貴方の強さは私が知っている。 (魔女っ子アルト姫)
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トレセン入学編
01話


「―――知らない天井だ、あっすっげぇ本当にこれ出るんだ」

 

見上げた先の空―――ではなく天井、それを見た時に出た言葉に思わず謎の感動が生まれた。一度は言って見たかったこの台詞……まあ言った所で何がどうなるという訳ではないが、取り敢えず言えた事への喜びを示しておく。だがその一方でこの状況への理解が全く出来ない。身体を起こしてみると、周囲は清潔そうな白い内装、窓際には綺麗な花が生けられた花瓶にお見舞いに持って行くような果物が入ったバスケットがあった。そして自分はベッドに寝ていたらしい。

 

「……何がどうなってる?」

 

何が如何してこうなっているのか、まるで分からない。つい数秒前に考えていた事を忘れるなんて事は割とあるが、一日の流れを全く把握できないなんて事はまるでない。本当に何がどうなっているんだと首を傾げていると部屋の扉が開けられた、入ってきたのは看護師、白い服の上からでも分かる凹凸がまた何とも……と反応しようとした瞬間に思考が凍り付いた。何故ならば、その看護師の頭にはなんというか馬のモノと思われる耳があった。そして尻尾と思われるような物もあり、しかも動いていた。

 

「(えっ何、此処ってそういう趣の所なの?何、病院は病院でもプレイ病棟なの?)」

「あっあああっ!!?お、お目覚めになられたんですね!!?」

「えっあっはい、今さっき起きました」

 

思わず素で反応した。余計に混乱する、尻尾どころか耳まで動いている、忙しなくピクピクと動いている、まるで生物の一部として機能しているかのように……これが機械仕掛けだとは思えないほどに。

 

「と、兎に角安静にしていてくださいね!?今先生をお呼びしますから!!」

「アッハイ」

 

兎に角安静に!!と何度も何度も注意しながら、看護師は部屋から飛び出して行った。遠くなっていく声で先生~!!!と叫んでいる。病院であるならば静かにした方がいいと思うのだが……

 

「……どゆこと」

 

そんな事は如何でもいい、重要な事ではないのだから。問題なのは……冷静に思えばあの看護師、ウマ娘みたいだったという事である。あの耳に尻尾、そして栗毛の髪の中に混じっていた白いメッシュ……つまり自分はウマ娘が看護師をやっている病院で世話になっているという事なのだろうか。

 

「いや意味分かんねぇよ」

 

仮にそうだとしてもこの状況の理解が―――と思いながら頭を掻こうとした時だった、指に何かが引っ掛かった。妙に触り心地が良い……そして触った瞬間にピクッと反応をした。

 

「―――ハッ?」

 

もう一度、毛に包まれた柔らかい……と言うか、触っていると感覚がある。うん、触れられているという感触と実感がある。血の気が引く、というのはこういう事を言うのか……それを理解しつつも自分の腰辺りに手を伸ばす、大丈夫まだ自分は冷静を保てている……大丈夫だ、そう自分を鼓舞しながらも手を伸ばすのだが……そこには尻尾があった。

 

「ハ、ハハハハッ……」

 

自分の理解の範疇を越えてしまったからか、もうそんな声しか出なくなっていた。そして―――目を反らすように窓の方へと目をやる、窓に反射して映されていたのは……日焼けした肌が何処か健康的に見えるが、頬などが痩せているように見えるがたいの良いウマ娘だった。そしてそれは口角がけいれんを起こしているのかと言わんばかりに歪んだ表情をしていた。

 

「主治医で―――」

「ああああああああああああああっっっ!!!!!????」

「っ!!?」

 

病院中に木霊する甲高い悲鳴、自分の中にあった常識が瓦解しているのを理解してしまっている為に削られていく正気、理解しているのに今を理解出来ずに上げられた悲鳴に入室した医者と看護師は大急ぎで落ち着かせようと試みる。

 

「落ち着いて!!落ち着いてください!!!」

「何だこれは、どうすれば良いのだぁ!?何が起こって何が如何してどうなってこうなっているんだぁぁぁぁ!!!アハッ、アハハ、アハハハハハハハ!!!!」

「落ち着いてください!!せ、先生鎮静剤を投与しますか!?」

 

そんな格闘が10分近くも繰り広げられる事となった。発狂寸前になっていた自分をなんとか医師と看護師の必死の精神分析が成功したのか、漸く正気を取り戻す事が出来た。ゼェゼェと荒い息を吐きながらも俯くようにしながらも呼吸を整えようと必死になる。

 

「落ち着きましたか?」

「……取り敢えず、もう騒ぐつもりはない、と思います……お手数、お掛けしました。本当にすいませんでした……」

 

一先ず頭は冷えた、冷静にはなれたのでこれ以上騒ごうとは思わない……それは自分のたわわに実っている胸を見ても、だ。これは夢なのだろうか、いや夢であってくれと激しく願いたいのだが……先程看護師に押さえつけられた際に掴まれた腕が鈍く痛みを放っている。試しに自分でも頬を抓るが、普通に痛くて夢ではなく現実なのかもしれない。

 

「では改めまして……貴方の主治医を担当する事になりました、宜しくお願い致します」

「ああはい、宜しくお願いします」

 

強面で無表情、そして渋い声で主治医と言われる。紛れもなくメジロ家お抱えの男性医師、という事はその病院という事なのか……と思っていると主治医から話を切り出される。

 

「では確認をさせていただきます、貴方は如何して此処に居るのかを御理解しておられますでしょうか?」

「全く」

「では、数日中の記憶は御座いますか?」

「えっとそれは当然……当然、当然……ぇっ?」

 

当たり前だ、と言いたかった。だが続かなかった。思い出せない、いや思い出せる事は思い出せるのだが……一つはパソコンに向かい続けた後に電車に乗り、風呂に入って寝る記憶。一つは友達と思われるウマ娘と共に走っている記憶、記憶が混ざっている―――いや、存在しない筈の記憶がある。だがそれは何方なのだ?どちらも存在しない筈の記憶だと認識している。言葉に詰まっていると、主治医は無理にお答えしなくても大丈夫ですよ、と声色を柔らかくして言う。

 

「では次を……貴方のお名前をお聞かせください」

「名、前……?」

 

そんな事簡単だ、簡単―――いや、これも混ざっている。何方も知っているのに知らない名前、矛盾、余りにも矛盾している。だがそれでも答える事が出来ると答えようとした時に扉が開けられた、誰かと思ったが、開けた人物は直ぐに駆け寄ると自分を強く抱きしめた。

 

「よかったぁ……本当に、本当に心配してたんだよ!!?何時、起きるのかもわからなかったから……でも無事でよかったぁ……」

 

強く強く抱きしめられる、身体に触れる柔らかな感触も香って来る良い匂いも虚実とは思えない。これは紛れもない現実……そして、自分の無事を喜んでくれている彼女の名前は―――

 

「ライ、アン?」

「うん、うんっそうだよ!!」

 

名門、メジロ家の御令嬢のメジロライアン。そんな彼女が自分の無事を心から喜び、涙を流している。それについては感謝と申し訳なさが生まれるが、同時に益々自分の事が理解出来なくなってきた……自分は、一体何なのだ。



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02話

メジロ家の主治医に見られている事から薄々メジロ家との関係があったのでは……とは思っていたがまさか本当にその通りになっているとは思いもしなかった。しかもその相手がライアンだったとは思いもしなかった。そもそも自分とライアンはどんな関係だったのだろうか、此処までライアンが自分の無事を喜んでくれている……という事は自分は友人という事で良いのだろうか、それとも自分はトレセン学園の生徒なのだろうか。

 

「お嬢様、その辺りに」

「だって、だって……!!主治医が、もう起きないかもしれない事を覚悟してくださいなんていうから……!!」

「それについてはご不安を煽ってしまったことをお詫びいたします、ですが医師として不確かな事をお伝えする訳には行きませんでしたので」

「うぅぅ……!!」

 

言葉の節々から伝わってくる自分が目覚めた事への驚きと不安、自分は脳死状態にでもなっていたのだろうか……とさえ思わせる。分かっているつもりだが、もう目覚めないかもしれないと言われて本当に不安を感じたのだろう、抗議をするかのように抱き着いてくる力が少しずつ増してきている。

 

「え、えっと……兎に角ライアン……起きてるから、その大丈夫……ですよね」

 

と視線を投げかけると頷かれた。兎に角状況を説明して欲しい、どうして彼女が此処まで取乱しているのかを知りたい。

 

「まず、どうして私が主治医となったのかという所ですが……ライアンお嬢様が第一発見者であるからです、お嬢様が如何しても助けて欲しいと私にご連絡をくださったのです」

「ライアンが……?」

「だって、だって……」

 

思わず視線を向けられたライアンは震えていた、だがそれは恐怖からなる物だった。必然的にその恐怖を与えてしまった自分は一体どんな状態だったのだろうか……と思わざるをえない。

 

「ライアン、俺は一体君に何を見せてしまったんだ……?」

 

その言葉に思わず、彼女は身体を大きくビクつかせた。自分の身体に顔を埋めるようにしながらまるで拒否するかのようにするライアン、だがそれでも知りたい、それこそが今自分が此処に居るヒントになるかもしれないと思った。無言を貫いていると、根負けしたかのようにライアンは漸く離れて椅子に座るが、それでも拳を握りしめながらも言い出せなさそうにしている。

 

「……落ち着いて、聞いてくれる。それが絶対の条件」

「聞くよ、ライアンの話だから」

「……ランらしいや」

 

少しだけ、笑った。ランというのが自分の名前なのだろうか、と思ってると直ぐにライアンは語り出した。

 

「私はね、ランの忘れ物を届けに行こうと思ってランのアパートに行ったんだよ。でも幾ら呼び鈴を鳴らしても出てこないし携帯に掛けても出ないから、如何しようって思ってドアノブ回したら、開いちゃってさ……それで、不用心だと思って中を少しだけ見たら……見たら―――ランが首を吊ってたんだ」

「―――っ……!!」

 

そう言われた瞬間に一気に記憶のフラッシュバックが巻き起こった。如何してそうしたのか、その経緯やそこに至るまでの事が一気に脳裏を駆け巡っていく……両親を亡くしたランこと、ランページ。自分は親戚の夫婦に引き取られたのだが……その叔父と叔母が親の遺産を持って高飛び、残された自分は必死にバイトなどをして生活費を稼いでいたのだが……ある時、限界がきて自殺を図った―――らしい。

 

「あ~……頭いてぇ」

「だ、大丈夫!?気分悪くなったの!!?」

「いや、色々と思い出してきただけだから……そっかぁ……ごめん、いやなもん見せたよね」

 

友人の首吊りなんてショッキングなシーンを見たら震えるのも当然、天下のメジロ家の御令嬢にそんな所を見せたなんて色んな意味で大問題。だが同時に今の自分の事についての理解度も高まって来た、ランページというウマ娘の記憶が蘇ってきたが、それらを何処か俯瞰した、というよりも客観的に観ている自分が居る。そこにあったであろう感情などを一切感じない、映画のワンシーンでも見ているような気分だ。

 

つまり今此処に居る自分という存在は、社会人として働いていた人間が自殺をしようとしたウマ娘に憑依して、それらが統合された状態なのだろう。比率的には人が7でウマ娘が3、それで生まれたのが今の自分(ランページ)という人格……だと思われる。

 

「い、嫌な物なんて……」

「いやぁだってさ、多分だけど遺書もあっただろうし読んだでしょ?」

「……うん、私向けの遺書があって、その……読んだ」

 

まだ完全に記憶を整理できたわけではないが……自分はライアンとはかなり親しかったらしい。というよりも、様々な意味で辛い日々を過ごしていた中でライアンとの一時は本当に救いになっていたらしい。ならばその友人に向けた何かはきっとあると思った、きっと感謝を綴ったのだろう、そして謝ったのだろう。

 

「ライアン、それじゃあさ代わりにちょっと大事なカミングアウトさせて貰ってもいい?」

「えっ?ああうん、どうぞ……でいいのかな」

「私は席を外しましょうか」

「出来れば主治医さんも聞いてくれると有難いですね」

「承知しました」

「俺さ―――きっとライアンの知ってる俺じゃない」

「えっ……?」

 

ライアンには酷な話の連続になるかもしれない、だがこれが正しいのだと思って話を切り出す。

 

「―――つまりさ、俺はライアンの知ってるランページではないって事。荒唐無稽な話かもしれないけどさ」

「確かに、私の知ってるランは俺なんて使わないしもっとおどおどしてたっていうか……暗かった感じだった」

「生憎と専門外ですが興味深いお話ですね」

 

驚きだったのはこの話をライアンと主治医は確りと聞いてくれた事だった、バカにする訳でも無く真剣に耳を傾けてくれていた。そして一定の理解を示してくれた事が何よりの驚きだった。そして最も驚いたのは……

 

「でも、ランはランだよ。さっきだって即答してたでしょ、私の話なら内容を聞くよりも先にYESって答えちゃうところ……うん、寧ろそれが本当のランなのかもしれないよ?本当のランは男勝りな所がある元気っ子!!それでいいじゃん」

「―――……いうのもなんだけど、そう簡単に受け入れちゃっていいの?」

「うん。だって友達なのは変わらないから」

 

呆気らかんと言い切るライアンの潔さと明快な答えに思わず呆然としてしまった、だがそれが今は酷く有難く思えてしまった。拒絶されてしまったらどうしようかという不安も何処かにあったのだ。しかし、そんな不安なんていらなかったと言わんばかりに受け入れてくれた彼女の対応に思わず嬉しさが込み上げて来てしまった。

 

「ねぇラン―――もう、死ぬとか考えないでね?」

「老衰するまで生きるよ」

「約束」

「うん約束」



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03話

これまでの人生でも入院生活という物は経験した事は無かったので何処か新鮮味を感じていた、だが思ったよりも自分の入院は長引いていた。理由としては少しの間とはいえ完全な意識不明状態で何時目覚めるかも分からない状態だった事と栄養失調状態だったから。

 

「栄養失調って……ラン、そんなに食べてなかったの!?」

「いや食べてたと思うけど」

「因みに何を食べたかなど覚えてますか?」

「あ~……はんぺんともやしの炒め物」

「―――えっそれだけ?」

「いや、偶の贅沢でニンジンも入れてたぞ」

 

記憶の中にある食事と言えばこれだった。ハッキリ言って金銭事情は想像以上に芳しくなかった、父と母の遺産は叔父と叔母に持ち逃げされてる上に自分は今中学なので出来たバイトは夕方の新聞配達程度だった。そこから光熱費や家賃に食費などを差っ引くと……本当にギリギリ食べる程度しか残らなかった。タマモクロスも吃驚な状況が続いていたのである。

 

「―――主治医、私ちょっと出て来るね……おばあ様の所に行って来る」

「はい、私からもお話を通しておきます」

「うんお願い、ランちゃんと寝てるんだよ」

「アッハイ」

 

そんな話をしたのが退院予定日の三日前であった。取り敢えずこれからどうしようかと色々と思案を巡らせる必要がある、だが年齢が想像以上にネックである。本当に引き続き新聞配達をする位しか手段がない……今は身体を休める事を集中するしかないか……と思いながらも点滴を見つめるのであった。そして―――

 

「ラン!!ウチにおいでよ!!」

「ライアン、此処病院だぞ」

 

扉を凄まじい勢いで開けながらも此方を見つめてキラキラとした表情でそんな事を言ってきたライアンに対してそんな事を言い放つのであった。

 

「えっ俺がメジロ家に?」

「うん、おばあ様からの許可も取った!!」

 

どうやらライアンはメジロ家の当主であるおばあ様に友達を暫くの間ウチにおいて欲しいと直談判しに行ったらしい、そして話を聞いたおばあ様も暫しの思慮を巡らせた後に、許可を出してくれたとの事だった。なので退院後はメジロ家の御厄介になっていいと話してきた。

 

「あ~……いや、気持ちは嬉しいけどさライアン……流石に悪いわ」

「気にしないでよおばあ様だって、将来あるウマ娘をそのような不幸に屈させる訳には行きませんねって言ってたから」

 

ウマーン様、ではなくおばあ様はそんな事を言ったのか、と思うがハッキリ言ってこの申し出は果てしなく有難いのは事実だった。だが本当にこれを受け入れてしまって良いのだろうか……という思いもある。ランページはこれまでの辛い境遇の中でライアンというウマ娘をメジロライアンとして見た事は一度も無かった。唯の友達として接してきた、彼女の力を利用するような事をしなかった。

 

「つっても、アパートの事とかあるし」

「そっちはもう大丈夫だよ、此方で処理しておきましょうって言って貰えたから」

「それもう俺の承諾いらないんじゃないですかね」

「遠慮しないで、友達を助けるのは当たり前だから」

 

そう言いながら手を握り込んでくるライアンの瞳は何処か潤みを帯びながら、拳は何処か震えていた。

 

「お願い、助けさせて……」

「―――テーブルマナーとか全然分からないぞ俺」

「っ大丈夫、全部教えたげるから!!」

「ごめん、お世話になります」

 

ライアンの気持ちを無駄にしない為にそれを受け入れる事にした。ランページは自分の問題は自分の事だと、彼女に打ち明けずにいた。だがそれはライアンにとっては心苦しかったのだろう、自分が助けてあげれば自殺を図る事なんてなかったかもしれないという後悔が付き纏い続けている。だから今度は自分が……下手に食い下がる事はせず、ライアンの申し出を受ける事にする。

 

「此処が、俺の家か……」

 

退院すると一旦アパートへと向かい、荷物を整理する事にした。自分の自宅は普通の安アパートだった、その一階の一室……そこが自分の居住空間だった場所だ。既にそこはメジロ家の手が回されて解約手続きなどが成されている、後は荷物を運び出すだけ。

 

「―――行きますか」

 

そう言いながらも扉を開ける、低い音と共に開けられた扉、その奥に広がっていたのは……狭いアパートの一室、狭い部屋の中に置かれた年代を感じさせる家具などが置かれている、一見整頓されているように見えるが、部屋の中央は酷く荒れているように見える。片付けは得意なのか苦手なのかと思っていたが、不意に上を見ると天井から千切れたと思われるロープが垂れていた。

 

「……ああ成程、此処でランページは自殺したのか」

 

きっと、荒れているように見えるのも部屋にやってきたライアンが必死になって降ろそうとした結果なのだろう。

 

「……何も思わない俺は何なんだろうな」

 

確かに此処で自分は住んでいて自殺を図った、だがそれ以上は何も思えなかった。それは自分がそれまでのランページではないからだろうか。取り敢えずライアンを待たせているのでこのまま荷物を纏めてしまおうと整理を始める。

 

「確かに、此処にはライアンは来たくないよな」

 

ライアンは近くで待つと言っていた、プライベートな物もあるだろうからと言っていたが彼女にとってここは自分が首を吊っていた場所。その時の事を思い出したくはないだろう。そして荷物の整理は1時間を経たずに終了となった。自分の荷物は極めて少なかった。下着やらを含めても3~4日分程度の物しかなかった。

 

「私物も少なっ……」

 

本当にこれが女子中学生の持ち物か、と言いたくなるレベルには酷いラインナップだった。それだけ苦労していた事が窺える……そして必要な物を全て纏め終えると荷物を担ぐ、このまま部屋を出ればランページは本当の意味で新しい一歩を踏み出す事になる、本当に良いんだなと何処か自分に問いかけるように思う。

 

―――うん、後は自由に生きて。

 

「っ!!」

 

不意に、そんな声が聞こえてきたがしたので振り向くが、そこには何もない。気のせいだったのだろうか……それでも何故か胸が軽くなったような不思議な気分になっている自分が居る。

 

「……分かったよ、達者でな」

 

そう言い残して、これまでの人生を振り払うように一歩を踏み出した。そこにあったのは自分を待っていたライアンだった。

 

「待った?」

「ううん、もう良いの?」

「もういいよ」

 

一度振り向いて、かつての自分が居た場所を見つめながら呟く。

 

「ランページ、その名の通りに暴れ回れるように生きるよ」

「ランなら出来るよ、必ず」



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04話

「―――でっけぇっ……」

 

思わず、そんな言葉しか出なくなった自分の語彙力の無さに辟易とするのだがこの場合は致し方ないだろう。荷物を持って移動しようとしたが、ライアンが車を手配していた。予想はしていたが、本物のリムジンの登場に言葉を失い、そしてそのままリムジンが到着したお屋敷のデカさに呆然とした。人間であった頃もごく一般的な小市民だったのでこんなお屋敷とは縁がなかった。

 

「お帰りなさいませライアンお嬢様」

「ただいま爺や、ほらっランってば何時まで乗ってるの?」

「あっゴメン今降りる」

 

圧倒されている自分、ライアンの声で我に戻って車を降りるとそこにはメジロ家の執事をやっている老紳士がいた。ロマンスグレーという言葉が最高に似合うような執事は丁寧に頭を下げる。

 

「お初にお目にかかりますランページ様、私はこのメジロ家にて執事をさせて頂いております」

「こ、此方こそご丁寧に……突然押しかけてしまったようで申し訳ございません」

「いえ、寧ろ私共はライアンお嬢様がご学友をお連れすると聞いて喜びに震えております。さあさあお荷物の方は私共の方でお運びいたします」

「ああいえ、自分の荷物ぐらいは自分で……」

 

あれよあれよと荷物を確保されて運ばれていく、他にも多くの使用人がいるメジロ家。色んな意味で歯車が狂いそうな気分だ……兎も角、お屋敷の案内がされる……のだが、真っ先に連れていかれたのは……

 

「おばあ様、ご紹介します。此方が私の大親友のランページのランです」

「初めまして、ライアンからは良く話を聞かせて貰っています」

 

メジロ家当主、お婆様の部屋であった。そこには威厳のある声と落ち着きのある喋り方、そしてカリスマが溢れ出しそうな御当主様が居た。正直言って今直ぐにも逃げ出したくなる程には緊張してしまっている。

 

「改めまして……私はメジロ家の現当主を務めているメジロアサマと申します。ライアンと仲良くしてくださっている事、感謝します」

「い、いえ此方こそライアン、さんには色々とお世話になりっぱなしで……」

 

緊張が極限突破しそうな状態で語られたメジロ家のお婆様の正体、メジロアサマ。史実ではメジロマックイーンの父方の祖父に当たる競走馬、長距離には向かないのではないかと言われていたが当時3200mであった天皇賞(秋)を制した名馬。このカリスマ性を感じさせるのも確かに納得してしまう。

 

「ライアンからは話は聞きました、大変な日々でしたね」

 

だが、身構えていた自分には予想外な程にその声色は酷く優しく暖かな物だった。そしてその瞳は慈愛に満ちており、自分の事を本当の孫のように思うかのような物を感じさせる。

 

「このメジロ家を自分の家だと思って寛いでくださいな」

「い、いえそんな……」

「ライアン、ランページさんの事は貴方に任せますから確りとお友達を支えてあげるのですよ」

「はい勿論です!!」

 

と、アサマはライアンにそう言葉を掛けてライアンはやる気満々と言った様子で返答する。もう完全に置いてきぼりである。

 

「ライアン、貴方は少し残って下さい。ランページさんをお部屋にご案内して差し上げなさい」

「承知いたしました大奥様、此方へどうぞ」

「アッハイ」

 

もうどうでもなれ……と言わんばかりに執事さんの背中を追いかけて行くのであった。そして通された部屋は自分のアパートの部屋の数倍のデカさであり、ベッドルームだけではなく様々な部屋まで完備されている部屋で、場違いな空気を感じずにはいられなかった。

 

「ライアンお願いだから早く来て……」

 

 

 

「嘆かわしい事です、まさかあのような仕打ちを自分の姪にするなんて……」

 

溜息をつき、苛立ちを隠せずに思わず前掻き*1をしてしまう。手元には主治医から提出されたランページの診断書がある。そこにあるのは栄養失調の事もそうだが、他にも精神的な問題の事も上げられていた。自殺を図ってしまう程に追い詰められているのが良く分かった。

 

「ライアン、貴方は彼女のメンタルケアを行いなさい。傍にいて支えてあげるのです」

「最初からそのつもりです」

 

勿論と言わんばかりに胸を張る、大切な友達の為に尽力するつもりでいる孫に頷くのだが此処である事を尋ねてみる。

 

「時にライアン、ランページさんはウマ娘としてはどの位なのでしょうか」

「ランの走りですか?」

 

彼女の事を考えるとこのまま何もせずにメジロ家に留まる、という事は考えにくい。きっと遠慮して早くメジロ家から出ようとする筈、故に何かしらの役目をお願いして出来るだけ留まって貰おうと考えているアサマ。そこで思い立ったのはウマ娘としての能力、するとライアンは少しだけ困ったような顔をした。

 

「実は……全力で走った所は見た事はないんです。一緒に長距離ランニングとかはしてたんですけど……」

「そうですか……では一度走りを見せて貰えるようにお願いしてください」

「はい、あっでも足捌きとかコース取りが凄かったですよ!!」

「ほぅ」

 

興味深そうな話が出て来た。曰く、一度だけランページが新聞の夕刊配達を行っている光景を見た事があるのだが……彼女は基本的に歩みを止める事はない。アパートなどに届ける時は流石に足を止めるが、それ以外は基本的にノンストップで走り続けて配達を行う。ランページが過ぎ去ると郵便ポストには夕刊が刺さっている状態になっていたという。

 

「こう凄いジグザグっていうのかな、そのまま次の家へって移って行くんです。しかも誰かにぶつかりそうになったのに、まるでそのまますり抜けるみたいに通り過ぎてたんです」

 

相手は歩きスマホを行っていたらしく前を見ていなかった、それがいきなり現れてランページとぶつかりそうになったのだが―――彼女はそのまま身体を回転させるようにしながらも瞬時に脚の向きや置き方を変えながら方向転換を行って通り過ぎて行った。

 

「左足が右足よりも右にあったのは見えました」

「……益々興味深いですね、まあ取り敢えずはメジロ家で身体を休めて頂きなさい。今夜はランページさんも安心して食事を楽しめるように、其方に食事を運ばせておきますから貴方もそこで食べなさい」

「有難う御座いますお婆様!!」

 

そう言いながらも頭を下げてランページの部屋へと向かって行くライアンを見送ったアサマはライアンの言っていた足運びに心当たりがあった。

 

「高速のクロスオーバーステップ……思った以上の逸材なのかもしれない。いい友を持ちましたねライアン」

 

アサマの瞳は僅かに輝いていた、その瞳を彼女の現役時代を見ていた者が知れば震えるだろう。あの時の、メジロアサマと同じ瞳だと。

 

 

「ラン、部屋はどんな感じ……って如何したの端っこで膝抱えちゃって!?」

「ひ、広すぎて落ち着かないんだよ……!!」

*1
馬が行うボディランゲージの一つ、欲求不満や苛立ちなど広い意味合いがある。




このSSではお婆様、メジロアサマ説を採用しました。

前評判を悉く覆したメジロ軍団の名馬、史上初の芦毛の天皇賞馬としてメジロアサマは有名ですね。出生はシンボリ牧場らしいので、おばアサマ経由でシンボリと接点作るのも面白いなぁ~と思ったりしてます。


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05話

「……いぐっ……」

 

夜中、痛みを感じて目を覚ます。時間は深夜3時ごろ、また感じてしまった痛みに顔を顰める。

 

「どうなってやがんだ……こりゃ……」

 

メジロ家の家でお世話になり始めて5日が経った頃の事だった、漸く広すぎる部屋にも少しずつ慣れ始めてテーブルマナーも覚え始めて来た頃にそれは突然にやってきた。鋭い膝の痛み、脚を伸ばそうとするだけで激しい痛みが走り続ける。

 

「くっそ……なんかやったっけなぁ……」

 

膝を思わず摩る、だが痛めたような記憶はないし激しい運動をした覚えもない。寧ろ安静にし続けていた記憶しかない、メジロ家お抱えのシェフや理学療法士、パティシエやらに栄養管理をされて栄養失調だった部分を取り戻す為の事が行われた位しか記憶がない。

 

「取り敢えず、無理やりにでも寝るしかない……寝よう、寝よう……」

 

痛みを我慢しつつ、無理矢理にでも眠りに入る。軋むような痛みが関節に、それらを無視して眠る。そして……

 

「ど、どうしたのラン……なんか凄い眠そうだけど……」

「全然眠れてねぇんだ……」

 

朝食の時間、ライアンと共に取る朝食を取っているのだが……その時にはハッキリと分かる程の隈が出来てしまっていた。

 

「寝具が御身体に合いませんでしたか?」

「いえ、そういう事じゃないと思うんです……なんていうか……その、脚が痛くて」

「脚!?」

 

それを聞いたライアンは思わず立ち上がってしまった。驚いているのは執事も同じなのか分かりやすい程に顔色を変えている、ウマ娘にとっての脚は文字通りの命と同義、そしてその足はガラスの脚と比喩される事もあるのだ。居ても立っても居られずにランページの傍に駆け寄りながらも脚を見る。

 

「さ、触るよ大丈夫!?」

「ああいや、今は全然……」

「では、何時御痛みに……?」

「えっと……夜寝てる時に、痛くて起きちゃうし眠れなくて……」

「爺や直ぐに主治医に!!」

「畏まりました」

「えっ!?ああいやそんな大げさな!!?」

 

自分の意見なんて受け入れられず、あれよあれよと主治医の病院へと即座に担ぎ込まれて脚の診察が開始されることになった。

 

「なんで直ぐに言わなかったの!!?ウマ娘にとって脚っていうのは本当に大切なんだよ!!?」

「いやだって、痛めた覚えも無かったから……それにこんなにしてくれるのにこれ以上お世話になる訳にも……」

「バカ言わないでよ!!」

 

ライアンは診察室であるのに関わらず大声でランページを叱咤した、聞いた事も無いような大声と言葉の強さにランページも驚いてしまう。

 

「言ったでしょ!?今度は私がランを助ける番だって、どんな事だって迷惑にはならないの!!寧ろ何も言わないでいる事こそ迷惑なの!!友達として、もう貴方が傷つくのを見過ごす訳には行かないの!!」

「ラ、ライアン落ち着けって……」

 

ライアンにとって、自分の親友の自殺の光景というのは深く心に刻まれてしまっている。あの時、自分が彼女の事を気に掛けていたら、あの時、あの時、あの時、と幾度も無く考えてしまったが故にトラウマになってしまっている。だからもう見逃がしたくはないのだ。ランページもそれは何となく理解は出来たが流石にこれは行き過ぎているのは……と思っている時、主治医が戻って来た。

 

「お待たせしました。ライアンお嬢様、もう少し声を小さくして頂かなければ……」

「ご、ごめん。でもだってランが!!」

「それは承知しております、ですのでこれよりランページ様の脚についての診断結果をお話させて頂きます」

 

そう言いながらも主治医はレントゲン写真を二人にも見えるようにしながらも、ランの脚の状態について話し始める。

 

「率直に言いますと、ランページ様の身体に異常は御座いませんでした。勿論、骨にも問題はありません」

「えっ問題はないって……それじゃあ何でランは脚が痛いって!!?」

「落ち着いて下さい」

 

取り敢えず慌てるライアンを落ち着かせつつも、ランページはその先を聞きたかった。如何して脚が痛むのか、それなのに身体に異常はないのか……恐らくその理由がこれから語られるのだろうから……喉を鳴らしつつも自分の身体が何が起こっているのかを待っていると、それが語られる―――

 

「成長痛ですね」

「「……へっ?」」

 

余りにも意外過ぎる言葉に間抜けな声が一緒に出てしまった。

 

「せ、成長……痛?」

「成長痛って子供とかにある骨が軋んだり痛んだりする……あれ?」

「ええそうです。ウマ娘としての本格化が始まったのだと思いますよ、おめでとうございます」

 

本格化。思春期のある段階で起こる身体の急成長の事を指す、言うなればウマ娘にとっての才能の開花の始まりを示す。此処から能力はピークへと至り、緩やかに下降していく。無論、ライアンも本格化は迎えておりこれからが正に伸び盛り……だがまさかランページがそれに至っていなかったというのは極めて驚きだった。

 

「えっだってもうランって身長って……160超えてるよね……?それなのに成長痛?」

「ランページ様の場合、恐らくですが栄養失調の影響もあって十分な本格化を行えなかったのでしょう。此処からが本当の本格化でしょう」

「つ、つまりこっから俺は伸びるって事……ですか?」

「はい。身長も既に伸び始めておりますね、以前入院された時は162㎝でしたが、先程計らせて頂いた時には167㎝でしたよ」

「「5センチも伸びてるぅ!?」」

 

それ程までに急激な本格化、故に骨や関節に痛みを感じてしまった。しかもランページはまだまだ伸びて行く、医者としてはどれほどまで伸びるか楽しみと言える。それを受けてランページは思わず呆然とした。

 

「えっまだ伸びるの……俺」

「で、でも良かったね怪我とかじゃなくて!!これならいけるね!!」

「行けるって何が?」

「トレセン学園への編入!!」

「―――えぇっ!?俺がトレセンに!!?」

 

余りにも寝耳に水すぎる事に驚愕する、だがこれは前々からアサマが進めていた事らしい。

 

「ランはメジロ家に居続ける事を心苦しく思うだろうから、それならいっその事寮のあるトレセン学園に入ればいいって!!」

「いやいやいやちょっと待って!?学費とかその辺りは!?」

「その辺りはメジロ家で持って上げるって、ランへの投資としてだって♪」

「何か俺……凄い期待されちゃってる訳なの……?」

 

 

 

「期待していますよランページさん……貴方なら、きっとライアンと一緒に切磋琢磨するでしょう。そしてそれはメジロ家にとっても大きな意味になる事でしょう……」

 

 

 

「一先ず、本格化に当たっての急激な成長痛の為の薬を処方しておきますので其方を確りと飲んでくださいね」

「アッハイ……ライアン、編入にあたりってなんかやるのかな……?」

「走るとは思うよ?」

「……マジかよ」



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06話

「それにしても……一気に伸びたね」

「お陰で薬なしじゃ眠れないから困ったもんだ、しかも一気に伸びたせいで服のサイズも合わなくなって余計に最悪……」

「でも新しいの貰えたじゃん」

「余計に面倒掛けたみたいでこっちとしては溜息もんだ」

 

溜息混じりに懐から小さな箱を取り出してそれを振るう、一本の棒が飛び出るとそれを銜えながらその棒の先に小さな機械を差し込んでボタンを押す。そして機械を外すと深く深呼吸をする。そして深い息を吐き出すと白い煙のような物が飛び出た。季節的にもそれが冬に出る白い息でない事は明白。

 

「そうやってると煙草みたいだね」

「そういう奴だからな、文句があるなら医学界に言ってくださいとでも返すさ」

 

そんな事を口遊みながらも体操着姿のランページは忌々し気に目の前に広がるコースを見つめるのであった。今日、此処で自分がトレセン学園の編入試験を受ける事になる。隣にライアンが居るせいなのか視線を集めるが、特に気にする様子もなく白い煙を吐き続ける。そんな中、ファイルを持った一人の女性、編入試験を見学しに来たトレーナーが近づいて来た。

 

「あの、申し訳ないけどそれハーブシガーかしら。悪いけど此処で吸うのはやめて貰える?吸うならあっちに喫煙所にあるから」

「精神衛生上の観点から拒否する、それにこいつはシガーじゃなくて薬だ」

 

ハーブシガーは主にウマ娘がレース前や後に使用する緊張や興奮を抑制する為の物。様々な香りを楽しみつつ、気持ちを落ち着けられる代物。ランページが使っているのもそれを基本にした物。

 

「それについては本当にですよ。精神安定剤なんです」

「メジロライアンが言うなら本当なんでしょうけど……」

 

何の悪びれも無く吸い続けているランページに怪訝そうな瞳と表情を作り続けるが、完全に無視。ランページの精神は幼い子供ではなく成熟しきった大人、故にこれは薬を摂取しているだけなのだと胸を張れる。何せこれは本当に薬なのだから。

 

「生憎、煙草の匂いは嫌いでね」

 

そう言いつつも吸い切ったのか銜えていたそれを携帯灰皿のような物に押し込むとランページは空を仰ぎながらも、大きく煙を吐き出しながらもそのまま固まった。

 

「ハァァァァァァァッ……」

「ちょ、ちょっとあなた大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ、薬を使った後は何時もこうですから」

 

ランページが薬を使っている理由は単純明快、心が混ざっているから。時折、夢という形で元々のランページの記憶を垣間見るがそれによって精神のバランスが崩れて、そこから健康のバランスも崩れる事を考えた主治医が、同じくメジロ家お抱えの精神科医を紹介してくれてそこで処方した貰った物がランページが吸っていた物。これによって気分を落ち着けて自我の安定化を図っているのである。実際効果は抜群であった。

 

「漸く、落ち着いた……さてと、何時までもウダウダ言うのも飽きたし走って来るか……んじゃライアン、また後で」

「うん頑張ってね」

 

手をヒラヒラと振るってそれに応えながらも歩き始めて行くランページを見たトレーナーがライアンに聞く。

 

「あの子、なんなの?まるで普通の大人と会話してるような気分になったわ」

「まあランは大人びてますから」

 

大人びているか、実際は大人そのものなのだから当たり前だろうと内心でライアンは微笑みながらもこれからランページのレースに期待を寄せるのであった。

 

「おい見ろよ、4番の子」

 

今回の試験、トレセン学園が定期的に行っている選抜レースで行われる。それ故に新しい人材をスカウトしようとしていたトレーナーはどんな子が出るのか、以前出た子は引き続き出るのだろうかと様々な思いを胸にしながらもそれを見守るのだが、スタートラインに着いたランページはその段階から注目を集めている。

 

「身長たっかいなぁ……」

「しかもガタイも凄い良いな」

「両隣の子が細身だからか、余計にごつく見えるなぁ……」

 

本格化による成長の影響もあって現在の身長は175㎝、実装されていたウマ娘の中でこれ以上の大きなウマ娘は史実でも超大型馬として有名だったヒシアケボノしかいない。加えてメジロ家による完璧な栄養管理とライアンと一緒に行っていた筋トレも影響して、ガタイも素晴らしいまでによくなった。

 

「4番っていうと……編入予定の子だな」

「そうか、今回は混ざるのか。どんな走りをするんだろうな」

「名前はランページ、これまでのデータはなし……正しく未知数か」

 

「さてさて……何処までやれるか、俺自身も見物だな」

 

今日までメジロ家にあるコースで練習としてライアンに付き合って貰って練習はやってはいた。曰く、心配はいらないという事らしいが……実際のところは分からない、今日はその見極めの機会でもある。

 

「凄い大きいわね……」

「頭3つ分ぐらい大きい……」

「しかも出るとこ出てて……クッ……!!」

 

近くでスタンバイしている他のウマ娘達もやはり自分が気になるのか、口々に自分に向けてであろう言葉を放っているが極力無視しつつ走りの戦法の事を考える。

 

『う~ん……アタシもトレーナーじゃないから走り方にあ~だこ~だ言える訳じゃないけど、やっぱりランがこれだ!!って思うので走るのが一番だと思うよ』

『ライアンもそうなん?』

『うん。基本的にはこれだ、これが一番なんだっていう走り方があるからそれを基礎にしていく感じ』

 

ランページは家庭の事情もあってまともに走りの練習をしてこなかった、精々長距離ランニング程度だろう。そして何より、ヒトソウルが大部分を占めている影響でウマソウルが関係してそうな得意な戦法というのも分からないというのもある。故に―――

 

「適当にやるしかないな」

 

そう言いつつもランページは口角を持ち上げた不敵で悪い笑みを浮かべるのであった。そんな笑みを浮かべている時、周囲のウマ娘達は適当という言葉にあまり良い顔をしていなかった。編入試験で此処に居るのは分かるが、このレースでトレーナーを見つける為に彼女らも必死に走ろうとしている、それなのにテキトーに走るとまるで中央を舐めているような宣言をしているウマ娘がいる。良い顔をしないのは当然だろう―――だが、彼女らはある間違いをしてしまっている。

 

「それではこれより選抜レース、芝1400mを開始します。一同、位置に着いて」

 

適当という言葉の意味は、好い加減な、ゆるーく、なんとなくでいいよという物ではない。正しい意味は程良く当てはめる、ちょうどよく合う、相応しい事を指す。つまり―――

 

「よーい……スタート!!」

「っ!!!」

 

このレースで正しい力を出す事を指す。スタートと同時に一気に地面を蹴って、飛び出したランページ。

 

『嘘っ!?』

 

誰よりも早く、誰よりも適切なタイミングで飛び出した彼女に他のウマ娘達は驚いた。一瞬、フライングを疑ったが、誰も止めない事からそれではない事が分かると自分達もと続いて行く。一気に飛び出して行くランページ、高身長から来るストライドを活かした走りといきなりのハイペースで一気に突き放しにかかる。

 

「離されるもんか!!」

「負けない!!」

 

負けじとほかのウマ娘達も気合を入れて走り始めて行く、その勢いは凄まじく一気にランページとの差を詰めていく。そして一気に並び立っていく。

 

「(って不味い、流石にこのペースじゃ持たないわ……!!)」

「(自分のペースを、守らないと!)」

 

追い付けたことで頭が冷えたのか、自分のペースを守ろうと速度を落としていく。既にランページは射程圏内、何時でも抜けると思っていた時だった。ランページは加速し始めて行く。

 

「この!!」

「落とし始めた時を狙って!!」

「そうはさせないってば!!」

 

そうはさせるか、と言わんばかりに追従していく。そしてまた追い付いて行く、そしてそれが続いて行く中で遂にランページは抜かれた。そしてそのままラストのコーナーへと差し掛かり始めた時の事だった。

 

「さてと―――行くか!!」

 

そう言いながらも、強く地面蹴ると加速し始めた。今度は追う側となって加速し始めたランページを見て前を行くウマ娘は抜かせない!!と言わんばかりに加速しようとするのだが……可笑しい、全く速度が出ない。

 

「な、何で……!?」

「脚が、脚が言う事を聞かない……前に行かない!?」

 

その時になって気付いたのだ、自分達の息が想像以上に上がっている事に。普段出せていた筈のトップスピードに比べて今は7割が精々というような速度でしか走れていない事、その先まで踏み込めない事に。苛立ちながらも脚に力を込めようとした時―――

 

「「し、しまっ……!?」」

 

思った以上の疲労が溜まっていたのが、膝が崩れ落ちるように体勢を崩して転びそうになってしまう。それを必死になって回避するが、速度が一気に落ちて背後にいるランページへとぶつかりそうになる。見ていたトレーナーたちも危ない!!と叫ぶのだが、ランページは全く速度を緩めない。そしてもう間に合わない、ぶつかると思った刹那―――ランページの身体は前から迫って来たウマ娘をすり抜けるかのように前へと抜けていた。

 

「「えっ……!?」」

「「う、嘘……!?」」

 

それは余りにも不思議な光景だった。体勢を崩してしまったので立ち止まってしまった二人も、後ろを走っていた二人も、そのレースを見つめていた殆どの者が驚きで言葉を失っていた。何時通り抜けたのかも分からない程に一瞬の出来事、それを理解出来たのはライアンだけだろう。

 

「―――やっぱり凄いなぁランって」

 

そのままランページは見事に一着で駆け抜けていった。そして立ち止まりながら空を見上げると……

 

「気ぃん持ち良いもんだ……確かに癖になりそうだ」

 

不敵な笑みを再び浮かべながらも、此方を見ていたライアンの視線に気付くと拳を作りながらガッツポーズで応えた。

 

 

「へぇっおもろい走りをする奴が居るやん」

 

「ほぅ……面白いな、彼女は。一度話してみたいな」

 

「あの方ですね、お婆様が仰っておりましたのは……」

 

 

ランページへと注がられる複数の視線、それは歴戦のウマ娘達の物。彼女の走りは既に波紋となり、様々な耳に届くだろう。それはウマ娘だけではなく、トレーナーにも……届く事だろう。



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07話

「……ランページ、これまでのレース記録はまるでない。小学校や中学校がウマ娘の専門校なんて事はない普通校……それなのにあんな事が出来るの?」

 

選抜レースを見つめていた一人のトレーナー、周囲には一人も人がいない事から特別な存在なのだという事が窺える程にはカリスマ性がある。眼鏡をかけたクールな女性は選抜レースのレース名簿にあるランページの名前を見つめ続けていた。

 

「(戦法も不可思議だけど、ラストのあれは一体何なの?)」

 

レース運びも不可思議と思える程に上手かったが、それ以上にラストのインパクトがそれすら霞ませていた。直線に入ろうとした時に、先頭を走っていた二人のウマ娘が体勢を崩して一気に速度を落とし背後に迫っていたランページにぶつかりそうになった。だが、避けようともせずにそのまま激突すると誰もが思った、自分さえも思ったのに、彼女は一瞬のうちにその二人を抜き去ったのだ。まるで―――幽霊がすり抜けるかのように。

 

「―――やっぱり凄いなぁランって」

 

その言葉に思わず、其方を見た。そこには中等部のメジロライアンが居た、あのメジロ家のウマ娘という事で様々な話題性があるが、それ以上にハーブシガーを吸っていたランページと何やら親し気にしていたので何かを知っているのかと声を掛ける事にした。

 

「少しいいかしら」

「貴方は―――リギルの」

「ええ、東条よ。彼女……ランページについて聞きたい事があるの」

 

 

「ったく……しつけぇ奴らだった」

 

何処かうんざりしたような表情を作りながらも喫煙所近くにまでやって来たランページは溜息混じりに空を見上げた。

 

『き、君なんて凄い走りをするんだ!!ぜひ担当させて貰えないだろうか!!?』

『君なら三冠だって夢じゃない!!』

『是非スカウトさせてくれ!!』

 

選抜レースとは率直に言えばウマ娘にとって目指すべき場所である中央のレース、トゥインクルシリーズに出る為のアピール場所である。此処でトレーナーに力を見初められればその道が開けるので、多くのトレーナーに注目されることは寧ろ喜ばしい事だ。だが、ランページとしては折角気持ちよく走り終わった所に迫られて余韻を台無しにされたような気分だった。

 

『まだ完全に編入した訳じゃないんで、誘うならその時にして貰えますか』

 

そう言って振り切るように体操着の上に掛けていたゼッケンを外して、此処まで逃げて来た。如何にもヒトとしての自分とウマ娘としての自分の感情がごちゃごちゃになっている感じがする、なのでポケットから薬用ハーブシガーを取り出そうとするのだが……

 

「おっ?なんやこんな所に居ったんか」

 

そんな言葉に釣られるように面を上げてみるとそこには葦毛のウマ娘が何処か挑発的な笑みを作りながら此方を見ていた。そのウマ娘は自分でも知っているウマ娘だった、そのウマ娘達が現れるまで葦毛のウマ娘は走らないとまで言われていた時代に姿を現し、激闘を演じ続けた二人のうちの一人―――白い稲妻、タマモクロス。

 

「さっきのレース、見させて貰ったで。ええ走りするやないか」

「貴方にそう言われるなんて光栄の極み、と言えばいいんですかねタマモクロスさん」

「なんや、自己紹介をせんでも良かったんか」

 

そう言いながら隣に立ちながらも背中を壁に預ける、140㎝という事もあって自分とは35㎝の体格差があるのだが……どうにも彼女が大きく見えるのは幻ではない筈―――寧ろ、彼女はこれからもっと大きく強くなっていくのだ。最大のライバル(オグリキャップ)という存在によって。

 

「この前の天皇賞、お見事でした」

「おお、見てくれたんか?」

「いえ生憎TVを見てる暇はありませんでしたが、流石に耳には入ってきましたので」

「ほう……」

「すいません、ランページです」

「おう宜しゅうな」

 

握手を交わす、小さな手だが本当に力強い。そんな彼女にシガーを見せながら言う。

 

「すいません、吸っていいですか?」

「それが目的で此処に居ったんやろ、なら好きにしたらええよ」

「それじゃあ遠慮なく」

 

銜えながらも機械のスイッチを入れてから煙を吐く。同時に身体から力を抜きながら気持ちを落ち着ける、高揚しきっている今の自分のバランスを整えるように……そんな自分をタマモクロスは何も言わずに見つめていた。

 

「フゥゥゥゥゥゥゥッ……すいません、これがないと落ち着かないもんで」

「あらへんと落ち着かんのか、まあウチも一時期世話にはなっとったからな」

「へぇっ、今は違うので」

「今はガムや、一々喫煙所行くのも面倒なもんでな」

 

自分のモノと思わすガムを見せながらもそれを口へと放り込む。一方は煙をふかし、一方はガムで風船を作る。そんな光景が続く中でタマモクロスが口を開く。

 

「さっきの自分の走り、おもろかったで」

「お眼鏡に適いました?」

「ああ、大いに適ったで。あれは色んな距離でも通じるで、磨いて損はあらへん」

 

G1ウマ娘であるタマモクロスも認めるランページの走り。それはランページの最大の利点を十分に生かしつつも相手の内面を揺さぶった見事な物だった。

 

「スタートダッシュを決めつつ、自分の身長を活かして大逃げの態勢を作る。ストライドを活かした大逃げなら当然後方のウマ娘は焦る、当然距離を縮めようとすると思うたよりもあっさりと追い付く。ほんで思う、自分のペースを落とそう」

 

そう、正しくその通りの展開だった。ランページの大逃げを阻止する為、そして負けたくないという強い意志に触発されて一斉に追いかけて来た、そして追い付くとペースを守る為に抑えようとした所に、再び加速が入る。そしてまた追いかけると追い付き、また抑えるとまた逃げられる。これが数度繰り返された。

 

「とんだ食わせもんや。自分、少しずつにペースを落としとったやろ?」

「ええ、落としてましたよ」

「その動きが余りにも淀みが無さすぎて気付けなんだんやろうなぁ」

 

繰り返し行われた加速と減速、それによってペースは大いに狂わされていた。加えて加速からの減速、そしてまた加速というのは急激に行うと体力を大幅に消耗する。そして最終コーナーへと入ろうとした頃には既に全力の走りなんて出来ない程に疲れさせられていたというのが真実。

 

「よくもまあいきなり出来たもんやな、勘やけどあれ初めての本格的なレースやろ?」

「まあそうですね」

「こりゃ凄いのが転入して来たもんやな」

 

笑いながらもタマモクロスはもう一度ガムを膨らませると、それをワザと割りながらも口の中に収めると飲み込む。

 

「気に入ったでランページ。転入手続き終わったらウチとやろうや、幾らでも相手したるで」

「その時は是非、全力で」

「ええ度胸しとるやないか、上等や、待っとるで―――暴れん坊」

「待っててくださいね―――稲妻」

 

一瞬の睨み合いが終わるとタマモクロスはひらひらと手を振るって去っていく。彼女の後姿が見えなくなると深々とシガーを吸うと大きく煙を吐いた、それと共に一気に冷や汗がドバっと出て来た。

 

「やれやれ……堪らねぇなこりゃ……全部お見通しだよ……初見で見破られるとは、なんというかなぁ……」

 

今回のレース、初めての本格的な物だけあってランページは自分なりに作戦を考えた。其処で思い付いたのが人だった時に好きだった漫画の第7部であったものを参考にする事だった。相手の癖を見抜き、僅かに減速した時に此方が加速するという物。それを相手にさせる事にした、相手の加速と減速を誘発させるという戦法……自分では上手く行ったと思っていたがあっさりと見抜かれた事がややショックだった。

 

「G1ウマ娘にはあっさりと、か……いや、精度を上げれば通用する可能性はあるか」

 

彼女の口ぶりからして、もっと練習をして上げておけば通用する可能性はある。磨いて損はしない手札の一つ……今は、G1ウマ娘であるタマモクロスとの出会いに感謝しておこうと最後に大きな煙を吐き出す。

 

「あれが、G1ウマ娘か……目指すべき場所に立つ者か……暴れん坊ね、良いねそこまで暴れ狂ってやろうじゃねぇかタマモ先輩」

 

そう言うとシガーを吐き出しながらも空中で携帯灰皿でキャッチしつつ懐にしまってライアンの下に向かおうと思って歩き出す。そしてその影が見えなくなった時……喫煙所から一人のトレーナーが顔を見せた。

 

「タマモクロスが目を掛ける転入生か……そんなのが出てたのか、後でおハナさん辺りに聞いてみるかな……?」




ジョジョ第7部、スティール・ボール・ランの最序盤。ジャイロを追い抜こうとするディオから構想を得ました。初めて買ったジョジョのコミックスが7部だったので印象深かったんです。

なんで7部から?7部のVOMICを見ていた影響ですかね。


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08話

結果から言うとランページの編入は恙なく進行し、無事に編入が決定した。元々がメジロ家からの推薦という事もあったが、学力なども問題はなかった上に選抜レースでも見事な走りを見せ付けた事で合格する事が出来た。

 

「合格おめでとうございます、ですが此処は貴方の家なのですからいつでも帰っていらっしゃいな。貴方は、もうメジロ家のウマ娘なのですからね」

「……有難う御座います。この御恩は一生忘れません」

 

そんな暖かな言葉でお婆様が送り出してくれた、それを胸にしながらもいざ中央トレセン学園へと編入へとなった。そして入寮となったのは美浦寮、本来此処の寮長をやっているのは女傑ヒシアマゾン……

 

「おっアンタが編入試験で合格したっていうウマ娘かい?」

「ああ、ランページだ。アンタが寮長か?」

「ああそうだ、アタイはダイナガリバー。寮長のダイちゃんったぁアタイの事さね、まあ宜しく頼むよ」

 

何処か男勝りな雰囲気を出しつつも接しやすい雰囲気を出しながらも軽く肩を組みながらも挨拶をしてくるウマ娘、だがその名前を聞いてランページは内心で驚いていた。矢張り自分の知っているウマ娘と異なっていて、史実に沿った流れになっているのか……と思いながらも挨拶をして来たのがダービーウマ娘のダイナガリバー。本当に凄まじい……としか言いようがない。

 

「トレーナーから聞いたよ、アンタ面白い走りをするんだってねぇ?良いねぇ良いねぇアタイも走りたいもんさね」

「機会があれば」

「よし、言質取ったから逃げんじゃないよ!!」

 

好戦的な瞳を作ったまま、拳をぶつけて今から走る気満々と言いたげなダイナガリバー。何となくヒシアマゾンを彷彿とさせるが、幾つ前なのか分からないが、確かにこれは先代寮長だと言われて納得が出来る。そんな彼女の案内のまま、自分の部屋へと案内がされるのだが……

 

「さっ此処がアンタの部屋だよ、同室はアタイと同期だけどいい奴だから安心しな」

「いえ不安とかはないです、ちょっと緊張してるだけです」

「ハハッそうかい?んじゃ、行くとするかい」

 

そう言いながらも扉へと手を伸ばすダイナガリバー、姉御気質な所も頼りになりそうな気の良いウマ娘だという事が良く分かった。そんな彼女の言う同期とは一体誰なのだろうか……生憎、人時代もそこまで競馬にどっぷりという訳ではなかった。ギリギリ分かるのが競馬の黄金時代とも言われるオグリキャップから後の世代、故にその前の知識はそこまでない……なので当然ダイナガリバーの世代の事はそこまで……彼女はダービーを取っているからギリギリ分かった程度、その同期となると一体……不思議な緊張感を味わいながらも、扉をノックする。

 

「アタイだよ、同居人連れて来たよ」

「はい、今お開け致しますね」

 

中からは上品な声が聞こえて来た。なんというか、大人の色気のある声というのが分かる、何処か聞き覚えがある様な声のような気もするのだが……何処だっただろうかと思っていると扉が開けられた。そこに居た自分の同室相手というのは―――美しいまでに艶のある青鹿毛、その中に混じっている白い髪、おっとりとしていて本当に学生なのかと疑いたくなる程に色気を感じさせるそれは旅館の女将を連想させた。そして、自分はこのウマ娘を知っていた。

 

「紹介するな、こいつが噂の編入生のランページだよ。アンタの同室相手って事さ。んでランページ、こいつがアタイの同期でアンタの同室相手の―――メジロラモーヌだ」

「まぁっお噂はかねがねお聞きしてます、これから宜しくお願い致しますわね」

「こ、此方こそお願いします……ラモーヌ先輩」

 

思わず引き攣りそうになっている表情を必死に抑えながらも笑顔を作って差し出された握手に応じるのであった。そりゃ自分だって知っている程の超有名馬、史上初の牝馬三冠を達成しメジロの至宝とまで言われる存在だ。此処では史上初のトリプルティアラウマ娘としてその知名度はかの皇帝などにも引けを取らない……。

 

「先輩なんて堅苦しい呼び方しないでも結構ですよ、どうかラモちゃん♪と気軽に可愛くお呼びくださいね♪」

「善処しますね……ラモーヌ、ちゃん先輩」

「ん~ちゃん先輩というのも中々に捨てがたいですね♪」

 

と思っていた以上に軽いというか、ほんわかとしているというか柔らかな性格をしている事に驚いた……が、よくよく考えてみれば彼女はメジロアルダンの姉だ。そう考えると納得が行きそうになる。

 

「思った以上に仲良く出来そうでよかったよ、実は同室とかは出来るだけ同学年で揃えるようにしてるんだけどどうにも部屋割りが難しくてさ」

「私はそこまで気にしませんから大丈夫です……なんというか、トリプルティアラのウマ娘さんが此処までフレンドリーだとは思いませんでしたけど」

「ハハッラモーヌは結構緩いからね、まあ仲良くするんだよ」

「はい、お任せください」

 

んじゃね~と去っていくダイナガリバー。一先ず、部屋の中に入れて貰うのだが……改めてあの魔性の青鹿毛とも呼ばれたラモーヌと同室とは……思っても見なかった。使っていなかった側のベッドを教えて貰い、そこに荷物を置くのだが……二人で使う部屋ではあるが、メジロ家のお屋敷の部屋に比べたら圧倒的に狭いので自分としては心地が良い。本当に寮には入れて良かったとこの一点については心から感謝している。

 

「ランページさん、お婆様からお話は聞き及んでおります。此処に至るまでの毎日……とても苦しい日々であったと聞き及んでおります」

「えっああいや、そうでもなかった……ですよ?ライアンにも色々助けて貰いましたし」

 

荷物を置くと直ぐにラモーヌは真面目な表情で此方を見据えて来る、何事かと身構えたのだが如何やらアサマから話が行っていたらしい。

 

「私に出来る事ならば仰ってください、メジロ家の名に誓って貴方のお力になる事をお約束致します故」

「そんな……俺はもうメジロ家の方々にお世話になり続けてるんです、流石にこれ以上は……」

「違いますよ、お婆様が言っておられませんでしたか。貴方はもう、メジロ家のウマ娘なのです。家族が家族を助けるのは当然の事なのですよ」

 

何の含みも無く、本心からそう言って来るラモーヌに思わずランページは言葉を失ってしまった。自分は家族を失った、親戚には遺産を持ち逃げされた……だがそれを埋め合わせるように自分には新しい家族が出来ていた。それはメジロ家という暖かで優しい人達だった。その言葉に思わず感動しつつも、それじゃあ一つ……と言うと、ラモーヌは早速お力になれますのね、と嬉しいそうに微笑んだ。

 

「トレセン学園の事、色々教えて貰っても良いですかね。何も知らないんで」

「フフフッ勿論ですよ」

「宜しくお願いしますラモーヌちゃん先輩。俺の事は好きに呼んでください」

「はい、承りましたわランちゃん♪」




同室はメジロの至宝、メジロラモーヌ。そして寮長はその同期でダービーを征したダイナカリバー。

今作は出来るだけ史実の流れに沿う形でやって行こうと思っています。まあ出来るだけね。


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09話

「ランページだ、宜しく頼む」

 

無事にトレセンへの編入を果たしたランページ、メジロラモーヌが同室というとんでもないハプニングに見舞われつつも今日からトレセン学園中等部の一員として頑張る事になったのであった。中等部3年からの編入という事で間もなく高等部に入るという時期なので色々と大変な事になるだろうが、これでも人時代は大学も出ているから何とかなるだろう……と思いながらも望む事になった。

 

「同じクラスで良かったぁ~」

「それはこっちの台詞なんだけどな」

 

休み時間、此方へと駆け寄ってきたライアンの表情を見て僅かに気持ちが緩んでしまった。

 

「美浦寮なんだよね、同室は誰だった?アタシはまだいないんだよね。なんか高等部から入る子の為にも開けておくんだって」

「は~……そういうのもあんだな、こっちはこっちでとんでもねぇ相手で腰抜かしそうになったわ」

「えっ誰だったの?」

「寮長の同期」

「ダイナガリバーさんだよね、ニッポーテイオーさんとか?」

「いや、メジロ家の至宝」

「え"っ」

 

そんな言い方をされて思わず顔が硬直するライアン、当然彼女だってそう言われたら誰なのかという見当は付くだろう。恐る恐る耳打ちでラモーヌさん……?という問いが返されて頷いておく。

 

「うっそぉ……」

「俺の方が言いてぇよ……これだったらライアンの同室にしてくれって思うわ」

「で、でもこれは色々と話聞けるチャンスじゃない!?だって凄い相手が同室なんだからさ!!」

「……まあ考えようによってはそうか」

 

余りにも身分が違い過ぎると思っていたが、逆に言えば自分では想像もつかない程の大舞台で戦ってきた歴戦の勇士と直ぐに話せる距離にいるという事になる。そしてその話は絶対に自分の糧になる筈……そう思うとラモーヌとの同室は代えがたい財産になるのだろう。

 

「んじゃ昼飯にでも行って来るかぁ……カフェテリアだったか、ライアンも行くだろ?」

「あっゴメン、先行っててもらっていい?ちょっと先生に呼ばれてるんだ」

「あいよ。んじゃ先行ってくらぁ」

 

ライアンと別れながらも教室を出て廊下を歩く、身に纏うトレセン学園の制服はスカートなので自分はそれに慣れるのかとも思っていたがタイツさえ穿けば気にならなくなったので問題ない。スカートが捲れるなどの意識が皆無なのでタイツはそういう意味での防止にもなる。

 

「見てみて、凄い大きい」

「―――何処が?」

「胸でしょ」

「お尻でしょ」

「いや身長でしょ……」

 

やはり此処まで身長があるウマ娘は物珍しいのか視線を集めてしまっている、現状ではヒシアケボノはこのトレセン学園にいないので自動的に自分が最も背の高いウマ娘という事になるらしい。確かにそれならば目立つのも致し方ない……自分の次点になると言えばそれこそあのウマ娘位だろう。そんな事を思いながらも到着したカフェテリアは酷く賑わっていた。

 

ウマ娘は本当によく食べる、あれだけの運動量を行うのだからそれを支えるだけの食事量が必要になって来るのは当然。故に大盛りで食べる事はウマ娘にとっては珍しい事ではない。ないのだが……

 

「……こ、これだけで良いのかい?」

「ええ、あんま腹減ってないんで」

「本当にいいのかい?お代わりは自由だからね!?せめてお代わりはするんだよ!?」

「なんか変な事したか俺……?」

 

そう言いながら注文したおかずと茶碗に盛られた白米を受け取るとそのまま席に着くのだが……周囲からざわざわとざわめきが起きた。

 

「えっ……ダイエット中なの、あの子」

「あの身体であれ持つ訳無い筈なのに……?」

「どんだけ燃費いいの……?」

 

「……なんかやったか俺?」

「やっとるわドアホ」

 

周囲のざわめきに困惑していると、目の前に呆れ果てたような表情を作っているタマモクロスが人気メニューのニンジンハンバーグ定食を持ったまま同じテーブルの席に着いた。

 

「タマモ先輩でしたか、何か?」

「あんなぁ……」

「お待たせしました~」

「済まない、待たせたなタマ」

 

呆れ果てているタマモクロスを追いかけるように同じようにテーブルに着いた二人のウマ娘。顔を上げてみると……そこに居たのは平成において爆発的な競馬ブームを引き起こし、ギャンブルという認識からスポーツという物へと変えた名馬たちがそこに居た。平成の三強の内の二強、芦毛の怪物(オグリキャップ)高速ステイヤー(スーパークリーク)が目の前にいた。

 

「ムッ?済まない、気付かなかった。一緒に構わないか?」

「ああ、お好きにどうぞ。同席を断る程狭量なつもりはないんで」

「それでは失礼しますね~」

 

ラモーヌとは別の意味でおっとりとした美人と言った感じのスーパークリークと何処かほんわかとしていて出会って数秒なのに天然臭を感じ取れるオグリキャップにランページは苦笑いを浮かべた。これが、競馬ブームの火付け役となったあの名馬たちなのだから世の中とは分からないものだ。そんな名馬たちは自分の食事の量を見て思わず目を白黒させた、特にスーパークリークは心配そうな表情を作った。

 

「そんな量で……足りるのか?私のハンバーグを分けるか?」

「何処か御身体の具合でも悪いのかしら、何処か苦しかったら遠慮なく言ってくださいね?」

 

此方を心配するオグリとクリークにランページは何が何だか……と言わんばかりに困惑しているとタマモクロスが溜息混じり自分の箸で自分の食事と自分達の食事を見比べるように示す。オグリは大盛りを越えたてんこ盛りでクリークも次点でこのトレセン学園で身長が高いのもあって、それに相応しい量を持って来ている。タマモクロスは小柄なのもあるが、それでもそれなりの量があるのだが……ランページのそれは、タマモクロスよりもずっと少ないのである。

 

「味噌汁に目玉焼きにポテトサラダと米のみ、しかもどれも普通盛り!!如何見ても可笑しいやろがい!!」

「いや、十分多い……ってああ~……そうか、そういう事か……しまった、やっちゃった……」

 

そこまで言われて漸く解せたのか頭を抱えてしまった。これまではメジロ家にシェフと栄養士がメニューを組んで、その通りに出て来た物を食べて来たのだが……寮生活に当たって今までの自分の感覚で取ってしまったのである。だがそれでも十分豪華で多いと認識してしまっていた自分に思わず溜息が出た。

 

「あ~……その、俺はあんまり家が裕福じゃなかったんで、これでもご馳走というか十分な量だと思ってしまったんですよ。メジロ家で色々あって治ったと思ったけど全然だなこりゃ……」

「なんや訳ありかいな」

「訳ありというかなんというか……」

 

如何説明すべきか……流石に家の事情を簡単に話す訳には行かない、と思っていたのだがタマモクロスが自分の手を力強く取って握り込んできた。

 

「ええんや、気にせんとええんや。色々と苦労してたのは分かった……だけどここは天下のトレセン学園、好きなだけ食いや!!オグリ、ランページにお前のおすすめ持ってきいや!!クリーク、お前もや!!」

「分かった、よく分からないが持ってくる」

「分かりました、とても大変だったんですね……はい、私に任せてください♪」

「え、えっと……」

「何も心配せんでええ!!ウチらはお前の味方や!!」

 

サムズアップしながら何やら熱くなるタマモクロス、彼女も彼女で家が裕福でなかったが故に苦労を重ねて来たからか、何となくランページの事情を察する事が出来た。そしてこのままではいけないと世話を焼きたくなったのである、オグリは純粋にお勧めを食べて欲しいから、そしてクリークは……何やら自分の中の何かがランページを絶対に放置してはいけないという炎を燃やし始め、それによる使命感に駆られ始めていた。

 

「さ、流石にこんなには……」

「遠慮する事無いわ、どんどん食うんやで!!喰わなきゃ強くもなれへんからな!!うちも頑張って食うからお前も頑張りや!!」

「無理なら私が食べるから安心してくれ」

「さあ、このニンジンポタージュはとっても栄養たっぷりなんですよ。はいあ~ん」

「……な、なんか凄い事になって来た……」




クリーク「私が守らなきゃ……甘やかせなきゃ……!!」

ランページ「なんか、寒気が……」

クリークにロックオンされたようです。


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10話

「やれやれ、ウマ娘の代謝能力ってのは凄いもんだ……」

 

屋上で煙を吐き出しながらも空を見上げるランページ。タマモクロス、オグリキャップ、そしてスーパークリークに山盛りにされて出された食事の山。本当に食べ切れるのかと思ったのだが、なんと食べられてしまった。メジロ家の日々で胃袋が大きくなっていたのと身体が大きくなったことで受け入れられた、そしてそんな大量の食事を詰め込んだ腹はまるで妊婦のように膨れていたのに放課後になればすっかりと元通りのボディラインへと収束している事に驚く。

 

「でも、これからはあんだけ食わねぇと持たねぇのかねぇ……」

 

これまで質素オブ質素な食生活だったランページ、メジロ家のお陰でそれは改善されてはいるがまだまだ根っこの部分は残っている。様々な意味で不安な所こそあるが、兎も角今日からそこも改めようと思いながらもハーブシガーを吹かしながら良い風に思わず瞳を閉じる。

 

「いい天気だ……」

 

そんな心地良さに浸っていると不意に、身体に悪寒が走る。唐突に訪れたそれに不快感を覚える、こんなにいい日よりなのに何で無粋な……と思うが、それ以上にその悪寒はどんどん強まる、というか足を誰かに触られている……瞳を開けるとそこには……

 

「……こいつはすげぇ、なんていい筋肉してんだ。加えてこの骨の密度……それに関節も……」

 

ブツブツと何やら自分の脚についての評論を述べながらも何処か危ない光を瞳に灯している一人の男が居た。黄色いシャツに黒ベスト、そして剃り込みの入った頭……そしてウマ娘の足を触る姿を見てもしや……と思いながらも確かにこれはウマ娘からしたら蹴るわ、と納得しながらも沸々と沸き上がって来た物に従う事にした。脚を動かして触ってくる手を払いのける。

 

「おい、評論は適当な所にしてけよ。どうせ誰も聞いちゃくれねぇぞ」

「お前凄いな!!こんな凄い脚を持っているウマ娘なんてそうはいないぞ!?」

「そりゃどうも。なら良い物を持ってるウマ娘の脚を触ってロハで済まそうなんて思ってねぇだろうな」

 

そう言いながらもワザとらしく煙をその顔へと向けて吐き掛けてやる、如何やら喫煙者だったらしいのかこの程度で咽るなんて事は無い。だが、気まずそうにしつつも弁解するように胸に付けているトレーナーの証明であるバッチを見せて来た。

 

「怪しいもんじゃないから安心してくれ、ほら俺は中央のトレーナーなんだよ」

「そうかい。自分から怪しくねぇって言った奴ほど誠実な奴はいねぇもんな」

「手厳しいなぁ……」

「この身体で売り出そうとしているもんでね、値段もつかない内から安売りするつもりはない」

 

その言い回しに思わず男は頭を掻きながらも素直に謝罪をして来た。言葉遣いのせいもあるが、少女と会話している気になれない。

 

「参ったな、どんな金額を出せば納得するかな」

「さてね。言っただろまだ値段はついてないって」

「それじゃあ言い値を出そう、俺は沖野だ、チームスピカでトレーナーをやってる。是非君をスカウトさせてくれ」

 

矢張り、あの沖野トレーナーだった。脚を触る癖さえなければ一流のトレーナーというのは揺るがないのだが……本当にこの癖だけは何とかしろと言いたい。

 

「ハッキリ言うが今のアンタに幾ら積まれようと乗る気にはならない、理由は明解でアンタが気に入らん」

「マジでハッキリ言うな……」

「人の商売道具を勝手に触って星付きレビューまでしてくれたからなっと!!」

 

相手が男な上に大人だからか、ヒトソウルが疼くのか思った以上に口が回る。元々7割方が男なのもあるだろうが……元のランページだってこんな出会いは嬉しくないだろう。その場で逆立ちをしながらも腕の力だけで跳び上がって立ち上がる、こんな事も簡単に出来るウマ娘の身体能力の素晴らしさに感激する。

 

「アンタの事は嫌いじゃないがね、気に入られたいならやり方を変える事をお勧めするよ」

 

そう言いながらもシガーを灰皿に入れながらも屋上から立ち去る。

 

沖野は肩を竦めながらも正論だな、と呟きながらも今度は彼自身がハーブシガーを取り出してそれを吸い始める。

 

「いや、でもマジで良いトモだったな……今度の模擬レースに出るなら確実に自分の目でその走りを見ないとな……」

 

話を聞いて回ったが、ランページというウマ娘の走りは凄まじかったという言葉がセールのように出回っていた。大逃げから始まったが、そこから相手のペースを崩す走りをした、ラストには迫って来たウマ娘を一瞬で抜き去った、その姿はまるでゴーストのようだったなどと様々な話があった。だが一番印象深かったのはリギルの東条トレーナーからの言葉だった。

 

『オハナさん如何だったんだそのランページってウマ娘』

『自分の目で確かめなさい、と言いたい所だけど一言で言うなら……逸材ね』

 

その言葉でどれだけの者なのかはある程度推し量れた、あのリギルのトレーナーにそこまで言わせたのだから相当な物の筈。そして今日、実際にランページの脚を触れて分かったが、あれは並大抵の脚などではなかった。

 

「そんなに凄かった?」

「ああ、筋肉のしなやかさも凄かったが骨も頑強だった。そして関節もかなり柔らかい……ありゃマジの逸材―――って何時の間に来てたんだよ」

「今さっき」

 

そんな風に考えていた時、背後には何時の間にか受け持っているウマ娘が立っていた。如何やら彼女もランページの事が多少なりとも気になっているらしい。

 

「アタシとだったらどっちが凄い?」

「おいおい……WDTに出てる奴と比較するのは酷だろ。お前に決まってるだろ」

「そう言ってくれると思ったよ、でも仮に同時期に出てたら?」

「……分からない、としか言いようがないな」

 

不明。それは幾らでもIFは捻出できるが、IFでしかなく真実ではないからというのもあるが、いざ同年代だったとしたらどちらが凄いのかという事の判別が出来ないというのもある。あの体格から来るしなやかな筋肉と頑強な骨、そして柔軟なバネを持つ関節……それが合わさった走りと戦っていたらどうなっていたのだろうか……そんな想定に思考を巡らせるよりも先に、煙を吐いて思考をリセットする。

 

「ンな事は良いから、ほらっさっさと行くぞ。今日のメニューをさっさとこなすぞ―――シービー」

「はいはい、仰せの通りにMr.トレーナー」

 

 

 

「悪いライアン、待たせた」

「ううん良いよ別に、ねえラン、是非話をしたいって人が居るんだけどいいかな?」

「何だ、また勧誘か?」

「さあそれかは分からないけど……でもその話をしたいって人が凄いんだよ!!だってあの―――リギルの東条トレーナーと生徒会長さんだよ!?」

「スピカの次はリギルかよ……」



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11話

チームリギル。トレセン学園で最強と謳われる程のエリート生が集まっている最高のチーム、敏腕トレーナー・東条 ハナの徹底した管理指導の下で行われるメニューをこなし強くなったウマ娘は正しく、その一等星の輝きに相応しい強さを見せつける。そしてそのリギルの代表的なウマ娘と言えば―――皇帝、シンボリルドルフ。

 

「今日は突然済まない、呼び出しを掛けてしまって」

「いえ、変質者の相手をする位には暇だったんでお気になさらず」

「変質者って……あのバカ……!!」

 

応接室、ランページと対面するように座っている二人、その一方のトレーナー、東条は思わず頭を抱えてしまった。変質者というだけで一体誰なのかという特定があっさり出来てしまったからである、これがリギルと最強を争った強豪チームのトレーナーなのだから困ったものである。

 

「同じトレーナーとして謝罪するわ、同僚が失礼な事をしたわね」

「全くだ、頼んでもいないのに発売前の販売品のウマ娘の脚触ってレビューまでくれましたからね」

「っ~!!」

 

軽い嫌みのつもりだったのだが、東条トレーナーの顔に青筋が立って行く。言わない方が良かっただろうか……と思うが、それだけ沖野トレーナーの行動がトレーナーとして良くないという事なのだろう、ならばそれをやる方に問題があるという事にしておこう。

 

「それは……大変だったな、私からも沖野トレーナーには言っておこう、彼の愛バからも伝えるように言っておけば十分過ぎる程に効力はあるだろう」

「愛バって……誰なんで?」

「ミスターシービー。聞いた事は無いかな?」

「―――三冠かよあの変態の愛バ」

 

目の前の皇帝から告げられた名前に思わず素でそんな声が出た。最も愛された三冠馬、ミスターシービー。淀の坂の鉄則を破るというタブーを犯しながらも最後の一冠をその手に収めた名馬。大地が弾んでミスターシービー、という実況はあまりにも有名な物だった。そしてそれはこの世界でも健在であり、三冠ウマ娘としてその名を馳せている。

 

そしてそれを破った絶対の皇帝、シンボリルドルフ。ミスターシービーに続いて2年連続で出現した三冠馬、勝利よりも、たった3度の敗北を語りたくなる馬。"永遠なる皇帝"とさえ呼ばれる日本競馬史上屈指の名馬。三冠馬同士の激突という対決をミスターシービーとも行い、有馬記念で堂々たる勝利を掴み、皇帝の威光を知らしめた。

 

「ハァッ……世も末だな」

「全くよ……ごめんなさい、私が謝ってもしょうがないと思うけど同じトレーナーとして謝罪だけはさせて頂戴」

「まあ、病気以外の貰えるものは貰っておきます」

 

改めてこの世界の凄まじさというのが理解出来た気する、何故ならば同じ学園に伝説の三冠馬が同じウマ娘としているのだから。そんな事を言ったら自分の同室は牝馬三冠なのだが……別の意味で頭が痛くなるような気分である。

 

「それで、まだトレーナーを見つけてない編入生を捕まえて何のお話ですかね?」

「ええ、単刀直入に言わせて貰うわ―――リギルに入らないかしら?」

 

ブルータスお前もか、と思わず思った自分は悪くない。如何やらリギルにも選抜レースは見られていたらしいが、直接スカウトをされる程とは思っていなかった。続けて皇帝さえも言葉を作る。

 

「君の走りは私も見させて貰った、ペースを巧みに変えながらも相手の調子を狂わせながらもレース全体を掌握するセンスは素晴らしかった。君ならば三冠は夢ではないと私も太鼓判を押させて貰おう」

「生徒皇帝にそう言われるとは、光栄ですね」

「せめて会長で頼むよ」

 

困ったような表情を作りながらも、その呼び名も悪くないな……と思案するルドルフ。彼女はこのトレセン学園の生徒会長でもある、因みのこの時代の副会長はメジロラモーヌで、もう一人はまだ決まっていないらしい。

 

「メジロライアンから話は少し聞いたわ、本格的なレースは初めてだったそうね。それなのにあれだけの展開を作れるのは素晴らしかった、次の世代、それを牽引するのは間違いなく貴方よ」

「過分な評価だ、俺はそこまでの存在じゃない」

 

そう言いつつもヒトソウルから記憶を引き出すが、言われてみてもオグリキャップの一つ後の世代はあまり話題にならなかった記憶がある。俗にいう89世代、そこで目立った名前というのはサンドピアリス*1位だったような気がする。

 

「それに貴方が見せたあの走り―――ラストのあれには驚かされたわ」

「ええ、私も同感です」

 

二人が示すあれとは当然、ラストに二人のウマ娘を真後ろから一瞬で抜き去ったとの事。普通のウマ娘には絶対に出来ないような事に東条ですら我が目を疑った程。その事を如何しても聞きたかった。

 

「あれは、一体何なのかしら。トレーナーとして色んな走りを見てけどあんなものは見た事が無かったわ」

「そりゃ見た事ないでしょうよ、なんせあれはウマ娘の走りなんかじゃないですから」

「それは……如何言う事かな?」

「クロスオーバーステップって聞いた事あります?」

 

そう言われて二人は首を横に振った。自分も意識してそれをやっていたわけではなかったが、その名前をアサマお婆様から聞いてハッキリと思い出した。そして図らずも自分はそれを手に入れてしまっていた事に笑った物だった。

 

「編入する前はずっと夕方の新聞の配達をやってたんですよ、だけど一々止まってポストに入れてたら時間がかかるから掛からない方法を研究してたら自然とできたんですよ」

「その、クロスオーバーステップという奴をか?」

「ええまあ、アメフトとか他のスポーツで使われるテクニックだから知らなくて当然」

 

速度を一切落とす事も無く、右へ左へと進路を変える事が出来るのがランページのクロスオーバーステップの素晴らしい所。その分、脚に負担こそ掛かるのだが……ウマ娘としての筋力や丈夫な骨格、そして数年続けていた影響で問題なく行使出来る。そしてそれはレースは応用が利かせる事が出来たという事である。

 

「……仮令バ群に呑まれてもその応用で抜け出す事も出来る訳ね、改めて本当に凄い子ね貴方」

「そう簡単に褒めないでくれ、頬っぺたが赤くなる」

 

完全な素面のランページに二人は中々に手強そうな子だ、という印象を強く受ける。改めて、ランページはまだまだ未熟な部分も多いが、それを陰らせる程に輝く才能がある事が分かる。レース運びのセンス、ペースの調整、高身長のストライド、そしてクロスオーバーステップ。トレーナーとして本当にスカウトしたい逸材だと。

 

「君はレースで何をしたい、このトレセン学園で何を求めるのかを聞いても良いかな?」

 

ルドルフが尋ねた、このトレセン学園には様々な思いを抱いたウマ娘達が集う。自らに憧れて三冠ウマ娘を、ラモーヌに憧れてトリプルティアラを、天皇賞連覇を目指すメジロのように、様々な物がトゥインクルシリーズにはある。一体何を求めているのかを聞きたいと皇帝は思った。

 

「求めるもの……」

 

自分が、ランページがトレセン学園で掴もうとしているもの、それは一体何なのか、そう言われて何と返すべきか一瞬困ったが答えなんて直ぐに出て来るものだ。分かり切っている事だった、それをやれば良い。指を二本、立てながら言う。

 

「簡単だよ、一つは俺の為に家族になってくれたメジロ家の恩返しだ」

「メジロ家への……いや、一つと言ったな、まだあるのか?」

 

その答えには立ち上がりながら答える事にした。

 

「ああ、もう一つは―――細やかな報復だよ、俺を追い込んでくれた奴らへのね……」

「報復って……貴方、一体なにが……」

「此処まで話しておいて悪いけど、スカウトは受けられないね。簡単に受ける程、俺は安くも無ければ高くも無い。また誘ってください」

 

頭を下げながらも応接室を出て行く。そうだ、自分のやりたい事なんて分かり切っていたんだ……ウマ娘はいい子が殆どで悪い子は余りいないらしいが、自分にはヒトソウルが入っている。人間の悪性という物も確りとある、故に―――それに従う。

 

「見返してやる、後悔させてやる、父さんと母さんの遺産を持ち逃げした事をな……!!」

 

シンプルな答えだ、彼女が走る理由は大きな感謝と大きな怒り。その二つを抱きながらターフを駆ける。

*1
1989年エリザベス女王杯で20番人気の430倍から1着になった馬、単勝万馬券馬とも呼ばれる。その単勝配当は43060円。GⅠ史上最高の単勝配当で現在も破られていない。



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12話

「らぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ラン~またレコード更新してるよ~!!!」

「―――ま、こんなもんか」

 

急ブレーキを掛けながらも立ち止まったランページ、だがその息は余り乱れておらず数回の呼吸で荒さは無くなっていた。そのままシガーを取り出して吸い始めてしまう程には抑えての走り、それでも走る度に進化し始めている。逆に言えばそれだけレースに関わってこなかったという事が浮き彫りになるのだが……余り気にしないでおこう。

 

「ライアンは自分の練習は良いのか?トレーナー、見つけてんだろ」

「うん、でもお婆様に頼まれてる事だしランを一人にはしておけないって」

 

サムズアップと共に歯を見せて笑うライアン、絵になるなぁと思いながらもその心遣いに感謝する。

 

「っつうかよライアン、俺に構ってくれるのはいいけど好い加減時間大丈夫か?トレーナーとの約束の時間あるんだろ」

「あっいっけないもうこんな時間!?ゴメンねランアタシも行かないと!?」

「応、そっちも頑張れよ。ベンチプレスのレコード上げろよ~」

「ご期待に沿うよ~!!」

 

駆けて行くライアンを見送りながらも煙を吹かす。しかしそうなると好い加減、自分もトレーナーを見つけなればいけなくなってくる。未だに此方を観察するようなトレーナーは多いしリギルもスピカも引き続き声を掛けられている状況、探すのに苦労はしないがそこから最適なトレーナーを見つけるとなるとなかなか難しい事になる。

 

「トレーナーねぇ……」

 

正直言って何とも言えない、どんなトレーナーを選ぶべきなのだろうか。その辺りも全く分からないので自分の希望というのも上げらない、そう思いながらもシガーを吸い切ってもう一本でも吸おうかと思ったら所に一人のトレーナーが近づいて来た。

 

「すいません、ランページさん……ですよね?」

「いかにも俺は暴れん坊なランページさんだが、其方さんは?」

「あっこれは失礼しました、自己紹介が先でしたよね。僕はチーム・カノープスでトレーナーをしている南坂です」

 

視線を向けた先に居たのはグレーのスーツを纏った穏やかな雰囲気の男性、そしてその人物をランページは知っている。実は昔、海外でやんちゃしてたんじゃないかやら某国のエージェントだったんじゃないかという疑惑が大量に発生している人物で有名なカノープスの南坂だった。

 

「今お時間宜しいですか?宜しければ併走相手をお願いしたいのですが……」

「俺にかい、チームトレーナーならその辺りの準備は出来るんじゃねぇのかい?」

「そうなんですが……実はですね、元々併走をする予定でした方が急に来られなくなってしまいまして」

「それで声を掛けたってかい?それならもうちょっとナンパの仕方を勉強しな、と言いたい所だけど丁度ライアンが居なくなっちまった所で暇だったんだ。良いぜ付き合ってやる」

 

そう答えると南坂は何処かホッとしたような安堵の息を漏らした、こうしてみると本当に穏やかな好青年にしか見えないのだが……この人の何処にあんな技術やら知識があるのかと気になって来る……実は影では世界の平和を守るヒーローだったりするのだろうか。

 

「んで、誰と併走すりゃいいんだ?」

「もう少しだけ待って貰えますか、間もなく来ると……」

「遅れました」

 

そこへやって来たのは大きな丸眼鏡を掛けたウマ娘、そして当然そのウマ娘の事もランページは知っている。

 

「イクノさん、無事に併走相手が見つかりました」

「お手数おかけしましたトレーナーさん、そして突然の申し込みを受け入れてくださり有難う御座います。イクノディクタスです、本日は宜しくお願い致します」

「ああ、ランページだ」

 

イクノディクタス。デビューから4年半、51戦を故障なく走り続けたことから"鉄の女"の異名で知られる、無事是名馬を体現したかのような競走馬。それ以外にも馬目線でもとても美人だったらしく、彼女がレースに出ると他の牡馬達が良い所を見せようとして異常に興奮する(イレコむ)事が多くて大変だったという話もあった。有名なのはメジロマックイーン辺りだろうか。

 

「つっても俺も既に軽く走っちまってるし、併走とは名ばかりに飛ばすぜ?」

「はい、寧ろ是非そうしてくださると私としても嬉しい限りです。私が目指すのは学園最強、その為には走り込む事が絶対条件ですので」

「ハハッ皇帝様がいる中央ですげぇ事言うな、気に入った。幾らでも相手になってやるよイクノディクタスさん」

「嬉しい限りです、それとイクノで結構ですよランページさん」

「こっちもランページで構わねぇよ」

「はははっ……流石に走り過ぎる前に止めますからね?」

 

そんなやり取りがあってからランページはイクノと併走をする事になった。最初こそ、イクノに合わせていたランページだが時間をかける程にイクノが温まっていったことに気付いてほんの少しずつ、ペースを上げて行ったり故意に落としたりして見せた。

 

「―――流石です、普通のウマ娘ならばこのペース変化は気付けないでしょう」

「分かるかい」

「はい、私の管理は完璧ですので」

 

だが、イクノはそれに気付いていた。常に冷静で体調を含めて管理する事を得意とする彼女にとって、ほんの僅かなペース変化でも見逃がさない。だが、それを気付きながらも対処するのではなくそれにペースを合わせていく。気付いた上でそれに対抗する、それを可能とする鉄のような意志と屈強な身体にランページも笑った。

 

「良いね、それなら最後の直線は全力でやるかい?」

「望む所です」

「んじゃ―――ゴッ!!」

 

最後の直線に入った時、ランページは抑えていた物を全て解放した。ピッチに近い歩幅だったそれを大きく伸ばして一気に加速していく、それにイクノも負けじと加速していく。だが、何度も何度もペース変化に付き合った事で既にスタミナは削れている。それでも彼女は常にランページを射程圏内に収めた位置に居続けていた。

 

「らぁぁぁぁぁ!!!」

「置いて、いかれるもんか……!!」

 

そのまま二人の距離は変わる事も無く、ゴールを駆け抜けた。イクノはランページに付いて行くのが精一杯だったが、ランページはイクノを振り切る事が出来なかった。そのまま倒れこむかのように膝を突いたイクノ、対するランページは平気そうな顔をしつつも漸く息を切らしたかのような荒い息をしている。

 

「参った、全然振り切れねぇ……凄かったぜイクノ」

「ランページ、さんこそ……おいて行かれないようにが、精一杯でした……」

「いや、あんだけペース変えまくった末にこれだ。俺からしたら負けたような気分だよ」

 

分からずにいるよりも分かった上で勝負を挑まれたのだ、作戦を仕掛けた側としては敗北寄りの勝利だ。だが、何れ自分がデビューしたらこういう事もあり得る、だからやる事は彼女のような相手が居たとしても振り切る事だ。そう思っていると南坂が大きなタオルと水筒を持って駆け寄って来た。

 

「お二人ともお疲れ様です、どうぞ飲んでください」

「応ありがとな」

「有難う、御座います……助かります」

 

イクノはドリンクを受け取って飲み始める、ランページもそれに続くが即座に南坂が自分の脚を見ていた事に気付いた。

 

「何ぞや」

「いえ、あれだけの走りをしてましたのに脚に全く震えがない事が凄いと思いまして……イクノさんとのペース変更合戦にも驚きましたが、それ以上にそれに耐える体力に驚きました」

「そりゃどうも」

 

感謝を述べながらも南坂トレーナーも一流なんだなと思う、ジャージ越しにそんな事が分かるのだから。アニメでもそうだったが、彼はイクノディクタスの51戦という凄まじいレーススケジュールを管理していた事を踏まえるととんでもないのだな、と思い知る。

 

「イクノさん、以前よりも身体のブレが小さくなっていました。ペースの変更に付き合わなければもっといい勝負が出来ていたと思いますよ」

「いえ、あれは付き合うからこそ意味があったのです。そのような戦法を取るウマ娘もいる、今それを知り、体験する為だったのです」

「納得の理由ですね。兎も角今は休んでくださいね?」

「はい」

 

そして、ウマ娘の走りをよく見ているし相手の気持ちを汲み取っている。他のトレーナーの事はあまり知らないが、自分の中では決めてしまった物が出来た。

 

「南坂さんよ―――良ければ俺もアンタのチームに入れてくれねぇか?」

「カノープスに、ランページさんがですか?でも、リギルやスピカから誘われていると聞きましたが……」

「おっ耳が早いな。確かに誘われてるが何ともピンと来なくてな、だけど今のイクノとのやり取りで来たぜ―――俺のトゥインクルシリーズをアンタに任せたい、駄目かい?」

 

そう尋ねられて南坂は少しだけ迷った、彼女の選抜レースでの走りは自分も見ていた。スカウトしたいと思ったが、自分では相応しくないと思った。だがしかし、今本人が自分を見てそう言ってくれている事に嬉しさを感じた。スカウトしたいと思っていたのに、逆に指名を受けたような形になって認めて貰えたという事に感激してしまったのだろうか……差し出された彼女の手を取って大きな声で言った。

 

「此方こそ是非お願いしたいですね!!ようこそカノープスへ!!」

「宜しく頼むぜ、という訳でイクノもこれからはチームメイトっつう訳だから宜しくな」

「はい、此方こそ宜しくお願いします。ランページさんのような方が入られるとなると、カノープスは学園最強を目指せそうですね」

「そりゃいいな。どうせ目指すなら天辺ってか」




という訳で何だかんだで一番好きなカノープスにしました。


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13話

様々な勧誘を受けながらも、結局スーパークリークのような逆指名を行いながらトレーナーを決めたランページ。南坂トレーナーが率いるカノープスへと入ったランページ、が良くも悪くも中堅どころである為に本当にそこで良いのかと言った意見を言われる事もあった。

 

「カノープスか、良いチームだと思うぜ俺は。応援させて貰うよ」

「変態の応援なんざぁ一銭の価値にもなるとは思えねぇけどな」

「こいつぅ……」

 

が、リギルの東条トレーナーやスピカの沖野トレーナーは寧ろ良い選択だと感心しつつも彼女の活躍を応援した。

 

「そんな悪いかよカノープス」

「まあ南坂がまだ若いせいで過小評価されちまってる点が大きいな、実際はいいチームだけど良くも悪くもバランス重視のチームだからな」

 

リギルは東条トレーナーが行う管理主義を掲げるチーム、スピカはウマ娘の意思を尊重する放任主義と言ったように何処かに特化したような方針などがある。それによって結果を出しているウマ娘もいるので、基本的にチームは何らかの方針などを掲げるのだが―――カノープスが掲げているのは安定。ウマ娘が怪我をする事なく、シリーズ完走を目指すというのがチームの目標であり、無事是名バを目指している。

 

「だからなんつうか引き付けられねぇっていうのかね、三冠目指す!!とか連覇!!っていうのを目指すチームではねぇわな」

「ふぅん……」

 

故に、他のトレーナーが言いたいのはそれだけの素質を持っているのならばリギルなどに行って自分の長所などを目指す指導方針を取る所に行くべきという物なのだろう。沖野としてもその意見は分からないでもない。

 

「でも俺はカノープスから移籍する気もねぇからな、あのトレーナーに俺のトゥインクルシリーズを預けるって啖呵を切ったのに今更ハイさよなら、ていうのも愛想ねぇだろ」

「預けるか……トレーナー誑しなセリフだなおい、そこまで言われたらトレーナーとしてやらない訳には行かねぇぞ」

「だろ、俺もそれを言った身として責任を取るつもりだ―――ンで無事是名バを体現したままカノープスを最強にする」

「―――でけぇこと言いやがるな」

「どうせやるなら、ドォンと胸張ってでっかくだ」

 

そう言いながらもシガーを灰皿に押し込みながらもその場から去っていくランページ、それを見送った沖野は自分も煙草を吸おうとしてしまいながらも、懐から飴を取り出して舐め始める。

 

「胸張ってでっかくねぇ……カッコいい事言いやがって……そうだな、スピカもそうするべきだな」

 

三冠ウマ娘というミスターシービーが所属するチーム、次を走るスター候補ウマ娘もいる。そんな現状に沖野は思わず微笑んだ、自分もそんな候補をスターに育て上げるべく、胸を張ろうと思いながらも、気分良く立ち上がってやるべき事に精を出すかと歩き出すのであった。

 

 

シガーを吸い切って気持ちのリセットも終わった所でカノープスの部室へと顔を出す事にしたランページ。今日から此処に自分は通う事になる、そう思うと少しばかりに緊張する。扉を開ける手にも思わず力を込めてしまいながらも扉を開けるとそこにはノートパソコンで映像を見ながらノートに何やら記載を続けているイクノと何かを読み上げている南坂トレーナー、その様子を見ながらもお茶を淹れているウマ娘と椅子に座りながらも脚をぶらつかせている小柄なウマ娘が居た。

 

「あっランページさん、来ましたね」

「遅くなって悪いなトレーナー、変態トレーナーにナンパされてな」

「全くあの人は……」

 

溜息混じりに苦笑する南坂、如何やら沖野は彼にも変態として認識されているらしい。そんな中で一人のウマ娘へと目を向けた、それに気付くとお茶を置きながらも頭を下げて来た。

 

「どうも、アタシはナイスネイチャって言います。カノープスでは先輩ですけど学年的には一つ下です」

「ツインターボ!!ネイチャと一緒にカノープスに入った同級生!!」

「アハハ、分かりにくくてすいません。詰まる所、後輩って事です」

「気にすんなって、ランページだ」

 

そこに居たウマ娘を見て感動している自分が居た。そこに居たのは実際にカノープスに所属していたウマ娘のナイスネイチャとツインターボだった。この二人に会えただけカノープスに入った甲斐があったと言ってしまっていいかもしれない、と納得している自分が居る。

 

ナイスネイチャ、有馬記念で3年連続3着という大記録が余りにも有名な競走馬。だが、その人気は凄まじくG1馬すら凌駕する程のファンを持っていた。JRA重賞勝ち馬としては最年長記録を更新中で、34歳の誕生日には5000万円を超える寄付金が寄せられた。引退競走馬の顔と言っても差し支えない。

 

破滅型とも称される大逃げを戦法とし、大勝ちか大惨敗かという極端なスタイルで人気を博したツインターボ。迷馬にして名馬とすら言われてしまう程だったが、それ程までに圧倒的なインパクトを誇り根強いファンも多い。

 

「今はこのメンバーが基本ですかね、他にも居たのですが引退して学園も卒業してしまいましたので」

「ふぅんそうなのか。まあ兎に角宜しくなネイチャにターボ、ランでもページでも俺の事は好きに呼んでくれ」

「分かったぞラン!!」

 

と、早速呼び捨てにするターボにネイチャはコラコラと諫めるがランページは全く気にする事も無くそれでいいと答えた。

 

「さて、それでは改めまして―――ランページさんチームカノープスにようこそ。このチームは無事是名バを目指しています、リギルやスピカなどに比べて毛色は違いますが、無理はせずに自分達が狙える範囲で努力していこうというのが基本的なモノになりますが、もちろん私も全力で皆さんの目標達成に尽力するので遠慮なく仰ってくださいね。出来るだけ希望に添えるようにスケジュールを組みますので」

 

懇切丁寧に挨拶をしながらも南坂の強かさが垣間見えた気がした。無事是名バ、それを目指しながらも自分達の目標を考慮しつつもスケジュールを構築する。簡単に言うがそれは極めて難しい事だ、だが組むと断言している。それだけ自信があるのか、そうさせるつもりなのかは分からないが、このチームならばそれが出来そうな気がしてくる。

 

「それでは、順々に皆さんの目標を聞かせて頂けますか?」

「ではまず私から―――私はこの学園で最強になる事です、その為に一つでも多くのレースに出て経験を積みたいと思っております」

「おっ~!!イクノカッコいい~!!」

「いやはや、いきなり最強宣言ってこりゃまた凄いわ~」

「有難う御座います、その為にも皆さんのトレーニングにも率先して協力させて頂きますので気軽に声を掛けてください」

 

外見こそクール系の美人でお堅そうな印象を受けるイクノだが、実際は中々にノリが良く誘えば喜んで練習にも遊びにも付き合ってくれる。

 

「はいはい次ターボ!!ターボはね、色んなレースで1着になりたい!!最初から最後までずっと1着が良い!!」

「成程、常にトップキープとは……レースに勝つ為には必勝の案ですね」

「ま~それが通用すればだけどね~」

「やるもん、ターボ絶対にやるもん!!」

 

破滅逃げとまで言われたターボらしい目標に思わず、ランページも笑いを浮かべながらも隣に座っている頭を撫でてしまった。

 

「何で撫でるんだラン?」

「何、ちっこい身体にでっけぇ夢を持ってて立派だと思ったのよ」

「フフン!!」

「あんまり褒めない方がいいよ~ターボってば簡単に調子に乗っちゃうんだから」

「んじゃ次はネイチャ!!」

「アタシか」

 

そんな中で振られたネイチャ、ネイチャはどんな目標があるのかと思いながらも何処か困ったように言葉を作る。そして少しして、少しだけ頬を赤くしながらも目標を話してくれた。

 

「アタシはさ……そのキラキラしたウマ娘になりたい、かな……ほら、何となく、分かるでしょ?」

「はい。とても良い目標だとおもいます、つまりウイニングライブでセンターを取り輝くという事ですね?」

「お~ネイチャもターボと一緒~!!」

「えっちょ、ちょっと違うっていうか……」

 

そんなつもりではなかったんだけど……と言いたげだが、既に盛り上がってしまっているイクノとターボの応援する姿勢にそれでも良いか、言わんばかりに微笑みを浮かべながらも此方を向いて来た。

 

「んじゃ最後はランページね。どんな目標あるのかネイチャさんってば気になるな~」

「私もです、リギルやスピカに勧誘される程の方がどんな目標を持っているのか、是非興味があります」

「リギルやスピカって三冠ウマ娘がいるとこじゃん!?凄い凄い!!」

「そうでもねぇよターボ」

 

そう言いながらも照れくさそうにしながらもランページは言葉を作る、自分の目標それは―――

 

「世話になった人達が居るんだよ、その人達に見せてぇんだよ。俺の走りを、俺は貴方達のお陰でターフを走れてますってな、そして―――このカノープスを学園最強チームにする」

「っ~!!!いい、それすっごくいい!!学園最強カノープスって凄いカッコいい!!」

「実に素晴らしい目標です、確かに目指すならば個人ではなく全体で目指すべきですね」

「う~ん……ちょっとネイチャさんには荷が重い気もするけど、なんか目指したくなっちゃう魔力があるよね~そういうのって」

「そう、ですね」

 

その言葉に南坂も続いた。

 

「流石に最強というのはそこまでしなくても良いと思ってましたけど、どうせなら行く所まで行きましょうか。カノープスを大きく、キラキラなチームにしてしまいましょうか皆さん」

『大賛成~!!!』

 

その後、カノープスの部室に『目指せ最強カノープス!!』という達筆な目標が掲げられる事になったのであった。




早めにターボ師匠をカノープスに入れちゃいました。だってこの方が絶対に面白くなるし。ターボ師匠書きたいし。


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14話

「うおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

その名が如く、加速しきったままゴールするツインターボを見つめながらも手元のストップウォッチを押したネイチャ。矢張り早い、同期のウマ娘を考慮したとしても頭一つは飛び抜けたような速さを誇っている。

 

「ゼェハァゼェハァ……」

「ちょっとターボ、アンタ大丈夫?練習なんだから少しはペース落とした方がいいよ」

「ターボは最初から全開がいい、最後まで全力の方が気持ちいいもん!!」

 

走り切ったが故に疲労を見せるが、それを吹き飛ばすような笑みを浮かべるターボに苦笑しつつもこれが彼女の走りか、とネイチャは続けようと思っていた言葉を仕舞い込むのであった。実際問題ターボの破滅的なペースは決して弱い訳ではない、寧ろ型に嵌まれば無類の強さを発揮する……が、まだまだスピードに対してのスタミナが不足しているのが問題点。

 

「らぁぁぁぁぁ!!!」

「ハァァァァァ!!!」

 

そんなターボを一気に抜き去るかのようにランページとイクノが駆け抜けていく。今回は2000mでの併走らしいが、最初からランページは全開に近いペースで飛ばしており、それにイクノは食らいついていく。

 

「オオオオオッ!!!ラン凄い、ターボみたい!!」

「いや、実際とんでもない超ハイペース……あれで持つのかな?」

 

正しくターボのような全力疾走、あれだけのハイペースで最後までもつのだろうか?という疑問もあるが、そんな疑問を他所にしながらもランページは駆け抜け続けていく。大地を強く踏み、飛び跳ねるようにしながらも突き進んでいく彼女。そしてそれに負けじと同じようなハイペースで駆け抜けるイクノ、その攻防はそのまま最後の直線にまでもつれ込んだ。ここらが本当の正念場。

 

「さあ、飛ばすぜぇ!!」

 

そう言うと更に加速するランページに思わずターボも声を上げてしまった。

 

「また伸びた!?」

「うっそ、あれで溜めてたっての!?」

 

破滅逃げのような大逃げを打ちながらもラストでさらにペースを引き上げるという狂気のような凄まじい走りを見せ付けるランページ。流石のイクノの完璧なペース配分でもそれを捕まえきれずに、そのまま5バ身を付けてランページが先にゴールを決めた。

 

「ハァハァハァッ……イクノ、お前本当にペース変わらねぇな……サイボーグでも名乗るか……?」

「いえ、まだその域には達していません……途中、崩れてしまいましたから……」

「名乗る気はあるってか……」

 

そんなやり取りをしながらも思わずターボは駆け寄りながらもランページに抱き着いた。

 

「ラン本当に凄かった!!ターボもあんな風に走りたい~!!今度はターボと一緒に走ろ!!」

「そりゃ、どうもぉ……だけどちょっと休ませてくれ……流石に草臥れた……」

 

そう言いながらも座り込むとそのまま天を仰ぐように仰向けになった。それに続くようにイクノも倒れ伏すように荒い息を吐く、それを見たターボはタオルとドリンクを取りに駆け出して行く。それをネイチャは呆気に取られつつも南坂トレーナーに尋ねた。

 

「ねえトレーナー、如何してランはあそこまで持ったの?ターボみたいな全力だったのに」

「それは純粋に体力差もありますが、体格の差もあるでしょうね」

 

ターボの身長は146㎝でランページの身長は175㎝と約30㎝の差がある。これだけの差があると走り方も大きく変わって来る、ターボは低身長なので脚の回転数を高めて走るピッチ走法を行うがランはその高身長を活かすストライド走法が基本。一般的に走る際には身長の倍程の距離を移動出来ると言われているので、高身長であればそれだけ長い距離を一度に移動出来ると言われている。

 

「加えてランページさんは途中でペースを落としていました、それでラストの直線で出す体力の温存も行っていたんです」

「は~……そんな事まで」

「イクノさんには通じていませんでしたが、他の方の場合はそこを狙って急加速しようとする筈ですから逆に体力を削る事が出来ます。大逃げで距離を稼いでおけば詰められる距離も少なく出来るという作戦も組み込まれていますね」

「そこまでやってるんだ……」

 

素直にネイチャはランページの走りの戦略に驚いてしまった。単純な大逃げという訳ではなく、溜め逃げを考慮しての大逃げで相手のスタミナをより削る事も織り込み済み。それでいながらもペースの変更も得意なので、共に走るウマ娘としてはかなりやりにくそうと強く思った。

