偽ポチタ「助けてやるから、女のおっぱいを揉め」士道「ふぁっ!?」 (鳩胸な鴨)
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クソ童貞、ポチタになる

ポチタの口調でデンジさせたかった。

続かない。


男は童貞であった。

女の体に大きな憧れと欲望を抱けど、それを前にすれば慌てふためき、まともに言葉を交わすことなど出来やしない。

己の迸るリビドーを満たす恋人は、画面の奥にいる架空の存在のみ。

そのくせ、恋愛相談になると無駄に饒舌になり、有益なのか無価値なのかよくわからないアドバイスをする。

 

一言で言い表せば、「クソ童貞」であった。

 

そんな童貞が拗れに拗れた童貞モンスターは、終ぞ女の体の感触を知ることなく。

女への渇望を抱きながら、魔法使いになる直前にこの世を去った。

彼の死を悼むものは多くいた。クソ童貞妄想パワーが火を吹いたことで結ばれたカップルたちが、彼の葬式に多く参列した。

もし死体にその魂がまだ宿っていたとしたら、きっと憤死していたことだろう。

が、しかし。幸いというべきか、不幸というべきか、彼の魂は既に別の世界へと旅立っていた。

 

地獄である。

 

そこはさまざまな魑魅魍魎が跋扈し、秩序もなく暴力のかぎりを尽くす地獄であった。

生まれ変わった彼は、臓物をマフラーのように首に巻きつけ、四つの腕と頭に生えた刃で怪物…悪魔を手当たり次第に狩った。

その理由はただ一つ。

 

八つ当たりだ。

 

こんな手でおっぱいが揉めるものか。

こんな性器のない体で女が抱けるものか。

そもそもここには、まともな女がいないではないか。

いるとしたら、無駄にサラサラした髪の怪物か、女の形をしたバケモノだけ。

あの美しい肢体を拝めることすら叶わない場所で生きろだなんて耐えられない。

今世でも童貞は確定なのだ。せめて憂さ晴らしくらいはしたっていいだろう。

そんな自分勝手極まりない理由で、童貞モンスターは暴虐の限りを尽くした。

軈て、地獄の悪魔らは彼を恐れ、彼に近づくことすらなくなった。

名実共に地獄最強の悪魔となった彼は、リビドーを満たすことのできない退屈の日々を数万年過ごすこととなる。

日に日に強くなっていく性欲に反して、股ぐらにはいきり勃つモノもない。

性衝動を満たさねば発狂する童貞モンスターにとっては、拷問に等しい日常だった。

 

そんな日常を過ごしていた彼は、突如として地獄から追い出された。

 

派手に暴れすぎたのが悪かったのだろうか。

彼は多くの悪魔に寝込みを襲われ、力の大半を封印されてどこか別の世界へと放り出されてしまった。

目を覚ますと、そこには数万年の時を過ごした地獄絵図はなく。

広がっていたのは、記憶よりも少し文明が進んだ故郷に近しい世界。

彼にとっての楽園が、そこにあった。

童貞モンスターからすれば、電光掲示板に映るコマーシャルに出演する女芸人の姿でさえも、ヴィーナス顔負けの美女に見えた。

 

しかし。またしてもそこに人外の体という大きな壁が立ちはだかる。

あいも変わらず性器は影も形もなく。

おっぱいを揉むための手は、びっくりするほどの短足に変わっていた。

チェンソーを無理矢理に犬のマスコットのようにした怪物。それが今の童貞モンスターであった。

 

それだけではない。目下の問題は生活面であった。

いくら可愛いと言われど、額に生えたチェンソーの刃のせいで、近づく人間はいない。

ユーラシア大陸に大穴が空いたとか、空間震がどーたらとか、物騒な話題が電光掲示板から聞こえてきたが、ゴミ箱を漁る生活を繰り返していた彼からすれば些細なことである。

渇望した世界で叶わぬ望みに、無為に日々を過ごすこと25年。

彼はとある少年と出会った。

 

「……お前、一人なのか?」

「ワン?」

 

中性的な顔つきの少年は、薄汚れた怪物を拾い上げ、自宅へと連れ帰った。

数万年ぶりに感じた湯船の温もりには、さすがの童貞モンスターも思わず涙がこぼれた。

少年…五河士道に拾われた彼は、彼の妹によってポチタと名付けられた。

言語能力も封印され、極力犬っぽく振る舞うのは苦痛だったが、五河家の面々の温もりに触れ、ポチタは数万年ぶりの安らぎを得た。

 

しかし。それはあっさりと崩れた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ポチタ、どこに行くんだ!?」

 

五河家に訪れて、数度目の散歩の途中。

士道と共に慣れてきた散歩コースを歩いていたところ、突如としてマンションの一室のガラスが派手に割れる音が響いた。

ポチタがそちらへと駆け、士道がそれを追うような形でマンションの一室へと突入。

そこで見たのは、漫画資料が舞い散る中で、奇々怪界な装備を身に纏い、部屋の主であろう女性の胸を貫いた女の姿だった。

 

「グルルル…!」

「……これは、犬…、でしょうか?」

「お、お前…っ!ポチタに近づくな!!」

 

血に塗れ、倒れた女性を放り、ポチタへと手を伸ばす女。

それに対し士道が噛み付くと、女性は心底鬱陶しそうに彼を一瞥した。

 

「目撃者ですか…。面倒な。

恨むなら、己の不運を恨みなさい」

「ぇ……、ごふっ」

 

次の瞬間には、士道の胸は貫かれていた。

肺から空気が抜け、体から熱が抜けていく。

血の塊が呼吸を阻害し、ぼたぼたと床を濡らす。

こんなところで、訳もわからないまま死ぬのだろうか。

そんな不安感が、熱が抜けていくと共に強くなる。

霞む視界の中で、何かを決意したような、はたまた歓喜するようなポチタの顔が見えた。

 

「まだ死ぬなよ、シドー。

私はお前を気に入っている」

「………は?」

 

ひどく理知的な言葉が、ワンとしか鳴けなかったはずのポチタの口から放たれる。

ポチタはそのつぶらな瞳を士道の眼前へと近づけ、笑みを浮かべた。

 

「私がお前の心臓になってやる。

だから、お前は私の体として生きろ」

「……な、何を、言って…?」

「これは契約だ。お前は私の体として、女の胸を毎日揉め。性衝動は都度解消しろ。女を抱け。私のお眼鏡に適うような極上の女だ」

「は、は…ぁっ…!?」

 

流石はしたくもない禁欲生活を数万年送り、童貞が拗れに拗れたクソ童貞である。

童貞の願望欲張りセットな契約内容を前に、士道は目を白黒させる。

しかし、このままでは確実に死ぬ。

士道は意識を手放しそうになりながらも、ポチタに向け、頷いた。

 

「わ、わかった…!」

「契約成立だな。よろしく頼む、シドー」

 

悪魔の笑みと共に、その体が傷口から同化していく。

どくん、どくん、とポチタの体が波打ち、士道の血液を循環させる。

その光景に目を白黒させている女の形をした悪魔を見上げ、士道の口元が弧を描いた。

 

「40点」

 

ポチタの体が士道の体に消えると共に、胸から垂れた紐を千切らんばかりに引く。

瞬間。その額からチェンソーの刃が放たれ、ブォンと唸った。

軈てその顔が異形のモノへと変貌とすると、女に向けて、怪物が嘲笑を浮かべた。

 

「顔、胸はいいが、芯が細すぎる。尻も小さい。

変な力頼りで体力もない。

挙句の果てには相当な若づくり。

抱き潰す前に死ぬな。大幅減点だ」

 

ドルルル、と額と両腕から伸びるチェンソーの刃が駆動する。

剥き出しの牙から放たれる品のない言葉に、女性は顔を顰め、武器を構えた。

 

「……品のない怪物ですね」

 

目にも止まらぬ速度で、怪物と化した士道の胸へと剣を振るう女。

常人であれば、認識することすら叶わず、絶命は免れぬ一撃。

しかし、怪物は右腕を一振りをするだけで、光で構築された刃を砕いた。

 

「は……?」

「帰れ。50点以下の女に興味はない」

 

彼は鬱陶しそうに言うと、血溜まりに倒れ伏した女性へと目を向ける。

まじまじとその肢体を見つめると、彼は「ほぅ」と声を漏らした。

 

「80点。不摂生気味なのが気になるが、顔も胸も尻も気に入った。

体力もありそうだ」

「あなた、何者で…」

「シドー。私はコイツを抱きたい」

 

女の言葉を遮り、ひゅー、ひゅー、とかすかに息を漏らす女性に手を伸ばそうとする。

今なら隙がある。

女は替えの武器を抜き、無防備な背中へと襲いかかった。

 

「聞こえなかったか、年増。

私は『帰れ』と言ったんだ」

 

刃がその背の肉を裂こうとした瞬間。女の背後から、ふしゅう、と蒸気のように空気が漏れる音が響いた。

咄嗟に女がそちらを向くと、その頬に赤い筋が走る。

痛む頬を押さえることもせず、女性は眼前へと迫った怪物へと己が力を発揮する。

顕現装置。ざっくりと言ってしまえば、あるはずのない「魔法」を叶える装置。

世界を殺す災厄さえも滅する力が、怪物の体を襲う。

が。怪物は爆炎を突っ切り、その喉元目がけて刃を振りかぶった。

 

「ギャハハハハハ!!」

 

品のない笑い声と共に、チェンソーが唸る。

女性はすんでのところで緑色の薄い膜を顕現させ、その刃をなんとか受け止めた。

ギギギギ、と金属が削れていくような甲高い音が部屋に響く。

ゆっくりと亀裂が走る膜を前に、女性は生唾を飲み込んだ。

 

「嗚呼、嗚呼!久方ぶりだ!

興奮と共にこの性器が解放されることを求める圧迫感!!

そうだ!忘れていた!!これが勃起だ!!

この感覚は私のものだ!!

もう二度と、誰にも奪わせるものか!!」

 

口に出すのも憚られるほどに下品な言葉を臆面もなくツラツラと並べ、膜を切り刻む怪物。

数万年の禁欲生活で頭のネジが根こそぎ吹き飛んだ童貞モンスターの暴走に、最強の魔術師は顔を顰めた。

 

「何なんですか、コイツは…!?」

 

その問いと共に、膜が砕け散る。

破片舞い散る中で、欲望のままに動く彼は、ゲラゲラと笑いながら、声高々にその名を告げた。

 

────■■■■■■■!

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

あれから5年後。

高校生となった五河士道は、人生で何度目かもわからぬ窮地に立たされていた。

球状にくり抜かれたアスファルトにビル。

その中心に立つ、絶世の美少女。

それを眼前にした『心臓』が、うるさく喚き立てる。

 

「だから、段取りってものがあるだろ!

『契約』の条件に協力してくれてる二亜に悪いとは思わないのか!?

…は?『ない』!?お前、節操無しにも程があるだろ!!」

 

ギャーギャーと一人で騒ぎ立てる士道を前に、「名がない」と彼に告げた少女は顔を顰め、剣を振るう。

士道は飛んできた斬撃を咄嗟に避け、心臓に向けて文句を垂れる。

 

「そーだったな!『悪魔』だもんなお前!

人間の道徳倫理すっぽ抜けてるもんな!!」

「さっきから何を訳の分からないことを…」

 

少女が呆れと共に剣を振るおうとすると、ふと、空を見上げる。

士道が同じようにそちらを見上げると、5年前の忌まわしい記憶が蘇った。

無骨かつ奇怪な装備に、ピッチリと肌に張り付いたスーツ。

あの時、自らの心臓を貫いたあの女とよく似た装備に身を包んだ集団が空を舞う。

集団は少女に向けて、躊躇いもなくミサイルや弾丸の雨を放った。

 

「……こんなもの…」

 

少女が手を前に突き出そうとした、まさにその時。

ブォン、と、何かが唸るような音が響いた。

 

「ギャハハハハハ!!」

 

品のない笑い声が、唸り声と混ざり合う。

瞬間。少女が展開した壁を、爆炎が撫でた。

否。それだけではない。何かが弾けるような音も微かに聞こえた。

一体、何が煙の中で暴れているのだろうか。

少女の疑問は、すぐに晴れることとなる。

 

「な、なんなの…、あれ…?」

 

誰が漏らした声だっただろうか。

チェンソーの仮面に、腕から突き出た刃。

そこからはとめどなく血が溢れ出し、アスファルトを濡らす。

仮面の奥にある瞳は、真っ直ぐに少女を見つめていた。

 

「おい。女」

「…私のことか?」

「お前以外に誰がいる」

 

剥き出しの牙が弧を描く。

その醜悪な笑みに身構えた少女に、怪物は弾丸を引き裂きながら告げた。

 

「助けてやる。だから、抱かせろ」

「………は?」

 

最低な欲求を少女に押し付け、高く飛び上がる怪物。

ゲラゲラと笑い声をあげるソレに対し、隊長格であろう女性が声を張り上げた。

 

────識別名《チェンソーマン》、発見!

 

その名は奇しくも、別世界の悪魔と全く同じ名前であった。




偽ポチタ…クソ童貞。チキンだったので風俗にも行かなかった結果、性欲を溜め込みすぎたストレスで死んだ。その後、ポチタ(チェンソーマン)に転生。数万年の禁欲生活を余儀なくされ、頭のネジが軒並み吹っ飛び、好き勝手に暴れまくった。その結果、悪魔全員が珍しく結託し、力のほとんどを封印してこのクソ童貞モンスターを別世界に放り出すことに成功。弱体化し辿り着いた先で、小学生の士道と出会う。口調はポチタ風に自動変換されている。頭のネジが落ちた結果、士道が胸を貫かれた際、「あ、コイツの体もーらお」と即決するし、女に点数つけるくらいにはクソ野郎。尚、士道に「いつとは言われてない」と屁理屈を言われ、未だに童貞。そのくせ女の好みが面倒臭いパーフェクトクソ童貞。

五河士道…最大の被害者。偶然なのか、はたまた偽ポチタの企みなのか、〈シスター〉が捕獲された現場に居合わせ、心臓を貫かれる。その際、ポチタがここぞとばかりにクソみたいな契約を迫り、あろうことかソレを了承。結果、一日中クソ童貞の「女を抱け」という催促に悩まされることとなる。クソ童貞の万年禁欲した性欲がそのまま反映されてるので、365日いつでもムラムラしており、どこかに篭る回数、時間が年々増えてる。童貞気質なので屁理屈捏ねてクソ童貞を童貞のままにしてる。助けた漫画家からの誘惑に負けそうになりながら、鋼のメンタルで何とか耐えてる。多分、前世に悟りを開いた仏教徒がいる。

もやしっこー部長…チェンソーマン(クソ童貞モンスター)にこっ酷くやられた人。なんとか逃亡に成功。しばらくの間、肉をつけるために食生活やらを改めたところ、全然効果がなかった。

〈シスター〉…なんか知らんうちに助けられた漫画家。天使でもチェンソーマンのことがわからなかったため、士道に興味を持つ。何日かを士道と共に過ごした結果、普通に陥落し、封印されることに。士道が契約を履行するために、毎日おっぱいを揉まれてる。最近は頼まれてもないのにわざわざ服を捲り、下着を外すようになった。どうやら満更でもないらしい。


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クソ童貞、地獄を語る

なんか書きたくなったから書いた。「こんなことしてるから未完シリーズ増えんだよオラ。次のコンクール作品も一切書けてねぇくせにこんなことしてる場合じゃねぇだろボケナス」って自分でも思ってる。思えば思うほど別作品が生まれる。不思議。

最初の展開と最後のセリフを書きたかっただけ。


「……で。結局バレちゃったわけだ。

ひとつもーらいっ」

「ちょっとは待て」

 

焼きたてのベーコンに手を伸ばそうとする女性の手を叩き、士道はため息を吐く。

昨日は目まぐるしい1日だった。

世界中に壊滅的な被害を出してきた空間震の真実。こことは違う、別の世界からやってきた災害「精霊」。世界を殺す彼女らを殺すための組織「AST」。ASTとは違う方向で精霊への対処を試みる「ラタトスク」。

五年前に一度関わっているのだ。それらの事実はまだ受け止めることが出来た。

受け止めることが出来なかったのは、妹の猛烈な反抗期くらいなものだ。

 

『…あの女、助けてやったのに抱くどころか胸も触らせなかった』

「お前、昨日から同じことばっか言うなよ。壊れたラジカセかよ」

 

五年前から自分の中に居座っている心臓…ポチタに向けて、士道は呆れたため息を吐く。

思考回路が根こそぎ下半身に集中しているのだろうか。

そんなことを思いつつ、士道は焦げ目のついた厚切りのベーコンを皿に乗せた。

 

『シドー。目玉焼きは半熟で頼む』

「はいはい。どっちもパンに乗せるか?」

『乗せるんだったらソースも作れ。

ベースはウスターだ』

「お前、贅沢だよな」

 

献立に悩まなくなったのは利点か。

そんなことを思いつつ、士道はインスタントコーヒーを淹れる。

トレイに乗せて運んでいくと、いつの間にやら椅子に腰掛けていた二亜がへらへらと笑みを浮かべた。

 

「疲れが残ってるとこ悪いねー、少年」

「俺は別にいいけど…。

琴里には悪いことしちゃったな」

「朝食は作って置いてきたんでしょ?なら、別にいいんじゃない?中学生で秘密組織の要職に就いてんだしさ。

それに、士道くんにも整理する時間は必要だと思うけどねー」

 

言うと、二亜は軽く手を合わせ、「いただきまーす」とトーストに目玉焼き、ベーコン、ソースを乗せていく。

士道は二亜の言葉に眉を顰め、首を傾げた。

 

「ポチタと二亜のせいで大概のファンタジーに耐性ついたし、別に必要ないんだが…」

「そっちじゃなくてさ。

琴里ちゃんの猛烈な反抗期の接し方がわからなくて、戸惑ってるんじゃないかなって。

こっちに逃げてきたってことは、そーゆーことっしょ?」

「うぐっ…」

「少年のヘタレ具合は身をもって知ってるからねー」

 

効果は抜群の上に急所に当たった。

男として浅からぬ傷を負った士道は、顔をシワシワにしながら項垂れる。

 

「ガッツくポチタの方が珍しいんだよ…」

『何を言う。お前が男として奥手が過ぎるのは事実だろう。

お前の学友であるトノマチとかいうヤツは、既に貞操を捨てているぞ』

「はっ!?」

 

殿町宏人。女に縁がなさそうな悪友の名が衝撃の事実と共に飛び出たことにより、士道は思わず声を上げる。

愕然と口を開けた士道に、ポチタは容赦なく畳み掛けた。

 

『お前の目がある場所では画面の奥の女に夢中だが、現実の女もいるみたいだぞ。

あんなちゃらんぽらんでも女を愛す度量があると言うのに、お前ときたら…』

「ちょ、ちょっ…と、待て。え?嘘だろ?」

『嘘だと思うなら聞いてみろ。お前が愕然とするような惚気話が聞けるだろうな』

「……」

 

負けた。絵に描いたように「同性からしか好かれない男」に大敗を喫した。

表情筋がぴっしりと固まった気がする。

士道は無表情のまま、黙々とトーストを齧った。

 

「ポチタがなんか言ったの?」

「……殿町に負けた」

「…………ん?どゆこと?」

「先越された…」

「…君にも都合のいい女がここにいるんだし、ヤろうと思えばデキるっしょ?」

 

虚無に満ちた表情を浮かべる士道に、二亜が笑みを浮かべ、シャツの胸元を引っ張る。

が。士道は凄まじい速度で目を逸らし、迫る二亜を拒んだ。

 

「卑怯な気がして嫌だ」

「…あのね、私は君に惚れてんの。

じゃなきゃ封印できてないっしょ?

そんなんだからポチタどころか、妹ちゃんにも『ヘタレ』って言われんでしょうが」

「やめてくれ。その言葉は俺に効く」

 

自覚はある。据え膳食わぬは男の恥とは言うが、恥を被ってでも女を抱かぬ理由がある。

士道には確信があった。

迸るリビドーを解放するために理性のタガを外せばどうなるか。

自分はとにかく、女性は確実に無事では済まないだろう。

何せ、クソ童貞が万年溜め込んだ性欲が、まんま士道の体に反映されてるのだ。

その凄まじさは身をもって体感した。己を慰めるだけで夜を明かしたことだってある。

そんな不安を、ただでさえ契約の履行で面倒をかけている二亜に背負わせたくない。

自分は本能のままに生きるクソ童貞とは違うのだ。

 

『…初めてだから上手くできんのが怖いだけだろ』

「うぐっ」

『いくら建前を並べても無駄だ。

お前は「私の体」なんだぞ?

私からすれば、お前の建前はただ「女を抱くのが怖い」と言ってるようにしか聞こえん』

 

…理由の4割はポチタの言った通りである。

士道は「悪かったな」とこぼし、トーストの最後の一口を放った。

 

「その顔、どうせ『初めてだから上手くできないのが怖いんじゃないか』って言われたんでしょ?」

「……俺をいじめて楽しいか、お前ら…」

「揶揄い甲斐はあるね!」

『いつまで経っても女を抱かんのが悪い。

あのトノマチも貞操を捨てたと言うのに、お前はいつになったら…』

「あー!あぁー!!あぁああーーッ!!

なぁんにも聞こえませぇええーーーん!!」

 

必死になって情報をシャットアウトする士道だが、悲しきかな。

耳を塞いでも内部から響く声に抗う術などあるはずもない。

その様子を見ていた二亜は、呆れを込めたため息を吐いた。

 

「あーもう、落ち着きなって。

今日の分、契約更新してあげるからさ」

「……脱がなくていいからな?」

「の割には、期待してる目じゃん」

「………」

 

二亜の指摘に、何とも言えない表情を浮かべる士道。

「じゃ、ご期待に応えよっかなー」と、二亜は着潰してヨレヨレになったシャツに手をかけた。

布が擦れる音と、呼吸音だけが響く。

これは仕方のないことなのだ。

士道は暴れ出そうとする本能を必死に抑え、震えながらもその果実に手を伸ばした。

 

五河士道とポチタの契約が五年も続いているのは、二亜の献身があってこそであった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ふんぬっ!!」

「ぐほぉっ!?」

 

時は進み、昼休み。

呼び出された士道の脇腹に、妹…琴里の一撃が突き刺さった。

その場に崩れ落ちる士道の尻をげしげしと蹴りながら、琴里は怒気を放つ。

 

「…士道。今朝、私をほっぽって女の乳揉んでたらしいじゃない」

「こ、これには深いワケが…」

「問答無用!!」

「うぐぉっ!?」

 

ばしぃん、と肌から乾いた音が響き、臀部に痛みが迸る。

坐骨が砕けそうだ。

ヒリヒリと痛む尻をさすりながら、士道はゆっくりと起き上がる。

 

「だから、仕方ない理由があるんだって…」

「朝っぱらから女の家に行って飯作って胸を揉むことのどこに『仕方ない』で済ませられる理由があんのよ!?」

 

怒りが収まらないのか、はたまた発散した怒りが再燃したのか、士道に詰め寄る琴里。

士道はため息を吐くと、胸元へ視線を向けた。

 

「…ポチタ、お前が説明しろ」

『…私については話してなかったのか?』

「琴里が知ってるのは『俺がチェンソーマンだ』ってことくらいだ」

『……はぁ。わかった』

 

ポチタがため息を吐くと、士道の意識が薄れていく。

薄れいく、と言う表現は違う。自分という体の奥に引っ込むような感覚である。

まるで夢の世界に来たかのように、士道の認識している景色にモヤがかかった。

 

「私との契約だからな。

破れば、シドーに代償が課せられる」

「し、士道…?」

「違う。私はお前たちが《チェンソーマン》と呼んでいるモノだ」

 

琴里と奥に座る女性…村雨令音の表情が険しいものへと変わる。

しかし、士道と入れ替わったポチタは品のない笑みを浮かべ、琴里に迫った。

 

「コトリ、お前は覚えてるんじゃないか?

『ポチタ』という犬のことを」

「ポチタ…って、士道が昔拾ってきて、すぐに死んじゃった…」

「そう。ソレが私だ。

この紐に見覚えはあるだろう?」

 

言って、ポチタは胸元をはだけさせ、心臓から伸びた紐…スターターをこれ見よがしに見せる。

琴里は信じられないのか、目を丸くしてスターターを見つめた。

 

「そもそもの話、五河士道という人間は、五年前に既に死んでいる」

 

ひゅっ、と、琴里の喉から空気を飲む音が聞こえた。

そんな馬鹿な、と言いたげな2人に、ポチタはあの日の出来事を語りはじめた。

5年前、散歩の途中で二亜が襲われた現場に居合わせ、口封じに心臓を貫かれ、殺されたこと。

ポチタと契約を交わすことで、ポチタが士道の心臓として彼を生かしていること。

それによって、士道がチェンソーマンの力を得たこと。

全てを聴き終えた琴里は放心しているのか、呆然とした表情を浮かべていた。

一方で令音はあくまで冷静に、ポチタに問いかけた。

 

「……つまり、シンは君と『女の胸を毎日揉む、ムラムラしたら自慰をする、いつかは女を抱く』という契約を交わして、生き永らえているわけかい?」

「お前の言う『シン』とやらがシドーを指しているのなら、そうだ」

「……サイッテーな契約ね」

 

クソ童貞の願望ハッピーセットな契約内容に、琴里が顔を顰め、苦言を呈する。

と。ポチタはソレに対し、深いため息をついた。

 

「これでも破格の条件にしてやったんだ。

本来なら、シドーの人格を消して漸くトントンなんだぞ」

「…じゃ、ペナルティ外しなさいよ」

「ソレは無理だな。

契約違反の代償は私の意志ではなく、『ルール』だ。

下手をすれば、死を遥かに凌駕する辛苦を味わうことになる。

無論、それは私も例外ではない」

 

見下げ果てたクソ童貞とはいえ、ポチタは本来、誰とも契約を結ぶつもりはなかった。

士道が死にかけたのも偶然だし、あの場で見捨てる判断をしても、罪悪感など湧かない程度には悪魔に染まりきっていた。

しかし、気に入った人間がくだらないことで死ぬのは、気に入らなかった。

無論、女を抱きたいと言う気持ちもあった。

だが、ソレを抜きにしても士道を気に入ったからこそ、ポチタは破格とも呼べる条件で契約を交わしたのだ。

…ヘタレである士道にとって、ハードルが高すぎる契約ではあったが。

 

「……チェンソーマン…、いや、ポチタ。

そもそもの話、君は何者なんだ?

精霊とは違う種族なのか?」

「違う。私は地獄から追い出された悪魔だ」

「悪魔ぁ?」

 

令音の問いに対して飛び出た胡散臭い文字列に、琴里が眉を顰める。

ポチタはソレを気にせず、言葉を続けた。

 

「お前たち人間の恐れが『悪魔』という存在となって生まれる世界が『地獄』だ。

その事象への恐れが強ければ強いほど、生まれる悪魔は強大になる。

そして、その恐れがなくならない限り、悪魔は復活し続ける」

「…どんなのが居るんだ?」

「私が殺したので言うと、噴火、刀、銃、核兵器…。

…あとは忘れた。いちいち覚えてない」

 

約1名、忘れたい悪魔も居るが。

あの面倒なのに絡まれなくなったのもこちらにきた利点か、としみじみ思っていると、琴里が首を傾げた。

 

「…サタンとか、ルシファーとか、そういうのじゃないのね?」

「『悪魔』は便宜上の名称だ。お前らの言う、神話とやらとは違う。

…まぁ、あらゆる悪魔は、事象や物体に対する恐れを元に地獄で生まれ続けるからな。そう言うのも居るかもしれん。

今頃は魔術師の悪魔、空間震の悪魔、精霊の悪魔あたりでも生まれてるんじゃないか?」

 

前者二つは興味がないが、最後の悪魔はきっと淡麗な顔、揉み応えのある乳、安産型の尻をした女の姿をしていることだろう。

それを見ることが叶わないのは口惜しいが、そのために地獄に戻るかと問われれば、否であった。

 

「そんな場所だからな。秩序もなければ娯楽もない。娯楽といえば、同族同士で殺し合うことくらいだ。

私は殺しすぎて、悪魔のほぼ全員に結託されて追い出されるまでに至ったが」

 

吐き捨てると、ポチタは息を吸い込んだ。

 

「何より!抱く女がいない!!

居る女は精々、変な講釈を垂れて迫ってくるイカれポンチくらい!!

よしんば抱くまで至ったとしても、股にチ○ポもなければマ○コもない!!ないものを弄れないからオ○ニーも出来ない!!

そんな場所でどうやって性欲を発散しろと言うんだ死ねッ!!」

『俺の体で何言ってんだ!?』

「士道の体で何叫んでんのよ!?」

 

とんでもないことを叫んだポチタの脳天に、琴里のスリッパが突き刺さった。




殿町宏人…原作でちゃんと彼女がいたことが終盤で明かされたので、序盤から付き合ってることにした。実は作者である私にこの話を書くことを決意させたMVP。先越されてショックを受ける士道が見たかった。おめでとう、脱童貞。画面の奥だけじゃなく、軸のある彼女も大事にしろよ。

イカれポンチ…MVPその2。さーて、どこのチェンソーマン厄介オタクでしょうか?

最後のセリフ、伏せ字だからゆるちて…。
おまけもあるからゆるちて…。


おまけ…書きそうな展開
1.・狂三の初戦で夢バトル。散々言われた偽ポチタがブチギレて「じゃあ夢バトルしようぜ夢バトル!負けたらお前の夢、童貞捨てること以下な!!」で、十香の一途さも、折紙の復讐も、狂三の覚悟も、全部まとめて同レベルに落とすのが見えるのは私だけではないはず。チェンソーマンとクロスするってことはそういうことだ。

2・???との会話で士道が「お前の作る世界に、童貞の妄想みたいななろう系クソアニメはあるか?」と問いかける。士道は懐が半端なく広いから、なんやかんやで偽ポチタと仲良くなってくと思う。その過程で偽ポチタのことを知っていって吐いてほしいセリフ。

3・十香が無知すぎて、抱っこすることで抱いたって屁理屈で乗り越えようとする士道。直前に新たな契約で「明日中に抱け」とか言われたけど、口先八丁で乗り越えようとするヘタレっぷり。結局通らなくて覚悟を決め、保健体育の授業を始める。

4・DEM代表取締役を被害者にした最強の大会。あの優男風鬼畜野郎がダラダラ冷や汗流して「ヤァアアアアア」とか叫び散らかすのを見てみたいのは多分私だけじゃない。参加者は士道と???で。

書かないけど思いついた企画
1・偽ポチタチェンソーマンを追ってマキマさん登場。やめてくれ。絶対にメインキャラが死ぬ。士道がめちゃくちゃ病む。

2・殿町サムライソード。味方なので士道の心労はかなり減る。この場合、彼を被害者にした最強の大会が開かれることはない。社長を被害者にした最強の大会に参加者が増える。

3・弱ってた真那が銃の魔人になる。DEMにヤバいくらい損害出すし、ラタトスクもただでは済まない。もちろんピンポン連打もする。この場合も士道のメンタルは死ぬ。

4・R-18版。だいたい女の子が気絶するレベルの激しいヤツ。愛はあるけど欲が強すぎる。1人目十香、2人目二亜は確定。


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五河士道、契約する

今更だけど、この作品はダイジェスト方式です。


険しい訓練を積み、数日が経った。

先ほどまで生徒が行き交っていた校舎には、人っ子一人見当たらない。

それもそのはず。今は空間震警報が鳴り響いている真っ只中なのだ。

今は自分の制御下にはないはずの心臓が、ばくばくと胸打つような気さえする。

今日、自分は世界を殺す災厄を口説き、デートに誘う。

未だにヘタレの汚名は拭えないが、最低限、彼女を前にして吃らない程度には免疫をつけてきたつもりだ。

士道は口を窄め、小さく息を吐く。

 

「ポチタ、邪魔すんなよ」

『せんわ。上手くいけば抱けるのだろう?

なら、夜伽の約束も取り付けろ。なんなら契約を結んでしまえ』

「そればっか言うなって…、ん?

契約って、人間同士でも結べんの?」

 

湧いて出た疑問に士道が首を傾げる。

と。ポチタの呆れを込めたため息が漏れた。

 

『お前は「私の体」なんだぞ?

私の悪魔としての権能は、お前にも使える』

「…でも、ペナルティ半端ないんだろ?

お前相手なら兎に角、精霊や人間が相手だったら使わないよ」

 

言うと、士道はポケットから小型のインカムを取り出し、耳に当てる。

と。そこから琴里の文句が鼓膜を震わせた。

 

『ちょっと。なんで外してたのよ』

「ポチタが嫌がったんだよ」

 

言って、軽く呼吸を整える。

リラックスは済んだ。

士道は半壊しているであろう教室に向けて、足を運んだ。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「昨日は私ばかり質問に答えていたからな!今日はシドーが答える番だ!」

「は、はは…。お手柔らかに頼む」

 

翌日。士道は目の前にて溌剌な笑みを浮かべる少女に、苦笑を浮かべた。

現在、士道は少女…現れるだけで空間震を巻き起こし、世界を殺す災厄たる「精霊」の1人、十香とのデートに勤しんでいた。

決して遊んでいるわけではない。

士道が精霊の力を封印するには、「デートをして惚れさせ、キスをする」などという、深夜テンションで考えたみたいなプロセスが必要になるのだ。

先日、銃撃の雨が降り注ぐ中でデートの誘いには成功したものの、詳しい日程を決め損ねたせいで次にいつ会えるかもわからず。

どうしたものかと悩みながら、気分転換にぷらぷらと街を歩いていたのが幸いして、空間震を起こさずにこの世界へと現れた十香と再会したのである。

今は立ち寄ったレストランにて料理が運ばれるのを待っている状況であり、そこに居合わせたのか、はたまた作戦の一環なのか、店員に扮した琴里の二度にわたる口封じの打撃を、顔面で受け止めたばかりであった。

どんな質問がくるか、と身構えていると。

十香の纏う雰囲気が一変したのが伝わった。

 

「シドーは人間なのか?

それとも、私と同じ存在なのか?」

 

先程の溌剌な印象はどこへやら、神妙な面持ちで問う十香。

というのも、十香は同じくしてASTに殺されかけた士道…否、チェンソーマンに親近感を抱いているのである。

自分を守ったのも、こうして親しく接するのも、その同族意識からなのではないか。

辿々しく、縋るように問う十香に、士道は言葉を探す。

言葉を濁して誤魔化すという手もあるが、士道はその気になれなかった。

 

「あー…。ちょっと長くなるけど、聞いてくれるか?」

 

本来であれば、ポチタに説明の全てを全力投球していたが、今は十香とデートしているのだ。

ポチタの口から語らせるのは、十香にとって失礼に値するだろう。

士道は要領を得ないながらも、出来るだけ丁寧に、ポチタと契約を交わした経緯…ただし、契約内容は含まず…を話した。

全てを聞き終えた十香は、士道の胸元へと目を向け、優しく微笑む。

 

「そのポチタという友はきっと、シドーのことが大好きだったのだな」

「……」

 

十香の言葉に、士道は微妙な表情を浮かべそうになる表情筋に力を込めた。

内容について誤魔化したのは失敗だったか、と思っていると、デートを見守っていたポチタが声を発した。

 

『私は私のことが好きなヤツが大好きだ。

私のことが嫌いなヤツの心臓になんてなるわけないだろ』

 

好きなのは否定しないらしい。

悪魔らしい最低な言い分に士道は苦笑を浮かべ、「そうだな」と十香に言葉を返した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『なぜ抱かなかった。

アレは女を抱くための施設だろうが』

 

ポチタの文句に、士道は顔を顰める。

先刻、士道と十香はラタトスクの作戦なのか、ラブホテルへと誘導されたのである。

これにクソ童貞は大歓喜。十香を抱けと士道にしつこく迫った。

が。そこは誠実な男…もとい、据え膳食わぬ男の恥。誘惑を振り払い、鋼の精神で興味を抱く十香をその場から引き剥がした。

ゲームセンターにて獲得したきなこパンの抱き枕を抱きしめる彼女に聞こえないよう、士道はポチタに苦言を呈した。

 

「十香の無知につけ込むみたいで、俺はヤなんだよ…」

『勃起していたくせによく言うな』

「お前のせいだろうが…!!」

 

ポチタの性的興奮は、士道に反映される。

すなわち、クソ童貞が勃起してしまうような童貞死亡シチュエーションに直面すれば、士道のブツも臨戦体制となってしまうのだ。

しかも困ったことに、このクソ童貞が勃起するハードルはマントルにて焼かれてる。

相当期待していたのか、覚醒したブツはしばらく治らず、琴里にも怒鳴られてしまった。

ポチタとラタトスク…正確には四回の離婚と五回の結婚を経験した剛の者であるスタッフ約一名のせいで散々な目にあった。

ため息を吐きかけるも、十香に聞こえてはまずいと思い、やめた。

 

「シドー、どうかしたか?」

「なんでもない。十香が楽しそうで良かったなって思って」

「うむ!…しかし、一体全体どれがデェトだったのだ?」

 

デートという概念が未だにわからず、悶々と悩む十香。

士道はこちらの世界に疎い彼女にもわかるように、丁寧に語彙を振り絞った。

 

「こうやって男女が出かけて遊んだり、話をしたり…。

今日やったみたいに、2人とも楽しいことがデート…だな」

「…シドーも、楽しかったのか?」

「ああ。すっげー楽しかった。

また十香とこうやってデートしたいって思えるくらい」

 

十香の笑みが、ぱぁっ、と花開く。

が。その顔は即座に曇ってしまった。

 

「…私にはきっと、そう思う資格すら無いのだろうな」

 

泣きそうな顔で、十香は懺悔するように、胸中を語り始める。

初めて見た、人間の世界。

自分を殺そうとする人間はどこにもおらず、殺伐とした当たり前が全て否定された、優しい世界。

そんな世界を殺すことしかできない自分は、否定されて然るべきなのだ。

懺悔を受け止めた士道は、怒りと哀しみを顔に滲ませた。

 

「そんな…。そんなこと、もう言うな!

十香は生きていいんだ!!」

「繕わずともいい。私は…」

「よしわかった!俺が十香が生きていい理由をいっぱい言ってやる!

全部聞くまで『死ぬべき』だとか言うんじゃねぇぞ!!」

 

子供みたいな屁理屈を放つ士道に、十香はぱちくりと目を丸くする。

ポチタの影響なのだろうか。

それとも、往来の気質なのだろうか。

士道は「よーく聞け!」と声を張り上げた後、仰反るほどに息を吸い込んだ。

 

「十香はゴミもちゃんと捨てられるし!メシも美味そうに食えるし!楽しいことを楽しいってきちんと言える!」

「……あ、あの…」

「口いっぱいに食べ物を頬張る顔はリスみたいで可愛いし!喜ぶお前の笑顔を見るだけで、こっちだって嬉しくなる!」

「……、で、でも…」

「食べてるものが美味しかったら、『食べるか?』って言って一口くれるし!なにか渡すと毎回『ありがとう』って言ってくれる!」

 

十香の顔が真っ赤になっていく。

彼女はぐるぐると回る視界の中、ふと、あることを思い出した。

 

「く、空間震とやらはどうする!?

私でも止められないんだぞ!?」

「今日みたいに起こさず来たらいいだけの話だろ!まだまだ言い足りないんだから、ちゃんと聞け!!」

「だーかーらー!私の意思では無理だと言ってる!!」

「ずっとこの世界に居ろ!はいこの問題これで終わり!閉廷!!」

「終わりな訳あるか!?第一、そんなことができるわけ…」

「試したのか!?一度でも!?」

「……い、いや…」

「だったら今日からやれ!住むところも飯も勉強も全部面倒見てやる!どんなことが起きても、俺が助けてやる!そんな些細なことでいちいち止めるな!!」

「………」

 

めちゃくちゃが過ぎる。

呆然とする十香に、ヒートアップした士道は怒鳴り声で褒め言葉を続けようとした。

 

「これ以上つまらない言い訳並べるなよ!まだお前の生きていい理由はいっぱい…」

「……いいのか?」

 

十香の縋るような声に、士道は口を閉じ、じっと彼女を見つめる。

暫し迷った後、十香は恐る恐る口を開いた。

 

「私は、生きていてもいいのか?」

 

その言葉に士道が頷く。

目尻に涙を溜めた十香に、士道は手を差し伸べた。

 

「十香。俺と契約してくれ」

「けい…、やく…?」

「『十香が助けを呼んだら、俺が助けてやる。

だから、十香は目一杯幸せに生きろ』。

それだけの、簡単な約束だ」

 

十香がゆっくりとその手を握る。

と。士道はその腕を引き、十香の体を寄せた。

 

「契約成立だ」

 

士道が悪魔のような笑みを浮かべる。

その腹には、がっぽりと穴が空いていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『……いくら再生できるからと言って、そこまで無茶をするか』

「ああでもしないと、十香は助からなかっただろ?

それに、俺が助けるって言ったんだ。お前に頼るのは違うだろ」

 

腹を撃ち抜かれ、意識を手放したはずの士道は、胸に抱いたポチタの瞳を見つめる。

士道とポチタのみが存在する世界。

ここに来たのは、もう5年も前だったか。

そんなことを思いながら、士道は久方ぶりに見るポチタの姿に、笑みをこぼした。

 

「お前、わかってたな?

俺が十香と契約を結ぶこと」

『お前の心臓になって5年だぞ?

結ぶとしたら、自分に得がなさそうな契約だと思っていた。

それに、お前に契約を結ぶ権能を渡さねば、私に得のない契約を結ばれる可能性もあったからな』

 

士道は「そうかよ」とこぼし、ポチタの丸っこい背を撫ぜる。

暫しの沈黙が流れる。

それを破ったのは、どこからか聞こえてきた十香の声だった。

 

────助けてくれ、シドー…!

 

『お呼びだぞ。力くらいは貸してやる。

あとは自分でなんとかするんだな』

「ありがとうな、ポチタ」

『私はあの女を抱きたいだけだ。

…しくじるなよ、ヘタレ』

「しくじるかよ、スケベ悪魔」

 

その言葉を最後に、ポチタの姿が消え、心臓からスターターが垂れる。

士道はそれに手を伸ばし、思いっきり引っ張った。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

十香の振るう暴威が、士道の腹を撃ち抜いた少女…鳶一折紙の身に振り下ろされる。

折紙自身も士道を殺す気はなく、これは罰なのでは無いか、と思いながら、世界を殺す一撃を緑の膜でなんとか受け止めていた。

が。その一撃が何度も振り下ろされたなら、話は別。

顕現した折紙の城は、藁の集まりに過ぎなかった。

膜が砕け散り、体が地面へと叩きつけられる。

逆光に隠れた十香の顔が、悲しみと怒りを纏い、剣を上げた。

 

「終われ」

 

死刑宣告と共に、剣が振り下ろされようとした、まさにその時だった。

ドルルル、と、エンジン音が響いたのは。

十香が思わずそちらを見やると、凄まじい勢いで何かが飛んでくるのが見えた。

チェンソーが突き出た仮面に両腕。鮮血を撒き散らしながらこちらへと向かうその影に、折紙は驚愕と絶望を、十香は歓喜と疑念を浮かべる。

 

「ち、《チェンソーマン 》…!?」

 

新たに現れたターゲットを前に、ASTが黙っているわけもなく。

彼女らは十香へと向かう士道…チェンソーマンへと襲い掛かる。

が。チェンソーマンはその刃、弾丸を切り裂き、剥き出しの牙を開いた。

 

「十ォオオオ香ァアアアアアアッ!!」

 

その声で全てを悟った。

アレは士道だ。

そう確信した十香は、死に体の折紙から目を外し、ASTの攻撃に晒された士道へと向かう。

と。それを見た士道は、両腕のチェンソーを引っ込め、仮面をボロボロと崩す。

十香は速度のついた士道の体を、剣を持たぬ腕で受け止めた。

 

「し、シドー…、シドーなのか…!?」

「へへ…。呼んだの、そっちだろ?

契約通り、助けにきた」

「……ばかもの…っ!遅すぎるぞ…!」

 

ぼろぼろと涙を流す十香。

と。その腕に持つ剣が、雷を放ち始めた。

手当たり次第に眼下の光景を破壊する黒雷を前に、十香たちは冷や汗を流す。

 

「な、なんかやばく無いか、それ!?」

「すまない、シドー!【最後の剣】の制御を誤った…!ど、どこかに放出するしか…」

 

言って、十香は倒れ伏す折紙に目を向ける。

士道はそれに激しく首を横に振った。

 

「いやいや!あそこはダメだ!!」

「ではどうすればいい!?もう臨界状態なのだぞ!?」

 

焦る十香を前に、士道は思考を巡らせようとして、やめた。

ここでヘタレを出すほど、士道の覚悟は甘くない。

士道は「すまん」とだけ言うと、「漫画の参考にする」だとかで、二亜に付き合わされた特訓の成果を見せた。

 

『……くくっ』

 

士道が十香の唇を強引に奪う。

ポチタの笑い声と共に、十香が昼に食べたたこ焼きのソースの味が口内に広がる。

瞬間。鏖殺の限りを尽くしていた剣が砕け、十香の纏う服が解けていく。

ゆっくりと高台に降り立つ2人。

士道は自身を抱きしめる十香の柔肌に、暴走しそうになる本能を抑え込んでいた。

 

「あ、あの、た、大変恐縮なのですが、離れていただきたいのでございますのでありますが…」

「ばかもの…。見えてしまう…」

「は、はい…。そーですね…」

 

そう言われては弱い。

士道は十香の抱擁を甘んじて受け入れ、暴れ狂う本能と格闘する決意を固めた。

 

「……シドー。私も契約、していいか?」

 

と。十香が消え入りそうな声と共に、士道の顔を見上げた。

 

「また、デェトに連れてってくれるか…?」

「……ああ。いつだって連れてってやるよ」

 

その言葉に、十香の笑みが花開いた。




チェンソーマンシドー…十香と契約を交わし、悪魔化が進んだことにより、士道の意識を保ったままチェンソーマンとしての力を使えるようになった。ポチタの戦闘経験も一部反映されているので、誰も殺さない戦闘も可能。しかし、その力は偽ポチタチェンソーマンの2割程度。偽ポチタチェンソーマンよりめちゃくちゃ弱い。血の問題はイフリート再生で解決済み。「永久機関が完成しちまったなァ〜〜〜!!これでノーベル賞は俺ンもんだぜェ〜〜〜!!」とか言いそう。

五河士道…偽ポチタのせいで勃起センサー敏感男になってしまった士道くん。ちょっとしたラッキースケベにもフル稼働するので、日常生活に支障きたしまくり。普段はファールカップでなんとか抑えている。十香を封印した日の夜は一睡もできなかった。ナニをしていたかはご想像にお任せします。

偽ポチタ…実は士道のことが大好き。独身29歳社会人クソ童貞になってほしくないため、女を抱けと口うるさく言ってる可能性も…?

本条二亜…士道くんにキスを仕込んだ人。人間不信拗らせていた頃にキスシーンをうまく描けなくて悩んでいたため、契約更新と引き換えに士道くんにそのモデルを頼んだことがある。その3日後にあっさり封印された。

契約のくだりを思いついたら筆が走っていた。


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クソ童貞、修羅場を加速させる

ここのポチタは井澤さんのクソカワボイスです。


「なぁ、シドー。紙がいっぱいだが、どうしたのだ?」

 

ゴミ袋を結んでいた士道の動きが、十香の質問により固まる。

ラタトスクによる検査が予定より早く終わり、十香が住まいが出来るまでの仮住まいとして五河家にて寝泊まりし始めて、数日。

童貞を全力で殺しにかかるような美貌を持ち、精神が未就学児並に幼く、ガッツリ士道に密着してくる十香。

 

そんな彼女が同じ空間で暮らしている。

その事実だけで、クソ童貞の理性は瓦解寸前であった。

 

このままではいつ、獣となった自分が十香に襲いかかるか。

士道にそんな度胸はないものの、それを心配する程度にはタガが外れかかっていた。

しかし、溜まりに溜まったフラストレーションを発散しなければならないのも事実。

結果。士道はここ3日で、ティッシュを二箱ほど使い切ってしまったのである。

純真無垢な十香にそんな事実を言うのは、あまりに酷だ。

士道はなんとか言葉を捻り出し、誤魔化しにかかった。

 

「……そ、その、だな。お、俺、この時期はよく鼻が詰まっちゃうんだ…」

「そうなのか…。早く良くなるといいな!」

 

その純粋さが辛い。

凄まじい形相でこちらを睨め付けてくる琴里から必死に目を逸らし、士道はいそいそとゴミ出しに出かけた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『女が男と同棲を快く受け入れたんだぞ?

身体を許したも同然だろうに。

お前はいつまで男の恥として生きるつもりだ、ヘタレ』

「お前のせいだろ…」

 

五河家からゴミ捨て場までは、少しばかり距離がある。

なんとか自分一人でゴミ袋を運んだ士道は、ゆっくりと帰路を歩きながら、ポチタに向けて文句を垂れていた。

と。ポチタは心外だと言わんばかりに、深く、深くため息を吐く。

 

『5割はお前だったぞ』

「………え、マジ?」

『お前の股ぐらに迸る性欲全てが私のものなわけがないだろ』

 

どうやら、十香と同じ屋根の下で暮らすことで性欲が暴走したのは、クソ童貞だけではなかったらしい。

自らもクソ童貞の道を歩んでいるという事実を前に、士道は余程ショックを受けたのか、泣きそうな声を漏らした。

 

「あぁぁ〜……。マジかよ…」

『生物が性欲を抱くのは当たり前だろうが。

シドーだけ例外なわけがないだろ』

 

尤もな理屈である。

士道が羞恥と罪悪感に苛まれていると、ポチタの声色が変わった。

 

『言っておくが。これからお前は嫌でも死にかけるんだ。

死んでしまう前に女を抱いておけよ。

その前に死んだら、契約違反になる』

「…わかってるよ」

『じゃあ明日抱け。さっさと抱け。

トーカでもニアでもいい。抱き潰せ。

私はニアの方がいいな。アイツは知識がある分、抱く際に無駄な説明が要らん』

「お前さぁ…」

 

ツッコむ気力もないのか、ポチタが並べる最低な言葉の数々に、はぁ、とため息をつくだけの士道。

と。鼻先に、ぽつり、と滴が落ちた。

 

「……ん?」

 

その違和感に気づくや否や、ぽつぽつとアスファルトが濡れていく。

雨だなんて言っていただろうか。

そんなことを思いつつ、士道は早足で自宅へと戻ろうとする。

と。その足がぴたりと止まった。

 

「…ポチタ、どうした?」

『精霊の匂いがする』

「……え?匂い、すんの?」

『トーカとニアので覚えた。

体を寄越せ。案内してやる』

 

士道の困惑をよそに、ポチタが士道の意識を押し込み、表面に現れる。

ポチタは雨に慌てることなく、来た道を引き返した。

 

『あの、めっちゃ濡れてんだけど…』

「私が心臓になっている上、コトリを封印してるおかげで怪我も治るし病気にもならんのだ。

些細なことでガタガタ吐かすな」

『些細なことじゃねぇよ!

下着までぐっしょりじゃねぇか!?』

「どうせ勃起したら戻るんだ。

気にするだけ無駄だろ」

『そっちの心配じゃねぇよバカ!!』

「うるさいぞヘタレ。少し黙れ」

 

ぎゃあぎゃあと口喧嘩というのもくだらない口論をしながら、濡れた石段を上がっていくポチタ。

下品な言葉をツラツラと並べているだけでも罰当たりなのに、がっつり真ん中を歩いているあたり、神に対して一切の畏敬を抱いていないことがわかる。

何度か滑りそうになりながらも登り切ったポチタは、狭い境内を見渡す。

と。ぱしゃん、と、水が跳ねる音が響いた。

 

「………」

 

ポチタがそちらに視線を向けると、レインコートのような衣装を纏い、水溜りで遊んでいる少女が見えた。

琴里と同じくらいの年頃だろうか。

ポチタはそれに顔を顰め、ため息を吐く。

 

「…ちんちくりんじゃないか。

もう少し育てば70…いや、80は固いか…。

抱くのはもう5年待った方がよさそうだ」

『ホンットお前さぁ!!』

 

流石はクソ童貞。最低である。

しかし、雨音のせいか、水溜りで遊ぶ少女には聞こえていないようで、士道は胸を撫で下ろした。

と。そんな彼をよそに、少女が凄まじい音を立てながらすっ転んだ。

その際に、手にはめていたパペットがすっぽ抜け、士道の足元に落ちた。

 

「…腹と顔を打ったな。相当痛いぞ」

『だぁーもぉーっ!代われっ!!』

「当たり前だろうが。

口説くのはお前の仕事だ」

『お、おまっ…、お前っ…!!』

 

あんまりな態度に怒鳴りそうになりながらも、士道は意識をポチタと入れ替える。

士道はパペットを拾い、転んだまま微動だにしない少女に歩み寄った。

 

「大丈夫か?その、痛いところとか、擦りむいたところとかないか?」

「……」

 

ゆっくりと身体を起こした少女に、士道が問いかける。

が。少女はそこから後退り、士道から距離を取った。

 

「…こ、来ないで、ください…」

 

ぐさっ、と音を立てて、言葉の刃が胸に突き刺さったような気がした。

士道がポチタへの怒りと自己嫌悪に顔を歪めていると、続けて少女が口を開く。

 

「いたく、しないで…ください……」

 

どうやら、危害を加えるような存在として見られていたらしい。

その姿はまるで、天敵を前にした小動物だ。

士道はなんとか警戒を解こうと、拾ったパペットを差し出す。

 

「これ、君のだろ?」

「……っ!」

 

それを視認した途端、少女は目を開き、士道との距離をゆっくり詰める。

躊躇いがちにその手からパペットを受け取ると、左手にそれをはめた。

 

『やっはー。悪いねお兄さん。助かったよ』

 

と。そのパペットが口を動かし、やけにハイテンションな声を上げた。

士道がそれに面食らっていると、ポチタが士道に語りかける。

 

『トーカの剣があるだろ。

アレが意志を持ってると思え』

「そんなこともわかんの…?」

『似たような悪魔を何回か殺した。

なんの悪魔だったかは忘れたがな。

経験上言うが、そういうのを物扱いすれば大概はキレるぞ』

『ん?どったの、おにーさん?』

 

自分の心臓と物騒な会話をしてます、などと正直に言えるわけがない。

士道は乾いた笑みを浮かべ、「や、別に…」となんとか誤魔化した。

 

『ならいーけど…。起こしてくれた時、よしのんのいろーんなトコ触ってくれちゃったみたいだけど、正直どーだった?』

「ど、どーだったって…」

 

いつぞや見た、痴漢に詰め寄る女子高生のような勢いで問いかけるパペットに、士道は慎重に言葉を探す。

 

『もしかして、よしのんにノーサツされちゃったー?

