中将「強いぞ」副官「嘘ですよ」 (偽馬鹿)
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中将「最強だぞ」副官「クソ雑魚ですよ」
○月○日晴れ
日誌を書けと言われたので書く。
今日は暇だった。
基本的に暇な方がいいんだよな、俺の仕事。
だって海賊が出ないわけだし。
というわけで今日は平和。
なんか海賊が出たって聞いてるけど、平和平和。
あー■■(インクの染みが広がっている)
○月◇日曇り
今日は近くの刑務所まで護送の任務だ。
昨日出くわした海賊を捕まえて引き渡しである。
何だかんだ強いのだ、俺は。
多分な。
東の海では中々いないんじゃない?
これだけの強さの海兵って奴は。
追記
副官ちゃんに俺のおやつをとられた。
○月▲日雨
刑務所に辿り着き、引き渡しも完了。
特に問題もなく、適当に終わらせる。
強いから当然ではあるが、俺は将官である。
それなのに何故か東の海で燻っている。
おかしい。
何かの陰謀だろうか。
……気のせいか。
副官ちゃんは優秀だからな。
俺が気付かないことにも気づいてくれるしな。
追記
副官ちゃんがお昼寝してた。
◇月◇日晴れ
紹介が遅れたが、俺は悪魔の実の能力者である。
名前は忘れた。
ちなみに俺の名前はルシフである。
みんながふーさんって呼んでくる。
別に気にしてはいないが、俺のことを気楽に呼び過ぎてない?
愛称で呼ばれる将校ってやばい?
追記
副官ちゃんが言うにはセーフだそうだ。
安心した。
◇月●日晴れ
何か最近凄い海賊が出てきたらしい。
名前は忘れた。
嘘だが。
麦わらのルフィ。
海賊王になるらしい。
多分だが。
何か忘れている気がするが、まあ思い出せないってことは細かいことなんだろう。
だからきっと大丈夫。
追記
何故か副官ちゃんに怒られた。
▲月◇日雨
なんだかボロボロの海賊団に出くわすなど。
なんだったか。
思い出せないや。
とりあえず捕縛して刑務所にリリース。
死者を出さないことに関しては一流だぞ。
何せ俺は強いからな。
追記
副官ちゃんにアイス取られた。
▲月●日晴れ
何だか麦わら帽子をかぶった海賊旗を掲げた海賊船に出会うなど。
何故か急速旋回して逃げ出したが。
こっちが。
なんで?
負けないんだが???
賞金3000万ベリーだろうと勝てるんだが???
何故か副官ちゃんに怒られるなど。
理不尽。
□月〇日晴れ
今日は眠いので寝る。
と思ったら何か騒がしいので部屋を出ると副官ちゃんが怒ってた。
なんか俺の扱いに不満があるらしい。
電々虫に抗議していた。
いいぞいいぞ。
もっと強い海に送ってもいいんだぞ?
追記
いきなり偉大なる航路……だと……?
□月▲日雨
新しい職場に出勤してみると、なんかいかつい連中がたくさんいる。
雑魚が……とか言われたけど多分俺の方が強い。
多分な。
仲間同士で戦うとか無駄の極みだからやらないが。
そもそも覇気出せてないじゃんこいつら。
追記
副官ちゃんが褒めてくれた。
何もしてないんだが。
□月〇日晴れ
アラバスタなる島で警護の仕事に就くなど。
なんだかここでは海軍よりも海賊のクロコダイルがもてはやされているらしい。
困った。
誰も尊敬してくれてない。
子供からも役立たず呼ばわりである。
なんだと、俺は強いんだぞ。
将校だぞ。
追記
子供と喧嘩するなと副官ちゃんに怒られた。
▽月◇日晴れ
何か反乱軍が出たらしいので鎮圧しに行った。
俺強過ぎ。
死者無しで反乱軍を一網打尽だぜ。
実は俺天才なのでは?
知ってたが。
追記
俺の生ハムメロンが副官ちゃんに取られた。
●月〇日晴れ
何か色々ときな臭いらしい。
唐突にジト目で睨んできた副官ちゃんにおやつを差し出して機嫌を取った。
クロコダイルがなんか怪しいことをしているとかしていないとか。
そんな噂は欠片もないのだが、副官ちゃんは怪しんでいる様子。
まー多分そうなんだろうな。
副官ちゃんが間違ってたことはないしな。
そういうことにしておこう。
皆にも警戒していてもらおう。
追記
副官ちゃんがデレた。
●月◇日晴れ
内通者がいるらしい。
なんと、副官ちゃんが本当にクロコダイルの尻尾を掴んできた。
つよい。
いや俺の方が強いが???
そして内通者というのがこの女性。
うん、美人さんだね。
ところで副官ちゃんが怒ってるんだけど何か知ってる?
追記
おやつがない。
●月●日晴れ
何だかえらいことになっているらしい。
反乱軍が大きくなって、どんどん勢力を増しているとかなんとか。
仕方がないので俺が出張って何とかしているが、副官ちゃんの顔はあんまりよろしくない。
まあ俺が負けるわけがないから気にする必要はないのだが。
そう言うとちょっとだけ笑った。
任せろ。
俺なら負けない。
追記
今日はちゃんとおやつがあった。
☆月○日晴れ
何やら見覚えのある海賊船を見つけた。
確か麦わらの一味。
東の海で会ってから生き残ってここまで来たのか。
強いな。
まあ俺の方が強いが。
と、意気込んでいたら戦う必要はないと副官ちゃんに言われた。
なんだ、そうなのか。
気合いが空回りした。
今日はやる気が出ないな。
ご飯食べよ。
追記
ご飯の量が少なかった気がする。
☆月◇日晴れ
反乱軍がやばいことになった。
何だか王様がやばいことを言ったらしくて、それが火種になって爆発したらしい。
らしい、というのは副官ちゃんが違う違うって言っているからだ。
ということは、違うのだろう。
俺は強いからな。
信頼できる方を信頼する。
反乱軍は殺さない。
国王軍も殺さない。
麦わらの一味とは戦わない。
つまるところ。
クロコダイルと戦えばいいのでは?
追記
副官ちゃんが怒った。
☆月×日晴れ
クロコダイルは殺す。
○月○日晴れ
勝った。
何だか麦わらのルフィが頑張ったらしい。
結局クロコダイルと戦うことはなかったが、暴れたので満足した。
副官ちゃんも無事である。
さて。
寝るか。
追記
起きたら副官ちゃんの顔が目の前にあった。
―――――中将ルシフ。
東の海に何故か存在している海軍将校。
その副官を務めているのが私、ツルギ。
姓はない。
彼に拾われた私は、血の滲むような努力をして彼の副官へと就いた。
心底危ない所だった。
とにもかくにもこのルシフ中将、のんきである。
当人に特別な何かがあるわけではなく、ただ強いという面倒臭い人。
後ろ盾がないから利用されまくり暗殺されまくりなので、こちらが何とか対処しなければならない。
……いえ、全て返り討ちなんですが。
「むむ……」
海賊と出会ってしまった。
これはまずい。
あまり中将に手柄を上げてほしくはないのだ。
危険な場所に出向させられる可能性があるからだ。
それは避けたいのである。
「しかし、今日は数が多い……」
東の海の海賊は基本的に弱く、海賊船一隻に対してこちらも一隻で事足りることが多い。
だが、そうなると戦力的にルシフ中将に出てもらう必要が出てくるのだ。
困った。
兵の練度は悪くはないが、所詮は東の海の海兵。
そこそこ強い海賊が出てくると勝てないだろう。
ぽちゃん。
船が揺れて、液体がこぼれる音。
どうやらインクをこぼしてしまったらしい。
ルシフ中将、基本的に不器用なのよね。
「出るぞ」
「………………………はい」
葛藤したが、出てもらう必要はあった。
何せ100人単位の海賊団だ。
戦力として、ルシフ中将が戦わなければならないだろう。
「ふん」
不機嫌なようなそうでないような顔。
私からしてみればいつも通りのんきにおやつの事でも考えているのだろうと分かるのだが。
「あー海賊。降伏したまえ」
「ああ!?」
絶対に相手が降伏する余地のない台詞。
よく真顔で言えますね。
頭が痛いです。
「馬鹿が! 誰が降伏するかよぉ!」
「では捕縛だ」
そして抜刀。
……したサーベルが手から滑って宙へと飛んだ。
ざざんと船が揺れる。
海賊どもが笑っている。
それはそうだ。
最初にこの動作を見た人間は誰しもがそう思う。
馬鹿め、武器も満足に使えないのか、と言ったように。
しかしそれは違う。
サーベルは回転しながら孤を描き海賊船の中央へと着弾し、即座に爆発した。
「ぐえええなんだ一体!?」
「船長! 船の底が抜けてます!」
「はあ!?」
そう、サーベルはこのために放り出したのだ。
そして、爆発したのではなく甲板をぶち抜いて船底まで一気に貫通したのでそう見えるだけなのだ。
まあ単純な話。
ルシフ中将が持つサーベルは、とても重いのだ。
推定10トン。
それが空中を舞って落ちてくるのだ。
その威力は推して知るべし。
―――――ツヨツヨの実。
ただ単純に身体能力が高くなるだけの、本当に悪魔の実なのかも分からない謎の悪魔の実。
それを食べたルシフ中将は、とにかく強い。
強いのだが……地味だ。
それこそ覇気を使っても使ってなくてもとりあえず強いという要素のせいで訳が分からないのである。
存在が面倒臭いと言っても過言ではない。
とまあ、冗談は置いておく。
今は転覆している船から這い出てくる海賊たちを一網打尽にする作業だ。
「これでよし……と」
団員は全員捕縛。
死者はなし。
あの大惨事で死人が出ないのは意外だが、ルシフ中将は自慢げに「強いからだぞ」と言って聞かない。
その理屈はよく分からないのだけど。
一応、念のために大破している船をズタズタに引き裂く。
これも計画の内だ。
ルシフ中将を危険から遠ざけるための。
そう。
全部私がやったことにすればいい。
そうすれば、ルシフ中将は大丈夫だ。
最悪飛ばされるのは私だけ。
名ばかりの中将など、戦場には不要なのだから。
「おい」
「っはい?」
暫くして。
急に声をかけ有られた。
まさかおやつを勝手に食べたのがばれたのだろうか。
ルシフ中将の食べるおやつ、美味しいんだよなぁ。
ではなく。
何やら聞きたいことがあるらしい。
耳を傾ける。
「皆が俺をフーさんと呼ぶが、おかしくはないか?」
「別に?」
「そうか……」
それだけだった。
なんだ、バレたわけではなかったのか。
一安心である。
みんながフーさんと呼ぶ理由は特にない。
特にないが、そうした方が周りからは弱そうに見られる。
そうすることで危ない現場から遠ざけるのだ。
……いやまあ、既に中将まで来てしまっているから、今更かもしれないが。
それでもだ。
わずかでも可能性があるのならばやっておいて損はないだろう。
ルシフ中将は私たちの恩人なのだから。
ふと、今自分が見ているものが夢だと気付いた。
何故ならば、そこにはなにもなくて。
赤くて熱くて苦しくて。
そんな中、颯爽と現れた影が私を救い上げるのだ。
その姿は―――――
「……ん」
目が覚めた。
どうやら微睡んでいたらしい。
事務作業がひと段落した辺りだったか。
背伸びをして、そのまま資料を片付ける。
さあて、後は備品確認である。
それとルシフ中将のおやつも盗んでしまおう。
今度のおやつは一体何だろうか。
楽しみである。
「駄目です」
「ん?」
数日後、私はルシフ中将が読んでいた手配書を無理矢理取り上げた。
それは間違いなく麦わらのルフィのもの。
これはまずい。
ルシフ中将が興味を持ってもらっては困るのだ。
麦わらのルフィはこの世界の主人公だ。
その世界に存在する海軍というのは、所謂敵、もしくはわき役である。
そんな存在が目の前に立ちはだかれば、一体どうなる?
そう、倒されてしまう。
それは駄目だ。
いけない。
許されない。
ありえない。
あってはならない。
絶対ダメ。
なので敵対する要素を排除するのである。
相対する可能性を排斥するのである。
関わらないでくださいお願いします。
と言っていた矢先に遭遇するなど。
「いいですか、退避です」
「了解しましたー」
ルシフ中将にバレないように、ひっそりと退避。
敵対も関係を持つことも危ない存在だ。
さっさといなくなって欲しい。
私たちからルシフ中将をとらないで。
「え……? ど、どうしてですか!?」
本部からの電話などなかった。
いや、今までなかったというべきか。
それが今、私の元にかかってきていた。
『分かるだろう。ルシフ中将、遊ばせている余裕がなくなったんだ』
「……」
『君たちが暗躍しているのも知っている。故に命令は一つだ。行け』
「っ……!」
どうしたらいい。
このままではいなくなってしまう。
ルシフ中将が。
私たちの傍から。
近くから。
隣から。
「わか……り、ました……!」
歯をギリギリ。
吐きそうになりながらも返答する。
どうして。
どうしてルシフ中将を偉大なる航路へと行かせなければならないのだろうか。
そんな必要があるのだろうか。
いや、ないはずだ。
強さで言えば私だけでも十分なはずなのだ。
……いや。
もしかしたら。
私の知りえない何かがあるのかもしれない。
そんな思惑に乗らなくてはならないだなんて。
頭が痛い。
胸が苦しい。
どうしたらいい?
どうしたら、ルシフ中将を守れる?
「……え?」
「ん」
すると、頭にポンと手の平が乗った。
温かい手の平だ。
私を救い上げた手の平だ。
「気にするな」
そう、言ってくれているような気がする。
気のせいかもしれないけれど。
それでも、心はとても楽になった。
ありがとうございます、と心の中で呟く。
多くは語らない背中。
それを見ながら、私は決意を新たにする。
そう、必ずルシフ中将を守り抜くのだ。
「ふん……」
「む……」
私は今、不機嫌である。
何故ならば、この場にいる全員がルシフ中将を下に見ているからである。
格下からも侮られている。
ぷんぷんのぷんである。
確かにルシフ中将の身長は190cm前後。
低いと言えば低いというこの世界のサイズ感は異常。
それに比較的細身である。
だがそれにしても上の人間への敬い方とかがいただけない。
ここでルシフ中将の本気を見せてやればいいのか。
そう頭の中でグルグル考え始めていると、ルシフ中将が唐突にチョコを食べ始めた。
あ、そのチョコ東の海の高級ブランド。
手を伸ばすとくれた。
ありがとうと声に出すと、何だか心が温かくなった。
えらいぞーと小さく呟いた。
自分あてである。
「アラバスタ……!?」
勤務先を聞いて、驚きで頭が真っ白になるところだった。
アラバスタ。
麦わらの一味が大暴れする、砂の王国。
いやまあそこまではいい。
よくないが。
そこでは王下七武海のサー・クロコダイルが暗躍しているのだ。
変に有名になりそうな中将が出てきたら危ない。
何とかしなければ。
どうにか目立たないように……。
「お前何者だ! クロコダイル様がやっつけてやるぞ!」
「ほぅ……」
目立ってる。
凄く目立ってる。
困った。
もうどうしようもないではないか。
「駄目です」
「む」
軽く上げられた右手を掴んで止める。
その手でげんこつでもするつもりだったんですかルシフ中将。
人が死にます。
「しかしだな」
「駄目です」
反論しようとするルシフ中将を黙殺する。
いやもう駄目とは言え、これ以上目立つのはもっと駄目だ。
なのでここで抑えてもらう。
じっと顔を見つめると、そのまま手をゆっくりと下ろしてくれた。
一安心である。
反乱軍の鎮圧などを地道にこなすルシフ中将。
しかし、その間にも刻々と時間が迫っている。
そう、クロコダイルの計画の終結がだ。
どうする。
何かした方がいいのか。
それとも、何もしない方がいいのか。
自分やルシフ中将という不確定因子がある以上、どうなるか分からない。
悩む。
悩んで悩んで悩んで。
クロコダイルは怪しい、とルシフ中将の近くで漏らした。
「そうか」
すっ……とブランドチョコを差し出してくるルシフ中将。
そんな罠に釣られる私ではないんですよ。
ありがたくいただきますが。
美味しい。
またあそこの新作ですか。
何時買ってるんでしょうか。
……。
まあいいでしょう。
今日は気分がいいので、ちょっと頑張りたいと思います。
「ということで、内通者との伝手を手に入れました」
「よくやった」
とても大変だったが、クロコダイル暗躍の手がかりを掴むにはこの手しかなかった。
ポーネグリフ。
この単語を出せばのこのこついてくると思っていた。
しかし、私よりも頭のいいであろうニコ・ロビンのことだ。
逃げ出す方法などいくらでもあったはず。
それをしないということは、それだけポーネグリフの情報は大きい物なのだろう。
「ふむ」
「何かしら?」
ルシフ中将がじっとニコ・ロビンを見ている。
まさか。
いやそんなはずはない。
ルシフ中将の好みは把握していないが、こういうタイプの女性を選ぶ可能性は低いはずだ。
いや資料は欠片も見つからなかったのだが。
ベッドの下には何もなかったのである。
「ふふっ」
「!」
なんだその余裕は。
やってやるぞ。
こちとらズタズタの実の引き裂き人間だぞ。
その花ズタズタに引き裂いてやる。
「ふむ」
ポンと頭を軽く叩かれる。
痛くはないが、怒られたらしい。
ちょっと反省である。
だがついつい反抗的な態度をとってしまう。
そうじゃない。
でも、何だか勝手にそうなってしまう。
もどかしい。
「貴方はとても優秀な猟犬を飼っているのね?」
「?」
かあ、と頬が熱くなるが、ルシフ中将はスルーしている。
平常心、平常心。
そうだ、平常心だ。
これがなければルシフ中将を守れない。
落ち着いた。
というわけで。
いつかぎゃふんと言わせてやるから覚悟しておけニコ・ロビン。
反乱軍の人員が確実に増えている。
こちらの海兵たちにも負傷者が出てきている。
どうにか一緒に戦えているが、限界が近いか。
「大丈夫ですよ。みんなでフーさん守りましょう」
「そうそう。あの人放っておけないですからね」
強がりだ。
それでも、その声で若干だが気持ちが持ち直した。
そうだ。
護らなくては。
放っておくわけにはいかないのだ。
だって。
もし手の届かない場所でルシフ中将が……。
「俺は負けない」
唐突に、ルシフ中将が呟く。
それにふと思い知らされる。
きっとルシフ中将にはお見通しなのだろう。
きっと私を元気づけようとしてくれているのだ。
何をやっているんだ。
私はルシフ中将の副官だぞ。
気持ちで負けるわけにはいかないのだ。
「……」
船だ。
何の変哲もない船だ。
そこに麦わら帽子の海賊旗が掲げられていなければ。
「戦うのか?」
「必要ありません」
「そうか」
そう、敵対する必要がない。
何せ目的はほぼ同じだ。
クロコダイルさえ何とかしてしまえば、あとはどうこうできるはず。
麦わらの一味から離れることができれば万々歳だ。
どうにかここで中途半端な評価を引き出したいところだ。
……正直、兵たちは限界だ。
私とルシフ中将が前面に立って何とかしているような状況だ。
お願いします。
何とかこの事態を乗り越えさせてください。
だからクロコダイルと正面衝突だけはやめてくださいね!!!!!
