【カオ転三次】地方神ガチ勢と化した俺たちの話 (一般俺たち)
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第一話

 

 最高の愛とは、魂を目覚めさせるようなもの。それは俺たちの心に火をともし、心に平穏を与えてくれるものである。

 

 「【アギ】」

 

 指を高らかに打ち鳴らすと、目の前の【ガキ】の全身が燃え上がる。弱点を突かれた悪魔は成す術も無く倒れ、体を構成していた【MAG】を保てなくなりサラサラと崩れていく。

 魔力の減少を感じて一息つく。俺の炎は彼女へ送る愛の具現、決して消えず尽きる事も無い……と思ってはいるが、実際のところ魔力の減少はどうにもならない。

 

 「ぐうぅううう……俺の愛、俺の炎はこんなものではないのに……!」

 

 そろそろ撤退か。ああ、しかしこの程度で我が愛の炎が尽きるとは情けない。もっと悪魔を殺して力をつけたいが、しかし無理をして死んではどうにもならない。俺単独で異界を攻略しているのだ、臆病なほどに慎重であるべきだろう。

 

 早く強くなりたい。この世界において、神の格とは信者の格に影響されるらしい。信者が生み出す信仰のMAGが、神の力に影響を及ぼすのだ。もっとレベルを上げて、もっと多くのMAGを生み出せるようになりたい。そうすれば彼女の霊格も上がり、さびれた神社の祭神という立場から抜け出させる事も出来るだろう。しかし彼女が俺以外の信者を持つというのも苦々しい。NTRか? 俺は強火の同担拒否だぞ。

 

 「……帰るか。早く彼女に会いに行こう」

 

 我が愛、わが最愛の彼女【イナリノカミ】。寂れた神社で彼女に出会った日から、俺は永遠に彼女の虜である。

 

 

 

 

 転生して何が一番良かったって、俺に霊能の才能が物凄くあった事だ。

 稲荷神様から教えてもらったところによると、基本的に悪魔と戦うなんてのは恵まれた才能の持ち主が数年修行してようやく叶うレベルの事らしい。そう考えると、覚醒してすぐに【アギ】が使えた俺はとても運が良かった。おかげで彼女の役に立てるのだから。

 

 「お狐様ー、今日も【ガキ】どもをぶっ殺してマッカをかっぱらってきました! これです!」

 「うむ、此度もご苦労じゃったな。ほれ、近う寄れ」

 「わーい」

 

 土地神【イナリノカミ】。普通に分かりやすく書くと稲荷神、つまりお稲荷様だ。年若い女学生のように見える彼女には狐の尻尾が生えていて、最近はご褒美としてそれを触らせてもらえるのだ。結婚したい。

 

 「ふふふ……お前はわらわの事が本当に好きじゃなあ」

 「わーいわーい」

 「ちょっと尻尾に触らせてやるだけでこの喜びよう。ういやつめ」

 

 あー可愛い。尻尾が柔らかい。太陽の匂いがする。

 絶対に結婚したい。いや、もう結婚してるんじゃないか? 今はまだ中学生だが、前世を合わせればもう問題なくない? というか神様に対して法律とか関係ないんじゃないか?

 

 「ああ^~~~~~~」

 「ふふふ……ほれ、もう終わりじゃ。わらわの尻尾は安くないでのう」

 

 この世のものとは思えないほどふさふさの尻尾に蕩けていると、ひょいっと尻尾を遠ざけられてしまった。ああ、全ての安息がここにあったのに。悲しい。

 

 「どれ、ではマッカを頂こうか。……うむ、うむ、不味くも無いが美味くもないな」

 

 白魚のような指がマッカをひょいと摘まみ上げると、そのまま口内へ放り込む。

 この世界の生き物はみな、【生体マグネタイト】(通称MAG)というエネルギーを放出して生きている。悪魔や神霊はこのMAGを消費して顕現しており、このMAGを固めて通貨としたものをマッカと呼ぶらしい。

 異界の化物どもは皆倒すとマッカを落とすが、しかし取引先がいないのに金だけ持っていても仕方が無い。少しでも強くなりたいお狐様の思惑もあり、マッカを溶かしてMAGとして吸収してもらっているのだ。

 

 はー、バリバリとマッカを噛み砕くお狐様も可愛い。世界で一番可愛いんじゃないか?

 ちなみに俺は彼女から加護をいただいている。彼女がMAGを吸収するほど霊格が上がり、俺にかけられている【狐の加護】も強くなる。そうすればさらに俺がマッカを稼げるようになり、更に彼女が強くなって……という世界一素晴らしい循環が出来ている訳だ。

 

 「……ふぅ。最近は捧げられる量も増えて食べるのも一苦労じゃな。一部は今後の為に取り置いておくか」

 「そうなんですか? 魔界の通貨って言っても、正直使い道がさっぱり……」

 

 マッカを食べ終えて一息ついたお狐様と食後の雑談をする。マッカなぁ……。これってマジで使い道があるんだろうか? 俺の中では子供銀行券くらいの価値しか無いぞ。

 

 「いやいや、魔界ではマッカこそ天下の回り者じゃ。もしわらわが本霊に繋ぐことがあったとして、その時に一文無しであれば取り次いでも貰えん」

 

 人間の俺にとっては中々理解しがたい事だが、神や悪魔の中では分霊や本霊という概念が当たり前に存在するらしい。しかも分霊や本霊の基準はかなり緩い。お前ってちょっと俺に似てるよな? 信仰欲しいし俺の分霊ってことにしない? みたいな緩いやり取りが平気で成立するのだ。

 お狐様は稲荷神の一柱であるが、元を辿れば大妖狐である玉藻の前をルーツに持つらしい。道理でこんなに美しいわけだ。妖艶かつ愛嬌もあるお狐様は世界一の稲荷神である。

 

 「しかし、今日も他の神社の奴らから接触は受けなかったのか」

 「はい。それ以前からずっと言ってましたよね? 無いと不思議なんですか?」

 「うむ……。基本的に神の戦いとは信者への戦い、つまりは信仰の奪い合いよ。より多くの信者、より強い氏子を抱える方が神としての力は高まる。だからこそ、今の今までわらわ達に何の接触も無かったことが信じられん」

 「そうなんですか?」

 「お前は、正直言って天才という言葉すら生ぬるいほどの天才じゃ。わらわと出会ってわずか数か月で【ガキ】を焼き尽くすほどの力を得るなどあり得ん」

 

 そう言いながらお狐様は俺の頭を撫でてくる。ああ^~脳が蕩けるぅ^~。こんなに褒めてくれるくらい俺に才能があって本当に良かった。今生の両親よありがとう、顔も知らないけど。

 

 「かつて【ノギツネ】にまで落ちぶれたわらわを【イナリノカミ】にまで戻したお前を、他の神が放っておくはずが無い。……何度も確認するが、本当に接触を受けていないのだよな? 夜中に神託が届いたことは?」

 「いやー、それが全くないんですよね……」

 「それが分からぬ。分からぬから不気味だ。眠りについているのか? わらわも最近目覚めたゆえ詳しくは無いが、たしか以前はここ一帯が【カマドガミ】の縄張りであったと思うが……」

 

 確かに怖い。正直前世は宗教に関して無知だったのだが、神にとって縄張りは物凄く重要であるようだ。『オウオウ、お前らワシのシマで何やっとるんや? はよショバ代払わんかい』とかなったら困ってしまう。

 

 「……近くの神社とかに、挨拶しに行った方が良いんですかね? 神主さんとかに話をして、祭神さまに顔を繋いでもらう的な……」

 「…………わらわには判別がつかん。お前に任せる」

 

 そう言うとお狐様は俺の顔にモフッと尻尾を乗せてきた。わーい!!!!! なんかめんどくせぇ話がどうでも良くなってきたぞ!!!!

 

 「わらわの氏子。強く、忠実で、愛らしい我が子よ。お前はわらわの事を愛しておるな?」 

 

 尻尾で前が全く見えないまま、お狐様が語りかけてくる。

 

 「わらわの耳目として知り、わらわの手足として働き、わらわに不破の信仰を捧げる我が子よ。……我を神として崇める事を、もう一度ここで誓え。信仰を捨てぬと、決して裏切らぬと、そう誓うのじゃ」

 

 そう語るお狐様の顔は尻尾で隠されて見えないが、何となくその声は震えているように感じた。

 お狐様は過去を語りたがらない。しかし断片的な話を繋ぎ合わせる限り、恐らく彼女は一度自らの信者を失っているらしい。それも、恐らくは信者に忘れられるという形で。

 俺が他の神と接触するという話になって、以前の事を思い出してしまったのだろうか。

 蕩けていた顔を引き締め直し、真剣に返答する。

 

 「勿論です。我が最愛、偉大なる【イナリノカミ】様よ。私は貴女と出会うために生まれてきました。生涯をかけて信仰を捧げる事を誓います」

 

 初めて彼女に出会った時、心臓の炉に火が付いたのだ。その時から永遠に俺の心は彼女のものである。

 俺の返答にお狐様は満足していただけたようで、軽く尻尾で頭を撫でられた。

 

 「ふふふ……お前は本当にわらわの事が好きじゃのう。よいよい、益荒男を従えるのは女神の性よ」

 

 結婚してぇ~~~~~~。日本神話は結構人と神の境界が薄いし、俺が強くなったら結婚してくれないだろうか。彼女の全てが愛おしくてたまらないんだが。

 

 ということで、今まで接触が無かった他の組織に接触することを決めたのだった。地方で宗教勢力ににらまれるとまあまあ暮らしがしんどくなるらしいから、あんまり下手な事はしないようにしなきゃな。

 

 

 

  



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第二話

 

 中学一年生の時、俺は神隠しに遭った。

 公園で友達と遊んでいると、いつの間にか明らかに人間ではない女の子が混じっていたのだ。

 白いワンピースに麦わら帽子。長い黒髪を靡かせたその姿は言葉で言い表せない程美しく、幼い少女の見た目でありながらどこか妖艶であった。

 

 ()()()()()()()()

 

 ギラギラと異様に輝く夕焼けの中で、俺と彼女はずっと二人きりで遊んでいた。いつの間にか消えていた友人も、何時までも沈まない太陽の事も全く気にならなかった。

 

 「■■ちゃん」

 「なーに?」

 

 名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに微笑みながら返事を返してくる。その一挙手一投足全てが俺の心をつかんで離さない。彼女に会うために俺の人生はあったんだと確信できた。

 

 「好きです。結婚してください」

 

 今や俺の心は澄みきり一点の曇りもない。体中の歯車がやっと嚙み合ったような感覚。視界が突然何倍にも広がったように錯覚し、根拠のない全能感が全身を包んだ。彼女を幸せにしたい、そう思うだけで無限とも思える動力が自分を衝き動かすのを感じた。

 

 「――――――」

 

 異界に漂う微弱なMAGと、何よりこの燃えるような愛が俺を覚醒させた。バラバラと周りの風景が壊れていき、暗闇が俺たちを飲み込んでいく。未覚醒の子供一人を攫う程度のちゃちな異界が、覚醒者の存在に耐えられず崩壊したのだ。

 

 気が付けばそこは何処とも知れぬ寂れた神社で、夜はとっぷりとふけていた。

 壊れかけの神社の上で、狐耳をした幼い少女がボロボロの服を纏って獰猛な笑みを浮かべていた。先程と見た目は変わっていたが、何故か彼女だと確信できた。

 

 『面白いな、貴様。ただの餓鬼と思っていれば―――』 

 「結婚してください」

 『…………』

 「世界一可愛い。絶対幸せにします。好きです。愛してます。俺はめちゃくちゃ役に立ちます。学校の成績も良いし、将来有望です。絶対に幸せにします。結婚してください」

 『…………なんだこいつ』

 

 一つ言い訳をさせて欲しいのだが、覚醒直後の人間というのは大体まともではない。初めて自分の魂の形を自覚した故にとてもハイテンションになるのだ。普段の俺はもう少し分別がある。

 

 その後暴走を落ち着かせた俺は、夜の神社で彼女と話をした。

 この世界は意外とオカルトチックで、神も悪魔も存在する事。俺に霊能の才能がある事。神社を復興させたい事や、そのために必要不可欠な氏子の存在について。

 当時【ノギツネ】であった彼女はMAG補給のために神隠しを繰り返していたらしい。攫った子供は一週間経てば返していたらしく、そういう慎ましい点もまた可愛らしかった。

 

 そして彼女に惚れ尽くしていた俺は即座に彼女の信者となると言い、神社の再建に尽力する事を誓った。

 生い茂っていた邪魔な草木を焼いたり、神社に引き寄せられた悪霊を焼いたり、力をつけるために異界に行って【ガキ】を焼いたり……。いつしか寂れた神社は静謐な空気を醸し出すようになり、彼女は霊格を上げ【イナリノカミ】となる事が出来た。

 

 彼女が【イナリノカミ】と変化する瞬間は二度と忘れないだろう。幼い少女の姿から女学生ほどの姿に成長した彼女はより一層美しく、やはり結婚したいなあと俺は心を新たにしたものだった。

 

 

 

 「…………」

 

 さて、時は変わって【カマドガミ】一族へ接触する日である。

 

 神社に電話をかけてアポイントメントを取るのはとても恥ずかしかった。どうもここの神主はオカルトについて何も知らないらしく、「こちら【イナリノカミ】の氏子でして、そちらの【カマドガミ】様にお目通りしたく……」などと述べる俺の姿は全くもってお笑いだった。完全にいたずら電話だと思われていた。

 

 なので、後日神主さんの方から「【カマドガミ】様を崇める一族がお会いしたいようです」と言われた時には本当にホッとした。何もしてないのに一仕事終えた気分になった。【カマドガミ】を崇める氏子一族と、神社を管理する神主たちはどうも別物だったらしい。そんなことある? とは思うが、最近は神道も業務のアウトソーシングが盛んなのかもしれない。

 

 「しかし【カマドガミ】一族は物凄く栄えてるっぽいな」

 

 先方から指定された場所へ行くと、そこは超デカい料亭だった。門の前には黒塗りのハイヤーが止まっているし、明らかに高級店だと一目見て分かる。

 

 「が、学生服はきちんとフォーマルな服だよな……? ドレスコードとかあったらどうにもならんぞ」

 

 恐る恐る門をくぐると、品のいい女性がスッと現れて奥へと案内してくれる。中に入ると分かるが、めちゃくちゃ広いし中に池とかある。もう勘弁してくれ。前世含めても高級店には縁が無いんだ、テーブルマナーとか何も分からんぞ。

 

 「【イナリノカミ】氏子さまがおいでになりました」

 

 襖を開けると、恰幅の良い男性二人が並んで座っており、隅には妙齢の女性が待機していた。怖いよー。というか右に座っている男、たしか市議会議員じゃなかったか? 選挙で見たことあるぞ。

 

 「……?」

 「………」

 

 男二人は顔を見合わせてボソボソと喋ると、「それで、氏子さまはどちらにいらっしゃいますか?」と聞いてきた。すみません、俺です……。議員とかじゃなくてすみません……。

 

 「あー、いえ……。本日【イナリノカミ】様の氏子として来させていただきました、灰谷 蓮(はいたに れん)と申します」

 「馬鹿な! いくらなんでも若すぎ―――」

 

 片方の男性が思わずといったようにそう叫びかけたが、次の瞬間右の市議会議員が男をぶん殴って中断させた。

 だから怖すぎるって。何が起きてるんだ? これが上流階級の交渉術なのか?

 

 「灰谷さま、大変失礼いたしました。無才ゆえの非礼、どうかご寛恕いただければ」

 「はあ……はい……」

 

 なんかもう既に帰りたいな。帰ってお狐様の尻尾にくるまれたい。あの尻尾はこの世のものとは思えないほど柔らかいのだ。

 

 「わたくし【カマドガミ】様に仕えております、竈門と申します。こちらは亀山で、教育委員会の教育長を勤めております」

 「よろしくお願いいたします……」

 

 市議会議員の竈門に、教育長の亀山ね。……じゃあ隅にいる女性は誰なんだよと思うが、これは聞いていいやつなのか?

 

 「ああ、こちらのものはどうぞお気になさらず。まさか灰谷さまがここまでお若いとは思わず……もっと年若いものを連れて来るべきでしたね」

 

 そう言って竈門さんは朗らかに笑うが、正直笑い所が一つも分からない。上流階級ジョークか?

 恐らく【カマドガミ】一族内では竈門さんが格上なのだろう、言葉にならない力関係を相手方三人からは感じた。

 

 そこから俺の事情を説明する。

 少し前に神隠しに遭い、そこで【覚醒】した事。【イナリノカミ】様に信仰を捧げ、異界で【ガキ】を焼き払っていたこと。こちらの懐事情が安定したので、この地におわす他の神々へ挨拶しに参ったことなどを真面目に説明した。

 話を終えると、相手方三人は皆黙り込んでいた。怖いって。

 正直宗教というものを甘く見ていたと言わざるを得ない。まさか【カマドガミ】一族がここまで権力を持っているとは思ってなかった。お狐様は「万に一つもありえん」と言っていたけど、もし「この生意気な異能者は今のうちに排除しておこう」とか思われたら抵抗できないぞ。

 

 もしそうなったら、お狐様の神社に行って二人で暮らそう。異界で【ガキ】を焼き、猪とかを狩って食べるのだ。お狐様と2人で逞しく生き抜いてやろうじゃないか。

 

 そう皮算用していると、いきなり竈門さんが土下座した。

 

 「この地を守護してくださったこと、誠にありがとうございます。我ら一族を代表しまして、灰谷様および御尊き【稲荷神】様に厚く御礼申し上げます」

 

 残りの二人も深々と頭を下げてくる。怖すぎるって。これが土下座外交ってやつなのか? やっぱ上流階級って摩訶不思議だわ……。

 通りがかった女中が「!?」という顔でこちらを見てくるのを感じながら、俺は山奥のお狐様を思いながら必死で頭を上げてもらうよう頼み込むのだった。

 

 

 

 

 

 



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第三話

 

 「掛けまくも畏き【カマドガミ】様に、祓へ給ひ清め給へと白すことを聞こし召せと~~~~」

 

 地獄にいる。

 祭壇では僅かばかりの霊能を持つ男が必死に祝詞を唱え、一族全員が必死に祈りを捧げている。一族の長であるはずの私はふと何もかもに嫌気がさし、中庭へ続く廊下を歩いていた。

 

 メシア教という宗教勢力が存在する。

 アメリカを本拠地とし唯一神【YHVH】を崇めるその勢力は、戦後の混乱に乗じて日本の霊能組織をことごとく蹂躙しつくした。祭神は封じられ、霊能の才があった者は皆殺しにされた。残された我々はかろうじて焚書をまぬがれた書物から知識を得て、屑切れほどの霊能を寄り集めて必死に生き延びた。

 最悪の異界【禁足地】。【カマドガミ】様が鎮めてくださっていたその異界をどうにかしなくては、この地方全てが亡者の群れに飲み込まれていると理解していた故に。

 

 私は最善を尽くした、と周りは言ってくれる。離散した一族が再び集まり、曲がりなりにもこの地が崩壊していないのはお前の手腕によるものだと。

 薄汚い手段を使って金を手に入れた。マスコミを用いて異変を揉み消した。人面獣心のダークサマナーに媚びへつらい、異界から這い出た【ガキ】を何とか送還した。

 

 僅かでも霊能を持つ者はたとえ何人死のうが異界へ行かせた。どうにもならない異変があれば赤子であろうと人柱に捧げた。そんな私を周囲は鉄の心の持ち主だと称賛してくれる。

 私もそう思う。他に手段は無かった。誰かが手を汚す必要があって、それを愛する一族にはさせたくなかった。必死にこの地を維持して来たのだと、いずれ落ちる地獄でも誇って言えるだろう。

 

 だが、少々疲れた。

 異界から這い出る亡者たちは段々とその数を増やしている。我々は最後の一人になるまで人柱を捧げるだろうが、たかが未覚醒者数十人を捧げた所でどうにもならない。いずれ亡者どもは溢れてこの地を飲み込むだろう。何年先になるかは分からぬが、それが我らの結末だ。そう思うと最早何もかもどうでも良くなる。

 

 

 

 風向きが変わったのは、ほんの数か月前だ。

 【ガキ】が出てこない。【モウリョウ】も【タタリモッケ】も出ない。地獄の釜のごとく化け物を吐き出していた異界【禁足地】は、いっそ不気味なほどに沈黙していた。

 【メシアン】どもが何か仕掛けてきたのではない。奴らの醜悪なほど【Law】に偏ったMAGの気配はしない。ならば祭神様が復活されたかと思ったが、こちらも違う。

 何が起きているのか分からないまま、今度はこの地から生まれる悪霊どもまで出なくなった。悪魔の形すら取れない低級霊、しかし我々を祟り殺すには十分な彼らが完全に姿を消した。

 

 何処かで【霊地】が復活したのだと誰かが言った。どこかの霊脈に御尊き【神】がお出でになり、その影響でこの地方一帯のMAGが鎮まっているのだと。しかし我々にそれを探すノウハウがあるはずも無く、途方に暮れていたところに【イナリノカミ】の氏子を名乗る男から接触があった。

 

 彼の話はまるで出来の悪い三文小説を聞いている様だった。【ガキ】とはそのように簡単に倒せる存在ではない。捧げ物を用意して何か月も祈祷して、どうにかして異界に帰ってもらうものだ。たかが数秒で焼き殺せるものなら、我らは何も苦労しなかった。

 しかしよく観察すればわかる、その身に秘めた桁外れの力。まだ中学生の身でありながら炎を操る異能を持ち、【ノギツネ】を【イナリノカミ】まで押し上げる強大な【MAG】を生み出す常識外の霊能。彼が我々の一族に生まれてくれれば、せめて【イナリノカミ】の氏子となる前に接触する事が出来れば。思わずそう夢想してしまう。

 

 「我々【カマドガミ】を崇める一族は、【イナリノカミ】様と友好的な関係を結びたいと思っております」

 

 必死に考える。突如現れた【イナリノカミ】とその氏子に対し、どう振舞うのが正解か? 敵対など考える余地も無い、だが服従する事も避けたい。それは神々の上下関係を我々が勝手に決める事に等しいからだ。【カマドガミ】様を崇める者として、そのような不敬な真似は出来ない。敵対も服従も最後の手段だ。

 

 互いに利益のある、上下の無い友好関係。ここまで持ち込めれば最善と言えるだろう。

 

 「まずは我らに代わり【禁足地】を鎮めていただいたお礼として、こちらをお受け取り下さい」

 

 取り合えず500万。数か月もの間【ガキ】どもを滅してくれていたとしたらこの数倍でも足りないが、残念ながら今はこれしか持ち合わせがない。

 

 「こちらの亀山は教育長を勤めておりますので、中学生である灰谷さまに様々な便宜を図る事が出来るかと。進学や就職につきましても、県内であればどんなご要望にもお応えできます」

 

 何をしても内申書は絶賛の嵐になるし、県内であれば好きな高校や大学に進学できる。このレベルの異能者が地方に留まってくれるならば当然の事だ。

 

 「またこちらのものは香山と言いまして、灰谷さまのお気に召すかと連れてきたのですが……申し訳ありません、まだ年若い灰谷さまに対して配慮が欠けておりました。もし()()()があればこちらとしても微力を尽くさせていただきます」

 

 接待役として連れてきた彼女を一瞥する。【禁足地】を鎮めるほどの異能者だ、どんなに若く見積もっても50代だと思っていた。一族の中で適齢期かつ霊能持ちの女を連れてきたが、中学生となればもう少し若いものを用意するべきだったかもしれない。当然彼なら何人でも使い潰してくれてよいし、その中で一人でも孕めば万々歳である。現代倫理とは反するが、霊能の世界において才能の無い女性というのは子を産むことが存在意義だ。

 

 「……………………」

 

 伏せたままちらりと顔を上げるが、相手の反応は無い。差し出された貢ぎ物が自分の天秤に釣り合うか勘定しているのだろう。この場で「手を組む余地も無い」と思われることが最も不味い。相手の望みをまずは聞くべきだろうか。

 

 「こちらはあくまで最低限のものでございます。灰谷さまに何かご要望があればお聞かせください」

 

 

 

 

 

 

 

 「こちらはあくまで最低限のものでございます。灰谷さまに何かご要望があればお聞かせください」

 

 なんだこいつ、地獄の商人か??

 初手土下座で既にだいぶキャパオーバーだったのに、そこから金だの進路だの怒涛の贈り物攻勢で言葉も出ない。竈門さんがとんでもない権力の持ち主だという事だけは分かった。この人この地方でほとんど王様なんじゃないか?

 

 「えー、と……あー……」

 

 目の前にある現金500万が現実感を失わせている。トランクケースに札束入れる文化って現実であったんだね。

 

 「あの……多分お互いに誤解があると思いまして、話を聞く限り俺はそちらの異界に勝手に侵入し、【ガキ】とか【モウリョウ】とかを倒してしまっていたんですよね? 何でこっちがこんなに色々頂いてるんですか……?」

 

 お狐様の神社から一番近かったから通ってたあの異界は、どうも【カマドガミ】一族が代々管理していた異界らしい。知らなかったよそんなの。つまり俺の行動って他人の山に侵入して鹿とか熊を狩っていたようなものなんじゃないだろうか。ほぼ密猟者じゃん。

 あと一番分からないのが隅で土下座してるあの女性の事ね! なんか「使いつぶしていい」とか物騒な事言ってなかった?

 

 「恥ずかしながら我々は霊能の才に乏しく、あの異界【禁足地】を管理できておりませんでした。もし今後とも灰谷さまがあの異界を攻略して下さるのであれば、我々にとってはまさに望外の喜び。それに対し適切な報酬をお支払いするのは当然の事です」

 

 ええ……? 【ガキ】とか全部燃やし尽くした後、リポップ待ちでお狐様と念話使って雑談とかしてたんだぞ。あの程度でここまで感謝されるのか? お狐様は俺に才能があると言ってくれてたが……。

 

 「ええと……では、このお金は有難く頂戴いたします。学校に関して便宜を図ってくれるという話も、異界に通いやすくなるのでありがたいです」

 

 まあ、そういう事なら有難く受け取っておこう。絶対断れそうにないし。俺は図太い性格だと、よくお狐様に褒められる男なのだ。その長所を生かすときが来たのかもしれない。

 

 「今後も異界に潜って良いんですよね? 正直それが一番ありがたいです。ここ周辺であそこが一番悪魔が強かったので」

 「勿論です。月においくらほどお支払いすればよろしいでしょうか? また女にお好みはありますか?」

 「いえ、両方大丈夫です……」

 

 でも貰いすぎると怖い。500万でもういっぱいいっぱいだって。あと執拗に女性をあてがおうとするのは何?

 

 この世界の霊能組織は、意外と悪魔に対して弱い。でも多分一般人に対しては死ぬほど強い。

 そういうパワーバランスを何となく感じながら、俺は出されてきた汁物をすするのだった。

 緊張で味がしねぇわこれ。

 

 

 

 

 



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第四話


お狐様の見た目はぬらりひょんの孫に登場する羽衣狐をイメージしています。
読者の皆様の想像にそぐわなかったら無視してください。


 

 少しだけ自分語りをすると、俺は生まれた時からの孤児である。赤ちゃんポストという制度をご存じだろうか? 経済的・風聞的な事情によって育てる事が出来ない子供を親が匿名で預ける施設で、物心ついた時から俺はそこにいた。前世だと熊本と北海道にしかなかったが、ここだと全県に最低一つはあるらしい。福祉が整っていて本当に命拾いした。

 ちなみにこの運動を推し進めたのは【メシア教】である。恵まれない子供たちに救いの手を、と唱える彼らは自らの私財を大量に投げ捨ててまで孤児院を建て、命を落とす捨て子が出ないように奔走したらしい。【カマドガミ】一族は胎児に至るまで皆殺しにしたらしいのに、よく分からん組織だと思う。

 

 ともかく、そんな訳で今世の俺は孤児院育ちである。親からの愛は前世で浴びるほど受け取っていたので、特に思う所は無い。もし今世に親がいたら絶対ギクシャクしていたと思うので逆に良かったと思うほどだ。

 そして孤児という事は、暮らしにおける選択肢が常人のそれを遥かに凌駕するという事である。一人暮らしをしても心配する親はいない。

 口うるさく注意する親族もいない。

 

 前置きが長くなったがどういうことかというと、

 

「なんじゃお前、もう起きたのか。今朝餉を用意するゆえちょっと待っておれ」

 

 俺は今お狐様と同棲しているのである!!

 最高!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 権力ガチ勢である【カマドガミ】一族の手腕により、俺は孤児院を出て神社で暮らす事が出来るようになった。普通子供が孤児院を出で独り暮らしするなんてあり得ない話で、親族の支援とか孤児院側の許可とか諸々が必要になる。しかしそこら辺を竈門さんがふわっと(隠喩)してくれたのだ。ありがとう竈門さん……【ガキ】なんざ何匹でも焼いてやるからな……。こっそり養子縁組しようとして来なければもっと良かったけど……。

 

「まったく、お前は朝餉のたびに泣いておるのう」

 

 お狐様が用意してくれた朝食を泣きながらほおばる。

 白米、味噌汁、焼き鮭、豆腐や漬物の小鉢。それらが丁寧に盛り付けされており、たとえ旅館の朝食でもここまででは無いだろうと思うほど美味しい。お狐様は料理上手なのだ。結婚して欲しい。本当にありがとうございます。

 

「ふふふ……。よいよい、お前はわらわに尽くしてくれているからの。ほれ、おかわりは?」

「お願いします!!」

 

 ご飯が美味すぎる。特に食に対してこだわりは無かったはずなのだが、ここに住み始めてからすっかり純和食党へと変えられてしまった。

 

 朝食を食べ終えて少し休憩すると、今度は異界探索の時間だ。異界(【禁足地】というらしい。知らなかった)の【ガキ】を焼くいつもの仕事である。また今日も異界でガキを焼く仕事が始まるお……。

 ちなみにもう中学校には通っていない。元々休みがちだったのだが、これもまた竈門さんがふわっと(隠喩)してくれたらしい。何日休もうが教師は何も言ってこないし、何故か書類上の俺は無遅刻無欠席の素晴らしい優等生になっている。不思議な事もあったものだ。

 夜中に街中をうろつこうが警察に補導されることも無い。ここまで来ると権力が行きわたり過ぎていて恐ろしくすらある。気づかなかっただけで、俺の前世にもこういう地方の王みたいな人はいたのだろうか。

 

 何につけても頼りになる【カマドガミ】一族だが、万が一彼らの祭神が復活した時に信仰の奪い合いになるかもと思うと全面的に依存するのも良くない。ほどほどの友好関係を築くのがベストだろう。

 

 「【ガキ】もなー、最近レベルが上がりにくくなってきたような……」

 

 異能者の【霊格】(レベルとも呼ぶ)は試練によって磨かれる。悪魔を倒した、神の祝福を受けた、歴史に残る傑作を創り出した……そういった霊的・神話的体験によって俺たちの体験は磨かれるのだ。しかし俺にとって【ガキ】の討伐はもはや試練では無くなりつつあるのかもしれない。

 更に強い異界を探して……いや、でも【カマドガミ】一族によればこの【禁足地】が最強最悪の異界らしいんだよな。他の地域に出張するか? しかしあまり無茶をすると本気で死にかねない。リスクリターンのバランスはいつも悩みどころである。

 

「【アギ】【アギ】【アギ】……」

 

 しょうがないので少しでも上手く【アギ】を撃つことを目標に練習を重ねていく。お狐様いわく、異能にも習熟度が存在するらしい。自らの異能を深く理解する事で術はより洗練され、威力や消費MAGの効率が上昇するようだ。微々たるものかもしれないが、何もしないよりはマシだろう。 

 しかし自分の異能を理解すると言っても、中々難しい。今俺が分かっている事と言えば、炎が出て欲しいなと思ったら出ますくらいの事だ。よく考えたらこの炎って何を燃料にしてるの……? 何を燃やしてて温度は何度なの……? 質量保存の法則はどうなっているんだ、考えれば考えるほどよく分からなくなる。柳田理科〇先生が空想的な化学読本で考察してくれないだろうか。

 

「ん、いったん打ち止めか」

 

 異界に潜って数時間立つともう【ガキ】が湧いてこなくなった。こうなると何をやっても出てこない。昔はMAGを放出したり血を垂らして見たりして色々【ガキ】が復活しないか試していたんだが、結局こいつらは時間経過でしか復活しない。【地脈】からMAGを吸い上げてるのか?

 

 ちょうどお昼ご飯の時間になったので、少し休憩を取る事にする。

 

「よっと」

 

 近くの樹にお札をペタッと貼り付けて祝詞を唱える。このお札はお狐様が作ってくれたもので、俺がMAGを込めて祝詞を唱える事で周囲に結界を張る事が出来る。俺がまだ異能に目覚めたての頃、【ガキ】に囲まれすぎた時なんかにはよくお世話になったものだ。

 

 周囲に清浄な空気が漂い始めたのを確認し、座り込んで弁当を取り出す。これもお狐様が作ってくれたものだ。葉っぱにくるまれた大きなおにぎりが二つと、水筒にはお味噌汁が入っている。お狐様が握ったおにぎり……これほど神々しい物がこの世に存在するだろうか? 間違いなく世界一のおにぎりである。お狐様には何度御礼を言っても言い足りない。

 朝は彼女に見送られて仕事に行き、職場(異界)で彼女の作ったお弁当を食べる。ついでに言うと同棲もしている。これもう100%結婚してるだろ。お狐様は「似合うであろう?」と言ってセーラー服を着ているのだが、最近ご飯を作る時にはエプロンをつけているのだ。ちょっといくら何でも可愛すぎる。流石に可愛すぎて不味い。国が条例で規制するレベルだ。

 

「『奥様は稲荷神』……いや、『奥様はお狐様!』か? 『俺の嫁が可愛すぎる稲荷神な件』、『異世界転生したら霊能チートで狐耳美人と結婚した~俺を捨てた両親が謝ってきたが、前世の親とお狐様に死ぬほど愛されているのでもう遅い~』でもいいな…… 」

 

 お狐様がノベライズ化した時のタイトルを考えていると、いつの間にかおにぎりを食べ終わってしまっていた。失敗したな、もっと味わって食べればよかった。あまりの幸せさにトリップしてしまっていたようだ。言い訳をしておくと、異能を使った直後の霊能者はテンションがおかしくなる。俺は普段もう少し理性的である。知らんけど。

 

 お味噌汁を一口すすり、ほっと息を吐く。この結界はお狐様の領域となっているらしい。呪力を込めた札と氏子である俺のMAGを組み合わせる事で、一時的に『ここは稲荷神の領域である』と主張しているのだとか。実際この結界内はあの神社と同じ清涼な空気が周囲を満たしていて、休んでいると物凄く落ち着く。

 

「よーし、午後も頑張って化物を焼き尽くすぞ」

 

 【ガキ】や【モウリョウ】も少しは復活したようだ。時間経過で必ず復活する点がこいつらの唯一褒められるべき点だな。【ガキ】くんはマッカのドロップ率が高い所もポイント高いぞ。

 俺は気合を入れてぐるりと腕を回すと、ぽつぽつと現れだした化物たちに立ち向かっていくのだった。

 

 

 

 





異界【禁足地】

禁足地とは、宗教的な理由・地域の伝承により内部に入ることを禁じられた区域。
神隠しにあう山、人が死ぬ廃ビル、心を病む不気味な森……。もはや正しい名前もその理由も忘れられた【入ってはならない土地】の一つ。封じる方法は既に失伝している。
土地からMAGを吸い上げており、中の【ガキ】や【モウリョウ】は倒されても無限に復活する。いくら化物を封じても水泡に帰す、人々の努力をあざ笑う最低最悪の異界……のはずだった。




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第五話

 

 いつも通りに【ガキ】を焼いて、お狐様の尻尾をモフモフさせていただいた後。

 神社に用意された自室で、俺はネットサーフィンにいそしんでいた。

 

 「『異界被害が増え続けてる件について』『限界霊能組織の俺を助けるスレ』『人柱にされそうだけど何か質問ある?』……最近はどこも景気が悪い話ばかりだな」

 

 俺が閲覧しているのはただのサイトではない。【カマドガミ】一族に教えてもらった、デビルバスターたちが利用する専用のアングラな掲示板……いわゆる『闇サイト』だ。霊能者同士の情報交換に使われたり、依頼が貼られていたりする。……時折【殺人】の依頼が平然と入っていて辟易する事もある。大抵はBANされているのだが。

 

「ほとんどは業界への不満や愚痴だけど、たまに役に立つ情報もあるんだよな」

 

 死にかけたサマナーの体験談とか、報酬を値切って来た依頼主への対応とか……。俺はまだ中学生で、オカルト業界への知識などゼロに等しい。こういった掲示板で業界のルールや暗黙の了解を知っておく事はこの先必ず役に立つだろう。

 差しあたって今は異界の情報が欲しい。具体的に言うと【禁足地】より強い異界が。

 

「異界異界……ガキよりも強い悪魔が出て、出来れば後衛一人でなんとかなるやつ……」

 

 まあそんなもん探すのなんて砂漠で針見つけるより難しいんですがね。

 今日もそうやって掲示板を漁っていたのだが、その時ふと気になるものを見つけた。

 

「ん、なんだこれ?【転生者掲示板】……?」

 

★転生者雑談スレ その30

 

345:名無しの転生者

はー、ショタオジの覚醒修行やってられんわ

 

346:名無しの転生者

 死! 蘇生! 死! 蘇生!

 こんなん頭おかしくなりますよ

 

347:名無しの転生者

 ショタオジの顔が真っ直ぐ見れなくなった(恐怖で)

 善意100%と分かっていてもあの修行を受けるとどうにもね……

 

348:名無しの転生者

 でもシキガミの為には我慢が必要やねんな……

 

349:名無しの転生者

 霊能自慢に聞こえるから止めろ

 覚醒修行の話は覚醒者スレでやれ

 

350:名無しの転生者

 (おっ、嫉妬か?)

 

351:名無しの転生者

 現状考えろよ

 この状況で俺たちにとって覚醒以上に重要な事があるか? お前も覚醒修行すりゃいいだろ

 

352:名無しの転生者

 俺も覚醒できるならしたいよ でも母親の介護で手が離せないんだよ

 片親でもちゃんと育ててくれた大事な母親なんだ

 

353:名無しの転生者

 ごめんな (ほろり)

 https://or~~~~~~~~~~~~~~ ←ここに連絡すればちゃんとサポートしてくれるぞ

 【ガイア連合】はそこら辺手厚いからな

 

354:名無しの転生者

 おっレスバか? → 両方いいやつだった……

 真の畜生だったワイ、感涙にむせぶ

 

355:名無しの転生者

 何度見ても【ガイア連合】とかいうアホの考えた名前草

 

 

「…………なんだこれ」

 

 こんな掲示板今まであったか?

 ノリが軽いというか……なに、この……何? ここだけ完全に世界観が違う。基本的に絶望と怨嗟しか無かった掲示板の中で、こいつらだけ異質にもほどがある。

 

 【転生者掲示板】はどうやら俺と同じ転生者が作った転生者専用の掲示板らしい。余りにも胡散臭いが、調べてみると前世にしか無かった事件やゲームの情報がどんどん出てくる。

 【カマドガミ】製のウイルスバスター……はともかくとして、俺の【霊感】も彼らが自分の同胞だと教えてくれる。この掲示板に入るためのパスワードが前世の有名アニメキャラだったことから半ば確信していたが、どうもこの世界の転生者は俺だけでは無かったらしい。

 

「マジか……! そうか、俺だけじゃなかったのか……!」

 

 嬉しい。すごく嬉しい。前世の思い出を共有できるやつなんて一人もいないと思ってた。前世の話なんて一生できないと思っていた。もし俺と同じ転生者がいたなら、話したいことが沢山あったんだ。あのアニメってドラゴンボールのパクりだよなとか、前世のあのゲーム面白かったよなとか……!

