遠き、約束の地との対面を (小千小掘)
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vol.0 始動編
夢倉ノゾミ、着任


 

 ……私は拒む、一つの神託を。

 ……私は逆らっている、アイの古則を。

 

 接続パスワード承認。

 

「不完全な方舟」へ行ってらっしゃい、■■■■。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「……私のミスだった」

 

 美しい。

 巻き散る鮮血にそんな感想を抱いてしまったのは、まだその不謹慎も理解できない年頃だったからかもしれない。

 ただ、血を流すことの意味自体は、からがら察することができてしまった。

 

「私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況。――結局、この結果に辿り着いて初めて、あの時間違えたことを悟るなんてね」

 

 滴る朱は、地べたに強烈な印象を残す間もなく洗われていく。

 濁った水溜まりの上で、三発の弾痕が刻まれた液晶は雨を弾いている。

 目の前の男――見慣れない性別の彼が、こちらを振り向く。その意外な表情に、呆然とするしかなかった。

 

「図々しいかもしれないけど、聞いてくれるかな? ■■■■」

 

 驚くほど穏やかで。柔らかくて。温かくて。

 全く現状に沿わない顔と声音だった。

 

「きっと私の話なんて大して気に留めないのだろうけど、それでも構わない。何も思い出せなくても、多分君は同じ状況で同じ選択を――ううん。同じ状況には、ならないだろうから」

 

 焼き切れた肌。ボロボロに焦げたシャツ。胴体に小さく空いた、しかし明確な絶望を突き付ける穴。

 それをまるで息災のように張りながら、彼は告げる。

 

「だから大事なのは、経験ではなく選択。君にしかできない選択の数々――」

 

 今更なことだ。選択に選択を重ねた終着点。

 数多の人々の想いと、言葉と、行動。そして交わりがもたらした終幕。

 それが、今のあなたではないか。

 血まみれになってまで、前に立って庇うあなたではないか。

 

「責任を負う者について、話したことがあったね。大人としての責任と義務。その延長線上にあった私の選択。――でも君は、それに頷かなかった。闇雲に否定せず、貫き続けた信念を、私は最後まで理解してやれなかった」

 

 ふと、ようやくその眼を視た。

 諦めではない。訪れようとするものを受け入れながらも、何かを見据え続ける、矛盾した瞳。

 

「だから、■■■■。私に寄り添わない不屈の意志を抱える君になら、この捻じれて歪んだ先の終わりとは、また別の結果を……そこへ繋がる選択肢は、君にもきっと見つかるはずだ」

 

 屈託も名残も一切ない微笑みが、強く胸を締め付ける。

 そんな男の背後、黒いスーツの銀狼が。彼とは真逆な瞳と銃口を無造作に突き付ける。

 駄目……だ。ダメッ……!

 

「だから■■■■、どうか……」

「先生ッ!」

 

 乾いた撥音。

 優しかった最期の言葉は、自分の意識と共に闇に吸い込まれて――――消えた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「……ミ」

 

 底辺に沈んでいた意識が、何か、音を認める。

 

「……ノゾミ、起きてください」

 

 あー、うーん……待って……今起きるから……。

 

夢倉(ゆめくら)ノゾミ!」

「ひゃいっ!?」

 

 ゆっくりと浮上していた意識が外から無理矢理引き上げられる。

 

「なになになによ、なんなんよ?」

「聞いていましたか? と言うより、聞いていませんでしたね?」

 

 おぞましいほどに暗い部屋の中、不気味に浮かぶホロスクリーン。そこに映し出されている鬼の形相に、思わず冷や汗が垂れる。

 

「い、いえ。モチロン聞いていましたとも!」

「……本当に?」

「はい! 不肖わたくし、目も耳もたっぷり節穴空けていましたとも!」

「じゃあダメですね」

 

 確かに!

 頭上のヘイロー――何だかモシャモシャした見た目の黄檗(きわだ)色をジリジリと火照らせながら、彼女は言う。

 

「そうですね……また鼻提灯を見せられても困るので、問答形式にでもしましょうか。――ではまず、私の名前は?」

「はい! ………えっと確かー、裸はエッロ?」

原樺(はらかば)エンラです」

「ニアミスですね」

「考え得る限り、いえ、想定外で最悪な間違いです」

 

 溜息を吐くエンラさん。幸せも一緒に逃げちゃいますよ? なんて言ったらまた怒られちゃうかしら。

 

「次、この空間の名称及び特徴は?」

「はい! ――ここはトワイライト・エス・ファンタジア。迷える子供たちに本来与えられるべきであった祝福を補填するべく設立された、夢と希望を掲げる最終救済機関です」

「全て合っていません」

「勢いじゃ誤魔化せなかったか……!」

 

 さっきまでとは違って上手く取り繕えていたと思ったのに。

 蒼のウルフカットをクルクルと弄るエンラさん。見るからに整えていた髪が崩れちゃいますよ? なんて言ったらまた怒られちゃうかしら。「整えていた髪が崩れちゃいますよ?」

 あ。

 

「……何ですって?」

「いやその、髪型メイクネイルアイロンがけと、随分手入れされているなと思いまして」

「……そうですか。…………わりと見ているのね」

 

 うわごとのようにぼやかれても機械を通しているため聞き取れない。思考を巡らしている、ことだけは読み取れた。

 

「ここは、『リミナル・ティムナトセラ』と呼ばれる極秘監査機関です。私はその幹部に当たります」

「極秘? 監査?」

「銃火器の使用が横行される『キヴォトス』において、異常な武力抗争が確認された際に介入する完全な第三者機関。と言えばわかりますか?」

「すごくわかりました」

 

 胡乱な瞳が刺さる。要は多岐に渡る問題が見受けられたら手段問わずやめさせるってことだろう。何だかその『問題』というやつの判断が難しそうだが。

 因みにキヴォトスというのは、幾千にも及ぶ学園が集う広大な都市の総称である。あまり馴染みのない場所だ。

 しかし、ねぇ。

 

「発言よろしいでしょうか」

「急に真面目ですね。許可します」

「お言葉ですが、私の記憶違いでなければキヴォトスには決して少なくない警察能力を有する団体が存在しているはずです」

「ここもその一つ、という解釈だけでは足りませんか?」

「パンフレットを見る限り、そうあるべき理由に心当たりがありません」

 

 機関の性質上か、存外わかりやすく情報が記載されていた。学園の名前、特色、官職の生徒。都市の統括を担う連邦生徒会のことまで詳らかに書かれている。

 だからこそ感じるのだ。別にうちのような例外的な機関を設立する意味はないのでは? と。

 エンラさんは顎に手を当てて熟考する。話す内容を纏めている? あるいは、選んでいる……?

 なんてね。

 

「……先程述べた通り、ここは極秘であり、機関です。ノゾミが思い浮かべていたのは、恐らく連邦生徒会やヴァルキューレ、少し規模が小さいとSRTなどなのでしょうが、それらとは一線を引かれた役割と形式を持つとされています」

「されています。とは?」

「はい?」

「誰がそんな風に定めたんです? 極秘なら大抵の学園、しかも監査という名目を顧みるに連邦にも素性を掴ませてはいないはずです。いつ誰が、どんな経緯で取り決めたんですか?」

 

 おお、しかつめ女のぐぬぬ顔。良い良い良いよ、良いですよ。私にだって使える頭はあるんだから。

 

「……賢い質問ですが、前提が間違っています。ティムナトは公に認知されていないものの、連邦生徒会からの許諾は得ています。監査権限を認めてもらう上では必須でしょう?」

「ふーん……まあそうかも」

 

 公認でない組織が「お前ヤベエって!」なんて喚いたところで蚊にも劣る煩わしさだろう。暗に連邦自体への監査にも効力を持たせる事情も含まれているのだと解釈しておく。

 

「話が逸れました。次の質問です。あなたがこれより担当する任務は何でしょう? これは簡単ですね」

「はい! ……え、え? 私今日初任務?」

「は? あなた、一丁前なのは返事だけですかさっきから?」

「いやだって、私今しがたここに召集されたんですよ? 赴任か編入かもわからない扱い受けてこの仕打ちはないですって」

 

 生徒として編入、でいいのかな。学園じゃなくて機関らしいけど。

 わざとらしい咳払いをして、エンラさんは不機嫌そうな声音をつくる。

 

「表向き、メンバーは――SRTと類似して――連邦生徒会直属の生徒という体裁になります。本来生徒が享受すべき教育の大半はそちらに委託することになりますから、特に心配要りません」

「つまり?」

「成るように成る」

「あれまぁ……」

 

 ちょうど連邦は行政制御権を唯一保持している。安易に所属を公表することを避けるには、その対応が最適か。

 

「さて、記念すべきノゾミの初任務ですが――それは、『連邦生徒会長失踪事件の調査』と『シャーレの調査』です」

「ほーう……うちは人員不足か何かで?」

「正しくは少数精鋭です」

 

 新入りに二つ同時に任務を与えるなんてどうかしている。しかも言葉の響きからしてなかなか重そう。

 

「何故私が?」

「勅命だからです。監査長からの」

「監査長? 一度も会ったことないくせに?」

「名誉なことですよ。そのような物言いは……」

 

 嘘でしょ、私がおかしいの? 面識ない人に評価される気味の悪さと言ったらないだろうに。

 

「数週間前から行方不明となった連邦生徒会長。幹部のリンさんから情報提供を申請しましたが、元手がてんやわんやしているようですね、これといった資料はありません」

「ならもう少しお偉いさん方の捜査が進んでからにするべきでは?」

 

 これは正論だろう。と思ったが、相手は意にも介さない。

 

「そして。そのフィクサーとして選ばれたのが、『先生』と呼ばれる成人男性。あなたと似た境遇で、会長直々の指名だったそうです」

 

 成人男性……ってことは、私と()()か…………?

 

「彼は連邦捜査部『シャーレ』の担当顧問にも当てられています。超法規的機関であるシャーレは、ごく一部の例外を除きキヴォトスに存在する全学園の生徒を制限なく加入させることが可能で、各学園自治区で制約無しに戦闘活動を行うことができます」

「その例外っていうのは、聞くまでもないか」

 

 なるほど、だから実質うちと提携しているのか。私たちが武力抗争に介入できる所以は、シャーレの権限と通じているわけだ。

 

「でも、随分乱暴な組織を立ち上げたもんですね」

「連邦生徒会長が主導したそうです。……理由も明かさずに」

 

 なになになによ、なんなんよ。よくそんなんで今まで会長を全うできたものだ。まるで報連相がなっていない。

 

「言いたいことはわかりました。連邦生徒会長の捜索はともかく、先生とシャーレの調査については試験監督のようなロールを任せたいと」

「そういうことです。して、今まさにそのきっかけとして非常に相応しいタイミングがやってきています」

「……? どういうことです?」

 

 何食わぬ顔で、エンラさんは告げた。

 

「今現在、外郭地区が襲撃を受けています。目的はシャーレ部室の占拠と推定。これの対処を以て先生との関係を構築するのが、任務遂行の足掛かりに推奨されています」

「しゅ、襲撃!? おいおいおいって、穏やかじゃないって」

 

 ツッコミどころが多すぎる。……もしや、その襲撃といい私の招集といい、既に既定路線外なのか?

 

「さっきと話が矛盾していません? 連邦生徒会は私たちの動向を認知しているんですよね?」

「表向きは、と説明したはずです。実際のあなたの所属はあくまでリミナル・ティムナトセラであり、連邦生徒会に伝えてある趣旨は、『基盤の脆弱なシャーレへの助っ人』。監査対象にこちらの魂胆を易々と打ち明けるわけないでしょう?」

「あー……ああはいはいそうですか」

 

 いつもの調子も崩れるよこれは。一種の潜入捜査をリハーサルも無しに? 馬鹿げている。

 そんな私をこうも杜撰に送り出す心。今までの会話にヒントはあったな。

 

「裸さん。さすがに監査長のお墨を過信しちゃいないですかね?」

「次その呼び方をしたら絶対に口利きませんよ」

 

 口利かなかったら利いてくれるまで居座ってやる。

 

「それほどまでに、監査長の実権は堅固なのです。連邦生徒会長、今だと先生なんかと比べれば、ガキ大将の我が物顔が通る程度ですが」

「話聞いてる感じそうでしょうよ」

 

 日向を連邦、日陰をティムナト。そんな印象がもう私の中では根強い。

 

「拒否権は、ない……?」

「無論です」

「……わかったよ。でも戦術とかはあんま詳しくないよ? 1vs1が精々」

「最初の段階で戦闘の必要はありません、寧ろ避けてください。独りでに悪目立ちをするわけにもいきませんから」

「じゃあどうすれば?」

「最優先は先生との合流。彼から指示を仰いでください。待避を命じられてもできるだけその後のコンタクトはできるように」

「戦闘参加の場合は?」

「……」

「戦闘狂じゃないんだけど、私」

 

 どちらかと言うとスローライフ志望。

 

健全なる精神よ、健全なる身体に宿り給え(Orandum est ut sit mens sana in corpore sano.)。この都市では最低限戦う力と意思が求められます。他人のためでも自分のためでも構いません。怠惰に陥ろうとすれば、いとも容易く殺されますよ」

「殺されるって、誰に?」

「さあ、誰でしょう? 敵か、世界か、――――あなた自身か」

 

 なになになによ、それっぽく決めちゃって。

 嘆息を置き土産に足を動かす。

 結局事前説明はほとんど無しか。当該目標の方針から察するに、臨機応変などと宣いたいのだろう。

 資料を表示。――情報がリアルタイムで更新されるハイテク物だ。戦況が画面に映し出される。

 へー、主犯候補は停学中の生徒。先日矯正局を脱走した、肝が据わっている。――巡航戦車! こりゃ賑やかな演目になりそうだね。

 

「健闘を祈っています」

「祈るのがあんたの本業だもんね」

「……その威勢が砕けることも祈っておきます」

「たははー、んな簡単に折れるわけないでしょ」

 

 そう、折れるわけにはいかないんだ。

 私は、すっかり馴染んだ得物を手に取る。

 何だかちょっと浮ついているような気もするけど、悔しいかなエンラの言う通り。成るように成る。

 この都市にはどんな子たちがいるのかな。とりあえず謎の真相はどうなんだろう。任務ってどんくらい苦労するのかな。

 ――先生って、どんな人なのかな。

 思い、馳せる。その原動力を滾らせる限り、私自身に不足はない。

 大丈夫――――私には、鎖に等しい言葉がある。

 

健全なる精神よ、健全なる身体に宿り給え(Orandum est ut sit mens sana in corpore sano.)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「な、なに、これ?」

 

 混沌(カオス)

 現状を最も効率的に表現する言葉がそれだった。

 

「なんで私たちが不良たちと戦わなきゃいけないの!」

 

 機銃から発せられる乾いた音。砲弾がビルに突っ込む鈍い音。そのどれにも掻き消されない迫真の声で叫ぶのは、ミレニアムサイエンススクールの生徒会会計、早瀬(はやせ)ユウカ。

 彼女は学園の、いや多くの学園の代表として、連邦生徒会に直談判(通称鬱憤晴らしの苦情)をしに来たはずだった。

 学園都市のそこかしこで急激に件数の増えている混乱。実際ミレニアムも自治区の風力発電所がシャットダウンした経験が新しい。

 しかしいざ出張してみれば、いつの間にか戦場の真っ只中に立たされる始末。どうしてこうなった。

 

「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから……」

 

 傍らでユウカの悲鳴に反応した彼女、ゲヘナ学園風紀委員会の一人である火宮(ひのみや)チナツも、心なしかげんなり顔だ。

 彼女の言うように、自分たちは半ば強引な連邦生徒会からの指令でここに立たされている。最終目標はサンクトゥムタワーの制御権奪還。直近目標は、『先生』をシャーレ部室へ無事送り届けること。同胞もいない中急ピッチで対応するには骨の折れる任務だ。

 何やらシャーレ部室に保管されている「ある物」があれば万事解決らしいが、そこら辺は先生の手腕に依拠するだろう。

 

「――私これでも、うちでは生徒会に所属していて、それなりの扱いなんだけど……痛っ! あ、あいつら違法JHP弾使ってるじゃない!」

「ユウカ。ホローポイント弾は違法指定されてはいません」

 

 うちじゃこれから違法になるのよ!

