ジム廃業して飛んでパルデア (あさいかくり)
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001

 ポケットモンスター。ちぢめてポケモン。

 この星の不思議な不思議な生き物。

 空に、海に、森に、街に。

 世界中の至る所でその姿を見ることができる。

 

 そんなポケモンの世界に転生して早二十年余り。

 

 初めは喜びに踊り狂ったものだが、長いこと暮らしていると人間は環境に慣れてしまうもので、今はポケモン達との生活が切っても切り離せない日常の一部になっている。

 

 平和だ。こんな平和がずっと続けばいいのに。

 

「先生! ウズ先生!」

 

 トレーナーズスクールで好物のヨウカンを頬張っていると、息も絶え絶えに若い少年が入ってきた。

 

「ジムリーダーの認定、受かりました!」

 

「そうですか。おめでとうございます、ヒョウタ君」

 

 さて、この合格通知を握りしめた笑顔の青年。

 ある程度シリーズを通してプレイ済みの方はご存知だろうが、彼はシンオウ地方でいわタイプのジムリーダーを務めるヒョウタその人だ。彼のズガイドスにずつかれた人は多いのではなかろうか。

 

 が、しかし。目の前の彼はゲームより若干幼い。

 原作での正確な年齢は不明だが、顔立ちからしておよそ数年前だろうか。十年以上は離れていないはずだ。

 

 トレーナーズスクールで教師として働いていたら、原作ジムリを生徒として受け持つことになった俺の気持ちは余人に想像できるはずもない。

 こちとらポケモンエンジョイ勢よ。前世じゃランクマとか手つかずだったのに、バトル強者の卵を育てろと? 失敗して後の流れに影響出たらどうするんですか。

 幸い、トレーナーとしてのセンスがバリ高かったので基礎を教えたら勝手に成長してくれた。流石ですね。

 

「教え子がジムリーダーとは、鼻が高いです」

 

「欠員が出るまでは正式には違いますけどね……」

 

「それなら心配いりません。僕が引退しますから。ポケモンリーグには後任に君を推薦してあります」

 

「え!? まだお若いのに!」

 

 聞いて驚け。何の因果か、つい昨日まで俺はコトブキシティのジムリーダーだったのである。

 ちなみに他の面子は原作準拠で変化無し……あ、いやトバリは違ったかな? まあ察するに俺はヒョウタが就任するまでの穴埋めだ。ただでさえ荷が重いのに教師と二足の草鞋でくっっっっっっっそ大変だった。ようやく解放されて万々歳である。

 

「もう辞表は叩きつけてあるので無駄ですよ。ずっと前から決めていたことです」

 

 ジムリーダーを原作通りにするためにな。

 やっぱ最初のジムはいわタイプじゃないといかんよ。

 

「先生。いえ、ウズさん。一勝負お願いできますか」

 

「タイプ相性が不利なので嫌です。僕はバトルが苦手ですし、それに、引き止めるつもりでしょう?」

 

「当たり前です! だってこんなの……ッ!」

 

「その先は胸の内にしまっておいてほしいですね。これは、ただそうあるべきというだけの話です。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 うちのジム人気なかったからね。というかポケモンリーグとか他のジムリーダーからもあれこれ言われていたから、畳むのはちょうどいい頃合いなのだ。これ以上トレーナーズスクールの敷地と設備を間借りするのも正直気が引けるしなあ。いや違うのよ、別に施設費横領とかしてないからね。別の方面に予算回してたの。

 

「……分かりました。もう止めません。では、今後は教師のお仕事に専念されるんですか?」

 

「いいえ。旅をしようかと」

 

 今まで仕事のせいで他の地方に行けなかったからな。夢にまで見たポケモンの世界、退職金パーっと使って世界一周するんだ俺は。もう働くのは嫌でござる。

 

「たまに手紙と、そうですね、ヒョウタ君の就任祝いに、旅先で珍しい化石を見つけたらお送りしますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拝啓ヒョウタ様、父上母上、あと前世の父さん母さん。

 

 私は今、行き倒れています。

 

 ここどこ……? 助けt(続く文字は読み取れない)




コトブキシティ ポケモンジム
もとリーダー ウズ
どくぜつ かわかぬ でんしょうしゃ


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002

 遭難しました。

 ソーナノ? ソーナンスッ(裏声)!

 

「って、やってる場合じゃないんですよ……」

 

 旅に出てから数年は順調だった。

 カントー、ジョウト、ホウエンはシンオウと同じで前世の日本に近い雰囲気だから気負わずに済んだ。

 

 イッシュで山男と観覧車に相乗りさせられたあたりから雲行きが怪しくなり始め。

 

 アローラ行きの船に乗ろうと思ったら財布を落とし。

 

 やむを得ずバイトで稼いでいたらガラルじゃ迷子のリザードン使いに絡まれてフルボッコにされ。

 

 カロスはお洒落〜でキラキラ〜な雰囲気が肌に合わなかったので早々に退散。

 

 結果、素寒貧の遭難者ができあがりだ。

 いやカロスの物価よ。どこの地方もそんな変わらんと考えていたが、値段とグレードがあからさまに直結してやがった(注:個人の感想です)。

 

 せめて誰か、人に道を聞ければどうにかなる、

 

「ねえ、そこのお兄さん!」

 

救世主(メシヤ)……?」

 

 へえ、救い主って学生服の女の子なんだ。

 しらなかったなー。ああそうか、幻覚だ。

 

 こんな人里離れた森の奥でそう簡単に現地民と遭遇できるはずがない。そういえばポケモンって毎回ホラー要素入れてくるよなと考えたあたりで思考を止めた。ゴーストタイプならお迎えじゃあないですか。

 

「何を言っているのか分からないけど、ここにはわたしとあなたしかいないよ。ね、今からわたしとヤらない?」

 

「何を言われているのか分からないんですが」

 

 なんだこいつ頭ラブカスか?

 

「またまた! トレーナー同士が出会ったらポケモン勝負! でしょう!?」

 

 ああ、その『()る』ね。あまりに現状と乖離してて連想できなかったわ。

 これが普段であればバトルを連想していいんだけどね、いかんせん、今の俺ってきのみで空腹を誤魔化してる半分野生ポケモンみたいな存在だからね。控えめに見積もっても蛮族だね。むしろ彼女はよく俺をトレーナーだと見抜けたものだよ。

 

「お兄さん強そうだからね! さあ勝負しよっ!」

 

「すみません、今は僕もポケモンも疲れ切っていてそれどころではないと言いますか……」

 

「そうなの? なら近くのポケモンセンターまで案内してあげる! ついて来て!」

 

 願ってもない申し出だ。どうやら助かったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえー! ウズさんシンオウの人なんだ!」

 

「驚くことではないと思いますよ。僕としては、ネモさんがチャンピオンという方がよほど」

 

「チャンピオンクラスの一人ね。でもそっか、他の地方のポケモン……うー! 早く戦ってみたーい!」

 

 道中の会話では有益な情報交換ができた。

 現在地はパルデア地方、北一番エリア。

 女の子の名前はネモ。トレーナーで少々……いや、かなりのバトルジャンキーのようだ。

 この若さでチャンピオンならば相当な凄腕だなと考えるが、同時に、ゲームの主人公と比べたならむしろ遅いくらいだと思う自分が度し難い。

 

 パルデアに来たのは初めてだがポケモンセンターがやけに開放的だ。雨風を凌ぐには心許ないが、人間の食事と飲料が売っているのでプラス十億点。

 地元にもできないものかな、こういうスタンド形式のポケセン。街以外にもあったら絶対便利だって。今まさに俺が実感してます。

 

「ウズさんはどんなポケモンを使うの?」

 

「今の手持ちですか。そうですね」

 

「あ、待って言わないで! 今のなし! 勝負の時に見せて! ウズさんパルデアのポケモン知らないでしょ、そしたらフェアじゃないからね!」

 

 と言いつつも話を聞きたい欲が隠せていないティーンエイジャーがここに一人。あとフェア云々より初見のポケモン相手にどう戦うか戦略練ってるようにしか見えませんよお嬢さん。

 

「フルバトルでもなし。一、二体ご覧になりますか」

 

「えっ……」

 

 それは『いいんですか』の意味だよな?

 六対六のフルバトルじゃないことにがっかりした声ではないよね?

 

 ちょうど回復が終わったようで、ジョーイさんからボールを受け取る。手間取らせてしまったか。

 

 ベルトに六つ、懐に二つ。手持ちの数に縛りがないのはゲームではないこの世界の魅力であり罠だ。

 連れ歩くポケモンが多いほど戦略の幅は広がるし総合的な戦闘力は跳ね上がる、しかし実際に十匹二十匹と育てて信頼関係を築けるかというと大抵の人間には不可能だ。食費という金銭的な壁も立ち塞がる。

 

 だからこの世界でも、手持ちは六匹を目安に調整するものだという常識が浸透している。

 

 俺も大枠からは外れていない。

 長い旅なので念のため余力を持たせたが、手持ち全員ひんしになるとかまずあり得ない。その前にキズぐすり使うか逃げるよねっていう。

 

 さてと、誰を見せたらいいだろうね。

 恐らく期待されているのは初見のポケモン。ただ俺にはパルデアの生息分布が分からない。

 

「ではこの子にしましょう。エルレイド」

 

『エル!』

 

 やいばポケモンのエルレイド。旅の護衛戦力として連れている二匹の片割れだ。

 うん、いいよね。やっぱかっこいいよエルレイド。

 フォルムがもうスマートだもの。そんで剣士然とした凛々しさがあるからな。

 

「おおー、よく鍛えられてる!」

 

 あっれ思ったより普通の反応。ポケモンというよりは立ち姿とかけづやに注意が向いている。

 

「ご期待には添えませんでしたかね」

「え? ……ああっ、いえいえ違うんです! ただその、エルレイドはこっちにもいるからなんかそのぅ」

 

 マジですか。ではラルトスの系譜は初見ではいらっしゃらないと。……あっぶねえええ! 二匹同時に見せてドヤ顔しなくてよかったあああ!

 はい、というわけで護衛戦力の片割れことサーナイトさんはお休みです。ゆっくり休んでくださいねと。

 となると残りはですねえ……どれが当たりだ?



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003

 【急募】パルデアにいないポケモン

 

 というわけで、やっていきたいと思います。

 ぶっちゃけ何を見せてもいいわけなんだがね。

 できれば「何こいつ!?」ってなってほしいじゃないですか。ポケモン新作をプレイする時だってあるでしょう、お前何タイプだよって思わず呟いた経験が。

 

 残る候補は六匹。長い間ジム戦で戦い抜いてきた愛すべきスタメンたちである。出してガッカリされた日には申し訳が立たなくて彼らに顔向けできないでござるよ。

 

 とはいえ、ある程度の予想はついている。

 なぜならポケセンの隣にフレンドリィショップがあるからだよ。ここに置いてあるグッズや雑誌でその地方でのポケモンの知名度が大まかにだが押し計れよう。

 

 えー、『ゴース大量発生』……『今年のトレンドは一周回って木彫りのグレッグル』……目についたのでもうツーアウト。ええい、ままよ。

 

「出てきてください。クロバット」

 

『Zzz……』

 

 こうもりポケモンのクロバットは俺の先発、とても頼れる斬り込み隊長である。が、まだ日の高いこの時間はおねむのようだ。夜行性だからね。

 それでもきちんと出て来てくれるあたり、信頼を感じられてとても嬉しい。だったら昼間に出すなって話なんですけどね。仕方ないんだ、うちのジムはスクール併設だから昼営業だったの。

 

「わーっ! クロバット! 生で見るのはじめて! え、飛びながら寝てる! すごーい!」

 

「そこまで喜んでいただけるとわざわざ出て来てもらった甲斐がありますね」

 

 勝った……! いや勝ち負けとかじゃないけど。

 そうだろう。クロバットはかっこいいとかわいいのハイブリッドなのだよ。

 飛翔に特化したシャープな四枚羽、獲物を見る鋭い目つき、それでいて胴体は丸みを帯びてぽてっとしており、歩く時なんか羽引きずってよちよちと……いかん冷静に。向こうは俺のことが目に入ってない様子だけどな。

 

「この子と戦いますか?」

 

「くうっ……でも」

 

「公平性云々は問いませんよ。なにせ、そちらはチャンピオン級のトレーナーなのでしょう? 僕の方は胸を借りるつもりで臨みませんと」

 

「本当に? やったー!」

 

 流石にポケモンセンターのそばではバトれないので、少しばかり距離を取る。まだ不安だ、周囲に被害が出ないように多少細工を施しておこうか。

 エルレイドに頼んでリフレクターとひかりのかべの二枚張りで即席のバトルコートを用意してもらう。これを割るまでの死闘に発展させる気はない。

 

 ネモと決めたルールはこうだ。

 

 一対一のシングルバトル。

 道具の使用は禁止。持ち物はあり。

 どちらかのポケモンが戦闘不能になるか、トレーナーが降参した時点で勝敗を決する。

 

「それじゃあ、実りある勝負をしよう!」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 

 

「――出番ですよ、クロバット」

「――いけ、ケンタロス!」

 

 

 

 お互いにボールを投げるタイミングは同時。

 ボールから飛び出したクロバットは、先程までと打って変わって臨戦態勢だ。空中でホバリングしながらこちらの指示を待っている。

 対して、ネモが繰り出したのは名前だけなら俺も知っているポケモンだ。なのだが……俺の知っているケンタロスと見た目が異なる。水牛のような漆黒の毛並みだ。

 

「教えてあげる! パルデアのケンタロスは黒いの! タイプはかくとうだよ!」

 

 なんだ色違いじゃないのか。

 だが、それならどく・ひこう複合のこちらが有利、

 

「ケンタロス! しねんのずつき!」

 

「クロバット、避けてどろぼう」

 

 おいおい容赦なくエスパー技で弱点突いてきたな。かわいい顔してえげつないことをする。だが黒くてもケンタロス、真っ向勝負の物理アタッカーだろう。クロバットの速度には追いつけない。

 

 ケンタロスの突進をクロバットは掠めるように回避し、すれ違いざまに攻撃。ケンタロスの持ち物を奪い取る。紙一重の攻防だったな。戦利品は……あれ待ってこだわりスカーフじゃない?

 

「やられたー! なら次、こわいかお!」

 

「ッ……相手を見ずに撹乱しなさい」

 

 やられたーじゃないわ。

 こっちはスカーフの効果で他の技が使えなくなった、実質的な行動縛りだ。全部作戦なら脱帽だが……ええはい分かってますとも、予想も確認もせずに相手の持ち物を奪った俺のミスです。バトル苦手なんだって。

 

 ただこの世界のポケモンバトルはターン制の技の撃ち合いではない。極論技を使わずとも勝負が続く、そして技にはそれぞれ理屈がある。

 こわいかおは恐怖で体をこわばらせて相手の素早さを下げる技だ。だから目視しなければ問題ない。理想論だが実際に影響を多少軽減できる。

 

 そもクロバットは視覚より聴覚に長けるポケモン、音で相手の位置を感じ取れる。スカーフで加速した今はただ飛ぶ、それだけが技にも勝る戦術に変わる……すみませんこじつけです。

 

「速い速い! すごい速いね! よしケンタロス、ストーンエッジで周りを囲め!」

 

 地面から隆起した岩の槍が天を貫いて、徐々にクロバットの飛ぶスペースが失われていく。

 

「このままだと時間の問題ですね」

 

「降参する?」

 

「は? ……いえ失礼。ですが降参するのはあなたの方ですよ、ネモさん。このまま続ければ僕が勝ちます」

 

 どうやらネモは知らないポケモンとのバトルに夢中で気づいていないようだ。

 

「さて問題です。ネモさん、あなたのケンタロスは……いつから猛毒を浴びている(・・・・・・・・)のでしょうか?」

 

「……? ……あっ!」

 

 ネモが声を上げた瞬間が、ケンタロスの体力が尽きるまさにその時だった。

 ふう危ない危ない。やっぱりバトルは苦手だ。やるからには勝ちたいが、俺一人の実力だと簡単に負けてしまうからな。どうしてもポケモンの素質と努力でカバーしてもらう羽目になる。

 

「お疲れ様です。よく休んでください」

 

『クロバッ』

 

 腕に止まった今回の功労者を労ってボールに戻す。過去最高の飛びっぷりだったのではなかろうか。

 おっと、スカーフはネモに返さないといけない。

 

「ネモさ――」

 

「今の! 全部考えていたの!?」

 

「あの、近いですネモさん」

 

「最初の技、どろぼうの他にもう一つ違う技を連続して使ったんだね! どくどくのキバ……ううん、それだと確実性に欠ける。ということはどくどくだ。ケンタロスがいじっぱりな性格で顔に出さないのを見抜いてたの? わたしの注意力が落ちていたせいもあるのかな? あとあと、ルールで交代と回復を禁止したのは最初から毒で勝負するつもりだったから? ……そっか! だから危険を冒しても持ち物を奪ったんだね。きのみで回復したら一手余分に動かないといけなくなるし毒を警戒されるもの!」

 

「ええ……ご名答ですよ」

 

 全部説明されたわ。他に言えることねー。

 気づかれないと踏んで仕掛けた小技だが、チャンピオンは伊達ではないということか。今後は控えよう。

 

「いい勝負でした。パルデアにはいいトレーナーが育っていますね」

 

「こちらこそ! ……もっかい勝負しない?」

 

「日が沈むまでに宿を取りたいので嫌です。できれば最寄りの街を教えていただきたいのですが」

 

「ここからだと、どこもそれなりかな。タウンマップは開ける?」

 

「地図を持っていたら遭難はしませんね。手持ちの機器はポケッチしかありません」

 

「うそ!? スマホ持ってないの? じゃあ、次に勝負する時はどうやって連絡したら……」

 

 俺だってスマホロトム欲しいよ。でも高いじゃん。

 あと再戦するのは確定なんですね。

 

「そうだ! どうせならテーブルシティに来てよ! わたしはそこのアカデミーに通ってるから!」

 

 強引にそらとぶタクシーに相乗りさせられた。

 ちなみに運賃はネモが支払った。情けねえ……大人として情けねえよ……全財産が109円しかないなんて……



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004

 はぁー金がねえ、金がねえ。

 財布の中身はすっからかん。

 宿泊まる、飯を食う、生きてるだけで大赤字。

 

 職員室でこんな歌口ずさんだら品性を疑われそうだ。

 

「おはようございます。本日からこちらで働かせていただきます、ウズと申します。若輩の身ではありますが皆様のお手を煩わせぬよう」

 

「もう少し砕けて問題ありませんよウズ先生。他の先生方が困っていらっしゃいます」

 

「いやそれは……失礼しました」

 

 どう考えても俺の背後に二人が立っているからでは。

 そうは思いませんか、クラベル校長。

 そしてトップチャンピオンのオモダカ女史。

 

 いや本当に何でこうなった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨晩テーブルシティに到着した俺はとある重大で深刻な問題に直面した。

 そう。宿に泊まる金すらないのである。

 仕方ないから野宿すっか、と旅慣れた感覚で適当に一夜を明かせる場所を探そうとしたところネモズストップ。

 アカデミーの寮を借りれるよう上に掛け合ってくれたのだが、流石に部外者を校内に入れるのはNGが出た。

 

 この時点で諦めていた俺は、拾った木材で手慰みにグレッグルの木彫りの置物を彫っていたのだが、通りがかった老人が「ほう、これはなかなか」とかやりだした。注文通りにリーゼント・グレッグルの木彫りの置物を仕上げたところ、いい値段で買ってくれたのよ。

 それがまさかアカデミーの校長とは思うまい。

 

 金を手にした俺はホテルに泊まり。

 翌日……つまり今日の早朝だな、来客があった。

 誰だと思う。ポケモンリーグ委員長様だぜ。信じられるか? 俺は信じなかった。詐欺だと思って逃げたわ。

 だが権力者相手に土地勘のない市街戦は無謀だ。わりとあっさり俺は捕まった。

 で、クラベル校長とオモダカ女史にご対面だ。

 

 ……改めて考えると意味わからんな。

 とりあえずスマホロトムと、あのバイクみたいなポケモンを脳内ほしい物リストに入れたよね。

 

 話が逸れた。二人の用事ってのは、どうやら俺のスカウトで。ネモから話を聞いた校長、そこから話を聞きつけたオモダカ女史が示し合わせて訪れたというわけだ。

 

 やらねーよ、ジムリーダーも四天王も営業も。

 一般サラリーマンとか死んでもやだね。俺もう一回死んでるけど。ハハッ、転生者ジョーク。

 俺は逃げるようにオモダカ女史のスカウトを蹴り、縋るようにクラベル校長の申し出を受けたわけである。

 

 そしたらさあ……ふつーにオモダカ女史おるやん。

 アカデミーの理事長らしいじゃん? 俺の胃袋が泣き叫ぶことが決定づけられた瞬間だよね。

 だって今も背中にプレッシャー感じますもん。「うち蹴ったくせにおめえよくもツラァ見せられたなあ?」みたいな雰囲気感じますもん。表情に出してないけど。

 

「ウズ先生は以前トレーナーズスクールで教鞭を取られていたのでしたね?」

 

「はっ。……失礼、そうですね。最低限の基礎は教えられます。それと司書教諭の資格も」

 

「それはそれは。まだ若いのに勤勉ですね。ではウズ先生には担当者が不在の技術と、司書としてのお仕事もお願いしてよろしいですか?」

 

「精一杯やらせていただきます」

 

「既にご覧になったかもしれませんが、我が校の図書館はエントランスホールにありましてね。設計はこちらのオモダカさんが担当されているのですよ」

 

「き、興味深いお話です」

 

 校長やめて。これ以上話を広げないで校長。

 オモダカ女史の圧が俺に向いてて辛いの。

 

「おっと、始業のチャイムが鳴ってしまいますね。ではウズ先生。今日はジニア先生の補佐をしながらアカデミーのことを教わってくださいね」

 

 クラベル校長が退室したことで解散の雰囲気になり、教師はみなそれぞれの仕事に向かう。なぜかオモダカ女史は残ってるが俺は知らん。こっち見てるけど知らん。

 さーてジニア先生に挨拶を、

 

「私はまだ諦めたわけではありません。アカデミーもポケモンリーグも兼業可ですので、気が変わったらいつでもご連絡ください。お待ちしていますよ、ウズ先生」

 

「身に余るお言葉です。お疲れ様でした」

 

 ……寿命縮むわぁ。



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005

 ジニア先生めっちゃ優しい。

 細かい質問でも丁寧に答えてくれるし、「ないと不便ですよねえ」って中古のスマホロトム貸してくれたし、これもう俺のことが好きなのでは? いやそうに違いない。

 なんて考えていたら手持ちのボールが同時に揺れた。

 

「……分かっていますよ。冗談です」

 

 パルデア地方のポケモン図鑑はジニア先生が制作したスマホロトム用アプリケーションだ。スマホがなけりゃ図鑑も使えない、そんな俺が他の地方の珍しいポケモンを手持ちにしているのだから研究対象にもなろうというもの。

 つまりお互いに利益のある取引だ。いいね。

 

 普通に授業の内容も面白かったしな。教室の後ろで研修するつもりが、つい生徒気分で聞き入ってしまった。

 特にパルデアのポケモンに関する知識は初耳なので大変勉強になる。オコリザルってまだ進化を一回残してるのか!? とかね。

 

「それじゃあ、今日はここまで。ありがとうございましたあ」

 

 ジニア先生に挨拶をして、ぞろぞろと生物室を出ていく生徒たち。基本は子供、特に十代が多いが、なかにはそれより上の年代も見かける。授業ごとに教室を移動するシステムといい、大学とよく似ているな。いやアカデミーって言ってるだろ。似てるんじゃなくてそのものだわ。

 

「今ので最後の授業ですねえ。どうでしたかあ?」

 

「勉強になりました。それと普通に楽しかったですね、他の生徒さんに申し訳ないくらいです」

 

「それはよかった! 授業方法は担当の先生に任されていますから、生物は僕なりのやり方でやってるんですよお。なのでウズ先生も頑張ってくださいねえ」

 

 なるほど、たしかにあの個性派ラインナップを画一化して殺すのは惜しい。

 生徒と教師の双方が自由であるからこそ、か。

 

「僕の担当は技術と言われましたが……技術とは、そもそも何する科目なんでしょうかね」

 

「ええ!? 大丈夫ですかあ……?」

 

 前世の記憶を漁っても木材切ったりパソコン叩いたりした記憶しかないぞ。

 教養科目とバトル学は既にあり、調理は家庭科に含まれる……やばい本気でどうしよう。この世界で俺が教えられる技術って何?

 

「技術は選択科目ですからあ、生徒の皆さんがやりたいことを聞いてみるのがいいかもしれませんねえ」

 

 生徒に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジニア先生に礼を告げて、校舎内の探索に移る。

 が、悲しいかな。まだ俺の顔は生徒に知られていないので急に話しかけても驚かせてしまう。あと「授業で何やりたい?」と尋ねられても返答に窮するだけだ。

 

「叩き台がないと話になりません」

 

 それにはまず授業の方向性を設定しなければ。トレーナーズスクール時代はポケモンの知識を浅く広く教えればよかったが、ここでは専門性が求められる。

 どくタイプに関しては人並み以上のつもりだ。しかし一タイプに特化した授業など例を見ないし、そもそも技術だって言ってるだろ科目を履き違えるな。

 

「もっと勉強しておけばよかったですね……」

 

 ああ、考え事をすると頭が疲れる。

 こういうときは甘いものだ。

 

 購買部は、俺からすると決して品揃えが豊富とは言えないが、街まで降りずに済むのがメリットだ。おやつのためにあのくそ長い階段を往復するのは手間だからな。

 

 一直線に軽食が並ぶ棚に向かう。しかし商品を見ても食指が動く気配がない。欲しているのはヨウカンであって、スナック菓子やチョコレートではないのだ。

 妥協でモモン味の飴を手に取り、レジに並ぼうとしたところで、見覚えのあるポニーテールが視界をよぎる。

 

「もうちょっと買っておいたほうが……」

 

「どうされたのですかネモさん?」

 

「わっ!? あ、ウズさん……じゃなかった、ウズ先生。びっくりした」

 

 我が恩人にして現状ただ一人、俺を知っている生徒のネモはボール売り場の前で頭を抱えていた。

 

「モンスターボールですか。随分と多めに買われていますが、ポケモンの乱獲は生態系の破壊に繋がりますから、あまり褒められた行為ではありませんよ」

 

「違います! これは、そのう、必要で」

 

 彼女の様子と右手のサポーターを見て、俺はおおよその事情を察した。どうやら天はポケモン勝負の申し子に捕獲の才能までは与えなかったらしい。運動神経がいい印象だったので意外だが、この世界では上手にボールを投げれないトレーナーもわりと多い。

 

「動く的に当てるのは難しいですからね。外したボールを回収するのもまた一苦労です」

 

「わたしは探すの諦めちゃいますよー。だってぜんぜん見つからないんだもん! 新しく買った方が早い!」

 

 なんとまあ、環境に恵まれた思考スタイルである。モンスターボールだってつもり重なればかなりの金額だ。使えるものは使い回した方が経済的だと思うのだが。

 

「よし、今日はこれだけ買おうかな。じゃあね、ウズ先生! また勝負しよーねー!」

 

 両手のカゴいっぱいのボールを購入して、ネモは足早に立ち去った。

 

「ふむ……」

 

 その時、ふと閃いた。

 このアイデアは授業に活かせるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 技術の授業、記念すべき第一回目が始まる。

 

「皆さんには、モンスターボールを作ってもらいます」



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006

見たことない評価とお気に入り数に震えています……総合日間にも載っているようです
感想・ここすきもすべて拝見しております
この場をお借りしてみなさまに御礼申し上げます

ポケモンのちからってすげー!


 技術室、ここが俺の城にして戦場だ。

 俺は教壇に立って生徒を見下ろす。と言っても初回の受講者は二人と少ない。一人はネモなので、授業内容に興味を惹かれた生徒は実質一人ということになる。

 

「授業の前に簡単な自己紹介を。僕はウズ。技術を専門に教えるのは初めてですから、皆さんと一緒に試行錯誤していきたいと考えています。よろしくお願いします」

 

 二人からは拍手。素直で反応があるとこちらとしてもやりやすい。

 

「この時間では、主に冒険で役立つ知識について、皆さんに頭と手を使って学んでもらいます。もし次もこの授業を受けるのであれば、汚れても構わない服装で参加することをおすすめします」

 

 これは学校に提出した授業計画書にも記した内容だが、この手の注意事項は繰り返し口にして聞かせた方がいいと相場が決まっている。文章だと流し読みする人間や目を通さない人間が必ずいるからな。……その手のタイプは今回の授業を登録すらしてないだろうけど。

 

「アカデミーには、宝探しと呼ばれる課外授業があると聞きました。そんな旅の道中で活用できる『ものづくり』の技術……クラフトの初歩を今日は体験してみましょう」

 

 ということで、どん。

 ポケットから出したものを掲げてみせる。

 

「皆さんには、モンスターボール(これ)を作ってもらいます」

 

「先生!」

 

「何ですか、ネモさん」

 

「わたしの知ってるモンスターボールと違います!」

 

「よく気づきましたね。そう、これは世間一般に流通している市販のボールではありません。これはぼんぐりというきのみを使い、僕が作ったモンスターボールです」

 

 ぼんぐりボール。前世ではガンテツボールやオシャボと呼ばれて、それはもう希少価値を誇ったものだ。ちなみに俺の手にあるのは普通の赤いモンスターボールだ。生徒が見比べられるよう、市販のボールと並べて分かりやすい位置に置いておく。

 

「フレンドリィショップもない時代から、人は手作業でぼんぐりをボールに加工して使っていました。ジョウト地方では今でもガンテツという方がぼんぐりボールを製作されています。時間の都合で詳しい説明は省きますが、興味があれば調べてみてください」

 

 おっと? ガンテツの名前を出した途端、もう一人の生徒が反応したな。俺とほぼ同時期にこのアカデミーに入学した男子生徒。名前は……たしか名簿に記載が。

 

「ハルトさんはご存知のようですね」

 

「えっ、はい。それで……今日作るボールはどの種類ですか? もし選べるならムーンボールかヘビーボールがいいなと思っていて」

 

「ああ、その手の特殊なボール製作は人間国宝レベルの技量が求められるので、とても授業では取り扱えませんね。ご期待に添えず申し訳ないですが」

 

「あ、そうですか……」

 

「ガンテツさんとは面識がありますから機会があればご紹介しますよ。大変気難しい方なので、ボールを作ってくださるかはハルトさん次第になってしまいますけどね」

 

「っ! ありがとうございます!」

 

 なるほど。授業計画書を見てガンテツボールが作れると勘違いしたのか。後で訂正を加えておかないとだな。

 

「気を取り直して、早速ボール作りを始めましょう。必要な材料とクラフトキットを配ります。危ないので工具は人に向けないように」

 

「ウズ先生。ぼんぐりはわかりますけど、この石はなんですか?」

 

たまいしといいます。ぼんぐりを補強するための素材ですね。わりとどこにでも落ちているので、見つけたら拾っておくといいですよ」

 

 この授業のために調査をしたところ、たまいしはパルデア地方の全域で産出されることが判明した。用途が限られるので研究者やボール製作会社以外は存在を知らない人が多いようである。ぼんぐりについても同様、こちらはまだ一般認知度が高めだったがな。

 

「手順は黒板にまとめてあります。分からない箇所があれば質問してください」

 

 俺は教壇で待つ。歩いて回ると、二人の間を往復する羽目になって邪魔になるからだ。慣れない道具を使っている隣でうろちょろされたら集中力が削がれるだろうよ。

 

 まあ、ぼんぐりの加工は簡単だ。適当な厚みを残して中身をくり抜いたらいい。ハルトは手先が器用なようで順調に作業を進めている。ネモは少し苦戦しているか? だが問題はなさそうだ。

 

 その後も二人は作業に取り組み、見事、授業時間内に自分のボールを完成させた。こちらの想定より十分も早い。見てくれは不恰好だが、初めてにしては上出来だ。

 

「はい、確認しました。どちらも問題はありませんね」

 

「ふう……バトルより疲れたかも。ハルトは?」

 

「え、結構楽しかったよ」

 

「それは何より。宝探し中にボールが無くなってしまったら、今日のことを思い出していただけると幸いです。慣れると五分もかからず作れますし、自分の手の大きさや投げ方の癖に合わせて形を調整できますからね」

 

 材料も全て現地調達できるからな。

 

「ああ、そうでした。最後に大事なことをひとつ。自分で作ったモンスターボールはポケモンの捕獲こそ可能ですが、市販のボールと異なり、ある機能が備わっていません。それが何だか分かりますか?」

 

「……ポケモンの保護機能?」

 

 マジか。これを答えられるとは思わなかった。どうやらハルトはボールについての知識が豊富らしい。

 

「ご名答です。市販のボールは、ポケモンが野生かそうでないかを判別する装置が組み込まれています。これのおかげで、トレーナーがいるポケモンにボールを投げても捕まえられません。しかし自作のボールにはそんなもの付いていませんから、捕獲したポケモンでもシステム上は野生扱いになってしまう」

 

 つまり自作ボールは横から他人にポケモンを奪われる可能性が非常に高いというわけだ。たとえ信頼関係を築いていようと、保護機能が働いていないポケモンは『誰のものでもない』ことになる。

 

「ですから、自作のボールで野生ポケモンを捕獲した場合、街に戻ったら改めて市販のボールに入れてあげるのがよろしい。人のものを盗ったら泥棒……とはいえ、避けられるトラブルは自分で避けていきましょう」

 

 言い切ると同時にチャイムが鳴った。時間配分は念入りにしたつもりだったが……ギリギリだな。ネモとハルトの作業が早めに終わらなかったら足が出ていた。少し早口で駆け足気味にしてこれだと先が思いやられる。

 

「今日の授業はここまで。作ったボールは持ち帰って構いません。繰り返しますが、取り扱いにはお気をつけて」

 

 まあよし。どうせあまり人気は出ないだろうし、これくらいの少人数でゆるめにやっていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業の登録者数が急増したらしい。やめて。



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007

 ピクニック! ピクニック! わーい!

 はい、連日の疲労で疲れてます。

 

 なぜかボール作りが生徒の間で受けたらしく、技術の登録者は鰻ならぬシビルドン登り。俺が同時に見れる生徒数には限りがあるし、材料も道具もまるで足りない。

 こりゃ無理だという話になり、しばらくクラスを分けて第一回の授業内容を繰り返し行う羽目になった。おかげで司書の方の仕事には全く手が回っていない。

 

 なおここまで話が広まった元凶は生徒会長のネモ……ではなく、新入生ハルトの方らしい。

 

 ハルトとアオイ、二人の新入生。

 チャンピオンのネモに初めてのバトルで勝利したとか、見たことのないポケモンを連れているとか、学業成績が大変優秀でポケモンの申し子と呼ばれているとか、色々と噂に事欠かない。そりゃあね、そんなのの片割れが知り合う人に触れ回ったらゆうに定員超過しますわ。

 

 いいかハルトよ、教師は基本固定給なんだ。

 頑張って給料が増えるとは限らない。

 クラベル校長なら特別手当出してくれそうだけどさ。

 

「今日は仕事のことは忘れましょう。天気がいいですから、外に出るのもありですね」

 

 パルデア固有のポケモンは何匹か捕まえたいし、ここいらの植生なんかも調べておきたい。となれば、郷に入っては郷に従え。やはりパルデア流のピクニックよ。

 サンドウィッチとやらを作るのだろう? 生徒が話しているのを聞いたとも。ちなみに給料日はまだなので、具材は塩しか買えません。それただの切ったパンや。

 

 どうせなら食材を現地調達できる、あまり人目につかない場所がいい。俺の手持ちはどれもシンオウで捕まえたポケモン、パルデアでは少々目を引いてしまうからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここをキャンプ地とする!

 アカデミーからだいぶ離れた地点まで来てしまったが、ここならば今日の目的を達成できるだろう。

 平らな草地にレジャーシートを敷いて座る。テーブルと椅子? そんな嵩張るもの持ってないよ。風で飛ばないように四隅を石で押さえるくらいはするけどな。

 

「皆さん、出てきてください」

 

 手持ちのボールをまとめて投げる。

 

 一番に飛び出したのはエルレイドとサーナイト。流石は用心棒……ああ大丈夫、別にバトルじゃないから。十分に羽を伸ばしてくつろいでほしい旨を告げる。

 

 次にクロバット。まあ昼だし寝るよな。

 

 残りは初パルデアの空気に何を感じるのか、順番に観察してみることにする。

 

 ロズレイド。冷静な策士で、今のように風光明媚な景色を楽しむ風流ポケでもある。

 

 ゲンガー。悪戯好きなのでこいつの一挙手一投足には要注意。ロズレイドにちょっかい出すなよ。

 

 ドククラゲ。お前一度浜辺で天日干しになりかけた癖に、陸地で出すと喜ぶよな。

 

 ドクロッグ。こいつは何考えてるか分からん。

 

 ドラピオン。おっとバトりたくてうずうずしてますね。ごめんな。最近全力で戦わせられなくて。

 

 とまあこんな感じ。ロズレイド以外まともに景色見てねーじゃんか。初めての場所なんだから、もっとこう……あるだろ何かさあ。知らんけど。

 

「食事にしますか」

 

 試しに特製塩サンドウィッチを見せたところ、満場一致でブーイングをくらった。いいさ、このサンドウィッチは俺の腹に消える運命だったということだろ。

 本命はこっちだ、途中で採取した三種のきのみとキノコのサンドウィッチ。ちゃんとそれぞれ味の好みに合わせて具材の組み合わせを変えてある。

 

「あ、こらドクロッグ。苦手だからってキノコだけ引き抜くのはやめなさい」

 

 無言でポイ捨てしやがったぞこいつ。栄養バランスとか考えてるんだからしっかり食えや。食わないにしてもせめて俺によこせ、最近は水道水とその辺で採った野草しか口にしてないんだぞ。

 

 とにかく腹を満たすとしよう。

 

 塩サンドウィッチ・地面に落ちたキノコを添えて

 〜☆〜

 

 こんなのでもパンはごちそう。いただきま、

 

『ギャア(パクッ)』

 

 何かが高速で目の前を通り過ぎていった。

 あれはたしか俺が捕獲したいポケモンリストの上位に名を連ねるバイクっぽいトカゲだ。図鑑の登録名はモトトカゲだったか。ライドポケモンとして一匹仲間に加えておいたら便利だろう、いやそんなことよりも。

 

 あのモトトカゲ……俺のパン咥えていかなかった?

 

「ゲンガー、くろいまなざし」

 

 咄嗟の足止めは成功。パン泥棒は地平の彼方に走り去る事なく、Uターンしてこっちに向かってくる。

 

 こちらもポケモンで戦うか? ただ力量差がありすぎて倒してしまいそうだな。エルレイドにみねうちさいみんじゅつのコンボを決めてもらってもいいが。

 

「久しぶりに体を動かすのもありですね」

 

 接近するモトトカゲを正面から待ち受ける。

 まだ……もう少し……今!

 

 モトトカゲの頭に両手を突いて跳躍、跳び箱の要領でたいあたりを回避する。そのまま手首を捻って前後百八十度回転、俺はモトトカゲの背中に跨った。

 

『ギャ!?』

 

「どうもこんにちは初めまして。サンドウィッチは美味しいですか? そうですか……もう咀嚼してしまったと。実はあれ、僕の昼食でして」

 

 俺は腰のポーチからモンスターボールを取り出して、

 

「体で返してもらいます」

 

 モトトカゲの頭部に全力で叩きつけた。

 鈍い衝撃音が響いて、気絶したモトトカゲがモンスターボールに吸い込まれる。はい捕獲完了。これでパルデアでの足には困らないぞ。

 

 あーあ……動いたから余計にお腹空いたわ。



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008

 我が校の図書館、配架めちゃくちゃじゃね?

 

 司書教諭の業務もこなすべく、授業の合間に足を運んでいたところ、本の並びが不規則の極みすぎて仕事が全く捗らないという問題に直面した。十進分類法とは言わないから、せめて新書と文庫と雑誌は分けようぜ。

 

 特に月刊オーカルチャーというオカルト雑誌があちこちの棚に点在しており、探すだけで一苦労だ。

 生徒が返却したのかポケモンが棚に戻したのかは知らないが、きちんと元の位置に戻してほしい。折を見て図書館の利用方法についても指導した方がいいだろうか?

 

『サアナ』

 

「手伝ってもらいすみませんサーナイト。これを仕上げたら終わります」

 

 月刊オーカルチャーのバックナンバーをファイル綴じにする作業も、ようやく目処がつきそうだ。ちらと内容を流し読みすると、ポケモンのような機械兵器の情報がつらつらと書き連ねられていた。胡散臭い。

 

「さて……また授業が始まる……」

 

「おや貴様は……奇遇だな」

 

 席を立った瞬間、歴史のレホール先生に捕まった。

 

「どうされました? 僕に何か?」

 

「そう身構えなくてもいいだろう。ボール製作の授業、あれはなかなか興味深いものだと感心してね。温故知新……半ば忘れ去られた先人の技を拾い上げる姿勢が特にいい。ぜひ話を聞きたいと思っていたところだ。なに、そう手間は取らせない。二、三質問させてくれ」

 

 どうやら拒否権はないらしい。まだ少し時間はあるから、始業時間までの立ち話程度ならいいか。

 

「答えられる範囲であれば構いませんが」

 

「では単刀直入に聞こう。あの技術をどこで学んだ?」

 

「親族に手先が器用な方がいまして。クラフトの基礎はその人から教わりました。以降は独学です。あとボール作りはガンテツさんに多少手解きを受けましたが、職人の才能はありませんでしたね」

 

「そういえば貴様はシンオウの出身と言っていたな……そうか……なるほど」

 

 なるほどって何さ。そこでどうして俺の生まれが出てくるの? やましいことは何もないというのに、尋問を受けている気分になるぞ。

 

「シンオウ地方には、数多くの神話が残されているそうだな。たしか時間と空間を司る伝説のポケモン……ああ、名前はなんといったか」

 

「ディアルガとパルキア、ですね。古くにはともにシンオウ様と呼ばれ崇められていました」

 

「博識だな。そう、まるで――実際に体験してきたかのような語り口だ」

 

「いえいえ、まさか。僕がタイムトラベラーだとでも? レホール先生は冗談がお好きなのですね」

 

 俺がシンオウ神話に詳しいのは前世でゲームをプレイしたからで、この世界の過去の時代に行ったことはないし、伝説のポケモンとエンカウントした経験だって皆無だ。

 

「では、授業がありますのでそろそろ失礼します」

 

 ボロを出す前に、俺はそそくさと退散した。

 この学校の女職員みんな怖えーよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 技術室に入ると、何やら生徒たちが騒がしい。

 

「スマホをしまってください。授業を始めますよ」

 

「先生! 見てください!」

 

「はい?」

 

 生徒の一人が差し出したスマホロトムには、有名な動画配信者のチャンネルが表示されていた。どうやら最新の投稿動画が問題のようで……あ"あ"!?

 

 動画には、素手でモトトカゲを捕獲するトレーナーの人間離れした動きが収められていた。顔はモザイク加工されていて断定できないが、周囲の風景から推察するに。

 

「これ、ウズ先生ですよね!?」

 

「違います」

 

「いやでも背格好とか」

 

「人違いです。実は僕には生き別れの兄弟がいるんですよ(大嘘)。ということで感動の再会をするために出かけてきます。今日の授業は後日何らかの形で補填しますので。では失礼」

 

 ちくしょうやられた。人の目が無いと思って油断したのが運の尽き、まさかあれを撮影されていたとは。

 

 絶対に許さんぞ……ナンジャモぉッ!



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009

 ナンジャモにカチコミなんじゃあ!

 捕獲したばかりのモトトカゲを駆り、やってきましたハッコウシティ。近未来風の垢抜けた街並みは自然の多いパルデア地方の中でもどこか浮いた雰囲気を感じるがそんなことはどうでもいい。

 

「ようこそハッコウジムへ。チャレンジャーの方ですか?」

 

「違……いえ、そうです」

 

 挑戦者ということにした方が話が早そうだ。

 

「ジムバッジの数はおいくつですか?」

 

「0ですね」

 

「わかりました。当ジムリーダーナンジャモと勝負するには、ジムテストをクリアする必要があります」

 

 やっぱり、いきなり本人と戦えるわけではないんだな。まあ俺もコトブキジムではチャレンジャーにテストらしいものを課していたから当然と言えば当然だ。

 いいさ、来いよ。やってやる。お題は何だ?

 

「ナンジャモの番組出演です!」

 

「え」

 

 また顔出しっすか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆の者~! 準備はいい? 『ドンナモンジャTV』の時っ間っだぞー!」

 

 ジムを出ると、音声と合わせてスマホロトムに四方を囲まれた。これからの言動は全世界に配信されるわけだ。

 

「ドモドモー! あなたの目玉をエレキネット! 何者(なにもん)なんじゃ? ナンジャモです! おはこんハロチャオ~! 挑戦者、氏……」

 

 俺の顔を見るなりナンジャモの声量がしりつぼみになっていく。どうやら頭の回転は悪くないようだ。この状況と自分の立場を即座に理解したと見える。

 

「ち、ちょっとターイム!」

 

 配信を待機画面にしたナンジャモは自ら姿を現した。

 

「やっぱり動画(あれ)?」

 

「どういうことか説明していただけますか?」

 

「えっと、あれはたまたまカメラに映り込んだというか、それを見て面白がった人が切り抜きで拡散しちゃったというか……ボクもヤバいと思ったんだけど火消しできないレベルでバズってて……まあそのおかげで? 元動画の再生回数はシビルドン登り〜……なんつて……」

 

「削除してください。こちらとしてはそれ以上を求めるつもりはありません」

 

「はい……ごめんなさい」

 

 これで禍根を断つことには成功したわけだが、現在進行形で広がる切り抜きの方は穏便な対処が難しい。ナンジャモが注意したからと言って全部は消えないだろうからな。

 画質が荒いから俺とは分からないのがまだ救いだが……軽く調べたらネットミームにまでなってるじゃねーかよ。おいこれどうすんだ。自分のコラ画像が電子の海に出回るなんて嫌だよ俺は。

 

「それ以上の話題になる動画を撮るのはどうでしょう? たとえば、お二人のポケモン勝負とか」

 

「「!」」

 

 こ、この声は……オモダカ女史。

 

「何やら揉めているご様子でしたので、僭越ながら口を挟ませてもらいました。ナンジャモさん、この方はアカデミーの教師ですが元ジムリーダーで相当の使い手です。他の地方の珍しいポケモンを使われるでしょう。きっと視聴者からの反応も良いと思いますよ」

 

「ほほーう? そういうことならボクはオッケー! あんなネタ動画なんて秒で過去のものにしてあげるよ! このインフルエンサーのボクがね! ……そしてまたボクの人気が高まってしまう……ニッシッシ……」

 

「だそうです。よかったですね、ウズ先生」

 

「……いいでしょう。のせられた気がしますが」

 

 というかタイミング良すぎだろう。この展開を予想して網張ってたんじゃないだろうな。

 バトル配信ね。トカゲ捕獲動画以上の評価を叩き出さなくてはならないわけで、しかもジムリーダーが相手となると手は抜けないな。それに……伝わってくるんだ、ボールの中からポケモンたちの喜びがさ。トレーナーとしては応えてやるしかあるまいよ。

 

 バトルコートに移動して、配信は再開された。

 

「はーい、皆の者ごめんね〜! ちょっと手違いがあったみたいなんだけど、今日はなんと特別ゲストをお招きしてるよ! はてさて、いったい何者なんじゃー?」

 

 ナンジャモが前座のトークをしている間に、俺は心の準備を整える。ジムリーダーとして戦うのは数年ぶりだから自信がないんだよな。お、カメラがこっち向いた。

 

「答えは……シンオウ地方の元ジムリーダー! どく使いのウズ氏だー! イェーイ!」

 

「どうもウズです。ニンジャモ」

 

「おっと、もしかして緊張してるー?」

 

「それはもう。人気者のナンジャモさんは慣れていやがるので分からないと思いますが」

 

「んー辛辣! これがどく使いたる所以なのかなー?」

 

「トレーナーの性格と使うタイプは関係ないでしょう。ナンジャモさんほのお使いなんですか?」

 

「まるでボクが炎上してるみたいにいうな!」

 

 よかった。ナンジャモは対応してくれるな。

 俺はジムリーダー時代、それっぽいからと毒舌キャラを演じるようポケモンリーグに命じられていたんだ。今考えると酷い話だが、当時の営業も没個性の俺を売り出すのに必死だったんだろうな。まあ黒歴史で負の遺産よ。

 

 それでも今は使ってやる、こうして毒舌ヒールキャラを演じればナンジャモのファンからヘイトを買える、俺を叩く事に集中すればもうネタ動画なんて作ってる暇はなくなるよなあ? まさに肉を切らせて骨を断つだ。ああ、明日から生きづらい人生が始まる……。

 

「そんなわけで今日の企画はこちら! 題して〜? 『どくVSでんき! どっちがビリビリ? ジムリの全力エキシビジョンマッチ!』に決定〜!」

 

「わー」

 

「ルールは手持ち六体のシングルバトル! 道具の使用は禁止、でいいよね?」

 

「はい。御託はいいので始めましょう」

 

「後で泣いても知らないからねー?」

 

 

 

 

「――頼みます、クロバット」

「――出番だぞ、タイカイデン!」

 

 

 

 ナンジャモの先発は海鳥に似た黒と黄色の鳥ポケモン。知識にないが呑気に図鑑を調べる余裕はない。

 今ある情報から考えて予測しろ、ナンジャモはでんきタイプの使い手、あの外見ならひこうとの複合か? 両タイプとも素早さの高いポケモンが多い、ジムリーダーの先発となれば明確な役割があるはず、怖いのはでんじはでクロバットの強みを潰されること。

 

「タイカイデン! おいか「ちょうはつしなさい」

 

 刺さった。……読みとは違ったけど。

 おそらくおいかぜで後続を加速させるサポーターなのだろうが、これで変化技は使えない。

 

「続けてとんぼがえりです」

 

 でんき技で落とされては困るので攻撃しつつ控えのポケモンとスイッチする。ここまでは想定内。

 

「ロズレイド、かげぶんしん」

 

「まとめてぼうふうでやっちゃえ!」

 

 俺が出した二匹目、ロズレイドへ目掛けて迫るタイカイデン。こちらは撹乱目的で分身を出すが、激しい暴風によりその大半が役割を果たす前に掻き消える。本体のロズレイドもかなりのダメージを受けてしまった。

 

「ねむりごなで「でんこうせっか!」

 

 先程の意趣返し。俺より先にナンジャモの指示が差し込まれて、呆気なくこちらは戦闘不能になった。

 

「お疲れ様です、ロズレイド……もう一仕事頼みますよ、クロバット。あまごいです」

 

「それってわざと? だとしたらボクを舐めすぎ! タイカイデン、かみなりをお見舞いしてやれー!」

 

 再度繰り出したクロバットが天候を書き換えて雨を降らせる、しかしそれは相手のタイカイデンにとっても有利に働いてしまう。かみなりもぼうふうも、天気が雨の時は必ず命中するからな。

 

 弱点かつ高威力の雷撃に打たれたクロバットが耐えられるはずもなく……だが、わずかに時間がある!

 

「ふきとばし!」

 

 強風にあおられたタイカイデンはナンジャモのボールに戻っていき、強制的にレントラーがバトルに出る。それを見届けたクロバットは今度こそ力つきた。

 これで互いの手持ちは4対6。戦局はナンジャモに大きく傾いた。

 

「……ありがとうございます、クロバット」

 

 やはり強い。ポケモン自体の能力もさることながら、技の練度、反応、そしてトレーナーの判断が超一流だ。これ相手にいい勝負をしろとかオモダカ女史も無茶を言うぜ。こちとらブランク有りまくり祭りですからね。

 

 だが、二匹の頑張りで仕込みは終えた。

 見せてやるよ。どく使いの戦いってやつをな。




覚えるわざの種類については過去作含めわりと何でもありの無法とします。
SVのようにいつでも思い出しや入れ替えが可能ですが、同時に使えるわざは四つまで(公式戦でも定められたルール)……と、まあ雰囲気でお楽しみください。


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010

 ナンジャモとの公開バトル(配信中)。

 衆目監視の中で手札を晒すことに忌避感を覚えるのは俺だけではないはず。まあいい、三匹目はこいつだ。

 

「君の番です、ドクロッグ」

 

 雨に打たれて喉袋を膨らませるドクロッグ。相手のレントラーを見てケヒッと真意の読めない笑い声(?)を上げた。ほんとマジで何なんこいつ。だが……バトルの実力は折り紙つきなんだよな。

 

「レントラー! かみくだく!」

 

「ねこだまし」

 

 大口を開けたレントラーを奇襲で怯ませた後、

 

「ならワイルドボルト!」

 

「みがわりで流してください」

 

 電光纏う突進の猛攻をドクロッグはHPを削って生み出した分身を用いて回避していく。同じような攻防が三度、繰り返されて。

 みがわりは体力の四分の一を消費する、四回目はもう打てない。追い詰められたドクロッグ目掛けてレントラーは渾身の大技を放とうと、

 

「騙されないぞよ! 雨で回復してる、こおりのキバで牽制!」

 

「チッ……ドレインパンチ」

 

 みがわりで流すと読み切られたのをあえて逆手に取りカウンター、無防備な顔面に綺麗に入ったドレパンがレントラーの体力を削り、消耗していたドクロッグの傷をある程度だが回復する。

 

「ドレインパンチで押し切ってください」

 

「サイコファングで迎え撃て!」

 

 うわ性格悪い。どく・かくとう複合に四倍弱点のエスパー技を今の今まで隠してやがった。だがダメージレースはドレパンの吸収とかんそうはだのとくせいで回復できるこちらが有利だ。それにレントラーには反撃する体力が残ってないだろうよ。ほら倒れた。これで一匹落としたぞ。

 

「ありがとうレントラー。……どくびしにまきびし。さっきのロズレイドだね」

 

「搦手で相手を翻弄するのがどくタイプの本領ですので。いつになったら気がつくかと思っていましたが、質問するまでもありませんでしたね。流石です」

 

 どくびし二回、まきびし三回。しっかりバトルコートに撒かせてもらった。これでナンジャモのポケモンは登場した瞬間にもうどくとダメージを食らう事になる。ポケモン交代に負荷をかけていこう。

 雨で視界を制限しつつ、まきびしが水溜りに沈んだら少しは時間稼ぎになるかとも思ったが……実際はそう上手い事いかないわな。トレーナー戦だと。

 

「飛んでいるなら撒き技に意味はない! タイカイデン! ぼうふうだ!」

 

「ふいうちで叩き落としなさい」

 

 飛び出した先発の鳥ポケことタイカイデンが技を放つ直前に、ドクロッグは不意をついて地面に引きずり落とす。あとはみがわりで耐久しつつドレパンでタコ殴りするだけの簡単なお仕事です。やられる前にやれば弱点技なんざ怖くねえのよ。

 

「お、おいかぜ!」

 

 最後に追い風を呼ぶ仕事をさせてしまったか。

 だが、これでイーブン。まだ勝負の行方は分からない。

 

「2タテとか映えを分かってんじゃんウズ氏」

 

「お望みなら全抜きして差し上げても構いませんよ」

 

「できるものなら見せてよね! ムウマージ!」

 

 は? おい待てやこら。

 お前でんきタイプのジムリーダーじゃねーの?

 そして折悪く雨が上がる。雨での回復手段を失い、ドレパンを無効化されるゴーストタイプ、ドクロッグを続投するメリットは薄い。というか交代が安牌だ。

 

 え、何でそんなにやる気なのお前。

 ……仕方ねえ、やったらあ!

 

「ドクロッグ、ふいうちです」

 

「マジカルフレイム!」

 

 はいバーーーーカ! 案の定ひんしだよ!?

 とくせいかんそうはだのポケモンは水で回復できるが、強い日差しや火に弱いのだ。ほのおタイプ技なんて受けた日にゃ、こうかばつぐんとまではいかずとも致命傷。

 

「戻りなさいドクロッグ」

 

 まあ多少体力を削ってくれたのでよしとする。しかし、ムウマージのとくせいはふゆうだったか? どくびしまきびしが通用しないじゃん。なら四匹目は、

 

「お願いします、ゲンガー」

 

「っと、それなら〜皆の者お待ちかね! 出でよひらめき豆電球ー! 暗闇払うテラスタル!」

 

「は?」

 

 なにそれ知らない。ムウマージが結晶化して頭に豆電球生やしたんですけど。

 

「いえ、派手なだけの虚仮威し。やる事は変わりません。あやしいひかりで惑わしなさい」

 

「それはどうかなー? チャージビーム!」

 

 ムウマージの放った雷撃はとてもサブウェポンの威力ではなかった、ゲンガーはどうにか回避するが……そうか。仕組みは不明だがタイプが変化してやがるな? だからでんき技をタイプ一致で撃てると。

 

 じゃあゴースト技で弱点つけないじゃん。

 

「接近しておにび」

 

「全方位にチャージビーム!」

 

 ゲンガーは影に潜伏して距離を詰める。チャージビームを連発するムウマージの背後に回り込み、青い炎をなすりつけてやけどを負わせることに成功した。

 

「そのまま畳みかけます、たたりめです」

 

「シャドーボールで返り討ちだ!」

 

 状態異常の相手に威力が倍増するたたりめと、チャージビームの追加効果で上昇したとくこうから放たれるシャドーボール。両者は衝突して……結果、どちらのポケモンも戦闘不能になる。これで残りは2対3か。

 

「いけマルマイン!」

 

「正直不安ですが……ドククラゲ」

 

 でんき使いにみずタイプ出したくねー。だがやってもらうしかない、頼むぞドククラゲ。いやほんとに。観客に触手振ってる場合じゃないのよ?

 

「マルマイン、エレキフィールド!」

 

「ドククラゲ、ベノムトラップ」

 

 両者の技で足元に電気が駆け巡り、毒液が飛散する。トレーナーの足までビリっとくるなこれ。

 

「先手必勝。ベノムショック」

 

 特殊な毒液が動きの鈍いマルマインに降り注ぐ。ドククラゲが使った技はどちらも相手がどく状態の時に最大の効果を発揮する。どくびしでもうどくに、ベノムトラップでこうげき・とくこう・すばやさを下げ、どくを受けた相手に二倍のダメージを与えるベノムショック。マルマインがいかに高速のでんきタイプだろうと流石にここまでやれば勝てる。残り二匹もこのまま……

 

「まだまだいくよー、ジバコイル!」

 

 は が ね ふ く ご う。

 どく技が効かない……だと……!?

 

「でんじは、からのロックオン!」

 

「まずい……うずしおで身を隠しなさい!」

 

 しまった、一瞬だが指示を出すのが遅れた。俺の動揺が伝わったのか、ドククラゲは硬直。微弱な電流で全身を痺れさせてしまう。しかもジバコイルの構え、あれは。

 

「ビビビと薙ぎ払うのだ! でんじほうッ!」

 

 雷光一閃。ドククラゲは迸る電流に飲み込まれる。というかこの立ち位置だと俺も巻き込まれるんですが?

 

 ええい、前転回避っ。

 かろうじて無傷で流れ弾のでんじほうを回避した俺が見たものはバトルコートに走る焦げた直線。でんじはで動きを止め、命中率をロックオンで補ったでんじほう……しかもエレキフィールドの威力補正込み。

 

 これは無理か……いや、おいおい嘘だろ。

 立ってる! ドククラゲが立っているー!?

 何これどうなってんの、襷とか持たせてないのに。だがこのチャンスを逃したらジバコイルは落とせない。

 

「お返しです。ミラーコート」

 

 倍返しの致命ダメージがジバコイルに届いた。そうして両者同時にノックアウト。相打ちだ。

 これでお互いに最後の一匹。

 

「出でよボクの相棒! ハラバリー!」

 

「暴れてきなさい、ドラピオン」

 

 また知らないポケモンだ。緑のカエルのような見た目はでんきよりみずタイプっぽい。足は遅そうだが、さて。

 

「ドラピオン、シザークロス」

 

「ハラバリー、リフレクターからのひやみず!」

 

 ドラピオンの爪が壁を張られて受け止められた。そして頭から浴びせられた水で気勢を削がれる……この様子だとこうげきが下がっているな。

 そして想像以上にタフで硬いぞハラバリー。もしかして能力が防御寄りなのか?

 

「そ・し・て〜? 受けた攻撃をでんきにかえる! ハラバリー、お返しのほうでんだー!」

 

 何それ。言葉通り受け取るなら、こちらの攻撃でじゅうでんするというとくせいか。二重の意味で洒落にならん。向こうは完全に物理メタ構築だ。ドラピオンが攻めあぐねている間に強化されたほうでんで倒されかねない。

 

「おっと、どくが怖いね。なまけるでちょい休憩ー」

 

 しかも回復すんのかよ……いやだが、時間をかければもうどくが回って勝てるか?