 

「……ただ、なんかコイツらはコイツらで言ってる事がおかしいんだよな」

 

 他のスレでも出てきたが、【ショタオジ】だとか【ガイア連合】だとか……。

 俺の知らないゲームの話ってわけでもなさそうだし、少し調べてみるか。

 

 その結果。

 

「…………やっばいなこれ。もっと早く知っておきたかった」

 

 まず、この世界は【女神転生】という前世のゲームに近いらしい。かなりダークな世界観で、基本的に世界が滅んでから話が始まるようなゲームだ。最悪。

 俺たち転生者は基本的に霊能の才に溢れているが、その中でも抜きんでた才能を持つ【ショタオジ】という人物が転生者を集め、【ガイア連合】なる組織を設立した。ガイア連合の目的は、いずれ必ず来る【大破壊】【終末】を乗り越える事。

 ガイア連合はまだ設立したばかりで、構成員を募集中。【シキガミ】や【覚醒修行】はその一環で、転生者なら誰でもサポートが受けられる……。

 これ、知らないと死ぬレベルの重要情報だろ。孤児院にネット環境は無かったが、図書館のパソコンでも何でも使ってもっと早く調べておくべきだった。

 

「しかし、このショタオジって人は凄いな」

 

 自律思考するシキガミとか、俺がどれだけ強くなろうと一生作れる気がしない。きちんと修行して霊能をおさめた、かなり才のある人物なのだろう。修行はかなり厳しいらしいが、わざわざ霊能に覚醒していない【転生者】たちを集めて修行をつけているあたり、人格的にも立派な人物だ。実際にあった事は無いが、きっと実力と人柄に優れた仁君なのだろうな……。*1

 

「俺もガイア連合入るか~。今は良くても、将来的には『ガイア連合かそれ以外か』レベルで格差が出そうだ」

 

 転生者の才能が異常だという事は身に染みてわかっている。そんな転生者が大量に集まっている【ガイア連合】は、今後必ず日本霊能界の台風の目になるだろう。

 地元霊能組織はどこも死に体で、【根願寺】なる国家直属組織は首都の防衛にかかり切り。この国は何よりも強い霊能組織を求めている。まず間違いなく、今後【ガイア連合】は拡大していくだろう。募集が締め切られない内に、さっさと所属しておきたい。出来ればお狐様の為にもいいポジションにつければ最高だ。

 

 ええと?ガイア連合の本拠地は【星霊神社】か。ちょっと遠いが、新幹線に乗ればそう時間もかからないな。早速お狐様に相談しに行くぞー。

 

 

 

 で、相談しに行ったんですが。

 

「……つまり、お前はわらわから離れてどこぞの【神社】に行きたいと?」

 

 お狐様の機嫌が死ぬほど悪い。尻尾の毛が逆立っているし、見間違いで無ければ爪が伸びてきている。

 

「お狐様、恐らくお互いに誤解があると思うのですが」

「何がじゃ、この浮気者が。【星霊神社】だと? わらわの知らぬポッと出の()にうつつを抜かしおって!」

「え、他の神社に行く事って浮気になるんですか!?」

「当たり前じゃ!」

 

 神々の貞操観念難しすぎるって。氏子NTRとかもあったりするの?

 いやしかし、俺が浮気する事にこんなに怒ってくれるって、つまりそれだけ俺の事が好きって事じゃないか!? そんな場合じゃない事は分かっているけど嬉しい! お狐様がよその女に嫉妬してくれている!

 

「お狐様! 俺、お狐様に嫉妬してもらえて正直嬉しいです! 愛されてる感じがします!」

「黙れ! お前、前から思っておったがちょっと異常者な所があるぞ! だいたいわらわは嫉妬などしておらぬ!」

「じゃあ何で怒ってるんですか!」

「お前が妙な事を言うからじゃ! お前はわらわの事が大好きなのじゃから、他の所に行く必要などないであろう!」

「俺は確かにお狐様を愛してますけど、だからこそ【ガイア連合】で力をつけたいんです!」

「なんじゃその組織は!」

 

 お互い混乱のまま言い合いを続けて、結局お狐様に事情を理解してもらうには数十分かかった。

 

「ふん……。お前は説明が下手じゃ。『しばらく星霊神社って所に行きたいんですけど』だけで分かる訳がなかろう」

「すみません……」

 

 そこからまだ説明するつもりだったのだが、言った瞬間にお狐様が不機嫌になったのだ。しかしお狐様の慌てぶりを思えば、完全に俺に非があったのだろう。

 お狐様は落ち着いた様子で、俺に向かって不満げに吐息を吐く。

 

「よい。わらわの為に力を磨こうとするその姿勢は見事なものよ。【ガイア】への出向を許す」

 

 お主がおらぬ間の異界はわらわが面倒を見ておこう、と目を細めてお狐様は言う。可愛い。妖艶な表情もよくお似合いです。

 

「ありがとうございます!」

「よい。だが、お前に一つだけ忠告しておく」

 

 お狐様は祭壇を降り、こちらに近寄ってくる。正座している俺の顔を覗き込むとこう言った。

 

「くれぐれも他の神には気をつけよ。お前は霊能の才に溢れておるし、狂人に見えて意外と頭も回る。しかしどこか粗忽なところがあるゆえ、うっかりどこかの神と契約を結ばされるやもしれぬ」

「いやいや、大丈夫ですって。多分星霊神社の祭神ってほとんどガイア連合の盟主(ショタオジ)だと思いますし」

「今回の事だけではない。今後お前が関わる神々全てに対して気を緩めるなと言っておる」

 

 お狐様は俺の頬をつうっとなぞり、首筋を指でくすぐる様に撫でてくる。背筋がぞくぞくする。

 

「お前の神はわらわだけじゃ。良いか? お前がわらわを愛し、敬い、氏子として振舞うのであれば。わらわもまたお前を愛し、護り、神として守護しよう。だがお前がわらわを忘れ、信仰を失った時は……」

 

 ひやりとした感触。お狐様が鋭く伸びた爪を俺の首筋にあてているのだ。いつの間にか彼女の瞳孔は獣のそれに変わり、俺を睨みつけている。

 

「……絶対にお前を殺す。魂を奪い、わらわの玩具として永遠に弄んでやる。昔とは違う、今のわらわならそれが出来る」

はい!!!!!!!!!!!!!!!!

「声おっき。ふふ……まさか微塵も怯えんとは。お前は本当にわらわの事が好きじゃなあ」

もちろんです!!!!!!!!!!!!

 

 お狐様と永遠に一緒とか爆アドだろ。ちょっと病んだ雰囲気のお狐様も最高にかわいい……。

 

「よいよい。ふふふ、ガイアでも何でも行って参れ。きちんと弁当もつくってやるからの」

「わーい!」

 

 世に数多ある妖怪話を鑑みると意外でも何でもないが、お狐様はかなり嫉妬深い。俺はその事を胸に深く刻み付け、ガイア連合へ行く日取りを検討するのだった。弁当は鮭が良いです。

 

 

 

 

 

 

 

*1
そうかな……そうかも……



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第六話

 

 富士山。日本人で知らない者はいない、日本を象徴する霊峰だ。【ガイア連合】の本拠地、【星霊神社】はその富士山のお膝元にある。土地を流れる霊脈は恐らくうちと比べ物にもならないだろう。新幹線とバスを乗り継ぎ、長々と時間をかけて星霊神社に到着した時、まずその『大きさ』に驚かされた。

 

「でっけ……いやいやマジか、ひょっとしてここ自体が【異界】になってるのか?」

 

 神社に足を踏み入れたはずが、目の前には大きな街が広がっている。明らかに外から見える大きさと中身が合っていない。この物理法則を無視した現象は【異界】特有のものだ。うちもお狐様の神社を異界化して拡張しているからよく分かる。

 

「建物一つだけじゃない、霊地全体を異界で覆ってるのか。いったいどれだけのMAGがあれば可能なんだ?」

 

 あと普通思いついても実行しようとと思うか? やべーなガイア連合。スレ民のノリが軽かったからつい勘違いしてしまうが、やはりここが日本最大の霊能組織だ。本拠地をこれだけ大規模な異界としている組織など、世界でも数えるほどだろう。

 

「やあ、君が灰谷くんだね? どうもどうも」

 

 周囲を見回していると、後ろから年若い少年が声をかけてきた。長く伸ばした黒髪に童顔、そしてその身に秘めた桁外れのMAG。間違いなく彼が【ガイア連合】の盟主、通称【ショタオジ】だ。

 

「あ、こちらこそどうも……。今日はよろしくお願いします」

「いやいや、そんなに硬くならないで! うちはまだまだ出来たての組織だから、既に【覚醒】してる俺たちの参加は実際かなりありがたいんだよね」

 

 お互いにぺこぺこと頭を下げ合う。今日はショタオジとの面談(ガイア連合員は全員行うらしい)の後、ガイア連合を色々案内してもらう予定なのだ。それにしても、まさかショタオジがここまでの怪物だとは思わなかった。何でここまで強いのにまだ人間でいれるのかが不思議なレベルだ。

 

「よし、じゃあさっそく本殿へ行こうか。転移酔いに気を付けてね~」

「は?」

 

 視界がブレたかと思うと、次の瞬間俺とショタオジは畳張りの和室にいた。

 

「さ、座って座って。面談を始めようか。あ、饅頭食べるかい?」 

 

 テキパキと一反木綿らしきものが座布団やお茶を用意している。転移能力って実在したんだとか、この妙な布型生物は何ですかとか色々聞きたいことはあったが、状況に流されるまま着席する。もう何でもありすぎて笑えて来ちゃったな。

 

「……まあいいか、よろしくお願いします。お饅頭はぜひ下さい」

「君もなかなか図太いねぇ」

 

 これだけ強い人が味方してくれるのであれば有難い限りだ。この人が『俺以外の転生者など要らぬ!』とかいう考えの持ち主じゃなくて本当に良かった。

 

「では改めまして、灰谷蓮と申します。14歳です。学校には行っていません。使えるスキルは【アギ】と【ディア】です」

 

 まずは自己紹介だ。この時、使えるスキルについて述べておくのはデビルバスター界のマナーらしい。掲示板で見た。

 

「中一の時に神隠しに遭いまして、そこで霊能に覚醒しました。その後は異界に~~~~」

 

 大体の事情は既にメールで送っているが、一応口頭でも説明しておく。お狐様との出会いから異界探索の経緯、【カマドガミ】を奉ずる一族と接触したことなどなど、今までの経歴を洗いざらい喋っていく。

 

「……って感じなんですけど……あの、何してるんですか?」

 

 俺が話している間、ショタオジはずっと水晶玉をのぞき込んだりダウジングの様な事をしていた。これが噂に聞く占術ってやつか?

 

「これはねぇ、かいつまんで言えば君のMAGを見てるのさ。魅了や洗脳にかかっていないかとか、憑依されて乗っ取られていないかとか」

「えっ」

「うーん……。取り合えず洗脳はされてないみたいだね。良かった良かった」

 

 そうショタオジはあっけらかんと笑う。

 

「洗脳されてる可能性もあったんですか」

「だって君、女神の気配がもう物凄いもの。もし事前にアポイントメントが無かったら、多分境内に入った瞬間にシキガミに攻撃されてたんじゃない?」

「怖すぎません?」

 

 シキガミの強さは知らないけど、多分その場合俺って死んでましたよね?

 しかし洗脳か。一瞬訳が分からなかったが、確かに調べて当然かもしれん。俺はお狐様が大好きだから彼女の為に働いてるけど、傍から見たら本心でやってるのか洗脳されてるのかなんて分からないもんな。ガイア連合に敵のスパイが入っても困るし、当然の処置だろう。

 

「ほらこれ見てよ。これがパッと見で分かる君の魂のイメージね」

 

 そう言ってショタオジは水晶玉に映った俺の姿を見せて来る。促されるまま中を覗き込むと、水晶玉の中の俺は全身が黒いもやに覆われており、何処からともなく伸びた手が俺を背後から抱きしめている。やっべ。もうこんなのホラー映画のポスターじゃん。そりゃこんな奴がやってきたら攻撃しちゃうわ。敵組織の幹部じゃん。

 

「これが君のMAGを見たイメージね。こんなホラー漫画の表紙みたいになっちゃってさあ。何か心当たりはある?」

「いやー、心当たりしか無いです。毎日お狐様と同じ場所で寝起きしたり、一生氏子として仕えるって祭殿の前で誓ったりしたんですけど、たぶんそれですかね」

「うわっ……」

 

 ショタオジに絶句された。マジで? このレベルの強さの人が引くほど俺のやった事ってヤバいの? また俺何かやっちゃいました?

 

「君、絶対ろくな死に方しないよ。今のを聞いて更に霊視が深まったけど、今度はこんな感じ」

 

 もう一度水晶玉を見せて来る。すると、今まで黒いもやだったものがお狐様の尻尾に変わり、俺はお狐様に背後から抱き着かれて全身を尻尾でグルグル巻きにされていた。お狐様の真っ黒な瞳が俺の横顔を覗き込んでいる。うーん、今日もお狐様は美しいな。

 

「これが君の言うお狐様って人? 見てよこの顔、もう完全にハイライト無くなっちゃってるじゃん」

「恋愛映画のポスターになりましたね」

「最後には刺殺されそうだけどね」

 

 しかしなるほど、俺はこんなにお狐様に執着されてるのか。俺が一方的にお狐様を大好きなだけかと思っていたが、意外と彼女も俺の事を大事に思ってくれているらしい。

 

「へへっ、ちょっと照れますね……。なんか惚気みたいになっちゃってすみません」

「うーわ、これ見てそういう感想なんだ。多分君死んだら彼女に魂取られるよ? 」

「あ、それはもう約束済みなんです。俺が死んだり彼女を裏切ったりしたら俺の魂はお狐様の所に行く予定でして」

「……君たぶん、メシアに生まれてたら筋金入りの狂信者になってたと思うよ」

 

 ある意味こっちに来てくれて運が良かったというか何と言うか……とショタオジが呟く。褒めてくれてるんだろうか。それはそれとして、ショタオジって彼女いるのだろうか。これだけ強い霊能者にまさかお見合いの話が来てないわけが無いとは思うが、そもそもこっちは面接に来てるんだ。あんまり惚気るのも悪印象だろう。

 

「ええと、それで面接の続きなんですけど」

「ああ、大丈夫大丈夫。洗脳も魅了もされてないみたいだし、既に覚醒してる異能者なんてこっちから大歓迎さ。面接結果は文句なしの合格ってことで」

「え、本当ですか! ありがとうございます」

 

 俺この部屋に入ってから自己紹介と惚気しかしてなかった気がするが、本当にそれでいいんだろうか。いや、さっきの占術で俺の人間性を調べたのか? 魂の形まで分かるんだ、適性なんて本人に聞くよりよほどよく分かるだろう。

 

「で、これが君のステータスね」

 

 そう言ってショタオジが和紙を差し出してくる。

 

 ★【灰谷 蓮】異能者 Lv8

  破魔無効

  スキル 【アギ】【ディア】【狐の加護】*1

 

「おおー……! おお……」

 

 一瞬こういうThe・ゲームって感じのステータスを見れてテンションが上がったが、レベルの低さにすぐ鎮火される。嘘……私のレベル、低すぎ……!? 恐らくだけど、ショタオジとかレベル100超えてるだろ。まあな……異界で雑魚狩りしてるだけで強くなれたら苦労しないよな……。

 

「いやいや、ウチに入る前からレベル8ってけっこう凄い方だよ? 大抵はここで覚醒して【シキガミ】を得てからやっと異界に潜り始めるからね。ウチは修行用の異界もあるから、やる気さえあればどんどん強くなれるって」

「うーん……修行用の異界ですか……」

 

 少々頭を押さえる。そうか、基本的にレベル上げは【星霊神社】でやる事になるのか……。勿論それは良いんだが、俺が異界に潜ってる間いったい誰が【禁足地】の【ガキ】を処理するのか、その間お狐様はどうするのかって話になるよな……。

 

「○○県に住んでるんですけど、その辺りでちょうどいい異界ってありませんかね……?」

「いやー、中々難しいかなぁ。そもそもほとんどの異界は地方霊能組織の管理下に置かれてるからねぇ……」

 

 適正レベルより遥か下か遥か上しかないよとショタオジは笑う。仕方が無い、現実はRPGとは違う。自分のレベルに合ったダンジョンが常に近くにあるとは限らないのだ。

 うーん……。【カマドガミ】一族には本当に世話になってるから、異界の【ガキ】狩りはちゃんとしたいんだよな。【禁足地】は無限にガキが湧き続ける異界だけど、逆に言えばちょくちょく数を減らしてやれば早々異界の外には出てこないわけで……。基本【星霊神社】でレベル上げして、一週間に一回むこうに帰るみたいな感じにするか……? いやいや、そしたらお狐様はどうするんだよ。お狐様と一週間に一度しか会えないとか俺の精神が壊れるぞ。だけどお狐様は神社から離れられないしなあ……。

 

「うーん……」

「わあ、難しい表情してる」

「妻を残して出張する夫の気分です……」

「そのたとえ本当に合ってる?」

 

 わらわと仕事どっちが大事なのじゃ? と俺の脳内お狐様が語りかけて来る。違うんです、お狐様の為に仕事が必要なんです……。

 

「一度持ち帰らせていただきます……」

 

 取り合えず後でお狐様とよく話し合おう。俺一人で決めるべきことでもない。

 

「うんうん、きちんと自分の祭神といい関係を築けているようで何より。じゃ、お話はこれくらいにしよっか。ガイア連合を案内するよ」

「ありがとうございます……」

 

 結局この後、ショタオジ自らガイア連合を案内してもらって終わった。未覚醒者の修行場やシキガミ・アイテム工場、修行用異界など、ガイア連合の高い技術力と戦力をよく確認する事が出来たのだった。

 シキガミについても色々話をした。ショタオジの秘術によって作られた、成長する仲魔【シキガミ】。その性能や見た目についてはある程度自分の希望通りにできるらしい。性能については前衛を張ってくれる味方が欲しいが、見た目についてはどうしようか……。女性型が流行らしいが、絶対お狐様はいい気分しないよな。

 強くなるとは選択肢が増える事。そして人は無数の選択肢を前にどうしたらいいか分からなくなる生き物なのである。今後の身の振り方について考えながら、俺のガイア連合訪問は終わりを告げるのであった。

 

 

 

*1
【火焔ブースタ】+【ローグロウ】



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第七話

 

 いやー、ガイア連合は強敵でしたね。

 あの後修行用異界を案内してもらったんだが、あれちょっと凄すぎるな。地獄の底まで繋がってんじゃねえかってくらい深いし、出て来る悪魔も強力な奴ばかりだった。

 

 ガイア連合員が戦ってる所とか、もはや神話の一部って感じだったしな。隣にいた美女もかなりの力だった。二人とも俺が逆立ちしても勝てないくらい強い。あれが噂に聞いてたシキガミってやつか? あれほど強力な仲間が増えるなら、俺の異界探索もずいぶん楽になるだろう。

 

「……って感じでしたね。いやー、疲れました。やっぱり家が一番落ち着きますね」

「家……? まあそうか。ふふ、最早ここはお前の家のようなものじゃからな」

 

 星霊神社から新幹線に乗って帰った後。

 すっかり夜もふけた郊外の山奥で、俺はいつも通りお狐様と神社でくつろいでいた。

 

「それにしてもなんじゃお前、さっきからニヤニヤしおって。気持ちが悪いのう」

「へへ……すみませんね……」

 

 お狐様に申し訳ないと思いつつも、三下のようなニヤニヤ笑いが止められない。

 ショタオジの占術で見た俺の魂は、彼女によって十重二十重に束縛されていた。彼女は俺に対して物凄く執着してくれているのだ。それが嬉しくてたまらない。やっぱ両想いって分かるのは嬉しいもんだよな。

 

「お狐様、俺はお狐様の事が大好きですからね」

「ふふ、はいはい。分かっておる分かっておる」

 

 ああ^~可愛い~~~~~。ふっと表情を緩めるお狐様をポスターにして全ての壁に貼りたい……。こうして素っ気ない態度を取っていても、彼女はきちんと俺の事を大切に思ってくれているのだ。これもう結婚するしか無いだろ。

 

「それで、【ガイア連合】の修行用異界についての話じゃったな?」

 

 お狐様の言葉で我に返る。そうだった、俺はお狐様に今後の相談をしてるんだった。幸せ結婚生活を妄想してる場合じゃない。

 

「はい。どうもこの付近には適したレベルの異界が無いようでして。【禁足地】のような遥か格下の異界と、【羅生門】のような遥か格上の異界しかないみたいなんですよ」

「ふむ……だからお前が力を高めるには【ガイア連合】の修行用異界が一番適しておると。しかし【禁足地】を放置するのはカマドガミへの不義理になるし、何よりわらわと離れるのは耐えられぬと……」

 

 そこまで言ってお狐様は妖しく微笑む。

 

「お前、二つ目の理由が本命じゃろう。そんなにわらわと離れるのが嫌か?」

 

 お狐様が俺の頭を撫でてくる。ぐうっ、可愛すぎる。その通りです。あと頭を撫でられるのすごく嬉しいです。

 

「可愛いのう、お前は……。ほれほれ、頭を撫でられただけで蕩けた顔をしおって。お前は人ではなく犬だったか?」

ワン!!!!!!!!!

 

 お狐様に頭をわしゃわしゃとかき回される。俺は異能者ではなく犬のデビルシフターだった……? あ、そこ撫でられるのめっちゃ気持ちいいです。もっとしてください。

 

「その程度、簡単な事じゃ。分祠すればよい」

「分祠……?」

 

 クソッ、天国の時間はもう終わりか。

 パッと俺から手を離したお狐様は、いかにも簡単そうにそう言った。

 

「うむ。まず、お前がここに留まる事が一番ありえぬ。霊格を上げるために今後【ガイア連合】へ行くことは必須事項じゃ」

「ふむふむ」

「そしてわらわはこの神社の祭神であるゆえ此処を離れられぬ……が、解決策がある。もう一つ神社を建てればよい。お前の家に、【イナリノカミ】を讃える祭壇を建てよ。お前はわらわの氏子であるから、そこは当然わらわの神社……わらわの支配する領域となる」

「なるほど?」

「わらわの神社にわらわが居るのもまた当然の事……。ゆえに、わらわはこの神社とそこを自由に行き来する事が出来るようになる」

「マジですか!?」

 

 神ってやっぱ凄いんだな。人間に置き換えると『ここは私の家なのでいつでも瞬間移動できます』みたいな滅茶苦茶な事言ってるぞ。

 

「わらわ達は肉体ではなく理屈によって生きる。【ここに在る】と定義されれば、本当にそこへ現れるのじゃ」

「神ってすげぇ……」

 

 悪魔や神という、一種の情報生命体ならではのバグ技って感じだ。

 やろうと思えば複数箇所で同時に存在するなんてことも出来るらしい。神は遍在するものだからだ。ここまで来るともはや人間には理解しがたい感覚となる。

 

「ふふ、感謝せいよ? 分祠した神社には普通、分霊を送るものじゃ。可愛い可愛い氏子の為に、わざわざ本霊であるわらわが労を割いて移動してやるのだからな」

「ありがとうございます!」

 

 本当に嬉しい。お狐様がガイア連合までついてきてくれるなら、なに不自由することなく修行にいそしむことが出来る。俺が強くなればお狐様も強くなり、より強い【加護】をかけられるようになる。加護のかけ直しがすぐに済むという点でも、お狐様が近くにいるというのはかなり有難い。

 

 よし! これで何の憂いもなく山梨県に行けるぞ!

 

 カマドガミ一族も、しばらく山梨の方へ修行に行くと伝えたら快く送り出してくれた。

 今まで毎日だった異界掃除が一週間に一度になるので、正直嫌がられるかと思っていたから意外だった。ほんとカマドガミ一族には頭が上がらないぜ……。

 借りを作りすぎるのも恐いので、俺とお狐様が共同で作った【アギストーン】を大量に渡しておいた。俺がいない間もし【ガキ】が出てきたらこいつでどうにかして欲しい。数匹程度ならアギストーン一個で灰も残さず焼き払えるはずだ。

 

 これで完璧だな!拠点移動ヨシ! と思っていたのだが。

 

「へぇ、 新しく神社を建てたいって? 僕の神社の近くに。僕の【星霊神社】の近くに? 神社を?」

「ヒエッ……」

 

 めのまえが まっくらに なった!

 そっかぁ……ショタオジからすれば商売敵が引っ越してくるようなものだったっすね……。ダメじゃんこれ。

 

「あの……マジで、命だけは勘弁してくれませんか……。ほんと、ショタオジに喧嘩売るつもりは無かったんです……」

 

 全力で媚を売る。情けないと笑いたくば笑え。この生物学的に格が違うと確信させる重圧の前では、人間は泣いたり笑ったりできなくなるのである。

 

「きちんと事前に許可を取った点は評価できるけど、それで許すほど僕は甘くないんだよね。うーん、罰はどうしようかな……」

「ヒィィ……」

 

 半天狗みたいな声でちゃった。ショタオジの殺気が肌にビシビシ突き刺さるのを感じる。オイオイオイ、死んだわ俺。来世はお狐様の子供になりたいです……。

 

「なーんちゃって。うそうそ、冗談だって」

 

 ふっ、と押し潰すような重圧が消える。ショタオジは先ほどの険しい表情が嘘のように、いつもの柔らかい笑顔を浮かべていた。

 

「ごめんごめん、ちょっと脅かしすぎたね。神社だっけ? 君の家の中に作るなら全然良いよ。【ガイア連合】は【メシア教】以外の信仰の自由を認めているからね。どんな神様を信じようが自由だし、まして家に祭壇を作る事まで禁止したらまさに圧政じゃないか」

「あ、へへ……そ、そうっすよねぇ……」

 

 なんか今日一日でずいぶん三下ムーブが身についた気がするな。前世は就職しないまま亡くなったが、意外と俺営業職とかに適性があったのかもしれん。良いぞ俺、どんどん媚を売っていけ。

 

「ただ、言うまでも無いと思うけど地脈に手を出すのはNGね? あとガイア連合は信仰の自由は認めていても、布教の自由までは認めてないから。魅了とか洗脳とか使ったら、悪いけどその女神には魔界に還ってもらうよ」

 

 怖いよー。これを遵守させるためにさっき俺を脅していたんだろう。マジで地球そのものと向かい合ってる気分だった。霊格を高めた異能者が生み出すMAGは地脈に匹敵すると聞くが、この人はもはや一つの星レベルだ。お狐様と俺程度、視線一つで殺せてしまうだろう。

 

「絶対守ります……」

「うん、ならよし。さっ、切り替えてビジネスの話をしよっか。君の女神がガイア連合に協力してくれると、こちらとしても色々ありがたいんだよねー。稲荷神の権能は五穀豊穣や商売繁盛とか便利なものが多いし、たしか狐火の権能で【アギストーン】も作れるんだっけ? もし希望があったらちゃんと適正価格で買い取らせてもらうよ」

「うわっ、棍棒外交だ……」

 

 某合衆国が過去行っていたように、力の差を見せつけてから穏当に要求を通してくる。相手は(断れなくて)死ぬ。ショタオジは米帝だった……?

 

「へへ、マジ俺たち役に立つんで……マジで役に立つっす。俺らガチなんで」

「君そんなキャラだったっけ?」

 

 三下ムーブは意外とやっていて楽しいのだった。

 なんだかんだあったが、取り合えず引っ越し準備ヨシ! お狐様と一緒にガイア連合に行けるぞ! もう今日の成果はそれだけで十分だわ。帰ってお狐様モフモフして癒されよ……。

 

 

 

 

 

 

 



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第八話

 

「ぐえぇええええええええ!!!!」

 

 全身を【オニ】に食いつくされて死亡。

 

「ぎゃぁああああああああ!!!!」

 

【フロスト】たちに纏わりつかれ、【アギ】で応戦するも最終的に氷漬けになって死亡。

 

「助けてぇえええええええ!!!!」

 

 ショタオジに捕まり、邪法(覚醒者向け修行)の餌食になって死亡。

  ……これだけなんか違くないか?

 

 俺とお狐様が【ガイア連合】に拠点を移してから数週間。俺は【修行用異界】で永遠に死に続けていた。

 

「ぐえー、全身がだるいなー……」

「お疲れ様ですー。蘇生料はドロップアイテムから差し引いておきますねー」

「あ、ありがとうございまーす」

 

 まあ生き返るんですがね。ガイア連合の前では、生も死も全てペテンである。

 蘇生明けはいつも全身が気怠くなる。白衣のナース(誰かのシキガミだろう)がベッドからパタパタと足音を出して去っていくのを横目に、大きく伸びをした。

 今日はなかなか調子が良かったが、途中で魔力が尽きたので【オバリヨン】の群れに身投げしてきたのだ。あー、全身が痛い。オバリヨンめ……四六時中「どしたん? 話聞こか?」って言ってそうな見た目しやがってよ……。*1

 

「今日の儲けは……700マッカくらいか?」

 

 枕元に置いてあった袋を確かめながらそう呟く。今日はまあまあ儲けられた方だな。

 異界に潜る!→悪魔を倒す!→MAGが尽きたら悪魔に殺されてデスルーラ! の流れを繰り返してもう何度目になるだろうか。いやー、ガイア連合にいると命の価値が安くなって困る困る。

 

「何もかも蘇生費用がバグレベルで安いのが悪い。あと【トラエスト】を覚えられない俺も悪い」

 

 【星霊神社】の修行用異界は、修行用と銘打っているだけあってサポートがとても手厚い。

 低層をほとんどショタオジが掌握している事もあり、低層で死亡しても安価で蘇生してもらえる。どの位安いかというと、死亡時に生まれるMAGで自爆して悪魔数匹を倒せば余裕でペイできる程度に安い。

 

 だからきちんと安全マージンを取って撤退するより、MAGが尽きるまで突き進んで、どうしようも無くなったら死んで帰るのが一番効率が良いんだよな……。人間性を捧げている気もするが、しかしマッカの前では人間性など霞んで消えてしまうのである。

 

「ふぅ……帰るか。ありがとうございました」

 

もう一度異界に行こうかと思ったが、既に魔力が尽きてしまった。回復には夜までかかるので、今日はもうこれで切り上げてしまうべきだろう。魔力を使い切るまで探索できることはそうそう無いので、今回は運が良かったな。

 

 【マッスルドリンコ】を飲み干し、出入り口の受付さんに軽く会釈をして異界を後にする。修羅勢の人たちは一度死んでからが本番とばかりに何度でも突入していくが、魔力が無い俺が異界に行っても悪魔の皆さんに美味しいお肉を提供するだけである。やっぱ修羅勢は凄いよなー。いつか俺もああなりたいぜ。

 

「あ、【狐憑き】ニキじゃん。お疲れー」

「お疲れ様でーす」

 

 途中すれ違った【俺たち】の一人に挨拶する。【騎士】ニキだ。横には豪奢なプレートメイルを着た美女のシキガミが付き従っていた。彼は高身長で爆乳の女性がゴツい鎧を着ている姿に何よりの興奮を覚え、鎧の中で汗に蒸れたむちむちの身体こそ至高と語るド変態である。彼も彼のシキガミも前衛タイプである事から、時々後衛としてパーティーを組ませてもらっていた。

 

 ちなみに【狐憑き】とは俺のあだ名だ。俺がお狐様を愛してやまない事からそう名付けられた。【狐憑き】は古い言葉で狂人を意味する事もあるので、普通に悪口じゃないかとも思う。

 

「いやー、こっちに来てから知り合いも増えたな」

 

 異界探索も順調だし、いざという時は頼れる仲間も出来た。

 ガイア連合に入ってから数週間。俺の生活は意外と安定していた。

 

 

 

ただいま帰りました!!!!!!

「相変わらず声がでかいのう……」

 

 星霊神社から少し離れた、山梨県の一軒家。【アギストーン】を売っぱらった金で買った、俺とお狐様の拠点である。ありがとう【カマドガミ】一族! あまりに高く買い取られそうになって逆にこっちが値引きし始めるとかいう意味不明な交渉は正直二度としたくないぞ!

 

 玄関をくぐりお狐様に声を掛けると、台所の奥から彼女が迎えに来てくれた。こんなのもう新妻じゃんね。

 

「ほれ、もう風呂は沸いておるからさっさと入ってこい。最近は電化製品? とやらが自動で沸かしてくれるから便利じゃのう」

 

 こんなのもう新妻じゃんね!!!!!!! 神社に住んでいた時もお狐様に家事をしてもらっていたが、一軒家の中だと生活感が増してお狐様の新妻味が格別に上がる。

 お狐様は最近ファッションに興味を持ち始めたのか、時々いつものセーラー服以外を着るようになった。今日のお狐様はニットにスカートとシンプルながらオシャレな服である。こんなのもう新妻じゃんって!!!!

 

「ふう……」

 

 風呂に入ってほっと一息。ここの水はガイア連合が失敗作の【霊水】とかを勝手に混ぜているので、浸かっているだけでじわじわと疲れが溶けだしていくのを感じる。

 

「ああ~~~~~」

 

 温かいお湯によって、全身がとろけるようにリラックスする。風呂ってやっぱ最高だな。

 そして風呂からあがると、既にお狐様が夕食を用意してくれていた。食卓の上には大きな鍋が中央にデデンと置かれており、その周りに炊いた白米や付け合わせが並んでいる。まさに至れり尽くせりである。

 

「今日は良い白菜があったからのう、鶏肉と合わせて鍋にしてみた。どうじゃ、旨いか?」

「最高に美味しいです!!!」

「ふふ、そうであろう。一口一口わらわに感謝して食うように」

ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!

「声に出さんでいい」

 

 旨すぎる……。こう、あの、鳥の旨味とかがじゅわっと染みでてて……なんか凄く美味しいです。食レポが下手で申し訳ないが、とにかく心安らぐ優しい味である。最高に美味い。

 

「しかし、ここは本当に常識外れであるのう。この鳥など、MAGにあてられて殆ど【霊鳥】化しかけておる。世が世なら神への捧げものとして扱われてもおかしくないものじゃ」

 

 お陰でわらわも食べれるがの、と鶏肉を頬張りながらお狐様が言う。

 そう、ガイア連合産の食料ならお狐様と一緒に食事が出来るのだ。普段面倒な儀式を経て【供物】処理しないと物を食べられなかった(しかも供物化できる食材は限られている) お狐様は、自由に食事が出来る事をとても喜んでいた。俺もお狐様と一緒に食卓を囲めて嬉しい。

 

 今日あった事を色々話しているうちに、鍋の中身はすっかり片付いていた。最後には卵と米を入れておじやにして、もう完全に満腹だ。

 

「ふう……ご馳走様でした。今日も本当に美味しかったです。じゃあ、洗い物は俺やりますね」

「よいよい、お前も異界攻略で疲れたじゃろう。わらわに任せておけ」

 

 いそいそと立ち上がると、お狐様に遮られて強引にソファへ座らされる。

 

「いやいや、せめて一緒にやりましょうよ。ちょっとはお手伝いさせてください」

「よいと言っているじゃろう。家事は女の仕事じゃ、男はどっしり構えてくつろいでおれ」

「ぐう……」

 

 やはりお狐様、考え方が古風だぜ。

 そして実際、俺が強引に手伝おうとすると結構機嫌が悪くなるのである。以前俺が自分で朝食を作った時など、わらわの仕事に不満があるのか? とお狐様に睨まれてしまった。怖かったです。

 

 大人しく座ってテレビをつける。丁度【ガイアTV】でバラエティがやっている所だ。よく知らん芸人がクイズに答えている姿をぼーっと眺める。

 

「…………」

 

 でもお狐様が働いてるときに俺がダラダラしてるってなんか落ち着かないな。

 腕立てでもするか。

 

「ふっ、ふっ、ふっ……!」

 

 覚醒してレベルを上げれば、自然と【力】のパラメータは上がる。しかし同程度の【力】の持ち主でも、元々鍛えているマッチョと普通の青年では明らかに前者の方が強い。素の身体能力は意外と重要なのだ。体を鍛えているに越したことは無いのである。

 

「98、99、100、101、102……!」

「また鍛えておる。まったく、お前は普通に休むという事が出来んのか?」

 

 腕立てを終えてヒンズースクワットに移行していると、台所からお狐様が戻って来た。呆れた口調でソファに座ると、ポンポンと隣を叩く。『隣に座れ』の合図だ。大人しく隣に座る。汗臭くないだろうか。

 

「ちょっと眼を離すとすぐに勝手な事をしおって。明日も異界にいくのだろう? しっかり休まんと疲れが抜けんぞ」

「いえいえ、お狐様が働いている時に俺一人が休むなんてとてもとても」

 

 家事を全てやってもらっているし、空いた時間では内職として【呪符】を自分の権能で作ってガイア連合に売ってもらっている。俺が稼いだマッカの管理もしてくれているし、本当に頭が上がらないのだ。

 

「だからわらわの為にもっと強くならなければ、と? まったく、仕方のないやつよ」

 

 お狐様の手が俺の頭に触れたかと思うと、強く引っ張られて頭を倒される。横に座っていた位置関係上、俺はお狐様の太ももに頭をのせる形になった。

 

 ワ゛ッ!!!!!!!!!!

 

「ほれ、わらわの膝を貸してやる。嬉しいじゃろう? お前はこうするとすぐに動かなくなるからのう」

「ウ゛」

 

 お狐様に膝枕をされている。嘘だろ? こんな幸せがあっても良いのか?

 お狐様の太ももは柔らかく、彼女の良い匂いが漂ってくる。もう一ミリも動けん、俺の全細胞がこの幸せを享受しようと叫んでいる。

 

「言っておくが、この様な事滅多にしてやらぬからな。わらわの膝はそう安く無いぞ?」

 

 そう言いながら、お狐様は俺の髪をさらさらと撫でる。くすぐる様な手つきが心地よく、つい目を細めてしまう。

 

「ありがとうございます……ありがとうございます……!」

「よいよい。お前は良く働いてくれるゆえ、たまにはこうして褒美をやらねばの」

 

 最高……。一生こうしているだけの仕事とかどこかに無いだろうか。

 体勢を変え、お狐様の顔を見上げる。彼女の妖しくも美しい顔が、今は優しい笑みで俺を見下ろしていた。

 

「ふふ、間抜け面をしおって。わらわの膝枕がそんなに心地いいか? んん?」

「はい…………」

 

 最高に気持ちいいです。お狐様の遠縁には【妲己】や【玉藻の前】がいると聞くが、その名残だろうか? 彼女の膝枕は驚くほど心地よく、一生ここに居たいと本気で思わせる魔力がある。男を虜にするすさまじい引力を感じるのだ。

 

 そのまま蕩けていると、お狐様に頬をつままれて、むにむにとこねくり回される。

 

「ほれほれ。ふふふ、【悪魔】を倒せる覚醒した異能者、死をも踏破する益荒男もこうなっては形無しじゃのう?」

 

 お狐様が楽しそうに俺の顔をむにゅむにゅとして遊ぶ。

 

「頬をつまんで……引っ張って……ふふ、お前も全く抵抗せんのう? よいよい、もっと弄ってやる」

 

俺がされるがままになっていると、よりエスカレートして頬をつまんだり潰したりと好き勝手している。あぶぶぶぶ。

 

「次は凄いぞ? この指をお前の首へ……っと。いかんいかん。目的を忘れるところじゃった。わらわのような【女神】たちは、強い男を虜にしてもてあそぶのが何よりも好きでのう。狐の妖怪は特にそうじゃ。思わず夢中になっておったが、お前を休ませるのが目的であった」

 

 そう言うと、お狐様は俺の眼を優しく閉じる。

 くそ、もっとしてほしかったぜ。俺の首はどうなる予定だったんだ?

 

「わらわの膝は極上であろう? その蕩ける様な心地のまま、ゆっくりと眠るがいい。わらわが見ていてやるからな……」

「いや、でも少しだけグゥ……」

 

 俺は一瞬で寝た。少しでも長くこの幸せを堪能しようと抵抗したが、お狐様の膝枕の前では儚い抵抗だった。

 

 

 

 その後、俺はもう一度膝枕をしてもらうために不眠不休で異界に潜り続け、お狐様に『魂胆が丸見えじゃ』と頭をはたかれたのであった。人生そう上手くはいかないものである。

 

 

 

 

 

 

*1
目隠れ+黒髪マッシュ



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閑話


本日二話目です。先にこちらを見た方は前話からお読みください。
時系列的には半終末前後の話になります。
前は半終末後としていたんですが、「レベル58って半終末を乗り越えた幹部にしては低いか……?」と読み返して思ったので、時系列をふわっとさせることで対処したいと思います。


★【金?女?】ガイア連合を取り込む方法を考えるスレ【メシアン厳禁】 Part.24

 

1:名無しの悪魔

メシア一強のこの世の中、そこに突如現れたガイア連合

強力極まりない彼らとコネを持つ方法を議論するスレです

 

荒らし・煽りはスルー

天使は発見次第全員で呪殺しましょう

 

2:名無しの悪魔

立て乙

 

3:名無しの悪魔

 

4:名無しの悪魔

乙ー

半終末でゲートがボロボロになってるのは良いけど、俺を呼び出してくれる氏子もボロボロになってた件について

 

5:名無しの悪魔

ガイア連合は良いから黙って俺に全部投資しろ あのファッキン四文字を駆逐してやるからよ

 

6:名無しの悪魔

立て乙

>>5 巨人の悪魔が居ますね……

 

7:名無しの悪魔

このスレももう24スレまで行ったのか

 

8:名無しの悪魔

なお成果

 

9:名無しの悪魔

ガイア連合~~~♡俺に信者とMAGと霊地分けて♡

 

10:名無しの悪魔

ガイア連合は早くデモニカ量産して やくめでしょ

 

11:名無しの悪魔

ガイア連合にのしかかる重いプレッシャー

 

12:名無しの悪魔

実際今の世界情勢ってガイアVSメシア!天地分け目の大戦争! だからな

 

13:名無しの悪魔

下らねーなカスども

ガイアだか何だか知らんがたかが人間相手にヘコへコしやがって

 

14:名無しの悪魔

>>13 じゃあなんでこんなスレに来てるんですかね……

 

15:名無しの悪魔

ええ!? 塵みたいなプライドが邪魔してガイア連合と仲良くできない嫉妬ですか!?

 

16:名無しの悪魔

時勢も読めない情弱は帰ってろ

 

17:名無しの悪魔

触れるな触れるな

 

18:名無しの悪魔

実際神として誇り高くある事と人間を認める事は全く別物だからな 神なら優秀な人間を認める器の広さを持て

 

19:名無しの悪魔

>>18 良いこと言うわ 

 

20:名無しの悪魔

話戻そうぜ ガイアにコネ持てた神居る?