 癇癪を起している琴線が再び刺激され、思わず背後を一瞥する。

 トリニティ総合学園、正義実現委員会副委員長、羽川(はねかわ)ハスミ。自分やチナツとは違いこれといった不満を表に出さず、冷静に状況を分析し始める。

 

「あの建物の奪還は絶対とはいえ、最優先すべきは先生の安全です」

「ハスミさんの言う通りです。先生はキヴォトスの外から来た方ですので――――私たちとは違い、弾丸一つでも生命の危機にさらされる危険性があります」

「……分かってるわ。先生、先生は迂闊に戦場に踏み入らないように。私たちが戦っている時は安全な場所に、」

「いや、私が指揮する」

 

 凛とした、低い声。

 チナツではない。ハスミでもない。当然、先程アイロニカルな態度丸出しだったリンでもない。ヘイローを漂わせる戦姫たちにはとても発せない芯の太い声は、しかし棘がなく、肩が脱力するのを自覚する。

 

「せ、先生?」

 

 錯覚してしまうほど、余裕のある表情だ。あたかも自分らと同じように、銃弾の雨を浴びようと仁王立ちを貫けるのではないかと。

 それがユウカたちの、初めて見た大人の勇姿だった。

 

「大丈夫、任せて欲しい。――――今からは私の指示に従って」

 




続くとしたら、なるだけメインストーリー準拠です。
あとこれ重要なことですが、見切り発車なだけあって自分は全く銃火器関連の知識を持っていません。なので言わばミリタリー的な要素・用語はほとんど触れることができません。雰囲気作品になります。


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あなたの先導に、敢えて疑念を抱えよう

はい、書いちゃいました。第二話。一話限りじゃ主人公のことなんもわかんないかなと思って書いてみたけど、全然喋らなかったわ。なんだがんだチュートリアルまではやっちゃうのかな?
みんな魅力的だから、戦わせるのも嘆かわしい。でも戦う少女も絢爛なんだろうなというジレンマ。


「ユウカ、スズミ。正面は任せられる?」

「数が多いですけど……下手を打つことはないでしょう」

「ユウカさんに同意します」

 

 各学園、主要生徒の情報くらいは頭に抑えてある。ましてここにいるのは、キヴォトスで名高い三大学園の面子だ。

 まともな戦術も陣形もとっていない敵勢力を観察し、先生は早速即席部隊に指示を飛ばす。

 

「こちらは四人。他の二人の特性を考えると、君たちが主軸になりそうだ。頼りにしているよ」

「了解しました」

「……ご期待に沿えるよう善処します」

 

 調子づけようという魂胆か。窺うような眼差しを向けた後、ユウカはスズミ――トリニティ自警団の一員を名乗っている少女――に続き駆け出す。

 

「ハスミ。君には後方に控える敵の掃討とユウカたちの援護をお願いしたい。幸い君と同等の射程に届く相手はいないみたいだ」

「わかり……え? せ、先生。何故そんなことが?」

「何故って、見えてるから?」

 

 視力には自信がある。これくらいの頭数なら詳細は把握できる。

 瞠目するハスミをよそに、先生は付け加える。

 

「有効な狙撃ポイントの位置をデータで送った。到着次第よろしく」

「……ありがとうございます――」

 

 ユウカとは違い迂回する挙動で動き出すハスミ。それを尻目に、先生は最後の一人に意識を向ける。

 

「チナツは後方で待機。前衛二人の容態によっては救護物資の投入と、打ち漏らしがあったらその対処もお願い」

「私はサポートに適性が偏っていますからね。了解です」

 

 作戦は伝えた。生徒の負担を考えると、作戦時間の目安は三分といったところか。

 と、なると……。

 一息つく間もなく、先生は通信を開始する。

 

「あー、あー。聞こえてる? ユウカ、スズミ」

 

 

 

 

 

 前触れなく受信した音声に、ユウカは内心吃驚する。隣を見ると、スズミも同じ反応だった。

 実際に音波が届いたわけでも、脳内に語り掛けてきたなんてオカルトでもない。そういう信号が送られてきた。と表現するのが適切か。

 第一陣を迎撃していたユウカはスズミと左右に割れ、先程から遮蔽物に使っていた建物の残骸――『最適解の導出』によって最大限上手く利用できていた――に再び隠れ返事をする。

 

「何です?」

「調子はどう?」

「自前の演算処理で損傷は最小限です。ただこれは……迂闊に攻め入る隙がないですね」

 

 各個の戦闘力は大したことない。数的不利がもう少し和らげば迅速な無力化は造作もないはず。それがユウカの計算だった。

 すると、僅かな空白の後、先生から指示が下る。

 

「わかった。じゃあ――飛び出しちゃおっか」

「はい。……はい?」

 

 何を言っているんだ、この人は。

 

「私を捨て駒や囮と勘違いしてます?」

「違うよ。私の言うようにやってみて」

 

 簡単な説明を受け、不本意ながらも頷く。

 

「カウント、3、2、1――ゴー」

 

 合図と同時に、愛銃『ロジック&リーズン』を乱射しながら肉迫する。

 

「無駄よ――」

 

 突然の動きに反応の遅れた数人が銃弾に倒れる。他の敵の攻撃も、動揺からか銃口が定まっておらず避けるに容易い。

 しかしやはり、それで全てが排除できるわけではない。

 

「くっ……!」

 

 躱しきれなかった弾丸に苦悶の声が漏れる。

 気付けば第二陣も前線の状況を察したのか進行してきている。被弾も増えた。

 やっぱあの人、無茶振りだったじゃない……!

 愚痴を零した、その時。

 

「今だ、ユウカ!」

「――ッ、言われなくても!」

 

 力強い声に応え――――ユウカはすかさず端末を取り出した。

 

「攻撃が私に命中する確率は……極めて低いっ!」

 

 自分の宣言を『Q.E.D(証明)』すべく、常備している『関数電卓』――暗算に優れた彼女がそれでもなお完璧を追究するためのマストアイテムだ――を慣れたタッピングで操作。

 敵勢力の攻撃情報を分析した計算機が、中和領域のシールドを生成した。

 

「な、何だ、弾が届かない!」

 

 スケバンの一人の怯えた叫びを無視し、一網打尽にする。

 

「ま、ここまでは計算通りね――」

 

 計算が合っていれば、すぐに次の目標が見えてくるはず。

 

「クソッ、アイツを止めろ、数で押せ!」

 

 来た……!

 第二陣が向かいから雪崩のように押し寄せる。ヘイトを買った私を威圧したいのかしら? 窮屈なくらい固まって、杜撰にも程がある。

 その証明に、

 

「スズミっ」

「天罰の光を――」

 

 先生の指示に従いスズミが『オーダーメイド閃光弾』を投擲。爆発を喰らった大勢が戦闘不能になり、残りも聴覚と視覚が麻痺し硬直した。

 ユウカは爆発に巻き込まれないよう別の遮蔽物に隠れ、傍ら『高速暗算』を開始。呼吸を整え体力を取り戻す。

 その間、スズミが『自警団の猛襲』を仕掛ける。照準のブレブレな相手の抵抗は全て彼女の軽やかな『緊急回避』によって無益に終わった。

 

「――まだ終わらないわよ」

「逃しませんっ」

 

 二人同時の挟撃。ユウカの『I.F.F(敵味方識別装置)』による解析とスズミの『自警団の底力』のコンビネーションは抜群で、爆煙で視界の悪い中一方的な蹂躙が行われた。

 

「何だか、戦闘がいつもよりやりやすかった気がします」

「やっぱり、そうよね……?」

 

 一段落ついた折。スズミの呟きに同意する。彼の指示は的確で、特にシールドの展開と閃光弾の投擲のタイミングはあれが最適だった。

 これが、先生の力……。

 連邦生徒会長が選んだ方とはいえ、感心せざるを得ない。

 

「先生の指揮のおかげですね」

「ハスミもお疲れ。後方はほぼ単独で殲滅か」

「大変狙いやすい的でしたから」

 

 どうやらこちらの指揮と同時にハスミにも通信していたらしい。器用さまであると来たか。

 

「特に甚大な損傷はなさそうだけど、念のため回復しておこう。一番ダメージを受けているのは、やっぱりユウカか」

「はい。どっかの大人が子供を乱暴に扱ったせいで」

「そ、それについてはごめん。でも危ない橋を渡らせるつもりはないよ。まだちょっと不慣れなものでね」

 

 無愛想を装って鼻を鳴らすが、実の所そこまで不快感はなかった。元々状況が厳しいとは思っていなかったし、合理的な作戦だったのはユウカ自身認めているところだ。

 

「チナツ。『戦傷治療』をお願い」

「はい。この先も、助けが必要なら私にお任せください」

 

 二つ返事や否や救援物資が届く。ケースの中に入っていた注射器で治癒を完了した。

 

「うん、ちょうどいい量ね」

 

 さて。

 シャーレの部室までは、後半分といったところか。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「シャーレの部室は目の前よ」

 

 その後も先生の指揮が功を奏し、一行は順調にシャーレへと近づきつつあった。

 ユウカの発言を追う形で、連邦生徒会幹部、七崎リンから通信が入った。

 

「今、この騒ぎを巻き起こした生徒の正体が判明しました」

「それは……?」

「狐坂ワカモ。百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。似たような前科がいくつもある危険人物なので、気を付けてください」

 

 詳細データを受信する。唯一固定位置で開封する余裕のあったハスミは一人それを確認し、

 ――目を剥いた。

 

「そ、騒動の中心人物を発見! 対処します!」

 

 潜めた影を滲ませたような黒の下地に、妖艶さを演出する瀟洒な花柄の制服。着物を彷彿とさせるデザインは、しかし妙に様になった気崩し方で、不良然とした見てくれだった。

 そして最大の特徴である狐のお面。素顔が見えない相手というのは例外なく測りづらく、底知れぬ不気味さだ。

 そんな悪女は、ユウカとスズミの500メートル以上先で仁王立ちしている。全てビルの屋上からリアルタイムで得た情報だ。

 

「フフ、連邦生徒会の子犬たちが現れましたか。お可愛らしいこと」

 

 飄々とした態度を崩さずに、ワカモは呟く。愉悦の響きのこもった声だ。

 

「興が乗りました。少しばかり、お相手致しましょう」

 

 ワカモは自前のスナイパーライフルを構える。

 その銃口が向けられた先は……

 

「ユウカさん、シールドをッ!」

 

 回避行動は間に合わない。冷静にして一瞬の判断から咄嗟に警告する。

 すんでのところで気づいたユウカが即座にシールドを展開。それとほぼ同時――。

 

「なっ……!?」

 

 たった一発だった。

 今までスケバンやヘルメット団の銃撃をものともしなかったユウカのシールドは、不出来なガラス細工のように脆く割れて散った。

 動揺を押し殺し、ユウカは最寄りの車に身を隠す。一連の出来事を目撃した三人も射線から外れた。

 

「あら、怖がらせてしまいましたかね」

 

 そりゃビビるというものだ。有効射程を優に超えた長距離射撃。ハスミの見立てでは、あの長物は500メートルが有効かも怪しいはずだ。

 それに加え、何食わぬ顔で否定しようのない殺傷力を行使する非道さはまさしく『花開く破戒衝動』と言えよう。

 

「さあ、貫かれたい子は誰かしら?」

 

 きっと隠れた表情は、純真無垢な微笑みか。

 

 

 

 

 

「どうしますか、先生」

 

 会話に余裕の残っているハスミが先生に問いかける。

 

「ちょっと待ってね」

 

 どうする。まだワカモとの距離は相当ある。彼女の付近には今のように腰を下ろせる安置がなく、無理に移動しようとすれば格好の餌食だ。

 一撃でも喰らえば、自分は勿論生徒たちも無事とは限らない。

 つまり、この状況の突破口となるのは……

 戦術を組み終えた先生は、四人に告げた。

 

「指揮を執る。行こうっ」

 

 作戦開始。

 

「……! フフ、ウフフフフフ……」

 

 薄ら笑いするワカモ。そこに最初に向かって行くのは、ユウカだ。

 

「いいでしょういいでしょう。泣き叫びたい方から順番にどうぞ」

「誰がっ、そんな惨めな真似するものですか!」

 

 相手のファーストアタック――不意打ちはノーカンだ――は身体を転がすことで無理矢理躱す。まだ近くに残っていた遮蔽物に身を隠した。

 

「ユウカ」

「わかっています。――勝利を、証明するわ。私たちで」

 

『関数電卓』を起動。青い領域に包まれながら射線を駆け抜ける。

 それに息を合わせ、彼女を追い掛けるようにスズミも前に出た。

 

「さて。この蛮勇の意図は……」

 

 無論迎え撃とうとするワカモだったが、彼女は瞬時に標的を変更する。

 射撃と同時に一歩後ずさると、彼女が元いた位置に鉛がめり込んだ。

 

「フフ、バレてしまいましたね」

「白々しい……やはり気付いていましたか」

 

 立て続けに変化する前衛の状況に気を取られれば僅かながら隙は生まれるかと思ったが、そうはいかないようだ。

 一弾指の攻防の間に、ユウカが抜け出した場所にスズミが到着。ユウカはワカモまでおよそ300メートル強のところに迫っていた。

 しかし、

 

「……っ、くぅ。うぐっ――」

 

 対象をユウカに定めた猛撃に、ついに回避が遅れシールドが破壊される。

 それでもっ。

 

「まだよ。まだ……!」

 

 駆ける。自分がどこまで()()()かも、この策の鍵なのだ。

 一撃。苦痛に表情を歪めるが、足を止めたのはほんの一瞬。

 二撃。もう勝手はわかった、今度は臆さず進む。

 

「存外硬いのですね」

「当たり前、でしょ。こっちは優秀な救護係がいるんだからっ」

「ユウカさん、私のことそんな風に思っていらしたんですね」

「建前よ! 建前!」

 

 自分がここまで銃弾を受けながら平静を保っていられるのは、チナツによる『防御支援の強化』があるからだ。これも当然先生の指示である。

 

「仲良しこよしはいいことですね。では、これはどうでしょう!」

 

 歓喜の滲んだ声と共にワカモが構える。

 荒廃した街並みに、一輪の花が咲いた。

 

「……!」

 

 ヤバい!