 

 ここまで結構頑張ったよな俺。たぶん動画の反応もそれなり、視聴者に受けているはず。ここで負けても、あるいは逃げに徹して勝っても、目的は達成される。

 

「…………」

 

 それを許すお前じゃないか、ドラピオン。

 他の手持ちなら納得せずとも理解してくれるんだが。

 

「分かりましたよ。やればいいんでしょう」

 

 唇を読まれないように口元を手拭いで隠す。

 使うのは一瞬だけ、誰にも悟られるな。これは素手捕獲とは比べ物にならない秘中の口伝なのだから。

 

「ドラピオン――――『■■』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルは終わった。

 結果? ああ、なんとか勝ったよ。でもしばらく勝負はしたくないわー。



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011

※12/4 時間をバトル当日に修正済み


1:名無しのポケモントレーナー

ナンジャモのゲリラ配信観てないやついる?

いねーよなあ!?

 

3:名無しのポケモントレーナー

仕事でリアタイできない

 

5:名無しのポケモントレーナー

なら後でアーカイブ見ろ

ナンジャモちゃんのガチバトりだぞ

 

10:名無しのポケモントレーナー

相手誰?

 

15:名無しのポケモントレーナー

知らない、けどシンオウのジムリーダーらしい

 

18:名無しのポケモントレーナー

なぬ! ナタネさんか! それともスモモちゃんか!?

あるいはスズナちゃん?

 

20:名無しのポケモントレーナー

いやいやここは同じでんき使いのカミツレさんと

 

21:名無しのポケモントレーナー

シンオウって書いてあるだろ上皇

あと現役じゃないみたいよ、元ジムリ

名前はウズ

 

25:名無しのポケモントレーナー

男? 誰そいつ知らない

 

30:名無しのポケモントレーナー

そんな馬の骨よりリップかグルーシャきゅんとコラボして欲しいんですけど

 

31:名無しのポケモントレーナー

せやな、ワイもそう思う

でも推しのために今すぐ動画を見るんや

ナンジャモへのお布施と思えば安いもんじゃろ?

 

35:名無しのポケモントレーナー

まあナンジャモの顔に免じて

 

36:名無しのポケモントレーナー

仕方ないにゃあ……ニャオハと見るわ

 

45:名無しのポケモントレーナー

ニャオハ立つな

 

47:名無しのポケモントレーナー

なんでやマスカーニャ美人さんやろ

 

48:名無しのポケモントレーナー

最初ちょっとごたついてたね

 

49:名無しのポケモントレーナー

手違いってなんだろうな

 

50:名無しのポケモントレーナー

さあ……?

 

52:名無しのポケモントレーナー

ニンジャモwwwwwww

真顔でwwwwwww

 

54:名無しのポケモントレーナー

しかもナンジャモ安定のスルーは草

 

55:名無しのポケモントレーナー

真顔ポーカーフェイスが落ち込んでるように見えるのは私だけかな……この人面白いね

 

56:名無しのポケモントレーナー

こいつ態度悪くないか

俺らのナンジャモに何ぬかしとんねん

 

58:名無しのポケモントレーナー

でもナンジャモがたまに炎上するのはそう

 

59:名無しのポケモントレーナー

それはアンチが勝手に燃やしてるだけ

ナンジャモは何も悪くない

 

61:名無しのポケモントレーナー

まあ本人が気にしてないみたいだから

外野の俺らがあまり騒ぐのも……ね?

 

63:名無しのポケモントレーナー

どくビリマッチ!

 

64:名無しのポケモントレーナー

そこはどくでんマッチやろ

 

66:名無しのポケモントレーナー

語呂悪い……悪くない……?

 

67:名無しのポケモントレーナー

ゴロンダは悪くない、悪だけど

 

69:名無しのポケモントレーナー

先発はタイカイデン!

 

71:名無しのポケモントレーナー

クロバットってなんや

 

72:名無しのポケモントレーナー

ポケモンや、見ればわかるやろ

 

73:名無しのポケモントレーナー

違うそうじゃない

 

74:名無しのポケモントレーナー

ほう……クロバットですか

 

76:名無しのポケモントレーナー

知っているのかカイデン!?

 

78:名無しのポケモントレーナー

どく・ひこう複合の固有タイプと高い素早さを併せ持つ優秀なポケモンです……多彩な変化技を覚えることができるほかアタッカーとしての仕事もそれなりにこなせる器用さがウリですね……

 

79:名無しのポケモントレーナー

ちょうはつで蜻蛉返り?

でんき警戒ならなんで出した?

 

80:名無しのポケモントレーナー

しかも二匹目くさタイプっぽくない?

 

81:名無しのポケモントレーナー

んんwww相性すらわからない自称ジムリwwww拙者でもまだマシな選出ができるwwwww

 

83:名無しのポケモントレーナー

シンオウの人だから、逆にパルデアのポケモンに馴染みがないとかじゃない

だとしてもひこうタイプを予想してもいいだろうけど

 

85:名無しのポケモントレーナー

ほらやられた

影分身しただけじゃん

 

86:名無しのポケモントレーナー

ロズレイド……特殊アタッカーとしてはそれなりに戦えるだろうに、ねむりごな間に合わなかったのが痛いな

 

88:名無しのポケモントレーナー

雨乞い!?!?

 

90:名無しのポケモントレーナー

馬鹿だろこいつ

ナンジャモの引き立て役にすらなれねえのかよ

 

92:名無しのポケモントレーナー

かみなりの餌食、これは残当

 

93:名無しのポケモントレーナー

待て食いしばったぞ!

あ……でも倒れたかぁ……

 

94:名無しのポケモントレーナー

ん……? あまごいに、ふきとばし……?

そしてどくタイプ使い……ここから導き出される結論は

 

96:名無しのポケモントレーナー

おや……?

 

97:名無しのポケモントレーナー

ドクロッグきちゃ!

 

99:名無しのポケモントレーナー

っぱ、みがわり使うか

 

101:名無しのポケモントレーナー

えぐいえぐいなんだあの動き

レントラーをまるで子猫のように

 

102:名無しのポケモントレーナー

ドレパン決まったーーーーッ!!!

 

104:名無しのポケモントレーナー

まじかどくびし!?

全然気づかなかった

 

106:名無しのポケモントレーナー

しかもまきびしまで……指示は出してなかったけど、分身したあの一瞬で?

本当だとしたら練度ヤバくない?

 

107:名無しのポケモントレーナー

「搦手で相手を翻弄するのがどくタイプの本領ですので」

この真顔ドヤよ

 

109:名無しのポケモントレーナー

おそらく雨はドクロッグの耐久補助と撒き技の隠蔽をかねていたのでしょう……全て計算だとしたらかなりの使い手……油断は禁物ですよ……ナンジャモさん……

 

111:名無しのポケモントレーナー

まあ飛んでるポケモンには効果ないよね

 

112:名無しのポケモントレーナー

だからって無理やり地面に叩きつけるなw

 

114:名無しのポケモントレーナー

うーんこれは脳筋

 

115:名無しのポケモントレーナー

出たな問題児

ナンジャモのムウマージ!

 

117:名無しのポケモントレーナー

これにはシンオウ人もびっくり

 

118:名無しのポケモントレーナー

それはそう

 

119:名無しのポケモントレーナー

ゴーストタイプだしなあ……

 

121:名無しのポケモントレーナー

ドクロッグやられたじゃん

まあ雨がないとこんなもんか

 

123:名無しのポケモントレーナー

ゲンガーは俺でも知ってるポケモン

 

124:名無しのポケモントレーナー

おーおーおーテーラースータールー!

 

126:名無しのポケモントレーナー

これにはシンオウ人も唖然

 

127:名無しのポケモントレーナー

せやろなあ……

 

128:名無しのポケモントレーナー

でも鬼火たたりめのコンボ決めるのは流石

ねむりごなといいあやぴかといい、この人の手持ち状態異常技多くない?

 

129:名無しのポケモントレーナー

そういうスタイルなんだろうな

どくが通用しない相手への対策か

 

131:名無しのポケモントレーナー

マルマインVS……リククラゲ?

 

132:名無しのポケモントレーナー

ほう……あれはドククラゲでしょうか

 

134:名無しのポケモントレーナー

知っているんだなカイデン!?

 

135:名無しのポケモントレーナー

あれはドククラゲ……パルデアに生息するノノクラゲ・リククラゲとは全く別の種類のポケモンです……みず・どくタイプで高い特殊耐久と優秀な耐性を持っています……耐久型のポケモンにしては素早さも高めですが、ドククラゲの体はほとんどが水……つまり陸上に長時間いると干からびます……ふふ……

 

136:名無しのポケモントレーナー

最後の情報いる!?

 

138:名無しのポケモントレーナー

それと……リククラゲと違って走りません

 

139:名無しのポケモントレーナー

何!?

 

140:名無しのポケモントレーナー

走らないのか? あの数の触手がありながら?

 

141:名無しのポケモントレーナー

水中にいるポケモンだろうし当たり前なんだよなあ

むしろなんでパルデアのきくらげは走るんや

 

142:名無しのポケモントレーナー

ふざけてる間にマルマイン倒しちゃった

 

145:名無しのポケモントレーナー

ほぼ何もさせなかったな

実はこのクラゲ強いのでは

 

146:名無しのポケモントレーナー

カメラ目線で触手振ってるけどな

キモカワだぞー

 

149:名無しのポケモントレーナー

まあ毒特攻が強かったおかげじゃね?

 

151:名無しのポケモントレーナー

そして降臨するジバコイル

対戦相手の目がコイル

毒使いの目が絶望に染まっておる

 

154:名無しのポケモントレーナー

ナンジャモちゃんジム戦だとジバコイル使ってくれないよな、頭にあんな目立つコイルつけてるのに

 

156:名無しのポケモントレーナー

だからだろ

ナンジャモちゃんはレアコイル

我々皆の者は目がコイル

これ以上どこにスペースがあるんじゃ?

 

悪いなジバコイル、この配信三人用なんだ

 

157:名無しのポケモントレーナー

ナンジャモちゃんとジバコイルとチャレンジャー

 

なんだ足りるやん

 

158:名無しのポケモントレーナー

自分を忘れてないか?

 

161:名無しのポケモントレーナー

でんじは!

 

164:名無しのポケモントレーナー

ロックオン!

 

165:名無しのポケモントレーナー

からの……でんじほうーーー!!!!

 

168:名無しのポケモントレーナー

これはロマン

 

169:名無しのポケモントレーナー

ナンジャモは我々の琴線を震わす天才か?

 

170:名無しのポケモントレーナー

というかシンオウ人巻き込まれかけてなかった?

 

171:名無しのポケモントレーナー

いやいやまさか、でんじほうを見てから回避するなんてそんな人間離れした芸当ができるわけ……ほんまや!?

 

172:名無しのポケモントレーナー

すげえなこの人紙一重で躱してる

 

175:名無しのポケモントレーナー

よく見たらこの人あれじゃね?

ちょっと前に話題になったボール鈍器の人じゃね?

 

176:名無しのポケモントレーナー

言われてみるとたしかに似ている

……が、断定はできない

 

178:名無しのポケモントレーナー

あのモトトカゲにロデオしてボールで殴りつけたという、あの!?

 

180:名無しのポケモントレーナー

そういやナンジャモの配信に映り込んでたのよな

 

もしやフラグだったのか

 

182:名無しのポケモントレーナー

でもナンジャモならコラボする時は分かりやすく大々的に広める気がする

 

183:名無しのポケモントレーナー

ほな人違いか

 

184:名無しのポケモントレーナー

そうかあ……?

 

185:名無しのポケモントレーナー

待って! ドククラゲ耐えてる!!!

 

187:名無しのポケモントレーナー

嘘やん!?

 

189:名無しのポケモントレーナー

これは胸熱

 

191:名無しのポケモントレーナー

トレーナーとの絆の力やな……

そう考えるとこのシンオウ人いいやつなのでは?

 

193:名無しのポケモントレーナー

うおおおおおミラーコートッッ!

 

196:名無しのポケモントレーナー

倍返しだ!

 

199:名無しのポケモントレーナー

倍返しだっ!

 

202:名無しのポケモントレーナー

倍にして返すぞ!

 

204:名無しのポケモントレーナー

よくもまあピンポイントに刺さる技を

 

205:名無しのポケモントレーナー

もともと特殊受けを想定してたのかもしれん

 

208:名無しのポケモントレーナー

ジバコイルが沈んだ!

 

211:名無しのポケモントレーナー

がんじょうは?

 

212:名無しのポケモントレーナー

たぶんまきびしで削られてたんだな

HP満タンじゃないと食いしばりできない

 

213:名無しのポケモントレーナー

二人とも最後の一匹!

 

214:名無しのポケモントレーナー

ハラバリーだ!

 

215:名無しのポケモントレーナー

かあいいねえハラバリー

 

217:名無しのポケモントレーナー

ナンジャモの相棒として一躍人気になったポケモン

 

220:名無しのポケモントレーナー

その前からも人気だったわ阿呆

 

223:名無しのポケモントレーナー

シンオウ人は……ドラピオン?

 

226:名無しのポケモントレーナー

ほう……やはりドラピオン

 

229:名無しのポケモントレーナー

三度目だなカイデン!

 

232:名無しのポケモントレーナー

ドラピオンはどく・あくタイプ……弱点がじめんタイプのみでエスパーに強いことから、どくタイプ使いには親しまれているポケモンですね……能力にそれほど目立った特徴はありませんので、正面から殴り合うよりは補助技を用いて相手のペースを崩すことが得意なポケモンです……

 

235:名無しのポケモントレーナー

聞いた感じパッとせんな

 

236:名無しのポケモントレーナー

でも最後の切り札だろ?

アタッカーなんじゃね?

 

237:名無しのポケモントレーナー

見た目はすごい強そう

 

238:名無しのポケモントレーナー

動いた!

 

239:名無しのポケモントレーナー

あ、これは駄目だわメタられてる

 

242:名無しのポケモントレーナー

技のチョイスの感じ物理型っぽいしな……

 

244:名無しのポケモントレーナー

攻撃はハラバリーのでんきになるだけよ

 

246:名無しのポケモントレーナー

いやー楽しかった!

ごめんなシンオウ人! お前のこと舐めてたわ!

 

248:名無しのポケモントレーナー

もう終わった気でいやがる

 

251:名無しのポケモントレーナー

でもここから覆すのは流石にねえ

 

254:名無しのポケモントレーナー

まだ分からんぞ、このまま逃げを打てばハラバリーはどくのダメージでいつか倒れる

 

256:名無しのポケモントレーナー

なまけて回復されるんですが

 

258:名無しのポケモントレーナー

そんなしけた終わり方は望んでない

負けるなら派手に散れ

 

260:名無しのポケモントレーナー

どく使いなら普通にやりそうだけど

どうだろう、これ配信だからね

 

262:名無しのポケモントレーナー

動き止まったな

 

263:名無しのポケモントレーナー

何か呟いてる?

 

265:名無しのポケモントレーナー

音量最大にしても何も聞こえん

イヤホン壊れたか?

 

266:名無しのポケモントレーナー

鼓膜成仏してクレメンス

 

268:名無しのポケモントレーナー

 

269:名無しのポケモントレーナー

は?

 

270:名無しのポケモントレーナー

 

273:名無しのポケモントレーナー

 

275:名無しのポケモントレーナー

 

276:名無しのポケモントレーナー

 

279:名無しのポケモントレーナー

 

282:名無しのポケモントレーナー

 

284:名無しのポケモントレーナー

待て待て待て待て!?

 

285:名無しのポケモントレーナー

何だ今の!?

 

286:名無しのポケモントレーナー

ドラピオンの姿が一瞬で掻き消えた!?

 

289:名無しのポケモントレーナー

と思ったらハラバリーの目の前に!

 

292:名無しのポケモントレーナー

そこから目にも止まらぬ連撃ッ!?

 

293:名無しのポケモントレーナー

ハラバリー倒しちゃった……

 

295:名無しのポケモントレーナー

なんだよこれぇ

 

297:名無しのポケモントレーナー

これにはナンジャモも呆然

 

300:名無しのポケモントレーナー

どころか会場と視聴者全員固まってるぞ

 

301:名無しのポケモントレーナー

今のは……!

 

303:名無しのポケモントレーナー

まさか分かるのかカイデン!?

 

305:名無しのポケモントレーナー

いえ……ただ……かろうじて見えましたが、ドラピオンが使用したのはクロスポイズンの二連撃でしょう……急所に当たりやすい技ですが、どちらもクリーンヒットしていますね……あのドラピオンのとくせいはおそらくスナイパー、急所命中時の威力を跳ね上げるというもの……流石のハラバリーも壁と攻撃低下補正無しでは耐えられなかった、というところですか……

 

306:名無しのポケモントレーナー

俺らが知りたいのはそこじゃない

分かるなカイデン?

 

307:名無しのポケモントレーナー

申し訳ない……変化技を使った様子もありませんし、皆目見当がつきませぬ……

 

310:名無しのポケモントレーナー

技じゃないんか

 

311:名無しのポケモントレーナー

なら何だ? 道具か?

 

312:名無しのポケモントレーナー

道具と持ち物は禁止のはず

 

314:名無しのポケモントレーナー

こんなんチートやチーターや!

 

315:名無しのポケモントレーナー

いや

 

ここまで熱い勝負を見せてくれたあのシンオウ人がそんなことをするはずがない

 

317:名無しのポケモントレーナー

せやな、ポケモン好きに悪い人はおらん

じっちゃも言ってた

 

318:名無しのポケモントレーナー

もし不正ならナンジャモとしても対応するだろうからな、あと現地にトップチャンピオンもおったで

 

320:名無しのポケモントレーナー

ということは……どういうことだ?

 

323:名無しのポケモントレーナー

初歩的なことだ、友よ

 

325:名無しのポケモントレーナー

シンオウ人はみんなあんな感じなんよ、きっと

 

327:名無しのポケモントレーナー

!?

 

330:名無しのポケモントレーナー

なるほど……(白目)

 

333:名無しのポケモントレーナー

ワイ一般シンオウ在住、風評被害なので全力で否定させてもらう

 

あれは例外

 

335:名無しのポケモントレーナー

お、ちょうどいいサンプルや

総員確保ー!

 

337:名無しのポケモントレーナー

くらえ、モンスターボールだ!

 

338:名無しのポケモントレーナー

えいっえいっ

 

339:名無しのポケモントレーナー

やめてやめて何でも話すから

 

340:名無しのポケモントレーナー

よし洗いざらい吐け

 

342:名無しのポケモントレーナー

本当に何も知らないよお……何なのあれえ……

 

343:名無しのポケモントレーナー

あの人については?

 

345:名無しのポケモントレーナー

それならまあ……

 

・数年前までコトブキのジムリーダー兼教師

・ジムはトレーナーズスクールに併設

・ジム戦の内容は一言でいうと「性格が悪い」

・初心者向けを謳うみんなのトラウマ

 

348:名無しのポケモントレーナー

ほう

 

350:名無しのポケモントレーナー

それっぽいな、詳しく

 

353:名無しのポケモントレーナー

最初にジムテストみたいなのがあって、授業形式で問題を出されるのね

主にどくタイプに関する内容でこれ自体はわりと真っ当というかためになるし、事前にタイプ相性を教えてくれて、わざわざ挑戦者一人一人にモモンのみとかどくけしまでくれて準備させてくれるの

 

354:名無しのポケモントレーナー

これはやさしい

 

355:名無しのポケモントレーナー

聖人か?

 

358:名無しのポケモントレーナー

悪魔はここからよ

ポケモンにきのみ持たせて、いざバトルが始まって初手にくらうのが、

 

 

 

つ い ば む

 

360:名無しのポケモントレーナー

wwwwwww

 

361:名無しのポケモントレーナー

草生えすぎてダイソウゲン

 

362:名無しのポケモントレーナー

これは鬼畜

 

363:名無しのポケモントレーナー

さすがどくタイプ汚い

 

365:名無しのポケモントレーナー

しかも容赦なくどくどくとちょうおんぱ使ってくるし……よその人は知らないかもしれんけど、コトブキシティ周辺ってはがねタイプいないのよ

頑張ってどくタイプ育ててもその道のエキスパートに勝てるわけないだろ?

 

366:名無しのポケモントレーナー

なるほどな、シンオウ人はこの洗礼を受けて大人になっていったから……

 

368:名無しのポケモントレーナー

あの異次元身体能力を……

 

371:名無しのポケモントレーナー

だからそれは誤解だって

 

しかも俺と同期の頃はタイプ構成が地味にどく・ひこう、くさ・どく、みず・どくときて最初にもらったポケモンたち(御三家)の全員が相性悪くて……

 

374:名無しのポケモントレーナー

やっぱあのシンオウ人嫌なやつだな

 

375:名無しのポケモントレーナー

んだんだ

 

377:名無しのポケモントレーナー

違えねえ

 

379:名無しのポケモントレーナー

で、結局のところあのフィジカルとドラピオンの謎については何も分からないってこと?




ついばむ:攻撃と同時に相手の持っているきのみを奪って食べるひこうタイプの物理技。


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012

 新しいスマホロトムを買ったぞ。

 いつまでもジニア先生のお古を使わせてもらうわけにもいかん、給料日前なので手痛い出費だが背に腹はかえられない。今のご時世スマホないと何もできんのだわ……。

 

 通知が鳴り止まないから電源切ったけど。

 仕事の連絡はメールでくれ。

 

 技術の登録者急増問題についてはひとまず落ち着いたというか解決の目処が立った。

 純粋に回数をこなして数を捌けたというのと、ナンジャモからのアドバイスを元に授業の動画を収録して生徒たちに配信したのだ。実習部分は対面でやるほかないが、講義パートだけでも時短できるとだいぶ楽になる。

 

 対価としてバトルの最後に使ったあれのことを質問されたが、馬鹿正直に話すわけにはいかないので努力と鍛錬の賜物だと答えておいた。別に嘘は吐いていない。

 

「しかし、少し派手にやりすぎました」

 

 手持ちが久しぶりのバトルで張り切っていたというのもあるが、全世界配信でしていい戦いではなかった。

 当初の想定を超えて注目を集めてしまったし、ジムリ時代のキツい言動をデジタルタトゥー化されてしまったのは誠に慚愧に堪えない。

 ……勝負の後、周囲からの追及が面倒で煙幕張って逃走したのもアウトだよ俺の馬鹿。

 

 しかも後日、授業放り出したのがバレて校長室に呼び出された。厳重注意で済んだのが奇跡である。減給くらいは覚悟していたんだが。まだ給料一回も貰ってないのに。

 

 ほとぼりが冷めるまでは大人しくしよう。

 

『着信ロト!』

 

「電源切ったはずなんですが……」

 

『ナタネさんからのお電話ロト。僕の判断でお知らせしたロト、どうするロト?』

 

 マジか。まあ番号は昔から使ってた携帯のものだから、かかってきてもおかしくはない。

 

「繋いでください」

 

『かしこまりロト! ……ツー、ツー……ガチャ』

 

「おうウズ坊主! 元気そうだな!」

 

「その野太い声は……トウガンさん? なぜナタネさんの番号から?」

 

「お前、私相手だと電話に出ないだろうが。だから借りたのよ。まんまと騙されたな! グハハハ!」

 

 くそ汚いぞはがね使い。

 トウガンさんはシンオウ地方の現役ジムリーダーで、はがねタイプ専門の使い手だ。

 俺の担当だったコトブキシティと彼のいるミオシティは距離も近いのでそれなりに親交があった。色々と面倒を見てもらった近所のおじさんみたいな関係だ。

 ……ただ着の身着のままでこうてつじまに置き去りにされたことは一生忘れないからな。

 

 と、音声通話からビデオ通話に切り替わる。

 画面には持ち主だろうナタネさんの姿が映った。

 

「ごめんねー? 今日たまたまジムリーダーの集まりがあったんだけど、ちょうどウズくんの話になってさー」

 

「……もしかしてあの動画ですか」

 

「そうそう! いやあ、ナイスファイト! シンオウの初心者殺しはまだまだ健在だね!」

 

 言い方よ。俺が性格の悪い内容のジム戦を用意していたのは何も若いルーキーの芽を摘むためではない。

 

 ポケモン勝負とは、いやこの世界で旅をするということは常に不確定要素が付き纏うわけで、自然の脅威の前ではどれだけ準備をしてもし足りないということを体に教え込む役割を誰かが担わなければならない。

 その点でどくタイプかつトレーナーズスクールの教師は適任だ。そして下手に増長した中堅トレーナーが怪我をしないよう、初心者のうちから危機管理能力を育てる。

 

 別に勝てなきゃバッジをあげない、なんて意地の悪いことはしていなかったしな。相応の実力と知識を兼ね備えていれば俺は普通に合格を出す。タイプ相性を弁えていなかったり、自分のポケモンの状態を見極めずに力押しする連中は容赦なく振るい落としたが。

 

「相変わらずいい性格の戦い方をする。オレもまた君とやりたくなった」

 

 いやオクタン使うあなたに言われたくないですわ、デンジさん。

 

「でもウズさん、配信でローテンションは駄目! もっと気合い入れてこー!」

 

「ですです。あ、シンオウに戻ってきたら手合わせしていただけるとありがたいです、はい」

 

 相変わらず熱いねスズナさん。

 そんでスモモさんはあれっすよね、ポケモン勝負の事を言ってるんですよね?

 

「またコンテスト会場で会いましょー!」

 

 またって何。俺コンテストは出たことないですメリッサさん。口車で出演させる気かよ油断ならねえ。

 

「お前さんのドククラゲ、いい根性だった! だけどなぁ、最後の一瞬諦めかけただろ? ありゃいかんぞ」

 

 仰る通りですマキシマム仮面。この人ふざけてるようでいてすごい人なのよな。

 

「とにかく無事なようでよかった。連絡がないので少し心配していたんですよ、先生。……まあ絶対に生きているだろうとは思っていたけど」

 

「それはご迷惑をおかけしました、ヒョウタ君。しばらくはパルデアに滞在するつもりです。ああそうだ、ジムの方はどうですか? 上手くやれていますか?」

 

「どうにか慣れてきましたよ。教わった通りステルスロックは使っています……でも先生の後任は荷が重いですね。なかなか思うようにいかないことが多くて」

 

「それでいいんですよ。僕は僕なりの考えでジムを運営していましたが、ヒョウタ君がそれを真似する必要はない。専門も違うのですから当然です」

 

 新人教育に関しては、コトブキのトレーナーズスクールに残した資料を見て、俺の後任教師が役目を果たしてくれるだろうからな。むしろいわタイプの化石ポケモンのポテンシャルでどくどくとか決められたらその時点で発狂する自信があるわ。

 

 いやでも久々に同郷と話せて楽しかったな。たまにならいいんだよ、たまになら。

 現役時代は俺が避けてた節があるからな。やれジムの建物を新設しろだの、配布した道具は経費で落ちるから予算やりくりしないで別途申請しろだの、もっとメディアと公式戦に出ろだの、みんな口うるさくてさあ。

 

「では、そろそろ切りますね。皆さんも体調にはお気をつけて」

 

「はーい! あ、ウズくん。ハクタイ銘菓のもりのヨウカン、箱で送ったから食べてねー」

 

 ナタネ神……!!!!!!!

 感謝。圧倒的感謝。



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013

 次の授業で使う材料集めにやってきた。

 植生からしてアカデミー周辺の草原や森に生えているそうなので発見は容易だと思われる。野生ポケモンを警戒してエルレイドとサーナイトの両名をボールから出して連れ歩いておく、ついでに採集を手伝ってもらうぜ。

 

「早速ありますね」

 

 拾って背中の籠に放り込む。

 えんやーこんらーよっこらしょっと、

 

「何してるんですか?」

 

「おやこんにちは。ハルトさんにアオイさん」

 

 アカデミーの学生服を着た幼なじみ二人組が、見慣れないポケモンを連れて話しかけてきた。あれが噂になっていたコライドンとミライドン、とかいうポケモンか。

 ちなみにハルトが従えているのはコライドン。アオイが連れている方がミライドンらしい。

 

「見ての通り、オレンの実を集めているところです」

 

「へえー。じゃ、次のクラフトはキズぐすりとか?」

 

「ご名答です。他の人には内緒でお願いしますね」

 

「手伝っていいですか? きのみ集め」

 

「ハルトさんたちが? 僕は構いませんが……お二人は課外授業を優先させた方がいいのでは」

 

「平気ですよ。ね?」

 

「そうだねー。ミライドンもきのみサンドウィッチを食べたがってるみたいだから、ついでに集めよっか」

 

 ふむ。手を貸してくれるなら願ったり叶ったりだ。正直なところまったく手が回らない、二人が手伝ってくれるなら俺はもう一つの材料である薬草ならぬクスリソウの採集に専念できるので大助かりである。

 

「お駄賃はもりのヨウカンでよろしいですか?」

 

「「わーい」」

 

 ナタネ神のおかげでヨウカンの在庫には余裕がある。

 片手間に木の枝で即席の籠を編み、二人に渡した。

 

「先生って器用ですよね」

 

「ポケモン勝負も強いし。逆に苦手な事とかないんですか?」

 

 二人もナンジャモ戦の動画を見たのか。やっぱり全校生徒に知られてるのだろうなあ。え、全世界配信だって? ハハハ、知ってて考えないようにしてんだよ。

 

 苦手な事ねえ。ポケモン勝負とか? 俺の実力は高めに見積もっても中の下だ、これはジムリーダー界隈の場合ね。初見ならいい勝負になるだろうが、戦えば戦うだけ俺の勝率は下がっていく。だから公式戦は嫌い。

 とか答えても二人とも信じてくれねーな、こりゃ。

 

「そうですね……ポケモンの捕獲はあまり」

 

「え、運動神経よさそうなのに」

 

「でんじほうを避けれて、煙幕ダッシュでカメラを振り切れる先生が、捕獲が苦手……?」

 

 おいこら何がいいたい。

 

「ボールを投げるのが、というより狙いをつけるのが下手なんですよ」

 

 俺がボールを投げるとほぼ必ず一回目は外れる。二投目以降で軌道を修正すればいいのだが、その前に気取られてポケモンが逃げてしまった経験は数知れない。

 

「へー。なんか意外ー」

 

「先生の足なら走って追いつけるんじゃ……」

 

「何を馬鹿な。無茶を言わないでください。そんな事したら疲れるじゃないですか」

 

 まったく、まるで人を超人みたいに。俺を何だと思ってやがる。新種のポケモン? やかましいわ。

 

「いいなあ……僕、足が遅いから羨ましいです。運動ができるようになる秘訣とかってありますか?」

 

「僕のこれは生まれつきなので、参考にするのは間違っていますね」

 

 医者曰く、先祖返りだとか。

 俺のご先祖様は何者なんじゃ。

 祖父さんも頭おかしい動きしてたからなあ……ただ他の親族は一般人なので甚だ疑問である。

 

「やはりよく食べてよく眠る、これが一番でしょう。あとはポケモンと旅をすれば自ずと鍛えられていきますよ」

 

「ハルトはそのままでいいのにねー。せっかく綺麗でかわいいんだから。ポケモンバトルだって私の方が強いのに、このカッコつけしいめー」

 

「そりゃあ、アオイは強いよ。バトルの才能だって僕よりずっとずっとある。初めての勝負でネモに勝てちゃうくらいだし……でも僕だって強くなりたい」

 

「だから私と一緒にジムに挑戦するの? えらいねえ」

 

「またそうやって……」

 

 おうおう、てえてえな。でもお二人さんや。そろそろ手を動かしてくだされ。全然集まってないのだわ。

 

 

 

 

 

 最終的に必要な数を集めることができた。予定よりずっと早く終わったのはハルトとアオイのおかげだ。

 流石は優等生というべきか、きのみを拾う手際は大変よろしい。家庭科のサワロ先生の教えかね。

 

「よーし、それじゃピクニックだ!」

 

「え……先生のサンドウィッチ具材きのみだけ……? かわいそう……私の少し分けてあげる」

 

「このヨウカンどうする?」

 

「薄めに切れば挟まるんじゃない?」

 

 やめろ馬鹿お前ら何考えてやがる。ヨウカンはそのまま食べたらいいだろうが。




感想にてご指摘を受け、規約違反を避けるために前話は削除し、内容を活動報告に移動させていただきました。

また違和感を覚えたので、掲示板回の時間軸をバトル当日の実況風に修正致しました。感想にてご指摘下さった方ありがとうございます。
序盤の一部に変更を加えましたが、全体の流れはそのままとなっております。戻って読み返す必要はありませんのでご安心ください。


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014

 技術の授業、第二回がはっじまっるよー。

 

「それでは授業を始めます。スマホをしまって席についてください」

 

 騒がしい生徒たちが俺の声がけで口を閉じる。人数の都合上、学年関係無しのごった煮クラス編成だから静かな人もいるが元気なやつらも多い。

 技術室は満員、囁き声でも積もり重なれば授業の妨げになるのでな。ちゃんと話は聞いてね?

 

「えー、前回はモンスターボールを作りましたね。想像以上の反響をいただいて先生は困惑しています。とはいえクラフトが皆さんの一助になれば教師冥利に尽きるというものです。さて……今回は冒険の必需品、キズぐすりを作ってみたいと思います。事前に公開した動画は見ていただけたでしょうか?」

 

 うん。反応はまちまちだな。

 時短のために予習用の動画を配信したのだが、視聴せずに参加した生徒はそれなりにいるようだ。分かってた、面倒だよね。どうせ授業で同じことやるものな。

 

「まあよろしい。改めて、簡単に説明しましょう。今回使う材料はオレンの実、それとクスリソウです。どちらも野外で見かける植物ですね。ただし無闇矢鱈と集めるのは厳禁です、あくまで必要な分だけ採取するように」

 

 この世界はゲームと違って一日経過で採取スポットがリポップしたりはしない。環境破壊はNGだ。生態系が崩れると飢えたポケモンが他所に移動したりするからな。

 

「手順は、これら二つの材料をすり潰して混ぜ合わせるだけです。簡単でしょう?」

 

 そして完成品を瓶詰めしたものがこちらになります。

 

「コツはすり潰す段階で繊維をしっかりとほぐすこと。それとむらができないように混ぜることです。この工程を疎かにすると市販のキズぐすりよりも効果が低下してしまいます。反対に、丁寧に製作すれば薬効は既製品よりも高まりますね」

 

 最前列に座った生徒がメモを取っている。彼はたしか文科系コースの……不登校気味らしいと聞いていたが、なかなかどうして真剣じゃないか。感心感心。

 

「ここからは応用になりますが、このキズぐすりにピーピーグサを加えるといいキズぐすりに、そこからさらにゲンキノツボミを足すとすごいキズぐすりが作れます。……少し珍しい材料なので参考程度に。普段使いであれば無印のキズぐすりで十分でしょう」

 

「先生、質問いいか?」

 

「どうぞペパーさん」

 

「これ、実際どのくらい効果があるんだ?」

 

「そうですね……既製品よりと言いましたが、あくまでキズぐすりの域は超えません。酷い怪我や病気は、きちんとポケモンセンターで診てもらうべきでしょう」

 

 俺の答えを聞いたペパーはわずかに落胆した様子を見せた。どうやら期待に添えなかったらしい。すまんな。クラフトには限界があるんだ。

 

「では早速クラフトに移りたいと思いますが、その前にネモさん。……僕の話を聞いていましたか?」

 

「はい!」

 

「では質問です、キズぐすりのクラフトに必要な材料はオレンの実と、もう一つは何ですか? 聞いていたなら当然答えられますね?」

 

「クスリソウです! ポケモン勝負しましょう!」

 

「ご名答です。顔を洗って頭を冷やしてきなさい。話は授業が終わってから聞きます」

 

 マジで授業中に何を考えてんだ。ただ、きちんと正解はしているから怒りの矛先が見つからない。

 

 

 

 

 

「チャイムが鳴ったので、今日の授業はここまで。キズぐすりの出来を確認したい方は、完成品を小分けにして提出してください。次の授業までに僕が採点します。成績の評価には含めませんのでご安心を」

 

 どうやら生徒の大半はチェック希望のようだ。

 山積みのキズぐすり。これ誰が誰のか分からなくなりそうだな? しかもまだ他のクラスも残ってるときた。

 め、めんどくせ〜……!



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015

 キズぐすりの採点が終わらねえ。

 机にこれでもかと積み上げられた手つかずの生徒作の薬瓶、ひたすらに効能を確かめる単純作業は嫌いじゃないが、こうも続くと飽きてくる。

 

「ちょっとウズ先生!? 手から血が!」

 

「ああ、ミモザ先生。ご心配なく。これはキズぐすりの効果を確かめているだけなので」

 

 医務室にいても暇なのだろう。ふらりと職員室に顔を出したミモザ先生は俺の傷を見て仰天した。すぐさま消毒しようとするのは学校保健師として流石の一言である。

 

「あ、そうなの? だからって、自分に傷をつけるのはどうかと思うよ」

 

「これが一番手っ取り早いんですよ。条件を揃えて治り具合を比較できますので。他人やポケモンにわざと怪我をしてもらうわけにもいきません。……ただ皆さんの目に入るところでやる事ではありませんでしたね。配慮に欠けていました。以後気をつけます」

 

「そういう意味じゃないんだけど」

 

 今後は技術室か自室でやるべきだろう。血が苦手という人もいる、ここは生徒だって訪れるのだ。

 キズぐすりが多くて持ち帰るのが面倒だったが、こういうのは横着したら駄目だな。

 

「それで、これがクラフト?」

 

「ご興味がおありで?」

 

「まあねー。噂になってるし。生徒がキズぐすりを自作するようになったせいで、ますますあたしの仕事がなくなったっていうかー」

 

「それは……その、すみません」

 

「あー、違うの。別に文句が言いたいわけじゃなくって。怪我をした時にすぐ治療できたらそれに越した事はないでしょ? やっぱり元気なのが一番だし。だから感謝こそすれ、ウズ先生を責めるのは違うと思うよ」

 

 何だこの人、ぽやっとした容姿で人格者か?

 

「でも興味があるのは本当。あたしも薬作れるようになりたいし。少し見せてもらってもいーい?」

 

「構いませんよ。後でレシピをお渡ししましょう」

 

 医務室の薬を切らした時など、ミモザ先生が自作できれば困らないだろうからな。俺がクラフトして卸してもいいが現状でも仕事仕事で手が空かない。冷静になって考えると、どうして俺は頑張って働いているのだろう。アンサーは金。世知辛えよぉ……。

 

 さて、それでは続きに取り掛かろう。

 

 まず手に取ったのは綺麗な色合いの薬瓶。名前欄にはペパーと書いてある。あの熱心な男子生徒か。

 ふむ……透き通るような色味。クスリソウ特有のツンと香る青臭さは丁寧に繊維をすり潰してある証拠だ。オレンの実は細かく刻んでから加工してあるな? 授業では説明しなかったがいい工夫だ。自力でこれに辿り着いたのだとすれば、普段からこうした作業に慣れているとみた。

 

「薬効は……うん、文句無しですね。素晴らしい」

 

 ナイフでつけた浅い切り傷が一瞬で塞がる。高品質の証拠だな。百点満点の花丸ちゃんだ。

 

 次は……ハルトか。

 ペパーと違って創意工夫はしていないが、授業で教えた手順を丁寧にこなしたのが分かる出来だった。基本に忠実なのは悪くない。失敗はしないし一定の品質を保つことができる。レシピ通りに作る、その当たり前を真面目にこなせるのは美徳だろうよ。

 

「効果も既製品より幾分高い。合格です」

 

 あえて点数をつけるなら八十点か。

 

 続いて手に取ったのは若干二色のマーブル模様になっている薬瓶。これはネモだな。

 まず間違いなく、二つの材料を十分に混ぜ合わせなかったのが原因だろう。うーん惜しいな。下拵え自体は割としっかりできているんだが、仕上げを焦ったせいで成分が分離している。多分もう少し時間があれば完成まで持っていけたはずだ。

 

「ふむ、傷は治っていますね。とはいえ市販のものと同程度か少し上……まあ及第点でしょう」

 

 七十点といったところかな。十分だと思うよ。

 ちなみにこちらで少量を取り分けて撹拌したところ、ハルトのものと同程度の薬効を発揮した。やっぱり時間、あと丁寧さが今後の課題だろう。

 

 …………で、だ。

 

「ねえウズ先生、これ本当にキズぐすり?」

 

「そのはずなんですがね」

 

 あえて避けていた黒い薬瓶。ミモザ先生もその異様さに気圧されているようだ。いやおかしいだろ、何を混ぜたらここまでドス黒い色になるのよ。

 

「製作者は……アオイさんですか……」

 

「これ塗るの? やめといたら?」

 

「いえ……匂いを嗅いだ限り、毒はなさそうです。それにこれでもどく使いなので多少は耐性があります。ミモザ先生、万が一の場合はお願いします」

 

「えっ、ちょっとそういうのやめてほしいんだけど」

 

 ええい、ままよ。

 

「……どう?」

 

「平気ですね。むしろ体調が改善したような」

 

 これあれだな? かいふくのくすりだな?

 

 おそらく自前の材料を追加した結果、化学反応を起こして変色したのだと思われる。察するにクラボの実、モモンの実、チーゴの実、ナナシの実あたりか。なんでもなおしの材料だな。足せばいいってものじゃねーよ。

 素材を下処理してオボンの実とキングリーフをベースにしたら、もっと色合いが改善すると思いました。まる。

 

 独自のアレンジを加えるセンスは天才的だが、まずはレシピ通りにクラフトする事を先生は覚えてほしかったです。ハルトの爪の垢でも煎じて飲め。



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016

 騙されてポケモンリーグ。

 この状況を説明する言葉としてこれほど簡潔で的を得たものはないだろう。校長から話があると言われ、場所を変えようと提案された時点で怪しむべきだった。

 

「ようこそウズ先生。お待ちしておりました」

 

 オモダカ女史と、その後ろに強そうな四人が並ぶ。

 おのれ校長……謀ったな……? というか一人は美術のハッサク先生じゃないか。こんなところで何を、

 

「ご紹介しましょう。パルデアポケモンリーグの四天王の皆さんです」

 

 ファッ!?

 

「こちらの女性が、じめん使いのチリさん」

 

「まいど〜。チリちゃんやで。なんやおもろい先生がいるっちゅうから楽しみやったわ」

 

 男装の麗人、しかもこてこてのコガネ弁だと……いたいけな少年少女の情緒をめちゃくちゃにするつもりか、この初恋泥棒性癖破壊マルマイン。

 

「そして、はがね使いのポピーさん」

 

「よろしくですの! ウズのおじちゃん!」

 

 あどけない顔してはがねタイプ使いか。俺の直感が告げている、この幼子に逆らってはいけない。ところで、俺はまだお兄さんで通る年齢なのだよポピーちゃん。

 

「彼はアオキ。チャンプルタウンのジムリーダーも兼任しています」

 

「……どうも」

 

 この人には親近感。でもどうしてかな。向こうは俺を「キャラ濃そうなやつだな」みたいな視線で眺めているのですけど。チガウ、オレ、ナカーマ。

 

「ハッサクさんは既にご存知ですね」

 

「どうもですよ。小生、ドラゴンタイプ専門としてリーグ四天王を兼任しています」

 

「これはご丁寧に……あの、それでなぜ僕はここに連れてこられたのでしょう?」

 

「それについては私から説明しましょう」

 

 クラベル校長。できれば事前に説明がほしかったです。心の準備というか、逃げ出す余裕というかね。

 

「ウズ先生はテラスタルという現象をご存知ですか?」

 

「ああ、あのポケモンが結晶化する……」

 

 ナンジャモ戦で一杯食わされたやつな。扱いとしてはカロスのメガシンカや、ガラルのダイマックスに似ている。Z技? 俺アローラの文化とか知らないのよね。

 

「パルデア地方固有のものとお見受けしますが」

 

「ええ。そしてこれがテラスタルを可能にするテラスタルオーブです。認定を受けたトレーナーのみ使用を許可されているのですが、ウズ先生ならば問題ないでしょう」

 

 俺はテラスタルオーブをもらった。ありがたいが、こんな簡単に渡していいのか?

 

「ありがとうございます校長先生。さて、本題はここからです。ウズ先生はテラスタルに不慣れです。そこで我々から提案があります」

 

 げ、嫌な予感。

 

「四天王の皆さんもウズ先生に興味がおありのようですので、ここはテラスタルの授業を兼ねた交流戦でもしてはどうかと。もちろん私も参加します」

 

 ちくしょう最初からそれが目的かオモダカ女史。交流戦ってのも建前で、外堀埋めてなしくずしにポケモンリーグに所属させようとしてるんじゃないだろうな。

 

 

 

 

 

 ボロクソに負けました。ただでさえ地力で上を行かれているのに、四天王全員の専門タイプが等倍以上で一貫取られてるからな。特にポピーさん先輩が鬼門だった。策を弄しても勝てる気がしない。

 

「お疲れ様です。いい勝負でした」

 

 自販機でおいしいみずを購入し、一本をこちらに差し出すオモダカ女史。ありがたいが、ありがたいがね。

 

「なぜ私があなたを勧誘するか、不思議ですか?」

 

「疑問がないと言えば嘘になりますね。僕レベルのトレーナーなら他にもいます」

 

「見解の相違ですね。風の噂では、先代ガラルチャンプを苦戦させたと聞きましたよ」

 

「その話には前提が欠けています。あの時、ダンデさんはリザードン一匹しか使わなかったんです」

 

 ハンデもらって六タテされたからな。カレー作ってたら勝負挑まれたんだけどさ。あまりに熱心なものだから無茶な条件突きつけたんだけど即答されてね。

 

「話は変わりますが、パルデア最強のポケモントレーナーは誰だと思いますか」

 

「? オモダカさんでは」

 

 トップチャンピオンとしてリーグ委員長を務めている。だから彼女が一番強いのだろう。そう思って俺は答えたのだが、オモダカ女史は首を横に振った。

 

「断言しましょう。パルデア最強を一人選ぶなら、私はチャンピオン・ネモの名前を挙げます」

 

 意外でもあり、納得でもあった。彼女の精神性はバトルに傾倒している。生まれついた資質と人並外れた努力によって研磨された、ポケモン勝負の才能。バトルの申し子と言い換えてもいい。

 

「強者に孤独はつきものです。彼女は強さを獲得すると同時に、周囲との隔たりを感じるようになった。故に己と真に競い合える仲間を求め、その言動がさらに他者との溝を深めてしまう」

 

「悪循環ですね」

 

「ですが、最近はようやくライバルと呼べる存在と出会えたようで。嬉しそうに話をしていました」

 

 この話、俺関係ないよね?

 ライバルというのはハルトかアオイだろうし。

 

「私としては、彼女と競い合えるトレーナーがもっと増えることを望んでいます。在野に眠る若き才能を萌芽させるには、優秀な指導者と、困難として立ちはだかる高い壁が必要です。両者はいればいるだけいい。若者は切磋琢磨し、結果としてパルデアのトレーナー全体の質を底上げすることに繋がる」

 

 なるほど……言いたい事は分かった。

 

「私に力を貸していただけますか?」

 

「僕は、僕にできる事しかできませんよ」

 

「そのお返事だけでも十分です。今後、無理にポケモンリーグに所属しろとは言いません。……もし可能なら、先生の隠し技を我々にご教授願いたいものですが。今日は一度も使われませんでしたね?」

 

「ははは……」

 

 やっぱり目をつけられてら。ドラピオンに待てしてよかったわ、お披露目したら質問責めにあってたぞ。



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017

 スマホロトムに匿名のメールが届いた。

 差出人は不明だが、文面から推察するにアカデミーの生徒だろう。内容は授業に関する質問というか要望だ。

 

「クラフトキットを販売してほしい、ときましたか」

 

 現状、クラフトキットは授業に参加した生徒にのみ配布している。工具なので取り扱いには注意が必要だからな。その点を対面で説明してから渡すようにしている。

 

 だが、メールの差出人は不登校の生徒の中にも技術に興味を示している者がいると示唆していた。配信した動画を見たのだろうか? あれはアカデミーに籍を置いていれば誰でも視聴できる設定にしたからな。

 

 技術の授業をきっかけに、学校に足を運ぶようになってくれたら万々歳なのだが。不登校と一口に言っても個々人の事情があるだろうからこちらとしても登校の無理強いはできない、となるとやはりクラフトキットを手軽に入手できるようにするべきか。

 

「一応、普通の道具でもクラフトは可能ですが……やはり使い勝手が異なりますし、オンライン授業だと質問もしづらいでしょうからね。動画の通りに扱えるクラフトキットの方が……」

 

 うーん、しかしなあ。

 

「先生?」

 

「おやボタンさん。技術室に忘れものでも?」

 

「……まあそんなとこ」

 

 イーブイのバッグを背負った女子生徒が、廊下からこちらを覗いていた。唸っている俺を不審に思った様子だ。違うのよ、別に悪い事はしていないんですね。

 

「……」

 

「……」

 

「……ボタンさん。僕に何か?」

 

 黙ってこちらを見られても困る。用事があるのなら話してくれないか。

 

「その……さっきの、悩み事?」

 

「いえ、大した事ではないのですがね」

 

 匿名のメールが届いた事は伏せて、不登校の生徒とクラフトキットの問題について話した。……少し愚痴っぽくなってしまったな。生徒相手に何をしているのだか。

 

「先生は、どうするつもりなん」

 

「悩ましいですね。生徒の要望には可能な限り応えたいと思うのですが、実際にやるとなると懸念事項がいくつかあります。たとえば、誰でも簡単にクラフトキットが手に入れられるようになったとして、クラフトの技術を悪用されはしないか、とか」

 

 まあ杞憂だとは思うがな。道具が手元にあっても、知識が付随しなければただのガラクタに過ぎない。

 

「ただ例の……スター団でしたか? 彼らはアカデミーの生徒ですから、僕の授業動画を見ることができる。その点が少し不安といいますか」

 

「そんな事ないッ!」

 

 ボタンは突然大声で叫んだ。いきなりどうした。

 

「スター団はクラフトを悪用なんかしないし。勝手なイメージで好き勝手にそういう事を言うの、あんまり良くない……と、思う……」

 

「……」

 

「その……偉そうな事言ってごめんなさい」

 

「……いえ。今のはあなたが正しい。謝らなければいけないのは僕の方です。申し訳ない」

 

 自分で真実を確かめもせず、噂だけで物事を判断するのは教師として、いや人間として間違った行動だった。俺は生徒の身近な大人として模範的な言動を心がけなくてはならない立場だというのにな……まだまだ未熟だ。

 

「ありがとうございますボタンさん。おかげで決心がつきました。クラフトキットを購買部に置いてもらえるよう、クラベル校長に打診してみます。もちろんネットでの購入も可能にして……スター団の皆さんに、お詫びになるかは分かりませんが」

 

「……! ううん、別にうちは何も……でも……これがきっかけになるといいんだけど……」

 

 何やら達成感に満ちた顔だな。それと緊張から解放された様子、まるで凶暴なハガネールから命からがら逃げ延びた時の俺を見ているようである。

 いやそれ街中でする表情じゃないし。



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018

 素材が見つからない。

 希少な薬草なのであまり期待はしていなかったが、生徒の分はともかく、せめて見本用にいくつか確保しておきたかった。仕方ないから次の授業は応用編なしだな。

 

 険しい崖から見下ろすと、木陰で寝そべるコライドンを発見した。ということは……ああ、やはり。

 

「どうもハルトさん」

 

「わあっ!? 危ないですよ先生! コルサさんみたいな登場の仕方はやめてください!」

 

 へえ、風車から飛び降りてバトルコートに着地? いや普通に出てくればいいじゃん。パルデアのジムリーダーって個性的よな。それとも芸術家だから?

 

「僕は材料集めをしていたのですが、ハルトさんはこんなところで何を?」

 

「ちょっとポケモンと特訓を……あ、アオイには内緒にしてください! からかわれるから!」

 

「ご安心を。口は固い方なので」

 

 ハルトの手持ちはニャローテ、イーブイ、コイキング、ガバイト。なかなか鍛えられている。ジムバッジ三つ相当の実力はありそうだ。コイキングがまだ進化していないのはあえてと見た。ギャラドスはね……大人のトレーナーでも持て余すからね……。

 

「そうだ、ガンテツさんとお話しましたよ。ボールは断られちゃいました……」

 

「あまり気落ちしないでください。あの方が電話に応じただけでも相当ですから」

 

「でも、もっと腕を磨いたら考えてもいいって!」

 

 マジか。ガンテツさんのトレーナーを見る目は確かだ。そのお眼鏡にかなうハルトは逸材なのでは。

 

「まずはアオイに勝てるくらい強くならないと」

 

「お二人は仲がよろしいですね」

 

「幼なじみですから。親同士もすごい仲良しで……一緒に引越しするくらい。だから今でもお隣さんなんです」

 

 それ仲良しのレベルを越えてない? 先生としては君の家庭環境が少し心配になりますよ。

 

「昔からアオイは何でもできて、みんなの憧れで。僕はその後をついていくばかりだった。そんな自分を変えたくて、ジムに挑戦してるんですけど……」

 

「上手くいかないと」

 

 真面目に努力を積み重ねているのは分かる。ハルトだって才能がないわけじゃない。ただ真っ当な手段で天才に追いつけるかと問われたら……ネモのように好戦的な性格というわけでもないようだからな。

 

「だから、まずは形から入ろうと思うんです!」

 

 おい流れ変わったぞ。

 

「チャンピオンやジムリーダーってみんなとっても個性的ですよね? 使うボールに投球フォーム、ポケモンの技の出し方、あと決めポーズまでこだわるのが強さの秘訣かなって……先生はどう思いますか?」

 

 俺の感想はひとつです。シリアスくん仕事して。

 いや真面目な努力家が頑張りの方向性を間違えるとこうもトンチキな結論に至るのか、末恐ろしいわ。

 

「たしかに強いトレーナーは特定の動作をルーティン化することが多々ありますが、別にそれ自体がバトルの強さに直結するわけではありませんよ? 没個性なジムリーダーだっていますからね、現役時代の僕のような」

 

「ウズ先生は十分に個性派だと思いますけど……」

 

「は?」

 

「……え?」

 

 いやいや。ちょいと身体能力が高めで、時に厳しく時に優しく挑戦者に接する、毒舌キャラを演じてるだけの普通のジムリーダーでしたからね。俺だって仕事で煙幕とか近接素手捕獲法とかは使わないから。

 

「とにかく。見た目を磨くことは自信に繋がりますが、勝負の技術を疎かにしてはいけませんよ」

 

「はーい」

 

「それはそれとして、もし自分の個性を出したいのであればボールカプセルを使ってみるのも手ですね」

 

「何ですかそれ?」

 

「ご存じありませんか。シールで飾り付けをするとボールのエフェクトが変化するというものなのですが」

 

 でもそうか、よその地方だと見かけないな。たまにポケモンコンテストでは使われているが。ボールカプセルとシールはシンオウ独自の文化なのかもしれない。

 

 ふむ……。



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019

 技術の授業も早いもので第三回を迎えた。

 これで前期は終了だ、あとは中間テストが待っている。問題作るの面倒くさいなあ……真面目に勉強してる生徒は全員合格でいいと思うのだが。

 

「……であるからして、ゲンキノツボミとクスリソウを調合するとげんきのかけらが作れます。また、ヒメリの実とピーピーグサの組み合わせはピーピーリカバーの材料になりますね。ここはテストに出すので復習しておくといいでしょう。聞こえましたか、テストに出しますからね」

 

 わざわざ二回言ったからな。後になって、こんなの聞いてないとは言わせないぞ。

 

「先生、できましたー」

 

「アオイさんですか。早いですね。どれ」

 

 今日のクラフト課題は二種類、げんきのかけらかピーピーリカバーのうちどちらかを選択してもらった。彼女が作ったのは……おい待てや。

 

「……両方作れとは言っていないのですが?」

 

「だって時間があったんだもーん」

 

「しかもこれ、げんきのかたまりとピーピーマックスじゃないですか」

 

「拾った葉っぱを入れたらこうなりました! 私、もしかして才能ありますか? どやや!」

 

「ええ……僕を困らせる才能は一級品です」

 

「いぇーい褒められたー」

 

 これっぽっちも褒めてねえ。アレンジするなとは言わんさ、ただ頼むから授業中はレシピ通りに作ってくれ。

 

 アオイが加えた葉っぱというのは、おそらくキングリーフに違いない。俺が探しても見つけられなかった材料を、彼女は宝探しのついでに拾っていたというのか……? これは幸運か、はたまた才能か。どちらにせよ侮れん。

 

「……その葉っぱ、何枚か分けてもらえませんか」

 

「全然いいですよ? あと見つけた場所も教えてあげますね。えっと、こことここと」

 

 素直でいい子だわ、グリフィンドールに十点。

 植生の情報はマジで助かる。そうか……パルデアだとこの時期の平野でも咲くのか。勉強になった。

 

 とかやってる間に、他の生徒も作業を終えたようだな。この短期間でかなり手際が良くなった。

 

「さて皆さん、お疲れ様でした。これで前期の授業は終了となります。……が、時間が余ったのでもう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです」

 

 俺はモンスターボールを取り出す。透明なカプセルに覆われたそれを、生徒に見えるようにな。

 

「これは授業とは関係無いお遊びのようなものですが……出てきてください、クロバット」

 

 ボールからクロバットが飛び出す、同時に紙吹雪と花びらの幻影が舞った。

 

「これはボールデコといいます。シールを貼ったカプセルをボールに装着することで、ポケモンが登場する際のエフェクトを自分好みにカスタマイズする機能です」

 

 ハルト以外にも見た目を重視する生徒がいると、聞き取り調査で判明したのでな。せっかくなのでご紹介だ。

 

 ネックはカプセル本体とシールだった。なにせパルデアでは生産されていない。流石にこれは手作りするわけにもいかず、生徒に普及する場合はシンオウ地方からの輸入に頼らざるを得ないが、そこは校長とオモダカ女史に交渉してちょちょいのちょいよ。

 若者には必ずウケると力説してみたら案外あっさりと諸般の雑務を引き受けてくれた。

 

「購買部でカプセルとシールは販売中です。まだ数と種類が少ないですが、皆さんの需要に応じて今後品揃えを増やしてくださるそうですよ」

 

 そしてダイレクトマーケティングを敢行したのは何も純粋な善意百パーセントではない。ボールデコに生徒の関心が向けば、少しは技術とクラフトに対する熱が冷めるんじゃないか? と俺の灰色の脳細胞は導き出した。もちろんクラフトで生徒のQOLと生存率が向上するなら願ったりだが、それはそれとしてちょっと疲れたんよ。

 

 後期は……少しでも仕事を減らすんだい……!

 

 幸いにしてボールデコは好感触だ。流行れ流行れ、そして俺のことなど忘れてしまえ。



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020

 テスト作りって大変だよね。

 毎回思うのだが、できる生徒のレベルに合わせると難易度が上がってしまい、かといって簡単に解ける問題だと生徒が知識を身につけているか確認できない。

 アカデミーの場合、中間テストは六割が合否を分けるラインだそうな。まあ妥当な線だろう。不合格になると補講や再履修が課されるとのこと、絶対に嫌だから問題は易しめにしようと俺は心に誓う。

 

 職員室で情報収集したところ、サービス問題を設定する先生は多いようだ。セイジ先生なんかは自分の名前を質問するとか。いいね、パクらせてもらおう……言語学じゃないから駄目? さいですか。

 

「こんなものですかね」

 

 完成した問題はそれなりの出来だ。これなら落第者は出ないと信じたい。そんで引っかけ問題も混ぜたから簡単に満点は取らせないぞ。

 後で他の先生にも目を通してもらい、許可が出たら晴れてテスト作りは完了である。

 

「他の先生は……何人か死に体ですね」

 

「無理もない。テスト前後は繁忙期であるからな」

 

 そういうサワロ先生は余裕そうだな。

 待って? ジニア先生、あなたが飲んでいるそれブロムヘキシンでは? こいつはいけねえ、愛すべき同僚の胃がカチカチ防御力になってしまう前にお助けせねば。

 

「何か手軽につまめる差し入れを用意しましょう」

 

「ふむ? であればワガハイも手伝わせてもらおう」

 

 俺の手元にあるのはもりのヨウカン、これは単体でお出しすればよいとして。もう一品は作りたい。

 

「きのみがある……ポフィンでも作りますか」

 

 シンオウ地方ではよく作られるきのみを使った楕円形のお菓子。ゲームではコンテストに出場するポケモンのコンディションを高めるためのアイテムだった。もちろん人間も食べられる。

 前世では画像だけでどのような味と食感なのかいまいち想像できなかったが、個人的な感想を述べさせてもらうときのみの風味がする焼き菓子といった感じだ。まあ名前の由来はマフィンだろうから、当然ではあるのか。

 

 家庭科室のコンロを借りて調理開始だ。

 鍋を火にかけて、きのみを投入。今回使うのはヒメリの実、クラボの実、パイルの実、フィラの実の四種類。辛さを強調するための組み合わせだ。ヨウカンが甘いから、こっちは対極の味でいく。

 

「あとは焦がさないようにひたすら混ぜます」

 

「心得た」

 

 こぼさないように、かつ可能な限り速く、慎重に鍋をかき回す。やっぱり複数人で作ると楽だね。

 ある程度経つと中身が固まってくる。ここまで進んだら練るように生地をこねて、整形したら出来上がりだ。

 

「まろやかに近い、からいポフィン〜」

 

「から……ンンッ、舌触りはなめらかだな。これは成功でいいのかな、ウズ先生?」

 

「お菓子としてはこれ以上を望むべくもありません」

 

 コンテスト用だと、なめらかさのあるなし論争が勃発するが……人間が食べる分だしよかろう。俺はこれだけの完成度の品ができて驚いているよ。

 

 職員室で先生方に振る舞ったところ、ポフィンは概ね好評だった。一部の先生の食生活も改善されるといいんだけどね。こればっかり食べても駄目だぞ。

 

 ちなみに、もりのヨウカンはサワロ先生の手によりサンドウィッチに魔改造されてしまった。

 だからさあ、どうしてパルデア人は何でもかんでもパンに挟もうとするの!?

