らいふ・いず・ろっく! (きょん。)
しおりを挟む

#01 再見

初の二次創作。お手柔らかにお願いします。


 

『かくれんぼする人この指とーまれ!』

 

(私なんかが、あの指にとまっていいのかな…)

 

 そう悩んでるうちに、気づいたら1人になっていた。

 

『ひとりちゃん、ほら。こっちで先生と遊びましょ』

 

 遠足の時、先生とお弁当を交換していたひとりぼっちの子。

 小学校でも、昼休みは図書室でひとりぼっち。

 

 

 それが私、後藤ひとり。

 

 たまに思う。このままでいいのかな…って。でも、私にはこのザ・陰キャな生活が身の丈にあってるんだ…。

 

 そして今日の昼休みも、私はいつもと同じように図書室で1人過ごしていた。

 

 はぁ、今日はなんの本読もうかな…。なにか面白い本はないかと探す。卒業までずっとこのままなのかな…。図書室の本を完全制覇してしまうかもしれない。あ、この本面白そう。

 

「「あっ…」」

 

 私がその本を取るより少しはやく、いつから居たのか男の子がその本に手をかけていた。

 肩にかかりそうなくらい伸びた青みがかった白髪、海のように青い瞳。私はその姿に思わず息を飲んだ。き、きれい…。

 

「えっと…ごめん。もしかしてこの本読もうとしてた…?」

 

 

 男の子が申し訳なさそうに本を差し出す。

 ど、どどどどうしよう!普段、家族以外と話さないからなんて返せばいいのか…!

 

「だ、大丈夫でしゅ!!!」

 

 あ、噛んだ。あ、ああ、あああ。どんどん顔が熱くなっていくのを感じる。

 

「えっと…」

 

「ご、ごめんなさいいいいいい!!!」

 

 あまりの恥ずかしさに、私は図書室から逃げ出した。

 

「あ、ちょっと!」

 

 

 ♩ ♪♪ ♩ ♪♪

 

 

 そのまま時は過ぎ放課後。私は憂鬱とした気持ちで教室を出た。

 はぁ、やってしまった。今日はせっかく話しかけられたのに…。話しかけられても、まともに会話できなかった…。

 もうだめだ…私はずっとひとりなんだ…。しくしく。

 

「あ、いたいた。おーい」

 

「え……?」

 

 振り返ると昼休みの男の子が駆け寄ってきた。え、もしかして私に声かけてる!?え、ああ、どどどうしよう!で、でも何で私なんかに…。

 

「ふぅ。昼休みは急に逃げ出しちゃったからさ」

 

「あ、あああ、えっと、その…」

 

「はい、これ。読みたかったんでしょ?僕はもう読み終わったからさ」

 

 男の子はわざわざ、私のところまで本を持ってきてくれたようだった。や、優しい…!がんばれ、私!せめてお礼くらいはちゃんと言うんだ…!

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 よし!よくやった私!!

 

「ねえ君、名前は?」

 

「ご、後藤…ひ、ひとりです…」

 

「僕は鳴瀬碧音(なるせあおと)。よろしく後藤さん」

 

 

 ♪♪ ♪♪ ♪♪

 

 

 それから、あおくんの家がご近所さんだったこともあって、私たちは一緒に登校するようになった。

 あおくんは早くに両親を亡くしていて、祖父母と実家のあるこっちに引っ越してきたそうだ。あの日も転校初日でクラスに居づらくて図書室にいたらしい。

 

 放課後や休みの日に遊んだり、家ぐるみでの交流も増えた。あおくんは、上手く言葉にできない私の気持ちをいつも察してくれた。まるで、心が読めるんじゃないかと思うくらいに。だから、あおくんといるのは居心地が良かった。

 あおくんには音楽の才能があった。彼の家へ行くと歌や楽器の演奏を披露してくれたり、私が興味を示すと弾き方を教えてくれた。

 私はあおくんの歌や演奏を聴くのが好きだった。

 

「〜♩」

 

「か、かっこいい…!そのキーボード?は色んな音がでるんだね!」

 

「そう!1人で色んな音を出せるから、やってて楽しいよ。ひとりも弾いてみる?」

 

「いいの?で、でも私に弾けるかな…」

 

「大丈夫。簡単なやつを弾いてみよう。えっと、まずここを ────」

 

 音楽をしてるときのあおくんは、キラキラして見えた。私もこんな風に輝けたらなぁ、なんてそんなことを思ってた。

 

 でも、たまに考えてしまう。

 あおくんは、私と違って頭も良いし、運動もできる。体力はあんまりないけど…。人とちゃんと話せるし、きっと友達だってたくさん作れる。

 それに比べて私はいつもあおくんの後ろをついて歩いてるだけだった。結局、友達と呼べる人もあおくんしかいない。

 

 あおくんは、こんな私と居て楽しいのかな…。

 

 

「あ、あおくんはどうして私にこんなに構ってくれるの…?」

 

「え…?どうした急に。うーん、どうしてって言われてもなぁ。友達と仲良くするのは普通でしょ?」

 

「あ、あおくんなら、すぐに友達つくれるだろうし、私といるより…あぅ!」

 

 軽く頭をちょっぷされてしまった。涙目で彼の顔見ると、呆れた顔で言った。

 

「はぁ。ひとり、もう二度とそんなこと言うなよ。僕がひとりといたいから一緒にいるんだ。それは他に友達がいるかいないかは関係ないよ」

 

 私といたいから…うへ、うへへ。その言葉に思わず表情が崩れてしまう。

 

「それに…ひとりの音は僕と似てる気がしたから」

 

 音?なんのことだろう。声…のことかな。全然にてないと思うけど…。あおくんはよく、〜な音がすると言う。

 あおくんは耳が良いから、私には聴こえないなにかが聴こえてるのかな。よくわからないや。

 

「まあ、でもひとりにはもう少し頑張ってもらわないとな。いつまでも僕しか友達がいないんじゃ、大変だよ。少なくとも1人で人とまともに話せるようにはなろう」

 

「うぅ…すみません…」

 

「あはは、責めてるわけじゃないよ。別に無理する必要はないから、ひとりのペースでがんばろう。僕も協力するからさ。いつか僕がいなくても大丈夫なようになれれば1番だけど」

 

 あおくんが優しく私の頭を撫でる。その表情が少し悲しそうに見えた気がした──────。

 

 

 私たちも、もうすぐで中学生になるという頃。

 あおくんは、よく学校を休むようになっていた。すごく心配だったけど、お見舞いに行くと、

 

『大丈夫大丈夫。生まれつきちょっと体が弱いんだ。言ってなかったっけ?でも、すぐ良くなるさ。だから、そんなに心配しないで』

 

 と、なんでもないように笑って言うのだった。

 だから、私もその笑顔を見て大丈夫だと、そう思ってしまった──────

 

 

『来月から遠くの病院に行かなきゃいけなくなった。手術のために』

 

 だから、私はそう言われた時、唐突すぎて何も言葉が出てこなかった。

 ただ、あおくんと会えなくなるんだと思うと、すごく悲しくて泣きそうになった。

 

『そんな悲しそうな顔しないでくれ。死ぬわけじゃないんだからさ。手術が終わってしばらくしたらまた戻ってくるから』

 

『ほ、ほんとに…?』

 

『あぁ、約束だよ。だから、ひとりも頑張って友達作るんだよ』

 

『が、がんばります…』

 

『よろしい。そんな君にこれをあげよう』

 

 そう言ってあおくんがくれたのは、色つきのキューブが2つついた髪留めだった。

 

『人に贈り物とか、あんまりしたことないから気に入るかわからないけど……。まあ、お守り的な感じで、受け取ってもらえると嬉しいよ』

 

『う、ううん。すごく嬉しい!あ、ありがとう!』

 

『そっか。それなら良かった』

 

 そう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。彼の手はとても暖かかった。

 

『あ、あおくん…その戻ってきたら一緒に音楽…やろう?また、教えてほしい…そ、その本気で練習するから…!だ、だから早く戻ってきてね…』

 

 言ってるうちに、涙が溢れてきた。あおくんは私の涙を拭うと、笑いながら言った。

 

 

『ああ、じゃあそれも約束だ。…僕は誰かと音楽を作りたいんだ。ひとりがその夢を叶えてよ』

 

『う、うん!約束!』

 

 あおくんは頷くと、ゆっくり私を抱きしめた。いきなりでびっくりしたのと、恥ずかしさでその時は気づかなかったけど……たぶん、あおくんも不安だったんだと思う。

 それがあおくんとの最後の記憶。

 

 それから数日後、あおくんは遠くに行ってしまった。私はまた1人になった。

 

 そして時が過ぎ今。私は中学生になった。結局、私は変わらずひとりぼっちだった。自分から話しかける勇気も出せず、1ヶ月が過ぎようとしていた。

 

「ただいまー」

 

 今日も今日とて、放課後は部活もせずに即帰宅。

 このままじゃだめだ、と思う。あおくんにがんばるって言ったのに。けど、最悪あおくんがいれば…。そっと髪留めに触れる。

 

「これ、観てる?」

 

 お父さんの声でふと現実に帰る。

 

「ううん。」

 

 そう言って起き上がりスペースを半分あける。お父さんは隣に腰かけてテレビを音楽チャンネルへ変える。ちょうどバンドマンの1人がインタビューを受けているところだった。

 

『中学の時は、教室の隅で本読んでるフリしてるようなやつでした。友達いなくて』

 

『それが今では、若者に絶大な人気を誇るバンドになったと!』

 

『まあ、バンドは陰キャでも輝けるんで』

 

『そうなんですね〜!それではお聴きください──────』

 

 私は演奏が始まった瞬間、目を見開いた。こんなにも輝いてる人が、昔は私と同じだった…?あ、聴いてるお客さん達楽しそう…。

 

 

『僕が音楽を好きな理由?また難しい質問だな…。んー、心を動かせるから…かな』

 

『こころ?』

 

『そうだよ。音楽は人を笑顔にもできるし、悲しい気持ちにだってできるんだよ。人を救うことだってできる…僕はそう信じてるんだ』

 

 そう言って、少し悲しそうに笑う彼の表情を思い出した。

 

 私は思わず立ち上がる。急に立ち上がった私にお父さんは驚いていた。

 

「ど、どうしたひとり」

 

「お、お父さん!ギター貸して!!」

 

「え、うん、いいよ」

 

「あ、ありがとう!」

 

 私は駆け足でリビングを後にする。

 

「そうか…ついにひとりもギターに興味を…」

 なんて、しみじみとしたお父さんの声が後ろから聞こえた気がした。

 

 

 ♪♪ ♩ ♪♪

 

 

 お父さんの部屋からギターを拝借し、鏡の前で持ってみる。

 

 か、かっこいい!バンドに入ればこんな私でも輝けるんじゃ…。

 

 決めた!ギター上手くなる!そして学校でバンド組んで、文化祭でライブする。そして…みんなからチヤホヤされるんだ!それに、あおくんと音楽を作るって約束したんだ。私がギター上手になってたらびっくりするに違いないよね!それであおくんの夢を叶えるんだ!

 

 そんな希望を胸に、ギターの弦を弾く。最初は自分の手で音を奏でるだけで、胸が踊った。苦労もしたけど…。

 

「E、A、D、C…なんで急に英語…?」

 

 最初はなにもわからなかった。何度も挫折しそうになった。

 

「もうやめだー!!全然弾けるようにならない…」

 

 でも、なんだかんだ諦めきれなかった。

 

「もう少しがんばってみようかな…」

 

 そんなことを繰り返しながら、毎日6時間、私はギターの練習に没頭したのだった。

 

 そして、私は勇気をだしてバンドメンバーを集めて文化祭のライブに出た。とても不安だった。でも、これだけ練習してきたんだ!きっと大丈夫!

 ライブは大成功だった。ライブの後、いろんな人に話しかけて貰えるようになった。友達もたくさんできた。

 こんな陰キャな私でも、ギターを始めて輝けたんだ!

 

 ──────そんな未来を思い描いていた時期がありました。現実とは…どこまでも残酷なのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#02 はじまりの季節

こうやって書いてると、自分の才能の無さを突きつけられてるようで辛くなってくる()


 

 あれから3年が経った。

 

 ちや…ほや…?

 

 人様に聴かせても良いように、毎日6時間練習した結果…いつのまにか中学生活が終わっていた。

 当然、バンドメンバーは集められず、文化祭にも出れなかった。そもそも3年間友達1人もできなかった…。うぅ、どうしてこんなことに。

 高校こそは…高校こそはバンドやるんだ!!

 

──────と決意してからはや一ヶ月。唯一の友達も帰ってこぬまま、心の拠り所はギターだけ…引きこもり一歩手前〜♩

 

 作詞作曲 わたし

 押し入れより愛を込めて

 

…はっ!こんなことしてる場合じゃない。最近の人気バンドのカバー動画あげなくちゃ。

 

 お父さんに勧められて、guitarhero名義でカバー動画あげてから結構経つけど…あ、前の動画もうこんなにコメントついてる。

 並ぶ賞賛のコメントに思わずにやけてしまう。うへへ。

 その中の一つが目に入る。blueskyというアカウントのコメント。

 bluesky。最近、話題になってる有名人。色んな曲を作って投稿してる人だ。どうやら、音楽や映像、全部1人で作っているらしい。

 そんな凄い人からコメント貰えるなんて…うへへ。私も有名になったなぁ。こんなにたくさんの人が見てくれてる。でも、私が本当に見て欲しい人は…。はぁ、今頃何してるのかなぁ。

 

「ひとりちゃーん!!」

 

 お母さんが珍しく興奮した様子で呼んでいる。どうしたんだろ。

 

「お母さん、どうしたの?」

 

「あおくん!明日、こっちに帰ってくるそうよ!良かったわね!」

 

「え…ほ、ほんとに!?」

 

 あ、あおくんが…帰ってくる!で、でもどうしよう!?3年ぶりだし、何話したらいいかわからない!…はっ!もし、もう私の事友達だと思ってなかったら…い、いや大丈夫…だよね?うああ、でも…いや、大丈夫!…いやでも──────

 

 私はその日、3年ぶりの再会への嬉しさと不安で寝付けなかった。

 

 

 ♪♪ ♪♪ ♪♪

 

 

 僕は春が好きだ。春はいつも何かが始まるような、そんな予感がする。

 空気を吸って、吐く。春の暖かい香りと…懐かしい香りがする。そして、この懐かしい音。街中に溢れかえる音。その多くがあの頃と同じだった。

 

「もう3年か…懐かしいなぁ。あんまり変わってない。」

 

 ここで過ごした時間はそこまで長い訳じゃない。こっちに引っ越してきて、1年ほどで遠くの病院へ行くことになってしまったから。

 でも、長い時間を1人病室で過ごしていた僕にとっては、その1年が懐かしいと思えるほど大切な日々だった。

 彼女は…元気にしてるだろうか。友達はできただろうか。あの時の約束を果たすためにこの街に帰ってきた。ふふ、もしかしたらもう忘れてしまってるかもな。

 

「碧くん、行くわよ。」

 

「わかった。今行くよー。」

 

 祖母に呼ばれ、祖父が運転する車へと向かう。駅から祖父母の家まではそう遠くない。

 久々の家はもちろんだが、3年ぶりに会う友人がどう変わっているか。それが僕は楽しみだった。

 

 

 ♩ ♩ ♩

 

 

 夕方頃、僕は3年ぶりに彼女の家を訪れた。

 ひとりのご両親、美智代さんと直樹さんは、僕が元気になって帰ってきたことを泣いて喜んでくれた。昔から、僕の両親が早くに亡くなっていることを気にかけてか、可愛がってくれてはいたが、なんだか気恥しい。

 

「いやぁ、ほんとに元気になってくれて良かったよ。また、ひとりと仲良くしてくれるとありがたいよ」

 

「ほんとに良かったわ〜。ほら、ふたり。覚えてるかしら?あおくんよ」

 

「おにーちゃん、だれー?」

 

「あはは、さすがに覚えてないか。僕は鳴瀬蒼音。お姉ちゃんのお友達だよ。よろしくね」

 

「ほんとに?おねーちゃんおともだちいたんだ!」

 

 おお…無邪気な笑顔でなんてこと言うんだこの娘…。ふたりちゃんはそのまま犬(ジミヘンというらしい)と奥へ走っていってしまった。

 

「ところで、そのひとりさんはどちらに?」

 

「おかしいわね…。ひとりちゃーん、あおくん来たわよー!」

 

 美智代さんが呼ぶが返事がない。みみをすましてみる。うーん、部屋にいる音はするんだけどな。

 

「うーん、もしかしたら部屋にいて気づいてないのかもなぁ。せっかくだから上がって行きなよ」

 

「え、でも、」

 

 いくら家ぐるみの付き合いがあるとはいえ、3年ぶりで急に家に上がるのは少し躊躇われる。

 

「いいからいいから。ひとりちゃんも戻ってくるの楽しみにしてたから。呼びに行ってあげて」

 

「あ、はい。えと、おじゃまします。」

 

 少しためらいながらも、靴を脱ぎ3年ぶりに足を踏み入れ、そのままひとりの部屋へと向かう。

 

 玄関では遅れてやってきた祖父母がひとりのご両親と話していた。

 会話の内容的に、今日はこの家で晩御飯をいただくことになりそうだ。

 

 ひとりの部屋の前につく。なんか緊張してきたな…。軽くノックしてみる。

 

「えっと、久しぶり。碧音だけど…」

 

「あ、ああ、どどどどうぞ!」

 

 戸をあけると、そこには──────

 

 パアンッ!

 

「お、おかえりなさい!!」

 

 ───まるで誕生日パーティーでもするのかというくらいの飾り付けの部屋の中、クラッカーを持ったひとりが、謎のサングラスをつけて立っていた。

 

「え、えっと…久しぶり」

 

 唐突なもてなしに理解が追いつかなかったが、なんとか言葉をひねりだした。

 えっと、これはそれだけ楽しみにしててくれてたってことなのか…?喜ぶところ?