 そう思った時には手遅れだった。

 

「『乱れ散る花吹雪』の如く……。はぁっ!」

 

 禍々しいオーラを纏った銃口から放たれる漆黒の三発が、ユウカに牙を剥く。

 

「うぅっ……!」

 

 耐えられない……!

 先行する二発を受け膝をつく。死の近づく音が聞こえ、思わず目を瞑った。

 最後の一発が、ついに彼女のヘイローを――

 

「……! 何が……」

 

 聞こえてきたのは、血肉が嬲られる音ではなかった。

 動揺するワカモの声に目が開く。自分の身体に、あるべき傷が全く見られなかった。

 一体、何が起きたの……?

 

「大丈夫ですか、ユウカさん」

「チナツ……あなたの?」

「回復、間に合いましたね」

 

 彼女の『戦傷治療』の賜物らしい。何だか()()()が残るが、それは今気にすることではないだろう。

 さあ、バトンタッチだ。

 

「スズミ!」

「――ええ。ここからは、私の番ですね」

 

 ユウカの背後からスズミが飛び出す。ユウカの稼いでくれた距離を、スズミが更に攻めていく。

 

「フフ、面白い」

「いつまでもニヤニヤさせるわけにはいきません。――腰を抜かしてさしあげましょう」

 

 閃光弾を投擲。――届く前に打ち抜かれる。

 両者の間に迸る光。それを掻い潜り、スズミは全速力で射程圏内を目指す。

 

「速い……」

 

 距離、200。もっとだ、もっと加速だ。脚力の限りを前方へ。

 侵攻を封じようとするワカモの発砲。スズミは不自然とも思える挙動でこれを回避する。

 

「今のは……ああ、支援ですか」

 

 戦闘に躊躇いはないが脳筋ではない。ワカモは反射的に不可思議な現象に答えを見出す。

 

「無駄です――!」

「バイタル正常。進んでください!」 

 

 チナツから『戦況の立て直し』の恩恵を授かったスズミは、ワカモの正確な射撃すら凌駕する。

 そして――――距離、100……!

 日課であるパトロールのパートナー、『セーフティ』を構える。

 時の止まった世界。スズミとワカモ。二人の視線が交錯し、触発寸前の間合いが完成した。

 刹那の均衡。それは一瞬にして崩壊する。

 

「くっ……!」

 

 先に着弾したのは――――ワカモの銃弾だ。

 片足に重い衝撃を受けたスズミは空中で姿勢を崩し、勢いは収まることなく地べたを転がされる。――しかし、タダでは転ばない。

 ローリングの最中、無理矢理体勢を立て直し立膝に。間髪入れず、本能の指摘した場所へ銃口を突き付けた。

 ようやくたどり着いた、500の距離。歩幅一つ分の間隔は、二つの銃身で埋まっている。

 響く音は、限界が近いスズミの乱れた呼吸だけだ。

 

「――お見事」

「終わりです――」

 

 両者のみが感じ取れる互いの圧力。心の睨み合いは、銃火器がもたらす戦火よりもずっと熾烈だ。

 

「何が目的ですか? 脱獄を働いた上でこのような騒ぎを起こして……」

「お答えする義務が、私にあるとでも?」

「どうしても、拒否されると言うのですね。回答も、投降も」

 

 肯定を示す沈黙。それを認めたスズミは――――()()()()()()()

 

「残念です。ならあなたをここで無力化する他ありません」

「無駄ですよ。あなたのアサルトライフルでは私を一発では仕留めきれない。一方私は……お分かりですね?」

「その通りです。でも…………これは痛いですよ」

「――ッ! まさか、」

 

 瞬間。二人を閃光が包んだ。

 ここだ、今しかない……!

 

「ハスミ!」

 

 

 

 

「心は熱く、頭は冷静に――」

 

 呼吸を止める。揺れが止まる。

 呉越同舟とはいえ、体を張ってくれた者たちのため。この一瞬は絶対に逃してはならない。

 逃すなど、一人のスナイパーとして。正義を掲げる一員として、ナンセンスだ。

 

「『災厄の狐』よ。一つ教えてあげましょう。――――あなたより私の方が、ずっと射程は長いんですよ」

 

 愛銃『インペイルメント』。

『アーマーピアッシング弾』、装填完了。

 目標、狐坂ワカモ。距離904m。

 

「『照準よし』。撃ち抜くッ……!」

 

 女狐の属性弾にも引けを取らない純黒の熱意。それは、決して跋扈する悪の象徴ではなく。

 何者にも染められることのない、絶対的な正義の志である。

 勧善懲悪への信仰を乗せて。正義の銃口より放つ、会心の一撃。

 それはついに、無傷だった「七囚人」の一角を、確実に穿った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ありがとうハスミ! 一転攻勢だ!」

 

 形勢逆転。依然動けずにいるワカモを、ハスミは再び狙撃する。戦線に復帰したユウカも合流した。

 

「これは……困りましたね」

 

 初めて、負の感情の吐露を聞いた。

 

「さっきはよくもいたぶってくれたわねっ」

「あらら。こうなってしまっては分が悪い……。ここまでにしておきましょう」

 

 途端、ワカモの身体が消える。

 否、痺れから回復した彼女が砲火から脱出したのだ。

 

「なっ、何よその動き!」

 

 ユウカの驚愕は最もで、本当に得物がSRなのかと疑ってしまう機動力が窺えた。

 

「逃がしませんっ」

 

 ハスミの『アーマーピアッシング弾』も、二度目の着弾は叶わなかったようだ。

 すると、

 

「こ、今度は何!?」

 

 ふらつく規模の地響きと共に姿を現したのは、一度話題に挙がっていた巡航戦車だ。

 

「クルセイダー1型!?」次はハスミが声をあげる番だった。「トリニティの制式戦車と同じ型です」

 

 噂の兵器がこのタイミングでお出ましとは。今まで見かけなかったのだからおかしなことではないのだが、上手く使われてしまった。

 

「後は任せます」

 

 クルセイダー戦車を盾に、ワカモは待避してしまう。追跡するには難度が高すぎる。

 

「逃がすわけには……!」

「いいえ、生半可な行動は不要です」無理をしようとするユウカだが、それを深追いだと判断するハスミが止める。「私たちの目標はあくまでシャーレの奪還です。余力も考慮すると、このまま目標地点のビルへ向かうべきです」

「……っ、わかったわ。あいつを追うのは私たちの役目じゃない。そういうことでしょう」

「罠かもしれませんしね」

 

 方針は決定したようだ。そこでスズミが疑問を呈する。

 

「結局、アレの出所は一体?」

「恐らく、不法に流通されたものね。PMCに流れたのを不良たちが買い入れたのかも」

 

 つまり、

 

「ガラクタってことだから、壊して問題無し。行くわよ!」

 

 ラストスパートだ。

 もう不安要素はないだろう。一人の強力な手合いを前にしたことで、即席だった小隊も自然な連携ができるようになってきた。さすが、それぞれの学園で相当な地位を熟しているだけのことはある。

 ワカモと比べれば戦車程度、それこそ鈍足な的でしかない。気は抜かずとも、どこか緊張していた気分が弛緩する。

 柔軟になった思考は、皮肉なことに休むことを知らず、現在から未来に巡り始めた。

 リンの言っていた「ある物」とは一体何なのだろう。これから自分はどのように『先生』を全うすべきなのだろう。

 個性溢れる生徒たちと、どう向き合っていけばいいのだろう。

 答えには遠すぎる疑問だが、それが希望への行進であることを、彼は疑っていなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「へー、ほー。あれが先生か。何だか危なっかしい人だなあ」

 

 一連の攻防を傍観していた私は、思わずそう感想を零した。

 藍髪の少女をタンクにしてできるだけ距離を詰める。限界まで進んだところですかさず回復&俊敏な生徒に交代。それすらも陽動で、足止めしたところを高威力の狙撃で落とす。

 頑張っていたのはみんなだったけど、要だったのはスナイパーとサポーターの二人だね。スナイパーの初撃は「私はここで構えているぞ」の意思表示。あれがなければ懐に飛び込む難易度はもう一段階上がっていた。サポーターに至っては言わずもがな、彼女の支援がなければ二人撃墜されていた。

 精密さの求められるその策を短時間で練ったのがあの『先生』。果たして生徒を信じている故なのか、手腕が未熟故なのか。導き手にも独裁者にもなれる存在だね、大人っていうのは。

 確かにあの劣勢を覆すには優良な策であったことは事実だ。でも実際、()()()()()()()()()()()()、タンクの子は助からなかった。きっと誰も、そのことには気づいてないんだろうけど。

 

「ふむふむ、調査っていうのはこういう感じかな? 何かお高くとまったような気分になれて楽しいかも」

 

 狐のお面を被った少女のおかげで随分格が落ちてしまった巡航戦車が沈黙した。と言うことは、そろそろ先生がシャーレに踏み込む頃合いか。

 どういう風に接すればいいのかやら。私だって乙女だ。ファーストコンタクトにはわりと気を遣う。こればかりは成るように成るなどとは言ってられない。

 前途多難。ポリポリと頬を掻きながら、私は『シャーレ』の屋上を降りることにした。

 




自分なりなリスペクトを最大限表現してみした。見覚えのある名前、聞き覚えのあるセリフも何箇所かあったでしょう。

今話で雰囲気はちょっとだけ伝わったかなと思います。わりと硬派というか、練習目的で戦闘描写もしていきたいなと。
アニメーションとしてイメージしてみるとかっこいいシーンとか作ってみたつもりです。スズミVSワカモやハスミのEXスキルはお気に入り。


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その出会い、奇襲につき

チュートリアルラストです。


 無事シャーレの部室の奪還に成功した一行。リンから合流の通達を受けた先生は、建物の守衛をユウカたちに任せ中へ入る。

 良く言えばさっぱり、悪く言えば殺風景な景色が続き、

 

「……何なのか、……れでは壊そうにも」

 

 通路とは打って変わった地下の暗室に降りたところで、見覚えのある怪しい生徒と出くわしてしまった。

 とりあえず、生徒には挨拶からか。

 

「やあ、さっきぶりだね」

「あら――?」

 

 白けた空間で浮く少女――ワカモはこちらを振り返り、目に見えて動揺する。

 

「あ、ああ……」

「どうしたんだい。ワカモ」

「なまっ……し、失礼しましたー!」

 

 刺激しないよう慎重に声を掛けたつもりだったのだが……彼女は脱兎の如く、いや、脱狐の如く逃げ出してしまった。

 

「……?」

 

 呆然と、唯一の出入口を見やる。事なきを得た、ということにしておこう。案外あの子も、悪い生徒ではないのかもしれない。

 よし、リンを待つか。そう切り替えようとした時――。

 

「……!」

 

 カチャリ。

 身震いしてしまうような冷たい()の感触が、後頭部に伝わる。

 それに対し先生は、ゆっくりと両手をあげるだけだった。

 

「おー、最善手イイネー。大人の貫禄ってだけじゃなさそうだ」

 

 物騒なものを突き付けている自覚があるとはとても思えない陽気な声。

 彼女の言う通り、先生は状況を見極めた上で動じなかった。無理に抗おうとすればその時点で沈められるだけ。かと言って怯えていたら、段々冷静な思考を保てなくなる。

 どのみち撃たれる可能性もあるのにすぐに逃げないのか? あり得ない。もしそうならもう殺されているはずだ。

 そして――こちらから喋ってはならない。

 

「でもでもでもさ、詰めが甘いよ。コンコン君がいた時点で『既に敵が潜んでいる可能性』を考えなきゃ。護衛に適任なのは、ツーサイドアップ君かな」

 

 色々と言いたいことはあった。その呼び名――恐らくワカモとユウカのことだろうが――は何なんだ。どうして二人の名前と特徴のみならず戦闘スタイルまで把握している。などなど。

 しかし現時点で、その質問の価値は低い。

 

「君は一体、何者なんだ?」

「コンコン君の仲間とは思わない?」

「ワカモとは入れ替わるように出てきたからね、隠れてたんだろう。目的もわからなきゃ応えにくいから、一応聞いてみたんだ」

 

 理に適った質問。こちらの命を手中に収めた彼女は言葉を詰まらせる。

 

「それは、……ああ確かに。どうしよう考えてなかった」

「え……」

「いや、待って。やり直そう」

 

