トム・リドルのヘビィなアイ (空飛ぶほうき君)
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本編『トム・リドルのヘビィなアイ』
第0章  すべての始まり


ファンタビダンブルドア、ハリポタダンブルドア、素敵なお菓子をいっぱい!
全部混ぜるとむっちゃマイルドな教授ができる…はずだった。だけどネビルは間違って余計なものを入れちゃった!
それは 「ロ ッ ク ハ ー ト」 

そして生まれたものがこちらになります。


※2023/12/1追記※

誤字報告ありがとうございます。
お礼にバタービールをプレゼント!

※2024/1/10追記※

誤字報告ありがとうございます。
マ――リンとは…?バタービールをどうぞ!


 雨粒降り注ぐ曇天のロンドン。

 

 黒傘がグレーの背景を切り裂き、人々が足早に通りを行き交う中を佇む男がひとり。

 この空もレモンキャンディのようにサッパリと晴れてくれるなら。

 

 アルバス・ダンブルドアはコートに忍ばせた菓子袋から飴を一つ、ぽいっと口に放り込んだ。

 

 例年通り入学許可証を子供達に渡した後、傘一本を手にあてどなくぶらぶらとほっつき歩く。パン屋を覗き込んだり、カフェで喉を潤したり、路地裏を散策したり。

 よくわからないがなにか引かれるものがあったのだ。魔法で探知してみたが特に引っかからず。

 

 気のせいか?諦めて学校に戻ろうとして────あれは? 

 

 パブの裏、薄暗い路地に足を踏み入れると、艶めいた白い鱗を持つ小さな蛇がいる。

 ロンドンのど真ん中に?なんと珍しい。誰かのペットだろうか。ぐったりと力なく転がり、死んでいるように見える。

 

 どうやらこの蛇が、今日一日中私をソワソワさせた原因のようだ。

 

 

 

「そいつは死ぬんだ」

 

 

 

 路地に少年の高い声が響き渡り、咄嗟に見回すと建物の影へ溶け込むように少年が立っていた。血の気のない顔に、濡羽色の髪、灰色のチュニックやズボンにはところどころ継ぎの当たった箇所がある。

 

「君が飼っている蛇かな?」

 

 あまり怯えさせないよう少し笑みを浮かべて少年に声をかけたが、少年は押し黙ったままこちらを睨みつけてくるだけ。

 非常に気まずい。知らない大人に警戒しているようだ。

 

「あの蛇を見ても?」

 

 こちらの言葉が気に入らないのかますます顔を顰めて睨みつける。

 なにが気に入らないのか。心を見るに、あの蛇を少年が飼っているわけでもないのに。

 

 埒が明かないので蛇に近寄る。少年を下手に刺激したくないがどうしても気になった。スーツが水を吸うのを気にせず濡れた石畳に膝をつき、見下ろす。相変わらず動く気配はない。隠し持った杖を少年に見られないよう使うと、非常に衰弱しているが、生きていた。

 体温が下がりすぎて動けないようだ。可哀想に。なにかあった時のために元気爆発薬の小瓶を持っていたはず。

 あぁ、どこへやったか…おっ!これはハニーデュークスのチョコレート!後で食べよう。

 

「なにをしてる」

 

 あっちでもないこっちでもないとコートやスーツのポケットをまさぐるダンブルドアへ、音もなく少年が近づいていた。

 

 もちろん近寄ってきていることはわかっていたが、あえて気付かない風を装い驚くふりをする。

 

「お!君か。これを探していてね」

 

 見せびらかすように左手の平をひらひらと振って握りこみ、開くと小瓶が。これには少年も驚いたのか手と小瓶を凝視している。ちょっとした手品でやっと現れた子供らしい表情に満足した。

 小瓶の蓋を外し指で蛇の口を少し開く。小瓶を僅かに傾けてポタリ、吸い込まれるように一滴だけ零れた薬は蛇の口へ。少し待つとヒューッ!とやかんのように口から煙が噴き出し、飛び起きた蛇は私を見た瞬間嚙みついた。

 

「ぐあ!」

 

 黒い皮手袋を貫通した牙はぐっさりと指に食い込こむ。振りほどこうとしたがすぐ口を離し、シュルシュルと少年の足元へ隠れて元気いっぱいに威嚇してきた。

 これだから蛇は嫌いだ。

 

「元気になったようで結構!」

 

 噛まれた指を蛇に向けて非難する私と威嚇する蛇。足元に置いていた傘を拾い、ため息をつきながら空を仰ぐといつの間にか雨は止んでいた。

 

 私はなにをしている。

 

 傘をたたみ、手袋を外して傷を確認…うん。思っていたより出血が多い。毒蛇では無いようだが、帰ったら医務室へ行こう。

 内ポケットから上品にハンカチを取り出して止血し、少年へ向き直った。

 

「君もこんなところへいないで帰ったほうがいい」

 

 怪我した手を見つめていた少年は、そのままジッと今度は穴が開きそうなほど顔を見つめる。

 心配をかけたか?でも見つめすぎだ。不気味だよ、君。

 

 表通りへ歩き去ろうとしてふと立ち止まる。少年を近くで見るとよくわかる、継ぎの当たった古着に痩せた体。この子供はきっと碌な食事をとってない。パブの裏にいたのも事情があるんだろう。

 そんなことを憂鬱に考えつつ先程発見した未開封のチョコレートを差し出す。

 

「持っていくといい。チョコレートだ」

 

 少年はチョコレートを見つめるだけで動かないが目は釘付け。おじさんはお見通しだぞ。

 これ見よがしにチョコレートを開封し、パキリと折って小さな欠片を口にほうる。

 

「ん~!最高!」

 

 もう一度差し出すと警戒しながらも受け取る。受け取った直後は目をキラキラさせていたくせに次の瞬間ひどく睨んできた。

 

 帽子を少し持ち上げて別れの挨拶をする。もうここに用はない。

 

「さようなら少年」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨模様のいつものロンドン。現在ウール孤児院に訪問中。

 トム・リドルという今年入学予定の男の子に、入学許可証を渡し魔法界の説明をするため足を運んだ。

 

「トムに面会ですか?面会の方なんて初めてです」

 

 孤児院の院長ミセス・コールに連れられながら院内の階段を上る。彼女から漂うジンの香りが風に乗って鼻をかすめ、眉間に皺を寄せる。

 孤児院の経営や、子供たちの世話が大変だろうがこんな昼前から? 

 

 たまに通り過ぎる子供たちは痩せてあまり笑わないけれど、服はちゃんと洗濯され肌に目立った汚れもない。一応世話されているように見える。

 

「ほかの子供たちと…少し、その、色々ありまして。よくないことが」

 

 ミセス・コールはダンブルドアに廊下でヒソリと小声で囁く。

 

 その言葉にますます眉根を寄せた。聞いてみると、どうやら問題がある子らしい。

 

「トム!お客様よ。ダンバートン、失礼。ダンダーボアさんがお話したいそうよ」

 

 扉の一つをノックし開く。酒で舌が回らないのか、もともと覚える気もないのか適当に紹介される様子を冷ややかに見つめていると、ミセス・コールは室内に入らず二人で話せと目で訴えてくる。小さな子供と見知らぬ大人を部屋で二人きりにするのは少し不用心ではなかろうか。

 

「はじめまして、トム」

 

 スチールベッドと古い箪笥、簡素な机と椅子。ベッドの上には黒髪で蒼白い子供がいたが…いつぞやの少年だ! 

 おまけにあの白蛇が灰色の毛布の上に鎮座しこちらを睨みつけている。表情が無いのでそう感じる程度だが。少年も驚いたのか一瞬目をまん丸にして、すぐ子供らしくない凪いだ表情に戻る。

 悠々と室内に足を踏み入れ、椅子に座ってもいいか尋ねたが、案の定雨音しか聞こえず勝手に座った。

 

「私はアルバス・ダンブルドア教授。ホグワーツという学校に勤めている」

「教授?嘘をつくな、詐欺師」

 

 どうやらこの幼気な少年は私を詐欺師と断じたようである。手品を見せただけじゃないか。

 せめて奇術師(マジシャン)と言ってほしい。

 

 敵意を剝き出しにするトムに戸惑いを隠し、ダンブルドアは毅然とした態度で首を振る。

 

「詐欺師じゃない」

「信じないぞ。僕を騙して人買に売るんだろう。僕が特別だから」

「君が特別なのは知っているがね、もう一度言うが詐欺師じゃないし君を売ったりもしない」

「それじゃサーカスででも働かせる気か?まともじゃないやつが行く場所だってビリー・スタッブズが喚いてた。騙されないぞ!」

 

 ヒートアップしたトムが蒼白な顔面を酔っぱらったように真っ赤にし、吐き捨てた勢いそのままにベッドの上に立ってこちらを睥睨する。

 マーリンのヒゲ! どうしてこうなった。助けてくれ。このままでは上がり続けた右眉が額を超えて外に飛び出してしまう。

 

 落ち着け、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。お前は何年教員を務めてきた? 

 

「サーカスには行かない!精神病院だって行かない!僕はおかしくなんかない!!」

「トム」

「動物を思い通りに操れるし触れずに物を動かせる!あなたを傷つけることだって簡単だ」

 

 トムの暗い目が私を見透かすように射抜き、心を覗こうとする感覚がした。魔法の魔の字さえ知らないうちから心を探る術を知っているとは。トムが形の良い眉をしかめる。

 しかし残念。

 

 私の方が「経験豊富」なのだよ。

 

「私の勤めるホグワーツは魔法学校。つまり魔法使いの学校だ。君や私みたいな魔法使いのための、ね」

「魔法使い?僕が?」

 

 燃え上がる怒りが一気に鎮火する。トムの真っ赤な頬が急激に蒼白く色が失せ、倒れないか心配していると、今度は頬をピンクに染めて喜色満面に唇を三日月に描いた。

 

「わかってた。僕は…特別だって!それじゃ僕が使っていたのは…魔法?」

 

 座り込み、獣じみた喜悦を隠しもせず、ギラギラ光る眼でブツブツと呟いていたトムが突然胡乱げに見遣った。

 

「証明しろ。あなたも魔法使いなら、証明しろ」

 

 高圧的な命令にまたもや眉が上がりそうになるのを堪えて杖を出す。傲慢な少年に灸を据える。

 そう思い古箪笥へ向けようとしたが、流石に箪笥を燃やすのは子供の精神上よくないと思いとどまる。それにこれは勘だが、暴力的であればあるほどドツボにハマる気がする。

 

 この手の子供は力に敏感だ。

 私はよく知っている。

 

「手を出して」

 

 噛みつくとでも思っているのか恐る恐る差し出した手に杖を向ける。

 

「アグアメンティ」

 

 杖先から水が飛び出し、みるみるうちにトムの手の中へ水が溜まり溢れ出す。零れ落ちた水は下へ落ちず、上に落ちていく。浮かぶ水球を呆けたように見る少年に口の端が上がる。

 

「覗いてごらん」

 

 頭上の水球を目の前まで降ろし覗き込ませる。水の中にミニチュアのマーピープルやグリンデロー、大イカが優雅に泳ぐ、ホグワーツの黒い湖を再現した即席のアクアリウム。

水面に浮上した大イカと握手するトムは嬉しそうだった。

 

 縦横無尽に泳いでいた水棲生物達が渦を巻きはじめ、アクアリウムも渦巻いてハリケーンとなる。ハリケーンが徐々に手紙を形成していき最後にマーピープルが封蝋へ変化し封じた。

 

「君が入学するのを楽しみに待っている」

 

 浮かぶ入学許可証を震える手で掴み、夢のように消えるのを恐れ目を離さないトム。

 実に年相応でよろしい。蛇くんも口を開けて呆然としていた。

 

「ホグ、ワーツ」

 

 穴が開くほど見つめた後、丁寧に開封し手紙を読み進めるトムを横目に部屋を観察する。窓辺の小石、海岸を写したであろう写真、本。殺風景だ。孤児院の一室だとしても殺風景過ぎやしないか? ここが本当に子どもの部屋? 孤独な老人が住んでいると言われた方がまだ納得できる。

 それに────ミセス・コールは正しいかもしれん。

 

 ダンブルドアは僅かに眉根を寄せ、入り口近くの古箪笥を見ないよう注意し、すぐに暗い表情を消す。学校の子供たちに向ける笑顔と同質のもので顔を塗り替え読み終わるのを待つ。

 顰め面で子供と向き合いたくない。

 

 ホグワーツや魔法界についてなど簡単に説明していると。

 

「ダンブルドアさん?」

「君の先生になるのだから、教授か先生で大丈夫」

「はい、先生。あの…僕、お金がありません」

 

 人格が変わったように高圧的な言葉が鳴りを潜め、至極丁寧な態度に変化したのである。

 

 暴君が瞬きの間に優等生へ転じた様を至近距離で目撃した私は、背中に冷や汗を流していた。闇の魔法使いセンサー(別名ゲラート予備軍探知機)が脳内でけたたましい警告音を鳴らす。

 冗談じゃない。二人の闇の魔法使いを相手にする余裕なんかない! 

 

 待て。トムは子供だ。闇の魔法使いでもなければ、信者を集め人を扇動したり、誰かを拷問したり、死の呪いを滅多矢鱈に連発してもない。

 ただの、子供だ。

 

「お金に関して気に病む必要はない。経済的に余裕がない家庭へ、制服や学用品を買うための資金を援助する制度がホグワーツにある」

 

 経済的に余裕がない、という言葉にピクリと反応し、途端無表情になる目の前の少年へ慎重に語りかける。

 

「さっきの…ああいった物も手に入りますか?」

 

 ダンブルドアが杖を仕舞った胸元へ手を意味あり気に向けてトムが尋ねた。

 

「もちろんだとも。しかし、資金も有限でね。授業に使う大鍋やら呪文の教科書などは…すまないが、中古になるだろう」

「わかっています。お古には慣れているので」

 

 わざとらしい品のある微笑みにこちらもわざとらしく微笑み返す。トムの目元が一瞬痙攣した。

 潮時だ。

 

「ダイアゴン横丁へ学用品を買いに行く必要がある。明日はどうだろう?特に問題なければ、明日買いに行こうと思うが」

「僕一人でできる。あなたは必要ない」

「未成年者を一人で彷徨わせるわけにはいかん。君がどれだけしっかりしてても、だ」

 

 ひどく不満そうに顔を顰めるトムを通り過ぎ扉へ歩みを進める。すると、古箪笥からガタッガタッとなにかが当たる音が響く。

 

「なにか出たがっているようだ」

 

 古箪笥をコンコンと叩くと突如箪笥の扉が開き、箱が飛び出した。空中を飛行した箱はトムのベッドにボトリと落ちる。

 

「その中のものは、君のものではないね」

 

 瞬間、顔を跳ね上げて無表情を向ける様子を眺めつつ、箱に顎をしゃくる。

 トムが箱を開けると中身にハーモニカやヨーヨー、薄汚れた指貫なんかのガラクタがごろごろと収まっているのが見えた。

 

 ふんふん、戦利品かね? 

 

 ガラクタの間からミニチュアのグリンデローが転び出す。トムを非難するように肩に頭突きし、どこかに泳いでいった。

 

「明日までに持ち主へ返しておきなさい。盗みはご法度さ。もちろん、ホグワーツでも」

 

 無感情な貌の眼の奥深くを、憤怒の炎で燻らせる少年を諌め、ダンブルドアは退散した。

 

 波乱の気配だ。絶対なにかある。あの少年から目を離せば悪いことが起きる。

 蛙チョコレート2つとウリックのカード5枚を賭けたっていい。

 

 マーリンよ、いやニコラスでも構わん。助けてくれ。

 




・ダンブルドア
アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。
本名長スギィ!アリアナとハリーと他色々✟悔い改めて✟
ファンタビ基準の姿で登場。中年。
弟の修正パンチを4度食らい、俗っぽくなったという独自設定。

・トム
トム・リドル。お辞儀をするのだ…。
ヴォルデモートの幼年期。
蛇と喋れるし、なんなら目だって赤く光る。

・ハニーデュークス
お菓子屋。みんな大好き。
ホグズミードという魔法使いの村にある。

・元気爆発薬
魔法界の風邪薬。
飲むと体ポカポカ、耳から蒸気が出る。

・ゲラート・グリンデルバルド
ダンブルドアの元お友達。
信者がいっぱいいて信者が暴れまわってる。
より大きな善のために、魔法使いのマグル支配を目指す激ヤバ思想魔法使い。

・アグアメンティ
水を杖先から出す呪文。
この話では重力操作や他高度な変身術を重ね掛けてアクアリウムを作った。
ヴォルデモートを水の球に閉じ込められるんだからこれ位できるじゃろ。

・黒い湖
ホグワーツ敷地内にあるでっかい湖。
マーピープルやグリンデロー、大イカなんかの水棲生物が住んでる。
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』で三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)の試合場として使われた。

・マーピープル
水中人。マーメイドとも言う。

・グリンデロー
薄緑色の肌、小さな角の水棲生物。

・大イカ
でっかいイカ。人に優しい良い奴。

・蛙チョコレート
躍動感溢れる蛙のチョコが封入されたお菓子。
カードがおまけについてる。

・ウリック
奇人ウリック。クラゲを帽子にした面白魔法使い。
蛙チョコレートのカードになった人。

・マ―リン
アーサー王伝説の魔法使い。
「オーマイゴッド!」の代わりに、魔法使いは「マ―リンの髭!」を使う。
蛙チョコレートのカードになった人。

・ニコラス
ニコラス・フラメル。ダンブルドアのお友達。
賢者の石を錬金した、偉大なフランス人魔法使い。
しわしわのおじいちゃんかつ骨がよわよわ。
蛙チョコレートのカードになった人。


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第0.5章 おいでよダイアゴン横丁

サラザール・スリザリンの子孫であり、ペベレルの系譜を引くスーパーサラブレッドトム君。


 翌日の午前十時にウール孤児院へ私は再度訪れた。

 正直に言うと、彼があの盗品を持ち主に帰すなんて期待しちゃいなかった。朝から謝罪行脚かとため息しながら部屋に向かう。

 

 室内では空の箱を傍らに、きちんと支度を整えたトムが待ち構えていた。予想外なことに、戦利品達を持ち主に帰している。

 しかも、謝罪をして。

 

 やればできるじゃないか! 

 

 挑戦的な目を向けるトムに朗らかに微笑み、頷く。ミセス・コールへ、事前に外出許可を取っていたので、その後すぐトムと共に買い物の旅に出立した。

 

 

 

 

 

 素晴らしきかな、ダイアゴン横丁! 

 大きく目を見開いて立ちすくむ少年を横に、魔法使い達の賑やかな喧騒を耳に朝の活気ある空気を吸い込む。初めて魔法使いのコミュニティに触れるのだ。

 この光景を目に焼き付けているに違いない。

 

「あの白亜の建造物はグリンゴッツ魔法銀行。あちらはマダム・マルキンの洋装店にフローリシュ・アンド・ブロッツ書店。その角は──―」

 

 道行く先々でガイドに徹しつつ学用品を買い集めていく。鍋に薬瓶に秤やら、雑多な物の数々を”検知不可能拡大呪文”がかかったバックに収納。

 後は制服と杖、本。

 

 硬貨が入った革の巾着を揺する。チャリ、と心もとない音が悲しい。

 ふと、魔法動物ペットショップの陳列窓が目に入った。店内の愛らしい赤ちゃんニーズルが安らかに眠る窓を手で指し、尋ねてみる。

 

「お供は必要かな?」

「必要ありません」

 

 ぶすっとした少年が呟くや否や、首元から一匹の蛇が這い出て私とニーズルに威嚇した。

 おはよう、スリザリンの化身。無垢な子猫を怖がらせるのを止めなさい。まさかとは思うがいつも持ち歩いて……いや、止めよう。藪蛇になる。もう蛇は出てしまっているが。

 

 幾らか遠い目になりかけるのを、やれやれと首を振って強制キャンセルしたダンブルドアは、流れるようにマダム・マルキンの洋装店に一人と一匹を封印した。

 

 採寸に少々時間が掛かるらしいので漏れ鍋で時間をつぶす。

 バーテンのトムにバタービールを注文、世間話を楽しみつつしばしの休息を楽しむ。トムはトムでもこちらは気さくな方のトムだ。今も「サービスです」とおつまみを出している。

 ご厚意に甘え、豚皮のスナックをつまみ、バタービールで流し込む。アルコールに乾杯! 

 

 

 

 

 

 その後、洋装店で採寸が終わった気難しい方のトムを回収し、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店へ向かう。うず高く積まれた書物が聳え立つ書店にて、目的の教材を発掘しに本の遺跡を突き進む。トムはどっかへ消えた。

 アーチを描く本の橋を潜り、飛び立つ本をかわし、ホグワーツの指定教科書を手に取る。魔法生物の基礎知識や生態を記した一冊。

 

『幻の動物とその生息地』ニュート・スキャマンダー著

 

 最近ニュートに会っていないが元気だろうか。面倒に巻き込んでしまった。

 元教え子が執筆した本の表面を撫で、感傷に浸る。

 ため息を一つ。気分を切り替えないと。

 

 残りの教科書のいくつかを中古で揃え、先程から姿をくらませている例の少年を探す。表にはいない。児童書のコーナーにもいない。顎を指で叩き思案する。

 あの少年の気を引く本があるとしたら。踵を返して書店の奥へ。

 

 膨大な書物の影になった本棚の一角、呪いや黒魔術に関する書籍などに囲まれたトムがいた。

 真剣に読み耽っているけどね、そこは君みたいな男の子が読んでいい場所ではない。

 

 近くに積まれた本を確認する。

『甘い復讐』サイラス・アシュクロフト著、『サディスティックな杖』マンネル・ハーパマキ著、『嫌いなあの子を呪いで苦しめよう!』──―。

 

 なんだこれは。闇の魔術関連ばかりだぞ。将来の夢は闇の魔法使いか? 

 

 危うく精神が次の冒険へ進むところだった。トムが読んでいるのはもっと酷いに違いない。絶対見んぞ。確実に死が迎えに来る。本棚にあった悪戯用のジンクスが載ったものを渡そう、そうしよう。頭ごなしに否定せず、より軽い内容にすり替えて猶予を伸ばす。そこがポイント。

 猶予を伸ばしてどうするかは知らん。誰かなんとかしろ。

 

「トム、ここらの本は君には早すぎる。こういうのにしておきなさい」

「先生」

 

 本を閉じ私を見上げるトム。自然とタイトルが目に映る。

 

『ユニコーンの長い角 ~聖なる白百合~』ノーザン・オルグレン著

 

 

 …。

 

 

 …。

 

 

 …官能小説だぞ、それ! 

 

 

「待て待て待て!それはいかん!!」

 

 トムの手から大人用の魔術書を毟り取り、本の海へ放流する。

 誰だ!こんなもん置いといたのは!この区画に来たトムが悪いけども!! 

 

 ノーザン・オルグレンは、伝記という名のサスペンス官能小説を執筆する伝記作家だ。私のお気に入り、『黒薔薇の郷』シリーズの作者でもある。次作を楽しみにしているぞ。

 いや、違う!おのれノーザン・オルグレン。

 

「先生、ユニコーンは処女を好むとあの本にありましたが、ユニコーンが処」

「トム!トム!!教科書は揃えたから、外に行っていなさい!あとこの、なんだ、これも買っておく!」

 

 さっき拾ったジンクスの本とユニコーンに関する童話集を適当に掴み取り、トムを外へ追い立てる。最速で会計を済ませ、これ以上少年が誘惑される前に退散した。

 一秒でも早くあの場から離れる。戦略的撤退さ、これは。

 頼むからもう聞かんでくれ。いいや、トム。口を開いたって無駄だ。答えはノーだよ。

 

 不服そうなトムを急ぎ足でせっつく。魔法で浮かせた本を次々バックに放り込み、オリバンダーの店に滑り込んだ。危なかった。なにが危ないかはよくわからないがとにかく危なかった。

 静かな店内の雰囲気に荒れた神経が静まっていく。

 

 暫くすると、棚奥から梯子に乗った男が騒音と共に姿を現す。トムは猫みたいに跳び上がり、驚いていた。

 店主のギャリック・オリバンダーが痩せた体をカウンターへ傾ける。

 

「いらっしゃいませ」

「こんにちはギャリック。新入生に杖が必要でね」

 

 後ろに下がり、トムを前に押し出す。

 

「お名前は?」

「トム・リドルです」

「フーム。杖腕(つえうで)を伸ばして」

 

 霧のような瞳で見つめるギャリックを同じく見つめる少年に、利き腕のことだと伝え店内の椅子へ座る。これで少し休める。

 

 休めなかった。

 

 店内のあらゆる照明を爆散させ、棚を吹き飛ばし、流れ弾がこちらへ飛んで、やっと杖が決まった。杖のビッグ・ベンを建造した偉大な建築士はというと、そんな些細な出来事などお構いなしに感極まっている。

 髭が焦げた責任を負ってくれ。仏の顔も三度撫ずれば腹立つというよ?

 

「イチイに不死鳥の羽。三十四センチ。頑固」

 

 杖先から飛び散る金銀の火花を眺めるギャリック。急ごしらえのランドマークを解体し、元の箱に戻す手を止めた。

 

「魔法使いが杖を選ぶのでなく、杖が魔法使いを選ぶ。この杖があなたを選んだように。奇妙な縁もあるものだ」

「縁?」

「あなたの杖に入っている不死鳥の尾羽根。その羽を提供したのは…」

 

 含みを持たせる言い方をして目線をこちらに投げてくる。

 なんだね。

 

「尾羽根は私が提供した。ほら、満足か?」

「そうともそうとも」

 

 仰々しく頷くギャリックに杖を突き刺す衝動を堪え、支払いをして店から脱出した。遅れて離脱を果たしたトムと立ち尽くす。

 

 学用品の購入完了。ベストから懐中時計を吊り上げて見る。

 午後一時十五分。

 

 ぐぅ。どこからか腹の音が聞こえた。

 

 涼しい顔をしているが君だとわかっているぞ。お腹が空いているんだろう?ついでに自分自身の腹からもぐぅと鳴る。

 鳴った瞬間明らかにニヤついたトムに、目を細めて抗議するが意味無し。

 

 いいだろう。そのスカした顔を恐怖で歪ませてやる。

 覚悟しておけ。

 

「お互い腹の虫に餌をやらんとな。漏れ鍋へ出陣!」

 

 

 

 

 

 最後の目的地は漏れ鍋。

 到着した我々が優雅にカウンター席に着くと、近づいてきたバーテンの方のトムにさっそく私は耳打ちした。

 

「かぼちゃジュースを二つ。私にシェパーズ・パイ。こっちの坊やに、おもてなしをしてくれ」

 

 ガリオン金貨を多めに握らせて囁く。バーテンのトムは猫背気味の体を更に丸め、わざと気味の悪い笑みを少年に向けると厨房へ消えて行った。流石に気味悪い笑顔が堪えたかトムは緊張を隠せない。罠が無いか目を隅から隅に走らせている。

 

 震えて待つのだ、少年。

 ほぅらきた。

 

 

 ドン! 

 

 

 肉。肉。圧倒的な肉。巨大なステーキに長いソーセージが三本、揚げたポテトの山と付け合わせの温野菜がちんまり。

 漏れ鍋裏メニュー『トムの気紛れスペシャル』が姿を現した。

 

 頑張りたまえ。君の無事を祈っているよ。

 

 トムが肉の暴力に慄くその頃、ダンブルドアは高みの見物と洒落込んでいた。

 

 運ばれてきた温かなパイへ期待を膨らませ、カトラリーへ指を伸ばす前に、追加で皿が置かれる。頼んだ覚えのないプティングと数枚のパンが乗った皿。

 バーテンが屈託のない笑顔を浮かべ、頷く。

 

『サービスです』

 

 幻聴が聞こえる。バーテンのトムの幻聴が聞こえる!開心術を知らずに使って聞こえた声か? 

 まあ何であれ

 

 ありがとう、トム! 

 

 

 

 

 

 茶番はさておき、ランチは楽しいものだった。

 食後の心地良い沈黙の中、欠伸をかみ殺してグラスを啜る。カウンターでとぐろを巻く蛇が相も変わらず睨みつけてきたので睨み返した。

 

「蛇と話せる」

「なんだって?」

 

 机の汚れを探しながらトムが呟いた。唐突なカミングアウトに虚をつかれた私は素っ頓狂な声を上げる。

 

「こんな風に」

 

 掠れ、耳障りなシューシューという音を口から零したトムへ、蛇がシューと返事をする。

『馬鹿なジジイ』『同意する』

 あまりの言い草につい口が滑り、拙いと思った時には後の祭り。

 

「馬鹿なジジイで悪かったね」

 

 面白いくらい目を丸くし愕然とする一人と一匹。大人気ない行動に手を顔に叩きつけたかったが我慢し、心と表情を無にする。

 

「あなたも蛇と話せる? 魔法使いにとって珍しくない?」

「話せない。理解できるだけさ。君みたいなパーセルマウスではないよ」

「パーセルマウス?」

「蛇語を話す者のことをパーセルマウスと呼ぶ。非常に珍しいが、いないわけじゃない」

「…そうですか」

 

 考え込むトムの瞳に揺らめくランプの炎が写り込む。刹那、深紅の光が妖しく輝いた気がして咄嗟に見、暗い黒檀の瞳と視線がぶつかる。

 

「僕の父さんは魔法使いですか?」

「すまない。君のお父さん…ご両親を知らない」

「父さんが魔法使いのはずだ。僕と同じ名前って聞いているから。母さんは違う。だって」

 

 暗い表情で口を噤む少年に胸が痛んだ。

 ミセス・コールの話を思い出す。

 

 

『大晦日の夜にトムは生まれました。当時、私はここでの仕事を始めたばかりの見習いで。当番の見回り中、玄関に誰かいる気がして開けてみると、年若い女の子が大きな腹を抱えて冷たい雪の中座り込んでた』

 

 遠い目をした院長が窓の外を眺め、ため息をつく。

 

『彼女はトムを生んですぐ亡くなりました。「お父さんに似るように」そう願って。彼女の最期の言葉は、生まれた子に父親のトム、そして自身の父親のマールヴォロの名をつけてほしいというもの』

 

『父親はトム・リドルと聞いていたので、トムにも同じ姓を与えました。トム・マールヴォロ・リドル、トム・リドルと』

 

『哀れな子です。父親も、母親の顔さえ知らず、誰も彼を迎えに来なかった』

 

 

 ミセス・コールの話が真実ならパーセルマウスであることも納得だ。

 マールヴォロ・ゴーント。純血の魔法族。

 

 サラザール・スリザリンの子孫。

 

 痛み始めた頭痛に眉間を揉むが収まらず、ダンブルドアはパブの天井を仰ぎ、不幸の星の下に生まれた自分を呪った。

 

「ジンをくれ!瓶丸ごと一本!」

 




・漏れ鍋
ロンドンにある魔法使いご用達のパブ。トムというバーテンが営業している。
魔法使いじゃない一般人には捨てられた店に見える。
店内寒そう(偏見)

・トム(バーテン)
漏れ鍋の店主。怪しい笑顔の優しい男。

・ダイアゴン横丁
魔法使いの街。漏れ鍋の裏にある。
大抵の物はここで手に入る。

・グリンゴッツ魔法銀行
小鬼の銀行。地獄のトロッコグルグルコースターを突破しないと金庫へたどり着けない。
門番にドラゴンもいる。『ハリー・ポッターと賢者の石』でハグリッドがコースターにやられた。

・マダム・マルキンの洋装店
魔法使いの洋装店。
ホグワーツの制服も取り扱ってる。

・フローリシュ・アンド・ブロッツ書店
魔術書や教科書なんかが売ってる本屋。
本ありスギィ!

・検知不可能拡大呪文
空間を広げる呪文。
この呪文があれば、バックやトランクが広々した空間に。テントにも使える。

・ニーズル
魔法の世界の猫型魔法生物。かわいい。

・スリザリン
ホグワーツの寮の一つ。シンボルが蛇。
シンボルカラーは緑と銀。
他に3つの寮がある。

・バタービール
魔法使いの大半が飲んでるバター風味のビール。
ビールだがアルコールはごくわずかで、子供も飲める。

・『幻の動物とその生息地』ニュート・スキャマンダー著
ニュート・スキャマンダーが執筆した魔法生物についての本。

・ニュート・スキャマンダー
ホグワーツの元学生でハッフルパフ生。色々あって退学した。その後、移動動物園と化す。
アメリカに魔法生物を解き放ったり、ダンブルドアにゲラート止めて!お願いな!されたりしたが、元気に魔法生物をトランクで世話してる。

・『甘い復讐』サイラス・アシュクロフト著、『サディスティックな杖』マンネル・ハーパマキ著、『嫌いなあの子を呪いで苦しめよう!』その他書籍
適当に生やした本1。特に設定なし。

・『ユニコーンの長い角 ~聖なる白百合~』ノーザン・オルグレン著
適当に生やした本2。五人の乙女と一匹のユニコーンが織り成す、血で血を洗うサスペンスファンタジー。角で突いたり(意味深)角で突き破ったり(意味深)する。

・オリバンダーの店
杖の店。イギリス魔法使いの大半がここでお世話になる。
杖積みスギィ!

・ギャリック・オリバンダー
杖職人。移動が面倒なのでスライド梯子で移動する梯子マスター。
杖のことになると早口になりそう(偏見)

・カボチャジュース
オレンジ・ジュースのライバル。

・ガリオン金貨
魔法界の貨幣。他にシックルとクヌートがある。
高い順に、ガリオン(金貨)、シックル(銀貨)、クヌート(銅貨)。

・トムの気紛れスペシャル
生やした。パブの裏メニューが欲しかった。

・パーセルマウス
蛇語(パーセルタング)を話し、理解する者。遺伝する。
魔法界で知られるパーセルマウスの殆どは、サラザール・スリザリンの子孫とされる。

・トム・リドル(父)
魔法使いじゃない、色々あった可哀そうな人。

・マールヴォロ・ゴーント
純血の魔法使い。サラザール・スリザリンの子孫。子供が二人いた。
ブラック家よりやばい近親婚血族。

・サラザール・スリザリン
ホグワーツの創設者の一人。創設者は他三人いる。
色々あって学校を去るが、ペットのクソヤバ蛇先輩を学校に残していった。


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第1章  ハラハラ入学式

トム成分薄め。


 ついに来た九月一日。

 元気いっぱい夢いっぱいの子供の群れが雪崩れ込む日だ。

 

 ダンブルドアがいるのはキングス・クロス駅。九と四分の三番線がある壁の近くに寄り掛かり、近くの新聞販売店で購入したマグルの新聞をめくる。

 

『激化する国家社会主義(ナチズム) 睨み合う列強諸国』『新たなる境地、その名も優生学?』『無料プレゼントはこちら』『カーミラ・アーヴィングの最新ファッション「血」の紅いドレス!』

 

 無料プレゼント?なにが貰えるのだろう…おー、牛革財布か強力吸引掃除機が貰えるとな。抽選十名。

 他は情勢不安関連の記事ばかり。流れ星に願ったら消えてくれるかな? いや、消えずに増える気がする。十中八九、裏でゲラートが噛んでいる気がしてならないが、どうか気のせいであってくれ。

 

 最近事件が起きると必ずゲラートがいるから、多分ゲラートだろうな~。

 きっとゲラートだろうな~。

 

 

 

 成層圏までぶっ飛ばすぞ。

 

 

 

 堪えきれずに溢れ出すため息を零し、新聞を仕舞う。都合よく、見知った姿が近寄るのを目の端で捉え、声をかけた。

 

「ごきげんよう、トム」

 

 孤児院の職員を引き連れて、将来の闇の魔法使い・第二のゲラート予備軍様が不遜に見下す。

 丸みを帯び始めた頬と薄っすら色づくピンクの頬。大きなトランクに振り回されながらも、目の前に立つ姿は以前より健康そうで。予想通り、あれから頻繫にダイアゴン横丁へ赴いていたらしい。

 

 バーテンのトムが「ご注文通り昼食を振舞って。えぇ、お残しもせずえらい子ですね」と嬉しそうに語り散らかした。手持ちが少ない中、頼んでもいない料理を出されてさぞかし恐ろしかったろう。

 

 だが心配ない。私の金だからね。奢られる恐怖を味わえ。

 

 ガリオン金貨で殴る、これが正義。金庫が金貨で溢れている故できる娯楽さ。ワハハ! 

