ぼっち・ざ・でびるはんたー! (角刈りツインテール)
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孤独の悪魔(1)

タイトルから溢れる孤独のグルメ感がすごい。
時系列はバンド組む前です。よろしくお願いします。


孤独死。

 

主に一人暮らしの者が誰にも看取られることなく、当人の住居内などで生活中の突発的な疾病などによって死亡することを指す。特に重篤化しても助けを呼べずに死亡している状況を表す。関連する言葉として、公的に用いられる孤立死や、単に独居者が住居内で亡くなっている状況を指す独居死などがある。

 

2003年時点では1,441人だった65歳以上の高齢者による孤独死数が、2018年には3,867人。15年の間におよそ2.6倍にまで増加。晴れて近年、社会問題の仲間入りを果し、メディアにも頻繁に取り上げられるようになった話題だ。

 

孤独は、人をも殺す。

 

孤独は、未だ人類が克服出来ていない根源的な恐怖。

 

そして、恐怖は——————悪魔を強くする。

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

公安対魔特異4課。

ヤベェ奴だけが生き残るとされているデビルハンターの中でも()()()()()()だけが集められた実験的な部隊。——————とは現時点では全く関係のない、普遍で不変で不偏なひとりの少女が今作の主人公である。

 

「あっ、えっと、その……」

 

ひとり。

後藤ひとり。

それが彼女——————というか、私の名前である。

ギャグではないぞ。本名だ。

では自己紹介に移るとしよう。まぁ、一人とか独りとか、もう名前が全て物語っている気がするけども。途中で噛んじゃって事故紹介にならないことを祈る。

すぅ。

はぁ。

すぅ。

はぁ。

…………よしいける!いけるぞ後藤ひとり!

 

私は中学1年生の時にエレキギターを始め、毎日6時間の練習を重ねて実力を磨いたことで、現在は主に売れ線の楽曲を扱うカバー動画投稿者「guitarhero」として高評価を得ている。 得ているらしい。

 

しかぁし!(陰キャ特有の謎大声)

 

その実態はとんでもないコミュ障であり、筋金入りの陰キャ。

ギターを始めたのも、大人気バンドマンが陰キャだったという過去を知って触発されたからであり、中学時代にはギター練習に励む一方で、話しかけてもらおうとあの手この手で“音楽知ってるアピール”を続けたものの、結局友達0人で中学生活を終えたという過去がある。

自ら刻んでしまった黒歴史に苛まれるあまり、地元の横浜から自分を知っている人間がいないであろう下北沢の高校を選び、片道2時間かけて通学している。

 

自己紹介終わり。

言えた。言えたぞ私!偉い!誰か褒めて!!!!(承認欲求モンスター)

 

で、そんな紹介文を体現しているように現代文の授業で当てられた哀れで惨めな私は今日も噛み噛み。それでいてなんとか(人によっては)聞き取れるレベルの声量で教科書の文章を音読していた。私なりに努力はしていたのである。なのに途中で、

 

「おっけー、ありがとねひとりちゃん。じゃあ次は〜」

 

と無理矢理中断させられてしまった。

あっ、見放された——————と思った。まぁあれだけ噛んで時間を稼いでしまったのだから苛立たせてしまって当然なのだけれど、当然ながら少しショックではある。

おずおずと、申し訳なさそうに、誰にも気づかれないように席に座る。この瞬間ばかりは、何年経っても切ない。私が一体、何を悪いことをしたというのだろう。

だけど。

ちら、と机に立てかけられたギターを見る。

私は、いい加減変わらなくてはいけない。

この学校でバンド仲間を探して、そのまま組んで、最終的に目指すは武道館——————そして国立ライブ!!!

 

 

 後藤様ーーーっ!

   抱いてーーーーっ!

  お前が人間国宝ーーーッ!

    ひーとーり!ひーとーり!ひーとーり!ひーとーり!

  会場中に響き渡るアンコール。そして——————

 

 

……無理だよな、うん。

分かってますよそりゃあ。私みたいに陰険で根暗でひ弱な子と絡む人が居てくれるはずがないんですよ、えぇ。仮に何かの間違いでバンドデビューを果たしたとしてもキョドって本番で大失態を犯すのがオチだ。目に見えている。

うぅ、泣きそう……。

そんないつもの一人反省会(ひとりだけに)にかまけて授業を一ミリも聞かずに過ごしていると、いつの間にか放課後を迎えていた。なんだか最近、時間の流れがあまりにも早い気がする。

既に教室には誰もいない。

帰るか……ボソリと呟いても、言葉は帰ってこない。

リュックとギターを背負い、靴を履き、学校を出る。

外は好きだ。

他人がいても気まずくなることはないし、会話を回避することも容易だ。

人間は苦手だ。

別に誰が悪いというわけではなく、単純に私の問題だけれど。話す時は最初に「あ」って言っちゃうし、友達は今のところゼロ。100人なんて夢のまた夢である。

夢は、叶わないから夢なのだ——————なんてぼっち名言を生み出しつつ歩いていると。

 

目が、合ってしまった。

 

人間——————ではない。

 

「ひっ……!」

 

空き地の角に潜んでいたのは、一体の悪魔。

その姿は、小さい頃、真夜中の部屋の隅やトイレの暗がりや木々の隙間に想像していたような真っ黒で悍ましい何かに似ていた。

テレビでこそよく見ていたが、私自身実際に見たことは人生で一度たりとも無い。ファーストタッチがまさかこんな誰もいない場所なんて誰が想像していたであろうか。

——————近くにデビルハンターは?

——————ていうか電話する時間ある?

——————あれこれ本当に大丈夫?

疑問が頭の中をグルグルと回る。どれも自分一人では解決しそうになくて、それがより一層混乱を掻き立てる。

 

待って。

待って。

待って。

待って。

助けて。

やだ。

やだ。

やだ。

やだ。

怖い。

 

「あ、あ、あ、あ、あれぇ……?」

 

ひょっとして私、死ぬ?

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

「……血を寄越せ」

「ひゃうっ!?」

 

いやいやいや喋れるのかよコイツっ!

ビビらせんなよもう!

ていうか血を寄越せってどういうことだ……?と思考を張り巡らせてあることに思い至る。そういえば、ニュースで聞いたような気がする。悪魔は血を飲むことで復活することができる、と。

 

「あっ」

 

そこでようやく気がつく。

 

——————この子、怪我をしている。

 

ドロドロと現在進行形で血が流れていて、今にも死にそうな目をしている。

そして。

同時に、死にたくなさそうな目をしていた。

それを見た私は、この子が今までどれだけ人を襲っていようと、それとは全く無関係に、ただ——————可哀想だな、と思った。

私と全く同じだ。誰からも注目されず、部屋の隅でずっとギターを弾いているだけの凡庸な毎日を送っている私。そんな私だからこそ、すぐにこの悪魔の気持ちが分かったのかもしれない。

もしかしたら、この子を助けたら何かが変わるかもしれない。漠然ながらそう思った。

多分それは間違っていない。

変わろう。

変わるんだ。

一歩踏み出せ。

 

「あ、あの」

 

あれ、私、話せる。

いや、噛んでいるのは職業病みたいなものだから仕方ないにせよ……もしかして、相手が人間じゃないから?

 

「わ、私、貴方のこと助けます。だから、そそそその……私のことも助けてください」

「どう、助けりゃいいんだ?」悪魔は尋ねる。

 

答えはとっくの昔に決まっていた。

「私は」

息を吸って、私はあらかじめ用意していた言葉を口に出した。

 

 

 

「私は——————チヤホヤされたい!」




感想評価お願いしまーす!(承認欲求モンスター)


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孤独の悪魔(2)

後藤ひとりの性格がひとりちゃんより青◯吉能さんの方になってしまう……ラジオのイメージが強すぎるんじゃ……


 

悪魔は人間の恐怖を餌に強くなる。

だから、俺はアンタのそばにいる時が一番強くなれるんだよ。

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

「痛っ……」

 

宣言通り、私は腕から血を分け与えた。悪魔の血に、たらたらと滴り落ちた私の血が混ざっていく。傷物語もびっくりの流血表現である。というか、なんというか……結構痛みを感じる。注射のイメージが強いのだろうけれど、唾液から出る麻酔か何かの効果で痛みはないと勝手に思っていたのでかなり驚いた。

そりゃあ痛いに決まってるよね。悪魔なんだもん。うん。誰が人間に優しくなんかするか。ばーかばーか!

にしても本当に痛い……と同時に、これいつまで与えて血捧げ続けていたらいいんだ……?という疑問も浮かんできた。そろそろ良いのではないだろうか。

ま、まさか約束を破って血をもらうついでに目撃者を殺そうとしているとか……!?

 

「ま、まさかね……?」

「んぉ……んだお前。何してんだ」

「ひゃあ!?」

 

なんて杞憂していると、背後から男の声。

そちら側を全く気に留めていなかったため肩が盛大に震えた。

バ、とそちらに首を向けると、金髪のいかにも陽キャらしい男の子がこれ以上ないほど気だるそうに立ち尽くしていた。

———不味い。

———二重の意味で不味い!

この状況、見られちゃ駄目っぽいし何より私が人間と話せない!汗がダラダラ止まらない!

えっと、どうにかして言い逃れだけして、少しでも早く帰って頂きたいなぁ……とりあえず、全力で誤魔化そう。うん、そうしよう。それがいい。ベストアンサーだ。

 

「や、え、えーっとこれは私の愛犬でででしてあはははは……」

「……」

「……」

「……」

 

審判の時間。

あまりにも気まずいシンキングタイムを終えて、何かに思い至った金髪の男はスマホを取り出し、誰かに電話をかけるらしいそぶりを見せた。なんだか物凄く嫌な予感がするものの、ここで逃げられるほどの勇気は生憎私には無い。

 

「な、ななななんでもするので許してください!」

「ん?今なんでもするって……」

「……あ」

 

なんだろう。

凄く嫌な予感がする。

 

「なんでも……なんでもかぁ……へへ、いざそう選択を迫られると難しいモンだなぁ」

「あ、あ、あ、あぁ、いや、その……」

 

出来ればエッチなお願いはやめてほしい、と言おうとするも色々な恐怖がごちゃ混ぜになって上手く言葉を紡げない。やばいどうしよう人生イチの貞操の危機を感じる。だってこの人、今めちゃくちゃ欲に忠実そうな顔をしているんだもの。

どうしよう、どうしよう、と葛藤の末現実逃避のために目を瞑ったその時、

 

 

「じゃあよぉ〜俺の仕事手伝ってくんね?」

 

 

ようやく返ってきた言葉は、思ったよりもかなり常識的な文章だった。

 

「え?」私は聞き返す。

「だからよぉ〜、なんでもするんだろ?俺の仕事手伝えっつってんの。それとも何か他の奴の方がいいか?んん、そうだな例えば———」男が私の身体を舐め回すように見る。

悪寒が走った。

 

「ぃ、ぃえ!手伝わせて頂きます!」

「そうか!?やりぃ、これで胸に一歩前進だぜ」

 

胸?……あぁ、なんだ。夢、って言いたかったけど噛んじゃったんだ。それなら納得納得。うーん夢かぁ。私のバンド組む夢は結局叶えられそうにないもんなぁ。がむしゃらに追いかけられるこの子が羨ましいよ……。

 

……ってあれ。なんか大事なことを忘れてる気がする。

 

「そうだ悪魔ッ!」

「うわびっくりした」

 

私の大声にビクついた男。しかしそんなもの(失礼)には目もくれず、勢いよく自身の右腕に目を向けた。

 

「……って、あ、あれ?」

 

しかし、そこには悪魔の姿がなく——————ただ腕の噛み跡と血の池だけが残っているのみ。驚いた私は「ひえっ」と倒れ込んでしまった。一体どういうことだろうか。まさか、私に融合したというわけでもあるまいし……。

そういえば、目の前の男に気を取られていたけれど、いつから腕の痛みはなかった?

 

まぁ、逃げた、と思うのが一番精神衛生上正しいような気がする。

正しい気はするけれど、どこか腑に落ちないんだよな……。

 

「んじゃちょっと連絡すっから。悪魔の力、もう使えんだろ?」

「ひぇ?」

 

悪魔——————って言った?

 

「あ、ああああの、貴方って一体……?」

「あぁ?俺ァよぉ。公安対魔特異4課のデンジっつーんだ。よろしくな!」

 

あーはいはいなるほどね公安ね……公安!?

 

公安ってあの……『 「公共の安全と秩序」を維持することを目的とする警察である。国家体制を脅かし得る集団を専門に取り締まる組織であり、活動内容を秘匿しているため実態が表立って知られていない。また、機密性が高く、高度な情報収集能力も要求されるため、警察組織の中でも相当に上位の実力を持つ者しか配属されない(Wikipedia調べ)』あの公安警察のこと!?

と、尋ねてみるも、返ってきた言葉は、

 

「知るかよンなもん」

 

だった。

あー、これはなんというか、嘘っぽいですね。ていうか確実に嘘だ嘘。公安ってもうちょっと頭いい人が就く職業なはずだ。そうと分かったならさっさと帰って今日のことはシャワーで綺麗さっぱり流したいのでそろそろお暇しま

 

「あーマキマさん?なんかここに悪魔に血ィやった奴が居るんすけどぉ」

「え?」

 

ちょっと待って。

貴方今どこに電話しているんですか?

 

♦︎♦︎♦︎

 

こんにちは。後藤ひとりです。

私は今、公安の車に乗ってどこかへ向かっています。びくびく。

まさか本当に公安のお方だなんて思ってもいませんでした。なんですか横で運転しているこのスラッとしたモデル体型に加えてあまりにも端麗な顔を持つ女性は!この人が公安じゃないわけないでしょういい加減怒りますよ!(?)

 

「それで、君は何の悪魔と契約したの?」

 

なんてくだらない小芝居をしていると、不意に話しかけられた。

名前……えっと、なんだったかな。マキマさん、だったっけ。まぁ間違ってたらあまりに申し訳ないからわざわざ自分から口にすることはないけど。

いや、そうじゃなくて。

 

「え、あ、契約?」

「そう。契約。血をあげる代わりに何かを願ったんじゃないのかな?」

「そ、そそそうです、けど……多分、逃げちゃいましたすみません」

「いや、謝らなくてもいいんだけどね……それに、悪魔との契約には強い強制力があるんだ。だから逃げられるはずがない。ひとりちゃんは今、なんらかの能力がつかえるようになっているはずだよ」

 

(いきなり下の名前呼び……っ!)

 

私は酷く狼狽した。ひとり呼びなんて、家族先生以外から呼ばれたのはいつぶりだろうか。初対面でそれだなんて、どういう距離感で話したらいいのか分からなくなるじゃないか。そして私はまた調子に乗って選択肢を間違えるんだ……うぅ、消えろっ、消えろ黒歴史っ!!

 

「? どうして突然阿波踊りをしているの?」

「いっいえ、別に」

「……なんだかコベニちゃんみたいだね」

「あ?誰っすかそいつ」

「そろそろ一緒に仕事するであろうデビルハンターだよ」

「ほぉん」

「…………」

 

興味ないなら聞くなっ!空気悪くなっちゃうだろうが!——————と言えたらどれだけ良かったでしょう。あいにく私はコミュ障。自我なんて表現できなければ無いも同然なのです。ぴえん。

閑話休題。

公安の部署へ到着するまで暫く時間がかかりそうだったので、思考を別の場所へ移す。あの悪魔についてだ。

先ほど、あまり詳しくなかった私にマキマさんが解説を加えてくれたため材料は既に手元にある。どうにか料理して、あの悪魔の正体を掴めたらいいのだけれど。

見た目は真っ黒。空き地の隅っこでじっと蹲っていた。

……うーん。他、なんか無いか。

そういえば一つ、あの悪魔は気になることを言っていた。

 

  悪魔は人間の恐怖を餌に強くなる。

  だから、俺はアンタのそばにいる時が一番強くなれるんだよ。

 

前者は、確かに今マキマさんから聞いた話と寸分変わらない事実だが——————後者はどういうことだろう。

私が、最も恐れていること……運動会かな?

運動会の悪魔。

すげー弱そう。

 

「あ、あの」

「ん?」

 

とか、冗談はそのくらいにして。もうすでに名前はなんとなく分かっているのだ。そう引っ張る必要もあるまい。

 

「多分。ですけど……悪魔の名前分かりました」

「分かったの?」

「は、はい。た、多分ですけど……」

「凄いじゃん。言ってごらん」

「あっあの悪魔の名前は、えっと——————」

 

 

——————孤独。

 

 

私が最も恐れている存在。即ち、孤独——————その悪魔だと、私は確信していた。




三点リーダーの量が異常。
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そうだ。公安、行こう。

孤独の悪魔、最初は運動会の悪魔とどちらにしようかめちゃくちゃ迷っていました。ギリギリで踏みとどまれて良かったです。まぁ、後者は後者で面白そうではあるけども。足が速くなったりするんですかね。ハロウィン!No 協調性 No Life!未来最高!


“後付け設定”

ぼっちちゃんは今日、ギターを持って登校しています。


米「ランドリー今日はガラ空きだといいね」

ぼっち「下北のランドリーがガラ空きなんてことまず無いんですよねは、ははははい、そうですね……」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

着いた。

着いてしまったぞ、ついに公安のビルへ!いぇーい!

というか私ここ知ってる。いつだったかまでは定かではないけれど、「わぁお洒落な建物」という適当な印象を抱きつつ一瞬、視界の片隅に入れたのを覚えている。が、印象とは面白いもので、いざそれが公安のものだと知ると、途端に禍々しく見えてくるものだ。お化け屋敷のようにさえ思えてくる、人類の不思議だね。むしろ神秘っていうか、なんというか。

有り体に言えば、入りたくない。

 

「どうぞ、入って」

「あっはい」

 

が、ここで断れたら伊達に十数年陰キャやっていない。「はい」と小声で呟いたのち、まるで今からコソ泥でもするかのようなスピードで屋敷内へ滑り入った。どこの木更津キャッツアイだ。いや木更津である必要ないでしょなんでわざわ……あれ、何言おうとしてたんだっけ。あー、さては混乱しているな私。どうしよう。あはははは、やばーい緊張のあまり精神崩壊しそーう。

 

「おいお前生きてんのか?」

「かひゅ!」

「うわっキメェ……」

 

危ない危ない。過呼吸になりそうだった。比喩じゃなくて普通に死んでしまう。

……ていうか、さらっとキモいって言われたような気がするんだけど、気のせいじゃないよね……?嘘でしょデンジくん。デンジくんだったっけ?合ってる?全くもう、デリカシーが無いったらありゃしない。確かに私のキモさは自他共に認める人間国宝級のものだ。でも決してそれは本人に直接言っていいということには直結しない。むしろお断りだ。

自虐ネタは自虐だからこそ面白いのである。

他虐ではただのいじめにしか繋がらない。

多分!

 

「他の新入りはもう呼んでいるんだっけ?」

「あー、えーっと、早川がなんか電話してたかも」

「なら話は早いね」

 

マキマさんはデンジくんに一つ尋ねたのち、くるりと軽やかに身体を回転させて、私の方を向いた。そんな少しお茶目な動作でさえ、様になっていた。美人は得だなと思った。

 

「今日ね、丁度二人の新入りが入ってくるんだ。二人とも、君と同じで悪魔と契約してる」

「は、はぁ……」

 

どう返事したらいいのか分からず、曖昧に返す。

何の悪魔と契約しているのか、気にならないこともないけど、聞く勇気がないことは自覚済みなので下がっておく。ここはでしゃばる場所ではない。

 

「で、ここからが本題なんだけど——————君を是非ここで雇いたい。もちろん給料は弾むよ。どうかな」

 

その時ようやく、手伝う、という言葉の意味を理解した。

……いや、手伝うっていうか、それもう完全に労働なのではないだろうか。それに、まさか給料まで発生するとは思っても見なかった。

しかし乗りかかった船とはまさにこのことで、今更拒否する気も起きない。仮に悪魔と戦闘!とかになってもひたすら後方で震えていればいいし、何より私には心強い味方、もとい孤独の悪魔くんがいる。姿は見えないけれど、この子がきっとフィジカルでマジカルな何かでどうにかしてくれるよね、うん。

 

「ここだよ」

 

そう言ってマキマさんがある一室の扉を開く。たしかに先程言っていたように、扉の内側には既に数名の人が集まっているようだった。あまり集団と同じ部屋に居続けるのは避けたいけれど、仕方がないので少しくらいは耐えましょう。

 

「し、ししししし失礼します!」

「うん、入って」

これまたコソ泥のような怪しい動きで入室。うぅ、こういうときの正しい礼儀作法が全くもって分からない……!大丈夫だろうか、もしかしたら今とんでもなく失礼なことをやっている可能性もあるんだよな……。ぁあぁあ。そう考えると胃がキリキリしてくるぅ……。

 

「あの」

 

と、新入り①らしき男性が第一声を上げた。

 

「ひょっとして、この子も新入りでしょうか」

「そうだよ荒井くん。何か疑問でも?」

「いえ、その……あまりにも若すぎるというか」

「いいいいいいイキってすみましぇん……」

「い、いやそこまでは言ってないぞ!!」

「心配しなくても、年齢的にはデンジくんと同じだから」

 

うーん、どうしてデンジくんが基準と為されているのか一ミリも理解できないのだけれど……ひょっとすると流れで公安に入れるのではないか?出世どころじゃないぞ。教室の隅で死んだ魚の目をしていたあのぼっちが、まともにな職に就ける……!