 

21:名無しの悪魔

 …………

 

22:名無しの悪魔

 …………

 

23:名無しの悪魔

>>21 >>22 ダメみたいですね……

 

24:名無しの悪魔

種付け依頼で黒札の種を貰ったから次世代はまだセーフ でもどうせなら黒札そのものが欲しい

 

25:名無しの悪魔

良いな 種付け依頼発注できる時点でかなり格の高い神だろ

 

26:名無しの悪魔

種付け依頼もなー、基本的に未覚醒の黒札ばっかりだろ? 悪くないけども、出来れば覚醒済みの黒札の種が欲しい

 

27:名無しの悪魔

分かる 覚醒済み黒札と未覚醒黒札だと生まれて来る子供の霊能まあまあ変わってくるらしいしな

人権SSRと雑魚SSRくらい違う

 

28:名無しの悪魔

違う……違うか? 数世代経たないとそんな差も出ないだろ

 

29:名無しの悪魔

言うて俺らにとって数世代なんて一瞬だろって話ですよ

 

30:名無しの悪魔

黒札との接触に成功した悪魔おらんの? そいつの成功体験聞いて参考にしようぜ

 

31:名無しの悪魔

>>30 あっ……

 

32:名無しの悪魔

>>30 おいバカ こいつやりやがった

 

33:名無しの悪魔

>>30 こいつ新参過ぎだろ 半年ROMってこい

 

34:30

えっ なになに 俺なんか悪い事聞いた?

 

35:名無しの悪魔

……いや、来ないな

 

36:名無しの悪魔

来ないか まあアイツも普通に仕事あるしな こんなスレわざわざ来ないだろ

 

37:愛され狐

呼んだか?

 

38:名無しの悪魔

うーわ 出たよ

 

39:名無しの悪魔

呼んでないです……

このスレは早くも終了ですね

 

40:愛され狐

わらわと氏子の馴れ初めが知りたいと聞いての 親切心で語ってやろうでは無いか

 

41:名無しの悪魔

親切心(自慢100%)

 

42:名無しの悪魔

マージで出禁にしろコイツ 

 

43:愛され狐

そうじゃのう、まずはわらわとアイツの出会いから話そうか

あれは十年以上前の暑い夏のことでのう、わらわは当時稲荷神としての力を失い、ほとんど【ノギツネ】まで霊格を落としておった

近くの人間を襲っては僅かなマガツヒを補給する、みじめな日々よ 復権を誓っていたものの、正直かなり諦めておった

そんな時に出会ったのが、わらわを愛する氏子(ガイア連合、黒札、レベル58、若い、イケメン、超優しい、わらわの事が大好き、いつでもわらわの為に動いてくれる、わらわ以外の女性に見向きもしない)だったわけじゃ

 

44:名無しの悪魔

うぜー

 

45:名無しの悪魔

怒涛の括弧の中身で草

 

46:名無しの悪魔

>>30 これお前が呼んだんだからな お前が責任取って話聞けよ

 

47:愛され狐

ふう……初めてアイツと出会った時の事を思い出すのう…… アイツはわらわを見るなり一目惚れしたと求婚してきての 

まあ? わらわの美しさであれば当然かもしれぬが?

そのまま何といきなり覚醒までしおったのじゃ わらわへの愛によって覚醒したわけじゃの

まったく、氏子に愛され過ぎるのも困ったものじゃのう

 

48:名無しの悪魔

管理人ー このスレ早く落としてくれー

 

49:名無しの悪魔

マジで惚気るチャンスを絶対に逃さずシュバってくるの怖いよ 

 

50:愛され狐

アイツは覚醒した時から【アギ】が使えてのう わらわの狐火とお揃いというわけじゃな その力で近くの異界に湧いておった【ガキ】を倒して急速に力をつけていったのじゃ

そんな強力な氏子を持ったわらわは、当然すぐに稲荷神としての霊格を取り戻すことが出来たわけじゃ 

ふふ……わらわの神社でアイツは一生わらわを愛する事を誓ってのう わらわにそんな気は全く無いのに本当に仕方のないやつじゃ  

 

51:名無しの悪魔

コイツほんま嫌い 嫉妬やない

 

52:名無しの悪魔

>>わらわの狐火とお揃い 

この全く必要のない、ただただ自慢するためだけに差し込まれた一文ほんま

 

53:愛され狐

まあそんな才能ある氏子じゃから、ガイア連合に黒札として迎えられたのも当然だったと言えるのう

アイツはわらわと離れるのが嫌だと言って新居に神社まで建ててのう わらわは全く持って迷惑極まりなかったが、まあそこまで氏子に求められれば仕方がない。応えてやるのも神の度量じゃと思って、わざわざ顕現して氏子の世話を何から何までしてやったのじゃ

やれやれ まさか神に身の回りの世話をさせる氏子がいるとは これは案外不出来なところを晒してしまったかのう?

 

54:名無しの悪魔

自虐風自慢やめろ

アク禁しろこいつ 百害あって一利なし

 

55:名無しの悪魔

若い! 英雄を! 育てるとか! そんなもん私が一番やりたい事なんだよぉおおおおおおおおおお

 

56:名無しの悪魔

お前の氏子を私によこせ ヘラクレス以上の英雄に育ててやるから

 

57:名無しの悪魔

氏子くん嫌がってるよ 狐よりママ味のある地母神に甘やかされたいってさ

 

58:名無しの悪魔

あかん、女神系悪魔たちが荒ぶっておる

 

59:名無しの悪魔

実際女神にとって英雄を育てる事は生きがいともいえるのでしゃーない

 

60:愛され狐

まったく、わらわが親切にも氏子とのなれそめを語ってやっているというのに

貴様たちは文句しか言えぬのか?

わらわの氏子を見習ってほしいものよ アイツはわらわが食事を作ってやるといつも旨そうに食ってな 感謝のMAGがこちらまで伝わってくるものじゃ

アイツが異界の深部にまで潜っている時にまでこちらにMAGが届いた時は驚いたのう まったくどれだけ嬉しがっておるのか 

まあわらわからしたら片手間で、器の深い女神としての慈悲でちょちょいと作ってやった物じゃが、あそこまで感謝されると悪い気はせぬのう

 

61:名無しの悪魔

ちょちょいと(朝4時起き)(滅茶苦茶手が込んでる)(桜でんぶでハートとか書いてる)

 

62:名無しの悪魔

コイツここまでして『向こうが一方的に好きなだけじゃが?』のスタンス取れるの凄いよな

 

63:愛され狐

しかしアイツは少し抜けておる所もあってのう 異界で稼いだマッカを全てわらわに渡してくるのじゃ それも毎回じゃぞ? しかもわらわに使い道を尋ねようともせん

わらわが悪用するとか無駄遣いするとか微塵も考えておらぬのじゃろうな こんなもの悪魔にかかればどうとでも誤魔化せるというのに

その様に基本的な事も知らぬとは、世間知らずで困った氏子じゃのう わらわが居なければ危なっかしくて見てられぬわ

 

64:愛され狐

アイツも今やレベル58、もはや何故人の姿を保てておるのか分からなくなるレベルよ 

そのような力を持ちながらも、未だわらわに収入の全てを任せて来るのじゃ まったく、わらわを信じ切っておるとは愚かな者よ

まあ仕方が無いからきちんと管理してやるが、これはわらわ以外の神に目を付けられていたら大変な事になっておったのう

 

65:愛され狐

そう考えるとわらわも運が良いが、それと同様に我が氏子も幸運なものよ いや、これこそ運命と言えるのじゃろうな

わらわと氏子は運命によって結び付けられておったのじゃ 

 

66:愛され狐

まあ最近の悩みは子供をどうするかという話じゃの 困った事に、我が氏子はわらわ以外の女などまっっっったく魅力を感じんらしいのじゃ このままではわらわの信者が一代で途切れてしまうのう

ふう……どうすればいいんじゃろうな……ふう……いやいや……困ったのう……

まあ仕方が無いが、お情けで、やむを得ず、致し方ないが唯一の解決策としてわらわがアイツの子を産んでやっても良いかもしれんな

本当に仕方ないなぁ……他に方法が無いからのう……わらわとしては別に好きでも何でもない男じゃが、まあわらわへの貢献を考えればその程度はしてやっても良いかもしれんからな

 

67:愛され狐

しかし困るなあ……子供を産むとなれば、当然結婚もしなくてはならぬ そういう行為をする訳じゃからの

神であるわらわが人と結婚するなど、本来であればあり得ぬ話よ しかし、向こうはどうしても結婚したいと言うであろうからなぁ…… どうしてもわらわと結婚したい、わらわを妻として迎え入れたいと伏して頼む奴の姿が目に浮かぶようじゃ まあそこまで熱心に頼み込まれれば、わらわが女神としての度量を示すのも悪くないかもしれぬのう……

 

68:愛され狐

やれやれ、憂鬱じゃ憂鬱じゃ 

まあ既に同棲はしておるが、まさか結婚となるとなあ…… 既にアイツとは何年も一緒に暮らしておるし生活に何の問題も無いのは分かっているが、しかし結婚はなぁ…… いくらアイツが共に暮らす人間として申し分なく、パートナーとしておよそ満点に近いと分かってはいても、結婚となると話は別じゃからなぁ……

まあアイツのプロポーズ次第では考えてやっても良いかもしれぬな いかにわらわを愛しておるか、いかにわらわ無しでは生きられぬかを情熱的に語れば、まあわらわも慈悲を示してやるかもしれんなぁ

しかしアイツのレベルを鑑みれば、死後は神になってしまうかもしれんのう……となるとわらわ達は将来的に夫婦神になってしまう訳じゃな

くーっ、たまらぬ……じゃなくて、ちょっと褒美のやり過ぎかもしれぬのう! アイツがこんな事を知れば嬉しすぎて死んでしまうかもしれぬ メシアの脅威が去るまでは内緒にしておかねばのう

 

69:愛され狐

おい、何じゃお前ら

先程から全く無反応になりおって

 

70:愛され狐

人が親切で幸せのお裾分けをしているというのに

まだまだ1割も書ききれておらぬぞ

 

71:愛され狐

おーい

 

72:愛され狐

なんじゃつまらぬのう これではただの独り言ではないか

 

73:愛され狐

仕方ないから質問を募集してやる

わらわに何か聞きたい事があれば書くがよい 気が向いた質問にはガイア連合の規定に抵触しない程度に答えてやろう

 

74:愛され狐

これで誰も来んかったら本当に帰るからな 今の内じゃぞ

 

75:名無しの悪魔

(……これみんなどう思うよ)

 

76:名無しの悪魔

(絶対惚気に絡めて答えられるだろうけど、でもガイアに接触した悪魔の話は聞きたい)

 

77:名無しの悪魔

(ちくわ大明神)

 

78:名無しの悪魔

(誰だ今の)

 

79:名無しの悪魔

(何だこのノリ)

 

80:愛され狐

はようせぬか わらわの氏子に関する質問には回答率が上がるぞ

 

81:名無しの悪魔

この後に及んで氏子自慢をしたいという卑しい根性が見え隠れしてますね……

 

82:名無しの悪魔

言うほど隠れてるか?

 

83:名無しの悪魔

ハイ! 氏子くんの事は別に好きじゃないんですか?

 

84:名無しの悪魔

質問 氏子に他所の神を信仰する気はあるか?

 

85:名無しの悪魔

ガイア連合の盟主についてどう思う

 

86:名無しの悪魔

マッカやるからうちの氏子に種付けしてもらえない?

 

87:愛され狐

>>83 向こうが一方的にわらわを好きなだけじゃな 困ったものよ

>>85 怪物じゃな これ以上は規則に触れるかもしれんから喋れぬ

>>84 >>86 殺すぞ

 

88:名無しの悪魔

ヒエ~ッw

 

89:名無しの悪魔

ここまで惚気てまだそれが言えるの凄いよ 

 

90:名無しの悪魔

俺知らなかったな 稲荷神って恋愛クソザコなんだ

 

91:名無しの悪魔

こいつもう稲荷神名乗るのやめろ

 

92:愛され狐

は? 恋愛マスターじゃが?

 

93:名無しの悪魔

こいつヤバいって この狐をこんなにした氏子サイドにも最早責任がある

 

94:名無しの悪魔

一つ一つ整理していくか

狐は別に氏子の事が好きではないんだよね?

 

95:名無しの悪魔

狐、お前もう稲荷神降りろ

 

96:愛され狐

>>94 その通りじゃ 何度もそう書いてあるのが見えんかったか?

 

97:名無しの悪魔

でも結婚はするんですよね?

 

98:名無しの悪魔

しかも子供も産むとかなんとか

 

99:愛され狐

>>97 >>98 これもその通りじゃな まあ向こうがどうしてもと言うから仕方なくな

 

100:名無しの悪魔

ヤバ~~~~~……

 

101:名無しの悪魔

氏子、お前が何とかしろ

 

102:名無しの悪魔

しかも氏子が他の神や女に手を出すのは許さないという

 

103:名無しの悪魔

貴重な黒札の種を独占しやがってよ……

 

104:愛され狐

当たり前じゃろう わらわを愛しておりながら他の女や神に手を出すなど有り得ぬことよ

本当は他の女や神を視界に入れる事すら禁じたいのじゃが、まあその程度は寛大な心で許してやっておる

 

105:名無しの悪魔

怖い怖い怖い

 

106:名無しの悪魔

病んでるじゃん

 

107:名無しの悪魔

氏子の事は別に好きではないよ! でも結婚はするし子供も産むよ! 氏子が他所に行ったら許さないよ!

↑これ見ておかしいと思わないのかお前は

 

108:愛され狐

……? 別に何もおかしい所は無いのではないか?

そもそも我が氏子がわらわを愛している以上、他の女へ目移りするのは浮気であろう?

 

109:名無しの悪魔

怖いよ~~

 

110:名無しの悪魔

誰かコイツに【プリンパ】かけた?

 

111:名無しの悪魔

会話が全く通じないの「本物」って感じがしてマジで怖い

 

112:愛され狐

本当はなぁ、どこかの異界に閉じ込めて永遠に監禁しておきたいのじゃ アイツはわらわの事を愛しておるのだから、つまりわらわ以外はどうでも良いという事じゃろう? ならば氏子の望みを叶えてやるのも神の務めかと思うての

だがアイツにも友人や仲間がおるし、何より未だ現世でやる事があるからのう 

 

113:名無しの悪魔

闇が吹き出してきたな

 

114:名無しの悪魔

恋愛クソザコかと思ったらヤンデレにワープ進化するのやめろ

 

115:愛され狐

愛するわらわと永遠に一緒に入れるのだから アイツにとっては最高の褒美であろう?

そう考えると簡単に安売りしてしまってもつまらぬからな 少なくともアイツが天寿を全うするまではお預けじゃ

 

116:名無しの悪魔

だれか俺にブフかけた? 寒気が止まらないんだけど

 

117:名無しの悪魔

掲示板越しにブフ撃つな

 

118:名無しの悪魔

女神系の悪魔は総じて嫉妬深いし情念が深いからな……

 

119:名無しの悪魔

良いなー、愛する人と2人だけの世界で暮らすとか最高じゃん

私も彼氏と妖精の丘でずっと踊りたーい

 

120:名無しの悪魔

狐はウザいがこれには共感せざるを得ない 我が見いだした英雄と、ヴァルハラで永遠に戦うのだ

 

121:名無しの悪魔

ダメだ、ここは倫理が死んでる

 

122:名無しの悪魔

悪魔に倫理観を求める方がおかしいんだよなぁ

 

123:愛され狐

む、話が分かる奴も何人かおるな わらわも心より応援しておるぞ

 

124:名無しの悪魔

恋愛脳どもが結託してやがる

 

125:名無しの悪魔

女神系悪魔は基本ヤンデレ また一つ賢くなっちまったぜ

 

126:名無しの悪魔

地母神系よりはマシよ アイツらマジで好きな奴を「産み直したい」って思ってるからな 

実行に移すかはともかく

 

127:名無しの悪魔

応援の礼に一つアドバイスを送ろう

氏子の彼にはきちんと愛していると伝えた方が良い

 

128:名無しの悪魔

おーっとここで火の玉ストレート

 

129:名無しの悪魔

こいつワルキューレか? 北欧系はマジでズケズケ物言うからな

 

130:愛され狐

なni

 

131:愛され狐

なにを

 

132:愛され狐

なにをいっておるかさっぱりわからぬのう 

 

133:名無しの悪魔

狐、焦りの連投

 

134:名無しの悪魔

顔真っ赤で草

 

135:名無しの悪魔

ヤンデレなのか恋愛クソザコなのかはっきりしろ

 

136:愛され狐

別に氏子の事なんてすきではないが!?!?!?!

 

137:名無しの悪魔

萌え豚さん、判定お願いします

 

138:名無しの萌豚

うーん、これは100点満点! 恋愛雑魚要素とツンデレ、そしてヤンデレが混ざり合っていて非常に美味しいね! 氏子が力強い英雄だという点も、『これだけの男に愛されているのだ』という自負心につながっていて非常にグッドだ! 彼女と氏子の間にある強い信頼関係が見えるね!

 

139:名無しの悪魔

萌え豚さん、ありがとうございました

 

140:名無しの悪魔

恋バナに突如現れて採点していく謎の悪魔来たな……

 

141:名無しの悪魔

別に氏子の事が好きかどうかは関係ない 氏子に愛していると伝える事が重要なのだ

 

142:愛され狐

どういうことじゃ

 

143:名無しの悪魔

む 私は口がさほど上手くないのだが

つまり、氏子に「俺は愛されている」と実感させてやるのが重要なのだ 鉄は火にくべてやらねば冷える 言葉に出して伝える事が大切だ

 

144:名無しの悪魔

これ分かるか? 俺はまあ分かるが

 

145:名無しの悪魔

カップルの倦怠期を防ぐにはお互いちゃんと愛してるって言う事が大事って話でしょ

 

146:名無しの悪魔

そういう事だ

 

147:愛され狐

むう……だが、わらわは別に氏子の事なんて好きでもなんでもないが……

 

148:名無しの悪魔

まーだ言うかコイツ

 

149:名無しの悪魔

袋叩きにしろ

 

150:名無しの悪魔

絶対好きっていうのが恥ずかしいだけだぞコイツ

 

151:名無しの悪魔

発想を逆転させろ 氏子に嘘をつくだけだと思い込むんだ

かの大悪女【妲己】のように、口先一つで男を操ってやると思え

 

152:愛され狐

!!

 

153:名無しの悪魔

お、刺さったか?

 

154:名無しの悪魔

良いぞ良いぞ

 

155:名無しの悪魔

考えてみるといい。偽りの愛を囁くなど、古今東西の女神や悪魔がやって来たことだろう?

君は氏子の事が好きでも何でもない。それならそれで結構! 本心を嘘で覆い尽くし、虚飾で飾られた睦言で男を虜にするのだ!

 

156:愛され狐

おお……おお……!

れ、恋愛マスター……!!

 

157:名無しの悪魔

(恋愛マスター?)

 

158:名無しの悪魔

(今いいところだから黙っとけ)

 

159:愛され狐

そうか……! 嘘という事にすれば、思う存分アイツに好きと言っていいのか……!

目から鱗が落ちるようじゃ……! アイツに「愛している」と言っても、嘘なら問題ない……!!

 

160:名無しの悪魔

そうだ! しかし当然ながら、氏子に嘘であることを悟らせてはならないぞ!

本物より本物らしく、本心で告げているフリをして彼に愛を伝えるのだ! 仮に女神が言うとすれば恥ずかしい台詞だったとしても、嘘なら問題ない!

 

161:愛され狐

なんという事じゃ……! このような場で恋愛マスターに出会うとは……

ならば、これから先は我慢せずアイツに好きと言ってやれるのじゃな!?

 

162:名無しの悪魔

(これ今までは我慢してたって自白してね?)

 

163:名無しの悪魔

(だから黙っとけって)

 

164:名無しの悪魔

嘘(嘘じゃない)という矛盾

 

165:名無しの悪魔

なに、私は恋愛マスターなど大層なものじゃない、ただの恋愛神の端くれさ……

 

166:名無しの悪魔

この悪魔渋くて好きになってきたな ファンになりそう

 

167:名無しの悪魔

>>166 正気に戻れ

 

168:愛され狐

感謝するぞ>>151の恋愛神、それから元々アドバイスをくれた>>127! 貴様らにはわらわのへそくりから謝礼を支払おう!

わらわは所用により少し離席するが、後で個別に連絡先を送る!

 

169:>>127

支援、感謝する

 

170:>>151

悩める愛をまた一つ解きほぐせたことこそ最大の報酬……と普段なら言っていたのだが、最近はウチの財政も厳しくてね。

くれると言うのなら、是非ありがたく頂こうかな

 

171:名無しの悪魔

良い話やな……

 

172:名無しの悪魔

所用ってこれ絶対

 

173:名無しの悪魔

バカ、野暮なこと言うなよ……

 

174:名無しの悪魔

恋ってやっぱり良いわね……私も英雄探してみようかな……

 

175:名無しの悪魔

人も悪魔も、みんな恋をする事だけは変わらない……ってね……

 

176:名無しの悪魔

恋に正解は無い……だから神だって楽しめるのさ……

 

177:名無しの悪魔

今日はちゃんと妻に「愛してる」って言おうかな……

 

178:名無しの悪魔

これ何のスレだったっけ

 

 

 

 





※このスレはわら……稲荷神を貶めるために捏造された悪質なデマです。
賢明な読者諸兄におきましては、このようなフェイクニュースを信じる事が無いよう宜しくお願いいたします。



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第九話





 

 どうも、稲荷神じゃ。気軽にお狐様と呼んでもよい。

 ……わらわは誰に自己紹介しておるのだ? まあいいか。

 

「む、もう日が昇る時間か」

 

 悪魔の朝は早い。そもそも悪魔は睡眠も食事も必要とせんから、別に早いも遅いも無いが。

 悪魔にとってそういった生物的行為は自身の快楽のためにやるものじゃ。わらわも昼まで爆睡したり、スイーツをドカ食いするのが気持ちいいからよく分かるぞ。

 

「よしよし、よく寝ておるのーお前は」

 

 氏子の頭を一撫でして起き上がる。朝の支度をしなくては。

 夜はずっとこいつの寝顔を見ておった。たまに寝言でわらわの名前を呟いたりして、見てて全然飽きないんじゃよな。もっと眺めていたかったというのに、まったくアマテラス様も無粋な事をなさる。どっかに永遠に夜の異界とか無いものかのう。

 

「えーと、今日の献立は……」

 

 「れいぞうこ」なる物を覗き込んで食材を確認する。最近の家電というものはマジで便利じゃのー。パないわ。こんなもん昔は使っておらんかったぞ。まったく便利な世の中になったものじゃ。

 

 賞味期限に味、その他諸々を鑑みて今日は豆腐の味噌汁とタラの照り焼きに決定。あいつは結構朝から食うタイプじゃからな。朝からちょっとボリューミーに行くのじゃ。

 

「アブラカタブラじゃ」

 

 包丁やまな板に魔法をかけると、調理器具たちがひとりでに動いてネギを切ったり米を研ぎ始める。まあいわゆる生活魔法というやつじゃな。わらわは玉藻の前とも縁があるからのう、このような生活を便利にする魔法が非常に得意なのじゃ。ほぼ権能と化しておるな。わらわを台所の神として崇め奉ってもよいぞ。

 

 ふう、朝食と弁当についてはこれで良し。

 後はもう一度氏子の寝所へ戻って寝顔を眺めに行くか。

 今日は気分が良いし、わらわの夢を見せてやるのも面白いかもしれんのう。

 

 不敬にもわらわと結婚して家庭を築いた時の夢じゃ。しょせん現世では叶わぬ夢よ、泣いて喜ぶであろうなぁ……。それは刷り込みではないかと以前近所のシキガミに言われたが、まあこれは事実無根の言いがかりなので無視してよいな。

 

「よし、では行くか」

 

 ウキウキして寝所へ足を運んだその時、そう言えば今日は用事があった事を思い出した。

 

「いかん、今日はシキガミを引き取りにいく日じゃった」

 

 シキガミ。あの怪物じみた神主が作り上げた、わらわが見てもその秘術の全貌が分からぬ恐るべき使い魔。我が氏子がこの先強くなるためには絶対に欠かせぬ存在よ。

 

 それが完成したという事で、今日は朝から工場に受け取りに行く予定じゃった。

 

「ふふふ……あいつがわらわの慈悲深さに咽び泣く姿が目に映るようじゃ……」

 

 今から取りに行く式神はただの式神ではない。

 なんと、このわらわが分霊を込めた特別製のシキガミよ。これは号泣間違い無しじゃな! わらわの深い思いやりに惚れ直す事請け合いよ。

 全く、これ以上好きになられても困ってしまうのう……。愛されるというのも罪作りなものじゃ。やれやれ。やれやれ。やれやれやれやれ。本当にやれやれじゃのう。

 

 

 

 

 

 

 シキガミという物に関して、わらわはそのコンセプトを聞いた時から不満に思っていることが一つあった。目的の【本霊】から超劣化させた【スダマ】や【スライム】などの木っ端分霊を使っておるという事じゃ。

 スダマやスライムというのは、いわば名のある神の僅かな切れ端よ。その様などこの馬の骨とも取れぬ神の欠片が、我が氏子の傍で戦うじゃと? 冗談も休み休み言え。

 

 しかも近所のシキガミ(わらわはご近所付き合いも天才的じゃ) から聞いたところによると、本霊通信という形でシキガミが本霊から干渉を受ける事もあるとか。

 

 もしあいつのシキガミが【女神】とか【地母神】に繋がったらと思うと恐ろしい。あいつら本当に頭がおかしいからのう。生粋の恋愛脳かつヤンデレで、全く話が通じんのじゃ。

 同じ神としてああはなりたくないのう。

 

 ともかくそんな奴がわらわの氏子の傍で戦うじゃろ?

 生命を懸けた戦闘の中で絆を育むじゃろ?

 いつしかそのシキガミへの想いはわらわへのそれを超え、そして……!!

 

 あ゛あ゛あ゛~~~~~~~~~!!!寝取られじゃあ゛~~~~~~!!!!

 わらわNTRはマジで無理なのじゃ……! うう……想像だけで脳が破壊される……!

 

 まあともかく、そんな訳で最初はシキガミを動物型とか武器型にさせるつもりじゃった。勿論【変化】スキルは絶対に取らせないようにしてな。

 しかし、どうも最近は装備とかの兼ね合いで人型式神の方が強いようなのじゃ。氏子の事を思えば、当然人型を用意してやりたい。

 

 この二律背反に苦しみながら、ついに天才のわらわは閃いたのじゃ。

 「そうじゃ、わらわの分霊を入れればよい」とな。

 そうすればわらわは妙な心配をする必要が無くなるし、アイツも辛い異界攻略にわらわが一緒にいてくれてWIN-WINじゃ。

 いやー、最近まで分霊なんて作れぬ雑魚狐じゃったからのう。わらわも神だから分霊作れるじゃんと言う当たり前の事に気づくまで時間がかかってしまった。

 

 まあそんな訳で、わらわの分霊+氏子の血肉(快く提供してくれた。ディアで治ると言って内臓まで摘出しようとした際にはちょっと引いたのじゃ。貰ったけど)で出来たスーパー式神が今日できる予定なのじゃ。

 アイツにはわらわの分霊を入れていることや、今日出来上がる事は伝えてないからな。サプライズプレゼントという訳じゃ。楽しみじゃのう。

 

 ……あ、ちなみに神主には死ぬほど許可取ったのじゃ。誓約書何枚も書かされたのう……あれは良くない思い出じゃ……。

 

「頼もう! 予約していた稲荷神じゃが、シキガミは出来ておるか」

 

 ええい忘れろ忘れろ。あの傍にいた性格最悪のネコマタの事も気にするでない。なんじゃアイツ、わらわの事を煽り倒しよって。

 過去を振り切るように扉を開くと、顔を顰めるような異臭がわらわを出迎えた。

 臭い。汚い。

 なんじゃここは……地獄か? 作業員らしき人間たちが死んだ目で金属を叩いたり紙を捏ねたりしておる。あれが地獄の亡者か?

 あまりの光景に圧倒されておると、奥から亡者の親玉のような男がのっそりと進み出てきた。

 

「どうも、お話は聞いていますよ……。【狐憑き】さんと契約されている悪魔の方ですね……? こちらがご注文のシキガミになります……。サプライズにしたいという事でしたので、停止状態にして梱包してあります……」

「お、おう……お気遣い感謝するのじゃ……。その、コイツらは大丈夫なのか? 地獄の亡者かと思ったぞ」

「いえいえ、ご心配なく……。実はここに居る者たち全員、本来シフトに入ってないんですよ。どうしても自分の理想のシキガミが作りたいと言って、わざわざここの設備を借りて制作してるんですね。いわば趣味でやっておりますので、安心してください……」

「うむ、そうか……趣味とは恐ろしいのう……」

 

 聞けば「アリアケ」なる海で行われる祭典でも、そこに本を出すために地獄を見る者が何人もおるとか。趣味に命を削るのは人間の性なのかもしれんのう……。

 ちなみに後々コイツらにおにぎりとお味噌汁を差し入れたら泣いて喜ばれた。もう少し日常生活を省みるのじゃ!

 

 

 

 

 

「ふう、到着到着。シキガミ、稼働してない状態だと嵩張るのう」

 

 紙で出来てるから軽いんじゃけど、なにぶんデカくて運び辛かったわ。

 

 梱包をといて中身を見てみると、わらわを幼くしたような黒髪の少女が目を閉じて立っていた。

 

 ★式神 『狐巫女』 Lv.1

  物理耐性 火炎耐性 呪殺無効

  【スラッシュ】*1【かばう】【タルンダ】【ドルミナー】

 

 おお、なかなか優秀なステータス。氏子の肉体とマッカを大盤振る舞いした甲斐があったのう。後衛を守れるように、前衛タンク+バフデバフがこいつのコンセプトじゃ。

 容姿も注文通りじゃな。まだ神格を得てない頃のわらわじゃ。あいつと初めて出会った時の姿でもある。

 霊能も何もない奴が見れば、ちょっと大人びた小学生くらいに見えるかのう。

 

「よーしよし、後はアイツが異界から帰ってきたらドドンとサプライズよ」

 

 わらわはこういう派手な事が大好きなのじゃ。フラッシュモブの動画とかよく見るからのう。アイツもそういうのが好きなのは分かっておるし、気まずくなる心配も無い。ふふふ、まさに完璧よ。

 

 その後、わらわはアイツを起こして共に朝食を摂る。

 

 今日もアイツは「美味い美味い」と間抜け面をして喜んでおる。感謝から生まれるMAGが流れ込んでくるから、本心で言っていることがよく分かって少しこそばゆいのう。

 

 途中「お狐様、さっきまで何処かに行っていました?」と聞かれた時はマジでビビったのじゃ。確実に寝ておったはずなのに、無意識レベルでわらわの存在を探知しておる。

 生物にとって最も無防備な睡眠中でも、わらわが傍を離れたら気付くのか……うむ、探知系の素養もあるようじゃのう! わらわの加護で【獣の直感】とか渡しても面白いかもしれん。

 

 そして氏子は異界に出発。

 

 わらわは箒とか掃除機に魔法をかけて、洗濯や掃除を行う。

 こういう魔法を消費ゼロで使えるのもこの土地の強みじゃのう。土地に流れるMAGが尋常ではない。

 

「ふんふーん、ふふーん♪」

 

 鼻歌を歌いながらパタパタと棚の埃を落としていく。わらわはJASRACに配慮できる悪魔じゃ、歌詞は口に出さんぞ。

 

 家事を手早く済ませると、自分の尻尾から毛を何本か引き抜いてMAGを込める。

 ボワンという音と煙と共に、わらわの分身が数体現れた。初歩的な分身の術じゃの。簡単な命令をこなすだけの分霊以下モドキじゃ。

 

「狐Aは呪符の作成、狐Bは畑仕事、狐Cは向こう(【禁足地】)に帰ってガキの焼却じゃ」

 

 分身たちはコクリと無言で頷くと、それぞれの持ち場へ向かって行った。最低限の思考能力しか持たせてないからの。自我も無いし、放っておけば永遠に仕事をこなし続ける。

 ……ただ、あまりにも放っておくと自我が芽生えてきて滅茶苦茶困る事になるがの。安全を取って一日ごとに作り直さないといけないのが面倒なところよ。

 

 ちなみに畑仕事というのは、ガイア連合から購入した霊地で【プチソウルトマト】とかを育てて売る事じゃ。わらわは豊穣神としての側面もあるからのう。

 というか稲荷神が習合されすぎて権能が滅茶苦茶なのじゃ。豊穣神だったり商業神だったり天照の遣いだったり妲己の分霊だったり九尾狐の劣化だったりダキニ天の部下だったり……。日本神話は他宗教を取り込みすぎて闇鍋と化しておるのじゃ。

 

 さて。家事も済ませたし、内職も畑仕事も問題なしじゃ。わらわは掲示板で情報収集するとするかの。

 

 このガイア連合が作った掲示板には、知らないと絶対損するであろう情報が大量に溢れておるからのう。優秀なスキルカードとか、今後のガイア連合の方針とか、割のいい依頼とか……。人間たちの雑多な欲望がぶちまけられたカオスから使える物を見つけるのには苦労するが、まあこれももはや仕事の一種じゃ。

 

「ふむふむ。やはりわらわが予測した通り今後シキガミは人型の方が強くなっていきそうじゃの。装備の充実度が段違いじゃ」

「む、新しい【ガチャ】か……わらわ【運】のステータスは高い方じゃが、格差に繋がるとして神主側でそういうの排除してるっぽいんじゃよなぁ。今回はパスじゃパス」

「現金とマッカのレートがまた上がっておる! もう今後現金は即マッカに変えた方が賢いかもしれんのう。ちょっと困ったらあいつら(カマドガミ)から引っ張れば良いんじゃ」

「【管狐】……? わらわと属性が被っておるコイツ……! 許さぬ……!」

「【氏子に愛され過ぎてるけど何か質問ある?】っと。ふふふ、たまにはこうやって息抜きせねばのう」

「『妄想乙』『おばあちゃんご飯はもう食べたでしょ』『創作板でやれ』………なんじゃコイツら! なんじゃ! わらわが大人しくしてたらつけ上がりおって……!」

「『悪いがわらわの氏子って超イケメンじゃから! 今朝も一緒に朝ごはん食べたから! はい論破!論破!』」

 

 ……ふう。途中少し脱線したかもしれんが、まあ10対0(ジュウゼロ)でわらわの勝ちじゃな。レスバつよつよ狐とはわらわの事じゃ。敗北を知りたいのう。

 

「稲荷神の権能にレスバが追加される日も近いかもしれんな。インターネットの神として崇められるのじゃ」

 

 いくら八百万の神とはいえど、まさかレスバを司る神などおらぬじゃろう。

 その空位、いつでもわらわが狙っておるからな……。

 

 わらわの新たな啓蒙活動に熱中していると、もうそろそろ夕飯の支度をせねばならぬ時刻になっていた。

 

 この夕食ばかりは分身や魔法の力を借りず、わらわ一人で作る事にしている。異界攻略で消耗した我が氏子を少しでも労ってやりたいという、神としての心遣いよ。朝食と弁当を作る時間はアイツを眺める時間に使いたいが、夕食を作る時にはアイツ居ないからのう。

 

「今日はちょっと挑戦してみるかのう。ハンバーグにチャレンジじゃ」

 

 和食は完璧に極めておるわらわじゃが、洋食にはトンと疎い。

 だが今後氏子が食べるものは全てわらわが作った物になる訳じゃし、少しはレパートリーも増やさんとな。いつか中華も極めて見せるぞ。中華の鉄人……鉄狐となるのじゃ。

 

「滅茶苦茶上手く行ってしまった……ふふ、やはりわらわは台所の神となる器のようじゃな」

 

 見ろこのハンバーグを、まるで光り輝くようじゃ。食材の声が聞こえていたかもしれん。食運が向いてきたようじゃな……お前はトリコ?

 グルメ細胞が活性化しそうな逸品に保温魔法をかけ、テーブルに並べておく。これで準備完了じゃな。

 

「ふむ……少し時間が空いてしまったな」

 

 アイツが帰ってくるまでに、少しシキガミのチェックでもしておくか。あの神主の仕事じゃ、まさか間違いなど無いとは思うが、一応わらわの眼でも確認しておかなくては。

 押し入れからシキガミを引っ張り出し、幼い頃のわらわの姿をしたシキガミをまじまじと眺める。うーむ、見事な造形美よ……。朝に出会ったあの亡者たちも技術だけで見れば超一流じゃのう。それ以外の全てを投げ捨てておったが。

 

 このシキガミはわらわの分霊が宿っており、起動時はわらわの意識を宿した分身となる予定じゃ。わらわは稲荷神として過ごしながら、シキガミとしても戦う事になる訳じゃな。人間では少々自己同一性を損ないそうじゃが、神霊にとってはどちらも自分じゃ。

 む、閃いたぞ。もうわらわの意識を入れておいて、アイツが帰ってきたら二人で出迎えてやろう。ふふふ、アイツの喜ぶ姿が目に浮かぶようじゃのう。

 

 さて、魂魄を意識して……わらわの分霊に移して……。

 

 む?

 なんじゃこれ。

 なんか固くないか?

 

 え? マジで入らないんじゃが。誰じゃここに荷物置いたの。

 ちゃんと片付けておけってわらわ言ったじゃろう。

 

 あれ?

 これ、こいつ。

 こいつもしかして、もう自我がある感じか?

 

「止めておいた方がいいですよ、母上。神主の術式はどうせ破れませんから」

「!?!?!?!?!?!?!?」

 

 キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!

 

 

 

 

 

 

「という訳で、お前に娘が出来た」

「よろしくお願いしますね、父上?」

「どういう事です!?!?」

 

 わらわにも分からぬわ!!

 

 突然喋り始めたシキガミから、詳しい事情を聴いたところ。

 【転生者の肉体】+【本人と深く結びついた神の分霊】という今までにない組み合わせにより、式神に自我が発生するのが異常に早かったらしい。

 

 ……多分じゃけど、『神霊にシキガミの構造を詳しく分析されたくない』という神主の思惑も合わさっている気がするのう。神懸けてわらわにそんな気は無かった(あの化物相手にそんなこと出来るか)が、まあ懸念自体は理解できる。あれほど契約書を書いたというのに、あの神主の心配性ぶりは徹底しておるのう。身内に悪魔の被害者でもおったのか?

 

 ともかく、わらわの分霊を込めた式神は既に自我が確立されておった。

 そしてその式神本人はわらわ達二人の娘を自称しておる。

 

 ……ここが一番よく分からんがな。

 

「私の身体は父の血肉と母の霊格によってできています。いわば私は、二人の遺伝子を継いで生まれた子供なので。ちゃんと認知してくれないと困ります」

「可愛い~~~~!!!! なるほどね~~~~~!!! 俺の娘超かわいい~~~~!!!」

 

 氏子は即座に隣に座っていた式神の頭を撫で始めた。

 こいつ理解が早すぎるのじゃ!

 

「お前、流石に受け入れるのが早すぎんか!? よく考えろ! やっている事はほぼ娘を名乗る不審者じゃぞ!」

「え、でもこの子から確かにお狐様の霊格を感じますし……そんな子の事をそう簡単に無下には出来ないというか……」

 

 もう駄目じゃコイツは。わらわの事を好きすぎるがあまり脳がバグっておる。

 無から生えてきた娘を受け入れる速度が異常すぎるわ。

 

 わらわはそう簡単に受け入れたりせんぞ。

 何じゃ娘って! それではその、わらわと氏子がもう結婚しているみたいではないか! 気が早い……じゃなくて、不敬であろう! わらわはお前を血族として受け入れるつもりは無いぞ。

 

 小生意気な面をしおって……わらわと氏子の聖域に踏み込んできた不届き物が……!

 しかも頭を撫でるじゃと……!? そんな事、わらわもされた事が無いのに……!

 

「でもお狐様が嫌な思いをするようでしたら、残念ですがこの子は……」

「父上、母上の頭を撫でてあげてください」

「え?」

「いいですから、早く。母上が羨ましがっています。早く抱きしめて頭を優しく撫でるのです」

 

 なんじゃと? 小娘が、妙な事を抜かしおって。わらわがそのような事思っているはずも無かろう。好きでもない男に頭を撫でられるなど……少女漫画を真に受けた勘違い男のような真似をされて嬉しいはずがない。

 

 ああっ、でも何か唐突に腰が痛いのう! いかんなあ、今日家事を頑張りすぎたかもしれぬ。原因不明の激痛で何故か一歩も動けぬわ。くう……これでは氏子に抱きしめられても抵抗できぬではないか……!

 

「ええと……じゃあお狐様、嫌だったら避けてくださいね?」

 

 そのまま氏子に優しく抱擁されてしまう。ぐう……不愉快じゃ……っ! 意外とたくましい腕の筋肉とか、壊れ物を扱うような丁寧な手つきとかを強制的に意識させられておる……!