「―――――っあ」
目が覚めた。
眠っていたらしい。
身体を起こすと、全身に激痛が走る。
そうか。
私はクロコダイルに暗殺されかけたのか。
思い出すだけでも思い知らされる。
相手は国を相手取った頭脳犯だ。
それだけの知力があれば、私を蹴散らすなど簡単だっただろう。
それをしなかったのは、恐らくルシフ中将への牽制などが理由だろうか。
しかし残念だが、それは悪手だ。
ルシフ中将のことを思い返す。
あの人は身内に優しく、敵に厳しい。
というか敵と判断した相手には容赦がない。
どうなったんだろうか。
ルシフ中将は、アラバスタは。
そしてこの世界は。
「……」
「……っ!」
気配がしたので、その方向へと視線を向けると、何かがいた。
トナカイの角、青い鼻。
チョッパーかな?
やはりマスコットが似合うよ君は。
となると、この傷の治療は彼がしてくれたのだろうか。
うちの船医の腕も悪くないが、流石に比較対象が悪すぎる。
丁寧な縫合で傷も残らないだろう。
……まあ、昔ついた傷は消えないが。
「あ、待て! まだ安静にしてなくちゃだめだ!」
「大丈夫。私は強いから」
恐らく戦いは終わっている。
ならルシフ中将もどこかにいるだろう。
探さなくては。
勝手に迷子になられては困る。
部屋をいくつか。
庭をいくつか。
そこそこ長い廊下を渡って。
ルシフ中将を発見した。
「……寝てる」
傷一つない身体で、眠っていた。
その様子に一安心。
そして、この戦場を駆け巡ったであろう人間が無傷でいることへの戦慄。
やばい、この人本当に強かったんだ。
舐めていた。
「……あら、お邪魔かしら」
「ニコ・ロビン……?」
ふと気付くと背後にニコ・ロビンがいた。
何か話すこともあっただろうか。
「一応救われた身としては、挨拶でもと思ったのだけど」
「いらないわ」
「でしょうね」
苦笑するのも様になっている。
それがちょっとイラっとする。
美人はずるいな、と思っただけだ。
「ポーネグリフ」
「?」
「麦わらの一味について行けば、多分見つかるわ」
一応のお礼。
そして当然の対価を。
本来であれば自身で調べた情報を伝えたかったが、手に入ったのはゴミクズのような情報だけ。
だからせめて。
彼女の向かう先が幸せに近づくように。
「そう。ありがと」
「それじゃあさようなら」
「ええ、ルシフさんにもよろしくね」
なんだか含みがあるな。
問い詰めようとしたところでいなくなってしまった。
仕方ない。
もう会うこともないだろうし、放置。
「……ふふっ」
そして、ルシフ中将の寝顔を見る。
無駄に美形なのよね、この人。
言い寄る人間も少なくなかったけれど、気付けばいなくなっていた。
理由は不明。
女の影ができたという噂は私が全力で調査した結果ただの噂に過ぎなかった。
「……ん」
すっと身を引いて構える。
そろそろ起きるだろう。
そう判断したからだ。
そして、その判断通りにルシフ中将が起きる。
「……おはようございます」
「ああ、おはよう」
色々なことがあって、大変だったけれど。
ルシフ中将が生きている。
それだけが、私にとって最高の報酬なのであった。
ルシフ中将
イケメン。
ツヨツヨの実の能力者。
なんか強い。
ツルギ副官
女。
おやつを盗む常習犯。
凄い努力家。
ズタズタの実の引き裂き人間。
海兵さんたち
2人の動向を見守るために頑張っている。
不純である。
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中将「病気か」副官「仮病ですよ」
○月○日晴れ
なんと副官ちゃんが病気らしい。
本部の医者なら何とかなりそうだが、副官ちゃんは俺から離れたくはないらしい。
仕方ないので連れて回るしかないのだが、ここで朗報。
実は麦わらの一味の船医はかなり優秀らしい。
副官ちゃんの病気もなんとかなるのだとか。
借りを作ることになるが、まあいい。
いつか返せるだろう。
しかしながら俺の我儘に部下を巻き込むわけにもいかない。
俺はひっそりと副官ちゃんを伴って麦わらの一味に同行するのだった。
○月◇日晴れ
麦わらの一味の別れを見た。
仕方のない話だ。
あの青髪の少女は王族だったのだとか。
それでは海賊になるわけにもいかないだろう。
ところでこのお嬢さんに見覚えがあるんですがどこかで会いましたか?
いや分かっているけども。
追記
おやつがない。
○月▲日曇り
何か降ってきた。
大きなガレオン船だとか。
サルベージを試みたが、別の海賊と鉢合わせになった。
あちらはサルベージのプロらしく、優秀な装備を持っていた。
副官ちゃんの容態が安定しない。
なんとかなるんだろうか。
船医は山は越えているというが、やはり心配である。
追記
この船のおやつは美味しい。
○月□日晴れ
そういえば、次の島は空島らしい。
らしいというのは、その存在が謎に包まれているからだ。
俺も偉大なる航路に詳しいわけではない。
もしかしたらそんな場所もあるのかもしれない。
副官ちゃんの容態が安定し始めたので、他の部下たちに手紙を送ることにした。
あちらは大丈夫だろうか。
いや、あいつらはまがりなりにも俺の部下である。
平気なはずだ。
◇月○日晴れ
なんと、次の島へ空を飛んで行くつもりらしい。
驚いた、本当に空島を目指すとは。
これは手伝っておこう。
借りもあるが、中々に楽しみだ。
この世界には不思議なことがいっぱいだ。
追記
死ぬかと思った。
◇月□日
空島に辿り着いたが、何やら変な蟹らしき存在に連れられて変な場所へと運ばれてしまった。
副官ちゃんの病気が完全に治っていない以上動くわけにもいかない。
俺は船を守ることになった。
船医を戦力として数えることになるとは思わなかった。
しかし、悪魔の実の能力者だ。
俺には理解できない能力を持っているかもしれない。
……動物系の実の能力者だという。
言われてみれば角があった。
気付けと言われたが、そんなこと気にしていると駄目だろう。
何故ならば、この船医も海賊だ。
いつかは敵になるのだろうから。
そう言ったら船医はゴクリと喉を鳴らした。
◇月●日晴れ
敵が来たので迎撃した。
船に傷をつけてしまった。
これはまた借りを増やしたようだ。
空を飛ばれると流石に俺も近寄れない。
そう思ったところで謎の男が敵と戦い始めた。
両者ともに中々強い。
まあ俺の方が強いだろうが。
戦いは、こちらを助けに来てくれた男が負けて決着した。
続けるなら相手になると言ったが、相手は消耗した状態で戦えないと逃げ出した。
戦略的撤退という奴だろう。
中々頭の回る奴だ。
◇月▲日晴れ
そもそも雲の上なのに雨が降るのかという疑問に行き当たった。
まあいい。
なんとか歩ける程度には復活した副官ちゃんの様子を見ながら、男の容態も見ていた。
やはりこの船医は優秀だ、
船医にも専門分野というものがあるはずなのだが、この船医にはそれがない。
というか何でもできそうだ。
海賊やめて海軍に勤めたりしないのだろうか。
駄目だそうだ。
◇月▼日晴れ
なんだか色々あったしい。
気付けば全員が集合し、宴が始まった。
料理が美味い。
いやまあ、俺の船のコックも負けてないが。
何か強い敵がいるとかいないとか。
恩がある。
この船は守ろう。
◇月☆日晴れ
俺は神になった。
○月○日晴れ
宴が始まった。
キャンプファイアーを囲んで敵味方関係なく騒いでいる。
ああ、平和だ。
こんな世界に、早くならないだろうか。
いや、他力本願は駄目だ。
俺がするんだ。
○月□日晴れ
黄金を持って逃げるらしい。
仕方ない。
ここは見逃してやろう。
俺達も帰れなくなるからな。
俺は今のところ負けたことはないが、この麦わらのルフィは強い。
何せゴム人間だ。
雷にも強い。
いやだからどうしたというわけでもないが。
とにかく、俺は強いので弱い人間を守ることが義務である。
なのでそろそろお別れになる。
次会う時は敵同士な気がする。
嘘だった。
あんまり敵になる気配がない。
悪ではない気がするからだろうか。
気のせいか。
最大の理由は、副官ちゃんを助けてくれたからなのだが、まあ置いておこう。
何時か借りを返す日も来るだろう。
それまでさようならだ。
追記
おやつがなかった。
悪魔の実を食べてから病気になったことはなかった。
これはもしかしたらそういう機能が働いているのかもしれない、と思ったこともあるが、それは違ったらしい。
何せ、今私は病気になっているのだから。
「大丈夫なのか?」
「休めば治ります」
嘘だ。
この病気はこの島、アラバスタにおいて不治の病だった。
この場に留まれば高確率で死に至るだろう。
しかし、この病気を治すには本部での集中的な治療が必要になる。
そうなれば、私はルシフ中将と離れることになってしまう。
それは困るのだ。
なんというかその、困るのだ。
「おれなら……なんとかできるかもしれない」
そう名乗りを上げてくれたのは、麦わらの一味の船医、チョッパーだった。
なるほど、それならば安心できるかもしれない。
しかし、チョッパーは海賊だ。
そんな相手に借りを作ることになる。
ルシフ中将は大丈夫だろうか。
「気にするな。病気を治せ」
そう言ってくれたが、心苦しい。
まだ何も返せていないのだ。
もらってばかりだ。
「あら、あなたもこの船に?」
……そういえば。
このタイミングでこの女は麦わらの一味に入るのだった。
忘れていたが、まあいい。
私には関係ない。
ないったらない。
寝込んでいる間に、空島へと向かう算段を付けていたらしい。
楽しそうなルシフ中将の顔を見ると私も嬉しいのだが、空を飛ぶのだ。
空を、飛ぶ。
勘弁してほしいが、背に腹は代えられないのだった。
「大丈夫か?」
「ええ、問題ないです」
嘘だった。
頭は痛いし喉は辛いし呼吸は苦しい。
しかし、心配をかけるわけにもいかない。
これ以上、お荷物になるわけにはいかないのだ。
空島に辿り着き、私たちは知らない世界を見て感動していた。
何せ空を飛ぶ島だ。
新しい物ばかりだろう。
「……歩いて平気なのか?」
「ええ、何とか」
これは嘘ではない。
何せチョッパーによる治療だ。
この世界でもトップクラスのそれだろう。
失敗などありえないのだ。
「あまり無理はするな。俺の副官はお前だけだ」
「……はい」
なんとも心地のいいセリフだろうか。
ルシフ中将の唯一の存在である。
誰にも渡したくはない。
「……なんだ、殺していい生贄が3人もいるのか」
「ピイイイイイイイ!!!」
そのセリフをかみしめていると、突如として乱入者が現れた。
無粋な奴だ。
引き裂いてやろうか。
そう思ったが、ルシフ中将が私の前に立った。
戦うというのだ。
いやまあ、戦力的にはこの船の中で一番なのだが。
「威勢のいい生贄だ。どれ、試してやろう」
「ふん、あまり吠えるな。貴様は犬か?」
「何だと……!?」
……信じがたいことだが、恐らくルシフ中将に挑発の意図はない。
信じがたいことにだ。
ただの感想なのだ。
それが口から洩れただけなのだ。
もう少し堪えて欲しい所だ。
「死ねぇ!」
「ふん……」
槍が放たれる。
それは炎を纏ってルシフ中将を襲うが、ルシフ中将はそれをいつものサーベルで弾いた。
そしてそのまま自由な左腕を突き出して相手を掴もうとした。
「っ!」
しかし、それを知っていたかのように回避する敵。
なるほど、あれが心網。
覇気の一種なのだろうか。
……私にも使えたらいいのに。
戦力的にはチョッパー未満かもしれない私の愚痴だ。
「ふむ……」
基本的に強いだけのルシフ中将だ。
だが、ただ掴んで叩きつけるだけで相手は即死する。
それを察知したのだろう。
「なんて強さだ。頭がおかしいんじゃないか?」
「そうか」
一気に距離を詰めるルシフ中将。
それを寸前のところで回避した敵は、そのまま空中へと逃げた。
あそこまでは流石にルシフ中将でも届かない。
なるほど、上手い手だ。
「流石にここまでは追って来れまい」
「確かに」
そして、男が空中で何かをしようとしたところで、新たな乱入者が現れた。
元神のガン・フォールだ。
「……中々強いな」
暫く両者の戦いを見ていたが、その通りだった。
空中戦という特殊な環境であるが、あれはルシフ中将には難しい次元の戦い方だった。
「だが俺の方が強い」
当然ではあるが、ルシフ中将は負けず嫌いだ。
あと基本的に嘘はつかない。
恐らく戦力的に見て、本当にルシフ中将の方が強いのだろう。
とはいえ、空中戦は難しい。
空を飛ぶ能力や技術、もしくは道具が必要になってくるだろう。
「……」
横を見ると、ルシフ中将は何やら考えている様子。
邪魔しないように空中の戦いを見ていると、ガン・フォールが敵の槍に貫かれてしまった。
しかも燃える槍だ。
ダメージは大きい。
「1人仕留めた……が、次を仕留めるのは難しそうだ」
横を見れば、いつの間にかガン・フォールを抱えているルシフ中将。
本当に気付けば抱えていた。
まるで理解できない速度だった。
「そうか」
ルシフ中将がそう呟いた瞬間、敵はこの空間から離脱した。
接近戦を嫌ったのだろう。
火炎放射を続ければ勝てるかもしれないが、時間がかかると判断したのかもしれない。
「さて、手当てをする」
「ま、任せろ!」
ルシフ中将が手を動かす前にチョッパーが駆け寄ってくる。
やはり手慣れている。
故郷では外傷の手当てなどしたことがないだろうに。
それだけこの海が過酷だということかもしれない。
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中将「神だぞ」副官「やめて」
「楽しそう……」
麦わらの一味の宴だ。
人数は少ないが、それでも騒がしくにぎやかだ。
「おう、白髪のおっさん」
「ルシフだ」
「白髪のおっさん」
ルフィはルシフ中将のことを白髪のおっさんと呼ぶ。
確かに白髪だが、年齢的には20代後半だろうルシフ中将。
何だか怒っているような気もする。
「船を守ってくれたんだって? ありがとうな」
「借りがあるからだ」
「ん、そうか」
短い会話だった。
そもそもあまり話さないルシフ中将。
その割には話している方なのかもしれない。
「ところで白髪のおっさん。仲間にならねぇか?」
「駄目だ」
「駄目かー」
「俺にも正義がある」
そういえば。
私もルシフ中将の正義について知らない。
本当に喋らないのだ。
誰か聞いたことがあるのだろうか。
「俺の掲げる正義は、弱者のための正義だ」
「―――――」
それは、間違いなく私たちを守るということを指していて。
それ以外のたくさんの誰かを守る正義なのだった。
ガン・フォールの看病とともに、船を守るための要員として私たちが残ることになった。
他のメンバーはサンジ、ウソップ、ナミである。
流石に私たちだけに任せるほど信頼されていない。
そもそもが海軍なのだから当然なのだけど。
「……で、どうしてあんな不愛想な男について回ってるの?」
「む」
暫くして、ナミが声をかけてきた。
何とも不躾なことだ。
それに失礼だ。
「ルシフ中将は別に」
「不愛想でしょ。しかも不器用」
「……」
何も言えなくなった。
ぐうの音も出ない。
「なんとなくわかるのよ。私も似たような人を知ってるから」
「そう……」
誰だろう。
そう思っている間に距離を詰めてくるナミ。
なんというか圧迫感がある。
胸か。
おっぱいなのか。
「……なーんか邪なこと考えてた?」
「いいえ」
「まあいいけど」
気付かれたかと思った。
驚いた。
これが女の勘という奴なのかもしれない。
まあ、私も女なのだけど。
「……中将は、私の命の恩人です」
仕方なく、私は話し始める。
殆ど誰にも話したことのないことだ。
「よくある話です。海賊に滅ぼされそうだった私の町を救ってくれた英雄。それがルシフ中将でした」
「ふぅん……」
実際のところ、生き残ったのは私を含めて数人。
あとは間に合わなかった、とルシフ中将は言っていた。
済まない、とも言っていた。
しかし、私はそんなことどうでもよかった。
親に捨てられ、浮浪者と一緒になって生きていた私にとって。
その背中はとても大きく、素晴らしい物だった。
死にかけた私を救い上げ、助けてくれたその背中、腕、心。
その全てに、私は私の全てを捧げると誓ったのだ。
「―――――簡単な話です。私はあの人に全て救ってもらえたのです」
「そう……」
きっと私は笑顔だっただろう。
それだけ、あの人は私の全てで、理想で、尊敬する人。
「じゃああの人が好きなのね?」
「……?」
そして、その次に聞いたセリフに、私は硬直した。
好き?