 

「全然まともではねぇけどな。中途半端な気持ちならやめたほうがいい」

「ヒィっ!」

 

そう言って凄んできたのは、頭頂部で髪を縛ってちょんまげのようにしている男性だった。何その髪型。怖い。怖いヨォ……。

 

死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは嫌………

 

で、新入りらしき人物がもう一人。先程からずっと何か呟きながらその場でぶるぶると震えていた。どうしたのだろうか、この子大丈夫かな。私の心配が他者に及ぼす影響なんて高が知れているけども、やっぱり心配だ。にしてもこの様子、なんか既視感あるような無いような。どこかで見たのかな?……いや、勿論エヴァ以外で。

 

「あ」

 

閃いた。

私だこれ。

それに気がついた瞬間、なんだか無性に虚しくなった。

 

「つーかよぉ、お前ギター弾けんだな」

 

あまりになんの脈略もない台詞である。デンジくんは私の背中に背負われているギターを指差しながら無邪気に「カッケー!」と笑った。あれ、結構好感度高いのではなかろうか……にへへ、嬉しい……さっきまで泣きそうだったのに我ながら情緒不安定すぎるぅ……。

 

「ま、まぁ、そこそこかとォ……」

「ほぉん、んじゃちょっと弾いてみろよ」

「は、はひっ、分かりま」

「デンジくん。今日はもう夜も更け始めているからまた今度ね」

 

その言葉を聞いて、ふと窓の奥に目を向ける。いつの間には世界が暗闇に包まれていて、マンションや車の光が凄く映えていて美しかった。

 

「家まで送るから。少しゆっくり考えてみて。あとこれ、私のLINE」

 

マキマさんはそう言って、自身の携帯端末を私に見せてきた。が、生憎私のLINEの友達には家族と公式アカウントしかおらず、友達追加の方法なんてしらない。私は一体どこの比企谷八幡だと呆れながら、おずおずと自身のスマホを取り出し、

 

「わ、私やり方知らないので登録お願いしまァす!」

 

と無駄に大きな声で頼み込んだ。ふ、と笑って「いいよ」と答えてくれる辺り、どうやらマキマさんは本当にいい人みたいだ。最初は怖い人かと思ったから少し安心。人は見かけによらないって本当だなぁ。

で。

アキさん、デンジくん、コベニさん、荒井さんとも交換したのち、約束通り私はマキマさんに送られて自宅に到着した。家族には「友達と遊んでる」とLINEしておいたので、まぁ心配させてはいないはず……。多分。嫌な予感は正直している。警察沙汰になっていなかったらいいな。

 

「そうだ。最後に、もう一つ」

 

車を降りて謝罪と感謝を連呼する私に、マキマさんはある忠告を与えた。

 

「君の悪魔は、()()()()()の名前を持っているかなり強い悪魔なんだ——————だから、決して私たちの管轄外では使わないようにね。じゃあ、お疲れ様」

「えっあっはい、お疲れ様でした……」

 

ブゥゥゥン、といかにも高級そうな音色を奏でながらマキマさんの車は走り去っていった。根源的恐怖?という疑問はその騒音に掻き消され、今日の出来事の記憶と一緒くたにゴミ箱へ捨てられた気分になった。まるで夢みたいな——————夢は夢でも悪夢みたいな時間だったな、と他人事のように思いながら、私は自宅のドアの前に立った。

「ただいま」と言ってすぐ、うちの両親と妹とジミヘンが「誘拐されたんじゃないかと思ったよ!」と泣きじゃくって私を抱きしめてきたのは、想像に容易いだろう。やれやれ、ちゃんと友達と遊ぶって言ってるんだから少しは信用してほしい。いやまぁ、確かに友達はいないし謎に公安行ってるし、情報の10割が嘘だから言いにくいことではあるけれど……。

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

後日、私は普通に学校へ行った。

いやまぁ、普通かどうかで言われると普通ではないと思うけれど、とにかく学校には行った。

何が普通ではないかというと、昨日と同じで、今の私は『パーフェクトイケイケ陽キャギタリストモード』のひとりちゃんなのである。昨日は何かの間違えで誰にも話しかけられなかったが、今日こそは——————!

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

まぁ、はい。そうですよね。昨日何もなかったのに今日何か変化が訪れる訳がないでしょう。ばーかばーか。ひとりちゃんのぼっちー。

そんな自責の念に駆られている時は、私はいつも近所の小さな公園に来ている。サイズ感、そして人が少ないこと、色々なシチュエーションが揃っている素晴らしい場所なのだ。今日はサラリーマンが一人、座っているけれど。きっとあの人も私と同じぼっち。ここに集う人は皆孤独を抱えているんだ。あの人はきっと家庭内別居中で家に帰りづらいん

 

「あなた〜ごめんね遅くなっちゃって」

「パパー!」

「よ〜し飯食いに行くか!」

 

——————だ?

……おいおいなんだよ。幸せの真っ只中じゃないですか。おーいおいおいおい。だったら俯くなよ前だけ向いて生きてくれよ勝手に同族扱いして大変申し訳ございません!

うぅ……虚しいよ……!(鼻水を啜る音)

 

「私の居場所はネットだけ……」

 

ふら、ふら、と誰もいなくなった公園を立ち去ろうとした——————その時。

 

 

 

 

「あーーーーーー!ギター!!!!!!!!」

 

 

 

 

通りがかりの金髪美少女が何の突拍子も無しに私を指差し、そして。

何の迷いもなくこちらに向かってきた。

誰がどう見ても全力疾走である。

……あれ、これ結構不味い展開なのでは……。

 

 

「あのさーーーーちょっといいかなぁーーー!!!」

「え、ちょ、」

 

な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、

 

何えェッ!?

 

なんで私最近道端で金髪の人に絡まれることが多いの!?

 

「待っ、嫌っ……!」

 

あーもー最悪だよもうお願いだから勘弁してくれお願いだから今すぐ私を帰らせてくれ神様ーーー!!!

 

「あっいや、その、やめ、た、た、助けぇぇぇ!」

 

やば、これ逃げれな—————— あっ肩掴まれた、終わった。今回こそ死んだ。ここまで読んでいただきありがとうございます角刈りツインテール先生の次回作にご期待くださ

 

「いやいや終わらないから」

「…………ぇえ?」

おっと、変な声出た。




次回はぼざろ側のストーリー。正直ここから全く考えていないので頑張ります。わんちゃん結束バンドがデビルハンターの仲間入りする可能性も微粒子レベルに存在する……かも?キタちゃんの「コンっ!」が聞きたいです。
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夢のバンドデビュー……しない!

『ぶちまけちゃおうか。星に』と『努力 未来 a beautiful star』で上手いこと言えないかなと思ったけど無理でした。語彙力をください。

それはそうと、今回は孤独の悪魔の能力の一部が垣間見える話となっております。よろしくお願いします。


「こ、孤独さんは強いんでしょ?最初どうして血まみれで倒れてたの、かな」

「野暮なことは聞くなよ。血を吐く思いだったんだよ、俺だって」

「血、吐いてたっけ?」

「……お前もしかして勉強苦手か?特に国語」

「ど、どういう意味……?私が心情読み取るの苦手だから……?」

「いや、別にそういう意味じゃ……いやすまんそれもある」

「酷い……」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

「えっと、それギターだよねっ!?」

 

逆にギターじゃなかったら何なんだと思いつつも「えっあっはい」といつも通り噛み噛みで質問には答える。すると金髪ちゃんは目の輝きを更に増大させ、「やっぱりー!」と飛び跳ねた。なんだなんだ。なんで私がギターを持っているだけでこんなにも人を幸せにできるんだ。訳がわからないぞ。

 

「弾けるの!?」

「そ……そこそこかとォ」

 

私はいつも通り目を逸らし、まるで地面の草にでも返事しているかのように呟いた。なんだかデジャブだ。昨日も全く同じワードを口にした気がする。それも全く同じトーンで。当然ながらキョトンとする女の子(あぁもう申し訳ない死んで詫びたい!)。暫く経って、あぁ、と何かに思い至ったのか、再び言葉を紡ぐ。

 

「驚かせてごめんね?私、下北沢高校2年、伊地知虹夏!」

「あっ後藤ひとりです」

「ひとり?不思議な名前だねぇ」

「い、妹はふたりっていって」

「へぇ〜不思議な家族だねぇ」

 

規模がどんどん大きくなっていく。

ていうか、名前で言ったら伊地知っていうのも大概珍しいと思うのだけれど……とは言わない。というか言えない。

 

「じゃ な く て! ゴホン……私ね、バンド組んでドラムやってるんだ〜」

「バッ!」

 

バンド!と言おうとして噛み、ウルトラマンか何かの効果音のようになってしまった。恥ずかしい。そして案の定目の前の女の子は「だ、大丈夫!?」と心配の声をかけてくれる。うぅ、優しさが胸を痛めつける……。

 

「それでねぇ〜ちょっと今困ってて〜無理だったら大丈夫なんだけど〜、大丈夫なんだけど困ってて〜……」

(絶対だいじょばないやつ……!)

 

これは私的には悪魔以上に逃げた方が良い案件だということを、皆まで言われずとも既に察知していた。ここ最近で一番嫌な予感を感じている。さぁ、断れ後藤ひとり!女は度胸だ!いいから早く断れ!断れ!断れ!断れ——————ない!

 

「よし!思い切って言っちゃおう! お願い!今日だけサポートギターしてくれないなぁ!?ギターの子が突然辞めちゃって……!」

「え?えぇ?え?」

「あぁぁりがとぉう!!!」

「まだ何も言ってなぁーーーーーーい!」

 

なーい!なーい!なーい!なーい!……

 

♦︎♦︎♦︎

 

で、その後。

私と虹夏ちゃん、それから変人の山田涼s……じゃなかったリョウさんと一緒に(虹夏ちゃんの)宣言通りサポートギターとしてライブに参加した。「結束バンド」とは言いつつも即席のメンツでは案の定グダグダだったし、何より私の新事実が発覚してしまった。

なんとびっくり——————陰キャコミュ障の私は、人と演奏ができない。

褒められるのを期待していたのに、上手いどころか下手と言われてしまった。嘘だぁ。ネットではあんなにチヤホヤされていたのに……現実ではこんなもんなのか……所詮私は陰キャ……ちょっと落ち込むなぁ。

 

でも。

得た魚は大きい。

帰宅後すぐに自室の押し入れに潜り込み、スマホの中の友達一覧を見た。

マキマさん、デンジくん、早川さん、コベニさん、荒井さん——————それから、虹夏ちゃん、リョウさん。

昨日今日だけでもう7人だ。家族を加えたら合計で9人。なんてこったい。あと一人で夢の二桁じゃないか。えへへへへ、嬉しい……。

えへへへへ……えへへへへへ……トゥース!

 

『正式にバンドのメンバーになってくれたりとかは〜……』

『あっいや、それはえーと……い、一旦持ち帰らせてください……』

 

私はバンドと公安という2つの餌のどちらに食いつくか即決は出来ず、結果的に「保留」という形になってしまった。いやはや、本当に加入してくれるか否かさえ危うい人間を、あのような満面の笑みで送り出せる虹夏ちゃんはすごいなぁと思う。リョウさんだって表情からは読み取れないけれど、少なくとも機嫌が悪くは見えなかった。なんていい人たちなんだ……!そうかあれが陽キャなんだな、と自身との間にある壁を改めて実感し、少し落ち込む。

こういう時はギタ男くんにアドバイスを聞いてもらおう。おーい、ギタ男くーん。出番だぞー。

 

「なんだい?」

 

大変だったんだよ。実は今日ね、…………あれ?

おかしいな。なんだろう。

今日はなんだか妄想がリアル……というか。

()()()()()()()()

 

「どうしたの、死んだ人間を見るような目ぇして」

 

見間違えか幻覚か何かかと思い目をゴシゴシと擦る。が、しかし——————消えない。うん、これは絶対に見間違えじゃない。

身体は小型のギターそのもの、胴体からひょろい手足が伸びている。サイズにして30cmくらいだろうか。

一応、触ってみる。

——————あった。

()()()()()()()()()()()()()

 

「えぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえ!?!?」

 

私はビブラートいっぱいに叫んだ。

 

「おーいどうしたひとり大丈夫かー?」

(…………っ!?)

 

嘘でしょ——————!?

不味い不味い不味い不味い不味い!お父さんが階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる!どうしよう未確認生命物体って一体どうやって説明すればいいの!?「この子は私のイマジナリーフレンドのギタ男くんですっ!にこっ!」ってか!?ざっけんな頭おかしいと思われるのが関の山じゃい!——————と若干のキャラ崩壊をしながらも、とりあえずその場凌ぎをしなくてはと思い布団の中にいそいそと謎生物(生物?)を隠す。

 

「ひ、ひとりちゃん何す——————」

「お願いだから黙って……!」

 

とりあえず膨らみを誤魔化すためにギタ男(?)の上に乗っかったところで、お父さんの「入るぞ?」という声が押し入れの向こうから聞こえてきた。

 

「どうしたの大声出して」

「い、いや大丈夫だから」

「本当?小指でも打ったの?」

「そ、そそそそんなところ。……い、いいから出てってよっ!」

「うおっ、ちょ」

 

バタン。私は無理矢理戸を閉めて拒絶を意を示した。「一体どうしちゃったんだよ〜」と言って寂しそうに去っていくお父さんに、小声でごめんなさいと呟く。決して反抗期という訳ではございませんのでお許しください。

 

「んー!んー!」

と、私の尻で苦しそうに蠢いている何かのことを思い出し、慌てて場所を移す。

 

「もー、酷いよひとりちゃん!死んじゃうかと思ったじゃん!」

 

ぷんぷん、と怒る様子は確かに可愛いのだけれど……けれど。

けれど何だ?

あぁもう怒っている事象があまりにもSF過ぎて何から質問すればいいのかさえ分からなくなってしまっているぅ……そっか、まぁまずは正体から聞くのが普通だよね、多分。あれ、普通ってなんだっけ。

 

「き、君はっ、何者なの……!」

「説明しようっ!僕の名前はギタ男!あまりに可哀想な君の妄想から生まれた全肯定的なイマジナリーフレンドさ!」

 

どんどんぱふぱふ〜!と口で言って盛り上げようとするギタ男。押し入れでするにはあまりにも場違いがテンションだった。しかも肝心の内容については、まぁそりゃそうだろうな、としか言いようがない。あまりに的外れな返答が返ってきたので、

 

「そ、そうじゃなくて……えっと、どうやって具現化したの……?」

 

と尋ねた。

するとギタ男はこちらを見つめながら、不敵な笑みを浮かべた。何それ意味わかんない怖い。

 

「孤独の悪魔」

「……え?」

「君が契約した悪魔だろう?その能力の一つさ」

「え?え?え?え?え?え?」

 

——————えぇ?

ぷつり。緊張がマックスになった私の意識はそこで途絶えた。




明日は更新無いよ。無いったら無いんだ。

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訓練パートは人気が出ないらしい

アンケートを踏まえて、というかほぼ僅差だったので『ぼっちバンド加盟回避ルート』で行こうかと思います。とは言いつつ私はヘタレ野郎なので後でどうとでも言えるようにはしておこう。
さて、今週は期末考査です。人生最後の定期考査ってことで楽しんでいきましょう。
そしてその三日目には私の推薦入試の結果が届くので精神崩壊しそうです。まじで受かってろよ。


「く、訓練パートは人気が出ないっていうのは、ジャンプで知ったかな……」

「ふぅん。他人の成長なんざ知ったこっちゃねぇってか」

「卑屈すぎる……」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

翌日。

私は例の空き地———孤独の悪魔を助けたあの場所———に足を踏み入れていた。まさかこんなに時間を空けずに再び訪れるなんて思っても見なかったのでノスタルジィのクソも無いけれど……で、どうして来たのかと言えば、理由は特に無い……訳では勿論なく、そうであったらどれほど良かったことか分からないが、今更どうしようもない。悪魔に関わってしまった時点で後の祭り。第72回下北沢アフターフェスティバルなのである。

事の発端はギタ男くんの一言だった。——————ギタ男くんの一言?

なんだそりゃ。

馬鹿みたいだ。……いやどっからどう見ても馬鹿ですね。はい私が馬鹿ですごめんなさい。

 

悪魔(バディ)の能力も知らないで公安の皆の力になろうなんて馬鹿がすることだよ!天気もいいし、折角だから外で練習してみたらどうだい?』

 

私が最も嫌がる行為「外出」を提案してくるあたり、見た目は可愛くてもあくまで悪魔の眷属なんだなぁということを思い知らされる。……関係ないかな?

で、烏滸がましいと怒られてしまい、私自身もそれに納得してしまった訳なので、仕方なく今私はここにいるのである。へぇ、おこがましいって漢字こう書くんだぁ……(現実逃避)。

 

「え、えっと……じゃ、じゃあ今からどうすればいいのかな」

「いやいや、僕に聞かれても困るなぁ」

 

嘘だろ。

信じられない。急に全放棄してきやがったぞコイツ。

 

「な、な、な、なんで……!」

「そんな捨てられた子犬みたいな顔しないで!折角の可愛いお顔が台無しだよっ!まぁ強いて言うなら、そうだなぁ〜……試しにひとりちゃんが1番カッコいいと思うポーズをしてみるっていうのはどうだい?」

 

ギタ男くんは人差し指を上に向け、有識者か何かのようにそう提案した。なるほど、いや全然なるほどではないけれど、確かにそれならいずれは孤独の悪魔の能力のトリガーに近づくかもしれない。種族は異なるとはいえ所詮は私と同じぼっち!思考回路はきっと同じなはず!ならば可能性はゼロではない。……うん、少なくともゼロではない!

 

「そ、それ、いつ終わるの?」

「さぁ?」

「いくつあるの?」

「知〜らない!」

「なんで知らないの?」

「なんでもは知らないんだよ。知ってることだけ」

 

それはなんでも知っている委員長だけが言って許される言葉だ。

私の相談相手の癖に肝心なことは知らねぇな、コイツ。と内心で腹を立てつつも、それを口にすることが根本的解決につながる訳ではないということは承知しているので(鏡の前の自分と喧嘩しているようなものである)、諦めてギタ男くんのアドバイスに乗っかってみる。

 

「じゃ、じゃあえっと——————こっ、これとか!」

 

数秒考えた結果とりあえず思いついた、現時点での私の中で最も『カッコいい』ポーズをしてみせる。

 

「おー!!!………おー?」

 

というか、領◯展開そのまんまである。

 

「ひとりちゃん、流石にそれは駄目だと思うんだよ……」

「……えぇ?どうして?」

「いや、だって、それ呪術◯戦」

「うん、guitarhero名義でOP弾いてみたも出したよ」

「えぇと、うん、そうだね。まずは何から説明しようか……」

 

ギタ男くんは懇切丁寧に、私に権利について説いた。まぁ説かれなくてもそれくらいは知っていたし(舐めんな)、ここは普段の活動場所である漫画ではなく小説であることからも、丁寧に描写しなかったらひょっとすると気付かれないのではないかという打算による行動だったのだけれど。

 

「あ、じゃあ、これはどうかな」

 

びし、と今度は絡めずに2本の指を差した。そして、何か起こってくれるかなぁといくばくかの期待を胸に、地面に向かって線を引いてみる。

すると、なんと。

 

——————ビィィィン!

 

「ひぃっ!?」

「やったよひとりちゃん!大成功だ!」

 

目の前に突如現れた青い壁の前で踊り狂う、ギタ男くん。

成功……成功なのか?しかしこれは一体どういう効力を持った壁なのだろうか。どうせギタ男くんも知らないだろうし……。調子に乗って前線に赴き、攻撃を防御できると思って発動したのに実は全く無意味だった〜なんてことがあれば、私は身体的にも社会的にも死んでしまう。確実に。

 

「すごい!こんなにすぐに使いこなせるなんて思っていなかった!」

「そ、そう……?にへへ……」

「うわぁチョロい……」

 

ギタ男くんがボソリと何か呟いたような気がしたが、幻覚の発した言葉なんだから実質幻聴だ。気にしない気にしない。

 

で、それから一時間くらいだろうか。私はとにかく試行錯誤を重ねて、その結果いくつかの攻撃方法を見出すことに成功していた。以下がそのまとめである。

 

①具現化

②一線

③無音

④ネガティブ方面への思考誘導

⑤思考停止

協力:通りかかった皆様。

 

恐らく、まだ色々あるのだろうけれど……キリもいいし朝ご飯の時間も近づいてきたしそろそろ帰ろうかな、と一種の満足感を抱きながら、帰路に向かおうとしたところで、

 

『てんてっててんてれてっててれん!!!』

 

と携帯から音が鳴った。久しぶりすぎて一瞬何が起きたのかとかなりテンパったが、よくよく考えてみればLINE……あれ?ロインだっけ?ラインで合ってる?まぁそんな変わんないしいいや。その通話の着信音だった。長く待たせてしまったら悪いと思い、急いでスマホを取り出して画面を見ると、そこに表示されていたは『マキマ』の文字。

……うーん、なんだろう。嫌な予感がする。

ピ。

 

『もしもし、ひとりちゃん』

「は、はははははははははははいごごごごご後藤ひとりですすすすすすすす」

『……回線が悪いのかな?一旦かけ直そうか?』

「いっいえ大丈夫ですっ!ご、ご用件は何でございましょうか!!」

 

焦るな〜焦るな〜と深呼吸。空いた左手を使って空中に「人」という文字を書いて、ガブリと頬張る。うん、効果ゼロだ。全然落ち着かない。心臓バックバク。勢い余って今にも私の身体から逃げ出してしまいそうである。心臓が逃げるッッッ!!!