 マグルの金庫も所有する私に死角なし。

 

「お見送りお疲れ様です。これを院長先生にお渡しいただけますか?心ばかりですが、お役立てください」

 

 トムの見送りに来た若い女性に封筒を渡す。中身は服や日用品、食料を買い込むのに困らない額の小切手。驚いた様子で女性は封筒を受け取とり、深々と頭を下げた。

 

 くるしゅうないおもてをあげい! 

 いや本当に頭を上げていただきたい。周りの視線が痛いのです。

 

「どうか頭を上げて下さい。院長先生によろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 

 離れる度ペコペコお辞儀を繰り返し、職員の女性は去って行った。真面目な職員なので着服しないはず。院長のミセス・コールは酒漬けだが、子供を優先する善人なので心配ない。

 

 心配すべきは、私とトムの周りだけ人ごみにぽっかり穴が開いた今の状況。子供を連れてきた女性に『心ばかりの』封筒を渡し、子供といる中年は控えめに見て犯罪臭がする。

 しかし、欠片だって悪いことはしちゃいない。

 

 堂々と背筋を伸ばし、こちらを見てヒソヒソ噂話をする輩をメンチビームで焼き尽くす。

 

 勝ったな。

 

「ホグワーツ新入生、保護者の皆さんお集まりください」

 

 指を二度三度鳴らし呼びかける。先程のメンチビームに焼かれた数名と、彷徨っていた5グループの家族が集まった。いずれもマグルの家庭で、九と四分の三番線をあてどなく探し回っていたせいか、早くもクタクタになっている。

 

 私は、魔法界の事情に疎い新入生とご家族を案内するためここにいたのだ。断じて、不審者になるためじゃない。

 

「あの、スミスです。ダンブルドア先生ですよね?切符に九と四分の三番線とあるけれど、どこにも」

「落ち着いてくださいスミスさん。大丈夫ですよ。目的地はそこです」

 

 時間が迫り、焦りで早口に捲し立てるスミス家の家長に、9番線と10番線の間、改札口の柵を指さす。スミスさんは柵を見て私の顔を見て、また柵を見て怪訝な顔で私を見た。

 他のご家庭も同じような表情を浮かべて『なにを言っているんだ』顔がそう語る。

 

「は?馬鹿にしないでいただきたい。そんなものどこに」

「まあまあ。どうぞ、私に続いて」

 

 憤慨するスミスさんを宥め、手を後ろに組んで柵を悠々とすり抜ける。眼前に広がるプラットフォームと壮大な紅色の蒸気機関車。

 

 ホグワーツ特急。

 

 すり抜けてすぐぶつからないよう横に退く。トムがそう待たず通り抜け、共に他の家族を待つ。

 通りすがる生徒に手を振りつつ時計を確認。

 

 一分

 二分

 三分

 ・

 ・

 ・

 十分

 

 他は?遅すぎやしないか? 

 

 心配になった私は、先に汽車へ乗り込むようトムに伝え、柵を超えて戻ると、案の定口を開け放心状態の新入生ご家族一行がいた。非魔法族の反応は大抵がこんなもんである。

 放心する人々を順に追い立て、全てのグループを通り抜けさせる。通り抜けた先で突っ立っていた家族に衝突する事故が多発したが、それ以外は概ね順調。

 

 出発時間が迫る中、未だ感動の別れを家族と続ける新入生を汽車へ連れ去り、新入生を空いている適当なコンパートメントにぶち込む。子供の波をかき分け教員用車両へ。

 誰もいない席を見つけ、腹に手を組み、目を閉じて祈った。

 

 今年は平穏でありますように。今年は平穏でありますように。今年は──―

 

 内なる精神に籠るダンブルドアを尻目に、列車は走り出す。

 

 

 

 

 

「ダンブルドア先生!車内販売です。いかがですか?」

 

 座席で過ぎ去り行く景色をぼんやり眺めていると、車内販売のマダムに声をかけられた。毎年常連の顔だ。車内販売といったら彼女、という印象が定着している。

 

「こんにちはマダム。蛙チョコレート白茶一つずつに、歯みがき糸楊枝型ミント菓子、ココナッツ・キャンディを一箱もらおうか」

 

 代金を支払い、商品を受け取る。

 

「毎度ありがとうございます。頑張って下さいね」

 

 マダムはにこやかな笑みで手を小さく振り、扉を閉めて次のコンパートメントへ去った。

 

 隣の席にお菓子を配置。懐から『日刊予言者新聞』を取り出し、お気に入りの変身術コーナーを覗く。暫し読み耽けっていると。

 

 コンコンコン

 

 ドアを控えめに叩く音の発生源に二人の生徒がいる。すでに学生服に着替え済みの上級生と、新入生だろう顔色の悪い女の子。

 グリフィンドールの上級生ブラッド・ヘインズが、少しだけドアを開けて、申し訳なさそうに要件を述べる。

 

「先生。この子、気分が悪いみたいで…」

 

 記念すべき収容者一人目おめでとう!お祝いにお菓子をどうぞ! 

 グリフィンドールはす~ぐ面倒を私に投げつける。寮監、辛いなぁ。

 

 

 

 ついに訪れた次なる試練、ダンブルドアのコンパートメント診療所が始まった。

 

 

 

「大丈夫かい?私の近くでよければ休んでいきなさい。君、わざわざありがとうね」

「いえいえ。監督生ですから」

 

 キラリと胸元のバッチと歯をきらめかせ、颯爽と去る上級生へクソ爆弾を爆撃する衝動を飲み込む。彼は監督生らしく行動したまで。

 

 でも、私は変身術教授で、癒者(ヒーラー)じゃないぞ。

 

 何はともあれ顔が真っ白の女の子を空いた席へ誘導。丸めた私のスーツを枕に、毛布を掛けて暖かく。一切淀みない処理が診療所の歴史を物語る。

 

 辛いね。

 

「気持ち悪い? 頭が痛い?」

「頭いたい」

「おぉう頭痛か。なら、これだな」

 

 ミントのお菓子を拾い上げ、包装を解く。

 

「ミントのお菓子だよ。ミントは頭痛を和らげる効果がある。食べられる?」

「うん」

「噛まずに舐めてね」

 

 ミントのお菓子を枕元に置いて席に戻る。流れる静寂。少女がたまにお菓子をつまむ音。

 今度は本を読もうと懐に手を伸ばし──―ドアのガラスにまたも人が。

 

「はい?」

「ダンブルドア先生」

 

 誰かに肩を貸しているようだったので自分がドアを開ける。肩を貸すハッフルパフの四年生セシル・マクマホン、鼻を抑えてグッタリ寄り掛かるハッフルパフの二年生ノア・セルウィン。

 

 ハッフルパフが何故ここに? 

 

「ごめんなさい。上級生同士の喧嘩にセルウィンが巻き込まれて」

「喧嘩は続いてる?」

「ビーリー先生が仲裁を。あの人達はまだ怒られてるんじゃないかな…っです!」

「そりゃよかった。で、何故私に?」

「ビーリー先生がダンブルドア先生の所で休ませてやれ、て」

 

 ヘルベルト―ッ!!!! 

 

「そう、か!彼の具合を看ておく」

「よろしくお願いします」

 

 まさか教師が刺客を送り込んでくるとは思うまい。盲点だった。やはり自分以外は敵か。

 

 ハッフルパフ生の治療を開始するため廊下側の席に座らせる。鼻は折れていない。

 ティッシュを持たせ止血。鼻から溢れた血を拭い、最後に魔法で冷やしたハンカチを額から鼻辺りに押し当て、冷やす。ハンカチも持たせやっと席に戻った。

 新入生の頭痛を増やさないよう、部屋の空気を新鮮な空気に換えておく。

 

 外はすっかり暮れ、泥む空が広がる。

 

「君、制服に着替えなさい。もうすぐ学校に着くよ」

 

 血色が良くなった新入生をミントの菓子を手土産に帰す。もう一人は着く間近に回復。ココナッツ・キャンディを握らせ、同じく返す。

 

 

 ──―ミッションコンプリート──―

 

 

 

 

 

 

 

 以降、特に問題なく汽車を降り、馬車に乗ってホグワーツ城へ到着。一年生を湖から引き連れて大広間へ突入するのだが…。

 

「へっくしっ」

 

 毎年恒例、湖に一年生落下事件が発生。今年はなんとなんと、3名。引き上げに失敗し、仲良く濡れ鼠の仲間入りだとか。救出者(?)は大イカ。

 魔法で三人の体を乾す最中トムはゴミを見るような目で見ていた。

 

 ようやく大広間に突入し一年生を寮テーブルの先端まで運ぶ。魔法で映し出された夜空と浮かぶ蝋燭の幻想的な光景に目を見開く一年生を、四足のスツールに乗せられた、ボロボロのとんがり帽子の周りに集める。

 

「私はきれいじゃないけれど。人はみかけによらぬもの。私をしのぐ賢い帽子。あるなら私は身を引こう」

 

 帽子の破れ目が口のように動き適正による各寮の組み分けを歌い出す。

 毎年聞いているくせに、ひどく懐かしい感覚に陥った。ずっと昔、彼ら彼女らと同じ一年生だった頃。

 

 

 アリアナがマグルに襲われ、復讐に走った父がアズカバンへ投獄されたあの頃。

 

 

 ハッ、と今に意識を戻す。すでに歌は終わり私を待っていた。帽子を掴み告げる。

 

「名前を呼ばれたものは前へ。椅子へ座り、組み分けを受けなさい」

 

「アバナンシー・ミランダ!」

 

 最前列、汽車診療所で世話した少女が、足と手をガクガク震わせ近づく。

 

「大丈夫。帽子をのせるだけだから」

 

 顔面蒼白の倒れそうな少女に組み分け帽子をのせて一分。帽子がぶるぶると震え、叫ぶ。

 

「グリフィンドール!」

 

 グリフィンドール生が歓声で沸き、一年生を歓迎する。彼女は笑顔でガクガクしながらテーブルへ向かう前、私に微笑んでくれた。

 

 

 

 一人二人三人四人、ABC順に名前を呼んで組み分けて。また呼んで組み分けて。

 いよいよトムの番。

 

「リドル・マールヴォロ・トム!」

 

 マールヴォロの名にスリザリンの一部がざわつくが無視。座ったトムへ帽子を下す。

 

 …。

 

 組み分け帽子が珍しく決めかねている。帽子が触れた瞬間、スリザリン!だと期待したのに。

 

 …。

 

 まさか組み分け困難者?トム、君ってやつは。属性過多が過ぎる。孤児にパーセルマウスにゴーント家疑惑に闇の魔法使い候補とかどうなっているのかな? これ以上どんな属性を付与するというのか。

 

 …。

 

 生徒が動揺し始めたから早く決めて帽子。

 

「スリザリン!」

 

 スリザリンテーブルで歓声が上がる。万来の拍手が溢れる大広間を、トムは大勢の前でも物怖じせず大股で歩き去り、空いた席に着いた。

 

 スリザリンかレイブンクローか迷った組み分け帽子と語り合っていたに違いない。アレは組み分けに迷うと、本人の意思に選択を託す癖がある。

 私の時のように。

 

 

『才能に溢れ、どの寮でも偉大になれる可能性がある』

 

『勇気も知恵も狡猾さも優しさも秘めている。貪欲に知識を求める欲望さえ。フン、さすれば後は君次第』

 

『君はホグワーツで何を成したい?』

 

 

 はて、とんと思い出せん。私はなんて答えたのだろう。

 




・九と四分の三番線
魔法で隠された、九番線と十番線の間にあるプラットフォーム。
ホグワーツ行きの汽車がある。

・マグル
非魔法族、魔法使いじゃない人のこと。

・スミス家
生やしたモブ1。両親がマグル、娘が魔女。

・歯みがき糸楊枝型ミント菓子
ミントのお菓子。

・ココナッツ・キャンディ
ココナッツ・アイスとも言う。
削りココナッツをコンデンスミルクと砂糖で押し固めたカロリー爆弾。甘~い!

・車内販売のマダム
いつから働いているかわからないが、いつもいる車内販売のおばちゃん。
坊ちゃん何かいかが?

・日刊予言者新聞
イギリス魔法使いご愛読の新聞。デマが蔓延ってる。
写真が動くし、なんなら速報も入る。

・クソ爆弾
その名の通り。

・ブラッド・ヘインズ
生やしたモブ2。グリフィンドールの五年生で監督生。
白い歯とバッジを煌めかせることに命を懸けてる。劣化ロックハート。半純血。

・ミランダ・アバナンシー
生やしたモブ3。グリフィンドールの一年生に組み分けされた。
人のいない農村で育ったため人ごみが駄目。ついでに人も苦手。マグル生まれ。

・セシル・マクマホン
生やしたモブ4。ハッフルパフの四年生。
蛙好き。マグル生まれ。

・ノア・セルウィン
生やしたモブ5。ハッフルパフの二年生。
上級生の喧嘩に巻き込まれ、顔面パンチをもらう。純血。

・ヘルベルト・ビーリー
ハッフルパフの寮監にした。本家で寮監だったか不明。薬草学教授。
面倒事はとりあえずダンブルドアに投げとけば何とかなると思ってる。

・毎年恒例、湖に一年生落下事件
一年生はホグワーツ城を眺めながら湖を渡るため、たまに落ちる生徒がいる。
他学年の生徒は馬車で先に入城するので大丈夫。

・グリフィンドール
ホグワーツの寮の一つ。シンボルはライオン。
シンボルカラーは深紅と金。

・ハッフルパフ
ホグワーツの寮の一つ。シンボルはアナグマ。
シンボルカラーは黄と黒。

・レイブンクロー
ホグワーツの寮の一つ。シンボルはワシ。
シンボルカラーは青とブロンズ。

・組み分け帽子
ホグワーツ創設者の性格をインストールしたスーパー帽子。喋って歌える。
新入生の心を覗いて組み分けする。

・組み分け困難者
組み分けにめっちゃ時間掛かる人。あまりいない。

・アリアナ
ダンブルドアの妹。故人。

・アズカバン
魔法使いの監獄。場所は海のど真ん中。
吸魂鬼とかいう死神くんが看守の、思い出パクパクテーマパーク。


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第2章  苦くて甘い新学期

トムって純粋な感謝されたことなさそう(偏見)
トム、召使はいても友達いないから…。

あっナギニいるじゃん!

よかったなトム!


※12/26追記※

誤字報告ありがとうございます。
お礼に鼻血ヌルヌル・ヌガーをプレゼント!


 おはよう太陽!

 

 新学期の朝。清らかな空気を全身で享受し、朝霧に包まれた禁じられた森を一望する。綿菓子を連想させる雲が晴天に散らばる景色。優雅に空を散歩するセストラル。

 そして温かい紅茶。ミルクと砂糖たっぷり。

 

 紅茶といえば。昔、ニコラスと飲み物の解釈で喧嘩になった。

 

 コーヒー派のニコラスと紅茶派の私が、食事中にコーヒーか紅茶かで口論に発展。最終的に住居の一部を吹き飛ばす事態へ。文字通り飛んできたニコラスの妻ペレネレが仲裁後、お互いの飲み物を交換し戦いは終結。カフェ・オ・レは案外美味で、自身の偏狭さを詫びた。

 

 後日、ニコラスの悪戯により、砂糖なしエスプレッソを脳みそへ叩き込まれた私は激怒。

 第二次コーヒー紅茶戦争が勃発しかけるが、ミルクと大量の砂糖を投入し事なきを得る。

 

 昔の楽しい思い出を頭の片隅に、牧歌的な光景へうっかり飛び出しかけた欠伸を噛み殺す。気取った仕草で紅茶を飲み干したダンブルドアは、開け放った窓を閉め仕事場へ向かった。

 

 ホグワーツ城中庭近くの1B教室。変身術を学ぶ場は、授業時間前のため人気が無い。授業の準備は前日に終えているわけで。いうなれば、暇なのだ。

 

 机に腰かけて唸る。一年生を初めての変身術の授業で驚かす、これが毎年の楽しみな私は出し物に悩んでいた。

 昨年は羽ペンをカモメに、一昨年は窓硝子を蝶に、一昨昨年は椅子をリクガメに、いつか忘れたがランプを不死鳥に変えて飛び回らせたし…。

 

 一限目最初はスリザリンの一年生。無難に蛇で攻めるべきか、奇を衒うか。

 

 うーん。

 あっそうそう、スリザリンにトムがいた。

 

 

 蛇にしよう。

 

 

 

 

 

 始業時間になり、ぞろぞろとスリザリン生が着席し出す。トムは最前列真ん中の席に怯むことなく直進、私と目線を切らずに席へ。怖いよ君。

 

「おはよう一年生。よく眠れたかな?点呼を始める」

 

 点呼中、遅刻した生徒がいたのでやんわり注意しつつ終え、待ちに待った授業へ。

 

「君たちが本日学ぶ変身術は、美しく、されど非常に危険な魔法」

「間違った手順一つが大事故に繋がる。まずは変身術の理論を学び、次に正確な呪文の発音と杖の振り方を習得する」

「さあ、教科書を開いて。面倒な理論を早く終わらせてしまおう」

 

 脇に置いた黒板へ初級変身術の理論を簡単にスラスラと書く。サボったり遊ぶ生徒はおらず、皆真剣に羊皮紙へ写していた。

 

 素直で勤勉、感心感心。

 

 呪文と杖の振り方を杖無しで行わせた後、ついに実践へ。教卓からマッチ箱を手に取って掲げ。

 

「諸君、注目!変幻自在の芸術の一端に触れたまえ」

 

 少々大仰な語り口で関心を引き、掲げたマッチ箱に杖を向けた。

 小刻みに震えるマッチ箱から蛇の大群が噴水さながらに噴出、美しい弧を描いた蛇達は着地と同時に動き出し、生徒へ這いよる。

 

 生徒が悲鳴をあげ逃げ回る、阿鼻叫喚の地獄絵図と化す教室で、唯一正気を保つは私とトムのみ。トムは蛇大好きだからね。これくらい屁でもないね。

 地面の蛇から逃れようと椅子に立つ生徒に我関せず、指揮棒のごとく杖を振る。

 

 這いずり回る蛇達は途端、当率のとれた動きで机に這い上りとぐろを巻いて停止。動かない蛇にトムは試しに話しかけていたが、蛇語を喋れない私が作り出す蛇は返事を返せなかった。

 最後の締めに指揮を切ると、蛇はただのマッチ棒へ。許容量を超えた出来事に対応できず皆固まっているのを、手を叩いて注意を私に戻す。

 

「見ての通り、魔法は驚異に満ちている。されど諸君は変身術の深淵を覗いたばかり。無機物を生物に変えるには早い」

「さて、初級変身術10ページ『無機物から無機物へ変化させる』を手本に、マッチを金属の針へ変えてみよう」

 

 静まり返る教室に喉を鳴らす音が響く。私は、びくびくと着席した生徒が授業課題へ挑む風景を眺めていた。

 

 トムを除きドッキリは大成功。顔に微塵も出してないが、心中うはうは。たまらん。

 笑いがこみあげてくる。ワハハ! 

 

 教室を大きく一周し生徒の進捗と危険がないか目を光らす。何気なく最前列のトムを通り過ぎ、急いで後退。

 

 は? 

 

 もう針にかえちゃったの?? 

 

 いかん、つい精神後退を。

 

 教師生涯驚きの生徒タイムアタックぶっちぎり一位で、マッチを針に変えた男の子を驚いて見下ろす。もちろんおわすは、クソ生意気な面を向けたトム。顔が語る「どうだ、やってやったぞ。案外簡単だ」と。

 

 ほーん。

 

 やるじゃない。

 

「リドル、針に変えたか。早いな」

 

 純粋に感心する。背筋に冷たいものが走る感覚は久々だ。

 これは…すごいことになるぞ。奴の才能は変身術だけではないとビンビン感じる。

 

「目にも止まらぬ早業お見事!スリザリンに10点!」

 

 パチパチ。同級生の努力を、遥か彼方へ置き去りに走り出す毒蛇の王へ拍手を送る。隣の少女はポカンと口を開けたまま石化し動かない。早速トムの魔眼で石にされた。可哀想に。

 誇らし気にキラリと光る針をトムの手から掬い取り、眼前に近づけた。

 

 見れば見るほど鋭い針先に惚れ惚れしちゃうよ。

 

 針先に指を当てると…痛い。変化は完了済み。中途半端だと針先が丸い赤ちゃん針へ変貌する。一般的な魔法使いはマッチ、鉄のマッチ、赤ちゃん針、針の順に頑張って変化させるが、トムはそんなもの知らん!僕は針が欲しい!と、努力という名の過程を全部ぶっ飛ばして針にしたのだ。

 

 それも短時間で。

 

「素晴らしい。服も楽々縫えるね」

 

 静かに針をトムに返す。残念ながら課題を突破され、授業時間はたっぷりある。しょうがない。

 

「次はゴブレットに変えてみなさい」

 

 課題を終えたら次の課題があるのは当たり前だね? 

 

 机に乗せられる石ころ。トムの余裕を湛えた軽薄な笑みは雪みたいに解けて消えた。君を称えるだけが仕事じゃないので。そういうのはホラスにしてもらいなさい。彼は得意だから。

 爽やかな笑みを頭上から振りまき、他の手間取る生徒へ足を進める。

 

 顔を逸らす前に捉えたトムの目は本当に人を殺めかねない迫力があった。きっと彼が本当のバジリスクだったら、私は今頃コロッと死んで、なおかつ塵と化してるやもしれん。おーこわ。近寄らんでおこう。

 

 結局、授業終わりまでにマッチを針に変化させた生徒は、トム以外ゼロ。ぐにゃぐにゃマッチや、摩訶不思議な伸びるマッチが観測できる面白い授業ではあった。どこまでも伸びていくマッチは、流石に耐えきれず大笑いした。

 

 件のぐにゃぐにゃマッチを手慰みに、生徒のいない空間でひと時の孤独。

 柔らかマッチを教卓へ落し、レイブンクローの四年生が二時限目で使う籠を研究室から取り出す。籠には数十匹のハツカネズミ。一匹を手に乗せ頭を掻いてやると、気持ちよさそうに目を細めた。黒毛に赤い目がチャーミング。名前はトム二号。

 トム一号は先程、鼻息荒く次の授業へ出陣なさった。

 

 トム一号も頭を掻いたら懐くかな?きっと指を食い千切るね。

 むしゃむしゃ食うか吐き捨てるに一票。

 

 

 

 

 

 もうすぐハロウィンが来る楽しみを胸に働く今日この頃。風の便りによると、トムは”聡明で優秀な学生”の称号を手に入れたらしい。昨夜、噂の出所(ホラス)が嬉々として他教授に褒め称えている場面に遭遇。トムの類まれな才をこれでもかと耳に擦り付けて下さった。

 ホラス。君は見込みある生徒をコレクションに加えたがるが、やめとけ。彼は優秀な子猫ちゃんではなく驕慢な毒蛇の王だ。魔眼で殺されるぞ。

 

 噂の“聡明で優秀な学生”トムは、石をゴブレットへ変化中。未だぐにゃぐにゃマッチを量産し続ける生産者を手助けついでに、トムの進行状態を見物する。

 これなら次回辺りで成し遂げるだろうな。

 

 二つに分裂したマッチを横目に授業終了の鐘の音が響く。足早にマッチを教卓に戻し、昼食を求め我先に出入り口に群がる生徒達。私も渇いた喉を潤そうと自分の研究室へ向かい、足を止めた。

 

 トムが教室に残って石と戦っている。

 

「リドル、授業は終わりだよ。お昼に行きなさい」

「いいえ先生。もう少しで…」

 

 梃子でも動かぬ様子のトムを目標完遂まで見守ることに決め、空いた椅子を引き腰掛ける。トムは近くへ座った私を不快に一見、ゆっくり確実に石の形を整え、ついに変化させた。

 無骨な石のゴブレット。所々荒い箇所が目につくが、れっきとしたゴブレットが目の前に。

 やりきったトムは深く息をつき、肩から力を抜く。

 

「おめでとう!いいゴブレットじゃないか」

「先生の指導のおかげです」

 

 ふわり、柔らかく微笑んで心にもない言葉を吐く少年。この顔にホラスが骨抜きにされたとは。どう見たって牙隠す蛇の顔だぞ。

 

「トム。トーム。私に仮面を被っても意味ないよ。正体を見せたまえ」

 

 余程トムという名が嫌いなのか、はたまた私に彼の演技が効かない故か、張りぼての仮面が崩れ落ちる。隠しもしない敵意と一匙の怖れ。全身で拒絶を示すトムが現れた。

 

 いつも通り好感度はマイナス。知ってる知ってる。君、初対面でさえそうだったもの。

 

「そっちの方が良い。素直だ。少なくとも、さっきの君よりね」

「何が望みだ。僕に何を求めてる」

「いんや。なーんも。素直な君の方が好きなだけさ」

 

 悪戯心が沸いて、研究室でいただく予定だった「アレ」を机に現す。金属製のポットと二つのカップ、シュガーポット、ミルクピッチャー。ポットから黒々と輝く液体をカップへ注ぐ。

 カップの一つをトムへ、もう一つを鼻下に近づけ芳醇な香りを胸いっぱい吸い込む。

 トムは黒い液体に恐れをなしてカップへ触れない。

 

「君の達成を祝して、乾杯!」

 

 掲げ終えたカップを口元へ運び一口。

 

 ぐ!苦い! 

 

 あくまで涼やかに、目元を和らげ再度香りを楽しんで時間稼ぎ。

 トムは?飲んでいない。

 

「冷めてしまうよ。温かなうちが美味しいんだ」

 

 トムへ催促を促す。逡巡した後、意を決して口元へ運ぶトム。私は脳内で勝鬨を上げ、今か今かと息を潜め、待つ。

 

「あっづ。にがっ」

 

 蚊の鳴くような声で早口に口走った言葉を私は聞き逃さなかった。

 引っかかったな!見ろ!トムのあの顔! 

 

「アッハッハッハ!」

 

 腹筋崩壊したダンブルドアは教室に響き渡る声で笑い散らかした。即座にキッと睨みつけたトムはカップを乱暴に叩きつけ、ダンブルドアを糾弾する。

 

「おまえ! 僕に、毒を…!」

「どくぅ?ククク!毒じゃ、ない、ヒーッ!」

 

 涙を浮かべて散々笑い転げ、気が済むと語りだす。

 

「これはね、コーヒーだよトム。コーヒー」

「は?」

「待て待て。立ち去るには早い。ほら、こうやって」

 

 腰を浮かしかけたトムを宥め、零れたコーヒーを消し、注ぎ直す。その際、ミルクを同量加えシュガーポットから砂糖を数匙。渦巻く白とブラウン。ソーサーのスプーンで混ぜて。

 

「タダ―!これぞフランス人が愛するカフェ・オ・レ。甘く、優しい味わい」

 

 トムの味蕾へ大ダメージを与えた姿は失せ、優しい色合いが残る。しかし、やはりと言うべきかトムは動かない。相当悪戯が効いている。眼がギンギンである。

 

「いやぁ、すまん。つい若者を揶揄いたくなって。いい匂いだろ?友人お気に入りの最高級コーヒー豆を使っていてな。この一杯でガリオン金貨何枚分やら」

「…」

「君が嫌なら仕方ない。美味しいこいつは私がいただくよ」

 

 苛立つ笑顔で告げ、ゆっくりカップに手を伸ばし。素早くカップを奪い去るトム。

 

「僕のものだ」

「うん。君のものさ」

 

 一杯数ガリオンの価値がトムの琴線に触れたらしく、意地でも飲み切る腹積もりだ。恐る恐るカップを口に傾けゴクリ。もう一度ゴクリ。

 顰め面が無表情に置き換わり感情が読みにくい。嫌ってないとは思う。

 

 追加のミルクと砂糖をドバーッと滝の如く自分のコーヒーへ投入するダンブルドア。コーヒーよりミルクと砂糖の比重が大きい何かを嫌悪感満載で見下ろすトム。ある意味平和な風景がそこにあった。

 

 

「ありがとう」

 

 知らず知らずのうち、そんな言葉が零れて。

 

「面白味もないおっさんの悪乗りに付き合ってくれて、ありがとう」

 

 トムは視線をカップに固定したまま固まり、目を彷徨わせ狼狽えていた。突然体を跳ね上げ椅子を派手に倒し走り去っていく。

 後に残るは倒れたカップが乗るソーサー、一人残された私。

 

 

 難しいね。人の心は。

 

 

 冷えた教室で、寂しく冷めた液体を喉に流し込んだ。

 




・禁じられた森
ホグワーツ敷地内の広大な森。ケンタウロスやユニコーンなど多様な魔法生物が暮らしている。

・セストラル
骨と皮のコウモリ天馬。死を見た人間にしか姿が見えない。

・ペレネレ
ニコラス・フラメルの妻。夫と同じく600歳を超える高齢。
夫と違い、機敏に動くスーパーウーマン。

・1B教室
変身術の教室。教師用の研究室(寝室付き)が併設されている。

・不死鳥
深紅の体に金の長い尾の鳥。鋭いかぎ爪がある
涙に癒しの力、歌は魔力を持ち、体が衰えると自ら発火し灰の中からヒナとして生まれ直す不死身。
ダンブルドア家の者が窮地に陥ると姿を現す、とかなんとか。

・変身術
対象を変化させる魔法。物から生き物へ変えたり、その逆の変化も可能。
ミスると大事故が起きる。

・ホラス・スラグホーン
魔法薬学教授でスリザリンの寮監。純血。
自身のクラブ「スラグ・クラブ」に招待し、優秀な生徒をコレクションするのが趣味。
ただしパッとしないやつはお呼びでない。

・バジリスク
毒蛇の王。猛毒の牙、即死ビームを放つ目、間接的にでも目を見たら石化。大抵の相手は死ぬ。涙がで、出ますよ。しかもデカい。
サラザール・スリザリンが置いてった蛇もバジリスク。

・トム二号
授業で使うハツカネズミ。黒毛に赤い目。
かわいいね。


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第3章  ハロウィーン前哨戦

純血しかいねぇ!
なんだここ!!

ヴォルデモート(にっこり)


 空中に漂うパンプキンパイの香り。大広間を飾るジャック・オー・ランタン。かぼちゃかぼちゃ蝙蝠かぼちゃの本日はケルトの収穫祭。

 ハロウィーンである。

 

 子供達が大好きな秋の祭り。しかし、楽しみに待つのは子供だけでない。

 教師陣は冷えた態度でその日の職務に励もうと意気込んでは、飾り付けられた大広間や各教室を見回しそわそわニコニコ。アーマンド・ディペット校長も豪勢な夕飯に顔をほころばせ。仮装を纏った生徒達が、ハロウィーン本番に興奮を抑えきれず振動していた。

 

 さて、時は夕刻。興奮に染まるホグワーツの廊下をうろつく不審者がここに。手乗りサイズのジャック・オー・ランタンを配置する者の名は。

 

 そう。ダンブルドアだ。

 

 

 

 

 

「このっ、往生際が…悪いね!」

 

 手のかぼちゃを甲冑の隙間にねじり込みながら悪態をつく。魔法で隙間を開けてもいいが、実際に手を動かしたかった。

 なんせ今日はハロウィーン。楽しまなきゃ損。

 

 この男、御年57歳になってなお少年の心忘れず。さらに無類のお祭り男でもあった故、祭りに参加したいor祭りを開きたいマンだった。

 子供より子供らしく、すっごい強い魔法使いのおっさんが年甲斐もなく子供に交じってバカ騒ぎする光景は他教師陣の頭痛の種である。なおハッフルパフ寮監も混ざるので、混沌は拡大し続ける。

 

 ついに甲冑が押し負け、こぶし大のかぼちゃを挟むことに成功。その身に異物をねじり込まれた甲冑はひどく不幸そうではあったが、これもハロウィーンのため。肩を叩き彼(?)を労わって先へ進む。

 階段の暗がり、柱の隙間、手すりに無数のかぼちゃを置き、併せて宝探し用の紙も要所要所に貼り付けた。祭りといえばゲーム。ゲームは皆大好き。ダンブルドアも大好き。

 

 ということで、ホグワーツの全生徒を巻き込んだ一夜限りの宝探しゲームを開催。

 解く謎は全8個。全ての謎の頭文字を並べ替えると玄関ホール(ENTRANCE HALL)に。玄関に積まれたかぼちゃの中からシンボルが描かれたジャック・オー・ランタンを見つけ、トリック・オア・トリートと唱えればゲームクリア。お宝が手に入る。

 

 始めの謎を目につく場所に貼るべく寮のポイント集計用砂時計の近くへ。興味津々な生徒が遠巻きに眺めるのを背に歩き回り、丁度良く空間が空いた石壁へ謎が記された古紙を張り付けた。

 準備完了。

 

 周囲でざわめく生徒を置き、大広間へ足を向け──―

 

 ──―ると誰かが足を踏み入れて進行を阻んだ。

 

「こんばんは先生」

 

 お前はブラッド・ヘインズ!出たな! 

 

「こんばんはヘインズ。パンプキンパイはもう食べたかな?」

「まだです。今年のパイは切るとコウモリが飛び出すとか。楽しみです」

「それは面白い!早く食べよう」

「先生」

 

「トリック・オア・トリート!」

 

 輝く笑顔と茶髪をきらめかせ、寮監だろうと容赦せずお菓子略奪の先陣を切るヘインズ。

 グリフィンドールは伊達じゃない。

 

「大変だ~このままでは悪戯がくる~。はい、お菓子をお受け取り下さい騎士様」

「ありがとうございます先生!」

 

 嬉しそうに手に置かれたクッキーを懐にしまい込むグリフィンドール監督生と、集まりつつあるグリフィンドールの略奪隊。背後で機会を伺うレイブンクロー。戸惑うハッフルパフ。興味がないふりを装い、定期的にこちらを盗み見るスリザリン。

 見事に囲まれてしまった。やってくれたなヘインズ! 

 

「これが楽しみで。8時間しか眠れませんでした」

 

 眠れなかったなんちゃらかと思いきやガッツリ寝ている。 なんだお前。こちとらハロウィーンの準備をしてたんだぞ。手伝ってくれた屋敷しもべ妖精達ありがとう。

 

「あれは?」

 

 お菓子を手に入れてご満悦なヘインズが、なにやら書かれた古紙に顔を向けながら尋ねる。

 

「宝の鍵」

「宝ァ!?」

 

 素っ頓狂な叫び声を上げるはセプティマス・ウィーズリー。赤毛を振り回し、略奪隊と共に宝探しゾーンへ向かって行く。

 よし。人が減った。

 

「鍵?そうは見えませんが…。もしかして、謎を解くとかその手の?」

「正解。隠されたジャック・オー・ランタンの秘宝を手に入れろ!てね。謎解きあり、冒険あり。こういうの皆好きだろ?」

 

 話を聞いて興味が引かれたレイブンクローが私から遠ざかる。この調子で人を間引いてやる。

 

「宝とはどういった物で」

「言ったらつまらないだろう? ちなみに、早い者勝ちだ」

 

 悩んでいたハッフルパフが離れていく。勝ったな。

 

「君も見てくるといい。私は行くよ」

「はい。ではまた、先生」

「またなヘインズ」

 

 笑顔でグリフィンドールの監督生を見送り、勝利の余韻に浸る。簡単にお菓子を奪えると思うなど笑止千万。いつだって私は上を行くのさ。ヘインズは除く。

 今日はハロウィーン。子供でも容赦せん。

 

 自信に満ちた足取りで目的地へ歩み──―

 

 ──―それを阻む影。

 

 いつの間にか周りを囲まれている! 

 

 尊大な態度で見下ろすアブラクサス・マルフォイと無数のスリザリン。宝に他寮の学生が惑わされる中、スリザリンは粛々と包囲網を形成していたようだ。

 

「トリック・オア・トリート」

 

 子犬のような目でこちらを見つめる一年生を前面に立て、殴りたくなるほどスカした顔でニヤつくマルフォイ。目先の欲に囚われず欲しいものを必ず手に入れるスリザリンらしい団結力。

 スリザリンに狡猾ポイント10点! 