 なかったことに――できてないまま咳払い。

 再び響く声は、トーンが一段低かった。

 

「貴方を殺す」

「……」

「って言ったら?」

「本当にそう考えているとは、思えないかな」

 

「そうだね! その通りだよ本来は」それをわかっているから、ついさっき『最善手』との評価を下したのだとばかり思っていたが。「だけど、私がそんなこともわからない唐変木だったとしたら?」

 

「君は、そうじゃないんだろう?」

「仮定の話だよ。誰もが合理的で最善主義なわけじゃない。第三者に知らしめたい、情報を引き抜きたい、ただ格好つけたい。無駄に見える現状にどんな事情が秘められているかなんて測り知れない。だって、」

「だって君たちは、()()だから?」

「正解! クレバークレバー、わかってるぅ」

 

 本当に、嬉しそうに跳ねている。靴が床を小突く高い音が反響した。

 

「さっきのコンコン君がいい例だよね。ここが目的なら君たちと交戦する必要はなかった。即座に君を撃ち抜けば良かった。でもそうしなかった、できない事情があったのか生まれたのか、将又敢えてそうしたのか。戦場でさえ、重大な非合理は茶飯事ってこと」

「だからここで、私は君に殺される?」

 

「うーん。それだと面白くないんだなぁ」理由は当然、「私、子供だから」

 

「なるほど。勉強になるよ」

「んん? 勉強になる? どういうこと?」

「生徒と関わる上で大事なことを、また一つ知ったから」

 

 余程意外だったのか、饒舌だった彼女の口が忽然と止まる。

 

「…………あれま。こりゃ一本取られたよ。君も随分非合理だ!」

 

 少女は短い思案をし、パッと表情を明らめる。

 

「良いことを思いついた。――君が条件をのんでくれたら、私は二度と君に関わらないと約束するよ。どう、チャーミングな提案だと思わない?」

「それは……内容によるかな」

 

 自分の命という、超重量と釣り合う天秤の対岸。相当なものが用意されているのだろうと、彼の脳が警鐘を鳴らす。

 選択を、間違えるな。

 こちらの準備を待っていたかのように、少女は一呼吸入れて、告げた。

 

「生徒一人の命」

「……!」

「誰でもいい、何なら君に選ばせてあげるよ。連邦の誰かさん、さっき戦った仲間、――面識のない子なら、罪悪感も湧かなくていいんじゃない!」

 

 至極快活な声で、絶望的なことを語る。

 急速にロジックが展開される。自分が消えれば、再びキヴォトス全域は混乱に陥るだろう。リンの話していたことが大袈裟でないなら、自分は子供たちが是が非でも縋りたい藁のような存在。先のような入り乱れた戦線で溢れかえってしまうのは想像に難くない。

 少女の言う通り、自分が知っている生徒は六名のみ。資料で顔を確認した生徒も母数に対してごく僅かだ。加えて、そもそもこの少女が対象を仕留めそこなう可能性だってある。強力な生徒を指名すれば、返り討ちを期待できるかもしれない。

 所詮自分は、外部から招集された非力な男だ。職務を全うするために、取るべき選択は明らかだった。

 

「お断りだ」

「……そう。どうして?」

 

 静かに、冷たく問いかけられる。

 今更迷いなどない。彼は明確な本心を赤裸々に打ち明けた。

 

「私は、みんなの『先生』だから」

「……」

「子供を守るのが、大人の義務だよ」

 

 毅然と言い放つ。

 見るべきものを間違えるな。自分が守っていくべきなのは街じゃない。街で生きる生徒たちだ。

 幾千の生徒を守り、導くという使命。

 だからこそ自分は、『先生』として招かれたのだと確信する。

 その時点で、答えは一つしかあり得なかった。自己保身のために生徒を見捨てるような大人は、先生失格なのだから。

 

「――なるほど、良くわかったよ。そっか、それが君の根源。君が招かれた素質であり資格……。へー、良くわかった」

 

 回答を吟味し、何かに納得した素振りを見せた少女は――しかし、改めて得物を構える。

 突き刺すような視線に、背筋がひりついた。

 

「じゃあ、約束は約束だよ。未知なる教え子にさえ、どこまでも献身的な君に贈るささやかなプレゼントだ」

 

 後悔はない。――わけではないけれど。

 他にこれ以上の選択肢はない。自分にできる精一杯だった。

 呆気ないものだ。自分にも戦う力があれば。なのに確かに迂闊だった。脳内を負の感情が駆け回る。

 その洪水に終止符を与えるように。

 室内に、乱暴な銃声が轟いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今日から晴れて『先生』だね、おめでとう!(Happy birthday, our teacher!)

 

 頭を叩く衝撃は、覚悟していたよりずっと軽く。

 かと思えば、頭頂を伝って何かが視界の上部からぶら下がってきた。

 これは、紙テープ……?

 

「えっと……?」

「どうどうどう、どうでした? 一世一代のお祝いドッキリ。一生忘れられない思い出になったでしょ!」

 

 呆然と立ち尽くしていると、声の主がこちらの視界に回り込んできた。

 黒いインナーをアクセントにした柔らかな白のハーフアップ。チェックの入った焦げ茶のケープは性格に合っているのか怪しい落ち着いた雰囲気を醸し出し、ネイビーのショートパンツから覗く健康的な脚は、意外にも肉付きがしっかりしている。

 そんな彼女の武装は多種多様。長物を背負い、両腰両腿それぞれに異なる性能の銃器を拵えている。

 

「これ見てくださいよ、自信作なんです! 銃の型なんて簡単に入るから、それを改造して作ったんですよ」

 

 じゃじゃーん、と。得意気に見せびらかすのは彼を襲った正体……恐らく自作のクラッカー銃だ。

 

「びっくりした……」

「なら良かった。いやーしかし、思いの外ビビッてたんですね」

「勿論。私は一発撃たれるだけで致命傷、だか、ら、ね……」

 

 そう答える途中、あることに気付いた。視線に気づいた少女は訝し気に首を傾げる。

 

「どうかしました?」

「……いや、何でもないよ」

「そうですか。――にしても、ビビってたわりには堂々としてたじゃないですか。恰好良かったですよ~」

 

 屈託のない笑顔を向けられた。ときめいた、などというわけではなく、そこまで真っ向から褒められたことに照れくささを覚える。

 

「完全に騙されちゃったな」

「うん? いや、私は一度も騙してないよ?」

「え?」

「よく思い返してみな」

 

 彼女に従って振り返ってみる。

 

「……確かに」

「お、理解できた? 偉い偉い」

 

 この子は自分を撃ち殺すとは、一度たりとも明言していなかった。状況や会話の流れを上手く操ることで緊張の場面を作り出したということだ。

 もしかしたら、存外賢い子なのかもしれない。あるいは、話術に長けている。

 

「結局君は、何者なんだい?」

「はい! 自己紹介遅れたこと、心よりお詫び申し上げます」

 

 元気な返事の後、変に真面目くさったお辞儀をして。

 少女は名乗った。

 

「本日よりシャーレ及び先生の支援任務のため、リミナル・ティムナトセラから派遣されました。夢倉ノゾミです」

 

 つい数時間前、耳にしたばかりの名前を。

 

「私もまだこの都市には疎いのですが、新参者どうし、よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

「お待たせしました。――おや? あなたは確か……」

 

 遅れて到着したリンが予想外の来訪者――ノゾミの姿を認める。

 

「はい! 私、本日よりシャーレ及び――」

「いえ、自己紹介は不要です。夢倉ノゾミさんですね?」

「左様でございます! リン、様でよろしかったでしょうか」

「はい。楽な呼び方でけっこうですよ」

「ありがたき幸せ」

 

 どうやら存外、緊張しているらしい。

 最初にリンから諸々の説明を受けた際、ティムナトがシャーレの支援を行うことは聞き及んでいた。実質一人で運営するところだった彼としては、肩の力が抜けるありがたい話だったのだが。

 よもや、こんな年端も行かぬ少女が担当だったとは。リンも同じ感想を抱いていたらしい。

 

「本当に私たちと同じ生徒なんですね……監査機関の人選を疑うつもりはありませんが……」

「はい! 私自身筆舌に尽くしがたい不安で胸がいっぱいであります! 何というか、今すぐ解任してもらい別の者に代わっていただきたい所存であります!」

「……やはり一報入れておくべきでしょうか」

 

 苦笑いする他ない。ストレス過多のリンは下手に刺激するべきではないことは、短い付き合いでもわかる。

 

「どうしてあなたがここに? 『本日より』、とは伺っていますが」

「迅速なコンタクトが推奨されていた故であります。幸いシャーレ部室まで手薄な経路で進むことができたので、先生にご挨拶させていただきました」

「素敵なサプライズまで用意して、ね」

 

 要領を得ずに首を傾げるリンと、ノリを合わせてくれたことに喜びウインクを送ってくるノゾミ。

 愉快な生徒だ。

 

「よくわかりませんが、アイスブレイクの必要はなさそうですね。――段取りが予定とは異なりますが好都合です。ノゾミさんも一緒に説明を聞いてください」

「……了解であります!」

 

 快く受け入れた。ような反応にリンは気に留めることなく説明を始める。

 しかし、目の良さも嘆かわしいもので、先生はノゾミの眉が一瞬ひくついたのを見逃さなかった。

 

「この地下室を目指していた理由、そして現状を覆す鍵となるものは、こちらです」

 

 リンは部屋の奥から何かを持ち出し、先生に差し向ける。

 

「タブレット端末……?」 

「連邦生徒会長が先生に残した物――――『シッテムの箱』です」

 

 その単語を聞いて、不意にピンときた。

 

「どこかで聞いたことのある……」

「奇遇だね、私もだ」

「ノゾミも?」偶然、なのだろうか。「リン、これは?」

「いえ、私も詳しいことは存じていません。実は正体不明の代物でして……製造会社もOSも、動作の仕組みが一切解明されていないのです」

「だ、大丈夫なの? よくわからないものを無闇に起動したら碌なことが……」

「会長の保証付きですから、問題ないかと。それに、先生がこれを使えばタワーの制御権を回復することができるとも言っていました」

 

 言っていた、と断言するのだから、事実そう告げられたのだろう。連邦生徒会長から指名を受けた身として、信じないわけにはいかない。

 

「残念ながら、私達では起動させることすら叶いませんでした。先生なら……」

「わかった。やってみるよ。他に妙案もなさそうだし」

「……承知しました。私は離れて待っています」

 

 どこか安堵した表情で、リンは下がる。

 

「――君はどうする?」

「覗いてもいい? 興味本位で」

「物事に関心を持つのはいいことだ」

「寛大だねぇ」

 

 邪魔するつもりもなさそうだ。二人三脚となる相棒なのだから寧ろ必要なことだろう。

 ノゾミの肩が触れるかどうかの距離まで寄ってくる。特に手の加えられていないような、癖のないほろ甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

 ……予想外だけど、問題ない。

 意を決して、先生は運命の箱を起動した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

Connecting To Crate of Shittim...

 システム接続パスワードをご入力ください。

 

「パスワードは……」

 

 ……我々は望む、七つの嘆きを。

 ……我々は覚えている、ジェリコの古則を。

 

 接続パスワード承認。

 現在の接続者情報を確認しました。

 

「シッテムの箱」へようこそ、先生。

 生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「これは……」

 

 隣で先生の息を呑む音が聞こえた。

 反応こそ示さなかったものの、私も同じくらいの驚きを感じていた。

 不思議な教室。一面の壁が無惨に破壊され、机と椅子が散らばった空間。

 そこで一人、辛うじて整理されていた机の上でうつ伏せに居眠りをする少女の姿が映っていた。

 

「キャワイイ……」

「確かに」

 

 異論は認められない。

 カステラだのいちごミルクだのと寝言を零す頭上に、天使の輪を模した形のヘイロー。――ちょうど彼女の足元に敷かれた水鏡と同じ色をしている。

 あどけない寝顔が、端的に言って可愛かった。

 とは言え、このまま幼子の睡眠鑑賞会をしているわけにもいかない。どうすればいいのかな?

 あ、先生が女の子をいる場所をタップする。振動が届くようプログラムされているのか、寝返りを打った。

 数回の試行の後、少女はようやく寝ぼけ眼を開き、こすりながら立ち上がった。

 

「ううん……ん、ありゃ? あれ、あれれ……!? この空間に入ってきたっていうことは、ま、ま、まさか先生!?」

 

 ……少女は、先生が名乗るまでもなく、正体を予測していたらしい。

 そして早速気になる単語が出てきた。「この空間に入ってきた」? 別に画面の向こうに転送されるなんて超科学が起きたわけでもないけど……電子存在流のジョーク?

