を歪めるペーネロープ。

 うーん、ここまでボクのことを強者だと認めているあたり子供の頃戦った誰か、もしくはボクのことを見ていた人だと思うんだけど本当に思い出せない。

 戦い方もクソもない感じでワンパンチされた今のボクではそれを思い出すことも難しい。

 

「浮浪者……あんたが……?」

「うん。姉上の庇護を時々貰いながら、都市の外でひっそりとね」

「あ、あり得ない……国家対抗戦に選ばれた最年少魔法使いでしょ、あんた……」

「おっと、その話はやめてくれ。ボクはあの戦いに酷いトラウマを抱いてる」

 

 国家対抗戦。

 周辺諸国で『武力を競い合うなら公平の下で』という取り決めによって始まった伝統行事。

 今は帝国が周辺諸国を吸収しまくってるからもう存在してないっぽいけど、それなりに続いた格式高い戦いだったそうだ。

 

 ボクは有難い事にセイクリッド王国代表として選ばれ、そして年下の少女にボコボコにされて再起不能になったというわけだ。

 

「今の、本気ってわけじゃ……」

「いやめっちゃ本気だったけど。情けないけど今のボクにはこれが限界でさ」

 

 剣を片手で振れないくらい鈍っているとは思わなかったね。

 両手で剣を振るのなんて真面目にやった事ないから正直驚きだ。

 三日サボれば一週間の努力を必要とするのは知っていたけど、まさかここまでとは。

 ますます自己肯定感が低くなっていくね。

 ウジ虫アーサーと名乗っていこうか。

 

「…………わ、私の十年……なんだったの……」

「ぺ、ペーネロープ! 落ち着け!」

 

 サラサラ……と砂になって消えようとしたペーネロープをアンスエーロ隊長は必死に受け止めた。

 いい仲間意識だと思う。

 原因はボクだが、逆に言えばボクがいる限り仲間意識が芽生え続けるということに違いない。

 それだけで十分役目を果たしていると言えるのではないだろうか。

 

「…………認めない」

 

 ペーネロープを拳を握り締め、確固たる身体に戻って歯を食いしばった。

 

「あんたがこんな弱いなんて、認めないからッ!!」

 

 駆け出したペーネロープは訓練場から出ていった。

 昔のボクがどんなことをしていたのかと思い返してみたけど、大したことをした覚えはない。

 強いて言えば無双したとか公式戦で公開練習みたいな蹂躙したくらいだけど、ペーネロープのような金髪は覚えてないなぁ。

 

「……なあルビー。こいつ何者なんだ?」

「…………そういえば、確かに最少年で代表になったって話題になってた気が……でもうーん、こんな感じだったかしら」

「もう十年以上前になるからねぇ。形骸化してなくなった競技のことだし、今時わからない人の方が多いと思うよ」

 

 あれに出てからボクは一度も表舞台に顔を出してなかったわけだし、ここまで執着している人がいると言う想定がそもそも間違えている。

 ていうかせっかくボクを倒したのに「こんな弱いの認めない」ってなんだろう。

 勝ったからそれでいいじゃん。

 

「浮浪者どころか前科者だがな。ルビー、お前が一週間前に捕まえた不審者だ」

「…………あ、あぁーーっ!? 犯罪者受け入れていいんですか!?」

「姉上曰くボクが犯罪者だった経歴なんてどこにもない、だってさ」

「汚職じゃない!」

 

 ワハハ、確かに一回捕まったがあれは保護という名目に変更されている。  

 国家権力最高! 

 身内に全てを託すの最高! 

 このままワイン風呂にでも浸かっていたい気分だ。

 

「というわけで改めて、元没落貴族で元浮浪者で元犯罪者のアーサー・エスペランサだ。痛くない程度に努力する予定だから、どうかお手柔らかにお願いね。じゃないと駄々こねて逃げ出すから」

「…………根性は、ありそう」

 

 ジンが掠れた声で言った。

 

「子供の頃はね。今のボクはやる気も根性もないダメ人間だよ」

「…………いくら、命が、保証されてても……文明から、過度に離れた、生活は……送れない」

「謎の草スープが美味しかったから意外とね。八割の確率で毒が入ってたけど」

「根性はともかく図太さはピカイチだと私が保証しよう」

 

 優しいアンスエーロ隊長がフォローしてくれた、嬉しすぎて泣きそうだ。

 心に刺さった一つの言葉がいやに眩しいよ。

 

「ペーネロープは後で私が探しておく。ルビー、一通りの訓練を実施しておけ。そう時間をかけずに戻る」

「了解です! ……本当に大丈夫かしら」

 

 そしてアンスエーロ隊長も出ていった。

 後に残された四人はそれぞれなんとなく準備運動を始めている。

 

「……なあエスペランサ。お前、子供の頃何やったんだ?」

「ちょっと色々あってね。誰にだってある黄金期がボクの場合幼少期に訪れただけさ」

「へぇ……ちょっと興味出てきた。なあ、俺とも模擬戦しようぜ」

「いいけど地べたに這いつくばる事になるよ、ボクが」

 

 筋金入りの脆弱さだからね。

 今のボクは負けることに自信すらある。

 

「……そういやお前、肝心の魔法使ってないな。ちょっと見せてくれよ」

「ああ、それは確かに気になるわね。私たち魔法使えないのよ」

 

 唯一使える奴は、と言ってからルビーは目を逸らした。

 どっかいっちゃったしね。

 

「うーん、魔法か……」

 

 魔力量は全体の六割は残ってる。

 夜を過ごすためにずっと使ってたから減るのは仕方ない。

 一応夕方に呼び出しくらってるからあんまり使いたくないけど、少しくらいならまあいいか。

 

「じゃあちょっとだけ。炎魔法をまず使います」

「おお! すげぇ、本当に出てる」

「このくらいならペーネロープもやってたでしょ」

 

 指先に出現する炎。

 蝋燭くらいの灯りだがれっきとした魔法さ。

 魔力を持っているがあまり優れてない素質の持ち主なら扱える、日常的な魔法だね。

 

「そしてその炎魔法を二重で発動します」

「……ん?」

 

 少しだけ大きくなった灯火。

 この程度の火球じゃ何もできないね。

 せいぜい一瞬相手を怯ませる程度。

 鎧で防がれちゃうから騎士相手には通用しない。

 

「それを更に重ねてもう一段重ねて圧縮します」

「えっあっあっ」

「…………マジかよ……」

 

 大体岩石くらいの大きさかな。

 これで魔力の消費量は大した事ないんだから、永続的に発動し続ける魔法が如何に非効率的か思い知らされる。

 

「そもそも魔法は全然発展してないんだ。魔力石(マギアライト)が発見されてまだ三世紀程度しか経ってないのに加えて魔力を持って生まれる人が少なすぎるから、基礎の基礎しか構築できてない」

 

 炎、水、風。

 この三つの属性を基本として、時折現れる天才以上超人未満が個人の感覚で魔法を生み出し、受け継ぎ、そして時に途絶える。

 歴史書に記されている限りこの状況を打破しようとした集団は居たみたいだけど、結局論文として提出する事が出来なくて詰んだらしい。

 

「テクノロジーとしては異常だ。ボクら人類はこの魔力(・・)という概念を理解し生かさなければならないのに、未だにその一本手前で線を引いている」

 

 その一線を越えた瞬間、この世界は急速に進化するだろう。

 幼い頃にボクが独学で登り詰めた場所は今じゃあとても手が届かないくらい高い場所にある。

 仮にあの頃の強さ、いや、高さまで戻れることがあればどうなるかな。

 果たして彼女に勝てただろうか。

 いや、あの頃のまま強くなり続ける事がもしも可能だったなら、今頃はきっと────……

 

「…………要は、応用が全く効かないんだ。ボクみたいに独学で試行錯誤しないと、そこそこ戦える魔法使いなんて皆そんなもんだぜ」

「……なんでお前が浮浪者やってられたんだ?」

「貴族にも色々あるのさ」

 

 まったく、だから姉上には頭が上がらないんだ。

 間違いなくボクがここにこうやっていられるのはあの人のお陰だからね。

 

「……さ、そろそろ始めようか。あんまりゆっくりしてたら恐ろしい隊長殿がボクを恫喝してくるから」

「だな。おっかねぇからな~、アンスエーロ隊長」

「────ふむ。そんなに私に扱いて欲しかったのか」

 

 背後から聞こえた声に対し、バロンと目を合わせて互いに肩を竦めた。

 

 一つだけ言える事があるとすれば、ボクたちは今日、初対面にして分かり合える友人同士になったという事だ。

 

 



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才能なんてねぇよ

 

 訓練を終えて、ペーネロープからチラチラと微妙な視線を何度か受けながらも無事に夕刻を迎える事が出来た。

 

 身体中気怠いし疲れたし横になりたいのに、姉上に呼ばれたのが今になって足を引っ張っている。

 ウッ、やっぱりボクにフルタイム労働は無理だ。

 一日実勤務四時間一週間に三日勤務、これで月の給料が一千万くらいあるとなおのこといい。

 実は意外と余裕があるからこうやって適当な事を考えていられるわけなので、それを悟られないように大袈裟な演技をしておこう。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

「やかましい! そこまで疲れてないだろうが」

「ぐ、なぜわかったんだ。もしかしてアンスエーロ隊長、ボクのことが」

「昨日何のために体力測定したと思ってる?」

「いや全く仰る通りだ」

 

 チ……と剣に手をかけたのでボクは慌てて降参した。

 

 既に訓練場からは離れているけれど相変わらずアンスエーロ隊長は鎧のままだ。

 常在戦場とは言うけれど、もうここまで来たらやはり私服が無いのではと疑ってしまうよ。

 だって部隊員皆私服だったし……

 美人だから余計惜しいような気がする。

 でもわざわざ騎士になるくらいだからそういう関係を望んでないのかもね。

 

「魔力は問題ないだろうな」

「もちろん。六割もあれば十分さ」

「……それはどのくらいだ?」

「うーん……ペーネロープ三十人分くらいはあると思うけど」

「それは……どうなんだ」

「平凡な魔法使いよりは多い、と抑えてくれればいいよ」

 

 ボクに才能が無いのはあの敗北を見た人達なら理解してるけど、幸い魔力量には恵まれていたらしい。

 ボク以外の代表全員瞬殺されたけどボクは十秒かかったからね。

 いやまあ何も出来なかったから関係ないけど。

 どれだけ魔力があっても魔法の扱いと言う絶対的な才能が欠けている凡人じゃ、独力で魔法を作り上げるような天才には勝てないんだ。

 

「実戦じゃ何の役にも立たなかったけどね! アッハッハ」

「……………………」

「アハッアハッアハハッ……ああ……無能でごめんなさい」

「哀れだ……」

 

 ウッ、つい本音が。

 たまにポロッとメンタルブレイクして零れる毎日を過ごしてきたからその癖が抜けてないんだ。

 あの時の真紅の瞳は今でも夢に見るよ。

 悪夢だね。

 

「それはそれとして。アンスエーロ隊長は魔法使いとの交戦経験はある?」

「魔法を補助として利用する騎士崩れなら、と言った所だな」

「ああ、いるいる。ボクも子供の頃に何度か戦ったけど中途半端だから微妙なんだよねぇ」

「今のお前よりはマシだったさ」

「あ! それ言っちゃいけない言葉だから」

 

 いつかギャフンと言わせてやろうと思ったが、そうするためには今以上に頑張って昔を思い出さなくちゃいけないのでそれは嫌すぎるから諦めた。

 きっと姉上の方が強いしその弟であるボクの方が実質偉くて強いって事でよろしく。

 

「無駄口を叩くのはここまでだ。着いたぞ」

「おっと失礼」

 

 アンスエーロ隊長がノックの後に受け答えをして中に入って行ったのにボクも着いていく。

 

 机に向き合い書類の山と格闘している姉上を見て、こうはなりたくないなと思った。

 やっぱりボクはヒモになりたいよ。

 だって寝てたいから。

 

「調子はどう?」

「まあまあだね。真の力を隠すのに精一杯だ」

「魔法に関しては未知数ですが肉体面ではゴミカスと言っていいかと」

「でしょうね。あんな生活しててそれでもなお強かったら腐らせてないわよ」

 

 ボクのちょっとした見栄を粉々に打ち砕いたアンスエーロ隊長はともかくとして、姉上は最初からわかっていて聞いたな? 

 性格が悪いと言わざるを得ない。

 

「……三番隊を見て、どう思った?」

 

 姉上が手を止めてボクに問いかけてくる。

 

 横に立つアンスエーロ隊長の顔は見てない。

 ありのまま感じた事を言えばいいのか、それら全部含めた答えを言えばいいのか。

 順番立てて話していこうか。

 

「あれが第二師団の基本になるのかな」

「そうね」

「魔力持ちは一隊に一人くらい?」

「ええ。魔法使いは声をかけてもあの手この手で第四師団入りしちゃうのよ」

「ふーむ……」

 

 セイクリッド王国は大規模な侵略を暫く受けていない。

 小競り合いくらいの戦いなら何度かあるけど、そこでエースを投入してくることは無い。

 ふー……

 最悪な事に、あの時ボクをボコボコにしたのは帝国所属の少女だった。

 つまりはそういう事だ。

 帝国の軍拡と侵略に関与している事は間違いないだろう。

 

「仮想敵国を帝国だとすると、勝ち目は無いと思う」

「…………一応理由を聞いておくわ」

「魔法に対する理解度が浅すぎる。第四師団と合同演習もロクにしてないだろ」

「その通り。隙を晒せば一瞬で喰いついてくる、もしも正面から魔法対策に協力してほしいなんて言えば丁寧にスパイを沢山送り込まれて好き勝手されるでしょうね」

「う~ん実に最悪だ。末期なのがヒシヒシと伝わってくる」

「私もアンタが居たからある程度は魔法に対して理解はしてるけど……具体的な対策なんてものは無い。だからここまでひたすら団の洗浄してたの」

 

 ああ、なるほど。

 姉上が就任したのは今から五年くらい前だっけか。

 ボクはその時点でもう逃げ出していたけど、消息は誰にも伝わらないようにしていた。

 でも偶然姉上が近くの森を一人で歩いている所に遭遇してね。

 そこで見つかって説教されて今に至るんだけど、それはまた今度。

 

 つまり五年間団内をクリーンにしつつ、それと並行して帝国の対抗策を模索し続け、ついでにボクの事を月一で世話してくれていたと。 

 

 ちょっと頭が上がらないな。

 

「……それでも完全じゃないから三番隊所属にしたし、初日アンタの事を見たのは全員信頼できる連中で固めてた。やっと地盤が整ったって事」

「あの集団はそういう意味があったのか……ただカッコつけたかったのかと」

「アンタじゃあるまいしそんな事するわけないでしょ」

 

 その通りだ。

 ボクに求められてる役割は魔法そのものに対する第二師団の理解度を深める事。

 あわよくば戦力になればいいって感じか。

 

 重たいねぇ。

 社会復帰一発目には重すぎる。

 

「……そこまで腐敗は進んでたんだね」

「私達が子供の頃からそう。どこの国も停滞してたから何も起きなかっただけだし」

「ん、わかった。とりあえず一週間待ってくれるかい?」

「…………それだけか?」

 

 思わず、と言った様子でアンスエーロ隊長が口を挟んで来た。

 

 その疑問は当然だ。

 数年間浮浪者をやっていた人間が突然やってきて魔法関連の改革をします、なんて話は信じられないだろう。

 過去に栄光はあっても今はダメ人間間違いなし、今のボクにこの国の未来を託そうとする姉上サイドがおかしいのさ。

 

 だから一度でいい。

 一度だけ実力を示す必要がある。

 その為には準備が必要だ。

 姉上の言う事に逆らう気は一切ない。

 やれと言われればやると決めている。

 

「まずはペーネロープからだ。ボクの幻影を取り払ってあげようじゃないか」

 

 



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過去の栄光に追い縋る

 

 姉上の執務室から去って五分程度。

 アンスエーロ隊長がガチャガチャ鎧を鳴らす隣で、ボクは少しだけ思考に集中していた。

 

「うーむ……」

 

 正直な事を言えば、一週間でペーネロープを完膚なきまでに倒すのは難しい。

 でもやると言ったらやらないといけない。

 姉上がボクに期待してると言うのなら、ちょっと嫌だけど少しは頑張らねばならないのだ。

 

 でも困ったことにボク、ペーネロープの事を何も覚えてないんだよね。

 

 なんか因縁があったっぽいけど本当にわからない。

 個性的で強かった人くらいは覚えてるけど……

 

「……おい」

「うん? なんだい、アンスエーロ隊長」

「一週間で一体何をするつもりだ」

「そうだねぇ……」

 

 もしもボクが超ド級の天才で、リハビリせずに彼女を打倒できるぐらいに強ければこんな風に期間設ける必要すら無かった。

 

 今のボクは情けなくなる程に弱い。

 子供の頃のボクが今のボクを見たらその余りの弱さに嘆く事すら出来ない。

 ていうか多分、昔のボクなら興味すら持たないで瞬殺だと思う。

 そういうタイプの人間だった。

 嫌な子供だ。

 

 でも強かった。

 今の時代に必要なのはその強さだ。

 ボクのような口先だけの男は、第四師団でのんびりぬくぬく腐敗に塗れているのが一番だろう。

 やっぱり就職先間違ったかな……

 姉上、コンテストに受からないと完全に理解してたっぽいし。

 もしかしたらあの人が手を回していたのかもしれない。

 今のあの人ならそういう事を出来ると思う。

 大人の世界……いや。

 貴族社会で生きる人だから。

 ボクのような没落貴族とは違う。

 

 っと、違う違う。

 思考が逸れた。

 

「んー……まあ、少しは昔を思い出そうかと」

「なんだそれは……」

「ま、こう見えて昔のボクはかなりやる気と探究心に溢れた子供だったのさ。それ以外に対する興味がほとんど無かったからペーネロープのことは覚えてないけど」

「かなり最悪な情報が出てきたな」

「それもこれも最後にボクを踏み潰していったあの子が悪い」

 

 星と見間違うくらいの炎を降らしてきた彼女。

 もしもあれが戦場で堕ちてきたらどう足掻いても勝ち目はない。

 その技術を帝国内で共有されてたらもっと勝ち目がない。

 ふふ、どん詰まりだね。

 

 でも大丈夫。

 少なくともボクから見れば、まだまだ絶望するには早い盤面だ。

 魔法ってのは奥が深い。

 一世代二世代で全てを知れるほど簡単な世界じゃない。

 血を繋ぎ知識を継ぎ世界で協力しあって、やっと辿り着ける領域にボクら人類はいかなくちゃいけない。

 

 それが当代で一番だと言われたボクが、一人で魔法を探り続けて出した結論だった。

 

「まあ大丈夫さ。こう見えて強かったんだぜ、ボク」

「……俄には信じられんよ」

 

 そりゃそうだ。

 今のボクを見て信じるのはあり得ない。

 そうだろう、姉上。

 

 

 

 

 

 夜。

 隊長の慈悲で毛布を与えてもらった物置でぬくぬく包まりながら、昔の事を想起している。

 

 戦いの感覚は忘れていない。

 あの緊張感と初めてを知れるかもしれないという高揚感、そして互いに人を傷つけるための魔法を撃ち合いどちらが優れているか決める絶対的な仕組み。

 

 物理で優れているだけの中途半端な奴はみんな打ちのめしてきた。

 

 多分ペーネロープはボクが踏み潰した内の一人だ。

 

 覚えてないってことは大したこと無かったんだろう。子供の頃の記憶なんて殆ど研究に費やした日々だった。

 ボクは魔法が好きなんだ。

 なぜなら、この分野だけは己が優れてるんじゃないかと思えるから。

 あの気丈で逞しい姉上すらボクには敵わなかった。

 この国で一番と言われるくらいには、ボクは強かったんだ。

 それくらいの努力はしたし新しい発見を積み重ねる毎日は楽しかった。

 

 でも結局、ボクは天才でもなんでもなく、ただの早熟な人間だった。

 本当に天才ならば、彼女に勝つことができたと思う。

 思考の渦に嵌って、そこから抜け出せなくて、もぬけの殻になってやっと一人の人間として動き出せそうになってるのが今のボクだ。

 

「……ああ、でもなぁ」

 

 十分な食事に十分な魔力。

 身体は上手く動かせないけど思考は変わらない。

 魔法のことを考えるのは楽しいんだ。

 あの数年間でひたすら考えて考えて考え続けた成果が、まさか日の目を見る日が来るなんて想像すらしてなかった。

 

「姉上、やっぱりボクは貴女のことが結構好きだぜ」

 

 もちろん家族として。

 どうしてそこまでボクのことを信用するのか。

 浮浪者で責任から逃げ出して没落貴族として決定的なものにしてしまったボクを、恨むならまだしも、どうしてこんな立場として呼びつけたのか。

 貴女はボクの事が嫌いだって言った。

 でもボクは貴女のことが好きだ。

 こんな使えないゴミカス同然のボクにすら家族の愛を向ける貴女をどうして嫌いになれようか。

 

 照明代わりに炎魔法を発動する。

 魔力を持つものなら誰でも使えるような基礎の基礎。

 最も簡単であり最も普遍的であり最も実力差が出る魔法。

 

 ボクを完膚なきまでに折った原初の魔法。

 

「だからやっぱり、頑張ってみるしかないよなぁ」

 

 指先に灯る炎は小さい。

 これが今のボク。

 魔力量は問題ない。

 技術の問題はなんとかするしかない。

 一週間で急拵えだ。

 

 でも、やれるはずだ。

 あの時の彼女ならまだしも、この腐敗の進んだセイクリッド王国でボクに勝てる人間はそう多くはない。

 

 ペーネロープは真っ直ぐな人だと思う。

 それでもロクな協力体制を取れないこの状況では、知りたくても知れないだろう。

 たった一週間で元通りとはいかないが、それでも最低ラインに持っていくことくらいは出来る筈だ。

 

 ボクはボクのためじゃなく。

 こんな無能なボクの事を見捨てなかった姉上のために頑張る。

 それならまだ少しは溜飲が下がるというものだ。

 

「……自分以外を理由にして頑張るのは、初めてだなぁ」

 

 案外緊張するもんだね。

 そして何より、怖い。

 

 そんなことすら知らずに生きて来たボクが情けなくてしょうがない。

 

 揺らぐが消えない魔法の火を眺めながら、夜が更けていくのをただ待っていた。

 



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宣戦布告

 

「と言う訳でペーネロープ。一週間後に再戦お願いできるかな」

 

 翌日。

 魔法の感覚を思い出すべく徹夜して指先を弄んだ結果、深夜テンションで自己肯定感に満ち溢れたボクは悠々と宣言した。

 

 彼女はプラチナブランドのポニーテールを揺らして、気丈な瞳でボクを睨みつけた。

 

「……一週間?」

「ン、一週間だ。それでいい」

「なめてんの?」

 

 ペーネロープは目にも止まらぬ速さで喉元に剣を突き付ける。

 先日の木剣ではない。

 本物の鋼鉄の剣。

 よく手入れされたであろうそれが僅かに皮膚に食い込んで、ちょっとだけ痛いね。

 

「おい、ペーネロープ。いくらなんでもそれはやりすぎだ」

「外野は黙ってて」

「酷いなぁ、バロンも同じ仲間じゃないか゛っ」

 

 ぐっと押し込まれる切っ先。

 僅かに裂かれた肉が痛みを発し、命の危険を知らせてくる。

 

 かなり地雷踏んだね。

 でもそれは仕方ない。

 こういう他ないのだから。

 

「……たった一週間で、何をしようって?」

「そう、だねっ……君の夢見たボクを、少しは思い出すことにしたんだ」

「……………………七日で、足りるって?」

「うん、それくらいなら出来ると思うよ」

「………私にあんな完膚無きまでに負けるようなお前に、そんなこと出来るわけないでしょうが!!」

 

 激情だ。

 ペーネロープが一体どれだけの期間を費やして過去のボクを追い続けたのかは知らないけど、君にとってそれが逆鱗になり得るほどに重たいものだったんだな。

 

 それに言葉は正論だ。

 ボクだって自分が優れた人間だなんて思えるわけがない。

 そりゃあ魔法は他人よりうまく使えたりするかもしれないけど、結局負けて一番になる事すら出来なかった男だ。

 その後不貞腐れて現実逃避するような奴にこんな事を言われれば激昂するのもやむ無しだろう。

 

「────いいや、出来るよ」

 

 それでも言う。

 矛盾しててもおかしくなっても。

 あの日敗北して壊れたボクの人生を取り返すつもりなんてない。

 栄光も名誉も欲しくはないが、それを授けたい相手なら居るんだ。

 

「そっちこそ忘れた? ボクに負けたことを」

「っ……今のあんたは雑魚でしょうが」

今はね(・・・)。一週間あれば雑魚じゃなくなるさ」

 

 眉間を顰めて睨みつけてくるペーネロープ。

 

 ふふ、怖いね。

 このまま喉を裂かれたらどうしようって恐怖がある。

 バロンとかがいる手前そこまで派手な事はしないと信じたいけどな……

 

「…………その言葉、忘れないようにしなさい」

 

 と、ボクの心配は杞憂に終わった。

 そのまま剣を元に戻しちょっと出血したままのボクは放って、ペーネロープは訓練場を後にする。

 

「……いやあ、一時はどうなるかと思ったぜ」

「よく言うなお前……図太い野郎だ」

「口先と頭を回すのが魔法使いの仕事だからね」

 

 指先に灯った淡い緑光で傷跡に触れると、すぐに出血は収まる。

 

 流石に深手は治せないけどこの程度なら一瞬だ。

 魔力という物はこんなにも便利なのに人類に普及してないのだから、そのブラックボックスというか、オーパーツっぷりがよくわかる。

 

「で、実際どうなんだよ。一週間でペーネロープに勝てんのか?」

「勝負は時の運とも言うだろ。それはボクの推し量る事じゃあない」

 

 プランは用意してある。

 ある程度の魔法使いなら誰でも出来るような簡単なものだが、この国では──いや、この部隊ならよく刺さると思う。

 逆に言えば、この程度対応できなくちゃまともに魔法使いとやり合う事なんて不可能だ。

 

「ま、過去の栄光に過ぎないけど……仮にも国を背負って戦った身だ。その一端をお見せしようじゃないか」

「ふーん……期待しないでおく」

「酷いなぁ」

「俺は農民出身だからな。ぶっちゃけるとアーサーがどこまで凄い奴なのか全くわからんのだ」

 

 ボクも自分を凄い奴だとは思ってない。

 昔からそうだ。

 ただ興味があって、とにかく魔法の事について知りたかった。

 その過程で戦う相手が必要で、剣や体術もその流れで修めたに過ぎない。

 

 楽しかった。

 うん、あの頃は楽しかったよ。

 黄金期と言っていい。

 それくらい眩しい毎日だった。

 

「……そうだなぁ」

 

 どう言い表そうか。

 ボクは凄い奴じゃないが、この国でそこそこだった自覚はある。

 勝負の勝ち負けにすらならない相手ばかりだった筈だ。

 

「今この国で幅を利かせている魔法使い達が束になってもボクには勝てなかった。もっと言うなら、姉上ですら昔のボクには指一本触れる事が叶わなかったよ」

「…………それが今じゃこの体たらくだもんな」

「おい。それを言ったら戦争だぞ」

「少なくとも俺の方が今は強いだろ」

「言ったな? ボコボコにしてやる」

 

 この後訓練場でバロンにボコボコにされて蹲るボクの姿をペーネロープに目撃され、更に微妙な空気になってしまったのは秘密にしておきたい。

 



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ペーネロープ・ディラハーナ

 

 ペーネロープ・ディラハーナ。

 グランデーザ伯爵家に連なるディラハーナ家出身。

 かつて起きた七大国戦争にて功績を残し爵位を授かるが、その後数十年の衰退により褫爵(ちしゃく)され現在の立場になった。

 

 他にも没落していった家系は多く存在し、ディラハーナ家はグランデーザ伯爵家に付き従い続けたために生き残る事が出来た。

 

 特に武力に秀でたわけでもない。

 特に魔法に秀でた訳でもない。

 商売上手でもなく、しかし無能ではない。

 グランデーザ伯爵を支える一派の一員として相応に評価されている、所謂『影の者』。

 決して表舞台に立つことは無かった。

 

 ペーネロープが生まれるまでは。

 

 量こそ少ないが魔力を持って生まれ、戦いの最中に魔法を使いこなすセンス。

 幼い頃から天賦の才と言える実力を発揮し同年代を悉く捻じ伏せる強さ。

 剣の腕、身体性、魔法。

 どれもを大人顔負けの高水準を満たして磨き上げた彼女は、十二の時に国家対抗戦に挑戦する。

 

 世代年代一切問わない実力至上主義の戦いにおいて活躍し、奮い、家の為自分の為戦い続けた。

 予選をあと一歩で越えられるその域まで到達すると伯爵家すらも支援し、彼女の黄金期は今まさにここだと頷けるほどに充実した状態で戦いに臨んだ。 

 

 近代で初めてディラハーナ家に現れた傑物に一族は沸き立ち──そして、とある少年との戦いで、それは儚く砕かれた。

 

 

 

 

(…………はあ、最悪……)

 

 じっとりと掻いた汗。

 肌に張り付く不快な感覚。

 無駄に着込んだ毛布が熱を籠らせて深夜に目を覚ましたペーネロープは、嘆息と共に起き上がった。

 

「うげ、全滅じゃん……」

 

 下着まで浸かったような状態になっているのに呆れ、手早く服を交換する。

 

 朝まで放置してもいいけど、誰かに洗ってる姿を見られるのはあまり好ましくない。

 まだ夜は寒いけれど、余計な事を言われるくらいなら耐えた方がマシ。

 そう判断して服を抱えたまま外に出る。

 

「寒っ……」

 

 流石に廊下は冷え込んでいる。

 汗を掻いたままの状態では風邪を引いてしまうかもしれない

 

(着替えて正解だったかも)

 

 足音を極力立てないように歩いていく。

 第二師団は軍部に所属している中で二番目、もしくは三番目に権力が強い。

 合計四つある中で最も国の中枢と深い関係にあるのが第一師団、その次に魔法使いを搔き集め非魔法使いを差別する第四師団。

 第二師団は決して裕福ではない。

 第四師団に回される物資と予算が増えていく中、最も被害を受けている場所だ。

 

 だから魔力石(マギアライト)を動力とした最新式の設備など存在せず、未だ旧然とした生活様式を営んでいる。

 

 冷たい廊下を歩き、玄関で靴を履いて、扉を開いて外に出た。

 外は風が冷たく吹いている。

 寝間着のまま出てくるのは良くなかったと少しだけ後悔してから、川へと足を進める。

 

 夜の闇に紛れ時折月光を反射するプラチナブランドの髪を靡かせながら、ペーネロープは思案する。

 

(…………あいつ、本当に私に勝つつもりなのかな)

 

 黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)に唐突に現れた男。

 かつてこの国最強と謳われ、幼い身でありながら国家対抗戦に出場し帝国と戦うまで各国代表を叩きのめした怪物。

 敗れてから消息不明となり国内が騒然としていたのに、それらが忘れ去られた今頃になって出て来た。

 

 少しだけ足を止めて瞠目する。

 今でもペーネロープは夢に見ている。

 あと一戦勝てば、予選を終えて本選へと出場できたのに。

 本選に出てさえしまえば注目度は上がり、負けたとしてもディラハーナ家とグランデーザ伯爵に報いる事が出来たと言うのに。

 

 負けた。

 手も足も出ずに負けた。

 自慢の剣技は届かず、魔法も圧倒され、全身を貫く光の刃で打ち倒された。

 それがエスペランサ家に伝わる相伝の魔法ですらないと知って、世界には本物の天才と偽物の天才がいるのだと思い知らされた。

 

 そしてそんな本物の天才に負けても折れない心を持っていたペーネロープは、その才と人生を費やしてとにかく努力した。

 己の女として磨くべきものも両立し、家の名を落とさないよう必死に足掻いた。

 

 すべては己を打ち倒した少年に勝つために。

 

 ……それなのに。

 あんな姿で現れて、ただただ惨めで。

 貴族としてのプライドもあの強者特有の空気感も消え失せた男の姿に苛立って、これまで抱えていた感情をありのままにぶつけて。

 ハイ勝ちましたで納得できたわけがなかった。

 

「……はー……」

 

 目的だった川は寮から歩いて一分程。

 もう目前だったこともあり一度思考を中断して洗濯して、今晩中には乾かないだろうと思いながら引き返していった。

 

 その帰りの事だった。

 

 ぼんやりと光が灯っている。

 光源なんてものは基本的に火と蝋を使った原始的なモノのみであるが、その光は少し違うように見えた。

 寮の方向から差し込んでいる様に彼女は感じた。

 

「…………この魔力は……」

 

 惹かれるように、それでいて気が付かれないようにゆっくりと近付いて行った。

 

 やがて明確に感じとれるくらいに近くまで来ると、そこで彼女は確信する。

 

 僅かに感じ取れる魔力。

 忘れる訳もない、あの時浴びた強烈な圧。

 こちらに興味なんて微塵も抱いてない冷めた目で淡々と魔法を放つだけの、あの男の姿。

 

 思わず胸に手を当てて、激しくなる心臓を押さえつけた。

 

(…………たった一週間で、あの頃に戻れるわけがないわ)

 

 当たり前の話だ。

 七日間で国で一番と謳われる程の実力を得られるのなら、きっと彼は浮浪者等と言う立場に甘んじる事は無かった。

 常識的に考えろ。

 あり得ないことだ。

 ペーネロープは自分に言い聞かせるようにそう心で囁いた。

 

(……それでも、あいつはあのアーサー・エスペランサよ。腐っても国家対抗戦に最年少で選ばれた化け物)

 

 何が出来ると問いた。

 少しは昔を思い出すと答えた。

 あんなふざけた口調で適当な事を言うだけの人間じゃなかった。

 出来るわけがないことを堂々と言う、そんな奴じゃなかった。

 

『────いいや、出来るよ』

 

(…………バカバカしい)

 

 幼い頃に敗北したことを引き摺ったまま大人になって、それを振り切る事も出来ずに騎士という道を選んだ。

 

 考え過ぎだ。

 いい加減大人になれ。

 寮から零れる光は既に消えており、魔力の持ち主の場所も感じ取れない。

 もう戻っても見られることはない。

 

 そんなにも都合のいい世界ならきっと、私の人生だって。

 

 もっといい景色を見ていられたに決まっているのに。



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VS ペーネロープ

 

 そして約束の一週間が経った。

 日中は三番隊の訓練に従事しヘロヘロになって、ペーネロープにちょっと無視されつつたまに睨みつけられた後にアンスエーロ隊長の拷問と見間違うほどの組手でボコボコにされて回復に魔力を三割近く消費。

 でもご飯一杯食べれるから魔力は毎日満タンになるし、痛くて苦しいという最大のデメリットに目を瞑れば非常に効率的だと言わざるを得ない。

 

 ボクはその苦痛が一番嫌なんだけど? 