 

 というかお菓子欲しかったのね。もっと正直になった方がいいよ。

 

「あぁっ!どうかこの貢物でお許しください閣下!」

 

 

 

 

 

 スリザリンのハイエナ共に毟られた気力を豪華な夕食で回復し城の散策へ。

 せっかくのハロウィーン。仮装できなかった学生も楽しんでもらえるよう、グリフィンドールなら騎士、スリザリンなら王侯貴族、レイブンクローなら賢者、ハッフルパフなら学者と呼んでお菓子をばら撒く。あらゆる寮生からトリック・オア・トリートの略奪を受けたが残弾は未だ尽きず。

 

 驚くことにトムもお菓子を奪いに来た。コーヒー事件以来、授業と食事の席は最後尾、すれ違う事さえ回避、私を疫病のように避けてきたあのトムが。

 いかな心変わりが起こったかと思えば、私の”呼び方”が気になった様子。気付くと背後にいるレベルでトムの遭遇率が爆上がりしたから間違いない。

 

 トムのお気に入りの呼び方は我が君。流石、将来の魔法界の脅威(未定)気分は闇の帝王。

 お菓子を手にするより我が君と呼ばれたい11歳。

 

 地獄かな? 

 

「赤毛のウィーズリー。血を裏切る者と同じ空気を吸うとは…いやだいやだ」

「うー!やっぱりいたなマルフォイ。ずっと向こうまで差別主義者の悪臭が漂ってきて、臭いのなんの」

 

 地獄だわ。

 

 運悪く玄関で鉢合わせたウィーズリーとマルフォイ。仲が悪いという表現が生ぬるく感じるほど憎みあう両者の間で、幻想の火花が散る。

 祭りに付き物のトラブル回避のため、宝探し用の宝を隠した玄関付近で張って正解だった。

 

 玄関口で騒ぐのは二人だけじゃない。グリフィンドール側にユリウス・ロングボトムとハッフルパフのアレクサンドラ・フォーリー、スリザリン側にヴァルブルガ・ブラックとメレディス・レストレンジ、獅子&穴熊対蛇の両陣営がいがみ合う。

 

 聖28一族が集結。魔法界で一番強い純血を決める戦いでも始める気か。

 

「お前に構っている暇はない。宝は僕達のものだ、退け」

「どう見ても俺達の方が宝に近いだろ。退くのはお前らだ」

「は?」

「は?」

 

 どうやら今夜いがみ合う原因は宝探しにあるようで。

 道中に散らばる宝の鍵を集め、宝の在りかを導き出した彼らは因縁の再会を果たす。

 残念ながら先を譲る気のない両者は戦争寸前。どうするダンブルドア! 

 

「よぉアルバス。ここにいたのな」

 

 そんな時、私の隣へかぼちゃジュース入りゴブレットを持つ、ハッフルパフ寮監ヘルベルト・ビーリー教授がのんびり出現した。

 

「ヘルベルト!親睦会を抜けだしたか?」

「まあ。あんたが最近飲みに誘ってくれないってホラスがくだまいて迷惑でね」

「ホラスは、ほら。酒が絡むとちょっと…」

「わーってるよ。同じ話を五度もされたんだぞ。アシュリーが、アシュリーが、べらべらべらべら」

 

 かぼちゃジュースを呷り、魔法薬学教授の愚痴を始める酔いどれ薬草学教授。

 教師だけの親睦会(またの名を酔っ払いの会)で振舞われた飲み物にはもれなく“元気の素”が混入している。不幸にも翌日グロッキーになった教師はウィゲンウェルド薬をキメて二日酔いを凌ぐ。

 

「そうだ、ドラゴン脳みそトライフルは? この後でも間に合いそう?」

「わからんが急いだほうがいい。バケツが如く浚うアーマンドを出ていく前に見た」

「うわ。ダメかもしれん」

 

 絶望に顔を覆う。デザートは虫の息…いや…もう…ないな。後で屋敷しもべ妖精にドラゴン脳みそトライフルが作れるか聞こう。

 

 ゴブレットを揺らしぼんやり虚空を見つめていたヘルベルトが急に肩を掴む。座った眼で「それはそうと」と、ある一点を指さした。

 

「あれ、拙いのでは?」

 

 

 

 そこには杖を突き付けるウィーズリーとマルフォイの姿が! 

 

 

 

「待て!」

 

 すでに詠唱途中の両者に慌てて割って入る教授二名。ウィーズリーを私、マルフォイをヘルベルトが引き離した。

 

「喧嘩はやめろ」

「…ただのじゃれあいですよ。ビーリー教授」

「お黙り。ヘックスぶっ放しかけただろ。かぼちゃジュース濡れになりたくないなら、大人しくしな」

 

 暴れるウィーズリーを抑え込む。あっちは楽そうで羨ましいなぁ。

 

「やめろ!落ち着けウィーズリー!」

「離してダンブルドア先生!あいつ、目にもの見せてやる!!」

「やめろと言うに!」

 

 これ以上騒ぎを起こせば罰則がつくと伝え、暴れ獅子を鎮めた。ひとまずじゃんけんで先行を決定しようと提案。

 勝利者はマルフォイ。

 

「ハッハー!僕の勝ちだウィーズリー!」

「くそ!」

 

 悔しがるウィーズリー他グリフィンドールを捨て置き、マルフォイグループがシンボルの描かれたジャック・オー・ランタン前でトリック・オア・トリートを唱えた。すると、伽藍洞のかぼちゃ内部を照らす温かな光が冷たい青の炎へ変わり、不気味な笑い声が響き渡る。

 ビビり散らすスリザリンへ炎が噴出。叫ぶスリザリン生。驚くグリフィンドール生。

 

「安心しろ!炎はただの幻影。燃えも火傷もしない」と伝えておく。

 

 炎が収まった空間に浮かぶ紙切れとお菓子の詰め合わせ。紙切れをマルフォイが読み上げる。

 

『おめでとう6番目の冒険者諸君。残念ながら宝は持ち去られた後…。だが、お前達の健闘を称え代わりの品を用意した。受け取ってほしい。ハッピー・ハロウィーン!』

 

 仕掛けに施したログを確認するべく、呆気にとられたスリザリン生を追い抜く。かぼちゃ内部に忍ばせておいた魔力監視記録装置を起動。空中に透けたスコア表が出現した。

 

 これはホグワーツ生の顔と魔力を基に個人を特定、所属寮と名前だけを順位毎に記録する監視記録装置。三大魔法学校対抗試合の『炎のゴブレット』に着想を得て構築した、大規模監視魔法の“簡易版”である。監視魔法自体は珍しくなく、魔法界の重要施設に必ずと言っていいほど組み込まれているごく一般的な魔法だ。

 私が構築した魔法システムは、杖や容姿だけでなく魔力も測定、登録された容姿と魔力を照合し精度を高めている。また、幅広いカスタムが可能。

 ただのハロウィーンに精密高度な監視魔法を組み込むのは流石にやりすぎなので、精度を下げたものがコレ。

 

 スコア表を埋めるレイブンクローの青。予想通りの展開で安心した。一番下の段にスリザリンの緑とマルフォイとその仲間達の名が載る。

 システムに不備はなさそうで良かった。宝は一位から三位まで。三位から下は残念賞だ。

 

 三位レイブンクロー。二位レイブンクロー。それで、一位は? 

 

 

 一位スリザリン トム・リドル

 

 

 トム!いつの間に!?私を付け回して忙しかったはずでは!? 

 

「残念だったな、マルフォイ」

 

 驚愕に慄きフリーズする私を他所に煽るウィーズリー。やめろと言ってるだろ! 

 青筋立てたマルフォイと笑うウィーズリーが、本気で血で血を洗う争いをやらかす前に自分を再起動。スリザリンを横に除け、素早く次のグリフィンドールを炎で炙り、残念賞を押し付けて各々の寮へ幽閉。

 

 当分の間危機は去った。

 

 当分の間は。

 

 

 

 

 

「どうして」

 

 あれから数週間後。

 ダンブルドアは色とりどりの呪い飛び交う決戦場にいた。

 




・アーマンド・ディペット
現ホグワーツ校長。ダンブルドアとデザートを奪い合うのが趣味。

・セプティマス・ウィーズリー
グリフィンドール四年生。年上の幼馴染に片思い中。純血。
アブラクサス・マルフォイとくっそ仲が悪い。
ロンの祖父。

・ユリウス・ロングボトム
グリフィンドール二年生。魔法薬学が苦手。純血。
オーガスタと結婚したロングボトム氏。ネビルの祖父という設定。

・アレクサンドラ・フォーリー
ハッフルパフ三年生。父親が魔法大臣のお嬢様。姉が二人いる。純血。
生やしたモブ。

・アブラクサス・マルフォイ
スリザリン四年生。家族仲がいい。純血。
セプティマス・ウィーズリーとくっそ仲が悪い。
ドラコの祖父。

・ヴァルブルガ・ブラック
スリザリン三年生。純血大好き、マグル生まれ大嫌い。純血。
婚約者にいとこのオリオン・ブラックがいる。

・メレディス・レストレンジ
スリザリン二年生。昆虫解体が趣味。純血。
全然情報が無いレストレンジの人。すでにトムと仲がいい。

・ドラゴン脳みそトライフル
鼻から白い霧が吹き出すドラゴンの頭の器に、固めのカスタードを飾るピンクのホイップクリーム、フルーツ、スポンジケーキ、赤いジュースやらなんやらがドサッと入ったハロウィーン限定デザート。
作者のこんなのあったらいいよね、で生まれた産物。

・ウィゲンウェルド薬
ホグワーツ・レガシーなどのゲームで登場する謎の回復薬。この作品では栄養ドリンク扱い。
これ一本で二日酔いもスッキリ!

・魔法薬学
魔法薬を調合する科目。この授業では杖を振ったり馬鹿げた呪文を唱えたりはしない(威圧)
配合を間違えて事故を起こす生徒が多い。
現魔法薬の先生(魔法薬学教授)はホラス・スラグホーン。

・薬草学
薬草の栽培と、取り扱う術を学ぶ科目。そこにマンドレイクがあるじゃろ?これを引き抜いてだね…。
現薬草学教授はヘルベルト・ビーリー。

・三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)
ホグワーツ魔法魔術学校VSダームストラング専門学校VSボーバトン魔法アカデミーの生徒が命を懸けて(誇張じゃない)競う、エクストリーム運動会である。
学校の競技にドラゴン出るってマジ???


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第4章  スマッシュウィザードブラザーズ

研究大好きダンブルドア。論文出したり、錬金術師のニコラス・フラメルと共同研究する位なのだから、錬金術への造詣が深いに違いない。

錬金術出そう

錬金術って何だよ…(哲学)




 眼前を飛び交う青、黄、赤の花火。クィディッチ・ワールドカップの夜空さながらの、目にも鮮やかな色とりどりのシャワーが吹き荒れる。

 

「どうして…こんなことに」

 

 悲しいかな。望まずとも戦いが向こうからやってくるダンブルドアには見慣れた光景だった。まさか愛する学園の敷地内が戦場になると夢にも思わなかったが。

 

 妙に美しい光弾群を遠い目で見つめ、変身術教授は現実逃避気味に顎髭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

『数時間前』

 

 

 

 

 

 

 黄昏に燃える禁じられた森。木漏れ日から降り注ぐ光が樹木を黄金へ染め上げる。朝方降った雨で未だ泥濘む足元を気にせず、ダンブルドアは森の奥へ進む。

 

 危険なものほど美しい、と言ったのは誰だったか。日中でさえ薄暗い禁じられた森に夕方踏み入る教師は少ない。生徒は言わずもがな、立ち入り禁止。そんな場所へ元素狩りにやってきていた。

 

 多くの魔法生物が暮らす禁じられた森は魔力で満ち満ちている。木、土、水、石、空気すら微弱な魔力を帯び、錬金術で使う素材採取にピッタリだ。元素狩り上級者の経験上、深部に行けば行くほど高純度の素材と巡り合う。ただし、恩恵を得るには行く手を阻む危険生物や魔法の霧を突破しなければならない。

 この霧が厄介で、対策無しに来ると魔法で欺かれた視界に迷い、同じ場所をグルグル回る羽目に陥る。学生時代、霧にやられてケンタウルスの群れと鉢合わせた時は流石に死んだと思った。共にいた学友のエルファイアスが腰を抜かし、少女のような悲鳴をあげたのが懐かしい。

 

 ケンタウルスの居住地を避け、霧を超え、宴会中の吸血鬼の集団に遭遇するも、ただの酔っ払いの集団なので放置。とっぷり日が暮れた闇の中、杖先に光を灯し古い地層が隆起した場所を探索する。崖下で見つけたそれらしい石を何個か集めて中身を確認。

 

 手ごろな黒い石を割る。ない。

 大きめのまだらの石。ない。

 手のひら大の薄黄色の石。あった! 

 

 割れた石を手に取り月明かりにかざすと、晶洞(ジオード)の細かな結晶が煌めき、私の魔力に反応して幽かに光る。

 本日のお目当ての一つ、土の元素結晶。

 

 元素結晶は長い年月をかけて四元素が魔力により物質化、石内部で結晶として形成されたもの。魔力が潤沢に満ちた地域で生成されやすく、禁じられた森は土、水の元素結晶が採れる。

 元素狩りの結果、崖下で土の元素結晶を三つ、川で水の元素結晶を二つ発見。合計五つ手に入った。あまりにしょっぱい結果だがやむを得ない。

 

 風に揺れる葉の音。遠くでユニコーンが走り去り、狼の遠吠えが鳴り響く。

 気付けば月が真上で輝いている。思ったより森に長居をし過ぎた。城へ帰らないと。

 

 道すがら魔法薬の素材を拾いつつ急ぎ足で城へ。息が白く染まり、肌寒い寒風に身を切られながら森を抜ける。

 

 月光に浮かび上がるホグワーツ城を暫くの間眺望し自身の研究室へ戻る途中、天文台の塔が光った。塔が光るという不可思議な現象を調査すべく近づく。

 誰かが花火を打ち上げているらしい。消灯時間はすでに過ぎているため、注意しようとさらに接近して気付いた。

 両端で飛び交う呪文。

 

 戦い。

 

 気付いてすぐ杖を引き出しひた走る。感情を削ぎ落した表情とは裏腹に、不安に苛まれた脳内で疑問が溢れ出す。

 生徒同士のいざこざ? こんな場所で? もっとコソコソやるだろう。まさか……同盟? ついにゲラートがアコライトをけしかけた? 未確認の闇の魔法使いの侵略? ならどうやって敷地内に侵入できた? 生徒は無事か? 

 

 あれこれ考えているうちに現場へ到着。攻撃の準備を整え、天文台の塔真下で繰り広げられる戦場に飛び込む。

 そこでは。

 

 

 

 魔法界最強純血種~聖28一族~決定戦が開かれていた。

 

 

 

「えぇ……」

 

 

 

 

 

『現在』

 

 

 

 

 

 立ちつくす変身術教授に欠片も気付かず戦いに熱中する両者。陣営はグリフィンドール&ハッフルパフ対スリザリン。参加者はもちろん、ウィーズリー、ロングボトム、フォーリー、マルフォイ、ブラック、レストレンジ。件の面子がキーキーギャー叫び、滅多矢鱈に乱射された呪文が飛び散る。

 反射され向かってきた呪文を打ち消しダンブルドアは思う。

 

 またか、と。

 

 ウィーズリーとマルフォイは互いに怨恨という名の爆弾を抱えており、度々爆発を起こしていた。ここまで大規模な乱闘は今までなかったが、小規模の戦いは幾度も発生。その度に罰則を科し、寮点を減点しているがこの通り。何度か学校の規則を破ったことで両親に手紙を送ったが特に効果は無かった。

 いずれにせよハロウィーンで起きた喧嘩が大爆発の引き金になったのは確実。責任の一端は私に有る。

 

 胃がキリキリ痛み、腹を摩った。ストレスで胃に穴が開きそう。最近、白髪が増えたのを毎朝実感する。ストレス過多なのでは?私は訝しんだ。

 

「グワーッ!」

 

 ロングボトムがレストレンジに吹き飛ばされ脱落。フォーリーがレストレンジの足を掬い、ブラックと一騎打ちへ。その傍で撃ち合うウィーズリーとマルフォイが相打ちに。四人が地に伏してやっと再起動するダンブルドア。

 

「何してる! 杖を下げろ馬鹿者!」

 

 戦場に割り込み素早く距離を詰め、フォーリーの杖を手で無理やり下げる。慌てふためくフォーリー。杖を吹き飛ばされたブラック。周りに散らばるウィーズリー、マルフォイ、ロングボトム、レストレンジ。そして純血の内ゲバに巻き込まれた半純血。これはひどい。

 なお魔法界で一番強い純血は聖28一族のフォーリー家、アレクサンドラ・フォーリーに決定。

 拍手!

 

「ダンブルドア先生! あの、これは」

「フォーリー。後で言い訳を聞く。ロングボトムに肩を貸してあげなさい。ブラックはレストレンジを」

 

 フォーリーをキッと睨みつけたブラックは杖を拾い、レストレンジへ。フォーリーはロングボトムに。私は二つの爆弾へ。

 

「ウィーズリー? マルフォイ?」

「この……くそっ」

「ざまあないウィーズヒック! ヒック!」

「元気そうでなにより」

 

 受けた呪文の効果で皮膚が虹色に輝くウィーズリーが地面でもがき、ピンクのシャボン玉を吐き出し続けるマルフォイがしゃっくりをあげて嘲笑う。足元がおぼつかない二人に手を貸し、満身創痍のグループを引き連れ医務室へ。

 すぐ医務室にスリザリン寮監とハッフルパフ寮監を召喚。規則破りで寮点を減点、罰則に一ヶ月間の清掃活動を下す。次は親御さんと三者面談の刑に処すと告げ、その日は解散。

 

 数日後、医務室から解放された者達と罰則メンバーが授業終わりに魔法薬学教室へ集合し、清掃活動を開始。最初は魔法薬学で使った予備の鍋と大鍋の清掃。鍋底にこびり付いた魔法薬か何かの残骸を制服に貼り付け、毎晩くたくたで寮へ戻る姿は哀愁が漂う。

 鍋掃除が終わると次は温室掃除。床に散らばった培養土を掃き集め、肥料を運ぶ重労働をヒーヒー言いながら清掃活動三週間目を終えた。

 

 杖を一振りで済む雑事も手作業は時間が掛かる。魔法無しの生活はなんと不便か。マグルは如何にして魔法無しの生活を営んでいるのだろう? 非常に興味がある。機会があれば一週間ほどマグルの生活を体験してみるべきか。

 

 1B教室に併設された研究室で清掃活動を監督の傍ら、マグルの化学雑誌を読み耽る。今週を耐えきれば自由放免の罰則チームへ、変身術の授業で使う動物の籠の清掃と世話を任せた。鍋底を削ったり肥料を運んだりすることと比べたら楽な作業だろう。

 

 作業中、面白い事実が判明した。

 ブラックはカタツムリが嫌いらしい。

 

 半径100インチ(約2m)以内には決して近づかず、目の前に軟体動物が出現しようものなら、悲鳴を上げて逃走。部屋の隅から動かなくなるほど苦手なようである。他生徒もカタツムリが好きではなく、抵抗無く戯れたのはロングボトムのみ。彼はカタツムリどころか、部屋中の動物に臆さず愛情持って触れ合える精神の持ち主であった。

 魔法界で最も動物好きな魔法使い選手権に参加できるぞ。よかったなロングボトム。純血部門チャンピオンは、ニュートン・アルテミス・フィド・スキャマンダー。数十年は王座を防衛し続けている覇者だ。頑張れよ。

 

 ブラックは五年生までにはカタツムリに慣れようね。先生との約束だ。じゃないと消失呪文の授業が受けられんぞブラック。

 

 不意に雑誌のページを捲る指先に当たるふんわりした感触が。カサカサ音を立てる誌面を不思議に思い、捲ったばかりのページを摘まみ上げ現れる、艶めいた黒毛に丸い大きな赤目のトム二号。腹が減ったのかしきりに指先へ纏わりつく。

 執務机の引き出しからドライフルーツが入った袋を取り出し、中身を漁ってトム二号が大好きなりんごの欠片をやると、すぐさま指先から奪い貪り食った。小さな口元を小刻みに動かして食む様は得も言われぬ愛らしさがある。

 

 トムといえば。この頃、沢山の友人を引き連れ楽しそうに過ごしているらしい。

 情報源はいつもの『ホラス・ホグワーツ・ニュース』から。ホラスは「眉目秀麗、成績優秀、謙虚で親切。学年を超えた交友関係を持ち、教師の評判も上々。ホグワーツきっての素晴らしい生徒だ!少し早いが、我がクラブに招待しようと思う。だが今はホグワーツに慣れている最中。二年生に上がってからが良いか…どう思うアルバス?」など聞いてもいない話を、怒涛の如く脳みそに叩きつけて下さった。

 

 丁度急いでいたのを邪魔されたイラつきも相まって、眉間に青筋が立つのを感じるも、極めて穏やかな表情と声を保つよう注意し「君が良いと思うことをするのが一番さ」と適当な言葉を掛けてやると、大喜びでスキップしながら去った。心の内で、去れ!エバネスコ!と無心で唱えたのがきっと効いたのだろう。

 まあそんなのはどうでもいい、トムだよ。友達ができたのか。やっと子供らしい振る舞いをしたな!私が以前見かけた学友の集まりというか、教祖とその愉快な仲間達というか、飼い主と従順な犬達というか、そんな集まりから脱したのだね。安心した!これで何の憂いも無く眠れるよ。よかったなぁ。

 

「君も一号を見習え。一匹は寂しいだろう」

 

 こちらの言い分を無視し、頭を掻かれてうっとりのトム二号。ネズミだから人間の言葉がわからない…と一概に言えない。こいつは特に賢い個体で、簡単な単語ならすでに理解してるやもしれん。残念ながらその賢さが故、群れに馴染めなかった。

 ハツカネズミの世界も人間世界と同じ中々生きづらい世界の様子。はみ出し者同士仲良くしようじゃないか。いつか私達を受け入れてくれる優しい世界が来るさ。きっと。期待していないがね。

 

「クリスマスにはちと早いが、プレゼントをあげよう」

 

 机の隅から白とエメラルドグリーンのシックな色合いの小さなセーターを摘まみ上げる。

 魔法は一切使わず、毛糸に編み棒、己の手と執念で仕上げた一品。暇な時間を見つけては取り組んできた甲斐があった。

 早速、小さな黒毛のハツカネズミに着せて…わあっ可愛らしい! 

 

 どこか眉間に皺を寄せた気がするトム二号は暫し固まった後、ウナギじみた動きで体をうねらせ、器用にセーターを脱ぎ捨て逃走。住処に籠城。私は哀情。

 打ち捨てられたセーターを拾い、トム二号の住処近くに置いておく。せめて布団にしてくれ。

 

 執務机にある小型の籠へ引きこもった彼はそっとしておき、今度はもっと大きなセーターを取り出す。これはトム一号用。色は二号と同じだが、銀の雪の結晶や金のスニッチ、小さな蛇の刺繍がアクセントのクリスマスセーター。隅にT・Rの刺繍付き。

 

 見ろ!店で並んだとて見劣りしまい!均一で細かな編み目、温かく柔らかで頑丈。

 素晴らしい…自分の才能が末恐ろしいよ…。教師を退職する時が来たら編み物をして過ごすのも一興か。錬金術を研究しながら編み物をして過ごす。錬金術を研究しながら編み物を…?あっそうだ。編み物にエンチャントを施そう。錬金術要素が入って完璧だ。ニコラスも喜ぶな。

 

 奇怪な者を見る目で見つめる罰則メンバーに気付かず、自作セーターを前に心を震わせるダンブルドア。部屋の空気を一切気にすることなく動物の世話を続けるロングボトム。自身の腕を這うカタツムリに気付き無言で悲鳴を上げるブラック。

 

 ホグワーツ城の片隅で起きる珍事を他所に、夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 聖誕祭当日、スリザリン寮の談話室に飾られたクリスマス・ツリーの下に、ダンブルドアお手製セーターを見つけたトム(一号)の衝撃は計り知れないものだった。

 意図を測りかねたトムが一日中ダンブルドアを怪訝に見つめ続け、その視線に貫かれつつ、内心「趣味に合わなかったかな」としょんぼりするダンブルドアがいた。

 




・エルファイアス・ドージ
ダンブルドアのホグワーツ在学中からの友達。ダンブルドア行く所にドージ在りな腰巾着君。
卒業後、一緒に世界旅行を計画していたが叶わず。

・ケンタウルス
禁じられた森に住む下半身が馬、上半身が人間の生物。基本的に人とは関わらない。
群れで生活する。

・ユニコーン
禁じられた森に住む額に角が生えた馬。成体の毛色は白色、幼体は金色。
ユニコーンの血液を飲むと、死にかけた命でさえ蘇るが呪われる。魔法使いより魔女が好き。

・吸血鬼
血液を糧に生きる人型生物。姿形は人間そのもの。
蒼白い肌に赤い目、耳が少々尖っている独自設定有り。

・クィディッチ
箒に乗って遊ぶ魔法界のスポーツ。

・クィディッチ・ワールドカップ
クィディッチの世界大会。日本もいるよ。

・元素狩り
元素結晶を採取すること。
錬金術要素を導入したかったが基礎概念がチンプンカンプンなので、元素を物質化という強行作戦に出た結果生まれた謎の狩り。
土の元素は冷たく渇いた大地(森や林)、水の元素は冷たい水の中(川や海)、風の元素は熱い水の中(源泉)、火の元素は熱く乾いた大地(砂漠や火山地帯)から採れる。

・元素結晶
長い年月をかけて四元素が魔力により物質化、石内部で結晶として形成されたもの。
元素結晶は魔力が潤沢に満ちた地域で生成されやすい。独自設定。

・天文台の塔
天文学の教室がある高い塔。
『ハリー・ポッターと謎のプリンス』でダンブルドアが「セブルス…頼む」した。

・天文学
惑星の名前や星座、星の動きを学ぶ科目。望遠鏡は各自持参。

・アコライト
ゲラート・グリンデルバルドの思想を狂信する信者、魔法使いのこと。
グリンデルバルトの軍隊(同盟とも言う)を構成するガンギマリ狂信者の皆さん。

・『ホラス・ホグワーツ・ニュース』
魔法薬学教授がホグワーツで最も注目を集める生徒を教えてくれる。対象は教師。
情報提供料は時間と忍耐。いるいらないに関わらず、情報を押し付けるのが難点。

・エバネスコ
対象を消す呪文。ゴミやいらない物を消したい時に使う。
※人に使う呪文ではない※


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第5章  後悔先に立たず。しかし、考えても仕方ないので気楽にいこう

トムとダンブルドアの共通点な~んだ?

※2024/1/10追記※

誤字報告ありがとうございます。
謎のマ――リン障害発生中。お礼に蛙チョコ(ホワイト)をどうぞ!


「ナサリーは、お屋敷が寂しく感じるのです」

 

 野鳥がさえずる山間部は春爛漫の絶景。青々と生い茂る若葉が遥か遠くの群峰を彩り燃やし、鹿の親子が柔らかな新芽に舌鼓を打つ。

 そんな春を迎えた山のふもとにぽつんと建つ、手入れの行き届いた菜園付きの家。

 普段、ハウスキーパーに管理を任せきりの寂しい場所だが、久しぶりに家主が帰宅していた。

 

「学校には沢山の生徒様がいらっしゃいます。あの騒がしさを分けてもらえたら、ここはもっと素敵な場所になるでしょう?ダンブルドア先生」

 

 菜園の植物に水を撒く屋敷しもべ妖精の緑の目が向く。土いじりをしていた手を止め、答える。

 

「生徒を家に招待しろと?我が家が更地になってしまうし、私に子供の面倒は無理だ」

「先生は子供達に魔法をお教えしていますね。難しくありませんよ。ナサリーがお手伝いします!」

「学校で教えるのと家で面倒を見るのは訳が違う」

「ナサリーは子守りが得意です。ご安心ください」

 

 大きくため息をつき、手を叩いて汚れを落とす。ナサリーはパラパラ落ちる土を目で追ってから、再度巨大な目を向けにんまり笑う。

 

 数年前。主人を亡くした失意の中、ホグズミードで路上生活を送る屋敷しもべ妖精のナサリーと出会った。急に家を譲渡され、困り果てた私がバタービールを浴びるほど飲んだ帰り道、橋の下で泣く彼女と遭遇。話を聞き即座に雇用する。

 彼女の仕事は家の管理と菜園の維持、家周りの保護。給料はホグワーツの屋敷しもべ妖精に支払われる額より少し多め。妥当な値段を目指し交渉するも、ホグワーツの彼らよろしく金を受け取らず、結局この値段に落ち着いた。

 

「ホグワーツに勤めればいい。世話できる子供が山ほど見つかるさ」

「ナサリーはダンブルドア先生にお仕えしたいのです。子供のお世話もできたら幸せですけれど」

 

 厄介にも、世話焼きで子守が大好きな妖精らしく子供に関する話題で困らせる。面倒に思う反面、彼女がこんな風にねだるようになって感動している。

 雇った直後の彼女は決して自身の考えを口にせず、命令を待ち、怯えるだけだった。

 

「考えておく」

「以前もそうおっしゃっていました。ナサリーは待ちくたびれています」

 

 頬を膨らませ、腰に手を当てて遺憾の意を示す。思い悩む私をねめつけ早く色よい返事を寄越せと口をへの字に曲げている。どちらが雇い主なんだか。くそっ私の家は遊び場じゃないのだぞ!

 

 何故子供だ。ニコラスでは駄目か。エルファイアスは?駄目?そっか。

 

 さて。ハウスキーパーを満足させ、家の崩壊を防ぎ、私の平穏を守る術を考えよう。

 決して冒険家気取りの腕白破壊魔は入れさせん。我が家が崩壊する。強いて言えば、静かで学問に興味があり、探求心が強く、野心を燃やし、成績上位の品行方正な生徒…。トムかな?トムじゃん。ただし闇の魔法使い予備軍。悲しいなぁ。

 この際、夏季休暇限定で特別授業を開くか。期間は数日、いや短い。できれば夏季休暇丸々使った合宿に。人数は十人集まればいい。

 きっとトムも来る。

 

 ここ最近彼は苛立っている。苛立つというより焦り、恐れ?誰も気付いていないが私はお見通しさ。推測するに、夏季休暇が近づき、孤児院へ戻る時が迫りつつあるからだ。トムの孤児院への嫌悪は最初に会った時から明白で、他の孤児がトムへ向ける負の感情も酷い。敵に囲まれた二ヶ月は辛かろう。

 合宿が開かれると聞けば絶対飛びつく。

 

 よし。合宿だ。

 夏季休暇限定特別合宿を開こう。

 

 内容は変身術、魔法薬学、闇の魔術に対する防衛術などの学術研究。特別講師も呼ぶか。錬金術の実験や山間に自生する薬草の採取、魔法生物を観察するフィールドワーク。畑の世話と料理の学習、ちょっとした野営要素も少々。

 合宿場所は我が家の敷地内。宿泊所を適当に作っておこう。後は参加人数を絞り、条件を加えて…。

 

「ダンブルドア先生、何をお考えで?ナサリーめにお教えくださいな」

 

 ナサリーがいたのをすっかり失念していた。無意識に緩んだ頬を引き締め、至極真面目な顔つきで向き直る。

 

「朗報だ。子供達が来るかもしれんぞ」

「まぁ!素晴らしい!」

「合宿を開こうと思う。期間は二ヶ月、人数は十名程の予定」

「二ヶ月も!?ナサリーは幸せです…」

「対応できそうか?おい?ナサリー?」

「ナサリーは幸せです…」

 

 夢見る眼で祈るように手を組み合わせ、全身で幸福を発する屋敷しもべ妖精。

「毎日生徒をホグワーツから連れて来い」など言わず本当に良かった。二ヶ月の合宿でナサリーも暫く満足だな。満足しろ。

 突発的に合宿を発案したが、自分で自分を追い詰めた気がする。二ヶ月はあまりに長すぎじゃないか。せめて二日でいいのでは?だが、短いと学習期間が──―。

 

 自分の世界へ旅立ったナサリーを置き、手を水で洗い清潔なタオルで拭く。合宿をするしないにかかわらず校長へ相談せねば。許可を出すかは知らぬ。

 

 菜園の中央に位置するガゼボへ歩みを進める。懐へ入れていた手紙の束をテーブルに投げ捨て、勢いよく椅子へ着席。とにかく、これをどうにかしないと始まらない。既に破られた封を開き、大きなMの紋章が押された手紙を広げた。

 魔法省 魔法法執行部。ご丁寧に魔法大臣の手紙付き。

 

「またか。協力こそすれ、傘下に入らないと…」

 

 ぶつぶつ文句を呟くのは仕方ない。通算十一度繰り返された内容に辟易して眉間を揉む。

 嵐の前の静けさを醸し出す現在の情勢は、魔法大臣にとって不安の種。戦力増強が狙いか、もしくは枷か。申し訳ないが魔法省の闘犬になる気はさらさらない。さらば。

 ポイと手紙を投げ、未開封の手紙へ手を伸ばす。魔法大臣の署名。溢れ出す災厄の気配がプンプン漂う。一介の教師へ魔法大臣が手紙を出すな。鉛のように重い手を懸命に動かし、手紙の内容を確認。思った通りろくでもない内容に頭を抱える。

 

 すぐさま見知った署名の封を破り捨て内容も確認せず手紙に杖を向けた。杖先から迸る銀の光が手紙の紋章へ接触、紋章が光の渦を巻く。少しずつ光が収束し姿を現す繊細な装飾の銀製手鏡。

 手鏡をひったくり腹の底から叫ぶ。

 

「ニコラス────ッ!!!」

 

 鏡面が揺らぎ暫く待つと、肩で息を切らす偉大な錬金術師、ニコラス・フラメルが姿を映す。

 

「アルバス!大声で叫ぶな!聞こえておる。二階の寝室まで君の声が届いたぞ。頼むから六百歳越えの心臓を怖がらせんでくれ」

「終わりだ。世界は終わりだ、ニコラス」

「その言葉は第一次世界大戦の時も聞いた」

「戦争が始まる。知っているか」

「無論。フランス魔法省、ノン・マジークの知り合いも多いゆえ」

 

 思慮深く目を細めた錬金術師へ、顔を覆い、抑えきれない呟きを零す。

 

「何か、何かグリンデルバルドを止める良い手があるはず」

「残念だが現在私達にできることはない。臥して待つのみ」

「私のせいだ」

「グリンデルバルドは自らの意思で血濡れの道を切り開いたのだ。自分を責めるな、アルバス」

 

 ニコラスの言葉が空気を切り裂き心に突き刺さる。

 

「戦うと心に決めたのに。情けない。ずっとだ」

「一体全体どうした。言ってみなさい」

 

 何年経ってもめそめそ喚く自分に憎悪が沸く。暖かく濡れた頬を荒っぽく拭い、手鏡の持ち手を強く握りすぎて白くなった指を凝視する。

 

「怖い。怖くて仕方ない。彼と会うのが怖い。今度こそ命の取り合いになることも。アリアナの死の真実も」

 

 うじうじみっともない。

 だからゲラートを救えず、アリアナは死に、アバーフォースは憎み、世界は滅茶苦茶。

 お前が怪物で、妹を軽んじ、悪魔の囁きに耳を傾けたせいでな。

 

 

『より大きな善のために』

 

 

 お前の思い描いた世界は美しいか?アルバス・ダンブルドア。

 

 

「戦いの影響はマグル界だけでなく、魔法界へも壊滅的な被害を与える。止めなければ。確かドイツに」

「急いては事を仕損じる。今の君がグリンデルバルトと向き合うのは無理だ。誰も彼も救うなどできん。今は引け」

「沢山の人が死ぬ」

「休めアルバス。ショコラ・ショーを飲んで寝ろ」

 

 再度鏡面が揺らぎニコラスが姿を消す。握りしめた手鏡が千の光の破片に砕け散った。椅子に倒れた衝撃で頭が上を向き、ガラスの屋根を通して空を呆然と見る。

 

「ダンブルドア先生」

 

 全てが億劫で脳が働かない。呼ばれているぞ。答えろ。ほら。

 後悔ばかりの無能。

 

「お飲み物ですよ。ニコラス様が仰っていたショコラ・ショー、ホット・チョコレートです」

 

 鼻先に突き付けられたチョコレートの芳香が鼻孔をくすぐる。カカオの芳しい香りに混ざるブランデーとシナモン、浮かぶマシュマロ。

 ぼんやりカップを手に取り、口に傾け飲み込む。ホット・チョコレートがじんわり体の芯を温め、震えるほど体が冷え切っているのに気付く。

 