私が?
ルシフ中将を?
いやいや。
まさかそんな。
いや待って欲しい。
そうだと言えるだろうか。
まさかそんな。
だってあの人は私の恩人で。
誰よりも尊敬する人で。
誰よりも頼りになる人で。
誰よりも大切な人だ。
……。
……………。
「……はい」
ぐうの音も出なかった。
「俺は神について考えたことがある」
ゴッドエネルが現れて、サンジとウソップを焼いたところで、ルシフ中将は語り始めた。
喋れば殺すと言ったゴッドエネルも、その言葉を遮ることなく聞いていた。
神という言葉に反応したのかもしれない。
「強い、そして傲慢だ」
「世界に弱者と強者をばら撒き、それを野放しにしている」
「だが考えてみた」
「俺が神になれば、弱者を救えるのではないかと」
それは。
確かにその通りかもしれない。
しかし、その考えも傲慢そのものだ。
まさか、自分が神になるだなんて。
そんなこと、誰が許すというのか。
いやまあ、目の前に神を名乗る人間はいるのだが。
「神には天使という、羽の生えた眷属がいるという」
「聞けば6枚の羽を持っているらしい」
「ならばだ」
ルシフ中将は自然体だ。
それでいて、存在感が溢れているように感じられた。
何かするんだろうか。
何をするんだろうか。
もしかして、変なことをするんじゃないか。
ちょっと不安だった。
「神はその2倍くらい羽を生やしていてもおかしくはない」
……???
何を言っているんだろうか。
そう思ったのもつかの間。
ルシフ中将の背中から何かが生えてきた。
それは羽だった、
漆黒のそれが、何枚も何枚も。
いや、合計で12枚の羽が生えてきた。
……有言実行。
しかし、まさかそんなことがあるだろうか。
ツヨツヨの実のツヨツヨ人間。
人間の枠を超えて、天使、そして神へと至るのだろうか。
いやまあ、私にとっては神に等しい存在ではあるのだけど。
「ヤハハ、大きく出たな! この神を目の前に、神を名乗るとは!」
危害を加える気はないと言っていたゴッドエネルだが、ここにきて戦闘体勢をとった。
戦うのだ。
ルシフ中将と。
「俺は弱者を救う神になる。よって貴様は邪魔だ」
サーベルを握り締めるルシフ中将。
ああ、あれは本気だ。
本気で神になると言っているのだ。
頭が痛い。
この世界において、神とは天竜人を指す言葉でもある。
そんな世界で、神を名乗るということは。
世界に弓引くのと同じではないか。
「神を名乗る愚者よ。この神が断罪してくれる」
「傲慢なる神よ。この俺が粛清してやる」
今、神を名乗る2人が、激突する。
空中戦。
そして、それはまさに神の戦いに等しかった。
放たれる雷撃。
薙ぎ払われる斬撃。
そして砕け散る大地。
「なんという、戦い……!」
「……」
確かに、凄い戦いだ。
しかも拮抗している。
いつまでも戦闘は続きそうだ。
放たれる雷撃はサーベルに斬り裂かれ。
薙ぎ払われる斬撃は雷電の身体を傷つけることはない。
そして、力が放たれるたびに大地は荒れ狂うのだ。
「こ、れは……!」
「……」
まずい。
ルシフ中将が負けるとは思っていない。
思っていないが、それよりもこちらがまずい。
地面が完全に崩壊することはないだろう。
だが、その中を伝う雲はどうだろう。
千切れ、弾け、飛び散る。
私たちの進む先がなくなっていくのだ。
だが、あの戦いに割り込むだけの力はない。
というかなんだあのバカみたいな理論は。
そしてそれを成してしまうバカみたいな悪魔の実の力は。
「1憶ボルト……放電!!!」
「無の境地に打ち震えるがいい……!!!」
放たれる電流と、それを迎え撃つ謎の閃光と爆発。
何でもありか。
更に頭が痛くなる。
ルシフ中将が遠くなっていく。
……私も強くならなければ。
「決心固めてるのは良いんだけど! この状況を何とかしないと私たちが死んじゃうわよ!」
「あ」
その通りだった。
とにかく、この状況を何とかしなければならない。
「これ以上はヤバいですよ!」
ルシフ中将とゴッドエネルが一瞬離れたところで、私は叫ぶ。
実際ヤバい。
この状況、少なくとも私が死ぬ。
それは困るのだった。
そう言うと、ルシフ中将は動きを止めた。
どうやら私の声が聞こえたらしい。
それと同時に、ゴッドエネルも大きく距離をとった。
何かするつもりだろうか。
「ヤハハ。何もするつもりはない。なにせ私は帰るのだから」
そういえば思考が読めるのだった。
さっきの思考も読まれていたのだろうか。
恥ずかしい。
「決着は?」
「ヤハハ、後でつける」
そう言うと、電流になって空へと飛んで行くゴッドエネル。
脅威が去った。
助かったと言っていいだろう。
「ふむ……何かあるな」
ルシフ中将が考えている。
確か、巨大な船を作っていたはずだ。
それを使って色々とできるようになるとかならないとか。
その辺りはよく覚えていないが。
それはともかく。
そろそろ降りてきてほしい。
首が痛い。
「あれは強いな」
「はい」
「だが俺の方が強い」
「……多分?」
「言い淀むな」
小突かれる。
ちょっとしたジョークという奴である。
ルシフ中将が負けるとは思っていない。
……引き分けかな、とは思ってはいるが。
相手は雷だ。
自然現象であり、災害だ。
それを人間がどうにかするのは難しいのではないかというのが私の考えだ。
いやまあ、ゴム人間が特攻という点ではよくわからなくなってきてしまうが。
それはともかく。
人間が雷を相手取ることは難しい。
覇気を身に着けていなければ攻撃も通らないだろう。
……その点で言えば、ルシフ中将は戦えるだけの前提条件をクリアしている。
その上あの謎の神様フォームである。
もしかしたらもしかするかもしれない。
しかし、心配事もある。
あの形態が、ルシフ中将にどのような影響をもたらすのかわかっていないのだ。
もし副作用があり、身体に変調をきたすようであれば使用を控えてもらわなくてはならないだろう。
素直に聞いてくれるかは分からないけれど。
「心配するな。何も問題はない」
「本当ですか?」
「ああ、糖分補給がしたい程度だ」
なら安心である。
懐からブランドチョコを取り出して食べ始めるルシフ中将を見ながら、私は思考に没頭する。
この状況で、私たちはこの島を脱出してしまっていいのだろうか、ということである。
「……このまま進みましょう」
悩んだ結果、私はこの聖域を出ることにした。
嫌な予感が付きまとうのだ。
もしルシフ中将に何かあったら、という思考が巡って仕方がないのである。
これまで対等に戦える相手が出てこなかったからその点は安心していたが
、今はゴッドエネルがいる。
何かの拍子に悪い方向へと転がってしまうかもしれない。
「安心しろ」
「……?」
ポン、と頭に手が乗せられた。
よく分からなかったが、その手は優しかった。
「お前は俺が守る」
「―――――」
そして、ルシフ中将は欲しい言葉を口にしてくれる。
ああ、それだけで私は頑張れる。
例え誰かに蔑まれようと。
例え全てを敵に回そうとも。
私はルシフ中将を守るだけだ。
……問題は、そのルシフ中将がとても遠くまで行ってしまったことなのだが。
暗雲が立ち込め、空島が雷に殺されようとしていた。
しかし、この状況になってもルシフ中将は動かなかった。
……いや、動けなかったのだ。
そうだ。
あんな無茶をしたのだ。
普通、動くことなどできないはずだ。
「問題ない」
「動けてないじゃないですか」
膝をついたまま、ルシフ中将は動けない。
やはりあの時のセリフは嘘だったのだ。
予感は的中したのである。
「休んでいてください」
「しかしだ」
「休みましょう」
無理矢理ベッドに押し込み、私は小さな船を出した。
避難誘導の手伝いをするのだ。
それくらいなら、私にもできる。
雷電が空島を破壊していく。
とても強い力だ。
そんな力に、ルシフ中将は真っ向から立ち向かったのだ。
尊敬するが、それでも無茶はやめて欲しい。
いや本当に。
空島での戦いに決着がついた。
ゴッドエネルはルフィによって撃破された。
大地は全てを受け入れ、平和への一歩を踏み出した。
そう、宴の時間だ。
「……ああ、こんな光景が来ることを待っていた」
ガン・フォールが目を涙で滲ませながら言う。
人々が手を取り合って宴を楽しんでいる。
そこに、敵も味方もないのだ。
ルシフ中将は宴の中央から外れた、隅の方でお酒を飲んでいた。
珍しい。
ルシフ中将はお酒を飲まないと思っていなのに。
「飲めないわけではない。機会がなかっただけだ」
「そうですか」
歩み寄り、飲んでいるお酒を見る。
白い。
そして甘い香りがする。
ああ、これ知ってる。
カルーアミルクだ。
何か安心した。
「度数が高い。お前は飲むな」
「む」
そう言って私からカルーアミルクを遠ざけるルシフ中将。
ちょっとむっとしたので、無理矢理それを奪って全部飲み干してやった。
甘い。
それでいて体が熱くなった。
というか
あたまが
くらくらして
……………
……
「目が覚めたか」
「あ、れ?」
気付けばベッドで眠っていた私は、ルシフ中将に看病されていた。
役得ではあるが、その前の記憶がない。
何かあったのだろうか。
「何もない」
「そうですか」
何もなかったらしい。
それはよかった。
空での一件。
私はほとんど何もすることはなかった。
しかし、それでも力不足は実感した。
今のところ、私の能力はズタズタの実による引き裂き攻撃のみだ。
どうやってその力をうまく引き出せばいいのか。
それすらよく分かっていない状態だ。
何か糸口があれば。
それでなくても、何かルシフ中将の手足として戦えるだけの強さが必要だ。
何か。
いや、何もかもが足りないのだ。
どうにかしなければ。
「……おい」
「え?」
考え込んでいると、不意に頭の上に手が乗せられた。
ルシフ中将の手だ。
温かい。
「そんなに悩むなら、私の師匠を紹介しよう」
「師匠……?」
ルシフ中将の師匠。
そんな人間がいたのか。
こんなぶっ飛んだ……もとい、強い人の師匠。
それこそルシフ中将よりも強いのかもしれない。
そんな人に見てもらえる。
これは絶好の機会かもしれない。
「乗組員たちも一緒に見てもらうか……」
……なんか、嫌な予感がしてきた。
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中将「師匠だ」副官「敵ですよ」
ルシフ中将もそういう男です。
多分。
○月□日晴れ
今日は師匠に会う日だ。
師匠と言っても、一月ほど一緒に暮らしただけの相手だが、俺にとっては師匠なのだ。
神の話を聞いたのもそのころだ。
しかし。
師匠は探さなければ見つからないのに、探したらあっさり見つかった。
どういうことだったのだろうか。
だが、見つかったはいいものの、会う時に条件を付けられてしまった。
俺と1対1で話がしたいのだという。
追記
師匠の名を聞いて、副官ちゃんが倒れた。
○月○日雨
どうやら師匠に会う日は決まって雨らしい。
不思議なものだ。
しかし懐かしい。
変わらず強そうで、中々男前だ。
それに何やら軍を率いているというではないか。
なるほど、俺と一緒か。
そう言ったら違うと言われてしまった。
何が違うというのだろうか。
追記
本当に違った。
○月▼日雨
今日は俺の能力の訓練の初日だ。
能力者は想像力で強くなるような存在だとかなんとか。
いや、自身の能力が悪魔の実に到達した時に覚醒する、だったか?
あまり難しい話は覚えていない。
だが、なんとなく分かった。
悪魔の実は……いや、俺はまだまだ強くなれそうだ。
神を越えて、創造主にでもなれるのではないだろうか。
追記
神と創造主は大抵一緒の扱いであり、俺の姿は天使に近かったらしい。
◇月○日雨
今日で訓練も終わりだ。
今日からいつも通り、海賊を狩ったり反乱因子をつぶしたりしなければならない。
師匠も捕まえなくてはならない存在だったらしい。
何せ、反乱因子の親玉だ。
捕まえなければ、海兵ではないとも言われた。
師匠の名はドラゴン。
反乱軍のトップ、ドラゴンであった。
追記
反乱軍に誘われたが断った。
■月▼日曇り
副官ちゃんに殴られたが、帰ってきた。
一週間ほど留守にしたのがいけなかったのだろうか。
お土産に最新のスイーツを手渡したらちょっとだけ機嫌がよくなった気がするが。
それはともかく。
俺は新しく様々な知識を得た。
というか神の存在を知った。
神は本当にいたのだ。
しかし、その神の子孫は腐ってしまっているらしい。
よくわからないが。
天竜人とは何かと尋ねれば、決まって口を閉ざす。
副官ちゃんもそのひとりだった。
だが俺は知った。
奴らは神の子孫なのだ。
だから偉いと勘違いしている。
神は凄い存在だが、偉い存在ではない。
俺はそう思っている。
追記
俺の為に買ったチョコレートがない。
▽月□日晴れ
何だか知らないが海軍本部に来いと言われた。
呼ばれたので行ってみたら、大将が3人そろっていた。
びっくりした。
副官ちゃんが怖がっている様子だった。
3人が言うには、大将の座についてほしい、ということだった。
何故俺なのだろうか。
いやまあ俺は強いのだが。
恐らく大将よりも強いのだが。
それでも疑問だった。
俺は海軍にとって割と面倒臭い存在だ。
その自覚はある。
だからこそ、俺は東の海にいた。
だが、今更大将だ。
中将でも偉いし、強いらしいが、大将は格が違うらしい。
でも何故だろうか。
俺が地位に拘っている男に見えたのだろうか。
だとしたら心外である。
追記
副官ちゃんが泣いていた。
□月○日晴れ
割と首になる覚悟で言ったのだが、海軍は俺を中将のままでいさせた。
何故だろうか。
よくわからないが、まあラッキーということにしておこう。
部下もいるしな。
部下も中々強くなっていた。
アラバスタで別れてから本気で訓練したらしい。
いやまあ、それまで手を抜いていたわけでもなく。
ただ単に学ぶ相手が増えたことが大きいのだろう。
俺は最高の神になる。
そのためにはまず人が必要だ。
▽月☆日晴れ
バスターコールに呼ばれた。
なんか凄い集まっていた。
強そうな連中だ。
まあ俺の方が強いが。
しかし、狙う相手は海賊の一味だけであり、その一味の中のひとりに至っては生け捕りにしろという。
バスターコールは難しいことを言う。
いや、バスターコールが言ったわけではないのだが。
しかし、ふたを開けてみれば驚いた。
なんと、バスターコールの矛先は麦わらの一味だったのだ。
海軍の戦力をぶち込む相手だと認識されているのだ。
俺も天竜人を越えた神になると宣言したら追われることになるのだろうか。
まあ、その方法が未だに掴めていないのだが。
追記
麦わらの一味とタイマンした。
俺が勝った。
更に追記
ガープ中将に全力で殴られた。
☆月○日晴れ
ガープ中将と麦わらのルフィは家族だったらしい。
驚いた。
そしてドラゴンが麦わらのルフィの父親だという。
さらに驚いた。
驚かされてばかりだから俺も驚かせようとしたら、みんなが必死になって止めたのでやめた。
何故だろうか。
俺は最高の神になると言うつもりだっただけなのに。
追記
おやつがない。
☆月□日晴れ
麦わらの一味を追えと言われたので追うことにした。
しかし途中で見失ったので、仕方なくログが示すであろうシャボンディ諸島に先回りした。
あそこには天竜人が歩き回っているらしい。
不思議な感覚だ。
神の子孫である彼らがどれほど腐っているのか、この目で見る必要があるかもしれない。
俺は聞いただけだ。
見たことはない。
百聞は一見に如かずとよく言う。
だから一度だけ会いたいと言ったのだが、副官ちゃんに泣いて止められてしまった。
仕方ない。
諦めて遠くから見物するだけにしよう。
☆月□日曇り
副官ちゃんがいない。
これはまずい。
副官ちゃんは悪魔の実の能力者であるが、未だに覇気は使えないしそこそこ程度しか強くない。
何かが起これば負ける可能性もある。
急がなくてはならない。
計画を早めよう。
追記
先1月分のおやつがなかった。
☆月○日雨
俺は新世界の神になり、世界を救うことにした。
○月▽日曇り
麦わらの一味が消えた。
誰かの指金である可能性があると副官ちゃんが言う。
副官ちゃんが言うのだ、その通りなのだろう。
しかし困った。
俺は新世界の神になるために強い奴らと戦いたいのに、海軍であることが邪魔するようになってしまった。
だが、やめるわけにはいかない。
海賊になる?