 

 まだ巡回に行くような強さでもないため夕方は寮に残されて一人魔法の訓練。

 姉上の手が空いてる時は無理矢理執務室に放り込まれて仕事を手伝わされた挙句魔力や魔法に関してもう一度教えろと言われる始末。

 

 おいおい、ボクを過労死させるつもりか。

 いくら食事と寝床を提供されているとはいえボクにも我慢の限界という物がある。

 お陰で感覚を取り戻すのが非常にギリギリになる計算になってしまった。

 ペーネロープに勝てるかどうかは完全に勝負の行方による。

 

「ただし身体のコンディションは最悪なものとする」

「……急になんだ?」

「独り言です、サーアンスエーロ」

「叩き斬るぞ」

 

 ボクの戯れ言に対する殺意が少し高いね。

 それくらい信頼されてるってことかな。

 実は回復魔法はとても簡単な皮膚を繋げるとかそういう事は可能なんだけど、炎症のような複雑なものを治すのには一切向いてない。

 自分の肉体の筋肉とか神経を完全に復元する自信がある人ならいいんじゃないかな。

 ボクにその自信はないよ。

 

「筋肉痛が酷くてね。もしも今日ボクが負けたら、姉上には二度と顔向けできないって伝えてくれるかい?」

「物理的に二度と会えなくなってしまうかもな」

 

 本番前の戦士を脅すなんてひどいやり方だ。

 これが黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)のやり方だなんて……

 失望しました、第四師団入隊します。

 

「どちらにせよ大隊長はお前に尋常ではない信頼を寄せている。言っておくが、この戦いはかなり注目されているぞ」

「……一つ疑問なんだけどさ。姉上の腹心と言える人材ってどれくらいいる?」

 

 正直その可能性は考慮していた。

 あの時姉上の後ろにいたのは二人だけ。

 アンスエーロ隊長ともう一人。

 

 まさかそれだけって事は無いだろう。

 

「…………ふむ、そうだな」

 

 しかし隊長は答えるのを少しだけ躊躇った。

 思案する必要がある時点でちょっとめんどうな気配を察知したけれど、今更引けないので言葉を待った。

 

 一度顎に手を当ててボクの事を見てから、口角をあげて楽しそうに言う。

 

「ペーネロープに勝てたのなら、教えてやる」

「……勝っていいの?」

「勝たなければお前に未来はない。これは、そういう戦いだ」

 

 隊長なりに思う事はあるだろう。

 それでもボクに勝てと言った。

 ボクよりも付き合いの長い部下であるペーネロープの事は優先しなかった。

 それだけでアンスエーロ隊長は、姉上の傀儡であり信頼に足る部下だという証明が出来た。

 

「うん、わかったよ。ボクに運が味方してくれることを祈ってくれ」

「浮浪者として生き延びれたのだから運は十分あるだろう。精々驚かせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 訓練場に改めて足を運ぶと、既にペーネロープは準備を終えていた。

 

 いつもは三番隊しか使ってない筈の場所が人で囲まれている。

 視線がボクに一斉に向けられるけれど、人の目で緊張するような世界はとっくに通り越した──筈なんだけどね。

 

 身震いする。

 ボクはこれまで魔法の事だけを考えて生きて来た。

 どんな魔法と出会えるか、どんな手段を使えばいいか、勝つか負けるかなんて事より相手の魔法を知る事だけが楽しみだった。

 

 だからワクワクやドキドキとは親しくしていても、このなんともいえない不安が胸に宿るのは初めてなんだ。

 

「…………緊張だねぇ」

 

 だからこそ。

 ボクは今、未知に触れた。

 その事実にちょっとした喜びを感じている。

 世界は未知で溢れているのだ。

 

「ペーネロープ」

「……来たのね」

「随分待たせてしまったみたいだね」

「別に」

 

 素っ気ない。

 それもまあ当然だ。

 好かれるような言動は一切していない。

 

「一週間。あんたがコソコソ魔法を使ってたのは知ってる」

「む……もしかして起こしてしまったかな」

「いいえ。あの光はあんたが出したんでしょ?」

 

 お見通しだ。

 一体いつ見られたのかさっぱりだが、ボクのコソ練は見抜かれてたらしい。

 昔はこんなことしなくてもよかったのにな。

 正々堂々撃ち合うだけで敵はボコボコになってくから、センスだけで生きていたと言わざるを得ない。

 まあそのセンスも彼女にへし折られたわけだけど。

 

「うん、そうだ。まだ君のことは思い出せないけど、少しずつ昔の自分を思い出してきたよ」

 

 魔法の感覚。

 魔力が消えるあの脱力感。

 それに逆らいながら強く狙いを定めて、思考の中で魔法に色んな条件を付与していく。

 

 火球一つ放つのにも労力が必要。 

 魔法とは精神力と身体性を兼ね備えた上で魔力を持つ人間だけが扱える特別なものだった。

 

「アーサー・エスペランサ。私はあんたのことが大嫌い」

 

 今月に入ってから他人に嫌いだと宣言されるのは二回目だ。

 一度目は姉上、二度目はペーネロープ。

 女難の相というより過去の自分がやったことが原因なので自業自得と言わざるを得ない。

 

「…………でもね」

 

 刃を潰した鉄剣を抜いて、彼女は両手で構える。

 僅かに感じ取れる魔力は揺れ動かない。

 高精度で操っているんだろう。

 ああ、努力したんだなとわかる要素だ。

 

「あんたの強さだけは認めてた。私のことなんて眼中になくて、魔法を見ることにしか興味がなくて、騎士なんて存在はどうでもいいと思ってるあんたの強さは」

「あながち間違いじゃない。昔のボクは魔法にしか興味がなかったし、軽く撃っただけで動けなくなる君達に興味を抱けと言う方が難しいさ」

「っ……ええそう、あんたの軽くで私達は敗北した。()()()

 

 ボンヤリと剣に魔力が移っていく。

 なるほど、それがメインか。

 ありふれたやり方だ。

 魔法を扱う才能に長けず、物理で鍛えた者が辿り着く場所。

 斬って当てて一撃で倒せばいいという結論。

 まどろっこしいやり方なんだ。

 

「今は違う。私は鍛えた、十年以上もあの日のあんたに勝つために」

「今のボクになら勝てる、と」

「当然でしょ。たかが一週間ちょっとマジになったからって劇的に人が変われるわけがないわ」

 

 実感のこもってそうな言葉だ。

 ボクもそれには同意する。

 たった一週間で新たなことを構築するのは不可能に等しい。

 十分な時間と十分な設備、そして最後に高水準な才能があってようやく魔法というものは成り立つ。

 ボクには何も残ってない。

 

 全くその通りだ。

 そして、一つだけ欠けている要素がある。

 

「うん。劇的に人は変わらない、それには納得だ」

「……………………」

「でもねペーネロープ。ボクは劇的に変わったんだ。あの日彼女にへし折られた瞬間に、プライドというものは全て消え去って圧倒的すぎる才能に畏怖すら覚えた」

 

 そうだ。

 ボクはすでに一度変わっている。

 魔法のことだけを考える生命体から、何も難しいことを考えようとしない苦し紛れの生命体へと。

 これは劇的な変化と言っていいだろう。

 

「今のボクに期待は一切してないさ。それでも昔のボクならば、きっとやれることはある。そう確信したよ」

 

 魔力を左手と左目に集める。

 右手で同じ剣を抜いて、その重さに僅かに耐えられている事実に驚愕しつつ、左手に宿った魔力を光の結晶へと変えていく。

 

「…………それは……まさか……」

「ああ、やっぱりこれだったか。まだ不恰好だけど懐かしいだろ?」

 

光の槍(エスペランサ)】。

 我が家に伝わる十の魔法のうち、最も簡単で象徴的だと語られていた魔法。

 十のうち四つしか学べてないから勿体ない事をしたよ。

 こればっかりは文献にも残さず言伝のみで受け継いできたから、もっと両親と仲良くしておくべきだったんだよな。

 

 うん、ぼんやりと思い出してきた。

 彼女と戦ったタイミングは一切覚えてないけど、年齢と見た目を考慮すればなんとなく見覚えがあるような気がする。

 

 あれは多分……うーん、どこかの決勝だったかな。

 随分と拍子抜けだった、そういう印象がある。

 だから今度は、期待してるんだ。

 十余年鍛え続けた君が、一体どんな魔法に辿り着いたのかって。

 きっとそれだけじゃないんだろ。

 

「──あの日の続きをしよう。今度も負けないぜ」

 

 ボクはアーサー・エスペランサ。

 元この国最強の魔法使いで、今は過去に縋るロクデナシ魔法使いさ。

 

 君は何者だ? 

 ペーネロープ・ディラハーナ。

 



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VS ペーネロープ②

 

 先手を取ったのは彼女だ。

 十歩程の距離があったのにも関わらず、初速で大きく踏み込んでボクの胴体目掛けて突きを放ってくる。

 

 今のボクじゃ読めなかっただろうし見れなかっただろうけど──初見殺しを回避するためだけにわざわざ目に魔力を集めていた。

 

「──【光の槍(エスペランサ)】」

 

 胴体に突きが届くギリギリで槍が形成されその行手を阻む。

 正直冷や汗を掻いたけど防げたから問題ない。

 ペーネロープは僅かに目を見開いて、すぐさま剣を引いて蹴り抜いた。

 

 狙いは顔。

 容赦ないし躊躇いもない。

 甲冑を身につけてるわけでもないから身軽、ボクからすれば防御力をどれだけ積もうが動きが愚鈍な方が嬉しいんだけど。

 

 首を捻って回避する。

 目の前を通り過ぎる爪先が風を煽ってくる。

 やっぱり近距離戦闘に関してボクの勝ち目はないか。

 昔のボクならそんなこと関係無しに勝ってるだろうけど、今の中途半端なボクじゃまだ対応できない。

 剣を握った右手に魔力を流しつつ、左手の光の結晶を維持することも忘れない。

 全く、随分腕が落ちたよ……! 

 

「【光の槍(エスペランサ)】!」

 

 光陣が煌めき槍が現出する。

 先程よりも展開速度は早い。

 想定よりも遅い。

 まだ足りてない。

 ボクはこんなもんじゃない。

 思い出せよ、アーサー・エスペランサ。

 

「【光剣抜刀(ラズ・エスパーダ)】──!」

 

 右手に持った剣が輝く。

 剣に魔力を移す、この工程はペーネロープがやったこととなんら一つ変わらない。

 ただ違うのは、この光は代々我が家が受け継いできた特別なもので、それにボクが改良を加えた進化系であるという点。

 流石に両方からの攻撃は嫌がったのか、彼女は一歩引いて距離を取る。

 槍に対応してから剣を捌けばいいと判断したのかな。

 

 でも残念。

 これはね、かつてのボク(才能のある若者)が手を加えた改良品。

 距離を取られる程度の対策はとっくに講じてある。

 

 振り抜く刹那に刀身を延長。

 光の刃がペーネロープまで伸びる。

 槍と剣、どちらも同時に振り抜いたことで二つ同時に対応することを迫られた彼女は──剣に宿した魔力を解放した。

 

「──【加速(アクセラレーション)】」

 

 魔力で強化した目でも追うので精一杯だった。

 光の槍を一撃で粉砕し、伸びた刀身を弾く。

 二つの工程を一瞬に圧縮するだけの魔法を剣に仕込んで、肉体への負荷を極力減らそうと工夫している。

 でも、それだけだ。

 追撃を入れるわけでもなく、ペーネロープはただゆっくりと剣を構え直した。

 

「いいのかい? 追撃しなくて」

「チッ……本当に嫌なやつ。出来ないことわかってるでしょ」

 

 剣を構える腕は少し震えている。

 ボクら魔法使いが魔法を使ってもある程度大丈夫なのは慣れているというのもあるし、そもそも魔力で肉体を強化しているのだ。

 強い魔法には強い反動が伴う。

 隕石と同等の火球を放てば想像も絶するような代償を支払うことになる。

 魔力量の多い魔法使いが優秀だというのは、文字通り魔力が多くなければ強い魔法を使うことすら許されないから指すのだ。

 

「ボクも本調子じゃなくてね。結局一週間じゃ()()()()になっちゃったよ」

「本調子じゃない、ね」

「うん。全盛期には程遠い」

 

 こんなもんじゃない。

 アーサー・エスペランサはこんなもんじゃない。

 光の槍(エスペランサ)を同時に百は展開できたあの頃と比べれば今のボクはミジンコだ。

 一本構築するのに時間をかけるような不器用。

 

 ペーネロープに勝つために必要な手札は全部支払った。

 あと手にいれなくちゃいけないものはいくつかある。

 さて、どのくらい粘れるか……

 

「もしもあんたが全盛期だったら、私はなすすべなくやられてるでしょうね」

「……いいの? 自分の十年を否定して」

「しょうがないじゃない、事実だもの。こんな搾りカスみたいな状態のあんた一人一撃でやれない時点でお察しよ」

 

 吐き捨てるような言葉だ。

 ボクはその辛い現実を受け入れるのに非常に長い時間をかけてしまった訳だが、ペーネロープは苛立ちを示しながらもそれを飲み込んだ。

 

「でもね。今のあんたに負ける程じゃない」

「それは、道理だ」

 

 刹那、駆け出した。

 

 一瞬見失いそうになるものの、大きく右に弧を描くように回ってくる。

 右目は強化してないと踏んだか。

 正解だ。

 ……さっきの問答はそういうことか! 

 

「戦い慣れてるねっ!」

 

 剣に魔力──間に合わない。

 左手の結晶は形成されている。

 間に合うか。

 間に合わせるしかない。

 

「【光の(エスペラ)──」

 

 いや待て。

 彼女の魔力の動きを探れ。

 確かにボクの魔法展開速度から計算すれば、その走り出しでも間に合うだろう。

 でも防がれた時に大きく隙を晒すのはペーネロープだ。

 ボクは最悪魔力で無理やり阻害することだってできる。

 なら後一手ある筈だ。

 ボクを詰みに動かすための一手。

 

 感覚を研ぎ澄ませろ。

 命を奪わないようにしていながらも、命の危険が常に寄り添うこの模擬戦──いや、決闘。

 

 そうだ、この感覚だ。

 敵の魔法を知り、それを防がなければ己の命が危ぶまれるこの押し込まれるような不快感。

 これが足りないピース。

 研ぎ澄まされた集中力を手に入れるための。

 

「──加速か、ペーネロープッ!」

 

 両足に集められた魔力が爆発する。 

 あれをしてしまえばしばらく動けなくなるだろう。

 彼女の魔力量は決して多くない。

 むしろ少ない選択肢の中からよくもまあ最善を選んだものだと褒めたくなる。

 それくらい彼女の適正に合っている、そういう魔法だ。

 

 こうやって、魔力量に優れた魔法使い一人打ち倒すことは容易なくらいには。

 

 眼前に剣が迫る。

 彼女の姿は見えない。

 速すぎる。

 それでも剣が迫る瞬間がコマ送りのような速度に変異していく。

 

 足りない。

 今のボクには何が足りない。

 昔のボクにあって、今のボクが持ち合わせていないもの。

 

 才能? 

 センス? 

 それとも傲慢。

 全部ボクには足りてない。

 この程度に負けて、姉上の期待を裏切って、ボクはどうするんだろうか。

 

 そうだ、そうだよな。

 昔のボクにはなかったけど、今のボクにはどうしても裏切れないものがある。

 魔法はボクを裏切らない。

 どこまで行っても才能だけが魔法に愛される。

 だから彼女は強かったし、ボクは膝をついた。

 魔法は絶対だ。

 そして才能も。

 

 でも。

 

 でも、この胸の中に燻るぐちゃぐちゃの感情は──……

 

「裏切っちゃ、ダメだよな……!」

 

 魔力を急加速させる。

 ブチブチと身体から音が鳴り、それと同時に痛みが全身を駆け巡る。

 でも今は関係ない。

 アドレナリンが噴出し、極度の興奮状態にいる今は無敵だ。

 

 後に残る影響なんて考えない。

 今のボクは十数年研鑽を重ねてきたペーネロープに胡座をかける状態じゃない。

 ボクは君に勝たなくちゃいけない。 

 ありとあらゆる手を講じて、君の全てを否定して、ボクの価値を証明する。

 

 そうだろう、姉上。

 貴女が求めるボクは、圧倒的な強者。

 ならそうなって見せよう。

 たとえそれが一時の夢だとしても。

 

 左手に光陣が浮かぶ。

 ペーネロープの剣をそのまま左手で鷲掴みした。

 掴み損ねた時に親指が変な方向に曲がったけど問題ない。

 ガッチリと握り締めてしまえば、刃が潰れたこの剣でボクを斬ることは出来ない。

 

「【光の槍(エスペランサ)】」

「────っ!?」

 

 ボクは確かに負け犬だ。

 国で最強と煽てられ、本物の天才に押し潰された哀れな犬。

 その評価は覆しようもないし、否定するつもりも一切ない。

 家が没落したのもその影響があったかもしれない。

 

 ──それでも。

 それでもな、姉上。

 

 貴女の信じた最強(かつてのボク)なら、どれだけブランクがあろうが──魔法も十全に扱えない騎士如きに負ける訳がない。

 

 そうだろう? 

 

 頭上に多数の光陣を展開。

 肉体から離れた場所に構築するやり方は、確かにこんな感じだった。

 頭が割れそうなくらい痛い。

 でも、これに慣れていたのが昔のボクだ。

 ならこの程度やれるようにならなくちゃ、ダメだよな。

 

 一、二、三四五六七八九十。

 合わせて計十本の槍が空から現れて、それら全てをボクと触れ合う距離にいるペーネロープへと差し向ける。

 

「……ありがとう、ペーネロープ」

「…………ぁっ……」

「君のおかげで少しだけ、元のボクに戻れたよ」

 

 そして悠然と解き放つ。

 謝礼代わりだと思って受け取ってくれると嬉しいぜ。

 

「──【降り注ぐ光の槍(メテオリーテ・エスペランサ)】」

 

 ()()()()()()、光の束がペーネロープの全身を貫いた。

 

 



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ペーネロープ・ディラハーナ②

 

 綺麗だった。

 降り注ぐ光の槍。

 個人の魔力から形成されたとは思えない美しさで、溢れる魔力一つすらない完璧な造形。

 

 ペーネロープはかつて、幻想に出会った。

 

 金色の髪を靡かせて、昏い光を宿した碧眼の持ち主。

 古めかしいローブに身を包んでいて、見た目から魔法使いだと一瞬でわかった。

 その実力が自分より圧倒的に上だともわかっていたし、勝てる可能性なんて無いに等しいと理解していた。

 

 それでもペーネロープは挑んだ。

 背負ったいろんな重圧に応えるため、一族に報いるため。

 そして何より、彼から逃げ出すなんてみっともないことをしたくなかったから。

 

 頑張った。

 剣を振る回数を倍に増やして、もっと早く動けるようにと身体を痛めつけて。

 両親が心配するほどに激しいトレーニングを課して、その成果は確実に出ていた。

 

 それでもなお、壁は高く。

 

 無造作に放たれた光の束。

 息を乱すことすらなく、淡々と降り注ぐ光の槍。

 呆然とそれらを受け止めて、最後に見た彼の瞳には────ペーネロープは、映っていなかった。

 

 そのことだけが、ずっと心に残り続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────……あれ…………」

 

 空が茜色に染まる夕暮れ時。

 ペーネロープは医務室のベッドで目を覚ました。

 

「…………夢?」

 

 先ほどまで見ていたのは、夢だったのか。

 あの降り注ぐ光の槍。

 子供の頃に味わって、それを乗り越えようと、振り払おうと、そして何より──彼に私自身をせめて見て欲しくて足掻き続けた十年間。

 

 それらがやっと、報われたような決着だった。

 

「…………いや、夢じゃない……」

 

 戦ったのは間違いない。

 鈍い痛みが身体に残っている。

 これには覚えがある。

 殺傷能力を極限まで減らして、模擬戦で十全に扱えるようにした彼の魔法。

 全身満遍なく貫かれた経験から、これは嘘じゃないと彼女は判断した。

 

「……そっか。負けたんだ」

 

 鍛え続けた十年間。

 敗北を知って、その辛さも悔しさも何もかも飲み込んで、いつの日にかあの男に自分を見せてやると、雪辱を果たすと誓ってからそれだけの年月が経過した。

 

 音沙汰なく消えた彼を追うこともせず、生きる理由を見失いそうになりながらも一族のことを考えることで感情に蓋をして生きてきた。

 

 そして先日。

 唐突に現れた【彼】は、すっかり別人になっていた。

 かつて垣間見た無機質さは鳴りを潜め、飄々と軽薄な言葉を言い続ける始末。

 

 ありえない。

 こんなはずじゃない。

 あんなに圧倒的な化け物が、こんな矮小な存在に成り下がっているわけがない。

 

 そう思いたくて決闘を叩きつけた。

 かつての彼ならなんの躊躇いもなく叩き潰して来るだろうし、何よりその魔法に対抗できると自分を奮い立たせるために。

 

 その結果は──……

 

「失礼、起きてるかな?」

 

 ペーネロープは身体をビクリと震わせた。

 声の主はちょうど考えていた彼。

 アーサー・エスペランサの、昔とは違って低めで優しく囁く声色だった。

 

「お……起きてるわ」

「お、そうかい。それじゃあ失礼」

 

 扉を開いて入ってきた。

 寝てたから少し暴れる髪の毛を手癖でババっと直して、ちゃんと淑女として相応しい身嗜みを整える。

 これは格式高い家に付き従い続けたディラハーナ家の教えだった。

 男は無精髭や眉は整えろ、髪型も前髪を大きく上げて。

 女は毛はこまめに剃って肌に気を配れ。

 爪は切りすぎるな。

 

 脳に教え込まれたことだ。

 

「ん゛、んんっ……ってあんたボロボロすぎない!?」

「やあペーネロープ、元気そうだね。大声は脳と傷に響くからやめてくれると嬉しいな」

「あ、ご、ごめん……」

 

 昔とは全く似つかない軽い笑みを浮かべながら入ってきたアーサーに動揺しつつ、その姿を見る。

 

 手は包帯でぐるぐる巻き、親指は厚く固定されている。

 左目を覆うように眼帯が付けてあって、そんな場所に外傷をつけた覚えのないペーネロープは疑問を抱いた。

 

「ああ、これ? ちょっと魔力回しすぎてね、今見えないんだ」

「──……は!?」

「三日くらいで治ると思うよ」

「あ、そ、そう……」

 

 なんだかうまく会話できないと思った。

 理由はわからない。

 でも、なんでか、こう。

 最後の最後、ついさっき光の槍を振り下ろされる瞬間。

 アーサーの瞳に自分の姿が、いや、顔までもがしっかりと写り込んでいたような気がして。

 

 なんだか直視できなかった。

 

「……ペーネロープ、痛むところはない?」

「なっ、ないけどっ!」

「ふーむ……なんか調子が悪そうに見えるけど」

「気のせい! それよりもさ、その……」

 

 こんなことは初めてだった。

 確かに憧れじみた感情は持っていた。

 絶対に手が届かない領域に座する本当の天才。

 この国最強の魔法使いで、そんな相手と対戦できたことは光栄で。

 それでもその瞳に自分が映ってすらいなくて、戦ったとすら思われてないのが悔しくてしょうがなくて。

 

 もう頑張らなくてもいいと宥める両親の制止も振り切って入団した第二師団で鍛えた己が通じなかったことに、どうしてか、悔しさよりも清々しい爽やかな気持ちが湧くなんて。

 

(……おかしい! 絶対になんかおかしい!)

 

 ニコニコ薄っぺらい笑顔を浮かべているその顔を直視できない。

 

 まるで初めて恋を知った生娘。

 そんな甘酸っぱい人生は全く過ごしてこなかった。

 この手にあったのは異性のゴツゴツした掌ではなく、己の手をゴツゴツしたものに変えてしまう鉄の剣のみ。

 

「どう、だった? 私」

「うーん、そうだね。昔のボクなら瞬殺できたと思う」

「あんたねぇ……」

 

 思わず青筋が浮かんだが、拳を出すのは堪えた。

 我ながら偉い。

 私は我慢ができる女。

 必死に己に言い聞かせながら、ペーネロープは言葉を待った。

 

 少し悩む仕草を見せながら口を開いたり閉じたりするアーサーの一挙一動をチラチラ伺いつつ、なんでかわからないけど落ち着いていられない心を疼かせたまま。

 

「……うん、そうだ。それでもボクは君と戦えてよかった」

 

 戦えてよかった。

 君と戦えてよかった。

 アーサー・エスペランサは、ペーネロープ・ディラハーナと戦って、良かったと言った。

 

「昔戦った時は全然覚えてなかったけどね、思い出したよ。どっかの決勝だったよね?」

「っ! そ、そうよ。予選の決勝、勝ち抜けば本戦に出れる大事な戦いであんたに負けたの」

「そうだそうだ、それだ。なんか周りが少しうるさい時期だった」

 

 周りがうるさいで済むのか。

 こっちは一族総出で祝ってもらったのに惨敗してお通夜みたいな空気感になったのに……! 

 

 憤るペーネロープとは裏腹に、アーサーはいつもの軽薄な笑みではなく、自然と口角が上がった笑みを浮かべていた。

 

「あの時とは比べ物にならない魔法だったけど、でも、おかげで少し思い出せたんだ。昔のボクは確かにあんなことをしていたなって」

「────…………そう」

「うん。だからありがとう、ペーネロープ。ボクと戦ってくれて」

 

 真っ直ぐな感謝を告げられ、思わず彼女は目を逸らした。

 

 負けたくなかった。

 勝ちたかった。

 自分の努力を証明したかった。

 無駄じゃない時間を過ごしたと思いたかった。

 己の才能がないと思いたくなかった。

 周りの人を肯定したかった。

 こんな自分を肯定してくれたみんなを、勝つことで、間違ってないと胸を貼りたかった。

 なんとしてでも、勝ちたかった。

 

 それなのに。

 負けたはずなのに。

 ただ戦って良かったと面と向かって言われることが、どうしてこんなにも嬉しいのか。

 

 ペーネロープはそれに対して答えを出せなかった。

 

「……それじゃ、ボクはこの辺で。残念なことに姉上から呼び出しを食らっていてね」

「あ…………」

「君も帰りなよ。また明日」

「ま、また明日」

 

 扉を開いて出ていく姿に、少しだけ手を伸ばして。

 その手は届くことはなくペーネロープの胸元へと戻された。

 

 外は夕暮れだ。

 鳥が巣へと戻るために空を駆け、人々の営みも終わろうとしている。

 

「…………なんなの、一体」

 

 あっさり帰ったアーサーへの問いかけか、それとも。

 己への問いかけなのかは、ペーネロープにもわからなかった。

 



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姉上は裏表のない素敵な人です

 

 傷だらけの身体に鞭打ってペーネロープと言葉を交わした後、呼び出し通り姉上に執務室へと足を進めていた。

 まあ折れたのは親指だけだし動けなくないってのが最悪だ。

 こんなボロボロなんだから布団に包まりたいのにそもそも布団が無い。

 医務室の方がボクの寝床より環境がいいまであるね。

 こんなに休息を求めているのに、どうやら休息はボクの事が嫌いみたいだ。

 

「おつかれさま、アーサー」

「全くだ。復帰一発目にこれは骨が折れるよ」

「実際に折れてるでしょ。ま、少しはマシになったみたいでよかったわ」

 

 姉上は少し微笑んだ。

 期待には応えられたらしい。

 ほっと一息ってヤツだ。

 これで出て行け無能と罵られる事は無いから一週泊一週飯の義理は果たせたと言った感じだね。

 

「ペーネロープはどうだったかしら」

「強かった。暫く夢に見そうだ」

「今更言うのはアレだけど、彼女って結構危ない位置にいるのよね」

「なんか想像と違う方向に話が傾いてるけど」

「ディラハーナ家に歴史があるという話をしましょう」

 

 ボクは暖かい布団でしっかり体力を休ませたいんだが? 

 残念なことに姉上に逆らう姿勢は全く持ち合わせていない為、休息を求める肉体を黙らせてそのまま拝聴する事にした。

 

「グランデーザ伯爵の事は理解してる?」

「名前くらいは聞いたことある」

 

 昔からいる古い家系という程度の情報なら持ち合わせているよ。

 

「アンタ本当に他人に興味ないわね……」

「そういうこともある。それで?」

「……ディラハーナ家は古い時代から伯爵家に仕え続けてる家。あまり目立った人材は輩出してないし、正直歴史に埋もれていると言っても過言じゃないの」

「うーむ……それにしてはこう、ペーネロープはかなりバチバチにやってる方だと思ったけど」

「その通り。ペーネロープはアンタが予選で倒すまでは次世代のエースって感じだったのよ」

 

 なんと、それは知らなかった。

 対戦相手の事なんて戦う瞬間まで知らなかったから、まさかそんなことになっていたとは。

 

「それでアンタに負けて、塞ぎ込むような子じゃないからああやって努力を積み重ねて、ちょっと魔法が使えるからって第四師団のクソ共が伯爵家にちょっかいかける為に手に入れようとしていたのを私が止めたの」

「聞けば聞く程第四師団の嫌われっぷりが目に付くね」

「その内嫌でも理解できるようになるから安心しなさい」

 

 ボクは汚職で守られた立場だから既に何も言えないんだけどな。

 

「つまり、ボクに負けたことで何かが起きると」

「すぐじゃないけどね。ま、そこら辺は私に任せておきなさい」

「権力のお陰だね」

「なんか頼る事になったら言うわ。それであともう一つなんだけど」

 

 まだあるのか……

 

 いい加減立ってるのが辛いから休みたい。

 でも姉上が机から何かの書類を取り出したのを見てしまった。

 間髪入れずそのまま話は継続されるらしい。

 う~む、ぷるぷるしてきたな。

 

「……これは?」

 

 差し出された書類を手に取って眺める。

 

 第二師団総合演習訓練日時決定。

 一ヵ月後、街から離れた平原で執り行われる全部隊対抗で行われる実戦形式の演習。

 指定された陣地を守る、若しくは相手の陣地を奪った数の多い部隊が勝利になる。

 勝った部隊には褒賞が与えられる。

 

「…………ふーむ、なるほど。つまり姉上は……」

「ええ。去年は私達黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)が優勝してるの」

「ほう! ならボクが居なくても余裕じゃないか?」

「逆ね。アンタを加えて負けるようならその時は……」

 

 身震いしちゃうぜ。

 怪我が完治してないのに既に次の戦いを言い渡されているんだが? 

 

 そんなボクを尻目に、姉上は素敵な笑顔のまま言い放つ。

 ボクにはそれが死刑宣告にも見えた。

 

「次の目標は総合演習優勝。あなた達三番隊に陣地取りを任せるから、全部滅茶苦茶にしてきなさい」

「…………ふー……」

 

 一度落ち着こう。

 聞き間違いかもしれない。

 いくらなんでも酷い話じゃないだろうか。

 

「もう一度お願いしていいかな?」

「あんたら三番隊で結果出さないとお仕置きするから」

 

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。

 

 姉上の笑顔は素敵だ。

 そしてこれは関係ない話だが、笑顔は時として敵を威圧するために使われるものであるらしい。

 

 政界を渡り歩く姉上が一体どのような意図でこんなに明るい表情で笑っているのかは、魔法バカのボクには測りきれないものだった。

 

 ただ一つボクに許された事は、黙って頷き笑顔で了承を告げる事だけだ。

 

「はい喜んで、愛しきお姉さま」

「次そういう言い方したら殺すわよ」

 

 既に手は出ている。

 投げられたペンがボクの額に直撃し激痛に悶えた。

 くそっ、いつか仕返ししてやるからな……! 

 



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三番隊は仲良し

 

「どうすりゃいいんだ……」

「また呻いてるぜこいつ……」

「結構喧しいのよね」

 

 愛しい愛しいお姉様に無理難題を押し付けられて早三日。

 骨折は治らないが身体の不調はそこそこ回復してきたため訓練に参加するようになり、ペーネロープからチラチラ視線を受けつつバロンと二人でバカな話をしながらそんなに時間が経ってしまった。

 

 ボクの悩みの種は非常に簡単。

 一ヶ月後に控える総合演習でどのようにして勝利と姉上の納得を勝ち取るか。

 多少はマシになったとは言えまだまだ未熟なこの身である。

 唯一救いがあるとすれば三番隊全部巻き込んでいるという所だが……

 

「ねぇバロン。君ってどれくらい強い?」

「お? ペーネロープには勝てねぇな」

「ああうん、だよね」

「だよねとはなんだ」

「農民出身で曲がりなりにもエリートで実力者のペーネロープに勝てるなら苦労はしないさ」

 

 でもバロンがかなり厳選された人材なのは間違いない。

 

 今回は強さが欲しいんだけど、強さ以外の部分で活躍してくれるタイプだと思う。

 

「ルビーは……」

「アタシはペーネロープにも負けないわよ」

「おお、そりゃすごい」

「当然! ……と、言いたいところだけど。負けないってだけで絶対に勝てるわけじゃない」

「十分さ。その勝ちを引けた方が最終的に生き残るんだから、それを引けるようにするのがボクらの仕事だろ」

 

 ボクは殺し合いを経験したことはないけど、父上や母上からたまにそういう指南も受けていた。と言うより魔法を教えるついでだったから適当に聞き流してたんだけど、この年齢になって役に立つとはね。

 人生どうなるかわからないもんだ。

 

「……なんか真っ当なこと言われると腹立つわね」

「同感だ。なあアーサー、模擬戦しようぜ。ジン、俺、ルビーの三人でボコボコにしてやるよ」

「プライドというものが無いのはわかったけど、ジンとフィオナはどう? 強い?」

 

 ボクらからあまり離れてないベンチで座って剣の手入れをするジンと、これまたボクらからあまり離れてない場所で剣を振るフィオナに話しかける。

 

「私はあまり……まあ、そこの二人とディラハーナには負けませんが」

「意外と好戦的だね。魔法のない騎士ってどう戦ってるのか想像もつかないよ」

「得物次第です。貴方と戦うなら、そうですね……手数と軽さを重視したいので、短刀二つと言った感じでしょうか」

「ボクを殺す気かな?」

「それくらい厄介だということです。本当に同一人物か疑いました」

 

 正直だねぇ。

 フィオナなりにボクのことを認めてくれているらしい。

 初対面の時はそれはまあ酷かったが、ペーネロープ相手に勝利したことで目論見は達成できたかな。

 姉上の期待は裏切らなくて済みそうだ。

 

「で、ジンは……っとごめんよ。喉があまりよくないんだったね」

「…………気に、してない」

「あー、ジンは鬼強ぇ。全員でかかっても軽く捻られる」

 

 マジで? 

 思わずジンのことを見つめてしまったが、彼女はハイライトのない瞳でボクのことを見て、手を差し出した。

 

「…………余裕」

「おおお……勝ったな、ボクは裏でのんびりするとしよう」

「……でも…………隊長とは、互角」

 

 おっと、もう一人人外が見つかったな。

 

「アンスエーロ隊長?」

「ん」

 

 うん、ボク必要なくないか? 

 ペーネロープに負けるバロン、ペーネロープに勝てるルビー、ルビーとバロンとペーネロープに勝てるフィオナ、それら全員と戦って余裕で勝てるジンと同格のアンスエーロ隊長。

 ボクは寧ろ戦力としてバロン以上フィオナ以下だ。

 

「で、なんの話だ。俺たちにも聞かせろよ」

「うん? 聞いてないの?」

「そりゃ俺達は平騎士だぜ。お前とは立場が違うんだ」

「あー……そういえば姉上って大隊長だっけ」

「普通そこは忘れないでしょ……」

 

 バロンとルビーの連携攻撃にボクは堪らず後退を選択し、ジンの影に隠れることでことなきを得た。

 ちなみにジンはかなり小柄なのでボクは全く隠れていない。

 フィオナのため息がやけに冷たく感じた。

 

「リゴール大隊長と直接話が出来るのは原則隊長格のみ、私たちにその権利はありません」

「後は古参で馴染みがある奴くらいじゃね? それこそジンみたいな」

「なんだと……ジン、君って何歳から従軍してるんだ」

「……………………小さい、時から……」

 

 やっぱりこの国滅んだ方がいいんじゃないか? 

 第四師団に全部放り投げてさ、第二師団とまでは言わないから黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)だけで……いや、もう三番隊だけでもいい。ボクは逃げ出したくなってきた。

 

「そりゃ強い訳だ。ジン先輩と呼ぼうか」

「…………同い年」

「えっ」

 

 どうやらジンとボクは同い年だったらしい。

 彼女が従軍して戦場で生死を懸けて殺しあってる間にぬくぬく魔法研究をした挙句浮浪者をしていた事実にボクの良心が悲鳴を上げ始めた。

 

 流石に言葉に詰まったボクを見て、ジンはハイライトの無い瞳は一切揺らがないまま、少しだけ口元を柔らかく曲げて言った。

 

「……そのために……戦ったから、いい」

 

 国を守りボクらのような市民を守るために戦ったと言える同年代の子にボクはなんと言えば良かったのだろうか。クズでカスで無能だという自覚はあるけれど、少しずつ改善して行ったほうがいいのでは?