 

「そうだよ。君は……誰?」

「そ、そうですね! えっとー、落ち着いて落ち着いて……」

 

 赤い顔で慌ててふためいちゃって、まあ。

 

「まずは自己紹介から――私はアロナ! この『シッテムの箱』に常駐しているシステムの管理者でありメインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書のような存在です」

 

 アロナ、ARONA……なるほど。機械には疎いが、内臓されたAIに近いものと理解すればよさそうだ。声質に違和感はあるが僅かで、発言のテンポは正常だ。

 

「やっとお会いすることが出来ました。私はここで、ずーっと先生のことを待っていました!」

「寝てたんじゃなくて?」

「え!? えーっと、確かに何度か居眠りはあったかもしれないけど……」

「冗談だよ。よろしくね、アロナ」

「は、はい。よろしくお願いします!」

 

 おー、凄い。オトナの余裕ってやつだ。幼気な少女を転がす物言い。嫌いじゃないよ。

 あっと行けない、思考は放棄しちゃダメなんだっけ。――「待っていた」ということは、やはり先生の到着とシャーレへの就任、そしてこの箱の獲得は予定調和だったと見て間違いない。

 けっこう前に失踪したはずの、連邦生徒会長が事前に見通していた――これを作ってしまうほどの確信を以て。

 続いて生体認証が行われた、指紋を採るらしい。宇宙人映画のワンシーンみたいだなって思いながら眺めていたらバッチリ指摘された。嘘、最近のAIって心まで覗けるの? そんなわけ、ないよね。じゃあ気が合うってことかな、私たち。

 

「画面に残った指紋を目視で確認します。こう見えて目はいいんですよ~」

 

 いよいよわからなくなってきた。目視なのか自動なのか、AIが確認しているのだから目視の体を装った自動ということでいいのかしら。

 ん? 何だか難しい顔をして……穏やかな微笑み。

 

「先生、この子……」

「う、うん……。アロナ、これって真面目にやった方がいいんじゃないの? 今のだと少し手抜きしているみたいで……」

「へ? え、えっと……そ、そそそんなことありません!」

 

 至極恥ずかしそうに弁明する姿、愛らしい。表情豊かで眼福ですこと。

 最低限のセットアップを済ませ、先生は簡潔に現状を説明する。

 

「なるほど……大体わかりました」

「アロナは連邦生徒会長について何か知ってる?」

「いえ。キヴォトスの情報は多く記憶していますが、連邦生徒会長については正体も失踪の理由も知りません。お役に立てず、すみません」

 

 ふーん……今のは、()()()()()()だね。

 

「ですが、サンクトゥムタワーの問題は解決できそうです」

「じゃあお願い、アロナ」

「はい! それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します。少々お待ちください」

 

 途端、明かりの消えていた室内が重苦しい音に合わせて光を取り戻す。非常にわかりやすい、修復完了の証拠だ。

 

「タワーのadmin権限を取得完了……。先生、無事制御権を回収できました。今、サンクトゥムタワーは私の統制下にあります」

「キヴォトスが、私の支配下……」

 

 何気ないアロナちゃんの宣告に、先生が小刻みに震えたのを確認する。それもそのはず、自分が統治を担う予定だった広大な都市全てを、一時的とはいえ掌中に収めていると言われたのだから。

 ……でも、良かった。それを瞬時に理解し感じ取れるだけの判断力と知性はあるようだ。

 

「先生の承認によって、タワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。…………大丈夫、ですか?」

 

 一拍、逡巡の空白が生まれた。

 独人による支配というのも楽ではある。絶対的な権力というのは単なる憧れには収まらず、自分が使い方を誤らなければ恒久平和も現実味を帯びてくる話だ。

 しかしまあ、大して苦悩する程でもないだろう。

 殊、この人においては。

 

「――大丈夫、承認する」

「了解しました。これより、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します」

 

 

 

 

「――はい、わかりました」

 

 受話器の置かれる音。リンさんが各方への確認を終えた。

 

「タワー制御権の確保が確認できました。これからは、会長がいたころと同じように行政管理を進められますね」

 

 まるで絶対的な吉報として告げるリンさん。言いたいことはわかるけども。

 

「どうしたの? ノゾミ」

「ひぇ? あちゃちゃー、よく気付きましたねぇ先生。でもノーコメントです。初仕事終えた達成感に水を差されたくないでしょ?」

 

 本当、良く見えている。

「会長がいたころと同じよう」ではマズイからこの状況が作り出された。その可能性を訴えたところで可能性に過ぎない。タワーの制御権に干渉できるアロナちゃんを先生仕様で用意していた背景としても、辻褄が合うとは思うのだが。

 どうせ後悔するにしても、その時はもう今のことなどすっかり頭から抜け落ちているだろう。

 

「お疲れ様でした、先生。キヴォトスの大規模な混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝します。ここを襲撃した不良生徒及び停学中の生徒につきましては、これより随時討伐していきますのでご心配なく」

「うん、お願い」

「それではこのまま、シャーレについてご紹介しましょう。付いてきてください」

 

 紹介と言っても、連邦生徒会本部は別の建物なのもあって、冒険のような壮大感はなかった。ロビーを抜けて、若干掃除された一室に辿り着く。

 

「ここがシャーレの部室です。先生の仕事場になります」

「仕事って、具体的には何を?」

「そうですね……シャーレは莫大な権限を有している反面、目標のない組織です。焦点の絞った義務や強制力は存在しません」

「珍しいですね。力だけあって振りかざす対象がないだなんて」

 

 一組織なのだから、普通は何か達成したいものがあって、そのために権力が求められるのが筋だと思うんだけど。捜査部って名称だし。

 あるいは、先生の役目が『生徒の支援』というふわっとしたものだから?

 

「つまり、私のやりたいようにやれば良い?」

「そうなります。会長も特には触れていませんでした。今も連邦生徒会に寄せられているあらゆる苦情、時間に余裕のあるシャーレなら、それらを解決できるかもしれませんね」

 

 諸々の書類は机の上。リンさんの言葉を受け視線を移すと……え?

 

「先生私、書類の山ってやつ初めて見たかも」

「私も……」

 

 これで時間に余裕があるなんて、本気で申すつもりか。

 

「それではごゆっくり。必要な時には、またご連絡いたします」

 

 必要な説明が終わり、リンさんはそそくさと退室した。

 二人きりの部室に、侘しい沈黙が降りる。

 

「ある程度落ち着いたみたいですね、お疲れ様でした」

 

 気まずさを払拭するように、機械的な声が響く。

 

「アロナ、君もお疲れ様」

「はい! でも本当に大変なのはこれからですよ。これから先生と一緒に、キヴォトスの生徒たちが直面している問題を解決していくのです! 単純に見えても簡単ではない、重要なことです」

「そうだね。でも、どうやら私一人ではなさそうだし何とかなるんじゃないかな」 

 

 ノゾミもいる、と言いたいらしい。信頼関係は定かではないが、先生の立場を考えると妥当な認識だろう。

 しかし――不可解な現象が起こる。

 

「え? 先生の他に、誰かこの部屋にいるんですか?」

 

 先生も、私も、目を見開いた。これは、まさか……

 ()()()()()()()()()()()

 そういえば、ずっと先生の隣で画面を見ていた私に、アロナちゃんは一度も言及していなかった。

 

「もしもし、もしもーし。アロナちゃん、聞こえてる?」

「……聞こえてないみたいだね」

「な、何のことですか? もしかしてお化け!? 私お化けは無理なんですよ! 背筋がゾクっとして……」

 

 庇護欲を掻き立てられる怯え方だ。怖がらせているのは私ってことになるんだけど。

 何とかわかりやすいように、先生の方から説明が入る。

 

「うーん、それはおかしいですね……。私は戦術指揮のサポート機能も搭載されています。その一つとして、戦闘区域の地形測定や生徒さんたちの位置把握もあります」

「だからノゾミを認識できないはずがないと」

 

 顎に手を当てる先生。答えを捻出したらしい彼と、多分意見は同じだろう。

 

「――アロナ。君が生徒を識別している基準はなにかな」

「はい? えっとそれは、もちろん『ヘイロー』ですけど」

 

 決まりだ。私たちは頷き合い、対応策を考える。

 

「……わかった。じゃあ今後、ノゾミの言葉は私が伝えるようにするよ。位置情報は……ちょっと古いけど、GPSを付けてもらおう」

「了解了解、了解よ。それが一番手っ取り早いねぇ」

 

 一先ずこれで不便はなくなるはずだ。

 まだわからないことだらけだけど、これから私の仕事も始まる。大人を探るという、胃もたれのしそうな任務が。

 とりあえず、今は表向きの任務に明け暮れるのが吉。先生に変に疑われるわけにもいかない。

 それに、何かに縛られるのは苦手だから――。規則の多い職場は肌に合わない。そう考えると、意外とこの場所も好きになれそう?

 

「それでは早速、シャーレとして最初の公式任務を始めましょう!」

 

 アロナちゃんの元気な声に当てられて、前向きな感情が湧き上がる。

 これからよろしくね、二人共――――。

 私たちの、生徒たちとの長い日常(奇跡)は、こうしてまったりと動き出した。

 




今後はどうしよっかなって感じです。続きある前提で含みのある表現はいくつか設置していますが。
やるとしたらやっぱアビドス編からか、ミレニアムとかイベントストーリーとか、そこら辺を描いてみようかな。

アロナとの初対面、タブレットに入り込んでいるのかどうかわからないんですよね…。本文で言及しておいた「この空間」発言の反面、指紋認証で「画面に残った指紋を解析」と言っていたこと、電子空間に入り込む技術が登場していない上で特にリンが反応を示していなかったことを根拠に、画面の内外を通してのやり取りにしました。

ちなみに先生が転送されていた場合、タブレットには先生の視点が映っている体になり、先生とアロナがETしている時にノゾミちゃんも独り虚しくアロナと指を合わせているはずでした。

最後に、ノゾミなりなスキンシップとも取れるドッキリでしたが、ちゃんとした考えあっての行動です。一から十まで説明しても良かったのですが、尺が長すぎちゃうと思ったのでやめました。
「一度も嘘を吐いていない」ことを前提に、もう一度彼女の言葉を読み直してみればわかるはず。


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優雅で檮昧な道化の表皮

ノゾミについて掘り下げます。特に前半。


「疲れた……」

「はーいお疲れ。ティー? コーヒー?」

「ブラックで」

「おっほほーおっとなー♪ それじゃ今後もコーヒーは多めに欲しいね。私は微糖」

 

 部室に帰るや否やデスクに突っ伏し頭から煙を立たせる。「お疲れ様です、先生!」とアロナからも労い。

 シャーレについて軽い説明を受けた後、先生とノゾミに与えられた自由時間はさほど多くなかった。

 針のむしろに座る連邦生徒会の近況を顧みれば致し方ないのだが、教えられているのは本当に必要最低限だった上、シャーレもここ二日三日の間に本格稼働するのが望ましい。

 ということで、ノゾミたっての希望もあり暫く職場探検を行うことになったのだが。

 

「はいどうぞ。――大丈夫なの先生? 明日早速業務らしいけど」

「ありがとう。――筋肉痛だろうね。今は未来のことは考えたくない」

「未来を語る役職が開業前日から言ってやんの」

 

 手厳しいことを言わないで欲しい。わかるけども。

 探検で歩いたのはオフィスだけではない。周辺の居住区にあるコンビニ――エンジェル24という名前だった。全く慣れていない初心な中学生がレジを担当していたが大丈夫なのだろうか?――や家庭菜園場、ゲームセンター等にも足を運んだ。ゲームセンターは今時珍しい、レトロゲームの設置店で、何故かノゾミも揃って二人で盛り上がっていた。

 その時点で恐らく、自分の体力は半分も残っていなかったのだろう。しかし大変だったのはここからだった。

 

「トレーニングルームでも使ってみたら? 居住区にあったやつ」

「時間がある時に……」

「いやいやいや、今が一番あるでしょうよ。そうだ、一か月後にまた測定してあげよっか。どれくらい成長できたかを確かめるの」

 

 リンから唯一、後出しされた指令があった。それは、ノゾミの身体測定を行うこと。一般生徒なら当然在籍する学校で受けるものだが、ティムナトではその性質上行われていないためかデータが存在しない。よってこちらの方で諸々の測定を済ませなければならず、手の空いている先生にこれが押し付けられたわけだ。

 向かった先は体育館。そこでノゾミが提案した突拍子の無い思いつき。

 

『先生もやってみよう。知っておいた方がいいでしょ』

 

 確かに。と思ってしまったのが運の尽きだった。

 何せキヴォトスの生徒たちを基準とした測定カリキュラムだ。後半は諦めて通常の3分の1の量にしてもらったものの、結果はお察しの通り。今まで陽気な一面ばかり見せていたノゾミの苦笑いは、その時初めて聞いた。

 

「遠慮しておくよ。私は頭を使う方が性に合う」

「ふーんそりゃ残念。ちょっとばかし楽できるかなって思ったんだけどな」

「君は、よくその重そうな恰好で動けるね」

 

 改めて、ノゾミの装備は五種の銃器。今向かいのソファで羽を伸ばしている姿と全く同じ見てくれのまま、彼女はさっきまで機敏に運動して見せたわけだ。

 

「ここの子供たちなんてみんなそんなもんじゃないの? ゲームみたいに撃ち合って、必死に避けて当てられたら痛がって、どっちかがギブしたら終わり」

「う、うん。それはそうなんだけど」

 

 彼女は当たり前のことを言っている。少なくともこの街を生きる生徒としては語るまでもない常識だ。

 しかし恐らく、この少女にはそれが当てはまらないのだと先生は確信していた。

 

「君は、()()()()だろう?」

 

 沈黙を以て肯定する彼女の頭上には、あって然るべき『浮遊物』がなかった。

 ヘイローを持たない少女。恐らくノゾミは、

 

「そうだね。先生と同じ、()()()()()()()()()()()()()

 

 やたら探索に乗り気だったのも、キヴォトスに慣れていない趣旨の発言をしていたのも、至極単純な理由だ。

 だからこそ、甚だ疑問だったのである。

 

「そんな君が、まさかあそこまで戦えるだなんて」

「実はヘイローが透明なんじゃないかって思った?」

 

 他の生徒と比べて遜色ない身体能力。射撃のセンスに至っては比類ないと評しても過言ではない。

 弱点となりそうなのは、根本的にして致命的と言える。馬力の差、それから耐久力。特に後者は、とてつもなく大きな意味をもたらすものだ。

 

「恐く、ないのかい?」

「……」

「さっき君は戦闘をゲームに例えていたけど、本質がそうでないことを私たちは一番重く理解しているはずだ」

 

 要は、絶対的に力不足なのだ。

 筋力が低いということは、それだけ火力の高い銃を扱えないということだ。百発百中の狙撃手でも、相手にダメージを与えられないのでは無益に等しい。

 その一方、自分は一発でも喰らえば致命傷になってしまう。当たり所が悪ければ即死だ。

 先生とノゾミだけが共有できる死と隣り合わせの恐怖を、ノゾミ自身はどう思っているのだろう。

 そういう仲間意識から出た問いだったが、果たして答えは返ってこなかった。

 

「私は先生のアシストをすることに異論はないけど、全幅の信頼を置くには一緒にいる時間が短すぎるよ。今は、『勿論恐くないわけじゃないよ』って答えるのが精一杯かな」

「…………そうか。それが本当なら、一先ず安心かな」

 

 自分の命がどうでもいいとか、死んでも構わないとか。心の壊れた先に待っている狂乱には蝕まれていないようだ。

 先生として、到底認めるには危険すぎることだけれど、それこそノゾミとの関係は浅すぎる。彼女はきっとわかった上で、それでも重要な何かのために戦う力を望んだのだろう。だとすれば寧ろ応援すべきことで、彼女を危険から守ることこそ自分の使命に他ならない。