 

『ひとりちゃんの初仕事だよ』

「へ?い今なんて——————」

『だから、仕事。場所はトークで送るから、朝ごはん食べたら確認してね』

「は、はいっ失礼しま」

 

——————ぶつり。

 

「……あっ」

 

間違って通話終了押しちゃった。やばいやばいやばいどうしよう。怒られる!?あの怖そうなマキマさんに怒鳴られるのか!?いや違う!あれは逆むしろパターン!つまり静かに怒ってくるタイプの人間だ!

ならば当然、伝家の宝刀

 

「私はね、怒っている訳じゃないんだよ」

 

が繰り出されるに決まっている!嫌だ!切られたくない!

あぁ、今すぐ死にたい……今から文字通り死地に赴くにも関わらずそんなことを思いながら、ひとまずは自宅へ駆け足で戻った。

 

……ていうか、そもそもまだ働くって言ってないはずなんだけど、どうしてもう働いている前提で話が進んでいるのだろうか……。

 

♦︎♦︎♦︎

 

で、時刻は丁度午前9時。4課の全員(多分)はとあるホテルの前に来ていた。ちなみにギタ男くんはいつの間にか消滅しているので、どうにかすれば出したり消したりが可能なのだろう。周囲の人間にどう説明すれば良いのか分からなかったので、有難い。絶対テンパるもんなぁ。

ていうかなんかこの前は居なかった女性がいるんですけど……あれは間違いなく私の苦手なタイプ——————所謂『陽キャ』。絡まれたら面倒臭そうだから何があっても目を合わせないようにしなくちゃ……」

 

「おいうぬ。声に出ておるぞ」

「ひひ、す、すすすすみません死んで詫びさせて頂きます!!!」

「……おいデンジ、コイツなかなか面白い奴じゃよ」

「分かる」

 

おい、面白い奴って言うな。分かるって言うな。こちとら毎日を生きていくだけで必死なんだぞ。そんな怨念を込めて睨んでみるも、どうやら通用していないみたいだ。っていうか『睨む』って能力のトリガーの一つだと思ったんだけど、違うんだ。なんか意外。

 

「で、なぁ早川。ここに悪魔がいんのか?」

「いるんじゃろ!?早く戦わせろ!」

 

デンジくんと不思議女性の言葉に、早川さんの眉がピクリと動いた。同時に私の肩も震える。

 

「デンジ。パワー。お前ら、敬語はどうした」

「敬語ォ……?」

 

どうやら金髪の方はパワーさんというらしい。……えっパワー?キラキラきららネームにも程がない?

 

「オメェみたいな奴に使う敬語はねぇよ!」

「人間は傲慢で愚かじゃ!」

 

ほぼ、というか機械で計算したんじゃないかというほどに全く同じタイミングで2人は早川さんに煽りを入れた。が、流石は大人の男・早川サンである。決して安易に怒鳴ったりはしない。胸ポケットからスッと取り出したガムを2人に見せつける。すると。

 

「早川先輩」

「センパーイ」

 

チョロ……いやもしかして私も客観的に見たらこんな感じ?

 

「このホテルの内部で悪魔の目撃情報がある。銃の悪魔のカケラが引き寄せられているから、恐らく食ってる奴だ」

 

じゅ、銃の悪魔……?食ってる……?私の知らない情報が頭上で彷徨いている。これはあれだ。授業で班活動をしているときに仲の良い他メンバーが私の存じ得ない身内トークを始めた時の感覚によく似ている——————といつもの自己嫌悪に陥ろうとしていたところ。

 

「説明しよう!」

 

奴が出てきた。

しかも耳元、極小サイズ。ポータブル。

もはや昆虫である。

 

「うひゃあっ!」

 

私は後ろへとド派手に倒れた。

なんだなんだとメンバーがざわつく。

 

「大丈夫〜?怪我ない?」

 

尻が。尻が痛い。と悶絶している私にそっと手を差し伸べてきたのは——————右目を眼帯で隠した女性。あれ?そういえばこの人も見たことがないような、と今更ながら気が付いた。名前を聞くべきなのだろうけど、出来るかな……よし、やってみよう。

 

「あ、え、えぇええと、大丈夫ですぅ。えっと、その、な、名前とか……」

「名前?私は姫野だよ。宜しく」

 

そう言って、倒れた私に右手を差し伸べてくれた。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

私はそれを掴み、立ち上がる。この世のものとは思えない程に綺麗で——————冷たい手だった。

冷え性なのかな、と思いつつ手を離し、目を見ずに感謝の気持ちを述べる。そして、再度周囲に目を向ける。

——————デンジくん。

——————早川さん。

——————パワーさん。

——————コベニさん。

——————荒井さん。

——————姫野さん。

素人ながらに言わせてもらうと、今から命懸けの悪魔退治をするにあたってこのメンバーはとても心強いのではないかと思う。頼りになると言い換えても良い。この緊張感のなさがむしろ私を浄化してくれる。まぁ、だからといって私も緊張しなくなるというわけではないし、唯一怖がって震えているコベニちゃんとほぼ同族に等しい存在でしかないのだけれど。

……バンドと、デビルハンター。

一体、どちらのほうが私は成長できるのだろうか。

まだ、分からない。

とりあえず、どちらも経験してみなければ。

とはいえなんとか皆の役には立ちたいな、と心の片隅で——————いや嘘です。ど真ん中でそれしか考えていません。役に立たなくちゃという責任感が重くのしかかってきて今にも死にそうです。

 

「あの……ギタ男くん」

「なんだい?」

「じゅ、銃の悪魔のこと……説明して」

 

責任感。全く嫌な言葉だ。私が今まで避け続けてきた言葉であり、今でもできることなら関わりたくもないと思っている。

だけどそれは——————1人で、の話だ。

皆がいれば、もしかしたら。

 

♦︎解説開始♦︎

 

13年前、悪魔への対策に世界中が銃で儲けようとしていた時期があり、銃を使った内戦や事件、暴動が増えてしまった。

どの国のメディアも活発に銃のニュースを取り上げたことによって、以前より世界的に銃が恐れられるようになった。悪魔にとって恐怖心は力の源泉であり、人間が恐れるほどその力は高まる。そしてアメリカで銃を使った大きなテロが起こったその日に、銃の悪魔は現れた。

 

13年前に暴れ回ったあと、銃の悪魔は今日まで姿を消している。

しかし残した影響は大きく、その被害によって悪魔そのものに対する恐怖心が高まり、全ての悪魔が以前よりも力が強まってしまった。

銃の悪魔を少しでも弱体化させるために、銃の所持は世界的に規制され、報道が制限されるようになった。

 

銃の悪魔の出現時にはその移動速度から体組織の一部を飛散させており、肉片が弾丸のような形であちこちに残している。

肉片を食べた悪魔は銃の悪魔の力によって力が増すという性質を持っている。しかし、これは銃の悪魔に限った話ではない。強い力を持つ悪魔の肉片はたとえ僅かな量であっても、取り込みさえすれば力の恩恵を受けることが出来る。

 

銃の悪魔の肉片は肉片同士でくっつき、ある程度の大きさになると元の身体の場所へ誘引され再生しようとする性質から、”肉片を集めて大きくすれば銃の悪魔へとたどり着く”と言われている——————

[pixiv百科事典より抜粋]

 

♦︎解説終了♦︎

 

そしてそのまま緊張感のかけらもなしにホテル内部に侵入してからおよそ45分後のこと。

 

「え、え、え、えー!えー!」

 

私たち一行は——————哀れなことに、惨めなことに、悪魔の攻撃をもろに喰らっていた。

まぁ、あれだけ緊張感が無かったらそりゃあどこかで足元をすくわれるのは当然なんだけどね……。

いや本当、返せよ。信頼。

あと言われてみればどこにいるんだよマキマさん。




pixie百科事典から銃の悪魔の説明を持ってきて文字数を引き伸ばす姑息マンですこんにちは。
参照:https://dic.pixiv.net/a/銃の悪魔

承認欲求モンスターが暴れ始めるので感想評価お願いします。


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幽霊の悪魔、そして。

テスト期間だから更新遅くなるよ。推薦落ちてたら共テ受けないといけなくなるからもっと遅くなるよ。


「この世に永遠ってあると思うか?」

「わ、私的には班活動の時間とか体育とか、結構あるなぁ……」

「そういうメンタルな話じゃなくて、ガチの永遠の話だよ。いつまで経っても色褪せない、不朽の名作ってよく聞くじゃん」

「え、えぇっと、半永久的っていうのはあると思うけど、そもそも人類がいつか滅ぶだろうし……」

「悪魔によって?」

「いや、人間によって」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

悪魔を退治できたら姫野さんがベロ入れたチューをしてくれることになった。

 

なんで…………えっなんで?????

本当になんで?

 

事の発端は30分前——————デンジくんに起因する。いや、ある意味姫野さんが発端というべきか。まだホテル内部に潜入する前、駐車場での出来事。いきなり姫野さんが、

 

「退治できた人にはほっぺにキスしてあげまーす!」

 

なんて古手川さんが黙っちゃいないレベルで破廉恥なことを言い始めたのだ。私とその横のコベニちゃんは、何を言っているんだこの人は、と呆れを通り越した畏怖の念を抱いており、最善は尽くしたものの惜しくも止めることは叶わなかった。嘘です。両者端で震えたまま何もしませんでした。役立たずでごめんなさい。

問題はここから——————いや、最初から大問題といえば大問題だけれど、更に事態が悪化していく。

キス。それは恐らく男のロマンである……はず。なのに、どうもデンジくんは乗り気ではなさそうで——————あぁこの人マキマさんのこと好きなんだな、と恋愛に疎い私でさえも一瞬で理解した。

 

「エッチなことはなァ。相手のことを理解すればするほど気持ち良くなるんだぜ?」

 

とか言い出した時には羞恥心で溶けてしまうかと思った。本当に、皆して何を言っているんだ。何の話をしているんだ。なんなんだよここまともな人間が少なすぎるだろおおおお!!

 

「なら仕方ないか」

 

と、そのまま綺麗さっぱりなし崩しになってくれれば良かったのだ。それで万事解決(オールオッケー)だったのだ。しかし後程「年頃の男の子弄ぶのが一番楽しい」などとのたまっていた姫野さんは決して諦めたりしない。いやおいそこは諦めてくれよ。

 

で、最終的に行き着いたのが——————ベロチューなのである。

 

……もしかしてそれ、あたしも参加しなくちゃいけないんですかね?

無理だよ、シンプルな会話ですらままならないのに。

 

♦︎♦︎♦︎

 

「悪魔とか何処にもいねーじゃん。勘違いかイタズラ電話じゃねぇの」

「でも、その割には人がいないんだよね〜……」

 

最初は盛り上がっていたデンジくんも、ここまで何もないとクールダウンしているようである。既に7階まで到達しており、それまでの間は本当に何も起こらなかったのだ。それが、この階でも適応される訳ではないけれど。

ちなみに私は、というと。

 

「……ひ、ひとりちゃん大丈夫ですか」

「あっ……だ、大丈……夫、です…………!」

 

ゼェゼェハァハァ、バテていた。今はコベニちゃんが支えてくれているから良いものの、この子がいなかったら今にも倒れそう——————というか個人的にはむしろ倒れてしまいたい。悪魔は人間の恐怖で強くなると聞いたけれど、正直怖がるどころでは無いんだよね。なんかもう疲れた。どう考えても引きこもりの女の子に歩かせる距離じゃないぞこれ。なんでもいいから早く私を楽にさせてくれ。

にしてもコベニちゃん、全然息切れしないなぁ……怖がって動悸が激しくなっているのは確かだけど、疲れた素振りだけは一切見せない。きっと見えないところで努力しているんだろうなぁ。友情のため、勝利のために。そういう部分は尊敬するし、実は結構強いのかもしれない。

 

「7階……にも、何も無いですね」

 

荒井さんが呟く。

 

「そうねぇ〜。んじゃ8階行こうか」

 

姫野さんの言葉を合図に上の階に向かった。

8階。

ここが全ての始まりだった。

 

8階の捜索も中盤に差し掛かり、ここにも何も無い、といい加減疲れ果ててしまっていた——————そのとき。

——————ゾク。

背筋に、悪寒。

何、今の……?

 

「お、ひとりちゃんも気がついた?」

「……ひぇ?」

 

突然、姫野さんが「アンタやるなぁ」みたいな感じで話しかけてきた。いや、はっきり言わせてもらうと何も分かっていないんだけど……何の話……?

 

「もしかして……」

 

もしかして、この寒気が悪魔が現れる前兆だったりするのかな?悪魔の威嚇とか、そういうあれ。でも、だとしても気が付いているのが姫野さんと私だけなのは何故だろうか。私よりもデビルハンターとしても歴が長い早川さんたちが気づけていないのはどういう……。

あ。とここで一つの仮定を見出す。

 

ぼっちは、周りの空気に敏感——————?

 

つまり、私が契約した孤独の悪魔の常時発動能力なのではないだろうか。ただの仮説に過ぎないし、契約以前との比較も不可能だからいつまで経っても仮定止まりな訳だけど、孤独専門家としての意見を述べさせてもらうと、あり得ない話ではないと思う。おぉ、なんかこの感覚!RPGのマップを広げているみたいで楽しいじゃないか!今後もこういう感じで、色々経験して積み重ねていけばきっと頂点まで行ける!チヤホヤされてしまう!

 

「来るよっ!」

 

妄想から現実へ引き戻す鋭い声。と同時に前の扉が、ギィ、と禍々しい音を立てて開いた。

ぺた、ぺた、ぺた。何かがドアの向こうからこちらに向かってくる。

 

「——————え」

 

それは、おじさんの顔にそのまま手がついた——————まるで、カー◯ィのような……とか言ったら色んな所から怒られそうなので言わないけども、とにかく地球上の生物とは思えない生物だった。

ぎょろり。私たちの誰かに目が合った。

 

「ふひひっ」

「ひぃっ!」

「ひ、ご、ごめんなさ——————!」

 

横でコベニちゃんが小さな悲鳴をあげる。私は恐怖のあまり謝罪をする。

既に同族判断を済ませていた2人は、強く硬く抱きしめ合った。

そしてその姿を見た悪魔は——————ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべ、こちらに向かって勢いよく跳躍してきた。

 

「ぃよっと」

 

いや、厳密には襲い掛かろうとした、という言い方の方が適切であり——————これまた奇妙な現象で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その様子はまるで、透明人間か何かに掴まれているようだった。苦しそうにもがいているものの、その腕から解放されることは叶わない。

 

「あはははははは!バトルじゃバトルじゃ〜〜〜!!」

 

ドタドタ、と五月蝿い足音を立てつつ血気盛んに駆け出したのは、パワーさんだった。テンションたけぇ……うぅ、やっぱり相容れない存在だなぁ……。

なんて、現在進行形で私からの評価が下がっているパワーさんはそんなこと気にも止めずに手から突如、真っ赤な剣を生成して——————豆腐のように悪魔をぶった斬る。

悪魔の紫色の血が、赤い絨毯の上に飛び散る。

ヒ、と靴に少しかかったコベニちゃんが跳ね上がる。

 

「どーじゃどーじゃ!」

 

これはあとから聞いた話。

パワーさんは血の魔人らしい。魔人とは、悪魔が人間の死体に憑依した存在で、悪魔であった頃よりも身体能力・生命力が大幅に弱体化するが、悪魔の能力はそのまま使用できるらしい。つまりこの人——————人?は元々血の悪魔だったという訳だ。

血を固形化して、武器にする。

……めちゃくちゃ強くない?

 

「ふはははは!ワシに怯えて動けんくなっとったわい!」

「違う違う、私がやったんだよ」

 

へ?と腑抜けた声を出すパワーさん。どうやら本気でそう思っていたらしいけれど、そりゃそうだろと言う他ない。どう考えても絶対違う。

 

「私は幽霊の悪魔と契約しているんだ。右眼を代償に幽霊の右腕を使えるってわけ」

 

姫野さんはトントン、と右手で自分の眼帯を指差しながら自慢げに笑った。可愛いな……やっぱり美人だと一挙一動が様になる。私は一生こうはなれる気がしないや。くぅ、いいなぁ、羨ましいぜ。

 

「そんな簡単に契約しとる悪魔を言っていいのか?うぬらはわしを監視しとるんじゃろ?そうじゃなぁ——————」

 

パワーさんはキョロキョロと忙しなく顔を動かし、私と目が合うとニンマリと笑った。

 

「じゃあ仮にわしがこいつを殺すと言ったらどうする?」

「痛っ……!ひっ、ひぃっ!」

 

先程と同様の能力で生成したであろう真っ赤で鋭利な爪が私の喉元に触れる。易々と命を握られる感覚に、肩の振動がより一層増した。——————が。姫野さんにとってはそんなもピンチでも何でも無いらしく、

 

「今すぐ手を退けな?」

 

冷静に幽霊の手を使ってパワーさんの首を握った。

 

「ぎ……がはッ!——————!?掴めな……ッ!」

 

姫野さんが契約しているのは、幽霊の悪魔——————ということは当然見えないし、私たちからの干渉は全て無効化される訳で、第三者である私の視点では滑稽なパントマイムのようにさえ見えた。本人の表情は死にかけなので、剽軽とは程遠かったけれど。

 

「じゃ、行こっか」

 

…………。

幽霊よりよっぽど怖い。

 

♦︎♦︎♦︎

 

「……ってあれ」

 

9階に到着して最初に異変に気がついたのは、先陣を切っていた新人・荒井さんだった。

 

「……あの」

「なぁに?」

「俺たち、今——————8階から上がって来ましたよね」

 

何を今更、といった表情で「そうだね」と頷く姫野さん。私も同感で、荒井さんが何を伝えるためにこの質問をしているのかさっぱり分からない。だって、さっきまで8階にいたのだから当然ここは9階——————え?

 

「ここも......8()()()()()()?」

 

LEDで発光しているその文字は、明らかに『8』だった。

 

まさか、と私は廊下に目を向ける。

 

「や、やっぱり……これ」

 

そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

私とコベニちゃんのバイブレーションは、更に加速した。

 

「あ、え、あ、悪魔……?」

 

不味い。どうしよう。

なんか急に怖くなってきた!




明日ついに推薦の結果が分かります……生まれながらのピーナッツヘタレ野郎なので凄く怖い。皆さんの感想・評価を見て命を紡いでいきたいと思うのでどうぞよろしくお願いします(姑息)


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ぼっち最高!ぼっち最強!(1)

いつの間にかお気に入り登録190人です。まじか。しかもランキングにも入ってたみたいで嬉しい。ちゃんとスクショしました。
本当にありがとうございます!!!今後も頑張ります!

で。推薦は落ちました!クソがッ!
そんな訳で今からガチ勉強しなくちゃいけなくなったので(点数的には余裕ですが一応)、更新頻度を落とすor一話の文字数を減らす、のどちらかで迷っているんですよね。この話の最後にアンケートを設けたのでご協力お願いします。


8階から逃げられなくなってしまった。それは何か弱みを握られている、とかいう精神的なものでも、バリケードが作られた、とかいう一時的なものでもなく——————永続的な、永遠なもの。

階段を上がっても下ってもたどり着く先は8階。

窓から逃げようにも、窓の向こうにもまた部屋が広がっている。

上がっても下がっても出ても入っても開けても閉めても渡っても降りても飛んでも跳ねても寝ても覚めても逃げても食べても飲んでも吸っても怒鳴っても怖がっても——————逃げられない。

どう足掻いても脱出が不可能だという結論に至ったのは、私たちがこのホテルに入ってからおよそ1時間半が経過した頃だった。

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

今はホテルの一室———勿論8階———で全員揃って休憩していた。最初こそ、なにか脱出の手立てが無いかと探し求めていたけれど、結局何もなかったのだ。

他の階に行けないこと以外、ただの廊下だった。悪魔がいる訳でもない。が、これが悪魔の能力であることは明らかで——————どこかに潜んでいるはず。気が抜けない状態で、コベニちゃん、荒井さんなんかは特に気が滅入っていた。逆にデンジくん、パワーさんはいつも通りだし、姫野さんは何を考えているのか分からない。マキマさんは今どこにいるのかさえ分からない。

私?私は、どちらかといえば大勢といることの方にストレスを感じている……まぁ確かに、全部屋から盗んできた(後で必ず返します!)食料もいつかは底を尽きる。早々に脱出しなくちゃ不味いというのは分かっているのだけれど、その一方でどこか安心感を覚えているのも確かだった。

密閉空間。

そう!

まるで我が家の押し入れのようじゃないか!

3年間毎日ギターを練習した結果特にチヤホヤもされずひたすらYouTubeに動画をアップし続けたあの思い出の押し入れ——————!

 

「じゃあ、とりあえずアンタらヘタレ組は休んでろ。姫野先輩、コイツらの見守りお願いします」

「えぇ〜私に全任せなの〜?」

「勘弁してくださいよ。この状況下でコイツらの世話なんか出来ません」

「世話なんかなくても俺はやってけるぜ?なぁパワー」

「おうっ、あたぼうよっ!」

 

お前らがやってけるかどうかじゃなくてその結果が周囲に及ぼす被害を問題視しているんだ——————とでも言いたげな目でじっと2人を見つめていた早川さん。しかしため息を吐いただけで別段怒鳴ることもなく

 

「見回りに行ってきます」

 

と言ってそそくさと、怖がる様子もなく(凄い)、まるで買い物しに行くかのように部屋を出ようとした。

 

「あ〜ちょっとアキくん待って待って」

 

が、それを姫野さんが止めた。

 

「この子連れて行ってあげて」

 

この子。

この子……。

……………………あれ、もしかして私?