 

 ……屈辱だが美味しかったのは認める。パンをカステラ風の生地に変えて、バターと生クリームをプラスするのはずるいって。それしたら最強じゃんか。別物だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 技術 中間テスト

 

問一

クラフトで使う道具の正しい名前を、次の選択肢から選びなさい

 

A:クラフトキット

B:クラフトゼット

C:クラフトセット

D:クラフトマット

 

正解:A

 

 

問二

モンスターボールはきのみから作ることができる

 

A:正しい

B:正しくない

 

正解:A(ぼんぐりはきのみの一種である)

 

 

問三

キズぐすりのクラフトに必要な材料のうち、正しい組み合わせを次の選択肢から選びなさい

 

A:ぼんぐりとたまいし

B:ゲンキノツボミとクスリソウ

C:オレンの実とクスリソウ

D:キズぐすりとピーピーグサ

 

正解:C(Aはモンスターボール、Bはげんきのかけら、Dはいいキズぐすりのレシピ)

 

 

問四

次の選択肢のうち、授業でクラフトしていないものをひとつ選びなさい

 

A:げんきのかけら

B:ピーピーリカバー

C:モンスターボール

D:もりのヨウカン

 

正解:D

 

 

問五

自由記述欄(授業やテストの感想、質問、意見などを書いてください。とりあえず何か書いてあれば加点します)



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021

 テスト期間中は図書館が生徒で賑わう。

 無料の参考書が揃っている上に自習スペース完備とくれば利用しない手はないだろう。寮の自室が飽きたから気分転換に訪れるという生徒も多い。

 

 俺は受付で本の検索を手伝ったり、あとは生徒のちょっとした質問に答えたりでわりと忙しい。司書教諭ってのは暇そうに見えて案外大変なのよ。

 

「ウズ先生、また勝負しよう!」

 

「見て分かる通り仕事中です。それとネモさん、図書館ではお静かに。他の利用者の迷惑になります」

 

 このネモ、本当にところ構わずだな。フルバトルで相手したろうに。ちなみに戦績は一勝一敗である。しかも多分あっちは本気じゃない、勝負を楽しんでやがる。型バレた後の即連戦はきついって。対策させて。

 

「だいたい、ネモさんは勉強をせずともよいのですか? 試験前でしょうに」

 

「え? テストって普段から授業を聞いて予習復習していれば解けますよね?」

 

「……それを他の生徒の前で口にするのは避けた方がいいですね。下手したら戦争になりますよ」

 

 そうだ彼女勉強はできるんだったわ。俺の授業も、話聞いてないようで真摯に取り組んではいた。キズぐすりの評価をフィードバックして、次の授業では丁寧にクラフトしていたし。根は真面目……なのか……?

 

「何の話? 私も混ぜて!」

 

「アオイ! わあ、また強くなったのが分かるよ……! 今から軽く勝負しない?」

 

「いいよ。ハルトが構ってくれないから暇だし」

 

「アオイさん、あなたもです。少しはハルトさんを見習って勉強してみてはどうですか」

 

「? テストって自分の実力を測るためのものですよ? 直前で勉強するんですか?」

 

 ブルー、お前もか。

 君たちの言は正しいよ。しかしな、正論は時に人を殺すのだ。具体的には学生時代の俺に刺さる。

 

「まあお二人が問題ないのであれば、こちらとしては何も言えないのですが。勉強に取り組む人の邪魔だけはしないようにお願いしますね」

 

「ハルトは私を邪魔に思ったりしないもーん」

 

「二人は本当に仲良しだね」

 

「そうだよ。なにせ幼なじみだからね。私にはハルトを守るという大事な役目があるのです! だからネモにだって負けないよ……何度挑まれても、勝つのは私だ」

 

「〜〜〜……ッ! イイ、いいよアオイ! さあやろう早く戦ろう今すぐ戦ろう!」

 

 いや怖っ。弱冠十歳前後の子供が出していい迫力じゃないんだが。もう殺意にまで到達してない? それを受けて平然とするどころか歓喜に震えるネモさんも何なの。

 

「あ、そうだ」

 

 ネモに手を引かれたアオイは、急に何かを思い出したように立ち止まって振り返る。

 

「ウズ先生はいろんな地方を旅してたんですよね」

 

「そうですね。アローラ他いくつかの地方には訪れた事がありませんが。それがどうかしましたか?」

 

「じゃあ、ひでんのくすりって知ってますか?」

 

 また珍しい名前を聞いた。どんなポケモンでもたちまち元気になるという代物。ジョウトのタンバシティにあるくすりやが取り扱っているが、効き目が強すぎるため余程の症状でないと処方を断られてしまう。

 第二世代では、アサギの灯台で苦しむデンリュウの「アカリちゃん」を助けるというイベントがあったな。

 ダイパだと210番道路を占拠するコダックの頭痛を治すために、シロナさんから渡されるのだったか。

 

「生憎と実物を目にした事はありませんね。アオイさんの手持ちに病気の子が?」

 

「いえ、友達のポケモンが……今はちょっとずつ回復してきているんですけど」

 

 なるほど、友達思いで実に泣ける話じゃないか。

 協力してやりたいが、時系列的にシロナさんは現物を所有していないだろうな。我が故郷、なんだかんだとギンガ団はもう壊滅してるそうで仕事が早い。

 タンバのくすりやに事情を説明するのは……いやどうかな。これは俺の想像も込みだが、

 

「お友達のポケモンが回復に向かっているなら、現状の治療法を継続するのが良いのではないかと。ひでんのくすりは効果は確かですが、その分ポケモンの体に与える負担が大きい。他に手の尽くしようがないのであれば話は変わってきますが」

 

 副作用とか出ると大変だからね。遠回りであっても、負担の少ない治療法が見つかっているなら、今後を考えるとその方がいい。一応は俺もどく使いなのでな。この手の問題は多少知識がある。くすりやの親父も同じ事を言うだろう……きっと、たぶん。

 

「差し支えなければ、その治療法とやらを教えていただけますか? アドバイスできるかもしれません」

 

「秘伝スパイスっていうのが……」

 

 ほうほう、巨大なヌシポケモンに守られている伝説の調味料で。長期間継続して食べると巨大化するほどの効果があって。サンドウィッチにすると美味しい。

 

 ……なにそれ? 本当に食べて大丈夫な薬膳?

 しかもまたパンに挟むんかい。

 

「であれば……アオイさん、あの葉っぱを覚えていますか? あなたがげんきのかけらとピーピーリカバーに混ぜ込んだあれです」

 

「まだ持ってますけど」

 

「それはキングリーフと言いまして、『ハーブの王様』と呼ばれる薬草です。薬に含まれる薬効成分を高める性質があります。秘伝スパイスと合わせて摂取すると効果的かもしれません」

 

「なるほど! ありがとうウズ先生、試してみる!」

 

「絶対に、まずは少量で試してくださいね。薬は組み合わせによっては毒に変わります。もし不安なら僕の方で毒味を……大事な話なので聞いてくださいね」

 

 アオイは早速スマホで電話をかけ始める。気持ちは分かるが図書館内での通話は禁止です。

 そんでもってネモとのポケモン勝負はするようだ。子供はまっこと元気じゃのう。



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022

 テストの採点終わり。

 丸バツをつける繰り返しでペンを握る右手は強張っているが、これで後期まで仕事とはおさらばだ。……図書館の方はテスト関係無しに作業せねばならんのだが。

 

『エル』

 

『サナ』

 

「お茶を淹れてくれたんですね。それに軽食まで。ありがとうございますエルレイド、サーナイト」

 

 緑茶とおにぎりを乗せた盆が机に置かれる。特に訓練をしたわけでもないのにこの気遣いと家事力、流石はうちのエルサナですわ。要人護衛にだって駆り出せるスペックは伊達じゃない。いやそんな仕事させないけど。

 

 あー、お茶がうめえ。

 おにぎりは梅干しと昆布か。海苔がしにゃけているが、それもまた味わい深いというものよ。

 

『エルル?』

 

 一息ついていると、エルレイドが答案用紙の山を指差して首を傾げた。気になる点があるようだ。

 

「ああ、この付箋ですか。後で見返せるように目印をつけているだけですよ」

 

 中間テストの最後の設問は自由記述式にした。生徒の感想を後期の授業に反映するためだ。決して問題を作るのが面倒になったとか、サービス問題にして不合格者を減らそうとしたとか、諸々の他意はないのである。

 

 逆に仕事増えてね。うっせばーか。馬鹿は俺。

 

 他愛のない感想や一言のコメント、あとはテストの恨み言と落書きが大半を占めるのは想定通り。わりと好意的な意見が多かったのは嬉しいね。抱える生徒と仕事が増えるのは勘弁だが、どうせ物を教えるなら楽しんでもらった方がお互いにやりやすいだろう?

 だがボールデコに関しては俺は知らない、知らないったら知らない。だから質問を寄越すのはやめるんだ。俺をお洒落と紐付けるな。誰がボールデコ伝道師じゃい。

 

 そして、数あるコメントのうち、参考になる意見や要望には付箋でチェックを入れたというわけ。

 

 たとえば『講義だけじゃなくてクラフトの動画を手元アップで配信してほしい』とか。

 一時停止しながら見直せるのはたしかに便利なので、簡単なものから順に動画を上げていこうと考えている。

 

 また『ボールをカスタムするコツが知りたい』という感想がちらほらあった。

 これは地道な微調整と修正の繰り返しで個々人に適した構造を見つけていくしかないのだが、いきなり自分で考えろと言われても分からないだろう。

 とりあえず俺の調整を手本として紹介、後はカスタムで気をつけるポイントを挙げる……くらいかね。

 俺も空気抵抗とか力学とかの学問には疎いので、それ以上は理系の先生に聞いてくれ。タイム先生とか弾道計算の式を教えてくれるんじゃない?

 

「後は、これが一番多かったですかね」

 

 クラフトで生徒を悩ませる要因。堂々の一位。

 それは『素材を集められない』というものだった。

 

 ……技術か?

 

 たしかに野外で欲しい材料を探すには相応の知識と慣れが必要だ。俺もアオイに教わるまでキングリーフの採集に手間取ったから気持ちは分かる。

 森や草むらには野生ポケモンが生息しており、バトルが苦手な生徒は腰が引けてしまうのも無理はない。それ自体は別に悪い事ではないのだ。自分の実力を見極めて危険を冒さないのは大前提の心得だから。

 

 そういうやつは素直に店売りの道具を買え、と突き放すこともできる。あまり野外に出ないのならクラフトの技術は必要性がうんと下がるわけで。

 

 ただ、それを教師(おれ)が言うのは違うだろうと。

 

『サアナ』

 

『エル』

 

「たしかにやりようはいくらかあります。これが技術の範囲内かと問われると、些か自信がありませんが」

 

 前世ではどうだったっけ。木工と情報の印象が強いからあまり当てにならん。

 実際クラフト一辺倒というのは能がない、そして材料の入手難易度と煩雑さの関係で、生徒に教えられるレシピの数がさほど残っていないのもあり。後期は少し趣向を変えてみるのもありか……よし。

 

「明日から少し出かけましょう」

 

 誰か詳しい人がいればいいのだが。



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023

 レッツ一人旅。プチ休暇だぞ。

 現実は授業の準備なので旅行とは程遠い。俺まだパルデア全土を巡る事ができていないのですが。長期休暇が取れたら何の憂いもなしに各街へ足を運びたいね。

 

 荷物をまとめてモトトカゲにライドオン。なかなか俺に懐いてくれないのは何故なんだ。移動と世話以外でボールから出してないからか?

 

 まず訪れたのはボウルタウン。

 噂通りであれば目当ての人物は簡単に釣れる、という俺の目論見は大正解。ロズレイドを連れ歩いていたら向こうからやってきた。

 

「止まれそこのキサマァ! 優雅で気品のある身のこなし、マスクで覆われた目元から覗く理知的な瞳、そして芳しい香りを放つ紅と蒼の花弁……ッ! まさにアヴァンギャルド!! 麗しき薔薇のポケモンよ! ワタシの作品のモチーフにならないか!? いやなるべきだ!」

 

 コルサさんは気に入ったくさタイプポケモンを口説くというのは本当だったか。

 なお興奮が静まるまで本題に入れなかったので、俺は彼と取っ組み合いをする羽目になった。くっそ疲れた……でも参考になる話を聞けたのでよしとする。

 

 

 

 

 

 次に足を運んだのはセルクルタウンだ。

 途中襲撃してきたビークインを撃退し、やや疲労感を覚えながらパティスリー「ムクロジ」に。最初は怪しまれたが事情を説明してどうにか不審者扱いは免れた。同業者のスパイじゃないです、はい。

 

「そんなことを知りたいんですか〜? 構いませんけど、お役に立てるかどうか。そういえば! アカデミーの生徒さんから美味しいお菓子の噂を聞いたんですよ〜」

 

 店長のカエデさんが言う美味しいお菓子とはポフィンのことだろう。どうも職員室で配った例のブツを生徒に目撃されていたようである。先生の誰かがこっそり持ち帰ってつまんでたな?

 お話を伺う礼に基本のレシピを渡した。お礼のお礼に、大量のお菓子を土産に持たされてしまった。甘いものは嫌いじゃないが、この量は食べ切れないです。

 

 

 

 

 

 カラフシティでは砂嵐の洗礼を受けた。

 砂漠から風に運ばれた熱砂が容赦なく頬を打つ、やってられないので早々に目的地へ。

 

「何、食材の仕入れ先? ……ふうむ。よし、ここはオイラが一肌脱いでやろうかい!」

 

 ハイダイさんは「ハイダイ倶楽部」の厨房で腕を振るっていた。どうやら快く協力してくれるらしい。でもお腹いっぱいのところに中華料理は重い……は? 砂漠越えには腹ごしらえが必須?

 

 

 

 

 

 徒歩で砂漠を進むとか誰が想像するかよ。

 やけに激しい地震に襲われつつ、ハイダイさんの案内でやってきたのは港町マリナードタウンの大型市場。あちらはあちらで海産物の仕入れがあるとか、俺は深々と頭を下げてハイダイさんと別れる。

 

「やはり箱で売られていましたか」

 

 十分な量をまとめ買いしたら問題のひとつは解決だ。

 自分で用意してもいいが、生徒全員分は手間がかかる。いやできなくはないけど一度に乱獲すると生態系に影響を与えたりもするからさ。個人がちまちま集めるのとは訳が違う。他の準備に時間がかかりそうなので時短時短。

 

「ん……? な、あれは……!」

 

 他にめぼしいものがないか市場を回っていると、競りにかけられたとある品に目が吸い寄せられた。まさか遠い異郷の地パルデアでコレを目にする事があろうとは。

 入札価格は五千円から。安いように思えるが、ここから値段が釣り上がる可能性もある。

 

「五千五百!」

 

「六千五百円」

 

「ならこっちは七千だ!」

 

「俺は八千!」

 

「一万円」

 

「何だとッ」

 

「いや、まだだ……一万五千! これで」

 

「二万円」

 

「くそっ! あんた、どこにそんな金が……」

 

「残念でしたね。僕は給料が入ったばかりで懐が暖かいんです。悪いですが、これはいただいていきます」

 

 俺はまんまと商品を競り落とすことに成功した。

 これは素晴らしい掘り出し物だ……育てるもよし、加工するもよし。ポケモンたちに久しぶりの故郷の味を楽しんでもらうのもいい。なお初期設定の四倍の額を支払ったことは意識しないものとする。庶民……。



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024

 俺の眼前には土嚢が並べてある。

 ただし土木資材として扱うのではない。お目当ては袋の中身、パルデア各地から採取した土である。

 

「ではお願いします。チリさん」

 

「なんや急に呼び出して藪から棒に」

 

「メールでご連絡した通り、じめんタイプのエキスパートであるあなたにお願いがありまして。ここにある土の良し悪しを調べるお手伝いをしていただけないかと」

 

 俺は土については齧った程度の知識があるだけ。だがじめんタイプを扱う彼女ならば、経験と感覚で上質な土を見極めることができるのではないか、と考えた。

 

「突然先生に呼び出されたもんやから、てっきりデートのお誘いかと思ったわ」

 

「僕ではチリさんに到底釣り合わないでしょう。大変申し訳ありませんが」

 

「真面目か。ちょっとした冗談やん。まるでチリちゃんがフラれたみたいな雰囲気出すのは堪忍やで」

 

 俺も勘弁してほしいよ。冗談でもその手の揶揄はやめてくれ、夜道で背後の暗闇を警戒するのは嫌だから。あなた絶対ファンクラブとかあるでしょ。

 

「ま、ええわ。ほなやろか」

 

 土嚢の前で膝をつくチリさん。リーグ四天王の手袋を外して土に触れる。俺には分からないが、それぞれの質感を肌で確かめているのだろうか。

 

「これとこれはあかん。こっちは水捌けが悪い。これは粒が大き過ぎる。奥のはええんちゃう?」

 

 おお、あっという間に判別してのけるとは。

 

「正直なところ無茶を言った自覚があったのですが、流石は四天王といったところでしょうか」

 

「どんなポケモンにも好みがあるやろ。それに付き合うてたら自然と詳しくなる。……よっしゃ、これでしまいや。報酬は良い土一袋でええねんな」

 

「一袋と言わずどうぞ。運ぶのが面倒でしたら僕がお届けします。ちなみに何に使われるのかお聞きしても?」

 

「ドオーの泥遊びにな」

 

「あのパルデアウパーの進化系ですか……想像すると愛嬌がありますね」

 

「せやろー。べっぴんさんやねん」

 

 ゆるキャラみたいな顔をしているくせして、勝負では俺の手持ちをじしんで沈めた猛者である。テラスタルとタイプ一致で二倍補正とか聞いてないし。

 でもどくタイプ複合なんだよな。機会があれば捕まえて育ててみるのもいいかもしれない。

 

「そうそう、ポピーがまた先生と勝負したいんやって」

 

「…………」

 

「ごっつ嫌そうな顔するやん……」

 

 思わず顔を顰めてしまった。違うんだ、ポピー様先輩はいいお方なのですが、バトルとなるとトラウマが……ドータクン……デカハンマー……うっ、頭が……。

 

「四天王の皆さんともなれば、僕との勝負で得るものなんてそうないでしょうに」

 

「自分、謙遜も過ぎると嫌味やで。こっちも勉強させてもらったわ。人間は性格の悪さをここまで煮詰められるもんなんやなぁ……ってな」

 

「それでも勝てませんでしたから。頑張ってくれたポケモンにはとても顔向けできない結果ですよ」

 

 テラスタルの使い所を見誤らなければ、もう少しいい勝負になっただろうか。どうだろうな。単タイプになるという都合上、俺の手持ちのタイプと搦手主体の戦い方では適切に扱える気がしない。

 他のタイプにテラスタルできるなら、もう少し戦略の幅が広がりそうなものだが。いや、それはそれで選択肢の数に振り回される気がする。

 

「どくさえ、どくさえ通ればはがねタイプだろうが削る算段があるのですが……」

 

「先生は他のポケモン育てとらんの?」

 

「ジム戦用に育成した個体と、あとは旅の途中で仲間に加えた子がボックスに預けてありますよ。ただ今の手持ちが一番慣れているので」

 

 憎きはがね対策に特化したポケモンがいないではない。だが練度が不十分なので実戦投入するのは厳しいだろう。ジムリーダー時代からの癖でシンオウ地方に生息するポケモン以外はあまり使わないし。

 

「全タイプにどくが効くようになりませんかね」

 

「無法やん」

 

 だよね。俺もそう思う。



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025

 授業だよ。全員集合ー。

 

「皆さん、中間テストお疲れ様でした。全員が合格できたのは喜ばしい。学んだ知識がきちんと身についている証拠ですね。満点の人はとてもよく頑張りました」

 

 生徒は落ち着かない様子だ。クラスの大半が俺の言葉に耳を傾けていない。理由は明確、今回は技術室ではなくグラウンドで授業を行っているからですね。

 汚れても構わない、動きやすい服装で体育座りをする面々。俺の後ろにある例のものが気になって仕方ないと見えるぜ。でもまだ引っ張るよ。

 

「最後の設問で記入していただいた感想や意見には全て目を通しました。配信した動画は好評のようで何よりです。また、複数の生徒から寄せられた要望をもとに、後期の授業を進めていきたいと思います」

 

 はいテロップがバーン。

 スケッチブックに文字書いただけです。

 

「曰く『クラフトの材料が集められない』。うん、素材の採集が苦手な方もいるでしょう」

 

 何人かの生徒が頷いている。割と切実な悩みだったりするのだろうか。無理にクラフトせんでもええんやで。

 

「前期にもお話しましたが、むやみに生態系を破壊するのもよろしくない。我々は自然と共存して生きているのですから。……なので、いっそ自分で育てましょう」

 

 俺は背後に手を向けて視線誘導を図る。グラウンドの隅に位置する畑、ここで育てた新鮮な野菜は学生食堂で使われているそうな。

 クラベル校長から畑の一部を授業で使う許可が降りたのでね。マジであの人は教師の鑑。

 

「今回と次回、全二回に分けて、皆さんにはきのみを栽培してもらいます」

 

 反応はぼちぼち。薄々察していた生徒、予想外という生徒。割合としては七:三か。

 

「クラフトの授業を期待していた方がいたら申し訳ありません。新しいレシピをいくつか動画で公開しておきますので許してください」

 

 カンポーやく、それとポケモンの餌が中心だ。簡単に作れて危険性の少ないものをチョイスした。

 とまあ、それより今はきのみ栽培よ。前世でも植物について学ぶ授業があった……気がする。他と分野が被ってるとか言わないで。俺も自信がないの。

 

「今回は土の状態とこやしについて説明します。それから実際にオレンの実を埋めてみましょうね」

 

 オレンの実を選んだ理由は簡単、初心者が育てやすいからです。あとクラフトの材料としても使える。

 食材として販売されていたのを買って数は揃えた。協力してくれたカエデさんとハイダイさんに感謝。

 

「きのみは土に植えると芽が出て、小さな木になり、花が咲いて、複数のきのみができるというサイクルで急成長します。僕らは水やりをして、雑草を抜いてと世話をするわけです。オレンの実は最短十六時間で収穫できます」

 

 生徒を集めて、俺は畑の一点を指差す。

 

「きのみは特定の環境でないと発芽しません。これがふかふかのつちという状態です。土が黒っぽい色をしているのが特徴ですね。野外でも見かける事があるでしょう」

 

 今回は俺が事前に耕しておきましたよ。めっちゃ疲れました。ポケモンに手伝ってもらえ。

 

「ここにきのみを埋めるわけですが、その前に。土にこやしを混ぜてやると、きのみの成長を手助けする事ができるのです」

 

 隣には山積みの袋。チリさんが選び抜いた上質な土を使い、コルサさんのアドバイスを参考にして、俺が苦心の末に再現した四種類のこやしである。

 

「これはすくすくこやし。きのみの成長サイクルを早めてくれますが、土が乾きやすくなります。乾いた土のまま放置すると収穫できるきのみの個数が減ったり、最悪枯れてしまうので注意が必要です」

 

 たっぷり水やりしたら問題ないけどね。だから、せっかちな人におすすめできるだろうか。

 

「逆にじめじめこやしは土の乾きが遅くなりますが、その分きのみの成長も遅れます」

 

 こちらは気長に成長を待てる人向けだな。

 

「後の二つは少し特殊でして、このねばねばこやしは木が枯れた後、落ちたきのみが新しい芽を生やしやすくなる効果があります。万が一の保険というやつですね」

 

 ゲームだと正しくは発芽の回数が増える、というような説明文だったが。まあ試行回数と確率が増えるのだから、間違っちゃいないだろう、よってヨシ。

 

「そしてながながこやしはですね、きのみが実を結んでから、地面に落ちて枯れるまでの時間を通常よりも伸ばす事ができます。収穫を忘れていても安心ですよ」

 

「先生、質問いいですか!」

 

「どうぞハルトさん」

 

「そのこやしって、クラフトできますか?」

 

「残念ですが詳しいレシピはお教えする事ができません。ただ、上質な土に、砕いたきのみとポケモンの……を混ぜている、とだけお伝えしておきましょう」

 

 俺からはこれ以上言えない。後は察しろ。自己責任でレシピを解明するのは止めないよ。

 

 見本として、効果が分かりやすいすくすくこやしとじめじめこやしを使う。二つの穴を掘ってオレンの実を入れ、土を被せたら、コダックじょうろで水をやる。

 

「では皆さんもやってみてください。レッツ栽培」

 

 

 

 

 

 全員がきのみを植え終わったのは、まさにチャイムが鳴るタイミングだった。時間配分をぬかったか。

 

「もうこんな時間ですね。今日の授業はここまで。次回は植えたきのみを収穫します。可能なら定期的にきのみの様子を観察しに来るといいですね。お世話に必要な道具は置いておきますからご自由にお使いください」

 

 授業まで放置する生徒は何人かいるだろうから、俺も目を光らせておかねばいけないな。畑の片隅に植えたあれこれのためにも……。



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026

 生徒が本に親しむきっかけを作りたい。

 そんな同僚の要望により、無い頭を捻って考えたのは読み聞かせである。簡単な絵本を紙芝居のように見せれば、読書が苦手な子供でも楽しんでもらえるはず。

 

 まあ告知出しても人が集まらなかったけど。

 世の中そう上手くはいかないわな。

 それでは、図書館に集まった物好きな数人のために始めるとしますかね。

 

「今日皆さんに読み聞かせする内容は、僕の故郷に伝わる昔話ですね。タイトルは『海の伝説』」

 

 書庫から引っ張り出してきた古い絵本を、生徒に見えやすいように広げて持つ。

 あー、あー。大丈夫? 声出てる?

 

「その昔、東の海に王子と呼ばれるポケモンがいた」

 

 壮麗な挿絵には、輝く海で、数多のポケモンに囲まれて泳ぐ高貴な一匹の姿が描かれている。

 古代の光景をそのまま切り取ったかのような幻想的な一頁は、それだけで観客の心を掴んだらしい。

 

「人の勇者は、海に住むポケモンたちに王子に会わせてほしいと頼んだ」

 

 人間が浜辺から海に呼びかける一場面。水面から顔を出したポケモンの表情は様々で、関心を持つもの、見定めるもの、困惑するもの、厭うもの……実に感情豊かに、繊細なタッチで表現されている。いや芸術の良し悪しは俺には分からないけれど。

 

「タマンタ、ブイゼル、そして大きなトゲのハリーセンの三匹は、人の勇者を認め共に歩む」

 

 王子の側近、あるいは勇者に連れ添う先導者。

 丸い瞳のエイに似た青いポケモン。

 浮き輪を膨らませるイタチのポケモン。

 鋭利な棘を持つ機雷のような黒い魚のポケモン。

 

「勇者たちは夕暮れの海へ船を出し」

 

 彼ら三匹の手を借りて、勇者は小舟に乗り込む。

 夕陽を照り返して紅に染まる海を掻き分け、その両脇には大勢のポケモンが並んで道を作る。

 

「水面に聳える海の門をくぐる」

 

 海面から突き出した歪曲する二本の角。

 門をくぐる時、勇者は何かに気づいたのか目を閉じて耳を澄ましている。

 

「その知らせは王子の耳に届き、王子は海の小穴で出迎えた」

 

 洞穴での王子との謁見に際して、人間の勇者は深々と頭を垂れて跪いている。その様子を三匹の側近と、王子に似た姿のポケモンが静かに見つめている……。

 

 ぶっちゃけるとマナフィとフィオネなんだけどね。

 

 これは前世の知識であり、口にしたら物語の余韻が台無しになるので説明はしない。

 俺が黙って本を閉じると、パチパチと観客の人数にしては大きい拍手が起こる。楽しんでもらえたかな?

 

「『海の伝説』以外にも、シンオウ地方には多くの神話があります。興味が湧いたら調べてみると面白いかもしれませんね。古い文献は図書館にも所蔵されていますよ」

 

 宣伝はするが無理強いはしない。人に強要されただけやる気は失われるものだ。特に子供は。こちらは選択肢を示して、受け入れ体制を整えればいい。

 

「もちろん、皆さんが暮らすこのパルデアにだって歴史や伝説が残されています。身近なところで言うとパルデアの大穴ですね。その辺は僕より、そちらにいるレホール先生がお詳しいでしょう」

 

 でも突入するのはやめてな。危険地帯で立入禁止になっているから。生徒たちも理解はしているだろうが。

 つーか何でいるんですか先生。あなた出張で数日は戻らないという話だったのでは?

 

 

 

 

 

 読み聞かせの後、テンションがおかしいレホール先生をどうにか追い払った俺のもとに、一人の生徒が訪れた。いつも教室の隅で本を読んでいる目立たない子だ。

 

「あのね先生、わからないことがあって」

 

「質問ですか。どうぞ」

 

「さっきのお話の、勇者の仲間のポケモンなんだけどね。気になって調べたけど見つからないの」

 

「なるほど……蔵書目録ロトムを使ったんですね。おや、ブイゼルとハリーセンは調べられているじゃないですか。残りはタマンタだけですね」

 

 パルデアでは聞き慣れないポケモンだから、名前をど忘れしたのだろう。

 

「検索ワードをこうやって入力して……この本がいいかもしれません。後はインターネットでも調べられますよ。使えるものは全部使っていいんですから」

 

「うん……」

 

「どうしました? まだ分からないところが?」

 

「このハリーセン、絵本のと違う。黒くないし、トゲも小さいよ?」

 

「そうですね。ひょっとすると、大昔のハリーセンは違う姿を持っていたのかもしれませんね。今で言うリージョンフォームというやつです。詳しくはジニア先生に聞いてみてはいかがでしょう」

 

 俺が「大きなトゲのハリーセン」の落書きを渡したところ、生徒は喜んで生物室に向かった。

 ジニア先生なら大昔のポケモンに関する研究についても知識があるはず。上手い事説明してくれるだろう。



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027

 スマホロトムがハッキングされた。

 

『はじめまして。わたしはカシオペア。火急につき、このような手段を取ることを許してほしい』

 

 自室で休んでいる時に、突然こんな音声がスマホから流れたら誰だって困惑するに違いない。

 

「今この場で警察に通報する選択肢があるのですが、そちらとしてはどのようにお考えでしょう」

 

『……できれば話を聞いてから判断してもらいたい。あなたも無視できない内容のはずだ、ウズ先生』

 

 ひとまずリアルタイムの通話であること、相手は俺の素性を把握していて、明確な目的を持ってハッキングを仕掛けた……ここまでは今のやり取りで予想できる。

 

 厄介事の匂いがプンプンするんですけど。

 

「無視できない、というのは?」

 

『このままでは、あなたが広めたクラフトの技術が悪用されてしまうかもしれない』

 

 懸念はしていたが、そうか。

 

「詳しく」

 

『あなたは一年半前にアカデミーで起きた事件を知っているだろうか?』

 

「いいえ。僕は赴任していませんでしたから。他の先生からお話を聞いたこともないですね」

 

『では簡単に説明しよう。「スター大作戦」と呼ばれた事件の一部始終を』

 

 カシオペアは語った。アカデミーに存在したいじめと、スター団の結成、そして教師陣の総辞職について。

 スター団ってそんな経緯があったのかよ。今では不良集団の代表ですみたいな顔してるのに、お前ら結成当初の志はどうした。

 

『新参のメンバーは当時の事情を知らない者も多い。今やスター団は問題児の集まりと見做されている。だから「スターダスト大作戦」を決行し……いや、話が逸れた』

 

「この話は前置きなのですね。ではそろそろ本題に移っていただけますか」

 

『あなたは要望を受けて、授業に参加していない生徒でもクラフトを学べるようにしてくれた。だが、その知識が心無い連中の手に渡ってしまったようなのだ』

 

「その方々の情報と、何より根拠はあるのですか?」

 

『ある。犯人は、先程話した、一年半前にアカデミーから去った元生徒の一グループ。彼らは自分たちを退学に追いやったスター団を恨み、報復しようとしている。不審な動きをしていた彼らのSNSを覗き見たところ、そうした内容のやり取りが交わされていた』

 

 件の証拠画像が俺のスマホに転送される。これが事実なら、たしかに放置してはおけない。

 やろうとしてる悪事は小さな規模のようだが……それでも被害者が出る恐れがある。何より、クラフトという技術を貶められるのは捨て置けないわな。

 

「ですが、あなたの狂言という線も捨てきれない」

 

『……』

 

「なのでひとっ走り確かめてきますね」

 

『は?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 てなわけでアンブッシュじゃい。

 カシオペアの証拠画像と、過去の生徒名簿……は改竄された形跡があったのであまり役に立たなかったが、とにかく証拠を頼りに聞き込み、被疑者を尾行して根城を突き止め、全員が揃ったタイミングで強襲した。

 

「ひ、ひぃ……!? 何なんだよお前……ッ!」

 

 そしたらね、大当たりだったのよ。

 廃墟には数人の少年、そしてどこから入手したのか、クラフトキットが置いてある。傍らの鞄にはそれなりの額の現金が詰め込まれていた。あとは取引に関するメモ。

 

 こいつら、クラフトで作ったボールを、市販のボールと偽ってスター団に売りつけてやがった。

 クラフト製のボールと知っていて使うならいいが、市販の商品と誤解したままボールを使用したらどうなるか。

 クラフトで作製したボールにはポケモンの保護機能が備わっていない。つまり捕獲したポケモンが、他の誰かに奪われてしまう恐れがあるのだ。

 

 にしても巧妙な偽装だよ。パッと見ただけでは判別できない。その技能と熱量を他に向ければいいものを。

 

「カシオペアさんの言葉は本当のようですね」

 

「だ、誰だ!? 誰がこの場所をバラした!?」

 

「馬鹿ですかあなたは。こんな子供騙しの秘密基地、大人の目を欺けるわけがないでしょうに」

 

 ちなみに犯人は全員制圧済みだよ。手持ちのポケモンたちが張り切ったからね。犯人らに怪我させないように抑える方が大変だった。

 

「先に忠告しておきますね。僕のポケモンは毒に通じているので抵抗しない方が身のためです。あなた方の手持ちが入ったボールは預かってますから、無茶はできないと思いますが念のため」

 

 お手柄だぞゲンガー。初手トリックを成功させたのは表彰ものです。

 

「さて質問です。クラフトをどこで学んだのですか?」

 

「……」

 

「構いませんよ。あなた方には黙秘権がある。まあ予想はついてますがね。……そこに隠れているスター団のしたっぱさんから教わったのでしょう?」

 

 物陰で震える少年は特徴的なサングラスを身につけている。はてさて、彼は白か黒か。

 

「どうも。僕の予想が間違いなら首を横に、正しいなら首を縦に振っていただけますか?」

 

 俺の問いかけに、スター団のしたっぱ君は首を縦に振った。肯定。クラフトを流出させたのはこいつか。

 

「何故このようなことを?」

 

「ち、違う……そんなつもりじゃなかったんです」

 

「ではどういうつもりだったのですか? お金がほしかった? それともスター団を陥れたかった?」

 

「違います! 俺、クラフトの動画を見て、なんだコレすげーってなって……もっとみんなに知ってほしくて……そうしたら、その人たちが楽しそうに話、聞いてくれたから……みんなを騙そうなんて、これっぽっちも……」

 

 ……そうか。

 したっぱ君に悪意はなかった。だが、彼は結果として悪事の片棒を担ぐ羽目になった。抜け出せない段階になってから犯人に脅迫されたのだろう。

 元いじめっ子の犯人グループを知らなかったということは、新参のメンバーだった可能性が高いか。

 

「少し待っていてください。君の処遇については、後でゆっくり話し合いましょう」

 

 頷いたしたっぱ君の肩を軽めに叩いて、俺は背後を振り返った。……身動きの取れない、俺の手持ちに囲まれて怯える犯人集団を睨む。

 

「教育的指導をしてからね」

 

 覚悟しろよお前ら。命は取らないでおいてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カシオペアさん。裏付けが取れましたよ」

 

『あ、ああ。信じてもらえたようで何よりだ……しかし、彼らをどうする?』

 

「警察に突き出すのは躊躇われますね。したっぱさんが芋蔓式に前科持ちになってしまうやも」

 

 まず情状酌量の余地ありと判断されると思うが、司法には詳しくないのでどうにも分からない。

 

「しばらくは動くことすら出来ないでしょうから、僕の手持ちに見張ってもらいます。したっぱさんについては……本人の口で直接、仲間に謝罪したいとのことなので一旦解放しました」

 

『信じるのか?』

 

「信じたいですね」

 

 生徒を信じた結果こうなっているので、説得力はないけどな。クラフトを不登校者も学べるようにと意思決定をしたのは俺、つまり責任は俺にもある。

 

「とにかく。まずは既に販売されたボールの対処、そして注意喚起をしなくては」

 

『後者については任せてほしい。あなたのチャンネルに投稿すればいいだろうか』

 

 それハッキング前提なのよ。今回は助かるから目を瞑るけどさ。こいつ遵法精神の欠片もねーな?

 

「スター団の皆さんと直接会ってお話するというのは」

 

『不可能だろう。あなたはアカデミーの教師だ、まず門前払いされる。いや、どく組チーム・シーのボスならあるいは対話に応じるかもしれないが……』

 

「では手段は一つですね」

 

『策があるのか。なら聞かせてほしい』

 

「カチコミします」

 

『は?』

 

 よーし。久々に本気出しちゃうぞー。



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028★

三人称視点風味


 〜ほのお組チーム・シェダルのアジト〜

 

「た、大変ですボス!」

 

「あぁ? オレはもうスター団のボスじゃねーって言ってるだろ。あいつらに負けたんだからな……いやそれより。この騒ぎは何だ?」

 

「カチコミです! 我々のアジトにカチこんできたやつが、今まさに暴れています!」

 

「どこのどいつだ、スター団にケンカ売るバカは。まさか、またあの二人じゃないよな?」

 

「いえ! 侵入者は一人です!」

 

 したっぱの報告にメロコは眉を顰める。

 一人? たった一人でアジトに乗り込んでくるやつがいるのか。彼女は内心で呟いた。だが、アオイとハルトという規格外と対峙した後なのでまだ驚きは少ない。

 

「チッ……オレが出る。お前らは下がれ」

 

「駄目ですボス! いくらボスが強くても、あいつと戦うのだけは!」

 

「舐めてんのか? オレだってあれから鍛え直して」

 

「いえ、そうではなく」

 

 したっぱは言い淀んだ後、

 

「人間がポケモンと戦っているんです!」

 

「……あ?」

 

 沸騰した思考を冷ます一言を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜フェアリー組チーム・ルクバーのアジト〜

 

 度重なる悲鳴にオルティガは舌打ちする。

 

「相手はたった一人だろ? 数はこっちが上なんだ、物量で叩き潰せよ」

 

 スター団の十八番、複数のポケモンを繰り出して侵入者を圧倒する団ラッシュと名付けられた戦法。初見の相手はまず戸惑い、不慣れな戦いで指示を誤る。拙いミスで曝け出した隙を容赦なく攻める、この波状攻撃を破ったトレーナーは現状二人しかいない。

 

「おいオマエ。報告しろ、戦況はどうなってるの」

 

「は、はいっ! それが……どうやら侵入者はポケモンをボールで殴りつけているようで」

 

「へえー……あのさ。ふざけてるわけ? そんな馬鹿げた話、信じるわけないだろ」

 

「本当です! しかも何匹かのポケモンはそのまま捕獲されてしまい、みんな混乱しています!」

 

 どいつもこいつも。

 オルティガは早々に自らが出張る支度を始める。スターモービルは例の二人に完膚なきまでに破壊されてしまって、未だ修理はできていないがやりようはある。

 

「スター団を敵に回したこと、後悔させてやるよ」

 

 ボールを取るためにしゃがんだオルティガ。彼の頭上を、何かが通り過ぎる。

 

「……?」

 

 遠距離から飛来したそれは、オルティガの見間違いでなければ正真正銘のモンスターボールであり。

 二投目、三投目と続けて彼方から投擲されるそれはもはや一種の弾幕だった。

 

「な、ちょっ、はあーーー!?」

 

 幸いにしてオルティガとしたっぱには命中しない、どころか全てあらぬ方向に逸れていく。だがしたっぱが連れていたパピモッチがボールに捕えられた光景で、彼は報告が真実だと理解した。

 

「ああ!? 私のもちぱんちゃん!? 最近捕まえたばっかりだったのに!」

 

「ボールは落ちてるだろ! 回収して誰にも渡すなよ! 他のやつらにも伝えろ!」

 

 かろうじてオルティガが出来たのは、味方に指示を出すことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜かくとう組チーム・カーフのアジト〜

 

(……強い)

 

 ビワは己の経験から、目の前の相手が相当の使い手であることを察して身構えた。

 既に味方は下がらせてある。他のメンバーでは相手にならない。何より仲間と手持ちのポケモンをいたずらに傷つけるのは彼女の本意ではなかった。

 

 強敵の動作を一瞬たりとも見逃さないよう、ビワは相手の様子をつぶさに観察する。

 

(大人の、でも若い男の人。白いきつねのお面で隠れているから顔は分からないけど、たぶんそう。線は細い。ただ筋肉は鍛え上げられてる。あの服は……防寒具みたいだけど身軽で動きやすそう。ポケットに道具をしまっているかも、注意しないと)

 

 緊張するビワに、相手は挑発の意を込めて手招いた。

 

「っ……ウォオオオーーーッ!!!」

 

 裂帛の気合いと共に拳を繰り出す、回避される、続けてローキック、これも跳んで躱される。

 何をしてくるか分からない正体不明の相手だ。だからこそ、超至近距離まで肉薄したインファイトで回避に意識を集中させ、何もさせない。その余裕を与えない。

 

「チーム・カーフを……スター団を守るんだ……! ボスじゃなくなっても、わたしは……!」

 

「……」

 

「みんなを守る! 絶対に傷つけさせはしないッ!」

 

 ビワの宣言を聞き、わずかに相手の気勢が揺らぐ。その好機を彼女は見逃さない。

 

(今の攻防で分かった。この人、右側の攻撃に対しては一瞬だけ反応が遅れる)

 

 しなるビワの左脚。相手の死角に放たれた回し蹴りは、確実に側頭を刈り取る……かと思われた。

 

(っ、右腕で防御された! でも、この感触は骨が折れたはず。悪いけどこのまま攻めて拘束する!)

 

 白熱する思考が高速回転するなか、ビワはお面の下でにやつく相手の異変を感じ取った。

 咄嗟に飛び退いて距離を取る。次の瞬間、相手は懐から取り出した球体を地面に叩きつけ、吹き出した白煙が相手と周囲を覆い隠す。

 

 煙が晴れた後、そこには影一つ残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜どく組チーム・シーのアジト〜

 

「止まるでござるよ。曲者」

 

 影に潜む侵入者をシュウメイは見逃さない。

 アジトにカチこみをかけ、派手な大立ち回りを演じる。一見はスター団にケンカを売る行為にしか見えない。しかし忍者を愛好するシュウメイには分かる。これはミスディレクションであると。

 

「購入した物資の強奪に来たのでござろう。メンバーの目は誤魔化せても、我の目は誤魔化せぬ。スター団に仇なす不届き者はこのシュウメイが成敗してくれる!」

 

 シュウメイの言に、侵入者はお面の下で困ったように微笑み……両手を合わせて深々と一礼した。

 となれば当然シュウメイも応じないわけにはいかぬ。忍者は礼に始まり礼に終わる、挨拶を疎かにする輩は忍者の風上にもおけないルードであるからして。

 

「よもやユーも忍道を嗜む者とは……そのお辞儀、実に天晴れ。であればこそ! 何故このような不義を働いているのでござるか!」

 

「……」

 

「それは、ぼんぐりボール? たしかに我は最近クラフト製のボールを購入したでござるが……はっ、もしや! ユーは侵入者などではなく、我らに忠告を与えに来た同志でござったか!?」

 

 相手は首を傾げつつも頷いた。言語化するなら「少し違うけど大体合ってるからまあいいや」である。

 

「我はクラフトの修行に励む者、クラフト製ボールと市販のボールの差異を見抜く程度は朝飯前。チーム・シーを謀ろうとした売人はポイズンにて制裁済みでござるよ」

 

「……?」

 

「それはそれとしてクラフト製ボールは有効活用するつもりでござる。決して悪用はせぬゆえ、同志殿はご安心めされよ。……おお、注意書きまで用意しているとはかたじけない。頂戴するでござる」

 

 書類を渡した侵入者は、仕事は済んだとばかりにシュウメイから距離を取った。視線の先、侵入者はなぜか大仰な振り付けを交えて印を組む。

 

 次の瞬間、侵入者が二人に増えた。

 

「ま、まさかそれは分身の術!?」

 

「……!」

 

 サムズアップをした二人の侵入者は、森に溶け込むように姿を消した。まるで狐に化かされたかの如く現実味のない鮮やかな撤退だったと言えよう。

 

「我への手向けということでござるか……サンキューでござる。同志、いや忍者マスター殿……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜あく組チーム・セギンのアジト〜

 

 スター団のアジト連続襲撃事件から一夜明けて。

 

「結局さ、被害はゼロだったんだよね」

 

 元チーム・セギンのボス、ピーニャはボス全員の報告をまとめてため息を吐いた。

 

「こっちに怪我人はなし。捕獲されたポケモンのボールはそのままで、盗まれてない。ご丁寧にボクたちが騙されてたってことと、クラフト製ボールの扱い方を書いた紙を残していったぐらい?」

 

 まるで嵐のような出来事だった。だが、ここまで証拠が揃うとあの侵入者がスター団と敵対する目的でカチコミを仕掛けてきたとは考えにくい。むしろ、

 

「助けてくれた……のかな。手段はロックで物騒にも程があるけど」

 

 それを裏付ける証拠はまだある。

 事件の後、したっぱの一人がピーニャに事件の真相を白状して謝罪したのだ。本人の意向により、彼が犯した過ちと謝罪の言葉はビデオ通話を利用してスター団の全員に伝わっている。

 

 彼は罪を償うため、犯人グループを連れて警察に自首するらしい。

 

 メンバーには裏切りに対して怒る者もいた。しかし今回の一件は侵入者のおかげで大事に発展しなかった。そのためボス五人の総意として彼を許す方向で話を進めていたのだが……それでは本人が納得できなかったようだ。

 

「アオイとハルトといい、あの侵入者といい、なんだか最近は想定外の事が起こるよね」

 

 生来生真面目なピーニャには刺激が強すぎる。

 

「まあ……みんな、お疲れ様でスター」




したっぱ君は情状酌量の余地あり、よって無罪とす

あまもか様から素敵なイラストをいただいたので、この場を借りてご紹介させていただきます。
ジムリーダー現役時代の主人公と手持ちの面々です。

【挿絵表示】


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029

 アカデミーの正面玄関を抜けると長い階段がある。

 心臓破り地獄とも呼ばれる階段の段数は数百とも数千とも語られ、深夜零時には数字が増減するとかしないとか、そんな怪談がまことしやかに囁かれている。

 かいだんだけに。

 

「こんにちはウズ先生」

 

「こんにちはー!」

 

「なんで階段を上り下りしてるんだ……?」

 

「こんにちは。ハルトさん、アオイさん、ペパーさん。三人は登校ですか。朝早くから偉いですね」

 

 見慣れないランニングウェア&リュック姿、そして駆け足でアカデミーとテーブルシティを往復する様子を見て、彼らは疑問を抱いたらしい。

 

「鈍っているのを実感したので鍛え直そうと思いまして。トレーナーとて体が資本ですから」

 

 立て続けに仕事が増えたから気晴らしを兼ねてな。

 クラフトキットの販売経路を見直して、ネット注文は俺が購入者に配達して直接説明を行い、改めて生徒に注意喚起をして……疲れたわー。

 

 その際にクラベル校長から狐面の不審者について問いただされたが、俺は知らぬ存ぜぬで押し通した。ちょっとよく分からないですね。俺に似てる? もしかしたら生き別れの兄弟かもしれないっす。嘘だけど。

 

「へー。って、先生。腕どうしたの?」

 

 アオイは右腕を固定するギプスに気づいた。

 

「受け身を取り損ねて、骨にヒビが入ってしまったんですよ。軽傷なのですぐに治るかと」

 

「体の事で痩せ我慢したらダメダメちゃんだぞ先生。病院で診てもらったか?」

 

「大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます」

 

 実際、見た目ほど深刻な怪我ではない。複雑骨折レベルになると病院&安静コースだが、これくらいなら薬を塗っておけばそのうち回復する。

 

「僕としてはペパーさんの学業の方が気がかりです。進級に必要な単位は足りていますか? まあ、近頃はちゃんと授業にも出席なされているようですが」

 

「うっ……嫌なことを思い出させないでくれよ。でも平気だぜ! オレには相棒がついてるからな!」

 

 素敵な笑顔でペパーは腰のボールに触れる。憑き物が落ちたように晴れやかだ。きっと彼の中で何かが一区切りついたのだろう。たとえば……手持ちのポケモンが元気になった、とか? 知らんけど。

 

「へへっ。それもこれも、ハルトとアオイのおかげだ! 本当にありがとな!」

 

「いやあ照れますなー。でも気にしないで! 私はペパーとマフィティフの力になれて満足だから!」

 

「お礼を言われる事じゃないよ。友達を助けるのは当たり前のことでしょ」

 

 眩しいなあ。朝から青春するのは構わないけど、俺の目の前でやるのは勘弁してもらっていっスか。自分が着実に年老いているのがひしひしと感じられてつらい。

 

「だけどいいのか? 他にやることがあるんじゃ」

 

「いいのいいの。スター団は説得したし」

 

「ジムもあと二つだからね」

 

 はー子供の成長って早いわー。

 大人の必須スキル空気読みでそこはかとなく気配を押し殺していた俺だったが、背中のリュックサックから伝わる微細な振動で我に返った。

 急いで中身を取り出すが……揺れは収まってしまう。こいつ、焦らすだけ焦らしやがって。

 

「それって、ポケモンのタマゴですか?」

 

「ええ、まあ。とある知り合いに無理やり押し付けられたんですよ。ランニングついでに孵化を試みたのですが、僕ではうんともすんとも言わないようで」

 

 マージであの迷子がよぅ。いや善意なのは分かるんだ。でも「生まれてくるポケモンに広い世界を見せてやってほしいぜ!」ってのはズルい、断りきれないじゃん。

 俺が得手とするタイプとかけ離れているのは向こうも承知の上で、信頼できる相手に託しても構わないというメッセージが添えられていたのが救いだ。

 

 信頼できる相手……ほむ。

 ちょうどここに三人のトレーナーがおるじゃろ?

 

「「「?」」」

 

 決めた。このタマゴは彼らに託す。正直、俺はタマゴから孵るポケモンを世話する自信がない。彼らであれば腕は確かで人格面でも信頼できるトレーナーだ。

 

「このタマゴ、育ててみませんか?」

 

「ええっ」

 

「タマゴは元気なポケモンのそばで孵化しやすいという話を聞きますし、課外授業をする皆さんならきっとすぐに孵るはずです。無理にとは言いませんが」

 

「オレは……悪い、すぐに決められそうにないぜ」

 

「誰も受け取らないなら育てますけど」

 

「ハルトさんはどうですか?」

 

「……」

 

 うわ迷ってる。どうしよう、悩ませるつもりじゃなかったのに。そこまで深刻に捉えなくてもいいんだぞ。仮に全員が断っても俺が育てるからさ。ごめん嘘です仕事が増えそうなので可能なら引き取ってほしい。

 

 十分以上悩んで、ハルトはキッと顔を上げた。

 

「僕、育てます。タマゴから生まれたポケモンは絶対に大切にします!」

 

「ありがとう。その言葉を聞けて安心しました」

 

「ちなみに、何のポケモンのタマゴかは」

 

「内緒です。その方がワクワクするでしょう?」

 

 ハルトにタマゴを手渡した。俺は話を聞いているし、十中八九例のポケモンが生まれるだろうが、孵化前の時間を含めて楽しんでくれ若人よ。




アオハルの優先度合い
『レジェンドルート』=『スターダスト★ストリート』≧『チャンピオンロード』


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030

 技術、第五回目の授業は戦争である。

 多少の誇張表現を用いたが個人的な感想を言わせてもらえば間違いではない。我々は自然の前では無力、どれほど備えをしても嵐で家屋は吹き飛ぶし、寒波はぜったいれいどで農家の生命線を狙い一撃必殺を仕掛けてくる。

 

 つまり。

 きのみ栽培はな……収穫直前が一番大変なのよ。

 

「せ、先生! 空から鳥ポケモンが!」

 

「きゃー!? む、虫いやー!!」

 

「落ち着きなさい。慌てないで、冷静に対処すれば大丈夫です。皆さん、むしよけスプレーを使ってください」

 

 ちくしょう、やはり来やがったか。

 きのみ目当てのコソ泥が。

 

 ゲームと異なり、生態系が確立しているこの世界では食物連鎖の底辺に位置するきのみ様など飢えた野生ポケモンの格好の餌なのだ。人に慣れている野生ポケモンは普通に街中で生活しているからな。

 こうなる事は予想できていたので、事前にいかく持ちにカカシとしてのお仕事を任せたり、防ポケネットを張るなど対策はしていたんだけどな……。

 

 それだけきのみが美味そうってことね!

 

 だがしかし。きのみだけならともかく、この畑には俺が手塩にかけて整備した薬草園がある。貴重な薬草やハーブ、そして例のアレを盗み食いされた日には犯人を地の果てまで追い詰めて天誅してやらねば気が済まない。

 

「これでは授業になりませんし。仕方ないので……出番ですよ、ロズレイド。あまいかおり」

 

 きのみより魅力的な罠で誘導する。

 

「クロバット、ドクロッグ、ゲンガー。全員まとめて、おどろかす」

 

 そして匂いに釣られて一箇所に集まったところを、強烈な一撃で目を覚まさせてやる。もとよりダメージは期待していない。ただこの畑は危険だということを野生の本能に突きつければいい。おとといきやがれ。

 

 で、ドククラゲさんや。君はお呼びでないからね。ボールに戻っていてくれたまえ。

 

「さてと。これで」

 

「先生、危ない!」

 

 気を抜いた一瞬、俺も手持ちも警戒を怠った。

 

 生徒の声で意識が切り替わる。

 

 右上空の羽ばたき。

 

 咄嗟の事で体が硬直する。

 

 こちらの死角から急降下したムックルをドククラゲの水泡が迎撃。手加減したバブルこうせんから逃げるように、ムックルは飛び去る。

 

 俺は腰が抜けたまま、ただそれを眺めていた。

 

「ウズ先生!」

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

「ええ……不意を突かれたので驚いてしまいました。ですが大丈夫。この通りピンピンしていますからね」

 

「ならよかったー」

 

「うんうん。でも〜……もしかして先生〜、鳥ポケモン苦手なの〜?」

 

「え!? そうなの先生?」

 

「仮にそうだとして、人の弱みを揶揄うのは褒められた行為ではありませんよ。皆さんにとっては笑い話でも、本人にとっては深刻な問題かもしれないのですから」

 

 生徒の追及は流して真面目に取り合わない。

 あとドククラゲ、お前には助けられたよ。本当にありがとうな。もちろん他のみんなも。

 

 

 

 

 

 気を取り直して授業再開だ。

 

「ご覧の通り、すくすくこやしを使った木は既に実がなっていますね。一方で、じめじめこやしを使った木はまだ実がついていません。ですが植えてから一回しか水やりをしていないのに土が湿ったままです。こやしの特徴についてはこれで理解していただけたのではないでしょうか」

 

 手本としてオレンの実を収穫する。園芸用のハサミを使うとめちゃ楽。手で千切ってもいいが怪我をする可能性がある。その場合は軍手をつけた方がいい。

 などといった豆知識を説明しながら。

 

 その後は生徒が収穫をする番だ。

 

「うわ、虫食いだ」

 

「ハルトさんのきのみはひときわ育っていましたからね。ああ、それは僕が回収しますよ」

 

「枯れてる……」

 

「もしかして水やりが面倒だから、まとめて大量の水をかけたりしませんでしたか?」

 

「先生ー。私のやつ、なんか違うー」

 

「それは突然変異ですね……一体何をしたんですか、アオイさん……」

 

 とまあ悲喜交々である。大半の生徒は無事に収穫を終えたようだ。俺が裏で世話をしたのに枯らした数名を除けば、最低でも二個には増やせているな。

 

「さて、ここでアドバイスです。収穫したきのみはどのように使ってもいいですが、一個は残しておくことをおすすめします。また植えて栽培できますからね」

 

 こうして自然の恵みは循環する。エコやね。あとポケモンに持たせるならリサイクルで再利用できるぞ。

 

「オレンの実の使い方としては、授業で学んだクラフトや戦うポケモンの持ちものに、あとはサンドウィッチや最近人気のポフィンの材料に使うのもいいでしょう」

 

 ジニア先生から漏洩したポフィンは、ムクロジが新メニューとして販売したこともあり、生徒間で話題らしい。

 

「サワロ先生がポフィン作りの特別授業を開講なさるそうなので、気になる方は参加してみてくださいね。なんでも各地方のきのみ料理も紹介されるとか……」

 

 ポロックや郷土料理などなど。うわ俺も知りたい。

 一部の郷土料理って地元の人に受け継がれていて、旅行者はレシピを学べなかったりするのよ。今の時代はネットでだいたい検索できるんだけどね。

 

「それでは今日の授業はここまで。土汚れはしっかり落としてから校舎に入るようにしてくださいね」



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031

 待ちに待った収穫祭だ。

 

 ついにこの時がやってきた。鳥ポケに負けず虫ポケに負けず、暑さ寒さにも負けず、真心を込めて雑草を抜き、褒め言葉を聞かせながら水やりをして、とにかく毎日世話をしたかいがあったというものよ。

 

 俺の手には競りで入手した例のアレ。

 誰にも悟られないように、わざわざ夜中に人目を忍んで採った最高のブツだ。これは渡さん。

 大丈夫。この時間なら人は少ない。見られる前に、早く自室に持ち帰って調理をせねば。

 

「押忍! ウズ先生じゃないか! 相変わらずいい筋肉をしているな!」

 

「……!? キハダ、先生……なぜここに」

 

「いやなに。わたしは……見回り、そう! 夜間の見回りに励んでいたところだ!」

 

 嘘だろおい。巡回ルートは事前に叩き込んでいたのに、どうしてこのタイミングで鉢合わせるんだ。というか今日の夜間の見回りってキハダ先生だったか?