 まだ濁ってはいない空色の瞳に、そう信じることにした。

 

「でもでもでもさ、ヘイローってすごいよね。どういう仕組みで浮いているのかな。か細い糸で繋げているとか?」

「どうなんだろう。それぞれ天使みたいで恰好いいとは思うけど」

「神秘的ってやつか! あれ触れるのかな。触ったらどんな反応するんだろう……もしかしたら可愛い反応が拝めるかも。えへ、えへへ、声が出ちゃって恥じらう顔とか最高かもぉ。試したいなぁでっへへぇ」

「ノゾミ? 何か邪な目をしていない?」

「失敬な! 可愛い女の子たちの可愛い表情、先生だって見たいでしょ!」

「それは勿論ッ!」

 

 決して下心とかではなく。それはもう真剣な顔で断言した。

 奇しくも、二人が初めて強固な志を共有できた瞬間だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「先生とのファーストコンタクトはどうでしたか?」

「普通の人だったよ。ホント、普通の人」

 

 曖昧な言い方じゃ伝わりません。エンラさんの何とも言えない顔がそう物語っていた。

 

「合流後はどのように?」

「先生のこと聞いてみたり、シャーレとその周りを調べてみたり」

「先生について、何か情報は?」

「だから普通だったって言ったじゃない。戦闘力はゼロ。コミュ力低い人ってすぐに質問に逃げがちらしいよ」

 

 憤慨を抑えているのが丸わかりな閉目。カルシウム不足か。

 これ以上不遜な態度をとって怒られるのも面倒だし、何か有益な情報かそれっぽいことを話しておいた方が良さそうだ。

 

「そういえば一つだけ気になる物があったよ」

「気になる物?」

「うん。先生が暴力的な逆境に対抗するための、最後の切り札みたいな代物」

「そ、それは……」

 

 ゴクリ、と唾をのむ音が、画面越しだから伝わってこない。

 

「カード」

「は?」

「先生は『大人のカード』って呼んでた。私たちが気にかけるものではないと思うけど」

「そうですか? ノゾミが評価するくらいですから余程の決定力を有しているように思えますが」

「簡単なことだよ」私は何食わぬ顔で、「脅威にはならないから」

「どういうことですか?」

 

 また質問攻めか。この人もしかして本当に会話苦手なのかな。業務上のやり取りばかりで気が付けなかっただけで。

 

「先生はこれを文字通り最後の手段だと言っていた。彼の信条は『先生』という形式に囚われている。つまり、あのカードが使われるのは多分先生が『先生』を止める時。もしくは『先生』の全う自体に障害が発生した時」

「……なるほど。先生が所謂禁じ手を使う時、その時はもはやノゾミや私たちでは処理できない規模の異常事態に発展している可能性が高いと?」

「ご理解いただけて助かります」

 

 で、この後の返しは予想できる。

 

「やればできるじゃないですか。カードという器を模しているのが少々不可解ですが、ティムナトが入手していなかった有意義な情報です。しかしながらノゾミ、お言葉ですが、」

「『まさか』はいくらでも起こりうる。でしょ?」

「……わかっているなら結構です。例えばシャーレがキヴォトスの癌だと判断され、排除の命令が下ったとします。あなたに銃口を突き付けられた先生は、果たして信念を裏切らずに死を受け入れるでしょうか? そういう話ですよ」

 

 耳にタコができるほど聞いた。この人は事ある毎に人を機械のように見立てるきらいがある。そうやって何でもかんでも疑いながら関わっていたら窮屈で仕方ないだろうに。

 

「昨日は受け入れていた」

「それは抵抗不能を悟り諦めていただけでしょう。あなたも殺意をぶつけていなかった。――そもそも、あのような勝手な真似は今後やめていただきたい」

「先生が信用に値するかの予備審査みたいなものだよ」

「言い訳ご無用。所詮あなたの私怨でしょう」

「それでも」いけない、感情的になっている。声に力が入った。「あの人は自分より生徒を選んだ」

「はぁ……いいですかノゾミ。私がここまで言うのは、あなたのために他なりません」

「またその説教……」

「偉そうでも先輩風でもありませんよ。現にあなた、そんなことを言って真に『()()()()()()()()()()じゃないですか」

「ッ……」

「あなたも卑怯なことをします。あれだけ言葉を引き出しておいて、それに対して否定的なのを隠しているのですから」

 

 クソ。本当はわかっている。私が理性を蔑ろにしたがる分、エンラは努めてリアリストに徹しているだけなのだ。度々素で憤っていることもあるけれど。

 

「言いふらしている方が楽だからそうしているだけ――言い聞かせているわけです。先生を認めていないからこそあのような初対面を選んだ。まぁそれはあなたが自分を曲がりなりにも見つめられていることの裏返し。取るべきポジションを正確に見極められているわけですから、軌道から逸れない限りは甘く見ましょう」

「……そりゃどーも」

 

 こうも私の考えが筒抜けだと、さすがにおぞましく感じてしまう。私があの問答で得たのは答えなどではない。とりあえず対外的に示すための言い訳だ。

 私は先生を信じたから相棒になった。自他共にそう思い込ませるだけの。

 

「……空気に重量を錯覚することがあるというのは本当だったのですね。いつものような振る舞いでないとこちらもやりにくいですよ」

「空気読みが苦手なあなたでも重さは感じるんですね」

「発言はこれからも弁えるように」

 

 舌を出して肩を竦める。これくらいの仕返しこそ甘く見て欲しいものだ。

 

「初日の報告は以上のようですね。今後は任意連絡と定期連絡の形を取りましょう。有事の際、あるいはその兆候が見えた際には連絡を。特にない場合は、こちらから機を窺って通信します」

「了解しました」

 

 どうせエンラさんの方から接続を切るだろう。そう括って棒立ちしていたが、なかなかウィンドウが閉じられない。何も無しにこちらから終わらせるのも気が引けるんだけど。

 

「何か?」

「……あなたから本来の生徒らしさを奪ってしまっていること、申し訳なく思っています」

 

 唐突な謝罪に、言葉を失ってしまった。他人に頭を下げることだけはしたくない、プライドの高い人だと思っていたから。

 

「言えた道理でないことはわかっています。しかしあなたと向き合う私個人として、何の歯がゆさも覚えていないということは決してないと、それだけは伝えておきたかった。あわよくば許してくれたら……いえ、せめて自分自身の気を楽にできたらという、我儘に過ぎませんが」

「気にしないでよ。エンラさん」

 

 こっちの胸まで締め付けられてしまうような愁眉が、僅かに開かれる。

 

「私は()()()()()()()()、本当だよ。まだ始まってすらいないけど、きっとこれからは楽しいと思えるはず。そう思えるように生きていく、変えていく」

 

 私は等倍返しをしなきゃ気が済まない子だ。意外な純情を向けられたら、できるだけ相応のものを返したい。

 他の誰も認識できない、この場所でなら。

 

「言うなれば私は、己に課せられた宿命さえ意のままにしようとする、不幸な星の下に生まれた電波少女。私の持っている力はその証で、確かな道標なんだ」

「……そうですね。あなたは強い女の子です」エンラさんは朗らかに微笑んで見せた。「健全なる精神よ、健全なる身体に宿り給え(Orandum est ut sit mens sana in corpore sano.)。あなたの願いは、それ自体が叶えるための原動力なのですから」

 

 ズルい女だよ、私はギャップに弱いのさ。生真面目ちゃんがセンチメンタルになっているのを見て、素知らぬふりなんてできるわけがない。

 ――ありがとね、エンラさん。

 

「任務を怠るのは言語道断。しかし器用なあなたなら、一秒でも長くその肩書を下ろし、思い描いた生活を送れることを祈りましょう」

「全く調子いいんだから。心配しなくとも、今まさにそんな感じだよ」

「今も? ――ああ、なるほど。あなたらしいと言えば、あなたらしいですね」

 

 君が私の何を知ってるんだか。自分らしさを他人に語られるなんて、誰だって嫌でしょうに。

 やっぱりこの人とは性格が合わないや。よく似ているはずではあるのだけれど。

 

「では、ご武運を。まずはあなたにとって初めての『仕事』を完遂してください」

 

 ほのかに優しい響きの混ざった言葉を最後に、通信が終了した。

 大きく伸びをする。アスファルトに落とされていた自分の影が、公園の砂場に揺れた。

 

「見て見て、お姉ちゃんっ!」

 

 あどけない溌剌な声が、前方から投げられる。

 私より一回りも二回りも年下であろう少女がトコトコとこちらに小走り、両手を差し出してきた。

 

「おおすごいねぇ、ランちゃん人気者だ」

「この子たちすっごく仲良しなの! シンユウなんだよ」

 

 それは小さなシェアハウスのようだった。二頭の蝶がゆったりと羽を瞬かせ、時折親し気に彼女の掌の上を踊っている。

 

「いいなあ。わたしもこんな風に遊んでみたいなあ……」

「ふーん。じゃあじゃあじゃあさ、私たちも混ぜてもらおっか」

「えっ、どうやってやるの?」

 

 キラキラ眩しい双眸がこちらに注がれる。慌てなさんな。

 私はそっと右手を出し、人差し指を立てる。

 

「こうやって待っているとね、チョウチョさんも気づいてくれるんだ――」

 

 小首を傾げる少女と二人、静かに待っていると、間もなくその時が訪れた。

 

「わあ! チョウチョさん止まった、すごいすごい!」

「ふっふーんどうよ。ランちゃんもやってみよ。私もお友達になりたいなって」

「うん!」私と全く同じ動きを真似てすぐに、「わはぁっ、私もできたー! これでみんなお友達?」

「そうそうそう、グッドフレンズ」

「ぐっ、ぅれんず!」

 

 余程嬉しかったようで、暫く恍惚な表情のまま少女は戯れを堪能していた。

 満足した後も、相変わらず蝶は私達の指先を気に入ってくれている。

 

「ありがとお姉ちゃん、楽しかった!」

「こちらこそありがとう。お姉ちゃんも楽しかったよ。ランちゃん遊び上手だぁ」

 

 わしわしと頭を撫でてやると気持ちよ良さそうに目を細めてくる。小動物みたい。

 

「ふへへー。風船は飛んでっちゃったけど、お姉ちゃんと遊べたから良かった!」

「うんうん、やっぱりランちゃんは笑顔の方が似合ってる!」

 

 設置されている時計は夕飯の予兆を示している。頃合いか。

 

「ランちゃん、暗くなっちゃうと危ないから、そろそろ帰ろっか」

「あれ? あ、もうこんな時間……もっとお姉ちゃんと遊びたかったなあ」

 

 名残惜しそうにしてくれるのは嬉しいけど、それで過剰に甘やかすわけにもいかない。

 

「いーいランちゃん? 子供はね、お日様が沈む前に帰ると一つ、幸せが増えたり嫌なことが減ったりするの」

「そうなの?」

「うん。もしかしたらまた一緒に遊べるかもよ?」

「本当!? じゃあちゃんと帰る!」

「おお、ランちゃんいい子だね。家までの道はわかるかな」

「わかる! ……でも、お姉ちゃんとお話しながら帰りたい」

 

 予想外の依頼に口籠る。

 正直断りたいけど、我慢するか。

 

「いいよ。はぐれないようにお手ても繋ぐ?」

「いいの? やったー」

 

 柔らかい感触が平を伝う。孤独だった影が延びる。

 

「『仕事』、か」

「どうしたの? お姉ちゃん」

 

 眺めがほんの少し悪くなった左を見やる。無垢な少女の愛嬌が、漫然と羨ましくて。

 

「私も蝶になりたいなって、思っただけだよ」

 

 黄金(こがね)に照らされる街で、四つの影は仲良しだった。

 




もう一話くらいやるかも、そしてメインストーリーに入るかも。入ったら連載に変えときます。


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挨拶回り(1)

お久しぶりです。
上手く纏まらなくて放置していたんですけど、推しが3D化したのを見て感極まった結果、勢いで投稿することにしました。
挨拶回りは全4話を予定しています。


 シャーレが追々と活動を始めてから数日が経過した。その名声のあげようはめざましく、今後更に不可欠な組織になっていくとの呼び声も高い。

 これには二つの背景がある。第一に、公な発表を行ったことだ。SNSでの宣伝は勿論、『クロノスジャーナリズムスクール』に掛け合い報道もしてもらった。立ち会っていたシノンって子、だいぶ際どい格好してたけど大丈夫なのかな。報道者のせいで報道規制とかなったらシャレにならないと思うけど。

 第二に、生徒や他の市民への好意的なアプローチを示したこと。平たく言えば、ここ数日シャーレとして私たちが行ってきたのは「ボランティア」に近い。

 初めは能動的なことばかり、ボランティア事業への参加や困っている人への助っ人がメインで、次第に依頼が届くことも増えていった。

 先生はお悩み相談と政治的な活動に重点を置き、私は外出が頻繁に要求される依頼や街のパトロールを中心に動いた。都市の特性上、揉め事は枚挙に暇がない。

 二つの策によってみんなに知らしめたのは、三つの方針だ。

①シャーレは連邦生徒会に対し独立性が強く、わりと色んなことに手を貸してくれる

②とは言え規模自体は小さいためどうしても優先順位が生まれる。基準の代表は急迫性

③道義に悖ると判断した依頼、シャーレ介入によって解決できる見込みはないと判断した依頼は引き受けない

 

「だから今日は遅かったんだね」

「我ながら律儀なことしちゃったよ。先生は?」

「……」

「やっぱ答えなくていいや。ここはそんなつまらない話をする場じゃないもんね」

 

 ランちゃんとの一件を話していた時とは一転、先生はこの世の終わりでも見たかのように顔面蒼白になる。私にできるのは同情くらいだろう。

 休憩室の一角。生徒がくつろぐ緩い空間からドアを一枚すり抜けた先にあるバーのカウンターで、私たちは互いを労っていた。実際は夜の一杯を嗜む先生を見つけた私が便乗しているだけなのだが。

 

「君はまた、一段と楽しそうだね」

「自由にやらせてもらってます」

「自由過ぎて、前みたいな危ない目に遭っていたりはしない?」

「うげっ、だ、大丈夫よ。強盗犯捕まえたくらいだから」

 