 いや、待て。クラッカーはまあ、まだわかる。しかし、後ろのパーリーピーポーな飾り付けはなんなのだろう…。風船やら何やらがたくさん浮いている。それに、そのきらきら光るサングラスはなんだ。

 

「なんか…楽しそうだな、ひとり」

 

「ゔぅァっ!」

 

「え、なに!?どうした!?」

 

「い、いえ、調子に乗ってすみません…」

 

 そう言って、入口の前で体育座りで丸まってしまった。

 

「いや、別に怒ってないよ!?少し戸惑っただけで、ここまでして迎えてくれて嬉しいよ」

 

 苦笑しながら、そうフォローする。なんだかこの感じも懐かしいな。昔はここまでじゃなかった気もするけど…。 さっきから目合わないし。まあ、今は再会を喜ぼう。

 

「…ひとり、ただいま」

 

「…う、うん。お、おかえり…もう帰ってこないんじゃないかって思ってた」

 

「約束したでしょ」

 

「うん…でも、遅い…」

 

「ああ、そうだな。ごめん…だから、泣くなって」

 

僕は静かにひとりの頭をなでる。こうして僕達は3年ぶりの再会をとげたのだった。

 

 

 ♩ ♩ ♪♪ ♪♪

 

 

 それから少し話してると緊張が解けたのかひとりも昔のように話してくれるようになった。

 

 そして今、僕はひとりが無言で始めたギター演奏を聴いていた。

「〜♩」

 彼女は昔と変わってない(むしろ酷くなった?)かと思ってたけど、そんなことは無かった(ある意味ではそんなことあるけど)。

 ひとりのギターからは、暗がりの中の光のような、そんな音がした。どこか寂しくて、でも確かに熱のある音。人の心を動かすだけの熱が。

 ひとりがここまでギターに熱中するなんて。

 

 それにしてもこの音、似たような音を聴いたような気がする。ひとりのギターを聴くのは始めてのはずだけど…。

…本当に上手い。驚くほど演奏技術が高い。

 

「すごいよ!まさか、ひとりがギターを始めて、しかもこんなに上手くなってるなんて!」

 

「うへへ、そ、それほどでも〜」

 

 あはは、褒められるとすぐ表情に出るのは変わってないんだな。顔が溶けてるよ、ひとり。

 

「ほんとに上手だよ。バンドとかやってるの?」

 

「グハッ!!」

 

 あ、まずい。これは地雷だったか。

 

「お、おい、どうした。大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫です。バンドやりたいとは、思ってるんですけど…め、メンバーが集められなくて…」

 

「なるほどなぁ。誰か楽器やってる友達とかいないの?」

 

「──────」

 

 僕の言葉を聞いた瞬間、ひとりは固まったーーかと思いきや、突然ガタガタと震え出した。それはもう西野カナばりに。

 

「ああ、悪かった!今のは配慮が足りなかったな!すまない、だから戻ってこーい!」

 

「うぅ、その優しさが逆に心に刺さる…」

 

 そう言って力尽きてしまった。南無…。

 表情がとんでもない事になっている…。

 どうやらひとりはこの3年で人間を辞めてしまったらしい。きっとそこら辺で拾った仮面をつけてしまったんだろう。

 頭を撫でてひとりを蘇生しながら、ふと思った。

 

「あ、そういえば、ひとりはどこの高校に通ってるんだ?」

 

「あ、えと、その、秀華高です」

 

 なるほど。秀華高か。ん?秀華高!?

 

「え…?でも秀華高ってこっから片道で2時間くらいするんじゃ…?」

 

「高校は誰も私の過去を知らないところに行きたくて…」

 

「そ、そうなんだ」

 

 その目の奥のあまりに深い闇に、それ以上聞くことはできなかった。一体僕がいない3年間で何があったというんだ…。だいたい想像つくけど。

 

「そ、そういう、あおくんは高校どうするんですか?」

 

「そうだなぁ。どこかに編入っていう形になるかな。まあ、そういうのは明日から考えようかなと」

 

 たしかに高校のことは考えないとな…。編入試験については特に問題は無い。自慢じゃないけど、勉強はできる方だ。自慢じゃないけど!!

 問題は受け入れてくれるところがあるかどうかだ。僕の場合、事情が少し特殊だし。

 

「そういえば、その髪留め…今でもつけてくれてるのか」

 

「う、うん…私の宝物だから…」

 

「そんなに大事にしてくれてるとは…嬉しい限りだよ」

 

「二人ともー、ご飯できたわよー」

 

 そんな会話をしてると、下から美智代さんの呼ぶ声がした。

 

「だってさ。行こうか、ひとり」

 

「う、うん!」

 

 そして2人で階段を降りる。

 これからの事は明日、考えればいい。今日は、この家族との、ひとりとの久々の食事を楽しもうと、そう思った。

 

 

 ♪♪ ♪♪ ♪♪

 

 

 うーん、ここはこうした方がいいかな…?

 今日投稿するカバー動画、その編集をしながら今日のことを思い返す。

 あおくんが帰ってきて、久しぶりに話して、一緒にお夕飯食べて…うへへ、楽しかったな。

 ギターの演奏も披露できた。結局、友達できたって報告はできなかったけど。3年間友達1人もできなかったから…うっ、心が。

 

 私だって努力はした…。机の上にCD並べてアピールしたり、バンドグッズ持って行ってアピールしたり、お昼に当時ハマってたデスメタル流して、それから誰も目を合わせてくれなく…

 

「うがあぁぁぁあ!!フラッシュバックが…!あーあーーッ、忘れろ忘れろ忘れろッ!」

 

 頭を床に打ちつけても消えてくれない、私の黒歴史…。

 

 はぁ。今日の動画投稿して寝よう…。

 なんとなく前の動画のコメントをみてみる。

 

『上手い!プロだったりして?笑』

『サビの入りのところ、めっちゃ好きです!』

 

 うん、現実が辛くても大丈夫。ネットの世界には私に反応してくれる人がたくさんいるもん…。ネットの人は私と同じでくらい人ばっかり…

 

『この曲、バンド組んで文化祭のライブで弾きm

 

 バタンッ

 

 うぅ、どうして…。パソコンを開いて、そのコメントの返信欄を開く。

 いいなぁ…。私もバンドやりたいな。…あおくん、誘ったら一緒にやってくれるかな。…今度誘ってみよう。いや、でも、もし断られたら…。

 そんなことを考えてると、ふと1つの返信が目に入る。

 

『いいな。うちにもギター弾いてる奴いないかな』

 

 はっ!!!!!

 その瞬間、私の頭に大きな衝撃が走った。

 その手があったか!!!

 ふ、ふふふ。これなら、きっとすぐにバンドメンバー集まるぞ!あおくんを誘うのはそれからにしよう。きっとびっくりするに違いない。

 ふふふ、明日が楽しみだなぁ!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#03 サンデイ

 

時は戻って、ひとりと僕が再会する一週間前───

 

 都心の病院、その病室の一室に僕はいた。こっちで少し様子を見てから、晴れて退院となるらしい。

 様子見なんてしなくていいのに、と思う。病院での生活は僕にしてみれば退屈でしかたなかった。病室では、歌うことも、楽器を鳴らすこともできない。話し相手もいない。それに、病院でする''音''はどれも良いものではない。悲しい音、諦めの音、死の音…。

 しかし、幸いにも様子見の間は多少の外出はしていいらしい。僕はそれらの音から逃げるように病院を出た。

 

 

 そうして向かった先は、昔ながらの東京の雰囲気が残る街下北沢。行先にここを選んだのはただの気まぐれだ。でも、僕はこの街の音が嫌いではなかった。

 この街はおしゃれな古着屋やレコード…CDショップが多い。それらの店を気の向くままに足を運ぶ。

 

「あ、このストールいいな…」

 

 シンプルだけど好みのデザインだ。薄手だし、これからの季節にはちょうどいいだろう。それを購入し、店を出る。

僕は基本的にいつも首に何かしら巻いているのだが、さすがに春、夏にマフラーなんて巻こうものなら、首が蒸し焼きになってしまう。え、巻かなければいいって…?はは、これには深い訳があるんだ。

 と、誰にするでもない言い訳を吐いていると楽器店が目に入った。楽器店ていうと、御茶ノ水のイメージがあるけど、下北にも良い楽器店はたくさんある。僕はその店へ足を運んだ。

 

 

「お、このギター…いい感じだな」

 

「お客様、そのギターに興味がおありですか?」

 

「え?ああ、ちょっと気になって…」

 

「よろしければ試奏とかしますか?」

 

 ギターか、最近は触ってなかったな…。弾くつもりはなかったけど、久々に触ってみるかと、そう思った。

 

「…それじゃあお願いします」 

 

「はい!すぐ用意しますね!」

 

 そういうと店員さんは嬉しそうに準備を始めた。

 

 

「〜♪」

 

「お客様、お上手ですね!歴は長いんですか?」

 

「昔、弾いてたんです。いろいろあってしばらく弾けてなかったんですけど…案外、弾けるものですね」

 

「久々でそれだけ弾けるなんて、すごいですよ!」

 

 普段ならお世辞として流すところだけど、この店員さんは心から褒めてくれてる感じがして、少し照れくさい。…うん、正直で素直な音がする。

 

「あはは、ありがとうございます。それにしてもこのギター良い音ですね」

 

「そうなんですよ!実はそのギターは──────」

 

 それから話が盛り上がって、つい話し込んでしまった。やっぱり、楽器好きに悪い人はいない。

 一つ楽器屋に入ると、他の店も見たくなるのは何故なのか。さて、次はどこに行こうか。…あそこにしよう。

 

 

「〜♩」

 

 キーボードで音を鳴らす。この楽器は一人でできることが多いので気に入っている。まあ、僕は種類によらず楽器は好きだけど。

 なんだか、後ろの人達に見られている気がするが…。さっきから、ギターやらベースやら電子ドラムやら、手当り次第に試奏していたせいで目立ってしまったか…?少し調子に乗りすぎたかな、ははは。

 これ以上、キーボードを弾いてると歌いたくなってきそうなので、演奏する手を止める。ここで急に歌い出したら注目の的だ。悪目立ち的な意味で。

 

「さて、そろそろ帰ろうか…」

 

 立ち上がり、これ以上目立たないうちに移動しようとした瞬間、急に視界が歪んだ。

 

 …胸が苦しい。手を当て耳を澄ますと、明らかに正常でない音を刻んでいた。

 

 何とか通路の隅に移動して座り込み、呼吸を落ち着かせる。まずい…病み上がりではしゃぎすぎたかな。

 落ち着かないと…。精神が落ち着けば、身体も多少は落ち着く。

 目を閉じて周囲の音に意識を集中する。耳に入ってくるのは店内の試奏の音、外を行き交う人々の足音、カップルのたわいない会話…でも、それらは全て雑音だ。もっと深く意識を割く…その人特有の音。ちょっとした感情や性格、その人が現れた音。退屈そうな音、嬉しい音、悲しい音、優しい音。

 

 そうやって音に身を委ねる中、ふと聴こえたその音に惹かれる。それは、明るくて暖かい音だった。いつか聴いた音に似た音。きっとこの音の主は暖かい心の持ち主に違いないと、そう思った。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 突然かけられた声に意識を引き戻され、顔を上げると、1人の女の子が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

「天使…?」

 

「え…?」

 

「あ、いえ…なんでもないです。大丈夫、です。しばらくしたら、落ち着くと、思うので…」

 

 危ない。心の声が漏れてしまった。初対面で第一声が天使とか、確実にやばい人だと思われてしまう。

 ───少しは落ち着いたが、胸の苦しさは依然としてそこにあった。

 

「そんなに苦しそうなのに大丈夫なわけないですよ…。ちょっと待っててください!」

 

 そういうと少女はどこかへ行ってしまった。

 と思ったら、走って戻ってきた。どうやら、水を買ってきてくれたらしい。なんて心優しいのだろう。この子は本当に天使なのかもしれない。

 

「これ、どうぞ」

 

「…すみません、ありがとうございます」

 

 ありがたく受け取って、水を飲む。だんだんと、落ち着いてきた。東京の人は冷たいなんて言うけど、そんな事ないのかもしれない。

 

「落ち着きましたか?」

 

「ええ、おかげさまで。助かりました、優しいんですね」

 

「そんなことないですよ。いろんな楽器弾いててすごいなぁって思って見てたら、急に苦しそうにしてたので放っておけなかっただけです」

 

 そういうのを優しいというのではないのか。当然のことをしたまでです、的なあれか…。本当に天使じゃないか。それにしても────

 

「あはは、やっぱり見られてたんですね…」

 

「そりゃ目立ちますよ!手当り次第に試奏して、しかもどれも上手!つい目で追っちゃいました」

 

 少女が目をキラキラさせながら言う。

 

「あ、私、伊地知虹夏っていいます。下北沢高校の2年生です!」

 

「先輩だったんですね。鳴瀬蒼音です。伊地知さんの一つ下です」

 

「え!後輩だったの!?年上だと思って…ましたよ」

 

「あはは、無理に敬語じゃなくていいですよ。伊地知さんはここで何してたんです?」

 

「私、バンド組んでドラムしてるんだけど、スティック折れちゃって…。新しいの買いがてら、いろいろ見てたところ!」

 

 バンドか。確かに伊地知さん、派手でおしゃれな格好をしてる。いかにもバンドしてるって感じだ。首元の大きなリボンとか、個性的でかわいい。

 

「碧音くんは?やっぱりバンドとか組んでるの?」

 

「いえ…最近までずっと海外の病院で過ごしてたんで。最近こっちに戻ってきたんですよ、高校の編入先も決まってないです」

 

「なるほど…碧音くんは訳ありの人だったのか。でも、それなのにあんなに楽器弾けるの凄いね!碧音くんがバンドやったら、どの楽器でも活躍できるよ!」

 

「バンドですか、興味はありますよ。元から誰かと音楽をやりたいとは思ってたので…。でも、僕は…」

 

 その先の言葉は出てこなかった。初対面の人に話すのは躊躇われた。僕が次の言葉を探していると、伊地知さんが先に口を開く。

 

「碧音くん…?あ、ねえ!碧音くんさえ良かったら、私のバンドに入らない?実は今メンバー集めてるんだ〜」

 

 今日会ったばかりのよく知りもしない男子を、バンドに勧誘するとは…。この人、もしかしなくても相当のコミュ強…?

 でもバンドか、誰かとする音楽…。

 

「伊地知さんみたいな可愛い先輩に勧誘されるなんて、光栄です。が、この件は私の手に余るので一旦本社に持ち帰らせていただきます」

 

「えぇ、本社ってなに!?君学生でしょ!?」

 

「はは、いいツッコミですね。誘いは嬉しいですけど、これからの事もまだ決まってないので。それに…きっと他にもっと良い人がいますよ」

 

「そっかー、残念。…でも、こっちに戻ってきたばっかって言ってたもんね。あ、そろそろ行かないと!」

 

「ありがとうございました。本当に助かりましたよ。バンド頑張ってください、応援してます」

 

 そう言って僕も立ち上がる。

 

「あ、待って!私の家、ライブハウスやってて、下北沢スターリーってとこなんだけど。最近オープンしたばっかりだからさ、暇な時にでも来てくれると嬉しいな!」

 

「へー、家がライブハウスとはまた凄いですね。…気が向いたら行きます」

 

「それ、絶対来ない人のセリフだ…。まぁ、ライブじゃなくてもスタジオもあるからさ!それじゃ、ばいばーい!」

 

 そう言って手を振ると、少女は行ってしまった。その姿が見えなくなるまで見送る。

 なんだか疲れたな。でも、楽しかった。いい出会いもあった事だし、今日は帰ろうか。

 ライブハウスね…。僕はもらった水を飲みながら、帰路についた。

 

 

 ♪♪ ♩ ♪♪

 

 

 それから3日後。

 日が暮れ始め空が茜色に染まる頃、結局、僕は病室での退屈な時間に耐えられず、ただ思いつくままに、下北沢スターリーまで来ていた。

 今思い返してみると、ライブハウスなんて片手で数える程しか入ったことがない。

 あれ、そう考えると少し緊張してきたな。

 

 深呼吸して中に入る。受付へ行くと、中性的な見た目の少女が対応してくれた。

 

「当日券でお願いします」

 

 そういって、代金を払い半券をきってもらう。

 

「ドリンク代500円になります。良ければフライヤーもどうぞ」

 

 なんて言うか、クールな子だな。ずっと無表情だし。

 ドリンクチケットとフライヤーを受け取り、奥に進む。ライブは…まだ始まってないか。ちょっと来るの早かったかな。まあ、病室にいるよりはましか。

 さきにドリンク交換しておこうと、カウンターの方へ目をやると、見覚えのある姿があった。

 

「あー!碧音くん!来てくれたの?元気そうで良かったよ〜」

 

 目が合うや否や、元気よく手を振ってくれる。

 

「まぁ、気が向いたので。伊地知さんも元気そうでなによりです。オレンジジュースください」

 

「はい、オレンジジュースですね〜!ちょっとあっちで待ってて!」

 

「?分かりました」

 

 言われるがまま、後ろのテーブル近くへ移動する。

 少しすると、伊地知さんがドリンクを持って駆け寄ってきた。

 

「はい、どうぞ、オレンジジュースです!」

 

「ありがとうございます。仕事はいいんですか?」

 

「うん。ちょっとだけお姉ちゃんに代わってもらった。いやー、まさか本当に来てくれるなんて。何か気になるバンドでもあったとか?」

 

「いえ、純粋にライブハウスってあんまり来たことなかったんで気になって。それに伊地知さんに会いたかったので」

 

「ええ?ほんとにー?なんだか照れちゃうなぁ」

 

 伊地知さんの目を見ながら、ゆっくりと近づく。

 

「あの日からずっと伊地知さんのこと考えてたんです。ずっと頭から離れなくて」

 

「え、え!?えっと、会いたいってそういう…!?ごめん、えっと、私たちこの前会ったばっかりだし…!あ、その、嫌いとかじゃなくて…!」

 

 頬を赤くして慌てる伊地知さんを無視して、その手をとり、''それ''を渡す。

 

「これ、受け取ってくれます?」

 

「あ、あ、あの、えっと…!──────って、え?これ…ジュース…?」

 

 そう、ジュース。来る途中自販機で買ってきたレモネード。

 

「この前もらった水のお礼ですよ。ふふっ…伊地知さん、ふっ…そんなに慌ててどうしたんです?」

 

 伊地知さんが期待以上の反応をするものだから、笑いを堪えきれなかった。

 

「…碧音くんのばか」

 

「すみません、伊地知さんの反応が面白くてつい」

 

「もう!私の方が先輩なんだぞ!フン!」

 

「機嫌なおしてくださいよ。それに、会いたかったっていうのは本当ですよ。僕、ずっと病院にいたんで友達あんまりいないんですよ。だから、仲良くなれたらなって」

 

「…はぁ、そんな言い方されたら怒れないじゃん。まぁ、このレモネードに免じて許してあげよう」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

「お、そろそろ他のお客さんも入ってきたね。私も戻らなきゃ」

 

 周りを見ると、たしかに人が増えていた。

 

「それじゃ、楽しんでね!」

 

 伊地知さんが手を振ってカウンターに戻るのを、こちらも手を振って見送った。

 僕はステージから1番離れた後ろの方へ移動する。

 バンド…ライブ…か。彼らにとって''今''はきっと眩しいほどに輝いているのだろう。

 

「…羨ましいな」

 と、無意識のうちにそんな言葉が漏れた。

 

 

 ♩ ♩ ♩

 

 

 特に何事もなく、その日のライブは終了した。

 今日、出演したバンドはどれも特別上手いわけではなかった。…でも、どのバンドも楽しそうだったし、なによりその音に何かしらの熱が感じられた。僕にはない熱が…。

 

「やっほ!どうだった?今日のライブは」

 

 ライブも見終え、出口へ向かおうとしたところで伊地知さんに声をかけられた。

 

「上手い下手は置いといて、みんな楽しそうでした。見てるこっちも楽しい気持ちになれましたよ。良い場所ですね、ここは」

 

「そっかそっか〜!それなら良かった」

 

 よくわからないが、僕の答えに伊地知さんは大変嬉しそうにうなづいていた。

 

「虹夏、なにしてるの」

 

 聞きなれない声に振り返ると、受付の女の子が相変わらず無表情で立っていた。伊地知さんの知り合い…?いや、同じところで働いてるんだから、当然知り合いか。

 

「あ、リョウ。碧音くん、紹介するね。この子は山田リョウ。私の幼馴染で、バンド仲間のベーシストだよ」

 

「リョウです。よろしく」

 

「リョウ、この人は碧音くん。この前、話した楽器屋で死にかけてた人」

 

「もっと他に紹介の仕方あったんじゃ…。鳴瀬碧音です。よろしく山田さん」

 

「……」

 

「えっと…僕の顔なにかついてます?」

 

「そのストールいいね。おしゃれ」

 

 僕の首に巻かれたストールを指して、グッと親指を立てる山田さん。

 

「ああ、ありがとうございます。これ、この前古着屋さんで見つけたんです。思わぬ収穫でしたよ。古着屋を巡るのも楽しいものですね」

 

「わかる。月一の古着屋とハードオブ巡りははずせない」

 

 僕はこの少女から似た音を感じとった。この人…わかる人だ…!