 

「アーサーが干からびてるわ……」

「己の所業と現実に打ちのめされてるみたいですね」

「って言うよりこれは自滅してるんじゃねぇか?」

「気にしない…………けほっ」

「すまなかった、ジン。ボク、これから頑張るよ」

 

 流石に喉を治すことはできないが、少しくらいは痛みを和らげる筈だ。

 

 ジンの喉元に手を当てて、魔力を放出する。

 ほんのり休まってくれればそれでいい。

 ボクは魔法にしか興味のない男だったが、それでも成長するにつれて人間性は増していった。

 それらは姉上のお陰だ。

 なら、姉上に還元するべき。

 それが最も間違いがない選択肢だろう。

 

「だから、まだ頼ることはたくさんあると思うけど……そのうち頼れる人間になってみせる。よろしく頼むぜ」

「……ん、助かる…………」

 

 この後総合演習のことをアンスエーロ隊長に聞かされたジンを除く全員に訓練と称してボコボコにされ続ける地獄の稽古が始まり、ボクのやる気スイッチは即座にオフとなってジンに泣きついた。

 ジンは何も言わずに助けてくれたが、ペーネロープが信じられないものを見たような目でボクを見ていたのが印象的だった。

 

 

 



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姉が弟に向ける感情が重たすぎた場合どういう顔をすればいいか十文字以内で回答せよ。

 

 時刻は少しだけ遡る。

 アーサーが訓練で袋叩きに遭うおおよそ五日前。

 ペーネロープとの激戦より前にアンスエーロは、大隊長執務室へと呼び出されていた。

 

「……正気ですか」

 

 思わず敬愛する上司にそう言ってしまうくらいには、あり得ないと思ってしまうことを告げられた。

 

 そう返答された張本人、フローレンス・リゴールは楽しそうに笑みを浮かべて続ける。

 

「ええ、正気よ。総合演習で三番隊だけで陣地取りやってもらうから」

 

 アンスエーロは倒れそうになったがなんとか踏み止まった。

 

「そ…………れは、どのような意図で……」

「…………いやまあ私だってわかる。普通に考えれば『何言ってんのこいつ』って思われても仕方ないって」

「うっ……ひ、否定できません。少なくとも今、私は衝撃を受けています」

 

 黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)はそもそも人員が少ない。

 一兵卒として気軽に使える兵力は持ち合わせておらず、全員単独で生き残り敵を屠れる精鋭を目指して鍛え上げられてきた。

 

 確かに練度は高い。

 個人技で頂点を競い合える達人もいれば、連携で実戦を潜り抜ける猛者達もいる。

 しかしだからと言って、限られた数名で敵部隊を壊滅させられる程夢のような力を抱いた集団ではない。

 

 あくまで現実的に生き汚く護国を遂行するのが、今の彼ら彼女らの正体だった。

 

「確かに三番隊にはジンも居ます。私も含め、隊長格が二人揃っているため他隊に比べれば戦力は高いでしょうが……」

 

 無理があるとアンスエーロは思った。

 いくら圧倒的な実力を持っていても、連戦を重ね続ければいずれ体力が尽きる。

 怪物や達人と称される傑物が命を落とすのは、いつだって戦場の中で、そして相手が強敵だとは限らない。

 雑兵の槍一つで命を奪われる可能性だって大いにある。

 そうやって散った大人達を目にしてきた彼女にとって、その選択は受け入れ難いものだった。

 

「……正直に言うとね。これは私の我儘なの」

「我儘……?」

 

 椅子を回して、フローレンスは後ろへと振り向いた。

 

 窓の外は暗闇で包まれている。

 夜は更け、積み上がっていた書類は既にフローレンスの机から姿を消し、そしてまた翌日になって諸々の仕事を行わなければならない。

 もうすっかり慣れきってしまったことだ。

 

「アンスエーロ。私はね、アーサーに夢を見てるのよ」

「…………あの男にですか」

「うん。アーサーはね、本当に凄いんだ……」

 

 フローレンスの脳裏に浮かび上がるのはかつての彼。

 

 国で最強の名を戴いておきながら、そんなものに興味なんて一切持っておらず昼夜ずっと魔法の事だけを考えている怪物。幼い頃から武で頭角を現していたフローレンスが何度も挑戦し、終ぞ勝利を得る事が出来なかった唯一の相手。

 絶対的勝者。

 権力にも憚られず、己のゆく道をただ気ままに歩いていく天才。

 それがフローレンスが抱いてしまったかつてのアーサー・エスペランサという少年だった。

 

「私は結局一度も勝てなかった。十個ある相伝魔法のうち最も簡単だと言われる光の槍(エスペランサ)すら打ち破れないくらいで、もう情けなくてわんわん泣いてた」

 

 何度も心折れた。

 それでも諦めたくなかった。

 魔法の使えないエスペランサ一族なんて価値がない。

 精々その血に期待して次世代に期待される程度で終わってしまうのは、魔法使い一族に生まれてしまった宿命だった。

 

 両親はそこまで露骨な事は嫌がっていたけれど、上の世代から突かれては抵抗も難しかっただろう。

 

 だから努力した。

 苦しみも痛みも嘆きも全部飲み込んで、己の未来をこの手に掴むために血反吐を吐いて。

 その結果得たのは現在で、失ってしまったものも多い。

 

「…………今はまだ、小さな光かもしれない」

 

 外の暗闇にぼんやりと、少しだけ淡い光が差し込む。

 

 夜はまだまだ続く。

 月の支配から抜けるまで陽は昇らない。

 ではこの光は一体誰が、とアンスエーロが声に出そうとしたときに、気が付いた。

 

 エスペランサ家は、光を象徴する魔法使いだったと。

 

「これから先、何度も消えそうになるかもしれない」

「……眩いとは言い難いですね」

「ええ。だってこれから始まるのよ?」

 

 そしてフローレンスは再度振り向いた。

 口角を吊り上げて、とても楽しそうに笑顔で笑いながらアンスエーロへと言う。

 

「貴族から没落貴族へ。

 没落貴族から浮浪者へ。

 そして浮浪者から黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)に。さあ、次は一体何になるのかしら」

「まだ、ペーネロープにすら勝利してませんよ」

「勝つと分かってる戦いですもの。私は自分自身の目と勘を信じてる」

「それはまた……彼女が可哀想だ」

「ペーネロープを評価してない訳じゃない。寧ろ評価してるからこそ、きっとアーサーは呑み込んでくれる」

 

 フローレンスの瞳に曇りは無い。

 黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)大隊長として、彼女は何一つ間違いない選択をしたと思っている。

 それが正しかったか、正しくなかったかわかるのは、まだ先のことだ。

 

「……どこまで落ちぶれようとも、アンタはアーサー・エスペランサ。勝って、勝って勝って勝ち続けて、自分が勝ち馬になれるくらいに取り戻してみなさい」

 

 外の光はまだ消えない。

 これが希望の明星になることを祈って。

 己の盲目で終わらない事を信じて、フローレンスは瞠目した。

 

 



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修行パートは少年誌の特権だよ

 

 ボクは窮地に立たされている。

 理由は単純明快で、総合演習で三番隊のみが攻撃に参加し他第二師団相手に大立ち回りを演じなければいけなくなったからだ。

 

 より正確に言うならば、たった一週間でペーネロープに勝てるくらいには伸びしろがあると判断された為に複数人の激しい訓練によって日夜身体を酷使し続けているため苦痛に苛まれているからである。

 

「ウッウッ、背筋が痛い」

「運動不足だな」

「日頃の行いよね」

「得意の魔法で治せばいいじゃねーか」

「決闘の時だけ入れ替わってましたか?」

「あー、うーん……だ、大丈夫アーサー(・・・・)? 氷とか持ってこようか?」

「…………ペーネロープ……まだ甘やかさなくて、いい」

 

 これが我が三番隊の結束力である。

 おいおい肝心(かなめ)のボクが仲間外れになってないか。

 ちなみに背筋が痛いのは前日の筋トレが今になって響いてるからであって、別に打ちのめされて激痛が奔ってるとかそういう訳ではない。

 

「ボ、ボクは魔法さえ使えればまだ……ハァ、ハァ……なんとか出来るんだ。筋トレをするより魔法をこねくり回した方が、有意義だと思うね」

「その魔法を使う前にダウンするのが目に見えてるからこうなってるんでしょ。ホラ、次行くわよ」

「あぁんっ! もっと優しくしてくれっ」

 

 ルビーは容赦ない。

 広背筋を十二分に苛めたと言うのにこの後はスクワットと腕立て伏せ、体力作りのジョギング一時間。

 

 殺す気だ……

 ボクの事を殺す気なんだ。

 

 呆然とするボクを見かねて、ジンが小さく声を出す。

 

「…………ルビー」

 

 呼び止められたルビーはボクの顔を見てから、ハッと何かに気が付いたような表情に変わった。

 

 フフッ、わかってくれたみたいだね。

 こう見えて演技はうまいんだ。

 浮浪者時代にやること無くて変顔の練習とかしてた甲斐があった。

 だって暇すぎるんだもん。

 水辺に写ったボクとにらめっこするとか、一人ジャンケンとか、虫を捕まえて食べるとかそれくらいしか娯楽が無かったからね。

 

 そしてジンはボクに優しい。

 ふぅ……

 魅力がありすぎるというのも困りものだね。

 あまり訓練が温くなりすぎても困るから、そこだけはボクが自分から声を出す。

 

「もっと……増やそう」

「なんで??」

「余裕、ある」

 

 それは君達にあるだけでボクには無いんだが? 

 

 抵抗虚しく、全員黙って数を増やして筋トレを再開してしまったためボクも溜息と共にそれに参加した。

 

「ハァ、フゥ、ハァ、フゥッ……ハアァッ!」

「うるせぇなこいつ……」

「まだ余裕があるとは流石だなエスペランサ。大隊長も喜んでいるぞ」

「おい待て。姉上の名前を出すのは卑怯だろ」

 

 ボクは姉上に弱いのだ。

 というか常識的に考えて、ボクの立場で姉上に逆らえるわけがない。

 家が没落する間接的な原因となった挙句一般人としての生活すら放り投げて街の外で浮浪者してた弟に、偶然森で出会ったからとは言えそこから生きられるように時折支援してくれた人だぞ。

 

 何かしらの好意は抱いても敵意を抱くのは難しい。

 

「身体を動かしながら口を動かせてる時点でお前の成長は著しい。流石の私も言い渡された時は遠回しな解雇宣言かと覚悟したが……」

「それはそうでしょう、隊長。この男はディラハーナと戦うまで愚鈍な怠けものでした」

「フィオナってボクの事嫌いなのかな……」

「フィオナは辛辣な奴だからな。俺もよく言われる」

 

 バロンと顔を見合わせてサムズアップした。

 やはりボクらは友人になれるね。

 

「というか今更だけど、三番隊全部巻き込まれることに異論は誰もないのかな」

 

 これはちょっと気になってた事だ。

 明らかにボクが理由で巻き込まれてるからね。

 それが原因で後々恨まれるとかは正直ちょっと嫌だし、蟠りがあるなら少しくらい姉上に進言してもいい。

 それくらいの権利はあるだろう。

 

「なんもねーよ。俺は平騎士だし」

「アタシも別に……だって騎士って戦う者でしょ」

「たとえ苦境に立っていても折れない戦士。それが我々騎士ですから」

 

 鋼の意思を持ち合わせている。

 なるほど、こういう部分が第二師団に合格した理由なのかもしれない。

 第四師団の人間と未だに対面してないボクにとって腐敗がどのようなものか具体的な想像は出来ないけれど、姉上が溜息交じりに罵倒する程だ。

 

 …………楽したいなぁ……

 

「戦力の増強が出来るならそれに越したことはない。師団内での立場も重要だが、本当に重要なのはその時(・・・)誰かを守れるかという点に尽きる」

「まさに騎士道って奴か。ボクに馴染みはない考えだね」

「これから身に着ければいい。お前にはそれくらいの期待がかかっている」

「おっ、もしかして隊長もかなり期待してくれてる?」

「隊長と共にオールインだ。でなければこんなことはしてない」

 

 全く、魔法が使えるからってすぐ楽な道に行こうとするのはよくないな。

 

 ボクには信頼できる仲間と頼れる隊長がいる。

 たとえ彼我の戦力差が絶望的でも、ボクはそれをひっくり返すのを期待されているのだ。

 あぁ~、でも頑張るのめんどくさいんだよな……

 睡眠時間削って魔法思い出してるから眠いし。

 でも体力無いとまともに戦えないのも事実。

 陣地取りなんて長期戦になるに決まってる。

 速攻でケリを付けられる程、まだボクは強くない。

 

 ロクデナシ魔法使いには苦しい現実だぜ、どうにも。

 

「そういやよ、聞きたかったんだけど」

「うん? 何をだい」

「あの光の槍、えーと、名前は……」

「【光の槍(エスペランサ)】の事だね」

「そうそれ! あれってどういう効果があるんだ?」

「うーん…………そんなに特別な物じゃないよ。魔力を光輝くものに変換して、それを更に魔力で固めて、即効の武器にする。やってることはそれだけだし、一応他人も使えたりはする筈」

 

 奥義とかはとんでもないって聞いたけど、もう見る機会は残ってない。

 

「へぇ、じゃあ戦場で武器失くしたらお前に集るか!」

「別に構わないけどその時点で普通死んでない?」

 

 光の槍を携えた騎士軍団か。

 それはそれで滅茶苦茶強そうだな。

 

「……というか、基本はこれなんだ。魔力を光の結晶へと変質させるのが、ボクらエスペランサ家に伝わる技術と言ってもいい」

 

 だから槍も剣も発展形に過ぎない。

 真価はこの掌に握られており、生かすも殺すも使い手の頭脳と器量次第。

 それを魔力量でゴリ押ししてたボクが言える事じゃないけどね。

 

「……それ、言っても大丈夫な奴か?」

「? 全然かまわないけど。ボク以外に残ってる人いないし、使える人がいるとも思わないから」

 

 それに、使えた所で……

 その人は気が付くだろう。

 このエスペランサの弱点というものに。

 

「ふーん、そういうもんなのか」

「ああ、そういうものなんだ」

 

 汗水たらして身体を動かす中でそこそこ有意義な話を出来る程度には身体が出来た。

 

 今日はそのことを誇りに思って就寝しようと思う。

 

 



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俗にいうデートというやつ

 

 第二師団はそこそこクリーンな集団である。

 その中でも黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)は特に綺麗だと言っていい。

 姉上が直々にメンバーを選別し内部洗浄に力を注いできた結果、他の組織からやってきたスパイ等は軒並み一掃されたらしい。

 

「ふーむ、なるほど……」

 

 現在は本部に設立されている唯一のカフェで寛いでいる。

 

 今日は週に一回の休息日だ。

 訓練も無いし仕事も無い。

 浮浪者から一転してエリート勤めの騎士団に入ってしまったがゆえに身体をボロボロにしていたから今日はしっかり休もう、その決意で物置でいつも通り爆睡を決め込んでいたのだが……

 

 ここの紅茶は美味しい。

 思わず実家を思い出す位には美味しい。 

 最近のボクの飲み物って野草茶か野草スープか汚い水だったからね。

 こう、ちゃんと楽しむ様に味を調整されているものを口にすると心が現れるような気分になれる。

 

「すまないねペーネロープ、奢って貰って」

「……私が誘ったからいいの。口に合ったならよかった」

「うん、美味しいよ。君はセンスがいいねぇ」

 

 クッキーも美味しい。

 いや~、糖分を十二分に確保できると脳が若返っている様な気もする。

 正面から褒められたペーネロープは少しだけ嬉しそうに口元を歪めている。

 うん、仲良くできてるね。

 

「それにしても良かったの?」

「なにが?」

「折角の休日だったでしょ。誘った私が言うのもおかしいけど、その……」

「…………ああ、そういう事か。気にしないでくれ、ボクは基本的に一文無しなんだ。休日に出来る事なんて惰眠を貪るか魔力を捏ね繰り回すくらいしかないし、友人と一緒にティータイムを堪能するなんて事は初めてだ」

 

 そういえばボク、友達居なかった気がする。

 

 友達そのものに魅力を感じてなかったからね。

 だって友達がいてもボクより才能の有る魔法使い居なかったし……

 まともな魔法も出せないような人と友人になってもしょうがないって価値観を持っていたんだ。

 冷静に考えて嫌な奴だな。

 

 浮浪者やって価値観ぐねぐねになったからよかったのかもしれない。

 姉上や両親には申し訳ないけど。

 

「あん……あ、アーサーはさ。私が魔法を使うなら、どんなのが合うと思う?」

「君に合う魔法……」

 

 ふむ。

 ペーネロープはかなり攻撃寄りの騎士だと思われる。

 盾を駆使して仲間を守る重装騎士ではなく、突撃騎士かな。

 本来は鎧を身に纏うからもっと動きは遅くなるだろうけど、魔力で強化してなかったら追えてないくらいの速度で動けるんだから適性はそっちで間違いない。

 

 一瞬とは言え【加速(アクセラレーション)】で敵の不意を突けるのだから、それが正解なような気はするね。

 

 そこそこの魔法使い程度なら殺せると思う。

 ただ、ボクみたいに何か一つ尖ってる部分を持つ魔法使い相手には苦しい。

 周囲に罠を設置されれば届かないだろうし、そもそも魔法の強みはその射程と自由さにあるんだ。

 

 だから、うーん。

 ペーネロープの射程を伸ばす方向……

 いや違う。それじゃ持ち味が無くなる。

 大切なのは今の基盤を大きく変えないまま新たな方向性を作る事だ。

 ボクと敵対しないのなら、という前提が付くけれど、それこそ以前バロンとの会話で思いついた【光の槍(エスペランサ)】を持ったまま【加速(アクセラレーション)】で突撃するとか? 

 

「難しいな。君は現時点でかなり完成されてると思うから、それに手を加えるのは選択肢がかなり狭まってくる」

 

 ボクは戦術家や戦略家じゃない。

 あくまでただの一魔法使いに過ぎないからこそ、手が届かない領分と言うのはある。

 これはまさにそうだ。

 彼女の発展性を考えるのはボクの仕事ではない。

 これはきっと、うん、そうだね。

 姉上なら思い付けるかな……

 

「ダメだ。才能無いねボク」

「えぇ……」

「一応ボクだけなら空を飛べたりもするんだけど、それを三番隊全員に付与なんて事したら一瞬で魔力切れちゃうんだよな」

 

 うん。

 ボクは他人を強化する事は向いてない。

 単独で魔力回して動く事なら出来るとは思うんだけど、そればっかりは適性がものをいう。

 子供の頃から一人で無双してた弊害かな、これは。

 

「でもまあ君ならある程度の敵はやれるだろ。無理な相手が居たら仲間を頼ればいいのさ」

 

 ボクは勿論その腹積もりで居る。

 普通にジンや隊長の方がボクより強いだろうしね。

 ペーネロープに勝ったとはいえ互いに初見殺しを押し付け合った結果だ。

 もう一度やれば対策を練られて勝てたとしても苦戦は免れない。

 急速に強くなる必要がある。

 ボクは負ける事になんの屈辱も感じないが、その結果姉上の評価が落ちるのは望ましくないんだ。

 あの人には世話になりっぱなしだからね。

 

「……ん、そうね。それじゃあそういう時はアーサーを頼るから」

「おっと、ここでボクか」

「私に勝ったんだから、困ってる時は助けてくれるでしょ?」

「うーん、仕方ない。出来る限りは頑張らせてもらうよ」

 

 魔法の発動時間も量もペーネロープと戦う前に比べればかなり早くなった。

 

 それでも今のボクは、かつてのボクには程遠い。

 いま彼女(・・)と再会したとしても、まあ勝ち目は無いだろうね。

 残り猶予は五年程度か……

 五年で元通りじゃ遅い。

 ボクは昔を超えなければならない。

 

 そうしなければこの国が戦火に巻き込まれた時に、姉上を守れないかもしれない。

 

「あと三週間か……」

 

 ペーネロープとの戦いでは結果を出せた。

 一人での戦いはある程度クリアできたとみてもいい。

 次は集団戦だ。

 ボクは自分を如何に有効的に動かせるか。

 考えて行こうじゃないか、アーサー。

 集団戦はボクの得意科目のハズだろ。

 魔力で押して押して押し込む、そうやって戦えばいい。

 

「ペーネロープこそ、ボクが危なくなったら助けに来てくれよ」

「――もちろん。最優先で助けてあげる」

 

 頼もしい友人だ。

 



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デートというには感傷に溢れすぎている

 

「精が出ますね」

 

 唯一の休息日にペーネロープとティータイムを過ごした後、ただのんびりしているだけではもったいないので寮の中庭で魔法を捏ね繰り回しているときの事だった。

 

「フィオナ。珍しいね、ボクに話しかけてくるなんて」

「別に嫌っているわけではありません。ふざけた男だと思っていますが」

「それは嫌いって言うんじゃないかな?」

「人の感情は好悪だけではありませんよ」

 

 クスリと笑ってフィオナはボクの隣に腰掛けた。

 

「今日の用事は済みましたし、貴方さえよければ親睦を深めようかと」

「おお、大歓迎だ。一人で魔法を考えるのは夜でも出来るからね」

「……どうしてその真面目さが言葉に出ないんでしょうか」

 

 失礼だな。

 ボクはいつだって大真面目さ。

 真面目に生きてたら魔法の事だけを考え続ける生命体に成り下がるからそれ以外の事を考えるようにしてるだけで。

 

 まあそもそも昔ほど才能に溢れる人間じゃないし?

 これはボクの持論だけど、才能と努力は期限付きだと思っているからね。

 ボクはもう期限切れだ。

 

「ふふ、軽薄な男が裏で真面目に頑張ってる方がギャップがあってイイだろ?」

「そういう所なんですが……まあ、貴方らしいです」

「別に名前で呼んでくれたって構わないよ。ペーネロープなんて勝手に呼ぶようになったし」

「では、アーサーと」

「それでいい。それで、どんな事が聞きたいんだい?」

 

 フィオナは少しだけ考えるように視線を空に上げてから、十秒ほど黙った後に口を開いた。

 

「……少々デリケートな話題ですが」

「いいぜ、どんと来い」

「少しばかり不躾ですが」

「うん、気にしないよ」

「かなり失礼ですが」

「良いって言ってるじゃないか……逆に気になって来たぞ」

「冗談です」

 

 冗談!?

 

 驚くボクの事は無視して、そのまま視線を空に浮かせたまま続ける。 

 

「ライアン。この名前に覚えはありますか?」

 

 ――――ふむ。

 これはどのパターンだろうか。

 ボクが昔やんちゃしたときにやらかしたのか、それとも純粋にボクの知り合いか。

 ライアン。

 ライアンか……

 生憎名前を教え合うような仲になった人はほぼ居ない、というかここに来るまでゼロだと言っても過言じゃないくらいなので全く身に覚えがない。

 

「ごめん、わからない」

「……そう、ですか。多分、人違いではないと思うんですが」

「フィオナさえよければ教えてくれるかい? もしかしたら思い出せるかもしれない」

 

 ま、十年以上前の魔法を思い出せるのがボクだ。

 可能性はゼロじゃない。

 

「……ライアン・アルメリア。元アルメリア家当主で、貴方と同様に国家代表に選ばれたうちの一人です」

「……………………ああ、わかった。お節介な人だった気がする」

「そうですね。あの人はそういう所がありました」

「アルメリア……ってことは、フィオナの身内だよね?」

「はい。私の兄です」

 

 兄。

 あー、そう言われればそんな感じの人だった気がする。

 だってあの人常にお菓子持ち歩いてたし。

 子供に渡す用だって言いながらボクにもよく渡してくれた。

 おかげで糖分には困らなかった。

 

「ライアン・アルメリアは、帝国で国家対抗戦を終えた後に失踪しました。今も所在が知れません」

 

 う〜〜〜〜〜ん……

 困ったな。

 これ重たい話じゃないか?

 

「そう……なんだ。ボクも似たようなものだったけど」

「私は。兄が一度や二度、圧倒的な力に敗北したとして心が折れる人だとは思えませんでした」

 

 それは確かに、そうだったかも知れない。

 大人の人だった。

 なんというかこう、余裕を持ってる人だった筈だ。

 コテンパンにされたボクを励ましてくれたような気もする。

 

「帝国との戦いで一体、何があったのか……聞いてもいいですか?」

「構わないよ。ボクの主観が混ざるから正確ではないけどね」

「それで大丈夫です」

 

 さて、何から話したものか。

 色々あったんだけど、ボクも全容を覚えているわけではない。

 改めて言われると困るな。

 

「…………うん、一つ一つ思い出して行こうかな。ちょうどいい機会だ」

 

 そっちの方がフィオナにとってもいいだろう。

 無駄で余分な情報が時として心を救う時もある。

 

 今日は長くなりそうだ。



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アーサー・エスペランサはどのようにして落ちぶれたか

 

 ボクらセイクリッド王国代表は周辺諸国との戦いで勝利を収めていた。

 すでにその大半は帝国に侵略され吸収されてしまったわけだけど、今もなお残っているパラシオ王国相手にも問題なく勝利した。

 

 移動は贅沢に魔力石(マギアライト)を利用した自動車で、広めに造られた車内の中で各々自由に過ごしていた……ような気がする。

 

「確実性に欠けますね……」

「正直思い出したくない記憶だからね。墓まで持っていくつもりだった」

 

 話を続けよう。

 三日程度かけて帝国の首都まで運ばれたボクらは用意されたホテルに泊まり、翌日の戦いに備えてた。

 この間に怪しいことは何一つとしてなかった。

 当時はまだ帝国も大人しかったからね。

 かなり高待遇だった。

 綺麗なお姉さんとか結構いた。

 あれって冷静に考えてハニートラップだよね。

 

「……マセガキ」

「おい、ボクの方が年上だぞ」

「私の方が先輩です」

「それで、フィオナの兄が何をしていたかだよね」

「ひどい話の逸らし方だ……」

 

 何を言っても負ける気がしたので強制的に転換することにした。

 

 正直ホテルでずっと魔力捏ねてたから何も知らないんだ。

 他の人たちはお酒飲んでたり異性捕まえてたりしてたかもしれないけど……

 ボクは魔法が一番好きだから当然引きこもってた。

 ハニートラップにも揺れない鋼の精神力を持っている。

 どうだい、今ならボクを養う権利をあげるよ? 

 大隊長と血族になれる貴重な機会だ。

 

「この話何かの役に立ちますか?」

「まあ待ってくれ。本題はここからだ」

 

 フィオナは非常に冷めた目をしていた。

 

 身震いしちゃうぜ。

 ボクの与太話に興味は無さそうなのでしっかりトラウマとして封印した記憶を引っ張り出す。

 

「翌日、全員揃ってるのを確認してから移動だった。移動といってもさほど遠くない専用の会場に案内されて、伝統ある競技にしては軍人ばかりの観客席を見て少し疑問を抱いたのを覚えてる」

「……軍人ばかり、ですか」

「最初はボクらの魔法を盗もうとしてるのかと思ったんだけどね。他の国でもその傾向はあったし、ボクは盗まれても問題ない自信があったからその時点でどうでもいいと切り捨てたんだけど」

 

 殺しにも来なかった。

 だから結局あれは、うーん……

 彼女を隠すためだったのか、それとも、帝国内でなんらかの争いが起きていたのか。

 

 今のボクじゃなんともわからない話だ。

 

「そして、いざ始めましょうというタイミングになって、先鋒の……名前がわからない……これは今度記録で確認しておく」

「本当に他人に興味なかったんだ……」

「当たり前じゃないか。この国でボク以上に強い奴は誰一人いなかったし、面白い魔法を使う人もいなかった。だから記憶の片隅にもない奴らばっかりだ」

 

 そう言う点で言えばライアンさんはかなり特殊かもしれない。

 ボクが思い出せる程度には人格者だった。

 ペーネロープ? 

 彼女を思い出せたのは……なんでだろうね。

 

「…………私は昔の貴方を見たことがないので、なんとも言えませんが」

「うん」

「ですが、兄が少しだけ話題に出していたのを思い出しました」

 

 忘れてたんだね。

 案外子供の頃に起きた出来事は忘れていても思い出せることが多い。

 やっぱり若い頃って大事だ。

 ボクはそれを棒に振ったわけだが? 

 

「『超強い子供がいる』と、興奮混じりに語っていた気がします」

「それはボクで間違いない。なんてったって強かったもの」

「それが今はこの有様ですか……」

「おいやめろ。悲しくなるだろ」

「アーサーより悲しんでる人は多いと思いますよ」

 

 フィオナ、君レスバ強いね。

 ボクは潔く敗北を認め深く頷いた後、何事もなかったかのように振る舞って話を続けた。

 

「あー…………そして相手選手が入場してきた。その時点で、こう、異質な感覚はあった」

 

 周囲を取り囲む軍人。

 こちらは五人フルメンバーなのに、向こう側には一人の少女しかいない。

 帝国は軍事魔法にも力を注いでいると当時から噂になっていて、父も母もそれは時折口にしていた。ボクは面白い魔法があれば教えてほしいとねだったけど、具体的な内容は教えてくれなかったな。

 

「戸惑うコチラに対し、周りは沈黙を貫いた。そして副将だったライアンが彼女に声をかけたのさ」

 

 それが全ての始まりだった。

 彼女は僅かに目を揺らして、始まりの合図と共に莫大な魔力を放出した。

 ただそれだけで先鋒はなすすべなく吹き飛ばされ、場外で木に激突する姿を見送った。

 

「そこからは酷いものだった。次鋒は魔力を利用して踏ん張ろうとしたけど土台ごと吹き飛ばされて敗北、中堅は守るだけじゃ負けると判断して魔法を放ったけど、魔力放出だけで薙ぎ払われて負けた」

 

 今でも鮮明に思い出せる。

 彼女の赤い瞳が揺らぐ度、相対した人は散っていく。

 彼女に容赦や躊躇いという概念は一切存在していなかった。

 ボクでさえ非殺傷を心掛けて魔力を練っていたのに、彼女は全員死んでも構わないという心意気だったに違いない。

 

 勿論相手選手を殺すのは御法度で、事故として已む無く判断される場合を除き、原則として懲罰対象になる。

 

「そんなもの、関係なかったね」

 

 副将のライアンの足は、震えていた。

 ボクにとって初めての経験だった。

 相対した人間があんなにも恐ろしいと感じたのは。

 父上に連れられて戦場で実際に人の死を間近に見た時よりも、ずっと怖かった。

 

 ボクは彼女の前では無価値になる。

 その事実を漠然と理解したんだと思う。

 

「そして彼も抵抗することすら出来ずにやられて、ボクの番。正直逃げ出したいくらい怖かったけど、あの頃のボクは天狗だったから──ボクが負けるわけがないって言い聞かせて戦うことにした」

 

 年下の少女だった。

 昔のボクより子供だから……多分、六歳とかそのくらい。

 信じられるか? 

 まだ学校に通うことすら始まってない子供に、大の大人が全員やられたんだ。

 

「そして、負けた。十秒くらい粘って攻撃して、全部正面から叩き潰されて──最後の一撃は効いたよ、本当に……」

 

 隕石と見間違う程の火球。

 山すら消し飛ばせるであろう火力を個人に向けるだなんて反則だろ。

 残った魔力全てを総動員して防御したわけだけど、会場は吹き飛んで観客として存在していた筈の軍人達すら巻き込んで、彼女はそれを放ってしまった。

 

「……結果として、ボクらの敗北が帝国を調子付かせてしまったのかもね」

 

 これがボクの主観から語るあの戦いだ。

 

 あの後逃げ出すように帝国から飛び出したボクは王国に戻り、両親に顔を合わせることも出来ないくらいぐちゃぐちゃにされた心を落ち着かせるために部屋に引き篭もった。

 だから残った四人がどうなったのか、ボクは全くわからない。

 置いて逃げてきたと判断されてもしょうがない。

 ボクはあの瞬間負け犬になった。

 劇的に変わってしまった。

 

「そしてその数日後に帝国は周辺諸国へ宣戦布告し、何カ国も相手に何年も戦争を繰り広げ勝利を続け、今に至る。エスペランサ家はその時の小競り合いで当主と夫人を失い、残されたボクは街の外へ逃亡。唯一残された姉上はすでに婿入りしていたからエスペランサ家をどうにかすることもできず──没落貴族への仲間入り、というワケだ」

 

 そこら辺はボクより詳しい人がいるだろうし割愛しよう。

 フィオナの問いは兄がどうなっているか知りたいから何があったのか教えろ、と言うものだった。

 ボクの現状は蛇足だ。

 

「……………………兄は、帝国から戻らなかったと。そういう事ですか」

「彼女の一撃は会場を全部吹き飛ばす程だった。周りで意識を失っていた他の代表を守る余裕は一切なかったけど、ライアンはボクの後ろにいた気がする」

 

 先鋒、次鋒、中堅の三人は死んでてもおかしくない。

 でも副将であるライアンは吹き飛ばされながらも持ち堪えていたから、特筆する強さは無かったけどちゃんとした実力を有していた。

 

「だからそこで死んでない、とは思うんだけどね……」

 

 そこで話は終わりだ。

 フィオナはボクの話を咀嚼するようにゆっくりと空を眺めながら、大体五分は無言で過ごしたかな。

 

「……ありがとうございます。……少しだけ、前に進めたような気がする」

「主観でごめんよ。今度また思い出したことがあったら伝えるから」

「貴重なお話でした。踏ん切りはつけたつもりだったけど、やっぱり、こう…………諦めきれないものね」

 

 それには同意するよ。

 心折れて叩き潰されてもなお、結局諦めたくない心がどこかにあるんだ。

 ボクはそれを自覚するのに十年以上時間を使ってしまった。

 

「もしかしたら、帝国に答えがあるかもね」

「…………帝国に……」

「これはボクの根拠のない憶測だ。でも、そうやって目標があった方がわかりやすいだろ?」

 

 今のボクの目標は過去の自分を超えること。

 それがどれだけ難しくて苦しい道かは誰よりもボクが理解してる。

 いずれ帝国とぶつかり合うその時に、ボクらはどうなっているだろうか。

 

「……そうね。それくらい漠然と構えてた方が、いいのかも」

「ああ。…………それにしても、あれだね」

 

 フィオナのことを見る。

 彼女は立ち上がったまま、キョトンとした顔でボクのことを見返した。

 

「敬語だった女性がフランクな話し方をすると、ちょっとだけドキっとするよ」

「……………………そうですか」

 

 非常に冷めた声と目だった、とだけ伝えておこう。



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刺客があらわれた!

 

 休息日も終わりに近づき、翌日の訓練に少々苦い感情を抱きながら野草茶を飲んでいる最中のことだった。

 

 日は暮れ暗闇が広がっている。

 寮の窓はカーテンで遮られ光を遮断し、まるで番犬の如き処遇でボクは一人中庭に座り込んでいたんだ。

 

「うーん……こうも徹底的に人権の差を見せつけられると感動すら浮かぶね」

 

 先ほどフィオナは窓越しに手を振ってきた。

 その後ボクが手に持っているカップを見て憐れむように十字を切った。

 同情して神に祈るくらいなら現物くれよ、現物。

 アンスエーロ隊長ですら憐れんで食費を出してくれてるんだぞ。

 うん? 

 待てよ。

 衣食住を提供してもらってる時点で大分ボクは理想のヒモに近づいてるんじゃ無いだろうか。

 

 第四師団で汚職に塗れないとダメかと思っていたが、美人だらけの第二師団でもやっていける気がする。

 

「ふんふん、夢が膨らむとはこういう気分か。…………それで、何の用かな」

 

 小さく燃える焚き火で暖を取りつつ、魔力が揺らめいた方向に声をかける。

 隠すつもりもないね。

 魔法使いなら誰でも感じ取れる程度の杜撰さ、愚かな襲撃者か、ボクを試しに来た使者か。

 こっそりとバレないように魔力を左手に移動させた。

 

「流石にわかるよ。門から南に十歩の木の影だ。殺しに来たならそんな雑にすることはないと思うんだけど……」

「……腐ってもエスペランサか」

 

 声色は女だった。

 しかしこれまた厳格そうな抑揚である。

 ボクの身の回りにいる女性にもっと庇護欲掻き立てる人はいないのかな〜。

 まあボク自身が母性を与えると言っても過言ではないしね。

 一人で生きることになったら野草ハンターにジョブチェンジだ。

 

 影から出てきたのは口元だけを露出させる仮面をつけた不審者。

 う〜ん、姉上に助けを求めたいが? 