 

「嫌ですよ。1番面倒そうじゃないですか」

「えっ……」

 

さらっとしれっとすりっと結構酷いことを言われたような気がする。聞き間違いだと信じたいなぁ、人間不信になりそう……。面倒だなんてあまりに心外な評価で、なんだか告ってもないのに振られた気分になってしまう……うぅ、ー切ない……そんな冷たい目線を向けられると場の空気もろとも凍ってしまう……。

 

「そう言わずにさ、新人教育も仕事だぞっ!」

 

にこっと笑う姫野さん。目を逸らして、「仕方ねぇな」と呟く早川さん。最後にもう一度満足げに笑う姫野さん。なんともまぁ綺麗な3コンボが決まった。ていうか、早川さんじゃなくてもこの人のスマイルに逆らえる男子なんているのだろうか?あまりに美人すぎて私ですらなんでも言うことを聞いてしまいそうに……あっそれはいつも通りだった。

全く、ひとりちゃんはうっかりさんなんだからっ☆

 

「……………」

「おい何やってる。さっさと行くぞ」

 

自分のキモさに戦慄していた私を、早川さんが急かす。行きたくないが仕方ないので慌ててついていく。

廊下に出ると、当然ながら先程と同じ光景があった。当然?いや、閉じ込められていなかったらもうホテルから脱出していて良い頃合いだと思うから、当然ではないのだけれど。正しい時間は時計が動かないから分からないんだ。

私たちは空間的にも時間的にもこの階に閉じ込められている。

一体、なんの悪魔なのだろうか。

 

「あっあのっ」

「…………」

 

えっ無視?——————と思っていたら「早く用件を話せ」と言われた。どうやらこの人、デンジくんやパワーさん、姫野さんの前以外では寡黙な人間らしい。良かった。ちょっと失礼なところは違うけど、この人は私と同類だ!

……いや、違うか?……あぁ、なるほど。

これはこれは、私としたことが判断を誤ってしまった!

危ない危ない、見てくれに騙されるところだった。同類なんかじゃないぞこの人。一体どういうことか説明しておくと、古来よりぼっちというものは2種類の分類が存在しているのだ。

1つは仕方なくポジションを甘んじているタイプ。

もう1つは自らぼっちであることを好むタイプ。

私みたいにキョドらないあたり、早川さんは後者に近いはずだ。そして私は前者——————その差は歴然としている!

 

「いいもん、わ、私にだって、友達はい〜っぱいいるんだからぁ……ねー、ギタ男くぅん……」

「……めんどくせぇ……」

 

今のは、確かに面倒だな、と自分でも思った。だけど、思っても口に出さない優しさがあってもいいと思うんだ私。

 

「えっえぇっと、ここから抜け出す方法とかって思いついてたりとか……」

「思いついてたら、こんなところでモタモタしてないだろ。正直、検討もつかない。お手上げだ」

 

そう言って、文字通り右手を上げた早川さんは徐ろにその手を狐の形にして——————

 

 

「——————コン」

 

静かに。

そっと。

誰かに耳元で呼びかけるような優しい声色には似つかわしくない、大変奇妙なフレーズを口にした。……まさか、狐だから、コン?えっどういうこと?意味が分からない。

訳わからん……コン……コンブ……???

コンブっていうより、訳ワカメだ。

もしかしてこの人、私に負けず劣らずの変人なのでは……!?

 

「俺は狐の悪魔と契約してるんだよ。でも出てこないってことは外界から完全に遮断されているってことだ。なら親玉が向こうから来てくれない限りはどうしようもないだろ」

 

私から最低最悪の勘違いを受けていることを察知したからかそうではないのか把握しかねるが、早川さんはそう説明してくれた。狐の悪魔なんてものがいるという事実に、私は少し驚く。

悪魔といえば怖がられるものから生まれるイメージだ。確かに狐は寄生虫——————エノキ……違う。エキノコックスだったっけ?を持っているらしいし、怖いといえば怖いのだけれど、うぅん、どうもしっくり来ない。無理矢理イメージを付けるとするなら、九尾の狐みたいな妖怪変幻の話が妥当だろうか。フィクションへの恐怖も悪魔になり得るんだったら稲◯淳二の悪魔とかいたら強そう。どう考えても最強クラス……。

 

「お前はなんの悪魔と契約しているんだったか」

 

不意に尋ねられた。案の定、いつも通り最初に「あ」をつけて、吃りながらも説明した。悪魔の名前、どうして契約する羽目になったか、そして能力について。

 

「孤独の悪魔、か。お前に似合ってると思うぞ」

「そ、そうですかねぇ……えへへ、ありがとうございますぅ……」

「溶けるな。なんだその身体。それも悪魔の能力か?」

「いえっこれは体質というか……」

「余計ヤバイだろ、それ」

 

ツッコミを入れつつも実の所どうでも良さげに、廊下を歩き続ける。既にこの紫の血液を見るのも10回目だ。最初こそ怖かったものの、今となってはどうでもいい。飽きた。それよりも早く出たいという気持ちでいっぱいだ。

 

「でもさひとりちゃん」

「ひぃっ!  きゅ、急に出てこないでよ……!」

「どうした、ごと——————うわっなんだソイツ!?」

 

すぐに戦闘態勢に移る早川さん。そのプロっぽりには感嘆の息を漏らす程だけれど——————残念ながら、敵ではない。

 

「え、えぇと、ここここの子は、さっき話した通り、悪魔の、妄想を具現化できる能力で、つ、作ったイマジナリーフレンドのギタ男くんです」

「ぃよろしくぅ!」

「イマジナリー……フレンド……!?妄想……!?」

 

何が何だかさっぱり理解できていない様子で、今までクールな早川さんしか見たことがなかったので少し面白い。まぁ、今回はコンパクトタイプではないし、なんなら最初の押し入れのときよりも大きい3mタイプだからビビって当然なのだけれど……。

 

「それはね、悪魔の力が倍増しているからなのさ」

 

ギタ男くんは人差し指——————人差し指?を突き上げて、博士ポーズを取った。

 

「い、一体どういう……」

「例えばひとりちゃんだって、押し入れの中で弾くギターが一番上手いし、落ち着くだろう?それと同じさ!」

 

同じ……かどうかは知らないけれど、孤独の悪魔ならそれも納得。そもそも冒頭で『早々に脱出しなくちゃ不味いというのは分かっているのだけれど、その一方でどこか安心感を覚えているのも確かだった。』なんて独白をしていた訳だし……。ギターを練習するのはいつも押し入れで、突然ライブハウスや路上で演奏を!なんて言われたって萎縮してしまうはずだ。

はずだっていうか、確定事項。

つまり、ここは完全に外から遮断された密閉空間がゆえに、悪魔の能力が強まっていて——————その影響で、出現するギタ男くんのサイズも比例して大きくなった、というわけだ。ならホテルに入る前のポータブルギタ男くんは、別に周りに気づかれないための配慮とかではなく、ただの理屈だったのか……感心して損した。

にしても孤独の悪魔くんにはやっぱり親近感が持てる……相棒なのに最初血をあげたときしか話せていないし、いつか一緒に話してみたいなぁ。ぼっちトークで花を咲かせてみたい。——————その花はラフレシアかもしれないけれど。

 

「それよりも、気がついた?」

 

珍しくギタ男くんから疑問を振ってきた。「何がだ?」と既に慣れたらしい早川さんが返すと、ギタ男くんはス、と前方を指差した。

 

「あの、さっきパワーちゃんが殺した悪魔——————どんどん大きくなっていってるよ?」

 

ぐにょぐにょ、ぐにょぐにょと、遠くで何かが蠢いている。

……うーん、なんだろう。

n度目の嫌な予感。




次回、いい加減戦いが始まるかな?早く戦闘シーンが書きたいです。

感想・評価などお願いします!皆の声が、私の勉強のモチベになってくれる!


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ぼっち最高!ぼっち最強!(2)

無理せず書いてって言ってくださった方がいて凄い嬉しかったです。要望に沿って無理せず書きます。あとお気に入り登録者300人突破したので謝辞をば。ありがとう。誤字多くてすまん。今後もよろしく。

関係ない話。
3週間後に待ち構えている共テで良い点取りたい。多分点数的にはなんとかなるんだけど二次試験で焦らないように600……いや、緊張でまともに解けないだろうから550点……500!500点は欲しいところ!推薦入試からの燃え尽き症候群で国語の点がぐんと下がっているので気をつけようと思います。頑張る!

——————とか言いつつ6000字も書いてるのどうなのよ。


「いっ良いニュースと悪いニュースがありますけどどどどっちから聞きますか……!」

「ん〜、じゃあ悪い方から」

「さっき、パ、パワーさんが倒した悪魔——————なんか大きくなっていってます」

「えっ嘘、まじか。……じゃあ、良いニュースは?」

「とっ、とととと特に無いありませぇん!!」

「噛み噛みなのにどうしてわざわざユーモアを混じえてくるの!?」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

見回りから帰ってくるまでの隙にメンバーがおかしくなっている。

デンジくんはフカフカのベッドで深い眠りについているし、コベニちゃんと荒井さんは恐怖のあまり布団に包まって震えているし、パワーちゃんはひとりでノーベル賞云々と騒いでいる。2名に関してはもはやいつも通りという言い方が可能かもしれないが、少なくとも唯一まともなのは姫野さんだけのようだ。窓枠に座ってタバコを吸い溜息を吐く姿は、なんというか、どこか艶かしくて絵になった。

 

「これ最後の一本かぁ……」

 

……前言撤回、まともじゃない。ただのタバコ中毒者だった。一体、ここに来てから何本吸ったのだろうか。少なくとも私が部屋を出る前にはそのタバコケースのなかに8本の未使用タバコが残っていたはずだけれど。

 

「もう無いんですか。今貰おうとしたんですけど」

「無いね〜アキくんどんまい」

「いや、あるじゃないですか、それ——————」

 

早川さんが指を差したのは、姫野さんが口に咥えている——————所謂、『最後の一本』だった。

 

「えっ」

「? どしたのひとりちゃん」

「いっいえなんでも……」

 

声に出ちゃった……けどやっぱりちょっと待って。この人なにが言いたいの?

まさか、それを、姫野さんが口に咥えているそれを貰おうとしているなんて流石に、ねぇ?

……無いよね?

 

「くださいよそれ」

 

そんなこと、あった。

 

「ん。どーぞ」

 

しかも普通にあげるんかい。

 

「あざっす」

 

しかも普通に貰うんかい。

 

てっきり冗談か何かだと思っていたら、本人たちからしたら日常的で些細な会話のひとつだったらしく、価値観の違いというものに驚かされた。普段は喋っただけで驚かれる側に位置している私だけれど、今回ばかりは私の価値観は間違っていないと思う。……間違ってないよね?

 

「で、どうすんの?大きくってどんなもんよ……」

 

なんて、私の葛藤など気にも留めずにそう言いながら、部屋の扉をそろりと開けて外を見る姫野さん。すぐに「うげ」と嫌そうな顔をしてこちらに戻ってきた。

 

「気ン持ち悪ぅ。天井までびっしりじゃん」

「ひぃっ!」

 

姫野さんのその一言に、コベニちゃんは肩を震わせた。「私たち全員ここで死ぬんだ」、という最悪のケースを想定したらしい言葉とともに、バイブレーションは更に強くなる。

 

その姿は私が昔やったホラゲーの登場人物に酷似していて——————って、ちょっと待って。

姫野さん、今、天井までって言った?

 

「言ったよ」

 

言ってた。

先程私と早川さんが見た時には、まだドアノブくらいまでの高さだったはずなのに。

ほんのちょっと見ない間にも、成長スピードが加速していっている……?時間が動かない分、それらが全てあの悪魔に集約されているとか……なら、正体は時間の悪魔という考察も可能だろうけれど、そうなると次は8階から抜け出せないことの意味がイマイチ理解し難い。というかそもそも真相解明したところで生きて帰れる訳ではないんだから、早く倒す方法を考えなくちゃいけないじゃないか!

 

「ふぁ〜……んでどうすんの?」

 

ベッドに寝転がりながら、他人事のようにデンジくんが尋ねる。欠伸までしているが、当事者だよ君。

流石にこれではまとまりが——————結束力がなさすぎる……とか、ぼっちの私が言うのもあれだけど、いざ戦いだ、となったときに連帯感が無ければ、全員で生き残ることは難題になり得る。

結束バンド。

あっちはあっちで結束力がなかったなぁ、とふと思う。

不思議だ。

一生懸命に生きている彼女らのことを思い出すと、勇気が溢れてくる。

私も、生きなければ。

 

「あっあの!」

 

不自然に大きな声を出したのに、何一つ嫌そうな顔をせず、姫野さんが「どしたの?ひとりちゃん」と尋ねた。

 

「ひょっとして良いアイデアある?」

「あっいやそういう訳ではなくてその……とっとととりあえず、皆で良いアイデア考えませんかっ!」

 

♦︎♦︎♦︎

 

しかし作戦を立てるにしても、敵のことを知らない状態での思考なんて高が知れているということで一度全員で部屋の外——————廊下に出ることにした。抵抗するコベニちゃんと荒井さんから布団を剥ぎ取る時のパワーさんは、私が知っている中では最も生き生きした表情を浮かべていた。で、確認してみると、相変わらず悪魔は気持ち悪い増殖を続けているみたいだ。

……これ、どこまで巨大化するのだろうか。化け物に押しつぶされて死ぬなんて絶対に嫌だぞ。あぁ、今思うとカー◯ィもどきだった頃のお前可愛かったんだなぁ……可愛いの株価暴落してるぅ……。

 

「まぁ、とりあえず——————私の幽霊で」

 

そう言って姫野さんは右手をパーにして悪魔に向かって突き出し、そのままゆっくりと、ぐぐぐ、と林檎を握るようにグーにしていく。

手の動きと同期するように、悪魔の身体が捻れ、そのまま——————グシャリ。

グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。

そして続け様に、蛇口のような勢いで悪魔の身体から紫の血が溢れ出てきた。

 

 

『ぎ……ガガ……()()......ッ!』『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()——————!』

 

 

「ひっ」

 

先程とは違う、直接的な悪寒を感じた。

何だこれ。

肩が。——————私はここで、ホテルに入ってから1番強い恐怖を抱く。恐怖が悪魔を強くするし、その恐怖は伝染する。なんてことはお構いなしに、意思とは反して身体が震え始める。

あぁ、もう。

——————怖い。

 

『……なぁ、契約しないか』

 

ニヤニヤと笑う無数の目とはあまりにも対照的な言葉——————契約。

それはただの「お願いっ!」みたいな適当なものではなく、破れば死ぬ、かなり強制力の強いものだったはず。文字通り、一生のお願いって訳だ。私が孤独の悪魔を助けた時にだって図らずともその言葉を使っていたし——————

 

「…………」

 

嫌な仮説を思いついた。

もしかして私、チヤホヤされなかったら、死ぬのでは?

 

……いや、まさかね?死ぬのは契約を破った方だけだろうし、破られた側まで被害を被るなんて理不尽極まりないではないか。流石に無いはずだ。

うわ、待ってめちゃくちゃ心配になってきた……。

 

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……」

「後藤。目の前の敵に集中しろ」

「あっはい、すみません……」

 

早川さんから、まるで授業を聞いていない生徒を咎める教師のような注意を受けてしまった。まぁ私そもそも影が薄いから、大人に怒られたことなんて両親くらいなものだけどね。怒られないのは良いことだけど、なんかすっごい切なくなってきた……。

……っと。だから、集中なんだってば。これ以上怒られたら脳が破壊される!シャキッとしろ私!

 

「でー?契約って何よ」

 

姫野さんが面倒臭そうに尋ねる。

 

()()()()()()()()()()。そうすれば全員逃がしてやる』

 

悪魔から返された答えは、予想の斜め上を行くものだった。

ざわ、と空気感が一変する。私だけが乗り遅れていた。空気読めなくてごめんなさい……。

 

そもそもチェンソーマン?とは一体なんぞや——————早川さんにそう尋ねようとしたが、それよりも前に背後から「え、俺?」という声が聞こえてきたことで(前に背後から?)、他者とのコミュニケーションは最小限に把握することができた。ありがたい。とか言っているからいつまで経っても成長できないことは分かっています。だから何も言うな。

 

……デンジくん=チェンソーマンの等式の解法が全く掴めない。どうして、見た限り正義のヒーローとはかけ離れた存在であるらしいデンジくんがそんな異名を持っているのか。チェンソーの悪魔とでも契約しているんだろうって所までは想像が付くのだが——————あれ?

 

そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ここに来てから一度も悪魔の能力らしき片鱗を見せていないはずなのに……。

 

 

「ったく、なぁ〜んで俺なんだ〜〜?」

 

デンジくんの悪魔への問いかけに、ぷつりと思考が途切れる。いや、問いかけているというよりもこれは「面倒なことに巻き込まれた」という苛立ちを漏らしただけだろうか。よくもまぁ、この状況で冷静を保てるなぁ、と始めてこの人に感心する。あの姫野さんでさえ、額に汗を流しているというのに。

 

「ワシは賛成じゃ!」

「は!?嘘だろお前」

「わ、私も、です……ひっ!ごめんなさい!」

 

パワー、コベニちゃんが賛成の意を示す。

 

「あの……俺も賛成です。1人の命で全員が助かるというのなら、それが最善じゃないでしょうか」

 

さらに荒井さんも加わった所で私は、……まるでトロッコ問題みたいだ、と授業で習った内容を思い浮かべた。成績は特に良い方では無いけれど、あの時は自分の意見について隣の席の人と話し合いをしなくちゃいけなかったからよく覚えている。

要するにトラウマという奴だ。

「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」という形で功利主義と義務論の対立を扱った倫理学上の問題——————どちらも助けたいのに助けられないというジレンマ。それをどう乗り越えるか、という話だけれど、皆様、もとい読者様も人生で一度は考えたことがあるのでは無いだろうか?そしてその8割が「5人を助ける」と答えたのではないだろうか?

まさに功利主義に基づいた、ベンサムもにっこりの結果だ。

ただし1人を選んだ場合もそれはそれで「義務論」に基づいた正解であり、正しい答えなんて存在しない、と多くの人間が思っている。

だけど、それは違う。と、私は思う。

 

「ひとりちゃんは、どうしたい?」

 

この問題には、明らかな正解がある。

 

「いっ」

 

授業中には伝えられなかった答えを、今ようやく口に出す。

 

「——————『嫌です』」

 

1人を助ける、だ。理由は至ってシンプルで、5人もいたらトロッコが来る前に絶対何か対策できるだろうというある意味希望的観測によるもの。

——————だった。今まではそれを机上の空論だとばかり思っていた。だがそれは違うと今やっと理解した。

3人寄れば文殊の知恵。況んや5人をや。

3人寄れば文殊の知恵。況んや7人をや。

 

姫野さん。

早川さん。

デンジくん。

パワーさん。

コベニちゃん。

荒井さん。

そして——————私。

 

ほら、もう7人。ラッキーセブンだ。人と深く関わったことがないから知らなかったけれど、頼れる他者がいるということだけでこうも安心できるんだ。もしくは私が単純なだけかもしれない。どちらにせよ、今の私ははっきりと自分の意思を告げられるほどには強くなっていた。

 

「……だってさ」

『——————交渉決裂か。なら』

 

ぐにょぐにょ。悪魔の動きが活発になったような気がした。そしてそれは見間違いではなく。

次の瞬間、ものすごいスピードでこちらへと迫ってきた。

……ごめん、やっぱり前言撤回。

 

「——————逃げて!」

『——————死ねッ!』

 

何人揃ったところでっていうかむしろ人が多い方が混雑して逃げられないじゃないか!

もしかしてこれかなり不味いのでは……あぁあああどうするどうするどうする——————!?

 

「ッ! 幽霊でも足止めくらいしか出来ない!急いで!」

『無駄だ!永遠の悪魔から逃げられると思うな!』

 

永遠の悪魔——————そういうことだったのか。

だから外には逃げられないし、時間は止まったままだし——————永遠に、この時間のこの8階に閉じ込められていたということ。全てが解決した。

が、さっき言った通りそれが分かったところで解決には繋がらない。

相手の力が、圧倒的すぎる。

逃げながら文字通り必死に思考をまとめる努力を試みる。しかし上手い策が思いつかない。どうすればいいの!と叫びたい気分になる。叫ばないけど。叫べないけど。あぁもう、どうして私はこんなにも残念なんだ!最近流行りの残念な生き物辞典に載っちゃうじゃないか!なんだよもう死にた——————くはないけど!だからもう金輪際関係ないこと考えるな私!

……そうだ、ギタ男っ!

 

「ね、ねぇ!どうしたら——————」

 

「……ひとりちゃん、君には呆れたよ」

 

……え?嘘、この期に及んで叱ってくるの?イマジナリーフレンドの分際で?なんてクズ発言をしてみるも、どうやら彼の真意は違ったらしく、面倒臭そうにため息を吐いた。

 

「君は、今朝の自分の努力をもう忘れたのかい?」

 

あっそういえばそうだ、と今更ながら思い出す。私には必殺技——————と言えるかどうかは曖昧だけど、技を持っているじゃないか。このままじゃ宝の持ち腐れ、ただの要介護者だ!なら今使わなくていつ使う!今でしょ!

 

「えっごっ後藤さん!?」

 

横を走っていたコベニちゃんが、驚愕の表情で、立ち止まった私を凝視する。ふっふっふ……いやはい、怖がらせちゃってごめんなさい。

でもコベニさんや。安心しなされ。此奴は一生かかっても私に追いつけまい。

 

 

「——————いっ、一線!」

 

 

何故なら、陰キャはあんまりよく知らない他人との間に高い高い壁を作っちゃうからねっ!