 白い視線が頬に突き刺さる。別にいいじゃない、退き際は弁えているつもりだ。

 最初の頃、犯罪集団とヴァルキューレとのいざこざに首を突っ込んじゃった時はちと焦ったけど。

 

「危なっかしさは美徳であると同時に不安定だ。度は過ぎないようにね」

「先生みたいなこと言っちゃって」

「先生ですから」

「じゃあその線引きはおんぶにだっこでよろしくて?」

 

 無言になった表情を窺うと、大層引き攣っていた。こんな問題児がパートナーだなんて、就任早々可哀想にねぇ。

 あくまで冗談を言ったつもりだ。自分の尺度と社会の尺度を照らしながら歩むことは、成長の第一歩なのだと思う。

 照らした結果、どんな結論になるかはその時次第だけど。

 

「難しい話だよ。君の破天荒な部分が話題性に繋がっているのも確かなんだから」

「それを陰ながら支えているのが先生じゃない。図々しく表に出るよりかはいい立ち位置だと思うよ」

 

 所詮は駆け出しどうしの愚痴談義だ。仕事を嘆いたり相手を煽てたり、適当に過ごすことにこの時間の価値がある。多分先生もそう思っているはずだ。

 

「そうなのかな。でも私は、もっと生徒と関わりたい。助けになりたい。先生になった以上、今のような看板だけを背負っている大人でいるつもりはないよ」

「たっははー、そういう見方もあるわけか。そんじゃどうするの、その看板以外のものを背負うための戦略は」

 

 うーん、と気怠げに首筋を摩る。人前ではしないように努めているのであろう気の抜けた態度。緩めたネクタイは親しみやすさとも違う、内なるだらしなさを秘めているような気がした。

 

「……まずは生徒たちのことを知りたい、かな。相手のことも知らずに大口を叩いても戯言になってしまうだろうし、生徒もぽっと出の大人が偉そうにしているだけだと思うだろうから」

「確かに、私たちのやっていることで下馬評は着々と良くなっているけど、逆に独立した秩序・自治区のある学校には仔細が伝わっていない可能性はあるね」

 

 特に三大自治区にあたるゲヘナ、トリニティ、ミレニアムは上層部の露出が少ない分外からの収集も遅れている可能性が高い。所属生徒たちの井戸端会議を仕入れていたとしても、どこかで歪曲していたら意味がないだろう。

 

「なら早速、明日から『挨拶回り』をしよう!」

「え、明日? 挨拶回りって……一体いくつ学校があると思っているんだ」

「別に声を大にして宣告することでもないんだからさ。とりあえず三大自治区には行っておこうよ。実は私、ちょっと気になってる学校があるんだよねぇ」

 

 気分が高揚してきた私は、上機嫌にグラスの中身を啜る。

 それを呆けて眺めていた先生が、途端に怪訝な顔になって尋ねた。

 

「ノゾミ、それ。何を飲んでる?」

「え? あ……やだなーもう、ぶどうジュースだよ」

「今『あ』って言ったよね? ちょっとノゾミ、そっぽ向かないで。未成年飲酒は許されないよ?」

「万が一そうだったとして、銃ぶっ放すよりずっと生易しいもんでしょ」

「そういう問題じゃ、……やっぱり見られたのは痛かったな」

 

 やけになったのか再び『大人の飲み物』を煽る先生。大方、相棒という認識に甘えてたるんでしまっていたと反省しているのだろう。大人って大変だ。

 その上で。どうせ詳しくは聞いて来ないであろうことも予測できた。だから何も答えないし、この先答えるつもりもない。

 ただ、一つだけ語れることがあるとすれば、

 

「私お酒は詳しくないんだけど、オススメとかあるの?」

「それは――って、生徒にそんなこと教えるわけにはいかないよ。本当はこういう姿を見られること自体嫌だったんだから」

「大きくなってからのことを助言するのも、大人の仕事だと思いますけど?」

「……敵わないな。その子供とは思えない口の上手さ、『先生』にとって天敵だね」

 

 私だって、偶には背伸びしてみたい年頃なのである。

 

 

 

 

〈ミレニアムの場合〉

 

「とーちゃく!」

「はぁ……けっこう時間かかっちゃったな」

 

 疲労を滲ませる先生と活気を放出する私。対照的なシャーレ部二人は、荘厳な箱庭の前でバスから降り立った。

 ミレニアムサイエンススクール。三大自治区の中でも比較的歴史の浅い学校で、その飛躍振りの要因と言える科学技術は、常に最先端を行く。

 私と先生がここを最初の観光……挨拶先として選んだ理由はそこにあったりするのだが、そもそも私たちはここへ直接足を運ぶつもりはなかった。

 通常業務も手を離せない都合を考慮した結果、通信での挨拶で済ませようとしたところ、ノイズが走り音声がぷつりと切れ、再度連絡を試みても応答がなかったのだ。

 何か問題が発生したのならそれはそれでシャーレの腕の見せ所だろうという判断で、現在出張に出かけているのである。

 

「『ミレニアムタワー』、ってあれのこと? でっかいなぁ」

「スタディエリアだけでもこの規模。実験とかを頻繁に行う関係上、相応の空間が求められるんだろうね」

 

 学校までは公共バスを利用してきたが、インフラが整っているこの学校ではモノレールが稼働しており三か所を気軽に移動できるらしい。その情報は確かなようで、寧ろ自慢するかのように自前の発電所やデータセンター――あれらも生徒自身が管理しているようだ――が設けられている。

 しかし、私たちがこれから赴くべきなのはその中央にそびえるミレニアムタワーだ。

 

「ちょっ、待ってよお姉ちゃん」

 

 私の横を小柄な女の子が通り抜ける。纏っている上着、ブーツ、愛銃、ヘイローまで、とことん桃色が印象的な明るい女の子だ。

 それを追い掛ける声の主は、スカートではなくショートパンツを履いていることと、イメージカラーが緑であることを除けば彼女と瓜二つだった。

 

「早くしないと置いてっちゃうよ。最高のゲームを作るためのシナリオが、今私の頭の中にあるんだから!」

「またそんなこと言って、急に無茶苦茶なアイデアを出してくるんでしょ。前だってやっとこさできた絵が結局ボツになっちゃったし……」

「だ、大丈夫だよ! 今度こそみんなをあっと言わせる作品になるはず。ユズと三人ならきっと、」

「言いたいことはわかるよ。でもあの時のトラウマがまだ残ってて……」

「『今年のクソゲーランキング』……うっ、頭が……。と、とにかくリベンジ、リベンジだよ! 『ゲーム開発部』はこんなことじゃめげないんだから!」

 

 双子だろうか。仲睦まじい会話をしながら、部室棟の方へと走り去っていく。

 

「部活動か……新学期って、そういう季節だよね」

 

 新しい人、新しいコミュニティ、新しい環境。色んな期待を膨らませて校門をくぐる。春とはそういうものだ、と認識している。

 

「羨ましい?」

「それ聞いちゃう?」

「そういうのは隠さない子だと思ってね」

 

 エンラさんといい、私ってわかりやすい生徒なのだろうか。

 

「わからない、が正解かな。結局は人との巡り合わせだし、部活があるから豊かになるとは限らないから」

 

 苦笑が返って来た。肯定も否定もしない私のスタンスに呆れてしまっているような。よく考えてから答えると大抵こういう顔をされる。

 

「……それに、私はもうシャーレって部活の一員だからね」

「シャーレって部活だったの!?」

「あれ、違った?」

「所謂企業の部署みたいな意味合いだと思っていたけど……うん、君が言うならそういうことにしようかな」

 

 言われてみれば、与えられている権限やキヴォトス統治の性質を根拠にするとそっちの方が正しかったかも。

 ただ、こうなってしまったらもう彼は譲らない。そんな気がした。

 

「じゃあ私は部長! 先生は顧問だね」

 

 

 

 

「大丈夫なんですか、そんな緩い感じで……」

 

 ツーサイドアップ君もといユウカ君が言う。微妙に冷めた目が痛快だ。

 

「一応連邦生徒会との繋がりがあるんですし、もう少し厳かな雰囲気作りをしてもいいと思いますよ」

「でもそれじゃ生徒が萎縮して頼ってくれなくなるかもしれない。ユウカたちは特に気にせず接してくれるとは思っているけどね」

「まぁ、そうかもしれませんけど……」恥ずかしそうに目を逸らしている。服装に反して取っ付きやすさがあるな、この人。

 

「それで、挨拶回り。でしたよね?」

「うん。まだシャーレは新興組織で知名度が高くない。――知名度というのは勿論、正確な情報が回ることを前提としてね。だから各校の生徒会くらいとは顔合わせをしておきたかったんだけど……」

「リオ会長は日頃多忙で顔を見せること自体少ないんです。ノアも今は手が空いていないし、私自身さっき予算審議会を終えてギリギリ対応できているだけでして。わざわざご足労いただいたのに、こんな対応になってしまってすみません……」

「気にしないで。私も一度、ミレニアムがどんなところかを見ておきたかったから良い機会だったんだ。それより、予算審議会というのは?」

「四半期ごとに行われている予算決めです。各部活の代表がプレゼンを行い、企画の内容によって予算が上下します。ミレニアムにおいて、『結果』は全てですから」

 

 その審議会とやらを取り仕切っているのがユウカ君らしい。学校としては27回目になるのだとか。

 

「やっぱりミレニアムともなると、高いレベルが要求されるんだね」

「そうですね。うちはわりと……その、資金がカツカツになりやすいですし」

「予算?」暫くは黙って聞き手に回っていようと思っていたが、要らぬ反応をしてしまった。「こんな大規模で豪華な学校なのに?」

「いやまあ、実際資金自体がからっきしなわけではないんだけど。ただ、どうにも突拍子のない『実験』やら『発明』やらが多くて、おかしな方向性に走る部活ばかりなのよ。おかげで施設の破損も絶えなくて――」

 

 何を想起したのかやたら重い溜息を吐いている。研究者に異質性は欠かせない、ということだろうか。それをセミナーが抑制しているのが実情と。

 どうやら先生も似たことを考えたらしい。

 

「例えばどんなものが?」

「うーん、打ち明けるのも恥ずかしいようなものもありますが。『部屋の家電を全て一度に操作できるリモコン』や『誘爆されない地雷』なんかはわかりやすい例ですかね」

「それは一体?」

「前者は完成までは漕ぎ着けたものの、元来のハンドサイズを意識した結果モジュールやOSを無理矢理媒体に押し込んだような代物になってしまい、ボタンを押す衝撃だけで正常に機能しなくなる問題点が残りました。頑丈にしようとすると持ち運びが困難な質量と大きさになるため、結局頓挫しました」

「……後者は?」

「……お察しです」

 

 誘爆する地雷しかできなかったわけだ。どんな惨状がもたらされたか想像するのも億劫だ。 

 

「大変なんだね、セミナーも」

「技術研究のためにはある程度自由を利かせなければならない都合上、私たちに負担がかかるのは致し方ないです」

「じゃあ一応、一通りどこがどんな活動をしているのかは把握しているの?」

 

 首肯が返って来た。好都合だね。

 

「じゃあじゃあじゃあさ、君のお墨付きできる部活に心当たりはある? 具体的には、防弾と通信の二種」

「え、ええ。あるにはあるけど、それを知ってどうするつもり?」

「なに、ちょっと個人的な依頼をしてみようかと思って。視察みたいなもんだよ」

 

 先生にアイコンタクトを送ると、眉をㇵの字にして頷かれる。

 

「さてと。ここからは邪魔になりそうかな。私は外で待ってるから、二人で少しお話でもしておいで」

「え? ちょ、ちょっと、先生」

 

 突然退室しようとする先生を、ユウカ君が慌て気味に引き留める。何か耳打ちされるなり、変に落ち着きを取り戻したようだった。

 二人先生を見送り、ユウカ君は私の正面のソファに腰を下ろす。

 

「あの人、やっぱり少し変よ。うちの生徒みたいに破天荒ではないけど、どうも振り回されちゃうわ」

「えーそうかな。現実的な一面は多いと思うけどな」

 

 ただ、どうしてそう考えるのかが理解できないという気持ちはわかる。そういう意味で、リアリストと言い切るには少々安直な気がする。

 

「あなたはシャーレ専属の生徒さん。ってことでいいのよね? ノゾミ」

「うん。特例だらけの組織、私の配属もその一つってこと。――呼び方話し方は気にしない?」

 

 念のため確認を取っておいた。

 

「ヘイローのない人間たち――ノゾミもキヴォトスの外から来たってこと?」

「そうだね、先生のことを知ったのはこっちでだけど」

「その、大丈夫なの? 見たところ戦闘も想定した人選のようだけど、あなたは……」

 

 戦場に立つ資格を持っていない。直球ならそう言いたいのだろう。

 しかし、この少女に対しては、相応な反論ができるはずだ。

 

「実はさ、私見てたんだ。シャーレ奪還任務」

「ノゾミもあの場に?」

「気になってたんだ。みんなどんな戦い方をするんだろうって。私も先生と同じで、あの日が初出勤だったから」

 

 初めは先生を探すためだけに駆け回っていたのだが、キヴォトス市民の日常的な殺伐さには大きな衝撃を受けた。日常の一環のごとく発砲したかと思えば、直撃を喰らっても元気に悲鳴を上げる余裕があるし飄々と戦闘続行するしで訳がわからない。

 目の前のこの子だって。何あの魔法みたいな障壁? 選ばれし者とかでもないのに代償無しで扱っていい技術なのかね。

 

「怖かったなあワカモって子。私がユウカ君の立場だったらお漏らししちゃうかも」

「危険人物として有名な『七囚人』の一人だもの。前に立っていたのもあって、負担は決して軽く、」

「ヘイローが! って、思ったんじゃない?」

 

 ユウカ君はあからさまに驚いてこちらを見る。

 

「そこまで見て……まさか、あの時私が助かったのは」

「礼ならこの子に言ってあげてよ。ユキノちゃんって名前なんだ」 

 

 私は背を向けることで大事なお友達を一丁、紹介した。

 40㎝程のスパイク型の銃剣が目立つ、五連装のボルトアクションライフルだ。スコープは取り外してある。

 