見た目によらずガッツリしてるんだね、このラッキースケベ!』

「あ、いや…。そう言うことでいいです…」

 

訂正する気も失せ、項垂れる士道。

ポチタの影響か、はたまた往来のものか、性欲を溜めに溜めたスケベなのは事実であるため、余計に心が痛い。

 

『ショックを受けてる場合か。

さっさと口説け、ヘタレスケベ』

「ぉまっ…、んんっ」

 

反射的に出そうになった怒鳴り声を堪え、士道は少女らに向き直る。

が。彼女らの姿は既に小さくなっていた。

 

『そんじゃ、スケベのおにーさん!

またねー!』

「す、すけっ…!?おい、ちょっと…」

 

心外な評価と共に、その体が解け、消える。

取り残された士道に、ポチタが呆れを漏らした。

 

『スケベは事実だろ』

「その半分はお前だろ!!」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「なぁ。五河はこの子に着せるの、ナース服かメイド服、どっちがいいと思う?」

「お前、三次元にも彼女いるだろ…。

そっちに着せる服考えろよ…」

「ハードルを成層圏突破させるのはやめろ。俺が死ぬ」

 

翌日、朝のホームルーム前。

士道が恋愛シミュレーションゲームが表示された携帯を手に寄ってくる殿町を軽くあしらっていると。

その様子を見ていた折紙がこちらへと歩み寄るのが見えた。

 

「士道、少しいい?」

「あ、ああ…。殿町、もう少し現実の彼女に構ってやれよー」

「うぐっ…」

 

士道の善意は、殿町の心を抉った。

良心の呵責に突っ伏する殿町を背に、士道は折紙と共に教室を出る。

少し歩き、階段の裏にある用具置き場に着くと、折紙が詰め寄った。

もしかして、チェンソーマンや十香のことについてだろうか。

士道が戦々恐々していると、折紙は口を開いた。

 

「士道。自慰の回数が先週よりも3倍近く増えているのは何故?」

「………ふぁっ!?」

 

何故そこまで正確に把握している。

うら若き少女にそぐわぬ下品な情報を垂れ流す折紙に、士道はダラダラと冷や汗を流す。

 

「あ、いや、その…。な、なんで…?」

「恋人だから、士道のことはなんでも知ってる」

「いや、あの、俺、口説きはしたけど…」

「恋人だから」

「だから…」

「恋人だから」

「…………あ、え、は、はぁ…」

 

押しに弱い自分が恨めしい。

なんとか誤魔化そうとするも、その鉄仮面が真っ直ぐに士道を捉えて離さない。

どうしたものかと悩んでいると、ポチタが士道と意識を入れ替えた。

 

「勃起する要因が多くなっただけだ」

『はぁっ!?』

 

ポチタはそれだけ言うと、士道に体の主導権を返す。

火に油を注ぐが如き失言をかましたポチタを睨め付けようとするも、士道は慌てて訂正を試みようとする。

 

「あ、いや、その…」

「夜刀神十香のこと?」

「そうだ。住まいがまだ完成していないらしく、わた…、俺の家で面倒を見ている」

『ぽ、ポチタぁぁああああっ!!??』

 

事態を混迷に導く悪魔の所業に、士道は思わず絶叫をかました。

だが、悲しきかな。それで事態が収まるはずもなく、折紙の据わった瞳が自身を捉える。

 

「いやっ、今のは俺であって俺じゃないというか、その…」

「士道」

「は、ひゃっ、はひぃっ…」

 

地の底から響くような声に、男として情けない悲鳴を漏らす士道。

その目尻には心なしか、涙が溜まっていた。

 

「鳶一折紙!シドーに何をしている!」

 

と。折紙の背に、十香の声が響く。

折紙は十香を見やると、攻撃ならぬ口撃を放った。

 

「泥棒猫」

「……私はなにも盗んでないぞ?」

「いいえ。あなたは士道から大切なものを多く奪った。

失われた多くの命のためにも、あなたを糾弾する」

「なっ…!?本当なのか、シドー…!?」

「奪ってない!奪ってないから!!」

 

折紙の言い分は、あながち間違いでもない。

不安を滲ませる十香を宥めながら、必死にこの事態を収めようと思考を巡らせた。

 

『どうせ遅かれ早かれ体験するんだ。今のうちに慣れておけ』

「ホンットお前さぁ…!!」

 

結局。この修羅場を鎮めたのは士道ではなく、予鈴だった。




鳶一折紙…お馴染み、ライオンすら食いそうな肉食系女子。士道の回数が増えたことに気づいた理由は、ゴミ袋を回収したから。実は偽ポチタに「行動がイカれポンチに似てる」という理由で避けられてる。

五河士道…十香との同棲により、より性欲が暴走してる。長年の修行により、ポチタ抜きでもかなりの絶倫。本人は不本意。

夜刀神十香…性教育はまだ履修してない。その無垢さが童貞を殺すということを知った方がいい。

偽ポチタ…我らがクソ童貞。その不器用な優しさが士道を修羅場へと追い詰めた。


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五河士道、パペット探しに奔走する

チェンソーマンのみ履修した読者の方もいるみたいなので、デアラについても知っていって欲しい。

その割にはこの作品、デアラ履修者向けだけどね。


「十香に悪いことしちまったな…」

『だから慣れておけと言ったろうに。

お前が精霊の封印を続ける以上、この問題は付き物だぞ』

 

拗ねてしまった十香がいる部屋の扉を見つめ、士道が息を吐く。

新たに確認された精霊〈ハーミット〉…即ち、神社にて遊んでいた少女らの攻略中に、十香がその現場を見てしまったのだ。

それだけでも、十香の怒りを爆発させるには十分であったというのに。

あろうことか、怒りに震える十香によしのんが油を注いだことにより、彼女の怒髪が天を突いた。

結果。十香は見事に拗ねてしまい、士道を避けるようになってしまったのだ。

封印した精霊の力…霊力は、精霊が機嫌を損ねれば逆流する。

これは二亜が「締切6時間前に7ページが白紙」という、漫画家としては受け止めきれない絶望を前にした時に発覚しており、士道の頭を悩ませる要因でもあった。

 

『トーカは純真な分、独占欲も強い。

手玉に取った女の性格くらいは正確に把握しろ、プレイボーイ気取りのヘタレめ』

「言い方、もっとあるだろ…」

『手玉に取ったのは事実だろうが。

思い返してみろ。お前、3人の女を口説き落としてキスしてるんだぞ』

「ぐぅっ…」

 

反論しようとも、ぐうの音しか出なかった。

全くもって事実だからである。

だがしかし。そんなスケコマシになってまでも、精霊を救うと決めたのだ。

ここで折れていてはダメだ。

十香になんとか事情を説明しようと、扉に手をかけようとすると。

ポチタがふと、声を上げた。

 

『おい。お前が説明してどうする』

「え?いや、でも、俺が説明しないと…」

『トーカは良くも悪くも引きずる性格だ。

お前が接触することは即ち、トーカの気持ちの整理を妨げることに他ならんぞ。

悪いことは言わん。ラタトスクに投げろ』

「……わかった。令音さんに言っとく」

 

士道は言うと、踵を返す。

とん、とん、と階段を降りる音が遠ざかると、十香の部屋の扉が開いた。

 

「シドーは誰と話していたのだ…?」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…ごめんな、見つけられなくて」

「……」

『あの瓦礫の中から紛失物…それも手のひらサイズのパペットを見つけるなど、無理に決まってるだろ』

 

数時間後。

傘をさした士道はため息を吐き、隣にいる俯いた少女…精霊〈ハーミット〉である『四糸乃』を見やる。

その左手にあったはずのパペットはなく、降り注ぐ雨の冷たさにやられたのか、赤みを帯びた手先が晒されていた。

ほんの偶然だった。

二亜の自宅にて契約更新を終え、帰路についていたところ、デパートだった瓦礫を漁る四糸乃を発見。

話を聞くと、士道が四糸乃の攻略に臨んだデパートにて、パペット…よしのんを紛失してしまったらしい。

精霊云々を置いても放っておくことができず、士道は彼女と共によしのんの捜索を始めた。

が。結果は散々で、見つかるものといえばデパートの備品やら品物だった破片くらい。

何時間か探したところで四糸乃の腹の虫が鳴いたことで、捜索は中断。

昼食を摂るのと、四糸乃のことを詳しく聞くため、士道は自宅に彼女を招くことにしたのである。

 

『…トーカに見られてみろ。

確実に修羅場になるぞ』

「ファミレスとか、二亜のところとか、下手に連れてけないだろ」

 

小さく言うと、士道は扉の鍵を開け、「入ってくれ」と四糸乃に促す。

四糸乃は最初こそ躊躇ったものの、意を決したのか、恐る恐る玄関に足を踏み入れた。

 

「適当に作るけど、リクエストあるか?」

「…………」

『親子丼でも作ってやれ。合成調味料が一人分ほど余っていただろ』

 

特に希望がないのか、それともリクエストできるほど人間の文化を知らないのか、ふるふると首を横に振る四糸乃。

結局。いつものようにポチタのリクエストを聞き入れ、士道はキッチンへと向かい、親子丼を作り始めた。

米は朝の残り。材料もそこまで上等ではない、スーパーの特売品。

合成調味料を使ったことにより、十数分で完成したしたそれを、四糸乃が座るソファの前にあるテーブルに置いた。

 

「どうぞ」

「………」

 

レンゲを添えた丼を、ただ見つめる四糸乃。

お気に召さなかったのだろうか、と不安が胸をよぎるのも束の間。

四糸乃はゆっくりとレンゲを掴み、親子丼を一口掬い上げ、口にする。

と。彼女の表情が、ぱっ、と明るくなった。

 

「……!………っ!」

「美味いか?ゆっくり食えよ」

 

感動を訴えかけているのか、ばん、ばん、とテーブルを叩く。

その姿がふと、心臓になる前のポチタと重なったような気がした。

 

「……ポチタを拾った時も、こんなふうにガッツいてたよな。

そこらで買った食パン一枚だったのにさ」

『マトモなものを口にしたことがなかったからな。

それだけでも馳走だった』

 

まさか、拾った犬の正体がクソ童貞悪魔だとは思わなかったが。

士道が思い出に浸りながら、親子丼をちまちまと食べる四糸乃を見守ること数十分。

空の丼を前に満足そうに息を吐く四糸乃に、士道は優しく問いかけた。

 

「食べ終えたばかりで悪いんだけどさ。

四糸乃のこと、よしのんのこと、いろいろ聞いてもいいか?」

「………?」

 

四糸乃は疑問を浮かべるも、警戒を解いてくれたのか、小さく頷く。

士道はそれに胸を撫で下ろし、辿々しい四糸乃の言葉に耳を傾けた。

曰く、よしのんは四糸乃のヒーローであり、憧れであり、理想の自分である。

曰く、苦痛がなによりも恐ろしく、それは他人も変わらない。だからこそASTに対して反撃もせず、ただ逃げ回る。

曰く、よしのんがいなければ、その信条すら守れないほどに追い詰められてしまう。

全てを聞き終えた士道は、全てを語り終え、泣きそうな四糸乃に向け、神妙な面持ちを浮かべた。

 

『地獄じゃ真っ先に笑われるな』

「お前は笑ってねぇじゃねぇかよ…」

『「私の体」が気に入った女だぞ?

私が気に入らないわけがあるか』

 

俗っぽい言い方をすれば、確かに「気に入った」という表現が似合うだろう。

救いたい理由なんて、それだけで十分だ。

士道が四糸乃に思いの丈を吐き出そうとした、まさにその時。

 

「シドー!すまなかっ…」

「あっ…!?」

 

爆弾が投下された。

令音により事情を把握したのか、それとも折り合いをつけることができたのか、謝罪と共に扉を開いた十香。

その姿を視認した四糸乃の姿が、世界から解けていく。

士道はぐるぐると言い訳を考えるも、十香の嫉妬と怒りに満ちた表情を前に、冷や汗を流した。

 

『予見できた事態だろ。

言い訳は予め考えておくべきだったな、スケコマシ』

「シぃぃいいドぉおおおっ!!」

 

ポチタの正論と十香の怒号に、士道は声も出せなかった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「助けて、琴里。お兄ちゃん、後先考えないケダモノになっちまう」

『元からそうだろ』

 

漏れた弱音に、ポチタの口撃が突き刺さる。

その隣には、なぜやらメイド服を纏った折紙が佇んでおり、真っ直ぐにこちらを見つめていた。

こうなったのにも原因がある。

遡ること、数分前。よしのんの捜索をラタトスクに依頼したところ、恋愛面においてはあまり役に立たないものの、ソレ以外では優秀な面々の活躍により、その行方がわかった。

それがあろうことか、肉食系女子の頂点に到達した危険人物…鳶一折紙の自宅だったのである。

士道はなんとか折紙の自宅…自衛隊の寮内に入ることができたものの、家探しする暇もなく折紙が密着。

加えて、市販の精力剤をこれでもかと突っ込んだ、お茶というのも憚られる怪しい液体まで飲まされ。

士道のダイヤモンドでできた理性は、暴れ狂う本能と苛烈極まる戦いを繰り広げていた。

 

「大丈夫。責任は取る」

「俺ら!高二!!デキ婚!ムリ!!」

「法律の壁なんて超えるためにあるもの。

私たちの部署だと毎年のように転勤の話があるから、それでドイツやイタリアに…」

「話を聞いてくれ頼むから!!」

『間違っても抱くなよ、シドー。

最悪、お前の自由意志がなくなる』

 

今のポチタは、きっと光を失った、遠い目をしていることだろう。

士道は辛うじて起きあがろうとする本能を抑え込み、折紙の誘惑を跳ね除けた。

 

「いや、あのさ…、その…。

申し訳ないんだけど、俺、まだ責任取れる歳じゃないっていうか…。

その、そういうのはもっと…、こう、しっかりした社会人になってからじゃないと後悔すると思うんだ、お互いに」

『このヘタレ具合…。10年経っても女を抱くことはおろか、誰かと付き合うことすらままならんな。

お前に落とされた女には同情する』

「………」

 

ポチタの呆れに思わず怒鳴りかけるも、士道はなんとか堪える。

折紙も納得したのか、それとも別の思惑があるのか、「わかった」と頷いた。

 

「き、今日はさ、その…」

『馬鹿正直に「パペットを探しに来た」とか言うなよ。

何を要求されたかわかったものではない』

「……お、折紙の部屋が、見たくて…」

 

直後。士道は激しく後悔した。

鉄仮面の下に、釈迦に付き纏うマーラの如く煩悩が蠢く女、鳶一折紙を甘く見ていた。

一見、最低限の生活感がある殺風景な部屋に見える家の要所要所に、フェミニストですら理性を全力投球するレベルの媚薬効果がある香が炊かれていたのである。

それだけではない。

どこで抱かれてもいいように、避妊具の箱があちこちに設置されていたのだ。

ベッドには裏表『YES』しか書かれていない枕までもが鎮座しており、士道とポチタはその煩悩の凄まじさに戦慄した。

正直、勃ったモノも萎えるレベルである。

一応、よしのんは棚の上に発見できたものの、ソレを回収することが叶うかと問われれば、否であった。

全てを乗り越えた士道は、自慢げに胸を張る折紙に半目を向けた。

 

「……あ、案内、ありがと。うん…」

「準備は万端。いつでも来ていい」

「何の準備なんですかね…?」

「子作り」

 

相手にしていて疲れてきた。

強硬手段に及ばないあたり、決して悪い人間ではないのだろうが、押しが強すぎる。

士道は眉間の皺を伸ばし、折紙に問うた。

 

「……その、折紙はなんでASTに?」

 

このまま話をぶった切らなければ、絶対に過ちが起こる。

そう判断した士道の問いに、折紙の纏う雰囲気が変わった。

流石にこの質問を出せば、品のない方向に振り切る気も失せたらしい。

折紙は暫し黙ったのち、ゆっくりと口を開いた。

 

「5年前。私は両親を精霊に殺された」

 

語られたのは、5年前に起きた火災のこと。

その火災を引き起こしたのは炎を操る精霊であり、折紙の両親もその炎によって殺されたのだという。

両親の復讐に加え、自身と同じような精霊の被害者を減らすために、ASTに入る決意をしたのだとか。

語り終えた折紙を前に、士道が口を開きかけた、まさにその時。

 

警報音が耳をつんざいた。




鳶一折紙…やべー女。知らない人のために言うと、原作でも大体こんな。独占欲がハンパない上にストーカーまがいのことまでする。詳細は省くが、10巻まで読めばチェンソーマン履修者好物の鬱展開、11巻まで読めば年頃乙女なかわいい折紙を見ることができる。アニメ?やめとけ。三期だぞ。

助けてマキマさん構文をちょっと変えてみた。
夢バトルも次のきょうぞう編で出す予定だし、ちょくちょくチェンソーマン語録は出ると思う。


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五河士道、契約する その2

久々に日間上位まで食い込んだ。チェンソーマンパワーすげぇ!


視界一面に銀世界が広がる。

そんな中、よしのんをなんとか回収した士道は、何度か呼吸を繰り返していた。

冬はとっくに終わったというのに、吐く息すら白い。

士道は空気に消えていく吐息の先に、白い巨影が暴れ狂うのを見据える。

 

「遅かったか…」

『ヨシノが混乱する前にASTを全て無力化する…というのがそもそもの話無理だ。

私たちは跳ぶことは出来ても、飛ぶことはできないからな』

「……お前べらぼうに強いし、いけるかなーって…」

『殺してもいいんならな』

「やっぱこの案ナシで…」

 

流石に人殺しにはなりたくない。

士道ががっくりと項垂れた、その時。

白の巨影がこちらへと近づいてくるのが見えた。

 

『さっさと渡しちゃいなさい。

それで四糸乃の暴走は止まるはずよ』

「わかってる。おーーーい!!」

 

ウサギの形をした白い巨体…四糸乃の操る天使《氷結傀儡》の背に向けて、士道は声を張り上げる。

こちらの声は届いていたのだろう、四糸乃が横目でこちらを見やる。

が、しかし。ASTの一撃が《氷結傀儡》の巨躯を揺らしたことにより、四糸乃はパニックに陥り、彼らの前を通り過ぎてしまった。

 

「そこの男の子!

早くシェルターに逃げなさい!」

 

妙齢のASTの一人が叫ぶと共に、四糸乃の背を追って消える。

士道は小さくなっていくウサギの背を見やり、胸のスターターに指をかけた。

 

『待ちなさい、シドー。

十香の時と違って、ASTの戦力は一切削れていないのよ?』

『コトリの言う通りだ。

加えて、ヨシノがお前を恐れて、攻略がさらに面倒になる可能性すらある』

「じゃあ、あそこまでどうやって行けば…」

『お前の足は飾りか?走れ』

 

パルクールでも習っておけばよかったか。

そんなことを思いつつ、士道はシャツからスターターを伸ばしたまま、慌てて坂道を駆け降りる。

その足がふと、止まった。

 

「……十香」

 

その目の前に、不機嫌真っ只中だったはずの十香が姿を現した。

どう説明したものか、と考えるも、冷気の咆哮が「そんな暇などない」と無情な現実を叩きつける。

だがしかし、士道はその場からどう力を入れても、動くことができなかった。

どんな思惑があるかはわからないが、ポチタが足を止めているらしい。

肌を刺す冷たさが強くなる中、十香が白い吐息と共に口を開く。

 

「ここで何をして…」

「トーカ、力を貸せ」

『ポチタ!?』

 

十香の質問を遮るように表面に出たポチタに、士道は素っ頓狂な声を上げる。

その真意を問おうとするも、即座に意識を入れ替えられてしまった。

十香の瞳が真っ直ぐ自分を捉えるのに対し、士道はなんとか言葉を探す。

 

「……その。俺、四糸乃を助けたいんだ」

「………続けろ」

「十香みたいに、アイツが生きていい理由はたくさんあるんだ…!

お前にはひどいこと言ったけどさ…。その、ホントはすごく優しいヤツなんだ…!

今暴れてるのだって、よしのんが離れて、不安でたまらなくって、どうしたらいいかわからないだけなんだよ!

だから、頼む!力を貸してほしい!」

 

士道が深々と頭を下げる。

ソレを見た十香は納得したのか、ふっ、と笑みを浮かべ、手を差し伸べた。

 

「代わりに契約だ。

『助けてやるから、今度のデェトでキスしてくれ』」

 

士道がその腕を握る。

と。白の竜巻が視界の隅で立ち上るのが見えた。

 

「シドー。私は何をすればいい?」

「出来たらでいい。ASTの気をひいてくれ」

 

ヴゥン、とエンジン音が響く。

血飛沫と共に刃が突き出ると共に、士道の口から蒸気が漏れた。

白煙が顔を包み込み、シルエットが歪なものへと変化する。

その額から噴き出した血液に、十香は目を剥いた。

 

「し、シドー!?大丈夫なのか!?」

「めっちゃ痛い」

「痛いのか!?引っ込めろ、早く!」

「大丈夫だから、言った通りにしてくれ。

今度のデートに支障はないからさ」

「……信じるぞ?」

 

チェンソーマンへと変身した士道は助走をつけ、その場から飛び上がる。

ASTが士道へと殺到するのを見やり、十香はかつてのように、踵を床に叩きつけた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『何やってんのよ!?

狙われてるのに包囲網に突っ込むなんて、頭イカれてんじゃないの!?』

「こんな真似してるんだ!今更だろ!!」

 

両腕から伸びたチェンソーで弾幕を弾きながら、白の竜巻を目指す士道。

途中、竜巻に向けて建造物をくり抜いた瓦礫が飛んでくるが、士道はそれすらも粉々に切り刻んだ。

どうやら、白の竜巻に阻まれ、普通の弾丸では意味がないと判断したらしい。

士道は飛び交う瓦礫と弾幕を対処するので精一杯で、思わず舌打ちを漏らす。

 

『変に機嫌を直したのがいけなかったな。

トーカの霊力が逆流していない』

「どうにかならないのか!?」

『…この状況で焦らないほど、お前が救った女は愚かなのか?』

「違う!!」

『そう思うなら続けろ。

余計な心配を抱くな。動きが鈍る』

 

一際大きな瓦礫が、眼前に迫る。

士道はチェンソーを激しく唸らせると、咆哮と共にソレを切り裂いた。

 

『ふむ。トーカを封印したことで、悪魔としての力が強くなったみたいだな』

「あ…?どういうことだ!?」

 

士道が叫び、飛んできた弾丸を噛み潰す。

ポチタはそれに呆れたため息を吐き、士道に告げた。

 

『まさか、気づいていないのか?

お前、精霊の匂いが濃くなっているぞ』

「は……!?」

『思い返してみろ。

お前、3人の精霊を…、世界を殺すとまで言われた災厄の力を取り込んでいるんだぞ?

ソレでお前に「なんら影響がない」とでも思っているのか?』

 

本来ならば、動揺してどうしても動きが鈍ってしまうだろう。

しかし、流石はイカれたクソ童貞に気に入られたヘタレスケコマシ。

士道は仮面の下で笑みを浮かべた。

 

「今はありがたい!!」

『100点だ』

 

ギャハハハハ、とポチタの下品な笑い声が、ガンガンと頭を揺らす。

血が抜けていく感覚と、炎が抜けていった血を舐めていく感覚が、脳を麻薬に漬け込んだような高揚感と変化するような気すらした。

が。士道は暴走しそうになる衝動を、無敵の精神力で抑え込み、ただひたすらに四糸乃がいる竜巻を守る。

と。その竜巻の中から、見覚えのある斬撃が飛んできた。

 

「遅くなった!あとは任せろ!」

「頼んだ!!」

 

現れた十香がASTの注意を引きつけた一瞬に、士道は踵を返す。

聳える白銀の柱を見上げた後、士道はふと、胸ポケットに佇むよしのんに目を向けた。

 

「…ポチタ。手、出すなよ?」

『口説くのはお前の仕事だ。

いい加減に覚えろ』

「はいはい」

 

士道が苦笑を浮かべ、吹き荒ぶ白の中へと歩み寄った、その時だった。

彼の鼓膜を琴里の怒号がつんざいたのは。

 

『士道あんた、何を考えてんのよ!?

その中には霊力を自動追尾してくる氷の散弾が舞ってるのよ!?

アンタの再生だって追い付かないの!!

こっちでアプローチの方法を考えるから、大人しく待ってなさい!!』

「日が暮れるだろ。俺はせっかちなんだよ」

『何バカなこと言ってんのよ!?

戻りなさい!!戻りなさいってば!!

……っ!戻って、お兄ちゃん!!』

 

愛しい妹の制止を断腸の思いで振り切り、士道は死が渦巻く白を引き裂いた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「よしのん…。よしのん…っ!」

 

四糸乃の泣き声だけが響く空間にて。

自分以外の全てを拒絶した四糸乃の耳に、静寂を掻き乱すエンジン音が響く。

四糸乃がそちらを見ると、オレンジ色の仮面を半分崩した士道が姿を現した。

 

「は、ぁ、い…。よしのんですよ〜…っと」

 

ふら、とその体が崩れる。

どうやら、相当無茶をしたらしい。

士道は力無く、右腕にはめたよしのんを動かし、駆け寄る四糸乃に笑みを浮かべた。

 

「は、はぁ…っ。あのお茶、効いたな…」

『想定した用途とは絶対に違うがな』

 

士道は言うと、四糸乃によしのんを返す。

四糸乃は傷一つないソレを受け取ると、ぼろ、と涙をこぼした。

 

「うぉっ…!?どっか傷ついてたか!?」

「ち、ちがっ…。嬉しくて…」

「……そっか。なら、よかった…」

 

体に熱が駆け巡っていく。

どうやら、抜けた血の補填のために精霊の力が働いているらしい。

本来であれば、貧血必至な変身らしいが、精霊を封印しているおかげで、あまりリスクがないのは有り難かった。

士道は動くようになってきた体を起こし、四糸乃の顔を覗き込む。

 

「よしのんは助けた。あとは君の番だ」

「えっ…?」

 

士道は困惑する四糸乃の唇に、自らの唇を押し当てる。

と。閉ざされた世界が開け、四糸乃の柔肌が露わになった。

 

「契約だ、四糸乃。

『ピンチの時は俺が助けてやる。

だから、幸せに生きてくれ』」

 

四糸乃がその小さな手で、士道の手を握る。

陽の光に照らされた顔が、朗らかな笑みを浮かべた。




五河士道…割と頭のネジが飛び始めてる。悪魔化が進んでいるからなのか、それともクソ童貞の影響なのか…。何度か殺されてるせいか、痛みに無頓着になりつつある。デンジみたいに「お前痛覚機能してんの?」タイプの人間。原作でも再生能力が判明したら割と無茶してたし、別にいいと思う。

偽ポチタ…士道が自分とは違う悪魔になり初めていることに気づく。何の悪魔かは大体検討がついてる。

四糸乃…チェンソーマンシドーのスプラッタシーンを見てたら確実に攻略難度爆上がりしてた。


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偽ポチタ、不信を語る

名前だけだけど、オリジナル悪魔出しちゃった。


『なぜ、同棲している間に抱かなかった?

だからお前は肝心なところでヘタレなんだ、このスケコマシめ』

「……」

 

ポチタの愚痴に、士道はため息を吐く気にすらならないのか、遠い目で路傍を見つめる。

こうなったのにも理由がある。

四糸乃を封印して数日。

封印した精霊たちのための集団住宅が完成したことにより、十香の住まいが士道の家からそちらへと移動と相成ったのだ。

それにより、ポチタの機嫌は急落。

暇さえあれば「なぜ抱かなかった?」と、士道を攻め立てるためだけに存在するbotのような悪魔になってしまった。

これではbotの悪魔である。

事あるごとに愚痴を吐かれては、士道としても溜まったものではない。

士道は契約更新のために訪れた本条宅の扉を開け、二亜の名を呼んだ。

 

「二亜、聞いてくれよ。ポチタが…」

「だずげでぇぇええっ!!」

「ぐほぉっ!?」

 

瞬間。可憐さをかなぐり捨てたダミ声と共に、士道の腹に頭突きが決まった。

士道はその場に倒れ込むと共に、がん、と柵に頭を打つ。

これで死ぬほどヤワな体ではないが、痛いことには変わりない。

「ぐぉおお…っ!」と患部を抑えて悶絶していると、抱きついた家主…二亜が顔中をよくわからない液体で塗れさせ、彼に迫る。

 

「新キャラの性格が固まらないの!!

ポチえもんの地獄パワーで助けてよぉ!!」

「知るか」

「うぇぇええんっ!

チェンソーマンをヒーローとして描いてやるぅうううっ!!」

「やめろ!イカれポンチが飛んでくるだろうが!!」

 

好かれるのは好きだが、キャラクターとして消費されるのだけはごめんらしい。

ポチタが追い詰められた二亜とくだらない口喧嘩をすること数分。

ようやく落ち着いたのか、ティッシュで顔を拭いた二亜は、士道の腕を引いて、彼を起こした。

 

「…さっき聞いたっしょ?もうぜーんぜん固まんないの。

ポチタくんの知ってる悪魔でぶっ飛んだ奴いたら、教えてほしいかなーって」

「二亜がポチタに頼るって、結構難産だな」

「あら、嬉しい事言ってくれんじゃん」

「いや。いつもは俺に頼るし…」

「そりゃあねぇ。

いっちばん痛い頃の君の妄想に付き合ってあげてたんだし、使えるように仕込むに決まってっしょ?」

「お前諸共爆散してやる」

「冗談。冗談だから」

 

世界一みっともない心中である。

ポチタという特殊な要素もあってか、直視が困難なほど痛々しい厨二病に罹患した経験のある士道。

当時は楽しかったのだが、いざ高校に進学して正気に戻ると、あの時の自分をチェンソーでぶった切りたくなった。

士道はため息を吐き、二亜の家へと足を踏み入れる。

と。いくつもの没案が眠っているのであろう、くしゃくしゃになった紙の大群が、士道のつま先を絶えず刺激した。

 

「『締切の悪魔』いたら最強じゃねって、最近思うんだよねー。

ポチタくん、そういう悪魔っていた?」

「いたが、そこまで強くなかったぞ。

イカれポンチに犬にされてたな」

「支配の悪魔ちゃん強すぎだからノーカン」

 

締切も支配の一種か。

そんなことを思いつつ、意識を表面に出したポチタは椅子に腰掛けた。

 

「で。立場は?」

「ざっくり言うと敵ね。大ボスの性格は固まったんだけど、部下のがね…」

「……『革命の悪魔』だな。

イカれポンチの犬なのだが、主人にも噛み付く狂犬だ。

名の通り、常々下克上を狙っているが、力量差など全く考慮しないくらいには馬鹿だな。

あとは…ゴマスリが上手いな。誰彼構わず下手に出るし、取り入ろうとする見境ナシだ。『革命』という名の通り、往来の上昇志向のせいで取り入った相手も殺そうとする。

…イカれポンチに秒で看破されて殺されるまでがワンパターンすぎて、寸劇としてあまり面白くはないが」

「ほむほむ…。なーるほど…」

 

ポチタの言葉を一言一句逃さず、二亜はスラスラとペンを走らせる。

ある程度聞き終えた二亜は、ふぅ、と息を吐き、肩を鳴らした。

 

「概念系存在はいいね。性格分かりやすいし、漫画にも使える」

「アイツらが知ったら、真っ先にお前を殺しにかかるだろうな」

「望むとこぉ!アカシックレコード好き勝手に弄れるチート様舐めんなよ〜?」

「闇の悪魔に遭遇したら詰むな、お前」

「ソレはナシで」

 

遭遇した時点で、強制的に腕がもがれるような怪物を相手に出来るものか。

二亜はそんなことを思いつつ、鉛筆を激しく紙の上で踊らせる。

 

「…少年。いつものお礼にいいニュースと悪いニュースがあるよ」

「礼っていうんなら、いいニュースだけにしてくれ」

「しゃーないじゃん、入ってきたんだし」

 

入れ替わった士道の苦言に、二亜はため息を吐く。

どうやら、本人も意図せず仕入れた情報だったらしい。

二亜は机から手を離すと、体を背もたれに預けた。

 

「じゃあ、悪いニュースね。

士道くんの情報が《囁告篇帙》から4割くらい消えちゃいましたー」

「…えっと、つまり?」

「存在の4割、悪魔になってるみたいだね」

 

《囁告篇帙》。精霊が顕現する武器…天使の一つであり、本の形をした二亜の矛。

あらゆる事象が記載されたアカシックレコードのようなものであり、二亜はこれにより情報を仕入れ、ある程度世界に干渉することができる。

…ノイズが酷いのは玉に瑕だが。

そこに記載されていないということは、ポチタの一例から『この世界に存在しないはずの存在』であることを意味している。

ソレすなわち、「五河士道の存在の4割は、アカシックレコード外の存在…悪魔である」ということなのだ。

士道はあまり実感がないのか、首を傾げた。

 

「検査じゃ普通だったぞ?

別に体もなんとも…」

「『なんともない』って思ってるだけ。

…自覚が薄いようだから言うけどさ。

少年は『精霊よりも、もっと悲しい存在』になろうとしてるんだよ。

もっと自分のことを心配してほしい。

少なくとも、君に惚れた私は並々ならぬ衝撃を受けちゃったからさ」

 

悪魔は死んでも、すぐに蘇る。

ポチタ曰く、どんな世界にいたとしても、必ずや地獄で生まれ変わるという。

つまり、このまま悪魔化が進めば、士道の命は暴力と退屈が支配する最低な世界…地獄に囚われてしまう。

その結論に至った二亜は、ソレを直接伝えることはしなかった。

単純に、彼女にはその勇気がなかったのだ。

 

「……はいっ!悪いニュース終わり!

次はいいニュースでーす!」

 

重々しくなった空気を払うように、ぱん、と二亜が手を合わせる。

恐らくは空元気なのだろうが、ソレを指摘する気になれず、士道は棒読みで「楽しみー」と二亜をおだてた。

 

「新しい精霊が君のクラスに来るよー!」

「どこがいいニュースだバカ!!」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「私、精霊ですのよ」

 

うん知ってる。

などと言えるわけもなく、士道は自己紹介を終えた転校生…時崎狂三に向け、なんとも言えない表情を浮かべた。

儚げな印象を受ける彼女の肢体を見つめ、ポチタが恒例の採点を始める。

 

『2点』

「……天変地異が起きるな」

『勘違いするな。これは総合点数だぞ。

体だけ見れば、十香と同じ満点だ』

「最低すぎるけど、一応理由を聞こうか」

 

予想外に低い点数に戦慄きながらも、士道はいたって冷静に問いかける。

度を超えた若づくりや、体力がとんでもなく低いなど、余程のことがなければポチタの採点は甘い。

テスト返却時、単語を強引に修正したことに気づきながらも、「しょうがないなぁ」と点数をあげるアルティメットダメ教師レベルで駄々甘なのである。

そんなポチタが、時崎狂三のような美少女に訳もなく減点するわけがない。

クソ童貞の尺度を理解できるようになってきた自分に辟易しながらも、士道はポチタの言葉に耳を傾けた。

 

『血の匂いが濃すぎる。

…ふむ。1万と少しか』

「っ!?」

 

がたた、と士道は戦慄のあまり、椅子から転げ落ちた。

大量殺人犯どころではない。

災害に匹敵する被害者数である。

 

「五河くん、大丈夫ですかぁ?」

「あ、いや、その…。なんでもないです…」

 

担任教師の心配を流し、座り直す士道。

転校生が人殺しです…などと正直に言えたのなら、どれだけ良かったか。

こちらに笑みを浮かべる狂三に、士道は引き攣った笑みを返した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『どう考えてもお前が狙いだな。

イカれポンチに似た女がまた現れるとは…。

この世界は地獄か?』

「地獄出身の悪魔に言われちゃ、いよいよおしまいだよな…。

…しっかし、俺の何が目的なんだか…」

『ソレに関しては懸念材料が多すぎる。

お前はただ、「クルミがなにか思惑を持って接触している」とだけ認識しておけ』

 

狂三に学校案内をした後の帰路にて。

カミングアウトに加え、進んで士道への接触を図った彼女に、互いに疑念を吐き出す士道とポチタ。

手に提げたエコバッグからは、ネギやらが飛び出しており、買い物帰りであることが第三者からでもわかるだろう。

その少し先には、夕飯がハンバーグと聞いて上機嫌に鼻歌を歌う十香がいた。

士道はスキップする十香の揺れる髪を見つめ、決意を固める。

 

「…でも、やるしかないんだよな」

『やるやらないはお前次第だ。

「救いたくないやつまで救わなければならない」などということは決してない。

義務ではないということを忘れるな』

 

相手は一万もの人間を殺した精霊。

気が進まないという気持ちは、正直ある。

だがしかし。もしかすれば、それにも理由があるかもしれない。

士道がポチタに言葉を返そうとするも、彼はソレを遮り、続けた。

 

『それにだ。ラタトスクはやたらとお前を制御下に置きたがる。

お前を利用して何かを企んでいる、と頭に置いておけよ』

「は…!?おまっ、そんな話一度も…!?」

 

ここで飛び出したラタトスクへの不信に、士道は面食らい、口をぱくぱくと動かす。

丘に上がった鯉のようである。

戦慄く士道に、ポチタは深くため息を吐いた。

 

『こんなアホらしいことに力を貸す組織だぞ?まともなワケがないだろ。

それに、二亜がラタトスクとの接触を避けているのも不信が理由だ。

ラタトスクは信用に値せん。

信じるなら、コトリだけを信じろ』

「……わかった」

 

確かに、共に育った妹なら、信用に値する。

ラタトスクへの不信感を胸に抱きつつ、訝しげにこちらを振り向いた十香に駆け寄る。

と。スニーカーでアスファルトを削るような音が響き、士道はそちらを見やった。

 

「………?」

 

そこに立っているのは、見覚えのない少女。

士道のものと似た色合いの髪をポニーテールに纏め、目の下の泣き黒子が特徴的だ。

クソ童貞の採点が始まらないあたり、何かあるのだろうか。

そんなことを思っていると、驚愕に目を見開いていた少女がこちらに駆けてくる。

 

「は、え、ちょっ…」

 

避けようとするも間に合わず、その体が士道の体に抱きつく。

珍しく反応しない股ぐらを不思議に思いながらも、士道と十香は困惑を露わにした。

 

「兄様……っ!!」

 

爆弾を前に、士道と十香、そして上空にて様子を見ていたであろう琴里の叫びが轟いた。




革命の悪魔…マキマさんが従えてそうな悪魔って何だろうと思って、「従いながらも下克上狙ってたらおもろいな」という作者の思いつきによって生まれた悪魔。漫画で言うと早川家に二話で殺されるくらいの強さ。何度か偽ポチタチェンソーマンにも殺されてる。

五河士道/■■の悪魔…存在の4割が悪魔になった。精霊を封印すればするほどに悪魔に近づく。童貞の悪魔だとかいう風評被害が感想欄にて多発しているくらいにはクソ童貞の道を歩んでる。流石はガッツリスケベのくせに据え膳食わぬ男の恥である。チェンソーマンとしての力も一部使えるから、地獄にいたら上澄レベルで強い。元厨二病患者設定は原作通り。多分、原作より重症だった。

本条二亜…ポチタのことを面白いネタが出てくる秘密道具かなにかだと思ってる。過去に血の悪魔をモデルにしたキャラを連載してる漫画で出したところ、人気投票で一位を取って複雑な気持ちになった。自分でも泣きながらエグい展開で殺し、読者を阿鼻叫喚の渦に巻き込んだパスの者。死亡回が公開された当日、SNSにて「○○○ちゃん、嘘だと言って」と投稿し、読者から「うん!お前が殺したんだわ!」と総ツッコミを食らった。命日にはその死を悼むファンレターが山のように届く。

偽ポチタ…新たなイカれポンチに辟易してる。狂三の採点が厳しかったのは、血の匂いが濃すぎて悪魔を思い出すという理由。一方で、真那を採点しなかったのは、士道の血縁だと気づいていたから。

時崎狂三…2点のイカれポンチ。女が相手なら誰でもフル勃起するクソ童貞から酷評されるくらいに血の匂いがするらしい。偽ポチタからすれば、ニャーコとそのへんの大自然で暮らしてたパワーちゃん並みに臭い。デアラの中でも人気キャラなのに可哀想に…。

崇宮真那…士道の実妹。血縁だから偽ポチタに採点すらされなかった。採点したとしても、狂三を殺しまくっているので2点になる。


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本条二亜、暗躍する

今更だけど、結構下品だよね、この作品。

二亜の胸は薄いまんまです。揉むくらいにはあるから…(擁護)


「……俺って何なんだろうな」

『ヘタレのくせにスケコマシなドスケベ』

「お前、人が真剣に悩んでんだぞ!?」

 

自室にて、士道はポチタの無神経な言葉に、反射的に怒鳴り声を上げた。

というのも、実妹を名乗る少女…崇宮真那との邂逅により浮上したとある疑問が、士道を悩ませていたのだ。

真那と士道には、幼い頃の記憶がない。

それこそ、実母の顔すら朧げどころか浮かばないほど、綺麗さっぱり消えているのだ。

これだけなら、実妹を名乗った新手の詐欺で済ませたことだろう。

しかし、真那は兄妹の証拠として、所有していたロケットペンダントにある写真を見せてきた。

そこに収まっていたのは、10歳ほどの士道が真那と写ったツーショット写真。

既に五河家の一員として生活していた頃の士道が、存在することも知らなかった妹と親しげに写真を撮っていたのだ。

加えて、ラタトスクによる検査にて、実妹であることが判明。

「謎が謎を呼ぶ」と言う、推理サスペンスにありそうなフレーズがこれほど似合う事態に、まさか自分が巻き込まれるとは思わなかった。

 

『それよりも、女だ。

お前、極上の女に囲まれているくせに、いつまでヘタレてるつもりだ?

難聴系主人公とやらでもあるまいに』

「清々しいほど興味なさそうだな…」

『当たり前だろう。

出生がどうあれ、シドーがヘタレスケコマシの童貞だという事実は変わらない。

ウジウジ悩む暇があったら、前戯の知識でも身につけておけ。挿入らんと出来んからな』

「お前…。ほんとお前……」

 

何故だろうか。自分についての謎がどうでも良くなってきた。

ポチタなりの励ましだったのだろうか。

士道は苦笑を浮かべ、「ありがとな」と小さく礼を言った。

 

『…目下の問題はクルミの攻略だな。

お前のことだ。どうせ意地でも封印する理由を見つけるだろうな』

「まぁな。今回は本人が力に前向きだ。

だから、それを『捨ててもいい』と思わせることが重要だと思ってる」

『それだとクルミの目的がわからん限り、具体案を出せんぞ』

「問題はそれなんだよなぁ…」

 

それはおそらく、ラタトスクでも理解していることだろう。

どうしたものか、と頭を悩ませていると、ふとポチタが思い出したように声を上げた。

 

『……そういえば、アイツの匂いの中に、マナの匂いも混じってたな』

「え?」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ポチタ、アンタ…。ドスケベであることを除けば、結構有能なのね…」

「伊達に地獄で頂点に立っていない。

封印こそされど、殺されたことはないんだ」

 

黒いリボンで髪を結んだ琴里が、ヒクヒクと表情を引き攣らせ、ポチタを見やる。

その手元には薄型のタブレットがあり、画面には真那についてのプロフィールが映し出されていた。

個人情報やプライベートなどと言う倫理観は、とっくに投げ捨てたらしい。

崇宮真那。所属はデウス・エクス・マキナインダストリーという会社であり、その私兵として勤務する少女。

『アデプタス2』という名で評価されており、殺しても復活する精霊〈ナイトメア〉…時崎狂三を何度も殺している実力者。

その情報を見たポチタは「違和感に従って正解だったな」と頷き、笑みを浮かべた。

 

「確か、デウス・エクス・マキナインダストリーと言ったか?

随分と非道なことをする。シドーの妹の体をいじくり回し、兵士として運用。

更には私兵を用いた一般市民への襲撃、その口封じによる殺人…」

 

その脳裏に浮かぶのは、5年前。

居合わせただけの士道の胸を貫いた光刃。

ポチタはくっ、くっ、と喉を鳴らした後、下品にも大口を開け、笑い声を上げた。

 

「ギャハハハハッ!!おい、喜べ!!

お前の仇が見つかったぞ!!」

『やっと繋がったな…』

 

士道の心臓を貫いた女は、精霊である二亜を狙っていたのだ。

ラタトスクに協力していれば、いつかはたどり着くだろうと思っていた。

…まさか、こんなにも早く判明するとは思っていなかったが。

 

『…二亜には、言わない方がいいよな』

 

士道の確認に、ポチタは小さく頷く。

二亜が天使をあまり使わない理由は二つ。

一つは、人間の負の側面までも見えてしまうこと。その悪意に、中身は普通の人間である二亜は耐えることができなかった。

そして二つ目は、殺されかけた時のトラウマである。

襲撃してきた女の顔が頭をよぎるだけでも取り乱し、しばらく寝込んでしまうほどのトラウマを抱いてしまったのだ。

5年で多少は緩和されたものの、検索のノイズとしてその情報が飛び込めば、霊力が逆流してしまうことだろう。

そんな状態で《囁告篇帙》を開き、現在の士道の状態を調べたのも、彼への愛ゆえのことなのだ。

 

「話を戻しましょ。

二人で内緒話してるのかは知らないけど、女の子の前で黙り込むなんて減点よ?」

「あ、ああ…。わかった…」

 

つくづく、便利な体になったものだ。

その気になれば、テストで不正を働くことも可能かもしれない。

実行するつもりは毛頭ないが、そんな恐ろしく卑しい考えが頭をよぎり、士道は軽く自己嫌悪に陥った。

と。士道の意識を押し退け、ポチタが再び表面に出る。

 

「マナがこちらに来たのもクルミを殺すためだろうな。こちらはさして問題ではない。

問題は、クルミの攻略そのものだ。

クルミが復活したカラクリを解かなければ、封印もクソもないかもしれんぞ」

『…偽物掴まされることもあり得るってか』

「…偽物掴まされることもあり得るわけね」

 

奇しくも、士道と琴里の声が重なる。

どうせ「似たようなヤツを殺したことがある」だとか言うのだろうな、と思いつつ、士道はポチタに問いかけた。

 

『で。それ、どうやって判断するんだ?』

「知るか。それはお前らの仕事だろうが」

『ですよね…』

「こっちにぶん投げる気満々じゃないの…」

「片っ端から殺すと言う手段を取れるならそうしてるが、シドーがうるさいからな。

余程のことがなければ、独断で動くつもりはない」

 

相変わらず、優しいのか優しくないのかよくわからない悪魔である。

どうしたものか、と二人して悩んでいると、ふと琴里が口を開いた。

 

「…ねぇ、お兄ちゃん」

「……珍しいな。そっちで『お兄ちゃん』って呼ぶの」

「呼びたくなったの」

 

五河琴里には二面性がある。

白いリボンで髪を結んでいるときは、年相応…というには少し抵抗があるほどに幼い精神を持つ、甘えん坊の妹。

黒いリボンで髪を結んでいるときは、年不相応な落ち着きのある、毒舌でサディスティックな司令官。

後者として振る舞っているときは、琴里は余程のことがない限り、士道のことを兄とは呼ばなかった。

士道が琴里を生暖かい目で見つめていると、彼女はふと動きを止め、彼から目を逸らした。

 

「……やっぱいいわ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……どーしよ」

『どうするもこうするもないだろ。

お前は三つのデートを熟す必要がある』

「ですよねー…」

 

翌日の夜。士道はがっくりと項垂れ、ため息をつく。

現在、彼は大きな問題に直面していた。

第一に狂三とのデート。

明日の休日にどうかと誘いをかけたところ、狂三はあっさりとそれを受け入れた。

第二に十香とのデート。

クラスメイトから水族館のペアチケットを受け取ったらしく、断り切れない勢いと健気さで士道にデートすることを迫った。

そこは流石のクソ童貞クオリティ。

その日程が狂三とのデート当日とダダ被りというのに、見事に押し負け、あろうことか了承してしまった。

最後に、折紙とのデート。

急に思い立ったのか、それとも犬猿の仲である十香に触発されたか。電話にて押し切られてしまい、これまたダダ被りの日程だというのに断りきれなかった。

と。このように、押しに弱いヘタレであることが完全に裏目に出てしまったのだ。

嘆く士道に、ポチタは深くため息をつく。

 

『側から見たら、三股かけたクソ野郎だな』

「言うな…」

『実際はもう少し多いか』

「言うなって…」

 

今の自分が『スレッドに晒し上げられるようなクソ野郎』である自覚はある。

不可抗力だと説明しても、女誑しという汚名は消えない。

幸いなのは、未だに同じ校舎に十香以外の精霊が揃い踏みしていないことだろうか。

もし、そんなことになったのなら、自分の学生生活は確実に悲惨なことになってしまう。

どうしたものか、と頭を悩ませるも、解決法は思い浮かばず。

士道は待ち受ける3人とのデートに対し、及び腰ながらも覚悟を決めた。

 

「やるしかないか…」

『クルミは最悪放置しろ。

こうしてお前に積極的に接している以上、アイツがまともに相手するとは思えん。

オリガミに関しては…、お前の放置プレイなら多少は受け入れるだろ。こちらもある程度の余裕はある。

トーカは要注意だ。あまり放るなよ』

「お前、よく見てるよな…」

 

流石はクソ童貞である。

万年の禁欲で培ってきた妄想力による分析に、士道が舌を巻いていると。

ふと、ポチタが思い出したように声を上げた。

 

『…心臓を抉り出せば、私がソレを中核に再生して分離できるぞ。

半分は悪魔なんだ。そのくらいなら死なんだろ』

「誰がやるかバカ!!」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…でさ。五年間揉まれてんのにほら。めっちゃ貧乳。

ま、それでも興奮してくれてるから、全然いいんだけどさ」

「……は、はぁ」

 

何が悲しくて惚気を聞かねばならんのだ。

そんなことを思いながら、狂三は延々と甘ったるい惚気を口にする二亜に半目を向けた。

彼女に接触したのは、こんなくだらない惚気を聞きたいからではない。

殴りたくなる衝動を堪え、狂三は口を開く。

 

「その、士道さんについては、こちらでも調べたので別に…」

「ほんとにー?」

「本当に」

「私がオカズを描いてる話も?」

「知りたくないです」

「こんな貧乳でもめちゃくちゃガン見するし、鼻息荒くなってフル勃起することも?」

「殺しますわよ」

 

手に入れたいとは思っているが、シモのことまで詳しく知りたいとは思ってない。

狂三の暴言に二亜は笑みを浮かべ、「冗談」と戯けてみせた。

 

「『始原の精霊』の殺し方、だっけ?

少なくとも、君には無理だね。残念ながら。

霊力がぜーんぜん足りない」

「……そうですか」

 

始原の精霊。三十年前、ユーラシア大陸に大穴を開けた、最初の精霊。

そして、狂三が殺したくてたまらない、最大の敵。

その悲願が叶うことは、決してない。

あっけらかんと絶望的な事実を突きつけられたにも関わらず、狂三は眉一つ動かさない。

しかし、その声音には確かな落胆があった。

 

「ま、《本来のチェンソーマン》ならいけるかもねー。

三十年前に戻らなくても、さ」

「………どういう、ことですの?」

 

二亜がわざとらしく呟いた言葉に反応し、眉を顰める狂三。

釣られていることはわかっている。

しかし、狂三はその知識欲を抑えることができなかった。

 

「知りたかったら、私と『契約』しようか」

 

ぴっ、と、顕現した《囁告篇帙》からページを一枚抜き取る二亜。

その笑みは、悪魔のように見えた。




本条二亜…トラウマのせいで能力の大半を使えないコライドン、ミライドン状態の女。貧乳だが揉む程度にはある。ポチタに「手触りは極上。ボリュームがないだけ」と評価されている。どっちに揉まれてもいいが、できるなら士道がいいらしい。士道に渡すオカズのモデルはだいたい自分。契約の再現に成功している。

五河士道/■■の悪魔…側から見たら三股かけてるクソ野郎ということに気づき、ショックを受けてる。最終的にどっかの屋根ゴミを超えた十一股になるからまだマシな模様。自覚は薄いが、おっぱいならわりとなんでもいいクソ童貞。

偽ポチタ…揉める程度のおっぱいならなんでもいいクソ童貞。そのくせ女の評価にはうるさい。だからお前はクソ童貞なんだよ。


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五河士道、実妹に「不潔」と言われる

言われたって仕方ないと思うんだ。


「……死にそう」

『自業自得でしょうが』

 

三つのデートを同時にこなすという苦行に、士道は生気を絞り尽くしたような表情を浮かべ、弱音を吐きこぼす。

琴里の鋭い一言に反論する術はなく、士道は甘んじて女誑しという汚名を受け入れた。

 

「琴里のサポートがなかったら、多分どっかでシバかれてるよな…」

『ラタトスクが全力を挙げてサポートしてるんだもの。もっと感謝なさい』

「ああ。ありがとな、琴里」

 

ふふん、と琴里が鼻を鳴らす。

恐らくは自慢げに胸を張っているのだろう。

士道が駆け足で狂三の元へと急いでいると、ふと、ポチタが声をあげた。

 

『…よくやる。十中八九、あのクルミは本体ではないというのに』

「例え偽物でも、きちんと相手にぶつかるのが礼儀だと思う」

『言葉だけは誠実だな、女誑し』

 

ボディブローが突き刺さった。

日に日に威力が増す正論に、士道がなんとも言えない表情を浮かべていると。

唐突に、その意識がポチタと入れ替わった。

 

『ポチタ、どうした?』

「お前だと狼狽える可能性がある」

『んん?』

 

ポチタの真意がわからず、訝しげに唸り声を漏らす士道。

公園へと戻り、狂三のいたはずのベンチのさらに奥…、人工林なのか、等間隔に木々が並ぶ場所に足を踏み入れた。

一歩進むたび、嗅ぎ慣れた匂いが鼻をつく。

薄いながらも感覚を共有している士道も、大方の予想がついたのだろう。

意識の中だというのに、ごくり、と唾を飲むような音を鳴らした。

 

「ほらな。そんなこったろうと思った」

『………っ』

 

下手なスプラッタホラーよりも迫力ある地獄絵図が、二人を出迎えた。

血に沈む亡骸たちの体には、士道の指がすっぽり入ってしまいそうな穴が空いている。

その中心に立っているのは、狂三。

精霊としての力を顕現させているのだろう。

赤と黒のドレス…霊装を纏い、二丁の銃を手に握っている。

銃の悪魔が通った後も、こんな血溜まりと死体の山が出来ていただろうか。

地獄での退屈な日々を想起しながら、ポチタは臆することなく、スニーカーで血溜まりを叩く。

まだ凝血していないのだろう、踏み締めると共に水音が響き、狂三の瞳がこちらへと向けられる。

 

「あら?」

 

歩み寄ると共に、血溜まりの外側に動く何かが見える。

そこには、腹部に的当てのような紋様が描かれた若い男が、すっかり怯えきった表情を浮かべ、こちらを見ていた。

 

「た、たすけ、助け…っ」

「……ふふっ」

 

嘲笑と共に、狂三の銃が向けられる。

ポチタは即座に胸元のスターターを引っ張り、刃を突き出した。

 

『士道、今すぐ退きなさ…』

「ギャハハハハッ!!」

 

装着されていたインカムが刃によって破損したが、気に留めることなく笑い声をあげ、駆けるポチタ。

銃声が鳴ると共に狂三の腕が宙を舞い、ぼちゃん、と血溜まりに落ちる。

が。一歩間に合わず、銃弾は男に命中し、その死骸が広がった血溜まりの中へと沈んだ。

人一人を殺した狂三は、何でもないように千切れた腕を見やり、笑みをこぼす。

 

「あらあら、痛いではありま…」

「猫もいた」

「は?」

 

何を言っているのだ、この怪物は。

狂三の困惑をよそに、チェンソーマンとなったポチタが通り過ぎる。

今しがた死した男の亡骸さえも過ぎると、茂みの中を覗くようにしゃがみ込む。

と。そんなチェンソーマンに興味を持ったのか、子猫が姿を現した。

チェンソーマンは刃を引っ込め、子猫を抱きあげる。

 

「シドー、猫は助かったぞ。よかったな」

『…あの人たちに手を合わせるくらい…』

「そういうのはお前が勝手にやってろ。

私は男が死んでもなんとも思わん。

むっ…、おい。あまりじゃれつくな。切れてしまうぞ」

 

じゃれついているのか、それとも警戒を顕にしているのか、絡みつく猫に笑いをこぼすポチタ。

イカれている。

そうとしか言えない光景を前に、狂三が呆然と口を開けていると。

猫を下ろしたポチタの瞳が、ゆっくりと彼女に向けられた。

 

「この姿で表面に出るのは久々だな。

お陰で、『そこ』に潜んでいる精霊の匂いもよくわかる」

「……っ」

 

ポチタが指差したのは、狂三の足元。

木漏れ日に照らされ、ポチタに伸びる影に、唸る刃が向けられていた。

 

「どうやって分身しているのかは知らんが、芝居もそこまでにしたらどうだ?