 その瞬間、二人の間に小さな理解が生まれ、そのま無言で握手を交わした。

 

「なんか一瞬で仲良くなってるし…あ、そうだ。碧音くん、編入先は決めた?この辺りだと秀華高とか下高だよね」

 

 たしかにこの辺りなら、その二校のどちらかだろう。この辺りに住んでいれば、だが。

 

「あー…実は僕、住んでるのここら辺じゃないんですよ。今は入院中なのでこっちにいますけど、あと数日で退院なんでここから2時間程の家に戻らないとなんです。だから、高校は地元の方かなと」

 

「碧音くん入院中だったの!?え、それ大丈夫なの…?」

 

「今は治療が終わったあとの様子見期間なんで大丈夫ですよ」

 

「そっか、良かった〜。でも、ここら辺住みじゃなかったのか。もしかしたら、同じ高校に来てくれるかもって思ってたのにー…」

 

「2人がいるならそれも良いかもしれないですね。まあ、たまには遊びに来ます。スタジオもあるみたいですし」

 

「そういえば虹夏から聞いた。いろんな楽器を弾きこなす人がいて、かっこよかったって何回も話してた」

 

「あああああ!ちょっと、余計なこと言わなくていいから〜!」

 

 あはは、本人以外からこういう話聞くと、本人から聞くより照れるよね。

 

「私も碧音の演奏聴いてみたかった」

 

「あはは、また機会があったらその時に。僕も2人の演奏聴いてみたいですし」

 

「ほんと?…そんな碧音にこれをあげよう」

 

「なんですか?これ。チケット?」

 

「私たち、来週ここでライブするから。良ければ来て欲しい」

 

「あー…そういえばノルマ分のチケット、1枚残ってたっけ」

 

「うん、たぶんもう買ってくれる人いなそうだから。贈呈します」

 

「う、うそ…!?あのリョウが…??」

 

 そういえば、そんな話を聞いたことがある。たしか、集客のために自分たちでノルマ分のチケットを売らないといけないんだったか。特に始めたばかりのバンドは苦労するのだろう。

 

「ただで貰うなんて悪いです、ちゃんと買いますよ。2人がやってるバンドも気になるので。いくらですか?」

 

「ほんと!?いやー、助かるよ〜」

 

「5000円になります」

 

 いや、たっか!今日のチケット、たしかドリンク代含めて2000円だったような…。まぁ、そういうこともあるのか…?

 

「こらこら!平然と嘘つかないの!!碧音くんも、嘘だから!五千円札を出さないで!」

 

「え、違うんですか」

 

 僕は山田さんの方を見る。あ、目逸らした。

 

「山田さんて実はやばい人…?」

 

「えへ、それほどでも…」

 

「褒めてないですけど!?」

 

 やはりベーシストが皆変人というのは本当だったか…!※諸説あります※個人の感想です。

 

「碧音くんごめんね…。チケット代は1500円で当日ドリンク代で500円かかるから」

 

 紙切れと硬貨を伊地知さんに渡して、チケットを受け取る。

 

「大丈夫ですよ。この程度の冗談で怒ったりしませんって」

 

 伊地知さんの友達だし、悪い人ではないだろう。それに、変わってはいるけど根の方で優しい音がする。

 さっきのも、きっとちょっとした冗談に違いない。…冗談だよね?

 

「おーい、お前らいつまで話してんだ。仕事しろ」

 

 声の方を見ると知らない女性が────────────いや、僕はこの人を知っている。

 

「ごめんって、おねーちゃん。碧音くん、こちら私のおねーちゃん、ここスターリーの店長だよ」

 

「なんだ、虹夏の友達か?ここの店長の伊地知星歌だ」

 

「…どうも、鳴瀬碧音です」

 

 伊地知…星歌…。点と点が繋がったような、そんな感覚だった。

 

「悪いけど、もう片付けないとだから。用が済んだら早めに帰ってくれると助かる」

 

「もう、おねーちゃん!そんな言い方しなくても良いでしょー!」

 

「ここでは店長と呼べって言ってるだろ。あと、仕事に私情を挟むな。リョウもそこで気配消してないで仕事しろ」

 

「くっ…!バレたか…!」

 

 いつからそこにいたのか、背後から声がする。この僕が背後をとられただと…!?

 にしても、よくこの状況でサボれると思ったな…。

 

「それじゃあ、碧音またね。私の天才的なベース、楽しみにしてて」

 

 そう言い残して、山田さんは諦めたように仕事に戻って行った。凄い自信だ、さすがベーシスト。

 

「さて、これ以上いても邪魔でしょうし、僕も帰ります」

 

「碧音くん、またね!ライブ楽しみにしてて!」

 

 笑顔で手を振る伊地知さんに、手を振り返してその場を後にした。

 最近は良く手を振るなぁ…。伊地知さんが良く手を振るものだから、つられちゃうんだよな。

 でも、こういうのも友達って感じがして悪くないか…なんてね。

 

 これからのことを考えながら帰路に着く。時間が経てば当然のように前が拓けると思っていた。しかし、視界は先の見えない黒に閉ざされたままだ。結局、先のことなど考えたって意味は無いのだと、何度目かの結論に至る。

 

「まあ、先が見えなくても…約束は守るよ。ずいぶん遅くなってしまったけど」

 

 かつてした約束に思いを馳せながら、喧騒の中を歩く。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#04 転がるぼっち、

 

 碧音と再会した日の翌朝、後藤ひとりはいつになく上機嫌で歩いていた──────

 

 学校へ向かう途中、ガラスに反射した自分の姿を見て顔を綻ばせる。

 か、かっこいい…!明らかに只者ではない感がある。

 昨日の夜思いついた、バンドを始めるための秘策…。そう!私が集めるのではなく、探してる人に声をかけてもらえばいいんだ!!

 仮にバンドをしていない人でも、こんなに目立つ格好をしているんだ、話しかけずには居られないはず…!ふふふ、我ながら天才的な作戦だ…。

 もう一度ガラスに目をやり、自分の姿を確認する。バンドの缶バッジをこれでもかと付けたトートバッグ、両腕にいくつもつけられたラバーバンド、そして背中のギター…。すごい、一気にバンド女子だ!これなら成功間違いなしだよね…。

 

「うへへ、うへ、今年の文化祭は忙しくなるぞ…!」

 

 私はこれからの明るい未来に思いを馳せながら、学校へと向かった。

 

 ♩ ♩ ♩

 

 そして何も起きぬまま放課後になった。そう何も起きぬまま…。

 あれぇ…?おかしい、誰からも話しかけられなかった。わ、わかんなかったのかな…?でも、ギターほどわかりやすいものも無いはず。そうして考えているうちに、1つの可能性に思い至る。

…あえて話しかけられなかったという可能性は?ないないないない!精神崩壊するっ!

 

「ねえ、見てこれかわいくない?」

 

「あっはは、ほんとだ。なにこれかわいい」

 

 だ、誰か来る!まずい、今笑われようものなら精神崩壊どころか消滅してしまうッ…!私は逃げるようにその場を後にした。

 

 

────そして今、私は近くの公園のブランコで悲しく揺られていた。

 まぁ、わかってましたよ…。他力本願じゃだめなことくらい。ベンチに座るサラリーマンを見て思う。きっとここに集う人達は私と同じように孤独を抱えてるんだろうな…と。あの人も家庭内別居中で帰りづらk…

 

「ぱぱ〜!」

 

「ごめんね、あなた。遅くなっちゃって」

 

「いいっていいって。それじゃあ、飯食いに行くか!」

 

 絵に描いたような家族だった…!ごめんなさい、勝手に私と同じとか言って…。ぐすぐす。

 現実から逃げるように、オーチューブで自分のアカウントページを開いた。

 

「あ、登録者三万超えてる…」

 

 うん、そうだ。私の居場所はネットだけ…。それに、学校で一人でも帰ればあおくんがいる。独りじゃないんだ。そうだ、バンドを組まなくたって、あおくんがいたら一緒に音楽をできる。そう約束したんだ…。

 

「─────もう、学校行きたくないな…」

 

「あ!ギターーッッ!!」

 

 へ?…声のした方を見ると、一人の女の子がこちらに駆け寄ってきた。

 

「それ、ギターだよね?弾けるの!?…………おーい?」

 

 まずい、普段人と話さなすぎて声が…!

 

「あ、急にごめんね。私、下北沢高校2年、伊地知虹夏」

 

 がんばれ私!!ちゃんと会話するんだ…!は、腹から声を絞りだせ!

 

「あっ…後藤ひとり…秀華高校1年です…」

 

「ひとりちゃんはさ、ギターどのくらい弾ける?」

 

 いきなり名前呼び…!この人、もしかしなくても陽の人だ。そうに違いない。

 

「あっ…そこそこかと…」

 

「そっかぁ!実は今困ってて無理だったら全然大丈夫なんだけど…大丈夫なんだけど困ってて…」

 

 絶対だいじょばないやつだ…!怒らないから、言ってごらん…とか、大丈夫、1回だけだから…とか、それと同じやつだこれ。

 

「うん、思い切って言っちゃおう!…お願い!今日だけ、私のバンドでサポートギターしてくれないかな!ギターの子が突然やめちゃって…」

 

 バンド…?今日これから、ライブぅ!?

 

「ある程度弾ける人なら、すぐできる曲だから!なにとぞ〜…」

 

「えぁ、むっ、むっ…」

 

 咄嗟に断ろうとして、思った。いや、私ずっとバンドしたかったのになんで怖気付いて…。でも、いきなりはさすがに…こ、心の準備が…。

 

「ありがとう!早速ライブハウスへGO!」

 

 そう言って、女の子は私の手を掴んだ。え、まだ何も言ってないんですけどーーー!?

 

 ♪♪ ♩ ♪♪

 

 来てしまった…。私は虹夏ちゃんに連れられるまま下北沢を歩いていた。

 

「ひとりちゃんは、下北沢はよく来る?」

 

 こんな個性みなぎるオシャレタウン来れるわけない…。こんな所に一人で来ようものなら、光に当てられて蒸発してしまうだろう。

 

「ライブハウスもうちょいだから」

 

…虹夏ちゃんも派手でお洒落だな。バンドしてるって感じ。それに比べて私は芋ジャージだし、猫背だし、クマすごいし…あっ、私かび臭いかも…。いつも押し入れにいるから。いや、防虫剤の匂いだ。

 それにひきかえ虹夏ちゃんの後ろを歩いていると、すごいいい匂いがする。これが本来あるべき女子高生の香り…!

 

「すぅ、はぁ、すぅ、はぁ…」

 

「歩くの速い?」

 

「あっ、いえ…」

 

「今日ライブするところはねー、スターリーっていうとこなんだけど、最近オープンしたばっかでね?私のお姉ちゃんがそこで店長やっててー…」

 

 だめだ!目を合わせられると反射的に顔を逸らしちゃう…!うぅ、すみませんすみません…。そして、目を合わせようとする虹夏ちゃんと、顔を逸らす私の小さな攻防が始まる。それは1分ほど続き、虹夏ちゃんが諦めたことで私の勝利に終わった。いや…私の敗北だった…。なんか、こう、人間的に。

 

「…ひとりちゃんって実は結構運動できる?」

 

「いえ…。あっ、でもドッジボールだけは何故かいつも最後まで残ってました…」

 

「そ、そっか…」

 

 私がこれからライブハウスでライブ…。そう考えると、急に心臓の鼓動が速くなる。だめだ、今弱気になっちゃ…。思い出せ、妄想で毎日した文化祭ライブを、そして初のワンマン、Zepp、スーパーアリーナ…!!

 

「ふふふ、私は武道館をも埋めた女…」

 

「えっ…?」

 

「あっ、いえなんでもないです」

 

 まずい、つい口にでちゃった!お願いします、頼む相手まちがえたって思われてませんように…!

 

 しかし、この時伊地知虹夏は思っていた。

(この子ちょっとヤバい子なのかな…?頼む相手まちがえたか?)と──────

 

「ついたよー!ここが今日出演するライブハウス!」

 

 入口から溢れ出るこの雰囲気…ま、魔境…?その空気に気圧されながらも、虹夏ちゃんの後ろについて中へ入る。

 

「おはようございまーす!」

 

 恐る恐る後に着いていく。初のライブハウス…暗い、それにこの圧迫感、落ち着くぅ…。中に入ってみると案外落ち着くものだなぁ。

 

「ひとりちゃん、大丈夫?」

 

「うへへ、ただいま我が家。ここが私の家…」

 

「違うよ!?」

 

 辺りを見回すと、奥のテーブルで四、五人の女子が話していた。

 

「今日、共演するバンドの子たちだね。ちなみにあの人たちが照明さんで、そこにいるのがPAさんだよ」

 

 バンドってどうしても怖いイメージあるけど、所詮インドアの集まり!影の者…陰キャの集団!※個人の感想です

 

 PAさんと目が合う。ひっ…お、怒ってる?私が会釈すると、PAさんが不機嫌そうに口を開いた。

 

「…あぁ、おはようございます」

 

「いっ、いいいいイキってすみません…」

 

「急にどうした!?」

 

 やっぱり、私みたいなやつがライブハウスなんて早かったんだ…息を潜めて、気配を消してよう。

 

「やっと帰ってきた」

 

「リョウ〜!ひとりちゃん、紹介するね。この子はベースのリョウだよ。リョウ、この子、後藤ひとりちゃん。奇跡的に公園にいたギタリスト!」

 

「へぇ…」ジーッ

 

 え、に、にらまれてる…?うぅ、無表情怖い…。

 

「ご、後藤ひとりです!た、大変申し訳ございません!」

 

「え、ちょ…!だ、大丈夫だから!リョウは表情がでにくいだけ。変人て言うと喜ぶよ〜」

 

「へへ、嬉しくないし」

 

 う、嬉しそう。ベーシストは変人て言われると喜ぶって本当なんだ…。

 

「まだ時間あるから、スタジオ行って練習しよ。あと、店長が虹夏が勝手にライブハウス抜け出したこと、怒りながら買い出し行った」

 

「ヒィッ!うそ…!帰ってくる前にスタジオ行こ!ほら、ひとりちゃんも!」

 

「は、はい!」

 

 現実は怖い…でも、これから楽しいことがたくさん待っている。そんな気がした。

 

 ♩ ♩ ♪♪ ♪♪

 

「〜♩」ジャラ〜ン

 

 とりあえず合わせてみようということで、一通り弾き終わった。今回、私たちはインストバンドらしい。ボーカルがいない分、私ががんばらないと…!

ふふふ、虹夏ちゃんたちびっくりしてるかな…私、そこそこ、いや、結構ギター上手いらしいし。登録者三万人だし!私は2人のリアクションを、今か今かと待っていた。

 二人は顔を見合わせて、うなづいて──

 

「……ド下手だ(ひとりちゃん、最高に上手いよ!)」

 

──────そう口にした。

 

「いや虹夏、逆逆」

 

 えーーーーっ………??なんで…?私、ギターヒーローなのに、登録者三万人なのに…?

 

─────そう、後藤ひとりという少女は誰かと一緒に演奏する、という経験をほとんどしたことがない。バンドは生身の人間と呼吸を合わせることが大変重要である。しかし、コミュ障の彼女は、目を合わせることすら出来ない…。息をあわせるという高度な事ができるはずもなく、一人で突っ走る演奏をするのだ。

たとえ、一人弾きで最強でも、バンドになるとミジンコ以下、もはやミジンコにさえ失礼…それが後藤ひとりである。

 後に彼女を知る人物、鳴瀬蒼音はそう語った──────

 

「どうも、プランクトン後藤です…」

 

「売れないお笑い芸人みたいな人出てきた!?」

 

 こうして私は灰となり、二度とギターを手にすることは無いのでした。

 〜らいふ・いず・ろっく [完]〜

 

「ちょいちょいちょい!お願いだから、出てきて〜!しょうがないよ、即席バンドなんだし!私もそんなに上手くないし!」

 

「私はうまい」

 

「リョウは黙ってて!」

 

「あっ、あはは、MCでもお役に立てませんし…。あははははは、いっそ私の命を持って腹切りショーでも!ば、バンド名くらいは覚えて帰ってもらえるはず…」

 

「あまりにもロックすぎる!!」

 

「それほどの覚悟を…!ぐす、介錯は任せて、すぐ楽にしてあげる…」

 

「リョウ、怖いこと言わないで!やらないから!」

 

 冗談を言っていたリョウさんも、私が黙っているのを見かねてか、真面目な顔で言う。

 

「……大丈夫。もし、ひとりが野次られたら私がベースでポムってあげる」

 

 ポムる…?ベースってそんなファンシーな音したっけ…。流血沙汰は免れない気がする…。

 

「流血沙汰もロックだから!」

 

「うん、ロックだから」

 

「ロック免罪符すぎる…」

 

「それに私たちのバンド見に来るの、たぶん私の友達だけだし!普通の高校生に、演奏の善し悪しなんて、わかんないって!ね、だから安心せい!」

 

 そ、それはそれで、なんだか炎上しそうな香ばしい発言だ。…二人ともこんな私のために、はげまそうとしてくれてる。それなのに私は…。

 

「うぅ、ごめんなさい…」

 

「でも…」

 

「虹夏、あんまり無理強いするものじゃない」

 

「…そうだね。ごめんね、無理なお願いしちゃって。迷惑だったね…」

 

 虹夏ちゃんはそう言って申し訳なさそうにする。ち、違う、迷惑なんかじゃない…!たしかに戸惑いもしたけど、でも、でも…!