駄目だ。
それでは神にはなれない。
革命軍になる?
それも駄目だ。
神を殺したいわけではない、なりたいのだ。
ならばどうする。
□月○日晴れ
国を作ることにした。
ルシフ中将の師匠という人間には候補があった。
当然ではあるが数多くの海兵を育て上げたゼファー。
破天荒ではあるが英雄と名高いガープ。
今の地位で可能性が低いがあり得るのはセンゴク。
……その中でも、ルシフ中将の知識のちぐはぐさを考えると、ガープが師匠である可能性が高いと踏んでいた。
「師匠には俺一人で会うことになった」
しかし、この状況は予想していなかった。
何故だろう。
海軍が海軍に会うだけならば、サシで会う必要はない。
何か相手方に大きな障害があるのだ。
そして、私は次の台詞に死ぬほど驚かされた。
「俺の師匠はドラゴンという」
……???
目が覚めたらルシフ中将がいなくなっていた。
数日後、私たちはガープ中将の元を訪れた。
理由はただ一つだ。
強くなりたい。
ルシフ中将の足手まといになりたくなかったからだ。
私たちは弱い。
ルシフ中将がどれだけ強くても、私たちが弱かったらそこを崩される。
私たちが傷つけば、あの人はきっと悲しむだろうから。
「強くなりたいか……あの小僧の為に?」
「はい」
「いいよ」
軽かった。
だが訓練は過酷だった。
何度も挫けそうになった。
しかし、私はルシフ中将の副官だという気持ちだけでやりぬいた。
あの人の副官になるために死に物狂いで頑張った時と同じだ。
それを繰り返しただけなのだ。
そして、ルシフ中将の部下である海兵たちも、その訓練を乗り越えた。
脱落者はいない。
全員が全員、気合で乗り切った。
あの人のために強くなるのだと、励まし合いながら強くなったのだ。
「今帰った」
「……!」
「む……」
殴った。
しかし、ルシフ中将に堪えた様子はない。
私たちよりもさらに強くなっていた。
悔しいが、これは才能なのだろう。
しかし、それと同時に安心した。
ルシフ中将は帰ってきてくれた。
海軍をやめないでいてくれた。
私たちを選んでくれたのだ。
ルシフ中将は神になると言った。
それは今のところ私と麦わらの一味だけが知っていることだ。
しかしそれは、天竜人に弓引く行為に他ならない。
そんなことをすれば無事で済むわけがないのだ。
それを行うならば、革命軍に入ることが手っ取り早い。
それこそドラゴンに会っているというのだ。
直談判もできるだろう。
そして海軍をやめることもできたはずだ。
それなのに、私たちの元に帰ってきてくれた。
嬉しい。
とても嬉しい。
だがそれだけだ。
私たちは未だに足手まとい。
弱い。
弱すぎる。
ならば言うしかないだろう。
置いて行ってくれと。
私たちはギブアップすると。
確かに、今までの私たちよりはかなり強くなった。
下手な将校になら負けない自信がある。
しかし、それだけなのだ。
新世界に旅立つにはあまりにも弱い。
自覚してしまった。
諦めてしまった。
「行くぞお前たち」
「え……?」
それは、私たちに向けた言葉だった。
嬉しい。
この上なく幸せな一言。
だがそれでも。
頷くわけにはいかなかった。
「……私たちは弱いです!」
「……」
「わかっています! あなたの足手まといだと!」
「……」
「だから私たち……船を降ります!」
それが一番正しい。
そうすれば海軍の本部も彼のために優秀な部下をそろえるだろう。
東の海から来た中将でも、今は貴重な戦力だ。
遊ばせておくはずがない。
「そうか……」
「……!」
そうだ。
失望してくれていい。
私たちはあなたのために身を引く。
邪魔にならないようにする。
だから……あなたはあなたの道を―――――
「―――――俺は、最高の神になると誓った」
―――――そして私たちは、新世界の神の降臨に立ち会った。
「この世界に神はいる」
羽が生える。
あの時と同じ12枚羽だ。
「何故ならば、その証拠がある」
だがそれだけではなかった。
ルシフ中将の肉体が、黒く、黒く染まっていく。
あれはなんだ。
ツヨツヨの実の能力なのか。
あの実は強くなるだけではなかったのか。
「ならば、俺が新しく神になってもおかしくない」
完全に黒く染まったルシフ中将は、腰に携えていたサーベルを引き抜いた。
そのサーベルは、ルシフ中将の身体と同じように黒く染まる。
一瞬だった。
そして。
「俺は誓った。かつての友に」
そして言う。
「俺は誓った。お前たちの為に」
そして言う。
「俺は誓った。未だ見ぬ俺の信者たちに」
そして言うのだ。
「―――――俺は、最高の神になる!」
身体が震えた。
恐怖ではない。
様々な感情が入り混じっていたが、それはとても心地のいいものだった。
「神は愛する! その信者たちを!」
「神は愛する! 全ての民を!」
「神は愛する! 例え愛されなかった者たちでさえも!」
言う。
言う。
言う。
それは、私が欲しかった言葉だった。
しかし、ちょっとだけ違う言葉だった。
愛している。
それはとても素敵な言葉だ。
何故ならそこからさまざまなものが生まれるからだ。
夢、絆、命。
本当に色々なものだ。
「だが神にはやはり信者が必要だ」
「祈りをくれる誰かが必要だ」
「その最初の信者には……お前たちになって欲しい」
ああそれは。
とても心地のいい言葉で。
泣いてしまうほど嬉しい言葉で。
「そこまで言うのなら……し、仕方ありません! もう降りるなんて言いません!」
「そうか」
くしゃりと、頭に手を乗せるルシフ中将。
ああ、あんな姿になってもその手のぬくもりは変わっていない。
ルシフ中将はルシフ中将のまま、神になるのだ。
―――――いや、私たちがそこまで押し上げるのだ!
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中将「仲間だぞ」副官「足手まといですよ」
「……」
私たちは今、海軍本部にいる。
私たちは今、大将3人の前にいる。
「中将……いや、ルシフ・アーフェル中将」
大将サカズキが言う。
凄い威圧感だ。
怖い。
勝てないことが分かる。
「おいおいサカズキ。怯えてるじゃないの」
そう言って飄々としている大将ボルサリーノ。
だがその目は緩んでいない。
力を込めて、ルシフ中将を見ていた。
「穏やかじゃないねぇ……」
威圧を唯一してこない大将クザンも、決してルシフ中将から目を離さなかった。
ドクンと心臓が鳴る。
ルシフ中将に何か問題があったのか。
いや、もしかしたらドラゴンとの接点がばれたのか。
まさかまさかまさか。
そんな思いが暴走しかける。
しかし、そっとルシフ中将は私の口の中にチョコレートを放り込んだ。
甘い甘いそれが、私の思考を明るくする。
「すみません、混乱、してました」
「気にするな」
「ルシフ中将を……大将に推薦する!?」
「そうじゃ」
社交辞令が終わり、放たれた言葉に私は驚愕した。
何故そうなるのか、全くわからなかったからだ。
確かに、ルシフ中将は強い。
そして誰の後ろ盾もない。
傀儡の将にするならもってこいかもしれない人物だ。
しかし、ルシフ中将には夢も希望もある。
傀儡のまま終わらない。
私たちが終わらせない。
そのために、ありとあらゆる情報を誤魔化し、演じてきたのだ。
クソ雑魚中将と呼ばれるまでになったのは、想定外ではあったが。
だがそれでも、ルシフ中将が危険から遠ざけることができるならと許容した。
そしてルシフ中将も、その蔑称を甘んじて受け入れてくれていた。
しかし、今はそれができないだろう。
ルシフ中将にはもう神になるという夢ができた。
その夢の為に邁進するのだ。
いや、させてみせる。
そのための私たちだ。
しかし、いきなり大将だ。
どういうことだろう。
理解できない。
ちらりとルシフ中将を見てみたが、心当たりはなさそうだ。
多分脳内に?マークが並んでる。
一瞬笑ってしまいそうになったが、我慢である。
「ンーどうしたのぉ? 折角の昇進じゃなぁい。喜んだら?」
形だけの笑顔で言う大将ボルサリーノ。
ルシフ中将に狙いが向いている間に考えろ。
何が狙いだ。
何が目的だ。
何のために。
どうして。
だが駄目だ。
情報が少なすぎる。
これではルシフ中将の身に危険が迫るかもしれない。
―――――だが。
「断る」
それは短い一言だった。
しかし、力強い一言だった。
断ると。
ルシフ中将はそう言った。
その台詞に安堵したのは事実。
しかし何故だろう。
どうしてその結論に至ったのだろう。
私たちはルシフ中将に徹底して天竜人についての情報を与えなかった。
それは、ルシフ中将に海軍でいて欲しかったからだ。
追われる身になって欲しくなかったからだ。
そう、ただの我儘だ。
何故なら、ルシフ中将がそのことを知れば激昂する可能性があるからだ。
ルシフ中将は饒舌ではないが、性格に趣味に寝る時間にお風呂に入る時間に最初に身体を洗う場所からお気に入りのパジャマから朝のモーニングティーの味から朝食の献立から昼食の献立から夕食の献立から生まれた街から住んでいた町から海軍になった町から布団の重さから夜時々であるが夜更かししてしまうことから、多少のことは知っている。
だからこそ、ルシフ中将に天竜人の情報を教えなかったのだ。
だが。
もしかしたら。
ドラゴンが教えたのかもしれない。
世界政府に喧嘩を売る彼らだ。
ルシフ中将を戦力として欲したために、天竜人の情報を与えたのかもしれない。
余計なことを。
だが今はそれが功を奏したとも言える。
海軍大将になれば、必然的に天竜人との接触が増える。
そしてブチギレタイミングが訪れるだろう。
そうなってしまえばおしまいだ。
だからこそ、ルシフ中将には中将のままでいて欲しかったのだ。
「断るじゃと……? どういう了見じゃあ!」
びりびりと部屋が揺れているようだ。
ただ凄んだだけだ。
覇気も使っていないだろう。
何というプレッシャーだ。
大将サカズキは何故そこまで怒る?
何かがおかしいと感じていた。
「俺は……偉くなりたいわけではない」
それだけ言って、ルシフ中将は部屋を出ようとする。
大丈夫なのだろうか。
平気なのだろうか。
殺されたりしないだろうか。
……いや、それはないか。
3人とも、正義を掲げてこの場にいる。
着ているコートがその証明だ。
だからこそ殺せない。
殺してしまえば正義がない。
ルシフ中将は悪人ではないからだ。
多分。
私も即座にルシフ中将に追いつく。
ルシフ中将の顔は見えない。
だが、何か考えている様子だった。
しかし。
そう考えたのもつかの間、ふと足が動かなくなった。
プレッシャーから解放されたからか、今になって恐怖が蘇ったのかもしれない。
涙が出る。
身体が震える。
歯が鳴る。
そして、ポンと頭に手が乗せられる。
現金なことに、それだけで私の感情は和らいでしまう。
私のことを分かってくれているのだ。
嬉しい。
今度は嬉しくて涙が出る。
暫くの間、コツコツという靴音と、私のすすり泣く声だけが廊下に響いていた。
暫く大将たちの動きを警戒していたが、それ以降ルシフ中将に干渉してくることはなかった。
なんだったのだろうか。
悪夢か、それとも何かの前兆だったのか。
わからない。
わからないが、今はそれどころではない。
バスターコールが発動するのだ。
そのために、司法の島を取り囲み、待機していた。
「どうしてこのようなことに……?」
分からない振りをする。
全てを知っていると思われるのは困る。
頼られるのはとても嬉しい。
嬉しいが、誰かに頼りきりになるルシフ中将を見たくないのだった。
ただの我儘である。
「だが、何かを感じる……」
ルシフ中将がそう漏らす。
何を感じるのか。
この世界の悪意か、それとも他の何かだろうか。
―――――そして始まった。
バスターコールが。
幸か不幸か、私たちは正面を担当していた。
麦わらの一味を直接見ることはない。
しかしだ。
やはり誰かが死ぬかもしれないというのは心が苦しくなる。
仕方ないのかもしれない。
だけど、そう思いたくない思いがある。
―――――そして、ルシフ中将は誰も殺さないのだ。
もしかしたら私の為かもしれない、などと変な気になったこともあるが、きっとそうじゃないのだ。
何か理由があってそうなのだろう。
私にだってルシフ中将のことで知らないこともあるのである。
―――――そしてバスターコールも終わる。
島は破壊しつくされたが、海賊たちは逃げ延びた。
失態。
失態にもほどがある。
上層部は麦わらの一味を追いかけろと言う。
私たちも追いかけようとするが、海流に乗れない私たちではどうしようもない。
時間がかかるのだ。
そして、麦わらの一味を最初に見つける船はガープ中将の船だ。
野生の勘か、それとも何かを掴んでいたのか。
よく分からないが、どうでもいい話だ。
……そう思っていたのだが。
ウォーターセブンに一番最初に到達したのは、私たちの船だった。
まさか、ガープ中将が来るのが遅れているのだろうか。
それとも私たちが早すぎただけか。
さあどうする。
私はどうしたらいい。
ルシフ中将の為に命を捧げると決めたのに、麦わらの一味に加担しようとしている。
何故だろうか。
借りがあるからか。
それとも麦わらのルフィのカリスマ性か。
「行くぞ」
「はい!」
まあいい。
ぶつかってみて決めよう。
「海軍!」
「もう見つかったのか!」
「ルフィは!?」
「まだ起きてねぇ!」
反応が早い。
麦わらのルフィを守る陣形をとっている。
しかし。
麦わらのルフィがまだ起きていないということは。
私たちが早かったということになる。
どうする?
会話をして時間を稼ぐか?
それとも私が戦う?
「まあ待て」
「!」
色々考えている間に、ルシフ中将が出てきてしまった。
仕方がない。
ルシフ中将が戦えというのなら戦うしかない。
「俺はお前たちに借りがある」
「……」
次の言葉を待つ。
ルシフ中将のことだ。
なんか変な思考が飛び出す可能性もある。
「だから俺が相手をする」
……いやそれは困る。
ルシフ中将が負けるとは思えない。
最初に出会った頃から麦わらの一味は強くなった。
しかし、ルシフ中将はあれから更に強くなったのだ。
となると……仕方ない。
ここで終わりだ麦わらの一味。
「まずは貴様だ―――――
放たれる一刀。
ルシフ中将が持っていた黒いサーベルが、超高速で振り下ろされた。
爆発。
大地が割れた。
そういえばルシフ中将はあのサーベルに触れていなかった気もする。
……まさか。
ルシフ中将はサーベルに触れずにあの一撃を放ったということなのだろうか。
……何だか私が思っていたよりも、ルシフ中将は強くなっているのかもしれない。
「速い!」
麦わらの一味は散開して回避していた。
あれを見切ったのだ。
やはり麦わらの一味も強い。
私ではあの一撃をいなすことなどできない。
「二刀流……!」
「だがまだだな」
ルシフ中将は突っ込んできたロロノア・ゾロを掴んで投げる。
近くの盛り上がった小山に直撃して止まったようだが、あれは暫く起き上がれないだろう。
多分。
「ゴムゴムのぉ……!」
「遅い」
だぁん、という音とともに麦わらのルフィが地面に埋まる。
首だけ。
動けなくするというだけなら十分だろう。
それと同時に、麦わらのルフィの胴体を踏みつける。
これで動きを封じた。
クルーも動けなくなった。
船長を封じられればそうなるだろう。
……ん?