「盗み聞きはよくないな」

「盗み聞きではございません!聞こえてしまったのです」

 

 嘘つけ地獄耳。生垣に隠れて耳をそばだてたのは確実だ。叫んだ私が悪いのは重々承知、その上で納得いかん。けれど彼女のお陰で頭のモヤが晴れた。

 

「飲み物をありがとう。落ち着いた」

「それはよかった」

 

 春うららの天気に目を細め、植木鉢に咲き誇る白薔薇を目の端に入れる。居心地の悪い空気が沈黙を満たす。

 視線を地面に向けて落ち着かずに手を弄るナサリーが口を開いた。

 

「ナサリーはダンブルドア先生の痛みを取り除けない、役立たずな屋敷しもべ妖精です。ですが、もしかしたら、痛みを和らげる方法を知っているかも」

 

 緊張に巨大な耳を揺らし、恐れず目を合わせる。

 

「痛みはなくなりません。ずっとそこに在るままです。でも、小さくできます。楽しいこと、幸せなことが小さくします。痛みに囚われてはいけません。時には辛いことを忘れる必要があるのです」

「君の実体験かね?」

 

 止める間もなく酷い言葉がポロリとまろびでる。ナサリーは悲しい笑顔で「ええ。先生に幸せを沢山分けていただいたので、ナサリーの痛みは小さくなりました」と言った。

 

 心底心配させ、おまけに言葉で傷つけた自分を変わらず思いやる心に身が焼かれる。

 やめてくれ。私は君が心を砕く価値無い者だ。

 

「もうっ!しけた顔はおやめください!こっちまで暗くなります!こっちに来て!」

「ちょちょっおい」

 

 ぐいぐい腕を引っ張り椅子から無理やり立たせ、そのまま先程途中で放り出した畑の一角へ連れてこられた。未だ手にしたままのカップを魔法で消し、手の平に苗を突っ込まれる。

 

「土いじりです。こういう時こそ土いじりです!土と過ごすのです」

「気が乗らない」

「穴に苗を!土で塞ぐ!はい、早く!」

 

 急かされ柔らかい土に手を伸ばす。穴に苗を入れて土を寄せ、別の穴に次の苗を入れ、時間が過ぎ去る。ささくれ立った精神が沈静化していく。

 全く、深く考え過ぎなのかもしれない。どうしようもないことだってある。私は万能でも無敵でもない。全てを救うのはマーリンだって無理だ。

 

 土塗れの手を止め、再び空を仰ぎ見る。青を染める薄曇りの灰色。鳥の群れが灰の中を飛んで往く。見下ろせば、そよそよ風に揺れる小さな緑の葉。隣の屋敷しもべ妖精がジョウロで苗に水をやっている。

 

 自然と肩の力が抜けた。

 意図せず力んでいたせいで体中が痛い。強張った体をねじり、腕を回し、屈伸してほぐす。汚れた手で膝を握ったばかりにズボンが汚れ、くっきり残る手の跡。

 

 無理なものは無理。気楽に構えよう。適当だっていいのさ。

 

 久しぶりに清々しい気持ちがする。こんな風に感じるのはいつぶりだか。体が雲みたいに軽く感じて、つい笑みがこぼれてしまう。

 

「少しはお気持ちが晴れましたか?」

「晴れるどころか吹っ切れたかもしれん。ありがとう、ナサリー」

 

 馬鹿みたいに笑うダンブルドアへ、大きな笑顔を返し嬉しげに体を揺らすナサリー。陰鬱な雰囲気が吹き飛び、灰色の雲間から差し込む太陽の光。

 

「そうだ!生徒様が泊まれる場所を用意しないと。井戸近くの古い納屋を改築するのはどうでしょう。ああっ食料の買い込みも」

「校長が許可を出すかわからん。まだ決まった訳じゃ…ナサリー!?早まるな!」

 

 意気揚々と納屋に突進した屋敷しもべ妖精と、彼女を止めるべく走り出す変身術教授。

 暖かな日差しが菜園を照らし出す。キラキラ輝く水滴が滑り落ち、葉が揺れた。

 




・アバーフォース
ダンブルドアの弟。山羊好き。
兄の顔面をタコ殴りにするくらい兄が嫌い。

・ナサリー
ダンブルドアが所有する家を管理、維持する屋敷しもべ妖精。生やしたモブ。これからも出る。
以前の主人を亡くし、路上生活を送っていたところを拾われた。

・屋敷しもべ妖精(ハウス・エルフ)
お金持ちや特定の魔法使い・魔女に仕える。大きな目と耳を持ち、甲高い声に細い体でみすぼらしい恰好。
忠誠心が高く、仕えるのが生きがい。杖無しで独自の魔法を使う。衣服を与えられることは解雇を意味する。
エルフ…?たまげたなぁ…。

・魔法省
魔法使いの政府。法律や外交他、マグル(非魔法族)から魔法を隠し、魔法使いの社会を守る機関。イギリスやフランスなど多くの国に設置されている。アメリカは魔法省でなく、アメリカ合衆国魔法議会(MACUSA)。
残念ながら、官僚の腐敗が横行している。

・魔法法執行部
イギリス魔法省最大の部。神秘部以外の全ての部を支配する。

・魔法大臣
イギリス魔法省の大臣。首相のようなもの。
現魔法大臣はヘクター・フォーリー。

・ノン・マジーク
マグルのフランス版。非魔法族。


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第6章  あの飛行機雲の名は

トム・リドル育成ゲーム~好感度システム実装版~

トムを育てて最強の魔法使いにしよう!
好感度によって魔法界の未来が決まるぞ。






 突然だがここにパフスケインがいる。

 

 パフスケインとは、魔法使いの子供達にペットとして人気の魔法生物だ。まん丸ボディでころころ転がる姿は見る者全てを魅了し、トロールでさえ棍棒を振り下ろすのを躊躇する。斯様に愛らしいパフスケインが眼前にいれば、抱きしめたり撫でたり愛でる者がいるのは想像に難くない。

 けれどパフスケインは大人しく可愛らしい存在だが悪食。長い舌が変なモノを食さないよう注意が必要なふわふわボールである。

 

 さて、この生物の好物は何だろう。綺麗なお花?甘い香りの綿菓子?熟れた果実?いいえ。

 

 答えは魔法使いの鼻くそ。

 そう。鼻くそ。

 

「あ゙あ゙~」

 

 満面の笑みで茶の毛並みをしたパフスケインを抱くハッフルパフ生。なんと微笑ましい光景か。しかし騙されてはいけない。鼻に長い舌が突き刺さっている。パフスケインの舌が。

 

 思わず二度見して目を擦り、見直すダンブルドアに非は無い。誰もが目を疑うは必然。その証拠に、ハッフルパフ生を中心に九人の生徒が注目し、距離を開けている。

 残念にも退く機会を逃したダンブルドアは、件のハッフルパフ生と共に爆心地へ取り残された。

 

「セルウィン。なっなに、なに?なにを?」

 

 どもる変身術教授を全くおかしな事態が起きていないと語る笑顔で、ハッフルパフ生は揚々と告げる。

 

「お掃除ですよ!パフスケインはお掃除屋さんですから。ダンブルドア先生もどうです?」

 

 なけなしの思考を放棄し、ダンブルドアは虚ろに微笑んだ。

 

 

 大臣の手紙爆弾の翌日、アーマンドへ合宿の開催許可を申し入れると何故か許可が出た。驚いて思わず目の前の校長に検査魔法をかけ、本物で更に驚愕。あのアーマンド・私がNOと言ったらNO・ディペット校長が許可を出すなんて。天変地異の前触れか。

 

 何はともあれ合宿を開くなら参加する生徒が必要だ。簡単に入手できないよう、応募用紙へ変身術を重ね掛けホグワーツ中にばら撒く。飛び回る用紙を箒で華麗に掻っ攫い研究室まで飛んできた者、ダウジングで隠れた用紙を見つけた者など、続々と応募用紙を獲得した猛者達が集い、定員に達するまで一週間と二日あまり。

 夏季休暇を捨てた酔狂な連中が十名群れ集まる。

 

 そして現在がこちら。レイブンクロー五名、グリフィンドール二名、スリザリン二名、ハッフルパフ一名、総勢十名のわくわく勉強会メンバーを率いて薬草採取をしていたところ、パフスケインの巣に遭遇。大人しい普通の子だと信じていたハッフルパフ生ノア・セルウィンが剛の者と判明する。

 

 ハッフルパフ生は皆こんなんなのか。ニュート然り。セルウィン然り。

 魔法生物へ向ける愛が重い。

 

 しかし、セルウィンは鼻に縁があるな。去年は上級生に殴られ鼻血を出し、今はパフスケインに鼻を弄られている。次は変身術で鼻が消失か。

 この世の不思議を垣間見た表情で注視するトムを視界に入れつつ、少年が応募用紙を握りしめて現れた日に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 校内に応募用紙をぶちまけてから四日目。休み明けの授業準備を終え、トム二号と研究室の暖炉でまったりしていた夜。胸ポケット内部でハンカチをベッドに、夢の国へ旅立ったハツカネズミをちょんちょん突いて遊び、そろそろ教員塔に引っ込もうと欠伸をかました時、力強く研究室の扉が叩かれた。

 はて、夜更けに誰か。続けざまに欠伸を連発しながら扉を開けると、トムがいた。

 

「おや、こんばんはトム」

「先生」

 

 妙に肩を緊張させたトムが紙を握りしめて棒立ちでいらっしゃる。常に私の眉間かそこらの壁をねめつけ、決して目を合わさず。

 クリスマスにセーターを贈ってから益々トムは遠ざかり、物理的にも精神的にも距離が空いていた。姿現わしをされたかの如く、ハロウィーンで縮まった距離感が消失し、こうして対面するのは数ヶ月ぶりになる。

 

 監視を兼ねて近づいたのが間違いか、そもそも私を嫌うトムと友情を育む行為自体無益か。悶々と日々を過ごす中、突如閃いた合宿のアイデアは正に悪魔的発想と言える。ナサリーに感謝。

 なにせ、トムが葱を背負って来たのだから。

 

「入りなさい。お茶は?」

「結構です」

 

 ズカズカ入り込んだトムが執務机へ向かう。勢いよく右手を叩きつけ、バンッという打撃音が部屋に響く。緊張気味なバジリスクの背後から覗き込めば、くしゃくしゃに変わり果てた合宿の応募用紙。

 ワハハ!やはり来たなトム!二ヶ月の合宿から逃さんぞ。

 

「参加希望でよろしいかな」

「…はい」

「見てみよう」

 

 トムの背後から離れ、執務机に座って皺が満遍なくついた紙を丁寧に伸ばす。

合宿の開催と説明、簡潔に書かれた参加資格と参加条件、末尾に生徒と保護者の署名欄。

 

 参加資格

 1.成績上位者であること。

 2.ホグワーツ校内で問題を起こしていない者。

 3.知識への探求心を有すること。

 

 参加条件

 1.応募用紙を入手する。

 2.保護者の同意と署名を得ること。

 

 このガバガバ参加資格と条件を提示してから戦々恐々していたが、用紙の入手で篩に掛けられていい感じの生徒が集まっている。応募用紙をドラゴンやフクロウに変えて飛ばしたのは正解だった。飛行速度はブラッジャー並み、ドラゴンは火を吐く。

 

「ふんふん、ミセス・コールの署名か。参加を許可する」

 

 所々崩れたミセス・コールの署名に検査魔法をかけて本人確認。トムの魔法の痕跡は見当たらず、ミセス・コールと酒の痕跡が見つかり安心。私の署名を書いて確認済みとし、執務机の引き出しへ。闇の魔法使い見習いに満面の笑みを浮かべて向き直る。

 

 二ヶ月よろしくトム。君が変なことしないよう見ているぞ。

 

「修了式が終わった後、南門へ荷物を持って集合だ。そこから合宿所へ向かう」

「はい」

「話は以上。合宿をお楽しみに」

 

 帰りもズカズカ大股で研究室を横断し進む少年を、首をかしげて見据える。友好的に接しているのだがなぁ。嫌われるばかりで困る。何が悪いのだろう。

 トムが扉に達すると同時にまたも扉が叩かれた。扉を開き、私の前では決して見せない、輝く偽の笑顔と明るい声でトムが応対する。

 

「スラグホーン先生!こんばんは。奇遇ですね。ダンブルドア先生にご用ですか?」

「こんばんは、トム。まあね…ここで何を?」

「ダンブルドア先生に合宿のことを相談していて。もう遅いので僕は失礼いたします。おやすみなさい、スラグホーン先生、ダンブルドア先生」

 

 微笑んでそそくさと引き上げるトムから目が離せない。全身が総毛立つ。

 アレは何だ。私のときと全然違う。気味が悪い。不安を宥めるべく腕を擦るが一向に収まらず。

 

 紅茶を啜り、胸元で安らかに眠るトム二号を摩るうちにやっと落ち着く。

 よくよく考えてみると…いい傾向ではなかろうか。多分、私には正直な姿、本来のトムを見せているのでは。つまり信用を?または試す?わからん。これが良い変化であるのを祈ろう。

 

「礼儀正しい子だ。な?アルバス」

「ハハハ…」

 

 

 

 

 

「先生」

 

 記憶の渦から引きずり出され、瞬く。いつの間にか、隣にいたはずのセルウィンがパフスケインの群れに身を置き、他の生徒も小さな魔法生物の舌を避けて触れ合っていた。

 

「あなたは純血ですか?」

 

 ゴースト顔負けの希薄さで背後を取ったトムが、小さな足音をさせて段々近づき、殆ど背に触れる距離で停止。足元で跳ね返った小石が靴へ当たった。

 驚いた表情を晒すのは癪に感じ、振り返らず顎髭を撫でて言葉を返す。

 

「いいや、半純血さ」

「僕も半純血ですよね」

「推測でしかないけども。可能性が高い」

「僕には半分穢れた血が流れている。ならば僕は、半純血は、劣り穢れているのでしょうか」

 

 耐えきれず振り向く。顔が真っ白のトムが顔を伏せ、地に視線を這わす。

 嫌な言葉を聞いた。

 

「君は優秀だ。一年生の誰より。もしかしたら二年生や三年生以上に。頭が回り過ぎるくらいさ」

「…」

「トム、君が言う『穢れた血』とやらが私にも流れている訳だが、私は劣っているか?穢れている?」

「…」

 

 血が引いた蒼白い顔をもっと白くさせて唇を噛む少年。風が黒壇の髪をなびかせ葉が絡む。

 

「穢れているだの純血だのくだらん。人を血でしか判断できない愚か者の言葉を聞く必要はない。重要なのは血や生まれでなく、どう生き、選択するかだ」

 

 膝をついて肩に手を置き、顔を合わせて本心を語る。たまには本音を語り合うのも大切だとニコラスも言っていた。先程と違い幾分かトムの顔色も良く見える。

 触れて気付いたが、夏にもかかわらず体温が低い。変温動物かな?

 

 少年の肩を二度軽く叩いて離れ、パフスケインゾーンへ向かう。

 

「注目!パフスケインは一旦置いて薬草の選別をするぞ。ハナハッカの葉、飛び跳ね毒キノコ、これは…」

 

 パフスケインに囲まれながら薬草を選別、数時間観察をしてから成果を持って帰還した。途中、生徒に懐いたパフスケインが何頭かついて来て離れない事件が発生するも、ナサリーに問題をぶん投げて解決。

 その後、生徒を引き連れ我が家の研究室へ移動し、採れたての薬草と事前に用意済みの素材で魔法薬の調合を始める。

 

 主題は大まかに三つ。効果の強化、新たな魔法薬の調合、最良の配合法の探求。

 魔法薬は現在作れるものに限る。

 

 呪文で広げた研究室に生徒が散らばり、各々静かに挑む中、元気になったトムも張り切って大鍋の中身を弄り回しておられる。心なしか、いつもより距離が近い気がして笑顔が浮かぶ。おまけに脳内の闇の魔法使いセンサーは反応せず沈黙。素晴らしい日だ。

 

「うーん」

「ロボン悩み事か?」

「ああ、箒で飛ぶのに役立つ魔法薬を作りたくて」

 

 彼女はグリフィンドールの五年生カンパニュラ・ロボン。

 箒に乗って紙のフクロウを捕獲、右手に鷲掴んだまま、私の研究室へ突入を行った変態である。

 合宿の応募用紙であることを知らず、純粋無垢に捕獲報告へ来た時は白目を剝きかけた。

 

「強化薬とウィゲンウェルド薬の効果を組み合わせたらいい感じだと思うんですけど、以前作ったときはうまくいかなくて」

「君は…」

「二角獣の角を入れ右に三回、左に一回混ぜてサラマンダーの血を入れた瞬間、ドンッ。花火ですよ」

 

 この箒狂いはもう駄目だ。首を振り、眉間を揉もうとして偶然トムの姿が目に入る。

 

 あれは──―サラマンダーの血?まさか強化薬を作って?

 

 一年生が五年時に習う魔法薬をさらっと作るな。いや待て。これは…。

 

「リドル!こっちに来てくれ!」

 

 調合の邪魔をされたトムは眉間に皺を寄せながら近くへ来た。

 

「強化薬とウィゲンウェルド薬を組み合わせた魔法薬を作りたいそうなのだが、うまくいかないらしい。トム、彼女を手伝ってやってくれないか」

 

 通常の一年生は五年生の手伝いなど無理だ。しかしトム、君ならできる。君はできる子だ。

 彼女の望む魔法薬を共に作っておやり。私は君がやり遂げると信じている。私は知らん。ほら、お願いだから即死の魔眼で睨まないでおくれ。

 

「よろしく。カンパニュラ・ロボンだよ。ニュールって呼んで」

「トム・リドルです」

「早速だけどさ、私すっごく早く飛びたいんだよね。だけど体がもたなくて──―」

 

 トムとロボンが楽しそうに(ロボンだけ)語り合うのを、にこやかに眺めてから自分の大鍋へ。空の鍋底を覗き込み、何を入れるか迷う。何気なく棚を漁るとドラゴンの血が目に入った。これの使い道でも探すか。最近忙しくてほっぽりぱなしだったから丁度いい。

 早速、大きな薬瓶に入ったドラゴンの血を大鍋へ並々注ぎ、火をつける。温度が上がり煮えたぎる液体が火花を散らす。

 

 薬瓶に残った血液を舐めてみると、口内でパチパチ火花が弾けて楽しい。

 ドラゴンの血をお菓子やジュースに使う日が来るやもしれん。論文にまとめておこう。

 

 

 

 

 

 トムとロボンが共同研究を始めて一ヶ月後。薬の試作がついに完成を迎える。

 興奮冷めやらぬ観衆が騒めき、歓声を浴びながら右手に箒を掲げて現れたロボンが薬を一気に飲み干し、箒で空に飛び立つ。

 

「キェエーッ!」

 

 絶叫を空に響かせ、ドリルのように回転をかけて恐ろしい速度で遥か彼方へ消えて行ったロボン。歓声を上げて祝うわくわく勉強会メンバー。口をぽかりと開けて放心状態のトムと私。

 

 蒼空を彩る狂人の奇声。自他共に認める最速の狂人が通った軌跡を、白く細長い雲が飾る。




・カンパニュラ・ロボン
生やしたモブ。グリフィンドールの五年生。
グリフィンドールのクィディッチチームのメンバー。ポジションはシーカー。
頭のおかしい飛行で飛び回り、敵味方問わず恐れられている。
マグル生まれ。

・トロール
巨大で暴力的な魔法生物。棍棒が初期装備。臭い。
大抵のトロールは知能が低いが、たまに意思疎通できるほど知能が高い個体もいる。
種類は川トロール、森トロール、山トロールの三種類。

・パフスケイン
魔法使いの子供達に人気の魔法生物。よくペットにされている。
鼻くそが好物。可愛いね。

・シーカー
クィディッチのポジションの一つ。金のスニッチを捕まえるのが目的。

・ブラッジャー
クィディッチで使用される鉄球。空をビュンビュン飛び回って選手を箒から叩き落す。
鉄球が当たりに来るとか怖い…怖くない?

・ゴースト
幽霊。魔法族が死んで魂だけになった存在。ホグワーツに沢山いる。

・姿現わし
空間移動の呪文。任意の場所に姿を現す。
失敗すると体がバラけ、スプラッタになる。

・ハナハッカの葉
魔法薬の素材。傷を治す効果がある薬草。

・飛び跳ね毒キノコ
魔法薬の素材。ぴょんぴょん跳ねるキノコ。

・二角獣の角
魔法薬の素材。

・サラマンダーの血
魔法薬の素材。サラマンダーから採れる血。
回復薬などに使われる。

・ドラゴンの血
魔法薬の素材。ドラゴンから採れる血。
ダンブルドアはドラゴンの血の12の使用法を発見した。
種によって色が違う独自設定有り。

・強化薬
作るのに数日かかる魔法薬。五年生で習う。
飲むと身体能力の上昇、耐久が上がる独自設定有り。


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第7章  蛇の巣

※暴力表現注意※

いつもより文字数多め。
リドル&ゴーントに突撃家庭訪問回。

オリジナルの設定と原作知識が混ざって大変でした(自業自得)


※2023/7/26追記※
細部を修正しました。
「鳶色の髪の毛」→「長い髪の毛」


 

 

 

「僕、いつか世界を見て回りたい。こんな田舎で時間を無駄にせず、家族に縛られず、自由に」

 

 

 

 それはいつかの夢。

 

 

 

「今すぐでも行けるさ。一緒に世界を見て回ろう。名を残すチャンスだ!」

「駄目だよ。あの子を置いていけないもの」

 

「でも、夢見るだけなら…いいよね?」

 

 長閑な田園風景が続く田舎道を見下ろす入道雲。暖かな風が黄金の穂を撫で、小麦畑が波打つ。

 二人の青年が樹木に背を預けてのんびりと未来を夢見る。

 

「もっと我儘に生きろ、アル。人生は一度きりなんだぞ?ほら聞け。私と死の秘宝を探しに行こう」

「死の秘宝?あの伝説の?でもあれはただの伝説でしょ」

 

 光に透けて殆ど白く見える髪を揺らす青年の青と月白色の目が思慮深く細まった。

 その強すぎる眼光を見ることに耐えられず、視線を外して長い髪の毛を弄り、空いた手で手近な雑草を引っこ抜く。

 

「死の秘宝は存在する。『三人兄弟の物語』はただのおとぎ話なんかじゃない。まっ、推測だが」

「ゲルはそう思う?じゃあ本当に死の秘宝があるとして、見つけてどうすんのさ。冒険は楽しいだろうけど」

「世界を変える。世界を。死の秘宝があれば不可能はない。魔法族がマグルの影に隠れて生きる日々は終わり、世界に蔓延るマグルを」

 

 

「支配する」

 

 

 目を輝かせ、未来へ思いを馳せる青年が言葉を紡ぐその刹那、世界が止まった。美しく鮮やかな田舎風景が瞬時にモノクロの世界へ転じる。

 風は止み、揺れ動く草花は姿そのままに凍り付き、夢語る革命家は姿を消す。

 代わりに現れしは。

 

 

 あの日の姿で冷たく見下ろす少女。

 

 

「アッ、ア…リアナ」

 

 私が馬鹿なせいで死んだ妹。

 

「アリアナ!すまない!わっ私、馬鹿だった!」

「やめて。私のことなんかどうでもいいくせに」

「ちが、そうじゃ、目が眩んだ。ごめんなさい。傲慢な愚か者で」

「白々しい」

 

 男の太い首に小さな蒼白い手が首元に這い、折れそうなほどか弱い細腕から想像できない力で締め上げた。

 反射的に華奢な腕を鷲掴み、引き離すべく奮闘するも、万力のような握りは離れない。さらに強く気道を狭め視界に星が散る。アリアナの白い顔が鼻を突き合わせて目を覗き込む。

 

「嘘つき。認めて。私がいない方が良かったって」

 

「そうでしょう?貴様はそういう男だ」

 

 アリアナの声に被る暗い声。

 

「ついにこの手で殺せる。どれだけ夢見たか」

 

 狭まる視界にアリアナの姿はなく。あるのは────赤い目。

 

 血の赤い目と白い貌。

 

 

 

 

 

「ああ!」

 

 ベッドから跳ね上がり勢い余って落下。体が床へ叩きつけられる。恐怖に高鳴る心臓を胸元を握りしめて抑え、荒い息遣いで必死に肺へ空気を送り込む。悪夢から解き放たれた安堵と悍ましい夢を見た恐怖に体を震わせた。

 這いつくばった姿勢からどうにか立ち上がり、ぐにゃぐにゃの足を動かして夜明け前の暗い寝室から洗面所へ。汗だくの顔面に冷水を浴びせて一息つき、薄暗い照明の光に浮かぶ、血の気のない肌と目の下の隈を鏡越しに撫でる。

 酷い顔。

 

 濡れて不快な寝間着を脱ぐべく鏡越しにボタンに触れて、首の違和感に気付いた。首元をよく見ようと目を細めるが暗くて見辛い。

 照明の明るさを変えて。

 

 鏡に映る、首周りに羽を広げた赤い内出血と紫色に変色した痣のネックレス。

 

 気味の悪さを感じつつ小刻みに揺れる手を首に当て、痣が手の形をしていることに気付いた途端、恐怖がピークに達する。即座に隠し持った杖で耳塞ぎ、生物探知、魔法検出呪文を矢継ぎ早に重ね掛け固く閉じた口を大きく開く。

 

「なんだこりゃ!!!」

 

 

 

 

 

 薬切れのロボンが近くの山に衝突、クレーターを形成して早数日。今や生徒の常駐が当たり前の光景となった研究室で欠伸を嚙み殺す男が一人。

 合宿の合間に入学許可証を発行、フクロウ便を各家庭へ送り、マグルの家庭や孤児院に説明へ赴き、新学期の準備をする傍ら生徒と研究に励む日々に忙殺されそうになりつつも、ダンブルドアはこの一カ月余りをある程度平和に過ごしていた。

 今朝までは。

 

 今朝の悪夢で負った精神のゆらぎを、熱いシャワーとたっぷりのバター&シロップを塗ったクランペットで宥め、問題の痣はポロネックで隠蔽。ハナハッカ軟膏を塗布済みの首は未だ鈍い痛みを放つ。

 夢で負った傷が現実世界に持ち越されるなどあってはならない。誠に遺憾である。闇の魔術による攻撃に違いないが、どんな手を使ったか見当もつかない事態に打ちひしがれる羽目に。

 

 もし…もし、自分自身で首を…。

 

 止めよう。これ以上精神を削ったらいずれ発狂だ。今日はいかん。なぜなら今日は。

 世にも恐ろしいイベントが待っている。

 

 

「皆の者!錬金術の時間だ」

 

 生徒の群れへ実習の開始を告げる。朝食のリンゴを齧る者や眠気覚めぬ眼を擦る者、朝っぱらからやる気満タンの者らが一斉に配置へ着く。双子のレイブンクロー生が最前列の実験台で鼻息荒くメモを取る体制で静止、肉食獣が獲物に襲い掛かる緊張を全身で発していた。

 

 レイブンクロー六年生、クロエ・イングラムとクレマン・イングラム。

 輝く金髪の男女の双子。髪型以外で見分けがつかず、気分によって髪型を入れ替えて人々を混乱に陥れるお茶目さん達だ。

 レイブンクローらしく勉強熱心で知識を貪欲に学ぶ良い生徒だが、如何せん自由過ぎる。昨日など、闇の魔術に対する防衛術の研究中に浮遊呪文で双子の片割れを浮かせ、同じく浮かせた訓練用人形を浮かんだ片割れが呪文で滅多打ちにして高速回転させていた。

 

「初めに、これはなーんだ?」

 

 金ぴかに輝く物体を高々と掲げ問う。

 

「金!」

「違う。黄鉄鉱」

 

 目を輝かせたセルウィンが元気よく手を挙げて答えるのをトムがにべもなく訂正。「金じゃなかったんだ。でも金みたいで綺麗~!」と、堪えた様子が微塵もない姿を見てトムがうんざりしていた。

 

「正解だトム。こいつは黄鉄鉱。金に似ているが全く別の鉱物さ。別名『愚者の金』とも言われる。本物の金と見比べよう」

 

 もう一方の手の平に正真正銘の黄金を乗せて差し出す。

 研究室に差し込む太陽の輝きを浴びて輝く二つの金がキラキラ輝く。

 生徒の目もキラキラギラギラ光る。

 

「標本は置いておくので自由に観察なさい。さて、本日は黄鉄鉱の錬成を行う。使用器具はこれらの錬金炉(アタノール)

 

 二つの金を素材が乗った台にあるガラスドームに封じて研究室の中心へ歩みを進めた。

 階段状に窪む床の底。時計回りに火の炉、風の炉、水の炉、土の炉、四つの炉が鎮座し大きな窓から覗く内部に球型のフラスコが一つ置かれている。火の記号『△』が描かれた炉下部の引き出しを開け赤い結晶を取り出す。

 

「火の炉は融合・分解、風の炉は気化、水の炉は液化、土の炉は固化・保護を司り、燃料に使われた各属性の元素結晶により物質を変質・固定、新たな物質へ変換する」

 

 見せ終わった結晶を戻し、階段を上って素材台へ。粉末状の硫黄と鉄が入った瓶を持ち上げた。

 

「諸君にはこの二つの素材を使い黄鉄鉱を錬成してもらいたい。手順は、素材の入った哲学者の卵…フラスコを最初に火の炉内部へ、次に土の炉へ入れ、随時攪拌呪文と変性呪文で錬成過程を早めるだけ。まずは私が手本を見せよう。しっかり」

 

「見て、学べ。若人よ」

 

 

 

 

 

 

 あれから数時間後の正午。

 ナサリーに生徒の監視を任せて、人気がないあぜ道を練り歩いていた。

 

 何をしているか?トムの身辺調査だ。

 

 気になっていたがあえて無視していた極大厄ネタ。暫定スリザリンの末裔、闇の魔法使いになる確率80%(増減あり)トム・マールヴォロ・リドル少年の遺伝子提供元を暴く使命中である。

 

 トムのミドルネーム、マールヴォロ。そこにパーセルマウスを悪魔合体させた存在なぞ限られる。そもそもパーセルマウスはスリザリンの子孫が大半だ。スリザリンの子孫でパーセルマウスでマールヴォロ?マールヴォロ・ゴーント以外思い当たらん。よってゴーント家が調査候補に挙がり、伝手を頼りに情報収集を開始した。

 思いもよらなかったのはゴーント家の近所にリドル家が存在したこと。

 

 嘗てゴーント家は家長のマールヴォロ、息子モーフィン、娘メローピーの三人家族だったらしい。現在、家長はモーフィンでメローピーは消息不明。メローピーはトムの母親の可能性が高い人物だ。リドル家に関しての情報はあまりない。トム・リドルという名の裕福なマグルが両親と暮らしているとか。

 

 リトル・ハングルトンはこぢんまりした集落だ。小高い丘の上に邸宅が建ち、素朴なレンガ造りの家々と教会、村外れにボロ屋が見える。

 聞き込みを集落の住民にするも渋られ、心ばかりの気持ちを握らせてやっと聞き出すことに成功。リドル家は邸宅、ゴーント家はボロ屋で暮らしており、リドル家は高慢ちきな無礼者で村中から嫌われ、トム・リドルは特に酷いと唾を飛ばしながら語ってくれた。ゴーントは──―

 

「村の誰もあの家に近づかねぇさ。イカれた老人が昔いたが、今はそのイカれた息子がいるだけ。あんた、悪いことは言わん。あいつに関わるのはやめとけ。お、俺、昔聞いたんだ。メイ婆の悲鳴があの家から聞こえるのを。今もメイ婆は見つかんねぇ。誰も信じちゃくれねぇが本当なんだよ」

 

 ──―名すら忌諱し忌むべき者。本気で心配する住民を安心を意図した微笑みと追加のお気持ちで黙らせ、顎髭を撫でて思考に耽る。

 

 さて、参りました本日のメインディッシュ、家庭訪問のお時間です。初めにリドルを。次にゴーントをお楽しみください。

 嫌だ…行きたくない…。今更だが回れ右をして全力で帰りたい。

 

 丘の邸宅へ続く舗装された道をズンズン進む。邸宅が近づくにつれ徐々に天を貫く背の高い柵が姿を現し、厳めしい立派な門へ到着。門の内側には暇そうに突っ立つ壮年の執事がおり、こちらに気付き背筋を伸ばした。

 見定めるように頭から足の先まで素早く精査後、「ご用件は?」と億劫そうに尋ねる執事へ「本日訪問のお約束をいただいているダンブルドアです。トム・リドルさんへお伺いに参りました」と答える。

 

「えっ本当に…?ようこそお越しくださいましたダンブルドア様。ご案内いたします」

 

 明らかに、来るなど思いもよらなかった態度の執事が開けた門を潜って邸宅へ。

 行儀良く手紙で訪問許可を取ったにもかかわらず、この有様に眉を顰める。執事を追って豪奢な調度品が並んだ玄関を進む。

 入ってすぐ、玄関口を飾る大きな肖像画が目に留まった。老夫妻と男が描かれた肖像。

 

 その冷たい目から逃げるように足早に肖像画を通り過ぎ、長い廊下を渡る。

 重厚な扉前に辿り着くと、執事が部屋に入り話し込んだ。何やら終わり、通されたのは窓をカーテンで閉め切った薄暗く不気味な書斎。

 

 さりげなく背後を取られ、扉の鍵を閉められるのを意識の端で聞きながら、二人の男と対面する。

 

「お前か。息子がなんだの世迷言を書いた輩は」

 

 まさにトムの生き写し。トムが年取った姿そのままのトム・リドル・シニアらしき男が吐き捨てる。唾棄する姿までトムそっくりで心底感動した。息子と同じ、冷たい青の目でトーマス・リドル(推定)が探るような視線を這わせ、組んだ指に顎を乗せて一部始終を観察し出す。

 

「お手紙にも書きましたが、ご子息のことで」

「息子なんかいない!」

「母親に心当たりあるはずです。メローピー…」

「その、女の、名を、出すな!」

 

 いつもの笑みと柔らかな声で懐柔を試み惨敗。頭に血が上ったリドルが吠え、感情のままに手を机へ叩きつけ憤怒した。怒り方まで同じなんだな、とどこか他人事に思いつつ、さっさと暖かい笑顔を落とし無愛想な顔で部屋を歩き回る。

 よろしい。トムと同じ戦法で行く。無礼には無礼を返してやろう。

 

「面識があると。それは重畳。おっと失礼、私はアルバス・ダンブルドア。ある学校で教師をしている者でして。ここに来たのはトム・リドルさん、つまり貴方と”同姓同名”の子供の血縁関係を調べに来たのですよ」

「は?私の名もリドルの姓もやった憶えなど──―」

「子供は、いたな。名も姓すら与えなかった子供が」

 

 開心術で覗いた心の奥底に封じ込められた記憶。ロケットを首に掛けた幸せそうな女性の姿。泣き喚き、縋りつく彼女の腕を振り払い、豪雨の中逃げ出す光景。

 リドルの赤い顔が真っ青に変色、目を逸らす。

 

「あの女に言われてきたのか?なら伝えろ。お前のことも子供も知ったこっちゃないと。子供など。認めない」

「リドルさん。勘違いしないでほしいのだが、何も貴方に子供の認知を迫ったり、引き取れと言いに来た訳じゃない。私はね、知りたいだけだ。何が起きたのかをね」

 

 父へ子が目を合わせて不安そうに顔を歪め、息子の代わりに父親が重い腰を上げた。

 

「要は野次馬根性丸出しで根掘り葉掘り聞きたいだけか。恥を知れ」

「どうとでも。ただ、好奇心でここまで来ないと言っておく」

「…」

「何があったのか教えてほしい。そうしたらすぐ出て行こう」

 

 時々、本当に時々、トムは寂し気な顔をする。

 一年前の漏れ鍋で見たものと同じ表情。苦みと恨み、そして圧倒的な孤独と憧憬。

 

 

『父さんが魔法使いのはずだ。僕と同じ名前って聞いているから。母さんは違う。だって』

 

『哀れな子です。父親も、母親の顔さえ知らず、誰も彼を迎えに来なかった』

 

 

 少しくらい両親を知る機会があってもいいだろう。

 たとえ、碌でなしでも。

 

 血の気を無くしたリドルがよろよろとソファに近づき崩れ落ちた。息子の陥落を見て、年老いた父親が書斎机に座り直し出方を伺い、部屋の隅に立つ執事が居心地悪そうに身じろいだ。

 

「よくわからない。一体何が起きたのか、今も」

「なら初めから始めよう。貴方と彼女の出会いは?」

「…近くの森にキツネ狩りに出た時。休憩中に水を飲んで…気付くとあの女がいた」

 

「あまり覚えていない。妙に頭がぼんやりしてあの女以外考えられず、好きで好きでたまらなくなった。二人でどこかの家で暮らして…突然、どうしてこいつと暮らしているのか疑問に感じた。何でこんな場所にいるんだって。だから、三人で幸せに暮らそうってのたまったあいつがもう…怖くて。それで、逃げ出した」

 

 顔を伏せて怯える男を見据え、思ったより悪い状況に吐きそうになる。この哀れな男が陥った状況の心当たりは一つだけ。

 

「水を飲んでからおかしくなった…?リドルさん。その水何か変だったのでは?例えば、匂い」

「匂い?そういえば、ウイスキーのいい匂いがした。果実のような、花のような。酒を入れてなかったのに。紅茶の匂いも。変だな」

 

 深くため息をついて瞼を閉じた。やはり薬を盛られたのだ。

 アモルテンシア、愛の妙薬を。

 

「よく、わかりました。お話をありがとうございます。お騒がせしました」

 

 重く死んだ空気を振り払うように一礼、無言で開錠呪文を唱え書斎の扉を開けた。驚いた様子の執事を通り過ぎ無事邸宅を脱出。姿現わしで村付近まで戻り、やりきれない気持ちを外へ出すようにもう一度ため息をつく。

 誰も幸せにならない結末に涙が出る。

 

 トムが魔法使いだと望んだ父はマグルだった。しかも、薬で心を奪われ無理やり父親にされたとはいえ、母子を捨てた存在。そんな父をトムは決して許さないだろう。決して。

 

 村の外れへ足を進めながら、ポケットに忍ばせたレモンキャンディを取り出し口へ。

 母親の情報はあまり得られなかったが、”あの女”、メローピーという名への強い拒絶反応を考えれば自ずとわかる。

 

 十中八九母親はメローピー・ゴーント。メローピーの父親はマールヴォロ・ゴーント。トムの名前はトム・マールヴォロ・リドル。糞の三連星やめろ。加えて、メローピーは生まれる子供が父親に似ることを望み、二人のトムは気持ち悪いほど顔がそっくり。これで無関係だったら狂ってホグワーツの湖の水全部抜いてしまうやもしれん。

 キャンディを嚙み砕き飲み込む。もう一つ、いや三つキャンディを頬張り前方を睨みつけた。

 

 ここまで足を突っ込んだのだ。制圧、前進し、残りの謎を解き明かす。

 

 あらゆる箇所が腐食し荒れ果てたコテージへ到着。ゴーントの住処だ。

 リドル邸と比べると風邪を引きそうになる落差がある。

 

 訪問の許可は取れなかった。リドル同様ゴーントにも訪問に関する手紙を送るも、返信どころかフクロウは帰らず。一度は偶然、二度三度続くと必然という。

 警戒心を最大まで上げ玄関前の階段へ恐る恐る足を置く。錆びた釘の突き出た階段に気を付けて上り、呼び鈴を探すも見つけられず、無骨な扉を叩く。

 

 コンコンコンコン。

 

 無反応。

 

 コンコンコンコン!