 

「あっ、そっそこは…!誘ってくれて本当に嬉しかったんです。バンドはずっとやりたいと思ってたけど、メンバー集められなくて…。だ、だから普段はカバー動画とかネットに上げたり…」

 

「ひとり、普段は何弾くの」

 

「結成した時に、すぐ対応できるように…ここ数年の売れ線バンドの曲はだいたい…。でも、結局こんなんになっちゃって…やっぱり私には誰かとバンドを組むなんて…」

 

「え、すご!…なんか、ギターヒーローさんみたいだね。リョウ、知ってる?」

 

 ギターヒーロー…?え、私!?

 

「私もおすすめに何度かでてきて、見たけど、凄く上手かった」

 

「だよね!ひとりちゃんも知らないなら、見てみてよ!もうほんっとに上手だから!」

 

 えへ、えへへ、上手…褒められて、ついにやけてしまう。

 

「ネーミングセンスはちょっと痛いけどね、あはは」

 

 え…?あれ痛いの…?上げて落とされたような気持ちになった。

 

「私、新着通知もオンにしてるんだ〜。いつか一緒に演奏してみたいな〜」

 

 あはは、今したんですけどね…。

 

「えっとね、何が言いたいかっていうと…上手くて話題の人たちも、私たちが見てないところでたっっっくさんギター弾いてきたんだろうなって。動画見てると伝わってくるからさ」

 

────そう言われて、少し認められたような気がした。ずっと一人で弾いてたから、何度挫けそうになっても諦めずに、ずっと一人で…。

 現実世界の人はみんな私に興味なんかないんだと、そう思ってた。たった一人いる友達さえ見ていてくれればいいと、そう…思ってた──────

 

「だから、今日がダメだからってバンドを諦めるのはまだ早いよ。それに、私たちがアレなだけかもだし…」

 

「…アレ?」

 

 でも、こんな優しい人達が見てくれてて、こんな私に声までかけてくれた…。こんな奇跡一生起こらない!絶対、無駄にしちゃだめだ…!

 

「わ、わたし、そのっ…!」

 

「もしかして、出てくれる気になったとか…?」

 

 立ち上がったはいいものの、その場で固まってしまう。うぅ、分かってはいても怖いもの怖い。お客さんの目線だってきっと耐えられない…。

 

「ひ、ひとりちゃん?」

 

「…怖いなら、これに入って演奏したら?」

 

 そう言って、リョウさんはスタジオの隅からダンボール持ってきた。

 こ、これは…!この狭さ!この暗さ!

 

「い、いつも弾いてる環境と同じです!」

 

「ど、どんな所に住んでるの…?」

 

「み、皆さん!下北盛り上げていきましょう!」

 

「おお、少し気が大きくなった」

 

「あっ、そういえばライブのときなんて紹介すればいい?''ひとりちゃん''?本名でいいかな?」

 

 ほ、本名なんてさらしたら、最悪ネットで叩かれて身バレして…うああ、インターネット…恐るべし。

 

「あ、いや、えっと…」

 

「じゃあ、あだ名とかはないの?」

 

「ちゅ、中学のときは''あの''とか''おい''って呼ばれてました…」

 

「それあだ名じゃなくない!?」

 

「あ、あだ名で呼び合うほどの交友関係は持ったことが…」

 

「ひとり…ひとりぼっち…。ぼっちちゃんは?」

 

「うぁ、まっまたデリケートな所を…!?」

 

「ぼ、ぼぼぼぼぼっちです!!」

 

「喜んでる!?」

 

「えへへ、あだ名とか初めてで…」

 

「あはは、なんか涙出てきたよ…」

 

「あ、バンド名まだ聞いてなかったです」

 

 そう口にした途端、虹夏ちゃんがギクリとした顔をした。え、私なんか不味いこと聞いちゃった…?ど、どうしよう…?───などと考えていたら、リョウさんが教えてくれた。

 

「結束バンドだよ」

 

 結束バンド…結束バンド?え、あのコードまとめたりする、あの?

 

「ぷっ、ふふ傑作」

 

「うぁーーッ!ダジャレ寒いし、絶対変えるからぁ!!」

 

「なんで、かわいいよね?」

 

 リョウさんが同意を求めてくる。え、結束バンドってかわいいの…?

 

「バンド名は後回しで、そろそろ出番だよ!」

 

 本番…!うぅ、また不安になってきた…。

 

「大丈夫!下手でも、楽しく弾くことだけは心がけよ。音って凄く感情が籠りやすいから」

 

 感情…そういえば、昔あおくんもそんな事言ってたっけ。音に乗る感情は嘘をつけないって…。

 

「それに、演奏技術を求めていくのは次からで全然いいよ!」

 

「そうそう」

 

 次ってーー⋯⋯

 

「よし、行こう!」

 

 私、次も居ていいんだ…!

 

 

「初めまして、結束バンドでーす!」

 そしてライブが始まる。私は感情を乗せるように、鉄を弾く。いつもの実力だせなくて最悪だけど…。でも、誰かとバンド組んで一緒に演奏するってこんなに楽しいんだ。

 私、今日最高に輝いて─────⋯⋯⋯ないッ!むしろ人生で一番惨めかも…!こんなの、私が思い描いてたバンドマンじゃなーーーい!

 

 ♩ ♩ ♩ ♪♪ ♩ ♪♪

 

「いやー、ミスりまくった〜」

 

「MCすべってたね」

 

 やりきったように顔で話す二人。それに対して、私は部屋の隅でダンボールに入ったゴミと化していた。…こんなんじゃだめだ。

 

「あ、あのっ!つつ、つつつっつつつつつ…」

 

「え、何!?怖いんだけど!?」

 

「次のライブまでには、クラスメイトに挨拶できるくらいにはなっておきます!」

 

「何の宣言!?」

 

 この性格治して、もっとちゃんとしたライブをするんだ。そのためにこれから少しでも変わる努力をしよう…そう決めた。

でも、今日の私、結構がんばったよね…。あおくんに話したらびっくりするかな、ふふふ。

 

「よし!今からぼっちちゃん歓迎会兼ライブの反省会だー!」

 

 コンコン

 

 突然のノック音にびっくりして、虹夏ちゃんの背後へ移動する。

 

「はーい?どうぞー」

 

 誰だろう。虹夏ちゃんの友達かな?うぅ、知らない人怖い。しかし、扉を開けたのは意外な人だった。

 

「やぁ、ライブお疲れ様。これ、差し入れです。ただのジュースとお菓子ですけど」

 

「おー、碧音くん!来てくれたんだ!よくここ入れたね?」

 

「店長に言ったら、普通に通してくれましたよ。山田さんもおつかれ」

 

「うむ、くるしゅうない」

 

「あ!そうだ、紹介するね。この子、ぼっちちゃん。私たちのバンドでギターやってくれることになったんだ〜」

 

 私の姿を見た瞬間、あおくんの顔が驚きに染まる。

 

「え…ひとり…?なんでひとりがここに…?」

 

「あ、あおくん、二人と知り合いだったの…?」

 

「え、え!?碧音くんとぼっちちゃん知り合いなの!?」

 

「おぉ、世間とは狭いものだ…」

 

リョウさんがそんな事を口にした。

 世間は広いなんて言うけれど、実はそんなことなくて…私たちが思ってるよりも、狭いのかもしれない。

 

 




今まで何も考えずに、コンテンツを消費してきたけど。創作ってこんなに難しいものなのか…。果たして僕のこれは創作と言って良いのか…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#05 君に音が降る

 

 その日、晴れて退院した僕は、何度目かの下北沢を訪れていた。目的は数日前に貰ったチケット。

 伊地知さんたちのライブか…。なんだかんだ彼女たちの演奏を聴くのは、今日が初めてだ。そういえば、二人以外のメンバーは見たことないな。ドラムとベースだけということはないはずだ、少なくともギターは居るはず。

 

「チケットはこちらでお願いします…って、あんた、虹夏の友達の。たしか…」

 

「鳴瀬碧音です。お疲れさまです、店長さん」

 

「あの子たちのバンド見に来たのか?」

 

「えぇ、せっかくチケットまで買ったんで。それに、少し興味もあったので」

 

「そうか。まぁ、あいつら今回が初ライブだから、多少の粗は多めに見てやってくれ」

 

 この人なんとなく厳しいイメージあったけど、なんだかんだで伊地知さんのこと心配してるのか…?

 

「はいこれ、半券とドリンクチケットな」

 

「ありがとうございます」

 

 そういって、半券とSTARRYと書かれたピックを受け取る。前も思ったが、ピックがドリンクチケットなの、洒落てるよなぁ。

 カウンターでドリンクを交換し、後ろの方へ移動する。どうやら来たタイミングは完璧だったようで、すぐにライブが始まった。

 

 今回出演しているバンドも特別上手なわけではない。だけど、それぞれが何かしら感じるものを持っていた。そのバンド特有の音、個性と言ってもいい。

 これは自論だが、バンドにおいて最も重要なのは演奏技術ではない。個性、そして演奏時の感情の方がよっぽど重要だろう。当然、それらはある程度の演奏技術に裏打ちされたものではあるが。

 楽器の音には感情が籠りやすい。そしてそれらの感情は嘘をつけない。

…だからこそ、あのステージに立つ彼ら彼女らが楽しんでいるのがよくわかる。

 

 ライブは順調に進み、伊地知さんたちの番が来た。楽しみにしていた…はずだったのだが…。僕はステージの上の光景に困惑していた。ドラムを叩く伊地知さん、ベースを担いだ山田さん、そして──────

 

「なんだあれ…。完熟マンゴー?」

 

 そう。そこに居たのは…いや、''あった''のは、ギターを担いだもう一人のメンバー…ではなく、完熟マンゴーと書かれたダンボールだった。

 

「初めまして結束バンドでーす!」

 

 伊地知さんが元気よく挨拶する。結束…バンド…?ふふふ、ちょっと面白いかも。

 

 そして演奏が始まった。どうやら、今回はインストバンドらしい。伊地知さんと、山田さん、上手いな。多少のミスはあるけど、そこらのバンドの人と比べたら上手い方だろう。

 そして、僕はダンボールの中にいるであろうギタリストに目をやる。

 うん、あのギターの子──⋯⋯

 

「…ド下手だ」

 

 そう、ギターが驚くほど下手だった。なんというか、演奏自体は問題ないのだがメンバーと呼吸があっていない。一人で突っ走っていた。

僕は思わず笑った。演奏の出来にではない。…いや、まあ酷いのは事実だが。それでも、彼女たちは──

 

「楽しそうだな…」

 

 彼女たちの音からは楽しんで弾いてるのが伝わってくる。そう分かって、僕もつい笑顔になったのだった。ライブは無事終了した。

 

──────そして、今。僕は伊地知さんたちに差し入れしようと三人の元を訪れたのだが…。

 

「ひとり…?なんで、ひとりがここに?」

 

 どういう訳か、そこには僕の数少ない友人、後藤ひとりがいたのだった。

 

 

 ♩ ♩ ♩ ♪♪

 

 

「実はかくかくしかにじかで…」

 

 それから伊地知さんが何があったか教えてくれた。

 本来出るはずだったギターの子が直前になってやめてしまったらしく、そんな中奇跡的にギターを持ったひとりを発見。そして今に至るという感じらしい。

 

「なるほど、そんな事があったんですか。災難でしたね。ところで、あの段ボールはなんだったんです…?」

 

「あはは、ぼっちちゃんが緊張せず弾けるようにするためにね…」

 

 なるほど、たしかにひとりが急にお客さんがいる中演奏できるはずもないか。だからって段ボールはどうかと思うけど…お客さん困惑してたよ。

ていうか、ぼっちちゃんて…。そんな悲しいあだ名初めて聞いたぞ。まぁ、ひとりはあだ名とか初めて…!って喜んでるんだろうけど。

 

「というか、碧音くんごめんね。せっかく来てくれたのに、あんな感じの出来で…」

 

「まぁ、正直言って酷いクオリティではありましたね。でも、しょうがないですよ。即席バンドなんですし。それに楽しく弾いてるのは伝わってきましたよ、僕は楽しかったです」

 

 色んな意味でね…。バンド名やら完熟マンゴーやら。でも、楽しかったのは嘘じゃない。

 

「そっか、それなら良かった」

 

「ひとりも誰かと演奏したことなくて、息を合わせるのが苦手なんでしょう。家で一人で弾いてる時はもっと上手なんですけどね…」

 

 今日のひとりの演奏は、もはや別人と言ってもいいほど普段のそれからかけ離れたものだった。

 

「うぅ、す、すみません…」

 

「謝らないでよ、ぼっちちゃん!言ったでしょ、技術を求めるのは次からで良いって。それに今日はぼっちちゃんのおかげで助かったし」

 

「うん、ありがとう、ぼっち」

 

 そう言って、ひとりを慰める二人。ほんとに良い人達に声をかけられな、ひとり。

 

「あれ、というか碧音くんとぼっちちゃんはどういう関係なの?」

 

「小学校の頃の友人です。会ってから一年ほどで、僕が手術のために遠くの病院に行くことになって、最近久々に再会したって感じですね」

 

「そっかぁ、感動の再会ってわけか。なんか、ロマンチックだね!でも、そっか。ぼっちちゃんにちゃんと友達がいて良かったよ…」

 

「ぼっち、ぼっちじゃなかったんだ」

 

「あ、はい…。でも、あおくん以外友達と呼べるような人は…」

 

「あはは…うん、やめようかこの話」

 

 これ以上この話をしても暗い雰囲気になるだけだと察して、伊地知さんが話題を変えてくれた。

 

「よし!碧音くんが差し入れ持ってきてくれたことだし、今度こそぼっちちゃん歓迎会兼ライブ反省会だ!」

 

「ごめん、眠い。………すぅ、すぅ」

 

「え、ちょっと、リョウ!」

 

 まじか、この人。立ったまま寝たぞ。さっきから喋らないなと思ってたけど、眠かったんだな…。いや、元からか。

 

「あっ、すみません。今日は人と話しすぎて疲れたので帰ります…」

 

「えぇ!?ひとりちゃんまで!結束力全然ない!!」

 

 結束バンドだけに…なんてね。ひとりは相変わらずか…。

 

「どんまいです、伊地知さん…。僕も帰りますね、では」

 

「うぅ、碧音くんまで…。まぁ、歓迎会はまた後日でいいか。碧音くんもまた遊びに来てね!ばいばい!」

 

 手を振る彼女に、こちらも手を振ってライブハウスを出た。

 

 

「あ、あおくん…」

 

 ライブハウスを出てすぐの所で、ひとりは待っていてくれたようだった。僕のために待ってたというのは違う気がするけど。

 

「一緒に帰ろうか」

 

「う、うん!」

 

 ひとりは僕の後ろにくっついて歩く。傍から見れば、カルガモの親子のように見えていることだろう。昔と変わってないな、と心配しつつもどこか安心している自分がいた。

 

「…ひとり、今日は楽しかった?」

 

「う、うん。全然上手に弾けなかったけど…でも、誰かと一緒に演奏するのってこんなに楽しいんだって、思った…。つ、次は段ボールなしで演奏できたらいいな…」

 

「そうか…。良かったな、良い人達に声掛けてもらえて。がんばれ、応援してるから」

 

 そう言って頭をなでると、ひとりは嬉しそうに笑った。

 彼女も彼女なりに変わろうとしているんだ。僕にはそれが大変嬉しくて、

──────同時に少し寂しいのだった。

 

 

 ♪♪ ♩ ♪♪ ♩

 

 

 初のライブの翌日。後藤ひとりは憂鬱な気持ちで歩いていた。

 

「はぁ…。学校行きたくないな…」

 

 虹夏ちゃんたちと会ってバンドにも入れてもらえて…私にとっては大きな変化だ。

 でも、学校で感じる孤独は今までと変わらない。私は以前、ひとりぼっちなままだった。

 もういっそのこと仮病で休んでしまおうか、とも思った。でも、あおくんに

 

『なんだか学校を仮病で休みそうな音をしているな?大丈夫だって、今日は良い日になるよ。きっと』

 

 と言われて、しぶしぶ行くことにした。

 時々、あおくんは心が読めるんじゃないかと思う時がある。というか、仮病で休みそうな音ってなんだろう…?

 

 いつも通りの教室、いつも通りの授業、いつも通りの私…。

 昼休みになり、お弁当を持って教室を後にする。最近見つけた、階段下の机や椅子が置いてある謎スペース。ここは人通りもそう多くない、静かに昼食をとるのにうってつけの場所だ。

 

「いただきます…」

 

 お弁当を食べながら、今朝言われたことを思い出す。

 良い日になる…か。今のところ良い日と呼べるようなことは起きてない。相も変わらず、一人、寂しく静かな時間を過ごしてる…。

 

「……あおくんの嘘つき」

 

「誰が嘘つきだって?」

 

──────そこにいるはずのない姿が、海のような碧が、こちらをじっと見つめていた。

 

「あ、あおくん…!?ど、どうしてここに…?」

 

「今日からこの学校に通うことにしたんだ。ふふ、どうやらサプライズは成功したみたいだ。言っただろう?良い日になるって」

 

 そう言って、彼は方目を閉じ、いたずらっぽく微笑むのだった。

 

「まぁ、僕がこの学校に来るのが良いことかは、多少疑問だけど。しかし、こんな所でお昼を食べていたとは…。探すのに苦労したよ」

 

「す、すみません…」

 

「別に責めてるわけじゃないよ。一緒に食べていい?」

 

「は、はい。ど、どうぞ」

 

 少し横にずれる。あおくんは私の隣に腰を降ろすと、黙ってお弁当を食べ始めた。

 

「あ、あの…どうしてこの学校にしたの…?そ、その、家からも遠いし…」

 

「んー?そうだなぁ…。まぁ、なんとなくかな」

 

「な、なんとなく…?」

 

「そう。それに、僕友達いないから。ここならひとりがいるでしょ。残念ながら、同じクラスにはなれなかったけどね、あはは」

 

…あおくんはそう言うけど、違う。だって、あおくんは私とは違う。人と普通に会話できるし、友達だってすぐできるだろう…。

 たしかに、友達は少ないけどそれはずっと病院に居たからだ。だからきっと…本当の理由は…

 

「私のためにわざわざ遠い学校を選ばせてしまってすみません……とでも言いたげな音だな」

 

 思わず息を呑んだ。え、エスパー…!?…というか音ってなに!?