見るに耐えん茶番に付き合わされて、こちらとしても辟易している。

とっとと目的を吐いてもらおうか」

「あらあら。士道さんと違って、こちらは随分とせっかちですのね」

「心外だな。前戯はしっかりするぞ。挿入らんからな」

 

最低な返しに、狂三が眉を顰める。

彼女が残った手に持った銃を向け、その引き金を引こうとしたその時。

ポチタが真上を指差した。

 

「言い忘れていた。頭上、注意だ」

 

一閃。それを認識する暇もなく、狂三の視界が逆転する。

オレンジ色の仮面に映るのは、首と体が泣き別れした自身の姿。

自分が切られたと認識すると共に、その口が弧を描いた。

ばしゃ、と狂三の体が血溜まりに転がる。

日常の片隅とは思えない地獄絵図だ。

鉄の匂いが充満した空間に、第二の故郷を思い出す。

…抱く女もいないあんな場所に、郷愁など感じたくもないが。

そんなことを思いながら、ポチタは降り立った少女に視線を向ける。

 

「コレが、エレンの言ってた《チェンソーマン》でやがりますか…」

 

ポチタに警戒と殺意をぶつけるのは、士道の実妹だと名乗った少女…崇宮真那。

エレンという名は、かつて心臓を貫いたあの女のことだろう。

兄の仇と随分と親しげなのだな、と呆れを込め、ポチタはため息を吐く。

 

「いくら記憶を操作されているとはいえ、ここまで都合のよい道化になるか…?」

「何を言って…」

「呆れを通り越して哀れに思うぞ、この女。

シドー、あとはお前が何とかしろ」

「は?」

 

真那の困惑を無視し、その仮面が崩れる。

その奥には、再会を果たしたばかりの兄…士道の顔があった。

 

「……そ、そんな小芝居をしたとて…」

「『実妹は結婚できない』」

「………っ!?」

 

先日、琴里が真那に吐いた啖呵。

それを知っているのは、士道の家にいた人間のみのはず。

パチクリと目を丸くする真那に、士道は彼女の胸元へ指を向ける。

 

「ロケットペンダントに10歳くらいの俺と写ってる写真」

「なっ、は、ぁ…!?」

「血に勝る縁はない」

「……えっと…」

「実の妹の方が義妹より強い」

「……マジでごぜーますか?」

「マジでごぜーます」

 

士道は言うと、胸元を晒し、心臓から垂れたスターターを見せる。

ようやく現実を受け入れたのか、真那は素っ頓狂な声を上げた。

 

「……デート、どうしよ?

インカムも壊しちゃったし…」

『墓は作っておけよ』

「死ぬこと前提!?」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「や、その、証人が二亜しかいなくて…」

「しばき回すよ」

「ごめんなさい」

 

その日の夜。

ドスの効いた二亜の声に、士道は深々と下座し、床に額を擦り付ける。

見事な土下座である。

完全にうだつの上がらない士道の背を前に、真那はヒクヒクと表情を引き攣らせた。

 

「あのねぇ、何が悲しくて自分の命を狙ってる組織の尖兵を迎え入れなきゃならんのよ?

私、封印されてるし、トラウマで力もほとんど使えないけど、一応れっきとした精霊よ?」

「最悪、『保険』使えばいいかなーって」

「ヤダよ。少年、本番前に絶対ヘタレて逃げるじゃん」

「い、いや、それは……、その…」

「女にも性欲はあるんだからね?

愛されたいって常々思ってんだからね?」

「……はい。肝に銘じておきます」

 

詰め寄る二亜を前に、縮こまる士道。

二亜は士道の頭に軽く手刀を振り下ろし、真那へと目を向けた。

 

「実妹ちゃん、はじめまして。

エレンさんに心臓刺されて殺されかけました、人畜無害な精霊の本条二亜ちゃんです。

少年とは…、まぁ、オトナな関係だね。

あ、精霊云々はチクんない方がいいよ?

セコムしてくれてるヤバ強チェンソーマンが全力で殺しにくるから」

「は、はぁ…。わかんねーことだらけですが、取り敢えず兄様の味方というわけでやがりますか?」

「ざっつらーいと。そゆこと。

絶対裏切らない代わりに、少年…チェンソーマンに守られてるの。

結婚みたいでステキっしょ?」

 

にへら、と締まりのない笑みを浮かべ、士道の体にもたれかかる二亜。

それに対し、真那はひどく冷めた目で士道を見やった。

 

「……兄様。鳶一一曹と二股かけてやがったんですか?」

「こ、コレには訳があるんだ!

不可抗力なんだ!!」

「実際には琴里ちゃん含め五股だもんねぇ。

…いや、狂三ちゃん落としたら六股か?」

「兄様の不潔!!」

「ぐほぉっ!?」

 

正論は誰も救わず、人を殺す。

真那の罵倒に崩れ落ちる士道。

その様はまさしく、宇宙一有名なかませ犬の死に様であった。

 

「…とまぁ、冗談は置いといて。

いろいろ知りたいだろうし、一から話してあげるね。

信じるか信じないかは自由だけど」

「お願ぇします」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「そんなトンチキな能力が兄様に…」

「そ。そのトンチキ能力のおかげで少年は立派な女誑しになっちゃったわけよ」

「全部不可抗力だ…!!」

「でも満更でもないっしょ?

十香ちゃんと同棲してた時、回数増えてたんだし」

「兄様…」

「半分はポチタだっての!!」

 

なんとか弁明を図るも、悲しきかな。

言葉を重ねるたびに、真那の眼差しがどんどん熱を失っていく。

どれだけ高尚な目的があろうが、士道が女誑しのクソ野郎という事実は変えようがない。

加えて、クソ童貞とクソ童貞の相乗効果で股間に迸るリビドーが抑えきれないくせに、変に誠実ぶるクソ童貞モンスターであるということまで暴露されたのだ。

真那の瞳が絶対零度に達するのも、無理もない話だった。

 

「……でさ。反応からして私の話、信じてくれたってことでオッケー?」

「いやぁ、証拠まで掲示されたんだから、信じざるを得ません。

…よくもぬけぬけと恩人ヅラしやがって、あのダークネス企業め…」

 

真那はため息と共に恨み言を吐き捨てる。

真那の寿命は、身体中をいじくり回された影響で保って十年そこら。

道理で中学生ほどの年頃なのにも関わらず、心身共にガタがくるわけだ。

 

「…ラタトスクに亡命でもしましょうかね?

兄様の実妹だし、悪いことにゃならねーと思いますけど」

「どうする、少年?人質増えるけど」

「人質?脅されてんですか?」

 

首を傾げた真那に、士道と意識を入れ替えたポチタが「兄妹だな」とため息を吐いた。

 

「こんな馬鹿らしい能力に賭けてるような組織だ。

裏があると考えるのが普通ではないか?」

「……下半身に意識がいかなきゃ有能でやがりますね、コイツ」

「お前ら兄妹が揃って阿呆なだけだ」

 

真那の嫌味を跳ね除け、罵倒するポチタ。

言葉を返そうとするも、恩義があるからと数年間騙されていたという事実を前に、真那は悔しそうに顔を歪めた。

見かねた士道は意識を入れ替え、怒りと屈辱に震える真那の背を撫でる。

 

「DEMにいるよりかはいいんじゃないか?

じゃなきゃ、俺は今頃モルモットもびっくりな実験動物だし」

「私から見ても、面倒はあるかもだけど、今のままよりはマシだね。

そこは実妹ちゃん次第だけど、どうする?」

 

今のまま早々にオモチャとしてくたばるか。

きな臭い秘密組織に加わるか。

そんな二択を迫られた真那は、自身の運命を呪い、ため息を吐いた。




夜刀神十香…「体調を崩した婆さんを出先で助けたからデートを続けるのが難しくなった」というめちゃくちゃ苦しい言い訳(ポチタが脳みそ捻り出す勢いで考えたもの)を信じ、帰宅。あと数秒で修羅場に突入していたことは言うまでもない。

鳶一折紙…「勃起が治らなくて、このままだと折紙を襲いそう。責任取れる年齢じゃないから帰って発散する」というめちゃくちゃな言い訳を信じ、帰宅。どうせなら自分で発散してほしいと迫ったものの、「そんな不純なことをしたくて一緒にいるんじゃない」という一言に落ちる。

五河士道/■■の悪魔…女誑しの上にクソボケという救いようのない童貞モンスターになってしまったことにショックを受ける。ポチタのお陰で人の死体に狼狽えない程度にはメンタルが強い。

時崎狂三…真那の襲撃に乗じてチェンソーマンから逃げおおせた。本来のチェンソーマンを一眼見たいと思ってる。

崇宮真那…士道が二亜の家に連れて行ったことにより、自分のいた場所がイカれサイコが集まった魔窟だったことを知る。同時に、探し求めた実兄がとんでもないクソボケになっていたことにショックを受けた。

五河琴里…兄に頼られなくてめちゃくちゃ自己肯定感が落ち込んでいる。霊力の逆流がいつ起きてもおかしくないですなぁ…。

本条二亜…現時点で一番の安全地帯にいる女。五年前にポチタと契約を交わし、それを「保険」と呼称している。


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偽ポチタ、怒る

尚、狂三もガチギレな模様。ポチタと狂三の相性が悪過ぎる。


「本当に屋上なんだろうな!?」

『こんな状況で嘘を吐くものか。

十香もまだ抱いてないんだ、急げ』

「ホンットお前さぁ!!」

 

真那がラタトスクに亡命した翌日。

士道は階段を駆け上がりながら、半ばヤケクソ気味にポチタに対して怒鳴り声を上げた。

遡ること、数分前。その異常は突如として訪れた。

校舎中を黒が覆い尽くし、それを踏んだ生徒たちがその場に倒れ伏したのだ。

その中には精霊であった十香、ASTとして活躍する折紙の姿もあり、強い倦怠感が身を襲っているのだと士道に訴えかけた。

その中でも唯一無事だった士道は、ポチタの指示通りに「原因が存在する」という屋上へと向かっていた。

 

『…ふむ。襲撃がないあたり、誘い込まれているようだな』

「だ、大丈夫なのか、それ…?」

『手間が省けるじゃないか。

少なくとも、お前と接触する気はあるということだろう?』

 

前向きに考えれば、狂三と腹を割って話すチャンスなのかもしれない。

士道は腹を括ると、眼前に佇む扉に力をかけ、開いた。

と。銃声と共に、その脳天目掛けて銃弾が迫る。

悪魔となった影響か、それとも精霊を封印し続けたことによる副作用か。

肉眼でそれを認識できた士道は咄嗟に身を翻し、スターターに指をかける。

 

「あら、残念。外れてしまいましたわ」

「狂三…!なんのつもりだ…!?」

 

士道が警戒を露わにして問うと、狂三はひどく穏やかな笑みを浮かべる。

嵐の前触れのような静けさを感じるソレに、背筋に冷えたものが刺さった気がした。

 

「好奇心とお答えしておきますわ。

私はただ、『見たい』だけです」

 

────《本来のチェンソーマン》を。

 

その言葉に、士道の双眸が揺らぐ。

《本来のチェンソーマン》。

その存在を知っているのは、自分を除けば本条二亜ただ一人。

恐らくは、二亜が教えたのだろう。

何か狙いがあるのだろうか、と思考を巡らせようとするも、やめた。

今は狂三の狙いを暴くことが先だ。

士道は続け様に飛んでくる銃弾を避け、声を張り上げる。

 

「この黒い影はなんだ!?ポチタの本来の姿を見るためだけに広げたのか!?」

「いえ、それだけが狙いではありませんわ」

 

絶え間なく銃を放ち、笑みを崩さない狂三。

士道を変身させようとしているのだろう。

胸元のスターターを引こうとするも、ポチタに止められているのか、指に力が入らない。

士道がポチタに問いかける暇もなく、士道の頬に赤い線が走った。

 

「これは〈時喰みの城〉と言うんですの。

私の影を踏んだ方の寿命を吸い上げる結界…とでも言えば理解していただけて?」

「その目…」

 

士道は金色に染まった狂三の左目が、アラビア数字が刻まれた時計であることに気づく。

それだけではない。

針がくるくると、逆行しているのだ。

ソレが何を意味するかわからないほど、士道は間抜けではなかった。

 

「お前…っ、学校にいる皆の寿命を奪って自分のものにしてるのか!?」

「あら、随分と察しがいいんですのね。

ええ。私の天使は燃費が悪くて。霊力と共に寿命をも削るんですの。

だからこうして、外から調達するのですわ」

 

凄絶な笑みを浮かべ、踊るように銃を構える狂三。

未だにスターターにかけた指は動かない。

沈黙を決め込んだポチタに問おうとするが、銃声がソレを阻んだ。

 

「本来であれば、士道さん。

あなたは直接わたくしが『食べて』あげるつもりでしたわ」

「だから接触したのか!!」

 

傷が増えた頬に、焔が揺らめく。

士道は放たれた銃弾を噛んで受け止め、ぷっ、とソレを吐き出した。

 

「ええ。しかし、思わぬ幸運が舞い降りたことで、その必要性が薄くなりましたわ」

「二亜のことか?」

「…乙女の話はきちんと聞くものですわよ」

「生憎だな、俺はせっかちなんだ」

 

食い気味に問うた士道に、狂三が呆れのため息を吐き、銃弾を放つ。

士道の軽口に言葉を返す気にならなかったのか、狂三は淡々と語り続けた。

 

「第二の精霊…本条二亜が明かしたのです。《本来のチェンソーマン》の力ならば、私の目的を果たせるのでは、と。

その詳細についても、『契約』という形で聞かされておりますわ」

 

少なくとも、士道を害するな、という契約ではないらしい。

士道は脳天に向けて放たれる銃弾を、腕の骨で受け止めた。

肉が裂け、骨が砕けた鈍い痛みと、血が抜けていく感覚が伝うも、士道は怯む事なく問いかけた。

 

「その目的ってのはなんだ?

参考までに教えてくれないか?」

「あなたが私に隷属するのなら」

「断る」

「……きひひっ。では、こういうのはどうでしょう?」

 

狂三が笑みを浮かべ、指を鳴らす。

と。その影から、『もう一人の狂三』が現れた。

驚愕すべきはそこだけではない。

その手には、気を失った殿町が首根っこを掴まれているではないか。

もう一人の狂三は殿町の脳天に銃を突きつけ、士道に迫る。

 

「さぁ、さぁ!ご学友の命が惜しくば、早く《本来のチェンソーマン》に変身なさ…」

「ポチタ!頼む、変わってくれ!!」

『お前でも無理だったか。仕方ない』

 

ヴゥン、とエンジン音と共に、もう一人の狂三の腕が裂かれる。

チェンソーマンに変身したポチタは、フェンスの向こう側に投げ出された殿町の体に向け、チェーンを伸ばした。

そのチェーンが殿町の体に巻きつくと、ポチタは乱暴に引き寄せ、屋上に放る。

 

「ぐほっ…」

『ぽ、ポチタ…。もうちょい加減を…』

「わがままなヤツだ。お前の学友だから、十二分に気を遣ってやったろうが」

 

呻き声をあげる殿町を前に、ポチタが士道の抗議をあしらっていると。

狂三がポチタへと迫り、胸元に伸びるスターターに手を伸ばした。

 

「そんなに変身したくないんですのね?

だったら、私が引き金を引いて差し上げますわ!!」

「私に何を求めているかは知らんが、あの姿になる気はないぞ!

股に勃つモノがないんだ!

女を抱くことはおろか、自慰すらできんだろうが!!」

 

最低なことを叫びながら、迫った狂三の脳天目掛け、額から突き出たチェンソーを振り下ろすポチタ。

と。狂三の体をもう一人の狂三が引き戻し、ポチタの瞳目掛けて銃弾を放った。

 

「いい線行ってたな。

私の体がシドーでなければ危なかった」

 

仮面の奥から炎を吹き出し、嘲りを込めて鼻で笑うポチタ。

どうやら、封印した精霊の力を行使できるのはポチタも同じらしい。

狂三は笑みをより歪めると、その影から3人目の狂三を呼び出した。

 

「本体が来たか」

「おいでなさい、《刻々帝》!!」

 

時計の針が動くような音と共に、その背に金色の時計が顕現する。

ポチタはその見た目と地獄での経験をすり合わせ、狂三の能力を考察する。

と。ある推測に至ったポチタは、その歓喜を声に乗せた。

 

「時止めセッ○スなるものがあったな!

ニアなら前戯も済ませた上で、そのような嗜好も受け入れるだろう!

シドー、心は折ってやる!!

そのあとに口説いて封印しろ!!」

『ホンットお前さぁ!!』

 

興奮に伴ってか、刃の唸り声が激しくなる。

あいも変わらず最低な言い分に士道が怒鳴るも、いきりたったクソ童貞の耳に届くはずもなく。

屋上のコンクリートを踏み砕き、その体が宙を舞った。

 

「ギャハハハハッ!!」

「ブッ殺しますわ」

 

『時止めセッ○ス』という下品な単語が、その逆鱗に触れたのだろう。

こめかみと首筋に青筋を浮かべ、静かに怒りを放つ狂三。

長銃がⅫを、短銃がⅦを指す。

その銃口に向けてⅦの数字から影が飛び出すと共に、銃口へと吸い込まれていった。

 

「【七の弾】」

 

落下するポチタに銃口を向け、狂三が早撃ちを決める。

避けるまでもないと判断したポチタは、そのまま銃弾へと突っ込んでいった。

が。それに触れると共に、ポチタの姿が一時停止されたアニメーションのように、空中に止まってしまった。

 

「あら、どうしたんですの?

あなたの望んだ力ですわよ?」

 

狂三は嘲笑を浮かべ、幾人もの自分と共に銃弾を打ち込む。

夥しい数の穴が全身に開くと、ポチタの体が動き出し、激しく血液を撒き散らした。

 

「きひひひっ!さぁ、本来の力を…」

「ほう。そういうのは出来るんだな」

 

背からチェンソーの音が聞こえる。

狂三が驚愕と共にそちらを向くと、左手が千切れ飛んだ。

そこに立っていたのは、チェンソーマン。

着ている制服には銃創どころか、刃から垂れる血液以外の汚れがない。

狂三は咄嗟に距離を取り、周囲の状況を確認する。

 

「なっ……!?」

 

思わず絶句した。

倒れ伏し、呻き声をあげるチェンソーマンと、襲いかかる狂三たちを裂くチェンソーマン。

二人のチェンソーマンが、そこには居た。

 

「落下の前に心臓を抜いて捨てた。

あそこにいるのは体…、シドーだけだ」

「いっ…てぇええぇぇ〜…っ!!

ポチタ…!お前覚えとけよ…!!」

「ほら、さっさと治せ。時止めセッ○スができるとわかっただけで儲け物だろ」

「俺!そういう!趣味!ないっ!!」

 

痛みに悶え苦しむ士道の体を、炎が舐める。

胸の穴以外が完治すると、ポチタが己の心臓を引きちぎり、士道の胸に埋め込んだ。

 

「体がもう一つある気分はどうだった?」

『最悪だ!!』

「慣れると結構便利だぞ?」

『あらかじめ言っとけ!!

めっちゃ痛かったんだからな!?』

「…これなら3Pも出来るか?」

『おまっ…、絶対やらんからな!!』

 

ギャーギャーと騒ぐ士道に、辟易のため息をこぼすポチタ。

頭のネジが根こそぎぶっ飛んだようなことをしでかした悪魔を前に、腕を戻した狂三は怒りを吐き出す。

 

「どこまで貶めれば気が済むんですの…!」

「そのくらいにしか使えんだろ。

時間に干渉する能力など、イカれポンチの下位互換だろうが」

 

支配の悪魔が強すぎるだけである。

それすらも下したポチタからすれば、狂三の能力は脅威に値しない。

その侮蔑は、時崎狂三の地雷を的確に踏み抜いていた。

狂三は怒りを銃弾と共に叩きつける。

 

「この力は私のもの!それで何を成そうが、私の勝手ですわ!!

『女を抱く』などというくだらないことだけを夢見ているあなたに、負けてたまるものですか!!」

「あ゛?」

 

ぴくっ、とポチタの瞳が揺れる。

数万年もの間、ただひたすらに願い続けた自分の夢が、くだらないと貶された。

ふつふつと感情が沸き立つ。

この感覚は、数百年ぶりだろうか。

 

────そんな下賤なことを夢見てはいけません。

 

数百年前。支配の悪魔が夢を語った自身に向けて吐いた言葉が、脳裏で反響する。

性器を失い、暴れ狂う本能に苦しみながら、それだけを求めた数万年が否定されたのだ。

狂三は地雷を踏み抜かれたが、同時にポチタの地雷も踏んづけてしまったのである。

どっちもどっちだが、それで留まるような性格ではないポチタは、感情の昂りのままに吠えた。

 

「なんなんだ貴様らイカれポンチは!!

勝手な想像ばかり押し付けて!

それが合致しないとなれば喚き立てて!!

ちょっと強いからと言って、世界の神にでもなったつもりか!?だとすれば驕りが過ぎるわ!!

そんなくだらんプライドで私が数万年抱いた夢を否定するな!!」

「くだらないのは事実でしょうが!!」

 

チェンソーが激しく唸る。

狂三が反論すると、ポチタの腕に血管が浮かび上がった。

 

「く、くふふっ、くふふふっ!

ギャハハハハッ!!そうかそうか!!

ならお前は、『私の夢よりも高尚で素晴らしい夢を抱いている』という自負があるんだな!?」

「ええ、もちろん」

 

怒り狂うポチタを前に余裕を取り戻したのか、狂三が笑みをこぼす。

それに対し、ポチタは唾液と血液を撒き散らし、叫んだ。

 

「なら夢バトルだ夢バトル!!

私が貴様の心を折れば、貴様の夢は『女を抱くこと以下』となる!!」

 

あらゆる夢を冒涜する一言に、狂三の怒りを計測したフラクシナスの観測器が爆発した。

 

「何を言うかと思えば、犬のようによく吠えますわね!

だったら犬らしく、私に跪きなさい!!」

「ギャハハハハッ!いいだろう!

ただし、私に夢バトルで勝ったらなァアッ!!」




時崎狂三…能力も夢も何もかもを貶された女。そりゃキレますわ。

五河琴里…全然兄が頼ってこない状況にキレかけてる。霊力の逆流が進んできているのか、それとも大きすぎる怒りを検知したせいか、観測器が軽く爆発した。

崇宮真那…ガチギレした狂三を画面越しに見て笑い転げてる。DEMやら精霊云々を抜いてもよっぽど嫌いらしい。この後、横隔膜が捻れてフラクシナスの医務室の世話になった。

偽ポチタ…自分の夢がしょうもないという自覚はある。それはそれとして否定する奴は許さないという面倒くさいクソ童貞。


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五河琴里、慟哭する

多分、いつにも増して下品。

ここの勝ちヒロイン、二亜しか考えられなくなってきた。それもこれも偽ポチタとか言うクソ童貞が悪いんだ。原作設定でいうと、戸籍上は最低でも五十路寸前らしい。なのでここでは四十路ギリにした。ちなみに体は若いままというのも原作設定だゾ。


「な…、な…っ、な……!?」

 

目の前に広がる光景を前に、屋上にたどり着いた十香は、絶句と共に疑問を吐き出す。

血飛沫と肉片が舞い散り、互いの存在を削り合うチェンソーマンと狂三。

どちゃっ、と湿っぽい音を立てて、銃弾によって切り離された士道の腕が転がる。

十香が咄嗟に士道を見ると、千切れたはずの腕を再生させ、向かってきた狂三の頭部を躊躇いもなく噛み砕く姿が見えた。

 

「シドー!?なにをしている、やめろ!!」

 

十香の言葉に反応してか、血に濡れた顔をそちらに向けるポチタ。

と。その意識が逸れたことによって、士道の意識が戻る。

 

「と、十香…!」

「シドー、なにをして…」

「一度しか言えないっ…!よく、聞け…!」

 

一瞬の隙を突いて戻ったものの、激昂するポチタを抑え込むことは出来ない。

困惑に満ちた顔を浮かべる十香に、士道は遠くなりそうな意識を強く保ち、叫んだ。

 

「ポチタがキレた!!」

「な、何を言って…」

「『私の体』が、邪魔をするなァア!!」

 

その口から放たれたのは、士道の声ではあるが、士道の言葉ではなかった。

ポチタといえば、士道の心臓となって死んだ、不思議な犬の名前だったはず。

疑問が頭をよぎるも、視界の隅にあるものを見つけたことで、思考が途切れる。

 

「と、殿町!?」

 

扉のそばには、一切の傷も汚れもない状態の殿町が寝転んでいた。

どうやら気を失っているらしい。

数秒、困惑からか十香の動きが止まる。

が。結局は放っておけなかったのか、十香は殿町の体を片手で持ち上げ、屋上の階段下へと運んだ。

 

「ここなら安全か…」

「夜刀神十香、何をしてるの?」

 

聞き慣れた声に、十香が視線を向ける。

そこには、装備を背負い、息を切らした折紙の姿があった。

 

「鳶一折紙!この際、貴様でもいい!

シドー…、いや、ポチタ…、むむ…?

…と、とにかく!あの状態のシドーを止めるのを手伝ってくれ!」

「何を言って…」

「聞くな!私にもよくわからんのだ!!」

 

訝しげに眉を顰める折紙。

しかし、士道の名前が出ている以上、無関係な話題ではないはずだ。

そう判断した折紙は、心底不満そうな表情を浮かべ、頷いた。

 

「わかった」

「なら早く屋上に…」

 

と。十香の言葉を遮り、屋上への扉が粉々に切り裂かれた。

先ほどまで殿町がいた場所である。

なりふり構っていないのか、それとも殿町が校舎の中に入ったことに気づいたのか。

どちらにせよ、十香たちの背筋が凍るには十分過ぎる光景であった。

 

「伏せろ!!」

 

十香は咄嗟に薄い膜を顕現させ、降り注ぐ瓦礫を消しとばす。

ぽっかりと穴の空いた箇所を見上げると、幾人にも重なった狂三で構成された壁を、躊躇いなく引き裂くチェンソーマンの姿が見えた。

 

「《チェンソーマ…」

「違う!アレは…、その、体はシドーのものなのだ!」

「……なんの冗談?」

「冗談などではない!現に、見ろ!

爪と指の間に野菜クズが詰まってる!アレは朝にシドーが切っていたほうれん草だ!」

「…………!?」

 

些細な特徴の一致を挙げた十香だったが、バイオレンスストーカーである折紙が核心に至るには十分な情報だったらしい。

あまりの事実に、折紙は愕然と震えた。

 

「……チェンソーマンが、士道…?」

「意識は違う!アレはシドーの心臓になってるともだちなのだ!」

「どういうこと?」

「体はシドーで、中身は違う!」

 

十香の声を喰らうかのように、数百年ぶりに激昂したポチタの咆哮が轟く。

音で体が潰される気さえする声量に、二人は思わず膝を折る。

士道の体ではあるが、士道ではない。

折紙もそのことを理解したようで、十香に向けて頷いた。

 

「……貴女は士道のことで嘘をつかない。

だから、信じる」

「うむ!今は一時休戦だ!

共にシドーを元に戻すぞ!」

 

十香の言葉を合図に、二人して赤黒く染まった屋上へと飛び出す。

しかし。そんな二人に意識を向ける暇すらないのか、それとも怒りのあまり興味を持てないのか、二人は殺し合いを止めなかった。

 

「…どうするの?アレでは近づけない」

「む、むぅ…!!」

 

力の大半を失った十香に、精霊どころか、真那に勝つことすらままならない折紙。

暴走を続けるチェンソーマンと狂三の間に、二人が割って入ったところで、良くて四肢欠損、悪くてミンチだろう。

しかし、このまま放っておくわけにもいかない。

十香はより力を戻そうと集中するも、ふと、ある違和感に気づく。

 

「力が流れ込んでこない…!?」

 

天使を顕現するための最低限の霊力以外が、一切合切戻らないのだ。

まるで、力そのものが何かに堰き止められてしまっているような感覚。

いくら封印したとは言え、士道にそんなことができるとは、到底思えない。

となれば、考えられる要因は一つ。

 

「ポチタ…!!」

 

ポチタの意思である。

どれだけその事実に焦っても、限定的な霊装を維持できる程度の霊力すらも戻らない。

そんな状態で狂三の影を踏んでいる影響が出たのか、ぐら、と視界が揺れた。

 

「ぬ、ぐぅ…」

「くっ…」

 

急激に、力が抜けていくような感覚が襲う。

影による吸収が強まったらしい。

膝をつき、十香たちは血飛沫交わる上空の戦場に目を向けた。

ソレを最後に、二人は意識を手放した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ありゃー…。プッツンしてるわー…」

 

その頃、二亜の自宅にて。

窓から見える来禅高校の異変を双眼鏡で見やり、二亜は苦笑を浮かべる。

ポチタが激昂した姿を見るのは初めてだが、ここまで激しいとは思っていなかった。

クソ童貞故か、地雷がわかりやすい分、その爆発も大規模だったのだろう。

これ以上は流石に看過できないな、と思いつつ、二亜は《囁告篇帙》を顕現する。

 

「ポチタには悪いけど、時崎狂三の戦力をこれ以上削られるのは困るんだよねー。

ま、『誰かが止めるってわかってる』から、あそこまで容赦ないんだろーけど」

 

二亜は言うと、自身が連載している漫画のキャラクターがプリントされたマグカップに口をつける。

その瞳には、空を切り裂く炎が映っていた。

 

「ありゃ。あっちもプッツンきてるね。

あの立場じゃイラつくのもわかるけど、もうちょいクールダウンした方がいいんじゃないかなー。

漫画描く以外で働いた事ないし、そのストレスがどんなモンかってのを知らん私が言っても…とか言われそーだけど。

…いかんね。ハイになってきちゃうにゃあー」

 

戸籍上は四十路ギリッギリなのだ。

こんな独り言を呟いて、『痛い』の一言で済まされるような歳でもない。

…そんなことを言えば、士道に胸を揉ませるのもどうかと言う話にもなってしまうが。

二亜は「あーやだやだ」とため息を吐き、《囁告篇帙》から一枚の紙を抜き取った。

 

「やりすぎ感パないけど…。

こんだけインパクトありゃあ十分っしょ」

 

天使に付属していたペンを、抜き取った紙に走らせる。

数秒と待たず完成した絵を見て、二亜は悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「やっぱ概念系存在はいいね。

『再現』もできちゃうし」

 

言って、窓から紙を捨てる二亜。

と。風にさらわれたソレは唐突に光を放ち、異形を形作った。

 

「【悪魔の模造品(ベルゼブブ・レプリカ)】。

力はモノホンの2%くらいしかないザコだけど、インパクトは抜群よねー」

 

その瞳には、銃と肉で構成された怪物が映っていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「あーもぉおお!いい加減にしなさいよこの駄犬!!こっちだっておにーちゃんのことをいろいろ考えてやりたくもない大立ち回りとかしてんだからぁあああっ!!」

 

五河琴里は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の悪魔を屈服させねばならぬと決意した。

そんなミームが頭をよぎる程に髪を乱し、斧を振り回す琴里に、ポチタが負けじと怒号を返す。

ポチタというイレギュラーや、士道の直情的のくせにヘタレな性格によって振り回されるのにも限界が来たらしい。

その目尻には涙が溜まっており、自分でも感情の制御が出来ていないことが窺えた。

 

「知るかッ!!」

『おまっ…!?』

 

そんな怒りを三文字で一蹴したポチタに、士道は言葉を失う。

曲がりなりにも社会に揉まれ、多少大人びているとはいえ、琴里はまだ中学2年生。

黒と白のリボンでオンオフを切り替えているだけで、感情のコントロールが上手いとは世辞にも言えない年頃である。

ブッ、と何かが切れた音と共に、琴里の拳から治癒の炎が揺らめいた。

 

「うがぁぁぁああああっ!!」

『ほら見たことか!ほら見たことか!!』

 

もはや獣である。

人語を失うほどに怒り狂った琴里を前に、士道が戦慄く暇もなく。

ポチタは怒号を放つ琴里を放り、銃を時計へと構えた狂三へと襲いかかった。

 

「ギャハハハハ!!」

「妹の前で死になさい!!」

 

三つの怒号が混じった、その時だった。

三発の弾丸が、3人の眼前を通ったのは。

 

「「「……!?」」」

 

急なことに、3人とも弾丸が放たれたであろう方向を見やる。

そこに佇んでいたのは、全身から銃が突き出た怪物。

剥き出しの牙に、胸部を覆う人の顔。

生物的嫌悪すら感じさせる悍ましいシルエットを前に、狂三と琴里は頭が冷えたのか、武器を構える手を下ろした。

 

「……なに、アレ?」

『あー、テステス。マイクテスしてまーす。

……お、聞こえてるっぽいねー』

 

なんとも気の抜ける声が響く。

かなりくぐもっているが、喋り方の癖からして二亜なのだろう。

剥き出しの牙から発せられる声に、ポチタはため息を吐いた。

 

「『銃の悪魔』…の模造品か?」

『ざっつらーいと。

流石にヤバいと思って仲裁に駆り出したの。

燃費クソ悪い上にモノホンの影も踏めないクソ雑魚だけど…。

消耗した君らの四肢を飛ばすくらいだったらヤレるよ?どうする?』

 

冷えた声音と向けられた銃口に、全員が武器を収める。

仮面をグズグズに溶かし、顔を晒したポチタはわざとらしく両手をあげた。

 

「わかったわかった。今回は引いてやる」

『やたー!』

「ただしだ。あとで抱かせ…、いや。

今晩の性処理に付き合え。本番じゃないんだ。

そのくらいならヘタレんだろ」

『おけおけ!楽しみにしとくね!』

『…………え?…え!?はァ!?!?』

 

士道が抗議を始めるも時すでに遅く。

模造品である銃の悪魔は、その場で消え去ってしまった。

 

『ポチタぁああああっ!!』

「ええい、別にいいだろ!

第一、お前はこうでも言わんと手を出さんだろうが!!」

『そ、そりゃあ、悪いとは思ってるけど…』

「言っとくが、さっきのも契約だぞ!

お前のことだから使わんだろうが、保険に避妊具やローションも買っておけ!!」

『お、おまっ…、お前…!!』

 

逃げ道があったら逃げる。

クソ童貞故にクソ童貞のクソ習性を十全に理解していたポチタは、その逃げ道を一部塞ぐことに成功した。

だが、「抱け」と言わないあたり、ポチタ自身も覚悟が定まっていないのだろう。

流石はクソ童貞。肝心なところでヘタレるのはよく似ていた。

 

「……あ、そうだ!狂三は!?」

 

と。ポチタの怒りが冷えたことにより、意識の入れ替えに成功した士道は、キョロキョロと血の匂いが充満する屋上を見渡す。

しかし、そこには泣きじゃくる琴里と、気絶してしまった十香と折紙がいるくらいで、狂三は影も形も見えなかった。

 

「ひぐっ、ひっ…、うぇっ…」

「こ、琴里…」

 

曲がりなりにも、琴里をここまで追い詰めてしまったのは自分なのだ。

士道がどう謝罪しようか、と言葉を探していると。

琴里は涙をこぼしながら、夕日に吠えた。

 

「アラフィフのおばさんにおにーちゃん盗られたぁああああっ!!」




本条二亜…精霊だから若い姿なだけで最低でも四十路ギリのアラフィフってのが公式設定な女。体は19くらいな模様。悪魔の再現もできるようになったが、モノホンの2%くらいの強さとか言うクソザコなのに加えて1日一体しか生み出せないクソコスト。正直、ポチタがいるからやる意味がない技である。

五河琴里…一番可哀想な人。義妹という美味しいポジションに甘えてたらアラフィフに掻っ攫われた。この後、琴里とのデート回が待ってるのだが、アラフィフに掻っ攫われたという事実は変わらない。おのれクソ童貞悪魔。

時崎狂三…逃亡。結局目的も果たせず、ただ無駄弾撃っただけ。士道は兎に角、ポチタのことが心底嫌いになった。


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五河士道、クソ童貞オブザワールドとなる

クソ童貞オブザワールド。クソ童貞の世界代表というクソ童貞界隈でも不名誉な称号のことである。もちろん、この私…鳩胸な鴨の造語だ。正確には「世界のクソ童貞」となる。どっちにせよ同じだからモーマンタイ。


「五十路手前で未だに処女っていう焦燥感わかる?息子さんの学費で悩んでる同い年がいるんだよ?ねぇ?悪阻体験したいなー。陣痛体験したいなー。赤ちゃん抱っこしたいなー。学費で悩みたいなー。…ね?」

「目が怖い。怖いです本条先生」

 

拗ねて部屋に篭ってしまった琴里を令音に任せ、二亜宅に訪れた士道は、迫る二亜にダラダラと冷や汗を流す。

前世がブラックホールだったのか、二亜は光を失った瞳から凄まじい圧を放つ。

罪悪感やらプレッシャーやらに押し潰されそうになりながらも、士道はクソ童貞特有の頑固が極まったヘタレを発揮して彼女と距離を取ろうとした。

と。ばっつん、となにかが切れた音と共に、二亜がにっこりと笑みを浮かべる。

 

「言ったよね?『女にも性欲はある』って」

「……や、でも、十香にも悪いし、折紙にも悪いし、四糸乃にも悪いし、琴里にも悪いって言うか…」

「どうせその四人が迫っても、おんなじこと言って逃げるんでしょ?」

 

ぐうの音も出なかった。

のしかかり、ガッチリと体を押さえつける二亜を前に、士道は冷や汗を流す。

こんな形で純潔を失うのは嫌だ。

なにより、受験生になる前に一児の父になるという最悪の事態は避けねばならない。

ぐるぐるとそんな思考を巡らせていると。

かちゃ、と鍵を開け、ドアノブを捻る音が二人の鼓膜を揺らした。

二人がそちらを見ると、ビニール袋を手に提げた真那がこちらの様子を見て固まっているではないか。

フラクシナスから抜け出してきたのだろうか、サイズの合っていない服を纏っていた。

 

「何やってんでやがりますか。

盛りのついた猿でも、もうちょい大人しいと思いますけど」

「真那!助けて!!」

「どうせ兄様がヘタレたんですよね?」

『再会して間もない妹にまで言われてるぞ、ヘタレスケコマシドスケベ』

 

日を追うごとにポチタの罵倒が酷くなっている気がする。

そのうち、百文字を超えるんじゃなかろうか、と思いつつ、士道は意識が逸れた二亜の拘束からなんとか逃れた。

 

「と、とにかく!受験終わるまではやめてください頼むから!

責任取れない!」

「大学に入ったら『卒業まで責任取れない』とか言って逃げそうな気がする」

「うぐっ」

「少年の逃げ道は大体知ってんだからね?」

「ま、真那…。嫌だよな、その歳で甥か姪が出来るなんて…」

「や、別に。好きにしやがれって感じです」

「実妹のゴーサイン出たよ!やったね!」

「琴里が更に拗ねるからやめてくれ!!」

「義妹と結婚する予定、あんの?」

「今の父さんと母さんに恩を仇で返すことになるっての…ってベルトに手をかけるな怖い怖い怖い怖い怖いっ!!」

 

追い込み漁で追い詰められた魚って、こんな気分なんだな。

月並みな感想を心の中に仕舞い、腰に巻かれたベルトを外し、ズボンをパンツごと引き摺り下ろそうとする二亜に抵抗する士道。

その姿を冷え切った瞳で見やり、真那はため息をついた。

 

「兄様、もう諦めましょう。

二亜さんが辛ぇだけだと思います」

「無茶言うなよ…。こちとら万年チェリーボーイなんだぞ…」

「一万殺した女を落とそうとするようなプレイボーイのくせして?」

「ふか…」

『不可抗力じゃないぞ。

前に封印するかどうかはお前の自由意志だと言ったろうが』

 

逃げ道が悉く塞がれた。

士道がどう言い訳したものか、と頭を悩ませていたその時。

びりびりびり、と、凄まじい勢いで生地が裂かれる音が響いた。

拮抗を続けていた自身の下半身に目をやると、ハーフパンツのようになったジーンズが鎮座していた。

 

「俺のジーパンがぁあああ!?」

「……ムダ毛ないけど、剃ってる?」

「ラタトスクに全身脱毛されたんだよ!!」

「VIOのムダ毛もないなら好都合!

今日で絶対膜捨ててやるからね!!」

「お前、そんな下品だっけ!?」

「五年も胸揉まれてんだよ!?

性欲溜まってんのがそっちだけとか思わないでよ!!」

「誠に申し訳ございません。それはそれとして卒業式はまだ待ってください」

 

ギャーギャーと騒ぐ二人を前に、真那はビニール袋に手を突っ込む。

真那はそこから避妊具の箱を取り出すと、揉み合う士道たちに投げた。

 

「ほら、早く童貞卒業式しやがれです。

どうせ捨てたところで、このヘタレな性根が変わるわけじゃあるまいし」

「冷たすぎない!?」

「拗ねた琴里さんまで逃げ道のダシに使うような情けねー兄様なんか知りません」

 

真那の口撃に、士道が押し黙る。

と。その隙を突いた二亜が、士道のシンボルを隠したベールをひん剥いた。

 

「きゃああああっ!?」

「可愛い声で鳴いちゃって、そんなに期待してんの?」

「い、いや、あの、その…」

 

笑う二亜を前に、士道が後ずさる。

と。ポチタが呆れたため息を吐いた。

 

『生娘のような反応をするな、童貞め!

食われるだけの獣でいるつもりか!?思い出せ!毎日のように迸ったあのリビドーを!

お前は獣だ!情欲の奴隷だ!!その衝動のままに抱け!!

さあ!今!!すぐ!!!』

「う、う、ぅう……」

 

士道の理性は、風前の灯であった。

吹けば消えてしまう最後の堤防で、必死に抵抗していると。

それを悟ったのか、悪魔のように口元に弧を描いた二亜が、両手を士道に向けた。

 

「来ていいよ」

 

ブッ、と、何かが切れたような音が、脳裏に響いた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……妹を慰めることもせずに朝帰りして、よくもノコノコと顔出せたわね」

「…ごめんなさい」

 

フラクシナス内部、士道の自宅が再現された隔離スペースにて。

不機嫌な琴里を前に、士道は深々と頭を下げる。

結局。あそこまでお膳立てされたものの、士道は卒業できなかった。

興奮のオーバーフローに加え、極度の緊張状態が続いたことにより、その場で気絶してしまったのである。

いくらクソ童貞が極まっているとはいえ、受け入れる姿勢を示した女を前に、気絶することはないだろう。

ここまでくると、クソ童貞という称号すら生やさしい。

言うなれば、クソ童貞の中のクソ童貞。クソ童貞の世界代表、クソ童貞オブザワールドである。

こうなっては意味がないと判断したのか、二亜は事務的に契約分を果たすと、それ以上手を出すことはなかった。

そんな経緯など知らない琴里は、唇を尖らせ、視線を逸らす。

 

「ふんっ。念願の脱童貞はどんな気分?

どーせ妹に構う気すら失せるくらいいい体験だったんでしょうねー」

「まだ童貞だぞ、このヘタレ大魔王。緊張で気絶したからな」

『ぽ、ポチタぁぁあああっ!?』

 

意識を入れ替えたポチタの暴露に、士道の叫びが響く。

それを聞いた琴里は思わずポチタを見やり、目を丸くした。

 

「…………マジで?」

「マジだ。気絶したせいで処理も事務的だったぞ、クソッタレ」

「っしゃあ…!」

 

悔しさに顔を歪めるポチタを前に、琴里は小さくガッツポーズをかます。

その姿に、ポチタはため息を吐き、意識を入れ替えた。

 

『この恩知らずめ。拾ってもらった家の娘を落とすヤツがどこにいる』

 

本来ならば、倫理観もクソもないはずの悪魔に説教されてしまった。

反論しようのない指摘に、士道は妙な汗がシャツの背に染みるのを感じながら、琴里の前に座った。

 

「……その、琴里。本当にごめん。

お前をあそこまで追い詰めるつもりなんて、全くなくて…」

「士道が私たちを信用してないことくらい、とっくに知ってるわ」

「っ……」

「わかりやすいのよ、アンタ」

 

士道がつらつらと言い訳を並べるのに対し、琴里はばっさりとそれを切り伏せた。

正直なところ、ラタトスクに対する不信は拭えない。

それが知らず知らずのうちに行動に滲み出た結果、琴里までもが「信用されていない」と思ってしまったのだろう。

後悔先に立たず。

琴里との間に、どうしようもないほどの隔たりが生まれてしまったような気がした。

 

「……信用できないって気持ちはわかるわ。

私だって、ラタトスクを完全には信用してないもの」

「一枚岩じゃないってことか?」

「ええ。…その殆どは、精霊の力を目当てに協力しているに過ぎない。

私…、識別名〈イフリート〉も含めて、ね」

 

想像できた現実に、士道が息を吐く。

と。急に意識を入れ替えたポチタが、冷たい表情を浮かべる琴里に迫った。

 

「それが制御できなければ、私諸共シドーを殺すつもりなんだろう?」

『なっ……!?』

「………そこまでわかってんのね」

 

琴里は降参と言わんばかりに両手を上げ、士道たちでは用途を推測できない機械の塊を机の上に置く。

ASTが駆使する顕現装置に酷似しているソレを見つめていると、琴里が口を開いた。

 

「私にはあなたを殺す権限…〈ダインスレイヴ〉が与えられてるわ。

もっとも、これを使うときは、士道が『精霊として暴走したとき』のみだけど」

 

幼い頃から愛を注いだ妹の手に、自分を殺すための刃が握られている。

その事実を前に士道が絶句していると。

ポチタは琴里が握る機械を、鼓動する自身の心臓へと押し当てた。

 

「な、なにしてんのよ!?」

「なら、早めに殺したほうがいいぞ。

五河士道はとうの昔に、人間からも、精霊からも乖離し始めている」

「はぁ…?そりゃアンタが…」

「私を抜きにしても、だ。

二亜を早々に封印したせいで、私の力すらも一部模倣してしまった」

「な、何を、言って…?」

 

話が見えない。

震える瞳で見つめる琴里に、ポチタは残酷な真実を告げた。

 

────今の五河士道の真名は『精霊の悪魔』だ。

 

ひゅっ、と、琴里の喉が鳴った。

精霊の悪魔。

本来ならば地獄で生まれるはずの概念の名が、最愛の兄を指している。

その事実を前にわなわなと震える琴里。

一方で、士道は薄々自覚していたのか、一切の狼狽を見せなかった。

 

「悪魔としての権能である契約に、精霊数人分の霊力。

この二つが揃ったのがまずかった。

契約に反応し、封じられた霊力が悪魔の力として変換され、シドーの存在を作り替えた。

この際だから全部言ってやろう。

封印を繰り返すほど、五河士道という人間は『精霊の悪魔』として完成していくのだ。

そして、それを選んだのはシドー自身だ」

 

琴里の腕を握る手に、力が込められた。

まるで、今すぐ殺すことを勧めているかのように。

 

「『精霊の悪魔』は《チェンソーマン》…、この私と同一の存在として定義されてしまっている。

その上、精霊の力を使えるんだ。

世界中のあらゆる兵器をかき集めたとしても、地獄に集うあらゆる悪魔をかき集めたとしても、『精霊の悪魔』を殺すことは叶わんだろうな。

さぁ、殺すならさっさと殺せ。今なら『世界の危機を未然に防いだ英雄』という称号のおまけ付きだぞ?」

 

ごくり、と琴里が唾を飲み込む。

こんな話を上層部が聞けばどうなるか。

悪魔の力が判明していなかった時点で、士道を殺す凶器を渡すくらいだ。今すぐにでも刺客を送り込み、五河士道という人間を屠ろうとするだろう。

怒りが冷えた琴里がなんとか言葉を紡ごうと、ポチタの顔を見やると。

そこには、申し訳なさそうに眉を八の字にして笑みを浮かべる、最愛の兄の顔があった。

 

「ごめんな。こういう生き方してないと、自分に納得出来ないんだ。

ポチタを助けたことも、二亜を助けたことも、十香を助けたことも、四糸乃を助けたことも、狂三を封印しようとしたことも、俺は何一つ後悔してない」

「………」

 

ひゅぅ、ひゅぅ、と浅い呼吸だけが琴里の喉奥から漏れる。

受け入れ難い真実に絶望し、放心した琴里の手が、士道の心臓から力無く離れた。

かっ、と床に落ちた機械を拾うこともなく、俯いてただ虚空を見つめる琴里。

様子を見ていた副艦長…神無月恭平が冷や汗を流した、その時だった。

 

「…あのさ、琴里!

今度の休み、俺とデートしよう!」

「………ふぇっ!?」

 

士道が何の脈絡もなく、デートの誘いをしたのは。

あまりの温度差に、琴里は素っ頓狂な声を放つとともに、顔を上げた。

顔を赤く染めた琴里に、士道は手を握ったまま迫る。

 

「最近構ってやれなかったからな。

どこがいい?何が食べたい?したいこと、なんでも付き合ってやる。

いっぱい迷惑かけた上に、あそこまで怒らせちゃったんだ。全力で我儘言ってくれ」

 

先程の空気を霧散させるように、士道のバカ笑いが隔離室に響く。

とうとう童貞が拗れに拗れて頭がイカれてしまったのだろうか。

遠慮のない罵倒が口を突いて出そうになるも、歓喜やら羞恥やらで思考が流れていく。

しかし、何か言ってやらないと気が済まなかった。

 

「ふ、ふんっ。どうせ再封印が…」

「ンなもん知るか!

俺は今さっき、琴里とデートしたい気分になったんだ!」

「はえ、え、ぇえ…、ええっ…!?」

『…慌て方が似ているな』

 

血は繋がらなくとも、流石は兄妹。

あたふたと慌てる琴里の姿は、士道のものとよく似ていた。

 

「ほ、本当…?」

「ああ、本当だ!」

「なんでも、聞いてくれるの…?」

「なんでも聞く!!」

「……その、妹とデートなんて…」

「十香や四糸乃、二亜にも負けないくらい甘やかしてやる!みんなが羨ましいって思うくらい、たくさん楽しい思い出残してやる!!

だから、琴里!俺とデートしてくれ!!」

「………っ!!」

 

ぴょこん、と、神経が通っているわけでもないのに、黒いリボンが立つ。

琴里はにやけヅラを隠すようにそっぽを向き、ふふん、と鼻を鳴らした。

 

「そ、そんなに言うんだったら、しょーがないわよね。

付き合ってもらおうじゃないの、うん」

『……本番直前に気絶して恥を晒すようなヘタレ大魔神のクセに、口説き文句だけは一丁前だよな、お前』

 

上機嫌に頷く琴里に見えないように、士道は心臓あたりを軽く叩いた。




五河琴里…反転寸前だったものの、士道の口説き文句に落ちる。流石は初っ端好感度マックスなブラコン艦長。反転を阻止する方法も割とチョロかった。尚、このチョロさは士道のみに発揮される模様。士道の童貞がアラフィフに奪われなかった上にデートに誘われたので、めちゃくちゃ上機嫌。

五河士道/精霊の悪魔/クソ童貞オブザワールド…R-18を期待したか?このクソ童貞にそんなことできるわけねぇだろうが!!童貞の悪魔ではなかったものの、より酷い称号が付いた。口説き文句だけは一丁前だが、決して忘れてはいけない。この男、クソ童貞の世界代表…クソ童貞オブザワールドなのである。大事なことなのでもう一度言おう。クソ童貞オブザワールドなのである!!