 

 無反応。

 

 ドンドンドンドン!

 

「ゴーントさ…うおっ」

『うるせぇ!叩くのをやめろ!』

「モーフィン・ゴーントさんですか?」

『だったら何だってんだ』

 

 扉が勢いよく開き男が姿を現す。ボサボサで塵の積もった髪、欠けた歯、反対を向く目。

 何十年も昔。自分がホグワーツの生徒だった頃にゴーント家の者がいた。目が悪いようで、杖に頼って学生生活を送る姿を覚えている。ゴーントは目の病を患いやすいのだろうか。

 

「ホグワーツ教師のアルバス・ダンブルドアと申します。メローピー・ゴーントさんについてお尋ねしたいことがございまして」

『メローピー?血を裏切ったスクイブ?』

「血を裏切った?」

 

 妹へのあんまりな言葉に眉を顰め見るが、こちらを欠片も気にせずモーフィンは罵声を浴びせる。

 

『マグルに傾倒し魔法族の血を穢す者!!そんなことも知らんのか穢れた血!』

 

 耳元への音響攻撃で脳が揺れ動く。耳鳴りがするほどのダメージを耳に受け、仰け反って音の発生源からできる限り離れた。すぐに杖を抜ける準備をする。

 

「スクイブと言いましたが、メローピーさんは魔法が使えなかったのですか?」

『醜い出来損ないに使えるわけがない。受けた恩を忘れ、くそったれのマグルと逃げ、父を見捨てた盗人如きが!』

「その」

『あんのスクイブ…大切なロケットを盗みやがって…戻ったらただじゃおかねぇ』

「ロケット?」

『純血の問題に首突っ込むな汚物!消え失せろ!!』

 

 激昂したモーフィンが扉を勢いよくバーン!と閉め、危うく顔が真っ平らになりかけた。扉に掠った鼻先を撫でてまだあるか確認。まだ付いている鼻に感謝してその場から離れる。

 

 蛇語しか喋らなかったぞあの人。スリザリンの末裔怖…。

 

 兎にも角にもメローピーの家庭環境の悲惨さは伝わった。

 どうやら、醜いスクイブと見下す兄と父親に嫌気がさして逃げ出したようだ。

 虐待されていた可能性もある。

 

 逃げた時期はダブルゴーントがアズカバン送りになった後か。モーフィンはマグルに魔法を掛けた罪で、マールヴォロは息子を守るため役人へ暴行を加えた罪で逮捕された。事件当時、日刊予言者新聞に小さく記事が掲載されていた記憶がある。

 件のマグルがリドルなら、メローピーのリドルへの想いに気付いた二人が怒り狂い、凶行に及んだのも納得だ。

 

 二人が捕まり晴れて自由の身となったメローピーは、愛の妙薬でリドルを支配下へ置き駆け落ち。二人は偽りの愛の生活を続け、いつしか子供ができた。そんな日々を送る中、何を思ったか彼女は薬の使用を止め、結果リドルが正気を取り戻し逃亡。働けないメローピーは生活苦の末ウール孤児院へ助けを求めるも、子供を出産後死亡する。

 

 記憶の中の彼女はリドルをとても愛していた。

 だからこそ、薬によってもたらされた偽の愛でなく本当の愛を欲したのかもしれない。

 

 思考に沈みながらあてどなくさまよい、教会裏の墓地へ辿り着く。ふいに、視界を横切った銀色の何かが気になり墓地へ踏み入った。墓石の群れを通り過ぎ、ゆらゆら揺れる銀の幻影へ歩む。

 ある一つの墓を見る幻影、つまりゴーストの前で止まり、同じ場所に目を向ける。

 

 マールヴォロ・ゴーント

 

 おや、ここはゴーント家の墓らしい。

 何気なく隣のゴーストを横目で観察してみる。やつれた顔に汚れた服、痣で覆われた肌。

 疲れ切った猫背で墓を見つめる姿がこちらを向く。

 リドルの記憶と同じ斜視。

 

「ごきげんよう。メローピー・ゴーントさん。いえ、リドルさん」

 

 虚ろな目でじっとり熟視するメローピーに気味が悪くなるが耐え、負けじと見つめ返す。その時、記憶と違い首にロケットが無いのに気付いた。首に注目している隙にゴーストが近づく。

驚いて後ずさるも時すでに遅く、顔が眼前いっぱいに広がる。

 

『ロケット。ボージン・アンド・バークス』

 

 それだけ呟くとゴーストは消失。静かな墓地と慄く私。数多の墓石が静かに見守り、冷たい風が頬を叩く。

 緊張で固まったままの筋肉を動かし、ポケットに残った飴玉の最後の一つを執拗に噛み砕いて独り思う。

 

 

 どうしろというのかね。

 

 助けてニコラス!

 




・クロエ・イングラム&クレマン・イングラム
生やしたモブ。レイブンクローの六年生。輝く金髪の男女の双子。クロエが姉。クレマンが弟。
髪型以外で見分けがつかず、気分によって髪型を入れ替えて人々を混乱に陥れる。
半純血。

・モーフィン・ゴーント
マールヴォロ・ゴーントの息子。普段から蛇語で話す。
マグル嫌いの純血主義。斜視。

・メローピー・ゴーント(リドル)
マールヴォロ・ゴーントの娘。父親と兄から虐待を受けていた。斜視。
トムの母親。愛の妙薬でトム・リドル・シニアの心を奪い妊娠、捨てられる。
故人。

・トム・リドル・シニア
トムの父親。大地主の息子で美男。しかし性格は醜悪。
メローピーといつの間にか夫婦にされ子供まで作られた人。
マグル。

・トーマス・リドル&メアリー・リドル
トムの祖父母。シニアの父母。
マグル。

・死の秘宝
『死』がペべレル三兄弟に与えたという伝説の三つの秘宝。
一番上の兄へ『ニワトコの杖』、二番目の兄へ『蘇りの石』、三番目の弟へ『透明マント』。
この三つを手にした者は死を制するという。
ダンブルドアとグリンデルバルドは若い頃この秘宝を求めた。

・『三人兄弟の物語』
ペべレル三兄弟がどのように『死』と出会い、破滅したかを記す物語。物語の中で『死の秘宝』が言及されていると信じられている。
一番上の兄は最強の杖を手にするも、杖の力を欲した一人に睡眠中殺害された。
二番目の兄は死者を蘇らせる石で愛する女性を死から呼び戻すも、女性は生者の世界に馴染めなかった。悩んだ結果、死の世界で一緒になれるよう自殺。
三番目の弟は『死』から身を隠すマントを手にし、『死』の目から隠れて長生きをした。
年老いた弟は息子へマントを託し安らかに死を迎えた。

・ハナハッカ軟膏
ハナハッカ・エキスの軟膏。火傷や内出血、噛み傷など怪我の殆どに効く。
独自設定。

・アモルテンシア
飲んだものに強烈な執着心を引き起こす魔法薬。愛の妙薬とも言う。
愛を創り出すわけではない。

・耳塞ぎ呪文
近くにいる人などに雑音を聞かせ、会話を聞こえなくさせる呪文。
この話では強化版の完全防音(独自設定)をかけた。

・生物探知呪文
周りに生物がいるか見つける呪文。
独自設定。

・魔法検出呪文
魔法がかけられた後に残る痕跡を検出する呪文。
独自設定。

・攪拌呪文
独自呪文。鍋やフラスコ、瓶などの内容物を混ぜる呪文。
独自設定。

・変性呪文
対象の情報を組み替えて変性させる呪文。変身術。
独自設定。

・開心術(レジリメンス)
人の心を覗き込む術。この術を使う者を開心術師という。

・開錠呪文(アロホモラ)
鍵を開ける呪文。

・フクロウ便
魔法界の郵便局。フクロウが手紙や荷物を運んで届ける。
どこでも届けられる特殊能力搭載済みフクロウ。

・レモンキャンディ
ダンブルドアが大好きなマグルのお菓子。


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第8章  楽しいお使い

メローピーにロケット探しに行けゴラァされたのでお使いに行くダンブルドア。
トムは次回出ます。


 ダイアゴン横丁は騒がしい場所だ。

 買い物客で賑わう店々、新品の箒に興奮する子供達の声や、ペットショップのフクロウの囀り。人の波が道を遮るのは日常茶飯事。それが休日なら尚更。寄せては返す人の流れに乗って通りを泳ぐ。

 

 愛しの夏季休暇が来年へ去った九月。ホグワーツでは新学期が始まり、生徒も教師も忙しなく過ごしていた。今は教師の特権を大いに使い、休日の学校を抜け出して買い物へ訪れている最中。

 

 ちなみに。心配だった夏季休暇限定特別合宿は大成功を収め、来年も引き続き開催と相成る。

 特に特別講師として呼んだニコラスが大好評で興奮のあまり倒れる生徒が出たほど。鏡に映し出された錬金術師への質問で一日の大半が消し飛ぶが、両者共楽しそうだったのでよし。トムが大はしゃぎで目をキラキラさせて話に聞き入っていたのが印象的だった。

 

 波乗りを終え、大通りから外れた脇道の入り口に立つ。ここは大抵の魔法使いが避ける通り。黒レンガの壁へ固定された腕型道標が目印の商店街。

 呪具、禁術、密漁品、古今東西のあやしい品を扱う店舗が勢ぞろい。禁制品が並ぶ陳列窓と、どこからか漂う謎の香。通りをうろつく者の大半が脛に疵持つ輩。

 

 ノクターン横丁へようこそ。価格と違法性、背後に注意。

 

「アルバス!」

 

 突如肩をポンポンと叩かれ振り返ると、派手な包みを抱えた満面の笑みのホラスがそこに。

 休日にまで君に会いたくなかったよ。大人しくホグワーツにお帰り。

 

「ごきげんようホラス。君も買い物か?」

「そうともそうとも。ほれ! 昔のよしみで珍しい品が手に入ってな。憶えているか? 一昨年卒業した元レイブンクロー生の──―」

「へぇ」

 

 ニカッと歯を見せて笑い、恰幅の良い体を揺らして際限なく駄弁る魔法薬学教授に愛想良く頷く。おしゃべりに満足したのか、上機嫌で大切そうに包みを抱え直し、私の肩越しに薄暗い通りを覗き込んだ。

 

「ところで……ここで何を?」

「見ての通り買い物へ来たのさ」

「ノクターン横丁へ?」

「そうともそうとも。ノクターン横丁へ」

 

 怪訝そうな表情を張り付けたホラスに肩をすくめてノクターン横丁へ。

 暫しの逡巡の後、ホラスが慌てて追いかけ足元の水たまりを派手に跳ね上げ、挙動不審に周りへ目を走らせながら隣に並ぶ。少々言いづらそうに眉間に皺を寄せ、存在しない肩の埃を落としてやっと言葉を零す。

 

「ほら、君はその、こういう場所を毛嫌いするとばかり」

「嫌いではないよ。面白いじゃないか。色々あって」

 

 耳元で囁くホラスへ曖昧に返答しつつ奥へ進み、曲がり角を曲がる。運悪く、反対側で丁度同じく曲がってきた人と衝突しかけたが、自前の反射神経を駆使して回避。残念なことにホラスはそのまま衝突した。

 

「あばっ! 失礼」

「これは、これは。奇遇ですな」

「……オフェアリス!」

 

 ホラスが激突した相手はなんと、あのアブラクサス・マルフォイの父親、オフェアリス・マルフォイ。この男は何と言うか、苦手だ。鼻につく嫌味ったらしい態度や純血主義を煮固めた性格も……正直に言おう。嫌いだ。だからあっち行ってくれ。そこの魔法薬学教授は連れて行きたまえ。遠慮しないで。

 初めにホラス、次にマルフォイ。濃すぎる面子に胃もたれを起こしそうだよ。一体全体何をしたらこんな目に合う。前世で悪行でも積んだのか? 

 

「久しいなオフェアリス。パーティー以来か。あの時のワインは格別だった」

「ワインがお気に召して何より。先祖代々受け継いできたブドウ畑で栽培、厳選したブドウだけを使用したものでして」

 

 世間話に花を咲かせる両者を他所目に少しずつ距離を置く。目的地は目の前。

 さっと行けばバレないバレない。

 

「あぁ、ダンブルドア。貴方もいたとは。気付かず申し訳ない」

 

 おま、白々しいな! おい! 

 ずっと気付いていただろお前! 今まで私の存在を無視してきただけでしょうが!

 チラチラ見てきただろ! 目が合ったろ! 

 

 目敏く退避中の私を呼び止め、薄緑の目を細めるオフェアリス・マルフォイへ向き合う。

 その加虐的で嬲るような視線に臆さず足掻くことにした。脱出を目指すのだ。希望はある。

 

「お気になさらず。私はこれで失礼……」

「つれないなアルバス。親交を深める折角の機会だぞ」

「えぇ。ホラスの言う通り。仲よくしようではありませんか」

 

 にやついた表情で臆面も無くおっしゃる高貴な顔面に麻痺呪文を叩きこみたい衝動に駆られる。この不穏な空気を意に介さず、笑顔のホラスが開いた手で私の肩を掴み、仲良しの輪に引きずり込んだ。お前もかホラス。

 真の敵は味方。ヘルベルトではっきりしていたがね、君は違うと信じたかった。

 

「お気になさらず……」

「ときにアルバス。君も買い物のようだが行先は?」

 

 観念し、数ある店舗の一つを戯けて大袈裟に指し示す。「ボージン・アンド・バークス? 闇の魔術関連の危険な物しか置いとらんだろあそこは」と顔をしわしわにするホラスへ「役立つ品も多いのですよ。店主とは懇意の仲で、色々世話になっております。ささ、参りましょう」とオフェアリスが優雅に歩を進める背を追って店へ。

 ドアベルが音を立てて来客を告げ、カウンターで誰かの頭蓋骨を磨く男が胡散臭い笑みを向ける。

 

「いらっしゃいませマルフォイさん。つい最近新商品が入荷しまして。お知らせをしようと思っていたところです」

「ほう。カラクタカス、ぜひ聞かせてほしい」

「もちろんですとも。後ろのお二人はご友人で?」

「……そのようなものだ」

 

 しれっと友人(仮)にされた事実に嫌悪感を抱くも顔に出さず、代わりに笑顔を振りまいて極悪仲良しグループから離脱。どんより淀んだ空気の店内を大股で散策してアレを探す。

 

 ここ、ボージン・アンド・バークスにメローピーが言っていたロケットがあるらしい。モーフィン曰く”大切なロケット”、話しぶりから察するにゴーント家の家宝かもしれないロケットが。

 ゴーント家の者が重要だと思うなら、スリザリンに関係した品と推定。さぞ高値が付いたであろう。働けず、金に困っていたメローピーの生活をさぞ潤したに違いない。そうならなかったようだが。

 

 さて、彼女が私のような部外者に手放したロケットの所在を知らせる理由はただ一つ。あるべき場所へ戻せ。つまり息子のトムへ戻せ、そういうことである。

 

 知るか! 直接トムへ言え! トムに! どうして私がこんなお使いせにゃならんのだ! トムは父親に似たとばかり。やはりゴーントは厄ネタだった。自分が手放したのだから自分で何とかしろ、メローピー・ゴーント。

 しかし、トムに母親の形見を渡すのは悪くない考えに思う。生まれてこの方孤児院で過ごしてきた少年だ。家族がおらず寂しい思いをしてきたのは間違いない。目は口程に物を言うとの通り、トムの目が物語っていた。

 

 店主とオフェアリスの商談中、ざっと店内を確かめるもそれらしい品が見当たらない。人目につかない場所へ保管している、又はもうこの場所にはないか。

 顎髭を撫でているとホラスが近づいてくる。

 

「うげ! 見ろ、ありゃ栄光の手だぞ。気味悪い」

「んー? そうかね」

「目当てのものはあったか?」

「ない」

「何かお探しですか?」

 

 ホラスに続き、いそいそと近寄って来た店主がもみ手をしてこちらを伺う。離れた場所に並べられた用途不明の器具をオフェアリスが眺めている──―振りをして耳をそばだてていた。

 

「えぇ。ロケットを探しておりまして。知人が以前この店に売ったようで、買い戻したいのです」

「ロケット? ふむ。ロケットならあそこの棚に集めてありますが。それ以外となると、覚えが」

「鮮やかな緑色の『S』が刻まれた金のロケット。十年ほど前、妊婦から買い叩いたでしょう?」

 

 一瞬で顔を曇らせた店主に確信する。この男は知っていて隠していると。メローピーが家宝を売ってなお、生活苦に喘いでいた原因がこの男だと。

 泳いだ目をすぐさま戻し、普段通りの態度を装って店主が宣う。

 

「申し訳ございませんがなんせ昔のこと、まるで見当がつきません」

「思い当たりませんか。仕様がありません。ただの古びた金のロケットです。スリザリンの遺品など記憶にも残らないでしょう」

「何故それを」

「知人が売ったと申し上げた通り。知らないとでもお思いで?」

「スリザリンの遺品? 面白い。水臭いぞカラクタカス、教えてくれても良かったのに。私と貴方の仲じゃないか」

 

 この期に及んでなお白を切る店主へ、鎌をかけて徐々に追い詰めているとオフェアリスが参戦。そして店主の反応によるとロケットはスリザリン由来で確定。世間知らずとはいえ、金に困った妊婦の足元を見たに違いないこの男が心底不快だ。

 スリザリンの遺物へ興味津々なオフェアリスがこちらを加勢し、ボージン・アンド・バークスの店主、カラクタカス・バークが顔に汗を滲ませ唸る。

 

「だとしても貴方に売るつもりはございません。あんな貴重な品、どれほどの価値が付くと」

「もちろん、金に糸目をつけません。私は本当の持ち主へ返したいだけ。スリザリンの遺品はスリザリンの血脈へ。そういうものでしょう」

「返すだかなんだか知りませんがね、アレは資産家の顧客がコレクションに欲しがるほどの貴重品です。いくらでも出すと言っているのですよ。貴方に出せるとは到底思えない金額をね」

 

 静かな店内で欲深い男と静かにいがみ合う。オフェアリスとホラスは困ったように目を合わせ、成り行きを静観する。

 貼り付けた笑みの裏、こいつをどう料理してやるか沸々考える私の耳へ、この場の雰囲気にそぐわない軽いベルの音が響いた。

 

「バークスさん! ロケットの件ですけど……あらっお邪魔したかしら?」

 

 目に染みる桃色のローブを着たご婦人が扉の隙間から顔を出す。その姿をみた店主が「スミスさん! いいところに! この方が貴方のロケットが欲しいと言って聞かないのです」とご婦人を見つけて安堵の吐息をつく。

 ご婦人は私を見、ホラスを見。オフェアリスを見た途端笑顔で店内へ。

 

「ごきげんようオフェアリス」

「ごきげんようヘプジバ。お元気でしたかな?」

「ええ! 貴方は? 先月はとても楽しかった──―」

 

 金持ち同士の世間話を始める二人に毒気を抜かれどっと疲れが襲う。今はただただ帰って安らかに眠りたいのをグッと堪え、上流階級同士の交流が終わるのを待つ。

 

「それで……?」

「アルバス・ダンブルドアと申します。こちらの店主とロケットの件でお話しをしておりまして」

「ヘプジバ・スミスよ。申し訳ないけれど、お譲りできないわ。スリザリンの遺産をみすみす見逃せないの。バークスさん、お決めになられて?」

「えぇ、えぇ。ロケットは貴方の物ですスミスさん。毎度ありがとうございます」

 

 悪意ある目つきで素早く私をねめつけ、胡散臭い笑顔でさっさと良い値で売り払う店主。事あるごとに神経を逆撫でする言動をする男だ。クソ爆弾で爆撃してやろうか。

 

 ヘプジバ・スミスといえば。確か、ホグワーツの創設者ヘルガ・ハッフルパフの子孫、イギリス魔法界有数の資産家及び蒐集家。つまり直接金で殴り合っても勝てない相手。

 ならば搦め手で行く。ロケットを渡してもらおう。

 

 心から申し訳なさげなスミス婦人へ、わざとらしく肩を落として「すまないトム……」と小さく呟く。こういうご婦人は劇的な仕草が効くのだ。特に哀れな境遇であればあるほど共感を抱き、涙なしで語れないドラマティックなストーリーを好む。

 見事に食いついたスミス婦人が懸念を滲み出させおずおずと口を開く。

 

「差し支えなければ理由をお聞かせくださる? きっと事情があるのでしょう?」

「……はい。十年ほど前、とある女性がこの店に黄金のロケットを売りました。彼女はゴーントの生まれ。由緒正しいスリザリンの子孫でした」

「なんてこと。本当に? ゴーントはマールヴォロの息子、モーフィン・ゴーントしか……いえ、もう一人……」

「そう。マールヴォロ・ゴーントには二人の子供がいた。モーフィンと……メローピー」

 

 さらに憂鬱な雰囲気を纏い、ゴーント家とトムをだしに懐柔を試みる。

 

「メローピーは決して叶わない恋をし、恋に破れた。彼女に残されたのは家宝のロケットと身重の体だけ。戻る場所も行く場所もなく、腹の子供のために家宝を売り払った」

 

 ハッと息を飲み口へ手を当てる婦人。ホラスも息を飲む。

 なお、オフェアリスだけは面白そうにニンマリ笑っていた。

 

「彼女は……」

「子供を産んですぐに……。極貧生活と妊娠が体に負担を掛けたのでしょう。ですが、子供に名を残すことはできました」

「その子の名前は?」

 

 

 

「トム・マールヴォロ・リドル」

 

 

 

 唐突にオフェアリスが声を上げる。思慮深い目で合点がいったと何度も頷き、私へ目線を合わせ、口角を吊り上げて問う。

 

「今年ホグワーツ二年生になった少年。彼ですな? 息子から聞いた時は半信半疑だったが、いやはや。驚いた」

「そう。スリザリンの継承者。メローピーの一人息子。それがトム・マールヴォロ・リドルなのです」

 

 置いてけぼり状態の店主を無視して話を締めくくる。決まった。雰囲気に呑まれているぞ。

 後はこちらの希望を呑むよう誘導するだけ。

 

「あの子は母親の顔を知らず。家族もいない。せめて母親の形見を遺してやりたかった」

 

「安心してください。貴方からロケットを奪うような真似はいたしません。ですがせめて、実物を拝見させていただきたい。本当に彼女が遺したロケットなのか、この目で確かめたいのです」

 

 陰鬱に顔を歪ませ深く腰を折り頼み込む。私の役者魂を正面から浴びたスミス婦人は目を涙で潤ませ、片手を胸に握りしめている。やはりこの女性はこういう演劇じみた展開に弱いようで、昂る感情のまま店主にロケットを持って来いと命じ「私にはこれくらいしか……」と悲しそうに零した。

 言葉巧みに裕福な女性を誑かすこの状況に罪の意識を感じるも、急いで感情を握り潰す。私のような悪人に目を付けられたのが運の尽き。野良犬に粗相されたとでも思って諦めてくれご婦人。

 

 店主が保管庫らしき場所から急いで豪奢なケースを引きずり出す。ケースを開くと、ベルベットに包まれたロケットが姿を現した。

 店内の鈍い照明を照り返す金属製のフレーム。黄金に埋め込まれた曲線を描くエメラルド。

 

 メローピーのロケット。

 

 

「あぁ、まさしく。このロケットだ」

 

 すぐさま魔法で鑑定。無論結果は白。ついでに創設者独特の古い魔法の痕跡も感知した。

 これがスリザリンの魔法の痕跡なのだろうか。グリフィンドールと随分違う。当たり前か。

 

「ありがとうございます。確認できて良かった」

 

 劇的に背を向け肩を丸めて店の出入口へゆっくり歩を進める。圧倒的な敗者の姿を見せつけられたスミス婦人は動揺を隠せない。ホラスも雰囲気につられて泣きそうだった。

 騙されてんじゃないよホラス。君、私と何年いるん──―そういえば君もこういうドラマに弱かったね。忘れていた。

 

「待って!」

 

 スミス婦人が涙を湛えて叫ぶ。やっと、この臭い三文芝居以下の演劇を終えられる見通しに心を弾ませ、緩む頬を引き締めて振り返る。悲劇的な物語に同情した心優しい女性の眼差し。一歩二歩小さく歩み寄り、止まり、躊躇いを色濃く乗せた声が零れた。

 

「ホグワーツ創設者の遺品であり、亡き母の形見……男の子にとってどれほどの意味があるか。想像もつかない」

 

 年季の入った床板を眺め、震える息を吐き出すご婦人。

 

「だけど、貴方の言葉を信頼できるかわからない。可哀想な子供はおらず、ロケット欲しさに馬鹿な女を騙り取る嘘つきかもしれないもの。ごめんなさい、ダンブルドアさん。貴方を糾弾したい訳じゃないの。どうか理解してちょうだい」

 

 些かスミス婦人の勘の良さに肝を冷やされるが耐え「承知しております。信じがたいのも当然でしょう」と深刻そうに頷く。ついでに目をきらめかせておいた。輝かせると開心術の成功率が上がり、信頼も得やすくなる。

 今の状況で必要だと思えんが一応。

 

「一度その子と合わせてくださる? 話が真ならロケットをお譲りします。お金もいりません」

 

「ただ、確かめたいの」

 

 

 

「その子が本当にスリザリンの正統な子孫か」

 

 

 

 ヘプジバ・スミスの朗々たる声色が店内に響き渡り、誰かが喉を鳴らす。緊迫した空気に背中を汗が伝うのを感じる。

 面倒事だ。面倒事が来たぞ。ロケットが欲しいだけなのに。くそ。

 

「なんと興味深い。かつての栄華も今は昔。ゴーント家は衰退の一途をたどるまま消え行くと思われていたが。人生何が起こるかわからないものだ」

 

 ぬるりと話に割り込んだオフェアリスが芝居掛かった仕草で大袈裟に謂う。再度ダンブルドア劇場の舞台へ乗り込んだ挙句、役者として演じ始めた男を狐疑深く見つめる。

 また来たな。やめてくれ、話がややこしくなるだろう。十分ややこしくなっているのだよ! やめろ! 

 

「今度息子の誕生日パーティーを開くのですがね、息子の友人の一人として招待しているのですよ、件のリドル君を。実にタイミングが良い。まるで運命が導いたようだ」

「運命? 面白いこと言うのね」

「ヘプジバ、これを運命と呼ばずしてなんというのです。さてこの話は置いておきまして、パーティーで真偽を確かめるのはいかがでしょう。素晴らしい余興になると思いませんか?」

 

 それが狙いか、このプラチナブロンド頭。トムの一大事なんだぞ! 息子の誕生日の余興にするんじゃない! 

 

「んー。私も出席予定ですし、リドルさんもいらっしゃるのでしょう? 問題ないわ。ダンブルドアさんはどう思われる?」

「私はその日おりませんので、日を」

「おっと失敬。貴方も招待しますダンブルドア。ホラスも出席されるのですよ。そうですね? ホラス」

「え! おっおお。そうとも」

 

 突如話を振られたホラスが面食らう。私は唖然としていた。

 ロケットを買う話がスリザリンの正当な子孫を確かめる話になり、いつの間にかマルフォイ家の誕生日パーティーに出席する話になっている。一体全体どうして。

 待て。焦るな、まだ焦る時間じゃない。

 

「いきなり私が来てもご子息がお困りになるだけですので。スミスさん、ロケットは日を」

「ハロウィーンの時に世話になったと聞いていますよ。息子も喜びます。ぜひ、いらっしゃってください」

「往生際が悪いぞアルバス。諦めろ。それに、君が来れば全部解決するじゃないか。話が本当ならスミスさんからロケットを受け取り、トムに渡せばいい」

 

 嫌です。行きたくないです。周り純血だらけの純血パーティーだろ。

 トムがいるので勘弁してください。

 

 呆れた様子のホラスがダンブルドア討伐隊に加わり四方八方を囲む。前門の虎後門の狼ならぬ、前門のスミス婦人後門のオフェアリス~お傍にホラスを添えて~が出来上がり。

 にっちもさっちも行かず、無様に足掻くも敗北。無理やり目尻を上げて微笑みを作り、死んだ目と強張った苦笑いでぎこちなく頷き、全面降伏(参加)を伝える。

 

「素晴らしい! 判別はやはり蛇語ですかな? サラザール・スリザリンはパーセルマウス。ゴーント家の者は皆、蛇語を話すと聞く。当日に蛇を用意しましょうか」

「えぇ。子孫なら蛇語を話せるはず。蛇と意思疎通が簡単にできるわ」

「実はパーセルマウスも見るのも蛇語を聞くのも初めてでして。興奮で少年のように心が弾んでいるよ」

 

 当人はつゆ知らず、楽し気にキャッキャウフフと話を弾ませるお三方。

 遠い目で成り行きを見守る私。

 

 すまないトム。

 私のせいで蛇語一発芸を友達の誕生日パーティーで披露することになってしまった。

 恨むなら私とホラスを恨んでおくれ。

 

 ついでにオフェアリス・マルフォイも。

 




・オフェアリス・マルフォイ
生やしたアブラクサスの父。純血。そして大富豪。
家族大好きな良夫。しかし、家族以外には容赦ない男。

・カラクタカス・バーク
ボージン・アンド・バークスの店主。金にがめつい。

・ヘプジバ・スミス
ホグワーツ創設者、ヘルガ・ハッフルパフの子孫。資産家であり蒐集家。
原作でトム・リドルにハッフルパフのカップ、スリザリンのロケットを奪われ、分霊箱の生贄にされた。

・スリザリンのロケット
サラザール・スリザリンが遺した遺物。
スリザリンの子孫であるゴーント家が代々受け継いできたが、メローピー・ゴーントが持ち出し売却。ロケットはボージン・アンド・バークスに渡り、ヘプジバ・スミスが買い取った。
蛇語で開く。

・麻痺呪文(ステューピファイ)
相手を麻痺・失神させる呪文。

・栄光の手
罪人の手を乾燥させた闇の魔術の道具。持ち主だけに光を当てる。


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第9章  嵐の目

トムとのお話回。
少し短め。


「トム、少しいいか?」

 

 普段通りの変身術の授業後。

 教科書と学用品をまとめ席を立つトムへダンブルドアが声を掛けた。

 

 1B教室は次の授業へ向かう生徒、友人と歓談に興じる生徒などが教室でひしめき、騒がしくも活気ある様相を呈している。少年の後ろに控えた学友らしきスリザリン生と一言二言交わし、彼が立ち去るのを見届けてダンブルドアとトムは教室奥の研究室へ向かう。

 

「すまない。重要な話があってね。あまり友達を待たせないといいのだが」

「お気になさらず。メレディスは大丈夫です」

 

 今年三年生へ進級したスリザリン生メレディス・レストレンジ。

 去年からトムと親交を育んできた彼はめでたく腰巾着へとその地位を上げた。トムの背後を四六時中つけ回す姿は、どこからどう見ても立派な腰巾着だ。

 

 来客用のテーブルへ案内してソファに座らせ、向かいに座る。

 

「君のご両親について調べが付いた」

「え?」

 

 目を丸くして驚くトムが反射的に声を零す。

 数十秒たっぷり硬直してから絞り出す「僕の…両親?」と自分自身に呟いた言葉を逃さず耳で拾う。

 

「お茶でも飲みながら話そうか」

 

 事前に準備していたティーセットを並べ、お茶をカップへ注ぐ。

 長期戦を予想してお茶菓子はちょいと豪勢に。コーヒーテーブルにはスコーンにクッキー、サンドイッチ、ケーキを乗せたティースタンドが鎮座している。

 注ぎ終えたカップを渡すとすぐさま湯気立つ紅茶をお構いなしに飲み下し、喉と舌を焼いたトムが顔を顰めた。

 

「父さんは…父さんはどんな魔法使いですか?」

「あぁ、その、トム。君のお父様は魔法使いではなかった」

「…」

 

 先程より硬く固まった少年を哀れに思うも続ける。

 

「名は君と同じトム・リドル。お母様の名はメローピー・リドル。お母様が魔法使いだ」

 

 口をぽっかりと開けて脳を機能停止させたトムへお代わりの茶を注ぎ、反応を伺う。数分経過したが彫像と化したトムは何も話さず動きもしない。

 仕方ないのでサンドイッチを食べ、クッキーを口直しに食べ、スコーンを半分に割ってクロテッドクリームを塗る間際にトムが再起動する。

 

「母さんが? 嘘だ。母さんは違う。魔法使いだったら死なない。死ぬはずがない」

「魔法使いは不死でも人知を超えた存在でもない。私達はどこまでいってもただの人で、死すべき者にすぎないのだよ、トム」

「そんな…じゃあなんで母さんは死んだ? なんで僕は一人? 父さんは? 父さんはどうした!?」

 

 呆然自失から燃え上がるように憤怒へと移行を果たしたトムへさらに憐みの感情を抱く。

 半分立ち上がり、肩を怒らせて胸倉に掴みかからんばかりの少年を見据え、言葉を紡いだ。

 