 

「どちらさま?」

「とある組織の使者、とだけ伝えておこう。敵対の意志はない」

「ふぅん……」

 

 このタイミングで来るか。

 第一候補は姉上の敵対勢力──簡潔にいうなら第四師団。

 でもなんか黒のえっちな服装なんだよな、この人。

 第四師団ってそういう傾向があるのかな。

 だとしたら既に大分気持ちが傾いてる。

 

「ボクはアーサー・エスペランサ。元浮浪者で現ロクデナシ魔法使いだ」

「……なるほど。話を聞く気は?」

「それより先に一つだけいいかな」

 

 女性は無言でボクの言葉を待った。

 

「ボクにも現状敵対の意志はない。然るべきタイミングで訪れるその時まではね」

「多少は頭が回るか」

「大体今キミと敵対するメリットがないねぇ。殺しに来てるならともかく、話を聞かせてくれるっていうなら耳は傾けるよ」

 

 戦力は寮に沢山いる。

 でも魔力の感知に関してはほぼほぼ不可能だろう。

 偶然窓の外を見たとしても、この女は上手いこと暗闇に身を隠したままだ。

 ボクからは見えても中からは視認しずらい。

 上手いね。

 手練れだ。

 

「それで肝心の質問だけど……」

「答えられる範囲でなら答えてやる」

「その服装ってキミの趣味? それとも組織の指示?」

「…………その質問は機密に触れている」

 

 おっと、それは予想外だ。

 だってそんな危ない服装してる人が突然暗闇から出てくるとか普通に変質者……

 

「黙れ」

「あ、はいすみません」

「……上司の命令だ。クソだが強い」

「うーん、どこも下っ端は大変だね……」

 

 思わず同情してしまったが、この感じだと勧誘かな。

 そして勧誘に応じないのなら殺してこい、くらいの感じかもしれない。

 

 そうなったらまずいなぁ。

 

「単刀直入に言おう。第四師団漆黒魔道隊(ネグロ・トルーパ)軍団長が、お前に会いたがっている」

「ネグ……なんだって?」

「第四師団漆黒魔道隊(ネグロ・トルーパ)軍団長がお前に会いたがっている」

 

 めちゃくちゃ早口で言うじゃん……

 聞き取るのに苦労するよそれじゃあ。

 

「ええと、目黒魔道隊ね」

「違う。漆黒魔道隊(ネグロ・トルーパ)だ」

「ああうんわかった、漆黒(ネグロ)ね」

「一度で聞き取れ。…………何度も言いたくはない」

 

 なんか不憫な感じがしてきたな……

 暗殺者みたいな風貌なのは上司の意向で、あんまり口に出したくない感じの部隊に所属していると。

 顔が見えないだけマシかもしれない。

 

「わざわざ軍団長が? 言っておくけど、今のボクはくそざこだ。ガッカリするのがオチさ」

「意図は私も知らされていない。日程を伝える」

「これは決定事項になってないかな? 行くとは言ってないんだけど」

「来ないと血を流すことになる。私が」

「キミなんだ……」

「流石に他部隊の人間を襲うのは手間暇かかるからな……」

「うん、なんか可哀想だから受けるけど。それって他人に共有するのはオッケー?」

「問題ないだろう。私はあくまで日時を伝えろ、失敗したら処罰としか命令されていない」

「第四師団行かなくてよかったって今心底思ってる」

 

 姉上。

 貴女の言った通り第四師団はクソすぎるかもしれないです。

 

「……三日後の正午過ぎ、陽が東に傾き始めるころだ」

「ん、了解した。堂々と行っていい?」

「ああ。……いや、不安になってきた。私が案内する」

 

 それでいいんだ……

 

「別に隠密専門と言うわけではない。今日は本職がサボりだった」

「う〜ん、末期すぎない?」

「私もそう思う」

 

 明らかに怪しい勧誘なのになんだか仲良くなってしまった。

 ここまで計略だとしたら大したもんだ。

 どこからどう見ても組織に振り回される可哀想な人にしか見えない。

 

「これは私の考えだが」

「うん?」

「お前を即座に殺そう、という人格を持っている上司ではない。これはあくまで交渉の席を設けたいという話だ」

「ああ、それはわかってるよ。殺すつもりなら殺せただろ」

 

 この距離まで魔法使いが感知できないまま近寄られたらなすすべがない。

 

 そのくらいはわかっている。

 

「ちゃんと交渉の席には行くし、というか第二師団の平魔法使いなんざ捕まえて何しようってんだ?」

「それは私の知ることではない。それでは、三日後またここへ来る」

「うん、よろしく。仮面の痴女さん」

「……………………これほどまでに名乗れないことが屈辱だと感じたのは、初めてだ」

 

 最後にボクを一睨みして使者兼刺客兼痴女は闇に紛れて行った。

 

 にしても近づいてくるのは誰も彼も女性ばかりだ。

 それも大体過去にやったことが原因でボクに吸い寄せられてくる。

 フィオナ然りペーネロープ然り、姉上然り。

 

 全くもう、子供のボクはもう少し加減を覚えてほしいね。

 

「……後悔先に立たずとはよく言ったものだね」

 

 パチパチ弾ける焚き火から、あの時の恐ろしい炎を幻視した。

 

 まだ、幻想(彼女)は溶けてないらしい。

 



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過去にやらかしてるのはボクだけではないらしい

 

「……ふーん、あいつがね…」

 

 翌日朝。

 昨夜起きたことをザックリ姉上に説明し指示を仰いだところ、思ってたのとは違う反応を見せた。

 

「知り合い?」

「同期よ。嫌味ったらしい男で性格も悪く素行不良ですぐ女に手を出すクソ野郎」

 

 かなり悪意が滲み出てるけど、後半の部分に関しては疑いようがないかもしれない。

 いやだってあの使者の様子を見れば察するよね。

 いくら夜でもあの格好はやばいよ……

 姿消す瞬間に見えた背中とかがら空きだったし。

 寒かっただろうな、あれ。

 

「狙いは推測してる?」

「まあ、一応は。ただ人となりがわからないから目的が把握できてなくてね、大方引き抜き若しくは姉上への牽制だと思うけどさ」

 

 現時点でボクを狙う理由がなさ過ぎる。

 かつて最強だったとは言え今のボクは無能もいい所だ。

 ペーネロープとの戦いでは勝利を収めたけれど、エスペランサ家の血筋に魅力を感じるタイプの変態じゃなくちゃ欲しいとは思わない。

 

 ならボクを狙った訳ではなく、ボクを利用する事で影響を与えられる人物、ないしは組織が狙いだと考える。

 

「……そうね。私狙いなのは間違いない」

「うーんと……その反応だと結構嫌な予感がするんだけど……」

「……………………」

 

 姉上は無言で顔を逸らした。

 その様子からボクは確信してしまった。

 

 選択肢から外している事が一つだけある。

 

 姉上は既婚者である。

 旦那さんは王宮勤めの貴族だ。

 年齢は姉上の三つ上だと聞いている。

 真面目で武力とは程遠い文官で、周辺諸国との外交官として重要なポストについているとかついてないだとか。

 

「ふー…………学生時代、なにしたの?」

「いや……別にそんな特別な事は何も……してないわよ」

 

 キリッと表情を整えて言っているが、姉上の信用は現在地に落ちている。

 

 こういう時血の繋がりを感じるね。

 ボクと同じで誤魔化すとき勢いとノリで行けると信じている節がある。

 部下や初見の人間にならハッタリとして通じるかもしれないけど、流石に弟にそれは通じないぜ。

 

「そっか…………」

「…………ちょっと、こう……調子に乗ってたから叩きのめしただけで、別に何も」

「百パーセントそれが原因では?」

「ええい黙りなさい! いいこと、アーサー」

 

 逆切れした姉上は立ち上がって堂々と言う。

 

「何があっても揺れるな。第二師団に対する不利益を齎す内容は口にしない、盗めるだけ情報を盗んでくる、クソ野郎の顔面を殴る。これを守りなさい」

「最後の最後に私怨が混じっているけれど、大方了承した」

 

 姉上の私怨はともかく。

 第二師団に不利益を齎すつもりは一切ないし、第四師団は腐敗と汚職が進んでいるボクの天職と呼べるべき場所だが、現状姉上に付き従うと決めたボクにとっては手が届かない理想郷である。

 

 なので仕方なく、本当は受けたい気持ちを必死に抑えつけて、ボクは勧誘を受けている体で話を聞き出す他ないのだ。

 

「時刻は正午過ぎ。だから今日の訓練はナシでよろしく!」

「戻り次第残業するようにアンスエーロに伝えておくわね」

「労働環境は整えようぜ、姉上。それは反旗を翻すきっかけになり得る内容だ」

「あの子は働くのが人生みたいなものだから大丈夫よ」

 

 ひ、ひでぇ……

 これが人のやる事かよ! 

 

「アンタもいずれそうなるわ、アーサー・エスペランサ」

 

 死んだ目でそう言う姉上からは、何とも言えない中間管理職の哀愁が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街の中枢に大きな土地を間借りして、堂々と居を構えている第四師団。

 

 建前上は『王宮守護の要として柔軟に動けるように』中央に座しているが、その本質は全く持って別。

『仮に敵が攻めてきても非魔法使いが盾になっている間安全圏から射撃できるように』と倫理を伴わない非合理性の差別意識の元に打ち立てられている。

 

 そしてその中でも一際異色を放つ、漆黒の建物。

 ふんだんに魔力石(マギアライト)を使用し装飾が施されたその最上階にて、男は街を見下ろしていた。

 

「…………フローレンスの野郎、相変わらず面倒なことしやがる」

 

 不遜な態度で頬杖をつき、素材に拘っているであろう椅子の上で足を組んだまま、つまらなそうに声を続ける。

 

「おいレディ。この国で最も偉大な男は?」

「…………ハンスさまです」

 

 背中ががら空きの不思議な黒装束に身を包んだレディと呼ばれた女性は、男性の名を呟く。

 その声色には何も籠められておらず、明らかに棒読みであった。

 しかし、男性は特に不快感を表す事もせず。

 鼻で笑った後に改めて言葉を続けた。

 

「そうだろう。このオレこそが最もこの国で偉大なんだ」

 

 そして何よりも、と呟いた。

 

 楽しそうに口元を歪めながらなおも見下し続ける。

 眼下で生活を営んでいる一般人は知る由もない。

 この第四師団に──否。

 セイクリッド王国という中枢にまで既に、腐敗の毒牙が及んでいる事など考えてすらいなかった。

 

この程度の国で(・・・・・・・)終わるつもりなど毛頭ない。ああそうだ、こんな腐った国でオレの器は収まらん」

 

 天へと視線を向ければ、世界を照らす太陽が燦々と輝いている。

 ハンスにとって、自分よりも上から見下ろす太陽は不愉快の対象だった。

 世界の全てが己に平伏せなければ気に入らない、生粋の差別主義者で凝り固まった貴族思想の持ち主。

 そんな彼の脳裏に浮かぶのは一人の女性だった。

 金色の髪に強気な瞳。

 魔法もロクに扱えない劣等種如きに土を付けられた忌々しい記憶。

 生涯で唯一、彼に屈辱を与えた女。

 

「────フローレンス・エスペランサ……!」

 

 ありとあらゆる手段で奴に屈辱を与えてやる。

 まずはお前が最も大切にしているものから奪う。

 後生大事に抱えていた弟を引き摺りだして、必死に守って来た第二師団を壊し、最期には己の目の前で服従を誓わせる。

 

 その時を迎える為に下準備は整えて来た。

 

 長い時を経て、彼は計画を積み上げた。

 その成果が実る時を空想して、強く拳を握り締める。

 

「お前はオレが壊してやるぞ、フローレンス……!!」

 

 口元を大きく歪めてハンスは嗤う。

 

 そんな上司の姿を見ながら、やけに背中が広く感じる黒装束に身を包まされたレディは。

 

(…………はぁ……どうにかなんないかな、これ……)

 

 これから更に振りかかって来るであろう面倒事を思案して、死んだ目で窓の外を眺めていた。 

 



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厄介事は自分から近付いてくる。

 

 姉上に死刑宣告染みた社畜宣言をされたのち、ボクは門の前で座り込んで浮浪者の真似事をしていた。

 

 元々浮浪者だから妙に貫禄が出ていると苦い顔をしたフィオナが褒めてくれたんだ。

 魔法以外でボクが出来る唯一の特技と言ってもいい。

 何一つ誇れる要素で構成されてないけどしょうがない。

 ボクはその程度の人間だ。

 ははぁ、お貴族様がお金恵んでくれたらな。

 せめて物置暮らしは卒業できるんだけど。

 

「お金ぇ~、お金を恵んでくだされ~!」

「…………なにをしている……」

 

 太陽を拝んでいるボクから五歩程離れた場所から声をかけてきたのは昨日の痴女である。

 

 相変わらずスリットから見える生足が魅惑的だが、その瞳には絶対的な冷たさが宿っていた。

 身震いするぜ。

 

「ええと、浮浪者の真似だね」

「……浮浪者の真似?」

「うん」

「なんのために……?」

「クオリティが高いって褒められたから……」

「なんだこいつは……」

 

 あきれ果てた声と共に至極嫌そうな表情で更に距離を取られた。

 十歩は離れてる。

 とても悲しい気持ちになった。

 

「貧者差別はよくないなぁ、第四師団の不憫そうな人」

「……私の事は“レディ”とでも呼べ、“浮浪者”エスペランサ」

 

 おお、いいねそれ。

 なんか二つ名みたいだ。

 神童なんて崇められ方するより個性的でイイ感じがある。

 でも本当の浮浪者に申し訳ない気がする。

 本物の浮浪者だったけど。

 

「準備は出来ているな」

「もちろんさ。今なら隣国に出張だって出来るくらいだ」

 

 この第四師団との話し合いの後に訓練が待ってる事実があるからね。

 逃げ出せるなら逃げ出したいよ。

 でも逃げて得られるものはちょっとした安息と浮浪者暮らしだからな……

 物置で寝れてご飯を食べさせてもらってる今が幸せなのを噛み締める事になるかもしれない。

 野草スープはともかくネズミを主食にするの、結構辛いんだ。

 

「ついてこい」

 

 そして後ろに振り返って、“レディ”は歩き出した。

 背中がバッチリ見えている。

 上司の命令でエッチな服着せられてるのは可哀想だと思った。

 

「……ジロジロ見るんじゃない」

「いや、かわいそうだけど肌が綺麗だなと」

「うるさいだまれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早足で出来る限り周囲の人目を避ける道を進み(恐らく彼女の独断)、ボクは第四師団漆黒魔導隊(ネグロ・トルーパ)本部の前に辿り着いた。

 

「…………いや、高すぎないか…?」

 

 建物は首が痛くなるくらい高い。

 どうやって建造したのこれ、外壁と同じくらい高いけど。

 

 ふと目に留まったのは等間隔に配置された結晶体。

 肉眼で捉えられる程度には大きくて、そこからは雑多な魔力を強く感じる。

 並の魔法使い一人を大幅に超える魔力量。

 ボクには劣るね。

 だけどあれだけの出力だ。

 まともに扱わなければ大事故が起きる。

 流石に自分の身に振りかかる危険は回避していると見た方が良さそうだね。

 

魔導石(マギアライト)を利用してるのか……それなら可能だ。これだけ高いなら魔法なんて撃ち放題じゃないか、すごいな」

「…………」

「おい、なんだいその目は」

 

 レディは驚きを露わにしてボクを見ていた。

 

「まるで『こいつはまともな事を言う事が出来たのか』とでも言いたげだね」

「一字一句そのままお前に伝えようと思っていた」

「昨日そこそこまともに会話してたじゃあないか」

「まとも……まあ、それなりにまともだったが……」

 

 ボクの評価が低すぎる件について。

 そう思われるのも仕方ないけどね。

 寧ろ、昔のボクを知る人ほど勝手な高評価をしたままの事がある。

 そう言う点ではありがたいよ。

 今のボクはその期待に応えられない。

 出来る範囲内でしか足掻けない男に期待を寄せるべきではないんだ。

 

「ん゛ん゛っ! それよりも、此処が第四師団の本部?」

「……ああ、そうだ。趣味が悪いだろう?」

「真っ黒だからね。陽の光も独り占めしようって魂胆かな」

 

 漆黒の外壁に所々小さく取り付けられた窓。

 階層で言えば大体、五~六階層ってトコか。

 

「より正確には、我々漆黒魔導隊(ネグロ・トルーパ)の本部だ」

 

 ……ウチと同じ感じかな。

 

 少し突っついてみようか。

 

「ボクさ、第四師団が結構危ないよって話は聞くんだけど……実際どう? 組織として」

「それは私が答える内容ではない。ついてこい」

 

 あらら、振られちゃった。

 心を開いてくれてる訳じゃないからね。

 そこを勘違いすると痛い目見る。

 ハニートラップというか……そこまで露骨ではないけど、他人の懐に入った様で入らせない、そんな上手さだ。

 

 困ったな。

 ボクは対人関係を構築するのがド下手なんだ。

 もしそれが上手なら、あんなふうに浮浪者生活をする事は無かっただろう。

 

 周囲に人影はない。

 本部にしては閑散としている。

 警備兵すら見当たらないのだけれど、大丈夫なのかな。

 

「……仮に今ここでボクが暴れたら、抑えるのはレディしか居ない訳だ。少し不用心じゃない?」

「…………」

 

 レディに反応は無い。

 ボク如きに負けるわけがないとわかりきってるのか、それとも備えがあるからか。

 上司に言われて変な服装になるくらいに従順で、己に不利益を被る可能性をケアするためにわざわざ迎えにまで来る。

 

 上司の人物像はどうだ。

 人格はよろしくない。

 それでいて強い。

 今のボクでは逆立ちしても勝てないであろうレディを容易に抑えつける程度には。

 

 そんな人物を姉上は昔捻じ伏せた。

 それが原因で恨みを買っている可能性がある、と言っていた。

 

 嫌だねぇ。

 ボクに面倒事が振りかかる気しかしないぜ。

 



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あの姉にしてこの弟あり

 

「……ここだ」

 

 黙ってレディについていくと、最上階のとある扉の前で足を止めた。

 勿論ここまで自動昇降機というあまりにも便利すぎる道具を利用したためボクの疲労は一切ない。

 もうこの時点で素晴らしい。

 ボクは一階分昇るだけでヘロヘロなのだ。

 この気遣いが姉上を超えていると言っても過言ではないかもしれない。

 

「うーん……いや、いい趣味してると思うぜ。うん」

 

 そして示された扉はとても、こう……

 ビカビカでゴテゴテである。

 金の装飾と黒塗りの下地。

 どんな成金でもここまで露骨なデザインに喜ばないだろうと思えるレベルで金を使ってある。

 全部金じゃないのが無駄に抵抗を感じていいね。

 

 レディはボクの言葉を無視して、そのまま扉をノックする。

 返事が聞こえてくるより先に口を開いて己の用事を告げた。

 

「ハンス隊長。お連れしました」

『──入れ』

 

 扉に手をかけて開いていく。

 その際にレディの魔力が少しだけ揺らいだのを見逃さなかった。

 

 ふぅん、なるほどね。

 この扉は魔力で承認された人間しか開けられない仕組みかな? 

 もしくは触れた人間から僅かに魔力を吸い取るモノか……

 自分たちの拠点で自分たちの魔力を奪う理由がない。

 それを考慮すれば前者で間違いないと思う。

 

 いい警戒心だ。

 腐敗していると言っても、この感じなら派閥争いはありそうだね。

 というか、ボクら黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)が貧乏すぎると言うか。

 魔法を使えないような人間は時代遅れだって言いたげだ。

 魔力が無くなれば雑魚もいいとこなのに、そんなに粋がってどうするんだい? 

 姉上にだって容易に殺されるのがボクら魔法使いだ。

 

 開いた扉の中にレディは足を踏み入れた。

 ふむ、この時点で即殺の罠は無さそうか。

 ボクは己の命に固執してないけれど、今ボクの所有者は姉上である。

 姉上に死ねと命じられない限り死ぬことは許されていない。

 

「────来たか。エスペランサの小僧」

「もう小僧って年齢でもないんだけどね。ボクを呼んだのは貴方か?」

「まず一つ。お前は対応を間違えた」

 

 風が靡いた。

 圧縮された空気の刃が瞬時に生成されてボクの頬を掠めていく。

 壁をぶち抜いて遠く離れて行ったソレの威力は人を殺すには十分で、しかし狙いは最初から逸れていた。

 

 脅しだね。

 足が震えてるけど見抜いたボクの勝ちって事で。

 

 そうやって余裕っぽく見せるボクをわずかに睨みつけながら、ハンスと呼ばれた男性は鷹のような目をギラギラと輝かせながら言う。

 

「お前はオレに生意気な口を利いた。それだけで死に値する罪だと思わないか?」

 

 傲岸不遜とは彼のことを指すのではないか。

 四字熟語そのものと表現できるほどのセリフだけど、これは本音かな。

 第四師団の『常識』がボクにはわからないから、これはあくまで揺さぶりとか挑発の部類に入るのかも。

 

「レディ。お前はどう思う?」

「は。万死に値するかと」

「だそうだ。であれば──ここでオレが殺しても、問題はあるまい?」

 

 収束する魔力を今度は捉えた。

 でもさっきより展開速度は遅い。

 この感じ……本気じゃないな。

 小手調っていうか、何だろう。

 

 とりあえず左手にこっそり集めていた魔力を輝かせて、光の結晶を作り出す。

 

 風がボクの首を刎ねるよりも早く光は届く。

 展開速度で負けても、エスペランサが生き残り続けたのにはそういう理由があるんだよね。

 この魔法は弱点もあるが、それ以上にメリットもある。

 

 屋内ってのがまた大きい。

 

 それを悟ったのか、ハンスは眉をピクリと動かし魔力を練り上げるのを止める。

 どうやら実力は確かだね。

 今のボクに抑えられる程度じゃお察しだけど、こんなもの殺せる手段にすらならない。

 それを知らないからハッタリとして通用しているわけだ。

 もしもこの魔法がもっと一般に広がっていたら詰んでたね? 

 

「おいおい、簡単に売るんじゃあないよ。ボクはアーサー・エスペランサ、あなたをボコボコにしたというフローレンス・リゴールの弟だ」

 

 レディはハンスに忠実、と。

 うーん、そう言う性根を抱えてる人には見えないけどね。

 何か裏がありそうだ。

 

 そしてハンスは、ただボクを殺すために呼びつけたわけではない。

 これは確かだね。

 殺すなら最初の風でやってる。

 

「ボクに何の用かな? 魔法すら使えない騎士相手に敗北した第四師団のお偉いさん」

「…………フン。最低限その程度の度胸はあるか」

「そりゃまあ……さっきの魔法、当てる気なかったし。試されてる感じは察してたよ」

「当然だ。あの程度を見抜けないような無能は必要ない」

 

 あー……

 これ、結構曲者だな。

 レディのことをチラリと見れば、何とも言えない表情でボクを見ていた。

 

「単刀直入に言う。オレの下につけ」

「えっ、普通に嫌だけど」

「……聞こえなかったな。もう一度言うぞ」

「嫌です」

 

 空気が固まった。

 それは文字通りの意味だ。

 ハンスが部屋中に張り巡らせた魔力を利用して、空気そのものを押しとどめたのだ。

 呼吸が保つのは大体一分程度。

 鍛えてれば別だけど今のボクはランニングに二週遅れでゴールするくらいの体力しかない。

 

 左手に覚醒した結晶体を握る。

 この光魔法の大きな弱点として、【何らかの形で加工しなければただの光以外の何物でもない】という要素がある。

 

 瞬時に光を展開するだけでは目眩しにしかならず、攻撃防御移動その全てにおいて余計な工程を刻まなければいけないのだ。

 

 だから、エスペランサ家では代々才能を持つ者しか当主になれない。

 戦い続けて勝ち続けられる者しか選ばれない。

 その弱点を晒すわけにはいかないから。

 そもそも魔法が下手な人間は、表舞台に立ち魔法を扱えるという事実すら封印される。

 

 何とも言えないルールだ。

 

 結晶体を大きく肥大化させていく。

 ハンスの魔力とボクの魔力。

 風と光が犇めき合う中心でボクの左手は唸りを上げて、それら全てを過剰に注いだ魔力で抑え込む。

 

 ボクは劣化した。

 昔に比べれば大きく弱体化したし、元通りになるにはまだまだ時間が必要だ。

 そんなボクでも、現役で戦い続ける魔法使いと何ら遜色ない──いや。

 それら全部をまとめてひっくり返せるくらいに、優れ続けている物がある。

 

 魔力量。

 持って生まれた才能であり、後天的に手に入れるには命を犠牲にしなければならない代物。

 ボクは帝国の彼女には劣るけど、この国でも有数の魔力量を保有している。

 最大値は一ミリも減っちゃいない。

 十分な食事に十分な休息、それがあればボクの魔力は光り輝く。

 

 凍りついた世界を、黄金の光が崩していく。

 それをハンスはただ見つめるだけだった。

 ボクの抵抗を抑えるわけでもなく、邪魔するわけでもなく、ただ純粋にその様子を観察している。

 

 ボクと、あとついでにレディの周囲も魔法を解除させてから、ボクはゆっくりと口を開いた。

 

「本当は甘い蜜を吸っていたいんだ。少しだって苦痛は味わいたくないし、出来ることなら寝て起きて誰かが用意した食事を貪るだけの生活がしたい。魔法使いだとか騎士だとか、戦争だとか家督だとか──全部ひっくるめてどうでもいいんだ」

 

 これは嘘偽りないボクの本音。

 生きる気力もないが、死ぬ気力もない。

 だからただダラダラと生きていた、それがボク。

 姉上に見つからなければ今頃餓死して居てもおかしくはない。

 

「だけど残念なことに、一個だけ守らなくちゃいけない誓いがあってさ。ボクは姉上に救われてしまったんだよねぇ」

 

 あの日森の中で、散歩をしていたと言い張った姉上。

 

 当時すでに隊長格って言われていたのに、休日にわざわざ鎧を着込んで森の中を? 昔から努力ばかり続けていたあの人が、貴重な時間を散歩なんかに使うものか。

 わかっているさ。

 あの人は誰かを探していた。

 そうじゃなくちゃ納得いかないんだ。

 だってあの人の足、歩き過ぎて擦れて出血までしてたからね。

 散歩に出血するくらい夢中になる人じゃあないんだよ、姉上は。

 

「ハンス・ウェルズガンド。ボクはあなたに興味もないし靡くつもりも一切ないし、害を与えるつもりも毛頭ないが────」

 

 結晶が広がる。

 空間を割るようにひび割れて、ボクの内心を写すようなぐちゃぐちゃで不規則な形から────一本の槍へと。

 

「姉上に手を出すつもりなら手加減無しだ。かつて国最強と謳われた真価を、命を持って味わうことになるぜ」

 

 



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第四師団との確執

 

 空気は膠着している。

 互いに動き出すことはない。

 

 ボクの槍の射程圏内であることは既に理解しているんだろう、ハンスは相変わらず不遜な態度で睨みつけたままだ。

 でもボクから攻撃することもしない。

 これはあくまで正当防衛の体をとっている。

 仮にボクからここで攻撃すれば、第四師団から第二師団へイチャモンをつける正当な理由をつけてしまう。

 

 殺されるくらいなら殺しておきたいけどな……

 

「…………フン。興醒めだな」

 

 そんなボクを尻目に、ハァと息を吐き出してから話を続けた。

 

光の槍(エスペランサ)──かつてのお前ならば、その程度で済んだハズがない。魔力量は褒めてやるが、それ以外が杜撰だな」

「……何も言い返せないね。事実、ここであなたが本気だったのなら、もう死んでるし」

「全くその通りだ。今のお前如き手に入れたところで、オレに得がない」

「それならどうして勧誘なんだ? 殺した方が早いだろ」

「バカが。他師団の身内に手を出せば面倒が多すぎる上に何も気持ちよくない。オレがこの手で握りつぶして跪かせるからいいんだろうが」

 

 おっと、この男なかなか素晴らしい性格をしている。

 

 なるほど、レディが言っていたのはそう言うことか。

 他者を踏み潰し蹴落とし跪かせる。

 そして自分が優位で格上であると認識することで喜ぶタイプのカス。

 しかも強いと来た。

 

「それに、お前が生意気にもオレに興味がないのと言ったのと同じで──オレもお前に興味はない」

「……うーんと、しつこい男は嫌われるよ?」

「ハッ! あの女はこのオレに土をつけた、その事実だけで腸が煮え繰り返る」

 

 あぁ〜……

 うん、なるほど。

 これ予想通りだな。

 姉上の思った通りの男で、ボクが思っていたよりマシなやつだった。

 

「お前は餌でしかない。だがその餌としての機能も、今はまだ足りない」

「ほほう、つまり今日は見逃してくれる感じ?」

「その時が来るまでは泳がせておいてやろう。ただし、もしその時が来たら──お前もお前の姉も、オレがこの手でぶち殺してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出て行けと言われたのでレディに案内され建物の外までやってきた。

 

 いや~、普通に命の危機だったかもね。

 殺されなかったのは半分は本音で半分は気分かも。

 少なくともハンス・ウェルズガンドというという男はたった一度の邂逅で理解できる人間じゃない。

 

 それがわかっただけまあまあかな。

 

「第四師団はこんなんばかりかい?」

「……他よりはマシだ」

「そうなんだ……」

 

 レディは相変わらずセクシーな服装で答えた。

 普通にかわいそうだけど、それでもなお第四師団に勤務を続ける理由があるんだろう。

 それを聞き出す理由と必要性をまだ感じないが、ボクのなんとなくの勘が継げている気がする。

 

 レディとは仲良くしておくべきだ。

 

「キミは……どうして第四師団に?」

「それを答える程我々は仲良しではない」

「それはそうだ。でもボクは少しでもいいから仲良くなりたいと思ってるぜ」

 

 これは嘘偽りない本音。

 ハンス・ウェルズガンドは強い。

 彼が本気でボクらに牙を剥いた時、正面からぶつかって無傷で勝利できる相手ではない。

 優れた魔力量に今のボクより洗練された魔法速度に加え、風魔法を操ると言うのが非常に厄介だ。

 目で追うのが難しいと言うのがなによりもズルい。

 

 ボクのように魔力を感知できるならともかく、第二師団はそういう人がほとんどいないからね。

 

 だから少しでも戦力を削りたい。

 彼が所有する戦力の内、最もボクらに近くその事情やなんらかの感情によって引きはがせる可能性が高いのが彼女――つまり、レディだった。

 

「……敵同士だぞ」

「第四師団と第二師団は、そりゃそうかもしれない。でも別に組織が対立してるからって、ボクらが憎しみ合う理由はないだろ?」

 

 こういう篭絡は正直得意じゃないんだけど……

 でもやっておいた方が良い。

 大胆不敵な事ながら、我が姉上の望みはこの国の転覆そのものである。

 悪逆を働こうとしてるのは我々であり、汚職や腐敗に塗れ政治にすら干渉している第四師団は正義となる。

 そして迫りくる帝国との戦争にも備えて国内のつながりも育てないといけない、と。

 やることは山積みだねぇ。

 

「それは……そうだが。私がお前と仲良くしたい理由はない」

「おっと、それは普通に辛辣だ。ボクじゃなかったら泣いてるぜ」

「そういう軽薄な部分が気に入らないんだ。“浮浪者”エスペランサ」

「ふふ、今はもう一端の魔法使いなのだよ。“レディ”って、本名?」

「……いいや。そういう役職だと思ってくれ」

「そう呼ばれるのは嫌かい?」

「別に。……なんだかお前が気遣おうとしてるのは気持ちが悪いな」

「酷くね?」

 

 ボクなりにレディを篭絡しようとしたが気持ち悪いと切り捨てられた。

 ボクは泣いた。

 人に優しくできる人間には程遠いらしい。

 

「…………マルティナ」

「ん?」

「マルティナと呼べ。それ以上は明かせない」

「……おお、デレた。案外うまくいくもんだね」

「私にも悩みはあるのさ、エスペランサ」

 

 口元を軽く歪め笑いながら言うマルティナ。

 

 最悪のファーストコンタクトを迎えたにしてはそれなりに仲良くなれてる気がするね。

 

 

 



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この出会いが蝶の羽ばたきになれますように。

 

 “レディ”改めマルティナに出口まで案内されてそこから別れ、このまま帰ったら訓練に巻き込まれるからサボるために街の端っこにある公園に逃げてきておよそ三時間。

 

 ボクは久しぶりの外になにやらノスタルジーを隠しきれず、草花を採取しその場で魔法を使い青臭いスープを作って舌鼓を打っていた。

 

「ん~~……やっぱりこの色の花は当たりだね」

「おいおっさん、避けろー!」

「へぶっ」

 

 緩やかなティータイムだった筈なのに、背後から突然飛んできた謎の球体が後頭部に直撃し熱湯と言って遜色ないスープが顔面に振りかかった。

 

「あ゛ッ!! 熱ッッ!!」

「あー、おっさんごめんなさい。当たっちゃった」

「お、おっさんじゃないが……ボクはピチピチに二十三歳だが。まだ若者だよ」

「おれ九歳!」

 

 子供にマウントを取られてしまった。 

 これは大人の力で全てを理解させるしかないと判断し魔力を練り上げたが、流石に子供相手に魔法使って勝利しても折角積み上げた信頼度が全て無に帰すような気がしたのでやめた。

 この判断は完璧と言わざるを得ない。

 ボクは沸騰する事も殆ど無いのさ。

 徐々に徐々に熱をあげて行かないと、最高潮に達することすら出来ないからね。

 

「ふーむ、なるほど……球技か。久しぶりに見たなぁ」

「あっ、かえしてくれよ」

「そうだねぇ、おじさんはティータイムを邪魔されてかなり不愉快……端的に言うと怒っているんだけど」

 

 チラリと周りを見てみたが親の姿はない。

 九歳ならまあ、貴族でもない限りそんなものか。

 ボクは腐っても貴族でそこそこ有名な家に生まれたから常に身の回りに大人がいた。

 

「まあ仕方ない。きみ一人かい?」

「おう!」

「元気でいいね。子供は元気が取り柄だ、他人に興味を持って隣人と仲良くしておくとなお良し」

「りんじん?」

「『隣の人』ということだ。つまりきみの家族や友人ともっと仲良くしておきなさいというお兄さんからの助言さ」

「おっさんじゃん」

「若者だねぇ」

 

 くたびれたおっさんというのはまあまあ間違えてないけど。

 ボクは真実やる気のない枯れた人間に見えるだろう。

 それを否定する気も曲げる気もない。

 そうやって日常的に姿を晒しておけばいざと言う時に相手は油断する。

 どこに潜んでいるかもわからない敵に、奇襲されたときの事を考慮すればこれが最善策なのさ。

 努力は陰でするから意味があるんだねぇ。

 

「なーなー、おっさん暇?」

「暇だねぇ」

「仕事してねーの?」

「今日は午前で終わりなんだ」

「あはは、おれの親父みてーなこと言ってる!」

「ほほう、さぞかし優秀だろうね。どんなお父様なんだい?」

「んーとね、基本家にいなくて夜遅くに酒臭い状態で帰ってきていつも母ちゃんに『浮気したね』って怒られてる!」

「いいかい少年。きみのお父様は少し特殊な環境に居るんだ、普通の人と一緒にしちゃダメだよ」

 

 子供の前でそういう事を言うんじゃあないよ。

 子供は案外聡いものだ。

 大人が考えているよりずっと深く物事をとらえているし、子供なりに答えを出そうと脳を回転させている。

 そこに経験の有無からくる優劣こそあれど、子供もれっきとした人間だからね。

 

「よし、しょうがない。今日はボクがきみのお父様のかわりに遊んであげようじゃないか」

「えぇ~、親父と遊ぶより姉ちゃんと遊んでた方が楽しいからそっちのほうがいい」

「流石に女性にはなれないんだよなぁ」

 

 ふう、しかし姉か。

 姉っ子(この言い方が正しいかは不明だが)とはどうにも同じ境遇を感じるね。

 ボクも姉っ子である。

 姉の言う事に逆らう意思は一切ない。

 

「お姉さんか。好きかい?」

「んー、ふつう!」

「普通なんだ…………」

「いつも仕事してるしー、最近あんまり帰ってこないからあそべないし。おれ、友達もいないから…」

 

 寂しい少年期を過ごしている様だ。

 でも少年は笑顔を絶やさない。

 元気で明るい良い子だね。

 

「子供が我慢するもんじゃない……とは言うけれどね。どうしても我慢しなくちゃいけない時はある。いつかきみにもわかる時が来るさ」

「へー……大人ってたいへんだなぁ」

「それがわかる時までは子供で居て良い。わかりやすいだろ?」

「たしかに!」

 

 そしてボクは気が付いた。

 少年と二人ベンチで並んでゆっくりしているボク達を見ている一人の女性に。

 いつもの鎧姿ではなく私服に身を包んでおり、その特徴的な赤髪をショートヘアで綺麗に整えたその人は、そのお淑やかな空気感と似合わない剣を腰に装着しており、かすかな怒気を滲ませながらボクを睨みつけていた。

 

 ふー……

 

 どうやらボクの特別休暇はここで終わりらしい。

 わざわざ探しに来てくれるなんて部下想いな隊長で涙が溢れそうだ。

 

「うわっ、なんでおっさん急に泣いてんだよ」

「いいかい少年。ボクは今二十三歳の若者で世間一般的には世の中の主役でありこれからこの国を支えていく大事な世代だ。決しておっさんとか言っちゃいけないし、女性におばさんとか言っちゃダメだからね。特にあそこでボクの事を待ってる“おばさん”には」