 

「それにタマモクロスさん達ともよく走っているそうですので」

「えっタマモクロス先輩と!?」

「ええ、それで徐々に追い込みの走りも覚え始めています」

 

タマモクロスともよく走り込んでいるランページ、元々走る約束をしていたので走っているというのもあるが、格上相手にどんどん勝負を挑んで経験を積もうとしている。そんな意欲的な後輩に頼られているタマモクロスは気を良くして相手をしてくれている。が、最近は何故かスーパークリークも参加し始めており、ランページは良く絡まれているらしい。

 

「良いな~!!ターボも、ターボも走りたい!!」

「んじゃ今度聞いといてやるから……取り敢えず休ませろ」

「分かった、んじゃターボの走り見ててね!!」

 

そう言いながらもイクノと共に引っ込みながらも、今度はターボの走りを見る事にした。そして準備をするターボの姿を見ている二人に南坂はある事を振った。

 

「お二人は来年デビューですが、路線は決めていますか?」

「あ~……如何したもんかねぇ」

 

このまま順調に行くならば来年にデビューする事は確実、ならばその先のクラシック期は何方の路線に進むかという話になる。王道路線とも呼ばれるクラシック三冠路線か、トリプルティアラ路線か、距離適性的には二人にはこの選択肢のどちらも与えられる事が出来る。

 

「イクノは希望とかあんの?」

「何方も捨てがたいですね、ランページさんは何方か決めていますか?」

「あ~……」

 

正直な事を言うとライアンと共にクラシック三冠路線を目指すのも悪くはないと思っている、だが以前同室のラモーヌにチームとトレーナーを決めたという話をしたのだが……

 

『あら、それは素晴らしいですね。それではクラシックでティアラに進むのでしたら是非声を掛けてくださいね、お手伝いしますから♪』

『気が早いような気もするんですけどねぇ……』

『善は急げ、思い立ったが吉日ですよ♪』

 

と暗にティアラ路線に行こうよ、みたいな圧力を受けてしまっているのである。それにラモーヌの事を踏まえるとティアラ路線の方がいいのではないか、と思ったりもしている。

 

「どっちかというと、ティアラかな。ラストの菊花賞の3000はキツい気がするしな」

「その辺りは今から見据えて距離適性向上のスケジュールを組む事は出来ますよ」

 

南坂は心配しなくてもその気があるならサポートするから安心してくれ、と言いたいのだろう。何せまだ2年後の話だ、今からならば十二分に準備を行う事は出来る。何方にしろトレーナーとしてはウマ娘の意志を遵守する、と言って来る。

 

「ありがとよ南ちゃん、だけど折角時間があるんだからもうちょい考えるわ」

「それもありですね」

「ターボは如何しようかな~、ターボならどっちがいい?」

「何言ってんの、イクノとランですら2年後なのにアタシらは3年後になるんだから気が早すぎるっての」

「しかし今から気持ちを向けていくのは悪くありません。未来を見据えるのはとてもいい事です」

 

そんなやり取りをしながらもカノープスは何処かほのぼのとしつつも内容のある会話をし続けていく、そんな中で空を見上げながらも如何するかを考えるランページ。自分は如何するべきなのか、それを思考しながらも思わず、懐にあるシガーに手を伸ばすのであった。



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15話

「よぉっお前だろ、あいつが噂にしてやがったウマ娘ってのは」

「そのあいつが誰の事を指してるのかも噂も知らねぇよ、抽象的な言葉じゃ確証は得られねぇよ」

「ハッその生意気な口調、間違いなくお前だな」

 

屋上でシガーを吸っていると一人のウマ娘が自分を見下ろしてきた、自分が寝そべりながらというのもあるが、明らかに自分よりも優位に立っているという精神性が出ているかのような不敵な表情に自信を携えている。そんな自信に溢れたウマ娘を自分は知っている。

 

「んで何の用ですかね、シリウス先輩さん」

「気持ち悪い敬語なんか使うな、使う気なんざぁねぇ癖によ」

 

シリウスシンボリ。第52回日本ダービーを制し、海外へ約2年の遠征を行った日本馬による長期海外遠征の先駆けとなった名馬だという事は知っているが、それ以上の事はそこまで知らないランページ、寧ろウマ娘としての彼女の方を良く知っているとも言える。

 

「皇帝様が如何もお前の事を気にしてたみてぇでな、見に来てやったって訳だ」

「リギルの勧誘してまた誘ってくれって言われたのに次の勧誘も儘ならないままに他のチームに入った事を恨んでるだけっしょ」

「そりゃあるだろうなぁ、あいつは昔っから負けん気がつえぇ上に決めた事は意地でも貫こうとしやがる諦めの悪さがありやがる」

 

ケラケラと笑いながらも皇帝を馬鹿にするシリウス。永遠の皇帝であるルドルフをこうまで言えるのはシリウスぐらいだろう。

 

「まあ、俺にとっちゃ皇帝なんて如何でもいいけどな」

「ほう?」

「皇帝を否定する気はないが、俺は俺なんでね。如何言われようが俺の道を貫き通すだけよ、そういう点に限っちゃ同じと言えるけどな」

「そう言いながらも目指す事は恩返したぁ殊勝な心掛けだな」

「そりゃそうだろ、一度失った物を手に入れられたんだ」

 

それを聞いてシリウスは不敵な笑みを仕舞い込んで真面目な表情を作りながらもランページを見つめた、そこにあるのは鋭くも凛々しい男も女も落とすような魅惑的な表情。それを受けながらもランページが煙を吐くとシリウスは言った。

 

「なんだ、思った以上にこっち側じゃねえかお前」

「元々寒門の出なもんでね」

「ハッ天下のシンボリ家のウマ娘に言うじゃねえか」

「何言ってんだ、アンタはアンタだろシリウス」

「分かってんなぁ……益々気に入ったぜ」

 

遠回しにシリウスはシンボリらしくない、と言っているのにそれを笑いながら受け入れている。シリウスは寧ろそう言う姿勢は好ましく思っている。

 

「一つだけ言っといてやるぜ、皇帝様はお前の事を調べ始めてるぞ」

「―――まあそうするだろうよ……恩返しと報復が目的なんて聞いたら気になるだろうからな」

「忠告はしといてやった、後は適当にやれよ」

「あいよ、あんがと先輩さん」

「キモいからシリウスでいい」

 

そう言いながらも去っていくシリウスを見送りながらもランページは改めてシガーを吹かす。まあ調べられる事は調べられるとは思っていた、唯の一般家庭出身のウマ娘がメジロ家と親密な関係にあり屋敷にも出入りしていたなんて分かれば確実に調べられる。シンボリ家の力があれば確実に自分のあれこれはバレる、そしてルドルフならば確実に突っ込んでくると思われる。

 

「全てのウマ娘が幸福になれる世界、だったか……なら、俺はそっちには行けないな」

 

何故ならば、既にランページはそのレールから外れている。自分はヒトソウルも混ざっている故にウマ娘という定義には微妙に当てはまらない、それに自殺をやってしまっているので幸福とは既にかけ離れている……だからどちらかと言えば自分はシリウス派になる。

 

「俺が目指すのは報復だからな」

 

 

「アタシ?アタシはクラシックに行こうと思ってるよ」

 

素直に話を聞く為にトレーニングルームへと向かった、そこで筋トレを行っているライアンの隣で器具を使いながらも話を聞いてみる事にした。

 

「やっぱりダービーっていう舞台に憧れてるんだよね」

「成程な……そりゃ確かに、日本一のウマ娘を決める祭典みたいなもんだからなっ……!!」

 

納得しながらもベンチプレスを行うランページ。其処に夢を重ねて目標とするウマ娘は数多い、それにトレセンにはそれらを勝ちながらも最高の栄誉とも言われるクラシック三冠を達成しているウマ娘が二人もいるのだから其方に向かうのも理解できる話だ。

 

「ランは如何するの?」

「さぁてね……!!ラモーヌちゃん先輩にはティアラ路線誘われてるし、お前はクラシック路線だし迷いまくリングだぜな……っシャァオラ更新だ!!」

 

バーベルを戻しながらも水分補給をする、次はもっと重りを追加してやるか……と思いながらも先程のシリウスの事もあるからか海外への挑戦も悪くはないと思っている。其方もとても容易ではないだろうが挑戦する価値はある、報復には良い路線だが……細やかな物を望んでいる自分からすれば超越し過ぎているかもしれない。

 

「……お婆様も言ってたけどさ、それならこっちで弁護士とか立てれば多分あっという間に終わると思うよ?」

「俺も言われたよ、伊達にずっとバイトしながら家計簿と日記付けてた訳じゃねえからな」

 

叔父と叔母が居なくなってからの数年間、ランページは毎日を必死に生きていた。親もいない、その親の遺産も持ち逃げされるという最悪すぎる状況で歯を食いしばるようにしながら……そしてその軌跡は確りと残されている。故にそれを使えば確実にその叔父と叔母を追い込める事は出来るし、その為に顧問弁護士に話を通すとも言われた。だが―――ランページはそれをしなかった。

 

「俺がしたいのはそういう事じゃ、ねぇんだよなぁ……悔しがらせてやりたいのさ」

「悔し、がらせる?」

「そっ……なんて安直な事をしたんだ、何で過去の自分達はそんな事を、何で何で……って後悔させてやりたい」

 

人生を終わらせてやるのは簡単だ、だがそれでは足りない。自分の中にあるランページを死に追いやった事をその程度の事で許してやるほど、ヒトソウルは優しくはないのだ。

 

「あの時、自分達が傍にいてちゃんとした親をやっていれば……って思わせてやりたいんだよ。それで近づいて来たら、徹底的に否定して、遺産の返還を希望する。残って泣こうがそんな事は関係ない、父さんと母さんの物を返して貰うんだよ……仮令何年かかってもな……!!」

 

ランページが望むのは贖罪、それも苦しみを伴う贖罪だ。破滅なんて物は如何でもいい、それをさせたらそこで終わり、永遠に後悔を相手に植え付けてやりたいと思っている。

 

「エッグいなぁランって……」

「こっちは自殺まで行ったんだ、この位は良いだろう?」

「うんそうだねアタシが間違ってた」

「だろ」

 

悪意が強いと言われるかもしれないが、そんな事知った事ではない。それは今の自分の意志なのだ、自分は本当のランページではないが今は自分がランページなのだ。故に自分らしく生きさせて貰う事にする。

 

「……自分らしく、か……フフッそれじゃあランは如何するの?」

「そうだな……よしライアン、折角だからクラシックとティアラの同時制覇を目指さないか?」

「ど、同時制覇!?」

「応よ。俺がトリプルティアラでライアンがクラシック三冠、俺だってお婆様公認のメジロ家のウマ娘だ。そんな俺とお前でダブル三冠、メジロ家にとってはこれ以上ない栄誉だと思わないか?」

 

そう言われてライアンは思わず呆気に取られてしまった。確かにクラシックを目指そうと思っていたが、三冠まではイメージは出来ていなかった。其処まで行けるのか、自分に出来るのかという不安も生まれ始めたが……それ以上にワクワクとドキドキが溢れて来た。親友と共に世代の頂点を掴む、なんて最高の栄誉だろうか。 

 

「良い、絶対良いよそれ!!!」

「おっしゃ、それじゃあ俺はティアラ路線だな、そっちもクラシックで負けんなよ?」

「勿論!!あ~凄い楽しみになって来ちゃった!!早くデビュー出来ないかな~!!」

「んじゃ、それを走りでぶつけるかい?」

「良いねそれ!!いこいこ!!」

 

飛び跳ねながらも手を取って歩き出して行く親友、その姿にランページは何処か心が安らいだ。そして同時に思う、この笑顔を曇らせてはいけない、その為にも自分も頑張ろうと。



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16話

トリプルティアラを目指すと決めたその日から、明確にランページは変わりだしていた。

 

「ね、ねえランページさんなんか、こう……変わった?」

「うんなんかこう……一段と大きくなったっていうか……」

 

日常の生活から、カノープス内のメニューにおいて全てが変革していた。それは周囲ですら分かる程に顕著な物だった、表情にも力が溢れており授業にもかなり真剣に向き合っている。力強くもエネルギッシュになりつつあるランページの変貌に皆が驚くが、それは同時にライアンにも訪れていた。

 

「でも、ライアンさんもなんか凄くない?」

「うん、この前の模擬レースでブッチギリの1着だったもんね」

 

この二人の共通点、それは明確な目標の設定が行えた事だった。その目標は極めて高く、難しいとしか言いようがないような無謀な物とも言える。まるで子供が幼い頃に約束するような壮大過ぎるものだが二人はそれを本気で実現する為の努力を行っているのである。

 

「フゥゥゥッ~……ったく今度の休みには主治医の所行かねぇとダメだな、シガーの量が増えていけねぇ」

 

心もとなくなって来ているハーブシガー、トレセン学園に入ってから吸う量が増えてきている。ウマ娘として走れば走る程に自分の心は揺れていく、それも徐々に収まって来てやがてはハーブシガー無しでも大丈夫だとは言われたが、増えていく今を思うと中々信じられない。今は増える波で、何れ減る波が来るというのだろうか……そういう事にしておきながらもシガーを吸おうとしていると隣に一人の男がやってきた。

 

「よっお隣失礼するぜ」

「生憎俺は売却済みだぜ、お好きなレビューなら愛バの脚でもするんだな」

 

屋上へとやって来たのは沖野だった。それに向ける視線は変わらずに侮蔑まではいかないが、やや怪訝そうなものである。それに肩を竦めながらも飴を口へと含む。

 

「それならもう飽きる程やってる、偶には新しい刺激が欲しいんだよ。特に将来有望なルーキーをな」

「だったらスピカに勧誘する奴を探せよ、シービーのトレーナーともなれば幾らでも原石は見つかるだろ」

「い~や、そうでもないんだよなこれが」

「だろうな、その変態加減だと」

 

リギルに比べるとどうしてもスピカの人気は落ちる。ミスターシービーという三冠ウマ娘が所属していたという事ならば人気になる要素しかない筈だが……それはシービーとスピカの沖野という組み合わせの相性が極めて良質だったことに起因する。ウマ娘の自主性に重きを置き放任主義がメインのスピカは、肌に合うウマ娘が少ないらしい、加えてトレーナーの沖野が沖野なので難しい事もある。

 

「だからお前さんを勧誘したんだけどな」

「ハッ生憎俺の身体はもうカノープスのもんだ、安売りする予定はないんでね」

「―――トリプルティアラを目指すらしいな」

「まあね。三つの冠がどの位の値打ちがあるのか試してみたくなってね」

 

自分の愛バとは趣は違うが、それはそれでウマ娘にとっての最高峰の栄誉の一つ。それを目指すと言われたら気にもなる。

 

「同室の影響も大きいのか?」

「まあちゃん先輩がティアラを目指しましょうよ、って言ってきたのも大きいわな。あんな良い女からのお誘いだからな、あの色気はウマ娘だろうが惑わせちまう」

「それは同意するわ、ほんとラモーヌって学生なのか?って思う時あるもんな」

 

そんな如何でもいい話をしながらも、唐突に沖野は真面目な顔をしながらも言い始めた。

 

「ハッキリ言っとくぞ、お前らがデビューする世代は半端なもんじゃないぜ。ライアンだけじゃなくて他にも有力なウマ娘達が出て来る世代になる」

「へぇアンタにスカウトマンの素質があったなんて知らなかったな」

「聞かせてやるから少しは俺に尊敬を向けろって」

 

そう言いながら沖野が語り出したウマ娘の名前は自分ですら知っている名前ばかりだ。メジロ御三家・メジロ三銃士とも形容されるマックイーン、ライアン、パーマーの三人、アイネスフウジンにアグネスフローラ、ダイタクヘリオスにダイイチルビーなどなど……史実でも名馬として名を連ねた強豪達が列挙されていく。そして当然同じカノープスのイクノもライバルとしてデビューする。

 

「正しく大豊作ってトレーナーからは言われてる、このウマ娘達を乗り越えてトリプルティアラを掴むなんざぁ楽な道筋じゃねぇぞ」

「アンタ馬鹿ぁ?」

 

親切心で大変な道のりになるぞ、という事を教えたつもりなのに純粋な罵倒が飛んできて思わずズッコケそうになった。

 

「ルドルフが歩んだ道がストレートだったとでも?ラモーヌの戴冠式がそんなお気楽に見えたかい?誰かと覇を争ってこそのレースだぜ、対戦相手が居なくて戴冠しましたじゃ意味ねぇんだよ」

 

強い相手なんていて当然、だからこそやる価値があるんだと返す。そしてシガーを灰皿に落としながら言う。

 

「こう見えてもバストとヒップにも自信があるんでね、度胸は人並み以上にあるんだよ」

 

そう言いながらウィンクをしながら去っていく。そんな姿を見送ると沖野は思わず笑ってしまった。これは手強いというべきなのは彼女を相手取るウマ娘だ、これは……新しくスピカに入ったウマ娘も相当に苦労する事は目に見えている。

 

「さてと……俺も頑張ってメニュー組むか―――何せ相手があのライアンだからな」

 

スピカに先日、新しいメンバーが入った。そのウマ娘の名前は……メジロマックイーン。

 

 

「よっライアン待たせたかい」

「ううん全然」

 

食堂へと向かったランページを待っていたのはライアンだった、そして同席している一人のウマ娘に紹介するように手で彼女を示した。

 

「紹介するねラン、マックイーンだよ。同じメジロ家なんだけどタイミングが合わなくて中々会わせられなかったんだ」

「初めまして、お婆様からお話は伺っております。メジロマックイーンと申しますわ」

「これはこれはご丁寧に、メジロ家でお世話になってるランページ、好きに呼んでくれ」

 

そこに居たのはつい先ほど話題に出たメジロマックイーンだった。史上最強のステイヤーともメジロ家の最高傑作とも評された名馬、その強さは天皇賞(春)を連覇するという偉業からもよく分かる。

 

「ライアンからお話はよく伺っておりましたのよ、というよりもライアンとお茶をする時は大抵貴方のお話ばかりでしたの」

「あらやだ、ライアンってばそんなに俺の事を話しちゃってたの?」

「えへへっ……」

 

恥ずかしそうにしつつも、何処か胸を張っているライアンに僅かに呆れる。まあ彼女にとって自分はそれ程までに誇れる友人だと思ってくれているのは嬉しい限りである。

 

「それにしても驚きましたわ、ライアンからクラシック三冠を目指すと言われた時には」

「アハハハッ……でもまあ今その為に頑張ってるから!!」

 

キラン、という擬音と共に歯を光らせながら笑うライアン。スポーティな彼女に異様にマッチしている構図に僅かに笑いが込み上げて来るランページ。

 

「そしてランページさんはトリプルティアラを……ラモーヌさんから勧められましたの?実は私も誘われた事がありますの」

「あれま、あの人結構見境なし?」

「いえ、其方に進むのであればお手伝いしたいだけだと思いますが……」

 

と言ってもマックイーンは適性距離を考慮してティアラ路線に進むつもりはなく、寧ろクラシック路線からメジロ家の悲願である天皇賞連覇を目指す腹積もりでいる。つまり、この場においてマックイーンはライアンにとって大きなライバルという事になる。以前までのライアンならばマックイーンとの対戦にやや及び腰になっていたかもしれないが……

 

「負けないからねマックイーン、アタシはランと一緒にダブル三冠を取るんだから」

「私だって簡単に負けるつもりはありませんわ、寧ろ貴方の目標を阻む壁となって差し上げますわ」

 

ライアンは強気にマックイーンに対して宣戦を布告した。そしてマックイーンもそれを受け入れ、メジロ家同士のライバル関係が成立するのであった。

 

「んでさイクノの奴、ノリも良い上に面倒見がいいからかターボといつも一緒に居るんだよな」

「イクノさんらしいですわね。私と同室ですが私もお世話になったりしてますの」

「カノープスも楽しそうでいいね~」




そろそろ高等部編に入ろうと思っていたり。


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ジュニアクラス編
17話


時は進み、季節は再び一巡する。季節は春、トレセン学園に編入してから初めての春に流石のランページも気分が高揚し始めている。何より、今年は―――いよいよ自分達のデビューを控える年なのだ。楽しみにならない訳はなく気分上々、練習にも気合がはいるというもの。

 

「うおおおおっターボ全開ぃぃぃぃぃ!!!」

「それが続けばいいがな!!」

「続きます!!」

「アタシだって負けないよ~!!」

 

カノープスでの全体練習、先頭に立つのはやはりと言わんばかりのツインターボ。それに続くは大逃げの態勢を維持しながらも時を待つランページ、それにペースを合わせるようにしながらも疾走するイクノディクタス、そして自分のペースを守りながらも決して離され過ぎないようにしているナイスネイチャとカノープスの全員の実力は順調に付き続けている。

 

「今日こそターボが貰ったぁ!!」

「残念無念、また来てねんってなぁ!!」

 

破滅逃げのターボに直線で追い付くとそのまま抜きにかかるランページ。それに驚きつつも必死に脚を動かして逃げようとするターボだが、まだ脚を残していたランページによってあっさりと抜かれる。そしてそれに続くかのようにイクノも残していたものを全開に使って抜きに掛かる。

 

「負けるもんかぁぁぁ!!」

「うおおおおおっ!!負けるかぁ!!」

 

背後からもネイチャが迫る、だがターボも耐える。既にスタミナは尽き始めているのにも拘らず根性で粘り続けている、失速もしないままそのまま駆け抜けていく。そして―――全員がゴールを駆け抜けていく。ブレーキングをしながらもトップのウマ娘が片足で回転しながらも天に向けて指差しながらもポーズを取る。

 

「YES!! I am a №1!!」

「ゼェゼェゼェでも、何とか今日は2着キープしたぞぉ……!!」

「ハァハァハァ……お、お馴染み3着ぅ……てね」

「同着、でしたね……」

 

結果はランページが1着、そして2着ターボ、3着にはネイチャとイクノが同時にゴールしたと言った所だった。

 

「お疲れ様です皆さん、以前よりもずっと早くなりましたね。ターボさんは以前よりもスタミナも付きましたし逃げ切れるようになってますし」

「そ、そりゃ、ランといつも一緒に走ってるからね……!!」

「いやぁ俺としては恐ろしいさね、まあそれはイクノも同じなんだがな」

「負けては、いられませんから……」

 

肩で息をしながらもイクノは力強い瞳を作り続けている。実際にランページとしての天敵はイクノとターボであると南坂は分析している。ランページの微細なペース変更による煽りはイクノの正確な分析には通じないしターボはターボで最初から最後まで全力で走るという事で自己完結しているのでペース変更による揺さぶりが効かないのである。故にランページは二人と走り続けており、自分の基礎を鍛え続けている。

 

「そう言えばよトレーナー、今年はカノープスに新メンバーとか入るのかね」

「一応お声掛けはしているんですが、やはりというか予想通りというかリギルやスピカに行ってしまっていますね」

「ま~あっちにはルドルフ会長やらシービー先輩がいるもんね~そりゃしょうがないよ、同級生のテイオーもチーム決めたっていうしアタシらの世代も結構動いてる感じするよね」

「えっターボ知らないよ!?」

「アンタはもうちょっとアンテナ広げなって」

 

アンテナを広げろと言われて、ウマ娘のアンテナ?と言われて首を傾げつつもイクノに意味を尋ねるターボ、聞かれて丁寧に教えるイクノと呆れるネイチャと微笑ましく見つめるランページ。これがカノープスの定番の光景になりつつある。

 

「……これなら大丈夫そうですね、すいませんランページさんとイクノさん。お話があります」

「何よ南ちゃん、デートのお誘いかい?」

「残念ですが違いますね」

 

流石に南ちゃん呼びも慣れたのか、苦笑しながらも軽く受け流す。それにお堅いね~とちょっかいを掛けつつも一体何の話なのかと興味津々なランページ。

 

「お二人の様子ですと、問題ないと思いますのでデビューの日程の仮予定を組んでおきました」

 

それを聞いて二人は思わず顔を見合わせながらも思わず瞳を輝かせてしまった。そしてそれは隣で聞いていたターボやネイチャも同様だった。

 

「おっ~!!二人のデビュー戦!?いついつ!?絶対、絶対応援しに行く!!」

「チームメイトなんだからそれは当たり前でしょ、でも何時なの?」

「はい、ランページさんは6月でイクノさんは7月を仮予定として組んでいますがどうしますか?」

「俺は異論ねぇぜ」

「私としても問題ありません」

 

基本的に新馬戦、ウマ娘で言う所のメイクデビューは6月頃に始まり、翌年の2月頃まで行われる。其処で勝てばいよいよ本格的な中央デビューと言える。

 

「という事は大体二か月後か……今から楽しみになって来やがったなイクノ」

「はい、気分が高揚しますね。もう一本行きましょうか」

「応よ」

「あっターボもやる!!」

「ターボさんは休憩ですよ」

「ブ~!!」

「はいはいブーたれない」

 

走らせてあげたい気持ちもあるのだが、流石に破滅逃げをするようなターボはもう少し時間をおいて休ませてやる必要がある。と言っても以前よりもずっとスタミナも付いて来ているしスピードも更に磨きを掛けている。今のターボでもきっとメイクデビュー戦に出しても勝利は確実に持って帰れるだろうという気持ちはある。

 

「お二人は如何します?クラシックかティアラか」

「う~ん……分かんない!!だからランとイクノが走ってる所を見て決めようと思ってる!!」

「アタシも同じかなぁ~でもクラシックを考えてる感じ」

「分かりました」

 

そんな事を言いながらも走り出したランとイクノ。この二人がいよいよデビューを行う、そしてそれは新しい世代がトゥインクルシリーズへと殴り込みをかける事を意味する。大豊作とも言われるこの世代、今年からはあのオグリキャップもシニアクラスに入る。タマモクロスとオグリキャップの戦いが世間では注目されているが、南坂はそれ以上にこの二人が何処まで行けるのかが気になっていた。

 

「此処で、勝負です!!」

「負けるかよぉ!!」

 

気持ちよさそうに、楽しそうに駆け抜けている二人に南坂は武者震いをしてしまった。無事是名バを目指していると言ってもどんな成績を残してくれるのかを思ってもきっと良いのだろう。きっと彼女たちはタマモクロスやオグリキャップたちにも負けない名ウマ娘になる事は間違いないのだから。

 

「お~い南ちゃ~ん今のどっちが勝ったぁ~?」

「私だと思いますが」

「いやいやいや俺でしょ」




ターボエンジン性能向上中。



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18話

「ったく……如何過ごせってんだよ」

 

休日、その日も練習に当てようと思っていたランページだがその姿は喫茶店の外の席にあった。テーブルには珈琲が置かれているが、それにはあまり手を付けずに溜息ばかりを吐いていた。その理由はカノープスの南坂トレーナーにあった。

 

「れ、練習禁止ぃ!?」

「はい、この所ランページさんは少々オーバーワーク気味ですのでこの辺りで一旦打ち止めにして身体を休めてください。休む事だってウマ娘にとっては重要な事ですよ」

「いやそれは分かってるけどよぉ……ハァ分かったよ……」

 

そんな経緯があって、強制的に休日を満喫させられる事になってしまったランページ。ハッキリ言ってどんな風に過ごすべきか全くわからなかった、メジロ家の邸宅で過ごしていた時も困っていたが、今は特に困る。あの時はライアンと一緒にトレーニングや主治医の所に健康診断などを受けていたが……今はそれを切れないのでカフェに入ってみたのだが……想像以上に肌に合わない。

 

「ハァッ……お婆様にもバイトは禁止にされちまったしどうすりゃいいんだ……」

 

実は休日などはバイトしてメジロ家に感謝の気持ちを示そうと思ったのだが……先手を打たれたかのように高等部になってから早々にバイトをする事は禁止にされてしまった。せめて自分が使う分は自分で稼ごうと思ったら……今度はクレジットカードを渡されてしまった。

 

「しかもブラックカードって……持った事ねぇぞこんなの……」

 

流石は天下のメジロ家である、渡されたのはブラックカード。しかもお婆様から

 

『好きに使ってくれていいですからね。貴方も私の孫なのですから』

 

という有難いお言葉が授けられてしまっている。取り敢えず試しにカフェで使ってみたのだが……問題なく使えてしまってもう何も言えなくなってきた。

 

「何に使えばいいんだよこんなの……ゲームとか……使えるかよ……」

 

一瞬思い付いた使い先だが、流石に使えないと頭を抱える。休日だからと言って一人で出たのが失敗だったか、せめてライアンでも誘えばよかっただろうか……自暴自棄になって外に出たのが失敗だった。

 

「あれ、ラン?」

「……ライアン?」

 

頭を抱えていると声を掛けられた、顔を上げてみるとそこに居たのは青空色をしたスポーティな格好をしたライアンがいた。そしてもう一人、友達と思われるウマ娘が一緒に居た。

 

「吃驚したよ、ランがカフェで頭抱えてるんだもん」

「悪いな、南ちゃんにトレーニング禁止にされちまってよ。お婆様に貰った物使おうと思ってもこの位しか出来なくて」

「あ~成程ね、あっそうだ紹介しなきゃね。今年からアタシの同室になったんだよ」

「こんにちわ!あたしはアイネスフウジン、宜しくなの!!」

「此方こそ、話には聞いてると思うけどランページだ」

 

そして隣にいたウマ娘が元気よく挨拶をして来た。彼女の名前はアイネスフウジン、20万近くの大観衆が詰め掛けた第57回東京優駿においてメジロライアンとハクタイセイと鎬を削り、その勝利を手にしたダービー馬。レースレコードでの逃げ切り勝利を決め、勝利騎手中野栄治へのナカノコールの一際有名なエピソードとなっている。

 

「今日は折角同室になってから予定があったから遊びに来てるんだ」

「へぇっ~んじゃ邪魔になったか」

「ううん、全然そんな事ないの。寧ろ、ライアンが何時も話してるランページちゃんと会えて嬉しいの!」

「ちょ、ちょっとアイネス!!」

 

顔を赤くしながらもアイネスを止めようとするライアン、また自分の事を話していたのか。一体何を話していたのか……と思いつつも漸く珈琲を口にした。久しぶりに飲むコーヒーだが、やはり口に合う。紅茶も好きだが珈琲も捨てがたい。そう思っていると何やら二人の視線が気になった。

 

「何ぞ二人、そんなに凝視して」

「いやさ……ランページちゃんって凄い男っぽい服着てるなぁって思って。凄い似合っててカッコいいの」

「ホントにそれ着こなしてるんだね……吃驚した」

 

如何して二人が吃驚しているのかと言えば、ランページが今着ているのはスーツだからである。流石に上は羽織っていないが、それでもグレーのシャツと合わせられたそれを確りと着こなしている。長身のせいか、キャリアウーマンにしか見えないのが素直な感想。

 

「まともな服がこれぐらいしかなかったもんでな。他のは如何にもヒラヒラし過ぎてて俺には合わない」

 

本格化に合わせてメジロ家から新しく服は貰えているのだが……どれも女性的過ぎて、男のヒトソウルが入っている自分としては着にくい。なのでまともな物で着慣れているスーツを着てきた。今までは袖などをまくって無理矢理サイズを合わせていたが成長した今ならサイズはぴったりだった。

 

「でも女の子っぽい服も似合うと思うの!」

「そうかい、でもスカートとかは性分じゃねぇし」

「あっそうだ!!ねえアイネス、ランの服を選んであげるっていうのは如何かな!?」

「それとってもいいアイデアなの!!」

「おいおい俺を着せ替え人形にする気かいお嬢さん方」

 

苦笑しつつも自分に合う服を見つけてあげようとしている気遣いが見えて素直に嬉しくなって、それを隠すように苦笑したつもりだったが……二人は笑みを強めた。

 

「良いから良いから!ランページちゃんスタイルいいから色んな服が似合う筈なの!!」

「うんうんうん!!アタシもそれ思ってた、もっと女の子っぽい奴も着てみよ!ねっ!!」

「ったく……はいはい、幾らでもお付き合い致しますよお嬢様方」

 

珈琲を飲み干してから立ち上がると、直ぐに二人に手を取られるがままに引っ張られていくのであった。だが、不思議と自分も二人の笑みに惹かれるように笑顔を作っていたのであった。




イメージ的にはポケモンのチリちゃんが着てた感じ。

チリちゃん良いですよね……後、初見でこの人女性かって分かったら他の人になんで彼女って言われる前にわかるの!?って凄い驚かれました。いや、分かるでしょ。普通に女性だよ。

そして、グルーシャも普通に男性かって言ったらドン引きされた。何でや!!


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19話

「おっ今日はちゃんと食っとるなぁ~?」

「あれだけ言われましたからね」

「それだけの身体ですもんね、確り食べないと」

「ああ、私みたいにな」

「お前は食べ過ぎや」

 

食事をしていると、そこへタマ、オグリ、クリークの三人が声を掛けながらも席に着いて来た。あれ以降、ちょくちょく食事を一緒にするようになっていた。

 

「はい、私のおすすめですよ」

「ああどうも」

「私はこのサラダを」

「ああいやもう十分食ってるんですけど……」

「何言うとんねん、デビュー近いんやからもっと食って力を付けるんや」

 

そう言いながらも自分のアジフライを一つ置くタマ、彼女らのお陰でランページの少食はかなり改善されている。それでも三人はもっと食え食えと自分達のおすすめを渡してきてくれる、恐らく可愛がってくれているつもりなのだろう。

 

「それでデビュー戦は何時なんだ?」

「6月を予定してますね」

「6月か~……よっしゃ、日にちによっては応援に行ったるわ」

「でも、6月には宝塚記念が」

「そんなん気にせんでええって」

 

味噌汁を啜りながらもタマモは決定と言う。G1レースの宝塚記念に既に出走が決まっているのに其方を優先せずに自分の応援に来てくれるというのだろうか、それはそれで嬉しい気もするが、それなら普通に自分の調整に当ててくれた方がいいと思うのだが……

 

「気にしないで良いですよ、休養日がその日に当たる様に此方で調整できますから~」

「クリークさん、いえでもなんか悪いんですけど」

「気にしなくていい。私達がそうしたいからそうするんだけだ」

「せや、だから自分は気にしないで集中してればええねん」

 

これ以上は意見は聞かないと言わんばかりのタマにランページも諦めたように言葉を引っ込めた。

 

「まあ先輩方が良いならこれ以上言いませんけどね、と言うか言った所で聞かないんでしょ」

「ハッよく分かっとるやないか」

「ウフフフッ物分かりが良いですね♪」

「だから、何で頭撫でるんすかね……」

 

事あるごとに頭をクリークに撫でられるランページ。クリークも理由は分からないらしいが、どうにもこうしてあげたいという何かに駆られてそうしているらしい。悪い気分はしないが、どうにも子ども扱いされている気がして落ち着かない。

 

「そう言えばランページ、自分なんかスーツ姿で出掛けたらしいな」

「なんで知ってるんすか」

「話題になっとったで、トレセン学園で見た事も無い大人のトレーナーが居るって」

「うっわ……」

 

如何やら新入生が自分がスーツ姿で外出した自分を見た時に、同じ学生とは思わずにトレーナーだと思われたらしい。それで現在新入生を中心に中等部ではその話題で持ちきりになっているらしい。それを聞いて思わず頭を抱えてしまった、女物の服を嫌ってスーツを着た結果がこれかと。

 

「ウチらも聞かれたけど、そんなトレーナー居ったか?って首傾げてしもうたわ」

「ああ、六平にも聞いたけどそんなトレーナーいないぞって言われた」

「私も同じでした、そしたらアイネスちゃんがそれってもしかしてって」

「なんてこった……」

 

第一候補として、上げられたのがリギルの東条トレーナーだったのだがその日は理事長と共に行動していたのでそれは無いと言われた結果、色々と尾ひれがついてしまった。

 

「なんでスーツなんかで出掛けてんねん…と言うか、何でスーツ持っとんねん」

「……ちゃんと着れる身長になったんで、着たかったんですよ」

「プレゼントされた、とかなのか?」

「いえ、勝手に着ただけです―――父さんのスーツなんですよあれ」

 

そう、ランページが来たスーツは父親の物。彼女の下に残された数少ない両親との繋がりの一つ、大半は叔父と叔母が持って行ってしまったが僅かに残ったものも存在はしている。その一つが父のスーツだった、ヒトソウルには会社勤めだった記憶もあったのでスーツを着る事に抵抗はない、というか寧ろ落ち着きすら感じていた。それは父と共に居るという事を感じているのもあった。

 

「まあお父様の、それじゃあきっとお喜びになってますね♪」

「普通娘は父親の服を嫌がる物やからな、着るなんて嬉しく思うかもしれんな」

「確かにな」

「ええ、多分喜んでますよ」

 

そんな時、時計を見て思った以上に時間が経ってしまった事に気付いたのかランページは食器を持って席を立った。三人に頭を下げて去っていくを見送りながらも今度のレースは負けないと闘志を燃やすタマモに対して望む所と返すオグリ、それを見ながらも笑みを零すクリーク。が、そんな時に思わずタマが声を上げた。

 

「んっ?ちょっと待てや」

「如何したんだタマ、ランに何か用事か?」

「そうやない、なんか可笑しくなかったかさっきの話」

「何がですか?」

「そもそも、なんでランは親父さんのスーツを持ってたんや。このトレセン学園にまで、しかも何で着たんや?」

「「言われてみたら……」」

 

確かに可笑しい。仮にこれが送ったのが母親ならまだ分かる話だった、娘が大舞台に立つときの為にスーツを送りましたと言うのならばまだ理解出来るのだが……ランのスーツは父親の物。それを持って来た上に何で着たのか、それが今更ながらに引っかかってしまった。そして同時にタマはランページの少食を思い出した。

 

「(あいつ、前に此処でなんて言うとった?家が裕福じゃなかった、これでもご馳走……しかも、バイトしてたってのも聞いたな。トレセンに入る前からって……それで親父さんのスーツ……)まさか、あいつ……」

「如何したんだタマ?」

「何か思い当たるんですか?」

「……オグリ、クリーク。絶対にあいつの応援行くで、あいつを一人になんかしちゃいけへん」

 

その言葉に一瞬、二人は呆気に取られるが鬼気迫るタマの言葉に即座に頷いた。彼女は冗談でそんな事は言わない、きっと何かを感じ取ったのだと二人も感じた。決して一人にしてはいけない、その言葉の意味を二人は考えながらもトレーナーに日程を調整して貰うように頼むのであった。

 

「おいっす~謎のトレーナーさん」

「おいおいネイチャ勘弁してくれよ」




この世界だとまだタマは現役続行中。


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20話

「今日はよく眠れましたか?」

「応よちゃん先輩、今日ほど寝れた日はそうそうないと思うな。毎日こんだけ安眠出来たらねぇ……」

「フフフッ普通は逆だと思いますよ?」

「あ~異常なんだな俺」

「それは即決すると思いますよ」

 

そう言われながらも確りと眠れたのは事実だった。夜は10時にベッドに入って6時には起きていたので8時間睡眠を取れていた事になる。まさかそこまで眠れるとは思っていなかった、典型的なショートスリーパーな自分としては此処まで眠れる事に驚きを隠せなかった。

 

「私も応援に行けたらよかったのですが……」

「副会長が抜けちまったら皇帝が苦労するだろうからね、まっ俺は気にしてねぇからさ」

 

そう言いながらも荷物を詰め込んだスポーツバッグを背負いながらも扉に手を掛け、最後に振り返りながら言う。

 

「んじゃま、行って来るわ。応援よろ~」

「はい、いってらっしゃいませ」

 

部屋を飛び出して行く、そんな彼女を見送ったラモーヌは自分の荷物を整理しながらも窓から外を見ると元気よく駆け出して行くランページの姿が見えた。

 

「頑張ってくださいね、ランさん」

 

今日は―――彼女のメイクデビュー、即ち初のレースの日だ。

 

 

『さあ続きまして4枠4番、ランページ。おっといきなりダッシュした!?』

 

パドックでの登場、此処で出走するウマ娘達が自らの調子や仕上がり、意気込みを見せる場ではあるのだが―――そこで突然走り出したランページはパドックギリギリで急ブレーキを掛けつつもそのまま片足を軸にして回転、そのまま回り続けながらもジャージの上着に手を掛けながらも停止と同時に天高く、指を差し向けながらもジャージを脱ぎ捨てながらもポーズを決めた。

 

『これは何ともド派手な登場です、彼女の意気込みと自信が現れているかのような素晴らしいポージングです』

『これからの彼女の代名詞になるかもしれませんね』

 

「カッコいいぞ~ラン~!!」

「こらこらターボ、パドックだと静かにしないとダメだってば」

「あっそっか」

「ですが、本当に調子良さそうで安心しました」

「今日に至るまでの1週間の栄養バランスも完璧、今ランページさんのボルテージは最高潮です」

 

東京レース場、此処が自分の舞台となる。パドックでの見せも終えていよいよ本バ場へと向かう事になる。メイクデビューなので当然勝負服ではなく体操服の上にゼッケンをつけた衣装での出場になるがランページはこれ以上なく落ち着き払っていた。

 

「こういう時ばっかりは、俺が有利だろうな」

 

何せ、元々の自分は社会人で社会の荒波に呑まれていた身、ストレスに耐えるという一点においては誰にも負けない自信がある。徹夜上等、残業当然のブラック企業戦士はこの程度では怯まない。

 

「あっやべ、思い出したらなんか辛くなってきた……」

 

ヒトソウルに刻まれている黒々とした記憶に思わずメンタルが一瞬揺れてしまった。今が充実していたからこそ、昔の酷さが際立ってきた。目元を抑えるようにして涙をこらえていると背後から何やら困惑したような声が聞こえて来た。

 

「ラン、ページ?」

「ぇっ」

 

振り返るとそこには気まずそうにしているタマやオグリ、困惑しているクリークの姿があった。が、涙を乱暴に拭って普段の表情に戻るとそれに涙を浮かべたクリークが駆け寄って来た自分を抱きしめた。

 

「大丈夫です、大丈夫ですよ……ランページさんならきっと大丈夫ですから……!!」

「ちょ、ちょっとクリークさんどったのよ突然!?」

「大丈夫大丈夫ですから……貴方には私達が付いてますから……」

 

余りにも突然すぎる抱擁に困惑する、主にクリークのナイスバディの柔らかさに困惑する。が、直後にタマが背中を優しく叩いて来た。

 

「約束通りに、応援に来たで。せやさかい―――安心して走って来ぃや」

「応援は任せてくれ」

 

その背後ではフンスと自信満々にお手製の応援旗と思われる物を広げるオグリの姿があった、そこには筆で『頑張れ、ランページ!!』と書かれていた。まさか此処までの応援の準備をされるというのは予想外過ぎた、だがそれ以上にクリークのこの対応は良く分からない。確かに甘やかしたがりなウマ娘ではある筈だが……

 

「そろそろ時間だ、クリークその辺りにしてやりや」

「っ―――はい、邪魔になる訳には行きませんもんね。頑張ってくださいねランページさん!!」

「―――うっす!!勝って景気良くこれからのシリーズの狼煙にしてきます!!」

 

何だかんだで良い激励を貰ってしまったな、と思いながらもそれに応えるために全力で走り切ってやると思いながら地下バ道を進んでいく。そしてその後姿を見送った三人は応援の為に移動を始める。

 

「タマ……あれは、正解……とみていいんだな」

「ああ。当たって欲しくない時に限って勘は当たるもんやな……」

「ううっ……ランページさん……」

「何時まで泣いとんねん、好い加減にしとき」

 

クリークを軽く小突きながらも、地下バ道から出ると既に本バ場入りをしていたランページはゲート前に立っていた。

 

「笑顔で応援するのが―――ランのおとんとおかんの為でもある筈や」

 

『此処、東京レース場。次は第7レース、メイクデビュー戦、芝1600m。10人のウマ娘が走ります、バ場状態は良の発表となりました。次代のスターとなるウマ娘達の初戦が今幕を開けようとしています。1番人気は1枠1番ホワイトサレナ。2番人気は8枠10番のタイルオメガ。そして3番人気には4枠4番のランページとなっております』

 

間もなく始まるメイクデビュー、既にゲート入りを叩いているランページは自分の世界に入っているかのような気分になっていた。ウマ娘達は狭い場所を苦手とする、走る事に快感を覚えて疾走感を好む彼女らからすれば閉塞感というのは忌避に近い感情を覚える為かゲートなどを嫌う事が多いが元々人であるランページからすれば程良い狭さは寧ろ安心感すら覚える。

 

『さあ、メイクデビュー戦、最初の勝利を手にするのはどのウマ娘か!?今―――スタートしました!!』

 

 

スタート、出遅れ事も無く良いスタートを切れたと実感しつつも走り出す。一瞬、周囲の様子を見るがいかにも緊張してますと言わんばかりのウマ娘も多いが、中には強い瞳を持っている者も居る。だが逃げるウマ娘はいない、皆初めてのレースだ、様子を窺っているのだろう。ならば、行かせて貰おう。

 

「―――暴れ狂うぜぇ、名前の通りになぁ!!」

 

『おっとっ此処で4番ランページが一気に飛び出して行く、ぐんぐんと加速していく!!最初から全力全開かランページ!!まだ開始から10秒と立っていないぞランページ!!既に後方のウマ娘とは5バ身を付けているぞ!?』

『メイクデビューで此処までの大逃げを打ったウマ娘は過去にどれだけいたでしょうか、彼女は全く緊張を感じていないかのように自分だけのレースを作っていますね』

『これは最早大逃げではない!!大逃げを超えた何かだ!!初めてのレースで掛かっているのかランページ、既に7バ身はあるぞランページ!!これは最早破滅逃げェ!!』

 

実況が思わずそんな声を上げてしまう程に駆け抜けていくランページの超ハイペースの逃げ、高身長からのストライドもあってか普通の逃げよりもずっと距離を付ける。そのまま最内を確保しながらもそのまま走り続ける。

 

「いっけ~ラ~ン!!ターボとの練習の成果見せちゃえ~!!」

「いやでも、本当になんて超ハイペース……」

「ですがこれがランページさんの走りです」

「ええ、これも作戦の内ですから」

 

応援に駆けつけているカノープスの面々は声援を送りながらも、ある意味の同情を送っている。この超ハイペースをいきなり体験する他のウマ娘達はキツいだろう、慣れていなければあっという間に自分のオーバースピードを出してしまって潰れる。そしてランは―――それをさせる為にイクノやターボという天敵とずっと走り続けてきたのだから。

 

『独走を続けるランページ!!既に後方とは10バ身と言った所か!?後方からホワイトサレナが追い上げて来るが差が縮まらない!!最後のコーナーへと入りますが、このリードを維持するのか』

『全く脚が乱れませんね、このまま完全に逃げ切ってしまうのでしょうか』

 

「さぁって……先輩もいる上に、カノープスの皆が見てんだ―――カッコ悪い所はみせらんねぇよなぁ!!」

 

地面を更に強く踏みしめる、ラストの直前に少し姿勢を低くする。人間のような身体を立てた走りから今度は前傾姿勢へと変貌する、これからが本当のランページだ、さあ一緒に暴れ回ろうじゃないかウマ娘(ランページ)。これがお前との融合の走り、名付けるならば―――

 

「ランページ、ゴーストォオオオオオ!!!」

 

『ランページ此処で加速した!?まさかあれだけ逃げていたのに溜めていたとでもいうのか!?何というウマ娘だぁ!!』

『それもそうですが、先程と違った前傾姿勢での走り、これが彼女の本気の走りという事なのでしょう』

 

そうだ、これが本当の自分本来の、ランページの走りだ。カノープスでの毎日が漸くこれの力を引き出せるまでに自分の技術を刻み込んでくれたのだ、これはカノープスの勝利だ、そしてこれからの自分が掲げる初勝利だ、見ておけ―――これが最強カノープスの旗揚げの勝利だ!!

 

『これは最早ホワイトサレナもタイルオメガも追い付けない!!更に差を広げていく!!正しく完全な一人旅!!ランページが今、ゴール!!なんという幕開け、とんでもない大逃げウマ娘が鮮烈なデビューを迎えましたぁぁぁぁ!!!』

 

文句のつけようのない大差勝ちにレース場は大歓声に包まれた。自分の勝利の祝福と思うと酷く気分が良い、思わず踊り出したくなってしまう。なのでパドックでもやったリザードンポーズを行う事にした。

 

「凄いぞ~ラン~!!!ターボもそんな感じに逃げるぞ~!!」

「いやはや、まさかあそこからさらに伸びるんだもんね~……アハハッ一緒に走る時が怖いな~」

「でも、だからこそ走りがいもあります」

 

拍手でチームメイトの勝利を祝福する皆を南坂は見ながらも改めてランページの走りに驚かされた。まさかイクノとターボによる練習が此処までの威力を発揮するとは予想外だった。これは最強を目指す、と言うのも強ち夢ではないと自分らしくない熱さを感じずにはいられなかった。そして南坂は勝ちタイムを見るのだが―――そこにはあったのは1分32秒6というとんでもない記録だった。

 

「これは、本当にトリプルティアラを取ってしまうかもしれませんね……」

 

 

「ランが勝ったぞタマ!!」

「せやな……ようやったでラン」

「ううっ本当に良かったですぅ~……」

「何時まで泣いとんねん」

 

だが、そう言いながらも一番喜んでいるのはタマだった。嬉し涙を流すクリークと旗を構えながらもフンスと満足気にするオグリの横で穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「ようやった、ホンマ、ようやったで……ラン」

 

この後に行われたウイニングライブでは、タマ達はカノープスのメンバーと一緒に最前線で楽しんだという。



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21話

「先日はお疲れ様でしたランページさん、お見事でした」

「やったったぜ」

 

と、部室でVサインを見せ付けるランページの手には新聞があった。そこにあったのは先日のメイクデビューに関する記事が掲載されておりそこにはデカデカとウイニングライブでウマ娘一人分は高く跳躍する大サービスを行った自分が見出しに使われていた。

 

『驚異の大逃げ、ターフを駆ける暴れウマ娘!!』

 

「暴れウマ娘って普通に聞いたら完全な暴言だよね」

「まあ俺のランページって暴れるとかそういう意味合いだから間違っちゃいねぇわな」

「そうなんだ!?ターボ抗議しようと思ってた」

「私も負けていられませんね」

 

と来月は自分のデビュー故にやる気十分と言った様子のイクノ。チームメイトが此処までの活躍をしたのだから自分もそれに恥じない走りをしなければ……と思っているのだろう、きっとその走りに沿うものが出来ると南坂も信じている。

 

「改めまして、ランページさんの走りを皆さんで観戦しましょうか」

「おいおい南ちゃん、晒し上げの為に録画でもしてたのかい?」

「違いますよ、こういったレースの後は自分の走りを客観的に分析するという事も大切なんですよ」

 

そう言いながらもTV中継されていた物を改めて見直す。序盤から一気に飛ばすランページに他のウマ娘はかなり驚いていたのが良く分かる、そしてなんとそのペースのままで最後のスパートまで持たせてしまった事が何よりの予想外だった。

 

「所謂逃げ戦法のウマ娘でもペースを落として呼吸を落ち着けるのが一般的です、ですがランページさんはそれを一切しなかったので更に他は焦ったでしょうね」

「アタシもそうだけど、そこで距離を詰めたり、射程圏内に捉えるっていうのが定石だからね。でもランったら一切それしないんだから」

「いやぁ行けたから」

 

そんな理由でやってしまうのだから末恐ろしさを感じる南坂、そしてレースはラストの直線に入った。そこでランページは今までの直立姿勢から一気に前傾姿勢へと変わると更に加速してそのまま逃げ切って勝利をもぎ取ってしまった。

 

「ラストのこの脚、差し戦法のウマ娘も顔負けの末脚です。逃げて差す、逃げウマ娘としては理想的な走りです」

 

逃げて差す、これを自分に言われると何だか変な気分になる。これはサイレンススズカに対して言われた言葉である、だが実際に自分はこれをやってのけてしまった。此処まで顕著な結果となるのは予想外だったが……これはこれで最高の結果となった。

 

「南ちゃん、アンタの目論見通りにこれからのレースじゃ俺は大逃げ警戒のマークを受けるって訳だな?」

「間違いなく受けるでしょうね」

「どゆ事?何か作戦なの?」

 

とハテナを浮かべるターボにランページは頭を撫でてやりながら答えてあげる事にした。

 

「確かに逃げは俺の基本的な戦術だけどよ、俺にとってはあくまでの戦術の一つでしかない上に切り札は他にあるのさ。さあターボ此処で問題だ」

「問題!?何々ターボ絶対正解する!」

「そりゃいいな、俺の得意な戦法ってな~んだ」

「えっと……大逃げ、じゃなくて……あっペースを変える!!」

「ピンポンピンポン大正解!」

「やった~!!」

 

と無邪気に喜ぶターボに正解の景品代わりにレース場で買った飴を上げる、それを早速舐め始めて笑顔になっているターボに安いなぁ……と思いながら微笑ましく見るネイチャとイクノ、そしてこの素直さはこれはこれで不安だなぁと言いたげな南坂。

 

「ペース変更はイクノとターボのお陰で更に磨いてきたからな、大逃げしたところに追い付こうとする奴とかにも対応出来る。大逃げと思わせての後方策で相手のペースを乱しまくるのも良いなぁ……いやぁ戦術の夢が広がるなぁ」

「ラン、すっごい悪い顔してるよ」

 

実際問題としてランページの本領と言うのはペース変化の上手さ、南坂もそこに驚きつつもそこを磨かせ続けながらもカノープス全体でそれに慣れる事と対抗策の為の練習をさせ続けている。それでもネイチャは時折その変化に引っかかる、淀みも無く酷くスムーズに行われるそれには意識して取り込まないと無意識的にそれに引っ張られる。今では中々引っかからなくなったが、今度はカノープスで磨いた基礎的な能力で突き放しにかかる。

 

「では次走は如何しましょうか」

「ん~感覚も掴み切れてねぇし早めに頼むぜ」

「分かりました、それでは―――イクノさんと同じ月にあります中京ジュニアステークスなんていかがでしょうか」

 

確かに早めと入ったが……まさか一か月後のレースを平然と上げられるとは思っても見なかった。

 

「正直な事を言いますと、ランページさんとイクノさんはタイプとしてかなり近いと思うんです」

「えっ大分違うってターボ思うよ、ランは姉御系でイクノはクール系」

「違うそうじゃない」

「お二人は経験を積めば積むほどに才能を開花させていく、実戦経験で開花するタイプです。故にどんどん経験を積むべきだと思います」

 

真面目な顔から放たれる言葉にはかなりの説得力がある、そしてそこまで言われてしまうと自分はこれ以上何も口を挟む気は無くなる。

 

「それで行くぜ南ちゃん、俺のトゥインクルシリーズはアンタに預けてんだ。アンタの言う通りに俺は走るぜ、どうせお前もだろイクノ」

「ええ。私も全力で駆け抜けます」

「ではその様に調整しますね」

「お~二人ともかっくい~!!」

「いや~本当にカッコいいから何も言えなくなっちゃうよね~」

 

何とも素敵な先輩だとネイチャは思った。リギルの東条トレーナーやスピカの沖野トレーナーとはやはり毛色自体は異なっているが、南坂トレーナーは本当に優れたトレーナーなんだと思う。この人にシリーズを預けると言い切ったランページの気持ちも理解出来る。

 

「そう言えばさ、2年の子でどのチームに入ろうが悩んでる子が居るんだけど見学に連れて来ちゃってもいい?」

「ええ、何時でも連れてきてください」

「ねえねえそれって誰なの?ターボも知ってる子?」

「マチカネタンホイザって子なんだけどさ、この前頭をぶつけて鼻血を出しちゃってるところを助けてから繋がり出来ちゃってさ」

 

この数日後、マチカネタンホイザがカノープスの見学にやって来た。そしてターボとかなり仲良くなったりしたので、カノープスに誘いを掛けてみたらかなりの好感触であった。なので決めるのは今度の二人のレースを見てからにしてみないかと、誘いをかけた所、喜んで見に来ると言ってくれた。そして―――

 

「ランページ・ゴーストォオオオオ!!!」

「私の計算に、狂いはありません!!」

 

その月、ランページは2勝目を、イクノはメイクデビューに勝利するのであった。それを目の当たりにした彼女は―――

 

「マチカネタンホイザです、改めて宜しくお願いします!!」

 

カノープスに入る事を決めてくれたのであった。

 

「よ~し、私もここで頑張るぞ~!!えい、えい、むん!」

「ハハッ面白い掛け声だな、よしカノープス全員でやろうぜ!!」

『目指せ、最強カノープス!!えい、えい、むん!』

 

それからその掛け声は、カノープスが円陣を組んだ時には必ず行われるようになったらしい。




タンホイザ、カノープス入り。

そして、ランページはイクノのような、それに近いスケジュール管理の下でレースを行う事に。


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22話

カノープスでの練習の日々は夏だろうと続く、当たり前の事だ。しかし、ウマ娘は夏の暑さに対しては人間よりも弱い。故にトレーニングもそれに合わせて変更が要求され、暑さに慣れる事の時間が増える。リギルのウマ娘達ですら夏の体調管理は確りとするし夏は合宿などで環境を整えるのだが……カノープスのメンバーはトレセン学園の練習場に姿があった。しかも暑さは感じていないと言わんばかりに元気いっぱいな様子であった。

 

「これすっごい涼しい~!!」

「本当にこれは素晴らしいですね、走れば走る程に風が入ります」

「いやぁ助かるわこれ」

「わ~い!!夏でもこれなら頑張れる~!!」

 

「本当に有難う御座いますランページさん、まさか此処まで用意してくださるなんて」

「何の何の、暑さの辛さは良く分かってるつもりだぜ南ちゃん。この位訳ねぇよ」

 

そう言いながらも帽子を被っているランページが笑う。そんなランページに感謝する南坂、その理由は彼女が用意した物。それは空調機付きのジャージ、帽子にサンバイザー、そして凍らせたドリンクなどなど……対策の為に用意した物がたくさんあった。ランページは元々人間なので暑さに対しては普通のウマ娘以上に強い、何より―――夏のコミケに行った事のある社畜オタクにとってはこの程度の暑さなんて如何という事はないのである。

 

「さて、改めましてこれからのプランですが―――まずイクノさん、要望通りに来月のフェニックス賞への参加登録は済ませておきました。其処を目標としましょう」」

「無論です」

「ランページさんは新潟ジュニアステークスですね」

「応」

 

何方も来月にはまたレースを走る、無事是名バを目指すと言いながらもとんでもないローテだと南坂は他トレーナーから言われた事があるが自分は問題ないと判断しているし何より彼女たちの意思を尊重したいと思っている。

 

「良いな~……ターボも走りたいよ~……」

「それはアタシもだよ、だからこそ今は集中して頑張ろうじゃん」

「うん私も頑張りま~す!!」

「よ~しそれじゃあ頑張るぞ~!!」

『えい、えい、む~ん!!』

 

と本当に定着してしまったえいえいむん、若干力が抜けそうな響きではあるのだがカノープスらしいからこれはこれで良いのかもしれない。それではメニューを開始しようと思ったのだが、その前に南坂がベンチの上に置いてあった箱を指差した。

 

「南ちゃん何これ」

「今日から新しいメニューを採用しようと思いまして取り寄せました、開けてみてください」

「おっ俺に対してのプレゼントかい?南ちゃんったらナンパのコツでも使ったのかな~?」

「フフッそんな所ですかね」

「あれま、随分と簡単に返しちゃうのね。んじゃまっと……」

 

そんな何時ものやり取りをしながらも妙に仰々しい箱を開けてみる事にした。そこには……紫色のクッションの上に置かれた蹄鉄があった。逆T字の橋のような物で補強されているのが特徴的な蹄鉄。

 

「蹄鉄?」

「みたいだね、これを取り寄せたってこと?」

「はいそうですよ」

「それじゃあオーダーメイドのラン専用の蹄鉄とか!?」

 

そんな言葉にハニカミながらもそうとも言えますねと答える南坂、実質的にこれはラン専用の蹄鉄と言えるのは確実かもしれない。これしかないのもあるが、他のメンバーの調子を見ながら必要になれば調達しようと思っている。

 

「さあ手に取ってみてください」

「あいよ、んじゃま―――」

 

折角のプレゼントだ、有難く頂いておこうと手に取ろうと指を掛けるのだが―――滑ってしまった。掴みそこなったわけではない、軽い力では保持出来なかったのだ。思わず、真顔になりながらも今度は力を込めて鷲掴みにして持ち上げる事が出来た。

 

「お、おいなんだこれ!?普通の蹄鉄の数倍は重いじゃねえかよ!?」

「そんなに重いの!?ターボも持ちたい!!」

「気を付けろよ、マジで重いぞ」

「お~っておっもっ!!?」

「た、ターボ大丈夫!?」

 

分かっているつもりで持ったターボは思わず下に落ちる程の重さ、咄嗟にタンホイザが補佐に入って怪我はなかったが本当にこれは重い蹄鉄。通常の数倍の重さはある。それを見たイクノは正体に気付いたのか顔色を変えた。

 

「トレーナーさん、これはもしや……」

「はい、イクノさんは気付いたようですね」

「えっ何々アタシ全然分かんないんだけど」

「因みに俺も分かんねぇ」

「―――これは、シンザン鉄です」

「シ、シンザン鉄だぁ!!?」

 

イクノから告げられたそれに思わずランページは大声を上げてしまった。その名前を聞いて漸く記憶の片隅にあったそれを引き出す事が出来た、知識としては知っていたがまさかこれが―――と息を呑む……

 

「シンザンテツ……って何?新しいパラドックスポケモン?」

「確かにテツノワダチっぽいよね」

「いやいやいや、テツノツツミじゃない?」

『あっそれだ!』

「どれもこれもちげぇよ!!シンザン鉄!!五冠を取ったシンザンが付けてた蹄鉄だ!!」

『シンザン……記念?』

「あってるようで間違ってる!!」

 

とハテナを浮かべてしまっている3人にツッコミを入れるランページだが、それも致し方ないかもしれない。このトレセン学園には三冠を達成したシービーとルドルフがまだ在籍しているしドリームトロフィーで激突しているのだから其方の方に意識が向けられるのも致し方ないという物だろう。

 

「ったく……だけど南ちゃん、これマジでシンザン鉄なのか?」

「はい。特注品です」

「うっへ~……こんなん着けてたってのかよ……」

 

五冠馬にして神の馬、シンザン。セントライト以来史上2頭目の三冠馬であり、その戦績・産駒成績・長寿ぶりのすべてにおいて日本競馬界に長く大きな影響を与え続け、シンボリルドルフが登場するまで、競馬会においてはシンザンを超えろという事が至上の命題だったとまで言われた。それ程までにシンザンは強く、ホースマンの目と脳を焼いたのだ。

 

そしてそのシンザンと言えばのエピソードに余りの脚力の強さ故の踏み込みにより、後ろ脚から出血したというのがある。その対策として開発されたのが専用の蹄鉄、世にいうシンザン鉄である。その重さ故に凄まじい音を立てるとまで言われたそれによってシンザンの足腰は鍛えられたとも言われている。

 

「実際のシンザン鉄は無理な改良もあって強度も低かったそうですが、これはその点をクリアしているものです」

「技術の進歩~って奴だな。んで南ちゃん何でこれをプレゼントしてくれた訳?」

「はい、これからランページさんにはこれを付けてメニューをこなしていただきます」

「え"っ」

 

まさかとは思ったが、それが的中するとは思っても見なかった。軽く見積もっても2倍は重いこの蹄鉄を使ってメニューをこなす?本当にそれをやれと言うのだろうか……

 

「これからのトゥインクルシリーズで確実にランページさんはマークを受ける側となります、そうなると矢張り大切なのは基礎的な部分の強さになります。ペース変更にも徐々に対応されることになりますから、ランページさんの素の能力の向上を図ります。その為にこのシンザン鉄を特注したんです」

「つまり、これを使ってランページさんの脚を強化するんですね!!」

「正解ですタンホイザさん」

 

要するに、アニメでマックイーンがやっていた持久力や脚力の強化を行うという事なのだろう。ハッキリ言うと余り気は進まない……進まないのだが……トリプルティアラを掴み取る為にはこの位の努力は確実に必要になるのだろう。ならばやるしかない、こうしている間にもライアンも自分も約束を果たす為に頑張っているのだから……自分だって負けてられない。

 

「分かったよ、やるぜ南ちゃん。その代わり、ちゃんとメニュー頼むぜ!」

「はい、お任せください」

 

早速シューズにシンザン鉄を打って履いてみるのだが……

 

「は、走れない事はねぇがマジで重いなおい!?」

「おおっ!!ガシャンガシャンっていってる!!ロボットみたい!!」

「ねえあれ、実際どのぐらい重いの?」

「4倍ですね、普通の蹄鉄の」

「4倍!?」

「それだけの重さで鍛える……私も試したいですね」

「イクノさんには機を見て発注しますよ」

「グオオオオオ!!?重いぞぉおお!!!」

 

 

 

 

「なんで、何で!!?」

 

焦りの声が木霊する、先頭を走るウマ娘の焦りは手に取るように見える。君の走りは悪くはない、寧ろ良い部類だが―――

 

「ランに比べたら―――全然!!」

『メジロメジロメジロ!!!メジロライアンが追い上げる!!4番手から一気に駆け上がって今先頭を捉―――ない!?あっという間に抜き去った!!瞬く間の出来事に言葉を挟む暇すらありません!!メジロライアン先頭、先頭のままどんどん今度は突き放しに掛かる!!』

「もう、無理ィィィ!!!」

『凄まじい末脚、此処からまだまだ伸びる!?5バ身から6バ身、そのままゴールイン!!!圧倒的な強さでメジロライアンが勝ちました!!』

 

「どんどん勝って行くよ、ラン!!」




えっこの時代にスカーレットバイオレットがあるのは可笑しい?
ンな事言ったらアニメでスペ達が活躍してる時にスマホがあるのも可笑しいから大丈夫!!
大丈夫、俺は気にしない。


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23話

「んだぁ~くそ……おっもっ!!」

 

走り込みの最中、思わず音を上げるように座り込みながら愚痴を零す。腰に下げていたペットボトルを取る、凍らせていた中身のスポーツドリンクは程良く溶けていてそれを喉奥に流し込んだ。

 

「マジで重い、流石シンザン鉄だぜ」

 

シンザン鉄を付けてのトレーニングを始めて数日が経過している。今までのトレーニングに加わった新たな負荷はランページの身体に容赦なく襲い掛かって来る。パワーアンクルやリストとまた違う不思議な感触がある、唯重いだけではなく何かを感じさせる。

 

「確かにこれは特注するだけの意味があるな……」

 

このシンザン鉄を使用のトレーニング、そしてそれを付ける意味を南坂はこう言っていた。

 

『シンザン鉄は様々な意味で特別な蹄鉄です、重さは勿論ですけどね』

「特別ねぇ……」

 

スマホを取り出してシンザン鉄について軽く調べてみる。シンザン鉄は現在では国から認められた極一部の職人にしか作る事が許されない特別な物なのだという、それは神のウマと言われたシンザンに対する敬意、彼女に様々な物が向けられている。そして一人一人のウマ娘によって微妙な調整が為されるらしい。つまり、自分のこれも本当に専用のものであるという事。

 

「しっかし重いなぁ……」

 

立ち上がりながらもそう思う、普段の4倍の重さを感じつつもそれで走るというのは中々にキツい。気を一瞬でも抜いてしまえばつんのめって転ぶ、と言うか数回転んでいる。気合いと力を入れて脚を上げて歩く、走る事を要求される。

 

「……こいつを着けて走れたら、どうなるんだ」

 

これを着けて調教を受けたからこそ、シンザンは強くなったと言われる。自分もそうなれるのだろうか、それともそんな風になれなければトリプルティアラには届かないという南坂からのメッセージなのか、色んな事を考えてしまうがそれよりもずっと強く脚を踏み出した。凄い音と共に置かれた脚にランページは笑う。

 

「やってやろうじゃねえか、俺が目指す所はそういう所って事だろ。それに―――俺が凄くなればなるほどに、報復の味も深くなるってもんだ」

 

口角を思わず歪めながらもそんな言葉を口にする、矢張り自分の中に強く渦巻きながらも力になっているのはそれなのだ。頬を強めに叩きながらも走り出す。

 

「だけどこれ……南ちゃんの私怨とか入ってねぇよな?」

 

そんなバカな事を考えながらも脚を動かしながらも練習場へと向かっていると、日陰のベンチに二人のウマ娘が座っているのが見えた。そこに居たのは―――

 

「まず、ベッケンバウワーだけどフロリダって分かる?」

「まずべっけんばうわーが分からないんだけど!?ってあっランページさん?」

「ちゃおっすパーマー」

 

そこに居たのはライアンと同じメジロ家のウマ娘のメジロパーマーだった。他のメジロと比較される事も多いが、春秋グランプリ連覇も成し遂げた立派な名馬である。そしてそんな彼女の隣にいるのは―――

 

「んでお隣さんは?」

「えっと、さっき知り合ったの」

「ドモ、ウチダイタクヘリオス!!」

 

矢張りダイタクヘリオスだった。パーマーとは縁深く、史実ではこの二頭でコンビとする呼び名があった。二人揃って大逃げをする事から爆逃げコンビやらバカコンビやらと言われていた。

 

「んでどったのよ」

「いやさ、突然で悪いんだけど……べっけんばうわー?だけどふろりだ?ってランページさん分かる?」

「別件があるから風呂入りに離脱するわって事だろ?」

「それな!!大正解!!」

「えっ分かるの!?」

 

理解して貰ったヘリオスはテンション高めに正解!!と叫び、パーマーは何で分かるの!?と言いたげな表情で此方を見つめて来た。何でと言われても……自分も使っていた時期があったからとしか言いようがない。

 

「んじゃMJKは?」

「マジか」

「あっそういう意味なんだ……それじゃ……あざま―――何だっけ?」

「あざまる水産☆」

「有難う」

「ええっ!?何、アタシが分からないの可笑しいの!?」

 

まあこれについては何とも言えない、パリピ語……いわゆる若者言葉は一部で使われる流行に近い言葉遊びだ。其方に身を置かなければ接する機会も無いのだから知らないものからすれば意味不明なのは致し方ない。

 

「んでどったのよヘリちゃん」

「おおっその呼び名マジ卍じゃね!?えっとね、お嬢が塩くてもうマジでウチキャパかったの……」

「えっと……」

「あ~……そのお嬢が誰かは知らんが、その人に塩対応されて辛くて限界だったって事だな」

「それな!!」

 

この場合のお嬢というのはダイイチルビーの事を指す。とにかく彼女からの対応が色んな意味で辛いらしい。

 

「よく分かるね……」

「まあこういうのって大体が略語だからな、改めて聞いたら何となく分かるだろ?」

「うん、えっと塩対応が塩い……あっ確かに何となくわかる」

「取り敢えずだ、ヘリちゃん何か悩みあるならカラオケとか行って発散したらどうよ。駅前のカラオケが確か今日新曲追加だった筈だから丁度良くね?」

「あっそれマジ卍でアガるじゃん!!折角だからパーマーも行こっ!!好きな奴歌いまくってテン上げしかないっしょ!!」

「えええっアタシも行く事になってるの!?あっちょっとヘリオス!?ゴメンアタシも行く!!」

 

そう言いながらも走り出して行くヘリオスを追いかけるようにパーマーも駆け出して行く、僅かな時間しか話していなかったが何とも賑やかで元気いっぱいなウマ娘だ。しかし改めて思っても自分の世代はなんて濃いのが揃っているのだろうか。

 

「おや、こんな所で逢うとは」

「誰かと思えば皇帝様じゃないですかい、こんな所で油売ってていいんですかね」

「フフフッ生憎これから地方に行く所でね」

 

続けて遭遇したのは皇帝様であった。だが、皇帝はこれから地方に出向くらしい。シービーもそうだが、彼女らクラスになるとトレーナーのような事も行うらしい。嘗てのオグリキャップのようにそこに居る有力なウマ娘を中央にスカウトするのだろうか、などと考えていると自分の脚、正確にはシューズを見られた。

 

「―――シンザン鉄か」

「一目で分かるんですね」

「何、私も考えた事があるからね。だがトレーナーからの許可が下りなくてね、私は使わなかった」

 

シンザン鉄はその重さ故に身体強化に効果的ではあるが、その重さ故に足腰や足首などに負担が掛かる上にフォームを崩す恐れがある。なのでルドルフはそれの使用は認められなかったらしい。

 

「使い心地はどのような感じかな?」

「重いの一言に尽きるよ、脚が疲れてしょうがねぇ」

「その割には元気そうにしてるが」

 

重さの表現の為に腿上げをその場で行うランページに苦笑する、が、同時に地面に蹄鉄がぶつかる度に重々しい音が耳へと届く。

 

「……それを使う事も、君の報復の為なのか?」

「結果的には、かな。これだって南ちゃんが用意したもんだし俺も吃驚した」

 

一瞬、返答に遅れながらもそれに応える。シンザン鉄は自分が求めたものではなく南坂トレーナーが特注した物、だが今はこれを自分自身が必要だと感じているのでルドルフへの答えはYESとなる。それに彼女は僅かに表情を鋭くする。

 

「君が一体誰に対して報復を考えているのは分からないが、その報復はしなければいけないものなのだろうか?」

「絶対にしなきゃならねぇもんだ、俺にとってこれ以上重要な物はねぇな」

 

今度は即答だった。これに関してはライアンもメジロも関係ない、自分が決めた事だ。自分自身が本当にそれを望んでいるのだ、仮令止められても止める気はない。

 

「報復は連鎖する、とでもいう気かい?」

「……敢えてそれを言えば君は変わるのか」

「寧ろ燃え上がるな、やるなと言われればやりたくなるのが人情ってもんだ」

 

仮令、ウマソウルのランページが許したとしてもヒトソウルは許さない。その二つを持っている自分は絶対に報復をする、何故ならばランページは心から悲しみ、苦しんだからだ。その原因となった者には確りとした報復を受けさせる。

 

「ランページ……その報復、それを向ける先を聞く事は可能か、可能であれば何故報復を行うのかを聞いておきたい」

「残念ながら皇帝様、そのイベントを解禁するには交友度が不足しておりますって奴だ。それを話せるほどアンタとは親しくない、知りたきゃ踏み込んでくることだ。但し―――俺の人生に介入するんだ、下手すりゃ自分が揺らぐ。その意味をよく考えてからやるんだな」

 

そう言い残しながらも、踏みしめる音を木霊させながらもランページは去っていく。その背中と音を追いながらもルドルフは思わず、拳を作ってしまった。

 

「―――それ程の事なのか、君は一体何をされたんだ……それでも私は歩む、私は……私の夢を叶えたいから」

 

決意を胸にしながらも、皇帝は今日も前へと進む。彼女の理想、全てのウマ娘が幸福になれる世界を目指す為に。ランページのそれを知る事はきっと自分の為にも、彼女の為にもなると信じている……それは間違いないだろう、だが彼女はまだ知らない。ランページの真実を。

 

 

「南ちゃんこれマジ重い……」

「頑張ってください」

「それしか言ってくれないとかMJK……超やばたにえん」



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24話

8月。暑さが本格的に牙を剥いてくる時。今年の暑さもかなりの物、前以て確りと暑さ対策をして来て本当に良かったとランページは安心する傍らで今日も今日とてシンザン鉄を付けてのトレーニングに励み続けていた。

 

「すっごっ……」

 

普通の蹄鉄以上の凄い音を叩きだしながら疾走するランページを見るネイチャ、その重さに苦しんで思わず愚痴を零しまくっていた姿とは変わって以前のような走りを出来るようになっていた。だが走れるようになっただけ、以前のようなスピードはない。それでもあの重さの蹄鉄で走れているのは凄いとネイチャは感じた。

 

「お~ランさんってばもう走れるようになってる!!」

「でも全然遅い、あれで大丈夫なのかな?」

 

タンホイザとターボがそう言うのも分かる、最終的にはあれを付けたまま軽々と走れるようになるように目指すのだと思っていた身としてはまだまだ先は長いように見えた。隣を通り過ぎていくイクノを見ると益々そう思うのであった。

 

「トレーナーさん、何でシンザン鉄なの?」

 

思わず、理由を尋ねてしまった。如何してあれを使うのかと。

 

「態々あれを使わなくてもパワーアンクルで代用とか出来るんじゃないの?」

「良い質問ですねネイチャさん。理由はいくつかありますが、蹄鉄は何処に付けますか?」

「つま先、だよね?」

「はい。シューズのつま先部分に装着するのが蹄鉄です」

 

シンザン鉄を付けてのトレーニングの目的はつま先と足首の筋肉を鍛える事にある。ランページの戦法の殆どは身長を活かしたストライド、高身長ゆえに大きな距離を稼げる且つ大きなスピードを得る事が出来る。だが、同時にストライドは身体への負担が大きな走りでもある。

 

「ランさんはクロスオーバーステップと言った物が出来るようにかなり頑強です、ですが同時に足首などにも大きな負荷を掛けます。長年の結果、強くなっているとはいえ怪我をしないとは限りません。シンザン鉄を用いる事で足首を鍛えて負荷に耐えれるようにしつつ、怪我の防止を図っているんです」

「そんな効果が……」

「そしてつま先を上げる事を強く無意識的に出来るようになります、これによって足の回転速度も上げられます。加えてコーナーリングにも強くなるんです」

「うっわ、一石何鳥って奴じゃん。良い事尽くめだね」

「ええ、でもこれは元々身体が強いウマ娘でないと出来ない方法でもあるんです」

 

これ程迄の効果を得る事が出来るのがシンザン鉄。しかし、これを扱う事が出来るウマ娘は少ない。前提条件として身体の強固さが不可欠になって来る、そうでなければただ身体を虐めるだけのトレーニングに成り果ててしまい、ウマ娘にとって命ともいうべき脚を傷付ける結果に繋がりかねない。

 

「シンボリルドルフさんも、一度はこれをやろうとはしましたがリスクが大きい為に東条トレーナーが止めたほどですからね」

「あの皇帝でも……?」

 

かの皇帝ならば恐らく耐える事は出来るだろう、だが同時に怪我のリスクも相応にある。強化の為にリギルは許可しなかった。それは南坂は正解だと思っている。ランページは体格に恵まれているし足首なども強い、だからこれを採用した。其処を更に強くするために。

 

「ゼェ……はぁ……キッチィ……ったく此処まで走り込んで漸くまともに走れるようになったぜ……」

 

そんな話をしていると目の前に5周を走り終わったランページが座り込んでいた。自分からすれば5周もそんな蹄鉄を付けた状態で出来るだけで異常な存在に見えるのだが……ランページはまだまだ納得が行かないのかシューズを忌々し気に睨みつけている。

 

「なぁ~南ちゃんよ、試しに一回普通の蹄鉄着けて走ってもいいだろ~?どれだけ出来るようになったか試してぇんだよ」

「駄目ですよ。1週間前まではそれを着けてトレーニングに臨んでください」

「へ~い……トレーナーの指示には従いますよ~……」

「次は上半身強化のトレーニングですね、ライアンさんが御待ちですよ」

「ったくそれ言われちまったらのんびり出来ねぇって分かってるじゃねぇかよ、お綺麗な面してキッツいよな南ちゃんって」

「恐れ入ります」

 

ニコニコし続けているトレーナーに恨みを込めた視線を送りつつも、素直に従うように歩き出して行くランページ。なんだかんだで指示には確りと従っているので問題児扱いは一切されていないランページであった。問題児と言うのは―――

 

「イクノ~一緒に走ろ~!!!ダービーと一緒の2400m!!」

「良いですね、今の状態でどれだけ走れるか試してみたかったのです」

「よ~し!!マチタン~タイム計って~!!」

「は~い」

「って待って待って勝手に始めない下さい!!?」

 

勝手にレースを始めようとするターボのようなウマ娘を指すのだから。結局注意され、フェニックス賞と同じ1200で走る事になったのであった。

 

 

 

トレーニングルームでは先に鍛え始めているライアンがおり、それに続くようにランページも筋トレに励む。

 

「へぇ~それじゃあ今はそのシンザン鉄でトレーニング中、なんだね!!」

「そうなんだよ、全く南ちゃんってばいかにも好青年ですって感じなのにトレーニングには容赦ねぇの。まあそんだけ真剣に、組んでくれてる証拠だけど―――な!!」

 

ダンベルを軽々と持ち上げているライアン、それに続くようにバーベルを持ち上げるランページ。互いに意識しつつも負けないと言わんばかりの光景だ。

 

「そう言えばラン―――アタシ、次は9月の札幌で走るけどそっちは?」

「新潟、ジュニアステークス!!」

「もう今月なんだね!!応援、行ってもいいかな!!」

「ご自由に!!その代わりに、俺もそっちに行くからな!!」

「それもご自由に!!」

 

そんな言葉を掛け合いながらも二人は互いに順調に勝っている事を知っている、ランは3勝目が掛かっているG3レース、そしてライアンも同じG3に出る。これに勝って更なる励みにするのだ、トリプルティアラとクラシック三冠を同時に達成する為に。

 

「ラン!!」

「あ"あ"っ何!?」

「いつか、一緒に走る!?」

「当然だろ!!どうせなら、G1の舞台でな!!」

 

暗に、三冠同士の激突をやろうというメッセージ。それに微笑みながらも無言でそれを了承した。そして絶対に勝つと、いう意気込みを込めてバーベルとダンベルをおいた。

 

「それじゃあ―――」

「その為に―――」

「「トレーニング後の30分以内にたんぱく質!!」」

 

そんな言葉をハモらせて、お互いに大笑いしながらも一緒にシャワーを浴びてからプロテインを飲みかわすのであった。



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25話

メジロ家当主の部屋、そこには今日も今日とて当主としての責務を果たすアサマの姿があった。メジロ家の当主として恥じぬ姿と見事な采配をし続ける彼女、大きめの帽子の下には鋭い瞳が作られていたが、机の端にある何かを見るとその瞳は柔らかな物があった。その先にあったのは愛すべき孫達が順調に勝利をもぎ取っている記事だった。

 

「パーマーも不安でしたが、良い友人が出来て上向きになってくれて良かった」

 

パーマーはやや不安含みだったが、ヘリオスという友人が出来てからは徐々に上向きになって少し前のレースでは大逃げで大勝した。メジロ家らしくないという意見も聞くが、そんな事は如何でもいい。これはパーマーが手にした勝利なのだから。

 

『パーマー、貴方は貴方らしく走ればいいのですよ。世間の評判は唯の感想です。感想に振り回されずに貫き通しなさい』

『おばあさま……はい、私頑張ります!!』

 

最近ではよく友達と一緒に撮ったという写真を送ってくれるようにもなっている、若者らしく元気で明るい姿に思わず頬が緩んでしまった。それで良いのだと思いつつもその隣にあるランページの勝利にも目を向ける。冠こそ被っていないが、彼女も紛れもなくメジロのウマ娘。その勝利が喜ばしい。

 

「今回の走りは……何処かぎこちなかったですね、何か新しいトレーニングをしている最中なのでしょうか」

 

新潟ジュニアステークスに出場したランページ、初の重賞チャレンジに緊張していたのか何処か走りにぎこちなさがあった。それでも終盤には自分の走りを取り戻したと言わんばかりの末脚を発揮して1バ身の勝利をもぎ取った。

 

「まあ、あの子のトレーナーならば大丈夫でしょう」

 

時間さえあれば今度は応援に行ってあげようと思いながらも仕事を再開すると、電話が鳴った。ペンを置きながらもそれを取った。

 

「どうしました?」

『大奥様、お電話が入っております。シンボリ家の御当主様からです』

 

執事からの連絡だ、だがその相手はあのシンボリ家。一体何の電話なのかと思いながらも繋いでくれと頼むと直ぐに声が聞こえて来た。

 

『お久しぶりですアサマさん、突然の電話を失礼します』

「いえ、しかし少々驚きましたね。態々私に掛けてくるなど……何かあったのですか?」

 

現在のシンボリ家の当主はルドルフの父親、彼とは親交もある為か今のメジロ家とシンボリ家の距離は近い。何かあれば互いに助け合ったりもしている、其方の方なのだろうかと話を切り出すと頷かれた。

 

『実は……娘からある頼みごとをされました、ランページさんというウマ娘についてです』

「―――あの子に、何か用でしょうか」

『用……というよりかはルドルフが彼女の事を気に掛けているらしいのです、如何にも彼女の事を調べて欲しいと執事に頼んだそうでして。そしてそのランページさんがメジロ家とは交流が盛んだと聞きましたので』

「あの子は我が家のウマ娘ですよ」

『なんと!?』

 

電話の向こう側で驚いた顔が見えるようだった。

 

『いやしかし、彼女の名前をこれまで聞いた事はありませんでしたが……』

「何が知りたいのですか、貴方の娘は」

『……彼女の事を、真実を』

 

 

「う~ん……ギリッギリの勝利でわろえねぇなこれ」

 

新聞には自分の初重賞勝利を祝う記事が載っているが当人的には全く喜べずに溜息混じりにシガーを吹かすのであった。それを後ろから見ていた南坂も同じような表情を作っていた。

 

「1バ身差での勝利、それでも勝利には違いないですから喜びましょう」

「いやぁ喜べって言ったって内容からしたら全然だぜ南ちゃん、俺的にはクビ差だわ」

 

何故此処までランページは不満げなのか、G3の重賞勝利には変わりはなく、重賞を勝つだけでもウマ娘の中では上澄みとされる。だが全く以て喜べない勝利だった。普段通りの大逃げを打ったランページだが、走り方がかなり可笑しくなっており上手く逃げる事が出来ずにペース変更が全く出来なかったのである。が、逆にそれが相手のウマ娘のペースを変更しない事への疑いを誘発する事が出来たのか、結果的に逃げ切れたというべき勝利になった。

 

「シンザン鉄で悪い所が出てしまいましたね」

「面目ねぇ……」

「いえスケジュール調整をミスした私の責任です」

 

原因はシンザン鉄にあった。シンザン鉄という重い蹄鉄を着け続けていた事でそれに完全に慣れてしまったが故に、普通の蹄鉄でシンザン鉄を着けて行うような腿を強く上げる走りをしてしまったのである。結果、ずっとピッチ走法で走っているような状態だったランページはギリギリの逃げ切りだった。

 

「まさかこんな落とし穴があるとは……」

「これからは1週間ごとに交互にしましょうか」

「それでも使うのねシンザン鉄」

 

故に、これからはシンザン鉄と通常の蹄鉄を交互に使って兎に角慣れさせていく事も重視させていく事にする。レース経験が少ないのも走りが狂ってしまった原因でもあるのでどんどんレースにも出て貰う事には変わりはない。

 

「でも、今回が凡走に近くなってしまったのは寧ろ好都合かもしれませんね」

「悪い顔してるぜぇ南ちゃん……」

「ランページさんに対する目算を狂わせるには十分だったでしょう」

「何だ俺と同じ事考えてやがりましたよこのトレーナー、あれつまり俺も悪い顔してた?」

「私以上に」

「OH……」

 

だが次はこうはいかない、今度は絶対に凡走はしないと誓いながらも改めてシンザン鉄を着けたシューズを履く。ペースを乱す側が乱される側になってしまったが、今度はこうはいかない。今度こそは確実に走り切ってやる。

 

「んで南ちゃん、今度は何?」

「サウジアラビアロイヤルカップなんて如何ですかね?」

「それも重賞じゃん」

「その次はデイリー杯です」

「待ってそれG2!!しかもイクノのスケジュールにもあった奴!!」

「はい、頑張ってください。勿論、シンザン鉄トレーニングも継続です♪」

「このトレーナー鬼だぁぁぁ!!!」

「今年のラストは阪神ジュベナイルフィリーズをこなしたいですね」

「待って南ちゃんアンタ本当に無事是名バやらせる気あんの!!?」

「勿論、貴方なら出来ますよ」

「期待が重すぎるわぁ!!?」

 

一応、ジュベナイルは完全な予定なのでまだ決まっていない。だが南坂はランページならばきっと登り切ってそれにも挑めるだろうと信じている、彼女は恐らくあと少しでシンザン鉄を苦も無く扱えるようになる、そしてその状態で万全の走りを出来るようになれば間違いなくG1でも勝てるウマ娘になると確信している。だからこの予定で行きたいと思っている。

 

「それじゃあ今日もトレーニングに行きましょう、本日は併走相手にタマモクロスさんとスーパークリークさん、後オグリキャップさんをお呼びしてますのでシンザン鉄を着けたまま頼みますね」

「う、うおおおおおおっ……」

「流石に嫌ですか」

「いや、最近なんかクリーク先輩が顔合わせる度に抱きしめて来るんよ……しかも大丈夫大丈夫ってあやすみてぇに……俺ってそんなに子供っぽいかい南ちゃん」

「さ、さあ……その辺りの感じ方はそれぞれですので……」




レースは基本的にウマ娘のレース基準。


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26話

「勝負服ぅ~?」

「ええ、G1を予定に据えていますので今の内に準備を進めておきませんと」

 

シンザン鉄でのトレーニングを続けつつも、通常の蹄鉄も使って感覚を戻すトレーニングをしているランページ。その練習量は他のウマ娘と比べると多めに入る。そんな時にトレーナーから勝負服の話題がやって来た。G1のような特別なレースで出走する際にウマ娘が着用する衣装で一種の陸上競技用レーシングスーツを意味する。身につけるウマ娘に不思議な力を与え、どんな形状であってもピッタリと合う物であれば走る際の邪魔にはならないという不思議な物。これも所謂ウマソウルが関係しているのでは……と言われている。

 

「何か、案とかありますか?ウマ娘側から要望をデザイナーさんに出すという事も可能ですよ」

「如何でもいい」

「……いや何かありません?」

「マジで如何でもいい」

 

真顔、完全な真顔でそれを言い切った。正直言って本当に如何でもいい。女物を避けている我が身ではあるが、ライアンとアイネスに積極的に休みには連れ出されて着せ替え人所にされているので好い加減になれた、タイツさえ穿けば制服以外も行けるという事が分かったのでフリフリスカートやゴスロリも行けたのでそちら方面でも良いような気がして来たので全部丸投げで良いような気がしている。

 

逆に南坂は困ってしまった。勝負服というのはウマ娘にとっての晴れ舞台での文字通りの勝負服、自身の名誉や誇りを体現したような物なので此処に強い拘りを持つウマ娘が殆ど、いや全てと言ってもいい程……なのに目の前のウマ娘は全く拘りを持っていないのだから。何でもいいと書かれた書類を提出されてもデザイナーだって困るだろう。

 

「せめてメジロ家の恥にならねぇ程度にはカッコが付く物であれば別にどうでもいい」

「ええ~……」

 

そもそも、ランページは勝負服によって不思議な力を与えるという事がいまいち分からない。故にどんな勝負服だとしても走るのに支障がない服、程度の認識しかないのもあるかもしれない。

 

「何だったら俺勝負服なしでスーツ着て走るから」

「いやそれはやめてください、私がペナルティ受けますから」

「あっマジで?じゃあやらね」

 

何かしらのアクシデントが起きて勝負服が使えなくなった、という事例はあるがそれに備えて勝負服には予備が準備される。だがそもそもG1の舞台で勝負服を纏わないで走ったウマ娘なんていない。それを積極的にやったら確実にやばいのである。

 

「どうせならスーツ風の物にしていただきますか?」

「あ~それは普通にありだな」

 

そう言われて思うのは後にやって来るであろうフジキセキ、彼女の勝負服はスーツだった気がする。まあ胸元は大胆に開けられていたが……自分でそれをやったら確実にTVで全国放送出来ない代物になるだろうから自重はしておこう。ランページのBは95である。

 

「んじゃスカートなしの女っけ0のカッコいい路線で」

「それでも提案としては相当に薄いですが……分かりました」

 

こういう装飾があってやら此処が拘り!!とかそういうのが一切0の要望に流石の南坂も苦笑い。過去にもウマ娘の勝負服申請をしたが、此処まで中身のない勝負服申請はなかった。

 

「大体俺にそういうのを聞くのが間違ってるってもんだぜ南ちゃん。ファッションセンス0だからな自慢じゃねえけど」

「本当に自慢になりませんねそれ……それで苦心するデザイナーさんがいる事を分かって下さい」

「んな事言ったってよ~……」

 

昔からセンスのない自分にこういうのが一番困る要望なのである。なので頭を掻いていると不意に、ある事を思い付いた。脳裏を過ったとある光景に、それに如何しようもない懐かしさと安堵を覚えつつも思わず口角を持ち上げた。

 

「南ちゃん、要望あったわ」

「ああよかった。どんなのですか?」

「下は赤と黒のズボンだ、長い奴な。上は白シャツでその上から黒いロングコートで頼む」

「分かりました、ですがどうしたんですか急に?」

「何、ちょっとした―――郷愁って奴だ、んじゃ頼んだぜ~」

 

そう言い残して部室を出ていく、赤と黒のロングパンツと白い上着は父と母が良く着ていた物だ。そして自分好みのコートを着る、そうする事に決めた。ある種の決意の表れを勝負服にする事を決めてシガーでも吸おうと思って外に出たのだが、まるで自分を待ち受けていたかのように生徒会長がそこにいた。懐に伸ばしていた手を誤魔化すように両手を上げて軽くおどけて見せる。

 

「これはこれは、生徒皇帝様じゃねえか。こんな所で何用かな」

「―――少し時間を貰いたい」

 

軽くふざけてみたのも関わらず、ルドルフの表情は険しかった。言うなればシンデレラグレイの無礼(なめ)るなよの顔に近いルドルフが前にいる。プリティ要素の欠片も無い凛々しい表情にランページは内心で若干ビクついていた。

 

「何だい怖いねぇ」

「こっちだ」

 

此方の事情など聞く気がないのかと言わんばかりに後に続け、という言葉にランページは従うのが一番だろうと思いながらも背中を追いかけていく。そう言いながらも連れて行かれたのは応接室だった。その名前に相応しい内装が揃っている部屋の中央にあるソファに座り込むルドルフ、彼女は自分も座るように目で示すのでそれに従う事にする。

 

「んで皇帝様が俺に何の用だ、どこぞの変態みたく移籍の相談かい?」

「君は以前言ったな、知りたければ踏み込めと。だから私は……踏み込む事を決意した」

「そうかい、んで御感想は」

 

その言葉だけで何をしたいのかを理解したのか、ランページは懐からシガーを取り出しながらを問いを返す。そうするとそこにあったのは歯を食いしばりながら怒りを必死に堪えようとしているルドルフだった。

 

「ああっ腸が煮え繰り返りそうな気分だ……怒髪衝天、眥裂髪指とはこの事を指すのかと理解出来た程にね……」

「皆の生徒会長様がしていい顔してねぇぞ」

 

最早無礼るなよを超える顔になっている、あの皇帝が此処まで明確に怒りを露わにしている様なんて見た事がない。拳を強く握り込み、食いしばって必死に理性を保とうとしている。

 

「私に、出来る事はあるか……君の許可さえ貰えれば直ぐにでも私はこの事を、公表し、然るべき裁きを下す事を家に掛け合うつもりでいる……!!」

「取り敢えずその怒気と殺気しまってくれねぇかな、そんなブチギレてりゃ怖くて話も出来ねぇぜ。ほれ、俺のハーブシガーで悪いが吸うか?主治医の話じゃ他人が吸っても問題はねぇらしいぞ」

「―――済まない」

 

そのご厚意に甘えるように、ルドルフはハーブシガーを受け取るとそれを吸い始めた。一応自分専用に調合されてはいるが、別段他人が吸っても問題はない。自分に比べて効果が薄い程度だと主治医は言っていた。そして一本を吸い切って少ししてようやく落ち着いたのか、普段のルドルフフェイスに戻っていた。

 

「済まない、君のシガーを……」

「普段の皇帝様に戻ってくれて良かったぜ、俺のせいでアンタがそうなったってバレたらファンクラブに袋叩きにされそうだからな」

 

ケラケラと笑いながらもシガーを返して貰いながらも、新しい物を入れながら今度は自分が吸い始める。

 

「んでどこまで知ったよ」

「……君のご両親が、亡くなられてからの数年を、だ」

「そうかい、んじゃ俺が自殺したことまではまだ知らなかったのか」

「自、自殺だと!!?」

「はいストップ、それ以上喚くなら俺出てくぞ」

 

如何やら完全には調べられていないらしい、だがまあある種妥当な所だろう。それから後はメジロ家のお世話になっているのでそう簡単に手には入らないだろう。あのお婆様がシンボリ家に簡単に自分の事を教えるとも考えにくい。

 

「まさかそんな……!?」

「未遂で止まったけどな、こうして生きてる訳だし」

「君の叔父と叔母は、そんな責め苦を……!!!」

 

又もや凄まじい怒りに支配されそうになっていくルドルフ、彼女の夢からすればウマ娘が自殺にまで追い込まれる所業と言うのは絶対に許せない事。事故による物ではなく悪意による代物ならば猶更だ。もう我慢ならない、絶対にその叔父と叔母を許す事は出来ないと今直ぐシンボリ家の力で制裁を向かおうとした時に、それを止めたのは―――目の前のウマ娘の猛烈な殺気と憤怒だった。

 

そこまでにしとけよ皇帝、テメェ何様のつもりだ

「っ!!!」

 

激烈な物だった。それに我に返りつつも驚いてソファに座り込んでしまった。

 

「俺の人生に介入したら下手すりゃ自分が揺らぐからその意味をよく考えてからやれって言ったはずだ」

 

普段の飄々とした態度ではなく、そこに居たのは激烈な復讐心に滾る復讐鬼と言う言葉がよく似合うランページがそこにいた。彼女を鎮める手段など目的である復讐を果たす以外にはないと言わんばかりに。だが、直ぐにそれを収めると溜息混じりに謝罪をした。

 

「悪い、脅かすつもりはなかった」

「―――いや、此方も済まなかった……だが、私はまさか君がこのような境遇にあったなんて……」

「思わないのが普通だ。それにアンタの気持ちが嬉しくねぇ訳じゃない、俺の事を考えてくれた事は感謝するが―――獲物を横取りするのは頂けねぇな、あれは俺の獲物だ」

 

そういうランページの表情はまるで冷徹な狩人のように鋭く、冷たかった。

 

「あいつらへの報復の権利は他でもねぇ、俺にある。それを譲る気はねぇ」

「以前言っていた細やかな報復とはこの事、だが細やかで済ませていいのか」

 

命を絶つ所までに追い詰めた所業に対しての細やかという言葉、全く釣り合っていないじゃないかとルドルフは本気で思っている。正当な形と大きさで行うべきだと彼女は主張する、優しくて正しい主張だとランページは思うがそれを撥ね除ける。

 

「細やかだからこそ意味があるんだよ、あいつらは知るんだよ。俺を捨てた事の意味を、俺を育てていればどれだけの栄誉や資産が手に入っていたかという後悔を抱かせる、そしてそれをずっと抱かせるのが目的だ。一瞬で終わる制裁じゃない、生きている限り続く報復を俺は望む」

 

それを聞いて思わず息を呑んでしまった。彼女が望んでいるのは確かに細やかかもしれない。最大の復讐は自分が幸せになる事だと言うがそれに近いのだ。

 

「その上で遺産の返還を願う、奪った物を返して貰う。それが俺が決めた報復だ」

 

これからランページが名を上げれば上げる程に叔父と叔母は後悔に蝕まれる事になる。そして絶望する、もう絶対に自分達はランページと関われないと。あの時になぜあんな選択をしたのかと。

 

「……済まない、本当に野暮な事をしてしまった……」

「いや、嬉しかったよさっきのマジの怒り顔。他人なのにそこまで怒れるって魅力だよ、優しい皇帝だな」

 

ルドルフは自分の夢に大きく反する存在と言うのもあったが、それ以上にランページの事を心から心配していた。だからこそあそこまで激怒したのだ。

 

「分かって貰えたか、俺の報復の理由」

「よく分かった、理解した、納得したよ」

「何よりだ」

 

立ち上がって応接室を出ようとする、これ以上の会話は不要だと判断した。だがそれを止められた。

 

「最後に一つだけいいかな」

「何だい」

「―――それだけの目的があるのに如何してカノープスを選んだ?」

 

活躍する事が目的であるならば、リギルを選んでも良いような物だとルドルフは思ったのだろう。最後にこれを解消して終わりにしたかった。それに対してランページは簡単に答えてくれた。

 

「南ちゃんのウマ娘に対する姿勢に惚れた、だからこそ俺のトゥインクルシリーズを預けたくなった。これ以上の言葉がいるか?」

「いや、トレーナーを選ぶならばこれ以上ない最高の理由だ」



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27話

『先頭はランページ、だがこれは如何した事か。本当に彼女は如何したのか!?これまでの彼女とは違うぞ!!』

 

東京レース場で行われた重賞レース、G3 サウジアラビアロイヤルカップ。マイル1600mのレース、そこに望んだランページはこれまでと同じく大逃げの態勢を作っていたのだが―――これまでのそれとは明らかに違っていた。前回がお粗末な出来だった故か、今回の走りは開幕から違っているのが顕著となっていた。

 

『開幕からランページが大きく逃げる!!どんどん加速して既に6バ身は離れているでしょうか、そのまま内側に付きながらも後続との差を離して行く!これはマイペースなのか、それとも暴走なのか!?2番手のバーニンムーンとは既に10バ身は離れている!!』

 

「いっけ~ラ~ン!!GOGOラ~ン!!」

 

生憎今日は他のカノープスメンバーは不在。ネイチャとタンホイザも別件、イクノはレースも近いので自分の調整に集中している。なのでターボがカノープス代表として南坂と共に応援に駆け付けた。大きな声を張り上げながらも元気よく応援するのはターボ、小さな体には不釣り合い程に大きな声で送られる声援にまるで応えるかのようにランページは先頭を進み続ける。やがて、徐々に他のウマ娘達が追い付き始めていくが、それを見てターボはそれは駄目だよ~と思わず言ってしまった。

 

『おっと此処でランページが再加速、それを必死に猛追するが後方は既に苦しそうだぞ!?』

 

「へへん、さあ―――行くぞ!!」

 

最後のコーナーに差し掛かった時、ランページは今までセーブしていた物を開放して全力で駆け出した。その時に地面の芝が抉られるかのような力で地面を強く蹴った。空気の壁を力ずくでぶち破るかのような突進力で後方との差を更に開けていく。

 

『ランページ更に加速した!!これはもう彼女の勝ちでしょう、もうこれは届かないしもう届けない!!大差をつけたまま、ランページが今ゴールイン!!正しくこのレースを支配するウマ娘の、独裁政権の樹立だぁ!!!』

 

ゴールしたランページはまだまだ余裕と言わんばかりにブレーキを掛けながらも腿上げをしながらも軽くバックすると、そのまま回転しながらのリザードンポーズを取った。

 

「YES!! I am №1!!」

「やった~!!凄いぞラ~ン!!」

「サンキュ~ターボ!!お前の応援届いて俺の燃料になったぜ~!!」

「文字通りのターボになったでしょう~!!」

 

そんなやり取りをしながらもランページは彼女の応援に心からの感謝を示し、2位以下のウマ娘達から恐れを込めた視線を向けられるのであった。

 

「し、信じられない……何であのスピードで息が乱れてないの……!?」

「勝てる気がしない……」

「ア、アハハハ、アハ~ハ~……あり得な~い……」

 

そう言いながらも一人のウマ娘が地面を見た、その視線に釣られるように皆の視線が行く。そこにあったのはランの爪痕だ、地面に刻印された蹄鉄の跡だ。自分の走った証であると言わんばかりの存在感を放つそれは、自らの独裁を証明する刻印のようだった。

 

「独裁、政権……」

 

重賞でありながらの此処までの圧勝、それを行ったランページに対して実況が言った言葉は何処までも本質を突いているように感じられた。それ以外の表現なんて当てはまらないかのように……独裁者、いやそれを越えている。

 

「さあ、ライブも気合入れて行こうぜ?」

 

手を差し伸べながらも笑う彼女の手を取らないなんて事は許されない、恐怖ではなく、不思議とその手を取ってしまう。

 

『暴君……!!』

 

暴君ランページ、皇帝に続く新たな王が、生まれようとしている。

 

 

「ハッハッハッ!!いやぁ南ちゃんの言う通りだったわ」

「それは良かったです、ライブも素晴らしかったです。投げキッスも様になってましたね」

 

カノープスの部室にて、前日の勝利がデカデカと載っている新聞を読みつつも上機嫌なランページ。漸くシンザン鉄による力を正しく出す事が出来たと確信出来るレースだった。上がったパワーに回転速度が上がった走り、それによって生み出されるスピードは素晴らしいの一言だった。出来る事ならばあれを前にやりたかったと言わざるを得ない。

 

「おっと、俺に惚れると火傷するぜ?」

「私に惚れてこのカノープスに入られたのでは?」

「こりゃ一本取られたぜ」

 

そう言いながらもイエーイとハイタッチをする二人、ネイチャは仲良いよな~と思いながらも新聞へと目を移す。

 

「重賞レースを支配する暴れん坊、ランページ!!ってなんか凄い書かれようだねこれ」

「でも私も街頭で見たけど本当に圧勝だったよ」

「私も後で動画サイトに上げられた物を確認しましたが、独裁という言葉は不思議とマッチしていました」

 

実際其処までのインパクトがあったのだ。仮にも重賞レースであったサウジアラビアロイヤルカップを大逃げで大差勝ち、その圧倒的な勝利を見せた強さにかの皇帝に重ねる者も居た。もしかしたらあのウマ娘は次なる王となりうるのではないだろうか、故に一部の者は彼女の事を今回の事に準えて暴君と呼んでいるらしい。

 

「さて、次はデイリー杯―――イクノ、お前とのレースだ」

「ええ……望む所です、ランページさん」

 

次走は11月に行われるデイリー杯ジュニアステークス。そこでイクノとランページが初の正式なレースでの激突となる、同じカノープスメンバー同士の戦い。本来であれば同じチームであるならばぶつかり合いを避けるようにして出走を行うのだが……南坂はそれを一切行わない。何故ならば其処には何物にも代えがたい絶対的な経験を得られるから。