本条二亜…本番前に気絶されてご立腹。契約だから、と一回は気絶している間に処理したものの、それ以降はふて寝した。

偽ポチタ…士道のヘタレ具合がここまで突き抜けてるとは思わなかったため、かなりご立腹。万年物の童貞を捨てる日はいつになるやら…。


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鳶一折紙、迫る

「少年さぁ、あの場面で気絶かましといてよくも私に相談できるね」

「誠に申し訳ございませんでした」

 

契約更新のために訪れた二亜の自宅にて、家主の放つ絶対零度の視線が、士道の小さくなった背に突き刺さる。

二亜はため息を吐くと、土下座する士道に躊躇いなく腰掛けた。

 

「重いとか言ったら逆レね」

「むしろ心配になるくらい軽いんだが…」

「少年が気絶したせいでストレスマッハだったのよ?ん?」

「本当にすみません」

 

どう足掻いても勝てない。

体重と共にのしかかる圧が、数倍に上がったような気がする。

ぽた、ぽた、と冷や汗が床を濡らすのを見ながら、士道がどうしたものかと思考を巡らせていると。

二亜が薄く笑ったような気がした。

 

「琴里ちゃんの対処が終わった後でいいから抱いて。

次気絶したら、水ぶっかけて起こすから」

「うぇっ!?」

「い・い・よ・ね?」

「………はいっ。クソ童貞、腹括りました」

「よろしい。焦らしに焦らした分、覚悟してもらうからね?」

 

もし逆らえば、ただでさえお猪口くらいしかない男としての威厳が、瞬く間に消えたことだろう。

ポチタのクソ童貞歓喜の雄叫びが意識を埋め尽くさんばかりに轟く中、士道はなんとも言えない表情を浮かべた。

 

「…で。デートの相談ってわけじゃないよね、プレイボーイくん?」

 

二亜は士道の背から立ち上がると、「もういいよ」と土下座をやめるよう促す。

士道は恐る恐る顔を上げ、頷いた。

 

「問題はラタトスクの方なんだよ。

俺を殺す算段まで立ててたらしくって」

「なんで当の本人が、今の今までその可能性に気づかなかったの?」

「そんなに深く考えてなかった。

二亜もそうだけど、十香のこととか、四糸乃のこととかに気が行ってたし」

 

はぁ、と長いため息が二亜の口から漏れた。

五河士道の在り方に、今までは文句を言ってこなかった。

だが、このまま放っておけば、いつか絶対に取り返しのつかない事態になる。

そう判断した二亜は、なんとか言葉を捻り出し、士道に語りかけた。

 

「少年は自分を軽く見過ぎ。

美点だし、私もそこに惚れたフシあるけどさ、過ぎると欠点だよ?」

「一回は死んでるからな」

『おい、バカッ!!』

 

ポチタの制止も遅く、次の瞬間。

士道の視界がぶれ、勢いのままにその場に倒れ込んでしまった。

ひりひりと痛む頬を抑え、視線を戻すと。

泣きそうな顔で自分を見下ろす二亜が、手を振り切った状態で立っていた。

 

「………ごめん。俺、最低だった」

 

五年前、五河士道が殺されたことに、二亜がなんの責任も感じていないわけがないのだ。

士道は腫れ上がった頬から手を離し、二亜に歩み寄った。

 

「デリカシーないし、女誑しだし、自分勝手だし、ヘタレだし、直前で気絶するし…。

本当に、最低な男でごめん」

「………」

 

自分で言っていて悲しくなってきた。

こんな最低な男に口説き落とされた精霊たちにも、ひどく申し訳なくなってくる。

士道が自己嫌悪に陥っていると。

それを否定するように、二亜が涙を拭い、首を横に振った。

 

「知ってる。知ってるよ、そんなこと。

最低なとこ、たくさん見てるけどさ。

それでも、私は五河士道のことが大好きだよ」

 

そんな口説き文句と共に、二亜は士道の顔を捉え、唇を押し当てる。

こうやって二亜とキスをしたのは、いつぶりだろうか。

安物の香水の匂いに包まれ、二人して息を止めること、数秒。

離れた二亜は息継ぎすると、いつものように締まりのない顔になった。

 

「さ。ラタトスクへの対策、考えよっか」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『本当に行くのか?

あのイカれポンチのところに?』

 

翌日。自衛隊病院の廊下にて。

ポチタの嫌気たっぷりな声音に、士道は足音に消えるよう、小さく呆れを吐き出す。

 

「お前、折紙の何が嫌なんだよ?」

『あの強引さと狂気の方向性がイカれポンチに似ているのが嫌なんだ。

アレよかマシだが、理想をシドーに押し付けているのも気に食わない。

本人に自覚はないだろうがな』

「そんなことないだろ。

ちょっと押しが強いだけだって」

 

先日の一件で検査入院しているという折紙の見舞いに来たはいいものの、折紙を避けているポチタが嫌がったのである。

しかし、見舞いに来ないと言うのも、苦労をかけた折紙に悪い。

結果。士道はポチタの反対意見を殆ど無視するような形で病院に来たのだ。

病室を前にしてもウジウジと文句を垂れるポチタに辟易しながら、士道は病室の扉を叩いた。

 

「どうぞ」

「お邪魔しまー…」

 

折紙の声と共に扉を開いた士道が固まる。

そこに居たのは、確かに折紙ではあった。

ただし、ほぼ全裸の痴女という点を除けば、であるが。

今までの言動を鑑みれば、ここに訪れるのが士道であることを、なんらかの方法で見抜いていたのだろう。

単純に着替えの途中だった可能性も頭をよぎるが、目の前にいるのは肉食系パーフェクトウーマン、鳶一折紙。がっつり招き入れてる時点でクロである。

折紙は秘部を最低限隠すと、冷や汗で顔を濡らした士道を手招きした。

 

「少し着替えに手間取ってる。

士道に手伝って欲しい」

『ほら見ろ。迫り方までもがイカれポンチそっくりだ』

 

いけしゃあしゃあと嘘を並べる折紙に、ポチタが深いため息を吐く。

見舞いに来た以上、帰るわけにもいかない士道は、恐る恐る折紙へと近づいた。

瞬間。ひんやりとした感触が手首を覆ったかと思うと、体が一気に持っていかれる。

 

「わわっ…!?」

「きゃー」

 

棒読みにも程があるだろ。

そんなツッコミすら出ないほどに、折紙の胸元に密着した士道。

しかし、ポチタが心臓を務める故か、鼓動の音は緊張に反比例して静かだった。

 

「ご、ごめ…」

 

士道が離れようとすると、折紙がその腰に、秘部を隠すために使っていた手を回す。

抵抗する暇もなく、あっさりと拘束された士道に、ポチタが叫んだ。

 

『おいっ!早く抵抗しろ!!

後戻り出来なくなるぞ!?

絶対に碌なことにならん!!はやく!!』

(お前、折紙に失礼すぎるだろ…)

『じゃあ否定できるか!?コイツを相手にこのまま流されて面倒に遭わんと、絶対の自信を持って言えるか!?』

(言えませんごめんなさい)

 

悲しきかな。

折紙の凄まじさを知っている以上、彼女の名誉を守ることは出来なかった。

なんとか逃れようとするも、折紙は華奢な腕からは想像もできない怪力を発揮し、それを許さない。

折紙は士道の耳元に唇を近づけ、囁く。

 

「ここ、防音」

「………」

 

全力で殺しにきている。

二亜といい折紙といい、なぜ自分の周りにはこうも押しの強い女性ばかりなのだろうか。

どうしたものか、と言葉を選んでいると、意識が唐突に入れ替わった。

 

「病み上がりだろ。退院した後の方が、お互いに満足できるんじゃないか?」

「…わかった」

『なんでそれで退く!?』

 

ポチタの断りに、折紙の拘束が解ける。

予測できない折紙の言動に複雑な感情を抱きつつ、ポチタと意識を入れ替えた士道。

折紙の秘部を見ないように目線を逸らし、ゆっくりとベッドから降りた。

 

「取り敢えず、りんご剥いてやるから。

そんなに肌出してちゃ、風邪引くだろ」

「…残念」

「残念って、なんですかね…?」

「既成事実…」

「すみません言わなくていいです」

 

本当に入院が必要になった人間だろうか。

士道はそんな呆れを隠し、見舞い品を入れた紙袋から、カット果物類が盛られ、ラップされた皿を取り出す。

こちらで剥くことも考えたが、「お前は病院で殺人でも犯すのか」とポチタにツッコまれたため、予め切ってきたのだ。

「食べさせて」と、恋人らしく甘える折紙に従いながら、士道は話を切り出す。

 

「…《チェンソーマン》のことなんだけど」

 

瞬間。折紙の目が据わった。

折紙は差し出されたリンゴを食べ終えると、暫し目を伏せた。

 

「崇宮真那から全て聞いてる。

だから、言わなくていい。士道にとっても辛い記憶のはず」

「いや、そんなことないんだが…」

「……士道は自分のことに無関心すぎる。好ましいことではあるけど、過ぎれば毒」

「そうか?」

『自覚が薄すぎるだけだ。

お前、そこら辺の雑魚悪魔よりもイカれてるぞ』

 

少なくとも、心臓を貫かれた挙句、人間から乖離しつつあるという状態の少年から出る言葉ではない。

自覚のない狂気に、ポチタが辟易のため息を漏らした。

 

「安心して。誰にも言わない」

「あ、ありがたいけど…、なんで?」

「取引がしたい」

 

折紙は言うと、顔を憎悪に染め上げた。

 

「黙っている代わりに、力を貸して」

 

────精霊〈イフリート〉を殺すために。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「は?私を、鳶一折紙が?」

「ああ。お前が両親を殺したと主張している。五年前の火災の日だ」

 

ポチタの言葉に、有頂天だった琴里の気分は一気に叩き落とされた。

折紙への返事を保留し、帰宅した直後。

迷っている矢先に投下された爆弾に、意識の奥にいる士道がぱくぱくと口を動かす。

 

『ぽ、ポチタ、おまっ…!?』

「まぁ、お前が殺せんことも知ってる。

そもそもの話、シドーとコトリは火災の中心部から動いてないのだからな」

「……私、覚えてないんだけど」

 

不安げに告げた琴里に、意外と言わんばかりに目を丸くするポチタ。

普通、忘れられない体験のはずなのだが、と思い、ポチタは五年前の記憶を探った。

暫く海馬を弄っていると、その中に思い当たる節があることに気づく。

 

「…成る程。あの時の記憶操作に抗えなかったのか。

私がいて良かったな、シドー。話が余計に拗れるところだったぞ」

『お前、大概何でもありだよな…』

「イカれポンチで慣れた」

 

あの手この手で迫るイカれポンチの顔が頭をよぎるだけで、悪寒が走る。

ポチタとしては感謝を述べたくはないが、士道を取り巻く厄介ごとの一つが早々に解決したことだけは、礼を言ってもいい気がした。

…無論、絶対に口にしないが。

しかし、話を聞いても思い出せないようで、琴里の表情が沈む。

 

「……だめ。思い出せない」

「ふむ…。封印すればどうにかなるやもしれんが、どうする?

兄にべったりなお前のことだ。今すぐキスしても封印はできるだろ」

「や、やだっ!デートする!!」

「……だと。シドー、あとは任せた」

 

焦って失言をかました琴里にあくどい笑みを浮かべ、ポチタの意識が引っ込む。

琴里が絶句するのも束の間、意識の表面に出てきた士道は、生暖かい視線を向けた。

 

「そんなに俺とデートしたいのか。その、おにーちゃん、嬉しいぞ」

「ぅ、うがぁぁぁああああああっ!?」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「琴里が精霊で、鳶一折紙の両親の…」

「はい…。その…、偶然、聞いちゃって…。どう、したら…いいか…」

 

辿々しく状況を語る四糸乃を前に、十香は悶々と唸る。

ポチタの件といい、考えることが多すぎて、頭がぶっつりと切れてしまいそうになる。

虫が心臓を這っているかもしれない。

そう思ってしまうほどに、十香の胸中は穏やかなものではなかった。

 

「……シドーのことは、聞いたか?」

「い、いえ…。でも、シドーさんの様子が、なにか…、おかしいというか…」

『別人になった感じがしたんだよね』

 

果たして、四糸乃に言うべきか。

フィクションならばスプラッタホラーですら微動だにしないが、それがノンフィクションになった途端に取り乱すような少女だ。

最愛の人が一度死んでいる…などという残酷な事実を口にするのは、気が引ける。

しかし、言わなければならない。

十香は稚拙ながらもゆっくりと情報を噛み砕き、口にした。

 

「…シドーの中には、『ポチタ』がいる」

 

そう切り出し、十香は士道から聞かされた話を自身の注釈を添えて話し始める。

数十分はかかったものの、全てを聞き終えた四糸乃は、不安げな表情を浮かべた。

 

「…大丈夫、なんですか?」

「……わからん」

 

十香の脳裏には、千切れ飛び、転がってきた士道の腕が過っていた。

いくら回復するからと言って、ああも捨て身な戦いを繰り返せば、いつかは取り返しがつかなくなる。

言葉にすれば現実になってしまいそうで、そんな不安を吐き出すことは出来なかった。

 

『…それもだけど、折紙ちゃんのことが先決じゃない?

士道くんの力を使って、琴里ちゃんを殺そうとしてるんでしょ?』

「そうだった!シドーに妹を殺せなどと、奴はどんな神経をして言っているのだ!?」

「と、十香さん…。折紙さんは…、知らない、んです…、から…」

 

ばんっ、と机を叩いて立ち上がる十香を、四糸乃がなんとか宥める。

炎を操る精霊〈イフリート〉。それが五河琴里のことを指していることなど、折紙が知っているはずもない。

しかし、それを差し引いても、士道に妹殺しを強要した事実は、十香の怒りに火をつけるには十分だった。

 

「…しかし、折紙の憎悪が強いのも事実だ。

もしイフリートとやらが琴里で、奴の親を殺したのが違う存在だと知ったとしても、それで止まるとは思えん。

四糸乃も知っているだろう?」

「……はい」

 

鳶一折紙という少女は、理性的な性格を装ってはいるが、その実は良くも悪くも直情的である。

犬猿の仲である十香だからこそ、折紙の性格は手に取るように分かった。

 

『…前者だけ知ったら最悪じゃない?』

「……祈るしかないのは歯がゆいな」

 

ふと、よしのんが挙げた可能性に、十香が縋るように吐き出す。

残念ながら、その祈りは届かなかったのだが。




五河士道/精霊の悪魔…原作では精霊たちの地雷を一回は踏んでるので、ここでも二亜の地雷を踏んだ。攻略済みでよかったな、クソ童貞オブザワールド。近いうちに捨てることになるけど。自分の出生については知らないけど、ポチタと融合した後の記憶操作とかは耐性がついて無効化されてる。

本条二亜…初体験の予約、入りまーす。サバサバしてるけど、窒息するほどドロドロした愛情を抱いてる。五年間の付き合いがあるし、正ヒロインムーブが強すぎる。

鳶一折紙…見舞いに来た真那から士道の体のことを聞いた。そこで、ポチタと契約を結ぶことを企む。知らんうちに妹殺しを強要しているが、この後、イフリートの正体を知ることになる。尚、見ても一切の後悔なく、「それでも殺す」と憎悪を煮やしている。この人、チェンソーマン世界でもやっていけそうだと思うの、私だけかな?

五河琴里…記憶も取り戻したいし、再封印もしなきゃいけないけど、それよりも「おにーちゃんとデートしたい」という欲が強過ぎて二つとも後回しにした。偽ポチタにブラコンを完全に見抜かれた上で手玉に取られ、めちゃくちゃ悶絶した。

偽ポチタ…イカれポンチに慣れたせいで精神操作系スキルが無効。


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五河士道、悪魔になる

書いててドン引きした。

筆が乗ったから早めに投下。


「…ふ、ふーん。アンタのチョイスにしては、上出来なんじゃない?」

「童貞の妄想みたいで、ごめんだけどな」

 

遊園地にて。

夏季限定で開放されているプールをひとしきり楽しんだ琴里が、尊大に振る舞う。

士道が苦笑を浮かべ、童貞の妄想力でプランを立てたことを正直に告白する。

琴里はそれを蔑むことなく、薄く笑った。

 

「楽しけりゃいいわよ。

デートってそういうものでしょ?」

「…ん。さ、これからどうする?

おにーちゃんとしては、プールで遊ぶだけでもいいけど、遊園地に来てアトラクションに乗らないのも違うだろ?」

「誘い文句が回りくどいわよ。

頑張ってキザっぽく言ってるの見え見え。

まぁ、どーしてもって言うなら行くけど」

「どうしても行きたい」

「…ふふっ。じゃ、行きましょうか」

 

幸せとは、こういう感情を言うのだろうな。

そんなことを思いつつ、琴里は差し出された士道の手を握る。

何度もチェンソーが肉を裂いた手。

線が細いから分かりにくいが、触ると少しゴツゴツしている。

こうして兄の手を握ったのは、半年は昔のことだっただろうか。

一歩ずつ大人へと近づく兄を見上げることが出来たのは、一生の自慢話だ。

…間違っても、本人には言わないが。

 

「ポチタは最後まで顔を出さないのね?

こう言う場所だったら、喜んで士道の意識を押し退けそうだったけど」

「邪魔しないように頼んだ。今日は楽しみにしてた琴里とのデートだからな」

「…そ、そう」

 

顔を赤くし、目を逸らす琴里。

実際は「大人しくしてないと、支配の悪魔とチェンソーマンでエロ同人を描いてやる」と脅したのだが。

創作の中とはいえ、よっぽど支配の悪魔と関係を持つのが嫌なのか、ポチタは士道の意識を奪うことなく、苦虫を噛み潰した顔でプールを楽しむ二人を見つめているだけだった。

殺される勢いで愚痴を吐かれるだろうな、と思いつつ、士道は琴里と一旦別れ、更衣室に入った。

 

『…コトリのヤツ、注射の痕があったな』

「流石に気づいてるよ」

 

開口一番に飛び出たのは、意外にも琴里への心配だった。

相変わらず、悪魔らしからぬ優しさを見せるポチタに、士道が微笑んでいると。

ポチタの辟易のため息が、数秒続いた。

 

『薬が必要なほどに深刻な状態なんだろう?

何故、今すぐに封印しない?』

「琴里はこういう口実がなきゃ、デートに誘えない年頃なんだよ」

『…その気遣いはいいが、いざとなったら無理矢理に封印しろよ。

鳶一折紙という爆弾がいるんだ。

ああいうのは最悪、装備を持ち出して襲撃とかやらかすぞ』

「…悪魔にも復讐鬼とかいたのな」

『戦争を殺した直後、姉妹関係にあった飢餓が怒り狂って殺しにきた。

よくも妹をーとかピーピーうるさかったから、殺して首を並べてやった』

 

前言撤回。優しさのカケラもなかった。

しかし、そんな猟奇的な体験談に救われているのも事実。

士道は複雑な表情を浮かべ、ロッカーを開けた。

 

「あ」

『どうした?』

「パンツ忘れた」

 

ポチタの深いため息が、士道のものと重なった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「勃起隠蔽のファールカップは持ってきたくせして…」

「か、可愛いドジってことで…」

「その年で可愛いはキツイわよ」

 

妹の呆れた一言が深く突き刺さった。

自宅から水着を着ていたのが、完全に裏目に出たのである。

結局、ファールカップのみ装着したノーパンという、あり得ない痴態を晒すことになった士道。

しかし、ノーパンであれど、デートに支障が生じることはない。

士道は笑って誤魔化し、「まったく」と尚も呆れる琴里と共に、手元のパンフレットを覗き込んだ。

 

「…お、コレ。昔、琴里が身長制限で乗れなくて、めちゃくちゃ泣いてたヤツだよな」

「ばか!そんなこと思い出さなくても…。

し、士道だって!『今はこの平穏に浸っていようではないかー』とか、痛々しいこと散々言ってたくせに!」

「ホント、懐かしいよな。二人きりなのは初めてだけどさ」

 

ぼふんっ、と湯気を立てそうな勢いで顔を真っ赤にする琴里。

兄が強い。勝てない。

なんとも言えない敗北感と歓喜に、感情が入り乱れた表情を浮かべる。

一方で、士道は琴里に見えないよう、羞恥に打ちひしがれていた。

 

(うごぐぁぁぁああああっ!?)

『だから言ったろ。早く治せと。

…まぁ、コトリの前で取り乱さなかったのは褒めてやる。慣れてきたな、シドー』

(え?そ、そりゃ、特訓は続けてるしな)

『なら気絶するな、ヘタレ大魔神。

次もやらかしたら、お前とトノマチでエロ同人を描いて、学校中にばら撒いてやる。

童貞よりも先にケツの処女をコミック同人で奪ってやる』

(………が、頑張り、マス…)

 

相当根に持っていたらしい。

洒落にならない脅しに冷や汗をかくも、悟られないように努めた。

殿町の名誉と尻の処女は守れないかもしれない。そんな情けない不安を抱えながら。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「っはー…。遊んだなー」

「年甲斐もなくはしゃがないでよ。

こっちが恥ずかしいじゃない」

 

数時間後。

一頻り目ぼしいアトラクションを堪能した士道は、息を切らし、力無く笑う。

遊びによる疲労など、いつ以来だったか。

そんなことを思いながらも、琴里はぷいっ、と不機嫌を装った。

 

「はしゃぐだろ。水入らずなんだし」

「ゔっ…。く、口が上手くなったわね…」

「お前がやったんだろ?」

「……そうね。そうだったわ」

 

まさか、あの受け身な兄に振り回される日が来るとは思わなかった。

自分が仕込んだとは言え、さりげない褒め言葉が心地よく感じる。

ふわふわとした気分に浸っていた、その時のことだった。

 

「ぐぁあっ!?」

 

悲鳴と共に、眼前に人影が墜落したのは。

二人して目をひん剥いていると、琴里の携帯から着信音が響く。

一方、士道は慌てて土煙に包まれたシルエットに駆け寄り、息を詰まらせた。

 

「と、十香…!?」

「す、すまん…。止めはしたのだが…」

 

煤と傷に塗れた姿の彼女に心配を向ける。

と。弾丸の嵐が、驚愕のあまり棒立ちになっていた琴里へと襲いかかった。

 

「っ、させるか!!」

 

士道は咄嗟に胸元のスターターを引き、腕から突き出たチェンソーで弾幕を受け止める。

無論、チェンソーにも痛覚はある。

弾丸が肉を貫通する痛みに、士道は歯を食いしばった。

 

「士道!」

「狂三で慣れた!!」

 

何気なく発した言葉に、琴里の表情に陰りが生まれる。

こういう性格であるというのは知っている。

しかし、それで納得してしまうほど、琴里はめでたい頭をしていない。

取り返しのつかない深みに落ちてしまいそうな危うさを孕んだその姿に、不安が止まらなかった。

 

「俺の琴里に、何をしている…!!」

 

怒気を放ち、牙を剥き出しにする士道。

その瞳の先には、憎悪を燃やす折紙が佇んでいる。

その背には、砲身二つが前に突き出た、なんとも前衛的なデザインの装備があった。

 

「…取引を忘れたの?」

「『〈イフリート〉を殺すために力を貸せ』とは言われたが、『敵対するな』とは言われてない。

言葉足らずだった自分を呪えよ」

 

とんだ屁理屈である。

ふざけるな、と叫びかけるも、伸びたチェンソーのチェーンが装備に巻き付いた。

 

『お前も悪魔らしくなってきたな』

「誰かさんのフリ見て、な!!」

 

士道が思いっきりチェーンを引くと、折紙の体がシェイクされる。

しかし、折紙は軌道に球状の結界を置くことで無理矢理にそれを止め、琴里に向けてミサイルを放った。

 

「琴里!!」

 

ミサイルが琴里の体に触れる直前に、士道がその軌道上に立ちはだかる。

着弾したミサイルは、士道の肉を最も容易く吹き飛ばし、臓物をその場にばら撒いた。

 

「おにーちゃんっ!!」

「…ってェェェええ…!!」

 

痛いで済むような傷ではない。

グロテスクな音を立てて患部を治すと、殺到する弾幕から背を向け、仮面を解いた。

 

「琴里。こんな形でごめんな」

 

士道は謝ると共に、血に濡れた唇を、琴里のものに押し当てる。

瞬間。琴里の脳裏に、ぼんやりとした情景が流れた。

 

────勝手に唇を奪って気絶しおって!一体全体何がしたかったんだお前の妹は!!

 

そんな愚痴と共に、炎の中を突っ切る士道…否、チェンソーマンの背から見える景色。

琴里が愕然とする前で、士道は炎を纏いながら、ポチタに問いかけた。

 

「なぁ。俺にも『悪魔としての姿』はあるんだよな?」

『…勧めはせんぞ。後悔する』

「今やらなきゃ、その後悔は一生だ…!!」

 

啖呵を切った士道は、深く息を吐く。

瞬間。その脳天を、機械的なラインが走る斧が裂いた。

 

「おにーちゃん…?」

 

両腕が嫌な音を立てて、砲身と斧が一体となった武器…琴里の天使である《灼爛殲鬼》に変わる。

人間というには、あまりに悍ましい。

悪魔と呼ぶべき存在が、そこに居た。

 

「『精霊の悪魔:イフリート』って言ったところか?

なんか、気分がいいや」

「し、士道…?」

「あー…。そんな場合じゃなかったな。契約を果たさないと」

 

肉を裂き、焦げるような音が響く。

士道…いや、精霊の悪魔が、己の首に右手の斧を突き立てているのだ。

ぼたぼたと溢れ出す血液を前に、琴里と十香は愚か、折紙でさえも絶句した。

 

「な、なにしてるの!?

や、やめ、やめてっ…!やめてってば!」

「シドー!やめろ、やめてくれ!!」

「しど…」

「〈イフリート〉を殺すんだろ?

だったら、黙って見てろ…!!」

 

骨に刃が突き刺さる。

折紙たちの言葉を制し、精霊の悪魔は〈イフリート〉を殺しにかかった。

 

「や、やだっ!やめて!やめてよ!!」

「シドー!頼む、シドー…っ!」

「士道!私はこんなこと望んで…」

「お前が言ったんだ!

〈イフリート〉を殺せって!!

それなら、〈イフリート〉である俺が死ねば全部解決だろ!?天才の発想すぎてノーベル賞貰えちまうなァ〜!!」

 

ギャハハハハ、と士道のものとは思えない笑い声を上げ、骨を砕く。

その刃が振り切れた瞬間。

精霊の悪魔の生首が、折紙の足元に転がった。

 

「はい、一回死んだ」

 

絶望する暇もなく、そんな軽い声が生首から響く。

狂ってる。それも、『頭のネジが外れてる』などという表現で済まされないほどに。

精霊の悪魔の体は生首を掴むと、そのまま切断面に押し当てる。

と。ぶわっ、と炎が噴き出ると共に、何事もなかったかのように断面がくっ付いた。

 

「これで契約は達成した。俺は〈イフリート〉を一回殺したぞ」

「………な、なにを、言って…?」

「見ただろ?俺が〈イフリート〉なんだ。

お前が殺そうとしている精霊は俺なんだよ。

だからお前の復讐お終い!

俺が俺を殺しちゃったんだからなァ!!

なぁ、なんか違うか!?

〈イフリート〉を殺せって言われたから殺してやったぞ!?」

「や、や…っ。やだっ…」

「『やだ』じゃない。お前がやりたかったのは、こういうことだ」

 

崩れ落ちる折紙に、精霊の悪魔は冷ややかな視線を向けた。

これが、最愛の兄の行き着く先。

恐ろしく、悍ましい姿を前に、琴里はカタカタと震え、不安を吐き漏らす。

 

「……おにー、ちゃん…?」

「…っ、ちょ、ちょっと待って。

今、抑える…」

 

ふー、ふー、と深呼吸を繰り返すと共に、噴き出す炎が収まっていく。

軈て、全ての変化が戻ると、いつもの五河士道が立っていた。

 

「…ごめんな。なにやってんだよ、俺…」

『わかったか?悪魔になるというのは、こういうことだ』

 

優しい声音に、琴里はひどく安堵した。

生首があった血溜まりにしゃがみ込み、士道は呆れと後悔を漏らした。

 

「…取り敢えず、いろいろ話したい。

ちょっと着いてきてくれるか?出来れば、ラタトスクの干渉もナシで」




五河士道/精霊の悪魔…悪魔形態だと途端にイカれる。形態は現在のところ五つが解放されている。尚、ポチタとの契約における死亡カウントには入ってない模様。よかったね。

偽ポチタ…ドン引きした。まさか、ここまで悪魔らしくなると思ってなかった。自分が原因の一端を担ってるので気まずい。

五河琴里…ドン引きした。幸せな気分が吹き飛ぶくらい引いた。こういうことするやつだとは思ってたけど、ここまで悪辣になるとは思ってなかった。悪魔だから仕方ないね。

鳶一折紙…ドン引きした。復讐心はまだ満々だけど、取り敢えず話を聞こうと思うくらいには頭が冷えた。〈ホワイト・リコリス〉の負担?知らない子ですね…?


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本条二亜は、狂っている

偽物だけどアイツが出ます。未来最高!


「侵食率自体は、前と変わんないね。

ただ、精神面は結構ヤバめ。

少年の場合、元の気質もそうだと思うけど、ポチタって例があったのも裏目に出た。

そーとー無茶したんじゃない?あそこまでハイになるのって、五年前以来じゃん」

「……はいっ。その通りでございます」

 

勝てない。

士道を言葉で追い詰める二亜を前に、琴里、折紙、十香の3名は言いようのない敗北感を味わっていた。

大人の余裕とでも言うべきか。

無論、参考になる部分は多々あるが、それも士道との揺るぎない信頼関係があってのものなのだろう。

とても真似できないソレを前に、三者三様の嫉妬を向けていた。

 

「…で、この子たちを連れてきたのは?」

「気持ちと情報の整理のため。

やらかした俺じゃちょっと無理そうだし」

「そりゃ、自分で首チョンパしたんでしょ?

しかも、めちゃくちゃゆっくり」

「なんか、切れなくて…」

「そういう言葉が出てる時点で反省ナシか。

じゃ、私と子供作って、嫌でも無茶できなくさせてやろうじゃーにゃいの」

「ば、は、はぁああっ!?」

「……遺憾」

 

琴里の素っ頓狂な声と、折紙の地の底から響くような声が重なる。

一方で、十香は性知識が全くないためか、慌てる二人に首を傾げていた。

 

「どうしたのだ、二人とも?」

「早く抵抗して!おにーちゃんがこのアラフィフに盗られちゃう!!」

「閉経済みのはず。子供は出来ない」

「ところがどっこい。封印済み精霊だから体は19でさ、ガッツリ排卵してんだよねー。

あ、おにゃのこの日だから、股にナプキンしてんの。見る?ダッバダバ血ィ出てんの」

「言わんでいい!!」

「ん?……ん?……むぅう?」

 

尚も唸る十香に、折紙が耳打ちする。

と。みるみるうちに顔を赤くし、十香は士道の腕に抱きついた。

 

「シドーは渡さんぞ!!」

「残念だねー。私が童貞貰うこと確定しちゃってんのよー。契約なんで」

「外堀埋められてたぁあああっ!!

うわぁぁああああんっ!!」

「不覚…っ」

 

二亜の宣告に琴里が号泣。

折紙は悔しそうに歯噛みし、童貞がなにかもわからない十香は「な、何やら知らんがそれでも渡さんぞ!」と、腕を抱き締める力を強める。

もはや、へし折りに来ている。

ミシミシと骨が軋み、冷や汗を流す士道の耳に、ポチタのため息が響いた。

 

『死ね』

「シンプルな罵倒…」

『…ああ、二度は死んでたな。

八つ裂きの刑というのがあっただろ。

今度はアレみたく女に裂かれてしまえ』

「……嫉妬?」

『殺すぞクソボケ』

 

クソ童貞の嫉妬から吐き出される怨嗟に、士道は乾いた笑みを浮かべた。

ポチタが意識を入れ替えると、十香の拘束が緩み、押し付けられていた感触が離れていく。意識の入れ替えに気づいたらしい。

クソ童貞の繊細ハートをひどく傷付けながら、ポチタは混迷を極めた場を諫めた。

 

「落ち着け、お前ら。

コイツの童貞が取られたからなんだ。

お前らの愛はソレで尽きるほど安いのか」

「そ、そういうわけじゃ…」

「良いことを言う。童貞卒業がいい思い出とは限らない。

寧ろ、慣れた分だけ激しく愛してもらえると考えればプラス」

「……はぁ」

 

呆れと悲しみを吐き出すと共に、意識の奥へと引っ込み、落ち込み始めるポチタ。

数万年も童貞を守ってきた男のハートは、わりと脆かったらしい。

薄れた記憶ではあるが、まだ股ぐらにぶら下がるモノがあった時代に生きていた世界では、士道の行いが吊し上げられるのは確実だというのに。

一体、何が違うと言うのだろうか。

意識の奥で考え耽るその背は、ひどくちっぽけに見えた。

 

「…ポチタがガチで凹んでるから、ちょっと出るわ。あと頼むな」

「……今までよく我慢できたよね」

「ん?」

『くたばれクソ野郎』

「なんで!?」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…なぁ。悪魔って、皆ああなのか?」

 

最寄りのコンビニにて。

結露滴る缶入りカフェオレを啜り、拗ねたポチタに問いかける士道。

ポチタは暫し黙っていたものの、沈黙に耐え切れず、口を開いた。

 

『本能的なのは変わらんが、利他的な性分のヤツは居ない。皆無だ。私含め、地獄に住まう悪魔は自己中が極まっている。

私で思い知ってるだろうが、悪魔には理性というタガが存在しない。

これらはどの悪魔にも言えることだ。

だからこそ、お前は衝動に呑まれ、短絡的な発想で自分の首を切断した』

「…自分でも馬鹿なことしたって思う。

もっとやり方はあった。それはわかってたけど、ああすることしか頭になかった」

 

本当に恐ろしいのは、そんな在り方でさえも肯定してしまいそうな自分だ。

そんな弱音と共に甘ったるいカフェオレを飲み干し、残った缶をゴミ箱に投げ入れる。

心臓を覆う不安が拭えない。

呼吸が詰まっている気さえする。

自己嫌悪ばかりが頭を埋め尽くす中、ポチタがため息をついた。

 

『人間としての思考回路が残ってるんだ。

勃起の亜種とでも思っとけ』

「…気遣い下手だよな、お前」

 

少しだけ、呼吸が楽になった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「〈ホワイト・リコリス〉ねー…。

ほむほむ。エッロい作りしてんねぇ。

デメリットなきゃ乗り回したいとこだけど、人体にゃオーバースペックっしょ。

…人を素材程度にしか思ってないってのが目に見えてマジで気に食わんわ。

コレをノンフィクションでやらかすアホに生きてる価値、あると思う?」

 

日がどっぷりと沈み、誰もいない公園にて。

二亜の冷え切った声色に、一人連れ出された折紙の表情が歪む。

両親の仇は琴里…イフリートではないと言う事情は把握したが、これ以上何の用があるのだろうか。

そんなことを思いながら、折紙は二亜の視線の先にある物体を見やる。

そこには、持ち出した装備…〈ホワイト・リコリス〉が佇んでいた。

そう。あろうことか、精霊を殺すための装備が、精霊の手でいじくり回されているのだ。

今頃、陸自が必死になって探しているだろうと思うと共に、ふと疑問が浮かぶ。

 

「あ、期待してんならごめんね。ASTの皆様方は妨害させていただいてまーす。

『永遠の悪魔』って言ってね。どんな妨害してるか、それだけでわかるっしょ?おんなじとこぐーるぐる回ってるの。

ま、モノホンよりメンタル激弱だから、十回も殺せば心折れるのが欠点だけど…。

そこも対策済み。出撃用の地下鉄に能力かけてもらってね。時速100キロの地下鉄から飛び降りないと戦えもしないよ」

 

出鱈目が過ぎる。

ごくり、と生唾を飲み込む折紙に、二亜は悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「安心してよ。1日一体しか作れないから。

『1日で消えるとは言わない』けど」

「…悪魔の軍団でも作っているの?」

「惜しい。現在進行形じゃないよ」

「………っ」

 

光と闇をそのままぐちゃぐちゃに混ぜたかのような不気味な眼光が、折紙を捉える。

ラタトスクの観測器がこの場にあれば、その感情の凄まじさに、たちまちエラーを吐いていたことだろう。

その目に燃ゆる憎悪は、同じ思いを抱く折紙ですら飲まれてしまいそうな程に、深く悍ましいものだった。

 

「…何故、それを私に知らせる?」

「いやねぇ。生み出した悪魔の一人が、君を見た時からうるさくってさ。

もし良かったら、話してみる?

手ェ出さないように手綱は私が握っとくし、一聞の価値ありだよー?」

 

二亜の誘いに、折紙は暫し迷う。

数分だろうか、数秒だろうか。

どのくらい経ったかもわからない沈黙を経て、折紙は軽く頷いた。

 

「いい返事ね。じゃ、呼ぶよ。

悪魔の貯蔵庫(ベルゼブブ・コレクション)】、『未来の悪魔』」

 

顕現した本が開くと共に、人影がゆっくりと構築されていく。

ぱっくりと開いた腹部に鎮座する眼球。上半身を覆う毛は、濡れた獣を想起させる。

閉じられた六つの目に、側頭部から伸びるツノは、枝のように見えた。

がっしりとした体躯を誇るその悪魔が地面へと降り立つと、その場で意味のわからないダンスを始める。

 

「未来!最高!!未来!最高!!

イェイ!イェイ!未来!最高!!

私を呼び出したということは、我が母も『未来最高』と叫びたくなったのですか!?」

「いや全然」

「ショック!過去最悪な気分です!!」

 

存在がうるさい。

声がうるさい、セリフがうるさい、動きがうるさいの三拍子が揃っている。

『騒音の悪魔』の間違いなのでは、と思いつつ、二亜は折紙を指差した。

 

「ほら、会いたがってたっしょ?

自己紹介しなさい」

「私は『未来の悪魔:レプリカ』!

オマエも未来最高と叫びなさい!!」

「断る」

「殺すぞ!!」

 

最悪のファーストコンタクトである。

「ファーストコンタクトでありワーストコンタクト」というユーモア溢れる一節があったな、と思っていると。

二亜が未来の悪魔:レプリカの胸毛をごっそり抜いた。

 

「ふごぉうっ!?」

「ダークネス企業の手先でもないお客さんを殺さないの。本題に移りなさい」

「お、オマエが叫ばないせいで母に叱られてしまったじゃないか!畜生!鬼!悪魔!」

「責任転嫁しないの」

「ほぉうっ!?」

「………」

 

毛を抜かれ、悶絶する未来の悪魔:レプリカ。

それに冷ややかな目線を送っていると。

急激に未来の悪魔:レプリカに頭部を掴まれ、ぱっくり空いたその腹部に突っ込まれた。

 

「っ…!?は、離して…!!」

「すぐ終わる。大人しくしてろ」

 

抵抗するも、万力のような力で押さえつけられ、抜け出すことができない。

眼前にある瞳に、心の底まで覗かれていそうで、えもいわれぬ怖気が背筋を走る。

数秒経つと、折紙は乱暴に床に投げ捨てられた。

 

「っ…、な、なにを…」

 

尻餅をついた折紙が問いかけるも、未来の悪魔:レプリカは答えない。

と。彼の喉奥がくっ、くっ、と音を立てた。

 

「おい、オマエ。私の力が欲しくないか?」

「なんの…話…?」

「オマエ、力が欲しいんだろう?私が貸してやると言ってるんだ」

 

悪魔の囁きに、折紙は唾を飲む。

何故、と瞳で問いかけると、未来の悪魔:レプリカは醜悪に笑った。

 

────オマエは最悪の結末を迎える。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…何を企んでいるの?」

 

折紙と別れ、帰宅した二亜を出迎えたのは、見るからに不機嫌な琴里と十香だった。

どうやら、士道はまだ帰っていないらしい。

やることが多いな、と思いつつ、二亜は琴里の問いに締まりのない笑みを浮かべた。

 

「えー?人聞き悪いにゃあ、妹ちゃんは。

近いうちにお姉ちゃんになるかもしれないんだし、もーちょい優しくてよ」

「そんな冗談を聞きたいんじゃないの。

アンタ、士道を付き合わせて何をするつもりなの?」

「…誤魔化されてくんないか」

 

冷たい針が、髄を貫いたような気がした。

二亜は表情を変えぬまま、しかし、どこか危うげな雰囲気を纏い、口を開く。

 

「殺されかけた挙句、目の前で好きな人殺されてんだよ?

それでなんの感情も湧かないほど、人間やめた記憶はないにゃあ」

「復讐でもする気?」

 

二亜の変貌に臆することなく、淡々と問い詰める琴里。

想定していた質問だったのだろう。

二亜はにっこりと笑みを浮かべ、踊り始めた。

 

「そ。少年を刺したあのアマも、それを指示したクソ野郎も、それに追従するダークネス企業も。全部ぶっ殺してやろうかと思ったけど、殺すってなんかパッとしなくない?

スッキリしないっていうかさ、すぐ終わっちゃう割にクソ重いじゃん?

だから、軽ーい嫌がらせを企んでるわけ。

復讐ってさ、漫画描いてるとクソ重たい話になっちゃうけど、ホントは嫌がらせレベルでいいの。

ストレスでハゲ散らかしてノイローゼとかにならないかなー、って軽い気持ちでやる程度のモンなのよ」

 

陰湿にも程がある持論を展開し、琴里の頬に触れ、顔を近づける二亜。

頬に伝う指の感触が、毒虫が這っているように思えてならない。

顔にかかる息は、悪魔のソレに等しい。

体の中からじわじわと侵食されていくような感覚に、琴里は小さく悲鳴を漏らした。

 

「琴里から離れろ…!

お前の言葉は、気味が悪い…!!」

 

と。琴里を抱き寄せ、険しい表情を浮かべた十香が、鋭い目つきで二亜を睨め付ける。

今にも斬り殺しにかかりそうな程に剣呑な雰囲気を纏う十香に、二亜は一転、締まりのない笑みを浮かべた。

 

「ありゃりゃ、ごめんね。

私も少年のことが大好きだからさ。

少年を目の前で殺されたせいで、ちょっと頭イカれちゃったんだよねー。

だからさ、大目に見てくれないかにゃー?」

「………っ」

 

十香にも、その感情の波には覚えがあった。

初めてのデートの日。十香を庇い、士道は腹を大きく削られた。

血溜まりに沈む彼が脳裏を過ぎると共に、ゾワゾワと胸に不快感が広がっていく。

十香は蘇りかけた記憶を振り払い、二亜に悲しみを込めた瞳を向けた。

 

「……私も、同じ体験をしたことがある。

一切合切が憎くてたまらなかった。全ては無理でも、シドーの仇だけは取ってやると心の底から思った。

でも、シドーは生きていた。それだけで、そんな気持ちが全部吹き飛んでしまった」

「そう。良かったね」

 

淡白な返答にたじろぐも、十香は辿々しく、しかし確かに胸の内をぶつけた。

 

「シドーがこの世界で生きている。

どんな姿でも、どんな力を持とうと、私と同じ世界を見ている…!

それだけで幸せでたまらない!

琴里も、四糸乃も、お前だってきっと、そんな幸せを感じているはずなのだ!

それなのに…!お前は何故、そんな辛く、醜い気持ちを抱き続けている!?」

 

呟きから怒鳴り声に変わった十香の言葉に、二亜は笑みを崩さない。

作り物のように笑顔を貼り付けた二亜は、弧を描いた口元を開いた。

 

────五河士道が悪魔になったキッカケが、他でもない私だからね。

 

ひゅっ、と二人の喉が鳴る。

薄らと開いた瞼から覗く二亜の瞳に、ドス黒い感情が籠っているように思えた。

 

「ね?私が狂うしかなかった理由、わかっちゃったでしょ?

私が少年を引き返せない場所に堕としちゃったって罪悪感と、それでも少年が大好きって気持ちがぐちゃぐちゃに混ざったせいで、半分はもうとっくに反転してるし。

ギリ正気だから、悪魔関連の能力を『ベルゼバブ』じゃなくて『ベルゼブブ』って言ってんの」

 

二亜は言うと、ゲーミングチェアに勢いよく腰掛け、その手に《囁告篇帙》を顕現する。

よくよく見ると、その半分は禍々しい装飾が走っており、威圧感を放っていた。

二亜はそこから二枚の紙片を引き抜くと、スラスラと筆を走らせる。

 

「こんな気持ちを抱くのは私だけでいい。

あなたたちに、こんなドロドロした感情を抱いてほしくない。少年も望まないからね。

だからさ、お願い。私と『契約』してくれないかな?」




本条二亜…とうとう本性出したね。士道とポチタも、二亜が自責の念で狂ってることは知ってる。実は《神蝕篇帙》を奪った黒幕が使ってた能力の応用で悪魔を生み出していたので、半分反転は前々から示唆していた。恋心を自覚した途端に狂うという最悪の初恋だけど、本人はそんな恋ができたという理由で幸せ。

未来の悪魔:レプリカ…原作チェンソーマンに出てくる本人ではないので悪しからず。性格は限りなく近いが、士道と二亜には絶対に敵意を向けないようにプログラムされている。目をつけた折紙と契約に成功し、「未来最高!」と叫び、踊っている。

鳶一折紙…未来の悪魔が好きそうな鬱展開が待ち受けている女。永遠の悪魔がASTを解放する前に出頭した。懲戒解雇を覚悟していたものの、本作の黒幕に目をつけられたお陰で辞めずに済んだ。未来の悪魔と契約したことにより、「未来最高」と言うと、数秒先の未来を見ることができるようになった。

【悪魔の貯蔵庫】…二亜が五年間溜め込んだ悪魔たちが蠢いている。ポチタの知識がベースとなって生まれているので、士道とポチタのことを「我が父」、二亜のことを「我が母」と呼ぶ個体が多い。


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偽ポチタ、呆れる

コイツ、ポンコツが過ぎるぞ…!?


「…この修学旅行、作為的なものを感じるの、俺だけなのかな?」

『バカタレ。全員が訝しんでたろうが。

確実に私たちが要因となっているぞ』

「ですよね…」

 

ぐうの音も出ない指摘に、士道はがっくりと首を垂れる。

その手元には『修学旅行の行き先が変更となった』旨が記された書類があった。

元は沖縄という、進学校にしてはありふれた行き先だったのだが、予定していた宿泊先が唐突に崩落してしまったらしい。

代わりの宿泊先も埋まっており、どうしようかと悩んでいたところ、クロストラベル社だとかいう旅行会社が「生徒を被写体として、パンフレット用の写真を作る。旅費はこっちで持つので、『或美島』という島に来てくれないか」と接触。

あまりの好条件に訝しみはしたものの、学校としては断る理由もないので受けた、という顛末があったらしい。

保護者用のためか丁寧な文体だが、よくよく情報を噛み砕くと、きな臭い点が目立った。

 

「タイミング良すぎなんだよな。

令音さんから聞いたけど、クロストラベルって会社、あのダークネス企業の系列会社なんだろ?」

『確実に動いているだろうが…。

心配するな。ニアも「行き先が悉く被りまくる一般人枠」として同行すると言ってる』

「無理あるだろ」

 

漫画家から搾り出されたとは思えないほど苦しい設定に、士道は呆れを吐き出す。

しかし、DEM関連にトラウマを抱く二亜が同行しても大丈夫なのか。

心配が湧いては消え、足元がソワソワと忙しなく動く。

と。ポチタが呆れたため息を吐いた。

 

『寧ろ、お前から離れた方が危険だ。

「保険」の発動にラグが生じる。その間に殺される可能性もあるぞ』

「わ、わかってるけどさぁ…」

『それに、アレはお前が想っているよりも遥かに逞しい女だ。

不安要素はお前の方が多いくらいだぞ』

「例えば?」

 

ポチタの物言いに、表情を強張らせる士道。

口喧嘩では彼に勝てないとわかっているはずなのに、具体例を求める言葉が口を突いて出てしまった。

後悔するもすでに遅く、ポチタの口撃が始まった。

 

『まず「精霊の悪魔」としての暴走だ。

トーカやオリガミが危険に陥れば、お前は躊躇いなく悪魔としての力を使う。

そうなれば何をしでかすか、お前自身にも分からんだろう?

次にトーカの機嫌取りだ。

無論、オリガミもお前に迫ることだろう。

どちらもお前に恋慕を向けてるんだ。

修学旅行という一生に一度の思い出を、お前と共に過ごしたいと思うのは自然なこと。

お前は軋轢を産まぬよう、努めねばならん。

…ああ。そういえば、帰宅すればヨシノとコトリの機嫌も取る必要があったな。未だに童貞を捨ててないんだ。お前のようなヘタレスケコマシドスケベにそんな器用な真似ができんことは…』

「ストップ。ストップ。死ぬ」

 

正論で殺されるかと思った。

ひょっとして、自分は『情けない』という単語を凝縮して生まれた存在なんじゃないか。

そんなくだらないネガティブ思考が脳を埋め尽くし、士道はため息を吐いた。

 

「…神様仏様。出来ることなら、いい思い出で終わらせてください」

『神が悪魔の祈りを聞くと思うか?』

「やめて。わかってるから」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「なんで私まで…」

「心臓治してあげたの、だーれだ?」

「わかってます、わかってますって…。

はぁー…。人使いの荒い女に借りを作っちまったですねぇ…」

 

士道たちを乗せた飛行機が到着するまで、あと数分。

一足先に空港に着いた真那は、線の走った左手をまじまじと見やり、ため息を吐いた。

その視線の先には、楽しむ気満々なのか、アロハシャツに身を包んだ二亜が、なんとも愉快なグラサンをかけて佇んでいた。

変装なのだろう、ボサボサの髪を隠すように被さったロングヘアのウィッグが揺れる。

ぱっと見では二亜だとわからない。

真那も同じように、普段は結んでいる髪を解き、染髪剤で黒く染めていた。

 

「確かに、『心臓ダメになったから、代わりの用意出来ねーですか』って聞きましたよ?

…コレはないでしょ。しかも、モノホンよりかなり弱ぇんでしょ?」

「うんにゃ。ポチタの血ィ飲ませたから、モノホンと同じくらい」

「…それだけで強くなるなら、なんで全員に飲ませねーんですか?」

「殆どをポチタが嫌がったから。

強化できたのは、ポチタが地獄で仲良くしてた子と、私のオキニ、保険くらい。

そいつに飲ませるのだって、本当は反対されたんだから」

 

そんな雑談を交わし、二亜は売店で買ってきた限定フレーバーの炭酸飲料を呷る。

真那も同じものに口をつけ、ちびちびと口に含み、刺激が抜けてから飲み込んだ。

 

「…うぇっ。よく飲めますね、コレ。

味、酷くねーですか?」

「……確かにまずいね。

でも、買ったからには飲まないと」

「なんでちっちぇボトルで買わなかったんですか?」

「売ってなかったんだよ」

 

口腔を蹂躙するチープな味に顔を顰め、舌を突き出す真那。

しかし、飲み干さなければ「モラルがない観光客」という、どこにも歓迎されないモンスターに成り下がってしまう。

諦めたため息を吐き、ペットボトルに口をつけようとし、ふと口を開いた。

 

「何故、私を護衛に選んだんですか?

兄様と契約して、保険はかけてんでしょ?」

「退職届を叩きつけるなら、ド派手な方がいいと思ってさ」

「余計な気遣いです」

「じゃ、言い方変えるね。

アイツらへの嫌がらせ」

「前言撤回。全力で務めさせていただきます」

 

ビキッ、と音を立て、血管が浮かぶ。

拾ってくれた大恩はあるが、殺されかけたというマイナスが大き過ぎる。

般若のような形相を浮かべ、ふしゅう、と怒りを込めた吐息を吐き出す真那。

と。その視界の隅に、ぞろぞろと高校生くらいの少年少女が並ぶのが見えた。

 

「お、来た来た………、ん?」

 

二亜がそちらに視線を向けると、ある一点の違和感に気づき、妙な表情を浮かべる。

呆れと言うべきか、驚きというべきか。

気の毒な感情をむき出しにした顔に、真那が首を傾げた。

 

「どうかしました?」

「や、アレ…」

「ん?アレって…、え?