麦わらのルフィが起きているということは。
もしかしてガープ中将は既に到着しているのではないだろうか。
そしてこの状況である。
もしガープ中将に見られているとしたらどうなるだろうか。
「お前……わしの孫に何してるんじゃあー!!!!」
まあ、こうなりますね。
ガープ中将に拳骨を喰らったルシフ中将は、仕方なく麦わらの一味から手を引くことになった。
その前に1日だけ滞在することになったので、少しだけ話をすることにした。
命を救われたのだと私が口にしたら、ガープ中将も了承してくれた。
「先程は失礼しました。一応こちらも海軍なので」
「ん、いいよ」
謝罪は軽い言葉で受け入れられた。
一度身内判定した相手に甘すぎるのではないだろうか。
いやまあそこがいい所なのかもしれないが。
「ふむ、万全ではなかったか。それは悪かったな」
「言い訳にはならねぇかもしれないがな」
「全力を出せる時を待つ」
ルシフ中将は何だか宣戦布告しているようだ。
まあ、いつか全力で戦うことにはなるだろう。
それは暫く後になりそうだが。
「そういえば……あんた、あの人と進展したの?」
「え?」
「え?」
暫く経って。
ルシフ中将が船に戻っている間にナミが聞いてきた。
そういえば、ナミにはバレていたのだった。
進展……進展か。
欠片も進展していない。
「まさか……」
「はい」
正直に話すと、ため息をつかれた。
仕方ないでしょう。
1か月くらい会えなかったのだ。
進展のしようがない。
それに、この関係が崩れてしまうのが怖いのだ。
一緒にいることができるだけで、私は嬉しいのである。
それが出来なくなってしまうの、とても恐ろしいことだ。
「後悔がないようにした方がいいわよ。色々とね」
「経験則ですか」
「そうね」
笑いながら言うナミに頷く私。
後悔か。
そうならないように頑張る必要がありそうだ。
ルシフ中将がこれから先、神として歩んでいくのであれば。
それを支えるために私も強くならなければならない。
何度も何度も繰り返す。
私は、強くならなければならない。
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中将「神だぞ」副官「人間ですよ」
※微修正しました。
強くなるためにはどうすればいいのか。
それを考えながら、私たちはシャボンディ諸島への航路を進む。
ルシフ中将は勘違いをしているが、シャボンディ諸島は実際のところ島ではない。
とある植物の上にできた街である。
なのでログはたまらないし、ログを使って進むこともできないのであった。
麦わらの一味の一味が海賊である以上、魚人島を通るならシャボンディ諸島に進むしかない。
と進言してシャボンディ諸島を目指すことになったのだった。
しかし。
ルシフ中将と天竜人と近付けるのは心配である。
騒ぎを起こしそうな気がしてならないのだ。
けれど、上官の命令に逆らうわけにもいかない。
いや1度逆らってしまったのだけど。
これ以上逆らうのは得策ではないことはわかる。
なので、どうにかルシフ中将を天竜人に会わせないようにしつつ、暫くの間シャボンディ諸島に滞在するのだ。
難易度が高い。
しかもだ。
ルシフ中将は天竜人に会いたがっている。
誰がルシフ中将に天竜人について吹き込んだのか。
いやまあ多分ドラゴンなのだろうけど。
「駄目ですよ」
「む……」
「駄目です」
「そうか……」
天竜人に会うならば私の屍を越えていけと言ったら諦めてくれた。
ちょっと泣いた。
嘘泣きだけど。
ひとまずは安心。
ルシフ中将はこういうのに弱い。
だから心配なのだけど。
そして、私も強くなる必要がある。
どうする?
マリージョアはすぐ近くだ。
しかしそれには何か意味はあるだろうか。
戦力面で凄いという話は聞いた覚えがない。
ならばレイリーか。
海軍に助力してくれる可能性が皆無。
そもそも会えるだろうか。
難しい。
ならば魚人島か。
魚人空手でも習えというのか。
能力者の私では難しいだろう。
何か。
何かないか。
ちょっとくらいなら裏道に進む覚悟はある。
あんまり行き過ぎるとルシフ中将に顔向けできないので、ちょっとだけだ。
ふと職業斡旋所という看板が目に入る。
まあ本当は奴隷販売業者だ。
何かあるわけでもない。
……いや。
もしかしたらだ。
私の求めるものがあるかもしれない。
「というわけで。買いました、奴隷」
「よっろしくおねがいしまーす!」
部下たち、無言。
というよりも絶句だろうか。
それは仕方がない。
海軍が奴隷を買う。
その外聞の悪さ。
「……どうするんですかツルギさん。怒られますよ」
「でもこの子が1番優秀だったんですよ」
「優秀……?」
そう、優秀だった。
私が求めていた能力の全てを持っていたのだ。
シルクの様に艶やかなロングヘアも。
オパールのように輝く瞳も。
すらりとした体形でありながらしっかりと主張している胸も。
関係ないほどの優秀さだった。
……私よりも胸があるが、些細な問題だ。
「というわけで、あたしは覇気について教えればいいんだよね?」
「そうですね。その間の衣食住は保証します。あとあなたの仲間も探しましょう」
「捕まえないでねー」
「はい」
数か月前に現れたルーキーである彼女が率いる海賊団がここに来たのが一月前。
恐らくは彼女が戦闘の主軸となっていたのだろう。
彼女が捕まった海賊団の取った行動は、逃走であった。
しかし、彼らは奪還の機会を伺っている様子。
近隣で彼女が率いていた海賊船を見かけたという報告があった。
……可能性としては、影を奪われて放り出された、というものがある。
そうでなければ、奪還を目的とした彼らが暴れない理由がない。
勿論、奴隷として売られる彼女を助ける手段がないという可能性もあるが。
「とりあえずはこの辺りで訓練をしたいと思います」
「はーい」
そうして探し出した場所は、諸島から外れた場所にあるとある島だ。
彼女が再度人攫いに攫われないように注意は払う。
それに人に見られるのも困るのだ。
「ところで」
「はい?」
「ここまで頑張るのはそのルシフって言う人のため?」
「はい」
特訓を始めて暫く。
私よりも年下だというその少女は、何故かひそひそと小さな声で聞いてきた。
「……随分素直に言っちゃうんだねー」
「隠すことではありませんから」
今は休憩中である。
ルシフ中将の動向は部下たちに逐一報告してもらっている。
ぬかりはない。
万が一天竜人が近づいて来たという話があれば、私のいる島へと呼べとも言ってある。
凄く怒られるだろうけれど、まあ大丈夫。
……嫌われたらやだなぁ。
「とりあえず、武装色の覇気はなんとかなりそうだね」
「ありがとうございます」
「まあご主人様だしねー」
それから更に経って。
私の武装色の覇気はある程度形になった。
勿論これだけでこの先ついて行けるか、と言われると不安であるが、それでもないよりはましだ。
「とにかく、助かりました」
「いいよー。できればこの枷を外してくれると嬉しいけど」
「いいですよ」
「え?」
「え?」
「え?」
外してほしいというので、外した。
鍵は私が持っているのだ。
外してほしいと言われたら外す。
「いやいやいや。普通外さないでしょ!」
「私が外して、失敗したのならば仕方ありません。運命だと断じます」
「……えぇー」
「何より、あなたは海賊としてはお人よしだと思いました。私を殺すことはないでしょう」
これまでの言動から考えて、恩人を殺すような人間ではないだろう。
それだけではない。
ルーキーというには若干低い懸賞金。
そして、何よりも仲間を心配するような言動。
これだけ揃えば命を懸ける理由にはなる。
「あなたの仲間も、こちらに向かっているそうですよ。ここに来ることができない理由があったみたいですね」
「……そうなんだ」
十中八九、影を取られていたのだろう。
そして、麦わらの一味がそろそろシャボンディ諸島に到着することも意味する。
間に合った、というべきだろうか。
「……」
「どうしましたか?」
「あーえっとね。自由なんだーって思って」
ぼうっとしている少女を見て、私は少し笑う。
そう、自由だ。
少女がどうして海賊行為を行うことを選んだのかは分からないが、彼女は自由だ。
勿論海軍に追われることに変わりないが、きっと彼女はこれから先も自由だ。
「それではシャボンディ諸島に向かいましょう。ルシフ中将が心配です」
「……あたしとしては、そんなに強い人が死ぬとは思えないんだけどねー」
「あの人は天竜人に喧嘩を売りそうなので」
「考えなし!?」
部下が言うには天竜人とぶつかったという話は聞かないが。
それでも、そろそろ天竜人がシャボンディ諸島に現れる頃だ。
早く合流しなければ。
そして、私がルシフ中将と出会ったのは。
ルシフ中将の腕の中に血まみれの男が抱えられていて。
ルシフ中将がブチ切れる瞬間だった。
「おい」
「ん?」
ああまずい。
あれは本当に切れる直前だ。
サーベルは漆黒に染まっているし、全身がブレている。
黒く染まる兆候だ。
間に合え。
この瞬間をやり過ごせば、あの天竜人を殴り飛ばすのは麦わらの一味だ。
そうなればルシフ中将があの天竜人を殴る理由が少なくなる。
だからもうちょっと待って欲しい。
振り上げられるサーベル。
ざわりと騒ぎ始める周囲。
そして。
「ぎゃあああああ!!」
天竜人を斬り裂いたのは。
サーベルではなく、黒い鎌だった。
後ろを見れば、何かを投げたような姿をしているリーアの姿。
恐らく能力者だったのだ。
その能力を使って攻撃したということだ。
「あはは。やっちゃった……」
「まさか」
「黙って。今からあなたとは無関係だから」
それはきっと無意識の行動だったのだろう。
少女の身体には大量の汗。
そして恐怖に震える身体。
もう助からない。
そう思っているからだ。
「ルシフ中将!」
「副官。何をしていた」
「逃げますよ」
この場を離れる。
きっとルシフ中将はすぐ気付いてしまうから。
「あたしが! 天竜人を斬った!」
泣きながら。
あの少女は叫ぶ。
私が関わらなければ。
彼女があのような行為に出ることはなかっただろう。
幸せとは言えなかっただろうが、生きることができたかもしれない。
その可能性を潰した。
私が悪い。
私のせいだ。
「だから逃げますよルシフ中将!」
「……」
ルシフ中将は動かない。
どうして。
こうなったのは私のせいなのに。
ルシフ中将は関係ないのに。
「あたしを恐れなさい! あたしは堕天海賊団船長! リーア!!!」
それは世界政府への反逆であり。
世界への反逆である。
きっと彼女は想像を絶する絶望に満ちている。
それを救えない。
助けることができない。
歯がゆい。
どうしようもないのか。
助けたい。
だがそれは。
ルシフ中将を巻き込んでしまうのだ。
それだけは。
それだけは駄目なのだ。
「殺せ!!!」
天竜人が叫ぶ。
周囲の人間も叫ぶ。
少女はその場から逃げ出す。
当然だ。
こんな場所にいるなんてできない。
だが、どこに逃げても一緒だ。
海軍大将が出てくる。
それが誰でも、彼女は死ぬしかない。
ふとルシフ中将を見る。
先程から喋らないのだ。
何か、何か変なことを考えていないだろうか。
「あの少女を保護する」
……。
……考えていた!
「―――――遺言はあるか」
いた。
少女と相対しているのは大将サカズキだ。
一番相手をしたくない相手だ。
「世界はクソ!」
そう啖呵をきる少女。
ああ、本当に全てを諦めたのか。
そんなことまで言えてしまうのか。
「ならば死ねぇい!」
マグマだ。
圧倒的火力。
そして威力だ。
そんなものを喰らえば、骨すら残らない。
しかし。
そこに割り込む馬鹿がいる。
「お主……また上に逆らうか」
「少し言いたいことができた」
その馬鹿はルシフ中将。
いや、もうやめるのかもしれない。
この状況下で、大将サカズキを止めるということは、政府に仇なすことと同義だ。
そうなれば、海軍としてやっていけないに決まっている。
ならばどうする。
ルシフ中将のやることは決まっている。
神になることだ。
その手段として使うつもりだった海軍を捨てて、どうするつもりなのか。
「―――――俺は、神になることにした」
ああ、言ってしまった。
これは天竜人に対する反逆宣言だ。
お前たちは神ではないと言っているようなものだ。
仕方ない。
私はついて行くにしても、他の部下はどうだ。
ついてきてくれるのか。
いや、そこは問題ではない。
問題は。
一番聞かれたくない相手に聞かれたことだ。
「そういうことは、当人に向かって言え」
「後でそうする」
ルシフ中将は本気だ。
黒く染まり、戦闘体勢をとっている。
「リーア」
「え、ごしゅ……じゃなかった」
「ツルギでいいですよ。動かないように」
リーアは既に満身創痍だ。
今手当をしなければ間に合わないかもしれない。
「任せろ」
「ルシフ中将?」
ルシフ中将がそう言うと、リーアの身体が青く光る。
すると、致命傷に等しかった傷がみるみる消えていくではないか。
治療をすることもできるのか、ルシフ中将の能力は。
「貴様は世界に歯向かう大馬鹿者じゃ。何か言うことはあるか?」
「神は偉ぶっている馬鹿にはなれないぞ」
「ぬかしよるわ……!」
瞬間、衝突。
強烈なエネルギーが全てを吹き飛ばす。
勿論私たちもだ。
「ツルギ副官!」
「貴方たち……?」
「私たちもルシフ中将について行く所存です」
ああ、馬鹿が増えてしまった。
まあ私も大馬鹿者であるが、そこは大目に見て欲しい。
「逃がさんゆうちょろうが!」
「逃げるさ」
ルシフ中将の12枚羽が展開される。
その1枚1枚に力が漲り、覇気が漲り、全てを破壊する!
「
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ルシフ「I am god」ツルギ「No sir」
リーアちゃん視点も交じり始めます。
追記
絶対永遠で合ってるのです。
あたしは今、奇跡を目の当たりにしていた。
誰もあたしを救わなかった。
誰もあたしを助けなかった。
それならあたしを助けてくれたご主人様の為に命を使おうと思った。
そう思っていたのに、今あたしは命を救われている。
あたしを救ったのはご主人様が好きな人で、名前をルシフというらしい。
白髪でショートカット、瞳の色は蒼。
腰にサーベルを携えていて、正義のコートを羽織っていた。
今はズタボロになってその辺に落ちているけれど。
「正義を捨てるか……?」
「俺の正義は海軍では貫けないようだからな」
「そうか」
放たれるのは灼熱のマグマ。
それが人間一人に襲い掛かる。
しかし、ルシフという男はそれを片手で受け止める。
受け止める……?