 ……しかし、氏子の腕の中はいい匂いがするのう。こうして近づくと、奴のMAGがよく感じられる。わらわへの愛情に満ちた、優しいMAGじゃ。こいつは本当にわらわの事が好きなんじゃなと、何故か安心させられる。

 

 ……………。

 ふう。

 

 この式神、わらわの娘だった気がしてきたな……。わらわの娘じゃないか?

 親への気遣いを欠かさない、素晴らしい娘じゃな。わらわは最初からお前の事を出来る奴じゃと信じておったぞ。今日から晴れて血族認定じゃ。

 

「……ふむ、良かろう。お前をわらわの娘として認めてやろうではないか。これからは我が氏子の傍でよく働くように」

「抱きしめられながら言っても格好ついてませんよ」

「やかましい!」

 

 ★式神『狐巫女』が 仲間に なった!

 

 

 

 

 

*1
敵一体に物理属性で小ダメージ





おかしいな……当初お狐様は美しくも妖しい悪女として描く予定だったんだが……



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第十話

 

 

 『今、地方がアツい!

 衝撃の新体験! 想像を超える世界が君を待っている! 』

 『田舎で感じる、あたたかいおもてなしの心……。あなたも癒されてみませんか?』

 『勝ちまくりモテまくり! 俺は地方でこんなに成功した! 年収〇000万の男が語る成功の秘訣とは!?』

 

 …………以上、依頼掲示板に貼られたクエストから一部抜粋したものである。

 なんだこれ。いつからガイア連合って胡散臭い詐欺広告の温床になったんだ?

 

 掲示板の前で首をひねっていると、後ろから事務員の人が声をかけて来る。

 眼鏡をかけた、サラリーマン風の男性だ。俺が異界に潜る時によく担当してくれる。結構仲が良く、時々差し入れをしたり、かわりに少しお得な情報を教えてもらったりする仲である。

 

「ふふふ……驚いているようですね、通常では考えられない依頼の数に……」

「え? いえ、どちらかと言うとこの広告に」

「依頼の数はそのままその組織の規模を表します……より大きい組織ほど、より多く、より実のある依頼を紹介する事が出来るのですから。我々【ガイア連合】は最近【根願寺】からの信頼も厚い、新進気鋭の霊能組織。他の組織とは紹介できる依頼の数も質も違うのです」

「いや、あの」

 

 駄目だ、聞いちゃいない。

 どちらかと言うと、このカスみたいな広告について気になってるんですが。

 

「そう、木っ端同然の地方霊能組織とは訳が違うんですよ! 他の組織では解決できない難事でも、我々【ガイア連合】なら即座に解決できるのですから! 【根願寺】が帝都の守護にかかり切りである以上、地方依頼は我々の独占市場なのです!」

「うわあ、急にテンションが高い」

 

 そう語る事務員さんは、しかし言葉とは裏腹に全く嬉しそうではない。むしろ日々の仕事で疲れ切った、死んだ魚の眼をしている。これ躁鬱入ってないか?

 

「異界探索! 攻略! 被害者の治療! どれもガイア連合なら全部できますからね! 逆に言うと地方組織は全部出来てなかったんですけどね! そんな時に我々が出て来ちゃったもんだから、もう仕事が全部こっちに来ちゃってるんですけどね! ははは! 面白いですね! ははは!」

「あー……と、事務員さん、今何徹です?」

「4徹目ですねぇ! ふふふ、しかもこういう依頼って依頼主も必死ですから、こっちに何度も何度も頼みに来るんですねぇ! 今地方探索に行ってくれる人なんて少ないのに! それを断るのも心苦しいし、何より相手もしつこいんですよね! それだけならまだいいですけど、最悪の場合依頼内容に嘘をつく奴も出て来るんですよ! 簡単な依頼って言ってみたり! 被害を大袈裟に言ってみたり! そういうのを全部精査してたらもう時間がいくらあっても足りないんですよねぇ! お仕事楽しいですねぇ!」

 

 事務員さんがハイライトの無い目で大笑いする。ヤバい、激務で壊れきっている……。事務員も補充されてはいるらしいが、依頼の増加ペースに全く追いついていないらしい。残業代が適正に支払われる事だけが唯一の救いである。

 

「……ふう、落ち着きました。なので現在、地方依頼をこなす人手が足りていないんですよ」

「あー、なるほど。少しでも地方に行ってくれる人を増やすためにあんな広告を出していると」

「ええ。あれを見て真に受ける人なんていないでしょうが、しかし少なくともこちらの必死さは伝わるでしょう?」

「危険性だけが伝わってると思います」

 

 捨て身すぎるだろうと思ったが、実際あれを貼ってから依頼受注者が増加したらしい。マジ? やっぱガイア連合員って頭おかしいわ……。

 

「ということで灰谷さん、依頼受けていきません? 地方異界は敵のパターンが乏しいですから、自分の属性に合った異界に行けば稼ぎもいいですよ」

「……まあ、そこまで困っているのに何もしないのもアレですし。折角だから依頼受けますよ。何かあります?」

「そう言ってくれると信じてました。灰谷さんは炎熱系の異能者でしたよね。レベルは幾つになりました?」

「つい昨日19まで上がりました」

「えー…はい、測定器でも確かにLv19になってますね。おお、あと10ちょっと上げれば幹部ライン到達じゃないですか。流石ですね」

「いえいえ、ここからが辛いですから」

 

 幹部ラインとは、俺たちが勝手に言っている『幹部に最低限必要なLv』の事である。現在はLv30が幹部ラインだが、今後幹部の人たちが強くなるにつれてこのラインも上がっていくだろう。【ハムネキ】とは以前手合わせしてもらったが、マジで同じ人間とは思えない強さだった。ハムネキはタルタロス探索の仲間が出来ない事を嘆いていたが、彼女についていける者はそうそういないだろう。俺もペルソナ使いの適性なかったし。

 

「そうですねぇ……火炎弱点の敵が多い異界……北海道の【雪窟大迷宮】は最近幹部の【スライムニキ】氏が出動したので、今なら楽に稼げると思いますよ」

「【スライムニキ】? あの人ってペルソナ系異界の担当ですよね?」

「地方組織との橋渡しと、地脈活性化のデータを取りにしばらく出張してくれてるんです。あの人は折衝や書類作成にかけては一流ですから」

 

なるほどね。スライムニキ、戦闘はからきしだけど後方支援は天才的だしな。性格も良いし、まさに頼れる大人って感じだ。

 ただなぁ……北海道、北海道か……。ちょっと遠いか? 日帰りできる依頼ではない気がするな……。

 

「灰谷さんは何か希望はありますか?」

「あー……宮城も悪くないんですけど、できれば日帰りできる距離が良いですね。ほら、あんまり離れると……」

「ああ、祭神関係ですか。んー……ここから日帰りで、なおかつ中堅異能者に適した異界……。うーん……」

「すみません、ちょっと難しいですかね……」

「いえ、さっきも言ったとおり依頼なら腐るほどあるんですが……【星霊神社】の【修業用異界】を上回る稼ぎがある奴となると結構絞られるんですよね……。灰谷さんにはお世話になってますから、あんまり地雷案件は渡したくないですし」

「事務員さん……」

 

 友情を感じる。ペルソナ系能力者だったら確実にコミュが発生していた。【月:無愛想な男事務員】みたいな感じで。

 

「まあ、また後で来てください。いい感じのを見繕っておきますから」

 

 コミュによって特別依頼が解放されるタイプの奴じゃん。ちょっとレアな報酬が貰えるやつ。

 

 その後ひとまず事務員さんにお礼を言って、その場は解散となった。

 それにしても、地方からの依頼がそこまで大量に来てるのか。ガイア連合は現在も順調に拡大を続けているらしい。そろそろ転生者以外の人間もガイア連合に入れるようになるか? 人手が全く足りてないしな……。

 

 

 

 

 

 

「むう……」

 

 家に帰り、お狐様にさっきあった事を報告したのち。

 お狐様は家計簿をつけながら苦い顔をしていた。話題は当然、【地方異界】についてである。

 

「地方依頼で人手が足りん、か……。そもそも雑魚を助ける必要はあるのか? 全員殺して技術を吸い上げたほうが早いじゃろう」

「物騒なこと言いますねぇ。いえいえ、そしたら地方を守る人間が足りなくなりますって」

「生き残った奴らを奴隷にすればよいじゃろ。どうせ今生き残ってるやつなんて雑魚ばかりなんじゃ。女は子供を産む機械にして、男は子供が生まれるまで、時間稼ぎで使い捨てじゃ」

 

 うーん、悪魔的倫理感だなぁ。弱肉強食の理に生きる【混沌-悪】の価値観だ。俺は【混沌-善】らしいから、お狐様の言うことも理解できるような出来ないようなって感じだ。

 

 微妙な顔をしていると、お狐様は苦い顔をしてこう続けた。

 

「分かっておる分かっておる、ほんの冗談じゃ。そのような事をしてお前が喜ぶはずも無い」

「……まあ、その方が効率が良いってのは分かってますけどね」

 

 【ガイア連合】は最適解を選ぶための組織じゃない。本質的には、転生者同士がゆるっと助け合うお助けサークル程度だ。あんまり無茶をしても人がついてこない。

 

 マジで俺たちが護国の為に生きるなら、ショタオジが洗脳とか魅了とか使って、俺たちを心無きキリングマシーンにするのが一番だもんな。そんな【メシア教】と同類の組織に誰が入るかって話だが。

 

「父上、お茶が入りましたよ。……出張の話ですか? 」

 

 台所から狐巫女がお盆を持って戻って来た。最近お狐様から台所仕事を教わっているらしい。

 お礼を言って湯呑みを受け取り、熱いお茶を飲んで一息つく。美味しい……前世で飲んだことがない高級茶の気配がする。

 

「ああ、そうそう。地方依頼がかなり溜まってるらしくてさ。事務員の人も困ってるらしくて」

「ふーん。縋るだけのゴミなんて無視していいと思いますけどねぇ。報酬はどうなんですか?」

「うん、相性が良い異界ならココより稼げるっぽいんだよね。今はマッカがいくらあっても足りないし、割とアリかなとは思ってる」

 

 俺の装備、シキガミの強化、お狐様の権能取得……。俺たちの本拠地である【稲荷神社】も終末に備えて強化しておきたいし、マッカの使い道は無限大なのだ。

 悩んでいると、お狐様が不思議そうにこう言った。

 

「何を悩む事がある。 お前の目的は【ガイア連合】で強くなる事じゃろう? 報酬も良い、ガイア連合に恩も売れるとくれば、もはや迷う事などないじゃろう。明日からは地方遠征で決定じゃ」

「うーん、たしかにその通りですね……」

 

 だけどなぁ……お狐様と一週間も会えないとなると……。依頼解決が早いか、俺の精神崩壊が早いかのチキンレースが始まるかもしれん。

 唸っていると、狐巫女が湯呑みを置いて声をかけてきた。

 

「ちなみに父上、悩んでいた理由は何だったのですか?」

「いやー……、全部拘束期間が長いものばかりなんですよね……最低でもお狐様と一週間以上離れる事になってしまって。それが辛いというか」

 

 お狐様はそれを聞くと、いたって真面目な顔をしてこう言った。

 

「何を悩む事がある。 お前はわらわの事が大好きなのじゃろう? わらわから離れる依頼など何故受ける必要がある。ガイア連合からの支援も届きにくい、地方組織と厄介な縁も出来るとくれば、もはや迷う事などないじゃろう。明日からも修行用異界で決定じゃ」

「うーん、たしかにその通りですね……」 

 

 視界の端で狐巫女が信じがたい物を見たような目で頭痛をこらえているのが見える。どうしたのだろうか。お狐様の意志は全てに優先される。みんな知ってるよね。

 

「はあ……父上、母上に引っ張られてあなたまでボケボケになってはいけませんよ。あなたはガイア連合の【幹部】を目指しているのでしょう? 実績を積む絶好の機会では無いですか」

「まあねぇ。でも俺が幹部になりたいのはお狐様のためだし、そのせいでお狐様を悲しませるのは本末転倒じゃない?」

 

 幹部になってお狐様を天照にも負けない神にする。それが現在の俺の目標である。しかしそのために彼女を蔑ろにする事はしたくない。彼女と仕事、どっちを取るの!? ってやつだ。人それぞれだとは思うが、俺は彼女派である。

 

「母上、 父上はもう話になりません。 母上がちゃんと手綱を握ってください」

「むう……だがのう……こいつがわらわの元を一週間も離れるとなると……。ほら、加護の更新とかもあるし……なんかわらわの第六感が縁起悪いって囁いてる気がするし……」

「夫婦そろって色ボケですね、本当に……!」

「ふふふ、これこれ。夫婦などと戯言を抜かすでない。こいつが調子に乗ってしまうじゃろう。ふふふ」

 

 照れるなぁ。いつもの事ながら、本当に狐巫女はいい子である。

 

「……はあ。何で生後一ヵ月の私が一番マトモなんでしょうか。……だったら、母上もついてきたら如何です? 畑仕事や呪符作成は、少し多めに分霊を作っておけば大丈夫でしょう。神社に縛られていた昔と違って、今はもう存在を確立しているんですから。もう自由に出歩けるでしょう?」

 

 狐巫女がため息をつきながらそう言う。あー……確かに? お狐様、もう随分霊格も上がったもんな。Lvも俺と同じくらいあるし。低級霊だった頃と違って、もう土地に縛られるレベルでは無くなってるのか。

 

 そうだ! そう言えばもう【星霊神社】の周りとか自由に散策してたわ! 俺がアホだった!

 でも超嬉しい!

 

「お狐様! 是非一緒に地方遠征行きましょう!! 東北とか、北海道とか火炎弱点の異界多いらしいので! 俺、お狐様と一緒に旅行に行きたいです!」

 

 お狐様と一緒に旅行に行きてぇ~~~~!! 旅館に泊まって浴衣姿のお狐様が見たい……! 温泉上がりに卓球とかしたい……! ちょっと濡れた髪の湯上り姿にドキッとしたい……!!

 

「父上、私は?」

「当然巫女も! 一緒に美味しいものいっぱい食べような~~~! 俺カニが大好物なんだけど、巫女はなんか好き嫌いある?」

「私に好き嫌いはありません。ですが、甘い物は好みです。一緒に甘味めぐりをしましょうね、父上」

「もちろん! 何でも買ってあげるからな!」

 

 可愛い~~~~。ずっと無表情だけど、甘い物を食べるとちょっと表情が柔らかくなるんだよな。めちゃくちゃ可愛くて甘やかしてあげたくなる。

 

「む。わらわを差し置いて外出の約束とは見過ごせんのう」

「もちろんお狐様も一緒に行きましょう! 俺、ちゃんとお狐様が気にいる店探しますから!お狐様はアンコと生クリームの組み合わせが最近好きですよね!」

「……当然のように好みを把握してるのですね」

「もちろん。愛する人なら当たり前の事だよな」

「ふふふ。本当にお前は、わらわの事が好きじゃのう」

「……ちなみに、私の好みは分かりますか?」

「? うん、もちろん。果物が乗った生菓子が好きだよね? それ食べる時は特別嬉しそうにしてるもん」

 

 その後も遠征するならどんなところが良いかを言い合う会話は続き、結局事務員さんとの会話に出ていた北海道の【雪窟大迷宮】へ向かう事になったのだった。

 

 報告した時、事務員さんが本当に嬉しそうな顔をしていた。ふっ、コミュレベルが上がっちまったな……。

 

 

 

 

 

 

 



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第十一話


【スライムニキ】については、本家のスレッド【ざこそな!】も含めてご確認ください。
一部BL的表現が含まれます。



 

 【覚醒】した人間は生物としての格が変わる。ただの人間ではなく、超人や魔人の領域へ足を一歩踏み入れるのだ。身体機能は全て一段階アップグレードされ、概念的な強度を持つようになる。只人が撃つ銃火器では傷つかなくなるのだ。

 そう、生物として格が変わるはずなのだ。耐寒性能や新陳代謝においてもそれは例外ではないはずであり、まさか北海道程度の気温で震えが止まらないなんてそんな馬鹿なこと……

 

「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」

「父上! 正面から敵が来てます、早く【アギラオ】で応戦を!」

「阿呆! もうこいつは使い物にならぬ! 撤退、撤退じゃー!」

 

 あまりの極寒に身動きが取れなくなった俺は、お狐様と狐巫女に抱え上げられるようにして撤退した。

 え、おかしくないか? いくらなんでも寒すぎるだろ。なにここ、気温はせいぜい-1℃程度のはずだったよな? 魂まで凍るかと思ったんだが。

 

 その後。異界へのアタックを一時休止した俺たちはそれぞれ自由行動(お狐様に何か用があるらしい)を取り、俺はここのまとめ役である【スライムニキ】へ相談に向かっていた。

 

「あー、このダンジョンは【雪害】や【大自然】への恐れから出来た物だから……ここの【寒気】はもう一種の状態異常になってるんだおね」

 

 強制的に【暗闇】を付与してくる【ダークゾーン】が修行用異界にあったのと同じだお、とガイア連合【幹部】であるスライムニキがお茶をすすりながら語る。いつ聞いても独特な語尾だぜ。

 

「マジですか……しまったな、【氷結耐性】装備ってあったかな……」

「大丈夫、ガイア連合もその辺は織り込み済みだお。【寒気】耐性装備の貸与は無料でやってるから、次からは普通に戦えるはずだお」

 

 ガイア連合の支援あったけぇ……!

 というか、俺が事前調査をしていなさ過ぎたな。今まで特に苦戦してこなかったから、そこら辺が雑になっていたかもしれない。高レベル帯になると嵌め殺しを多用してくる悪魔も出て来るらしいし、今のうちに意識を変えておかないとな。

 

「おっおっお、そんなに悩む事も無いお。異界の入り口付近で潜ってたから、負傷も損失も全くないんだお? なのにそこまで反省できるなら、灰谷くんは大丈夫だお。たぶんもう同じ失敗をすることは無いお」

 

 スライムニキ……! マジで聖人なんだよな、この人。人間力が段違いというか、『この人が言うなら』と信頼させる力があるというか……。Lv30を超えていないのに【幹部】になっているのも頷けるわ。

 ……というか、俺が異界に行こうとしたときに何か【干渉】を感じたような気がするんだよな*1。損失が全くなかったのって、ひょっとしてそれのお陰じゃないか? もしスライムニキの影響だとしたら、この人が【幸運の置物】とか【絶対に前線に出ないで欲しい人員】って言われてる理由が分かる気がするわ。

 

「マジで、マジで前線に出るのやめてくださいね……。貴方が死んだだけで、なんか何人か追加で死ぬ気がするので。あと色々上手く行かなくなりそうな気配が」

「えっ、でも皆が戦っているのに自分だけ後方にいるなんて」

「マジでやめてくださいね」

 

 あとはこの悪癖さえ何とかなれば100点満点なんですけどね! でもこの性格があってこその人徳な気がするしなぁ。人間はなかなか難しいものである。

 

 

 その後、スライムニキと色々雑談して過ごした。話してて楽しい人だし、接すれば接するほど人格者だという事が分かる。……嫉妬心という事に自覚はあるが、出来るだけお狐様に近づけたくないな。それくらい良い人である。

 

「えー!? スライムニキ彼女いないんですか!? 何で!? そんなにモテそうなのに!」

「灰谷くん、言葉の刃には気を付けることだおね……自分は別に顔も普通だし強くも無いし、モテる要素が無いお」

「いやいやいや、ご冗談を!」

 

 スライムニキ、何ならガイア連合内にもファンが居るレベルの人気だぞ。彼に命を救われたガイア連合員や現地民は数えきれないのだ。マメで気遣い上手だし、絶対彼女持ちだと思ってた。

 なんなら、普通にファンの中にガチ恋勢もいたぞ。後方彼女面してた。

 うーん、しまったな……。恋愛の話を振ったのは失敗だったか。いやでも、あんなにガイア連合内外から人気で、美女ぞろいのパーティーに男一人で入ってるんだぞ? 絶対恋愛上手だと勘違いしてしまったんだよ。

 

「じゃ、じゃああのPTメンバーとも恋仲ではない……?」

「もちろん、皆大切な仲間だお」

 

 そうか……じゃああのパーティーメンバーとは別に恋仲じゃないのか……。全員美女ぞろいだから、あの中の誰か、もしくは全員と付き合ってるものとばかり。

 

「すみません、失礼な事を言ってしまって……」

「まったくだお。()()()()P()T()()()()()()()、前世含めても女性との関わりなんてほとんど無いお」

「……………ん?」

 

 全員男? 今パーティーメンバー全員男って言った? 

 眼つきの鋭い少女と、制服を着た可愛らしい少女、そして銀髪の美女。あれ全員男? マジで? え、じゃあ全員女装してるって事? なんで?

 

 いやいやいや。いやいやいやいやいや。

 だってあの人たち、全員スライムニキに熱い視線を向けてて……手が触れただけで嬉しそうにしてて……正直、だからこそ『あっこのPTメンバー全員恋人なのね』って勘違いしてしまったところもあるというか……。

 特にあの眼つきの鋭い少女なんて、なんならもう何かのきっかけさえあれば押し倒しそうなくらい……。

 

「え、でも、……えっと、あー……そうですか……」

 

 あー……。じゃあ、あの人たち全員このスライムニキの事が好きで……でもスライムニキはまったく気づいてないとか、そういう感じか……?

 もう何も言えねぇ。俺の想像を超えてこの人がモテるという事がよく分かった。まさか男性女性関わらず惹きつけるとはね……。この人の前世、伝説のインキュバスとかではない?

 

「えーと……人間って難しいっすね……」

 

 ここで『いやあの人たち貴方の事好きっすよ』とか言っても碌な事にならないと直感で分かる。失礼だし、何よりこんな地雷原に突っ込んでいきたくねぇよ俺。

 

「……? まあ、そうだおね? 何の話だお?」

 

 ……鈍感系ハーレム主人公って、現実で見るとこんなに恐ろしいんだな……。俺はお狐様一筋で本当に良かった。

 スライムニキ……長所、【聖人】【折衝・後方支援の天才】。短所、【前線に出たがる】【鈍感】(New!)。彼のステータスがそんな感じに更新される様子を妄想してしまう。

 

「そう言う灰谷くんは……まあ聞くまでもないおね。地元の祭神と良い関係を築けてるみたいだお」

「へへへ、照れますねどうも。最近はお狐様の雰囲気も柔らかくなってきて、それが嬉しいんですよね」

「おっおっお、それは灰谷くんが信頼関係を築けている証拠だお」

「えー? 仲良くなれてるってことですか?」

「うーん、それもあるけど……元々神霊っていうのは凄く不安定で、人間の認識に左右されやすいんだおね。だから彼女が優しくなったと思ったなら、それは君が彼女を『優しい神さま』と信頼している影響もあるんだお」

 

 そう言ってスライムニキは柔らかく笑った。性格の良さが出てるな。

 

「【認知存在】ゆえのあやふやさって事ですか? うーん、でも俺がお狐様の性格を歪めてるって思うと……」

「いやいや、そういう訳じゃないお。本質が変わる訳じゃなく、灰谷くんに対して他人より優しくなる程度だお」

「あー、なるほど。じゃあ大丈夫ですかね……?」

「人間でも『この人相手には優しい』『この人には厳しい』とか、当たり前にあるお? 神霊は特にその傾向が強いだけだお」

 

 はー、なるほどなあ。流石【幹部】、持っている情報の量と説得力が段違いだ。

 

「特に灰谷くんの【稲荷神】は……あれ、【妲己】とかの因子も持ってるんだお? 正直、よくマトモな関係を築けてると思うお。【妲己】と言えば、伝承によっては【人喰い】や【拷問】の伝承もある悪女だお。 一歩間違えば灰谷くんが頭から喰われててもおかしく無かったお」

「ひえー、マジですか。流石に頭はなあ……」

 

 指くらいなら別に(後で生やすから)いいけど、頭はさすがに死ぬからなぁ……。まあ【人喰い】という行為が悪神としての側面を活性化させるかもしれないし、止めといたほうが良いか。もしそうなったらガイア連合も黙ってないだろうし。

 

「なんか【認知】とか【伝承】に関わる話って面白いですね。幹部だとやっぱそういうの詳しくなったりするんですか?」

「おっおっお、まあ【ペルソナ】使いはそういうのの専門家だからだお。【メメントス】担当の【承太郎ニキ】の話なんてもっと面白いお? 灰谷くんは幹部志望みたいだし、今度紹介するお」

「本当ですか! 是非お願いします!」

「いやいや、幹部志望の俺たちって結構貴重なんだお。これくらい全然……そう言えば、灰谷くんはペルソナ系の能力はどうなんだお?」

「それが全然ダメだったんですよねー。ちょっと自我が強すぎるというか、集合無意識への接続に才能が全くないらしくて」

「あー、それは残念だったお。【ハムネキ】が気に入りそうな性格だと思ったんだけど……」

「あはは、それ本人にも言われましたよ。なんであんな良い人なのに仲間が増えないんでしょうね?」

「絶対ダンジョンアタックが苛烈すぎるからだお……」

 

 

「…………いつまで話してるんですか」

 

 その後もスライムニキの意外な失敗談や、【ペルソナ】系能力者のスペックなどについて盛り上がっていると、背後から鋭い目つきの少女がジトッとした目でこちらを睨みつけてきた。

 

「もうそろそろ会議が始まりますよ。数少ない友人が貴重なのは分かりますけど、ちゃんと仕事はしてください」

「数少なくはないお!? 灰谷くん含めて【コミュ】発生してる人が何人もいるお!」

 

 あ、俺って【コミュ】発生してるんだ。アルカナなんだろう、【太陽】とかかな。

 

「はいはい、そういうのいいですから。どうせいくらコミュで強化してもクソザコのくせに」

「おっ、不知火! 言っちゃいけない事を言ったお!? この、この……!」

「あっ、ちょっと、頭ぐりぐりするの止めてくださいよ、人がいる前で……もう、どうせならもっと優しくしてください。………ん、それでいいんです」

 

「………………」

 

 ……やっぱり俺悪くなかったよな。こんなん誰でも恋人同士だと勘違いするって。あの不知火って人、マジで男なの? 頭撫でられてうっとりしてるけど? 

 

「どうせ今から地方組織の女たちがワンチャン狙ってくるんですから、しっかり偽装工作(マーキング)しておかないと……ほら、私の香水つけて……。匂い、気に入りました? な、なら普段使いしてくれても……」

 

 ……帰るか。

 やっぱり人前でイチャつくのは良くないよな。俺とお狐様に限ってそんな事は無いと思うけど、ちゃんと気をつけておかないと。

 

 

 

 

 

 その後。

 

「おおー、全然寒くない……体が思うように動く……! 【マハラギ】【アギラオ】っと」

「安心しました。……ふむ、やはり通常通り動けるならばこの異界は楽ですね。Lvが高い敵でも問題なく倒せます」

「やはり肉の身体というのは不便が多いのう。【ムド】【エイハ】……この調子じゃと、うっかりボスまで倒してしまいそうじゃな。浅層で雑魚だけ狩るとするか」

 

 【ガイア連合】製の耐性装備の威力はすさまじく、俺たちは順調に異界を攻略する事が出来たのだった。ほとんどの敵が火炎弱点だし、それ以外の敵にはお狐様の呪殺が刺さる。このダンジョンと俺たちは最高の相性であった。

 

「いやー、今回の依頼は大成功だったな。経験値も勿論だけど、なによりマッカの稼ぎが凄い! 修行用異界と比べて一日あたり2~3倍手に入ってるんじゃないか?」

 

 やっぱり地方依頼の稼ぎはかなり良いな……とは思うが、実際今回の大成功は【スライムニキ】が地方との折衝をしてくれた影響が大きいだろう。毎度毎度こんなに稼げると思ったら痛い目見そうだ。

 

「あと、地方で無双ばっかりしてると【悪魔の群れ】とか初見殺しへの対応力が無くなりそうだしな」

「結局【修行用異界】と【地方依頼】を周回するのが最適解でしょうね。地方は美味しいものがいっぱいで楽しいですし、私は好きですよ」

 

 確かに。前世でもあんまり旅行は出来なかったし、今世ではご当地グルメとか色々食べたいな。

 

「わらわは今後【京都】か【大阪】にいきたいのう……。【京都】で古い知り合いにマウントを取り尽くしたいし、あと大阪の『ゆにば』が気になるのじゃ」

「いいですねぇ。旅行を兼ねて、これからも月一回くらいやりましょうか」

 

 マッカが沢山稼げてお狐様も嬉しそうにしている。可愛い。

 

「そう言えば父上、幹部の【スライム】様に挨拶しなくていいのですか?」

「あー……まあ、伝言だけ残しておけば大丈夫でしょ。連絡先は交換してるし」

 

 あの地雷なのか地雷じゃないのか見極め辛い、真綿で首を絞められるような空間にはしばらく行きたくない。

 スライムニキに丁寧な文章で感謝のメールを送り、俺たちは北海道を後にしたのだった。

 

 なお後で知ったのだが、彼らは北海道の温泉旅館に泊まり、全員一緒に風呂に入っていたらしい。これって普通の事なのかと相談されたが、まあ良いんじゃないっすかねとだけ返答しておいた。早く彼らの責任を取って地雷を解除してくれ。あと前線に出るな。

 

 

 

 

*1
スキル:【運命の支配者】(無意識オートで、味方の行為判定を一日一度だけ変えられる)



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第十二話

 

【早く封印を解け】日本神雑談スレ【いいから封印を解け】

 

1:名無しの悪魔

ここは日頃異界に封印されて身動きの取れない日本神が、魔界の深淵を通じて暇を潰すスレです

信者への愚痴、雑談、情報交換にお使いください。

荒らし、暴言、連投はスルー。メシアンへの恨み言はほどほどにしましょう。

 

関連スレ

日本神総合スレ part.1359 https://~~~~~~~

天津神雑談スレ part.643 https://~~~~~~~

国津神雑談スレ part.568 https://~~~~~~~

 

2:名無しの悪魔

立て乙

 

 

3:名無しの悪魔

立て乙ー

 

4:名無しの悪魔

 

5:名無しの悪魔

異界、クソヒマ

 

6:名無しの悪魔

やってられんわ

 

7:名無しの悪魔

今期のアニメ何見た?

 

8:名無しの悪魔

ぼざろ

 

9:名無しの悪魔

ブルーロック

 

10:名無しの悪魔

おにまい

 

11:名無しの悪魔

ぼざろ良いよね

 

12:名無しの悪魔

おにまいは何か知らんがドイツ神話群にバカ受けしてるらしいぞ

 

13:名無しの悪魔

オーディンとか何かTSしてた気がするしそこら辺の素養があるんだろ

 

14:名無しの悪魔

ブルーロックは良いぞ 男同士の激重感情でしか摂取できない栄養がある

 

15:名無しの悪魔

オーディンってTSしてたっけ 別の神じゃない?

 

16:名無しの悪魔

知らん 適当言った

 

17:名無しの悪魔

>>16 カスで草

 

18:名無しの悪魔

風評被害をバラまく神々の屑

 

19:名無しの悪魔

どうせどっかのソシャゲで女体化してるからいいだろ

 

20:名無しの悪魔

ブルロは主人公がイキると視聴者が喜ぶという怪作だぞ

 

21:名無しの悪魔

ぼざろはきくりさんが一番好き

 

22:名無しの悪魔

酒カスお姉さん良いよね

 

23:名無しの悪魔

何となくの流れで居候してほしい だらしない生活の面倒を見ながら流れで体の関係になりたい

 

24:名無しの悪魔

分かる

「えー、君ってもの好きだねー」とかヘラヘラしながら言ってほしい

 

25:名無しの悪魔

俺たちもアニメ化してぇなあ

 

26:名無しの悪魔

もうぼ喜多が見れないという事に耐えられない

 

27:名無しの悪魔

アニメ化してブルロに登場させてくれ 俺最強のフィジカル持ちって設定で

 

28:名無しの悪魔

厄介読者じゃん

 

29:名無しの悪魔

チートオリ主じゃん 俺は三苫みたいな超速ドリブラーで行く

 

30:名無しの悪魔

俺らも無許可で何回も使われてるんだからいいだろ RPGで俺がどれだけ悪役にされてると思ってんだ

 

31:名無しの悪魔

文化祭でぼっちちゃんに惚れて、でも喜多ちゃんにだけ見せる特別な表情を見て静かに失恋するモブになりたい

 

32:名無しの悪魔

いいや、喜多ちゃんは俺という幼馴染とくっつくことになっている

 

33:名無しの悪魔

百合の間に挟まる男を殺す権能に目覚めた

 

34:名無しの悪魔

でも早くぼざろ二期を作って欲しいのはマジ

 

35:名無しの悪魔

加護さえ与えられればなー 

 

36:名無しの悪魔

加護()

 

37:名無しの悪魔

人類弱体化しすぎ問題の話するか?

 

38:名無しの悪魔

今の人間に加護なんか与えたら全身消し飛ぶわ

 

39:名無しの悪魔

ハンドスピードの加護……?

 

40:名無しの悪魔

俺の加護、もうただの感覚失調ルーレットと化してて草も生えない

 

41:名無しの悪魔

虫よけの加護だったんですがね 何故か全身麻痺の加護になってましたね

 

42:名無しの悪魔

まだ現実に干渉できるからいいだろ こっちは力無さ過ぎて加護すら授けられんのだわ

 

43:名無しの悪魔

全身麻痺の加護、普通に呪いで草

 

44:名無しの悪魔

何でちょっと力を貸しただけで半身不随になるんですかね……

 

45:名無しの悪魔

一滴の酒でアルコール中毒になられた気分

 

46:名無しの悪魔

いいや 俺はそれでもアニメーターに加護を渡す この力で早くアニメを描くのだ

 

47:名無しの悪魔

やめとけ

 

48:名無しの悪魔

とんでもない邪神だ

 

49:名無しの悪魔

手動かしたら根元から千切れるぞ

 

50:名無しの悪魔

人間、雑魚すぎ

 

51:名無しの悪魔

人間のざーこ♡ よわよわ♡ 異能の出涸らし♡

 

52:名無しの悪魔

マジで人間にはここ最近失望しっぱなしだわ 賢い気になった真性の馬鹿どもが調子づきやがって

 

53:名無しの悪魔

ピキるなピキるな

 

54:名無しの悪魔

こっちが代々見守ってた氏子を裏切りやがってよ メシアに媚を売った屑どもが

親戚だからと見逃してたら図に乗りやがって 

よくも俺の愛する我が子たちを 絶対に殺してやる 地獄に落ちろ

 

55:名無しの悪魔

まあまあ

 

56:名無しの悪魔

呪詛スレ行け 仲間が沢山いるから

ここはダラダラ駄弁る総合スレだぞ

 

57:名無しの悪魔

まあ気持ちは分からんでもないがな

 

58:名無しの悪魔

実際異界に封印されてると暇すぎて困るね 氏子が困ってても何も出来んし

 

59:名無しの悪魔

ぼざろを見ろ 

 

60:名無しの悪魔

おにまいとブルーロックも見ろ

 

61:名無しの悪魔

ブルロはマジで良いぞ 主人公に脳を破壊された男たちの表情で飯が何杯でも食える

 

62:名無しの悪魔

でも現行の退魔家()が雑魚過ぎるのはマジ

 

63:名無しの悪魔

なんもかんもメシアンが悪いっす

 

64:名無しの悪魔

こんな封印に閉じ込めやがってよ~ 許せん

 

65:名無しの悪魔

我らが最高神は全然気にしてないがな

 

66:名無しの悪魔

こっちからは何も干渉できんからなー 加護とか渡したいけど

 

67:名無しの悪魔

悔しがるどころかニート生活を謳歌してる節があるの本当尊敬する 嘘だけど

 

68:名無しの悪魔

申し訳ないが自分から岩戸に引きこもる奴を引き合いに出すのはNG

 

69:名無しの悪魔

でも俺らも似たようなもんだろ

 

70:名無しの悪魔

日本神はみな、体のどこかに『引きこもりの因子』を持つという――――。

 

71:名無しの悪魔

最悪の風評被害で草

 

72:名無しの悪魔

前はどうしたんだっけ 確か天の岩戸の前で踊り狂ったら騒ぎに惹かれて出てきたんだったか

 

73:名無しの悪魔

また外で祭りでもやらんかね そしたら姉御ももうちょい封印解く気になるだろ

 

74:名無しの悪魔

でもこの引きこもり生活もそろそろ飽きてきたのはマジ

 

75:名無しの悪魔

あー、またコミケに参加したいのう……

 

76:名無しの悪魔

現地イベにも参戦したい気持ちがある

 

77:名無しの悪魔

気持ちだけはある

 

78:名無しの悪魔

でも日本神とかマジで根こそぎ持ってかれたからな 外に残ってる神とかおる?

 

79:名無しの悪魔

おるにはおる 零落した元神とか

うまく逃げた奴もちょっとはおるらしい

 

80:名無しの悪魔

コミケでまたコスしてぇなあ 俺の獣耳見てクオリティに腰抜かす人間どもが見たいぜ

 

81:名無しの悪魔

なおそいつらが俺らのいう事を聞く確率

 

82:名無しの悪魔

有能ワイ、封印前になんとか眷属を何匹か逃がす事に成功

 

なお現在

 

83:名無しの悪魔

悲しいなあ

 

84:名無しの悪魔

Q.メシアの侵略が進む中、神力もない元神が生き残る方法は?

3択―ひとつだけ選びなさい

答え①ハンサムの雑魚神は突如生存のアイディアが閃く

答え②仲間がきて助けてくれる

答え③死ぬ。現実は非情である。

 

85:名無しの悪魔

俺の眷属神たち、全員連絡取れなくなってて草

 

86:名無しの悪魔

こっちが指示しても「いやー今ちょっとメシアンに眼ぇつけられるとマズいっすねーw」ってヘラヘラしててマジコイツ殺したろうかと思った

 

87:名無しの悪魔

雑魚は死ぬ

そこそこ目端の利くやつは動けん 

つまりしばらく暇って事っすね

 

88:名無しの悪魔

やっぱ人類に解いてもらうしかないな

 

89:名無しの悪魔

残された希望、それは人間……!

 

90:名無しの悪魔

日本平和の鍵は、現地霊能者たちに託された―――!

 

91:名無しの悪魔

今明かされれる、もうひとつのクズノハ……

 

92:名無しの悪魔

五条悟を処刑せよ!

 

93:名無しの悪魔

カスアニオリ映画やめろ

 

94:名無しの悪魔

なお現在の人間たち

 

95:名無しの悪魔

うーん、雑魚!w  

 

96:名無しの悪魔

やめたらこの仕事?