 

 この後ボクに何が起きたのかは察してほしい。

 怒りを滲ませた鬼隊長によって身動きが取れなくなる程痛めつけられ、結果として姉上の執務室で地べたに這いつくばりながら起きたことを報告する羽目になったとだけ記しておこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へんなやつー」

 

 少年――マノロ・サンターナは呟いた。

 

 いつも一人で遊んでいた。

 この公園は街はずれで人も少なく、同年代の子供は皆広い大きな公園に出掛けてしまうため、家の近くから離れるなと言われているマノロにとってここがギリギリの場所だった。

 

 一緒に遊んでくれるような友達はいない。

 マノロは引っ込み思案ではないが、別に友人が欲しいと思うタイプでも無かった。

 度々遊んでくれる姉やいつも怒られている父、そして仕事と家事を両立していながら時折遊んでくれる母。

 

 マノロは同年代の友人があまり得意では無かった。

 

 彼に“魔力”はない。

 第四師団に務めている誉れある姉と違い、マノロは落ちこぼれに属する。

 だから学校でも、魔力を持ってちやほやされる少数の子供達に常日頃から嫌味を言われ、やり返そうにも相手は魔力を持っている。

 子供でも魔力さえ有していれば魔法を使えてしまう世の中だ。

 その精度が例え低くても、軍で通用するような代物でなかったとしても、子供にとっては脅威。

 だから辛い記憶ばかりの学校よりも、彼は家を好いていた。

 

「マノロ」

「あっ、ねーちゃん!」

 

 銀髪を後頭部で纏め、軍が指定する制服に身を包んだ女性。

 

「帰ろう。そろそろ夕飯だ」

「おうっ!」

 

 手を握った。

 

 マノロは姉のことが好きだ。

 家族として好いており、尊敬しており、憧れている。

 魔力を持たず虐められるだけの自分と違い、類まれな魔力と才能を生かして軍に入隊できた姉のことを。

 

「なー姉ちゃん聞いてよ。今日さ、この公園に人がきたんだ!」

「ほう、それは珍しい。いつ来てもマノロ一人だからな」

「なんか父ちゃんみたいなおっさんだった!」

「それは……不審者だな。どんな奴だった?」

「不審者? でもなんか、親父の話したら『お父様の代わりに遊んであげる』って言ってくれたぜ!」

 

 女性は難しい顔をしてブツブツと呟いた後、名前を知っているか尋ねた。

 

「いや、なに。ないとは思うが、もしも不審者だった場合……お話しないといけないからな」

「お話?」

「そう、“お話”だ」

「ふーん……午前で仕事終わったから休んでるって言ってたよ」

「…………いいか、マノロ。恐らくその人はダメ人間だ」

「親父みたいな?」

「そうだな、それに近い」

 

 苦笑いしつつ女性はマノロの手を引いて歩く。

 

「マノロが心配だからな。変な奴には指一本触れさせないぞ」

「おおっ、流石マルティナ(・・・・・)姉ちゃん! 頼りになるなぁ」

 

 



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親睦と訓練と計略

 

 第四師団との邂逅からおよそ十日程経った。

 

 第二師団の総合演習まであと半月ってところだ。

 どう作戦を立てるか見極める為に模擬戦をやったのだけど、バロンはボコボコにしてルビーと相打ちしペーネロープにリベンジを果たされフィオナにぶん殴られてジンと隊長に瞬殺される日々を送っている最中の事だった。

 

「ぐ、ぐああっ! ジ、ジン! もう少し優しくしてくれるとボクはすごく嬉しいなっ」

「…………してる」

「し゛ッ、してないっ!! やっと骨くっついたのに!」

 

 訓練後にのたうち回りながら治療を受けているのはボクである。

 

 だって皆容赦ないし。

 打撲とかで済む分にはまだ優しいよね。

 いや、理由はわかるんだ。

 唯一の魔法使いで火力で言えばこの中で一番なんだから接近されてワンパンされましたじゃ話にならない。

 だからその対策を出来るように、騎士のみんなでボクをボコる。

 実に合理的だ。

 ボクの苦痛を無視すればね。

 

「ふぃ〜〜……いやいや、みんな強ぇのな」

「あんたのやる気がないだけでしょ。大体バロン、あんたは……」

 

 座り込んでのんびり汗を拭くバロンに立ったまま説教をするルビー。

 なんだかんだあの二人は連携が取れてる。

 二人がかりで襲われると正直困るね。

 ヘイトを取るのがうまいルビーにその影からアシストしてくるバロン。

 ルビーが押せ押せタイプなのは何となくわかってたけど、バロンがアシストに回るとはなぁ。

 農民出身か? 本当に。

 

「あ〜〜へいへい、悪うござんした。なぁアーサー、今日酒飲みに行こうぜ」

「おっ、いいね。最近打ちのめされてばかりだったからヤケ酒と行きたかったんだ、ボクが酔い潰れた後は頼むよ」

「あっこら、お酒は一週間に一回だけって言ったでしょばか! 健康に悪いんだから」

「今週初めて飲みに行くから大丈夫大丈夫」

「昨日飲んでただろ!」

 

 おお、夫婦漫才見せられてる気分だ。

 どことなく他のメンバーも微笑ましい表情で見ている。

 アンスエーロ隊長だけが何とも言えない微妙な顔でそれを見つめていた。

 

 隊長……やっぱり婚期逃したの気にして

 

「エスペランサ、死にたいか?」

「こりゃ参ったね。忠告と同時に剣が伸びてくるとは思ってなかったや」

「女性は不躾な視線と思考に鋭い。覚えておけ」

「ふー……ジン! 助けて」

「………………アーサーが、悪い……」

 

 どうやら女性陣にボクの考えは筒抜けだったらしい。

 でも普通に考えてみてよ。

 ボクの思考がわかるということは、みんな隊長に同じ感想を抱いてるってことだ。

 それはつまり

 

「あ、あがアアッ! 頭が割れる……ッ」

「学ばんな、こいつは……」

「…………先日のは夢だったんでしょうか」

 

 呆れる隊長と呆然とするフィオナ。

 

 そんな大したことはしてないけど確かに真面目に話をしてしまった気がする。

 

 困ったね。

 ボクはいざって時に頼られるのも正直勘弁してほしいんだ。

 だってボクが頼られるってことは、ボク以外もう打つ手がない状況ってことだろ?

 そんなことにならない方がいいに決まってる。 

 ボクはこれ以上何かを抱えたり背負ったりとかしたくないんだけどねぇ。

 

「…………いやしかし、どうしたものかな」

 

 現状の勝率はかなり低いんじゃないだろうか。

 

 隊長曰く、他の部隊の戦力も決して劣るわけではないらしい。

 攻撃力防御力等の総合力で第二師団最強と言われているのがあくまで黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)なだけであり、他の部隊は特化型らしい。

 

 守護において最強だと言われてるのが第一部隊。

 総合において最強だと言われてるのが第二部隊(我々)。

 攻撃において最強だと言われてるのが第三部隊。

 遊撃において最強だと言われてるのが第四部隊。

 

 攻略する順番としては初手で攻撃に長けた第三を落とし次に遊撃として圧をかけてくる第四を撃破、最後に守備を固めた第一と一騎討ちが一番理想的かな?

 

「なあ隊長。ぶっちゃけ勝率どれくらい?」

「…………現状のままなら二割あればいい方だ」

「わお。それは全部合わせてかな」

「第一に対してはほぼゼロ、第三は二割取れるが第四で一割も満たない程度だな」

 

 かなりシビアだねぇ。

 それはやはりボクの火力不足が原因だろう。

 そもそも魔法を使えないからと言って彼らは別に無能なわけではない。

 魔法がないからこそ磨き上げた肉体があるし技能がある。

 ボクが光の槍を構築するその刹那に首を断ち切ることだって可能だ。

 

「何より厄介なのは隊長格だ。奴らは強い」

「ふーむ……そこらへんの情報も集めなくちゃいけないか」

「その時間はないでしょうね。私達に急激なレベルアップは見込めませんし、頼みの綱はこの有様」

「おいおいフィオナ、バカ言っちゃいけないぜ。ボクはまだ本気出してないだけだから」

「……割とその通りなのが腹立ちますね…」

 

 本気出せればよかったんだけどね。

 残念なことにまだまだその領域には届かない。

 

 日々の訓練でありえない成長曲線を描いてるのは確かだが、それだけじゃ埋められない差ってものがある。

 姉上はボクに期待しすぎなのさ。

 ボクは天才でもないし最強でもない。

 昔のボクに追い縋ってるだけの哀れな生命体だ。

 

「ま、最悪なんとかするけど」

 

 あまり使いたくない最終手段として一つだけ用意できるものがある。

 ボクの才能に関係なく、魔法を扱えるものならば誰でも最後の切り札として用意できる手札。

 一度きりの使用にはなるけど、その一度だけでいい。

 コストもかかるから本当にできるか分かんないんだけど……

 

 その可能性は出来た。

 あの第四師団との邂逅は決して無駄じゃなかった。

 

「アンスエーロ隊長。給料前借りって可能?」

「……何に使うつもりですか?」

 

 フィオナが尋ねる。

 気になるよね。

 あんまり推奨されてないから口にしたくないけど…

 

「うーんと、わかりやすく言えば……賄賂かな」

「……堂々と上司に言うな、バカものが」

「同僚にも言わないで欲しいです」

「ひどいなぁ、フィオナから聞いたんじゃないか。それに誤魔化してもしょうがないしね」

 

 まだ彼女(・・)と仲良くなれたわけじゃないけど、最低限関係を続けてもいいと思ってくれてるはずだ。

 そうじゃなければあの別れ際に名前を教えてくれるわけがない。

 そして彼女の事情はわからないけど、現段階で考察する限りきっと応じてくれるだろう。

 

「少なくとも第二師団に不利を被る内容ではないよ。姉上にだけは詳細伝えるけど」

「……大隊長が許可するのなら私から言うことは何もない。今日中にやっておけよ」

「うん。それじゃあ早上がり」

「訓練終了まであと二時間あるな。それまでは私が直々に鍛えてやろう」

 

 ヒョエ〜〜……

 もうボロクソにされた後なのにまだやらなきゃダメかい?

 ボクはため息を吐きながら魔力を練り上げて左手に光の結晶を生み出した。

 

「ふー……こいよ行き遅れ、ボロ雑巾にしてやるぜ」

「お前の遺言がそれでいいとは、大隊長も泣いて喜ぶぞ」

 

 この後、姉上に会うと言っているのに完膚なきまでに打ちのめされて比喩ではなく文字通りの意味で地面を這いずって執務室まで行く羽目になった。

 

 黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)の中になめくじみたいな男がいると噂されているらしい。

 



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自分だけが潔白である意味はない

 

「というわけで姉上、賄賂送るからお金ちょうだい」

「ダメに決まってるでしょ。はい次」

 

 にべもなく断ち切られてしまったのはこのボク、アーサー・エスペランサ。

 迫り来る戦いに勝利するために最悪の手段に頼ろうとして、それを成すために必要な資金を要求したら上司の上司に寝ぼけんなカスと叩き返されてしまった。

 

 叩き返したボスはボクの姉であるフローレンス・リゴール。

 書類をせっせと捌きつつその美しい金髪を後ろ髪で小さくまとめ上げているのが特徴的。

 我が姉ながら美人だな……

 ちなみに既婚者です。

 

「頼むよ〜姉上、それがないとボク負けそうなんだ」

「勝てるでしょ、あんたがその気になれば」

「今のボクは何でもできるスーパーマンじゃないんだけど……」

「スーパーマンになれる資格があるのはこの国であんただけなんだから仕方ないの。そもそも何のために賄賂送るのか説明しなさい」

 

 それはごもっともだ。

 訳も言わずただ賄賂を送ると告げればそりゃあ断られるに決まってる。

 姉上はツンデレだからね。

 ボクに対してツンツンしてるのはデレの裏返しだと思いたい。

 思いたいだけである。

 

「簡潔に言うと、先日知り合った第四師団の女性から魔力石(マギアライト)を頂くためだね」

「…………………………詳しく」

 

 姉上は手を止めて眉間を押さえ大きくため息を吐き出しながらそう言った。

 

 そんな面倒ごとを持ち込んだ印象はないんだけどなぁ。

 

「いやさ、現時点で三番隊……つまりボクらって火力不足な訳じゃないか」

「まあ、あんたが全盛期じゃないんだからそうなるでしょうね……」

「わかってて条件出したの? 鬼」

「出来るだろうと思ったのよ」

「その信頼に応えるために魔力石(マギアライト)が必要なんだよね」

 

 あれは魔道具に使用されるくらい万能なエネルギー源だ。

 特にボクら魔法使いにとっては究極の外付けバッテリーになり得る。

 質が悪いとちょっとリスクが高いんだけど……そこは飲み込むことにしよう。

 使ったら死ぬ訳じゃないし。

 

「彼女は第四師団の中でもそこそこの立場だ。漆黒魔道隊のトップと日常的に顔を合わせるような人物なら、一つくらい譲ってくれるかもしれないだろ?」

「それだけじゃ納得できないわね。確かに金銭と引き換えにくれるかもしれないけどそれは相手に弱みを渡すのと同意義よ」

「その通りだ。だからまずは彼女のことを知らなくちゃいけないんだけど……」

 

 ボクの予想だとそれなりに誠実でありながら何らかの理由で第四師団にいるっぽいんだよな。

 

 上司の言い付けも守り仕事にミスが発生しないようにしつつ、自分の評価に傷がつかない場所と状況ならばそれなりに素を見せる。敵対してる組織の人間とそこそこ関係を保つのはまあ、情報を抜き取ったりスパイ行動をするのに好都合だからと言うのはあるけれど……

 それだけじゃない気がするね。

 少なくとも子供の頃に散々周囲にいた醜悪な大人たちに比べれば、彼女はかなりクリーンだ。

 

「そのために三日、その後に三日。残った二週間のうち半分を消費すると思うぜ」

「…………魔力石(マギアライト)を受け取ったとして。それが粗悪品だった場合は?」

「使うよ、躊躇いはない」

「あんたに言うのはアホらしいから言いたくないけど、リスクが高すぎる。魔力が暴発したらあんた、吹き飛ぶわよ?」

「片腕で抑えるくらいのことは出来るさ。迷惑はかからないよ」

「…………本気で言ってるの?」

「おお、本気だとも。ボクは自分の力量を過信しない程度には自己評価が低いけど、出来る出来ないを見極めることはできるつもりだ」

 

 さてさて、納得してもらえるだろうか。

 魔力石(マギアライト)は万能のエネルギー源にして最悪の兵器にもなり得る。

 使用する人間の力量次第で世界を救うことも崩壊させることも出来るのだ。その本質を全く理解せずに己の生活を豊かにするために使用しているのが大半だけど、もしこれを大々的に軍事転用されたら勝ち目はないね。

 寧ろどうして転用しないのか不思議だけど……そこら辺はまだ触れられない第四師団が鍵を握ってるかな。

 

 帝国に本気で勝つならその技術は必要不可欠だ。

 

 彼女一人戦場に居ればなすすべなく滅ぶしかない危険性を認知で来てるのが現状ボクと姉上、というのが苦しいね。

 

「…………」

「…………逆に、なんで認証してくれないのかが気になるな。ボクからすればそこそこ合理的な手段だと思えるけど」

「それは……いえ、なんでもない。そうね、そうよね」

 

 姉上は少し瞠目した後に、己に言い聞かせるように呟いた。

 

「それで上手くいく保証は?」

「保証はない。でもそれがないと始まらないね」

「……そう。わかった」

「つまり?」

「承認する。権限を超えると判断したときだけ私に話を通して、問題なければカミラへの報告だけでいい。任せたわ」

 

 うむ、姉上はやはり話がわかる。

 

 魔力石(マギアライト)を利用した兵器開発が進んでない理由なんて丸わかりだけど、そこに突っ込むにはまだ基盤が足りなすぎるね。

 

 だからこれはその一歩目だ。

 ボクは姉上の従順な駒の一つで構わない。

 ボクに壮大な野望はないし、この行動も結局は、姉上が国の腐敗を取り除く気でいるから乗っかっているに過ぎない。

 

 その駒の一つとして、役割と果たすためには──ボクにも手駒が必要だ。

 

 魔力とこの身一つで出来ることなんてたかが知れてるからね。

 

 キミはどうして第四師団にいるのか、そしてなぜその実態を知りながら足抜けしないか。

 

 ボクは知りたい。

 キミは優秀だから、是非ともボクと同じ視点に立ってもらいたい。

 それくらい出来るだろう?

 

 “レディ“マルティナ。

 

 これでもキミのことは評価してるんだ。

 少なくとも今の役立たずなボクなんかより、よっぽど優秀な人間だって。

 



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一人作戦会議

 

「すみません、アイスティーを一つ」

「はーい、アイスティーですね。少々お待ちを〜」

 

 大通りに面したお洒落な喫茶店で白昼堂々ドリンクを頼んでいるのには訳がある。

 ボクは正式に賄賂を送ることを許可され第四師団に所属するとある女性を将来的に籠絡するために色々しなくちゃいけなくなった訳だが、それは簡単なことじゃあない。

 元々人間に興味を持ってないのがボクだ。

 いかに姉上のためとは言え、知りもしない人物のことをどうやって理解していこうか悩んでいる。

 

 一日ゴロゴロ物置で転がって惰眠を貪った結果、何もわからないということがわかったのでとりあえず喫茶店で考えているフリをしに来たということだね。

 

「あのケーキ美味しそうだな……」

 

 ボクは甘党である。

 子供の頃から脳味噌ばかり動かしていたからか知らないけど、妙に糖分が欲しくなるんだ。

 おかげで浮浪者時代はろくな思考も回せないままぐうたらしてた訳だけど、時折手に入る食料を食べた一時間くらいはゴリゴリ魔法のことを考えていたね。

 心折れて逃げ出したくせに考えるのはやめられないってところが、まさに惨めな敗者って感じがするだろ? 

 

「しかしまあ、どうしたものか」

 

 マルティナとボクの繋がりは非常に浅い。

 互いに関係を保っていた方が得であると判断したために名前を教えあったりしたが、連絡先がわかるわけでもない。本拠地に乗り込んで堂々とマルティナを探すなんてことはできないだろうし、やったら向こうに不利がかかって相手してくれなくなる可能性もある。

 それは避けたいね。

 

 将来的にマルティナは第二師団に欲しいんだ。

 第四師団は味方につけることが不可能(・・・)

 その前提があるからね。

 

 ボクだけが魔法使いなんて状況になったらこの国は詰んでしまう。

 それを避けるためにもある程度優秀でまともな人材はこちらへ引き込まなくちゃいけない。

 

 監視や選別は姉上がしっかりやってくれるだろうし、ボクがやれるのは引き込み少しでも魔法に対する理解度と習熟を深めること。

 そこは履き違えないようにしないと。

 五年足らずで足並み揃えて? 

 帝国に備えて? 

 内ゲバも防いで国も守って家も再興しなくちゃならない。

 ふ〜〜〜、馬鹿正直に言えば逃げ出したいねぇ。

 

「お待たせしましたーっ、こちらアイスティーです!」

「ああ、どうも。初めて来たんだけどとても感じがいいね」

「え、本当ですか? 嬉しい、今日で二回目の出勤なんですよ!」

「え、二回目でそんなに慣れてるの? ……すごいな」

 

 めちゃくちゃ慣れてるように感じたけどこのお姉さんは出勤二回目らしい。

 器用なのか元々人馴れしてるのかわからないけど、やっぱり世の中ってのはうまく回るようにできているのを実感する。

 

「ありがとう、少しゆっくりさせてもらうよ」

「ごゆっくりどうぞ! ……やたっ、褒められた…!」

 

 パタパタと走っていく女性店員を見送って、ボクはアイスティーに口をつける。

 

 あ〜〜、美味しい。

 もう語彙力なくなってるね。

 最近はいいお茶を飲む機会が多いから忘れがちだけど、ボクは数年間野草ティーしか飲んでこなかった。

 それも沸騰したての激アツ温度で。

 舌がバカになってないと飲めないレベルで不味かったというのはそれはそうだ。

 

 それが今や文明に戻って人類の叡智というものを味わっている。

 

 ふぅ…………

 もう浮浪者生活はごめんだな……

 

「やっぱりボク一人で出来ることなんて、たかが知れてるねぇ」

 

 こんなに美味しいお茶を淹れることすら満足に出来ない。

 その時点で如何に人間が矮小なのかと思い知らされる。

 魔法に優れていても武勇に優れていても、それだけじゃダメなんだ。

 人が真に優秀だというのは、日常生活をどれだけ豊かに出来るのかという部分が大事だとボクは思う。

 そういう点でボクは塵レベルだ。

 ウェイトレスの彼女なんかめちゃくちゃ出来てそう。

 

 そういうのを守るのが、本来ボクら軍人という訳だね。

 

「……………………」

 

 ボクにそんな心意気はない。

 結局、一番上に姉上が存在する。

 何もかもを失ったボクを足から血を流してでも探し続けてくれたあの人を生涯信奉すると決めている。

 

 だから言われた通りに動くし、よりよくするためなら自分から考える。

 でも、心の底からそう思えて言われると、難しい。

 

「……センチメンタルになってるな、くだらない」

 

 そんなことはどうでもいい。

 

 今必要なのは第二師団の総合演習で勝利を収めるために、最終手段を手に入れることだけだ。

 

 自力で魔力石(マギアライト)を手に入れられればよかったんだが、この国の流通は第四師団が握ってるらしい。

 第二師団に黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)大隊長の弟でありかつて国最強だった魔法使いの落ちぶれた男が入団したのはもう各所に知られていると思っていいだろう。

 そんなのが魔力石(マギアライト)を探していると知られれば……

 

「……うん。彼女を頼るしかないね」

 

 少なくとも。

 素の彼女の人格は、ボクなんかよりよっぽどまともだったと思う。

 あれが演技だったら手の打ちようがないけどね。

 敵である彼女を信じようなんて甘いかも知れないけど、そこはまだ信じれると思う。

 もしも不利益を被るのであれば最悪、殺せるライン(・・・・・・)であるのも大きい。

 

 彼女は横流しした事実は知られたくないだろうし、金銭を受け取ればそこは満足できるかも知れない。

 そしてボクは手に入れた事実を知られたくないし、金銭で契約できるのなら満足できる。

 

 現状の要素を並べればこんな結論かな。

 

 問題があるとすれば、マルティナに会うためにはどうすればいいかだけど……

 

「こればっかりは足を使うしかないか」

 

 自慢じゃないが、ボクは長年の寝たきり生活(比喩表現)で足腰がとても弱くなっている。

 ペーネロープとの戦いの後はグネグネ地面で這い蹲る変な生命体に進化していたくらいだからね。アンスエーロ隊長の冷ややかな視線を浴びたのはそう遠くない思い出だ。

 

 後一週間でどうにかしないとね。

 

「ご馳走様、お代はここに置いておくよ」

「あっ、ありがとうございましたー! またお越しくださいっ」

 

 さて、この広い首都の中からたった一人の女性を探し出す。

 

 姉上の徒労に比べれば安いものだ。

 気張っていこう、アーサー。

 この程度の事は何の苦労にもならないってね。

 

 



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なりたくなかった大人になった

 

 そして意気込んで二日────ボクは空を見上げてブランコに座り込んでいた。

 

 どうして空は青いのか。

 雲の白と調和する空の青さは美しい。

 世界で最も煌びやかで、世界のどこでも見られるこの荘厳で美しいコントラストが生み出す儚さと満足感といったらそれはもうすごいよ。

 

「どこにいるんだ、マルティナ……」

 

 全然見つからないけど。

 街中を日中ウロウロして端から端まで舐め回すように移動して路地裏で浮浪者に絡まれたりとか色々したけど全然見つからない。

 それどころか不審者として奥さんに通報されて三番隊の仲間に連行される始末だった。

 散々だぜ。

 

「あー! あん時の不審者ー!」

「……そんな奴がいるのか。任せなさい少年、ボクはこう見えて第二師団所属の憲兵みたいなものだからね」

 

 キョロキョロと周りを見渡すが不審者の姿はない。

 くそっ、手遅れだったか……! 

 なんて素早い奴なんだ。

 

「えっ、不審者が第二師団に……? それってあれじゃないの、『不良憲兵』ってやつ!」

「誰が不良だ。ボクほど清廉潔白で誠実な人間はいな……おや、あの時の少年じゃないか」

 

 そうか、この公園だったか。

 あまりにも見つからなすぎて絶望した結果辿り着いたのは先日アンスエーロ隊長にボコボコにされる原因となったサボり場だった。

 場所がちょうどいいんだよね。

 少し外れた場所にあって住宅街の中だし。

 人通りも少ない。

 

「よっ、おっさん!」

「お兄さんだね。もう一度言ってごらん?」

「おっさん!」

「ワハハ! …………怒るぞ」

「ぎゃ、ぎゃー! もう怒ってるじゃん!」

 

 大人にだって我慢の限界というものはあるんだ。

 大人はね、いろんなことを我慢して生きてるの。

 子供の頃はわからないかも知れないけど、きっと君が大人になった時に思い知るんだよ。

 親族か近所の子供かなんてもいいけど、まだ二十台なのに「おっさん」と無邪気に言われるこの切なさはね……とても言葉じゃ言い切れないくらい、切ないんだ。

 

「あ、あたま割れそう……」

「ふぅ、これが大人と子供の差だ。よくわかったね」

「“おっさん“!」

 

 少年の頭をぐりぐりするとワーキャハハと喜んでいる。

 ふーむ、遊びたい盛りだねぇ。

 意外とノリのいい大人と接する機会が多い子なのかな? 

 奥手な子だとあんまりそういうことしてこないからね。

 

「今日は学園はお休みかい?」

「おう! おっさんは?」

「お兄さんね。ボクは人探しの途中なんだ」

「へー……彼女?」

「女性なのはあってるけど、浮ついた話は全くないんだ」

「…………つまり?」

「仕事ってことだ」

「しごと! それっぽい!」

 

 子供は単純でいいね。

 

 ボールを抱えて隣のブランコに座った少年は、そのままゆっくり足だけで揺らして遊んでいる。

 

「ふーむ……君に聞いてもしょうがないとは思うけどね。銀髪の綺麗なお姉さんって見覚えあるかな?」

「え? 姉ちゃんかな……」

「へぇ、銀髪のお姉さんなんだ。美人?」

「美人!」

「ボクが探してる人は顔を見せてくれなくてねぇ。背中が綺麗な人だったんだけど……」

「……なんかエロ親父みたいなこと言ってる、おっさん」

 

 その自覚はある。

 でもこれ以上の情報を持ち合わせてないんだな、これが。

 

「だから仕事なのさ。ボクはどうしてもその人を見つけて話をしなくちゃいけない」

「へぇー、商談ってやつだ!」

「そうそう。引き抜きとも言うね」

「引き抜き?」

「ああ。何やら彼女が勤めてるところはいい噂があんまりなくてね、優秀だと思うしこっちに引き込もうと思った次第さ」

 

 このくらいは言っても構わないだろう。

 周囲に人がいないのは魔力で探ってあるし、少年に聞かれたところで痛みはない。

 そもそもボクの名前すら言ってないのだからここから話が広まることはないだろうね。

 

「へー……おれの姉ちゃんもいいとこのエリートなんだぜ!」

「ほほう! エリートかぁ、羨ましいね」

「なんてったって第四師団(・・・・)勤めだもん! 魔法だって使えるんだ!」

 

 ──…………ふむ。

 なるほど。

 第四師団勤務で魔法を使える銀髪のお姉さん、ね。

 

 まだ可能性は低い。

 でも可能性が浮上する程度には怪しいラインだ。

 

「…………へぇ、第四師団勤務とは羨ましいね。ボクも魔法は使えるけど、未熟だからなぁ」

「えぇー、いいなあおっさん。魔法使えるんだ」

「うん? 君は使えないのかい」

「……うん。父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんも使えるのに、おれだけ使えない」

「ふーむ、それは残念だ。将来は第四師団に入りたかった?」

「…………そりゃ、うん。でもおれ、魔力もないし、勉強もできないし、いいとこないし……」

「ふふ、悩んでるね。そんなきみにお兄さんからまた一つ、アドバイスをしてあげよう」

 

 指先に魔力を集めて火を灯す。

 小さな小さな火種でしかないけれど、少年にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。

 

「おっ、すげー!」

「きっときみは今、たくさん悩んでたくさん考えながら成長していく年頃だ。早かれ遅かれいつか答えが見つかって、『大人になる』日がやってくる」

 

 少年は難しそうな顔で聞いている。

 そりゃそうだろう。

 子供にわかる尺度で話をしてない。

 年を取った大人が自分の心を気持ちよくするためにする講釈と何一つ変わらない話を今してるんだ。

 

「だからその時に選択肢はたくさんあった方がいい。要するに、将来なりたい仕事が見つかった時にそれを選べるようになっておいた方がいいということさ」

「……どういうこと?」

「力がない、貧しい、醜い……理由はいくらでもあるけどね。世の中は思いの外高度な次元で回っている割に、思ってるより低俗な理由で回っているんだ」

 

 ふふ、全くわかってない顔をしているね。

 

 でもそれでいい。

 少年が大人になった頃にこの国が残っているのかはまだわからないけど、少なくとも現実を見なくちゃいけなくなった時に、何か一つの正義を盲信するだけにならないことを祈っておこう。

 

「そうだな、お姉さん──名前はなんて言うんだい?」

「姉ちゃん? マルティナ!」

 

 ──ビンゴか? 

 少年の髪色は銀じゃない。

 

 もう少し確かめたい。

 

「お姉さんは魔法が使えたから、第四師団に入れたと思う?」

「…………いや、姉ちゃんはずっと勉強してた。忙しいのにおれの相手もしてくれて、今でもたまに勉強をおしえてくれるんだ」

「それが『大人になる』ってことさ。マルティナさんは努力して勉強も魔法もできるようになって、エリートである第四師団に入隊した。初めからなんでもできたわけじゃないと思うぜ?」

 

 だからきみもがんばれ、ということを伝えながら、情報を集める。

 

 なるほど。

 この『マルティナ』が偽物じゃないのなら、キミは努力家で勤勉で才能もある素晴らしい人材であるということ。

 その理由は何かな? 

 家のためか家族のためか父のためか母のためか、それとも弟のためか──自分のためか。

 

 それを知りたい。

 

「挫けることだってある。泣きたい時もある。そう言う時一度ポッキリ自分を折ってから、もう一度立ち直ればいいんだ。少年は今、立ち上がれるようになってるはずだ」

「……姉ちゃんも、そうやって頑張ってたのかな」

「ああ、きっとそうだ。努力しない人はいないからね」

 

 そして大人ってのはこういうものだ。

 口先で適当にそれっぽいことを言って子供を騙す。

 あの頃のなりたくなかった大人にすっかりなってしまったなぁ。

 でもしょうがないよね。

 ボクに才能はなかったし、努力もしてこなかった。

 それ相応の末路ってものがある。

 

「お姉さんに伝えてもらえるかな? 『深夜十二時、日を跨ぐ前に“浮浪者“が“レディ“を待つ』って」

「…………なにそれ。姉ちゃんに何のよう?」

「もしかしたらボクの探し人がきみのお姉さんかも知れないんだ」

「えっ! それならそうと言えよー!」

「名前を聞くまでさっぱりだったけどね。多分きみのお姉さんには伝わる筈さ」

 

 伝わらなかったら来ないだけだし、人違いでも来ないだろう。

 

 もし第四師団の他の女性だったなら危ないけど……

 マルティナが役職だと彼女は言わなかった。

 レディが役職だと言った。

 それはつまり、そう言うことだ。

 

「それじゃあね少年。ボクは仕事の続きがあるから」

「あっ…………一応伝えとく!」

「ん、頼むね。首がかかってるんだ」

 

 鬼が出るか蛇が出るか。

 ドキドキするね。



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交渉は深夜の公園で

 

 アンスエーロ隊長の『進捗はどうした』と言わんばかりの視線に晒されつつも、ボクはひっそりと寮を抜け出して街中を歩いていた。

 

 少し肌寒いね。

 夜はやっぱり寒いんだ。

 最近三番隊のみんなから恵みをもらって完全防備で暮らしてるから忘れてしまったのかもしれない。

 初心忘れるべからず、というやつだね。

 

 出歩いている人も少ない。

 そもそも夜遅くまでやっている娯楽も店も無い。

 そして朝早くに活動を始める。

 我が国はそういう生活ルーティンだ。

 唯一外れるとすれば炭鉱で働いている人達だけど、今のボクとは関りがない。

 

 しかし、これでもし違うマルティナが来てしまったらどうしようか。

 

 嵌められたら?

 何の用だと詰問されてしまうかもしれない。

 その時は美人だったから人目につかないようにデートに誘いたかったとでも言い訳すれば事足りるけれど、そうしたら本物のマルティナ……もとい、レディに接触するのが難しくなる。

 

 ボクの目標は最初から彼女だ。

 ちょっとした賭けに出ちゃったな。

 でも時間もそう残されている訳ではない。

 一つ一つの作戦で何かしらの賭けをしないといけないのが辛いね。

 

魔力石(マギアライト)――……ふふ、とことん第四師団に取られてるのか」

 

 街を照らす魔導街灯すらこの地区にはない。

 

 本来ならインフラを発展させ国を豊かにするべきなのに、それを王が怠っている。

 

 ウ~ン、その理由はどうしてかな。

 まあ第四師団の癒着の仕方を考えればしょうがないだろうけど。

 ボクの推測だが、第四師団の上層部のうち……ほぼ全部帝国と繋がっていると見て間違いない。

 流石に自国の滅びを予想できない程の無能ではない筈さ。

 優秀な魔法使いを確保するのは第四師団に逆らえる人材を減らすためで、つまり帝国が楽に占領できるように。

 そして本国に人材を流すのも狙いじゃないかな。

 それか、その人材を手土産にいざって時に寝返るためか。

 どちらにせよこの国をどうでもいいと思っているのは間違いない。

 

 ハンスは……わからない。

 あれは姉上を潰そうって気概と実力だけで買われたのかも。

 もっともわかりやすい敵は第二師団だ。

 その中で頭角を現しつつある姉上を潰すのに自分達で調整しなくてもいい奴なら採用されてもおかしくはない。

 

 つまり何が言いたいかって言うと、帝国と戦う前に第四師団の内ゲバを阻止しなくちゃあならない。

 

「ひどい難易度だ」

 

 白い吐息が漏れる。

 

 現状の勝率は何パーセントだ。

 第二師団全部ひっくるめて一致団結したとして。

 国の政治にすら口を出せる団体をどうやってひっくり返す?