いや本当に受け止めている。
頭がおかしくなったかと思った。
「
「ぬぅ!?」
どこからともなく漆黒の剣が飛び出したかと思うと、柄の部分が結合して回転。
大将サカズキへと襲い掛かった。
「小癪な真似を……!」
いつまでも追いかけてくるそれを、大将サカズキは弾き飛ばす。
その拳には傷。
覇気を纏った剣なのだろう。
それをあんな風に自由自在に操れるなんて、どれだけの鍛錬を積んだのか。
「ほら、逃げますよ」
ご主人様が手を引いてくれる。
だけど、本当にいいのだろうか。
あたしを庇えば、もう二度とまともな生活には戻れない。
海軍として、中将という立場を失うことになるのに。
「もうさっきの攻撃で反逆罪ですよ。それに……」
「それに……?」
「守られてばかりでは、不公平ですからね」
軽く笑いながら言うご主人様。
だけど、救われたのはあたしだ。
これじゃあ不公平だ。
「
閃光が走る。
あれだけ暴れたら、もう駄目か。
あたしは素直に引かれる手に逆らうことなく走り始めた。
「海軍をやめます。ルシフ中将について行きたい人だけ残りなさい!」
ご主人様が船に辿り着いた瞬間に言った一言。
その一言に、船員たちは何事もなく出航の準備をし始めた。
「仕方ないなあ、あの様子じゃあやっちゃったんでしょう?」
「はい、やりました」
「ははは、いつかこうなると思ってましたよ!」
彼らの顔は笑顔だった。
海軍の制服を脱ぎ捨て、そのまま普段着へ。
既に覚悟をしていたというのだろうか。
「どうして……?」
つい口に出してしまった。
無粋で、無遠慮な言葉だ。
「あの人について行くって決めたからさ」
その人の言葉に、他の人も賛同する。
あの人のために、この場の人たちは命を投げ出すのだ。
それはこの人たちにとって当然で。
この人たちにとって分かり切ったことなのだろう。
「だからまあ、そういうことです」
ご主人様は頭を抱えつつ嬉しそうな顔をしている。
船から誰も降りないのだ。
それだけ、ルシフ中将は人気なんだろう。
「ルシフ中将を乗せたら出航します! 準備を!」
「「「了解!」」」
「……」
出航してから3日。
ルシフ中将とやらは自室に籠ったまま出てこない。
何か考え事をしているのだろうか。
あれだけ大見得を切ったのだ。
何をするのか少し楽しみだ。
「だけど……」
統率された組織。
一切の乱れのない航海。
船長として何か口を挟めるかも、とか考えていたあたしが恥ずかしい。
ここはやはり優秀な軍隊なのだろう。
というか。
あたしはこの場で何をすればいいんだろうか。
何だか働いていないことが恥ずかしく思えてならない。
「フーさんの恩人だからね」
とみんなは言うけれど、あたしが助けられた側なのだ。
恩に報いるためにも何かをしたい。
そう申し出ると、白髪交じりの男の人が前に出て言う。
「それじゃあ俺達を鍛えてくれ」
「……?」
「このままじゃ足手まといだからな」
照れくさそうに言う。
しかし、戦力として数えられなくても、これだけの働きができるのだ。
そんな必要あるんだろうか。
「ある」
「……っ」
力強い声だった。
何か理由もあるのか。
「命を救われて、拾われて……ただ船を任されるだけなのは、嫌なんだよ」
「それは、でも」
「分かっている、これは我儘だ。だけどな……やっぱり守りたいのさ」
簡単な話だった。
背中を任せて欲しい、守りたい。
そして、一緒に戦いたいんだ。
だからあたしなんかに指導を頼むんだ。
少し前まで敵対していた海賊の、小娘船長にだ。
「わかったよ。あたしがみんなを強くする!」
「ああ、頼んだぞ!」
あの人はそんなことを望んでいないかもしれない。
だけど、彼らは我慢できないんだ。
自分たちが守られてばかりなのが。
だからそう。
あたしはこの人たちに力を貸す。
だってそうじゃないか。
あたしが最初に力を手にした理由と一緒なのだから。
「麦わらの一味が消えた……か」
出航して暫く経ち、何故か届く新聞に目をやるとそんな記事が小さく乗せられていた。
大々的に報じられているのは私たちの起こした天竜人襲撃と、麦わらのルフィによる暴行事件だ。
一味が消えたことに関してはどうでもいいのだろう。
「何かあるのか?」
「あ、ルシフ中しょ……いえ、ルシフさん」
「ルシフでいい」
ルシフ中将をルシフさんと言うのは未だに慣れない。
ルシフでいいとは言われているが、それは個人的に無理。
いや、嫌というわけではなく、恐れ多いという感じだ。
ルシフさんは麦わらの一味を気にしている。
何か理由でもあるのだろうか。
……恐らく、私が気にしていることが分かっているのだろう。
だから気にしているのだ。
「あの一味も天竜人に危害を加えたらしいですよ」
「なるほど」
そう言うと、興味をなくしたようで、ルシフさんは水平線に視線をやった。
周囲では手の空いているクルーがリーアの指導の元訓練をしている。
自主的な訓練だ。
誰にも邪魔はできない。
しかし。
ルシフさんがあまりにもぼんやりとしていて不安だ。
張りつめていた糸が切れたような、そんな感じだ。
何か話題はないだろうか。
ルシフさんの注意を引く何か。
ああ、こんな時に会話になりそうなものを持っていない私は駄目だ。
「……誰かの指金かもしれませんね」
「ふむ?」
「まあ、推測ですけど」
仕方なく、麦わらの一味のことを使って注意を引く。
私の知っていることをぽつぽつ出して、興味を引かせたい。
「それはきっと間違えではないのだろう」
「そうです」
「ならばいい」
けれど、ルシフさんはそう言って水平線へとまた視線を向けた。
失敗である。
だが、何やら思うことがあったのか。
ルシフさんが意を決したように立ち上がった。
「島を作る」
「は?」
……突拍子のないことを言うのには慣れたと思ったけれど。
どうやら私も鍛錬が足りないらしい。
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ルシフ「島作るぞ」ツルギ「馬鹿でした」
○月○日晴れ
神なので島を作ることにした。
無人島を開拓するのもいいが、それだと神様っぽさがない。
なので神様らしく創造することにした。
無理だって言われた。
怒ったので本気を出してみた。
ツヨツヨの実の能力を試すチャンスでもある。
とりあえず海底火山に使ってみたら凄い勢いで爆発して島ができた。
代わりに海流が変わって大変なことになった。
追記
おやつが2倍減ってた。
○月▽日晴れ
そういえば女の子を拾ったのだった。
名前はリーア。
堕天海賊団の船長だったらしい。
らしい、というのは本人が語らずに副官ちゃんが言っていたからだ。
元の海賊団に戻すことは不可能だろう。
それほどのことをしたからだ。
しかも原因が俺なのだ。
保護するし守るし戦おう。
○月×日晴れ
火拳のエースの公開処刑があった。
大事件らしいが、それよりもバギーという名前が頭に残って仕方がなかった。
あいつは大物になるな。
しかしだ。
麦わらの一味は根性がある。
あの状況下から船長が処刑場に突貫するとは。
俺も負けていられないな。
追記
何か怒られた。
○月☆日晴れ
海賊が現れたのでここに暮らしてみないかと聞いてみた。
するとあっさり暮らすことを選んだ。
何か理由があったのだろうか。
もしかしてリーアの率いていた海賊団だったのか。
その辺りは分からないので副官ちゃんに投げる。
俺は新しい国民にあげるご飯について悩まなければならない。
追記
ツヨツヨの実は植物にも効いた。
□月○日晴れ
食事には困らなくなったので、次は何をするべきか。
水に関しては時間がかかりそうだ。
今のところ買い出しに行く連中に人員を割いている状態だ。
水は重要なのだ。
追記
雲にも効いた。
□月□日雨
そろそろツヨツヨの実に関しての話を書いておくべきかもしれないと思って筆を執った。
何せ、何でも強くする実だ。
その応用方法はいくらでもある。
欠点は、生み出すという行為はこなせないということだ。
簡単に言えば植物を強化できるが、植物そのものを生み出すことはできない。
この辺りは覚えておく必要があるだろう。
武装色の覇気との併用で、戦闘力は格段に上がる。
見聞色の覇気も併用できる。
覇王色の覇気は鍛えることが難しいらしく、俺は未だに習得できていない。
あと肌艶が良くなる。
追記
副官ちゃんとリーアから詰め寄られた。
何故だろうか。
□月▽日晴れ
ドラゴンがこの国に元奴隷を匿ってほしいと言ってきた。
当然了承した。
別に師匠だからとかではなく、見捨てるのが後味悪いからである。
労働力として働かされていた人間に、観賞用やらなにやらで使われていた人間や、そもそも人間じゃない何かもいた。
口々に元の島に帰りたいというのだが、それだけは暫く待って欲しいと言った。
何せ奴隷だったのだ。
そんな人間やら何やらが一気に押し寄せたとしたら、疑いの目を向けられるのは当人たちである。
ほとぼりが冷めるのを待って欲しい、ということだ。
少女が一人、強くなりたいと言ってきた。
ドラゴン様の役に立ちたいのだという。
何かをしたいという人間を無下に扱うわけにもいかない。
その少女を鍛えてあげることにした。
追記
最近副官ちゃんの視線が痛い。
□月☆日晴れ
成長期なのか、少女はメキメキと強くなっていく。
名前はフィロート・D・ベルだとか。
Dとは何かと聞いても、誰も知らないと言う。
不思議な文字だ。
▽月○日晴れ
ベルが旅立ってしまった。
書き置きもあったが、どこに向かうとかも書いていない。
見つけに行くか?
しかしこの島を離れていいものだろうか。
相手はベル一人だ。
それに人員を割くのもおかしいだろう。
しかし他の人に聞いたところ、問題はないとのこと。
何かあれば連絡するとも言っていた。
俺の超強化電伝虫があれば遠くまで電波が届く。
つまりは問題はないということだ。
ならばお言葉に甘えて探しに行こう。
なあに、作物の強化は暫く続くし、水もかなり溜まっている。
大丈夫だろう。
追記
ベルが速攻で賞金首になっていた。
▽月□日
麦わらの一味が出たらしい。
2組ほど。
面倒臭いので規模の大きい方を爆破した。
弱かった。
よく見たらベルが麦わらの一味と一緒にいた。
仲間にしたらしい。
ベルも嫌々ではないようなので、送り出すことにした。
「島を作る」
「は?」
自分の洗濯物を洗っているときに、ルシフさんがそう言った。
島を作ると申したか。
島を開拓するではなく、作ると。
あたしことリーアはルシフさんと出会ってあまり時間が経っていない。
もしかして、そういう能力を持っているのだろうか。
振り返ってご主人様の方を見ると、首を横に振った。
ないっぽい。
だったらどうして急にそんなことを言い始めたんだろうか。
「……島を作るには何が必要だと思いますか?」
「大地だ」
「……………では、大地ができるには何が必要ですか?」
「噴火だ」
「……………………無理ですね」
ルシフさんとご主人様が話している。
ご主人様、頭抱えてる。
それはそうだ。
だって無理だもん。
火山が噴火すれば島ができると言ったけれど、まず火山がある時点で島として成立している。
海底火山を噴火させて島を作ろうとしているとすれば、それまでに何百年かかることか。
そりゃあ頭も抱える。
「しかしだ」
「無理です」
「ツヨツヨの実の力で」
「無謀です」
「火山を強化して」
「あきらめましょう」
いや無理でしょ。
あたしでも分かる。
文脈からして海底火山を強化して噴火を引き起こそうとしているのだろう。
そもそもが海底。
悪魔の実の力が届きにくい。
そんなこと分かるだろうに。
しかし、ルシフさんは不服なようだ。
むすっとした表情で座り込んだ。
……いや、いつも無表情で分かりにくいけど、多分むすっとしてる。
暫く航海を続けていると、都合がいいのか悪いのか、海底火山が近くで噴火したらしい。
海面が泡立っている。
熱くなっているのだろうか。
その周囲に魚が浮かんでいるから、多分そうだ。
「……よし」
すると、ルシフさんは何かを決心したかのように立ち上がり、宙を舞った。
羽を生やして本気モードだ。
本気モードの存在はご主人様に教えてもらった。
……いやまさか。
本気でやるつもりなのだろうか。
実は馬鹿だったとか?
ありえそうで怖い。
「え、まさか本気ですか?」
羽が光ってる。
あれは本気っぽい。
「一応船の方は離しておきますか?」
「そうしましょうか」
とはいえ、本当に島を創造されてはたまらない。
失敗に終わるだろうそれの為にわざわざ船を動かすのもどうかと思ったけど。
しかし……なんか嫌な予感はする。
バチバチと紫電を奔らせて両手を広げるルシフさん。
全身が黒く染まり、強力なエネルギーが集まっている……ような気がする。
覇気って見えないですからね。
武装色ならともかく。
「
あ、海に向かって何か撃った。
そして海中で爆発。
ズゴゴゴゴゴ、と凄い音がしてる。
……まさか。
「全員! 全力で退避します!!」
「了解!」
と言っても、船はそんなに早く動かせない。
そうなれば……火山の噴火に巻き込まれるのは必然。
そう考えた瞬間、海底火山が爆発した。
「馬鹿! 馬鹿なんですかあの人!?」
「半分くらい否定できません!」
「全部否定できないんだ!?」
火山が噴火している。
あの時のトラウマが再発しそうになったがそれどころでもなかった。
何せ恩人がぶっ放した一撃だ。
最早訳が分からない。
「あの人はどうなってるの!?」
「無傷ですね!」
「ずるい! 頭おかしい!」
面舵取舵全力でぶん回して、溶岩の塊を回避する。
当たれば火災、そして轟沈だ。
それだけは避けたい。
というより避けないと駄目だ。
折角生き残れたのにこんなことで死ぬなんて御免だ。
「あああああもう!
使うまいと思っていた、あたしの悪魔を呼び起こす。
小さな手帳。
それに記された手順をこなすと、悪魔が力を貸してくれる。
悪魔の実の力……じゃない。
もしかしたらこの手帳そのものが悪魔の実を食べたのかもしれないけど。
とにかく、この手帳には不思議な力があるのだ。
「守護の悪魔よその力を!
ガシャンガシャンと音が鳴り、海面から壁が生えてくる。
それによって、降り注ぐした火球を受け止める。
代償は、ご飯を3杯おかわりする。
……お腹周りが心配だ。
それはともかく。
どうにかこうにか火球の山を凌ぎ切ったあたしたち。
そして、海中から現れたそれなりに大きな大地。
本当に島作っちゃったよあの人、
ルシフさんはその様子を見て満足そうに頷いている。
ため息しか出ない。
ふと横を見ると、何故かチョコレートを食べているご主人様。
あ、そのチョコレート高級ブランドの奴。
一度も食べたことないんだよねー。
そう思っていたら、包みを一つ渡してくれた。
食べていいの?
頷くご主人様に感謝しつつ、あたしはそのチョコレートを口にする。
……美味しい。
そして、ぐらりと船が揺れる。
もしかして船底に火球が当たったのだろうか。
そう思って辺りを確認したら、海流が変化した結果大変なことになったらしいことが分かった。
そりゃそうだ。
あれだけ大きな島が出来上がったのだ。
変化が起きないはずがない。
「この馬鹿ー!!!」
大揺れする船をどうにか操りつつ、あたしはルシフさんに恨み節をぶつけるのだった。
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ルシフ「頭いいぞ」ツルギ「馬鹿ですよ」
今日は世界の情勢が大きく変わる一日だ。
そう。
今日この日が、エース処刑当日である。
ルシフさんが大将相手に戦い、生き残ったのは記憶に新しい。
もし白ひげに味方すれば、エースが生き残る可能性もある。
だがしかし。
そうなる可能性もあるけれど。
もしかしたら、ルシフさんが死んでしまうかもしれない。
何せあの大混戦だ。
誰がどうとかではなく、死ぬ可能性があるのだ。
その中にルシフさんを放り込むなんて、私にはできない。
ルシフさん本人が勝手に飛び出さないように、情報は断絶してあった。
当日送られるであろ電伝虫による映像に関しては遮断するのは難しいが、新聞などは渡さないように注意していた。
エースのことは嫌いではない。
しかしルシフさんとは比べるまでもない。
頼むからそのまま大人しくしていて欲しい。
「……ふむ。拾いに行くか?」
「やめてください」
「だが戦力として」
「やめて」
「むう……」
……こうなるだろうなと、考えていた通りになったからだ。
恐らく単なる思い付きで、戦力とかは二の次。
ただ何となく気になったから、で子猫を拾ったこともあった。
ちなみにその子猫は私の部屋でのんびりしている。
素直な子で私たちのマスコットのような存在だ。
たまに消えるけれど。
それはともかく。
私の心配もよそに、ルシフさんは適当なことを言って困らせてくる。
今回もそうだ。
どうせ有名っぽいから、とかいう感じの理由だろう。
「いや、今回は違うぞ」
「?」
「
そして、こういう風に言う時は大抵当たっている。
何せ世界の均衡が崩れる瞬間だ。
嫌な予感もするだろう。
だけど、だからこそ向かわせるわけにはいかない。
命を盾にしてでも止めてみせる。
「しかしそうか。今回は動くのをやめておこう」
しかし、私がいざ命を賭けようとしたところで動くのをやめた。
あっさりと引き下がったルシフさんに困惑する。
何か理由があるのだろうか。
「そちらの方が
「……?」
「気のせいだといいが……」
無視できないセリフだ。
何かが引っかかっているのだろう。
それを理解できていない辺りがルシフさんらしいが。
「やることも山積みだからな。もうひとつ島を作ってしまおうか」
「やめて」
「―――――というわけで! 堕天海賊団一同! お世話になります!!」
「「「なりまーす!!!」」」
「……???」
数日後の話。
海賊船が現れたと思ったら、既に懐柔済みだった。
先行して海賊船に飛び込んだルシフさんに聞いてみたが、首を横に振る。
どうやらわからないようだ。
「みんなーよろしくー!」
「「「はーい船長ー!」」」
そして、それを笑顔で受け入れるリーア。
なるほど、彼女の仕業か。
そういえば、彼女の能力についてはあまり詳しく知らない。
内緒と言われてしまった以上、詮索はしないけれど。
悪魔の実の能力者ではないことは確かだ。
さっき泳いでたし。
とはいえそれもまだ早いか。
もう少し仲良くなってからにしよう。
なに、時間はいくらでもあるのだ。
「む、今日はジャガイモができたぞ」
「この岩の中にできたんですか!?」
「ああ、ツヨツヨだ」
……何やら規格外な野菜が誕生しているけれど、無視する。
ちょっと理解が追い付かない。
「雨も降らせることが出来るぞ」
「……そうですか?」
「ああ、風下にある場所には雨が降らなくなるが……」
「禁止です」
「え?」
「禁止です」
最近、ツヨツヨの実の力を使うようになったルシフさんの突拍子のない行動に振り回されて頭が痛くなってきた。
そうですね、今のセリフの内容で分かる通りダンスパウダーを人の力で起こしてしまいましたね。
存在が禁止薬物……!