 心を見透かされて狼狽える私を一瞥すると、あおくんは真面目な顔で言った。

 

「ひとり、小さい頃僕に''なんで自分なんかにそこまで構ってくれるのか''って聞いてきたことがあったの、覚えてる?」

 

「う、うん…。忘れないよ」

 

 忘れるはずない。あの時の言葉が私のとってどれだけ嬉しかったか。

 

「その時、言ったはずだ。僕がそうしたいからそうしてるだけだ、って。それに、わざわざひとりのためだけにこんな遠い所選ぶわけないだろ、調子に乗るな」

 

「うぅ、すみません…」

 

「ふふ、冗談だよ。ともかく、これからよろしく」

 

「う、うん、よろしく…!」

 

その日の昼休み、私は高校入学から始めてお昼の時間が楽しいと思えた。

 学校行きたくないなって、そう思ってたけど……学校もそんなに悪くないかもしれない。

 

 

 ♪♪ ♪♪ ♪♪

 

 

 その日の夜。私は布団の中でここ数日の出来事を思い返していた。

 あおくんと再会して、同じ学校になって…虹夏ちゃんとリョウさん、結束バンドに出会って、初のライブまでして…。

 静かだった私の生活に、いろんな音が鳴り出した。碧くてどこか儚い音、明るくて暖かい音、不思議で自由な音。

 これからたくさん楽しいことが待ってたらいいな。

 そんな事を考えているうちに、徐々に意識が沈んでいく。

 バンド…あおくんともやりたいな…。明日、誘って…みよ……う…。

 そんな事を考えて、私は意識を手放した。

 

 




果たしてサブタイトルのネタがもつのか…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#06 冷蔵庫のろくでもないぼっち

 

「さて、最期になにか言い残すことがあるなら聞こう」

 

 鳴瀬碧音は怒っていた。いや、怒っているというより、呆れているという方が近いだろう。彼の冷たい視線の先には、下着姿に毛布を羽織って怯える少女、後藤ひとりがいた。

 

 

なぜこんな状況になってないるのか。それは遡ること数日前──────

 

「お、お願いします、中までついてきてください…!」

 

「うぐぐ、離しなさい…!入り口までっていう話だったでしょ!だいたい、前も来たんだから、一人で入れるだろ…!」

 

 放課後、スターリーの入り口の前では、二人の小さな攻防が始まっていた。少年は全力で帰ろうとし、少女は抱きついて全力で引き留めていた。

 

「この前は虹夏ちゃんと一緒だったから…。か、帰ろうとしないで…!」

 

「ゔぇッ!わ、わかった、わかったから!馬鹿みたいな力で抱きつくのをやめろ…!体ちぎれちゃうから!」

 

 その光景を伊地知虹夏と山田リョウは、少し離れたところから眺めていた。

 

「…何してるんだろ。あの二人」

 

「二人とも仲良い」

 

 放課後になりリョウと一緒にスターリーへ来たのだが、なぜか入口の前で争いが繰り広げられていた。いや、どういう状況…?

 とりあえず二人を呼ぼうとすると、リョウに止められた。

 

「待って、もうちょっと観てたい」

 

「あはは…鑑賞するのやめたげて」

 

 それにしても、ぼっちちゃんだけじゃなくて碧音くんまで来るとは。あの様子を観るに、下北に慣れてないぼっちちゃんが着いてこさせたのかな…。

 そんなことを考えていたら、逃げようとしている碧音くんと目があった。

 

「「「あ」」」

 

 

 ♩ ♩ ♩ ♫ ♩

 

 

「はい!ということで、第一回結束バンドメンバーミーティング〜碧音くんを添えて〜、開催しまーす!ぱちぱちぱち〜」

 

 伊地知さんのそんな言葉と共に、ミーティングが始まった。これ、僕必要あるか?二人が来て、ひとりを任せて帰ろうとしたところを、伊地知さんに半ば強引に連れてこられた訳だが…。

 ていうか、そんなちょっとお高めのお洒落料理みたいな感覚で添えないでもらえますか。なんですか、食べられちゃうんですか。

 

「あの、バンドのミーティングをするのは分かったんですけど、なぜ僕まで…?」

 

「今日はミーティングって言っても歓迎会、交流を深める目的もあるからね。私たちと碧音くんが関わる機会ってそう多くないじゃん?だから、せっかくだし碧音くんも一緒にどうかなって」

 

「ま、いいですけど。二人と仲良くなりたいのは僕も同じですし」

 

「そっか、それは嬉しいね〜。よし!それじゃあ…………うん、何話せばいいかわかんないや、えへ」

 

 えへじゃないよ、かわいいな。じゃなくて、そういうのは前もって考えておくものなんじゃないのか…。

 

「そんなこともあろうかと、こんなものを」

 

 そう言って、山田さんが取り出したのは、各面に話題が書かれた大きいサイコロだった。

 なんか見覚えのあるやつ出てきたな…。しかも、なんか一個やばいのまじってないか?なんだよ、バンジージャンプって。

 

「おお、でかしたリョウ!それじゃあ、さっそく…ほいっ。何が出るかな何が出るかな〜♪」

 

 伊地知さんが転がしたサイコロは、山田さんの足元で止まった。

 

「はい出た!学校の話、略してー、ガコバナ〜」

 

「はい、ぼっちどうぞ!」

 

「えぇ!?あ、えと…二人とも同じ学校…」

 

「そだよー、下高」

 

「二人とも家が近いから選んだ」

 

「あ、下北沢にお住いで…」

 

 そういえば伊地知さんはこのライブハウスの上に住んでるって言ってたっけ。山田さんもここら辺なのか。

 そんなことを思っていると、伊地知さんがやっと気づいたのか僕の服装を見て言った。

 

「あれ、そういえば碧音くんその制服って…」

 

「ええ、秀華高に通うことになりました」

 

「そうなんだ!でも、家遠いって言ってなかった?」

 

「ひとりもですけど、県外で片道二時間ですね」

 

「えぇ!?どうしてそんな遠くから…」

 

「僕、ひとりくらいしか友達いないので。それに高校の編入って意外と大変なんですよ、受け容れてくれる場所も限られてて…」

 

 我ながら、それにしたって遠すぎるとは思う。特に何も考えず決めてしまったことを多少後悔もしているが、まぁいいだろう。なるようになれ、の精神で行くとしよう。

 

「そっか、碧音くんも苦労してるね…。じゃあ、ぼっちちゃんはなんで秀華高に?」

 

「高校は誰も私の過去を知らないところに行きたくて…」

 

「が、ガコバナ終了ー!」

 

 彼女の表情から覗くあまりにも深い闇に、伊地知さんもこれ以上触れるのはまずいと思ったようだ。ほんとに、一体何があったらこうなってしまうんだか…。

 

「す、すみません…学校でも基本一人なもので…」

 

「ま、まあ、リョウもね。そんな友達いないし…」

 

「うん、虹夏だけ」

 

「え、リョウさんも…?」

 

 まるで同族でも見つけたかのように、目を輝かせるひとり。しかし、そんな淡い期待すぐに崩れ去った。

 

「休みの日は、一人で廃墟探索したり、古着屋巡ったりしてるよ」

 

 そう、山田さんは一人で居るのが好きな人だった。彼女が一人で街を自由に歩き回ってる姿は想像するに容易い。

 

「はは、なんというか山田さんらしいですね」

 

「…リョウでいい」

 

「そう、それ!私も思ってた!私たちだけ名前で呼んでるのちょっと変な感じだよね。だから、私のことも虹夏でいいよ」

 

「…まぁ、慣れてきたらってことで」

 

 別に下の名前で呼ぶことは嫌ではないが、今それをするのは面白くないような気がした。

 

「それじゃあ、次の話題は……はい!音楽の話!略してー?」

 

「「音バナ〜」」

 

「お、音バナ〜…」

 

 僕と山田さんに遅れて、ひとりも少し遠慮がちにノってくる。何とか会話の空気にはついていけてるようだ。

 

「私はね〜、メロコアとかいわゆるジャパニーズパンクかな〜」

 

「私はテクノ歌謡とか。最近はサウジアラビアのヒットチャートを…」

 

「そこ、嘘つかない」

 

「…ほんとだもん」

 

 この人が言うと、嘘なんだか本当なんだかわからないな…。たぶん、ほとんどその場のノリで話してるだけだろうけど。

 

「ぼっちちゃんは?」

 

「あ、私は…青春コンプレックスを刺激しない曲ならなんでも…」

 

「青春コンプレックス…って何!?」

 

 出た。青春コンプレックス…。夏とか青い海とか…そういうひとりには無縁の単語がたくさんでてきてキラキラとした歌を聴くと、鬱々としてくる…。みたいなことをこの前言っていた気がする。

横に目をやるとひとりが何やら呟いていた。

 

「ロックとは負け犬が歌うからロックなのであって成功者が歌うとそれはもうロックではない…」

 

「おーい。ぼっちちゃーん?お、おーい。お願い!一人の世界に入らないで!」

 

「諦めてください、伊地知さん。こうなったらしばらくは帰ってこないですよ…」

 

「…ぼっちちゃんて、いつもこんな感じなの?」

 

「まあ、基本的にこんな感じですね。昔はここまで酷くなかったんですが…」

 

「そうなんだ…。えと、何の話だっけ…あ、そう音楽の話だ。碧音くんは?どんな音楽が好き?」

 

「僕は特に決まったジャンルとかは無いですけど…割と暗い曲が好きですかね。命とか人生を歌ったような」

 

「へー、ちょっと意外かも」

 

 明るい曲が嫌いな訳では無いが、心に刺さる曲は暗いものが多かった。理由は…考えたこともない。それに、好きに理由を求めるのはナンセンスだろう。

 

「あとは、きれいな曲ですかね」

 

「きれいな曲か〜。じゃあ、ロックとかはあんまりか」

 

「え?ロックってきれいじゃないですか」

 

「え?ロックってきれいなの…??碧音くん、ちょっと変わった感性してるね…」

 

「そうですか?普通だとおもいますけど…」

 

きれいというか美しいというか…僕にとってロックはそういうものだ。

音色が美しいとかそういうことじゃない。その在り方が美しいと、そう思えるものが好きだった。

 

「…碧音、blueskyっていう人の曲聴いたことある?聴いたら気に入りそう」

 

「……まあ、多少は。たしかに嫌いではなかったです」

 

 bluesky。最近、話題になっている作曲家。オーチューブに曲を投稿しているのだが、全て一人でつくっているということ以外、全てが謎の人物でだそうだ。

 

「私もその人知ってる!最近、結構話題だよね。普段、暗い曲あんまり聴かないけど、その人の曲は何故か聴き入っちゃうんだよね〜」

 

「うん、あの人は凄い。あの曲作りの発想はでてこない。悔しいけど、天才と認めるしかない」

 

「わ、私もその人の曲、好きです…」

 

 いつの間に意識を取り戻したのか、ひとりも会話に混ざってきた。たしかに、ひとりは好きかもな。

 

「お、ぼっちちゃん復活した。どんな人なんだろね〜」

 

「案外、僕らと同じ高校生してるかもしれませんね」

 

「きっと悲しい過去があるに違いない。でないと、あんな歌詞かけない」

 

それぞれがその作曲家の姿を頭に浮かべて、想像の世界に入りだしたところで、虹夏さんが話を進める。

 

「さて、ぼっちちゃんも戻ってきたし、次の話題は……ほい!ライブの話!」

 

「初ライブはインストだったけど、次はボーカルも入れたいんだ。ほんとは逃げたギターの子が歌うはずだったんだけど…あの子どこ行ったんだろ……」

 

 逃げたギターの子か…。何か事情があったんだろうか。あるいは、ひとりと同じコミュ障だったか……いや、それはないな。なぜなら真のコミュ障は逃げることすらできない、ひとりのようにな。

 

「はぁ、ボーカルまた探さなきゃ。私は歌下手だし…ぼっちちゃんは……あはは、だよね…」

 

 伊地知さんが自分に目線を向けようとした瞬間、超反応のように目をそらすひとり。たまに見せる超人的な反応速度はなんなのか…。

 

「あの、リョウさんは…?」

 

「フロントマンまでしたら、私のワンマンバンドになってバンドを潰してしまう…」

 

「その湧き出る自信の源は何?」

 

 山田さんは相変わらずだな。その自信を一欠片でいいから、ひとりに分けてやってくださいよ、お願いですから。

 

「あーあー、どこかに楽器も出来て歌も上手な人いないかなー!」チラッ

 

 やっぱりか…。ここに連れられてきた時点で、何かしらあるとは思ってたけど、これが理由だったか。交流を深めたいというのも、本当なんだろうけど。

 

「なんですか、そのわざとらしい感じは…」

 

「碧音くん、前は家が遠いからって言ってたけど、ぼっちちゃんと同じ学校なら問題ないでしょ?お願い!一緒にバンドやってくれないかな!」

 

「碧音、たすかる。ありがとう」

 

 なんか一人、時を越えてるやついたか?明らかに未来の僕と会話してたよね?

 まあいい、にしてもこれ何か断りづらい空気になってないか…?

 

「ボーカルとか目立つのはちょっと…」

 

「それなら楽器だけでもいいから!」

 

「えーっと…あ、ほら僕メインはキーボードですし…」

 

「じゃあ、キーボードやろう!…どうしてもダメ、かな…」

 

伊地知さんが少し悲しそうな目でこちらを見つめる。ゔっ…断りづらくなるからやめてっ…!助けを求めるように(大変不本意ながら)ひとりの方へ視線を向ける。

 

「わ、私も…あおくんとバンドしたい…。約束したから」

 

…あの時の約束まだ覚えてたのか。誰かと音楽を創りたい、か。

3人からの視線の中、僕は10秒ほど考えた末に口を開いた。

 

「…わかりました」

 

「ほんと!?やったー!」

 

「えぇ、他でもない伊地知さんの、恩人の頼みですし」

 

 そう、それに伊地知さんからの頼みを断れるはずもなかった。どうして伊地知さんがそこまで僕を誘ってくれるのか、その理由はわからないけど。

 

「だから、あの日のことは気にしなくていいって言ってるのに…。でも、いいね!キーボードが居てくれたら一気に曲の幅が広がるよ!あとはボーカルだけだ!」

 

「碧音は歌苦手なの?」

 

「そういう訳じゃないんですけど…このメンバーで男子一人ボーカルって、こう印象的にあんまり良くないんじゃないかと…」

 

「あー、たしかにね…。私は別に良いと思うけど、周囲の目を跳ね除けて行くのがロック!って思うし」

 

「大丈夫、碧音。女遊びはバンドマンの嗜み」

 

 何が大丈夫なんだ…。その理論で行くと、遊ばれてるのあなた達ですよ…。

 二人が気にしなくても、僕が気にする。それに、僕だけでは無い。バンド全体のイメージにも多少影響はあるだろう。

 

「そうだ!ボーカルが決まったら、曲も作ろうよ!リョウ作曲できるし、歌詞に禁句が多いならぼっちちゃんが書けば良いよ!」

 

「わ、私…!?小中九年間、昼休みを図書室で過ごし続けたのはこのために布石…?」

 

「ただ一緒に過ごす友達がいなかっただけだろ」

 

「ぐはぁっ…!」

 

 おや、事実を言っただけなんだけど…どうやらトドメを刺してしまったようだ。決して悪意はない。たぶん。

 

「虹夏は何するの?」

 

「……えいっ。次はノルマの話〜」

 

(((ど、堂々と流した…!)))

 

「あ、あの、ノルマって…?」

 

「この前出たライブはブッキングライブっていってね。バンド側には動員を確保するためのチケットノルマが課せられてて、集客できなかったら自腹なんだよね。ノルマ以上売れた分はバンド側に半分入ってくるよ!」

 

「つまり、売れるまでは滅茶苦茶お金かかる」

 

 めっちゃざっくりだな…。バンドをするのもそんな簡単では無いということか…。

 

「前回は私の友達が来てくれたから、チケット結構はけたんだけど…」

 

「あの出来じゃ、二回目は来ない」

 

「だよねー…。リョウは友達いないから集客期待できないし、二人は…」

 

「あっすみません…」

 

「僕も期待には答えられないと思います」

 

「あはは、そうだよね。というわけで、ライブのノルマ代稼ぐためにバイトしよう!」

 

「はい…。え、バイトォ!?」

 

「今日一声出たね…」

 

 お金がないとなったら、バイトをしようと思うのはごく普通の思考だろうけど、ひとりの頭にはバイトのバの字もなかったようだ。

彼女はその表情を、おそらく社会に対する恐怖に染めながら、カバンからなにやら取り出した。ちゃりん。ちゃりん?

 

「え…なにこれ?ぶたさん…?」

 

「あっお母さんが私の結婚費用にと貯めてくれてて…ぐす。どうせ使わないし…これでどうか、どうかバイトだけは…ぐすぐす」

 

「私たちを鬼にする気!?」

 

「ありがとう、大事に使わせていただきます」

 

「いただかない、いただかない!そんな大切なお金使えないから!バイトするの!」

 

「ていうか、そんなお金なんで持ち歩いてるんだ…」

 

それって美智代さんが管理しておくものなんじゃないの?なんで、そんな軽々しく持ち歩いてるの??