「落ち着きなさい」

「落ち着け?落ち着けるとでも!?ふざけるな!」

 

 鼻息荒く威嚇する毒蛇の王にお手上げ状態の私は、肩をすくめてジャムも追加したスコーンをムシャムシャ頬張り、テーブルにある物全てを投げつけたい衝動を手を震わせ抑えているトムを座った目で観察する。

 徐々に噴火中のトム山が冷え、熱いマグマを内包したまま休火山近くへ活動を停止。ぞんざいにソファへ尻を投げつけ手で顔を覆うトム。

 

 傷心中の彼には悪いが、話を進めねばならないのが辛いところ。

 汚れた手をハンカチで拭きながら口内の食物を飲み込む。

 

「どこを調べても父さんの名が無いのは、魔法使いじゃないから。マグルだったから?僕はあいつらと違う。僕は…特別だ。絶対、認めない」

「トム。何度でも言うが、血に拘るな。ご両親が魔法族であろうとなかろうと君は君だ。他者を卑しめてまで特別にならなくていい」

 

 視線をあちらこちらへ飛ばし必死に寄る辺を探す少年が目を輝かせて口を開く。

 

「母さんは? 母さんについて教えて」

「お母様の旧姓はゴーント。古い純血の家系であり、サラザール・スリザリンの末裔。お母様の父、マールヴォロ・ゴーントは君の祖父にあたる。君のミドルネームは祖父の名からつけられた」

「ハハ!あぁ、やっぱり。ほら。僕は、特別だ!」

 

 壮絶な笑みを浮かべて呵う。

 楽し気な口や目元と対照的にその目は淀んでいた。

 

「父さんは特別な母さんを捨てた。矮小なマグル如きが、スリザリンの末裔を!そうなんだろ!?」

「すまない…トム。お父様がした仕打ちは耐え難いものだ。しかし」

 

 醜悪な面を浮かべたトムが「やっぱり!捨てたんだ、僕も母さんも。ゴミみたいに」と呪詛を吐き捨てた。

 彼はすぐ「親戚は?祖父母は?僕を気にする誰かがいるはずだ!何で僕を迎えに来ない?何で誰も僕を探さない?」など矢継ぎ早に続け、そしてふと、昨日の夕飯の献立を思い出したかのように

 

「あぁ…そっか。いらないんだ。僕」と感情の抜け落ちた声が室内に響き渡り、トムがゆっくり言葉を噛み締め呟いた。

 

 その頃の私はというと、心に満ちる後悔の海で溺れていた。

 

 こんな話題今すぐ止めるべきだ。もう少し上手いやり方、切り出し方があったに違いない。

 優しい嘘で甘く覆って、今だけでも幸せでいられるように嘘をつく。そうしろ。

 嘘は得意じゃないか。

 

 けれどいつかトムが見つけただろう真実。一人で直面するより誰か傍にいた方が良いだろうし、話はまだまだ終わっていない。

 

 さて、どうしよう。

 これは生徒が友人関係や学校生活、いじめについて相談に来た時と別だ。教師としての助言や慰めはこの場合適切ではない。多分もっと暖かいもの──―。

 

 発信源不明の引かれる感覚が神経を撫でる。

 外部ではなく内部から。

 

 奇妙に思うも、引かれる感覚を頼りに自身の記憶を探った。

 

 

 

 

 柔らかい光が照らす懐かしい居間。小さな弟を抱く母と寄り添う父。

 大きな手が頭を撫で、低い声の囁きと高音の優しい笑い声が耳に響く。

 厚いガラス越しか水中にいるようにぼやけて言葉は聞き取れなかった。

 

 

 

 

 しかし、相分かった。きっとこれが正解。

 

 

 

 

 俯く黒壇の頭へ手を乗せ、ゆっくり撫でる。

 

 

 

 重過ぎないか、撫でる速度は適切か、強く撫で過ぎていやしないか、諸々不安はあるが全てを脇に置き無心で手を動かす。父が家にいた頃よく頭を撫でてもらったように。小さな弟にばかりかまける両親に不満を抱き、泣き喚いて困らせた時も変わらず撫でた大きな手のように。

 

 今じゃその大きな手は自分の手で、別の誰かを撫でている。

 

 トムの髪の毛は意外にも柔らかい。もっと硬いとばかり。

 綺麗に整えられた髪型を崩さず慎重に右へ左へ。腕を伸ばす前のめりの体勢が腰に効くが我慢。すでに多くの傷を負った少年へさらなる追撃を加えないために甘言に長けた舌を動かすが、裏切り者の舌は全く耳障りの良い言葉を紡がない。

 

「ご両親のことを残念に思う。愛の妙薬を知っているか?」無言で頷くトムへ「勉強熱心で素晴らしい。なら、愛の妙薬で愛は得られず、執着や強迫観念を引き起こすだけというのもわかるね」と、ところどころ詰まるも何とか口を動かす。

 

 手の熱が移り暖かな頭が僅かに揺れ、流れ落ちる煌めく粒が絨毯を濃く染める。

 

「君のお母様は愛を欲した。愛の妙薬を使って、人の尊厳を踏みにじる行為に手を染めてしまったのだ。愛は強制や強要するものではない。それを愛と呼ばない」

「なら、愛とは何ですか」

 

 顔を伏せたままの少年がかすれ声で問う。照明の光を照り返し輝く頬があまりに痛々しく、頭に乗せていた手を下げて親指で拭った。ついでに冷たい頬を頭と同じく手で温めておく。

 

「難しい質問だね、トム。愛とは誰かを思いやる心であり最も強力な魔法。人や物、生物、無生物問わず、大切に思う気持ちだ。そうだな、たしか君は本を読むのが好きだね?」

「ええ」

「愛とは行為でもある。この場合は愛好。君は読書愛好家と言える。愛には様々な形が存在するのさ」

「…」

 

 トムが押し黙る様子を見て、そこはかとなく寂しい心境に陥ると同時にナイーブな少年へ微笑ましさを感じた。ダイアゴン横丁で縦も横も狭い男の子が山のような本に囲まれ、脇目も振らず読み耽っている光景を思い出す。官能小説を読んでいたのを見つけた時は本当に焦ったものだ。

 思うにトムが知りたい愛とは、私が言った”本”への愛でなく”人”に対するものだろうか。

 

「愛を求めるだけでは愛は手に入らない」

 

 これは真理と言えよう。恋と執着。二つが組み合わさると悲劇になる。

 ゲラートとの夏や、メローピーのように。

 

「求めても手に入らないなら愛は無意味です。存在しないものを立証できないように、愛など無価値です」

「おいおい!どうしたトム!愛に絶望するんじゃないよ。君は若いのだから、愛だのなんだと気にするな。そういう難しいことは私程の年齢になってから悩め。欲しいなら私から親愛をやる」

 

 手でハートを作り、奇妙な飛行音を立てて哀愁漂う少年の額へ軽く衝突させる。

 着弾と同時に爆発音と煙を身振りで表すと、やっと顔をあげたトムがぼんやり口を半開きに開けて呻く。

 

「…求めても愛は手に入らないのでは?」

「君は私から愛を求めなかったからね。いいのだよ。ほら、受け取りたまえ」

「結構です」

「あまのじゃくめ。タダで貰えるものは貰っておけ」

 

 アホみたいな面に思わず笑う。続けて二発目のハート弾を射出するも回避され腹が立ったので弾道を直角に曲げ着弾。抗議に眉を寄せた面が更に笑えて仕方ない。自然に口角が上がるのを抑えようとする、桃色の頬の十二歳児の頭を軽く叩くとますます眉間に皺が寄った。

 怒るか笑うかどちらかにしたまえ。

 

 山は越えた。後は下るだけ。クッキーでも食べてお茶会の再開と洒落込もう。

 

 あっそうそう、もっと笑うといいぞトム。

 

 

 

 素敵な笑顔なのだから。

 

 

 



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第10章  灰被り蛇 前編

話が長くなったので前編・後編に分けました。

悪夢と誕生日パーティーへの準備回。


※2023/7/10追記※
キングス・クロス駅の描写を修正しました。
「白に包まれた」→「無人の」

※2023/7/26追記※
細部を修正しました。
「濃い鳶色」→「暗い鳶色」


「ここは」

 

 無人のキングス・クロス駅。

 汽車も人もおらず僅かな音さえ聞こえない空間で、ダンブルドアは孤独に立ちつくしている。

 杖もなくお菓子さえない。

 

 この異常事態は、そう。

 

 夢だ。

 

 気付いたら簡単。覚めるまで待つ、これに限る。

 覚めろと念じたところで意味がないものだ。

 

 夢だと自覚した時点で、ならば夢を操ってやろうとケーキを思い浮かべるも特に変わらず。

 魔法も駄目。ため息をつく。

 代わり映えしない風景に飽き、近くのベンチへ腰を下ろした。

 

 さっきまで誰かが座っていたのかベンチは暖かい。

 誰もいない駅のベンチに温もりを感じる。

 

 まあ、そんなものだろう。

 これは夢だから。

 意味不明なことも起きる。

 

「先生」

 

 自分自身を除き無人の駅構内に青年の声が響く。横を向くと空いた席に青年がいる。

 黒髪に丸い眼鏡、綺麗な緑の目と額の傷。グレーの上衣にグレーの下衣。

 

 はて、どこかで見た気がする顔だ。

 

「君は?」

「覚えていませんか?」

「すまない。見覚えはあるが」

 

 うーむ。もうすぐ思い出せそうなのだが。誰だ。誰だ? 

 ん? まて──―。

 

「酷いです先生。あれだけ尽くしたのに」

 

 おぉう待て待て。記憶よ、逃げるな。思い出せそうだったのに。

 

「人違いだろう。私は君を知らない」

「え?……」

 

 

 

「くそったれの最低野郎」

 

 

 

 知らない誰かが知らない理由で自分に怒りをぶつけている。身に覚えのない所業を責められ、罵詈雑言を吐かれているこの夢は一体全体どういうことか。怒りのボルテージが上昇して止まらない青年へ謝ろうにも謝る意味がない。仕方なく『ホグワーツの怒れる十代を宥める教師』の役割を夢で行う。

 生徒の場合、ただ話を聞いて欲しいのが大半だ。なので、丁度良いタイミングで頷き、続きを促し、共感する。すると大半は満足してもと来た道を帰っていく。

 彼にもこの戦法が効くのを祈ろう。

 

「──―を騙った偽善者! 自分の手がどれだけ血で汚れているか見てみるといい!!」

 

 息を切らし、暴言が一段落した青年に「私が偽善者なのはとっくに知っているよ。わかってる」と鎮め、妙に現実感がある夢に困惑していた。夢にも拘らず思考は透明で、質感や景色は精密。青年の口から発進した飛沫さえしっかりくっきりと見える。

 前回の悪夢は違う。遠くの背景や地面の細部がぼやけ、非現実的過ぎた。

 

 急に青年が立ち上がり、しなやかな杖を向ける。狙いは心臓。この距離で呪文に当たればタダでは済まない。

 残念だが、私に杖はないし、魔法も使えそうになかった。

 

「おまえが目障りだった。いつも。おまえの、その、知ったような目が」

 

 醜い顔が絶望的に似合わない青年が夢の終わりを告げる。

 

 

 

 

 

「アバダケダブラ!」

 

 

 

 

 

 朝。曙光がカーテン越しに差し込み、元気な鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 体を動かす気にはなれない。体全体に痛みが広がり、特に背中が痛む。原因は床の上だからか、別の原因か。

 痛みと疲労にイラつき、カーテンの隙間から差し込む憎たらしい朝日へ怨嗟を向けた。

 

 おはよう太陽! 元気そうで嬉しいよ! 

 

 

 

 

 

 なんやかんやで落ち着いたトムへ、言う機会を逃さんとばかりにロケットとそれを取り巻くゴタゴタ、お友達と聴衆の面前で蛇語を宴会芸として披露する羽目になった諸々をぶちまけてからひと月と少し。

 貴族の見世物にされる予定のトム少年による、怒りのダンブルドア回避で少々傷ついたガラスのハートを抱え、ついに迎えた12月の誕生日パーティー当日。クリスマス休暇で閑散とした大広間にて朝食をとり、トムを拾いマルフォイ邸へ出発……せず、合宿会場と化したダンブルドア邸へ向かう。

 

「いや、すまない。配慮が欠けていた。君に合うものがあれば良いが」

 

 様々な衣服が詰まったウォークイン・クローゼットを漁る男。私だ。隣の不満気なガキはトム。

 理由はこちら。

 

「ご心配には及びません。僕はこれで十分です」

「せっかくのパーティーだぞ? 着飾っても罰は当たらんよ」

 

 トムはパーティーに相応しい衣服を有していなかった。

 

 それに気付いたのは、この毒蛇が制服を着て現れてすぐ。

 孤児院出身の少年が純血貴族のパーティーに来ていく服なんざ所有しているはずもない。

 こういうところだぞ、ダンブルドア。しっかりしろ! 

 

「あなたの憐みなんていらない」

「老人のお節介は受けておけ、小僧。たとえお下がりでも何かに使えるだろう」

 

 あれでもないこれでもないと服の海をかき分け、茶に銀のチェックが入ったスーツの一つを手に取る。ポイと後ろに放って浮かせたスーツの列に浮かせ、ついでに濃いエメラルドグリーンのローブと、おそらく着ないだろう紅のド派手なローブを加えて終わり。

 指揮棒として杖を振り、トムの座ったソファへくらげのように衣服をふわふわ浮かせて並べた。

 

「君が着ても違和感がないものを集めた。好きなのを選んでくれ」

 

 口をとがらせた仏頂面で高価な衣服を睨みつけるトムが、炎色のローブに視線を固定したまま指を突き付け非難の声を上げる。

 

「コレが僕に似合う服だと?」

 

 視線でローブを焼けたのなら、今頃灰の山になっていただろう鋭い眼光でローブを焼く少年へ軽く手を振り、笑いを噛み殺す。予想通りの反応そのままで口角がニヤついて止まらない。

 絶対あの服を嫌悪すると思っていたよ。毒蛇の王。

 

「嫌いかね? 素敵な紅じゃないか。着てみたらどうだ? 案外似合うかもしれんぞ」

 

 死の視線をこちらに放ったので思わず目を隠し「石にされる~!」とおどけ逃げる。ドレッサーに避難し、服にゴミが無いか確認する振りをして背後のトムを隠れ見、睨まれたままだったので肩をすくめた。

 

「フェアリー・ゴッドマザーを演じるのは楽しいですか? 先生」

 

 フェアリー・ゴッドマザー? マグル童話『灰被り姫』の? 童話が好きかトム。気が合うね。

 

「まさか。あぁ! かぼちゃの馬車も用意しようか? シンデレラさん」

 

 毒が滴る言葉に飄々と答え、顎を左右に傾け鏡で自身を観察する。

 暗い鳶色に銀が侵食して縦模様になりかけの髭を擦った。額に落ちた髪の毛を戻す。

 

 次に首元へ焦点を当て、少し震える指で首を突く。四カ月前の悪夢で負った痣は、今や幻の如く消え失せた。お手製のどんな傷でも治るハナハッカ軟膏が効かない痣。魔法の傷を検出する検出魔法がうんともすんとも反応しない正体不明の痣。

 ニコラスに直接見てもらうも原因は特定ならず。状況は芳しくない。

 だが、一つだけわかった。

 

 何者かが魂を攻撃したために負った傷。

 あれは魂の傷だと。

 

 生憎ニコラスも私も魂に関係する魔法は知れど、魔法を使わず魂に仇なす方法など知る由もなかった。ひょっとすると既存の魔法ではない、例えば、遠い昔に失われた力が関係あるかもしれない。とすると、もう何年も連絡が取れていない一人の人物が適任……しかし、実際問題連絡が取れない──―。

 ドレッサーの鏡越しにトムが黒いスーツを選ぶのを見て振り返る。

 

 黒い滑らかな素材が特徴のシングルスーツ。イタリアで衝動的に買うが、終ぞ着ることもなくクローゼットの肥やしと化した哀れな品。

 裏地に赤が使われているのを見てトムが嫌そうな顔をした。

 

「色が嫌い? じゃあ、これは?」

 

 杖を振り、裏地の色を赤から鮮やかなエメラルドグリーンへ。おまけに柄を蛇の鱗に変えて見せてやる。

 

「金持ちの前でピエロを演じるには十分ですね」

「本当に申し訳ないトム。この通り。許してくれ」

「簡単に許すと思わないでください」

 

 悪くないという風な顔つきで観察する少年に、心からの謝罪とクローゼットの他の場所から呼び寄せた靴とシャツ、ネクタイを渡して部屋の扉へ向かう。

 

「スーツが勝手にサイズを合わせるから気にせず着てくれ。制服はそこに置いておけばナサリーが勝手に洗濯する。帰りには新品同様の制服が返ってくるさ」

 

 ふいに背後へ向き、トムの後ろにいつの間にか出現した屋敷しもべ妖精へ声を掛けた。

 

「ナサリー、そこにいちゃ着替えにくいだろう。ほら出るよ。来なさい」

 




・死の呪い(アバダケダブラ)
唱える→相手は死ぬ。許されざる呪文。
ヴォルデモートの通常弾。


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第11章  灰被り蛇 後編

灰被り蛇の後編。

突撃!マルフォイ邸のお誕生日パーティー回。



ロケットの代償はいくらか。


 トムは黒にエメラルドグリーンのアクセントが入ったスーツ、私は紺のタータンチェック柄のスーツに身を包み戦場へ出陣。黒々としたトムの隣にいるとやや地味な印象に見える。だが、それが狙いである。こういった場では出来得る限り目立ちたくない。

 

 邸宅で開かれたアブラクサス・マルフォイの誕生日パーティーは、ガリオン金貨の香りが漂っていた。

 

 広大な敷地に聳え立つ邸宅の玄関で、暇なく働く屋敷しもべ妖精に招待の有無を確認後、広いホールへ。豪華なシャンデリアがギラギラ輝き、豪勢な食物の乗ったハイテーブルを色とりどりの花々が美しく飾る。

 まさに貴族の生誕日を祝うに相応しい会場で、マルフォイ夫妻&アブラクサスの純血親子がふんぞり返って招待客をさばいていた。

 

 純血に囲まれた完全不利な状況に怯まず金持ちの輪へ突撃。小脇の捧げ物をしっかり抱え人々を通り抜けて行く。

 

 言うまでもなく、誕生日パーティーへ出席するなら主役へプレゼントが必要だ。そうそう。金で手に入らない物などマルフォイ家に存在しない。金をかけた所で無駄である。生徒かつ、子供へ与えても問題なく軽視もされない品が最善。丁度研究で作りすぎた砂時計が余っていたので、外観を美しく装飾し、魔法を何個か掛けて包装した。

 トムがどんなプレゼントを用意したのか興味があるが、詮索など野暮はせずこの先を心配するのに費やそう。

 

「ごきげんよう。本日はお招きいただきありがとうございます。お誕生日おめでとう」

「ありがとうございます、ダンブルドア教授。僕の誕生日パーティーへようこそ。父から貴方が参加すると聞いて楽しみにしていました」

 

 ほくそ笑むオフェアリス・マルフォイとその妻へ、挨拶と招待の礼を言い、意味深に父親とニヤつくアブラクサス・マルフォイを祝う。それからプレゼントの小包を渡す。

 マルフォイは包みの重さを手でさり気なく測り、暫し眺めて検分を終えると、傍に走り寄る屋敷しもべ妖精へ包みを突き出し、妖精が恭しく受け取った。

 

 儀式を終えて少し下がり、後ろに潜むトムの背を優しく押して前へ引きずり出す。

 挨拶したまえ。

 

「初めまして、トム・マールヴォロ・リドルです。ご招待ありがとうございます。お誕生日おめでとうアブラクサス」

「ありがとうトム」

 

 控えめだが、輝く笑みでマルフォイ家に愛敬を振りまくトム少年。無を体現した虚無面は消え、ホグワーツの優等生及びホラス・スラグホーン教授お気に入りのスリザリン生が、深緑の細長い形をしたプレゼントをマルフォイへ渡す。

 

 少年の変わり身の早さに、いつ見ても鳥肌が立つと同時に感心もする。

 彼は仮面を被るのが非常に上手い。孤児院で生き残るために磨いた処世術の一つだろう。

 

 将来の闇の魔法使いポイント50点! 

 

 トムのプレゼントの検分後、一度目と同じようにマルフォイが腕を横へ振る。受け取った妖精が深々と頭を下げ、小走りでプレゼントの山が乗った台へ走り寄り、山に二つの捧げものを加えた。

 

「よくぞいらした。ダンブルドア、リドル君。君のことは息子からよく聞いている、リドル君。なんでも素晴らしい才能を持っているとか」

 

 地味な変身術教授とホグワーツ期待の新星を、なんとも面白そうに交互に見遣るマルフォイ家当主。傍で当主夫人がクスクスと上品に笑んで話に加わる。

 鈴を転がすような声で愛らしく笑む当主夫人、イーシス・マルフォイ。

 冠状に編み込んだ黒髪へ飾られたサファイアの髪飾りを煌びやかに光らせ、温和な雰囲気でイーシスが語りかけた。

 

「ごめんなさいね。この人は珍しいものに目が無いの。アブラクサスがお世話になっています、ダンブルドア。リドル君、息子と仲よくしてくれてありがとう」

「イシー! 仕方ないだろう。こんな機会、数百年あるかないか……」

「ほらほら、他のお客様へもご挨拶しないと。パーティーを楽しんでくださいね」

 

 会話は終わり、と頷く夫人と拗ねた様子の当主、呆れた顔の息子へ頭を下げてその場を去る。

 

 トムを伴い、閑散とした窓際へ避難。

 暗い色のカーテンへ溶け込むのに最善を尽くす。

 

「トム、あそこに好きなだけ飲食可能な魔法のテーブルがあるから行ってくるといい。もしかしたら友達が見つかるかもしれないよ」

 

 訝し気なトムを少々強引に食物の暴力へ向かわせて一人の時間を味わう。

 顔に手を当て大きく息をつき、懐中時計を取り出す。

 おいおい。まだ三十分も経っていない。

 

 ファーストコンタクトを命辛々成し遂げたものの、地獄の宴は始まったばかり。

 明らかにマルフォイ家はトムの一発芸を楽しみにしていて、オフェアリスは予想通りトムを見る目が悍ましかった。ロケットが本当に手に入るか些か不安。いや、だいぶ不安だ。

 しかし、あの男は後ろから刺したり煙に巻くことはあっても、正面から理不尽に奪い取る真似はしまい。

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。まずは社交界のゲームをどう生き残るか考えねば。

 飲料を運ぶ通りすがりの屋敷しもべ妖精から白ワインを受け取り一気に呷る。

 

 アルコール度数の低く甘い酒を気に入り、もう一杯貰う。グラスを回しながら窓の外を眺め気を紛らわせていると、ガラスに反射した見慣れた姿が近づくのが見えた。

 獅子身中の虫。ホラス・スラグホーンの出現だ。

 

「ここにいた!」

 

 ホラスの隣にトムが手ぶらで控え、トムの背後にオレンジジュースと軽食の乗った皿を持つメレディス・レストレンジが侍る。さも当然だと言わんばかりにレストレンジから飲み物を渡され、優雅に飲むスリザリンの化身にワインを吹きそうになった。

 腰巾着から使用人へ華麗に転身を遂げたレストレンジがいそいそ軽食の皿を渡す。

 

 たったひと月で、名家の純血一人を使用人へ調教した手腕に内心引くが顔に出さない。

 口角の痙攣はご愛敬。

 

「お帰りトム。こんにちはお二方。見つかってしまったな、ホラス」

「なあアルバス、もっと人前に出ろ。君ならすぐ人気者になれるのに勿体ない」

「あぁ、やめてくれ。今日はマルフォイが主役なのだから、私は目立つ必要ないよ」

 

「フゥム」と顎を撫でて考えるホラスに、嫌な予感がしながらも「誰も私を探していないな?」と思わず聞いてしまった。予感が的中したようで、ホラスが頷く。

 

「まぁその、そうだな。誰かいたかもしれん」

 

 広いホールを見回し、とあるご婦人を見つけた魔法薬学教授が「ほれ、あそこの。ギボン夫人だ」と横目で告げた。

 まさにこの言葉が詠唱された瞬間、こちらを認識したが如く夫人が顔を向け、目が合うと笑顔で近寄ってくる。咄嗟にホラスガードを挟むも、発見後に隠れたので意味無し。逃げ場を急いで探していると、見知らぬ男を伴ったマルフォイ家とヘプジバ・スミスが歓談のひとときを過ごすのが見えた。

 これ幸いとトムを引き連れ現場を離脱。相変わらず使用人君が付き従うが無視。

 

 以前、別のパーティーでギボン夫人が耐え難い提案をした。

 多分またあの話題を掘り返すつもりだろう。そうはいかん。逃げるぞ。

 

 

 

 分家の、それも、生まれたばかりの赤子を許嫁になんて、冗談でもやめろ。

 

 

 

「急かして悪いね。彼女とは、ちょっと……居づらくて。さあトム、もうすぐ受け渡しが始まる。準備は?」

 

 沈黙を貫くトムの肩に手を置く。小さく肩が跳ね、緊張、怒り、恥、不安が入り混じった混沌とした表情が浮かび、すぐさま消える。この、もうすぐ十三歳になる少年はゲラートや私のような怪物ではなく、あまりに自分の心を隠すのが上手なだけの子供だった。

 

 見て見ぬ振りをして敵視できたらどれほど楽か。怪物だ、敵だ、闇の魔法使いだ、倒せと。

 その醜い感情を抱くたび、恐怖に負けて恐ろしい行為を成そうとするたび…

 自分の何かが止めた。

 

 自分だが、自分ではない曖昧な存在。心の隅に潜む異質なモノが脳みそに影響を及ぼすのだ。

 顕著なのはトムとの接触時。家族の思い出を痛みに溺れず思い起こさせた、あの衝動。まるで、誰かの意志を自分の意思だと思わせるように”私”を操る。

 

「金持ちの前でピエロを演じると言ったね。君は正しい。これは見世物だ」

 

 もしかしたら私の心は最初から曲がっていたのかもしれない。

 ならそれは、ひん曲がった根を真っすぐにしようと奮闘する善なる心? ありそうもない。

 

「イギリスの魔法界を牛耳る名家がこの場に山ほどいる。トム、君は彼らのゲームを生き残る必要がある。勝者は彼、彼女ら。これは勝敗が決まったゲームなのさ。君や私がどれだけ困ろうが侮辱されようが、彼らにとっては娯楽。ただの楽しい遊びにすぎない」

 

 少なくとも、誰かの脳に巣食って意思を押し付ける存在を善と呼びたくはないし、自分に善の心がスプーン一杯でも残っていたなら、アリアナは死なずにすんだ。

 コレは私でなく、悪い存在でも善の存在でもない。トムへの反応はそれを示す。

 

「巻き込んですまない、トム。もっと静かに行動できていたらよかったのだが。……君はこれより、今まで以上に良くも悪くも注目されることになるだろう。この世界には血統が重要な意味を持つと考える人々が大勢いる。実に、馬鹿らしい」

 

 最近妙な夢が再発するわ、自分の意思が一つじゃない問題が発覚するわ、散々な目に合っている。

 

 ゲラートや戦争の状況を収集し、ドイツ魔法界の動向を探り、同盟者を集め、ホグワーツで教壇に立つ。睡眠薬とウィゲンウェルド薬でごまかしごまかしやってきたが、そろそろ休憩を挟まないとどこかで倒れるやもしれん。

 

「血統を重んじるばかりで個人の能力や功績を軽んじるなどもっての外。彼らが許しても私が許さない」

 

 私、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアは、ゲラートが離れようが家族が亡くなりアバーフォースが厭悪しようが、あるがままの自分と共存し生きながらえてきた男。本格的に頭が狂ったとしても、その狂った部分と共存してみせよう。

 機会があれば聖マンゴへ寄ることを心のメモへ書き記しておく。

 

「ここまで長々と語ってきたが、なに、気楽にやってくれトム。蛇語を喋る、ロケットが手に入るってね」

 

「……大丈夫」

 

 肩に乗せた手を軽く握って離し、本心からこの言葉を贈る。

 

「たとえ何があろうと、傍にいる」

 

 

 

 

 

 豪華絢爛なホール中央に集うマルフォイ家とスミス婦人。

 グループに混ざる黒髪の男が笑顔で頷く。

 

 歩み寄る我々を確認したオフェアリスが話を打ち切り、顎を高く上げ、響きの良い声で告げた。

 

「どうぞこちらに」

 

 スミス婦人のもとへトムを向かわせ、すぐ後ろで待機。

 黒地に金の細工が施された豪奢なケースを持つ婦人が黒髪の男へ目配せする。頷いた男がトムの近くまで寄ると、ゆっくり片手を上げた。

 

 男の首に巻かれた灰色の長いストールが有機的に蠢く。首から胸、右腕に巻き付くにつれ厚みが増し、鱗が生え、頭部を形成。フードを広げた灰色のインドコブラが頭を持ち上げて現れる。

 

 どうやら蛇を用意するという言葉は本気だったようだ。

 わざわざ他人様とその蛇を招き入れたのか、もとより呼ばれていたかは、オフェアリスとその家族のみぞ知る。

 

 知性的な黒の目を輝かせたコブラが『こんにちは坊や』とシューシュー音を立てて尾を鳴らす。思慮深い表情の仮面を纏うトムが挨拶と名を名乗り、相手の蛇に名を問うと、面白そうに頭を傾げた後『ナーガよ』とコブラが答えた。

 明るく談笑する一人と一匹を見る男が、オフェアリスとスミス婦人へ目配せを返し、口を開く。

 

「興味深い。非常に、興味深い。彼女と話す誰かを見たのは初めてだ。私でさえ彼女の言葉を理解できず、一方的に語るだけにすぎないのに」

 

 ナーガを優しく撫で、首に再度移動するコブラを塵ほども恐れず「彼女は名乗ってくれたか?」と男は言う。

 

「はい。ナーガという素敵なお名前を」

 

 トムが魅力的な笑顔を向けて答えると、男は嬉しげに笑顔を返し、蛇を連れてマルフォイ家のもとへ帰って行った。

 いつの間にか形成された純血の円陣に囲まれ、スミス婦人が興奮を隠せない様子でトムへケースを差し出す。中身はボージン・アンド・バークスで見た時と同じ、ベルベットの敷物に座するロケット。トムが息を飲む。

 

「貴方がリドルさんね。私はヘプジバ・スミス。スリザリンのロケットの現在の所有者。どうぞリドルさん。このロケットはもともと、貴方のお母様が持っていたと聞いているわ。貴方に返せて光栄よ」

 

 素敵な笑みをスミス婦人に照射し、ロケットを手に取るトム。左右に傾け、光を照り返す黄金の表面を満足するまで眺め回し、ロケットを開こうと手で弄る。

 

「ロケットは開かないの。古い魔法が掛けられていて──―」

 

『開け』

 

 蛇語でトムが唱えると、梃子でも動かなかった小さな扉が滑らかに開き、内部を晒す。

 

 中身は空洞。

 だが、伽藍洞から音楽が響くのを耳がとらえた。

 女性の優しい声が紡ぐ子守歌。

 

 トム・リドル・シニアの心の奥を覗いた際に聞いた、幸せそうなメローピー・ゴーントの鼻唄。

 

「我が息子の誕生を祝うべくお集まりいただいた皆様! この祝福されし日に、スリザリンの継承者が帰ってきた! 彼こそ、サラザール・スリザリンの正当なる子孫、トム・マールヴォロ・リドル!」

 

 魔法界上層部を震撼させる大々的な発表をぶちかます声を意識半分に聞き、周囲の『ゴーント』『子供はいない』『目』『気狂い』などの雑音を聞き流す。

 マルフォイ家と謎の男、スミス婦人がうわずった声で語り合うのを眺め、少年を見下ろす。

 開いたロケットを心ここにあらずといった状態で見つめていた。

 

 ロケットが無事トムへ渡ったのは良いが、これからが大変だ。

 古い血筋へ近づきたい者、トムの力を利用しようとする者、私利私欲に濡れた連中が沸いて出るだろう。きっと、今まで通りの人生は送れない。

 

 安心させようと肩を叩こうとしてふと留まる。周りがお喋りに夢中でこちらを認識していないのを見てから、黒壇の頭へポンと軽く手を乗せた。

 

 私はただの教師でしかないが、出来る限り力になりたいのだ。

 

 たとえ、トムにそんなもの必要ないとしても。

 

 

 

 我に返った少年が優しく手を握り、

 

 

 

 カチリとロケットが閉まった。




・イーシス・マルフォイ
生やしたアブラクサスの母。純血。穏やかで優しい家族思いの人。
しかし、強かな策略家でもある。
オフェアリスを尻に敷く。夫婦仲はすこぶる良い。

・ギボン夫人
生やした名家の人。飾りの当主を通し、ギボン家を裏から操るとんでもないご夫人。
ダンブルドアの交友関係と力、将来偉大な人物になるであろう素質を嗅ぎ付け、半純血である分家の女児(ガチ)を差し出した。
懐柔に失敗したので次は男児を薦める予定。

・謎の男とコブラ
生やした純血モブ。父がエジプト人の純血魔法族、母がマルフォイ家出身。実は恋愛結婚。
生まれた時から一緒にいるインドコブラのナーガを愛するあまり、変身術でストールの姿にしたナーガを首にかけ、どこでも連れだしている。


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第12章  コマドリが鳴く胡蝶の夢

チートにはチートぶつけんだよ!