あ、ぇ、えぇ…?はぁ?」

 

その光景に、真那は困惑した。

高校生たちが教師の長ったらしい注意事項やら、持論やらを展開する中、そこに紛れ込んだ異物。

そう。旅行会社から派遣されたであろうスーツを纏う細身の女性に、見覚えがあり過ぎたのである。

列の真ん中あたりに佇む士道も、なんとも言えない表情を浮かべ、その女性から目を逸らしているのが見えた。

 

「バカだ。バカがいる」

「言わねーでくだせぇ。アレは自分らが1番の天才だとかマジに思ってるタイプなんで」

「や、でも…。まんま来る?」

「宣戦布告のつもりなのか、それとも何も考えてない真性のバカなのか…。

すみません、私でもわかんねーです」

 

あの日、士道の心臓を貫いた女が、何食わぬ顔でそこにいた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……バレてないとか思ってんのかな」

『イメチェン程度の変装で切り抜けられるとか思ってるクチだぞ。

お前の仇があんなバカだと思うと、こっちが悲しくなってくる…』

 

ボロクソに罵り、呆れるポチタ。

士道も同じように呆れを込め、付いてくる女性…エレン・M・メイザースを見やる。

やはりというべきか、五年前から容姿が変わっていない。

ミドルネームを抜いた程度で偽名を名乗っているつもりなのだろうか。

少なくとも、修学旅行が平穏に終わることはなくなった。

士道はため息を吐き、首を傾げる十香を見やる。

 

「どうしたのだ、シドー?難しい顔をして」

「あのカメラマンの人、いるだろ?」

「うむ」

「俺、アレに一回殺されたことあるの」

「…冗談か?」

「いや、マジ」

「………シドー本人がすぐにわかる見た目なのに、何故変装しない?」

「とんでもないバカか、作戦上バレてもいいとか思ってるのか…。

あの余裕のせいでわかんないけど、ロクでもないことを企んでるのは確か」

「…いや。多分前者だと思うぞ。

直感だが、なんかそんな感じがする」

 

十香にすら呆れられている。

一方で、当の本人は気づかれていることに気づいていないのか、女子三人のグループによって、可哀想になるほどもみくちゃにされていた。

アレでは余裕もないだろう。

出来ることなら、この修学旅行中は彼女らに付き纏われてくれ、と思っていると。

ポチタがふと、声を上げた。

 

『精霊の匂いがする。近いぞ』

「…っ!?」

「どうしたのだ、シドー?」

「せ、精霊がいるって、ポチタが…」

「む…?本当なのか?」

「信じられんなら案内してやる」

 

いつかのように、ポチタが意識を入れ替え、まばらな列から離れていく。

十香もバレないよう、それに追従した。

暫く歩いていくと、晴天が続いていたはずなのに、ぷっつりと世界が切り替わったように、暗雲が立ち込めた。

 

「な、なんだ…?」

「少し退いてろ」

 

ヴゥン、とエンジン音を立て、チェンソーを突き出すポチタ。

と。突如飛んできた中身のないゴミ箱の弾幕が、十香の顔面を捉える前に裁断した。

 

「お前はツラがいいんだ。

顔を守る努力をしろ」

「あ、ありがとう」

 

褒めているのかよくわからない言葉に、十香は困惑気味に礼を述べる。

と。ポチタは仮面の奥に潜む瞳を上空へと向け、ため息を吐いた。

 

「…二人で一体、か。面倒だな」

「なんのこと…」

 

十香が問いかけたその時。

風が強くなると共に、二つの人影がポチタたちを挟むよう、ゆっくりと降り立った。

二人を見比べると、髪型や衣装の左右に体型など、異なる点はあるものの、顔の作りが恐ろしいほどに似通った少女らである。

ポチタの言葉に納得がいったのか、十香はうんうんと頷いていた。

 

「シドー!すごいな、ポチタは!」

「あ、うん…。すごい、よな…。うん」

 

意識を入れ替えた士道は、更なる波乱への予感に、冷や汗を流していた。




崇宮真那/■■■■■■■…魔術師改造で心臓がヤバめなことになってたので、二亜にダメ元で代わりを用意してもらった。その副産物には不満いっぱいな模様。クソ暑いのに「闇夜に紛れるならこれっしょ」という要らない気遣いでロングコートを渡された。元上司のアホさ加減に呆れてる。

もやしっこー部長…「魔術を抜けば、現代社会で生きていくことすら困難なレベルのポンコツ」というのが原作設定な女。変装も「イメチェン程度でいっか」で済ませる程度にはポンコツ。

本条二亜…仇のアホさ加減に呆れてる。修学旅行に「行き先が悉く被る一般人」として同行。あわよくば膜を捨ててやろうと画策してる。けど、精霊が襲来したのでお預け確定。畜生。

五河士道/精霊の悪魔…ヘタレていまだに二亜を抱いてない。修学旅行が終われば、と先延ばしにしたら、修学旅行に同行された。とうとう貞操とお別れか、と覚悟するも、精霊の襲来により貞操は守られた。仇のアホさ加減に呆れてる。

偽ポチタ…仇のアホさ加減に呆れてる。修学旅行で万年物の貞操とお別れかと期待するも、精霊の襲来により台無しになる。畜生。


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クソ童貞、口説く

チェンソーマン、アニメ最終回良かったね。いい感じに情緒がぐちゃぐちゃにされた。


『クソ童貞を攻略してなんになる。

発情期の猿をナンパしてるのと同じだぞ』

「それ、お前も含まれてるからな?」

『自覚はある。が、お前を責めない理由にはならんだろうが。

攻略されてるのはお前だ』

「そうだけどさぁ…」

 

士道はため息を吐き、自身に付き纏う美少女二人を見比べる。

溌剌とした印象を受ける、スレンダーな体型の少女が耶倶矢。大人しい印象を受ける、グラマラスな体型の少女が夕弦というらしい。

元は「八舞」という一人の精霊だったのだが、なんらかの要因で二人に分たれてしまったという。

いつかは一人に戻る必要があるらしいが、その際にどちらの人格は消え去ってしまうことを本能的に知った彼女ら。

どうしたものか、と悩む暇もなく、短絡的な発想で『どちらかが八舞として相応しいか』を決める決闘が始まったと言う。

戦績は面白いくらいに互角で、なかなか白黒つかない。

そんな折、チェンソーマンとして場に居合わせた士道に目を向け、「この怪物を惚れさせたら勝ち」という、なんとも難易度の低いナンパ合戦が始まったのだ。

童貞を拗らせに拗らせたクソ童貞を攻略することなど、耶倶矢や夕弦ほどの美少女であれば、ガムの包み紙を剥くよりも簡単である。

始まった途端に終わりそうな勝負だが、そこは据え膳食わぬ男の恥。

貞操の喪失は必須であろう、数々の修羅場を言い訳と気絶で乗り越えてきた士道の堤防が崩れることはなかった。

 

「…ただでさえ十香と折紙で手一杯なのに」

「我がこうして身を尽くして誘惑していると言うのに、他の女の名を口にするとは…。

これは、仕置きが必要だな?」

「憤慨。夕弦の誘惑を気に留めず、第三者…それも女性の名を出すなど、論外です」

 

しまった。地雷を踏んだ。

後悔するも遅く、ぎゅっ、と二人の密着が格段に激しくなる。

立ち上がろうとするシンボルを必死に抑えていると、ポチタの呆れが響いた。

 

『…聞くが、コイツらも封印するんだろう?

同時に封印せんと意味がないだろうが…。

お前、「魔性の男」などという役回りができるか?』

 

無理に決まっているだろうが。

そう叫びたくなったが、士道は寸前で飲み込み、二人の抱き枕と化すことに徹した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…まだ繋がらないんですか?」

「手は尽くしているが…。正直、厳しい」

 

耶倶矢、夕弦の誘惑をなんとか跳ね除け、用意された部屋にて。

訪れた令音の報告に、士道は頭を抱える。

やはりと言うべきか、妨害電波のようなものが発せられているらしく、ラタトスク及びフラクシナスに通信が繋がらないのである。

そう言う根回しは出来るのに、何故にあそこまでポンコツなのか。

今頃は女子部屋に引きずられ、枕投げで筋肉痛に苛まれているだろうエレンを思い浮かべ、士道は呆れを込めたため息を吐いた。

 

「まさか、あのダークネス企業じゃなくて、精霊に振り回される羽目になるとは…。

…十香、絶対に怒ってるだろうなぁ」

「面白く思ってないのは確かだね」

「やっぱり…」

「だが、シンのやろうとしていることが分かっているためか、以前よりも安定している。

終わったらたくさん構ってやるといい。

女性に気を配れるようになったのはいい進歩だね、シン」

「まぁ、仕込まれたんで…」

 

ただでさえ、精霊の悪魔としての一面で心配をかけてしまっているのだ。

これ以上、十香たちの不満を煽れば、どうなることかわからない。

出来る限りのケアを心がけておいて良かった、と胸を撫で下ろすと共に、士道は目下の問題に頭を悩ませた。

 

『まぁ、相手にとってもイレギュラーが増えてしまったわけだ。

その利点を活かすよう、考えておけ』

「いつもの如くぶん投げやがって…」

『聞くが、私が女を口説くのに役に立った覚えはあるか?』

「いっぱいあるさ。自分じゃ気付いてないかもだけど、いい男だぜ、お前。

クソ童貞なのが不思議なくらいだ」

『……余裕から来る同情はなによりも傷を抉ると知れ、このスカポンタン』

 

本気で怒っているとは思えない、弾んだ声音で悪態を吐くポチタ。

いつものことながら、素直に褒め言葉を受け取らないのは何故なのだろうか。

そんな疑問を抱きつつ、士道は令音に指示を仰いだ。

 

「で、俺はどうすればいいですか?

正直なところ、どちらも惚れさせる魔性の男を演じるのってかなり難易度が…」

「やるしかないだろう。

そのための君じゃないか」

「……そ、そりゃ、そうですけども」

「大丈夫。フラクシナスからの援助は受けられないが、私が出来る限り協力するよ」

 

あの暴走特急が抜けただけ、ありがたいと思うべきなのだろうか。

そんな失礼なことを思いながら、士道は二人分の足音が近づいてくる音を聞き、ため息を吐いた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『ヘタレめ…!旅行前にニアを抱いていたら、アイツらにも手を出せたものを…!』

「ホンットお前さぁ…」

 

最低にも程があるクソ童貞の恨み節に、士道は眉間を抑える。

性知識はあるものの、勝負となれば恥の殆どを投球する耶倶矢、夕弦の二人の罠に、物の見事にハマったのである。

のれんを交換され、男湯に入っていたはずが一転、あっという間に女湯に入った変態となった士道。

シンボルは本能に逆らえず、突撃してきた耶倶矢、夕弦のタオル一枚に隠された裸体に反応してしまった。

 

────くくく…。どうした?我の美貌を前に言葉をうしな…、みぎゃぁああああっ!?

 

────疑問。急に叫んでどうしたのですか、耶倶矢。今ここにいるのは士道と私たちだけ。決着をつけるぜっこ…、きゃああああああっ!?

 

長年の修行により、凶悪なモノへと育ったソレの臨戦体勢を直視した二人は、それはそれはもう大いに戸惑った。

士道はなんとかその隙を突き、温泉を脱出。

二亜との契約が完全に裏目に出たことで、いつもの如く機嫌が急落したポチタを宥めて、現在に至ると言うわけである。

 

「はぁ…。汚いモン見せたなぁ…」

『アレはアイツらの不注意だろう。

それに、生娘のようなあの反応…。膜を破るような勝負はしてなかったと見た。

良かったな、シドー。童貞を捨てた後の楽しみが増えたぞ』

「二亜に怒られるだろ…」

『アイツは「自分以外の恋人の十人や二十人いても別にいい」とか言ってたぞ』

「作らんからな!?」

『では、どうやって精霊たちを抑えるつもりだ、バカタレ』

「ゔっ」

 

落とした精霊のメンタルケアには、士道本人の献身も欠かせない。

そうなれば、恋人のような関係性を持つ少女らが増えるのも当然で。

もしかして、自分は引き返せない場所にまで落ちてしまったんじゃないか、と今更なことを思い、士道は冷や汗を流した。

と。ばぁん、と大きな音がなったかと思うと、旅館で用意されたであろう、薄い着物を纏う耶倶矢と夕弦が部屋に上がり込んできた。

 

「か、耶倶矢に、夕弦…?」

「……答えろ、士道…!

さっきのは、どっちだ…!?」

「は、はへ?」

「詰問。どちらで興奮したか聞いてるんです」

「は、はぁ…!?」

 

こんな最低な形で白黒つける気なのか。

身体中の水分が、冷や汗となって一気に抜けていくような感覚に襲われながら、士道は必死に言葉を探す。

しかし。そんな暇もなく、こちらに迫る耶倶矢、夕弦の二人に生唾を飲み込んだ。

と。唐突に意識が入れ替わり、表面に出たポチタが口を開く。

 

「生理現象だ。女の裸体を見ると、男は誰だってこうなる。

わた…、俺は女に免疫がないからな。お前たちのような見目麗しい女ともなると、その欲を抑えることは難しい」

「へ、へぁ…?」

「狼狽。な、なにを…」

「そんな美少女が二人も揃っているんだ。どちらで興奮したかを見極めるなど、困難を極める。

なに、急くことはない。

まだお前たちの魅力全てを見たとは言えんからな。

お前たちの魅力を全て知った上で、納得できる結論を出してやるさ」

『ぽ、ポチタぁぁああああっ!!』

 

このクソ童貞、やりやがった。

歯の浮くようなセリフを臆面もなく並べるポチタに、士道は感動と歓喜を込め、意識の奥で叫ぶ。

意識の奥に戻ったポチタは、誇らしげながらも呆れを込めたため息を吐いた。

 

『お前のくだらない訓練を見てきたんだ。

このくらいは言ってのけて当然だろう』

(マジでありがとう…)

 

狼狽し、視線を泳がせる二人を前に、士道は胸を撫で下ろした。

取り敢えず、今日のところはまだ、結論を出さずに済みそうだ。

二人は顔を赤くしながらも、満更でもなさそうに口を開く。

 

「ふ、ふんっ!ゆめゆめ忘れるなよ!貴様は我が美貌の前に、情欲の虜になる運命にあることを!

くれぐれも!我を口説こうなどとくだらぬことは考えぬことだ!」

「忠告。惚れさせるのはこちらです。私たちを口説くなど、ナンセンスです」

『ほら、取り敢えず褒めろ。お前でもそれくらいは出来るだろ』

 

褒めろ、と言われても。

そんな文句が飛び出そうとするも、士道はなんとかそれを飲み込む。

ロマンチックに口説き文句を吐けたなら良かったのだが、中身はクソ童貞なのだ。

どう頑張ってもダサくなるに決まってる。

ポチタの言ったことの繰り返しにはなるが、効果は期待してもいいだろう、と思い、口を開いた。

 

「耶倶矢も夕弦も、口説きたくなるくらいには、とびっきりの美人ってことだよ」

「ばっ…!?な、なに言ってんの!?」

「困惑…。そ、その…」

 

面白いくらいに狼狽する二人に、士道は内心で激しく謝罪した。

十香たちのように、人間としての文化に馴染みのない精霊であれば、このような稚拙な褒め言葉でも効果があるらしい。

羞恥に負けたのか、二人は妙な声をあげながら、早足で部屋を立ち去り、勢いよく扉を閉めた。

 

『…及第点だ。私の言葉の繰り返しになったのはいただけんが。

もう少し言い方を変えろ、アンポンタン』

「前よかマシになったろ…」

『マシなだけだろうが』

「ぐぅっ…」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…あー。そりゃ暴走もしますね」

 

旅館の周辺を覆う木々の中にて。

油と破片に塗れたコートを払い、真那が血が滴り落ちる手のひらを舐める。

周囲には人型のロボットらしき物の破片が散乱している。

真那は積み上がった残骸の一つに腰掛け、土産屋で買った菓子に舌鼓を打つ二亜を見やった。

 

「私の分、残してくだせぇよ」

「あ、終わった?」

「ええ。頭のネジぜーんぶカッ飛ぶくらい、ハイになれましたよ」

 

残骸の山から飛び降り、真那は未だに鋭い痛みが残る両手を見やる。

この痛みがいつものことだと認識してしまうくらいには、非日常に慣れてしまった。

滲む血を全て舐め取ると、真那は二亜が手に持った箱に並ぶ菓子を取った。

 

「ちんすこうですか。…実は、食べたことねーんですよね」

「ちょっと変わったクッキーみたいな感じ。

お土産で貰ったモンしか食ったことないけど、こっちで食ってもあんま変わんないね」

「そりゃそうでしょうよ」

 

鉄の味が残る口内に、封を開けた菓子を放り込む真那。

確かに、クセになる独特な風味だ。

真那はもう一つ袋を手に取ると、即座に封を破り、口に入れた。

 

「あー…。飲み物欲しいです」

「血ィ飲む?」

「それはナシで。あと、炭酸じゃないやつ」

「いちごオレなら」

「お、やった。このメーカーのヤツ、美味えんですよ」

 

自販機で買ったであろう、真那はどこでも見かけるラベルのいちごオレを受け取る。

額から血が噴き出すのは難儀だな、と思いつつ、口腔に残る風味を流すように、甘ったるいいちごオレを口に含んだ。

 

「初陣、どーだった?」

「兄様とポチタさんの戦い方はまるで参考にならねーですね。

ま、扱っているモノが違うんで、当たり前なんでしょうけど」

「銃の方が良かった?」

「いえ。こっちの方が馴染みます。

兄様に近い姿ってのも気に入りました」

 

言って、薄い線が走る左手首を握る真那。

「変身方法はダセェですが」と苦言を呈すると、二亜は肩をすくめた。

 

「変身後はカッコいいし、いいじゃん。

ほら、また来たし」

 

二亜が言うと、上空から影が向かってくるのが見える。

真那はそれにため息を吐くと、左手を握る右手に力を入れた。

 

「痛いからやりたくねーんです、が!」

 

シャキン、と、薄い金属を撫でたような音が、月夜に響いた。




崇宮真那/■■■■■■■…変身するとハイになる。クソ暑い中、ロングコートを着ることに不満たらたらだったが、変身した姿を鏡で見て「あ、ロングコート以外似合わねーな」と気づいたので受け入れた。わりと旅行を楽しんでる。

八舞姉妹…士道の勃起を目の当たりにして、思わず悲鳴を上げるくらいにはウブ。お互いに抱き合って悲鳴をあげていた。

本条二亜…案の定狙われたけど、真那と悪魔たちが守ってるので無傷だった。20個入りのちんすこうを12個食べて、真那にしばかれた。

五河士道/精霊の悪魔…会って間もない女に勃起を見られた男。今回ばっかりは不可抗力と主張しても良い。偽ポチタのフォローに救われた。

偽ポチタ…一話を読み返して貰えばわかるが、クソ童貞ではあるものの、カップルメーカーとしては超優秀。周りの結婚式にめちゃくちゃ呼ばれてた。


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五河士道、選ぶ

大晦日だよ。作者もだけど、偽ポチタたちも今年で童貞捨てられなかったね。


「…あの二人、本当は仲良いよな」

『アイツらは元は一つなんだ。

ウマが合わんわけがあるまい。寧ろ、不仲な方が不自然だぞ』

 

翌日。海岸での自由時間にて、士道は照りつける太陽のもとで遊ぶ精霊たちを見やり、息を吐く。

つい先ほど行われた、八舞姉妹チーム、折紙と十香によって編成された呉越同舟チームによるビーチバレー対決。

序盤こそは八舞姉妹が押されていたものの、折紙らの煽りにより、天性の負けず嫌いを発揮した二人。

驚異的なコンビネーションで逆転勝利を収めた彼女らは二人して盛り上がったものの、ふと気づいたように不仲を装ったのである。

その光景が忘れられず、士道は眉間に皺を寄せた。

 

「…二人とも助けてやりたいけど…。

最悪、俺たちみたいな感じで、意識の入れ替えとかできないかな?」

『無理に決まってるだろう。

根本からして仕組みが違うんだ。

お前、「飛行機と新幹線は同じモノだから、同じように修理できる」とアホなこと宣ってるんだぞ、バカタレ』

「ですよね…」

 

正論に殺されかけながら、士道は思考を巡らせる。

しかし、いくら思考しても「同時に封印するしかない」という結論しか出ない頭に、深いため息を吐いた。

 

「二人同時にキスするって…」

『そこはお前の仕事だろ』

「ポチタ、変わってくれよ…。

あんな口説き文句が吐けるんだからさ…」

『抱けもせん女と接吻なぞするか。変わってほしいなら、とっとと貞操を捨てろ』

「…堅物なのか、最低なのか、よくわかんない時あるよな、お前」

『うるさい。さっさと落とすために何をするか考えろ、クソ童貞』

「それなんだよ。どーすっかなぁ…」

 

ゆらめく太陽を見上げ、ため息混じりに呟く士道。

そもそも、二人同時に口説くというだけでも至難の業だというのに。

どうしたものか、と悩んでいると。

神妙な面持ちの耶倶矢が、太陽を遮った。

 

「ちょっといい、士道?」

 

芝居がかった口調はどこへやら、しおらしい態度で士道に問いかける耶倶矢。

士道は疑問に思いつつ、「おう」と頷き、ゆっくりと立ち上がる。

耶倶矢に連れられるがままに人気のない場所へと移動すると、彼女は士道に迫った。

 

「あのさ。勝負、明日で終わるじゃん?」

「……口調、いいのか?」

「そうやって誤魔化すモンじゃないって思ったから。大事なお願いだし」

「不正なら受け付けないぞ」

「違う違う。そういうんじゃないの。

…や、ごめん。やっぱそういうのかも」

 

なんとも煮え切らない耶倶矢に、士道が訝しげに首を傾げた。

が。その疑問は、一気に吹き飛ぶことになる。

 

────あんたさ、『夕弦を選んで』よ。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「確認。士道。少し、よろしいですか?」

 

時は少し進み。

思い悩む士道の背に、夕弦が声をかける。

士道は咄嗟に表情を取り繕い、「あ、ああ」と小さく頷いた。

既視感のある流れである。

嫌な予感を感じながらも、士道は夕弦に追従し、人気のない場所へと移動する。

夕弦は起伏が乏しいながらも、神妙なモノだとわかる表情を浮かべ、士道に迫った。

 

「…懇願。勝負は、明日で終わります。

だから、士道。あなたには…」

「…耶倶矢を選べ、ってか?」

「………驚愕。気づいて、いたのですか?」

「あんだけ仲良かったらな」

 

耶倶矢に同じように迫られた、というのが本当のところなのだが。

無論、口に出せば機嫌の急転直下は確実なため、士道はその一言を飲み込む。

あの後、耶倶矢は必死に「自分よりも夕弦の方が生きるべき理由が多い」と主張し、士道の返答も聞かずに去ってしまった。

耶倶矢がこんな手段に出たのだ。夕弦も同じことをやらかすだろう。

そんな直感があった士道は、夕弦に向けて、笑みを浮かべた。

 

「『わかるよ』なんて、無責任なことは言わないけどさ。

大好きなヤツには生きていて欲しい。

そう言う気持ちは、俺にだってあるよ」

「…疑問。何故、私の気持ちが正確にわかるのですか?」

「俺にもある気持ちしかわからないよ。

夕弦の『耶倶矢に生きていてほしい』って気持ちだって、俺にとっちゃ普通の感情だ」

「請願。なら…」

「どっちを選んでも、ツラのいい美人が一人減るんだろ?

俺にとっちゃ悩みどころだ」

 

夕弦の言葉を遮り、ポチタが吐くような最低極まりない言葉を紡ぐ。

ぱちくりと目を丸くする夕弦に、士道は戯けたように肩をすくめた。

 

「でも、選びはするよ。

用意された選択肢から逃げるような真似はしない」

「…警告。その言葉、覚えていてください」

 

「どちらか一人を選ぶ」とは言ってないが。

そんなことを思いつつ、去り行く耶倶矢の背を見つめていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『……周囲を警戒しておくべきだったな。

やたらと迂闊なのはお前の悪癖だぞ』

「今更だろ…」

「む、ぐっ、し、シドー…。助けてくれ…。

髪に引っかかって…」

 

突風吹き荒ぶ中、ポチタの呆れを流し、はるか上空を見上げる士道。

隣には、共に夜景を眺めていた十香が、引っかかった枝と格闘している。

こうなった原因は、士道の迂闊さにあった。

十香に思い悩んだ様子を看破され、その場に夕弦と耶倶矢が居たことにも気づかず、二人の要求について話してしまったのである。

ソレを聞いた二人は激昂。

自分を殺し、相手を生かすための戦いを開始したのだ。

突風に吹き飛ばされ、木々に引っかかった士道は、枝から十香の髪を救出し、地面へと降り立つ。

と。迫った斬撃に、士道は意識を入れ替え、胸のスターターを引っ張った。

 

「ギャハハハハッ!」

 

久々に解放された感覚から、高揚の雄叫びをあげ、周囲にあった影を裁断する。

十香がソレに目を丸くしていると、ポチタの視線の先に佇む人影に目をやった。

 

「漸く人気のない場所に来てくださいましたね、《チェンソーマン》」

 

そこに居たのは、士道の心臓を一度は貫いた女…エレン・M・メイザース。

屈辱に歪んだ顔に、憎悪の籠った瞳。

纏う殺気に十香が唾を飲むも、ポチタは剥き出しの牙を開き、長い舌を出した。

 

「40点の女が0点になったな。

お前は知らんようだから教えてやる。

自分がバカだと知らぬ女ほど、抱く価値がないものだ」

「殺す!!」

 

ポチタの嘲笑に青筋を浮かべ、装備を顕現するエレン。

怒りのボルテージが突き抜けたのだろう。

悶える素振りも見せず、激昂したエレンは歯を剥き出しにして、ポチタを睨め付ける。

相手の地雷を的確に踏み抜いたポチタに、十香はヒクヒクと表情を引き攣らせた。

 

「…ポチタは口が悪いな」

「怒った獣ほど単純なものはないからな」

 

襲いかかる機械の軍団を均すように切り刻み、スニーカーで踏み潰すポチタ。

剥き出しの牙から蒸気を噴き出すと、ツノのように伸びたチェンソーでエレンの斬撃を逸らした。

 

『ポチタ、遊ぶな!今は…』

「カグヤとユヅルをどうにかしろ、だろ。

私たちはプレイボーイだからな。女は相手にするが、お前のような獣は相手しないんだ」

「なにを…」

 

続け様に随意領域と呼ばれる結界を張ろうとしたエレンが、ポチタの真意を問う。

と。その瞬間だった。

展開したはずの随意領域が、真っ二つに裂かれたのは。

 

「「なっ…!?」」

 

破片舞い散る中、突如して現れた人影に、エレンと十香が目を剥く。

闇夜に靡くロングコートに、両腕から突き出た薄い刃。

肉を裂いたのか、額から突き出た血塗れの刀に、どこが目で、どこが鼻かもわからぬ黒塗りの仮面。

剥き出しになった歯の間から吐息が漏れると、その異形はエレンに視線を向けた。

 

「…ってなワケです。

獣らしく首を落としてやるんで、覚悟してくだせぇよ。辞表の代わりにするんで」

「その声…、アデプタス2…!?」

 

異形…真那は、エレンの質問にため息を吐き、腕から力を抜いく。

顎を上げ、見下すように視線を向けた真那は、嘲笑を込めて鼻を鳴らした。

 

「前々から思ってたんですけど、ダッセェんでやめてくれません?

なんですか、アデプタスって。

『訳のわかんねー単語に数字つけりゃカッコいい』とかマジに思ってんですか?」

「私に牙を剥いた挙句、アイクから授かった名を侮辱するとは…。

拾ってあげた恩も忘れましたか?」

「恩を盾に好き勝手するクソ上司なんて、こっちから願い下げです。

さっき言ったじゃねーですか。アンタの首を辞表にするって。

退職金は、古い口座に振り込んでくだせぇ」

 

真那は言うと、膝を折り、刀を構える。

なんのつもりだ、とエレンが口を開こうとした刹那。

一閃がエレンの髪留めを切り裂いた。

 

「あーあ、外れちまいました。

次は当てるんで、抵抗してくだせぇよ。

『もやしっこー部長』♪」

「………いいでしょう。

兄妹仲良く、殺してやります!!」

 

いつの間にやら、エレンの背後に回っていた真那が嗤う。

怒りを煽られたエレンの叫びを背後に、ポチタは十香を連れてその場を後にした。

 

「誰が付き合うか、バーカ」

「……ポチタ。真那はあんなに性格が悪かったか?」

「兄の仇である上に、長い間騙されたんだぞ。

多少なりとも歪まんわけがないだろ」

「………確かに」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

耶倶矢、夕弦の激闘により発生した嵐が吹き荒ぶ中。

「わぷ、わぷぷ」と珍妙な声を上げ、目や口に襲いかかる自身の髪を払う十香。

ポチタは目にも止まらぬ速度でぶつかりあう二人を見上げ、ため息を吐いた。

 

「どうする?叩き落とすか?」

『いや。危害は加えたくない』

「言うと思った。…おい、トーカ」

「む?」

「制御役は任せる。お前の霊力なんだ。

お前が抑えとけ」

「は?それは、どういう…?」

「シドー。変わったら使え。

トーカの天使のみだぞ。間違えるなよ」

『わかった』

 

ポチタが士道に投げかけた言葉で、何をするつもりなのか悟ったのだろう。

十香は咄嗟に止めようと息を吸いかけるも、思わず止まってしまった。

 

「頼むな、十香。俺だけじゃ、切っちゃうかもしれないから」

「………っ」

 

そう言われてしまっては、頷くほか出来ないではないか。

十香は一瞬だけ表情を歪めるも、即座に微笑みを浮かべる。

どんな力を持とうと、五河士道という人間が揺らぐことはない。

自分が惚れた男は、そう言う男だった。

十香の笑みに、剥き出しの牙から「ありがとな」と告げ、姿勢を低くする士道。

と。チェンソーに亀裂のような線が駆け巡り、刃を透明な膜が覆った。

 

「『精霊の悪魔:プリンセス』…って、男なんだけど、プリンスの方がいいかな?」

『好きにしろ』

「…十香の力でもあるしな。

プリンセスでいいか」

 

そんなやり取りに混ざる余裕がないほどに、十香の体を凄まじい脱力感が襲う。

鼓動すら止まりそうだ。

目眩にたたらを踏むも、十香は力を抑えつけようと意識を集中させる。

暴れ狂う獣の尾を掴むような感覚だ。

士道が内面に秘めた『精霊の悪魔』としての本能なのだろうか。

十香は歯を食いしばり、今にも自身を吹き飛ばそうとする暴虐の嵐を押さえつけた。

 

「し、シドぉお…!は、やくぅう…!」

「ご、ごめん!すぐにやる!」

 

あの時感じた狂気は、そこになかった。

精霊の悪魔が剥き出しの牙を開き、蒸気を吐き出す。

ヴヴゥン、と刃が激しく唸ると共に、夜色の奔流が嵐をかき乱した。

 

「女の喧嘩を見る趣味は、ねぇ!!」

 

そんな叫びと共に、精霊の悪魔の放った斬撃が曇天を引き裂く。

隠された星空が顔を見せると共に、耶倶矢と夕弦の激突が止まる。

困惑に満ちた表情で、ぐずぐずに崩れた仮面から顔を出した士道を見やる二人。

士道は不敵な笑みを浮かべ、声を張り上げた。

 

「こっち向いた!

ってことは、俺の話を聞く気になったってことだよな!」

「は?…ってか、今の、なに…?

え?士道が、やったの…!?」

「憤慨。…なんの、つもりですか?」

「決まってるだろ!

世界から一人、ツラのいい美人が消えるのを止めに来た!!」

 

二人の纏う雰囲気が冷える。

今すぐにでも殺されそうなほどに底冷えした視線に、士道は動じることなく叫ぶ。

 

「揃いも揃って自分が死ぬ理由ばっか考えてんじゃねぇよ!

二人で生きたいならちゃんと言え!

何が『一つに戻る運命』だ!

ンなくだらねーモン、犬にでも食わせろ!!」

「…そんなめちゃくちゃで、私たちを止めようって言うの?」

「反論。いくら喚こうが、私たちの運命は変えられません」

「そういうのは変えようとした奴が言えることだ!ハナッから諦めてるお前らが言えるセリフじゃねぇ!!」

 

屁理屈で撲殺する勢いで叫ぶ士道。

怒りに顔を歪める二人だが、たじろぐことなく士道は続けた。

 

「俺がそのクソッタレな『運命』ってやつを変えてやる!

いいか!?これは契約だ!

『俺がお前ら二人を生かしてやる!

だから、お前らは幸せに生きろ』!!」

「何かと思って聞いてりゃ、何が契約よ!そんな妄言で私も夕弦も生きられたら、こんな苦労しない!!」

「警告。これ以上、巫山戯た言葉を紡がぬことです。でないと…」

「できなかったら、首を切って死んでやる!

だから、頼む…!俺に、お前たち二人が生きる道を選ばせてくれ!!」

 

士道の剣幕に呑まれ、息を呑む二人。

冗談では決してない。

本当に自分の首を切ってしまいそうな、そんな危うい雰囲気すら感じ取れる。

信じていいのだろうか、と、自分を殺す決意が揺らいだ。

 

「………」

『…お前、もう少し言葉を選べ。

首を切ると聞いて、トーカが怒ってるぞ』

「ごめん。こうでも言わないと、俺の本気は伝わらないと思って」

 

二人が「もしもの話」として、揃って生き残る未来を語り合う。

途中で耐えきれなくなったのか、二人の瞳から雫がこぼれ落ちるのが見えた。

死ぬ理由ばかり探していた二人が、初めて生きたいと吐露するのが聞こえ、士道はやりきった、と空を見上げた。

 

「……なんだ、あれ?」

 

その時だった。

夜空を遮り、随意領域を展開した空中艦が、爆炎を纏ってこちらに降りてきたのは。

墜落しているのだろうか。

しかし、それにしては真っ直ぐとこちらに向かってきている。

開いたハッチからは、エレンが連れていた機械人形がゾロゾロと投下されるのが見えた。

 

「なによ、あれ?」

「同意。空気を読んで欲しいです」

 

耶倶矢と夕弦も感情が冷えたのか、向かってくる艦を見上げ、呆れを吐き出した。

と。二人は顔を見合わせ、不敵な笑みを浮かべる。

 

「ねぇ、夕弦。『やっちゃう』?」

「肯定。『やっちゃいます』」

 

二人の影が重なると共に、背に伸びていた翼が繋がり、弓と化す。

そこに夕弦が携えていたペンデュラムが翼に絡みついて弦となり、耶倶矢が携えていた突撃槍が矢として装填された。

吹き荒ぶ風を集約し、弓矢に込める二人を見上げ、士道が呆れを吐き出す。

 

「…なんだよ。やっぱ仲良しじゃん」

『いがみ合う理由さえなければ、な。

…アイツらを抱く時は、二人同時に相手してみろ。

極上の時間を過ごせるだろうな』

「お前さぁ…」

 

最低な提案に、更なる呆れを吐き出す士道。

ソレをかき消すように、爆炎が空を埋め尽くした。




崇宮真那/サムライソード…エレンの首を辞表にしようとしたが、逃げられたことで失敗。元に戻った直後、軽い自己嫌悪に陥った。スカートじゃなくてズボン派なので、モミアゲソードと比べて背が低くなった程度の変化しかない。モミアゲソードの1.5倍くらい強い。

本条二亜…描写されなかったが、フラクシナスと戦っていた空中艦、〈アルバテル〉のほとんどをぶっ壊した女。使った悪魔は狐、蛇、幽霊の三つ。強化を受けてるのは狐と幽霊のみだが、壊滅的な被害を叩き出した。

八舞姉妹…百合百合してるが、士道限定で間に挟まれる双子。封印後、士道が一度マジで首を切ったことがあると聞き、胸を撫で下ろした。

五河士道/精霊の悪魔…精霊の悪魔として使う力は、元を正せば十香たち精霊の霊力なので、精霊たちが抑えれば暴走せずに済む。しかし、数秒でも体力の大半がもってかれるので、長い間抑えることはできない。契約のせいで二亜を抱かないと女を抱けない。

偽ポチタ…結局、キャッキャムフフな修学旅行が過ごせなかったことにご立腹。ハーレムが増えても抱けなきゃ意味ねぇんだよ。

エレン・M・メイザース…サムライソードとなった真那と互角の勝負を繰り広げ、撤退。原作よりも沸点が激低。原作でも低かったけど。


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クソ童貞、卒業

新年一発目からこれでごめん。

美九編前の幕間です。


「……俺、未成年なわけですよ。

こういうとこ、まだ早いんじゃないかなって思うわけで…」

 

目の前に広がる薄暗い空間を前に、全身から一気に水分と熱が抜け落ちていく感覚が襲う。

その隣には、いつものように色気のかけらもない格好をした二亜が微笑んでおり、冷たい雰囲気を纏っていた。

 

「えー?十香ちゃんとは来たんでしょ?」

「入ってません…!」

「知ってるよ」

 

形容できぬ危機感に、必死になって二亜から目を逸らそうとする士道。

だが、悲しきかな。

薄い灯りで照らされたことにより、妖艶な影が生まれた顔から目を離すなど、クソ童貞にはできぬ話であった。

もうお分かりだろう。

士道と二亜は「ドリームパーク」と呼ばれる宿泊施設…俗にいう「ラブホテル」の一室に居るのである。

いくら夏休みとはいえ、初日からコレはマズいのではないか。

そんな思考が浮いては消え、士道は二亜をなんとか止めようと言葉を紡ぐ。

 

「い、いやさ。修学旅行が終わったらとは言ったけどさ…。

終わってすぐにコレだし、心の準備ができてないというか、その…」

「これ以上焦らしてみなよ?

私の子宮爆発するわ」

「ごめんなさい。ホントごめんなさい」

 

反論するも、静かな怒りに叩き潰された。

ポチタも期待しているらしく、バクバクと鼓動の音が激しく主張する。

いよいよ年貢の納め時か。

不安と期待が混じり合う中、士道はふと口を開いた。

 

「こ、こう言う時さ、清潔にしなきゃならない…よな?」

「風呂場行くフリして逃げるのナシね。

あ、なんなら一緒に入っちゃおっか」

 

まずい。逃げ道がない。

ぼたぼたと床に汗が落ちる音すら聞こえそうなほどに、感覚が鋭敏になっていく。

と。布が擦れる音が、士道の鼓膜を揺らした。

 

「いや、あの…。に、二亜…さん?」

「どしたの?風呂、入るんでしょ?

そういうプレイが出来るように、マットも敷いてあるらしいよー」

 

ばっく、ばっく、とポチタが肉を裂いて飛び出そうとするかのように、鼓動が痛みと共に激しくなる。

と。二亜の履いていたであろう、百均で買ったチープなデザインのパンツが、士道の足元に落ちた。

勢いよく席を立とうとする理性を全力で着席させ、士道は絞り出すような声で答える。

 

「…あの、なんていうか、早い気がします」

「えー?…じゃ、本番は上がってからでいいからさ、愛撫でくらいはしてよ。

レクチャーしてあげるしさ」

「……はい?」

 

鎖で理性を抑えつけ、疑問を捻り出す。

「愛撫で」と言う単語がわからないわけでは決してない。

「この自他ともに認めるクソ童貞に、飛ばせるハードルが高すぎないか」という抗議の意味合いで放ったものであった。

 

「実質タダで胸揉ませたんだし、そのくらいはやってもらうよ」

「……はい。わかりました、はい」

 

そんな抗議も虚しく、あっさりと跳ね除けられた。

腹を括るしかあるまい。

士道は二亜の裸体を見ないよう、必死に目を逸らしながら、バスルームへと歩く。

と。洗面台の奥に、ガラス張りになった風呂場が二人を出迎えた。

自宅のものよりも2倍近い大きさを誇るソレに、士道は唾を飲み込む。

今からここに入る。ということは、必然的に服も脱がなければならないわけで。

その結論に達した士道の行動は早かった。

 

「……何してんの?」

「抱いて欲しかったら、脱がせてみろ!」

 

世界一情けない三角座りである。

壁の隅にすっぽりとはまり、完全防御体勢となった士道を前に、二亜はため息を吐く。

 

「実にバカだね、少年は。

私がソレを想定してないと思った?」

 

パチン、と二亜が指を鳴らすと、士道に幾つもの腕が襲いかかる。

幽霊の悪魔:レプリカの能力であろう。

いくつもの爪と剛腕が士道の服を破き、見事にひん剥いてみせた。

 

「きゃあああああっ!?」

 

士道は叫び声を上げ、己の身を抱く。

以前と変わらぬ、生娘のような悲鳴である。

解放されたことにより、起立を抑えつけていたファールカップも床に落ちた。

互いに生まれたままの姿を晒している。

その事実だけで羞恥と興奮が湧き上がり、理性が飛びそうになる。

士道が全力でそれを堪えようとした、次の瞬間だった。

 

「逃がさないからね?」

「ひ、ひっ…、むっ!?」

 

二亜が貪るようなキスをしてきたのは。

縛られた理性が解放され、どこかへと飛んでいく音が聞こえる。

その音を最後に、五河士道は獣へと成り下がった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「うわぁぁあああ…!おにーちゃんの童貞、アラフィフに盗られたぁああ…!!」

「こ、琴里…。その、大丈夫か?」

「わぁああああ…!!」

 

その頃、五河家にて。

胸に泣きついた琴里に、十香はオロオロと困惑を浮かべる。

士道が「二亜との契約を果たさねばならない」と残し、明日には帰ると家を出たのだ。

ソレが何を意味するかわからないほど、琴里はバカではない。

既に確約済みだったが、改めて最愛の兄の初めてを奪われた悔しさが湧き上がり、今に至る…というわけである。

 

「…童貞…、って、な、なんです…、か?」

『大事なものなんじゃないの?

それこそ、結婚指輪みたいな』

「………ふぇ、ふぇええ…!」

「よ、四糸乃まで…」

 

よしのんの言葉にトドメを刺され、さめざめと泣き始める四糸乃。

混沌と化した場に、十香がどうしたものか、と頭を悩ませていると。

冷蔵庫を物色しに行こうと、台所に向かっていた耶倶矢と夕弦が、その光景に足を止めた。

 

「なに、これ?なんで泣いてんの?」

「愕然。黒いリボンの琴里さんがこうも泣いているとは、なにがあったのですか?」

「シドーのドーテイ?とやらが、二亜に取られたのが…」

「ストップ。言わないで。

ソレ、私らにもダメージあるから」

「悲嘆…。出会うのが遅かったことを悔しく思います…」

 

わずか数秒で撃沈した。

揃って床に倒れ込み、うつ伏せになる二人。

止まることを知らない混沌を前に、十香はひたすらに頭を悩ませた。

 

「……そういえば、モ○カーの時間だな」

 

結果。全てが手遅れだと結論づけた十香は、テレビのリモコンを手に取り、阿鼻叫喚の中で幼児向け番組を見始めた。

彼女が初めて現実逃避を覚えた瞬間である。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……足りない」

 

その頃、陸自の駐屯地にて。

滴る汗を拭い、空になった肺を満たすために息を吸い込む折紙。

その顔には不満が滲み出ており、握る拳からは肌が軋む音が漏れる。

未来の悪魔:レプリカとの契約によって、数秒先の未来を見る能力を得たのはいい。

問題は、それを使う折紙本人の能力が、能力に見合わぬほどに低いことにあった。

例え未来が見えても、ソレに対応し切れるかは本人次第なのだ。

 

────未来は『見えるだけ』。対応できるかは保証外だよ。

 

それは先日のバンダースナッチと呼ばれる人形の襲撃で、嫌というほど思い知った。

未来の悪魔:レプリカの嘲笑と共に吐き捨てられた言葉が、耳にこびりついて離れない。

自身に待ち受けるという、最悪の結末。

ソレに抗うためにも、折紙は更なる力を渇望していた。

と。その肩に、冷たい感触が襲う。

ぴくっ、と肩を振るわせ、そちらを向くと、ロングコートを羽織った真那がいた。

 

「や。久しぶりですね、鳶一一曹」

「崇宮真那…!」

 

DEM、及びに陸自に辞表を突きつけ、失踪したはずの少女がそこに居る。

折紙は驚愕に目を剥くも、侵入者に応対すべく、肩に置かれた真那の手を握ろうとした。

が。折紙の手に真那の手が収まることはなく、真那はふざけた調子で距離を取る。

 

「っとと…。別に、元の職場とドンパチしに来たわけじゃねーですよ。

鳶一一曹に警告しに来ただけです」

「警告…?」

「ええ。今頃、ラブホで兄様の童貞を美味しくいただいてる二亜さんに頼まれて」

「………っ」

 

ギリっ、と折紙の歯が鳴った。

と。余計なことを言ってしまった、とばかりに表情を変え、真那は深いため息を吐く。

 

「あー…。すまねーです。

心臓が変わったせいか、性格が悪化しましてね」

「…それは、どういう意味?」

「私の前の心臓ね、DEMに好き勝手されたせいでダメになっちまったんです。

それも、生きてるのが不思議なくらいに。

だから、一回心臓が無くなった兄様にあやかって、『刀の悪魔:レプリカ』の心臓を移植してもらったんですよ」

 

知った時は、本当に肝が冷えた。

手の施しようがないと告げられた時は、天地がひっくり返ったような気すらした。

思い出したくもない絶望を想起し、真那は折紙に詰め寄る。

 

「ねぇ、分かってます?

あのクソ野郎に目ェつけられたアンタにとっても、他人事じゃねーんですよ」

「…力が手に入るなら、どんな地獄だって選ぶつもり」

「……言うと思いました。

想定通り、無駄に終わりましたか」

 

折紙の返答に肩をすくめ、踵を返す真那。

真那は訝しげに眉を顰める折紙に、視線だけを向け、笑みを浮かべる。

 

「アンタみたいなタイプは、よっぽどのことがねーと折れませんからね。

最低限の仕事はこなしたんで帰ります」

「…逃すと思う?」

「逃げる算段くらいは立ててますって」

 

真那は言うと、軽装とは言え、顕現装置を展開する折紙に笑みを浮かべる。

瞬間。真那の姿を、壁から突き出た『何か』が喰らった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「………あの、ごめんなさい」

「…むり……。立てない…」

 

二亜の卒業式は惨憺たる有様であった。

服を着ることすら叶わぬ疲労感に負け、二亜はベッドに体を沈める。

無意識とはいえ、無茶をさせてしまった士道が平謝りしていると、上機嫌のポチタが声を張り上げた。

 

『よし!次はトーカだな!』

「お前節操なしにも程があるわ!!」

 

そんな叫びが、欲望に満ちた部屋に響いた。




五河士道/精霊の悪魔…卒業おめでとう。しかし、染みついたクソ童貞根性が治るわけもなく、未だに童貞のフリをする。これぞまさに「偽童貞モンスター」。卒業したくせに童貞を名乗るクソ野郎である。

偽ポチタ…ようやく貞操を捨てられたので大歓喜。これで他の女にも手を出せるぜ、とか思ってるクソ野郎。それはそれとして、二亜との夜に大満足。

本条二亜…「士道の童貞を奪った女」という称号にご満悦。と同時に、気絶するレベルで激しく愛されたので、暫く起き上がれなかった。また、三日くらいは腰を労ってひょこひょこと歩く羽目になったという。敗因は万年物のクソ童貞が抑えてきた性欲を甘く見過ぎたこと。

十香を除く精霊たち…暫くの間は大号泣。士道が帰宅して数日は、熱烈な「抱いて」というアプローチを送るようになった。

夜刀神十香…性知識が全くないため、皆がなぜ泣いてるのかわからず、匙を全力で放り投げた。好きな番組は「モ○カー」。

R-18版は気が向いたら書こうかな。書いたことねーし、需要あるか知らんけど。ここの二亜さん、姫野先輩みたいな激重クソデカ感情を抱いているから、その感情の爆発で文字数食いそうな気がする。エロ小説とは言えん何かになりそう。


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偽ポチタ、拗ねる

狂三以来、偽ポチタと相性の悪い精霊来たわ。


「………なんでこうなったんだろうな」

『経緯はどうあれ、お前が絶世の美少女らに囲まれているからだろ。股にぶら下がるモノがあった時代の私でもああする』

「ですよね…」

 

疲労がのしかかる体を引きずり、肺の中に溜め込んだ空気を絞り出すように深いため息を吐く。

なんてことはない。全校男子生徒からの嫉妬を買うことになってしまっただけである。

女性らしい美しさで殴り殺してくる精霊が三人に加え、校内でもトップ3に君臨するほどの美貌を持つ折紙に好かれ、常時アピール合戦が始まる。

そんな光景を目の当たりにして、健全な男子高校生が嫉妬を抱かぬわけがない。

天宮市全体の高校によって行われる合同文化祭…「天央祭」に向けた集会にて、そんな光景が繰り広げられたのなら、矢面に立たされるのは当然なわけで。

士道は不本意ながら、文化祭実行委員という、果てしなく面倒臭い役目を押し付けられてしまったのだ。

 

「…お前さ、元は人間だったんだよな?

文化祭の実行委員とかやったことある?」

『もう数万年は前だぞ。

それだけ経てば、当時の記憶など殆どない。

お前も、去年の飯の献立は何だったと聞かれたら困るだろ』

「あ、はい。すみません」

『しかし、トノマチのやつめ。

アイツの女は実行委員だろうに』

 

ポチタの愚痴に、士道は乾いた笑みを浮かべた。

既に恋人がいると知れ渡っている殿町も巻き込もうとしたものの、「お前と違って純愛だから」と跳ね除けられたのである。

反論しようにも、機密事項に抵触する情報ばかりが頭をよぎり、言葉が出ず。

士道は「女誑しのクソ野郎」という汚名を、甘んじて受け入れるしかなかった。

 

「…精霊を救うためとはいえ、なんで惚れさせるってプロセスが必要なんだろうな?」

『私が知るか。仕組みを作った奴に聞け』

「……神とか?」

『違う。お前に力が集中しつつある以上、作為的なものに決まってるだろ。

手口がイカれポンチのものとそっくりだ』

 

ポチタの憶測に、士道が息を呑む。

しかし、それも数秒のことで、士道は呆れをこめて息を吐いた。

 

「ポチタ、お前…。

頼むから、そういう重要そうな仮説は言ってくれよ…」

『お前はアホだから、ボロが出るだろ』

「辛辣…」

 

なんともストレートな罵倒に項垂れ、眉間に皺を寄せる。

これでも進学校に入学し、上位とはいかずとも、将来が期待できる大学を選べる程度には偏差値も高いのだが。

しかし、以前に琴里の不安を煽った前科がある以上、反論しようもなかった。

 

「…ホント何なんだろうな、俺って」

『ヘタレスケコマシドスケベな悪魔人間』

「なんだその最低なデビルマン!?」

『すっとぼけるな。お前のことだろうが』

「わかってるけども!!」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「………で。その『誘宵美九』ってアイドルが〈ディーヴァ〉って精霊で、お嬢様高校の文化祭実行委員だったと。

加えて、男じゃ攻略が無理なレベルの百合っ子ってのが判明して…。

そんな愉快な格好させられて、ポチタの機嫌がマイナスに振り切れたってわけね」

「二亜からも何か言ってくれ…。

口すら聞いてくれないんだ…」

 

翌日。

契約更新のために訪れた二亜の部屋に、家主の深いため息が漏れる。

二亜の眼前には、士道とよく似た少女が佇んでいた。

そう。士道が女装しているのである。

ご丁寧に、声すらもラタトスク特製の変声機でテノールボイスから一転、女で通せるほどのアルトボイスに変わっている。

これにプライドがエベレスト並みの悪魔であるポチタが機嫌を損ねないはずもなく。

結果、変身が叶わないどころか、口すらも聞かなくなったのである。

無論、問題はそこだけではない。

 

「…仮に攻略できたとして、男だってバレたらヤバくない?

教科書とか広辞苑とかに載ってるくらいにパーフェクトな『焼け石に水』の一例じゃん」

「俺も言ったけどさぁ…!」

 

問題は、この案に不安要素が多すぎると言うことなのだ。

まず第一に、勃起のハードルがマントルで焦げてるレベルの性欲のコントロール。

これはまず無理だと諦めることになり、女装の間は貞操帯を装着する羽目になった。

…キレたポチタによって、一つ残らず壊されたが。

次に体格。士道は線が細いものの、薄く腹筋が割れてるくらいには筋肉がついている。

背の高い女子として通らなくもないが、触れたのならば違和感を感じてしまう可能性も捨てきれない。

最後に、バレた際のアフターケア。

もし仮に、士道のことを女だと思ったまま封印が成功してしまえば、男だったと判明した際の反動が予測不能なのである。

しかし、これしか手がないと言うのも事実。

不満も不安も多いが、やるしかないのだ。

二亜もその結論に至ったのか、肩をすくめ、苦笑を浮かべた。

 

「ま、なんもしないよりはいいんじゃない?

人間不信極まってた私を落として、抱き潰すまで行ったんだからさ」

「……ごめんなさい」

「謝らないの。こーゆー時は『またシよう』だよー?」

「ばっ…、あんなに激しくしたんだぞ!?

口が裂けても言えんわ!!」

 

士道はあの日の夜を引き摺っていた。

それも無理はない。

理性が完全に外れていたとは言え、二亜があまりの快楽に気を失うまでやらかした挙句、構わず続け、秒で叩き起こしたのだから。

激しい自己嫌悪に陥る士道に、二亜は呆れたようにため息を吐く。

 

「…言い方変えよう。

私が我慢できない。ムラムラして原稿全ッ然進まなくなるから、そうなる前に抱いて」

「……っ、や、で、でも…」

「でももへちまもない!