 とにかく今すぐこの場を離れよう。例のアレは背後に隠した、このまま挨拶して立ち去れば問題ない。

 

「それでは僕はこの辺で失礼を」

 

「そ、そうだな。わたしも見回りがあるからな!」

 

 二人して引き攣った笑顔を浮かべる。そして俺とキハダ先生は全く同じ方向に歩き出した。

 

「……どうしてついてくる?」

 

「こちらの台詞なのですが」

 

 不意の遭遇に慌てていたが、なぜかキハダ先生は挙動不審だ。ジャージのポケットから見えるのは教室の鍵。視線は前方の廊下に向いている。この先は家庭科室だ。バトル学担当の彼女が何故。

 

「家庭科室は見回りルートでしたか?」

 

「むっ! わたしが家庭科室でサンドウィッチ作りの練習をしようとしていることに気づいたのか!?」

 

 いや今あなたが全部ゲロったでしょう。

 

 

 

 

 

 家庭科室に連行された。

 

「実は、わたしはあまり料理が得意ではない。だが苦手なままではいつまで経っても上達しない! なのでサワロ先生に頼み、家庭科室を使わせてもらっているんだ!」

 

 向上心の塊か。意識高いねー。

 ちなみに調理済みの試作品第一号は名状し難い食感で、噛めば噛むだけ口の水分と味が失われていく代物だった。俺の知ってるサンドウィッチと違う。

 

「まあ付き合いましょう。毒味は慣れているので」

 

「ハッハッハ! ウズ先生はやはり面白いな! そこは試食と言うべきだろう!」

 

「おっと。これは失敬」

 

 やべ、口が滑った。でも合ってるよ。

 

「二号を待つ間、僕もコンロを使わせてもらいます」

 

 隠しても仕方ないからな。キハダ先生の秘密を知ってしまった身としては、こちらも秘密をひとつ明かして対等になろう。あとオレ、モウ、ガマンデキナイ。

 

 悲しい獣が目を覚ます前に調理開始だ。取り出したるは例のアレ。その名もケムリイモ! 食べてよしクラフトしてよし育ててよしの素晴らしい植物である。

 聡明な一般シンオウ在住民なら既にご理解いただけているだろう。今から、俺は、イモモチを作るぞッ!!

 

 イモモチはコトブキシティの裏名物にしてソウルフード(俺調べ)。そのレシピは古代シンオウから連綿と受け継がれており、古の詩歌にも記述がある。

 

 ケムリイモを採る〜。

 ケムリイモの皮をむく〜。

 ケムリイモに火を通す〜。

 焼くなり〜、煮るなり〜、好きにしろ〜。

 火の通ったケムリイモをつぶす〜。

 つぶしたものを練ってこねる〜。

 あとは焦げ目がつくまでやけ!

 ポケモンの技でいうなら〜。

 ひのこでよい〜。

 かえんほうしゃはやりすぎ〜。

 イモモチを好きに食う〜。

 一日が過ぎる……。

 

 アレンジに、下味をつけて炒めた挽肉と玉ねぎ、とろけるチーズを具として包む。ノーマルと具入りの二種類だ。

 タレは醤油と砂糖をベースにとろ火で煮詰めた甘辛風味。ソースやケチャップも美味い。

 

「出来た……」

 

 ああうまい。うめえなぁ。取り分けないと手持ちの分まで食べてしまいそうだ。この時間にこの量は太る。

 

「キハダ先生もおひとつどうぞ。今の僕は全てを許容する心持ちですので」

 

「そうか! ではもらうとしよう! ……うん! 美味い! 美味いなこれは!」

 

「そうでしょう。これがイモモチです」

 

「隣で見ていたが、作り方が簡単なのもいいな! 芋を潰してこねて焼けばいいんだろう? サンドウィッチほどではないが、わたし向きの料理かもしれない!」

 

 たしかにイモモチは簡単な料理だ。しかし名人の作るイモモチと素人が作るイモモチは月とすっぽんならぬルナトーンとカジリガメ。イモモチ道は奥が深いぞ。

 

「ウズ先生! 頼みがあるのだが、その芋を少し分けてもらえないだろうか!?」

 

「なるほど……僕はまた一人、イモモチ信者を生み出してしまったようですね……構いませんよ……」

 

 深夜テンションと多幸感で妙な言葉を口走っている自覚はあるが、赤っ恥などイモモチを前にして気にするものかよ。今の俺は何が起きても許せる……

 

「押忍! 感謝する! では早速!」

 

 キハダ先生が包丁を逆手で持たなければなぁッ!!

 

「待ちなさい。何を考えているのですか」

 

「まず皮を剥くんだろう? 見ていたから分かるぞ!」

 

 本気で言ってるの? だとしたらその眼球はいらないね。かっぽじって俺にひとつちょうだい。

 ええい、やめろ。何事もなかったように平然と料理……料理? のような乱暴狼藉を再開すな。あなた、猫の手はご存知でして? 俺が借りたいくらいだよ。

 

「あなたにはまだケムリイモは渡せません。まずはその辺のリンゴで包丁の扱いを学びなさい」

 

「そんな! で、ではせめて完成品をもうひとつもらえないか! これをサンドウィッチに挟めば最高の一品ができると思うんだ!」

 

「糖質に糖質を合わせる気ですか」

 

 いやイモモチならきっと美味いけどさ。

 筋トレが趣味なら禁忌だろ。



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032

 またしても騙された。

 オモダカ女史からの呼び出しを受け、連れてこられたのはテレビ局。割り当てられた控室に置かれていたのは番組の台本だった。「ボールデコ特集」ってなに。

 出演者の欄にはナンジャモとリップ、パルデア地方にて流行の先駆けたらんとする二人組の名前が記されていた。

 

 で、その下に俺の名前があるのはなんで?

 

 噂をすれば、扉をノックする二つの気配。開けたくないが控室の出入り口は一つだけ。逃げ出すにしたって鍵は開けないとならんだろう。詰んだ。

 

「おはこんハロチャオ~!」

 

「どうも。本日はどのようなご用向きでしょう」

 

「共演者に挨拶するのは常識でしょ」

 

「番組の件なら初耳なのですが。困ります、オファーは事務所を通していただかないと」

 

「ウズ氏は無所属じゃん。だいたい、ボクのメッセージを無視するからこんな目に合うんだよ」

 

「はて……めっせ……?」

 

「ボケた振りしてとぼけるなぁ!」

 

 すみませんのう、いかんせん年を取ると耳が遠くなりましてな。すまほろとむなる絡繰についても老骨にはとんと分かりかねまする……ファファファ。

 ナンジャモはこれで誤魔化せるとして、問題は続いて入室したもう一人の方である。

 

「おつかれさまでーす。メイクアップアーティストのリップよ。ジムリーダーの方が通りがいいかしら」

 

「どちらの肩書きも存じ上げていますよ。はじめまして、教師のウズと申します」

 

 艶やかな雰囲気のエスパー使い、人を見た目の印象で判断するつもりはないが、あまり俺が得意なタイプではないのは確かだ。業界人のオーラに緊張するというか、どう対応したらいいか分からない。

 

「オモダカちゃんに連れてこられたんでしょう。あなたも大変ね」

 

 あれ、意外と親しみがあって付き合いやすい。

 

「でも身だしなみに気を使っていないのはチョベリバよ。これから収録なんだから。ちょっといじらせてね……髪を整えて、お化粧で血色を補って……ウズちゃん、もう少し綺麗な目をしてくれる?」

 

 前言撤回。やっぱりこの人あれだわ、オサレ人。

 常に美しくあろうとする姿勢は尊敬するし、いい人なのだがな。俺はそこまでストイックになれない。

 両目の光が消えてるのは好き勝手に弄られてるからよ。誰が死んだ魚じゃい。そこまで濁っとらんわ。

 

 容姿の重要性は理解できるよ。俺だって公共の場や教壇に立つ時はそれなりに気を使っているつもりだ。

 ただTPOってあるだろ。気を抜きたい時はだらしない格好させて。流行りとかコーデ考えるの大変なんだ。その点生徒はいいよな……制服着回せるから。

 

「あの、僕は番組に出るつもりはないのですが」

 

「そんなドロンしたそうなウズちゃんに、オモダカちゃんから伝言。『ボールカプセルとシールの一件で、あなたは私に借りがありますね』ですって」

 

 そんな気はしてたぜちくしょう。

 

「……番組の趣旨を説明していただけますか?」

 

「また全体で打ち合わせがあると思うけど。簡単に言うと、アカデミーの学生ちゃんたちの間で流行りのボールデコを世間に紹介するのが目的よ。一般のトレーナーもカプセルとシールを使えるように」

 

「こ〜んなバズりの塊を隠し持ってるなんてねー? ウズ氏め、なかなかやるではないか! ……ねえ、なんで最初にボクに教えないの? まだ何か隠してたりする?」

 

「勘弁してください。僕からしてみれば、というよりシンオウでは、ボールデコは当たり前の機能なんですよ。ここまで大事になると誰が思います」

 

 この世界だとコンテストの演出が主な利用法で、普段使いするトレーナーはシンオウでもコーディネーターを中心にそこそこの数しかいないが……前世では違った。

 ゲーム内で、ボールのエフェクトを後天的に、しかも自分好みに編集できる機能だ。お世話になったプレイヤーも多いはずである。

 

 でもここまで受けるぅ?

 

「リップが思うにね。人間も、ポケモンちゃんも、誰だって心の底では綺麗になりたい、素敵な自分でいたいと思っているの」

 

 お洒落に関心の薄い俺とて気持ちは分かる。散髪したり、身綺麗にしたり、新品の服に袖を通したり、そういうのってテンションがわずかなりとも上がるよな。

 

「変わりたいという願いを、リップはお化粧道具やメイクの技術で後押しする。それと同じように、ポケモンちゃんの魅力をより引き出すのがボールデコ……特別なバトルに、いつもの日常に、そっと彩りを添えてあげられる。それってとても素敵なことじゃない?」

 

 ああくそ、そこまで言われたら断れないだろう。

 どちらにせよ俺に拒否権はないのだが。

 

 

 

 

 

 番組に出演はするよ。だが、しかし。

 

「それではゲストのご登場……ボクたちにボールデコについて教えてくれるのは放浪の伝道師! ノモセ大湿原からやってきたグレッグル氏でーす!(ヤケクソ)」

 

「ケッ(渾身のモノマネ)」

 

「それじゃーグレッグル氏。今日はよろしくー!」

 

「シビレビレ」

 

 倉庫にあったグレッグルの着ぐるみ、多少ほつれていたものを修繕して使わせてもらった。

 正体が俺と分からなければ問題ない。我ながら天才か? あー顔が隠れていると落ち着くわー。




端々に6Vスペックが垣間見えて知人にはバレる


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033★

 昼下がりのチャンプルタウン。

 上空でムクホークが旋回していた。

 クラフトキットの配達を済ませた俺の胃が空腹を訴えている。食事にはちょうどいい時間だ。

 この街には飲食店や屋台が多い。そこかしこから料理の香りが漂っているから腹の虫が鳴り止まないぞ。何でもいいから早く口にしたいところだが、普段訪れない街の、あまり機会がない外食。慌てて店を決めたら「なんか違う、これじゃない」と後悔する気がする。

 

 店を物色するが、やはり迷う。二度三度と往復していたら不審がられるだろうしなあ。

 

「おや、宝食堂。ここがあの」

 

 以前聞いた話を思い出す。

 あれはたしか……グレッグルの木彫りの置物について、どのポージングが見栄え良いか、ハッサク先生と品評会を執り行っていた時のことだったか。最終的には芸術に貴賎はないという結論で両者の合意形成に至ったが、今はそんな話をしていない。

 

 この食堂では、ポケモンのテラスタルのタイプを変更する料理を提供してもらえるのだという。

 

 よし。今日の昼は君に決めた。

 

 内装はいかにも大衆食堂然とした雰囲気だ。お座敷や手書きのメニュー、仲の良さそうな常連さん、どこか懐かしさと同時にかすかな疎外感を覚える。

 案内されたのはカウンター席。昼過ぎで客足が引いているとはいえ、一人なのでまあ当然だね。

 

「ご注文は?」

 

「そうですね……」

 

 初めて入った店で勝手が分からん。しかしハズレは引きたくない時に取るべき行動を述べよ。

 正解、周りの客が何を食べているか見るべし。

 

 ネギを山盛りにしたかけそば。美味そう。

 具沢山のゴーヤーチャンプル。美味そう。

 ぜんざい。美味そうだけどデザート。

 からしむすび。食べたことないな。美味そう。

 

 やばい糖分不足で語彙が。

 

「ステーキ、一人前、焼き加減はかえんほうしゃ! ええと、付け合わせはなしで!」

 

「こっちはオムレツで。二人前のひのこ。付け合わせレモンでお願いします。……これ本当に合ってる?」

 

 え、ステーキとかあるの。和食メインだと思っていたらとんだ伏兵が潜んでいた。たぶんこういう食堂のステーキは美味い、ソースは和風でも洋風でも可。

 オムレツは半熟で重量感がある、とろける黄金とケチャップとの対比が美しい。レモンは……個人的にはなし。

 

「焼きおにぎりとオムレツ、いやステーキ……」

 

「おっと悪いねお兄さん。それはジムテスト用の特別メニューなんだ」

 

 なん……だと……?

 

「そうですか。残念ですが、ではゴーヤーチャンプルとからしむすびを一つずつお願いします」

 

「あいよ! からむすチャンプルね!」

 

 店固有の謎の略称ってあるよなー。通った注文の調理風景を眺めながら、ただぼんやりと時間を過ごす。

 

「はいお待ちどお!」

 

 気がついたら目の前に大皿が置かれた。湯気がのぼるホウエン風肉野菜炒め、とうふと卵も入っておりボリュームは十分。これ一品で腹を満たせる量だ。

 それに炊き立てご飯のふっくらおむすび。茶碗一杯分を握ったものが二つ、これは値段詐欺で訴えられるレベルのサービス精神である。

 

「いただきます」

 

 まずはゴーヤーチャンプルを一口。

 

「……美味しい」

 

 流石は街の名前でもある料理。出汁と塩が効いているのだろうか? 少し濃い目の味付けが疲れた体に染み渡る。野菜が多めに入っているのは栄養バランスを考えると嬉しい。また溶き卵が絡むことでゴーヤーの苦味は主張を控え、他の具材と調和を保っている。肉と合わせてタンパク質も確保。卵は料理の調停者だった……?

 

 この味はご飯が進む。

 コメくいてー。

 

 からしむすびを掴んで頬張る。うん。白米にからし、意外にいけるぞ。練りからしというのか、舌に残る辛味がご飯の甘さを引き立てる。図らずもゴーヤーチャンプルと一緒に食べると味変を楽しめるのも素晴らしい。そしてナスの漬物を忘れるな。程よい浸かり具合だ。これ単体でかじれるし、お茶と合わせてもいい。

 

 あっという間に完食してしまった……。

 

「ごちそうさまでした」

 

 エネルギーを補給すると、店内をさらに観察する余裕が生まれるわけで。

 

 ジムチャレンジに挑戦中の子供はアカデミーの生徒だ。どうも正解の注文があるようだが、組み合わせを外してばかりで(文字通りの意味で)腹を抱えている。ここのジムリーダーはもう少し挑戦者の胃袋を労ってやれ。

 

 あと俺の隣にいるサラリーマン、はちゃめちゃ大量の料理を食べてやがる。この人ならメニューを全パターン注文してクリアできそうだ。

 

「……焼きおにぎりをお願いします」

 

 まだ食うんかい。さては貴様カビゴンだな。

 

「それと、こちらの彼に同じものを」

 

「あいよ! お兄さん食べられる?」

 

「そうですね、量を少なめにしてもらえるなら。しかし特別メニューなのでは」

 

「ああ……いいのいいの。あんた得したね。お礼ならこの人に言っておくれ」

 

 店員さんは笑って調理に戻る。どうやら知り合い、いや雰囲気からしてサラリーマンは店の常連だろう。

 

「口利きしていただきありがとうございます」

 

「……いえ」

 

 この人どこかで会ったことがある気がするんだが、横顔だと思い出せないな。俺はわりかし人の顔を記憶できる性質なのに。あなた、一回食べるのやめて、こっち向いてくれませんか。正面なら分かるよ多分。

 

「……この店の料理はどれもうまいです」

 

「ええ。そうですね」

 

「食事を楽しむあなたは『普通の人』でした。ですから、自分はふさわしい対応をしただけですよ」

 

「はあ……?」

 

「次は他のメニューを頼んでみてください」

 

 何が言いたいのかさっぱりレモンちゃんだぜ……。

 ただ悪い人ではなかろう。代わりに注文してくれたし。

 出来立ての焼きおにぎりうんめー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにテラスタルの変更は断られた。

 テラピースってなんだよもう。




あまもか様より、また素敵なイラストをいただいたので、この場を借りてご紹介させていただきます。
アカデミーの技術教師+αな主人公です。

【挿絵表示】


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034

 宝探しをするぞ。

 テラスタルタイプの変更を断られた俺、興味本位だからとりあえず諦めたが、いつか使うかもしれない病を発症してしまいテラピースを収集中。

 

 これがなかなか数が集まらない。

 稀に野外で拾えるそうなので、地面に這いつくばって目を凝らすのだが。どう見てもコンタクト落とした人。

 もうまーじで大変だ。そこで俺は考えた。

 

 結晶は採掘できるのでは?

 

 ならば探すべきは地上より地下だろう。閃きに従って取り出したるはたんけんセット。ハクタイの地下おじさんがくれる、地底の探索に必要な道具一式である。

 

 穴を掘って降下すると、シンオウの地下通路とは異なる風景が広がっていた。

 縦横無尽に張り巡らされた洞窟はディグダなどの仕業でどの地方でも大して変わらない。だが、壁面で光る結晶はまさしくテラスタルの輝き。少数でまばらだとしても地上で欠片を探すより楽に採取できそうだ。

 

「堆積物……だけではないですね」

 

 結晶は特定の方向から周囲を侵食している。位置を確認するにパルデアの中心部からだろうか。

 俺は地質学の知識がないので詳しいことは分からない。確かなのは、目の前に宝の山があるということ。

 

 ともあれカセキ掘り開始だ。地下おじさん直伝の採掘技術を見せてやる。あの人トウガンさんやヒョウタの親戚なんだよな、何かと縁がある一族。

 

 

 

 

 

 ハンマーとツルハシで小一時間は採掘に励むけれども、成果はあまり振るわなかった。

 

「テラピースじゃないとか詐欺でしょうよ」

 

 どうもこの結晶とテラピースは微妙に組成が異なるようである。一番明確な違いとして、結晶はタイプごとの特性を帯びてないんだな。それでも壁に埋まったテラピースをいくつか掘り出せたのでよしとする。

 

「――、――――……!」

 

「そして聞こえる人の声。徐々にこちらへ近づいてくるときましたか」

 

 ホラー案件でないと仮定した場合、考えられるのはポケモンの鳴き声、遭難者、あるいはどこぞの洞窟や工事現場と繋がっている、あたりだろうな。

 崩落を恐れて採掘は控えめにしたのだが、音でポケモンを刺激してしまったかもしれん。

 

 はたして、現れたのは機械じみたポケモン。

 

「……ミライドン? ということは」

 

「見つけたー! って、ウズ先生?」

 

 そして竜の背中にライドするアオイだった。

 

「なぜアオイさんがここに」

 

「足跡と落とし穴があったから、誰か閉じ込められてるかもと思って」

 

 それ落とし穴ちゃう。地下の入り口や。

 人が通れないように塞いでおいたのだが、天才児の観察眼は俺の痕跡を読み取ったらしい。それでわざわざいるかもしれない遭難者の救助にやってきたわけだ。

 

「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。紛らわしい行動で、余計な心配を抱かせてしまいましたね」

 

「気にしないでください。なんとなく、大丈夫そうな気がしてたから。私の勘って結構当たるんです」

 

 アオイはクラフトの授業でも即興でより良い組み合わせを導き出していた。彼女は感覚派で、直感的に物事を捉える才能を有しているのだろうか。

 

「それに私と私の手持ちは強いので。どんなピンチだってへっちゃらなのです!」

 

「自信があるのはいいですね。それとは別に、自分とポケモンのことは大切にしてください。人助けは立派ですが、あなた方が怪我をしたら大変ですから」

 

「はーい」

 

 なまじ何でもこなせてしまう分、アオイは些か『できないこと』に対して理解が浅い。自分に不可能はないという子供特有の全能感は俺にも覚えがある。なんとなく、考えたことは全部叶う気がするよね。彼女の場合は実力が伴っているので事情は異なるが……少しばかり危うい、教師としては不安である。

 

「素直で元気ないい返事です。そんなアオイさんにはこちらを進呈しましょう」

 

「……おまもり?」

 

「気休めですがね。くれぐれもお気をつけて」

 

「分かりました! ちゃんと気をつけて、みんなのために頑張ります!」

 

 ただ、その心がけは大変素晴らしいものだ。

 ところでアオイさんや、授業で指示通りに作業するのは俺のためになるんですけどね。もはや恒例のやり取りで生徒の笑いのタネになってるんだよあれ。



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035

 ラップバトルの誘いを受けた。

 へいYO-YO 白くなりゆく山際。いやなんで。

 

 揺れる蝋燭が雪景色を照らすフリッジタウン。例の如くクラフトキットの配達を済ませた後、ふらりと立ち寄ったライブ会場で俺は捕まったのだ。

 白熱の口撃を交わすライムさんとハルトに。

 

「先生! 助けてくださいー!」

 

「アンタがウズかい。ちょうどいい、ちょっと挑戦受けてきな。ヘイカモン!」

 

 今まさにオンステージじゃないっすか。ジム戦……ではないな。ポケモンを出していない。つまりエンタメとしてのラップバトルだろう。

 俺ルールとか知らないです。客も多い、下手な事をしでかして雰囲気を盛り下げるのは勘弁だ。

 

 イッシュでの経験を思い出せ。タチワキジムのライブハウスで縦笛を取り出し、ホミカのテンションを地の底まで落とした事故を。ギター弾けないです。何が言いたいかというと素人に急な無茶振りしないで。

 

「ええと……あなたはラッパー、僕は乱波。両手上げて降参クラッパーですよ」

 

「HAHAHA! 案外イカしたビート刻むじゃないか! 毒舌高説披露せず? 情熱消滅NOです撲滅!」

 

 このやり取りで観客が沸いてしまい、俺は流されるままステージに上がる羽目になった。くそう……ああもう、生徒の頼みだ。こうなりゃヤケじゃい!

 

 

 

 

 

 二人がかりで立ち向かったが、いくらなんでも流石に分が悪いです。いや本職には勝てんわ。

 

「すみません先生。バトルコートを借りようとしたら、ライムさんにライブに誘われちゃって」

 

「今回は仕方ありませんよ。ただ次は他の方を助っ人に呼んでいただけるとありがたいですね」

 

「先生、途中で思いっきり噛んでましたからね……」

 

 うっせ。噛みめまめん。もとい噛んでません。

 舌の痛みと恥ずかしさで泣いたりしてねーです。これは涙じゃなくて雪の結晶テラスタル。

 

 人が去って閑散としたライブ会場改めバトルコートで敗者は傷を舐め合う。俺と違い、ハルトはライブ中もノリノリで楽しそうだったけどな。

 

 とはいえだ。ライムさんはただ俺を助っ人として招いたわけではない。別れ際にうっすら事情は聞いている。彼女は気を利かせて、こうやって自然に話す機会を与えてくれたのだ。まさに年の功。女性の年齢に言及するのはマナー違反なので口にはしない。

 

「ところでアオイさんはどちらに?」

 

「今は別行動してます。その……昨日ここのジムに二人で挑戦したんですけど、僕だけが負けちゃって。だからコートの確認と対策を考えようと思ったんです」

 

 ここのジム戦はダブルバトルであり、他と少し毛色が異なる。不慣れな形式、かつジムリーダーのライムさんが繰り出すゴーストタイプのポケモンに、真面目なハルトは翻弄されてしまったのかもしれない。

 

「一流のトレーナーでもダブルバトルになると実力を発揮できない人は多いですからね」

 

「なにかコツってありますか?」

 

「僕はキハダ先生ほど詳しいわけではないですが、やはり視野を広く持つことでしょうか。単純に一対一の勝負を二つ同時に行うわけではないので。二匹で一匹を集中攻撃してもいいですし、二体をまとめて狙うわざや、味方をサポートするわざも有効です」

 

「なるほど……」

 

「あとは指示ですね。自分のポケモンが混乱しないよう、事前に取り決めるのもありです。一から十までわざの名前を口に出す必要もありませんから」

 

 というか腕利きのトレーナーとポケモンは全員が当たり前のように搭載しているオプションだ。スムーズな意思疎通と、自己判断の切り替え。俺の手持ちだって、こちらが口にせずとも自分の仕事をこなしてくれる。

 

「他にもわざを出す隙を減らすなど、ダブルバトルに限らない小技はたくさんありますね。強いトレーナーは同時に二種類のわざを指示したりするでしょう?」

 

「そっか! 発動前と後の硬直を減らせば、PPの限りわざが出せる。前に先生のドラピオンが使ったあれはそういうことだったんですね!」

 

「……ええ。概ねご想像の通りです」

 

 実際には少し違うのだがな。わざの練度を極限まで磨き上げた結果、と考えれば間違いではない。

 独学で似て非なる芸当を披露する連中もいる。ゲームのターン制というくびきから逃れたのをいいことに暴れ回る無法の猛者どもだ。一部のジムリーダーや四天王、チャンピオンに複数人の該当者がいる。

 

「自分のわざは全部当てる、相手のわざは全部躱す。そうすれば無敵、とは誰の言葉でしたか」

 

「…………」

 

「まあ、今のは机上の空論ですけれどね。強さは一日してならず。努力を継続することが大切ですよ」

 

「で、ですよね! あはは……」

 

 ダンデさんのリザードンすら被弾はするからな。実際に「かわせ!」が通用したら勝負にならないんよ。



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036

アオイ視点


 八つのジムバッジを集めたら勝負する。

 

 それがハルトとの約束だった。

 真剣な表情だったからよく覚えている。別にポケモン勝負なんて、言ってくれたらいつでも受けるのに。彼の考えていることはたまに分からない。

 

 フリッジジムで実力はあるはずのハルトが負けた時はどうなるかと思ったけど。リベンジマッチでライムさんを倒して、そのまま続けてパルデア最強のジムリーダーであるグルーシャさんにも勝った。

 

 これで私とハルトは同じ……らしい。

 

「だから、全力の勝負をしたいの?」

 

「うん。自分がどれだけ成長できたか確かめたいんだ」

 

 ナッペ山ジムのバトルコートで向き合う。

 ジム戦が終わって、ポケモンと気力を回復させたらすぐに勝負なんて。まるでネモみたい。

 

「戦いたいならいいよ。やろっか」

 

 でも友達に頼られるのは悪い気がしない。だから、ネモとの勝負を断ったことはない。ましてやハルトが相手だったらなおさらだ。全力というのは躊躇うけど。

 

 やってと言うなら、してあげる。

 

 

 

 

 

「――いけ、ホゲータ」

「――輝く君は美しい! エーフィ、オンステージ!」

 

 

 

 

 

 ヒールボールのエフェクトと紙吹雪のシールを背景に、コートに立つエーフィ。たしかにどこか気品がある。

 私の手持ちはホゲータ一匹。宝探しの途中、力を借りるために捕獲したポケモンはみんな逃がしてしまった。大勢を連れ歩いてもお世話が大変だから。

 

「僕のメンバーは六匹だけど」

 

「別に手加減じゃないよ。ハルトも知ってるでしょ。私はこの子がいれば十分なの」

 

 これは自慢でも過信でもない。実際に、私はジム戦を全部ホゲータでクリアしている(フリッジジムは適当にポケモンを捕まえたけど)。

 

「一番近くで見てきたよ……だから、今日は僕たちも全力だ! エーフィ、パワージェム!」

 

「ホゲータ。避けて」

 

 エーフィの額にある宝玉が光を発射する。効果抜群のいわタイプ、でも当たらなければ関係ない。ホゲータは素早い動きで光の照射範囲から離脱する。

 

「星屑煌めけ! スピードスター!」

 

「右、左、下がって」

 

 星型の光線は絶対に当たるわざだ。ましてやエーフィは未来予測ができる。普通は避けられない。

 でも、私のホゲータには当たらない。

 

「あはは……やっぱりすごいや。攻撃の範囲を全部読み切るなんて」

 

「なんとなくの勘だよ。それに、ポケモンが指示についてこれなかったら意味ないもん」

 

 他のポケモンはできなかったし。

 唯一ついてこれるホゲータも、進化して体の大きさが変わってしまうと動きに影響が出るかもしれない。だから私はホゲータを進化させていない。

 

「隙を見てバークアウト」

 

「っ、ひかりのかべ」

 

 発動直前を狙ってわざを差し込む。エーフィにあくタイプは弱点、そして急所に当たった。ほぼ同時にひかりのかべが展開。倒したけど、一仕事をされちゃったかな。

 

「エーフィ、お疲れ様。……ねえアオイ。どうして僕が、君に勝負を挑んだのか分かるかな」

 

「腕試しって言ってたね」

 

「それもある。でもね、それだけじゃないんだ。さあ僕の二番手はこの子だよ。キュートな電撃を浴びせちゃえ! パーモット!」

 

 スピードボールにハートとスパーク。かわいさとかっこよさは両立しないようでいて、パーモットはどっちの要素もあるからあまり違和感がない。

 

「でんこうせっか!」

 

「落ち着いて避け……ううん、ハイパーボイスで近づかせないで」

 

 攻撃より移動と回避が目的だ。スピードで翻弄してから強力なわざを使うつもり。だったら、大声の振動で周囲をまとめて攻撃する。

 

「この子のかわいさに痺れろ! ほっぺすりすり!」

 

「まひ狙い? させないよ」

 

「と、みせかけてあざとくいこう! どろぼう!」

 

 それは悪手だよハルト。どっちにしても、ホゲータは距離を取って回避するだけ。ハイパーボイスに無策で突入したらパーモットは耐えられない。

 

「そもそも。持ちものは持たせてないよ、私」

 

「そっか。でもいいんだ。なかまづくり!」

 

 倒れる直前に、パーモットは踊りでホゲータの興味を引いた。何の意味があるんだろう。もうかは追い詰められないと発動しないし……しぜんかいふくかな、あれは交代で発動するもの。結局とくせいを使う機会は訪れない。

 そしてひかりのかべの効果が切れる。起点のエーフィが作った有利は失われた。

 

「ありがとうパーモット。今の、気になる?」

 

「というより、ハルトが何を考えているのか知りたいよ。なんだか勝つことが目的じゃないみたい。どうしてジム巡りに挑戦したの? ……強くなる必要があったの?」

 

「アオイには言ったことがなかったね。僕は強くなりたかったけど、別にポケモン勝負が強くなりたかったわけじゃない。方法は何でもよかった」

 

「……?」

 

「退屈させちゃったらごめん。もう少し僕に付き合ってほしいな。勝負は中盤戦。流れを変えようか! 砂塵に舞え、鮫竜! ガブリアス!」

 

 ヘビーボールから岩の破片が散る。必要以上に飾り立てないことで、ガブリアスの魅力を引き出している。

 

「大地揺動! じならし!」

 

「揺れるタイミングだけ跳んで」

 

 地面を踏み鳴らす攻撃は、振動が伝わる瞬間を避ければいいだけ。……威力が高いじしんを使わない。だとしたら目当ては追加効果で素早さを下げること。

 

 嫌な感じ。この流れは早めに断ち切った方がいい。

 

「ハイパーボイスで仕留めて」

 

「すなかけで視界を奪おう。そこから竜爪双撃、ドラゴンクロー!」

 

 巻き上がる砂埃には構わない。相手に当たる、ホゲータは私と同じ確信を持ってわざを繰り出した。だけど、ガブリアスはヒレで頭を庇いながら両腕を振るい、ハイパーボイスをかき消す。

 

「咬合粉砕! かみくだく!」

 

「逆にチャンスだよ。口の中にかえんほうしゃ」

 

 火に強いドラゴンタイプも体内は耐性が劣る。ダメージを受ける前にガブリアスは倒した。

 ハルトの手持ちは誰が残ってる? タイプ、覚えるわざ、とくせい。意識しなくても頭は回る。

 

「ごめんねガブリアス。休んでいて。……アオイはさ。勝負の時、いつも笑わないよね」

 

「真剣勝負なら普通だと思うよ。おかしくない」

 

「そうなんだけどね。僕は君に笑っていてほしい。でも、もしかしたら。思ってしまうんだ。アオイ、君がそんなに必死なのはどうして? それは僕のせい?」

 

「……何のこと? 意味分かんない」

 

「目を逸らさないで。それができないなら、もう勝負で魅せるしか方法がないんだ。ここから先はノンストップ! 最強には最強をぶつけるよ。異郷の炎、王者の血統を知らしめせ! リザードンッ!」

 

 ムーンボールに青い炎、飛び出す黒いリザードン……タマゴから孵化した色違いの個体だ。ハルトは空に突き上げた右手の親指・人差し指・中指を立てている。そのポーズは誰かのまねっこ?

 

「ダイサンシャイン! にほんばれ!」

 

 雪がちらつくナッペ山が、一時ひざしがつよくなる。

 なら次に来るのは決まっている。

 

「リザードン! だいもんじ!」

 

「ホゲータ、かえんほうしゃ」

 

 威力が増したほのおわざ同士がぶつかり、せめぎ合って、お互いの中間で爆発する。煙でコートの様子が見えない……でも、どちらも倒れてはいないはず。

 

「撃てる限りのバークアウト」

 

「荒ぶれ! げんしのちから!」

 

 視界が晴れる。

 立っていたのは無傷のホゲータ。連続して攻撃を受けたリザードンはボロボロ。倒れてはいないけど限界でひんしの状態だ。戦う体力は残っていないだろう。

 

「いいやまだ戦える! そうだよね、リザードン!」

 

『ばぎゅあ!』

 

「能力が上がってたんだね。だけど終わりだよ。ホゲータ、かえんほうしゃ」

 

「切り裂け、エアスラッシュ!」

 

 二度目の衝突は起こらない。リザードンが最後の力を振り絞った攻撃は、かえんほうしゃを真っ二つにして……わずかに、ホゲータには届かなかった。

 

「戻れリザードン。……弱い君はもういない、そのたくましさで嵐を呼べ! ギャラドス!」

 

 ルアーボールに水泡と雷を突き破って、凶悪な形相のギャラドスが空に登る。でも演出はたくましさとズレているような。口上のイメージに合わせたのだろうけど。

 

「あまごい!」

 

 また天候を変えるわざだ。雨雲に覆われた空を、ギャラドスはゆうゆうと泳いでいる。

 

「押し流せ、なみのり!」

 

「これは……流石に避けられないや」

 

 バトルコート全体が射程範囲だと分かってしまう。疲労したホゲータの足だと回避できない。

 

「ハイパーボイスで打ち消して」

 

 だから正面から破る。ハイパーボイスをなみのりの一箇所に集中させて包囲網を崩した。ホゲータは安全地帯に移動。ギャラドスの無防備な腹が見える位置だ。

 

「順にかえんほうしゃ、まもる、ハイパーボイス」

 

「竜に成る! たきのぼり!」

 

 やけどを負ったギャラドスは動きが鈍り、まもるで攻撃を受け流されて、とどめの一撃で戦闘不能になった。

 

「……よくやったね。ギャラドス」

 

 これでお互いに残り一匹。勝負は見えた。

 たしかにハルトのポケモンは予想以上に成長していた。ジム戦だって余力を残していたに違いない。

 

 それでも私の方が強い。

 

 ハルトの切り札はマスカーニャ。タイプ相性でホゲータが有利だし、どこに攻撃が来るか分かる私たちは攻撃を受けない、つまり負ける要素がない。

 

「まだ……」

 

 どう転んでも私の勝ちだ。

 

「まだ、負けてない」

 

 結果は見えているのに。

 

「まだ終わらない」

 

 やめて。あなたは私より弱い。

 

「ショウ・マスト・ゴー・オン――マスカーニャ! 君に決めた!」

 

 それでいいじゃない。何が駄目なの。

 

「僕が押しつけた呪いを! この輝きで振り払う!」

 

 ハルトがテラスタルオーブを掲げる。

 マスカーニャのテラスタイプはくさ。雨が降っていても、この状況を覆す作戦としては弱い……いや違う。

 

「ひこう、テラスタル」

 

「華麗に跳んでマスカーニャ! アクロバット!」

 

「避けてホゲータ!」

 

 ホゲータはその場から動かない。

 くろいてっきゅうの重さに押し潰されて、動きたくても動けない。

 

 マスカーニャのトリック。テラスタルに目を奪われた瞬間に道具を入れ替えられた。

 持ちものを確かめたのは、ひたすら素早さを下げようとしていたのは、これが狙い。ここ一番の決め手をホゲータに当てるための布石だった。

 

「っ、まも」

 

「遅い!」

 

 ホゲータにアクロバットが直撃する。

 

「……倒せてない?」

 

「ハルトの戦い方で、もしかしたらと思ったから。落ちてたきのみを拾ってもらったの」

 

 アクロバットは自分が持ちものを持っていない時に威力が二倍になる。

 だからマスカーニャはくろいてっきゅうをホゲータに押しつけて、自分は身軽になった。しかもテラスタルでさらに威力アップ。ハルトの作戦はよく考えられている。

 

 でも、たまたまコートに落ちていたオボンの実が命運を分けた。前の人が回収し忘れたのだろう。

 ホゲータからマスカーニャに渡ったきのみはアクロバットの条件を邪魔した。だから耐えられた。

 これはただの運だ。試合ならハルトの勝利だった。

 

「……でもこの勝負は私の勝ち」

 

 ずるいと言われてもいい。自分でも卑怯だと思う。

 それでも負けられない。

 だって、一度でも負けてしまったら。

 私は、この才能は、何のために存在しているの。

 

「そうかな?」

 

 ハルトは全部お見通しだというように微笑んで。

 

「もう一度だマスカーニャ!」

 

「ホゲータ、こっちもテラスタル! かえんほうしゃで迎え撃て!」

 

 雨が上がる。

 私はテラスタルオーブを投げて、ホゲータをほのおタイプにテラスタルした。

 ひこうタイプになったマスカーニャにほのおわざは弱点じゃない。あえて受けてもうかを発動させる? でもとくせいは変更されてしまっている。ハルトがここまで予想していたのだとしたら。いいやごり押せ。当てれば勝てる。

 

「負け、ないっ! 私は強いんだからァ!」

 

「いいや、僕が勝つ。そして君の目を覚ます」

 

 マスカーニャはかえんほうしゃを抜けた。満身創痍だけど、ホゲータを倒すために動いている。これは……こらえるで耐えた。同時にオボンの実を食べて回復。マスカーニャは今度こそ身軽になる。

 

「僕もずるいし運がいいね。オボンの実じゃなかったら上手くいかなかった」

 

「ホゲータ、まもるを合わせて!」

 

「そんなに慌てて、余裕をなくして、らしくないよ。いつものアオイならこんな手は通用しないのに。それとも……本当はずっと余裕なんてなかったのかな」

 

「……っ」

 

「イッツ・ショータイム! マスカーニャ、トリックフラワー!」

 

 知らずのうちに、多分一度目のアクロバットで、ホゲータにつけられていた花束が破裂する。体勢を崩したホゲータは爆発を防ぐためにまもるを切らざるを得ない。

 

「フィナーレだ――アクロバット」

 

 マスカーニャの攻撃。

 

 ホゲータは倒れた。

 

 …………

 

 …………

 

 …………

 

 私は、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま。いい勝負ができた……といいんだけど」

 

 私がへたり込んだまま黙っていると、ハルトは鞄からキズぐすりを取り出して手持ちとホゲータを回復した。

 

「頑張ってくれたポケモンを元気にしないとね」

 

「……」

 

「顔、上げられる?」

 

「……やだ」

 

 帽子を目深にかぶる。こんな姿は誰にも見られたくない。自分の体なのに言うことを聞いてくれなくて、思い通りにならないことが、また情けないし恥ずかしい。

 

 どこかにいって。構わないで。

 

「隣いいかな」

 

 なのに、彼は空気を読まない。

 

「昔と逆だね。あの時は僕が泣いていて、君が話しかけてきたんだ。でも口を開くなり『うっとうしいからべそべそしないで』はないと思うよ」

 

「そんなきつい言い方してない」

 

「そうだっけ? それくらい怖かったんだよ最初は。でもアオイは話を聞いてくれた。いじめっ子をこらしめて、それどころか仲直りして、みんな友達になっちゃった。優しくて、かっこよくて、強い子なんだなと思った」

 

 違う。私は優しくない。だって私は同情も憐れみも抱かなかった。しょうもない理由でいじめをする連中と、日に日にエスカレートする問題行動を笑ってやりすごそうとする男の子が見ていて不愉快だっただけだ。

 

「僕、その時はただ嬉しくて、感動して、アオイにあんなことを言ってしまった」

 

「『すごいや。アオイ()にはみんなを笑顔にできる力があるんだね』」

 

 覚えている。忘れるはずがない。

 ハルトの言葉を、笑顔を。とても眩しくて、宝物みたいにキラキラと輝いていた。

 

 だから、私は宝物を守ると決めた。

 

 困っている人がいたら手を差し伸べる。

 

 勉強も、遊びも、一番になる。

 

 授業はずーっと真面目だと疲れるから、たまにふざけてみんなを笑わせる。

 

 放課後は思いっきり遊ぶ。仲間はずれなんてさせないし、全員が楽しいと思えるように。

 

 みんなに期待されるから。

 

 ハルトが憧れた私でいたいから。

 

 完璧を自分に課した。それができる才能があった。

 

 それはハルトの引っ越しに合わせ、お父さんとお母さんを説得して、アカデミーに入学してからも変わらない。

 

 ペパーと衰弱したマフィティフを助けるために、巨大なヌシポケモンと戦った。私は優しいから。

 

 カシオペア……ボタンの頼みでスターダスト大作戦に参加して、スター団の誤解を解いた。私はすごいから。

 

 ネモに誘われるまま、ポケモン勝負には何度だって付き合った。私は強いから。

 

 ハルトと一緒にジム巡りをした。私はかっこいい、ハルトを守るヒーローだから。

 

 でも……次第によく分からなくなって。

 上手くいかないことも増えた。最適解は見えているのに、なんとなく歯車が噛み合わない。

 

 クラスメイトは私を遠巻きに見る。

 先生は優しいけど、たまに困り顔で苦笑する。

 ポケモン勝負した相手は顔を引き攣らせて、怒ったり、呆然としたり、泣き出したりする。

 

 その度に、胸に大事にしまった宝物に触れて、もっと上手にやれると自分に言い聞かせる。

 

 本当に?

 

 私は優等生じゃない。自分が一番分かっている。無理していい子ちゃんを続けてどうなるの。いつかボロが出て、全部台無しになるんだ。大切な宝物は色褪せて、粉々に砕け散ってしまう。……それは嫌だ。嫌だ、嫌だ!

 

「もういいよ」

 

「……何が」

 

「過去に囚われないで。アオイはそのままでいい。って、口で言っても聞かないでしょ。だから勝負したの。結果は僕の勝ち。これがどういう意味か分かる?」

 

 分からないと答えたら思う壺な気がする。

 

「素直になろうよ……ここには僕しかいないんだから。コホン、つまりだ。僕はもうアオイの後ろに隠れるいじめられっ子のハルトじゃないってことさ!」

 

「それはそうでしょ。いじめは私が解決したし」

 

「ちっちっちっ。僕は君と互角……ではないけど、戦えるくらいに強くなった。だから、アオイにずっと預けていた夢を返してもらう」

 

「夢……?」

 

「みんなを笑顔に。それは僕の夢だ。他の誰でもない、ハルトが叶える目標だ。だからアオイには渡さない。君の夢は、君自身の手で見つけなくちゃ意味がない」

 

 固く閉じた拳がほどかれる。私の力無い抵抗は、ハルトの指先に負けてしまう。

 

「君を縛る呪いは消え去った。さあ、いこう! 夢と、困難と、希望が溢れる世界に! アオイの新しい宝探しはここから始まるんだ!」

 

「……なに、それ。バトル中も思ってたけど、お芝居? なんか変。キザ。似合わないよ」

 

「ひどくない!?」

 

「ふっ、フフ……あははははは!」

 

 思わず吹き出した。ハルトの仰々しい演技と、ショックでポカンと口を開けた顔の落差がおかしくて、馬鹿馬鹿しくて。もやもやした悩み事なんてどうでもよくなってしまうピエロっぷりだったから。

 

「ふう……やっと笑った」

 

「え?」

 

「みんなを笑顔にするには、自分も笑顔じゃないと成功しないんだ。これが僕の第一歩ってこと」

 

 私の帽子を取って、視線を合わせるハルトは、太陽みたいに眩しい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、スッキリした! ……ありがと」

 

「どういたしまして。あれこれ頭を使った甲斐があったよ」

 

「それはそれとして、負けて超絶悔しいからリベンジして今度は倒すね。手持ちも増やさないと……とりあえずナッペ山で特訓かな。ついてこないでね! ハルトの時も一人でしてたでしょ?」

 

「え、今から!? 待ってアオイ! せめて道具とか揃えてからにしなよ!」



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037

 職員室で授業内容を思案する。

 

 技術の六回目、最後に教えるのは何がいいか。

 前期から引っ張ってクラフトの応用、あるいは栽培と続けてきのみプランターの自作、機械情報の分野でスマホロトムに関する説明を行うのもありだよな。

 

 あーでもないこーでもないと計画を立てつつ、俺は先生たちの雑談に耳を傾ける。どうやらセイジ先生を中心に旅行の話をしているようだ。

 と、同僚の一人がこちらに話を振ってきた。

 

「そういえばウズ先生は以前、アローラ地方を訪れたいと仰っていましたね」

 

「ええ、一度機会を逃してしまって。長期休暇が取れたら行ってみたいですね」

 

 楽しそうよな、ナマコブシ投げ。

 あと甘味が豊富だそうで。財布落とした時は通販でやけ買いしたけど、本場の味も食べたいじゃん。

 

「オー、それはナイスね。ならセイジの特別レッスン! アローラ地方の挨拶をレクチャーするよ」

 

「いえ、今は仕事が」

 

「ほないくで! アローラ! これは『こんにちは』『ごきげんよう』という意味の言葉ね。はいリピートアフターミー、アローラ〜!」

 

 この有無を言わさぬ流れよ。

 まあいいか。どうせ考えてばかりで作業は全く進んじゃいないのだ。セイジ先生の気遣いを受け取り、ブレイクタイムと洒落込もう。

 

「アローラー」

 

「ウズ先生、キープスマイリングよ! 笑顔はワールドワイドでっしゃろ。表情とミブリムテブリムは、言葉を使わなくても気持ちを伝えることができるんだな」

 

 おお、いい事言ってる。流石は言語学の教師。

 

 そんなこんなでアローラアローラと連呼していると、慌ただしい足音が廊下に響く。

 

「大変です! 1–Aのアオイさんがポケモンに襲われて病院に……!」

 

 ……………………は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁれ? ふぇんふぇー」

 

 アオイはお見舞いの果物を頬張っていた。

 全然元気じゃねーか。

 

 大勢で押しかけても迷惑だろうと、まずはご家族や友人を優先した後、俺は遅れて病室を訪れた。そしたらこれである。命に別状はなく、後遺症や傷跡も残らないとは聞いていたが……聞いてたけどさあ……。

 

「具合はいかがですか?」

 

「もうバッチリ元気です! お医者さんにも大丈夫のお墨付きもらってます!」

 

 念には念を、の方針だな。数日は要経過観察で入院コースだ。本人は退屈していそうだが。

 

「ナッペ山で遭難したと聞きました」

 

「いやいや、それ話が膨らんでますよ。私はちょっと二、三日修行してただけです」

 

「雪山で野宿とか正気の沙汰じゃありませんからね」

 

 慣れた山男でも下手すりゃ死ぬぞ。

 

「だ、だって! 食材と道具は買ったし、火はホゲータが起こせるし、ミライドンもいるし、それに困ったらクラフトでいろいろ作れるじゃないです、か……あの、先生? もしかして怒ってます?」

 

「怒り半分、後悔半分です。いいですかアオイさん。僕は無茶無謀をさせるためにクラフトを教えたわけではありません。その逆です。野外で物資が足りない、困窮した状況に陥ってしまわないようにする言わば次善の策。今後危ない真似は控えてください。いいですね?」

 

「はい……ごめんなさい」

 

 説教は親御さんや友人からもされて聞き飽きただろう。深く反省しているようなのでこれ以上は言わない。

 ……なんだかアオイは変わったな。以前は全能感溢れる天才児の気迫を漂わせていたが、張り詰めた雰囲気はどこへやら、年相応の表情を取り戻したように見える。

 

「あ、そうだ。もうひとつ謝らないと。前におまもりをもらったじゃないですか。実はあれ、失くしちゃって」

 

 話を聞く限りだと野宿は順調だったらしい。

 だがバトルの特訓で野生ポケモンを刺激してしまい、大規模なニューラの群れに襲われた。

 アオイは応戦してこれを退けたものの、わざの流れ弾が頭を掠めて負傷。ミライドンに乗って身を隠せる場所まで避難した。そしてスマホロトムの信号を受信したトレーナーに救助されて今に至る。

 

「たぶん、怪我をしたときに慌てて落としたと思うんですけど……」

 

「別に構いませんよ。簡単に作れるものですし、おまもりなんて所詮は気休めですから」

 

 後半は嘘である。俺が渡したのはあんぜんおまもり、所有者の身の安全を守る効果を秘めている。

 渡しておいてよかった。いや本当に。生徒に俺と同じ目には合ってほしくないからな。

 

 さて、彼女は体調が万全ではない。長居は無用。

 

「そろそろお暇しますね。ゆっくり休んでください」

 

 

 

 

 

 お見舞いのヨウカンを置いて病室から出る。

 扉を閉めて廊下を見やると、えらい厚着の男性が立っていた。いや男性……女性? どっちだ分からん。

 うわ睫毛なっが。髪サラサラ。

 

「あんたがウズ?」

 

 そうだ思い出した。彼はグルーシャ、パルデア最強と名高いこおりタイプ使いのジムリーダーだ。担当はナッペ山。話に聞いた特徴とも一致する……もしかしなくてもアオイを救助したトレーナーは彼だったか。

 

 でだ。俺、睨まれてない?

 

「たしかに僕はウズですが」

 

「じゃあクラフトを広めてるのもあんただ」

 

「ええ、まあ」

 

「今回の件。アオイは無事だったけど、どこかで道を踏み外していたら、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。ほんと甘い。雪山を舐めすぎ。……アオイの危機意識を薄れさせているのは何だか分かるかな」

 

「全てはクラフトを過信した結果だと?」

 

「そこまでは言ってない。アオイは無鉄砲だった。でも、アカデミーの教師なら教えてあげなよ。雪山の、自然の恐ろしさってやつを。それがぼくたちの役目だから」

 

「……」

 

「サムいこと言った……じゃ、ぼくはお見舞いするから。そこどいてくれる」

 

 一人になってからも、俺は廊下で立ち尽くして、グルーシャの言葉を反芻し続けていた。

 

 はは……笑えねーわ……。



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038

 ひとつ、昔語りをしよう。

 

 俺はコトブキシティの裕福な家庭の生まれだ。

 それなりに歴史を重ねてきた家で、血筋を辿るとシンオウを開拓した入植者がご先祖様にいるのだとか。

 家には骨董品だのが飾られていて、全部売ったら俺一人ニートしても一生養ってもらえるくらいの価値があった。だけど当時の俺はポケモンの世界に転生した興奮で引きこもるという選択肢すら浮かばなかった。

 

 夢は当然ポケモントレーナーだ。

 この世界の子供と同じように、その誰よりも熱烈に、俺はポケモンと触れ合うことを切望した。

 

 転機は六歳の頃だったか。

 ポケモンをもらうのは十歳になってから、というのが両親との約束だったのだが、成熟した知恵を持つ悪ガキは辛抱堪らずに野生ポケモンを自力で捕まえようとした。

 俺、なまじ先祖返りで大人よりも動けたから。六歳まで待ったのは……流石に肉体がいうことを聞かなかったからだな。ポケモンと渡り合える段階まで待つくらいの分別はあった。今考えると超おばか。

 

 年確のゆるい店でおこづかいを貯めて買ったモンスターボールを握りしめて、街に近い草むらに入った。

 自分のポケモンを持っていないのに草むらに入ってはいけない。不用意にポケモンに近寄ってはいけない。この世界じゃ、物心がついたら最初に教わることだ。

 でも俺は前世の知識がある。だから大丈夫。

 

 過信した。慢心だった。無知で愚かな行為だった。

 

 ……だから、罰を受けた。

 

 俺がズカズカと足を踏み入れた草むらは、周辺のムックルたちが集まる餌場だった。

 想像してほしい。野生動物の縄張りに入ったら。

 当たり前だが襲われる。彼らにとって、俺は生活圏を脅かす外敵でしかないからな。

 ムックルは群れを作る。一匹なら大したことのないポケモンも、数が増えれば暴力の嵐だ。

 

 あの時は死を覚悟した。

 生きてるから笑って話せるけどさ。しばらく鳥ポケモンがトラウマになりそうだったレベル。今はもう克服しているが、急に来られると多少はびっくりしますよ。

 

 俺を助けてくれたのは祖父(じい)さんだった。

 祖父さんは変わった人で、俺と同じ先祖返りの身体能力を持っていた。だけど得体の知れない雰囲気で俺は普段からできるだけ近寄らないようにしていた。

 そんな人が生身でポケモンと対峙するものだから、最初は自分を棚に上げて馬鹿だと思った。

 

 でも音爆弾(ばりばりだまという名前は後で教えてもらった)ひとつでムックルを追い払い、無言で俺に拳骨を落として、何も聞かずに家に連れ帰ってくれた。

 帰ってからの方が大騒ぎだったな。傷だらけの俺を見て両親は気絶しそうだったし。

 

 この時の怪我で、俺は右目の視力を失った。

 全く見えないわけじゃない。今は至近距離でぼんやり輪郭が分かる程度。傷跡は残っていないから、黙っていれば誰にも気づかれない。慣れるまでは苦労したが。

 ちなみに義眼ではないぞ。うっすら見えてるからね、切除はしたくなかった。

 

 傷が回復した頃に祖父さんがやってきた。

 

『今日から稽古をつける』

 

 首を傾げる俺に、祖父さんは訥々と、我が家に伝わる話とやらを語った。

 

 祖父さんの何代か前、ご先祖様の一人は神隠しにあったことがあるそうな。ある日突然消えて、突然帰ってきた。だが帰ってきたご先祖様は頭がおかしくなっていた。

 時代錯誤な服装、獣のような身のこなし、一風変わった姿形のポケモンを引き連れて。

 

 ご先祖様は一族から煙たがられたが、親族でただ一人、ご先祖様の話を信じ、無碍に扱わない者がいた。その人は俺や祖父さんのような先祖返りだった。

 神隠しにあったご先祖様は、自らの技術と知識の全てをその人に託した。

 

 それからだ。先祖返りの身体能力を持つ者にご先祖様の教えを継がせるしきたりが生まれた。

 

 いやそれ何の娯楽小説。

 祖父さんの圧で頷くしかなかったけど。

 最初から祖父さんと両親の間で話はついており、本来なら稽古に耐えられる肉体になるまで、そしてポケモンを仲間にするまで……つまり俺が十歳の誕生日を迎えてから伝えるつもりだったらしい。

 

 何で早めたの? と聞けば、

 

『……お前はもう大人だ』

 

 という答えが返ってきて若干焦った。転生のことは隠し通せたと思うが、どうだろうな。あの祖父さんだけは察していたのかもしれん。

 

 それから祖父さんが天寿をまっとうするまでの五年間、俺は祖父さんを師と仰いで教えを乞う。

 

 いろいろとためになる内容だったよ。特に助かったのは近接素手捕獲法と調薬の二種類だ。

 

 右目の視力が低下して、俺はまともに遠投の狙いをつけられなくなっていた。ボールが的に当たらない。なら近づいてボールを叩きつければいいという寸法よ。

 今ではコツを掴んで、二投目以降を修正する小技も身につけたが……背後を取って当てた方が早い。

 

 調薬はクラフトの発展形として学んだ。野草やポケモンの体の一部、毒液まで利用する手法は古い技術だが、個人が薬を作るなら機械を使うより手軽なのだ。

 右目の手入れというか、視力維持と偽装を兼ねた目薬のレシピを最初に教わったな。眼球が動かないと不自然に思われる。膜を張って、光の加減で視線が合っているように見せかけるのよ。

 

『お前を傷つけたのはポケモン。だが、お前を助けるのもポケモン。忘れるなウズ。全ては扱い方次第だ。毒が適量であれば薬に変わるように』

 

 一連の出来事がきっかけで、俺はどくタイプを使うようになった。もともとの素養も大きい。やっぱりタイプの得意不得意があるらしいよ。全タイプを満遍なく育てられるトレーナーはほんの一握りだ。

 

 祖父さんが亡くなった後?