 

97:名無しの悪魔

もうしばらくはアニメ漬けの生活が続きそうですね……

 

98:名無しの悪魔

やっぱブルロしか勝たん

 

99:名無しの悪魔

ぼ喜多かぼ虹か論争でもするか

 

100:名無しの悪魔

やめろ戦争が始まる

 

 

 

【以下雑談が続く】

 

 

 

 

「……こいつら頭が終わっておるのじゃ!」

 

 うおっ、びっくりした。枕元のコーラが落ちそうになったのを慌てて受け止める。

 ある日の休日。最近はちょっと異界攻略を頑張りすぎたので、今日は一日丸ごとオフの日だ。DIYで取り付けたプロジェクタースクリーンを使って、映画を流しながらダラダラしている。ガイア連合産のソファーは凄いな。ずっと寝ててもふわっふわで腰が痛くならない。

 

「どうしたんですか、お狐様。今このホラーいい所ですよ。イキッてるヤンキーモブがヤンキー女モブといい感じになって来たんで、多分こいつらはもう長くない命です」

「それはどうでもよい。ホラーにおいてモブの命なぞティッシュより軽いわ」

 

 後ろのテーブルでパソコンをカタカタしていたお狐様がいきなり叫んだので、振り返ってそう尋ねる。ちなみにお狐様はパソコンを触る時は伊達メガネをかけている。超かわいいね♡

 

「あ、母様。またマch*1に入り浸って。やっと魔界に接続できたからってずっと見てたらダメですよ」

 

 台所で料理をしていた狐巫女がひょっこり顔を出してくる。お狐様が直々に面倒を見ているためか、ここ最近狐巫女の料理はかなり上達してきている。今日の夕飯も楽しみだ。

 

「母に指図するでない。これは華麗なる情報収集じゃ」

 

 そう言いながら、パソコンをふわりと浮かせて俺の方に見せて来る。念動力で宙に浮くパソコンを寝ころんだまま見上げると、どうも日本の神々が集まるスレッドを見ていたらしい。

 

「見よ、この惨状を。わらわは見ていて悲しくなったぞ。名のある日本の神々たちが、寄せ集まって何を語るかと思えばアニメのカップリングについて激論を交わしておる」

「どれどれ……」

 

 お狐様に勧められるがまま内容を読んでいくと、彼らはずっとぼざろのカップリングとブルーロックの男達について議論していた。白熱しすぎたのか、神格の高さでマウントを取り出す奴も現れている。悲しい。神の世界でも学歴マウントとか年収マウントが存在するのか……。

 

「まあ、ずっと封印されてたら仕方ないんじゃないですか? 封印された事ないんでどんな感覚かは分からないんですけど」

「うーむ、人間の言葉で封印の感覚は説明しづらいのう。ゲームで言うと、身動きできんままカメラだけ動かせる感じじゃ」

「地獄じゃないですか」

 

 神とか悪魔だとそこまで辛くも無いのか? 俺だったら一日で発狂しそうだな……。

 このスレを見て正直最初は引いたが、アニメでキャッキャ出来る分まだ温厚な人たちなのではないだろうか。

 

「うーむ。折角封印を解放してやって貸しを作る絶好の機会じゃというのに、なぜかやる気が湧いてこんな」

「まあまあ。メシアンとの交渉、ずっと続いているんでしょう? 上手く行ったら大儲けできますって!」

「わらわ、商売はちゃんと人を見てやりたいのう……こんな奴らに恩を売ったところで、不良債権待ったなしじゃろ……」

 

 お狐様はそういって机にぐでーっともたれかかる。可愛い。

 

 現在日本各地に存在する有力な神は須らくメシア教によって封印されており、その地に封じ込められている。そのせいで地方異界は荒れ放題だし、加護を失った霊能組織も弱体著しい。我らガイア連合が依頼に忙殺されている理由の一つだ。

 

 すぐ解放したい所だが、あいにく日本のオカルト面はメシア教に完全掌握されている。日本政府ですら、オカルトや神々といった方面に関してはメシアンの言いなりなのだ。近年力をつけてきた新興組織がすぐに何とか出来る話じゃない。大体、それって政治とか暗闘とか、大半の俺たちにとって超めんどくさい世界に足を踏み入れる事になるしな。

 

 メシア教と関わるリスクがあり、そもそも解放された日本神が俺たちにとって利益となるかも不透明。そういう訳で、どう対応するかを含めて日本神封印問題はガイア連合にとって中々頭を悩ませている問題なのだ。

 

「メシアンのう……なーんか話を聞く限り、大体全部そいつらが悪いんじゃないか? わらわ思うんじゃが、今のうちにメシアンを皆殺しにしとけば将来めちゃくちゃ助かるような気がするんじゃよね」

「ははは。大体のガイア連合員はみんなそう思ってますよ」

 

 誰がやるのかってなると全員目を逸らすけどな。メシア教を相手取って勝てる奴なんてショタオジと一部幹部勢ぐらいのものだし、なんかメシア教って残党がしぶとく生き残って余計ヤバい事をやらかしそうなイメージがある。超大国アメリカに根付いた大組織は伊達じゃないのだ。

 

「父上ー、母上ー、テーブルの上の物片づけてくださーい」

 

 奥から大きな鍋を持ってきた狐巫女が、机の真ん中に土鍋をデデンと置く。今日の夕食は鍋か。ふわりとした優しい出汁の香りが漂ってくる。

 

「……まあよいか。ほれ、映画も消すのじゃ。せっかくの休日じゃし、今日のわらわは秘蔵のお酒を楽しむ予定なのじゃ」

 

 映画の中では、遊園地の清掃員がクリーチャーたちをボコボコにしていた。何だこの映画。

 

「お酒……お狐様、俺もちょっと頂いていいですか?」

「駄目に決まっておろう! お前は成人してないじゃろうが」

「前世、前世を含めたらもう成人してるんで……!」

 

 結局前世だと一度も飲まなかったからな、酒。鍋には日本酒が合うと聞いたことがあるし、是非飲んでみたい。俺って異能者だし日本の法律に縛られてないでしょ。駄目?

 

「はいはい、父上の分よそいましたよー。野菜はどんどん追加していくので気にせず食べてくださいねー」

「わーい」

「わーいなのじゃ」

 

 鍋の〆どうします? 気が早いのう。わらわ雑炊派。うどんも一応買ってきましたよ。汁は大量にあるし両方やったら?

 

 こうして全員で食卓を囲めるというのも、中々掛け替えのないひと時である。将来終末が訪れても、またこうやってのんびり暮らしたいものだ。

 

 なお、お狐様は日本神スレに鍋パの自慢をしに行き、あまりにもしつこいとしばらくアク禁を食らっていた。よくもお狐様のインターネット生活を……! 日本神……許せねえぜ……!

 でもその分俺にかまってくれる時間が増えたのでプラマイプラスである。サンキュー日本神。そろそろ封印も解けると思うから待っててね。

 

 

 

 

*1
魔界ちゃんねる。悪魔専用



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第十三話

 

 地方異界と【修行用異界】を往復する毎日を過ごしてしばらく経ったころ。

 俺は【カマドガミ】一族との面談のために、故郷の中学校を訪れていた。たまたま中学の卒業式があったのでちょうど良かった。

 

『卒業生の皆さん、ご起立ください。校歌斉唱です』

「「はい!」」

 

 陽の光が差し込む中、まあまあ親しかった級友たちが涙をうかべて校歌を歌っている。

 あー、この体育館も懐かしいわ。卒業式ってなんか問答無用で泣かせに来る雰囲気あるよな。

 

『火の神見守るこの大地〜♪ かまどの心のあたたかさ〜♪』

 

「……ちょっと母上、暴れないでください。【隠行】がバレます。せっかくの父上の晴れ舞台ですよ?」

「これが落ち着いていられるか! なんじゃあの歌、ほぼ全て【カマドガミ】を讃える歌詞ではないか! 狡いやり方で信仰を稼ぎよって……! 」

「大丈夫です、父上もそれを察してか口パクしてますから。 それより静かにしてください、父上の無邪気な笑顔は貴重なんですよ……」

 

 ……?

 ……お狐様たちの気配を一瞬感じたが、しかしどこにも見つけられない。気のせいだったか?

 視線を切り、級友たちの顔を横目で眺める。懐かしい顔ぶれだ。これでも、そこそこ友人は多い方だったのだ。【ガイア連合】と接触したあたりでガクッと減ってしまったが。

 

「灰谷さま……ゴホン、灰谷 蓮!」

「はい!」

 

 あぶな。あの先生、確かこっちの事情を知っている人だったか? 一瞬いつものノリで灰谷様って言おうとしてたな。周りも一瞬ざわッとしたけど、まあこれくらいなら言い間違いの範疇だ。

 前に出て、卒業証書を受け取る。うちの学校では担任の先生が卒業証書を渡してくれるのだ。

 ……近くで見て初めて気づいたけど、この人覚醒してるな。見た目も整ってるし、ひょっとしたらワンチャン狙ったハニトラ要因だったりしたのだろうか。だとしたら全く学校に行かなくてごめんなさい。

 

『卒業生、退場』

 

 感傷に浸ったりきょろきょろしている間に、卒業式は終わってしまった。全員一列になって体育館から出ていく。

 あー、楽しかった。面倒だったけど、やっぱり卒業式は出て良かったな。ノスタルジーに浸るのも時々なら乙なものだ。

 

 体育館から退場した後は、教室でしばらく待機だ。みんなワイワイ騒いでいる。

 級友たちもみんな元気そうだ。以前ほかのガイア連合員から、ひさびさに地元に戻ってきたら元同級生が悪魔のせいで全滅しててマジ鬱展開だったって話聞いたことあるんだよな。こまめに異界を掃除している甲斐があったのか、彼らにはそう言ったことがなさそうで何よりである。

 

「うぇーい! 灰谷、お前マジ久しぶりじゃん!」

「灰谷ー、なんでお前不登校なってんだよー」

「高校はどうすんの? 何か先生もフンワリしたこと言ってて妙だしさー」

 

「あー、まあ……就職? しようかなと思ってるかな。高校は、まあ行けたら行くって感じで……」

 

 友人たちがウェイウェイ絡んでくるのを適当に受け流す。普段は俺と同じで大人しい方なのに、やはり行事の特別感でテンションが上がっているのだろうか。

 

「あ、灰谷くんだー。めずらしー」

「なんで卒業式出て修学旅行来なかったんだよ〜、あーしなら普通逆だけどー」

「なんか、しばらく見ない間に雰囲気変わった?……ねえねえ、うちらこの後カラオケ行くんだけどさー、灰谷くんも行かない?」

「あ、それ思ったー。灰谷、なんかイケメンになった? 身体もゴツくなってるしー」

 

 卒業式用に髪を巻いたり、少し着飾ったりしている女子たちが話しかけてきた。普段あまり関わり合いにならなかったギャルや陽キャ女子たちだ。

 

 お誘いは有難いが、もしここで俺が彼女たちと遊びに行った場合、間違いなくお狐様は良い気がしないだろう。まず真っ先に彼女らが呪われ、その後で俺も折檻される。

 

「あー、どうもどうも。緋花さんも誘ってくれてありがとね。でもゴメン、彼女(嘘)が待ってるから(大嘘)。嫉妬深い性格でさ(本当)」

  

 覚醒してレベルが上がった分、魅力とかそういうステータスも上がっているのだろうか。

 口からでまかせを吐きつつ、アルバムに寄せ書きだの打ち上げだのでワイワイしている学校から抜け出す。たしかに卒業式は意外と楽しかったが、その為だけにわざわざ来たわけではない。あくまでも仕事のついでだ。

 

 【ガイア連合】の現地民受け入れ決定、その一大事について話し合いをしなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という訳で、もう大量の依頼と事務作業には我々も辟易していまして。昨今の拡大路線もあわさって、外部の人間を雇い入れるように方針を転換したわけです」

 

 初めての会合からちょくちょく利用していた料亭で、カマドガミの人たちと向き合って話す。向こうは一族代表の竈門さん、そして一族の中で重要なポジションにいるらしい者たちが何人か座っている。

 

「【カマドガミ】一族の方々はガイア連合設立初期からお付き合いのある方々ですし、非常にいい取引をさせていただいています。他の方々と違って依頼内容を偽ることもなく、大変理性的なその姿勢は上からも評判でして」

 

 あー、緊張する。県議員とか警察幹部とかがひしめくこの魔境で、なぜ中学生がプレゼンとかしなきゃいけないんだろうか。

 

「……つきましては今回の方針転換を機に、我々は【カマドガミ】様たちともっと親密な関係を築きたいと思いまして。こちらとの技術提携、人材交流、そしてガイアグループの支社、通称【ジュネス】の設立についてぜひご相談させていただければと……」

 

 詳しくはこちらの資料に、とカバンから分厚い冊子を取り出す。事務員さんとお狐様に協力してもらって仕上げた書類だ。技術の交換についてや、外部から人を雇うにあたっての雇用条件などが事細かに書いてある。

 

「願ってもない話じゃろう? 我々は寛大じゃ、頭を垂れる者にはそれなりの扱いをする。セコセコと貢ぎ物をした甲斐があったのう?」

 

 交渉についてくれたお狐様がとんでもない暴言を吐く。さすがお狐様、奔放かつ尊大である。

 セーラー服を身に纏う彼女は、彼らと同じ席に座りたくないのかずっと宙に浮いたままだ。あからさまな人外らしさに、他の人達も何も言えない様子だ。

 

「申しわけありません、私の仲間が失礼なことを……」

 

 謝るが、竈門さんは気にしていないとばかりに手を横に振る。

 

「彼女の仰るとおりです。ずっとこの展開を望んでおりました。貴方たちに出会え、一生の幸運を使い果たした思いです。このような【ガイア連合】からのお慈悲を頂き、感謝の言葉もございません」

 

 そう言って竈門さんは深々と頭を下げる。気を悪くするどころか、やっと望みが叶って嬉しくて仕方がないと言わんばかりだ。

 

「ふん、貴様はそう言うじゃろうな。雑魚は雑魚なりに上手くやったものじゃ。安心せい、この地方ではお前らが最初じゃ」

「なんと、まさかそこまで評価していただけるとは。いたらぬ知恵を振り絞った甲斐がありました」

「言っておくが、やりすぎるなよ。わらわたちは貴様らの諍いにまで責任を持たぬ。今後は更に励むように」

「ありがとうございます。その際はぜひ、お力添え頂ければと」

「くく、思い上がるな。貴様にやるのは名前だけじゃ」

 

 他の人たちが言葉を差し挟む隙もないまま、彼女たち二人で会話がポンポン進んでいく。なんだなんだ、何かよく分からんが展開が早いぞ。

 

「この人材交流についてですが、貴方様からの【サポート】は頂けるのでしょうか?」

「うーむ……まあ、何回かは【手引き】してやっても良いぞ。ああ、当然じゃが」

「自己責任ですね。分かっております」

 

 ああ、とうとう隠語まで使い出した。お狐様と竈門さんの頭が良いのはわかってたけども、二人とも話が早すぎる。

 

「それと、わらわの氏子が通うあの中学校。あそこの校歌は不快じゃったのう」

「すぐに作曲家に渡りをつけます。来月にはご満足いただけるかと。もちろん今後通われる高校でも」

「あの担任も。貴様の小賢しさは気に入っておるが、くれぐれ身分を弁えよ。次は殺すぞ」

「……言葉もございません」

「よい。さっきも言ったが【サポート】はしてやる。お前にとってもそちらの方がありがたいじゃろう?」

 

 ああ、よく知らん間に俺の母校の校歌が変わりそう。あと担任も何故か異動になりそう。権力の闇と、それを上回るお狐様の圧倒的パワーを感じるぜ。

 

「ああ、あとあれについてじゃが」

「【こちら】にされますか? それとも【よそ】に?」

「ふふ、そう怯えるな。わらわは義理堅い、よそにしてやる」

「っ……! 誠にありがとうございます。我ら【カマドガミ】一族、必ずこの御恩はお返しいたします」

「ククク……じゃが後悔せぬようにな? ガイアはともかく、我々は【人材交流】に積極的じゃぞ?」

 

 あー、お狐様が悪い表情してる。まあこういうのって悪魔の好物っぽいもんな。【狐系】の悪魔は特にこういう交渉事が大好きだって、以前【スライムニキ】から聞いたことがあるわ。

 

「よい、言いたいことは終わった。あとは貴様たちで好きに詰めろ。今後とも励むのであれば、人材の選定も任せてやる。……ああ、そうそう。ジュネスには【異界】の発生を抑制し、更に周囲へ悪魔が寄り付かなくする力がある。貴様の小賢しさはそれなりのものじゃ。後で土地の候補を【複数】あげてわらわたちに伝えるように」

「かしこまりました。周りのものとよく()()させていただきます」

 

 そう言うとお狐様は書類を投げ渡すと、「あとはお前が好きにせよ」と言い残して颯爽と外に出て行ってしまった。出来るOLの風格を感じる。

 

 そして俺と竈門さんと、よく理解できてなさそうな他の方々だけが部屋に残された。気まずっ。

 

「あー……何となく理解はできてるんですが、竈門さんには不満とかないですか? いつもお世話になってますし、お狐様に言い難い事とかあったらぜひ聞かせてください」

 

 推測になるが……今まで俺たちを支援してくれた見返りとして、ここら一帯の霊能組織に対して強く出れるようにしてあげたんだろう。【ガイア連合】のお墨付きがある有力組織として、地方の顔役になれるように。

 そしてガイア連合との繋がりが欲しい他組織は、これからどんどん【カマドガミ】に対して貢ぐようになるわけだ。

 【ジュネス】の誘致権とか、ガイア連合員との顔繋ぎとか、貢ぐ対価になるものは山ほどありそうだしな。いわば中間管理職の役職を得たわけだ。恨みも死ぬほど買いそうだが、頭がキレる竈門さんなら上手いことやるだろう。

 

 【サポート】とか【こちら】【よそ】とかはいまいち分からなかった。まだお狐様を完全理解する領域には程遠いな。もっと精進しないと。

 

「まさか、不満などあろうはずがございません。……ちなみにこれは一切関係のない雑談ですが。この地方には、他の霊能組織が大小合わせて沢山あるのですよ。彼らとは利権やダークサマナーの扱いなどで時に不幸な行き違いが何度も何度も何度も何度もありました。……しかしこれからは心を入れ替えて、ぜひ【仲良く】やっていきたいですね」

 

 ヒエッ、【秩序−悪】……。

 でも本人が関係ないって言ってるんだから関係ないんだろうなぁ。この先カマドガミさんと仲の悪い組織からの依頼が通りにくくなっても、それは不幸な偶然だよな。ガイア連合も忙しいわけだし。

 

 ガイア連合からの支援はカマドガミ一族を通して分配することになるだろうけど、それはここら辺の顔役が彼らだからってだけだし仕方ないよね。もちろん竈門さんは私情を挟まず、公正公平に分配するはずだからなんの問題もないんだ。

 

 ……………………。

 

 俺も帰るか。地方のドロドロした政治事情は、ちょっと俺には早かったかもしれない。

 

 竈門さんに「程々でお願いしますね?」と言ったらいい笑顔で「はい、もちろんですよ!」と返されたから、もう何も言うまい。お狐様も釘を刺してたし、まあそこまで悪いことにはならないだろう。

 

 料亭を出てしばらくすると、強化された聴力で彼らの雄叫びや復讐じゃという声、あと他組織への怨嗟の声が聞こえてきた。

 

「人間の恨みって怖いですねぇ」

「何を当然のことを。わらわはそういうのが専門じゃった時期もあるぞ」

 

 要請していたトラポートで家に帰り、不思議そうな顔をした狐巫女をなでなでして寝た。

 俺は品行方正な人間でいようと思った一日であった。

 

 





竈門さん「ジュネスの候補地に推薦して欲しい? でしたら、まあこれくらいは頂かないと困りますねぇ……。え? 選ばれる保証? そんなのある訳ないじゃないですか」
地方組織「(こんな足元を見られた交渉……!屈辱……っ! だが、霊地の質や交通の便ではこちらが有利 (なお五十歩百歩)……っ! 後で吠え面をかくのはお前だ……っ!蛇め……っ!)」
地方組織「ぐっ……! ぐっ……!」ポロポロ



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第十四話

 

 

 【ガイア連合】と言えば、今現在最も有力な退魔組織。クールで有能な異能者たちを多数抱えた、日本トップクラスに強力なグループ。それが一般的な霊能関係者たちの認識である。

 

 しかし、一般人がガイアと聞けば別のものを思い浮かべるであろう。

 何がしたいのか分からない闇鍋企業、数年で異様な成長を遂げた暗黒メガコーポ。就活生が必死になって就職を目指すも、選考基準が意味不明で何もできないという超ホワイト企業。

 

 今や日本トップクラスの複合企業、【ガイアグループス】である。

 

『エーブリディ ヤングライフ ジュ・ネ・ス♪』

『あなたの♪ テレビに♪ 時価ネットたなかぁ~~~~~♪ み、ん、な、の、欲の友♪』

 

 軽快な音楽と共に2頭身の中年男性が踊り狂っているTVを消して、大きく伸びをする。

 

「もう全国ネットでCMが出るようになったのか……。ニチアサのヒーロー番組にもガイアの名前が載るようになったし、ほんとに色々手を出してるんだな」

 

 地方のドンとして根を張っていた多数の霊能組織から金と人員がジャブジャブ注ぎ込まれた結果、ガイア連合はいまや全国に根を張る暗黒メガコーポへと成長した。そのカバー範囲たるやまさにゆりかごから墓場までを体現したもので、今の日本でガイアという文字を眼にせず生活する事は困難を極めるだろう。

 

「ショタオジは滅茶苦茶後悔してそうだけどな」

 

 なぜ地方の豪族たちがこぞって出資を求めてきたかと言えば、俺たちが建てるジュネスや支社は最高級の霊的防衛所となるからで。

 

 ジュネス支店や派出所に置く拠点防衛型シキガミの作成に忙殺されていた様子を思い返す限り、この状況はショタオジにとっては完全に想定外だろう。超越者特有のズレというべきか、まさかここまで地方組織が縋りついてくるとは思わなかっただろう。

 

 ショタオジには人の心が分からないのだ。弱者の気持ちになるですよ。

 

「……地方の人たちが、ちゃんと役に立ってくれれば良いんだけどな。仲間が増えるなら嬉しいけど、抱え込むお荷物が増えるだけってのは最悪だわ」

 

 現地民へのガイア連合員の対応は様々で、霊能が雑魚過ぎて何の役にも立たないという人もいれば、怪異を倒そうとするモチベーションの高さを見込んでいる人もいる。これが今後どちらに転ぶかは、俺たちが【終末】へ上手く対処できるかを大きく左右するだろう。

 

「…………」

 

 いずれ来る世界の破滅、【終末】。世界が霧に飲み込まれるのか、東京が死んで修羅が生まれるのか、南極に文明を滅ぼす闇が生まれるのか、死の化身が月から現れるのか、無貌の神が暗躍するのか、核が撃ち込まれるのかそれとも全く未知の原因が存在するのか。

 

 原因は分からないまま、しかし結果だけは俺たちの間で共有されている。いずれ既存の秩序は崩壊し、世界は一度完膚なきまでに滅び去ると。その終末に対抗する為の互助組織が【ガイア連合】だが、しかし一体どう対処すれば良いのか。

 

「やめやめ。こんなん考えても憂鬱になるだけだ。味方が増えたって楽観的に考えよう」

 

 まあいいか。ダルい事考えてもダルくなるだけだ。

 今はとにかくレベル上げの時間。女神転生の世界は強くなければ人権が無いのだ。修羅の世界である。

 

「実際のところ、今のままでも生き残るだけなら何とかなるしな」

 

 そう。たとえ今終末が訪れて、億分の一を引いてショタオジが死んで、なんやかんやあってガイア連合が完膚なきまでに滅んでも。

 今の俺の霊格であれば、お狐様にまつろう木っ端眷属として魔界へ逃げのびる程度の事は可能だ。肉の器を捨てて悪魔になる事になるが、ちゃんと自我を残したまま生きていける。

 だからまあ、そんなにシリアスになる必要はないのだ。何があっても死にはしない、そう考えると人生随分と気が楽である。

 

 まあ出来れば今後とも日本に住んでたいから、やっぱり終末対策は必須なんだけどな。

 異界に逃げるにしても、移住先のインフラを考えるとマッカがいくらあっても足りないし。あとインターネットとかゲームもちゃんと持ち込みたい。

 

「よし、今日も異界攻略頑張るか」

 

 脳筋的考えだが、この世界では何をするにしてもレベルが無いと話にならない。

 財力も権力も素晴らしい力だが、やはり末法の世で最後にものを言うのは腕力である。やはり暴力……暴力は全てを解決する……!

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺はモンスタートラップに引っ掛かってボコボコにされた。

 

「ぐえー死んだンゴw」

 

 ギリギリ死ななかったけどね。死んだら流石にこんな余裕こいていられない。俺もシキガミもレベルが上がってきて、もう蘇生費用の高騰が止まらないのだ。

 

 狐巫女の回復と素材の換金待ちで、ロビーでダラダラさせてもらうか。

 

「お、狐憑きじゃん。今日はもう上がりか?」

「騎士さん」

 

 ロビーに併設されているカフェでくつろいでいると、全身をプレートメイルに身を包んだ巨漢が話しかけてきた。筋骨隆々の変態、ケツとタッパがデカい女が鎧の中で蒸れている姿でしか興奮できない男。【騎士】ニキである。性癖を除けば快活な良い人だ。

 

「どうもー。ちょっと素材が溢れてきたんで、今は換金待ちの休憩中です」

 

 悪魔は情報生命体であり、死ねば体はMAGとなって霧散する。しかしその悪魔を象徴するような、強い想いが染みついた物は死後も残る事がある。いわゆるドロップアイテムという奴だ。武器やアイテムの素材になるため、採取依頼が恒常的に張り出されている。

 

「あー。格納鞄の容量にも限界あるしな。高位素材はちっさくても霊的に場所とるし」

「あるあるですよね。まあMPも消耗してたんで、ちょうど良かったですよ」

 

 チャクラクッキーをポリポリと齧りながらそう答える。疲れた脳に糖分が染みわたっていく感覚。このロビーは魔法陣のようなものが敷かれているため、回復アイテムの効果が高まるのもありがたいポイントだ。

 

「騎士さんは一人ですか? シキガミの人といつも一緒にいるイメージですけど」

「あー……いや、ちょっと色々あってな。今は一人で異界攻略してんだ」

 

 騎士ニキは気まずそうな表情をしている。しまったな、地雷を踏んだか?

 彼のシキガミは彼の性癖が詰め込まれた巨乳の女騎士で、彼自身が前衛タイプなのにも関わらずシキガミもガチガチの前衛だ。偏った編成だが、【貫通】や【物理プレロマ】を搭載してゴリ押すスタイルは中々強力でもある。

 

 騎士ニキはシキガミを溺愛していたはずだし、そしてそれ以上にシキガミの方も彼を溺愛していたはずだ。基本シキガミの愛情は深く、そして重くなりやすい。何か不和が起きるとは考えにくいが。

 

「なんかあったんですか? いや、無理に聞き出したいわけじゃないんですけど」

 

 隣の席に座るよう誘導して、ちょっと長話をする体勢に入る。

 あれほど仲の良かった二人が喧嘩するとは、中々想像しがたい。時々合同パーティーを組んで異界攻略へ挑むなど、お世話になっている人だ。彼のシキガミと仲が良いお狐様のためにもぜひ力になりたい。

 

「ああ、まあ大したことじゃ……いや……うーむ、やっぱりちょっと相談に乗ってくれるか。ちょっと困っててな、俺だけじゃどうにもならなそうなんだ」

 

 騎士ニキは空いている椅子に座り込むと、ガイアカツカレーとナポリタン、グラタンドリアを注文した。通っている大学では柔道部に入っているらしい彼は、かなりの大食漢である。

 

「どこから説明するかな……まず狐憑き、お前ってレベルいくつになった?」

「レベル? 28レベルですけど」

「俺は29だ。このレベル帯になると、まあ色々しんどい事が増えるだろ? 状態異常だったり敵の奇襲だったり、運が悪けりゃすぐ死ぬレベルの事がポンポン起きる」

「あー、30付近は死への恐怖を乗り越えられるかが壁って言いますよね。修羅勢への階段というか」

「俺は性癖でそういうのを克服したんだが、それはそれとして物理二人じゃ最近厳しくてな。いつも他の奴とパーティー組めるわけじゃないし、流石に一人後衛が欲しいなと思ったんだよ」

「おお、良いじゃないですか!」

 

 まあよく聞く話だ。俺たちも俺と狐巫女の二人だと限界があるので、最近お狐様がパーティーに加入したしな。俺(炎魔法、回復)、狐巫女(前衛、索敵)、お狐様(呪怨魔法、支援)とそれなりにバランスの取れたパーティーだ。次は属性魔法の種類を増やすか、もう一人タンク系の前衛が欲しい所である。

 

「一人回復か魔法アタッカーが加われば、グッと安定すると思いますよ。今は金策中ですか?」

「いやいや、話はここからなんだよ。戦力つったって、じゃあ何処から調達してくるのって話だ。お前みたいに悪魔と契約する気はしないし、アガシオンはレベルが低すぎる。そこをどうするかってなってさ」

「ほうほう、確かに。どう解決したんです?」

「結局、俺たちの成長速度についてこれるのはシキガミだけだろ? だから二体目のシキガミを作ろうって結論になったのよ。そしたらシキガミの機嫌がメチャクチャ悪くなって……」

「あー……」

 

 これもまたよくある問題、通称『シキガミ嫉妬問題』である。

 

 単純な話、2体目を作ろうとするとシキガミが嫉妬するのだ。

 ショタオジの秘術(意味不明なほど高性能)によって作られたシキガミは、俺たちに匹敵するほど強く、美しく、そして人間と変わらない程感情豊かだ。

 人権とかいう話になるとややこしいので割愛するが、きちんと一個の生命としての意識があるのである。

 

 そしてシキガミを作る転生者たちは、傾向の違いこそあれ大抵自分の性癖を詰め込んで作る。シキガミからすれば、敬愛する自分の主人・パートナーが、自分をさしおいて他の浮気相手に熱を上げているようなものである。当然いい気分になるはずもない。有形無形の違いこそあれど、何とかして妨害してくるという問題は以前から沢山発生していた。

 

 時々『主人にハーレムを築いて欲しい!』みたいな思想持ちもいるが、こういうのは少数派だ。逆ハーでウハウハいわせてる女性転生者も存在するんだけどな。

 

 ちなみにこの問題に付随する、『先に俺のシキガミ作ってくれよ問題』については割愛する。金を積めばどんな行列にも横いり出来る。資本主義の悪い側面である。

 

「『アガシオンで良いだろう』とか『北欧系悪魔ならコネで安く雇えるぞ』とか、『せめて無機物系シキガミにしろ』とか、色々言われてさ……。『俺がもっと強くなれば問題無い』とか言って一人で探索行くし。俺が諦めるべきなんかなぁ。でもやっぱり二体目のシキガミは欲しいし……」

「うーん。まあ将来性を考えたらシキガミが一番でしょうけど。武器型シキガミにするとかはどうなんです?」

「いや、装備との兼ね合いや自律性を考えればやはりヒト型が良い。俺の我欲じゃなくて、冷静な判断だ」

 

 おお、そこはマトモに考えてるのか。

 鋭い目つきで戦力計算について語る彼は、その鎧姿も相まって歴戦の傭兵を連想させた。騎士ニキ、ずっとこんな風に真面目にしてたらカッコいいのになぁ。

 

「……気を悪くしないで欲しいんですけど、理屈だけで考えたら正しいのは騎士ニキだと思いますよ。アガシオンを育てるってのは今後を見据えればワンチャンありだとも思いますけど」

 

 アガシオン、最初はLv5くらいなんだよな。俺たちと比べれば成長速度も遅いし、一端の戦力となるのは時間がかかるだろう。そういう意味ではレベル限界も高く知性もあるシキガミを増やすってのは良い手だ。

 

 理屈だけで考えれば、彼のシキガミは只々感情的な理由で戦力の増強を阻害していると言える。悪魔との契約にしたって、サマナーの素養が無い奴が悪魔を雇うなんて自殺行為だ。

 

「まあ、理屈だけで考えるのがどんだけ難しいかって話ですよね」

「それな」

 

 それそれ。地方組織とか、過去の怨敵ってだけでメシア教の手助けをずっと拒否してたんだぞ。そのせいで滅んだ家もいくつかあるらしい。赤の他人が見ればバカらしく思うだろうが、それでも自分の親や子供を殺した相手と笑顔で握手ってのは中々キツいだろう。

 

「まあなー、向こうの気持ちも分かる訳よ。俺だって彼女が他の男と話すと嫉妬しちゃうしな。それが面白くないって思うのは当然だわ」

「騎士ニキのシキガミ、独占欲強いタイプですしね」

 

 マジな話、主人の愛が他所に向かうというのはシキガミ達にとってかなり耐え難いものらしい。【美波ネキ】という人が俺たち転生者向けの悪魔娼館を運営してるんだが、シキガミ達には死ぬほど評判悪いからな。寝取られ漫画の竿役より恨まれてる(逆に言えば、転生者たちの間には根強いファンもいるのだが)。

 

「俺は」

 

 いつの間にか運ばれてきたビールを一気に飲み干し、騎士ニキは魂を絞り出すかのように言った。

 

「俺はさ、ハーレムを作りたいんだよ……」

 

 情けなっ。かつてこんな最低な告解をした人間がいるだろうか。

 しかし騎士ニキの表情は真剣そのもので、この世全ての罪を背負ったような苦々しい表情をしている。

 

「ケツとタッパが大きい巨乳美女ハーレムが欲しい、その一心で覚醒修行も異界探索も乗り越えてきたんだ。内臓が零れても剣を振るってきたのは、その先にムチムチの美女がいると思ってたからだ」

「は、はあ……」

「なのに、まさかこんな所で躓くなんてよ……」

 

 なんだこれ。言ってる事は最低なのに、なんか謎の風格がある。生き残ったのに故郷が滅んでいた傭兵みたいだ。言ってる事は普通に変態の戯言なのに。

 

「クソ……この料理、ちょっと塩がキツすぎるんじゃねえか……?」

「嘘だろ……今のご時世こんなベタなこと言う人いるんだ……」

 

 騎士ニキは号泣しながら運ばれてきた料理を頬張っている。やめろやめろ、なんで家族を失った歴戦の戦士みたいな雰囲気が出せるんだ。この人の顔が濃すぎるせいでなんかおかしな空気になってる。

 

「うう……ガサツな俺っ娘女騎士……陰気な引きこもり魔法使い……実は一番ドスケベ薄目シスター……こんなに、こんなに欲っしているのに……夢見ているのに……っ」

「…………」

 

 俺はこれをどんな顔して聞いていればいいんだろうか。

 助けを求めて周囲を見まわしてみると、いつの間にか他の人も『分かるよ……』みたいな慈愛顔してこっちを見てきている。駄目だ、ここに正気の人間はいない。

 

「……とりあえず、ここの支払いは俺が持ちますから。今日は潰れるまで酒飲んで飯食って暴飲暴食してください。シキガミともちゃんと話し合えばきっと大丈夫ですよ」

 

 なんならシキガミにもこの性癖大博覧会を聞かせてやってくれ。ワンチャン受け入れられるかもしれんから。

 

「うう……ありがとよ、狐憑き……お前はいいやつだなあ……」

「騎士ニキ、お前の気持ち俺はよく分かるぜ……」

「俺もシスター好きだからよ、俺たち仲間だな……」

 

 優しい顔をした周囲の転生者たちが騎士ニキを慰めだした。スタンド使いのように、変態は変態に引き寄せられるのだろうか。嫌な杜王町もあったものである。

 

「父上ー、素材の交換が終わりましたよ……? この方たちはどうしたんです?」

「…………行こう」

 

 不思議そうな顔をしてむさくるしい集団を眺める狐巫女を、俺は沈痛な顔をして黙って連れ出した。

 騎士ニキ……見た目だけなら渋い戦士なのに、なぜか三枚目感が抜けない男である。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十五話

 

《それぞれの休日の過ごし方》

 

【カマドガミ一族当主(竈門)の場合】

 

 最近寝覚めが良い。

 

 今まではずっと、「もしこの瞬間異界の門が開いたら」「禁足地から餓鬼が溢れ出したら」と考え続けていた。悪魔たちは人の恐怖を喰い、夜の暗闇に紛れて動く。寝室で横になっている間も、今まさにこの扉が開いて異変を告げられるのではと、ずっと恐れていた。神経を擦り減らし、ただいたずらに人材を摩耗させていくだけの日々。

 

 だが、もはや過去の話だ。今はもう、ただ息をするだけでこんなにも気持ちがいい。新鮮な空気が肺へ入り込む喜び。あの恐ろしい日々も、遥か昔のように感じる。

 

 ガイア連合と契約を結び、我らは救われたのだ。

 

 彼らが建てた【ジュネス】は一見ただのショッピングモールのようだが、その実態は全貌さえも掴み切れない超高度な霊能要塞である。また、彼らから支給されてくる武具はどれも、本来であれば家宝として祀り上げるほどの逸品ばかり。最近では【アガシオン】という信じ難いほど優秀な使い魔を購入できるようにもなった。

 

 今もつくづく分からないのは、いったい彼らは何処から来たのか? という事だ。この高位異能者の量も信じがたいが、しかしそれ以上にこの技術は一体どこから産まれてきた? 異能者と違い、こればかりは無から突然発生するわけにもいかない。彼らの中にも先達や師、先人の智慧があったはずなのだが。

 

 だがそんな疑問も、この現状を見れば圧倒的な喜びに押し流されてしまう。

 今日もなんと休日だ。ガイア連合の流入で仕事量が減り、最近は恐ろしい事に一ヵ月に一日も休みが取れるようになったのだ。過去の私が見れば驚愕で顎を外すだろう。

 

「……どうしましょう、やる事がありませんね」

 

 ガイア連合の働き方改革とかで、この日は家で書類仕事をするのも禁止されている。しかし根っからの仕事人間であった者としては、正直暇でしかたが無い。

 

「……ジュネスでも行きましょうか」

 

 ただの視察では? と思いかけたが、どうか許して欲しい。本当に何もやる事が無いのだ。

 

 

『everyday young life ジュネス~♪』

 

 デパートのバックヤード、そのさらに奥、隠された通路の先に。

 余人には知られることの無い本当のジュネス、通称【裏ジュネス】は存在する。

 

「どうも皆さん、調子はいかがですか?」

 

 扉を開くと、内部は高度な機械や配線がのたうつサイバーチックな空間が広がっていた。これが裏ジュネスの一部、通称【モニタールーム】。壁一面に設置されたモニターたちが放つ青い光が、ぼんやりと部屋を照らしていた。

 

 配線に触れないよう慎重に部屋を渡り、次の重厚な木の扉を開く。先程とはうって変わって優しい暖色の光に、嫌味にならない程度に高級な家具たち。とにかくくつろげる事を念頭に置いた、【休憩室】だ。

 

「おお、社長。どしたの? なんかお仕事?」

「いえいえ、ふと皆さんがどうしてるか気になったもので」

 

 ゲーミングチェアが動いて、一人の少女がこちらに声をかけて来る。長く伸ばした黒髪に、ゴテゴテのヘッドホン。この地域一帯のモニタリングを担当する姫路さんだ。

 

「わ、竈門さん! 今日はお休みですよね?」

「……社長、ワーカーホリック。たぶん、休日なのにやる事なかった」

 

 ピンク髪の元気そうな少女、夢咲さんも立ち上がって挨拶してくる。姫路さんが皮肉を言うのはご愛嬌という奴だ。

 

「……まあ、姫路さんの仰る通りです。正直、降って湧いた休みを持て余してまして。軽い視察のようなものですね」

 

 彼女たちは、元々我々の一族が抱えていた異能者たちである。ほんの僅かばかりの霊能を持って生まれ、死力を尽くしてなんとか低級悪霊を祓えるか、といったレベルの。

 

「…………」

 

 彼女たちも、かつてはこんな顔では無かった。もっとこの世の全てを恨み、ただ死の恐怖に怯えるだけの表情をしていた。姫路さんなど、一度自殺未遂を起こしている。

 霊能持ちである彼女たちは、死ぬまで悪霊と戦い、本当に最悪の場合は人柱として捧げられることを義務付けられていた。その重すぎる使命に少しでも報いようと支援してきたが、彼女たちからすれば何の慰めにもならなかっただろう。家畜である自分たちを肥えさせている、程度にしか感じなかったはずだ。

 

「調子? いやー、もうガイア連合さまさまって感じです! この服とかさー、ただの服! って感じなのに守護の力がギチギチに詰まってて! 低級悪霊とか、これに触れただけで蒸発しちゃったもん!」

「うん。あと、【アガシオン】が強すぎ。こいつを適当に体当たりさせてるだけで餓鬼が死ぬ。なのにマッピングも回復も盾役も出来て、もうこいつ一人でいいじゃんってなる」

 

 かつて死んだ目をしていた彼女たちが、今はこんなにも生き生きとした表情をしている。それだけで、救われた気分になってしまうのはどうしてだろうか。

 

「うんうん、特に問題ないようですね。最近は【カマドガミ】様からご神託を頂く事も増えてきました。これもひとえに戦ってくださる皆様のお陰です」

「いや。ガイア連合の、お陰」

「ええ、もちろん。しかし、その支援を力に変えてくださっているのは皆さんです。何かご不満があれば、何でもおっしゃってくださいね」

 

 つくづく、ガイア連合には頭が上がらない。あの【稲荷神】と、そしてその氏子の少年と接触できたのは我が人生最高の幸運だったと言えるだろう。

 

「…………」

 

 ただ。

 人間の欲には限りが無いもので。

 

「ああ、それと……もう一度お聞きしますが、調()()はいかがですか?」

 

 少し声色を変えて尋ねると、彼女たちの表情もすぐに切り替わった。戦士としての顔から、ただの幼い少女としての顔だ。

 

「ぜーーーーーーーーーんぜん駄目なんですけど!!! みんなすっごい美人な女の人連れてるし、そもそも私たちの事なんて眼中に無いですよう!!」

「うん。敗北感、パない……。そもそも、私たち経験不足。手練手管、が、足りない……」

「うーん。ですよねぇー……」

 

 現人神とさえ思える、超強力な異能者たち。

 妻などとんでも無い、妾など贅沢な事は言わない。せめて彼らの血を少しでも取り込むことが出来れば、それだけでこの先百年の安寧を得られると思うのだが……。なかなか上手く行っていないようだ。

 

 【稲荷神】さまを通じて、依頼によってガイア連合員を呼び出すことには成功している。しかしその後がどうにも続かない。彼らは霊能者と思えないほど常識的であり、善良であったからだ。他家の端女なんざ、適当に孕ませても誰も文句言わねえだろ的な思考はしていなかったのだ。

 善良である事自体は素晴らしい事だが、しかしそこは手を出して欲しかった。我々は誰を孕ませようが諸手をあげて歓迎したのに、まさかこんな裏目の引き方があるとは。人生は奥深いものである。 

 

「彼は駄目なんですかー? あの、元々うちとガイア連合を繋いでくれた人! あの人ってうちの高校通ってましたよね?」

「……貴女、次にそれ言ったら殺されても文句は言えませんよ」

 

 あの【稲荷神】の氏子に手を出すなど、想像するだけで恐ろしい。そんな事をすれば、あの女神がどれだけ怒り狂う事か。ありとあらゆる最悪の想定をしたとしても、それを遥かに超える大災厄が我々を襲うだろう。

 

「はーい……まあ、そりゃそうですよね……」

 

 あの二人と出会えたことは、我が人生で一番の幸運だった。しかしもし、それを更に超える幸運を手にしていたら。少年が神に出会うより早く、彼を見つけられていれば。きっと我が一族は1000年の繁栄を約束されていただろう。

 

「うう……もう女としてのプライドを粉々に砕かれ続ける地獄は嫌ぁ……。そもそも私、幼い頃から修行漬けだし……化粧とか、やっと最近覚えたのに……」

「同感……超同感……」

 

 いかん、地雷に触れてしまった。

 

 私の休日の残りは、鬱々とした少女たちをあの手この手で慰める事に費やされるのだった。

 まったく、なんて幸せな休日だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

【お狐様の場合】

 

「わらわ、京都へ出かけるの巻なのじゃ」

 

 クールな都会派フォックスが京都駅に登場じゃ。最近のトレンドをバッチリ取り入れたファッションに瞠目するべし。オフィカジ? オフィスカジュアル? まあ何か分からんけどそういうやつじゃ。

 

「うーむ、雑多な欲望の匂い。木っ端程度の霊能すら持たん雑魚どもが今日も元気じゃのう」

 

 昔を思い出すのう。良い事じゃ良い事じゃ。

 最近はゲートパワー(GP)がガバガバになってどこも色々苦労している様じゃが、まだ一般人まで被害は及んでおらぬようじゃの。みな平和ボケした顔をしておる。よしよし、わらわはこういう欲にまみれた街が大好きじゃぞ。近くの大阪もなかなか良かったのう、見るからにMAGが濃くて……。

 

 人間が元気だと嬉しくなるのじゃ。わらわの好物は低俗な欲から生まれるMAGじゃからな。人間で例えると、牧場で牛が元気にしてるのを見るくらい嬉しいのじゃ。

 どれ、小腹が空いたから名物でも食べるかの。

 

「この、八つ橋饅頭? を、8つ……。ん? これ何円札じゃ? 1000円札と10000円札の区別が未だにつかんのじゃ。え? カード? いや、わらわペイペイとかそういうのはちょっとよく分からんから……」

 

 ふう。京都名物を一人でも買える。それが神ということじゃ。

 まあ……人間じゃわからんかの、この領域(レベル)の話は。わらわは現代社会に生きる怪異じゃからな。これくらい朝飯前じゃ。

 

 そのまま駅の中をブラブラする。平日という事もあり、周りはサラリーマンか観光客の二択じゃ。スーツ姿のやつらは何処となく元気が無さそうじゃ。社畜という奴じゃな。不景気か?