少年のせいで普通のじゃ満足できないの!!」

「は、はひぁ…っ!」

 

完全に尻に敷かれている。

自分の立場、やったことすら棚に上げて相変わらずな悲鳴を漏らし、震え上がる士道。

いつもならばポチタの毒舌が炸裂したのだろうが、機嫌を著しく損ねたポチタが出てくることはなかった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「………つ、疲れる…」

 

女装生活四日目にして、五河士織…もとい士道の疲労は頂点にまで達していた。

士織として生活するにあたって、折紙による「スカート激写事件」をはじめとした多くのトラブルに見舞われたのだ。

更には、天央祭の実行委員という多忙な役目を「士道の代わりに務めることとなった」という苦しい設定上、実行委員としての仕事もこなさなければならず。

士道は疲労からか、おぼつかない足取りでアスファルトを歩いていた。

その手には、洗い立てのレースのハンカチが握られている。

 

「……話してると、普通の女子なんだよな」

 

そのハンカチは、先日、不慮の事故で負傷した士道の傷を塞ぐために、美九が巻いてくれたものだった。

先日見た剣呑な態度はおくびにも出さず、普通に接してきた美九を思い浮かべ、首を傾げる。

 

「……なぁ、ポチタ。地獄に似たような悪魔は居なかったのか?」

『…………』

「やっぱダメか…」

 

いまだに機嫌は治らないらしい。

がっくりと項垂れ、士道はため息を吐く。

と。耳元のインカムから、琴里の呆れの籠った声が響いた。

 

『なに?あの駄犬、まだ拗ねてんの?』

「私が駄犬なら、お前は乳臭いクソガキだろうが」

『なんですって!?』

「あ、こらポチタ…!」

『………』

「また黙りやがった…」

 

悪口にはバッチリ反応するのか。

そんなことを思いつつ、士道は怒る琴里をなんとか宥めた。

と。絢爛な家屋から、複数人の女子生徒が現れ、こちらに向かってくる。

 

『…来たわよ』

「なんですか?美九お姉様は今、プライベートですわよ?」

 

上品な雰囲気を纏っているが、実はデリバリーのキャバ嬢か何かなのだろうか。

失礼極まりないことを思いつつ、士道がなんとか説明しようと口を開くと。

女子生徒らを掻き分け、美九が現れた。

 

「あら、士織さん」

「よ、よう…」

 

願わくば、バレませんように。

士道は内心祈りつつ、美九に促されるがままに彼女に近づいた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「彼女たち、私のこと大好きですしー、私の為に死ねるなら本望じゃないですかー?」

 

悪魔らしい笑みを浮かべる美九を前に、士道は悪魔として暴走しそうな体を押さえつけていた。

八舞姉妹を封印したことにより、5割が悪魔と化したためか、前よりも悪魔になりやすくなっているのだろうか。

鋭くなった牙から力を抜き、息を吐く。

噛み砕くと、美九の言い分は「精霊の力があっても、自分さえ幸せならいい」という、道徳の教育が行き届いていない子どもじみたものだった。

例え、誰かを殺すことになったとしても、美九にとってはオモチャが壊れた程度の認識なのだろう。

士道が美九を糾弾しようとした、その時。

唐突に、意識が入れ替わった。

 

「人をおもちゃとも思ってないな、お前。

そこらの小石と一緒に見てる目だ」

 

士道が愕然とする一方、美九の瞳が揺れる。

頼むから、爆弾を落とさないでくれ。

士道が制止を叫ぼうとするも、ポチタの圧に負けてしまった。

 

「私は私のことが好きな人間が大好きだ。

だからだろうな。私のことが好きな人間はすぐにわかる。

…お前のその目。私のことは愚か、人間という種族自体が大嫌いなんじゃないか?」

「………"黙りなさい"」

 

ぞあっ、と、士道の背筋に悪寒が走った。

しかし、ポチタは止まらず、口撃を緩めない。

 

「黙らんぞ。辛抱ならんから言ってやる。

お前には『人間がモノに思えるほどに大嫌いでなくてはならない理由がある』。違うか?」

「…士織さんってば、ユニークな方ですねぇ。

どうしてそう思うので?」

「私の知人が、似たような人間不信を抱いてた。

そいつ曰く、『何もかもを嫌えば、少なくとも裏切られることはない』だと。

同時に、『気が狂いそうなほどの孤独から解放されることもない』らしいが」

 

「私にはよくわからんが」と付け足し、悪魔のような笑みを浮かべるポチタ。

思い当たる節があったのだろう。

美九は険しい表情を浮かべ、ポチタを見下すように睨め付ける。

 

「お前が女を愛玩人形にするのは、その潤うことのない孤独感を満たすためだ。

一生かかっても満たせないとわかっているのに、バカみたいに好きなものを囲めば解決できると勘違いしてる。

歌という幻想からも、周囲の評価という現実からも逃げたいのなら、シャブでもヤッて潰れるまで性を貪ればいいからな。

お前がやってるのはそういうことだろ」

 

瞬間。美九の服装が変わり、ポチタの周りにパイプが出現する。

ポチタはため息を吐くと、胸に手を突っ込もうとし、動きを止めた。

 

「そうだった。面倒だな…」

「わっ!!」

 

美九の声が、圧力となってポチタの体に襲いかかる。

本来であれば、人一人など簡単にペシャンコに出来るであろう威力を持つソレを、ポチタは軽々と避けた。

 

「図星を突かれたら癇癪を起こすか。

子供がそのまま大人になりでもしたのか?」

「……っ、すぅ…」

「隙を晒すな、バカめ。『コン』」

 

美九が声を絞り出す前に、ポチタが指で狐を作り、パイプに向ける。

と。突如として現れた狐の前足が、パイプを根こそぎ刈り取ってみせた。

その光景を前に、美九は目を白黒させ、ポチタを見やる。

 

「お前と殺し合うこともできるぞ。

が。私としては、ソレは望ましくない。

どうだ?お前の土俵で戦う、というのは?

天央祭1日目、最も盛況だったのがどちらの学校かで競う。おあつらえ向きだろう?」

『ばっ…、何言ってんだ!?』

 

現役アイドル…それも、麻薬のような中毒性を持つ歌声の美九相手に、あまりに分が悪い勝負を持ちかけるポチタ。

士道がそれに声をあげるも、ポチタにはなにか勝算があるのか、余裕を崩さなかった。

 

「……本気ですかぁ?私相手にぃ?」

「本気も本気だ。私は真正面から相手を叩き潰すのが好みなんだよ」

「ふぅん…?でしたら、勝ったら精霊の皆様をいただきますね?」

「ああ、いいだろう。『契約』だ。

私が勝てば…、そうだな。言うことを一つ、聞いてもらおうか」

 

ほくそ笑む美九を前に、ポチタもまた凄絶な笑みを浮かべる。

士道がソレにオロオロしていると、ポチタが意識の中に語りかけた。

 

(このバカ、かかったぞ)

『お前、まさか…!?』

(黙ってる間、暇過ぎたんでな。

コイツの性格を分析していた。

安心しろ。悪魔は己に勝算のない賭けなど仕掛けん)

 

女装に拗ねて故意に黙っていたことは、否定しないらしい。

頼もしいのか、厄介なのか、よくわからない相棒を前に、士道は表情を引き攣らせた。




偽ポチタ…女装してる間は黙っているつもりだったが、美九との対話、勝負で優位に立てばその必要もないかと思い立ち、入れ替わった。美九との相性がとんでもなく悪い。変身できない状況下の保険として、強化された狐の悪魔:レプリカ、サメの悪魔:レプリカ、血の悪魔:レプリカをノーコストで召喚できる。人間不信云々に関しては、二亜と自分の体験談をそれっぽく噛み砕いて話した。

誘宵美九…地雷原でタップダンスされたアイドル。原作でも描写されていたが、ハッキリと好きと嫌いを区別をする上、態度に出やすいので子供っぽい。そんな相手が偽ポチタとの口論に勝てるはずもなく、ものの見事に契約に誘導された。

五河士道/五河士織/精霊の悪魔…女装するにあたって、いろんな問題に直面した。文化祭の実行委員としての役目と美九の攻略、精霊たちのアフターケアや偽ポチタとの契約など、「やることが…、やることが多い…!!」と過労気味。

殿町宏人…「ごめん。俺、お前と違って純愛なんだ」と士道にストレートパンチをかました男。二次元に浮気しまくってるのは棚に上げてる。

本条二亜…士道の童貞を奪った女。美九編で大暴れ予定。士道に抱き潰されたものの、本人としては全部受け入れる姿勢なので、「やめて」は言わなかった。性欲が溜まるスピードが数倍近く早くなった。


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五河士織、メイドに徹する

現実で見たことねーよ、高校の文化祭でメイド喫茶してる奴。


『まず正攻法で勝つのは無理だろうな』

「話が違うぞ…!?」

 

実行委員としての仕事をこなすため、歩いていた廊下にて。

ポチタに告げられた事実に、女装した士道が小さく怒鳴るという矛盾をやってのける。

ソレに対し、ポチタは嘲笑を込めて鼻を鳴らした。

 

『その空っぽな脳みそほじくり返してでも思い出せ。

私はただの一度でも、「競うのはステージだけ」だと言ったか?』

「……もしかして、総合優勝?」

『そういうことだ。無論、向こうもそのつもりでいるだろう。

あのバカアイドル、ステージ部門と指定しなかったあたり、詰めの甘さが露呈したな』

「お前、美九のこと嫌いだろ?」

『当然だ。すぐに剥がれる嘘で塗り固めたモノほど、くだらんものはないからな。

…迷走しているにも程がある』

 

今のお前もだが、とポチタが付け足す。

確かに、今の士道も「五河士織」という嘘をベールに隠れている状況にある。

だから不機嫌だったのだろうか、などと思っていると、ポチタが言葉を続けた。

 

『勘違いしないように言うが、ステージを蔑ろにしろとも言ってない。

絶対条件として2位には漕ぎ着けろ。

模擬店は…あの三人に投げていいだろ。あのバカが支配した学校が相手なんだ。負けることはない。

お前はステージ部門をどう切り抜けるかだけを考えておけ』

 

やはり、そこに落ち着いてしまうか。

士道は気を引き締め、ステージ部門の内容についての案をまとめた資料を握った。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『屈辱だ。何故に他者への従属を示す服を着なければならん。それも女の物を』

「言うなって…。より惨めになるから…」

 

何をどう違えば、「メイド喫茶」などという小っ恥ずかしい企画が通るのだろうか。

そんなことを思いつつ、士道は怒涛の勢いで愚痴を吐きこぼすポチタを宥めた。

口を聞くあたり、以前よりも機嫌はいいのだろうが、それも微々たる物だろう。

その怒りの原因は、士道の服装にあった。

「メイド喫茶」という企画なのだから、女子生徒はメイド服を着る必要がある。至極、当たり前のことである。

問題は、今の士道が女として振る舞っていると言う点にあるわけで。

結果。士道は女装した上にメイド服まで着た、度し難い変態となったのである。

 

『バレてみろ。殺されるぞ』

「…そうならないことを祈る」

『悪魔が神に祈るな、バカタレ。

反故されるに決まってるだろ』

「ですよね。うん。知ってた」

 

嫌な想像をなんとか振り払い、士道は客寄せを再開する。

と。いつものように色気のない格好をした二亜が、士道の配っていたビラを手に取った。

 

「高校文化祭でメイド喫茶やるの漫画の中だけかと思ってたわ。

まさかリアルで見るとは…」

「にいさ…、んんっ。姉様。

これまた愉快な格好をしてますね」

「二亜と真那に…、四糸乃?」

 

二亜の背後には、黒のロングコートを羽織った真那と、ワンピース姿の四糸乃が見える。

珍しい組み合わせである。

士道が四糸乃に視線を向けると、彼女は士道を見上げ、微笑んだ。

 

「し、しど…、あ、いや…。

士織さん、かわいい…、です…」

「……う、うん…。あ、ありがと…」

 

褒め言葉が凶器になった瞬間だった。

悪意がないとは言え、深く心を抉られた士道は、四糸乃に見えないように落ち込む。

いくら女性らしくしようとも、中身は思春期真っ只中。貞操を捨てたものの、胸には童貞ソウルを抱く男なのだ。

「女性らしい可愛さがある」と言われて、素直に喜ぶような脳みそはしていない。

 

「いいじゃん、似合ってても。

今度スる時、そのカッコでヤる?」

『そんなことしてみろ、シドー。

お前のケツの処女をトノマチに捧げる様を、コミック同人として世間様に公表してやる。無論、女装姿でな』

「やりません」

「ちぇーっ」

 

殿町と自分の名誉のため、断固として拒絶の意思を突きつける士道。

二亜も冗談のつもりだったらしく、棒読みで不貞腐れたそぶりを見せた。

 

「…で。なんで四糸乃もいるんだ?」

『いやぁ、不覚にもよしのんがすっぽ抜けちゃってねー。真那ちゃんに助けてもらったんだよー』

「たまたま足元来たんで、拾っただけでごぜーますよ。

んで、姉様に会いに行く途中って聞いたんで、どーせならと一緒になったわけです」

「そっか。ありがとうな、真那」

 

文化祭が謎の冷気に襲われずに済んだ。

士道が胸を撫で下ろしていると、二亜の面持ちが神妙なものに変わった。

 

「想定通りだったよ。あの三人組は潰されちった。

双子ちゃんには話通したし、対策はしてるから安心してちょ」

「…殿町には申し訳ないな」

「あ、そこは大丈夫。『彼しか考えられません』的なこと言って、誘惑全部跳ね除けてたから。落ちはしたけど」

「殿町、お前…!そんなに想ってくれる恋人いるなら二次元への浮気やめとけよ…!」

 

世界を殺せると称される精霊の力をもってしても、乙女の純愛は打ち砕けないらしい。

熱くなった目頭を抑え、士道が殿町に届きもしない上に、彼が言えたことではない叱責を送っていると。

話が見えていない四糸乃が首を傾げた。

 

「なんの…、話、ですか…?」

「あー…。ちょっと勝負中でさ。

文化祭でどっちの学校が盛り上がったかで競ってるんだ」

「そう、なんです…か。応援、して…ます」

 

既に仕込みは終えた。

あとはステージに全力で臨むだけ。

四糸乃の不安を煽らないよう、精霊を賭けた勝負ということは口にしなかった。

 

「ありがとな。どうせなら入ってくか?」

「お、いいねー。私らは士織ちゃんに接客してもらおっかなー?」

『ほら、四糸乃も言わなきゃ!』

「わ、私も…、お願い、します…!」

「かしこまりました、ご主人様」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……つ、疲れた」

『外さないの!バレるリスクを考えなさい、バカ士道!!』

 

盛況にも程がある。

席の取り合いで乱闘が起きるほどに混雑した店の整理を終えた士道は、蒸れたウィッグを外そうとするも、耳元につけたインカムから響く琴里の怒号で手を止める。

絶対に汗疹になる。

汗でベタつく頭皮を気にしていると、急激に人混みが霧散した。

 

「士織さん、こんにちは。盛況ですね」

「み、美九…」

 

外さなくてよかった。

修羅場に突入した未来を思い浮かべ、冷や汗を流すと同時に安堵の息を吐く士道。

先日の険しい表情はなく、にこにこと微笑む美九に、士道は漏れ出しそうになる敵意を抑えた。

 

「客として来てくれたのか?それとも…」

「お客としてですぅ。

少し、お話をしたいと思いまして」

『…聞くに耐えない内容だったら代われ』

 

客として来たのなら、歓迎しないわけにもいくまい。

士道は美九を席に案内し、注文を取る。

いつボロが出るとも限らない。

なるべく離れるために、厨房スタッフの方に回ろうか、と思い立つも、美九が手を握ったことで止められた。

 

「どこに行くんですかぁ?

お話ししましょうって言いましたよね?」

「厨房の方に回ろうかと…」

「大丈夫ですよぉ。士織さんのお料理は確かにいただきたいですが、それは勝負が終わってからにしますぅ」

 

既に勝利は揺らがない、という自信が透けて見える。

美九に促されるがままに、士道は彼女と向かい合うように座し、鋭い目で睨め付けた。

 

「話ってなんだ?」

「この間のことです。

私が『人間を嫌わなければならない理由がある』と。

……何故、解ったんです?知人の体験からの憶測ですか?」

 

美九の視線が、士道を突き刺す。

ぴりぴりと肌中に駆け巡る刺激は、美九の放つ威圧なのだろう。

アイドルとは思えぬほど敵愾心を露わにした美九を前に、士道とポチタの意識が変わる。

 

「お前に何があったかなど、私が知るか。

話とは『私がお前の過去を知っているかどうかの確認』だったのか?」

「…いえ。知らないならいいんです」

「まぁ、予想はつくがな。

『歌に関連する何か』が原因なのだろう?」

「………賢いんですね、士織さんは」

「お前の隠し方が下手なだけだ」

 

ポチタは嗤うと、美九の細い喉元に指を突きつけた。

 

「何故『精霊の力でしか歌わない』?

『誘宵美九の歌声は無価値だ』と自己紹介でもしているのか?」

「………ははっ。ははは…。

すごいですねぇ、士織さんは。

ますます欲しくなっちゃいました」

 

互いに悪魔のように唇で弧を描き、牙を剥き出しにする。

心なしか、空間が軋む音すら聞こえる。

と。その雰囲気は、机に置かれたオムライスによって霧散した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『よって、総合優勝は来禅高校!

奇跡の逆転です!!』

「予定調和に奇跡もクソもないだろ」

 

ステージに轟くアナウンスと歓声を前に、意識を入れ替え、表に出たポチタが肩をすくめる。

結局のところ、対策は立てていたものの、現役アイドルに勝てるはずもなく、ステージ部門は二位に終わってしまった。

これに勝ち誇った美九だったが、所属する竜胆寺女学院を自分の思いのままにしか動かない木偶が集う城にしてしまったのがいけなかった。

模擬店や展示の方に一切の力を割かず、ステージ一本で勝負に出てしまったのだ。

予想以上に予想以下な行動を取った美九に、ポチタは鼻で笑って見せる。

 

「ばーか。勝算もなく、勝ち目のない賭けなど持ちかけるか」

「こ…、こんなの、インチキです…!

私、ちゃんとステージで勝ちました!

勝った、勝ったもん…!なのに…」

「総合的にこちらの方が勝っていると結論が出たんだ。

バカにもわかりやすく言ってやると、小学校の運動会と同じだ。

優勝したチームが、すべての競技で勝っているわけがないだろ」

 

睨め付ける美九を見下ろし、勝利を喜ぶ十香や八舞姉妹に視線を向ける。

正直なところ、今回の勝利は大部分、精霊たちの美貌を利用したに過ぎない。

今までの積み重ねがなければ負けていたと言う事実を前に、ポチタは意識の奥にいる士道に笑みをこぼす。

 

「この予定調和を引き起こせたのは、他ならんお前のおかげだ。

私は横から口を挟んだだけに過ぎん」

『…明日は隕石の雨か』

「殺すぞクソボケ」

 

素直に褒めたと言うのに、失礼な奴だ。

そんなことを思いつつ、項垂れ、ぶつぶつと何事かを呟く美九へと視線を戻す。

危うげな雰囲気だ。

とっとと命令を決めてしまおうか、と頭を悩ませたその時だった。

爆発音がステージ全体を揺らしたのは。

 

「……おかしいと思った。

マナがロングコートを着ていたのはコレが理由か」

『な、なんだ…!?』

「こないだの接触がまずい方向に転がった。

人目につくが、仕方ない。【悪魔の模造品(ベルゼブブ・レプリカ)】を出すことも視野に入れるぞ」

 

ざわめく観客席を無視し、音の発生源であろう箇所を見やるポチタ。

と。隙を晒したのが悪いと言わんばかりに、美九が腕を振り上げるのが視界に入った。

ポチタがそちらに向かおうとするも、爆発音と共に会場が揺れたことでバランスを崩してしまう。

 

「ぐっ…!」

「歌え、詠え、謳え…!〈破軍歌姫〉!!」

 

そんな声と共に、パイプオルガンとも、城とも取れるような鉄塊が顕現した。




本条二亜…DEMの襲撃に大立ち回りしてる。使っているのは蛸の悪魔:レプリカのみ。本当はステージを見に行きたかったけど、真那が「数が多いから手伝え」というので、泣く泣くそっちに行った。

五河士道/精霊の悪魔/度し難い変態…女装の上にメイド服という、度し難い変態になってしまった男。その上、心には童貞ソウルを抱いているという、完膚なきまでの童貞。女装での行為は、ポチタの機嫌を著しく損ね、殿町の尊厳も破壊するのでやらない。

鳶一折紙…原作同様、襲撃に大立ち回り中。未来の悪魔:レプリカの力と〈ホワイト・リコリス〉の力で優勢に立ち回るも、限界が来て墜落。

崇宮真那/サムライソード…浮遊用の装備だけを背負い、サムライソードとしてジェシカ・ベイリーというDEM社員と戦闘中。この状態での空中戦は不慣れなので、割と拮抗してる。爆発音は、痺れを切らした真那が会場を足場にしたから。無自覚な戦犯。

誘宵美九…いろんな偶然が重なって、原作通りに観客席全体を洗脳できた。やったね。

偽ポチタ…いろんな偶然が重なって、立ててた対策が無意味になった。命令をする暇もなく、観客や精霊らに襲われることになる。畜生。


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精霊の悪魔、激怒する

契約に関しては、ポチタのガバだよ。


「…偶然って怖いね」

「襲撃を見越していたのは褒めてやる。

…問題はお前だ、マナ」

「はひっ…!すいやしぇん…!」

「謝って済むかバカタレ。

飽きるまで股ぐらを蹴り飛ばすぞ」

「堪忍してつかぁさぁい…!」

 

ポチタのアイアンクローが炸裂し、ギリギリと音を立て、真那の頭骨が軋む。

偶然が悲劇を生むということを思い知ったポチタらは、深いため息を吐いた。

 

「お前が慣れないからなどという理由で屋上に降りたせいで、あのバカ女に天使を使う隙を晒してしまっただろうが。

お陰で、こっちはイヤホンをしていて音を聞いていなかったトーカを除く全員に襲われた挙句、男とバレた。

しかも、0点のクソアマまで来る始末。

極め付けに『シドーに人殺しをさせるわけにはいかん』と宣い、トーカが私を遠くに投げ捨てた。

力の大半をシドーに奪われたトーカが、あの強いだけが取り柄の阿婆擦れに叶うわけもなく、呆気なく攫われてしまったわけだ」

 

ツラツラと罪状を並べ、顔中に青筋を浮かべるポチタ。

剥き出しになった歯が、チェンソーマンの牙と重なって見える。

真那は涙目で謝罪を述べる度、ポチタの放つ怒気が強まっていく気がした。

 

「はいはい、そこまで。

自分が足を引っ張りまくった事実って、めちゃくちゃ効くから」

 

会場にいなかったのが原因か、それとも半分反転しているせいか、精霊の中で唯一洗脳を免れた二亜がポチタを宥め、真那に助け舟を出す。

ポチタは顔を顰め、舌打ちと共に真那の体をそこらに放り投げた。

 

「ったぁ…。もうちっと優しく…。

…ってか、兄様には変わんねーんですか?」

「今は無理だ。代わった瞬間に悪魔化する。

怒りすぎて、人語すら失ってるぞ。

ここら一帯を更地にしたいならやるが」

「に、兄様がそんなこと…」

「今のシドーは、お前が軽くデコピンをするくらいの感覚でビルを粉々に出来るぞ」

「……すいませんでした」

 

大量殺戮どころの話ではない。

今尚、意識の中で吠え続ける士道…否、精霊の悪魔に辟易し、ポチタがため息を吐く。

救助に行こうにも、美九の尖兵と化した天宮市民や精霊の襲撃が面倒だ。

どうしたものか、と悩んでいると、二亜が首を傾げた。

 

「…ってか、美九ちゃんのアレ、契約違反じゃにゃーの?なんで死なんのよ?」

「それに関しては、私の落ち度だ。

具体的な違反事項を定めなかったのもあるが、1番の理由は慣れだ。

昼間にトノマチの女のことを聞いたが、バカ女の天使の力は、完璧な隷属を示すわけではないのだろう?

私がイカれポンチ…支配の悪魔に散々絡まれて慣れていたのが裏目に出た。あの程度の従属を許容してしまうほどにな」

 

支配の悪魔による「支配」は、美九のものよりも遥かに強力である。

「自分よりも程度が低い」と認識することによって、絶対的な主従関係を強いることが出来るのだ。

その力を目の当たりにしてきたポチタが、美九の天使の力を「支配」と感じることができなくとも、仕方のない話であった。

どうしたものか、と悩んでいると、二亜が不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふっふーん!私の出番ってわけだね!」

「なにか策があるんで?」

「モチのロン!さあ、張り切っていきましょー!

悪魔との契約(ベルゼブブ・コントラクト)】、発動!」

 

二亜が顕現した紙片を掲げると、そこから人影が構築されていく。

悪魔のものかと思ったが、違う。

赤黒く、絢爛なドレスに、左右で長さの違うツインテール。黄金に煌めく時計が刻まれた目を前に、真那が息を飲んだ。

 

「な、〈ナイトメア〉…!?」

「なにを、したんですの…?」

 

現れたのは、ポチタが最も嫌いな精霊…時崎狂三であった。

その場に尻餅をついた狂三に、二亜が迫る。

張り付いた笑みからは、有無を言わせぬ威圧が放たれており、狂三の表情が強張った。

 

「あれれー?忘れちったー?

『本来のチェンソーマンのことを教える代わりに、私のいうことをなんでも聞く』って契約交わしたよね?」

「た、確かに、交わしましたが…」

「逃げようってなら残念。【悪魔との契約】はね、絶対に違反することができないようになってんの。

違反したら死ぬとかじゃない。『違反するという行為自体が出来ない』んだよ。君も、もちろん私もね。

極め付けには、逃げないように契約者を呼び出す機能まで完備!

…ま、絵に描いたようなパーフェクト能力ってわけじゃあにゃーけどね」

 

自分の置かれた立場がわかったのか、悔しそうに歯噛みし、二亜を睨め付ける狂三。

しかし、そんな視線を向けられても、二亜はニマニマと笑みを崩さなかった。

どう見ても煽っている。

ビキビキと音を立てて青筋を浮かべる狂三に、真那は初めて同情を向けた。

 

「……なんつーか、初めてアンタのことを可哀想に思いました」

「屈辱ですわ…!!」

「無為な時間を過ごす暇はないぞ。

命令だ。協力しろ、クソアマ」

「わ、わか、わが…り、まじだ…!」

 

本来ならばその眉間に弾丸を打ち込んでやりたいところだが、二亜に体の自由を握られている以上、それも叶わない。

迂闊だった自分を呪いつつ、狂三は震える声で協力を受け入れた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…私としては、時間も増やせていいのですが…。

こんなことで宜しかったのですか?」

「いちいち斬り殺してみろ。

正気に戻ったシドーがうるさいだろうが」

 

狂三の足元から広がった影が、美九の尖兵と化した人々の足を止める。

その場に倒れ伏す少年の背を踏み、ポチタは心臓から垂れるスターターを引っ張る。

ヴゥン、という音と共に血液が倒れた人々の服を濡らし、額と腕の肉を裂いてチェンソーが突き出た。

 

「背に乗れ。あのバカ女のことだ、無理矢理に動かすだろ。飛ばすぞ」

「…士道さんの背が良かったですわ」

「体は同じだろうが」

 

背に乗った狂三の愚痴を一蹴し、ポチタはその場から駆け出す。

その際に、幾度が呻き声が聞こえたが、ポチタからすれば斬り殺さないだけ温情である。

その場に倒れていた自分を呪え、と思いつつ、ポチタは会場の壁を切り裂く。

破片と共に会場に入ると、美九がこちらを睨め付けているのが見えた。

 

「やりなさい!!」

 

美九の号令と共に、冷気と暴風がチェンソーマンとなったポチタへと襲いかかる。

八舞姉妹と四糸乃による攻撃だろう。

ポチタは呆れを込めた息を吐き、チェンソーで床を切り抜いて、一点を踏みつける。

勢いよく捲れ上がった床が氷塊と斬撃を受け止めると、ポチタはそれを足場に、天高く飛び上がった。

 

「愚かな!颶風の御子たる我らの領域に踏み込もうとは、万年早い!」

「笑止。私たちを甘く見過ぎです」

 

それを阻むのは、やはりというべきか、耶倶矢と夕弦であった。

メイド服姿で霊装を顕現した二人を前に、ポチタは呆れを吐き出す。

 

「滑稽すぎて笑えてくるな。

お前ら相手に足がないとでも思ったか?

鮫、来い。仕事だ」

「はァい!父様ァ!!」

 

三人の間を引き裂くように、いくつもの目玉が並ぶサメが地面から現れる。

ポチタはその背に飛び乗ると、振り落とされないよう、チェーンを口に引っ掛けた。

あまりに現実離れした光景を前に、美九は愚か、狂三や耶倶矢、夕弦までもが目を丸くする。

 

「な、なにそれ!?」

「見てわからんか?足だ」

「サメじゃん!?なんで陸にいんの!?」

「お前たちの風のおかげで万能の足だ。

天才的な発想だろう?」

「父様天才!父様天才!!」

「やかましいぞ」

「ごめんなさい!!」

 

ヒレを軽く蹴り飛ばし、折檻するポチタ。

普通、鮫は陸には上がらないし、浮遊もしなければ、風に乗ることもない。

鮫の悪魔:レプリカにロデオしたポチタは、茫然としていた耶倶矢と夕弦の体にチェーンを巻きつける。

「鮫。その場で百回は回れ。

私を振り落とす勢いでな」

「はァい!父様ァ!!」

 

耶倶矢たちが声を上げる暇もなく、客席に沈んだ鮫の悪魔:レプリカが凄まじい勢いで回転を始める。

途中、八舞姉妹の悲鳴が響くも、数秒もすると風切り音がかき消した。

軈て、その回転が収まると、目を回した八舞姉妹が仲良く顔を青くし、力無く四肢を重力のままに投げた。

 

「ぅ、うぷっ…」

「不快…。ぎ、気持ち悪っ…ぅう…」

「まずは二人」

 

ポチタはグロッキーになった二人をそこらに放ると、美九の側に控えていた四糸乃に目を向けた。

果敢にも、ポチタから美九を守ろうと前に出てはいるものの、その瞳には怯えが見える。

ソレを感じ取ったポチタは、思わず唸り声を上げた。

 

「…うーむ、弱ったな。

ヨシノの精神が繊細すぎて、下手に手出しができん。何かしようものなら、シドーに小言を言われてしまう」

「父様!幽霊!幽霊!」

「……そういえば、ソレもあったな。

幽霊。ヨシノを抑えろ」

 

ポチタの声と共に、べた、べた、と気味の悪い音がステージに響く。

ステージの明かりのみが満る薄暗い空間では、その姿を捉えることができず。

四糸乃らがキョロキョロと会場を見渡していると、いくつもの腕が彼女に殺到した。

 

「お姉様に、手は、出させません…!

来て、《氷結傀儡》…!」

 

四糸乃が小さく叫ぶと共に、ウサギの形をした怪物が冷気を放ち、吠える。

が、しかし。腕は凍ることも厭わずに突っ込み、怪物を包み込んだ。

夥しい腕の根元へと目を向けると、目と口が縫いつけられた女性の巨顔が映る。

世間一般で言う、幽霊のイメージそのものと呼べる姿。

その剛腕に締め付けられ、ぴくりとも動けなくなった天使を前に、四糸乃は困惑を露わにする。

 

「な、なに、これ…?」

「お前が怖がりで助かった。

コイツは恐怖心を見るからな」

 

ポチタはそう言うと、鮫の悪魔:レプリカをよじ登り、殺到する観客を蹴り落とす。

そのほとんどは男で、侍らせるための女は別の場所…舞台裏か何処かに居るのだろう。

狂三もソレに気づいたのか、呆れた目でポチタを見やった。

 

「…通りで、一般人相手にめちゃくちゃすると思いましたわ」

「顔と股は潰してないんだ。

温情は十分に与えてやってる」

「そう言うところですわよ」

 

士道ならば、被害を出さない方法をなんとか考えていただろうに。

そんなことを思っていると、顕現したパイプオルガンから音が響く。

どうやら、全員に強化を施したらしい。

狂三の影に立っていると言うのに、無理矢理に起き上がった彼らを見やり、ポチタはチェーンを強く引いた。

 

「振り落とされるなよ?鮫、飛べ!!」

「はァい!!」

 

そり返った鮫の悪魔:レプリカが叫ぶと共に、どぷん、と音を立てて観客席が波打つ。

壁だろうがコンクリートだろうが泳ぐことができるという、鮫の悪魔の能力によるものだろう。

美九の傀儡となった人々は、その波によって足を取られ、すっ転ぶ。

ポチタはそれに目もくれず、鮫の悪魔:レプリカからチェーンを外すと、その背を踏み台にして飛び上がった。

 

「まずはその煩い楽器を壊してやる!!」

「そんなこと、出来ると思いますかぁ?」

 

美九が言うと、彼女は息を吸い込み、世界を震わせるように咆える。

咆哮が質量となって襲いくるのに対し、ポチタは狂三に向けて叫んだ。

 

「おい!耳を塞げ!!」

「は、はぁ…?こうですか?」

 

人間を潰すほどの威力を持つ音を前に、ポチタは暴走する士道と意識を入れ替える。

表に出た精霊の悪魔は、その喉奥から圧倒的な霊力を込め、声を放った。

 

「トオカは何処だァァァアアアッ!!!」

 

激怒の叫びが、美九の声を打ち消すどころか、聳える天使の一部を歪ませる。

十香の存在は、良くも悪くも士道の中で大きかったのだろう。精霊の悪魔は誰に問うわけでもなく、ただ十香を求めて叫ぶ。

焦った美九は、続け様に声を張り上げ、先ほどよりも威力のある音で士道を殺しにかかった。

 

「ゥヴガァァァァァァアアアッ!!」

 

が。精霊の悪魔が放つ霊力によって、声は呆気なく霧散した。

呆然とする美九を前に、精霊の悪魔は《鏖殺公》を顕現させると、霊力を注ぎ込み、装甲を纏わせる。

かつて、天宮市そのものを崩壊させる寸前まで行った【最後の剣】。

十香が顕現するものよりも数倍は巨大なソレを前に、美九と狂三が唾を飲んだ。

 

「士道さん!これ以上は…」

「煩い!煩い煩い煩い煩い煩ァい!!

トオカを返せェェェエエエッ!!」

「わ、私じゃありません!

十香さんを攫ったのは金髪の人で…」

「お前じゃないならなんで俺の邪魔をする!?」

「そ、それは…!あなたが女装など気持ち悪いことを…」

「ああ思い出した!お前のせいだ!!

お前の癇癪のせいでトオカが攫われた!!

殺してやる殺してやる殺してやる!!

存在の一片も赦してなるものか!!

お前の名前すらも消し去ってやる!!」

 

全身から霊力を吹き出し、涙目で訴える美九を喰らわんばかりに牙を開く精霊の悪魔。

美九を会場ごと殺す気である。

普段の士道からは考えられない暴挙を前に、焦った狂三が制止を図るも、怒りに満ちた精霊の悪魔には届かない。

腕のチェンソーを振り下ろすと共に、会場を潰すべく、【最後の剣】が迫る。

 

「いい加減にしろ。

トーカにばかり目を向けて、封印した精霊まで殺してどうする」

 

と。その意識を抑え込み、ポチタが表に出たことにより、【最後の剣】が霧散する。

ポチタはそのまま降り立つと、恐怖と困惑で茫然とする美九を素通りし、両腕のチェンソーを唸らせた。

 

「とまぁ、見てもらったらわかるように、シオリ…、もといシドーは今、話が通じるほど冷静ではない。

そもそも、ここに来た理由はお前を潰しにきたのと、もう一つある」

「……なんですかぁ?」

「ヨシノたちから『契約』のことを聞いてるだろ。

約束通り、言うことを一つ聞いてもらうぞ。

まともな死に方をしたくないのなら、反故してもいい…がっ!!」

 

ポチタが腕を薙ぐと共に、伸びたチェーンが聳える天使を切り裂く。

崩れ落ちる天使を背に、ポチタは露骨に不機嫌な美九に迫った。

 

「契約だ。『お前のことを話せ』。

手を出すなと言うのも考えたが、お前みたいなヤツのことだ。どうせあの手この手で手を出してくるだろう。

私もシドーも、お前のファッション男嫌いに付き合うのもウンザリしてるんだ。私が根本から絶ってやる」




【悪魔との契約】…『違反できない』と世界に決められてるため、違反の罰則自体が存在しない。おまけに逃げないように、契約対象を自由に呼び出すことができる。めちゃくちゃ有利な条件で契約した際は便利能力だけど、ここの復讐心ガンギマリ二亜さんでないとまず無理。

時崎狂三…契約を盾に無理矢理に協力させられるハメに。しかし、寿命のストックも増やせて、精霊の悪魔の強さも目にできたのでご満悦。ポチタは嫌いだけど、士道は好き。

鮫の悪魔:レプリカ…本物チギャウ。モノホンは地獄で偽ポチタが足として使っていた。悪魔らが偽ポチタを地獄から追い出そうと結託した際、参加しなかった程度には仲が良かった。基本うるさいので、なんか言うたびに偽ポチタに蹴られる。性格はまんまビーム。

五■士■/精霊の悪魔…十香を攫われた怒りで完全に暴走中。5割の力しかないこの時点でも、めちゃくちゃデカい【最後の剣】を顕現させて、天宮市を丸ごと消し飛ばせる。冷静になるまで暫くはかかる。

夜刀神十香…ポチタが表に出ていたら、観客まで殺しかねないと判断して外に放り投げた。その判断が裏目に出て攫われたけど。まさか、士道の方がヤバかったとは思うまい。

誘宵美九…ガチでビビった。精霊の力を手に入れたことで、絶対に安全だとか思ってたけど、全然そんなことなかった。契約のことを知って不安に駆られたけど、ポチタのガバのおかげで助かった。

偽ポチタ/戦犯…自分のガバが原因の一端なので、ちょっと気まずい。失態は結果で取り返すタイプなので、まずは美九をどうにかしようと策を練った。

崇宮真那/サムライソード/戦犯…こちらも失態は結果で取り返すタイプなので、現在は作戦に向けて行動中。

本条二亜…二亜は力を溜めている!▼


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誘宵美九、期待を抱く

原作読み返したらこの時の美九さん、「ツンドラ」とか言われてて草。


「バカかお前」

「聞くだけ聞いておいて第一声がソレって、どんな神経してるんですか!?」

 

歯に布着せぬ物言いのポチタに、己の過去を話し終えた美九が食ってかかる。

一般人から見てもよくある話として片付けられるように、裏営業を拒んだ故の嫌がらせでスキャンダルをでっち上げられ、挙句にファンに心無い言葉を浴びせられた…という経緯があったらしい。

それにより、心因性の失声症を患い、自殺を考えるほどに追い込まれたと言う。

と。そこへ、琴里や二亜に力を与えた存在…『ファントム』が訪れ、美九に精霊の力を授けたとのことだった。

ポチタは深く呆れを込めたため息を吐き、美九に迫る。

 

「やっても居ないことをいちいち気にするな。堂々としてればよかったものを、なぜ真に受ける?

お前が免罪符として掲げたスキャンダルを見たが、なんだあのアホらしい記事は。

薬漬け?男漁り?勝手に言わせとけ。

シャブをヤれば、国家権力が介入するような国だぞ?そんな記事を鵜呑みにするなど、頭が弱いにも程がある。

で、罵詈雑言しか吐けんインターネット社会の掃き溜めどもの言うことを真に受けて、『男が嫌い』?

笑わせるのも大概にしろ。

無理矢理輪姦されて誰かもわからん子を孕んだ挙句、尚も続けられて堕胎したとかの方がまだ説得力あるぞ」

「どんな発想してるんですか!?」

「勘違いするな、私も言うだけで胸糞悪いんだ。こういうのは趣味じゃない。

マンネリ防止のために覗いたハード系のエロ本が、まさかあんな特大の地雷だとは…」

「聞いてません!」

 

美九がギャーギャーと叫ぶのを無視し、ポチタは深まった眉間の皺を伸ばす。

余程、好みに合わないエロ本だったらしい。

険しい顔で睨め付ける美九に、ポチタは諭すように告げる。

 

「あのな、もう少し考える脳を作れ。

知識は何者にも代え難いアクセサリーだ。

女だろうが男だろうが、知識は平等だ。

己の存在を美しく、気高く彩る。

リアリストを気取る割には幼稚すぎるぞ」

「……っ、あなたになにが…」

「惑わされない人間もいただろう?

少なくとも、最後にやったライブでは観客がいたんだろうが。

心因性の失声症も、事務所の意向を無視して個人で公表すればよかっただけの話だろ。

それで被害者として振る舞い、一定数の味方を得ることも出来たろうに」

「………それでも」

「全人類がお前よりバカだと思うか?

思い上がりもここまでいけば感心する」

「あーもう!うるさいうるさいうるさい!

男は皆、欲望の塊なんです!ソレが満たせないとなると裏切る獣なんです!」

 

じっくりと追い込むような言葉の数々をかき消すように、美九が喚き散らす。

半目でそれを見下ろしたポチタは、仕方がないとばかりに複雑な表情を浮かべた。

 

「お前が同じ領域にまで落ちてどうする」

「……………は?」

「何か違うか?今のお前とそっくりだぞ、そのクソ男」

 

何を言ってるんだ、このバケモノは。

自身の呼吸すらも聞こえるほどに、神経が冴え渡ったような気さえする。

衝撃に、ぐるぐると世界が回る。

自分の人生を狂わせた男と自分が、同じ領域に立っている。

美九にとっては、どんな罵詈雑言よりも認めたくない言葉であった。

否定したかった。だが、否定できなかった。

 

「権力か霊力かの差異はあれど、相手の意思関係なく、好き勝手に女を侍らせているのは同じだ。

お前は望んで落ちたんだぞ?」

「……………」

「…そんな顔をするんだ。心の中で薄々思ってたんだろ。

『こんなものは違う』と。『夢見た世界、夢見た自分とは程遠い』と。

わかっていて、お前は自分を慰めるためだけにその力を使い、溺れた。シャブをヤるよりも下品な形でな。

……残念だ、誘宵美九。

アイドルとしての矜持があった頃のお前は、口説き甲斐のあるいい女だったろうに」

 

もっと早く出会えていたらよかった。

そんな後悔を吐き出し、踵を返すポチタ。

と。美九は震える手で、ポチタの手を掴む。

 

「………なんですか、それ…?

今の私が無価値だと言いたいんですか…?」

「本来の歌声で歌わない限り、お前の価値はどこまでも下がるぞ」

「……は、はは…。…誰も求めていない歌声なのに、随分執着するんですね…」

「俺たちは聞きたいけどな」

 

と。ポチタと士道の意識が入れ替わる。

どうやら正気を取り戻したらしい。

少しばかりの霊力が噴き出ているあたり、まだ冷静とは言えないが。

 

「…五河、士道…?」

「おう。迷惑かけたみたいで、ごめんな。

全部聴いてた」

「………なんですか?

全部を否定された惨めな私を笑いにきましたか?」

「ちょっといろいろ言いたくなっただけだ。

余計な世話かもしれないけど」

「早くここから出ていってください…。あなたの言葉なんて、聞きたくありません…」

 

美九が拒絶の意を示すも、士道は不敵な笑みを浮かべ、跳ね除ける。

 

「いーや、聞いてもらうね!

お前がこれ以上力に縋って、自分の価値を無くさなくてもいいように!

俺がお前を助けてやる!!」

「そんなの、今更いらないです!!」

 

美九が吠えると共に、破壊力を持つ音が士道の右腕の骨を砕く。

士道はそれに眉ひとつ動かさず、炎を噴き出すことで治癒してみせた。

精霊の悪魔として暴れ出しそうになるのを堪えつつ、士道は言葉を紡ぐ。

 

「だったら、なんでそんな顔をする?」

「……っ、そ、それは…」

「本当はずっと、誰かに助けて欲しかったんじゃないのか?

自分のことすら見えないくらいに力に溺れたのは、『助けてほしい』って言葉を飲み込むためだったんじゃないのか?

誰にも救われなかった自分を、お前自身が救いたかった結果なんじゃないのか?」

「違う!違う違う違う違う違う!!」

 

歩み寄ってくる士道を拒絶し、世界を殺す牙を向ける美九。

が、しかし。精霊の悪魔としての能力か、はたまた琴里の霊力によるものか。

全身を治癒の炎で包みながら、士道はただ、美九に問いかける。

 

「私のこと、何にも知らないくせに…!」

「知ってる!お前はツラがいい!精霊の力が篭ってない声も、いつまでも聞いていたいくらいに可愛い!!」

「そ、そんなこと…!ファンだった男どもが何度も言いました!」

「それだけじゃない!男嫌いさえなければ、本当は優しいことも知ってる!

じゃなきゃ、初対面の奴にハンカチなんて渡すわけねぇ!!」

「そ、それは私が、あなたのことを女だと思い込んだからで…」

「逆に言えば、お前はソレができるくらいに優しい心もあるんだよ!

気づけよ!精霊じゃないお前だって、絶対に無価値なんかじゃない!」

「わ、私を殺そうとしたくせに!」

「ああそうだ!俺の大事なものを奪って、更に十香を奪われるキッカケになったんだ!

今だって殺したいくらいムカついてる!

だけどな!それ以上に本当の声で歌って、本当の声で皆に謝ってほしいんだ!

だから、お前を助けたくなったんだよ!!」

 

めちゃくちゃにも程がある理論を展開し、美九に詰め寄っていく士道。

こうも真っ直ぐに自分の意見をぶつけてくる人間が、ファンの中にも居たのだろうか。

そんなことを思いつつ、美九はふくれっ面で士道から顔を逸らす。

 

「ふ、ふんっ…。

そんなこと言って、どうせ裏があるに決まってます…」

「じゃあ契約だ…!

『俺がお前を助けてやる!できなかったら、その場で首を切って死んでやる』!!」

「は…!?」

 

契約は決して破れないものである。

破れば最後、死ぬよりも酷い目に遭う。

精霊たちからそう聞かされていた美九からすれば、バカにも程がある契約である。

パチクリと目を丸くする美九に、士道は牙を剥き出しにして吠えた。

 

「どうした、不満か!?

だったら、お前が俺を殺せ!!」

「……なんで、私にそこまで…」

「精霊じゃない誘宵美九を好きになりたくなったからだ!!」

「………っ」

 

嫌いな女を「好きになりたい」と宣い、自分の命を賭ける、バカが極まった男。

その愚直さに当てられてか、築き上げてきた歪な価値観が、少しだけ揺らいだような気がした。

 

「…ここまで馬鹿な人、初めて見ました」

「おう。折り紙つきの大バカだぞ、俺は」

「……失望、させないでくださいね」

 

美九は言うと、黙ってことの成り行きを見ていた鮫の悪魔:レプリカの背に乗る。

士道が目を丸くしていると、「勘違いしないで欲しいんですが」と美九が声を張った。

 

「私は見たいだけです。

私に無駄な期待を抱かせた男の死に様を。

勝手についてくので、勝手に守ってくださいね。ナイト気取りの悪魔さん」

「わかった、よ!」

「…捨て身すぎる説得でしたわね」

 

悪態を吐く美九に答え、士道と狂三は鮫の悪魔:レプリカの背に飛び乗る。

と。鮫の悪魔:レプリカが、雰囲気を霧散させるかの如く、爆弾を投下した。

 

「父様!コイツら重い!」

「はぁあああ!?なんですかコイツ!?

失礼にも程がありません!?」

「このサメ、何発ブチ込めば死にます?」

「……鮫。重いは禁句な」

「わかった!」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「あのバカ兄…!性懲りも無く自分の命を勝手に天秤にかけて…!」

 

その頃、フラクシナスにて。

令音の活躍で、美九による洗脳が解けた琴里が、モニターに映る士道を呆れた目で睨め付ける。

ああいう兄だとは知っている。

妹のために自ら首を切り落とす、などといった発想に至るような男だ。

しかし、だからと言って、「士道らしい」の一言で終わらせていいわけがない。

多くの電話番号が並ぶ画面から「おにーちゃん」と書かれたものを選び、通話ボタンを潰す勢いで押す。

数回のコールの後、猛スピードで移動しているのか、凄まじい風切り音とともに士道が通話に出た。

 

『どうした、琴里!?』

「まず、一言言ってやろうと思ってね。

こンのバカ!!アンタは自分の命がどれだけ重いか、一回きちんと考えなさい!!」

『女の子を相手するんだ!

自分の命くらい賭けないでどうする!!』

「限度があるって言ってんの!!」

 

最初から言うことを聞くとは微塵も思っていなかったが、琴里としても引き下がるわけにはいかない。

洗脳されている間だったら、喜んで死ねと罵っていたのだろうな、と嫌な想像が頭をよぎるも、琴里は士道を叱咤しようと息を吸い込む。

 

『だったら、お前が俺を守ってくれ!!』

「……は?」

『偉そうなこと言うだけ言って「出来ない」とか言わないよな!?』

「…上等じゃない!

死にたくなっても死ねないくらいに守り通してやるわ!!」

「……なんて口喧嘩だ…」

 

クルーたちがヒクヒクと表情を引き攣らせるも、琴里は気にせず艦橋に吠えた。

 

「碌な活躍できなかったぶん、こっから巻き返すわよ!!」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「おっ、とぉー?世界一大っ嫌いな女を前にしちゃったぞぉー?」

 

空間震警報が響く中、聳える摩天楼を前に、二亜が締まりのない笑みを浮かべる。

その眼前には、スーツ姿のエレンが軍隊を引き連れ、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「〈シスター〉…。何があったかはわかりませんが、半端とはいえ、素晴らしい反転体になってくれました。

その霊結晶、我々に捧げなさい」

「はーん?戯言しか吐けないのかなー?

まずは額を地面につけて『生まれてきてごめんなさい』でしょうが」

 

その顔面を見るだけで、身体中を駆け巡る血管全てが千切れそうだ。

ぐつぐつとはらわたが煮えくり返る音すらも聞こえてくる。

エレンのそばに控える兵士らの銃口が、刃が、敵意が、一斉に二亜に向けられる。

しかし、二亜は取り乱すことなく、《囁告篇帙》を手元に顕現した。

 

「言っとくけど。謝るなら今のうちだよ。

この後は声すら出せないだろうから」

「はっ。戯言を!」

 

エレンが忠告を一蹴すると共に、一瞬にして装備を顕現する。

限定的に力を解放した精霊はおろか、完全な力を発揮した精霊ですらも受け流すことは困難な斬撃が、二亜の柔肌に迫る。

対する二亜は、回避する素振りすら見せず、天使を開いた。

 

「『銃の悪魔:レプリカ』」

 

刹那。世界が捲れた。




誘宵美九…あのキッカケさえなかったら優しいと思うんだ。公式で頭が残念らしいし、良くも悪くも精神が幼めだから捻じ曲がりやすいだけだと思うんだ。チェンソーマン世界に来たら、間違いなく真っ先に目が死ぬ女。勘違いのないように言わせてもらうと、しっかり体型維持しているので、体重は平均よりもちょっと下。

偽ポチタ…実は性癖はめちゃくちゃノーマル。寝取られとか見ると気の毒すぎて抜けないタイプ。二亜が「夏の祭典で貰った」というエロ本を漁ったところ、とんでもない地雷を踏んでしまって一週間拗ねた。

五河士道/精霊の悪魔…ちょっと暴れたことで落ち着いた。しかし、ほんの少しのキッカケで暴走するくらい危険な状態には変わりない。こちらも性癖はノーマル。ハード系を読んで心が痛くなった。

本条二亜…世界一嫌いな女と対面。顔を見るだけでガチギレした。銃の悪魔:レプリカは強化済み。やったね。


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悪魔たち、暴れる

永遠の悪魔:レプリカの活躍をご覧あれ。


「な、なん…っ!?」

「二亜…!?」

 

摩天楼が捲れるように崩れ、見覚えのある異形…銃の悪魔:レプリカが顔を出す。

ポチタの血を与えたことで、本物と遜色のない力を持ったソレが放つ威圧は、全身を射抜くかの如く鋭い。

ただ動くだけで街が崩壊する様を前に、美九が声を張り上げる。

 

「な、なんなんですか、あれ!?」

「二亜が作った悪魔だ!

何がどうなってあんな化け物使ってるんだ、アイツ!?」

『私が許可した。安心しろ。

永遠の悪魔:レプリカがこの場にいる人間共に能力を施してる。痛覚は消せんがな』

「ヤバいのは変わらねぇよ!?」

『知るか。私もコイツらは嫌いなんだ。

いちいち殺すとお前がうるさいから、こんな軽い嫌がらせ程度で済ましたんだろ。

懐の深さを褒めてほしいくらいだ』

「嫌がらせのレベル超えてるだろ!?」

「ちょっと!こっちには『ポチタ』って犬の声は聞こえないんですよ!?

何言ってるかきちんと言ってください!」

「…あの。私、必要だったんですの?

いや、少ない労力で寿命を増やせたのは感謝しますが…」

「う、うるさい…」

 

ギャーギャーと言い合う士道らに辟易の表情を浮かべつつ、浮かぶ瓦礫を伝い、空を舞う鮫の悪魔:レプリカ。

と。その首目掛け、光の軌跡が迫り来る。

いち早くソレを視認した狂三は、手に銃を顕現させ、銃口を向ける。

しかし、その軌跡目掛け、銃の悪魔:レプリカから破壊の一閃が放たれた。

派手に吹き飛んでいくソレ…エレンから、視線を眼前にまで迫った銃の悪魔:レプリカに向けると、その肩に乗った二亜が声を張った。

 

「お、しょうねーん!美九ちゃんの説得はなんとかできたっぽいねー!」

「母様!母様!俺も頑張った!」

「お、いい子だねぇー!

あとでジャーキーあげるー!」

「やったー!!」

 

なんとも気の抜ける会話である。

三人が唖然とそちらを見つめていると、二亜の心臓目掛け、一閃が迫る。

二亜はソレを天使で受け止め、左人差し指でDEMが所有しているであろうビルを指す。

 

「このクソアマどもはこの子で…、いや。

この子と折紙ちゃんで抑えとくから、十香ちゃん助けてきなよ」

「折紙…!?折紙もいるのか!?」

 

予想外の名前に士道が愕然とするのも束の間、突如として顕現した狐の悪魔:レプリカの顎がエレンに襲いかかった。

 

「狐を貸してるの。

昼間の襲撃の後に事情説明したら、ASTが押収した装備持ち出してくれたっぽくてね。

…って、細かい説明は後々!

ちゃっちゃと十香ちゃんを助けよっか!」

「……恩に着る!」

 

士道はそれだけ言うと、胸元のスターターに手を伸ばした。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ギャハハハハッ!!殺しても死なんとは、シドーの小言が少なくていいな!!」

『俺は納得してないからな!?』

「どうせ『永遠』の能力で生き返るんだ!

今のうちに好きなだけ切り刻んでやる!!」

 

血と臓物に塗れながら、チェンソーを振るい、向かってくるDEMの尖兵を裁断していくチェンソーマン。

「どうせ生き返るから」と言う大義名分を与えたのは失敗だったのでは、と思いつつ、士道は呆れを吐き出す。

その背後には、美九と狂三が顔を顰め、血溜まりを走っていた。

 

「……ホントに悪魔なんですねぇ」

「相変わらず、容赦がないですわ」

 

下品な笑い声を上げ、肉を裂くチェンソーマンの背に、複雑な感情を投げる二人。

と。一度死んでも尚、心が折れていなかったのか、彼女らの背に幾つかの光弾が迫る。

しかし、ソレを看破していたポチタは、チェーンを伸ばし、二人の体を引き寄せた。

 

「お前、いいな。殺し甲斐がある」

 

ヴヴヴ、と激しく刃を唸らせ、光弾をあっさりと切り裂くチェンソーマン。

ソレに恐怖したか、全身を装甲に包んだ男の喉から、情けない悲鳴が飛び出す。

チェンソーマンはチェーンを伸ばして拘束すると、そのまま男を引き寄せ、踏みつけた。

 

「ちょうど良かった。

トーカの居場所を吐くまで殺してやる」

「だ、誰が吐くか…!」

「いい具合に生意気だな!