トムはお留守番。


 穏やかな魔法の光で溢れた広い石造りの部屋。

 壁の無秩序な張り紙やら絵画、いたるところに散らばる魔法植物の鉢植え、魔法薬調合台で鍋がぶくぶく沸き立つ。

 

 途方もなく混沌とした室内にある、唯一空いたテーブルで向き合う二人の人物がいる。

 

 一人目は、本の墓場と化した卓上を雑にかき分ける赤毛。二人目は、赤毛が急いで隙間をあける様子を見下ろすダンブルドア。

 僅かながら開いた空き地へ、赤毛がどこからか取り出した黒い瓶とクリスタルのゴブレット二脚をねじ込む。瓶の中身を豪快に器へ注ぎ入れ、ふちを波打つ液体を零さずダンブルドアへ向かわせる。

 

 ダンブルドアはというと、やっと日の目を見た繊細な白いレースのテーブルクロスが、ゴブレットから逃げた青いしぶきで汚れて行くのを無常に見つめていた。

 

「自家製のりんご酒。ミントが効いていて美味しいよ」

 

 液体で重いゴブレットを慎重に持ち上げる。青い内容物を湛えるそれを一先ずテイスティング。

 りんごの香りとミントの清涼感。フルーティーで飲みやすく、優しい口当たり。

 薬草の風味もする。

 

「ご丁寧にありがとうございます」

「もうっ! アルバス。畏まらなくていいって! いつまで言わせるの?」

「私が墓に入るまで」

「えぇ……。一生そのままってことじゃない」

 

 目が眩む赤毛を揺らして、分厚い丸眼鏡の奥から群青色が睨む。

 あの透き通る眼差しが酷く懐かしい。

 

 さて。この場にいる理由は一つ。

 

 誘拐されたのさ。

 

 

 

 事件の発端は、トム二号とオリジナルトムへの誕生日プレゼントを考えていた際、窓ガラス越しに奇妙な反射を捉えたこと。無視すれば厄介事に巻き込まれないだろうに、好奇心に負けて窓に近寄ってしまう。妙な胸騒ぎを抱えつつ反射をガラス越しに触れていると、突如ガラスから飛び出した腕が凄まじい力で自分を引きずり込んだ。

 

 以前、ゲラートが鏡世界へ招待した件が頭をよぎり『すわ敵襲か!?』と、一瞬のうちに臨戦態勢に入り、杖を向けて──―。   

 腕を掴む昔馴染みがいた。

 

「はい。何度申し上げればいいので? 思い出し玉を差し上げましょうか?」

「まって。久しぶりに合う友人に辛辣すぎでは?」

 

 健康で無傷な友人に会えた喜びと、何年も連絡を寄越さなかった野郎に怒りが沸々と沸き出し、言葉の節々にトゲが乗る。ホグワーツ時代から自由奔放な性格を遺憾なく発揮し、野山を駆け巡っていた御仁だ。この程度かすり傷にもならない。

 相手の貧弱な視線を睨み返して焼き払うと、慌てて目を逸らされる。

 

 この赤毛はロビン・リーベルタース。ホグワーツ時代から世話になっている古い友人。

 忘却の彼方へ消え失せたはずの古代魔術の使い手であり守護者。

 野郎はここ数十年全くの音信不通で、死亡疑惑が浮上し始めていた。

 

「当たり前です。何年消えていたと思っているので?」

「んー? 三年かな」

「おかしいですね、十九年過ぎた気がしましたが」

 

 ロビンがゴブレットを取り落とし、目を見開いて固まる。

 私もこれには想定外。

 

「あぁ、だからか。もしかして時の流れが? 慣れないことするから……」

 

 大きな独り言を零す間に杖の一振りでテーブルの汚れを拭い去り、もう一度ワインを注ぎ直すロビンへ視線を投げた。目を意図的に細め「どういう意味ですか」と威圧的に問うと、間髪入れずに視線を泳がす。笑みでごまかそうと口角を上げるも、強張った頬が痙攣して不気味な仕上がりに。

 

 胡散臭いな。

 

 眼光を強め、概念的な光線で火あぶりに処し続けると、ついに両手を上げて赤毛が降参を示す。大きく息を吐いて顎を触る。

 

「えーと。この部屋、どこかで見た気がしない?」

「なんだか見覚えのある配置の石壁と窓ですね」

「そう! そうなんだ! ここ、ホグワーツ! 3C研究室!!」

 

 羽ばたかんばかりに手を振り回す、学生時代の先輩を胡乱げに見遣り口を開く。

 

「鏡世界のホグワーツにいると?」

「僕が君みたいに自由自在に鏡の中を歩けるわけないだろ。僕はこの場所にいる。実世界だよ、ここは」

 

 思わずぽかりと開けそうな口を意志の力で無理やり閉じた。鏡世界にいるものだとばかり。

 つまり、鏡世界に連れ込まれたのではなく、鏡を通じて姿現わしもどきをしたと。

 よかった。私の早とちりね。

 

 なわけあるか。

 

「冗談でしょう。3C研究室はこれほど取り散らかった部屋ではなかった」

「僕の研究室だからいいの」

「貴方は、闇の魔術に対する防衛術の教授ではありません」

「ここではそうなのさ。君とお揃いだね、アルバス」

 

 これっぽっちも狂気に濡れた発言をしちゃいないと笑いかける教授様に、今度こそ大口開けてアホ面を晒す。この赤毛の野生児は脳みそをそこらに忘れたか、戯言を吐き散らしているかどちらかだ。

 

「脳みそを洗面所に置き忘れていますよ」

「失礼な。正しい場所にあるわい」

「ご報告が遅れましたが、数年前、闇の魔術に対する防衛術教授から変身術教授へ就任しました。現在の防衛術教授は二週間ほど前、元気に授業を行っていたのを我が目で確認済みです」

 

 この言葉を聞くと、ロビンが謎めいた笑みを浮かべた。数秒沈黙が続き、飲料を飲み下す音とゴブレットを置く音が室内を満たす。

 遺憾にも眼前の赤毛は、温和な笑顔の裏に秘める予測不可能な狂気性が精神を凌駕しようと、友人想いの善人。突拍子もない寝言を吐いても悪意ある嘘などつかない。

 

 どういうことだろうか。なにせ、闇の魔術に対する防衛術教授職は埋まっており、副校長である自分が教授の交代を知らないのはあり得ない。

 

 だが、だが、嘘の気配を感じられん。真実だと? 馬鹿な。

 ロビンが教授に就任出来得る可能性はゼロ。

 現在は無理だ。

 

 そう、現在であれば。

 

「ロビン?」

「わかってる、わかってる。君の疑問はこうだろう?」

 

 細い人差し指をピンと立てて訳知り顔で言う。

 

「何故僕が防衛術教授になれるのか。不可能、非論理的だ。”君の時代”に教授はもういるのだから。でもね、今は──―」

 

 

 

「──―2020年の3C研究室。21世紀へようこそ、アルバス!」

 

 

 

 

 

 『2020年6月29日』という日付がでかでかと印刷された、日刊予言者新聞にうわの空で目を向けた。傍にはマグルの新聞が数紙積まれ、同じ日付が嘲笑うように誌面を飾る。

 無意識に手を顔に引きずると大量の汗が手の平を覆う。

 

 未来だ。私は未来に来てしまった。

 1939年から2020年という約八十年先の時間旅行を果たしたのだ。

 

 逆転時計でさえ成しえない偉業を全身で感じる羽目になるなど、誰が思おうか。

 ヒステリックな笑いが喉を鳴らし、体が震えて止まらない。血が頭から急激に落ちたせいで眩暈が頭を揺らすのを感じる。

 開いた紙面を丁寧に折り畳み、頭を抱えた。

 

「年を取ったね」

「当たり前だ。もうすぐ六十歳だぞ。貴方と違って、髭は伸び、皺や白髪が増える」

「僕は若作りが上手いだけ。ちゃんと白髪あるもん」

 

 手をひらひらと振って無遠慮に言い放つ赤毛に、クソ爆弾を投げつけたくなる。

 元はと言えば、この野郎が鏡に引きずり込んだせいだ。

 天誅をくださねば。腹の虫が収まらん。

 

 ロビンの胸に指を突き付け「私を楽しい未来観光に投げ込んだ理由を伺いたい」と、答え次第ではクソ爆弾を雨あられと爆撃してやるつもりで尋ねた。

 

 胸を鋭く突かれるままにしていた赤毛がその言葉に口を閉ざし、生意気なえくぼが消え、目は悲しみで歪む。突然の変化を最前列で目撃、驚きで凍る変身術教授へ栄光のDADA教授が今にも泣きそうな笑みで答えた。

 

「君に会いたかった。それじゃあ、駄目かな」

 

 あまりに誠実な声に苛立ちが解ける。

 行き場のない動揺が頭痛に変化し、眉間を揉んで痛みを逃がす。

 

「なら、どうして、くそっ。十九年! 十九年ですよ! どんなに心配したと」

「本当にごめんね。旅行中、穴に落ちて。気付いたらここにいた。ここで三年間、帰ろうとあらゆる術を試したけど、失敗続きでさ」

 

「偶然なんだ。偶然、君が鏡に映って、気付いたら無我夢中で引き寄せてた」

 

 赤毛が手の中のゴブレットに語りかけるのと同じく、釈然としない心持ちで自分自身のゴブレットを睨む。怒りと安堵、喜びが入り混じった感情が渦巻くのを感じる。

 さっきまで怒りが沸き立っていたくせに、すぐに鎮火する単純な自分が恨めしい。

 いつだってこの人には怒りが続かないのだ。

 

 思案に暮れる誘拐犯の、捨てられた子犬じみた哀れな姿を見てられず、喉を鳴らして注意を向けさせた。情けない顔がますます情けない顔になっている。

 ああ……下がった眉毛が床に落ちそうだ。

 

「惨めな時間はもう十分です。貴方の苦境はわかりました。謝らないでください。で、そうですね」

 

 青い酒を一気に喉に流し込み、ゴブレットで豪快にテーブルを叩く。

 十九年分の笑顔を乗せて言った。

 

「会えて嬉しいです……先輩」

 

 萎れた花が水を浴びて生き返るみたいに、ロビンの笑顔が蘇る。

 

「僕も。僕も君に会えて嬉しい、アルバス」

 

 

 

 

 

 涙の危機に瀕した感動の再会を乗り切り、心地よい沈黙に陥る。

 在りし日を彷彿とさせる穏やかな時間。

 

 ホグワーツに入学して半年が経ってなお、アルバス少年は孤独だった。

 同学年は勿論、上級生にさえ陰口を叩かれ避けられる生活が日常で、図書館が唯一の安息の地。

 図書館隅のかび臭い人のいない場所で時間を費やす毎日。図書館に住み着く勢いで入り浸る。

 

 ある日、本から顔を上げると向かいに座る七年生が。不快な質問や中傷を身構えて待つも上級生は本から目を離さない。そのまま二人で静かに読書に勤しみ、いつからか日常に。

 沈黙が徐々に一言になり、会話になり、交流へ。

 孤独な学園生活で、はじめて出来た友人がロビンだった。

 

 ロビンの卒業後も頻繁に連絡を取り合い、数年が数十年の付き合いに。

 私がホグワーツ教員になった時はお祝いに駆けつけ、巨大なピンクのケーキを両手に抱えて3C研究室に突入。山ほどの花火を打ち上げ、我が事のように喜んで。

 

 後日、エルファイアスが水色の巨大ケーキを手に現れて大笑いしたのが懐かしい。

 

 古き良き時代を懐かしがるついでに赤毛への用を思い出す。

 あの傷。魂の傷について訊ねたかったのだ。

 

「聞きたい事があります」

「ん?」

「実は最近、夢で攻撃を受けて悩んでいるのですよ」

「はあ!?」

 

 ギョッと途端に心配し出すロビンを必死に宥め、これまで起きた悪夢と傷について説明。

 首の痣はもうすでに消失済みだが見せておく。

 

「貴方なら魂に関する術を、今の魔法では検出すらされない力を用いて、傷つける術を知っているのではないかと思いまして。ご存知でしょうか」

「魂、それに夢。なんだろ? 古代魔術がらみ? 僕、まだまだ半人前だからなぁ」

 

 ロビンは眉根を寄せてうんうんと唸っている。

 暫く唸ってからロビンが杖を袖から引き抜き、こちらに丸眼鏡を向け「調べてもいい? 君を傷つけた誰かの痕跡があるかも」と。

 断る理由もなく、調べてもらう。

 

 杖を我が胸部へ向けると、淡い紫の光が胸へ向かう。名状しがたい暖かさが胸に広がり緊張するが、無理やりリラックス。杖を向け「魂を調べるのは難しくない。多分」なんて怖気が走る独り言を零す眼前の人物。体を硬直させ、魂が抜き取られないようマーリンへ祈った。

 紫の妖しい光を纏う杖を前後に揺蕩、五度胸を叩き、二回杖先を右回し。袖に杖をしまい直し、赤毛を大きく傾け悩む。

 ロビンの反応に恐怖で心臓が激しく鼓動する。

 

「どうですか?」

「古代魔術や他の魔法を使用した痕跡はないね」

 

「でも……」

 

 悩める群青の目が瞼から覗き「魂の残滓がある」と繋いだ。

 

「魂の残滓?」

「うん。魂か、それに準ずるモノの痕跡。こんな感じで残ってる」

 

 卓上に乗るゴブレットへ指を入れ、テーブルクロスへ判を押す。白いクロスに踊る青の楕円。

 青い汚れのついたクロスを指さして「君の魂」濡れた指をこちらの顔に向けて「ナニカ」と補足した。

 

「まるで、君の魂に他のナニカが触れたみたいに」

「誰かが私の魂に接触を?」

「”誰か”とは言い難いね。これほど歪で滅茶苦茶なモノが人だと思わないし、思いたくもない」

 

 恐ろしい。

 化生が私の魂へ手を伸ばしているというのか。

 魔法なんか使わずとも、人間の魂へ手垢を付けられる人外が。

 何時ぞや見た、濡れた血色の目が頭に浮かび、慄く。

 

「……ニコラスと対策を練ります」

「そうして。僕にはお手上げだよ。君に防げないナニカを僕が対処できるか疑わしい」

 

 今度の沈黙は居心地が悪く、纏わりつくような不快感が覆う。

 研究室の扉がノックされた時ほどマーリンに感謝した瞬間はない。

 ロビンが扉へ向かおうと椅子から立ち上がり。

 

 長いローブの裾を踏んだ。

 

 気の抜けた「あびゃー!」という叫び声と共に盛大にすっ転ぶ。床に体を強打し、悶える姿を唖然と見守っていると、扉を叩いた人物が何事かと顔を出す。

 

「ロビン? 大丈夫ですか? すごい音が」

 

 ホグワーツ教員らしき高齢のご婦人が床でのたうつロビンへ不安そうに尋ね、私を発見して固まる。優美な唇をわなわな震わせ、おぼつかない足取りで室内に入室、私の傍で口を開けて機能停止した。未だのたうつロビンが奏でる汚い言葉の背景音楽に、近くでご婦人が石と化す地獄。

 この日二度目の眉間を揉む作業へ移る。

 

 私の動作で機能回復したご婦人が「アルバス?」と小さな声を漏らすのが聞えて顔を向けた。

 

 おや、どなただろうか。

 

 私を知っている様子のご婦人へ名前を伺い、未来の自分について問おうと口を開いた拍子、下に落ちた。比喩表現でも何でもなく、椅子や床、あらゆる物質を通り抜けたのだ。

 

 着地点は誘拐前にいた1B研究室。

 先程のロビンが如く派手に尻を打ってカーペットを暴れ回り、驚いたトム二号が金切り声を上げ、足をぶつけた執務机から書類が降り注ぐ。

 

「アルバス!」

 

 扉が大きな音を立てて開かれ、走り寄る誰かの優しい手に抱き起される。

 へっぴり腰で机に縋りついて椅子に倒れ込む。痛みが治まってようやく救世主へ感謝を告げた。

 

「ミネルバ、救助に感謝する」

 

 救世主の名はミネルバ・マクゴナガル。

 現在の闇の魔術に対する防衛術教授であり、元魔法省出身の女傑。

 あらゆる学問に秀で、特に変身術を得意としている昔馴染みの一人。

 

「すごい音がしましたが、どうしたのです。問題ですか?」

 

 心配そうな淑女へ「問題ない」と返事途中に静止。

 今の、どこかで……。

 

 彼女の顔をまじまじ見つめ、この既視感を探る。

 ミネルバの徐々に赤く染まる頬を意図的に無視して、顔の造形、声の抑揚、所作を脳内へ取り込み精査。ふと、未来のご婦人の声が脳内で再生され、執務机横に立つミネルバの声が重なる。

 

『アルバス?』

 

「アルバス?」

 

 まるっきり同じだ。

 ご婦人の声が少し低く掠れていても。

 年齢を重ねた顔や所作さえ、赤い頬の彼女そのままだと気付く。

 なら。

 

 な、ら。

 

 

 

 あのご婦人はミネルバだ! 未来のミネルバ! 

 嘘だろ、ミネルバ! 

 

 未来の君に会ってしまったよ! 

 

 

 

 マーリンのヒゲ!! 

 




・ロビン・リーベルタース
ホグワーツ・レガシー主人公。古代魔術の使い手であり守護者。
ダンブルドアのホグワーツ時代からの先輩。
次代の守護者探しに世界中を巡る旅の途中、次元の穴に転がり落ち、摩訶不思議な2020年の時代へ着地した。
自分がいた元の場所へ戻れず四苦八苦しつつも、2020年ライフを楽しんでいる。

・ミネルバ・マクゴナガル
みんな大好き猫ちゃん先生。猫の動物もどき。
原作より早く生まれ、魔法省職員を経てホグワーツ教員へ。ダンブルドアのもとで闇の魔術に対する防衛術の准教授を務めていた。
現在は防衛術教授を務める。

・逆転時計
すっげぇタイムマシン(曖昧)
回すと一時間前に戻る。つまり、遡る時間が以前であるほど回しまくらなければならない。
気を付けないと自分の存在が消えたり、他の人が消えたり、未来がやべーことになるので時間旅行には注意が必要。
未来を変えられないタイプと変えられるタイプがある。

・古代魔術
昔あったすっげぇ魔法(曖昧)
村の復興から天候操作、自由自在に物理法則を変化させ、人間から感情を抜き出し自らの力とすることも。消えるのも致し方ないチート魔法である。

・闇の魔術に対する防衛術
正式名称を「Defense Against the Dark Arts」。略称はDADA 。
その名の通り、闇の魔術や生物に対する術を学ぶ科目。
この小説では現防衛術教授はミネルバ・マクゴナガルという設定。

・鏡世界
ファンタスティック・ビーストで登場した謎空間。
鏡の世界に入って戦ったりできる。鏡世界で起こった事は実世界に反映されない、ミラーディメンション的な実世界の鏡像空間。あらゆる世界に繋がっているため非常に危険、という独自設定有り。
鏡世界へ自由に入れるのはダンブルドアとゲラートくらい。


※ファンタスティック・ビーストとホグワーツ・レガシーのタグ追加しました※


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第13章  チョコ、ハート、アノニマスの反動形成

バレンタインデー編。

トムの取り巻き(レストレンジ以外)のご登場。


 時間旅行という心臓発作必須の非日常的出来事のその後、腰を強かに打ち付けイモムシと化した変身術教授を見兼ねた防衛術教授が医務室へ連れて行き、見事医務室の住人となった。

 腰の痛みに悩まされて過ごす数日。やっと医務室とそこの主から解放されたのはトムの誕生日当日。急いで誕生日プレゼントの第一候補を包装し、フクロウ便を飛ばす。

 

 贈り物は宝石箱。黒い木製の外観に銀の錠、開けば玉虫色のクッションが顔を出す。錠は飾りで鍵は存在せず、トム本人(と製作者の自分)しか開かない。

 

 純血パーティーでトムが大富豪から毟り取ったスリザリンのロケット。それの保管場所が無いだろう事に気付いたのは医務室に監禁されていた夜。

 ホグワーツで盗みが起こるなど有り得ない! と言えたらどれだけ救われるか。

 

 いじめで物を隠された生徒が毎年研究室に訪れる自身の経験上、用心するに越したことはない。

 

 兎にも角にも、トムへ贈る初めての誕生日プレゼントを爪で持つフクロウを見送り、一休み。

 全力疾走した代償に再発した腰痛に顔を歪めて腰を摩る。一時間前まで鷹が如く監視していた校医が知れば、キンキン声で怒鳴り付けながらまたベッドに縛り付けるのが想像つく。

 そしてミネルバも監視に加わる。

 

 おぉ、マーリンよ! 願わくばご慈悲を。

 特製軟膏で痛みが引きますように。

 

 

 

 

 

 軟膏の効能か、マーリンへの嘆願か。どちらが効いたかは不明だが腰の痛みも引き、特筆すべき事件も起らぬまま迎えた新年。

 ダンブルドアはクリスマス休暇より舞い戻った生徒への対処と業務に追われていた。

 

 予想通りと言うべきか、今年はひと味違う。内容は以下の通り。

 

 一、トムの取り巻きの増加。

 二、トムが哀れな変身術教授に嫌がらせを始めた。

 

 以上の事柄が1940年のトレンドである。

 

 人に関心を持つのは良いが嫌がらせに走ったのは減点対象。この件に関して様子見を選択し、授業中に例の少年を盗み見る。

 

 誇らし気にスリザリンのロケットを胸に輝かせ、勤勉にメモを取る姿。寸分の狂いなく撫でつけた髪が陽光を浴び、美しい天使の輪を現す。見た目だけは天使な、潜在的闇の魔法使い候補を挟み込む純血二人と半純血一人。

 

 トムの右に御座すはアシュレー・ノット。結ったブロンズの長い髪を揺らめかせ、二年生とは思えない抜群のプロポーションで男子生徒の心を掻っ攫うスリザリンのマドンナ。

 

 通路を挟んで、左隣の机に御座すはレヴィ・セルウィン。そう、あのノア・セルウィンの弟。まさに兄ノアの邪悪版といった配色と顔つきをしている。

 

 セルウィンの隣に影が如く潜むベンジャミン・ペオル。長い前髪を垂らし、メモを取る振りしてラブレターの返事を書く恋多き少年。

 

 そして最後に、トムの斜め後ろで数名のスリザリン女子が頬杖ついて夢見る目をトム少年の背へ向ける。

 

 最前列がスリザリンに侵食されて妙に緑が目立つ。

 レイブンクローとの合同授業で青と緑が入り乱れる中、最前列に座す緑の塊が気になって気になって仕方ない。

 

 偶々目が合ったノットが煙るような長い睫毛を瞬かせてキスを投げ、派手な桃色のハート型の雲が顔面に向かって真っすぐ飛ぶ。苦笑いでハートを横に押しのけると、黒板に当たった場所で爆発を起こし、爆心地が桃色のキラキラで覆われた。表情筋を固めてノットに目線を戻すと、追い打ちにウインクを噛まされる。

 ノットの素晴らしい技巧を褒めるか、とんでもない爆弾を発射したノットに避難の眼差しを向けるか迷いに迷い、首を振って呆れる事に。

 

 何気なく目の片隅でトムを見ると、隠れてニヤついている。どうやら、私を困らせるためだけに彼女を隣に置いたようだ。

 

 執拗にウインクを繰り返すノットに目を転がし、背を向けて黒板のラメを杖の一振りで消す。

 新品の長いチョークを黒板に引き、有機物から無機物への変身、内部構造の理解と物質改変理論について大まかに纏め、ハートと桃色の雑念を追放。

 瞑想状態で黒板へ身を投じた。

 

 無を体現して数分。突き刺すような視線が背中を耕すのを感じる。

 背を向けて以来この妙な視線が発生、消え去るのを待つも一向に止まない。

 『変身術入門』を盾にこっそり根源の偵察を決め、教科書に視線を合わせて生徒に向き合う。

 

 

 

 セルウィンが親の仇とばかりにねめつけていた。

 

 

 

 どうしたセルウィン。なんなんだセルウィン。君に恨まれる謂れはないよ、セルウィン。

 兄弟揃って不可解な態度をとる様に思わず顔を顰め、空想上の巨大な疑問符を浮かべて困惑。

 しかし、即座に原因が判明する。

 

 ノットが目を瞬かせる、セルウィンが目を細める、ノットが上目遣いで凝視する、セルウィンが歯を軋ませる、という負の無限ループを繰り返しているのだ。

 なるほど、私は少年少女の青春を意図せず邪魔していたようだ。

 すまないセルウィン。

 

 二発目のハート型追尾爆弾を発射されたので、これ幸いとセルウィンの方向へ誘導する。

 達者でな、ハートくん。その頑固なキラキラで二人の架け橋になってやれ。

 

 私を睨みつけるのに忙しかったセルウィンは我が背後に迫りくるハートに気付かず、突如出現したキューピッドの矢を顔面で受け止めて煙に包まれる。派手に桃色の雲とラメが飛び散り、顔中が桃色に煌めいた。

 それを目撃したトムが鼻で笑い、ノットが眉根を上げ、そしてセルウィンは毒の滴る眼力で焼き尽くさんばかりに睨むのだ。

 

 恋のキューピッド作戦は失敗に終わり、セルウィンの殺気を益々強めてしまった。

 不可解な静けさに包まれた教室で、スリザリン生は声を潜めひそひそ話を広げ、レイブンクロー生は我関せずとメモを取る。

 

 よくわからない空間を作り上げた自分が恥ずかしくなる。咳払いして杖を振り、少年の顔のラメを拭う。一切動かず彫像と化したセルウィンに小さく謝罪し授業へ戻った。

 

 ああ、青春よ! 私に青春は青過ぎる。

 私を巻き込むな。強制的に三角関係を形成するのはやめろ。

 ノットのちょっかいが止むのを祈るばかり。

 

 腰の祈りが届いたなら、これくらい屁でもないだろう。

 

 

 

 

 

 誠に残念ながら祈りは届かなかった。

 マーリンは寝ているのか? 

 

 

 

 

 

 ノットの挑戦は止まず、セルウィンの嫉妬も止まなかった。余程腹に据えかねたのかトムの隣に座って睨むこともしばしば。その間ノットは他の少年に囲まれていた。何故彼女を囲む少年らを視線で焼き払わず、私に光線を当て続けるのか。不可解で謎に満ちている。

 

 そして、背中を焼かれるのにも慣れてきた頃に悪魔はやって来た。

 

 そう。バレンタインデーという悪魔が。

 

 1B教室の教卓に置かれた数個の包み。ピンクや水色、赤や紫の愛らしいハート型が鎮座する。

 

 この歳になっても聖ウァレンティヌスの祝福を受けられるのは幸運だ。

 ミネルバから大好物のレモンキャンディの大瓶、ホラスからチョコレート風味の高級シャンパン、エルファイアスが世にも珍しいドラゴンの血入りチョコレートを贈ってくれた。

 ナサリー製濃厚チョコケーキを傍らに、これらの贈り物を摘まむ。

 我がバレンタインの過ごし方である。

 

 だが、他人からのプレゼントは別。我が家の屋敷しもべ妖精に検品を任せるのには理由がある。

 理由は簡単。

 

 高確率で異物混入済みの品が混ざっているため。

 

『貴方の崇拝者より』『恋しく思う貴方に』『私の心』などのカードが付いたバレンタインらしい贈り物はまさにパンドラの箱。災い溢れる箱の底にあるのは希望でなく、体の一部から毒物まで幅広く混入した食物達。希望なんてない。

 一体誰がやるか不明だが、歴史上の人物や架空の小説キャラクター、なんとまあゲラートからも届く。ゲラートの名がついたブツは安全性を考慮し、山の空き地に掘った深い穴で処分しなければならんのが面倒。

 

 そそくさと立ち去る女子生徒の背を見送り、もう一度プレゼントを見下ろす。

 グリフィンドールが五つ、ハッフルパフが二つ、レイブンクローが二つ。

 そして、スリザリンが一つ。

 

 見てしまった。

 

 ノットが包みを置くのを。

 

 教卓の真ん中へ誇示するが如く安置し、こちらを見つめ、髪をかき上げ立ち去っていく姿を。

 

 心なしか瘴気を纏って見える黒い長方形を慎重に持ち上げ、手で重さを計る。

 重さは卵一つと半分。大きさは手のひら大。厚みは小指の先程か。表、裏に柄や文字など無し、完全無地の黒の包装紙。手紙や小さなメモは見当たらず。

 

 あのノットが贈る物にしてはあまりに素朴な見た目に拍子抜けした。

 透かしでどぎつい桃色ハートが浮かび上がる可能性を考慮し、光に当て、火に近づけ、温めるなどのアプローチを試すもスカ。

 

 生徒からの贈り物をこれ程疑う必要はあるだろうか?

 たとえ愛の妙薬や隠しきれないゾンコの隠し味が混ざろうが、生徒の期待に応えてこそ教師と言えるのではなかろうか。

 いや。ないか。

 

 肩をすくめ、几帳面に糊付けされた紙の端を開けて中身を滑り出させる。

 手に馴染む心地良い手触りと包装、微かなチョコレートの香ばしい芳香。ハニーデュークスのダークチョコレート。カカオ含有量70%。

 

 すべすべした包装紙をゆっくり撫で、板状のカカオの凹凸を指に感じる。

 開封の痕跡及び魔法は検知されず。正真正銘ただのチョコレート。

 

 暇さえあればウインクとハートを飛ばすファム・ファタールの権化がチョコレートをくれた。

 質素で安価。お前にくれてやるよと言わんばかりの堂々たるザ・板チョコを。

 チョコ一枚を包むには不相応な、完璧に糊付けされた包装。

 指紋一つない綺麗に輝く既製品が手の平にある。

 

 そう、既製品で未開封。こういう気遣いができる子だったのかノット! 

 もしかしたらお前なんぞ安物のチョコで十分だ、という心の表れかもしれんが僥倖だ。

 解毒剤片手に恐る恐る毒見をせずに済む。

 

 スリザリン印のチョコレートをズボンのポケットに入れ、机上の箱や袋を器用に腕へ積み上げていく。途中、またも誰かに見られている感覚が。授業中に僧帽筋を睨まれるのにうんざりしてきた節もあり、背後の気配にすぐ気づいた。

 振り返って周りを見渡すも自分以外に人は見えず。さっきの女子生徒だろうか。プレゼントへの反応が気になって隠れている、なんて。年甲斐もなく気恥ずかしい世迷言を吐き出した自身を恥じつつ首を傾げる。

 

 教室の入口、扉の影に目くらまし術か透明薬で姿を消した生徒が潜んでいるようだ。

 上手に隠れているな。誰かは気になるが、隠れている子をわざわざ見つける必要も無い。

 

 教室入り口を見るのをやめて研究室へ向かうと、扉傍の背景に溶け込んだ誰かが動き、背後を追従する。

 どうやらついてくる気らしい。

 

 気付かない振りをして研究室へ。扉を半開きにしたまま室内に入り、執務机に貰い物をドサリと置く。背後で蠢く透明人間の気配を無視して卓上を整理、眠るハツカネズミを撫で、変身術の学術雑誌『変身現代』を手に暖炉前のソファへ勢いよく腰を下ろす。

 

 雑誌を捲って眺めていると、空気の動きと微かな衣擦れが左斜め後ろで止まる。正体不明の訪問者がパーソナルスペースに侵入し、首筋の毛が逆立った。

 

 雑誌を膝に広げ、肘掛けへ寄り掛かったままポケットのチョコレートを取り出し、ハニーデュークスの名が躍る包装ごと銀紙を無慈悲に引き裂く。

 後ろの透明人間が空気を切り裂く鋭い音にビクつくのを気にせず、溝へ沿って割った綺麗な四角形を口に放る。濃厚な味わいと広がる深い苦み。これぞカカオ。

 今のところ体調の変化はなし。予想通りただのチョコレートでよかった。

 

 それから食べたり読み耽ったりしていたが、透明人間は一向に立ち去る気配がない。

 日が沈んですでに数十分。大広間で豪華な食事が始まっている時間だ。このままでは謎のストーカー共々、美味しいローストビーフを食い逸れてしまう。

 

 痺れを切らして雑誌を閉じ、生徒がいるだろう方向へ顔を向けて「夕食の時間だよ。そろそろ行きなさい」と声を掛けた。ついでに立ち退き料としてチョコレートの大きな欠片も進呈する。

 暫く動きがなくこの全てが自分の想像かと思ったが、指に挟んだチョコの欠片が毟り取られ、衣擦れが遠のく。

 

 やはり背後に誰か潜んでいた。

 妙に乱暴な徴収を見るに怒らせてしまったのだろうか。

 未だ半開きの研究室の扉をぼんやり眺め、思考を巡らしていると腹が鳴った。

 

 コーヒーテーブルに雑誌とチョコレートを置いて腹を摩る。

 

 

 

 さぁ、ご飯だ。いっぱい食べるぞ! 

 




・アシュレー・ノット
生やしたトムの取り巻き1。スリザリンの二年生。
十三歳にしてスリザリンのマドンナの座を確立した魔性の女。
純血。

・レヴィ・セルウィン
生やしたトムの取り巻き2。スリザリンの二年生。
ノア・セルウィンの弟。兄と違い、正反対の配色と顔つき。性格も悪い。
純血。

・ベンジャミン・ペオル
生やしたトムの取り巻き3。スリザリンの二年生。
長い前髪で目を隠している少年。女癖が悪く、常に恋人が二人以上いる。
半純血。

・ゾンコ
子供達の聖地、ゾンコの「いたずら専門店」。
悪戯関連の商品が大量に揃ったとんでもない店。

・目くらまし術
周囲に溶け込むカメレオンの術。

・透明薬
飲むと姿が周囲に溶け込む魔法薬。

・『変身術入門』
ホグワーツ一年生~二年生の指定教科書。変身術の授業で使う。

・『変身現代』
変身術の学術雑誌。
ダンブルドアご愛読。ダンブルドアの論文が載ったことがある。


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第14章  ブラックプディングを召し上がれ

※血塗れ&怪我に注意※

モブが沢山生える回。


「生徒様! ナサリーのお料理教室へようこそ! 本日ダンブルドア先生はナサリーの助手です。助手のダンブルドア先生、生徒様にご挨拶してください」

「おはよう寝坊助諸君。助手のダンブルドアだ。ホグワーツ魔法魔術学校の変身術教員であり、夏季休暇限定特別合宿の開催者だ。この場所の主でもある」

 

 哀れな変身術教授と合宿メンバーが、朝の六時ピッタリに叩き起こされた挙句連行されたのはダンブルドア邸の裏庭。作業着を着た小さな屋敷しもべ妖精が授業の始まりを告げ、手袋と長靴の山の前で嬉しそうに跳ねる。

 

 わくわく勉強会の面々が目を擦り大きな欠伸を連発する中、はっきり目覚めているのはたった三名だけ。

 

 朝っぱらから箒で飛び回っていた狂人に、将来の闇の帝王、半小鬼の決闘者。

 因みに狂人はロボン、闇の帝王はトム、決闘者はフリットウィックである。

 

 レイブンクローの一年生、フィリウス・フリットウィック。

 真面目で優秀、友人思いの優等生。非の打ち所が無い彼だが、決闘が三度の飯より好きな決闘者。その小さな体格を見て侮った五年生を決闘クラブで吹き飛ばしたと聞く。合宿中の決闘を許可した十分後には戦っていた少年だ。覚悟が違う。

 

 最近はトム相手にド迫力の決闘を続け、他合宿メンバーは二人の戦いに賭けをしてヤジを飛ばすのが娯楽となっている。

 無論、私も参加したとも。勝った方と戦うと伝えた瞬間のトムの顔は壮絶だったね。

 

「ええ。存じておりますとも助手先生」

「なら少し便宜を図っても困らんのでは? 料理審査員とかソムリエなりが適任だと思うが」

「先生、食べるだけの係はいつもしていらっしゃるでしょう? 今日はナサリーの助手です。異論は認めません。さっ皆様! まず初めに、お野菜を収穫しますよ! 手袋と長靴をどうぞ」

 

 横暴な屋敷しもべ妖精に農作業用の手袋と長靴を押し付けられ、ぶつくさ文句を呟きつつ準備を始める。隅に重ねられた籠を持って畑に近づくと、同じ装備を身に着けた子供の大群がぞろぞろ続く。

 

「助手先生、お野菜を入れる用の籠はそことそこ、あそこへ。お野菜が籠いっぱいになったら貯蔵庫へ搬入を。それまでは適当にハーブの収穫でもしていてください」

「はいはい」

「はい、は一回でよろしい」

 

 どうやらこの小さなハウスキーパーは年老いた教授を酷使する気らしい。

 可哀想なダンブルドア教授。重い野菜を運ばされた挙句、投げやりにハーブを摘まされる。

 裏方は辛いね。

 

 野菜と戯れる合宿メンバーの真横を配達のおじさんにされた変身術教授が通り過ぎ、小さな区画に青々茂ったハーブを刈り込む仕事に着手した。バジルにローズマリー、タイム、ルッコラとイタリアンパセリ。鉢植えからミントも少々。次々にハーブをハサミで切り取り、同時に雑草を根ごと引っこ抜く。

 粗方刈りつくし野菜畑の方を伺うと、丸々とした新鮮なトマトに齧り付く生徒の姿が! 