「珍しい。自分の銃に人の名前を付けるなんて」

「まあね。私、学校に通っているわけじゃないからお友達とかいなくてさ」

「……そう」

「本当は呼びやすいからってだけなんだけど」

「一瞬でも罪悪感を覚えた私が馬鹿だった」

 

 悔しそうな顔でユウカ君は拳を机に叩きつける。

 

「たっはは、私はわかりやすい嘘しか吐かないのですよ」

「……まあ、いいわ。とりあえず、あなたが逞しい子だってことはよくわかった。狙撃の腕じゃなく肝まで据わっているってことがね」

「とはいえ、根本的に弱いってことは覆せないなぁ。例えばここでユウカ君がいたずらに私を一発撃ったら、いとも簡単に御陀仏よ」

「私だったらそんなマネ、絶対しないわよ……」

 

 ふーん。私に銃を向けないってことなのか、私のような危険な生き方をしないってことなのか。

 

「――ね、ユウカ君。君は、この学校のことは好き?」

「な、何よ急に」

「いやーさっきも愚痴ばかりだったからさ。本当のところどうなのかと思って」

 

 この子のことだから、どうせ答えなどわかりきっているけれど。

 

「……そうね。退屈はしないと思う。もう少し落ち着きがあってもいいとは感じるけど、ここの生徒たちはみんな、熱意を向ける何かを持っている。私に負けず劣らずの。それがこれまで、ミレニアムの発展を促してきたのは間違いないわ」

「一生懸命な子が好きなんだ」

「あまりに報われないことを頑張られるのは考え物だけどね」

 

 そっか。これがミレニアムの、三大自治区にのし上がった所以。

 そして、ユウカ君のルーツか。

 

「じゃあ私は、君のお眼鏡には適わないかな。適当なところも多いし、飽き性だし」

「そう? 私はそんな風に思わないわよ」

「ほえ? なんで」

「ノゾミが自分で言ったんじゃない。見ず知らずの私を助けたって。そういう優しさを持っているあなたが、誰かに嫌われるとは思えない」

 

 思わず、目が点になった。

 これは、ちょっと、してやられたな。

 

「君は…………優しいんだね」

「は、はぁ? へ、変なこと言わないでよ」

 

 先生が私とユウカ君を二人きりにしてくれたの、もしかしてこれも狙いだったりするのかな。だとしたら、相当な食わせ者だ。

 

「ユウカ君、お互い忙しい身かもしれないけどさ。私とお友達になってもらえたり、するかな……?」

「えっ!? う、うーん……」

 

 言葉に詰まる彼女の表情は、悩んでいるというより、照れくさそうに見えた。妙に赤を帯びているのが、とてもわかりやすかったから。

 

「……別に、いいわよ。学校外の生徒と話す機会も多いわけじゃないから、偶には話し相手になってあげても」

「ふふ、ありがとう。誇っていいよーユウカ君、君はめでたく、私のお友達第一号なんだ!」

「全く、調子が良いんだから」

 

 溜息混じりに、しかし穏やかな顔。何だか保護者っぽい感じがするけど、気のせいだよね?

 

「シャーレの方にも遊びに来てよ。私も先生も歓迎する! あ、でも先生は忙しい時が多いかも」

「この前も嘆いていたわね、早速書類の締め切りがヤバくて何だの……。先生って結構ズボラなところがあるのかしら」

「ここに来る前も慌てて散らかってるデスク片付けてたよ。片付いてなかったけど」

「……うん、結構頻繁に顔を見せることになりそうね」

「おー、やったぁっ」

 

 新天地にはしゃいでいたからなのかやたら衝動買いをしていたようだったけど、そこまでは話さない方がいいかな。嫌になって来てくれなくなったら悲しいし。

 今度来た時はユウカ君のお友達とも会ってみたいな。セミナーの子とか。

 これからよろしくね、私の初めてのお友達さん。

 

 

 ノゾミが去った応接間で、ユウカはふぅと息を漏らす。

 

「まったく、ズルいわよね、先生も」

 

 ユウカが初対面からノゾミに友好的だったのにはいくつか理由がある。一つはシャーレ専属の生徒であること――みすみす悪印象を持たれることもない。二つはユウカ自身の性格――まあ、色々断れない少女なのである。

 そして何より、決め手だったのは先生の言葉だ。

 

『できたらあの子と、友達になってあげて欲しいんだ』

『わ、私が、ですか?』

『君だからお願いしたい。ノゾミは大人びた側面もあるけど、本当はとても寂しがっているはずだから』

 

 前触れもなく退室しようとした彼からの殺し文句。これで断って、何の罪悪感も湧かないわけがない。きっと先生もそれをわかっていたはずだ。

 幸いノゾミも――こちらを良く思ってくれたのか――存外誠実な常識人のような気がして、愛嬌を覚える場面もあり、ユウカとしても上手くやっていけそうな予感はあった。ミレニアムで関わる個性豊かもいいところな面子と比べれば、そのやりやすさをしみじみと感じるものだ。

 

『君は…………優しいんだね』

 

 あの時のノゾミの、驚きとわずかな喜びの混ざった表情は、きっと彼女の本当の顔だ。ファーストコンタクトの結論として、ユウカはそう信じることにした。

 そして――セミナーに属する聡明な彼女だからこそ、すぐにその先に気付くことができた。

 

『私、学校に通っているわけじゃないからお友達とかいなくてさ』

『私はわかりやすい嘘しか吐かないのですよ』

 

「……ああ、なるほどね」

 

 確かに、全く素直でない子だ。

 恥ずかしいのか知らないが、それくらい隠さなくてもいいだろうに。それでは「わかりにくい本音」を汲み取る、こっちの身にもなって欲しいものだ。

 先生だけでなく、シャーレの人間は二人して世話が焼けるらしい。

 

「これは、なるべく早めに挨拶した方が良さそうね」

 

 ユウカは一つ、大きく伸びをした。

 

 

 

 

 ユウカ君が言うには、このミレニアムにはマイスターという肩書を持つエンジニアたちがいるらしい。

 本当のところ、私の一番の用事はまさしくそこにあった。

 ユウカ君に紹介された場所へ向かうと、果たしてそれらしい生徒の姿が見えた。

 私より先に、先生が大人として声を掛ける。

 

「こんにちは。ここは『エンジニア部』で合ってるかな?」

 

 鮮やかな紫髪を垂らす落ち着いた風貌の少女は、作業を中断して顔を上げた。

 

「いかにも。私はエンジニア部部長の白石ウタハだ。君たちは? 見ない顔だね」

 

 一瞬目線が私たちの「頭上」に移ったが、その双眸はすぐに会話に応えるためのものに変わる。

 

「連邦捜査部『シャーレ』って知っているかな? そこの顧問先生をやっている者だよ」

「シャーレ? ああ、最近聞いたことがある。確か、慈善活動に勤しんでいる何でも屋だったかな」

「ま、まぁ概ね合ってるけど……」

「ダメだよ先生、そういうのはちゃんと細かく訂正してあげないと。私はシャーレ専属の生徒の夢倉ノゾミって言います。よろしく、ウタハ君」

 

 ウタハ君がこちらへ歩み寄るのに合わせ、彼女の側を小柄なオートマタが付いてきた。

 

「うはぁ、ナニコレかわいい~」

「その子は『雷ちゃん』と言うんだ。私の自信作だよ。気に入ったもらえて何よりだ」

 

 丸みの含むフォルムと背丈がいい感じ。主張の激しいガトリング銃口に目を瞑れば一体欲しいくらい。

 

「ユウカ君の紹介で来たんだ。物作りに際して腕利きのマイスターがいるって聞いてね」

「依頼、ということかな?」

「うん! 軽量かつ強固な防弾装備と、超小型なGPS発信装置を注文したいの」

 

 早速専門家の顔になったウタハ君は、顎に手を当てた。

 

「ふむ、シンプルな条件だね……。そうだな、前者については請け負える。ただ後者は、別の伝手を頼った方がいいだろう」

「おー。伝手と言うと?」

「後で紹介するから、心配は要らないよ。それより防弾についてだが、形態はどうすればいい? 例えばシールドかスーツか、サイズによっても、必要な素材やコストは大きく変わってくる」

 

 うーん……どっちでもいいな。ある程度はどんな装備になっても扱えるはずだ。六種の銃器でテストの基準点を達成する器用さには自負がある。

 

「癖の強くないバランス性さえあれば、後は任せるよ。凄腕のエンジニアさんが思う、最高の防弾アイテムをお願いします!」

「ふふ、わかった。ご期待に沿えるよう善処するよ」

 

 製作期間は一週間見込みだそうだ。予めユウカ君から聞いていた情報とは違い、特に困惑するような要素は無い気がする。

 最低限、私の身体に見合ったものにするため、単純な測定が始まった。

 

「エンジニア部は、ウタハ君一人で活動しているの?」

「いや、本当は三人なのだが、今は二人とも訳アリでね。――腕を広げてもらっていいかい?」

 

 苦い顔だ。言いづらそう?

 

「訳アリって、例外的な問題のように聞こえるけども」

「……少しばかり、クライアントとすれ違いがあったのさ」

「依頼されたのと違うことをしちゃったってこと?」

「そんなところだ。――足元失礼するよ」

 

 謝りに行ってるのかな。

 ……ううん、違うか。そこまでお堅い状況ではないはず。部長がここにいるってことは、

 

「さっき作ってたのは、それ関係?」

「――! よくわかったね」

「勘がよくってねぇ」

 

 部員二人に責任を押し付けるような人でもなさそうだ。ウタハ君にはウタハ君のすべきことがあったに違いない。

 そこにアポなし凸をしてしまったのは悪かったな。その罪悪感を持たせないことも、隠した理由の一つだったのかな。

 正解のご褒美を与えるかのように、ウタハ君は作業台からソレを持ってきた。

 

短機関銃(サブマシンガン)? 龍なんて派手な模様まで入って」

 

 先生の言う通り、奇抜なデザインだ。これがウタハ君の言う「すれ違い」とどう関わってくるのだろう。

 

「実はコレ、外見だけ取り繕ったダミーなんだ」

「ダミー!? ダミーにしては凝ってるように見えるよ?」

「当然いかなる制作にも手抜かりするわけにはいかない。それに、こうでもしなきゃ相手は誤魔化せないからね」

 

 え、話が見えなくなってきたんだけど。相手を誤魔化す?

 

「詳しく聞かせてもらってもいいかな?」

 

 私と全く同じ疑問を呈した先生に、ウタハ君は答えた。

 

「えぇ!? コワモテ先輩の愛銃をタバスコ・ディスペンサーに改造したぁ!?」

「握力は?」

「38」

 

 一部始終を聞いて理解できたのがギリギリ要点のみだった。タバスコのために銃を改造するってどういうことよ? 役に立つわけなくない?

 それに対する返事が「私も同感だ」なのが一層要領を得ないのだけど。

 とりあえず、メイド部に所属している美甘ネルという生徒が本件の「被害者」らしい。

 何でも、彼女は気難しい性格のようで、もし修理に出した自分の銃がタバスコ特化に改造されていることに気付いたら間違いなく殺されるそうだ。――私でもたまったもんじゃない。面白そうとは思うけど。

 そこで苦肉の策としてウタハ君自身が提案したのが、「ダミーと入れ替えて修理し直す」というもの。

 ……あれ? この人たち、もしかして全く反省してない?

 

「ユウカ君の胃痛が、わかったような気がするよ……」

「それで今、コトリとヒビキにネルを見張ってもらっているところだ。――100m走は?」

「13ジャスト。――渾身のダミーで化かすために?」

 

 話は大方わかった。どうやらエンジニア部のうっかりが原因のようだが、それはそれ、これはこれ。柔軟に考えよう。

 悪事に加担するというわけでもないなら、できることはある。

 

「それって一応完成してるの?」

「ちょうど君たちが来る手前に」

「なら、それを届ける役目、私に任せてよ!」

 

「君が?」採寸を測る手が止まる。「さっきも言ったが、ネルはとても戦闘技術に秀でている。彼女の琴線に触れずに事を成し遂げるのは至難の業だよ」

 

「隠密ってことでしょ? 任しんさいっ、ネル君や、君の素敵な後輩ちゃんのお顔も拝みたいしさ」

 

 ウタハ君は逡巡の末、穏やかに頷いた。

 

「そういうことならお願いしよう。私の見立てでは、恐らくネルは既にタバスコを噴射した後だと思うがね」

「うん、ありが……へ? あっさり言うね」

「言ったろう、彼女は勝気な人間だ。逆恨みしてくる敵も多い。今頃ヘルメット団にでも因縁を吹っ掛けられているのではないかな」

 

 ヘルメット団、何かと巷で耳にする不良集団だな。ネル君もそいつらを叩いている一人ってことか。

 

「うぅどうしよう、怖くなってきた……物騒なことが避けられないなら……」

「心配には及ばない。ネルも立場上、不要な殺生は許されないはずだ。寧ろ君なら、特に危害を加えられることなく取り持つことができるかもしれない」

「ははーん……そっちが狙いってわけね」

 

 見た目通り思慮深い。もしや敢えてダミーを送る役目を任せようとしたのも、私の「持ってみたい」気持ちを察してのことだったり?

 

「それなら頑張れそう。先生は、お留守番?」

「そうだね。ここで待っているとするよ」

 

 ウタハ君に託された二丁の厳ついダミー銃。実用性がないとは思えない重さは、限りなく本物を再現しようという矜持なのかしら。

 

「そんじゃ、行ってきまーすっ」

 

 

 

 

「――さて、これで二人きりだね、先生」

 

 ノゾミが出て行くなり、ウタハはそう告げた。

 まるでその時を待ち、誘導していたのだと取れるようなセリフ。気のせいではないだろう。

 別にあの子がいたところで、大して不都合があるわけではないのだけど。先生は努めて柔和な顔で、ウタハと向き合った。

 

「先生も私たちに、頼みたいことがあるのだろう?」

 




本作のユウカは、先生だけでなくオリ主の初めてももれなくかっさらっていきました。罪な女の子です。
挨拶回りは主にグループストーリーから引っ張ってきています。時系列が不明なものが多いので利用しやすい。今回はセミナーとC&Cですね。

ノゾミの愛銃第一号はユキノちゃんです。名前と特徴から、何がモチーフかわかるマニアックな方はいますかね。ヒントは「白い死神」です。


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