 

「人間はすぐコストカットしようとするから嫌じゃのう。饅頭もなぁ、前は人間の生首を景気よく捧げてくれとったというのに……。まあ美味いから許すが」

 

 鎌倉時代はそこら辺ゆるゆるで楽しかったのう。門の前を通った僧侶は殺す! 乞食は弓で撃って訓練! 死んだ奴は頭使ってサッカー! あまりに倫理が無くて、見てて面白かったもんじゃ。

 現代の日本に足りてないのは、そういうバイタリティーなのではないかの? 年収一億円(予定)狐が説く、蛮族に学ぶ殺し方の教え。受講生はいつでも募集しておるぞ。

 

 饅頭をむしゃむしゃ食いながら大通りへ。これ美味いのう。わらわ大食漢じゃから、一人で8箱全部食べちゃうもんね。

 

「お、タクシー。おいコラ、止まれ、止まるのじゃ」

 

 手を挙げたのに減速する気配が無いので、やむなく姿隠しの術を解除して姿を見せる。急に絶世の美女が現れてビックリしたか? わらわを運べるという最大級の栄誉に感涙してもよいぞ。

 

「伏見稲荷まで」

「はいはーい。いやお客さん、美人さんですねぇ。私ビックリしちゃいましたよ」

「伏見稲荷まで。『わらわ、無駄口は好かんのう』」

「はい……」

 

 ちょっと虚ろな目をした運転手が車を走らせる。図にのりおって。そういう事をいう奴は一人で良いんじゃよな。

 しばらく昔の町並みを残す古都を走り、車は目的地に到着した。

 

「ほれ、代金じゃ。釣りはいらん。悪いが足りんかったら諦めろ」

 

 札を何枚か適当に引き抜いて渡す。わらわの秘儀、ちょっと多めに払っとくの術じゃ。およそ5000~50000円、ブレ幅が大きすぎる禁術じゃが、まあ足りんって事は無いじゃろ。知らんけど。円なんて将来紙くずじゃからの、わざわざ覚える気にもなれん。

 

「ふう……あー、気が進まんのう」

 

 日本三大稲荷、京都伏見大社。各地に点在する稲荷神社の総本宮。古くは奈良時代から存在するこの神社には、しかしそれよりも更に昔からある神が鎮座していた。

 人間に名付けられた名は【稲荷大明神】。日本神の中でも強い力と発言力を持つ、わらわの上司である。

 

「嫌じゃなー、マジで。高天原って超がつくブラック企業じゃからなあ……なんでわらわ、わざわざ休日にこんなことしてるんじゃろうか……」

 

 はるか古代から存在する我ら日本神話体系に労基は無いのじゃ。パワハラセクハラ当たり前、面子の張り合いでうっかり殺しちゃう蛮族社会なのじゃ。正直顔を合わせたくない。

 でものう……ここで一度上位陣と顔つなぎしておかないと、日本神の封印が解かれた時に恩が売りにくくなるんじゃよなあー……。

 

 望むことなら、日本神の封印など解きとうなかったのじゃ。奴らが永遠に封印されたまま、生まれる信仰の空白地をわらわが食い荒らせればそれが最善。日ノ本の最高神わらわ、胸躍る響きじゃのう。

 しかし大和神どもはガイア連合にも接触しておるし、何より奴らは本当に生き汚い。封印が破壊されるのはもはや秒読みじゃろう。

 

「ガイア連合と日本神たちは近い将来かならず協力関係を結ぶ……が、そこが狙い目じゃ。大和神たちはガイア連合を取り込みたいじゃろうが、神主の性格を考えれば奴が天照に降るなど有り得ぬ」

 

 正直に言うと、神主がどう動くかはあまり読めておらぬ。

 人間の悪性に通じたわらわをして、あの怪物の思考は読み切れぬ。しかし、あの男は生まれながらの超越者……覇王の気質じゃ。人間としての尊厳を重視し、神に媚びへつらう事を酷く嫌うじゃろう。

 となると、大和神たちとガイア連合はほどほどの距離を保った緩い協力関係になる。取り込みたい日本神群と、距離を保ちたいガイア連合。わらわはこのギャップに商機を見いだした。

 

「日本神話との折衝を担う……ガイア連合の【幹部】。そこまで我が氏子が行ければまずまずといったところかの」

 

 大和神たちは上手くガイア連合から利益を得られて良し、ガイア連合は交渉の面倒ごとが減って良し。そしてわらわ達も、その狭間で利益を得られて良しの三方良しじゃ。商売とはみなが得するものでなくてはのう。

 

 ……まあ、その為にはわらわ達の存在感を今の内からアピールしていかなくてはいけないんじゃがな。

 

 幸いにして、ガイア連合の方で我が氏子はそこそこ注目されておるらしい。『積極的に働いてくれる、幹部志望の有望な若手』とな。幹部やる気があるだけで評価が高くなる……ガイア連合内の人事はユルユルなのじゃ。超一流の退魔組織が大学サークルのような運営をするでない!!

 

「……こほん。まあ、我が氏子が頑張っているのじゃ。祭神たるわらわがそれに応えなくてどうする」

 

 マジで気が進まんが、まあ仕方ないのじゃ。【稲荷大明神】さまに挨拶しに行くのじゃ……。あの人、前は普通に異教徒の踊り食いとかやってイケイケじゃったからのう。うう、苦手意識じゃ。

 

 

 

 

 

 

 

【狐憑き(灰谷)の場合】

 

「ガ~~イアッアッアッア、ガイの【タルンダ】が刺さるようではまだまだガイねぇ……」

「ぐっ……」

「ガ~イガイガイガイ、無駄ガイよぉ~~~~っ!! ガイは神主自らが作った『耐久・デバフ特化モデル』! ガイの呪眼からは何人たりとも逃れる事は出来んガイィッ!」

「ショタオジぃいいい! もっと他にする事あるだろぉ……っ!」

「死ねェッ! オマエの薄汚れた小腸を地べたにぶちまけるガイ~~~~~~~~ッ!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 死の安らぎは 等しく訪れよう

 人に非ずとも 悪魔に非ずとも

 大いなる意思の導きにて    (ショタオジボイス)

 

「ク、クソゲ~~~~~~~ッ! 何だあれ、いくら何でも性格が悪すぎるだろ!」

 

 ショタオジが片手間に作った、覚醒者向け修行場。名を【試練の塔】。ここをクリア出来たら上位層の仲間入り、と転生者間でゆるく囁かれている人造ダンジョンである。入場料無料、アイテム貸し出しあり。達成フロアに応じて報酬も出るし、人造なので死んでもすぐ蘇生可能という修羅勢に大人気のレクリエーション施設だ。

 

 一週間に一度の休日。暇つぶしとしてソロ攻略していたのだが、順調に行けたのは序盤だけ。30Fのフロアボスである【がいあ太郎】は明らかに度を越して強く、哀れにも惨殺されてしまったのだった。なんだあいつ、ワンピキャラみたいな笑い声しやがって……!

 

 ちなみに道中は「ケヒャア~~~~ッ! あなた、最悪な死に方をしますよぉ……この私に全身の血液を吸い取られて失血死というねぇえええええッ!」と襲い掛かってくる吸血鬼とか、「ゲ~スゲスゲス、オイラはあなた様の味方でヤンスよぉ……? オイラをフロア終点まで連れて行かないと扉は開かないでヤンス……ヒャアッ! 隙を見せたなァッ!? 死ぬでヤンス~~~~ッ!」と後ろからナイフを振りかざしてくる小男とかが居て本当に最悪だった。これ作った奴の性格イカれてるよ。

 

「さ、最低の気分だ……。今日はもう温泉入って帰ろう……」

 

 あークソクソ。二度とやらんわこんなクソゲー。

 

 …………。

 

 …………。

 

「えーと、じゃあ次の【所持品】はデバフ対策に【身代わり人形】をいくつか入れて……【チャクラウォーク】があるからMP回復はもうちょい削っていいな……」

 

 畜生、どういう理由かは分からんがとにかく止められない。

 

 身を起こして、次に持っていく装備の点検を始める。持ち込みアイテムには容量制限があるから、アイテムを上手く駆使するのも攻略のコツだ。回復アイテムは特に容量を食うので、このバランス調整が難しい。

 人間の性とは悲しいもので、クソゲーであればあるほど止められなくなる時があるのだ。

 次はあのゆるキャラみてえな見た目した畜生に一泡吹かせてやるからな……。

 

「くっ、デバフが効かんガイ……下等生物なりによく知恵を絞ったガイねぇ。これでこの勝負、ガイが圧倒的に不利……とでも思ったガイかァ~~~~ッ!? 獣が狩人の言葉を信用するとは、やはり人間は愚かな下等生物ガイィッ! ガイはデバフ特化でも何でもないガイよお~~~ッ!? お前のように見当違いの対策をしてきた小賢しい愚者向けに搭載されたガイの新機能、【スーパーガイア砲】を食らって塵も残さず消し飛ぶガイ~~~ッ!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「ガ~~~イガイガイガイ! このガイが一つだけ背負う罪……。それは『強すぎる』という罪ガイねぇ~~~! 雑魚の悲鳴は心地いいガイィ……ッ!」

 

 その後も「命乞いに耳を貸すなどァアアアッ! 獲物を前に舌なめずりは三流ガイよォオオッ!?」「お前の弱みと性癖、全部知り合いにばら撒くガイ。降参しなければこのボタンで……おおっと手が滑ったガイィ~~~ッ!!」などと、ショタオジの『だって悪魔と戦うなら精神攻撃に慣れといたほうが良いじゃん』と言わんばかりの下衆の極み戦法にさんざん翻弄され。

 

 結局、俺があの畜生ゆるキャラを抹殺したのは日が暮れてからだった。

 

「なんか、すげぇ勿体ない休日を過ごした気がする……」

 

 精神的疲労が全く取れてないんだけど。来週からは何かほかの所行こう……。

 

 …………。

 

「あ、美大生さん? いや、あの塔ってどう攻略してるのかを聞きたくて……あ、良いんですか? はい、じゃあ来週一緒に……」

 

 人間の性とは悲しいもので (以下略)。

 

 

 

【狐巫女の場合】

 

 え、新商品のロールケーキ!? ううむ、これは食べざるを得ませんね……。 むう、この和菓子屋も良い感じです……。ずんだ餅のパフェ!? なるほど、そういうのもあるのですか……!

 

 

 

 

 



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第十六話

 

 マズローの欲求五段階仮説、というものがある。

 世界でそこそこ知られているこの説によると、人間において最も高次な欲求は「自己実現欲求」という物らしい。「自分らしく生きたい、自分にしか出来ない事を成し遂げたい」という欲求で、成長欲求と呼ばれることもある。

 そしてマズロー氏は後年、この五段階説に加えてもう一段階、さらに高次の欲求があると説を付け加えている。それは『自己超越』の欲求だ。自分のエゴを超えて、社会や愛する人など、とにかく他者へ貢献したいという欲求。

 

 それはとりもなおさず、『愛』とシンプルに呼ぶことも出来るだろう。

 人を愛し、愛する人を幸せにすることは、結局まわりまわって自分自身を一番幸せにしてくれるのだ。

 

「父上、そういう本に意外と詳しいですよね。哲学とか社会学とか。意外ですけど」

「意外って2回も言うな。見た目からしてインテリだろ? 最近眼鏡もかけ始めたし」

「キャラに合ってないと思います」

「ちょっと」

「ああ、ごめんなさい。確かに、母上も『時々鋭い』と仰っていました。普段の様子からは中々納得できませんが、父上は案外頭が回るのですよね」

「褒めてはいるんだろうけど、すんなり飲み込みづらいな……」

 

 毎月恒例の地方遠征ということで、本日は某県にある自衛隊駐屯地へお邪魔している。

 自衛隊? と最初に依頼書を見たときは思ったが、そういえば最近ウチは自衛隊とも提携し始めたのだった。軍事力と結びつく宗教法人とかヤバすぎて笑える。

 

「〜〜〜〜と言うわけで、ずる賢い悪魔はだいたいこのように相手を騙してくる。魔術を使うまでもない、悪魔は口先三寸で人を殺せる。皆はくれぐれも野良の悪魔と交渉を試みないように」

 

 未知なるオカルトに触れ、今急速に神秘を取り込もうとしている自衛隊員たち。彼らの演習に付き合うのが今回の依頼内容だ。

 

「死んだ悪魔だけがいい悪魔だ! 繰り返すぞ、死んだ悪魔だけがいい悪魔!」

 

 中央に立ち、激を飛ばすのはゴトウ1等陸佐。高いカリスマと統率力を誇る好人物だ。

 

「そうじゃそうじゃー! 悪魔など皆殺しじゃー!」

 

 そして講師役として招かれ、今はニヤニヤしながら適当に叫んでいるのがお狐様だ。今日はタイトスカートにスーツ、さらに伊達眼鏡をかけた女教師スタイルだ。

 いつもと違うお狐様も最高にかわいいね……♡

 

「笑えますねぇ、誰一人母上が悪魔だと見破れていないんですから。彼らが見破れる程度に隠形のレベルを落としているのに、気構えが全然出来てないじゃないですか」

「まあまあ。誰だって初めから完璧にこなせる人なんていないよ」

 

 最初はみんな初心者だ、初心者煽りはマナーが悪いぞ。

 ちなみにこの後は、ガイア連合員(俺一人)V.S五島部隊(何百人)で摸擬戦の予定。なお、お狐様と狐巫女の隠形を見破れなかったペナルティーとして、彼らは戦闘中にバックアタックを食らう未来が確定している。

 メシア教とかが普通にやってくる手口(人質を助けようとしたら人間爆弾だったなど)なので、この経験を是非彼らの将来に役立てて欲しい。

 

(……今の、コウメ太夫のネタみたいだったな。『人質を助けようと~思ったら~~人間爆弾でした~~……チクショー!!(鏖殺)』……これ言ったらウケるだろうか……)

「……何考えてるかなんとなくわかるので言いますけど。父上、たぶんそういう所ですよ」

 

 

 

 

「うむ! 非常にいい経験をさせていただいた! 灰谷どのには改めて感謝を!」

「いえいえ、こちらこそ有難うございました」

 

 報酬はタップリもらってるしな。【俺たち】はこういう組織間政治に関わる依頼は避ける傾向にあるので、その分報酬が上乗せされているのだ。今回は【勝利の息吹】*1という超有能スキルのスキルカードが目玉だった。

 

「五島部隊、噂以上に精強で素晴らしい部隊でした。正直、かなり驚かされましたよ」

 

 一糸乱れぬ連携に、ゴトウ一佐を中心として練り上げられた戦術。そして何より銃器による制圧射撃にはかなり苦戦させられた。非覚醒者ならともかく、覚醒者数百人による一斉射撃はワンチャン死ぬレベルで痛かった。俺たち異能者は肉の器に縛られているので、銃で撃たれると痛いという単純な物理法則に逆らえないのだ。

 

「はっはっは! そう言ってもらえるとありがたい! 部下たちも励みになるだろう!」

 

 そう言ってゴトウさんは嬉しそうに笑う。うーん偉丈夫。豪快な快男児といった感じだ。

 

「しかし、君が連れてきたあの悪魔二体には手も足も出なかったがな!」

「ははは……」

 

 苦笑する。

 

 異能者(俺)相手だとそこそこ戦えていた彼ら五島部隊は、お狐様と狐巫女に対してはコテンパンにやられていた。背後から襲われたという事もあるだろうが、それ以上に相性によるものが大きいだろう。俺と違って悪魔であるお狐様には銃のような物質兵器が効きづらいし、シキガミである狐巫女に至っては【物理無効】だ。これでどうやって戦えばいいんだ状態である。

 

「やはり【属性弾】の普及は急務だな! 現状では【物理耐性】持ちの悪魔がどうにもならん! その他にも戦術の欠点や連携の不備など、我々としては得るものが大きい演習だった!」

「そう言っていただけると、こちらとしても嬉しい限りです」

 

 前向きな人だな。人間としての器のデカさを感じる。自分の部隊をあれだけ滅茶苦茶にされてこう言えるのはかなり凄い事だと思う。

 

「灰谷どのは未だ学生の身! その若さでこの練り上げられた霊能、驚嘆に値する! もし君が国防の一翼を担いたいと思うのであれば、是非私に連絡してくれ! ありとあらゆるコネを駆使する事を約束する!」

「ははは、まあ、もし機会があれば……」

 

 無いと思うけど。

 将来はお狐様の神社を更に大きく建て直して、そこの神主となる予定だ。俺の未来予想図はバラ色である。

 

 あと仮にも国家公務員が汚職宣言ってどうよ。

 

「父上ー、早く帰りますよー。今日はちょっと遠出した先に美味しいハンバーガー屋さんがあるみたいなので、早くいかないと行列になっちゃいます」

「のじゃのじゃ」

「母上も暇で仕方なくて『のじゃ』しか言わなくなっちゃいましたー! 早く行きましょうー!」

「のじゃのじゃ……の邪の邪邪、蛇の邪」

「なんかバグってません?」

 

 もう既に帰り支度を済ませた二人が遠くで手を振っている。お狐様はぐでーっとスーツケースに持たれかかって、ブツブツ呟いている。慣れないスーツと手加減で疲れたのだろう。

 

「了解ー。ではゴトウ一佐、失礼いたします。本日は誠にありがとうございました」

「うむ、こちらこそ! 何か困った事があればいつでも連絡してくれたまえ!」

 

 社会人らしくお互いの名刺を交換して、本日の依頼は終了。平均したらLv.1にも満たないはずなのに、数の暴力と銃器にかなり苦戦させられた。手数が多いというのはそれだけで偉大な事である。友好勢力が強いと嬉しいね。

 

「邪邪邪……」

「お狐様、呪詛が【ムド】手前まで行ってますよ。お待たせしてすみませんでした」

「のじゃ。もうわらわは疲れたのじゃ。雑魚の相手は面倒じゃのう」

「私もです。父上は肉の殻があるので苦戦してましたけど、正直殺さないように加減するのが大変でした」

「うーん、相性差って残酷だな……」

 

 強大な悪魔である二人には、いまいち数の暴力が効きづらかったらしい。ここら辺は良し悪しだな。

 

「銃ものう、あれ意味あるか? 豆粒がペチペチ当たってくるだけだったんじゃが。豆粒の方がまだ退魔の逸話が乗ってる分効果があるのじゃ」

「効くのもあるらしいですよ? ガイア連合製の弾丸とか、触っただけで低級霊がはじけ飛ぶレベルだとか」

「効き過ぎじゃろ。お前たちはオーパーツを作るのが本当に好きじゃのう……」

「父上、母上、そんな事はどうでも良いんです! 今はハンバーガーが優先です! 並んでたら【マリンカリン】を使ってもいいですか!?」

「駄目」

 

 

 

 そんなこんなで、地方遠征と異界攻略を繰り返して数か月。

 ある日突然、俺は神主に呼び出された。内容は以下の通り。

 

 今から一か月後、日本神が封印されている【異界】群の攻略が開始される。幹部候補生である【狐憑き】は、これに参加して、戦闘および解放後の交渉を担当すべし。なお、必ず【稲荷神】を同行させること。

 

 なお、この作戦の完遂を持って【狐憑き】灰谷 蓮を、【日本神話渉外幹部】として任ずる。

 

「と、いう訳さ。君にとっては飛躍の一戦だ。受けてくれるよね?」

「……ええ、もちろん。願ってもない事です」

 

 お狐様から聞かされていた。俺の立ち位置は日本神との交渉に最適なポジションだと。ずっと準備はしてきたが、まさかこんなに早くチャンスが来るとは思わなかった。

 

「任せてください。必ず、上手くやって見せますから」

 

 

 

 

 

*1
バトル勝利後にHP、SPが8%回復





★異能者<灰谷 蓮> 称号:『狐憑き』『幹部候補生』 Lv35

魔・速型  火・氷耐性 地無効 破魔無効 
スキル 【アギラオ】【マハラギオン】【メディア】【ディアラマ】【デカジャ】【狐の加護】



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第十七話

 

 ガイア連合本部、星霊神社の一室。

 能力者たちの最高峰が一堂に会するこの場では、ガイア連合の幹部を集めた会議が行われていた。

 

「日本神かー。ぶっちゃけどう思う? 今は良くても、将来的にパイを食い合う可能性がありありと見えるんだけど」

 

 ガイア連合員たちは、基本的にすこぶる仲が良い。同じ【転生者】という同胞意識が強く働いているためだ。この幹部会議もその例に漏れず、他所の霊能名家が聞けば悔し涙を流すほどに和気あいあいと進んでいる。

 

「それな。でもまあ、解放しない訳にはいかんでしょ。霊地活性化を抑えられるし、対メシアの戦力になってくれるし。将来を心配しすぎて今滅んだら意味ないじゃん?」

「まあねー。エジプト神話が盛大にやらかしたせいで、多神連合はほぼ壊滅状態。今も海外からどんどん難民が流れ込んでるし。結局、終末の原因ってメシア教だったのかな?」

「さあな。取り合えず、この先【俺たち】と【メシア教】は敵対するって分かってりゃあ俺は十分だぜ」

 

 幹部たちが和やかな雰囲気で雑談する。内容こそ将来の危機を感じさせるものであるが、彼ら彼女らは皆一流の異能者たちである。何度も死線を超えてきた彼らは、緊張と楽観を程よいバランスで保つすべを当然身につけている。

 

「……やる夫は、やる夫は何でこんな所にいるんだお」

「はいはい、今や押しも押されぬ幹部様なんだから。ドシっと構えといてよね」

 

 ……一人、他とは違う理由で緊張に支配されている人間もいるが。 

 

「話がズレてるよー。今は【狐憑き】くんを幹部に入れて良いかどうか相談する場でしょ?」

 

 パンパンと手を叩いて、参加者の一人が話の流れを元に戻す。

 【狐憑き】。本名、灰谷蓮。中学二年生でガイア連合に加入した彼は、戦闘力も意欲も共に問題ない、ガイア連合からすると将来有望な若手であった。今回、新たに追加される【幹部】の候補となっている人物でもある。

 

「私はさんせーい。【タルタロス】攻略には来てくれなかったけど、何回か他の依頼でいっしょしたことあるんだよね。普通にいい子だったよ?」

「やる夫も同意見だお。同行してる【稲荷神】も友好的だったし、真面目で才能もある人だお」

 

 年若い女学生と、穏やかな顔をした青年が賛成意見を述べる。

 灰谷蓮は加入当初から幹部への意欲を口にしており、現【幹部】たちは以前から注目していた存在であった。他の幹部たちも、何人か続いて賛同を示していく。

 

「うんうん、良かった良かった。……真面目な話、『日本神と既に繋がりがあって』『Lv.30を超えてて』『そこそこ真面目で』『なおかつ幹部になりたい人』ってなるともう彼くらいしかいなかったからねー。僕としても一安心だよ」

「最後の条件が一番難題なあたり、【俺たち】の業の深さを強く感じるお……」

 

 この会議を仕切る神主らしき少年が満足気にうなずき、青年が人間の止めどない怠惰さに嘆くポーズを取ってみせる。

 話が終わろうとしたとき、ここで一人の男が手を上げる。体重は優に100キロを超えるであろう偉丈夫だ。反社会系団体(ヤ○ザ)の組長にしか見えない彼は、しかしその眼には確かな思慮深さを宿している。

 

「……俺ぁ、ちっと気になる所があるがね」

「お、【霊視】ニキは反対派? たしか【狐憑き】くんとは知り合いだよね?」

 

 神主が面白そうに嘯く。ここで反対意見が出る事は織り込み済みだと言わんばかりの態度だ。

 

「ああ、一緒に飯にも行く仲だ。確かに、真面目な良い奴だろうよ。だがな、アイツにとって優先順位の一番上にいるのは稲荷神だぜ。()()()()()()()()()()()()

 

 偉丈夫の懸念は、彼に取り憑く悪魔についてだ(この世界では神も悪魔の一種として扱う)。

 【狐憑き】に憑く悪魔を、以前偉丈夫は見たことがあった。異能を宿す彼の眼の見立てによれば、あの悪魔は生粋の【混沌・悪】だ。自らの利益を何よりも優先し、他人を蹴落とす事に一切の躊躇を覚えない死の商人。そして【狐憑き】は、その悪魔に随分と心酔している様子だった。

 

「【狐憑き】本人に文句はねぇさ。だが奴を幹部にするってのは、つまり外様の神を幹部にするってのと同義だ。そこんところのリスクはどうなる? その辺がちっと不安でな……」

 

 【狐憑き】に不満は無い。彼のアライメントは【混沌・善】だ。独自の論理で動くが、決して人道を外れる事は無い。だが背後にいる悪魔、そして【狐憑き】がその悪魔と親密であるというのが問題なのだ。

 ガイア連合の【幹部】に与えられる権限は様々だ。アイテムやシェルターの販売権、異界の管理。ガイア連合からの支援も大きく増える。もし悪用しようとすれば、その可能性には限りが無い。彼の懸念は彼自身だけではなく、【転生者】以外に権限を与えるのは不安だとする者たちの全員の懸念でもあった。

 

「あー、確かになー……。あれは相当入れ込んでるよな。俺もアイツの惚気話聞いたことあるわ」

「えー、でも幹部にしようって言いだしたのってショタオジでしょ? そこら辺考えてないとは思えないけど?」

 

 でも俺たちもシキガミとガイア連合だったらシキガミちゃん選ばない? シキガミとガイアが対立する状況って何よ。外様うんぬん言い出したら恐山とか自衛隊とかどうなのさー。いや、だからこそこれ以上転生者以外に権力を握らせるのは駄目じゃねって話だろ? ショタオジが大丈夫っつってんなら大丈夫なんじゃね? いや、ショタオジの大丈夫は一番信用ならんだろ。

 

 喧々諤々と議論が交わされる中、白いスーツに身を包んだ偉丈夫は神主を静かに見据えていた。誰よりもガイア連合を想う彼が、軽率な人事を行うとは思えない。だからこそ、その真意を聞いておきたかった。

 ガイア連合の盟主である少年は(皆が真剣に考えてくれて嬉しいなあ)と思いながら、にっこり笑って懐から書類を取り出す。

 

「大丈夫大丈夫、心配いらないって。灰谷くんはそこら辺、きっちり筋を通してるさ」

 

 そう笑って取り出した分厚い書類は、細かな文言がびっしりと書かれた契約書らしき紙。しかし一流の霊能力者である彼らには、その紙に込められた芸術的なまでの術式が感じ取れた。

 

「ほら、こういうのも用意してるから。君たちが心配してるようなことは起きないと思うよ」

 

 そう言って、全員に見えるようにテーブルへ書類を置いてみせる。

 

「……なにこれ、契約書?」

「そうそう、シキガミ製契約書。しかも僕特製のね。色々複雑にしてるから、力押しは無理。灰谷くんが僕の10倍くらい強くならない限りは破れないんじゃない?」

「えーと、どれどれ……。うわ、これ内容酷すぎない? 奴隷契約って言われた方がまだ納得できるんだけど」

 

 その内容を見たペルソナ使いの少女が、驚いたように声を上げる。

 裏切りや権利の悪用をありとあらゆる文言で縛りあげたこの文書は、まさにお伽噺で悪魔が持ちかける契約のようだった。これを用意したのが人間というのがジョークポイントである。

 

「ははは、僕のネコマタにも同じ事言われた。それでも最初と比べれば優しめにした方だよ? もしもの時*1困らないように、後々変更できるようにしてるし」

 

 そう言ってにこやかに笑う神主に、周りは苦い表情を浮かべる。時々自己犠牲を厭わないのがこの神主の欠点である。

 

「なるほどな。狐憑きの奴がこれに同意したら幹部にするって事か?」

「えー、これサインする人いないでしょ。特にショタオジ相手に。特にショタオジ相手に」

 

 契約書の重すぎる中身に、女学生が苦々しい表情を浮かべる。彼女自身、幹部に任命される時にこれを持ちだされたら断っていたかもしれないと思ったほど重々しい。悪用といったら、そもそもこの契約書自体にいくらでも悪用の可能性があり得るだろう。

 

「何で2回言ったの? ……あと、そもそもこれはとっくの昔に契約済みだよ。ほら、ここに署名もあるでしょ」

 

 神主がパラパラと分厚い紙束をめくって、最後の紙の末尾を指し示す。そこには確かに『灰谷蓮』の文字が刻まれ、隣には血判も押されていた。

 

「え? うわ、ホントだ! なるほどねー、だからショタオジも信用してたんだ。普通こういうの、ショタオジが一番心配するじゃん? ちょっと不思議だったんだよねー」

 

 幹部の一人が納得してそう言うと、周りの何人かも頷いて同意を示す。なんだかんだ言って、【ガイア連合】を一番愛しているのは彼だ。だからこそ周りは彼を信頼し、ついていっているのだから。この契約書を用意していたからこそ、神主は【狐憑き】の幹部入りを発案したのだろう。

 

 しかし神主は、「面白いのはここからさ」と言わんばかりに笑顔を浮かべてこう言った。

 

「いや? 僕がそれだけで【幹部】を任せる訳ないじゃん。僕が彼を信頼したのはね、この契約書を持ってきたのが()()()だったからさ」

 

 ちなみに彼が最初に持ってきた内容がこれね? と笑って、先ほどよりも更に分厚い書類をテーブルに乗せる。

 

「うわ、何これ! 『甲が思考した内容は、日付変更時に全て乙へ書式として送信されるものとする』……ってこれ、普段何考えてるかまで覗かれるって事!?」

 

 中身を見た幹部たちは、みな一様に顔を顰めた。先程よりも更に悪辣に縛られた契約内容もさることながら、何よりも『今後全ての思考は術者に開示される』という内容がことさら嫌悪感を煽った。脳内という、究極のパーソナルスペースを侵される事への不快感。ペルソナという心の鎧を用いる一部の人間にとっては、余計におぞましく思えただろう。

 

「彼が幹部を目指しだして直ぐだから、大体ガイア連合に入って一ヵ月くらいだったかな? 彼がこれを持ってきてね。『幹部の道が険しい事は分かっている』『彼女()の紐付きである自分はなおさらだ』『だから、この誓約書で最低限の信用を得たい』『あとは自分の行動で示していく』って言われてさー。その後も真面目に仕事をこなしてくれたし。まあ、チョロ甘の僕が絆されるには十分な時間が経ったってわけさ」

 

 そう言って笑う神主に対し、周りは沈黙しか返すことが出来なかった。神主が言っていた『最初よりは優しい』の『最初』とは、狐憑き本人が作った契約書の事だったのだ。もう一度、今度は彼が契約する事となった書類へ目を通す。確かに最初よりは優しくなってるだろうが、それでもやはり悪辣は悪辣だ。どう考えても、こんな契約をするよりその悪魔と縁を切った方が早いし賢い。

 

「うわー、これを自分から……。やっぱ【狐憑き】*2って言われてるだけあるな……」

「……なるほどな。【狐憑き】……いや、灰谷の野郎。きっちり筋通してるじゃねぇか」

 

 しかし、彼はそうしなかったのだ。愚かさを踏み越える彼の覚悟を前にして、これ以上何か言う事も躊躇われた。白スーツの偉丈夫もソファに身を沈め、もう反対意見が無い事を態度で示す。

 

「じゃあ、【狐憑き】灰谷蓮くんの幹部入りに賛成の人は拍手ー!」

 

 神主が笑ってそう言うと、全員がどこか安心したように手を叩く。なんだかんだ言ってもガイア連合員は仲が良いのだ。手段はともかく、友人を無暗に疑わなくて済むのは喜ばしい事だった。手段はともかく。

 

「あと、最後の決め手は【稲荷神】の方も問題なさそうってやる夫さんが言ってたからかなー。やる夫さんの目利きなら間違いないでしょって事で」

「え!? や、やる夫はただ、今の【稲荷神】さんなら灰谷くんが嫌がる事はしないだろうと言っただけで……傍目に見ても、本当に彼の事を大事にしてるように見えたから……」

「そうビビんなって。アンタの眼力をみんな認めてるって話だ」

「そうそう、やる夫さんの目利きなら信頼できるよね!」

「(信頼が重すぎるお!!!!!!) 」

 

 その裏である一人の幹部が胃を痛めていたが、まあこれはいつもの事なので良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が【封印異界解放】の任務を受けた数日後。

 

「はい、こちら統括本部。ああ、ゴトウの【五島歩兵師団】なら明日到着する。物資の引き渡しもその時に……。ああ、ああ。任せたぞ」

「ああ!? てめえ、地方霊家がそんな舐めた事言ってんのに何で一発ぶん殴ってやらなかった! いい、その交渉は俺が引き継ぐ! 今回協力しなかった組織は今後どう扱われるか、懇切丁寧に説明してやるよ!」

「はい、こちらの書類にサインをお願いします……はい、では次はこちらの書類に。その次はこちらです。……中身? 貴方が知る必要がありますか?」

 

 え!? ヤ〇ザの事務所!?

 ……ああ違った、【霊視】ニキが率いる異界攻略統括本部だった。

 

 【霊視ニキ】とは、筋骨隆々の肉体に傷痕のついた顔が威圧感を放つ、規格外の巨漢である。ガイア連合最古参の【幹部】であり、もはや【大幹部】という言い方が相応しい。レベルも確かLv.70を超えていたはずだ。

 彼と、彼のシキガミ(前世のキャラをモデルにした【モードレッド】)と、【恐山】から派遣されてきた彼の婚約者の三人が今回の【封印異界攻略部隊】の総責任者である。

 

 ……見た目の威圧感が凄すぎて、完全に組の事務所にしか見えないんだけどね。若頭(霊視ニキ)、武闘派(モードレッド)、極妻(恐山のイタコ)みたいな感じで。

 

「おい、おい! 呆けてる場合ではないのじゃ! 処理すべき書類がこんなに残ってるのじゃぞ!」

「すみません、今やります!」

 

 あと、殺人的に忙しい。事務員や地方の有力者がひっきりなしに書類を運んでくるせいで、いくらやっても仕事が無くならない。

 ヤギ……そう、俺は一匹のヤギなのだ。運ばれてくるご飯を食べるだけのヤギ……。

 

「おい」

 

 無心になって作業していると、【霊視】ニキがこちらに声をかけてきた。

 何気ない一声にも、ただの人間とは比べ物にならない力が込められている。流石ガイア連合の【大幹部】だぜ……。

 

「滋賀の異界がそろそろ片付くらしい。今から【トラポート】持ちに運ばせるから、すぐ合流してボスまで倒してこい」

「了解です! あ、でもそうするとこの書類は……」

「いい、それくらいこっちで処理しとく。……あと、向こうの倉庫に俺たちが前使ってた装備が入ってる。もう使わねぇから、お前らで好きに持っていけ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 マジで? いくらお古の装備とはいえ、今俺たちが使ってる物より何段階も上等な物ばかりのはずだ。売るかオークションに出せばそれだけで纏まった金になるだろうに、まさかそのまま貰えるとは。

 

「ボスを倒せたら、すぐに日本神を解放して異界を安定化させる。いい機会だ、その後の交渉までやってみろ」

「交渉も!? ……りょ、了解です!」

 

 おいおい、めちゃくちゃ仕事任せてくれるじゃん。太っ腹だし仕事の割り振りは早いし、怖いのは見た目だけで理想の上司じゃんねこの人。

 

「灰谷。……おめぇ、幹部になりてぇならここ踏ん張りどころだぞ。気張れよ」

 

 そう言って、【霊視】ニキは軽く俺の胸を叩いてみせた。

 …………か、カッケェ~~~~~~~~~!! まさに『漢』って感じの人だ。何でここまで俺に期待してくれてるのかは正直よく分からんが、とにかくメチャクチャいい人だ!