 

「御二人とも、同じチームでの戦いという事になりますがこれまで通りにメニューはこなしていただきます。避けるべきと言うトレーナーもいるでしょうが、同じチームであるからこそぶつかり合い、そこで生まれた勝利と敗北、それは素晴らしい経験になります。それをどちらが得るのか……競ってください」

「おっ~……トレーナーカッコいい」

「ターボさん達もよく覚えていてくださいね、貴方達もデビューした時に同じ事を体感します。そしてそれを糧にしてどんどん成長してください、仲間がライバルであるという事は何処までも素晴らしいという事を」

 

本気で競い合える相手が身近にいる、これ程までに幸福な事なんてないだろう。自分にとって一番の大敵とも言えるイクノ、その為にシンザン鉄で走り込んだと言っても過言ではない。先のレースだってその前哨戦と言ってもいい。

 

「俺は勝つぜイクノ、ライアンと一緒に三冠取るって約束もあるんでね。G2程度で転んでられるか」

「望む所です。最強カノープスを目指すのであれば貴方との戦いは有意義です、何方がカノープスのエースかを競うのも一興でしょう」

 

早くも火花を散らせ合う二人にターボはおぉっ……!!と目を輝かせ、タンホイザは息を呑んで見守り、ネイチャは冷や汗を流しながらもそれを見る。普段の二人を見ているだけにバチバチに睨み合う二人のギャップに戸惑いを感じずにはいられない。

 

「―――今日は一先ず、ぱぁっと打ち上げにでも行くかぁ!!」

「良いですね、私のそれも兼ねても?」

「勿論勿論!!」

 

先程のムードが一気に消し飛んで和やかな物へと変貌した。思わず転びそうになるネイチャだが、この二人らしいとも言える。

 

「南ちゃん、今日は俺の奢りでどっか美味いとこに行こうぜ。カノープス名義で予約取ってさ」

「フフッ実は既に確保済みです」

「パーフェクトだトレーナー……!!」

「感謝の極み」

「やった~!!ターボ一杯食べるぞ~!!」

「私もいっぱい食べる~!!」

「ちょっとちょっと二人とも、ランとイクノの祝勝会なんだよ?」

「良いじゃねえネイチャ、カノープスらしくてよ」

「ええ、この方がウチらしいです」




地味にイクノも連勝中。伊達に毎日ランと走り込んでないという事で、鉄の女もヴァージョンアップ中。


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28話

「えっと、カノープスのメンバーさんだよね?」

「メジロライアン先輩、ですよね?」

「うん。少しだけ話がしたいの、良いかな」

 

その日、普段通りに授業を終えるとトレーニングに行こうとしている時にあるウマ娘を見掛けて、思わず呼び止めてしまった。その相手はナイスネイチャ、ランページと同じカノープスに所属するウマ娘であり来年デビュー予定。今が大切な時期と言うのも分かるが、聞いておきたい事があったのだ。

 

「ごめんね突然」

「いえいえ~アタシでよければ話しますけど何を話せば?」

「ランの事についてちょっとね」

 

内容はランページに就いて。ランページは同じクラスではあるが、特定のウマ娘としか会話している様子を見た事がない。他よりも体格も身長も大きいので敬遠されているのではという不安が何処かにあった。このトレセン学園で上手く馴染めているのか、という事に何処かしら思っていたのでいい機会なので同じチームメイトに聞いてみたかった。

 

「ランってカノープスだとどんな感じ?上手くやれてたりする?途中編入だから友達としては不安でさ」

「あ~成程、心配無用だと思いますよランは。チーム外でも結構頼りにされてる印象強いし」

「そうなの?あと敬語は大丈夫だから」

「そうですか、なら遠慮なく」

 

そこから聞けたのは練習中の事や自分とは別行動中のランページの姿だった。自分は自分でクラシックへと向けた練習があるのでランページと一緒という訳には行かないので、改めて彼女の事を知る者として聞いておきたかった事が聞けた。

 

「強いのに全然偉ぶらないし接しやすいし一緒にふざけられるから先輩って認識は全くないかな。頼りになる姉御肌の友達って印象が凄い強い」

「そう、なんだ」

「ウチのターボと一緒に走って、ターボがギブアップしたらおんぶしてあげたりご飯奢ってくれたりで人の世話を焼くの好きなのかなって感じもする」

 

自分の知っているランページとは違うが、根底にある物は全く同じなんだなと思う。元のランページは弱気で相手の顔色を窺うようにしつつも相手の事をよく見て心配し、勇気を出して手を差し伸べるという感じだったが今はそれが大きく前進している。

 

「なんかありがとね、話を聞けて嬉しかったよ」

「いえいえ~こんなので良いんだったら幾らでも話しますよ」

「えへへっランの事宜しくね、それじゃあトレーナー待たせてるからそれじゃ!!!」

「はいはいお任せあれ~」

 

そう言いながらもライアンの心中は軽やかだった、心に留め続けていた何かを今少しだけ浮かせた。常に彼女の味方であるという気持ち、ではなくこれからは明確なライバルであり共に目標を達成を目指す仲間として……それを掲げた。

 

「なってみせる―――三冠ウマ娘!!」

 

 

11月、肌寒さが強さを増し始めるころなのだが京都レース場は寒さしらずのウマ娘達が集った。これより行われるのは重賞G2レース、デイリー杯ジュニアステークスが開催される。ジュニアクラスで行われる中でG2クラスのレースはこのデイリー杯と京王杯しかない、故にこのレースに臨むウマ娘の気迫による熱気がレース場に満ち満ちている。

 

「おっランじゃんウェ~イ!!」

「おっヘリちゃんウェ~イ、そっちも来てたんだな。相変わらず元気で羨ましいねぇ~」

「だってG2だしアガるしかなくねって感じ!!」

 

パドックで準備運動をしていたランページに声を掛けて来たのはパーマーの友人でもあるダイタクヘリオスだった。如何やら彼女もこのレースに出るらしい。相変わらずよく笑うギャル娘だ。

 

「ウチもさぁ最近パーマーと一緒にマジアガっててさ!!今日のレースはマジ頂き突き抜けてテンアゲでFUUUUU!!って感じ!!」

「なるほろ、元気なのは良い事だ。こっちだって色々と順調なんでね、容赦なんてしてられない覚悟をしておくといい、なんつってな!!兎も角今日はテンアゲで行こうか」

「イエ~イ!!流石ラン、ウチの事分かってんねぇ~!!それじゃあ最後に一発言っとく?」

「言っとく言っとく」

「「ウエ~イ!!」」

 

周囲からはG2レースなのによくあそこまで騒げるなぁ……と言う目で見られる。普通ならばここで集中力を高めるために使うとか準備運動をするのが普通なのに……緊張していないのか、とヘリオスもマークすべきかと視線を光らせるウマ娘が多い。

 

「んじゃウチはあっちでスタンバるから頑張ろね~!!」

 

そう言いながらも腿上げしながら去っていくヘリオスを見送ると、直ぐにイクノがやって来た。

 

「賑やかですねランページさん」

「ああまあな、ヘリオスはああいう奴だからな。でも強いぜ、多分マークされても笑い続けるだろうからな」

「成程、常にポジティブで圧を感じない……強敵ですね」

 

ある種、彼女も彼女でランページの天敵に近いかもしれないタイプ。G2故に油断するつもりはないが、気を緩めずに確りと挑む事を誓いながらもレースへと挑む。

 

「ねえトレーナー、イクノとランはどっちが勝つと思う?」

 

ファンファーレが鳴り、間もなく出走というタイミングでターボが南坂に問いかけた。何方が負けて何方かが勝つ、いやG2という舞台を考えると何方も負けるという事も考えられるが……この場合は何方が強いのかという質問での意味合いが強い。それに対してネイチャとタンホイザが自分なりの意見を言う。

 

「やっぱりランじゃない?シンザン鉄でトレーニングしてるのもあるし、あんな超ハイペースで走り切れる訳だから」

「でもイクノだって凄いと思うよ。正確にペース刻みながら相手の作戦を見抜いて抜き去るなんて中々出来ないもん」

 

二人の意見は的確に両者の長所を表現している、チームメイト故に仲間の凄さと言う物は重々承知しているのでどちらが強いかという議論は中々に終わらない。だからこそターボも自分に聞いて来たのだろう。

 

「難しいですね。確かにランさんの走りは素晴らしいですが、ランさんにとってイクノさんは天敵です。ペース変更による揺さぶりが彼女には通じません、このレースでそれをやるという事はイクノさんに勝利への隙を見せる事になります」

「つまり―――ランはお得意のペース変更走法が封じられる?」

「はい、ですので勝負は……純粋な勝負になるでしょう」

 

『各ウマ娘、体勢整いました……今スタートしました!!』

 

その言葉の直後にスタートとなった。1枠1番を引いたイクノと大外枠となったランページ。対照的なスタートとなっているが、お互いは自らを貫くような走りをしている。そしてその先頭にあったのはランページとヘリオスだった。

 

『矢張り先頭を行きますのはランページ、そしてそれに続いて逃げるのはダイタクヘリオス。この二人がペースを握りますがぐんぐん加速していく、正しく大逃げのダブルスタート!!』

 

「アハハハッ本当に速いねぇランってば!!ウチだって負けないからウェ~イ!!」

「俺だって、負けてやるつもりはねぇよ!!」

 

二人の勢いは衰え知らず、淀の坂と言われる第3コーナーへと差し掛かってもキープし続けている。流石にヘリオスは常にトップスピードと言ってもいいランページと比べたら多少なりとも抑えているようにも見えるのだがランページは全く抑えていない。

 

「すっごいラン!!あの坂をぐんぐん登ってく!!」

「いや待って、鉄則知らない訳じゃないよね!?」

「鉄則?」

「何だっけそれ?」

「いやこの前話してたじゃん!!」

 

とぼけたタンホイザとターボも思わず突っ込むネイチャ。淀の坂、京都レース場の第3コーナーにある坂の事で丘のようになっており、緩やかな坂を登った後は急な下り坂になっている。京都レース場の淀の坂はゆっくり上り、ゆっくり下るのが鉄則と言われているのだが……ランページはそんな事お構いなしと言わんばかりに加速し続けている。寧ろ―――

 

『ランページ速い速い!!下りでも一切速度を緩めない、寧ろ下りを使って更に加速している!!鉄則など知った事か、自らの走りこそがルールだと言わんばかりの傍若無人ぶりぃ!!』

『ダイタクヘリオスは抑えていますね、彼女の走りの方がどちらかと言えば一般的なのですが』

 

下りの勢いを使えば遠心力で膨らんでしまう、だが彼女は必要以上に膨らむ事は無かった。シンザン鉄によって鍛えられたコーナーリングとパワーで外へと膨らむ事も無く曲がる事が出来ていた。

 

『さあ第4コーナーを曲がり切った。先頭は依然ランページ、2番手にはダイタクヘリオス、っと此処で後方から凄い追い上げをしてくるウマ娘がいるぞ!!ランページと同じように坂を凄い速度で下っていく!!そして内を突いている!!ピッタリと内を抉って来る!!』

 

「来たか!!」

「逃がしませんよ、ランページさん!!」

 

『イクノディクタスだ!!イクノディクタスが一気に上がってくる!!ランページへと一気に迫る!!ダイタクヘリオスを抜いてそのまま一気に詰め寄った!!さあ更に行けるのか、それとも彼女の台頭を許さないのかランページ!!』

 

坂を加速しながら下る、普通ならば恐怖を覚えるがイクノは持ち前の冷静さでそれを抑え込み、身体を倒し込みながらコーナーを曲がる事で最短距離でコーナーを曲がって来た。そのままランページを射程距離に収めて後は末脚のキレ味勝負となる。イクノのそれが勝つのか、それともランが逃げ切るのか。

 

「やるじゃねえかイクノ……だけどなぁ、俺はまだまだ行けるんだよぉ!!」

「知ってますよ、そんな事は!!」

「「勝負!!」」

 

同時に二人の瞳が輝くと更に強く地面を蹴った。圧倒的な力で地面を蹴って疾駆するランページ、それに喰らい付きながらも残してきた力を開放して更に追い込みをかけるイクノ。

 

『イクノディクタスが更にスパートを掛けるがランページも粘る!!あと2バ身、イクノディクタス行けるか!?徐々に縮まっていくが、距離が足りないか!?ランページ、此処でさらに伸びる!!そしてそのままイクノディクタスを振り切ってゴールイン!!やはり強かったランページ!!2着はイクノディクタス、3着にはダイタクヘリオス』

 

「ハァハァハァ……駄目でしたか……」

「ひゃぁ~びっくらこいたぜ全く、イクノよくもあんなコーナリング出来たな……」

 

ゴールしたイクノにランは驚きを隠さずに言った。彼女の精密でブレない走りは知っていたが、まさか淀の坂で加速しつつも内を抉るようにして自分との差を埋めて来るとは思いもしなかった。自分の脚でも膨らみ過ぎるのを抑えるのが精一杯だったのに……。

 

「トレーナーさんにお願いして、特訓をお願いしました。矢張り、貴方を捕まえるには坂を最短に駆け抜けるしかないと思っていましたので」

「こっわいウマ娘だよお前」

 

幾ら特訓したと言っても本当にそれが出来るのがどれだけいるだろうか、しかも淀の坂で。普通なら精神的にブレて出来なくなっても可笑しくないのに……矢張り彼女は自分の天敵だ。

 

「ウェ~イ!!二人ともマジ卍じゃね!?あの坂であんな風に走るとかマジテンアゲだったよ!!」

「ははっヘリちゃんだって3着おめ、三人でライブだな」

「ええ。ですが次はセンターを頂きますので」

「ハッやらねぇよ」

「おおっ何々ガチ燃えでメラメラバーニングなん!?」



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29話

「おめでとうランページさん。見事な走りだったわ」

「やめてくださいお婆様、そう言われると素直に照れちゃいますよ」

「フフッ少しは変わったと思ったけれど、まだまだ称賛には慣れていないようね」

 

重賞レースのデイリー杯を征したランページはその事をお婆様に報告しにメジロ家のお屋敷に参上していた。そこで待っていたのはアサマからの素直な称賛、声の影響もあるだろうが、この人に褒められるというのは何ともくすぐったい。

 

「5戦全勝、連続して重賞を制覇して次はG1に挑戦かと随分と期待されていますね。実際の所は?」

「一応南ちゃんと、トレーナーと阪神ジュベナイルフィリーズに行こうかって考えてます」

「と、なると貴方が目指すのは」

「トリプルティアラ」

 

その言葉に、思わず熱が灯る。その冠を初めて手にしたのはこの家の至宝とも言われたウマ娘だった、その背中に続けと名ウマ娘達がそこに、ティアラ路線へと挑んだ。未だ現れぬ二人目のトリプルティアラ、それを目指すと言われて思わずアサマは嘗てターフを駆けた時の情熱が蘇ってきたようだった。

 

「そうですか。ならば覚悟して挑みなさい、あの道は険しい―――けれど、望む価値がある道です」

「望む所。女王が得るという三つの冠、それを独裁者が手に入れてごらんに入れましょう」

 

頭を下げて、部屋を出ていくランページにアサマは年甲斐もなく身震いをしていた。ランページがその時見せたのは獰猛な肉食獣のような表情、そこにあるのは苦難に燃える挑戦者ではない。既にその先を見据えているのだ、そしてその先を叶える為にこんな所で止まるつもりはないという決意の表れ。言うなれば彼女は未だマイナスの状態、それをゼロへと戻しプラスへと転換させる為にこの勝利は必要不可欠。

 

「それすらも踏み台にする気は満々という事ですか……全く、生意気な孫ですこと」

 

そんな言葉を口遊みながらも紅茶を口する、不思議と今まで飲んだ中でそれは上位に上げられるほどに美味な味わいをしていた。

 

 

「ちぃ~す南ちゃん、届いたってマジ?」

「はい、此方に」

 

トレセン学園に戻って来たランページ、寮へと向かおうとしていた彼女に南坂から連絡がやって来た。それを受けて直ぐに部室に入るとそこには大きめの箱が部室のテーブルの上に置かれていた。

 

「随分と早かったな、こういうのってもうちょい時間かかるとか言ってなかったっけ?」

「はい。ですがそれは細かなリクエストを入れている場合ですね、ランページさんのご要望は言ってしまえばシンプルでしたから」

「飾りっ気ねぇから時間掛からないって事か」

「まあそういう事ですけど……」

 

折角気を使って濁したのに……と言わんばかりに苦々しい顔になってしまう南坂を無視して箱を開けてみる事にした。そこにあったのは―――ランページの勝負服だった。G1の舞台で着る事になる戦装束、これを纏う事で本当の自分となるのだろう、これで走る事で望んだ自分になれるのだろう。

 

「んじゃ早速試着してもいい?」

「はい、それでは外に出てますので終わりましたら呼んでください」

「居てくれてもいいぜ、南ちゃんなら変な気起こさねぇだろうし気にしねぇよ」

「流石にそうはいきませんよ、後それは信頼されて喜んでいいのかよく分かりません」

 

男として意識されてないという事なのだろうか、トレーナーとして全幅の信頼をおいてくれているという事なのか、それともその何方なのだろうかとも思いながらも外に出ていく南坂を見ながらもつまんねぇなと呟きながらも早速着てみる事にした。

 

「んしょっと……久しぶりかもなこういうのも」

 

基本制服だったりライアンとアイネスに選んでもらった服が多く、女性として慣れて来た身としてはこういうのは何処か新鮮に感じられる。尚、偶にスーツを着たりはしていたのだが……どうにもタマ達が心配そうな顔をするので着るのはやめた、主にクリークが半泣きになりながら抱き着いてくるからである。

 

「うし、こんなもんか。南ちゃん終わったぜ~」

 

少し大きめに声を出して南坂を呼ぶ、そして部室へと入って来た南坂は少しだけ驚いたような表情を作りながらも直ぐに笑みを作った。

 

「とてもお似合いですよ、ランページさんにはそちらの方がよくお似合いなのですね」

「まあ元から女っぽいのが如何にも苦手だったからな、こっちの方が馴染むのはある種当然だぜな」

 

真っ黒に焼け焦げた大地に未だ燃える炎を表したようなロングパンツ、雪国に降りしきる白雪のような純白の白シャツ、そしてその上からそれらを全てを包み込む夜のような黒いロングコート。それを纏ったランページは酷く絵になっている、これはファンも増えるだろうなと南坂は内心で想った。

 

「思った以上に気に入ったぜ、妙なアレンジ入れて谷間見えるようにしてるとかしやがったら突き返してスーツでG1走ってやろうと思ってたからな」

 

ケラケラと笑っているが、それを聞いている南坂は本気で安心した。ハッキリ言ってカッコよさこそあるが、可愛げや色気の類は全く感じられないランページの勝負服。勝負服によってはボーイッシュな物は幾らでもあるが、ボディラインが見えたりしたりで女性的な要素が垣間見えるのが大半だが、ランページのそれはロングコートも相まって完全な男性の様相。

 

「なあ南ちゃんよ、これでちょっと走るってなしかい?」

「いえ寧ろ走っていただかないと困りますよ、何か問題や違和感がないかの確認をしないといけませんから」

「確かにな、んじゃ行くか~」

 

そう言いながらもコートのポケットに手を突っ込みながらも歩きだして行く彼女に続くように部室を後にする南坂。が、直ぐに周囲からどよめきの声が漏れ始めた。

 

「えっえっあれ、ランページ先輩よね……!?」

「何あれ超カッコいいんだけど……」

「あれ、もしかして勝負服!?」

「キャアアッ高身長のお姉様に凄いマッチしてる……」

 

「なあ南ちゃん、なんか俺目立ってる?」

「存分に」

「なして?」

 

と普通に困惑している彼女に頬を掻いて誤魔化す。何故なのかと言われたらランページは普通に人気があるからである、トレセン学園で一番身長が高いというのもあるがサッパリとした気風の姉御肌で面倒見もよく、男っぽい言葉の中にも愛嬌を覗かせている事もあって非常に人気がある。ランページに憧れる後輩は多い。

 

「あ~!!ランってば凄いカッコいいの着てる~!!」

「如何よこれ、中々に良いだろ」

「かっくい~!!」

 

とカノープスが練習してるコースへと到着すると直ぐ様に反応したターボがその名の如く迫り、キラキラとした瞳を向けて来た。

 

「ありゃりゃ~こりゃまた随分と男っぽいの着てるね~まあランにはそっちの方が似合うもんね、スーツとか」

「おいおいネイチャそれはもうやめてくれよ」

「凄い、カッコいい~!!いいなぁ勝負服って!!今からデザイン練ろうかな~?!」

「悪くないと思うぜ、まあ俺はパッと決めちまったから説得力ねぇだろうけどな」

 

ニシシ、と笑い笑みを浮かべながらも素直には褒めないネイチャ。勝負服に対する憧れをより一層深めて今から勝負服を考え始めようとするタンホイザとそれぞれが違って反応をしていて実に面白い。其処へイクノが現れる。

 

「どうよイクノ」

「実に素晴らしいですね、貴方らしく、貴方にしか合わないと思える勝負服です」

「これ以上ねぇ褒め言葉をどうも」

 

先日のデイリー杯で競い合ったが、もう既にチームメイトに戻っている為にか言葉には余計な熱はなく純粋な称賛が込められていた。友人達からの言葉を得て、ランページは空を見上げながら南坂に言う。

 

「南ちゃん、阪神ジュベナイル―――勝つぜ」

「はい。期待させて頂きます」



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30話

年末、シンシンと雪が降りしきり始める12月の阪神レース場。当日の朝から降り始めた雪はそれ程迄激しくはない、それ故に実施が決定されたが肌を突き刺すかのような寒さが襲い掛かって来る。それでもレース場は異常な熱気に包まれている、ここで行われるのはG1。最高グレードのレース、そのレースを見る為に多くの人が阪神レース場へと足を運んでいた。

 

「うぅぅぅさぶぃ~……」

「大丈夫ターボ、ほらココア買って来たから。トレーナーさんも」

「すいませんネイチャさん」

 

この日気温は雪の影響もあってか二桁にも届かない程に低い、最高気温は4度で最低気温が0度と言う有様。パドックでは既に勝負服を纏ったウマ娘達が入念なウォーミングアップを行っている。勝負服はデザインやドレスやスカートといった肌を露出させた系のものが多い為に見ている方が寒さを感じる、ターボの震える声も納得の状況である。だが、当の本人達は勝負服から力を持っているのか、震えているようには見えない。

 

『さあ一番人気の登場です、2枠3番―――ランページ!!』

 

パドックへと姿を現したランページの姿を見て観客たちは思わず息を呑んだ、そこにあったのは他のウマ娘達のような煌びやかなドレスや可愛げのある勝負服などではなかったからだ。寒風に靡くロングコートを肩に掛けながらも悠然と歩きだし始めた、黒と赤のロングパンツに純白のシャツを纏ったウマ娘。美しさではない、そのウマ娘から感じられる凛々しさと猛々しさに言葉を奪われていた。そして―――肩に掛けていたロングコートに手を掛け、一気にそれを脱ぎながらも片手でそれを肩に担ぐように構えると、不敵な笑みで静かに言った。

 

「―――待たせたな」

『おおおおおおっっ!!!』

 

その言葉がスイッチとなったのか、パドックは観客たちの大歓声が上がった。これまでもボーイッシュなウマ娘はいたが、此処まで振り切った勝負服を纏ったウマ娘はいなかった。それを完璧に着こなしながらも心を鷲掴みにする入りをした彼女に誰もが魅了された。

 

「カッコいいぞ~ラ~ン!!」

「キャ~素敵~!!」

「よっイケメン~!!」

「応援してますよ」

「応、ネイチャは後で覚えとけ」

 

そんな言葉をカノープスの面々に送りながらもパドックから引っ込む、その時に他のウマ娘からの視線を一身に受けたが全く気にも留めない。1番人気なのだからマークを受けるのは当然なのだろうから、寧ろ望む所だ。

 

「ウェ~イ!!ランってばその勝負服マジヤバくね!?」

「おっなんだヘリちゃんも来てたのかウェ~イ」

「ウェ~イ!!」

 

様々な視線を受けながらも、コートを着直しながらもヘリオスとの雑談に勤しんだ。そして―――遂にレースの時が来た。

 

 

『雪が降りしきる寒空の阪神に新たな女王を目指すウマ娘達の熱き心が揃う!!クラシックへの道、阪神ジュベナイルフィリーズ!!』

 

いよいよゲート入り、その時がやって来た。雪の影響もあってバ場状態は重バ場、不良にならなかっただけ良かったと思うべきだろうか。寒風が身へと降りかかってくるがその程度でこの闘志は揺らぐ事などはあり得ぬのだ。それぞれのウマ娘が強い想いを抱きながらも出走したこのジュベナイルフィリーズ、その想いが強い者こそがこの戦いを制する―――ならばそれは自分だとそれぞれが思う。

 

『来年の春を見据えて、阪神ジュベナイルフィリーズ今―――』

「―――さあ、今日もやるぜな」

『スタートしました!!』

 

勢い良く開いたゲート、全員がスタートを切った。ややバラつきが目立つスタートだがその中でも矢張りと言わんばかりに飛び出す影があった。

 

『早速飛び出したのは好スタートを切ったランページ、しかし今回は先頭争いが早くも激しくなっているぞ。ランページの後方に付きますのはダイタクヘリオス、コクヨウデーア、シルバーベター。この4人のウマ娘が先頭でペースを作ろうとしています』

『1番人気のランページをマークし逃げ切らせないつもりなのでしょうね、それが吉と出るか』

 

「今回ばかりはさせない!!」

「このG1でも独裁が通じると思うなよ!!」

「ウェ~イ今日は色んな逃げが居てたのすぃ~!!」

 

一人を除いて逃げウマ娘は完全にランページをマークする作戦に付いた。これまで大逃げをし続けて来たランページ、だが此処ではそうはさせないと言わんばかりの気迫が感じられる。ヘリオスだけはマイペースに逃げている、何方かと言えば脅威を感じるのはヘリオスだ。自分だけを見ている奴らなど脅威ではない。

 

『さあ前半を44秒で通過!!これはかなりのハイペースだぞ大丈夫なのか!?先頭を維持し続けるランページは今日も気儘な独走状態、後方からの追撃もなんのその、今日も独裁で超ハイペースで走り続けております!!』

『このバ場でこれだけのスピードを出せるとは、かなりのスタミナとパワーですね』

 

バ場が重くてパワーが必要、舐めるなよ自分がこれまで何を使ってトレーニングをして来たのかを見せてやる。そう言わんばかりにランページは4コーナーに入る前に姿勢を低くし始めた。そして膝と脚に力を籠める、そのまま一気にそれを解き放って激走する。

 

『此処でランページがスパートを掛ける!!第4コーナーに入る前に勝負を掛けた!!速い速いぞ後続のコクヨウデーア、シルバーベターも必死に追いかけるがダイタクヘリオスに突き放されていく!ダイタクヘリオスだけが追いかけられているが、ランページが、ランページが今最初にコーナーを越えて行く!!』

 

「さあ、俺を観ろ!!」

 

ラストの直線に入って更にギアを上げる、ヘリオスとは6バ身程。それ以上は開かない、彼女も笑いながらではあるが凄まじい脚を見せている。それでも追い付けない程にランページは駆け抜けていく。

 

『スタンドを揺るがすこの大歓声!!民衆が求めるは彼女の独裁!!独裁者ランページ今はゴールイン!!師走の阪神の女王となったのはランページ!!暴君なれど名君なり、独裁者ランページが女王として君臨したぁ!!』

 

大歓声に包まれるレース場、誰もがそれを望んでいたと言わんばかりなので肝心の女王は少しだけ笑っていた。

 

「やっは~ランってばマジやばくね!?最後の走りとかウチまでテンアゲで笑っちゃったもん!」

「あんがとよヘリちゃん。そっちこそよくこんなバ場でついて来れたな」

「ハハハッ根性根性♪ウチの魂はこの程度じゃ萎えないっしょ!!」

 

2着に入ったヘリオスが笑いかけて来る、彼女の走りも見事だったがそれを振り切る事が出来た。自分のペースで逃げたヘリオスは2着だったが、自分に合わせて最高速度を超えて走ってしまったが故にコクヨウデーア、シルバーベターは大きく沈んでいった。矢張りマイペースで走るというのは強みなのだろう。

 

「んじゃ、ライブはもっとテンアゲっしょ!!」

「だな」

 

ランページは少しだけ歩くとそのまま何時ものリザードンポーズを取った、そしてロングコートを脱いで肩に担ぎながらもウィンクを飛ばした。



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クラシッククラス―――ティアラ路線
31話


新年、即ち新しい年。文字通りの意味だがそこに込められる意味や想いは異なるのである。ランページやイクノからしたらクラシッククラスへと入り、これから文字通りの激戦が待ち構えている。ネイチャやターボからすれば待ち侘び続けて来たデビューの年になるので気合もより一層に入る、今年の出来次第で来年は決まると言っても過言ではない。

 

「やっほ~あけおめことよろ~」

「あけおめ~ラン!!」

「おいっす~」

「それネイチャさんの挨拶なんですけどね~」

「堅い事言うなよ」

 

そんな新年を迎えたカノープス、今年の活躍を祈願する為に参拝を行う為に集合をした。

 

「にしても良かったのラン、メジロ家で新年パーティやるんじゃなかったの?」

「柄じゃねえよんなの、各界の著名人が来る新年パーティなんて息が詰まるわ。お婆様からもこっちには出なくて良いと言われたしな」

 

実際にはメジロ家への恩があるので出席をしようと思っていたのだが、アサマが此方ではなくてチームの方に顔を出しなさいと言ってくれたのである。その言葉に甘える形でこうしてカノープスの集まりにやって来たのである。

 

「それにしても、本当にランってばそっちの格好が似合うよね。流石おっぱいの付いたイケメンですわ~」

 

ニヤニヤしながらも此方を見てくるネイチャ。明るいブラウンのパンツに合わせたジャケット、その中には白いニットを着込んでいる。そして首元には青いマフラー、ブルーのストールを羽織っているランページ。程良いリラックスさと上品さを醸し出すファッションだが、見た目が良いからはやたらイケメンファッションに映るらしい。

 

「ぁぁん?まだそれ言うかテメェ、よし商店街の皆さまにお前の練習中の写真ばら撒いてやる」

「写真立てに入れて店先に飾られるからマジで勘弁してください」

 

即座に謝罪するネイチャとケラケラ嗤うラン、何だかんだで互いを弄り合える良い関係だったりするのである。

 

「それでは皆さん、神社に行きましょうか。出店も出ているでしょうから甘酒を楽しんだりしましょう」

「わ~い!!ターボニンジン焼きが良い!!」

「ゲン担ぎにG1ニンジン焼きも良いかもしれませんね」

「んじゃまあ行くとしますかね~」

 

今年のこれからの事や紅白歌合戦の感想、色々な事を話しながらも到着した神社。夜中だというのに神社は多くの人で混雑していた、多くの人が参拝に訪れている。その中にはウマ娘の姿もちらほらとあって自分達と同じような目的であるというのが見えた。

 

「お~やっぱり人多いんだね」

「はぐれたりすんなよ~、ターボ出店は後でじっくり回りゃ良いから先に参拝だ」

「「は~い」」

 

タンホイザとターボを連れて歩いていくランページだが、途中で二人が出店に気を取られて其方をジッと見ていたりしているのに気づいたのか、溜息混じりにしょうがないな……と言いながらも財布を出した。

 

「ほれ、まずは甘酒買ってこい。全員分な」

「やった~ランってば分かってる!!行くぞ~マチタン~!!」

「お~!!」

 

そう言いながらも駆け出して行く二人に転んだりすんなよ~と声を掛けると任っかせろ~!!という返事が返って来る。若干だが不安に感じている自分にネイチャとイクノ、そして南坂が何処か暖かな視線を送って来ていた。

 

「何よそんな目で」

「いやさ、なんか二人のお姉さんいやお母さんみたいだったからつい」

「とても面倒見がいい感じでした」

「はい。ランさんの良さが出ていました」

「よせやい、あの二人が幼いだけだろ」

「「買って来たよ~!!」」

 

そんなやり取りをやっていると甘酒が来たのでそれを飲みながらも漸く参拝箱に辿り着いた、それぞれはお金を出しながらも手を合わせた。ランページが願うのは当然、今年一年の活躍祈願……ではなく

 

「(俺の報復が成就しますように……)」

 

本来の目的の成就祈願であった。神社でそういう願いをしていいのかは謎ではあるが、遠回しではあるがトリプルティアラの獲得を願っていると言えなくもない。そんな事をしているとタンホイザの顔に本坪鈴が落ちて来て直撃したのであった。

 

「ぶべぇっ!!う"ぇぇぇえええん!!!」

「わぁぁっ大丈夫か!?」

「えっ何で落ちてくんの!?何お願いしたの!?」

「兎に角、誰かティッシュ持ってますか!?」

「ああもう新年早々なんだよこれ!?」

 

取り敢えず、ティッシュで鼻血を拭わせながらも脇に退きながらもタンホイザの処置をする。其処まで酷い物ではなかったが、新年からこれは縁起が悪い……とすっかりタンホイザは落ち込んでしまった。

 

「うぅ……新年早々これって……」

「ま、まあまあ……ほら、新年からいきなりいい方向に登っていくって事だよ、多分……」

「そうですよ、悪い事の後には良い事があると言いますし」

「そうだぞマチタン!!何事もポジティブシンキング?だぞ!!」

「合ってますから自信を持ってくださいターボさん」

 

兎に角彼女を励まそうとするカノープスの面々、そんな彼女を見かねたのかランページは神社の売店で売っていた何かを購入するとそれに何かを詰める。そしてタンホイザの頭を少し乱暴に撫でながらもそれを差し出した。

 

「ほれっこれやるから元気出せ」

「元気出せって言われても……御守り?」

 

そこにあったのは安全祈願と必勝祈願の二つの御守りと小さな袋だった、首を傾げていると中身を開けてみろと言われたので開けてみると―――そこにはお金が入っていた。

 

「えっ!?」

「お年玉だ、出店で好きなもん買って来い」

「えっでもでも……」

「良いから良いから、チームメイトが不景気そうな顔しているとこっちまで不景気になる。一人の不幸が幸せになるとみんな幸せになるんだよ」

 

少々乱暴な言い方をしているが、優しさに溢れている手付きと笑顔にタンホイザは嬉しくなってきた。そして嬉しさから一筋の涙を流したが、それを直ぐに拭って立ち上がった。

 

「うん分かった!!何時までもうじうじじゃ駄目だよね、えいえいむん!!ターボ、このお金で色々食べよ!!」

「えっ良いの!?」

「おう行ってこい行って来い、ついでにターボ達にもお年玉やるから」

「やった~!!」

 

そう言いながらもターボだけではなくネイチャやイクノにもお年玉を渡すとネイチャは酷く驚いた。

 

「えっアタシにも!?」

「私も、とは……受け取れません」

「いや二人にはターボとタンホイザの面倒を見て貰う為の手間賃。あの二人だとなんかしそうだから見張っててくれ」

「あ~厄介事押し付けですかそうですか、まあネイチャさんは義理堅いですからこの位ならお安い御用~」

「成程、では折角ですからターボさん達と楽しむ事にします」

「応そうしろそうしろ、俺は適当に過ごすから」

 

二人はそのままターボとネイチャを追いかけていく、それを手を振って見送ったランページ。それに隣の南坂が少しだけ申し訳なさそうな表情をするのであった。

 

「すいません、私がすべき事だったのに」

「気にすんなよこの位。それに金の使い道に困ってた所だ」

 

レースの賞金はトレセン学園の学費などを出してくれているメジロ家に渡そうとしたのだが、自分の為に使うのが一番メジロ家の為になるとお婆様から完全拒絶を受けてしまった。なのでこういう事などに使うのが恐らく最適解と思っている。

 

「南ちゃんは何お願いしたんだい?」

「皆さんが怪我無くトゥインクルシリーズで走れるようにと」

「かっ~無事是名バを目指すトレーナーらしいな」

 

南坂らしいお願いだと思った、そして自分が何を願ったのかと言おうとしたのだが彼の口からそれは止められてしまった。その表情からは分かっていますと、と言わんばかりの物が浮かび上がっていた。

 

「―――知ってるみたいだな」

「ええ、これでも貴方のトレーナーですから」

「その先の事も?」

「全て」

「流石」

「それ程でも」

 

短かな言葉のやり取りだけでも、お互いが何を持っているかを完全に察知出来た。南坂は自分の報復の事を知っている、如何やって知ったのかは敢えて聞かない。それ以上に聞きたい事があるからだ。

 

「止めるかい」

「いえ、当然の権利だと思います。必要なら言ってください、お手伝いします」

「そうかい、どんな手伝いをしてくれるのかな?」

「ちょっとお耳を拝借しても?」

 

そう言われて一歩、近づく。そこに南坂が小声でどのような協力が出来るのかを教えてくれた。それは普段の彼とは思えないほどの内容だったので、本気で彼の素性が気になって来たランページは呆れたような表情で彼を見る、肝心の彼は微笑みを絶やさなかった。

 

「お綺麗な面してどうしてそんな事が言えるのかね。アンタの底が知れねぇな」

「恐れ入ります」

「いや褒めてねぇよ、呆れてんだ」

 

本当にこのトレーナーの正体は何なのか分からなくなってきた。この世界でもバラクラバを付けてライブジャックを決行したりするのだろうか……と言うか自分もそれに混ざるのだろうか……と色々と思っていると前から見覚えのある顔がやって来た。

 

「よっ南坂、あけおめ」

「あけましておめでとうございます沖野さん、今年もよろしくお願いします」

「相変わらず堅いね~フランクで良いんだよトレーナー仲間なんだし」

 

それは沖野だった、如何やら彼自身も参拝にやって来たらしいがランページとしては彼が連れているウマ娘の方が気になった。

 

「マックイーン、お前さんメジロ家のパーティは?」

「お婆様にチームの方を優先しなさいと言われたんです、パーティの方は此方で対応するからと……」

「ほぉ~ん……」

 

一先ず新年を挨拶をしたのだが、直後にマックイーンの背後から一人のウマ娘が飛び出て来た。しなやかなジャンプで姿を見せたウマ娘は人懐っこい笑みを浮かべながらも好奇心旺盛と言いたげに此方を見つめて来た。

 

「ねえねえ、君がマックイーンの言ってたランページ?」

「応、独裁者ランページとは俺の事よ」

「テイオー、すいませんランページさん。此方私が所属するスピカのチームメイトなんですの」

「トウカイテイオーだよ!!夢は会長みたいな無敗の三冠ウマ娘になる事だよ!」

 

元気いっぱいに自己紹介をしてくれるが、そんな事してくれなくても知っているとも。奇跡のダービー馬、地の果てまで駆けていく馬、空を駆ける豪脚、様々な呼び名を持った屈指の名馬、トウカイテイオー。様々な苦難に苛まれながらも、それに懸命に抗い続け奇跡とも言えるレースを見せた天才。

 

それが今、ウマ娘として目の前にいる事に興奮を覚えずにはいられなかったがそれを抑えながらも返事をする。

 

「知ってるとは思うがランページだ。三冠か、奇遇だな俺はトリプルティアラを狙ってる」

「そうなんだ!!それじゃあ何時かレースで勝負しようね、無敗の三冠ウマ娘とトリプルティアラとして!!」

「ハッもう俺が負けるって思ってるのか、良い根性してるなお前。良いだろう、その挑戦受けて立ってやるよ」

「もうテイオー……すいませんランページさん」

「気にすんな元気な奴でいいじゃねえか、いいチームメイトできたなマックイーン」

「ええ、それは確かですわ」

 

この世界ではどうなるのか、不思議と不安もあったがそれ以上にウマ娘として帝王と勝負したいという気持ちが強かった。その時が来るのを、ランページは心から待つ。そしてその時が来たら最高の走りで応えるのだと。




これで今年最後……ですかね。様々な事があった1年ですが、来年も皆様宜しくお願いします!!余裕があれば、夜にも出しますが、また来年もアルト姫を宜しくお願いします!!


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32話

いよいよクラシックの舞台へと上がったランページ、見据えるティアラは既に見えている。後はそこへと駆けあがる路線へと登るだけ。

 

「んで南ちゃん、俺のスケジュールって如何するんの?」

「はい、イクノさん同様に暫くはクラシックで走る為の身体作りを中心にしようと思っています」

「それでいいのかよ、イクノが言ってたみたいに経験を積まなくて」

「それも大切ですが相手もお二人の能力を把握して来ている筈です」

 

これまで多くのレースに出場している二人、ランページとイクノはそれぞれ6戦を走っている。其処で経験を積んだ事は明確に力になるだろうが、二人はそこで力を示してきたが故のマークを受ける。阪神ジュベナイルフィリーズでは雪による重バ場という要素もあった、それをシンザン鉄で得たパワーで撥ね除ける事が出来たが、それでは完全な運勝ちだ。完全な実力で勝てるように鍛える必要がある。

 

「その為の身体作りか……シリーズ任せるって言った手前異論はねぇ、んで次走はいつにするんだ?」

「そうですね……ティアラ路線ですので桜花賞に出る事は決定、その前にと思ってます」

「んじゃチューリップ賞で頼むわ」

「チューリップ賞、ですか?」

 

思わず聞き直してしまった。チューリップ賞はG2の重賞レース、加えて桜花賞と同じ距離で同じレース場。ティアラ路線を通るウマ娘ならば確実に見逃す事が出来ないと言えるレースの一つだった、納得の選出だと思ったのだが

 

「ちゃん先輩と同じように制覇してやろうと思ってさ」

「―――ああ成程、そういう事ですね?」

「そゆこと♪」

 

メジロラモーヌのトリプルティアラはシンボリルドルフやミスターシービーを超える物だと言われている。その理由は前哨戦とされるトライアルに出走してそれらに勝利した上で三冠を達成している為に、彼女の事を完全三冠と呼ぶものも多い。故に二人を超えたとも言われる。

 

「そこはフィリーズレビューではないんですね」

「生憎短距離は走った事ねぇからな、そこまでちゃん先輩に合わせる必要はないと思ってよ。俺は俺の距離で結果を出せばいい訳だ」

「正論ですね、アネモネステークスというのもありますが除外ですね」

 

距離では同じくマイルのアネモネステークスというトライアルもあるにはあるが、そちらは阪神ではなく中山なので桜花賞と条件が異なってしまうので当然除外。

 

「なあ南ちゃん、一つ聞いても良いか」

「何ですか?」

「俺のクロスオーバーステップってさ、普通のレースで役に立つ?」

 

聞きたい事、それは自分の持ち味ともいうべきステップの存在だった。アサマも東条トレーナーも注目していたそれだが、此処まで走って来てそれを使用する機会はなかったので活用出来るのかを思い切って聞いてみる事にした。すると南坂は少しだけ苦笑して答えてくれた。

 

「素直に答えるとそのままで活かすのは難しいですね、クロスオーバーステップは真横への物ですから基本的に前へ前へと進んでいくレースでは前から落ち込んできたウマ娘がいた場合位ですかね」

「逃げの俺じゃ意味ねぇって事か」

「ええ、ですので別の側面で活用してますよ」

「別?」

 

そう言いながらも自分の膝を叩きながらも説明を入れる。

 

「ランページさんの最大の特長は膝の強さ、ステップによって年単位で鍛えられた事で元々柔軟だった関節に強固さが加わっています。シンザン鉄の導入もそこが決め手でした、そこを鍛えつつも膝を武器にした前傾姿勢走法です」

「あ~……そういう事だったのねん」

「今の状態ならばさらに全力を出した状態でも膝への負担は大丈夫な筈です」

 

改めて聞くと南坂の見通しに驚く、元々あった自分の素質を見抜いただけではなくそこを鍛えつつも最大の武器にする為のトレーニングをさせていたのだから。この人が自分のトレーナーで良かった、敵だったらと思うと一番恐ろしい。

 

「と言う訳ですので、クラシックでのレースに向けてランページさんには新しいメニューに取り組んでいただきます」

「応、何すればいいんだ?」

「此方を……使って頂きます!!」

 

部室の一角に置いていた箱を腰を使いながら持ち上げてテーブルの上に置く。それ程までに重いのだろうか、何やら既視感を覚えながら箱を開けてみるとそこには……新品ピカピカの新しい蹄鉄が納められていた。

 

「ランページさんの為に新しく特注したシンザン鉄です、以前よりも重量をアップしておきました」

「マジかよ……」

「それと今年からは坂路トレーニングを積極的に取り入れていきます、クラシックを戦い抜く為には脚の強化は不可欠ですから」

「これ着けて坂路……嘘だろ……」

 

試しに持ってみると以前のシンザン鉄よりも重い、普通の蹄鉄と比べると5倍以上はあるんじゃないだろうか……しかもこれで坂路を走れだなんて……自分は何処の坂路の鬼だと言いたくなった、因みに既に入学している。

 

「黒沼トレーナーみてぇなメニューになるね、それ」

「実際一部監修をお願いしました」

「マジかよ……」

 

トレセン学園一のスパルタトレーナーとして名高い黒沼トレーナー、別名トレセンの龍。恐れられているが実際は距離適性や脚質適性を改善する事に非常に長けている、何処までならば行ける、これ以上はまずいという線引きが非常に上手いが故にそれがスパルタとして現れている。トレーナー側としては腕利きとして尊敬され、ウマ娘達からすればスパルタとして恐れられている。

 

「大丈夫です、ランページさんなら乗り切れると信じてますから」

「重い、信頼が重いよ南ちゃん……物理的にそれが現れたらダメだろ……」

 

だがしかし、これは同時にあのミホノブルボンを育て上げた黒沼トレーナーからの指導とも取れる。そのトレーニングを超えられる自分が作る事が出来ればクラシックでも十二分に戦えるようになる筈……そう前向きに捉えながらも新しいシンザン鉄をシューズに打つ。

 

「因みにイクノさんにもシンザン鉄を渡してあります、以前のランページさんと同じ重さの物をですが」

「イクノも……なら前からやってる俺がへこたれる訳には行かないな……やってやろうじゃねえかこの野郎!!」

 

イクノも頑張っているのであれば自分だって負ける訳には行かない、何故ならば―――このカノープスをトレセン最強にする為にも負ける訳には行かないのである。

 

「その意気です、それじゃあ早速坂路行きましょうか」

応任せろ!!

「声震えてません?」

「そこは察して」




もう一話出来ちゃったから投稿しちゃいます。ですが今度こそ正真正銘今年ラストです!!

次回は又来編!!ではよいお年を!!


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33話

あけましておめでとうございます!!今年もよろしくお願いします。


「ハァハァハァ……」

「ちょっ大丈夫ラン?」

「これが、大丈夫、そうに、見えるのか……ネチャネチャ」

「ネイチャ!!」

 

一月も半ばを過ぎようとしている頃、坂路トレーニングを漸く終えたランページは崩れ落ちるかのように倒れこんでしまった。

 

「坂路ってそんなにキツかったんだ……デビュー後に取り入れるって言ってたけどこりゃ覚悟する必要あるかも……」

「シンザン鉄を使うなら覚悟しとけよ、マジできつい……」

「えっでもランって慣れてる筈じゃ―――」

「これ、新品なんだよ」

 

そう言いながらもシンザン鉄をシューズから外すのだが、その際に大きな音を立てながらも地面に落ちたそれを見て言葉を失うネイチャ。音からして以前着けていた物よりも重い物だというのが察せてしまった。

 

「どんだけ重いのよそれ」

「今までが普通の蹄鉄の4倍だったけど今は5倍だ」

「うわぁ……」

 

既に超重量蹄鉄に慣れていたランページですら音を上げる程にキツいシンザン坂路に顔を歪めるネイチャ、だがそれでも走れている事に驚くべきか悩んだ。

 

「そこまでやるぅ……?」

「まあやらなくて負けるよりもやって負けた方が後腐れ無いだろ?やれる事を全力でやって負けた方が後悔なんて残らないのさ」

「そこは分からなくもない、かな?」

「だろ。人事尽くして天命を待つって奴だ」

 

そう言いながらも走り込みを続けているイクノへと視線を向けるのであった、彼女は彼女で普通のシンザン鉄を漸く導入したばかりなので慣らしを兼ねての走り込みだが、中々に走りにくそうにしており一歩一歩を踏みしめるように脚を上げている。

 

「流石のイクノも苦戦してるな、俺も最初は大変だったからなぁ」

「にしても大丈夫な訳、イクノもシンザン鉄で強くなって」

 

ネイチャとしては同じチームとはいえ、レースとなったら問答無用で競い合う敵になる。その敵がどんどん強くなる様を見ている訳だ、普通は同じチームならばレースの被りを避けるが南坂からは寧ろ被らせていくと宣言を受けている。なのでこれからも、自分もそうだがカノープス同士の激突は目に見えているのだ。

 

「良いじゃねえか、南ちゃん言ってたじゃねえか仲間が競い合えるライバルなのは素敵な事だって。それに俺達は学園最強を目指すんだ、その為には互いが互いを潰しあう事を恐れてたらダメだろ」

「まあ、そりゃ……」

「それに、実際の舞台で一緒に仲間と走るって事はそれぞれが客観的に自分の走りを見て貰える。これは凄い長所だろ?」

 

ハッとする。練習の中では出ないものが本番では爆発するなんて事は良くある話だ、そしてそれを一緒に走る仲間が体験していたらそれを感想として聞く事が出来て次に繋げる事だって出来る。レースを通してチーム全体で強くなる、それが今のカノープスなのである。

 

「今年デビューのナイスネイチャ、お前さんだって最高のライバルが近くに居るんだ。うかうかしてられねぇぜ」

「それってテイオーの事?」

「ああ、あいつとんでもねぇバケモンだぞ」

 

先達の意見として放った言葉に素直にネイチャは驚いた、学年でもテイオーの凄まじさは話題になっていたが……ハッキリ言ってネイチャからすればランページだって相当な化物だと思うが当人がバケモン認定をするのだからテイオーの素質と言うのはそれ程の物なのだろうことなのだろう。

 

「この前に南ちゃんが選抜レースを見てたのを後ろから見たけどよ、マジであれ可笑しいぞ。何だあれ」

「うっわそんなに?」

「そんなに。ありゃ多分、無敗の二冠は確実だな」

「うへぇぇ……」

 

史実を知っているからではない、実際のテイオーの走りと言うのはそこまでのポテンシャルを感じさせるほどの物だった。俗に言うテイオーステップ、それを可能にするまでの柔軟な関節が生み出す異常なバネ。本当に同年代でなくて良かったと安堵したくなる、その代わりにはマックイーンが同期にいるのだが……。

 

「んじゃアタシ勝ち目なくない?」

「んな事ない、お前さんだって十分過ぎる位凄い逸材だ。大丈夫、デビューまで俺とイクノと走り込みまくれば自然と力付くから」

「アハハハッそれは勘弁したいかな~って」

「よし追加でターボも付けてやる」

「なんでキツくなった!?」

 

しかし、ネイチャとしては願っても無い事。既にデビューしてG1で勝利もしているランページとそれに負けない位に実績を出し続けているイクノの協力は実に有難い。それに

 

「チームメイトが頑張ってるのアタシだけ頑張らないってのもあれだしね、よ~しアタシもいっちょやったりますか!!」

「その意気だネイチャ、んじゃ早速やるか。イクノにターボ~、模擬レースやるから混ざってくれ~」

「分かりました、少しだけ休憩貰えますか?」

「15分で良いか?」

「十分です」

 

走り終わって一呼吸を入れるイクノ、そして傍にはストップウォッチを構えていたターボが居たが話を聞いて飛んできた。

 

「ねえねえねえねえラン聞いて聞いて聞いて!!ターボね、昨日の授業で2000m走ったんだけど1着で逃げ切ったんだぞ!」

「おっマジか!?お前、今までマイルは逃げ切れたけど中距離はキツいって言ってたよな」

「うん!!でもイクノとランに追い付こうと走り込んでたらなんとか2000は行けるようになったの!!」

 

褒めて褒めて!と言わんばかりにうずうずしているターボの頭を撫でてやる、ターボが自分に対抗心を燃やして努力を重ねていたのは知っていたが……2000も逃げ切れるようになったのは驚きだった。

 

「このまま長距離も逃げ切れるようになる!!」

「もしかしてアンタも三冠狙ってるのターボ」

「勿論!菊花賞だって有だって逃げ切ってみせるよ!」

 

その表情に嘘はなく、本気だった。常にトップで居続けたままゴールする、それを最も好むのがターボ。ならばそのまま行ける所まで行ってやろう、あのターボでさえも此処までの気持ちを固めて頑張ろうと決めているんだ、自分が弱音を吐いている訳にも行かないかと何処か溜息のようなもので自分の中の邪魔物を吐き出すと立ち上がった。

 

「それじゃあネイチャさんだって頑張っちゃおうかな。テイオーといい勝負できるようにはならないとデビューしてもキツそうだし」

「それじゃあ皆で走ろ!!えっと……マチタンタイム計って貰ってもいい~!?」

「うん任せて~!!」

 

想いはあれど、皆が目指す道は一つに繋がっている。皆で強くなる、カノープスで強くなる。

 

「行くよ~!!位置について、よ~い……ドン!!!」




ターボ&ネイチャ、強化中。

「妥当テイオー!!よし、頑張るぞ~!!」
「ターボ、それ間違ってんぞ。勝つのはこっちの打倒だ」
「あれそうなの!?」


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34話

「なぁ~南ちゃん、やっぱふけちゃダメ?」

「駄目ですよ」

「ちぇ~……わぁったわぁったよ。もう言わねぇから勘弁してくれ」

 

その日、ランページと南坂の姿はURAのビルの中にあった。整えられたパーティ会場と言わんばかりの豪華な内装の中にある壇上、そして其処へと向けられる無数のカメラと記者。見るだけで嫌になるような光景がそこにある、この日、ランページはURAから最優秀ジュニア級ウマ娘に選出されたのでその表彰式に出席していた。

 

「こんなのに出席する位だったら練習してぇもんだよ」

「そう言わずに、これも名誉な事ですよ」

「トリプルティアラ取ったら嫌でも同じような物をまた受けるんだぜ、それで十分だ」

 

余程此処に来たくなかったのか、ランページは先程から愚痴ばかりを零している。だが嫌々ながらも来ているのはその事の意味を確りと理解しており、報復の一助になる事とメジロ家の顔を立てる為。そうでなければ完全に無視している。

 

「矢張りスーツなんですね」

「何だい、南ちゃんは俺のドレスでも見たかったのかい?」

「よくお似合いだと思いまして」

「よせやい、照れるじゃねえか」

 

このような場なので一応正装で来たのだが、矢張りと言うべきかランページはスーツでやって来た。確りとネクタイまで締めている姿は妙に様になっている、これだからネイチャに揶揄われるのだろうと内心で想っていると準備が整ったのか司会がマイクを取った。

 

『それではジュニア部門の表彰を始めたいと思います。ジュニア部門にて最優秀ウマ娘に選ばれましたのは6戦6勝、無敗のジュニア王者の名に相応しい活躍を致しましたチーム・カノープス所属、ランページさんです!!』

 

その言葉と共にトレーナーと一緒に壇上へと上がる。同時に焚かれる大量のフラッシュ、しかし表情を崩して行けないと言われたので我慢する。この時ばかりはウマ娘の身体能力の高さが恨めしい、人間の時よりもずっとフラッシュが眩しい気がする。

 

『それでは、ランページさんに今後の目標をお聞きしたいと思います。これからはどのような路線に進まれるのでしょうか』

 

向けられた質問、同時に記者たちの視線だけではなくテレビのカメラまでもが此方に向けられる。これをあれらも見ているのだろうか……そう思うと此処で恨み節の一つでもぶっぱなしたくはなるのだが、それをすると南坂だけではなくメジロ家にも多大な迷惑を掛ける事にも繋がるのでグッと抑える。

 

「そうですね、私は友人ととある約束をしておりますのでその約束の達成へと目指して突き進むつもりです」

『そのお約束についてお聞きしてもよろしいでしょうか?』

「トリプルティアラ、それを私は獲ります」

 

自信満々な表情のまま、それを言い放つと矢張り……と言わんばかりの声とおおっ……と言う声が漏れて来た。

 

「史上二人目のトリプルティアラ、独裁者って言われてますしそれを獲るのも一興でしょう」

 

そう言いながらウィンクをすると記者から確かに、と少しばかり笑う声が聞こえて来た。冠を全て取ったものこそが名乗れる称号、確かに独裁者と呼ばれている彼女にもそのティアラは似合う筈だ。

 

『成程、それではトリプルティアラを目指すランページさんを称えまして新しい勝負服を授与させて頂きます』

 

職員が持ってきたそれを受け取りながらも思わず、ボソッと一言言ってしまった。

 

「まだ一回しか勝負服使ってないのに新しいのか……どっち着ればいいんだろ」

「好きな方で良いと思いますよ」

「そう言われたら絶対一回着た方ばっかり着ない?ンで結局新しいのが箪笥の奥で埋もれるの」

 

そんなトレーナーとのやり取りに、また笑いが起きた。確かにそうだな、と同調する意見や自分だったら新しいのに……と言った言葉も漏れている。そしてランページのこれからの活躍を祈って大きな拍手が盛大に送られるのであった。頭を下げてそれに感謝を捧げ、彼女の表彰式は終了した。

 

「あ~……肩凝った、ウマ娘なのに猫被ってネコ娘だぜこりゃ」

「お疲れ様です」

 

表彰式も終わった後、取材の申し込みなどもあったのだがそれらを振り切ってランページは南坂の車に乗ってトレセン学園への帰路についていた。

 

「部室ではパーティの準備が出来ているそうですよ」

「そっか、んじゃ早く帰ろうぜ」

 

そう言いながらも貰った新しい勝負服を後部座席に投げる彼女に思わず南坂は苦笑してしまった。二つ目の勝負服と言うのはウマ娘にとっては栄誉、URAから表彰された事の証明にも繋がるのにこの雑な扱いに彼女らしさを感じる。その理由は一つ。

 

「誰だよあのデザイン考えたの」

 

新しい勝負服は所謂ドレス系、しかもウエスト周りは確りと見える上に胸が強調されるようなデザインになっているのでランページは絶対に着ない事を決意した。

 

「これってさURAに直接苦情入れたら変えてくれんの?」

「さ、流石にどうなんでしょうか。新しい勝負服に文句を付けるという話を聞いた事がないので……」

「んじゃ俺が第一号になるわ」

「それは勘弁してほしいのですが……」

「んじゃ着ない方針で」

 

URAから如何して新しいのを着ないのかと言われても絶対に着ない、着て欲しかったらデザイン変更しろと突き返す事を決めてしまったランページに南坂は困った表情を作るしか出来なかった。

 

「南ちゃん、今回の一件見ると思う?」

「少なくとも耳には入るかと。ジュニア王者であり、今代のスターになるやもしれぬ存在です」

「ならいいけどよ」

 

もしかしたらこの段階で接触があるかもしれないとランページは考えている、URAの表彰はTVでも大々的に放送されるので何処かしらで知っても可笑しくはない。そしてそれを知って近づいてくるかもしれない。

 

「もしそうだとしたら、如何します?」

「どうもしねぇよ、予定を前倒しにするだけよ」

「ですね」

 

仮に来たとしてもやる事は同じ、拒絶して突き返して後悔させるだけ。

 

「何かお力になれる事があれば言って下さいね、これでも結構凄いんですよ私」

「んじゃさ、南ちゃんってマジで何者な訳?」

「私ですか―――貴方のトレーナーです」

「敵わねぇなこりゃ」

 

そんな会話をしながらも、車はトレセン学園へと向けて走っていく。そしてランページと南坂はカノープスの面々とパーティをして楽しむのだろう、それを力に変えて今年も走るのだ。自らの目的を果たす為に、そして―――

 

「あのランページさん、少し宜しいでしょうか?」

「どったのたづなさん」

「実は……貴方のご家族を名乗る方からお電話が入ったんです、理事長が直接対応して下さってますが如何します?」

 

その時が来たらしい。



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35話

「どうぞお入りください」

「失礼します」

 

たづなさんに案内されて通された理事長室、このトレセンの理事長に相応しい立派な内装をしている部屋に目を移すよりも先に目に入った人物へと目が行った。一見小柄な子供にしか見えないが、ウマ娘の為ならば喜んで私財を投ずることができる程にウマ娘を愛してくれている人がいた。

 

「歓迎ッ!!よくぞ来てくれたな、ランページ君!!」

 

歓迎!!とやたら達筆な字で書かれた扇子を広げながらも自分を出迎えてくれた人物こそがトレセンの理事長たる、秋川 やよいだった。実はノーザンテーストなんじゃないかという疑惑があったが実際は如何なのだろうか、あと帽子の上に乗っているネコが可愛い。

 

「まあまずは座って欲しい、話は喉と口を潤してからでも遅くはない!!」

「此方にお座りください」

「それでは遠慮なく」

 

来賓用の椅子と思われるそれに座りながらもその前に座って理事長に目を向ける、本当に幼女なんだな……と思いながら小さくネコが可愛い。そしてそこへたづなさんが紅茶を淹れて持ってくる、それで口と喉を潤すと直ぐに話を切り出してきた。

 

「単刀直入ッ!!君のご家族と思われる方から連絡が入ってきたのだ、名を朋一と明衣と名乗っていたが」

 

その言葉を放った時に、ランページの表情から光が消えた。真っ直ぐやよいの方を見ている筈なのに影が生まれたかのように何も映さなくなった。無、何も帰ってこないような虚無の表情があったのだ。それを真正面から見ているやよいは特に驚いた。無表情とは表情の変化にとぼしい、表情に表さない事を指すらしいがそれは誤り、本当の無表情とは本当に何もないのだ。

 

「……」

「ランページさん、ランページさん?」

 

たづなの言葉にも何も返答を行わない、喜びを浮かべる訳でも無ければ怒りを浮かべる訳でもない。唯々無がそこにあった、心配したたづなが肩に触れて軽く揺さぶる。

 

「ランページさん!!」

「―――ッ……すいません、ちょっと」

「いや大丈夫だ、寧ろ其方が大丈夫か?」

「……少し」

 

頭を抑えるようにしつつも大丈夫だと答えるが、その表情は一転して何かを堪えるかのような物になっていた。ランページの内側に溢れて来たのは、ウマソウルに刻まれた苦しみや悲しみ、寂しさだ。飲み込んだと思っていたが、名前を聞いて一気に蘇って来た。そして同時にヒトソウルがそれに怒りを覚え始め表情が険しくなっていくのを二人は見た。

 

「それで、その二人はなんて言ってましたか」

「君との面談を望んでいる、そして謝罪をしたいと」

「謝罪、謝罪と来たかあの夫婦……クククッ……何に対する謝罪なんでしょうね理事長、なんだと思います?」

 

顔を押さえながら、同じように抑えつけられた笑いを上げながらも問いかけて来る。その時点で察した、彼女とその二人は良い関係などではない、寧ろ最悪に近い関係なのだと。

 

「皆目、だがハッキリと言える事がある―――ランページ、君は会うべきではない」

 

幼く見える外見とは思えぬほどに凛々しく、力強い言葉と共にやよいは言い放つ。

 

「何があったかは知らないが、君の様子を見る限りではある程度の予測を立てる事は容易。故に言おう、面談するべきではない」

「私も同意見です。今のランページさんは普段とは様子がまるで違います、名前を聞いただけでそれでは……これから大切な時期に入りますし」

 

二人の言葉は何処までも優しく、暖かった。心から自分を心配してくれている、理由が分からずともこのトレセン学園の生徒の一人が苦し気にしているのだから理由などそれで十分過ぎる。

 

「君が望むのであれば、私の方で対処しておこう。何、これでも地位とコネはあるから安心したまえ!!」

 

と、扇子を広げるとそこには安堵!!と書かれている。一体どうやって変わっているんだというツッコミを入れたい、入れたいが―――

 

「折角の申し出ですけど……受け取れません。あれは俺の獲物ですから」

 

譲れない、それだけは譲れないのだ。望むのは自分の手で始末を付ける事なのだ、それを他人に譲るなんてあり得ない。その言葉を受けた二人は同時に険しい顔になった、そしてたづなも席に着くと聞く体勢を作ってくれた。

 

「ならば聞かせて欲しい」

 

思わず言ってしまった言葉、譲れないものを譲らない為に出した言葉を二人は逃さない。恐らく納得するまで返しては貰えないだろうし、連絡が来るために呼び出しがあるかもしれないと思いながらも事情を話す事にした。南坂からも何かあったら自分以外では、東条トレーナーかこの二人に相談すれば間違いはないというお墨付きもあったので素直に話す。途中で口を挟む事も無く唯々静かに聞いてくれている。

 

「「っ……!!」」

「にゃあっ」

「……済まないハテナ*1

「ごめんなさいハテナちゃん」

 

途中途中で二人は怒りに呑まれそうになっている時、理事長の頭の上のネコが一鳴きする。すると二人は我に返ったのか、謝罪しながらも話を聞き続ける。

 

「―――と言う訳です……」

「ニャ?」

「ありがとハテナ、もう大丈夫。ほれっ理事長のとこ帰りな」

「みゃあ」

 

自分も自分で話している時に険しくなっていたのか、途中で理事長のネコのハテナが自分の元までやって来ていた。それに癒やされつつも話し切った。

 

「そう言う訳であれらに報復するのが俺の目的なんですわ、なので理事長のお気持ちは嬉しいですけど」

「―――承知、だが……憤怒ッ!!到底許せる事ではない!!」

 

思わず机を殴り付けてしまう程の怒りを露わにする、それに驚いたのかハテナがランページの頭の上に跳び移ってしまった。

 

「理事長、落ち着いて……」

「だが、何故君がそれほどまでの苦しみを受ける必要があった!?家族であるのならば、本当に家族であるのならば支え合うのが当然!!ご両親を失っていたのであればそれが当然だ!!それなのに遺産を持ち逃げしただと、それなのにG1を勝利し最優秀ジュニア級ウマ娘に選出された途端に会いたいだと!?ふざけているのにも程がある!!」

「私も同感です。お金目当てに決まっています、虫が良すぎる話です」

 

全て言ってくれたやよいとそれに同意しながらもランページに絶対に会ってはいけないと注意するたづな、本当に優しい人達だ。まるでアサマみたいだと思わず思ってしまった。

 

「そう言って貰えるのは嬉しいですけど、俺はそいつらに報復をしたいんです。絶対的な後悔を」

「……如何やら意志は堅いようだ、加えて君のそれは正当のようにも思えるし復讐というには非常に細やかだ」

「遺産の返還というのも当然の権利ですし、でも本当に良いんですか?」

「俺はもうあいつらの家族じゃないです―――俺はメジロのウマ娘です」

 

そう言いながらも笑って見せると二人は漸く顔から力を抜いて柔らかな物を作るようになった。ランページは絶対に二人を許す気なんてない事を改めて理解出来たので安心した。

 

「向こうが会いたいって言うなら会ってやりますよ、下手に引き延ばしたり拒否すればマスコミに変な事を吹き込まれかねない。だったらさっさと話を付けるのが賢明です」

「ムゥッ……正論」

 

今、ランページは本当に大切な時期が迫っている。トゥインクルシリーズのクラシックの本番、一生の一度しか出られない三冠への道。それを得てから接触を図って来るかと思ってきたが、想定よりもずっと早かった。早いならば早いうちに片づけた方が自分としても学園としても得策だろう。リークをするよりも先に、処理する。

 

「では、此方としては何をしたら良いでしょうか」

「何でも言ってくれ!!力になると言ったのだからできる限りの要望には答える!!」

「それじゃあ面談の場所のセッティングをお願い出来ますか、聞き耳を立てられないように」

「可能!!」

「後―――」

 

そのまま話を詰めていく、途中途中やよいとたづなはキョトンとしながらも理解したようにお願いを聞いてくれた。そしてセッティングする時間などを加味して面談するのは―――2週間後に決定した。

 

「理事長、こんな我儘聞いて貰って有難う御座います」

「何、この程度造作もない!!」

「はい。普段は回転寿司を導入しようとしたりもっと凄い事してますから」

「何やってんすか理事長」

「ニャア」

「痛烈ッ!!?何故パンチするのだハテナ!?」

*1
ノーザンテーストは猫とのエピソードが有名だが、ネコは三代の繋がりがあった。ハテナは二代目、後姿が尻尾とお尻の穴でハテナに見えたからハテナという名前になった




ノーザンテーストと仲の良かったネコの初代は野良猫で、入り込んできた子が何時の間にかスタッフのアイドルになっていた、チビと呼ばれていたらしい。

二代目がハテナ。トウカイテイオーの担当の自宅に迷い込んできたとの事。此方は背中に乗ったりなどしていたが、ノーザンは騒がず乗せてあげていたとの事。

そして三代目、ノーザンに悪さこそしなかったがナリタトップロードにネコパンチを浴びせた。名前はジェイソン、心なしか勇ましい名前である。


ノーザンテーストだけではなく、引退馬とネコという組み合わせは多い。有名処では、ノーザンレイクファームのメイショウドトウとメトだろう。


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36話

「ラン、あの二人に会うって本当なの!!?」

 

練習が休みの日、ランページは気儘に過ごしていた。屋上に出てながらも寝そべりながら空を見上げてシガーを吹かしていると、そこへライアンが飛び込んできた。それに対して軽く首を振って肯定する。

 

「たづなさんから話が来て理事長の所行ってな、んで連絡が来たって言われたんだよ」

「でも本当に会う気なの!?」

「連絡来ちまったんだ、会わないとマスコミにリークされて面倒な事になりかねないからな。マスコミ連中は喜んで話を聞くぜ、何せジュニアクラス最優秀ウマ娘のスキャンダルだからな」

 

ケラケラと笑っているが本当にそれが起きたならば洒落にはならない、だからこそ洒落にする為に会うのである。

 

「でも!!」

「なあライアン、これは俺が漸く目的への第一歩を踏む事が出来るチャンスなんだ。如何してそれを邪魔すんだよ」

「それは……だって」

 

酷く意地悪な言い方だと我ながら思う、ライアンは自分の事を良く知っているし目的だって分かっている。それなのにどうして止めるか、自分の理解者である君が如何してと問いかけられるとととても弱くなる。

 

「だって、ランを自殺に追い込んだ元凶と会うなんて……お父さんとお母さんの遺産を持ち逃げした奴と……」

 

ライアンは不安なのである。叔父と叔母が直接的に自殺に追い込んだ、と言う訳ではないが自殺をするまでに追い込まれる環境にした犯人であるのは確か。そんな人間と会うのは親友、いや家族として許せるような物ではない。せめて誰かを入れておくべきだと思うが、それについては問題はない。

 

「別室にはたづなさんが待機してくれる事になってる、いざとなったら飛んできてくれるさ」

「でも……」

「それにライアン、俺があれに絆されるとでも思ってる訳?」

 

立ち上がってシガーを仕舞いながらも酷く心外そうな表情で見つめ返す。

 

「俺からしたらあれらは親の遺産持って行った上で俺を捨てた屑叔父夫婦な訳なんだぜ、最早保護者でも家族でもない。唯血が繋がってるだけの他人」

「……ゴメン、信じてない訳じゃないんだけど……」

「心配してくれるのは分かるさ、俺はお前に助けられたわけだしな」

 

実際に自殺している光景を見たライアンからすれば決着を付けるためとはいえ、その原因と会わせる事に拒絶反応を感じるのは致し方ないという物。だからその優しさは受け取っておく、だがケジメは自分でつけるのが自分らしさだ。そう思っていると屋上の扉が勢い良く開け放たれた。

 

「うぉっ!?」

「えっ何!?」

 

思わず声を上げながら驚くと、大粒の涙が屋上を濡らした。その涙を流している後ろから何やっとんねん!?という声が聞こえて来る、そして―――その涙を流している張本人は駆け出すとそのままタックルをかますかの如くランページへと抱き着いた。鍛えている筈なのに尻もちをついてしまった。その犯人は……

 

「ぅぅぅぅうっランページざぁぁぁぁん……」

「ク、クリーク先輩!?」

「あっちゃぁ……やってもうた……」

 

そう、抱き着いたのはスーパークリークだった。そしてその背後からはタマモクロスとオグリキャップが顔を覗かせた。クリークが勢い良く開けたせいか、扉は金具が外れて地面に倒れた。

 

「タマ、これ如何しようか」

「どないしよって……用務員のおっちゃんに頼むしかないやろ」

「分かった、私から話しておく」

「頼むで」

 

オグリがそう言いながらも階段を駆け下りて行くのを見送るとタマは酷く申し訳なそうにしながらもランページに抱き着き続けているクリークを見ながら言う。

 

「盗み聞きするつもりはなかったんやけど……一応止めたんやけど止めきれなんだ」

「いえ……何処まで聞いてました?」

「……途中から、せやけど実は予想はついててん。アンタがおとんのスーツを着てたとかでな」

 

そう言われてランページは納得したような顔をした、そうなると以前デビュー戦の時に自分を抱きしめた事も納得が行く。そんな前から自分の事についての目安が付いていたのか。

 

「うぅぅっ……そんなにつらい事を経験していたなんて……ううっ辛かったですね、苦しかったですよね……」

「あ~……取り敢えずクリークさん落ち着いてください。状況だけ見たらクリークさんの方が辛そうです」

「すいません、ご迷惑かけちゃいましたよね……」

「いえまあ……ちょっと嬉しいですけどね、俺の為に泣かれたら」

 

クリークとはタマからの繋がりで先輩後輩程度の関係性しかないのに、話を聞くだけで此処まで号泣してくれるのは嬉しさすら感じられる。が、その一方で凄まじい怒気を放っているタマも気になった。

 

「んでその夫婦が来るんやって……一発殴らんと腹の虫がおさまらんわ!!」

「タ、タマモクロス先輩私よりキレてないですか……?」

「こんな話聞いて素面でキレない方が可笑しいわ!!」

 

怒りのまま、前掻きを行ってしまうタマだが―――G1ウマ娘が怒りのままにそれを行った為に屋上の床に罅が少しずつ入り始めてしまっている。流石のパワーだと感心するが止めないと怒られかねない。

 

「タマさん、そうキレられたら当事者の俺がキレ難いですよ。ご安心してください、あれらには一生苦しみ続けて貰います」

「―――すまんかったわ、そんな家族が居るなんて思わへんかったわ」

「ランページさん……でも暴力はいけません」

 

タマに大してそう言うとクリークが顔をキリッとさせながらも此方を見据えて来た。

 

「どんな事をされようとも、同じことをしたら貴方も同じになっちゃいます。それこそが自分を苦しめるんです」

「分かってますよ、だから俺が求めるのは一生続く細やかな報復なんですよ」

 

どういう事をするつもりなのかと話すとタマは景気の良い笑いを空へと打ち上げて、クリークは安心感を浮かべつつも暖かな笑みを浮かべていた。

 

「そりゃいいな、細やかやけど一生続くわそりゃ!!一番の復讐は自分が幸せになる事だって聞ぃた事あるけど正にそれやな」

「ええ、とてもいい事だと思いますよ。悪い事をしたらちゃんとその償いをさせないといけませんもんね」

 

何方も笑いながらもランページに賛同する。タマはランページの肩をバンバンと叩き、クリークはよしよしと優しく頭を撫でてくれる。不思議とそれは心地良くて不意に家族の思い出を想起させた。

 

「―――……」

「どしたのラン、ボンヤリして」

「……いや、なんかクリークさんが母さんっぽいって思ってさ」

「まぁっ♪」

「あかん」

 

先程まで笑顔だったタマの表情が凍った。タマモクロスやオグリキャップ、イナリワンと激戦を繰り広げたとされるスーパークリーク。紛れもない強豪でおっとりとした性格で皆から好かれるウマ娘なのだが……ある種の致命的な欠点のような物があった。それは……誰かを甘やかしたがるという癖がある事。

 

「それじゃあ私をママだと思って甘えてくれてもいいんですよ♪」

「始まってもうた……」

 

全てを受け止め、許し、なぐさめてくれる甘やかし上手なウマ娘。時にはトレーナーさえもその母性に飲まれてしまう、しかもそれらが出来ないと調子を崩すという……その対象となったりもするタマはその事を理解しているがされたくはない、だがそのせいでクリークの調子が崩れるのは……と揺れる時がある。そしてランページがその対象になってしまうのか……と思った時に軽く苦笑しながらもクリークの頭を逆に撫でた。

 

「あらっ?」

「ありがとクリークさん、だけど俺のお母さんは死んだお母さんだけなんだ。だから貴方をお母さんだと思って甘える事は出来ない、仮令もう会えなくてもあの人以外をお母さんって思いたくはない……って俺の我儘だけど、そう思い続けたい」

「そう、なんですね」

 

一瞬驚きつつも、納得したように頷く。善意のつもりだったが、要らぬおせっかいだったのかも……と落ち込みそうになるのだが、直ぐにクリークの身体に寄り掛かった。

 

「だからさ、姉さんとして甘えてもいいかい?」

「―――っ!!はい、存分にお姉ちゃんに甘えてくださいね♪」

「程々にさせて貰うよ、でも頼る時は思いっ切りね」

「はいっ♪」

 

その光景にタマは顎が外れそうになるほどに驚いてしまった。あのクリークの甘やかしを受け流し切っただけではなく、姉として甘えると宣言した上でクリークもそれに了承した。様々な意味でショックが大きい光景に声も出なくなった。

 

「タ、タマモクロス先輩幾らなんでも驚きすぎじゃ……」

「それ程、なんや……クリークが、あんな事言うなんて……」

「ええっ……」

「タマ、連れて来た……って何かあったのか?」

 

戻って来たオグリは屋上でクリークに膝枕をして貰っているランページ、それを見て絶句するタマと苦笑いをするライアンと言う光景に思わず首を傾げるのであった。




母ではなく姉になったクリーク。まあどっちみちな気もするけど。


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37話

「フゥゥゥッ……」

 

椅子に座りながらもハーブシガーを吹かす。テーブルの上には灰皿が置かれており、そこには既に吸い尽くされた吸い殻が何本も置かれていた。この部屋で待機する事1時間の間にもう何本も吸っている。それ程までに今、ランページの心は激しく動いている。

 

「んっいかん吸い過ぎたか、やれやれ主治医に怒られるな」

 

そう言いながらも新しくシガーの箱を開けた、今日ぐらいは勘弁して貰うとしよう。何せ大切な日なのだから……新しく吸おうと一本を出そうとした時、扉がノックされた。直ぐに扉が開けられたが、そこに居たのは生徒会長のルドルフだった。

 

「ランページ、いらっしゃったよ。既に応接室で御待ちだ」

「了解、んじゃこいつはそっちで吸うとしますか」

 

一瞬、部屋に充満していたハーブの香りの濃さに驚いた様子だったが直ぐに本題を進めた。部屋を出てルドルフの後に続くように歩く。

 

「私も隣の部屋で待機させて貰う事にしたよ、事情を知っている者としてね」

「ハハッシンボリまで味方とは、畏れ多くて震えちゃうな」

 

普段と変わらぬような態度を貫いているように見えるが、ルドルフはランページがかなり揺れているのが分かった。それはハーブシガーの匂いだけではなく普段以上のその瞳が鋭くなっているから。ジュベナイルフィリーズで走った時のような強い瞳、それと同じような心持でいるという事なのだろう。

 

「他にも待機してるんでしょ」

「ああ、たづなさんや理事長、他には南坂トレーナーらもご一緒だ」

「そりゃ結構―――さてと、数年ぶりの対面だな」

 

辿り着いた応接室、扉一つで遮られているというのにも分かる程にウマ娘の感覚と言うのは鋭く強い。間違いなく居る、朋一と明衣、自分の叔父と叔母が……思わず強く握り込んだ拳をルドルフが解きほぐすかのように握ってくれた。

 

「泰然自若、大願成就。今更君がそれを忘れるとは思えないが……細やかな報復、叶えてみせると良い」

「フッ……あんがと生徒皇帝、んじゃ行って来るわ」

 

軽く手を上げると、ルドルフは察したように笑いながらもそれに手を叩き付けた。そして直ぐにもう一度片手で強く握手を交わす、最後に笑い合うと彼女は隣の部屋へと入っていった。そして―――ランページは応接室の扉を開けて中へと入った。

 

「ランページ!!」

「大きく、なったなっ……」

 

応接室のソファには二人の大人が居た。一方は涙を流しながらも自分を見つめ、一方は自分の姿に感激を覚えたように腰を浮かせている。あれから数年経っているが忘れる事が出来る訳もない、紛れもない自分の叔父と叔母、朋一と明衣だ。

 

「これはこれは、随分とお久しぶりだな―――遺産持ち逃げした叔父さんと叔母さん」

 

その言葉に二人は驚いた様子だった、二人の記憶の中にあるランページは何時も暗くオドオドしていて消極的なウマ娘だった。だが、目の前にいるのは冷たい瞳を作りながらも此方を見つめて凛とした言葉を使うランページ。齟齬があり過ぎて本当にあのランページなのかとも思うのも当然。そんな二人を他所に対面のソファに腰掛けながらもハーブシガーを取り出した早速吸い始める。

 

「あ、貴方煙草を吸ってるの!?」

「G1ウマ娘がなんて事を!!」

 

ワザとらしく吸って見せたが効果はある、練習後などは吸ったりしているがマスコミに見られやすい時には騒がれるのも嫌なので控えている。G1ウマ娘がタバコを吸っているなんてブランドが下がると思ったのだろうか、ランページはやめない。

 

「吸うように育てた覚えがないってか、奇遇だな俺もアンタらに育てられた覚えはない。当然だよな、引き取って直ぐにどっか行ったもんな」

「……訳があるんだ、子供のお前には分からない位に大きな訳が」

「訳ねぇ、年頃のウマ娘を家に一人放置して連絡もずっとない位の訳があるので?」

 

一切引くつもりはない、どんな言葉を重ねようとそれを信じはしない。

 

「聞いて欲しいの、貴方を巻き込みたくなかったの」

「そうだ、お前は知らなかっただろうがお前のお父さんとお母さんには大きな借金があった。だから私達が―――」

「そんな事は聞きたくないし、アンタらの話に興味はない。今更会いに来た理由はどうせ金だろ」

「なっ!?お前、なんてことを!!」

 

朋一が机を叩きながらも立ち上がる、威圧するつもりなのか声も低くしながらも此方を睨みつけて来るが全く怖くない。叔父夫婦からすれば自分は両親を失った姪のままで止まっている、その姪がウマ娘として名を上げたから会いに来た。どれほどまでに変化したのかを理解せぬまま。

 

「明衣に謝れ!!明衣がお前の事をどれだけ思っていたのか!!」

「アンタらの事なんて如何でもいい、お父さんとお母さんの遺産、その相続権は俺にあった。さっさとそれを返して貰おうか」

「な、何を言うかと思えば……お前に管理出来る訳ないだろう!!?」

「出来るさ、信頼出来る人に頼む」

 

管理云々の話をして来る事なんてお見通しだ、その辺りも既にちゃんとしてある。

 

「私達が信用出来ないとでも!?」

「えっ信用されるに値すると思ってるの、本当に、数年間音信不通だったのに?」

 

虚を突かれたかのような顔をしつつ、一つ一つを確認するような言葉運びをするランページに強いストレスを感じたのか大声を出した。

 

「わ、私達はお前の!!」

「人間性の話をしてる、子供一人を放置してどっか行くやつに信頼なんてない」

 

朋一は何処か苛立ちを感じているかのように拳を握り始め、明衣は不安を感じ始めたのか分かりやすく目を泳がせ始めた。多少なり大きくなろうとも、自分達の知っているランページのままだと思ったのだろう。違う―――お前らが今の自分に変えたのだ、変えさせてしまったのだ。

 

「俺の人生にテメェらは必要ない」

「お前っ―――!!」

 

朋一が思わず殴り掛かろうとしてしまいそうになった時、応接室の扉がノックされた。咄嗟に拳を引っ込めると扉が開け放たれた、そこに居たのは……南坂だった、そしてその後ろには眼鏡を掛けた初老の男性が立っていた。

 

「だ、誰ですか今は話の途中ですが!?」

「カノープスのチームトレーナーの南坂です。ランページさん、御到着しましたのでお連れしました」

「あんがと南ちゃん、手間かけさせたね」

 

いえ、それでは……と南坂は部屋から出て行くのだが男は応接室に残った。朋一は出て行けと言わんばかりにその人を睨みつけるが、直ぐに付けているバッチを見て顔を青くした。そのバッチにはヒマワリ、そして天秤が中央にある。

 

「紹介するよ、俺がお世話になってるメジロ家お抱えの顧問弁護士さんだ」

「顧問弁護士です。この度はランページさんの担当弁護士をさせていただきます」

「「べ、弁護士……!?」」

「そう、遺産返還の正式な手続きを残したくてお願いしたって訳」

 

ランページはメジロ家の弁護士をトレセン学園へと連れて来ていた、そして理事長や南坂トレーナーと一緒に待機していてもらってタイミングを見計らって来て貰えるように話を付けていたのである。

 

「まず、御二人にはランページ様の保護者としての権利は認められませんね。ご本人様が付けていらっしゃいました家計簿や日記からそれは明白です、そして居住していらっしゃりましたアパートの大家や近隣住民の方々から数年の間お二人の姿を見なかったという証言も取れております。何か、其方から御座いますか?」

 

弁護士が目を向けた時、完全に二人は遠い目をしており敗北を見ている様子だった。弁護士はランページへと目をやる、それに肩を竦めるように応えた。そして応接室からランページが出た時―――彼女はこの上なく晴れやかな表情をしていた。そして南坂が肩を叩いた。

 

「お疲れ様です」

「ありがと……なんかちょっと疲れたな」

 

心が、と言うよりもウマソウルが疲労している気がした。この後、南坂から寮に戻ったらどうかと言われたのでその通りにするつもりだったのだが……偶然出くわしたクリークに膝を貸してほしいとお願いしたら快く膝を貸してくれたのであった。

 

「フフフッ如何ですかお姉ちゃんの膝枕は」

「……ああ、柔らかくて気分が良いよ……ああ、なんか楽になった気分だ……」

 

その気持ち良さに飲まれるように、瞳を閉じた。



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38話

『駆ける駆ける!!スタートからフルスロットルで駆け抜けていきます!!先頭は依然ランページ、二番手にはアグネスフローラも続きますがこれはもう届かない!!まさに独裁、圧倒的なまでの強さで今ゴールイン!!』

 

春風が頬を撫で、桜が咲く時期も迫り始める季節となった頃に行われた同じ花の名前を冠する重賞レースであるチューリップ賞。桜花賞のトライアルレースでもあるこのレースに出走したランページは文字通りに圧勝で勝利を収めた。

 

『さあこの女王が向かうのはいよいよティアラ路線の桜花賞!!独裁者は真の女王となり、新たな王権の布告とするのか今から期待されています。そして、そんな彼女を討ち果たす者はいるのでしょうか!?』

 

「ジュベナイルよりもずっと強くなってるじゃない……」

 

そのレースを見届けていたチームリギルの東条トレーナーは思わずそんな言葉を口にした、今回出走したアグネスフローラはリギルの所属、その名に恥じぬ強さでチューリップ賞まで無敗で勝ち上がって来た。間違いなくトリプルティアラも狙えると彼女はそう思っていた、そしてランページの対策にとリギルの逃げウマ娘達との併走トレーニングをさせ続けてきたのにも拘らず逃げ切られてしまった。

 

「ええ、あの日からずっと強化トレーニングをさせ続けてきましたから」

「南坂」

 

そこへカノープスの南坂がやって来た、その手にはドリンクやらがあるので恐らく一緒に見に来た子達の為に買ってきたのだろう。トレーナー自らやる辺り、ウマ娘の身体や関係を重んじている彼らしさを感じる。

 

「経験を積ませる方針って言ってなかったかしら?」

「はい。ジュニアは兎に角走らせて空気、技術を肌で感じる事で勝負勘を鍛えて行きましたがそれらを活かす為の身体作りを去年の年末から始めてました。その成果があれです」

 

そう言われて視線を向けた先ではリザードンポーズで勝利に応えているランページの姿がある。脚も長く体格も大きいからか、脚は細く感じやすいが言われてみたら脚がかなりがっしりとした印象を受ける感じになっている。

 

「無事是名バ、それを目指すと言ってた貴方が今回は取りに来た、と思ってもいいのかしら?」

 

世間的にリギルのライバルはスピカだと言われている、それは当然シービーとルドルフの影響がある。しかし東条としてはチームの中で一番怖いのはカノープスだと思っている。無事是名バを掲げている為に侮れない相手が絶対に出走してくるプレッシャーが襲って来る。確かな実力者が確実に、間違いなく迫って来るというのはある種一番怖い事なのである。だが、南坂は少しばかり困った顔をした。

 

「私というよりかは皆さんがですね、目指すなら上を目指そう、学園最強カノープスになろうと」

 

自分はそこまでを目指すつもりなどは無かった、寧ろ自分はウマ娘が一つの勝負に人生を掛けすぎる事を心配していた。一生の一度の舞台で華やかな活躍をする為にその後の一生を不意にする事は非常に辛い事だと。だからこそ掲げたものこそが無事是名バ、カノープスで学んだ事や培った事をその後の人生で活かせるようにしていく為、引退したらそこで終わりではなく繋がるようにしたい。

 

「だからこそ輝ける、無事是名バで本当の名ウマ娘になって最強になろうって皆さんが言ってくれました……だから私もそれを手伝おうと思ったんです」

「(目が……違うわ)」

 

同じ中央のトレーナーとして付き合いは長い、時折同じチームトレーナーとして飲みに行く事もある。歳も若い事もあって甘く見られる事もあるがそれは普段から温和で押しの強いウマ娘達に振り回されてしまっている姿が見られたから。だが……今、目の前にいる南坂からはそんな雰囲気は感じられない。

 

「(六平さんと同じ物を感じる……)」

 

オグリキャップの現トレーナーにしてフェアリーゴッドファーザーの異名を持つベテラントレーナー・六平 銀次郎。彼の雰囲気に近い物を感じてしまった、そんな物を纏う南坂とは一体何なのかと思ってしまった。

 

「貴方、一体何かあったの」

「いえ何も。私は唯の―――カノープスのトレーナーです」

 

温和な表情のまま、頭を下げるとそのまま皆の元まで戻っていく姿を見送る。

 

「トレーナー、どうかしました?」

 

そこへやって来たのは同じようにフローラの応援へとやって来ていたルドルフだった。しかし、如何にも表情が硬く汗をかいている自分を心配してくれた。

 

「……今年、一番厄介なのはカノープスね」

「カノープスが、ですか。スピカではなく」

「其方も不安だけど、一番はカノープスよ」

 

メニューを見直さなければならない、ランページを破る為には根本的に変えなければならないかもしれない。次の桜花賞に勝たせる為にもトレーナーとして手を尽くさなければ……

 

「リギルとしても負けられないわね」

 

 

「はぁ~……快勝だわ」

「お疲れ様です、と声を掛けるほど疲れてませんよね?」

「心のつっかえも取れたからな、気分上々だ。こんな時に酒飲んだら美味いんだろうな」

「駄目ですよ飲んだら」

「分かってるって」

 

控室で気分よさげに笑っているランページ、正しく圧勝の言葉通りの勝ち方を見せた彼女だが全く疲れを見せていない。勝利による精神的な高揚もあるだろうが、それ以上に今まで心の重しになっていた物が無くなった故にテンションが非常に高い。

 

「次はイクノがフィリーズレビューか……にしてもあいつ短距離も普通に行けるとかどうなってんだよ、マジのサイボーグか」

 

ランページの言葉に苦笑しつつも確かにイクノの幅広い適正には驚いている。これで走ろうと思えば長距離も走れるのだからとんでもない、まあ恐らくだが彼女も優先出走権を得て同じ桜花賞に挑むのは確実だろう。其処でどうなるかと思いながらも好調なランページに南坂は問う。

 

「絶好調ですね、決着が付いたからですか?」

「まあな。区切りは付けられたけど、後は遺産を完全に返還して貰ったら一先ず終わりだな」

 

朋一と明衣の叔父夫婦に対する制裁は成功した。弁護士から遺産の返還と接近禁止命令などを出して貰えた。矢張りと言うべきか遺産は二人の借金の返済に使われていたので残っていなかった。これから二人はそれを返還する為に、メジロ家お抱えの企業で監視されながら働いて返して貰う事になった。

 

「なあ南ちゃん―――俺今すっげぇ良い気分」

「そうですか」

「ああ、もう世界一だわ世界救ったわって気分」

 

それを聞いて嬉しさを覚える反面、あの二人にそこまでの気持ちを向けていたのかというのも分かった。当然だ、家族だった者からの裏切りを受けたのだから。

 

「んでさ……御婆様から本当にメジロ家の子にならない?って言われちまったんだけど」

「それは……凄いですね」

 

元々ライアンからの繋がりでメジロ家に世話になっている身分だが、それを正式な物にしないか?と言われてしまっている。ウマ娘の名門中名門、メジロ家の一人になるというのは滅多にない話、流石の南坂も反応に困るレベルの話である。

 

「その場合ってどうなんの、メジロランページになるの?」

「恐らく……本格的に入る時期にもよると思いますが……」

 

家族の事が片付いたらと思ったら、今度は新しく家族になろうと言われてしまった問題が起きてしまった。だが今度の問題は何方かと言ったら嬉しい悲鳴なのか、彼女は笑っていた。

 

「んで今度他のメジロ家のウマ娘と面識を作るお茶会に来てねって言われちゃってさ……如何しよう」

「行くしかないと思いますよ、家族になる云々抜きでお世話になってる訳ですし」

「だよなぁ……なんかデュレンやモンスニーも会いたがっていましたから来てくださいねって言われたんだけどさ……如何思う?」

「……凄いお茶会になりそうですね」

「なんか胃が痛くなってきた……」




『おめでとう、君もメジロだ』

を祝うお茶会に招待されるランページ。


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39話

「あ"っ~……行きたくねぇ……」

 

メジロ家のリムジン。乗り慣れないと思っていたのだが何時の間にか乗り慣れてしまっている自分が居る、と思いながらも絶対的に出来ない現実逃避に挑戦するが大失敗し改めて思いを口に漏らす。今日ほどメジロ家のお屋敷に行きたくないと思った事はない。

 

「そう言わないでくださいランページ様、皆様本日を楽しみにしてらっしゃるのですから」

「分かってる、分かってるよ……だから愚痴は言うけどちゃんとこうしてるでしょうよ……」

 

ランページも今日ばかりは欠席する訳には行かないと思っている、何故ならば主催はアサマなだけではなく招待されているウマ娘の皆様に挨拶をしなければならない。仕事やスケジュールの関係で紹介するのが二人と言うのは非常に有難かった……まあ漏れなくその二人が怪物的なウマ娘なのだが……。

 

「到着致しました」

「あっはい……なんか死刑宣告受けた囚人の気分だぜい……」

 

苦笑するが言いたい事は理解出来る、だが自分に出来るのは応援だけだと内心で彼女の無事を祈るだけである。それもそれで如何かとは思うが……リムジンを降りるとそこには笑顔を作ったライアンが待ち受けていた。ああ、きっとお屋敷に着いてからも逃がさぬ為に派遣されたのか……と思う程度にはランページの心は荒れていた。

 

「早く早く、お婆様達も待ってるよ」

「もうその言葉だけで腹一杯で紅茶入らねぇから帰っちゃ駄目かな」

「だ~め♪」

「おうふ……」

 

手を取って笑いながら歩き出すライアンは処刑人のように感じられた……そんな気持ちを正すと一種の諦めの境地に立てたのか、もう開き直り始めた自分が居て驚いた。人間、来るところまで来ると一周するというのは本当らしい。

 

「ライアン、弥生賞おめっとさん」

「あっありがと!!お茶会で言おうって思ってたのに知ってんだね!!」

「まあな」

 

ライアンは順調にクラシック路線への道を歩んでおり、皐月賞のトライアルである弥生賞に勝利している。お互いに立てた約束を果たす為の第一段階へと確実に上がる事が出来る。

 

「皐月賞か……そっちは中長距離だから大変だな」

「と言ってもマイル中距離のティアラだって楽って訳じゃないでしょ?」

「まあな。桜花賞にはイクノの奴も出て来るし、リギルのフローラも出て来る」

 

思い出すは先日のチューリップ賞。勝利を収めてこそいるが、あの中で別格だったのはやはりアグネスフローラ。リギルに所属するだけはあるし、アグネスタキオンやフライトの母なだけはある。タキオンの母と言われるとあの強さにも不思議と納得が行くのは何故なのだろうか。

 

「さっ此処だよ。お婆様達も御待ちだよ」

 

そして遂に到着してしまったお茶会の会場、ああ来てしまったと思えるお茶会とは何だ、何処の四皇のお茶会だ。

 

「覚悟極めるしかないか……」

「なんか可笑しくなかった今?」

 

そんな事を言いながらもノックをするライアン、直ぐにお入りなさい、というお婆様の凛とした声が響いてきた。開けられる扉、そしてその奥に広がっていたのは……メジロ家に相応しい立派な内装、その中央に置かれた立派なテーブル、それに相応しいだけの椅子に腰かけているメジロのウマ娘達が居た。

 

「お先に頂いておりますわランページさん」

 

微笑みながらも令嬢に相応しい作法で紅茶を嗜んでいるマックイーン、この時ばかりはその余裕が恨めしい。ライアンに手を引かれる形で中へと入るととある人の隣に座らせた。

 

「初めてのお茶会ですね、余り緊張しなくていいんですよ」

「いや無茶言わないでもらえますからねラモーヌさん……」

 

メジロの至宝の隣に座らされてしまった。ラモーヌはトレセン学園と変わらぬ感じで声を掛けてくれるのは有難いが、この部屋の空気で平常通りにやれと言うのが無理な話なのである。

 

「いつものようにちゃん先輩で良いんですよ」

「おや、そのようにランページさんに呼ばれているのですか」

「そうなんですお婆様、とても可愛いらしいでしょ♪」

「ええ、貴方が好みそうな呼び方ですこと」

 

直ぐ傍にはお婆様が座っており、ニコニコとしている。出来る事ならば今すぐにでもクロスオーバーステップで逃げ出したい、今ならまだ逃げられる!!と思った瞬間に扉がノックされた。

 

「お婆様、参りましたわ」

「どうぞお入りなさい。ランページさん、これから会う子達とは初見でしたね。皆、貴方と会える日を楽しみしていたんですよ」

「ソレハウレシイカギリデスネ」

「ラン、落ち着いて落ち着いて……」

 

思わず片言になったランページに声を掛けるライアンだが、直後に本当の意味で緊張が一周する事を理解するのであった。

 

「まぁっ其方の方がお話に聞きましたランページさんなのですねお婆様」

「ええそうですよ」

 

それを聞いて嬉しそうにするのはおっとりしつつも儚く、優しく、思慮深く、そして高貴な深窓の令嬢という印象を与える青毛のウマ娘。オグリキャップ、スーパークリークの同期、ラモーヌの妹のメジロアルダン。

 

「初めまして、メジロアルダンと申します。ランページさんの事は伺っています、今日お会い出来るのを楽しみにしていたんです」

 

何処かウキウキとしつつも、何処か自分をキラキラとした瞳で見て来る。如何するべきかと思っていると彼女の後ろから二人のウマ娘が顔を覗かせた。

 

「私達にも挨拶させてほしいな、楽しみにしていたのは同じなんだから」

「そうそう。是非とも話をしたかった」

 

その時強い緊張を味わった。この二人は違う、纏っているものがまるで違う。本質的な物は恐らくラモーヌの方が絶対的に強いだろうが、其方は本人気質故かそこまで強く感じないが……この二人から感じるそれは強く気高い。

 

「色々話は聞いてる、大変だったね。今日は色々な事を話そうじゃないか」

 

何処か温和そうだが、その表情は凛々しい。その凛々しさからは寮長でもあるダイナカリバーとの接戦を勝利した強さが滲みだしている。メジロ家のクラシック三冠競走初制覇を勝ち取り、オグリキャップらとも激突した名馬……メジロデュレン。

 

「お婆様が是非会わせたいと言っていたからね、何とか時間を作ったよ。フム、確かにお婆様が好みそうな子だ」

 

自分を何処か品定めするかのように見つめて来る凛々しさよりも猛々しさと気高さに溢れている。気の強さはこれまで積み重ねた戦いの証、その戦いとはミスターシービーとの激闘。皐月賞、ダービーを2着、ミスターシービー最大のライバルとまで言われていたのも納得の貫録を纏う。そしてシンボリルドルフとまで戦った事もある。怪我の末に引退をしてしまっているが、その勇ましさは全く衰える事がない。メジロモンスニー。

 

「揃いましたね、楽しいお茶会になりそうですね」

 

微笑むお婆様だが、ランページはもうそれ所ではなかった。アルダンだけではなく、デュレンやモンスニーにまで注目されてしまっている。

 

「それでお婆様、私やデュレンを呼んだのは彼女を紹介したいから……という訳ではないですよね?」

「当然それだけではありません、まあそれはお茶を楽しみながらしましょう」

「そうね、折角集まったんだし……ランページさんもどんどん飲んで食べてね」

「はい、有難う御座います」

 

デュレンの言葉に微笑みを持って返すランページ、それを見たモンスニーは感心した。自分とデュレン、何よりお婆様を前にしていい返事をする。声にも震えがない、良い胆力をしている。確かにこれはアサマが好みそうな子だと改めて思いつつも気に入った―――が、

 

「(アハハ~もうどうにでもな~れ☆)」

「(あっやばい、ランってば半分ぐらい壊れてる)」

 

実際は完全なヤケクソだった。




お茶会メンバー

メジロアサマ
メジロモンスニー
メジロラモーヌ
メジロデュレン
メジロアルダン
メジロマックイーン
メジロライアン

何この凄まじい名前の羅列。そしてランページ。スゲェ場違い感。

「帰っていい?」

お婆様に言って、どうぞ。
尚、パーマーさんははヘリオスさんと遊びに行きました。前々から予定入れてた系の神回避。


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40話

「如何よ此処のハンバーガー!!マジ美味くね!?」

「うわっホント美味し~!!こんなに大きいのにこの値段っていうのも超お得だね!!」

「でしょでしょ!?マジやばくね!?マジ安くて美味くて食べ応えあるとか、テンアゲだよね!!」

「「ウェ~イ!!」」

 

ヘリオスとパーマーは一緒にハンバーガーを食べながらも一時を楽しんでいた。前々から今日は予定を入れていたので今日のお茶会には出席しなかったパーマー、ランページが地獄を味わっているとは露知らず、ヘリオスと元気にウェ~イと声を出していた。

 

「にしても良かったん?今日お茶会あるってパーマー言ってたじゃん」

「うん。でも前から予定を入れたなら其方を優先しなさいってお婆様が言ってくれたの、家族の時間も大切だけど家族だからこそまた時間も取れるから友達との時間を楽しみにって」

「おっ~!!パーマーのお婆ちゃんマジ話分かるね!!それじゃさ、今日はお礼になんかアクセサリーとか買ってかない?」

「あっそれいいかも!」

 

和気藹々とした雰囲気の中、ハンバーガーに被りつくヘリオスと少しずつ食べて行くパーマー。二人はお腹を満たすと早速お婆様へのお土産のアクセサリー選びに精を出すのであった。

 

「ねねねっこの蹄鉄型なんてよくない!?超かわいくない!?」

「あっ待って待って、これもいいんじゃない?!」

「ああウチもそう思ってたぁ~!!」

「やっぱり、私達やっぱり気が合うよね~」

「「ウェ~イ!!」」

 

 

「そうか、全くあのトレーナーも変わっていないか……安心したというか呆れたというべきか……まあシービーとの相性は最高なんだがな」

「それは認めざるを得ませんが、いきなり足を触るのは勘弁してほしいですわ。普通に驚いて蹴ってしまいましたもの」

「あ~分かる分かる、私もやった事ある」

 

溜息混じりに頭を抱えているモンスニー、マックイーンからスピカの沖野について聞いて溜息を漏らす。現役の頃と全く変わっていない、何をやっているんだと言いたくなる。それに同調するデュレン、如何やら同じように被害に合った事があるらしい。あれでもトレーナーとしての腕前は超一流なのだから困ったものだ。

 

「マックイーンは何時から本格的にレースに出るの?」

「私は三冠にはあまり興味がありません、なのでトレーナーさんとも相談したのですが天皇賞春を見据えて菊花賞に出るつもりですの」

「へぇっそれじゃあ最大のライバルにアタシがなるって事だね」

「望む所ですわ。同じメジロ家同士、正々堂々と戦いますわよライアン」

「こっちも負ける気はないよ」

 

メジロ家の御令嬢同士のぶつかり合いという構図、何処か品があって気品のあるバチバチとはこういった感じなのかと言わしめるようなそれに一同は何処か微笑ましそうな瞳を向けていた。同じメジロではあるが同じ家でライバル関係を結べるというのはそれはそれで幸運な事なのである。

 

「ランページさんはお次は桜花賞だとお聞きました、如何なのですか自信の程は?」

 

そんな中で遂に自分へと向けられた話題。もう色んな意味で諦めの境地に達しているので話を振られたとしても乱れる事は無かった、というよりももう取り繕う余裕すらないのである。

 

「自信はない、というのが本音ですよ」

「まぁっ……矢張り緊張されているという事なんですか?」

 

アルダンからの言葉に素直に自信なんてないと答えた。それにデュレンやモンスニーも視線を向けて来た、加えてアサマも興味深そうに此方を見て来た。此処まで来ると一周どころか数周してしまっているので境地も境地だ、これが天国に到達した気分なのかとすら錯覚する。

 

「自信なんて物は努力してりゃその内着いて来ます、胸張って生きてれば知らず知らずのうちにそれがカッコいい自分になる。それが自信でしょ」

「まぁっ素晴らしい考え方ですね」

 