 

「う…あぁ、嫌だぁ働きたくない…あ、あおくん…助け…」

 

 こちらにぶたさん(呪い)を差し出しながら、助けを求めてきた。

 そんな重いお金をこちらに差し出すな…いらない。まじで。手にしたら終わりだ、色んな意味で。しょうがない、今回ばかりは助けてあげるか…。

 

「安心するんだ、ひとり。僕はひとりの味方だ。だから、そのお金はしまえ。そんなお金なくたって助けてあげるよ」

 

「あ、あおくん…」

 

 僕が笑顔でそういうと、ひとりはまるで救世主でも見るかのような目でこちらを見ていた。僕はその期待を背負い、伊地知さんの方へと向き直る。

 

「伊地知さん、たしかここでバイトしてるんですよね?」

 

「え、うん、リョウもいるよ!」

 

「僕とひとりもここでバイトしていいですか?」

 

「──────」

 

 後ろから声にならない悲鳴が聴こえた気がした。

 

「もちろんいいよー!元からそのつもりだったし!ぼっちちゃんもそれでいいかな?」

 

 くっ、伊地知さんの優しさが裏目に出たか!ひとりに退路を残さないつもりだったのだが…。しかし、おそらくそれも杞憂だろう。

 

「──────が、がんばりましゅ…」

 

 長い沈黙の末、彼女が出した答えはイエスだった。そう。ここで断れるなら、彼女はコミュ障なんてやってないのである。

 ひとりの方を見ると、無言で抗議の目を向けてきたので、小さく舌を出して返しておいた。

 

「あ、それとバンドの経費は私が管理するね」

 

「あっリョウさんに預けた方がいいんじゃ…」

 

「どういう意味じゃ」

 

 ひとりの言葉に小さな拳を軽く叩きつけて抗議する伊地知さん。

 まあ、ひとりがそう思う気持ちもわかる。山田さんは、パッと見はしっかりしているように見えるのだ。しかし、ひとりよりほんの少し多く関わっているだけの僕でもわかる。山田さんはヤバいやつだと。この人からは変人の音がする。

 

「あのねーぼっちちゃん、リョウはこうみえて滅茶苦茶お金使い荒いの!お金持ちでお小遣いたくさん貰ってるけど楽器に注ぎ込むから常に金欠だよ」

 

「てれっ」

 

「どこが褒め言葉に聞こえた?」

 

 やはり、やばい人だったか…。

 そんなこんなで、いろいろ決定したところで今日はお開きということになった。

 

「それじゃ、バイト来週からね。放課後うちに直行で」

 

「ぼっち、碧音、ばいばい」

 

 

 ♫ ♩ ♫ ♩ ♫

 

 

 スターリーでのバイトが決まり、そのバイト初日も明日に迫るという日。僕は後藤家で夕食をごちそうになっていた。

 

「悪いわね〜、手伝ってもらっちゃって」

 

「いえいえ、夕食ごちそうになってるんですから、洗い物くらいさせてください」

 

「もう、あおくんもまだ子どもなんだから、もっと大人に甘えてもいいのよ?」

 

「もう十分甘えさせてもらってますよ」

 

 美智代さんたちには、もうこれ以上ないほどお世話になっている。これ以上甘えてしまうのは、気が引けるというものだ。

 

「おかーさーん、おねーちゃんが沈んでるー!」

 

 そんな、平和な一般家庭では決して聞くことはないであろう言葉が響いた。普通なら、心配で飛び出すところだが、お風呂場から聞こえる音的に溺れている訳では無い様だ。

 女の子が入ってるお風呂に聞き耳を立てるなんて最低ッ!と思われても仕方ないとは思うが、緊急事態だ、許してほしい。

 

「あらあら、あの子ったら今度は何したのかしら…」

 

「ここはやっとくんで、はやく見に行ってあげてください…」

 

「ごめんなさいね」

 

 その後、お風呂場へ向かった美智代さんが、これでもかと氷が入れられた浴槽に浸かるひとりを発見。即座に救助が行われた。

 そこまでして、バイトに行きたくないのか…。にしても、その無駄な行動力をなぜ友達作りに向けられないのだろう、はぁ。

 

「おーい、ひとり開けるぞ」

 

 そして、一向に降りてこないひとりの様子をみがてら、一緒にデザートでも食べないかと呼びに来たわけなのだが……。

 

「…ふぇ!?あ、あおく、えっ、あ!」

 

 扉の先には、下着姿で全身に冷えピタを貼り、扇風機に吹かれながらギターを弾くひとりの姿があった。

 ひとりはなにやら顔を赤くして、慌てているが、そんなことはどうでも良かった。僕は無言で彼女に毛布をかけ、扇風機をしまう。そして、心底呆れながら彼女の前に立ち、ゆっくりと口を開いた。

 

「さて、最期に言い残すことはあるか?」

 

 正直、驚いた。この期に及んでまでバイトを休もうとする彼女の意思の固さと、その無駄な行動力に。

 

「あ、あのこれはち、違くて…決して風邪を引いてバイトを休もうとした訳では…」

 

「それもうほぼ自白してるようなものでは…。はぁ、なら今回の愚行の理由を聞こうか」

 

「これは、そ、その…そう!良い演奏をするために!や、やっぱりロックをするには命を削らないと…あぅ!」

 

ひとりの頭に軽くチョップを入れる。

 

「ロックすぎるだろ…。風邪引いたら、良い演奏もなにもないでしょ」

 

 もういっそ全て冗談だということにしてくれないだろうか。その言い訳でこの場を切り抜けられると思ったことも含めて…。

 

「うぅ、すみませんすみません…!バイト以外は頑張りますので…」

 

「心配するなひとり。たとえ引きずってでもバイト先までは連れて行ってあげるから」

 

「あひゅ…」

 

「わかったら、諦めてとっとと着替えなさい。早く降りてこないと、ひとりの分のデザートは僕とふたりで食べるから」

 

 そう言って、部屋を後にする。なんだか、彼女の奇行も段々と酷くなっている気がする。何が彼女をああさせてしまったのか…。

でも、最近は変わろうとしてるように思う。ほんの少しだけ。…いや、そんなことないかも?

 

僕はただ傍で支えよう────────────僕が必要なくなるまでは。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#07 また明日

 

 朝、目を覚ました私は淡い期待を胸に体温計を手に取った。そう、今日からバイトが始まる。始まってしまうのだ…。昨日、あれだけ氷風呂に使ったんだ、きっと熱があるはず…!

 

 ピピッピピッ。しかし、私の期待も虚しく、体温計は平熱を示していた。丈夫な身体が憎い…。現実はそう甘くないようです。もういっそのこと仮病を…!

 ピコンッ。ロインの通知音を聞いて、スマホを手に取る。あ、虹夏ちゃんからだ。

 

『おはよー!今日はバイト初日だね!不安だろうけど、ちゃんとフォローするから一緒にがんばろ!』

 

 バイトをバックレようとしている私にこんな暖かい言葉を…!わ、私はなんて愚かなことをしようとしていたんだろう…!

 

───後藤ひとりが自らの愚かさを嘆いてる頃、伊地知虹夏は台所に立ち、自分のお弁当を用意していた。

 

「〜♪」

 

 鼻歌を唄いながら料理をしていると、ロインの通知音が鳴る。おそらく、ぼっちちゃんからの返信だろう。

 

『自分が如何に愚かなことをしようとしていたか気づきました。気づかせてくれて、私を真っ当な人間にしてくれて、本当にありがとうございます』

 

「え…何の話…?」

 

 どうしたんだろう、ぼっちちゃん大丈夫かな…。不安でおかしくなっちゃった…?いや、元からか。あ、急がないと遅刻しちゃう!

 虹夏はひとりのメッセージを不思議に思いつつも、登校の準備を続けるのだった。

 

 

 ♩ ♩ ♩ ♪ ♪ ♪

 

 

 

「うぅ、あおくん早く戻ってきて…」

 

 放課後、私はスターリーの入口の前で立ち尽くしていた。あおくんはお腹が空いたと言って、軽食を求めてコンビニへ行ってしまった。先に入っててって言われたけど…。こんな私が一人で入っても何だこの芋娘って思われるに決まってる…いや、私は変わるんだ!

 意を決してドアに手をかける。ぼっちがんばれ!ぼっちがんばれ!ぼっちがんばれ…!

 

「チケットの販売は5時からですよ。まだ準備中なんで」

 

 中に入ろうと心の準備をしていると、知らない声がした。

 ひぇっ…す、スタッフさん…!?ぜ、絶対怪しまれてる…な、なんか言わないと…。

 

「いっいい、いったん、おおおおち、おちついて、てて」

 

「いや、そっちが落ち着け…」

 

 とりあえず中に入れて貰えたので、事情を話した。虹夏ちゃんとリョウさんに誘われて、今日からここで働くことになったこと。どうやらスタッフさんには納得して貰えたようだった。

 

「新しいバイトの子か。なら、早くそう言いなよ」

 

「す、すみません…!」

 

「私、ここの店長だから。よろしく」

 

「あっはい、よ、よろしくお願いします…」

 

 この人店長だったんだ。うぅ、店長さんちょっと怖い…。苦手なタイプだ。あおくん、虹夏ちゃんたち、早く来て〜…!

 

「あれ、ていうか段ボールに入ってライブしたギターの子じゃん!名前はたしか…マンゴー仮面」

 

 新しい…あだ名…?うへへ、店長さん好き〜!

 

「え、えへへ、マンゴー仮面です!」

 

「もう!そんな名前じゃないでしょ!お姉ちゃんも、変なあだ名つけないでよね」

 

 突然の声に少々驚きつつ、振り返ると虹夏ちゃんとリョウさん、あおくんがちょうど来たところだった。

 

「ぼっちってあだ名も十分変なあだ名だけどね…。お久しぶりです、星歌さん。これ、履歴書、一応持ってきました」

 

「なんだ、新しいバイトってもう一人はお前か。別にいらないんだけど、一応貰っとく」

 

 あ、私もそういうの用意しといた方が良かったのかな…。やっぱり第一印象が大事っていうし…。あれ、待って。今虹夏ちゃん、お姉ちゃんって…。

 

「え、虹夏ちゃんのお姉さま…!?」

 

「前に説明したよ?ほら、スターリー来る時に」

 

 そう言われ、虹夏ちゃんと出会った日のことを思い返す───

 

『今日、ライブするところはね、スターリーって言って〜、私のお姉ちゃんがそこの店長やっててね。ていうか、上のマンションに私ら家族が住んでて〜…』

 

───たしかに言ってた。心臓バクバクでまったく聞いてなかった…。

 

「そ、そうでした…」

 

「そういうことなので、そんなに怖がらなくても大丈夫だから。ね、おねーちゃん!」

 

「ここでは店長って呼べって言ってるだろ。あと、仕事に私情を挟むな…って前も言っただろ」

 

 ヒィッ…へ、下手なことしたら絶対怒られる…!目立たないようにしないと…。

 

「もー、怖がらせないでよー」

 

 

 ♩ ♩ ♩ ♪ ♪ ♪

 

 

 そんなこんなで全員集合したところで、さっそく僕らにとって初日のバイトがスタートした。

 

「じゃあ、まずはテーブルから片そうか。それ終わったら拭き掃除を…ってあれ、ぼっちちゃんは?」

 

 しかし、開始早々に脱落者がいたようだ。僕は呆れながらテーブルの下を指さした。

 

「そこで陰を補給してるところです」

 

「陰ってなに…?」

 

 伊地知さんの疑問もごもっともだろう。しかし、僕がおかしくなったんじゃなくて本当の事だ。

 

「す、すみません…暗くて狭いところでひと息つきたくて…」

 

「ひと息つくのはや!?」

 

「まだ何もしてないだろ…」

 

 さすがは陰に生まれ、陰に生きる生命体、後藤ひとり…。いや、決して馬鹿にしてる訳では無い…たぶん。

 

「じゃあ、碧音くんはリョウと一緒に片付けと拭き掃除をお願い。ぼっちちゃんは、こっちでドリンク覚えよっか」

 

「山田さん、机はどこに動かせばいいんです?」

 

「あそこ」

 

「分かりました……あの、リョウさん?」

 

 リョウさんが指さす方へテーブルを運ぼうとしたのだが、リョウさんは一向に動く気配がない。え?まさかこれを一人で運べと?テーブルに目を落とす。どう考えても一人で運べる大きさじゃない…。

 

「私の仕事は先輩として後輩に仕事を教えること。碧音は指示通りに動けばいい」

 

 そう言って親指をたてるリョウさん。要は仕事を教えるという名目で僕に全部やらせようってわけか…蹴っていい?

 まぁ、多分冗談……とは言いきれないのがこの人だった。

 

「はぁ…星歌さんに言いつけますよ」

 

「すみませんでした…」

 

 どうやらリョウさんとて、店長には逆らえないらしい。

 テーブルを動かし、拭き掃除をしているとカウンターからギターの音が聴こえてきた。目をやると、謎の弾き語りを披露するひとりと、それを止める伊地知さんの姿がみえた。

 何してるんだ、あの人たち…。そんな二人の様子を眺めていると、横から星歌さんとPAさんの声がした。

 

「なぁ、あの子…前のライブの時は下手だと思ったけど…」

 

「上手ですね〜」

 

 友達だろ、説明しろ、どういう訳だ?とでも言いたげな視線を向けてくる星歌さん。

 

「あいつが下手なのはギターじゃなくて、コミュニケーションですよ」

 

「は?それって…あぁ、そういうことか」

 

 一瞬、訝しんだ表情をしたが、どうやら納得してくれたようだ。そう、ひとりはギターの演奏技術はプロにも引けを取らないレベルだ。

しかし、その技術力を潰して余りある人と息を合わせることの下手さ…チームプレイの経験不足もあるだろうが、それだけじゃない。彼女の性格的な問題もあるのだろう。

 

「仕事しろ」ペシッ

 

「なんであたし…!?」

 

 二人の様子を見兼ねた星歌さんが止めに入ったのだが、なぜか伊地知さんがはたかれていた。かわいそうに…。

 

 拭き掃除も終わり、僕は山田さんから受付の説明を受けていた。

 

「だいたいこんな流れ。今日は私がやるから、碧音はみてて」

 

「了解です」

 

「…ねえ、碧音はなんで結束バンドに入ってくれたの?」

 

「なんですか急に。…憧れてたんですよ、誰かと音楽するの」

 

「本当にそれだけ?」

 

「……恩人からの頼みを断る理由はないですよ。でも、憧れてたのも本当ですよ。なので誘ってくれて感謝してます」

 

「そっか。無理して入った訳じゃないなら良かった」

 

 なるほど、僕が無理して入ったんじゃないかと心配してくれてたのか…?この人、やっぱり根は良い人なんだろうか。普段の言動はあれだけど…。

 しばらくの沈黙の後、入口から声がした。どうやら少しづつお客さんが入ってきたようだ。

 

「お客さん入ってきたね。ちゃんと見て、覚えてね碧音」

 

 そうして受付をする山田さんを見ていると、奥から伊地知さんの声がした。

 

「ぼっちちゃん!お客さんに失礼でしょ!?」

 

「ま、まだ心の準備が〜…」

 

 あの子また何かしでかしたのか…。なんだ、お客さんに顔も見せずに接客でもしたか?いやいや、いくらひとりでもそれはさすがにね…。

 

「ライブハウスのダークな雰囲気が失われていく…」

 

 山田さんが受付をしながら、そんなことを呟いた。ひとりの接客では、ダークから陰になりそうだな……おかしいな、字だけで見たら変わってないように見えるのに…。

しばらくして、人の入りも落ち着いてきた頃、店の奥から星歌さんがこちらにやってきた。

 

「おい、お前ら。あとの受付は私がやるから、ライブみてきていいぞ」

 

 ♩ ♩ ♩ ♩ ♩ ♩

 

「あれ、二人とも受付は?」

 

「店長が変わってくれた。今日のバンドはどれも人気あるし、勉強になるからよく見とけって」

 

「星歌さんて、なんだかんだ優しいんですね」

 

「うちのお姉ちゃんあれなの。ツン、ツンツンツンツン、デレ〜みたいな?」

 

「ツン多いな…」

 

 もうデレがおまけじゃん。トゲ多すぎだろ、ウニか?

 ふと、ひとりの方へ目をやると何やら落ち込んでいた。

 

「す、すみません…戦力にならないどころか、お客さんとまともに目も合わせられなくて…」

 

「これ使う?マンゴーじゃないけど」

 

 そう言って、山田さんは近くに置いてあった段ボールを指さした。

 

「やめておけ…」

 

 それこそ、ダークな雰囲気なくなっちゃうよ。いや、それどころかヤバい奴がいるヤバい場所だと思われるだろう。

 

「いや、使わない使わない。…大丈夫だって!今日は初日なんだし、そのうち慣れるよ!」

 

「こんなミジンコ以下の私に、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか…」

 

 …またそんな事を。必要以上に自分を卑下する、この子の良くない癖だ。そんなひとりを見て、伊地知さんは微笑みながら言う。

 

「私ね、このライブハウスが好きなの。だから、良い箱だったって思ってもらいたいっていう想いがいつもあって…」

 

「す、すみません!そんな場所でド下手な接客を…」

 

「違う違う!そうじゃなくって!ぼっちちゃんと碧音くんにも、良い箱だったって思って欲しいんだ。楽しくバイトして、楽しくバンドしたいの。一緒に」

 

一緒に…か。なんだか慣れない響きだ。今までずっと独りだったから。

 

「あ、ほら!二人とも、始まるよ!」

 

 曲が始まった瞬間、会場が一体になる。お客さんも演者も楽しそうだ…眩しいな。僕に…できるのだろうか、あんなライブが。だって僕は────。

 

「すみません、オレンジジュースください」

 

 突然聞こえた声にはっとする。どうやら、遅れてドリンクを貰いに来た人のようだ。

 伊地知さんがやるのを見て、覚えないとな…と思っていたのだが、最初に声を出したのは意外な人──────ひとりだった。

 

「あっはい」

 

 そう言って、ドリンクを注ぐひとり。その様子を僕たちは驚きつつも静かに見守っていた。

 

「ど、どうぞ…」

 

 接客業でしてはいけないような表情だった…でも、たしかに彼女は自分から行動した。彼女も変わろうとしていた。

 

「どきどきしたぁ…。でも、すごい!ちゃんとお客さんの顔を見て接客できたね!」

 

「が、がんばりました……」

 

「ぼっちちゃんのおかげで、きっと今日のライブがより良い思い出になったよ!ぼっちちゃんも一歩前進だね」

 

 そういって、ひとりの努力を認める伊地知さん。しかし、ひとりはなぜかショックを受けていた。なんで??と思ったが、その理由はすぐに分かった。

 

「あ、あおくん、私千歩くらい進んだよね…?」

 

「…ああ、そうだな」

 

 そう言うとひとりはどこか安心した表情をする。なので僕は笑顔で続ける。

 

「千歩かけて、常人の一歩分前進だ。おめでとう」

 

 ひとりの表情が絶望に染った。百面相?