頭が痛い。
「ちなみにこのツヨツヨの実は新陳代謝などもツヨツヨにする」
「……何が言いたいんですか?」
もったいぶるような言い方だ。
何がどうなるというのだろうか。
「肌艶が良くなる」
「!?」
そのセリフに、私は固まった。
肌艶が良くなるということは、肌艶が良くなるということ。
つまり肌荒れと無縁の生活が送れるということ。
「本当ですかー!?」
「リーア」
「どうした」
それを聞きつけたのか、リーアまでやってくる。
それはそうだ。
こんな話題、女なら誰でも食いつく。
というかそうか、ルシフさんの肌がいつも艶々なのはツヨツヨの実の副産物だったのか。
欲しい。
スベスベの実の次くらいほしい。
「その効能……他の人にも使えたりします?」
「ああ」
「「!!」」
その答えに、私たちに衝撃が走った。
これは……まずい!
他の女性メンバーに知られてしまえば、まず大変なことになる。
……大変なことになる!
「これは第一級極秘事例となります」
「はい、ご主人様!」
「誰にも知られてはなりませんよ」
「了解しましたー!」
「……ふむ。誰にも言わないようにしよう」
「これから着く船に移住者が乗っている」
「え?」
「元奴隷だ」
「……え?」
「ドラゴンからの頼みだ」
「え? え? え?」
急な話だった。
何せジャガイモ(岩を突き破る)と木の実(塩水でも育つ木)を収穫した直後のこと。
気が抜けていたということもある。
しかもドラゴン。
ドラゴンと来たかー。
リーアちゃん、もう何が起きても驚かないつもりだったけど驚いちゃいました。
「内緒ですよ」
「言ったら即逮捕ですよぉ!」
「それはそうですね」
ご主人様は役に立たない。
ルシフさんに毒されている。
これでは正常な判断ができるわけがない。
……いやまあ、あたしもちょっと怪しくなってきたけど。
「それはともかく!」
「どうした」
「ご飯事情ですよ! ご飯事情!」
今現在、あたしたちの持っている食料はジャガイモと木の実だけだ。
海王類の肉を食べるという手もあるけれど、最終手段にしたい。
毒とかありそうだし。
それなのに、この上に奴隷を招き入れるというのだ。
食料が足りないのである。
「ツヨツヨの実」
「最近頼り切りなので駄目です」
「そうか」
流石にそればかりに頼るわけにもいかない。
何故ならそれはルシフさんに命の全てを預ける行為だからだ。
いやまあ、別にいいんだけど。
そればかりでは気が引けるというかなんというか。
「とにかく! ご飯事情を何とかしないといけません!」
「牛が生えてきたぞ」
「んもー!!!」
あたしも怒った。
牛が生えたってなんだ!
もうわけがわからない!
抗議しようとご主人様の方を見ると、何だか諦めたような顔。
ああ、諦めちゃったか―。
仕方ない。
これはわけわかんないもん。
「じゃあ、はい。解決しました。後は草生やしてください」
「任せろ」
「結局こうなってしまうのよね」
ご主人様、早く止めてください。
あたしじゃ制御できません。
「……」
「……」
「よく来たな。ゆっくりしろ」
何故か元奴隷たちに尊大な対応をするルシフさん。
今更どういう風の吹き回しなのか。
よく分からない。
「……あの!」
「どうした」
そのルシフさんに、少女が一人立ちあがる。
勇者か。
あの男に向かい合って話をする気になるなんて。
あたしはごめんである。
「ごはん、食べてもいいんですか?」
「いいぞ」
ぱあ、と明るくなる少女の顔。
「お洋服、着てもいいんですか?」
「いいぞ」
「じゃあじゃあ、毎日お水飲んで良いんですか!?」
「好きなだけ飲め」
「わあ……!」
それは。
どれだけ苦しめられてきたのかを知るのに十分な情報だった。
ああ、あの子たちに比べれば。
あたしの境遇なんて幸せだ。
なにせ売られる前には栄養面も気を使われていた。
食事はあったし、水ももらえた。
見た目だって綺麗にされた。
しかし、目の前にいる子たちはそうじゃない。
水を飲んで、ご飯を食べて、服を着る。
そんなことすら許されていなかったのだ。
「……」
「一つだけ言う」
「……ルシフさん」
ルシフさんがきりっとした表情をしている。
いつもならなんかむすっとしているし、何か唸っている気もする。
そんな様子が欠片もなかった。
ただ、目の前の人達のことをじっと見ていた。
「俺はお前たちを救ったわけではない。勝手に助かれ」
それは。
なんとも不思議な言い回しで。
あたしにはちょっと難しい話をしているようだった。
恩がある。
義もある。
そして愛がある。
そんな人間に救ってもらいたい。
そう思うのはおかしいことだろうか。
それなのに、ルシフさんは突き放す。
何故そんな言い回しをするのか、あたしには理解できなかった。
「―――――命を拾っただけでは、救われたことにならない」
「え……?」
急に、ご主人様が話し始める。
その顔はとても穏やかで、何かを思い出しているかのようだった。
「命だけでは何も成せない。生きて初めて生命になる」
それは誰の言葉だろう。
その言葉は、あたしの中にもすっと入ってくる。
「生きるということは、生活するということ。生活するには、活きなくてはならない」
とても厳しい言葉だ。
命だけでは足りない、生命を。
生きるだけでは足りない、生活せよ。
そんな言葉を、誰が発したのか。
そして、誰がご主人様に言ったのか。
「―――――多分、これがルシフさんの言いたいことです」
そう言って、にっこりと笑うご主人様。
ああいや。
もう誰が言ったとか言わないとか関係ない。
感動した。
ちょっと泣いた。
あっちの人達も泣いてるし、こっちの人達も泣いてる。
号泣だ。
横を見ると、ふんぞり返っているだけのルシフさんが見える。
……誰が言ったとか関係ないとか言ったけど、やっぱり気になったりする。
この人が本当にそんなことを言えるのだろうか。
「これは俺の友の言葉だ。それを代弁してもらった」
友。
友と申したか。
この男に友がいると。
驚いた。
まさかこんな変な奴に友達がいるとは。
ご主人様も驚いて振り返っている。
知らなかったんだ……。
「俺ができることと言えばそれくらいだ。あとは勝手に助かれ」
その顔は、とても穏やかで。
いつものむすっとした顔とはまるで違った。
ああ、こういうギャップでご主人様は落とされたんだな、と思いました。
まる。
友は後で出します。
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ルシフ「できるが?」ツルギ「駄目ですけど?」
「強くなる方法を、教えて欲しいと?」
「はい!」
生えている牛を絞め殺していると、ルシフさんが小さい女の子と一緒にいた。
事案か! とも思ったけど、別にそんな雰囲気はなかった。
というかそんなのご主人様が可哀そうすぎる。
ルシフさんがロリコンだから最初から勝ち目がなかっただなんて!
「痛い……」
無言で殴ってきたご主人様も一緒に、物陰からルシフさんを観察する。
話を聞いていると、どうやら女の子が強くなってドラゴン様の役に立ちたいと言っているようだ。
ドラゴン様、かあ。
なし崩し的にドラゴンの手伝いをしている感じではあるが、やはり人格面では信用していない。
一応ご主人様が好きになったルシフさんの恩師だから、という理由で好意的な感情はある。
とはいえ直接的なそれではない。
というわけで、あたしとしてはあの子が騙されてるんじゃないかと疑っています。
好意的な感情?
あったとしてもあんな女の子に戦わせようとする男がまともなわけがない。
いや、戦いたがっているのは彼女本人の希望なんだけど。
女の子の年齢的は15~16歳くらいかな。
あたしより一回りくらい下か。
ロングのボサボサした金髪に金色の瞳。
やや褐色の肌に、痩せ過ぎた身体。
これは栄養不足が原因かもしれない。
とりあえず、この状態では戦うとか以前の問題だ。
ちゃんと成長しないといけないのに、そんなことに労力を割いている時間と余裕はないのだ。
「まずは……これだ」
「え……? わわっ」
ルシフさんが女の子に手渡したのはちょっと短めの剣だった。
あの子にとっては重いはずだ。
その証拠に、今手渡された剣を持っているだけで倒れそうになった。
「これを振るえるようになるまで、身体を作るんだな」
「えー!」
「貴様は弱い。だから強い身体を作る必要がある」
……うん、言い方は相変わらずだけど、合っている。
根本的に、あの子は戦えるような身体ではない。
まずは成長しなくては始まらない。
「とにかく強くなるんだな」
「おにーさんも弱かったの?」
「俺は強かったぞ」
ルシフさんの返答に、思わず頭を抱える。
どうしてそこで矛盾が発生してしまうのか。
「そも生命としての
「おおー……」
……確かに、ルシフさんは強いのだけど。
神かどうかは置いておくとして。
とにかく、あの子が無茶をしないように見て回らなくちゃいけない。
あたしは訓練を指南する立場にあるけれど、基本的には自由だ。
勿論手を抜くことはない。
というか恩を受けた身でそんなことできないし。
となるとご主人様が見ていてくれると助かるのだけど……。
「……」
ぼうっとしている。
ルシフさんしか見えていないっぽい。
「はぁ……」
仕方ない。
あたしが何とかしなくちゃいけないんだよね、これ。
「というわけで、手伝ってね!」
「あいよ船長!」
「子守りなら任せな!」
あたしが選んだのは、かつてのクルーたちを頼ることだった。
当然のように了承してくれたが、ちょっと不安でもあった。
だってあたし、一度奴隷になってるからね。
もしかしたら……っていうことも考えていた。
まあそれもないようだし、安心して任せられる。
「―――――見て! ちゃんと振れるようになったよ!」
一週間後、そこには元気に剣を振るう女の子の姿が!
……。
じっとクルーたちを見る。
「仕方ねえよ。あんな無邪気に教えてくれって言われたらさ」
「基本を教えるくらいなら平気かなって思ったんだよ」
「変な癖が突いたら大変だもの」
正論だった。
しかし、問題はそこじゃなくて。
「あたしは思ったの」
「はい」
「あの子にはまだ戦いは早すぎるって」
「でも船長もあのくらいの年で棒握って突っ走ってましたよね?」
「うぐ」
若気の至りである。
……じゃなくて!
「とーにーかーくー! まだ早いの!」
「そっすか……」
やる気がない……!
このままでは幼気な少女がドラゴンに手籠めにされてしまう!(謎の思考)
あたしも頑張るけどルシフさんもどうにか戦うのをやめさせてね!!!
「かみさまー! 戦い方教えてー!」
「ん、いいぞ」
!?
この前まで渋っていたのに、いつの間にか篭絡されている!
どうして?
まさか本当にロリコンだったの!?
「かみさまー」
「かみさまー?」
「かみさまー!」
殴られた頭を冷やしながら暫く観察していると、どうやらあの子はルシフさんのことを神様と言うようになったっぽい。
だからか。
ルシフさんは自身が神様であることを自負していて、それを認めてくれる人間に優しいのだ。
だから女の子にもあんなに親身になって戦い方を教えているのだろう。
「かみさまー!」
「そうだ。そこをそうやってこう。最後にこうだ」
「はい!」
素直……!
ルシフさんの無理難題を突破して、あの子はメキメキと強くなっていく。
というかあたし負けそう。
……いや、まだ覇気を使えない以上、あたしの方が上!
多分!!!
と思っていると、さっきルシフさんとぺしぺし木剣で叩き合っていた女の子がこちらへと寄って来た。
何だろうと思っていたら、突然小さな紙を渡された。
「おねがいします!」
「んー?」
紙は二つ折りになっていて、開くと無駄に綺麗な文字で
『覇気を教えろ』
とだけ書いてあった。
「んもー!!!」
あの男、面倒臭くなってあたしに押し付けたな!?
「リーアさん! できましたー!」
「おーよしよし! よく頑張ったねー! はい、アイス」
「わーい!」
ルシフさんから辞令が下ってから一週間。
リーアは既に篭絡されていた。
「まさかこんな簡単に……」
彼女が出したアイスの分を給料から差し引きつつ、私は色々と考え始める。
彼女があれだけ親身になってあの子を世話するのは、妹分が出来たと考えれば妥当なのかもしれない。
何せ海賊団の船長だったのだ。
周りの人間も年上ばかりだったはずだ。
甘えることなどできなかったはずだ。
それが今になって妹分、弟分が出来たことで、その子たちに逆に甘えることが出来るようになってきた。
それは彼女にとって、とても嬉しいことなのだろうと思った。
「とはいえ……彼女も生き急いでいるような……」
私は疑問に思ったことを口にする。
そうだ。
あの女の子は急いでいる。
何故だろうか。
強くなりたいだけならば、ゆっくりと地力をつけていけばいい。
ドラゴンを手助けしたいならば、何も戦闘力だけを求める必要はない。
何か理由があるはずだ。
「ちょっと」
「? はーい」
なので、当人から直接聞くことにする。
どうせ身内なのだ。
何時か知ることになるだろう。
それが早くなるだけだ。
「質問です。今麦わらの一味は何人ですか?」
「え? ええと8……いや、7人!」
「そうですか」
ほとんど悩むことなく答える女の子。
これは確定か。
この女の子は
そうでなければ、ルーキーのひとりでしかない麦わらのルフィについてここまで詳しくないだろう。
というか私もそこまで詳しくない。
「あっ……!」
そして、今の質問を答えたことで気付いたのだろう。
私もその知識を持っていると。
「あのっ!」
「いいですか」
いつも以上に明るい顔で話し始めようとした女の子を制して、私は離し始める。
「ルシフさんに害が及ばなければ、好きに生きてください。それだけです」
「え、あ、はい」
釘を刺す。
それだけは、そこだけは譲れないのだ。
例えリーアであろうとも、この一線を越えさせるわけにはいかない。
そう考えての発言だったが、女の子は思いついたかのように言う。
その顔はどことなく、いたずらを思いついた子供のようだった。
「あの人のことが好きなんですね!」
「ええはい。好きです」
「お、おおー……!」
即座に返事をすると、驚いたような感心したような声を上げる女の子。
そんなに、即座に返事をしたことが意外だったのだろうか。
「とにかく。ルシフさんとリーアは
「はーい!」
「よろしい」
危惧していたことは回避できただろう。
というよりも、ここに私以外に知識を得ている人間が現れるとは思わなかった。
異世界から現れる人間がいるという可能性はあったのだけど。
流石に3人目が現れることはないだろう。
多分。
というわけで私はルシフさんの元へ行く。
最近話している時間が少ない気がするのだ。
埋め合わせをしてもらわなくてはならない。
そう思っていたら、服の裾をきゅっと握られた。
振り返ると、女の子がじっとこちらを見ていた。
「あのですね……」
「はい」
「こういうこと、相談できる人がいなくてですね……」
「……なるほど」
女の子は私をある意味仲間だと認識した様子。
それはそうでしょう。
何せ、自分しかいないと思っていた存在を見つけたのだ。
その事実や苦悩を吐露する相手を欲してもおかしくはない。
「いいですよ。私の部屋は防音性です」
「……! はい!」
そう言うと、女の子はぱあ、と顔を明るくした。
いやまあ、子供というのは卑怯である。
笑顔だけで相手の緊張を解きほぐす。
しかし
これだけ親しい関係になるのだ。
名前くらいは教えておかなければならないでしょう。
「私の名前は
「え、あ。はい! わたしの名前はフィロート・D・ベルです! ベルって呼んでください!」
Q:斬鉄できます?
A:? 枝でやりましょうか?
これくらいの腕前です。
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ルシフ「できたぞ」ツルギ「不思議ですね」
拝啓、わたしを売り飛ばしやがったお父さんとお母さん。
いかがお過ごしでしょうか。
幸せに暮らしてたら殺しに行きます☆
まあそんなどうでもいいことはともかく。
わたしは今、ルシフという名の神様がいる島でお世話になっている。
なんと、この神様は島を作ったり新しい植物を作ったりと、中々神様っぽいことをしているらしい。
だったらどうしてわたしを助けてくれなかったのと詰め寄ると、まだ神様になって間もなく、人類を掌握できていないのだと言った。
本気で返事しなくていいのに。
ゴッドルシフが善良な神だとわかったわたしは、これまで行えなかった訓練というものをすることにした。
ここなら追手も気にすることはないし、何より善人が多い。
わたしが適当に訓練しているだけで、的確な剣の振り方や戦い方を教えてくれる人までいる。
恵まれている。
これまでが恵まれていなかったともいえるけど。
とにかく、わたしは強くなりたかった。
理由は一つ……麦わらの一味に入りたいから!