 クーデターでもするのか。

 そんなことをすれば他国に隙を晒す。

 帝国に負ける事も敗北条件で、いや、帝国に侵略を開始された時点で負けた。

 

 今から魔法開発に尽力してボクがどうにかする。

 

 無理だ。

 そのための設備も費用も人材も、何もかもが足りてない。

 姉上もそれはわかっている。

 いくら傑物でも内政面まで全て完璧にやれるわけじゃないというのは、日頃の行動で証明している。

 そうじゃなかったらあんなに書類を残して残業してるものか。

 姉上なりに試行錯誤してる筈だ。

 そしてその余裕は残されていない。

 

「考えろよ、アーサー……」

 

 タイミリミットは最大で五年。

 最悪二年ももたない。

 そんな状況で一体何が出来る。

 何を優先して事を成していくべきだ。

 

 ああ、考える事が無限にある。

 それも手が届かない事ばかりだ。

 

 そしてゆっくりと歩き続けて大体一時間。

 僅かに疲労感が滲む中、目的地だった公園へと到着した。

 

 人影はない。

 魔力を薄く伝播させて周辺を探る。

 隠者は――……いない。

 少しだけ早く着いてしまったしね。

 ブランコでのんびりと休ませてもらおうか。

 

 腰掛けて、ギィッと独特の錆びた音を奏でながら、白い吐息を手に当てて暖を取る。

 

 もし来なかったらどうしようか。

 第四師団に乗り込むしかない。

 だが余計に注目されちゃうよなぁ。

 そうなると面倒なんだ。

 これから動き難くなってしまう。

 

 第二師団総合演習でボクが暴れ回れば動く(・・)筈だ。

 それを利用して次の手を打ちたいから、まだここでは我慢しておきたい。

 後手に回り続けるのは趣味じゃないんでね。

 彼女にボロ雑巾にされて以来、先手必勝が座右の銘なのさ。

 

「――“レディ”という女性を待ってるんだ。心当たりはあるかな、美しいお嬢さん……いや、お姉さんかな?」

 

 魔力感知に引っ掛かったのは一人。

 これだけ薄く張り巡らせた魔力ならバレないかなと思ったけど、意外といけそうだね。

 こういう小細工は昔から得意だから任せてほしい。

 

 顔をあげてその人物を見てみれば、整った顔立ちに第四師団の軍服を着た銀髪の女性が立っていた。

 

「……私も、“浮浪者”を探している。心当たりはあるか、第二師団」

「ふふ。ああ、勿論あるとも。ボクこそが“浮浪者”だからね」

「――……ふっ。知っているよ、アーサー・エスペランサ」

「君こそ。マルティナでいいかな」

「ああ。業務外ではマルティナと呼べ」

 

 彼女はそのままボクの隣のブランコへと腰掛けて、その身から僅かに魔力を滲ませつつ続けた。

 

「弟から話を聞いた時は何事かと思ったが……そうか。不審者と言うのはお前だったんだな」

「失礼だな。第二師団に正式に勤めてる騎士見習い以下の雑兵だぜ」

「魔法で第四師団大隊長と拮抗出来た奴が何を……」

「拮抗? おいおいマルティナ、ボクを試してるのか。嘘は良くないな」

 

 和やかな雰囲気のまま彼女の言ったことを否定する。

 

 あの時彼の魔力を打ち破れたのは一重に彼自身が殺す気が無かったからだ。

 

 もしもボクを殺す気なら初手で殺している。

 それはあの時点で理解できていた。

 あの二回目の魔力による空間制圧は恐らく、自身の技量を暗にボクに見せびらかして来たんだと思うね。

 風魔法をあんな風に使う人はあまり見覚えが無い。

 多分、彼自身がそこそこ自慢に思ってる手札だ。

 本気じゃないにしろ、この程度で制圧できるならここでそのまま殺してしまおうってくらいの思考はしてたんじゃないかな。

 

「ハンス・ウェルズガンドは手を抜いた。初見のボクに理解できることが、君に理解できない筈がない。いくら引っ掛けをしてくれても構わないけどね」

 

 ふざけた交渉はしない。

 姉上は身内だからまあ、そこは考慮しないとしても。

 将来的に仲間に勧誘するつもりの女性相手に本気で真摯に向き合わない奴が仲間なんていやだろ?

 だからボクはマルティナとのこの交渉に全力を尽くす。

 この出会いがいつかどこかで竜巻を起こすかもしれないんだ。

 

「…………何があった?」

「元々こうだ。()の心根は魔法という新たな学問にのみ向けられていたのをシフトさせただけに過ぎない」

 

 普段を演じてる訳じゃない。

 ただ、幼い頃の()と挫折を知ってぐうたらしてるだけのボク(・・)は別人なんだ。

 ペーネロープとの戦いであの頃の感覚を少しだけ取り戻した。

 この世の全てが己の手中にあるような全能感に浸りながら、魔法とは、魔力とはと深く深く入り込んでいく。

 

 全能感はないけどね。

 己を騙して虚勢を張る位の事は出来る。

 そうしたら空気感だけはあの頃の、無敵の僕(・・・・)を再現できるワケだ。

 

 それに何の意味があるって?

 自信の無い男より自信のある男に賭けたくなるもんだろ。

 

「交渉だ、レディ。第二師団総合演習で()は他部隊全てを壊滅させなければならない。その為に魔力石(マギアライト)が必要だ――それも、一つや二つじゃない」

「……………………私に、横流ししろと? バカを言うな、リスクが高すぎる」

「だから交渉なんだ。一方的に此方が得をする気はない」

「……お前に私の何がわかっている?」

 

 鋭い視線と共に投げかけられた問い。

 

 ここだね。

 外せないのはここだ。

 ここを外してしまえばきっと、彼女は二度と交渉のテーブルに座ってくれないだろう。

 

 父親はボクと同じようなロクデナシ。

 弟は魔力を持たず、街はずれの公園で一人遊んでいる。

 家庭環境は悪いのか、悪くないのか。

 父親も第四師団か?

 そうなるとマルティナは……

 

「……詳しい事はわからない。でも此方から提示できる条件は、君にとっても悪いものじゃないと思うぜ」

「言ってみろ。貴様は犯罪を教唆しているということを忘れるなよ」

「ああ。()からは金銭による相場以上のトレードに、勝ち馬に乗る権利を保障しよう」

「…………前者はまだいい。まさかとは思うが、後者は」

「そのまさか(・・・)。君が第二師団に希望アリと睨んだ時、なんの不利も無く此方へ異動する事を約束する」

 

 



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オールインには程遠い

 

 前提の話をしよう。

 

 まずセイクリッド王国は四つの軍部に分かれている。

 

 王族との関りが深い第一師団。

 黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)を保有する第二師団。

 国境守護を使命に掲げた第三師団。

 魔法使いを擁する第四師団。

 

 明確な敵対をしているのは黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)と第四師団。

 

 正面きっての殺し合いに発展してないのは此方の戦力が不足している点と、向こう側にメリットがほぼ無いからだろう。こっちは第四師団を殺し切ってその後迫り来る帝国と王国を相手に勝つ必要があり、第四師団の狙いは多分、この国の崩壊。

 黙ってても勝ちが決まってるくらい優位なのにわざわざ身を削りに来ない筈さ。

 

 そんな第四師団に若くして入ったならともかく。

 古くからずっと所属していて、甘い蜜を吸う事になれきった人材を身内に抱えた善人が抱える感情ってのは一体どうなってるかな?

 

ボク(・・)の推測だ。マルティナ、君の立場は決して高くなく、そして吹けば飛ぶほど軽くはないだろ」

「…………」

「父も母も魔法使い、父は第四師団に所属しており息子に『ロクデナシ』扱いされる様な人間。本当は身を削って家族の為に必死になっている可能性も考えたけど……その線は薄い。第四師団にどっぷり漬かりきった中年がどうなってるのかは、想像に難くないからね」

 

 彼女は答えない。

 しかし視線を僅かに俯かせたままブランコから動く事もない。

 別に洞察力に優れてるだとか、本当は優れた頭脳を持つとかそんなんじゃないぜ。

 単に今は記憶に容量を割いてたのさ。

 常に魔法の事だけを考えようとする思考を無理矢理抑えつけている状態――このあと反動が来て我慢できなくなる気がするけど、それはしょうがない。

 

 少しだけ足に力を入れて、ブランコに身を任せる。

 

 錆びた金属が擦れあう特有の音が響いた。

 

「ボクは君をとても買っている。正直に言おうか、君が欲しい」

「…………は?」

「ハンスの才能は素晴らしいよ。現時点のボクじゃ逆立ちしたって勝ち目はないし、あの時ひっくり返せたのは彼にやる気がなかったから。全力で殺し合えばなすすべもなく殺られるのは明白だ」

 

 前傾姿勢になって、顎を載せるように両手の指を組んだ。

 膝と肘が筋力不足で微妙にプルプルしてるけどそれを何とか誤魔化しつつ言葉を続ける。

 

「だけど、ハンスじゃダメだ。この国を救えない(・・・・・・・・)

 

 担ぎ上げるのは姉上だ。

 あの人は本気で、人生の全てを捧げてこの国を救おうとしている。

 その手駒の一つとしてわざわざボクのような愚か者を、徒労に終わるかもしれない努力を積み重ねて見つけ出した。

 ボクはとっくの昔から傀儡だ。

 君と同じなんだ。

 

ボク(・・)はこれから僅かな年月で全てを取り戻す。十年前にこの国で覇を唱えた頃の自分を、帝国であの少女に惨敗する前の己を、そしてこの国で一番の魔法使いであった()を」

 

 横目でマルティナのことを見る。

 

 彼女はボクに視線を向けたまま、口を開いて呆然と話を聞いていた。

 呆れ果てた?

 それは仕方ない。

 大言壮語なのは否定しない。

 きっと今のボクは誰が見ても過去の栄光に縋る哀れな男にしか見えないんだ。

 

 それでいい。

 真に報われるのは最後に笑った時だ。

 

 たっぷり五分程、白い吐息を時折漏らしながら長考した彼女はやがて口をキュッと締めてから話を切り出した。

 

「……要するに。私はお前達に賭けて勝てると思えばそのまま乗っていいし、負けると思えば降りる事を許されていると?」

「そういうことになる。ハハ、滅茶苦茶だな」

「こっちの台詞だ! あり得ん、なぜそんなことを……」

「言っただろマルティナ。ボクは君が欲しいのさ」

 

 今この瞬間にだってボクは君を手に入れたいと思っている。

 

 こうやって会話を続ければわかるよ。

 

 君は善人なんだ。

 学生の頃も勉学に励み魔法を修め、手が空いた時には家族との時間を大切にして、ロクデナシと罵られる父と同じ師団に入りロクでもない上司に決して逆らわず組織の一員として活動する。

 

 君が逆らわないのは父に迷惑をかけないためだろう?

 

「勿論家族丸ごと庇護することを約束しよう。黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)は正義の味方だからね」

「…………はぁ、頭が痛い……」

「考える事が沢山あって退屈しないだろ?」

「ふざけるな、たわけが」

 

 これで譲歩できる部分は最大限出してしまったかな。

 現時点で確約出来るのはこれくらいだ。

 もし彼女をありとあらゆる手法で手に入れるのならば多少強引な手も打つけど、多分それは姉上も望んでない。

 ボクが必要以上に手を回す事に懸念してるみたいだからね。

 あくまでボクの裁量でやれるくらいに納めておくべきだ。

 

 ふう、条件の整った交渉ってのは楽しいね。

 理詰めの感覚は魔法に似ているよ。

 

「…………まず、順番にいいか」

「構わない」

 

 大きく息を吐きだしてからマルティナは続ける。

 

「一つ目。お前に魔力石(マギアライト)を横流しする件については、了承しよう」

「おお! 大助かりだ、おかげで無様を晒さなくて済む」

「……ただし、質に関しては保証できない。ハンス様はああ見えて在庫管理とかしっかりするから、懐に納めるには業者に直接発注する必要がある」

「意外とちゃんとしてるんだ……」

「だから余計面倒臭いんだあの人は……」

 

 ふふ。

 しかも業務外でちゃんと様付けしてるのがいいね。

 ふとした拍子で呼び捨てしたりしたら面倒だからそういうのに備えてるんだろうな。

 

 ますます好感が持てる。

 

「二つ目。お前達に乗るのは……まだ、判断が出来ない」

「ん、当然だ。だからその材料を提示しよう」

 

 魔力石(マギアライト)を確約してもらえたお陰で次のフェーズに移行できる。

 

「大体一週間後。第二師団の総合演習があるのはそっちでも把握してるだろ?」

「ああ。さっきも言っていたな」

「そうだ。実はボクの所属してる三番隊だけで他の部隊を全部倒さなくちゃいけないんでね」

「冗談では無かったのか……」

「うん……でも君が支援してくれれば、それは夢じゃなくなる」

「…………それで?」

 

 僅かに期待を滲ませるような声色で、マルティナは続きを促した。

 

「チケットを用意する。特等席でボクらに賭ける旨みってものを見せてあげるよ」

「――――いいだろう。口だけで終わらない事を期待している」

 

 その方が色々(・・)言い訳もつくだろうしね。

 

 



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現実は全然甘くない

 

「ぬふふふ……」

「うわ……」

 

 三日後。

 マルティナが夜遅くに物置に乗り込んでひっそりと置いていったプレゼントに頬ずりしていると、起こしに来たであろうペーネロープが引き攣った表情で見ていた。

 

「やあおはよう。今日も君は美しいね」

「……は!? なんなのいきなり」

「何ってこれだ。見てくれよこの輝き」

 

 そう言いながら魔力石(マギアライト)を見せる。

 

 第四師団に卸している業者から個人的に買い込んだという費用に気持ちを上乗せしただけはある代物だ(姉上のポケットマネー)。

 

 数は全部で5つ。

 大が1つに中が1つ、残り3つが小サイズだ。

 籠められた魔力が素晴らしい……天然物の魔力だ……。

 なんにでもなる無限のエネルギーと言って差し支えないだろう。

 ボクから生み出せる魔力ではボクの成分が混ざっちゃうから、純粋な魔力とは言えなくなってしまうんだ。

 だから地下深くから採掘されるこの魔力を孕んだ石は高値で取引される。

 そんなお金ウチにはありません。

 姉上、ありがとう! 

 流石貴族だね! 

 

「…………石ころじゃないの」

「石ころ!!?? そんな訳があるか!」

「なんなの!?」

魔力石(マギアライト)だ。今度の演習で切り札にするから、まだ皆には秘密にしておいてね」

「……確かに集中すればぼんやりと感じる。へぇ、これが本物なのね」

「あ、初めて見る? だとしたらすまない、少し気分が高揚してたんだ」

 

 周辺諸国は当然として帝国にも劣っている魔法後進国の我が国では残念なことに、ちょっとした魔道具への利用や金持ちが使用できる唯一の物資となっている。

 

 本当はそんなことに使うもんじゃあない。

 これは無限の可能性を秘めた賢者の石と言っても良い。

 地下深くからしか掘り出せない大地の魔力を孕んだ鉱石──ふふふ、ふふ……テンション上がって来た。

 

「まあこの程度じゃ何の足しにもならないんだけど」

「……ほんとになんなの、あんた」

「ははは、でもねペーネロープ。これが切り札になり得るのさ」

 

 魔力石(マギアライト)の扱いに関してはボクに一任されている。

 

 どれだけ使えるか判断も許されてるってことだ。

 第二師団全体のレベルがわからないからまだ難しいけど、そこは見極めないとね。

 最悪全部使い切っても良いから勝利はしないといけない

 そしてその上でマルティナを此方に引き込めるだけの納得を引き出す。

 

 ふ~~、かなり無茶する羽目になるな。 

 

 でもしょうがない。

 ボクが選んだ道だ。

 その点について文句を言うつもりは一つもない。

 まだ強い魔法使いと対峙はしたくないけど、克服しなくちゃいけない課題でもある。

 

 それを荒療治で治せるんだから姉上には感謝しないとね。

 

 ああ感謝だ。

 強い奴らとぶつかり合いをさせられてる理不尽に泣く暇はない。

 まず最初にペーネロープ、次に第二師団全体、じゃあ次はどうなる? 

 

「…………ま、本番じゃないとこの石は輝かない。君の言う通り『石ころ』さ」

「……あんた、本気で勝つつもりだったんだ」

「当たり前じゃないか。君に勝つのだって簡単じゃなかったしずっと本気だ」

「ん゛っ……ふ、ふーん。そうなんだ」

 

 嬉しそうにしてるなぁ。

 ボク如きに認められたからって特に何の得も無いけど、ペーネロープ的には昔のボクがいつまでも離れないんだろうね。

 ていうかペーネロープ、身体能力が高いから魔法使いじゃない相手には無双できると思うし強いんだよな。相性は良くなかったけど、ボクが少しだけ昔を思い出せたから勝てた。

 

 仲間達の戦い方も少しずつわかってきた。

 

 あとは作戦だ。

 その点ボクが役に立てる事はないだろう。

 だって10年前も魔法にばっか触れて生きてた人間だぜ? ひたすら思考だけ回して生きてきたとは言え、交渉から引き抜きまでちゃんとやったんだからこれ以上は隊長に任せても許されるよね。

 

 うん、頑張った頑張った。

 

「よし、寝るか」

「いや起こすけど」

「えぇ~。夜通し頬ずりしてたから寝たいんだけど」

「ひっ……き、気持ち悪……」

「誰が気持ち悪いだ。貧乏な魔法使いにとってはそれくらい嬉しい贈り物なんだぜ?」

 

 ペーネロープの引いた視線に晒されて心外だと言い返したものの、どうやらその印象を覆す事は出来ないらしい。

 

 酷い話だ。

 

「ほら起きなさい。ああもう寝直さないの!」

「うっ、朝日が眩しいぜ……」

 

 い、意識が覚醒していく。

 

 ふ~~……

 困ったな。

 まあ寝ぼけてても魔法発動に失敗する事は無いし、訓練に出てそのまま終わり次第爆睡すれば問題ないかな? 

 

「やれやれ……もう少しボクの苦労を労わって欲しいよ。ペーネロープ、甘やかしてくれないかな?」

「次の総合演習で勝たないと立場危ういのによくそんなこと言ってられるわね……」

「勝つ自信があるから言ってるのさ。胡坐をかいてる訳じゃなく、相手がよほど強くない限りは大丈夫だね」

 

 姉上クラスがガン待ちしてなければまあ多分大丈夫。

 

「……よほど強くない限り、ね」

「ああ。ルールの詳細はまだ聞いてないけど例年通りなんだろ?」

「ええ。大幅な変更は一つもないし、去年通り戦えばウチが勝てるだろうって話だった(・・・)わ」

 

 うん。

 なんだか含みのある言い方をしているね。

 何一ついい予感がしない上にペーネロープの表情は若干苦しそうである。

 

「第二師団で『最強の軍』は私達で間違いないのよ」

「……そっか。もうこの時点で嫌な予感するけど」

「それじゃあ、『個人最強』は誰だと思う?」

 

 あー……

 

 なるほど。

 これは最強の個が防衛に割り振られてるパターンだね? 

 

「正解。第二師団第一部隊大隊長──フェデリコ・グランデーザ伯爵(・・)率いる防衛最強小隊を、私達たった7人で攻略する必要があるの」

 

 



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第二師団会議①

 

「リゴール大隊長、まもなく到着します」

「──やっとね。いつもいつも遠いのどうにかならないものか……」

 

 凝り固まった身体を、狭い馬車の中でゆっくりと解しながら女性──フローレンス・リゴールは外を眺めた。

 

「いやー、いつも通りっスけどあんまり長旅はさせないで欲しいンすよね」

「そうも言ってられないのが我々新入りの辛い所だ。我慢しろ、アナベル」

 

 愚痴っぽく呟いた女性に、注意を促す男性。

 大隊長であるフローレンスの警護兼同行者を任命された二人は、同じように固まったであろう身体を僅かに解しながら話を続けた。

 

「買ってもらえるのは嬉しいっスけどね。ボーナス間違いなし!」

「そうはならんな……リゴール大隊長、我々に特別手当はつくんですか?」

「一食ディナーを楽しむ程度には出るわね」

「それは出ないとほぼ同じ!!」

「出るだけマシでしょ? 貧乏なのよ、ウチ(黄金騎士団)は」

 

 ヨヨヨと倒れ込むアナベルにクスリと笑いつつ、フローレンスは口を開いた。

 

「去年までの方が酷かったわ。ね、アルナルド」

「全くその通り。無給で休日出勤でしたから」

「明日の晩御飯は豪華にするっス……」

 

 赤髪の女性──アナベルはへにゃりと表情を崩して座席に座り込んでしまった。

 

 それを見ながら、頬に傷のある男性──アルナルドもまた、肩を竦めて窓の外を見た。

 

 

 

 

 

 第二師団総本部。

 普段は第一部隊が利用する施設で、この国が建国された当初から存在する歴史を持つ。

 ここ100年近くは常に第二師団が使用しており、老朽化した設備等も少しずつ修繕と改築を加えられその姿は美しいものへと変わりつつある。

 

 ──とは言っても。

 

「いつ見てもボロっちいわね……」

「機能性ばかり重視しておりますがゆえ、まあこうなりますね」

 

 壁の一部は剥がれ落ち、かつては栄えたであろう筈の花壇は枯れ落ちて、建物を侵食する蔦が伸びている。

 

(流石に黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)……いや、旧エスペランサ邸の方が綺麗なままよ)

 

 すでに見知らぬ貴族へと売り渡されてしまった実家を思い出しながら、フローレンスは中庭を歩いていく。

 

 初めて訪れたアナベルとは違って、フローレンスとアルナルドは何度も足を運んだことがある。

 大隊長になる以前は第一部隊に所属していた彼女と、その彼女の部下として長年支え続けているアルナルド。要するに、この本部は古巣にあたる。

 

 大扉に手をかけて、思い切り後ろへと引く。

 ギギギ……と錆びた金属が擦れる音と共に、ゆっくりと自動で開いていくのを確認してから一歩下がった。

 

「──お待ちしておりました。第二師団第二部隊大隊長、フローレンス・リゴールさまご一行」

「……ああうん。久しぶり、ルシオ」

「……おい、素で対応すんなよ。ちゃんと大仰に演じてる俺が馬鹿みたいじゃないか!」

「あんたみたいな軟派男を門番に採用してる神経が知れないわね」

「真面目な軟派野郎として通ってるからな。ウーム……今回はあの姉ちゃんいないんだな。残念だ」

「あの子今隊長やってるから護衛は卒業したのよ」

「マジで? スピード昇格だ……俺なんていまだに下っ端門番なのに……」

「……誰っスか?」

 

 出迎えた男がフローレンスと話して勝手に浮き沈みしてる様子をみて、アナベルがつぶやく。

 

「……ルシオ・モンドラゴン。第一部隊所属の下っ端だ」

「おい! 誰が下っ端だ!」

「自分で言っただろう?」

「自虐するのと他人が言うのじゃ意味と気分が違うんだよ……!」

「めんどくさい奴ね……さっさと案内しなさいよ。爺さんに言い付けられたい?」

「アッ、それだけは勘弁を……ハイ、案内します」

 

 中々テンション激しい人っスね。

 アナベルはそう思いつつ、初めて入る第二師団本部へと胸を高鳴らせていた。

 

「アナベル」

「なんスか?」

「あんまり期待しない方がいいぞ」

 

 実態を知るアルナルドはこっそりと耳打ちしたものの、そんなことは知らないと言わんばかりにアナベルはふんすと息を荒げて答える。

 

「いや! 自分来るの初めてなんで、流石に期待するっス! シャンデリアに超デカいカーペット、そして長い階段! 食堂にはクソ長テーブルがあって全部銀の食器なんスよね?」

「そんなわけないでしょ。ハイ現実」

「おおっ! これが第二師団本──……部……」

 

 大扉を超えて中に入れば──そこには、彼女の想像とかけ離れた光景が広がっていた。

 

 所々崩壊した階段。

 朽ちて腐ってる手すり、蜘蛛の巣が張った廊下。

 薄暗い照明はわずかな火種を頼りに燃えており、これ以上光量を増すことはできないと言わんばかりの切ない灯火。

 

「食堂も見る? 何もないけど」

「…………いや、いいっス」

 

(金がないのはウチ(黄金騎士団)じゃなく、第二師団そのものなんスね……)

 

 アナベル・アルカンタラ19歳。

 切ない現実をあらためて知った悲しい一日だった。

 

「フフ、期待を裏切ってしまいましたね」

 

 そんな四人の元に現れたのは一人の男性。

 第二師団専用の青い軍服に身を包み、腰にサーベルを備え、糸目なのが特徴的。

 

「……あんたもわざわざ迎えに来たの?」

「それは勿論。我らが小隊長殿──ああいや、申し訳ない。今は大隊長でしたね」

「は〜〜……めんどくさい奴らなんだから。はいはい、しばらくこっち来なくて悪かったわよ、オズワルド」

 

 オズワルドと呼ばれた男性は満足そうに頷くと、機敏な動きで敬礼をした後にアナベルへと笑みを向けた。

 

「そちらのお嬢さんは初めましてですね。リゴール大隊長が第二部隊に異動するまでに受け持っていた小隊所属でありました、オズワルド・インドゥラインと申します。以後お見知り置きを」

「アナベル・アルカンタラっス。よろしくっス」

「手出すなよ」

「出しませんよ。ルシオじゃあるまいし」

「おい。俺に変なイメージ押し付けんな」

「二人とも信用ないの自覚したら? 全く……」

 

(……あー、ちょっと疎外感。身内っスよね、これ)

 

 フローレンスが第二部隊大隊長を務める以前の話。

 その頃は軍学校にすらまだ通ってなかったアナベルにとって興味深い話であり、また、話伝いにしか知れない尊敬する人物の昔話。

 

 そこに横入りしようと思えるほど自分勝手ではなく、耳を傾けて盗み聞きしようと思う程度には不真面目な彼女は沈黙を選択した。

 

「リゴール隊長に会うことが出来たら一つ、お伺いしたいことがありまして──とある噂について」

「……噂ねぇ」

「ええ。噂です」

「あー、俺もそれ気になってた。まさかなって」

「……あの話ですか。それに関しては、私も気になっています」

 

 上から順番に、オズワルド、ルシオ、アルナルド。

 アルナルドに関しては共に黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)へとやってきたが他部隊の意向にまで注力しているわけではなく、ただ、先日執り行われた決闘などはしっかりと見ている。

 それゆえに、『本当なのか』という疑念がありつつも問うことができていなかった。

 

「──黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)のたった一部隊だけで俺たちを相手するつもりだってのは」

 

 ルシオは僅かに威圧しながら、フローレンスへと視線を向けた。

 

(……この人、普通に強い。さっきまでのは演技……) 

 

 その視線から僅かに離れている筈のアナベルが冷や汗を流す。

 彼女は決して弱くない。

 この国全体で見れば強者に分類されるのは確実で、騎士と言う枠組みの中でも優秀だ。

 しかし彼女は戦場を経験していない。

 騎士学校を卒業しすぐに第二師団第二部隊に編入された彼女は、まだ本物の殺し合いというものを経験出来ていない。それがゆえに、長年戦い続けてきた面々と比べると見劣りしてしまう部分があった。

 

「もしそれが本当なら──俺たちの事、舐めすぎじゃねーか」

 

 オズワルドは何も言わないが、同じようなことを言いたかったのだろう。

 黙ったまま視線をフローレンスに向けてその足を止めている。

 答えない限り、ここから先にいくことはない──そう言いたげな態度だった。

 

「…………リゴール大隊長。許されるのであれば、私も真意を知りたいものです」

 

 そして彼女の背後で呟いたのはアルナルド。

 隊長格には伝えられている筈だが、問いただしても何も答えてくれない。

 件の三番隊には『噂の青年』がいることから、仮に直接聞いたとしても教えてくれるとは思えず聞きにいくこともしていない。

 

 ゆえに、会議が始まる前にその意図を知りたいと願った。

 

 その三人の疑問に対し、フローレンスは────鼻で笑い飛ばした。

 

「ハッ! それが本当だったら、何?」

「……おいおい隊長さんよ。いくらアンタが育成に長けてたとしてもな、俺たちの方が早く長く一緒に戦ってきてんだ。隊長格全部混ぜ合わせたエリート部隊相手でも一週間以上粘り続ける程度の腕はあるぜ」

「その想定が甘いのよ、ルシオ。どうせこの会議で全部バラすつもりだから詳しくは言わないけど……」

 

 この国最強如き(・・)が相手になるような子じゃないの。

 

 その言葉をグッと飲み込んで、フローレンスは拳を強く握りしめた。

 

「……一週間後、楽しみにしてなさい。度肝抜いてあげる」

 

 



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第二師団会議②

 

「……揃ったか」

 

 朽ちた廊下を抜けた先にある比較的綺麗な扉の中に入ったフローレンス達を待っていたのは複数の男女。

 

「遅くなった。悪いわね」

「気にするな。馬車は時刻通りに到着している」

「……なるほど? つまり予定通りってわけね」

 

 その僅かな会話でフローレンスは察した。

 遅刻したような形になったのは知らされた時間が元々違ったためで、他の大隊長はあらかじめ早い時間に指定されてきていたのだろ。

 

「少し、君を抜いて話をしたかった。その内容も理由も勿論伝えよう」

「……ふーん。ま、なんでもいいけど」

「相変わらず私に興味がないな、君は……」

 

 苦笑しながらあしらわれた男性は、一枚の書面を取り出した。

 

「リゴール大隊長。君の部隊に一人、正式な入隊者じゃない者がいるね?」

 

 第二師団第四部隊大隊長──マルコ・ヒメネスは言う。

 

「アーサー・エスペランサ……君の弟であり、騎士学校は愚か魔法学院すら出ていない。以前執り行われていた国家対抗戦の代表として帝国と戦い、その戦いで敗北してから消息不明のままだったらしいが……これは許されない行動だと私は思うよ」

 

(なるほど、それに対しての話か)

 

 フローレンスは考える。

 

 くだらない、と。

 

 マルコは悪人ではない。

 だが、騎士やセイクリッド王国を清く正しいものだと信じたい癖がある。

 そんな綺麗なものではないと実家が取り潰された時には悟っていたフローレンスにとってはどうでもいいことだが、彼の価値観においては無視できないものだったらしい。

 

(悪い奴じゃないんだけどね……)

 

「我々騎士は国を守るのが義務だ。国を背負った戦いで惨敗し、姿を眩ませた者にその責務が務まるとは」

「ま、それはいいじゃない別に。そんなこと気にしてる奴他にいる?」

「バッ……よくはない! これを無視していればその内第四師団のように内側から腐って──!」

「そこまでにしておけ、マルコ」

 

 思わず立ち上がり熱弁を披露しようとしていたマルコを遮り、男性の声が重く響いた。

 

「し……しかしですね、グランデーザ伯爵。王都でそんなことをしていれば、作らなくて良い隙が生まれてしまう恐れが」

「その通り。だから急いで実績作りしてるんじゃない」

「……ああ、報告は受けている。第二師団待望の魔法使いであり、なおかつその実力はこの国で最も優れていると」

「不肖の弟だけど、身内贔屓をしてるつもりは一切無い。あいつが最高まで輝けばこの国全てを照らすのは息をするのと同じくらい簡単なことね」

 

 フローレンスにとって、この国最強の魔法使いはアーサー・エスペランサのままだ。

 

 本来の実力を取り戻したその時、帝国に歯向かう第一歩にようやく辿り着ける。

 軍でも組織でもなく、たった一人の戦力が復活することだけを願ってフローレンスは駆け抜けてきた。

 誰よりも嫌いで誰よりも信じている弟が、本気で勝つと宣言した。

 ならば此方もそれを信じるだけだ。

 魔力石(マギアライト)を手に入れるようなパイプまで自力で入手してくるとは思っていなかったが、信じて間違いではなかったと改めて思わせてくれるいい理由になった。

 

「宣言しておく。黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)は三番隊のみが攻撃に出るから」

「……正気とは思えんな」

 

 第二師団第一部隊大隊長──フェデリコ・グランデーザ伯爵は、呆れるように肩を竦めた。

 

「たった6、7人規模の小隊で我々の防御を打ち崩すつもりでいる」

「それが可能な人材だって言ってんの。爺さん、アンタは魔法使いの脅威は理解してるでしょ?」

「理解している。だが、この私を超えた者はいない」

(それはアンタが化け物だからだろ……)

 

 この国に所属する全ての騎士の中で最強だと称される男。

 

 長年最前線で戦い続け、後進を育成するために前線から身を退き大隊長と言う器に収まったもののその実力は未だ衰え知らず。かつてフローレンスの上司として教鞭を奮ったこともあり、その実力は彼女も嫌と言う程理解している。

 個のパワーバランスが未だ保たれているからこそ、第四師団も下手に手を出せないと言う面もあった。

 

「君が身内贔屓をするとは思えないが……些か信用に欠けるよ」

「その信用と信頼をこの総合演習で掴もうって話なの。わかりやすいでしょ」

「結果次第では進退に関わる。本当にやるのか? 国家代表を背負い敗北した魔法使いが、我々を打ち倒せると?」

「──何度もいわせないで、マルコ。やれるかやれないかじゃない、やるしかない(・・・・・・)。この国の現状はもうそこまで来てる」

 

 フローレンスの計画では時間は多く残されていない。

 

 想像以上にアーサーを見つけ出すのに時間がかかってしまったというのもあるし、大隊長という席に座るのにも手古摺ってしまった。

 何より中心に据えたアーサーの実力を完全に取り戻すためには実戦形式てとにかく経験を積ませる他なく、かなり分の悪い賭けだとわかっていてもそうするしかない。

 

 この国を救うため(・・・・・・・・)

 表面上そう受け取れるであろう言葉をしっかり選んで、フローレンスは己の目的を覆い隠した。

 

「……ま、いいんじゃないかな、二人とも。フローレンスが強気なのは何時もの事だし、きっと考え無しじゃないと思うよ」

 

 そして、思わぬ援護。

 第二師団第三部隊大隊長カサンドラ・デル・レイ。

 フローレンスと同級生であり、次席(・・)で卒業したフローレンスに唯一正面から黒星を付けた人物。

 

「なあフローレンス。キミの弟はどれくらい強いんだ?」

「…………ふん。騎士学校に居た頃の私が一度も勝てなかったわ」

「はは、あの頃のキミが?」

「そうよ。あの頃の私が、一度だって勝てやしなかった」

 

 だから、アーサーが敗北して無様に逃げ延びてきた時──フローレンスは、この世のものとは思えないくらい強い感情を抱いた。

 

 帝国に対してか、アーサーに対してか、自分に対してか。

 それは未だ心の奥底で燻る燃料として残されている。

 きっとそれが表に出る事は──恐らくないだろう。

 

「いいね、面白そうだ。当日まで楽しみは取っとけばいい?」

「……アンタが攻撃に出るなら私が相手してやるけど」

「それはいいよ別に。キミとは飽きる程戦ったし、そろそろ新しい刺激が欲しかったんだ」

 

 そう言いながらカサンドラは深く椅子に腰かけて、頬杖をつく。

 

「伯爵と戦り合うのも悪くないけど……その子を味見してからにする。うん、今決めた」

 

 深い真紅の瞳を輝かせつつ、彼女は言った。

 

 



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策略は大概水面下で進められている

 

「ふーむ…………」

「なに難しい顔してるの?」

「ああ、ルビーか。珍しいね、ボクに話しかけてくるなんて」

 

 魔力石(マギアライト)を魔力を籠めた箱に隠して(蓋が外れず箱も地面と一体化させたため持ち出せないようにした簡易的な金庫のようなもの)訓練に勤しんでいると、ルビーが一人で話しかけてきた。

 

「今日はバロンと一緒じゃないんだ」

「……べ、別にいつも一緒って訳じゃ」

「うふふ、そういう事にしてあげよう。何に悩んでいるのか、だったかな」

 

 今ボクの目の前にある問題点としてわかりやすいのはおよそ二つ。

 

 まず一つ。

 騎士最強の存在をどのようにして打ち倒すか。

 

 これは難しいけど倒せばいいだけだからそこまで悩ましくはない。

 ただ総合演習という形であるから一対複数という形に持ち込むのは非常に難しく、なんなら此方が数で劣る戦いを展開する羽目になってもおかしくはない。

 ていうかそうなるだろうね。

 最悪の形はボクとバロンの二人で戦う事になるパターン。

 

 最良なのはジン、もしくはアンスエーロ隊長と共に魔力石(マギアライト)を利用して瞬間火力で押し切る事なんだけど……

 

「ルビー。ジンとアンスエーロ隊長借りて敵に特攻したいって言ったらどうする?」

「うーん……それって総合演習の話でしょ」

「ああ。最近の悩みさ」

 

 中庭に座り込んで光の結晶を掌で弄ぶボクの横にルビーも座った。

 

 どうやら一緒に考えてくれるらしい。

 他人と思考を投げ合うのは非常に有意義で有益な事だ。

 一人で考え付かない可能性を見出す貴重なチャンスになるからね。

 

「…………本気でさ、私達だけでやらせるつもりなのかな」

 

 ルビーは不安そうな声色で言う。

 姉上が嘘を吐くとは思えないし、そんな嘘を吐くメリットもない。

 成功すればボクの力を底上げすることになり、ボクらの名声を手早く稼ぐ手段であり、黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)に権力を更に搔き集める有効打になり得る。

 

 一石三鳥と言う訳だ。

 その難易度がとてつもなく高いという現実から目を逸らせばね。

 

「本気だろうね。姉上がそんな無意味に脅すと思う?」

「大隊長の人柄は詳しく知らないけど……無駄なことはしない人だと思う」

「うん。ボクもそう思うから、あの手この手で何とかしようとしてる訳だ」

 

 掌に浮かび上がるこのたった一つの結晶こそがボクらエスペランサ一族の切り札であり、集大成。

 

 魔力から生まれるこの光だけで世界を渡り合おうとしてるんだから身の丈に合わない道を選んでしまっていると実感する。

 

「個人的にはなんとかなる、と思いたいけど……」

 

 やはり分の悪い賭けだ。

 姉上クラスの大隊長が三人、その中の一人は騎士最強。

 アンスエーロ隊長クラスの隊長格が最低で10人はいる。

 それら全部を打ち倒しボクら――――違うな。

 

 アーサー・エスペランサという存在を一気に表舞台に押し上げる必要がある。

 

 結果によっては第四師団からスパイを一人引き抜ける可能性もあると考えればどんな手段を取っても勝ち切りたいよね。

 

「……ふーむ。やっぱりボクがなんとかしないとダメだな」

 

 第二師団で唯一と言っていい魔法使いであるのがボクだ。

 そのアドバンテージは計り知れない。

 多少の無理でなんとかなる領域でもない。

 身体が壊れる事を前提で押し進まないといけない。

 

 肘とかそこら辺は生きててほしいなぁ。

 死ぬなら末端部分だけにして欲しいぜ。

 

「ルビー。最悪ボクが動けないとか舐めた事言ったらぶっ叩いてでも連行してね」

「えぇ……どういう情緒なのよそれ」

「それくらい覚悟しなくちゃいけない戦いになるんだ。根回しはしておかないと」

「私だって騎士の端くれ。アーサー一人に放り投げたりしないわよ!」

 

 おお、心強い。

 騎士を志す人は皆心が強いねぇ。

 ボクもその一団に不正入隊してる訳だけど、そんな不撓の心は持てないぜ。

 

 そして二つ目の問題。

 ボクらに集中砲火された場合どのようにして防ぎ、誤魔化すか。

 

 手は用意してあるさ。

 ただ、そこで一手切りたくないんだよね。

 魔力石(マギアライト)にも限界がある。

 切り札が合計5つしかない現状、どうにか無い状態でやりくりしないといけない時がある。

 

 それは絶体絶命って時に使いたい。

 

 ボクが魔力切れを起こすのも避けたいね。

 個としてのぶつかり合いならともかく、集団戦に関してはボクの存在が鍵になるだろ。

 それはアンスエーロ隊長も理解してる筈だ。

 

 ペーネロープと戦った時とは次元が違う相手だ。

 

 ボクが強さを取り戻さなくちゃいけない。

 どうやって?