アルダンは微笑みながらも頷いた。メジロ家という名門の高貴や誇りとはまた違った豪胆とも思える考え方は彼女にとっては何処か新鮮だったのかもしれない、そしてそれを見ていたライアンは苦笑しながらも内心で何を言っているのか分からなくなって来てるんだろうなぁ……という事を察した。

 

「フフフッカッコいい自分か、それなら今の自分はカッコよくないの?」

「いやぁ……自分を客観的に見えるのは苦手で、だから目標を達成出来た時に自分が胸を張れるかで判断します」

「二人目になるつもり満々って事ね♪」

「そうなると、早めにしておいた方が良いかもしれませんね」

 

ラモーヌの言葉に反応してアサマがカップを置くと一斉に其方に目が向いた。

 

「何を、お決めになるのですか?」

「私ならともかく、お茶会の為だけにモンスニーを呼ぶとは思ってなかったけど……」

 

デュレンはある程度、このお茶会の本題について察していた。自分はまだドリームトロフィーを走っている身ではあるが、モンスニーは完全に引退してメジロ家の仕事についている。それを呼んだという事は家に関わる事である事は分かっていた。

 

「モンスニー、貴方には少し話しましたね」

「ええ。彼女のお家事情の事ですね」

「如何言う事、ですの?」

 

如何にも話の内容について行けないマックイーン、そしてアルダン。この二人についてはランページのいざこざに関われていないのでこの反応はある種当然の物だろう。そんな中、モンスニーは瞳を鋭くしながらもランページを凝視した。

 

「私は問題ないと判断します、寧ろ気に入りました。レースも、ウマ娘としても」

「そうですか……デュレン、貴方は?」

「いい子だと思いますね。今度一緒に走りたいなって思える位に」

 

それを聞いてアサマは笑みを作りながらも改めて此方を見て来た。

 

「ランページさん―――正式に、メジロ家のウマ娘になりませんか?」

「お、お婆様!?」

「まあっランちゃんがメジロ家に?」

「ランが、家族になるって事!?」

「あらまあ……」

 

突然の言葉にマックイーンは驚愕、ラモーヌは何処か嬉しそうに笑い、ライアンは困惑しているが何処か嬉しそう、アルダンはシンプルにそんな話になっているんだと言いたげな表情だった。事情を知らぬマックイーンとアルダンからしたらいきなり過ぎる言葉に驚きを隠せないだろうが、デュレンやモンスニーの様子からして何か訳ありなのは察する事が出来た。

 

「面倒事の心配なら無用だ、其方は此方で処理する。何なら、走っている間はランページの名前のままで走ってもいい」

 

心配するなと言わんばかりにモンスニーがそう告げる。少し前から言われていた事が遂に本当の事として告げられてしまった瞬間だった。戸惑いを隠せないが、ランページは必死に言葉を紡ぐ。

 

「俺なんかが本当にそれを名乗ってもいいのなら……俺は、俺は―――私は……名乗り、たい……」

「ラン……?」

 

ライアンの瞳に映っていたランページが変わった。あの時から変わった彼女ではない、ずっと前から知っていた時の彼女だ。

 

「もう一度、家族と……一緒になりたい……」

「大丈夫です、貴方はもう―――私の孫なのですから」

 

そう言われた時、ランは男勝りの笑顔ではなく、正真正銘の少女の喜びの笑顔になっていた。そして直ぐにハッとなると恥ずかし気に咳払いをしてしまった。

 

「そ、その……これからはメジロ、ランページ……何ですかね?」

「お好きになさい、それを決めるのも貴方次第よ」

「アハハハッ……如何しよう、ライアン」

 

そして、僅かな時だけ見せたあの時のランはいなくなっていた。それに少しだけの寂しさを覚えながらもライアンは笑顔で言った。

 

「良いじゃんメジロランページ、カッコいいし」



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41話

「驚いたよ、君がメジロ家に入ると聞いた時は」

「勢いもあったけど」

 

お茶会から数日、偶然顔を合わせたルドルフからそんな言葉を投げ掛けられた。何時も通りに自分がハーブシガーを吸っている時の事だった、それに軽く笑いながらも頷くと少しばかり意地悪な顔をした。

 

「どうせならシンボリ家に来てくれても良かったと思うが?」

「それなら断るな、全然親交無いし」

「手厳しいな」

 

冗談だ、と語っているが数割は本音だったのだろうなぁというのが見えている。ルドルフの場合は自分の幸せを願うからこそ、ウチに来ないかという物なのだろう。だとしても自分は間違いなくメジロ家を選ぶだろう。

 

「モンスニー先輩は元気だったか?」

「つっても俺は初見だったから何とも言えんが……元気だったとは思う」

「そうか……出来ればまた会いたいが」

「何嫌われてんの?」

「違う、断じて違う」

 

ムッとなりつつも否定するルドルフ。彼女からしてもメジロモンスニーというウマ娘は尊敬に値する先輩である、シービーとの熾烈な戦いを見て自分も熱くなったらしく、勇ましくありながらも凛として自分を貫き通す姿に憧れ今も尊敬しているとの事。

 

「先輩は怪我による引退でそれ以降はウマ娘に関する事には関わらなくなっているんだ」

「へぇ……でもこの前聞いた話だとメジロ家のウマ娘の指導的な事やってるって言ってたけど」

「……ズルいな」

「自分の家の子を教えるのにズルいも糞も無いだろ」

 

呆れたような瞳を向けるとルドルフは何とも言えない表情を作った。モンスニーはウマ娘としてはもう走っていないが、自分が培った技術などをメジロの後世に伝えている。その中にはメジロドーベルやメジロブライトといった名前があったのをよく覚えている。

 

「区切りって奴を付けてるんでしょうよ、それに偶にシービーは会いに来るって言ってたし」

「私は全然聞いていないが」

「後輩と同期のライバルじゃ差がありますからねぇ」

「……」

 

一瞬無言になると、そのまま去っていくルドルフ。その瞳には何やら僅かな怒りにも嫉妬にも見える炎が灯っているように見えた。モンスニーは面倒見が良かったし、きっと在籍している時はルドルフに世話を焼いたりもしていたんだろう、その縁もあって尊敬されていたのだろう。きっとこの後、ルドルフとシービーが模擬レースをするぞ!!という騒ぎが起こるんだろうなと思いつつもシガーを吹かす。

 

「やれやれだねぇ」

 

そんな言葉を漏らしながらも懐からトレセン学園の生徒証を取り出した。そこには自分の顔写真と名前やらがあるのだが―――これは新しい物、名前の欄が新しくなっておりそこには……メジロランページという名前が刻まれていた。メジロ家のウマ娘となる事を改めて決めた後、名前を如何するか悩んだが……メジロを背負う事にした。

 

「メジロ、ランページ……」

 

これからの自分の名前、新しい自分の名前、その象徴となった名前に色んな思いが浮かび上がってくる。そんな思いを胸にしながらも、これから自分は走るのだ。メジロ家のウマ娘として―――

 

「あっラン此処に居た!!ねえねえねえ聞いて聞いて大ニュース大ニュース!!」

 

そんな事を思っていると自分を探していたのか、ターボが駆け寄って来た。

 

「会長とシービーが勝負するんだって!!2400での勝負だって!!」

「……マジで勝負吹っ掛けたのか」

 

まさかと思っていたがマジでやるのか……早く見に行こう!!と手を引っ張るターボに導かれるようにそのまま歩き出して行く、まあその勝負を見物するのも悪くないかと思っているとそう言えばと話を切り出された。

 

「メジロ家に入ったってホント?」

「まあなって何でそれ知ってんだ、南ちゃんとか理事長辺りにしかまだ言ってない筈だが」

「フフン!!聞いて驚け見て笑え!!実はターボはメジロとは親戚なのだ!!!」

「いや笑う所じゃ……ってマジ!?」

「マジ!!」

 

ターボも実はメジロ家の関係者だったりする。実馬のツインターボの母の母の母の母、高祖母にメジロホープがいるので遠縁にこそなるが親戚という関係になるらしく、そこからランページがメジロに入ったという事を聞いたらしい。

 

「えっ何、実はターボって分家のお嬢様だったりする訳?」

「そんなんじゃないよ~れーぎさほーとかターボ分かんないもん」

「だろうな」

「ムッ今なんかバカにした!?」

「してないしてない。んな事言ったら俺だってわかんねぇもん」

「ターボと一緒~!!」

 

少ししんみりしていたが、ターボを見ていると不思議と元気が出て来る。カノープスのムードメイカーは伊達ではない、ターボが居るだけでカノープス内の士気も自然と上がるので意外とチームリーダーとしての素質もあったりするのではないだろうか……そんな事を想いつつもターボの小さな手を握り返した。

 

「んじゃま取り敢えず、ルドルフとシービーの模擬レース見に行くか」

「行く行く~!!どっち勝つと思う!?」

「2400ってなるとジャパンカップの距離だよな、ルドルフ勝ってるんだよな……まあンな事言ったらトゥインクルシリーズ中はルドルフがシービーに全勝してるんだけどさ」

「ターボはシービー!後ろからギュイ~ンって速くなって一気に追い抜くってカッコいい!!」

「そう言いながらもスタイルは大逃げだよな」

「だってそっちの方が気持ちいいもん!!」



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42話

誰かが言っていた、時間とは進む所まで行ったらどうなるのだろうか。一周するのだと。正しく時間とはその通りなのだろう、季節は進む、巡り巡って来る物が再びまたやって来るのである。一年が過ぎ去って、トレセン学園に春がやって来た。新しい生徒がやって来るというのもあるが同時にウマ娘にとっての聖戦のトゥインクルシリーズも新たな時代を迎える。それが春、様々な始まりの時。

 

「ランページさん、届きましたよ」

「おっ来た?」

 

そんな春を迎えたカノープス、その部室へと荷物を持ってやってきた南坂。部室内では新メンバー確保の為にカノープスを宣伝する為の看板を準備したり、チーム紹介の為の原稿を書いていたりなどを行っていた。

 

「何々、何が来た訳?」

「俺の勝負服の修正だよ、ホラッ俺メジロ家に入ったからメジロのカラー入れないと不味いだろ」

「あっそっか、ランさんってばメジロ家になったんだもんね」

「そゆこと~南ちゃんサンキュ~」

 

受け取った荷物には勝負服の白シャツが入っている、そこにメジロ家の勝負服に入れられる色の緑が加えられる程度の簡単の修正ではあるがそれはこの勝負服の話。

 

「まあもう一つの勝負服は全体的に改修されてるけどな」

「もしかして表彰式で貰った奴?」

 

ネイチャの言葉に正解、と示す。絶対に着ないと誓って衣装箪笥の奥深くで眠っていたそれを引っ張り出してメジロ家流の物に変えて貰うようにお抱えのデザイナー事務所にお願いしたのである。其方は簡単な修正で済ませる事が出来た現勝負服と違って完全に作り直す勢いで改修するらしいので暫くかかるとの事、尚、この事をURAに申請した時にデザインしたデザイナーチームは膝を突いて項垂れたとのこと。

 

「そりゃ項垂れるでしょ、プライドズタズタになってんじゃない?プロのデザイナーって意見聞かずして本人が望む物を作ってこそって一流って聞いた事あるし」

「んじゃURAのデザイナーチームが二流だったってだけの話だろ」

「うわ、辛辣」

 

まあ下手に聞いたら表彰されるウマ娘がバレるという事もあるから下手に聞けないのだろうが、そんな状態で作るなら表彰してから希望を聞いて作ればいいのにと思わざるを得ない。

 

「にしても、もう今週なんだよね~桜花賞」

「うぅ~どっちが勝つんだろうね」

 

そう、今週末の日曜日にはティアラ路線の初戦の桜花賞が開催される。ランページとイクノは当然それに出走予定なのだが、ジュニア王者のランページの独裁が此処でも巻き起こるのかと話題になっている。

 

「まあそっちも気になるだろうが、兎に角こっちも仕上げちまおうぜ~。まあ俺かイクノが桜花賞勝てば入部希望者増えるかも知れねぇけどな」

「おおっ!!確かにそうかも!!」

「最高のアピール方法ですね」

 

そんな事を和気藹々と行いながらも―――遂にその時がやって来るのであった。

 

 

阪神レース場、チューリップ賞でも走った身としては余り新鮮味はないかもしれないがあの時とは比較にならないレベルの熱気と活気に溢れていた。それもその筈、今日はトゥインクルシリーズのニュースターが明らかになるクラシック級、ティアラ路線の初戦である桜花賞が開催されるのだから。

 

「凄い活気~!!皆凄いキラキラしてる目で見てる~!!」

「当然だよね、本当の意味でのクラシックの始まりだもんね」

 

そう、此処まで行われて来たレースはこの時から始まるレースの前哨戦と言えるのだから。ジュニアクラスを駆って来たウマ娘達が此処で更なる鎬を削る、パドックにいるウマ娘達もこの日の為に頑張って来たと言わんばかりの気迫に包まれている。

 

「イクノ~カッコいいぞ~!!頑張れ~!!」

 

ターボの声援が飛ぶ、パドックでは纏っていたフロックコートを脱ぎ捨てるように登場したイクノに声援が飛ぶ。ランページを意識しているのか、彼女のそれは緑と白がメインとなった上品なフロックコートのようなデザインとなっている。ゆったりとはさせずに動きやすさを重視している辺り、イクノの几帳面さが出ている。そんな彼女は3番人気、1番人気はリギルのフローラになっている。

 

「でもなんでイクノが3番なんだろうね、7戦して6勝してるのに」

 

新聞を広げながら疑問に思うタンホイザ、戦績で言えば同じく4戦して3勝しているフローラと同じく一度負けているだけで寧ろ勝利の数では上。それなのに如何して……と首を傾げていると南坂がそれに応える。

 

「所属しているチームの差、ですね。何せフローラさんが所属しているのはリギルですので実績も知名度もカノープスよりも圧倒的なんです、寧ろイクノさんがフローラさんに迫る程の3番人気というのも相当凄いんですよ」

「へぇ~そうなんだ、それじゃ―――」

 

『最後に登場しますは8枠17番、ランページ―――』

 

と聞こうとした時、遂にその時がやって来たとアナウンスが聞こえてきた。視線を其方へと向け直すと幕が開けられてそこに立つウマ娘の姿が見え始めた。

 

『失礼しました。8枠17番、メジロランページ!!本日、2番人気です!!』

 

堂々と胸を張りながら、ゆっくりと歩き出しながらもコートへと手を掛けて勢い良くそれを脱ぐと露わになったのはメジロのカラーである緑がタスキのように走り、腕の部分にも緑のラインが走っていた。そしてランページはあの言葉を口にする。

 

「待たせたな!!」

 

低くも力の籠った言葉に待ってました!!と言わんばかりの歓声が上がった。

 

『チューリップ賞の後にメジロ家に入るという情報が公開された時は私も驚いてしまいましたが、仕上がりは万全と言いたげな程に力が入っていますね』

『家庭環境が激変してしまったが故にメジロ家に入ったと聞いた時は不安でしたがそれでも2番人気。彼女の人気と桜花賞に対する期待が現れていますね。そして―――不安は余計だったようですね』

 

当然と言わんばかりに、ランページのメジロ家の入りは大きく騒がれた。何故そうなったのかと説明を求める声が多かったのだが、家庭環境の激変によりメジロ家に引き取られたという話が伝えられた。それによって彼女に対して不安と心配の声が寄せられたが―――それを払拭するような強く元気な姿にファンは思わず胸を撫で下ろすのであった。

 

「ランページさんの事は言うまでもありませんね、メジロ家に入る際の事でちょっと不安視されてしまったんです。恐らく本来ならば1番人気だと思いますよ、フローラさんにも勝っていますし」

「納得!!ラン頑張れ~!!!」



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43話

『咲き誇る桜が女王の誕生を待ち望む、クラシックティアラ路線第一弾、桜花賞!!』

 

ファンファーレが鳴り響き、ゲート前へと並び立っていたウマ娘達が次々とゲート入りを行っていく。その最中で矢張りというべきか自分は視線を集めている。ある意味当然だ、メジロ家入りした経緯のせいで人気も落ちていたのは精神状態の不安があった。だが実際は不安定とは程遠い、万全の状態だった。

 

『3番人気はイクノディクタス、フィリーズレビューでは見事な走りで勝利をもぎ取っております。同じチームでありますが、打倒メジロランページの代表格です』

『2番人気はメジロランページ。此処まで無敗、メジロ家に入り心機一転と言いたげな程にいい顔をしております。今日も彼女の独裁が起きるのか?』

『そして1番人気はアグネスフローラ。敗北はイクノディクタスと同じく、メジロランページとの戦いのみ。今回は勝つ事が出来るか?』

 

全員がゲートへと入った。そして今―――桜花賞の始まりのゲートが開かれた。同時に歓声がレース場に溢れる、それに背中を押されるようにウマ娘達が駆け出して行く。

 

『さあ一斉にスタートしました、さあ先行争いは―――大外からメジロランページとイクノディクタス!おっとそしてそこへアグネスフローラも参戦だ、このウマ娘達がペースを作ります』

『アグネスフローラはメジロランページを警戒してますね、今回飛び出したのはその為でしょうか』

 

大外から飛び出して行く二人、それに続くように走るアグネスフローラ。矢張りというべきか、この二人は破滅的と言ってもいい程のペースで既に走っている。最初っから遠慮なしのフルスロットル、タイムトライアルでもやっているのかと言いたくなるようなスピード。

 

「今日こそは勝ちます」

「やってみろよイクノ」

 

前方の二人は自分の事なんて露知らずと言わんばかりに軽口を叩きながらも走り続けて行く。その背後を取った、二人並んでのトップ。二人の壁の背後について風の抵抗を極力減らすスリップストリーム、大逃げを打つ二人の対策として考えたのがこれ。

 

「流石おハナさん、いい作戦を与えますね」

「どゆことなの?」

 

思わず首を傾げるタンホイザに答えを与えたのは意外にターボだった。

 

「後ろに付くって事だね、ターボもランと走る時にやった事ある」

「ええそうです、俗にいうスリップストリームです」

 

スリップストリームは前に走るウマ娘の背後に付く事で風の抵抗を減らす技術、風の抵抗を受けずに済むので体力の温存や速度を上げたりすることができる。逃げウマ娘に対する対抗策の一つとして有名な戦法である。

 

「でも何でターボがそれやったのよ、同じ逃げなのに」

「だってランの方が身体大きいんだもん」

 

単純な理由だった。身体の大きさゆえに隠れてしまった事があったとの事、その時は意外と早く走れるし楽になった!!と喜んでこれならランページに勝てる!!と思ったらしいのだが……

 

「ランのあれにスリップストリームやっちゃ駄目」

「なんで?」

「速すぎるから」

 

その疑問にネイチャとタンホイザは首を傾げた。速い相手にやるからこそスリップストリームは真価を発揮するのではないのだろうか?そのような事を思っている間にもレースは続いている。いよいよ800を超えた所、以前としてトップはランページとイクノが争いを続けており、その背後にはアグネスフローラが付いている。このままならば最後にフローラがトップを争ってスピードを上げ続けている二人を抜くと誰もが思う、東条ですらそう思っている。

 

「行けるぞフローラ、そのまま最後まで食らいつけ」

 

対ランページの対策として今日まで必死にメニューをこなしてきたフローラの頑張りを知っている、だから彼女が負けるわけがないとトレーナーである彼女が一番信じている。

 

『さあ間もなく第4コーナー!!このままメジロランページとイクノディクタスが行くのか、それとも後方のウマ娘達が抜き去るのか!?何時アグネスフローラは仕掛けるのか!?』

 

それは唐突に訪れた、第4コーナーに入って遠心力に身体が振られた時に―――フローラが一気に落ち込んでいった。

 

『アグネスフローラが此処で落ちて行く!!フロントパンチが外から抜いていく、その後ろからタイフンパピーが一気に出る!!アグネスフローラ苦しいか!!』

 

「フローラ!?」

 

思わずフローラの故障を心配する東条。だが違ったのだ、双眼鏡を覗き込んでみると彼女の顔は途轍もなく苦し気な物となっており呼吸も酷く乱れている。それを必死に立て直しながらも再び加速していくが既にランページとイクノは遥か先へと進んでいく。その二人の顔を見た時に東条は思わず歯軋りをした。

 

「乱れてない……なんてスタミナなの」

 

背後にフローラという刺客が居るのにも拘らず、二人は全くそれを気にも留めなかったのだ。それ所か互いで争う事だけを考えて更に加速していくのだ、信じられない。途中で抑えるとか呼吸を入れるなんて事を一切考えずに唯々スピードの維持と加速しかしない。それこそが、リギルの誤算だった。

 

オーバースピード。自分の限界速度で走り続けている二人に追走しようと自分も同じだけの速度で走っていたフローラの体力はガリガリと削られていく、そんな速度で二人はコーナーに差し掛かったのに全く外に膨らむ様子が無かった。何故ならば二人はシンザン鉄で鍛えたパワーがあるので十二分に遠心力に抵抗できる、だが彼女はそれが出来ずに、スリップストリームの恩恵を失って避けていた風圧に煽られ失速した。

 

「こっから勝負だぁ!!」

「望む所ぉ!!」

 

肝心の二人はまだまだ行けると言わんばかりに更に加速した、まだ脚を残していたという事実に東条は驚愕しながらも完全にマッチレース状態となっていたそれを瞬きして見逃す事が出来なかった。

 

『最後の直線だ、メジロランページとイクノディクタスがスパートを掛けた!!後ろのフロントパンチとは6バ身程!!さあ一騎打ちだ、何方が制する、何方が桜の女王となる!!?』

 

完全な一騎打ちにレース場は大歓声を上げる、その矛先を全て受けるのがメジロランページとイクノディクタス。それらを受けながら走り両者は一歩も譲らない、何方も冠を渡さないと言わんばかりの疾走に興奮の嵐は止まない。

 

「悪いがイクノ―――譲れねぇんだよ此処はなぁ!!」

 

獰猛な肉食獣のような表情となったランページの瞳に光が灯る、そしてそのまま一気に姿勢を低くするとそのまま……駆け抜けていく。

 

「まさか、これ程、なんて……!!」

 

『メジロランページ、メジロランページだ!!僅かに抜け出した、そのまま少しずつ差が開いていく!!イクノディクタス苦しいか、食い下がるが差を縮められない!!メジロランページがリードを半バ身から1バ身へと広げた!!メジロランページ8連勝でゴールイン!!!2着イクノディクタス、3着フロントパンチ、4着アグネスフローラ!!』

 

大歓声を手にしたのはランページ。これで不安なんて吹き飛んだだろと言わんばかりの笑顔を見せる彼女に益々ヒートアップしていく。

 

『勝ったのはメジロランページ!!今年の桜の女王は独裁者、独裁者メジロランページ!!まずは一冠、独裁者が一つ目のティアラをもぎ取りました!!』

 

「最初のティアラは頂いたぜ、ってこれじゃあ怪盗だな。ハハッまあそんな真似事が許されるのも独裁者の特権ってな」



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44話

『さあ最後のコーナーだ、メジロライアンが中央のバ群へと突っ込んでいく!!そのまま一気に抜け出して行く、圧倒的なパワーでかき分けるかのように抜けて行く!!』

 

G1、皐月賞。クラシックの三冠路線の第一戦、最も速いウマ娘が勝つと言われているこのレース。先頭を走るはアイネスフウジン、最も速いウマ娘が勝つという皐月賞に相応しい程の逃げを行っている彼女を猛追するライアン。だが同時に喰らいつく相手がいる、コクタイコウ。自分と同じタイミングでスパートを掛けてアイネスを抜きに掛かる。

 

『最後の直線勝負!!アイネスフウジン逃げ切るか、内からはコクタイコウ、外からはメジロライアンが上がってくる!!逃げる逃げる2バ身のリード、しかしコクタイコウとメジロライアンもどんどん上がってくる!アイネスフウジンを捉えるか、捉えきれるのか!?』

 

「こんな所で、負けるかぁぁぁ!!」

 

気迫の籠もった声と共に、ライアンは更に地面を強く蹴った。大切な約束の初戦を落とす訳には行かないと言わんばかりに前へ前へ前へと突き出て行く。

 

『アイネスフウジンメジロライアンアイネスフウジンメジロライアン、メジロライアンが差し切るぞ、メジロライアン差し切った!!メジロライアンがゴール直前でアイネスフウジンを差し切りました!!アイネスフウジンは惜しくも2着、3着にはコクタイコウ。先週の桜花賞のメジロランページに続いてメジロ家のウマ娘が皐月賞を制しました!!今年もやって来たぞメジロのウマ娘達が、今年のクラシックは更に激しさを増しそうです!!』

 

残り20メートルも無い所で遂にライアンはアイネスを完全に差し切った。ギリギリのハナ差勝ち、アイネスの脚に何とか落ち着く事が出来たライアンは皐月賞を制し、三冠への一歩を踏み出す事が出来た。

 

「最後凄かった、でもあと一歩で負けちゃったの」

「アイネスも凄かったよ、本当にギリギリで追いついたから」

「ありがと、でも今度は負けないの。次は―――ダービー!!」

 

笑顔で勝利を祝福してくれながらもアイネスの瞳には早くも次のレースへの熱意で溢れ返っていた。次は日本ダービー、一生の一度にしか走れる事の出来ないウマ娘にとっての祭典ともいうべきレース。ダービーウマ娘、それに憧れて数々の名ウマ娘達が挑んだ。そこに自分達も挑むと分かると自然とライアンも喉を鳴らしてしまった。

 

「負けないよ、アタシだってランとの約束があるからね!!」

「フフッ負けないの!!」

 

そう言いながらも二人は固く握手を交わす、その光景に大喝采と拍手が巻き起こる。二人の互いの健闘を称え合う光景に皆が拍手を送った、そして次のレースが今から楽しみになって来てしまった。早くそれがやってこないかと、皆が思うのはある意味当然なのであった。

 

 

「なんというか、これまでのカノープスとは思えない位に賑やかになって来たなぁ」

「そうですね」

 

そう言いながらもお互いにシンザン鉄をシューズへと打ち込んでいる二人。そんな言葉を言うのもカノープスの練習風景の見学者が多くなっているから、報道関係者もそうだがトレセン学園の生徒もかなり多い。その中には新入生の姿も見えており、チーム入りにここを考えてくれているのが良く分かる。

 

「様子を見て来ましたが、如何やら此方へと集まる視線がかなり多いみたいです。ライアンさんが今休養中なのもあるでしょうが」

「まあ昨日の今日だからな」

 

皐月賞があったのは昨日、ライアンは皐月賞での疲れを癒やす為にメジロ家のお屋敷に戻っている。その為に取材は困難なので他の有力ウマ娘を取材しようと此方に来たという所だろう。特に自分なんて同じメジロだから余計に狙い目でもある。

 

「でも凄い人だな~」

「ホントだね、それだけカノープスが人気になって来たって事かな!?」

「いやこの場合はどっちかと言えばイクノとランでしょ?」

 

その通り。桜花賞のワンツーコンビが揃っているカノープス、其方に注目が集中するのはある意味当然。そしてランに至っては既に次走を決めており、それに向けての練習をしている。それはフローラステークス、オークスの優先出走権が得られるトライアルレースである。当然、桜花賞を勝っているランページには優先出走権は手にしているのだが……

 

「手に入れられるもんは全て手中に収めてこそ―――独裁者ってものだろ?」

 

一人の記者への質問へとウィンクをしながらそう答えた。これを受けてそれを狙っていたウマ娘達は頭を抱えた、何せ彼女が狙っているのはメジロラモーヌと同じ完全なトリプルティアラ。しかも勝ち目も薄い為にスイートピーステークスへと切り替える事を考えていると南坂が言っていた。というか実際に同僚から弄られ口調で言われたらしい。

 

「イクノさんも其方に行きますからね」

「ええ、私も負けてはいられませんから」

 

そう、この二人が揃ってフローラステークスへと出走するのだから南坂は同僚から弄られるのも無理はない。勘弁してくれよ、というのが大部分だろうが。

 

「しかし……私はある事を考えています」

「何を」

「NHKマイルカップに出るのも面白いと考えています」

 

NHKマイルカップ。それは重賞、しかもG1のレースである。狙おうと思えば狙う事は出来るのだが……

 

「イクノそれ流石に冗談だよね……?オークスにも出るんだよね」

「勿論」

「おっ~!!オークスの前にG1で腕試しって事!?カッコいいターボもやりたい!!」

「勘弁してくださいターボさん、NHKからオークスへは中1週しかないんですよ。しかもフローラステークスからもそうなんですから」

「それって……とんでもないハードスケジュールだよね?」

 

思わずランページすらタンホイザの言葉に頷いた。仮のスケジュールではあるが、それは完全な強行軍。フローラステークスだってG2の重賞。それなのにそっから中1週で連続G1なんて流石に危険が過ぎる。流石の南坂も容認はしきれない。

 

「まあ面白いと思っただけですから」

「それやったら色んな意味でお前伝説になるぞ、フローラの後にNHK出てオークスに出てきたら」

「本当にウマ娘なの?って言われそうだよね、実際はロボットなんじゃないの?みたいな」

「ええっ!?イクノってロボだったの?」

「違いますよターボボボボッ」

「ギャァッイクノがバグったぁ!!?」

「ジョークです」

「今の流れで良く出来たねそれ」

 

気付けば皆が笑い声をあげ、それに釣られるように取材陣も思わず笑ってしまっていた。強豪チームとして名が売れ始めてきているカノープス、本来避けるべきチームメイト同士の対決を行うなどどんなチームなのかと言われたりもするがその実態はチームメイトの関係は極めて良好且つ雰囲気も和やかでリギルとは全く異なる。その強さの秘密が垣間見える良い瞬間だった。

 

「う~んカノープスって雰囲気良いなぁ~でもリギルも捨てがたいしスピカだって……」

「私はリギル派だな、だがカノープスのトレーナーの事も踏まえると其方もありだな……あの二人のスケジュールを管理している……侮りがたい」

「アタシはどれでも……強いて言えばスピカかな、シービーが居た所だし」

 

そんな光景を見ながらも、未来のスターウマ娘達は自分達の進路を決めるべき話をする。そして、何れは彼女が走るトゥインクルシリーズを預けるチームを決める。そんな一コマがそこにはあった。




アプリ基準だったらやっちまいそうだよねこれ。


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45話

「……ふぅっ~……良い天気だねぇ」

 

そんな言葉を口にしながらも寝そべってハーブシガーを吹かし続けているランページ、陽気はまだ心地良く肌を撫でる風を起こす。但し最近は曇り空も多くなり始めている、梅雨の季節も近いだろうか。まあ南坂はそれはそれで重バ場の練習が出来ると思っておきましょうと言っていたが……シンザン鉄を着けた上でやらされるのだろうか……そう思うと若干鬱になりそうだ……そんな事を思っていると、自分に影が掛かった。

 

「少し、お時間良いですか」

「出来る事ならこのまま昼寝でもさせて欲しいんだけどねぇ……」

「手間を取らせるつもりはありません」

 

自分の影を被せたのはリギルのアグネスフローラ、次のオークスで激突が決定事項となっているウマ娘。向こうからしても自分とイクノは目の上のたん瘤、あの時以上のマークを被せて来るのだと思っているが、実際はどうなる事だろうか。

 

「まあいいか、んでなんぞや」

「如何してフローラステークスへ出走をしたんですか」

 

フローラの意見は真っ当ではある。既にオークスへの出走権を得ているランページが態々トライアルであるフローラステークスへと出走する意味合いは薄い、同室のラモーヌが出走したのは東京レース場での敗北経験があり、それが不安視されており、この不安点を払拭する為に出走したという経緯がある。

 

「なんでそんな事を聞くんだ?」

「純粋な好奇心、では駄目ですか」

 

何処か暗い瞳の中に混ざる光に一瞬、病的な何かを見た。確かにそれが好奇心と言えるのだろう、フローラの容姿がやや小柄で瞳にハイライトのあるタキオンだからか、尚更血の繋がりのような物を感じずにはいられない。

 

「細やかな夢の為に、俺自身の目的の為に、名を上げる為、かな」

「意外ですね、貴方はそういう物に興味があったなんて」

「寧ろその為に走ってた位だぜ俺は、独裁者なんて言われちまってるし悪乗りもしたけどな」

 

そう言いながらも先日のフローラステークスでもランはイクノと共に出走、そしてそのまま勝利を収めた。戴冠へと手を伸ばす為にチケットすら独占すると言わんばかりの行いにマスコミは独裁者メジロランページの事を更に面白可笑しく掻き立てる。

 

『ターフの独裁者、メジロランページ!!』

『快進撃の9連勝!!』

『皇帝をも超える独裁政権樹立か!!』

 

ルドルフの無敗連勝記録が8連勝だった事に掛けて、皇帝を超える独裁者と騒いでいる。だが自分からすれば騒がれれば騒がれる程に良い、これらは全てあの夫婦への後悔と絶望の薪となるのだから。

 

「名誉を望んでいる、それなのに不思議と貴方からは嫌な物を感じませんね。そう言った物を求める物には少なからず嫌な物を感じる物ですが……」

「んな事言ってる暇あったら俺対策でも考えておいた方がいいんじゃねえか?少なくともスリップストリームはキツかったろ」

 

そんな言葉にフローラは苦々しい笑顔を作りながらも本当に、と頷いた。

 

「あそこまでの物なんて……思いもしませんでしたよ」

「伊達に鍛えてねぇって事よ俺もイクノもな」

 

あの時のランとイクノのスピードに喰らい付いて行こうとするフローラにとって、あの速度のままでコーナーを曲がるなんてやった事が無かった。多少なりとも呼吸を落ち着ける筈なのに、それをする事も無く唯々ブレーキを一切踏まない二人に追走した結果、外に膨らんで風圧に煽られた上に体勢を崩して減速した。

 

「そうなると本格的に貴方を抜くとなると手段が限られてくるという事ですね……ですがオークスでは勝たせて貰いますよ」

「やってみろよ。独裁政治が長続きした前例はねぇ、何れ誰かによって打ち滅ぼされる運命、それをお前が齎してくれるなら受けて立ってやるよ」

「望む所です」

 

丁寧に頭を下げるとそのまま去っていくフローラを見送ると再びシガーを吹かしながら空を見上げる。

 

「そうだ、何れ俺だって負ける。皇帝だって負けた、ちゃん先輩だって負けてる、敗北は何時だって迫って来てる」

 

無敗の三冠ウマ娘と言われるルドルフも、至宝と呼ばれるラモーヌも敗北を喫する。何れ訪れる敗北に自分は如何するべきなのだろうかと思うが……そんな事知った事ではない、その時はその時で大人しく受け入れるしかないんだ。一先ず、自分が目指すのはトリプルティアラだ。まずは―――ラモーヌを超える、それだけだ。

 

「あっランこんな所で何やってんの?」

「よぉっ皐月賞ウマ娘、ハッピーかい?」

「んもうやめてってばランまで」

 

自分を見つけるや否や、駆け寄って来るライアン。彼女も立派なG1ウマ娘、メジロ家にまた一つ輝かしい記録の一つが掲げられる事になった。そんな彼女の後ろにはライアンと激戦を繰り広げ、リベンジに燃えるアイネスもいた。

 

「ランちゃん、これからライアンの皐月賞おめでとうパーティをやる為に買いだしに行こうと思うんだけど一緒にどう?」

「そりゃ楽しそうだけど、お前さんもやるかい?」

「当たり前なの!寧ろ企画したのはあたし、悔しいけどあたしを抜いてくれたライアンはもっと凄いの!!だから今度のダービーは負けないの!!その為にも、お祝いするの!!」

「大したウマ娘だなお前さんは」

 

自分を破った相手であるライアン、その勝利を素直に称賛しつつもリベンジに燃える。そしてその為に相手の祝福を率先した行うなんて簡単には出来ない。だけどそんな彼女の笑顔には決意も感じられる、次は負けない、次はかつ、だからこそ今は精一杯楽しんで英気を一緒に養おうというのが感じられる。

 

「うし、んじゃ俺も付き合うか。どうせだ、俺も腕を振るうか」

「やったやった!!ランちゃんってお料理上手なの!?」

「元一人暮らし、舐めんなよ?」

 

基本的にもやしとはんぺんばかりではあったが、少しでも余裕を作る為にタイムセールや安い店の情報は新聞配達をしながら常に集めていた。そして何より……近所の人が偶にお裾分けとしてくれた材料などもあったので色々を物を工夫して、作ったりしていたので腕には自信がある。

 

「ついでだ、他にも声を掛けてみよう」

「それは良いの!!パーティは色んな人がいた方が楽しいの、でも誰を誘う?」

「他にはマックイーンとかパーマーとかに声を掛けてあるんだけど……」

「んじゃもう一人ぐらい料理自慢が……あっ丁度いい所に」

 

その言葉に二人は誰を見つけたのか、と思って視線をやるとランが声を掛けると直ぐに此方へと駆け寄って来てくれた。

 

「これからライアンの皐月賞祝勝パーティやるんだけど、料理手伝ってくれないかな。お願いお姉ちゃん♪」

「勿論です、お姉ちゃんにお任せくださいね♪」

「クリーク先輩?凄いの、凄い人が参加してくれるみたいなの!!」

 

その後、クリーク経由でタマにオグリ、イナリワンにゴールドシチー、更には何処からか聞きつけたのはルドルフまで参加する事になってパーティは予想以上の大宴会へと進化するのであった。

 

「ア、アハハハッ……なんかこれはこれで畏れ多いというか」

「何気にすんな、それじゃあ皆様、本日はライアンの皐月賞の見事な勝利を祝して―――乾杯!!」

『乾杯!!!』




無敗の競走馬って本当に要るのか、と思ったら結構いる事に驚きました。
日本で有名なのはマルゼンスキーやトキノミノル、クリフジという名前があります。そしてこういうのは上には上が居るのも事実……試しに一番上を見たら

54戦54勝―――キンチェム。

はぁ!?ってなりましたね、何この数字。
鉄の女って言われたイクノですら51戦やぞ。いやまあ数だけで言ったらその上を行く馬いるけど勝ってる馬なんて普通いねぇよ!!
その下でも25戦25勝、世界って凄いね(白い目)


アイネスフウジンの声優であった嶺内 ともみさん、お疲れ様でした。

そして新キャストである長江 里加さん、これから宜しくお願いします。


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46話

「ねぇっトレーナー、ボクとランページが走ったらどっちが勝つと思う?」

「難しい質問だな」

 

スピカが練習をしている最中、休憩のテイオーがスケジュールを見ながらメニューを見ている沖野に対してそんな事を聞いた。切っ掛けはライアンの祝勝パーティにルドルフが参加し、そのパーティの話を生徒会室に遊びに行った時に聞いた事が切っ掛けだった。

 

「にしてもそこで皐月賞を勝ったライアンじゃなくてランページを挙げるんだな」

「だってライアンとは面識ないもん」

「そういう理由かよ……」

 

軽く脱力し掛けるが、改めて考える沖野は酷く言葉に詰まる様に悩んだ。テイオーは素直に自分が勝つと言ってくれると思っていたが、想像以上に悩んでいる事に驚いてしまった。

 

「如何致しましたの?」

「いや、ボクがランページと走ったらどっちが勝つと思うって聞いたらこうなったの」

「それは難しいですわね」

「ムゥッ、マックイーンまでそんな事言う訳?」

 

同じくスピカに所属するマックイーンも同じような事を言うのでテイオーは少しだけ怒る。確かにマックイーンはメジロ家だから彼女の方を贔屓するのは分かるが、それでも一応チームメイトなのだから自分を支持するべきではないのかという気持ちがある。

 

「メジロ家云々は関係ありませんわ、単純にランページさんの実力は確かですので難しいのですわ」

「ふんだ、いいも~んボクの方が強いもんね、ねえトレーナー!!」

「んっああ……う~ん……割かし難しいな」

 

と沖野も大して味方をしてくれないので如何してぇ!!と独特な高音を出しながらも抗議をすると沖野はちゃんと説明をしてくれる。

 

「あいつとお前は一年違いの先輩後輩の関係であいつはもうクラシックで桜花賞を勝ってるしオークスへの出走ウマ娘の中じゃダントツの一番人気になる程だぞ。それとお前は経験も違うから比較が難しいんだよ」

 

テイオーは紛れもない天才だ、それは沖野どころか東条や南坂も認めざるを得ない程の逸材。しなやかな筋肉に柔軟な関節から繰り出される走りは素晴らしいの一言に尽きる。それによって身長以上のストライドを発揮して走る事が出来る。だがまだまだその才能は磨き上げる段階。

 

「ムッ~……」

「別に意地悪を言ってる訳じゃない、純粋に比較が難しいんだよ。お前はまだデビュー前のウマ娘だから猶更な」

 

ランページはランページでハッキリ言って脅威でしかない、テイオーがシニアに上がった時に戦う時の事を考えると今から頭が痛くなってくる。既にリギルがカノープス対策に頭を悩ませているという話を聞いたがそれを味わうと思うと勘弁してほしい。

 

「一言だけ言えば……あいつがクラシック三冠路線を選んでいたとしても、其方でもその力を振るってたのは目に見えてる」

「同感ですわ。恐らく、皐月賞も更に激しくなっていたでしょう」

 

強いて言うなれば、長距離という舞台で何処まで走れるのかが不明というのが現在のランページの弱点だろうか。あの南坂がその辺りのトレーニングをしていないとは言い切れないが、それでもあれだけの大逃げを打つウマ娘の脚が3000の菊花賞や3200の天皇賞(春)で持つとは思えない。

 

「まあんな事言ってたら真っ先にぶつかるのはマックイーンだろうけどな、あいつだってメジロのウマ娘になった訳だし天皇賞は当然狙って来るだろ」

「だとしても、私は負けるつもりはありませんわ」

 

そう言いながらも胸を張るマックイーン。マックイーンは典型的なステイヤー、故にメジロ家が目指す天皇賞を狙い易い。そして彼女はクラシック三冠の最後、菊花賞でその力を試すつもりでいる。皐月やダービーに出てみないかとは誘ったが、あくまで目指すは天皇賞と言われたのでそれを優先した。

 

「じゃあボクが勝つには如何するべき?」

「う~ん……先行策で後ろに付くのは不味いな、それでリギルのフローラが落とされてる。最後の末脚に賭けるかそれこそ同じ土俵に上がるしかないな」

 

そう言いながらもきっとそれも簡単には通用しない事だってわかっている、南坂もそれが弱点だという事が分かっているからこそ大逃げを打つターボとペースを絶対に乱さずに自分の力を常に最大限に発揮するイクノと走らせ続けているのだろう。ランページは常に自分の天敵と戦わされ続けている、だからこそあれだけの強さを手に入れている。

 

「ほれ、テイオーお前も走って来い。シービー、テイオーと走ってくれ」

「いいよ~また軽~く捻ってあげる」

「今度こそ負けないもん!!会長と同じみたいにシービーにだって勝つんだから!!」

「アハハッその意気その意気。まあ、前の勝負じゃ私が勝ったんだけどね?」

「あれは模擬レースだもん、公式レースじゃ会長の方が強いもん!!」

 

そんなやり取りをしているシービーとテイオー。天敵と常に戦うランページ、だがテイオーだって最高の相手が同じチームにいる。敬愛するルドルフと同じ三冠ウマ娘のミスターシービー、それと走り込む事で力と技術をどんどん付けて行くのは分かる。

 

「トレーナーさん、本当はどう思います?」

「……テイオーはちょっと厳しいかもな」

 

ランページの脚を触った事がある身としてはテイオーとの勝負はかなりの激しい事になるという事しか断定出来ない。何故ならば―――ランページの身体は頑強で大きなテイオーというべきものだから。流石にテイオーと同じ位、とは言えないがそれでも関節が柔軟。そしてテイオーにはない高い身長という武器まである。

 

「マックイーン、お前も注意はしといた方がいいぞ。あいつはマジで手強い」

「百も承知ですわ。お婆様にモンスニー姉様、デュレンお姉様が御認めになるウマ娘に油断なんて出来ませんわ」

「……モンスニーが、か」

 

シービーを支え続けたトレーナーとして、当時一番怖かったのがモンスニーだった。あのメジロ家には似つかわしくない程に猛々しく勇ましいウマ娘は何度もシービーと激戦を繰り広げて来た。そんな彼女に認められる、それを聞いて沖野の中で警戒のランクが一段階上がったのだった。

 

 

 

 

「アハハハハハハッ!!!ちょっちょっと待って、無理無理無理ズルいよそれ!!」

「何なんでしょうねこれ、何か解らないけど腹筋に来る、ぶふっ……!!」

「お、お腹痛い~!!腹筋割れちゃう~!!」

「ランページさん、もう勘弁して下さ……アハハハハ!!!」

「ターボも、今度はターボも一緒にやる~!!」

「よ~し、それでは今度はダブルで」

『もうやめてぇ!!』

 

そんな警戒されるウマ娘は、カノープスの部室でライアンの祝勝パーティでやったというダンスをターボと一緒にカボチャのような被り物をしながらも、後ろに流れる音楽に合わせて激しいダンスを披露してメンバーの腹筋を崩壊させていた。




https://www.nicovideo.jp/watch/sm39617165

この動画のラストでMMDのターボとテイオーの反省を促すダンスみられるよ!!

これ大好き。だから小ネタとしてブッ込んだ。


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47話

5月。春も過ぎて青葉が茂り始め、ポカポカ陽気も熱を帯び始めてくる頃合。間もなく梅雨というのもある為か心なしか曇り空も増えてきたが本日快晴、洗濯物が乾く事間違いなし。流石にイクノのNHKマイルを挟むというとんでもないローテは日の目を見る事無かった、が当人は少々不満げで後々とんでもないスケジュールを作るのではと南坂は若干不安視しているらしい。尚、史実のイクノは一月にG1を3回出走するというとんでもない事をやっている。

 

「あ、あの此処良いですか?」

「んっおおっライスか、いいぜ一緒に喰おう」

 

昼食時、漸く一人暮らしの時の癖が抜け始めているからか食事の量も増えているランページ。その代わりに厨房のおばちゃん達からの視線が増えたような気もするのだが……そんな所にやって来たのは最近よく一緒に食事を共にするライスシャワーだった。

 

黒い刺客、鞍上を務めた的場騎手も相まってそう呼ばれた競走馬がライスシャワー。ミホノブルボン、メジロマックイーン、その両者と激突しその両方から勝利を奪い去った事でヒールと呼ばれてもいた。だが、その名前に相応しく、走る姿に夢を乗せた人々に幸せを運んだのは事実だった。

 

「こ、この前は有難う御座いました」

「気にすんなって、ランニング付き合って貰った礼だ」

 

そんなライスはカノープスのタンホイザの同期であり、ランページからすれば可愛い後輩の一人。そして走る時間帯が似ている為か、早朝に一緒に走ったりしている。その関係で仲良くなっており、偶に一緒に出掛けて食べ歩きなどもしたりしている。

 

「最近如何だライス」

「は、はい。えっとライスは中長距離向きなんじゃないかな、って教官さんには言われました。他の子よりも長く走れたりするから」

「ステイヤーか、タンホイザもそうなんだよな。俺からしたらまだ長距離は未体験ゾーンだから羨ましいぜ」

「そ、そんな事ないよ。ライスが走るんだもん、きっと大丈夫だと思うよ」

 

根拠はない、しかし一緒にランニングをしているので大丈夫と思われているのかもしれない。流石に3000mを逃げ切る自信はない、そんな事が出来るのはどこぞの大逃げコンビの片割れと後の黄金世代でワールドレコードを出した雲ぐらいだろう。

 

「んでトレーナー見つかった?」

「ううん……実はまだなの」

 

ライスは性格的に強い主張が出来るタイプではないし内気で臆病な所がある、それ故か自分からアピールしたりトレーナーに声を掛けたりというのは難しいだろう。と言っても出来る事ならば今年中に決める事が好ましい、来年にはライス自身のデビューを控えている、が焦って自分と相性の悪いトレーナーと契約するのも悪手。ランページと南坂のような出会いというのは本当に希少なのである。

 

「如何しよう、ブルボンさんとかバクシンオーさんはもうトレーナーさんいるのに……ライスだけ見つからなかったら……」

 

不安に飲まれて思わず弱音を零してしまう、だがこれはある意味トレセン学園に通う生徒ならば直面する問題でもある。トレーナーに見初められる事も無く、デビュー出来ないというウマ娘は少なからず存在している。競走を行うこの世界においては既にレースは始まっているとも言える。

 

「心配すんなって、お前さんをスカウトしたいってトレーナーはいる。なんならウチの南ちゃんだってライスを認めてるからな、カノープスに来るってのもありだぜ」

「でも、大丈夫かな……」

「不安か?」

 

その言葉に思わず頷いてしまった、それにビクつきながらも否定しようとするが、それは止められた。頭を撫でるランページの手によって。

 

「不安はあって当然だ、自信が持てないのも分かる。だったら、俺を信じな。自分を信じられないなら俺が代わりに信じてやる、だから俺を信じろ。ライスを信じる俺をな」

「―――なんだか、お姉様みたい……」

 

力強くもありながらも自分を励ましてくれる言葉に思わず一筋の涙を流しながらもライスは笑った。此処までの言葉を掛けてくれる事が嬉しくて堪らなかった、そんなランページなら信じられると思いつつもそんな彼女の強さに甘えたくなって、思わずそう言ってしまった。それを聞いてハツラツとした笑みを浮かべながらもランページは言った。

 

「お姉様か、俺に妹は居なかったがライスみたいな可愛い子が妹なら是非欲しいな。よし、それじゃあこれから俺はライスのお姉ちゃんだ。困った事があったら何時でも言えよ?お姉ちゃんが助けてやっから」

「うん、ライス頑張ってみる。選抜レースにも出来るだけ出てみる、だからその……お姉様も見てくれる?」

「勿論だとも、それじゃあレースの為に食べよう。身体が資本だからな、体力と英気を養う為にオグリさんみたいにガンガン食べろ!」

「うん、ライス一杯食べるね」

 

そう言いながらもライスはモリモリとご飯を食べ進めて行く、オグリに負けず劣らずの食べっぷりに続くかのようにランページも食べ進めて行く。

 

「ああそうだライス、今度のオークス見に来ないか?」

「う、うん絶対に行くね。お姉様のレース楽しみにしてる」

「こりゃ益々負けられなくなったな、妹の前じゃ恥掻けないもんな」

「えへへっ」

 

頭を撫でられて耳と尻尾を揺らして嬉しそうにするライス、撫でつつも微笑むランページ。その光景を目の当たりにしていた他のウマ娘達は思わずその尊さと姉ムーブをするランページに釘付けになっていた。

 

「お姉様……うん、今度から私もそう呼ぶ」

「私もお姉様の妹になる」

「いや、あれはライスさんだから出来るのであってアタシ達じゃ……」

「退いて!!アタシが妹よ!!」

『正気に戻れ!!』

 

 

 

「つう事があったからさ、オークスの時はライスも一緒だと思うけど大丈夫か?」

「はい大丈夫です。何でしたらお誘いして一緒に行きますよ」

「もしかしてカノープスに新メンバー!?」

「そうだとしたら嬉しい限りですが、本人が入りたいと仰ったら暖かく受け入れましょう」

「ライスちゃんが入ってくれたら私も嬉しいけどな~」




なんでライスってあんなに……尊いんでしょうね……。


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48話

「やっほ~お姉様」

「おうネイチャ、歯ぁ食いしばれ」

「タンマタンマタンマ!!」

 

5月も半ばに入った頃、先週のNHKマイルカップも終わって次は間もなく自分のオークスが近づき始めている。間もなくと思うと無性に気持ちが高ぶって来てしまう。そんな中で揶揄って来るネイチャを軽く威圧するのも最早定番ネタになって来た。

 

「あ~もう冗談って分かってるのにそんな威圧しなくてもいいのに」

「お前にお姉様呼ばわりされる筋合いはない」

「イケメンお姉様トレーナー」

「応ネイチャ、お使い頼むわ。ちょっとヨモツヘグイの味を見て来てくれ」

「遠回しにあの世に行って帰って来るなと言われてるんだけどアタシ!?」

 

と、何故ネイチャがお姉様呼びをして来たかというと……以前のスーツで出掛けた際に謎のイケメントレーナーの話が出て来たのと同じでトレセン学園内で噂というかそういう話題が出来ているらしい。

 

「特に中等部の子達はお姉様ってランの事呼んでるよ」

「んだよそれ……流され易過ぎだろ」

「まあまあ、今をトキメク女の子なんてそんなもんよ」

 

因みに、謎のイケメントレーナーの方もいまだに噂は流れ続けている。それ所か、あれ以降姿を見せないからか幻のトレーナーとかあれはレジェンドウマ娘だ、とかそんな風に尾鰭が付き始めている。尚その事でタマに弄られてクリークに慰められた。母性溢れる姉の胸は柔らかい。

 

「俺の妹はライスだけだ」

「いやそこなの?」

「だってお前、あんな健気で尊い女の子にお姉様呼びされてみろ。断れる?」

「無理だね」

「だろ」

 

実際、姉と妹の関係になってからはライスとの絡みはかなり増えた。偶にカノープスに混じって練習する事もあれば、ライスの併走相手を務める事も増えている。そんなライスに憧れるように自分をお姉様呼びしている後輩は多いらしいとタンホイザから聞く事が出来た。

 

「それでライスはトレーナー見つかりそうなの?」

「取り敢えず今月の選抜レースには出るらしい、それしなくてもカノープスに来てもいいって言ったんだけどな。それはお姉様に甘えるみたいだから、先ずはライスの力で頑張ってみる、だってさ」

「いやぁ健気で尊いですなぁ」

 

脳内再生が余裕過ぎる光景に思わず二人は口角を緩ませてしまった、そう思わせるライスは本当に不思議な魅力を持つウマ娘だ。一挙一動、一言一句だけで相手を幸せにすることも余裕なのだろう、流石は祝福の名を持つウマ娘だ。

 

「んで肝心のランの準備は良い訳?オークスは来週な訳だけど」

「準備、出来てねぇと思ってる訳」

 

そう言いながらも履いている靴を脱ぎながらも放り投げた、それは地面に落ちるのだがドスン!!という音と共に落着した。それは当然シンザン鉄が装着されていたシューズ、通常の5倍以上はある重さをずっと履いていたがもう違和感なく走れている。

 

「さてと、通常シューズで慣らすか……」

 

新しいシューズを履きながらも走り出していくチームメイトを見つつも、こりゃ万全だわと思って折角だからシューズを片付けてあげますか……と落ちているシューズを拾う。

 

「えっなにこれ」

 

声を上げる。幾ら普通の蹄鉄の数倍重い物を付けていようが、ウマ娘にとっては軽い、だが驚いたのはそこではない。シンザン鉄が酷く摩耗しているのである、それこそシンザンが使っていたシンザン鉄は急造品で消耗も激しかったとトレーナーから聞いたが、これは一から設計されたシンザン鉄。強度も十分な筈なのに酷く摩耗している、しかも均一に。

 

「これ、どうなっちゃうわけ……?」

 

ライスとは長距離のランニングをするとは聞いていた、だがまさかこれを履いたままやっていたりするのだろうか……だとしたら、どうなるのだろうか。

 

 

『東京レース場、第10レースはこの日を待ちわびた方も多い事でしょう。女王を目指すウマ娘達が集うオークス!!本日は天候にも恵まれており、バ場状態は良バ場での発表となりました。この燦然と輝くティアラの舞台で歴史に蹄跡を刻むのは誰だ!!』

 

この日が来た、オークス当日。この日、東京レース場へと集まった人数はなんと16万人を超える。G1ではあるが、此処までの大観衆がオークスに集う事、その意味は唯一つ。このレースの覇者の姿をこの目に焼き付ける為だけである。日本ダービーに並び立つのがこのオークス、ウマ娘達が憧れの視線を向ける栄光が女王の冠、それを得られるのは唯一人、それを得るのは誰なのか―――

 

『樫の女王を目指すウマ娘達が府中に集う、このオークスで戴冠するのは一体誰だ!?』

『3番人気は8枠20番アグネスフローラ、桜花賞でのリベンジを果たし、リギルの意地を見せ付ける事は出来るのか!?』

『1枠1番イクノディクタス、2番人気です。桜花賞、フローラステークスともに2着、今日こそはと思うファンも数知れず。戴冠を果たし女王の一人として名を連ねる事は出来るのか!?』

 

リギルのフローラか、それともカノープスのイクノか。番号で考えればイクノの方が人気になるもある意味当然の事、だがそれでも1番人気は狂わない。そして1番人気は―――

 

『そして1番人気は勿論このウマ娘、此処まで阪神ジュベナイル、桜花賞、G1を含めた9戦を全勝無敗。此処で勝てば無敗でのティアラ二冠、トリプルティアラに王手が掛かります。1番人気、ターフの独裁者、独裁王権、メジロランページ!!!』

 

大歓声が上がる、矢張りこのレースの主役とされているのはランページ。此処まで無敗で来ているのもあるが、矢張りトリプルティアラを取る事を望まれている。4枠8番、フローラ程ではないが矢張りイクノの方が有利と言わざるを得ない。だがこの程度で怯む程、自分は甘くはないのだ。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

スタートの準備が整った、同時に歓声も静まっていき始まりの時を今か今かと待ちわびる。さあどんなレースになるんだ、どんな走りを見せてくれるのか、誰が覇者となるのか。オークスが今―――

 

『スタートです、おっとダイイチルビーのスタートが悪かったようですがアグネスフローラはいいスタートを切りました。まず飛び出すのは1番人気のメジロランページ、ターフの独裁者が抜け出して行きます。その後に続くのはフロントパンチ、セツナサファイア、イクノディクタスは4番手に付きます』

 

何時も通りの逃げを打つ、それは皆分かっていたと言わんばかりに続いて行く。あっという間に10バ身は付ける程の大逃げ、だがそれにイクノが続かなかった事が皆が驚いていた。

 

「あ、あの……」

「あっライスちゃん!?」

「ゴ、ゴメンなさい遅れちゃいました。お手洗いが混んでて……」

「良いよ良いよ間に合ったんだもん!!」

 

ライスを加えたカノープスメンバーは改めてレースを見る、此処までランページに付き続けて来たイクノが抑えて先行の位置で流れを窺っている。

 

「イクノが抑えてる、珍しい」

「流石に2400はイクノさんでも逃げ続けるのは難しいです、だから普段の持ち味を活かすつもりだと思います」

「お姉様……どうなるかな」

「どっちも頑張れ~!!」

 

ターボの声援が飛び出す中、ランページは更に差を広げていく。正しく大逃げ、独裁者の本領発揮と言わんばかりの展開だが他のウマ娘達はそれを下手に追おうとはしない。

 

「トレーナー今回全然ラン追われてないよね、何でだろ」

「桜花賞ですね、桜花賞でリギルのフローラさんがそれによって潰れている。それで下手にそれに追うと先にスタミナが尽きる事が分かっているんです、ならば自分のペースで走った方がいいと皆抑えているんです。イクノさんもそうしているからその正当性も上がって皆ああしているんです」

 

「(そうだ、下手に追わなくていい、自分のペースでいけば絶対に勝てる。自分の走りをすれば……!)」

 

6番手辺りに控えているフローラは確信を持てた、少し前を走るイクノの姿がそれを確信に変えていく。下手な速度なんていらない、自分が出せる時に全力で追いかける、それを出せないようにするのがランページの走りなのだ。全力で走れれば自分の末脚ならば必ず……!!

 

『さあ向こう正面、矢張りこの独裁者の走りは大逃げ、もう15バ身は離れているのでしょうか!?このまま逃げ切るのか、後方のウマ娘達はまだ動かない!!』

 

「ターボもあんな風に走りたいな~!!」

「ううっ凄い速い、これもう決まったんじゃない!?」

「いえいえ、まだまだですよ」

「こりゃどうなるんだろう」

「……あれ?」

 

此処で思わずライスが声を上げた、それに釣られてカノープスが其方を見た。如何したのかと。

 

「どしたのライスちゃん」

「お姉様、抑えてるみたい」

「えっいやいやいやそれはないでしょ、あんだけ逃げてて」

「如何してそう思うんですか?」

「だってほら」

 

そう言って指を指す先にあったのは時計だった、走り始めてからの動き始めた時計。それを見た時、全員がきっと新記録でも出すような……と思った事だろう、だが違った。遅い、あれだけの大逃げを打っているとは思えぬほどにペースが遅いのである。

 

 

「っしまった、謀られましたか……!!」

 

思わず、イクノがそんな声を上げた。自分も漸く気付けた、自分のペースを守って最後の力を開放させるつもりだったがこれはランページの仕掛けた罠だったと。そう、大逃げばかりで頭から抜けていた事があった。それは―――ランページの幻惑逃げ。漸く分かった時、ペースを上げる。このままでは本格的に手遅れになる。

 

『イクノディクタスが此処で上がっていく!!アグネスフローラも動いた、さあレースが動き始めて来ました。独裁者の政権を許すものかと各ウマ娘達が上がっていきます!!メジロランページへと距離を少しずつ縮めて行く、後10バ身という所か!?第4コーナーに入ってもまだメジロランページの脚は衰えないが他のウマ娘達がぐんぐんと追い上げてくる!!もう6、いや4バ身と言った所でしょうかこのまま捕らえられるのか間もなく直線だ!!』

 

「追い付けるか、いや追い付くしかない!!」

「行ける、絶対に勝てる!!」

 

イクノは危機感を、フローラは勝利への希望を胸へと抱きながらも後僅かでランページへと手が届きそうな3バ身へと追い込んだ。勝てる!!と思ったウマ娘達の気配を感じながらも本人は笑っていた。

 

「久しぶりにやったが問題はなかったな、さぁて―――脚は溜まってる、行くぜぇ!!」

 

刹那、ランページの身体が一瞬掻き消えた。何が起こったのかと思ったが、フローラはランページを見つけたが一気に前傾姿勢になると一気に加速してどんどん自分達との差を開けて行くのである。

 

「なっ……!?あれだけ逃げててなんでまだ脚が……!?」

「くぅっ!!!」

 

『此処で更にギアを上げたぞ、イクノディクタスも伸びてアグネスフローラを抜き去る。だがメジロランページとの差は開いていく!!4バ身から5バ身、一瞬で一気に伸びて行く!!これが独裁者の走りか、イクノディクタスも懸命に追いかけるがこれはもう追い付けない!!メジロランページ、メジロランページが今オークスの戴冠を、果たしましたぁぁぁぁ!!!メジロランページ二冠達成!!トリプルティアラに完全な王手を掛けました!ターフの独裁者がまた一つ冠を我が手中に収めました!!2着イクノディクタス、3着アグネスフローラ、4着フロントパンチ、5着ダイイチルビー』

 

 

「最初に大逃げを打って距離を稼ぎつつもイクノさんですら気付かないように慎重にペースを落とす、終盤に上がってこようとしても残っていた脚を全開にして一気に逃げ切る。此処までずっとシンプルな大逃げをし続けて来ただけにイクノさんも気付きにくかった部分もあったのでしょう」

「すっげぇ……ランそんな事考えてたんだ」

 

勝利の大歓声を浴びるランページへと視線を送りながらも彼女の作戦を説明する。それを聞くと改めてランページの凄まじさに喉を鳴らしてしまう。

 

「凄いお姉様……」

「いやこれは本当に凄い……イクノですら気付かないって」

「はえぇぇ……」

 

逃げもそうだがペース変更も舌を巻くほどにうまい。対決するウマ娘はそれを計算に入れた上で走らなければならなくなる、全く以て恐ろしい。

 

「これでダブルティアラ……後は最後の一つ、ですね」

 

「さあ、このまま最後のティアラも独占しちまうぜ。なんたって俺は独裁者だからな」



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49話

「……」

「ほいおハナさん、珈琲淹れたけどいる?」

「貰うわ」

 

自分のデスクに向かいながらもノートパソコンを叩くリギルの東条 ハナ。チームメンバーの練習メニューを組んでいると沖野から珈琲の差し入れの申し出が来たので有難く受け取っておく。

 

「ブラックだっけ」

「いえ、砂糖とミルク頂戴。糖分が欲しいわ」

「あいよ」

 

淹れられて行く珈琲の香りを感じつつもキーを叩き続ける、先日のオークスは完全な敗北。自分のペースで進めばいい、それで勝てる、なんて言っておいて結局は独裁者の掌で踊らされていただけだったと思うと溜息しか出て来なくなってくる。そうしていると珈琲が差し出されたので礼を言いながら受け取る。

 

「ハァッ……今日は妙に美味しく感じるわね」

「あんまり根詰めると体に毒だぜおハナさん。オークスの事かい?」

「そんな所」

 

溜息混じりに答えつつも、メニューの上からオークスの動画を流す。それを沖野も後ろから見る。

 

「私も完全に騙された、公式レースで全く使ってこなかったぺース変更を此処で使って来るなんて完全な想定外だったわ」

「今見るとかなりハッキリしてるな……タイムにもかなりキッチリ現れてる」

 

序盤で大きく逃げつつもペースを落としてスタミナを温存、そして最後に他がペースを上げた所に合わせて自分も本気で走る。同じチームのイクノディクタスすら幻惑する見事なペース変化、お見事としか言いようがない。

 

「今回は彼女をマークしてスリップストリームを使うのが正解だった……なんて今更過ぎる結果論ね、嫌になるわ」

「だけどこれはランページが上手だったって事だぜ」

「……フローラがね、かなりキちゃってるのよ」

 

沖野なりに励ましてくれているのは分かるし有難い、だがそれ以上に辛い物もある。

 

「今度こそは絶対に勝つ、自分の走りで彼女を抜いて勝利を報告するって言ってたのが完全に、ね」

「打ちのめされちまってる感じか」

 

トゥインクルシリーズはそれこそ弱肉強食、強いウマ娘が勝って弱いウマ娘が負ける世界。それが競争を行う世界での全て、だからこそ今度は自分の強さを証明すると言わんばかりに励んでいたフローラの頑張りは一番よく知っているつもりでいる。だがそれでも届かなかった。

 

「んで今フローラは」

「寮で休ませてるわ。最後のスパートで無理したみたいで脚の負担が大きいみたいだから」

「そうか、大事無きゃいいが……」

「大丈夫よ病院で検査もしたし、だから大丈夫……あの子はまた走るわ、そしてラストの秋華賞、そこでランページに勝つわ。勝たせて見せる」

 

珈琲を一気に喉奥へと流し込むとメニュー作りに再び集中する彼女を見て、沖野も自分も負けてられないなと思いながらもスピカの部室へと向かって行くのであった。

 

 

「……なあ南ちゃん、ウマッターって何やれば良いん?」

「ウマッター、ですか?」

 

休養中のランページは部室にいる時に唐突に尋ねた。その手にはスマホがあり、そこにはスマホのアカウント登録画面があった。如何やらこれから始める所らしい。

 

「なんか後輩の子がウマッターとかウマスタに上げたいから一緒に写真お願いしますって言われるんだけどあれって結局何なの?つうかウマッターとウマスタの違いって何」

「そこからですか……」

 

今時の若い子なら分かると思っていたこの両者、というか南坂は普通に知っていると思っていたので思わず苦笑いをしてしまう。

 

「ウマッターは文字、ウマスタは写真で今を報告する感じです」

「成程……それで写真お願いされてたのか」

「そうだと思いますよ、と言ってもウマッターでも写真投稿は出来ますけどね」

「んだよそれ、どっちも同じじゃねえか」

 

呆れてしまうランページ、正直に言って自分もそう思う。どっちも同じじゃないのか、と思った事は多々ある。何というか彼女の精神構造は自分達に近い側にあるようで色々と共感出来たり察せたりするので有難い。

 

「まあ話題作りにはなると思ってよ、一応南ちゃんに言っちゃ悪い事とかあんのかなって聞いた」

「それは有難いですね。そう言った物で一番怖いのが炎上ですけどね」

「敢えて炎上煽ってる奴もいるけどな」

「それは勘弁して貰えると有難いです」

「南ちゃんに迷惑はかけないようにするよ」

 

そうしながらも一先ずウマッターの登録を済ませていくランページ、それを見つつも南坂はスケジュールを見つつ次のレースの事を考える。現在ティアラ二冠、次は間違いなく秋華賞―――ではなくその前哨戦のローズステークスを目指す。当然イクノもそれで行く予定。このままいけばランページはトリプルティアラとなる。思わずその事に興奮を覚えている自分が居る、まさかカノープスからそんな存在が出るなんて思いもしなかった。

 

「うし登録でけた。最初は冷やし中華始めました的なノリが良いんだよな南ちゃん」

「そうですね、最初はウマッター始めたから宜しくみたいな感じで良いと思いますよ」

「んじゃそれで」

 

キーボード打ちで文字を打って行く姿に思わず、フリック入力に慣れない自分を重ねて思わず笑みが零れた。やっぱり彼女は何も変わらない、メジロになろうとも中身は自分にトゥインクルシリーズを任せたいと言ってきたランページのままだ。

 

「こんなもんかな、南ちゃん一応チェック頼まぁ」

「拝見します」

 

 

メジロランページ @dictatorship

 

カノープス所属のメジロランページ。本日からウマッターデビュー。

チームの近況やらを時々呟いたりして行く予定。

これから宜しくね♪

 

 

「はい、大丈夫です」

「こんなんでいいのかね、ベター過ぎて逆に叩かれそうだぜな」

「変に奇を衒うよりも遥かにいいと思うますよ」

「成程、あっそうだんじゃ追加で……」

 

上からスマホを構えながら笑顔のピースサインを撮影、それを張り付けて投下する事にした。過激な写真でなければ炎上するような物でもないので当然南坂からの許可は下りる。そしてそのまま投下。今思うと若干ヘリオスの影響を受けている感じのポーズになっていた。

 

「もう直ぐダービーか……因みにダービーウマ娘とオークスウマ娘だとどっちが上なのかな?」

「う、う~ん……多分ですけどダービーだと思います」

「だよなぁ~……歴史も深いレースだし……」

 

オークスが終わったとなれば、次に行われる大きなレースと言えば日本ダービー。全てのウマ娘達の憧れと言っても過言ではない最高のG1レース、そこにランページの親友、いや家族のライアンが出場する。史実的に考えればダービーに勝利するのはアイネスフウジン、だがライアンだって皐月賞に勝利しているのでそんな予測は意味がない。本当に強いウマ娘が勝利する、それだけである。

 

「誰が取ると思う?」

「……皐月賞を取っているライアンさんが本命、ですがアイネスフウジンさんも今度こそはと炎を燃やしているでしょうから予測は簡単ではありませんね」

「俺も思うわ。しかもその二人同室だぜ、それなのにアイネスの奴ライアンの皐月賞おめでとうパーティ企画出来てるんだぜ、凄くね?」

 

本当に予測不能だ、だがそれでも自分はライアンを応援したい。約束をしたのもあるが……ライアンは本当に強いのだ、自分は彼女の強さを知っている。

 

「荒れるだろうなダービー」

 

その言葉に南坂も静かに頷いた。間もなく始まるダービー、一体どうなるのか……。

 

 

 

「……んっ?南ちゃん、投下してまだ数分しか経ってねぇのになんかすげぇコメントと♡マークついてんだけど……何これ」

「……これは、凄いですね……」




私もツイッターは登録はしてるけど全然手付かず。

というか、今回調べるまでツイッターとインスタグラムの違うがマジで分からなかった。


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50話

ターフを走り抜けるウマ娘、トレセン学園では特別珍しい事も無い光景。その光景が、何れ後世が語り継ぐような事をするウマ娘が此処から生まれて行く、それが楽しみだと以前秋川理事長が話した事を思い出しながらもオークスでの走りからの休養を続けるランページは思いながらも脚を進める。数日もすれば、自分の走ったオークスなどよりも遥かに熱い熱を帯びたレースが開幕する。そう思うと自分もそっちの路線にすればよかったかぁ、なんてことを考えてしまうがそんな事を捨てておこうと思うとターフを走っていたウマ娘が近づいて来た。

 

「ラン!!どしたの」

「何もせずにブラブラしてんだよ」

 

ターフで走っていたのはライアン、皐月賞を征した次はいよいよ日本ダービー。本格的にクラシック三冠が見えて来たという所、と言っても次の日本ダービーは簡単にはいかない。皐月賞ではギリギリまで競り合っていたアイネスフウジンが引き続き参戦するし他にも有力ウマ娘達による激しいレースが予想出される事だろう。

 

「もう直ぐダービー、ウマ娘達の祭典が始まると思うともうゾクゾクしちゃうよ!!」

「やれやれだな、俺が勝ったオークスなんて唯の前座扱いみたいで複雑だぜな」

「あっゴメンそういうつもりじゃ……」

「気にしちゃいねぇよ、俺だってダービーの方が上って事は分かってんだよ」

 

格式や歴史で言えばダービーの方が優れているのは分かっている、それなのに自分はティアラ路線を選んだ。ラモーヌからの誘いというのもあるが……

 

「んで如何なんだ、勝てそうなのかアイネスには」

「う~ん如何だろ……精一杯やるつもりだけど、皐月賞だって実力というか運勝ちな気もするし」

「フロックでもねぇだろ、単純に時の運がお前さんを選んだだけの話だ」

 

勝負事に運が絡むなんて当たり前の事、天気にバ場状態、その日の体調やら全てに運が絡む。出来るだけ誤差が起きにくくしたり、起きたとしてもブレ幅を極力狭くするようにするのが努力という物。最大限の努力をしたとしても運が悪い事は突然やって来る、残酷とも言えるし致し方ないとも言える。

 

「そういう時の運は誇っていい、運命を引き寄せたってな」

「運命……なんか話大きくなってない?」

「なってねぇよ、小さい運命を運っていうんだよ」

 

別に大きな話なんてしていない、これ自体はヒトソウルにある自分の持論だ。正確に言えば祖父から受け継いだ考え方。祖父は特攻隊の一員だったが、その役目を果たす前に終戦を迎えた。そして自分が生まれたのだと、夏休みに帰省する度に話していた。だから命を大切にしろと言われた。

 

「命を運ぶ、運命はそういう意味だ。ライアン、俺にとってお前は運命のウマ娘だよ。こうして生きれてるんだからな」

「―――それ、言うのズルいよ」

「クククッ戦いの世界にズルいも糞もねぇよ。卑怯を煮詰めて相手に押し付けて自分が勝てるようにするから戦術っていうんだよ、ンな事言ったら俺のペース変更だって大いにズルいだろうが」

「違いない」

 

そう言いながらも笑い合った。矢張り、こうしている時に自分はランページとなっている。唯のランページに、心がそうなっているのが分かる。そして疼いている、走りたいと。

 

「折角だライアン、併走相手になってやる。オークスウマ娘を相手にしてダービーに備えろ」

「えっでも休養しなくいいの!?」

「もう体調は万全だ。純粋に今日は休みなだけだ、やる事なくて暇だからブラブラしてただけだしな。それとも俺とやると負けてダービーへの自信を無くすから嫌か」

「言ったな!?上等じゃない、だったらアタシがブッちぎって今度の秋華賞に出る気を無くさせてやろうじゃない!!」

「そっちも言ったな、それじゃあやろうじゃねぇかよ」

 

そう言いながらもまずは軽くコースを一周してウォーミングアップ、その間にライアンも準備を済ませて先に待っていた。そして水分補給をしてからその隣へと並び立った。

 

「天候良好、バ場状態良ってとこか。悪くない」

「それじゃあやる?」

「応。俺もアイネスと同じ逃げだ、俺に喰いついてみろ、それならアイネスの逃げでも大丈夫だ」

「ランの逃げってペース滅茶苦茶だもんね……」

「うるせぇ、さっさとやるぞ」

「それじゃあ……」

「「GO!!!」」

 

 

「あ~先週のオークス凄かったよね!!ランページ先輩の走り凄すぎ!!」

「あ~もう、分かったっての……全く何回その話すれば気が済むんだか」

「それだけ感動したというのも分かるさ」

 

ジャージに身を包んだ三人のウマ娘が、今ランとライアンが疾走しているターフへと近づいていく。自主練の為だろう、しかしその口からはオークスの話題が溢れている。それに触発されてジッとしていられないと言った所なのだろう。

 

「単純な大逃げじゃない、私も数回見直してタイムを見て分かったが先輩は少しずつペースを落として途中まで超スローペースでレースを進めていた。そして最後には蓄えていた力で逃げ切った……見事な作戦だ」

「それでカノープスに鞍替えでもする訳?」

「リギルにも入っていないぞ私は、だが改めてカノープスも良いなと思っただけの事さ」

「アタシとチームメイトになる!?アタシはもうカノープスに決めたよ!!」

「それはそれで面白いな」

 

そんな話をしていた三人が到着したターフには先客がいた。どうやら走り終わっていたのが片方は倒れこみ、一方はそれを見つめている。

 

「あっ先客さんがいるね、一緒に走れないか聞いてこようか」

「い、いやまてあの二人は……」

「うっそ……噂をすれば影が差すって奴?」

 

「ハァハァハァハァ……ラン速すぎぃ!!何あれ、何であんなペースなのに脚が溜まってるの!?逃げてるのに差すとか意味分かんないよぉ!!」

「何だよもうへばったのか、この程度でアイネスに勝てると思ってるのか。それに多分逃げて差すが出来るのは他にも居る」

「会いたいような会いたくないような……」

「というか、パーマーだってそれに近いだろ」

「確かにそうか……」

 

一先ず一周を終えたのだが、ライアンは見事にブッちぎられてしまった。それでも中々に食い下がった方ではあるのだが……そんな事をやっていると自分達に熱い視線を送ってきているウマ娘二人がいた。

 

「あ、あのメジロランページさんにメジロライアンさんですよね!!?」

「如何にも俺は独裁者メジロランページさんだよ、んで此処に転がってるのが皐月賞ウマ娘のメジロライアン」

「ちょっとラン……ワザと皐月賞ウマ娘って付けたでしょ……」

「当たり前だ」

「うわムカつく……」

 

そんなやり取りをする二人を見つめる三人だが、口こそ悪いが二人の間に感じられる絆のようなを強く感じられた。

 

「え、えっと先週のオークス凄かったです!!」

「応あんがとさん、んじゃ次は転がってる奴がダービー制覇するから応援してやってくれ」

「任せてください!!アタシ、ダービー凄い楽しみにしてるんです!!」

 

何やら、酷く興奮している黒鹿毛のウマ娘。そしてその両隣に居るのは眼鏡を掛けている葦毛のウマ娘、少々目つきがきついが此方をチラチラとみている栗毛のウマ娘。その三人を見てそれが一体誰なのかを察してしまったランページだが、即座に挨拶をされた。

 

「アタシ、ウイニングチケットです!!夢はダービーウマ娘になる事です!!」

「ビワハヤヒデです、突然お邪魔して申し訳ありません」

「ナリタタイシン……です」

「(うわぁっBNWだぁ……)宜しくな3人とも」

 

新平成三強とも呼ばれたライバル関係とされた三頭の競走馬、ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケット、この三頭を総称してBNWと言われた。史実のクラシック三冠競走で同世代のライバルとして火花を散らして激闘を繰り広げ続けた。そのウマ娘が目の前にいるというのは中々に迫力がある。

 

「メジロランページ先輩、オークスでのペース変更戦法は突然の起用だったのでしょうか」

「いいよランで。いや、元々得意だったけど同じチームでそれが通じない奴がいたから使わなくなったんだよ」

「それってイクノディクタス先輩?」

「そそ、流石のイクノも数年ぶりに使って来るとは思わなかったから見事に嵌ってくれたわ」

「おおっ凄い!!そんな戦いもあったんだぁ!!」

 

そんな話をしているとライアンが起き上がって来た。

 

「んじゃ続きやるか?」

「勿論!」

「悪いな、今ライアンに付き合って特訓中でな」

「特訓!?」

「ああ、俺をアイネスフウジンの仮想敵にしてダービーに向けての特訓だ」

 

それを聞いて3人の瞳が輝いた。三人が狙っているのも同じクラシック三冠路線なのが伺えた。

 

「お邪魔でなければ、それを見学させては頂けないでしょうか」

「アタシからもお願いします!!」

「お願いします」

「別にいいよなライアン」

「うん、別に隠してる訳じゃないし……それに、いざという時はランが責任取って3人が挑戦する時にも同じ事してあげればいいよ」

「おいおいおい人を便利屋みてぇに……まあその位良いけどその時まで俺走ってるのか?」

「走ってるでしょ、ランだし」

「なんかムカつくなおい」

 

そのままライアンの特訓は継続されたのであった。その後は、BNWの三人も混ざっての練習も行ったりもしたのであった。そして―――時は過ぎ、その日が来たる。




「うわっ通知がうるせぇ!!?ライアンとのツーショット上げたせいか!?」
「いやいやいや、二冠ウマ娘と皐月賞ウマ娘のツーショットなんか上げたらそうなるってネイチャさんどころかターボでも分かるよ?」
「んっ今なんか呼んだ?」


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51話

「ハァハァハァ……いやぁターボちゃんも速いね、ランに負けない位じゃん!!」

「ゼェゼェ……タ、ターボはテイオーのライバルだもんね、この位当然だもん!!」

「応凄いな、脚がプルップルのテイオーのライバルでカノープスの次期エースさんは」

 

ライアンとの特訓は自分だけでは煮詰まる、という事でデビューを控えているターボにも参加して貰う事にした。ランページと同じように全く抑えるという言葉を知らないと言わんばかりの破滅的な逃げだが……それでもランページとは違った意味での強さを感じさせる走りに追走をするライアン。なんとかターボは捉えられるようにはなるがランページは難しい模様。

 

「ターボ、ちょっと飲みもん調達して来てくれ。お釣りはやっから」

「分かった!!ターボ行って来る!!」

 

そう言われて1000円札を受け取ったターボは飲み物を買いに駆け出して行く、そんな後姿を見送りながらもライアンは落ちて来た陽を見つめながらも呟くように聞いた。

 

「アイネスに勝てるかな」

「知らねぇよ、それこそお前次第だ」

「ランらしいなぁ……」

「俺らしいね、それはどっちの意味だ?」

「どっちもかな」

 

シガーを吹かす今の自分、ライアンが知っている過去の自分、だがどちらも結局は自分らしさに収束する。

 

「アタシさ、偶に思うんだよね。とんでもない目標持っちゃったなぁって」

「何だよ俺のせいだって言いたいのか?」

「違うって。アタシってあんまり評価されない側だったんだよね、どっちかと言えば周囲の目はマックイーンの方に行ってたから」

「マックイーンはな……ありゃ別格だ」

 

その事は認めざるを得ない程、敢えて三冠を回避しつつも最後の菊花賞にのみ参加する事を表明している。それは春の天皇賞を見据えていることを示している、あの段階からメジロの為に走る事を決めているのだから大した物だ。

 

「三冠を取るに当たって一番の難敵はマックイーンだな、あいつの脚は長ければ長い程に輝く脚だ」

「うんそれは思う」

 

マックイーンは典型的なステイヤー、距離があればあるほどに輝く。しかもそれでも中距離でも通用する程のスピードを出せるのだから参る。自分だってマックイーンとは走りたくはない、今は大丈夫だろうがシニアに上がったら確実にぶつかるだろうから嫌になるが……早ければ来年の宝塚記念か天皇賞(秋)辺りだろうか。

 

「子供の夢みたいな目標だよね、二人でダブル三冠って」

「だな、今思うととんでもなく無謀な夢を追いかけてるもんだ」

「言い出した側がそれ言っちゃう?」

「それに乗ったのはお前だけどな」

 

一応分かっていたつもりだが、改めて挑戦してみると分かる辛さというのもある。だが今更やめるつもりなんてサラサラない、ランページは既に二冠を達成している。難しい筈なのに、この世界では重賞どころか一勝するだけでも強いウマ娘だと言われる、その上澄みの上澄み、一握りしか出場出来ないG1レース、その頂点に立とうとしているのだから大変の一言では済ませられない。

 

「でもさ、なんていうか今凄く愉しいよ。そりゃ目標は凄い高いけどさ……やりがいがあるって感じ」

「そうかそりゃ良かった」

「ラン~買って来たよ~!!」

 

そんな話をしているとターボが帰って来た。買って来てくれたそれを飲みながら色々と話すとするか。

 

「ハイ、ライアンにはスポーツドリンク」

「おっ有難う」

「はいラン」

「応サンキュ」

 

そう言って受け取るのだが、そこにあったのは……まさかのおでん缶。思わず、ターボにアルゼンチン・バックブリーカーを掛ける。

 

「何でよりにもよっておでん缶なんぞを買って来るんじゃおのれはぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ギャアアアアアアッッ!!!間違って買っちゃったのぉ!!お釣りはくれるっていうから勿体ないしランなら別にいいっていうかなぁって思ってぇぇぇ!!」

「そうかそうか、それなら仕方がない……なんていうと思ったら大間違いじゃボケがぁぁぁぁあ!!!!ンな事するなら残った金で別の買えや元は俺の金だろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ミャアアアアアアア!!!!??」

「アハハハハハハッ!!!もうしょうがないなぁ」

 

『さあ今年もこの日がやってきました、ウマ娘の祭典、東京優駿、日本ダービー!!何と今年のダービーを見る為に押し掛けた人の数はなんと18、いえ19万人を越えているとの事です!!これはこれまでにない程の大人数!!これ程の期待が、夢が、これから行われようとしているのです!!今から私の期待も張り裂けそうです!!!この数のスポットライトを浴びるのはどのウマ娘なのでしょうか!!?』

 

 

「すっごい人だね」

「全くだな、19万人か……とんでもねぇなおい」

 

東京レース場には尋常じゃない人が押し寄せている、それだけの人が今日のレースを楽しみにしていたという事だ。正しく夢や期待を乗せながら。

 

「わわっ……」

「ライス大丈夫か、確り手ぇ繋いどけよ」

「う、うん……有難うお姉様」

 

今回もライスがカノープスに混じってダービーの観戦に駆けつけている。ライスだって目指すのはクラシック三冠路線、ならばダービーは見逃がす事は出来ないレースなのだ。彼女の小さい手を握りしめながらも引き寄せて自分の前へと持って来てやる。

 

「ほれ、これなら大丈夫だろ」

「有難うお姉様」

「ライスズルい~ターボだってちゃんと見たいのに……」

「ならターボさんは私の前に」

「やっほ~いイクノってば分かる~!!」

「やれやれ……なんかごめんねライス」

 

そんな話をしていると、いよいよ本バ場入場が開始されていく。同時に大歓声が溢れ出す、これから世代の頂点を決めるレースが始める、日本一を賭けて争うウマ娘達の入場に皆が声を上げるが、一際その声が巨大となった。

 

『さあ此処で一番人気の登場です!!皐月賞1着の大本命、メジロランページに続いてメジロ家の二冠達成なるか!?世代の頂点を狙うメジロライアン!!』

 

「ライアン頑張れ~!!」

「が、頑張って~!!」

「気張り過ぎないように~!」

「頑張れ~!!」

「落ち着いて自分のペースを~!!」

 

それぞれが応援を送っているとそれに気づいたようにライアンが此方を見て笑顔を見せた、そして僅かに視線を動かしてランページの目を見た。

 

「(来たよ、此処まで―――観ててね親友、アタシの走りを)」

「(観てるぜ親友―――運命を掴み取れ)」

 

互いの想っている事が分かっているかのように頷き合うとライアンの瞳が鋭く凛々しい物へと変わっていく、その瞳をランページは見た事がある。あの瞳は……ミスターシービー最大のライバル、メジロモンスニーに酷く似ている。そして少し遅れたもう一つの大歓声が上がる。

 

『さあやってきた、矢張り注目なのはメジロライアンとこのウマ娘の一騎打ちか!?二番人気、皐月賞2着、世代の頂点に立つのはこのウマ娘なのか!?疾風怒濤、アイネスフウジン!!』

 

皐月賞との激闘はまだ記憶に新しい、皆が見に来ているのはこの二人の対決と言っても過言ではない。そして二人は視線を合わせる、がライアンは一足先にゲートへと向かおうとするのをアイネスが隣に並ぶ。

 

「今日は負けないの」

「アタシだってそう、負けない」

 

短い言葉をぶつけ合った後に、軽く笑い合うと軽くハイタッチをした。互いの健闘を祈りながらも二人は臨戦態勢へと入る。日本ダービー、間もなく出走。




おでん缶はうまゆる、アルゼンチン・バックブリーカーはウマ娘二期のマックイーンから。


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52話

ファンファーレが響き渡る、同時にゲートに全てのウマ娘が揃った事が告げられる。間もなく始まる日本ダービー、この世代の頂点を決めるレース。一体誰が栄冠を物にするのか、レースは何が起こるか分からない。実力で圧倒的な物を誇っていたとしても覆る事がこの世界では幾重にもある。誰にもチャンスがあって、誰にも落とし穴があるとも言える。正しく運命のいたずらが勝敗を分ける、最も運を持つウマ娘が勝つのがこの日本ダービーなのである。

 

『さあ間もなくスタート、全ウマ娘ゲートに収まりました。2400m先の栄冠を手にするのは一体誰なのか、さあ今選ばれし優駿たちが今―――スタートしました!!これは綺麗にスタートを切りました、流石は選び抜かれた精鋭たち、その中でも最高のスタートを切ったのはアイネスフウジン!!早速飛ばして行く!!』

 

逃げ宣言のアイネスフウジンが先頭を取った。相変わらずのハイペースな逃げだが、それを逃がすまいと前に出るウマ娘も居るが、その中で突出してアイネスを捉えているウマ娘がいる。

 

『アイネスフウジンに続くのはコクタイヨウ、ハンサムガールと続きますがおっと速くもバ群を抜けだしたのはメジロライアン!!ハイペースで先を行くアイネスフウジンの背後に付きます!!』

 

「簡単には逃がさないよ、今日だけは!」

「ふぅん、着いて来られるなら着いてくると良いの!!」

 

そのまま、ライアンを背負うような形のままアイネスは気儘に速度を上げて行く。ウチを通りながらもどんどんと加速していく、他のウマ娘なんて知った事ではない、私は私の走りたいように走るから着いて来たいなら着いて来い、抜きたいなら抜いてみろと言わんばかりの見事な走り。

 

「凄い逃げるねアイネス先輩……いやでもライアン先輩もそれにピッタリ付いて行ってる」

「当然だよ、だって今日までターボとランが練習に付き合ってたんだもん!!逃げ相手には簡単に負けないよ!!」

「お姉様もお手伝いしたんだ」

「まあな、仮想敵としては最適だからな」

 

恐らくランページ程、逃げウマ娘の仮想敵として適した者はいないだろう。何せ高身長のストライドを活かしながらも猛烈に逃げ続けるのだから。これについて行ければ並の逃げウマ娘ならば捉える事は出来る……が、アイネスは並の逃げではない。自分やターボ程の破滅的なペースではない、追えるが故に心の余裕が余計な力を引き出しやすい。言うなれば自分の逃げよりも相手のスタミナを消耗させやすい逃げ。

 

『さあ間もなく向こう正面に入りますが先頭は変わらずアイネスフウジン、そしてその後ろにピッタリとメジロライアン。そして後方のコクタイヨウ、その差は4バ身程でしょうか。さあブラックジュエルも控えております、此処からレースがどう動くのか楽しみであります』

 

「(このペースなのにライアンはピッタリと着いて来てるの……やっぱり凄いね、でも今日は私が勝つの!!)」

 

アイネスフウジンは普段の練習だけではなく、練習後のアルバイトもメニューに組み込んで自分を鍛えていた。家計を助ける為の物だが、今回ばかりはダービーに向けての特訓という意味合いも強かった。町内を走り回っての新聞配達は中々に距離もあるしストップアンドゴーで瞬発力を鍛えて来た。だから負けないという自信もある、間もなく第4コーナー……そして最後の直線に入る。

 

「負けないのぉぉぉ!!」

 

『此処でアイネスフウジンが加速した!!メジロライアンを振り切るつもりか、さあ直線に入る、後方からもウマ娘が迫って来る。さあ直線に入ったぞ、此処からが勝負、東京の直線だ、直線で全てが決まる!!さあ400を切って坂を上がっていく!!』

 

「さあこっからが正念場……!!」

 

他を出し抜こうなんて逃げではない、仕掛けられたハイペースの消耗戦。十分に追えると思っていたウマ娘達のスタミナは見る見るうちに削られていった、此処まで逃げられるのかと思いながらもその背中を追う。自分こそがダービーの栄冠を手に入れると、だが身体が動かない。

 

「ああっ……後ろ、中々いけないんだ……」

「なんかランみたいだね」

「いや俺の場合は更に差をつけてるからもっと性質悪いぞ」

 

とそんな事を言っている時、アイネスの背後から遂に控え続けていたウマ娘が牙を剥いた。

 

「此処で勝負ぅ!!!」

 

『メジロライアンメジロライアンが遂に来た!!アイネスフウジンの背後で機を窺い続けて来たウマ娘が遂に飛び出した!!そのまま突っ込んでくる、アイネスフウジンを捉えられるのか!?行くか行けるのか!!?』

 

ランページとターボのお陰で逃げウマ娘に対して慣れていたのが幸いした、何よりあの二人よりもペースが楽だから付いて行きやすかった。改めて二人への感謝を捧げると一気に脚に力を込めて大地を蹴る。此処で全てを出し切るつもりで一気に加速する、此処まで抑えていた物を出すとアイネスフウジンを捉えた。そして並び立つ。

 

「このままァ!!」

「負けないのぉ!!」

 

『メジロライアンが抜い―――っいやアイネスフウジンが意地を見せる!!再び並んだ、並び直したぞ!!さあ後200を切った!!さあ第57回東京優駿日本ダービーの栄冠を手にするのは何方なんだ!!?』

 

「負けないの、負けないのっ!!!この日の為に努力し続けてきたのぉ!!」

「そんな事、分かってる!!アタシだって、アタシだってぇ!!!」

 

同室のアイネスがトレセン学園の授業や練習の合間を縫ってアルバイトをしている事だって知っている、そしてそれは奇しくもランページと同じ新聞配達だったと聞いた時にライアンは驚いてしまった。だが同時に思った、彼女はランに似ている。だからこそ分かるのだ、彼女の力の凄さが、その精神の強さを―――貴方の強さを私は知っている。だからこそ―――

 

「ライアァアアアアアンッッ!!!行けええええええ!!!!」

 

聞こえた、聞こえてきた、そして見えた。応援をする友の姿が、同時に力が漲った。そうだ、自分がランの強さを知っているように、ランだって自分の強さを知っている。だからあの目標を立てたんだ、自分達の力でそれを証明しようと。だから走る。

 

「一緒にっ行くよ―――ラァァァァァンッ!!!!」

 

地面を踏みしめ、強く蹴った。蹴った、蹴った、蹴った、蹴った。時間が矛盾しているように世界がスローモーションに変わっていく、その中で自分は前へ前へと突き進んでいく。見えてきたゴール板をさらに遠くに蹴り飛ばすかのように力強く前へと踏み出した脚は―――ゴール板を踏み越えて行った。

 

『アイネスフウジンとメジロライアンが大接戦!!何方が征する日本ダービーを何方が征する!?今、大接戦のゴールイン!!!これは何方か分からない、何方が勝っても可笑しくない、何方もダービーウマ娘として誇れる素晴らしい走りを見せました!!』

 

「―――っはぁ!!!ハァハァハァ……」

「くっ……ゲホ……ハァハァハァ……」

 

何方も息を荒げながらもゆっくりと静止すると膝に手を付きながらも全力で息をする。互いに言葉を作る余裕すらないのか、俯いたまま言葉を発しない。呼吸が安定して顔を上げた互いに掲示板を見た、何方の番号が先にあるのか……覚悟を込めてみた。そこにあったのは―――写真の文字が消えた瞬間。ダービーウマ娘の決定の瞬間、そこにあったのは―――

 

『メジロライアン!!メジロライアンがハナ差、ハナ差4㎝での勝利ぃぃぃぃっ!!!今年のダービーを征したのはメジロライアン、メジロがまたやりました!!先週のオークスのメジロランページに引き続きメジロがクラシック二冠を達成!!!』

 

「やっ……やった……?」

「凄い、凄いの!!」

 

呆然とし、言葉が見つからない自分にアイネスが抱き着いて来た。その表情はまるで自分が勝利したかのような満面の笑みだった。

 

「完敗なの!!全部出し切って負けちゃったの!!ライアン本当におめでとうなの!!」

「勝った、アタシが……ダービーウマ娘に……いやったぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

漸く現実を受け入れられたと言わんばかりに大声を上げながらもアイネスを抱きしめ返した。それに驚きながらもアイネスも抱きしめ返した。

 

「アイネスも凄かったよ!!もう勝てるとか思わなかったもん!!」

「アタシだって負けるなんて少しも思わなかったの!!でも、全然悔いなんてないの、後悔も無いし悔しくも無い!全力出せて本当に満足なの!!」

「うん、うんうん!!有難うアイネス!!」

「此方こそありがとうライアン!!」

 

そう言いながらも互いの健闘を称える二人に観客は溢れんばかりの拍手を送った。拍手で東京レース場が震える中、ランページが笑いながら声を張り上げた。

 

「ラ・イ・アン!!ラ・イ・アン!!ア・イ・ネス!!ア・イ・ネス!!」

『ラ・イ・アン!!ラ・イ・アン!!』

『ア・イ・ネス!!ア・イ・ネス!!』

 

ライアンの名前とアイネスの名前を繰り返し呼ぶコール、それは少しずつ、少しずつ伝播していく。最初はカノープスがそれを受け取ると、次は隣の観客が、それがどんどんと広がっていくと気付けば東京レース場全体がライアンとアイネスの名前を叫ぶ大コールで震えていた。

 

『これは……コールです!!東京レースがコールで揺れております!!惜しまんばかりのライアンコールとアイネスコール!!これこそダービー!!今年のダービーは素晴らしかった、今回のダービーは優勝ウマ娘が二人も居ります!!それはこのコールを聞けば誰もが納得する事でしょう!!メジロライアン、アイネスフウジン!!今年のダービーウマ娘はこの二人!!』

 

「アハハッアイネス……アイネスもダービーウマ娘だって!!」

「嬉しいの、皆アタシの走りをそんなに……有難う~!!皆~!!」

「本当に有難う~!!!」

 

1着:メジロライアン、2着:アイネスフウジン。その結果は揺るがないだろう、だがこの二人がダービーウマ娘という事実を誰も否定せず認める事だろう。二冠ウマ娘の誕生という瞬間よりももっと祝福された事だろう。




コールは……外せなかった。


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53話

「よくやりましたねライアン……本当によくやりました」

 

メジロ家の邸宅、その一室、メジロアサマが居る部屋にいるライアンはお婆様から称賛を向けられて気恥ずかしそうにしていた。

 

「や、やめてくださいお婆様。そんなに褒められると照れますって……」

「それだけ貴方の成し遂げた事は誉れ高いのですよ、そしてメジロ家にとっても誇らしい事です」

 

メジロ家の長い歴史の中でダービーはまだ一度も取れた事のない称号だった。ウマ娘にとっての勲章ともいうべきダービー制覇、天皇賞の連覇を掲げていると言ってもやはり意識しない訳には行かず数多くのメジロのウマ娘がそれに挑んでいった、何度もその高い壁に阻まれて来た。モンスニーですらシービーというライバルに敗れているが……今、ライアンは新しいメジロの歴史を作ったウマ娘となったのだ。

 

「次は菊花賞ですか」

「はい、そのつもりです」

 

次なる目標はクラシック三冠路線の最後のG1レース、京都の菊、菊花賞。3000mという長距離レースではあるが、長距離と言えばと言われる名門なのがメジロ。ライアンも長距離のレースには自信がある。だが問題なのは自分以上に長距離が得意であるマックイーンが出走する事を決めている事である。

 

「マックイーンも菊花賞への出走を決めています、あの子は強いですよ」

「ええ分かってます。でも逃げるつもりはありませんよ、寧ろワクワクしてます。だってG1の舞台でマックイーンと戦えるんですから!!」

 

歓喜に胸を弾ませながらも笑顔を作る孫にアサマは微笑んだ。ウマ娘にとって走る事は何よりの幸福だ、だがその舞台で競いたい相手がいる事は更なる喜びを齎す。

 

「それに、アイネスも菊花賞に出てリベンジするって言ってくれてますし全力で迎え撃ちます!!」

「ダービーウマ娘同士の激突、フフッそれは楽しみね」

 

二人のダービーウマ娘、メジロライアンとアイネスフウジン、東京レース場を揺らす程のコールも含めて新聞でも大きく取り上げられている。それが再度激突すると思うと今から楽しみになって来てしまう。

 

「菊花賞には私も応援に行きましょう、貴方達の走りを見たくなりました」

「えっ本当ですか!?」

「ええ。今からならスケジュールの調整も可能、但し、見に行くのだから情けないレースは許しませんよ」

「勿論です!!」

 

嬉しそうに笑っているライアンに自分もつられてしまう。メジロ家としての自覚と責任、それらを併せ持ちながらも凛と構えるマックイーンに尊敬を向けて何処か憧れてさえいた孫が此処まで立派になって、真っ向からマックイーンと戦うとまで言っている。これもランページのお陰だろうか、改めて彼女をメジロ家に誘って良かったと思っていると、そう言えばと口にした。

 

「ランページは如何しました?」

「ああ、ランなら……」

 

 

「だぁぁ~……負けたぁ~……」

「だ、大丈夫ターボさん?」

 

ランページの姿はトレセン学園にあった、この日はカノープスの練習の日でもあったので其方を優先している。今日はライアンの日本ダービー祝勝会があるので其方には確りと出席するつもりだがギリギリまで練習に励むつもりでいる。

 

「なんでいきなり3000mを走ろうとしてんだお前」

「だってライアンは次、菊花賞なんでしょ!?ターボもその手伝いしたいから3000メートル走ったの、でもキッチィ……」

「最初っから最後まで全力で3000はなぁ……まあ一方で走り切ってるお前は流石だわパーマー」

「いやぁまあ、長距離は得意だからね」

 

今日はパーマーもライスと共にカノープスの練習に参加していた。パーマーはパーマーでまだG1に出走こそしていないが、重賞には積極的に参加して得意の大逃げで勝利を勝ち取ったり負けたりをしたりいる。現在6戦4勝2敗。

 

「でもライアン凄いよねダービーを取っちゃったんだから……アハハッアタシとは全然違うね」

 

困ったように笑いつつも自分を卑下する物言いをするパーマーの額を軽く小突く。

 

「あいたっ!?」

「お前はそういうネガティブがいけないんだよ。お婆様だって言ってただろ、お前はお前らしく走って良い、メジロなんて気にするなって」

「うんまあそうなんだけどさ……ほら、今回の事でメジロの時代って言われちゃってるからこっちにも注目が来ちゃって……アハハハッ」

 

自分のティアラ二冠に続いてクラシック二冠、この事もあってか今年はメジロの時代だと各報道機関は騒ぎまくっている。その煽りをパーマーとマックイーンも受けている、マックイーンは対して気にしていないのだがパーマーは結構そういうのを気にするタイプなので重圧と思ってしまっている。

 

「まあ、ティアラ二冠とクラシック二冠を取ったらそうなっちゃうよねぇ~お陰でカノープスへの入部希望者も鰻登りですわ~」

「ああやっぱりそうなんだ」

「私にも後輩が出来るのかな!?」

「かもな」

 

タンホイザは何気に先輩と呼ばれることに憧れを持っているらしく、出来れば後輩が入ってくれる事を願っていたりもする。

 

「よ~し復活!!ライス、もう一本お願い!!ターボもクラシックで戦えるように長距離走れるようになりたい!!」

「う、うんライスは大丈夫だよ」

「んじゃネイチャさんも付き合いますか~」

「あっ今度は私もやる~」

 

そう言ってターボ、ライス、ネイチャ、タンホイザの3000mレースが開始されるのであった。矢張りというべきか初っ端から全開で飛ばすターボにランとパーマーは苦笑いするのであった。

 

「いいなぁターボちゃん、アタシもあんな感じに元気いっぱいになれたらなぁ……」

「ああもう、お前は直ぐそうやって」

「いやさぁ……」

 

これは散々メジロ家のウマ娘としてどう思っているか、これからの予定は、自分達と戦うのか、と聞かれたのだろうなぁと察する。そう思うと悪い事をしたなと思う反面、本当にパーマーの悪い部分が出てしまっていると思う。

 

「お前は誰だ?」

「誰って……メジロパーマー」

「だろ。んじゃお前の家族の名前は?」

「メジロ、アタシだってメジロだし」

「そうメジロ―――俺だってお前の家族だ」

 

そう言いながらもパーマーを軽く抱き寄せた。最近お世話になっている姉のクリークにやって貰ったように軽く、優しく。そしてパーマーの目を真っ直ぐと見る。それにパーマーは驚いたがそのまま続ける。

 

「メジロへの期待は俺達を押し潰すものじゃない、力を与えてくれるのさ。俺達は一緒に走るんだ、俺もそうだ。ライアンやマックイーン、そしてお前と一緒にティアラ路線を走ってる」

「皆と一緒に……」

「そうだ、怖いと思うなら俺も一緒に走る。隣でも後ろでもいい、家族が一緒に居るって事を思うんだ。そうすれば力をくれる、それが家族ってもんだろ」

 

期待は自分に力を与えてくれる、そんな風に考えた事は無かった。自分には荷が重い、無理だと思うばかりでそんな風には思えなかった。いっその事、全てを投げ出して逃げ出せたらどんなに良いだろうと思った事さえもあったのに……。

 

「それに逃げて何が悪い、全部嫌だったら投げだしちまえ」

「えっ!?」

「俺だって一回全部を投げ出しちまってる、それなのに今こうしてる。メジロじゃなくてパーマーとして名を刻めばいい。ヘリオスと一緒に居る時のお前みたいにさ」

 