 

 幸せそうに赤い実を食むはレイブンクロー四年生のプリシラ・ルリエ。実家が農家の彼女はやはり強かった。三口で大きなトマトを胃に収め「甘―い! サラダやスープにしたら絶対美味しい!」と高らかに宣言した後、手際よくトマトをもぎり出す。

 

 そんな農家の真横にはズッキーニを収穫中のノア・セルウィンと、ナサリーからパプリカの収穫方法を教わる合宿初参加のセシル・マクマホン。ノアをコンパートメント診療所へマクマホンが運び込んだのをきっかけに、二人は仲良くなったようだ。魔法生物に突撃、玉砕したノアを私のもとへ運び込むルーティンが確立される程度には固い友情を結んでいる。

 

 柔らかい野菜を圧倒的な握力で握り潰してしまうロボンはニンジン係。ちょっと離れた所でトムとレストレンジがジャガイモやニンニクを漁っていた。

 

 レストレンジ。驚くことに初参加ではない。

 トムの影に隠れて合宿メンバーから距離を置き、心底居心地悪そうにしていたのが昨年。

 本年ではトムの専属執事としてある程度社交的に振舞っている。

 

 見ろ! レストレンジがせっせと畑を掘り、土を落とし、ジャガイモを渡すのを。

 トムは野菜を磨く係りだ。奴隷根性丸出しで働くレストレンジに涙が出る。

 ついにニンジンさえ破壊し出したロボンの助けにトムが赴き、レストレンジが捨てられた子犬の目で見送るのを最後に他へ視線を移す。

 

 かぼちゃを転がして遊ぶグリフィンドール二年生のドミニク・ベーア、キャベツの芯が上手く切れないレイブンクロー五年生のエゴール・セロフ、レタスと格闘するレイブンクロー四年生のソニア・マックスを補佐するフリットウィック。

 

 和気藹々とした空気は、ベーアが投じたかぼちゃがセロフへぶち当たることで終わった。

 

 オレンジの砲弾が美しいカーブを描いてセロフの尻に激突、キャベツごと土に身を投げ出し、畑の一部に溶け込んだキャベツマンが怒鳴り散らす。しかし、怒りのあまりロシア語で喚くセロフの訴えをベーアは全く理解できなかった。

 

『テメェ! 俺の尻にかぼちゃぶつけやがって! 体中泥だらけだぞ! どうしてくれんだオイ!!』

「あー……えっと。ごめんね」

『誠意が足りねぇんだよ、このかぼちゃ野郎! お前の頭もそのかぼちゃみてーに投げてやろうか!?』

「ごめんって! というか何言ってるのかわからないよ! 怖いって!!」

 

 これだけでも十分地獄だが、三十分以上かけて収穫できたレタスが一個だけだと理解したマックスが絶望、次いで号泣。

 

「えっ、なっなっなんで? 嘘でしょ……?」

「頑張ったねマックス! 見て、君の立派なレタスだよ」

「あんた! 今隠したの見せなさいよ! こ……こんなに取って! 裏゙切゙り゙者゙~゙!!」

 

 マックスの分までフリットウィックがせっせと収穫していたレタスを指さし、鼻水を垂らして泣きじゃくるマックスを必死に宥めるフリットウィック。ベーアの首元を掴んで振り回すセロフを見なかったことにし、満杯の野菜籠と孤独なレタスを回収、纏めて魔法で浮かせ貯蔵庫へ向かう。

 ハーブと野菜を貯蔵庫の箱へ移し、一息。

 

 騒ぎが収まるまでここにいよう。きっとナサリーが何とかしてくれる。

 

「仕事はまだ終わっていませんよ、助手先生」

 

 突如生えた小生意気な妖精を少し睨む。

 動かんぞ。あんなのに巻き込まれるのはごめんだ。赤ちゃんみたいに振舞う彼らが悪い。

 

「ナサリー」

「生徒様が困っていらっしゃいます。ほら行って」

「ナサリー……」

「先生らしいことをしてください」

 

 はい。

 

 

 

 

 

 お気に入りのベストが鼻水と涙と涎塗れになる程度の犠牲で騒ぎは収拾し、我が家のキッチンへ。やっとこさ料理教室の料理部分へ移れるらしい。

 

 貯蔵庫で料理に使う分だけ野菜を回収。調理台へ並べ、合宿メンバーはベイクドビーンズ班、ハッシュドポテト班、焼物班、サラダ班に分かれて各々分担作業で料理に挑む。ナサリーと私は、生徒が食べ物を燃やしたり溶かしたり刃物を自分へ突き立てないように巡回しつつ、パンや他の付け合わせを揃える係りだ。

 

 レタスの収穫に苦戦していた姿は何だったのか。まぶたの腫れあがったマックスが手際よくジャガイモの皮をむき、彼女の隣のトムも慣れた手つきで皮を落とす。やけに達者な包丁捌きをしげしげ観察していると少年と目が合い、笑みを向けられた。

 

 スリザリンの化身が向けた不気味な笑みに怖気を感じるも、目を顰めて思考を脳の隅へ追いやる。今は子供達が怪我を負わんよう見張らねば。

 

 屋敷しもべ妖精がグループを飛び回るのを尻目にパンを焼き、ベーコンが炭になる運命から救い、ハッシュドポテトが地面に落下するのを防ぎ、まな板のシミになったトマトをベイクドビーンズに入れて軌道修正。

 ある程度子供達が作業に慣れ小康状態に入った後、休憩がてら血のソーセージを手に取り、パッケージを破いて中身を包丁で均等に切る。一人二枚。おかわり用に数枚追加。

 

 一本分を切り終わり、二本目を取り出して包丁を入れ────

 

 

 

 ────刃先が横にズレる。

 

 

 

「い゙っ!」

 

 自慢の反射神経で回避するより先に銀色の刃が沈み、痛みに指を引こうとして傷を広げたのか血が吹き出した。凶器をなるべく穏やかに投げ、まな板とソーセージから遠ざかる。

 まな板の上は惨劇の有様。後退った際に血が床のタイルに飛び散りスプラッタ状態。

 

 おいおい『豚の血ソーセージ』が『豚とダンブルドアの血ソーセージ』になってしまった。

 血だから変わらんか。

 これをピピっと血を振ってフライパンにな? 

 

 っておい! 

 

 人の血入りソーセージとか不気味すぎる! 

 お馬鹿! 

 

 周りで悲鳴が鳴り響き、集団パニックの渦中に必死こいて傷を抑える変身術教授へハウスキーパーがすっ飛んでくる。

 

「あらまあ! ダンブルドア先生! 大丈夫ですか!?」

「おお……指をちょーっとばかり、まあ、この通り。切った」

「指を切った? 気を付けてください! ナサリーのキッチンで血を見たくありません!!」

 

 怒りと呆れを器用にこなしたナサリーが押し付ける布切れを有り難く貰う。

 血がドバドバ出る中、杖なし呪文はちとハードルが高かったが床とまな板に飛び散った血液を掃除呪文で洗い、キッチンの片隅で再度の診察。

 結果は重傷。ギリギリ骨まで達さずに済むも暫く左手の人差し指は使えない。

 

 ベストに忍ばせた包帯と、少量のハナハッカエキスで応急処置を施しながら今さっきの異変を振り返る。包丁が勝手に動いた今回の事件。下手人は誰か。

 自分は除外、ナサリーも除外、残るは合宿メンバー。

 

 まあ、おおよその目星はついていると言えよう。

 

「お騒がせしたな諸君! 今日は包丁も張り切っているようだ。元気なキッチン用品に皆も気を付けてくれ」

 

 大袈裟な身振り手振りで己の怪我から注意を逸らし、動揺した子供らを一人一人チェックしていく。心配、不安、恐怖の感情を湛えた目は私の目くらましで幾分和らいだ。

 

 顔面蒼白なトムを除いて。

 やはり彼が犯人か。

 

 隣で落ち着かずにエプロンを弄り続け時折トムをこっそり伺うレストレンジを見るに、彼もトムが変身術教授に悪戯したのをわかっている様子。

 トムは前方を見つめたまま石になって動かず、普段から白い肌は青みを帯びて貧血一歩手前の色合い。口は万力が如く噛み締められ、拳は腰の横で握りしめられたまま。ただ、どこも見つめず前を向いて何かを待っている。

 

 今日のトムは一段とおかしい。

 最近の奇妙な嫌がらせはいい。害は無いのだから。

 だが人を傷つけるのは駄目だ。

 

 突然、孤児院の院長ミセス・コールから聞き出した”よくないこと”が脳裏を駆け巡る。

 

 トムに意地悪した孤児が飼っていたうさぎの不可解な死。ある時から口を閉ざし、引きこもるようになった孤児達。

 

 箪笥の中に隠された持ち主のイニシャル入りの戦利品。

 

 

 

 手遅れなのか? 

 君を二年間見守ってきたが、不十分だったか? 

 私が気にする誰かと、また、戦わせるのか? 

 

 いいや。まだ絶望するには早い。きっと。

 

 

 

 今にも倒れそうなトムへ近づくと、一層強く拳を握りしめて目線を床へ移すのを見逃さなかった。酷く狼狽えた少年の肩に無事な方の手を置く。

 

「トム、大丈夫か?」

「はい」

「顔色が悪いぞ。座った方がいい。ほら、来なさい」

 

 ついてこようとするレストレンジはナサリーへ擦り付け、少年の肩を握ってコンサバトリーへ。

 魔法で気温と日差しが一定に保たれた温室兼多目的室の落ち着いた雰囲気に肩の力を抜く。

 花やハーブなどの植物に囲まれた室内を横断し、柔らかいクッションが乗ったソファへトムを埋め、その前に膝をついて少年と目線の高さを合わせる。

 

 この部屋へ来たのは眼前のスリザリンと二人きりで話し合うため。不安に怯える彼が少しでも落ち着くと良いが。

 

「君がわざとやったのは知っているぞ、何故あんなことをした?」

「……」

 

 黙りのトムに内心頭を抱える。

 言い方を間違えたか? もしや、怒られると思っていたり? 

 それだ。普通は怒るものだ。

 

「トム、私は……怒ってないよ。驚いたがね。君は年老いた教授を心底怖がらせた」

 

 真っ白い少年の固く握った拳に手を伸ばす。手が触れた瞬間目が揺れたが、相も変わらず視線は床を焼いて一言も喋らず。トムの小さな拳を右手で包み込んでやると、トムの目がやっと床以外に移った。

 

「あなたが」

「ん?」

「あなたが、怖い?」

 

 当然至極の事実を、さもこの世の常識が引っ繰り返ったと言わんばかりに呟くトムに目を丸くする。

 

 何故か人々はアルバス・ダンブルドアという男は恐れ知らずの超人か完璧人間と考えるのを好むが、私はただの魔法学校に勤めるだけの教師で、人で、時々怪物かもしれんが、決して完璧でも恐れ知らずでもない。

 私は誰よりも臆病者なのさ。

 

「怖がるのは当たり前だ、人なのだから。怖いものなんざ数え切れんくらいあるぞ。レモンキャンディの紛失や、ポケットでとろけたチョコレート、怒ったナサリーに、機嫌の悪いミネルバ……」

 

 ゲラートとの戦いや妹の死の真実。

 身近な誰かが傷つくこと。

 君。

 

 自分自身。

 

「フンッ」

 

 戯ける私へトムが発した鼻で笑う音に、いつもの傲慢不敵なスリザリンの蛇が帰ってきた気がして口角が上がった。我が体温を生贄にトムの手が温まり、拳の力が抜ける。

 

「大切な生徒が傷つくのを考えるだけで震えが止まらなくなるし、それに君は」

 

 君は何だろう。

 次世代の闇の魔法使い? 監視対象?

 ホグワーツ始まって以来の秀才? ウール孤児院の孤児? 

 サラザール・スリザリンの末裔? 

 

 君が誰であれ目が離せない。これをどう定義するか。

 

 そう、つまり。

 

「お気に入りの生徒だから」

 

 トムはお気に入りの生徒で、危険で、監視が必要だ。

 それだけ。

 それだけでなくてはならない。

 

「お気に入り? 僕が?」

「君を好まぬ教師などいるかね? 聡明で優秀、勉強熱心ないい生徒。だけどね、私が気に入ったのは能力や上辺の魅力でなく、君自身だ。失礼で生意気なクソガキをね」

 

 吐き捨てた口調とは裏腹に、目を泳がせた少年の胸を左手で突く。

 白い首を飾るロケット。『S』を描く緑の蛇が振動で揺れる。

 

「今日の君は……普段の慎重な君らしくない。何か気がかりな事でも? トム、どうしたんだ?」

 

 口を固く締め、黙秘を貫く少年に心の内で失望のため息をついた。トムが不安定な理由は闇の中。無理やり聞き出そうとすれば、これまでの進歩は全て水の泡。他の人々に向けるあの”完璧で優しい謙虚なトム・リドル”しか見せなくなるだろう。

 

 精神の居候(パーシバルとでも名付けようか)も不承不承肯定している。

 

 この居候を認識して早一年。未だ脳みその片隅で燻るパーシバルはトムとの接触時に強く反応する。他数人にも反応を見せる時があるが検証不足で不明点が多い。奇妙なのは段々とパーシバルの気配がしっかりしてきたということ。その内喋り出したりして。

 

 本格的に頭が狂ってきたようだ。聖マンゴ魔法疾患傷害病院の隔離病棟で涎を垂らし、独り言を呟く自分を生々しく思い描く。

 ぞっとする妄想に、思わず歪んだ顔を咳で誤魔化し平静を装った。

 

「よし、わかった。話したくないならそれで大丈夫」

 

 伸ばした背中と膝からボキボキと不快な音が鳴り響き、中年を全力で感じる。

 魔法使いの寿命は長い。ニコラス並みに生きられるなどと思い上がりはせんが、せめて平均よりは長生きしたいのさ。

 現在の世界情勢と闇の魔法使いが許さないだろうが。

 

「そろそろ戻ろう。私が血塗れにしたソーセージを救わねば」

 

 トムは部屋に入ってきた時と打って変わって機敏に動き、私を置いてキッチンへ歩き去った。

 置いて行かれた一抹の悲しさを胸に蛇の後を追う。キッチンへ戻ると料理教室はすでに終了しており、隣のダイニングルームで楽しそうに朝食を囲む合宿メンバーが見えた。元々そこにいたと言わんばかりにトムが自然に合流し、狐色のトーストを食む。

 

 さっきの内気な少年はどこへやら。上品に愛想笑いを貼り付けて隣席のロボンと交流する姿は立派な優等生。

 離れた席で怪訝な目を向けるフリットウィックを除き、普段通りの平和な空間がそこにある。

 

 悪魔は身近に潜んでいるぞ、ロボン。

 

「ダンブルドア先生! 皆様はもうお食事を始めていらっしゃいますよ! ほら、行って!」

「はいはい、先生」

 

 帰還した助手を見つけて騒ぐナサリーを優雅に避け、血液が綺麗に消えた事件現場に戻った。

 現場は事件当時そのまま。まな板に転がる切りかけのソーセージ、調理台に投げ捨てられた包丁。掃除呪文で風味が抜けた血のソーセージを一切れ手に取る。何となく捨てるのが忍びなく、切り残しを切ってフライパンに放り込んで炒め、様々な調味料を放り込んで味を誤魔化したソーセージ炒めを皿に盛った。

 

 豚とダンブルドアの血ソーセージ炒め。バジルを添えて……っとな。

 料理も錬金術も同じ。分量を量り、混ぜ、蒸し、熱を加え、冷やし、乾かす。簡単なものさ。

 

 出来上がった料理を味見。血のソーセージ本来の血の風味は消失したが、追加のハーブとバター、刻みニンニクと塩コショウが良い塩梅。

 

 トラウマを負った子供らの目前でこれを食らうのは酷に思い、キッチンで立ったまま行儀悪く指で摘まんで口に運ぶ。油で光る指に嫌悪感を抱くが、世話焼きの妖精が置いていったフォークを拾うのも面倒。

 壁紙の模様が世界一奇妙な謎であるかのように無意味に見つめて、熱々の楕円に皮膚と舌が焼かれるのも構わず咀嚼し飲み込む。美味しいはずの料理からどんどん味が抜けていくのを感じる。

 

 味蕾の消失。胸を襲う圧迫感。

 ダンブルドア軍団の指導者の一人、ニコラス・フラメルの共同研究者でもあるアルバス・ダンブルドアは奇病を患ったらしい。

 

 どうか、この選択が正しいものでありますように。

 

 何もうまくいかない人生に嫌気がさし、習慣化した眉間を揉む作業を行う。

 指に纏わりつくバターの存在を忘れた馬鹿の末路を知っているか? 

 

 

 

 こうなる。

 




・フィリウス・フリットウィック
小鬼と人間のハーフ。
原作の最終決戦時に死喰い人を薙ぎ払ったとんでもない御仁の一人。人格者であり呪文学教授。
今作ではホグワーツ一年生として登場。すでに戦闘への並々ならぬ頭角を現し、上級生を決闘クラブで吹き飛ばしている。

・プリシラ・ルリエ
生やしたモブ1。レイブンクロー四年生。実家は農家。
作物をこよなく愛し、食べる事に余念がない。趣味は作物の品種改良及び料理。
マグル生まれ。

・ドミニク・ベーア
生やしたモブ2。グリフィンドール二年生。
無邪気な性格が災いし、気付くとトラブルになっている自然災害のような少年。
半純血。

・エゴール・セロフ
生やしたモブ3。レイブンクロー五年生。
ロシア人の両親を持つ。長身のモデル体型。しかし手先が不器用。
興奮するとロシア語が飛び出る。
マグル生まれ。

・ソニア・マックス
生やしたモブ4。レイブンクロー四年生。
生まれつきの虚弱体質。少々傲慢で感情の起伏が激しい。
成績優秀、容姿端麗とトムに迫るスペックを持つが、スタミナ不足が祟り頻繁に体調を崩す。
純血。

・掃除呪文(スコージファイ)
唱えればあら不思議、ピカピカ新品同様に早変わりな掃除呪文。
石鹼の泡が出る。

・聖マンゴ
聖マンゴ魔法疾患傷害病院。魔法使いのための病院。
マグルの病院と違い、聖マンゴに勤務する医療従事者は『医者(ドクター)』ではなく『癒者(ヒーラー)』と呼ばれる。


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第15章  ドッペルゲンガーとティータイムを 前編

グリンデルバルドは暗躍、魔法界は混迷、ダンブルドアは瀕死。

トムは安全なホグワーツでお留守番。


 煙を上げる家屋。瓦礫が散乱する通り。地平線に立ち昇る黒煙が空を汚す。

 塵と化した新聞紙の破片が風に乗って頬をかすめ、あらゆるものが焼ける臭いが鼻に、服に、記憶にこびり付く。

 

 朝食を食い逃してよかった、と喉にせり上がった酸を押し戻し眼下の道路を見下ろす者が一人。

 

 屋根の穴や倒壊が目立つ四階建ての集合住宅。

 その屋根にダンブルドアは座っていた。

 

 

 

 三日分の徹夜を癒す眠りの途中、けたたましく鳴り響く警報と守護霊(パトローナス)を通じた大臣の叫びに叩き起こされ、乱れ髪のミネルバとヘルベルト、パジャマ姿の校長に他数名の教員と全速力で暖炉に突っ込み魔法省へ急行。

 玄関口に大慌てで集まる魔法使いを掻き分けてようやっと大臣へ辿り着いたかと思えば、ロンドンにナチス・ドイツの爆撃機が迫っているなんやらと喚かれ、魔法省の役人とホグワーツの教員混成部隊でまたも急いで暖炉に突っ込むことに。

 

 すぐさまロンドンに住む魔法使いの居住区とダイアゴン横丁がある場所へ散開。

 重点的に盾の呪文を重ね掛け、迫りくる数多の爆撃機を背に数の暴力で結界を補強する。

 

 頭上から雨あられと降る爆弾をなるべく空地へ逸らし、上空で爆発させ、近くに落ちた爆弾の爆風を抑え、現地の魔法使いと連携して結界を修復しながらロンドン中を駆け回った。

 ロンドン上空で格闘戦を繰り広げる航空機の破片が降り注いでから記憶がない。

 

 気が付いたら、燃え盛る民家へ杖で水を噴射する自分がいた。

 

 疲労で力尽きたハッフルパフ寮監が屋根の窪みでいびきをかき、闇の魔術に対する防衛術教授が淑女らしからぬ大の字で空を見上げる。

 通りには瓦礫をどかす人、泣く子供達、ぼんやり座り込む人や地下鉄から顔を覗かせる人々、魔法族、非魔法族が入り乱れて今日という地獄を生き残ろうと必死だ。

 

 目の下の大きく素敵なクマがあるだろう場所を、酷い頭痛と耳鳴りで震える指で揉んで欠伸を噛み殺す。

 隠しポケットからドラゴンの血薬を掬い一気飲み。疲れにはこれが一番。

 

「効く~!」

「うるさいですよ、アルバス」

「寝かせろクソッタレ!」

 

 両教授から不満の声が上がり、ミネルバが傷だらけのヒールで屋根を叩く。

 

「お二人さん、そうカッカせずに。レモンキャンディはいかが?」

 

 二人が同時に背を向け、一人取り残されてしまった。

 不機嫌な教授らは寝かせておこう。

 

 レモンキャンディの大袋を静かに開き、一掴み分を口へ豪快に投げ入れ噛み砕く。満足したらポケットから手鏡を取り出し、身だしなみチェック。

 いつ大臣に呼び出されるかわからない。最低限見苦しくない程度の姿にしておくべきだ。

 

 クマを魔法で隠蔽、乱れた髪を整え、破れたスーツを修繕。汚れを消し去り、散らばる擦り傷には軟膏を塗布、疲労は笑顔でカバー。

 ようやく合格点まで整えて一息。顎髭を撫でつつ、煤けているがどこも欠けていないウール孤児院を見下ろす。

 

 孤児院は多少の瓦礫や小火、建物内部に隠れる子供達と消火活動に努める職員の皆さんがトラウマを負うも被害は軽微。

 対して周りの集合住宅は被害甚大ですぐさま介入。爆弾で吹き飛ばされた元住宅の瓦礫から人を引きずり出し、燃え盛る炎を消火。慣れてしまった作業を淡々と成し遂げ、マグルから困った質問が来る前に記憶修正をした。

 したっけ? 

 

 おや。

 

 魔法の秘匿は魔法省へぶん投げた。頑張れ魔法省。国際魔法使い機密保持法が泣いておる。

 戦争が悪いのだ、戦争が。

 魔法大臣に怒られませんように。

 

 まぁ、そんなこんなで各地を走り回り、孤児院近くに戻ってきてしまった。

 そしてパーティーメンバーはこの有様。友人兼教授らに無理をさせて申し訳なく思う。

 

 不意に覚えのある爆炎が程近い場所で渦巻き、ミネルバとヘルベルトが飛び起きる。

 油断なく構える二人を見、炎の発生地へ目を向けると、煤けた二人の男と目を焼く赤い鳥が飛び出す。鳥は頭上を優雅に旋回。美しい歌声を奏でて我が肩にとまり、愛情深く頭をこすり付けた。

 

「君も飽きないね。久しぶり、ニュート。テセウスは三日ぶりか」

 

 炎の化身の頭を掻く変身術教授へ、頬に煤を付けた二人組が近づく。

 

「先生、お久しぶりです」

「こんなにも早く再会するとは思いませんでした」

 

 柔らかい笑顔で挨拶するこの男はニュート・スキャマンダー。

 元教え子であり魔法動物学者。

 魔法界と私の個人的な問題に付き合わせてしまっている優しい男。

 

 そして、ニュートの傍らで不機嫌そうに眉根を寄せた男はテセウス・スキャマンダー。

 ニュートの兄であり闇祓い局の局長。いつも弟を心配している素晴らしい兄。

 

 苦笑いをするニュートとぶつくさ文句を言うテセウス。不死鳥と共にスキャマンダー兄弟がド派手に登場だ。

 肩の不死鳥が美しい声で鳴き、さらに演出を盛り上げる。

 

 そう。不死鳥。

 

 

 

 甥には不死鳥がいた。

 瀕死の灰をまき散らし、主へ近づく者全てを睨みつける真紅の騎士が。

 甥の死後、消え行く残り火を抱えて、空の彼方へ飛び立った姿を今でも印象深く覚えている。

 

 息子の死に動揺した弟と言い争いになったあの日。

 ホグワーツの禁じられた森で一人懺悔する男へ、不死鳥の雛が現れた。

 

 

 

 ダンブルドア家の窮地に不死鳥は現れるという。

 

 

 

 あれほど不死鳥を欲していたくせに。

 今や見るだけで胸が締め付けられ、涙がにじむ。

 

 若くして亡くなった甥の青白い顔。子供の傍で泣き崩れる父親。

 焚火に照らされた笑顔の妹と焦げた魚を食む弟。幸せだった夏。

 守護霊(パトローナス)が舞う満天の星空。

 

 私は弱い人間だ。

 甥のように向き合えなかった。

 すまない。許してくれ。

 どうかニュートのもとで幸せに。 

 

 

 

 ダンブルドア家の者に死が近づくと不死鳥が現れる。

 

 

 

 両親や妹に不死鳥が現れなかった理由はわからない。

 だが、私や甥に不死鳥が現れた理由は明らかだ。

 

 私は死ぬことを恐れていない。

 恐れているのは私の死ではない。

 でも、私が死んだら、

 

 トムは。

 

 

 

 急に赤いボヤけが視界を占拠しファサファサと鼻が優しく撫でられる。

 件の鳥が『ほぅら、コレが好きなのだろう?』と言わんばかりに、根元に新鮮な血液が付着した尾羽根で得意満面(鳥類基準)に鼻先をくすぐった。

 

 

 

 禁断の森で拾った不死鳥の雛をニュートへ押し付けて暫く後、不死鳥が再来する。

 遠ざけたはずの雛が成鳥の姿で帰ってきたのだ。

 

 太陽の光と共に変身術教授の研究室に飛び込んだ赤い鳥。

 元気に飛び回るのを止めて執務机へ着地、嘴に挟んでいたものをこちらに向けた。

 促されるまま贈り物を受け取ると、なんとまあ。

 貴重な不死鳥の尾羽根だった。

 

 初めは天から降って湧いた贈り物だと喜んだ。

 研究中の魔法の触媒に使おうか。そういえば、ギャリックが不死鳥の尾羽根を欲しがっていたなとか、頭がお花畑全開だったが、即座に過去が浮上する。

 

 小さな羽根に灯る残り火。

『家に帰りたい』という甥のメッセージ。

 

 瞬時に幸福感は消えて、残るのは苦い後悔。

 あの時ああすれば。こうしていれば。そういう“もしも”を考えてしまう。

 たとえ、結末が決まっていたとしても。

 

 苦さを噛み締め、急いで返そうとするも時すでに遅く。

 赤い鳥はどこかに消え去っていた。

 

 辛く不相応な贈り物を手にしてしまい、尾羽根を摘まみ途方に暮れる。

 とりあえず引き出しを開けて奥深くへ。

 彼(多分彼)には悪いが、私よりもこれが必要な人がいる。

 そう呟いて目を逸らした。

 

 しかし、それからというもの事あるごとに尾羽根と例の鳥が出現し、過去から目を逸らすのが困難であることが証明される。

 今みたいに。

 

 

 

「ありがとう。しかしね、これは受け取れない」

 

 何百と繰り返した言葉を万感の思いで必死に不死鳥へ語りかける。

 君にふさわしい者がいる。私に構うのは時間の無駄だと。

 

 そんな中年の話を、嘴に羽根を持ったまま思慮深く話を聞いていた不死鳥だったが、ふいにニュートへ首を傾げた。一羽と一人の視線がかち合った瞬間、子供のおねだりを聞く親のように少々ぎこちなく不死鳥側へニュートが加勢。

 無事、アルバス・ダンブルドアは全面敗北した。

 

「不死鳥は、本当に美しい生き物です。彼らは自分で選んだ者だけに忠を尽くす。あなたは選ばれた。麒麟の時のように。だから、もう、彼から逃げないでください」

 

 麒麟の時とは違い、押し付ける相手はおらず。

 ついに運命が追いつく。

 

 最後の抵抗に、首を横に緩く振って断るも、鳥小僧が有無を言わさずスーツのポケットへ羽根を差し込む。ニュートから完全な加護を受けた鳥類は『私の巣だ』とばかりに肩へ落ち着き、離れる気は欠片もない様子。

 

 驚くべき事態だ。過去と後悔、そして不死鳥。精神破壊の三連星が一気に襲い掛かってきた。

 

 おのれニュート・スキャマンダー。

 君はいつだって魔法生物側だったな、わかっていたよ。

 いいだろう。正々堂々対峙しようじゃないか。

 覚悟しておけ、簡単には勝たせんぞ。

 

 とびっきり迷惑な遺言書を遺してやる。

 

「ダンブルドアチームにようこそ鳥くん。君や鳥くんだけでは呼びにくいだろうし、名前はいるか? 君が望むのなら、だが」

 

 どうにでもなれ、と完全な諦めと自暴自棄で捲し立てた内容に目を輝かせた鳥が、うんうんと首を縦に振って希望に満ちた瞳で見つめるので、懸命に名前を捻り出す。

 

「これからよろしく。フォークス」

 

 どこかで聞いた名を苦し紛れに放つと思いのほか好評。嬉しそうに両翼を羽ばたかせた。

 文字通り、喜び舞い上がったフォークスが頭上を旋回するのを眺め、もの言いたげなテセウスへ体を向ける。

 

「私と雑談を楽しむために来たわけではないようだ」

「はい。残念ながら」

 

 あちこちに飛び散った髪を綺麗に撫でつけながら、テセウスがそこはかとなく言う。

 ニュートへ頬に煤が付いていると無言で示し、溜息をついた。

 

「お偉方がお呼びです」

「勘弁してくれ」

「逃がしません。魔法大臣とディペット校長もお待ちですからね。気を引き締めてかかりましょう」

 

 また純血貴族達に囲まれると知ってげんなりする。

 青い血に会いすぎて血が紫になりそうだ。

 

「ミネルバ、ヘルベルト、ホグワーツへ先に帰還を。生徒達とホラスらを頼む。私と校長は少し遅れる」

 

 二人の教授へ別れを告げ、集まりつつある魔法省のお役人の皆さんと共について行く。

 

「ちょっ、ちょっと!」

「すまんなニュート。ほら、お前も付き合ってもらうぞ」

 

 そそくさと去ろうとしたニュートを電光石火の早業でテセウスが阻止。流石局長。速さが違う。

 背後の私も両脇をお役人に挟まれ、魔法使いという名の波に流されるまま魔法省へ。

 エレベーターに乗って地下の会議室に入場。三人と一羽で仲良く座る。

 

 どうか早く終わりますように。

 

 

 

 

 

「魔法大臣、どういうことです? 私の屋敷が危うく焼けるところだったのですよ」

「いつまでグリンデルバルドを野放しにしておくのだ!」

「ペットを持ち込むとは随分余裕ですな、ダンブルドア」

「教師など何の役に立つ? 優秀な闇祓いこそ──―」

 

 会議開始から十分で瀕死の変身術教授など気にせず世界は続くし、不毛な論争も続く。

 眠気と戦う私へオフェアリス・マルフォイが話を振るが、半分寝ていた自分の代わりにフォークスが鋭い威嚇で注意を逸らしてくれた。

 ありがとうフォークス。こんなことなら私もホグワーツへ帰っていればよかった。

 

 机の模様と意思疎通を図るニュートと死んだ目のテセウス、眠気に意識朦朧のアーマンド・ディペット校長、昨年から大臣を務めるレオナルド・スペンサー-ムーン魔法大臣と上級次官が貴族達を宥め、魔法省の各部門長らはひっきりなしに情報交換をしている。

 

 瀕死状態で会議に耳を傾けるが体力はどん底、集中力は霧散。

 肘を机に突き、手で額を覆って頭痛を和らげようと目を閉じた。

 

 周囲の喧騒から意識が遠ざかりつつ、辛うじてテセウスとニュートの声を耳が拾う。

 

「フランス侵攻──―ドラゴン──―マグル──―」

「──―ホーンテイル──―人が──―」

 

 ん?

 ドラゴン、ドラゴンか。

 

 戦線上空を異常な軌道で飛ぶ未確認飛行物体を、マグルが目撃したという噂が流れだしたのは六月頃。『巨大な蝙蝠が飛んでいた』とか『マグルの軍用機を襲った火炎』など、ドラゴンとしか思えぬ目撃談にびっくらこいたイギリス魔法省は、著名な魔法動物学者であるニュートへ捜査の協力を依頼。真相の解明のため派遣する。

 一方その頃、隠れ家に避難したニコラスと情報交換中に、パリでドラゴンを見たと聞かされた私は白目を剥いていた。

 

 あの時ニコラスに振る舞われた紅茶は格別だったな。

 こんな風にバニラの……。

 バニラ? 

 

「お?」

 

 紅茶が目の前に鎮座している。

 親切な誰かが、お疲れの変身術教授を哀れんで置いたのだろうか。

 

 ……。

 

 待て。

 

 ここはどこだ。

 

 

 

 暗く陰気な会議室はいずこへ。

 気が付けばホグワーツの校長室。

 洒落たティーテーブルを挟んで男二人が相対する。

 

 一方に面食らった変身術教授。一方に半月眼鏡の翁が目を煌めかせて指を組む。

 何処かで見た青い目が一瞬楽し気に歪んだ。

 

「こんにちはアルバス。ちょいとばかし、この老人に付き合ってくれるかね?」

 




・テセウス・スキャマンダー
 ニュートの兄。イギリス魔法省闇祓い局の局長。
 グリンデルバルド絶対許さないマン。弟が心配マンでもある。

・レオナルド・スペンサー-ムーン
 ヘクター・フォーリー魔法大臣解任後、新しく魔法大臣になった人。
 魔法大臣になったはいいが、魔法界では世界魔法大戦、マグル界では第二次世界大戦と大変な時期に就任した。

・フォークス
 ダンブルドアの友であり護衛でもある不死鳥。
 グリンデルバルド戦で格好よく初登場させたかったが、ハリー&トムの杖の芯フォークスの羽根使ってたわと気付いて今回登場となる。
 映画や小説でも未だ出会いすら描かれないので、出会いとパーティーメンバー入りまでを生やした。
 ないなら生やせばいいんだよ(暴論)

・麒麟
 『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』で登場した魔法生物。
 指導者だと思った奴にお辞儀せずにはいられない神聖な生き物。お辞儀をするのだァ…。
 しかし、対象は純粋な心の持ち主。

・国際魔法使い機密保持法
 マグルから魔法を秘密にしようね法。
 マグルと関係が非常に悪くなった頃に制定された。

・守護霊(パトローナス)
 守護霊の呪文で召喚する守護霊。幸福な思い出や記憶を糧に生み出す。
 壮絶な経験をすると守護霊が変わることがある。


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番外編 尾を噛む蛇
1939年春  止まない雨はない


トム・リドル、1939年の春。

ホグワーツの図書館にて。


 あの男との出会いは雨の日だった。

 

 厚く垂れ込む灰色の空、雨粒の落ちる音。苔むした臭いが鼻につく、大嫌いな雨。

 孤児院という地獄に閉じ込められた僕を嘲笑う曇天。冷たい水滴。

 冷たい世界。

 

『雨か。憎たらしい。嫌なものを思い出す』

 

 スルスルと袖から顔を出した白蛇が囁く。赤い目を輝かせて舌をチロチロと出し、動くたびに光を妖しく反射する白い鱗が波打つ。

 この白蛇と出会ったのも、同じ日。

 

「僕も……惨めな気分になる。孤児院を思い出す」

『ハッ! 孤児院! あの肥溜めには過ぎた名だ』

 

 白蛇が吐き捨て、床を這い本の森を縫う。

 

「あんな場所戻りたくない」

『夏季休暇中はホグワーツにおれんぞ? お前は孤児院にとんぼ返りよ。いくら嘆こうと変わらん』

 

 大嫌いな孤児院、大嫌いな孤児達、大嫌いな大人共。

 

 大嫌い。

 

 いつか世界一偉大な魔法使いになって、魔法界、いいや、全世界が恐れる日が来るだろう。

 僕をゴミ同然に扱うこんな世界を変える日が。

 

 外の荒れた豪雨など露知らず、人気のない早朝の図書館は静かで冷たい。

 図書館の一角。本に囲まれた暗い隙間に潜んで窓を見上げる。

 曇り空。

 

『戻りたくないなら無くしてしまえばいい。あのような場所、燃やしてしまえ。虫けら共にピッタリの末路よ』

「あの男の目と鼻の先でそんなことをしたら、ホグワーツにいれなくなる」

 

 読んでいた魔法界の歴史書を膝に置き、ポケットからくしゃくしゃの紙を取り出す。

 偶然見つけた敵の本拠地へのチケット。

 

 救いかもしれない。

 

 そんな吐き気がする考えを押しつぶして紙を広げる。

 

『夏季休暇限定特別合宿 応募用紙』

 

 手に入れたのは昨日の昼。ひらひら飛び回り、読書の邪魔をし続けたから握りつぶした。

 奇妙な色と質感をした蝶だと思っていたが、手を開くとただの紙。

 広げれば何らかの応募用紙。

 

 用紙の最後を飾る流麗な署名。アルバス・ダンブルドア。

 

 さらに紙を握りつぶし、皴塗れにする。

 奇妙な気分にさせるあの男が嫌いだ。

 

『このようなことが起きた覚えがない。あの男は小さな少年を地獄へ送り返し、見て見ぬ振りをしただけだ。おかしい。妙だ』

 

 孤児院か敵か、比べるまでもない。

 

『しかし、僥倖。あれを消し去れば我らが支配を阻む者は誰もおらぬ。静かに忍び寄れ。気付いた時には手遅れよ。そうして―――』

 

 曙光が厚い雲間を照らして雨雲を散らした。

 雨上がりの金の光が降り注ぎ、手の中の紙切れを暖かく包み込む。

 焼いた木の実とまろやかなミルクの優しい甘さ。その幻の匂いを確かに嗅いだ。

 

 光か幻にか。何にせよ不快に感じ、より暗がりへ身を隠す。

 

「―――世界は僕たちの手の中に。そうだね?」

 

 

 

「ヴォルデモート卿」

 



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