「唯一まともな姫野さん」って書いてて切なくなった。8話くんさぁ……。
私の全部をあげるので感想評価ください。


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ぼっち最高!ぼっち最強!(3)

映画(ラーゲリより愛を込めて)を観たり日本史ガチったりして結構忙しかったんですがなんとか一話書きました。お疲れ自分。

そして、もっと孤独ちゃん(くん?)の活躍が見たいとおっしゃった皆様。おめでとうございます。今回からやっと活躍するよ。……活躍?


「わっ私って実写化したら誰かな?」

「んー、どうだろうなぁ。志◯未来とかどうだ?」

「い、いいね、それっぽい。へへ」

「気持ち悪……そして俺が松◯潤だな」

「一ミリも隠せてない……!」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

『一線』というのは、私が勝手に命名した、孤独の悪魔を媒介にした能力の一つのことである。

それは私しか見ることのできない半透明の青白い壁。しかし見えないからといって実体まで持っていないという訳ではなく、基本的には誰も通ることができない、言わば絶対のバリア。

 

——————そう、『基本的には』だ。

 

今朝、帰宅してからなんの気なしに家族にもこの能力を試みた。すると驚くことに、父、母、妹、ジミヘン——————全員が、なんの違和感も抱かずに通過することができたのである。びっくりして思わず声を出してしまった私に少し優しく接してくれた両親には感謝しかない。貴方達の娘はそんなにヤバい人ではないですよ。

で、最終的にここから得た私の考察。それは——————

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

最初は一体何だこの壁はと不思議に思っていたが、一度言語化されたらなんのこっちゃない。他人との間に高い壁を作って、自分を守ろうとする——————いつもの私そのものではないか。

つまり、前世からの因縁があるわけでもない孤独の悪魔は当然ながら、この一線を越えられない。折角だから「一定以上」の基準を数値化できたら良かったのだが、文系の中でもさらに底辺の私は数学なんてからっきしなのですぐに諦めをつけた。まぁなんとかなるでしょう、という根拠のない期待を胸に。

 

そして、今。

 

『な、なんだこれは——————!』

 

絶賛、なんとかなっている。

いける!いけるぞ!私でも皆の役に立てる!よし、今のうちに何か攻撃をしなくては……あぁ、そうだ。こんな場所におあつらえ向きの能力があるじゃないか!狭い空間でこそ効果を発揮できる、あの技!……まだ一回もやったことないけど!

 

 

——————ぶっ、物質生成!

 

 

——————とは要するに、ギタ男くんを作ったときの応用だ。昔からのイマジナリーフレンドだったギタ男くんは私個人としては最も作りやすい存在だったけれど、理論的には生物より非生物の方がコスパは良いはずだ。そう思い、私が自身の手の中に作り出したのは——————

 

武器の代名詞こと、銃。

 

掌の中に青い光が現れ、その場所に銃が生成される。おぉ、とこの時点で感動してしまったのだが、それだけでは終わらなかった。脳内で想定したのは手元の一個だけだったはず——————なのに突然、空中に大量の銃が現れたのだ。名前の知らない多種多様な銃の数々。一体どうすればいいんだよこれ。

 

「僕のアシストだよっ!」

「えっ」

 

お前そんなこと出来たの!?……というツッコミを繰り出せるほどに私の中に余裕は無かった。もしかしたらこのイマジナリーフレンド、使いようを理解したら相当強力な相棒になるかもしれない。へへ、相棒。いい響き。

まぁそもそもギタ男くん=孤独の悪魔みたいなものなので、出来て当然なのだけれど……で、この銃たちはいつまで停止しているのだろうか。

おーい。早く降りてこーい。そう空中に固定されていては、どうにもならないではないかー。

…………いや、もしかしたら。密閉空間内で悪魔の能力が強化されているのだとすれば、こんなことだって可能じゃないのか……?

 

「——————うっ撃てっ!」

 

一つの仮説を検証しようと悪魔の方を指差して叫んだ、その瞬間。

 

「きゃっ!」

 

ガガガガガガ‼︎——————喧しい爆発音が響き渡り、鼓膜を刺激する。上空を浮遊している銃が一斉に、弾丸を悪魔へ向けて発射し始めたのである。

……もしかしてギタ男くん、本当に結構強いのでは?

流石、私の友達だ。空想だけど。

 

『痛いぃぃい……痛いよぉ……!』

 

弾丸による痛みはある。確かにダメージは与えられている。だけど、どう見ても微々たるものだ。命中した箇所も、既に再生を始めている。永遠の悪魔だから死なずにいつまでも再生し続ける、なんて史上最悪な可能性に気がつき、これはいかんとひとまず撤退しようと思い立った。

が、みすみす見逃してくれる程に悪魔は優しくない。

 

『——————殺す!』

「撃って!」

「了解だよっ!」

 

大量の腕が此方へ迫ってくる。それを自動小銃が文字通り自動で追尾し、撃って撃って撃ちまくる。おかげでなんとか私のもとにまで来る心配はしなくて済みそうだ。

とはいえまだコイツの能力は未だ計り知れないというのも事実だ。ならばさっさと逃げなくては。そう自身を焦らせながら、勢いよく後ろを振り向く。

が。

 

「——————えっ」

 

そこには誰もいなかった。

有り体に言えば、アイツら先に逃げやがったのである。……え、嘘でしょ。まだ仲良くはなっていなくても、見捨てるに値する人間と思われているとまでは流石に想定していなかったんだけどな……これは今日イチでショックな出来事かもしれない。もうランキングが更新されないことを祈るばかりだ。

それと同時に、私の中の承認欲求モンスターが騒ぎ始めてそうな感覚が分かる。こんな時でも——————いや、こんな時だからこそ、誰かに認められなくちゃ生きていけない。それが陰キャであり私なのだ。いや、はい。そうですね!面倒臭い人間だということは分かっています!分かっているから……もう何も言わないで……!

引っ込め、引っ込めモンスター!この世界観で化け物は悪魔だけで十分だっ!

 

「ギ、ギ、ギタ男くん!どうして教えてくれなかったの……!」

「え?だって聞かれなかったから」

 

お前はキュウべえか!とツッコみが体外へ排出されるよりも先に、ホテル全体に異変が起き始めた。

私の勘違いでなければ……ゆっくりと廊下が傾いているような気がする。——————うん、気のせいじゃない。悪魔の方に体重が引き摺られていく。

最終的には直角になって——————うん。不味い気がする。

 

「ひとりちゃん!」

 

前——————というか、上を見る。するとある一室のドアの奥に姫野さんの姿があった。掴まれ、という意味だろう、私に右手を差し出している。

あと10m。傾き、30度。手に持っていた銃は、邪魔以外の何者でもなかったので悪魔に向かって投げつける。無論、ダメージはゼロ。

 

「走れ後藤!」

 

早川さんも叫ぶ。

 

あと5m。傾き、60度。

 

「おうおう頑張れよ〜人間」

 

パワーさんも私を応援——————していない。明らかにこれは娯楽として私を見ている顔だ。サッカーを観戦している、特段サッカーに興味があるわけでもない人間の顔だ。いやそれ私じゃないか。ルールも知らない癖に何調子こいて1人でブラボーとか言ってんだ。……じゃなくて。

そんなくだらない回想をしているうちにも、次第に勾配が急になっていく。

 

 

あと1m——————ここで、ようやく、ひんやりとした幽霊のような手の感触。

 

 

「いぃよっと」

「うわっ……!」

 

ぐい、と勢いよく引っ張り上げられ、ホテルの一室の壁——————もとい、床へドタリと倒れ込む。打った右腕を労りながら、慌てて廊下に目を向けると、そこはもう90度回転してしまった異常空間だった。

 

「大丈夫〜?ひとりちゃん」

「あっはい、大丈夫ですありがとうございま「うおっすっげ〜〜〜なんだコレ〜〜〜!?」

 

……す?

デンジくんの素っ頓狂な声が密閉された8階に響く。が、その声は私の後ろから聞こえた訳ではないらしく、ならどこだろうと辺りを見回す——————までもなかった。

前方——————つまり、向かいの部屋。命がけでジャンプすればもしかすると届くかもしれないぐらいの距離でデンジくんはあぐらをかいたまま下を見下ろしていた。

 

「ど、ど、ど、ど、どうしよう……」

 

デンジくんの後ろには完全に私とキャラ被りしているコベニちゃんもいる。つまり私側の部屋には姫野さん、パワーさん、早川さん、荒井さんの5人がいるわけだけれど……コベニちゃん、なんというか、完全に限界を迎えていそうだ……対照的に、こんな状況でも気怠げな様子を引っ込める様子のない彼はただのバカなのかやべー奴なのか……まだ、判断に困りかねる。

 

「なぁ後藤」

「ひゃ、ひゃいっ!な、ななななんですか」

 

デンジくんに不意に呼びかけられ、我ながらかなり不審な挙動を見せる。しかし相手は特に気にしていないらしく、そのままの態度で言葉を続けた。

 

「さっきのよォ〜、壁あんじゃん。あれ敷いてくれよここに」

 

指でジェスチャーをしているのは、この部屋とあっち側の部屋。つまりそっちに行きたいから橋を作ってくれと言いたいのだろう。

壁——————っていうのは要するに『一線』のことで合ってるよね?わざわざこんなコミュ障芋ジャージド底辺陰キャな私に苦虫を噛みながらも(被害妄想)お願いするのだから当然そうだろう。もし違ったら羞恥で死ぬ。まぁ、仮に一線のことだったとして、別に断る理由もないけれど、こういう雑務的な使用用途をされるのはいささか不満を感じざるを得ないな……と思う。もっと、こう、派手に使ってあげてほしいものだ。

 

いや、そもそも。

 

私とデンジくんって、仲良いのだろうか。

 

仲良い認定された場合、デンジくんは奈落の底——————もとい悪魔の胃袋の中へ真っ逆さまだ。それ以前に私の定義が間違っていて、『知り合い』というだけで通過が可能なのかもしれないし……と、いうことを吃りながらも伝えた。後ろからパワーちゃんに揶揄られながらだったが、全力で無視した。

すると、デンジくんは頭をポリポリと掻いて、

 

「難しいことは分かんねーけどよ。俺ァまだアンタのこと友達とは思ってねぇぜ。良く知らねぇからな。……それに、落ちても考えはある」

 

…………もしかしてこの人、最終的にエッチなことしようとしてます?

 

陰キャ特有の飛躍した発想が頭をよぎる。が、すぐに、まぁ流石に無いよねこんな芋ジャージとそういうことしたいなんて……と自惚れる(自惚れる?)気持ちは脱ぎ捨てて、さっと指を構える。相手側からのお墨付きなんだ。最悪落ちちゃったとしても全責任が私にあるわけではない。よし、やる。

 

——————いっ、一線。

 

「おぉ〜!すっげ!おもしれぇ!」

 

結果、普通に渡れた。むしろデンジくんが無邪気に楽しんでいる様子を見て、ワシもやりたいと駄々を捏ね始めたパワーさんを宥める時間のほうがよっぽど難儀だったと言えよう。にしても真下に悪魔がいるのによく真ん中でターンなんて出来るなコイツ。

続けてコベニちゃんも難なく通過。完全な杞憂だったらしく、一段落ついた私は溜息を吐き、安堵——————

 

「………………」

 

——————なんてできる状況じゃない!むしろここからピンチを乗り切る方法を考えないといけないのにどうして達成感に満ちているんだ私はっ!

さて、どうするか……皆から意見を募ろうとした。

が。

それよりも先に、

 

「デ、デンジくんを殺したら、出られるんですよね……?」

 

コベニちゃんがおずおずと尋ねた。「まぁ、そうだよ」と返した姫野さんの声色には幾らかの疲労が混じっていたように思われる。完璧超人のような印象を抱いていたから、弱い部分を発見したことで少しだけ親近感を持てた。少しだけね。本当、少しだけ。陰と陽の差くらい弁えておりますよーだ。

 

「こ、こここ殺したら、出られるんだ……」

 

——————って、ちょっとコベニさん?

なんだか顔が怖いですよ……?

 

「死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない……!」

「コ……ベニ、さん?」

 

いよいよ見てられなくなり、私はコベニさんの名前を呼んだ。しかし、焦燥の極限にまで達した彼女の耳には、もはや何も聞こえていないらしく、目線さえ合わせてもらえなかった。しかも恐ろしいことに、台所から持ってきたのだろうか、コベニちゃんは()()()()()()()()()()()——————え、包丁?

 

「ごめんなさい」

 

今までとは打って変わって冷静な表情で何か謝った——————と思いきや、勢いよく走り始めるコベニさん。その目が捉えている対象は——————デンジくん。

間違いない。

この子、本気で人を殺そうとしている。

……これ、かなりヤバいのでは……?

 

「デっ——————」

 

デンジくんは突然のことにどう対応すればいいのか分からないままでいる様子だ。同じく私もどうすればいいのか分からない。叫ぶことさえままならない——————このまま突進を許せばデンジくんの負傷は免れないだろう。でも、今の私にはどうすることも……。

 

あ。

そうだ、一線があるんだった。

と、ようやく気が付いた時にはもう既に取り返しがつかない所まで来てしまっていた。

デンジくんの。

お腹に。

包丁が。

深々と。

突き刺さって——————

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

「ひ、ひぃっ!」

 

コベニさんがデンジくんに突きつけた包丁がデンジくんに刺さることはなかった。しかしそれは的を外した、とかそういう意味ではなく、2人の間に他者が割って入ったが故の失敗だった。

 

早川さんである。

 

「……っ!」

「お、おいっ!——————ンで庇ったんだよクソが!」

 

額に汗をダラダラと流す早川さん。ごめんなさい、と連呼してへたり込むコベニちゃん。そして——————

 

「嘘……どうしようっ、アキくんがっ!」

 

そしてその荒波は、とうとう姫野にまで伝染を始める。眼球が早川さんに向いているようで、向いていない。どこか虚空を見つめているようだった。

 

 

「アキくん、アキくん、アキくんが……っ!どうしようどうしようどうしようどうしよう!」

 

 

常に飄々とした態度を崩さなかった姫野さんが壊れた。

コベニちゃんや荒井さんは言わずもがなだし、パワーさんは静観を決めているらしい。大笑いしないだけ偉いと言うべきだろうか。

デンジくんも俯いたまま、一点を見つめている。

その目は一体何を考えているのだろうか。

(ぼーっとしているようには見えない……多分、何か策を練っているはず)

よし……ここは悪魔の能力の一つ、読心術を使ってみよう。

デンジくんを凝視したのち、ぎゅっと目を瞑る。こうすることで、最後に視界に入れた相手の思考を読むことができるようになるのである。他の能力に比べればかなり地味だし何処ぞの人類最強の請負人の下位互換でしかないものの、日常生活における実用性という観点ではトップクラスではなかろうか。

 

頭の中に文字列が流れ、その中に、その中にその中に——————えっ何処だ……あぁあった。

 

(……えっ、な、何これ……)

 

デンジくんが思い付いていた作戦。それは週刊少年ジャンプにもきららにも載せられないほどに残虐で残酷で斬新なものだった。仲間ならこんな博打、すぐにでも止めるべきなのだろう。一見無茶なようにも見える。が、わたしにはこれ以外の方法が思いつかないのも事実。私の能力でも、精々デンジくんの戦闘のアシストくらいしか——————

ならせめて。

アシストくらいは、本気でやってやろうじゃないか。

 

だって、まだ。

まだ——————私は皆の役に立てていない!

 

「あ、で、デンジくん!そ、その作戦で行きましょう!」

「あ〜?……ンで俺が考えてること……」

「そっそっそれからっ!誰か何か青春コンプレックスを刺激することを言ってください!お願いしましゅ!」

「青春コンプレックスって何!」

「説明しよう!」

「あぁもうギタ男くんは黙ってて! あああもう!なっ何か陽キャっぽいことを言ってっていう意味です!早くお願いします!」

「陽キャっぽいことなぁ……おぉ、そうじゃ、昨日彼氏とスタバで期間限定飲んだんじゃg」

「ごふっ」

「ダメージ受けるの早すぎんかっ!?」

 

彼氏……スタバ……期間限定……私にはあまりにも無縁なワードだ。どうしてこうも私の傷口を抉る言葉ばかりを即興で思い浮かべることができるのだろうか。ひょっとするとパワーさんは天才なのかもしれない。私を貶める天才……無用の長物……そしてそんなものに貶められる私はただのゴミクズ……あぁ、本当に辛い。過去のトラウマが蘇る。消えたい、消えたい、消えたい——————!!!

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

「えっ」

「……溶けた?」

「いや、違う。これは……」

 

 

「「「「粉に…………?」」」」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

私は粉々になった。

一見ギャグパートに見えるものの残念ながらそうではなく、私としては一から十まで本気だということを記しておこう。もしくはR18のグロテスク表現でもない。先に言っておかないとネットで叩かれちゃうからね。唯一の居場所さえ失ったら私はどこで生きていけばいいの。

……と、それは一旦置いておいて。

今、後藤ひとりの身に何が起きているのかについて説明しよう。

これは能力というよりも、元から持っていた私の体質なのだけれど……実は私、陽キャ成分が許容量に達すると爆発したり溶けて粉状になったりしてしまうのだ。

……なったりしてしまうんですよ、えぇ。

おかげで両親からは腫れ物に触るように扱われてしまっており、自分でも、私は本当に人間なのかと疑わしく思う瞬間がある。東京のグールとか寄生獣とかだったらどうしようとビビり散らかした時期もあった。

しかもなんとびっくり、この粉を吸った人間には私の陰キャが伝染するのだ。

本当になんで?

 

「ひ、ひとりちゃん……?」

『い、いぃぃい今すぐこっこの粉を悪魔にばら撒いてくださいっ!』

「うわ脳内に直接語りかけてきた気持ち悪っ!」

 

本当にいいの?と尋ねる姫野さん。もう今更どうしようもないので、頷く……まぁ、粉だから頷けないけど、雰囲気で察せ。

 

「いっいくよ……」

『はっはい!デ、デンジくん続いてくださいっ!』

「っしゃあァっ!」

 

姫野さんの手から解放されたと同時に、ギュワン!とチェンソーの紐を引く音が聞こえてきた。まぁ私、耳ないんですけどね!ヨホホ!




TUEEEEEって書くの難しいんだなって気がついた一話です。サムライソード辺りからそういうのを出していきたいところ。

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Get on chu!

お気に入り登録390人、ありがとうございます。定期的にランキング載ってくれててすっごい嬉しい——————ですが!

直近の三者面談で、志望大学合格が五分五分と言われてしまったのでまーた更に更新亀になります。留年したらそれこそ更新できなくなるからね、ごめんね。


「………知らない天井だ」

 

なんて冗談はさておき。

ここは私の部屋だ。そこは別にいい。問題はここに至るまでの過程を全く覚えていないことだった。歓迎会兼祝勝会〜みたいな感じで公安の皆と共に居酒屋に来ていたはずなのだが、いつの間にか意識が朦朧としてきて、気がついたらふかふかの布団の中で目を覚ましていた……脈略がないな?

ガバ、と顔だけ動かして横を向く。

妹のふたりがぐーすか寝ていた。

……良かった、天井だけじゃない。ちゃんと私の家だ。

恐らくは公安の誰かが私を送迎してくれたのだろう……。家を知っている人とすれば、マキマさん、かな?あの人、途中から参加していたような……していないような……。

 

うぅ、なんだか頭が痛い……しかもクラクラする……。呑んでいないのに呑んだような気分だ。

……呑んでない、よね?

どちらにせよ一生酒は飲むまい、と決意したところで、体を起こ——————さない。

 

「………………」

 

起こしませんよ……だって今日は日曜日ですよ?二度寝しなくてどうしろと言うんですか。二度寝しない日曜日なんて日曜日であっても日曜日ではない。と言っても過言じゃない。ないない尽くしである。何を言っているんだ私は。……それに加えて、昨日はあんな出来事があったのだ。当然疲れているに決まっているじゃないか。心なしか3点リーダーも普段より多い気がする。それが何よりの証拠だ。

 

「ひとりちゃ〜ん?そろそろ起きて〜」

 

母だ。母が来てしまった。

 

「…………」

 

嫌だ。起きたくない。

なので、無視した。

 

「え、あっちょっ」

 

強引に布団を奪われた。嘘だ嘘だ嘘だ、あんまりだよ、こんなのって無いよ……!

そんな脳内での抵抗は功を奏さず、「天気がいいから布団干さないとね〜」と言って部屋を出て行った。あぁ、布団(マイハニー)……!

努力、未来、a beautiful star。

 

「お姉ちゃんおはよう」

「あっおはようふたり」

 

横からの挨拶を食らって折角起き上がったのに再度倒れてしまう。妹にまで「あっ」って言わないと喋れない私って一体……。

 

『ピコンっ』

「うひっ!……って、LINEか」

 

我ながら気持ち悪い声が出た。もっと年頃の女の子らしく可愛く怖がるコツを知りたい。

にしてもLINEの通知なんてオンにしたかなぁ……と記憶を辿り、いつだったか調子に乗って、「友達からLINEが来た時すぐに返せなかったら失礼だもんねっ!」ふざけたことを抜かしていたのを思い出した。結局誰からも来ることはなかったからすっかり消音するのを忘れていた。いけないいけない、と覚えているうちに動作を完遂し、ようやく通知内容を見る。

 

デンジくんからだった。

デンジくんから…………?

 

なんだろう、と用件を確認するために通知欄をタップして直接トーク画面へ向かう。デンジくんからメールなんて、正直全く内容が想像つかない。まさか緊急事態が起きたとしても、まず私に伝えるはずもないよなぁ。それに、いくら見た目がチャラくても『今暇?』『ごめん送る相手間違えた笑』とかから会話を始めるような人とは思えないし——————

 

 

『たすけておかされる』

 

 

——————え?