 教員免許を取るために学校に通ったよ。俺みたいな目にあう子供が一人でも減ればいいと思ったから。あと前世で少し憧れてたんだよね、学校の先生。

 ジムリーダーと兼業する羽目になったが、次第に右目の視力が落ちてきて厳しくなってたからなあ。やっぱり少しは見えるのと、ほとんど見えないの差は大きい。薬で誤魔化すにも限度があった。まあ、それはさておき。

 

 ……そうだよな。そうなんだよ。

 俺の原点はここだった。

 忘れるなと言われたのに。

 クラフトだのきのみ栽培だの、それよりも先に教えないといけないことがあった。

 

 ジムリーダー時代もそうだったろう。

 心を鬼にしろ。情けをかけるな。

 俺は嫌われても毒教師でもいい。

 

 一人でも多く、教訓を得てくれるなら。



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039

 技術、六回目の授業はグラウンドで行う。

 

「配布したものは行き渡りましたか? 足りないという人は手を挙げてくださいね」

 

 今回は受講者全員を一堂に集めた。技術室だと入り切らない人数だ。アオイにハルトやネモ、ペパー、ボタン、そしてスター団をはじめ不登校だった生徒たちといった顔ぶれが揃っている。

 

「貸出用のスマホロトム、おまもり、誓約書。この三つがあれば問題ありません」

 

「せ、先生? これって……」

 

「よく読んでから署名してくださいね。今回は少し危ない内容なので、事前に同意が必要なんです」

 

 戸惑いながらもこちらの指示に従う生徒たち。素直で助かるよ。おかげでやりやすい。

 

「今日は機械や情報といった、今まで触れてこなかった分野に焦点を当ててみましょう。機械と言えば、皆さんの大半がお持ちのスマホロトムですね。今回は配布したスマホを使っていただきます。自分のスマホロトムはしまっていいですよ」

 

 スマホロトムを持っていない生徒もいるからな。例えば昔の俺のように。今回は全員参加の授業なのでスマホは必須だ。ないと本人が困るだろう。

 

「改めて説明する必要はないでしょうが、念のため。スマホロトムとは、機械に入り込む能力を持つロトムというポケモンの力を借りたデバイスです。これは豆知識ですが、スマホロトムは単体で動作するので情報端末デバイスという分類に含んでいいでしょう」

 

 単体というよりポケモンと機械だが。この世界でそこを突っ込む生徒はいない。ロトムは操作を補助するAIのような役割だ。間違いではなかろう。よってヨシ。

 

「スマホロトムの大きな特徴としては、機能の拡張性が挙げられます。アプリを追加するとできることが増える。マップ表示や空飛ぶタクシーの呼出、トレーナーのプロフィールカード編集、そして皆さんの大好きなジニア先生が開発されたポケモン図鑑などがありますね。いずれもトレーナーに必須の機能です」

 

 ちなみに貸出用のスマホにインストールしたアプリはポケモン図鑑だけである。

 

「この他にも、スマホロトムには役立つ機能が備わっているのですが……さて質問です。課外授業で活用できるスマホロトムの機能とは何でしょう?」

 

「はい! 高いところから落ちても大丈夫な安全機能です!」

 

「ご名答ですネモさん。高い崖や灯台の上から足を滑らせても、スマホロトムは一瞬だけ浮遊することで落下速度を抑え、所有者を守ってくれます。……スマホというよりはロトムの力ですけどね」

 

 百聞は一見にしかず。

 俺はクロバットに協力してもらい、高所からの落下を実演してみせる。掴まって、飛んで、落ちる。左右に振り回されても大丈夫。スマホロトムならね。

 

「このように、落下以外にも受け身の代わりとして使うことができます。また緊急時は救難信号を発することも可能です。いいですか皆さん。スマホロトムは命綱になり得ます。決して手放してはいけませんよ?」

 

 今回のポイントであり、彼らの今後を左右する内容だ。しっかりと言い含めておかねば。幸い、今日の生徒たちは真剣に耳を傾けている。なぜか緊張気味で怯えが見られるが気のせいだろう。

 

 そして実際に安全機能を体験してもらう。

 積み上げた箱の上からマット目掛けて飛び降りたり、横向きに軽く突き飛ばしたり。ウォーミングアップをかねた軽いレクチャーだ。数回こなすと、皆それなりに受け身がさまになってくる。反復練習すると無意識に身体が反応するからオススメだぞ。

 

「普段ならこれで授業は終わりなのですが……最後ですから、もう少しお時間をいただきましょうか」

 

 ここまでは前座。ここからが本題だ。

 このために授業時間を二コマ分申請したのだぜ。

 

「……先日、一人の生徒が野生ポケモンに襲われて傷を負いました。幸い命に関わる怪我ではありませんでした。ですが、僕はこの事態を大変重く見ています」

 

 しんと静まり返るグラウンド。

 鳥の声、風の音すら聞こえないように錯覚する。それだけ、この場の空気が張り詰めている。

 

「僕が教えた内容は野外活動と密接に関係しています。素材集め然り、クラフトを活用する機会然り。安全な街中ではあまり役に立たないでしょうね。当然です、フレンドリィショップがあるならクラフトなんてする必要はない。きのみだって買えばいい」

 

 生徒一人一人と視線を合わせる。

 

「自然は時に優しく、時に厳しい。危険な環境や凶暴な野生ポケモンは容赦なく人間に牙を剥く。あなた方に授けた知識はそんな危険に備えるためのもの。しかし知識があるからと言って、むやみに危険に飛び込めと教えたつもりは僕にはありません」

 

 俺はベルトと懐に手をやった。

 

「その点を勘違いされたままでは困るので……今から特別授業を始めます」

 

 八つのボールを宙に投げる。

 俺の手持ちが生徒を睨めつける。

 

「サーナイト――はかいこうせん」

 

 強烈な光が空気を焼いた。

 生徒の眼前に焦げ跡が刻まれる。

 

 驚愕で固まり身動きの取れない彼らに、俺は心ばかりの忠告を贈ることにした。

 

「ポケモンを出しなさい。さもないと死にますよ」



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040

 俺が提出した授業計画をクラベル校長が読んでいる。

 

「本当にこれをやると」

 

「はい。生徒には必要です」

 

「他に手段はないのですか? ……ポケモンに生徒を襲わせるなど。いくらなんでも」

 

「代案はあります」

 

 俺の返答にクラベル校長は眉を顰めた。ならどうしてここまで過激な内容を、と表情が物語っている。

 実際やりようはいくらでもある。言葉で語って聞かせてもいい。軽い実習の形を取ってもいい。

 

「ですが、それではぬるい」

 

 やるなら徹底的に。強烈な体験を刻み込む。

 

「……この安全対策とは、具体的に何を指しているのか説明していただけますか?」

 

「大前提として攻撃は生徒に当てません。最初に使うはかいこうせんは脅しです。まず『命の危険がある』と彼らに思わせる。これは派手な方がいい」

 

「誤射の可能性はないのですか」

 

「生徒がわざと射線上に飛び込んでこない限りは。ちなみに速度はモトトカゲ並みと仮定します」

 

「先生がそこまでおっしゃるなら、サーナイトさんの腕前はたしかなのでしょうが……」

 

「では次を。基本は変化わざを中心に生徒を翻弄します。威嚇や示威行為をしても直接危害は加えません。生徒にはわざの影響を防ぐおまもりを事前に配布しておきます」

 

 地面にはグラスフィールドを展開。さらに必要に応じてアロマセラピー、いのちのしずくなどで支援を行う。グラウンドはひかりのかべとリフレクターで封鎖する。校舎の保護と、校内の生徒を守るためにな。

 

「動けない生徒が出てくるのでは?」

 

「声がけはしますが、無理だと判断した場合はテレポートでグラウンドの外に離脱させます。負傷者が出た場合も同様に。裏で医療従事者に待機してもらうつもりです」

 

 方々を走り回って人数は揃えた。肉体面、精神面のケアは可能な限り行う。一人でも離脱者が出たらその時点で授業は即中止だ。

 

「理解はしました。たしかに危険地域に足を踏み入れる生徒に改めて注意喚起をすべきだという声が上がっています。しかしこれではウズ先生一人に負担を押し付けてしまう。現在ポケモンリーグと連携して対策を進めている最中です。事は一教師が抱える問題ではありません」

 

「長期的にはそれでいいでしょう。しかし体制が整うまで時間がかかる。……とはいえアカデミーが動いてくださるなら安心です。後顧の憂いが解消される。同封した書類をご覧いただけますか」

 

「こちらは?」

 

「辞表です。今学期が終わって……いえ、授業を終えたらすぐに僕はアカデミーを去ります。後任は目星をつけてあります。僕より優秀な人材です」

 

 要するに自主的な首切りだ。

 

「おやめなさい。そのように自分を追い込むものではありませんよ。それとも、こう言った方がよろしいですか? このやり方はアカデミーの評判に傷がつく」

 

 だから考え直せ、尻尾切りはさせたくないと。

 たしかにそれは正論で俺に都合がいい言い訳となる。俺が普通の出自なら素直に頷いていた。クラベル校長、あなた悪役の演技も映えますね。

 

「過分なお言葉、痛み入ります。ですがお願いします。やらせていただけませんか」

 

 グルーシャの苦言は耳が痛かったが間違いではない。できる事はやっておきたい。

 その点、大人の目が届く『安全な危険』という状況は絶好の機会なんだ。

 

「彼らはここから、いつの日か訪れる“もしも”の備えを学び取ってくれるはずです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 想定より生徒の動きがいい。ハルトやネモといった腕利きのトレーナーが即座にポケモンを繰り出し、呼応する形で他の面々も俺の手持ちと対抗している。こちらはポケモンでなくトレーナーを優先的に狙うわけだが。

 流石はこの世界の住人。数人は取り乱すか茫然自失になるかもしれないと考えていたが、これなら介入せずとも大丈夫かもしれない。

 

 主力として暴れるのはゲンガー、ドククラゲ、ドラピオンの三匹。ロズレイドは繁茂する草むらという場を整えるため後方に置いた。クロバットは上空で全体を俯瞰する。ドクロッグとエルレイドは遊撃手として戦いつつ生徒を陰ながらサポート。あっちは普通に攻撃してくるからな。その余波で被害を出さないようにしないといかん。

 

 彼らには回避しながらも的になれ、という非情な指示を出した。憎まれ役を任せた手持ちには申し訳ない。

 

「クロバットの合図……あちらが劣勢のようですね。サーナイト、テレポート」

 

 俺とサーナイトも遊撃手を務める。

 初手のはかいこうせん以降、二種類の壁張りと回復、そして万が一の避難係として働いてもらっている。大量の仕事を任せてすまんなサーナイト。

 

 跳んだ先には二人の生徒がいた。

 一人は以前、読み聞かせの際に落書きを渡した大人しい生徒。もう一人はリーゼント頭の渋い男性。

 

 ……あれ、クラベル校長じゃね。

 

 俺は近くの茂みにテレポートして、クラベル校長にだけ聞こえる声量で話しかける。

 

「(何してるんですか校長)」

 

「(校長? 今のオレはネルケだ。そういうことで一つ、よろしく頼むぜ。忍者マスター)」

 

「(人違いです)」

 

 授業を実施する条件として、クラベル校長が腕利きを寄越してくれるという話は事前に聞いていたし、スカタンクみたいな頭のコワモテが数人潜り込んでいるのは確認していたが……あなたもですか。正直助かりますけど。

 

「(こちらの状況は)」

 

「(数箇所を見て回ったんだが、この子が怯えてしまっている。続けさせるのは酷だ)」

 

「(分かりました。離脱を……ッ!?)」

 

 草むらが揺れて現れるのはドラピオン。どうやら生徒の反撃を受けて後退した様子で、俺たちに気づいて振り返った。そして怯える生徒と視線を合わせてしまう。

 

「こいつはマズイぜ……! 頼むヤレユータン、この子を安全な場所に」

 

 巨大な化け蠍を前に生徒は限界を迎えていた。クラベル校長は手持ちに指示を出して生徒をドラピオンから、この恐ろしい空間から逃がそうとする。

 

 だが、それは叶わなかった。

 

『チュララ』

 

「……え?」

 

 ボールから飛び出したタマンチュラが、怯える生徒を庇うように立ち塞がったからである。

 隙だらけで頼りない立ち姿。戦いは不慣れらしい。トレーナーと同じで大人しい性格なのかもしれない。

 

「タマン、チュラ」

 

『チュラ』

 

 それでも。生徒の目から怯えが消える。

 

「っ……いとをはく!」

 

 張り巡らされた糸がドラピオンを縛る。相手を拘束した一人と一匹は力強く立ち上がった。震えていた子供はもうどこにもいない。前に進もうと駆け出していく。

 

「ネルケさん、こっち! 今のうちだよ!」

 

「あ、ああ。すぐに追いかけるぜ。オレのことはいいから先に行ってくれ」

 

 生徒を見送った後、俺とクラベル校長は顔を見合わせた。

 

「……厳しいと思ったのですがね」

 

「僕も同じ判断でした。あの子は相棒を見る直前まで心が折れかけていた。ですが、あれなら大丈夫でしょう」

 

「では私は他を見て回ります」

 

「お願いします。クラベル校長」

 

「ふっ、オレはネルケ。学生のネルケだ。それ以上でもそれ以下でもないぜ」

 

 

 

 

 

「それまで。皆さん、お疲れ様です。そして謝罪を。怖がらせてしまい申し訳ありません」

 

 離脱者ゼロ。負傷者無し。

 理想的な結果だ。ただし幸運に恵まれたというのは忘れてはいけない。一歩間違えれば大事である。

 

 生徒を集めて休息を取る。水と軽食も用意してあるぞ。肉体的にも精神的にも疲労が激しいだろうからな。

 

「これで少しは理解していただけたでしょうか。皆さんの命はひとつしかない。危険には遭わないのが一番いい。避けられるなら避けるべきだということを」

 

 落ち着いた頃を見計らって俺は口を開く。

 ……ただ、脅しすぎてもいかん。

 この辺りの塩梅は難しい。

 

「いいですか皆さん。ポケモンは怖い生き物です」

 

 火を吹く。電気を放つ。毒を吐く。岩を砕ける膂力があれば、大きな身体と体重は人を簡単に押し潰せる。

 当たり前のように人間の生活圏で暮らしているが、その生態も、正体も、ポケモンという生き物は未だ謎に包まれている未知の存在だ。

 

「ですが同時に、僕たちに勇気と元気をくれる存在でもある」

 

 人を簡単に殺せる生き物が、それでもこの世界で共存できているのは、ポケモンが決して奪うだけの存在ではないからに他ならない。彼らは人間を尊重して、人間もまたポケモンを尊重する。そうやって助け合いながら生きてきた歴史の積み重ねで今がある。

 

「皆さんにとってのポケモンとは何でしょう?」

 

 

 

「仲間? 友達? 家族? どれも正しい。この問には、人それぞれの答えがある」

 

 

 

「先程、危険は避けるべきと言いましたが……どう足掻いても避けられない危機がやってくるかもしれません。あなた方の大切な家族が、友達が、危険に晒されてしまうかもしれません。その人たちを守るために、あなたは苦難に身を投じなければいけないかもしれない」

 

 

 

「その時に、そばにいてくれる存在のことを覚えていてほしい。あなたは一人じゃない」

 

 

 

「皆さんの隣にはいつだってポケモンがいます。その意味をよく考えて、あなたが感じた答えを忘れないようにしてください」

 

 

 

「そしてポケモンとよりよい関係を築くために、僕が教えた技術を役立ててほしい。知識や技術は決して万能ではない。使いようによっては毒にも薬にもなり得る。だからこそ、皆さんは正しく有効に活用してください」

 

 

 

「……これで僕の授業は終わりになります。皆さんの活躍と健康を祈っています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グッバイ、アカデミー。




つづく


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041

 無職になってしまった。

 貯金が底をついたのでオージャの湖で食料調達である。ここなら水場で、人もあまり訪れない。

 

 しかもこの湖、野生の寿司が落ちているのだ。

 

『シャリシャリ』

 

『スメーシー』

 

『オレスシ……?』

 

『スシスシ』

 

『スシッス』

 

『ギンシャリ』

 

『スシシスター』

 

『ガリ!』

 

 最後おかしいだろ。

 

 というか喋ってるよね。ポケモン図鑑で調べてみると、シャリタツというポケモンなんだって。

 それでもガリは違うじゃん、ガリじゃん。

 

 とはいえシャリタツを追いかけると、ヘイラッシャなる巨大魚が現れる。こいつらが虚空から寿司を生み出すという珍妙なわざを使うのよ。ポケモンって不思議。

 おかげで三食寿司にありつけているため、今のところ食事には困っていない。

 

 ……俺は何をしているんだろうな。

 

 初心にかえったのはいいが、時間を置いてみると、馬鹿な真似をしたと考えてしまう。ただポケモンの危険は伝えないといけない内容だった。

 これからどうしよう。日がな一日水面見つめて寿司狩りばかりするのはな……他に大事なことがあるだろと言われたら返す言葉がない。

 

 と、背後から足音。オモダカ女史か?

 

「お元気そうですね」

 

「ポケモンリーグ委員長がこんな僻地に用事ですか?」

 

「今日は理事長としての立場で参りました。教職を辞されたとのことでしたので、安否確認を兼ねてご挨拶に」

 

「前者は建前でしょう。あなたは目と耳がいい」

 

「ええ。そちらも含めてお詫びとご報告を」

 

 わかるわかる、偉い人なら警戒するよな。……今は俺が野垂れ死にしないようにか。『野鳥観察』の範囲なので、基本は撒かずに放置すると決めていた。

 

「この度は誠に申し訳ございません」

 

「授業に関しては僕の独断です。むしろ後始末を丸投げしてしまいました。こちらこそ申し訳ないです」

 

「ウズ先生が去られた後、課外授業の安全性が見直されました。ジムリーダーや現役のレスキューを講師としてお招きしたりですね。彼らのご協力で、以前より指導の質は向上するでしょう」

 

 パルデア地方は自然が豊かな分、遭難等の事故も多い。アカデミーだって何も対策していなかったわけじゃないだろう。より力を入れるようになったという話だ。

 

 各地のジムリーダーは担当する周辺地域の環境に慣れている。なるほど、ジム巡りをする生徒が多いのだから、指導者としては相応しいといえよう。

 仕事増やしてごめんね。本業もあるし無理のない範囲で……でもオモダカ女史は人使い荒めだからな……メインはレスキューのみなさんにお願いして。

 

「特にグルーシャさんは熱心に取り組まれていまして。指導要領の改善や各方面への交渉役に立候補してくださいました。それはもう……十徹したアオキ並み、とでも申しましょうか。ウズ先生の顛末を耳にしてから彼は人が変わったようです。何かご存知ですか?」

 

 もしかしなくても俺が原因じゃん。

 違うグルーシャ、負い目を感じる必要はないんだ。一人で抱え込まないで。

 

「彼に伝言をお願いできますか。僕は気にしていないと」

 

「それはご自分でお伝えするべきだと思いますよ。直接が難しいのなら電話でご連絡されてみては?」

 

 ごもっとも。でも番号知らない……。

 

「ええと、ではこれを届けてもらいたいのですが」

 

「紙のメールですか……たしかに預かりました。グルーシャさんにお渡ししましょう」

 

 またアナログな、みたいな表情しないでくれる? シンオウじゃ今でもポケモンにメールを持たせて文通したりするんです。古風で趣があると言え。

 

「ポケモンリーグは監視員の増員や巡回強化等で支援させていただきました。ジム巡りの一環で起こる問題でもありますから、安全性を精査して再発防止に努めます」

 

 リーグやレスキュー、ポケモンレンジャーといった外部の機関と連携を取れば、一般のトレーナーの事故率だって減るだろう。決して無駄にはならない。

 

「ウズ先生はこれからどうなさるおつもりですか?」

 

「本音を言えばお手伝いしたいですが。ただ、僕がどの面を下げてという思いが混在しているので……」

 

 オモダカ女史に頼めば、監視やレスキューの仕事を斡旋してもらうことはできるだろうが。

 すぐには返答できそうもない。そんな俺の感情を読み取ってか、彼女は早々に話を切り上げる。

 

「もし気が向きましたら、私にご連絡ください」

 

 渡された手土産はシンオウ老舗のヨウカンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 知らない番号から電話がかかってきた。

 

『ハロー。こちらオーリム』

 

 天気予報を見ようとしただけなのに。電源をつけた一瞬を狙いすましてくるとは、ただものじゃないぞ。

 ポケモンの研究で有名なオーリム博士だったか。雑誌に論文が掲載されていたな。

 

『突然すまない。キミに頼みたいことがある』

 

 なにもう。厄介事は勘弁して。

 

「……緊急の要件でしょうか」

 

『そうとも言える。どうか子供たちを説得してくれ。ワタシのいるエリアゼロまで来るように』

 

 エリアゼロはパルデアの大穴、その内部に当たる危険区域を指す呼称だったはず。歴史上でも数えるほどの人間しか足を踏み入れていない未知の領域……図書館にある上下巻の本の受け売りだが。たしかスカーレットブックとバイオレットブックとかいう。

 

 そんな場所に?

 昨日の今日で?

 子供を送り込めだと?

 

 いや落ち着け。オーリム博士はこちらの事情なんて知らない。八つ当たりはするな。

 

「なぜです?」

 

『彼らは口を揃えてキミの名前を出した。よって、キミならば彼らに影響力があると判断した』

 

「そちらではなく。どのような理由で、子供を危険区域に向かわせるというのですかね」

 

『……』

 

「申し訳ないですが、話せないというなら応える義理はありませんよ」

 

『……ワタシの目的はタイムマシンの停止。そのために強いトレーナーの力を借りたい。コライドンとミライドンに認められた二人の少年少女たちのような』

 

「なぜ自分で止めないのですか?」

 

『……』

 

 まただんまり。だが沈黙が雄弁に物語っている。タイムマシンの存在を部外者に開示する。しかも開発者本人は止められない。事態は俺の想像より深刻なのか……?

 

『……すまない。キミがそう考えるのは当然だ。今から全てを話そう。ただし他言無用でお願いする』

 

 

 

 

 

 俺はオーリム博士の事情を把握した。

 

『子供たちは前向きな反応をくれた。だが、何かが彼らを躊躇わせている。キミが彼らを案じているのはワタシも理解しているつもりだ。それでも頼む』

 

 彼女を一蹴するには気掛かりが多すぎる。

 生徒は心配だ。俺が教えたことは無駄になっていない様子なのは幸いだが。

 

 アカデミーの教師じゃなくなったとしても……ここで何もしないのは違うよな。



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042

 これよりパルデアの大穴、エリアゼロに潜る。

 空飛ぶタクシーを飛ばして到着したのはゼロゲートという建造物。ここから大穴に出入りできるという。

 

『キミの助力に感謝する』

 

「くれぐれも彼らには内密に頼みますよ」

 

 俺はオーリム博士に条件を出した。

 

 俺が子供たちを陰から見守る。

 ただし、こちらの存在は知らせない。

 それがアオイとハルトたちを説得して、エリアゼロに送り出す大前提だった。

 

 個人的には危険な場所に足を踏み入れてほしくない。

 だが、子供たちや博士にだって事情や理由がある。生徒の、いや他者の行動を全て縛るのは不可能だ。

 

 だから妥協点を見出す。

 

 アオイ、ハルト、ネモはチャンピオンクラスのトレーナーだ。ペパーやボタンも三人に準ずる実力者。念入りな準備と心構えができていれば、エリアゼロを踏破してのける能力はあるはず。数名は若干の不安要素があるが。

 

 ビデオ通話で彼らに伝えた内容はまさにそれ。

 

 十分な支度を整えること。

 何時も見えない危険を想定すること。

 自分たちの命を第一に考えること。

 どのような状況でも思考を止めないこと。

 絶対に、無事に帰ってくること。

 

 伝えるべきは伝えた。アオイは何かを言いたそうだったが……尋ねる前に電話を切られてしまった。気になるが、今は目の前のことに集中しよう。

 

 いざという時を除いて手は出さない。

 何事もなければ、この冒険で彼らは成長するだろう。心配でもどかしいが過保護すぎてもいかん。かわいい子には旅をさせよとも言う。生徒を信じろ。

 

 自分に言い聞かせて、御一行を追跡する。

 ちなみに『野鳥の会』にハンドシグナルを送って事情は説明済みだ。もし誰も戻らない場合はアカデミーに連絡が行くようにな。流石に生徒が消息不明は笑えない、今回ばかりは保険をかけておかねば。

 

 あ、馬鹿。アーマーガアが来てるぞ気づけ。

 ペパーとボタンはこんなとこで喧嘩すんな。

 仲裁にネモのストッパーにと、ハルトは大変だ。

 

『ときに、キミは妻帯者かな』

 

「唐突ですね。見ての通り独身ですが」

 

『いやなに……子供の初めてのおつかいを見守る親とはこういう表情をするのだろうね』

 

 うっせ。まだそんな年齢じゃないし相手もいないわ。

 

 

 

 

 

 道のりは順調だ。しかし、そういう時に限って想定外の事態が飛び込んでくるのが世の常。

 御一行から身を隠すために入った洞窟で、俺は野生ポケモンの襲撃にあった。

 

「ボーマンダとエルレイド……? いや」

 

 縄張り争いで死闘を繰り広げる二匹は、俺の知るポケモンと似通っているがどこか異なる。

 凶暴で荒々しい極彩色のボーマンダ。

 鉄の機械のように無機質なエルレイド。

 

 おい後者。はがねタイプじゃねーだろうな。

 

『あれはトドロクツキ、そしてテツノブジン。過去と未来からやって来たポケモンだ。事前に説明したが、とても凶暴なので十分に気をつけてくれ』

 

 そうだろうね。こっちに敵意マシマシだから。

 くそ、侵入者と判断されたか? だからって一時休戦して俺に向かってくるな。お互いで争ってろ。

 

「頼みますドラピオン」

 

 高速で飛翔するトドロクツキからは逃げられないと判断してしねんのずつきを受ける。エスパーわざには無傷のドラピオンが両の爪でトドロクツキを抑えつけた。

 あ、振り解かれた。

 これはりゅうのまいを積んでやがるな。

 

 ならこちらも考えがあるぞ。

 とりあえず戦闘用の道具、ありったけ。

 プラスパワー、スペシャルアップ、スピーダー、クリティカッターを使用する。

 ついでにマルチアップ、にばいづけも投与。

 

 野生相手ならルール無用だ。複数で一匹を袋叩きにしたっていいからね。

 

「ロズレイドとドククラゲは牽制、ゲンガーはわざを封じてください」

 

 くさむすびで伸ばした草の檻と、バブルこうせんの泡の機雷で身動きを封じる。ついでにアンコール&かなしばりでトドロクツキにわるあがき以外を許さない。

 

「ドクロッグ、ドラピオン、とどめを」

 

 どくづきとクロスポイズンでおしまいだ。

 ぱっと見で効きそうなわざを使ったが……ドラゴンはまず確実として、複合タイプはひこうじゃないのか。確認する余裕はないけど。まだもう一匹が残っている。

 

「歯ごたえがないのはあなたが追い詰めていたからですか、ねッ」

 

 不意の斬撃を避けて背後を取る。ダイレクトアタック無慈悲。野生ポケモンとの戦闘は気が抜けないぜ。

 

 しかしこの位置取り、捕獲チャンスだな?

 隙ありとボールを取り出し……次の瞬間、俺は嫌な予感がして手を引っ込めた。

 理屈によらない判断。しかしてそれは大正解。

 

「……ボールを、斬った?」

 

 金属部分も含めて粉微塵である。

 一秒遅れていたら、俺の手が同じ目にあっていた。

 やっぱ駄目だ危ないわこいつ。ここで倒す。

 

 双刃刀を振るった体勢から即座に俺を追撃するテツノブジン。誰が司令塔か理解しているのだろう。そんでかなり強い。歴戦のヌシとでもいうのか。

 

 この先、何が起こるか読めない以上は余力を残したい。手札を消費するか、時間と体力を消耗するかの二択。……決めた。一気呵成に仕留める。

 

「エルレイド、開眼――テラスタル」

 

 テツノブジンの一刀を、間に入ったエルレイドが受け止めた。結晶化したその頭部には第三の瞳。エスパータイプのテラスタルである。

 激しく切り結び、打ち合いを続ける二匹の力量は互角。テラスタル抜きだと負けてるか。どうやらテツノブジンはエスパー弱点のようだが……お前のタイプ、フェアリー・かくとうあたり?

 

「好都合です。サーナイト――メガシンカ」

 

 腕貫に仕込んだキーストーンと、サーナイトに持たせたメガストーンが共鳴する。カロスの継承者から受け取った力だ。普段はあまり使い道がないけどね。

 

「ハイパーボイス」

 

 フェアリースキンで強化された振動にテツノブジンはなすすべなく倒れる。白兵戦をしていたエルレイドは直前でテレポートして離脱済みだ。ナイス足止めだったぞ。

 

「思った以上に時間を食いましたね」

 

 クロバットを護衛につけたから問題ないと思うが、早く合流せねば。あと監視がバレてもまずい。

 

『子供たちは先に進んでいる。追いかけるなら、観測ユニットのワープパネルを利用するといい』

 

 あのぐるぐる回転するやつか。酔うからあまり好きじゃないのよね。あと道順忘れて迷子にならない?

 

 

 

 

 

 第3観測ユニットから第4観測ユニットへ。

 浮遊感を経て、視界に映る光景が一変する。

 

 そこは荒れ果てた研究施設だった。

 倒れた機械に散らばる書類。長らく使われていないことを示す埃の山と、何かが暴れたような痕跡。

 

 ……誰もいないな。

 

 床はところどころ結晶に侵食されている。それらを避けて目に入った書類に視線を落とす。

 

 ――タイムマシンは未完成だった

 

 ――あの人は実験に失敗した

 

 ――これからは一人で研究を続けなければ

 

 ――人が足りない

 

 ――時間が足りない

 

 手記らしき書類には延々と、思い通りにならない不満と焦燥が書き連ねられている。最後には力強い筆圧で、こう記されていた。

 

 ――自分がもう一人いればいいのに

 

「これは……」

 

 少し離れた場所にある書類は焼け焦げて損傷している。文面が虫食い状態になっていた。

 

 ――研■■を■人増■し、効■が二■■

 

 ――■と同■知■■■術を■って■る

 

 ――タ■■マ■ンは完■■■

 

 ――■■、まだ足りない

 

 ――■去と未■の■■■■が暮らす楽園

 

 ――もう一基の■■ム■シン■作る

 

 ――そのた■には、あ■一人

 

 ページをめくる。二枚目はさらに欠落が激しい。

 

 ――さら■■■一■の■■員■■■し■

 

 ――■の記■■ベ■ス■■格を再■■■

 

 ――……なんと愚■なことを■■しまっ■■だろう

 

「……」

 

 俺は書類を元の位置に戻した。

 今は先を急がないといけない。



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043

『博士は夫婦でタイムマシンの研究に取り組んでいた』

 

『だが実験中の事故で一人が去った』

 

『己の無力を嘆いた博士は、自らの記憶と人格をもとに、もう一人の自分を作り上げた』

 

『そしてタイムマシンを完成させた』

 

『技術的な問題で、タイムマシンは過去と未来、どちらか一方の時間軸しか繋げなかった』

 

『だが夫婦の夢は、過去と未来のポケモンが現代のポケモンと共存する世界』

 

『改良を施すには時間がかかり過ぎる。もう一基のタイムマシンを作る方が早いくらいに』

 

『博士の目の前には完成品がある。そして人手不足を解消する手段も、同様に』

 

『……博士は保管してあった「あの人」の記録を、自らの記憶で補い、AIとして構築することに成功した』

 

『我々は三人で二基目のタイムマシンを作った』

 

『だが、博士はコライドンとミライドンの争いからもう一組を庇い、生命活動が維持できなくなった』

 

『このままタイムマシンを稼働させれば、いずれ過去と未来のポケモンがエリアゼロから溢れ出すだろう。今はバリアで制御しているが、イダイナキバのように、バリアを破りパルデアに抜け出すポケモンも現れた』

 

『彼らにより、現代の生態系が破壊される。そのような惨劇が起きることを我々は合理的とは思わない』

 

『しかしAIである我々の意思は、タイムマシンを止めようとするとプログラムに乗っ取られてしまう。オリジナルの博士の願いを止めるにはキミたちの力が必要だ』

 

『『どうかワタシ/ボクを、博士の夢を破壊してくれ』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セキリュティに異常発生

 

 セキュリティに異常発生

 

 タイムマシンが危険にさらされています

 

 タイムマシンが危険にさらされています

 

 タイムマシンの活動に障害が発生しています

 

 障害を取り除くため

 

 楽園防衛プログラムを起動します

 

 オーリム/フトゥーIDを除く

 

 すべてのモンスターボールをロック

 

 プログラム準備中……

 

 テラスタルエネルギー集束開始……

 

 オーリムAI/フトゥーAIは

 

 楽園防衛プログラムに上書きされました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最悪だ。

 俺が追いついた時には、AI博士二人が従えたコライドンとミライドンが子供たちの前に立ち塞がっていた。

 

 モンスターボールを使わせないとかアホか。戦略としては大変有効だけどさ、考えてもやれないだろ。

 御一行の護衛兼監視として先行させていたクロバットを除いて手持ちはボールの中。一匹で双竜を相手にしつつ、全員を守りながら撤退……厳しいがやるしかない。

 

 物陰に隠れて隙を窺う。

 めかくしだまで煙幕を焚いて、クロバットのエアスラッシュで相手を怯ませたら逃走を促す。よしこれで、

 

「君ならやれる! 頑張れコライドン!」

 

「お願い……ミライドン」

 

 なんでボール使えてるの。

 飛び出した二匹はハルト、アオイと視線を交わして勇気を振り絞り、フォルムチェンジを遂げる。

 

 ボールロックには抜け道がある?

 考えられるとしたら、あのボールがもともと博士のものだったとか。じゃあ俺は無理じゃん。こちらの手持ちは全部ボールに俺のIDが登録されて……いや待て。

 

「わわっ、ポケモン軍団まで来た!?」

 

 ネモの声で思考から引き戻される。

 俺が隠れている通路から、ぞろぞろと現れる過去と未来のパラドックスポケモン。

 まずい、挟み撃ちにされるぞ。人工知能が二人分で処理能力に余裕があるからか? 確実にこちらを倒しに来てやがる。コライドン同士、ミライドン同士の力量はほぼ拮抗している。新手に対処する余裕はない。

 

 俺は物陰から飛び出した。

 

「クロバット、あやしいひかり」

 

「! ウズ先生? なんでここに!?」

 

 まあバレるわな。でも話は後回しだ。

 

「皆さんはそちらに集中してください。背後は僕がどうにか抑えますから」

 

「いやどうにかって、クロバットだけであの数と戦うのは無茶だぜ! 先生が危ねえ!」

 

「大丈夫ですよ。秘策がありますからね」

 

「……黒い、モンスターボール?」

 

 君たちは見たことがないよな。あのレホール先生なら歴史の授業で触れていそうなものだが、さすがに個々のボールの種別までは学んでいないか。

 

 古ぼけた年代物の骨董品。

 その名をギガトンボールという。

 

 未来を切り開くのは現代(いま)を生きる人間だ。

 本当なら、一度死んでる亡霊が出しゃばるべきじゃないのだろうな。だが、既にあれこれとたくさん口を出してしまったことだし……何より。

 

 この世界と、ポケモンと、教え子たちは、俺にとっての宝物みたいなものなんだよ。

 

 それを害するというならこっちも容赦はしない。

 

生徒(こども)を教え、導き、守るのが教師(おとな)の役割です」

 

 いつの未来、どこの過去だかは知らねーが。

 

 時空を超える。

 それがお前らの専売特許だと思うなよ?

 

「ヒスイの末裔――伝承者ウズ。推して参る」



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044

 パラドックスポケモンの群れを食い止めろ。

 

 俺は三つのギガトンボールを投げる。

 ボールロックは意味をなさない。これはハイテクとは真逆を突き進む、ID登録もポケモンの保護機能も付いていない大昔のクラフト製ボールだからだ。

 

 飛び出した影が静かに目を開く。

 

 オオニューラ。

 ハリーマン。

 白いゾロアーク。

 

 ご先祖様が連れていた三匹。遥か昔、シンオウがヒスイと呼ばれていた頃に生息していたポケモン。

 彼らはオヤブンと称される個体らしい。

 しかし大柄で屈強だというご先祖様の記録とは相違点があり、サイズは通常種に近い。

 

 その代わりと言ってはあれだが相当長生きなご老体だ。過酷な環境下で生き延びた分、現代のポケモンより生命力が強いのか。鍛え上げられたポケモンは等しく寿命が伸びるのか。百歳はゆうに超えてるよな。

 

「何卒お力をお貸しください」

 

 カミナギの笛を吹く。前世ではゲームを起動するたびに耳にした一節を奏でる。

 彼らは正式には俺のポケモンじゃない。かつての主人の遺言で、カミナギの笛を持つ子孫に付き従うだけ。指示を聞くかは彼ら次第である。

 

『?』

 

 いや首傾げんな。耳遠くなったか爺さん。

 あ、違うわ。これ確認だ。

 

「あれらは自然の理に従っているだけ。凶暴ですが悪ではない。それでも、背後のあの子たちを脅かす敵です」

 

 遠慮は要らない。やれ。

 

 即座に景色が塗り替えられる。

 雪が降り積もる極寒の大地へと。肌を刺す冷気まで再現しており、まるで現実と見紛うほど。

 ゾロアークの仕業だ。恨みを糧に発動する幻影は、呪詛として肉体にまで影響を及ぼす。

 

「うらみつらみ」

 

 先制攻撃をかまして気勢を削ぐ。伝え聞いた知識ではたたりめの上位互換なのだが、どう見てもこうげきを下げてるんだよな。長い年月で怨念が薄れたのか、わざの性質が変化しているようである。詳しい原理は分からん。

 

「きあいだめ、フェイタルクロー」

 

 足を止めた集団にオオニューラが突撃。速度を活かして相手の隙間を駆けながら、すれ違いざまに長い鉤爪で切り刻む。どく・まひ・ねむり、どれがお望みだ。

 パラドックスポケモンの大半は毒が通じる。とはいえ状態異常になるかは確率で、しかも二種類ほどタイプ相性が悪い。憎きはがねのテツノワダチ、そしてどく持ちのテツノドクガ。こいつらの相手は、

 

「アクアテール」

 

 ちいさくなるを使ったハリーマンの役目だ。限界まで縮んだ姿はまきびしに紛れて探しづらいだろう。棘を隠すなら棘の中だ。踏み潰そうと考えようものなら無数のまきびしを味わうことになる。

 

 とはいえ相手が諦めるとは思えない。あちらさんは野生の本能と数の暴力で攻め立てる。こちらの三匹は歴戦の猛者。しかし一騎当千とまではいかない。

 素早く数を減らしていく必要があるが、息切れするとアオイやハルトたちの方が片付くまで防げない。

 

「厄介者が紛れていますね」

 

 そこのテツノカイナ。

 手に持っているのはマスターボールだな?

 野球の投手よろしく振りかぶって狙いをつけてやがる。三匹に命中した場合、保護機能がないため確実に捕獲されてしまうだろう。ポケモンがボールを使うな。

 

 タイミングよく、先にこちらでボールに戻す。

 攻撃をすかせる緊急回避の小技だ。公式戦で使ったら交代と見做され、かつ非難轟々の嵐を呼ぶぞ。

 

 ボールに戻したハリーマンを別方向に繰り出しつつ、俺は自らテツノカイナと対峙する。お腰につけたマスターボール、ひとつと言わず全て私にくださいな。

 

 次々とボールをなげつけるテツノカイナ。

 俺は避けながら距離を詰める。小賢しいことに、たまにこちらのポケモンを狙うので、その場合は捕球するか足で蹴り返す。気分はGKである。

 

「これはいただいておきます」

 

 懐に入りマスターボールを回収。かみなりパンチをいなして、軸足を払いテツノカイナを転倒させる。……うわおっも!? 重い重い、これ体重かけられたら潰れるって。投げ飛ばすのは無理だわ。

 

 それにしても、このテツノカイナの行動は厄介だったが参考になる。三匹ばかりに戦わせる必要はない。足止めに徹すれば俺も戦力として数えられる。お返しに祖父さん直伝のボール捌きを見せてやろう。

 

「クロバット、運んでもらえますか」

 

 クロバットに背中を掴んでもらい、その飛翔能力を借りて加速、跳躍する。密集するポケモンに投げるのは特製ねばりだま。虫食いきのみやら泥、虫ポケモンの糸を紙で包んだクラフト品だ。命中した箇所から粘着質な中身が飛び散り、相手の動きを鈍らせることができる。

 

 めかくしだまの煙幕に紛れ、三匹用の骨董品ギガトンボールを鈍器代わりにして気絶を誘発しつつ、時間を稼いでいると……背後から歓声が聞こえた。

 

「いけ! テラスタルで決めちまえ!」

 

 あちらは佳境か。なら出し惜しみは無しだ。

 

「ゾロアーク、『力業』」

 

 幸い煙幕で視界は閉ざされている。祖父さんから最後に教わった技術、技皆伝で一気にけりをつける。

 

「あやしいかぜ」

 

 力業で威力が増した、身の毛もよだつ突風がパラドックスポケモンを押し返す。

 

「『早業』フェイタルクロー」

 

 あやしいかぜを受けてなお健在の相手を目にも止まらぬ速さの連撃でオオニューラが刈り取り、

 

「『力業』どくばりセンボン」

 

 毒で弱った生き残りにハリーマンがとどめを刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りこぼし無し。ふう……終わった。

 煙幕が晴れて背後を振り返ると、ちょうど博士側のコライドン、ミライドンが力無く倒れるところだった。

 

『なんと……なんと素晴らしい! まさかオリジナル博士の最終手段まで退けてしまうとは!』

 

『キミたちは絶望のふちにいても、自分の頭で考え、友達を信じる勇気を持ち、決断できる人間なのだな』

 

『ありがとうハルト、アオイ。ありがとう子供たち。……そして、ありがとうウズ』

 

『どうやら我々がいる限りタイムマシンは止まらないらしい……我々自身がマシンを復旧するシステムの一部となっているようだ』

 

『だから我々はタイムマシンで……』

 

『夢にまで見た世界へと旅立とうと思う』

 

『少しさみしいがお別れだ』

 

『『ボン・ボヤージュ!』』

 

 二人は旅立ち、タイムマシンは停止した。



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045

 家に帰るまでが冒険です。

 

 質問攻めにされる前に煙幕で離脱。

 その後、御一行が街に戻ったのを確認して、クラベル校長に大穴での出来事を一部始終まとめた手紙(と回収したマスターボール)を気づかれないよう届けた。オモダカ女史のところにも同じように手紙を置いてきた。

 

 これで今回の一件は終了だ。

 後は自分の尻拭いをするだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんかクラベル校長に呼び出された。

 

「失礼します」

 

「窓から入室するのはやめてくださいね」

 

 すみません。非常識だと理解はしているのだが、他の学校関係者の目を盗んできたので。なおゾロアークのイリュージョンを使えばいいと気づくまで残り数秒。

 

 改めて正攻法で校長室に赴く。

 

「それで僕に用件とは……?」

 

「まずは座ってください。お茶を飲みながら、ゆっくりとお話しましょう」

 

 お説教コースでは。

 何かしたっけ。やらかしたやろボケ。

 

「紅茶とコーヒー、どちらがお好みですか?」

 

「コーヒーでお願いします」

 

「では私も同じものをいただきましょう」

 

 後ろのポットデスが無言で訴えるんだもん。

 信頼するクラベル校長に他の飲み物を飲んでほしくはないけど、自分以外の紅茶を飲ませたら絶対に許さないというゴーストタイプの怨念が。

 

 椅子に腰掛け、喉を湿らせて一息ついた。

 

「ここ最近、各方面に顔を出されているようですね」

 

「はい。逃げ出すような形になってしまったので、謝罪とできる限りの協力を」

 

 問題スパルタ授業を契機に取り上げられた、トレーナーの安全に関する諸問題。その対策を取り進める関係者各位にできることはないかと考えた結果の行動だ。

 まあ既に組織ぐるみで動いているから部外者が口を出す余地はなくて、どちらかというと謝罪&感謝を伝える生存報告みたいになってしまったけど。

 

「……その、こちらにも伺う予定だったのですが」

 

「そうですか。であればまずは一安心です。このままアカデミーは訪れないのかと懸念していたのですよ」

 

「重ね重ね、皆さんにはご迷惑とご心配をおかけしてしまい申し訳ありません」

 

 パルデア各地を飛び回っていたのと、あとはやっぱり、気分的に一番訪問しづらかった。嫌われ者でいいとか言ったけど人間なので普通に嫌だし辛いです。

 

「あれから生徒でトラウマを抱えてしまった子はいませんか? 時間が経ってから、徐々に恐怖が芽生える場合もあると聞きます」

 

「ご心配には及びませんよ。定期的に面談を行なっていますが、あの授業が原因で、そうした心的外傷の兆候が見られる生徒さんは現れていません。ただ……」

 

「ただ?」

 

「いえ……今はまだ話すべき時ではありませんね。それよりも、本日お呼びした件について説明しましょう」

 

 引っかかる言い方だが、それ以上の追及を受け付けず、クラベル校長は話を進める。

 

「とても、大変、非常に言いにくいのですが」

 

 なに、なんだよ。その溜めはいらんて。

 

「後任の先生が未だ到着されないのです」

 

「……なんですって?」

 

 俺が紹介して本人とアカデミーの了承を得たはずではなかったのか。シンオウからパルデアまでは、交通機関を使えばそこまで日数かからないだろう。

 

 いや待て……もしかしてあいつ。

 嫌な予感がした俺は、問題の人物、かつての同僚にして元教え子に電話をかけた。

 

『ロトロトロトロト、ロトロトロトロト……』

 

「はいもしもし? ……あら、親愛なる我がクソ恩師ではございませんの。ごきげんよう」

 

「なぜ南国の海を背景に水着でグラサンしてやがるんですかあなたは」

 

「懐かしいですわー。現役時代の先生もオフでポロッと悪態を溢していましたわね」

 

 どう言い繕ってもビーチを満喫中のご令嬢アコは昔を懐かしんだ後、満面の笑みで胸を張った。

 

「乗る便を間違えましたわ!」

 

 そうだった……彼女には致命的な欠点がある。

 

「しかも飛行機がハイジャックされた挙句、乱気流に巻き込まれてしまいまして……不時着した先は無人島。これ救助待ってたら間に合わねーということで、開き直ってバカンスですわー! オホホホホ!」

 

 不運・方向音痴・フリーダム。

 役満の三点セットである。

 方向音痴はダンデさんほどじゃないが、他二つとの相乗効果で彼以上のトンチキをしてのける。

 

 仕事はできる超優秀な教師なのだが……ばっかやろう、こんな醜態を見せたら転職できるわけねーじゃん。お前を紹介した俺が赤っ恥ですわよ。

 

「もちろんアカデミーには真っ先に連絡いたしましたのよ? そうしたら、そちらの校長先生が今回のお話は無かったことにしてほしい、と。トレーナーズスクールに復職まで掛け合ってくださったのです! まさに捨てる神あれば拾う神あり! ラッキー・ハピナス・ビクティニー! 私ツイてますわねー」

 

「それはよかった。では切りますね」

 

「ああ! お待ちになって!」

 

「何ですか。あなたと話していると疲れるのですが」

 

「コホン……大体の事情はお伺いしていますわ。どうせまた全部一人で解決しようとしたのでしょう。言っておきますが、それクッッッソダサいですわよ」

 

「あ”?」

 

「もっと同僚と生徒の気持ちを考えやがれですわ。常時平静なら尊敬できるのですが、それがあるから先生はクソ恩師止まりなのです。ではアゲたまのご飯の時間ですので、これにて。ごきげんよう」

 

 自分はいきなり通話切るのかい。

 相変わらずだな、あのポジティブ自由人め。

 しかしハイジャックに無人島生活とかやばいだろ。あいつ大丈夫かな……? いや絶対に大丈夫だわ。ポケモン勝負と生存力にかけては俺に匹敵するし。不運で揉まれた胆力は伊達じゃない。本当に一般人か?

 

「というわけですから、現在アカデミーでは技術を担当してくださる先生がいらっしゃらないのです」

 

 というわけで、じゃない。

 彼女が無断で仕事をバックレたのかと思ったから背筋が凍ったぞ。クラベル校長、あなたわざと誤解を招く言い回しをしましたね?

 

「あれを断るのは……一歩譲らずとも理解します。しかし、他に適任がいるはずでは? 新しい募集をかけていないんですか?」

 

「そうですね。する必要がないと言いましょうか」

 

 クラベル校長は引き出しから書類を取り出した。

 

 それ俺の辞表では。

 

「こちら、受理していません」

 

「え」

 

「ですから名目上、あなたはまだアカデミーの技術教師、ウズ先生なのですよ」

 

「えっ」

 

「現在は謹慎中という扱いになっていますね」

 

「えっ?」

 

 待って待って。おかしいじゃん。

 あれだけの大事をしでかしたやつをクビにしないで留めおくなんて、不利益があるだろう。

 

「あの授業は校長の私が許可を出したものです。つまり責任はアカデミーにあります。保護者や理事会に対しての答弁も行っています。ただ、どちらにせよウズ先生も出席しての会見を執り行う必要があるでしょうか」

 

「ええ……?」

 

「気が進みませんか。こればかりは、アカデミーとしても説明責任がありますからね」

 

 違います、会見が嫌とかではなくね。

 そんな軽い処分でいいのかという話よ。

 

「罰を受けて辞職する。生徒の成長を見届ける。どちらも責任の取り方ですが。今回の場合、どちらがより責任を果たしていると言えるでしょう?」

 

「……それは」

 

「無理強いはできませんが、知っておいてほしいのです。我々はあなたの帰りをお待ちしています。……ちょうどいらっしゃいましたね」

 

 校長室にノックの音が響いた。

 クラベル校長が扉を開ける。

 招かれたのは緊張でガチガチのアオイだった。

 

「わ、渡したいものがあるんです」




アコ
元コトブキジムのジムトレーナー。
トレーナーズスクールでウズの後釜を務める。
口の悪さは恩師(ジムリver)譲り。
相棒はドクケイル。

ハイジャック犯を制圧したり。
持ち前の明るさと泥を啜っても生き延びるしぶとさで無人島生活のまとめ役をこなしたり。
この後無事に救助された。

実家は個人経営のうどん屋。
お嬢様ではない。


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046

「わ、渡したいものがあるんです」

 

 そう言って、アオイは紙の束を差し出した。

 随分と分厚い。異なる筆跡でびっしりと書き連ねてある名前はどれも見覚えがある。

 

「名簿……いえ。署名ですか?」

 

「アカデミーを回って集めました」

 

 集めたって、これ相当な数だぞ。少なくとも技術の全受講者より多いのは間違いない。生徒のほか、先生や見知った職員方の名前もちらほらと見受けられる。

 

「ウズ先生が去られた後、アオイさんは皆さんに声がけをして署名活動を始められたのです」

 

「これを一人で?」

 

「私だけじゃ全然……どうしたらいいか校長先生に相談して、みんなに手伝ってもらったんです」

 

 それにしてはアオイは浮かない顔である。もっと「すごいでしょう!」みたいに胸を張ってもよさそうなものだが……待って、この感じ滅茶苦茶覚えがあるぞ。具体的には某こおりジムリーダーのような。

 

「ウズ先生が辞めたのは私のせいだから」

 

 どうしてそうなる。いや、今は分かるよ。俺の行動でそう思わせてしまった。

 

「ちゃんと先生は教えてくれてた。私はそれを無視したせいで怪我をしたのに、先生は同じ事が起こらないようにって授業をしてくれた。ナッペ山とエリアゼロ、二回も助けてくれた」

 

 おまもりの効果にも気づいていたのか。

 たぶん最後の授業で察したんだな。

 

「私があんなことをしなかったら、もっと慎重でいたら、先生は学校を辞めなくてよかった。先生がいなくなって、みんなが悲しむこともなかった。……ごめんなさい」

 

 アオイはどれだけ自分を責めたのだろう。

 グルーシャもそうだった。自責の念に苛まれていた。

 あるいは周囲に心無い言葉を向けられたか。直接告げられたのでなくとも、何気ない噂話や不満を耳にして追い詰められてしまったのだとしたら。

 原因の一端は俺が配慮に欠けていたからだ。これではクソ恩師呼ばわりされても文句を言えない。

 

「謝罪は受け取ります。ですから自分を責めるのはよしてください。アオイさんと生徒の皆さんが無事なら、今後も気をつけてくれるなら、僕はそれでいい。あとは会見で経緯を説明すれば皆さんも分かってくれると思います……それ以降も好き勝手に騒ぎ立てる連中は捨て置きなさい。あなたが気に病む必要はない」

 

「それでも先生は非難されちゃう。過去は変えられない。タイムマシンでも使わない限り」

 

 そうだな。既に起きた出来事は変わらない。

 人生は不可逆でなければならない。

 

 感情が昂ったアオイの目に涙が溢れる。

 

「……泣いてないです。泣かない。私が泣くのは違う。先生を困らせるだけでしょ……同情を誘うな」

 

 小声で自らを叱咤した彼女は目元を拭う。

 わずかに掠れた声で、少女は己の決意を表明する。

 

「考えました。どうすればいいのか。考えて考えて、私は決めたんです。――未来なら変えていける」

 

「そのために署名を?」

 

「はい。これ、ウズ先生に辞めないでほしいって思う人のリストです。授業内容の正当性と責任の所在について……みたいな感じにするより、単純な方がインパクトがあるってアドバイスをもらって」

 

「その辺りはアカデミー側の役割です。アオイさんには生の声を集めていただきました。答弁では有効な手札になるでしょう。数の力は侮れませんからね」

 

 クラベル校長が眼鏡をクイッとする。

 レンズが反射して光るのといい、わずかに上がった口角といい、もうそれ軍師か黒幕の風格なんですよ。

 

「これを渡すか、すごい迷いました。本当はもう嫌になったのに、この署名を見せたら重荷になっちゃうかも、無理に引き止めちゃうかも、って」

 

「……」

 

「でも校長先生に言われました。教師を続けるか、辞めるか、ウズ先生は自分で決断ができる人だって。私たちの気持ちを知ってもらって、行き過ぎな批判から先生を守るために、この署名は役に立つって。だからこれは先生にあげます。えっと、『正しく有効に活用して』くれると嬉しいです……なんちゃって」

 

 おどおどと躊躇いがちに、しかし俺が気負わないように冗談を混ぜる生来の強かさと度胸を添えて、アオイは署名の束をこちらに押しつけた。

 

 本当に……本当にさあ。

 この世界は厳しいけど優し過ぎるのよ。

 

「クラベル校長。手前勝手で申し訳ないのですが、その辞表に不備があるので返却をお願いできますか」

 

「ええ、どうぞ」

 

 辞表カムバック。

 そしてこいつを、こうして、こうだー!

 

 辞表は死んだ。

 シュレッダーなぞ生ぬるい。一瞬で十七分割にしてやったわ。ゴミは自分で回収しています。

 

 俺は深々とクラベル校長に頭を下げてお願いする。

 

「――もうしばらくここで働かせてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え、まずは反省文?

 待ってタイム先生。百枚って何枚よ。ナンマイダ。




ひとまずこれにて、物語の一区切りとさせていただきます。約一ヶ月間、お付き合いいただき本当にありがとうございました。

至らない点ばかりではありましたが、毎日更新を継続できたのは読者の皆様のおかげです。寄せられた感想にはすべて目を通しております。

とはいえ、まだ語れていない内容、描写不足の箇所があるかと思われます。今年中にここまでやろうと駆け足気味になってしまいましたので。

今後の方針と致しましては、不定期に小話のようなエピソードを更新したいと考えています。
感想で言及されたなかで、これはと思う題材があれば拾わせていただくかもしれません。

それでは皆様、よいお年を。
あるいは、明けましておめでとうございます。

あさいかくり


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もっと! 飛んで×2 パルデア
047


グルーシャ視点・三人称風味


 ナッペ山は一年を通して積雪がほとんど溶けない。

 

 季節外れだろうと雪があり、であるならば、遊ばない理由はどこにもない。

 そうグルーシャに述べた人物は慣れた手つきでかまくらを作り、今は火鉢で暖を取っている。

 

「……なんで餅とブドウ」

 

「半額だったので」

 

 それにしたってどういう組み合わせだ。

 飛び出しかけた言葉を飲み込む。手土産に文句をつけるつもりはない。が、グルーシャが用意したコーヒーは後に回した方がよさそうだった。

 

 網の上で膨らむ餅の焼き加減を眺めながら、種なしのブドウを口に入れる。

 

「ウズさんと会うのは三度目かな」

 

「お互い立て込んでいましたからね。病院で一度。その後に一度でしたか」

 

 グルーシャは仕事。ウズは謝罪と挨拶回り。

 どちらも同じ出来事に起因する責務であり、予定を合わせて会う機会がなかった。なんとはなしに紙のメールではやり取りが続いているが。

 

「無事にひと段落ついたということで、ゆっくり羽を伸ばすのも悪くはないでしょう。もう夜ですが」

 

 当日に降って湧いた残業は仕方ない。ウズからの連絡を受けて、グルーシャは準備を整えてある。

 

「サムかったらカイロ使いなよ。毛布も、ジムに置いてあるし。すぐ取ってこれる」

 

「もしかして割と楽しみでした?」

 

「別に。風邪をひいたら困るってだけ」

 

「道理ですね。では、追加で汁物でも作りますか。体を内側から温めましょう」

 

「どこから出したんだよその鍋と具材」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グルーシャとて噂は耳にしていた。

 新任の教師が世間を騒がせていると。それ自体は何を思うでもないが、アオイの一件は見過ごせなかった。

 

 第一印象は拍子抜けだった。

 聞きかじった噂で、身長二メートル超のデカヌチャンのような人物を想像していたからだ。

 それが蓋を開けてみればグルーシャと変わらない普通の人間で、話が通じる常識人に見えた。

 

 だから忠告した。何か起きてからでは遅い。

 グルーシャが関わる生徒は主にジムの挑戦者だ。ナッペ山ジムを訪れるトレーナーは上澄みも上澄みで、全体としてはごく僅か。アカデミーの協力は必要だった。今一度、雪山の脅威について考えてほしかった。

 

 思い返せば、他に言い方があった。

 多少の私情も混ざっていた。

 それでも、相手はグルーシャの言いたいことを会話から汲み取ってくれた。そのはずだった。

 

 問題は、相手が噂通りの人物だったこと。

 そして当の本人が責任を抱え込んだこと。

 

 ポケモンで人間を攻撃する授業。教師は謹慎処分を受けたと聞いて、グルーシャは全身から血の気が引いた。

 グルーシャの言葉が契機なのは間違いない。言葉足らずで相手を追い詰めてしまった。誤解を解こうにも連絡先を知らず、本人は消息不明。

 

 やり取りを知っているのはグルーシャ一人。ゆえに彼を責める者はいない。周囲の気遣いと優しさがより一層心を苛む。真実を告げたところで事態は解決しない。ただ同情と非難が向けられるだけ。グルーシャの重荷が一つ減り、それ以上に増えるだけ。選んだ沈黙は保身に繋がる。どう足掻いても罪の意識から抜け出せない。

 

 逃避のために仕事をした。

 教師が残した置き土産、問題の対策と改善に従事することがグルーシャにできる贖罪だった。

 

 限界寸前のグルーシャを止めたのはオモダカから渡された手紙だった。私信を読む時間すら惜しいと机に放置した彼に、彼女は一言、差出人の名前を告げた。

 

 手紙には慰めの言葉が綴られていた。

 責任を負う必要はないと。

 ……しかし、半ば混濁した頭で読む文面はどこか現実味に欠けていた。自分が生み出した都合のいい幻覚ではないかと疑いは晴れなかった。

 

 グルーシャは過酷な労働を続け、そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝焼けが銀雪を茜色に染め上げる。

 グルーシャは雪の照り返しから目を背けた。視線の先はかまくらをデコレーションするウズの姿。モチーフは巨大化したゲンガーだ。いつの間にか、隣には小さいドヒドイデ型のかまくらが並ぶ。

 

「あんた、結構面白いよね」

 

「何ですか唐突に。口説いてます?」

 

「いや全然違うけど。なんでそうなるわけ?」

 

「グルーシャさん。あなたは一度、自分のポテンシャルを自覚した方がよろしいかと」

 

 顔面600族、などと意味の分からない呟き。

 この男、やはり常識とは程遠い感性に生きている。

 

「口説くって言うなら、いきなり人を抱きしめる方がよっぽどだよ」

 

「仕方ないでしょう。過労で今にも死にそうなのに仕事止めないんですから」

 

「誰かさんが仕事を辞めたからじゃない」

 

「……何も言い返せないですね」

 

 軽口の応酬ができるようになったのは最近だ。

 

 手紙の返信がないことを不審に思ったウズは謝罪を兼ねてグルーシャの元を訪れた。

 顔を合わせた途端、彼はグルーシャを抱きしめて「あなたは悪くない」と謝り続けた。涙と人肌の温もりに、グルーシャも釣られて泣いてしまったのは秘密だ。

 その後、体調が戻るまでは十分な休養を取った。当然だが休みの間は仕事厳禁である。割烹着ニンジャの監視(看病付き)からは逃げられない。

 

「……」

 

 二人で一晩中話した。

 沈黙も長かったが、多くの言葉を交わした。

 その中には両者の過去も含まれる。

 

「どうされました?」

 

「いや。アルクジラのかまくら、作ろうかな」

 

「ハルクジラとチルタリスもできそうですね」

 

 だが、蒸し返すのは無粋だろう。

 深夜にしかできない話はあるものだ。



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048

『月刊ポケモンウィーク十月号 あの人とポケモン!』

【初稿】【チェックお願いします】

 

 トレーナーとポケモンのあんな話やこんな話を聞き出す恒例のコーナー。今月号では、あのコトブキシティのジムリーダーに独占取材を申し込むことに成功した。

 

 ――ではウズさん、よろしくお願いします。

 

(ウ)どうも。

 

 ――ウズさんは極端に露出が少なく、メディア嫌いとの噂も上がっておりますが。今回は取材を引き受けてくださいましたよね。どういった心境の変化が?

 

(ウ)営業に泣き落とされたんですよ。そうでなければ、いつも通りお断りしていました。

 

 ――その秋期限定の芋ヨウカンは、もしや賄賂?

 

(ウ)ノーコメントで。僕の嗜好なんてどうでもいいでしょう。さっさと始めてください。

 

 ――あ、こちらで修正を入れるのでキャラは作らなくて大丈夫ですよ。

 

(ウ)そうですか? 正直助かります。非礼のお詫びにこちら、おひとつどうぞ。

 

 ――わあ美味しい……っと、いけない。それでは早速お話を聞かせてもらいますね。ウズさんは主にどくタイプのポケモンを使っていますが、何かこだわりが?

 

(ウ)身も蓋もない言い方をすると、どくタイプのジムリーダーだからですかね。小さい頃からどくポケモンに親しみはありました。なので自然と、成り行きで……最初のポケモンというのも理由のひとつです。

 

 ――初耳ですね。その相棒とは今も一緒に?

 

(ウ)このクロバットがそうですよ。初めて自力で捕まえたポケモンです。当時はズバットでしたが。祖父に見守られながら、クロガネゲートで。

 

 ――初めての捕獲は苦戦したのでは?

 

(ウ)昼寝しているところにボールを当てるだけだったんですけどね。時間さえあれば寝ているというか……最初は夜行性だからと思っていたら、どうも昼夜問わず眠りたいみたいで。寝溜めのつもりかもしれません。

 

 ――言ったそばから寝てますね。飛びながら寝るとは器用ですね。

 

(ウ)大抵のことはできるので頼りになりますね。なのでジム戦では先発を任せています。

 

 ――かの悪名高い『ついばむズバット』ですか。

 

(ウ)なぜ固有名詞になってるんですかね。

 

 ――それはさておき。ウズさんの古参ポケモンとして有名なのは、他に二体いるわけですが。

 

(ウ)ロズレイドとドククラゲですか。この子ら、まるで正反対な性質なのに不思議と仲がいいんですよ。

 

 ――というと?

 

(ウ)ロズレイドは冷静で落ち着いているんです。視野が広くて頭の回転が早い。逆にドククラゲは呑気でどこか抜けているというか、危なっかしい面がありまして。

 

 ――優等生とドジっ子のような。

 

(ウ)その例えが近いかもしれません。どこか気もそぞろなドククラゲを、ロズレイドがカバーして面倒を見ている感じですね。たまに蔦と触手の引き相撲で遊ぶ姿を見たりします。長時間は続きませんけど。

 

 ――そんな彼らも、ジム戦では挑戦者をじわじわと苦しめることに長けた猛者ですからね。バトルしか見ていないと今のお話は想像できません。

 

(ウ)わりと片鱗はありますが……その点、ゲンガーは見たままですね。自分の欲求に素直な子です。悪戯で相手に一杯食わせることに命をかけてます。

 

 ――命とはまた大袈裟な。

 

(ウ)舐めたらいけませんよ。気がついたら持ち物が消えていることはザラで。最近は僕がすぐ疑うので、やり方を工夫しているようですが。おかげで周囲を観察する癖がつきました。毎日気が抜けません。

 

 ――やはり忍者は常在戦場の心持ちでいると。

 

(ウ)忍者ではないです。

 

 ――ですが、ジムトレーナーのナイトウさん曰く「どう見ても忍者」だと。

 

(ウ)あんのクソガキ……いえ失礼。子供の遊びですよ。彼は忍者ごっこが好きなんです。

 

 ――それと、ジムトレーナーのアコさん曰く「どう見ても忍者」だと。

 

(ウ)この話はよしましょう。不毛だ。

 

 ――え、ええ。では他の手持ちについて伺えれば。

 

(ウ)そうですね……ドクロッグはよく分かりません。

 

 ――分からない?