 

「押忍!」

 

 思わず返事も任侠になっちゃうわ。いや、これ任侠か? 分からんけど。

 

「……おい。わらわ、普通に男相手でも嫉妬するタイプじゃからな」

「可愛い~~~~~~!! もちろんお狐様が一番ですよ! 世界で一番美しいです!」

「父上、私は?」

「もちろん世界で一番可愛い!!!!」

 

「さっさと行け」

「……花山様、私はいかがでしょうか……?」

「……知らん」

 

 

 

*1
ガイア連合が乗っ取られた場合や神主が不慮の死を迎えた場合

*2
狂人の意。



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第十八話

 

 異界攻略は滞りなく完了した。

 ボスはこの異界の管理を任されていたという天使、【プリンシパリティ】。メシア教日本支部からの撤退指示を無視し続けて、ついに事実上の殺害許可が出た筋金入りのイカレ天使だ。

 軽く話してても「なぜ聖人がここにぃ!? 悪魔、貴様が誑かしたのですねぇ!!」「おお、不浄なるリリスよ! 今すぐ彼を解放するのです!」「神、神、神、神ィ! 神の御意志が聞こえないのですかァアアアアアア!!!!!」と非常にうるさかった。やっぱメシア教ってカスだわ。

 結局最後は最大までMAGを込めたなんちゃって【アギダイン】で焼き尽くしたが、最後まで救済だ信仰だとうるさい敵だった。

 

 いや、イカレ天使の事はもういいか。異界に封印されていた【キクリヒメ】と話をしなければならない。俺達にとってはこっちの方が本番である。

 

 

 

 

「ガイア連合特殊外部顧問、【稲荷神】じゃ」

「ガイア連合準幹部、大和神対応担当の灰谷蓮です」

「……日本神、【キクリヒメ】です」

 

 ガイア連合にいると、上には上がいるという言葉を意識することが多い。ショタオジを筆頭に幹部は怪物揃いだし。

 だが上には上がいれば当然、下には下がいるのだ。

 たとえばガイア連合の傘下に置かれた多数の地方組織、最近敗北して流れ着いてきたエジプト神話勢力、未覚醒の一般人たちなど色々。

 

 そして趣味が悪い話になるが、うちのお狐様はこういう相手にイキるのが大好きなのである。

 

「いやー、キクリヒメ様にわらわの氏子をお見せするのは恥ずかしいのう。 まだまだ未熟な者で、無作法お許し願いたいのじゃ……これこれ、そうMAGを高ぶらせるでない♡ なに、緊張してついやってしまったのか? ならば仕方がないのう♡このざこ♡ざーこ♡霊能よわよわ♡ わらわのこと好きすぎ♡まったく、キクリヒメ様の氏子を見習わせたいのう……?ぜひ紹介してほしいものじゃのう……?」

 

 イエーーーイ!!最高にかわいい!!!いつもの妖艶なお狐様もいいが、和服に着替えてメスガキと化したお狐様も最高に愛せるなあ。ここで俺の力量をアピっておくのも狡猾で大好き。

 

「ん? んんん? ええっ!? 0人!?!? 零細一般狐のわらわですら理解ある氏子くんがいるのに!? 日本神話の有力神であるキクリヒメ様には0人!?!? ほー……なるほどなるほど……。……おいキクリ、焼きそばパン買ってくるのじゃ。ダッシュな。……ギャアアアアアッ!?!?」

 

 あっ、煽りすぎて【破魔】かけられてる。ゴロゴロと床を転がっているが、雰囲気がギャグっぽいので大丈夫だろう。ファニーなお狐様も可愛いね♡

 

「こ……殺す! この駄狐を殺して私も死にます! これ以上の生き恥を晒しては生きていけません!」

 

 肩で息をしながら叫ぶ【キクリヒメ】を何とかなだめる。【キクリヒメ】さまは淡い黄色の着物に身を包んだ、20代後半にも見える清楚で明るい女性だ。今はちょっと錯乱してるけど。

 

「私頑張ったのに! 天使相手にも頑張ったのに! うう、もう飲まないとやってられない……! お酒おかわりください!!」

「はい、かしこまりました」

 

 交渉用に作った一室で、キクリヒメ様は勢いよくお神酒を飲み干しておかわりを要求する。高級な調度品に囲まれてるせいで、ホストクラブに嵌まった真面目なOLにも見えてくる。

 ちなみに隣で恭しくお酒を注いでるのが俺ね。

 

「くそう、くそう……! 私のほうが先輩なのに、後輩ばかりがどんどん出世していく……! DQNのカグツチくんの相手とか全部私がしてたのに……!」

「酷いですね。みんなキクリヒメ様の大切さに気づいていないんですよ」

「うう、優しい……シャンパンお願いします……」

 

 やっぱりこれホストクラブかもしれん。元は密会用の部屋のため薄暗く作られていたのが仇となったか。

 

「うう……こんな(霊能が)イケメンがあの狐の物なんて納得できない……。お兄さん、この後予定ありますか? 改宗とか興味無いですか……?」

「申し訳ありません、うちはそういうお店じゃないので……」

「そうじゃそうじゃ。キャストの引き抜きはご遠慮いただこうかのう」

 

 あ、お狐様が復帰してきた。破魔のダメージがやっと抜けたのだろう。

 スッと立ち上がったお狐様はそのままソファに深く座り、テーブルの真向かいを指さす。

 

「さて、冗談はこのくらいにしておくか。ほれ、お前もこっちに座るのじゃ」

「くっ、割と本気で撃ったのに。私たちがいない間に、随分と力を蓄えたようで」

 

 お狐様はさっきと違って至極真剣な雰囲気だし、キクリヒメ様も真面目な表情をしている。こういう二面性もお狐様の魅力だよな。

 

「……ふう、落ち着きました。動けるようになったのもお酒が飲めるのも久しぶりで、少し羽目を外してしまいましたね」

「はいはい、そういうの良いのじゃ。早く商売の話に移るぞ」

「む。商売神は風情がありませんね。……まあいいでしょう。貴女がそこまでの力を得たカラクリも気になりますし」

 

 アイスブレイク(本当にそうか?)を終え、まずはお互いの認識や過去話の擦り合わせから行う。

 

 そもそも大和神話勢力がなぜここまで衰退してしまったのかと言えば、その発端は1945年の太平洋戦争にさかのぼる。当時の日本は、世界の大国であるアメリカ率いる連合軍に敗戦寸前まで追い込まれていた。そのまま終わっておけばまだ傷も少なかったのだろうが、追い込まれた日本は禁じ手とされていた【オカルト】に手を出してしまう。

 【祟り】による直接的な呪殺に始まり、【ガルダイン】による神風や異能者による蹂躙など、国有の退魔組織である【ヤタガラス】を中心とした反攻作戦は最初こそ大きな成果を上げた。

 だが、ここでアメリカの背後に存在する【メシア教】が動く。呪殺は天使に弾かれ、神の火である【メギド】と【メギドラオン】が艦隊を壊滅させた。結局日本は奮戦虚しく破れ、日本の退魔組織を危険視したメシア教により地方組織は全滅。彼らが崇めていた大和神たちも、みなそれぞれの異界に封印されることになったのだった……。

 

 と、この話をしている【キクリヒメ】様は本当に悲しそうだった。

 

「【メシア教】に氏子たちを殺され、身動きの取れぬ異界に縛り付けられ。あの鬼畜米英を倒すとなれば、私に否はありえません。解放の恩も合わせて、【ガイア連合】への協力を約束しましょう」

 

 そう言って寒気のする微笑みを浮かべた彼女からは、メシア教への確かな憎悪が読み取れた。これに嘘は無いだろう。

 だが、俺たちにとってはここからが本番だ。どういう条件で約束するのか、支援はどれくらい必要なのかをキッチリ詰めなければならない。

 

「そ、それでですね……。その、対価はどれほど頂けるのです?」

「なんじゃお主、厚かましいのう。お主が憎む【メシア教】へ助太刀してやるというのに、まだ助けがいるのか?」

 

 まずお狐様が軽いジャブを放つ。最も有利な今のうちに、ガイア連合との格付けを済ませておきたいのだろう。

 

「(こ、コイツ、今度コテンパンにしてやります……!) ……妙な事を言いますね。【多神連合】を下したメシア教は、じきに全世界の征服に乗り出すでしょう。その時、あなた達だけで対抗できるとお思いですか?」

「さあ、どうかのう……。ガイア連合の盟主の力は凄まじいものがあるからのう。分からぬのう」

「下手な嘘は止めてください。だったら私たちを解放する理由がありませんよ? ほんとは『助けてください』ってお願いしたいんじゃないですか?」

 

 おお、お互いにバチバチやり合っている。ガイア連合が格上だと納得させたいお狐様と、日本神の方が格上だと主張したいキクリヒメ様との争いだ。

 その後もお互いのマウント合戦がしばらく続いていたが……。

 ……あ、お狐様が目配せしてきた。ここら辺が頃合いかな。

 

「お狐様、いい加減になさっててください! さっきから聞いていれば、余りにも誠意を欠いた物言いではありませんか!」

 

 グッ。 

 演技とはいえ、お狐様に怒鳴るなんて畏れ多い行いにダメージが入る。

 

「キクリヒメ様と言えば、あの伊邪那岐様と伊邪那美様の仲を取り持ったとされる偉大な神! 格がどうこうなど、そのような不毛な諍いはお控えください!」

 

 胸の苦しみを抑えながらキクリヒメ様に向き直り、恭しく頭を下げる。

 

「キクリヒメ様、大変失礼致しました。我が神の過ちは私の過ちと同じ。どうぞお怒りは私にお願いいたします」

「い、いえいえそんな……! ええっと、崇める神にすら諫言を行う貴方の信心、お見事です。貴方の言葉で私も目が覚めました。日ノ本の子は我が子も同然。家族を助ける時に、互いの格を気にすることがありましょうか」

 

 よし、ミッションコンプリート。

 神というのは誇り高き生き物で、互いの格付けなんてしたら揉めるのが眼に見えている。なので間に俺という人間が入ってヨイショする事で、何となく対等っぽい雰囲気にしとくのが一番なのだ。

 

「お心遣いに感謝いたします。……それで、支援のお話でしたが」

「は、はい。……あの忌々しい【メシア教】から受けた傷は、未だ癒えておりません。一人でも多くの信者、一つでも多くの祭殿が必要なのです」

 

 これは前から聞いていた話だな。この世界の【神】は信仰されることで力を得る。正確に言うと信仰から生まれる【MAG】を摂取している。

 

「勿論です。現在【ガイア連合】は多数の地方組織への支援を行っており、その中には【キクリヒメ】様を崇めるものも含まれていますよ」

「いえ、それもありがたいのですが……その、ガイア連合の方を勧誘してはいけないのですか? 例えば貴方のような方が信仰してくれれば、私の力も増すと思うのですが……」

 

 そう言って【キクリヒメ】様は赤い顔をしてこちらを見つめて来る。ここでおっ、俺の事が好きなのか? などと阿呆な勘違いをしてはいけない。

 先程の話にも触れるが、信仰による【MAG】の量は信者の質に依存する。強力な【覚醒者】ほどより多くの【MAG】を生み出す事ができるのだ。霊能の素質は子供に受け継がれる事もあわせ、高レベルの異能者を抱える事は神にとって至上命題なのである。

 

「こらーーー! 卑し女神すな!! この氏子はわらわを永劫信じ続けると誓っておるのじゃぞ! そもそもよその信者を横取りとか、行儀が悪すぎるのじゃ!」

「だ、だってしょうがないじゃないですか! 貴女ばっかりズルいです! 前は野狐スレスレの駄目稲荷だったのに、今はこんなに力強くなって! 霊能も強力で、信仰も練り上げられていて……貴女だけそんな優良物件捕まえてズルいです!」

 

 ふふふ、信仰が練り上げられてるだって。お狐様への忠誠を褒められちゃったぜ。

 

「羨ましいか? この輝かしい魂、幾度の死線を越えて鍛えられた信仰心……。でも残念、こいつはもうわらわに夢中じゃからのう。悔しいのう悔しいのう」

「ぐぐぐ……。たまたま氏子ガチャでSSR引いただけの分際で調子に乗って……!」

 

 やっぱり人を煽る時のお狐様はイキイキしてて楽しそうだなあ。彼女の持つ悪性がこんなに可愛らしい形で発散されてると思うと喜ばしい限りだ。

 

「ふふふ、そう悔しがるでない。わらわがただ自慢するだけだと思うたか? ガイア連合を見よ。みな超一流の異能者ぞろいでは無いか」

「!! ……そう言えば、貴女はガイア連合特殊外部顧問……! まさか、私に人の子を紹介してくれるのですか!?」

「ふふふ、勿論じゃ。わらわは割と初期からガイア連合と関わってきた、いわゆる最古参。ガイア連合と上手く付き合っていく為に何が必要か、よく分かっておるのじゃ」

 

 そう言うとお狐様は一瞬でスーツ姿に早着替えした。自衛隊との依頼で使っていたやつだ。

 どこからか飛んできたスポットライトの光に照らされて、お狐様がビシッとポーズを決める。

 

「今のわらわはそう、超一流の敏腕プロデューサー狐! お主をみながチヤホヤして崇め奉るようなスーパー女神に育て上げてやるのじゃ! いうなればそう……【野女神。をプロデュース】じゃ!」

 

 楽しそうにキメポーズをするお狐様は、そう言って不敵に笑ったのだった。

 最近ドラマにハマってましたもんね。楽しそうで何よりです。

 

 

 

 





文字数がかさんだため話を分けました。
後編は可及的速やかに投稿します。


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第十九話

連続更新の二話目です。
一話目をお読みになっていない方は、一つ前の話からお読みください。


 

『まずのう、お前に商売というものを教えねばならん』

 

 昔を思い出している。ガイア連合の幹部入りが内示された後、お狐様と話した時の事である。

 

『例えば、このペン。何の変哲もないボールペンじゃが、お前だったら何円で買う?』

 

 そう言ってお狐様は今まで持っていたペンをゆらゆらと揺らす。

 

『……100円くらいですかね』

『妥当な値段じゃな。だがこれを「わらわが愛用しているペン」と言われたらどうじゃ?』

『100万円でも買います』

『うむ、相変わらずお前はわらわの事が大好きじゃのう。まあそれはよい。肝心なのは、このペン自体は何も変わっておらぬという事じゃ。なのにほんの少し売り方を変えただけで、このペンの価値は99万9900円上がった』

『……なるほど』

『商売人の間ではな、取引は「三方良し」が理想とよく言われておる。自分よし、相手よし、世間よしの三つじゃ。だがの、誰かが得をすれば誰かが損をするのがこの世界じゃ。どうすればそんな事が成り立つのか気にならんか?』

『確かに』

『それはの、わらわ達が新しい価値を発掘しているからじゃ。このペンと同じじゃ。わらわ達商人はな、見方を変える事でモノの価値を何倍にも高めることができる。新たに生まれた価値を分け合う事で、みなが得するようになる。わらわはそれが商売の意義じゃと思っておる』

 

 稲荷神は商売繁盛の神。優し気に微笑むお狐様の顔は慈愛に満ちていて、やっぱりこの人を好きになってよかったと俺は惚れ直したものだった。

 

『今回も同じよ。ただガイア連合と日本神の橋渡しをするだけでは商売にならん。日本神の新しい価値、ガイア連合の新しい価値をわらわ達で生み出すのじゃ』

『……できますかね、そんな事』

 

 俺の問いに、お狐様はフフンと楽しそうに笑ったのだった。過去回想終わり。

 

 

 

 

 

「ぷ、プロデュース?」

「そう、プロデュース! わらわがお主を大人気アイドルに仕立ててやるのじゃ!」

 

 そう言ってお狐様は不敵に笑う。正直何が何だか全然分からんが、取り合えずお狐様が言うなら黙ってみておこう。

 

「まずキクりんよ」

「き、キクりん!?」

「黙って従うのじゃ。キクりん、お主はかなり古き神じゃよな? 祭神としての振る舞い方や、氏子への接し方について一家言あるじゃろう」

「そ、それはもちろん! 我が1000年続く神社のノウハウが……」

「それな、全部捨てよ。ぜーんぶ無駄じゃ。ガイア連合員に対しては何の役にも立たん」

「なんてこと言うんですか!!」

 

 叫ぶキクリヒメ様をよそに、お狐様はどこからかホワイトボードを取り出してきて書き込み始める。なんだなんだ、なんか東〇の授業みたいになってきたな。

 

「わらわは3年間、ガイア連合の中で過ごしてきた。彼らの中には良い人間もおれば悪い人間もおった。様々な人間たちと触れ合ってきたつもりじゃ。それで分かった事があるのじゃが……」

 

 そう言ってお狐様はホワイトボードに、

 『ガイア連合員=才能だけは超一流の、趣味に生きる享楽的かつ刹那主義のろくでなしたち』

 と大きく書いた。

 ひ、酷すぎる。何が酷いって、あんまり否定できないのが余計に哀愁を誘う。

 

「これじゃ! はっきり言うとな、奴らを強大な霊能組織の一員として考えると絶対失敗するぞ! 奴らは筋金入りの個人主義で、協調性が無く、自らの力に対しての意識も低い! ゆるいインカレサークルと考えろ!」

 

 そう叫ぶお狐様に、思わず笑ってしまう。もうこれアンチじゃんね。

 キクリヒメ様は信じられないという表情をしていたが、俺が後ろで静かに頷くのを見て驚愕していた。

 

「そ、そんな……! 大和を救ってくれる救世主ではないのですか!?」

「……まあ、中には一人くらいおるのではないか? わらわは責任取らんけど。というかそもそも、ただの一般人に霊能名家ばりの義務を負わせるほうがどうかしてるのじゃ」

「じゃ、じゃあ私はどうすれば……!」

「そこじゃ! そこにこそ新たな価値を生む余地があるとわらわは判断した!」

 

 そう言うとお狐様は眼鏡(伊達メガネ)をくいっと上げ、これからが本番とばかりにホワイトボードをバンバンと叩いてみせる。

 

「わらわは下っ端なりに稲荷神として長く生きてきたゆえ、それぞれの神の性格についてよく知っておる。例えばキクりんよ。お主は堅物かつまじめな性格で、その面倒見の良さゆえに割と損しがちなタイプじゃ」

「ほ、本当によく見てますね……」

「さらに、この美女でありながらくたびれたOLのような外見。思わず守ってあげたくなる、放っておけば割と人生踏み外しそうな雰囲気。あと意外とポンコツやらかす事もある……」

「馬鹿にしてるんだったら帰りますけど」

「何を言っておる、完璧じゃ! お主はオタク受けする要素だけ煮詰めたような最高のキャラじゃ! バズが服を着て歩いておる!」

 

 草。

 

「こういう可愛げを前面に押し出していくのがプロデュースのコツじゃな。ガイア連合員は基本格式ばったやり取りとか上下関係が苦手じゃから、お主のようなややポン(ややポンコツの略)はまさにうってつけじゃ」

「ほ、褒めてるのか貶してるのか分かりません……!」

「ううむ、よくよく見ても完璧じゃなあ。太ももも太いし。今のトレンドは太ももが太い女とくたびれたOLじゃからの。ここからもうちょっと髪をぼさぼさにして目の隈を濃くしても良いし、スーツとかパリッとした服装にしてギャップを狙っても良いし……。性癖のイーブイみたいな女じゃなお主」

「お狐様、現代の文化に染まりすぎてません?」

 

 価値の創造ってそういう事で良いの? あれ結構良い話だと思ったのに、結局言ってる事はソシャゲのキャラ開発部じゃない?

 

「キクりん、異論があるなら今のうちに言っとくのじゃぞ。ポンコツ要素は一度使うとそれ以上を求められ続けるから辛いとかいう話か?」

「いや全然違うんですけど、おかしいな、貴女ってこんな愉快な性格してましたっけ?」

「氏子に出会ってからのわらわは大体こんな感じじゃな」

「男に染められてる……」

 

 …………。

 なるほど。かなり咀嚼しにくい話だったが、一度理解してしまえば確かにもっともな話だ。【俺たち】はノリで生きている生き物だし、一生を神に捧げるとかの心構えも出来ていない。だからガイア連合員の性癖と【日本神】の性格の両方に詳しいお狐様が神たちの親しみやすさとかをアピールする事で、両者の距離を縮めようという訳だ。

 

「まずはYoutubeから撮るぞ。初期投資ほぼ0でできるYoutubeは宣伝の手始めにうってつけじゃ。SNSアカウントも後で開設しておくからの。宣伝は氏子の知り合いの事務員を通してバッチリやっておくから任せておくとよい。インプレッション1000万は固いのじゃ」

「え、え、え? あの、私は何をすれば……?」

「よいよい、取り合えずこのカメラに向かって自己紹介をするのじゃ。編集はわらわがやっておいてやろう、初回無料じゃが次からは金を取るからな」

 

 …………それはそれとして、お狐様の知識はどこから来てるんだろうか。敏腕プロデューサー感を押し出したいのか、いつの間にか眼鏡がサングラスに変わっている。この衣装へのこだわりもどこから来るんだろう。

 

「お主の真面目さ、不憫さ、そしてたまに出るポンコツさ。それに加えてこの27歳都心OLのような見た目があればもう鬼に金棒よ。ゲーム実況も映えそうじゃのう。今はソロ配信が主になるじゃろうが、いずれ多くの日本神が解放されれば箱を作って箱推しを呼び込むのじゃ」

「楽しそうですねえ、お狐様。可愛いです」

「ふふふ、日本神話はカップリングと異常性癖の宝庫よ。イザナギイザナミのカップルチャンネルに、キクりんとコノハナサクヤの百合営業。ツクヨミの奴は地味な苦労人にすれば社会人ファンも取り込めそうじゃのう」

「【俺たち】が沢山スパチャしそうですねえ。そういう広い間口で人を集めて、熱心な人を信者に勧誘するって流れですか?」

「そうそう、その通り。お前も分かって来たのう。それに、これはガイア連合にとっても得のある話じゃぞ? MAGを取り込んで強化された日本神がガイア連合に協力するのは勿論、これが軌道に乗ればアイドルとなった彼らに会いたくて【覚醒】修行に打ち込む奴も出て来るじゃろう。趣味人の集まりにモチベーションを供給してやれるのじゃ」

 

 普通の配信者と違って、神へのスパチャは【MAG】が基本だ。そう考えれば、もっと推しにスパチャしたいという理由でより修行に励む俺たちも出てくるかもしれない。ここら辺は捕らぬ狸の皮算用って感じだけど。

 

「えっと、私は主に縁結びの神として知られていて、でも水の神とか山の神とかも言われてるから、私を信仰してくれたら良縁が捕まえやすくなるし、あと山登りに行ったら絶対川が見つかります、見つかるわ! すっごく美味しいお水です! ですわ!」

 

 キクリヒメ様は慣れないカメラに向かって、自分を信仰するメリットや加護の内容とかについて一生懸命話している。敬語がごちゃごちゃになってるな。明らかに慌てて目を回している様子は、確かに【俺たち】の間でもファンが増えそうだった。

 

「……これ、お狐様もやるんですか?」

「んー? そうじゃのう、箱運営が順調に行ったらわらわも出ようかのう、腹黒キャラとして人気を集めるのじゃ」

「…………」

 

 お狐様は可愛いし面白いので、きっと配信を始めたらかなりの人気になるだろう。沢山のファンが増えるだろうし、スパチャもガンガン稼げるだろう。大人気配信者になって、ファンに囲まれて……。

 …………それは、少し嫌だな。

 

「お狐様」

「!?!?!?!?」

 

 ニヤニヤほくそ笑んでいたお狐様を背後から抱きしめる。普段ならこんな事畏れ多くてできないが、今はそれ以上に怖い事があったので気にならなかった。

 

「な、なに、」

「お狐様は配信なんてしないでください。ずっと俺だけのお狐様でいて欲しいです」

「~~~~~~~~っ!! は、はい……」

 

 お狐様はか細い声で返事したかと思うと、そのまま黙り込んでしまった。

 ……大丈夫だろうか。いきなり抱きしめたのはやはりやりすぎだったか?

 

「お狐様? 」

「な、なんじゃ? 確かに、裏方であるわらわが表に出たら反感を買うかもしれんからのう! うむ! お前もプロデューサーとして中々分かって来たではないか! なあ! うむうむ! そうじゃそうじゃ! 炎上はな、あのー、やはり怖いからのう!」

「……お狐様、愛してますよ」

「きゅう」

 

 やばい、いたずら心が湧いて耳元で囁いたら動かなくなってしまった。だってワタワタしてるお狐様が可愛すぎたから……!

 

「えーと、加護! 加護はあの、前に氏子に渡したら重すぎて全身麻痺になっちゃって! でもちゃんと強い加護なので、大丈夫だと思います! たぶん!」

 

 俺とお狐様がわちゃわちゃやってる間も真面目に話続けていたキクリヒメ様の動画は、入念な宣伝の甲斐あってまあまあバズった。

 その後キクリヒメ様は配信者としてのロードを歩み出すのだがが、まあこれは別の話である。

 

 

 

 



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閑話2

【インターネットやめろ】日本神総合箱応援スレ part.11【やめるな】

 

15:名無しの転生者 ID:qLYTRN8WY

 天照さま参戦うおおおおおおおおおお

 

17:名無しの転生者 ID:K8FFDQXHi

 アマテラスきちゃああああああああああああ!

 

18:名無しの転生者 ID:cQKwwSLTi

 太陽神うおおおおおおおおおおお

 

19:名無しの転生者 ID:RqHiUyE/c

 どうして最高神がYoutuberしているんですか?(現場猫)

 

21:名無しの転生者 ID:UQ8HwPolr

 キクりんがバズったからな 二匹目のドジョウに殺到している

 

24:名無しの転生者 ID:pTj7ZpM0/

 これも新しい信仰の形だぞ

 

28:名無しの転生者 ID:MceajnbEj

 あーもう終わりだよこの国

 

31:名無しの転生者 ID:qUkK+OTpY

 この方法でちゃんとMAGが稼げてるってんだから凄いよな 確かに推しへの感情は崇拝に近いものがあるかもしれんが

 

32:名無しの転生者 ID:6pXXWzTjg

 キクりんの初配信すき 

 

35:名無しの転生者 ID:0KFJDgsHL

 キクりんは初配信でポンを発揮してくれたからな

 

36:名無しの転生者 ID:rU40H5Or8

 「あっあっあっ、カメラが倒れそうに」(胸チラ)

 

40:名無しの転生者 ID:YpPpG2EHd

 キクりん……罪な女だぜ……

 

44:名無しの転生者 ID:Hykm7k64O

 ツクヨミさま好き モブ顔眼鏡の男が性癖なので

 

48:名無しの転生者 ID:niKODc8of

 天照の配信イカれてて草

 

49:名無しの転生者 ID:X0PUprbay

 何もしゃべらずゲームしてるだけで草

 

51:名無しの転生者 ID:SiHFHChcL

 顔がいいからって何でもありだと思うなよ

 

54:名無しの転生者 ID:Wak32HZq4

 「……チッ、ラグでしょこれ……」カチカチ……カチカチ……

 

55:名無しの転生者 ID:5pPO60JV9

 最高神の姿か……? これが……

 

59:名無しの転生者 ID:90YOSoRzT

 天照さまお顔アチアチで草

 

60:名無しの転生者 ID:tyRNhb2uV

 そして寝る

 

64:名無しの転生者 ID:9HDpgbmMe

 うーんこの顔がいいだけの生き物

 

66:名無しの転生者 ID:9srCI5d0f

 でもスパチャはめちゃくちゃ飛ぶ

 

69:名無しの転生者 ID:Sp77T8tCM

 転生者だけに公開されてるのにこの量はすごい 俺たちの大半は投げてるんじゃないかこれ

 

70:名無しの転生者 ID:GGXIeb1dI

 面白すぎる

 

74:名無しの転生者 ID:h0lhEDAHg

 日本の最高神がFPSで顔真っ赤にしてるの面白すぎるよ そりゃスパチャも投げる

 

78:名無しの転生者 ID:XwxYGTHOh

 顔も良いしな

 

79:名無しの転生者 ID:Yy7YQu9xC

 寝顔神々しすぎてワロタ 

 

82:名無しの転生者 ID:sGeAQBhfZ

 天照様スヤスヤで草

 

84:名無しの転生者 ID:Y7k7+6rzi

 配信者が配信中に寝るなよ

 

85:名無しの転生者 ID:G6TngdQGm

 アングルが危うい

 

89:名無しの転生者 ID:OCL6fb2Me

 見え……見え……

 

90:名無しの転生者 ID:1M8a1rJGo

 このぶかっとしたパーカーが俺を狂わせる

 

94:名無しの転生者 ID:MyUmEN+b0

 酒飲んでゲームして寝る 最高神なんてこれで良いのよ

 

98:名無しの転生者 ID:ZjFBQa8R1

 あ、終わった

 

102:名無しの転生者 ID:2IwuSRono

 配信時間20分以下で草

 

105:名無しの転生者 ID:dyVLF6dxT

 誰が配信消したんだこれ? 彼氏か?

 

107:名無しの転生者 ID:0LIqw6/vO

 普通にスサノオだろ 弟だし

 

108:名無しの転生者 ID:refxooRew

 >>105

 もうガチ恋勢湧いてて草

 

110:名無しの転生者 ID:FeQKPP9yz

 ちょっと太陽フレア漏れ始めた所腹抱えて笑った 

 

113:名無しの転生者 ID:1UmlSaDn/

 スパチャ投げたわ これから推す事に決めた

 

114:名無しの転生者 ID:oHicdgKWv

 日本神箱推しワイ、とうとう覚醒修行に赴く事を決意

 

115:名無しの転生者 ID:V8+wjNbiN

 未覚醒者はMAGもマッカも投げれんのが辛いよな

 

117:名無しの転生者 ID:oHicdgKW

 現金・MAG・マッカの三種類あるけど明らかマッカとMAGの方が反応いいもんな

 神によっては赤マッカにしか反応せん奴もおるし

 

121:名無しの転生者 ID:2N3e7ijNi

 マジでこれきっかけで覚醒修行やり始めた奴多いと思うわ

 

123:名無しの転生者 ID:oHicdgKWv

 俺の周りにもまあまあおるぞ もう覚醒してる奴でもスパチャの為に修行再開した奴とかおる

 

126:名無しの転生者 ID:EiDc0lFPw

 推しへの愛が物理的に試されている

 

130:名無しの転生者 ID:wba7P0vzI

 高レベルの奴ほど投げられるMAGが多い→推しに認知されやすくなるの法則があるからな

 

131:名無しの転生者 ID:3kreVLI2t

 キクりんに名前覚えられた瞬間推し続けるのを誓った

 

132:名無しの転生者 ID:nYb25Nc+Q

 「人の子が悪魔に搾取されています! 許せません!」

 

135:名無しの転生者 ID:CrwV4Xlox

 >>132

 おう天カス羽見えてんぞ

 

139:名無しの転生者 ID:Bwe2t1eJs

 >>132

 フォルマを抽出される作業に戻りましょうねー

 

143:名無しの転生者 ID:AJmOp6NDv

 俺たちが稼いだ金を俺たちが何に使おうが自由なんだよなぁ……

 

146:名無しの転生者 ID:RtY+Vp2T7

 キクりんはそこら辺ちゃんと心配してくれるぞ

 

147:名無しの転生者 ID:iSwTjptwc

 キクりんあざとすぎてわざとやってるのかと心配になる 

 嘘 もっとやってくれ

 

149:名無しの転生者 ID:X325Cjok2

 「わっ、お金がいっぱい……あの、嬉しいのですが貴方のお財布が心配です……! ご飯ちゃんと食べれてますか? お腹空いてませんか?」

 こんなん限度額までスパチャするわ

 

151:名無しの転生者 ID:3OsFXDEZJ

 俺キクりんの同僚だったかもしれん

 先輩のキクりんが俺を心配してお弁当作って来てくれるんだ

 

154:名無しの転生者 ID:/ntf47tFS

 キクりん推し多いな 先行者利益ってやつか?

 

158:名無しの転生者 ID:YHLWRDK+C

 最初は全員ビビり散らかしたからな 神がYoutubeやるとか想像もつかなかったから

 

159:名無しの転生者 ID:rpNRnRJ51

 日本神「やっと封印から解放されました! 嬉しい!」←わかる

 日本神「でも信者がほぼ全滅したので新たに募集しないといけません!」←わかる

 日本神「だからYoutubeで配信者になります!」←!?!?w!w?w!??www!?wwww

 

161:名無しの転生者 ID:yywEz5xwi

 神ってそんな俗でいいんだと驚いた記憶

 

162:名無しの転生者 ID:2Yn6ianmY

 キクりんの初配信マジで全員見てたんじゃないか 宣伝もヤバかったし

 

163:名無しの転生者 ID:14EO4/ail

 得体のしれない神に対する恐怖……からお出しされる圧倒的真面目属性のOL

 

166:名無しの転生者 ID:bdnOI5tv5

 こんなんズルいぜ ファンにならざるを得ない

  

169:名無しの転生者 ID:LIaJo0zID

 その後続々解放された日本神全員が配信始めてて草

 

170:名無しの転生者 ID:OBVjqb1in

 「封印解除」=「デビュー」になるの今考えても気が狂っておる

 

174:名無しの転生者 ID:6dLA6nHXu

 時期ごとに何期生かとか括られてるのも

 

176:名無しの転生者 ID:I6Vvf6409

 あれデビュー時期も微妙に調製されてたよな 絡みがある神は同期でデビューさせてた

 

179:名無しの転生者 ID:JcGRyHo7g

 背後にいる敏腕プロデューサー狐、いったい何者なんだ……

 

181:名無しの転生者 ID:kXcFlaj+r

 ほぼ答えで草

 

184:名無しの転生者 ID:B31DoE8y7

 いったいどこの稲荷神やろなぁ……

 

188:名無しの転生者 ID:XkgjX91wV

 マジの話【狐憑き】ニキが上手い事やったよな

 

192:名無しの転生者 ID:njKpO3Kss

 あの狐の手綱握ってるの凄いわ

 

193:名無しの転生者 ID:1/Mlx0Lv5

 会計報告書毎回公開してくれるの助かる

 

197:名無しの転生者 ID:Xsq5zIMiy

 日本神話担当の幹部と聞いた時にはまさかこうなるとは思わんかった

 

201:名無しの転生者 ID:Av0Vzbpmy

 よう出世したわ

 

205:名無しの転生者 ID:KXMbkeqku

 「ほー、なんか面倒な交渉とか色々やるんかな?」と思ってたらアイドルプロデューサーに華麗なる転身を遂げた

 

207:名無しの転生者 ID:F5QmQOHk2

 狐憑きP

 

208:名無しの転生者 ID:r/nLe69U3

 なおプロデューサ―本人はアイドルじゃなくて裏方の狐に夢中な模様

 

211:名無しの転生者 ID:S4GO6yJOM

 そこも安心感あってすこ 絶対日本神との不祥事が無いから

 

213:名無しの転生者 ID:1czn0V5Fw

 あの二人の関係性もすこ 弱いオタクなので完璧両想いの男女を見るとニチャァ…ってなっちゃう

 

215:名無しの転生者 ID:TEmepYhLu

 アイマスとかやってるとね どうしてもPポジの男には疑惑が出ちゃうから

 

216:名無しの転生者 ID:vYpsQZrSr

 お、ガチ恋勢か?

 

217:名無しの転生者 ID:gaBUJHVTU

 ガチ恋勢は早く異界行ってレベル上げして来い 高レベルだと明らかに推しの認知が違うぞ

 

219:名無しの転生者 ID:kNUy75P+x

 高位異能者の信者なんてみんな欲しいからな

 

222:名無しの転生者 ID:Hh7nPs/7E

 これ後発で他の神話群もやり始めそうだよな エジプト神話群とかもクレオパトラが興味持ってるような素振りしてたし

 

226:名無しの転生者 ID:J8lON0PY8

 なお

 

229:名無しの転生者 ID:KWDN0hjBq

 ・言語の壁

 ・ミームの壁

 ・俺たちの警戒心の壁

 

231:名無しの転生者 ID:a8z/8yPAd

 でも羽カスが配信してたら興味本位で見ちゃいそう

 

235:名無しの転生者 ID:4fmk+AEhg

 羽カスの配信、BGMが讃美歌そう

 

239:名無しの転生者 ID:/QZ1Z85dz

 >>231 >>235

 やめとけ 配信とかほぼイコールで【説法】だからワンチャン洗脳されるぞ

 

242:名無しの転生者 ID:kitsuneT8D

 事務所入ってない野良の配信者はちょっと危険性がシャレにならんのじゃ

 

245:名無しの転生者 ID:ttvDxlatu

 事務所(ガイア連合)

 

246:名無しの転生者 ID:nTzOCETDG

 マジでショタオジの技術しか信頼できんぜ 

 

249:名無しの転生者 ID:lH/J0eJKx

 今日の午後9時から三貴子*1の配信あるぞ

 

252:名無しの転生者 ID:lybD1dEzy

 三貴子きちゃあああああああああああああああ

 

253:名無しの転生者 ID:4K6Wxd1cL

 アマテラス様の初手謝罪に10000ペリカ

 

255:名無しの転生者 ID:mXVt9QyZZ

 三貴子たすかる

 

257:名無しの転生者 ID:YcNZvI9pD

 っぱスサノオよ

 

259:名無しの転生者 ID:ZCvqoMC7o

 俺たち、もうだいぶ慣れきってるな

 

260:名無しの転生者 ID:RLZmnDAO1

 インターネット最高!!!!!!!!!

 

 

*1
天照、月読、須佐之男の三姉弟のコラボユニット名



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第二十話

 

「と!いうわけで、異界【天樹山】の攻略を祝って……乾杯!」

 

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

「こっちもこっちも! 日本神、ついに完全解放を祝ってぇ~~~~……かんぱーい!!」

 

「『【「かんぱーい!!」】』」

 

「もういっかいかんぱーい! スパチャ100万マッカを祝ってかんぱーい! あと私のチャンネルにもかんぱーい!」

「ヒューヒュー! 良いぞー、姉上ー!!」

「ウズメ呼んで来いウズメ! もっかい天の岩戸の前で躍らせろ!」

「やばい、オオクニヌシとタケミカヅチが取っ組み合い始めたぞー!」

「いいぞー!」「やれやれー! 誰か賭けろー!」「殺せ殺せー!」「どっちも死ねー!」

「「「「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」」」」

 

 

「ずっと乾杯してるな、あの人たち……」

 

 騒がしい輪を外から見つめながらつぶやく。日本神、酒癖悪いなあ……。

 

 ガイア連合が【封印異界】の攻略に取り掛かって数か月。最後に残された【天樹山】の攻略が完了し、ついに【封印異界群】の完全攻略が成し遂げられたのである。

 その慶事を祝って、ガイア連合山梨第二支部では宴会の真っ最中である。ガイア連合員、自衛隊、日本神たち、地方組織の重鎮などなど……。この作戦に関わった全ての人が招かれた大規模な宴会だ。

 

「あ、お狐様だ。おーい」

 

 お狐様とは別行動である。最初は一緒にいたのだが、途中で「わらわの尻尾がカーニバル!!!!」と叫んで日本神の方へ突撃してしまったのだ。

 日本神たちの輪の中で一升瓶をラッパ飲みしているお狐様に手をふる。この喧騒では通じているのか分からないが、一気飲みのペースが上がったので多分通じたのだろう。こちらに向けて親指を立てるお狐様にこちらもサムズアップを返して、宴会場の中を歩き回る。

 この広大な会場は、ガイア連合山梨第二支部を使っている。おおよそ全ての霊能に対応済みで、内装にも霊装をふんだんにあしらった豪華絢爛な宴会場だ。余りのMAGの濃さに一般人ならぶっ倒れるほどだが、神や覚醒者にとっては非常に居心地のいい空間である。

 

「飲め飲め飲め飲め!! こんないい酒、今を逃したら次いつ飲めるか分かんねえぞ!」

「うめぇ!【ヒノエ米】で作った日本酒たあ、気が利いてるじゃねぇか!」

 

 基本的に酒好きの神々に合わせて、ウイスキーから日本酒まで酒は大量に用意している。【ヒノエ米】などの霊能素材を元に作っているため、これを飲むだけでMAGを蓄える事も出来る高級酒ばかりだ。

 

「あー、美味しーい……。やっぱ食べれるって良いわねー。封印中は身動き取れなかったし」

「これ全部【神饌】に供物処理済みでしょ? なんか技術力見せつけられてるわねー、私たち。でも美味しいから気にならなーい!」

 

 食事も当然大量に用意している。向こうの女神たちは丁寧に盛り付けられたフルーツをつまんで上品に食べているようだ。

 

「えー、今は日本神が全て解放された記念の宴会中です。はい。あそこで半裸になって踊り狂ってるのが私の姉、日ノ本の頂点に立つ太陽神ですねー。後で死ぬほど折檻します。……あ、甲羅山さんスパチャありがとうございますー。そうですね、ちょっと皆さんと話したくなりまして……ぐっ!!?」

「ツークーヨーミー! お姉ちゃん弟が配信ばっかしてると寂しーい! かまってかまってー! 」

「おっ、俺も俺もー! お兄ちゃーん、ぼくくんお兄ちゃんがいないと寂しくて死んじゃーう♡」

 

 コメント:天照様きちゃああああああああああ!

      アマテラスさまエッ!!!!!!!!!!!!!!!

      宴会中も配信する月の神の鑑

      月の陰の神! 他意は無いです 陰キャと言っている訳じゃないです

      スサノオも来たーーーーーーー!!