 強い奴と戦って昔の感覚を少しでも多く引き摺り出す。

 そうやって急速に強くなる、なれるのかボクに。

 なるしかないんだよな。

 

「遅めの成長期が来たって信じるしかないねぇ」

「……そういえばさ。あたし、昔のアーサーのこと知らないんだけど」

「昔のボクか……最近昔話ばかりしてる気がするな」

 

 なんだかんだ皆気になるらしい。

 ペーネロープにでも聞いたほうが早いと思うんだけど。

 

 そう聞いてみると、ルビーは微妙な顔をしてつぶやいた。

 

「いや……聞いたんだけど、かなり主観が入ってたっていうか……」

「主観が」

「ええ。ちょっと本人には聞かせられない感じの」

「ふーむ……逆に気になる。でも聞かないほうがいいって言うならやめておこうかな」

 

 主に彼女の名誉のために。

 ペーネロープ……君はボクに対してどんな印象を抱いてるんだい?

 魔力石(マギアライト)に頬擦りするのは貧乏魔法使いなら当たり前のことだから。

 これをポンと用意してくれたマルティナには頭が上がらないね。て言うかポンと用意してくるあたり彼女の価値観も割と狂わされてそうだ。

 

「それじゃあ少しだけ時間を頂戴しようかな。栄光から没落までを面白おかしく語ってあげようじゃあないか」

「……妙に嬉しそうね」

「そりゃまあ。今こうやってボクは生きてるし、無理難題を叩きつけられながらもそれを解決しようと足掻くことを許されている。随分いい人生になってきたからね」

 

 このあと一時間で簡単に纏めたボクの話を聞いたルビーは、『どうして今のアーサーになったのかが想像もできない』と総評を下した。

 

 なるようになったのさ。

 案外人間そんなものかもしれないね。

 



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第二師団総合演習①

 

 眼下に広がる草原。

 セイクリッド王国北部に広がる草原は自然豊かな地域であり、野生動物も多数生息する大きな『公園』として取り扱われている。

 この中で狩猟をするには許可が必要で、狩りで生計を立てているハンターなんかはかなり計算して狩ってるらしい。

 

 どこの世界もプロは大変だ。

 

「見えるか、アーサー」

「うん。大体事前情報通りだ」

 

 南側の若干丘になっている場所に構えているのが第一部隊。

 東側の森に本陣を隠しているのが第四部隊。

 西側の旧要塞(土を積み上げて簡易的な壁と打ち下ろせる高台を作る)跡地に陣を張った第三部隊。

 

「それぞれの特色にバッチリじゃないか、あーあやりにくい」

「この総合演習にルールはない。唯一あるのは殺害はNGだという事と、本陣を打ち崩せば勝ちという事だけ」

「蛮族かな?」

「騎士の誉れだ、バカ者」

 

 アンスエーロ隊長が笑いながら小突いてくる。

 

 ふう、なんだかんだボクがちゃんとやってた事を理解してくれているらしい。

 

 理想の上司には程遠いけど、理解ある女性としてボクを大切にして欲しいね? 

 なんだかんだ第二師団でも有数の魔法使いがボクだぞ。

 どうして雑な扱いが出来るのか……信じられない。

 

「……と言っても、全部隊の全戦力を集中させているわけじゃない。通常業務もあるからな」

「それは確かに。それじゃあ完全戦力とは言い難いね」

「それでも我々が不利なのに変わりはない。何と言ったって、あの数をたった7人で攻略せねばならん」

「改めて聞くと現実的じゃないねぇ……」

 

 持ち運び式の望遠レンズを通して探ってみれば、フルプレートに身を包んだ騎士がたくさんいる。

 

 ヒュ~、堅そう。

 これ全部がペーネロープ以上もしくは同等と考えると末恐ろしいよ。

 近中距離なら勝ち目はないんじゃないか? 

 ただの魔法使いじゃ太刀打ちすら出来ないと思う。

 ていうかこの軍団相手に普通に汚職で潰しに来る第四師団、大分厄介だな。

 

「──まあ、今回ばかりは正面からいかせてもらうけど」

 

 ボクは左手に握った魔力石(マギアライト)を見る。

 

 これは中サイズの魔力石だ。

 魔力で言えば、そうだな……

 ボク1.5人分くらいの魔力は籠められてるだろう。

 地中で長い事熟成された天然ものだぜ、戦いに流用する事実に身が震えてきた。

 

 ああ、これで研究したい。

 

 魔力籠めるだけで魔法打ち出せる弓とか作りたいなぁ……

 

「それがお前の言っていた切り札か」

「うん。運よくお姉さんに譲って貰えてね、中々高い買い物だったよ」

「リゴール大隊長から話は聞いた。あまりあの人を困らせるなよ?」

「あの人の無茶振りで一番困ってるのはボクなんだが?」

 

 なんなら三番隊全体が被害を被っている。

 

 それでも慕われてるのは人格か、それとも皆が清いからか。

 

 どっちもかな……

 

「──作戦を確認する。三番隊、集合」

 

 ボクらが居るのは第二部隊が構える本部から少し外れた高台だ。

 あくまで全体を確認するために立ち寄ったのだが、ちょうどいい場所だったのでそのまま潜伏している。

 

 だって正面から突っ込んだら矢は飛んでくるだろうし堂々と待ち構えられるかもしれないし。

 少しでも勝ちの目を増やすためならグレーゾーンを攻めるのに躊躇いはなく、その考えはアンスエーロ隊長もジンも賛同してくれた。

 

 そもそもボクらは不利なんだ。

 不利を覆すための一手をぶち込むための準備は欠かさないさ。

 

「まず先手を取って集中するのは」

「第一部隊──と、行きたいところだけど……場所が悪い。第三部隊がいい」

「旧要塞は比較的脆い。お前の魔法で打ち崩せるか?」

「あのくらいならなんとかなる。ただ、第一部隊用に本命(・・)は残しておきたいんだよな……」

 

 一つ魔法を用意してきた。

 ただ、そう何度も撃てるものじゃない。

 距離も時間も手間も魔力もかかるので、高価な魔力石を一つ支払う羽目になるだろう。

 絶対に決まる場面で使いたい。

 初動の牽制で使用する代物じゃあない。

 

「だからまずは光の槍(エスペランサ)で攻める。他所から攻撃が入るだろうし、相手の守備を妨害できれば御の字だ」

 

 そして推し通れるタイミングになってからジンとフィオナにペーネロープ、そしてボクの三人で突入する。超攻撃的なスタイルも取れるジンに暴れさせ、フィオナとボクでその援護に回るって作戦だ。

 

「その間浮いた人員には周辺観測とボクらへの援護をしてもらう。ルビー、君は弓が上手いんだって?」

「ええ、任せておきなさい。アンタの近くにはネズミ一匹通さないわよ!」

「バロン、君は……頑張ろうか」

「おい。露骨に俺にだけ雑にするんじゃねーよ」

「ハハ、冗談さ。ルビーをしっかり守ってくれよ」

「言われなくともやるよ、まったく」

 

 模擬戦で騎馬を使える程贅沢は出来ないので、残念ながら徒歩での移動となる。

 

 とにかく速さだ。

 ボクらには速さが必要だ。

 そのためにひたすら走り込みとかしてきたからね……正直暫く走りたくないんだけど、目に見えて成長が感じ取れるからちょっと爽快感があるのも嫌なんだよね。

 

「開始まであと一分……そろそろだ」

 

 中くらいの魔力石を手に握り締める。

 

 最もリスクなく扱うならばこれが一番だ。

 身体に魔力石が適合しちゃうと最悪だからね。

 魔力が無ければそこまで支障はないんだけど、魔力のある人間の内臓に定着とかしたらもう終わりだし。

 

 魔力を石に奪われ始めて、最終的に肥大化した石が膨らんで身体を内側から壊していく。

 

 そういうリスクが存在する。

 だから姉上もボクが使うのを渋ったのかな。

 

 ……まさかね。

 あの人はボクを手駒として見てるけど、大切なペットとしては見ていないだろう。

 

「砕けろ」

 

 手の中で粉々に砕ける魔力石。

 

 拡散する粒子、滞留する粉末。

 それら全てを魔力を搔き集める事で掌に凝縮していく。

 空気すら薙いで、渦巻く魔力が可視化出来る程に濃く彩られていく。

 

 その色は────輝いている。

 

 ボクの魔力を混ぜてるからね。

 

「凄まじいな。魔力だけで、こうにも……!」

「これで不意打ちにはならない。向こうもここにボクらがいることを認識しただろうし、正面からぶち抜く準備もした」

 

 これはあくまで切り札の一つ。

 最強の盾に叩き込む一撃は用意してある。

 だからこれを最大火力だって、勘違いしてくれると嬉しいんだけどな? 

 

 ボクの肉体に籠められた魔力ごと操作する。

 

 脳をブン回すために脳そのものに魔力を回して、とにかく冷却する。

 焼き切れて廃人になるのは勘弁だ。

 こういう時の為に常に思考を回転させてきたけど全く負荷が足りてなかった。

 

 ふ、ふふ。

 頭痛とかそういうレベルじゃないね。

 頭、大丈夫かなこれ。割れてないよね。

 右手で頭を抑えつつ蹲って少しでも痛みを軽減する。

 

「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの……?」

 

 大丈夫さペーネロープ。

 だからちょっと、今はそっとしておいて欲しい。

 今のボクの集中力は久しぶりに満足できるくらいに引き出せてるんだ。

 君との戦いで思い出した()の片鱗は、頭の片隅に残ってくれていた。

 

 魔力を体外で練り上げて形作っていく。

 そもそも本来、光の槍(エスペランサ)は身体から切り離して使う物じゃあないんだよ。

 あ~~~、ゲロ吐きそうだ。

 痛ぇ…………

 

 よくもまあ、これを当たり前のようにやってたよ。

 

「────【光の槍(エスペランサ)】……」

 

 ド派手に見せつけていこう。

 

 この国最強(アーサー)が帰って来たって、虚勢でもいいから。

 

 魔力を全て光へと変換する。

 空へ広く展開されていく光の槍。

 一本や二本じゃない。

 これは宣誓だ。

 

 第二師団にも、第四師団にも、そして彼女にもボクの存在を見せつけるためのド派手な初手。

 

 外付け魔力で無理を通せたお陰だ。

 空に展開された百を超える光の槍。

 その全てが第三部隊へと矛先を向ける。

 これで、とりあえずの体裁は整えられた。

 

「見てるか姉上! 見てるかマルティナ! これが今のボクが振り絞れる、限界ギリギリだ!」

 

 情けない事この上ない。

 

 でも絞り出せばここまでは行けるんだ。

 

 伸びしろだ。

 証明して見せるよ、あなたたちがボクに賭けた意味の証明を。

 



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第二師団総合演習②

 

「────【降り注ぐ光の槍(メテオリーテ・エスペランサ)】ッッッ!!!」

 

 百を超える光の槍が飛来する。

 

 狙いは全部第三部隊。

 本隊を狙うのが五十、土を打ち崩すのが五十。

 魔力石一つ支払ってかつてのボクを一度再現するのがギリギリだってのが辛い所だ。

 

「──三番隊、行動開始ッ!!」

 

 アンスエーロ隊長の号令と共に全員が動き出す。

 

 ボクも頭痛を無理矢理抑え込みながら脚を動かすけれど、あまり素早くはない。

 

「アーサー! 連れてくから!」

「ぐえっ」

 

 無理矢理担がれ乗り心地最悪な乗り物に乗る羽目になった。

 

 その名前はペーネロープ号。

 綺麗な髪の毛が目の前で舞いつつ、戦いに備えて小さくポニーテールで纏めている。

 ふわふわ顔に当たってちょっと痛いし、何より滅茶苦茶速いから揺れが凄い。

 

「ペ、ペーネロープさん! もっと安定して運べないかな……!」

「無理! 我慢して!」

「ひ、酷い頭痛だ……」

 

 飛んでいった槍が無事に着弾したのを視認しつつ、ペーネロープは文句を言うボクに痺れを切らしたのか持ち方を変えた。

 

 俵担ぎから横抱きへ、横抱きからお姫様抱っこへ。

 

 ふーむ……

 ボクの尊厳という物が徹底的に破壊されている。

 頑張って光の槍撃ったのに仲間からの扱いはこれである。

 

「ふふ、元気かお姫様」

「存外悪くない気分だ」

 

 アンスエーロ隊長は面白そうにボクを揶揄ってきたが、このくらいの仕打ちでボクが動揺するとでも思ったのかな? 

 

 そもそも恥なんてものはないしね。

 これも自動で運んでくれる乗り物だと思えば悪くはない。

 

「無敵か? この男……」

「フフ、甘いねアンスエーロ隊長。ボクは意地やプライドというものはないからこの程度なんともおもわ」

 

 ペーネロープが踏み込んだ。

 両手が塞がっているため敵の攻撃を避けるには自分が動くしかないからサイドステップしたんだ。

 その結果として喋っている途中のボクは舌を噛み無駄に魔力を治療に回さなくちゃいけなくなってしまった。

 

いふぁいよ(痛いよ)、へーへほーふ」

「じゃあじっとしててよ」

 

 まあ予想通りというか計画通りというか、ボクの一斉射撃だけで全部を倒せる程ではなかった。

 

 でも被害は与えられたはずだ。

 視線を向けて見れば陣地が崩壊しかけているのにも関わらず大した動揺も無く、威風堂々と構え──いや、構えてない。

 

 九割くらいが全力でボク達から離れて行軍していき、残された一割程度がこちらに対して向いているだけ。

 

 攻撃の意思は読み取れない。

 

「うん? かなり少ないね」

「…………ああ、最悪なパターンだ」

「……なるほど、そういう事か」

 

 視線を改めて向ければ、堂々と剣を地面に突き刺した状態で待ち構える一人の騎士の姿がある。

 

 真紅に染まった鎧。

 特注であろうゴツく太い剣。

 斬るためではなく叩き潰す為に用意されたであろうそれを、軽々しく引き抜いてボクらに構えた。

 

「第二師団第三部隊大隊長──カサンドラ・デル・レイ……!!」

 

 アンスエーロ隊長の呟きと共に、その騎士の姿がブレるその刹那。

 脳に回していた魔力を全て瞳に集中し、圧倒的上位者を見失わなずにとらえられるように準備して──手遅れだった事を悟る。

 

 眼前に振り抜かれた大剣。 

 刃は潰してあるのかもしれないけど、その速度と質量から察して一撃でボクは粉砕される。

 

 反応は間に合わない。

 ペーネロープもボクを抱えていた影響で間に合わない。

 一撃で詰んだ。

 とんでもないな、大隊長ってのは。

 でも、まだ大丈夫だ。

 

 物理的に詰んだ程度でやられるほど魔法使いは不器用じゃない。

 

 ────ゴッッッ!!! 

 

 目の前に自動障壁と拮抗した大剣が衝撃を撒き散らす。

 

「ペーネロープッ!」

「っ────……!?」

 

 声を荒げて名前を呼べば、瞬間的にバックステップして射程から外れる。

 

 その隙間を縫うようにアンスエーロ隊長が躍り出てフロントを構築してくれたものの、大剣とただの剣では正面からのぶつかり合いは不利。

 

「ここまで助かった」

「え、あ、うんっ」

 

 ペーネロープの腕の中から飛び出して、目で追えない速度の剣戟を繰り広げる二人の間に魔法をねじ込む。

 

「【光の槍(エスペランサ)】──!」

 

 妨害、もしくは目くらましになってくれればいい。

 最初からこの程度の軽い一撃が大隊長なんて格上に通じるとは思っちゃあないさ。

 というか、想定してた中で一番最悪な敵だよ! 

 どうして姉上の方に行ってくれないかなぁ……!? 

 

「ほう」

 

 楽しそうな声色だ。

 あ~~……これは最初からボクらが来ることがわかっていたね。

 それはつまりお漏らしした人がいる、と言う事だ。

 具体的に言うなら、わざわざ他の部隊に言えるような立場の人だね。

 

「姉上ぇ! 難易度上げたなこんちくしょう!」

「──なるほど、君がフローレンスの弟か」

 

 光の槍を片手で弾き、アンスエーロ隊長の剣も鍔迫り合いと同時に軽く払ったカサンドラ大隊長は、そのままボクらに追撃することはなかった。

 

 ただその代わり、周囲を第三部隊の騎士たちが囲い込む。

 これで逃げ場は無くなった。

 でも仕掛けてくる感じも無い。

 ふー…………この人の人柄も確認しておくべきだったんじゃないか? 

 

「アーサー・エスペランサ。噂には聞いているよ」

「へぇ、自分で思うよりボクは有名人なのかな?」

「フローレンスがあれだけ執着する男がまさかの弟だと来たからね。どうしても味見しなくちゃいけないと思ったのさ」

 

 おいおい勘弁してくれよ。

 せめて隊長格との戦いを想定してたのにいきなり大隊長か。

 しかもこの後第一部隊の隊長との戦いもあるんだけど。

 

「一対一とは言わない。私の方が強いのは今のやり取りで理解した」

「ふふ。今のボクは最強とは程遠いから、それは仕方ない」

「ああ。まさか部隊の女性に運ばれてくるとは思わなかったけど……そんなものはどうでもいい。対魔法使いは久しぶりだから、楽しみにしてたんだ」

 

 そう言いながらカサンドラ大隊長は大剣をこちらに向けた。

 

「見せてくれ、アーサー・エスペランサ。フローレンス・リゴールの最後の切り札である、君の力を」

 

 



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第二師団総合演習③ VSカサンドラ・デル・レイ

 

「――おおおおォォッッ!!」

 

 振るわれた大剣が大地を這うように振り抜かれる。

 草花を薙ぎ小石を吹き飛ばし土を抉り取る、本当に人間の膂力から生み出されてる力か?

 

 正面から受け止められるのは誰もいない。

 

 振り抜かれた射程の中にはボクと、そしてアンスエーロ隊長。

 隊長はともかくボクは引けないかもね。

 さっきの自動障壁は保険だった。

 ボクの命を脅かす可能性のある一撃に対し、自動で魔力を消費して展開される一枚の壁。

 

 命綱と言っても良い。

 

「――ジンッ! アーサーを守れ!」

「――――……!!」

 

 アンスエーロ隊長の怒号に従いジンがボクの前に躍り出る。

 

 現状脳のリソースはフルで活用できる。

 思考だけを加速して考え続けろ、ボクに出来るのは今はそれだけだ。

 アンスエーロ隊長がボクを守る手段としてジンを起用したのだからそこは信じよう。彼女たちはボクと出会うよりずっと前から共に戦っているんだ、そこの信頼は問題ない。

 

 ジンが腰に付けた幾つもの鞘に手を当てる。

 

 左右に二つずつ。

 手数で攻めるタイプなのは間違いないし、彼女の装備は比較的軽装。

 そんな小柄な彼女にフロントを張らせてボクは後方で試行錯誤だ。まったく、良いご身分だぜ。

 

「ジン・ミナガワ! 【黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)の灰刃】か!」

 

 明らかに対抗できないであろう速さと重さの大剣に対し、ジンは二刀流で応えた。

 

 ギャリリリッッッ!!! と、金属同士が擦れる不愉快な音が鳴り響く。

 

 うまく二刀の合間を滑らせて力を逸らしているのか!

 絶技と言っていいその技を涼しい顔で披露したジンはそのままボクの前から離れる事は無く、そして継続して放たれる叩き潰しすらも正面から逸らしてみせた。

 

「フフッ、すごいじゃないか。フローレンスの隠し玉がこんなにも」

「おしゃべりはよくないぜ、大隊長殿」

 

 姉上さ。

 なんかボクが思ってるより過去に因縁があるね?

 ボクはペーネロープくらいしかないけど(他国に色々置いてきた可能性あり)姉上、自国で滅茶苦茶やってんじゃん。

 

 この姉にしてこの弟ありって感じだ。

 

 光の結晶を左手に展開する。

光の槍(エスペランサ)】一点だけじゃ足りない。

 二発、三発……いや、違うな。

 威力の問題だと思う。

 あの膂力の人を戦闘不能にするのに、ただの槍じゃ届かない。

 

 ならどうするか。

 

 決め手になるのは魔力石(マギアライト)だ。

 残る数は4つ、ポーチに隠された3つだけが自由に切れる手札になる。

 見定めて行けよ、アーサー・エスペランサ。

 失敗は許されない。

 

 手数だ。

 必要なのはまず手数。

 相手は戦闘経験豊富な本物の騎士。

 この国を守る最大の矛であり盾。

 そんなもの相手に搦手を使うなんて愚かな行動だけれど、やらない理由はない。

 

「【光の槍(エスペランサ)】」

 

 目に見えてわかりやすい左手に一本槍を握る。

 

 細かいパラメータを選択できれば一番なんだけど、生憎今のボクにそこまでのセンスは備わってない。

 いや~、昔ならやれたんだけどね。

 逆になんで出来たんだ?

 天才すぎただろ、ボク……

 

「その槍一つで私を傷つけられるかな?」

「いいや、無理だね。ボクは実力を過大評価も過小評価もしないよ」

「で、あれば――今のキミは何が出来るのかな? フローレンス・リゴールの弟くん(・・・)

 

 ハハ、言うじゃないか。

 

 カサンドラ大隊長は兜の隙間から真紅の瞳をのぞかせているが、そこに喜色は見られない。

 

 そうだね。

 ボクはフローレンス・リゴール大隊長の弟だ。

 誰がどう見てもそうだし、それ以外に形容のしようがない存在。

 それに対して思う事は一つもないし、刺激される様なプライドはとっくに投げ捨ててしまった。真実抜け殻として過ごした期間は、漂白されるには長すぎたのさ。

 

「その挑発に乗ってあげられる程自尊心は無いんだ。悪いね、期待に沿えなくて」

「……なあ、カミラ・アンスエーロ。この子はいつもこんな感じか?」

「……ええ、まあ。ただ、ナヨナヨとしてるだけの男ではありません」

 

 おい隊長、余計なこと言うなよ。

 折角どんどん評価下げて油断させるフェイズに移ってたのにも~。

 

「なるほど。飄々として普段から昼行灯で、満足な実力があるわけでもないけど引き出しが多いと……」

「…………それと、意外と根性がある……」

「ジン? これ以上勝率を下げて欲しくないんだけど」

「あっはっは! なあんだ、案外慕われてるじゃないか弟くん」

 

 そして軽々と大剣を肩に担ぐように乗せて、真紅の鎧をガシャリと揺らしつつ此方の動きを見計らっている。

 

黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)三番隊――――さすが、フローレンスが全力を注いで秘匿し続けた部隊だ」

「……一つ聞きたいんだけど、いいかな大隊長」

「うん? どうしたんだい」

「この部隊ってなんて呼ばれてるワケ? ボク、拉致されて身動き取れないままここに連れてこられたからよくわかってないんだよね」

 

 そう言うとカサンドラ大隊長は僅かに首を傾げて、ゆっくりとアンスエーロ隊長に視線を向けて、溜息と共に首を振った姿に全てを察したらしい。

 

「ふ~ん……へぇへぇ、なるほど。なるほどなるほど、あの(・・)フローレンスが……これはちょっと詳しく確認しないとな」

「何か琴線に触れたなら何よりだし、どうかな。先に狙ったのはボク達だけど、ここは一つ仕切り直しってのは」

 

 正直逃げたい。

 何が楽しくて大隊長なんて化け物クラスと連戦しなくちゃいけないんだ。

 ボクらはこの後第一部隊大隊長個人最強とか言われてる爺さんと戦わなくちゃいけないんだけど? ていうか現時点で戦力不足を痛感してるので作戦を立て直したい。

 

 だってこの人、明らかに手抜いてるからね。

 それでこの戦力差なんだから嫌な話だ。

 

 姉上もそういうレベルなんだろうな……

 

 あー、昔のボクに戻りたい。

 

 そしてボクの遠慮がちな言葉を聞いたカサンドラ大隊長は楽し気に肩を揺らしつつ、大剣を軽々と振り回しながら言う。

 

「最初は爺さんと遊ぶか、フローレンスに絡むかって狙いだったさ。私と本気でぶつかり合ってくれるのはそこら辺だけだし、マルコは駄目。面白くない、あいつ」

「マルコ……また知らない名前だ」

「…………第四部隊大隊長」

「ほほう、面白くない奴なんだ」

 

 ジンは優しいねぇ。

 ボクはいつもジンの優しさに甘えている。

 でもなんかボクより小柄な女の子に守られて甘やかされてるからな、そろそろダメ人間認定を周囲からされてしまうかも……あれ? もうされてるのでは?

 

 なんだ。

 なら一つも気にしなくていいね。

 

「だからまあ、話半分に聞いてたんだけど――――」

 

 ブォン!! と風圧だけで土が抉れる速度で大剣を構え直した。

 

 ヒュ~……

 あんなの当たったら一撃でお陀仏。

 当初の作戦とは全く違う展開になってしまったし、なにより退路がないのが一番ダメだ。

 本陣の防衛に大隊長が出るのは大概バランス壊れるからよくないだろ。

 なんでそんなことしたの?

 

「想像してたより楽しめそうじゃないか……!」

 

 アンスエーロ隊長。

 目を合わせてから諦めた様に逸らされた。

 ジン。

 肩を叩いてジンの視線をこちらに向けさせてから、口パクで『助けて』と言ってみたが、首をふるふると振って拒否された。

 

黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)三番隊。一人一人相手しろなんて事は言わないよ、これでも自己評価は正しいと思ってるし」

「ならまずは隊長格からにして欲しいけど」

「それはダメ。普段書類仕事ばかりで持て余してるんだ、察してくれよぅ」

 

 は、はー…………

 

 姉上、というより本陣に動く気配はほとんどない。

 

「あ、横やりに関しては気にしなくていいから。第四部隊に対して全部差し向けてるし」

 

 思い切りが良いね。

 それがボクらの味方だったらどれほど嬉しい事か。

 

 ふー……

 

 よし、覚悟決めた。

 ボクらの計画に支障はない。

 何一つだって問題はないさ。決めたことをやっていくだけ。

 

「ジン、隊長、ペーネロープにフィオナ」

 

 音頭を取るのがボクでいいのかはわからないけど、誰も文句言わないし良いってことで。

 

ボクが決める(・・・・・・)。そこまで道案内ヨロシク頼むよ」

「…………いいね。正面から啖呵切ってくるやつなんて何時ぶりだろ」

「それしか取り柄がないんだ。虚勢を張るだけ得するからね」

「なんだっていいさ、その結果が楽しめるものであれば――来な、フローレンス・リゴールの弟とその他大勢。大隊長が直々に揉んでやるよ」

 



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第二師団総合演習④ VSカサンドラ・デル・レイ

 

 大隊長、隊長格、その他一般。

 

 そう分けられる程度には隔絶した実力差があって、事実機能しているのだから間違いない。

 

 大隊長になれる人物は実力、人格、将来性に腹に抱えた何かをすでに大隊長として選ばれた人間の推薦で選ばれる。

 

 現役の者が生きていれば四人、死んだ末の交代ならば三人。

 満場一致で問題なしと認められない限り大隊長という肩書きを背負うことはできず、それに選ばれたということは少なくとも。

 

『第二師団で最強の四人』と格付けされているのだ。

 

 

 

 

 

 振るわれる大剣に捲れ上がる地面、浮き上がる身体と突風。

 本当に同じ規格の人間か疑いたくなってくる化け物っぷりにドン引きしながら、飛んでいく勢いに身を任せたまま魔法を使う。

 

「【光の槍(エスペランサ)】!」

 

 数は四。

 せめて目眩しにでもなってくれよと祈りを込めて打ち出すが、片手で払われてしまいなんとも言えない気分になる。

 

 地面に身体を打ち付けることもなく、背後に回り込んだペーネロープがボクの身体を回収する。

 

「ありがとう、助かるよ」

「気にしないで。……私じゃ、あそこに混じれないし」

 

 歯痒そうに呟く視線の先には大隊長を相手に一歩も引かない超人達の戦いが繰り広げられていた。

 

 時折空を駆けながら三次元的な動きで撹乱するジンに、その隙間を縫うように反撃を潰すアンスエーロ隊長。いくらカサンドラ大隊長が手加減をしているとはいえ、たった二人で大隊長一人を抑え込んでいる事実は驚くべき戦果だった。

 ていうか、本当にジン化け物みたいに強いじゃん。

 そりゃあ子供の頃から従軍して生き残れるわけだよ……

 

「とんでもないですね」

「フィオナ、君も見学か」

「ええ。下手を打てば足を引っ張ることくらいは察せます」

 

 フィオナもまた悔しそうに拳を握りしめていた。

 

 みんな上昇志向がすごいねぇ。

 ボクは勝てないなら他の人に任せようくらいの感覚だけど、どうやらそうではないらしい。

 でもそっちの方がありがたい。

 おかげでボクが情けない無能である事実を隠せる。

 

「でもアンタは頑張りなさいよ」

「おっとペーネロープ、少し待ってほしい。今ボクは吹き飛ばされたばかりで少々疲労が溜まっていて」

「自慢の魔法があるじゃない」

「それを片手間に払われてるんだよなぁ」

「それで諦めるの?」

「まさか。今はそのタイミングじゃないってだけだ」

 

 ジンとアンスエーロ隊長は一見互角に見えるけど、実はそうじゃない。

 

 格上が手を抜いていて、こちらはそれなり以上に全力。

 そうすれば先に消耗するのはこちらで、余力と地力に優れる大隊長が有利になるのは明白だ。

 

 ならどうするべきか? 

 そんなのは分かりきってることだ。

 あの二人が耐え忍べている段階で逆転の一手を探し出し、穿つ。

 それ以外にボクらが勝てる方法はない。

 

「勝つ必要はないんだ……」

 

 そう、ここで勝たなくちゃいけない理由はない。

 陣地の奪取、ルール上これでいける。

 身体能力に優れる騎士達をくぐり抜けてどうやって取るかという話であり、それを探すのがボクの仕事というわけだね。

 

 ペーネロープの加速は一瞬しか保たない。

 だがその刹那、彼女は風を置き去りに駆け抜ける。

 これははっきり言って異常なアドバンテージだ。

 

 だが、ここで使用してしまえば、より足のはやい第四部隊を相手にするのは難しくなる。

 

 彼らは遊撃特化だ。

 機動力は底知れない。

 フィジカルでゴリ押しされる可能性が最も高い。

 

 だから、針を縫うような一撃を練らなくちゃいけない。

 

 今のボクにそれが出来るか──やるんだ。

 

 それが出来てしまうから、かつてボクは最強になったんだろう。

 

「ペーネロープ」

「何?」

「加速のコツは、魔力をどう動かせばいい?」

「…………アーサー、アンタ冗談でしょ。この土壇場でそれを言うの?」

「ああ。それしか手はない」

 

 そしてそれをやって大丈夫な手札は揃えてきた。

 

 攻撃特化の大隊長、カサンドラ・デル・レイ。

 戦いを愛している口ぶりでものを語る彼女の闘争心はボクでは補いきれない。

 そして、あれは今ここで倒さなくちゃいけない対象にはなり得ない。

 

 ペーネロープの加速。

 そしてボクの魔法能力。

 ジンと隊長で抑えられている今しか出来ず、そしてこれが失敗すれば多分、彼女は本気で僕達を潰しに来るだろう。

 

 だから一度きりのチャンスだ。

 失敗は許されない。

 

「【加速(アクセラレート)】を、今覚える(・・・・)。ボクに教えてくれ、三十秒以内でわかりやすく──君しか頼れないんだ、ペーネロープ先生」

 

 彼女はグッと顔を強張らせて、ボクの顔を見た。

 



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第二師団総合演習⑤ VSカサンドラ・デル・レイ

 

(こんなもんじゃあないね)

 

 第二師団第三部隊大隊長、カサンドラ・デル・レイは真紅の兜から瞳を覗かせて、相対する二人の騎士を分析する。

 

(カミラ・アンスエーロにジン・ミナガワ……全く、層の厚さに驚くよ)

 

 カサンドラはこの戦いに全力を出す事は無い。

 装備もそうだし、倒すべきではあるが殺す必要がない相手を万が一にでも殺す事が無いように細心の注意を払っている。

 

 要するに、いつでも止める事の出来る半分程度の力しか出していない。

 

(こっちの隊長格はみんな攻撃に回しちゃったのが惜しいね。学べることが沢山あるし、なにより……)

 

 未だ息すら乱さずに二刀を構えたままのジン。

 まだカサンドラやフローレンスが騎士学校に通っていた頃から第二師団に所属しており、とある事件で生き残った唯一の人間として一時期有名になったのだが……

 

(【黄金騎士団(オロ・カヴァリエーレ)の灰刃】……やばいな、ちょっと楽しくなってきちゃった)

 

 本命は今も尚守られる場所で何かコソコソ作戦会議をしているフローレンスの弟だと見定めているカサンドラでさえ僅かに食指が動く程の実力。

 

 カサンドラは戦いが好きだ。

 貴族の娘に生まれたが魔力を持たず、なぜか自然と強かった膂力に身体能力から女性としての価値を否定されることもあり苦しい幼少時代を歩んできた。

 

 塞ぎ込んでいる頃に出会った同年代のとある女性に憧れ騎士という道に歩み始めたが――それはまた別の機会に話すものとして。

 

「現状維持でもいいけど、それじゃあつまらないな……」

 

 カミラもジンも獲られない事を念頭に置いた立ち回りをしており、攻勢に出る様子はない。

 

 それは当然だ。

 わざわざ大隊長というボス格を真面目に打倒することを選ぶよりも、陣地を奪えば勝利だと設定されているルールに則った方が遥かに効率がいい。

 それは互いの共通認識であり、周囲を部下たちに取り囲ませた狙いだった。

 

 全員で飛びかかれば一秒くらいは稼げる。

 その一秒で抜かれるのを防ぐための措置。

 その程度で実力を証明しよう、だなんてのは甘いと合格ラインとして設けた簡単な盾である。

 

「つまらないで我々を捌かれても困るな」

「おっと、ごめんごめん。そういう意味じゃないんだ」

「…………アーサーの、こと」

「正解だ。君ら二人の本気も気になるんだけど、それをやるにはこの舞台じゃもったいない」

 

 なにやらこっちの戦いに参加していない三人(・・)でコソコソとやっているのは把握している。

 

 それが次の一手に繋がるモノか、それともつまらない悪だくみか。

 

 そのどちらであっても、『あのフローレンスが評価した男』という前提は覆らない。

 

「挑発にも簡単には乗らないのはプライドが無いからか、戦いを知ってるからか。個人的には後者であってほしいけど」

「…………あながちどちらも間違いでは……」

「ああ……うん。そもそも私らの陣地ぶっ壊されちゃったから、爪を隠してるのはわかってる」

 

 初動の大規模魔法。

 あれには驚かされたとカサンドラは思う。

 あれほどの規模で魔法を放てる男が、これまで消息も途絶えた状態でフローレンスに匿われていたのだ。

 

「次は何を出せる。君は何が出来る。私達非魔法使い――いいや、魔力すら持たないただ身体を鍛えただけの人間を蹂躙するのにどれだけの手間が必要だ? 第二師団に必要なのはその情報と対策であり、君の姉は正しくこの国の事を想っている」

「いやあ……そこまで期待されちゃうと困るね」

「準備は出来たの? もう少しくらいなら待ってあげてもいいぜ」

「いや、大丈夫だ。ボクってほら、昔は天才だったし」

 

 そう言いながらアーサーは抜剣する。

 

 その仕草は洗練されておらず、しかし不慣れという訳でもない。

 騎士としてスタンダードを極めるより魔法を並行して扱うのなら正しいのかもしれない、と門外漢であるカサンドラは漠然と考えた。

 

「あと、三つ……いや二つか。一人一つだとしても高い買い物になってしまったかな」

「……おい、アーサー。何をするのかだけ教えろ」

「目の前に怖い人がいるからそれはちょっと……あ、ジン。ボクが合図したらこれだけ頼む」

「堂々と作戦会議するなぁ……戦場じゃないからいいけど」

「ハッハッハ、実際の殺し合いで出し惜しみなんてするわけないだろ」

「…………へぇ? つまり、今この瞬間にでもどうにか出来る手がある訳か、君には」

勿論(・・)。あれだけ準備期間があったんだからそれくらいやるさ」

 

 ――――面白い。

 

 これがブラフであっても構わない。

 カサンドラはアーサー・エスペランサを一人の人間として評価を改めた。

 舌戦も出来て地頭もよく、敵の言動から情報を抜き取って作戦を修正する能力もある。戦術程度での立案なら出来るだろうし、それを必要な分だけ他人に共有するのもポイントが高い。

 

 決め手が自分であるという自覚があるエゴイスト。

 

 騎士団という戒律の厳しい環境では育たない能力に違いない。

 

「何度も繰り返し言ってるけれどね。今のボクは強くないし愚かだし、多分この国最強の魔法使いに歯牙にもかけず惨敗する程度の実力しかない」

「うんうん。それで?」

「でも昔最強なんて呼ばれてた事もある。最強を知り没落し浮浪者になって、ボクの人生は一変した」

 

 ワクワクを止める事も無く、カサンドラは瞳を輝かせて二の句を待つ。

 

「だから、まあ、なんというか。最強への下克上は誰よりもうまいんだぜ」

 

 左手に生み出された光の結晶。

 あれが、エスペランサの至宝。

 かつてこの国を救った偉大なる光であり、既に途絶えたと思われていた奇跡。

 

「――ジン、閉じろ(・・・)!」

 

 ――来る!