だってそうでしょ。
ONE PIECEの世界に生まれて、これがやりたくない人間がいるだろうか。
……いるかもしれない(神様を見ながら)。
とにかくだ。
わたしは一年という時間をかけて鍛錬に励み、覇気を扱えるようにまで成長した。
……一年で覇気を覚えるなんて異常?
いや異常だ。
ルフィだって一年半かかったのに、この速度はヤバい。
何か理由でもあるのかな……?
……まあいいや。
原作知識について相談できる仲間も増えたことだし、わたしは今最高の環境にいる……!
とはいったものの。
わたしは救われた身であり、この島に恩返しをしなくちゃいけない。
何かできることはないかなーと探している最中だ。
あの神様が言うには「勝手に救われろ」という話らしいけれど、それはこっちの知ったことではなく。
救われたと思ってしまったから、もうあの人はわたしにとって救世主なのだった。
いや、わたしたちにとっては、だった。
とにかく。
わたしはわたしなりの恩返しをしなくちゃいけないのだ。
わたしは剣に覇気を纏わせて振る鍛錬を終わらせて、思考も中断する。
そろそろご飯の時間である。
いやはや本当にお世話になりっぱなしだ。
そんなお世話になっている人たちを放っておいて旅に出るのは、果たしてどうなんだろうかと。
その辺りをご飯を食べながら悶々と考えていたのでした。
「行けばいいのではないですか?」
相談していたのは、わたしと同じように原作知識を持っているツルギさん。
相談した結果、このような台詞を返されたのだった。
心なしか馬鹿にされている気もする。
「でも、やっぱり恩返ししないのは駄目だと思うの」
「あの人はそういうの求めてないと思いますが」
神様のことは私が一番知っています風に喋るツルギさん。
いやまあ、一番長く一緒にいるのは分かるんだけど。
それが一番相手を知っていることになるかは分からないよね。
……口には出さないけど。
「じゃあ何を求めてるの?」
「信仰ですね」
「信仰……?」
妙な話だ。
信仰を求めるというのはどういうことなんだろう。
もしかして、本当の神様になる気なのかな……?
「もしかしてあの人の食べた悪魔の実にそういう効果が?」
「ないですね」
「ないんだ!?」
衝撃の真実だった。
効果がないのにそれを求めるというのはどういうことなんだろう。
まさか趣味……?
……ありえそう。
「というかあの人の食べた悪魔の実って……?」
「ツヨツヨの実です」
「ツヨツヨ?」
「ツヨツヨです」
ツヨツヨなんだ……。
悪魔の実……。
食べれば凄い能力と引き換えに泳げなくなるという実。
なんか凄い逸話とか何とかがあった気がするけど忘れちゃった。
流石にこんな島にあるわけがないので、わたしも諦めているけれど。
もし手に入ったら食べようと思ってる。
わたしじゃあ他の人達みたいな能力を持っていない人みたいな考え方とかできないし。
とにかく強くなりたい!
そうじゃないとついて行けないもんね……。
「……もしですよ」
「はい?」
ぐぬぬ、と考えていると、ツルギさんが小さく囁いてきた。
この人の声癖になるんだよなあ。
可愛いのに無機質というか。
それはともかく。
なにやら相談事があるらしいツルギさん。
何々ーと耳を寄せると、とんでもないことを口にした。
「あの畑に悪魔の実が生えているとしたら、どうします?」
「……はい?」
「本当にあった……」
その日の夜。
わたしは畑の中の言われた場所に立っていた。
そこには、ぐるぐる模様のいかにもまずそうな実が生えていたのだった。
……地面から直に。
「なんで……?」
この畑はツヨツヨの実の影響を受けたせいで変な物が生えてくるようになったらしい。
作物だけならともかく、牛やら馬やら木の実やら。
究極的にはこの悪魔の実なのか。
これは隠しておきたいなって思いました。
『あの人、下手すると食べそうなので……』
なんてことも言っていたけれど。
もしそうならさっさと食べるか売るかしておきたい。
「だからってわたしに食べさせるかな、普通……?」
とはいえわたしにとっては嬉しい話。
ありがたくいただいておこう。
……しかし。
この悪魔の実はどんな実なのか。
割と怖い。
どんな能力を手に入れるにしても、弱くなることはないらしいけれど。
それはそれとしてどんな能力か事前に知っておくことが出来ればいくらか心の準備ができるのに。
それができないのだ。
まるでガチャを引く気分だ。
だけど。
できれば綺麗だったりした方が嬉しいなって。
わたしだって乙女だ。
綺麗なものに憧れたりする。
処女じゃないけど。
「ともかく。いただきまーす……」
直に一口。
まずい。
ゲロまずだった。
この世のものとは思えないまずさだった。
だけどこれで、わたしも強くなった……のかなあ?
ちょっと実感できない。
それにどんな身体になったのかもわからないし。
というわけで悪魔の実は海に流して……と。
もったいない?
あれを全部食べるのはごめんだ。
まずいにもほどがある。
それでは布団に入ってお休みだ。
このまま外に出て変なところで暴走、なんてなったらたまったもんじゃない。
今日は休んで、明日からどんな能力なのか確かめるんだ。
「というわけで、結果が出ました」
「はい」
「おおー!」
パチパチ、と無表情で拍手をしてくれるツルギさん。
周りのみんなは大声でいいぞー! とか言ってくれてる。
みんな知ってたんだね、この悪魔の実のこと。
とにかく、朝起きてから色々と試してみた結果が出た。
なんともいやはや、嬉しい話。
思っていたよりもわたし好みの悪魔の実でした。
「―――――
変形、そして叫ぶ。
すると、わたしの身体を通り抜ける風がわたしの場所を知らせてくれる。
いやまあこの島のど真ん中なんだけどここ。
トリトリの実、モデル風見鶏。
それがわたしの食べた悪魔の実だった。
鳥じゃないじゃん!
と最初は思ったけれど、なんだかんだ悪魔の実。
すぐに活用方法もわかった。
何せ風向きを把握できる。
それも正確な速度、向き、そして規模もだ。
こんなの、航海をするには最適の能力じゃないか。
ただ問題はあった。
つまるところは戦闘能力だ。
風見鶏というからにはただ風向きを知るための装置だ。
それをどうやって戦いに応用するのか。
これに関しては、ツルギさんの『粉を撒きましょう』という台詞でなんとかなった。
なったのかな……?
まあいいや。
多分なった。
人型、獣型、獣人型。
このみっつのフォルムを使い分けるのが、動物系の悪魔の実の基本……だと思う。
とにかく変身だ。
わたしにはそれしかない。
ちなみにだが。
人型がこのわたしそのままの恰好。
獣型が風見鶏そのまま。
獣人型は機械の翼が生えて空を飛べたらいいな……って言う感じ。
翼は生える。
だけど今のわたしではカタカタ動かすことしかできない。
役に立つんだろうか、これ。
とにかく。
わたしは無事、悪魔の実デビューを果たしたのであった。
問題は山積みだけど。
「となると、ベルちゃんはここを出るのか?」
「はい。まあ、ドラゴン様の役にも立ちたいので」
祝勝会的なものを上げてくれたお兄さんが聞いてきたのでちょっと考えて返事をした。
そうだ、ドラゴン様に恩返しするのもわたしのしたいことだ。
だけどそれよりも麦わらの一味に入りたいという思いもある。
というかそっちの方が強い!
ファンなんだもの。
というわけで。
わたしは旅に出るのです。
「さらさらさらーっと」
書き置きをひとつ。
我ながら達筆だ。
行ってきますとだけ書かれたそれを、わたしは神様の寝床に一番近いテーブルに置いた。
「さてと……行ってきます」
夜遅く。
わたしは誰にも知られないように飛び立った。
そう、飛べたのだ。
なんか頑張ったら飛べた。
獣人モードで。
……獣モードでは翼は欠片も動かなかったけど。
というわけで飛び出した。
いざゆかん、冒険の海へ!
「……ところで、どこに向かって飛べばいいのかな?」
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ルシフ「美味いぞ」ツルギ「んもー」
○月○日晴れ
島に戻ると何やら祭りが起こっていた。
副官ちゃんに聞くと、どうやら海賊を撃退したらしい。
驚きである。
強くなったなお前たち、と褒めてやったら感涙された。
なるほど、褒めれば伸びるタイプか。
今度食料たちにやってみよう。
追記
牛の胴体が伸びた。
○月□日晴れ
猫が来た。
しかも喋る奴。
尻尾が二股なので、なるほどこいつは猫又だと確信した。
今度からキャットフードを準備しておこう。
と思ったら副官ちゃんに連れていかれた。
結構前から飼っていたらしい。
教えてくれても良かったのに。
追記
猫又ではなかったらしい。
○月▼日雨
NEO海軍なる団体が上陸した。
何やら海軍とは似て非なる存在らしい。
別に敵対する理由もないので歓迎した。
もはやここには海賊はいない。
いるのは俺の信者だけだ。
○月☆日晴れ
NEO海軍のゼファーとやらが面会に来た。
海軍の在り方について聞かれた。
あってもいいんじゃない? とだけ答えた。
そうか、とだけ言って帰っていった。
何が言いたかったのだろうか。
□月○日晴れ
ビッグ・マム海賊団なる団体が押し寄せてきたので撃退した。
ちょっときつかったが、死者は出なかったはずだ。
□月▽日雨
百獣海賊団に襲撃される。
撃退する。
死者は出ていない。
□月☆日晴れ
よく知らない海賊団が現れたので撃退した。
▽月○日晴れ
ビッグ・マムは倒さなければならない。
「モーーーーーーー」
「……」
夜。
私は謎の作物が育つ畑に来ていた。
そう、畑だ。
「ンモーーーーーー」
「……」
畑、なのだけど……。
今現在、畑には謎の牛らしき生命体が生えていた。
生えているのだ。
地面から。
しかもそれの胴体が異様に長い。
8メートルくらいある。
埋まっているのは後ろ足。
これはまあ、いい。
よくはないけど。
問題は、ベルにあげた悪魔の実の他にも、悪魔の実が生えていたことだ。
しかも食べられた跡がある。
正確には齧られた跡ではあるけれど。
心当たりは、ある。
というかこの悪魔の実の形、そして匂いが魚に酷似していた。
ぐるぐる模様はあったけれど。
「サヤ、いますか」
自室に戻り、猫――サヤを呼ぶ。
返事はいつも小さい声での「にゃん」であるが、今回はそれがない。
別の部屋に行っているのか、もしくは……。
「やあゴシュジンサマ。お早いお気づきで」
……もしくは、こうやって私を待っているかだ。
「悪魔の実を食べましたね?」
「ですねぇ。チエチエの実です」
知恵のつく実ですよ、と笑いながら言うサヤ。
そのままなので分かりやすくて好みではあるけれど。
とはいえ本当にそれが事実なのか調べる必要はある。
「デビデビの実モデルベリアルとかではない、と?」
「おやおや、飼い猫を疑っておられる? これは心外」
「急に飼い猫が喋り始めたら疑います」
「それはごもっとも」
ぺこりと頭を下げるサヤ。
よく見れば尻尾が二又になっている。
まるで猫又のようだ。
「さて……サヤ、あなたは私たちの味方ですよね?」
「それはもう。ゴシュジンサマの為に身を粉にして働きますよ」
胡散臭い。
元々こういう猫だったのかそれとも悪魔の実のせいか。
後者であってほしい。
先日海賊を撃退したことで褒めてもらったのにこの失態。
とてもきつい。
いやつらい。
「問題ないですよ、ゴシュジンサマ」
「何がですか、サヤ」
にやりとしか言えない顔でこちらを見るサヤ。
胡散臭い。
どういうことだろうか。
あれだけ可愛かったサヤが、喋り始めるだけでこれだけ胡散臭くなるのか。
それはともかくサヤの次の台詞を待つ。
大丈夫とは言うが、それはどういうことなのか。
「あの人はどれも同じように大切な信者であると認識しています。故に
「……」
それは。
果たして誰に向けての台詞だったのか。
理解したくはない。
理解したいとは思わなかったそれ。
それを叩きつけられてしまった。
「それは……」
「事実、でしょう? 何せあの人は誰も彼も大切にするが、それは優先順位がないからだ」
ぐうの音も出ない。
自分が頂点であることを除けば、ルシフさんは物事を平等に扱うようなそぶりを見せる。
それこそ、私たち部下の名前から出身地、家族構成までもしっかり覚えているくらいだ。
「あの人はあなたを愛していない。つまり、言いたいことはそれだけです」
そう言って笑顔をやめるサヤ。
ああいや、これは素の表情か。
これが本来のサヤであり、私の飼い猫だ。
「もしかしてサヤ……心配してくれていますか?」
思い至ったそれを口にすると、サヤはそっぽを向いた。
なるほど、そういうことか。
私があの人に愛されていないことを知って悲しませないように、今のうちにばらしてしまおうと思ったのだろう。
まあこの時点でそれが失敗しているのは明白なのだけど。
だってもう好きだし、あの人が。
「安心してください。私はあの人を好きなので、好きなまま死にます」
「それはそれは……まあ、あまり入れ込み過ぎないようにとも言えないねぇ」
その通り。
最早この身はあの人が好きで好きで仕方がない。
入れ込むという段階を越えている。
当然と言えば当然。
私の生まれた世界はここではなく日本であり、世界を越えて壊れた少女の身体に取りついた亡霊のようなそれであって。
それでも私は、あの人の救われて。
あの人は私を救い、その中でこの少女の心を救ったのだ。
多分。
「そこはしっかりと断言して欲しいね」
「何せ確認する方法もありませんので」
というわけで私はこんな感じであの人と接することになる。
どうせ私のことを好きにならないだろうけど。
どうせ私のことを適当にあしらうだろうけれど。
それでも私はあの人が好きだから。
「ところでサヤ……あなたはどうしてそんな喋り方を? 女の子ですよね?」
「こちらにも色々と都合がありまして、ね」
にやりと笑うサヤ(雌推定三歳数か月)。
理由とは一体何なのか。
「(嘘かもしれないですね)」
「(嘘なんだけどねえ)」
それとは全く関係なく。
私たちは胴の長い牛をしっかりと調理して食べたのだった。
味は普通のそれと変わりませんでした。
「あ、ここにいましたか」
「おや、ゴシュジンサマ」
数日後、ルシフさんの自室に潜り込んでいたサヤを回収しつつ、島のパトロールをすることにした。
何せ海賊団と海兵が合流していて、かなりの大所帯になっているのだ。
不満不平が溜まっているかもしれない。
そういう細かいことはルシフさんは苦手だろう。
というわけで私が何とかする必要があるのである。
「あ、ご主人様」
そう思っていたら、リーアがとことこと歩いてきた。
そうだ、こういう時は手分けをした方がいい。
ということで。
私が海軍側を、リーアが海賊側にアンケートを取りに行くことになった。
何か不満があるかを匿名で書き込んで入れるだけの意見箱だ。
これを各所に設置するだけであるが、知っている人間がいる方が設置もしやすいだろう。
「というわけでお願いね」
「了解しましたご主人様!」
そういえば、リーアは何時まで私のことをご主人様と呼ぶのだろうか。
気になったけれど、まあ悪い気はしないので放っておくことにした。
「……ゴシュジンサマは鈍感だねぇ」
「?」
暫く後。
意見箱を見回って紙を集めて回ったのだけど。
「なるほど……」
特に不満不平ということはなさそうだ。
最大の問題が『作物の混沌化が激しいからなんとかしてくれ』くらいだろうか。
私にはどうしようもないことだった。
「それでどうしますかご主人様?」
「そうですね……」
あとは嗜好品が少ないという問題もあったか。
酒類などがないのは、なるほど盲点であった。
しかしだ。
ルシフさんに頼むと、出てくるのは地面に直に生えたビール樽とかになってしまう。
なんとか外と交易をする必要が出てくるのだが……。
ここで問題がいくつかある。
まず第一に私たち海軍は外に出ることが出来ない。
何故なら国際指名手配犯だ。
ルシフさんの部下全員も指名手配されているとしても不思議ではない。
それと同時にリーアの海賊団も駄目だろう。
天竜人をぶった斬った女の海賊団だ。
部下の顔を知られていても不思議ではない。
ではどうするか。
「ご主人様!」
考えがまとまる前に、リーアが声を上げた。
何事かと思えば、遠くには船。
反転した海軍のマークにドクロを重ねて、それらを上から剣で貫いたロゴマークを掲げていた。
……NEO海軍だ。
ベリアルのような喋り方をした女の子(雌三歳数か月)
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