 でも、本当に重要なのは進んだ距離じゃないよ、ひとり。進んだという事実が何より重要なことなんだよ。

と、そう心の中で呟いた。

 

 ♬ ♬ ♬ ♬ ♬

 

 ライブも無事終了し、片付けを済ませた後、今日のバイトは晴れて終わりとなった。

 

「じゃ、今日はおつかれ。二人とも気をつけて帰れよ」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

「お、おつかれさま、でした」

 

 山田さんも帰るのかと思ったが、どうやらまだ残るようだ。

 

「え、リョウは帰んないのかよ」

 

「うん、もうちょっとしたら帰る」

 

 ひとりとその場を後にしようとすると、伊地知さんの声に呼び止められた。

 

「ぼっちちゃん!」

 

「またね!」

 

「あっはい、また明日…」

 

「碧音くんも、またね!」

 

「……ええ、また明日。''虹夏''さん」

 

 そう言って手を振ると、彼女は一瞬驚いた顔をして、嬉しそうに笑った。

 特に意味があったわけじゃない。ただ、今まで通りでは失礼なような…そんな気がした。

 

「虹夏だけずるい」

 

「あはは、''リョウ''さんもまた明日」

 

 そして、リョウさんにも手を振り、僕たちはその場を後にして駅へと歩き出した。

 

 相変わらず僕の後ろを歩くひとりに問いかける。

 

「ひとり、初めてのバイトはどうだった?」

 

「あ、き、緊張したけど…が、がんばった…!い、意外とやっていけるかも…?」

 

「……そうだな。今日は良くがんばったよ、偉いぞひとり」

 

 ひとりの頭をなでると、嬉しそうに笑うのだった。

 

「えへへ、えへ、そ、それほどでも…くしゅんっ、へ?」

 

 ただのくしゃみかと思ったが、よく見てみると顔が赤い。まさか…と思いひとりの額に手の甲をあてる。

 

「ひとり、ちょっと失礼…」

 

「え、あ、あおくん…!?」

 

 熱いな…39度はあるだろう。ひどい熱だ、よく今まで倒れなかったな…。思い当たる理由など、ひとつしか無かった。

 

「ひとり、恨むなら過去の自分の愚かさを恨め…。ほら」

 

 ひとりの前にしゃがんで、背中に乗るよう促す。

 

「え、えぇ!?そ、そんな、わ、悪いよ…」

 

「良いから黙って乗れって。それともお姫様抱っこの方が良かったか?」

 

「そ、そそれは恥ずかしすぎてむむ、無理…!うぅ、お願いします…」

 

 観念して背中に乗ったひとりをおぶって歩き出す。昔もこんなことあったな。家に帰る途中で転んだひとりをおぶって帰ったっけ…。

 しかし、なんというかこうしてると嫌でも成長を感じるな…。いや、精神的な意味じゃなくてね?こう、背中に当たる感触というか…。うん、今後は軽々しくこういう事するのはやめておこう。僕は密かにそう決意した。

 

 

 ♪ ♬ ♪ ♬ ♪

 

 

 ぼっちと碧音が帰った後、私は残って虹夏と今日のことを話していた。

 

「ぼっちちゃん、がんばってたね」

 

「碧音はがんばってなかった?」

 

「そうじゃないって分かってるくせに…。ぼっちちゃん、無理させてないか心配だったからさ」

 

 わかってる、そう心の中で呟く。虹夏をみてると少しいじわるをしたくなるのだ。

 

「それに、また明日って言ってくれた。碧音くんも名前呼んでくれたし。バンド組めて良かったね」

 

「うん」

 

「あ、そうだ。二人にロインしとこ、明日もがんばろうって」

 

 そういってスマホを触る虹夏を見て思う。最近の虹夏は本当に楽しそうだ。私にはそれがなんだかとても嬉しかった。

 

「二人とも協力してくれてるし、後は…ボーカルを探すだけだ!」

 

「碧音がやってくれればすぐに解決する」

 

「あはは、そう言わないの。なんか深い理由がありそうだしさ。それに碧音くん、メインはキーボードだって言ってたし」

 

 どうやら虹夏は相当碧音のことを気に入ってるらしい。私は、ふとした疑問を投げかけてみた。

 

「…虹夏はどうしてそんなに碧音にバンドに入って欲しいの?」

 

「えー、リョウだって乗り気だったじゃん」

 

「それは虹夏が入って欲しそうだったから」

 

 もちろん、私も碧音のことは気に入ってるし、入ってくれて嬉しいと思う。でも、最初は男を入れるつもりはなかったのだ。男が嫌だとかそういうのではないし、音楽性が合えば大歓迎だ。

 ただ、私や虹夏目当てで入ろうとしてくる奴が多すぎる。虹夏はあの性格もあって、学校では結構モテてるのだ。本人はまったく気づいてないだろうけど…。私も顔は良い方だと、多少は自負している。

 そういう理由がダメだという訳じゃないけど、面倒なことになるリスクがあるのも事実だ。だから、虹夏から碧音のことを聞いた時は驚いた。ただ、虹夏がそこまで言う人なら信じてもいいかなと思った。

 

「えー、なんかそれずるくない…?うーん、碧音くんの演奏にそれだけ惹かれるものがあった……だけじゃ納得しないよね」

 

 それも嘘だとは思わない。でも、それだけじゃないような気がした。

 …そういえば私、まだ碧音の演奏聴いたことないな。今度、聴かせてもらおう。

 

「最初に会った時に聞いたんだ、バンドとかしてないの?って。その時の碧音くんの顔がなんだか悲しそうに見えたんだ。どこか諦めたような…その表情みてたら、昔の自分を思い出しちゃって、えへへ」

 

 昔の自分…か。それはきっとお母さんを……。まあ、要は碧音のことを放っておけなかったんだろう。虹夏は少し心配になるくらい人が良すぎる。

 

「正直、本当は断られると思ってたんだよね。なんで誘い受けてくれたんだろ…」

 

「虹夏がいたからじゃないかな…」

 

 碧音が結束バンドに入ってくれた理由の一つは虹夏だろう。でも、色恋どうこうとかそういうのじゃない…気がする。碧音が虹夏を見る時の目は、なんというか負い目…のようなものを感じる。

 

「えー?そ、そんなんじゃないと思うけどなぁ」

 

 そんなこと言って、ちょっと満更でもなさそうだ。そんな様子が私は少し面白くなかった。まあ、碧音にどんな理由があっても──────そう簡単に虹夏は渡さないけどね。

 




評価、感想、意見、アドバイス等あればお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#08 馳せサンズ①

 

 目を覚まして、真っ先に感じたのは不快感だった。朦朧とした意識、耳を刺す女性の悲鳴、必死に何かを叫ぶ声、焦げ臭い臭い。そして全身を襲う痛み。

 僕は何とか目を開き、状況を把握しようと試みる。上下が反転した視界、割れたガラス。車の中…?どうやら僕は逆さになった車の中にいるようだ。自分の手をみれば、紅く染まっていた。

 しかし、こんな状況だというのに自分でも不気味な程に脳内は冷静だった。

 

「いたいよ…おに……ちゃん…」

 

 声のした方へ何とか首を動かす。茜音…?妹だった、僕と違ってよく出来た妹。出血が酷い。父さんと母さんに知らせないと…。二人がいるであろう方へ目を向け、その姿を捉える。しかし、二人とも動く気配がない。父さん…?

 

 そこでふと気付く。ああ、これは夢だ。もう幾度と見てきた、二度と見たくない夢、僕の罪。しかし、それを自覚しても目の前の光景は残酷に続いた。まるで見たくない映像の残りを見せるように。

 聴き慣れたサイレンの音が近づく。僕の出血も酷かったのだろう。少しして救急隊員であろう人の声がした頃には、意識が遠くなり始めていた。

 

『………すか……聞こえますか!?』

 

 車の中から運び出され、外の光景が視界に映る。自分が乗っていたであろう逆さの車。大きくひしゃげた車だったもの。路上に倒れる人だったもの。僕と同じように運ばれる家族…。その光景を最後に、僕の意識は深い暗闇に沈んだ──────

 

 

 目を覚ます。二度目の覚醒で感じたのは先程までの不快感ではなく、小さな温もりだった。毛布をめくると体の横から、にゃーという気の抜けた声がした。その声がこれは現実だと教えてくれていた。

 

「おはよう、キース」

 

 猫のキースだ。名前の理由…?まあ、お察しの通りだ。はぁ、それにしても最悪な夢を見た。おかげで朝から憂鬱とした気分だ。

 ベッドから降り、洗面所へ向かい顔を洗う。冷水で目を覚まし、鏡に写る自分を見る。首の傷跡に触れながら、今朝の夢を思い出す。八年前の事故で出来た傷…これはきっと僕の罪の証なんだ…。

 

「はは、酷い顔だ…」

 

 リビングへ向かうとテーブルに朝食が用意されていた。どうやら祖父と祖母はいないようだ。二人とも朝から忙しいな。

 一人の朝食を終え、制服に着替える。あ、薬飲まないと。机の引き出しから薬を取り出そうとして、残りが少ないことに気付く。…定期検査と薬貰いに行かないとな。

 

 ピンポーン。

 

 どうやら来たようだ。首にストールを巻いて玄関へ向かう。扉を開くと、ギターを担いだピンクジャージの少女が待っていた。

 

「お、おはよう、あおくん…」

 

「ああ、おはようひとり」

 

「あおくん、なんか元気ない…?」

 

 その言葉に少し驚く。普段は鈍いのに何故こういう時ばかり鋭いのか…。静かだけど、意外と周りを見てるんだよな。

 

「ちょっと嫌な夢を見てな。朝からテンション低いんだ」

 

「そ、そっか…」

 

 いつものようにひとりを背後に連れて、駅へと歩き出す。背後霊がいたらこんな感じなんだろうか…いや、でもこんな背後霊は嫌だな。逆に寄ってきそうだ、いろいろと。

 いつも同じように駅へ向かい、同じように電車に乗る。そして学校の最寄り駅に着く。また同じように学校へ…と思っていたのだが、いつもと違うことがあった。

 

「あれ、今日はギター学校に持っていくの?いつも駅のロッカーに置いてるのに」

 

「う、うん。ギター持っていけば、だ、誰か話しかけてくれるかも…」

 

 あー…これ絶対空振りするやつだ。世の中、他力本願では上手くいかない、これ紀元前から言われてる事だから。

 

「ふーん。あ、そうだ。今日の放課後、少し寄るところがあるから。先にスターリーに行っててくれ」

 

 

 ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 ひとりと廊下で別れ、5組の教室に入る。席につくと隣の女子生徒が話しかけてきた。

 

「おはよう、鳴瀬くん」

 

「おはよう、喜多さん」

 

 この子は喜多さん。僕のクラスメイトで、隣の席の子だ。いわゆる陽キャといわれるタイプの人だ、ひとりとは真逆である。

 

「もうこの学校には慣れた?もし何かあったら何でも相談してね!」

 

 と、このように編入してきた僕を気にかけてくれる良い人だ。あと、かわいい。

 

「あはは、喜多さんは優しいね。ありがとう、何かあったら頼らせてもらうよ」

 

「前から思ってたんだけど、鳴瀬君てどうしていつも首にストール巻いてるの?ずっと巻いてるわよね…?」

 

「僕は寒がりなんだよ。あと、これ巻いてると授業中もよく寝れる」

 

 まあ、嘘はついてない。本当は傷が目立つから隠したいっていうのもあるけど。

 

「そうなのね…でも、授業中に寝るのはやめた方がいいと思うわよ…」

 

「それは授業が退屈なのが悪い」

 

 高校程度の知識は、退屈で長い病院生活の中で学び終えてしまった。いまさら、知っていることを教わったところで退屈なだけだ。結果、授業中睡眠を取るという効率的な選択をしたという訳だ。

 

「それは…?何かの楽器かしら」

 

「ああ、キーボードだよ」

 

 まあ、キーボードをやると決まった訳ではない。ギターの可能性もあるし、それでも構わないが、とりあえずキーボードを持っていくことにした。

 

「へ〜、鳴瀬君楽器できるのね〜、すごいわ!聴いてみたい!」

 

 喜多さんが目をキラキラさせて言う。何か物理的に光を放っている気がする。…いや、気のせいだよね?陽キャにそんな能力ないよね??

 

「…今度機会があったらね。あ、ごめん喜多さん。ペン借りても良いかな、筆箱忘れてきたみたい」

 

 朝提出のプリントを思い出し、記入しようとしたのだが、筆記用具を忘れてしまったようだ。

 

「もちろんいいわよ、これ一日使って!まあ、鳴瀬君はいつも授業寝てるから使わないかもしれないけど」

 

「あはは……今日は寝ないで真面目に聞くよう心がけるよ…」

 

 じと〜っとした目で言う喜多さんに授業中寝るのは極力避けようと思った。喜多さんに見放されたらちょっと悲しい…。喜多さんはそんな事しないと思うけど。

 差し出されたペンと消しゴムを受け取ってあることに気付く。あれ、この指…。

 

「喜多さんちょっと左手見せてもらってもいい?」

 

「え?いいけど…どうしたの、手相でも占ってくれるの?」

 

 手相占いね…女の子はそういうの好きだよね。まあ、出来なくはないけど…占いの本を読み漁ったこともあったなぁ。しかし、そんなことはどうでもいい。うん、やっぱりこの指先…。

 

「ふふ、僕は占いは信じてないんだ……ところで喜多さん、ギターとかやってたりする?」

 

「え、あー…うん、一応」

 

 ほう、なるほど。これは誘ってみる価値があるのでは?まあ、できたら男子の仲間が欲しいけど、生憎そんな友人はいない。なら、バンドのためにもこのチャンスを逃すべきではないだろう。

 

「ねえ、喜多さんバンドとか興味ない?今ボーカル探してて、ギターもできる喜多さんが入ってくれたらすごく助かるんだけど」

 

「えっと…ごめんなさい。実は前居たバンドも辞めちゃって、今はそういうの興味ないの…」

 

 喜多さんバンドやってたのか。いや、そんなことよりこの音…嘘?なんで?

 

「…そっか。大丈夫、気にしないで」

 

 まあ、きっと何か事情があるのだろう。こういうのはあまり深く追求しないのが、多くの場合最善だ。幼い頃の経験から学んだことだ。

 

「あの…鳴瀬君?そろそろ手離して貰ってもいいかしら…」

 

 そう言われて喜多さんの手に触れたままだったことに気付き、手を離す。男子に急に手触られたら良い気はしないよな、失念していた。

 

「ああ、ごめんごめん。…大丈夫?顔赤いけど?」

 

「な、なんでもないわ!」

 

 そう言って顔を逸らす喜多さん。

 

「そう?ならいいけど…あ、それと喜多さんの手相だけど」

 

「え、さっき占いは信じてないって言ってなかった?」

 

「占いの結果は…ずばり今日はいい日になる!!」

 

「えー、適当に言ってない?」

 

「どーかな、占いなんてほとんどが適当だよ。でも、いい日になるって言われたら少しだけ前向きになれない?占いってそういうものだと思うよ。それに、僕の勘はあたる」

 

「ふふ、たしかにそうかもしれないわね。そこまで言うなら、鳴瀬君のこと信じるわ。今日一日楽しみね」

 

 そう言って笑う喜多さん。…この人を見てると妹のことを思い出す。あいつもこんな風に笑ってたっけ…あはは、もう上手く思い出せないや。

 

 

 ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 お昼、いつものように謎スペースでひとりとお弁当を食べているのだが…

 

「あー…大丈夫?何かあったのか?ほら、からあげ食べていいよ」

 

 何やら、ひとりは涙を流しながらおにぎりを食べていた。大丈夫?そのおにぎりしょっぱくない?

 励まそうと思い、ひとりの口にからあげを運ぶ。なんか、餌付けしてるみたいだな、ちょっと面白い。

 

「美味しいか?」

 

「うん、美味しい…やっぱりあおくん料理上手…」

 

「そんなことないよ。それで…何があったんだ?」

 

「うぅ、また黒歴史を増やしてしまった…。誰も話しかけてくれなかったし…」

 

 正直、やっぱりなって思った。自分から話しかければすぐに解決するのだが…まあ、今のひとりには難しいか。

 

「そりゃ、そんな他力本願じゃあね…。まあ、そう落ち込むことないんじゃないか。少しづつだけど、ひとりはちゃんと変われてると思うよ」

 

「うへへ、へへ、そ、そうかな…」

 

「すぐ調子に乗るのは問題だけどね」

 

「うぅ、気をつけます…」

 

 その後も他愛ない会話…と呼べるような会話はしてないが、二人でお弁当を食べた。ひとりに餌付けしているうちに、おかずの唐揚げはいつの間にか無くなっていたが、ひとりの嬉しそうな顔が見られたので良しとしよう。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「それじゃ、ちょっと早いけど僕は教室に戻るよ。次確か移動しないとだから。じゃ、またね」

 

「あ、うん。また…」

 

 僕はひとりを残してその場を後にする。ひとりはギリギリまで教室には戻らないらしい。ほんとに大丈夫かあの子、いじめられてないよね??

 

 

 ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 放課後、僕は都内の病院へ来ていた。病院特有の香り、あまり好きではなかった。病院にあまりいい思い出はないからな…良い思い出がある人の方が少ないか。

 

「鳴瀬さん、診察室へどうぞー」

 

 名前を呼ばれ診察室に入ると、眼鏡をかけた穏やかそうな医者が待っていた。

 

「こんにちは、鳴瀬君。最近調子はどうかな?」

 

 この人は僕がこちらに戻ってきてからの担当医だ。少し変わってるところもあるけど、僕はこの人を気に入っている。

 

「どうも、先生。最近は割と落ち着いてますね」

 

「そうかい、それは良かった。それじゃあ早速、定期検査を始めようか」

 

「お願いします」

 

 先生に連れられ、別の部屋へ移動する。心電図やエコーによる検査を行うらしい。こんな検査に意味があるんだろうか…。

 

「そういえば、君は音楽が趣味だと言っていたね?何か楽器を弾くのかい?」

 

「まあ、いろいろ弾きますけど…最近はキーボードがメインですね」

 

「うちの娘も楽器を弾くんだが、聴かせて欲しいと頼んでも中々聴かせてくれなくてね…」

 

「親に聴かせるのをためらう気持ちもわかりますよ。というか、娘さんいくつですか?お年頃ってやつなんじゃないですかね」

 

「君の一つ上だよ。たしかに反抗期ってやつなのかもね…少し寂しいが、それもまた可愛いものだよ」

 

なるほど、これが親バカってやつか。それにしても一つ上か…。虹夏さんとリョウさんを思い浮かべる。

 

「最近はロックバンドを始めたと言っていてね、私も妻もロックは聴かないが、娘が楽しそうで嬉しいよ」

 

「奇遇ですね、僕も最近バンドをすることになったんですよ。まあ、活動始めるのはもう少し先になりそうですけど」

 

「おや、そうなのかい?良いじゃないか、青春って感じで!今のうちに楽しんでおきなさい」

 

 青春か…。まあ、たしかに高校生という時間は限られてる。楽しめるうちに楽しんでおくのがいいのかもしれない。

 

「おつかれさま!特に変わりはなかったよ。とはいえ、無理はしないようにね。薬は新しいのを出しておく」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「ああ、待ちなさい」

 

 検査も終わり、診察室を出ようとすると、先生に呼び止められた。

 

「どうかしました?」

 

「何をするにしても後悔のないようにね。高校生という時間は貴重なものだからね。バンド活動がんばって!」

 

 僕は思わず笑顔になる。そう、この人のこういう所を気に入っているのだ。

 

「ええ、ありがとうございます。それじゃあ、また」

 

 後悔しないように…か。

 ──────すでに抱えてしまった後悔はどうすればいいのだろうか。

 そんな答えのない疑問を抱えて、僕は病院を後にした。

 

 

 ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 駅を降り、スターリーへと向かう。もうみんな揃ってるだろうな、一応ひとりと星歌さんには遅くなるって伝えたけど。しかし、あまり心配する必要はなさそうだ、バイトの時間まではもう少し余裕がある。これなら、間に合うだろう。

 なんてことを考えていると、聞き覚えのある声がした。

 

「あれ、碧音くん?」

 

「あれ、虹夏さんたち…ってなんですかその大量のエナジードリンクは…」

 

「うーん、なんかぼっちちゃんがエナドリ必要みたいで…」

 

 えぇ…。なんか嫌な予感がするな。絶対ろくなことじゃない。

 

「碧音はこんなところで何してたの?ぼっちは?」

 

「今日は少し用事があって、ひとりには先に行ってもらいました。二人こそどうしたんです?いつもならとっくにスターリーについてますよね」

 

「あー、今日は授業が一コマ多かったんだよね…」

 

「なるほど…。下高って確か進学校ですもんね」

 

「碧音くんはもう用事終わったの?それなら一緒に行こ!ついでにエナドリ持つの手伝って!」

 

 最後のが目的な気がするけど…まあ、いいか。虹夏さんの頼みなら断る理由もない。

 

「わかりましたよ。というか、なんで袋貰わなかったんですか…」

 

 そう。問題があるとすれば、なぜか虹夏さんはバラバラの缶を抱えて持っていた。落としそうで、見てて怖い。

 

「あっはは…リュックに入ると思ったら、入らなくって…」

 

「碧音、これも持って」

 

 虹夏さんからエナドリの缶を半分受け取っていると、リョウさんが箱に入ったエナドリを差し出してきた。

 

「リョウさんは箱で買ってるんだから持てるでしょ…ていうか、それしか持ってないじゃないですか、一人だけ楽しようとしないでください」

 

「えー…」

 

 この人ほんとに……いや、ここまで来るともはや清々しいな。

 僕らは三人でエナドリを抱えてスターリーへ向かった。他愛ない会話をしながら、それからしばらくして、スターリーまであと少しという所まで来た頃。

 

「それでねー、リョウがさ〜…ってあれ?あそこにいるのぼっちちゃんじゃない?」

 

「ほんとだ。今来たんですかね?放課後用でもあったのか…?」

 

「おーい、ぼっちちゃーん!よく分かんないけど、エナドリたくん買ってきたよー!」

 

 ひとりのもとへ駆け寄る虹夏さん。走ったら危ないですよ…とくちにしようとしたところで、ひとりの近くにもう一人いることに気づく。見覚えのある赤い髪、そして見覚えのある顔…え、喜多さん…?なんでここに?