 

(ウ)そもそも僕は捕まえていないんです。気がついたら鞄のボールに入っていて。そんな経緯で手持ちに加えたものですから、いまいち意思疎通ができない。能力は申し分ないのですが。

 

 ――ウズさんに惹かれたのではないでしょうか。

 

(ウ)湿原で野宿して、朝起きたら手持ちが増えていた時の恐怖。あなたは分かります?

 

 ――この話はやめましょう。まだウズさんの切り札、ドラピオンが残っていますよね。

 

(ウ)よく勘違いされますが、僕としてはどのポケモンも切り札たりえるように育てていますよ。ただ、たしかにドラピオンは殿を任せることが多いので切り札やエースと呼ばれているようですね。

 

 ――最後のドラピオンを倒せず、敗北する挑戦者も多いと聞きます。

 

(ウ)ジムリーダーがフルバトルでお相手する場合、挑戦者を相応の強者と判断していますから。ドラピオンは血の気が多い分、戦うと手がつけられない。頼もしくもあり、手綱を握るのが大変でもあります。

 

 ――なるほど……。

 

 

 

 

 

【やり直し:録音をそのまま文字に起こしただけ。赤入れたところを中心に修正。先輩より】




クロバット ♂
まじめな性格。昼寝をよくする。
最古参。初代『ついばむズバット』。
居眠り中も周囲の物音に気を配っている。
どこか抜けている主人を心配している。

ロズレイド ♂
れいせいな性格。抜け目がない。
策士にして仲間をまとめるブレーン。
ウズの警備体制を構築した全ての黒幕。
どこか抜けている主人を心配している。

ドククラゲ ♂
のんきな性格。粘り強い。
ぽや〜っとしている感が拭えない愛嬌◎。
ウズの安全に気を配り過ぎて自分の身が疎かに。
どこか抜けている主人を心配している。

ゲンガー ♂
ようきな性格。イタズラが好き。
人の慌てる顔を見て愉しむことが生きがい。
黒幕の策に従ってウズの注意力向上に励む。
どこか抜けている主人を心配している。

ドクロッグ ♂
きまぐれな性格。ちょっぴりみえっぱり。
何も考えていないようで何も考えていない。
黒幕のスカウトを面白そうだと引き受けた。
どこか抜けている主人を心配している。

ドラピオン ♂
いじっぱりな性格。暴れることが好き。
力自慢のザ・戦闘狂。喧嘩上等。
隠れてこそこそやるのは性に合わない。
どこか抜けている主人を心配している。

エルレイド ♂
さみしがりな性格。食べるのが大好き。
ホウエンで手持ちに加わった兄弟。
戦闘力に磨きをかけた最高の護衛。
サーナイトにはタイプ相性で手も足も出ない模様。
ここまで育ててくれた主人を尊敬している。

サーナイト ♂
がんばりやな性格。とてもきちょうめん。
ホウエンで手持ちに加わった兄弟。
家事力と包容力に磨きをかけた戦うメイド。
メガシンカ時の格好を気に入っている。だが♂。
どこか抜けている主人を心配している。


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049

 四天王のポピーが勝負をしかけてきた!

 

「ですの!」

 

 でたわね、はがね使い。

 期末テストの採点を終えたところで、ハッサク先生から来客の知らせを受け取った。グラウンドのバトルコートに赴けば準備万端のポピーさん先輩が。

 約束の時間ぴったりだな。付き添いのチリさんと……ねえなんでオモダカ女史までいるの?

 

「おじちゃん、今日はありがとうです。前回の反省を踏まえてポケモンちゃんも仕上がってますので! 今度はぺしゃんこにしてやりますの!」

 

「今度も、の間違いでは?」

 

「いいえ! もうスピード勝負はさせません!」

 

「せやなー。あれは見応えあったで。ゲーセンのディグダ叩きを思い出したわ」

 

 俺のポケモン一方的に逃げ回る側なんですが。

 

 方々に迷惑をかけたので再戦のお誘いは断れなかった。しかし、こちらとて無策で勝負には挑まない。

 憎きはがねタイプに今日こそ目にものを見せてやりましょう。小細工は上々、仕掛けをとくとご覧じろだ。

 

「では始めましょう……ヌケニン」

 

「いやどくタイプ使わへんのかい」

 

 お前それでいいのかという全員の視線が刺さる、しかしポピーさん先輩ほどのはがね使いを相手にするなら、こちらもなりふり構ってはいられない。

 

「お名前は聞いたことありますの」

 

「ふしぎなまもりっちゅうとくせいで、こうかばつぐんの攻撃しか受けないポケモンやな」

 

「ご名答です。そしてテラスタルを重ねます」

 

 このヌケニンのテラスタイプはでんき。

 そして持ちものは宙に浮くふうせんだ。

 もう弱点は突かれない、はがねタイプ何するものぞ。

 三日三晩寝ずに試行錯誤した渾身の策、破れるものなら破ってみせろ……!

 

 ところで、どうしてみんな微妙な表情してるの?

 

「あのー、先生? 張り切ってるとこ申し訳ないんやけど……もしかして疲れとりますか?」

 

「多少仕事を前倒しにしましたね。それが何か」

 

 ポピー様先輩が両手で抱えたボール。

 その内側から漏れる圧に背筋が冷えた。

 チリさんが気まずそうに答えを口にする。

 やめろ、それを聞いたら致命的な、

 

「デカヌチャンのとくせい、かたやぶり*1やで」

 

「デカハンマーですの!」

 

 クシャリ。

 夏の終わり、風物詩の音が響いた。

 

 ……やっぱり睡眠は取らないとダメだね。

 

 

 

 

 

 秘策を潰された俺。けちょんけちょんにされ、はっちゃれもへもへしか言えない体になりました。

 ステロだの砂嵐だの、どう足掻いてもヌケニンで完封できる相手じゃねーわ。一点特化のポケモンは強みと弱みを理解して運用しましょうね。

 

 もへっている俺に、オモダカ女史が拍手を送る。

 

「いい考えでしたね」

 

 喧嘩売ってます?

 

「今回は相性の悪い相手でしたが、場合によっては一体で勝敗を決するポケモンです。勝利のため試行錯誤するその姿勢……ぜひ生徒の前でも披露していただきたい」

 

「嫌ですが」

 

 生徒が搦手ばかりを使うようになったらアカデミーの品位が疑われるじゃないですか。また教え方はどうなってんだとか言われてしまう。

 トレーナー戦のいろはなんてものはゆっくり覚えていけばいいんだよ。パルデア地方は視線を合わせても問答無用でバトルが始まったりしないし、暗躍する悪の組織もいないんだからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 技術 期末テスト

 

問一

市販のボールにあって、クラフトで作ったボールにはない機能を次の選択肢から選びなさい

 

A:ポケモンを捕まえる機能

B:ポケモンを連れ歩く機能

C:ポケモンを保護する機能

D:ポケモンと会話する機能

 

正解:C

 

 

問二

すごいキズぐすりとげんきのかけら、二つのレシピに共通する材料を次の選択肢から選びなさい

 

A:クスリソウ

B:ゲンキノツボミ

C:ピーピーグサ

D:ケムリイモ

 

正解:B(すごいキズぐすりはいいキズぐすり+ゲンキノツボミ、げんきのかけらはゲンキノツボミ+クスリソウで作れる)

 

 

問三

きのみの成長サイクルを早めたい場合に使うとよいこやしを次の選択肢から選びなさい

 

A:ねばねばこやし

B:じめじめこやし

C:ながながこやし

D:すくすくこやし

 

正解:D

 

 

問四

上記問三で選択したこやしを使ってオレンの実を育てる場合、実がなるまでの最短時間は?

 

A:12時間

B:16時間

C:24時間

D:32時間

 

正解:A(オレンの実は結実まで最短で16時間、すくすくこやしは成長に必要な時間を0.75倍に短縮する、よって16×0.75=12時間となる)

 

 

問五

ポケモンは○○

 

A:仲間

B:友達

C:家族

D:怖い

 

正解:ABCDすべて正解とする

*1
他のポケモンが持つとくせいを無視してわざを出せる



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050

19:名無しのポケモントレーナー

このスレもだいぶ落ち着いたな

 

22:名無しのポケモントレーナー

一時期は荒れてたから

ウズ先生のアンチが雨後の筍のように

 

まあ内容が内容なだけに仕方ない

 

26:名無しのポケモントレーナー

賛否両論あるけどね

ちな自分は肯定的

 

27:名無しのポケモントレーナー

は? もし生徒が怪我したら責任取れるの?

 

28:名無しのポケモントレーナー

逆に聞くが、危機管理ができてない子供が危ない目に遭ったらどうする?

それこそ怪我をしたり命を落とすかもしれない

心構えを作る面では大事な授業だよ、俺も子供の時に受けたかった

 

29:名無しのポケモントレーナー

やめろやめろ

スレチやぞ

 

30:名無しのポケモントレーナー

これだからスレ民はさぁ……

 

31:名無しのポケモントレーナー

息するようにレスバする

 

32:名無しのポケモントレーナー

内容は大事でもやり方がまずかったでFA

そもアカデミーが許可出してんだし

やり過ぎたって謝罪もしてたでしょ

あの会見を見てないやつはここにおるまい

 

36:名無しのポケモントレーナー

クソ野郎が空き瓶投げつけたやつな

 

37:名無しのポケモントレーナー

どうして頭に直撃して怪我ひとつないんですかね

 

なお二度目はしっかり受け止めた模様

たぶん最初も防ごうと思えば防げた

 

39:名無しのポケモントレーナー

角度的に校長先生かばってたよね

 

40:名無しのポケモントレーナー

やっぱシンオウ人ェ……

 

43:名無しのポケモントレーナー

正直スーツ姿に興奮してそれどころじゃなかった

 

45:名無しのポケモントレーナー

わかる

 

48:名無しのポケモントレーナー

普段見ない正装ってイイ……イイヨネ……

 

49:名無しのポケモントレーナー

これだからスレ民はさぁ(クソデカため息)

 

53:名無しのポケモントレーナー

そんなことより早く始めるぞ

 

 

 

ウズ先生の攻略会議や!!!!!

 

54:名無しのポケモントレーナー

うおおおお!

 

56:名無しのポケモントレーナー

ひゅーひゅー!

 

60:名無しのポケモントレーナー

ファン・アンチ問わず必見やな

 

62:名無しのポケモントレーナー

準備はええか? ぽまえらいくぞ!

カポエラー!

 

65:名無しのポケモントレーナー

は?

 

66:名無しのポケモントレーナー

は?

 

70:名無しのポケモントレーナー

で、何から語る?

 

72:名無しのポケモントレーナー

決めとらんのかーい

 

73:名無しのポケモントレーナー

やはり目撃情報からでは

 

76:名無しのポケモントレーナー

あのひとノコッチ並みに見つからんのよな……

 

78:名無しのポケモントレーナー

逃げ足も早い

 

80:名無しのポケモントレーナー

そう? 普通に声かけたら話せたけど

 

84:名無しのポケモントレーナー

なぬぅ!?

 

88:名無しのポケモントレーナー

ガタッ

 

89:名無しのポケモントレーナー

聞き捨てなりませんね

 

91:名無しのポケモントレーナー

君たちそんなだから逃げられるのでは?

ボチは訝しんだ

 

92:名無しのポケモントレーナー

身の危険を察すると煙幕焚くっぽいしな

 

94:名無しのポケモントレーナー

ウズ先生の特性はきけんよち/にげあし……?

 

95:名無しのポケモントレーナー

いやワイにはわかる

やつは脳筋や

 

よってちからずく一択

 

96:名無しのポケモントレーナー

まーた話逸れてる

 

97:名無しのポケモントレーナー

ほらラッキーマン

会話の内容おせーておせーて

 

98:名無しのポケモントレーナー

別に大したことは……お惣菜の特売日とか?

 

100:名無しのポケモントレーナー

主婦じゃねえか!!

 

102:名無しのポケモントレーナー

主婦(46)よ?

 

106:名無しのポケモントレーナー

違うそうじゃない

 

110:名無しのポケモントレーナー

個人情報簡単に漏らさないで……

 

112:名無しのポケモントレーナー

自分いっスか

 

114:名無しのポケモントレーナー

どぞどぞ

 

117:名無しのポケモントレーナー

先生が裏通りで怪しげなお店を開いてるとこ、見たことあるっス

 

118:名無しのポケモントレーナー

先生が裏通りで怪しげなお店を!?

kwsk

 

120:名無しのポケモントレーナー

っス、木彫りの置物とかおまもり売ってたっス

 

124:名無しのポケモントレーナー

健全じゃねえか!!

 

127:名無しのポケモントレーナー

これがそうっスね

【画像】

 

128:名無しのポケモントレーナー

わあーグレッグルかわいいー

 

129:名無しのポケモントレーナー

ドオーもいるー

 

130:名無しのポケモントレーナー

ほのぼのすな

 

132:名無しのポケモントレーナー

はっ!?

 

135:名無しのポケモントレーナー

グレッグル……恐ろしい子!

 

136:名無しのポケモントレーナー

安いし注文受け付けてくれるんで

インテリアにもいいっスね

自分は友達のプレゼントにまな板を買ったっス

 

140:名無しのポケモントレーナー

そういや前に青白い顔で雑草もぐもぐしてるのを見かけたことはある

 

144:名無しのポケモントレーナー

草食系男子……?

 

145:名無しのポケモントレーナー

お金ないんかあの人

 

147:名無しのポケモントレーナー

実家は金持ちらしい

ソースはシンオウの雑誌

 

149:名無しのポケモントレーナー

私も見たことある

 

151:名無しのポケモントレーナー

いやワンチャン毒味の可能性が

 

154:名無しのポケモントレーナー

お腹グーグー鳴ってた

 

156:名無しのポケモントレーナー

じゃあお腹ぺこぺこのペロリームね!

 

158:名無しのポケモントレーナー

ウズ先生とトップチャンピオンが街中でモトトカゲチェイスしてた話、する?

 

159:名無しのポケモントレーナー

何してんのトップ

 

161:名無しのポケモントレーナー

めっちゃ楽しそうだった

最終的に五、六人に追いかけられてたよ

 

先生は人力で走ってたけど

 

162:名無しのポケモントレーナー

何してんの二人とも!?

 

163:名無しのポケモントレーナー

もうその程度じゃ驚かないぜ俺は

 

165:名無しのポケモントレーナー

パルクール? っていうのかな

飛んだり跳ねたりで格好よかった

 

168:名無しのポケモントレーナー

はーすっげ

 

170:名無しのポケモントレーナー

スター団のボスもそうだけど

どく使いってみんなニンジャな感じなんか

 

174:名無しのポケモントレーナー

カントーの四天王ジムリ父娘もそうやな

 

178:名無しのポケモントレーナー

つまりどくポケモンを使えば俺もニンジャに!?

 

182:名無しのポケモントレーナー

おやめなさい……

 

184:名無しのポケモントレーナー

いたんだなカイデン!

 

188:名無しのポケモントレーナー

どくタイプは軽率に手を出してはいけません……育成中に噛まれて搬送されたトレーナーは数知れず……どのポケモンもそうですが、事前にしっかりと知識を身につけることが重要です……

 

192:名無しのポケモントレーナー

その通りやな

すまんカイデン、俺が間違ってたよ

 

195:名無しのポケモントレーナー

なので初心者におすすめなのはシルシュルーですね……ノーマル複合、かつ温厚な性質で育てやすいです……テーブルシティ周辺にも生息しているのでアカデミーの生徒はぜひ捕獲してみてください……

 

197:名無しのポケモントレーナー

唐突な布教に草テラスタル

 

199:名無しのポケモントレーナー

ウパーはあかんの?

 

201:名無しのポケモントレーナー

ふむ……パルデアウパーですか……はぐれなら捕獲しやすいですが、三、四匹の団体行動中は思わぬ方向から毒液を浴びることになり危険です……おめめとおくちの愛くるしさに惑わされてはいけませんよ……

 

205:名無しのポケモントレーナー

どくポケを推していけ

 

208:名無しのポケモントレーナー

ウパーはかわいい

ウパーはかわいい(大事なのでry)

 

210:名無しのポケモントレーナー

で、なんの話してたっけ?

 

211:名無しのポケモントレーナー

ドオーが黒パンみたいって話

 

215:名無しのポケモントレーナー

何言ってんのエクレアでしょ

 

216:名無しのポケモントレーナー

ああもうめちゃくちゃだよ

 

ちなこげパンだと思います

 

217:名無しのポケモントレーナー

誰ぞ……誰ぞウズ先生のご尊顔を……一枚あれば持病の癪に効くんじゃ……

 

221:名無しのポケモントレーナー

写真は出回ってないぞ

 

223:名無しのポケモントレーナー

芸能人じゃないからね

 

227:名無しのポケモントレーナー

ここまで有名なら似たようなものでは?

 

231:名無しのポケモントレーナー

ジムリも顔と人気で商売する面あるからな

でも今は逸般人よ、弁えろ

 

235:名無しのポケモントレーナー

たまに見かける写真は大体アングルが盗撮

 

238:名無しのポケモントレーナー

で、どうしてカメラ目線なの……?

教えてえ口り人

 

241:名無しのポケモントレーナー

普通に考えれば気づいてるんだろ

 

243:名無しのポケモントレーナー

視力いくつだよ

 

244:名無しのポケモントレーナー

千里眼持っててもおかしくないと思う

だってシンオウ人だよ?

 

245:名無しのポケモントレーナー

ワイ一般シンオウ在住、善意で否定させてもらう

 

あれが例外

 

246:名無しのポケモントレーナー

むっ、逃げ出した研究サンプル

のこのこと姿を現したなバカめ!

 

249:名無しのポケモントレーナー

しまった!?

 

253:名無しのポケモントレーナー

ほらボールに帰りましょうね

 

256:名無しのポケモントレーナー

い、嫌だぁーーーー!!

 

259:名無しのポケモントレーナー

真面目な話すると

アカデミーの最新版パンフレットと公式サイトには先生の写真が載っているゾ

 

 

 

 

 

ふぅ……

 

262:名無しのポケモントレーナー

まじめ……どこ……? ここ……?

 

265:名無しのポケモントレーナー

ふざけた話すると、ウズ先生に限らず教師陣の写真やバトル動画はちょこちょこ上がってるぞ

アカデミーの公式とか先生方本人のSNSとか

学生以外で知りたい人は必見

 

267:名無しのポケモントレーナー

こういうのでいいんだよ

 

しかし

ウズ先生はSNSをやっていない

 

271:名無しのポケモントレーナー

おふざけが通常運転スレ民よ

 

275:名無しのポケモントレーナー

ワイ、サワロ先生の料理動画すこ

 

276:名無しのポケモントレーナー

かわいい

 

279:名無しのポケモントレーナー

SNSの使い方分からないクラベル校長

 

280:名無しのポケモントレーナー

かわいい

 

283:名無しのポケモントレーナー

パモさんと戯れるセイジ先生with教師陣

 

287:名無しのポケモントレーナー

かわいい

 

288:名無しのポケモントレーナー

スマホ粉砕するキハダ先生

いつの間にか背後にいるタイム先生

岩テラスタルするトップ

 

292:名無しのポケモントレーナー

かわい……ん?

 

296:名無しのポケモントレーナー

それ全部コラ画像だぞ

 

297:名無しのポケモントレーナー

本人に失礼なんだよなあ

 

298:名無しのポケモントレーナー

ばかやろう!

そんなキハダ先生もかわいいだろうが!

 

先生、俺と結婚してください

 

302:名無しのポケモントレーナー

キハダ先生にも選ぶ権利がありますので

……だから俺なんて選ばれるわけないよな

 

303:名無しのポケモントレーナー

事故簡潔

 

304:名無しのポケモントレーナー

これ何のスレだっけ定期

 

308:名無しのポケモントレーナー

じゃーもう適当に動画のリンク貼るね

【URL】【URL】【URL】

 

312:名無しのポケモントレーナー

有能

 

314:名無しのポケモントレーナー

これは学校最強大会じゃな?

 

317:名無しのポケモントレーナー

街中でバトるついでに運営が撮影してるのよね

 

319:名無しのポケモントレーナー

一つ目はVSレホール先生

二つ目はVSトップチャンピオンか

 

320:名無しのポケモントレーナー

ウズ先生ちょっと引いてない?

 

321:名無しのポケモントレーナー

というかレホール先生が食い気味

 

322:名無しのポケモントレーナー

とりあえず見たよ、見たけどさ

 

325:名無しのポケモントレーナー

いやどくタイプ使わないのかーい

 

326:名無しのポケモントレーナー

タイプもバラバラで謎のチョイスだな

 

327:名無しのポケモントレーナー

新顔メンバーを紹介するぜ!

知らんポケモン! 以上!

 

330:名無しのポケモントレーナー

俺だってもう少し情報出せるのに

 

332:名無しのポケモントレーナー

ドドゲザンを首チョンパしたのがグライオン

キラフロルと撃ち合いしてるのがゲッコウガかな

 

336:名無しのポケモントレーナー

それでどんなポケモンなの?

 

338:名無しのポケモントレーナー

オウフwwwいわゆるストレートな質問キタコレですねwww

 

339:名無しのポケモントレーナー

カイデン……じゃないな誰だお前!

 

342:名無しのポケモントレーナー

おっとっとwww拙者『キタコレ』などとwwwこれではまるでオタクみたいwww

拙者はオタクではござらんのでwwwコポォwww

 

では諸君らに分かるよう説明しようか

 

343:名無しのポケモントレーナー

情緒ダイストリームなんだぞ

 

344:名無しのポケモントレーナー

このグライオンのとくせいはポイズンヒール……どくを浴びると逆に体力が回復するというものですね……どくどくだまを持たせることで自発的にどく状態になり、自然回復力を高めています……他の状態異常にもかからない強力で有名な組み合わせです……

 

348:名無しのポケモントレーナー

グrうわくそ言われくぁwせdrftgyふじこlp

 

350:名無しのポケモントレーナー

待ってたよカイデン!

 

353:名無しのポケモントレーナー

俺たちにはお前しかいない!

 

354:名無しのポケモントレーナー

ふふ……ありがとうございます……ちなみにキノガッサでも同じ戦術が可能ですが……グライオンはじめん・ひこうタイプで弱点が二つと少なく、防御力が高いので棲み分けができるのです……

 

358:名無しのポケモントレーナー

流石はカイデン! どくに関しちゃお前の右に出るものはいない! そこに痺れる憧れる!

 

361:名無しのポケモントレーナー

自分も未だ修行中の身の上なのですが……

 

364:名無しのポケモントレーナー

そうなんか

 

368:名無しのポケモントレーナー

ゲッコウガの方は?

 

372:名無しのポケモントレーナー

そうですね……ゲッコウガはみず・あくタイプですが、どくタイプにテラスタルすることで、弱点タイプのうちでんき以外を半減で受けることができるようになります……どくの弱点は元来のタイプで対抗できる……やはりどくとあくの組み合わせは強いですね……みずわざも使えるので通りがよいです……

 

373:名無しのポケモントレーナー

でもウズ先生が負けてるのよ

 

375:名無しのポケモントレーナー

練度の差かなあ

明らかにナンジャモ戦より精彩を欠いている

あのトンチキな連撃も使ってないし

 

379:名無しのポケモントレーナー

三つ目の動画もそうやね

こっちはどくタイプで揃えてるけど

 

382:名無しのポケモントレーナー

二人とも他の動画と選出メンバー違う

こんなにたくさんポケモン育ててるの……?

 

385:名無しのポケモントレーナー

ブルジョワは違うわ

 

388:名無しのポケモントレーナー

ブルジョワは死んだ目で雑草食わんのよ

 

390:名無しのポケモントレーナー

普段は預けているんだろう

 

393:名無しのポケモントレーナー

相手は新チャンピオンの女の子だっけ

この子、誰相手でもしっかり対策するよね

 

397:名無しのポケモントレーナー

はがねタイプを見た時の絶望と怒り

これぞ愉悦

 

401:名無しのポケモントレーナー

でもきちんと対応してくんだから流石だよ

 

402:名無しのポケモントレーナー

エンニュートのくだりは笑った

 

404:名無しのポケモントレーナー

よもや俺の目をもってしても、初手のちょうはつで止まらないとは

 

407:名無しのポケモントレーナー

そして焼かれるサーフゴー

なおエンニュートはみがわりで隠れている

 

410:名無しのポケモントレーナー

「ふしょくだと誰が言いました?」

この真顔ドヤよ

 

414:名無しのポケモントレーナー

ふしょくエンニュートはあまりに有名が過ぎて警戒せざるを得ないのよ

 

415:名無しのポケモントレーナー

ど〜ん〜か〜ん〜!

 

417:名無しのポケモントレーナー

次のキョジオーンで地獄を見るわけだが

 

420:名無しのポケモントレーナー

これにはニンジャもしおしお

 

421:名無しのポケモントレーナー

きよめのしお:状態異常にならない

 

422:名無しのポケモントレーナー

なんちゅうとくせいや……せや!

 

いえきかけたろ

 

425:名無しのポケモントレーナー

ドバドバドバー

 

429:名無しのポケモントレーナー

これには新チャンピオンもぐっちょり

 

430:名無しのポケモントレーナー

胃液……ドロドロ……女の子……?

 

ふむ

 

431:名無しのポケモントレーナー

通報した

 

432:名無しのポケモントレーナー

まだ閃いてないのに

 

435:名無しのポケモントレーナー

ラウドボーンにボコボコにされるまでがお約束

 

437:名無しのポケモントレーナー

強いよねこのラウドボーン

 

439:名無しのポケモントレーナー

どっしりと構えて、真正面から反撃するスタイル

王者に相応しくて嫌いじゃない

 

443:名無しのポケモントレーナー

俺知ってる

この子めっちゃ強かったホゲータや

すげー戦い方変えたのかな

 

444:名無しのポケモントレーナー

これはラウドボーンの勝利ではない

それまで散ったポケモンの努力の結晶なのだ

 

448:名無しのポケモントレーナー

せやね

壁張ったり、不利なポケモンを先に倒したり

 

452:名無しのポケモントレーナー

でもワイはここのウズせんせが好きや

「……はがね消えろ(ぼそっ)」

 

453:名無しのポケモントレーナー

信じられますか?

これ悪態ではなくテラスタル時のセリフなんですよ

 

454:名無しのポケモントレーナー

このぎりぎりマイクが拾わない声量

思わず最後に漏れた感じ本性出ててイイ

 

458:名無しのポケモントレーナー

しっかり聞こえてるんだよなあ

 

462:名無しのポケモントレーナー

でんじふゆうと合わせて弱点変えたのにフレアソングで倒されるところまでが様式美

 

463:名無しのポケモントレーナー

でもはがねしっかり倒してるからな

 

466:名無しのポケモントレーナー

はがねという安易な対策はどく使いに通用しない

 

やはりドラゴン、ドラゴンでじしんを打つのですよ

 

470:名無しのポケモントレーナー

能力の暴力はやめたげてよお!

 

474:名無しのポケモントレーナー

ドラゴンタイプにじしんはようある

浮いてる? なら流星群じゃい!

ついでにはがねテラスするよ

 

475:名無しのポケモントレーナー

慈悲など要らぬ

 

478:名無しのポケモントレーナー

ここは竜使いの巣窟かね?

 

482:名無しのポケモントレーナー

ドラゴーン!

 

486:名無しのポケモントレーナー

ドラゴーン!

 

489:名無しのポケモントレーナー

邪竜よ去れ! 邪竜よ去れー!

 

490:名無しのポケモントレーナー

先生の肩書き最高だな

入場時のアナウンスのやつ

 

491:名無しのポケモントレーナー

この流れで話題変更、だと……?

さてはお主マイペースじゃな?

 

493:名無しのポケモントレーナー

でもわかるマンイルカマン

 

494:名無しのポケモントレーナー

あれ一歩間違えなくても悪口なんじゃね

 




技術教師
器用貧乏ニンジャ ウズ
「貧乏の部分、別の意味ですよね?」

学校最強大会 手持ち
パターン1
タギングル
モロバレル
ドオー
マルノーム
エンニュート
ブロロローム(どくテラスタル)

パターン2
モトトカゲ
テッカニン
ヌケニン
ナマコブシ
グライオン
ゲッコウガ(どくテラスタル)

パターン3
オドシシ
バスラオ(あかすじのすがた)
ストライク
クレベース
ドレディア
リングマ(ノーマルテラスタル)

技構成・特性を含めてランダム
※全パターンに勝利すると……


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051

 コサジの小道からいい匂いが漂ってくる。

 フィールドワーク後の空腹には堪らない。朝起きてから水と野草しか口にしていないからな。それもこれも買い出しを怠った自分のせい。いっそ家電類を全ロトム化して管理してもらうか……。

 

 匂いを辿った先は灯台前。

 見覚えのある男子生徒がピクニックをしている。

 

『ワフ!』

 

「どうしたマフィティフ? もうちょっとだからな」

 

 相棒の声に振り返ったペパーは俺の存在に気づいて料理の手を止めた。

 

「お、ウズ先生」

 

「どうもペパーさん。お元気そうですね」

 

 このような教師に相応しい挨拶を返そうとしたところ、俺の言葉は腹の音でかき消された。

 あ、穴があったら入りてー……このタイミングで空腹アピールは駄目だろ。どう言い繕っても食事をたかりに現れたようにしか見えない。野生のポケモンかな?

 

「よかったら座ってくれ」

 

「よろしいのですか?」

 

「作り過ぎちまったからさ。この量はオレ一人じゃ食べ切れない」

 

 テーブルには軽く見積もっても三人分の皿。

 パエリアやアヒージョ、それから名前の分からない家庭料理が所狭しと並んでいる。この上さらに調理中のサンドウィッチが増えるとすると、たしかに育ち盛りの男子でも持て余すだろう。

 

「ではお言葉に甘えて」

 

 手伝うことはなさそうなので椅子に腰掛ける。

 

「今日はどうしたんだよ先生。いつにも増して顔色が真っ青ちゃんだぜ」

 

「街中で面倒な輩に絡まれましてね」

 

「えっ!? 大丈夫かよ?」

 

「ええ、まあ。ただ振り切るのに少し体力を使いまして。それから今までポケモンを探していたので、口にものを入れる時間がなかったんですよ」

 

 ペパーは疑問に思いながらも納得した様子だ。というか納得して。生徒に愚痴は聞かせられない。

 俺の悪名を聞きつけた暇人との揉め事とか聞いてもつまらないでしょう。だいぶ頻度は下がった方だが、昼飯調達中にバトル仕掛けるのはやめてほしいね。

 

 なお逃げた先でオモダカ女史とエンカウント。

 救いはないんですか。

 

 粘り強いというか執心深い説得に折れ、学校最強大会に参加する羽目になりました。

 せっかくなのでパルデアのポケモンを育ててみては? じゃねーんですよ。

 

「よし、ペパー特製サンドウィッチの完成! あまりの美味さに疲れもたちまち吹き飛ぶぜ!」

 

 バゲット丸ごとを贅沢に使った具材山盛りのサンドウィッチを受け取る。食べやすいようにカットされている点はポイントが高い。では実食。

 

「いただきます……っ!?」

 

「なんだよ先生。泣くほど美味かったか?」

 

「そうですね。とても美味しいですよ」

 

「秘伝スパイスに合う食材を吟味したからな。オレにとっては宝探しの集大成みたいなもんだ。…………一人で食うのはもったいないからさ」

 

 表情を笑顔で覆い隠すのはやめてくれって。

 このサンドウィッチに追い塩は必要ない。

 

「これほどの品です。せっかくですから、お友達を誘ってみてはどうでしょう」

 

「んー……うん。いいなそれ! ハルトだろ、アオイだろ、生徒会長にボタン。となると料理が足りないな。よっしゃ、追加でもう何品か作るか!」

 

『バフッ!』

 

「おう任せろ。もちろんマフィティフたちの分もあるから安心ちゃんだぜ」

 

 結局のところ俺ができることは何もない。

 気遣うつもりが逆に気を遣われてしまうとは情けない限りである。ペパーの方が何倍も大人だよ。

 出会いと別れを経験して子供はどんどん成長していくんだよな。別に俺が育てたわけじゃないが込み上げてくるものがある。あゝ涙がちょちょぎれるぜ。

 

 とりあえず目薬を差し直さないとだな。

 これじゃあ流れ落ちてしまう。

 それにしてもンまぁーい。泣けるわー。



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052

 改造ライドポケモン、スターモービル。

 

 風の噂では、スター団が改造を施したブロロロームは通常種と異なるタイプやとくせいを有しているらしい。

 どうすればそんな芸当ができるのか。

 その謎を解明するため、我々調査隊はしるしの木立へと向かった――。

 

「その技術、僕に教えていただけませんか」

 

「設計担当はオルティガ殿ゆえ、我はさほど詳しくないのでござるが……」

 

 ドーモ、シュウメイ=サン。

 技術教師です。

 

 スター団のことはスター団に聞け。

 そう考えてSTCに足を運んだのだが、どうやら訪問先を間違えたらしい。人間誰だってミスはする。

 

 それはそれとして普通にうらやましいんだが。

 こちとらテラピース必死にかき集めてるのに。

 

 ちなみに後日オルティガに製作方法を教わったが、複数の要因により断念せざるを得なかった。材料費が予算オーバーしたとかじゃないぞ。教師が率先して校則違反するのはダメだからね。仕方ないね。

 

「というわけで、第一回ぼくが考えた最強のスターモービル決定戦を開催します」

 

 実現できないと分かってはいても諦めきれない気持ちがしこりとして残る。じゃあどうにか発散しようという企画である。妄想はプライスレスだからな。

 人の夢は! 終わらねえ!

 

「わ、わぁー?」

 

「えっと……」

 

 スター団はこんらんしている!

 それはそう。いきなり変なテンションでネタを振られても困るだろう。いい反応を返されたら俺がビビる。

 どく組はクラフトに熱心なメンバーが多いとはいえ、あくまで生徒と教師という関係上、友人レベルで打ち解けてはいない。日頃の行いの積み重ねなんだよなぁ。

 

 とはいえ。俺の娯楽に付き合う対価はすごいぞ?

 

「見事、最優秀賞に選ばれた一人には……この特製イモモチ十人前を進呈しましょう……!」

 

「別にいいや」

 

「そうだね」

 

 なん……だと……?

 

「い、イモモチですよ? この焼き加減と香ばしい匂いにいったい何の不満があると」

 

「量でござろう」

 

 みんなで食べたら秒でなくなるだろ。

 まだまだ育ち盛りのくせにお前らときたら。朝昼晩しっかり食べておやつを足すくらいでちょうどよかろうもん。

 なおイモモチは一人前で十分なボリュームがある模様。残念ながら当然の結果である。

 

「しかし他に渡せるものは……これぐらいしか」

 

 取り出したのはわざマシン06「どくどく」。

 現役時代、ジムバッジと一緒に渡していたものだ。

 なぜ手元に残っているかって? 辞める時に箱ごと渡されたんよ。記念品とかなんとか言いくるめられたが体のいい在庫処分である。あげく自分では使わないから置き場所に困るだけというオチでした。くそがよ。

 

「どくどく……!?」

 

「本気、出してみる?」

 

「スーハー」

 

 なぜかスター団の目の色が変わった。

 よく分からんがとにかくヨシ。

 

 さてさて、ぼくが考えた最強のスターモービル以下略、はっじまっるよー。

 

 主催は俺。司会進行も俺。協賛はチーム・シー。

 飛び入り参加歓迎、ただしレギュレーション違反だけは勘弁な。具体的には複合タイプはアウト。当然とくせい二つ持ちなんて論外だ。

 条件がきつい? 専用技とパッシブ状態異常無効でお釣りがくるわ。なんでどくづきより威力高いんだよ。普通のブロロロームにも教えろ。

 

「どくタイプにふゆうで決まりだろ!」

 

「ふむ、どう思いますか。特別審査員のヒロノブさん」

 

「弱点を減らす組み合わせはやっぱり強いね。パルデアだとゴースとゴーストしかいない。どくタイプ使いとしては真っ先に考えちゃうと思います」

 

「そうですね。やはりじめんタイプを無効化できる点は順当に強い。僕はクロバットで対策としていますが、よその地方では同じとくせいを持つドガースやマタドガスを連れているトレーナーがいますね」

 

 カントーの忍者父娘とかはその筆頭だ。俺はどくタイプ使いの先達として彼らを尊敬している。キョウさんは薬学に通じているから教わることも多い。でも娘さんからは蛇蝎の如く嫌われてるんだわ俺。

 マジで心当たり皆無なんだよな……ポケモンリーグで行き倒れた時に(キョウさんから)もらった弁当は美味かったから俺はいい人だと思ってる。なぜか感想を伝えたら激怒されたけど。解せぬ。

 

「ただ、タイプにこだわりがないのであれば、ふゆうでの弱点補完はでんきタイプの方が優れています。今回は評価が分かれるところです」

 

「ふむ……ならば、これはどうでござろう?」

 

 名乗りをあげたシュウメイが、スケッチブックにさらさらと書きつけたのはデザイン画だ。

 歯車にピストンとスチームパンクなガジェットを搭載しつつ、和風の絡繰を思わせる意匠。レトロな近未来像と格式高い伝統を見事に組み合わせて昇華している。

 

「はがねタイプにじょうききかん! さすがシュウメイ殿、デザインセンスはスター団ピカイチだ!」

 

「ふっ。同胞、褒めても何も出ないでござるよ」

 

「先生。これはもうシュウメイ殿が優勝では?」

 

 そうだねすごいね。芸術点は抜群だ。

 正直なところ驚いた。手先が器用なのは知っていたが。好きが高じて身についたのだろうか。やはりどの世界でも熱量を抱いたオタクは修羅だ。

 

 しかしはがねタイプ。

 

 これは俺の好き嫌いでしかない。それを理由に生徒の才能を否定するのは教師として間違っている。

 いや別にはがねタイプが悪いとは言っていない。強いし硬くてかっこいいよな、シャキーンだもんな?

 

 結局、紆余曲折を経てどくタイプ&どくげしょうの組み合わせが栄えある第一回優勝を勝ち取った。

 そりゃそうだ、どく組だもん。



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053

 ちょっとしたボヤ騒ぎがあった。

 

 図書館のカウンターに座ってたら邪悪な気配を感じたので顔を出してみれば、いかにも凖伝説と言わんばかりな四匹のポケモンがボールから出ていたのだ。

 

 隣に誰がいたかは名誉のために伏せるがな。

 ウッヒョー! じゃないんだわ。

 下手に刺激さすな。

 

 驚いてわざを繰り出したポケモンを宥めるため、通りすがりのDJ悪事を含めた面子で突発レイドバトルよ。

 幸い普段は意思疎通が取れているようで一安心。

 あまり無茶はしないでほしいものだ。「自分たちが捕まえないとまずいと思った」? それはそう。

 生徒にここまで言わせるとかどうなんだ。大人として良心の呵責は感じねーのか。

 この件はクラベル校長に報告するぞレホール先生。

 

「あのー、先生? それ返してあげて」

 

「うわぁ……ディンルー欠けてるー……」

 

「おっと。これは失敬」

 

 盾の代わりにしていた木簡と破片を返却する。

 素手だと火傷とか凍傷になるから。

 ちょっと太刀筋刻まれてるけど問題ない? いらないなら叩き割って薪にしてもいい。こう、バキッと。

 

「災いのポケモンが怯えるってやばくない?」

 

 何を言うか。最近はなぜか体の調子が良いだけだ。

 滑舌だって現役時代を超えて全盛期である。コラッタッタタラタラダルマッカビリリリリ……ワンモア。

 

「あ、最近流行ってるやつ。先生も動画とか見るんだ」

 

「これでも技術教師ですからね。スマホロトムだって使いこなしていますとも」

 

 最初の設定が分からずジニア先生に泣きついたのは今や昔。もはやからくりなど恐るるに足らず。はいてくであいてぃーなでじたる世代の爆誕でござる。

 文明開花の音がするぜ。まあ前世じゃ普通にね、機械に囲まれた生活をしていたからね。

 

「でもこれ気になってるんですよね。ビリリダマってリージョンフォームあるんですか?」

 

「いい質問です。あまり知られてはいませんが、過去には今と異なる姿のビリリダマがいたという言い伝えが残されていますよ。ちょうど文献がここに」

 

 カウンターに広げていた帳面を生徒たちに見せる。

 ミオ図書館から取り寄せた資料だから丁重にな。

 

 色褪せた写真からわかる、木彫りのような質感。

 ちなみに隣にはこう記されている。

 

『モンスターボールと空似せし謎のポケモン。気昂るほど腹に蓄えし電流を解き放ち大笑す』

 

 今も昔も自爆する厄介者なのは変わらない様子。

 ビリリダマというポケモンはモンスターボールの流通と深い関わりがあるとされており、様々な研究が進んでいるらしいから驚きだ。生物学のほかに文化学的な視点が必要とされるそうな。

 

「以前授業で話した通り、大昔のモンスターボールは全てぼんぐりで作られていました。ゆえに過去のビリリダマは植物、くさタイプの性質を有していたと仮説を立てることもできるでしょう」

 

 現在のモンスターボールが流通して、くさタイプのビリリダマが姿を消すのも妙な話だがな。モンスターボールに擬態できず自然淘汰されていったのか。

 でもあいつら大して擬態できてねーじゃん。

 

「リージョンフォームが特定の環境に適応したポケモンの姿だというのなら、時代や環境の移り変わりによって失われていく進化の形も存在しうるということです」

 

 少し難しい話になってしまったかな。

 特別授業をする予定はない。だから君たち、単なる雑談として聞き流してくれていいんだぜ。メモまで取るとか真面目ちゃんか?

 

「じゃあ環境さえ整えれば、ビリリダマはこの姿になれるかもしれないってこと?」

 

「ご名答ですアオイさん。とはいえ一人で再現できるものではないでしょうね。特にビリリダマのケースは大勢の人間の力が必要です」

 

「もしかして先生、授業でぼんぐりボールを広めたのって……そのため?」

 

 ふっふっふ。勘のいい生徒ボルね。

 

 そう! これこそ俺、いや僕の百年革命!

 古の時代に存在したビリリダマを従え、モンスターボール業界に反旗を翻す壮大な計画ボルよ!

 ボ〜ルボルボル! 手始めに、まずはそこのお前からぼんぐりボールユーザーにしてやるボル!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いや、やらねーよ。




 ウズ先生と
 ちょっと なかよくなった!


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054

 おしえて! ジニアせんせー!

 

 趣味で読んでいた論文が意味不明過ぎてな。

 専門家の知恵を借りるべく生物室に突撃よ。

 今はまだ内容を理解できないが、いずれきっと理解できるようになる。学力の進歩とは素晴らしいものだ。

 

「どれどれ? ……ああ! 『ポケモンの九割は進化に関係している』ですか。懐かしいなあ」

 

 通称がつけられるくらいには入門編として有名な論文なのだが、実際のタイトルは『携帯獣のうんたらに関するかんたら』と、まあ小難しい。

 噛み砕いた新書版は前世の知識で理解できたから原本をと思ったんだ……無理だったよね……。

 

「今お時間よろしいですか」

 

「もちろんですよお」

 

 やったぜ。持つべきものは優しい同僚。

 

「先生ー、ジニア先生ー!」

 

「あ、ウズ先生もいる。ラッキーだよアオイ」

 

「ハルトさんにアオイさん? どうしましたそんなに走って……」

 

 廊下は走るな。転ぶと危ないからね。

 そんで腕に抱えた毛布は……おい待て。

 

「白い、ゾロア」

 

 思わず懐のギガトンボールを握りしめる。

 おい爺さん、やりやがった……?

 いやあり得ない。俺はそこまで気を抜いちゃいないし、爺さんとて枯れたご老体。

 つまり目の前で眠るゾロアは、正真正銘、野生の白いゾロアである。

 

「お願いします先生。力を貸してください」

 

「この子、ゼロゲートのそばで倒れていたんです。弱っているみたいで……ウズ先生?」

 

「いえ、何でもありません。お話を伺っても?」

 

 詳しい話を聞くと次のような経緯だった。

 黒い結晶巡りをしていた二人は、たまたまゼロゲートの近くを通りかかったとき、見慣れないゾロアと遭遇した。

 子ゾロアは衰弱し切っており、また通常の個体とも、色違いとも異なる様子から、二人は迷わず保護してアカデミーに連れて帰ってきたのだという。

 

 野生のポケモン、特に幼い個体を保護する行為は、はぐれた親ポケモンを刺激したり、環境の変化で過剰にストレスを与えるケースもあるので場合によりけりなのだが……今回はグッジョブだ。

 

「この子はヒスイのすがたと呼ばれる大昔のゾロアですねえ。実際に見るのは僕もはじめてだなあ」

 

「先生たちなら何か知ってると思って。どうしたらいいと思いますか?」

 

 なぜこちらを見るハルト。生物教師でポケモン図鑑を手がけたジニア先生ならともかく。

 

「だって、先生はヒスもがもが」

 

「うん。先生のお面ってもがもが」

 

「おっと手が滑りました」

 

 喜べ。ヨウカンを馳走してやろう。

 だからそのお口を閉じるんだ。いいね?

 

 ……分かっている。放ってはおけないよな。

 こんな遥か遠い彼方で出会った同族なのだ。

 ちゃんと助けるから安心しろ爺さん。

 

「僕が読んだ文献によると、ヒスイのゾロアは氷雪地帯に生息していたようです。そしてゴーストタイプのポケモンです。あくまで文献によればですが」

 

 つまりさ。専門家というか、適任がいるだろ。

 

「フリッジタウンのライムさんにお力を借りてはいかがでしょう。もちろんジニア先生と僕も協力しますよ」

 

「そうします! ありがとうウズ先生!」

 

 さて、ひとまずゾロアの件は置いといて。

 もっとどでかい問題が残っているわけだが……ゼロゲートだっけ? まーたエリアゼロかよ。

 仕方ない、今日は残業だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 

【よくきてくれました】

 

【わたしはアルセウス】

 

【あなたたち ひとがそうよぶもの】

 

【……おやめなさい おやめなさい……ボールをてに はいごをとるのはおやめなさい】

 

【いいですか ウズ いまのエリアゼロは じかんとくうかんがひじょうにふあんていなじょうたいです】

 

【ひとがつくりだしたきかい そのえいきょうはいまもまだのこっています】

 

【ですが それはいちじてきなもの じきにゆがみはただされるでしょう】

 

【それまで パルデアとポケモンをまもるのです】

 

【ウズ あなたにしめいをたくします】

 

【なお このゆめのきおくは じどうてきにしょうめつします けんとうをいのります】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が割れるような頭痛がァ!?

 

「はっ」

 

 ここは……自分の部屋か。

 残業という名のフィールドワークから帰ってきたら寝落ちしてしまったようだ。

 それにしても最悪な夢見だった。ロズレイドのアロマセラピーで気分を解消しよう。

 

 しかし、タイムマシンを止める時に派手に戦ったせいで時空の歪みが発生しているだと?

 なんてこったい。許しちゃおけないぞアルセウス。

 

 まあ俺にできることをやるとしようか。




 ウズ先生と
 また少し なかよくなった!

(没ネタ)
『ア〜ルアルアル……時空が歪んでる気配を感じるでセウスねえ……ディアルガ! パルキア! あとついでにダークライ! やっておしまいでセウスよ!』


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055

 トンテンカンガリガリギュルルルル。

 

 え、技術室から騒音が聞こえる?

 あー多分それ俺の腹の虫(適当)。

 

 などと適当に誤魔化して教師生徒を追い払い、製作していたブツがようやく完成した。

 

「呼ばれたから来ましたけど」

 

「ウズ先生、これは?」

 

「よくぞ聞いてくれました」

 

 アオイとハルトに完成品を掲げてみせる。

 淡い翡翠色のモンスターボール。

 

「名付けて、ストレンジボールです」

 

 奇妙なことに、目が覚めたら枕元にあった材料。なんか頭に浮かび上がる知らないレシピ。

 それをぼんぐりボールの要領でクラフトしたら完成したものがこちらになります。

 

 見た目の仕上がりは市販のボールに近い。

 手触りは滑らかで非常に軽く、飛距離は上々。ただ普通のボールより脆いので繊細な扱いが必要だ。

 既にテスト済みだから性能は保証する。試作品は粉微塵になったりして大変だったけどな。

 

 そしてこのボールには、二人に会いたがっているポケモンが入っているのだ。

 

「出てきてください。ゾロア」

 

 ボールから出たヒスイゾロアは、勢いよく飛び跳ねるように、アオイとハルトの元に駆け寄った。

 

「わ! もう元気になったの!?」

 

「よかった……でも、いったいどうやって? 前に様子を見に行った時はぐったりしていたのに」

 

「エリアゼロの凶暴なポケモンに襲われて弱っていただけでなく、見知らぬ環境で神経をすり減らしていたのでしょうね。なのでゾロアが落ち着けるような工夫をこのボールに細工してみました」

 

 元の生息地に近しい気候、かつライムさんやジニア先生の助力もあり、ゾロアの体力は早々に回復した。

 だが、こやつ警戒心が強いものでな。アオイやハルトが見舞いに顔を見せても唸り声をあげる始末。

 ゾロアークの爺さんがいなければ、食事にすら手をつけてくれなかったかもしれん。

 

 ストレンジボールは内部に特殊な構造が施してある。

 特にヒスイで暮らしていたポケモンは不思議と安らぎを得られるようだ。

 効果はご覧の通りである。うらみぎつねが一瞬で絆されやがった。うーんフォックス。

 ま、他のポケモンでも試したから間違いない。

 

 ゾロアを保護した日の翌日、俺は各方面に声をかけて、エリアゼロの異変を調べる調査隊を秘密裏に発足した。

 ある程度の調査を進めて判明したのは、主に小型のポケモンが時空の歪みから現れていることと、人間が巻き込まれる心配は限りなく低いこと。それと現状では解決の手段がないことだった。

 

 下手にタイムマシンの残骸に触れて事態が悪化したら大変だよね、というわけで我々は静観一択なのよ。

 もともと一般人は立ち入り禁止区域だし。

 

 にしても実働たった数名でよく調べたと思わんか?

 生半可なトレーナーを投入しても被害者を増やすだけ。だからって俺とアオキさんだけかよ。

 理屈は分かるけどね。オモダカ女史ってばああ見えて多忙だし、クラベル校長はジニア先生と時空の歪みの予兆を察知するシステム構築してたから。

 

 閑話休題。

 

 とにかく襲ってくるポケモンと戦い、捕獲して、落ち着かせたら時空の歪みを通じて元の時代に送り返すという仕事でここ数日はまともに休めていない。

 

「ウズ先生、大丈夫ですか? なんだか顔色が悪い……のはいつもですけど。すごい疲れているみたい」

 

「問題ありません。この特製栄養剤を飲めばね」

 

「それ石炭ですよ!?」

 

 いっけね、間違えた。

 これヒョウタに頼んで送ってもらったやつだわ。

 イヤー、コレ、オレノエナジークマ。

 

「エリアゼロの調査で休めていないんですよね」

 

「なんのことですか?」

 

「とぼけても無駄ですよ。僕たち知ってますからね」

 

 調査隊の件は関係者しか知らないはず。

 緘口令を敷いて、データは紙に残さず、全て厳重にクラウドで管理して……あー……。

 

 そういやスーパーハッカーとお友達だったね君ら。

 

「私にできることはありますか? あるなら、お手伝いさせてください」

 

「僕たちはエリアゼロに行ったことがあります。危険なのは分かってます、ちゃんと考えて動きます」

 

 真剣な表情で詰め寄らないでくれないか。

 

 二人はまだ子供だ。数奇な巡り合わせでタイムマシンの一件では活躍したが、本来なら危険も責任も負わず、無邪気に宝探しをしていればよかったはずだ。

 

 ……いや、違うよな。

 大人からは危なっかしく見えても、子供にとってはその時しか体験できない、かけがえのないものなんだ。

 頭ごなしに押さえつけて、大事に囲って守るだけじゃいけない。俺たち大人がするべきは、子供の成長を見守り、どうしようもなくなったときに責任を取ること。

 前回の一件で身に染みたことだろうよ。

 

 それに、彼らにはポケモンがついている。

 アオイとハルトの実力は折り紙つきだ。調査隊の助っ人としてはこれ以上ないくらいに優秀な人材。

 

「ですが、やはり今回は」

 

「連れて行ってくれたらヨウカンを奢ります!」

 

「何言ってるのアオイ。そんな条件でウズ先生が頷くわけないよ、ヨクバリスじゃないんだから」

 

「…………」

 

「あれ?」

 

 い、いや別に?

 その程度でぐらっときたりしてないんだからね!

 それにどうせ君たちはパンに挟むんでしょ。俺は知っているんだ。騙されないからな。

 危なかった。ヨウカンだったから耐えられたが、これがイモモチなら理性に歯止めが効かなかった。

 アオイ、恐ろしい子っ。

 

「ふう……少し時間をください」

 

 真面目に考えるか。

 イモモチのフレーバー……ではなく、彼ら生徒の訴えにどう対応するのかという方針を。




 ウズ先生から
 信頼を 感じる!

ストレンジボール
時空の歪みから現れたポケモンが捕まえやすくなる奇妙なボール。


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056

 夜空に浮かぶ満月を見上げる。

 

 人目を避けたかったので、今晩はグラウンドを貸し切らせてもらった。クラベル校長には無理を言ったが……これからやることは極秘事項なのでな。

 

 約束より五分早く、アオイとハルトが姿を見せる。

 

「決意は変わらず、ですか」

 

 お互いに考える時間は取った。

 その上でここに現れた。

 準備も、覚悟も、十二分に整えている様子。

 ならばもう止めはしないさ。

 

「エリアゼロで発生した時空の歪み。その調査に力を貸してもらいましょう。ただし条件があります」

 

 時空の歪みから中型・大型のポケモンが出現しているとの報告が入っている。

 当然だが小型のポケモンと比べて危険度は段違いだ。

 なかでもオヤブンと思しき凶暴な個体は、通常より強力な技……高速の連撃や渾身の一撃を繰り出してくる。

 

 だからあれだ。要は予習をしようってことね。

 

「ゾロア。お願いできますか」

 

 ストレンジボールから出てきたゾロアは頷く。

 保護してからこの方、この時代に慣れたのか随分ふてぶてしくなった迷いフォックス様である。

 衣食住の対価と言ってはあれだが、俺の頼みをひとつ聞いてもらうという話はつけてある。

 

 今から行うのは興味本位の実験だ。

 失われた進化の道筋。

 それは現代で再現できるのか。

 

 失敗する可能性は高い。

 しかし今回の、過去からやってきたゾロアの存在は千載一遇の好機だった。

 

 リージョンフォームは特定の環境に適応したポケモンの姿だ。条件さえ整えれば再現できるのが道理。

 古い地層から掘り出した石炭や黒曜石、あるいは特有の磁場。これらの調達は不可能ではない。

 しかし極寒の大地や霊峰に集う怨念なぞ、どうやって用意すりゃいいのか。

 

 答えは簡単だ。

 

「わぁ……」

 

「これ、ゾロアのイリュージョン!?」

 

 寸分違わぬ幻を以て、真に迫る。

 

 ゾロアだけでは認識を騙す技量が足りない。

 ゆえに爺さん……ゾロアークの手を借りる。

 

 記憶と恨みが摩耗した爺さんでは、郷愁の念だけでは、どうやっても上手くいかなかった。

 ゾロアのイメージを元に、ゾロアークが補助することで、ようやく成立する裏技にしてバグ技。

 

 どうだ爺さんたち。

 束の間の夢で悪いが、里帰りの時間だぞ。

 

 そして手持ちのリングマさんよ。

 おめー文献によると進化を残してるそうだな?

 栄養剤、もといピートブロックをこうして、こう!

 

「僕からの課題はひとつ。ヒスイのポケモンと戦える強さを、チャンピオンクラスに至るまで磨いた技術を、僕に見せてください。そして……」

 

 煙玉を焚き、装束を着込んで跳躍する。

 朝礼台から見下ろす構図、現役時代を思い出す。

 

「自然の過酷さ、非情さ、残酷さを! その身で学んでいきなさい! 探究者(チャレンジャー)!」

 

 

 


 

でんしょうしゃの ウズが

しょうぶをしかけてきた! ▽

 


 

 

 

 とまあ、大仰に格好つけたわけだが。

 おそらくアオイとハルトに釘を刺す最後の機会だ。

 どう頑張っても勝たせてやらん。

 

 事前にどくびしを撒いたバトルコート。

 外野の手持ちには妨害工作を頼んでいる。

 ドクロッグのさしおさえで道具は使えない。

 ゲンガーのくろいまなざしで交代は潰す。

 積み技や壁を使おうものなら、クロバットがくろいきりときりばらいで打ち消す。

 あとは都度アイテムで向こうの能力を下げて、こっちの能力上昇、と……。

 

「ずっるい! さすがに今のはなしでしょ先生!」

 

「しかも動画で使っていた連撃に、エリアゼロで見たポケモンまで……あれがヒスイのポケモン? でもそれだと時系列が合わないような……」

 

 はっはっは。死ぬ直前も同じ文句つけるつもり?

 

 べ、別に学校最強大会の憂さ晴らしとか、そんなつもりじゃ全然ないんだからねっ。

 大人げないという非難は受け止めよう。

 だが、あれだけ早業と力業を浴びたのだ。もう初見殺しではなくなったな?

 

「あ、今見たものはオフレコでお願いしますね」

 

 公開されたら目立つどころの話ではない。

 これ以上仕事が増えたらぶっ倒れるから。

 

 はいちょっとそこの手持ちー。

 その「今更?」みたいな視線やめなー。




 ウズ先生との
 きずなが 芽生えた!

伝承者 ウズ

初戦 手持ち
ゾロアーク(ヒスイのすがた)
ハリーマン
オオニューラ
サーナイト
エルレイド
ガチグマ(※)

初戦以降、夜のグラウンドで再戦可能(賞金/Zero)
学校最強大会の手持ちがジム戦用のスタメンで固定化

※再戦時はヒスイのポケモンをランダム選出


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057

 金欠だ。なら副業だ。金策だ。

 

 俺、心の一句。

 辞世の句? そうならないとイイネ。

 

 なぜかガオガエンのカラーバリエーションが頭に浮かんだので脳裏から振り払う。これ以上妙ちきりんな電波を受信してたまるものかよ。

 

 実のところ、生活には困っていない。

 衣食住は人並みを維持しているのだが。

 

 近々、林間学校が開催されるらしい。

 場所はキタカミの里。自然豊かな田舎だそうな。

 イッシュのストロベリーだかブルーベリーだかいう名前の学校と合同で、アカデミーからはくじ引きで選ばれた生徒数名が向かうことになる。

 当然、引率として教師の誰かは同行するだろう。ここで深刻な問題が浮上してくるわけだ。

 

 俺の場合、旅費が出せない。

 いや分かってるよ。さすがに個人で全額負担はないだろう。なんならタダで旅行に行けるかもしらん。

 でも違うじゃん。旅行にかかるお金ってのは、交通費と宿泊費だけじゃないじゃん。

 

 今の時期、キタカミの里は祭りの真っ最中。

 遊ぶお金は必要経費。お祭り屋台価格のうまいもんを制覇できるだけの軍資金を早々に拵えねばならぬ。

 

「キタカミもち……興味深いですね」

 

 テーブルシティの目立たない路地にゴザを敷いて、俯きがちに座り込む。生徒に見つからないようにね。

 

 へいらっしゃ。ここは道具屋だよ。

 主に商品はエリアゼロの時空の歪みから回収した道具やガラクタの類である。

 

 ヒスイのポケモンを送り返すついでに検証したところ、時空の歪みは一定時間が経過する、あるいはある程度の質量を持つ物質が通過すると消滅することが判明した。

 そして、過去からやって来るものと現在から送り出すものの総質量はおおよそ釣り合うことも。

 この発見から、事前にいらないものを入れることで、不意に人間やポケモンが飛ばされる心配はなくなった。

 

 だからって壊れた家電を投げ込むか普通。タイムパラドックス起きたらどうすんだ。

 この時代に流れつくものも大概はガラクタだが。

 

 たとえば前世で見たようなケーブル。この時代のゲーム機と規格が合わないためマジもんのゴミ。

 こんなものを誰が買うのか、と思うが意外にも高値で売れるんだよなあ……商売の世界は分からない。

 木彫りのグレッグルと並んで二大商品である。惜しむらくは仕入に時の運が絡む点か。手に入るのが砂利・石ばかりの日もあり稼ぎは安定しない。

 

「こんにちは。手に取ってみてもいいかしら」

 

「どうぞ。破損した場合は買い取っていただきますのでお気をつけて」

 

 プレートやら古文書を真剣に眺める女性。

 ときおり聞こえる小さな呟きから察するに好事家、あるいは歴史の研究者あたりか。

 立ち振る舞いからしてかなりの実力者。ボールの中からやばい気配がぷんぷんしてやがる。

 うーん。なーんか見覚えあるな?