その言葉を聞いた時に感じた衝撃は、お婆様から激励の言葉を受けた時のような電流が身体を突き抜けた感覚だった。ヘリオスと共に居る様な自分、本当の自分らしく、何物にも縛れないような自由な自分……。

 

「ありがとうラン、なんていうかさ―――一気に視界がクリアになった気分。アタシらしく逃げる、変なの。レースだとそうやって来てたのにそうすればいいって思うとなんかあれだね、テンアゲって奴」

「そうか」

「うん―――アタシ、メジロ家のウマ娘として頑張るよ。でもパーマーとして走る、メジロ家のパーマーとして逃げまくる!!だって、それが一番自分らしいと思う!!」

「そりゃいいな。メジロ家の大逃げウマ娘としてお互いにやっていくか?」

「あっそれめっちゃいいかも!!」

 

パーマーは心の底から笑っていた。重圧を力に変える、だが其処から逃げてもいい、その重圧を力に変えて逃げる。何て欲張りなんだろうと自分でも思いながらもそうすると決めた。それが自分らしく走るという事なんだと思う。

 

「さてと……あっやべ、パーマーそろそろ行かねぇとライアンの祝勝パーティに間に合わなくねぇか?」

「あっホントだ!?しかも今回はランのメジロのウマ娘としての顔合わせもあるから遅れられないよ!?」

「そりゃ不味い……悪い南ちゃん後任せる!!」

「はい、お任せされました」




全体的にメジロが暴れ回るクラシックとシニアになるかも。


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54話

「それではカノープス、定例会議を行いたいと思います」

「お~っ!!」

 

何時しか定例化した会議、元々はターボとタンホイザが自分達がどうやったら活躍出来るかを話し合う為にセッティングしたものなのだが、折角だから活用しようとランページが取り計らった結果、南坂も協力した本格的な物へと発展していった。

 

「今回の議題はこれからのスケジュールについてです、ランページさんとイクノさんの次走は9月のローズステークスで構いませんね?」

「応よ、後一冠も完璧に戴冠してやるよ」

「今度はそうはいきません、次こそは私が頂きます」

 

既に勝った気でいるランページを牽制するイクノとそれを受けつつも飄々としているランページというお決まりの光景が広がっている。無敗での三冠を果たすのか、それともイクノがそれを阻止するのかというのも大きな見所になっているティアラ路線。そんな先輩二人の背中を見ながらもデビューの日を今か今かと待ち侘びているターボは好い加減我慢できないと言わんばかりに声を上げた。

 

「ムッ~!!トレーナーターボも好い加減にデビューしたい~!!イクノだって去年の7月にはデビューしてたじゃん~!!」

「ターボ落ち着きなって、と言いたい所だけどネイチャさんとしてもデビューしたい気持ちはあるね」

「そろそろそう言われると思っておりました」

 

そう言いながらも南坂はホワイトボードを軽く殴る。回転しながらも裏側になった所でそれをぴたりと止めた、そこにあったのは―――ツインターボ、ナイスネイチャデビュー日決定!!とデカデカと書かれていた。

 

「おおっ!!トレーナーさんそれってもしかして……!?」

「はい、お二人のデビューの日取りが決定しました」

「やったぁ~!!何時何時!?明日!?」

「流石に違いますよ、お二人とも9月を予定しています」

「9月か……まあ暑い夏の後だから良い時期だね」

「やった~デビューだ!!」

 

思わず飛び回ってしまうターボ、ネイチャも落ち着きを取り繕ってこそいるが口角は上がり尻尾と耳が嬉しそうに動いている。

 

「おっ~!!ターボにネイチャもおめでとう~!!」

「9月か……南ちゃん大丈夫かよ、俺達のローズステークスもあるんだぜ?」

「この位なら大丈夫ですよ。平気な顔をして二冠を達成されるよりもずっと楽です」

「こりゃ一本取られたな、んで距離は?」

「ターボさんとネイチャさんも芝1800です」

 

マイルでのメイクデビュー、それならば問題はないだろう。特にターボはその距離ならばスタミナも持たせる事は出来る事だろう。ネイチャは言わずもがなだしきっと勝つこと間違いなしだろう。

 

「う~もう辛抱できない!!今から走ってくる、デビューに迎えて特訓しなきゃ!!」

「ああおいターボ!!行っちまったか」

「追いかけて来るね!!」

「もうそのまま特訓させちゃおうか、そっちの方がターボも静かだろうし」

「一理ありますね、それでは行きましょうか」

 

とカノープスメンバーが次々と向かっていく様子にランページは思わず一言。

 

「大本はあいつが始めた会議なのにあいつがいの一番で投げ出すって如何よ」

「ターボさんらしくはありますけどね、まあ私としてはトレーニングをしてくれるのは有難いですが」

「まあ面倒臭がってやらねぇよりかはマシ……なのかあれ」

 

それでもまだ議題は残っていたんですがね、と困り顔で笑っている南坂に対してやっぱりまだあったんじゃねぇかよとランページは席に着き直すのであった。一応自分がこのチームのキャプテンというか纏め役的なポジションなのでチームトレーナーからの話には確りと耳を傾けて置かなければならない。それを分かってくれているランページには南坂は素直に感謝している。

 

「それですね、二つ目の議題というのか加入希望者が増えてきている事なんです。しかし如何せん人数が多い物ですからどうしますかという事だったんです」

「あ~うん、俺が悪目立ちしてるもんな。そりゃ俺が聞かねぇと不味い話だわ。んでどん位いんの?」

 

尋ねてみると直ぐに紙を渡された。そこにはカノープスに加入希望を出しているウマ娘の名前があるのだが……思った以上に名前があった。

 

「何これミーハーって奴か?」

「違うと思います」

「しっかし思った以上にいるもんだな……んっ?」

 

その中に知っている名前があった、それは以前顔を合わせたウマ娘の名前……ウイニングチケットの名前があった。今の所、ビワハヤヒデとナリタタイシンの名前はないが、以前の絡みを考えるとあの二人がカノープスに来る事もあり得るのか……というか本当に世代が一つ入れ替わってもそこにはほぼ確実にスターが居るのだからこの世界の凄さを改めて感じる。

 

「流石に全員を私一人で見る事は出来ませんし何人かに絞る必要があるのですが……」

「選抜レースで入部試験をやれば良いんじゃねえの?そこで上位成績出したら合格的な」

「やっぱりそれが一番ですかね……ではそうしましょうか、丁度来週には選抜レースがありますし」

 

そう言われて思い出した事があった、来週の選抜レースにはライスが出るのだった。そこで彼女のトレーナーが見つかればいいのだが……。

 

「そうだ南ちゃん、どうせだからそこでライスの事も見てやってくれね?」

「ライスシャワーさんをですか、構いませんが何か?」

「いやさ、ライスの奴トレーナーがいないってちょっと不安がっててさ、いざとなったらカノープスに入ればいいって言っちまってさ……だからいざって時は南ちゃんがスカウトしてやってくれねぇかな~って」

「成程そういう事でしたか。勿論、ライスさんならカノープスに喜んでお誘いさせて頂きます」

「そりゃ助かるわ」

 

それを聞けて思わず安堵する。彼女に対してあんな大見得を切ったとのに断られたらどうしようかと思っていた。まあ彼女が自分でトレーナーを見つけられればこれも要らぬ配慮ではあるのだが。

 

「一応聞きますが、秋華賞の後はエリザベス女王杯ですよね」

「言わずもがな。あ~でも有は今ん所考えてねぇ」

「はい分かりました、そのようにしておきますね」

「いっその事、エリ女の後にJCかマイチャンにでも殴り込むとか面白くね?」

「エリザベス女王杯の後だとマイルチャンピオンシップ中1週どころか来週なんですけど……流石に休んでください」

「え~い」




流石にエリザベス女王杯からマイルチャンピオンシップと聞いた時は血の気が引いた南坂。

尚、史実イクノは古馬時代に天皇賞(秋)11/1 → マイルチャンピオンシップ 11/22→ジャパンカップ 11/29 のスケジュールでG1連続出走した模様。


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55話

選抜レースに出場したライス、見事な走りを見せて結果は1着。其処で多くのトレーナーから声を掛けられた、掛けられたのだが……臆病で気弱なライスは勿論1着でゴール出来た事に喜んだ、2着と4バ身差をつけてのゴールだったが故にトレーナーから多くのラブコールを受けた。が、その殆どのトレーナーが他のトレーナーにライスを取られまいと凄い勢いで迫った為にライスは上手く返答できず、その勢いに怯えてしまい、その場から逃げ出すようにランページの下へと駆け出して言ってしまったのである。

 

『お、お姉様ぁ~……』

『よしよし、怖かったなぁライス』

 

と、此処で確りとトレーナーたちが冷静に対応すればまだチャンスもあったのだが……直ぐ傍に南坂もいた事で既にカノープスからのスカウトを受けていたんだ、と勘違いをされたらしくライスに声を掛けるトレーナーが居なくなるという事態が起きてしまったのである。

 

『……如何するよ南ちゃん』

『こうしましょう。ライスシャワーさん、貴方さえ良ければカノープスに是非、スカウトさせて頂きたいのですが』

『え、えっと……お姉様もいるし、ターボさん達もいるから大丈夫だよね……宜しくお願いします』

 

「ラ、ライスシャワーです。改めて、よ、よ……宜しくお願いしましゅ!!あぅ~噛んじゃった……」

「やったライスちゃんがチームメイト~!!」

「ふわぁっ!?」

 

そんな経緯もあって、ライスもカノープスへと入る事になったのであった。ライス的にも姉と慕うランページがいる上にターボやタンホイザと言った友人もいるチームなので安心出来るという材料もあった為か、快くスカウトを受けてくれた。

 

「カノープスメンバーが増えた~!!ライス宜しく~!!」

「また賑やかになるね、まあそういうのは好きだけどね」

「宜しくお願いしますライスシャワーさん、同じチームメイトとして頑張りましょう」

「う、うん!!宜しくお願いします」

 

既に気心が知れているが故にライスの表情も明るく、ターボを始めとしたメンバーも距離が近い。気弱な彼女にとって優しく距離の近いチームメイトというのは精神を安定させるものとしては非常に重要な物になるだろう。

 

「それともう一方、カノープスメンバーをお迎えする事にしました」

「おおっもう一人来るの!?誰誰!?」

「今お外でお待ちいただいております、どうぞお入りください」

 

外に向けて声を上げると勢いよく扉が開け放たれ、そこから一人のウマ娘が入って来たこれまた元気な声で挨拶を行った。

 

「ウイニングチケットです、今日からカノープスに入る事になりました。これからお世話になります!!チケゾーって呼んでください!!」

 

ウイニングチケットだった。彼女も選抜レースに参加しており、ライスとは別のレースで2着ながらも良い走りをしていたので南坂が希望を出していた事も相まってスカウトする事に決定した。

 

「目標はダービーウマ娘になる事です!!」

「こりゃまたいい目標持った新人が来たねぇ、ネイチャさんも負けていられないかな?」

「ターボも頑張る~!!」

「っつうかお前は好い加減にクラシック走るかティアラにするか決めとけ」

「どっちも走るのは!?」

「死ぬ気かお前」

 

一瞬でワイワイと賑やかな雰囲気になるカノープスの部室にライスとチケットは顔を見合わせると笑顔を作り合った。

 

「そう言えばビワハヤヒデとナリタタイシンは如何したんだ?」

「ハヤヒデはリギルに行って受かったって言ってました、んでタイシンはスピカに行って入ったけど脚触れられて脱退しようか悩んでるって」

「あの人は全く……」

「ホント変わらねぇなあのトレーナー」

 

次世代の三強、BNWの三者が見事に別れてチームへと入っていった。計算が得意で自分のメニューやレースで勝利の方程式を組み立てるハヤヒデは管理主義を掲げるリギル。最後方から一気に全てを撫で切る刀のような鋭い切れ味の末脚を持つタイシンはシービーがいるスピカへ。そしてチケットはこの和気藹々とした楽しげな雰囲気ながらも南坂という凄腕トレーナーが纏めるカノープスへと入った。

 

「にしてもダービーか……それなら三冠取ったシービーやルドルフの居るスピカとかリギルの方が良かったんじゃねえか?」

「考えなかった訳じゃなかったんですけど、でもなんかこうビビッと来たんですよ。アタシのトゥインクルシリーズを悔いが残らないように走れるチームは此処だって!!」

「ハハッ言われてるぜ南ちゃん、こりゃ責任重大だぁ」

「フフフッそうですね。私も気合を入れて取り組ませて頂きます」

 

何処か似ている、自分がトレーナーを選んだ理由に。自分のカノープスならば悔いが残らないように走れる、そう言われたらトレーナーとして気合が入らない訳がない。目指すはダービー……これは自分が休めるのは相当先のようだ、暫くは気合を入れてトレーナー業に臨まなければ……。

 

「それでは早速トレーニングに入りましょうか。ライスシャワーさん」

「はっはい!!」

「貴方は来年のデビューに向けてのメニューを作りますので今日の所は貴方の走りを詳しく見させて頂きますね」

「はっはい、ライス頑張ります!!」

「チケットさんも同じような感じで行きますが大丈夫ですか?」

「全然大丈夫です!!」

 

気弱だが芯は確りしているライスと元気いっぱいで爛漫なチケット、パッと見は正反対のようだが実際は極めてよく似ている二人。トレーナーとしてはこの二人がどんな素質を持っているのかを早く確かめたくなっている。

 

「それではランページさんはライスさんと、イクノさんはチケットさんと併走してください」

「ターボ達は?」

「ターボさん達はデビューも近いですし本格的なメニューを組みます。タンホイザさんは此方に回って下さい」

「は~い分かりましたぁ!」

 

新メンバーも入ってカノープスは益々発展しようとしている、学園最強カノープスと名乗れる日も遠くないかもしれないなと自分らしくも無い何処か野心的な事を思いながらも彼女たちと共にターフへと向かっていく。

 

「さぁ張り切って行こうぜ、新メンバー入ったんだから夕飯はどっか喰いに行こうぜ」

「あっそれいいね~ネイチャさん最近美味しいオムライスを出すお店見つけたんだよね~」

「オムライス!?ターボ食べたい!!」

「良いですねオムライス」

「オムライスかぁ~今からお腹減ってきた~!!」

「チケットちゃんってば元気いっぱいだね」

「んじゃそこ行こうぜ、南ちゃんも。安心しな俺が奢ってやるから」

「それじゃあ、御随伴させて頂きますね」




という訳でライスとチケゾーがカノープス入り。そしてハヤヒデはリギル、タイシンはスピカへ……BNW時代は三チームが争う時代と化す。


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56話

「フフッいい走りだね、それじゃあこっから追い込み開始!!」

「負けるもんかぁ!!」

 

ターフを駆けるウマ娘、大地の上を弾むかのように軽やかな足取りで力強く走る姿には相変わらず見惚れてしまう。愛バのミスターシービーの走りには毎度ながら舌を巻く凄まじさがある。そんな彼女と共に走っているのは最近スピカへと入ったナリタタイシン。同じ追い込みの脚質を持つ彼女はシービーにお願いしてよく併走を願っており、シービーもそれを快く引き受けている。

 

「タイシン、もっと腕を意識して振ってみろ!!腕の振りが甘いぞ!!」

「分かってるっつの!!」

「ホラホラ置いてくよ~」

 

口こそ悪いが、此方の指示には確りと従ってくれるので沖野としては扱い難さを感じた事はない。寧ろ扱い易さこそあると感じていたので、他のトレーナーからのタイシンの評価を聞いて首を傾げてしまった。これも基本的に自由奔放を地で行くシービーに長年付き合ってきたからこその賜物だろうか、だとしたらあんまり嬉しさを覚えない。

 

「テイオーも確り走れ!!後ろから来てるぞ~!!」

「わ、分かってるよぉ!!」

「そんな事言ってる間にホラホラもうこんな所まで」

「ピェ!?あんなに後ろにいたのにもうこんな所にいるの!?ワケワカンナイヨー!!」

「おっ先~!!」

 

そう言いながらも一瞬で先行していたテイオーを抜いていくシービー。流石にデビューを控えたジュニアクラスのウマ娘とドリームトロフィーで活躍するウマ娘では力の差があり過ぎるか、とも思うが、その一方でタイシンがテイオーに肉薄している事に気付いた。

 

「タイシンが来てるぞテイオー!!気ぃ抜いてるとごぼう抜きだぞ!!」

「うわぁっホントだ!?やぁぁぁぁぁ!!!」

「逃がすかぁぁぁぁ!!!」

 

熾烈な接戦を繰り広げるテイオーとタイシン、負けず嫌いな気質もあるからか二人の競り合いはかなり激しい、徐々にテイオーが距離を離して行くがそれでもタイシンは必死に食らいついている。そんな様子を見てドリンクを飲んでクールダウンをしているマックイーンは新人の実力に舌を巻く。

 

「驚きましたわ、テイオーにあそこまで……」

「ああ、まだ中等部の2年なのに大したもんだ」

 

結果から言えば1着はシービー、2着はテイオー、3着はタイシン。最終的にはテイオーとタイシンの差は6バ身差程、流石にムキになり過ぎたせいでスタミナを使い切ってしまったのが原因だろうが……それでもこれから成長していく事を考えるとタイシンの末脚の切れ味は加速度的に増して行く事だろう。

 

「くそぉ捉えきれなかったぁ……!!」

「こ、怖かったぁ……シービーとよく走ってるけど、全然迫力が違うんだもん……」

 

シービーとタイシンの走りの違いはやっぱりそれぞれの性格の違い、シービーは自由を体現するようなスタイルでありながらも自己完結している。一方タイシンは相手に対して強烈な闘争心を燃やしつつも鬼気迫る迫力が敵意と共に放たれるタイプなので相手はその煽りを受ける。それ故にテイオーは怖いと感じたのだろう。

 

「いやでもタイシン、いいタイムだったぞ。最高タイムの更新してるしこの調子ならデビューする時には確実にG1を狙えるぞ」

「……その位なるのは当たり前だし」

「ハハッそうだな」

 

褒められ慣れていないかのようにそっぽを向きながらも褒められる事は嬉しいのか尻尾は揺れ動いている。

 

「テイオー、レースだと他の奴にそういう作戦を取るウマ娘も結構多い。だからタイシンのそれに慣れておくのは良い事なんだ」

「理屈は分かるけど……ホント鬼気迫る感じで怖いんだよ?それに慣れろって割かし酷な指示なんだけどなぁ……」

「じゃあ無敗の三冠諦めるか?」

「ヤダ!!」

「んじゃ頑張ろうな」

「むぅ~……分かったよぉ」

 

此方は此方で扱い易い。何だかんだで指示の重要性や意味合いを確りと理解している、後は此方が方向性を修正してちゃんと励むように誘導すればどんどん力に変えていく。

 

「んじゃ二人とも次はマックイーンと走ってくれ。タイシン、今度はクラシッククラスが入るが行けるよな?」

「誰に言ってるの変質トレーナー、行けるに決まってる」

「その意気だ、スタンバイ頼むぞマックイーン」

「言われずとも既に出来てますわ」

 

ターフへと入って走る体勢を作るとそれに続くようにテイオーとタイシンも準備を行っていく。それを見ながらも沖野の隣にシービーが立つと同時にスタートが切られる。

 

「お前から見てタイシンは如何だ?」

「いい子だと思うよ、脚質もアタシと同じだから可愛がり甲斐があるよ。まあテイオーがないって訳じゃないけどさ、やっぱり得意分野だから遣り甲斐が違うっていうの?」

「言わんとしてることは分かる」

 

現在シービーはタイシンだけではなくテイオーの指導も行っている、無敗の三冠ウマ娘を目指しているというのもあるがシービーとしてはルドルフに憧れている彼女を自分が育てて三冠にするのも面白いかな、という理由で指導を引き受けているがシービーの脚質は追い込み。先行が基本のテイオーの指導には限界がある、がタイシンの場合はスタイルが同じなので指導できる部分がかなり多いのでシービーとしてもモチベーションはかなり高い。

 

「んで実際問題、テイオーは行けると思うか?」

「さあ」

「さあってお前……」

 

指導している側がそれでいいのか、と呆れるがシービーから出てきたのは自由な彼女としてはシビアなコメントだった。

 

「真面目な話をしちゃうとさ、三冠を目指すのって一緒に走る同期にも大きく左右されちゃうから幾ら自分の能力を高めても結局対戦相手の事もあるから何とも言えなくなっちゃうんだよね。アタシの場合はモンスニーっていうライバルがいたからそれに負けないように頑張ってたし」

「……だよな」

 

ウマ娘の世界に限らないが、大記録を達成する身としてはそれと戦う相手の力量なども重要になって来る。強いライバルがいれば必然的に負ける可能性も高くなって三冠を取れる可能性はどんどん低くなる。言い方が悪くなるが三冠を取るには運の要素が大きく絡む、詰まる所相手が弱い事も重要なのである。

 

「だけどテイオーの同期には結構強い子が出て来るんだよね。カノープスのナイスネイチャとツインターボ、軽く見たけどどんどん強くなってるよ」

「やっぱそこかぁ……」

 

リギルからも当然のことなら有力な相手は出て来るが、それ以上に警戒すべき相手となって来ているのはカノープス。ランページが起爆剤となっているのか、急速に強くなっている。

 

「ターボちゃんは2000mなら全力で駆け抜けられるようになってる、ネイチャちゃんだってロングスパートを掛けてからの末脚が凄い。全体的にスタミナが伸びてる感じかな、それでトレーナーさんがそこを上手く戦略に組み込んでる印象」

「南坂の奴そういうの得意だからなぁ……無事是名バ掲げるだけあって基礎体力は確りつけるしそれを活用する方法も心得てる。マジで厄介だ……」

「シンプルに実力で捻じ伏せるのが正攻法かなぁ~アタシだったらそうする」

「それで通じるお前だったらな」

 

今更ながらおハナさんがカノープスの事をマークしていたのが身に染みて来た。チームごとの傾向で言えばリギルが管理主義による戦略とバランス、スピカが自由主義によるそれぞれの個性による特化型。しかしカノープスは基礎体力で勝負を掛ける。根っこの部分を鍛える事で戦略も個性も十二分に活きるようにメニューを組む。言うなればオールマイティ、今まではそれ故に突出した所がなく中堅どころだったのに此処に来て本気を出してきた感じになってきている。

 

「やれやれ、マックイーンの菊花賞も近いのに……」

「そんな事言ってたらライアンがいるから余計に大変だよ」

「わぁってるよ。だから色々考えてるんだよ」

 

これでもトレーナーだ、担当達の全力を引き出せるように努力している。せめて彼女らが悔いを残さないように導くのが自分の役目だ。

 

 

「はぁっ~満腹満腹♪ターボ幸せ~♪」

「いやぁ実に美味しかったね、やっぱり当たりですわ」

「実に美味でしたね、半熟な卵が堪りませんでした」

「ホントだよね、あそこまでトロトロオムライスなんて初めて……」

「ご馳走様でした!!本当に美味しかったぁ!!!」

「んっライス口元にケチャップついてるぞ、ほれ拭いてやるから」

「ふぁっ……有難うお姉様……えへへ」

「何だかんだで満喫しちゃいましたね」

 

そんな風に警戒されているチームは楽しい夕食を満喫していたのであった。



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57話

「あと5分、よかった間に合って……」

 

日曜日、カノープスに入ってから初めての休日を過ごすことになったライスシャワーは大好きなお姉様ことランページと一緒に出掛ける事になったので駅前で集合することになっていた。途中で連続して信号が赤になって引っ掛かったりして間に合わないのでは……という不安に駆られたりもしていたが、そんな心配もする必要もなかったのか何とか約束の時間前に到着することができた。

 

「お姉様いるかな……?」

 

一先ず電話をかけて到着したことを知らせようと思って携帯を取り出そうとしたのだが、前に一人の女性が現れた。少々ゆったり目のロングスカートの白と黒のワンピースを着こなしながらも帽子とサングラスを掛けていた。一瞬身構えてしまうのだが、聞こえてきた声に思わず驚いてしまった。

 

「よっライス」

「えっ……ええっ!?お、お姉様なの!?」

「応よ。ライスのお姉様こと、ターフの独裁者……メジロランページ様よ」

 

サングラスを外すとそこにはまるで悪戯が成功したかのような笑みを作っているランページの姿がそこにあった。勝負服から私服まで基本的に男物で統一しているといってもいいほどにスカートやらを全く履かないが故にライスも驚きを隠す事ができなかった。取り敢えず二人は適当なカフェへと入って喉を潤す事にした。

 

「んっ~やっぱりコスタリカコーヒーはいい……紅茶も良いが俺はコーヒーも好きなんでな」

「それでお姉様えっと……」

「ああ、この格好の事だな」

 

適当に入ったカフェのコーヒーの味の良さに嬉しさを感じているとライスから聞き辛そうに尋ねられた。勿論内容はこの格好の事である、基本的に男装と言っていいほどに男物ばかり身に纏うランページとしてはロングスカートのものとはいえ、女物を纏うのは珍しい。一応女物はライアンとアイネスの着せ替え人形にされている関係で持ってこそいるが自主的には絶対に着ない。だからこそ今着ている。

 

「単純な話だよライス、俺は良くも悪くも目立っちまってる……ほれ」

 

指で軽くカフェの中にある大きなテレビを指さすとそこにはニュースがやっており、メジロ家特集と称して今年のクラシックを盛り上げるメジロのウマ娘の走る姿を流していた。そしてちょうどオークスでの自分のレースが流されていた。

 

「あんな風に知られてるからな、こういう風な恰好をすりゃ分からないって寸法だ」

「なるほど……でもその格好も素敵だよ?」

「サンキュライス。つっても実の所落ち着かねぇけどな、これも普段が男っぽいツケって奴か、まあどうでもいいけどな」

 

この程度でマスコミを振り切れるのならば幾らでもやってやろうとは思っている、実際問題として最近ではトレセンの周辺でマスコミが張っている事が多い。今日もそうだったのだが、前を通り過ぎても何も言われなかった。どれだけ自分が世間的に男っぽいと思われているかを改めて認識出来た良い機会であった。

 

「今頃まだかなまだかなってしてる頃だろうな、ザマァミサれってんだ」

「お姉様って……嫌いなの記者さん達」

「好きではねえな」

 

ハッキリ言えば大っ嫌いに近い。記者というのは真実よりも面白さによる利益を優先する者ばかりだ。史実のライスをヒールに仕立て上げたのもマスコミだ、個人的な話をすれば、ヒト時代にライスの事をヒールとは思った事はない、寧ろ鞍上の的場騎手がヒットマンと呼ばれていた事も含めてカッコいいという印象しか抱かなかった。

 

「まあそんな事は如何でも良いんだ、さあ本題に行くとしようかライス」

「うんっお姉様」

 

今日出掛けたのはライスが好きな絵本、幸せの青い薔薇の舞台を見にいく為。カノープスに誘ってくれたお礼という事でペアチケットをくれたので一緒に見に行く事になったのである。途中で黒猫にチケットを取られそうになったり、行こうとする道が工事で塞がっていたりとハプニングも多かったが、何とか公演時間には間に合って舞台を見る事は出来た。

 

「いやぁ何だかんだで面白かったな、絵本の舞台っていうから子供向けなのかな、と思ったけど十分面白かったわ」

「うん。舞台と絵本だと全然違うけど凄い面白かったね」

 

ライス曰く、オリジナルの絵本とは違う部分もあったりもしたがそれでも上手くアレンジが加えられていて寧ろいいアレンジだと言い切れる程らしい。互いに感想を述べつつも二人は回転寿司で食事を取っていた。

 

「で、でもいいのお姉様、ライス一杯食べちゃって……?」

「気にするな、これでも無敗の二冠だ。これまでの貯蓄がある」

 

トゥインクルシリーズでのレース賞金は流石に全額全てが走ったウマ娘に入るという訳ではない、それでもランページに入ってくる額は一般家庭ではお目に掛かれない金額となる。そりゃ叔父夫婦も目当てにする気持ちが分かる、因みにオークスの1着の賞金は1億4000万である。オークスだけではなく、これまでに走った分の貯金があるのでそういう面では全く問題はない。

 

「なんつうか……金銭感覚バグりそう……」

「ふぇ?」

「ああ気にすんな、ほれっ注文の軍艦7点盛り来たぞ」

 

ライスが注文したものを取ってあげる、ライスはそれを見て喜びながらも笑顔のまま寿司を頬張る。そんな姿に癒されつつも茶を啜る。そして自分も適当な寿司を取っていく。

 

「ライスはトゥインクルシリーズはどんな風に走りたい?」

「ライスのトゥインクルシリーズ?」

 

唐突にそんな言葉を投げ掛けられて耳を回しながらも首を傾げる。本当にいきなりな質問だったので驚いたのだろう、だがライスは少しだけ考えるが直ぐにこう返した。

 

「ライスは見てくれる人が幸せになって貰えるように走りたい」

「幸せの青い薔薇みたいに?」

「うん。ライスのレースを見て、元気になったり幸せを届けられたらいいなぁ……」

 

そんな言葉を聞いて思わず苦笑した。全くなんて可愛らしい理由だろう、なんて健気なのだろう。報復目的で走っている自分とはまるで正反対だ。

 

「きっとライスなら出来るさ。なんせ俺の妹だからね」

「えへへっうんライス頑張るね」

「んじゃその為に沢山食べちまおう」

「うん!!」

 

結果として、回転寿司の一角には皿の山が積み上げられる事となったのであった。

 

「さてと―――明日から頑張りますかぁ~……ライスは幸せを運ぶために、俺はそうだな……ライスが自慢出来るお姉様になる為に」

「ライスはお姉様の事自慢出来るよ?」

「もっとって事だよ、可愛い奴め~」

「きゃっお姉様抱きしめられたら恥ずかしいよ~……」

「―――うちの妹、マジやばい……可愛すぎ……」




こんな日常回もあってもいいかなぁって……


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58話

「よ~しいいかチケゾー、これからターボがドッカンターボするからそれから必死に逃げるんだぞ!!」

「はい先輩!!」

「それじゃあ位置に付け~!!」

「おっ~!!」

 

そんな事を元気よく言っているターボとチケット、ひいてはカノープスの面々は海岸にいた。季節は夏、合宿の時期となった。今までのカノープスは良くも悪くも中堅どころでチームの予算は余り多くは無かったのだが……今回はランページとイクノが1着と2着を連続して出したりして荒稼ぎした結果、潤沢なチーム資金が揃っていた。なのでそれを使ってリギルも利用する海沿いのホテルを使っての合宿を敢行したのであった。

 

「ほれライス日焼け止め塗ってやっから。肌白いんだからケアは確りしねぇとダメだぜ」

「有難うお姉様」

「ネイチャたちも使うか?パーマーからおススメ教えて貰ったんだよ」

「それじゃあ有難く使わせて貰おうかな」

 

砂浜に立てた大きなパラソルの下で早速砂浜へと駆け出して言った二人を見つつも、自分のペースで日焼け止めを塗ったりする面々。一応ターボとチケットも塗っているが、もうちょっと丁寧に塗ればいいのに……とタンホイザは思わず苦言を呈してしまった。

 

「にしてもドッカンターボって……あいつ何処でそんな言葉覚えて来たんだよ」

「ドッカンターボって何なんだろ、ターボに関係あるのかな?」

「あると言えばある、ないと言えばない」

「どっちよそれ」

 

ドッカンターボとはまだ車のターボエンジン技術が未熟だった頃、アクセルを踏んでから時間差で急に加速する事。緩やかな加速から一気に爆発的に加速する、これをドッカンターボと呼ぶ。一体それをどこで知ったのやら……。

 

「詰まる所、一気に加速するってこと?」

「大体合ってる、ゆっくりと速度を上げるじゃなくて最初から一気にフルスピードまで持って行く……よく考えてみればターボのスタートからの全力疾走は正にドッカンターボだな」

 

ウマ娘の世界はスマホがあったりするので年代的にも時代遅れと言わざるを得ないが……史実の年代的には合うのかと自分で勝手に納得してしまった。

 

「ゴ~ッ!!」

 

合図と共に砂浜を先に駆け出すチケット、そしてそれを追いかけるようにずっと後方から駆け出して行くターボ。分かった上で見比べるとチケットに比べてターボがトップスピードに入るまでの時間が極めて短いのが良く分かる。これで一気に差をつけたままゴールする、それがターボの走り……多少なりとも抑える事を覚えてくれれば逃げウマ娘として大成するのが目に見えているのに、と南坂が呟く理由がよく分かる。

 

「うあぁぁっ~先輩、速いぃ~!!」

「追い付いちゃうぞ~!!」

「うおおおおっ負けるかぁぁぁ!!」

 

負けるものかと、気合を入れて加速していくチケット。だが既にかなり詰め寄られている為に、追い付かれてしまった。

 

「イエ~イターボの勝ち!!」

「くっそぉ!!!先輩もう一本!!もう一本お願いします!!」

「おういいぞ!!ターボはこーはいのお願いをむべにしたりしないぞ!!」

「それを言うなら無下にするだっつの、イモモチでも作る気かよ」

 

溜息混じりに呆れる、がその一方でターボはターボで後輩が出来た事を嬉しく思って先輩として力になろうと一生懸命になっている。そんな先輩に感謝しつつも慕っているチケットの光景は中々に良い物だな、と思ったりしている。

 

「さてそろそろいいか、ライス塗るぞ~」

「う、うん……ふわぁっお姉様の手って大きい……」

「まあこの体格だしな~」

 

日焼け止めを確りと人肌に温めてからライスの身体に塗ってやる、今日からの合宿は基本砂浜で行うのでこういう処置はちゃんとしておかないと地獄を見る事になる。

 

「うっし終わったぞライス。これで肌が焼ける事はないな」

「ありがとうお姉様、こ、今度はライスが塗ってあげるね?」

「おっこりゃありがてぇな」

 

今度はライスに自分の日焼け止めを塗って貰うという思わぬイベントに嬉しく思いながらも身を委ねるのであった。自分にやって貰った事を必死に思い出しながらも実践しようと一生懸命なライスにランページは内心で尊みを感じてしまい、内心のデジタンが昇天していた。

 

「よいしょうんしょ……ど、如何かなお姉様、いたくない?」

「全然大丈夫~……あ~やばいわこれ、ライスの小さい手がなんかいい感じの所に入るから普通にマッサージとしてもいいわ……」

 

そんなこんなで日焼け止めの準備を終えるとメニューの準備をしていた南坂に声を掛ける。

 

「んで南ちゃん、砂浜での練習ってぶっちゃけ効果あるのか?まあ足腰は鍛えられそうだけどよ」

「結構効果的なんですよ砂浜トレーニングは。スピードを出す練習は今ターボさん達がやっているような波打ち際の硬く湿った場所で、深く乾いた所はゆっくり走る事で筋肉に大きな負荷を掛ける事が出来ます。メニューによって負荷を変える事が出来る事は大きなメリットです、流石にトレセン学園でも此処まで幅広い物を用意する事が出来ませんし直ぐに切り替えられるのが大きいですね」

「な~るほどね」

 

そう言われるとかなり納得が行く、そして直ぐに水泳などにも切り替える事も出来る。確かに合理的な上に幅広い負荷を選ぶ事が出来る。

 

「故障してしまったウマ娘が砂浜でリハビリをするというのもよくある話ですからね」

「へ~……そりゃ知らんかったわ」

「それでははい、ランページさんのメニューです」

 

南坂から渡されたのはロープが結ばれたベルトだった。結ばれたロープの先を見てみると……そこにはタイヤがあった。これを引っ張って走れという事なのだろうか……なんというか、古風というかなんというか……そんな気分になったがシンザン鉄のような物だと思ってやろうと走り出そうとするのだが……止められてしまった。

 

「まだ走らないで良いですよ」

「まずは歩いて慣らすとか?」

「いえ、あっちです」

 

指を指した先にある物……それは大海原。穏やかな海ではあるが、まさかタイヤを引っ張ったまま入れという事なのだろうかとその顔を見ると笑顔で頷かれた。

 

「太腿辺りまで海に入って歩いてください」

「……えっマジ?」

「はい、マジです。これも黒沼トレーナーに監修をお願いしたメニューです」

「またトレセンの龍かよ……」

 

根性トレーニングの一環なのだろうか……兎も角、自分に出来る事は兎に角このタイヤを引っ張る事のみ。一先ず海に入って歩き始めるのだが……水の抵抗に加えてタイヤが波に揺れたりして非常に歩きづらい。

 

「出来るだけ真っ直ぐですよ~大丈夫、ランページさんなら出来ますよ」

「だから毎度毎度期待が重いんだよぉ!!!南ちゃんの鬼ぃぃ!!!」

「それだけ声を上げるなら大丈夫ですね、無理そうなら変えようと思ったんですけど……そのまま1時間ぐらいは歩いてください」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っっ!!!!」

 

この後、滅茶苦茶歩かされた。



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59話

合宿中はホテルでお世話になる事になる、リギルも使う一流ホテルなだけあって設備も充実している。それでもランページは比較的に楽に過ごせていた、何故ならばメジロ家の邸宅はこれ以上だからである。実質的な実家よりも出先の高級ホテルの方が過ごしやすいという謎な状況になりながらも朝のバイキングを楽しんでいた。

 

「ったく南ちゃんってば鬼すぎるぜ……」

 

始まって数日だが、合宿の名に恥じない濃いメニューに思わず愚痴が零れてしまった。必要である事は分かっているが、流石にキツい……しかも南坂は自分の限界を見極めているからかオーバーワークにならないギリギリ外角一杯に剛速球をぶち込んでくるのである。ご丁寧な事にホテルのマッサージコースも予約されているからか、翌日には綺麗サッパリ疲労が回復しているのでまたトレーニング出来ますね♪という素敵なループが出来上がっているのである。

 

「イクノも似たようなメニューやってんだよなぁ……まあ俺より楽だけど」

 

同じクラシックを走っているイクノもコース自体は同じ、内容的にはイクノの方が幾分か濃度は薄いがそれでも一般的なウマ娘基準で見たら普通にスパルタトレーニングである。

 

「やぁっ此処良いかな?」

「何だ誰かと思ったら会長さんかい」

 

大盛りのプレートを持ってやってきたのはルドルフだった。先日からリギルも合宿に入っており、同じ環境で行う事になった。

 

「やれやれ、私はそこまで食べないんだが合宿中はこれが一番辛いかもしれないな」

「なんだよ少食なのか」

「ああ、だが合宿はこれ位食べないと持たないんだ。だから無理にでも詰め込んでいるんだ」

 

困った顔をしながらも食事を始めるルドルフ、史実でも食が細くて厩務員が苦労したという話を聞いた事があるが、如何やらウマ娘でもそれは同じらしい。ウマ娘基準で考えると普段の食事は少なめに当たるらしい。そんな食事を続けていると、唐突にルドルフが聞き辛そうな顔をしながら尋ねて来た。

 

「聞きたい事があるんだが……南坂トレーナーはスパルタトレーナーだったかな、私の記憶では無理なトレーニングはしないタイプの人だったと思うのだが……」

「ああ、安心してくれ。あれはオーバートレーニングじゃないから。ギリッギリの所を見極めてるから」

「あれで、か……」

 

ルドルフはタイヤを引っ張りながら海の中を歩いたり、深く乾いた砂浜でダッシュさせたりする光景を見ていたのでメニューを黒沼トレーナーのものと間違えているんじゃないのか?と思った程だった。

 

「辛くはないのか?」

「あれが辛くないとでも思ってんの、アンタもやるか」

「すまない」

 

辛いか辛くないで言えば辛いに決まっている。何せ太腿辺りまで海に入っているので動きづらい上にタイヤは常に波にさらわれる、しかも海は常に一定という訳ではないので時間が過ぎる程に波模様も変わっていく。サーファーが喜ぶ位の波が起きている時もあったので、非常にキツい。これを午前と午後に行っている。

 

「何ならリギルのトレーニングに混ざってみるか?カノープスと同じ合宿所なんだ、合同練習を持ち掛ければきっと認められると思うが」

「ご厚意には感謝するが遠慮させて貰う。これも惚れた弱みって奴だからな、折角考えて貰ったメニューをやり遂げなきゃ筋が通らねぇってもんだ」

 

そう言いながらも最後の一品を完食すると、そのまま食器を片付けていく。自分に別れを告げてそのまま退出していく彼女を見送りながらもサラダを口へと運ぶ。なんだかんだ言いつつも、ランページと南坂の相性は極めていい。寧ろトレーナーとウマ娘の関係としては理想的なまである。

 

担当するウマ娘の身体の事を理解した上でメニューを組む南坂(トレーナー)とそのメニューがどんな物だろうと信じて最後まで遂行するランページ(ウマ娘)、此処までの物を見るのは沖野とシービー以来かもしれない。

 

「……走ってみたくなってしまったな、彼女と本気で」

 

 

「という訳で頑張ってくださいね」

「……この荒波で?」

「はい♪」

「―――鬼ぃ!!!」

 

今日の海は荒れている、入るなと言われる程ではないがそれでも荒れている。それでも問答無用で入れという南坂に流石のランページも大声で鬼!!と叫ぶほどであった。

 

「見て分かる!?昨日よりも荒れてんだぞ!!」

「はい、でもこの位ならまだ許容範囲内ですので大丈夫です。あっ出来ませんか?」

「やってやろうじゃねえか南ちゃん野郎!!」

「はい頑張ってください、後今日は30分追加でお願いします」

「くそがぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

「お、おハナさんあれって……」

「……可笑しいわね、彼って黒沼みたいな感じじゃなかった筈だけど……」

 

荒れる海の中を往くランページを見たリギルの面々は思わず凍り付いた。大きな音を立てて砂浜に打ち付けられる波、その中に入ってタイヤを引きずりながら歩いている光景は正しくスパルタトレーニング。東条としてはあれって本当に南坂だよな、と疑問を思うレベル。

 

「……おハナさん」

「貴方にやらせるわけがないでしょフローラ、あれはランページの体格とパワーがあるからこそ出来る事なのよ」

 

負けじと自分もと言いだしそうなフローラを引き留める、負けてられないと言いたくなる気持ちは分かるのだが……流石に容認出来ないしフローラとの相性は悪いだろうし悪戯に身体を痛めつけるだけの物になってしまう。あれをやるのだってシンザン鉄で鍛えていたからこそだ。

 

「ムゥッ……だが南坂トレーナーが無意味にあんなトレーニングをするとは思えない……」

「目敏いじゃないか、あれは完全な信頼があればこそだよ」

 

リギルの中にはテストに合格してチーム入りしたビワハヤヒデもいた、そんな彼女としては南坂が考えも無しに取り入れるとは思えない。そしてその考えはルドルフによって肯定される。

 

「曰く、外角一杯ストレートでオーバーワークにならないようにしているらしいよ。加えて終わった後は温泉とマッサージで入念にケアをしているらしい」

「計算高い彼らしいと言えば彼らしいけど……これは、相当に厄介な事になるわね」

 

この合宿で恐らくカノープスはまた一段と大きくなるだろう、特にランページはより一層強くなるはずだ。そんな彼女が出走するローズステークス、ひいては秋華賞……これは無敗のトリプルティアラは彼女が取ってしまうのでは、そんな弱気な事をつい考えてしまう。

 

「カノープスに負けてはいられないわね、年間最多勝利チームとして迎え撃つわよ。今年の合宿も楽な物ではないわ、覚悟しておきなさい!!」

『はい!!』

 

自分を含めてチーム全体の引き締めを行いつつもトレーニングを開始する。リギルにはリギルの意地がある、負ける訳には行かない。

 

 

 

ゲホガッホ……1、1時間半歩き続けたぞ……」

「お疲れ様でした。それでは休憩の後は砂浜ダッシュタイヤ付きです」

「こうなったら自棄じゃぁ……」




昔、ドラベースという漫画で、3時間温泉で立ち泳ぎをするという描写があってね……終了直後にこんな感じのやりとりがあったんだよ。

誰が分かるんだよこんなピンポイントな所。


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60話

「ゲホガッハ……ゼェゼェゼェ……」

「大丈夫ですかランページさん」

「分かって聞いてんだろ南ちゃん……」

「余裕ありそうですね」

 

砂浜に打ち上げられたランページ、徐々に歩く時間が伸びてきている。そんなランページを見つめる南坂の発言に近くで走っていたリギルのメンバーは信じられないと言いたげな表情を作った。何故ならば、大波に呑まれて打ち上げられたランページに余裕があるというのだから。

 

「まだ30分残ってますので頑張ってくださいね」

「労いの言葉が一つもねぇぇぇ……南ちゃんの鬼ぃぃぃぃぃぃぃ……」

 

再びやって来た波にさらわれて海へと強制連行されていくランページ、遠ざかっていく言葉は次第に聞こえなくなっていく。そして数秒後には……

 

「無理ですかね」

「……やってやろうじゃねえか南ちゃんこの野郎!!」

「為せば成る為さねば成らぬ何事も、私の好きな言葉です」

「アンタはリピアーなのか第0号なのかどっちかにしやがれ!!ああやったるよやったりますよこんちくしょう!!!」

 

大きな水飛沫を上げながら立ち上がって再び歩き出すランページという姿があった。これはこれで信頼というべきなのだろうか……と疑問が浮かび上がったのだが、それを見て驚いていた東条が手を叩いた音で正気に戻ったのか自分達のトレーニングへと戻っていく。それを見届けた後に東条は南坂の下へと向かった。

 

「少しいいかしら……本当に貴方、無事是名バを目指してるカノープスの南坂?本当は全く別人が南坂の皮を被ってるとかじゃないわよね?」

「人を外星人のように言わないでください、私はカノープストレーナーの南坂ですよ」

「私の知ってる貴方は担当ウマ娘を今みたいに扱わなかったと思うんだけど……」

「当然ですよ、ランページさんだからやってるだけですから」

 

流石に彼女みたいな事をターボやネイチャたちにやっている訳ではない、色んな意味でタフなランページだからこそやっている事なのである。肉体的にも非常なタフだからこそこのメニューも取り入れている。そうでなければ―――その先のレースで勝つ事は出来ない。

 

「トリプルティアラを目指しているからってやり過ぎじゃないかしら?」

「違いますよ、これはその先を勝つ為の特訓です」

「その先って……」

「ジャパンカップを見据えたメニューです」

「―――正気?」

 

ジャパンカップ、それは秋に行われるG1レース。だが唯のG1レースではない、日本の国際招待競走である国際G1レース。G1レースなので当然最高峰のレースである事は間違いないが、ジャパンカップには海外からもウマ娘が挑戦にやって来る。其処で勝つ事は難しい、国内で強くとも通じない強さを持ったウマ娘はごまんといる。レースに挑むウマ娘は殆どがシニアクラス、クラシックで挑むウマ娘はそうは居ない。

 

「有記念なら分かるわ、だけどジャパンカップは違うわよ」

「百も承知していますよ、ですがランページさんがそのつもりなんですからトレーナーとしては応援する事しか出来ませんよ」

「……まだ時間はあるから有に変える事をお勧めするわ」

「聞いてくれればいいんですけどね」

 

困った顔をしながらも瞳は全く変わっていない、寧ろ彼女が望んでいる将来を見据えている。その為に今を動かしている。彼女が走る目的は報復、勝てば勝つ程に果たされていく。

 

「まあまずはトリプルティアラを取りますけどね」

「簡単に言うわね、フローラだってレベルアップしてるのよ。そう簡単には取らせないわよ」

「それは此方だって同じです」

 

それを聞き終えてリギルの下へと向かう東条だが、今の話を聞くと一際強い警戒心を抱かずにいられなくなってきた。ジャパンカップに向けてのトレーニングとは言うが、その過程で得られる力は当然秋華賞でも発揮されることになる。

 

「参ったわね……」

 

大逃げの事や幻惑逃げの事を考えるとランページに勝つ手段で最も確実なのは実力で勝つ事や戦術眼を鍛えて作戦を見抜く事位しかない。かと言って戦術眼は本人の素質に大きく依存する上に鍛えるにしても今からでは経験も足りずに付け焼き刃程度にしかならないし、故に実力で勝つしかない……それなのに

 

「あと15分ですよ~」

「わあってるっつの!!ってまた大波がぁぁぁぁ!!?」

 

この合宿でまた彼女の実力は向上するのだろう、非常に厄介だ。今、精神的に不安定になっているフローラがランページに勝てるのだろうか……勝たせるにしても荒療治が必要になるかもしれない。

 

「……しょうがないわね」

 

恐らくだが、フローラはこの提案を飲むだろう。飲むのであれば自分は尽力するだけだ。そう思って沖野に連絡を取る為にスマホを出しながらも皆の下へと向かうのであった。

 

 

「お、終わったぁぁぁ……」

「お疲れ様でした」

 

漸く時間になったので海から上がったランページに南坂の本当にそう思っているのか分からない言葉が飛んでくる。だが、この後休憩したら砂浜ダッシュの事を考えると溜息が出そうになる、というか出るのだが……それは別の意味での溜息だった。

 

「……なぁ南ちゃん、オグリさん大丈夫かな」

「今は療養に努めているそうです、きっと大丈夫ですよ」

 

宝塚記念の直後、オグリは骨膜炎を発症してしまい出る筈だった7月のレースの出走を取り消している。温泉療養施設で療養に入っているが……色々とお世話になったが故に不安と心配は募る。今年を最後にドリームトロフィーリーグに移籍する、がもしかしたらこのまま引退してしまうのでは……と心配の声もある。

 

「秋には復帰するという話もあります、恐らくですが天皇賞だと思います」

「天皇賞か……流石に俺は無理だな、秋華賞あるし」

「一緒に走りたいですか」

「まあ……尊敬する先輩だし……」

 

トレセン学園では一緒に食事を取ったり雑談したりと色々と過ごしてきたりもした、何よりデビュー戦には応援にも来てくれた。実力もそうだが様々な意味でタマやクリークと同じように心から尊敬している。

 

「だとすれば、狙い目はジャパンカップですかね。去年もオグリさんは出走していますし怪我が良くなっているとすれば間違いなく出て来ると思います」

「ジャパンカップか……スケ的には俺出られるの?」

「ええ、問題はありません。出たいですか?」

「モチ」

 

やっぱりそうですよね、と南坂は思った通りの返答をしてくれる彼女に笑った。

 

「ならばこの合宿を頑張りましょう、以前ジャパンカップの事を言ってましたからその想定でこのメニューも組んでます」

「マジかよ……南ちゃんは止めると思ってたぜ俺」

「無謀なら止めます」

 

なら今は無謀ではないのだろうか、と思っていると先読みしていたかのように勝算は十分にあると言われた。

 

「貴方ならば勝てます。問題と言えばエリザベス女王杯の後の時間だけですが……これでも顔は広い方ですので手を尽くして何とかしてみましょう」

「―――嬉しい事言ってくれるじゃないの。流石俺が惚れた南ちゃん、益々惚れちまうぜ」

「恐縮です。ですので合宿は辛いでしょうが頑張ってください」

「そう言われたら弱音を吐く訳にはいかないな、愚痴は言わせて貰うけど。あっついでに惚れ直したついでにキスでもしようか?」

「嬉しいですけど遠慮しておきましょう、そのキスは運を引き寄せる切り札に取っておいてください」

「ハハッそりゃいいや」

 

改めて、ランページは自分のトレーナーを彼にしてよかったと心から思うのであった。



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61話

合宿も順調に行われ続けて気付けば8月へと突入。イクノのフェニックス賞がこの時期だったなぁと思いだしながらも今日も今日とてランページは海でタイヤを引っ張っていた。今日の海はある程度波もあるのだが……流石に合宿に入ってから毎日引っ張っていた影響か、流石に慣れて来たのか余り苦しさを感じなくなってきた。まあそのお陰で午前と午後だけだったのが、早朝の分も追加されて一日3回やる事になった上に一回の時間も長くなってしまった訳だが……

 

「慣れていくのね、自分でも分かるわ」

 

そんな事を言いながらもタイヤを引っ張っているランページ、そんな事やっていると何やら砂浜の方へとと迫ってくる賑やかな声が聞こえて来た。

 

「ラン何やってるの!?」

「特訓、なんですのそれ!?」

「何だ誰かと思ったらお前らかよ」

 

誰かと思って其方に顔を向けてみれば、そこにはスピカの面々が居た。特に顔見知りなテイオーとマックイーンは今やっている事に驚いているのか大きな声を上げてしまっている。

 

「おや、スピカの皆さんも此方にですか?」

「なんかよく分からないけど、なんか合宿場所変えんぞ~ってトレーナーが急に言い出して来たんだ~」

「ほうほう、それはそれは……」

「よっ南ちゃん」

 

テイオーから話を聞いてるとそこへ後ろにタイシンやシービーを引き連れている沖野がやって来た。沖野が南ちゃんと呼ぶと当人は少しだけ渋い顔を作った。

 

「その呼び名はやめてください、それはランページさんの専売特許ですよ」

「何だよ堅い事言うなよ、呼び名位良いだろ?」

「だったらこっちも変態沖野さんとお呼びしますよ」

「おまっ!?」

「アハハッ言われちゃったね」

「まっ実際変態なのは事実だし」

「同意~」

「全くですわ」

 

南坂の呼び方に反論が出る所か事実だし否定のしようがないと全く擁護してくれないメンバーに沖野は思わずガックリと項垂れるのであった。嫌なら普段の行いを改めればいいのに……。

 

「にしても、お前ランページになんつうメニューやらせてんだそれ。黒沼辺りがやらせる奴じゃねえかこれ」

「実際監修はお願いしましたよ、と言っても修正されたのは2割程度で殆どは私のメニューです」

「マジかよ……」

 

あの優男を形にしたような南坂がこんなメニューを組んだ事に素直に驚きを露わにする沖野。まあそんな事は如何でも良いと言わんばかりに肝心のランページが質問を飛ばす。

 

「んでスピカは何で此処に来たんだよ、此処に3チームが結集した形になってんじゃねえか」

「おハナさんに頼まれたんだよ、こっちとしても環境を変えるのは悪くないと思ってたしな」

「成程……」

 

それを聞いて南坂は何か考え込む仕草をした。そんな時、タイシンを発見したのかチケットが此方へと走って来た。

 

「あっタイシ~ン!!如何して此処に居るの!?」

「相変わらずうるっさいなぁ……知らないよトレーナーに言って」

「それじゃあ後でハヤヒデの所行かない!?ハヤヒデも此処で合宿してて頑張ってるんだよ!!」

「……まあ顔出すぐらいなら」

「そうだな、おハナさんに挨拶もしないといけないし取り敢えず俺達ホテルに行くわ。んじゃ後でな」

 

スピカを引き連れていく沖野、チケットは後でね~!!と手を振ってからターボ達の元へと戻っていく、それを見つつも先程から考えこんでいる南坂へと視線をやるランページ。リギルの東条トレーナーが呼んだというのも気になる、何か作戦でもあるのだろうか。

 

「んで南ちゃん、リギルの狙いでも分かったん?」

「ええ、確証はありませんが恐らく間違いはないと思うものが」

「ふ~ん……んでその狙いって?」

「恐らくですが、フローラさんの為ですね」

 

フローラの為?と言われてもピンとこない。ライバルチームとも言えるスピカを態々呼んだのがフローラ一人の為……という訳ではなく、リギル全体としても利益があると考えても思い当たらない。実戦形式の練習でもするつもりだろうか。そんな担当に南坂は問題を出した。

 

「フローラさんの路線は何でしょうか?」

「ティアラだろ、俺と同じ」

「正解です。そしてティアラ路線で彼女は勝てているでしょうか?」

「NOだな。俺が勝ってるし」

「はい、分かりやすく言えば彼女は伸び悩んでいるのでしょう」

 

個人的にもフローラは最大の相手だと想定して調べたりはしている、クラシックに入るまでに彼女は負け知らずだった。リギルに入るに相応しい実力の持ち主なのは間違いない、だがクラシックに入って彼女はランページという最大のライバルによって勝利への道を阻まれている状況が続いている。そのライバルの前にもイクノもいて勝利を手に出来ない。

 

「負け続けていると良くも悪くも精神に影響が出てきます、それは練習効率にも響いて来ます。ですがそれは一朝一夕では脱せない、荒療治でもしない限りは」

「荒療治って……それでスピカを呼んだって事か」

「ええ、恐らくですが―――おハナさんはルドルフさんとシービーさんをぶつけるつもりですね」

 

それを聞いてランページは驚いた。自分だって格上のオグリやタマ、そしてクリークなどにレースの相手をして貰った事はある。格上とのレースというのはそれだけ得られるものが多い……が、フローラがやろうとすることは余りにも格上が過ぎる。

 

「おいおいおいマジかよ、相手は三冠ウマ娘だぞ。普通のシニア級とは格が違う」

「ええ、ですのでこれは一種の賭けになるでしょうね……」

 

強い相手にぶつかり、敗北を重ねて伸び悩んでいる彼女に対してより強く格が高い相手をぶつける。上手く行けば文字通りにフローラは強くなる、だが失敗する可能性も同時に高いので賭けと表現をした。

 

「おハナさんとてフローラさんが勝つなんて甘い事は考えていない筈です、だから三冠ウマ娘に喰らい付く事が出来ればランページさんにも負けない走りを身に付けられる……という感じに諭すと思います」

「んで実際成功した場合、どの位強くなんの?」

「さあ……それこそ予測が付きませんね。何せ劇薬染みた方法ですから」

 

より強き者に打ちのめされるのか、それともその強さを自分の物にするのか、それにその力を自分の物にしたとしても走りに合わない事だってある。何せ相手はドリームトロフィーで走る日本でも屈指の実力者、積み重ねられた経験と技術だからこそ出来る力を発揮出来るのかと言われた微妙な所でもある。

 

「……まあだとしても俺は走るだけだけどな」

「そうですね―――それでは今日から新しいメニューを取り入れます」

「ゲッ……」

 

ニコニコしている南坂の表情が妙に圧を帯びている気がする。今度は何だ、タイヤを引っ張ったまま泳ぐのだろうか、それとも山道という坂路を走れ問いうのだろうか。どんなスパルタ特訓が待っているのかと思っていたら……後ろから肩を叩かれた。振り向くと……

 

「フフッお元気そうですね」

「あっラモーヌちゃん先輩じゃん」

 

そこに居たのは白いワンピースと大きな帽子を被っているラモーヌの姿だった、なんというか格好のせいで益々人妻に見えるのだが……。

 

「っつうか何で此処に?」

「実は南坂さんに御呼ばれしたんです」

「南ちゃんに?」

「確かに私がお呼びしましたよ―――ランページさんの特訓相手としてね」

「……え"っ」

 

声が濁る。そんな自分にラモーヌは笑いながらもワンピースに手を掛けると、一気に脱いだ。その下はジャージだった、つまり……そういう事なのだろう。

 

「今日からはラモーヌさんとマッチレースを組み込みます、当然カノープスの皆さんも参加する形式の物も行いますよ」

「マジかよ……つうかちゃん先輩だってドリームトロフィーリーグで走ったばっかなんじゃ……」

「大丈夫ですよ、メジロ家の療養所で確り休んでから来てますから♪」

「(あっこれ絶対走らされる奴だ)」

 

年に二回行われるドリームトロフィーリーグ、その内の夏部門であるサマードリームトロフィーでラモーヌはルドルフとシービーと熾烈な争いを繰り広げていた。結果として、彼女は3着でシービーが2着、1着は我らが皇帝のルドルフだった。以前の模擬レースの仕返しと言わんばかりにルドルフが勝利した模様。

 

「もう一人呼ぼうと思ったんだけど予定が付かなかったの。だから私だけで我慢してね」

「いやいやいや……ちゃん先輩だけでもとんでもねぇ贅沢なもんだから……」

「フフフッ冗談よ、それじゃあトリプルティアラを取る為の特訓開始と行きましょうか」

「言っておきますが今日までのトレーニングはラモーヌさんと走る為の条件でもありました、一定水準まで行けなかったらラモーヌさんはお呼びしないつもりでした」

「それって……」

「此処からがキツいので頑張ってください♪」

「……やっぱ南ちゃんって鬼だわ」

 

これまでのあのトレーニングよりもつらいって一体どんな事をさせられるのだろうか……色んな意味で考えたくはないが、ラモーヌと走れる事はいい経験になるのは間違いない筈だ……其れはそれとして辛い。

 

「なので鬼は鬼らしく務めてみました」

「冗談冗談南ちゃんは天使だよ慈悲の塊だよ」

「はい、ではこれをトリプルティアラとジャパンカップに向けての慈悲だと受け取ってくださいね。それではラモーヌさんお願いします」

「任せてね♪」

「やっぱ鬼だぁぁぁぁぁぁ!!!!」



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62話

「もう一回!!ターボともう一回勝負!!」

「ズルいですよアタシも走りたい!!」

「ラ、ライスも……!!」

「おっと流石に此処ばっかりはネイチャさんも引けないなぁ」

「私もです」

「私も!!」

「フフフッ大丈夫ですよ、皆のお相手をさせて貰いますから」

 

そう言いながらも余裕を見せ付けるラモーヌ、先程走ったとは思えぬほどに息は乱れていない。ランページとのマッチレース後、カノープスの面々がラモーヌに挑戦した。が、見事に全員をブッちぎっての1着をもぎ取った。

 

「ランページさんは如何します?」

「俺は休憩してる……流石にキチィ……」

 

流石に疲労困憊と言いたげな様子のランページに南坂はこのまま休憩させるので、他のメンバーの相手をお願いする。ラモーヌは快くそれを引き受けて再度のレース開始を宣言するのであった。そんな様子を見ながらもランページはこれが三冠ウマ娘の実力なのかと、思い知らされた。

 

「参ったぜ……数回走って分かってた筈なのにぶち抜かれた……俺の出せるもん全部出したのにこれかよ」

「流石は初のトリプルティアラウマ娘ですね」

「全くだ……メジロの至宝と言われるのも納得の強さだよ」

 

マッチレースでも走っているランページ、ラモーヌの凄さは聞いているが実際どの程度の物なのかは把握していなかった。それでもドリームトロフィーに出ているという事で油断せずに全力で挑んだ。大逃げ、幻惑逃げを展開、自分の持てる限りの技術と走りを駆使したのに……最初は2バ身、その次は4馬身、最後のカノープス全体レースでは5バ身差で敗北した。

 

「幻惑逃げが通用してたけど負ける……これが経験の差か」

「それと技術の差でもありますね、それをされてもカバーしたり巻き返す手段を持っている」

「身に染みたよ」

 

これが自分が目指している三冠の称号を得たウマ娘なのか、そう思うと矢張りルドルフとシービーもとんでもないんだなと思う。あの二人を侮った事などはないが……

 

「つうかよ、ちゃん先輩って先行か差しだろ?それなのにあれで一番抜かれたとか流石にショックだぞ俺……」

 

カノープスで走った時ラモーヌは皆の走りを見る為に後方策、言うなれば追い込みを取っていた。本来の脚質とは違うフィールドである筈なのにあそこまで走るというのは凄まじいという言葉しか見当たらない……。

 

「凹みました?」

「俺がその程度でやられる豆腐メンタルだと思ってんの?舐めんなよこちとら一回あの世まで行ってんだ」

 

南坂の挑戦的な瞳にそう返す。確かに全力を出しても全てを跳ね返された、それどころか本領発揮どころか得意分野ではない領域で一番の敗北を喫してしまった、完全敗北も良い所だ……だがそれだけだ。まだ負けただけだ、取り返す事が出来ない致命的な敗北ではなく自分を成長させる余りにも有意義な敗北だった。

 

「ったく南ちゃんもひでぇ事を考えやがるもんだぜ、俺が調子に乗らない為に目指してるトリプルティアラに叩きのめさせるんだからな」

「申し訳ないとは思いましたが、この程度でランページが潰れる姿が思い付きませんでしたから」

「悪かったな。がさつでズボラなウマ娘で」

「そこまで言ってません」

「ある程度は言ってるって事じゃねえか」

 

だがまあ、それはそれで南坂が自分を心から信じてくれている事の裏返しでもある訳だ。それはそれで嬉しい事この上ない。ならば自分はそれに応える為に唯只管に強くなるしかない。メジロの至宝さえも打ち砕く様な強さを手に入れる為に。

 

「なんだ、打ちのめされていると思ったが存外に気丈だな」

 

不意に勇ましい声が聞こえて来た、振り返るとそこにはサングラスを掛けていたウマ娘、直ぐにサングラスを取ったのだが……そこに居たのはモンスニーだった。

 

「モ、モンスニーさん!?」

「元気そうだなランページ。済まない南坂トレーナー遅くなった」

「いえいえ、ラモーヌさんがお相手をしてくれてますのであまり待っていませんよ」

 

仲良さげに話しているが、まさかモンスニーも呼んだのだろうか……と思っているのを見透かされたのか本人が事情を話してくれた。

 

「いや、本来は私ではない者が来る筈だったんだが予定が合わなくてな。私がその代理という訳だ」

「モンスニーさんが代理って……一体誰が来ようとしたんすか」

「―――本当に聞きたいか?」

「遠慮しときます」

 

意地悪そうな笑みを浮かべられたので思わず否定してしまった。多分聞かない方が吉だ。そして同時に納得した、如何して南坂がこれからのメニューはずっとキツいと言ったのか。

 

「モンスニーさんが来るからキツいって言ったのか……」

「ラモーヌは経験も技術もあるが性格的に穏やかさが災いして指導者としては甘さがあって向いていない。だから私が来た」

「いやちゃん先輩にコテンパンに負けてて甘さなんて感じませんでしたけど」

「なら良かったな、甘い後に辛いのでは余計に辛さを感じる事だろうからな」

 

目指すべき三冠を取ったメジロラモーヌ、そして三冠ウマ娘のライバルとして鎬を削ったメジロモンスニー。その二人が見てくれるというのは非常に喜ばしい、喜ばしい事なのだろうが全然喜べない。

 

「さあそろそろ休憩は良いだろう、走って来い」

「あ~あ俺は幸せ者だねぇ……そしてそんな俺と戦う相手は不幸だなぁ……こうなったら徹底的に鍛えて貰おうじゃねえか!!ターフの独裁者が更なる進化を遂げるぞぉ!!」

「その意気だ、さあグズグズするな駆け足!!」

 

まるで軍人のような強い言葉を飛ばしながらもモンスニーの指導が開始されることになった。特訓の相手がラモーヌ、指導をモンスニーという色んな意味で豪華なメジロ仕様となったカノープス。ランページ以外のメンバーもその一端を味わう事にはなるが、これは後々生きて来るのだろう……。

 

「あっモンスニーじゃん!!やっほ~!!!」

「シービー、相変わらず騒がしい奴だな……息災か?」

「そんなの聞くまでも無いって奴でしょ」

「だろうな、お前に元気がないなど考えられん」

 

カノープスが練習しているコースへと脚を運んできたのはリギルとスピカだった。隣のコース場へと行く途中だったのだろうが、シービーがモンスニーを見つけてしまったのでこちらへと来てしまったらしい。

 

「モンスニー先輩……お久しぶりです」

「ルドルフ……なんだその顔は、随分としおらしくなったな」

 

シービーを追って来たルドルフは目の前にいるモンスニーに思わず何処か緊張したような面持ちになってしまった。彼女からすれば尊敬する先輩なのだから無理もないだろうが……モンスニーはルドルフの肩を叩きながらも笑いかける。

 

「この前のサマードリームトロフィーは見事だったな」

「あ、有難う御座います。見てくださったんですね」

「まあ、我が家の至宝が出るから見ない訳には行かないからな」

「あっそうだねえねえモンスニー聞いてよ、ルドルフってばアタシがモンスニーに会いに行っている事が気に喰わないからってレース申し込んできたんだよ。その時に負けた時のリベンジだって凄い張り切ってたんだよ」

「シ、シービー!!」

 

出来れば知られたくはなかった事を然も当然のようにチクるシービーに声を荒げてしまった、それを聞いたモンスニーは呆れたような表情で思わずため息をついてしまった。

 

「成長したと思ったが、前言撤回だ私が現役の時と全然変わっていないなルナライオン。慕ってくれるのは嬉しいが、実力的にはお前の方が完全に上だろう」

「そんな事は関係ありません、モンスニー先輩は私が尊敬する事に変わりはありません……それとライオンは勘弁してください」

「L・I・O・N、ライオーン!!」

「シービー!!!」

「わ~い怒った!!!」

「待てこら!!」

 

ルドルフを煽ってからかうシービーはそのままコース場へと逃げて行き、ルドルフはそれを追いかけて行く。そんな光景に本当に何も変わっていないのだな……と表向きは呆れつつもどこか懐かしそうに、嬉しそうにしているモンスニーがそこに居たのであった。

 

 

「おいおい……よりにもよってラモーヌとモンスニー呼ぶって……南坂、お前ガチすぎるだろ」

「私に言わせたら、ルドルフさんとシービーさんの三冠ウマ娘二段構えの方が余程ガチに思えるんですけどね」

「……御尤もすぎて何も言えなくなるわね」




ラモーヌさんだけだと余り辛そうに見えない?宜しい、ならばモンスニーだ。


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63話

「違う!!走るというのは脚だけじゃない、全身で走るんだ!!お前の走りは唯脚が速いだけだ、それでは確実に何れ食われる!!全身だ、全身を一つにして走れ!!」

「はい!!」

 

常に怒号が飛びながらの特訓、カノープスとしては異様な光景がそこにある。ラモーヌ自身はカノープス全体を見ているが、モンスニーは違う。彼女は殆どランページに付きっきりで指示を飛ばし続けている。

 

「それにしても凄い迫力ね……あれがシービー最強のライバルと言われたウマ娘、メジロモンスニー……是非とも走っている所を見たいわね」

「あいつの対策に俺も頭を悩ませたからな……」

 

その様子を見た東条は思わず彼女の迫力に呑まれそうになっていた。百戦錬磨のリギルのトレーナーである彼女ですらモンスニーのそれは気圧される程のモノを感じさせる。沖野としては久しぶりに彼女の迫力に背筋がゾクゾクしてきた、シービーと共に戦ったクラシックを思い出してしまう。

 

「そうだ、さっきよりはマシになってきてる。だがマシになってるだけだ、お前はまだまだ下手くそのヒヨッコだ、一つ一つの力は優れているがお前はそれを活かしきれていない。何故か分かるか」

「えっと……連携が取れていない?」

「少しは分かってきたようだな」

 

ニヤリと笑いながらも肩を叩くモンスニー、そのまま少し身体を触るぞと許可を取ってから脚、膝、腿、腰、腕、肩へと昇っていく。

 

「お前の身体は頑強だ、頑強な上に膝の関節は柔軟性が高く可動域も広い。天賦の才と言っていい物がある、言うなれば最初から最高速度が高い上にそれを活かすスペックもある上に無理も出来る。だが無理をさせているからこそ無駄が多い」

 

そう言いながらも懐からハーブシガーを取り出して吸い始める、モンスニーも吸ってるんだ……という親近感を覚えるが、如何にもその姿は酷く熟成された渋みを感じさせる。なんだか自分のそれがカッコつけの道具のようにも感じられるような差だ。

 

「お前はまだまだ最高速度を更新出来る、身体に無用な負荷を掛けずにな。今やっているのはその為のオーバーホールという所だ、思った以上に上半身のバランスも良いからそこまで時間は掛からないだろう。問題は―――使い方と繋ぎ方だ、それをマスターした時……お前はラモーヌですら到達出来なかった領域に足を踏み入れる」

「ラ、ラモーヌちゃん先輩にも……!?」

「そこは保証しよう、私には出来たがラモーヌには出来なかった。だが私にはラモーヌ程の素質が無かった、残酷な話だがな」

 

そう前置きしながらも、シガーを燻らせる。

 

「だが、お前なら出来る筈だ。現にお前は既にダブルティアラだ、それが証明している。これまでは素質によるごり押しに過ぎない……モノにして見せろ、私の全てを」

「―――はい!!」

「いい返事だ、もう一度だ」

 

そう言いながらも走り出して行くメジロ家の新入りを見つめるモンスニー。本当に羨ましくてしょうがない自分が居て笑えて来る。自分が見つけた本当の意味での走り、潜在能力を最大限にまで引き出して行う走法。それを使ってもライバル(シービー)には勝てなかった、自分と彼女とは残酷なまでの素質が違っていたのだ。彼方が溢れんばかりの才能を持つ天才ならば、自分はありきたりの力しかない凡人。凡人の限界が自分だった―――だがそれをあの娘が使えば何処まで走れるのだろうか。

 

「こんな、感じか!?」

 

才能もある、努力も欠かさない、理想的な優等生だ。だがそんな彼女には常に影がある、ライアンから聞いた時は驚いたが……走りを見て納得した。その影が彼女を強くしたのだ。だが影だけではいけない、光もいる、自分達(メジロ)がその光になってやらなければならない。

 

「まだまだっ脚を上げろ、同時に腕も速く振れ!!」

「はい!!」

 

もう自分は走るつもりはない、時折ドリームトロフィー関係のイベントの仕事のオファーが来るが全て断っている。自分はウマ娘としては出し切った、だから育成する側に回ったのだ。その為にトレーナーの資格も取った、必要ならば次のメジロのトレーナーになるのも悪くはないと思っていたが……

 

「ランページさん、此処ですけど上げた方がいいと思います」

「あっ言われたらそうだな……んじゃ此処は?此処は下げるべき?」

「その場合……そうですね、少しずつ試して行きましょうか」

 

少なくとも、彼女には必要がないらしい。彼女にとっての最高のトレーナーだ、如何やら自分のやり方も分かってくれたらしいし既に咀嚼も済んでいる。あれは並のトレーナーではない……寧ろ、本当にトレーナーなのかとすら思う。ならば後は引き継ぎを頼むとしよう。

 

「ランページ、後はお前次第になる。如何に走法が優れていても使い手が追い付けなければ意味がない、そういう意味では私がそうだったからな……使いこなして見せろ、メジロランページ」

「―――はい。確りと受け継ぎます」

「南坂トレーナー、此処からは其方に任せる。慣れも必要だろう、その間のカノープスは私が見ておいてやろう。集中しないと慣れないだろうからな」

「ご迷惑をお掛けします」

「引退したウマ娘が出来るのはこの程度だからな、気にするな」

 

 

「ラモーヌ甘やかしすぎだ、次は私のメニューをこなして貰うぞ小娘共」

「やるやる~!!ターボのドッカンターボで肝臓抜いちゃうから!!」

「それまさか度肝を抜く意味じゃないよね?」

「肝臓抜いちゃったら大変だよ?」

「そうそうそれそれ!!」

「ラモーヌさんの次はモンスニーさん!!くぅっ~楽しみ~!!」

「私も頑張る~!!えい、えい、むん!!」

「それでは皆で走りましょうか」

「フフフッさてさて、如何なりますかね」

 

 

「それにしても本当にスパルタですね、モンスニーさん」

「やってる身としてはンな事考えてる暇ねえよ、必死に取り組まないと物に出来ないからな」

 

今までやって来た走りをバラバラにされたような気分。そしてそれを一つ一つの連携を考えながら再構築して行くような作業を行いながら走るのだから、辛いなんて考えを挟んでいる暇なんてない。寧ろ、辛いと考えられるだけ南坂のメニューの方が辛い。

 

「しかし、この走法の考え方は理に適ってますね……単純に脚力を強化するだけの走りではない、この走りがあったからこそモンスニーさんはシービーさんとあれだけの激戦を繰り広げたのだと思います」

「南ちゃんから見ても凄いんだ」

「ええ、間違いなく」

 

全身を完全な一つにして走る走法、しかもそれは普通の走りよりも負荷が掛からない。ウマ娘の走りとして理想的なフォームだ。それ故に此処まで築き上げるまでの道のりを思うと途方もない物を感じさせる。

 

「さあもう一度試してみましょう、今度はタイムも計ります」

「応頼むぜ南ちゃん」

 

計測を頼みながらもモンスニーを見る。彼女に出来た走り、凡人と自称する彼女の姿はそうとは思えなかった。あれが凡人な訳がないと、だが本人がそう言い切る。そう周囲に思わせたのは彼女自身だ、その力と技術がそう周囲に自分を認識させたのだ。ならば、自分がそれをモノにしたらどうなるのか、考えただけでゾクゾクする……今まで感じた事も無い高揚感と心臓の鼓動が加速していくのが分かる。

 

「さあ、やってみせるぜ……俺はメジロランページ、暴れ狂うだけだ!!」

 

そして来たるローズステークス、秋華賞のトライアルであるそのレースに出走したランページだったが……思わず視線を彷徨わせてしまった。

 

「ランページさん、如何しました?」

「いや……フローラ見てないか?」

「そう言えば……」

 

思わず、イクノと共に彼女を探してしまった。そしてその時……アナウンスが入った。

 

『お知らせします。本日出走予定だったアグネスフローラさんは、出走中止となりました』

 

「フローラが……出走中止!?」

「何か、あったのでしょうか……!?」



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64話

ローズステークスへの出走を取りやめてしまったフローラ、彼女を心配していたがレースを放置する訳にも行かずにイクノと共にそのまま出走。勝ちこそはしたが、集中力を欠いてしまったが故に2着のイクノとはクビ差だった。そしてライブも終えてフローラがいるという病院へと駆けこんだのだが……受付の待合椅子に座っていた東条を見つけると直ぐに駆け寄った。

 

「おハナさんフローラは!?」

「病院よ、静かになさい」

 

そこに居たのは困り気な顔をしていた東条の姿だった、それにもしやと思いながらも何事なのかと尋ねた。

 

「何があったんですか」

「脚に軽い炎症が見つかったのよ、全くあの子ったら直前まで隠すなんて……お陰で病室で説教しちゃったわよ」

「それでは、大事では……」

「屈腱炎とかを心配してくれてるなら安心しなさい、あの子は無事よ」

 

そう言われて、思わずランページだけではなく同行していた南坂やイクノですら気が抜けてしまった。それを見て心配させて済まなかったと東条も謝る。

 

「でも如何して病院に?」

「私としてはローズステークスを回避させる事は決まってたのよ、秋華賞に全てを尽くそうって練習をしてたんだけど……あの子の意思を尊重して登録はしてたの、でも炎症が見つかったのよ。それでギリギリまで待つ事にはしたの、完治してたら出す、してなかったら取り消し」

「それでまだ治っていなかったと」

「酷くはないけどこの世界だと油断は出来ないわ」

 

東条の判断には南坂も賛成だった。無事是名バを掲げている以上、怪我の兆候を見逃がす訳には行かないのでその辺りには注意をしているし軽い怪我でも油断は出来ない。例え小さな怪我であっても、それがウマ娘にとってのガンや不治の病にも繋がりかねないのだから。

 

「でもまあ無事でよかった、突然出走中止となりました。なんてアナウンスされたからビビりましたよ」

「それについてはフローラに文句を言ってちょうだい、本当にギリギリまで納得しなかったんだから」

 

それは、ルドルフとシービーから受けた特訓の成果から来る自信故なのだろう。それだけの手応えと確信があるのだろう、それはローズステークスを回避しようと考えていた東条の言葉からも十二分に汲み取れる言葉だ。楽に御せる相手ではなくなった……事なのだろう。

 

「それでは秋華賞には」

「問題なく出れるわよ、その時こそフローラが戴冠する日よ」

 

挑戦的で自信に満ち溢れたその瞳に思わずランページは笑いで返してしまった。それにつられるようにイクノも眼鏡を上げる。

 

「上等だ、叩き潰してやりますよ」

「此方も負けるつもりはありません、ラモーヌさんとモンスニーさんの教えをお見せしましょう」

 

しかし、それで喜ぶような二人でない事は二人ともわかっている。この二人とてメジロが誇る二人に指導を受けているのだから……決して油断出来る要素はない。

 

「それではおハナさん、私達はこれで」

「ええ。私はもう少し此処に居るから何かあったら連絡を頂戴ね」

 

そうして病院を後にする、いい意味で心配して損をしたという奴になってしまった。だが良い意味でならば良かった、と安堵している。

 

「ハァッ……なんか疲れたな」

「奇遇ですね、私もです」

「気疲れ、ですかね」

 

それは二人も同じなのか、何処か疲労に満ちた声が出てしまった。ずっと緊張していたからだろうか……何か美味しい物でも食べて気分をリセットする事を考えるのだが……そんな時にランページの携帯が鳴った。見てみるとそこにあったのは合宿で連絡先を交換していたモンスニーの文字。急いで出る事にした。

 

「はいもしもし」

『私だ、レースで随分と集中を欠いていたようだな。それ程までにアグネスフローラの事が気になったか』

「……はい、心配になってしまって」

『気持ちは分かる、だがそれでお前が不甲斐無い走りをして一番に失望させるのは誰だ。私か、お婆様か』

「……っ」

 

唐突に掛ってきた電話に思わず言葉が詰まった。確かにローズステークスでは集中力を欠いてモンスニーに指導された走りの一端すら見せる事が出来なかった。それ所か、これまでのレースで最低の走りといても良い酷い物だった。

 

『違うな、不甲斐無い走りを自分のせいにされたフローラ自身だろう。お前は彼女を言い訳にして辱める気か』

「そんなつもりはっ……!!」

『つもりはなくとも結果はそうだと言っている。競走中止になったら不安になった?集中力を欠いた、そんな事理由にならん。お前の行いは、フローラだけではない。ローズステークスを目指していた、出走したウマ娘全てを侮辱した。それを理解しろ』

「……はい」

 

通話の内容は当然イクノには聞こえていた、心情的にはランページの気持ちは分かるがモンスニーの言いたい事もよく分かる。出走した以上は自分に出来る最高の物を出さなければ失礼だ。だから自分は揺れてはいたが、出来るだけ気持ちを切り替えて臨んでいた。

 

『出来る事ならば私がトレセンに行って鍛え直してやりたい所だが……此方も忙しいのでそんな暇などない。故に、秋華賞ではそんな不甲斐無い走りは絶対に見せるな。見せたら……分かっているな、期待している』

 

言いたい事を言い終えたのか、モンスニーは一方的に通話を切った。ランページはそのまま携帯を仕舞い込みながらも南坂を見た。

 

「……南ちゃん、俺って最低かな」

「私はそうは思いません。ライバルを思う気持ちは正しいと思います、ですがモンスニーさんの言いたい気持ちも理解出来ますし正しいと思いますので一概に何方の方がとは言いません。ですのでこう言います―――秋華賞でフローラさんを完璧に迎え撃ちましょう」

「それが良いですね、それが最大の謝罪であると共に最大の礼儀だと思います」

 

その言葉にランページは静かに頷きながらも顔を上げて空を見ながら思う、今度こそ……正しい自分の走りで……。

 

 

 

 

「おハナさん、間に合いますよね」

「絶対に間に合うから今は安心して養生しなさい」

 

病院の一室で東条と話すフローラ。ローズステークスには出たいと思っていた彼女にとって、この出走取消は屈辱だった。早く戦いたかった、打倒したかった、それ程までに自信がある。三冠ウマ娘二人を相手に鍛え上げられた自分を。

 

「だから―――秋華賞で見せ付けなさい。貴方の強さを」

「絶対に、見せ付けます」

 

もう負けは許されない、絶対に勝ってやる、独裁者を打ち滅ぼすのは自分だと叫んでやるのだとフローラは決意を胸にしながら空を見上げる。

 

 

 

 

「良いんですか、時間はあったのでしょう?」

「それは甘やかしです、ランページに必要なのは正しい厳しさです」

 

メジロ家の邸宅、アサマと共に居たモンスニーは携帯を仕舞い込みながらもその問いに答える。時間はあるし言った通りに鍛えてやる事も出来る、だが敢えてせずに突き放す。自分が教える事は教えた、だから此処からは自分自身で心を育てていく段階。他の皆がランページに優しくするならば自分は厳しくする。鞭は自分がやる、既にウマ娘としては引退している自分ならば恨まれる身としては丁度いい。

 

「レースで最終的に物を言うのが精神力、根性です。精神は肉体を超えていく、理屈ではどうしようもない程に説明出来ない力がある。それを身に付けてこそ彼女はメジロ家のウマ娘として相応しくなる。メジロの誇りではなく、ランページという一人のウマ娘としての誇りを手に入れる」

「あらあら、私以上に惚れこんでいるようね」

「私の全てを叩き込みましたからね―――惚れ込んでいなければそんな事はしません」

 

そう言いながらも空を見る。

 

「(私に足りていなかったのは心だ、シービーに絶対負けないと思いながらも彼女の才能との差に心が折れていた……技術は教えた、身体も整えた、後は自分との勝負……自分で作れ、勝ち取れ、トリプルティアラを)」




フローラは秋華賞に出ます。少しだけ悩みましたが……そこで最後のティアラを掛けた戦いが行われます。


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65話

開始直後からの全力全開、傍から見れば自暴自棄の玉砕戦法にしか他ならない。だが余りにも、余りにもそれが―――桁違いに強く思える程に彼女は遥か前方を走っていた。

 

「ドッカンッターボォォッ!!!」

 

2番手のウマ娘との距離、残り300mにして―――約10バ身以上。もう直ぐ垂れてくるはずだ、この最後の直線で必ず大幅な減速が起きる筈だ。そうでなければ可笑しいと、同じメイクデビューに臨んでいるウマ娘達はそう思った。如何に1400mという短距離に区分されるレースであっても、一呼吸を入れる事も無く最後まで走る事なんて絶対にあり得ない。

 

「ターボ全開ィィィィ!!!」

「嘘でしょ……なんでまだ上げられるのよ、どうなってるの!?」

 

その懸念は普通ならば正しい、その見たても正しい、しかしそのウマ娘は最初から最後まで先頭でいたいという単純な気持ちだけで走っている、それが一番気持ちいいから。そしてそれを形にする為にカノープスに入ってからずっと、それを行う為に走り続けてきたのだ―――同じチームのメジロランページとイクノディクタス、その二人に追い付く為に。

 

『これは凄まじい!!圧倒的、これは正しく圧勝!!ツインターボ、正しく圧倒的な大差勝ち!!なんと13バ身差!!カノープスからまた途轍もないウマ娘が鮮烈なデビューを飾りましたぁ!!』

「やったぁ~!!見てたかラ~ン!!今日からカノープスのエースはターボが貰っちゃうもんね~!!」

 

そんな大言壮語も真実味を帯びる程の走りを見せ付けたターボは嬉しそうに飛び跳ねるようにしながらも勝利を喜んだ、今日まで走り込んだ時間は決して嘘をつかず、今、その結果を証明したのであった。

 

 

「よし、此処っ!!」

 

此方は1800m、そのレースで半分を超えて1000mを越えたという所で一人のウマ娘がもうスパートを掛け始めた。残り800mという地点での余りにも早すぎるスパートに他のウマ娘達は驚いた事だろう。そのウマ娘はどんどん加速していく、そしてバ群を越えて一気に先頭へと躍り出るとそのままトップを駆け抜け続けた。

 

「(持つ訳がない、絶対に持たない!!)」

 

まだまだ先もある筈なのにも関わらずのロングスパート、必ず潰れると思われていたそのウマ娘はどんどん加速していく。そしてまるでステップをするかのような軽やかな足取りで坂を登り切るとその速度のままで坂を下っていく。当然外に振られる、だがその遠心力さえも利用するように加速していく。

 

「まだまだ行ける、全然行ける!!」

 

余裕を持ったままだった彼女に、他は焦っただろう。全く垂れない、速度も落とさない、そしてそれに動揺して完全に勝負の仕掛け所をミスした彼女らは、先頭を駆け抜ける彼女を捉えきる事が出来なかった。

 

『ゴールイン!なんと、1000mを越えてからのロングスパートでそのまま駆け抜けたナイスネイチャ、7バ身差の余裕を見せ付けて堂々の1着!!』

「まだまだ行けちゃうけどね。あっ応援どもども~♪」

 

機嫌よさげに1着を取れたことに嬉しく思いながらも観客たちに笑顔で手を振るネイチャ。そんな笑顔にレースを見に来た者はファンになるのだが……同時に、またもやカノープスが強くなることを予感した。

 

『ツインターボ、大逃げの圧勝劇!!』

『ナイスネイチャ、怒涛のロングスパート!!』

『カノープスが来年も台風の目となる!?』

 

「嬉しいのは分かる、分かるけどな……どんだけ買ってんだお前は!?」

「だってターボの事こんなにおっきく書いてくれてるんだよ!?買うしかないじゃんこんなの!!」

「加減しろバカ!!」

 

カノープスの部室に山のように積み上げられているのはターボとネイチャの事が書かれた新聞、見事にデビュー戦を勝った二人を新聞は大きく取り上げた。今一番勢いがあると言ってもいいカノープスから二人の新人が出たのだからある意味当然と言えば当然なのだが……余程嬉しかったのか、ターボはあちこちでその新聞を買い占めて来たらしい。

 

「凄い量の新聞……全部ターボさんとネイチャさんの事が載ってる奴」

「良いなぁ~先輩たち、アタシもこんな風に載りたいな~」

「だからってこの量は……」

 

ライスとチケットはシンプルに新聞に載った事への称賛と自分もそこへ目指そうと思っている、素晴らしい事だが……いくらなんでも多すぎる。

 

「お前これ、幾らしたんだよ……」

「えっと……分かんない♪」

「これレシートね、一応メイクデビューでの賞金で買ってるから」

「……なんでデビューでの賞金をこれに使ってんだよ……」

 

確かにメイクデビューでも賞金は出る、だがこれだけの新聞を買う位なら新しいシューズを買ったりすることに使えばいいのに……と思わざるを得ない。

 

「兎に角、二人とも無事にデビュー戦勝利できてよかったな」

「えっへん!!」

「合宿でモンスニーさんとラモーヌ先輩にあれだけ扱かれたからね、あれに比べたら全然だったよ」

 

それを言われたら納得するしかないから改めてあの二人の凄さという物を感じずにはいられない。それに合宿を行う前からずっと自分とイクノと走り込んでいたターボとネイチャ、しかも本格的なレース形式でずっと走り続けて居たお陰で競り合いにも強くなっているしスタミナもスピードも同期と比べると着いている。それが合宿で高められていると考えるとデビュー戦で勝つのも当たり前だろう。

 

「アタシ達の事は置いといて、いよいよだね秋華賞」

 

ネイチャの言葉に全体に緊張が走った、ランページとイクノが挑む秋華賞。最後のティアラを掛けた戦い、無敗での三冠を目指すランページ、それを阻み今度こそ自分が戴冠を果たすのだと誓う者達。言うなればランページ対それ以外のウマ娘の対決とも言える。その中にはイクノやフローラもいる。今度は流石に……と思う者も多い。ローズステークスでのギリギリの勝利がそれを裏付けている、と考えている者も数多い。

 

「お姉様、大丈夫?」

「……安心しろライス、ローズステークスじゃ情けない所見せちまったが……今度はそうはいかない、南ちゃん」

「ええ。メニューは既に構築済みです、合宿で得た物を完璧に物にするまで続ける物を」

「あんがとよ……んじゃ始めるか」

 

外へと出てコースへと向かいながらもランページは空を見た、そこに本当の自分が居る気がして。

 

「……悪い、お前まで言い訳にする所だったよ……お前は俺なんだからな、だから―――今度は一緒に走ろう」



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66話

「お久しぶりです」

「よぉっ身体は良いのか」

「元々大丈夫でした、ローズステークスにも出たかったのですが……おハナさんに止められてしまいましたから」

 

以前あった時のように、寝そべりながらシガーを吸っているとフローラが隣に腰掛けて来た。如何やら無事に退院出来たらしい、そもそもそこまで深刻な怪我という訳ではないが……

 

「悪かった、ローズステークスでは不甲斐無い走りをしたのをお前のせいにする所だった」

「それを言ったらその原因を作った私も同罪です、ルドルフさんとシービーさんとの特訓で無理をし過ぎたようです―――あなたに勝ちたいという気持ちが余りにも強くなりすぎてしまったようです」

「要するにお前にそう思わせた俺のせいって事だろ」

「そうなっちゃいますね、すいませんフォローしようと思ったのに全然できてませんね」

「全くだ」

 

遠回しに自分のせいだと言われるが、分かっている節があるのでランページもそこまで真剣には取り合わない。此方だって走りの事を出してしまったので正しくお互い様だ。

 

「次はいよいよ秋華賞ですね」

「皇帝様達に教え込まれた事で勝てたらいいな」

「勝ちますよ今度は―――貴方に敗北の味を味わわせてやります」

「そりゃいいな、是非教えてくれよ―――散々俺がご馳走した味をお前が俺にね」

 

バチバチにやり合う訳でもなく、軽口のやり合いをする二人。それを遠めに見ている後輩、そして先輩までもが固唾を飲んで見守っていた。何か起きないかとハラハラしてしまう。

 

「そろそろ行きます、こんな所で寝ている場合じゃないので」

「あっそ、好きにすればいい」

「随分と余裕ですね」

「余裕なんざねぇんだよこれでも……シガーの消費量がまた増えて来てな」

 

その言葉の意味をフローラは理解出来なかった、一先ず自分の事を優先しようと頭を下げてからその場を立ち去った。喧嘩などが起こらなくて良かったと周囲から安堵の溜息が聞こえてくる中でランページはシガーを吸い尽くすとそれを携帯灰皿に押し込むと立ち上がった。

 

「さてと……やるか」

 

自分もと言わんばかりに歩き始める、向かう先は当然カノープスの部室。秋華賞まで後僅か……

 

「ライアン、お前との約束は確りと果たす」

 

 

そして、遂にこの日がやって来た。クラシッククラス、ティアラ三冠路線の最終戦―――秋華賞。この日を多くの人々が待ち侘びていた、史上二人目のトリプルティアラが誕生するかもしれない……そんな期待が此処、京都レースに収束されていた。当然それだけではない、他のウマ娘達がそれを阻止するのか、最後のティアラを掴み取って自らも女王であると勝鬨を上げる事で独裁政権を終わらせるのか……無敗の三冠が掛かっているのにも拘らず、其方にも多くの期待が寄せられていた。

 

「わわっ凄い人……」

「ライスちゃん、はぐれちゃったら大変だから皆で手つなごう」

「それじゃあアタシの手使っていいですよ、これでも力には自信ありますから!!」

「おっ~チケット頼もし~!」

「エッヘン!!」

 

日本ダービーに負けない程の人数が京都レース場に集っている、その人の波にさらわれないようにとカノープスのメンバーは手を繋いではぐれないように務めていた。

 

「それにしても凄い人だねぇ……まあ最後のティアラが掛かってるんだから当たり前か……」

「でもさでもさ、なんか皆ランが負ける事も期待してる感じしない?」

「ライスもそう思う、イクノさん達が勝つ事も期待してる感じ……?」

 

ライスたちが感じた違和感、それは無敗の三冠という大記録が掛かっている割にそれが防がれる事にも大きな期待が寄せられている事にある。普通ならば無敗を応援すると思うのだが……そんな疑問には南坂ではなく、近くにいたウマ娘が応えてくれた。

 

「単純な事だ、今年は一強という訳ではなく明確な対抗者がいる。しかもそれは確かな実力があり、勝っても可笑しくない。それが続いたのだから其方にも期待が掛かる」

 

そう、この世代のティアラ路線はランページだけが強い訳ではない。他にもイクノやフローラを筆頭に彼女を追いかけ、追い抜かし、自らが勝とうとする者が多く居る世代でもある。故に皆が応援をする、ランページが勝つのを、イクノが勝つのを、フローラが勝つのを。そんな言葉を掛けたウマ娘はサングラスをチラリとだけズラして表情を見せるとカノープスの面々は直ぐに誰か分かった。

 

「あっモンスニー来てくれたんだ!!」

「お婆様の代理だ、来たかったらしいが予定が合わないらしくてな……それで私が来た」

 

本当はアサマが来ようとも思っていたらしいが、流石にライアンの菊花賞の事も考えると2週連続で時間を取る事が難しいのでどちらかがいけないという事になってしまった。なので直接教えたモンスニーに代理を頼んだのである。

 

「モンスニーさんはランが勝つと思ってる?」

「さあな、少なくともローズステークスのようなふざけた走りをしなければいい競り合いは出来るだろう」

 

余計な事を考えず、自分の走りに没頭さえすれば負ける事はない筈だ。間もなくゲートインが始まる、もう直ぐ始まってしまう、最後のティアラを巡る戦いが……。

 

「ランページさん、今日こそは勝たせて貰いますよ」

「散々聞いて耳にタコだ」

 

ゲート前で改めて声を掛けるフローラ、勝負服に身を包んでいる彼女はこれまでの彼女とは違う物を纏っている。あの二人との特訓は伊達ではない、そんな雰囲気を感じさせる。今まで戦ってきたフローラとは違う、確実に今が一番強い。そんな事を思っている時にイクノが小声で自分に声を掛けて来た。

 

「ランページさん、気を付けてください。私に言えるのはその位です、私も敵ですが……私は正々堂々と貴方を破ります」

「そう言って貰えると嬉しいな、頑張ろうぜイクノ」

「ええ」

 

そう言いながらも拳を数回ぶつけ合ってから握手を交わす。同じチームというのもあるが、イクノとしては真っ向から破ってこそ本当の勝利という考えがあるのだろう。ターボ的に言わせれば正々と走って勝った方が気持ちいいから、と言った所だろう。まあそんな相手が一番厄介ではあるのだが……そんな時、背後から囁きを受けた。

 

「……アグネスフローラだけが敵だと思ったら足元、掬われますよ」

「掬ってみろ」

 

それ程気にも留めずに飄々とした態度を貫き通す。勝ち続けているのだからこういう物が向けられるのは分かっていた事だ、だがしかし……これはこれでかなり凄まじい。イクノとフローラ以外のウマ娘が自分に向けてデバフスキルの矛を向けているのでは……と思いたくなるような状況だ。

 

「(鋭い眼光に強い圧迫感、さっきのはささやきで他には逃げ牽制にetc……他にもいろいろ向けて来てんな。本格的にマーク受けてるな……)」

 

無敗の二冠ウマ娘なのだからある種当然だ。今まではそれを受ける前に逃げ切って来たが、今度という今度はそうはいかないだろう。全力で相手も喰らい付いて来る筈……だがそれで勝てると思っているのならば甘く見られている。

 

「マークだろうが何だろうが……暴れてやるだけだぜ」

 

―――秋華賞が、始まる。



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67話

『賑やかな秋を彩る秋華達、秋華賞の舞台で美しく華を咲かせるのは一体誰なのか!?秋華の冠を被るの一体誰なのか!?』

『6枠12番アグネスフローラ、3番人気です。最後のティアラの奪還を目指します』

『2番人気4枠8番イクノディクタス。桜花、オークス、ローズステークスと銀メダルが続いております。矢張り、独裁者への叛逆を先導するのは彼女か!?』

『スタンド、いやレース場に押し掛けたファンの期待を受け止めながらいざ世代の頂点へと歩みを進める独裁者、一番人気2枠4番、メジロランページ!!此処まで11戦11勝!!無敗の二冠ウマ娘が最後のティアラさえも独占し、歴史に名を刻むのか!?』

 

日本ダービーの来場者数に負けない人が集う京都レース場、それだけ多くの期待と思いがゲートインした自分達へと向けられている。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

さあいよいよだ、この日を待ちわびて来たのだ。その為に努力してきたと言っても過言ではない、周囲から向けられる重圧が更に増して行くがそんな事知った事ではない。俺は俺の走りをするだけと意識を強く持つ、そして時を待つ……そして遂に―――

 

『スタートです、おっと少々バラついているが、矢張り飛び出すのはメジロランページ、いやそれを許すまいと多くのウマ娘達がその背後を狙っている!!なんという光景でしょうか、独裁者の独り舞台を許すものかと叛逆の狼煙が次々と上がっていく!!何という事でしょうか、これはメジロランページ対他全員と言ってもいい程の光景です!!』

 

異様な光景だ、真っ先に飛び出したはずのランページを多くのウマ娘が既にマークして離され過ぎないように距離を保っている。普段ならば5バ身、6バ身はあっという間に離すはずなのにそれが2バ身程度しか作れていない。

 

「分かっちゃいたが息苦しいねぇ……まあ好きなように走ればいい、俺だってそうさせて貰うだけだ」

 

真後ろにはイクノ、左後方にはフローラが、前以外には行く道が完全に絶たれている状況が作られた。これは幻惑逃げは使えない、使おうとすればその途端に自分はバ群に一気に飲まれていく事になるのだろう。そうなれば抜け出すのは至難の業、つまり、自分は常に逃げ続けなければならない。呼吸を入れる隙も与えられないレース状況が形成されてしまった。

 

 

「これは苦しいですね……常に逃げ続ける、脚を休められない……重圧を受けながらは相当にキツいです」

 

南坂も汗をかいている。イクノやフローラは当然のようにマークしていた、これまでもそうだったがそこに他のウマ娘全員が参加してきた。呼吸を事前に合わせたわけでもないのに此処まで合致している、全員が三冠達成を阻みに来ている。逃げ続ける事はランページなら出来る、だが……この重圧は余りにも重い。

 

「ラン頑張れ~!!イクノも頑張れ~!!」

「お姉様頑張ってぇ~!!」

「どっちも頑張れ~!!」

「先輩ファイトォ~!!」

 

皆も必死の声援を送っている、これが少しでも力になってくれればいいのだが……こうしている間にもランページは他者からの重圧(デバフ)という攻撃を受け続けている。重圧を掛けられている、という感覚だけでも精神には負荷が掛かる。少しの負荷でも徐々にそれは効いてくる物。

 

『さあ第3コーナーへと入る、先頭は未だメジロランページですが後方は2バ身差。これが独裁者が受ける重圧なのか、後方からは虎視眈々と狙う者がいるぞ!!』

 

「此処だ、此処で―――行くっ!!」

 

上り坂に入った時、フローラがギアを上げた。此処でまさかの人物がスパートを掛け始めた。第3コーナーの上り坂を加速していく、その姿は三冠ウマ娘のミスターシービーに被るモノがある。合宿で得た物を此処で出すと言わんばかりにギアを上げて来た、だがそれを許すまいとイクノもギアを上げる。

 

「残念ながら私も此処ですので」

「良いわよ、先ず貴方に勝たないとランページさんに勝てる道理もない物ね!!」

 

『此処でアグネスフローラが加速、いやイクノディクタスも行った!!上る上っていく、そして鋭い加速は遂に独裁者の喉元まで迫るのか、迫れるのか!?後1バ身、さあ間もなく第4コーナーだ、この下り坂で捉えられるのか!!?』

 

京都レース場の急坂、淀の坂をイクノは鍛え抜かれたパワーで遠心力に対抗する事でコーナーを加速しながら攻める事が出来る。それはランページも同じ、そしてその世界にもう一人―――介入した。フローラも同じように加速したまま坂を下っていく、合宿で三冠ウマ娘に迫る為に覚えた事、それは精神力の強さ。

 

「絶対に負けない!!」

『アグネスフローラが必死に追い縋る!!イクノディクタスもあと少し、届く、届くぞと届いたぞ!!遂に二人が独裁者、メジロランページに並んだ!!そしてそのまま直線に入る、後方のウマ娘達も一気に加速する!!独裁者はもう終わるのか、此処で独裁は終わりを告げてしまうのか!!?』

 

恐怖を支配して思い切った勝負を仕掛ける、それこそが三冠ウマ娘に迫る唯一の方法だった。淀の坂だろうが全力の走りをする、そんな心を持ったフローラはあの坂を猛スピードで下る事が出来た。そしてその加速で遂にランページに並んだ。後方からの重圧も迫ってきている、後は彼女を抜くだけ!

 

「行けっフローラ!!!」

 

東条の檄が飛ぶ、勝てる、これならば絶対に勝てる!!そう思った時、イクノを抜いてランページを―――抜いた!!

 

『アグネスフローラ、アグネスフローラだ!!此処まで長く戦ってきた反逆者が遂に独裁者を打ち破るのか!?』

 

重圧を感じながらも遂にランページを抜いた、重圧がランページに圧し掛かっている、それが自分にとっての好機だった。最大限に警戒される舞台こそ自分が勝つ最大の好機。今日でお前の独裁も終わりだ、後はゴールするだけだ!!