 

「え?」

「どうしたのお姉ちゃん」

「いいいいやなんでもないよ。ほ、ほら朝ごはんを食べに行こう」

「急に元気!気持ち悪〜い」

 

メールは既読無視した。

 

♦︎♦︎♦︎

 

それから一週間は何気に密度の高い日々を送ることができていたのではないかと思われる。

 

まず——————結束バンドに正式に加盟することが決まった。うわぁい。

 

どうするべきか物凄く迷ったのだが、バンドデビューのために努力してきた3年間を思うと、やはりそう簡単に諦め切れるものではない。虹夏ちゃんとリョウさんの嬉しそうな顔を見ても、あぁ、やっぱり入ってよかった、と思わされた。

で、そのすぐ後のこと。ここからが一番大事。

私の尽力によって、『逃げたギター』ことボーカルの喜多さんも仲間入りすることが決まりましたー!いぇーい!どんどんぱふぱふー。

……はい。展開が気になった方はアニメか原作をご覧ください。

 

そして今はというと……。

 

「んでLINE無視したんだよ」

「ご、ごごごごめんなさい死んで償わせて頂きますすみませんでした」

「あっはは、ひとりちゃんビビりすぎー」

 

公安の皆と一緒にラーメンを頬張っている。これがどういうことを意味するかと言えば——————私は、バンドと公安の二足草鞋を履く決意をしたのだ。

 

最悪どっちかが駄目になったらもう一方に専念すればいいしね。

ほんっと、私ったら天才!ひとりちゃん天才!まるでヨピちゃんみたいっ!

あぁ、頑張ったあとの醤油ラーメンが身体に染みるぜ——————!

 

「………………」

 

そういえば(『大嘘憑き(オールフィクション)!』)こういう昔ながらの老舗ラーメン店って今まで行ったことがなかったから、一周回って少し新鮮だなぁ……客も私たち以外には1人だけで、ぼっちにも優しい。店主が人の顔を覚えられるタイプの人間でなければ、常連になるのも悪くないかもしれない。美味しいし。

 

「うぬ、マジであれを見てないのかっ!?」

 

突然、バン!とパワーさんが勢いよく机を叩く。

不味い。何も聞いていなかった。

目を必要以上に爛々と輝かせているから、怒っている訳ではなさそうだけど……聞いてなかったーなんて事実を話すと今度は本当に怒られそうだ。なので、その場凌ぎとしてそれっぽく返しておく。

 

「えっあ、は、はい、ね、寝てしまっていたみたいで、す、すみません……」

「別に謝らなくて良い。あと俺は見なくて済んだ後藤が本当に羨ましい」

 

どうやら、今私が会話に参加していなかったのを咎める内容ではなかったらしい。であればおそらく飲み会での話だろうし、私の返事は完全に的を射ていたということになる。我ながらナイスプレーだ。ブラボー。

 

「な、何を見ていなかったんでしょうか……」

 

ここは一旦退散するのが最適解だろうけども、スルーしてしまうと後々気になって気になって仕方なくなる気がしたので、勇気を振り絞って尋ねてみた。すると、パワーさんが嬉しそうに解説してくれた。

 

「そこの幽霊女がのぅ!デンジの口にゲロ吐いたんじゃ!」

 

……………………。

え?

なんか、想像していたものより500倍ショッキングな情報だったんだけど……。

 

「えへっ」

 

えへっ、って……。

 

「私は覚えてないんだよなー」

「俺は一生忘れねぇからな」

「はは、ごめんごめん」

 

しかし本人たちの間では既に和解が済んでいるようなので、部外者がとやかく言う筋合いは無いだろう。色々言いたいことはあるけれど、言いたいことを全て外へ出していたら話が進まないし、人間関係にも悪影響を及ぼすことが想定される。まぁ、人間関係と呼べるほど人間と親しくなったことないけど……。

 

「面白いじゃろ!!??」

 

目をキラキラさせて私に同意を促すパワーさん。や、やめて、眩い光で私を照らさないで……このままでは溶けちゃう、溶けてしまう——————!

 

「あっ、は、は、はい、そうですね……」

「じゃろう!?」

 

はっはー、とパワーさんは何処かのアロハシャツ怪異専門家のように笑ってみせてから、この話題に飽きたらしくデンジくんと別のトークを始めた。

ようやく陽キャから解放されたのにそれはそれで疎外感を感じ、肩身の狭さ誤魔化すように烏龍茶を一口飲摂取した。うん、いつもと変わらなず私を包み込んでくれる優しい味だ。美味しい。

 

「なんか悪いな、色々」

 

早川さんが可哀想なものを見る目でそう言った。いや、可哀想なものって……。

 

「あっ、い、いえ、別に……」

「コイツらに何かされたら連絡しろ。俺が殺す」

 

殺…………っ!?いや、流石にそこまではしなくていいんだけどな。少し怒ってくれればそれで十分なんだけどな。

これまたどう返答すればよいのか分からず、とりあえず麺を啜ってみる——————うん、やっぱり美味しい。語彙力はないけれど、国語で8点を取る程には語彙力がないけれど、さっぱりしたスープに弾力のある細麺はいつも食べているカップラーメンよりも当然ながら本格的で美味しい。これならおかわりなんてことも出来ちゃう気がするな、注文できるか否かはさて置いておいて。うん、美味しい、美味しい、美味し——————

 

「——————不味いな」

 

不意に、そう呟いたのは横の席に座る、この店唯一の客だった。

店内がシン、と静まり返る。

不味い、とはつまりこのラーメンが美味しくない、ということであって。

……厨房の奥にいる店主には聞こえていないだろうか。大丈夫かな。万が一修羅場になったり……あぁもう、なんてこと言ってるんだよ!

 

と、不意にピラリと一枚の写真を取り出した。

年配の男と幼い少年が写った、少し古い一枚。

 

「あァン……?」

 

訝しげに、それを見たデンジくんが声を漏らす。

 

「俺の爺ちゃんだ」男が誰に聞かれるでもなく言った。

「えっとぉ……誰?」姫野さんが尋ねる。

「あ〜!思い出した!コイツ、俺を殺そうとしたヤクザじゃねぇか!」

 

えぇ……。

デンジくん、義務教育も受けてないって言っていたし、それに加えてヤクザとの喧嘩まであったなんて、今までどんな過酷な生活を送っていたんだ……?

まだ本人が言っていないだけで色々と体験談を持ってそうだ。当然、聞く勇気はないけれ……ど?

……あれ。

何かおかしい。

デジャブ。

ぞわりと身体が震える。

なんだこれ。

どこで——————そうだ。

 

 

これはあの時、私が永遠の悪魔を察知した時と全く同じ感覚。

 

 

「俺の爺ちゃんは必要悪だった」

 

 

男は。

 

 

「ヤクザだったけどな、必要悪的な存在で女子供も数えるほどしか殺した事がない薬を売って得た金で何でも買ってくれた」

 

 

男は。

 

 

「爺ちゃんに謝罪しろ。そうしたら——————」

 

 

男は。

徐に。

外套から。

黒い塊を。

取り出して。

それを。

 

 

「楽に殺してやる」

 

 

ゆっくり、

ゆっくり、デンジくんへ突きつけ——————

 

 

「させるかッ!」

 

 

——————ようとした。しかしその前に、パワーさんが魔人の身体能力を最大限に駆使して男の前に立ちはだかる。そして思い切り振りかぶって——————殴った。それだけで男は窓の外に吹き飛んでいく。砂埃が舞って上手く状況が判断できない。が、少なくとも人外的な暴力は振るわれたことだけは理解できる。

でも……なんというか、アメコミの世界みたいでほとんど現実味がない。未だに身体が動かず、ビビることさえままならない。

銃を防ぐなんて、一線があれば余裕だったのに。

私、まだまだなんだなぁ——————と落ち込んでいる暇なんて、ない。

 

「早川ッ!」

「コン」

 

手をキツネの形にした。

と思いきや。

 

『いただきます』

 

——————ばくり。

 

「ぴぇっ!?」

 

男を店の天井ごと丸呑みする形で、狐というにはあまりにも巨大な生物が出現した。これが噂の狐の悪魔のことかと瞬時に理解できた。あぁ、これは強いわ、ということも同時に納得。今まで弱そうとかミジンコの分際で疑っててごめんなさいぃ。

 

「…………」

 

……しかしまぁ何はともあれこれで問題解決。誰も死なずに済んだということなのだろう。私個人としては、銃刀法違反とはいえ出来る限りあの男にも死なないでほしかったけれど、デビルハンターになるためには割り切ることも大事だ、と早川さんが言っていたのを思い出してぐっと堪えた。

 

『……不味い』

「え」

 

……不味いっつったか、今。心なしかキツネが不快そうな表情をしているような気がするし、食べるのは悪魔だけであって人間は専門外だったりするのだろうか?

何はともあれ。

凄く嫌な予感がする。

そして、最近の()()の的中率は100%だ。

 

 

——————ざくり。

キツネの呟きから間髪入れず、キツネの頭部から突如として()()()()()()が現れた。

 

私たちはこの男——————サムライソードとの戦い、それに並行する数々の戦いの中で多くの犠牲を払うことになる。

私はまだ、そのことを本当の意味では理解していなかったのだ。

デビルハンターになる、ということの意味を。

何も——————分かっていなかった。




感想ーーー!!評価ーーーーーー!!くださーーーーい!


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サムライソード

共通テストまであと20日くらい?ヤバ。
現社っていっつも常識だけで解いてたけど、何か勉強するべきなんですかね……。さっき模試を解いて67点と、まぁそこそこの点数ではあるものの、本番で僕の常識と問題が噛み合うかは分からないし、正直怖いところではある。とはいえ、何はともあれ先に日本史暗記ですね。頑張ろーバンガロー。

ということでもうそろそろ一旦更新やめます。勉強頑張る。皆の感想が僕の勉強のモチベだ!


追記
ぼざろ最終話ありがとうございます。最高でした。喜多ちゃんのアドリブかっこよすぎるって……。
チェンソーマン最終話ありがとうございます。レゼちゃん!!!!!!!!!!!!


強い。

言葉さえ不必要なほどに、むしろ蛇足なほどに、ただ立つだけで強者のオーラを醸し出す。

それが単なるハリボテではないことの証明のように、悪魔に飲み込まれた男は自力での生還を果たした。

 

「銃の悪魔が——————お前の心臓を欲しがってるんだよ」

 

一思いに、ざくりとキツネの頭を切り裂いて。血を滝のように流して。

そこから産まれるようにして、血塗れで現れた。

 

「だから、死んでくれ」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

男——————だった何からは、頭部に軍帽のような帽子と鍔の代わりに頭部を貫くように長大な日本刀が出現し、さらに両腕にも日本刀が出現。真っ黒なロングコートと相まってその風貌は軍人を彷彿とさせる。

 

「………………」

 

寡黙に立ち尽くす彼の姿は、有り体に言って、不気味以外の何者でもなかった。……それにしても、うーん。何かに似ているような気がしなくもないんだよなぁ……一体いつどこで見たんだろう、と暫く思考して、ようやく気がついた。

あぁ、この人の風貌、悪魔化したデンジくんに似ているんだ。

 

 

——————顔がチェンソーになり、両手からもチェンソーが生えるデンジくん。

——————顔が刀になり、両手からも刀が生える敵。

 

 

なんとまぁ、能力といいビジュアルといい、キャラ被りも甚だしいことこの上ないなぁ……だけど。

いくら性質が相似だとしても合同ではない——————必ずそこには優劣が存在している。武器初心者の私には刀とチェンソーの強弱なんて皆目検討もとかないけれど……まぁ、感覚で言わせてもらうと、チェンソーの方が強い、のかな?感覚というか単なる期待かもしれないけれど。

でも。

少なくともあちらはひとり。いや、私のことじゃなくて人数の話で……そして、こちらは5人(+ギタ男くん)。単純な人数差で考えると……もしかしてもしかして、これは余裕なんじゃないか?で、今回の功績が讃えられてちょっぴり偉くなって昇格しちゃったりして……お金持ちになって……ふふふ、えへへへへ。

 

「きっしょ……」

『なんてものを食わせるんだ』

 

ぼそり。

デンジくんとキツネがほぼ同時に小さな声を漏らした。デンジくんのおかげでキツネが何を言っているのかさっぱり聞き取れなかったが—————唯一聞き取れた「なんてものを」、とはすなわちこの男——————ひとまずサムライソードとでも呼んでおこうかな。ひゅー、我ながらいいセンスだ。青や……ぼっちちゃんてんさーい。

……気を取り直して。

深呼吸深呼吸。すーはーすーはー。よし、落ち着いた。これ以上気持ち悪がられてたまるもんか。公安デビューして美少女キャラを売り出していくんだ。今更どうしようもないかもしれないけどねっ!閑話休題っ!

『なんてもの』とは恐らくはサムライソードのことを指しているに違いない。悪魔は食べることができるのに、人間とのハーフは不可能なんてことがあり得るだろうか……人間側の味に問題があるのか、あるいは単純に付け合わせの問題か。まぁ、正直どっちでもいいけど。私が食べる訳じゃないんだし知ったところでって感じだ。

とにかく、顔上部を真っ二つに裂かれたキツネは恨めしそうに愚痴を吐き、そのまま——————ゆっくりと、蒸気のように消えていった。

 

「——————は?」

 

早川さんが、驚愕、といった表情とともに吐息を漏らした。今のように、キツネが極端に嫌がるという光景に出会うのは初めてなのだろうか。気になるかと言われれば当然、なる。

が。

これまた、私の第六感が何か囁いているけれど——————いや、そんなものが無かったとしても、今はそちらに目をやるべき時ではないということくらいは承知している。

 

「ひひひっ、姫野さんっ!」

「……なぁに?」

 

永遠の悪魔の一件で、一度は狼狽した姿を見たものの、結局公安で一番頼りにできるのは姫野さんだということはなんとなく理解していた。

……え、マキマさん?

えぇと、あの人は……確かに、格好いいなぁ、とは思うけど……うん。今思うと、ちょっと関わりづらいと思わないこともない。ミジンコの分際で何を選り好みしてるんだって話だよね。生きててすみませんでも死ぬのは怖いので生き続けさせて頂きます神様仏様大天使ニジカエル様ごめんなさい!

ちなみにデンジくんパワーさんは言わずもがな、早川さんも実は意外と抜けていたりする。こういう時に頼っちゃいけないのはなんとなく察していた。

 

「え、えっと……その、幽霊の悪魔で拘束とか」

「もうやってる!」

「じゃ、じゃあ、それで首を絞めたりとか……!」

「それももうやってる!」

 

ほらね。

いやもう本当、何から何まで頼りになります!姫野先輩、流れ石だね、リュウセキだね、流石だねっ!

 

「——————でもヤバいかもしれない」

 

……いやいや。

いやいやいやいやいやいやいやいや。

まじで?

 

「じょ、冗談ですよね……?」

 

が、冗談にしては目が笑っていない。額にもたらりと汗が流れていて、現時点で既に本気に近い力を尽くしていることが窺える。

くい、と姫野さんが顎を使って無言で示した先——————私は恐る恐るそちらへ目を向ける。

 

「…………」

 

アスファルトの坂の頂上で、首元まで伸びたショートヘアの女の子が、ポケットに手を突っ込んだまま無防備に無口に無表情に突っ立っていた。

何もない。どこにでもいそうな、ただの女の子。

ただ一つ特徴的なのは、彼女の——————()()()()()()()()。自意識過剰でないとするならば、その目線は確かに私に向いていた。

全てが普通なのに、そこだけが禍々しい何かを放っていて、そのコントラストがまた不気味だった。

 

「ひっ」

 

文字通り蛇に睨まれたウサギのようになった私は、膝を笑わせながらも涙目で姫野さんの方を向く。

 

「銃の悪魔の手下かぁ……なら遠慮はいらないね」

 

私と目を合わせて姫野さんは、ふ、と笑った。

良かった、いつもの先輩だ。安心。……まぁ、いつものって言えるほど生活を共にはしていないけど……でもやっぱり、ただそれだけじゃ確実に勝てるとは言い切れないよなぁ、ちょっぴり怖いや……。

 

「あれれれ〜?ひとりちゃん、ひょっとして心配?」

 

ぎくり。

 

「いっいえ!そ、その、なんていうか……銃の悪魔、って強いんですよね。その手下ってことは」

「大丈夫だって。まだ来てないけど実はもう一人、すっごい強い()()()()が来る予定なの。それまで持ち堪えれば無問題!」

 

あの子は時間にルーズだからね〜、と姫野さん。

持ち堪えれば。

勝てる。勝機がある。

時間制限が生まれたことで、それならもしかしたら可能かもしれない、という希望が私の心を燃やし始めたのを感じる。姫野さんはこのままサムライソードとの戦闘に流れるだろう。なら、私はもう一人をどうにかするべきだ。一人では無理だったかもしれない。だけど今の私には——————心強い仲間がいる。

 

「姫野先輩!」

「アキくん、サポートよろしくぅ」

「分かりました」

 

姫野さんには早川さんが。

 

 

「よく分かんねーけど、アイツぶっ殺せばイイんだろ?」

「バトルじゃバトルじゃ!血湧き肉躍るのぅ!」

「…………」

 

私にはデンジくんとパワーさんがお供した。

アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』が完結した今、暫く地上波に出られない私が承認欲求を満たすためには、原作あるいは2次創作で活躍するしか方法がないのだっ!

 

 

だから、姫野さんの部下が来るまで頑張るぞい!

 

「アニメェ?二次創作ゥ?んだそりゃ」

「あっ、い、いえなんでもありません……」




感想とか評価とかくれたら嬉しいなって


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結束

た だ い ま
共通テスト終了致しましたので投稿!!!!ただ絶賛コロナなうなので文章に違和感とかあったらごめん!!!
いや、共テ終わった途端熱が出まして。正直自分だけはかからないと思ってたんでびっくりですね。39度とかまじか。


そういえばここは姫パイ撃たれなかったルートってこと言いましたっけ?言ってない気がするのでここで明記。よろしくお願いします。


「しゃあ、んじゃ行っくぜェ〜〜〜〜?」

「△⭐︎//…(「3」#@■ッ!!!!!!」

 

なんともまぁ楽しそうに呟いたデンジくんは、助走もつけることなく、トップスピードの全力疾走で蛇女(仮)の下へ突進していった。それとほぼ同時にパワーさんも(聞き取れないが)大声で何か叫びながら勢いよく走り出し、出遅れた私は見事ぼっちになった。

言わずもがな、いつも通りの光景である。

 

「………………」

 

いやいやいや。

いやいやいやいやいやいやいやいや。

 

これは流石に不味い気なする。“気がする”っていうか、100%誰がどう見ても駄目な光景すぎる。

確かに私が天涯孤独であることは百も承知だ。教室でも登下校路でも休日でもいつもいつもいつもいつもひとりな後藤ひとりだ。だけどそれは別にいいんだ。既に振り切っている部分もあるし——————何より誰にも迷惑をかけていない。

 

だけど、断言できることがひとつだけある。

——————今の私は正真正銘の足手纏いになっている!

 

何か。

微力だとしても私に出来ることがあるか——————目の前の敵一名と味方二名を見つめながら模索する。

デンジくんが鉈を大きく振りかぶる。ぬるりと、それこそ蛇のように回避したところをパワーさんが血で生成した刀を使って一太刀——————が、上手く行かず。

何度試みても、当たらない。

その割に接戦のように見えているのは、恐らく彼女が全く攻撃を繰り出さないからだろう。舐めているのか、それとも使用することに何かデメリットがあるのか……そういえば姫野さんが以前、「身体の一部を捧げることで悪魔と契約する」と言っていたような気がする。私やデンジくんが異色なだけで、普通はデメリットがあるのだ。それ故に使用制限があるとか、純粋に痛みが酷いとか……うぅん、いくら考えてみてもさっぱり分からない!どうして何にも分からないんだよもう!無知!除け者!私のバーーーーーー……ミヤン。

……閑話休題。

それに、現在私が見つけている孤独の悪魔による攻撃方法のうち、ほとんどがサポート型のものだ。決定打を与える、どこかの音柱さんが好きそうなド派手な戦闘手段は未だ見つかっていない……はず。

 

だけど。

だけど別に、それでいい。

 

当然、できることなら私たちの手で倒してしまいたいところではあるけれど、助っ人が来てくれるまで持ち堪えればそれで御の字なのだから、無理をする必要はない。目立ちたい訳ではないのだから、来るまでに2人の体力を保たせてあげるべきだ。

適材適所。

それで、いい。

決して無理はせず、猫背のまま、虎になろう。

 

「ギタ男くん。拡声器出して」

「オッケーひとりちゃん!どうぞ!」

「ありがとう」

 

これは、私たちが永遠の悪魔との戦いを終わらせてから今日に至るまでの間に生み出した新たな技。

ゆっくり、黒い拡声器を口に近づけ、そして、叫——————

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

(やっぱり無理だぁ……!)