 

「あーー!!逃げたギターー!!」

 

 ニゲタギター?なにそれ?ていうか喜多さんと知り合いなのか。

 

「喜多ちゃん…どうしてここに?」

 

「あれ?」

 

 喜多さんがリョウさんを視界に捉える。喜多さんは数秒なにかを思考した後、ものすごい速さで土下座した。

 

「何でもしますのであの日の無礼をどうかお許しください!どうぞ私をめちゃくちゃにしてください!!」

 

「おぉ〜」

 

 許しを乞う喜多さん、それを見て感嘆するリョウさん。いや、何この図…。

 

「誤解を生みそうな発言やめてっ!!」

 

「あの、とりあえずスターリーに入りません?詳しいことは中で話しましょう」

 

 すでにちょっと周りの視線が集まってるし…。それに、とても重要なイベントの予感がする。ちゃんと話した方がいい気がする。

 とりあえず、喜多さんを連れてスターリーへ入る。不穏な空気が漂う中、僕は心の中で謝罪していた。

 喜多さん、本当にごめん。今朝の喜多さんとの会話を思い出す。

 

 今日はいい日になると言ったな。あれは嘘だ。それどころか最悪な日かも、てへ。

 

 




感想、アドバイス等あればお願いします。

アニメ終わっちゃう…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#09 馳せサンズ②

 

時は遡ってお昼休み────────────

 

 

後藤ひとりの昼休みは、憂鬱な気持ちでスタートした。

 

 結局、昼休みになるまでに話しかけてくれた人はゼロ…。まあ、そんな他力本願で物事上手くいくわけないよね。

 

「ねえ、昨日の音ステみた?」

 

「ああ、みたみた!サブスク解禁されたね〜、バックウィンプス!」

 

 バ、バンドの話!!声を聞いて、俯いていた顔を上げると同じクラスの生徒二人が前の席で話していた。

 

「もう昨日から聴きすぎて、聴いてなくても曲聴こえるもんね〜」

 

「え〜、やば〜」

 

 こ、これはチャンスなのでは…?ここで会話に入れれば、友達になれる…?バンドの話題ならついていけないなんてことは無いはず!よし、やるなら今しかない…!

 

「あっ!」

 

「わっ、後藤さんどうした?」

 

「後藤さん話しかけてくるなんて珍し〜」

 

 ど、どどどうしよ〜…よくよく考えたら、いつも話しかけられる前提だったから話の振り方が…!な、何か言わないと…えと、えっと!

 

「あっ…忘れました…」

 

「「この一瞬で一体なにが!?」」

 

 調子に乗ってすみません…。

 

 

 ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 これで良かったんだ…。その後、私はいつもの場所であおくんとお弁当を食べていた。

 …冷静に考えたら、会話を盗み聞きしてるやばい人だ。もう調子に乗るのはやめよう、慎ましく生きよう…。あれ、おかしいな、目から水が…。

 

「あー…大丈夫?何かあったのか?ほら、からあげ食べていいよ」

 

 私のことを心配してくれたのか、あおくんがからあげを差し出す。私は口元に運ばれたそれをそのまま口に入れた。

 …あおくんの料理やっぱり美味しいな。お母さんが作るからあげとそんなに変わらないのに、味が違う気がする。なんでだろう?

そのまま他愛ない会話をしてうちに、お弁当は空になっていた。

 

 

「それじゃ、ちょっと早いけど僕は教室に戻るよ。次確か移動しないとだから。じゃ、またね」

 

「あ、うん、また…」

 

 お弁当を食べ終え、あおくんは行ってしまった。私は、教室に居づらいのでいつも休み時間ギリギリまでここで過ごしている。

 今日はあおくん用事があるらしいし、放課後も1人か。ちょっと寂しいな…。

 そんなこと考えていると、廊下からした人の声にドキリとする。

 

「この前のカラオケ楽しかったね〜」

 

ひ、ひと…!バレないようにひっそりと息を潜める。

 

「ね!喜多ちゃんやっぱり歌上手いな〜」

 

「辞めちゃったけど、バンドでギターもしてたらしいよ」

 

「へ〜、音楽の才能があるんだね、すごいな〜」

 

 バンド!そういえば虹夏ちゃんがボーカル…できればギターできる人が欲しいって言ってた。この前のバイトも風邪引いて休んじゃったし、私も結束バンドの一員としてギターボーカル探しを…!で、でも、初対面の人に話しかけるなんて…。

 

「あ、喜多ちゃーん!やっほー!ごめんなんだけど、来週のバスケの試合助っ人いいかな…?」

 

「うん、いいよ!」

 

「ほんと!助かるよ〜」

 

 一体どんな人なんだろう…。積まれた机の上から廊下を覗き込む。その姿が視界に入る。愛想良く笑う赤い髪の女の子…かっ、かわいい…!

 可愛くて、運動ができて、人望もあって、その上ギターまで弾けて…。そんな人を私が勧誘できるだろうか…。というかアイデンティティが、私のアイデンティティが崩壊する…!

 

────────────ぺちょ。

 

 そんな情けない音が小さく廊下に響く。

 

「…?なんの音かしら」

 

 

 ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 放課後、私は喜多さんのクラスの入口から教室を覗き込んでいた。目的は視線の先、ノートか何かを読んでいる喜多さん。その勧誘…なんだけど…。頑張って教室まで来たはいいものの…まだ心の準備が…。

 

「あの、2組の後藤さん…よね?」

 

「へ…?私の名前知って…?」

 

「鳴瀬君のお友達よね?鳴瀬君があなたのこと話してたから」

 

 はっ!そういえば、ここはあおくんのクラス…!あおくん、変なこと話してたりしないよね…?

 いや、それより…だったら私が誘わなくていいのでは…?明日、あおくんから言ってもらえば…。

 

「誰かに用でもあるの?」

 

 …だめだ!バイト休んだ分みんなに良いところ見せないと!言うんだひとり!バンドのギターボーカルを探してて、うちのバンドに興味ないですか!

 よ、よし言うぞ!ちゃんと声を出せひとり!!

 

「……バッギッボッ!」

 

 うああああああああ!緊張しすぎて単語の最初だけがああああ!

 どんどん顔が熱くなっていく。

 

「突然のヒューマンビートボックス!?え、えーと…ぶんつくぱーつく、つくつくぱーつく…?」

 

「〜〜〜〜!す、すみませえええええええん!」

 

 私はあまりの恥ずかしさに耐えられずその場から駆け出した。

 

「あ、ちょっと…」

 

 

 いつもの謎スペースで悲しみに暮れる。

 一日で二つも黒歴史を増やしてしまった…。

 聞いてください…新曲、ダブル黒歴史、ぼっち弾き語りバージョン…。

 

「〜♪」

 

 憂鬱な日々、増えてくトラウマ、いらない私の負の遺産〜

 思い出してはひっそり泣いてる…。

 暗いcry私の歴史、いつか笑い飛ばせたらいいのにな…。

 

「うぅ、忘れたい…」

 

「えー!すごーい!」

 

「ゔぁ!!?き、喜多さんいつの間に…!?」

 

 いつからそこにいたのか、すぐ横から喜多さんの声がした。もしかして追いかけて…?

 

「急に逃げちゃうからどうしたのかと思ったら…えー、感動!後藤さんギター上手いのね!」

 

「あっ…えっ」

 

「さっきの演奏すごく惹き付けられるっていうか」

 

 たくさん褒めてくれる…良い人だ!思わずにやけてしまう、うへへへ。

 

「バンドでもしてるの?」

 

「あ、はい。一応…」

 

「ねえ、他には何か弾けるの?弾いて!」

 

 陽キャオーラが眩しすぎて直視できない…!物理的に光を放ってる気がする…陽キャにはこんな能力が…!?

 

「そういえば、さっき何か用があったんじゃないの?」

 

 は!そうだ本来の目的を忘れていた!…よし、今度こそ言うぞ…!

 

「あっ実は今自分のバンドのギターボーカルを探してて、その、喜多さんギター弾けるって聞いたので…」

 

 少し早口になってしまったけど、何とか伝えられた。しかし、喜多さんの反応は予想とは違った。

 

「あー…。ごめんなさい、後藤さん。私、そのバンドには入れない」

 

「えっ…あ、私は暗いけど他のメンバーは明るくて…」

 

「いや、後藤さんが嫌とかじゃなくて…」

 

 な、なにか喜多さんが入りたくなるようなことを…!

 

「週末はみんなでバーベキュー!年に一度の球技大会!ライブの打ち上げはリムジンだし…!他にも行事盛りだくさんで…!」

 

「そんなパリピバンド嫌なんだけど!?…その、正直に言うと私まったくギター弾けないのね」

 

 え?あれ、でもバンドやってたって…。

 

「前居たバンドもね、先輩目当てで弾けるって嘘ついて入っちゃったというか……でも、結局何一つ分からなくて逃げ出したの」

 

「何一つ…?」

 

「うん…」

 

 喜多さんは私のギターを手に取ると膝の上で抱えた。

 

「ギターってこっちジャンジャンするだけじゃないのね〜。この板の棒飾りかと思ってた。そもそも一人で始めるには難しすぎるのよね、メジャーコード?マイナー?野球の話?」

 

 ダメだこの人…!分からないの次元が違いすぎる…!

 

「後藤さんはギター誰かに教えてもらったの?」

 

「い、いえ、ほとんど独学で…」

 

「えー、ほんと!?すご〜い!」

 

「いや、全然そんなこと…うへ、へへへ」

 

「そうだ!後藤さん、私にギター教えてくれないかしら!私の先生になって!」

 

 ゔぇ!?い、今なんて!?ギター教える…?私が…!?

 

「後藤さんみたいに上手い人が先生なら、がんばれる気がするかも!」

 

上手い……うへへ、へへ。

 

「今度こそギター弾けるようになって、前のバンドの先輩たちに謝りに行きたい!ねえ、いつ教えてもらえるかしら。放課後とか?」

 

「わ、私、放課後はライブハウスでバイトが…」

 

 私の手をとる喜多さん。

 

「じゃあ、バイトの後でもいいから!隣にスタジオとかない?そこでお願い!」

 

 あ、あああ、うぇ、え、ああ…!

 

「わ、わかりました…」

 

 わたしのば〜か〜!断れ〜い…。

 

「ありがとう、後藤さん!今日早速行ってもいいかしら?」

 

「は、はい…」

 

 まずいまずいまずい…!虹夏ちゃん達にパリピな感じに偽装してもらわないと…!

 

 

 ────────────ピロン。

 

「ん?ぼっちちゃんからだ」

 

『すみません、EDMガンガンに鳴らして、大量のエナジードリンク片手に踊り狂いながらバイトしててください!』

 

「…なんだこれ」

 

「さあ…?」

 

 首を傾げる虹夏とリョウだった。

 

 

 ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「後藤さんのバイト先って、下北沢だったのね…」

 

 何故か不安そうにする喜多さんを連れて下北沢を歩く。

 

「あっ…来たことあるんですか…」

 

「私の前のバンド、下北系だったから…。それに、メンバーの先輩達がこの辺に住んでて…」

 

 あぁ、この街やっぱり慣れない…オシャレすぎる…!絶対周りの人から、何だこの芋女?って思われてるよ…。私は耐えきれず後ろに回り込んで、喜多さんを盾にする。

 

「ちょっと、後藤さんが後ろじゃ道わからないじゃない…」

 

「すみません…この街まだ慣れなくて。うぅ、恥ずかしい…」

 

「こっちの方が恥ずかしいって〜!」

 

 いつのまにか背中にひっつく私を引きずりながら歩く喜多さん、という構図ができあがっていた。

 

「もうすぐです。場所はスターリーってとこで、そこに虹夏ちゃんとリョウさんがもういるはず、ぶわっ」

 

 突然立ち止まる喜多さん。後ろについて歩いていた私はその背中…背中に背負われたギターケースにぶつかった。

 

「ごめん、後藤さん。私やっぱり帰る」

 

「え、なんdおぶ」

 

「ごめんなさい理由は言えないけどどうしてもその場所には行けない。ここに来たことはその人達には絶対に言わないd」

 

 私の顔をつかんで、喜多さんは早口でそうまくし立てる。

 よくわかんないけど、もう手遅れかも…。喜多さんの後ろに目をやると、エナドリを抱えてこちらに向かってくる虹夏ちゃんとあおくんの姿が見えていた。

 

「ぼっちちゃ〜ん!よくわかんないけど、エナドリたくさん買ってきたよ〜!」

 

「こんなに買ってどうするつもりなんだ…」

 

「って、あーーー!逃げたギター!!喜多ちゃん、どうしてここに…?」

 

 ニゲタギター?なんだろう新種の生き物…?

 その言葉を聴いて、喜多さんが恐る恐る振り返る。ちょうどリョウさんが遅れてやって来たところだった。

 

「あれ?」

 

 喜多さんはその姿を視界に捉えると、数秒ほど固まって、ものすごいスピードで土下座し始めた。

 

「あの日の無礼をどうかお許しください!どうぞ私をめちゃくちゃにしてください!」

 

「おぉ〜」

 

「誤解を生みそうな発言やめてっ!」

 

 

 ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

────────────なるほど、そういうことか。

 

 スターリーに入り、テーブルに座った僕たちは、ひとまずひとりが喜多さんといる経緯を聞いていた。あのひとりが、人を勧誘してくるとは…。

 それにしても、ひとりの回想…半分くらい黒歴史の話じゃなかった?…うん、その部分は聞かなかった事にしよう。ひとりのためにも。

 

 そして、虹夏さんや喜多さんの話によると…新種の生物ニゲタギターは、正式名称をキタイクヨというらしい。

 …つまるところ、虹夏さんたちの初ライブの日に失踪したギターというのは喜多さんのことだったわけだ。

 喜多さん、中々ロックなことしてるね…。

 

「なるほど、喜多ちゃんギター弾けなかったのか〜。だから合わせの練習頑なに避けてたんだね」

 

「…はい」

 

 気まずそうに頷く喜多さん。まあ、気まずくないわけが無い。きっと任意同行された容疑者のような気分だろう。

 そんな中気の利いた事を口にしたのは、リョウさんだった。

 

「突然音信不通になったから心配してた」

 

「リョウ先輩……!」

 

 喜多さんがちょっと嬉しそうにする。さすがリョウさん、こういう時はちゃんとしてるんだな。

 

「最近は死んだんじゃないかと思って、毎日お線香あげてた」

 

「いや、勝手に殺さないであげてください…」

 

 前言撤回。とんでもない人だった。

 

「あの…怒らないんですか?」

 

「気づかなかった私達にも問題あるし…それに、あの日は何とかなったしね!」

 

「良かったね、喜多さん」

 

 二人とも怒ってないみたいだし、どうやら丸く収まりそうだ。と、思ったが本人は納得いかなかったらしい。

 

「でも、それじゃ私の気が収まりません!何か罪滅ぼしさせてください!」

 

「そんなこと言われてもな〜…」

 

 …まあ、その気持ちはわからなくもない。罪悪感ってそういうものだ。言葉だけじゃ、消えてくれない。

 

「…さっき星歌さんが言ってたんですけど、今日忙しくなりそうみたいですよ」

 

「え?うん、今日人気のあるバンド多いからね。碧音くん、どうしたの急に…?」

 

「もう少し人手があったら、助かるんですけど…ね、そう思いませんか、星歌さん?」

 

 後ろのカウンターでパソコンとにらめっこしている星歌さんにそう投げかける。

 

「あぁ?そりゃそうだけど。いないものは仕方ないだろ」

 

「いやいや、いるじゃないですか。ここに1人、喜んでやってくれそうな人が」

 

 虹夏さんの方をみると僕の意図を察したのか、無言で頷いてくれた。

 

「おねーちゃん、喜多ちゃんにも手伝ってもらおうよ!それが罪滅ぼしってことで!」

 

「…たしかにそうだな。ちょうどいいし今日一日手伝ってくれない?」

 

「で、でもそれだけじゃ…」

 

「いやいや、十分助かるよ!今日一日よろしくね、喜多ちゃん!」

 

「わ、私でよければ…」

 

 これで少しは喜多さんの気が晴れるといいんだけど…。

 それに今朝、喜多さんがついた''嘘''。

 本当は────────────。

 

 …いや、後は虹夏さんたちに任せよう。僕がどんな言葉を弄したところで、喜多さんの罪悪感は消えないだろう。

 彼女の負い目を解消するのは…許しを与えるのは当事者の二人。

 

 そして──────喜多さん自身だ。

 

 

 

 

 




アニメ終わっちゃった…。二期を待ってる。ずっと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。