 いやまさかこんなところにいるわけ、

 

「……その声。人違いなら申し訳ないのですが、もしやシンオウチャンピオンのシロナさんでは」

 

「あら、気づいてなかった?」

 

 ナァンデイルンデスカァ⁈⁉︎

 

「何でいるんですか!?」

 

「きみに会いにきたの」

 

 あらやだ。ストレートな殺し文句。

 なにしでかした俺。心当たりが皆無だぞ。現役時代まで遡ると、うん。ドわすれドわすれ。

 

「急用を思い出したのでこれにて失礼」

 

「ガブリアス」

 

 音速に勝てるわけがない。

 

 荷物をまとめて逃げ出した俺を、強襲&とおせんぼするシンオウの600族。ねえこれ人死ぬよ……?

 

「ちょっと? 逃げることないじゃない。同じ研究室で学んだ仲でしょ」

 

「僕は腰掛けでしたが」

 

 ムスッとしないの。あんた大人でしょ。

 

 たしかに一時期、共同研究はしていた。

 厳しい教授で単位が足りなくてな。でも保たなかった。頭のレベルが違い過ぎる。ゲームの知識があってもまるで話についていけん。

 

 あとは掃除がさ……その、あれで……ね。

 

「自己評価は相変わらずなのね。はいこれ、ナナカマド博士からのお届けもの。ポケモンの進化に関する論文と研究データよ。すぐに必要かと思って」

 

「あ……そうでしたか。わざわざすみません」

 

 いや申し訳ない。早とちりしたのはもちろん、多忙なチャンピオンにお使いをさせてしまうとは。

 でもゲームだとシロナさん結構出歩いていたな。シンオウリーグの四天王を突破する猛者がそうそう現れるとも思えないし、実は暇なのかもしれん。

 

「まだ研究続けてるんだ。論文楽しみにしてるわね」

 

「いえ、半分趣味みたいなものですから。というか二度と書きませんよ。卒論でお腹いっぱいです」

 

「教職を取るだけなのに、考古学の論文も並行して進めるからよ」

 

 誰のせいだと。ほぼ自業自得です。すべてはポロッとすべるこのお口がいかん。

 

「すぐシンオウに帰られるんですか?」

 

「一応バカンスのつもりで休暇を取ってるわ。イッシュで羽を伸ばそうかなって。サザナミタウンって知ってる? あそこの別荘にお邪魔させてもらう予定なの」

 

「イッシュですか……知らない場所ですね……」

 

 あの地方、海水浴するとプルリルに手を引かれるし。

 ロクな思い出がないな。1……2の……ポカン!

 えーと、わしは誰じゃったかの?

 

「でも、せっかくだしパルデア観光もいいわね。出立まで時間があるから……本音を言うと、きみとのポケモン勝負をお願いしたいところだけど」

 

「ご存知ですか? パルデアでは目と目が合っても勝負には発展しないんですよ」

 

「残念。気が変わったらいつでも連絡して。じゃね!」

 

 バチバチの殺気を一当てして、シロナさんは二束三文のガラクタを購入していった。

 

 ここはネモをスケープゴートにするか。

 きっと二人とも喜ぶことだろう。



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058

 なにやらエントランスが騒がしい。

 

 司書教諭の業務……林間学校が間近ということで、キタカミの里に関連した蔵書をピックアップした特設コーナーを設営していると、生徒のどよめきが耳についた。

 図書館ではお静かにぃ言うとろうが。悪い子のもとには鬼が出るぞ。

 

 モモンの実を模ったお手製ポップの飾り付けに満足したので騒ぎの大元に足を運ぶ。

 

「はぁ〜……さいっこうにたのしかった……」

 

「あたしもよ。やっぱり世界には強いトレーナーがたくさんいるわね。とてもいい刺激になりました。またバトルしてくれると嬉しいわ」

 

「……っ! はい!! もちろん!!! なんだったら今すぐにでも!!!!」

 

「疲れを知らないんか?」

 

「まあネモだからな……」

 

 野次馬が遠巻きに眺める中央。

 テーブル席の一団は見覚えのある顔ばかり。

 疲労困憊で死にそうな顔のペパーとボタン。

 妙に肌がツヤツヤなネモと、隣でケロッとしているアオイ&ハルトの二人組。

 そしてアカデミーの制服を着たシロナさん……制服姿のシロナさん?(二度見)

 

 目をこするといつものコート姿だった。

 かげぶんしんばりの残像を見た気がしたのだが。

 そうか幻覚。疲れてるな俺。

 

「あ、ウズ先生だ。こんにちはー」

 

「こんにちは。シロナさんはアカデミーの見学で?」

 

「ええ。あとはきみの話を少しね」

 

 おい生徒に何を吹き込んだ。

 現役時代のあれこれを語ったんじゃなかろうな。

 

「シンオウの初心者殺し、カッコいいですね!」

 

「ウズ先生は昔からウズ先生なんだなと」

 

「シンオウ地方の人ってみんなニンジャなのかと思ってたけど違うのな。当然だけど」

 

「えー!? 先生ってニンジャなの?」

 

「さすがに冗談でしょ……?」

 

 ほかにも現役時代の黒歴史がエトセトラ。

 ぐぬぬ。やめろ、当時の俺を真似するんじゃあない。

 かさぶたをはがして傷口を抉る所業ですよ。

 

 これが元ジムトレーナーの二人ならこうてつじま送りにしているところだ。どくタイプつかいのトレーナーは涙目で謝り慈悲を乞うレベルの刑罰である。

 マグニチュードとじばくでトレーナーはしぬ。

 だが、ハガネールから生き延びて初めてコトブキのジムトレーナーを名乗れるのだ。

 

 なおコトブキジムではいつもの日常であった。

 なんで生きてんだろうなあいつら。

 

 そもジムトレーナーを雇うつもりはなかったので。

 だからって俺の真似をするんじゃないよ。こっちだって好きでやってるわけじゃないからな。

 救助に行ったら普通に住み着いてたし、ミオジムのおっちゃんたちと打ち解けてるしさあ……。

 実にふてぶてしい野郎どもである。だから俺のキャラが薄いとか言われるんだよ。

 

「そろそろ集合時間だよ。アオイ」

 

「あ、本当だ。それじゃまたね」

 

 時計を確認したアオイとハルトは席を立ち、各々が思い思いの言葉を返す。え、何。どこ行くの。

 

「林間学校。今日出発だってさ」

 

「初耳ですが」

 

 引率は?

 

 どうりで今朝は見知らぬ女性がエントランスに立っているわけだよ。あの美人、他校の先生か。

 そういや会議のレジュメ、はしっこに小さい文字でちょこっと書かれていたような。まじか、アカデミーの教員はお呼びでないと。

 

 キタカミグルメ……タダ旅行……。

 

「先生大丈夫? 勝負する?」

 

「お気遣いはありがとうございます。嫌です」

 

「お腹を空かせているのかしら。はいどうぞ」

 

「オレの弁当もやるからさ、元気だせよ先生」

 

「いただきます……」

 

 ヨウカンうめ……サンドウィッチうめ……。

 

 しょぼくれた俺の腰でボールが揺れる。

 手持ちたち、慰めてくれるのか……?

 いや違うな。注意喚起だ。この揺れ方、来る!

 

「キタカミの里に向かうのか。ワタシも同行しよう」

 

「ええと、レホール先生は授業がありますよねえ?」

 

「自習用のテキストは用意した。休暇も申請している。……待て。ジニア先生、なぜ逃げる」

 

「あ! ウズ先生! ちょうどいいところに!」

 

 ええい、こっちに厄災を連れてくるな。

 助けを求める顔をするのはよしなさい。いくらジニア先生でもやっていいことと悪いことがありますよ。

 くっそ、シロナさんと生徒で動線が遮られている。

 

「すみませんレホール先生。実はですねえ、ぼくはウズ先生に同行を頼んだんですよお」

 

「二人が三人に増えても問題あるまい」

 

 テコでも動かないつもりだなレホール先生。

 仕方ない、ここは説得しないと逃げられん。

 どうにか彼女をなだめる方向に話を持っていこう。

 

「少しよろしいですか? キタカミの里は、言ってしまえば、変哲のない田舎です。語られる民間伝承も、起源はそれほど古いものではありません。レホール先生が興味を惹かれる理由が僕には分からないのですが」

 

「フッ。愚問だな」

 

 レホール先生は図書館の一角を指差す。

 俺が設置したキタカミの里コーナーではないか。

 関連図書をピックアップしただけだが?

 

「目を疑ったよ。キタカミの里には大昔に姿を消したポケモンが住んでいるそうじゃないか。ひょっとすると……すべて貴様の思惑通りか? ウズ先生」

 

「なんのことでしょう。ああ、バスラオの話ですか? 本の記述では珍しい個体が生息しているようですね」

 

 しろすじのすがたのバスラオな。

 ヒスイの時代から移り住んで定着したのだろうか。

 俺だってフィールドワークしたい気持ちはあるのよ。

 

「まあいい。今回は退こう。ときに、考古学者のシロナとお見受けする。会えて光栄だ。ぜひ学術的な議論を交わしたい。この後の時間は空いているか?」

 

「ええもちろん。大歓迎よ」

 

「では早速、シンオウの神話について……」

 

 よかった。諦めてくれたようでヨシ。

 油断も隙もないのよな、レホール先生ってば。

 一度アオイに化けたゾロアークを夜の校庭に寄越してきやがった時は流石に肝が冷えた。

 ヒスイのポケモンについてはバレてないよね?

 

「それでは行きましょうかあ、ウズ先生」

 

「はい?」

 


 

シロナ

シンオウ地方のチャンピオン。著名な考古学者。

ウズのことは友人と思って接しているが、当人からはなぜ親しげなのかいまいち理解されていない。

この後めちゃくちゃ神話と歴史を語った。

 

ガブリアス ♀

シロナのポケモン。切り札にしてエース。

ウズとその手持ちに敬意を払っており、油断せず、容赦なく、最初から全力で殺しにかかる(比喩)。

 

レホール先生

アカデミーの教師。油断も隙もない大人。

残念ながら休暇の申請は通らなかった。

シロナの知見とウズの言動を照らし合わせている。

あれれー? おっかしいぞー?



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059

 おいでよ、キタカミの里。

 

 飛行機と並走するカイリューや機内販売をジニア先生と楽しみつつ、やってきたのはスイリョクタウン。

 

 雑木林、小川、虫ポケモン、民家のブロック塀。

 どこか郷愁を覚える光景だ。

 やはり緑に囲まれていると心が落ち着く。

 あの辺の草は食べられるし、水場がある。悪くない。

 

「ではでは、さっそくフィールドワークですねえ」

 

 公民館に荷物を置いてまもなく、ジニア先生はうきうきした足取りで出かけて行った。

 あなた、生徒の見守りはいいんですか?

 

 まあ実際ほぼプライベートなのでなんとも言えん。

 あっちはブライア先生と管理人さんがいるからね。

 パルデア地方だと見かけないポケモンにテンションが上がる気持ちはよーくわかる。かくいう俺もヘイガニとかヤンヤンマの姿に子供心が抑えきれていない。

 

「凧糸とヤドンのしっぽで釣れるでしょうか」

 

 地元の子供たちを真似して川辺に。

 彼らからは不審者を見る目で様子を窺われているが、そんなものは知ったことかよ。

 俺はヘイガニ釣りをやるんだ……!

 

「あのおじさん、よそもの……?」

 

「よそものだ」

 

「大人のくせに昼間から遊んでら」

 

 そこで見ていろ子供たち。218番道路のコイキングと呼ばれた俺の業前を披露してやる。

 エサを凧糸にくくりつけてと。そうれ。

 

『ヘイ?』

 

 ちょうど水面から顔を出すターゲット。

 ぶらさがるヤドンのしっぽを前にしたやつは、

 

『ヘッ』

 

 プツリ、と凧糸をちょん切った。

 

「なっ……!?」

 

 エサだけ掠めとるとはクレバーなヘイガニめ。

 くそう。ジョウト産の上物なのに。

 

「逃げられてやんの」

 

「だっせー」

 

「君たち。人を笑うのはよろしくありませんよ」

 

「よそものが怒ったぞ! にげろー!」

 

「わー!」

 

「怒ってはいないのですが」

 

 一目散に駆け出す子供たち。

 あの年頃なら小言ひとつで騒ぎ立てるか。

 まあいいさ。こちとら休暇中のようなものだ。

 

 それよりリベンジだ。次は釣竿を使うとしよう。

 ポケモン用の釣り糸は尋常ではない程の強度を持つ。ギャラドスやホエルオーの重量に耐えるくらいだ。

 真に恐ろしいのはその竿を引けるトレーナーの腕力じゃないかと俺は思うわけだが。やばいな釣り人。

 

 

 

 

 

 水面に向かって釣り竿を振る。

 

「釣れませんね……」

 

 しばらく試すが獲物はヒットしない。

 さっきの騒ぎでポケモンが警戒したのだろうか。

 

 その代わりというか、集まってきた原種ウパーに囲まれている。君たち人慣れしてるね。暇なの?

 こいつら、かわいい顔してメインウェポンにじしんを覚えているんだよなあ。刺激しないようにせねば。

 

「オーッホッホッホ!」

 

 突然の爆音波。驚いて慌てるウパー。

 おい誰だこんなところで大声を出すやつは。

 野生ポケモンを刺激したくないって言ってるでしょ。

 

 声の主はあぜ道に立つ男女二人組だ。

 さびれた田園風景にはまるでそぐわない、ギンギラギンの金ピカ衣装にサングラスをかけている。

 

「ねえビリオ。あんなところに庶民がいるザマス」

 

「本当だね! あれは間違いなく庶民だ!」

 

 ケンカ売ってんのか?

 

「どうしましょう! あたくし、生の庶民と目を合わせてしまったザマス!」

 

「ネアちゃん落ち着いて! あの庶民は様子を窺っているだけさ! 見てごらん、じっと動かないだろう?」

 

 聞いている限り悪意はゼロ。また珍妙な。

 あの笑い方、どこぞの教え子と同じ臭いがする。彼女はメッキで彼らは純金のようであるが。

 関わり合いになると面倒そうなのでスルー。

 

 それにしても釣れないな。エサが悪いのか?

 

「きっとネアちゃんから溢れるオーラに目を惹かれたのさ! さすがは不動産会社パルデアエステートの社長! 庶民ですら放っておかないセレブリティだね!」

 

「オーッホッホッホ! オーッホッホッホ! そうゆうことならよござんしょ!」

 

 手持ちのよせだまのもと、そして適当に落ちているきのみや水草を組み合わせてクラフトしてみる。

 この辺りに生息するポケモンの好みに合わせて調整すれば、きっと良いエサになるだろう。

 

「ときにビリオ。あの庶民は一体何を?」

 

「あれは料理だね! 庶民は自分の食事を自分で用意するのさ! 食材の準備から調理までね!」

 

「まあ! 庶民はあの草やきのみも料理して食べてしまうということ……!? これが庶民の知恵……自然と共に生きるたくましいライフスタイル! あたくしたちセレブには到底思いもよらない考え方ザマス!」

 

「ひゅー! どんな物事からも学びを得る! さすがネアちゃん、社長の鑑だね!」

 

 さて味見を……雑味が残るな。

 組み合わせが悪いか? なら皮と繊維をできるだけ取り除いてから、こっちのきのみを入れて、と。

 

「で、でもビリオ? 人間があんな風にきのみの切れ端ばかりを食べるかしら?」

 

「……いや、違う。あれは」

 

 どうしたウパーたち。群がってきて。

 なに? このエサが気になるのか。

 じゃあ試食していいから感想を聞かせてくれ。

 

「で、でたー!! ネアちゃん! あの庶民は自分の食事を作っていたんじゃない! ポケモンたちのために食事を用意していたんだ!」

 

「な、なんですって!? ポケモンたちを優先して、自分の分は後回しにしていたザマスか!? 自分だけが満足することをよしとせず、周囲に分け与えるその姿勢……すなわちセレブ! ビリオ! あの庶民、セレブのオーラを秘めているザマス!」

 

「さすがネアちゃん! まさか庶民の中からセレブを見抜くなんて! これはすごい発見だよ!」

 

 超まずい? 嘘だろマジかよ。

 みずタイプの嗜好とかけ離れているのだろうか。

 それとも素材とよせだまのもとの相性か。

 

 悪かったよ。しょんぼりするなって。

 あーはいはい。水遊びね。わかったわかった。

 

 ……いや待て。だくりゅうはきつい。

 あと貴様はさっきのヘイガニぃ!? ハサミをギロチンの如く振りかざすんじゃねえ!

 

「庶民はポケモンと決闘もできるんザマスか! 庶民……なんて恐ろしい生き物……!」



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060

 夕焼けこやけに日が暮れる。

 

 周辺を散策して、おおよそ調査は終えた。

 キタカミについての理解は深まったと言えよう。

 

 見覚えのあるあれやこれから察するに、この土地はかつてシンオウ地方と関わりがあったようだ。

 交流か、移民か。まあ資料が少なすぎて分からん。

 これだから記憶頼りの口伝えは。一度そのコミュニティで忘れ去られるとそれっきりなのよ。紙に残して。なんのために文字があるの。

 

 だが、バスラオのデータは集まった。

 ジニア先生に投げれば研究が進むだろう。え、普通のバスラオとは別種かも? もうちょい詳しく。

 

 そしていくつか興味深い話も聞けた。

 名付けるならば、そう。

 

 ひとつ、仮面の鬼VSともっこブラザーズ!

 今、顔を見せたな? 鬼退治英雄伝説!

 

 ひとつ、濃霧に浮かぶ紅月!

 歴史の影に潜む影! 謎の美女と野獣絵巻!

 

 ひとつ、なんかすごい!

 キタカミ行脚のド・パワースポット六選!

 

 うさんくせー。

 あまりのらしさに親バカ親父を思い出してしまったじゃないかよ。許さん……はがねタイプ絶許……。

 

 なおフィールドワークの途中、既にキタカミ六選なるパワースポットには足を運んでいる。

 うーん。という感じで何もなかったよね。

 ああいや、何もないというのは語弊があるか。

 

 例えば鬼が山地獄谷。

 山の中腹に看板が立っているのだが、付近は火山性のガス溜まりがあり普通に危ない。知らずに突っ込んでちょっと意識が遠のいたからな。酸欠で人は死ぬ。

 

 ほかにはフジの池。

 喉が渇いたので水分補給したことを話したら、「そのまま飲んでしまったのか!?」と驚かれた。人によっては命の危険があるらしい。お腹の調子は快調である。

 

 あと、ありがたい輪。

 埋まった石が円を描いており、内側はペンペン草すら生えていない。見ていると力が湧いてくるという触れ込みなので中心にきあいだまのわざマシンを置いてみた。

 みんなー! 俺に元気を分けてくれー!

 

 てらす池? ちゃんと許可取りましたよええ。

 ドガースで上がったテンションは、キラフロルを見て急降下した。あとこれ大穴の結晶体だよね……?

 

 妙なほど肌に馴染むともっこプラザの空気といい、全体的に評価に困る場所だなキタカミの里。

 ただ俺の顔を見るなりオマケしてくれた桃沢商店のおばちゃん。あなたは最高だ。

 

「そろそろ時間ですかね」

 

 オモテ祭りは今夜からだったはず。

 屋台並ぶキタカミセンターに人は流れて、ともっこプラザには人っ子一人見当たらない。だから手持ちをボールから出して遊ばせてやれるわけだ。

 

 彼らも俺と同じく調子が良いようである。

 パルデアよりシンオウの気候に近いからだろうか。

 それぞれが思い思い伸び伸びと過ごしている。

 

 クロバットは膝の上で昼寝。もう日没だぞ夜行性。

 四枚羽をだらんとさせやがって。つまんでやろ。

 

 ドククラゲはさっきまで頭にのしかかっていたが、陸上での活動限界を迎えた。

 

 ロズレイドはサーナイト&エルレイド兄弟と野点をしている。なんか知らんポケモンもおるんじゃが。

 粗茶ですがって? まあくれるならもらおうか。

 

 あ、こらゲンガー。茶碗ひっくり返すな。

 知らんポケモンが襲いかかってきたじゃないか。

 

『チャデスデ?』

 

『チッ、ヤバ……ソチャドー!』

 

 いやどこから出てきたもう一体。

 

 そしてドラピオンが切り捨てるという。

 野生相手では手応えがないのか不満気だ。

 

 ところでドクロッグさんや。

 黙ってともっこ像の前に立つのやめない? 怖いから。そっちには何もないでしょ。

 像に向かってどくづきすな。それ公共物だからね。

 

「壊したら怒られてしまうじゃありませんか。勘弁してください。小遣いは祭りに注ぎ込む予定なんですから」

 

 念のため、壊れていないかともっこ像を調べる。

 目立った傷はないな。立て付けが悪いのか小刻みにカタカタと震えているが……。

 

 ドクロッグが地面を殴りつけると振動は止まった。

 だーかーらー。気まぐれでものを壊すな。地面ならオーケーだと思ったのかおめーは?

 


 

相棒

最近構ってもらえていないので甘えている。

 

マスコット

空気を読んで先輩に時間を譲った。

 

野点組

当然気づいていた。抹茶の調理法を募集中。

 

セコム

物理も特殊も。ゴーストタイプはもう慣れた。

 

Bボタン

「今じゃない」。祭りを台無しにするのは無粋。



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061

 ワッショーイ! そーれ祭りだ祭りだ!

 

 地域で一番盛り上がるのはこの祭りinキタカミ!

 私はですね、キタカミの里はスイリョクタウンの北東に位置するキタカミセンターに来ております。

 

 三角の鳥居と阿吽のヒスイガーディ像を通り過ぎて、長い階段を登った先は砂利道の境内。

 ゆらゆら揺れる提灯、こわいお兄さんがやっているテキ屋の屋台を冷やかすことができまする。

 

 では通りすがりの現地の方、コメントを。

 

「えっ!? お、おれ……? えっと、ごめんなさい。友達さ待たせてっから……」

 

 少年は緑のお面をかぶって足早に立ち去る。

 

 ありがとう。君のおかげで少し冷静になれた。

 いい大人が祭りの空気にはしゃいでどうするよ。

 うちの生徒の目もあるんだ、落ち着いて見守りをするくらいの心持ちでいなければ。

 

「こんばんは。ウズ先生、だったかな」

 

「おやそちらは……ブライア先生」

 

 たしか林間学校の引率役でブルーベリー学園の教務主任だったか。公民館で挨拶したっきりだな。

 

「お祭りを満喫しているかい?」

 

「それなりに楽しませていただいていますよ」

 

「ふふっ、それなりか。りんご飴を両手でほおばる人のセリフとして聞くと面白いね」

 

 彼女は笑うが、まさかさっきまで口と両手で三本ずつ持っていたとは思うまいて。手持ちポケモンの分なんだから勘違いしないでよねっ。

 

「オモテ祭りではお面をかぶるのが慣わしだそうだよ。仮面をつけると人は違う自分になったかのような錯覚を覚える。それがある種の非日常感と結びついているのかもしれない。……残念ながら私は買えていないけれど」

 

「店番の方が席を外していましたね」

 

 俺は自前の仮面を持っている。ただこの場で使うわけにはいかないし、祭りで買うお面とは別物だよね。

 

「まあ構わないさ。夜は長い。これも何かの縁だ。待つ間、おしゃべりに付き合ってはくれないかな?」

 

 フランクに接してくれるところを悪いのだが、ブライア先生との会話はどうも背筋がひりついてやまない。

 なんだろうな、この探りを入れてくる感じ……レホール先生と似た系統の……どこか油断ならない。

 

「申し訳ありません。目当ての出し物がありまして」

 

 俺は境内の奥にある屋台を指差す。

 誰が呼んだか、鬼退治フェスという。

 ポケモンにライドして野外を駆け回り、バラバラに配置された風船の中にあるきのみを集めるゲームだ。

 

 鬼要素どこよ? と思うけども。

 景品でキタカミ名産のもちがもらえると聞いた。

 これはやるしかあるまいよ。

 

「では失礼」

 

 にげあしにげごしききかいひ。

 三十六計すたこらさっさー。

 

「……ふられてしまったか。エリアゼロの話を聞ければと思ったのだが、少し甘く見過ぎたかな?」

 

 

 

 

 

 ライドポケモンに跨り風船を割る。

 ルールや些細は異なれど、似通った競技は大昔から存在していた。それこそヒスイの時代から。

 風船割りを極めることでご先祖様は村の一員として認められたそうな。実に眉唾ものである。

 

 そんなご先祖様の教えにはこうある。

 『陸、海、空。即ち三位一体の極意なり』。

 これくらいできないと話にならないよ、ライドポケモンを鍛えましょうねというありがたーい訓示なのだ。

 

 しかし俺のモトトカゲは陸専用。

 お世辞にもオフロード性能が高いとは言えない。

 サンドウィッチ大好きオギャアス、もといミライドン・コライドンなら話は違うのだが。

 今から進化してあんな感じにならない?

 

 ひでんマシンが手元にあればな。ロッククライムとなみのり、あとそらをとぶを教えたいところ。

 一度鍛えてみるか。ドラゴンだしやれるやれる。

 

 気長なモトトカゲ改造プランは置いといて。

 鬼退治フェスはライドポケモンが必須である。自前のポケモンがいなければ受付でオドシシを借りられる。

 

「どう? これがオニバルーン割り王の実力……」

 

 前方に他の参加者を発見。

 加速した勢いで少女を飛び越える。

 

「えっ、何?」

 

 おっと、袋からきのみがこぼれているぞ。

 もったいない。投擲で返してあげよう。

 

「何なの!?」

 

 ついでに少女の進路上にあった風船を叩き割る。

 卑怯と思うな、早い者勝ちだ。

 

「何だってのよー!!」

 

 罰金100万円な!

 

「ていうか何あいつ? 速すぎて白い残像しか見えなかったけど!?」

 

 普通のオドシシとは違うのだよ、オドシシとは。

 こいつは通常の三倍の速度で駆け抜けるのだ。

 しかし変装の必要はなかったな……装束を持ち出すのはやり過ぎた。気づかれる前に着替えよう。



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062

 スイリョクタウンに妙な噂が流れている。

 

 なんでも見慣れない人影が目撃されたらしい。

 それは仮面をかぶっており、人間と思えない身のこなしであったそうな。新種のポケモンかな?

 

「ときにハルトさん、なぜ僕を呼び出したのです? まだ林間学校の途中とお見受けしますが」

 

「先生に相談があるんです。ここに来るまで、誰にも見られてないですよね」

 

「ご安心を。内密とのことでしたので」

 

 持てる全力で忍んで参ったでござる。ニンニン。

 おいそこ、なんで不安そうに頭を抱えている。

 

「まあいっか……実は、友達のことなんですけど」

 

 ほうほう。林間学校で新しい友人ができて。

 そのキタカミ出身の姉弟とオリエンテーリングを回っているが、弟くんの様子がおかしいと。

 

「原因には心当たりがあるようですね」

 

「……はい。僕たち、隠し事をしてて」

 

 きっかけはキタカミの里に住まう鬼。

 アオイとハルト、そしてキタカミ姉弟の姉の方ことゼイユは、オモテ祭りで鬼に出くわした。

 だが弟くん、スグリだけは鬼に会えずじまい。

 鬼の大ファンであるスグリが悲しまないように、オモテ祭りの一件は三人の秘密にした。

 

 しかし、些細なすれ違いでスグリとの関係がギクシャクしているようである。

 

「どうすればいいか、というのは今さら僕が口にするまでもないでしょう。あなたは理解しているのですから」

 

「正直に話して、謝る?」

 

「ご名答です。難しい顔をしても時間が過ぎるばかり。今が一番、白状しやすいタイミングですよ」

 

 謝って許してもらえるかは弟くん次第だが。それは言わぬが花だし、ハルトだって十分に分かっている。

 許してもらえないから謝らないってのは違うからな。

 だが、彼らが再び笑顔になれるような後押しはするし、良い結果を祈るよ俺は。

 

「仲直りできたら、全員に特製キタカミイモモチスペシャルを振る舞いましょう」

 

「あ、それはいらないです」

 

 なんでさ。しっかり食え若人。

 

 スグリは現在アオイとオリエンテーリング中らしい。

 キタカミの里各所にある看板巡りで時間を稼いで、ハルト・ゼイユのペアが解決策を考える作戦だ。

 

 連絡のため取り出したハルトのスマホロトムが、ひと足先にメッセージを受信する。

 

「アオイからだ。……え!?」

 

 声を上げて固まるハルト。

 俺は横からスマホの画面を覗き込む。

 

『ごめんバレた! どうしよう!?』

 

 なんつータイミングだよ。

 

 

 

 

 

 楽土の荒地。

 自然豊かなキタカミの里にあって、なぜか岩肌があらわになっている北西部一帯である。

 村から離れているからか出現する野生ポケモンは平均以上の強さを誇り(無論キタカミの里での平均)、凄腕のトレーナーとて油断は禁物だ。

 

 もうすぐ日が暮れる。

 夜は危険だ。平静でないならなおのこと。

 

 駆け足で三枚目の看板を目指す。

 アオイの連絡では、オリエンテーリングの最後でスグリが感情を爆発させたらしい。

 静止を振り切って先に帰ってしまったのだとか。

 

 地元の子だし、何があるとは思わんが、大人としては不安なんだよ万が一を考えると。

 引率のブライア先生は他のグループにも目を配らなきゃならん。つーか教師一人だけっておかしいだろ。

 だからジニア先生も付いてきたのか? フィールドワークは見守りの一環……かも。タブンネ。

 

 そうこうしているうちにスグリを発見。

 ブルーベリー学園の制服だ。間違いない。

 

「どうして……」

 

 俺は気配を殺して様子を窺う。

 

「ねーちゃんも、アオイも、ハルトも……みんなグルだったんだ。三人でおれを笑ってたんだ」

 

 スグリは怒っていた。

 

「友達さ、言ってたのに」

 

 泣いていた。

 

「嘘つき……嘘つき!」

 

 叫び疲れて、それでも気持ちが収まらないのだろう。

 スグリは八つ当たり気味に拳を振りかぶる。

 

 ああもう、見てられん。

 俺は声をかけさせてもらう。

 

 合言葉は……そうだな。

 おーす! みらいのチャンピオン!



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063

スグリ視点・三人称風味


 日が傾き、足元の影が歪に伸びる。

 

 どこまでもついて回るもう一人の自分。

 俯いたら目に入る陰り。それから逃げるように視線を彷徨わせて、スグリは思わず顔をしかめた。

 

 きっかけは些細なことだ。

 林間学校で知り合った友達と姉の話が聞こえてしまい、自分が仲間はずれにされていることを知った。

 

 盗み聞きするつもりはなかった。

 だが、彼らが話している内容を耳にして、最初に芽生えたのは疑問だった。

 

 鬼と会った?

 どうして話してくれない? スグリがどれだけ鬼を好きか、会ってみたいと思っているか知っているのに。

 

 どうして自分をのけものにする?

 友達だと言っていたのに。一人だけ仲間はずれにして、三人で楽しいことをひた隠しにして。

 

 友達なんて言葉に舞い上がっていたのは自分だけで、本当は、何も知らない滑稽な自分を嘲笑っていたのか。

 

「嘘つき……嘘つき!」

 

 ひどい。悲しい。許せない。

 

 なぜこのような不条理が罷り通る。

 無知だからか。田舎者だからか。

 それとも……弱いからか。

 

 強ければ鬼に会えたのか。

 強ければ仲間に入れてくれたのか。

 強ければ友達でいられたのか。

 

 強ければ、何をしても許されるのか?

 嘘を吐いても、人を傷つけても、弱い人間は黙ってされるがままに身を縮めていなければならないのか。

 

 ゼイユは強い。

 トレーナーとしての実力は相当なもの。勝負においてスグリが彼女に勝ち越したことはない。

 姉という立場もスグリにとって大きな意味を持つ。

 たった数年の生まれの差は、しかし同年代の子供がいない環境で育った彼にとって絶対的な格差であり。

 物怖じせず自信に満ち溢れたゼイユの後ろに隠れて、ついて回るばかりだった。逆らっても機嫌を損ねるだけ。口論やポケモン勝負で勝てるはずもなく、姉のお節介で今までやってこれたのも事実……。

 

 だからこそ、新しい友人に憧れた。

 

 明るくて優しい素敵な二人組。

 都会暮らしの洗練された仕草。

 姉をやすやすと打ち負かす勝負の腕。

 当然のように従える見たことのないポケモン。

 

 すべてがキラキラと輝いていた。

 まるで『物語の主人公』のように。

 

 どうしたら、二人のようになれるのか。

 強くなるにはどうすればいいか。

 そんな質問をしたことがある。

 

『私は強くなんかないよ』

 

 勝負の後でポケモンを労わりながら、鬼のように強い彼女は苦笑した。

 

『私は子供で、一人でやれることには限界があって。本当に強い人、すごい人ってたくさんいるし』

 

『たぶん、私も、大人になれば今よりできることが増えると思う。だけど……大人だからって何でもできるわけじゃない。できないこと、間違えることはある』

 

『私は強くない。誰しも完璧じゃない。でも、私はみんなに助けられて、今日を生きてる。私が強く見えるなら……それはきっと、みんなのおかげなんだと思う』

 

 

 

 ――謙遜するなよ。勝っておいて。

 

 

 

『強くあろうとはしてるかな』

 

 笑顔を絶やさない少年は、バカ話のやり取りから一転、真面目な表情で答えた。

 

『これは勝負の勝ち負けに限らずさ』

 

『苦しいとき、逃げ出したいとき、目の前に立ち塞がる最大の敵って自分じゃない?』

 

『頑張りたいときは、全部を受け入れた上で、虚勢でいいから笑うんだ。そうしたら不思議と力が湧いてくる。それから一歩前に踏み出せばいい』

 

 

 

 ――いいよな。それで上手くいくんだから。

 

 

 

 結局のところ、強いやつの理屈だ。

 アオイとハルトが強いのは事実だし。

 気持ちひとつで弱者が強くなったりはしない。

 才能と運と環境と、何もかもが異なるから。

 

 同じだけの努力をして、知恵を絞って。

 それでも弱いやつはどうしろっていうんだ?

 

 負けたくなかった。

 強くなりたかった。

 鬼と仲良くなりたかった。

 

「ずるい……ずるいずるいずるい! なんであいつらばっかり! 強くて、友達がいて、ヒーローみたいで! おれだって、特別な……そんな」

 

 

 

 ――主人公に、なりたかった。

 

 

 

「…………」

 

 その様子を、じっと眺めるものがいた。

 視線を感じてスグリは顔を上げる。

 

 村に続く道の先。

 夕闇に、見慣れない人影が立っていた。

 

(……誰だ?)

 

 ゆっくりとした足取りで影は歩み寄る。

 

(村の大人じゃねえべな。あんまよく見えねえけど仮面つけてる? 鬼面衆でもない。鬼さまの仮面とは違う。丸っこくて、ピンク色で……桃?)

 

 ゆらゆらと不気味に揺れながら、影は明らかにスグリのもとを目指している。

 

(そういや、変な噂があったよな)

 

 スイリョクタウンで囁かれる仮面の影の存在。

 同時に、脳裏に浮かぶのは先ほど目にしたばかりの看板の文章。キタカミの里に残る伝承の一説。

 

『黄昏時、村の外で向こうから

 歩いてくる影があったなら気をつけよ』

 

『すぐさまお面をかぶって

 みずからの顔を隠しなされ

 さすれば影が人であれ、鬼であれ 

 お面同士、会釈して通り過ぎるのみ』

 

(い、いや。ただのおとぎ話だ。鬼さまはそんなことしねえ。こんなの嘘っぱちだ)

 

 だが、スグリは目を離すことができなかった。

 足が震えて動かない。明らかに人の形をしているのに、頭から突き出た一本角が恐ろしい。

 

 いっそ、そのまま通り過ぎてくれ。

 そんな祈りは届かず、影は距離を詰めてくる。

 スグリの視線に気づいた影は……静かに一礼した。

 

(会釈返したらいいのか? でも)

 

『もし、お面を持たざるときあれば

 影が人であることを願いなされ』

 

『その影、人であればよし

 二度とお面忘れるべからず』

 

(お面、持ってない。こんなことならじんべえから着替えるんじゃなかった! 看板の続き、なんだっけ? えっと、たしか)

 

 

 

『その影が鬼であれば最期

 真の面を覗き込まれたなら』

 

 

 

 俯いた顔。視線が合うはずはないのに。

 

 

 

『その者、魂を抜きとられ

 二度と村へは帰れぬだろう』

 

 

 

 妖しい眼光に、間近で覗き込まれていた。

 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 スグリは逃げ出した。

 ただ恐怖に突き動かされて走り出す。どこに向かうのかなど考えていない。ただ目の前のナニカから離れることができればそれでよかった。

 

「…………」

 

「ひいっ!?」

 

 だが、逃げ出した先にソレはいた。

 回り込まれたのだと考える余裕はない。

 ただただ恐ろしくて、スグリは咄嗟にモンスターボールを投げつけた。

 

 飛び出たオオタチは片手で押さえつけられて、もう片方の手でボールを奪われる。そのまま宥められたオオタチは無抵抗でボールに戻っていく。

 

「こ、こっち来るなバケモノ!」

 

「…………」

 

 腰を抜かしたスグリに対して、仮面の影は何をするでもなく、懐からキズぐすりを取り出した。

 地面に置いたキズぐすりとスグリの位置から遠ざかる。まるで危険がないことを示すように。

 

 仮面の影はスグリと自らの膝を指差す。

 

「……使えって?」

 

 腰を抜かしたときに擦りむいたのだろう。

 膝からは血がにじんでいた。

 

 仮面の影は、よくよく見ればただの人間で。

 薬をくれる親切な人をバケモノ呼ばわりしたのだと、スグリが気づいたときにはもう遅い。

 

「ご、ごめんなさ……おれ、そんなつもりじゃ……」

 

 これではまるで昔話と同じ。

 鬼を恐れて、仲間はずれにした村人と。

 今のスグリはなんら変わらないではないか。

 

「…………」

 

「気にしない、って……でも」

 

 仮面の男は無言のまま頷いた。

 なぜか巨大なモモンの実をくり抜いた仮面をかぶっていることといい、明らかに人間離れした足の速さといい、おかしな相手だが悪い人間ではないようだった。

 

「…………!」

 

「その代わりにバトル? えっと……うん、わかった。そういうことなら……お手柔らかに」

 

 男につられてボールを構える。

 正直なところ気乗りはしない。先程、看板前でアオイと戦ってぼろぼろに負けたばかりだから。

 だが胸に燻る感情と、男から伝わる気迫が、首を横に振ることを許さなかった。

 

 

 

 

 

 男のポケモンは相当鍛え上げられている。

 それでもスグリは食い下がることができていた。

 

「止まるなヤンヤンマ!」

 

 高速で移動するクロバット。分身による撹乱は厄介だが、スピード勝負ならヤンヤンマも負けていない。牽制を入れつつ、かそくで徐々に差を縮めていく。

 

「そこだ! エアスラッシュ!」

 

「…………」

 

 空気の刃が同時に放たれ、相殺。

 衝突に紛れてクロバットが背後を取る。攻撃後の隙を狙ったヘドロばくだん、ヤンヤンマが毒に侵された。

 

「ああっ!?」

 

 動きが鈍ったヤンヤンマは無数の影分身に包囲されてしまう。全方位からのエアスラッシュは、どれが本物か見分けるのが至難の業だ。

 

 一瞬の迷いが命取りになる。

 即座に見極めて指示を出せば回避できたタイミングで、分身よりわずかに遅れた本命の攻撃。むしタイプにひこうタイプのわざは効果抜群だ。

 

(アオイなら避けてた。どうしておれはできない? ……いや、何考えてんだ。無理に決まってるのに)

 

 本当にどうしようもない。

 格の違いを散々思い知らされて、それでもまだ、憧れることをやめられない。

 諦めの悪さじゃない。自分に無い輝きが羨ましくて、みっともなくもがいているだけ。

 

(ヤンヤンマはだめだ。次のポケモンを)

 

 交換のために取り出したボールが揺れる。

 スグリに何かを訴えるように。

 

 砂煙の向こうから羽音が聞こえる。

 ヤンヤンマ、否、もっと力強い高速の振動だ。

 盾代わりの岩塊から姿を見せるはメガヤンマ。げんしのちからで身を守り、土壇場で進化を果たした。

 

「わやじゃ……だけど」

 

 満身創痍のメガヤンマに勝機はない。

 そんなスグリの思考を振り払うように、メガヤンマは全力で風を切る。

 ひんしに追い込まれるだけのエアスラッシュを受けて、なお倒れず、秘められた原始の力を呼び起こす。

 

 相打ち覚悟の特攻をしたメガヤンマが力尽きる。

 倒れる直前、スグリに頷いてみせて。

 

(なんで?)

 

 クロバットはまだ倒れていない。

 メガヤンマの無茶は意味がなかった。

 別に、進退を賭けた一戦ではないのに。

 

「…………」

 

 今の出来事とスグリの表情に何を思ったか。

 男は傷ついたクロバットをボールに戻す。まだ戦えるのに、ハンドサインで戦闘不能を示して。

 余力を残した状態のリタイア。別にどうということはないが、少し不愉快な気分になる。理由は分からない。

 

「いけ、ニョロボン」

 

「…………」

 

 男の二番手はドククラゲ。

 触手を伸ばしてニョロボンを拘束しようとする。

 

「触っちゃだめだ。ハイドロポンプで弾け!」

 

 蠢く触手が張り巡らされる中をニョロボンは掻い潜る。どうしても避けられない場面は高圧の水流で網の目を広げて、無理やりに押し通る。

 

「近づいて。もっと……もう少し……」

 

 ドククラゲに近づくほど触手の密度は上がる。

 しかし、それはまとめて薙ぎ払うチャンスでもある。

 

「そこ! ハイドロポンプから、かわらわりっ!」

 

 触手を根本ごと水流で押し流し、ニョロボンは隙だらけの本体目掛けて手刀を叩き込む。

 急所に当たった、そう錯覚する一撃。

 しかしドククラゲは身体を流動状にしてとけることでぼうぎょを高め、打点を急所から逸らした。

 

「…………」

 

 赤い水晶体が明滅する。あやしいひかりを直視したニョロボンは混乱してしまい、足が止まる。

 すぐさまドククラゲはニョロボンの手足にまきついて、おまけに猛毒を浴びせかけた。

 

(まきつくに、どくどく! しかも関節を決められてる。あれじゃ抜け出せない)

 

 じわじわとニョロボンの体力が削られる。

 ときおり抵抗するが、混乱しているからか、ドククラゲではなく自分を攻撃してしまうようだ。

 

(ハルトだったら、こんなとき思いもよらねえ作戦で乗り切るのかな。おれにあいつの半分でも想像力があれば……はは、ないものねだりしてばっかだ)

 

 できないものはできない。

 そうやって納得できたらどれだけ楽だったか。

 

 だが、ニョロボンはまだ立っている。

 スグリの指示を待っている。

 トレーナーなら、やるべきことがあるはずだ。

 

「ニョロボン! 足元にだいちのちから!」

 

「……ッ」

 

 初めて仮面の男に動揺が走る。

 メガヤンマと同じ自爆覚悟の攻撃。だが、スグリがそんな指示を出すとは考えていなかっただろう。

 ニョロボン諸共、ドククラゲにダメージが入る。不意をついた効果抜群の直撃だ。それでも、とくぼうが高いドククラゲを倒すまでには至らない。

 

 それでいい。拘束は緩んだ。

 

「今だ! 決めろ!」

 

 両手のかわらわりがドククラゲを沈める。

 一度、興奮を鎮めるために深呼吸。

 肩で息をするニョロボンにガッツポーズを送れば、力強いサムズアップが返ってくる。

 

 勝った。今度は紛れもない実力だ。

 メガヤンマのボールを撫でる。心の中でありがとうを呟いた。はっきりと言葉にはできないが、彼らのおかげで、スグリは何かを掴めそうな気がしている。

 

「……」

 

 男は三本指を立てる。

 次のポケモンで最後だと、意思をあらわに。

 男は最後にロズレイドを繰り出した。

 

 ニョロボンはもうどく状態で長くは保たない。

 故に、スグリが選んだ戦術は速攻である。

 

「走りながらハイドロポンプ!」

 

「…………」

 

 ロズレイドは舞うように攻撃を避ける。

 はなびらのまい。花弁の嵐が壁となり、ニョロボンを一歩も近づけさせない。ロズレイドは時間を稼ぐだけで勝利できる。接近されるリスクを取ることはない。

 

(考えろ。勝つためには何をすればいい? 引き出しはあるはずだ。ブルーベリー学園で学んだこと、アオイと、ハルトと、ねーちゃんがやってたこと。そんで……この人がやってたこと!)

 

 戦況の把握、ポケモンの状態、フィールド、わざの使い方、タイプ相性。それらに縛られない発想力。

 

「ニョロボン、くろいきり」

 

 視界を奪う。そして背後からの強襲!

 

(明らかに特殊わざを使うポケモン。距離を取るスタイルなら、接近戦は不慣れなはず……え?)

 

 霧が晴れた後、立っていたのはロズレイド。

 ニョロボンの受けた切り傷を見て、スグリは自分が判断を誤ったことを遅まきながら悟る。

 

(物理わざも使うのか……! 何やってんだおれ。決めつけたらだめだろ。多分いあいぎりか? 目眩しが効いてなかった。霧の中でも見えてる?)

 

 スグリは知る由もない。

 煙幕からの不意打ちは男の十八番だと。

 ポケモンたちにも、視界が効かない状況に対応する訓練を施しているということを。

 

「……けっぱれ! カミッチュ!」

 

 三体目を出すと、なぜか男は喉を鳴らす。

 すぐさまロズレイドの茨で我に返っていたが。

 そうして男の雰囲気が一変する。

 

「…………!」

 

 直後、カミッチュが吹き飛ぶ。

 

「え?」

 

 攻撃を受けたことは理解した。

 一瞬たりとも目は逸らしていない。

 それでも、何が起きたのか分からない。

 

(……だめだ。考えろ、まだバトル中)

 

 停止した思考を無理やり働かせる。

 両手のバラを突き出した体勢のロズレイド。

 カミッチュの体表に張った霜と、漂う冷気。

 

(こおりのつぶて、は違う。覚えるわけない。ウェザーボール? ばか、晴れてるだろ)

 

 スグリは正解に辿りつけない。

 ロズレイドが披露した技を、わざだけによるものと勘違いしたら、百点満点は得られない。

 ポケモンの秘めた力を目覚めさせ、個体ごとに異なるタイプの攻撃を繰り出すわざと。

 目にも止まらぬ速度で行動する、古より受け継がれた戦闘技術の合わせ技なのだから。

 

 まるで先程の焼き直し。

 何度も目にした光景だ。力量差を前にして、なす術なくポケモンが倒れるのを眺めていた。

 

 栄光の影には夢の欠片が散らばっている。

 誰かの思いは、より強い思いに砕かれる。

 粉々になった破片を踏み躙って、勝者は高らかに叫び、勝利の味に酔っている。

 

 一度だけ、なんて言えない。

 積み重ねた努力は報われてほしい。

 手を伸ばした願いは掴み取りたい。

 どんな時も、スグリはそこに立っていたい。

 

 ――どんな手を使っても? 何を犠牲にしても?

 

(それは……そうだろ? 勝てるなら)

 

 余裕のつもりだろうか。

 ロズレイドは待ちの姿勢を崩さない。

 

「まだやれるよな? 立ってくれカミッチュ!」

 

 カミッチュは声援を受けて力を取り戻す。

 トレーナーとポケモンの思いは共に、しかしてポケモンが抱くは勝利の念に止まらず。

 スグリが、もう敗北に思い詰めないように。

 

「細かく牽制、そんで力を溜めろ! そう……まだ、もっと……今だ! りゅうのはど……」

 

「あっ、こら!?」

 

 わざを撃つ瞬間、男が慌てふためいた。

 

 男の元にはスグリのオオタチ。

 ボールから飛び出して、興奮した様子で飛び跳ねては、押さえつける男の手の中でもがいている。

 

「大人しくなさい。(バトルに参加したいのはわかったが乱入したら)痛い目にあいますよ」

 

「きょ、脅迫……!?」

 

(なんてやつだ! オオタチを人質にとってまで、勝負に勝つつもりなのか!)

 

 スグリは男の執念を見誤っていた。

 真に手段を選ばない強さとはこういうことか。

 

 たしかにスグリは強くなりたい。

 目の前にチャンスがあるなら掴みたい。

 

 だが、だとしても。

 

 大事なポケモンを切り捨てるような。

 踏み台にして笑うような真似はしたくない。

 パートナーを裏切るのはいやだ。

 その行為は憧れの否定だ。

 スグリが信じる全てに対する裏切りだ。

 

「カミッチュ! 前じゃなくて上に撃て!」

 

 スグリに応えたカミッチュは蓄積したエネルギーをロズレイドにではなく、頭上に放つ。

 波動の奔流が雲を割り、夕焼けを裂く。

 

「……わかってた」

 

 スグリは毒気が抜けた表情で呟いた。

 

「おれは、主人公になれない」

 

「だってそうだろ? 根暗で、弱くて、友達を信じることすらできないんだから」

 

「本当は全部わかってた。何か理由があるって」

 

「仲間はずれだとか、アオイやハルトがするわけない。ねーちゃんは……うん、わりといつもひどいけど。でも姉弟だから。いいところだって少しは知ってる」

 

「……なんか、違う気がするから。勝負はおれの負けでいい。オオタチを返せ」

 

 なぜかプロ顔負けのブラッシングを始めた男と、脱力してされるがままのオオタチに声をかける。

 

 なお、誤解が解けたのは数分後のことである。

 

 

 

 

 

 互いのポケモンを回復した後、男はオオタチのモンスターボールをスグリに返却する。

 

「まずは謝罪を。あなたとポケモンには酷なことをした。申し訳ありません」

 

「あんたが謝ることじゃないべ。その……おれのほうこそ、ごめんなさい」

 

 突然のエンカウントは戸惑ったが。

 男は単純に勝負をするつもりだっただけ。

 普通に話しかけてこい、とは思う。あと、そのへんてこりんな仮面は何なのだ? とも。

 

「でも、悪いと思うなら教えて。なんで? どうしてこんなことしたの?」

 

「タレコミがありましてね」

 

「タレコミ?」

 

「いえ、失敬。……強いトレーナーが道に迷っていると、そんな噂を聞きつけたので。どれほどのものか見定めてみようと思っただけですよ」

 

 仮面で男の表情は読み解けない。

 今の言葉が本心から出たのか、それともはぐらかしているのか。スグリは後者と判断した。

 

「誰から聞いたホラ話だよ」

 

「事実でしょう」

 

 戦ってみて、身にしみて理解しました、と自分のモンスターボールに手をやる男。

 

「地力とセンスは十分。年齢を考えたら破格です。上と見比べて卑下しているようですが……あなたは、彼らに決して劣らない強さを既に持っている」

 

 知ったような口調で紡がれる戯言だ。

 スグリが耳を傾けたところで、気休めになるどころか、慰められているようで羞恥が勝る。

 

「他者を思うことができる。そして、過ちを認めることができる。あなたの長所で、強みです。意外と得難いものですよ。この手の才能は勝負で身につきませんから」

 

「ふーん」

 

 結局は負けたけど。そんな負け惜しみは、流石に子供っぽいので口にしない。

 スグリなりに考える。男の言葉を咀嚼して、自分の中で納得ができる箇所とできない箇所をより分けて、役に立つと思った内容は飲み込んだ。

 

「さて、もう日が暮れる。村まで送ります」

 

「……うん」

 

 家までの道のりで、スグリは物思いにふける。

 考えるばかりで答えが出ない。

 きっと。主人公なら、この程度では悩まない。




いつもの装束は洗濯中だった


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064

 ともっこ像が壊れたらしい。

 

 管理人さんの話では、原形をとどめないほどに木っ端微塵だとか。現在は犯人を探している様子。

 いや、今回は何も知らないですよ。ドクロッグのパンチにそこまでの力はないわ。

 

 ともっこプラザの方角に、空に登る光の柱を見たという人物もいて、情報は錯綜している。

 いらぬ疑いをかけられないようによそ者は大人しくしときましょうかね。

 

 ところで、目の前に三匹のポケモンがおるんじゃが。

 もしかして君たちともっこだね?

 

『ヌンダ。ヌンダ』

 

『キチチ』

 

『マシキャァ……?』

 

 昔話によると死んで埋葬されたはずだが。

 キタカミもちを山盛りに抱えていやがる。

 復活して二度目の生を漫喫中、って感じだな。

 

 ひそひそと密談を交わす三匹。

 犬と雉はそのまま立ち去り、猿はキタカミもちを手にして俺に近づいてきた。

 

 え、なに。くれるの? お前いいやつじゃん。

 

「……? なぜ止めるんです」

 

 だが、ボールから出た手持ちが一斉に割り込む。

 猿に威嚇を、俺には警戒するよう促す彼ら。

 旅の途中でたまによくこういうことはあるが。

 

「ああ、なるほど。毒ですか」

 

 こいつめ、もちに一服盛ってやがる。

 俺も鈍ったもんだ。完全に油断していたぜ。街中で仕掛けてくるとはいい度胸だな猿公。

 

 悪巧みを暴かれて逃げ出す猿。

 俺は後を追いかける……が、しかし、悲鳴と破壊音が聞こえて立ち止まった。スグリの家の方だ。

 

「クロバット、猿の追跡は任せます」

 

 嫌な予感がする。頼むから当たってくれるなよ。

 

 

 

 

 

 キタカミ姉弟とその祖父母のお宅は、スイリョクタウンに建つ趣深い一軒家だ。

 しかし、塀は一角が砕かれており、昨晩お邪魔したばかりの庭は見るも無惨に荒れ果てている。

 

 庭の隅に追いやられた祖父母のお二人。

 倒れてうずくまるスグリと、それを囲む犬と雉。

 

「スグリ! 早くお面を渡してしまいなさい!」

 

「嫌だ! これは鬼さまの大事なお面だ! ともっこなんかに渡すもんかッ!」

 

「だが、それではお前が……!」

 

 おーけー。状況はおおよそ把握した。

 伝承で崇められている鬼退治の英雄ともっこ、その正体は悪いポケモンだってことをな。

 そして、鬼の宝物にして落とし物……オモテ祭りの夜、ハルトたちが拾ったという碧のお面。ともっこが奪おうとしている代物はこれで間違いない。

 こうなると昔話の悪さをする鬼というのも、どこまで本当だかわからんね。

 

 ともあれ。考えるのは後回しにしよう。

 スグリはお面を抱えて抵抗しているが長くは持つまい。既に手持ちポケモンはひんし状態のようだ。

 

「まったく、生身でポケモンに立ち向かうとは無茶をする。あまり感心できませんね」

 

「え……あんたは」

 

「危ないので下がっているように」

 

 紫色の鎖を振り回す犬の攻撃を受け止める。

 いってーな。咄嗟に防いでしまったじゃないか。

 鍛えてなきゃ致命傷だぞこの威力。

 

 さて、どうしよう。

 この場で戦うと家屋なりの被害が増えるからな。スグリの怪我を診てやらないといかんし。

 テレポートでこいつらを野外に飛ばすか。

 

「スグっ!?」

 

 悲痛な叫び声が場にいる全員の注意を引く。

 ブルーベリー学園の制服を着た少女は、傷だらけのスグリを見るなり顔を蒼白にして駆け寄る。

 

「何よこれ!? どういうこと? 誰にやられたの!? あんた死んでないでしょーね!」

 

「い、いた……ねーちゃんいたい……」

 

「痛い!? どこ、見せてごらんなさい!」

 

「お姉さま。一回落ち着いて」

 

 スグリの肩を揺するゼイユ。半分狂乱状態の彼女を引き剥がすハルトと、俺の死角をカバーするアオイの二人はポケモンを出してともっこを牽制してくれている。

 

 形勢の不利を悟ったともっこは逃走を選んだ。

 俺は手持ちに指示して、わざと包囲に穴を作る。

 ここで倒すことも考えたが……追い詰められた獣は何をしでかすか分からない。

 ゲンガーとエルレイドを見張りにつけて、ここは一度仕切り直した方がいいだろう。

 

「待ちなさい! 私の弟に何してくれてんのよ!」

 

「だめゼイユ。まずは治療しないと」

 

「ぐっ……わかってる」

 

 気持ちは分かるが冷静にな。

 怪我人を放置するわけにもいかんだろ。




※毒入りもちは主人公が美味しくいただきました


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065

 ともっこから受けた傷を回復するぞ。

 

「さてアオイさん、ハルトさん。処置は?」

 

「はい先生。怪我をしたスグリとポケモンは寝かせて安静にしてあります」

 

「どくけしは使いました。でも、スグリの傷が」

 

「よろしい。僕が見ましょう」

 

「ちょっと、あんた誰? スグリになにする気?」

 

「ご家族が心配なのは理解しますよ。ですが、ご安心を。応急処置は慣れています。念のためドクターを呼んでもらえると助かります」

 

「あのね、明らかに怪しいやつを信用できるわけないでしょ!? なんなのよその変な桃のお面! 警察呼ぶわよピーチメン!?」

 

 おっと、つい癖で仮面をつけていた。

 今回は別に素性を隠す必要がない。

 

「アカデミーの技術教師、ウズと申します」

 

「……こんなのが教師?」

 

 おいこら何が言いたい。

 

「不安なら処置はあなたにお任せします。今から言う通りに止血して、この薬を塗ってください」

 

「大丈夫だよゼイユ。ウズ先生の薬はよく効くの。なんたってどく使いだからね」

 

「今のところ大丈夫な要素がないわ」

 

 なんだかんだ言いつつも、ゼイユは手際良くスグリの治療を進めた。ひとます安心だ。

 

「ねーちゃん、これしみる……」

 

「文句言わない。男の子なら我慢しな」

 

「うぅ……」

 

 手持ち無沙汰の間に、俺はアオイとハルトに詳しい説明をしてもらう。詳細の把握は大事だからな。

 

「その前に先生、さっきイイネイヌのわざ、思い切り当たってましたよね。怪我はしてませんか?」

 

「そうですね。毒攻撃でしょうか。まあ、軽いもうどくですね。ご心配には及びません」

 

「へーそう。よかったわね〜……じゃないわよ! 軽いもうどくって何!? 言葉の意味わかってる!?」

 

 よそ見をするのはよくないぞゼイユ。

 あと、この程度ならツバつけときゃ治る。

 もちろん言葉のあやですよ? 衛生的に唾液はよろしくないので、いい子は真似しないように。

 消毒・解毒を徹底しような。毒をそのまま摂取するなどもってのほかだ。同時にモモンのみを頬張るといいぞ。

 

 というわけで、情報をまとめるとしよう。

 

 キタカミの里に伝わる昔話は偽りだった。

 悪い鬼、オーガポンは心優しいポケモンで。

 三匹のともっこは、オーガポンの宝物を奪い、その報復として殺された。

 だが、かつてのキタカミの人々は鬼を恐れ、悪者であるはずのともっこを英雄視した。

 

 そして現代。

 オモテ祭りでオーガポンと遭遇したアオイたちは、鬼に忘れ物……碧のお面を返そうと考えた。

 ただお面が欠けていたので、今日はてらす池に修復用の材料を取りに行っていたそうな。

 

 スグリはスグリで、家で一人考え事をしていたところ、復活したともっこがのこのことやってきた。

 ともっこは村人にとっての英雄だ。なんとまあ、盛大な歓迎で迎えてしまったらしい。

 キタカミセンターに保管されていた鬼のお面……四枚あるうちの三つと、ご馳走を捧げて。

 

 ともっこは残る碧のお面を奪い、オーガポンに復讐するつもりなのだろう。

 しかしスグリが抵抗したことで最後のお面はともっこの手に渡らずに済んだ。

 

「ごめん……おれがもっと強かったら、鬼さまのお面を取り返せたのに……」

 

「それは違うよ。スグリのせいじゃない。それに、こんなに頑張って、お面を守り切ったじゃないか!」

 

「このお面を直してオーガポンに届けてあげよう。きっと喜ぶから。ね?」

 

「ともっこに盗られたお面も取り返すわよ。ついでに落とし前をつけてやらないとね……地の果てまで追い詰めて、二度と娑婆の空気を拝めない体にしてやるわ」

 

 うんうん。美しき友情かな。

 

「ですがドクターストップです(ギュッ)」

 

「先生はお医者さんじゃないのに」

 

 たしかに医師免許は持っていない。

 教員免許とポケモンリーグ公認のジムリーダー資格なら取得しているが。

 まあ自慢にはならないわ。俺が受かるのだから、さほど難しい試験ではないのだろう。

 

「自覚していないでしょうが、皆さんはともっこの毒を受けています。スグリさんは言うに及ばず。他の方も遠隔で少量の毒素を送り込まれているようですね」

 

 直接触れずとも相手を毒に侵す能力とはな。

 猿鳥犬のくせして実に厄介だ。うらやましい。

 

 知らずいつもより弱った状態で、ともっことバトルするのは体に堪えるだろう。

 ふざけた見た目だが長年祀られてきたポケモンだ。伝説には及ばないとしても、それに準ずる強さのはず。

 

「毒が体から抜けるまで無理は禁物です」

 

「大人しくしてろっていうの?」

 

「いいえ。あなた方にはオーガポンとの接触をお願いします。僕では警戒されてしまう」

 

「でも、ともっこを放っておいたら何をするかわからないですよ。……まさか先生一人で行く気ですか。もうどくを受けているのは僕たちと同じなのに」

 

「もう毒は治りましたから」

 

 この俺を誰だと思っている? シンオウ地方で一番の、どくタイプのエキスパートである。

 

 皆が戻るまで足止めすればいいのだろう?