 

叫べなかった。

この拡声器越しの声を聞かせることで対象は動きを止める。恐らく、「陰キャの言葉は場の空気を悪くする」みたいなイメージで差し支えないと思うけれど……実際に経験済みだけれど、しかしこれは音声を届けることができてこその技だ。いきなり大きな声を出せないのも陰キャの特性。合唱なんかでもいつも口パクしていたのをよく覚えている。

 

ならば、いっそのこと。

近づくしかない。

 

「くっそ!ンだコイツ!攻撃が当たんねェ!」

「コォラ!!ワシの攻撃を避けるでないっ!!!」

 

眼前では、デンジくんとパワーさんが女に打撃を与えようと我武者羅に殴りかかっている。しかしそれらは全て——————回避、回避、回避、回避。ヌルヌルと動くその姿に私は些かの悪寒を覚えた。

まるで、本当に、蛇かのような——————

 

「××」

 

と、その時。

私には、女の口が何かを呟いたように見えた。

 

「えっ」

 

デンジくんやパワーさんに発しただけの、ただの会話なのかもしれない。どうでもいい内容なのかもしれない。

 

だけど私は再び、妙な予感を感じてしまっていたのだ。

 

あれだけ動かなかった足が、今は容易に動く。

 

拡声器を思いっきり握りしめて、前方に向かって、一秒でも早く、と駆け出し始める。

 

間に合え、

間に合え、

間に合え、

間に合え、

間に合え、

間に合え、

間に合え、

間に合え、

 

「デっ……!」

 

拡声器を口に当て、そして叫ぶ。

 

間に合え——————!

 

 

 

「丸呑み」

 

 

 

私の耳がその言葉を拾ったその瞬間。

世界が、凍りついたような気がした。

白黒の世界で、2人と目線が交差する。

そして凍り切った世界を溶かすように現れたのは。

巨大な白蛇。

蛇の悪魔が、私の頭上を覆い、影を作る。

 

「——————えっ」

 

先程まで確かに視界の中心に捉えていたはずのデンジくんとパワーさんの姿がどこにも見当たらない。蛇の上にでもいるのだろうか?いや、それにしてはおかしい。絶対におかしい。何かがおかしい……もしかして、これが蛇の能力?

 

……食べられてしまった、とか。

いやいや、まさか、まさか。

あの永遠の悪魔から逃げ切った生命力の塊みたいな2人がこんな所で、あっさり死ぬなんて有り得ない……。

 

「蛇。戻って」

 

女の合図とともに、まるで最初から何も“無かった”かのように綺麗さっぱり消え去った悪魔。

が、しかし。

 

「……いない」

 

そこに二人の姿は見当たらなかった。

どこにもいない。

いない?

嘘。

いないって。

それはつまり。

2人死んで——————

 

「……嘘だ」

 

意図せず、現実逃避の言葉が口から漏れた。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」

 

まだそこまで仲良くなっていなかったものの、それでも仲間ではあった。……と思う。そのうちの2人がいなくなったとなれば、少なからずショックを受けて当然だ。

私のせいで死んだんだ。

私が殺したみたいなもんだ。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」

 

それに、仲間は仲間でも、ただの仲間ではない。今まであれだけ孤独だった私が、ようやく出会えた人間たちなのだ。私にとってそれは、他者よりも大きな意味を持つ言葉だった。

 

「嘘だ」

 

デンジ。

パワー。

が、死んだ?

目の前で?

 

「——————嘘だ」

「まぁ別に、死んじゃいないけどね。で、私はもう役割を果たせたからどっちでも良いんだけど……どうする?」

 

蛇女はぶっきらぼうに淡々と事実だけを述べる。今なら許してやってもいい、といった様子で、私の——————2人の命なんてどうでもいいかのように、私に選択肢を与えてきた。

 

死んでない。つまり、生きている———と、今彼女は言った。だけどそれを信用していいのかさえ私には判断をつけることができないし、仮に今現在の生存が事実だとしても、いつ本当に死ぬのか分からない。

ここで逃げれば私だけは助かるだろう。

だけど、その場合、姫野さんやアキくんは?

サムライソードに加えてこの人まで襲いかかってきたら、おそらく援軍を待つどころではないだろう。それこそ十中八九、死ぬ。奥の手とかあるのならまだ可能性はあるけれど……無さそうだし。

 

このまま4人を見殺しにして、普段通りの日常を送る、なんてことが、果たして私に可能だろうか。何気ない失敗でさえ布団の中での一人反省会が捗るのに、こんな大荷物、私に背負い切れるはずがない。

 

でも、どうすればいいのだろう。

作戦が、何一つ浮かんでこなかった。

 

 

拡声器で動きを止めて、それで……

 

 

「ごめん、待った?」

 

 

声。

はっ、と私は思わず後ろに目を向ける。

 

「敵に背中を向けたら危ないよ、ぼっち」

 

その女の子は、ゆっくり、ゆっくりと気怠そうにこちらへ——————いや、蛇女に向かって歩いて来ていた。

 

「蛇——————尻尾」

 

蛇女はその女の子を指差し、再びあの白蛇を呼び出す。

が、その様子を見ても彼女は一切動揺していなかった。

 

「ぼっち、お金貸して」

 

こんな時に一体何を言っているのだろう。そもそもどうしてこの人がここにいるのだろう。疑問がぐるぐると頭を回るが、何一つとして答えが出てこない。考えることを辞めた私は、ポケットに入っていた1000円札を恐る恐る手渡す。

 

「ありがとう」

 

一言、呟く。そして、

 

「『時は金なり』」

 

お金を天に高く上げる。

 

 

「2人の時間を戻して」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

山田リョウ、という人物がいる。

 

ユニセックスな外見に、無口で無表情といったミステリアスな雰囲気を纏う少女で、結束バンドではベースギター、作曲を担当しているオールラウンダーと言って差し支えないと私個人的には思っている、割と本気で凄い人だ。

しかしその反面、内面や言動は変人そのものであり本人も言われると喜ぶ。場の空気も読まないことが多く、ドラムの虹夏ちゃんに度々突っ込まれている。

ついでに後々知った事実を言わせてもらうと、なかなか金遣いが荒い。私もお金を貸したっきり未だ返されていない状況だ。

その流れでもう一つ言わせてもらえるとするならば、彼女の経歴だ。元々は別のバンドで活動していたものの歌詞が売れ線ばかりになったことが嫌になり離脱。バンドそのものが嫌になっていたところに虹夏に声をかけられ、「結束バンド」を結成した……らしい。

そういう経緯もあり、「結束バンド」にかける情熱は強いという意外な一面がある。

 

 

紹介していて、なんて癖が強いんだと思わざるを得ない。

 

だからこそ、これ以上に癖の強い情報が増えることはないと思っていたのだ。

 

だからこそ、私は驚きを隠せなかったのだ。

 

 

どうしてリョウさんが——————デビルハンターになっているのだろうか。




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変人ベーシスト、参上。

結構早めの更新ができて嬉しい


「リョウさん、なんでここに……」

「呼ばれたから」

「呼ばれ……だっ誰に……?」

「いや、姫野さんに」

 

…………もしかして。

これは単なる私の想像でしか無いし出来る限り信じたくないけれど、姫野さんが言う“すっごい強い私の部下”ってもしかして。

 

「リョウさんのことだったんですか……?」

「うん。更にその下には100万人の部下がいるよ」

 

なんて清々しく嘘を吐ける人間なんだ。一体どこの長っ鼻だ。何わら海賊団だ。そして特に面白いことを言い返せる訳でもない私はツッコミを入れるでもなく「あっはい」と返す。機嫌損ねるかもな、と思ったが特に表情を変えることなく、言葉を繋げた。

 

「……あとごめん、ぼっち。あと1000……いや、2000円貸してくれないかな。今600円しか無くて」

 

って、またお金……リョウさんは一体何を言っているのだろう。何を考えているのだろう。こんな危機的状況でさえ、帰りの電車賃の心配をしているの……?変人ベーシストとは虹夏さんがよく言っていたものの、そこまでのやべー奴だとは流石に聞いていないぞ、私。

 

「大丈夫。私は金銭の悪魔と契約してるんだ」

「き、金銭の……」

 

金銭の悪魔。

 

マルチ商法、理美容・アンケート・モニター商法、就活商法、サクラ・出会い系サイト、アダルトサイト、デート商法、ブランド品詐欺等々、現代社会においてお金関連のトラブルはどこにでもある。私は学生だからまだあまり実感していないけれど、それでもニュースやバラエティで嫌になる程事例を見てきた。

もはや洗脳だ。

 

“お金は怖い”

 

“お金は怖い”

 

“お金は怖い”

 

それはきっと、平和な日本に住む人間にとっては銃よりも戦争よりも恐ろしいのではないか。

 

そして、それを使役するリョウさんは、一体どれ程の実力の持ち主なのだろう。

 

「ぼっち、アニメの収益いっぱい入ってきてるんでしょ。聞いてるよ、原作も在庫切れ続出してるって」

「そ、それはリョウさんも同じなんじゃ……?」

「ほら早く貸して。2人に頼ってばっかじゃ申し訳ないでしょ」

 

2人?2人って……デンジくんとパワーさん?いやでも、あの2人はもう消えちゃって——————と言いかけて、やめた。

 

「おいっ!邪魔すんなパワ子!」

「何おぅ!じゃあワシ帰るぞ!?いいのか本ッ当に帰るからな!?!?」

 

右耳から、何やら騒がしい、ここ最近よく聞く騒ぎ声が入ってきたのである。ば、と視線をそちらに向けると。

なんとびっくり。

 

「…………!」

 

蛇に丸呑みされていたはずの2人が見事に再生していた。

 

「よ、良かった———」

 

それも負傷しているどころか、心なしか先程よりも動きが速くなっているような気がする。それ故だろうか、パワーさんの挙動が、何となくおかしいけれど。

 

「こっこれ、リョウさんが契約してる悪魔の……」

「そう、だからほら、お金」

「あっえっと、その……」

「お金早く早くお金早くお金お金お金早くお金」

 

…………なんだろう、この感情。

目の前で実績を見せてもらっているにも関わらず、何故か貸したくない気持ちで胸がいっぱいになる。ていうかそもそもお金を使うって分かっているから最初から持っていればいいのに……って。

 

——————あぁ、私ってばなんて恩知らずな人間なんでしょう!(演劇風)

 

えっと友だ……知り合い……なんか違うな。同僚?そうだ、同僚同僚。……同僚を助けてくれたのにはした金さえ貸せないのか私はっ!あまつさえ行動を批判するだなんて!見損なったぞ!私のばーk……ミヤン!!!!あっぶない!!!!

……一旦、落ち着こう。

それに、だ。

恩云々を除いたとしてもここで貸さない手はないではないか。猫の手も借りたいくらいなのだから、況やリョウさんの手をや、である。私は財布から2000円程の小銭を適当に掴み、「ど、どうぞ」といつも通りに吃りながら渡した。「ありがとう」と小声で呟いて(と言っても私より大きい声だけど)、「サポート、よろしくね」 の言葉とともに2人のもとへ走りだした。

 

 

——————サポート、よろしくね。

——————サポート、よろしくね。

——————サポート、よろしくね。

——————サポート、よろしくね。

——————サポート、よろしくね。

 

…………私、

私、頼られている!

初めてあだ名をつけてくれた優しい人に、頼られてしまっているではないか!

えへへ、これはもう本気出すしかないなぁ……?よぉし、いっくぞぼっち!お前の力を見せてみろっ!

 

 

「『『『『止まれっっっっっっ』』』」

 

 

拡声器を敵に向けて、大声で叫ぶ——————どこかで見たことある光景。しかし私の能力はシャケ先輩や純愛くんほど有能ではなく、どんな言葉でも“ほんの一瞬だけ対象をロックする程度の効果”しか持っていない。

 

だけど私の好きな週刊少年ジャンプ作品は言っていた!

戦場ではその一瞬が命取りになると!

 

「っ………!?」

 

案の定動揺する蛇女。

 

「貰っ……たぜェェェエェエ!!!!!」

 

鉈を思いっきり振りかぶり、今度こそ仕留めようとするデンジくん。

しかしデンジくんの攻撃はギリギリで交わされてしまった。

 

「——————ナイスサポート」

 

が、しゃがんだ彼の背中を踏みつけ、女の眼前に羽ばたく人影——————リョウさんである。

新たな攻撃が待っていることに、蛇女は気がついていなかった。デンジくんの攻撃への防御で精一杯であった上、彼の背中でこちらのことは何も見えていなかったである———

 

「『阿弥陀も銭で光る』」

リョウ先輩が何やらことわざらしきものを呟く声が聞こえてきた。

意味は至ってシンプル——————『金の力は絶大』。

 

「よっと」

 

そして。

助走の勢いそのまま、一思いに殴りかかる。

 

「——————ッ!?」

 

片腕で殴られただけの脇腹が綺麗に抉れ、真っ赤に染まる。蛇女も驚いていたが、私だって驚いている。先程、ようやく動いてくれたと思っていた両足も、再び完全にロックされてしまっている。自身の能力が自身にも影響を与えている、という可能性も考えられるが、今回は99%私のヘタレだと思われる。でも精神衛生上は能力のせいにしておいたほうがいい気がするのでそう思うことにします。

 

「ぃいぃいっ……な、なんなんだお前はっ!お前みたいなデビルハンター聞いてないぞっ!」

「まぁ今さっき連絡来たばっかだし、それに私に関する文書は全て消してあるから」

 

金さえあれば何でもできる。

そんな言葉の具現者にように思われた。

彼女の名前は。

 

「私の名前は、山田リョウ。公安の犬で、結束バンドのベースと作曲を担当しています。……そうだ、ノルマ稼げるから良かったら観に来て」

 

この人は——————強い。

 

「……ッこの!蛇!丸呑み!」

「無駄だよ」

「は?何が……」

 

は、と何かに気がつき、慌てて自身の指を確認し始める女。ぼそりと一言、「無い……」と呟き、再びリョウさんを睨みあげる。怖い。私だったら確実に動けなくなるっていうかそもそも今だって動けてませんでした……。

で、何が“無い”だって?

 

「沢渡アカネ———契約している悪魔は『蛇の悪魔』。使用するたびに爪を食わせるのが契約……だよね」

「! なんで知って……」

「『金がもの言う』って良く言うじゃん———私の前で隠し事は出来ないよ」

 

そして、と言ってポケットの中身を沢渡に……いや、私に見せてきた。

何も入ってない。でも確か、そこにはリョウさんが初めに持っていた600円が入っていたはずで……。

 

「『一文銭で生爪はがす』ってことわざがある……知ってる?ぼっち」

「あっ、いえ、しっ知りませんでした」

「うん、正直私も初めて使った」

 

でしょうね。

と、ここで今更ながら私の中にひとつの仮説が浮かんできた。彼女の悪魔の能力は、「金銭関連のことわざを金銭の消費によって具現化する能力」なのではないか?それは使いようによってはあまりにも強すぎる能力だ……姫野さんが頼るレベルのデビルハンターだということには納得しかない。

 

「くっ来るなっ!」

「ほぅれほぅれ、蛇みたいに這って逃げてみろ〜」

「ばっこの野郎……!」

 

うわぁ、バンドやってる時より楽しそうな顔してるなぁ、と完全に輪の外で傍観している私の横に、デンジくんが現れた。

 

「じゃあ、次カタナのバケモンの方行こーぜ」

 

それを言うならあなたも大概バケモンだとは思いますが……とは、言わないけれどその意見自体には賛成だった。というか、その選択肢しかない。

ゆっくり、後ろを向く。

早川さんと姫野さん。あの2人は路地にでも向かったのだろうか、目の前には人っこ一人いない静観な大通りという奇妙な空間が広がっていた。

沢渡はリョウさんに任せて、早く行かなければ。

 

「え、えぇ!い、いいい行きましょう!」

「お!元気だな。そういうの好きだぜェ」

 

……好きって言われた。

デンジくんに、好きって言われ……いやンな訳あるか。言葉の綾に決まってるだろ。

すぐ勘違いしちゃうのも陰キャの特性だよなぁ、何か攻撃に応用できないかなぁ、と思いつつ、足を早めた。

 

目の前には、デンジくんの背中。

……あれ?

 

「んぉ?どうした?」

「いっ、いぇ、えっと……」

 

私がしたい質問はただ一つ——————デンジくんだけ?

辺りを見渡しても影すら見つけられないけれど……パワーさんは?

来たるべき時に備えての待ち伏せ、なんて頭脳戦が得意そうな人間(人間?)ではなさそうだし……ということは、まさか……。

 

「逃げた……?」

 

いや、まさかね。

まさかまさか……うん、まさかね。信じよう、彼女を。

 

「あァ、アイツなら逃げたぞさっき」

 

返せよ信頼。




阿弥陀も銭で光る

金の力は絶大だというたとえ。阿弥陀仏の御利益も供える金の多少に影響されるということから。


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後日談。というか、今回のオチ。

2次試験があるっていうのと、オリジナル小説をちょっと書いてみたいっていうのでまたちょっと遅くなるかも

それから、総合評価900到達しました。本当にありがとうございます、あぁ、俺の中の承認欲求モンスターが海へ還っていく……


「あははははははははははっ!!!!あーーーっはっはっはっはっはっは!!!惨めじゃのうサムライ!!!!!!!!!!!!あはははは!!!!!!!ざーこざーこあはははは!!!!雑魚めっ!!!!!はは!!!!!!!!!!!」

 

 

「「……………………」」

 

駆け足で暫く大通りを進んでいると、読み通り、路地裏から音……というか盛大な笑い声が聞こえてきた。しかしどう考えてもそれはドスの効いた男性の声では無かったし、姫野さんや早川さんがこんな笑う方をするとは思えない。なら一体、誰が——————まさか、別の敵が現れて!?それってかなり不味いんじゃないの!?、と嫌な汗が頬を流れ、ひとまずダッシュでそちらへ向かった。

が、実際にはそれは杞憂で——————いや、杞憂は流石に言い過ぎたかもしれないけれど。

満身創痍の早川さんと姫野さんが隣り合わせで倒れており。

パワーさんがサムライソードを、ヤンキーのカツアゲの如き剣幕でひたすら蹴りまくっていた。

意味が分からなかった。

どうして君がここにいる。

 

「なぁ早川〜、コレどーゆー状況?」

「……俺と姫野さんで奴を倒した。それを今パワーが殴っている。それだけだ」

「ちゃうわ!ワシが倒したんじゃ!」

 

…………えっと。

どちらが事実に相応しいのか。実際に見ていないため完全に確定はできないものの、もはや確定と言っても差し支えないと思われる。ので、スルーすることにした。

 

「ちぇ〜、折角もっと強ェのとやり合えると思ったのにィ〜」

 

と、どことなく残念そうなデンジくん。それとは対照的に安堵でいっぱいの私。悪魔退治に対するモチベーションが違いすぎて、まるで自分の方がおかしいのではないかという疑惑が浮かんでくるけれど、どう考えてもおかしいのはあちら側だよね?

私は、まだこちら側。……だよね?

 

「え、えっと……こっこれからどうするんですか……?」

「そうだなぁ……ひとまずマキマさんに電話してみっか」

 

そう言ってデンジくんがポケットから電話を取り出す。やれやれ、ようやく一安心か、と安堵しつつ再びパワーさんに目を向ける。

顔一面アザだらけのフルボッコ。もはや敵さんの方が可哀想にさえ思える光景だった。因果応報とか正当防衛では済まされないレベルではないか、これは……。

 

「まだ何か隠しとるかもしれんっ!腕をもぐ!」

「…………!  や、やめてくれっ!それだけはっ!」

 

ん?

なんだ。

今、一瞬、男の表情が変わったような気がする。

「しめた」とでも言いたげな、何かを企んでいるような顔——————

 

「あっあの、パワーさん」

「んぉ?なんじゃ人間」

「ひっ!な、何でも……い、いいいいイキってすみません……」

「おう、そうか」

「…………」

「…………」

「…………」

「……よし、ではいくぞ——————!」

 

「あっ待っ——————!」

 

かぽっ。

 

♦︎♦︎♦︎

 

後日談。というか、今回のオチ。

——————そんな、人生の……もとい、人外の先輩お馴染みの台詞を今回は引用させてもらうことにする。生憎、私はそれ以上に適したワードを引き出せる文才を持ち合わせていないのだ。次回以降こそは自分なりにオリジナリティ豊富なエピローグ導入を用意しておきたいと思っているのは本心。ただしやるかどうかは別。

 

さて、本題へ移ろう。順風満帆に見えるこの戦いが、一体どういう終着点に辿り着いたのか。端的に言わせてもらうと、『逃げられた』。

サムライソードと沢渡、両者に逃げられたのである。

 

「なんじゃ、ワシに文句でもあるのか?」

「ひっ!い、いえ、な、なんでもありません……!」

 

とは言いつつも、なら誰に原因があるのかと言われると全てはパワーさんの行動に起因する。まぁ、確かに私たちもまさかあんなことになろうとは思っても見なかったし、私ももっとちゃんと言っておくべきだったので、パワーさんだけの責任にはできないけれど。

まさか——————腕を抜くと刀が現れ、途端に身体が復活するなんて誰が想像できただろうか。今だからこそ、仕組みはデンジくんが胸のスターターを引くと全回復するのと同じ理屈だと予想できるものの、それも結果論に過ぎない。

そして目を覚ました男の、瞬間移動にも似た謎の移動によって行方を眩まし、沢渡も連れて何処かへ消えてしまったのである。急いでリョウさんの下へ向かったが、時既に遅し。リョウさんに事情を尋ねるも、感情のこもっていない「てへ」で誤魔化されてしまった。どうやら金銭の悪魔による時間売買にも制限があるらしく、今日はもう使用できないことが判明した時点で、投了が確定した。

 

「でもよぉ、こっからどうすんだ?」

 

今、私たちは早川さんの住むマンションを訪れている。よくある普通のマンションだが、半分(過半数?)が人外という、なんともまぁ奇妙空間へと変貌していた。

……そういえば私、友達の家なんて行ったことなかったなぁ……そう思うと、少しばかり感慨深い。

 

「それについてだが、マキマさんから話があるらしい。飯食ったらパワーと一緒に行け」

「おぉ、マキマさ……ってえぇぇぇぇえ!パワ子とォ!?」

「なんじゃ!文句あるなら◯ねっ!」

「んだとォォォオ……!?!?」

「あっふ、ふふふふ2人とも!お、おおおお落ち着……!」

「お前が落ち着け」

 

はぁ、と態とらしく溜息を吐く早川さん。申し訳ありません……。

 

「詳しくは知らんが、お前らを訓練するらしい」

「え、マキマさんが!?マジでかっ!」

「……ワシはあいつ嫌いじゃ」

 

身も蓋もない会話だった。

 

「んぉ、そうだ後藤」

「は、はひっ」

 

な、何……金髪ヤンキーに突然話しかけられた……大分コミュニケーションは慣れたつもりでいたけどやっぱり怖い……。

 

「それ、聴かせてくれよ」

「……えっと」

「だーかーらー、ギターだよ。こン前聴けなかったろ」

 

そう言ってデンジくんはちょいちょい、と私の横に置かれたギターを指差した。あぁ、そういえば私が初めて公安のビルに足を運んだ時、そういう話になったんだったっけ。でも結局弾けず終いで。

……いつもは押し入れの中でひとりでやってるし、この前の結束バンドでやった演奏だって完熟マンゴーだし。果たしてうまく弾けるだろうか。

 

「な!お前らも見てぇよな!」

「あぁ、俺も聴いてみたいと思ってた」

「聴いてやらんこともないぞ!」

 

まぁ、何はともあれ、ここにいる全員が期待してくれていることは事実だ。私の中の承認欲求モンスターを海へ還すためにも、ここは一肌脱ごうじゃないか。

今回披露するのは、丁度この前完成した、私たちのオリジナル曲。次のライブで初出しするつもりだったけれど、これくらいは皆も許してくれることだろう。

よし、やるぞ!