      三貴子コラボ助かる 皆なかよしで尊い……

      ぼくくん(超マッチョのイケメン) は草

 

 向こうでは一人で配信していたツクヨミ様に、アマテラス様とスサノオ様が絡みに行っている。ツクヨミ様は落ち着いた(婉曲表現)トークセンスと毒舌、ゲームプレイの上手さで人気だが、こういう風に姉と弟にダル絡みされる三貴子コラボも非常に人気だ。姉のアマテラス様は酒が入ったアッパー時と落ち込んだ時のダウナー時でテンションが違いすぎるのが可愛くて面白いと評判。弟のスサノオ様もキャラを活かした派手な企画で人気を得ている。

 

「みんなスパチャありがとー! 全部わたしのゲーミングPC代にしてまーす! 最近モニターも変えたので、これで今度こそAP〇Xチャンピオン取りまーす!」

「姉上サイテー! 俺は姉上と違って、いっぱいマッカ払ったやつには加護で返してやるからなー! お前ら現世利益大好きだろ!? あと今度『地方異界焼き払ってみたwww』って配信するからチャンネル登録よろしくぅ!」

「えー、皆さま。他人のチャンネルで宣伝するこんなカス共に金を払ったら終わりですからね。聡明な視聴者の方なら、この中で誰が一番優れた神か分かっていただけると思います」

 

 皆キャラも立ってるし顔も良いしで、それぞれ固定ファンを多く抱えている人気神tuberだ。……神tuberって造語、なんかいつの間にか定着してたけど誰が言い始めたんだろうか。

 

 周りを見渡すと、酒の飲み比べをしてぶっ倒れる神、ひたすら食べ物を腹に収めようとする神、ガイア連合員の勧誘を始めて周りから止められている神など、とにかく多種多様の神々が見える。自分の席は日本神たちの近くに置かれているため、彼らの様子がよく見えるのだ。

 彼らは各地の霊脈活性化を鎮め、また今後対メシア戦線でも戦力になってくれる。ガイア連合にとってはありがたい戦力というわけだ。

 

「お、【狐憑き】ー! 幹部昇格オメっとさん! オラ酒飲め酒!」

「【騎士】さん、【狐憑き】さんまだ未成年だから! マズイって!」

 

 日本神たちをニコニコしながら眺めていると、ガイア連合の知り合いが席まで遊びに来てくれた。以前も何度か話したことがある【騎士】ニキと、今回の討伐で初めて一緒になった【射手】ニキだ。【射手】ニキは眼鏡をかけた大人しそうな少年で、凄いビビりだが射撃の腕はゴルゴ13ですら敵わないだろうと思うほどの一級品だ。異界攻略中も、後方からの精密なスナイプには何度も助けられた。地方組織からは【魔弾の射手】と呼ばれているのをからかって、内輪では【射手】ニキと呼んでいる。

 

「【覚醒者】相手に法律とか意味ねえだろ! それに射手、お前も飲んでねぇか?」

「そ、それは……前世合わせたら20歳超えてるし……」

「ギャハハハハ、お前のそういうノリの良い所好きだぜ俺は! ってことで狐憑き、お前も飲め飲め!」

「へっへっへ、じゃあ仕方ないですねぇ。ちょっと失礼して……」

 

 三下のような笑いをしながらお酒を飲み干す。ホントはさっきから呑みたくて仕方なかったのだ。

 

「ッ、あァ~〜〜、苦い!」

「ハッハッハ、まだ舌が出来上がってねぇみたいだな! こっちのノンアルでも飲んどけ!」

 

 ぐう。久々に美味しいお酒が飲めると思ったのだが、まだ年齢が足りないみたいだ。未成年飲酒ダメゼッタイ。

 

「いやーしかし、お前もよく頑張ったなあ! 幹部になるってだけでも凄えのに、初仕事でキッチリ結果を出してきたじゃねえか! よくやったよくやった!」

「ぐええ。いえいえ、殆どお狐様の手腕ですよ」

 

 頭をグワングワンと撫でられてうめき声を出す。

 そうなのだ。最初は上手くいくのかと心配していた配信事業だったが、日本神の顔の良さとキャラ立ち、そしてお狐様のプロデュースにより意外と好調である。日本神からも注がれるMAGの量が増えたとか信者が増えたとかでご好評いただいている。

 ここに俺の力は殆ど関与していない。全てはお狐様のプロデュースと日本神たちのポテンシャルによるものである。

 

「まあまあ。その稲荷神も、結局君がいたからガイア連合に入れたわけで。そう謙遜しなくていいと僕は思うなあ」

「その通り! そもそも幹部になろうって考えるだけで偉いッ! 」

「【騎士】さんは【狐憑き】さんとほぼ同レベルなのに全然出世したがらないよね」

「正直何が良いのか分からんからな! 俺の自由時間が減るじゃねぇか!」

 

 日本神解放祝いというこの宴会の主旨もあってか、ふたりともなんか凄く俺を褒めてくれる。ありがたい限りだ。

 

「狐憑きさんも、かなり若手のガイア幹部ってことで地方組織から注目されてるよ? 焔を操るカグツチの化身とか、視界に入るもの全て焼き尽くすとか」

「マジですか!? そんな厨二っぽいこと言われてます!?」

「そりゃあなあ。事実だけ言えばお前は

 ・14歳で悪魔に襲われたが、その瞬間覚醒

 ・周辺組織が手を焼いていた異界を単独で制圧

 ・異界まるごと焼き払える炎魔法

 ・手足や内臓の欠損すら治せる治癒魔法

 ・14歳で覚醒したあと、17歳で世界有数の異能組織の幹部に就任

 ってわけで……ギャハハハハ! こりゃ周りからは狙われるってもんだよな!」

「うわー、箇条書きマジックって怖えー」

「僕ですら【魔弾の射手】とか大袈裟に言われるんだから、幹部となれば当然でしょ。そういう騎士さんだって、鉄壁(フォートレス)とか一鬼当千(ワンマンアーミー)とか散々言われてるんだから 」

「ワwンwマwンwアwーwミwーwwww」

「うるせー! カグツチと魔弾の射手には言われたくないでーす!」

 

 カグツチの化身かあ……何かこういう些細な所からでもMAGが行きそうで嫌だな。稲荷神の化身とかにしてもらえないだろうか。

 

 二人はそのままバカスカ酒と飯を飲み食いして、散々馬鹿笑いした後「そろそろ自分たちのシキガミが拗ねるから」と言って帰っていった。

 

「ふう……」 

「ふふふ。お疲れのようじゃのう?」

 

 嵐のように去っていった二人を見送り一息つくと、聞き慣れた声が後ろからやってきた。

 お狐様だ。いつもの制服を着替えて、豪奢な黒のパーティードレスを着こなしている。黒のレースの手袋が物凄くお洒落である。

 

「お狐様! 大丈夫ですか? 呑み潰れてませんか?」

 

「あほう、あれぐらいで酔う神などおらぬわ。奴ら永遠に呑んでおるからのう。いい加減に飽きて抜け出してきたのじゃ」

 

 そのまま喧騒から少し離れ、二人で壁際のソファに座る。パーティードレスを着て髪を結った今のお狐様は、いつもより華々しくて大人な雰囲気だ。最高にかわいいしドキドキする。

 二人でソファに並んで座り、宴会の様子を眺める。ああやって騒ぐのも好きだが、こういう風に二人でゆっくりするのも趣があると思う。

 

「……奴らにさんざん褒められたわ。『よく我らを解放した、よく我らと人の子を繋ぎとめた』と言うてな。寂れた神社の稲荷神が、今や日本神を左右する重要神物。思えば、遠いところまで来たものじゃ」

 

 楽しそうに騒いでいる日本神たちを眺めながら、お狐様がポツリとつぶやく。

 

「お狐様の力ですよ。お狐様の凄さが、やっと認められ始めたんです」

「ふふふ、お前はそう言うと思っておった。お前はわらわの事が大好きじゃからのう」

 

 そう言ってお狐様はスルリと席を詰めてきた。あわわ、いけませんいけません。お互いの肩が密着してしまっています。

 

「肩が触れたぐらいで照れるな、初心なやつめ。……しばらく、こうしておってもよいか?」

「……もちろんです」

 

 お狐様と俺は、しばらく黙って宴会の喧騒を眺めていた。向こうと違ってこちらは静かで、まるで俺たち二人しかいないような気分になる。

 

「……実はな、まるっきり逆なのじゃ。わらわが今ここでこうしているのは、お前がずっとわらわを信じていたからじゃ。お前がお狐様は偉大な神だ、素晴らしい神じゃと子供のように信じてくれたお陰なのじゃ」

「それは、だって当然のことですから」

 

 お狐様から漂ってくる香水のいい匂いに気を取られながら反論する。今回の成功だってお狐様のおかげだ。お狐様は元々凄い神だったのだ。

 

「ふふふ、いいや? わらわなど、ただの小さな稲荷神じゃよ。元を辿れば、ただの長生きした狐に過ぎんのじゃ。じゃがのう、そんな神を、どこかの阿呆な若者がしきりに褒めそやすものじゃから。期待に応えよう、この馬鹿が言う通り素晴らしい神であろうと、必死で背伸びしてしまったのじゃ」

 

 そうしてたら、いつの間にかガイア連合の外部顧問じゃ。知らぬ間に、こんな所まで来てしもうた。そう言ってお狐様はくすくすと笑った。

 

「見栄の張り通し、嘘の吐き通しじゃ。なにせお前と言ったら、わらわが初めて見たほどの天才かつ阿呆じゃったからのう。じゃが、お前はわらわに一度も嘘をつかんかったのう。嘘偽りのないお前の信心は、わらわにとって心地よかった。だからこんなわらわでも、お前の期待通りのすごい神様になってやろうと思ったのじゃ」

「お狐様……」

「ふふふ、なんじゃ?潤んだ目をしおって。まあ、これが全てではないぞ? MAGを求めるのは悪魔の本能じゃし、元々偉くなって周囲を見返してやりたかった」

 

 お狐様は俺の手を握り、子供の遊びのようにブンブンと大きく振る。

 

「まったく! お前が悪いんじゃぞ? たかが一稲荷神に、過剰に期待しおって。しかも1000年に1人レベルの天才ときたものじゃ。そりゃあわらわだって、少しは神らしくありたいって思うじゃろ」

 

 そうふざけたように言うと、お狐様は静かに手を繋ぎなおし、俺の肩に頭を預けてきた。お狐様の頭の温もりが肩に心地よく伝わる。

 

「……お前に渡す褒美を何にすればよいか、ずっと考えておった。わらわのために死線を潜るお前に、わらわがしてやれる事は何か? とな。そして、やっと答えが出た」

「……なんですか?」

 

 お狐様の手を握る。お狐様の顔は見えないが、微かに耳が赤くなっているのが見て取れた。

 

「……わらわはな?わらわは、今後お前以外の信者を取らん事にした。無論勝手にわらわを信仰する人間は抑えようも無いが、そういう奴らにも姿を見せんことにした。これから一生、わらわが信者と認める者はお前だけじゃ。

 これからもお前一人の神でいてやる。お前一人のためだけの神でいてやる。お前が信じているような、強く、美しく、誇り高き神としてこれからも在り続けてやる。そう努力する。

 神としての愛を、お前だけに捧げてやる。……これが、わらわがお前に渡せる精一杯の褒美じゃ。どうじゃ? 言っておくが、気にいらんかったとしてももう返品できんからな。たちの悪い神に引っかったと思って諦めるのじゃ」

 

「……そんな訳無いじゃないですか!」

 

 お狐様の方へ向き直り、強く抱きしめる。

 やっぱりお狐様は素晴らしい神様だ。初めて会ったときに感じたこの感情は間違いではなかった。その思いが伝わるように強く強く抱きしめる。

 

「……うむ、うむ。……まったく、感謝するのじゃぞ? わらわの慈悲深さあってこそという事を忘れてはならんからな」

 

 お狐様はいつもの調子で俺の頭をポンポンと撫でたあと、不意にキョロキョロと周りを見回して周囲に人がいないことを確認した。

 

「んんっ、んー。あー、ちょっと呑みすぎたのう。フラフラする。今から数分間意識が飛びそうじゃのう」

「え? さっきと言ってることが違」

「呑みすぎたのう!! アホ氏子め。神の言う事を疑うとは、信心が足りんのじゃ」

「す、すみません……?」

 

 お狐様はあたりを気にしたままこう続けた。

 

「まったくお前は、神の望みを汲み取るというのが出来ておらぬ。ああー、酒に酔ってしまったのう。今からしばらくは誰に何をされても気が付かないかもしれんのう?」

 

 そう言いながら、自分の唇を物欲しそうに撫でるお狐様。

 流石にここまでされて気づかないほど、俺は鈍感ではない。

 

「……お狐様」

「よ、酔っ払った神を支えてやるとは、よく分かっておるのう。その、わらわは」

「大丈夫です。分かってますから」

 

 お狐様の肩を掴んで向きなおる。お狐様は少しビクッとしたあと、覚悟を決めたようにギュッと目を瞑った。

 

「い、意識が無いだけじゃからな! 別にお前のことなんか好きじゃ――」

「俺は好きです。お狐様の事、心の底から愛してます」

 

 唇を重ねる。

 お狐様は最初こそ固まっていたが、しばらくすると此方に腕を回して抱きしめてくれた。

 

「――ぷはっ」

 

 長い口づけを終えて顔を離す。お狐様の顔は、たしかに酒に酔っているくらい真っ赤になっていた。

 

「お狐様、」

 

「ヒューヒュー!!!!! 良いぞ良いぞー!!!!!」

「もっかいやれーもっかい!!!」

「破廉恥だー! 人と神の禁断の愛だー!!!! でも幸せなら良いよって天照思いまーす!!!!」

 

 ガヤのうるさい声。どうやらこの広い宴会場でこれだけ離れていても、日本神の面白い事へのセンサーを避けることは出来なかったらしい。

 

「お、お主ら……!」

「あっ、みんな静かにして!? 稲荷神ちゃんがなんか言いたいみたい! ほらほら、何ていうのかな! 氏子くんの好きなところでも言ってくれるのかな!!??」

「もっかいキスしろーー!! 何回でもいいぞーーー!!!」

「ハイッ! 僕二人の仲人やりまーす! 国津神のトップなので!」

「あ、取られた! じゃあ俺余興ー!」

「友人代表スピーチー!」「父親役ー!」「じゃああたし料理担当ー!」「お前は絶対やめとけ、前にそれでスサノオに斬り殺されてんじゃねぇか……」

 

 好き勝手にはしゃぐ日本神たち。まあこういう話大好きな神たちだ、仕方がないだろう。よく見たらガイア連合員たち普通に混じってるのは許さんけど。あっ、ショタオジまで指笛吹いてる。

 

「こ、殺す! 絶対に殺してやる!」

 

 お狐様は真っ赤になって怒鳴っているが、周りはそれすら面白いとばかりにより囃し立てている。もはや俺たちが何をしてもからかわれてしまうだろう。

 ところで。こういう炎上を鎮めるためにはただ鎮火するよりもいい方法がある。

 火種が燃え尽きるまでガソリンをぶっかけてやればいいのだ。

 

「お狐様」

「何じゃ! お前も少しは手伝え――んんっ!?」

 

「イエェエエエエエイ!!あいつやりやがったぜ!」

「そこに痺れる憧れるゥ!!!!!」

 

 その後どうやってこの騒動を鎮めたかについては、もはや語る必要もないだろう。

 結論だけ述べるなら、俺は1週間お狐様に口を利いて貰えなかった。ショタオジからはお褒めの言葉を、日本神からは『勇者』の称号を頂いた。俺にとってはそれで十分である。

 

 

 




これで完結でもいいなと思いましたが、半終末とか終末も書きたいのでまだ続きます。


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第二十一話

 

 「……掛けまくも畏き日ノ本の神々に伏してお頼み申す、ここは(かみ)在座(ます)鳥居に伊禮(いれ)ば、此身より先の日月の宮と安らげくす。この身は【稲荷神】の加護あれば、この地にます神の御力を賜り、我に一時の帳を与えたまへ……!」

 

 教えられた祝詞を、全力でMAGを込めて唱える。言葉を連ねるにつれ、周囲の空間が歪み、地面からは雷が迸りはじめ……、そして、結局何一つ形を成すことなく霧散した。

 

「……っああ! また失敗かー!」

「いやいや、前よりは随分空間干渉の精度が上がって来てるよ? 今もちょっとだけ異界が出来かけてたし」

 

 今、俺は【異界】の中にいる。目の前にはショタオジがニコニコしながら浮かんでおり、少し離れた所でお狐様と狐巫女が結界作製の練習をしている。

 

「あー、先が長い……」

「まあまあ。僕は嬉しいよ? 幹部で僕の修行を受けてくれる人は少ないからねぇ。時間はいじってるからまだまだ余裕があるし、どんどん練習していこう」

「はーい……」

 

 幹部になって改めて分かった事だが、このガイア連合という組織は思っていた数倍ショタオジに依存している。

 【シキガミ】に【デモニカ】、そして最近研究が活発になった【電脳異界】。ガイア連合の中軸ともいえるこれらの技術は、全てショタオジが造り出した物だ。【俺たち】内部の技術者たちによって改良・ブラッシュアップされているものの、根幹技術を握っているのは彼ただ一人。

 これじゃマズいよねって事で、俺は今【結界術】や【個人異界作製技能】とか、直接戦闘には関わらない分野の勉強をしているのだ。【幹部】特権の中には月に一回(変動アリ)『ショタオジの個人指導コース(現実世界で120分)*1』を受ける権利があったので、俺とお狐様、狐巫女の三人で参加している。……今のところ、俺だけ全然実を結んでないけど。 

 

「ちくしょう、とにかく敵を焼けば良かった頃が懐かしいぜ……」

「まったく情けないのう。ほれほれ、この程度の事なぞお前なら出来て当然じゃろう」

 

 そう言ってお狐様が器用にも結界で編んだ折り鶴を飛ばして見せる。すご。結界師で見たやつじゃん。

 

「父上、そう落ち込まないでください。確かに技術なら母上のほうが上ですが、純粋な異能出力なら父上が上ですから」

「そうそう。そもそも、幼少期からの積み重ね抜きでいきなり覚醒した【俺たち】は基礎がおろそかになりやすいから。【結界術】だけじゃなく、色々基礎を学んでいくと良いと思うよ僕は」

「了解です……」

 

 俺が覚醒していきなり【アギ】を使えたように、転生者たちは魂に基づいた異能というのをそれぞれ持っている。生まれつき得意不得意がはっきりしているのだ。

 だがそういう風に生まれついた異能をブッパしているよりも、少し遠回りをしてでもきちんと基礎を固めた方が結果的には強くなる……らしい。そうショタオジが言っていた。「何百年生きる想定の話をしてるんですか?」とか「その修行ってショタオジ(バグ)基準の話だったりしません?」とか、色々言いたい事はある。 あるが、俺たちガイア連合は皆ショタオジの仲間なのだ。ショタオジの言う事は信じておかなければ。

 

「あ、今了解って言ったね? じゃあ今から僕のスペシャル修行を受けてもらおうか。大丈夫大丈夫、きっと最後には基礎も身について、【結界術】も【異界作製】も習得できるはずだから。まずは【神道系】の術式との親和性を高めるために色んな【臨死体験】から始めようか。大丈夫大丈夫、最初は生きたまま焼かれるとかそういう軽いので行くから」

「は?」

「さっき「基礎を学ぶと良い」って言ったら「了解」って返したよね? これから海千山千の日本神たちを相手にしていくんだから、そういう軽はずみな発言は慎まなきゃ。今回はそれを学べて、更にスペシャルな拷問……じゃなくて修行も受けられる! 僕もサービスがいいねえ。色々高価な術具も使うけど、費用は【幹部】就任のお祝いだから気にしないでいいよ!」

「は?」

 

 ……俺、ショタオジに何か恨まれるような事をしてしまったんだろうな。

 そうじゃなきゃこんな仕打ち受ける理由がないもん。いや、むしろそうであってほしい。これが純粋な善意からの物だったらもうどうすれば良いか分からない。さんざん大丈夫大丈夫言いやがってよ、パワプロの博士じゃねぇんだぞ。

 カチャカチャと何か悍ましい器具を笑顔で準備するショタオジを、今から屠殺される家畜のような気持ちで眺める。

 

「……あの、その鉤付きの金属棒は何に使うんです?」

「これ? これはね、君の頭蓋から突っ込んで内臓をグチャグチャにするのに使うんだよ。これ使うとみんな体がビクビク痙攣するから面白いよね」

 

 ほら、もう言ってることが猟奇殺人鬼と変わんないもん。

 

「あ、そこの悪魔はどうする? これは術への親和性自体を高める修行だから、君がやっても効果はあると思うけど」

 

 いくら拭っても消えない血の匂いがついてそうな拷問器具を取り出しながら、ショタオジがお狐様に向きなおる。……前から思ってたけど、ショタオジってけっこうな悪魔嫌いだよな。お狐様の事を徹頭徹尾「悪魔」としか呼ばない。個体名を認識しない。【俺たち】には優しい分、時々そのギャップに戸惑ってしまう。神とか天使とか関係なく、そもそも人外の存在が嫌いって感じだ。過去に何かあったのか? 出所不明の技術といい、謎が多い男である。

 

「き、狐巫女には聞かないのかのう?」

「まあ、そこの【シキガミ】は僕が作った人造悪魔だからね。この修行やっても特に意味はないかな。【スキルカード】で何とかなるってのもあるし」

 

 ショタオジの後ろで必死に首を振る。今から起こるのは悪魔による人道に背いた徹底的凌辱だ。そんな外道の行いにお狐様を巻き込むなどもっての外である。

 しかしお狐様はしばらく苦しそうな表情をした後、意を決したように

 

「……う、氏子の苦難を見て見ぬふりするわらわでは無い! わらわもその修行を受けるぞ!」

 

 と言った。お、お狐様……!

 

「うん、りょうかーい。じゃあまずはこの毒を飲んでー、はいここに座ってー。今から火をつけるから、とにかく目を閉じて自分の身体の内側に意識を向けてねー。極限状態で内的宇宙を感じる練習だから、【ディア】系の呪文は使っちゃだめだよ? それは後で過剰再生による崩壊のレッスンでたっぷりやるから」

「わらわ早まったかのう」

「お狐様、俺は最期まで一緒ですからね……!」

「私、今一番自分がシキガミの身体な事に感謝してるかもしれません」

 

 ……結局、【アギ】や【ディア】の威力は上がったし、【結界術】や【異界作製】の技術も身に付いた。なんならおまけで【契約】や【召喚】などの技能も身に付いた。

 ショタオジってほんとに優しいよな。

 

 

 

 

 

 

 

「わらわ達も自分の土地が欲しいのう」

 

 地獄の修行を終えてから数日たち、今日は休日だ。

 いつも通り山梨支部の家でくつろいでいると、お狐様がソファに寝ころんだままそう言った。

 

「土地ですか?」

「うむ。なんかそろそろ良いかもなーと思っての。わらわ達()ってほら、土地もってないと舐められるところあるし」

「マイホーム買ってやっと一人前みたいなの、神様の間でもあるんですね」

 

 まああるか。昭和の日本より更に価値観が古風なのが日本神だし。

 

「っていうか土地って、お狐様の神社があるじゃないですか。あれじゃ駄目なんですか?」

「いや、あそこあそこ。あそこで良いんじゃけど、ぶっちゃけ今あの神社ってほとんど使ってないじゃろ? わらわ、もうこっちが本霊になっちゃっておるし。向こうにいるの分身だけじゃし」

 

 確かに。ガイア連合に入ってから数年間経ったが、中学の卒業式以来まったく故郷を訪れていない。せっかく入った高校も、一度も登校しないまま二年生になってしまった。これで内申書は満点になってるんだから詐欺だよな。

 

「まあ……正直、この家が優秀過ぎたってのはありますよね。ガイア連合製だからちょっと休んだだけで全回復するし、山梨支部内にあるから色々近くて便利だし……」

「そうそう。あと、今までは何だかんだ【ガイア連合】内での地位を確立するのに忙しかったってのもあるしな。じゃが、我らはその甲斐あってとうとう【幹部】まで登りつめる事ができた。そろそろわらわ達、次のステージに行っていいんじゃないかの?」

 

 ゲームで言うと新機能解放じゃ、と言ってお狐様がニヤリと笑う。お狐様、最近加速度的に俗になってるなあ。人間の生活に慣れてくれたみたいですごく嬉しい。

 

「そう、言うなれば【拠点】機能解放じゃ! どうせそろそろ終末が近いんじゃ、今のうちにちゃんとした拠点を作っておけば色々儲けられるぞ」

「おおー。確かに最近、ガイア連合の中でもシェルターがどうとか聞きますね」

「じゃろ? せっかくわらわ達は幹部特権で色々支援が受けやすい立場にいるのじゃ。ガイア連合員の為にひと肌脱いでやろうではないか。ノブレスオブリージュじゃ」

「あー……。まあ、それは良いと思うんですけど……」

 

 曖昧な返事を返して、もう一度周囲を見まわす。

 パソコンを通して日本神への演技指導を行うお狐様、呪符の作成に取り組むお狐様、書類を処理しているお狐様。台所ではお狐様が昼食の準備をし、外ではお狐様が畑に水を撒いている。遥か遠くでは、お狐様が【禁足地】*2で悪魔を焼いている。

 

「ぶっちゃけ、そんな余裕あるんですか? 今でさえこんなに分身使ってるのに、これ以上仕事抱え込んだらパンクしません?」

 

 呪符や霊能素材などのアイテム作製、日本神への対応、異界管理、そして家事。

 今抱え込んでいる多数の仕事に加え、お狐様は俺の異界探索にも同行してくれている。最近【マハムドオン】を覚えたお狐様は、ウチのパーティーの頼もしい後衛アタッカーである。交渉技能や拠点作製などの直接戦闘にスキルも多数取っているため、もはや俺たちパーティーには無くてはならない存在なのだ。

 

「元々『霊格の高さは七難隠すのじゃ』って言って異界攻略に同行してくれるだけでも有難いのに……。これに加えてシェルター運営とか、お狐様のお身体が心配です」

「なんじゃお前、心配性じゃのう。この分身どもはわらわの意識を入れてない、いわば高度なAIみたいなもんじゃから何も疲れんぞ?」

「うーん、そう言われましても……」

 

 すぐ近くに、ショタオジという過労死の見本みたいな人がいるからな。

 お狐様はこれらの仕事を楽しんでやっているのだが、ショタオジを見てると普通に心配になる。本当ならお狐様には、ただ神社の奥で信者(俺)に貢がれるままの生活をして頂きたいのである。生活の全てをお世話したい。

 

「まったく、過保護な氏子を持つと苦労するのう……」

「母上、顔が緩んでますよ。心配されて嬉しいのが丸わかりです」

「【アギ】。……ともかく、本当に心配いらぬ。わらわも霊格が上がって、出せる分身の数も上がって来たからの。むしろ、それがあるからこその新事業なのじゃ。このままだと分身の方が余りそうじゃからの。新しい仕事が欲しいのじゃ」

「なんか凄い本末転倒な気がしますけど、お狐様がそう言うなら……」

 

 リソースが余ってるのが勿体ない的な話か? 節約家のお狐様らしいというか、なんとも商人的な考えである。

 

「そうか! んっふふふ、楽しみじゃなあ。わらわの城、わらわの神殿じゃ♡」

「あっ、結構楽しみにしてたんですね」

「これはもう神の本能みたいなものじゃのう。自分の神社はゴテゴテに飾りたくなるのじゃ」

「可愛いですお狐様。本殿ももっと大きくしましょうね」

 

 ガイア連合には宮大工系のスキルツリーを伸ばしてる人もいるから、マッカを払えば豪勢な神社に出来るだろう。元々の神社は残して、その周囲を囲むように新しく建ててもいいな。

 

「……となると、久しぶりの里帰りですか? 父上と母上の故郷に行くの、楽しみですね」

「いえーい。まあ親族とか一人もいないから特に感慨も無いけど」

「急に闇を噴き出すのはやめるのじゃ」

 

 ということで、山梨支部の家は貸家に出して、かなり久しぶりの里帰りとなった。

 ……ここにポータル引いてるから、一瞬で行き来できるんだけどね。今後も【修行用異界】の攻略は続けていきたいものである。

 

 

 

*1
なお時間を加速できる電脳異界の存在

*2
かつて【カマドガミ】一族が管理していた異界



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第二十二話

 

「あー、父上だいすきー……」

 

 おっと、つい心の声が。

 

 どうもこんにちは、狐巫女です。父上から灰谷葵という名を頂いていたのですが、なんやかんや狐巫女の方が馴染みがよくなってしまいました。

 ……私は一体誰に自己紹介を? まあいいでしょう。今は父上の話です。

 

 あー、父上……。大好きです父上……。父上はどうしてあんなにカッコいいんでしょうか……。見た目もアイドルですら霞むほどイケメンですし*1、溢れるMAGも暖かくて私好みですし、愛情深くて私の事も愛してくれるし……。

 

 娘である私が、父上にガチ恋してしまっても仕方がありません。物心ついたときからあんな素晴らしい人が常に近くにいたら、男性観が破壊されて当然です。

 

 私が父上の腕と内臓を元に構築されたシキガミなのが関係しているのでしょうか、近くにいるだけで凄く落ち着くんですよね……。傍にいる事が自然なように感じるというか……。

 

 まずいですね。父上の事を考えていたら昂ぶってきました。

 

「んっ……父上、父上ぇ……っ!」

 

 私は母上のようなチャランポランとは違って慎み深い淑女なので、私が今何をしているかなんて説明しませんよ。ヒントを出すならば、今私の手は下腹部に伸びています。

 

 ああ、父上……。貴方がニコニコ笑って私の頭を撫でるたびに、いったい私がどれだけの劣情を抑え込んでいるか……! 父上も17歳になって、身体が出来上がり始めました。その雄の匂いを嗅ぐだけでクラクラして、もう見ているだけで脳がゆで上がりそうになります。ゴツゴツした指が私の髪を滑るように撫でる感触が、ああ、もう本当にたまりません。あの指で私のもっと違う所を撫でて欲しいです。

 

 あっ、ヤバい、父上の妄想をしていたらもう限界です。せっかく今日は父上の肌着を手に入れたのから、もう少し楽しみたかったのに。ああ、父上、父上っ……!

 

「……ふう……」

 

 落ち着きました。

 

 人は何故争うのでしょうか。地球とは、宇宙とは……。

 びちゃびちゃになったタオルやシーツを片付け、布団にゴロリと寝転がります。

 

「父上……父上はどうしてあんな色ボケ狐に夢中なのですか……」

 

 色ボケ狐、言うまでもなく母上の事です。一応私の本霊という事になっている、あの見た目だけなら悪女っぽいけど中身はポンコツの狐。彼女が父上の寵愛を独占している現状は、全くもって世の中の摂理に反しているとしか言えません。父上は私とガチ近親相姦キメる方が良いに決まっていますのに。

 

 いえ、母上の事もちゃんと愛しているんですけどね。なんだかんだ非常に可愛げのある、親しみやすい方ですし。ただそれと同時に、同じ男を奪い合う恋敵でもあるというか……。ぶっちゃけ本妻の座をバリバリに狙っているので、どうしても心の中でライバル視してしまうと言いますか……。

 最近は私への疑いも強くなってきて、この間はとうとう父上と一緒にお風呂に入ることを禁止されてしまいました。なんて事でしょう。あそこで目に焼き付けた父上の姿を思い出しながら禊(隠語)をするのが日課になっていたというのに……。それでいて自分は恥ずかしがって父上と一緒に入浴しないってんですから、何がしたいんだこの狐はとキレそうになります。貴重な父上の入浴シーンがいたずらに浪費されていくのですよ。

 

 あの狐は一度、独占禁止法というものについて学び直す必要があるでしょう。

 

「……どうしましょう、もう一回したくなってきました」

 

 母上の隙をついて何とかくすねた、父上のシャツ。父上の匂いが染みついていて、嗅いでいるだけで脳内麻薬の分泌が止まりません。体の奥がズクズクと疼いてきます。魂がこの匂いの主にガチ恋してしまっています。これは二回目の禊、突入してしまっていいのではないでしょうか。いや、流石に色ボケしすぎでしょうか。しかしこの匂いも時間と共に薄れていってしまうと思うと……。

 

「……………………」

 

 ふう。

 私がはたして二回目の禊をしたのかしてないのか、私は何も言いませんよ。観測されない限り、箱の中身は未確定なままですから。シュレディンガーの狐なのです。

 

 布団に寝転がりながら、父上のシャツを嗅ぎます。嗅いでいるだけでムラムラしてくるそれを、力いっぱい抱きしめます。

 

「父上、好きです……父上が大好きです……父上の寵愛が欲しいです……」

 

 シャツを抱きしめて思いを囁いても、何も返事は帰ってきません。虚しいです。

 こんな風に自らを慰めるだけの生活はいい加減飽き飽きです。私の身体もまた疼いてきました。父上に触れてもらえない火照りをずっと持て余しています。正直今すぐにでも夜這いブチかましたい気分です。シキガミは主人と性交する事で強くなることができるので、これは戦力強化的側面から言っても妥当な理由じゃないでしょうか。

 

「……くそう……あの色ボケ狐め……」

 

 あれだけ父上に愛されていながら、未だ性交の一つもしやがらないなんて信じられません。私なら父上から告白されたその瞬間に押し倒してます。父上が未だ童貞というのも信じられません。世界の損失では無いですか? ここにいますよ、いつでも父上を受け入れる覚悟の愛娘がここに一人。

 

 思えば哀れなものです。母上が独占欲の固まりなせいで、私は渇いた体を一人持て余すばかり。まあ私も父上に私以外の女を見て欲しくないですが、それはそれとして母上には娘にパパをお裾分けする度量を見せて欲しいものです。母娘で仲良くパパと仲良し(意味深)する、これが新世代の家庭の形ではないですか?

 

「神話的に言えばセーフ、神話的観点から言えばセーフなので……」

 

 私は悪魔なので、人間の倫理とかそういう物とは無関係なところにいます。だから父上は安心して、その劣情を私にぶつけてきて良いのですよ。

 

 ……そういえば、父上はどうやって性欲を発散しているのでしょうか?

 

「………!!!!!!」

 

 その時、狐巫女に電流走る……! です。

 どうしてこんな簡単な事に気が付かなかったのでしょう。父上は現在17歳、思春期真っ盛りの年齢です。この前ガイア連合のシキガミさんとお話した時も、その年頃の男はほとんど猿同然であるとおっしゃっていました。父上も、その内側で猛り狂うリビドーを持て余しているに違いありません。

 ……いや、しかし……これは……どうでしょう……。分かりません。

 

 

 父上のゴミ箱を漁るって、割と人としてギリギリではないでしょうか。

 

 

 いや、私は人じゃなくて悪魔なんですけど……! そうじゃなくて、なんかもうそれをしたら取り返しがつかなくなる気がするというか、真っ当なヒロインルートから外れてしまう気がするというか……! しかし正直言うとメチャクチャ欲しいです……!

 

 あああ……こんな事なら気付かなければよかったです……これは悪魔のひらめきです。ダイナマイトを発明したノーベルも、きっとこんな気持ちだったんでしょうか。

 

「ぐうううう………ぐぁああああああ……!」

 

 深夜2時まで、私は悩みに悩み抜いて、結局このアイディアを忘れる事にしました。悪魔としても超えちゃいけないラインがあると感じたからです。私は父上にふさわしい淑女ですから。

 

 今となっては愚かにもほどがある考えです。そんな事をする奴がいるわけ無いじゃないですか。あまりにも道を踏み外しています。変態ですよ変態。父上が私のゴミ箱を漁ってたら超嬉しいですけど、私がやるのはちょっと違いますね。

 ……後日、地方霊能家はマジでそういう事をやると知ってかなり引きました。やっぱり人間が一番怖いですね。

 

 

 

 

 

「【トラフーリ】」

 

 この前覚えた、テレポートの魔法です。この魔法が、母上が新たな拠点を作る決意をした理由の一つですね。いつでも星霊神社と行き来できるようになったので。ちなみに、星霊神社一帯へのテレポートは厳密に管理されており、私も誓約書を何枚も書かされました。

 

 呪文を唱え終わると、一瞬で目の前の景色が切り替わります。

 

 今までの牧歌的な繁華街から、どこか破滅的な怪しさを漂わせる異界の森林へ。

 

「ふう。ここからまた長いんですよねー……」

 

 今の私は父上の名代、ガイア連合幹部である【炎心】灰谷蓮の意を汲んだシキガミとして来ています。私たちシキガミは主に絶対の忠誠を誓っているうえに【洗脳】や【運命改変】への耐性が完璧なので、こうやってシキガミが主人の代わりに外交や交渉を行うのはよくある事なのです。

 

 あ、ちなみに【炎心】というのは私が勝手につけた父上の二つ名です。父上の得意魔法と、どんな困難にも負けない父上の心の強さを表した素晴らしい名前です。何を隠そう、私はこういうセンスに関しては中々の物なのですよね。父上の二つ名は掲示板でも好評ですし、他のシキガミが主人に二つ名を付けたい時の相談に乗ったりもしているのです。

 

 なぜかその主人たちは恥ずかしがっていたそうですが。何故でしょう? 【一鬼当千(ワンマンアーミー)】とか【樹氷の繰り手】【雷帝君主(モナーク)】、どれも素晴らしいセンスだと自負しているのですが……。

 

「ええと、おばあちゃんの家はこの辺りだったはず……ああ、ありました。おじゃましまーす」

「もう。おばあちゃんって言うのはやめてくださらないかしら?」

 

 竹林の奥にある庵に入ると、着物から乳を放りだした妙齢の女性が出迎えてくれました。九尾の狐、【白面金毛九尾狐】です。母上の本霊、つまり母上の母上なので私からすればおばあちゃんにあたりますね。

 

「今日は【ガイア連合】のお仕事で来たの? それともただの孫娘として?」

「お仕事のほうです。おばあちゃん、お仕事がもっと欲しいって言ってたので、融通しに来ました」

 

 私たち家族は、【ガイア連合幹部】としての仕事を三つに分け合っています。ガイア連合幹部の仕事は一人で背負うのは重すぎますし、私たちはそれぞれに得意分野が違ったので。他の幹部の方々も、仲間やシキガミに仕事を代行させているのは珍しくありません。

 

 まず、人間かつガイア連合の正式な幹部である父上は、ガイア連合からの依頼の調整やガイア連合員からの要望の処理を担当。「日本神にここの異界を守護して欲しい」「こういう加護をこちらは求めている」「もっとSっ気が強い姿に変身して欲しい」など、大小さまざまな要望を調整しつつ、時には自ら【ヒノエ米を手本とした、大規模な異界開発によるアイテム・食料生産の効率化】などプロジェクトを立ち上げています。

 

 また、人間の欲と神の性質、その両方に精通している母上は、日本神tuberたちのプロデューサー。配信を通じた大規模な信者集めに加え、本格的な信徒になりたいと望む者は個別に日本神への顔つなぎを行ったりと、かなり手広く行っているそうです。今は定期的にライブを開催する事で、ガイア連合員と日本神の距離をグッと縮める計画を立てています。

 

 そして絶対的な【洗脳】【運命改変】への耐性を持ち、ガイア連合の人造悪魔である私は、日本神からの要望の処理を担当しています。「あの神よりいい霊地を融通してほしい」「ガイア連合からの【依頼】に不満がある」「信徒とトラブルが起きた」などなど、好き勝手に主張する彼らの要望を取りまとめ、叶えたり叶えられなかったり、ガイア連合へ伝えたり伝えなかったりするお仕事です。

 

 このように三人で分担しているお陰で、今のところは誰も仕事に押しつぶされず、十分に【異界攻略】や家族団らんの時間を確保できています。毎晩、三人そろって母上のご飯を食べるのは、私にとってもかけがえのない時間ですから。

 

「あら、ありがとう。呪符とかは全部分身でやってしまえるから、もうちょっと高度な仕事が欲しかったのよ」

「分身……そういえば、母上も同じことをしてましたね。なるほど、貴女由来だったんですか」

「多分そうじゃないかしら? 昔からこういう術は得意なのよね。狐は豊穣、多産のシンボルだもの。商売もそうだけど、私たちはたぶん、何かを【増やす】事がすごく好きな生き物なのね。それで、お仕事って?」

「あ、そうでした。ええと、今は【多神連合】の完全壊滅に伴って他神話勢力の流入が止まらないので、悪意ある者を弾くための結界と、受け入れられた者たち向けの異界はいくらあってもいい状況です。おばあちゃんは【九尾狐】なので、私としてはこっちの結界作製が向いてるかなって――」

 

 侵入方法を知り尽くしている泥棒は、転じて良い警察にもなります。FBIにおいても、セキュリティに精通したハッカーを雇い入れる事がよくあるそうです。

 彼女は一度国を滅ぼした傾国の怪物、かの有名な【九尾狐】ですから。籠絡や策謀、ありとあらゆる悪意のスペシャリストです。彼女が作る結界は、どんな悪人も通さないでしょう。彼女が一番の悪人なんですから。

 

 高度な結界作製の仕事と、現在同じ仕事に従事している者へのレクチャー。この仕事は彼女のお眼鏡にかなったそうで、おばあちゃんは嬉しそうな顔をしていました。報酬もいいですもんね。

 

「……それにしても、あの娘があんなにいい男を捕まえるなんて。ほんの欠片程度の霊能しか与えてない、吹けば飛ぶような小さな分霊だったのに。子供の成長って分からないものね」

 

 仕事の話が終わったので、小さなちゃぶ台を囲んでおやつタイムです。今日の御茶菓子はガイア連合特製のかりんとう。この黒糖がかかって艶めいたフォルム、なんともエッチです。

 

「もぐもぐ……。母上はきっと、おばあちゃんから【運】だけは受け継いだんですねえ。母上と父上の馴れ初め、正直かなり天文学的確率によるものだったと思いますし」

 

 攫った子供にたまたま霊能の才があった程度なら、まだ納得できるくらいですけど。その子供の才能が世界でもトップクラスで、更に何故か攫ったはずの自分にベタ惚れしてくるまで重なると、もう理解できません。

 

 ああ、父上……何かの間違いで、今からでも神隠ししたの私って事になりませんかね……。私を一途に愛してくれる父上、想像するだけで下腹部が熱くなってきます。

 

「うう、父上……どうすれば父上の寵愛を受けられるのでしょうか……」

「また灰谷くんの話? んー、でも確かにねー。娘と結婚したわけだから、私にとっては義理の息子にあたる訳じゃない? ああいう若い英雄の卵、私もすっごく好みなのよねー……義母の私にも手を出してくれないかしら?」

「娘にも手を出して欲しいです……」

「あら、うふふ。じゃあ母娘三代で親子丼ってこと? それってすっごく退廃的で私好みね」

 

 そう言っておばあちゃんが楽しそうに笑います。傾国の美女と呼ばれるだけの事はありますね……今の笑い方はかなりエッチでした。未亡人の色気というものを感じます。私が精神攻撃への完全耐性を有していなかったら魅了されていたかもしれません。

 

「でも私、娘にはすっごく嫌われてるのよね。この前も本霊通信で『一回あなたの彼氏、味見させてくれない?』って聞いたらすごい剣幕で」

「おばあちゃんには夫がいたじゃないですか」

「ちょっと誑かしたらすぐ陰陽師けしかけてくる奴なんて嫌いだわ。もう千年以上前に死んでるし。はあ……夫を亡くした私に義息子を少し紹介してあげるくらい、娘ならしてくれないものかしら。ああいう芯が通った心の持ち主をドロドロにしてあげたいわ……」

「完全同意です。母親なら、娘とパパを分け合う度量の広さを持つべきです」

 

 まあ私が母上の立場だったら絶対誰にも渡しませんけどね! 女神系悪魔(わたしたち)は総じて死ぬほど嫉妬深くて独占欲が強いのです。きっとこう言っているおばあちゃんだって、一度父上を手に入れたら誰にも渡さず、ひたすらドロドロに甘やかすでしょう。私には分かりますよ。

 

 その後は「いつか使うかもしれないから」と房中術のレッスンをして終わりました。かなり勉強になりました。

 いつかこれを父上相手に披露したいです……。

 

 

 

*1
シキガミ補正



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