 

「―――そうか、そういう事か……考えてみりゃそうだな」

 

そんな言葉が聞こえて来た、すぐ後ろから。ランページの声だ、焦りは微塵もなく、納得に満ちている声があった。諦めたのか?いや違う、これは諦観ではない、寧ろ―――高揚感に溢れた声。

 

「この状況こそ、俺が、俺達が輝く場面―――さあ暴れるぞ、かき乱すぞ、振り切るぞ―――」

 

亡き魂よ、共に暴れよう。

 

瞬間、暴れ狂ったのような風がやって来た。それに驚愕すると目の前には再び独裁者が自分を追い抜いていた。自分が先を走っていたのに何故!?いやそれよりもなんだあの走り方は……これまでに見た事も無いような走りだ、脚、いや違う、全身が、全てのパーツが連動して大地を蹴っている。何処までも力強い走りはそれ迄受けていた重圧を全て跳ね除けながらも悠然と王者の風格を纏って突き進んでいく。

 

「追い、付けない……!?いや違う、負けないんだぁぁぁ!!!」

 

負けていない、まだ終わっていない!!自分はまだ走っている、走れるんだ!!気持ちで負けるな、覆せ、引っ繰り返せ!!独裁者に挑み続けるフローラ、だがその身体には重さが付き纏い始めていた。先程まで感じなかった重圧が自分にも牙を剥いて来ていた。

 

「なんで、急に……ランページィィィィッ!!!」

「お前らが俺にくれたもんを俺が使おうが俺の勝手だぜな、なんたって俺は―――ターフの独裁者だ!!!」

 

『メジロランページ、メジロランページが追い抜いた!!アグネスフローラを振り切った、どんどん加速していくぞ!!最早問答無用、我に敵なし、歴史に名を残す権利すらも独占保有!!古き歴史を塗り替えて、過去の栄光も掴み取る!!史上二人目のトリプルティアラが今、誕生しましたぁぁぁぁ!!!メジロランページが無敗でトリプルティアラを達成ぃぃぃぃぃ!!!史上二人目、メジロラモーヌに続いてメジロ家がトリプルティアラを達成しました!!!無敗のトリプルティアラは史上初!!歴史に名を刻みましたぁ!!』

 

新しい歴史が刻まれる、それを作った独裁者、それを達成したランページは息を吐きながらも笑みを作り続けていた。アグネスフローラは2着、3着イクノディクタスという結果になった秋華賞、だがフローラは敗北したがその表情に悔しさは微塵も無かった。

 

「……参ったなぁ完敗だ……強いなぁランページさんは」

 

最早羨望の眼差しを向けてしまう、圧倒的に不利な状況だったのにも拘らず、向けられた重圧さえも自らの力に変えて駆け抜けていった……認めるしかないだろう。彼女こそ、全てのティアラを独占するに相応しいウマ娘だと。

 

「……満足したぜ……最高の走りが出来て」



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68話

「……本当によくやりましたね、私は貴方の事を誇りに思いますよ」

「お婆様にそう言って頂けると素直に照れますね」

 

先日の秋華賞で見事に三冠を達成、無敗でのトリプルティアラとなったランページ。当然その事をアサマは我が事のように喜んでくれた、そしてその翌日にはランページはメジロ家の邸宅へと戻っていた。名目上は次のエリザベス女王杯に向けての調整と休養、実際それが目的ではあるが本当の所は蟻のように群がって来る記者から逃げる為でもある。

 

「ラモーヌも喜んでいましたよ、あの子の喜びようは凄い物でした」

「ちゃん先輩らしいな……」

 

史上二人目のトリプルティアラが同じメジロ家、そして自分の同室なのだから嬉しいのも当然だろう。

 

「さて、次はエリザベス女王杯ですか……其方も厳しいレースになるでしょうね」

「でしょうね。でも走りますよ、モンスニーさんに教えて貰った走りで」

「その意気だ」

 

そう答えると扉が開けられてモンスニーが入って来た、その手には書類が抱えられておりそれをアサマの机の上へと置いた。

 

「あの時の走りは悪くはなかった、だがお前ならもっと高められる。精進しろ」

「分かりました……それでそれは?」

「お前宛てに来ている取材、TV出演、雑誌取材etc……それらの書類だ」

「ラモーヌの時よりも多いようですね」

「まあ無敗ですからね、当然でしょう」

 

思わず呆然としているランページに比べて、アサマとモンスニーは大して驚いてはいなかった。ラモーヌの時も似たような事があったからだろう。

 

「流石に全てを断る訳には行きません、私の方で選んでおきますから貴方はそれに応じなさい」

「わ、分かりました……でも、凄い数ですね……」

「本来はこんな物ではないんだがな、トレセン学園に居たらこの数十倍の量になっていただろうな」

 

実際問題、トレセン学園の電話は鳴りっぱなしになっていてその殆どがランページに対する取材の申し込みでパンク寸前となっている。南坂の携帯も同じような状態になっているらしい、そしてそれをメジロ家がフィルターとなって選別を行ってこの数に収まっている。

 

「中には悪質な会社や記者も混じっていますからね、それらを大事な孫に会わせる訳には行きません。それらの選別は私とモンスニーでやっておきますから貴方は身体を休めておきなさい、南坂トレーナーとは話を付けてありますから」

「そういう事だ、無敗の三冠」

 

半ば、放り出されるかのようにアサマの部屋から追い出されてしまったランページ。まあ取材の方は任せるしかないだろう……やらなければならない取材ならば喜んで引き受けるが……そう思いながらも久しぶりにメジロ家の自分の部屋へと入った。絶対になれる気がしなかった筈の広くて豪華な部屋で何時の間にかリラックス出来るようになっているのだから驚きである。

 

「後はエリ女だな……」

 

自分にとっては三冠は通過点、本当の意味でのトリプルティアラ、牝馬三冠を達成する為にはエリザベス女王杯を取らなければならない。まあこの世界では違うのだろうが……史実では秋華賞はまだなかった、なのでエリザベス女王杯がその秋華賞の立ち位置だった。故に、本当の意味でラモーヌを超えたという看板を得るにはそれがいる。

 

「まあ、時間はあるんだからじっくりと休ませて貰おうじゃないの……」

 

そう思いながらも最近やって無かったツイッターの更新でもしようかな、とアプリを起動させようとしたら扉がノックされた。どうぞ、と入室を許可すると入ってきたのは大きな花束を抱えたライアンだった。

 

「ラン、トリプルティアラおめでとう~!!これプレゼント!!」

「こりゃまた立派な物を持って来たなぁ……何処で見つけたんだ青い薔薇なんて」

「えへへっメジロ家お抱えのお花屋さんで」

「もう何でもありかメジロ家」

 

兎も角それを受け取るのだが、後ろに控えていた執事さんが花瓶を持って来てくれていたのでそれに飾る事にした。確か青い薔薇の花言葉は神の祝福、奇跡、そして夢は叶う。きっとそれに合わせて持って来てくれたのだろう。

 

「んじゃ、来週は俺が青い薔薇を送らせて貰おうかな?」

「気が早いよ~、まだ勝ったって決まった訳じゃないんだから……菊花賞は今までの中で一番のレースになると思うし」

「だろうな……すげぇ面子だからな」

 

ライアンは当然としてマックイーンも出て来る、その他にも有力なウマ娘が多く揃う。そして全員がライアンの三冠達成を阻みに掛かる、強いて違う点を探すのであればライアンは無敗ではないので自分ほどのハードルはない……と言いたい所だが、マックイーンが出るのでその辺りは何とも言えない。

 

「パーマーが出なくて良かったな、メジロが三人揃い踏みじゃ誰を応援したらいいのか分からねぇよ」

「言えてる~でもパーマーはステイヤーズステークスに出るって言ってたよ」

「3600を逃げ切れるか試す気かあいつ……マジで逃げ切れたらもうある意味俺以上の逃げウマ娘だぞ」

 

それについては異論はないとライアンも頷く。

 

「んで、お前は菊花賞で勝つ自信はあるのか?」

「それは……う~ん……一応トレーナーさんに菊花賞に向けてのトレーニングメニューを組んで貰って満点は貰えてるけど……マックイーン相手に何処まで戦えるかは分からない」

 

万全の準備を進めている、その筈なのに勝利を勝ち取れるという絶対的なビジョンを浮かべる事が出来ずにいるライアン。長距離という舞台において恐らくメジロ家に置いては最強と言ってもいいウマ娘が相手、そういう気持ちになるのも当然だろう。

 

「お前の走りをすればいいと思うよ、俺だってそれで勝てたわけだしな」

「まあそうだね、うん取り敢えず頑張るよ。全力で」

 

言葉を掛けられて直ぐに立ち直った、というよりも最初からそう思っていたのか笑顔になるライアン。菊花賞にはアサマも応援に駆け付ける、そして勿論自分も行くつもりでいる。どんな結果になろうとも、全力で自分らしく走るだけだと既に決めているライアンの走りを……その力を信じるつもりでいる。ライアンの強さを自分は知っている、それを信じるだけ。

 

 

「あっそう言えばさ、秋華賞での走りがモンスニーさんに教えて貰った奴なんでしょ、あれ凄くない!?」

「いやぁでもあれモノにするのマジできつかった、というかまだ俺も完璧に修得した訳じゃないし」




亡き魂よ、共に暴れよう(ランページ・ゴースト)

メジロランページの固有スキル。
デバフを一回以上受けるとレース終盤に発動。受けた分のステータスを回復しつつ加速、相手に受けた分のデバフを与える。デバフを受ければ受ける程に効果は上昇する。

アプリ的に表現するとこんな感じ。チャンミとかで見るデバフ構成ウマ娘に対するカウンター型で育成しようとすると固有が腐りやすいタイプのウマ娘で難易度は高め。


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69話

「あ"っ~……疲れた」

 

溶けるように座り込んでいるランページ、口にはシガーが銜えられ、口の端からは煙が漏れている。そんな姿を見ながらも南坂は苦笑しながらもスケジュール帳を確認している。

 

「頑張ってください、次で今日は終わりですから」

「分かってる、分かってるけど疲れるもんは疲れるのよ……南ちゃんなんか飯食いに行こうぜ精神的な栄養が不足してる……」

「それじゃあ次が終わったら夕食を御馳走します、何が良いですか?」

「チャーシュー麺大盛り、メンマと卵上乗せ」

「吃驚する位庶民的なんですけど」

「いや御馳走だろ」

 

御馳走と言われたらご馳走ではあると思う、庶民感覚で言ったら。しかしメジロ家の一人となったランページはまだまだ庶民的な感覚で溢れている、そもそもメジロになったと言っても基本的にトレセン学園で過ごしているので貴族的な事をまだしていないので無理もないとは思うが……

 

「この辺りに美味いラーメン屋とかねぇかなぁ……もう何だったらアイネスがバイトしてる店でもいいし」

「ハハッ……そう言えばもう直ぐ菊花賞ですね、アイネスさんも張り切っているらしいですね」

「ああ、スタミナを付ける為のトレーニングをしまくってるって話だったな」

 

史実では、屈腱炎が原因でダービーを最後に引退したが、ウマ娘の彼女は元気いっぱいであり菊花賞にも名乗りを上げている。ダービーもあって堂々の2番人気である。と言ってもやはりスタミナに不安があるのでその強化メニューをしまくっていると聞いている。

 

「最近じゃパーマーやヘリちゃんと一緒に走ってる聞いたからな、菊花賞じゃあどうなるか全然予想出来ないな」

「そうですか、ライアンさんが三冠を取るかどうかの菊花賞……楽しみですね」

 

自分の秋華賞もそうだったが、菊花賞もどうなるか分からないのだ。出来る事ならばライアンの勝利を望むが、相手はマックイーンにアイネス、他にも有力なウマ娘達が向かって来る。それを薙ぎ倒す必要があると思うとこれは本当に大変な道だ。

 

「……さてと、俺も負けねぇように頑張るかぁ……サイン会だっけ?」

「ええ、軽い取材の後にURA主催のサイン会ですね」

「まあお婆様が選んでくれたんだから大丈夫だろうな……んじゃあまあ頑張るか」

 

何時までも疲れた云々を言っている訳には行かない、有名になればこういう事になるのは分かっていた。阪神ジュベナイルフィリーズを勝利した辺りから、こういった事への対処法を南坂から教えられているから出来ない訳ではない。

 

「そう言えば……URAが是非とも授与式で送ったもう一つの勝負服を着て欲しいと言ってましたが」

「テメェらURAのスタッフが全員同じ格好したら考えてやるって言っといて」

「そういうと思って丁重にお断りしておきました」

「パーフェクトだ南ちゃん」

「感謝の極み……!」

 

到着したので車から降りながらも南坂は彼女の後ろに続きながらスタッフとの電話を思い出した。

 

『授与式で渡した勝負服を着て貰えるようにお願い出来ませんか?』

『ランページさんがシンプルにあのデザインを嫌ってたので無理だと思いますよ』

『き、嫌っ……い、いえそこを何とか交渉して……!!』

『でしたら当日のスタッフ全員がその勝負服と同じデザインの衣装を着てくださればやってくれると思いますよ?』

『え"っ』

『勿論男性スタッフも全員です』

『……なかった事にさせてください』

『はい分かりました』

 

 

「ふふっ」

「どったのよ南ちゃん」

「いえ、お断りした際の電話の事を思い出しまして」

「何よ何よ気になるじゃないのよ」

 

 

「メイクデビューからずっとファンなんです!!」

「おっそりゃ嬉しいね~これからも応援よろしくぅ」

 

「こ、ここここっこれにサインお願い出来ますか!?」

「応よ、というかそのまっさらな白シャツに書いてやろうか。それ期待してるんでしょ?」

「よ、宜しいんでありますかぁ!?」

 

とファンとの触れ合いを行って少しでもサイン会を自分なりに楽しもうとしているランページ。ファン一人一人の反応が全く違うので意外とこれが面白い、握手するだけで号泣する、サインを家宝にする、そんな大げさな反応をする人が多い。

 

「ほらっお願いしないと」

 

次の人が来ていたのか、と気を引き締めて臨もうとしていると……そこに居たのはウマ娘の母親の後ろに隠れている小さなウマ娘、見た所中等部に入る前……小学5~6ぐらいだろうか。

 

「すいません、如何にも緊張しちゃってるみたいで」

「ハハッ大丈夫ですよ……というか、んんっ?お母さんどっかで逢いました?」

「いえ初対面の筈ですよ?」

「ですよね」

 

柔らかな瞳とアイシャドウが実に似合っているウマ娘のお母さん、何故そう思ったのかは謎だがとうとう勇気を出したように前に出ながら震える手を持ったサイン色紙を出してきた。

 

「サ、サインお願いします……!!」

「勿論、ファンサービスは俺のモットーですから」

 

練習の賜物と言わんばかりに流暢な手つきで自分のサインを書いていく、その最中にも少女は此方をキラキラとした目で見つめて来る。も少しサービスしてあげようかなと思いながらもその子に笑いかけるとその子は意を決したかのように大きな声を出した。

 

「わ、私は……私は!」

「んっ?」

「母のように、そして貴方のように強くて速いウマ娘になります!!」

 

突然の大声に周囲のスタッフ達も驚くが、直ぐに微笑まし気な笑顔を向けた。それを向けられたランページは思わず、ルドルフとテイオーのあの場面を思い浮かべた。そうか、自分はルドルフと同じような立場になったのだからもう誰かの憧れとされる側に立っているんだと思い知った。

 

「ほほう、それは光栄の極みだ……だけど、それは大変な道だ。お母さんみたいになるのも、俺みたいになるのもな」

「分かっているつもりです!!」

「なら、トレセン学園で君が来るの待ってるぜ」

 

サイン色紙を差し出しながら笑顔で言う。

 

「君の名前は?」

「エ、エアグルーヴです!!」

「―――エアグルーヴ、よし覚えておこう。待ってるぞトレセン学園で」

「はい!!」

 

頭を撫でた後にお母さんの希望で一緒に写真撮影をする事になった、その写真を撮った後に二人は笑顔で手を振って帰っていくのだが……ランページの内心は穏やかではなかった。

 

「(まさかのエアグルーヴだったよ……言われてみたら確かにロリグルーヴって感じするわ……)」

 

まさかあの少女が将来的に女帝とまで言われる事となるエアグルーヴだったとは……だがそうなるとあの母親はダイナカールという事になるのではないだろうか……

 

「(……んっ?いや、ダイナカールはシービーさんと同期な筈だから違うかな流石に……となるとお姉ちゃんとかかな……なんか深淵に触れそうだから止めておこう)」

 

そんな不意打ちサプライズもありながらもサイン会は順調に進んでいくのであった。




基本年代に沿っているけど、偶にこういう事が発生するかもしれない……あのお母さんはダイナカールかもしれない……だけどダイナカール似のエアグルーヴのお姉ちゃんかもしれない、という事にしといてください。


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70話

「よっ無敗のトリプルティアラ」

「失せろ変質者、警察呼ぶぞ」

「まだ何もしてねぇだろ!?」

「許可も無しに触ったことを許した覚えはねえぞ、まだ執行猶予中なだけだわこのだぁほ」

 

あと数日で菊花賞、そんな状況だがトレセン学園にやって来たランページ。のんびりとシガーを吸っていると沖野がやって来た、しかも背後には東条トレーナーも引き連れて。

 

「好い加減にしなさい、アンタ私に何回平手打ち喰らえば止める訳?」

「待ってくれおハナさん!!俺は初対面以降こいつの脚を触ってねぇ!?」

「そもそも無断で触る事自体が問題だと言ってるのよ!!」

「全く以てその通り、タイシンの脚も勝手に触ったらしいじゃねえか。三つ子の魂百までって奴かよ、性根の奥底まで変態気質かテメェコノヤロー。うちのライスの脚触ったら殺すからな」

「ライスシャワーか、確かに最近良い感じだよなぁ……あの細い脚とは思えないほどの速度が出るし一回……へぶぅ!?」

 

するな云々の話をしているのになんで態々そんな事が言えるのだろうか……全く理解が出来ない。東条の鋭い平手が沖野の頬を強襲、見事なまでの紅葉模様が刻まれた。ちなみにその時、ランページは舌打ちをした。

 

「冗談だって!!分かるでしょおハナさん!?」

「分かりたくはないけどね!!というか、今のは感謝しなさい。私は貴方を守ってあげたんだから」

「はぁ?」

「見なさい」

 

指が指す先を見てみると……そこには先程まで自分が立っていた位置に拳を突き出しているランページの姿があった。そう、拳を放っていたのである。流石に本気ではないが、ウマ娘のパワーで放たれるパンチと普通の人間である東条の本気に近い平手打ち、何方が強いかと言われたら一目瞭然である。

 

「……今度そんな事言ってみろ、スピカはトレーナー不在で解散になんぞ」

「わ、分かった……マジで済まんかった……」

「私からも謝らせて頂戴、同僚が済まなかったわ」

「ったく……なんでこんなトレーナーが三冠ウマ娘を担当した事があるんだよ……」

「腕だけはいいのよ、腕だけは……性格に反比例するみたいにね」

「そこまで言いますか御二人とも……」

 

此処まで言われるまでやっている行いが不味いなのだという事を取り敢えずご理解頂きたいと二人は心から思うのであった。

 

「んで天下のリギルとスピカのトレーナーが俺に何の用なのかね」

「天下の無敗の三冠がこんな所で寝っ転がってるから何やってんだって思ってな」

「ほっとけ。俺は俺だ」

「そんな貴方がなったのは三冠ウマ娘、しかも無敗だからルドルフと同格のね。そういう者には相応の態度というのが求められるのよ」

 

端的に言えばもっと礼儀正しくなれと言いたいのだろうか、と言われてもこれが自分なのである。今更変えろと言われても困る。

 

「何、会長みたいに面白くねぇ駄洒落でも垂れればいい訳?」

「そういう事じゃないわよ……後それルドルフには絶対言わないで頂戴」

「シービーさんは普通に言ってるぜ、それつまんないね~って」

 

それを聞いて東条は頭を抱える。それで偶にルドルフが調子が悪そう、というかテンションが低かったりしたのか……だが実際ルドルフのギャグセンスはお世辞にも良いとは言えないのでシービーのそれを責める事は出来ない……どうにも居心地が悪くなってきたので東条は咳払いしつつも、貴方でもいいか……と持っていた封筒を渡してきた。

 

「実はこれを南坂に渡して欲しいのよ、彼に頼まれていた物を纏められたから」

「南ちゃんがリギルに頼み事ねぇ……何を頼んだ訳?」

「あっそれ俺も気になるな」

「……まあ、言っても構わないかしら―――次のジャパンカップに出走表明をしている海外ウマ娘の情報よ」

 

それを聞いて納得した。確かにリギルの方が元々大きなコネクションがあるし情報の蓄積も多い、だがそれを聞いて沖野は驚いていた。

 

「おいおいおいおハナさん、そんなの渡しちまっていいのか!?」

「頼まれた物を渡すのが可笑しい事ではないでしょう、今年はウチから出るウマ娘はいないわ」

「いやだとしても……」

「アメリカイギリスフランスにオーストラリアからも来るのかジャパンカップ。唯のG1じゃないだけの事はあるな、流石国際G1」

「って何でお前は普通に開けてみてんだよ!?」

 

と真っ当なツッコミをする沖野、それは幾ら担当トレーナー宛てとはいえ、担当ウマ娘が気軽に見て良い物ではない。そこには各国ウマ娘の情報がある、その情報を守る義務だってあるのに簡単に……と思っていたのだが東条は別に構わないという。

 

「問題ないわよ、だってこの子はジャパンカップに出るんだもの」

「そゆこと、つまり俺の為のデータって事」

「はい、その通りです」

「おいおいおいマジかよ、エリザベス女王杯にだって出るんだろ?それなのにジャパンカップなんて……ってうおおおおおおおお!!?」

 

何時の間にかやって来ていた南坂に驚いて引く沖野、東条も驚いたのかポカンとしながらも一緒にデータを見ている南坂を見た。

 

「お、お前いつの間に!?」

「錚々たる面子ですねぇ……G1を勝ったウマ娘ばかりです、気になる方はいますか?」

「このゴーストフリーズって奴、俺と被ってんだよ」

「聞けよ!!!」

「あ~はいはい、今忙しいからまた後でな」

 

軽くあしらわれてしまい、何だか悲しい気分になる沖野。今回ばかりは同情するのか、肩を叩く東条。

 

「経験の差で言えば圧倒的なのは確実、G1を複数勝ってるのも当たり前って連中ばっかだな……しかもここにオグリさんやヤエちゃん先輩も出るんだよな……スゲェレースになりそうだなジャパンカップ」

「言うなれば日本ウマ娘対外国ウマ娘のレースですからね、此方も相応のメンバーで迎え撃つのは通例になっているのがジャパンカップです」

「そこに無敗のトリプルティアラが出るって噂があるから大騒ぎになってるのよ」

「まあ噂なんて不透明なもんじゃなくてガチで出るんだけどな」

 

東条はやっぱり本気で出るつもりなのか……と思う。クラシッククラスでジャパンカップを選択するウマ娘は少ない、加えてそれに勝ったことがあるウマ娘なんて……日本ではまだ存在していない。

 

「おい南坂、マジで出る気か?」

「ええ、ランページさんがそのつもりですから」

「今の内に戦っておかないとオグリさんと走れる機会が無くなっちまうからねぇ、こっちも焦ってんだ」

「いやそれなら有記念でいいじゃねえか……ジャパンカップなんてエリ女から中1週だぞ」

 

エリザベス女王杯だってシニアクラスとやり合うG1レースだ、そこから中1週間でジャパンカップに挑むなんて過酷が過ぎるローテーション。本当にそれで行くつもりなのか……と沖野は不安になるがランページの瞳は揺らぐ事も無く資料を封筒にしまい直すと南坂の胸板に押し付けた。

 

「勝つだけだ、どんなレースだろうが勝ってやる―――その為の合宿でもあったんだ、行くぜ南ちゃん。新しいシンザン鉄、届いてんだろ?」

「ええ。届いてますよ、今日の所は合わせだけにします。菊花賞が終わった辺りから特訓開始です」

 

そう言いながらもカノープスの部室へと向かっていく二人を東条と沖野は見つめた。

 

「なんというかなぁ……本当にやる気なのかよ……」

「やるんでしょうよ、でなければ私にあれを頼みはしないわ……客観的なデータが欲しいって態々頭を下げに来たのよ、自分でも集められるのに……本気で獲りに行くのよ。ジャパンカップを」




「あれ、これが南ちゃんの集めた資料?おハナさんの数倍はないかこれ……?」
「各国に伝はありますから、それを使ってお願いした物です。ですがおハナさんの物も非常に有用ですので合わせて使います」
「……マジで南ちゃんって何もん?実は某国のエージェントでした、とかそんなオチないよね?」
「私は貴方のトレーナーですよ」
「今はそのお綺麗な笑顔が唯々怖えよ」


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71話

「うぅっ~緊張してきたぁ……」

「らしくねぇな、それでもダービーウマ娘かよ?」

 

勝負服を纏いながらも部屋の中をうろうろと歩き回っている彼女へと向けて声を掛ける。そんな彼女は自分の姿を見ると嬉しそうな笑顔を浮かべるのであった、

 

「今更緊張したって始まらねぇだろ」

「分ってるけど……緊張するなっていうほうが無理だよぉ……だってお婆様来てるんだよ?」

「別に脅しに来てる訳じゃねえんだからいいだろ、態々応援に来てくれてんだぜ」

 

呆れながらもそう言う、今日はお婆様ことメジロアサマも此処に来ている。孫の走りを見る為に、応援する為にやって来ているのだ。それはわかっているだろうが……だからこそプレッシャーを感じてしまう、態々お婆様が来ているという事実だけで緊張する。

 

「ランは気楽でいいよね……もう終わってるんだから……」

「今度は次のレースに期待寄せられてんだから今のお前と大差ねえよ」

 

この日、行われるレースはG1レース、菊花賞。クラシック三冠路線のラストレースでもある。ライアンが挑むのは最後の一冠の奪取、それを取った時……ライアンはランページとの約束であるダブル三冠を達成する事になる、だがその為にライアンへと掛かる期待の重圧は半端ではない。残念な事だが、クラシック三冠とトリプルティアラではクラシック三冠の方が期待値は高い。

 

「ライアン、お婆様や俺はお前を脅す為に来たんじゃない―――一緒に走りに来たんだ」

「一緒に走りにって……」

「パーマーにも言った事だけどな。期待はお前を押し潰す為の物じゃないんだ、お前の力になる為の物だ。今日、メジロのウマ娘はメジロアサマとメジロランページが一緒に走る、そう思ったら―――元気、湧いてくるだろ?」

 

突拍子もない上にパーマーにも言っていたのか、と内心で想ってしまった言葉だが気付けば身体の震えが止まっているのだから驚いた。お婆様と一緒に走るというのはいまいち想像がつかないが……親友と一緒に走る、そう言われたら……走らない訳には行かない。何時か一緒に走ると誓ったその日を実現する為に、その予行演習に挑む気持ちでいけばいいんだ、そんな軽い気持ちの方が、背負うモノが軽くて走れるかもしれない。

 

「うん……うん、そうする。勝って来るよラン」

「応、走って来いライアン」

「へへっ実はトレーナーさんと対菊花賞に向けての秘密特訓もして来たからね!!」

「ほほう、言うじゃないの、それで勝てなかったら恥ずかしいぞ~?」

「まあ見ててよ」

 

そう呟き合うと自然と二人は抱き合った。深く深く、互いの身体を抱きしめ合った。

 

「行ってくるね、ラン」

「行ってらっしゃい、ラン」

 

初めて、互いをランと呼び合いながらもライアンは控室を後にした。その瞳にはもう揺るぎはない、静かに炎が滾る、その炎を全開に燃やして今日を勝つ。

 

 

京都レース場3000m。それが菊花賞で走る、京都レース場の淀の坂と呼ばれる高低差4.3mの坂を二度超えて走る長距離レースは想像以上に辛い。これを乗り越えるウマ娘にも求められるのはスピードとスタミナ。皐月賞は最も速いウマ娘が、日本ダービーは最も運があるウマ娘、そして菊花賞は最も強いウマ娘が勝利すると言われている。

 

『3000mの長丁場、未知の旅路へと漕ぎ出して、手にする栄冠誰のもの!!クラシックロードの終着駅、菊花賞!!最強の栄誉を手にするのは一体誰なのか!!?』

 

3000mという未知の道のり、此処を誰が攻略するのか誰も分からない。最後の勝負は大荒れが起きるという予言なのか、天気は生憎の雨、それによってバ場状態は重。10月という寒さをいよいよ本格的に感じて来る季節、だがそれにもかかわらず京都レース場には熱気が充満している。その熱気が雨など全て吹き飛ばすと言わんばかりだ。

 

「ライアン、今日は宜しくなの!!そして、負けないからね!!」

「アイネス!!うん、宜しくね!!」

 

ゲート前、アイネスと顔を会わせると直ぐに握手をする。ライバルとはいえ同室の仲良し同士という事もあって笑顔でその手を取り合えている。緊張も無いと言わんばかりの笑顔に周囲は強い……と思わざるを得なかった。

 

「ライアン、今日は宜しくお願い致しますわ。アイネスさんも」

「うん、マックイーンも宜しくなの!!」

「菊花賞、私にとっては春の天皇賞の前哨戦―――ですが、そう簡単に勝ちは譲りませんわよ。メジロ家の名に懸けまして」

「それは私も同じだよマックイーン、此処まで来たのに負けちゃったらランに怒られちゃうよ」

 

そんなやり取りをしながらもマックイーンは自分のゲート前へと移動していく。今回彼女の人気は5番人気、重賞にこそ出場はしていないが……前走では3000mにも出走している。同じメジロ家というのもあって彼女は5番人気にまでなっているが……恐らく、長距離という舞台においては最も恐ろしい敵になるだろうとライアンは思っている、アイネスも油断は出来ない。この菊花賞……決して楽なレースにはならない。そんな思いを抱きながらもゲートインする。

 

『ゲートイン終了しました。さあ二冠ウマ娘メジロライアンが三冠を達成するのか!?それとももう一人のダービーウマ娘、アイネスフウジンがリベンジを果たすのか!?いざ往かん、菊花賞―――スタートしました!!』

 

始まった菊花賞、全員が一気に走り出して行く中で先頭でペースを作るのは……やはりこのウマ娘、アイネスフウジン。

 

『さあ先頭に立ったのはもう一人のダービーウマ娘のアイネスフウジン、その名が如く風神のように前へと行きます』

 

「行っちゃうのぉ!!」

 

余程スタミナの強化に自信があると言わんばかりの先頭、それに次々とウマ娘が続いていく。そして中団にはマックイーンが付ける、そしてライアンは……

 

『おっとメジロライアンは最後方におります!!出遅れたのか、後ろから数えて3番手にライアンです!!二冠ウマ娘メジロライアン、後方から菊花賞を攻めます!!』

 

「……随分と後方に固まってますね」

「そうですね」

 

VIP席、そこにランページの姿があった。今日はアサマと一緒に観戦する為にVIP席にいた、そしてそこからレースの状況を見つつそんな言葉を呟いた。

 

「1番人気のライアンをマークしようって連中が多数……って所かな、こうなるとアイネスの逃げ具合で決まるか」

「それもあるでしょう、恐らく大半はライアンをマークしようとしている筈……ですが、あの子があそこまで後方にいるという事を彼女らは予測したのでしょうかね」

 

普段の位置よりもずっと後方で待機しているライアン、じっと息を潜めながらもスタミナを温存する作戦なのか。これがトレーナーに言われたという対菊花賞に向けての特訓の成果だというのだろうか。

 

「しかし、アイネスさんも随分と逃げますね」

「ええ。俺と同じ逃げが得意な筈ですが……そうなると相当にスタミナが持つのか」

 

間もなく1000mを通過する、それでも先頭はアイネス。後方とは10バ身は離れている、この差をキープし続けられるのであれば彼女にも勝ち目は見えて来る。京都レース場の直線は短い、そして普通のウマ娘は淀の坂では鉄則を破らない。まあ自分やイクノのせいでその鉄則が息をしていないと言えばそうだろうが……。

 

『さあ間もなく1500m、折り返し地点ですが未だ先頭はアイネスフウジン!!このまま逃げ切れるのか!!?』

 

規則正しい呼吸を守り続けて未だ最後方、後ろから数えて4番手にいるライアン。周囲には自分をマークし続けているウマ娘ばかり、だが……焦る様子も見せず唯々マイペースに走り続けている自分に焦りが見え始めて来た。

 

「アンタ三冠が掛かってるのよ、何でそんなに落ち着いてられるの!?」

「10バ身以上よ、このままじゃあ絶対に負けるわよ!!?」

 

思わずそんな言葉が聞こえて来ても何処吹く風、自分の走りに徹し続けている。自分達から逃げようともしなければ前を追おうともしない、これではマークしている自分達の方が大敗北になってしまう。そんなのはごめんだ、と言わんばかりに次々と上がっていく。

 

『おっと此処でレースが動いたか!?次々とアイネスフウジンを猛追していくぅ!!ブラックボウ、レッドサーキット、ワールドエース、どんどん上がっていくぅ!!』

「……此処ですわ!!」

 

そんな追走するウマ娘達が淀の坂へと入った時、マックイーンも飛び出して行く。仕掛けるタイミングは此処しかないと一気に飛び出して行く、淀の坂を上がる為に少しペースを落としたアイネスにマックイーンが一気に喰らい付こうとする。

 

『此処でメジロだ!!メジロでもマックイーンがやって来た!!一気にアイネスフウジンを捉えられるのか!?さあ第4コーナーへと入る、マックイーンを筆頭に一気にアイネスフウジンへと迫っていくぅ!!』

 

「くぅっマックイーン!!」

「捉えましたわアイネスさん!!」

 

第4コーナーを越えて間もなく直線に入る、既にマックイーンとアイネスは1バ身程。最早アイネスの有利は完全に無くなっていた、後は完全な体力勝負。

 

「ハァハァハァッ……負けないのぉ!!!」

 

再びギアを上げる、今日の為に必死に繰り返してきたスタミナの強化特訓。3000mを走り切る為にやって来た事を活かす時が来たと言わんばかりに加速する、だがマックイーンとて負けてはいない。長距離という舞台で自分は負ける訳には行かない、メジロ家の悲願である天皇賞連覇、それを果たす為にも此処を譲る訳には行かないと追走する。

 

「ライアンやランページさんだけがメジロではありませんわ、私だって、メジロのウマ娘なのです!!」

「―――それはこっちも同じだよ!!」

 

突然の声に横を見る、そこにはライアンが猛スピードで自分達に並び立たんと迫って来た。

 

『メ、メジロライアンだ!!外から、外からメジロライアンが一気に上がってきた!!メジロライアンがマックイーンとアイネスフウジンを強襲ぅ!!』

 

「さっきまで後ろにいたんじゃ……!?」

「もう力は溜まった、後は開放するだけぇ!!」

 

焦る事も早まる事も無く、ジッと待ち続けて来たライアン。自分を気にしてペースを乱されて上がっていったウマ娘を抜く事なんて簡単な事だった、これまで溜め込み続けて来た力を下り坂の途中で開放して加速を利用しつつ一気に距離を詰める。途中からなら遠心力もある程度弱まるし、何より自分の筋肉ならば遠心力に十二分に対抗出来るとトレーナーが太鼓判を押してくれた。

 

「京都の直線―――後は此処を全力で行くだけぇ!!」

 

『メジロライアンが一気に伸びてくる!!これが二冠ウマ娘か、ダービーを競い合ったライバルには負けないと言わんばかりに猛スパートを掛けるメジロライアン!!アイネスフウジンも粘る粘る、だが流石にもう苦しいか!?マックイーンも負けてはいないぞ!!』

 

「私だって、私だって―――負ける訳には行かないのです!!!」

 

その言葉の通りにマックイーンも伸びて来る、3000mという長距離にも拘らず全く疲れが見えない。それ所か漸く身体が温まったと言わんばかりの覇気を纏いながらも加速していく。その加速に必死に走るアイネスは付いて行けず、ライアンとマックイーンに離されていく。

 

「くぅぅぅっ!!!」

 

アイネスが脱落し、いよいよ残ったのはメジロのウマ娘のみ。二冠ウマ娘のライアンか、それともマックイーンか!?

 

『どちらも譲らない!!残り200m、勝つのはライアンの夢か!?それともマックイーンの意地なのか!?メジロの一騎打ちだ、メジロメジロメジロ!!ライアンかマックイーン何方なんだ!!?』

 

「勝つのはアタシだぁぁっ!!!」

「負けませんわぁぁぁぁっ!!!」

 

完全な一騎打ち、両者ともにメジロのウマ娘としての誇りを携えながら疾駆する。

 

「ライアン、行けえええええ!!!」

「マックイーン……ライアン……!!!」

 

VIP席のランページも応援に熱が入る、アサマも拳を握りこんだまま必死の思いでそれを見届ける。もう何方が勝っても可笑しくない、完全に並び立っている。その思いが届いたのか、両者の走りがまた一段と力強くなっていく。さあもうゴールだ、何方だ、どっちが―――

 

『ゴールイン!!!どっちだ、何方なんだ!?完全に横並びでゴールしました!!もう一人のダービーウマ娘、アイネスフウジンが3着を守り切ってゴールイン!!さあそして菊花賞を取ったのはライアンか、それともマックイーンか!?』

 

「グッはぁはぁはぁっうっ……」

「クゥッ……ハァハァハァ……」

 

両者ともにこれ以上動く事が出来ないと言わんばかりに崩れ落ちる、やるだけのことはやった、全てを出し切ったと言わんばかりの両者。そして電光掲示板が写真判定から切り替わって勝者を告げた時、京都レース場は大歓声が上がったのであった。それを聞いて二人は顔を上げた、自分か、それとも相手なのか……そこにあったのは……

 

『メ、メジロメジロメジロ!!!メジロライアンがやりました!!!メジロライアンが、菊花賞を征しましたぁぁぁぁぁ!!!!メジロライアン三冠達成ぃぃぃぃ!!!しかもこのタイムはレコードです!!3分5秒2!!レコードでの三冠達成です!!!そして2着のメジロマックイーン!!彼女も3分5秒3とレコードでの走りでした!!トリプルティアラとクラシック三冠!!正しくメジロ黄金期!!!クラシックとティアラを独占!!メジロ家が大記録を打ち立てましたぁぁぁぁ!!!』

 

「や、やったぁっ……」

 

勝利への喜びを露わにする気力すら残っていないのか、ライアンは思わず仰向けで倒れこんでしまった。その隣にはマックイーンは座り込んでおり、同じように荒い息を立てている。

 

「全く……凄いですわライアン、負けるとは思ってませんでしたのに」

「マックイーン、も……凄かったよ……」

「でも……不思議と爽やかな気分ですわ……次は天皇賞(春)で戦いましょう、その時こそ……勝ちますわ」

「ハハッ……アタシだって負けないよ……」

 

「素晴らしい……素晴らしいレース、でしたよ……二人とも……」

 

その二人の様子を見てアサマは思わず大粒の涙を流してしまっていた。それはランページも同じであり、涙ぐんでしまっていた。

 

「すげぇなぁ……すげぇよライアン……ああ全く……本当に……」




アンケートは、分かりやすく言うと……

史実みたいに影にも怯える様な臆病なナリタブライアン。

真逆だと、妹の分もレースや人生を楽しもうとするアドマイヤベガ。


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72話

メジロ家によるダブル三冠というのは途轍もない衝撃を与えた、報道各社は先週のランページのトリプルティアラと共にライアンのクラシック三冠を大きく報道。TVを付ければニュースはこぞってこれを報道する事態にもなっていた。同レースの実況担当を行っていた赤坂 美聡のコメントから取ってメジロ黄金時代が大きな見出しとなった。

 

「……凄い事になったな」

「ホ、ホントだね……」

 

メジロの邸宅にいるランページとライアンだが、窓の外、敷地の外には多くの報道関係者の車やらが詰めかけており外に出るのも中に帰って来るのにも一苦労な状況が出来上がっていた。流石に迷惑なので好い加減にアサマが警察に連絡するらしいが……そんな事を言っていたらサイレンが聞こえて来た。

 

「まあ確かに、俺はダブル三冠取ろうぜとは言ったよ。だけど此処までなるとはあの時は思ってなかったわ」

「完全に勢いで言ってたもんねあの時」

「それに乗ったアンタも同罪だからね?」

「うんまあ……取っちゃったし」

 

そんな話をしていると扉がノックされてそこから執事がやって入って来て頭を下げる。

 

「失礼いたします。ランページお嬢様、ライアンお嬢様、大奥様がお呼びで御座います」

「あ~……うん分かった、慣れねぇなぁお嬢様呼び……」

「慣れる努力はしといた方が良いよ?その内にメジロ家のウマ娘としてのあれこれ始まるだろうし」

「ハァッ……一般家庭出なんだけどなぁ……」

 

一先ずアサマの下へと向かうことにした二人、到着した先ではアサマがしみじみとしながらも笑みを浮かべながら自分達を待っていた。

 

「ライアン、三冠達成……本当によくやりましたね、メジロ家初の快挙、そしてトゥインクルシリーズにおいての最大の快挙をよくぞ成し遂げてくれました……フフフッなんて言葉を掛けるのが相応しいのか、分からなくなってしまうわね」

 

余りの偉業に流石のアサマですら言葉が見当たらない、命題ともされている天皇賞連覇は言うなれば実力を持ったウマ娘ならば一人でもやる事は出来る、だがトリプルティアラとクラシック三冠を同時に獲得するなんて普通ならば絶対にあり得ないような事。奇跡に等しい事を達成した瞬間に居合わせる事が出来た事をアサマは心から光栄だと感じている。

 

「あ、あのお婆様そう言われても……アタシは唯、一緒に三冠取ろうってランと約束した事を守っただけで……それにアタシが菊花賞で勝てたというかレースに出れた事自体がランのお陰なんですよ」

「出れた事、がですか」

「ああそうだった、ライアンお前お婆様が来るからってガクブルだったもんな」

「だから何でそれを言うの!?」

「だってマジだし」

「ああもうそういう所は本当に変わってないんだからぁ!!」

 

以前のランページもこういう所で本当の事を言ってしまう天然系キャラだったんなぁ……と思うラン、尚、今の場合はワザと本当の事を言ったに過ぎないので天然のそれとは大分タイプが異なる。

 

「では、私がプレッシャーを掛けてしまいましたか……ライアン、それは申し訳ありませんでした。素直に応援したかったのですが……」

「あっえっと、気、気にしないでください!!ほら、学校行事でお父さんお母さんが来ると緊張しちゃうタイプのあれですから!!ねえラン!!」

「それを父さんと母さん死んだ俺に聞いちゃうなんてライアンってばマジ鬼畜」

「誤解だってぇ!!」

 

顔を赤くしたと思ったら今度は青くしながらも必死に弁解しようとするライアンとそれを分かっていて軽く凹んで涙ぐむ演技をするランページ、恐らくこれが二人の本当の距離感であろう物を見たアサマは心から微笑ましそうな笑みを浮かべつつも最高に美味しい紅茶を飲むのであった。

 

「ライアン、次走は如何するのですか?」

「えっと……まだ決めてなかったんですけどトレーナーさんから有記念を目指さないかって言われてまして」

「へっ~いいじゃん、俺でないけど」

「えっラン出ないの!?」

 

てっきり出るとばかりと思っていたライアンは大きな声を上げてしまった、正確に言えばまだ計画として組み込んでいないのが正しい。

 

「現状だとジャパンに向けての調整で南ちゃんが手一杯なんだよ、俺としては出る事を念頭においても問題はないと思うんだけど……肝心の南ちゃんが乗り気じゃねえからなぁ……」

「そうなの?」

「エリ女からのジャパンカップもかなり渋ってた位だからな、マイルチャンピオンシップを目指さないだけ有難いって言ってたし」

「もはや去年のオグリ先輩のローテだよそれ」

 

天皇賞(秋)からマイルチャンピオンシップ、そしてジャパンカップ……こんなローテションなのに2着、1着、2着というとんでもない成績を叩きだしているオグリキャップ。改めて考えるとこの成績は怪物と言われるのも納得である。

 

「私としてもそのローテーションでは不安はありますが……エリザベス女王杯終了後はメジロ家の療養所で数日間確りと休みなさい。既に南坂トレーナーには連絡してあります」

「分かりました、取り敢えず有云々はジャパンカップが終わってからだなぁ……」

 

個人的には出てみても悪くはないと思っている、クラシックとティアラの三冠が激突するというのも中々面白そうではある。まあこの時の有はオグリのトゥインクルシリーズ引退レースなので強いオグリに蹂躙される気しかしないのだが……。

 

「ジャパンカップか……そっちは大丈夫なの?」

「今やってるところだ、新しいシンザン鉄でメニューもこなしてる」

「シンザン鉄って……あのシンザン鉄だよね、しかも随分前からやってるらしいけど今何倍なの?」

 

筋トレが趣味と言っても過言ではないライアンも当然シンザン鉄の事は知っている、トレーナーにも相談して近いうちに導入しようかという話し合いをしているのだが……肝心のランはどれ程の重さでそれを使っているのだろうか……。

 

「今が……7倍だったかな」

「7倍って……それで走れるの?」

「少しずつ慣らしてるところだよ、幾ら俺でもいきなり走れる訳ないだろ。今までだって4倍から少しずつ上げて行ってるんだから」

「いや倍率を少しずつ上げてるは信用無いよ」

 

それを聞いてアサマは眉間を揉みほぐし始めた、話には聞いていたがまさか孫がそこまでの事をやっているとは思いもしなかった。だが今此処で話をしない訳には行かないので咳払いをした。

 

「ランページ、実はあなたに紹介したい人がいるのです」

「俺に、ですか?」

「これから貴方はシニアのウマ娘と鎬を削る事となります、何よりジャパンカップでは海外のウマ娘と対決する事になる。その為には一度、日本のレベルの高さを知っておく必要があります―――日本のウマ娘の最高峰を」

「それってお婆様……!?」

 

ライアンが驚愕するとアサマは笑いながら言った。

 

「その方と走ってみると良いでしょう、きっといい経験になるですよ」

 

そんな風に笑うアサマの手元には資料があった、そこに映されているのは―――とある二人のウマ娘だった。



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73話

「此処って……確かメジロ家所有の……」

 

バイクに乗ったランページ、ヒトソウルに刻まれていた物を利用して一発で免許を取ったランページ。身分証明書として使うつもりだったのだが……免許を取ったのならば使えばいいと言われてお婆様からメジロ家保有のバイクを一つ譲り受け、今はそれを使わせて貰っている。そんなバイクに乗りながらやって来たのはメジロ家が保有している練習用のコース場、作り自体は東京レース場と同じになっているその場所にランページは行くように言われたのでやって来た。

 

「目的地は此処だよな……行けば分かるって言ったけど……何があるんだ?」

 

一先ずバイクを止めながらもコース場へと入っていく。ジャパンカップやこれから先のシニアクラスで戦う為に、まず日本という力の最高峰を知るべきだと言っていた。その最高峰とも言える二人と会うと良い、だがそれは一体誰なのだろうか。

 

「最高峰って言ったら……会長とシービー……とかか?いやでもそれなら普通にその二人の名前言うよな、じゃあ誰だ?」

 

一体誰なのだと首を傾げ続けていると駐車場へと凄い勢いで車が入って来た、それは見事なドリフトをしながら完璧な停車をして見せた。

 

「な、なんつう荒っぽい……」

 

思わずそう言ってしまう程の駐車だが、余りにも完璧すぎるコントロールに感動すら覚える。深紅に輝く美しくシャープな流線型な車体が眩しい、と感動した時にまさかと思った。車には疎い自分でも分かるほどの超有名なスポーツカー、その名も……カウンタック。そんなカウンタックのドアを上へと上げながら一人の女性が降りて来た。

 

「んっ~パーペキな駐車ね!!」

「あ、相変わらずだ本当に……寿命が縮んだ気分だ……」

 

気分上々元気いっぱいと言わんばかりに元気なのは運転席から出て来たウマ娘のみ、もう一人のウマ娘の方は其方ほどの元気も無ければ覇気も無かった。そりゃあれだけの速度で侵入しながらのドリフトを行ってピッタリと駐車スペースに停めるような神業を助手席で体験すればグロッキーにもなるだろうに……這い出るように下車した其方は気分が悪そうに膝を付いていたので、バックから水筒を出して差し出した。

 

「あ、あの~……飲みますか、唯の麦茶ですけど……」

「た、助かる……」

「あっ貴方ね、ナウでイケイケなウマ娘のランページちゃんって」

「ああはい、確かに俺はランページですけど……」

 

随分と言葉廻しが古いなぁ……と思いつつも何だかんだで自分も古い言葉を使いそうになるので人の事は言えないな……と顔を上げてそちらを見ると思わず身体が硬直した。そうだ、この車、カウンタックを見た瞬間に理解すべきだったのだ……ウマ娘でこのカウンタックを愛車とするのが居たではないか。

 

「フフフッ会えて光栄よ、メジロのお婆様から貴方の走りを見てあげる事になったのってちょっと大丈夫?」

「誰のせいだと思ってるんだ誰の……」

 

カウンタックに手を付きながらも何とか立ち上がったウマ娘、水筒を返しながらもキリッと顔を直すのだが……そちらも見た事があった。アプリ云々ではなく、授業や南坂からの講習で、だが……。

 

「それじゃあ改めて自己紹介ね、あたしはマルゼンスキー。引退しちゃってるけど知ってるかしら、知っててもらえると嬉しいんだけど」

「……いや、ウマ娘で貴方を知らないと唯のモグリでしょ」

「あはっ♪ねえ聞いた、それだけあたしってば有名なのかしら~これは手応えバッチグーね!!」

「はぁっ済まない騒がしくて……私の事は知っててくれているかな、カツラギエースだ」

 

お婆様はなんという人を紹介したんだ……と思わず気が遠くなりそうになった。目の前にいる二人のウマ娘はハッキリ言ってレジェンドも良い所なのである。

 

 

マルゼンスキー。8戦8勝、全勝無敗の競走馬。朝日杯では13馬身の大差圧勝かつ3歳1600mのレコードタイムを叩き出し、当時のスーパーカーブームに準えてスーパーカーという異名で呼ばれていた。その強さ故に同じレースに出走する筈だった競走馬の多くが勝負を避け、8戦の内4戦が5頭立て、つまりレースを開催する為の最低頭数で行われたという逸話すらある。

 

カツラギエース。自他ともに認める中距離の王者、ミスターシービーとメジロモンスニーの同期。モンスニーが最大のライバルとするならば、カツラギエースは最高のライバルだと称される。そして、カツラギエースはジャパンカップにおいてミスターシービー、シンボリルドルフの三冠馬を同時に下したうえで海外馬を下して初の日本馬によるジャパンカップの優勝を打ち立てたという記録とクラシック三冠馬を2頭まとめて倒した記録*1を保持している。

 

「聞いたわよね~無敗でのトリプルティアラなんてルドルフと同じね♪」

「年を重ねるごとに有望な後輩が次々と現れて嬉しい物だな……」

 

レジェンドにも程がある。まさかすぎる先輩の登場にランページも緊張してしまう、それを見抜いたのかマルゼンスキーは背後から思いっ切り抱き着いて来た。

 

「緊張なんてしなくていいのよ、今日はお姉さん達と気持ちよく走るだけなんだから♪フフッエースのジャパンカップみたいな走り、期待しちゃってもいいのよね?」

「さて、如何だろうな。まあ気楽にしてくれ、私とマルゼンスキーは既に引退している身だ、そこまで畏まられても困る」

「ハァ……分かりました」

 

だが、同時に解せた。何故お婆様がこの二人を呼んだのかを。

 

「それじゃあ早速走りましょうか!!久しぶりに腕がなるわね~あっこの場合は脚ね」

「どっちも構わないと思うが……さてと、ランページ君の走りを間近で見るとしよう」

 

カツラギエースはジャパンカップにおいて逃げ戦法を選択して勝利を収めた、そしてマルゼンスキーは余りにも速過ぎた為に結果的に逃げとなったと言われるウマ娘。自分にとって、これから先の戦いで自分の逃げを磨く相手としてはこれ以上ない相手。特にカツラギエースは世界の強さをその身で体験している。

 

「お二人とも、今日は胸を借りるつもりで頑張ります!!トリプルティアラとして恥ずかしくない走りをお見せします!!」

「期待させて貰おう」

「わぉいい気迫ね♪それじゃあコースへレッツラゴー!!」

「……如何でもいいが古いな相変わらず」

*1
類似している馬では、令和のクラシック三冠馬であるコントレイルと無敗の三冠牝馬のデアリングタクトを、同じくジャパンカップで破ったアーモンドアイがいる




という訳で、マルゼンスキーとカツラギエースのエントリーだ!!


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74話

メジロ家所有のレース場を今三人のウマ娘が駆けて行く、それだけならば特段特別な光景でも何でもない。ウマ娘が走る姿なんてこの世界ではどこでも見られる光景……だが、その三人が漏れなくレジェンド級のウマ娘であるという事はドリームトロフィーリーグでもなければ見る事が絶対できないような事。

 

「さあもっともっと飛ばしちゃうわよぉ!!」

「全く相変わらず、速い奴だな!!」

 

先頭を行くのはスーパーカー・マルゼンスキー、その後ろに付けてスリップストリームで風の抵抗を最小限にしつつも追走するのは翔馬・カツラギエース。当時のトゥインクルシリーズを圧倒的な強さで駆け抜け続けていたマルゼンスキーに全く離されない走りをするカツラギエース、そんな二人を追いかけるのは現代のトリプルティアラ、メジロランページ。

 

「如何言うペースしてんだこれ!?」

 

普段から大逃げをする筈の彼女ですら驚くほどのペースで駆け抜け続けているマルゼンスキー、追走こそ出来ているが差を縮める事が全く出来ずにいる。そしてラストの直線に入った時―――

 

「それじゃあ、ギアをアゲアゲで行っちゃうわよ~!!私のスロットルワークに着いて来れるかしら!!」

「後輩が見ているんだ、情けない姿だけは見せる訳にはいかんな!!」

 

そこでさらにマルゼンスキーが加速を開始した。先程までの超ハイペースが抑えていたとでもいうかの如く、更に速くなっていったのだ。だがカツラギエースもそれに続くように加速し始めて行く。

 

「嘘だろ……まだ行けるってのか!!?負けて、られっかよ!!!」

 

モンスニーから伝授された走法を解禁、此処までは何とか離されないように努めていたがもう加減なんてしている時間は終わりだと言わんばかりに本気で走り出す。走り出して行くが……縮まった事は縮まった、だが3~4バ身。それ以上縮める事が出きない、寧ろ一瞬でも気を抜いてしまったらドバっと差を開けられてしまうと悟った、これ以上広げられないようにするのが精一杯。

 

「ゴール!!う~ん久しぶりの感覚だったわ、やっぱり最高よね走るのって!!」

「全く……これで本当に現役引退してるんだから恐ろしい……」

 

気持ちよさそうに1着でゴールするマルゼンスキー、それと半バ身差でゴールするカツラギエース。そしてランページは4バ身差をギリギリ守り切っての3着だった。

 

「これでも本格的なレース形式で走るのは久しぶりなのよ?」

「信用ならないな……確かに最高速度は落ちている気はするが、その分テクが上がっている気がするぞ」

「峠をタッちゃんで攻めたりしてたの、そこで知り合った子に教えて貰ったコーナリングテクを使ったりしてるわ」

「なんで車のテクニックを平然と走りに応用してるんだこいつは……」

 

カウンタックで攻める峠とは一体……とランページは思うのだがそれ以上にあの走りで全盛期よりかは劣っているというのだから耳を疑いたくなった。これがあのマルゼンスキーか……史実では日本短波賞(現ラジオNIKKEI賞)で第3コーナー辺りで間違えて減速したのにも拘らず、7バ身差をつけて大勝したというのも頷けるスペック*1

 

「大丈夫かランページ」

「な、なんか自信無くしそうです……これでも全力だったんですよ……!?」

「まあマルゼンスキーは特別スペックが狂っているとも言われる程に速いから、そこに経験から来るテクニックが加われば……恐らくルドルフやシービーでも勝つ事は難しいだろう」

 

その言葉にも納得が行く、だがそんなとんでもないウマ娘のスピードに付いて行けてカツラギエースもランページからすれば途轍もない存在なのか変わりない。

 

「私は何度もあれとは走った事があるからな、走り方は心得ている」

「それで、あんな差が出るもんなんですか!?」

「ああ。マルゼンスキーのそれは逃げようと思ってのそれじゃない、単純に脚が速過ぎるんだ」

 

マルゼンスキーが生まれながら持っている能力は異常の一言。其処まで技術が無くてもスペックによるゴリ押しが出来てしまう、しかも今の彼女はそのスペックが落ちてきているがそれを経験によって培った技術によるブーストが掛かるので現役時代とそこまで強さが変わっていない。

 

「ウチにもツインターボって、破滅逃げするチームメイトいますけど……それなんかとじゃ比べ物にならない……息も全然切れてない……」

「フフフッだって凄い楽しかったもの♪ランちゃんってばゴイスーね♪」

 

笑顔でサムズアップされるが、素直に喜ぶ事は出来ない……そんな彼女を見つつもカツラギエースが肩を叩く。

 

「だから私も来たんだ。恐らくだがアサマさんはマルゼンスキーを海外のウマ娘に見立てろという事なのだろう、そして私が君に技術を教えよう。ハッキリ言ってマルゼンスキーがまともに教導出来るとは思えんからな」

「もう、失礼しちゃうわ。プンプン」

「あれで出来ると思うか」

 

ワザとらしく頬を膨らませながらもそっぽを向くのを指差しながら言うカツラギエースにランページは反論する言葉を持ち合わせていなかった。

 

「ランページ、君は確かに強い。それはこれまで無敗でトリプルティアラになったことが証明している。だからこそ君に足りない事は―――圧倒的な敗北だ」

「敗北……」

「敗北とは負ける事ではない、今の自分に何が足りないか、自分を客観的な評価を行うに於いてこれ以上ない程に相応しい成長材料だ。勝ったとしても、自分に不足な点があったとしても気付き辛いだろう、だが負けたとすれば自分を徹底的に洗おうとする」

 

思わず、納得してしまった。無敗であるが故に気付けない何かがあるのだろうとカツラギエースの言葉がそのまま入って来た。お婆様がマルゼンスキーとカツラギエースを紹介したのは―――自分と同じ無敗且つ圧倒的な実力を持つマルゼンスキーに負けさせ、その改善点を世界に勝ったカツラギエースによる教導によって修正して上を目指させる為だった。

 

「……なんというか、フローラがやってた皇帝様とシービーとの特訓それみたいだな」

「ああシービーから聞いたな、フローラという後輩の為に一肌脱いだと。それに近いな、さあ君もそれをするぞ、まあ安心していい。倒れる前に休憩は入れてやる」

「倒れる事は決定なんですね」

「ああ、特にマルゼンスキーの特訓はキツいぞ。横G耐性に自信はあるか?」

「―――えっ?」

 

 

「さあこれが私が峠で身に付けた超絶コーナーリングテクよぉ!!その身体で確り覚えるのよぉ!!」

「なんでその為に態々峠を攻めるんだぁぁぁぁぁ!!?」

「さあお遊びのパワースライドは此処まで、此処からが本番のタッちゃんドリフトよぉぉ!!!」

「頭文字Uを始めるなぁぁぁぁぁ!!!??」

 

ある意味での地獄の特訓が行われたのであった。

 

「……何であれでコーナーリングのコツが分かるんだろう……」

「恐怖心が薄れるからだろうな」

「……納得できる、自分が居る……」

「テヘッ♪」

*1
コースの下見をした際に中野渡騎手が馬場状態を確認する為に減速したのを、此処がゴールなんだな。とマルゼンスキーが勘違いしてしまったとの説が有力。そう言われる程にマルゼンスキーは頭が良かったらしい。因みに、その時実況からなんか止まった。と言われた。




体力が20下がった。
スピードが10上がった。
パワーが10上がった。
根性が20上がった。
「弧線のプロフェッサー」のヒントLVが4上がった。


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75話

また負けて、次も負けた、今度も負けて、その次も負ける。負けて負けて負けて、負け続けの経験ばかりが積み上がっていく。

 

「マルゼンスキーさん、もう一回お願いします!!」

「んもう元気いっぱいちゃんなんだから、いいわとことん付き合ってあげるからついてらっしゃい!!」

 

暴風にも等しい空気が身体の周りを駆け抜けていく、その風から逃れるようにマルゼンスキーの背後に付いて追い回す事は出来る―――だがそれはあくまでマルゼンスキーに勝つ為の走りであってこれから先のレースで勝つ為の走りではなくなってしまう。

 

「スリップストリームに頼る、そんなので勝ったって意味がねえんだよ!!」

 

圧倒的に格上の相手(マルゼンスキー)にスリップストリームを使っては意味がない、今度は自分が彼女のように走らなければならない。だったら今の自分はこれから走るレースでの対戦相手となる訳だ、それと同じ勝ち方をするのか、いや違う、これを、今の自分すら振り切るように走る、それしかない。

 

「俺は、俺は……メジロランページだ!!」

 

 

「やるわねぇ!!」

 

コースを疾走するマルゼンスキー、そして追走するランページを見つめるカツラギエース。この話を受けた時に思った事はメジロのお婆様は孫に甘い、と思った。だが違う、本質はまだまだ格上がいるから調子に乗ってはいけないと孫を諫める為。厳しくも優しさに溢れた鞭として自分達を振るっている。

 

「だが驚いたもんだ……徐々にだがマルゼンスキーに喰らい付ける時間が伸びてきている」

 

トリプルティアラと言われているランページだが、まだまだ彼女は原石のままだ。研磨が途中までしか終わっていない宝石、勝負の中やトレーニングという時間の中でウマ娘はその実力を高める事で輝きを増して行く。だが彼女にはまだまだ足りていない、絶対的なライバルがいない。天敵や負けるかもしれないという相手は存在するが、勝敗を本当の意味で奪い合えるような相手と走れていないからこそ磨ききれていない部分がある。

 

「渡り合える相手はいる、だが絶対的なライバルがいない。それ故の無敗……ウマ娘にとっての幸運、だがそれは同時に不幸でもある……だからこそ、私達が今こうしている訳だがな……マルゼンスキー!!そろそろ本気を出してやれ、本気で磨きに掛かるぞ!!」

「モチのロンよ!!ランページちゃん、あたしを捕まえられるかしら?」

「やってやる、やってやりますよ!!」

 

 

「失礼する……おっと、済まない会議中だったか?」

「失礼しま~す」

 

トレセン学園のカノープスの部室、そこへと訪れたのはルドルフとシービーだった。やって来た二人の三冠ウマ娘に何事かと思わず声が上がる。

 

「ランページはいるかな?」

「え、えっとお姉様ですか?ううん来てません」

「ランページさんはまだメジロ家の方に行ってますね、私の方にも少しの間休ませてあげて欲しいという連絡が来ましたので其方に確認して頂くの早いかと」

「そうか……ではライアンに確認がてら連絡を取ってもらうしかないな」

「何々、ランに何か用なのか?」

 

ターボが尋ねるとシービーが答える。

 

「ほら、ランとライアンでダブル三冠が達成出来ちゃったじゃん?そこでドリームトロフィーで戦うアタシとルドルフとの対談イベントをやりたいって話が来たんだよね。その話をしに来たんだけど……取り敢えず引き上げかな」

「成程……確かにその対談は見たいですね」

「それ故か、トレセン学園にはその連絡が多くてね……一先ず此方で話をしてみるから少し待ってくれと言わなければずっと連絡が来て続けてしまうよ」

 

矢張り一つの家が三冠を完全な独占というのは凄まじいインパクトがあったのだろう。それを他の三冠と一緒にイベントをさせたいというのも分からなくもない、トレセン学園としても興味があるし、何より常に鳴り響いてくる電話の音に参って来たのもあるだろう。

 

「では私達はライアンの側に行くとするよ、先ずは彼女のトレーナーかな」

 

そんな話をしていると扉がノックされた、またカノープスに来客だろうか。今日はまたお客さんが多い日だなぁと思っていると扉が開けられた。

 

「済まんがカノープスの部室は此処で……っとまさかの対面だな」

「あっ~エースじゃん!!如何したの!!?」

「それは此方の台詞だ、スピカとリギルのお前らが何で此処に」

「カ、カ、カ……カツラギエースさんだぁ!!?」

 

思わずチケットが大声を上げてしまった。シービーの最高のライバルとも呼ばれたウマ娘の登場に思わず興奮を抑えきれなくなってしまう、それと同時に思わず南坂も驚いた顔を浮かべた。そんな彼を見ながらカツラギエースは笑った。

 

「久しぶりだな南坂トレーナー、相変わらずの優男っぷりだ」

「いきなりそれですか……お久しぶりですね、それで如何してウチに?」

「ああ。今、メジロ家保有のレース場でランページを鍛え上げている身としては顔を出しておいた方がいいと思ってな」

「ええっ!?エースが鍛えてるの!!?」

「教導は私で直接的な相手は別だがな……」

 

それでも十分とんでもない話だ、ジャパンカップを征した初めての日本ウマ娘。その身で世界の力を体験し、その舞台でルドルフとシービーを同時に下した正しく日本が誇るエースプレイヤー。それに鍛えられるとなると、益々ランページの戦闘能力が加速度的に上昇していく事になる。

 

「それで偶にこっちにも顔を出す事になると思う、南坂トレーナーさえ良ければ私が皆のトレーニングを見るのを手伝おうと思ってな。彼女だけを見るというのも不公平だろう?」

「それは―――」

「願っても無い事です」

 

南坂が応える前に、イクノが声を上げた。

 

「私はランページさんに勝ちたい、いえライバルになりたいんです。その為にシンザン鉄を導入して鍛えていますがそれだけではきっと足りません、お願いします」

「……そうか、君がイクノディクタスだな。成程……良いだろう、時間が合えば君だけとは言わずに全員を鍛えてやる。ルドルフ、ついでにリギルにもそう伝えてくれ。お前を破ったエースが来たとな」

「おハナさんもきっと喜ぶだろう、是非頼むよ―――それと如何だこれから、折角あの時のジャパンカップの三人が揃ったんだ」

「走るって事だね?」

「面白い、良いだろう―――あの時同様、お前達を叩き潰してやろう。まあその前に理事長に挨拶をさせてくれ」

「それじゃあ早く速く!!挨拶早く終わらせて走ろう~!!!」

「分かった、分かったから押すなシービー!!?南坂トレーナー、11月に入ったらランページは学園に来る!!それを今の内に伝えておくからな!!」

 

慌ただしく出て行くカツラギエース達を見送ったカノープス、正しく嵐のような出来事が巻き起こった瞬間だった。

 

「も、もう驚きすぎて声でなかった……」

「わ、私も……」

「ターボは凄いワクワクする!!だってあのカツラギエースだよ!?ターボでも知ってるようなウマ娘だもん!!」

「お姉様、そんな人に教わってるんだ……」

「武者震いが止まりませんね……!!」

「やれやれ……これはまた、メニューの修正が必要かもしれませんね」

 

そう言いながらも南坂は何処か抑えきれない嬉しさが笑顔となって漏れ出ていた。



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76話

「長いようで短かったわね、ア~ンこれで最後っていうのが寂しいわ」

「俺からしたらあんだけ我儘言ったのに、そんな事を言われるのは複雑というか嬉しいというか……まあ結局追い抜くどころか並び立つ事すら出来ませんでしたけどね」

「フフッそう簡単には追い付かれないぞっ♪」

 

茶目っ気タップリにそういうマルゼンスキーに慣れて来たのか笑顔で返せた。今日まで走り込み続けたせいか、トレセン学園のジャージは薄汚れている上に解れてしまっている部分も出来ていた。それは暗にマルゼンスキーとの走りがそれだけの激しさに満ちていた事を示していた。

 

「それじゃあ今度はその走りをレースで見せて欲しいわ、今のあなたならきっとジャパンカップでも十分走れると思う。後はエースのお仕事ね」

「有難う御座いました」

「ううん、私も夜の峠のタイムアタックに付き合ってくれる相手がいてくれた楽しかったわ♪いい経験になったんじゃないかしら、折角だから車も買っちゃってアタシと一緒に夜のドライブにゴーゴーしない?」

「既にバイクあるけど……まあ買い物とかで考えたら車の方が便利か……考えときますよ」

「フフフッそれじゃあ今度メールでおすすめの車を送っておくからね、それじゃあバイビー!!」

 

そう言いながら一気にアクセルを吹かして加速してカウンタックを走らせていくマルゼンスキー、相変わらずとんでもない加速は彼女自身の走りにも見えてくるから不思議だ、これもコーナリングの特訓だと称して夜の峠に連れ出されてせいなのだろうか……というかあれは本当に特訓だったのだろうか、唯々彼女の道楽に付き合わされただけなのではないだろうか……タイヤ交換やらも手伝わされたし……。

 

「まあスポーツカーとまではいわないまでも、車は持ってもいいかもな……南ちゃんだけに車を運転させるのも気が引けるしな……」

 

走る感覚と似ているから、という理由で風を肌で感じられるバイクに乗っているが……車も車で良いかもしれないと思っている自分は絶対マルゼンスキーに毒されている。コーナリングの特訓だって恐怖心を支配する為と言っていたが……絶対にやりたかったからだ、まあカウンタックを運転させて貰ったのはいい経験になったかもしれないけど……。

 

「さてと……行くか」

 

長く世話になったコースに頭を下げてから、バイクに跨ってアクセルを勢いよく回す。前輪が勢い良く浮き上がり、軽くウィリーしてからそのまま走り出す。

 

「……不味い、マジでマルゼンスキーさんの加速癖が付いちまった……治さないと……保健室で治らねぇから性質悪ぃなこれ」

 

 

「ただいま~南ちゃん今戻って来たぜ~」

「あ~ランが帰ってきた~!!お帰り~!!」

「おっと」

 

トレセン学園へと戻り、カノープスの部室へと入るとターボがいの一番に抱き着いて来た、それを受け止めながらも南坂へと軽く会釈すると向こうも笑顔で返してくる。

 

「お帰り~如何だったのよ特別特訓って奴は」

「ようネチャネチャ」

「ネ・イ・チャ!!」

「わぁってる定番のギャグだろそう怒るなって……お婆様もとんでもないこと組んでくれるぜって軽く恨んだわ、お陰様で俺の中にあった自信が粉々に砕け散ったって感じぃ?」

 

やれやれと両手を上げて参ったと言いたげなランページ、だがしかし約2週間の特別特訓で随分と雰囲気が変わったようにも思える。表向きのそれは全く変わってないようにも感じられるのだが……なんというか、纏う物が変わっている気がする。

 

「お姉様お帰りなさい」

「おっ~ライス~!!少し会わないうちにまた可愛くなっちゃってまぁ~」

「ぴゃぁっ!?お、お姉様恥ずかしいよぉ~……」

「よいではないか~」

 

そう言いながらもライスに抱き着きながらも頬ずりするランページと大胆なスキンシップに赤くなりながらもまんざらでもなさそうにしているライス。そんな様子にタンホイザは思わず隣のイクノに耳打ちする。

 

「な、なんかランページさんちょっと明るくなった?」

「そう、ですね。明るくなったというか外向的になったというか……」

 

何方かと言えばクールな印象を受けるような感じだったランページが此処まで自分をさらけ出しているというのも色んな意味でレアな光景な気がする。その視線に気づいたのか、バツが悪そうな顔をしながらも口を開く。

 

「あ~……悪いライス、今日まで特訓付けててくれた人が特別に明るかったから影響されたっつうかなんというか……自分に自信が付いたっつうのか……影響されて感覚がマヒしてるっつうのか……」

「悪い予想が的中した、と言った所か?矢張りあいつの影響を受けているらしいな」

 

そう言いながらも部室に顔を出したのはカツラギエース、呆れたような予想が当たって嬉しくないと言いたげな表情にランページは頭を掻く。

 

「あ~……すんません、あのテンションについてくには自分も同じ領域に入るしかないっていうか……」

「言いたい事は分かるがもうあいつはいないんだから通常のテンションにギアを下げろ、何時まで攻めるつもりだ」

「面目ない……」

 

溜息混じりだが、まあ思惑通りに行ったという事なのだろうと納得するしかないだろう。

 

「それじゃあ、お前の特訓の成果を皆に見せてやれ。奴に教わった、いや教わった事はないだろうが……学んだ事を見せてやれ」

「モチの……勿論です」

「……やっぱり移るよなそれ」

「ええ……」

 

カツラギエースはランページの肩を優しく叩いてくれた。なんというか昔流行っていたのもあるが、妙に口に残るのである。

 

「それじゃあまあこれをどうぞ、新しいジャージですので」

「あっ悪い南ちゃん」

 

皆には先に行って貰いつつ、自分は一旦新しいジャージに着替える事にした。改めて見ると本当によくもまあ2週間で此処までジャージを酷使出来るものだ……まあそれはシューズも同じだが……そう思いながら外に出ると丁度そこにはチケットとハヤヒデがいた。

 

「あっ先輩お帰りなさい!!帰って来たんですね!!」

「よっチケット、相変わらず声でけぇな。ハヤヒデも元気そうで何よりだ」

「お久しぶりです先輩、しかし驚きましたよカツラギエースさんがトレセン学園に来ていると聞いた時は」

「まあOGだし来てても可笑しくは……?」

 

と、ハヤヒデの背後で何かがいる気配を感じた。僅かに黒い髪が見えた、覗き込むように背伸びをするのだが隠れるように動かれる。

 

「なんか後ろにいる?」

「いますよ、恥ずかしがってる?」

「ほらっお前も会いたいと言ってただろう、だから今日はその為にチケットと一緒にカノープスの部室まで着いて来たんじゃないか」

 

ハヤヒデは酷く柔らかく優しい声で後ろにいたウマ娘に手を差し伸べた、だが肝心の彼女はハヤヒデの後ろから出ない。長く大きい白い髪の影に完全に隠れてしまっている。

 

「あ~……俺なんかやっちゃってる?」

「すいません先輩、先輩に非があるのではないんです。寧ろ貴方に憧れているんですよ、あれだけの舞台で堂々としながらも走れる貴方に。だからほら……今日こそ挨拶をするだろう?私だけならいざ知らず、先輩やチケットにも迷惑を掛ける気か?」

「ううっ……」

 

それを言われると弱いと言わんばかりに声と身体を震わせる、勇気を振り絞るかのようにハヤヒデの後ろからそのウマ娘は出て来た。艶やかで長い髪はハヤヒデに似ていると言えば似ているが、凄い癖っ毛の彼女と違って酷く滑らかな髪質をしている。そして特徴的なのは鼻に絆創膏を付けている事、それらを見た上でハヤヒデとの事を考えるともう一人しか該当するウマ娘はいなかったのだが……ランページは内心で凄い顔をしていた。

 

「ナ、ナ……ナリタ……ナリタブライアンです……あ、あのサイン貰えますか……?」

「―――あ、ああ勿論。喜んでさせて貰うよ」

「っ―――有難う、御座います……!!」

「よかったなブライアン、勇気を出せて偉いぞ」

「うおっ~頑張ったねブライアン、感動だぁ~!!」

 

勇気を出した事を褒めるハヤヒデ、臆病な彼女が勇気を出せたことに感動するチケット、チケットの号泣に驚きつつも姉に頭を撫でられつつもサインを貰える事を嬉しく思うブライアン。そんな状況にランページは思った。

 

「―――何これ」




という訳で、ビワハヤヒデの弟こと、シャドーロールの怪物、ナリタブライアンのエントリーだ!!
ウマ娘では強大で無愛想な一匹狼、と言った様子でしたが、史実では自分の影にさえ怯えたり、水たまりに驚いて騎乗者を振り落す程に臆病な性格だったそうです。

史実の性格を取り入れる、第一弾として彼女を採用しました。


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77話

気分上々と言わんばかりにサイン色紙を胸へと抱き込んでいるウマ娘……その姿に自分の知っている姿とは余りにも違う物があるので凄まじい違和感を覚える。

 

「♪」

「よかったなブライアン、ずっと欲しがっていたもんな」

「うんっ有難うお姉ちゃん♪」

「私は何もしていないさ、チケットに言ったらどうだ?」

「アタシもアタシで何もしてないと思うけどな~」

 

嬉しそうにしている妹の頭を撫でるハヤヒデとそれを微笑ましそうに見つめているチケット……そんな二人に見つめられているウマ娘はオグリキャップと同じく怪物と称された、シャドーロールの怪物、史上5頭目となった三冠馬、ナリタブライアン。その全盛期の強さは日本のトップジョッキーたちに大きく評価され必ず最強馬論争に名が出される程。スタートの上手さ、先行して折り合いをつける賢さ、巧みなコーナリング、そして低重心のフォームで他馬を引き離す末脚。競走馬の理想形とされた。

 

ウマ娘にも登場していたが……クールで硬派、ぶっきらぼうで孤高を好む一匹狼なウマ娘だった筈だが……その様子を微塵にも感じる事が出来ない。史実では自分の影や水たまりにすら怯えてしまう程に臆病な性格だったが故にトレードマークとなったシャドーロールを付ける事になっていたが……もしかしたらこれからあのブライアンの性格に変わっていくのだろうか。

 

「まあ喜んでもらえたならこっちも書いた甲斐があったってもんだ、どうせだこのまま練習でも見学してくか?」

「しますっ!!」

 

耳でその言葉を聞き逃さぬようにしつつも尻尾を大きく立てながらブライアンは笑顔でそういった。これがあの暴力的なまでに強い、と恐れられたナリタブライアンなのか……なんだか自分の頭の中にあるそれとギャップが凄すぎて頭が痛くなってきた。コースへと到着するとそこではカノープスの練習を見ているカツラギエースが居たので挨拶をする。

 

「エースさんお待たせしました」

「来たなランページ、成程随分と扱かれたと見えるな」

「ええまあ……最終的に峠を走ってましたから……」

「……そうか、大変だったな……」

 

マルゼンスキーの事を聞いてくるがランページは疲れたように応えるしか出来なかった。コーナリングの特訓と称して最後にはマジで峠を走った時は吃驚した、お陰で死ぬかと思った程だ……もうカウンタックで峠を攻める所に乗りたくはない。

 

「チケット、お前も早く参加するんだな。ハヤヒデお前もやるか?」

「は~い!!」

「いえ、私はリギルですので許可がいると思います。ですので見学をさせて貰っても良いですかね、妹も一緒なのですが」

「ああ構わん」

 

許可を取り付けるとブライアンに良かったなと笑いかける、それにブライアンは既に目を輝かせていた。カツラギエースの名前は当然のように知っている、後でサイン貰えないかなぁ……と小声で呟くのだがハヤヒデは後でお願いしてみような、と肩を叩くとそれに対して嬉しそうに頷くのであった。

 

「(これがシャドーロールの怪物にねぇ……確かクラシック走る頃ぐらいには精神的に成熟するんだっけ……これが一気にああなると……?)駄目だ、想像出来ん……」

「何がだ?」

「この世界の不思議にです」

「はぁ?」

 

兎も角、戯言はこの位にして新品のシンザン鉄をシューズに打ち始める。流石に7倍となると手に持つ段階でかなりズッシリと来る、これは効きそうだ……と思っているとターフを凄い勢いで疾走するイクノとその背後にピッタリと着いて離れないターボの姿が映る。

 

「全く振り切れないなんて……ですが、まだまだ脚は残っています!!」

「ターボだって負けないぞぉ!!」

 

「あれ、逆なんじゃ」

「いやあれでいい、お前を捕まえる為の練習だからな」

 

イクノの要望はランページのライバルとして大成する事だった。その為の訓練としてまず始めるのは背後から大逃げのターボに追いかけて貰って逃げ続ける事、速度ならば既に一級品のターボから逃げ続ける程の速度を維持し続けられるほどの体力が出来たならば、ランページにとっては更なる天敵と化す。

 

「既に正確なペース配分とそれを貫き通す事が出来る精神性は持ち合わせている、心技があるならば後は身体を仕上げる」

「うへぇ……シンプルに辛い方向性になってるぅ……」

「だが、流石にエリ女杯には間に合わない。何分身体を仕上げるのだからな……」

 

これが心や技ならばなんとかなるのだが、何分やるのが身体なのがキツい。始めたのも11月に入る前からなので時間も足りていない、これで有記念に間に合わせるというのならばまだ何とかなる。しかし来週に迫っているエリザベス女王杯には流石に無茶が過ぎる。

 

「それでも来年あたりから決定的にイクノが覚醒するって事ですよねそれ」

「そういう事で間違ってない。あいつはゆっくり育てた方が大成するタイプだ、そしてあいつもそれを理解している」

 

既にパワーも十分あるしそれを活かす頭脳も心もある、そしてそこへカツラギエースが身体を仕上げる為に教導する……これは自分だけではなく対戦する事になる全てのウマ娘にとって脅威になる事は間違いない……。

 

「中長距離向きではあるな……まあそれをマイルでも生かす頭もハートもある、フムッ……悩むな南坂トレーナー」

「ええ、シンプルに凄いんですよイクノさんは」

「マジであいつサイボーグかなんかか」

 

流石鉄の女と呼ばれる事になるであろうウマ娘……自分よりも遥かに広い適正という意味では優れている。

 

「よし、イクノ次はシンザン鉄を付けるんだ」

「分かりました……!」

「ターボ、お前はライスを後ろから追ってやってくれ」

「分かった~!!ライス行くぞ~!!」

「う、うん」

「チケット、お前はネイチャに追われるんだ」

「は~い!!」

「お任せ~」

 

次々と指示が飛ばされていくのを見ながらも漸く装着が完了したシンザン鉄、流石に7倍となると足踏みした時の音もかなり凄い音になっている。

 

「ランページ、お前はシンザン鉄を付けたままコースを3周だ。その後にそうだな……イクノと併走だ」

「分かりましたよ、んじゃまあ―――やりますか!!」



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78話

『さあ全員が良いスタートを切りました。内からイクノディクタスが伸びて行く、アグネスフローラも負けじと伸びていきますが外からメジロランページ、メジロランページが大外から飛び出して行く!!さあ今日も先頭だ。だが開始から逃げ大逃げを打ち続けてきたメジロランページですが、今日は一味違うと言わんばかりに更なる大逃げを打ちました!!』

 

G1レース、エリザベス女王杯。史実のメジロラモーヌはこの女王杯を含めた三冠を取った。此方ではラモーヌは秋華賞とこのエリザベス女王杯を征してのトリプルティアラとなっているが……ランページは如何なのか、無敗のままこのG1も取ってラモーヌさえも超えてしまうのか、様々な期待が寄せられて行く中で遂に行われたエリザベス女王杯。

 

『既に5~6バ身と離れているでしょうか、まだ始まったばかりなのにこれ程迄の逃げを打って大丈夫なのでしょうか!?これは暴走なのか、それとも作戦なのか!?後方のアグネスフローラとはイクノディクタスに2バ身を付けていますが、イクノディクタスも良い走りをしています。おっと此処でメジロランページが更にペースを上げて行く!!まだまだ行けるのか、何処まで駆け抜けるつもりなのか!!?』

 

周囲からのマークは受けていたが、そんな事知った事かと言わんばかりに飛び出して行く。マークをあっさりと振り切って突き進み続けて行く、幾らなんでもペースが速過ぎると誰もが思う中でランページは必死に走り続けていた。

 

「まだ、まだまだ先にいる……!!」

 

自分の目と身体に焼き付いた敗北の記憶が、常に前方に幻影を映し出し続けている。鮮烈で衝撃的な強さを持つウマ娘、彼女と毎日戦い続けている。それは直接的な対決が終わってからも尚続いている。

 

『逃げる逃げる!!半分を過ぎて尚も逃げ続けます!!』

 

「これが、これが逃げてるように見えるてんなら……お門違いだ!」

 

脚に力を込めて更に走る、自分は逃げているのではない。追いかけているんだ。カツラギエースからも言われた、逃げウマ娘にとって最高なのは逃げて差す。途中で失速した状態から再度加速する、という事で悪い意味で使われる事もあるが、そうではなく溜め逃げを行えば良いと言った。

 

「さあ此処からスパート!!」

「私もここで!!」

 

『さあアグネスフローラとイクノディクタスが上がってきた!!爆走し続けるメジロランページへとじわじわと迫っていく!!流石に此処までとなると厳しい―――いやっ縮まっていない!!縮まっていないぞ、アグネスフローラとイクノディクタス、スパートを掛けているのにも拘らずメジロランページとの差が縮まっていない!!』

 

どよめきが走る、後方のウマ娘との差はどんどん開いて行くのにも拘らず、前のランページとの差が一向に詰まらない。その答えは簡単、二人は確かにスパートを掛けているが同時にランページも更に加速している。

 

『メジロランページの一人旅!!アグネスフローラとイクノディクタスを全く寄せ付けない、なんというウマ娘なんだ!!彼女は進化し続けている、また一段と大きく強くなっている!!逃げて差す、これがターフの独裁者か、今メジロランページが1着でゴールイン!!そして2着にはアグネスフローラ、3着にイクノディクタス!!アグネスフローラに8バ身を付けてのエリザベス女王杯圧勝!!メジロラモーヌが辿った旅路を、完全無欠の戦績で今駆け抜けましたぁ!!!真の女王が此処に誕生しましたぁ!!!』

 

ゴール板を越えた時、ランページは確かに勝利を手にした喜びを感じていたが……まだまだ届かぬ高みに敗北した事に悔しさを感じた。

 

「ランページさん……一体どんな特訓をしていたのですか、全く追い付けませんでした……」

「単純な話だ、俺の目の前をずっと走ってる相手がいると思ってそれを追いかけてたんだ」

「つまり、逃げているのに追っていたと?」

「ああ、そう思うと先頭を走ってるよりも気合が入るんだ」

 

しかも追いかけているのはマルゼンスキーの幻影、それを抜く為には自分が更に進化する必要がある。その幻影を抜けた時こそが本当の意味で自分が成長したと実感出来る時だと思っている。

 

「完敗です、ですが私は今回の走りで手応えを得ました。エースさんに教わった走法を試してみましたが思った以上に嵌りました。これを徹底的に磨けば―――あなたにも勝てると確信します」

「言ってくれるな、俺にはモンスニーさん直伝の走りもあるんだぜ。そう簡単にはやられないぜ」

 

そんな二人をフローラは汗だくになった額を拭いながらも見つめていた、本当に敵わないな……と実感させられる。これまでは背中ばかりを見ていたイクノよりも先着出来ている、と思えば成長も感じられるのだが……それではまだまだ足りないのだ。あの独裁者と称される彼女を打ち破るには。

 

「まだまだ、鍛えないとダメみたいね……逃げて差す……差すか……」

 

エリザベス女王杯2着、その現実を受け止めながらもフローラは確りと前を見ていた。そして自分の脚で確りと地面を踏みしめながら前へと進もうとしている。東条は2着という結果に不満はなかった、寧ろ良く戦ったとフローラを褒めてあげたいと思っている。完璧なペースと走り、見事なスパートだった、だがそれ以上にランページの走りが凄かった……そんな言葉が見つからなかった。

 

「マルゼンスキーと走った事が相当に効いてるみたいね……どう対策、いや、フローラの最大限を活かす走りを見つけ出すしかないわね」

 

 

「メジロランページさん、優勝おめでとうございます!!今のお気持ちをお願いします!!」

 

勝利後のインタビューを受けるランページ、これでラモーヌを完全に超えたことになった。ラモーヌはクラシックの有を越えて、ドリームトロフィーリーグへと移籍した。シニアを走らずにそちらに移るのは珍しい、トゥインクルシリーズのラストを除けば完全にラモーヌを越えた事になったランページに報道陣が殺到している。

 

「次走は何を考えているのでしょうか!!?」

「矢張り有でのメジロライアンさんとの対決でしょうか!!?」

 

記者たちが気になるのは矢張りそこだった、クラシック三冠を取ったライアンとの対決。それが実現するかもしれない年内最後のレース、それに出走するかどうかが気になって気になって致し方ないのである。

 

「考えてない訳じゃないが……生憎、そっちに向けて調整している暇がないんでね」

「ど、如何言う事でしょうか!!?」

「俺の次走は―――ジャパンカップだ」

 

その言葉にフラッシュの嵐と共にどよめきの声が広まった。てっきり有記念への出走が濃厚とされていたのにジャパンカップへと舵を切るとは思っていた者は少なかったからだろう。だがランページはそんな状態を気にも留めずに言葉を続けた。

 

「さあ南ちゃん、これで後戻りは出来ねぇぜ。覚悟は良いか、俺は出来てる」

「とっくの昔に私だってしてますよ。その為のスケジュールメニューも」



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79話

『ターフの独裁者、ジャパンカップへ殴り込み!!?』

『ジャパンカップへ出走表明!無敗の四冠、メジロランページ!!』

『クラシックでのジャパンカップへの挑戦、自信の現れか無謀な挑戦か!?』

『独裁者、遂に綻びを見せるのか!?』

 

「お~お~好き勝手言い続けやってこの野郎、応援のおの字もねえってのか死ねよマスゴミ共」

 

何処かで買い付けて来たのか、新聞を読み漁るようにしながら笑いながら文句を付けるランページ。何処の新聞社のそれも自分の事を煽る事ばかりだ、全く以て応援する気はないらしい。ジャパンカップでの日本総大将は変わらずオグリキャップ、副将ヤエノムテキと言った所だろうか。自分は現状で8番人気、完全な伏兵扱いだ。

 

「『独裁者、伏兵扱いに不満か!?』最初に独裁者扱いしたのは実況でそれに乗ったのテメェらじゃねえか、俺はそれに乗っただけだこの野郎」

 

そう言いながらも新聞の出走表を見る、そこで一番気になるのが対戦相手だ。名だたる海外ウマ娘がいる中で一番人気となっているのがヨーロッパからの刺客、しかも自分と同じくクラシックでジャパンカップへと挑むエルグッツ。

 

「直近は凱旋門、その前はグレートヴォルティジュールステークス、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス……」

 

凱旋門賞、世界最高のレースと名高いレースへの出場経験がある。残念ながら凱旋門は5着だったらしいが……その前の二つは勝利している、特に後者はヨーロッパにおける凱旋門やダービーと同格の扱いをされるG1レース、それを征している為か一番人気へと押されている。

 

「んで二番がベストルーティン……これまでにG1を6勝……んである種のキャラ被りのゴーストフリーズ……」

「此処良いか?」

「んっああオグリさん、ええどうぞ」

 

読み漁っていると隣の席にオグリが大量のご飯を持ってやって来た、まだ少食の癖が抜けない自分としては本当に凄い量に見える。少しの量を食べ、それから増やしてお代わりをする自分からすればもう異次元級だ。

 

「次のジャパンカップは宜しくな」

「ええ、負けませんぜ」

「私もだ……新聞好きなのか?」

「いえね、ジャパンカップの記事が載ってるから見てるんすよ、なんか一番人気が俺と同じクラシッククラスのウマ娘らしいんですよ」

「ほう、どんな子だ?」

 

そう言いながらも新聞を指座してエルグッツの事を教える。

 

「凱旋門は私でも分かるが、その前は全然知らないな」

「それは俺もっすよ、まあ海外のレースなんてその位で向こうから見たジャパンカップもそうなのしれませんね」

「フム……長いんだな、海外のレースって」

「同感です、これなんて長すぎますよね。キング&クイーンステークス」

「その位なら覚えられるな」

 

G1、しかも国際競争であるジャパンカップに出る者同士の会話とは思えないほどに内容の無い軽すぎる会話に周囲は脱力しかかっていた。だが此処でオグリは新聞を見て首を傾げた。

 

「……私やヤエノの記事はあるけどランのは全然ないな」

「そりゃそうですよ、期待されてねぇですもん。無謀な挑戦って笑われてますから」

 

ターフの独裁者、遂に失策!?と書かれた記事を見せながらランページは肩を竦める、なんというか仮に無敗の四冠ウマ娘に対しての言葉とは思えない。クラシッククラスな上に前走がエリザベス女王杯で中1週しかないのも大きなマイナスと見られているのだろう。完全に調子に乗っている若者、という認識をされているのかもしれない。甚だ心外ではあるが。

 

「酷いな、出走する以上応援するのが当たり前じゃないか」

 

そう言いながらもプンプンと怒るオグリ、気にする事なんてないぞと言いながらも巨大ニンジンハンバーグを一口で飲み込む。一方ランページはこれが簡単オグリか……と全然関係ない所で感動していた。オグリからすれば同じウマ娘なのに此処までの扱いに違いがある事が分からない、寧ろ凄い挑戦だと思うし尊敬出来る。だから一緒に頑張ろうと応援したい。

 

「気にせんで良いですよ、言いたい奴には言わせておけば―――後で後悔しても俺は絶対忘れませんから」

「成程そういう事か、ランはタマと同じで怖いな」

「タマ先輩と一緒にされるのはちょっと心外だなぁ……」

 

オグリ曰く、タマはタマでそういうのを絶対に忘れないタイプらしいので、その手の記事を書いた記者が取材に来たらまずその記事の記者さんやな!!どうやった、今回の走り?というらしい。しかもその時は豪くニコニコしているとの事。

 

「そうだオグリさん、一緒にメジロの療養所行きませんか。明日行くんですけど」

「私が行っても良い物なのか?」

「俺が許可取っておきますよ、というか俺が行く所にはオグリさんのファンが多いのできっと喜びますよ。おっきな温泉もありますし」

「温泉……ろっぺいも一緒に行ったら喜ぶかな」

「南ちゃんも一緒に行った事ありますから多分大丈夫ですよ」

 

あれよあれよという内に、ジャパンカップに向けての療養にオグリも同行する事になった。流石に南坂は同伴出来ないが、オグリのトレーナーである六平(むさか)トレーナーが一緒に行く事になった。

 

「にしてもいいのかい、俺まで一緒で」

「お婆様から許可取ってますし、寧ろ療養所の人達はオグリさんのサイン欲しがるから諫めなさいって言われちゃいましたよ」

「その位幾らでも書いてやれ、世話になるんだからな」

「うむ。私ので良ければ書くぞ」

 

ランページはエリザベス女王杯からの疲労を癒してジャパンカップに間に合わせる為、オグリキャップは前回の天皇賞(秋)が6着と沈んでしまったので心機一転を図る為に六平トレーナーが許可を出した。

 

「おおっ……凄い、まるでテレビの時代劇に出て来るお屋敷だ」

「流石は天下のメジロ家の療養所だ……金が掛かってやがる」

 

到着した療養所はまるで江戸時代のお屋敷のような風情のある旅館を中心とした施設、此処で少しの間過ごせる事に感動を覚えるオグリとメジロの財力に改めて驚く六平トレーナー。

 

『お待ちしておりましたランページお嬢様。そしてオグリキャップ様、六平銀次郎様、メジロ家一同、誠心誠意御もてなしをさせていただきます』

「ラン、この人達にサインを書けばいいんだったか?」

「せめてもうちょっと後で言ってやってくださいよ、まあそういう事ですね」

 

そしてオグリキャップはスタッフにサインや写真撮影に応じると……早速療養に入るのであった。温泉だけに飽き足らず、最新の栄養学に基づいた食事やマッサージなどなどトレセン学園を超える数々のものに圧倒され、そして癒され、就寝用の部屋に入った時には

 

「はふぅ……」

 

ランページが困った笑いを浮かべる程の簡単オグリになっていた。



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80話

11月25日 東京レース場

 

この日、東京レースは普段とは違う熱量を放っていた。今日、此処で行われるのはG1レース。だが唯のG1ではない、国際競争とされるジャパンカップ。既にアメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアのウマ娘は会場入りしており、パドックでそれぞれの勝負服に身を包みその姿を見せ付けている。その中には当然オグリの姿もある。

 

「オグリさん、調子良さそうですね」

「ああ。こういう時なんて言うんだろうか……意気軒昂……であってるかな?」

「威勢よく元気であるというのならそれで合っています」

「ならばそれだ」

 

フンス、と元気よくしているオグリ。メジロの療養所ではすっかりリフレッシュが出来たのか今日までの練習でも良い結果を残せているので、前回の天皇賞(秋)よりもいい結果を残せると思っている。

 

『さあ次は―――此処まで13戦13勝、無敗のトリプルティアラウマ娘、メジロランページ!!』

 

パドックに姿を現しながらも勢い良くコートを肩に担いだ。その登場にファンたちは沸き立った、マスコミからの反応は良くはなかったが彼女に魅了されたファンはそんな気持ちなんて抱いていなかった。寧ろ、彼女こそが日本の総大将だ!!と叫ぶファンも多い。

 

「ランページ今日は頼むぞ~!!」

「日本の誇りを見せ付けてくれ~!!」

「女王様~!!」

「よっカッコいいぞ暴君~!!」

「おうこの状況での暴君は褒め言葉になんねぇぞ馬鹿野郎、でもあんがとな~」

 

『本日は9番人気、ですがパドックに満ちる声はオグリキャップやヤエノムテキへと向けられる物にも負けていません!!未だ無敗の独裁者の力は海外のウマ娘にも通用するのでしょうか!!?』

『エリザベス女王杯からのローテーションですからね、ですが頑張ってほしい所です』

 

「ランページさん頑張ってくださ~い!!」

「―――任せとけ」

 

パドックから引こうとした時、バドックを見つめる歓声の中に少女の物があった。それに惹かれるように見返してみると、そこにはエアグルーヴの姿があった。此処まで応援されているのだから頑張らない訳にはいかない―――

 

「ラン頑張れ~!!」

「気負い過ぎないようにね~!!」

「お姉様~!!」

「先輩チーム一同応援に来ました~!!」

「頑張って~!!」

「ラ~ン!!!頑張ってよ~!!!」

 

カノープスの皆も駆けつけている、そして……ライアンまで来てくれている、これならば百人力だ。後は走るだけだ。

 

 

間もなくゲート入りだ。地下バ道を越えて入場した先のゲート、様々なウマ娘が日本のウマ娘である自分達を見ている……だが矢張りというべきか、オグリを見ている視線が大半なのはある意味で納得だ。前回のジャパンカップでは2着に入っている、紛れもなく日本のトップクラスの実力なのは当たり前なのだから。

 

「大丈夫ですかランページさん、緊張してませんか?」

 

まだクラシッククラスというのもあってか、ヤエノムテキが自分を心配してくれている。先輩というのもあるが、このレースに出る中では最年少というべき存在、このレースの雰囲気に呑まれてしまっては一気に崩れて行く。それを危惧してくれているのだろうが……緊張は不思議としていない。

 

「Hey Japanese tyrant!!」

 

やや大きい声で声を掛けられる、振り向いてみるとそこには自分と同じくクラシッククラスでの挑戦となるエルグッツ。近くにいたオグリは首を傾げている、誰の事を言っているんだ?と素直に分かっていなさそうなので、自分が対応する事にした。

 

「ド、ドウモ……ハ、ハハ、ハジ、メニ?」

『英語で構わんぜ、日本語、面倒だろ』

『助かるよ、一応簡単な挨拶集は読んできたんだけど……何で日本語ってこんなに面倒臭いの?』

『俺に言われても困るぜな』

 

クククッと笑いながらもエルグッツの言葉に応える。

 

『如何やら、クラシックは二人だけらしい』

『もう一人日本からも来る予定だっただけどな、回避しちまった。やれやれ新人の肩身は狭いぜ』

『そうには見えないけどね、暴君って呼ばれてたけど何か問題児なのかな?』

『別に何もしてねぇよ、ウゼェマスゴミ共が勝手にほざいてるだけだ』

『え~っと……』

『ジャパニーズパパラッチで通じるか?』

『成程……あれマジでやばいよね』

 

と、何処かゲンナリしたような表情を浮かべながら溜息をつくエルグッツ。何やらパパラッチに追い掛け回されたりしたのだろうか……エルグッツ自身はイギリスで走っているが生まれはアメリカなので色々と思う所があるのかもしれない。

 

『日本のパパラッチはやばい?』

『本場に比べたら大分マシだと思うぜ』

『やけに楽しそうだな』

 

そこに入ってきたのは自分よりも大きなウマ娘。これでも身長は伸びているランページ、現在は180を超えているのだが……普通に抜かれているのを見てこれが日本と海外の差か……と痛感するのであった。入ってきたのは2番人気のベストルーティン、オーストラリアのウマ娘である。

 

『無敗の三冠ウマ娘と聞いたぞ、それなのに随分と人気薄だな』

『煽ってるつもりかい、前走が2週間前なんだよ。まあ余計なお話はこの位にしとこうぜ―――俺達はウマ娘だ、言葉よりも、走りで語ればいい』

『良い事を言うようだが、悪いが君よりもOguri Capを此方は警戒しているよ』

『Rampage、悪いけどこっちも同感。それを覆す走りを期待してるよ』

『あいよ』

 

そう言いながらも二人は離れて行く、そして入れ替わるようにオグリとヤエノがやって来る。

 

「大丈夫か?何やら私の名前が出たようだったが……」

「まあ端的に言えば……こっちが警戒しているのはオグリキャップだけだから、後人気の低いおめぇの掲示板入りねぇから!!って煽られたって所ですかね」

「何と失礼な……!!」

 

二人は通訳が居ないと日本語は不自由なのでランページの発言の意味は分かっていない、だが分かっていたら言ってない!?と反応する事だろう。興味ないと言われたんだから細やかな仕返しという事にしておこう。

 

「オグリさんは4番でヤエノ先輩は6番、んで俺が9番。順番で見たら開催国の最底辺人気ですからある種順当っすよ」

「だとしても、ウマ娘として走るのであれば走る相手にも礼儀を払うのが当然の事!!」

「まあそれは思わなくはないですが―――そういうのは実力で見返した方がカッコいいじゃないですか」

 

言葉を返すよりもずっとカッコいいと返すランページにオグリは確かに、と簡単オグリになりながらも頷いた。ヤエノはその通りですね、気を引き締め直す。

 

「さてと―――なんで俺が暴君やら独裁者って呼ばれてるのか……見せてやるよ」

 

 

「もう直ぐね、フフフッワクワクしちゃうわ」

「奇遇だな。私もだ……さあランページ、私の後に続けるか、それとも……マルゼンスキーとの特訓の成果、全てを見せてみろ」



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81話

「今回、ランページさんは良い所まで行けるのかな」

「大丈夫!!だってランだよ、国際徒競走だって目じゃないよ!!」

 

何処か不安げなタンホイザの声にターボが勢い良く答えた。

 

「徒がいらんって……まあ実際問題、掲示板には入れれば大金星……っていうのがテレビでも言われてたもんね」

「なんか感じ悪かったですよね、何で先輩応援しないんですかね」

 

TVでも新聞でも、ランページに対する風当たりは強い傾向にある。確かに無敗の三冠ウマ娘、ルドルフに続いて二人目なのだから日本からすれば喜ばしい。だが無敗の三冠ウマ娘であったルドルフの無敗神話はジャパンカップで消える事になった、しかもランページと同じく中1週の強行軍だった。此処まで同じとなるとランページが敗北すると考えるものは多い。偉大なる先人は此処で消えた、故に今回も……それ程までに海外ウマ娘は強い上にランページには経験が足りなすぎると考えるものが多い。

 

「だ、大丈夫ですよ。お姉様は勝ちます」

 

だがそんな中でもカノープスの面々の気持ちはライスと同じ、ランページの勝利を信じている。きっとやってくれる筈だと、そんな思いのままゲート入りを待つ。そしてそれは南坂トレーナーも同じ……ではなく、全くの平常心、何も変わらぬ表情を作っていた。

 

「経験が足りないですか……フフフッこれまでに13戦、それらの経験で少ないというのならばルドルフさんを貶めている事に気付けていないのですから、日本のマスコミは大した事ないんですよね」

「トレーナーさん、何か言った?」

「いいえ別に、さあライスも大きな声でランページさんを応援しましょう」

「う、うん……お姉様~頑張って~!!」

 

ファンファーレが鳴り響き、遂にゲートインの時がやって来た。次々とゲートインしていく皆を見ながらもランページもいよいよそこへと足を踏み入れる、2枠2番……中々に良い場所を引けたものだ。

 

『世界のウマ娘が栄光を求めジャパンカップの府中に集う、日本勢は対抗出来るのか!?』

 

昨年のジャパンカップは途轍もなかった、2分22秒2というワールドレコードが誕生したのだから。ジャパンカップでシンボリルドルフが勝利して以来、日本馬は再び外国馬に勝てなくなっていた。だが今年こそ、今年こそは再び!!それを願うファンは数知れず、さあジャパンカップ、いよいよ出走の時を迎える。この中では最も期待されない日本ウマ娘、ランページもその時を待ち続けるが……この状況は自分にとっては最高の状態だった。

 

『ランページさん、初めてとも言えるこの人気ですがどう思いますか?』

『最高だな。全部引っ繰り返してやるよ』

『それは頼もしいですね、今回の作戦ですが―――最初から全開で行きましょう』

『あいよ』

 

『さあ!!ジャパンカップが今―――スタートしました!!各ウマ娘綺麗なスタートを切りましたが、おっと此処で真っ先に飛び出したウマ娘がいるぞ!!いきなり行ったぞ我らが暴君、ターフの独裁者、メジロランページがいきなり先頭を奪って行ったぁ!!正面スタンド前の歓声を独占しながらも疾走していきます!!』

 

互いがけん制し合っている隙を突いていきなり飛び出したランページ。オグリとヤエノはやっぱりそうするよね、と言わんばかりにマイペースに自分の走りをするが、海外ウマ娘達は正しく仰天と言いたげに困惑していた。国際競争であんな大逃げを打って大丈夫なのか、それとも緊張で掛かっているのか?あれならば確実に持たずに潰れるな、誰もがランページを無視してエルグッツにベストルーティン、そしてオグリとヤエノに目を向ける。

 

『オグリキャップは中団のこの位置に付けました!!その背後にはゴーストフリーズ、ヤエノムテキが続きます。そして前には1番人気のエルグッツと2番人気のベストルーティンが行きますが、その先を4~5バ身のリードを付けるのは独裁者メジロランページ!!だがこのペースは余りにも速過ぎないか!?大丈夫なのか、最後まで走り切れるのか!!?』

 

最早ランページの走りは自らの破滅を完全に顧みない玉砕戦法にしか見えない、それ程までに超ハイペース。アイネスフウジンのそれを思わせるが、それよりももっとペースを上げている。

 

『なんだ、なんなんだこのスピードは!?半分を既に過ぎるのに、まだ行けるというのか!!?』

『冗談がキツイわ!!何であれで持つのよ!?』

 

ワンツートップ人気が驚愕する、最早常人には理解出来ない狂気の逃げ戦法、このレースに自分の全てを賭けていると言わんばかりの激走に海外勢に動揺が走る。次のレースなんて如何でもいいと言わんばかりのそれ、だがそれに逆に火を付けられたのが居た。そう、オグリキャップとヤエノムテキだ。

 

「ラン、そこまでやるなら私だって答えなければ先輩としての面目が立たないな!!」

「日本の底力を、見せ付けてやりましょう!!」

 

『オグリキャップとヤエノムテキも上がってきた!!さあ間もなく直線だ、府中の心臓破りの坂と長い直線へと駆けて行く!!依然先頭はメジロランページ、なんという大番狂わせだ!!メジロランページが先頭のまま、直線へと入ったぁぁぁ!!』

 

よくぞ自分を侮ってくれた、9番人気だから相手にする価値がない?そんな甘い認識をした結果がこれだ、さあ世界よ見るが良い、これがターフの独裁者だ、俺を観ろ、俺を感じろ!!