頑張れ、私!

そして皆を魅了!ノルマ分を稼ぐんだ!

 

♦︎♦︎♦︎

 

——————それが、今日の午前中の話。国家権力で学校は公欠扱いにしているものの、どうしてもスターリーにはだけは行っておきたかったのだ。

理由は勿論、リョウさんのことだ。

どうして公安にいるのか。

一体いつから。

虹夏ちゃんは知っているのか。

金銭の悪魔の能力について。

 

聞きたいことがいろいろありすぎる。……ちゃんと聞けるかな、私。

あぁ、無理な気がする……絶対キョドってキモがられるんだ!

 

  「何、ぼっち。自己表現が出来ない人間は公安には要らないよ」

  「結束バンドにもいらないなー、ねっ喜多ちゃん!(※虹夏はそんなこと言わない)」

  「ですね!(※喜多はそんなこと言わない)」

  「テメェにゃ呆れたぜ、2度と顔見せんじゃねぇぞ」

  「(興味のないパワーさん)」

  「俺の優しさが伝わらないかな……」

 

(あ、あわわわわわ……)

 

このままじゃ不味い。結束バンドからも公安からも追い出されてしまったら、インタネットだけが私の居場所だった中学時代に逆戻りになってしまう!それだけは、なんとしてでも避けたい……よし。

おはようございますを言った勢いでそのままリョウさんに尋ねる!これでいこう!

 

 

——————ここまで、全てスターリー玄関前での思考、約5分。

 

 

「おっおおおおはようございまああああああのリョウさん昨日のことな——————」

「ばっ……!『後腹が病める』っ!」

「おっはよ……ってぼっちちゃんどうしたの!?なんで倒れてるの!?」

 

いたい。

いたい。いたい。いたい。

なんだ、これ。

 

「あ、わっ…………っ!」

 

分からない——————と返事をすることさえ厳しい。いきなりお腹が痛くなって……まさか、これもまたリョウさんの能力……?

 

「私が運ぶ」

 

と、不意にリョウさんの声が耳に入った。それから虹夏ちゃんとリョウさんの会話があったようだが、意識が朦朧としてよく聞き取れない。そういえば喜多さんはまだ来てないのかな……と今回の件に全く関係のない疑問が頭によぎったところで、私の思考はぷつりと途絶えた。




次回、ぼざろパート。

感想・評価などお願いします!!!!


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リョウさんと結束バンド。

遅くなり申し訳ございません。
今更ながらの報告ですが、大学には無事合格することができました。おめでとう!おめでとう!
今後また再開し、ちびちびと書き続けていこうと思いますのでどうかよろしくお願いします。

ところで皆さん、結束バンドのライブ「恒星」には参加しますか?僕はクソ田舎在住なので配信で参加しようと思います。新曲は披露するのかな?楽しみですね。


 

「ん……んぅう……」

 

知らない天井だ。パート2。

なんてn番煎じのパロディにもいい加減飽きが訪れてしまったこの頃——————私が目を覚ましたのは、STARRYの控室だった。ソファに横たわっている私の上にはご丁寧に毛布が添えられている。ふっかふっかだ。きもちいー。これは一体誰がやってくれたのだろうか。リョウさんは……まぁ、無いだろうし。

だとすると虹夏ちゃんか喜多さんか、もしかしたら店長さんとか……。

 

「私だよ」

 

リョウさんだった。それは、なんというか、申し訳ない。

……っていうか、横にいるのがリョウさんなんだから、よく考えてみればそりゃあそうだろうとしか言いようがないけれど。もしかしたら気がついていないだけで、私は今かなり疲弊しているのかもしれない。

 

ゆっくり身体を起こすと、リョウさんが何かの小説を読んでいることに気がついた。へぇ、リョウさんって本とか読むんだ。なんだか少し意外だな……。好みのジャンルが気になって、こっそり表紙を確認すると、「キドナプキディング」というタイトルだった。うぅん、全く内容の予想がつかないしそもそも英語の意味も分からない。英語が苦手である弊害がこんなところで……。

 

「さっきはごめん。大丈夫?ぼっち」

「ぁ、あぁ、いえ……あの、やっぱりさっきのはリョウさんの……」

「そう。たったの20円で使えるから便利」

 

さっきの、というのは勿論いきなり私を襲った腹痛の件である。

もしそれが冗談ではなく事実だとすれば、なんというか、コスパがあまりにも良い能力だ。

加えて悪質すぎやしませんか、それ……。

 

「……………」

「……………」

「えっと……………」

「ん?」

「い、いえ……」

「…………」

 

き、き、き、気まずい……!

何故だろうか、ほんの数日前、歌詞を見てもらった際にカレー屋さんで同じような境遇を経験したはずなのに全く成長を見受けられないのは。私は一体いつになったらマンツーマンの会話に慣れるのだろうか。助けてチェンソーマン……!

やっぱり私、向いてないのかな……会話に、というか、生存に。

確かに、人は一人じゃ生きていけないって言うもんね。あれ?こういう意図の格言だったっけ?

 

「リ、リョウさんの能力のこと聞いてもいいですか」

「人前で契約している悪魔の話は極力しない方がいいんだよ」

「あっすみません……」

「まぁ、ぼっちになら話すけどね。私が契約してるのは『金銭の悪魔』。お金に関する諺を、お金を消費して具現化する能力を使えるんだ」

 

やっぱりそういう能力らしい。私の読みは正しかった訳だ。

例えて言うならば、まさに先程の腹痛——————『後腹が病める』、と口にしていただろうか。そのことわざの実際の意味とは無関係に文字通りの「腹」が「病む」効果を金銭を対価に発動するというもの。使いこなすのはなかなか難しそうだが、慣れてしまえば戦闘の幅は恐ろしく飛躍するだろう。

私のよりも、よっぽど。

 

「わ、私は、『孤独の悪魔』と契約していて……えっと」

 

……あれ?私の能力ってどう説明すればいいんだ?用途にかなり幅があるし曖昧なものばかりだから難しいな——————と暫く悩み、結果、ギタ男くんの存在を思い出したので召喚。「なんでも知っている」彼に解説は全て任せてきってしまった。以上、割愛。

 

「ふぅん……」

 

その点に関してはどうでもいいのだろうか、目を瞑って頷くばかりのリョウさん……良い能力だね、とか表面上でも褒めてくれるとばかり思っていたからちょっと肩透かしだ。いや、別に私個人の能力って訳じゃないからいいんだけどね、やっぱちょっと承認欲求モンスターがね。うん、黙ってないんだ……。

 

「じゃあ、本題に入るね」

 

一転して真面目な顔——————いやあまり変わっていないけれど、どことなく真剣なオーラを醸し出しながら、リョウさんは私を見つめてきた。

即座に目を逸らす私。

あまりに印象が悪過ぎる。

 

「な、ななな、なんでしょう……」

「私がデビルハンターってこと、2人には内緒にしておいてほしいんだ」

「……え?」

 

想定していた話題とは違い、多少の肩透かしを食らう。

2人——————とは当然、虹夏ちゃんと喜多さんのことだろう。

そして理由は恐らく『心配をかけたくないから』。

特に虹夏ちゃんは大の仲良しらしく、いつもくっついているようさえ思われる。そして2人でいるときのリョウさんは常に生き生きしている。喜多さんだって所持金をはたいてまでギターを買ってあげる程には目をかけているし、本当に大切な存在なのだろう。

だからこそ。

だからこそ心配をかけたくないと思うのは当然の判断だ。私が逆の立場だとしても同じように言えずにいたはず。店長にもPAさんにも家族にもだ。

……とは言いつつも。

 

「で、でも、もしリョウさんが死んじゃったりしたら」

「大丈夫」

 

リョウさんは自慢げに胸をたたきながら、

 

「私は強い」

 

と言いきった。

確かに心強くはある。けれど、そういうことじゃ、ない。

いくら強くても死ぬ時は死ぬのではないだろうか。

デビルハンターとしては下っ端も下っ端な私に知ったような口を利く権利なんてないのだろうけれど、どうしてもそう思わざるを得なかった。勿論、思うだけに留まり、言うことはない。そんなこと、本人が一番よく理解していることだろう。

 

「虹夏は——————すごく優しい。だから、私があんな危険なことをしてるって分かったら、きっと止めてくる」

 

だから言わないで、と。

懇願するリョウさんの顔には、酷く寂しそうな表情が浮かんでいた。きっと、本心では虹夏ちゃんに相談なり何なりしたいのだろう。でも、その結果デビルハンターを辞めるという選択肢には辿り着かない。それに最悪の場合、虹夏ちゃんまでこちらの世界に入りかねない。それは私も——————凄く嫌だ。

 

「わっ、分かりました……でも」

 

真っ直ぐ、リョウさんを見つめながらはっきりと伝える。

 

「無理はしないでくださいね」

「うん」

 

その返答を聞いた瞬間に私は、あぁ無理するんだろうな、という妙な確信を抱いた。もうこれ以上は泣いて懇願しても無意味だと理解した私は、ただそれだけをお願いした。

 

「後藤さ~ん!リョウせんぱ~い!」

 

あ、喜多さんの声……そういえば眠っていたから感覚がなかったけれど、かなり長時間待たせてしまっていたのでは?

ヤバい、どうしよう、怒られる!?「大して上手くもないのに練習さぼったで賞」で死刑!?!?

 

「な訳ないでしょ」

「で、ですよね……へへ……」

「それにしてもぼっち、返事が遅かったね。三か月もかかって」

「や、やめてくださいよ、どこで執筆放棄していたのかバラすのは……」

「まさかクール二つもまたぐなんてね」

「クールってなんですか。し、知りませんよそんなの」

「本当に?」

「ほ、ほほほ本当です」

「…………君は完璧で究極の」

「ゲッター」

「知ってるじゃん」

「し、知りません」

 

ほ、本当に、知りませんよ?第一話が大号泣ものだったこととか石上に風評被害が及んだこととかゲッターとか何も知りませんよ?

 

「何の話か知んないけど早く戻ってよ……」

「ににに虹夏さんは信じてくれますよね!?」

「なにがだよ。なんでだよ」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

で、その後。

第三者から見れば何の面白みもない普遍的なギター練習を終え、帰路に就く。その頃には既に辺り一面暗黒で、足元さえ注意しなければ危ういという時間帯になってしまっていた。自宅近辺は田舎だからもっと暗闇だ。早く帰らなければ……と足を早める私。

 

それにしても——————もうすぐライブかぁ。

怖い。怖いけど、それ以上に楽しみだという気持ちの方が強いのが本音だ。こんな感情は今まで私が文化祭でも体育祭でも修学旅行でも味わったことのない、されど陽キャの皆様にとってはなんてことないものなのだろう。

他者にとってはどうであれ、私にとって一大イベントなのは変わりないのだ。さっきからずっと心臓がキングエンジンしているし、今すぐ倒れてしまいたいほどに疲労感が凄い。

 

これが。

青い春とやらなのだろうか。

そんなもの、私には似合わない。だけど。

もし……本当にそうだったら、いいなぁって思う。

 

「ふふふ、うへへ……」

 

人にぶつかった。

 

「あぁぁああぁぁごめんなさいごめんなさいごめんなさい死んで詫びま——————!」

 

私の謝罪を聞き届けることなく、そもそも私とぶつかったことに気が付いていないかのように——————まるで私の存在を否定するように、ロングコートを羽織った金髪の男は去っていく。

 

「…………」

 

今の人、ひょっとしてデビルハンター?

なんとなくそんな直感を抱いていたのは悪魔の能力によるものなのか、それとも私が同業者を判断できるほどに"あちら側"に染まってしまったということなのか。自分には皆目見当もつかない。

どちらの方がいいのか、それすらも。

 

「帰ろう」

 

しかし今はただの女子高生。華はないかもしれないけれど、少しの間くらい、非日常とは無関係でいよう。そうだ。文化祭のソロパートについても考えなくてはいけない。私のことだから何かやらかすだろうし、誤魔化すための一芸くらい習得しておいたほうが身のためかも。家に帰ったら調べてみよう。

 

 

 

 

 

——————なんて日常に浸れていたのも束の間で。

まるで私が帰宅するのを把握していたかのような神がかったタイミングで、マキマさんからのメールが届いた。

 

明日の招集命令だった。




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酒の悪魔

———ごめん、待った?


その夜——————後藤ひとりが眠りについたその頃の話。夜の帳はすっかり落ち切って大人なムードを醸し出す都会の夜に紛れ込みなんでもない普通の居酒屋の一席で物騒な会話を繰り広げる男女がそこにはいた。

 

「なぁなぁなぁなぁなぁなぁ岸辺ぇその仕事代われよぉおおぉ」

 

ダン!と女の方がテーブルに瓶を叩き付けながら乞う。しかし対照的に男の方は面倒くさそうに、先程までと一語一句変わらぬ答えを返す。

 

「無理だ」

「なんでぇ?」

「お前新人教育なんてタチじゃないだろ」

「でもぉ、()()()()()()にギター教えたの私なんだよ~?」

「嘘つき」

「えー--っなんでバレたのぉ!?」

 

くそーっ、と悔しがったかと思えば次の瞬間にはあははー、と腹を抱えながら、グビと再び勢いよく酒を煽る情緒の安定しない小豆髪の女。

 

「じゃあじゃあ!一緒にやるっていうのは!?」

「無理だな。俺とお前じゃ教育方針が違う」

「いや、一緒だろ。"最小限のヒントだけ与えて、残りは本人次第"ってとこ?」

「そうじゃねぇ。痛みを与えることができるか否か、だ。お前はどうせ相手の攻撃避け続けるだけだろ。のらりくらりとよぉ」

 

くい、とこれまた女とは対照的に上品にお酒を嗜むスーツ姿の男には、自身との明らかな差を伝えればいくらコイツでも諦めるだろうという確信があった。

しかし。

 

「———じゃ、やればいいんだね?」

 

空気が変わった。

が、次の瞬間には見慣れたにやけ顔があった。気のせいだろうか。いや、違う。

ほぅ、と男は声を出す。

 

「確かにちょっと怖いけど、私の能力さえあればなんとかなる。それに」

 

女は、今まで閉じていた瞳を大きく開け、睨み上げる。

 

「ぶっちゃけちゃうと、出来たらお前みたいな奴とぼっちちゃんを会わせたくないんだよ」

「年上にそういうことを言うもんじゃないぞ」

「まーまー、酒の席での話だし?」

「それは言われた側のセリフだ。……まぁいい。明日の朝9時集合だ」

「えー--っ早!!!んなもん起きれる訳ねーじゃん!」

「無理なら来なくていいぞ」

「ちぇ」

 

女の一言を皮切りに、会計まで二人の間で会話は一切なかった。

 

♦♦♦

 

「えっな、なななんでお姉さんがここに……?」

 

翌日、私とデンジくんとパワーさんはマキマさんの案内に従い、とある墓地に来ていた。どうしてよりにもよって墓地なのか、ひょっとして墓地とぼっちをかけているのか、なんてどうでもいいダジャレはとある人の顔を目の当たりにしてすぐさま消え失せた。

 

「うぇええぇぇえぇい!!!!ぼっちちゃ~ん久しぶり~」

 

まぁ、ここまで引き延ばさなくても流石に皆様分かり切っているであろう。

廣井きくりである。

私の師匠だ。

 

「なんでここに?」

 

私は再び、同じ質問を繰り返す。

 

「なんでってー。私も同じだからに決まってんじゃん!大丈夫?酔ってんの?———って、酔ってるの私の方かー!」

「………………」

「あはははははは!」

 

あはははははは、ではなく。

むしろ私の方が笑い飛ばしたい気分だ———と、あくまで心の中で思う。ノルマもライブもどうにかこなし、流石に幾分かマシなコミュニケーションが可能になっているのではないかと期待していたのだが、感情表現はいまだ苦手分野らしい。あるいはきくりさんが悪いのかもしれない。少なくとも、確実に4割は悪いと思っている。

ちなみに、横の二人は「こいつヤベーな」「全くじゃ」と実際に悪態をついていたので内心ヒヤヒヤである。

 

「本当は岸部っていうやべー奴がやる予定だったんだけど無理言って代わってもらったんだよ!」

「違う。協力って話だっただろ」

 

そうだっけ?と再び安酒をあおるきくりさん。そしてその横の———誰?確か今、岸部、と呼んでいたと思うけれど。彼もまた同様に、首に酒が入っているらしき水筒をぶら下げていた。

確信はないけれど、多分、酒飲み仲間である。

きくりさんがデビルハンターとまでは流石に想像していなかったけれど。

 

「ところで、お前ら」

 

岸部さんが私たちに声をかける。

ゆらぎとはまた違うのだろうけれど不思議な声の持ち主だ。一瞬にして、場の空気を持って行った。

 

「仲間が死んでどう思った?」

「別に~?」

「死んだ!と思った!」

「わ、私とどっちのほうが死んでるんだろうなって……」

 

「敵に復讐したいか?」

「復讐とか暗くて嫌いだね」

「ワシも!」

「い、いえ、そんな主人公みたいなこと私には到底……」

 

「人間と悪魔、どっちの味方だ」

「俺を面倒みてくれるほう」

「勝ってるほう」

「や、ややや優しいほうです!」

 

 

「お前たち、百点だ」

 

 

あ?とデンジくんが代表して声を漏らす。しかし彼だけではない。私も、きっとパワーさんも同じ感想を抱いたであろう。

何を言っているのか、と。

今私は何に合格した?人間試験?そんな、零崎双識じゃあるまいし。

 

「お前らみたいなのはめったにいない。素晴らしい。大好きだ」

 

しかも告白された。今度は代表してパワーさんが「恐い」と呟いた。次はひょっとして私の番?ちゃ、ちゃんと自然に言えるかな、だだだ大丈夫だろうか……。

 

「マキマ、お前は帰れ」岸部さんはくいと首の水分に口をつけた。「こいつらは今すぐ指導だ」

 

指導だー、と酔ったきくりさんが繰り返す。なんだか締まらないなぁ、とこのあべこべな雰囲気に(いつもの)苦笑いを浮かべつつ、マキマさんの方を見る。しかし彼女は「じゃあよろしくね」、と言い既に後姿を向けているところだった。いやいやいや、行動が早すぎやしませんか!どうしよう、どうしよう、どうしよう!うぅ、初対面の人と話せる気がしない……!!!

 

「試験ってなんだよ」

 

デンジくんが横の私たちに、至極真っ当な問いを投げかける。どちらも返答は「知らん」「さ、さぁ……」だった。

 

「お前たちにはこれから俺を殺してもらう。どんな方法を使ってもいい」

 

どんな方法でも。

つまり私の場合は悪魔の能力を使ってもよい、という話であろう。それは分かる。だけど問題はこの試験に合格するためには悪魔ではない生身の人間を殺さなくてはならないということ。頓智が効いているわけでもあるまいし、文字のまま受け取るとそういう意味になるけれど……。

 

「いいのかァおっさん?こっちは三人もいるんだぜ~。秒だ秒」

「やってみろ。俺は強いぞ」

「よっしゃらァ!」

 

最初に飛び込んだのはパワーさんだった。手の甲から血液を操り、巨大なハンマーを作り出す。

しかし。

 

 

「! ぱ、ぱぱぱぱわーさん!!!」

 

次の瞬間———パワーさんの首は人間らしからぬ方向へ曲がっていた。

間違いなく、岸部さんの手によるもの。だと、思う。

 

(でも何も見えなかった)

 

速い。

デンジくんの反応を見ても恐らく同じように見えていなかったのだろう。この一瞬で格の違いを見せつけられたのだと気が付くまでにそう時間はかからなかった。

ひょっとして私たちはとんでもない無理難題を押し付けられているのではないだろうか。

うぅ、早速胃が痛い……。

 

「いくぞぼっち!」

「えっあっはい!」

 

しかしながらいつも通り口が先に動いてしまった私は仕方なく、あくまで言わされているだけです殺す気は一切ありません殺さないでくださいお願いしますというオーラを醸し出しつつ前へ足を向けた。

 

 

結果、私はその日二十回殺された。




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