 

 カサンドラは大剣を構え、集中を研ぎ澄ませた。

 

 槍か、それともブラフか。

 この騎士で構築された壁を強制的にぶち抜くか?

 どうやって、火力で押し切るつもりか。

 一本では手で払える程度の強度しかない槍で?

 

(…………違うぞ、これは……)

 

 キイイイィィ――と周囲に眩い光を放つ結晶体。

 

 僅かに目を細めながらアーサーから視線を外さないカサンドラに、僅かによぎった違和感。

 

「光ってのは、本来こう使うものなのさ」

 

 その言葉と共に結晶が破裂する。 

 籠められていた魔力そして注目を浴びていたことから集中する視線。

 

 それら全てを巻き込んで、アーサーは左手を強く握り込む。

 

 ――――刹那、閃光が視界を埋め尽くした。

 

 



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第二師団総合演習⑥ VSカサンドラ・デル・レイ

 

 閃光。

 ボクたちエスペランサ一族が、最も最初に習得する魔法。

 光の結晶を生み出し、破裂させる。

 ただそれだけの技である。

 

 でもその単純さがあるから強い。

 ボクたちは光の結晶を変質させることで様々な出力へと変換する。

 初手であの結晶を生み出すタイムラグは致命的だけど、それを補って余りあるアドバンテージを保有している。それは敵に対して意表を突くのも堂々と正面から挑むのも選べるという点だ。

 

 槍を出すか、剣にするか、それとも閃光か。

 

 知っていても悩むその選択肢を初見で押し付けられるのは圧倒的な有利。

 

 もちろん速攻で殺しに来られればまずいから、殺されないくらい強い奴じゃないとそもそもこの魔法を扱うことは許されなかったりするんだけど……

 

「──全員、陣地へ(・・・)!!」

 

 声を張り上げて事前に伝えた通りに実行する。

 

 ペーネロープとフィオナが駆け出す。

 周囲の騎士たちもそれに気が付いたけれど、まだ視界が定かじゃない筈だ。

 ジンとアンスエーロ隊長も作戦を悟ったのか、周囲には気にも留めず前へと足を歩み始める。

 

「させるかッ!!」

 

 カサンドラ大隊長もまともに閃光を食らった筈なのに堂々と大剣を振りかざす。

 

 あの一瞬で庇った? 

 不可能じゃない、あれだけの身体能力に恵まれてる怪物だ。

 

「本当に人間か疑いたくなるね」

 

 結晶を再度構築する。

 こちらの人員が騎士の壁を突破する事を選択した以上悠長にはしていられない。

 大隊長の遊び場という名目でただ聳えるだけだった騎士達が、敗北を避けるためにボク達に攻撃を仕掛けてくる可能性だって高い。

 

 だから速攻で決める。

 

 カサンドラ大隊長の振り上げた剣が、一足先に駆けていたペーネロープとフィオナに対して向けられる。

 

 作戦通り(・・・・)、なんの狂いもない。

 

 ペーネロープが剣を睨みつける。

 その足に宿った魔力が、彼女を加速させる。

 強化したボクの目ですら追い切れない高速の軌跡を描いて、圧倒的格上であるカサンドラ大隊長の隙を縫うように潜り抜けた。

 

「な────っ」

「驚いたかい、カサンドラ大隊長」

 

 三番隊は秘匿されていた部隊らしい。

 

 その詳細は他の一番隊や二番隊も知らず、黄金騎士団の中ですら共有されてない噂程度でしか他部隊には伝わってないそうだ。

 

 それはカサンドラ大隊長の言葉で理解した。

 ジンは昔から活動しているから有名で、アンスエーロ隊長も付き合いがあるからそれなりに知られてる。

 

 それならペーネロープやフィオナ、そして──ルビーやバロンは? 

 

 光を剣に宿す。

 光の槍(エスペランサ)じゃダメだ。

 折角物理的に存在する武器があって、それに魔法の威力を上乗せする手段があるんだから使わない理由がない。

 

「突っ走れ、ペーネロープッ! フィオナ、反転しろ!」

 

 ジンやアンスエーロ隊長が、ボクの本当の真意を理解するための言葉。

 

 ペーネロープは加速の反動で僅かに足をもつれさせつつも決して止まる事はない。

 

 この戦いの結末はこの時点で保証された。

 彼女の機動力は、我々の中でも決して劣るものではなく──寧ろジンに唯一縋りつける機動力を持っているのが、ペーネロープだ。

 

 フィオナがくるりと身体の向きを変えて、カサンドラ大隊長の背中を取る。

 

 そして正面には光の剣を構えたボク。

 さて、これでどう動く? 

 貴女はボク達のことを受け止めるか、それとも──……

 

「…………フフッ」

 

 大隊長は呟く。

 

「フッ、フフフッ、フッハハハ!!」

 

 心底愉快でたまらないという笑い声。

 鎧をガシャガシャと鳴らしながら、背後から斬りかかってきたフィオナの剣を片手で受け止めながら言う。

 

「いい、いいね、良すぎるよアーサー(・・・・)・エスペランサ!!」

「どうやら期待通りの働きは出来たようで?」

「ああ、最高だよ! 今すぐに抱いてやりたいね!」

「ハグなら歓迎なんだけど、ボクの身体じゃ圧し折れちゃいそうだ」

 

 フィオナは剣を手放して後退し、隠し持っていた短刀で斬りかかる。

 

 それに合わせてボクも剣を振るう。

 左手には、光の結晶を用意して。

 

「【光剣抜刀(ラズ・エスパーダ)】──!」

「はああぁぁっ!!」

 

 ボクとフィオナがそれぞれ挟む形でカサンドラ大隊長に対して斬りかかり──それすらも、大隊長という圧倒的な怪物は容易く反応して見せる。

 

 それを、信じていた。

 

「────がっ!?」

 

 ガイイィィンン!! 

 

 金属音が鳴り響く。

 その発生源は、カサンドラ大隊長の兜。

 弾かれたものの、超遠距離から放たれる狙撃は予想外だった筈だ。

 

「狙、撃……!?」

 

 遠くの森からずっとこの機会を狙っていたルビーとバロン。

 

 この距離を、たった一度の狙撃チャンスを逃さないで一発で当てる。

 半端ないね、ルビー・フロスト。

 好きになっちゃうところだったよ。

 

「ナイスだ!!」

 

 その隙は逃さない。

 その一瞬の隙、超人が不意打ちをくらい崩れるその刹那をボクはずっと待っていた。

 

 一対一で現状ボクに勝ち目はない。

 それでもこちらは七人もいて、向こうは一人。

 作戦も整えてきた此方と待ち受ける向こう。

 殺す気でやっているこっちと、手を抜いている向こう。

 

 どちらが勝つかは明白だろ……! 

 

 左手に作った光の結晶を握りつぶし──そこから莫大な魔力が溢れ出る。

 

 これで切り札の内二つ(・・)も使ってしまった。

 あと利用できるのはたった三回、その三回であと二人の大隊長を撃破する。

 くぅ~、辛い話だ。

 それでもそこまで悲観的じゃあない。

 ボク達ならやれる、という根拠の無い自信が、少しだけ心の中にあるから。

 

「────【二刀光剣抜刀(セグンダ・ラズ・エスパーダ)】……!」

 

 左手に光だけで構築した剣を握り締める。

 

 つまるところ、ボクの考えた作戦はこうだ。

 

 目くらましを利用してペーネロープとフィオナを先行させ、カサンドラ大隊長の一撃を避けられるであろう加速を備えたペーネロープに陣地まで向かわせる。

 

 フィオナはボクと大隊長を挟み込むことにして、ルビーに合図として伝えていた【光剣抜刀(ラズ・エスパーダ)】で攻撃をしかける。

 

 ジンとアンスエーロ隊長に意図が通じなくても押し通せるギリギリを縫って計算したけど、案外うまくいくものだね。

 

 そしてダメ押しに一つ魔力石(マギアライト)を砕いて、十全な準備にする。

 破壊力も速度も何もかも、この一瞬にかけたものだけならば大隊長にだってくらいつける。

 そうするだけの価値があるのがこのたった一つの石ころなんだ。

 

「――――…………ふふっ」

 

 カサンドラ大隊長は大剣を振り回し、ボクの剣を受け止めようとする。

 

 でもそれじゃダメだ。

 貴女の本気じゃない程度の一撃は、今のボクを止めるのに至らない。

 刃の潰れた大剣丸ごと圧し折って、光の剣は大隊長へと向かっていく。

 これで死ぬような生易しい相手じゃないけど、ペーネロープが陣地を確保するまでの時間は稼げるさ。

 

「やるじゃないか、アーサー・エスペランサ」

「ありがとう、カサンドラ・デル・レイ大隊長」

 

 光の剣が、彼女の鎧を打ち砕き。

 

 遠く離れた陣地にて、ペーネロープが目標である旗を奪ったのを目に捉えた。

 

 



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【黄金騎士団】大隊長

 

 騎士達が地べたに倒れ伏す。

 紅が所々に施された特徴的な鎧を打ち砕かれ、傷つけられ、その身に力を入れるのも難しい程に消耗し、倒れる。

 

 最も攻撃に秀でている部隊という評価をされている第三部隊一番隊、二番隊はそれぞれ事前に決められていた通り黄金騎士団へと攻撃を仕掛けていた。

 

 大隊長であるカサンドラの命令に従いその陣地を奪うべく、死力を尽くして。

 

 その結果がこうだった。

 

 第三部隊一番隊隊長、ボリバル・マンサナレスはよろよろと立ち上がりながら、その光景をたった一人で作り上げた人物へと視線を向けた。

 

「……あら、意外と根性あるじゃない」

「フ……フローレンス・リゴール、大隊長……」

 

『私ちょっと遊びたいし、予算削られないように頑張ってきて』と適当に命令を下されたことにいつも通りだと嘆息しつつ、家族を養うために今の地位を失う訳にもいかない彼は本気だった。

 

 この戦いでは相手を殺傷する事は原則として推奨されておらず、刃を潰した剣を振るうべき場所もしっかり選べという規則がある。

 具体的には急所への攻撃を禁止されており、手足への攻撃が基本だった。

 

 それでも、そんな事を考えられる程軟な相手ではなく。

 

 彼は殺す気で戦った。

 フローレンス・リゴールという大隊長たった一人を相手に、彼ら一番隊二番隊は合同で死力を尽くしたのにも関わらず――かすり傷一つ付ける事が出来ずに敗北した。

 

「ふーん……なるほど、カサンドラはこういう(・・・・)方向に持ってったのね」

 

 フローレンスは長い年月をかけてとにかく下準備を行って来た。

 

 自分自身だけではこの国を――いや、己の目的を達成する事は出来ないと悟った学生時代。

 転落していく実家を損切りし、消息の掴めなくなった弟を探し続けた数年間。

 そこから再始動した己の計画に、黄金騎士団の私物化(・・・)

 

 何一つ狂いはない。

 間違いなど一つも無かったと、フローレンスは自信を持った。

 

「……そんな、馬鹿な…………去年は、これほどの差は」

 

 一方対象的に、ボリバルは信じられないと呟いた。

 

 毎年行われている総合演習で、黄金騎士団は優秀な成績を残してきたが、それはまだ常識の範囲内。

 

 隊同士の激突に戦略単位でのぶつかり合い、第一部隊の防壁を突破する事は敵わないくらいの攻撃力に第三部隊の攻撃を防げない程度の防御力、そして機動力に於いても第四部隊に勝る事はない――悪く言えば器用貧乏な側面を、上手くカバーしているという印象だった。

 

 昨年までは。

 

「そりゃそうでしょ。去年までは適当にやってたもの」

「……それは、どういう」

「これが本来の『うち(黄金騎士団)』の実力ってこと」

 

 その背後に並び立つ数多の騎士。

 黄金のラインを入った鎧を身に着けて、その誰もがフローレンスの背後で揺らがない。

 絶対的な従僕として仕えるフローレンスの騎士団。

 

「去年までは『雌伏の時』。耐えて堪えてひたすら待て、私が命じていたのはそれだけ」

「…………手を、抜いていたのか。我々を相手に!」

「私一人で事足りる。その程度なのよ、どいつもこいつも」

 

 フローレンスは忌々しそうに呟いた。

 

「足りてない。どれだけ敵が強大なのか理解もしていない。私如きを叩き潰せないような軍隊なんて存在しない方がマシ。あいつを叩き潰して再起不能にするような化け物がいる国を相手に、なんでこの程度の戦力で満足できるのか、私は理解できない」

 

 だから用意した。

 とびきりの軍勢を、己すらも殺せる軍勢を。

 フローレンス・リゴールはこの国でも有数の実力者で、明確に彼女に勝利できる人物は数えるほどしかいない。

 

 その程度では、この国を守れないと彼女は知っている。

 

「だからとにかく耐えた。耐えて耐えて、あと一手を埋めるためのピースを何年も何年も探し続けた。この国じゃ絶対に手に入らない、どうにもならないその奇跡を探し続けた」

 

 そしてそれは見つかった。

 遠く離れた第三部隊本陣を襲撃し、見事カサンドラを相手に勝利を納めている自らの弟。

 

 継承できなかった光の槍(エスペランサ)を受け継いだ、たった一人の肉親。

 

「やっと、先が見えるようになったのよ……!」

 

 それを。

 それを、こんなどうでもいい身内での演習で使い潰すわけにはいかない。

 

 だから信じた。

 信じて、彼の要求には応えた。

 魔力石をこの国で手に入れるためには第四師団に通じなければならず、その手段を自分で確保してきた弟には正直感謝する程。

 

 それがなければ苦しいと言うのならどれだけの金額を積んでも探し出す予定だったが――それは置いておいて。

 

「覚悟なさい、第二師団。私達黄金騎士団は手を緩めない。ここから先、この国は激動の時代を迎えるわよ」

「……………………台風の目になるつもりか」

「ええ。他の誰だってやらなかったことだもの、なら私がやってやる」

 

 フローレンス・リゴールにとって。

 

 アーサー・エスペランサは彼女の人生プランを容易く打ち崩してしまうほどに大きく偉大な光であって。

 そんな彼が無様に敗北したという事実もまた、心にシコリを残すもので。

 

 それを齎した帝国も王国も纏めて、激情を燃え上がらせるのに十分な火種だった。

 

「……やってやりなさい、アーサー」

 

 剣を大地に突き刺した。

 既にボリバルに戦う意思はなく、第三部隊は陣地を奪われた事で敗北が決まった。

 

 それをなしたのは――言わずもがな。

 

「アンタがこの国に帰って来たって、アンタの事を知らない奴らに教えてやれ!」

 



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僅かな休息と考察

 

 カサンドラ・デル・レイ大隊長を撃破した。

 

 その事実に喜ぶ暇も無く、ボク等三番隊は早くも移動を開始していた。

 

「あ、足が痛い……」

「すまないねぇペーネロープ、功労者に運ばせて」

「アンタが動けなくなったら意味が無いんだから、気にすんなっ……!」

 

 加速(イグニッション)の影響で足を痛めたペーネロープの背中に背負われたままボクは疲労を回復しつつ移動していた。

 

 フィオナのボクを見る目線が痛いね。

 

「……いえ。それが両者納得した形なら、いいのではないでしょうか」

「多分それ、ボクよりペーネロープが哀しむよ」

「……まあ……役に立てないよりはマシってとこね」

 

 第三部隊陣地からさっさと森の中に逃げ込んで、一度一息つく。

 

 我ら黄金騎士団は襲撃に遭いつつも普通に撃退、無事に勝利を納めている。

 ていうか姉上だけで余裕だったと伝令の人が言っていた。

 よくもまあ、あんな人に昔のボクは平気で勝ってたね? 

 

「ふぅ、はっ……ごめんなさい、少しだけ休みます」

「ああ、気にするな。どうせ次の目標まで距離がある」

「第一部隊を最後にするなら第四部隊が先だっけか。第三部隊は機動力で勝てたけど、次はどうしようか……」

 

 ペーネロープが座り込んだので膝枕でもしてあげようかと思ってポンポンと膝を叩いてアピールしたが、彼女は少し考えた後首を横に振って木にもたれかかった。

 

 振られちゃった。

 

「…………早い。とにかく」

「早い……全部が?」

「…………そう」

 

 ジンが言うなら間違いない。

 第四部隊隊長、マルコ・ヒメネスだったか。

 遊撃部隊として駆け回る事を前提として組まれた部隊、って話は聞いてる。

 

「あの部隊に入隊するには最低限の条件として、『足の速さ』が求められているんだ」

「ペーネロープなら入れそう?」

「我々なら問題なく入れるさ。だがその水準の高さが部隊全体で保持されているから厄介なんだ」

「……ああ、そういう事か。つまり全部隊ひと括りで動けるんだね」

「ご名答」

 

 つまりボクら少数精鋭(だと思われる)が実行するような電撃戦を彼ら彼女らは全部隊全人員で実行できるらしい。

 

「……でも火力は第三部隊に劣る。ていうかあの感じ多分、カサンドラ大隊長がヤバいよね」

「……その通りだな。だからこそ就任できたというのもある」

 

 第三部隊はほぼ個人軍なのか~……

 めまいがしてきたな。

 これ、本当にこのあと帝国と戦争しなくちゃいけないのか。

 しかも第四師団との小競り合いという名の内ゲバもなんとか解決しなくちゃならん。

 

 うおお、前途多難だぜ。

 

「…………アーサーがいるから、大丈夫」

「ジンはアーサーに甘いのよねぇ……」

「大丈夫か? なんか弱みでも握られてないか?」

「…………昔を、知ってる」

 

 えっ。

 

 ジンは覇気のない瞳のまま二振りの剣を手入れしている。

 

「昔…………一度、顔を合わせた」

「…………ごめん、全然覚えてない。いつどこで?」

「…………教え、ない……」

 

 ジンは少し頬を緩め微笑む。

 

「…………なんかムカつくわね。私達のジンだからぽっと出が好感度稼がないでちょうだい!」

「そうだそうだ! 俺には全然優しくしてくれないのに酷いぜ!」

「そういうところでは?」

 

 フィオナの冷静な突っ込みにルビーとバロンはワハハと笑う。

 

 いい空気だ。

 第三部隊を倒して戦果は上場。

 これから第四部隊と第一部隊を相手に攻略しつつ、しかもその内片方は第二師団最強格が相手。

 

 ボクが使える切り札はあと三つ。

 その内一つで敵を倒す計画なので、実質的にあと二つ……いや、一つかな。

 パワーバランスで言えば第一部隊大隊長>カサンドラ大隊長>姉上>第四部隊大隊長ってところか? 第四部隊は多数で攻めてくるだろうし、ボクにとっては相性がいいね。

 

「そういえばルビー。君って弓の方が得意なの?」

「ああ……言ってなかったっけ。結構目がいいのよ」

 

 目が良いってレベルじゃない精度だったけど……

 

「今はそれくらいで納得してもらえる?」

「……ふーむ。なら仕方ないね」

「ええ、仕方ないの。ねぇバロン」

「んっ、お、おう。そうだな」

「ああ~、なるほどそういうことか。細かい事はともかく納得したから大丈夫だ」

 

 姉上さ。

 三番隊、手塩にかけて育てたメンバーとかじゃないねこれ。

 いろんな事情がありつつそれら全てを強引に解決させる為にボクを捻じ込んだだろ?

 

 …………ルビーとバロンの事情はともかく。

 

 機動力に特化したペーネロープ。

 近接戦闘において無類の強さを発揮するジン、アンスエーロ隊長。

 弓矢での超遠距狙撃を可能とするルビー、その関係者らしきバロン。

 あとはそこまで裏が無さそうなフィオナだけど……彼女の兄は魔法使いだ。何が隠されてるのかな?

 

 そしてここに上手くいけばマルティナを捻じ込める、という訳か。

 

 悪くない。

 帝国と戦うにはまだ心細いけど、第四師団を相手に大立ち回りをするなら悪くないぞ。

 

 姉上は部隊そのものを整える事を選んだ。

 特別秀でた傑物を数人育てる事よりも、全体の水準を引き上げて組織が潰れないようにすることを優先した。

 

 それならこの三番隊は、将来を背負える隊になれるはずだ。

 

 姉上ならばそう仕組んでもおかしくはない。

 

「なるほど、なるほどなるほど……」

 

 ボクらの有益さを他全てにアピールしつつ、ヘイトと注目を集中させながら成長を促すって感じか。

 

 そして急激に伸びる事を期待し、なおかつ自らの牙も研ぎ続ける。

 

 なんだ、姉上。

 全然内政も暗躍も苦手じゃないんだね。

 タダで転ぶ人だとは思ってないけど、しっかり入念に準備は整えてきたのか。

 

 その意図は……他に誰に伝えてる。

 

 アンスエーロ隊長か、それともジンか。

 

 多分最も重要だと思っているのはこの二人なんだろ。

 

 まだ姉上が主導権を握ってる。

 いつだ、いつになったらボクが握るべきだ。

 それは今から考えても遅くない、計画を立てておくべきだね。

 

 4、5年と言った。

 

 その間に全ての片を付けるとすれば、被害は一極に集中するだろう。

 

 最悪首都が火の海になるかもしれない。

 それも織り込み済みで、貴女は前に進み続けるつもりかな?

 

「……よし、そろそろ時間だ。次の目標へ向かうぞ」

「ん、了解だ」

 

 今はまだ模擬戦だ。

 でも、いずれこの戦いが役に立つときがくる。

 だからボクらにこの状況を背負わせたんだろう、次に備えて。

 

 怖いなぁ……

 

 



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"レディ"マルティナ

 

 木々の影に潜みながら、一人の女性が戦場を俯瞰している。

 

 銀の髪に露出の激しい服装。

 虫の被害大丈夫かとアーサーが見れば質問して不機嫌にさせそうな衣装を身に纏い、じっと第二師団総合演習の様子を見ている女性──マルティナ・サンターナは一息吐いた。

 

「……あれが、第二師団大隊長」

 

 第二師団第三部隊大隊長カサンドラ・デル・レイとアーサー達の戦いを見て、彼女は僅かに握った拳に気が付く。

 

 それをまじまじと見つめた後、ゆっくりとその力を緩めて指を解いた。

 

「魔法抜きであれか……なるほど、奴が勝算を見出すのも納得だな」

 

 明らかに人間離れした膂力。

 魔法使いである彼女ら第四師団ならば不可能ではないが、恐らくあの戦闘能力と実際に戦場で対面すれば、一定の実力を持たない魔法使いなんてカモでしかないことを察した。

 彼女は第四師団大隊長の付き人になれる程度には実力があり、そして優秀である。

 故に現実的な面で戦力差を測る事は容易だった。

 

(このレベルの騎士があと最低で三人。隊長クラスの動きも良かった、特にあの小さな奴……アーサーの仲間か)

 

 第二師団の中ではそこそこ有名でも全体に名が通っている訳ではないジンの評価に伴って、全体的な評価も彼女の中で上乗せされていく。

 

 超遠距離からの狙撃を成功させる腕、加速を用いて初見殺しを回避できる機動力、純粋な地力の高さでフロントを張れる騎士が二人、細かい連携も合わせられる手数で押すタイプの騎士。

 

 十分すぎる戦力であり、腐敗に塗れていた第四師団と違って、しっかりと準備を整えてきたのがよくわかる。

 

(これが…………ああ、いや。出来る事なら、第二師団を選びたかったな)

 

 マルティナは善性が根底にある女性だ。

 第四師団の趣味嗜好に嫌悪感を抱き汚職や賄賂が横行している現在を良いものだとは思っておらず、帝国が次々と領土拡張をしている事にも危機感を覚えている。

 

 だからどうにかしたいという感情がありつつ、父や家族の為にそれを表立って実行する事は叶わない。

 

 歯痒く思いながら変わらない現実に目が濁っていくのが自分でもわかっていた。

 

「アーサー・エスペランサ……」

 

 膨大な光の槍を顕現させ、旧要塞(土で積み上げるタイプの前時代的なもの)を一瞬で打ち崩した魔法力。

 

 外付けで魔力石を利用しているとはいえ、第四師団であのレベルの火力を出せるのは隊長クラス以上に限られる。勿論マルティナも隊長クラスの実力は持っているので不可能ではないが、あくまで参考程度だ。

 魔力を度外視した実力だけで言えば、大隊長と渡り合えるだけの技量はあると推測した。

 

「まったく…………あの頃(・・・)のお前を思い出したよ」

 

 苦笑しながらマルティナは言った。

 

 ────実のところ。

 マルティナは10年以上前に一度、アーサーの事を見ている。

 まだ汚れ切ってない第四師団勤務であった父親の影響で魔法に幼い頃から触れ続け、同年代の中では相応の強さを持っていたマルティナは国家対抗戦代表決定戦に出場したりもした。

 

 最終的に代表入りしたライアンという魔法使いに敗北し、予選敗退という形でその行方を見守っていた彼女の視界を焼き尽くす圧倒的な光の柱。

 

 対戦相手の全てを呑み込む絶望の光。

 エスペランサ家の怪童──その異名にたった一つの嘘も無し。

 その名を欲しいがままにしている化け物との邂逅は、そこが初めてであり──それと同時に、己の限界を悟った。

 

『あんな化け物がいるのなら、私如きが活躍できる場所はないだろう』と。

 

 そして少年はそのままストレートで勝ち続け、一度も敗北する事も無く代表へ。

 

 周辺諸国を相手に無双を繰り広げた果てに帝国へと赴き、そこで惨敗してから姿を消した。

 

 世界は広い。

 それから帝国は急激な軍拡を通し侵略を繰り返し、第四師団の腐敗は加速する。

 

 おそらく既にこの国の未来は終わっている。

 だからこそ第四師団上層部は、目の前に危機が迫っている現状ですら思うがままに振舞っているのだろう。

 

「……今更、私が欲しい、か…………」

 

 こんな惨めな立場で働いているタダの軍人でしかない自分が欲しい。

 

 あの、アーサー・エスペランサが。

 かつてこの国で最強の名を欲しいままにし、今でも「篭絡して来い」という声が師団内から響いてくるような怪物が。

 

 ただの外付け魔力を使えばだれでもあんな火力を出せる──そんな訳が無い。

 

 あれは技術で強制的に補っている超絶技巧。

 すくなくとも、並行して100を超える魔法を展開できるような複雑な処理能力を持つ人間はこの国に存在しない。魔力があれば誰も抵抗出来ない真の魔法使いへと至るだけで、そもそも普通に戦って土を付ける事の方が難しい。

 

 思わず溜息を吐いて、口元を緩めた。

 

「人誑しめ……」

 

 繰り返すが。

 マルティナは善性を持った人間でありつつ、それらを生かす事の無い環境に身を置いて来た。

 第四師団に反抗すれば父親は職を失い国での立場を悪くしてしまい家族に迷惑がかかる。汚職に染まり正義とは言えない父ではあるが、ここまで育ててくれた恩を忘れていない彼女にとって見捨てられないもので。

 

 だからこそどんな扱いを受けても我慢し受け入れ諦めてきた。

 

 それが急に、第二師団が後ろ盾になるから家族諸共全部受け入れるよ、等と甘く囁かれてしまえば──そして更に、その受け入れ先が『本気で勝つつもりで』戦争に備えていると知れば。

 

「…………私が欲しい。ふん……」

 

 



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蠢く悪意

 

 時間にしておよそ三十分ほど。

 森の中を進み続けて、第四部隊の本陣を探索している最中。

 

 時間だけが浪費する可能性を考慮し、周囲に敵の姿も見つからない為二手に分かれて捜索を続けることになった。

 

 アンスエーロ隊長、ルビー、バロン、フィオナ。

 ボク、ジン、ペーネロープ。

 

 最悪ボクは隠し玉を切れば逃げられるからね。

 ジン一人でカバーしきれる最低限の機動力をペーネロープで確保したわけだが……

 

「────囲まれてしまったねぇ」

 

 周囲を取り囲む無数の騎士。

 円状に綺麗に配置された彼らは僅かに青い衣装が鎧に施されており、そこから第四部隊の騎士達だと言う事が推測できる。

 

「ジン、突破は?」

「…………一人なら」

「だよねぇ……」

 

 彼らは既に剣を引き抜いている。

 

 やる気は十分だ。

 ペーネロープも剣を構えているし、ジンも二剣を抜刀している。

 さてさて、どうやってここを突破したものか……

 

「アーサー・エスペランサだな」

「うん。ボクらが狙いだったってことでオーケー?」

「勝手に推測でもすればいい。どうせここで朽ち果てるのだ」

 

 んー……

 んん〜…………

 

 さて。

 考えなくちゃいけないことが一つ、いや、二つかな。

 

 囲んでいる騎士の数は10。

 隊長格みたいな服装してるのは一人で、それ以外は全部一般的なやつだ。そんで手に握ってるのは剣と盾なんだけど……

 

 あの剣、おかしいね。

 

「一つ聞いてもいいかな、隊長さん」

「総員、構えろ」

 

 ガシャガシャと鎧を打ち鳴らしボクらに向かって剣を構える。

 

 でもそれはおかしい。

 そんな杜撰なことをするか……? 

 

「ジン」

「…………わかった」

「おお、流石だね。それじゃあ兜をよろしく」

 

 コクリと頷いてくれるところが頼もしい。

 

「……どうしたの?」

「ちょっと考え事……というより、心配事だ。もしボクの不謹慎な予測が当たっていたなら、想像以上に問題は目の前にあったと言うことさ」

「……なるほど。勘は悪くない」

「自慢の直感さ。第四師団(・・・・)

 

 隊長格の男が魔力を剣に宿す。

 瞬時に炎を纏った剣は周囲の騎士に僅かな動揺を齎し、その事実を飲み込んだのか真っ直ぐにボクへと剣を振りかざしてくる。

 

 そしてその前に躍り出て二剣で受け流すジン。

 

「────……!」

「くっ……やはりお前が邪魔になるか、灰刃……!」

「隊長……!?」

「お前たち、何をぐずぐずしている! あの男を捕らえろ!」

 

 怒号と共に、困惑しつつ騎士たちはボクに剣を向けた。

 

「それじゃあ甘いぜ」

「え? ──きゃっ……」

 

 足を魔力で強化して、木の上に飛び乗る。

 その際にペーネロープを抱き抱えることも忘れない。

 彼女はか細い声を出した後に、プルプル腕を震わせてボクの胸元をポスンと叩いた。

 

「…………事前に、言って。準備するから」

「えっ、ああうん。準備?」

「女の子には準備が必要なのよ!」

「そうなんだ……それは知らなかった」

 

 案外かわいい声出すんだね。

 

 これを言えば火に油を注ぐのは明白なのでそれはさておき、状況を整理しよう。

 

 あの魔力量に練度。

 確実にただの騎士じゃない。

 あの剣には仕掛けがあるんだ。ペーネロープが自分の身体から直接流すようなのとは別で、魔法を発動するのを前提として打たれた剣。

 

 困ったなぁ。

 この国にあるわけないんだけど……

 

「【光の槍(エスペランサ)】――――うん。出し惜しみは無しで行こう」

 

 通常のサイズよりも二倍の大きさの槍を手に握って(・・・・・)、ボクは木から飛び降りた。

 

 ペーネロープも隣にいる。

 ジンは隊長格を剣技で押し、隙を見計らって此方へ引いて来る。

 なんか……やっぱり君の強さっておかしくない?

 

「……………………時の運」

「謙虚だねぇ……さて、多分君達は普通の騎士だと思うんだけど」

 

 周囲を取り囲む一般兵士は僅かに混乱している様子が見受けられる。

 

 本当なら居ない筈の魔法使いが、それも下っ端とはレベルの違う相手が自分たちの隊長だった。

 それが明確に殺意を持って第二師団の仲間を殺そうとしたんだから驚くか。

 

「魔力量はまあまあ。魔法の発動速度も悪くない、火力に関してはそこまで高くないね。炎を剣に纏わせるくらいなら発射したほうが効率がいいし、本来の使い方は別だな」

「…………そうだとして、どうする。お前は俺に勝てると思うのか?」

「うーん……そもそもボクが君に勝つ意味はないんだけど」

 

 彼は第四師団の息がかかった人物なのは間違いない。

 

 もう少し情報が欲しいな。

 

「ボクの目標は大隊長、ないしは陣地の撃破。残念だけどただの隊長格程度しかない君は標的じゃないんだよね」

「ジン・ミナガワ、ペーネロープ・ディラハーナ、アーサー・エスペランサ。第四部隊は遊撃と表向きに名乗っているし、戦力を分散させてくる可能性が高い事は見え透いていた」

 

 会話になってない。

 ブツブツと呟くように言うってことは自己暗示に近いぞ。

 

 洗脳?

 いや、その程度で魔法が扱えてたまるか。

 魔力を生み出すってのは簡単な話じゃないんだ、もっと色々ある……待てよ。

 

「だから、受けた。金が要るんだ」

「…………君、名前は?」

「“ボーイ”とでも名乗っておけば伝わるか? 怪童」

 

 ボーイ。

 第四師団の息のかかった人物。

 レディ。

 第四師団に所属するマルティナが名乗る役職。

 

「我々は一枚岩ではない。常に互いを監視し隙あらば蹴落とそうと画策している」

「あれだけ好き勝手やってるのによく言うぜ」

「だからこそ。その土台を破壊せんとするものに容赦はない」

 

 燃え続ける炎剣を握り締め、その熱で籠手が溶け落ちていくのも構わずに、爛れる皮膚であるのにも関わらず。

 

「……隊長?」

「…………今更止まれんのだよ、我々は」

「たいちょ」

 

 そしてその剣で、隣に居た騎士を一人、斬った。

 

 炎剣は鎧を容易く溶かし皮膚も薙ぎ、骨や肉すら跡形も無く消し炭へと化す。

 

 魔法という概念の押し付け合いである以上に、あれは……

 

 静寂が支配する場でドサリと命を失い倒れ込んだ騎士を少し眺めてから、男は演じるように大仰に語った。

 

「――『ああ、なんということだ。第二部隊の魔法使いに、仲間を殺されてしまったぞ』……つまりはこういうことだ」

 

 

 



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