 

『調子に、乗るなぁぁぁぁ!!!』

『負けるかぁぁぁあ!!!』

 

『ベストルーティンとエルグッツも上がってきた!!オグリキャップとヤエノムテキを追走する!!全員がメジロランページを捉えられるか!!?そして心臓破りの坂へと入った!!だがメジロランページは依然先頭!このまま逃げ切れるのか、逃げ切ってしまうのか!!?いやベストルーティンが迫る!!!抜きに掛かるぅ!!!』

 

半バ身差の所まで迫って来たベストルーティン、その後方にはエルグッツが居る。その直ぐ後ろにはオグリとヤエノ、自分達の心の隙を突いたつもりだろうが……これ以上好き勝手にやらせるか!!と迫って来る。

 

『私は勝つ為にこの国に来たんだ!!お前の様な格下に負けてる事はあり得ない!!』

「格下ぁ?」

 

同時にベストルーティンから全力の圧力が圧し掛かって来た。全身の動きを縛り、ギリギリと締めあげる鎖の様な凄まじいプレッシャー、これを受けたら普通のウマ娘ながら硬直して一気に順位を落とすだろう。だが―――それを待っていたんだよ、自分に誇りを持っているのならば心の隙を突かれたならばこうしてくると思っていた。圧力を掛けられる状況であればある程に、自分は活きる。

 

「だったらよく味わって国に帰るんだな、日本ではな―――ジャイアントキリングって奴は大人気のド定番なんだよ!!!」

 

亡き魂よ、共に暴れよう。

 

受けたそれらをベストルーティンへと返しながらも、自分の中にあるすべての力を開放しながらも一気に地面を蹴る。モンスニーから受け継いだ走法、マルゼンスキーから貰った勝利への心、カツラギエースから教導された技術をこの瞬間に全て出し切る!!迫り来るベストルーティンのそれを振り切りながらもランページは飛び出して行く。

 

『メジロランページが飛び出した!!1バ身から2バ身とベストルーティンを突き放しに掛かる!!後方からはオグリキャップが上がってきた!!だがエルグッツも負けていないぞ!!ヤエノムテキも迫るがベストルーティンを抜けるのか!!』

 

『くそ!!一番警戒するのは暴君だったのか!!何が何もしてないだ、大問題児じゃないか!!』

「何を言っているか分からないが―――ランを舐めたお前達の失敗だ!!」

「Oguri Cap!?SHIT!!」

 

『さあオグリが行くオグリがエルグッツを抜けるか、そしてメジロランページは完全に先頭だ!!何という事でしょうか、シンボリルドルフがジャパンカップに勝利してから勝てなかった日本の夢、海外からの挑戦を打ち砕いたのは奇しくも同じく無敗の三冠ウマ娘、メジロランページが夢を勝ち取り守り切ったぁぁぁぁぁ!!!!勝ったのはメジロランページ!!何という事でしょうか、クラシッククラスでジャパンカップを征しましたぁ!!!2着にはエルグッツ、3着にはオグリキャップ、4着にはヤエノムテキ!!日本のウマ娘達が意地を見せましたぁぁぁ!!!!』

 

勝利したのはメジロランページ、掲示板に入りさえすれば大金星だという前評判を完全に引っ繰り返しての堂々の逃げ切り勝ち。海外の並み居る強豪を跳ね除けての勝利を勝ち取ったランページはゆっくりと止まりながらも荒い息を整えた。羽織っていたコートに手を掛け少しだけスピン、勢いよくコートを脱ぎ捨て叫びをあげた。

 

「―――シャアアアアアアアアアアオラァ!!!」

 

心、いや魂からの雄叫びを上げたランページに大歓声と大きな拍手が捧げられた。それこそ独裁者への貢ぎ物、日本で独裁者と呼ばれたウマ娘が海外から日本の誇りを取り戻した瞬間だった。そんな自分にオグリが拍手を送りながら近づいて来た。

 

「凄かったぞラン、私もつられて凄い気合が入った」

「いやいやいや元々オグリさんは凄かったじゃないですか」

「いや、きっと此処まで頑張れたのはランが温泉に連れて行ってくれたりしたからだと思う……うん、有難う」

「よしてください、頬っぺたが赤くならぁ」

「もうなってるぞ」

 

同時に、観客がどよめきに満ちた声を上げた。何事かと思ったら直ぐに実況がその正体を明かしてくれた。

 

『な、なんという事でしょうか!!?レ、レコ、レコードです!!2:22:0!!なんと、前年のホーリックスが叩きだした2:22:2を上回りましたぁ!!!レースレコードやコースレコードどころではありません、文句なしのワールドレコード!!ワールドレコードを更新したぞメジロランページィ!!!日本から世界の歴史へと名を刻み込みましたぁぁぁ!!!』

 

「ワ、ワールド……レコード?」

 

その言葉に思わずランページは簡単オグリのように簡単ランページになってしまった。余りの出来事に処理が追い付かずに呆然としてしまった。そんな事など露知らずに目の前のオグリはおおっ凄いぞラン、とパチパチと純粋にお祝いの気持ちを込めて拍手を送る。

 

「凄いですよランページさん!!まさかワールドレコードとは……!!おめでとうございます!!」

「アッハイ、エット……喜んで、良いんです、よね?」

「良いと思うぞ、おめでたい事だぞ」

 

先輩二人に祝福された漸く再起動したランページはコース場全体から響いてくるランページコール、それに身体を震わせながらも次第に喜びが沸き上がって来たのか―――拳を突き上げながらも喜びの声を上げた。



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82話

「だぁぁぁぁぁっ……もう無理、もう駄目、もうキツぃ……」

 

一応諫めようと試みたのだが、そんな理性なんて無視して口から決壊したように言葉が溢れ出た。控室にある椅子に座り込むが、床に崩れ落ちないようにするので精一杯だ。

 

「クソがぁ……一気にドバっと来やがった……冗談抜きの全出しだ、これ以上振っても何も出ねぇぞ俺は……」

 

正真正銘の全力全開、オーバードライヴ、色々言えるような気もするけどそんな軽口を叩く気力すら残っていない。取り敢えず疲れたから飯食って風呂入って寝たいという欲望が徐々に大きくなってきた。偉業を達成した?知らん、だったらそんな事をした自分を敬って許せ、とメジロ家の為にもとさえ思えない。それだけ疲れた。扉がノックされた、ガン無視しよう。そう決めると分かっていたように声が聞こえて来た、南坂の声だ。

 

「ランページさん、入っても大丈夫ですか?」

「あ~南ちゃんか……どうぞ~……」

 

トレーナーならば認めない訳にも行かない。許可を出すと扉が開けられて南坂が入って来る、自分の姿を見て苦笑いをするが口うるさい事は一切言わない辺り分かっている。

 

「スポーツドリンクとか買ってきましたけど、飲みます?」

「飲むぅ~……」

 

自販機で買ったと思われるそれを受け取って飲む、これがジャパンカップをワールドレコードで制した無敗の三冠ウマ娘の姿なのかとマスコミが見えたら大喜びで写真を撮りそうな光景だ。

 

「はぁぁぁ……サンキュ南ちゃん、少し元気になった」

「それは何よりです、しかし大丈夫ですか?」

「いやもうさ、もう俺の全部出し切っちまった。もうこれ以上なんかやれって言われても何も出ねぇよ」

「ウイニングライブは辞退しますか?」

「あ~……いやそっちはやるわ、まだ時間あるだろうし……ちゃんと休めば大丈夫だろうから」

 

疲れてはいるが、ライブはやり遂げる。最初こそライブかぁ……と思っていたが慣れる物だ、これも一種の楽しみに思えるようになってきたのだから順調にウマ娘化していると思う。

 

「でもさ、取材とか来てんだよね」

「それはもう……何せクラシックでのジャパンカップを制覇、しかもワールドレコードですから」

「いやぁ参っちゃうよねぇ、世界の独裁者になっちまったか~……やめようか、なんか世界征服した悪の大魔王みてぇ。んでさ、あの記事書いた記者共も居るんでしょ?」

「当然のようにいますよ」

「掌ハイパードリルかあいつら」

 

まあ記者なのだから世間を煽ったりするのも仕事の内なのだから致し方ない……なんていうと思ったら大間違いである。生憎自分はそこまで大人しい優等生ちゃんなどではない、何せ暴君と其方に付けられたりするほどの暴れウマ娘だ。指でスナップをすると南坂が即座に手帳を開いた。これで通じるのか、内心で笑うランページと、実はやってみたかったと少しだけ恥ずかしがる南坂、お似合いの二人である。

 

「出版社と記者は押さえてるよな」

「勿論です、合計で7社ですね。その中でも単純に煽るのではなく、現実的な分析を加えた批評を行ったのが2社ですね」

「んじゃ、その2社の取材受けるわ。それ以外は退場で」

「生放送のテレビクルーは残しても良いですよね?」

「勿論、まあ俺が何言うか分かったもんじゃないけど?」

「またまた」

 

此方は久しぶりに現れたジャパンカップ制覇ウマ娘だ、加えてワールドレコードを達成したんだその位の我儘を言う権利はある。というか純粋に疲れているんだから長時間の取材はシンプルに勘弁してほしい―――まあ本音はそんな取材受けたくないだけなのだが。

 

「この位の我儘、許されるよな?」

「ええ、あれ程の走りを見せたわけですからウイニングライブに出る事も踏まえて取材の時間の短縮などを口実に可能ですよ。当然何故その2社何だとごねるでしょうけど私が何とかして見せますよ、貴方のトレーナーとして」

「流石南ちゃん、分かってるねぇ~」

 

本当に頼りになるトレーナーでつくづく自分は彼のチームに入って良かったと思う。控室を出て報道陣の待つ会場へと向かっていく背中を見送りながらもランページはシガーを銜えながら天井を見つめる。

 

「14戦14勝……ランページ、俺は歴史を作ったよ」

 

亡き魂へとそう語り掛けた。満足してくれているのだろうか、それとももっと頑張れとエールを送ってくれるのだろうか……と言ってもこれで立ち止まるつもりはない、自分はまだクラシックだ、これからシニアへと上がっていく。天皇賞にも出てメジロ家のウマ娘である事を示さなければならない。そう思っていると携帯が煩くなった、取りながらもウマッターになんか上げようかなと画面を見たらアサマからの電話だったので急いで出る。

 

「はいランページです!!」

『ランページ、今大丈夫でしょうか?疲れているとは思ったのですが、電話をせずにはいられませんでして……』

「い、いえ今は休憩中ですので大丈夫です」

 

疲れに任せて取らなくていいや、という気持ちに負けなくて良かった……と心から思う。

 

『よく、よくやりましたね……本当に貴方は……』

「お、お婆様?」

『貴方はメジロの誇りです、ぁぁっ……すいません、年を取ると涙腺が緩くなって仕方ありませんね。兎も角本当によく頑張りました』

「有難う御座います……なんか、照れますね」

 

此処まで屈託のない正面の称賛を受けると素直に照れる。嬉しさもあるがそれ以上に照れる。

 

『療養所で確りと休むのですよ、良いですね?』

「はい、折角なのでオグリさんとまた行ってきますよ」

『ええ、是非そうしなさい』

 

と確りと許可を貰ってから通話を切る、矢張りお婆様と話すと緊張するが、今回のそれは緊張よりも嬉しさが大きかった。何というか……家族として褒められたという感じが凄かった。スマホを仕舞い直すとそこへタイミングよく南坂がやって来た。

 

「ランページさん、インタビューの準備が出来ました。少々いざこざはありましたが問題なく2社と生放送のテレビクルーのみに絞れました」

「おっそれなら行くわ。さてと……ドヤ顔でもかましてくるかな?」

 

 

「それでは登場して頂きましょう、ジャパンカップをワールドレコードで征したメジロランページさんです!!」

「やっほ~い、どうも皆さんこんにちわ。皆の心を独占掌握、ターフの独裁者のメジロランページ、なんつってな。どうもどうも~」

 

気分がいいせいか、ノリノリでポーズを取ってウィンクをするというサービスをするランページに記者たちもインタビュアーもテンションが上がっている。

 

「悪いね~ちょっと小規模にしちまって。こっちも疲れてるもんで、個人的に気に入ってる出版社さんを優先させて貰ったぜな。ああ、インタビューのお姉さん気にすんな、生放送なら大した手間じゃねえから」

 

遠回しに追い出された出版社は気に入っていない事を暴露する彼女に、南坂は苦笑する。元々此処から追い出された者達の共通点を探れば直ぐに分かるのに、当の本人からそれを言われてしまった、これは痛い事になるだろう。

 

「ジャパンカップ優勝おめでとうございます!!今のお気持ちを宜しいですか!?」

「一言で言えば、そうだな……滅茶苦茶疲れたが、兎に角最高の気分だな!!」



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83話

様々な記事が書かれていく、どれもこれもがランページのジャパンカップの勝利を祝う物ばかり。その中でも最も勢いが大きかったのはジャパンカップ直後のインタビューに参加する事が出来た2社。その2社に言えている事はジャパンカップに出走すると決意したランページに対して批判的な意見が多かった出版社の中でも、彼女自身の実力や出走を決めている海外のウマ娘との比較、そしてエリザベス女王杯からの中1週の連闘によるマイナスなども確りと組み込んだ上での評価と批評を行っていたからだった。

 

『ジャパンカップを征したのはターフの独裁者!!ワールドレコード達成で独裁者は名君へ』

『シンボリルドルフ以来の勝者は無敗のトリプルティアラ!!』

 

単純に自分の味方をした、というだけではなく現実的な視線で批評を行った点をランページは気に入り2社の取材を受け入れている。一方受け入れられなかった出版社は彼女直々に気に入っていないことを暴露されてしまっているので肩身が狭くなっている。何せ、ジャパンカップの事でオグリキャップやヤエノムテキの事ばかりに目を向けていていた上にランページは絶対に勝てないやら調子に乗っているだの失策だの、そんな風に書いてしまった。

 

「まさかこんな事になるなんて……」

 

前評判を完全に覆し、オグリキャップもヤエノムテキも振り切って、ベストルーティンの最後の策でさえも捻じ伏せての堂々の逃げ切り勝ち。これをフロックだのという権利は誰も持っていなかった。加えて―――

 

『ランページさんが経験不足なら、ルドルフさんはどうなるんでしょうね……?』

 

取材拒否を言い渡された時、担当トレーナーである南坂トレーナーから自分たちの記事を引用されてそんな言葉を投げかけられた。かの皇帝、シンボリルドルフがジャパンカップに挑んだ際に積んだ経験は8戦。一方ランページが走ったレースは13、その中で重賞は11、そしてG1は5。その全てを勝利で飾っている、それならルドルフはどうなってしまうのか。そういわれて彼らは血の気が引いてしまった、そう自分たちの記事が皇帝を侮辱している事に気づいてしまった。

 

「なんか、一気に抜かれた気分だわ……」

 

気付いている者はいない、クラシックでの彼女はシニアに比べて経験不足で通す事は出来ているしこのままでいればきっと……そう思えなくなっている自分はもう記者としてやっていけないんだろうなぁ……と思いながらも仕事のためにペンを持つ、誰かに読んでもらう為の記事を。

 

 

「お姉様、大丈夫?」

「よっライス、俺は元気だぞ」

「まあその様子からしたら元気っぽいね」

 

その日、ランページの姿はメジロ家の療養所にあった。ジャパンカップの激闘は想像以上にランページの身体にダメージを与えていた、レース後のインタビュー以外では今のところ取材を受けていない。正確に言えば受けさせていない、その判断を下したのはメジロアサマと南坂トレーナー。取材なんて回復してからでいい、まずは彼女の回復に努めるべきだと療養所に缶詰めにされている。そんな様子を見に来たライスとネイチャを出迎えた当の本人はプールで泳いでいる。

 

「にしても流石メジロ家……トレセン学園よりもずっと凄いじゃん設備」

「お姉様、プール寒くないの?」

「全然。これ温泉プールなんだよ、いやぁ~気持ち良い上に軽い運動にもなるから最高だよな~」

 

ワザとらしく頭にタオルを載せ、身体から力を抜いて水面に浮かび上がって声を出してリラックスする。これが本当にワールドレコードをたたき出したウマ娘の姿なのかと思いたくないが、自分達からしたらこれが平常運行のランページだなと安心感を覚える。

 

「んで、どうだよトレセン学園の様子は?」

「そりゃ大騒ぎに決まってますよ、なんせワールドレコードなんてやってのけちゃったんだからさ。騒がない訳がないよ」

 

連日、トレセン学園への連絡は行われっぱなし、ではなかった。南坂が暫くの間はランページは療養に専念させるから取材は受けないとインタビューの段階でハッキリと言っているので報道陣の方は比較的に静か、それでも来てしまうものは来てしまっているが……騒いでいるのはウマ娘たちの方。

 

「もうカノープスに若い子がいっぱい来ちゃってさ、なんかもう信じられないって感じ。去年まではザ・中堅どころってチームだったのに」

「う、うん。ライスもレース場に行ったときに、間違えてリギルさんの所に来ちゃったのかな?って思った」

「あっちゃ~……なんか悪いな迷惑かけちまって」

 

レースレコードやコースレコードどころか、ワールドレコードを叩き出すなんて事はスピカやリギルですらない。日本という国を飛び越えて世界中のウマ娘が本気で競い合った記録との戦いになる。そこまで視野を広げて戦うなんて事は普通しない、そんなレコードが出るのは正真正銘の実力故に。それを出したランページが所属するカノープス、元々無敗の三冠ウマ娘が所属していたのに、更に入部希望が増えてしまったとの事。

 

「まあそっちはいいよ、元から騒いでたし。んでそっちは如何なの、TVのニュースとかじゃ年末にでてくるのか、それで三冠同士が戦うんじゃないか!!って大騒ぎしてたよ」

「さて、どうなるもんかね」

 

ネイチャの言葉にランページは少々言葉を濁す、ここにいる間に南坂がやって今年のスケジュールについて尋ねてきた。ジャパンカップの後のスケジュールは越えてからでないと断言は出来ないと敢えて空白を残していた。

 

「どうしたいですかランページさん」

「どうしてぇって言われてもねぇ……俺としては走ってみてぇ気はするよ、何せオグリさんと走る事ができる最後の舞台だからな、それにライアンとも走れるしある意味最高の舞台、それに興味がないなんて言ったらうそになる。ウソになっちまうんだが……そういう顔を見せられたらね」

 

南坂は渋い顔を作っていた。それは自分の意見に否定的、いや反対を意味するものだった。トレーナーとしての判断は有記念は出走しない。

 

「俺の脚、怪我でもあるのか?」

「主治医さんには入念な検査をお願いしましたが、貴方の脚に怪我はなくその兆候もありませんでした」

「んじゃなんでまた?」

「―――消耗の度合いが激しすぎているからです」

 

ワールドレコードをたたき出したランページの走りは素晴らしかった。モンスニーの走法、マルゼンスキーからの心、そしてカツラギエースの技術、日本でもトップクラスのウマ娘の力が収束されたといってもいい、その集大成がジャパンカップ。それを見て自分も感動した、感動したが……その代償としてランページの身体は本人が思っている以上に疲弊している。

 

「来月の開催までに万全なレベルにまで回復する見込みは低いですね……出られる程度には回復はするでしょうが、それで走ったとしてもオグリキャップさんやライアンさんには絶対に勝てません」

「そこまで断言しちまうのか」

「いえ、最悪の場合は……怪我にも繋がりかねない」

 

去年のジャパンカップ、そこで激走したオグリは繋靭帯炎を発症させてしまった。そのニュースを聞いて、南坂もショックを隠し切れなかったしウマ娘が全身全霊を尽くして走ればそのような事も起こりうる。それを許す訳には行かないと掲げたのが無事之是名バ。故に、今年のレースはジャパンカップで終わりにする。そう南坂は決定づけた。

 

「どうしてもかい?」

「私は貴方のトレーナーです、私には貴方を守る義務があります。貴方にはもう、沢山の夢を見せていただきました。だからまた、来年も、そのまた次も……私は貴方と、あなたを含めたカノープスで夢が見たいんです」

 

必死な顔をする彼の顔は、初めて見るようなものだった。何か、大事なものを失いたくないと言いたげな男の表情を見たランページはそれを歪める選択なんて出来なかった。

 

「そういう風に言われちまったら、俺が強行する訳にもいかないよな……わかったよ南ちゃん、俺のクラシックはジャパンカップで終いだ」

 

身体をプールへと浮かべながら空を仰ぐ、今年はもう走り尽くした……今は、休むとしよう。

 

 

「まあそれもありだと思うよ、下手に無理して怪我して終わりました、なんて事になったらシャレにならないし」

「そうなったらライスも嫌、だからいいと思う」

「ああ、俺も南ちゃんの判断が正しいと思う」

 

最終的な判断は自分の意見も入れた物、そしてそれに納得している。それでこの療養所でゆっくりしている。

 

「オグリさんが言ってたんだよな、此処は前にベルノさんと来たハワイと一緒だって」

「えっ先輩ってベルノライト先輩とハワイ行った事あるの?」

「いや、なんか日本のハワイなんだと」

「日本なのに、ハワイなの?」

「なんか、俺もよく分からないんだよな。オグリさんもよく分からないって言ってたし」

 

実際はハワイ風のアミューズメント施設で療養兼トレーニングをしたと六平トレーナーから聞いた。なので自分は自分で此処のプールを使ってそれをやっているという事、軽く泳いだりする分には良いと許可ももらっている。

 

「どうせだ、ネイチャとライスも入らねぇか?」

「えっでも水着とか持ってきてないし……」

「私たちメジロのウマ娘じゃないし……」

「気にすんなって、オグリさんだってここでのんびりしたんだから」

 

結局、ネイチャとライスはお言葉に甘えてメジロの療養所を堪能しつくしたのであった。



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84話

療養所に併設されているコース、療養所と言っても常に休み続ける訳ではない。適度な運動も休む事には重要な物となるのでその為の施設も確りと完備されている。そのコースで軽いジョギングを行ったランページはシューズで地面を蹴りながらジャパンカップを最後にする、そう判断したトレーナーのそれが正しかった事を知る。

 

「んっ~……こりゃ南ちゃんの読み通りだな」

 

軽く走って分かった、まだ自分の脚は回復しきっていない。数日はたっぷりと休んだ上でマッサージやらを受けた筈なのに脚のコンディションが優れない。此処に居てこのペースでの回復だとすると……有記念には絶対に間に合わないだろう、自分だって今走って分かった事なのに……自分の事を100%理解している最高のトレーナーだ。

 

「お嬢様、どうぞこちらを」

「ああ。ありがと爺やさん」

 

タオルとドリンクを差し出してくれるメジロ家の爺や、邸宅での仕事もある筈だがアサマに自分の世話を焼くようにという指示を受けているらしい。筆頭執事である筈の爺やを当てている辺り、自分が勝手に走ったりしないように見張る意味もありそうだ。自分はそこまでの問題児に見えるのだろうか……少しだけ心外である。

 

「もう12月か……確実に有には間に合わねえな、まあ走る気はねぇんだけど」

「お嬢様は既に世界一の称号を取りました、これ以上走る事はないかと思います」

「分かってるって、でもさオグリさんとライアンと一緒に走れる舞台だったんだぜ?惜しむぐらいは許してくれよ」

 

既に南坂が自分は今年はもう走らない事を発表しているので、今足搔いたとしても出る事は叶わない。その発表の場面でも相当に荒れていた。

 

『ワールドレコードを出したメジロランページさんの走りを是非見たいと思う方は多いと思うのですが!!』

『それは私も同意見です、ですが現在のコンディションで無理に出走をしてもいい結果にはならないという確信があります。寧ろ、怪我に繋がりかねません』

『普段からかなりきつめのトレーニングメニューを課している貴方がそれを言う資格があるのですか?』

 

中には批判的な意見を口にする記者もいた、なぜ出さないのか、クラシック三冠であるメジロライアンと戦わないのか、独裁者は永世三強から逃げるのか、共にジャパンカップを走った戦友と戦わずにこのまま勝ち逃げするのか、目に余るような発言も飛び出していたが、それにも南坂は断固とした対応を貫き通した。

 

『あります、私は彼女のトレーナーです。トレーニングに関しては彼女の身体の事を把握した上で行っています、そして把握しているからこそ走らせません。私には彼女を守る義務があります。どんな言葉を掛けられようが、彼女は出走しません。来年からの活躍を楽しみにしていてください』

 

普段の優男な雰囲気とは真逆と言ってもいい程に一本筋を感じさせる姿に鳥肌が立ってしまった。

 

「流石俺が惚れたトレーナーだと思わないかい?」

「ええ、私もあの会見は大奥様と拝見いたしました。大奥様も南坂様がお嬢様のトレーナーで良かったと仰っておりました」

「だろ?俺ってば意外に見る目あるのかもな」

 

調子に乗ったような発言にも爺やはニコニコとしながらも左様でございますね、と合わせてくれる。そんな事をやっていると自分の携帯が鳴った、爺やに取って貰うと画面にはパーマーが表示されていた。

 

「あい此方療養所でのんびりしてます独裁者のランページで~す」

『ハハハハハッそういう言い方してると本当に独裁者っぽい!!』

 

電話の向こうのパーマーは酷く元気そうだった。そういえば今日はパーマーのレースがあった筈……

 

『ステイヤーズS(ステークス)……勝ったよアタシ~!!』

「おおっマジか!?」

『マジマジ!!しかも、6バ身差で勝ちました!!』

「おまっ……俺よりすげぇ事やってね?」

 

ステイヤーズSは長距離のG2レース、数少ない長距離レースの一つだが……その距離はなんと3600m。メジロ家が悲願としている天皇賞(春)よりも400mも長い距離を走る、国内では最もゴールに時間がかかるレースの一つとされている。パーマーの脚質は自分と同じ逃げ、しかも大逃げ。それなのに3600を走り切った上でそれほどの着差を付けて勝ったならばそれは自分よりも凄いと思える。

 

『よしてよ~天下のジャパンカップ、ワールドレコード保持者に比べたらアタシなんて下の下だよ』

「こちとらまだ2400までしか走ってねぇんだ、3600なんて俺からしたら走れる気がしねぇから走れるパーマーは俺から見たらバケモンだ」

『いや、それ完全にこっちの台詞だし』

「ですよね」

 

パーマーからしたら2400のワールドレコードを達成したランページは怪物に見えるし、ランページからすれば3600という余りにも果てしなく長い未知の距離を逃げ切ってしまうパーマーは化物に見える。これに関してはお互い様という事になる。

 

「だけどやったな、これで天皇賞にも弾みが付くって訳だ」

『うん!!この距離を走り切れたから自信が付いたよ!!春の天皇賞でも爆逃げやったるから!!』

「その意気だ。あ~あ、それ聞いたらなんか走りたくなってきちまったよ……今からでも有にエントリーすっかな……」

『えっ!?』

「ランページお嬢様!!」

「……冗談だっつの」

 

パーマーの話はウマ娘としては確かに惹かれるものがある、同じ大逃げを戦法とする身としては負けてられないというライバル心のような物が燃え上がって来てしまっている。だが、此処で出てしまったら南坂の信頼を裏切る事になってしまう。それだけは絶対にしたくはない。

 

『あ~もう吃驚したぁ……アタシの所にもお婆様から話来てるから焦っちゃいましたよ、報告したくてしちゃったけど、やめた方が良かった!?ってマジに考えちゃいました』

「そりゃ悪かったな。でも分かるだろ、分かっちゃいるけどなんか血が騒いじまうんだよ。つう訳で別の何かで発散させるか……んじゃまあパーマー、優勝おめでとさん、今度ヘリちゃん誘って打ち上げにでもやろうぜ」

『あっそれいいね!!絶対やろ!!』

「んじゃまそゆ事で」

 

という訳で通話を切ってドリンクを喉奥へと流し込む。パーマーも頑張っている、自分も負けてはいられない。その為にも―――確りと休む事にしよう、自制して疲れを取る事も闘いの一つだ。

 

「爺やさん、俺部屋に戻るわ。適当にゲームでもしてるよ、大丈夫だよ走ったりしないから」

「畏まりました、ではご入浴とマッサージの準備を至急させます」




尚、ポケモンでイダイナキバとトドロクツキの色証厳選をやっていた。
色違いのカリスマ証イダイナキバと、たそがれ証トドロクツキを発見し、ウマッターで報告しようとしたが、やっていいのかを南坂に聞いてみたら苦笑いされた。


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85話

「改めて、ジャパンカップ制覇おめでとう。私以来の制覇が君のワールドレコードだったのは正直なところ予想を超えていたよ」

「ハハッ皇帝様の予想も外れる事があるとは、俺にもトリックスターの素質があったって事ですかね」

「んもうランページちゃん、ルドルフをあんまり虐めないの」

「あ~いちゃん先輩」

 

療養所での療養もそこそこに終わらせ、トレセン学園へと復帰したランページ。居続けるのも身体に良くないので学園で過ごしつつ、休日などは療養所で確りと身体を休めるという事に変更できる程度には回復した証でもあるので南坂はまたトレセン学園で姿を見られる事に笑みを浮かべる。そんな彼女は生徒会から呼び出しを受けた、何かをした記憶はないが、訪ねてみるとそこには会長のルドルフと副会長のラモーヌが自分を待ち受けていた。

 

「君に期待してなかったという訳ではなかったんだ、唯メジロの療養所から戻って来たオグリキャップの仕上がりがかなり良かったのでね、彼女の方が取るんじゃないかと思っていたんだ」

「あ~……確かに、オグリさんスゲェ楽しんでたからな。六平トレーナーも良いリフレッシュが出来た、感謝するってお礼言ってましたし」

 

史実は11着、そこでオグリは終わったと言われた。だがメジロの療養所で集中的且つ専門的なケアを受ける事が出来たのでオグリの体調は一気によくなった、そして美味しいご飯も沢山食べられたので精神的にも漲り、スタッフからの応援の後押しがブーストされて3着と好走出来た。あの調子の良さならば……とオグリに期待する気持ちはよく分かる。

 

「次の有記念では凄い走りを見れるだろうな。会見では色々と言われていたが、私は出ない方が正解だと思っている。万全の状態にまで回復するのが最良だ」

「俺もそこは分かってますよ、大人しく休んでるつもり」

 

ルドルフも会見は見ていたが南坂を全面的に支持している。というよりもこれは東条も沖野も同意見、寧ろ話題性やらばかりを気にしているマスコミに対して辟易してしまった。有名になればなる程に自分の身体は自分だけの物ではなくなっていく事が多い、小さな失敗も大きな失敗へと取り立てられる事だってしばしば……故に対面を気にする。だが南坂はそれに囚われずにウマ娘の身体を優先した。

 

「んで、何で俺呼び出し食らった訳?なんかやったっけ、会見で問題発言したからそのお説教?」

「いやあれはあれで私も正しいと思う、トレセン学園としてはあれらの出版社は出禁にする事を検討している」

「そりゃ嬉しい限りですわ」

 

スカッとした気持ちとざまぁみろの笑いが込み上げて来るが、それを出したら絶対に怒られるので抑える。

 

「本題に入ろうか。メジロランページ、生徒会に入るつもりはないかい?」

「生徒会って……此処?」

「ああそうだ、現在は私が会長、副会長をラモーヌがやってくれているトレセン学園の生徒会だ」

 

生徒会。アプリなどではルドルフを会長、副会長にブライアンとエアグルーヴが就任していた。と言っても現在は副会長にラモーヌが居る位だが……まさかそこからの勧誘を受けるのは予想外だ。

 

「無論君だけを勧誘している訳ではない、ライアンにも声を掛けさせて貰っているよ」

「生徒会って三冠統一縛りでもしてんの?」

「仮にそうだとしたら、全員揃えて19冠かな?」

「ライアンが有取ったら20冠か、笑えねぇよ。後任が尻込みしかしねぇよ」

 

そんな事になったらまた三冠が出ないと生徒会に入れない……って事態が生まれかねない。

 

「加えて、君は英語やフランス語にも明るいとラモーヌから聞いた」

「ドイツとイタリア語も行けるが?」

「想像以上に眩しいな」

 

ヒト時代にドイツ語のカッコよさに惚れて勉強していた事があった。それから中二時代に神話やらに嵌った結果、こんな事になってしまった。若さとは怖いものだ。

 

「生徒会に入らなくても構わない、だが偶に手伝いを頼んでもいいかな?君宛ての書類も来るようになってね、流石に私も君程語学に明るくないものでね」

「それ位だったらお安い御用だぜ会長」

「助かる」

 

兎も角、生徒会に入るかどうかは一旦置いておくことになった。やっても良いのだが、今はまだレースに集中したいという気持ちがある。せめてシニアに慣れてからだと思う。

 

「さて、君にはシニアで何を目指すのかな。無敗の三冠を成し遂げ、ジャパンカップをワールドレコードで制した。何ならもうドリームトロフィーリーグに移籍する事も出来るぞ?」

「いやそっちは興味ねぇし眼中にないな、まだライアンと走ってねぇし」

 

誘いをかけてみるが一蹴される、URAの幹部から誘いをかけてみてくれないかと言われたのだが……まさか興味なしとノータイム返答とは。勝負服のデザインの事と言い、URAは一体何回ランページに心を折られればいいのだろうか。

 

「では海外に挑戦するのか?」

 

ジャパンカップで海外のウマ娘を破った事で、彼女に対する期待は益々大きな物へとなっていく。今だ成しえていない世界最高峰のレース、凱旋門賞の制覇も出来るのではないかと思うファンも少なくない。語学も堪能という事で単身で渡欧し、挑戦する事も視野に入る。

 

「いや海外も別に……というか、洋芝は日本の芝とじゃ全然違うって話だし日本で勝ったからって向こうで勝てる訳じゃないだろ」

「現実的な意見だな」

 

思わず肩を竦めてしまった。洋芝は日本の芝に比べて草も長い上に地面も柔らかい、故に日本よりもパワーが要求される。日本の芝はスピードが、海外の芝はパワーが、要求される物が違うので日本で勝てても海外では勝てないという事は多い。

 

「天皇賞を狙ってるぐらいかな、これでもメジロのウマ娘だから」

「成程、納得の意見だな」

 

目標を宣言するとそれに納得する、ランページはそのままカノープスに顔を出しに生徒会室を後にする。そして残されたルドルフとラモーヌは自然と顔を見合わせた。

 

「……彼女ならば、海外の芝も苦にしないと思うが」

「シンザン鉄でトレーニングしている訳だからパワーはある、そしてスピードもある……適性はあると思うのよね」

 

手元の資料で隠していたある物をルドルフは見た。そこにあったのはジャパンカップで彼女が破った海外ウマ娘からのラブレター、そこの一つにこうあった。

 

―――凱旋門賞で君を倒す。

 

「さてさて、興味も無い海外にどうやって目を向けさせる物か……難題だな、これは」




「えっ~!?ドンファンに輝石持たせても意味ないの!?」
「ターボ、イダイナキバはドンファンの進化系じゃねえぞ。俺も初見は勘違いしたけど、メガシンカどころかゲンシカイキだぞ」
「フフン、ネイチャさんの晴雨パの敵じゃないね」
「そう言えばさ、古代活性が晴れで起動するのってゲンシグラードンの影響なのかな?」
「あ~なんかありそう」

「皆さん楽しそうで良いですね」

カノープスは今日も平和です。


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86話

「やれやれ、困ったものだなこれは。如何したものか……」

 

ランページ宛に向けられた手紙、直筆の物もあれば挑戦的にレースへの案内状、パンフレットのような物まで様々。どれもこれもがジャパンカップでランページが打ち破ったウマ娘ばかり。アメリカ、フランス……その中でも一番異彩を放っているのはたった一枚の紙、そこにはなんと毛筆で書かれたであろう文字があった。

 

凱旋門賞で君を倒す。

 

慣れない筆と日本語なのだろう、文字が崩れていたり所々掠れていたり読みにくい、それでも本人が自分で筆を取って一生懸命に書いて送りつけて来た挑戦状である事が伺えた。込められた思いは唯一つ、打倒メジロランページ。それだけが込められた挑戦状だった。

 

「……かと言って、凱旋門賞か……」

 

ルドルフにとっても様々な意味で因縁がある世界最高峰のレース、凱旋門賞。その名を知らぬ者はいないと行っていい程の世界最強ウマ娘決定戦、と言っても差し支えない程の大レース。このレースに挑んだ日本のウマ娘はこれまでに3人しかいない。その最初の一人こそ、ルドルフのお婆様、スピードシンボリ。二人目はメジロ家、メジロムサシ。3人目は親戚にあたるシリウスシンボリ。3人とも素晴らしい名ウマ娘であった、だが凱旋門は、いや海外の壁は厚かった。

 

「君ならば、どうなるのだろうか……」

 

ルドルフは海外への遠征へと臨もうとした時に脚に不調を感じ、それが原因で欧州遠征が取りやめになってしまった。結局、出来たのはアメリカだけであった。出来る事ならば、祖母が走ったあの地で勝負したかったと今でも思う。

 

「ラモーヌ、君はどう思う。ランページは海外挑戦すると思うか?」

「何とも言えません。それしかいう言葉が見つかりません」

 

同じく、凱旋門に挑戦したメジロ家のラモーヌに言葉を問うが煮え切れない言葉しか返ってこなかった。自分と彼女の境遇は似ている、故に何か思う所があったと思ったのだが……

 

「―――実の所、メジロ家内部からお婆様へ対してランページちゃんを凱旋門賞へと出したら如何かという意見書が幾つも届いています」

「だろうな、あれ程の走りを見せたのだ」

 

メジロ家もそう思うのか、それも当然だろう。あれだけの走りを見せられたら次を期待しまうのも当然だ、それは自分も―――

 

「ですが、邪な思いから来る物があったんです」

「―――邪?」

「あの子を、良く思わない者も多いのです」

 

ランページのメジロ家の立場というのはかなり繊細なのである。元々がライアンの友人だったのにも拘らず、突然メジロ家入りをしているからか反感を覚える者もいる。寒門のウマ娘をメジロに入れるなどと、という事を大きな声で言っていた者も居た、だが―――それは彼女自身が実力で黙らせた。デビューから連戦連勝、遂にはG1を制覇し、そのままの勢いでトリプルティアラを獲得、そしてジャパンカップでワールドレコード。

 

「だからこそ、凱旋門賞に出そうと言っているんです。凱旋門賞に出して海外ウマ娘の力で押し潰そうとしている、ジャパンカップで勝ったのも日本だから、海外なら絶対に潰れると」

「……気に喰わんな」

「同感です」

 

あそこまで大きくなってしまったランページに対して表立って反対的な行動を起こしたら確実にカウンターを喰らうだけ、ならばその逆。背中を押して転ばせてやろうとしている。凱旋門ならば、確実に……と思われている。

 

「お婆様としても悩んでいるそうです、ですが……ムサシさんの無念を晴らして貰いたい、そんな思いがないと言えば嘘になります」

「……そうだな、それこそ私も同じだ」

 

出来る事ならば、来年の凱旋門に出場したいとさえ思う。お婆様に、勝ちましたと胸を張って言いたい。

 

「でも、結局のところはあの子が行きたいと言わない事には……」

「極論そこに行き着くな……機を見て、南坂トレーナーと相談をするのが一番か……」

「それが一番でしょうね、あの人かライアンが一番ランページちゃんを理解してますから」

 

 

 

「お姉様、何の本読んでるの?」

「ラテン語の教本」

 

カノープスの部室、そこで留守番をするかのように本を読んでいたランページに対してライスが覗き込んだ。本はラテン語の教科書で、手元のノートにはラテン語の翻訳文章と思われるものが綴られている。

 

「ラテン語って先輩もしかして海外遠征を視野に入れてるんですか!?」

「全然考えてねぇけど?というか何で俺が海外に遠征しないといけない訳」

「それじゃあ何でラテン語なんか勉強してるのさ」

「カッコいいから」

 

その余りにも単純すぎる一言にチケットだけにも飽き足らず、ライスもよく分からなそうに首を傾げてしまった。いち早く復活したネイチャが聞き返す。

 

「いやいやいや、カッコいいからって全然分かんないんだけど」

「ゲームとかでもラテン語使われてるのあるだろ、壁画に刻まれてるのがラテン語でしたっていうのもさ」

「あ~トレジャーハンターゲームとかそういうの良くありますよね」

「それにラテン語って響きがカッコいいの多いんだよ、俺がドイツ語覚えたのもそれが切っ掛けだしな」

 

それを聞いてチケットとライスがへぇ~と納得する中でネイチャは呆れ顔、ジャパンカップで勝ったから今度は海外遠征を視野に入れていると思ったのに……理由がカッコいいからとは……

 

「後、こういうの覚えておけば引退した後に海外レースのコメンテーターとかやれそうだし」

「確かに!!いいな~アタシも覚えてみようかな?」

「お姉様がやるならライスも勉強してみようかな……英語なら出来るんだけど……」

「ドイツとフランス、イタリアも行けるから教えて欲しいなら教えるぜ」

 

ワイワイと賑やかな雰囲気に包まれる部室、ネイチャはトレーナーへと視線を向ける。

 

「ランって海外遠征したら何処まで行けると思う」

「何とも言えないですね、ですがシンザン鉄で鍛えてますから必要とされるパワーは十二分に備わってますから良い所まで行くかもしれませんね」

「トレーナー的にそこに導かなくていい訳?」

「当人にその気がゼロですから」

「ですよね~……」

 

『Rampage……来年の凱旋門賞で絶対に貴方を倒す!!』

 

「あっそうだ、今日皆でフレンチ喰いに行かないか?俺の奢りで」

「わ~い!!ターボ、一回でいいから食べてみたかったんだ~!!」




ランページ、今の所、海外に行く気、見事なまでにゼロ!!


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87話

その日、ランページの姿は療養所にあった。不満げな表情を浮かべながらも脚部の集中マッサージを受けている、後僅かで完全回復すると言われているのだが……この日ばかりの調整はアサマから厳命、ランページは渋々とそれを受けていた。

 

「どうかご理解くださいお嬢様」

「分かってるよ……あ~もう、ぶつくさ言ってもしょうがないのも分かってるけどさぁ……中山に行きたかったぁぁぁ!!」

 

そんな叫びにスタッフ一同は同意見。自分達だって中山に行きたかった、何故ならば……今日は今年最後のレース、有記念があるのだから。結局ランページは出走せず、その事に未だに何かを言う者も居るがそれらは完全に無視する事を決めた。ワールドレコード出したんだからこれ以上何やれというのか、まあ本人的には出たい気持ちが無かったわけではないが……そうではなくも直接観戦しに中山レース場に是非とも行きたかった。

 

「なんでオグリさんのトゥインクルシリーズ最終レースを見に行けねぇんだよぉ……ライアンだって出るから応援しに行きたかったのにぃ……」

「ご容赦下さいお嬢様」

「うぅぅっ……」

 

目の前に置いて貰った大型TVを睨みつけながら恨み節が止まらない。本当ならば現地に行くつもりだったのに……如何してお婆様は許してくれなかったのか……。

 

「それは貴方を守る為ですよ」

「そんなに俺って信用無いんですかぁ~ん……」

「そうとは言っていません。ですが万全を期す為です」

「何の万全……ってぇお婆様いつの間にぃ!!?」

 

何の前触れもなしに、突然現れたお婆様、メジロアサマに仰天。どうしてこんな所にいるのかと言いたいが、言葉が上手く出ない。

 

「貴方を見張りに来た、とでも言えば満足ですか?」

「お、お婆様直々にって……何だよ俺ってそんな信用無いのぉ……流石に凹むぜぇ……」

「違いますよ―――言ったでしょう、守る為だと」

「だから誰から」

「貴方なら、分かっているのでしょう」

「他のメジロ家、ですね」

 

やっぱり解っているんじゃないか、と思いながらもTVの中ではいよいよ有がスタートした。全員が良いスタートを切って、ゆっくりと纏まって進んでいく。先頭は僅かにヤエノムテキ、その少し後ろにオグリとライアンが並んでいる。

 

「ライアンの友人でしかない俺をメジロ家に入れる、その段階で相当やり合ったんじゃないですか」

「有象無象の言葉など塵芥にも及びません」

「やり合ってるんじゃないですか」

 

何も分からなかった訳じゃない、メジロに入る前のランページなんて寒門のウマ娘も良い所だ。それを簡単に名家に入れてしまうのは問題にならないのか、そう思う事はあった。自分を守ってくれているのならば、結果を出せなければ守ってくれている人の急所になる事になる、だからこそ走った。

 

「トリプルティアラにジャパンカップのワールドレコード、それで貴方を認めた者が大半です。それでもまだ認めぬ者も居る」

「元々のメジロ家系の人達からすれば俺は血脈も何もない唯の赤の他人ですからね。ある意味当然です」

 

一周目のスタンド前、それを通った時に大歓声が上がった。普通のレースならゴールした時のような歓声。

 

「中山に行けば必ず貴方に接触を図り、貴方を挑発するでしょう」

「如何言う風に、でしょうか?」

「―――凱旋門賞、そこに行けと」

「―――凱旋門って……成程、所詮俺は井の中の蛙大海を知らずって寸法か」

 

全てを察する。そして同時に怒りも感じて来た、言外にお前のジャパンカップの勝利なんて意味がない、自分のホームだから勝てたに過ぎないんだと言っているのだと理解した。なんて浅ましくて愚かで馬鹿な下品で最低な発想だ。

 

「それ、シンボリにも喧嘩売ってないですか?」

「売ってますね、既に現当主にもチクりました」

「お婆様……最高の発想です」

「でしょ」

 

悪い顔を作り、アサマも少しだけ笑いながらピースサインを作った。何だかんだでお茶目で可愛らしい人なのだと再認識させられる。

 

「でも凱旋門……考えた事も無かった」

「そうなのですか、トレセン学園には貴方宛ての挑戦状も来ていると聞きましたよ」

「えっ何それ俺知らない……」

「あの子もまだまだですね」

 

アサマはルドルフなりに考えがあっての事なのだろうが……ランページに対してはそれは完全な遠回りでしかない。徐々に興味を持たせて自分で決めて貰おうとしたのだろうが、彼女には最初から挑戦状を見せた方が圧倒的に速い。

 

「因みに誰が送って来たんですか?」

「貴方がジャパンカップで対戦したウマ娘全員です」

「あらやだ、俺ってば人気者」

 

中山の最後の直線、心臓破りの坂へと掛かった。その先頭を行くのはオグリ、それを追走するのはライアン。このレースを最後にトゥインクルシリーズからドリームトロフィーへと行ってしまう憧れの人、その人と本当の意味で戦う事が出来る最後の機会、三冠ウマ娘としての意地なんてない。ライアンの中にあるのは―――メジロライアンとして、憧れの先輩と戦うという気持ちだけ。

 

『さあオグリが、オグリキャップが来た!!オグリだオグリ先頭!!オグリが先頭だ!!外からライアンも迫ってくる!!オグリが先頭このまま行けるのか!?今年、最後のオグリが、オグリが、オグリ頑張れ!!頑張れオグリ!!ライアンを押し退けて、オグリが、オグリ1着!オグリ1着!!オグリ1着!!!オグリ1着!!!!トゥインクルシリーズの引退の花道を、勝利で飾ったスーパーウマ娘オグリキャップぅぅ!!!!三冠ウマ娘、メジロライアンを振り切っての見事な走りでしたぁぁぁぁ!!!』

 

今年最後の大勝負、トゥインクルシリーズという戦国時代の最後の戦を制したのはオグリキャップ。誰もが認めるスーパースター、彼女よりも強いウマ娘はこれから出るだろうが彼女よりも愛されるウマ娘は出るとは思えない、そんな言葉も納得できてしまう魅力が彼女にはあった。そんなレースを見たランページは全身に電流が走ったような気分だった。

 

「流石オグリさんだ……すげぇ走りだ」

「ライアンも良い物でしたが……矢張り彼女は凄い」

 

アサマもそれは認める、あの走りを認めない者などはいない。それ程迄の走りだった。目に焼き付けたランページは思った、これこそが挑戦だ。オグリは引退するのではない、新しい舞台へ戦いに行くのだ。ライアンもそうだ、彼女も戦いに行った……ならば自分もやろう。

 

「お婆様、そいつらの事ですけど」

「気にしなくていいですよ、時間は掛かりますが封じる事は出来ます」

「そっちは任せます、俺は俺で……ちょっと燃えて来ました」

 

自分の事が気に入らない、結構な事じゃないか。俺は俺の道を行く、但しそれはメジロの道にもなる、その事を全く理解していない。どんな事を喚こうとそれは紛れもない事実として世界に記憶される。アサマは少しだけ笑った、境遇の事もあったせいか過保護になり過ぎてしまったと。

 

「私は好きにします、貴方も好きになさいランページ。栄えるも滅びるも己で決めなさい」

「そりゃ……最高ですね」

 

矢張りこの人は最高だ。

 

「まあ貴方がなんと言おうと、それら……いえ、俗物は処分すると決めていましたがね」

「お婆様こぇぇ……」

「私なんかよりも、ルドルフのお婆様、スピードシンボリの方がもっと怖いですよ。今回の事を伝えたら彼方にも伝わりましたから……その時笑ってました」

「えっ」




「それはそうとランページ、貴方ウマッターで何やらゲームの報告をしてましたね?」
「メジロのウマ娘としてそういうのはやめた方がいいですかね……(やべえ怒られる……というか、ウマッター監視されてるの……?)」
「……スカーレットのパラドックスポケモン、交換して貰えます?」
「えっお婆様もポケモンやってるの!?」
「赤緑時代からずっと」
「意外!!?」

その後、ウマッターにアサマと一緒に撮ったツーショット写真を上げたら大騒ぎになった。
主にメジロ家が。


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88話

「ランページさん、あのウマッターは一体何なんですの!!?」

「そうだよラン!!何でお婆様と一緒だったの!!?」

「しかもお婆様もニコニコだったし、何が如何なったらああなってたの!?」

「いきなりかお前らぁ!?」

 

それはジャパンカップの記事チェックでヒト時代に新聞をチェックしていた習慣が復活してしまったせいなのか、学園内の購買で売っていた新聞を買ってシガー片手にそれを読みこんでいた時だった。競馬の記事がない事に寂しく思いながらも、デカデカと掲載されていたオグリのレース記事に目を通しているとマックイーン、ライアン、パーマーが凄い勢いで迫って来たのである。

 

「ったく何なんだよ……俺がウマッターやってるのがそんなに可笑しいのか」

「そこではありませんわ!!どうしてお婆様とお写真を撮ってそれを上げるなんて状況になっていたのかをお聞きしているんです!!」

「如何してって言われてもな……」

 

アサマが自分の上げた色証のイダイナキバとトドロクツキを捕まえましたを見たから、としか言いようがない。そこでアサマもポケモンをやっていると聞き、丁度自分がスカーレットでアサマがバイオレット、なので通信交換したり対戦してみたりしていた。

 

「今回の伝説枠、なんか凄い……駄犬感あって凄い可愛いですよね」

「ええ、でも凄い愛着がわいてしまいました。特にサンドイッチ欲しさにボールから出て来た時なんて……この子、何て良い子なのかしらって声に出ちゃいましたよ」

「分かります分かります!!なんか、もう一匹のコライドンが出て来た時に凄いシュン……としてる時も可愛く思えちゃって……」

「ミライドンも凛々しいと思ったら愛らしい所があって……」

「へぇ~コライドンなんてもう大型犬にしか見えませんでしたよ、ヘルガーの所は凄い風格あったのにアギャスで駄目でした」

「フフフッ私もです」

 

「みたいな話をお婆様としてたぜ」

「お婆様がポケモン……」

「ぜ、全然イメージない……」

「やってるんだ……」

 

そんな感じでポケモン談義をしながら療養所では楽しく過ごす事が出来た。その流れで、アサマ曰く俗物への牽制も含めて写真を撮ってあげてみた。結果的にメジロのポケモントレーナーがトレンド入りする事になった。

 

「でも、如何してお婆様はランの所に行ったんだろうね。ライアンの応援に行ってもよかったのに」

「それは思いましたわ」

「いや、アタシは来られたら緊張で走れなくなるから助かったよ……」

 

パーマーの言葉に同意するマックイーン、そしてライアンはライアンでこの結果に安心している。菊花賞の時以上に緊張したに違いない……しかし、それならば如何して休養中のランページの所に行ったのかが解せなかった。それを聞きに来たとも言える。

 

「単純な話だよ、ガソリンぶっ掛けに来てくれたんだよ」

「何それどういう事!?」

「起爆剤ブッ込んでくれたって事」

 

アサマが懸念していたのはランページがバーンアウトシンドローム、俗にいう燃え尽き症候群にならないようにする為。ライアンとの約束である三冠を達成し、更にはジャパンカップにも勝利した。これだけの活躍をしたのであれば意欲を失っても可笑しくは無いし、引退を決め込んでも文句は言えない。故に見定めに来た。

 

「次の目標を、お婆様はくれたんだよ」

「次って……無敗の五冠の次の目標って一体なにする気なの?」

 

強いて言うならば、ルドルフ越えの八冠を目指すとかそういう事になるのだろうか……と3人が考えているとランページは新聞を畳んで脇へと挟み、シガーを仕舞い込むと立ち上がった。

 

「決まってるだろ―――より強く、より先へ、より上へ、走り続けるだけだろ俺達ウマ娘は」

 

そう言い残して歩みを進めて行く。それを聞いた三人は当たり前の事を口にした彼女に驚いていた、ランページは途中にあったゴミ箱へと新聞を投げ入れ、生徒会室へと向かって行く。

 

「失礼する」

「ランページ?君を呼んだ覚えはないのだが……」

「悪いな、人に向けた挑戦状を隠し持ってるっていう悪い子が此処に居るって聞いてな。通報する前に釈明を聞いてやろうと思ってな」

「っ!!」

 

息を呑んだ。如何してその事を知っているのか、ラモーヌは首を横に振る、彼女ではない。ではどこから……

 

「済まない、だが君は海外への興味が無いように見えてね……それを強制する事になりかねないと思ってそれとなく興味を促してからの方が良いと思っていたんだ」

「そりゃどうも、だけど俺宛ての手紙だったら見せるのが道理だぜ会長」

「至極当然……だな、済まない。これらだ」

 

机にしまっていたモノをランページへと渡す、英語、フランス語などで綴られた手紙がある。要約すると、ジャパンカップでは負けた、だが此方はホームでは負けない!!だから戦いに来い!!というモノばかり。中にはそれすらなくレースパンフレットだけというのもあるが……ダート形式の物も結構あるな、と思っていると最後のものに辿り着く。

 

凱旋門賞で君を倒す。

 

「……へぇっ随分と面白いもんを隠してたもんだな、ええっ会長」

「済まない……だが、凱旋門賞だ。世界最高峰のレース、それを海外に興味がないとハッキリと断言していた君に伝えていいのかと思ってしまった。それで如何やって興味を持たせればいいとラモーヌとも話して―――」

「ンなもんこれ見せられたら一発で行く気になってたわ」

『えっ』

 

二人合わせて十冠が間抜けな声を出した。

 

「前以て南ちゃん辺りに見せてれば、多分南ちゃんの事だから上手く俺の事煽るだろうから俺がやってやろうじゃねえか南ちゃんこの野郎!!で海外挑戦決定だよ」

「そ、そんな簡単に……」

「決断なんてそんな物でいいんだよ、人生はノリと勢いだ。ちゃん先輩」

「えっ?何かしらランページちゃん」

 

急に振られたのでびっくりしつつ返事をすると、そこには笑顔があった。

 

「凱旋門ってフランスですよね」

「そうよ」

「なら本場のフレンチを喰いに行って来るよ」

 

なんて大胆不敵な発言なのだろうか、名家であるが故に此処までの事を言う相手には会った事がない。故に、そんなランページが魅力的に見える。それはルドルフも同じだった、そして本気で応援したくなった。

 

「なら、私もサポートしよう。シンボリも全力でサポートさせて貰うよ」

「そりゃ有難いね、それじゃあ早速一ついい?」

「なんでも言うと言い」

 

10分後……

 

「何で会長とラモーヌさんとスリーショットでハートマーク作ってるの~!!?ズルいよ~ラン!!!」

「いやほら、三冠ウマ娘の集いだから」

「ワケワカンナイヨ~!!」

 

ウマッターに上げられた物を見て、テイオーが大慌てでランページに詰め寄っていた。何を見たのかと言えば……

 

 

メジロランページ @dictatorship

 

三人揃って十五冠!!先輩に激励貰いました。

 

 

三人でハートポーズを作った写真が一緒になったランページの投稿を見たからである。

尚、滅茶苦茶バズった。



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89話

メジロランページ @dictatorship

 

諸先輩方、ウマ娘の姿、お借りします!!

 

これで文句ないやろ。

 

 

一つの呟きを投稿しながらも、改めて挑戦状を見る。ドが付くほどにシンプルな内容だろうか……だが問題もある、挑戦状の中には明らかにダートのレースもある事だ。自分で聞いた事があるレースだけに限定しても幾つかダートが混ざっている。

 

「南ちゃん、海外ってダートの方が主流なのか?」

「半分正解、半分外れですね」

「どゆこと?」

 

曰く、ウマ娘のレースの起源に違いがあるとの事。欧州はイギリスの王族などが行っていた娯楽が起源となっているとされている、自然の地形を生かしたハードなコースをどれだけ耐えられるかというモノが主流。一方アメリカは庶民の娯楽が起源、広くない土地にコースを作りどれだけ早く走れるかを競っていた。

 

「この差が主流のレースを分けたとされていますね。日本は欧州を範としているので芝コースをメインとしていますが、アメリカのダートコースのようなバ場の上に芝を植えてますのでどちらかと言えばアメリカ寄りですね」

「へ~人に歴史あり、ウマ娘のレースにも歴史ありだな。普通に面白い話だぜな、んじゃ欧州のウマ娘的には日本のコースって走りにくいのか」

「ええ。欧州の芝と日本の芝は全く違います、ですので慣れる事を始めるのが大前提ですね。ジャパンカップに来た皆さんだってそうしている筈ですよ」

 

そうなると、自分は欧州の芝に適応する必要がある訳か……まあ、洋芝式のコースはアサマに聞いてみたらメジロ家所有であるらしいので練習は何とかなるだろう。

 

「因みに俺ってダートの適性はあると思う?」

「寧ろ何故無いと思うんですか?」

 

真顔で返球され、捕球できずに間抜けな声を上げてしまった。

 

「えっあんの?ダートだぜ、俺走った事ないのに」

「だって、砂浜をあんなに走れてたじゃないですか」

「いやだってそれならターボ達だって」

「ターボさん達よりも、ずっと足場の悪い波の中をタイヤを引きずって歩いていたんですよランページさんは。そもそもダートの適性があった方なんだと思います」

 

曰く、元々の素質的に自分はダートの素質もあった。でなければ砂浜特訓でもっと海の中に沈んでいたと南坂は断言する。A~Eの五段階で表現すると、最初からC程度の適性はあり、砂浜での特訓でそれがB程度には上がっているとの事。

 

「んじゃダート走ろうと思えば走れるって事か、俺ってば」

「はい。と言っても、ダートを専門にしているウマ娘に比べてしまうと劣ってしまいます。経験値が0な訳ですからね」

 

基本的に日本では芝が主流、故にダートの知名度も規模も劣っているモノがある。だが、欧州で勝つよりもアメリカのダートコースで勝つ方が幾分か現実的であるという意見もある。

 

「つまり、経験さえ積めば?」

「ええ、走れます。本当のバ場の適性なんて分からない物ですからね、芝の三冠を取ったウマ娘が実はダートの方が得意……なんて事もありえるんです。だからこそウマ娘の走りは奥が深いんです」

 

日本の芝はアメリカのダートコースのようなバ場の上に敷いた高速バ場、だから体感的にはアメリカの方が走りやすいとも言える。技術と経験さえ積んでしまえば、ランページは恐らく今の芝並みに走る事が出来る。いや、寧ろ平坦でスピードの出るダートコースでスピードを競わせるこそがレース、と考えるそちらの方が……とさえ南坂は感じる、そう、これまであったウマ娘と照らし合わせても……。

 

「ダートか……」

 

そう言えば史実でも実はダートの方が適正あったんじゃないか?なんて競走馬が居た、それこそ金色の暴君と言われる三冠馬のオルフェーヴル。産駒が馬場が重い方が活躍する、ダートでも活躍するから本質的には実はダート馬だったんじゃないか?なんて話があった事を思い出した。凱旋門も連続で二着だし、本当にあれはどっちなのだろうか。

 

「(……というか、あれ、もしかしたら何れこっちにもあれらが出てくんの?)」

「兎に角、海外への遠征を目途に入れつつ今年はその調整に使いましょうか。いきなり挑戦して勝てる程、甘い世界でもありませんし」

「だな、それには俺も賛成。嬉しい事に、挑戦状には来年の凱旋門とは書かれてなかったし……そう考えるとエルグッツかな、書いたの」

「ランページさんと同じくクラシッククラスですものね、そう考えるのが妥当かもしれませんね」

 

向こうだって、まさかいきなり殴り込みを掛けて来るなんて思わない筈だ。寧ろそれをやってしまったら自分は無謀なチャレンジャーにしかならない、それにロマンを感じない訳ではないが……そこまでロマンに命を掛けている訳でも無い、トレーナーの言う通りに走るだけだ。

 

「仮にこっちで海外に向けてのレース走るとしたら、何を走るんだ?」

「そうですね……日本でも洋芝の重賞レースがありますので、札幌記念ですかね。ダートは……来年の二月にG1がありますけど、目指してみます?」

「ああ、折角だから目指してみる」

「分かりました、それではそのようにメニューを考えて置きますね」

「悪いな南ちゃん、ターボにネイチャのレースもある上に、来年はライスにタンホイザがデビューすんのに……」

 

申し訳ない気持ちもある、かと言って遠慮するのも間違っている。それでも謝っておくのが筋だと思う。ハッキリ言ってカノープスの本格始動は来年から更に本格化する。ライス達の次はチケット、入部したいというウマ娘の事も考えたらさらに増えるかもしれない……それに、自分の代わりに会見に出たりと苦労を掛け続けている。

 

「大丈夫です、この位全然平気です。貴方のトレーナーは強いって知りませんか」

 

そんな不安を一言で振り払うかのように南坂は笑った。その笑みには本当の余裕がある、全く末恐ろしい、底が見えない深海の様だ。だが、同時に味方でいてくれるなら有難い存在もいない。

 

「頼むぜ南ちゃん、俺もその分走る」

「期待、させて貰いますよ」

「応よ任せとけ!!」

 

ハイタッチをする。矢張りこの人しかあり得ない、自分のトレーナーは。

 

「そうだ、南ちゃん一緒に写真撮ろうぜ。ウマッターで今年もお疲れ様、来年も頑張るって呟くから」

「すっかり慣れましたね」

「だろ?ってうわ……通知がすげぇ事になってる」

 

スマホの通知が凄い事になっている事に漸く気付いた、原因は勿論ウマッター。

 

「また、何かを上げたんですか?」

「いやさ、この前会長とちゃん先輩との写真を撮ってあげたら〈ライアンが居ない、やり直し〉ってコメント来たんだよ」

「それでライアンさんも入れて写真を撮ったと?」

「いや、ついでに会長がシービーさんを誘った。んで俺は丁度またタッちゃんに乗らない?ってメールをくれたマルゼンスキーさんも誘ったらなんかカツラギエースさんまで着いて来たんだよ。んで皆で撮った」

「やり過ぎです、ライアンさんが居ればその方だって満足だったでしょうに……」

「やられたらやり返す、倍プッシュだ!!」

「なんか違いませんそれ」




<誰が此処までやれと言った!!?>

そんなコメントが来るのは直ぐだった。
そして、またトレンド入りした。


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90話

「ぐあああああっぐやじぃぃぃ!!!!」

「ああもう、そんなに泣くなっつのターボ……大健闘だったじゃねえか」

「ぐやじいぐやじいぐやじいぃぃぃ!!!!」

「あ~わぁったわぁったっつの!!」

 

年末、カノープスメンバーは教室の一つを借りて忘年会を行う事になったのだが……そこでターボが声を上げながら悔し涙を流し続けていた。

 

「タ、ターボ落ち着いて……ねっ?」

「ラ、ライスは凄いと思うよ……?」

「うわぁぁぁぁぁんん!!」

 

タンホイザとライスに慰められるのだが、肝心要のターボはランページの胸に顔を埋めながら泣き続けていた。どうしてこんな事になっているのか、それは先日行われた今年最後のG1レース、ホープフルS(ステークス)にターボが出走した。ネイチャは朝日杯フューチュリティSに出走、前走3着の好走から1着を取ってG1勝利を成し遂げた。その時には仲良くしている商店街の皆様は号泣しながらもネイチャのウイニングライブを見ていた、そしてそれに続けとターボもホープフルSに出走、したのだが……

 

ホープフルステークスまではランページと同じく無敗、その勢いのままで望んだホープフルステークス。だがしかし、1番人気に押さえていたターボは確りとマークされており、バ群に呑まれてしまった。普段の大逃げを完全に封じられた状態でもターボは出来る事を諦めずに模索し続けた。

 

「考えるんだ、ターボに出来る事は……逃げる事と、後ドッカンターボと……ランといっぱい走って……そうだ、ランのあのステップ!!よぉ~しイチカニカ、だっけ?あれ、諦めたら一つで進めば二つだっけ、まあ何でもいいや!!ドッカンターボだぁぁぁぁあ!!!」

 

『残り200mを切った、あぁっと此処でツインターボが漸く抜け出した!!間に合うのか!?今からで間に合うのか!!?今年最後のエンジン全開!!ツインターボが一気に激走する!!届くか届くのか!!?あぁ~っと惜しくも届かず、ツインターボは2着ぅ!!!』

 

そしてなんとランページのクロスオーバーステップとドッカンターボを組み合わせて抜け出すという離れ業をやってのけた。それはずっとランページの併走相手として走り続け、その走りを目に焼き続けたから出来た芸当だった。そしてそこからの大逆襲、ドッカンターボで加速して2着に滑り込んだ。この結果を悪く言う者はいなかった、寧ろあの状況からよくぞ2着に……と南坂も大手を振って称賛したほど、だが本人は悔しくてたまらなかった。

 

「ターボ、何時まで泣いてんだよ。2着でも立派だ」

「だっで、だっでぇっ……ダーボ、デイオーど、やぐぞぐじだんだもん……!!」

「約束だぁ?」

「(コクッ……)」

「ターボ先輩、何の約束をテイオーさんとしてたんですか?」

 

チケットが尋ねた、それにターボはポツリポツリと語り始めた。

 

「ランとライアンが、約束してたみたいに、一緒に約束してライバルになろって……テイオーが、テイオーがカイチョーみたいな無敗の三冠ウマ娘になるんだったら、ターボだってそれに負けない位の、無敗のウマ娘になるって……約束したんだもん……それなのに、それなのに……ターボはその約束、破っちゃったぁぁぁぁ……」

 

自分とライアンに倣って、ターボはテイオーとライバルの契りを交わしたらしい。ルドルフへと憧憬を向けるテイオーは無敗の三冠ウマ娘に、ターボはそんなテイオーのライバルでいる事を誓って無敗でいる事を約束した。だが……今回のホープフルSでターボは破れてしまった。

 

「約束したのに、約束したのに……ターボが破っちゃったぁぁぁぁぁ……!!!」

「ターボさん……ですけど、頑張ったのでしょう。精一杯やったんでしょ、それならきっとテイオーさんだって分かってくれる筈ですよ」

「駄目だよそんなの……約束破ったのはホントだもん……謝りたいけど……会うのが、怖い……」

「ターボ……」

 

イクノの言葉も届かず、泣きじゃくり続けてしまう。ライバルに恥じない自分になる、それを掲げて走って来た、ライバルは約束を守っているのに自分は破ってしまった。それが重く圧し掛かっているのだろう……これは相当にメンタルをやられてしまっている、唯の敗北ではなく果たしそうとしていたモノを出来なくなってしまったのだから。

 

「ターボ、お前の気持ちは分かる。俺だって約束破っちまったら如何しよう思った、怖いよな、辛いよな、約束を破っちまうのは」

 

未だに胸に顔を埋めるターボを抱きしめてやる、身体を震わせるターボ。自分がテイオーと約束しようと決めたチームメイト、その走った道を自分も走りたい、ランみたいにカッコよく走りたい、そう思い続けていた。

 

「だけどなターボ、今のお前は最低だ」

「ちょっラン!!」

「ネイチャさん」

「イクノ、だって……」

 

今のターボには厳しい言葉、相当にメンタルをやられている今その言葉を掛けたら壊れてしまいかねないとネイチャが割って入ろうとするのとイクノが引き留める。

 

「約束、破ったから……」

「違うぞターボ、お前が最低なのは―――テイオーのせいにしてるからだ」

「えっ……?」

 

そっと顔を上げる、ランページが自分を見つめて来る。

 

「確かにお前は約束は破っちまった、そんなターボにテイオーは何で約束破ったのか、ライバルじゃないって言ったのか?」

「ち、違うもん!!テイオーは、テイオーは……」

 

そんな事は言っていない、ホープフルステークスを彼女は見に来てくれていた。そして自分に声を掛けようとしてくれていた、だけど自分が逃げ出したんだ。怖くて、約束破ったと言われるかもしれないと思って。

 

「違うだろ。それなのにお前はテイオーのせいにして、次の約束をしないって言ってるんだ」

「次……?」

「そうだ、約束を果たせなかったのが悔しいのは分かる。だったら次はどうするんだ、次は守れるように頑張るんだよ。きっとテイオーはお前の事をまだライバルだって思ってくれてる」

「負けた、のに……?」

「ライバルっていうのはそいつに負けたくない相手って事なんだよ、なあイクノ」

「はい、私はランページの事をライバルだと思い続けていますよ」

 

イクノは直ぐに返事を返してくれた。この質問が来ると分かっていたと言わんばかりに。

 

「寧ろ、今回の事でお前は強くなってるんだ。そんなターボを見てテイオーはきっと……勝ちたいって思った筈だ」

「テイオーが、ターボに……?」

 

残り200mでバ群に呑まれた状態から抜け出し、そこから一気に猛スパートを掛けて2着に入ったなんてとんでもない事だ。勝つ事は出来なかっただろうが、スピカのトレーナーは今回ホープフルSを制したウマ娘よりもずっとターボの事を警戒している筈、それはテイオーもきっと同様。

 

「そんなテイオーはお前に負けないって思ってトレーニングする筈だ、それじゃあお前は如何する?もう走らないか、諦めるか?」

「……違う、違うもん!!ターボだって、ターボだって頑張る!!無敗じゃないけど、頑張って頑張って走るもん!!それでテイオーのライバルはターボだって皆に見せてやるだもん!!」

「それで良いんだよターボ、やっと泣き止んだな」

 

くしゃくしゃになっていた泣き顔が漸く変わった。元気とやる気に満ちたターボに戻り始めた。

 

「だったらまずお前は何をする?」

「テイオーに会って来る!!それで、約束破った事謝ってもう一回約束する!!」

「それでいい、それじゃあ善は急げ、行って来い!!」

「うん行って来る!!」

 

飛び出して行くターボを見送る、それに世話の焼ける奴だとボヤキながらもシガーを銜えようとするのだが、周囲から視線を集めている事に気付く。

 

「んだよ、言いたい事があるならハッキリ言え」

「いやいや~なんていうかさ、ターボのお姉ちゃんみたいだったよ」

「ええ、ターボさんがランページさんにずっと抱き着いていたのも姉妹ゆえの絆を思わせました」

「フフフッ新しい妹さんが出来たね、お姉様」

「おいおいおい、勘弁してくれよライス。俺の妹はライスだけだ」

「あ~先輩赤くなってる~照れてるんですか?」

「照れてる照れてる~!!」

「ちがわぁい!!あ~もう、なんか暑っちぃなこの部屋!!もう良い、窓開けてやる!!!」

「ランページさんも可愛いところありますね」

「南ちゃんまで言うか!!俺のトレーナーじゃなかったのか!?」

「ええ、貴方のトレーナーですよ。同時にカノープスのトレーナーです」

 

「テイオーゴメンなさい。ターボ……バカだった、だからもう一回約束して!!ターボはもう諦めないから、テイオーのライバルになるから!!テイオーのライバルのターボはあんなに凄いんだって思われるようなウマ娘になるから!!」

「うん約束、ボクだってターボに負けない位凄いウマ娘になる!!」

「「約束!!」」




「テイオーに謝って約束してきた!!」
「応そうかい」
「ラン、ありがと!!」
「あ~んもう、慣れねぇ事したから疲れていけねぇな!!ほらお前ら忘年会やるぞ忘年会!!」
「うん!!ねえライスみたいにラン姉ちゃんって呼んじゃダメ?」
「それだけはやめろ」


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シニアクラス
91話


忘年会もそこそこに、新年会へと移行した。今年はメジロの新年会とかに参加するつもりだったのだが、俗物の排除が終わってからでいいと言われたので今年は参加せずだった。尚、自分の代わりにシンボリ家と合同で行ったらしい。そして新年になると理事長からの呼び出しを受けたのであった。何かやったかな……と思いながらも理事長室へと向かい、新年のあいさつをした。そしていよいよ本題へと入った。

 

「提案!!トレセン学園の宣伝部長になるつもりはないかね!?」

「突然何すか、ハテナ、やっておしまい」

「ニャッ!!」

「み゜っ!?如何してランページの言う事を一瞬で聞いたのだハテナ!?」

 

余りにも突然すぎる事だったので、無茶振りのつもりでハテナにやってしまえと言ったら、理事長の頭の上という定位置にいたハテナがその頭頂部に向けてネコパンチを放った。あれは痛い、理事長が甲高い変な声を上げるのも分かる。逃げるように自分の頭の上にジャンプしてきた功労者を労いながらも、話を進めて欲しいと促した。

 

「ううっ~……説明、君を指名したのは純粋に知名度と話題性故に。無敗でのトリプルティアラ、そしてワールドレコードを樹立したウマ娘界のニューホープ、そんな君がトレセン学園に関する事を発信したりすれば効果的だと思った次第」

「まあ分からなくもないですけど……それなら会長とかシービーさんにやらせればいいと思いますけど」

「正論、実は既に相談はしたのだが……」

 

『すいません理事長、お力になりたいとは思うのですが……私は其方には疎い方なので……』

『アタシもパスで。なんかややこしそうだし』

 

シービーはシービーで彼女らしい理由、ルドルフは純粋にSNS方面に強くないからという理由から辞退している。ラモーヌもルドルフ同様に強くないので辞退した。次にオグリキャップなども考えたが、基本のんびりほんわかしている性格の彼女には出来そうにない。そんな時に白羽の矢が立ったのがランページだった。

 

「君は連日ウマッターにてトレンド入りを果たす程、SNSにも相当に強いと見た!!」

「いやあれはどっちかと言えば俺というか周囲の力が強すぎるだけ」

「7人でのハートポーズでまたトレンド入りしてましたもんね」

 

あれはあれで、ライアンが居ないからやり直しと書き込んだコメント主が、おいお前どうすんだよ、みたいな目にあっているらしい。それは置いておくとして……自分の呟きが拡散しているのは良くも悪くもやる時に偶々影響力の強い人物がいる時だけで……と思ったが此処で考え直す。

 

「あれ、俺って十分過ぎる位に影響力ある?」

「無論」

「間違いなく」

 

という事もあって、ランページは時折SNSでトレセン学園の事に情報発信を行っていく事になったのであった。実際問題、トレセン学園の事を分かりやすく発信したりする事で希望者を増やしたり、ウマ娘達の未来への懸け橋になれると理事長は言っていた。因みにこの件はURAから理事長に来ていた話だったらしい。

 

「率直、実を言うとURAが君を推しているんだ」

「なぁんか私怨を感じるなぁ……勝負服の事まだ根に持ってるのかよ、そっちがその気ならこっちだって色々やってやるぞ。理事長ならばいっその事、俺、動画配信とかやろうか?」

「おおっ熱意があって実に結構!!歓迎!!好きにやりたまえ!!」

「賑やかになりそうですね♪あっ私も偶にお邪魔しても良いですか?」

「勿論勿論」

「よし言質取りましたからね」<カンゲイ!!

「不穏!?」

 

半ば無理矢理に許可を取ったランページ、早速準備に掛かった。

 

 

メジロランページ @dictatorship

 

午後2時から重大発表があるぞ~!

皆の者、心して待つのだ~!!

 

 

ウマッターでそんな呟きを投稿、そして直ぐに南坂に車を出して貰ってカメラやパソコンを調達、セッティング作業を行っていく。

 

「ランページさん、一体なにをするんですか?」

「いやさ、理事長にトレセン学園の宣伝活動やってほしいっていうから配信やるんだよ。大丈夫許可は取ってるから」<カンゲイ!!スキニヤリタマエ!!

「ハァッ……理事長にも困ったものですね、それなら反対する理由もありませんね」

「流石話が早くて助かるね~♪」

 

学園のトップからの許可があるのならば、一トレーナーである南坂としては反論どころか反対意見を出す事も出来ない。加えてこれらの機器は全てランページの獲得賞金から出ているので何も言えない。そんなこんなでセットが終了すると丁度いい時間になって来た。

 

「よっしゃあ間に合った~!!んじゃ南ちゃん、カメラスイッチオン!!」

「分かりました、それでは……ポチっとな」

 

いよいよ午後2時、開始の時刻だ。回されたカメラ、その真正面で静かに仁王立ちをする。

 

・えっ嘘でしょ、これマジで?

・無敗三冠じゃねえか!!?

・ウマッターから飛んできたんだけど何これ!?

・えっ何これ、独裁者の政権放送?

 

コメント欄は既にパニックの嵐だ。それに気付きながらもゆっくりと顔を上げながらも高らかに声を上げた。

 

「ご唱和ください我の名を~……!!」

 

・えっこれガチやん!!?

・無敗三冠が何やってんだお前ぇ!!?

・無敗五冠だぞ

・ジュニアのG1含めたら六冠だぞ

・というかこれ絶対あれじゃねえか!!

・お前そっちも行けるのかよ!?

・ウマッターでポケモンの対戦募集してるぐらいだぞ、面構えが違う

 

「という訳でおはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、ランページ!!なんつってな♪」

 

・ウルト

・ウルト

・ゼェ……

・ナンジャモじゃねえか!!!??

 

「プレートじゃねえか!!のノリゴチで~す。という訳でウマッターで言ってた通りの重大発表、それはなんとこの俺、メジロランページがトレセン学園の宣伝部長に就任しちゃいました~イエーイ……ハァ、何で俺なんだろな」

 

・テンションの落差がひっでぇwwww

・ならなんであんなテンションでスタートしたんだよwww

・一気に転落してブラック企業で10連勤した社畜みたいになってて芝3200

・最初のご唱和下さい何だったんだよwww

 

「いきなり呼び出し食らったと思ったらさ、URAから宣伝部長に推されたからやってくんね?だぜ、まあ面白そうだから引き受けちゃったんだけどさ。人生なんてノリと勢いがあればどうにかなるんだよ!!ソースはスピカのシービーさん」

 

・URAェ……

・引き受けるお前もお前やぞ

・というかソースが強すぎる

・スピカの天衣無縫の自由人出すのは強すぎるのNG

 

流石にシービーを出すのは卑怯だったらしいが、兎も角一気に納得された。流石スピカ、格が違った。本当はゴルシを出すべきだろうが、まだ居ないからしょうがない……偶にそれらしき葦毛を見るのだが直ぐに見失うのだ。

 

「という訳で、この配信だとトレセン学園のそこんところやこんな所、トレーナーを目指しているそこの貴方やそこの君の為に、現役トレーナーにインタビューしたりしちゃうぞ~!!」

 

・これ、普通に凄くね?

・マジでえええ!!?

・うおおおおお!!トレセン学園にTVとかあんま入らねぇのに!!

・マスコミの仕事がまた一つ、奪われた瞬間である。

・ワイトレーナー志望、是非リギルの東条トレーナーに話を聞きたい

 

「おおっ早速リクエストも来ちゃってるなぁ~順番に処理していくぜな。後はまあ……俺のウマッター見てる人なら分かるだろうけど、偶に会長とかシービーさんとかラモーヌちゃん先輩とかが出没したりする程度の配信だな。流石にお婆様は難しいかな、だからあんまり期待するなよ~」

 

・レジェンドじゃねえか!!

・もれなく全員伝説級の面子なんですがそれは……

・コンスタントにトレンド生み出すウマ娘なんだよなぁ……

・ホントなんなんこのウマ娘……

 

「後はそうだな……俺の練習風景とか……えっ何よ南ちゃん、練習時間が近い?ああそうか、分かったまきかマギカな。という訳でこれからこのチャンネルの方針はトレセン学園について、トレーナーについて、ウマ娘向けのトレーニング、自由!!みたいな感じになるからこれから宜しくな~という訳で、初回は此処まで!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、メジロランページでした!!次の放送までに皆善行を積むのだぞ~♪」

 

 

「はい、カメラ止めました。お見事な放送ですね」

「いやぁライブに慣れてるとこういうのも楽で良いな」

 

早速理事長に確認してみると、この調子で頑張ってくれ!!と言われたので上々だったようだ。そしてランページは南坂と共に練習を開始するのだが……

 

「ラン、なんか凄いになってるぞ!!」

「何が?」

「ネットニュース見てみなって」

「どれどれ……うわ、バズりを越えてニュースになっとる……」




掲示板みたいなのが欲しいと言われたので。


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92話

「ホッホッホッ……!!」

 

軽快な声とは反比例するかのような重々しく、低い音が地面に炸裂している。シンザン鉄を装着したままのラダートレーニングに取り組んでいるランページ。

 

「ラン凄~い!!ターボもやる、ターボもターボも~!!」

「南ちゃんターボ用のシンザン鉄ってあったっけ?」

「実は先日、皆さんの入門用のシンザン鉄が届きました。と言ってもクラシックに上がった皆さんは2倍程度の物ですけど」

「いやいやいや、2倍でも普通の蹄鉄とは全く感覚違うだろうからキツいとネイチャさんは思う訳ですよ」

 

漸くやって来たカノープスのシンザン鉄にターボはワクワクウキウキ、ネイチャはこれから更にキツくなるのかぁ……と溜息混じりだが、やる気に満ち溢れている。

 

「イクノの奴が基本的な奴だよね」

「はい、普通の重さの4倍です」

「4倍の普通なんだね……ライスもこれ付けるの?」

「ライスさん達はデビュー前ですので、1.5倍から慣らしていきましょうか」

「えっライスさんが1.5倍ならあたしは!?」

「チケットさんは……まだですかね、代わりに専用のパワーアンクルをご用意しました」

 

まだまだ身体作りの途中のライスは1.5倍スタート、その一年下のチケットは流石に未解禁。しかし、代わりの手段は既に構築済みだったのか鉛の板を入れられるようになっているアンクル。

 

「これを足首に装着して貰います、既にそれぞれ500に調節してありますから両脚に1キロの負荷が掛かるようになってます」

「ふぅ~ん……この位なら全然!!このまま1000mダッシュだって余裕!!」

「チケット、これはそう簡単に甘くはねぇぜ」

 

タオルを首に掛けたランページがドリンクを飲みながら迫る。

 

「確かに大した事はないかもしれないが、徐々に効いてくるタイプだ。南ちゃんも代わりにこれとは、相変わらずお綺麗な面してキチぃメニュー組みやがる」

「お褒めに預かり恐悦至極」

「皮肉だっつの」

「ターボはこの位なら大丈夫~!!」

 

ネイチャにシンザン鉄を装着して貰ったターボ、重さを感じさせないウサギジャンプを披露する。元々イクノとランページと走り込んでいただけに脚力は既に相当なものがあるいい証明だ。

 

「それじゃあ、折角だからゲームと行こう」

「ゲーム!?」

「そう、これから俺を除いた皆で1000mダッシュ。今の状態でシンザン鉄を装着してどれだけ走れるかテストだ」

「面白そう~!!」

「うん、ライスも気になるからやる」

「アタシも~!!」

「勿論私もやる~!!」

「負ける訳にはいきませんね」

「こりゃ逃げ遅れたかな~?」

 

南坂は先に言われてしまったか、と言いたげな顔を作っていたのでしてやったりと陰でVサインを作る。

 

「勿論ゲームだから、賞品も用意するぞ」

「どんなのどんなの!?」

「秘密、まあ中身は無敗の五冠が保証してやるから期待しとけ」

 

そんな事で釣りつつも皆がスタートラインに着き、南坂が合図をして一斉にスタートしていく。先頭は矢張りイクノ、既に慣れているというのもあるだろうが通常のシンザン鉄でレースで走りが出来るようになっている辺りは流石の適応力だ。

 

「イクノさんはそろそろ5倍でも良さそうですね」

「倍率が少し変わるだけでもガラリと世界が変わるんだよなぁ……」

 

尚、今ランページが付けているのは8倍、ダントツの重さである。

 

「うおおおおおっテイオーのライバルになるぞ~!!」

 

次に伸びが良いのはターボ。先日のテイオーとの一件が精神的な成長を及ぼしたのか、走りにキレが見え始めて終盤に脚が伸びるようになってきた。スタミナも引き続き向上傾向、曰く、クラシック路線かティアラ路線かで未だに悩んでいるらしいが、何方に出てもいい結果になる事だろう。

 

「負けないぞ~!!」

「ついてく、じゃなくて追い越せ追い抜け……!!」

 

ネイチャとライスの二人も中々。ロングスパートを活かすような走りになってきたネイチャとステイヤーなライス。1000mではキツいと思ったが二人とも思った以上にスピードが出せている。

 

「う~んこれ、ちょっと走りにくいかも……!!」

「よ~し此処で……ってなんか急に脚が重くなったぁ!?」

 

一方、少々苦戦気味なのはタンホイザとチケット。1000mという距離では根っからのステイヤーなタンホイザは辛そうだが、慣れが足りないだけと言わんばかりに確りと走れている。そしてチケットは半分を超えた所で1キロという重さを自覚してしまったのか、一気に減速してしまった。

 

「最初は大丈夫と思いきや後からグッとくる、違った辛さがあるんだよなぁ……」

 

「ぬおおおおおっっ!!根性根性ぉぉぉ!!」

 

その重さに負けずに、チケットは力を込めて走る。疲労が溜まれば堪る程に脚は重くなっていき、同時に思考力も落ちて行く。自覚する重さとシンザン鉄はそれをクリアする為のメニューでもある。結局、一番乗りでゴールしたのはイクノ、二着はネイチャで三着がターボ、そしてライス、タンホイザ、チケットと続いていく。

 

「お疲れ、如何だシンザン鉄の味は?」

「キ、キッツぃ~……ランこんなの何時も付けてメニューこなしてたの~……?」

「正確にはその数倍のな、俺が南ちゃんに鬼だのなんだのっていう気持ちが分かるだろ」

「身に染みたよ……」

「ラ、ライスも大変……だった……」

「ふええ……これになれるのには時間がかかりそう……」

「あたしなんてそれ以下だよぉ……」

 

「んでも、イクノは流石だな」

「精神的な差です」

「それでは次回からは5倍で行きましょうか」

「望む所です」

 

慣れているイクノにとってはこの程度では精神的に揺らぐ事はない。そして、いよいよイクノも通常シンザン鉄をバージョンアップ版に変更する頃合となった。

 

「ねえラン~……これ、誰が勝ちなの~……?」

「誰が勝負って言ってんだよ、このメンバーでやったらイクノが勝つに決まってるだろ。そんなの出来レースで勝負じゃねえよ」

「じゃあ賞品のも釣りな訳?」

「ンな白ける事しねぇよ、ほれ」

 

そう言いながら懐から一枚の紙を出して差し出す。そこにはメジロ家療養所案内、と書かれてあった。

 

「全員纏めてメジロ家の療養所にご招待だ。お婆様からの許可は勿論とってあるからな」

「えっマジで!?やった、この前ライスと行った時からもう一回行きたかったんだよね~!!」

「うん、あそこ凄かったから……!!」

「楽しみ~!!」

「流石に、気分が高揚しますね……!!」

「ねえねえいつって書いてあるの!?見せて見せて!!」

「あ~先輩あたしも見たい~!!」

 

一気に楽しげな雰囲気になるカノープスに思わず笑みがこぼれるランページと南坂、アサマにチームの皆も招待してもいいかと尋ねたら勿論と言われたので企画してみたが、如何やら大正解らしい。

 

「さてと、南ちゃん俺のメニューは?」

「はい。次はダートコースを8倍です」

「いよいよか……つう事は決まった?」

「申請はしておきました、随分と驚かれましたがね」

「そりゃそうだろ」

 

シガーを吹かす、次に自分が目指すレースは―――G2、東海ステークス。そしてそれは芝ではなくダートレース。

 

「今まで芝だった奴が突然のダートに行くんだ、驚いて当然だ」

「何度も確認されましたよ、本当なのかと」

「まあ本当なんだけどな」

「東海ステークスでダートでの適正を計ります、当然それまでもこれまで通りにメニューを組みますので覚悟して下さいね」

「あいよ、任せとけよトレーナー」




「おはこんはろチャオ~!!今日のゲストは~この方!!」
「イエ~イ皆、お久しマンモス~♪マルゼンスキーでぇす♪」
「今日は二人で」「皆の視線を」
「「逮捕しちゃうぞ♪」」

『またレジェンド呼びやがった!!』


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93話

「ふぅん水族館でシャチとイルカが赤ちゃんを……こういうので良いんだよなニュースってのは……今度ライスとターボを連れて行ってみるか、喜ぶだろうし」

 

新聞を広げて食後の一時を楽しむランページ、余りにも様になっている姿と言動のせいで完全に休日に子供を水族館に連れて行ってあげる事を計画している親にしか見えない。

 

「あっ居た!!」

 

そんな時間を楽しんでいた自分が知っている声が聞こえて来た、それは直ぐに近寄って来た。

 

「ちょっとランあのニュース本当なの!?」

「んだよライアン藪からスティックに……どのニュースだよ」

「あれ!!」

 

指が指される先にあったのはカフェテリアの大型TV、そこではニュースが流されていたのだが……デカデカな文字で速報と銘打たれて流されていたのはメジロランページ、次走は東海ステークス!!?というモノだった。カフェテリアにいたウマ娘達はそれに驚いているのか、先程からざわめきが止まらない。

 

「ああ、その事か……本当だが?」

「ちょっ如何してダートなの!?」

「良いじゃねえかダート、お前の尊敬するオグリ先輩だって元々はダート走ってたんだしな」

「それはそうだけど……!!」

「よし株価上がってる」

 

完全にやってる事が休日のお父さんになっている親友に流石のライアンも力が抜けてしまったのか隣の席に座り込んでしまった。今回ばかりは流石に親友でも何を考えているのか全く理解出来ない。無敗でトリプルティアラを獲得し、ジャパンカップをも制した彼女は芝のマイル中距離で無敵と言っても良い状態なのに敢えてそれを外すように新年一発目のレースをダートにした。

 

「なんで、ダートに……?」

「やれる事を試してみたいと思った、ただそれだけの事だ」

「でも、無敗なのに……」

「どこぞの会長は無敗三冠になった直後の試合で負けてんぞ、その点じゃもう俺が上だ」

 

当人が聞いたらいったいどれほどまでに渋い顔をするだろうか……その一方で事実であるので強く言えない……と苦笑するだろうか。今度言ってみるか、と思っていたらカフェテリアに一人のウマ娘が凄い音を立てながら入って来た。それに全員がそちらを向くがランページは変わらず新聞を読み続ける。ウマ娘がランページの下へとたどり着くと勢い良く新聞を取り上げた。

 

「んだよ、人が新聞チェックしてんのに……邪魔すんなよフローラ」

「そんな事は何時でも出来るでしょう、そんな事よりも……私の質問に答えてください、如何してですか、如何してダートなんですか」

 

アグネスフローラ、イクノと同じく自分のライバルの一人としてティアラ路線を戦った仲。今度こそ、シニアでランページに勝つと思っていたのに、その為に頑張っていたのに如何して当然ダート路線へ進んでしまったのか……。

 

「勝ち逃げなんて許しません、今直ぐに東海ステークスへの出走を取り消してください」

「お前に指図される筋合いなんてねぇな、これは南ちゃんも納得した上での登録だからな」

「えっ南坂トレーナーも納得の上でのダートなの!?」

「あのな……トレーナー無視して出走登録なんざぁ出来る訳がねぇだろ」

 

完全に呆れているランページ、っだがそれ以上にフローラはショックだった。もう自分はランページと戦う事が出来ないのか、一度も勝利する事も出来ずにもう背中を追う事も出来ないのかと思考が堂々巡りしていく中―――目の前でスナップされた。

 

「一つ勘違いしてるらしいが誰も芝を走らねぇとは言ってねぇだろ、東海ステークスの後の予定には大阪杯が入ってんだよ」

「―――えっ?」

 

目が点になった。ダートに転向するという訳ではない、単純にダートも走るようになったというだけの話なのだ。これから芝とダートの二刀流となるという意思表明をしたに過ぎない。

 

「まずは東海ステークス、そこで俺のダートの適性を見る。そしてそっからフェブラリーステークス―――そして大阪杯だ」

「ダートを芝と一緒に走るつもりなんですか……!?」

「応とも、その位出来ないようじゃ―――俺は世界で通用しない」

 

その言葉にカフェテリア中が騒めいた。世界、未だに日本のウマ娘が獲得した事のない栄光を取りに行くといったも当然だが、彼女は撤回もしないまま胸を張りながら言った。

 

「世界の壁は厚い、だからって諦めないのが挑戦だ。勝ち負けなんて如何でもいい、俺は挑戦された、だったらそれには受けなきゃならない立場になった!!同時に俺は挑戦者、ジャパンカップで海外に勝った。だったら次は俺が海外に挑戦に行くしかねぇだろ。その為の第一歩―――それが二刀流だ。こんな答えしか持ってねぇが満足かいフローラ、ライアン」

 

新聞を奪い返し、脇に挟みながら続ける。

 

「……すいません、勝手な勘違いを……」

「気にするな、あれはマスコミの騒ぎ方が悪い。後で俺が自分の配信で今の事をちゃんと話すつもりだよ、ライアンも不安にさせちまったな。でもな、お前と走る前に芝から消えるつもりはないぜ俺は」

「―――そうだよね、ランはそういうことしないもんね。ゴメン色々慌てて肝心な事考えるの忘れてた」

「悪いと思うなら、今度俺の配信に出ろよ。同期のダブル三冠出演で配信を盛り上げてくれ」

「そんなので良いなら」

「言質、取ったぜ」

 

フローラとライアンが安心した顔を浮かべるとランページは「騒がせたな」と一言カフェテリア全体に謝罪しながら去っていった。その直後に叫び声と興奮の声が溢れ出した。

 

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、この頃話題の女の子~ナイスなバディのウマ娘~なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

 

・積んでたぜ~!!

・待ってましたぁ!!

・この時の為にクソゲー消化で積んでました!!

・ツボオジで善行積めるとはたまげたなぁ……

・あぁん最近だらしねぇな!?

・というか古い……

・マルゼンスキーに染まってね?

 

「あんだけハイテンションなお姉様のノリには染まっちゃうもんだから、仕方ないね。まあそんな事より、皆の者はニュースを見たりしてるか~?この情報化社会を生き抜くには積極的に情報を取りに行くのが大事なんだぞ~?今日のトレンドはこちら!!なんと、あの話題のウマ娘が突然ダートに出走するんだって!!いやぁ芝であれだけ暴れたのになんで突然そっち行くんだろうね、そんなウマ娘はどいつだ~い?私だよ!!」

 

・なんでこうもこのウマ娘はネタが多いんだwww

・兄貴ネタまで行けるとは……そこだけ低いええ声出すなやwww

・というかその芸人ネタも古いぞ、これもマル姐の影響か。

・自分の事じゃねえか!!

・つうかマジでなんで突然ダート!!?

 

「最近二刀流って話題になってるじゃん、ほらメジャー挑戦したあの人とか。だから流行には乗っかろうと思って―――というのは冗談だ、真面目な話をすると挑戦を受けたんだぜな。俺はそれを受ける為に出来る事をやる事にしたんだ」

 

・うわぁっ急に真面目になるなぁ!!

・温度差で風邪引く!!

・挑戦って……無敗の五冠に誰が挑戦するだよ、ダート走ってるウマ娘とかか?

・無謀すぎるだろ、芝とダートじゃ違い過ぎるしそれで仮に勝ったとしても叩かれるだけ

・でもダートなんて……流石に急すぎるんじゃ

 

「言いたい事は分かる、だけど―――挑戦ってそういうもんだろ。無理だ何だと言われようが挑みたい、やってみたい、だからこそ挑戦する価値がある!!無敗なんて如何でもいいんだよ!!大切なのは勇気を持って一歩踏み出して挑戦する事だ!!その為に無敗の看板が無くなるのなら俺は構わない、それが価値ある敗北であるのであれば、喜んで俺は無敗を捨てる!!」

 

世間が価値ある物だと見る物は、ランページからすればそこまでの物ではない。かと言って自分から捨てるつもりはない、だがその時が来ればあっさりと手放せる程度の物でしかない。そしてそれを次へと繋げていく、そうだ、ターボが無敗じゃなくなったと泣いた。だが立ち上がった時、あの子はもっと強くなった。それは一度の敗北が無敗よりもずっと価値のあるものをくれたからこそ。胸を叩きながらも心臓の鼓動を感じる。

 

「東海ステークスで負けたとしても、きっと俺は後悔しない。その敗北が、次なる力をくれると信じている。だから俺は走るんだ」

 

・無敗よりも価値がある敗北……

・勇気を持って、一歩を……

・かっとビング……みたいだ。

 

「そうだ。それが挑戦だ、俺が歩む道だ……皆、突然の事で驚かせたことは謝る。だけど俺は走りたい、それが挑戦を受けた俺の最大限の礼儀だ」

 

・カッコいい。ファンだったのに益々惚れちゃったよぉ!!

・ああああああっお姉様ぁ!!

・それが推しの決めた事ならとことん応援するのがファンだぜぇ!!

・この際だからダートの支配者にもなっちまえ!!

・そりゃいいな!!ターフの支配者はダートの支配者だぁ!!

・輝くティアラは、不敗神話の証だ!!

・ターフで最強のウマ娘は、ダートでも最強だぜ!!

 

「フフフッハハハハ!!!ありがとな皆の者、そう言われたら俺様益々やる気爆発させちゃうぞぉ~!!よ~しお姉様東海ステークスを蹂躙しちゃうぞ~!!」

 

・ギャアアアアア!!!

・やめてぇぇぇぇぇ!!!

・こっちにまで守備範囲広げないでぇぇぇぇ!!!

・ダートウマ娘と思われる悲鳴がすげぇ

・阿鼻叫喚で芝。

・でもサインは欲しいぃぃぃぃ!!!

・出走予定なのでサインお願いしますぅぅぅぅ!!

・うぉい

・調子いいなおい。

・歪みねぇ

・まあ、ランページのサインは欲しいし……

・仕方ないね

 

「なんか真面目な話題で疲れちゃったな、それじゃあこれからは何時もの調子で行ってみよ~!!今日のゲストは~……えっと、チームスピカの変態マッサージ師さん!!」

「はぁ~い!!お待たせしました、じゃねえよ!!如何言う紹介の仕方だランページお前ぇ!!」

「その割にノリノリじゃねえか沖トレ」




配信ありきだとネタが多めになる。


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94話

『さあ中京レース場、ダート1800m、G2東海ステークス間もなくゲートインです!!』

 

重賞とはいえダート、日本は偏っているのでダートはメジャーではないという印象が拭えず芝程の観客は普段は入らない。入らない筈なのだが……今日ばかりは10万人の大観衆がこの中京レース場に集まり、この東海ステークスを見に来ている。

 

『しかし細江さん、今回の10万人を超える大観衆が此処、中京レース場に集っておりますが矢張りこれは彼女の人気故なのでしょうか』

『そうですね、此処まで無敗で勝ち続けて来た三冠ウマ娘がまさかのダート挑戦、皆の期待が寄せられています』

『そう、無敗のトリプルティアラ、芝の絶対女王とも言うべきメジロランページがこのレースには出走しております。その理由については、配信にて挑戦を受けたからそれに向けて万全の備えをする為と言っておりましたが、どんな挑戦状を受けたらダートを走ろうと思うのでしょうか。彼女の心を突き動かした挑戦とは一体何なのか!?』

 

ゲート前に集まった10人のウマ娘、が、その視線は一人に集約されていると言っても過言ではない。

 

「絶対女王とか初めて言われたな、独裁者呼びがデフォだったから妙な気分だぜな」

 

メジロランページ。14戦14勝、これまで無敗の記録を誇るがそれはあくまでの芝での話。ダートでは芝と同じようには走れないと考える者は極めて多い、それ程までに芝とダートでは違うという事。一方のみでその強さを発揮するウマ娘はいたがその両方で……というのは中々いない。それこそ、地方のカサマツでダートを走っていたオグリキャップが一番皆の記憶には新しい。

 

「メジロ、ランページ……さん」

「んっ?ランページでいいぜ、何だったらランでいいから」

「んじゃ……ダートを舐めてる、って訳じゃないよね?」

 

ゲート前で身体を伸ばしているとアメイジングダイナが此方を見据えて来る、ダート重賞を取った事もある実力ウマ娘で今レースでは一番人気。懐疑的な瞳を向けて来るのでそれを受け止めながら向き直る。

 

「舐めちゃいねぇよ。俺は挑戦しに来てるんだ、全力でな」

「ごめんなさい生意気な事言って、ダートをバカにする奴もいてさ……」

「そういう奴ほどダートを走った事ねぇんだよな、まあ頑張ろうぜ」

「ええ、三冠だろうと負けないわよ?」

「そうしてくれると有難いねぇ」

 

握手を求められたのでそれに応じる、客席からは拍手が送られる。それはダイナに向けての物なのか、それとも……だが此処にいるウマ娘の全員はダートに挑戦するランページに対しては友好的な雰囲気だった。寧ろこれでダートが活性化されて盛り上がってくれたらいいなぁとさえ思っているのか期待に満ちた顔をしている。

 

「……この流れで聞くのハズいけど、サインって……貰える?」

「喜んで、ファンサービスは俺のモットーですから」

「あっズルいアタシも欲しい!!」

「お姉様配信でサイン欲しいって言った者ですぅ!!」

「配信者に向けて身バレとかいいのか、まあ俺は誰にも言わんが……後で良ければ書いてやるぜ、どうせだから皆で一緒に写真撮ろうぜ、俺のウマッターに上げちゃうぜ」

『やった~!!』

 

険悪どころかどんどん盛り上がっていくゲート前、それを正すかのようにファンファーレが鳴り響いた。続々とゲート入りを行っていく。今回ランページは大外枠の8枠10番の3番人気だが全員からマークをされていると言っても良いだろう、しかしだから良い、これこそ―――挑戦だ。

 

『スタートしましたっおっと5番リアヤール躓いたか!?しかし上手く立て直してそのまま、問題はないようです。さあ一気に飛び出したのはターフの独裁者メジロランページ!!得意の大逃げがこのダートの舞台でどこまで通じるのか、そしてそれ続いて6番アメイジングダイナ、リアルソラス、センジュヨロイが行きます。メジロランページは後方とは2バ身差か、普段よりも逃げれていないという印象を受けます』

 

「やっぱりダートだと勝手が違うのかな、ラン何時もみたいに逃げれてないや」

 

観戦に来ているターボ、イクノや南坂と一緒に初のダート挑戦の応援にやって来ていた。他の皆も来たがっていたが、都合が合わなかったのでこの3人でやって来た。スタートしたレースを見てターボが矢張り勝手が違うのかという印象を述べると南坂が応える。

 

「いえ、全体的にダートレースでは逃げや先行を選ぶウマ娘が多いのです」

「人気なんだ!!」

「というよりも、砂を被らないようにする為でしょうか」

 

芝でもある事だが、走った際に芝が舞う。ダートの場合は土、砂が大きく舞い上がって顔に掛かってしまって集中力の妨げにもなる。それを避ける為にダートでは統計的に逃げや先行が非常に多いとされる。

 

「基本的に皆前に行くので必然的にランページさんは逃げれていないように見える、という事ですね」

「その通りです」

「えっそれって大丈夫なの!?」

「大丈夫ですよ、ランページさんは皆さんが思っている以上に―――ダートは得意ですよ」

 

 

「(流石は三冠ウマ娘、ダートコースであってもこれだけ走れるのね。だけど普段以上の逃げじゃない)」

 

アメイジングダイナを筆頭にランページのダートでの悪くない走りに驚きを感じていた、芝とは全く違う環境のレースで此処まで走れるのか……そんな関心と尊敬すら向けていた。それでも今までの走り程ではない、あのジャパンカップ程の逃げではない、十分に捉えられる。

 

「(悪いけど―――この一戦を価値ある敗北にさせてあげるわ!!)」

 

『さあ間もなく第4コーナーへと差し掛かる!!未だ先頭はメジロランページ、だが後方からアメイジングダイナが迫る!!ターフの独裁者を抜きに掛かる!!直線に入ったぞ、行けるか!!いや粘る粘る!!メジロランページが粘る!!』

 

「如何して、縮まらないの……!?」

「全力で走ってる筈なのに!!」

「脚が、伸びない!?」

「もしかしてこれって……!?」

 

困惑の声を背中で受けながらも笑う、唯の大逃げ出来ないと思われているのならばお生憎。意外と自分が芸達者なのだ、ダートに慣れていないが故のローペース?違う、合わせていたんだ。

 

『残りあとわずか!!おっと此処でメジロランページが伸びて行く!!一気に突き放しに掛かった、アメイジングダイナは伸びないぞ何時ものキレがないぞ如何した事か!?メジロランページ3バ身から4バ身!!強い強いぞターフの独裁者は、ダートの独裁者にもなれると言わんばかりのゴール!!メジロランページ一着!!!二着アメイジングダイナ、三着にセンジュヨロイ!!ターフの独裁者はダートでも強かった、見事な逃げ切り勝ちを見せ付けましたぁ!!』

『ダートでも芝のように逃げていました、此処までの適応性を見せるなんて……驚きです』

 

「悪くない手応えだ、もうちょっち詰められるな」

 

まだまだ余裕と言わんばかりのランページにダイナは素直に負けを認める、だけど次は負けない。不思議と諦めるなんて気持ちが湧いてこない、寧ろ彼女に挑戦したい気持ちで溢れて来る、それを抑えきれずにランページに向き直る。

 

「ランさん、見事に負けました。だけど―――次は負けないから!!ダートに挑戦したみたいに貴方に挑戦いや、貴方と戦う為ならあたしだって芝に行くぐらいの気合で望むから覚悟しといて!!」

「いい顔と覚悟だ、何時でも来な、相手してやる」

 

 

メジロランページ @dictatorship

 

やった~ランさん(ダートで)大勝利~♪

今日の敵はずっと友達。これから仲良く、イカよろしく~♪

 

 

今日走った皆で写真撮影をしたのちのウイニングライブはG1並の大盛り上がりを見せ、ライブに参加したウマ娘達も大興奮だった。そして、これが切っ掛けになったのか、これまで芝しか見なかったファンがダートにも興味を示して足を運ぶようになっていった。




「おっウマキン氏スパチャありがと~!!沖トレ、質問来てるぜ。変態マッサージ師って言われるぐらいの事やったんですか、だって」
「いや、俺はウマ娘の脚の状態が気になって触った事位しか……」
「その時の手付きとかがイヤらしかったんじゃね?」
「うぉい!?そりゃねえだろ!?」
「んじゃスピカの面々に聞いてみるかい?」
「あいつら絶対俺の事フォローしない面子だからな……悪乗りするぞ絶対。主にシービー」
「分かるわ」




東海ステークス見ようかな
         ↓
ヴァンヤールつまずいたってああっ騎手さん落ちた!?
         ↓
ああ、こりゃ失格か……あれ、なんかそのまま綺麗なレースしてない?
         ↓
ええっ……そのまま自分でレースして先頭でゴールしたよ最終的に失格だけど……しかも自分だけで地下馬道に帰っていった……。

萩野騎手落馬してなかったらヴァンヤールが勝ってたんじゃね?って思う位、綺麗に自分でレースしてて笑っちゃいました。


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95話

「ランページさん、今回の東海ステークスでの走りはいかがでしたか?」

「大きく見積もって精々80点……それが限度じゃねぇかな」

「合格です、私の見立てでもその位でした」

「ひっでぇな分かってるのにわざわざ俺に言わせるのかい」

 

初のダート、しかも重賞のG2を勝利で飾ったランページ。この勝利は直ぐに報道され、芝だけではなくダートでもその力を見せ付けた事に対する驚きが留まる事を知らなかった。この挑戦を無茶なのでは……無謀なのでは……と報じていた所を又もや覆した結果となった訳だが、肝心の当人は完全な走りが出来たわけではないと考えている。

 

「ダートの適性は間違いなくあります、ですがまだ経験が足りませんね」

「いきなりだったからねぇ……」

 

ダートで走る練習は積んできたが、レースでの経験は0に等しかった。それを芝レースでの経験で代用して切り抜けたに近いが……これから先はそうもいかないだろう。

 

「トレセン学園でダートを走っている方々にお願いして併走トレーニングのお願いはしておきました、向こうも快諾してくださいました」

「あれま、意外だな断られると思ってたのに」

「それについては私も驚きました」

 

ある意味無謀とも言える二刀流の志、それに元々ダートを走っていた人たちからの視線は冷たいと思っていた、だが実際は寧ろ暖かく迎え入れられている。東海ステークスでのアメイジングダイナもそうだったが笑顔を向けられたのは素直に驚いた。

 

「理由を調べてみたのですが、東海ステークスの日からダートレースの観客が上昇傾向にあるそうですよ」

「なんでまた?」

「ランページさんの影響でしょうね、無敗のトリプルティアラがダートに挑戦するという事はダートにも素晴らしい魅力があるんじゃないか?と言われています」

「ミーハーだなおい……」

 

何とも流されやすい事だ……と当人は呆れているが実際問題として中京レース場だけではなく地方開催のレースの動員数も上昇傾向らしい。

 

「日本のレースは芝がメインでダートはサブ、そんな印象が少しずつ変わっている、という事なのかもしれません。お願いしに行った方々も今まで以上のお客様が居て感動したと仰っていましたから」

「……まあ貢献できた、と考えれば……良いのかな?」

「それで宜しいかと」

「だからってまだG2で一回勝っただけでそんな変わるもん?」

「変わる所は変わると思いますよ」

 

何というか、これはこれで少し怖くなってきた。自分の影響力はそこまでの物だと思うとこれからは迂闊な事は出来ないな……だからこそ会長はあそこまで凛とした生徒会長として振る舞っているのか、と納得できた。これは自分も見習って確りとする―――

 

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、走り出せ振り向く事無く~芝もダートも突き抜けろ~!!なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

 

なんて事が出来る訳もなく、まだ休養期間だったのも利用して配信を行う事にしたのであった。

 

「皆の者、この前の東海ステークスは見てくれてたかな~いやぁ初めてのダートレースにも拘らず、出走ウマ娘達は温かく俺を迎えてくれたばかりか一緒に頑張ろうなんて言葉までかけてくれたんだぜい!!しかも正々堂々と俺を負かしてあげるなんて強気な発言まで頂けました!!結果から言うと俺様の優勝だったけど、皆温かくて優しかったぜな。最後には皆で一緒に写真撮影してゲームのフレにもなったしね~いやぁどっかのマスコミと違って暖かい心遣いに感動ですわぁ~っと皆の者、これは吾輩の政権放送故にお口チャック、だぜな♪」

 

・今度はゲッターかよ!!