安心しろ!喉は傷つけんから存分に話してくれて構わんぞ!!」

「ひ、ひ、ひぎっ、ぎゃああああ!?」

 

名実共に悪魔である。

血飛沫に塗れながら尋問とも呼べない暴虐を繰り広げるポチタを前に、美九と狂三はなんとも言えない表情を浮かべた。

 

「……私、相当甘い対応されてたんですね」

「彼、気に入った人間には甘いんですのよ。

逆鱗に触れた私に、その甘さが向けられることはないでしょうが」

 

狂三は言うと、怯えた目でこちらを監視する兵士たちを見やる。

忠誠心はそこまで高くないらしい。

ポチタもそれには気づいているようで、横目で彼らを睨め付けていた。

 

「そこの方々。逃げるならさっさとした方がいいですわよ。

『こう』はなりたくないでしょう?」

 

喉が擦り切れんばかりに絶叫する男を指差し、悪魔のように笑んでみせる狂三。

彼らは狂三への畏怖も合わさって恐怖が限界に達したのか、武器を投げ捨て、よたよたと覚束ない足取りで逃げ始める。

狂三はそれに肩を竦めると、尋問を終えたポチタに目を向けた。

 

「で、わかったんですの?」

「わかりはしたが、やはり下っ端だな。

作戦の詳細は知らんらしい。

ただ、私が相手なのはわかってるみたいだ。敵が何かを仕掛けているのは確実。

…喜べ。お前が見たかったモノが見れるぞ」

 

ポチタは笑うと、心臓に目を向けた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「随意領域は後どれくらい保つ!?」

「5分もないかと…!

『銃の悪魔:レプリカ』があまりにも強すぎます!!」

「まさか、こんな形で協力しろって言ってくるなんてね…!」

 

その頃。フラクシナスにて、気を抜くことが許されない修羅場が広がっていた。

それこそ、琴里の頭を悩ませる変態副艦長…神無月恭平の口から軽口が飛ばない程に。

現在、彼らはフラクシナスに搭載された顕現装置をもって、地下のシェルターを銃の悪魔:レプリカから保護していた。

空間震など比較にならない損害を与えるであろう存在を前に、琴里は唾を飲む。

 

「こんなの、ただの個人が使っていい力じゃない…!!」

 

琴里も顕現装置に霊力を注ぎ込むという荒技でシェルターの防衛に協力しており、身体中を襲う脱力感と格闘していた。

ポチタの血を与えるだけで、チェンソーマンの四肢を飛ばすのが精一杯だった悪魔が、ここまで強くなるのか。

二亜の能力の恐ろしさを前に、琴里は冷や汗が止まらなかった。

 

「こんな力で何をするつもりなの…?」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「待っていたよ、《チェンソーマン》。

それに〈ナイトメア〉…、〈ディーヴァ〉。

お初にお目にかかる。DEMインダストリー業務執行取締役、アイザック・ウェストコットだ」

 

士道らを出迎えたのは、なんとも胡散臭い笑みを浮かべた優男だった。

生物的な嫌悪すら感じさせるその顔を前に、士道は青筋を浮かべ、霊力を噴き出す。

五年前、二亜を殺し、自分が悪魔になるキッカケを作ったクソ野郎が目の前にいる。

その事実だけで、身体中から噴き出しそうな程に怒りが湧き上がってくる。

作り変わろうとする体をなんとか抑え、士道はらしからぬ悪態を吐いた。

 

「ようやっと会えたな、クソ野郎。

キンタマ出せ。蹴り潰してやる」

「おやおや。プリンセスを助けにきたナイトにしては、随分と下品だね」

「お前相手に品なんざ要らねぇよ」

 

士道が一歩前に出ると共に、ウェストコットの顔が怪訝に歪んだ。

舌戦を繰り広げる気満々だった士道もまた、その様子に眉を顰めた。

 

「……君は、何者だ?」

「五河士道。お前らが《チェンソーマン》って呼ぶ、ただの人間だよ」

 

お前のような人間がいるか。

狂三はそうツッコミそうになったものの、今の士道から溢れ出す霊力から口をつぐむ。

相当怒っているのだろう。

士道の唇から覗く歯は、チェンソーマンのものと遜色ないほどに鋭くなっていた。

対するウェストコットはと言うと、士道の名前を反芻し、くっ、くっ、と喉を鳴らした。

 

「滑稽じゃないか…!

結局、全ては『あの女』の掌の上だったというわけだ…!」

「何をごちゃごちゃ言って…」

「シドー!近づくな!!」

 

いつの間にやら、目覚めていた十香の叫び声がガラス越しに響く。

ソレによって何事かを察した士道は、美九と狂三の体を奥へと押し飛ばす。

瞬間。幾重にも重なった爆炎が、士道の身を焦がし、抉った。

 

「士道さん…!?」

「な、なんで…!?」

 

爆煙が霧散すると、四肢どころか腹部すら失った士道の残骸が転がっているのが見えた。

どう考えても死んでいる。

だと言うのに、その瞳には光が宿り、真っ直ぐにウェストコットを睨め付けていた。

 

「すまないね、イツカシドウ。

私としても《チェンソーマン》の力は魅力的なんだ。

君の心臓は有用に使ってあげよう」

「や、やめろ…!シドーに近づくな!!やめろ、やめろ!やめてくれ!

頼む、頼むから…!私から、シドーを奪わないでくれ…!」

 

喉が焼け爛れ、悪態を吐くことすら出来ない士道を前に、十香が叫ぶ。

このままでは士道が死んでしまう。

ポチタのように、士道を死の淵から救う力は、自分にはない。

士道を救う力が欲しい。ポチタのように、あらゆる事象を容易く切り裂くような力が。

天地がひっくり返るような絶望を前に、十香は咆哮し、力を求めた。

 

「……十香、ごめんな…。

『助けて、チェンソーマン』…!!」

 

と。咆哮に隠れるように、そんな士道の掠れた声が響く。

間に合わなかったものは仕方ない。

今は、この男に何もさせないのが先決だ。

士道が不敵な笑みを浮かべると共に、激しい唸り声が部屋に響いた。

 

「ギャアーハッハハハハッ!!」

「っ!?!?」

 

そんな嘲りと共に、ウェストコットの腕が見るも無惨に裁断される。

激痛が走る腕を抑え、ウェストコットは愕然とした瞳で地面から飛び出た異形を見た。

全身を包み込む黒の装甲。突き出たはらわたをマフラーのように巻き、チェンソーが伸びる四つの腕を構えた怪物。

これこそ、本来のチェンソーマン。

地獄を阿鼻叫喚の渦に叩き落とした絶対強者が、人間に向けて殺気を放った。

 

「グッドアフタヌーン!百回死ね!!」

 

下品な笑い混じりにチェンソーを唸らせ、ウェストコットの体を裁断していくチェンソーマン。

ぼたぼたと落ちる血液を飲み、回復した士道が立ち上がり、二亜が施した永遠の悪魔の能力で再生するウェストコットを見下す。

 

「で?誰を有用に使うって?」

「声帯と肺は傷つけないでやる。

存分にほえろ、ゴミ」

 

以前、狂三に使った戦法である。

予め士道はポチタを心臓から引き抜き、二手に分かれていたのだ。

ザザザ、と凄まじい勢いで切り裂かれているというのに、ウェストコットは笑みを崩さず、笑い声を上げる。

 

「……く、くく、くくく…!!

素晴らしい力だ、チェンソーマン!!

是非、我がものとしたい…!!」

「ギャハハハハ!雑魚が何か吠えてるな!

小さくて全ッ然聞こえんぞ!」

「君も、その力を持て余してるんだろう?

私と共に来てくれないか?私と共に世界を覆そうではないか!!」

「バーカ!ツラのいい女を殺すようなクソ野郎につく男がいるか!」

「女が欲しいのか!?

なら、いくらでも用意しよう!」

「お前の用意したモノなどいらん!

私はシドーが大好きで!それを殺そうとしたお前が宇宙で一番大ッ嫌いなんだよ!!」

 

殺しても殺しても折れない精神は、見上げたものなのだろうか。

あまりに容赦ない蹂躙を前に、士道が表情を引き攣らせていると。

突如として襲いかかってきた一撃を前に、その軌道上にいた美九へと駆けた。

 

「美九、伏せろ!!」

「はぇ…?」

 

急なことに反応できず、美九は士道の方を見やる。

と。自分の首目掛け、横薙ぎに放たれた斬撃が迫るのが見えた。

天使を出す暇もない。美九は咄嗟に目を瞑り、恐怖から目を逸らす。

数秒、もしくは数分だろうか。

いつまでも来ない衝撃を怪訝に思い、美九はゆっくりと目を開く。

 

「いっ…、てぇええ…!!」

 

そこには、腹が裂かれ、落ちた臓物の中に倒れ伏す士道がいた。

どう見ても痛いで済まない傷を堪え、治癒の炎を放つ。

軈て傷口が塞がると、士道は美九に目を向けた。

 

「無事か!?」

「……は、はい…」

「ならよし!狂三、美九は任せた!」

「はいはい、わかりましたわよ」

 

狂三に連れられ、離れていく美九から、士道は視線を斬撃の発生源へと向ける。

 

「貴様ら、煩わしいぞ」

 

そこには、以前と様子が違う十香が、自らを見下ろしていた。




永遠の悪魔:レプリカ…めちゃくちゃ頑張りました。「心がへし折れた状態で残りの人生生きて欲しい」という二亜の要望に頑張って応えた。モノホンよりメンタル弱いし良識あるから、「殺したくないとかいう慈悲ない時点で相当ヤベェよ…」とドン引きしてる。

銃の悪魔:レプリカ…バチクソ強い。下手すりゃシェルターも崩壊させるので、フラクシナスの全員で守ってもらってる。尚、二亜にはまだ切り札がたくさんある模様。

アイザック・ウェストコット…この作品で最も敵に回しちゃいけない奴らを敵に回した男。数百回は殺されたが、全然心は折れてない模様。お前、デビルハンターに向いてるよ。

偽ポチタ…ウェストコット微塵切りを楽しんでたが、反転十香の暴走で手を止める。その隙をつかれ、エレンが割って入ったことで不完全燃焼。今度はキンタマ蹴り倒してやると画策中。

五河士道/精霊の悪魔…コイツいつも死にかけてるな。


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戦い、一時決着

いつぞや要望があるか聞いた二亜とのイチャラブえっちを書いてるけど、進捗は遅めだし多分短いから期待しないで欲しい。


「ははは!どうだ、チェンソーマン!

これが精霊の反転!素晴らしい力だろう!」

「黙れ、気持ち悪い」

 

反転という現象が起き、変貌した十香を見上げ、高々と叫ぶウェスト。

イカれポンチを想起したのだろう。

仮面の奥にある顔を顰めたチェンソーマンは、嗤うウェストコットの声帯を、躊躇いなく切り落とした。

と。そんな彼を目掛け、幾つもの光弾と共に光の刃が迫る。

 

「貴様ァアアア!!」

「吠えるな。取り込み中だ」

 

飛んできたエレンを軽く避け、虫でも叩くようにその場にはたき落とす。

が、しかし。随意領域でそれを受け止めていたエレンは、傷が再生したウェストコットを抱え、夜空へと消えていった。

 

「今度会った時はタマを潰してやるか。

……で。お前は何回はらわたをぶち撒ければ気が済むんだ、バカタレ」

「俺のことが嫌いな神様に聞け!

ってか、これ大丈夫だよな!?

傷口から砂利とか入ってないよな!?」

「お前の再生で入るか、ボケ。

治癒の段階で燃え尽きとるわ」

 

ギャーギャーと言い合うチェンソーマンと士道を前に、変貌した十香が眉を顰める。

その殺気をいち早く察知したチェンソーマンは、振り下ろされた片刃の剣を四つのチェンソーで受け止めた。

 

「……ほう。《暴虐公》を止めるか」

「可愛げが無くなったな!

その生意気な状態で喘がせたいものだ!」

「死ね」

 

出会った当初の十香を想起させる態度だ。

自分以外の一切合切を敵だと認識しているのか、その敵意は士道にも向けられていた。

世界を殺す剣をあっさりと受け止めたチェンソーマンは、距離を取る十香に下品な笑みを浮かべる。

 

「シドー、あのトーカもオトせ。

あの生意気な女から、甘く縋るような喘ぎ声が聞きたい」

「ホンットお前さぁ!!」

 

いくら男心をくすぐる見た目をしていても、中身は性欲のままに動くモンスター。

こんな状況でも最低である。

自分の体躯よりも遥かに大きいチェンソーマンの顔を見上げ、呆れた怒号を放つ士道。

と。それを煩わしく思ったのか、十香は《暴虐公》と称する剣を、士道に向けて振り下ろした。

 

「『精霊の悪魔:■■■』!!」

 

自分でも認識できない言葉を叫ぶと共に、士道は肘から二つの腕を伸ばす。

チェンソーマンと同じ体躯だが、その様相はまるで正反対だった。

肌を覆う装甲は、存在がまるごと世界に溶け込んでいるかのように、白とも透明とも取れる不思議な色で染まっている。

しかし、一部は存在が抜け落ちているのか、所々黒が目立つ。

武装も完全とは言えず、元あった腕から突き出るように顕現した弓矢、斧が鎮座しているのみ。

残った腕には、これまで同様に肉を裂いて出た黒いチェンソーが唸り声をあげている。

顔を覆う仮面は白と黒で分けられ、その脳天には十香の《鏖殺公》とチェンソーが合わさったような刃が伸びていた。

 

「軟いッ!!」

 

精霊の悪魔が叫ぶと共に、飛んできた十香の斬撃を額から伸びる刃で打ち消す。

普通なら首が折れる挙動であるが、チェンソーマンとして戦ってきた経験からか、スムーズに斬撃を放つことが出来た。

しかし、痛いことには変わりないわけで。

精霊の悪魔は首を、ゴリっ、と鳴らし、歪んだ骨を無理やりに戻した。

 

「ゔぁーっ…!いっ…、てぇえ…!

お前、よくこんなん出来るよな…」

「どうせ治るからな。

いちいち痛がるだけ無駄だろ」

「俺、一応心は人間なんですが…」

「寝言は寝て言え。来るぞ」

 

チェンソーマンの言葉を皮切りに、ビルそのものを吹き飛ばさんばかりの斬撃の雨が降り注ぐ。

精霊の悪魔は伸びた腕のチェンソーをしまい、美九と狂三を抱えて飛ぶ。

凄まじい勢いで瓦礫の山となったビルの残骸を踏み越え、チェンソーマンは十香の体をチェーンで縛りつけた。

 

「ぐっ…、離せ!!」

「だったら大人しく、しろォ!!」

 

縛られた十香が力任せに拘束を解こうとするも、チェンソーマンが激しく回転したことにより、体がシェイクされる。

チェンソーマンはそのまま勢いをつけ、十香の体をビルへと投げ捨てた。

しかし、その背がコンクリートへと付く直前、十香は体勢を立て直し、無防備になった首に斬撃を放つ。

チェンソーマンは伸ばしたチェーンを、隠れていた鮫の悪魔:レプリカのヒレに引っ掛け、その斬撃をすんでのところで避けてみせた。

 

「チッ…。一度叩きのめして正気に戻そうにも、骨が折れるな」

『士道、聞こえる!?』

「生憎だ。インカムは私の方だ」

『ぅげっ…!?』

 

悲鳴じみた琴里の声に辟易しながらも、チェンソーマンが答える。

琴里は露骨に嫌そうな声を上げたものの、即座に声を張り上げた。

 

『ああ、もう!この際ポチタでもいいわ!

よく聞いて!今、十香に起きてるのは、二亜とは違う完全な「反転」よ!』

「見りゃわかる。

どうすればいいかだけ吐け」

『十香の意識を外からの衝撃で戻すだけ!

いつもと変わんないわよ!!』

「回りくどいぞ。

なんで『キスしろ』と端的に言えんのだ。

お前はそう回りくどいから、大好きな『おにーちゃん』に女として見られんのだろうが」

『余計なお世話よ駄犬!!』

 

チェンソーマンの指摘に怒鳴り声を上げ、通信を切る琴里。

はぁ、と小さく息を吐くと、チェンソーマンは美九たちを近くのビルにおろした精霊の悪魔へと目を向ける。

 

「シドー、聞いていたな!

私が抑えてやる!やるならさっさとやれ!」

「おう!愛してるぜ、相棒!!」

「やめろ、気色悪い!鳥肌が立つ!!」

 

そう言う割には声が弾んでいる。

精霊の悪魔は全身をドロドロに溶かし、五河士道としての姿へと戻る。

と。その姿を見た十香は、怪訝な顔をして士道を見つめた。

 

「……なんだ、あの人間は?

見ているだけで胸が騒めく…」

「良かったな、シドー!意識の奥のトーカは、お前のことが大好きらしいぞ!」

「トー、カ…?」

 

自分のことを指す名前すら分からないのか、怪訝そうに眉を顰める十香。

動揺を誘うために放った言葉だったが、あながち間違いでもなかったらしい。

チェンソーマンは喉奥から笑い声を放つと共に、銃の悪魔:レプリカによって捲れ上がった地表へと着地する。

 

「まずはコレからだ!」

 

チェンソーマンは四つの腕を、立った地面へと突き立て、チェーンを伸ばす。

訝しげにそれを見ていた十香だったが、その地面全体から夥しい数のチェーンが伸びてきたことにより、その顔が歪んだ。

 

「二度もかかるか、馬鹿め!」

 

十香は迫り来るチェーンを拒絶するように掌を前に突き出し、不可視の壁を展開する。

伸ばしたチェーンの軌道は見事に外れ、並ぶビルの一部を薙ぎ切った。

チェンソーマンは目論見が外れたことがわかるや否や、捲れ上がった大地そのものを振り回し始める。

 

「ギャハハハハッ!!」

「そんなもの!」

 

ハンマーのようにして迫る巨大な塊に、十香は嘲笑を込めて剣を振るう。

やはりというべきか、十香の一撃の前に塊は砕かれ、チェンソーマンに襲いかかる。

が。読んでいたチェンソーマンは、解放された手で斬撃を掻き消した。

 

「やはり思いつきじゃ上手くいかんな」

「く、くくく…。面白いぞ、化け物!

それでこそ、殺し甲斐がある!!」

 

十香が吠えると共に、漆黒の破片が剣へと収束していく。

数秒と経たずして完成した大剣を前に、チェンソーマンはゲラゲラと笑った。

 

「バカなのは変わらんな。

囮の私に熱中しすぎだ」

 

チェンソーマンが嘲笑を浮かべると共に、十香は弾かれたように背後を向く。

そこには、いつの間にやら復帰していた八舞姉妹に腕を掴まれ、十香へと迫る士道がいた。

 

「し、しまっ…」

「十香ぁああ!!」

「っぐ、ぅうう…!!」

 

士道が名前を叫ぶと共に、十香の表情が苦悶に満ちる。

頭痛も走っているのか、十香はこめかみを抑え、剣を振り上げた。

 

「なん、だ、お前は…?私に何を……?」

「長い間してなかったからな。

ちょっと長めにしてやる」

 

ロマンチックな口説き文句すら吐かず、士道は流れるように十香と唇を重ねる。

十香は困惑に目を見開き、士道の体を引き剥がそうと力を込めた。

が。士道の後頭部に手が触れると共に、不思議と力が抜けていく。

存在がひっくり返されていく。

そうとしか形容できない感覚が全身を覆うと、十香の意識が戻った。

 

「……むっ!?むーっ!むーっ!!」

「………ぷはっ」

 

意識が戻った十香は、自身が士道と唇を交わしていると気づくと、赤面して慌て出す。

その抵抗を数秒だけ押さえつけた士道は、ゆっくりと唇を離し、息継ぎした。

 

「お、戻ったか」

「し、シドー…。長いと恥ずかしい…」

「ご、ごめんごめん…」

「まった…、く……!?

シドー!?心臓はどうした!?」

 

十香はふと、ぽっかりと空いた士道の心臓に目を向け、愕然とする。

士道は乾いた笑みを浮かべると、銃の悪魔:レプリカを仕舞って降りてくる二亜を受け止めたチェンソーマンを指した。

 

「あー…、あそこ。

あんなナリだけどポチタな。あれが本当の姿らしい。…俺、見るの初めてだけど」

「う、うむ…。…怖いけどカッコいいな」

 

少ない語彙でチェンソーマンに笑みを向けると、彼は十香に声を張り上げた。

 

「私からすれば欠点だらけだ。

チ○ポが無いから、女が抱けんどころか自慰すら出来んぞ」

「お前!十香に変な言葉教えるな!!」

「シドー、チ○ポとはなんだ?」

「女の子がそんなはしたないこと言うんじゃありません!!

ポチタも満足したろ!?さっさと戻れ!!」

 

そんなつまらないコントを照らすように、朝日が登り始めた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……誤魔化し方下手すぎるだろ」

 

翌日。天央祭会場にて、士道は呆れた表情を浮かべ、携帯に罵声を浴びせる。

どうやら先日の件は、「特殊な空間震や幻覚剤散布による集団暴走事件として処理された」らしい。

そのことを示すかのように、荒唐無稽な憶測が踊るネット記事を流し読み、士道は深く息を吐いた。

 

「まぁ、化け物が壊しましたー…なんて口が裂けても言えんわな」

『お前もソレに含まれてるぞ』

「うん。知ってる。

…しっかし、結構派手目に壊したのに、もう直ってんのな」

『顕現装置様様だな。便利なおもちゃだ』

「おかげでこうやって、三日目の予定を楽しめてるんだ。

便利な発明だよな、ホント」

 

先日、チェンソーで叩き切ったはずの壁に目を向け、苦笑を浮かべる。

本来、今日のプログラムは二日目の予定諸共オシャカになるはずだったのだ。

しかし、熱意ある生徒たち…主に実行委員会の女子三人…が行った猛抗議により、なんとか開催されたのが、本日の十校の生徒のみが参加する後夜祭だった。

 

「ポチタ、なんか見たい場所とかあるか?」

『トーカの乳房だな』

「そういうの聞いてないから」

『2割は冗談だ』

「8割本気じゃねぇか!?」

 

流石は性欲モンスター。最低である。

士道が辟易のため息を吐いていると。

待ち合わせをしていた美九が、廊下の向こうから駆け寄ってきた。

 

「来てくれたんですね!」

「ま、手紙もらったしな」

 

ポケットから可愛らしい便箋を取り出し、苦笑して見せる士道。

先日見せた「ツンドラ」と評されるレベルの態度は何処へやら、美九の表情は明るく、一切の負の感情を感じさせないものだった。

 

「で、話って何なんだ?」

「あ、そうでしたぁ」

 

と。美九は全身を士道に預け、無防備になっていた士道の唇を奪う。

いつもの様に、霊力が流れ込んでくる感覚と、美九の柔肌に、士道は目を白黒させた。

 

「え?はぁ…!?」

「なんて早業…」

「不可抗力!不可抗力だから!」

 

裸体を晒した美九を前に、士道は必死になって不可抗力であることを主張する。

今まで出会ってきたどの精霊よりも主張の激しい乳房を前に、心臓として鼓動するポチタが、胸から飛び出そうな程に暴れ出した。

流石はアイドルというべきか。男の欲望がそのまま顕現したかの様な肢体を前に、士道は起立しかける息子を抑え込む。

 

「冗談です。封印のことについては、あらかじめ精霊さんたちから聞いてました」

「……もう、いいのか?」

「ええ。それに、本当の声で言わなくちゃいけないことがあるので」

 

美九は言うと、少し離れ、頭を下げた。

 

「士道さん、ごめんなさい」

「……はえ?」

 

何のことかわからず、士道は目を丸くする。

そもそも、士道は既に美九に対して怒りを覚えていない。

なにか謝罪を受けるようなことがあったか、と思っていると、美九が言葉を続けた。

 

「私のせいで、十香さんが攫われて…。契約だったのに、私は無理矢理に精霊さんを私のものにしようとして…。挙げ句の果てに、士道さんを殺しかけて…。

今までのこと、全部、全部謝ります…!

本当に、ごめんなさい…!」

「いや、解決したことを蒸し返されても…。

全部ハッピーで終わったから万々歳だし、そんなに気にしてないぞ」

「それでもです!きちんと謝らないと、私…!」

 

尚も食い下がり、頭を下げ続ける美九。

やはり、根は真面目らしい。

どうしたものか、と士道が悩んでいると、唐突に意識が替わった。

 

「本人がとっくに許してるんだ。

それでも申し訳ないと思うんなら、お前の歌でも聴かせてやれ」

「……!」

 

ばっ、と美九が顔を上げる。

ポチタはソレを横目で見やり、笑みを浮かべた。

 

「90点。いい女だぞ、お前。

幼稚なのを除けばな」

『余計なこと言うな、バカタレ!!』

 

士道は叫ぶと共に、主導権を取り戻す。

本人に点数を言う馬鹿がいるか、と怒りつつ、士道は美九に頭を下げた。

 

「こう言う奴なんだ。ごめん…」

「大丈夫ですよぉ。

あと10点埋めて、士道さんの…いえ!100点満点パーフェクトな、『だーりん』の奥さんに相応しい女になりますから!」

「…………へぁっ?」

 

とんでもない爆弾を投下すると共に、その場を去っていく美九。

『だーりん』とは、婚姻関係にある男性を指す単語で間違いあるまい。

というか、ソレ以外に『だーりん』という単語を知らない。

面倒が増えたとばかりに、士道はがっくりと項垂れた。

 

「…皆になんて言おう?」

『諦めろ。そう言う運命だ』




五河士道/精霊の悪魔…とうとう悪魔の割合が6割に突入。悪魔としての本来の姿は、チェンソーマンに精霊の使う天使を合わせたような姿。頭だけでも反転した十香の攻撃を捌けるくらいには強い。

夜刀神十香…初めて男のシモを表す言葉を知る。その3日後、ちんちんで爆笑する小学生みたいな女子高生が爆誕した。

偽ポチタ…本来の姿に戻るのは実は2回目。悪魔たちに施された封印は、士道が封印してきた霊力を使って破った。女が抱けない体はゴメンなので、これまで通り、士道の心臓として生活することに。

誘宵美九…その後、アリーナでもだーりんに向けて告白。会場がめちゃくちゃ騒めく中、キリキリと痛む胃を抑えるだーりんを発見し、笑顔を向けたそうな。


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偽ポチタ、やらかす

コイツ、地雷踏むのだけは天才的だな。


放置され、廃墟となった遊園地にて。

士道はASTを弄ぶ精霊を見上げていた。

 

「…アレが新しい精霊か」

『ガワを霊力で覆って…、いや。作り替えているのだろうな。

そんなことをするくらいだ。ヤツは本来の姿に相当なコンプレックスがある』

 

飛び交うミサイルをファンシーなニンジンに、ASTが背負う装備を可愛らしい着ぐるみに変貌させていく精霊。

その容姿は、童貞の妄想の中にいる「魔女」がそのまま飛び出したかのようだ。

…否。実際、妄想の中の産物なのだろう。

グラマラスな肢体を見せつけるかのように空を舞う精霊を前に、士道はため息を吐く。

 

「よくわかるよな…って、似たようなのを殺したことがあるとか言うか、お前は」

『ミクと同じく、幼稚な現実逃避だ。

化けの皮剥がして惚れさせんと、簡単に霊力が逆流するぞ』

「そうしたら面倒なことになるだろ。

出来るだけ波風立てないように…」

『無理に決まってるだろ。

お前のポン菓子よりも小さく、すっからかんな脳みそを回して思い出してみろ。

今までスムーズに行った試しがあったか、バカタレ』

「ないですね、はい」

 

ポチタの正論に殴り倒され、がっくりと項垂れる士道。

どのみち面倒ごとは確定か、と思いつつ、眼前に降り立つ女性に目を向ける。

 

「あら?こんな場所に何か用?

警報中にAST以外の人間を見るのは初めてね」

『待ちなさい、士道。選択肢が出たわ。

……今回こそ言うこと聞きなさいよ?駄犬にも釘を刺しときなさい』

 

すっかり駄犬呼びが定着している。

仮にも愛犬だったのだが、と思いながらも、士道はラタトスクによる指示を待つ。

三つの選択肢の内、票は見事に真っ二つに分かれたらしく、何事か言い合う声がインカムから聞こえた。

 

『回りくどい。ゲームじゃないんだぞ。

普通に口説くことも出来んのか、あのアホどもは』

(一応は、高性能AIだから…)

『ポンコツの間違いだろ。私でもプログラムが組めそうなくらいにアホだぞ』

(お前、パソコン使えんの?)

『お前が寝てる間にオカズを探しててな。

変なモン踏まないように学んだ。慣れるとなかなかに楽しいぞ』

(…あ!だからか!?アカウントの残高が身に覚えのないAVに使われてたの!!)

『文句を言うな。お前、アレに何回世話になった?言ってみろ』

(数え切れませんけどなにか!?)

『開き直ったな』

 

選択肢を待っている間、意識の中でギャーギャーと言い争うアホ二人。

歪みそうになる表情筋を全力で抑えていると、インカムから「出来るだけ上目遣いで何もわかってない無垢な少年のふりをしろ」という無茶振りが飛んでくる。

童貞も捨てているのに加え、異常な性欲が渦巻くモンスターである以上、出来る気がしないが、士道はなんとか口を開く。

 

「あ、あの、俺、何もわかんなくて…」

『精霊と七股してるくせに』

 

肝臓に正論の一撃が入った。

あまりの威力に表情筋が死にかけるも、士道はなんとか堪え、精霊の出方を探る。

と。作り物のような艶かしい指が、士道の顎に当てられた。

 

「ふぅん…。ね、僕。名前は?」

「い、五河士道…」

「士道くんね。…ふふ。かわいい名前。

私は七罪。あなたたちには〈ウィッチ〉って呼ばれてるみたいだけど」

「七罪、さん…」

「堅苦しいわね。七罪でいいわよ」

 

七罪と名乗った精霊は、驚くほどに淡麗な顔で笑みを浮かべる。

これも作り物なのか、と思うと白けてしまう自分もいるが、士道はなんとか波風を立てないように、口を開こうとした。

が。ソレを遮るように、七罪が士道に詰め寄る。

 

「ねぇ、士道くん。お姉さん、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?お前のその容姿について、感想でも欲しいのか?」

『ちょっ、ポチタ!?』

『駄犬!!引っ込んでなさい!!』

 

唐突に意識を入れ替えたポチタに、士道の困惑と琴里の怒号が向けられる。

しかし、ポチタは一切動じることなく、呆けた七罪に続けた。

 

「0点だ。そんな妙な力に頼って本来の姿を隠す女のどこを評価しろと言うんだ。

テストで名前を書かんかったら0点だろ。アレと同じだ。

存在をまるっと変えた偽りのお前を私に評価しろなどと、烏滸がましいにも程がある。

下手な芝居はやめろ。

男を口説くなら、自分を必要以上に大きく見せるな、バカタレ」

『ぽ、ポチタぁぁぁああああっ!?!?』

『こンの駄犬ーーーーっ!!!!』

 

コイツ、やりやがった。

特大の地雷を踏み抜いたのか、七罪を観測するフラクシナスの機械が悉くエラーを吐き、煙を吹き上げる。

ぷるぷると震える七罪を前に、ポチタは首を傾げた。

 

「怒るくらいなら最初からするな。

ほら、とっととソレを脱げ」

「……どこで知ったの?」

「すまんな、嘘を吐いた。

精霊とは何度も会っていてな。経験上、能力による細工がわかるんだよ」

 

無論、これも嘘である。

「似たようなのを殺したことがある」などと馬鹿正直に言えば、さらに話が拗れるのは目に見えていた。

ポチタの最低限の気遣いだったのだが、悲しきかな。

怒髪が天を衝く勢いで怒り狂う七罪には、そのお猪口よりも小さい気遣いは全くもって届かなかった。

 

「殺してやる殺してやる殺してやる!

絶対絶対絶対絶対ぜぇぇぇぇぇえったいに許さないんだから!!

アンタなんか!アンタなんかこの世界で生きられなくしてやるぅうううっ!!」

「その怒りよう、コンプレックスがあるのだろう?なら、余計に偽らん方がいい。

下手な嘘は男女問わず、品位を貶めるぞ」

「むきぃーーーーっ!!」

『ややこしくなるからもう黙れ!!』

『それ以上口出したらシバき回すわよ!!』

 

地雷原に絨毯爆撃をかましたポチタに、三者三様の怒号が飛ぶ。

その中心にいるポチタは、何故怒鳴られているかわからないのか、首を傾げた。

 

「何故に怒る?私は女の何たるかをコイツに叩き込んでやろうと…」

『お前前世含めて男だろうが!!』

「今は無性だぞ。欲求が男寄りなだけだ」

『屁理屈捏ねるな!代われバカ!!』

 

士道が怒鳴るも既に遅く。

七罪は怒りに満ちた表情で飛び上がり、ポチタに告げた。

 

「覚えておきなさい!アンタの人生、おしまいにしてやるんだから!」

「じゃあ、覚えておけ。

お前のそのくだらん化けの皮剥いでやる」

「はんっ!出来るモンならね!!」

 

その言葉を最後に、七罪の姿が消えていく。

残されたポチタは、尚も続く士道と琴里の怒号に辟易のため息を吐いた。

 

「…どうせ遅かれ早かれ踏んでた地雷だろ」

『『うるさい!!』』

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……右手が取れそうですわ…」

 

時は少し進み、狂三の弱音が二亜の仕事部屋に響く。

現在、彼女は右手首に襲いかかる腱鞘炎と格闘し、ペンを握っていた。

右手が取れそうな程の痛みに悶絶しながらも手を動かしていると、これまた死にそうな表情の二亜がこれ見よがしに未完成の原稿を見せる。

 

「もうちょい頑張ってー…。

あと、この見開きで終わるから…」

「心も死にましたわ…」

「一万は殺した精霊のくせに?」

「こんなエグい展開を見せられて心が傷まないほど、人でなしではありませんわ」

 

何が悲しくて、主人公以外の主要キャラが遺言もなく無惨な死を遂げる展開を、長時間直視しなければならないのだろうか。

どんな発想をしているのだ、と文句を垂れ流しながらも、ヒロインだった肉塊にベタ塗りをしていく狂三。

あまりに救いようがない。

一端とはいえ、責任の所在が主人公にもあるため、主人公が仲間の死を悼むことすら許されない境遇なのが、もうどうしようもない。

 

「…当てつけじゃありませんわよね?」

「何が?」

 

自身のトラウマとも呼べる記憶が掘り起こされ、思わず二亜に問いかける狂三。

二亜は「知らんし…」と力無く呟き、最後の見開きに着手し始めた。

 

「…本来のチェンソーマン、どうだった?」

 

狂三の作業が終わると共に、腕が止まる。

想起するのは、先日の死闘。

反転した精霊と戦ってなお、底を見せなかったチェンソーマンに、狂三は複雑な表情を浮かべた。

 

「能力こそ見れませんでしたが、その圧倒的な強さはよく分かりましたわ。

私、相当手加減されてたんですのね」

「いや、加減されてないよ。

今回は少年の仇が相手だったからね。

ポチタはあの体が大嫌いだから、そんくらいの理由がないと変身しないんよ」

 

性に脳を支配された怪物を、発散する術のない体に押し込めることは、拷問を意味する。

快楽主義が極まった悪魔が自ら欲を捨てるなど、余程のことが無ければありえないのだ。

最強の悪魔たるチェンソーマンが現世に顕現することがそうそう無いと知ると、狂三は安堵のため息を吐く。

 

「柄にもなく安心しましたわ。

…それ程までに恐ろしい強さですもの」

「そりゃ、バケモン揃いの地獄で一回も死なずに数万年生きてるからね。

あんなに強い銃の悪魔も、チェンソーマンの前では赤子同然だったらしいよ。

始原の精霊を殺すんなら、彼をけしかけるだけでいいかもね」

 

二亜は言うと、ガリガリと凄まじい勢いでペンを走らせる。

チェンソーマンや士道の話題となると、心なしかペンの速度が速い気がする。

そんなことを思いつつ、狂三はある疑問を投げかける。

 

「……質問ですが。あなたの天使には、チェンソーマンのことは一切書かれていないんですのよね?」

「うん。悪魔に関しては、私が把握してる情報も書かれてないよ。

例え書き足してもすぐ消えるし。

レプリカ作るのだって、結構大変で…」

「では、何故『本来のチェンソーマン』のことを知っていたんですの?」

 

聞いてもいない苦労話を展開しようとした二亜を遮り、問いかける狂三。

二亜はソレに一瞬だけペンを止めた。

 

「……五年前に助けてもらったんだよ」

「…詳しく」

 

二亜のペンの音が少し荒くなる。

触れられたくない領域だったのだろうか。

それとも、毛嫌いするエレンが関わる話だから苛立っているのか。

恐らくは後者だろうな、と思いつつ、狂三は二亜に詳細を求めた。

 

「大したことじゃにゃーよ。クソアマに殺されかけて、市民病院に緊急搬送されて。

その前にちょっち特殊な処置したから、一命は取り留めたわけ。

でも、それで諦めてくれたかって言われると、そんなわけなくってさ。

古今東西いろーんな刺客に狙われるって知ってヤケんなっちゃって、『アンタに都合のいい女になるから、私を助けてくれ』ってポチタと契約したの。

どう足掻いても捕まるとか言われたら、そっちに賭けたくなる気持ちもわかるっしょ?」

 

要するに、自分の純潔を大安売りしてチェンソーマンの庇護下に入ったらしい。

しかし、狂三が知りたいのはそこではない。

それは二亜もわかってるのか、「急かさないでよ、前提条件話してるだけ」と呟き、トーンを貼り始めた。

 

「少年とポチタに都合のいい女になって、『きっと私、死ぬほど抱き潰されんだろーなー』とか思いながら胸揉まれてたわけよ。

でもさ、胸揉む以外なんもしないの。

ソレどころか、頻繁に見舞いに来て、果物とか剥いてくれんのよ。

私の能力を知っても、『ポチタよりデタラメか?』って腹立つ返ししてくるし…。

『アレ?お手伝いさん雇ったっけ?』とか思ってたわけ」

 

完全に惚気話の入りである。

二亜は狂三の冷たい視線を無視し、話を続けた。

 

「傷も塞がって、とうとう退院かーってなった時。

また、あの女が私を捕まえに来たわけ」

「……エレン・M・メイザースですか?」

「その名前言わないで。聞きたくない」

 

名前すらも許せないらしい。

二亜は険しい表情を浮かべ、インクの滴るペン先を狂三に向ける。

同時に違和感が走った首筋に手を当てると、黒のインクがベッタリと手についた。

 

「声帯とか手足とかぜーんぶぐちゃぐちゃにされちゃうんだろうなー、って全部諦めかけた時に、退院祝い持ってきてくれた少年がやってきてさ。

まだ小さいのに、あんなかっこいい顔できるんだなぁって思ったね」

 

にへら、といつになく締まりなく笑うも、手元は休まることなく作業を続ける。

惚気話を聞きたいわけではない。

狂三が抗議の意味を込めて睨め付けると、二亜は「ごめんごめん」と戯けた。

 

「……ま、でも、めちゃくちゃバンダースナッチとかいう人形連れててさ。

人間版チェンソーマンだとキツいってなって、少年が『本気でやらないと自殺する』ってめちゃくちゃ渋ってたポチタを説得したのよ。

その時に初めて、ポチタ…、チェンソーマンの本当の姿と能力を知ったわけ。

惚れた経緯としては、ほぼ美九ちゃんと一緒なんじゃにゃーの?知らんけど」

「私も知りませんわよ」

 

からからと笑う二亜に、狂三は呆れを込めたため息を吐き出す。

予想以上にくだらない話だった。

無意に時間を過ごしたことを悔いていると、二亜がふと声を張り上げる。

 

「さて、問題です。ここに伏線が隠れてるよん。狂三ちゃんはどこだと思う?」

「……は?」

 

唐突な発言を前に、呆けた声が出る。

伏線という単語がわからないわけではない。

今ここで、そんな発言をする意図自体が理解不能なのだ。

訝しげに顔を顰める狂三に、二亜は悪魔のような笑みを貼り付け、続ける。

 

「いや、別に『この世界がフィクションと仮定して、第四の壁を破ったメタ発言をした』ってなわけじゃないよ。

手伝ってくれた狂三ちゃんへのお礼として、私のヒミツを教えてあげてるの。

言い方は職業病ってことで、許してちょ」

 

言うと、二亜は胸元をはだけさせ、鼓動する心臓あたりを撫でる。

重くなる場の重圧を前に、狂三は唾を飲み込んだ。

 

「私は少年のことが大好きだからね。

大好きな人とお揃いのマグカップとか、女の子としては憧れるじゃん?

だからね、私はここをお揃いにしてるんだ」

 

「チェンソーマンではないけどね」と付け足し、笑みをこぼす二亜。

可憐な表情のはずなのだ。

だというのに、狂三はソレが『悪魔の笑顔』にしか見えなかった。




本条二亜/■■の悪魔…心臓貫かれて即治るわけねーだろ。心臓だけは生み出した悪魔のもの。精霊の力が十全に使えるのもこの心臓のおかげ。ポチタの血を飲むことでパワーアップすることも自分で試して知った。マグカップ感覚で心臓もお揃いで嬉しいとか言う狂人。サバサバしてるように見えて愛が重い。チェンソーマン作者に負けず劣らずの鬼畜展開を描いて、読者を阿鼻叫喚の渦に叩き落とした。

七罪…悉く偽ポチタに地雷を踏み抜かれた女。お前はキレていい。

五河琴里…ちょっと霊力が逆流した。たくさんおにーちゃんに甘えたいものの、同時にクソ悪魔に弱味も見せてしまうので葛藤中。

五河士道/精霊の悪魔…珍しく原因にならなかった。事態をややこしくする天才だったが、今回に関しては無罪。偽ポチタが買ったAVのシチュエーションが好みすぎて削除できない。

偽ポチタ…戦犯。「どうせ相手の地雷を踏むんだから」と余計な気遣いが今回の事態を招いた。え?コイツが何もしなかったらどうなってたって?応対するのがヘタレスケコマシドスケベである時点でお察しである。


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七罪、泣く

取り敢えず、相手が悪かった。


「……お前の不始末で被害被ってんだけど」

『トーカの乳房を鷲掴みにしたなどと、許せん。こっちもまだ直で触ってないんだぞ』

「せめて反省するそぶりは見せろよ…」

『知るか。私は程度の低い嘘で繕う女が嫌いなんだ』

 

あいも変わらず傍若無人なポチタの態度に項垂れ、ため息をつく。

現在、士道は窮地に立たされていた。

七罪が化けた士道が、見境なく胸を揉む、パンツを奪うなどといった淫行を働いたのだ。

十香に胸元のスターターロープを見せたことで、なんとか濡れ衣は免れたものの、直後に士道の姿を取った七罪が現れた。

そして現在。屋上へと向かった七罪になんとか弁解するために、士道も同じように屋上へと駆けているのである。

 

「いいか?七罪の逆鱗に触れるなよ?

支配の悪魔とのエロ同人をシリーズ化して出すぞ」

『……チッ』

 

伝家の宝刀、「支配の悪魔とのエロ同人」を向け、ポチタを牽制する士道。

そう言われては口出しできないと判断したのか、舌打ちを最後にポチタの声が止まる。

最初からこうするべきだったか、と後悔の意味を込めてため息を吐き、屋上へと踏み出した。

 

「わざわざ人気のない場所に来たってことは、話をする意思があるんだよな、七罪」

「へぇ…。結構物分かりいいのね。

流石、精霊を7人も手玉に取るだけはあると言ったところかしら」

「不可抗力だ…!」

「あら?一人は毎日胸を揉んでるくせに?」

「ソレも不可抗力だ!」

 

悪魔云々はバレてないらしい。

胸を撫で下ろしながらも、士道は敵愾心を剥き出しにして自身を睨め付ける偽物の自分に向け、声を投げかける。

 

「あの時はすまなかった!そんなに触れてほしくないことだなんて思わなかったんだ!」

「故意かどうかなんて、どうでもいい!

アンタが『私が姿を変えてることを知ってる』ってことが問題なのよ!!」

 

相当コンプレックスが根深いのだろう。

まさか、知られただけで社会的に殺しにかかるレベルだとは思わず、士道はどうしたものかと思考を回す。

もはや、一種の危険思想だ。

宥めることは難しいか、と思ったその時。

ばん、と音を立てて、屋上の扉が開いた。

 

「シドー、皆に偽物だと説明し終え…うむ。分かっては居たが、驚いてしまうな…」

「本当に、士道が二人…」

 

そちらに目を向けると、誤解を解いて回っていた十香と、それを追いかけていた折紙が怪訝そうな顔で二人の士道を見比べる。

と。何を思ったのか、偽物の士道は本物の士道を指し、声を張り上げる。

 

「コイツが偽物だ!」

「それはないな」

「ええ。あり得ない」

「………え?即決すぎない?」

 

秒で看破された。

あまりに早い判断に目を丸くする七罪に、士道は胸元をはだけさせる。

そこに垂れたスターターロープを、エンジンがかからない程度に引き、舌を出した。

 

「こういうことだよ」

「うむ!シドーの胸元はその紐の分、ちょっと膨らみがあるのだ!」

「あなたにはその0.1ミリの膨らみがなかった。観察眼を磨くことを勧める」

「な、なんなのこの子達…。

頭おかしいんじゃないの…?」

『否定できんな』

 

スターターロープの分の膨らみなど、ほんの少しの違いでしかない。

ブレザーにネクタイという制服なのだ。

ほんの少しの膨らみなど、殆ど誤差のようなものだろう。

その違いを把握している二人に、士道が何とも言えない表情を浮かべていると。

ぷるぷると震えた七罪が士道に捨て台詞を吐いた。

 

「はんっ!そんなダッサいファッションしてるなんて、流石はポチタとかいうイマジナリーフレンドに毎日話しかけてる痛い男なだけはあるわね!!」

「ストーキングでもしてたのか?」

「うるさい!!」

 

正論によるボディブローなど、ポチタの毒舌で慣れた。

軽いカウンターを放つも、七罪は聞く耳を持たず、以前と同じ姿へと変貌する。

何かするつもりなのだろうか。

士道が身構えると、七罪は箒のような天使に跨り、天高く飛び上がった。

 

「覚えておきなさいよ!次こそは絶対にギャフンと言わせてやるんだから!」

「……捨て台詞古っ」

 

天へと消えていく七罪に、士道の呆れは届かなかった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『悪趣味なゲームだな。

文言通りに捉えるなら、何らかの方法で一人ずつ、痕跡もなく消していくと言ってるぞ』

「こうなった原因お前ですが!?」

『だから私も推理に参加してるんだろうが。

軽率だったのは認める』

 

時は進み、数日後。

士道の怒号に、ポチタが叱られて拗ねた子供のように、辟易のため息を吐く。

意地でも謝罪しないあたり、流石は悪魔と言ったところだろう。

今朝方、七罪が士道の家に手紙を送りつけてきたのだ。

便箋の中には数枚の写真が入っていた。

そこには精霊たちに加え、殿町とその恋人含むクラスメイト四人、更には担任教師という、士道にある程度の関わりがあるメンツが並んでいたのである。

その写真と共に便箋の中にあった手紙には、「この中に、私がいる。誰が私か、当てられる?誰もいなくなる前に」という、なんともストレートな脅し文句があった。

今はまだ被害がないが、事態がどう転んでいくかはまだわからない。

ポチタも責任を感じているのか、その声音はいつになく神妙なものであった。

 

『まぁ、あの性格だ。順当に考えればヨシノンだろう。

カモフラージュのため、ヨシノを初期の段階で諸共消す可能性も考慮できるぞ』

「……その根拠は?」

『憶測に決まっとろうが。あまり口に出すなよ。ヤツにはこちらを監視する術がある。

あと、鵜呑みにするなよ。私だったらそう思うと言うだけだ』

「わ、わかった」

 

相手の出方を探る必要はあるらしい。

そのことを歯痒く思っていると、くつろいでいた琴里が声を上げる。

 

「ポチタはなんて?」

「『わかんない』だって」

「…散々引っ掻き回したくせに、肝心なとこで使えないわね」

「は、ははは…」

 

ポチタと自分のように、バレずに会話できる術があれば良かったかもしれない。

ないものねだりをしても仕方がないか、と思いつつ、士道は思考を巡らせる。

ポチタの数万年にも及ぶ重厚な経験と、有り余る性欲が織りなす想像力は正確だ。

しかし、今回ばかりは事が事だ。

一歩間違えば、七罪が癇癪を起こして全滅という恐れもある。

どうしたものか、と悩んでると、士道の携帯が震えた。

 

「…二亜?」

 

画面に映るのは、二亜の名前。

士道が通話ボタンを押し、携帯を耳に当てると、その耳を呑気な声が震わせた。

 

『やっほ。大変なことになってるっぽいね』

「なんでわかった?」

『未来が言ってた』

『未来最高!未来最高!

父上も未来最高と叫びませんか!?』

『うっさい』

 

「おぉう!?」と、蹴りが炸裂する音と共に悶絶する未来の悪魔:レプリカの声が響く。

士道は何とも複雑な表情を浮かべ、深いため息をついた。

 

「よし、本物だな」

『あーあ、言っちったー。少年が迂闊なせいで真っ先に消される確率上がったじゃん。

消されたら、今週分の原稿代わりに仕上げてよ?ネームは出来てるからさ』

「お前は大丈夫だろ。保険あるし」

『んぇー?七罪ちゃん殺しちゃわない?』

「ないない。女相手なら、エレンとか狂三とかじゃなきゃない」

『恨みが根深いにゃあ。

こっちが言えた話じゃないけど』

 

ポチタのことはなるべく口に出さず、そんな談笑を交わす二人。

と。二亜はその声音をふざけたものから一転、神妙なものへと変えた。

 

『どうする?見る?』

「いや、いい。お前、まだ怖いんだろ?」

 

《囁告篇帙》を使うかどうか、と問うてきた二亜に、士道は優しく断りを入れる。

【悪魔の模造品】を生み出したりなどと言った応用は出来るものの、二亜はその真価である『あらゆる情報の検索』に、強い恐怖を持っている。

士道の気遣いに、二亜は諦めたような吐息をマイクに吹きかけた。

 

『……当たり。やっぱいい男だね』

「お前を抱いたからな」

『お、嬉しいこと言ってくれんじゃん。

初恋の人にそんなこと言ってもらえるなんて、四十路崖っぷちまで守ってきた膜捧げた甲斐があったってモンよ』

「無かっただろ」

『少年に出会う前まで大人のおもちゃで遊びすぎちったし。ま、ノーカンノーカン。

むしろスムーズで良かったじゃんか。

たくさん愛してくれたのに、水臭いぞー?』

 

琴里が聞いたら、号泣間違いなしである。

凄まじい形相でこちらを睨む琴里を横目に、士道は咳払いをする。

 

「用はもうないか?

ちょっと立て込んでるから、もう切るぞ」

『あいよ。推理頑張ってちょ。

無駄に終わるかもだけど』

「……わかった」

 

含みのある会話は疲れる。

思い出したくもない黒歴史がなければ、恐らく理解に苦労しただろう。

殴ってやりたい程に恥を晒した過去の自分に、初めて感謝を向けていると。

不貞腐れた琴里が、士道の膝に腰掛けた。

 

「……あ、あの、琴里?」

「ふんっ。目の前に女がいるのに、他の女と通話するクソ男にはいい罰でしょ」

「はい。すみません、はい」

 

結局。士道の足が痺れて立てなくなるまで、琴里はその膝に陣取っていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『もしかして、よしのんが折紙ちゃん家にいたときのこと?』

 

間抜けは見つかったようだ。

最近読んだ漫画のワンシーンが頭を巡る中、士道はヒクヒクと表情を引き攣らせる。

よしのんの人格は少々特殊で、パペット自体に意識が宿っているわけではない。

四糸乃とパペットが揃って、初めてその意識が目覚めるのだ。

そのため、よしのんが折紙の家に回収されていた時期があるなど、士道と折紙しか知らないわけで。

四糸乃から離れていたよしのんに、その記憶があるわけがない。

面白いくらいに想像通りに動いている。

どれだけ七罪の性格に対しての解像度が高いのだ、とポチタに呆れを送りつつ、士道は四糸乃を刺激しない方法でよしのん…もとい七罪を引き剥がす方法を思考する。

被害は出ていないのだ。今のうちに失言を突いた方がいいか。

いつもならば、この時点でポチタが攻めていくのだろうが、なぜか今回は話さない。

士道は意識を内面に向け、ポチタに声をかけた。

 

(お前、なんで話さないんだよ?)

『どう足掻いても逆鱗に触れる。

ならいっそのこと黙っていようと思ってな』

(あー…)

 

伝家の宝刀が強すぎたらしい。

効果覿面にも程がある。支配の悪魔とは、どれだけ面倒な女なのだろうか。

そんなことを考えるも、目下の問題をどう対処すべきかに思考を戻す。

ハロウィンの季節に相応しい衣装を纏い、パンケーキに笑みを浮かべる四糸乃を見やり、士道はポチタに頭を下げた。

 

(今回はもういい!だから出てくれ!)

『……本当に描かないんだな?』

(描かない!)

『よし。後でトーカの生の乳房を揉め。

それで良しとしてやる』

(……はいぃいっ!?!?)

 

とんでもない条件を提示された士道が目をひん剥くも、もう遅かった。

意識が途端に入れ替わり、ポチタが悪魔らしい笑みを浮かべる。

その変貌に気づいたのか、四糸乃が弾んだ声を出した。

 

「ポチタ…、さん、ですよね…?

は、はじめ…、まして…。知ってる、かも…ですけど、四糸乃って、いいます…」

「……驚いた。よくわかったな」

「十香さんに、見分け方、を…、聞いて…」

 

えへへ、と、はにかんだ笑みをポチタに見せる四糸乃。

地獄で八つ当たりの限りを尽くしたクソ悪魔が受け取るにしては、もったいないにも程がある表情である。

よしのんと同じ存在として認識されているのだろうか、とポチタがなんとも言えない感情の渦に身をやつしていると。

ふと、よしのんに化けた七罪が声を上げた。

 

『おー、ポチタくん、はじめましてー!