 実に“単純”な話よ。“悪事”かます前にやればいい。

 

 鬼退治ならぬ、お供退治だ。



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066

 鬼が山に俺、参上。

 

 逃げた三体を追うことしばし。

 険しい岩山の道なき道をすいすいと登るともっこ。こちらは岩陰に隠れて様子を窺う。

 戦利品のお面を振り回して実にご機嫌だ。

 

 この先は鬼が住む洞窟、恐れ穴。

 まさかオーガポンと遊ぶつもりではあるまい。

 

 子供たちと鉢合わせしたらまずいか。

 隙ができたタイミングでと考えていたが……今が仕掛け時だな。待機中のエルレイドに合図を送る。

 

 即座に遠隔テレポート。

 俺はともっこの背後に出現する。

 

「先程はどうも」

 

 懐から取り出しますはモンスターボール。狙うはともっこで一番厄介なやつ、お前だ猿公。

 

 完璧に虚をついた出会い頭の不意打ちを、しかし三体のうち猿だけは俺の動きを目視している。

 気づかれたというわけじゃない。知っていた……視えていたという表現が正しいか。

 

 マシマシラのみらいよち。

 やつは少し先の未来を見ている。悪知恵が働くのでともっこの頭脳と言っても差し支えない。

 たぶんエスパーとの複合タイプなんだろうな。勝負するにしてもやりづらいことこの上ない。

 

『……マ?』

 

「ですので、ええ。ご覧になった通り。こちらも対策させていただきます」

 

 事前準備の時間はたっぷりあったからな。俺に付き従うサーナイトは既にテラスタルを済ませている、輝く冠の形状は海賊旗に描かれるようなドクロ。

 言わずもがな、どくタイプのテラスタルである。

 

 毒の鎖を伸ばして迎撃するマシマシラ。

 残念ながら今のサーナイトにお得意のどくは通用しないわけだがな。どうした頭脳派? タイプ相性を理解していないとは勉強が足りていないんじゃないか?

 

「サーナイト、ふういん」

 

 ただみらいよちと、あと絶対にサイコキネシスは持っているだろ? それ禁止カードです。

 自分が覚えているわざと同じわざの使用を制限するふういん。効果はマシマシラのみにかかるので、サーナイトは同じわざを使い放題なのもポイントが高い。

 

 いつだったか祖父さんは言っていた。

 群れを作る野生ポケモンは全員を束ねる司令塔から倒すべし。残りは一体ずつ狩るべし、とな。

 

 どくポケモンがみんな悪いわけじゃない。

 ロケット団など悪の組織の影響で悪いイメージが植えついていたりするが。俺個人はどくタイプが大好きだ。

 

 しかし事情はどうあれ、こいつらが欲望のまま、道徳的に悪とされる行為を働いたのは事実。

 そして子供たちに手を出したのも事実。

 

 それとこれとは別の話だ。

 俺が手心を加えると思うなよ。

 

「毒を以て毒を制する――どくどくです」

 

 どくタイプのポケモンは毒を受けない。

 耐性によってわざの威力は軽減され、身体に浴びた毒は体力を蝕むことがない。

 

 だが、何事にも例外が存在する。

 

 どくタイプ、そしてはがねタイプにも通用する強力な毒を持つポケモンがいる。

 たとえばエンニュートや一部のキラフロルなど。タイプ相性など関係なしにあらゆる相手を毒に染める、そんな彼らのとくせいはふしょくと呼ばれている。

 

 今日はそれをなんと、サーナイトにですね。

 

 サーナイトのとくせいはトレース。

 他のポケモンのとくせいを写しとるというもの。

 前もって裏方のエンニュートにふしょくをコピーさせてもらえば……タイプ一致必中で相手を問わず、もうどくを浴びせるサーナイトさんの出来上がりである。

 

 サイコキネシスでマシマシラを浮かせる。

 そのまま地面に叩きつけてKOフィニッシュだ。

 あと勝手に飛び出したドクロッグのじしん。

 なにしてんのお前。でもナイス。次!

 

「飛行能力を持つどくタイプの厄介さはよく知っていますとも」

 

 優雅にこちらを見下ろすキチキギス。

 上空に逃げられると俺は手が出せない。まあ鳥ポケモン相手に積極的に近づく理由もないが。

 ひこう複合、つまり投石に弱いってことだよなぁ!

 

 軽量化を突き詰めた空色のボール。

 ご先祖様から伝わるレシピに、独自の改良を加えてクラフトした、俺専用のジェットボールを投擲する。

 

 ボールは一直線にキチキギスを撃ち抜く。

 おお、一発で当たるとは思っていなかったがやるじゃないか俺。最近はコンディションが絶好調である。

 

 しかし激しい抵抗により捕獲は失敗。ボールは壊れて中から怒り心頭のキチキギスが飛び出してくる。

 やはり背後から当てないと厳しいな。ジェットボールは飛行するポケモンや素早いポケモンを捕まえやすいはずなんだが……あなたそんなに速くない?

 

「まあ落ちるまで投げますが」

 

『キチガッ!?』

 

 結果を確認する前に、俺は次のボールを投げている。

 ボールから出た瞬間が一番狙いやすい。無防備だし。

 

 意地と気合いで二投目を回避したキチキギスは勝ち誇った表情を見せるが、残念、背後が疎かだ。

 テレポートしたエルレイドが空中に。

 外したジェットボールをバレーのスマッシュが如く、キチキギス目掛けて打ち返す。

 

 捕獲こそできないものの地上に落とした。

 綺麗な翼がお飾りだね。おかわいいこと。

 当然のようにドクロッグのじしん。効果は抜群だ!

 

『ヌンヌンヌンダッフル!』

 

「おっと危ない」

 

 前転して鎖のぶん回しを回避する。

 背後からの不意打ちとは卑怯じゃないの。

 

『ヌン……ヌンダヌン!? ヌンダ……ヌン……ッ』

 

 イイネイヌは目に涙を浮かべて何かを訴える。

 ミブリムテブリムと声色から察するに、どうやら俺がともっこを襲撃する理由が理解できないようだ。

 

 イイネイヌ、キチキギス、マシマシラ。

 俺はこいつらに何もされていない。だから困惑する気持ちはわからなくも……。

 

「いえ、思いっきり毒盛られましたね」

 

『……ヌンダ!』

 

 じゃあ仕方ないか、みたいに納得すんな。

 それともあれか。俺が絆されることを期待した泣き落としだったのか。おのれワルイワン。

 

 イイネイヌは接近戦を仕掛けてきた。

 手持ちが割って入る隙を与えず、か弱い人間の司令塔を狙う。実に小賢しく、理にかなった戦略だ。

 

 真っ向からぶつかるのは痛いので却下。

 煙幕を焚き、円の動きで背後に回る。おあつらえむきにぶら下がっている鎖を掴むのを忘れずに。

 足に絡めてバランスを崩し、でかい図体を簀巻きにして転がせば一丁上がりだ。じしんを忘れずにな。

 

「お面は返してもらいますよ」

 

 地面に伏す欲望まみれのサル・トリ・イヌ。コンボみたいに語呂が良い。

 彼らの懐をまさぐると精巧な細工のお面が三つ。

 これでミッションコンプリート……ん?

 

『キチチチチ!』

 

『マシマシマシキャ!』

 

『ヌンダッフル!』

 

 巨大化しやがった。嘘でしょ?

 

 一回り以上に大きくなったともっこたち。

 秘伝スパイスをたらふく摂取するとポケモンは巨大化するんだったな。あの餅のせいじゃねーかよ。

 そこまでしてヒーローのお約束をやらんでええ。

 ちゃっかりお面も取り返しやがってこいつらめ。

 

「先生!」

 

「ハルトさん、皆さん。それと……」

 

 子供たちの隣に立つ知らないポケモン。

 緑色の半纏を羽織った童子のような姿。

 あれがキタカミの鬼、オーガポンだろう。

 

 そりゃ住処の近くで騒いでたら様子を見るよね。

 

 彼らを庇いながらの長期戦は難しい。

 ゆえに速攻だ。巨大化には巨大化で対抗する。

 

「行きますよゲンガー。最初からキョダイマックスです」

 

 それっぽいだけで本当は別物だけどな!




※キチキギス:どく/フェアリー


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067

 大きいともっこVSキョダイマックスゲンガー(偽)。

 

 当然だがダイマックスはガラル地方のパワースポットでしか使用できない。あと俺はねがいぼしを加工したダイマックスバンドを持っていない。

 

 なのでこれはイミテーション。

 ゲンガーのナイトヘッドによる幻覚だ。この子、爺さん監修のもと自力で編み出しやがったのよ。

 実態は投影のようなもの。しかし触れたと相手が錯覚する幻は本物と同等以上だ。

 

 巨大化返しはいい牽制になっているようで、ともっこはこちらの出方を窺っている。

 

「助太刀するわ! スグはオーガポンと下がってなさい。まだ本調子じゃないでしょ」

 

「……いや。おれも戦う」

 

「はあ!?」

 

 姉の驚愕をよそに、スグリはオーガポンと向き合う。

 

「鬼さま。おれ、ずっと鬼さまに憧れてたんだ。強くて、かっこよくて、一人でもへっちゃらで。そんな鬼さまみたいになりたかった」

 

『ぽに?』

 

「わかんないか。だよな。うん」

 

 見下ろした素顔のあどけなさに、思い描いていた憧れとまるで異なる真実に、スグリは何を思ったか。

 

「おれじゃ役に立てないのはわかってる」

 

「だけど、いやなんだ。見ているだけで何もしないのは。お面を取り返してオーガポンの力になりたい」

 

 主人公になれずとも、主人公の隣に立っていたいとスグリは語る。かつて夢見た理想を追い求める。

 

「見てて。おれ、けっぱるから」

 

 スグリはアオイ、ハルトに並び立つ。

 隠れることをやめた……庇う必要がなくなった弟にゼイユは言葉を探してどうにか口から絞り出す。

 

「言うわね。スグ」

 

「ねーちゃんが何言おうともう決めたから。おれ、今回は絶対に引かねえ」

 

「いいんじゃない別に。ただ、カッコつけるなら最後まで貫きなさい。……応援くらいはしてあげる」

 

 各々がボールを構える。

 一丸となってともっこに立ち向かう構え。

 よろしい、ならばトリプルバトルだ。実際は乱戦だが、ローテーションとの組み合わせと考えたらいけるいける。イッシュで鍛えたなら余裕だろ?

 

『ぽに! ぽにおー!』

 

 オーガポンの声援がみなの力になる!

 特にスグリの気迫が凄まじい。ゼイユは般若の殺気をぶち放っておるし、当然チャンピオン二人は全力。

 

『ヌン……』

 

 今更やばいと悟ったようだな。

 だが、ともっこは逃げられない。ゲンガーのくろいまなざしに囚われている。これで詰みだ。

 

「待って、なんだか様子がおかしい。ともっこが……オーガポンのお面をかぶった!?」

 

 マシマシラのいどのめん。

 キチキギスにかまどのめん。

 イイネイヌはいしずえのめん。

 

 それぞれ奪ったお面の力でテラスタルしたともっこは、変身ヒーローのようないでたちで襲いかかる。

 そんなのありですか? もうお前らともっこじゃなくてずるっこに改名しろ。

 

「お面の力……てことは、タイプが変わってるはずだ! ねーちゃんとハルトはマシマシラを!」

 

「おっけー! ショータイムだよマスカーニャ!」

 

「弱点で攻めてあげるわ。モルペコ、ヤバソチャ!」

 

 みずタイプに効果抜群のくさ・でんきタイプでマシマシラと対峙するハルトとゼイユ。

 

「先生はこっちを手伝って。私の手持ち、ちょっと相性のいい子がいなくて」

 

「承りました」

 

 アオイが繰り出したのはラウドボーンとセグレイブか。じしん覚えてるし十分じゃない?

 とはいえ戦力はあるに越したことはない。エルサナとゲンガーでキチキギス包囲網を構築する。

 

「お前の相手はおれだ。イイネイヌ」

 

 一人立ち向かうスグリに、イイネイヌはあからさまに安堵と小馬鹿にした表情を浮かべた。

 一番弱いやつと当たって運がいい、こいつを倒して挽回してやる、そんな内心が透けて見える。

 

『ヌンダッフル!』

 

 イイネイヌはビルドアップでスグリを威圧する。

 彼の手足が微かに震えていることを嘲笑う。

 動かないスグリと徐々に距離を詰めていく。

 

「……ッ」

 

 スグリはモンスターボールを握りしめている。

 おい何を躊躇っている。早くポケモンを出せ。

 まさか……土壇場で動けないのか? くそ、仕方ない。こちらでカバーに回るしか……。

 

 だが、俺より先にイイネイヌに肉薄する影が一つ。

 

『がおぽにーーっ!』

 

『ヌン!?』

 

 オーガポンの棍棒がイイネイヌの脳天に炸裂する。

 続け様に顎、鳩尾、それから急所を殴りつけたオーガポンは、イイネイヌの巨体を軽々と宙に吹き飛ばして、立ちすくむスグリを庇うように前に出た。

 

「オーガ、ポン?」

 

『ぽに!』

 

「え、え……? ひょっとして……おれと、戦ってくれるのか……? 勘違いとかじゃなくて……?」

 

 じっと指示を待つオーガポン。

 理解が及ばず、スグリは呆然とするばかりだ。

 

「……は、はは……夢みたいだ」

 

 スグリは自分の頬をつねる。

 痛みで涙が溢れるほど強くつねる。

 うるむ視界は痛みだけのせいではあるまいが、本人はどこまで自覚しているのだろうか。

 

「いや、夢なのかな? 夢でもいい……今、この一度だけでもいい……おれに力を貸してくれ。一緒に……お面を取り返そう!」

 

『ぽに!』

 

 気合いを入れたオーガポンがテラスタルする。

 纏うは修復した碧のお面、表す感情は喜び。

 

 かつて鬼と共に過ごした一人の男との思い出。

 村人から恐れられていた鬼と男を哀れに思った、お面職人の心遣いに対する感謝。

 長い長い年月を経て、悲しい過去を抱えながらも、再び友と呼べる人間と出会えた今この時。

 

 そのすべてが――オーガポンの力になる!

 

「やっちゃえ、オーガポン!」

 

『がおー!』




ナイトヘッドゲンガー
こけおどし。気合いで巨大化してみせているので、動くと空気の抜けた風船のようにしぼむ。
この欠点に主人公は気づいていない。

(没ネタ)
『スグリ……なんと哀れな少年よ……ダークライ! 彼に幸せな夢を見せてやるでセウス! たとえ夢オチでも無聊の慰めになれば何より。うーん、善行を積むと気分がいいでセウスねえ〜! ア〜ルアルアル!』


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068

 紙芝居のページをめくって息継ぎをする。

 

 一人用テントに大人二人。狭いし蒸し暑い。

 野宿は慣れているが……宿は取ってないんか?

 

「それで? 続きは?」

 

「悪いともっこは退治された。お面は取り戻した。普通のハッピーエンドです」

 

 ともっこ騒動から早数日。

 林間学校の冒険は子供たちの完全勝利で幕を閉じた。

 取り返したお面は三つとも壊れていたんだが。

 ともっこが無茶やらかしたせいだろうな。

 

 お面を直すため、子供らはキタカミ各地を巡った。

 その道中、謎のクラフトお兄さんことピーチ団のボス、首領(ドン)ピーチの試練に挑戦したそうな。

 俺は何も知らないが、まあ大変だったらしいドン。

 

 素材集めついでにカレーを作ったり、サンドウィッチを作ったり、イモモチを作ったり。

 俺は知るよしもないが、どれも美味しかったモン。

 

 とにかくお面は無事に修復できて何より。

 ピーチ団幹部のDr.ジーニアスの協力に感謝ピチね。

 もちろん俺は無関係である。まったく、いい年して楽しそうですねジニア先生。

 

「青春してるなー。若いっていいね」

 

「あなたもまだお若いでしょう」

 

 スイリョクタウンで遭遇した写真家、名をサザレ。

 キタカミの顔面600族枠である。

 なんとシンオウ地方出身で俺と同郷らしい。

 

 彼女と行動を共にしている理由は簡単だ。

 サザレが連れているガーディ……どう見てもヒスイのガーディなんよ。俺の目はごまかせない。

 しかも珍しいガチグマを探してキタカミにやってきたと言うではないか。

 

 霧の深い夜にのみ現れる『赫月』。

 我々はその謎を解き明かすべく、とこしえの森に向かったのだった……。

 

「正直ワタシだけじゃ不安だったから助かるよ。期待してるぜジムリーダー!」

 

「元をつけてください。それと、あまり期待されても困ります。僕の手持ちはガチグマと相性が悪い。危ないと思ったらすぐ逃げてください」

 

「なるほど。やっぱり詳しいね。頼んで正解だ」

 

「? どういう意味でしょう」

 

「ああいや、こっちの話」

 

 サザレは手元のカメラに視線を逸らす。

 

「ヒスイ関連は公然の秘密って雑誌の特集に書いてあったもんな……」

 

 おいそこ。聞こえてますが?

 

 いや、まあね。文献は残っているから、ヒスイの時代の知識は専売特許というわけじゃない。

 一般的には失伝している内容が多いだろうが。

 ほら早業とか現代じゃ聞かないよね。

 

 しかし俺=ヒスイは周知の事実なのかよ。

 二十数年生きてきて初耳だわ。

 

 おのれ月刊ポケモンウィーク……!

 あとポケモンリーグ営業ェ……!

 

 

 

 

 

「……霧が出てきましたね」

 

 気がついたら日が暮れている。

 過去の負債は置いといて、切り替えていこうか。

 

 深い霧は一寸先すら見通せない。

 だが、静まり返った森の奥に強大なポケモンの気配がビンビンと感じ取れる。

 

「クロバット、きりばらい」

 

 ひでんわざで周囲の視界を確保する。

 木立の向こう、闇から這い出る巨体と真紅の満月。

 隻眼の亡霊と評するに相応しい異形が姿を見せる。

 

「あれが赫月……すごい。本物だ。あれを写真に納められたら、きっとスランプだって……」

 

 サザレはカメラを手にして接近する。

 彼女の目的は赫月の写真を撮ること。それは事前に聞いているが、写真家としてポケモンを刺激しない技術を持っているとも言っていたが……しかしこれは。

 

「よーしよし。いい子だ、大人しくしててね……」

 

 アホウ、やつは臨戦態勢だ!

 

「エルレイド! サイドチェンジ!」

 

 サザレと立ち位置を交代したエルレイドが、代わりに赫月の一撃を受け止める。

 額の満月から放たれた紅い気迫。

 奔流に飲まれたエルレイドはその場で膝をつく。

 

 おそらくは特殊技。だが、とくぼうが高いエルレイドを一撃でひんし寸前に追い込むだと?

 

「ご、ごめん。ありがとう助かった!」

 

「ここは退きますよ。えらく気が立っているようですが、森の外までは追ってこないでしょう」

 

「そう思う? ワタシには、とても逃がしてくれそうに見えないや」

 

「奇遇ですね。同意見です」

 

 殺意マシマシ敵意高めのデストロイモード。

 下手すりゃ人里まで降りてくるな。

 

 一体なぜだ。話を聞く限り、赫月はむやみやたらと暴れ回る性質ではない。人を襲ったという伝承もない。

 人の目を引かないよう森に隠れ潜む知能がある。ことさら凶暴化しているようにも見えん。

 

「僕、ですか」

 

 どうやら赫月は俺を警戒しているようだ。

 理由は不明。やつの眼光に射竦められると、心の臓にえも言われぬ悪寒が走るのと関係しているのか。

 

 そんな死人か化物に会ったような態度でよ。

 何なの? 背中に変な霊でも憑いてる?

 腹を割って話し合いができたらいいが、その前に頭をパカーンとかち割られそうだ。

 

「サザレさん。下がっていてください」

 

 逃げたら背中に先程のビームを撃たれる。

 ここは相手の戦意を削ぐしかあるまい。

 

「戻れエルレイド」

 

 赫月とてガチグマである。

 よほど捻くれたリージョンフォームでもない限り、タイプはじめん・ノーマルの複合で間違いないはず。

 じめんわざで弱点を突かれないクロバットと、ノーマルわざを透かせるゲンガー。この二体で攻める。

 

『ワギアアアア!』

 

「は?」

 

 ハイパーボイスでゲンガーが落ちた。

 なんでや。なんでゴーストタイプに当たるんや。きもったまミルタンクやあらへんで。

 

「クロバット、かげぶんしんで牽制」

 

 動揺を誤魔化すための時間稼ぎ。

 しかし赫月は数ある分身から瞬時に本体を見つけ出し、先程のビームを再度放ってクロバットを追い詰める。

 

 まぐれか? にしては迷いがない。

 というかまずいぞ。この調子でダメージを受けていたらあっという間に全滅する。回復の隙を作らねば。

 

「狙いは僕でしょう。こっちですよ」

 

 手持ちに代わり前に出る。突貫すると見せて、煙幕を焚き相手の視界を奪う。そのまま背後を取っ……

 

『ワギィ』

 

 なぜ、視線が合っている。

 

「ッ、まず」

 

 直感に従い咄嗟の回避行動。

 頭上すれすれを穿つしんくうは。

 

 こっちの動きを目で捉えているだと。

 分身に惑わされず、暗闇と白煙で視界を奪われてなお、正確にこちらの位置を把握する眼力。

 心の眼、しんがんとでも称するか。おそらくは赫月のとくせいだ。やつに視覚的な小細工は通用しない。

 ゴーストタイプにわざを当てたのも目には見えない真実を捉えるって意味合いかね。

 

 ちょっとトンデモすぎやしませんか……?

 

『マシキャー!』

 

『キーチッチチ!』

 

『イヌヌワン!』

 

 ここぞとばかりにともっこが嗤ってやがる。

 赫月をけしかけて俺に報復するつもりかよ。

 ……あ、だいちのちからでやられてやんの。

 でもって俺に泣きつくの、恥ずかしくないんか。

 

 ええい、ままよ。なんとかなれー!




この後めちゃくちゃねばりだまを投げた。
赫月「中身違うじゃん……怖」


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069

後半スグリ視点


 林間学校も終わりが近づいている。

 

 なぜかブライア先生を探して連れてきてくれと頼まれた俺はてらす池を訪れた。

 でもいなかった。他に心当たりないぞ。

 

 池のほとりにいるのは野生のドガースくらいか。

 じばく、だいばくはつ、みちづれ、おきみやげ。

 こいつら夏の蝉より儚い命をしてやがる。

 

 淡い光が水面に反射する光景は神秘的だ。

 BGMが爆音じゃなければなおよし。

 ここは亡くなった人に会えるという伝承があるそうな。前に覗いたが、池に映ったのは『自分の顔』でした。

 

「…………」

 

 人の気配がする。先客は静かに座り込んでいたらしい。ほなブライア先生とちゃうか。

 

 あれは……スグリ?

 思わず岩陰に隠れてしまった。なぜだか今の彼に声をかけるのは憚られる。

 

 スグリは黙って立ち上がり、こちらに気づかないまま、てらす池に背を向けた。

 

「お面? なんでこんなとこに」

 

 落ちているお面を拾ってスグリは首を傾げる。

 俺が落としたモモンのお面ですね。

 くっ、咄嗟に飛び退いたものだから。

 

「にへへ……そっか。いいこと思いついた。悪いけど借りるな。ちゃんと、あとで返すから」

 

 独り言の後、スグリはモモンのお面をしまい、乾いた笑いを浮かべて立ち去った。

 

 スグリよ。それ貸すのは別に構わないけどさ。

 めっちゃ通気性悪いよ。いいの?

 

 

 

 

 

 〜ブルーベリー学園〜

 

 スグリは学生寮の自室で荷解きをしていた。

 

 パルデアの大穴に関する調査が進み、引率のブライア先生が急ぎ学園に戻ることとなって。

 スグリとゼイユもまた、ブライア先生とともに林間学校を切り上げて帰ってきた。

 

 アカデミーの生徒はまだキタカミの里に滞在しているのだろうか。飛行機の時間が迫っていたので、別れの挨拶もなしに去ったのはみんなに申し訳ないと思う。

 

「大丈夫。きっとまた会える」

 

 林間学校の日々はとても色鮮やかで。

 スグリにとって苦くも喜ばしい思い出で。

 このまま時間が止まってくれたらと、ふと願ってしまうくらい甘美な宝物だった。

 

 だが、夢はいつか覚めるもの。

 

『ねえ、ひょっとしてオーガポンってさ……』

 

 スグリは主人公になれない。

 物語の一幕を飾っても、それはたった一頁。

 

『アオイとハルトについて行きたいんじゃない?』

 

 輝きの中心にいるのはいつだって『彼ら』だ。

 

 心を通わせて、共に戦った。

 でも最初に手を差し伸べたのはスグリではない。

 スグリがひとときの夢を許されたのは、いうなれば、物語に彩りを添える脇役として。

 

『よかったな。オーガポンを仲間にできて』

 

『ありがとう。また一緒に遊ぼう。約束だ』

 

『オーガポンも、仲間になってくれてありがとう』

 

 勝負なんて必要ない。だって無意味だ。

 はじめから、戦う前から負けていた。

 

 彼らと一緒にいるには物語が必要だ。

 ともに冒険する理由と、ゴールが不可欠だ。

 

 勧善懲悪のストーリーが最適だ。

 悪い敵に団結して立ち向かう。

 シンプルな方がわかりやすくて、創りやすい。

 

「そうすれば、きっと。みんなで」

 

 また宝物のような時間を過ごせる。

 主人公になれない自分でも、彼らの隣でキラキラと輝くことができるのだから。

 

「待ってるから……『主人公』」




鬼→スグリの好感度は原作より高め
みんな一緒がいいよね

可能性はあった


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070

 気がついたらイッシュ地方。

 

 ここはブルーベリー学園。

 歴史あるパルデアのアカデミーと姉妹校でありながら、近年新設されたばかりという対照的な学校だ。

 立地は海のど真ん中にある人工島。施設の半分以上は海中に沈んでいるのだとか。

 

 泳げない身としては勘弁してほしいものだが。

 人間の体は浮かぶようにできてないっての。

 

 姉妹校同士の交流として、同僚の先生方がブルーベリー学園に特別講師として招かれていた。

 その流れで俺も呼ばれるのは不思議ではない。

 

「だからといって、このやり方は卑怯でしょう」

 

 目の前には箱入りのおやつ。

 もりのヨウカン詰め合わせである。

 

「すみません先生。BPが心許なくって……」

 

 エサで釣るとはいい度胸だハルトよ。

 交換留学中かな? ブルベの制服を着こなしている。

 

「トップに相談したら、『考えがあります』って言うからお任せしたんですけど」

 

 オモダカ女史からリーグに呼び出され、あれよあれよという間に飛行機に乗せられたらこのざまよ。

 珍しいヨウカンの噂を信じて来てみれば。

 おのれ、またしても騙された。もぐもぐ。

 

「まあ来てしまったからには仕方ありません。教師として仕事はこなしましょう」

 

 あまり気は進まないがな。

 ブルーベリー学園はポケモンバトルに力を入れているそうだ。つまり生徒はバトルジャンキーがたくさんいるんでしょ、ネモみたいな。ネモみたいな。

 

「どの授業をしましょうかね。ハルトさん、責任を取って一緒に案を出してもらいますよ」

 

「ええー……じ、実は僕、これからアオイとブルベリーグに挑戦する予定がー」

 

 おいこら逃げるな。

 交換留学生が学園内のランク戦に参加できるわけないだろいい加減にしなさい。

 

 え、嘘じゃない? スグリの手伝いで、謎のブルベリーグチャンピオンの圧制を取り除く?

 林間学校終わっても仲がいいのね君たち。

 

「ここは無難にクラフトから始めたいものですが。いち、にぃ……やはりクラフトキットの数が心許ない」

 

「今どこから出しました?」

 

 スペア込みで手持ちの在庫はこれだけ。

 座学の講義はいいとして問題は実習だ。一クラスを半分に分けたらぎりぎりいける、といったところ。

 授業をするにも準備が必要なのである。

 なぜ事前に話を通しておかない。あなたのことだよ、キラーメを髪に絡ませたあなた。

 

「きのみの栽培も評判よかったですけど」

 

「人数分揃えるのが手間なんですよね」

 

 きのみとこやしは飛行機に持ち込みNGです。

 特に量が多いと出国時の検査で引っかかる。輸入するなら手続きを踏まないといかん。

 幸いブルーベリー学園には人工的に再現された自然環境が整っているという。つまり現地調達ですね。なぜ近未来施設で野生に帰らねばならぬのか。

 

「弱りましたね。あと僕が教えられるのはイモモチの作り方ぐらいのもの……」

 

「もっとあるでしょ色々! シンオウ地方のこととか! ジムリーダーのこととか!」

 

 そんな怒らなくてもいいじゃんか。

 壁際の妙に親しみを感じるスーツのおじさん、あなたも何か言ってやってくださいよ。

 

 

 

 

 

 なお初授業の反応は芳しくなかった模様。

 せっかく教材を発注したのにな。俺に何を期待していたのやら。こちとら技術教師ぞ。

 バトル学は専門じゃありません。だーかーら超連撃の秘密とか俺は知らん。マスター道場にでも通いなさい。きっと三連撃を急所に当てられるようになるから。




ウズのおやつ
元ジムリーダー ウズが好む食材で作られたおやつ。


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071

 ダブルバトルは奥が深い。

 

 流石はバトル重視の学校。一般生徒も容赦がない。

 味方が倒れること前提のとくせいを活かすやつ。

 連続技を味方に撃って能力を上昇させるやつ。

 とりあえず味方もろとも大爆発するやつ。

 

 おめーら人の心はないんか。

 

 そんな面々の頂点に君臨するブルベリーグ四天王、彼らが弱いはずがなく。

 

「……戦闘終了。お疲れ様、メタグロス」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 なぜバトル。しかも四連戦。

 リーグ部とやらの部室に顔を出したらこれだ。

 

 別に「本当は弱いのかねぃ?」的な煽りに乗せられたわけじゃないんだからね。いやマジで。

 シアノ校長め……勝手に話を進めやがって……クラベル校長の友人じゃなきゃ許してない。

 

「……負けました。ネリネ、無念」

 

 ブルベリーグ四位、おのれはがね使いのネリネ。

 寡黙かと思いきや意外と愉快な女子である。

 だが先発のダグトリオ、お前だけは許さん。

 

「おおっと!? 四天王を全員倒すたあ! いやはやさすがだねぃ。元ジムリーダー」

 

 ブルベリーグ二位、竜使いのカキツバタ。

 昼行燈を気取りたい年頃なのかもしれんが、あまり大人を舐めるなよ。言いつけるぞシャガさんに。

 生身でドラゴンポケモンとスパーできるからなあの人。怖いわ。なぜにこやかに俺を誘う。

 

「すげー! 二人とも強火の熱いバトルだった!」

 

 ブルベリーグ五位、フライパン使いのアカマツ。

 正直、君が一番苦戦したんですよ。

 晴れ下のほのおタイプは強いって当たり前だよね。

 

「お疲れ様です。うちのカキツバタがすみません……でもでも、どっちもかわいかったですよ!」

 

 ブルベリーグ三位、フェアリー使いのタロ。

 有利かと思いきや切り札はドリュウズ。

 テラス読みどく技読みでそのままじしんを撃ってきやがるとはかわいくない。おのは(略)。

 だがガラルヤドランはいい。実にピンクだよ。

 

「いや、みんな気になってたろ? スグリご執心の留学生二人が、絶対に戦いたくないと言うんだぜ?」

 

 あの二人、何を吹聴しているのやら。

 本気の盤外戦術にも綺麗に対策するくせして。

 おかげでコトブキジム特訓メニュー百〇八式をひっくり返す羽目になったんだぞ。もうこっち来るな。

 

 そんなパルデアチャンピオンは課外活動で不在。

 ブルレクなるミッションをこなすと、通貨代わりのBPを入手できるそうな。

 受注できるのは生徒だけ。無念……まあここの食堂にはあまり心を惹かれないからいいけど。

 

「しかし、ブルベリーグのチャンピオンが不在とは少々解せないものがありますが」

 

「あー、ちょいと立て込んでてなー。休業中みたいなもんだと思ってくれい」

 

 深く突っ込んでくれるなってか。

 まあ他所のチャンピオンも放浪癖あるからね。

 俺としては追加の一戦がないならおっけーです。

 

「試合の動画ならあるよ! ほら」

 

「ちょっとアカマツくん!」

 

 校内戦の録画映像が再生される。

 アーボックとガオガエンが相手をいかくして完封する光景はいっそ公開処刑と言っても差し支えない。

 アップで映るトレーナーが件のチャンピオンだろうか。桃太郎みたいな仮面をつけてまあ。

 

 

 

 見覚えしかないが?



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072

 ブルーベリー学園は危険に満ちている。

 

 校内を歩けばそこかしこで勝負を挑まれ、部活棟では黒歴史を掘り返されるのだ*1

 なぜ俺のポケウッド出演作を網羅してやがる。

 誰がズバットマンの人じゃい。スタントとスーツアクターのバイトまで把握されてるのは恐怖なのよ*2

 

 リーグ部では邪悪が同僚に魔の手を伸ばそうとするしさあ……成人男性を供物に捧げようとするな。あなたも率先して協力するんじゃありませんジニア先生。

 

 なお邪魔すると海底遺跡に拐かされる模様*3

 実質これ生贄扱いなのでは。

 

「極めつけにこれですか」

 

 テラリウムドームは四つの自然環境が再現されており、徒歩での移動が困難なほど広大だ。

 よってそらをとぶタクシーが整備されている。鳥ポケモンの力を借りることで、ひでんわざを使わなくても楽に長距離移動ができる点は非常に素晴らしい。

 

 問題は鳥ポケモンにある。

 

「やめなさい。髪と懐をついばむのはおよしなさい。そのイモモチは僕の昼食です。言っても聞かないようなら戦争ですよ頑丈持ちよろいどり……アァァァァァーーー!? 食べましたね容赦なくいきましたねッ!?」

 

 エアームド。ガラルのアーマーガアと並ぶ、凶悪で恐ろしいポケモン。はがね・ひこうタイプ。

 たった今、俺の弁当を食い散らかした輩である。

 

「その喧嘩、買ってやりましょう」

 

「す、すみませんすみませんお客さん! 普段はこんなこと絶対にしないんだけど……こらお前たち! それペッしなさい、ペッ!」

 

「何をふざけたことを。イモモチを無駄にすることは僕が許しません。残さず腹に入れなさい」

 

「じゃあどうしろと……?」

 

 ポケモンとて生き物だ。しつけをしていても、イモモチを前にしたら辛抱堪らなくなってしまうのは当然ではないだろうか、いやそうに違いない。

 はがねタイプでもイモモチを愛するものに悪いやつはいないと俺は信じる。信じたい。

 

 だが、おかわりの要求は厚顔が過ぎるぞ。

 よろしい。欲しければ力尽くで奪い取ってみせろ。それが野生のルールである。

 おら真剣白刃取りぃ! 燕返し返し!

 

「騒動を確認。対話による穏便な解決を推奨」

 

「ネリネさま!」

 

 つい先日見た顔だ。そうか、ブルベのそらをとぶタクシーは彼女が運営に携わっているのか。

 

「エアームドの行為を謝罪。代わりに、ネリネが可能な範囲で要求を受け入れます」

 

「つまり何でもすると?」

 

 想定外だがこれは行幸だ。

 ちょうど聞きたいと思っていた話がある。

 

「空飛ぶ丸薬のレシピを教えていただけますか」

 

 ドームに自生する葉っぱをどうにかすることでクラフトできる、飛行能力を増幅するらしい薬。

 ネリネが独自の調合で作成したそうな。

 技術教師としては興味を引かれるものがある。

 

「構いません。ただ」

 

「ただ?」

 

「人間に効果があるかどうか……」

 

「僕が使う前提で話すのはやめていただきたい」

 

 食わねーよ。それに飛べねーよ。

 モトトカゲ*4じゃあるまいし。

*1
ナゲハシ「兄さんビッグスタジアムで見たことありまっせ!」

*2
映研部員「ズバットマンは確かにポケウッド作品の中ではマイナーな部類だけど知る人ぞ知る迷作でコアなファンの間ではカルト的な人気を誇る問題作なんだよ元々ハチクマンの外伝のスピンオフである『ハチクマンfinal エピソードゼロ〜VSラスト・ニンジャ〜』に登場するヴィランで脚本段階では端役として扱われていたわけ制作陣の話では数合わせで雇った外国人にインスピレーションを受けて徹夜で脚本を九割書き直したと聞いた時は信じられなかったけど当時はかるわざアクロバットな演技に界隈は騒然となったものでメイキングでも登場しないから正体は一切謎のままあまりに反響が大きかったから番外編の制作が決まって初めて役者の名前が公表されたのさ当然マニアの間では当たりがついていたから驚きは少なかったよただ彼のイメージから批判は受けていたから難しい問題ではある僕としてはキャスティングを貫いた監督の采配を褒め称えたいね実際に観たら分かるイッシュ全土を探してもあれだけの演技ができる役者はそういない身の丈を超えるクロバットクロススリケンを自在に操る大立ち回りは圧巻だし本場のガラルカラテを取り入れた殺陣は相手役のハチクさんの洗練された動作と相待ってまさに芸術の域といって差し支えないあとあれ暗闇の撮影もちろん視界は効かないわけで彼はなんて言ったと思うズバットなら超音波で周囲を把握できるって豪語したのさ実際にやってのけたわけで感激だねまあ共演者がついてこれなかったから一部編集をしているのだけどそう彼はリアリティを追求する現代のニンジャなんだ違いない全編通して命綱なしさらに空中でも同じ動きをしてみせたんだ超クールだよまさにズバットの生まれ変わりさ唯一残念なのは終盤の着地点が当初想定していただろう結末とかけ離れたことだけど今ここで語ったら君の人生の楽しみを半分奪ってしまうことになるから涙を飲んで口を噤むよ内容が気になる?そうかそうかなら観よう今すぐ観よう映研に来ればハチクマンシリーズと外伝スピンオフ番外編全て揃っているから入部届はここにさあさあ善は急げだアハハハハ!」

*3
シロナにも遭遇する

*4
(注:ライドポケモン。空を飛ばないものだけを指す)



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073

 虹色のバサギリが出現した。

 

 何を言ってるのかわからないと思うが、俺も何が起こっているのかわからない。

 ありのまま、今聞いた話をそのまま文章に起こしたわけだが。頭がどうにかなりそうだ。

 

「耳が早いですね先生。それは一部の生徒と教師しか知らないはずですけど」

 

「ですがタロさん。あなたはご存知だ」

 

「それはもう。わたし四天王ですし?」

 

 タロは椅子に座るよう勧めてくる。

 

 コーストエリアまで出向いて正解だ。

 ブルーベリー学園でまともな話ができる人間は、俺の知る限りそういない。

 いや、普通にいるんだがそれぞれに得意分野があるというか……生徒で政治系の思考回路を鍛えてるのはタロとカキツバタだ。なので消去法である。

 

 彼女の父親はかの有名な鉱山王なので、こちらも機嫌を損ねないよう十分に気をつける必要がある。いやじゃ……またあの地下労働はいやじゃあ……。

 

 とまれ、事のあらましは次の通り。

 

 ネリネが担当するキャニオンエリアで野生ポケモンが生徒を襲った。

 目撃情報から正体はかつてヒスイの時代に生息していたポケモン、バサギリと推測される。

 そして野生のバサギリは頭上に『虹色』の輝きを放つテラスタルジュエルを冠していた……。

 

「襲われた生徒に怪我はないのですね」

 

「ええ。近くにアオイさんがいてくれて幸いでしたよー。おかげで暴れるバサギリも捕獲して、被害は最小限です。今はネリネ先輩が事後処理を進めています」

 

 それならまずは安心だ。

 後で医務室に薬を差し入れるとしよう。

 

 しかし何故バサギリが。

 一般に、ストライクからバサギリに進化する詳しい条件は判明していない。火山地帯の鉱石に関連しているという仮説程度だ。野生でも希少な種族、ましてやこんな場所で姿を見ることになろうとは。

 

「バサギリはたまに見かけますけど……」

 

「は?」

 

 ここに生息してるの? 嘘でしょ。

 

「そういえば先生はシンオウ地方の出身でしたね。ならバサギリを知っててもおかしくないか。あくタイプのハリーセンとか、隣のエリアを泳いでますよ」

 

「は??」

 

 シアノ校長とお話する内容が増えちまったぜ……。

 キタカミのバスラオといい、ブルベリといい……俺の苦労と気配りを何だと思ってる。

 普通に生きてやがるじゃんか。

 

「では、僕は不勉強なのですが、虹色のテラスタルもよくあることなのでしょうか」

 

「そっちは初耳ですよー! テラスタル技術が導入されたのはつい最近なんですから! パルデアにいた先生の方がお詳しいのではー!?」

 

 ブライア先生に聞こうにもどこにもいないし連絡つかないし、と小声でぼやくタロ。

 

 やけに事情をすんなり話すと思ったら、俺が持つ情報が目的だったか。かわいい顔してようやるな。

 だが残念。今回は何も知らない。

 ……違った、今回も何も知らないのである。

 

「アオイさんとハルトさんには尋ねたのでしょう」

 

「……分かってて聞いてますよね?」

 

「ご名答です」

 

 ゲーミングテラスタルとか、そんなトンチキ現象見たことないです。配管工のスター状態か?

 

「実際に戦ったアオイさん曰く、すべてのタイプのわざが強化されていたと。まるで――」

 

 

 

 

 

 ――アルセウスのように。




神「何それ知らん……怖」


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074

 やることが……やることが多い……!

 

 なにせ特別講師の朝は早い。

 食堂にろくなメニューがないため、朝食用のケムリイモを栽培するところから始めねばならん。

 そして昨日植えた収穫済みのものがこちらです。

 

「ねえねえ! これ足していい?」

 

 おいアカマツ。それノワキのみ*1じゃねーか。

 

「却下です」

 

「えー。これ授業で栽培したやつだよー」

 

「僕の授業に興味を持ってくれたのはありがたいですが、料理を邪魔するのは危ないですからね」

 

 辛党にも限度があるでしょう。

 くっ、助けてくれペパー。味覚がやられちまう。

 

「ときに、スグリさんと同じクラスと聞きましたが」

 

「そうだよ。あ、でもスグリのことは話せないんだ。秘密にしてって言われてるから」

 

「ほう。なぜです?」

 

「それは……」

 

「おぉ〜っと。いい朝だねぃアカマツ」

 

 アカマツの言葉を遮り、厨房に現れるカキツバタ。

 タイミングが悪い。さては様子見していたな。

 

「カキツバタ先輩? まだ昼前だよ」

 

「オイラだってたまには早起きするさ。……それより、ウズ先生よう。弱点狙いは卑怯だぜ」

 

「はて。何のことでしょう」

 

 リーグ部が何か隠していることは分かっていた。

 謎のチャンピオン。俺が落とした仮面。

 スグリの言う「チャンピオンの圧制」と、まるでそうは見えない平穏な部活動の様子。

 

 しばらく接して年長者が隙を見せなかったので、切り崩しやすいアカマツにターゲットを絞った。

 あからさまなやり方で気取られてしまったが。

 

「たしかに? 今のリーグ部はちょいと問題を抱えてる。でもあんたに関係があるか? 教師なら教師らしく、自分の仕事に専念していただいて結構だぜ?」

 

 まるで期待をしていない目。

 大人というものに、否、教師という存在に見切りをつけている賢しげな視線が突き刺さる。

 これまでもそうだったのだろうか。

 

「関係はあります」

 

「……うん?」

 

 仕方のないことかもしれない。

 この世界にだってスーパーヒーローのような万能の解決策はそう転がっていない。

 

 人間である以上、できること・できないことがある。

 ましてやこの世界にはポケモンがいる。

 人とポケモンの数だけ関係性があり、考え方は異なる。

 厄介事を背負いたくないと考える人だって。

 

 彼らにとっての当たり前があり。

 

 俺にとっての当たり前がある。

 

「あなた方は僕の生徒ですから」

 

 そして俺は教師である。

 

「生徒が困っているなら、力になりますよ」

 

 それでもお節介というならそれで結構。

 大人を頼る、その選択肢があることを知ってくれ。

 意外と先達は侮れないものだぞ。こっちの考えとか簡単に見透かされるからな。

 

「これツバッさん人間として負けてね?」

 

「先輩大丈夫! 勝ち負けじゃないよ!」

 

「そこは否定かフォローほしかったぜい。よよよ」

 

 カキツバタは特徴的な前髪をへにょりとさせて、大袈裟に崩れ落ちてみせた。わざとらしい演技である。

 

「ま、オイラたちにも意地があるからよ。とっておきを繰り出して、それでも駄目だった時はわるあがきで頼らせてもらう。そういうことで勘弁してくれねーかな」

 

「ええ。当事者で解決できるなら何よりですから」

 

 命の危機でもなければ無理に出張るまいよ。

 普通、学校で生死を脅かされることないけどな!

 というわけで技術教師は静かに去るぜ。

 

「あー! そういやアカマツよう!」

 

「うるっさ!? 静かにしてよ先輩!」

 

「えー? よく聞こえないって? じゃあ腹から声出すしかねーわな!」

 

「聞こえてるってば!」

 

 騒がしいぞおい。背中に響くわ。

 

「スグリのやつ、なんか調べものしてたなー!?」

 

「え? ああ、難しそうな本読んでたよ」

 

「そうかー!! なんて題名だった!?」

 

「えぇ……覚えてないよ……?」

 

「なるほどなぁ! 『キタカミの歴史』とー? 『ともっこ昔話』とー? 『伝説・幻のポケモン図鑑』かー! そういやそうだっなー!!」

 

「何も言ってないし!?」

 

 この後、すぐ飛んできたタロの「そういうのよくないと思います!」攻撃でカキツバタは倒れた。

 あれ実質クロスチョップよな。

*1
すごいからい。マトマのみよりからい。



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075

 チャンピオン防衛戦が始まる。

 

 ブルベリーグの頂点をかけたポケモン勝負、滅多にない強者同士の鎬の削りあい。

 バトル大好きっ子はこぞって試合を観戦する。

 あるものはエンターテイメントとして。

 あるものは研鑽として、あるいは熱い想いを胸に。

 

 だからコートに向かわないやつは目立つ。

 なあ、お前のことだぞスグリ。

 

「……なんか用? ないなら一人にして」

 

「貸していた物はどうしました?」

 

 スグリは咄嗟に顔を背けるが無駄である。疲労と睡眠不足で随分とやつれてまあ。

 見た目に気を使わずに済む生活を送っていたようだな。たとえばお面を被っていたとか。

 

「勝手に取ったのは、ごめんなさい……でも……今は、できない。後でちゃんと返すから」

 

「あ、別に返さなくていいですよ」

 

「え?」

 

 枕元に置いてあった不思議な贈り物でクラフトしたモモンのお面だが俺はもう使わない。

 今この時をもってピーチ団は解散した。

 そんなにほしいならあげる。お歳暮に選ばれる有名な銘柄だから大切に味わってくれ。腐る前に。

 

 想定外だったのかスグリは呆けている。

 このまま立ち去ってもいいが、そうだな。

 

「スグリさん。夢はありますか?」

 

 少し話をするとしよう。

 

 なぜって? アーボックを育てていた。

 つまり君はどくタイプつかいだ。すべてのどくつかいは通じ合う。どこぞの婆さんみたいな戯言である。

 ちなみに俺の好きな色は白、緑、紫だ。毒の色ね。

 

「僕の夢はポケモントレーナーでした」

 

 昔も昔、本当に小さな子供の頃の話だ。

 白紙のノートに書き殴った物語。

 どこまでも無限に広がる世界。

 箱庭の中の自分は最強で何だってできた。

 

「ですが、大きくなるとそれを公言することができなくなった」

 

 親にはバカなことを言うなと怒られる。

 現実と妄想の区別がつかないのかと。

 もっとまともな人生を歩めないのかと。

 

「九割九分、人間は夢を諦める。納得して手放す人がいるでしょう。どうしようもない現実に心が折れる人もいるでしょう」

 

 皆がそうとは言えないが、俺はそうだった。

 

 理想は現実に押し潰される。

 真実は時にうつろいゆく。

 流れる時間は有限で、広がる空間もまた然り。

 

「……何言ってんのかわかんね。先生はトレーナーだろ。ちゃんと夢さ叶えてる」

 

「幸運に恵まれましたから。神様だって……叶えられない夢だったはずなんです」

 

 だからうらやましい。

 生まれた時から可能性を持つ君たちが。

 俺が望んだ夢に生きる君たちが。

 

 だというのに。たったひとつ選択を間違えたからって、全部が台無しになってたまるものかよ。

 この世界(ポケモン)は救いがなくちゃ駄目だろう。

 

「この先、辛いことがあるでしょう。努力が報われず苦しい思いをするでしょう。なぜうまくいかないのかと腐ってしまうことがあるでしょう」

 

 たとえ目の前がまっくらになったとしても。

 再び前を向いて進む強さを学んだ。

 

「ですが、どんな時も積み重ねた時間を否定することだけはしないでください。それは自分だけの物語であり、あなたの財産なんです」

 

 夢を叶えたそれからも、夢破れたその後も。

 続く物語があることを教えてくれた。

 

「苦い思いを飲み干して自分の糧にできるなら。あなたはきっと歩いていけるはず」

 

 いいかスグリ。人生ってのは長いんだ。

 今が最悪でも未来がどうなるかはわからない。

 だからヤケになっているようなら……ん?

 

「……く、ふふ」

 

 おいスグリおめー何笑ってやがる。

 

「先生わや必死過ぎてちょっとおもしろい」

 

「真剣な話のつもりなのですが」

 

「うん、ありがとう。もう大丈夫だから……俺は」

 

 遠くで歓声が上がる。

 反響する機械音は試合開始のアナウンスだ。

 

「ごめん先生! おれ行かなきゃ……!」

 

 スグリは慌てて駆け出した。

 去り際に気になる一言を残して。

 

「もしおれが失敗したら、その時はお願い」

 

 ……何をしでかすおつもりで?



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076

前半ハルト視点


 悪いチャンピオンをこらしめてほしい。

 

 そう頼まれたのは、ブルーベリー学園へ交換留学に来て間もない頃だ。

 詳しい話は説明してもらえなかったけれど、友達の頼みなら僕たちが断る理由はなかった。

 

 ブルベリーグの挑戦はアオイに任せた。

 代わりに僕は事情を調べる。役割分担だ。

 

 でも、いくら人から話を聞いても。

 チャンピオンについては何もわからなかった。

 悪い噂どころか、正体すら知られていない。

 

 スグリが秘密を抱えているのはわかる。

 試合映像で仮面のチャンピオンが誰なのかはうっすらと察することができる。

 全部、きっと理由があるのだと思うから。

 

「オーガポン、つたこんぼう」

 

「…………」

 

 バトルコートの激突を見守る。

 

 戦況は圧倒的にアオイが有利だ。

 オーガポンはチャンピオンの手持ちを薙ぎ払う。

 アーボック、マタドガス、そして今、アローラのすがたのベトベトンが倒れた。

 だというのにチャンピオンは不気味なほど静かで、試合が始まってから一言も喋っていない。

 

(……らしくない)

 

 頭の片隅に巣食う違和感。

 僕はポケモン勝負が上手いわけじゃないけれど、これは、あまりにも精彩を欠いている。

 

(今の攻防だってそう。ラフレシアのちからをすいとる。オーガポンのこうげきを下げる狙いだろうけど、まけんきが発動して逆効果だ)

 

 初心者が陥るようなミスを連発する。

 熟練者が思考の迷路に入り込み、あるいは疲労から采配を誤った? だとしても。

 

(あの戦い方で四天王を突破できたとは思えない)

 

 壊れた操り人形のようにふらつくチャンピオン。サムライみたいな一つ結びの黒髪がゆらゆら揺れる。

 ポーチから取り出した五体目のボール、その紫と赤のデザインに僕は視線を奪われた。

 

 マスターボールが空中に放物線を描く。

 

 自然と目で追った先、向かい側の観客席に。

 

 汗だくで席に着く、スグリがいた。

 

(………………待って)

 

 なら、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 遅れてバトルコートについた俺。

 席をずれてくれたスグリの隣に腰掛ける。

 

 ああ、こうして肉眼で視るとよくわかるな。

 映像で見たチャンピオンと、今コートで試合しているチャンピオンはまったくの別人だ。

 

「……おれのせいなんだ」

 

 なんですって?

 

「わるいやつになるつもりだった。鬼様にやっつけられる敵がいたら、また、みんなで冒険できると思った。……そのための強さがほしくて、おれ……おれは……」

 

 スグリは握り拳を膝に叩きつける。

 

「先生。ともっこ、全部で何匹いたと思う?」

 

「…………まさか」

 

 前世でいう桃太郎モチーフのポケモンたち。

 猿、鳥、犬。残るはひとつ。

 

「おれは四匹目の力を借りようとした」

 

「『借りようとした』? では駄目だったと?」

 

「見つからなかったんだ。きっといるはずだと思って探したけど。それで、ねーちゃんにバカなことするなって怒られて。それで終わりのはずだったのに」

 

 歓声がスグリの叫びを塗りつぶす。

 試合は佳境に差し掛かり、両者が切り札のテラスタルオーブを起動していた。

 アオイはオーガポンに。対するチャンピオンは……何あのポケモン。亀?

 

「ねーちゃんはおかしくなっちまった。だんだんヤバソチャたちのことも忘れて……リーグ部も、おれも、もう止められない。でもっ! アオイとハルトなら……!」

 

 謎のポケモンがテラスタルする。

 オーガポンのテラスタルエネルギーをも吸い取って。

 十八の宝石。煌めく星。虹の結晶。

 さながらそれは、藍の円盤。

 

 結晶の光が照射される。

 対象はバトルコート、そしてトレーナーと観客席……敵も味方もお構いなしの無差別攻撃。

 俺は咄嗟に手持ちを繰り出すが、彼らとて会場全体をカバーすることはできない。

 くそ、クラスター爆弾じゃねえんだぞ……!?

 

 不幸中の幸いは同じ考えの腕利きが他にいたことだろうか。四天王や特別講師。おかげで最悪は免れた。

 

 だが、どいつもこいつも満身創痍。

 鍛えたポケモンたちが一撃でひんし寸前だ。

 

 立っているのはチャンピオンただ一人。

 半壊した仮面の奥に隠された正体。

 

 気が強く、身勝手な、誰よりも弟思いの少女は。

 

 涙をこぼす自由すら奪われた体で、ゼイユは。

 

 言葉なく訴える。

 

 ――たすけて、と。




?「弟を止める力が欲しい?」
?「わかった! 助けてあげる!」
?「ぼくとご飯食べて、トモダチになってよ!」


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077

 謎のチャンピオンはゼイユだった。

 

 そしてテラスタルした謎のポケモンは、自らの力を制御できていない様子で暴走している。

 全員が束になってどうにかなるものなのか?

 

 っと、スマホロトムに着信だ。

 誰だよこんなときに。

 

「はいもしもし?」

 

「私です」

 

 オモダカ女史ですか。後でいい?

 だが電話越しの声はどこか憔悴している。

 

「ウズ先生。今どちらに?」

 

「ブルーベリー学園です」

 

「……なるほど。ではブライア先生の居場所はご存知でしょうか。火急の要件でして」

 

「いえ、すみませんが。今立て込んでいるので後で折り返します」

 

「では簡潔に要点だけ。ブライア先生がパルデアの大穴に無断で立ち入ったと報告がありました。その際、同行者の少女が見慣れないポケモンを連れ出す映像が監視カメラに残されています」

 

 スマホが受信した映像を投影する。

 ブライア先生と? ゼイユと? あとテラスタル前の亀さんがばっちり写ってますね?

 というか大穴はリーグで管理しているのでは。この映像だと職員が手助けしてるじゃん。責任者ー!?

 

「その少女とポケモンは今ここに。暴れてますが」

 

「こちらも様子のおかしい職員がいます。おそらく原因は同じでしょう。気絶させれば大人しくなりますので対応をお願いできますか」

 

「応援を寄越してもらえるとありがたいですね」

 

「その余裕がないと言ったら?」

 

 一見いつも通りのようでガチトーンじゃないの。

 さては向こうも相当やばいな。

 

「例のポケモンについて何か情報は?」

 

「すぐに送らせます。……お願いします、ウズ先生」

 

 通話が切れると複数のメッセージが届く。

 パルデアリーグとブライア先生の研究資料らしい。

 

 円盤のポケモン、名前はテラパゴス。

 冒険家ヘザーの手記に記された存在であり、大穴の結晶やテラスタル現象と深い関係があると。

 他にはパラドックスだの、テラスタル現象だの云々が書かれているが、役立ちそうな記述はない。

 

 せめて弱点とかないのかよ。

 テラスタイプの名前の由来とかどうでもいい、なぜタイプ相性の考察をしないのだ研究者。

 

「先生そっちわざ飛んだ!」

 

「おちおち考えてもいられませんね……!」

 

 結晶の照射を前転回避。

 ついでにキズぐすりを投げて味方を回復する。

 

「アオイさん。状況は?」

 

「ダメ。テラスタルしないと攻撃が通らない」

 

 包囲され、わざの集中砲火を受けるテラパゴスはたしかにまるで応えた様子がない。

 かといってテラスタルをすると即座にエネルギーを奪われて相手の装甲が強化されるようだ。

 

「加えて、向こうのわざはどれも強力と。例の虹色のテラスタルと同様の仕組みですか」

 

 すべてのタイプの力。たしかに創造神を連想するが、アオイはどこでそんなことを知ったのやら。

 ……図書館で神話の勉強をしていたら山男が現れた? どう考えても不審者だろ通報しろよ。

 いや、今はそれどころじゃない。優先順位を考えろ。

 

「前に出ます。援護を」

 

「え? あ、はい」

 

 飛び交うわざの嵐を駆け抜ける。

 第一目標はゼイユの安全確保だ。テラパゴスの真後ろに立つ彼女を配慮すると戦いづらい。

 

 まあ、接近したら標的になるのは当然。

 テラパゴスのクラスター爆撃……もう呼び方テラスターでいいか。テラスターを避けてやつを迂回する。

 牽制に煙幕を焚きつつゼイユのそばに。抵抗されると面倒なのでねむりごなを嗅がせて横担ぎで離脱。

 

 ついでにテラパゴスのボールを見つけたが、うん、とっくに壊れて使えませんね。

 あともうひとつ壊れてるが気にする余裕はない。

 

「ボールが有効なら楽だったのですが」

 

 他に何か使える道具はないか。

 あれでもない、これでもない……ん?

 

「この光は……」

 

 ポーチの奥底が虹色に光っている。

 光源は巨人の力で作られた十八のプレートに似て。

 そのいずれとも異なる見覚えのない白い板。

 

「……そのもの、あらゆるうちゅうでポケモンとひとをみる」

 

 裏の文字を読み上げると、プレートは籠いっぱいの光の玉に形を変えた。背負って投げろと。

 

 まあいいさ。みんな悪気はないんだろ。

 お前のせいで誰かが傷ついて悲しむ前に。

 正気に戻ったゼイユとスグリが悩まないように。

 

 沈めてやるよ、テラパゴス。



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