同じ者同士、仲良くなれそうだねー!』

「……?」

 

言い逃れできないレベルの致命的なボロを出した。

「同じ者同士」という言葉は、悪魔であるポチタと、四糸乃が生み出した人格であるよしのんには当てはまらない。

そんな当たり前のことなど、よしのん本人が強く自覚していたはずなのだ。

訝しげに首を傾げる四糸乃に、七罪がしまったと言わんばかりに口を閉じる。

が。すでに遅く、ポチタが四糸乃の手を優しく握った。

 

「バーカ。リサーチ不足だったな」

『な、なにするのかなー?よしのんは…』

「生憎だが、ヨシノが私のことを知っていると言うことは、本物のヨシノンも私が何で、どんな存在かも知ってるんだ。

ヨシノ、コイツを外していいか?」

「え、えっと…。よしのん、は…?」

 

不安に顔を歪め、問いかける四糸乃。

心なしか、部屋の気温が下がった気がする。

ポチタはため息を吐くと、よしのんに化けた七罪の頬を摘んだ。

 

「ヨシノンを早く出せ。

この部屋が氷漬けになる」

『ぐ、ぐぎぎぎぎ…!!』

「ああ、私を前に逃げ切ろうなどと考えているなら生憎だ。お前のようなのは何度も相手してるからな。逃げ方も大体知ってる。

さ、早急に本来の姿に戻ってもらおうか」

『な、なんなのよ、アンタ…!』

「悪魔だ。女の好みにうるさい、な」

 

自覚はあるらしい。

七罪は喉をすり潰さんばかりに呻き声を発し、よしのんをその場に落とす。

それを見た四糸乃は、手元にあるよしのんとソレを見比べ、目を丸くしていた。

 

「ほら、本物だ。

交換するぞ」

「は、はい…」

 

と。四糸乃がよしのんに化けた七罪を外した、まさにその瞬間。

グラマラスな姿の七罪へと変貌し、箒の形をした天使を振るおうとした。

が。それを阻むように、ポチタが七罪の腕を強く掴む。

 

「な、なによ…っ!」

「お前はルールの抜け方が下手すぎる。

浅知恵が見え見えだ。

私だったら『送りつけた手紙に化ける』。

コレなら『この中に私がいる』という文言は嘘にならんだろう?

私相手に発想力で勝負を仕掛けるなど、ナンセンスにも程がある」

 

ポチタ…チェンソーマンが地獄で最強の称号を手に入れた要因は、なにも単純な強さだけではない。

他の悪魔すら度肝を抜く奇想天外な発想力も、大きな武器なのだ。

小馬鹿にしたポチタの物言いに、ぷるぷると七罪の肩が震える。

それに対し、ポチタは箒型の天使を掴み、彼女に吐息がかかるほどに詰め寄った。

 

「女の美しくなろうとする努力は、美しいものだ。悪魔の私ですら尊敬する。

嘘は女のアクセサリーという金言がある。嘘が上手ければ上手いほど、女は価値を増すということを述べているのだ。

しかし、お前はなんだ?

何から何まで嘘まみれではないか。

安いアクセサリーだけを見せて『私、綺麗?』などとふざけたことを宣うな。こちらが恥ずかしいわ」

「ふぎ、ぎっ、ぎぃいいっ!!」

 

怒涛の攻撃に悶絶し、鬼の形相でこちらを睨め付ける七罪。

士道も思わず「そ、そのくらいで…」と制止にかかるも、悲しきかな。

暴走特急を止められるはずもなく、ポチタは更に煽った。

 

「……なにも、私はお前を全否定してるわけじゃない。

お前のインチキが気に食わんだけだ。

お前に歩み寄りたいからこそ、本当の姿でぶつかって欲しい。

でなければ、ハナッから無視してるわ」

「そんな、調子のいいこと言って…!

裏があるんでしょ!?」

「お前を抱きたい。中身が幼いんなら大きくなるまで待ってやる。

満足いくまで抱かせろ」

「きゃーーーーーっ!?!?」

 

性知識はあったらしい。

疎い四糸乃は首を傾げているが、七罪は喉奥から大きな悲鳴をあげ、身を抱いた。

 

「最低!スケコマシ!ドスケベ!」

「そうだ。それがどうした?」

「う、う、ぅうううう…!」

「いけないことだとは思うが、10人くらいそう言う関係が持てる女が欲しい。

お前ももちろん候補に入れてる。回りくどいからはっきり言ってやる。

お前とめちゃくちゃセックスしたい」

「せ、せせせ、せっ、せっ…!?」

 

こうもストレートに欲望をぶつけられた試しがなかったのだろう。

動揺した七罪の姿が、ぼふん、と音を立て、光に包まれる。

ソレが霧散すると、四糸乃と同い年くらいの、なんともやぼったい見た目の少女がその場にへたり込んでいた。

 

「ふむ。ほうほう…。手入れすれば抱け…いや。敢えてこのまま抱くと言う手もある。

野暮ったい見た目も、ソレはソレで唆られるな。

もう少し成長すれば良い感じに…。

なんにせよ、手入れを怠ってるだけで、下地はかなりいいな。コンプレックスを感じる必要がないくらいには、価値がある。

いや、しかし、体が耐え切れるか?体は19のニアでも、あまりの攻めに気絶したからな…」

「…………も、もう…もう黙れェええっ!!」

「ふぐぅっ!?」

 

顔を真っ赤にした七罪が叫ぶと共に、ポチタの肝臓を彼女の拳が捉える。

隙を晒したポチタから離れ、七罪は声を張り上げた。

 

「そんな最低な口説き文句があるか!!

もっと普通に褒めなさいよ!!

う、うぐっ、ひっぐ…!うぇえ…!

ぜ、絶対に許さないんだからぁぁあああっ!!」

 

そんな捨て台詞と共に、涙目になった七罪が消える。

取り残されたポチタは、四糸乃とよしのんに向けて問いかけた。

 

「……なんで怒ってたんだ?」

「さぁ…?」

『理由明白な気がするねぇ』

『…俺、どう口説いたらいいの?』




七罪…チェンソーマン相手に発想力で負けた。手紙そのものに化けてたら良かったのに。「この中」が「写真の中」という縛りなんて、原作読んでもどこにも書いてなかったし、いけるんじゃないかなと思った。なんなら、写真の一枚に化けても良かった。本来の姿で口説かれたことがないので、めちゃくちゃテンパった。口説き文句が最低だったことにご立腹。翌日、腹いせに精霊全員を幼児化させた。

偽ポチタ…ハーレムがいけないことだとは思ってる。しかし、それはそれとして彼女が10人くらい欲しいし、めちゃくちゃセックスしたい。

四糸乃…偽ポチタにも愛想を振り撒く癒し枠。その日、セックスなるものをラタトスクのパソコンで調べて、初めてエッチを知る。しばらく、デートのお誘いができなかった。無知シチュだね。

五河士道/精霊の悪魔…今のところ、活躍なし。偽ポチタのせいでいろいろとショックを受けた七罪にどう接しようか、といろいろと考えている苦労人。


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七罪、瀕死になる。

七罪ちゃんの面倒臭いレベルって、支配の悪魔に比べたらミジンコレベルなんだよなぁ…。


「くそっ、七罪のヤツ…!

的確に嫌なところばかり突いてくるな…!」

『飢餓のヤツに似てるな。陰湿だ。

どうひん曲がれば、あの陰険悪魔と同じような作戦を取るんだ?』

「大半お前のせいですが!?」

 

七罪を追いかける最中、やらかしにやらかしまくったくせに自分を棚に上げるポチタに、士道が怒鳴り声を上げる。

というのも、七罪の本来の姿を暴いた次の日、封印済みの精霊、および折紙が幼児化してしまう事件が発生したのである。

結果。幼稚園に負けず劣らずの喧騒に包まれながら、士道は1日を過ごす羽目になった。

途中、七罪の悪戯として完全に違法な性風俗店を模した空間が繰り広げられたり、幼児化した皆が際どい格好になったりと多くのハプニングがあったが、なんとか口先八丁で乗り切ったのだ。

大体の原因であるにも関わらず、これっぽっちも反省した素振りを見せないポチタに、士道は呆れたため息を吐き出す。

 

「普通に口説いた方が早かったんじゃ…」

『変にあの姿を肯定してみろ。

余計に拗らせて面倒なことになるぞ』

「そ、そういうもんか…?」

『コンプレックスを持つほど利口ではないアッパラパーのお前にはわからん話か』

 

ポチタの皮肉に、士道は反論することもできず、乾いた笑みを浮かべるほかなかった。

と。突如として突風が士道の体を襲った。

 

「…っ、なんだ?」

『代われ。この気配、クソアマだ』

 

ヴゥン、とエンジンを蒸し、チェンソーマンへと変身する士道。

意識を入れ替えたポチタは、建造物に刃を立てないように飛び上がり、突風の発生源へと急ぐ。

と、建物を登っている最中、その牙に自分のものではない血液が付着した。

 

「……ナツミのものだ。ここまで落ちてくるとは、かなり出血してるな」

『なっ…、おい急げ!!』

「わかってる。鮫、足になれ」

「はァい!!」

 

ずっ、と壁面から、鮫の悪魔:レプリカのヒレが突き出す。

ポチタはソレにチェーンをかけると、人差し指でトン、トン、と叩いた。

瞬間。骨が軋むほどのGがかかり、鮫の悪魔:レプリカが笑い声を上げながら建物を駆け上がっていった。

 

「キャハハハハーハッハハハハァ!!」

「その速度のまま飛び出せ!」

 

ポチタは士道の体に蓄積した霊力を用い、風を巻き起こす。

ガァンっ、と音を立ててフェンスが天高く打ち上げられると共に、鮫の悪魔:レプリカの体が天高く舞い上がった。

 

「は、は?え、ぇ…?鮫…!?」

「《チェンソーマン》…!?」

 

『空飛ぶ鮫』という常識では考えられない光景を前に、胸元からとめどなく血を流す七罪や、ソレを取り囲んだ魔術師たちの目が丸くなる。

ポチタはエレンを指さすと、落下していく鮫の悪魔:レプリカにささやいた。

 

「おい、鮫。アレには手を出すな。

ソレ以外で遊べ。…加減はしろよ。

食うなら四肢だけにしとけ」

「やったー!食いほうだーーーいっ!!」

 

食えればなんでもいいらしい。

子供のように声を上げ、肉が見えないほどに牙が並んだ顎門を開く鮫の悪魔:レプリカ。

その先には、随意領域を展開した男性の魔術師が立っていた。

 

「そ、そんな攻撃で…」

 

DEM本社に授けられた最新鋭の装備で舞い上がっていたのだろうか。

随意領域の中に篭ることで身を守りながら、嘲笑を浮かべ、銃器を向ける男性。

しかし、鮫の悪魔:レプリカの牙は容易く緑色の膜を食い破り、手に持った銃器ごと男の腕を食いちぎった。

 

「……は?はぁ、あ、ぁああああっ!?」

「うまっ!うまっ!うまーーーいっ!!」

 

ばり、ばり、と骨を噛み砕く音と共に、歓喜の雄叫びを上げる鮫の悪魔:レプリカ。

仲間が腕を失い、痛みに悶絶する光景を前に、魔術師たちは絶句する。

と。そんな彼らに、幾つも並んだ鮫の悪魔:レプリカの瞳が向けられた。

 

「たくさん!たくさん!食い放題!!」

「勢い余って殺すなよ。シドーが怒る」

 

鮫の悪魔:レプリカが笑い声と共に、魔術師たちの踊り食いを開始する。

ポチタは最低限釘だけ刺すと、七罪を抱え上げ、凄まじい速度で飛び去っていくエレンへと目を向ける。

 

「シドー。足だけ『ベルセルク』にしろ」

『そんなこと出来るのか?』

「お前の体でもあるんだぞ?精霊の悪魔としての力も使えるに決まってるだろ」

『わかった、やってみる』

 

士道が足に意識を向けると、ふくらはぎの肉を裂いて、金属質の翼が展開される。

ポチタは屋上の地面に足跡が刻まれるほどに強く踏み込み、思いっきり飛び出した。

先ほどとは比べ物にならない程の衝撃が骨を砕くが、ポチタは即座に再生させながら、眼前まで迫ったエレンの背に刃を振るう。

 

「ギャハハハハッ!!」

「なっ…!?」

 

追いつかれるとは思ってなかったのだろう。

エレンは咄嗟に身を翻すも、振るった刃から伸びたチェーンが七罪の体に巻きつく。

ポチタはソレを引くことで七罪を奪い返し、刃を引っ込めて片腕で抱き止める。

その衝撃で呻き声を上げ、微かに目を開いた七罪は口を開いた。

 

「し、士道…?…いや、ポチタ…?」

「シドーだ」

『ポチタ!?』

 

七罪に嘘を吐き、ポチタはエレンの刃を装甲が覆う足で受け止める。

ギャギャギャ、と悲鳴のような音が響く中、ポチタはツノのように伸びたチェンソーをエレンの脳天目掛けて振り下ろす。

エレンは刃を随意領域で受け止めると、距離を置き、それを爆破させる。

が。ポチタもソレを読んでいたようで、爆炎に隠れた状態でエレンに向けてチェーンを放つ。

 

「っ、そんなものが当たると思われているのなら、心外です…!」

 

咄嗟にソレを避け、悪態を吐くエレン。

チェーンは虚しく空を切り、その背後にあったショッピングモールの立体駐車場に突き刺さる。

ソレに対し、ポチタは嘲りを込め、鼻で笑った。

 

「バカめ!私からのプレゼントだ!!」

「は…がぁああっ!?」

 

ポチタがチェーンを引くと共に、誰のものかもわからない小さな車が凄まじい勢いでエレンを轢き飛ばす。

そう。ポチタは最初から、立体駐車場の車を狙っていたのである。

ぼちゃん、と音を立て、車と共に川に落ちたエレンを見下ろし、ポチタは笑みを浮かべた。

 

「一部のクソみたいな女は、車を渡すと喜ぶと聞いたことがあるからな。

あの阿婆擦れには似合いのプレゼントだったろう?」

『…お前さぁ』

「どうせ直るんだ、別にいいだろ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「七罪の容態だけど、かなり深刻だよ。

ポチタの口説き文句への動揺で、エレンの幼児化が半端だったのが悪かったらしい。

心臓の損傷が酷かったんだが…、どうやって応急処置をしたんだい?」

 

フラクシナスにて。

治療を受けている七罪の様子を見に来た士道に、令音が問いかけた。

士道は少し息を吐くと、右腕の袖をまくる。

と。抉れて肉が剥き出しになった前腕があらわになった。

 

「精霊の悪魔としての俺の肉を千切って、傷を塞いだんです。

ポチタと同化する時、そうしてたんで。

契約じゃないんで、応急処置なんですけど」

「…今の君は、人間なのかい?」

「俺はそのつもりです。

ちょっと力を入れるだけでこうなりますが」

 

士道は言うと、バキバキと肉が裂け、骨が折れる音と共に前腕部を耶倶矢と夕弦の天使…《颶風騎士》によく似た弓矢に変貌させる。

令音は少しばかり目を細めると、長いため息を吐いた。

 

「…痛みはないのかい?」

「あるかどうかすらもわかりません。

そのくらい痛みに慣れたんで…」

「シン。それは間違っても精霊たちの前で言わない方がいいよ」

「あー…。ソレに関しては前科が…」

 

無神経に磨きがかかってるのだろうか。

そんなことを思いつつ、士道は腕をドロドロに溶かし、元に戻す。

戻った腕をよく見ると、七罪の傷を塞ぐために千切った肉も治癒していた。

 

「便利な体になったな…」

「それを便利と思ったらおしまいよー?」

 

士道の呟きを咎める声が響く。

士道がそちらを見ると、ロングコートを羽織った真那を横に控えさせた二亜が、こちらに手を振っていた。

 

「二亜…?なんでフラクシナスに…?」

「真那ちゃんに連れてきてもらった」

「兄様からもなんか言ってくだせぇ。

コイツ、人のことを都合のいいパシリとしか思ってねーんですけど」

「『心臓をあげる代わりに、なんでも言うこと聞く』って言ったよね?」

「永続だとは思わねーですって」

「ご褒美あげてるじゃん」

「ああ言えばこう言う…」

 

はぁ、と息を吐き、項垂れる真那。

士道は乾いた笑いをこぼし、意気揚々と治療室へと入ろうとする二亜を見やる。

と。士道が止めるよりも先に、令音が二亜の細腕を掴んだ。

 

「何をするつもりだい?」

「治すつもりだけど?」

「…それは、悪魔の心臓を用いた治療か?」

「当たり前っしょ?

こうやって治療が長引いてんのも、心臓の損傷が激しいからじゃにゃーの?」

「だが、時間をかければ治る可能性は…」

「治らないって出てんのよ。

いいから通して」

 

止めようとする令音の手を振り払い、治療室に入ろうとする二亜。

無理をして《囁告篇帙》を開いたのだろう。

七罪に関する受け入れ難い現実を直視してしまったらしい。

口を結び、何かを覚悟したかのような神妙な面持ちを前に、士道は思わず声をかけた。

 

「二亜。俺が契約して傷口を…」

「やめて。絶対」

「な、なんで?」

「少年が下手な契約したら、ポチタみたいなことになるよ?」

「………わかった」

 

そう言われては仕方ない。

二亜はいつものように締まりのない笑みを浮かべ、「じゃ、やるね」と治療室へと入っていった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……んゔ」

 

七罪は小さく呻き、薄く目を開く。

混濁する頭で記憶が整理されていく中、ぼーっ、と虚空を見つめる。

と。二亜の顔が眼前に迫った。

 

「ぁ、え…?」

「お。少年、起きたよー。

ちょっと困惑してるみたいだけど」

「…大丈夫なんだろうな?」

「完治はしてないね。

琴里ちゃんみたく、抜けた血が即補填されるみたいな精霊じゃないし。

ま、死ぬよかマシよ。死にかけた私が言うんだから違いない」

 

そんな会話が、右から左へ抜けていく。

いまだに掠れた視界で自身を取り巻く空間を見渡すと、いけ好かない顔が心配そうにこちらを見つめているのがわかった。

理解と共に一気に意識が覚醒し、七罪はベッドから降りてその下に隠れる。

 

「な、なによ、アンタたち…!

私に何する気なの…!?」

「何するってか、もうしたってか」

「な…!?ま、まさか…」

 

顔を青くし、咄嗟に下腹部に手を当てる。

気のせいと言われればそれまでだろうが、違和感がある気がする。

純潔を奪われたかもしれない。

そんな不安に涙を溜め、目尻を吊り上げて士道を睨め付ける。

と。士道と意識を入れ替えたポチタは、何の臆面もなく口を開いた。

 

「私に睡姦趣味はない。

反応もないセックスの何が楽しいんだ」

「きゃーーーーっ!?」

「セックスの単語でいちいち騒ぐな。

変身しているとはいえ、あんな振る舞いが出来る時点で相応に性欲はあるんだろうが」

「なっ…、あんたと一緒にしないでよ変態っ!ドスケベっ!!」

「それがどうした」

 

変態の自覚も、ドスケベの自覚もある。

最低な開き直りを前に、どうやっても舌戦で勝てないことを悟った七罪は、「ゔぅうう」と唸り声を上げるばかりだった。

身を隠すには心許ない治療用ベッドの骨組みに囲まれ、身を抱く七罪。

そんな彼女を覗き込むように、ポチタは顔を近づける。

 

「…ふむ。やはり手入れがなってないな。

このままでも抱けんことはないが、すっぴんを見るのは化粧姿を知ってからの方がいい。ムードがある」

「は、は…ぁ…?こ、この際、抱くとか…、その、せっく…、とかは、いいけどさ。

そんなんしたって、こんな見窄らしいちんちくりんがどうこうなるわけがないでしょ」

 

自信満々にネガティブなことを言って見せる七罪に、ポチタは眉を顰める。

確かに、見た目は人間社会における第一印象である。

だがしかし、「元が悪いから」と言って化粧を怠るなど論外である。

全世界に生きる女性への侮辱に他ならない。

加えて、七罪は卑下するほど壊滅的な容姿をしていると言うわけでもない。

ポチタは深いため息を吐くと、士道に告げた。

 

「おい、シドー。

かなり気は進まんが、シオリを出せ。

この際だ。トーカやミクたちも呼ぶぞ。

餅は餅屋と言うだろう?」

『……え?俺、やらなきゃダメ?』

「ダメに決まってるだろうが。

ニア。お前も手伝え」

「あーいよっ」

 

治療用ベッドを片手で持ち上げ、七罪を引き摺り出すポチタ。

七罪はぎゃーぎゃーと喚いていたが、抵抗が無意味だと悟ったのか、二亜の脇に挟まれ、連行された。




七罪…原作と違って、ストレートな賛美にめちゃくちゃ戸惑っていたので、エレンの幼児化が中途半端に終わってしまった。そのため、顕現装置でも完治が困難な致命傷を受ける。二亜によって■■の悪魔:レプリカの心臓を移植された。興味はあるが、セックスの単語を口にできないくらいにはウブ。

エレン・M・メイザース…腰が逝った。直撃したのはコベニカーと同じ車種。その程度で済む時点で割と化け物。

五河士道/精霊の悪魔…痛覚が機能しなくなってきた。厳密に言うと痛みは感じるけど、瞬きみたいな感じでそんなに気にならないだけ。

偽ポチタ…自己評価低い女に特攻持ち。というのも、前世ではカップルメーカーとして名を馳せたので、女の面倒なポイントは大体わかってる。お前、なんで童貞だったんだ?支配の悪魔は自分の思想、行動すらも縛り付けてくるので嫌い。


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七罪、服を槍にする。

戦争の悪魔がポンコツで可愛いのは何なのだろうか。


「………誰よアンタ!?」

「お前だよ。ってか、手入れしただけでそんなに驚くか?」

 

七罪が素っ頓狂な声をあげ、鏡を指差す。

いつぞやの自分のようだ、と思いつつ、ウィッグを取った士道は、わなわなと震える七罪にツッコミを入れた。

潤いと張りのある肌に、ぷっくりと艶の乗った唇。

癖はあるものの、整えられた髪に、貧相な体と卑下してきた体を可憐に彩る服。

頭のてっぺんからつま先に至るまで、ありえない変貌を遂げた自身を前に、七罪の脳はキャパシティを超えた。

 

「くくく…。わかるぞ。

自身の未知なる姿を知覚すれば、どんな豪傑であろうとも驚嘆に声をあげるとも。

無論、それは我ら八舞も例外ではない」

「翻訳。初めて化粧をすれば、誰だってびっくりすると言ってます」

「あ、わかりますぅ。オーディションのためにお化粧をしたのが初めてでしたけど、『自分ってこんなに可愛くなれるんだぁ』って思いましたもん。

お化粧は趣味ではなく、女の子共通のライフワークですよねぇ」

 

きゃいきゃいと盛り上がる精霊たちを側に、七罪は震える手で鏡を触る。

もしかしたら、高性能なAIを用いたアニメーションだったりするかもしれない。

あまりにぶっ飛んだ思考で疑うも、自身を覗き込む士道の瞳に、自分の姿が写る。

夢でも、悪質なドッキリでもない。

湧き上がってくる不思議な感情にどうしていいかわからず、七罪は小さく呻いた。

 

「ぅ、ぅあっ…」

「うん。やっぱり、今のお前の方が綺麗だと思うぞ。な、ポチタ」

『あの嘘まみれの姿よりかはマシだな』

「ポチタも『こっちがいい』って」

「………っ、ゔ、ゔぁ、ゔわーーーっ!!」

 

七罪はぐちゃぐちゃになった思考を放り捨てるかのように、声を張り上げる。

ばたばたと暴れ出す七罪に、十香が首を傾げた。

 

「なんで褒められたのに怒ってるのだ?」

「根っこに『自分は醜い』という固定観念があるのだろう。

この世界のことを知っているんだ。

この容姿で苦労して、それがあの嘘まみれの姿で解消したことから捻じ曲がった…と考えるべきだな」

「デリカシーない!最低!!」

 

意識を入れ替えたポチタの分析に、七罪が涙目で拳を放つ。

避けるつもりもなかったのか、ポチタは甘んじてその一撃を受け止め、小さく呻いた。

即座に意識を入れ替えた士道は、ぽふっ、ぽふっ、と弱い力で腹部を執拗に叩く七罪に声をかける。

 

「図星なんだな?」

「うっ…。そ、そうよ!

こんな姿じゃ、誰も相手にしてくれなかったもん!

でも、あの姿だったら皆がチヤホヤしてくれるし、優しくしてくれるし…」

「それで本当の自分を否定し続けじゃダメだろ。取り返しがつかないことになるぞ」

「…だーりん。それ、私にもダメージありますぅ」

「あ、すまん…」

 

美九が「よよよ…」と言わんばかりに、わざとらしく泣き崩れた素振りを見せる。

美九と七罪の持つ歪みはよく似ている。

どちらも本来の自分にコンプレックスがあり、精霊の力でそれを隠していた。

それを受け入れる姿勢を見せなければ、口説く段階にも行かないだろう。

とは言っても、ポチタのように下心全開なのは論外であるが。

士道は捻じ曲がって伝わらないように、言葉を選んで口を開く。

 

「兎に角、自信を持て!お前は可愛い!!」

「か、可愛くない…!可愛くないもん…!」

「いーや、可愛い!

頑張ってお洒落した女の子はすべからく最強に可愛い!!」

「そ、そんなこと言って…!

何か裏があるんでしょ!?

じゃなきゃ、私を可愛いなんて…」

「可愛いもんを可愛いと言って何が悪い!!

自慢じゃないが!俺はポチタに『脳みそがポン菓子で出来てる』とか言われるレベルにバカが極まってるんだよ!

そんな究極のバカが腹に一物抱えるなんざ、できるわけあるか!!

何度でも言ってやる!可愛くなろうと頑張ってる女の子は、世界最強に可愛いんだよ!!」

「ぅ、うぐっ、ぐぐぐぅ…っ!!」

 

殴り殺さんばかりに飛び出す言葉の数々に、七罪は言葉に詰まる。

歓喜と拒絶が混じり合い、ただでさえぐちゃぐちゃな頭の中が掻き乱されていく。

今すぐにでも逃げ出したい程の感情の渦に飲まれるも、七罪は何故か動くことが出来なかった。

 

「……はぁ!?なんですって!?」

 

と。そんな思考を掻き消すように、琴里の素っ頓狂な声が響く。

皆してそちらを向くと、青い顔をした琴里が「人工衛星が天宮市に落ちてくる」という、危機的事実を口にした。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…アンタ、私に構ってていいの?

今、外は大変なんでしょ?」

 

衝撃に揺れ動くフラクシナスにて。

ただ一人、部屋に残った二亜に、不貞腐れた七罪が問いかける。

正直、状況は笑えるほどに絶望的だ。

強固な随意領域に守られた人工衛星に、DEMの保有する空中艦。それを守るように漂う使い捨ての雑兵たるバンダースナッチ。

いくらチェンソーマンや精霊たちが居るとて、被害を未然に防ぐのは困難だろう。

そんな中、不貞腐れている七罪に構う暇など、誰にもないはずなのだ。

七罪は二亜の真意がわからず、訝しげに眉を顰め、彼女を睨め付けた。

 

「私が出てみ?ここら更地だからね。

前にやらかしたばっかだし、今回は出るなって琴里ちゃんに止められちったし」

「…アンタ、何やったのよ」

「人工衛星がどーにもなんなかったら、わかるかもね」

 

髄に冷たい針が通ったような気がした。

からからと笑う二亜を睨め付ける目に、少しばかりの怯えが籠る。

しかし、ここで恐怖を見せてはいけない。

七罪は自分を奮い立たせ、二亜に詰め寄った。

 

「何が目的なのよ、アンタ…!

こんな状況になってまでいちいち私に構うなんて、何を求めてるの…!?」

「力を貸してほしいってくらい。

でも、七罪ちゃんまだ自覚がないみたいだし、キッカケくらいにはなろうかなーって思ってさ」

「な、何の話よ…?」

 

話が見えない。ずいっ、と顔を近づける二亜に、七罪は思わずたじろぐ。

必死に言葉を噛み砕こうとするも、恐怖と困惑で脳が掻き乱される。

酩酊したかのように働かない脳みそを呪っていると、二亜が七罪の耳元で囁いた。

 

「いつまで黙ってんの?

チュートリアルはきちんとしてって言ったでしょ?」

『……チッ』

 

その言葉の意味を理解するよりも先に、自分と全く同じ声の誰かが舌を鳴らす。

七罪がその発生源に目を向けると、ずんぐりむっくりとしか形容できない毛玉が、焦点の合っていない瞳でこちらを見つめていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「………マジかよ」

「嘘でしょ…!?」

 

その頃。絶望の面持ちを浮かべ、皆が空を見上げる。

先程、グングニルと呼ばれるフラクシナス最大の一撃を叩き込んだことにより、人工衛星は跡形もなく消し飛んだはずだったのだ。

しかし、最大の一撃を放ち、疲労困憊になった琴里の視線の先には、先程破壊したものと瓜二つの人工衛星が映っていた。

そう。天宮市に向かっていた人工衛星は、二つあったのだ。

 

「ポチタ。三機目はないよな?」

『あるぞ。人工衛星ではないが、見たところ同じ威力を持っている爆弾だな。

二機目を潰したところで、対処できんぞ』

「はぁああっ!?」

 

どれだけ殺意が高いのだろうか。

そうまでして殺したい相手でもいるのか、と思いつつ、士道は深いため息を吐いた。

念の為にと精霊たちを控えさせていたが、備えが足りなかったらしい。

一機目と同じなら、爆破術式と呼ばれる魔術までもが展開されていると見ていいだろう。

現在は破壊するための高度を稼ぐべく、八舞姉妹と四糸乃が奮闘している最中である。

しかし、まだ裏には同じ威力を持つ爆弾が迫っている。

正直言って、状況は最悪に近かった。

 

「助けてくれよ、チェンソーマン…」

『私にも出来んことくらいある。

犠牲を覚悟でいいならやるが』

「やっぱ却下で。…正直、やりたかないけど、やるしかないか」

 

士道は諦めたように肩を落とすと、スターターロープに手をかける。

以前よりも力が増している気がする。

隣に佇む十香に目を向け、士道は申し訳なさそうに表情を歪めた。

 

「十香。悪いけど、制御頼めるか?」

「うむっ!任せてくれ、シドー!」

「私も十香さんを手伝いますぅ。暴走を抑えるのって、結構辛いんですよねぇ?

でしたら、お役に立てるかと」

「ありがとう。心強い」

 

ヴゥン、とエンジン音が夜空に響く。

血飛沫と共に、『精霊の悪魔:プリンセス』となった士道は、身体中に迸る霊力をありったけ両腕に集中させていく。

注ぎ込む霊力が多ければ多いほど、抑える十香に襲いかかる負荷は大きくなる。

十香もそれはわかっていたが、以前とは比べ物にならない程の力の奔流を前に、思わず弱音を吐いてしまった。

 

「ぐ、ぐぐぅ…!し、シドー…!

前より、辛いぞ…っ!!」

「《破軍歌姫》、【行進曲】!」

 

と。美九が光の鍵盤を叩くと共に、十香の体を襲う倦怠感が薄れる。

しかし、それも応急処置でしかない。

意識ごと擦り潰されそうな感覚に、十香は酷く汗を滲ませながら叫ぶ。

 

「シドー、早く!あと1分も保たん!!」

「15秒で完成する!堪えてくれ!」

「だ、ダメです、だーりん!

耶倶矢さんたち、押し返せてません!!」

「なっ…!?」

 

美九の言葉に、精霊の悪魔は落下する衛星と耶倶矢たちを見上げる。

落下を防ぐことは出来ているが、バンダースナッチによる妨害のせいか、はたまた細工されているのか、押し返すには至っていない。

被害は覚悟するしかないか。

剥き出しの牙が砕けんばかりに歯を食いしばり、苦渋の決断を下す。

 

「二亜!銃の悪魔:レプリカを…」

「あ、あのっ!」

 

上擦った声が鼓膜を震わせる。

精霊の悪魔らがそちらを向くと、霊装を纏った七罪が立っていた。

 

「な、七罪!?大丈夫なのか…!?」

「私のことはいいわよ。アレ、もっと上にあげたら良いの?」

「出来るのか…?」

「軽くするくらいなら…ね!」

 

七罪が箒を振るうと共に、ぽんっ、と音を立てて人工衛星が煙に包まれる。

軈て煙が晴れて現れたのは、女児が落書きで書きそうな、ファンシーなブタだった。

大きいことには大きいが、見た目通りというべきか、先ほどよりも軽いらしく、耶倶矢らの巻き起こす風によって天高く舞い上がった。

 

「シドー、今だ!!」

「ヴガァァァァァァアアッ!!」

 

精霊の悪魔が雄叫びと共に、紫電迸る両腕の刃を横薙ぎに振るう。

十香の顕現する【最後の剣】と同等か、それ以上の威力を持つ一撃が、ファンシーな豚を切り裂く。

数秒の沈黙の後、切られたことを今更知覚したかのように、ファンシーな豚が爆発した。

と。熱風が肌を撫ぜる感覚にすら参ってしまうほどに疲弊した十香の体が、その場に崩れ落ちる。

元の姿に戻った士道は、十香が倒れ伏す寸前にその体を支えた。

 

「十香、大丈夫か?」

「う、うむ…。まだ、来るのだろう…?

もう一度…!」

「それなんだけど、ちょっといい?」

 

人工衛星は防げたが、まだ爆弾がある。

無理をして立ち上がろうとする十香を宥めようとすると、七罪がふと声を上げた。

その手には、先ほどまで着ていたであろう、可愛らしい服が鎮座している。

七罪は申し訳なさそうな面持ちを浮かべ、士道に問うた。

 

「これ、私のよね?」

「は、はぁ…?今はそんな場合じゃ…」

「いいから!答えて!」

「……七罪のだ…」

 

質問の意図が分からなかったが、七罪の剣幕に負け、軽く頷く。

七罪は胸を撫で下ろすと、ぎゅっ、とシワができる程に服を強く握る。

 

「これは私の…。これは私の…。よし」

 

────『お洒落服ランス』。

 

センスのカケラもない名前を呟くと、それに呼応するように服が作り変わっていく。

2秒も経たないうちに七罪の手には、なんとも気の抜けるデザインの槍が鎮座していた。

七罪が瞬きすると、エメラルドのような瞳から一転、猛禽類のように金に煌めく眼光へと変化した。

 

「な、七罪…?」

「『可愛くなろうとする女は最強』…だったな、『我が父』よ。

なら、この槍も『最強』というわけだ!!」

 

すっかり様子の変わった七罪が、槍を逆手に持ち変える。

と。小さな足でアスファルトを踏み砕き、向かってくる弾頭目掛け、槍を投げた。

ミサイルでも発射されたのか、と思うほどの轟音と突風が巻き起こる中、士道らは風に遮られた視界で放たれた槍を見やる。

槍はブレることなく真っ直ぐに爆弾へと迫り、内部から裏返るほどの威力で貫いてみせた。

 

「おぉ…。確かに最強だな」

『絶対に意味違うわよ…』

 

爆炎が再び空を照らす中、七罪は金色に光る瞳を士道へと向ける。

何か言いたいことでもあるのだろうか。

暫しの沈黙が続く。

それを破ったのは、金色の瞳を伏せた七罪の深いため息だった。

 

「…おい、いつまでヘタレてる?

父が惚けているじゃないか」

『へ、ヘタレてないわよ…っ!

ただ、その、心の準備というか、何というか…』

「ああもう、面倒くさい女だな!

言いたいことはまとめてきたんだろうが!」

『なら、アンタが代わりに言ってよ!

私だと「今更何をー」とか、「どの面下げてー」とかなるし!』

「私が知るか!自分で言え!!」

 

既視感のある光景である。

士道からすれば独り言を言っているような光景だが、七罪しか認識できない誰かと会話していることは理解できた。

と。七罪が瞬きすると共に、瞳がエメラルドを彷彿とさせる翡翠へと戻る。

七罪は気まずそうに天使を握り、顔を隠した。

 

「そ、その…。いろいろ、ごめん…」

「……いや、こっちもデリカシー無かったし、お前をたくさん怒らせたろ?

それでお互いチャラにしとこうぜ?」

「あ、ぅあ…。そうじゃなくて…。

ぁ、あー…。ぅうう…」

 

上手く言葉が出ないのか、七罪の口からは、「あー」や「うぅ」などといった呻き声しか出ない。

しかし、士道は急かすことなく、七罪の言葉を待った。

 

「…いっぱい、迷惑かけた」

「気にしてないぞ。なーんにも起きてないんだから、結果オーライだ」

「……助けてもらったくせに、ムカつくことたくさん言った」

「ポチタで慣れてる。気にすんな」

「………『可愛い』って言ってくれた服、台無しにしちゃった」

「おかげで助かった。ありがとな」

 

互いに言葉を重ねるたび、七罪の目に涙が溜まっていく。

ボロボロと涙で化粧を崩しながら、七罪は辿々しいながらも続けた。

 

「…ぅぐっ…。ひっ、ひゔっ…。

私のために選んでくれたのに…!

頑張って、可愛くしてくれたのに…!

ありがとうも、言えてなかったのに…!

ごめんなさい…、ごめんなさぁああい…!」

 

懺悔し、その場で崩れる七罪。

ああする他なかったとは言え、罪悪感が拭いきれなかったのだろう。

泣き顔を隠すように帽子の鍔を握る七罪に、士道は屈んで目線を合わせた。

 

「じゃあさ。また今度、お洒落してくれよ。

俺、欲張りだからさ。七罪の『可愛い』をたくさん見たい」

「……ぅ…」

 

士道の口説き文句を前に、軽く呻く七罪。

七罪はぐしぐしと裾で涙を拭うと、死地に向かう戦士のような表情を浮かべる。

 

「わ、わかった…。

頑張る…。たくさん、可愛くなる…!」

「……おう。契約な」

 

やはりというべきか、自信を持つには至っていないらしい。

士道が苦笑を浮かべていると、七罪がその頬を両手で捉える。

何をするつもりか、と思った矢先。

涙の味と共に、七罪の唇が士道の唇に押し当てられた。

 

「お礼…になるかは、わかんないけ…ど…」

 

七罪が恥じらいながら言うと共に、霊装がゆっくりと解ける。

肌が外気に触れると共に、尻窄みに声が消え、体が熱くなっていく。

羞恥に悶えた七罪は、流れるような動きで士道の顎を穿った。

 

「ぎゃぁあああああーーーー!!!!」

「ぐふぉおっ!?」

 

それはそれは、見事なアッパーカットだった。




七罪…戦争の悪魔:レプリカの心臓を移植された。「お洒落服ランス」は「初めて可愛いと褒めてもらえた服」というのに加え、「好きな人からのプレゼント」だったので、制服強強剣に匹敵する強さを誇る。

戦争の悪魔:レプリカ…二亜に心臓だけにされたけど、強すぎて自我が残った。士道のことは好き。しかし、ポチタのことは大嫌い。オリジナルがチェンソーマンに散々負けているのが気に食わないらしい。性格はまんまヨル。七罪のことをめちゃくちゃナメてる。

五河士道/精霊の悪魔…顎が腫れ上がったため、しばらくの間、軟膏を塗りたくったガーゼを貼る羽目になった。

鳶一折紙…待機してたけど、無駄に終わった。最悪の未来はすぐそこ。


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鳶一折紙、決意する

お待たせ。FEエンゲージ面白いね。

-追記-

二亜とのR-18はもうちょい待っててね。完成間近だから。


「……っはぁ」

 

用意された仮住まいにて。

折紙はあまりの夢見の悪さに、全身から汗を滲ませ、乱れた呼吸を整える。

精霊への復讐のため、最愛の人と袂を分つ。

その決意が鈍ってしまいそうになるほどに、夢であるはずの地獄絵図が頭から離れない。

自分の呼吸すらうるさく感じる中で、唐突に物陰から異形が現れた。

 

「どうだい?最悪の気分だろう?」

 

なんとも不気味な踊りを披露しながら、神経を逆撫でする声音で言い放つ未来の悪魔:レプリカ。

折紙は胸を裂いて飛び出しそうな心臓を押さえつけ、彼を睨め付けた。

 

「……今のは、あなたの仕業?」

「正解。頑張って最悪な未来を変えようと頑張ってる君に、優しい忠告をしてあげようと思ってね」

「余計なお世話…!!」

「おいおい!散々僕との契約に頼っておいて、薄情な女だねぇ!

君の方がよっぽど悪魔なんじゃない?

僕の力を利用して、君が大好きな五河士道の全てを奪おうとしてるんだから」

「……っ」

 

未来の悪魔:レプリカの言葉に反論できず、折紙は口を噤む。

復讐云々を抜きにすれば、折紙のやろうとしていることは士道との敵対でしかない。

自覚はある。忌避感もある。

だがしかし。そうでもしなければ、五年の間に築き上げてきた『鳶一折紙の全て』が瓦解してしまう気がした。

無論、そんな胸中を目の前の怪物に打ち明けたところで、嘲笑われるのがオチだが。

 

「…教えて。今のは何なの?」

「アレはね、もうすぐ訪れる未来。

絶対に変えられない未来。

君が散々怖がってきた『最悪の結末』が、すぐそこで待ってるよ」

 

くすくすと笑い、未来の悪魔:レプリカが闇の中へと溶けていく。

折紙が慌てて声をかけようとするも、すでに彼はこの場を去っていた。

 

「……変えてみせる。絶対に」

 

折紙の脳裏には、焦土と化した天宮市が広がっていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「し、シドー…?い、今、なんと…?」

 

その頃、士道の部屋にて。

深々と土下座をかます性欲モンスターこと士道を前に、十香は顔を真っ赤にして問う。

聞き間違いであってほしい気持ちと、恥ずかしいけど嬉しいという気持ちがせめぎ合い、思うように表情が作れない。

十香の問いに対し、士道は絞り出すように答えた。

 

「お前の生乳を、揉ませてくれ…っ!!」

 

史上最低な懇願であった。

士道が童貞を捨てたと聞いてから、性知識はそれなりに蓄えてきた。

漫画の中のように愛されたいという気持ちも、少なからずある。

惚れた男に求められるのはやぶさかではないが、いかんせん誘い方が直球すぎた。

十香は困惑と羞恥、そして歓喜を浮かべつつ、たわわに実った胸元に手を当てる。

 

「な、生…ということは、下着も…」

「……ない。鷲掴み…」

「ぅ…。そ、その…。晒さないなら…」

「………ごめん。契約で…」

「いや、シドーならいいが…、むぅ…」

 

ポチタとの契約で指名されたのか。

そのことに不満を覚えつつ、十香は士道の手を優しく掴む。

士道の細いながらもがっしりとした腕を、シャツで飲み込み、肌を這わせる。

こそばゆい感覚に嬌声が漏れそうになるも、十香はなんとか堪える。

下着が捲れ上がり、代わりに士道の掌が乳房を覆い尽くした。

 

「……ほ、ほんとに、ごめん」

「謝るな。…こう言うのもなんだが、私も好きでやってる」

 

三度ほど、士道の掌が感触を確かめるように、十香の胸を揉む。

先日、七罪に鷲掴みにされた時とは違う感覚に、頬を赤らめていると。

ばん、と部屋の扉が開いた。

 

「士道ーっ!今から夕弦とクソ映画連続上映会やるんだけど、一緒に…」

「「あ」」

 

士道たちがそちらに目を向けると、大量のレンタルディスクが入ったビニール袋を提げた耶倶矢がいた。

最初こそは笑顔を浮かべていた耶倶矢だが、士道が十香の乳房を揉んでいると言う状況を目撃し、びしっ、と音を立てて固まる。

数秒の沈黙が流れる。

それを破ったのは、顔を真っ赤にした耶倶矢がドアノブに手をかけた音だった。

 

「……ご、ごゆっくりー…」

「ち、違う!違うのだ!!」

「ちょっと待て耶倶矢!

お願いだから話を聞いてくれ!!」

「と、十香は初めてなんだから、経験者の士道がしっかりとリードしてあげなさいよ?」

「「だから違う!!」」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「あのダークネス企業…!

折紙にどう付け入ったんだ…!?」

 

翌日の放課後。士道は息を切らしながら、折紙の住んでいた自衛隊寮へと駆けていた。

突如として告げられた「折紙がイギリスの学校に転校する」という情報がぐるぐると士道の頭を掻き乱す。

それにDEM…及び、あのいけ好かない二人が絡んでいないわけがない。

ポチタは「イカれポンチに似ているから苦手」と言っていたが、士道自身は折紙に悪い感情を抱いてはいなかった。

 

『アイツの精霊に対する態度は、日に日に軟化していた。おそらく、そこを突かれたな』

「それの何が悪いんだよ…!?」

『悪いに決まってるだろ。鳶一折紙という人間にとって、復讐心は大きなアイデンティティの一つだ。

でなければ、ああも無謀な策でコトリの襲撃に踏み切るわけがない。

それが瓦解しつつあると指摘されたアイツがどんな選択を取るかわからんほど、お前は間抜けではないだろう?』

「……っ」

 

ポチタの分析を否定できず、士道が言葉と呼吸を詰まらせる。

と。その眼前に、買い物帰りであろう、無地のマイバッグを提げた七罪が姿を現した。

士道は慌てて足を止め、訝しげな表情の七罪に問うた。

 

「士道?そんなに急いでどうしたのよ?」

「七罪!折紙を見なかったか!?」

「は、はぁ…?折紙って、あの白髪の?」

 

七罪と折紙に面識はほとんどない。

言葉を交わしたことはおろか、士道という共通の知人がなければ関わりは皆無である。

それは士道も知っているはずなのだが、かなり余裕がないのだろう。

縋るように問いかける士道を前に、七罪は眉を顰めた。

 

「…ちょっと、戦争。

アンタ、なんかわかんないの?」

 

七罪は言うと、何もいないはずの虚空に向け、問いかける。

士道には認識できないが、彼女の視界には、自分と瓜二つの姿をした戦争の悪魔:レプリカが佇んでいた。

 

『アホ吐かせ…と言いたいところだが、索敵も戦争の一環だからな。知ってるぞ』

「え?本当に知ってんの?なんで?」

『【悪魔の模造品】は母の《囁告篇帙》を媒介に、他のレプリカたちと情報の共有ができるのだ』

「口煩いけど便利な女よね、アンタ」

『殺すぞ』

「はいはい。ほら、さっさと案内してよ」

 

戦争の悪魔:レプリカの悪態を軽く流し、高圧的な態度で急かす七罪。

「心臓になってる時点で自分自身だから」と遠慮がないのかもしれない。

士道は少しばかり冷静になりながら、駆け足で七罪の後に続く。

と。突如として、街全体に空間震警報が鳴り響いた。

 

「なんてタイミングの悪い…」

『いや…、違うぞ、シドー。匂いがない。

この警報自体、虚偽のものだ』

「は…?な、なんで…」

 

士道が疑問を口にするや否や、その頬に鋭い痛みが走る。

視界の隅でチラチラと治癒の炎が揺らめいているあたり、頬に傷がついたのだろう。

士道が背後を向くと、悲痛な表情でこちらを睨め付ける折紙が居た。

その肢体は、エレンが纏うような特殊な装備…ワイヤリングスーツに包まれ、背には翼のように武装が展開されている。

DEMの軍門に降ったのは間違いない。

士道は苦い表情を浮かべると、スターターロープに手をかけた。

が。いざ変身しようと力を入れるも、ロープはびくともしなかった。

否、違う。引っ張ろうとすると、急激に力が抜けてしまうのだ。

士道は面食らい、心臓に目を向ける。

 

「ポチタ!?何を…」

『コイツから話を聞き出すのなら、悪魔に変身しない方がいい』

「……わかった」

 

士道は胸元のロープから手を離すと、刃の鋒をこちらに向ける折紙と向き直る。

暫しの沈黙が両者の間に流れる。

それを破ったのは、瞳を金色に変えた七罪だった。

 

「おい、狐。何故、お前がそっちにいる?」

「コン」

 

その問いへの答えを聞く暇もなく、折紙が手で狐を作る。

と。狐の悪魔:レプリカの顎門が、士道と七罪に襲いかかった。

 

「ナツミ、使うぞ!『乳液手榴弾』!!」

『あーーーっ!?』

 

パキパキと音を立て、手榴弾の形を取った瓶を開いた顎門に投げ捨てる。

眼前に迫ったところで爆発するも、狐の悪魔:レプリカは止まらず、士道たちに迫った。

 

「チッ…!武器が弱かったか…!

もっと罪悪感を抱け、ナツミ!!」

『アンタが抱きなさいよ!!

あの乳液、高かったんだからね!?』

「お前の金じゃないだろうが!!」

『ぐっ…、しょうがないじゃない!

バイトもできない歳なんだから!!』

「変身してやれ!!」

『嫌よ!!士道に嫌われんじゃないの!!』

 

ギャーギャーと言い合う七罪を横に、士道は違和感に眉を顰める。

狐の悪魔:レプリカは、二亜が折紙に貸し出していた【悪魔の模造品】である。

その性質上、士道やチェンソーマンには攻撃できないはず。

士道は申し訳なさそうな表情を浮かべる狐の悪魔:レプリカに、声を張り上げた。

 

「なんで俺を攻撃できてるんだ!?

レプリカは俺を攻撃できないはずだろ!?」

「す、すまん、父様…!

母様がコイツに協力しろと…!」

「二亜が…?」

 

二亜の意図が分からず、士道は面食らう。

が、しかし。折紙は構わず狐に向け、「コン」と指示を出した。

二亜の命令である以上、【悪魔の模造品】としては逆らえないのだろう。

並んだ牙が士道たちを噛み砕くべく、凄まじい速度で迫る。

士道は咄嗟に七罪を抱え上げ、足だけを悪魔化させて天高く飛び上がった。

 

「逃がさない」

 

片手で持つことなど叶わないであろう、巨大な砲身を構え、光条を放つ折紙。

話をする気がサラサラないのだろう。

もう変身するべきか、とスターターに手をかけるも、士道は思い直した。

 

「…まだ、一言も話してない…?」

 

折紙のことだ。こんな襲撃をやらかす前、士道には何かしらのアプローチを取ってもおかしくはない。

…否。アプローチを取っていないこと自体がおかしいと言った方がいいだろう。

風を起こし、光条を避けた士道は、その違和感を口にする。

 

「折紙!なんであの悪魔に魂を売った!?

真那の心臓のこと、覚えてないわけじゃないだろ!?」

「決まってる。精霊を、殺すため」

「…それは、俺もか?」

「正確には違う。私は『ポチタ』を摘出し、あなたに人間の心臓を移植する」

「な、はぁ…!?」

 

折紙の振りかざす言葉に、着地した士道は素っ頓狂な声を上げる。

と。これまで静観していたポチタが意識を入れ替え、鼻で笑った。

 

「コイツの悪魔化を止めるため、か?」

「ええ。あなたがいるから、五河士道は…私の愛しい人は、悪魔になりつつある。

よりにもよって、『精霊の悪魔』に。

私はそれが耐えられない。だから、あなたを捕らえ、士道に新しい心臓を与える。

士道に恨まれても構わない。

士道が世界を殺してしまう前に、私がその運命から解放する」

「アホもここまで行くと芸術だな。

ガキには一度、灸を据えた方がいいな!!」

 

ヴゥン、と音を立て、嘲笑うポチタがチェンソーマンへと変身する。

士道が精霊の悪魔になりつつある原因が、全てポチタにあると思い込んでいるらしい。

実際は士道にも原因があるのだが、ポチタはいちいちそんなことを説明するほど優しい性格ではない。

変身を確認した瞬間、折紙は「コン」と2回呟くと、その手に持った砲身を解き、光刃を握った。

 

「父様、すまぬぅう!!」

「あとでニアに治してもらえ。切るぞ」

「あだぁあああっ!?

切ってから言わないでおくれェ!!」

 

狐の悪魔:レプリカの前足二つが襲いくるのをチェンソーで裂き、迫る折紙の腹部を思いっきり蹴り飛ばす。

そのまま狐の悪魔:レプリカの肉に沈んだチェンソーを振り抜くと、伸びたチェーンが折紙の装備に絡みついた。

 

「セックスは相手の服を一枚ずつ剥ぐことから始めるものだ。

お前相手には乱暴になるが、な!!」

「未来最高」

 

ポチタがチェーンをしならせると、巻きついていた部分が裂かれる。

しかし、折紙はその部分を自ら切り離し、スラスターを噴射させ、ポチタの頭上へと飛びあがった。

 

「チッ…、未来め…!!」

「コン!コン!コン!コぉンッ!!」

 

折紙が叫ぶと共に、ポチタを取り囲むように狐の悪魔:レプリカの足が展開される。

その場から飛び出そうにも、頭上には光刃を手に迫る折紙がいる。

地面を掘り進めようか、と足元に目を向けたその時だった。

 

「コン!!」

 

足元のアスファルトを砕き、狐の悪魔:レプリカの頭部がポチタの体を突き上げたのは。

折紙の光刃が心臓に迫る。

分離ももう、間に合わないだろう。

が、しかし。この程度の修羅場など、地獄で腐るほど潜り抜けてきた。

ポチタは頭のチェンソーのチェーンを伸ばし、折紙の腹部に巻きつける。

そのまま首の関節を外し、ぐりん、と180度回転させ、折紙の体を狐の悪魔:レプリカの頬に叩きつけた。

 

「かはっ…」

「惜しかったな。少し冷や汗をかいた」

 

ゴキっ、と音を鳴らし、首を戻すポチタ。

装備の破片に塗れ、地面に倒れ伏す折紙を見下ろし、ポチタは息を吐いた。

 

「お前が『精霊』という種族を憎めなくなったのは当然のことだろう。

トーカたちは『精霊』という種族なだけで、お前の親を殺した本人ではないからな。

筋違いの恨みなど、長続きせんぞ」

「……っ」

 

納得がいかないのか、険しい表情でポチタを睨め付ける折紙。

これ以上の問答は無理か、と、チェーンで彼女を縛りつけようとした、その時だった。

 

【ねえ、君。力が欲しくはない?】

 

そんな囁きと共に、認識できない『何か』が降り立ったのは。




鳶一折紙…うまいこと唆された。原作読み直しても思ったけど、「気楽に復讐」ができないタイプだと思う。

本条二亜/■■の悪魔…DEMに入る前の折紙に接触し、狐の悪魔:レプリカを授けた。未来の悪魔:レプリカが見た時点で最悪が確定してるので、結構焦ってる。

未来の悪魔:レプリカ…未来最高!未来最高!もうすぐ訪れる最悪の未来を楽しみにしてる。

〈ファントム〉…とうとう来た。ポチタのことが死ぬほど大嫌いだが、最愛の人とめちゃくちゃ深く結びついてるので消すに消せない。ちくしょうめ。

書いてて温度差でグッピーが死にそうになった。十香の乳揉みシーン差し込むんじゃなかった。
豆知識で言うと、個人差はあるだろうけど、女の人はいきなり胸を揉んでもそんなに感じないらしいぞ。手とか肩とか、そういう優しいボディタッチから始めような。


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