・お~フェアで素晴らしいじゃん

・流石ウマ娘、民度が高くて流石だ

・向こうからすれば初ダートでも無敗の五冠だから油断出来ねぇもんな

・ウマッターの写真微笑ましかったしな

・ああ、あそこのマスコミか

・あの出版社な

・おせぇよwwww

・全国ネット何処か全世界に配信中だわwww

 

「それじゃあ今回も素敵なゲスト連れて来てるぜ!!」

 

・おおっ今回もゲスト付き!

・ほぼ毎回ゲストいね?

・まあトレセンでやってればゲストとか引っ張り放題だし

・前回は沖トレのウマ娘とトレーナーの間の信頼間って話は真面目に参考になった

・でもなんかランページの当りちょっときつくなかったか?

・まあ弄りだろ、変態マッサージ師扱いだしな

・それでウマッターでそんな呼び方された芸人さん反応してたしな。

 

「今回のゲストは何もんなんじゃ?誰じゃ、忍者!?それではご登場して頂きましょう!!皆大好き権力者、日本の誇りの大皇帝、トレセン学園の生徒会長のシンボリルドルフゥ~!!」

「何もんなんじゃ誰なんじゃと聞かれたら、答えてあげよう世の情け……如何も皆さんおはこんハロチャオ、トレセン学園チームリギル所属、生徒会長をやっているシンボリルドルフだ、トゥインクルシリーズは引退してしまっているが今はドリームトロフィーリーグで走っている。こんな配信に出るのは初めてなんだが……一所懸命、初めてだからと言って臆することなくゲスト出演させて貰った」

「おっ~ナンジャモ語のおはこんハロチャオに加えてロケット団のネタを被せに来たよ!!」

「何、これでもポケモンはゲームもアニメも大好きだからな」

 

・皇帝だぁぁぁぁぁぁぁ!!!??

・ええええええええええっっ!!?

・無敗三冠だぁぁぁっ!!!

・またなんつうレジェンドを連れて来たんだぁお前ぇ!!!?

・ルドルフが、ルドルフが俺の画面の中にぃ!!?

 

「ランページ、何だかコメント欄が凄い事になっているようなんだが……」

「まあ会長は生きる伝説だからね~この位は当然っしょ、まあそんな俺様は無敗記録を絶賛更新中なんですけどね!!」

「フフフッそうだな、その点に関しては既に上を行かれてしまっているな、何処まで行けるのか期待してるよ」

「おおっ弾むような声、これは認められたと言ってもいいのではないだろうか~!?」

「無敗の五冠の君を認めないなんてあり得ないよ」

 

・ちょおまっ……

・皇帝になんつう事を……

・でも凄いフレンドリー……

・仲いいのか

・これ、地味にマスコミ対する牽制になってね?

 

「俺は理事長からトレセン学園の魅力を伝える宣伝部長に任命されたわけだから、その魅力を皆の者に伝える義務がある。そこで記念すべき第一回目の今回は会長と一緒に皆の者が思うトレセンってどんな所で普段どんな事をしてるの?なんて質問に答えちゃうぞ!!」

「うむ。生徒会長として力を尽くそう、デビューの流れやシリーズ中の事ならを話させて貰おう」

 

・あの、それってテレビとかが特集とか組んでやるレベルの事なのでは……

 

「だって最近の若者ってTV見ないって聞くしこっちの方が手続きとか要らないから楽なんだよ~」

「理事長も受け入れはしたいと言ってたが、何か問題が起きると生徒達に問題が起こるかもしれないという観点から難しいと頭を抱えていたからな。ランページの配信を通して紹介できるのは素直に有難いと言っていたぞ」

 

・言っちゃったよ!!

・ぶっちゃけやがった!!

・あ~そっか、トレセン学園の信用問題にも発展しかねないのか。

・マスコミって報道の自由を翳して入るな!!って所にも平気で入るもんな。

・それだったら元々関係者にお願いする方が楽なんだな。

 

「それでは行ってみようか~!!ランページと~」

「ル、ルドルフの~」

「「合計十三冠のトレセン学園紹介の旅~!!」」




「うっわスパチャもえっぐい事になってるなぁ……どだった会長?」
「実に楽しかった……ファンとこう言う触れあい初めてだったのだが……良いものだな……また呼んでくれ、それまでに新しいギャグも考えておくから」
「あ~うんありがと……(受けてた、で良いのかな……皆なんか引いてたような……まあ優しさか、うんこれも優しさ優しさ)」


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96話

「ランページさ~ん今日はありがとうございました~!!」

「ご一緒出来て光栄でした~!!」

「応、こっちもありがとな。今度配信に招待するから是非出てくれよな」

「という事は、ゲスト枠で?!」

「そういう訳で、イカよろしく~!!」

『イカよろしく~!!』

 

練習も一段落、腰を落ち着けながらものどを潤す。次走をフェブラリーステークスに決めているのでダートの経験を積む為の練習をお願いしていた、向こうも自分と走る事を光栄と思って好意的だった。

 

「お疲れ様です」

「南ちゃん、現状で何%ぐらいかな?」

「そうですね……7割ですかね、当日までには完成にまで引き上げるつもりです」

「そっか」

 

それならもっと上げられるように努力しなければ……ダートのG1で今の走りで行けるかどうかは分からない、芝と同じように走れるようにする必要がある。

 

「うおおおおおっっ!!ターボ全開~!!!」

「やれやれ、だけどこの距離なら持っちゃうからなぁターボ……だから仕掛けは早め!!」

 

視線を上げるとそこでは気合が入りまくっているターボとそれに付き合うように走っているネイチャの姿があった。気合が入るのも必然だろう、間もなく二人のクラシックの初戦が行われる。ターボはきさらぎ賞、ネイチャは共同通信杯に出走が決まっている。何方もG3の1800、クラシックの初戦だからと余計にやる気に満ち溢れている。

 

「ターボさんとネイチャさん、調子良さそうですね」

「だな。そういうお前だって快勝だったじゃねえか」

「私のプラン通りの完璧なレース運びが出来ました」

 

イクノはイクノで自分の東海ステークスより前に京都記念に出走し、勝利を収めた。ランページと一緒に出走しその後ろである二着の印象が強いイクノ、それ故か1番人気でありながらもマークを受けていなかった。そんな周囲をブッちぎって大差勝ちをしてのけた。

 

「イクノ先輩の走りも凄かったよな~あ~アタシも早くデビューしたい!!」

「来年にはデビュー出来んだから大人しく待ってろ、んでライスとタンホイザはどうするんだ?」

「早めにデビューを行って経験を積んでいただく事を考えています、何せ同期が同期ですからね……」

「ああ、トレセンの龍か」

 

頷かれる。ライスとタンホイザの同期にはかなりのビックネームが控えている、短距離にはサクラバクシンオー、マイルにはニシノフラワー、そして……中距離にはミホノブルボンが存在する。バクシンオーもフラワーも怖いのだが、距離が被っているという意味で一番怖いのがミホノブルボン。

 

「ブルボンさん、昨日は坂路を4本やってたよお姉様」

「私は2本が限界だったよぉ……」

「タンホイザ、2本でもすげぇよ」

 

坂路の申し子、サイボーグ、そんな風に言われたのがミホノブルボン。トウカイテイオーに続いて2年連続で出現した無敗の2冠馬、本来は短距離の血統だが、調教師の鍛えれば距離は走れるという理念を具現化するかの如く、徐々に距離を伸ばしてダービーさえも取った。ライスとタンホイザにとってこれほど恐ろしい同期は他にいないだろう。

 

「俺と同じ逃げだったな……南ちゃん、二人はブルボンに勝てるか?」

「長距離であれば確実に、中距離ですと……2400ならば勝ちの目はありますがそれより短くなると途端に厳しくなります」

 

ライスとタンホイザ、何方もステイヤー。長距離であれば無類の強さを発揮するのだが、中距離では最大限の強さを発揮するのは難しい。長距離を走り切れるスタミナをどんな風に使って中距離を走るのかというのが今の課題となっている。

 

「ブルボンをどうやって抜かすか、だな……まあいざとなったら俺がブルボンの仮想敵やるメニューを組めばいいしな。大逃げじゃ負けないぜ?」

「そうですね、ワールドレコード保持者がこういう時便利ですね」

「言い方ぁ…まあ二人もなんかあったら俺に直ぐ声掛けな、それに逃げならターボもいるし練習相手に困る事は無いだろ」

 

二人は確かに……と頷いた。そういう意味でブルボン対策メニューの構築は簡単なのかもしれない。

 

「向こうもどんどん長距離に適応してくるでしょうから、此方もメニューの構築を急ぐとします。その時はランページさんもお願いしますね?」

「任せとけ」

 

こういう時に役立ってこそチーム。それにライスの力になるのならば惜しむ事なんてあり得ない。

 

「えへへっお姉様と一緒に練習できると何だかポカポカして安心しちゃうね」

「そうだね~頼りになるもんね~」

「ランページさん、ランページさん大丈夫ですか?」

「―――……ハァッ!?マジで意識ぶっ飛んでた……やべぇよ一瞬父さんと母さんが見えた……なんか慌てて戻れ戻れ!!って言ってた気が……」

 

それを聞いて南坂は何も言えなくなった、チームの皆に話す訳にも行かないというのもあるが……尊すぎて昇天する、という話を聞いた事があるが本当に昇天するとそういう事になるのか……今までは笑って見過ごす事が出来たが、ランページの事を思うと本格的に笑えなくなってきた。

 

「ランページさんはどうしますか、長距離練習は」

「あ~……如何するかな、ぶっちゃけ俺には長距離はキツいと思うんだよなぁ……」

 

メジロと言えば天皇賞、ランページも一応メジロなので天皇賞の事を気にしていないという訳ではない。だが、天皇賞(春)は3200mでランページとしては少々長い。

 

「今はダートの適応もあるから最低でも今年はパスだな、狙うとしたら秋かな」

「分かりました、まずはフェブラリーステークスですね」

「ああ、そっちに集中だ」

 

そう言いながらも南坂はタブレットに予定を入力していく、先程は7割だと言ったが実際は8割を超えている。この調子ならば確実に芝のようにダートも走れるようになる……そして、そうなればいよいよ本格的に海外への道が開く事が出来る。

 

「さあ続きを始めましょうか」

「応よ南ちゃん」




「提案!!トレセンオープンキャンパスを君の配信でやるというのは如何かな!?」
「あんま調子に乗ってるとハテナに今度はみだれひっかきさせますよ」


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97話

「先輩、お隣宜しいでしょうか?」

「んっ勿論いいぜ、悪い今新聞退けるわ」

「お邪魔します」

 

昼食のカフェテリア、端のテーブル席に新聞を広げながら手帳を手にし、指の上でペンを高速で回しているランページ。そこへ妹を引き連れたハヤヒデが同席を願った。

 

「えっと、何をしてたんですか……?」

「まあ日課に合わせたネタ集め、かな」

「ネタ、ですか。もしや配信の」

「大体合ってる」

 

日ごろからよく新聞を見るようにしているランページ。世間の事やら流行りのなにがしを知るには丁度いい時間なので、此処で配信のネタを作ったら便利なのでは?と思い立って手帳を購買で買って来て今に至る。新聞を広げる関係で邪魔にならないように端っこの席にいた。

 

「ではお邪魔をしてしまいましたか?」

「いや、もう打ち切ろうと思ってた所だから気にするな」

「でも凄い……私なんて、色んな人の前でしゃべるなんて考えただけで……」

「人には向き不向きってのがある、誰かがやってるからって自分もやらなきゃいけない訳じゃない。だからそんな風に落ち込む必要なんてないぜ」

「はい……!!」

 

憧れの先輩からの言葉もあるのか、ブライアンは少しずつだが明るくなり始めているとハヤヒデは思っている。

 

「それで、何か見つかりましたか?」

「いやメモる程の物はないな、というか俺だって配信の時に特段何かを考えて喋ってるって訳でもないからなぁ……」

「そ、そうなんですか?あれだけ流暢に言葉を続けているので台本があるのかと……」

「そりゃゲストが居る時は軽い打ち合わせとか内容については話すが、大体は全部アドリブだ」

 

基本、自分のトークは勢いとノリで構成されたアドリブ。これまで感じた事に対する感想や感情などをその都度感じ直して発する、逆に台本があるとその通りに喋ってしまうのでその時に感じた事を喋れなくなる。

 

「ああそうだ、ハヤヒデにブライアン、その内に二人にも出演依頼を出すかもしれないぜ?」

「ええっ!?」

「わ、私やブライアンにですか?」

「ああ。きっと二人は次世代のスターになる」

 

元々知っている知識を喋っているだけのある種の予言に……という訳ではない。トレセン学園で二人の走りなどを見るとそう思わざるを得ない程の素質を感じる事が出来る、三冠を取れる程のポテンシャルを秘めたビワハヤヒデと実際に三冠を取ったナリタブライアン。あの時、誰もが思い描いた二人が対決する夢のレース……それを自分だって見たくて仕方がなくてしょうがない。

 

「今から楽しみでしょうがねえよ、二人が走るレースがさ」

「先輩にそう言われると……」

「なんか、ムズムズしちゃう……」

 

照れくさそうにする二人、だが今言った言葉に偽りはない。本気でこの二人の競り合いが見たい……そんなマグマの様な熱意が滾っている、それに自分も随分と立派なウマ娘になったということなのだろうな……そう思っていると誰かが近づいて来た。

 

「此方にいらっしゃったんですね」

「誰かと思ったら麗しのたづなさんじゃないの、また理事長が突拍子の無い事でも言いだしたかい?」

 

それにクスクスと口元を隠して上品に笑う姿を見て、一応メジロ家の令嬢扱いの自分とは凄い違いを感じる。一応令嬢に区分される身だよな……と少しだけ自分に冷める。

 

「どったの、また理事長が突拍子ない事でも言ったの?回転寿司を導入!!とか」

「大丈夫ですよ、最近はハテナちゃんが変な事を言うと頭を叩くようになりましたから」

「ほほう、ハテナもやるようになったもんだ」

「それと回転寿司云々は前に私が止めました」

「言ったんかい理事長」

 

ウマ娘の食欲を考えると回転寿司なんてキツいに決まっているだろうに……多分、オグリが喰い尽くす事になる。それは置いておくとして、本題に入った。

 

「ランページさんがURA賞に選出されましたのでそのご報告をと思いまして」

 

それを聞いてハヤヒデとブライアンはおおっ!!と大きな反応をするのだが、当の本人はそこまでの物ではなくはいそうですか、で終わらせる。

 

「どうせ選出されるって南ちゃんも言ってたしなぁ……客観的に観ても明白だからな、ンでその授賞式に出ろってこと?」

「はい。是非というお話が来ていますが……如何なさいました?」

「ま~たURAのデザイナーチームの趣味が入った勝負服が送られると思うと溜息しか出ねぇんだわ」

 

送られた勝負服はメジロ家のお抱えのデザイナーの手によって改修が成されている、露出控えめでお淑やかで大人の色気を感じさせる系なドレスへと生まれ変わって、其方ならまだ着る気は起きる。なので其方はメジロ家のパーティなどで使っている。

 

「俺今の勝負服気に入ってるから新しいのとか要らねぇんだけど」

「まあそう言わずに、今度の勝負服は複数のデザイナーが意見を出し合って絶対にご満足いけるという確信があると仰っていましたよ」

「えっ~……」

「ランページさん」

「……ハヤヒデ、ブライアン、行った方がいいと思う?」

「わ、私達に振るんですか!?」

 

まさかのキラーパスに言葉を失いかける、ブライアンなどはなんて言ったらいいのか分からずに狼狽えてしまっている。此処は姉である自分が確りとした所を見せなければ……。

 

「お気持ちは分かりますが、授賞式に出る先輩の姿を楽しみにしているウマ娘もいます。実際に私やブライアンも先輩の授賞式を見て何れ私達もあそこに……という思いを募らせていました。ですので授与される勝負服云々ではなく、次の夢を作る為に行くというのは如何でしょうか」

 

理論派の彼女らしい説得は思いの他、ランページに入っていった。勝負服は如何でもいい、だが……次の夢、その時に脳裏を過ったのはエアグルーヴだった。彼女も自分の授与式を楽しみにしているのだろうか……そう思うと行かない訳にはいかない。

 

「分かったよ、夢の大切さは分かってるつもりだ。んじゃまあ行くかぁ……」

「有難う御座います、勝負服については今度こそ着て貰うって自信満々でしたから期待していいと思います」

「だと良いけどなぁ……今の勝負服以上にいい物じゃないと俺着ないぞ、高確率で箪笥の肥やしになる」

「まあまあそう言わずに」



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98話

「あ~あ……なんで俺此処にいるんだろうな」

「表彰されるからですね」

「なんで表彰されるんだよ」

「ワールドレコードを取ったからですね」

「ふけちゃダメ?」

「駄目ですよ」

「へぇ~い……前もこんなやり取りしなかったか?」

 

二回目となっても此処に来た事に対しての不満を述べる事を一切やめないランページ、その姿はURAのビルの中にあった。相変わらず豪華なパーティ会場の中に整えられた壇上に記者たち、此方を見ているが無視。

 

「ったく……表彰するならトロフィーとかにしてそれを送ってくれればいいじゃねえか……」

「そう言わずに」

「分かってるよ……此処に来る事自体に意味があるって事は」

 

URAビルに来る事はそれ自体が名誉な事、此処に来る理由はドリームトロフィーリーグでの出走表の発表や年間表彰式ぐらいだろう。そんな場所に何度も来るというのはウマ娘として優れていて、それが認められているという事。

 

「やっほ~ラン」

「おおっライアンか、お~お~流石はメジロ家の御令嬢だ、俺みたいな一般上がりと違ってドレスが様になってやがらぁ」

「何言ってるんだか、ランだってメジロ家の御令嬢って扱いなんだよ?」

「こんなガサツでズボラで口が悪い令嬢の何処の世界に居やんだよ」

「今日は何時もに増して荒れてるなぁ……」

 

同じように表彰を受ける事になっているライアンも今日ばかりはドレスに身を包んで参上している。一方、ランは前回と同じようにスーツでの参加である。もうここまでくると筋金入り。

 

「ライアン、もう少しで始まるって……あっ」

 

そんなライアンの名前を呼びながら隣に立ったのは少々細身ではあるが、結構確りした表情を浮かべている男性トレーナーだった。ランページは見た事がないが、南坂は直ぐに頭を下げた。

 

「本日はおめでとうございます、クラシック三冠へと導いた手腕、お見事です」

「なんか照れるな……というかそれならそっちの方が凄いと思うけどな、無敗での五冠なんだから」

「それこそランページさんの力ですから」

「あ~っと……南ちゃん、誰これ」

「あれ、ランには紹介した事無かったっけ?」

「お初だよ、初めて過ぎてちょっと畏まっちまってるよ」

「何処がよ」

 

唯の平常運航なのに何を言っているんだお前は、と言いたげな顔をしてくるライアン。

 

「え、えっと初めまして。俺はライアンのトレーナーをさせて貰ってる奥山です」

「あっどうも、知ってると思うけど最近二刀流始めました独裁暴君のメジロランページです」

「あっ配信いつも見てるんだ」

「おっ?なんだリスナーだったんか、んじゃ何時ものあいさつした方がいい?」

「生のあれは是非見たいけど、出来れば今度配信のゲストに呼んで貰った時に堪能させて貰うよ」

「地味に呼べって言ってる辺りライアンのトレーナーだわ、強かだ。良いぜ、今度の配信にライアン共々ご招待だ」

「よっしゃ!!あっえっと……その、有難う御座います」

 

と最初こそ大人しそうな青年トレーナーという風な感じだったのに、徐々にメッキが剥がれて行くように素の性格が見えて来た。なんというか、自分の素と随分似ている気がする。

 

「奥山トレーナーは何かに嵌るととことんやってみようっというタイプの人なんですよ、ライアンさんと契約してからは一緒に筋トレをして、今では90キロのバーベルも上げられるようになってますから」

「いやぁライアンに比べたら……」

「いやウマ娘と比べんなっつの」

 

そんなやり取りをしているといよいよ表彰式が始まった、クラシック部門での表彰式。シニア級では今年トゥインクルシリーズ引退のオグリが選出された、そんな彼女は用意されていた食事に集中している。まあオグリらしいと言えばオグリらしい……。

 

『クラシッククラスでの表彰を行いたいと思います!!まずはクラシック部門、見事クラシック三冠を成し遂げたメジロライアンさんです!!』

「え、えっと光栄です!!」

『同じく、クラシッククラスティアラ部門、無敗でのトリプルティアラは史上初、そして二人目のティアラ三冠―――そして、ジャパンカップではワールドレコードを樹立し年度代表ウマ娘にも同時選出されましたメジロランページさんです!!』

「どもども~」

 

トレーナーたちと共に壇上へと上がっていく二人に一斉にフラッシュが焚かれる。視線の奥では大量の料理を食べているオグリが拍手を送り、その隣では六平トレーナーが呆れつつも同じように拍手を送っている。

 

『それではお二人に今後の目標などをお聞きしたいと思います』

「えっと、目標かぁ……」

 

まずはとライアンにマイクが差し出された、それを受け取りながらもこれからの目標をと言われても……と言葉が詰まりそうになったのだが、直ぐに言葉を作れた。

 

「昨年はアタシ自身の夢と親友との約束を果たす事が出来ました、クラシック三冠という栄誉をメジロ家に齎す事が出来ました。その事を誇りに思っていますが、まだ足りない。アタシは出来る事ならランと一緒にレースを走ってみたいと思っています」

 

その言葉を待ってましたと言わんばかりに記者たちが激写を行う。クラシック三冠が無敗のトリプルティアラに宣戦布告したも同じなこの状況、流石のあのランページも驚いたりなどの反応をするに決まって―――

 

「あっもう俺の番で良いの?」

「うん、いいよ」

『(軽い!!?)』

 

まるでゲームのプレイヤーを交代交代にしているかのような気軽さでランページはマイクを持った。

 

「俺も何時かお前と走りたいとは思ってる、何ならマックイーンにアイネスとだって走りたいって思ってる。というかクラシックで走ってた面子とは走りたいと思ってる、別段ライアンが特別って訳じゃない―――まあ、追い付けるもんなら追い付いてみな、俺は何処までだって逃げてやるからよ」

「フフフッそう言えるのも今の内だよ」

 

一瞬の内だった。先程まで友人同士の語らいだったのが、ライバルの火花の散らし合いに変わった。それに遅れて記者たちはフラッシュを焚く、凄いギャップに奥山は喉を鳴らし、南坂は相変わらずですねと微笑むのであった。

 

『お二人の功績をたたえて、新たな勝負服が授与されます!!』

 

さあ来た、ランページが来たくなかった理由がこの勝負服なのだ。URAのデザイナーチームが自信満々だったとたづなは言っていたが……

 

「ゲッ……」

「どしたのラン」

「あそこ」

 

こっそりと視線で示すと、そこには何やら此方を何処か気迫の籠った視線を送っている一団があった。如何やらあれがデザイナーチームらしい……主に自分を睨みつけている、どれだけ着て欲しいんだ……取り敢えず、控室で確認だけはする事にしよう……。

 

 

「……ああうん、改善の意志は見えるわ」

 

控室で勝負服を開けてみたのだが……取り敢えず自分が敬遠する露出が激しい系の衣装ではなかった。今回のそれは一先ずドレスではなかった、言うなれば……マックイーンの別衣装であるエンド・オブ・スカイにもテイオーのビヨンド・ザ・ホライゾンにも似ている。膝辺りまでのパンツもあり露出も以前のものと比べると少ない。

 

「腹周りを出す執念は何なんだよ」

 

だがウエスト周りは確りと露出、肩出しの上着を羽織る形にしているがその下はかなりボディラインが出るようになっている。男っぽさは増しているが、これは何とも言い難い勝負服だ。この位ならば許容出来ると言えばできるのだが、これを着る位だったら元々の勝負服の方が余程良いとさえ思える。

 

「あっランページさんいかがでした?デザイナーチームの皆さんがあちらでご感想を聞きたがっているのですが」

「あ~……え~……うん、嫌いじゃない」

 

その言葉を聞いて、前回の勝負服が全否定だった事から大幅な進歩を遂げた!!と大喜びのデザイナーチーム。URAとして、デザイナーチームとしては新しい勝負服というのはそれまで持っていたウマ娘の別側面の魅力を引き出す、それによって既存の魅力を更に際立たせる事を求められている。確かにこれはそれが引き立つのは理解出来るのだが……

 

「だけどさ……」

 

ランページの言葉に思わず全員が硬直した。

 

「嫌いじゃないんだけど……あれ着る位だったら今の奴着るな」

 

そして崩れ落ちた。

 

 

「そんなに気に入らなかったのラン」

「いや、嫌いじゃないんだぜ?嫌いじゃないけど好きでもないすっげぇ微妙なラインだったから……」

「あ~……中途半端な感じだったんだな」

「奥トレマジでそれ、着てくださいお願いします!!って言われたらまあ……嫌々だけど着れるかな、でも自主的には絶対着ないタイプ」

「ありますよねそういうの、履き慣れないけど履かないといけない革靴みたいな」

「それだわ南ちゃん」

「革靴扱いされる勝負服って何なの」




チームリーダー「ドレス系は駄目だ、だからカッコよさを意識しよう!!そしてそこから女性らしさを引き出しつつ、カッコいい所を引き出すんだ!!今度こそ気に入ってもらうぞ!」
デザイナーチーム「おっ~!!!」
ラン「……ビミョい」
チーム「なんでだぁぁぁぁぁ!!!!??」

新人デザイナー「あの~……初期案のルドルフさんみたいな勲章を付けた軍服みたいにすればよかったのでは……」
ラン「それなら着てたわ、したがスカートじゃなかったら尚良し」


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99話

「ドッカン~……ターボォ!!!」

 

前走の不甲斐なさを取り返すかの如く、レース終盤、突如として凄まじい加速を行ったターボ。それまでに先頭に立ち続けていたのにも拘らずにこれが本当のトップスピードだと言わんばかりの急加速、その兆候自体はそのレースで何度もあった。走りに安定性が無く、序盤中盤にも不規則な加速を行っていた。次で最後の直線でもそれが起きた、正しくドッカンターボ。

 

『ターボエンジンは今日も快調!!ツインターボ、ホープフルステークスでの無念を見事このきさらぎ賞で果たしました!!なんと後続とは8バ身差!!』

「よっしゃあ~見たかテイオー!!終生のライバル、真性ターボの出荷日だ!!」

「出荷してどうするんだあのバカ……」

「他にも間違ってるような気もしますが、ターボさんらしいじゃないですか」

「あれをらしさとして認めていいもんかねぇ……」

 

トレーナー代理として、ターボのきさらぎ賞の付き添いに来ていたランページとイクノ。見事な勝利と褒めてあげたいのだが……その後のコメントが何とも言えない位にお粗末な物だったから反応に困る……。

 

「それでは同じチームカノープスのメジロランページさんにお話をお伺いしたいと思います、本日はランページさんとイクノディクタスさんが来ておりますが南坂トレーナーは?」

「南ちゃんは東京でネイチャのレースを見てるんですよ、だから今日は俺とイクノが代理という訳です」

「はい、ご質問がありましたら私達がお答えします」

 

そう、きさらぎ賞と共同通信杯は同日、流石の南坂も東京と京都を同時なんて事は出来ないので代理を立てる事にした。と言ってもこの時期は他のトレーナー達も忙しい時期なので、同じチームの先輩二人、そして信頼出来る人に代理をお願いしたのである。

 

「しかしまさか理事長秘書である駿川さんがトレーナー代理を行っているとは……」

「ちょうど私も予定が開いていましたから、それに私が居なくてもあの二人ならば問題はなかったと思います」

 

そんなたづなの視線の先にはターボを肩に乗せるランページ、嬉しそうな笑顔でピースを送るターボ、そんな彼女を微笑まし気に見つめるイクノ。三人家族の様な構図が出来上がっていたのであった。そして―――

 

「おっ南ちゃんからだ、あいよっこっちはターボが問題なく勝ったぜ。南ちゃんのドッカンターボ戦法もちゃんと機能してた」

『それは何よりです、此方もネイチャさんは5バ身差で勝ちましたよ』

「そりゃ良かった、んじゃまあ……次は俺の番だな」

 

順調に勝って行くチームメイト、そんな彼女たちに負けてはいられないと―――ランページは気を引き締めた。何故ならば、きさらぎ賞の1週間後には自分のフェブラリーステークスがあるからだ。

 

 

2月というのは春が目前という暦にある、だが実際はそこまで気候が安定しない。突然寒さが増したり、暖かくなったりするので体調を崩すものも多かったりする。この日は冬のそれに正しい程の寒気に包まれて、周囲のウマ娘達が時折吹く寒風に身を震わせながらも入念にウォーミングアップをしている。

 

『東京レース、これより行われるのはG1ダートレース、フェブラリーステークス!!今日はかなりの寒さですが、このレース場にはそれにも負けないほどの熱気が集っております。そして、なんと本日の東京レース場には凄い観客が集まっております!!なんと本日の来場者数は14万人を超えております!!日本ダービーにも負けない程の大観衆がこのレースを見る為に脚を運んでいます!!』

 

「へ、へ、へっ……へっくしゅぅん!!!」

 

大きなくしゃみが木霊した、それも当然。フェブラリーSはメインレースとされ、午後からのスタートなのに気温は全く上がらずに現在の気温は1度。そんな中で露出も多めな勝負服を纏っているウマ娘達は寒さを感じて当然の事、その中でも一際寒そうにしていたが東海ステークスにも出場していたアメイジングダイナだった。

 

「ウォームアップは確りしたのに……」

 

入念なウォーミングアップをしたが、それでも寒さを感じる程に今日は寒い。特に彼女の勝負服は動きやすさを重視したスポーツウェアに近い物、ドレス系のウマ娘に比べてダイレクトに寒さを感じてしまう。そんな時、自分に何かが差し出された。

 

「俺ので悪いけど着るか?」

「あっこれは御親切に……ってぇランさんのコートじゃんそれ!?」

 

厚意に甘えそうになって伸ばした手を大慌てで引っ込めた。目の前にいたランページが自分の勝負服のロングコートを差し出していたのだ、そして露わになる普段ロングコートで隠れているランのナイスバディ。それに一瞬見惚れるが、慌ててコートを着直させる。

 

「駄目ですってちゃんと着てください!!これは私の意志でこういう勝負服にしてるんですから!!」

「ぜってぇ寒いだろそれ、見てる俺の方が寒いもん」

 

長袖ロングパンツにコートまで羽織っているランページは寒さは大分マシな部類ではあるが、ダイナは本当に寒そう。小学校の頃にいた冬でも半そで半ズボンの子供が居たが、それ並だ。

 

「レース見てて毎回思うんだけどよ、マジでそういうのって寒くねぇの?」

「確りとウォーミングアップをしておけば、問題ないから大丈夫です。勝負服ってウマ娘に力をくれますし、冬場はウォーミングアップの効果を向上させて長続きさせてくれるから大丈夫です!!まあ寒いものは寒いんですけど……いざ走れば直ぐにポカポカです」

「ホント俺達って不思議な生き物だよなぁ……」

 

勝負服一つで此処まで変わるのだから、本当によく分からない生き物だ。

 

「兎も角―――今日は東海ステークスの借りを返しに来ました、絶対に負けませんから。この勝負服さえ纏えば、ダートじゃ負けません!!」

「言ってくれるな、俺だってこいつで世界を相手に戦ったんだぜ。そう簡単には負けないぜ」

 

あの時と同じように握手をする、またダイナと戦える事は非常に嬉しい。そんな思いを抱いていると2番人気のレディセイバーが挨拶をして来た。

 

「レディセイバーです、G1の舞台で貴方と走れる日が来るなんて……本当に嬉しい限りです」

「此方こそ」

「……このレースに参加している私達全員は、ランページさんに感謝しているんです」

「感謝?」

 

セイバーはスタンドの方を見た、そこには14万人を超える大観衆が自分達の走りを見に来てくれていた。その事にダイナやセイバーは感激しているのだ。

 

「ダートレースに此処までの人が来てくれるなんて……他のレースでも多くの人が私達の走りを見てくれるようになりました。これもランページさんのお陰なんです、私達の大好きなダートレースの魅力を知って貰えて、嬉しいんです」

「芝にはない魅力がダートにはある、それが分かって貰えた……そして今日はそれが最大限に出るG1、フェブラリーステークス。それにこんな大人数、嬉しくない訳が無いじゃないですか!!」

 

10万人を超える大観客なんて芝のG1でもそう簡単に集まるような物ではない、日本ダービーにも匹敵、それ以上の人達が来てくれている。そんな舞台で走れる……それがウマ娘としては嬉しくてたまらない。だから此処にいる全員が感謝している。

 

「だから、この感動に報いる為に私達一同は全力で貴方を迎え撃ちます!!全力で来てくれていることは重々承知、ですが私達にもダートウマ娘としての意地があります!!夢があります!!その二つに掛けて、貴方には負けません!!」

「いいねぇその表情、その覚悟……望む所だ、寧ろ俺は挑戦者だ。お前ら全員に勝負を申し込む、このフェブラリーステークスでな!!!」

『望む所!!!』

 

 

『さあ、間もなくゲートインです!!注目は矢張り1番人気のメジロランページ!!このフェブラリーステークスに勝利すれば、G1を7勝した事になります!!そして史上初の芝ダートG1制覇を達成した事にもなります!!大偉業が掛かったこのレース、それを阻止するのは砂塵の騎士、レディセイバーか!?はたまた東海ステークスでのリベンジに燃える砂の超特急こと、アメイジングダイナか!!?目が離せないぞ!!』



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100話

……あれ今回で100話?

早くね?


『さあフェブラリーステークス今―――スタートしました!!』

 

遂に始まった14万人の大観衆が見守るフェブラリーステークス。何故、この日にダービー並みの人数が集まったのか。それはメジロランページの大偉業、G17勝、そして芝ダートのG1制覇が掛っているからという訳ではない。元々ダートでもこれだけの人気を出せるだけのポテンシャルがあった。ダートにスターウマ娘が生まれなかったが為に、芝よりも低く見られていた。しかし、実際はこうだ。

 

「レディセイバー!!独裁者を打ち滅ぼす剣となれ~!!」

「ダイナ~!!超特急の力見せてやれ~!!」

「イーグル~!!気合いだぁ~!!!」

 

メジロランページという活躍をし、ダートでもその力を発揮出来るウマ娘ではなく元々ダートで活躍していたウマ娘を応援する声がかなり大きい事に元々、芝ばかりを見ていたファンや元々ランページファンは驚いてしまった。ランページのダート参戦はダート再生のカンフル剤になるなどと言っている専門家もいるが、そんな事は世迷言に過ぎないのだ。ダートを愛するウマ娘達を愛するファンがこれだけいる、彼らが再生ではない―――覚醒だ。

 

『さあ最初からどんどん前へと出て行くのは―――おっとっメジロランページよりも前に出ているウマ娘がいるぞ!!東海ステークスでのリベンジに燃える超特急、アメイジングダイナ!!そして砂塵の騎士のレディセイバー、そしてメジロランページが内から行きます。そしてその背後には砂の大鷲、ナリタイーグルが続きます』

 

好スタートを切った、切ったはいいがそれは他も同じ。全員が完璧なスタートをしたと言っても良い程の瞬間、美しい横並び、波が砂浜へと押し寄せるのを彷彿とされる光景のままレースが進んでいく。先頭にダイナとセイバー、そしてランページという形がその直ぐ傍にもウマ娘がいる。全員が逃げを選択していると行っていい程の一塊でのレース展開。

 

『先頭にはアメイジングダイナ、そしてレディセイバー、メジロランページは今三番手。大逃げの名手と共に駆けあがっていきますがこの二人はそのペースに合わせる事が出来るのか!?』

 

「合わせて来たか……!!」

「1600であるならば、貴方のペースに合わせる事は出来る!」

「超特急の名は伊達じゃないところ、見せてあげるわ!!」

 

初めてというべきかもしれない状況だった、自分が先頭に立ってペースを作るのが基本。だが今回ばかりは全員が同じ大逃げを打っているも同じ状況、全員が自分には負けないという強い意地と夢を掴む為に全力で駆けている、かといっても自分をマークしているという訳ではなく他のウマ娘との競り合いを行っている。

 

『此処でメジロランページが伸びて来るが、それと同時にアメイジングダイナとレディセイバーも上がっていきます!!そして後方も同時に上がる!!なんという超ハイペースでしょうか!?』

 

ダートを愛するウマ娘達の意地と夢が、普通ならば絶対に勝負出来ないであろうトリプルティアラを抑え込む。その熱意にランページは飛び出す事が出来ない。

 

『さあ間もなく1000mを越える所、メジロランページは未だ三番手!!流石のターフの独裁者もダートの経験が違い過ぎて前に出られないか!?後方からはハピネスレコード、シルバーバレットが上がって来るぞ!!此処でナリタイーグルも更にペースを上げます!!フェブラリーステークスを取るのは一体誰なんださあ遂にラストの直線に入るぞぉ!!』

 

「セイバーそのまま行けぇぇ!!」

「ダイナ、ダイナ、ダイナ~!!!」

「イーグルゥ~はばたけぇ~!!!」

 

スタンドからの応援が木霊する、芝とは違った気迫と魂の籠った応援が飛んでくる。力強く、心からの熱い物をそのまま応援に転化しているようだ。凄まじい物だ、ダートに掛ける想いというのは……そして自分のウチを突いて駆け抜けていくナリタイーグル、その軌跡が見えた瞬間に光が差した。

 

「っ―――!!此処だ、此処しか、ねぇ!!!」

 

見えた、一瞬の勝機!!此処を突けなければ自分の敗北は濃厚になっていく、此処からが勝負!!

 

『さあ内からナリタイーグルがやって、来たがその背後から、背後からメジロランページが伸びて来たぁ!!!前を行くアメイジングダイナとレディセイバーを避けるかのようにナリタイーグルの更に内を突いた!!うわぁこれは内ラチギリギリだ、此処からはもう腕が擦っているようにしか見えない程の内ラチを超ギリギリに疾走する!!!これがターフの独裁者の走りなのか!?そのまま抜け出して行く!!ナリタイーグルを抜いた!!さあアメイジングダイナとレディセイバーにも追い付くか、あっという間に追い付いたぁ!!!』

 

マルゼンスキーに連れられて行った峠、カウンタックでガードレールギリギリ当たるか当たらないを攻めるコーナリング。それに比べたら自分で走って内ラチを攻める位なんて怖くも無い。それが今役に立った、イーグルは信じられないと言いたげな顔を作った。

 

「更にウチ!?ひ、一人通るか取れないギリギリのあそこを攻めるなんて正気じゃない!?」

「正気にては大業成らずってな!!駄目なら俺はその程度って事だ、さあまだ勝負する気がある奴は、最後の大勝負と行こう―――さあ、俺とやろぉぉやぁ!!!」

 

雄たけびを上げながらも、本気のギアを入れるランページ。その気迫を目の当たりにしたダイナやレディ達は思わず武者震いをしながらも喜び勇んでその挑戦を受けた。

 

「望む、所ぉ!!!」

「負けるかぁぁぁぁ!!!」

「私だって、まだ負けてないんだぁぁぁ!!!」

「ダートで負けてやれるかぁぁぁ!!!」

「私の方が、上だぁぁぁぁ!!!」

 

『メジロランページが一気に伸びて来たぁ!!!バ群から飛び出して内ラチギリギリを爆走中!!だが、同時に後方からアメイジングダイナとレディセイバーが伸びる!!いや違うぞ、全員だ!!全員が凄まじいスパートをかけたぁ!!!ナリタイーグルも負けていないぞ!!ハピネスレコード、シルバーバレットも上がる上がる!!なんという激戦何だ!!だがメジロランページが抜け出した!!1バ身のリードだ!!強い、これが無敗のウマ娘の実力だぁぁぁぁ!!!メジロランページが一着でゴールイン!!』

 

何とか逃げ切った、と思わずにはいられない程の大が付くほどの激戦だった。何せ1バ身のリードを作るのが精一杯だったのだから。

 

『メジロランページ空前絶後の大記録の樹立!!!イナリワンに続く芝ダートG1制覇、そして中央としては初の快挙ぉ!!!G17勝目はフェブラリーステークス!!!し、しかもこのタイムは!!レコード、レコードです!!1:34.0!!前回のレコードを2秒以上も短縮するレコードです!!ですが二着のナリタイーグルの1:34.9もレコードタイム!!なんという大レースとなった事でしょうか!!』

 

「シャァッ!!!」

 

声を上げながらのガッツポーズを取ってしまうランページに周囲のウマ娘達は心からの尊敬の眼差しを送った。これは本物だ、彼女は本当の意味での王者なんだ。芝だろうがダートだろうが、真の王は如何なる戦場だろうと戦う場を選ばず勝利を手にする。

 

「こ、これが無敗の三冠ウマ娘の力……!!」

「負けたけど、間近でこれを見られてよかった……」

「負けて、悔いなし!!」

 

レース後にはランページは走った皆と一緒にまた写真を撮った。その時、皆笑顔で楽しそうな笑みを浮かべていた。




今回は以前行ったダートレースの応援を基にしてみました。地方競馬だったんですが、中央にはない魅力が沢山ありました。あっこんな血統があるんだ!!って思ったり、この馬ってどんな馬なんだろう?って思って調べたりしてたら

「おっ初めてかい?この馬はぁ……」

って感じで気のいいおっちゃんが教えてくれたりもしました。えっあの馬の息子で孫なの!?っていうのもいっぱいって夢に溢れてました。中央も良いけど地方も素敵でした。


訂正します。とある方からのご指摘により、この小説が史実をベース、そしてレースを現代に合わせているのなら、イナリワンが最初じゃない?とご指摘を受けたのでそのように修正する事にします。


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101話 とあるモブウマ娘の一日

『メジロランページG1 7勝目はフェブラリーステークス!!』

『芝ダートG1制覇!!!』

『独裁者は真なる王座へ、真の王者は戦場を選ばない!!』

 

フェブラリーステークスの制覇は日本を飛び越えて世界にまで伝播していった、芝だけではなくダートを無敗で制したという常識外れな偉業を達成してしまったランページに注目が集まった。ワールドレコードは確かに凄まじい事だ、だが何れそれを出すであろうウマ娘の出現は予測は出来る、だって先駆者もいる。それこそ、オグリキャップのライバルの一人とされるイナリワン。

 

彼女は東京大賞典を制した後に、中央へと移籍しそこで天皇賞や宝塚記念を制している。史上二人目となる芝ダートG1制覇という事になるが、それでもランページの凄さが掠むという訳ではない。中央の芝ダートG1制覇という意味では史上初なのは確かだ。

 

「全く、彼女は何処まで高みに行けばいいんだろうな」

 

フェブラリーステークス優勝の一報を聞いたルドルフは窓の外を見つめながらも、どこか寂しげに、だが誇らしげにそう呟いていたとラモーヌは語った。G1を7勝、それはルドルフがトゥインクルシリーズを走っていた際に打ち立てた自身の栄光の形でもある七冠と並ぶ事を意味する。以前、とある先輩と話した時、こんな事を言われた。

 

『ルドルフ、私は時折寂しさを覚える。後輩たちが活躍し、自分の記録を越えて羽ばたいていく。それはきっと日本のレベルを引き上げているという意味では素晴らしい事だし世界を狙えるウマ娘が増えている事でもある……だが同時に思ってしまう。もう自分の時代は終わったんだな……と、だが寂しくはある、同時に誇らしい。先輩から受け取ったバトンを私達は後世に渡す事が出来た、それが分かるから』

「……そうですね、確かにその通りです」

 

 

私の名前はドラグーンランス、カッコいい名前だけどまだまだデビューもしていないウマ娘。トレセンに何とか入学出来たけど毎日大変、でも一歩一歩頑張ればきっとデビュー出来ると信じて毎日頑張ってます。

 

「ランちゃんまたね~!!」

「じゃあね~」

 

同級生の皆と別れて私は日課のトレーニングをこなす為に一旦寮の部屋に向かっていた。まだトレーナーはいない身だけど、何時かは選抜レースに出て大活躍する事が今の目標。ランっていうのは私のニックネーム、ドラグーンランスっていう凛々しくて勇ましい名前も好きだけど、このニックネームは大好き。何故かというと……

 

「本当に凄いよねランページ先輩!!」

「うんうん!G17勝って会長と同じだもんね!!」

「芝ダートどっちも行けちゃうなんて……んもうお姉様凄すぎぃ!!!」

 

私の憧れで目標の人はメジロランページさん、今一番話題のウマ娘と言ってもいい。そんな先輩は無敗で今も連勝中、とてもすごい先輩なんだけど……とっても優しくて親しみやすい人。雲の上みたいな存在の人なのに話しかけやすくて一緒にご飯食べたいって言ったら二つ返事で受けてくれる。そんな先輩は、同年代とかからはランって呼ばれてるみたい、だから一緒なのがちょっぴり嬉しかったりしてます。

 

「私も先輩みたいになりたいな~……」

 

そんな事を言いながら寮に向かっていると、誰かにぶつかってしまった。

 

「ゴ、ゴメンなさい!!」

 

怪我なんてさせたら大変!!と思ったけどそれは心配いらなかった、転んだのは私の方だったし逆に手を差し伸べられてしまっていた。そしてその人こそ―――

 

「こっちこそ悪かったな、怪我ねぇか?」

「ラ、ラララララ、ランページ……先輩……!?」

「応よ」

 

余りの衝撃にフリーズしそうになったのだが、その時、先輩が唐突にある事を言ったのだ。

 

「あっそうだ、なあこれから時間ある?」

「ふぇっ!?じ時間ですか!?え、えっと……確かに暇ですけど……」

「そっか、んじゃ悪いけどちょっと手伝って欲しい事があるんだけどいいかな?」

 

あの憧れの人からのお願い、それを私は断るつもりなんてなかった。

 

「全然大丈夫です!!!」

「そうか!!いやぁ助かるわ、実は南ちゃんがちょっと野暮用で出掛けちゃってさぁ……んじゃちょっとこっち来てくれ」

 

が、私はせめて何を手伝うのかを聞いておけばよかった。そうすれば心構えぐらいは出来たのに……

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、Running in the turf!! Running in the dirt!!なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

「なんでさ」

 

私は先輩がやっている配信のお手伝いをする事になっていた。マジで聞いておけばよかった……。といっても私がやる事は簡単だった、コメントを拾う為にタブレットを良い感じに見えるように持ってほしいという事だった。本当に自分でも出来る事で良かったと安心している。

 

「皆の者~フェブラリーステークスは如何だったかな?俺はもう最高に楽しかったね!!ダートを走るイーグルにダイナ、レディ、他の皆も正々堂々と俺ちゃんに挑んで来てくれて凄い熱かったな!実際問題俺もちょっと危なかったかなぁ~なんて思ったりもした訳だ。そんな相手と走ったから俺も気合入っちゃってレコード出しちゃった訳だ!!ワールドレコードじゃないのかって?簡単に出せたらギネス記録に挑戦する人は現れないだぞ~?」

 

・生で俺も見たけどダートレースの迫力エグかったわ!!

・なんで芝しか見てなかったのかスゲェ後悔した!!

・ダイナとかのスパートが届く!?って凄い冷や冷やしてた

・ゴメン俺レディのファンになってた。

・同じく……。

・貴様、王の放送で何を言っとるか!!そこはダイナだろ!!

・イーグルだろ!!

 

先輩はトレセンの宣伝部長?らしくてトレセンの良さやらを発信する為に理事長からお願いされて配信を行ってる、内容は毎回のようにレジェンドクラスのゲストが出て来るから本当に価値のある配信にしてるからすごいよ……先輩自身もレジェンドだし。

 

「いやいや良いんだよ、ダートの魅力が伝わったようで何より。実際問題、芝よりもパワーが必要とされるから迫力は上だったね。さて、それじゃあ今回のテーマは~……?」

 

チラリと此方を見られた、準備していたカンペを出した。

 

「えっ何々?フムフム……ヘムヘム……成程、え~っとね予定ではゲストにウチの南ちゃんを呼んでお話を進めて行こうと思ったんだけどなんかドタキャンになっちゃった。まあ俺が活躍しちゃってるからしょうがないよね~」

 

・まあ忙しいだろうしなぁ……

・史上初の大偉業やらかしたウマ娘のトレーナーは違うな。

・忙しくしたのお前やぞ。

・ちくわ大明神。

 

「誰だ今の。そんな理由もあって、実は前々から俺の戦歴を振り返って欲しい!!っていうのがあったからいい機会だからそれをやろうと思う。題して~!!史上初、芝ダートG1制覇した無敗の独裁者はどんな道を辿って来たのか~!!!」

 

それに合わせて先輩は一旦画面の外へと出るとそこから大きなボードを引っ張って来た。そこにはこれまでの戦歴が書き込まれている。輝かしい戦歴の数々だ……16戦16勝、その内G1レース勝利数7。シンボリルドルフ会長がドリームトロフィーリーグにまで上がるまで勝利したG1の数と同じなのだから……。

 

・改めて見ても頭おかしい戦績で芝。

・端的にいってバケモン。

・長距離に出ない事だけが唯一の救い。

・ホンマそれな

 

「まあ、長距離には長距離得意なマックイーンとパーマーいるけどな」

 

・うわあああああああああ!!!!?

・改めて思うと今年のメジロ何なんだよ!!?

・マイルと中距離にはこの化物と三冠のライアン、長距離にはマックイーンとパーマー

・これ他のウマ娘からしたら地獄でしかねぇぞ。

・後の救いは短距離だけか……!!

 

「ああそうか、短距離あったか……出てみるかな」

 

・馬鹿野郎余計な事言うんじゃねえ!!

・短距離にまで出張ってこられたらもう打つ手ねぇよ!!!

・ゴメン!!でも見てみたいと思った、反省はするが後悔はしない!!

・それは同意するがマジで出たらどうするんだよ!!!

 

「まあまあまあ皆の者ご安心を、流石に短距離までやろうと思う程節操がない訳じゃないぞ?」

 

・ダート制覇してる奴が言っても説得力ねえよ!!

 

「確かに~」

 

そんな調子で先輩の配信は続いて行った。一視聴者として見ていた配信をこんな形で見る事が出来たのは光栄の極みだった。

 

「今回は此処まで!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、メジロランページでした!!次の放送までに皆善行を積むのだぞ~♪」

 

配信が終了すると、先輩はスポドリを飲むと身体を伸ばすと直ぐに私を見た。

 

「いやぁ悪いな、なんかタブレットだけ持っててくれればいいって言ったのに色々手伝って貰っちまった」

「い、いえその光栄でした!!私、配信ずっと見てたので……」

「おっリスナーだったのか、嬉しいねぇ~」

 

そう、こういう所が先輩が人気の一つ。ルドルフ会長やラモーヌ副会長と違ってフレンドリーな対応且つ態度が柔らかくて、一緒にいてもそこまで緊張せずにいられる。それでも緊張はしちゃうけど……。

 

「そう言えばまだ名前聞いてなかったな」

「ド、ドドドドドド!!!ドラグーンランスです!!!」

「良い名前だなぁ、今回はありがとなドララン」

「ドララン!?」

「いや、ランって呼ぼうとしたんだけど俺と被るから、悪い嫌だったな」

「い、いえ寧ろ気に入りました!!」

 

大好きな自分の名前と尊敬する先輩と同じニックネーム、それが一つになった名前、果てしなく気に入った。ドララン、何処か可愛らしい響きもして最高だ!!

 

「んじゃ配信も終わったしどっか飯でも食いに行くか~……ドラランも来ないか、配信のお礼に配信中は言えない裏話とかいろいろしてやるよ」

「ぜ、是非お願いします!!」

 

先輩は色んな呼び方で呼ばれている。ターフの独裁者、暴君、トリプルティアラ……でも私にとってはランページ先輩という呼び名が一番しっくりきた。それを伝えると、先輩は嬉しそうにしながら頭を撫でてくれた。そして……

 

「手伝いのお礼にそうだな……なんかして欲しい事ってあるか?」

「え、えっとそれじゃ……私と、と、とととと、友達になって貰えますか!!?」

「勿論いいぜ、これから宜しくなドララン」

「はっはい!」

 

この日、私は憧れの先輩と友達になった。そして私は―――憧れの先輩みたいになる為に、今日も走る。

 

「目指せ、先輩みたいなカッコいいウマ娘!」




アプリやってる時に出て来たモブウマ娘にこんな感じにカッコいい名前のウマ娘が居たのでそれから発想を得てこの名前に。実はこの名前が初期のランページの名前だった。


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102話

「申し訳ありませんが以上の理由から御社の取材はお断りさせて頂きます、それでは」

『ま、待ってくださ―――』

「これで何回目よ」

「10回から先は数えるのを止めました」

「しつけぇ奴らだぜ」

 

新聞を読んで株価をチェックしているランページの近くで電話を取っていた南坂、通話相手はとある出版社、取材申し込みだったが拒否した。理由としてはジャパンカップの時にかなり扱き下ろしてくれた出版社だったから。現在取材の申し込みに応じているのは5社程度。2社はジャパンカップの時に許可した会社、他3社はメジロ家と仲が良い所。

 

「というかさ、取材受ける意味ってあんの?俺自身が配信で情報発信しちまってるのに」

「世の中には配信を見ない人もいますからね、それこそご年配の方には週刊誌や新聞の売れ行きは良いですから」

「ンな事言ったら俺だって新聞買って読んでるからそりゃそうか。あっそうだ、南ちゃん、株主特権でQUOカード貰ったんだけど使う?」

「それならターボさんにプレゼントされたらどうでしょうか、きっと喜びますよ」

「成程、そりゃ一理ある」

 

フェブラリーステークスを制した事による偉業、それを是非記事にしたいと取材申し込みは加速度的に増えているのだが基本的に5社以外には応じていない。トレーニングにも集中したいので取材によって時間を奪われるのを極力回避したい。

 

「次は大阪杯ですね」

「今ん所、出るって決まってるのって何方?」

「ライアンさんにアイネスさん、後ヘリオスさんも名乗りを上げてますね」

「逃げウマ娘多いなおい」

 

自分を含めて既に3人のウマ娘が逃げ戦法を取っている、一般的に逃げ戦法というのは博打と言われているのに……まあそんな事を言ったら大逃げという大博打戦法で無敗の自分が居るのだが。

 

「だけどそうか……いよいよライアンとの勝負か……」

 

ずっと走りたくてしょうがなかった、生憎年末の機会は回避してしまったので実現しなかったが我慢した結果としてアイネスやヘリオスとも走る事が出来る。これは楽しみでしょうがない……本気で楽しみになってきた。

 

「まあ俺の事は良いとして……結局、ターボはどっちに出るか決めたのか?そろそろ弥生賞だろ」

 

間もなく3月、入ってしまったら直ぐに皐月賞のトライアルレースである弥生賞が待ち構えている。ネイチャはそれに出走する事は決めているが、ターボは結局どうするのだろうか。だが自分の心配をよそに南坂は大丈夫だと太鼓判を押した。

 

「ターボさんはチューリップ賞に出走しますよ」

「チューリップ賞って……あいつ、ティアラに行くのか?」

「ええ、言ってましたよ」

 

「トレーナートレーナー!!ターボ、桜花賞に出たい!!」

「桜花賞ですか、それですとティアラ路線でテイオーさんとは別路線になりますが宜しいので?」

 

相談があると言われて乗ってみると、レースに関しての事だった。ターボからレースの相談をされて少しだけ微笑ましくなったが、実際は確りと自分の未来を見据えていた。

 

「うんいいの。だってランはライアンとは別路線だけど確り競い合ってたでしょ、ターボもそうする!!それでね、二人で三冠を取ってからセーセードードーと勝負するの!!三冠同士の対決って凄いカッコいいと思うの!!」

 

何処かロマン的な考えがある、だが実際は先人であるランページとライアンに倣っていた。だが今回ばかりは二人を越えていると思った、何故ならば二人は揃って三冠を取る事を目的にしていたがターボは三冠を取った上で勝負する事を目標としているのだから。

 

「どうせ勝負するなら最高のターボでテイオーに勝ちたい!!」

「……分かりました、それではチューリップ賞に向けて調整しましょうか」

「おっ~!!!」

 

 

「という事があったんです」

「ターボがねぇ……あかん、なんか手のかかる子供が大きくなったのを自覚した親みてぇな心境になって来た……」

「御気持ち、お察しします……」

 

何とも素敵な目標だ、唯三冠を取るだけがゴールではなく、三冠を取ったお互いが勝負する所までがミソ。本気の勝負を目指している者は強い、それを自分は良く知っているつもりだ。

 

「ですのでトレーニングと並行してターボさんの併走もお願いします」

「お安い御用だ。2年連続でカノープスがトリプルティアラか、ハハッ他チームから恨まれそうだな」

「正直、リギルの気持ちが分かりました」

「あのチーム、俺がトレセン来る前から厨パ状態だったもんな」

 

今ではすっかり対策される側になってしまったカノープス、そうしてしまった切っ掛けが自分な訳だが……まあそんな自分がターボの力になるのも一興。

 

「実際問題、ターボはティアラ路線で如何思う?」

「課題となるのはオークスの2400位ですかね。それまではまだまだ時間がありますので、それまでには持たせられるようにスタミナ面の強化を図るつもりです。その為にもランページさんはガンガンターボさんと走ってあげてください」

「自信無くしても知らねぇぜ?」

「その程度でターボさんが落ち込むとでも?」

「あり得ないな」

 

兎に角元気で騒がしいウマ娘と認識されているターボだが、その実は極めてメンタルが強い、いや強くなった。ホープフルステークスの一件で元々ポジティブで芯の強かった所にしなやかさと柔軟性が生まれて益々強靭なメンタルへと進化した。例え負けたとしても気にしない、次の勝利の糧にする筈だ。

 

「んでネイチャはクラシック路線か……テイオーは弥生に出ないって聞いたけどマジか?」

「はい、若駒ステークスの次は若葉ステークスと沖野トレーナーは言ってましたね」

「オープンじゃねえか……経験積まずにそこまでやれる自信があるって事か」

「恐らく……私も以前拝見させて頂きましたがテイオーさんのポテンシャルは凄い物を感じました」

 

沖野はテイオーに経験を積ませるのではなく、トレーニングを積ませる事で基礎体力などを向上させる方針を取った。

 

「余程の自信があるという事ですね、まああれだけの走りをしていたら当然と思います」

「なんか含みあるな南ちゃん」

「ええ。だって私はテイオーさん以上の素質のあるウマ娘に経験を積ませた結果、無敗の七冠にしたトレーナーですから」

「―――ずりぃな南ちゃん」

 

自分を引き合いに出されるとは思わなかったので、少しだけ顔が赤くなったのを感じた。参ったものだ……。

 

「さてと、それではターボさんの併走相手をお願い出来ますか?」

「仰せの通りにマイトレーナー」




ターボはティアラ路線へ!!距離適性的にもこっちが向いていると思いますので。戦績を見ても2200辺りまでならいい所行ってるんですけどそこから先がって印象でしたので。


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103話

「……マジか……」

「トレーナー如何したの?」

 

練習の為に部室へとやって来たテイオー、そこではスピカのトレーナーである沖野が新聞を広げ頭を抱えていた。

 

「これだよ」

「これって……」

 

そこにあったのは先日の弥生賞の記事があった。勝ったのはナイスネイチャ、同じクラスでカノープスに所属する彼女の力はテイオーもよく知っているつもりだった。

 

「弥生賞は皐月賞と同じ条件でのレース、そんなレースで残り800からのスパートを掛けてそのまま6バ身差だ」

「800mをスパート……ボク出来る気がしないんだけど」

「同感だ」

 

半分を越えて直ぐにスパートを掛けたと言っても過言じゃない。そんな所から仕掛けて持つだけのスタミナにも驚くが、このスパート自体が相手に掛ける重圧(デバフ)も相当なものになる筈。

 

「あそこから一気にスパートを掛ければ持たないがネイチャの場合は持っちまう、しかも普段通りのスパートを掛けようとしても既にネイチャは先頭で差を付けているから他の連中も仕掛けを早めちまう。そこで体力を大幅に削られて最後の最後に掛ける筈だった末脚が残せなくなる。かと言って、最後の末脚に掛けるにしてもこれだけの差を開けられちまうと……相当な末脚を持ってないと追い抜く処か並ぶ事も難しい」

「ネイチャって怖いウマ娘なんだ……」

「ああ、マジで曲者だ」

 

ネイチャの対策はロングスパートを見ても焦る事なく、自分のペースで走りながらも仕掛けるタイミングを逃さない事。言うだけならば簡単だが、これをレースの最中にやるとなるとかなり難しい。相当に図太いか自分に自信があって冷静な判断が出来るウマ娘でないと厳しい。

 

「実際に弥生賞じゃ術中に嵌って2着以下はもうボロボロの状態だ、こりゃランページからペースについての指導も受けてやがんなぁ……」

「えっランってそんな事も出来るの?」

「ランページ最大の武器が大逃げしているのに拘らず、相手に悟られない程に繊細なペース変更だ。これに関しちゃ見せた方が早いな」

 

ノートパソコンを取り出して起動させている時にマックイーンにタイシン、シービーもやって来た。何かを見せようとしているので便乗して見る事にした。

 

「此処までのタイムがこれだ」

「えっ嘘凄いスローペースじゃん!?」

「マジか……あんだけ逃げてたのにいつの間に」

「いやぁこりゃ凄いね」

「……」

 

そして次の瞬間には一気にランページがペースを上げた事でスローペースだったレースは一点、ハイペースの物へと変貌してしまった。余りにも激しすぎる変化に同じチームのイクノでさえ大幅に体力を削られてしまって末脚を発揮出来なくなっていた。それを何れ一緒に走る事になるマックイーンは食い入るように見つめていた。

 

「同じチームに此処までペース変更の上手い奴がいるんだ、ネイチャが話を聞いてたとしても可笑しくはない。ペースを乱す事がどれだけ有効な事をな」

「私もこういう子と対戦した事あるな~でもなんか苦労した覚えない気がするけど」

「マイペースを具現化したみたいなウマ娘のお前が並のペース変更で乱される訳ないに決まってんだろうが」

「そこまで言うかね~」

 

シービーはシービーで良くも悪くもマイペースで自分を乱さない、加えて追い込み型なので先頭のペース変更の影響を受けにくい。なのである意味でランページの幻惑逃げの最大の天敵はシービーという事になる。

 

「走ってる中で一番疲れないのが一定のリズムで走る事だからな、それなのにペースを気付かないうちに変えられたりすると自覚出来ない程度に少しずつ疲労していく。そしてその疲労は自分の最後のスパートを掛けようとした瞬間に一気に開花して蝕んでくるんだ」

「……毒みたいなもんってこと?」

「ああ、その表現が正にピッタリだな」

 

相手に毒を植え付けつつも当人は力を温存しながら脚を溜める、そして一気に解放した所で相手は真の実力を発揮出来なくする。スペックがある奴が取る戦法ではない、ゲーム的に言えばステータスも高く修得している技も強いのに確りとデバフを撒きつつも自己強化をする敵キャラ。そう表現するとタイシンはうげぇ……と嫌な顔をするが、ゲーマーの性なのか、自分ならどうやって攻略するかと考え始めた。

 

「それじゃあネイチャのは?」

「あっちは一気に距離を離して相手の焦りから自発的にペースを乱させる方向性だな、これはこれで厄介だ。冷静さを保たないとスタミナを一気に削りに掛かるし、そうでなくてもスパートのタイミングを間違えるとアウトだ」

 

無意識的と意識的では相手へのダメージはかなり違う。前者の場合は技術がいるが、決まった場合には爆発的な効果がある。後者は体力で相手に依存する形になるが、それでも決まりやすい上にそのまま逃げ切りやすい。

 

「仮にランページとネイチャが一緒に出るレースとか考えたくねぇな……前と後ろからペースがぐっちゃぐちゃにされるんだからな」

「アタシはやってみたいけど」

「そりゃお前はな暢気ウマ娘」

「何よ変態マッサージ師」

「そ、それを言うな……!!コメントでも相当弄られたんだからな俺……」

 

といつものシービーと沖野の寸劇のような事が始まるのだが、マックイーンとテイオーはかなり真剣な表情を作っていた。マックイーンはランページを、テイオーはネイチャを強く意識した。今まで意識していなかったという訳ではない、だが信用を置くトレーナーが此処まで言う相手であるという事を改めて認識し、いざ戦う時の事を考えずにはいられなくなった。

 

「トレーナー!!」「トレーナーさん!!」

「お、応何だ二人とも」

「僕練習する!!!もっともっと練習してツインターボだけじゃなくてネイチャにも負けないようになるから!!」

「私も同じメジロ家として負けていられませんわ!!天皇賞(秋)には確実に出て来る筈ですもの、今からしっかりと鍛え始めないと間に合いませんわ!!」

 

それを聞いた沖野は笑みを作ってしまった、図らずも二人にいい刺激を与える事が出来た。二人はこれで更に伸びるだろう、この点に限っては二人に感謝しなければ……が、そんな時、タイシンに脛を蹴られた。

 

「ってぇ!!?なんで蹴るんだよ!!」

「練習するって言ってんの、着替えるんだからさっさと出てけって意味だよ!!」

「鈍いなぁ……南坂トレーナーと大違い」

「いやあいつと一緒にすんなってだから蹴るなっていったぁ!!?」

 

 

「ウェ~イ!!ランってばキマってんね~!!」

「ヘリちゃんこそテンアゲ決まってんな~」

「そりゃそうっしょ!!」

「アタシ達がゲストっていうのはちょっと緊張するけど、精一杯頑張るから」

「それじゃあ元気よく―――」

「「「ウェ~イ配信やってこ~!!」」」




ロングスパートネイチャ。スキルではなく走り自体でデバフを与える事が出来る。


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104話

「ハァァァァァッ!!」

「……凄いわね。フローラ」

「まだまだですおハナさん……この位じゃあの人には勝てません」

 

スピカがカノープスに対する警戒心を強めて行くその一方でリギルもメニューをこなしていた。その中でも今一番集中的なメニューを組まれていると言っても良いのがアグネスフローラ、打倒メジロランページを掲げて鍛錬をし続けている。

 

「もう一本行きます」

「待ちなさいフローラ!!全くもう……」

「気合が入っている、というよりも入り過ぎているといった様子ですねフローラ先輩」

「ええ……参ったものだわ……」

 

ハヤヒデも少々心配する程に練習へと熱を入れてしまっているフローラ、一時はダートに進むというランページに激怒したりしていたのに……なんというか、彼女がランページに向ける物はかなり重いように感じられる。

 

「それ程までに勝ちたいという事なのでしょうか」

「あるでしょうね、ランページはあの子からすれば目の上のたん瘤なんだから」

 

ランページに敗北するまでは無敗のまま突き進んでいたのに、そこからフローラは勝てなくなっていった。最初こそ、被らないようにレース日程を組むべきだと自分から諭したのだが……

 

『それでは逃げたも同じです、私は勝つまでやめません』

 

そして続け続けた挑戦、積み重なった敗北の数だけフローラは間違いなく強くなっている……それはルドルフやシービーも保証する程なのに……ランページは常にそれを越えて行く。

 

「勝てるでしょうか、次の大阪杯は」

「……何とも言えないわ」

 

珍しく自信無さげな東条。リギルを纏め上げる敏腕トレーナーとしてその手腕を振るい続けて来た彼女とは思えぬほどに、何処か不安に満ちた言葉。管理主義と東条の気迫、そしてリギルという強さを根拠にチームを決めたハヤヒデとしては意外な姿だった。

 

「何せ相手はあのランページよ、どの段階までフローラを育て上げれば勝てるのかというビジョンすら見えない。だから不確定な事を言いたくないのよ」

「そうでしたか、邪推してすいません」

「いいのよ、貴方も自分のメニューをやりなさい。貴方も来年にはデビューの身よ」

 

頷いたハヤヒデを見送りながらも偽りの言葉が出てしまった事に辟易した、いや嘘ではないし偽りでもない……ランページに勝つには勝負勘の良さと実力を兎に角鍛えるしかない。幻惑逃げか大逃げのどちらかを取るかを判断してそれに対応した走りをするしかない。だがレースという競り合いの中でそれを行うのは難しい。だからこそ基礎を徹底的に磨くしかない……。

 

「やぁぁぁぁぁぁ!!」

「自己ベストタイよフローラ」

「まだまだです……!!」

 

まだまだこの程度で勝てる訳がない、ライバルでいたつもりだったのにライバルですらなかった。何時の間にか遥か先の世界へと、進んでしまった彼女の背中を必死に追いかけるしか出来ない。悔やむ時間すらも惜しく、フローラは研鑽に努める。

 

「勝ちたい、あの人に―――ランページさんに!!」

 

 

「やったよラン~!!!」

 

胸を張りながらのVサインは文字通りの勝利の証。チューリップ賞でターボは見事に勝利を収める事に成功し、桜花賞の優先出走権を勝ち取った。目指すは果たせなかったG1初勝利。

 

「ターボ頑張ったよ!!」

「全く、頑張り過ぎだっつの……よくやった」

「えへへ~ランの一番弟子のターボが情けない所見せる訳にはいかないもん!!」

「お前のようなバカを弟子に取った覚えはない」

「ええっ!!?そんな事言わないでよ~師匠~!!ターボはバカじゃないもん~!!」

「誰が師匠だ誰が」

 

顎を突きながらも溜息をつくランページ、そんな彼女に師匠呼びをし続けるターボ。本人からすれば溜まったものではないだろうが微笑ましい光景にカノープスでは笑顔が生まれる。

 

「まあ実際、ターボさんの走りを磨いたのはランページさんと言えなくもない訳ですから一番弟子というのも強ち間違っていないのでは?」

「ンな事言ったらイクノだって一緒に走ってたじゃねえか……」

「いえ、私とターボさんの走りでは大分違いますからそちらの方が妥当かと」

「逃げやがったよこいつ……」

「逃げるのはターボとランだぞ!」

「あ~はいはい……」

 

兎も角、これでターボの次走は桜花賞に決定。ネイチャは皐月賞とカノープスは順調そのものである。そんな中で南坂から報告があると言われる。

 

「ライスさんとタンホイザさんのデビューの日程が決まりましたよ」

「えっライスのデビュー!?」

「私も!!?」

 

二人のデビューは6月になるとの事、自分やイクノのデビューよりも早く出来る事になったらしい。というのもカノープスというチームの格が上がった影響で申請が通りやすくなったとの事。

 

「ライス、デビューするんだ……ぅぅぅっ緊張してきちゃったよぉ……」

「ライスちゃん元気出して!!私達にはランさんとイクノが居るんだよ、この二人と一緒に走ってるんだから心配する事なんてないって!!」

「そ、そうだよね……お姉様と一緒に走ってるんだから怖がることなんてないよね……?」

 

本人は少々不安がっているが、南坂から見た二人はかなりの仕上がりだと断言できる。

 

「でもライス先輩って不思議だよね~併走する時ってこうピシッ!!ってするから切り替えが上手いっていうのかな?」

「そ、そそそ、そんな事ないよぅ……ただ、確りやらないと失礼になると思って……」

「そこがあたし凄いって思うんですよ。普段のライスさんとはもう別人って感じだもん」

「ぁぅ……お、お姉様ぁ……」

「お~よしよし」

 

ライスもこういう所が変わって来たと思われるようになった。併走となると走る直線にスイッチが入ったかのように、普段のオドオドとした表情から一変して一気に凛々しく変わる。

 

「なんというかあの時ライスちゃんって仕事人!!って感じだよね」

「あっそれそれ!!」

 

仕事人とはまた言い得て妙だなぁ……とランページは内心で想いつつもライスの頭を撫でるのであった。だがそんな事を言うタンホイザだってスタミナの使い方が上手くなってきている。これだけの距離を走るから此処からスパートするから、此処までから此処まではこう走ろう、というマネジメントがかなり上手だと南坂も褒めていた。

 

「んでイクノは次どうするんだっけ?」

「私は天皇賞(春)を目指していますので日経賞ですね」

「そっちもそっちでハードな戦いになりそうだなぁ……」

 

イクノが行く先は天皇賞(春)……つまりマックイーンとパーマーに戦いを挑むという事。イクノは十二分に長距離への適性はあり、勝ちは十分に見込めると南坂も保証した。此処まで皆がやる気になると自分も負けている訳にはいられない……大阪杯、気合を入れて臨まなくては……!!



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105話

『悪いな、俺にとって今は興味がねぇんだ』

 

通話を切りながら、南坂へと携帯を返す。彼は分かっていたがここまでハッキリと言ってしまうのかといわんばかりの苦笑いを浮かべていた。

 

「やっぱり、そうしますよね」

「当然だろ南ちゃん、こんな高ぶるレースなんて他にねぇよ。このレースを走る為に10億払えって言われたら―――俺は迷わず払う」

 

そう断言させるほどの魅力が、このレースには秘められている。恐らくこの言葉も例えなどではなく本気の産物、むしろ彼女からしたら持て余しているものだから財布が軽くなって気軽にカバンに入れられるようになった程度の認識なのだろう。

 

「そうですね、まだ札幌にも行ってませんもんね」

「あれっ味噌ラーメンは先週食わなかったっけ?」

「そこで魚介類が出ない辺りが本当に貴方らしいと私は思いますよ」

 

こういう辺りは本当に庶民的だ。この前だってフレンチを食べに行ったが、他の皆が絶賛する中でランページだけが満足していないというか味の奥深さが理解出来ていなさそうな顔をしていた。帰り道でターボが見つけた屋台の石焼き芋が一番美味しそうに食べていた。

 

「父さんはとんかつがいつでも食える位が一番ちょうどいいって言ってた気がする……偶に食べる高いものより、伸ばそうと思えば常に手が届くラインのものが一番だと俺は思う。主にもやしとはんぺん、あと豆苗は俺の味方」

「……今日、晩御飯奢りますよ」

「マジ?それじゃあ……ラーメン大盛り半チャーハン付きで」

「チャーシュー麵特盛トッピングマシマシに餃子も付けて行きましょう」

「うおっしゃあやる気出てきたぁ!!URAに表彰されるなんかよりもずっとご褒美だぁ!!」

 

URAは金額にして2000円程度のものに負けるのか。トレーナーである南坂は何とも言えない気持ちになった。ランページがこれまで走ってきたレース、特にG1レースなんて優勝賞金なんて途轍もない金額でそれこそ一般人が一生懸命に働いても手に出来ない程の額なのに……それを手にする彼女が一番望むのは一般家庭の幸せその物なのだから。

 

「ッシャア!!やる気わいてきたぁ!!」

「それ、ライアンさんとアイネスさん、フローラさん辺りが聞いたら怒りませんかね?」

「フローラは知らないけどあの二人はこんな事で怒ったりしませんよ。それに―――俺は、やる時はやる奴だぜ南ちゃん」

 

その時、瞬時に雰囲気が変わった。先程まで楽しげな談笑をしていた姿は掻き消えて、闘志を纏い始めた。先程までラーメンでテンションを爆上げしていたとは思えないほどの変わりよう。

 

「さてと―――楽しんでくるぜ南ちゃん」

「はい、いってらっしゃいませ」

 

控室から飛び出して行くランページを見送りながら、もう一度鳴った携帯を見ると南坂はそれを取った―――

 

 

『満開の桜と澄み切った青空が集った、地下バ道から次々と姿を見せるウマ娘達を祝福しているかのようです』

 

G1レース、大阪杯。桜色の染まった阪神レース場の春景色、今日、此処に集った観客の数―――20万以上。去年の日本ダービーを越える程の人が阪神の舞台へと駆けつけ入場制限までなされたほど。あのダービーを越える程の人が集まった理由は単純……今日、此処に集っているウマ娘の面子が関係している。

 

『さあ此処で登場したのは4番人気のアイネスフウジン!!あのダービーのような凄まじい逃げを今日も発揮するのかぁ!!?』

「わぁ~凄い人なの、頑張るから応援してほしいの~!!」

『おっと此処で登場するのはアイネスフウジンと伝説的な激戦を繰り広げた三冠ウマ娘、メジロライアンだぁ!!本日2番人気です!!』

「どうも~アイネス、アタシ達凄い人気だね」

「ホントなの!」

 

二人のダービーの競い合いは最早語り草、その二人の登場にレース場のボルテージは一気に過熱されていく。そう、この大観衆たちはこれを見に来たのだ、彼女たちが走るのを見に来たんだと言わんばかりの大喝采だった。そんな喝采に続いたウマ娘にも歓声が沸く。

 

『次に現れました、そう彼女のある所にこのウマ娘はいる!!今日こそは勝つ、G1を取る!!3番人気、アグネスフローラ!!!』

 

「今日こそは、必ず……!!!」

 

打倒メジロランページの大将格とされるフローラ、此処まで数多くの戦いを繰り広げて来たが届かずに敗戦を重ねて来た。それを力に変えて全てを引っ繰り返す。そんな凄味を纏いながらも堂々と登場した彼女にも歓声が飛ぶ。しかしフローラはそれに反応しない、何故ならばそれが自分の物ではないと直ぐに分かったからだ、少しずつ聞こえて来る蹄鉄の音に息が呑まれる、そうだ、まだ姿を見せていない最後のウマ娘がやって来る……!!

 

『此処まで16戦、その悉くを制して来ました。無敗のトリプルティアラは不敗神話のエンブレム、ジャパンカップではワールドレコード、前走のフェブラリーステークスを制覇した事で手にした冠は7つ。それによって証明されたのは皇帝を越えた真の王者!!メジロランページ!!堂々の1番人気です!!』

 

ランページの登場にレース場が一気にヒートアップする。そうだ、彼女達がランページと走る姿を見に来たのだ。中距離において最高と言っても過言ではないメンバーが揃っているこの場、どんなレースになってしまうのか。

 

『フェブラリーステークスを制した事でメジロランページはイナリワンに続く二人目の芝ダートG1制覇を成し遂げました、ですが中央に限定すれば彼女が史上初。正しく王者と呼ぶに相応しい戦績です。そんな彼女を迎え撃つのは三冠ウマ娘メジロライアン、アイネスフウジン、アグネスフローラ。中距離というステージの最強決定戦と言っても過言ではない大阪春の陣、この戦を制するのは一体誰なのか!!』

 

2000mという舞台、ランページ、ライアン、アイネス、フローラの全員が間違いなく全力を出し切る事が出来るレース。正しく中距離オールスター。誰が勝つという事を考えられない、一体勝つのは誰なんだという言葉しか浮かんでこない。

 

「今日程楽しみになった日はねぇよ。何せ―――最高の面子が揃ってやがる」

 

周囲を見回した。口角を持ち上げたライアン、笑顔のアイネス、そして自分を倒すという気迫に満ちているフローラ。全く以て最高の状態だ。

 

「ランちゃん、今日は宜しくなの」

「応よ、そう言えば初めてだな走るの。ライアン共々宜しく頼むぜ」

「クラシックで走れなかったもんね、でも今日は勝つからね。私だって三冠ウマ娘なんだから」

「んな事言われたら俺だって負けられねぇよ」

 

ゲートへと向かう最中、アイネスとライアンに挨拶をする。クラシック路線だったが故に交わらなかった線が一つになったシニアクラスでの激突。本当に楽しみにしていた日が来た事に感謝する。そして……今日という日を待ちわびていたのはもう一人いる。

 

「ランページさん、今日こそ私は貴方を倒して見せる……今日こそ必ず……絶対に!!!」

「楽しみだな―――そうでなきゃこのレースに出る決意をした意味がなくなるからな」

 

その背中をフローラは睨みつけるように見つめた、彼女の標的は正しくただ一人―――ランページだけだ。

 

『時代を彩る名勝負の数々、そこに新たな歴史が刻まれます。此処に集った私達の想いが、夢が、間もなく駆け出そうとしています。さあ今ゲートインが……完了しました。G1競走大阪杯、今―――スタートしました!!』

 

 




『何度もかけて貰って申し訳ありませんが、今年いっぱいは海外に向けてに専念させます。来年期待しててください』
『ムゥッ……何とかならぬだろうか……?』
『心配なさらずとも……彼女は逃げませんよ』

極めて流暢で淀みの無い英語で会話をし始める。

『大丈夫、私の担当ですよ』
『……分かった、では来年に会える事を期待しているよ』
『ええ、私もです。それでは失礼します―――大統領』


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106話

『スタートしました!!さあ良いスタートを切れましたが、飛び出すのは二人のウマ娘!!先陣を切るのは我に有り、風の神は遮れないと言わんばかりの走りをするアイネスフウジン!!そして王者も行くぞメジロランページ!!』

 

「一人じゃ行かせないの!!」

「まあ俺はマイペースに行かせて貰うぜ」

 

先頭を飛び出すのはやはりこの二人、アイネスフウジンとメジロランページ。ややアイネスの方が先行しているのか、ランページは2番手につけている。

 

『アグネスフローラはメジロランページのすぐ後ろ、3番手についております。そしてメジロライアンは少し離れて5番手に着きました』

 

「貴方の一手一足、絶対に見逃さない」

「おいおいおいそれはそれでこえぇよ、ヤンデレか貴様」

「フローラ、凄い気合張ってるなぁ……バリバリだよ」

 

打倒ランページの大将格、フローラは唯々ランページを完全にマークしていた。此処ならばランページの全てが分かる、勝ちに行くタイミングも……此処ならば自分は万全だ。それをライアンは見つつも自分の走りに徹する。ライアンにとってもこのレース状況は完全な予想外だ、だから自分を律してペースを守る。

 

「あのランが抑えまくってる……!!」

 

 

「ラ~ンもっと行け~!!」

「お姉様頑張って~!!」

「先輩行け~!!」

 

必死の声援が送られる中でネイチャはこれ以上ない違和感を覚えていた。先頭は変わらずアイネス、最初の坂を越えてそのまま第一コーナーを曲がっていく。アイネスもアイネスでかなりのハイペース、ハイペースなのだが……

 

「トレーナー、ランってば凄い抑えてない……?」

「えっあれでラン抑えてるの!?」

「そうですね、あれは普段の大逃げじゃなく普通の逃げですね」

 

アイネスは逃げている、大逃げを打っての逃げ切りを狙っている。それこそ普段のランページの戦法だ、だが今回のランは全く違う。普通に走っている。

 

「普段の幻惑逃げじゃないし、何か仕掛けてる訳でもない……何を企んでるの?」

「さて、何を企んでいるのやら……私にもサッパリだ」

 

何処か煮え切らず、誤魔化しているかのような言葉にネイチャは何か隠しているのでは?と思うが、タンホイザの応援に引っ張られて自分もそれに専念する事にした。だが、南坂は本当に何も知らない。知っているとするならば……ランページの強さぐらいだ。

 

『メジロランページは未だ2番手、アイネスフウジンとは4バ身差でしょうか」

 

「あのメジロランページが抑えてるなんて、絶対に何か考えてる……!!」

「やっぱりマークして正解だったわ……!!」

 

これまで大逃げを打ち続けていたランページが分かりやすく逃げている、これに他のウマ娘達は確実に何かを考えているのだとマークを続行する。ランページは幻惑逃げが出来る、だからこそ目を離さずに正解だった。それが大逃げを打たなかった事の驚きで、冷静になれている。

 

「戸惑わせるつもりでしょうけど……離れませんよ、貴方から」

「だからこえぇって……」

 

ピッタリと離れないフローラに背筋が寒くなって来る、一体何処を間違ってこんな子になってしまったのだろうか……まあ十中八九自分が勝ち過ぎたせいだろうが、だからってどこぞのワンマンアーミーじゃあるまいしこんな風になるだろうか。

 

「もっと、もっともっと逃げるの!!ランちゃんを置いてきぼりにする!!」

 

気迫を込めて走る、彼女が何かを考えているのかもしれないが自分に出来るのは精一杯逃げる事のみ。だったらそれをするまでだと、もっと引き離す為に走る。先頭は未だアイネスフウジン、そのまま疾走する。

 

『さあアイネスフウジンはメジロランページとの差を引き剥がしたい所ですが、まだまだ余力を残しているのでしょうか?さあ1000mの通過タイムは―――えっ!?こんなハイペース⁉』

 

思わず実況が驚き、観客たちが時計を確認するとどよめきの声が起きた、そんなペースだったのか!?アイネスフウジンがレースを引っ張っているがランページにそれに続き、周囲のウマ娘達が彼女をマークしているので丸ごと集団をランページが引き連れている状況、ランページはアイネスとの差を全く広げないし縮めないのでそこまでのハイペースとは思えなかったのだが―――いざ1000mの通過タイムを聞いてみればハイペース。

 

『と、とんでもないハイペースだぞ今年の大阪杯は!!アイネスフウジンが逃げるが後続との差は全く広がらない!!』

 

「そういう、事か……!!!」

 

真っ先に気付いたのはライアンだった、普段から己の肉体の鍛錬に余念がなく自分の身体の事を最も分かっているからこそ分かった。身体に溜まる乳酸のペースが異常なレべル、これこそがランページの仕掛けた罠だったんだと今更気づいた。だが今気づけて良かったとも思う。

 

『さあメジロライアンが上がっていくぞ!!他のウマ娘は如何するのか、動かないのか、ライアンが上がっていく!!今5番手から4番手へ!!』

 

「来たかライアン。先行きたきゃ譲ってやっても良いぜ?」

「よく言うよ……相変わらず計算高いというかなんというか!!」

「ハッお見通しってか、なら―――此処までだ、こっからは普段通りに逃げる!!」

 

瞬間、ランページは被っていた皮を脱ぎ捨てた。刹那、彼女の脚が地面にめり込むかのように沈み込んだ。深々と突き刺さった脚で地面を蹴ると一瞬でライアンとフローラを振り切るかのように加速していった。

 

『遂に来たぁ!!!メジロランページが遂に来たぞ!!』

 

「させない、貴方を離さないと言った筈……!!」

「いいよ、勝負!!!」

 

『それに続いてメジロライアンとアグネスフローラも上がっていくぞ!!凄いぞメジロランページがどんどんアイネスフウジンとの差を縮めて行く!!既に2バ身差!!』

 

遂に動いた王者にマークを行っていたウマ娘達が一斉に動き出した、此処こそが勝負仕掛け所なんだ!!と全員が一気にスパートを掛ける―――掛からなかった。

 

「あ、脚が……!?」

「如何して、脚が重いの!?」

「まだそんなペースで走ってなんか……!!」

「これってもしかして……」

『オーバーペース!!?』

 

「俺の幻惑を警戒したのは褒めてやる、だけどやり方が一つとは限らないんだぜな、これがな!!」

 

「ランページさんは稀代の大逃げウマ娘として名を馳せています、それを全員が警戒するのは当然の事。アイネスさんもそれを警戒してもっと逃げたかったのでしょう、それをランページさんは即座に感じ取ったのでしょう。だからこそ2番手に控えてレース全体のペースを掌握する事を選択したんです」

「ど、どう言う事なの?」

 

ライスの言葉はカノープス全体が思った事だった。

 

「他のウマ娘はランページを完全にマークしている状態、そして当然ランページのスピードを知っているので置いて行かれる訳にはいかないとそれに付いて行く。アイネスさんは逃げ切る為にもっと逃げたい、その中間に居れば自分でレースのペースを作り出せます。アイネスが加速すると同時に離されない程度に加速すれば他のウマ娘も漏れなく加速する。そして全員をオーバースピードの領域にまで引き込んだんですよ」

 

アイネスが逃げればそれを追うランページも加速する、ランページをマークする他のウマ娘達も当然加速。そこで生かされるのがお得意のペース変更、アイネスとの差を離されないようにじりじりと慎重に調整し続けていた。

 

「それじゃあ……」

「他の皆は?」

「もう駄目ですね、体感的には長距離を走らせているような気分でしょう。気付かない間に罠に嵌められていた、この精神的な動揺はレースでは致命的です」

 

ターフの流れは我が手中にあり、と言わんばかりのそれに思わずネイチャは嘗ての二つ名を重ねてこういった。

 

「ターフの……支配者」

 

『さあ第4コーナーでメジロランページが後1バ身差まで迫って来た!!直線に入ったがアイネスフウジン苦しいか!?』

 

「くぅぅぅぅ!!!でも根性なら負けないのぉっ!!!」

 

直線に入った所でアイネスはまだまだ粘る、此処で抜かれる訳にはいかないと必死に走る。その背後から迫って来るライアンとフローラを引き連れたランページの圧力を感じる、だが抜かせない。だが、並ばれる。

 

「菊花賞みたいなもんだと思えば、問題ないのぉぉぉ!!!」

「見上げた根性だ!!それなら、凌いでみろや!!!」

「そういう言い方をされたらアタシだって負けられないんだよねぇ!!」

 

『此処でメジロライアンも来た!さあ遂に来た、三冠ウマ娘が来た!!メジロライアンとメジロランページ!!メジロの三冠同士の激突だ!!アイネスフウジンはまだ行けるのか、もう苦しいのか!!?アグネスフローラもまだ続いている!!大阪杯はもう完全にこの4人に絞られました!!』

 

「ガァハァッ……いやだ、いやだいやだいやだ、離されたく、ないぃぃ……!!!」

 

フローラはランページのペースに完全に合わせていた、それは彼女にとってもオーバーペースだったのは明白だった。だがそれでも根性で喰らい付き続けている、もうスタミナは底をついている。根性をくべて力に変える、呼吸も儘ならない筈なのにそれでも走り続けるフローラ、この人に置いて行かれたくない、決めた筈なのに。

 

『フローラ、今日の貴方は最高よ。さあ思いっ切りやって来なさい―――リギルのフローラ、ではなくアグネスフローラとしてね』

「―――おハナ、さん……まだまだここからぁ……」

 

『アグネスフローラ、アグネスフローラが此処で落ち始めた!!限界か、1バ身2バ身とずるずると後退していく!!此処でアイネスフウジンも落ち始めてきた、そこをメジロランページとメジロライアン、二人のメジロが抜いていく!!!』

 

視界の奥で、二人の王者が抜け出して行く。もう……自分はそこに居られない。

 

「ィゃ……」

 

悲しげに呟かれた言葉は、風に乗るが届く事も無く虚空へと吸い込まれていく。

 

『さあ、此処が大阪春の陣の正念場!!天下分け目の一大決戦の大将戦はメジロランページとメジロライアン!!トリプルティアラとクラシック三冠の激突だぁ!!!残り200mを切った!!』

 

「ライアン、こっからが最高の勝負開幕だ!!!」

「望む所だよラン、一度本気でやり合いたかったからね!!」

「上等だ!!さあ―――最高のレースをやろぉぉやぁ!!!」

「行くぞぉぉぉぉぉ!!!!」

 

互いに最大のボルテージ、最高のパフォーマンスが発揮出来る状態。最高潮にまで高まったギアを全力で動かしながら、今全力を出し切る。その事に後悔はない、最高のレースを、最高の時間にしよう。それだけが二人に共通した気持ちだった。

 

『さあメジロランページとメジロライアンが行くぞ!!!僅かに、僅かにランページが有利か!?いやそのまま一気に抜いていくぅ!!!これが完全三冠ウマ娘の実力か!!?どんどん差が開いていく!!』

 

「このままで、終わらせてたまるかぁぁぁぁぁ!!!!」

 

『な、なんとメジロライアンがまた伸びてきた!?クラシック三冠は伊達じゃないと一気に巻き返す!!ライアンの大逆襲だぁぁぁ!!!』

 

「そうでなきゃ、面白くねぇんだよ!!!!」

 

『此処でランページも伸びる!!?メジロ三冠の二人が競い合う!!ライアンが、差し返しに掛かる!!激しい鍔迫り合いが大阪の陣で繰り広げられる!!勝つのはメジロランページか、それともメジロライアンか!!?ライアンかランページか!!?互いに一歩も譲らない!!どっちだ、どっちなんだ!!?無敗の意地か!!それとも打倒の夢か!?何方が上回る!!さあ後僅か!!ライアンが差し返し切れるか!!後半バ身、行けるのか!!?いやランページだ!!メジロでも無敗の三冠が逃げ切ったぁぁぁぁぁ!!!』

 

想像を絶するレース、中距離最強決定戦を制したのは―――無敗の王者、メジロランページ。

 

『メジロライアンとの差は僅かなクビ差!!逃げ切ったぞメジロランページ!!!メジロライアンは2着!!3着にはアイネスフウジン!!』

 

「ハァハァハァハァハァ……全く、ランってばやばすぎ……」

「人の事、言えるかっての……!!」

 

『メジロランページG1を8勝!!八冠目を戴冠!!シンボリルドルフを完全に越えた王者として君臨したぁ!!そしてタイムは―――1:58.0!!?レ、レコードです!!凄まじいレコードを叩きだしたぞメジロランページ!!また、歴史にその名を刻んだ!!!二着のメジロライアンもレコードタイムでのゴールです!!』

 

「全く、ランってば凄すぎるよ……」

「へっ……お前と、最高のレースがしたくてな」

「言ってくれるなぁ……おめでとう、でも次は負けないよ」

「また勝ってやるよ」

 

そんな言葉を掛け合いながらも二人は拳をぶつけた、そしてハイタッチをしてから握手、互いを抱き寄せて抱き合った。互いの健闘を心から祝して。



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107話

大阪杯の優勝、それによってランページが手にした冠は八つ。ルドルフが築き上げた通算G1勝利数を上回った事になる。それによって独裁者という称号が王者というモノに変化していった、当人的には何かありきたりになったな……と思いつつもレース後にアイネスがバイトしている店でラーメンを啜っていた。

 

「ア、アイネスちゃん……うちの店に……」

「店長落ち着いて欲しいの、ランちゃんは一個人としてご飯を食べに来てるだけなの」

「無茶言わんといてぇ……」

「あっ餃子お代わりお願いしま~す」

「いよぉ喜んでぇ!!」

「なんか歌舞伎みたいだったの」

 

当人こそは暢気を極めているような状態だが、今回の勝利でG1を8勝した彼女に対しての評価は確固たるものと言ってもいい。唯の勝利ではなく、同じ三冠であるライアン、アイネス、そしてフローラという相手がいる状態でレコードタイムで優勝を勝ち取ったのだから。これを取るまではルドルフを引き合いに出して下げるような記事もあったが此処までなってしまったらそんな記事は出せなくなる。

 

「あ~……疲れてますわぁ~……俺」

 

部室でぐったりとしているランページ、激闘だった大阪杯。体感的にはジャパンカップ以上に色んな物を出し尽くした感がある。その影響かライアンは療養所に入ってゆっくり休養をしているのだがランページは普通にトレセン学園に姿を見せていた。

 

「ランページさん、今からでも療養所に行った方がいいのでは……?」

「いやさぁ……俺もそうしたいけど理事長との約束あっからなぁ……」

 

暦は4月。新たな出会いの季節となった、そんな時に行われるのは入学式。今年も新しいウマ娘達が夢を携えながらこのトレセン学園へとやって来ていた。

 

「入学式後のイベントで生配信やってくれって言われてっから……」

「理事長は疲れているなら療養してからでも良いと言ってませんでしたっけ……?」

「そこはもう俺の意地だな、なんか負けた気がするから」

「そんな事で態々身体を酷使しなくても……」

 

と言ってもあくまで気疲れを起こしているだけで、身体はある程度回復しているので配信をするのに問題はない。それに多分療養所に居たとしてもライアンを巻き込んで配信をしていただろうし。まあ療養所でやったら最悪の場合お婆様が乱入する可能性があるが……。

 

「俺なんかよりターボ見てやれよ、あいつも桜花賞が直ぐだろ」

 

ターボの桜花賞も間近、そしてその次はネイチャの皐月賞が控えているのだから今年度は開始早々大忙しである。

 

「ほれ、俺は良いからはよターボのとこ行ってこいよ」

「……仕方がありませんね、無理だけはいけませんよ?」

「しても良いけどしたら南ちゃんの笑顔が怖えからな、しねぇよ」

 

漸く去っていくトレーナーにランページは大きなため息を吐いた。正直な事を言うと身体が重くはあるがそこは意地だ。今年も今年で史実では名馬と名高いウマ娘達が入って来る。そんな彼女たちを一目見ずして何がウマ娘ファンか、と現ウマ娘が言う。そんな時に携帯が鳴った。

 

「はいもしもし此方特殊状況下事件捜査課の横山です」

『驚愕!!?申し訳ない、連絡先を間違えたようだ!!』

「あっ理事長ですか、多分合ってます」

『なんの悪戯だこれは!?』*1

 

掛けてきたのは理事長だった。揶揄うのはこの辺りにしておくとして、本題に入るとしよう。

 

「ンで何の用っすか?」

『うむ!!以前から話していた撮影ドローンが先程届いたのでその連絡だ!!』

「おおっマジっすか?」

『これも先進科学研究所にお願いしたおかげだな!!無論、君の投資のお陰もあるが』

 

トレセン学園を紹介していく事が配信の趣旨、その為に理事長はカメラを搭載したドローンを用意しよう!!と言い出していた、最初こそ何を言っているんだと思ったのだが……スマホロトム的なドローンが出来たら撮影にもメリハリが付けられて良いなぁと思ったのでそれに乗っかって理事長と一緒に投資を行った。

 

『流石に今日の配信には使えないが、次の配信までには使えるように整えておく。その為にも―――今日の配信は盛り上げてくれたまえ!!』

「あいよ、任せといて」

 

ランページはお祭りごとは好きなのである。祭りを盛り上げる側も、裏方に努めるのも、それらを享受する側も全てが好きなのである。

 

 

「だからって此処までするかぁ……?」

 

配信予定の場所に向かったランページを待ち受けていたのは組み上げられた特設ステージ、態々配信の為に此処までやるか……と思ったのだが、このステージはウイニングライブの練習の舞台としても再利用するらしい、というかたづなさんがそういう条件でゴーサインを出したとの事。流石の手腕である。

 

「カメラもひいふうみい……8台、しかもTVとかの特番ステージとかで使うガチな奴だし……相変わらずこういう事には本当に全力投球なんだから」

 

此処まで金を掛けた配信もそうは見られないだろう、他のVtuberとかが聞いたら呆れそうな話だ。まあ兎に角盛り上がりそうなのは間違いないと思っていると、背後から声を掛けられた。

 

「あ~やっぱり!!マーベラスの気配を感じて来てみたら凄いマーベラース☆」

「ホントホント!マベちんって凄~い!!つまり―――」

「「マーベラース!!」」

 

元気な声を張り上げながらも笑顔で此方を見てくる二人のウマ娘、それにランページは当然ながら知っている。一方はレジェンド騎手(ジョッキー)たる武 豊と共に全戦安定した戦績を誇ったマーベラスサンデー、そしてもう一人は4つのG1を逃げ・先行・差し・追い込みとあらゆる戦法で勝利するという変幻自在の脚質を持ち、ブライアンとの阪神大賞典でのマッチレースは伝説とすら言われるマッハの衝撃波、マヤノトップガン。

 

「これはこれは、可愛らしいお客さんが来たもんだ。見た感じ……新入生か」

「うん!!マヤはマヤノトップガンっていうの!!」

「マーベラスサンデー!!マーベラスの気配を感じてみたらランページさんと会えるなんてとっても素敵、それってつまり―――」

「「マーベラス!!」」

 

二人揃ってマーベラス、と言える辺り本当に仲がいい事が伺える。

 

「ねえねえ!!此処で何するの?」

「ああ、俺が配信やってるの知ってるかな?」

「勿論知ってるよ!!マヤね、カッコいいランページさんの放送いつも見てるの!」

「そりゃ嬉しいな、今日は新入生の皆の歓迎を含めて生配信をこれからやるんだよ」

「そうなの!?それじゃあ今の内に来れて凄いラッキーだねマベちん!!」

「それってつまり」

「「「マーベラス!!」」」

 

ちゃっかり混ざるランページ、嫌がられると思ったのが一緒に行って貰えたのが嬉しいのか二人はキャッキャッと喜んでくれた。そんな遊びをやっているともう二人のウマ娘が迫って来た。

 

「二人とも~如何したの~?」

「先生が驚いていたよ、突然いなくなる、だからって……そ、そこのお方は……!?」

 

そうか、この二人も同世代になるのかと思いながらもランページは此方を見て驚いている二人を見た。JRA史上最大のG1勝ち馬として名を馳せたヒシアケボノ、もう一人は屈腱炎によって底を見せぬまま引退し幻の三冠馬とまで呼ばれ、種牡馬として大活躍をしたフジキセキ。

 

「あっメジロランページさん!?この前の大阪杯はマヤちゃんとマベちゃんと一緒に見に行きました!ヒシアケボノです!!」

「おっそうなのか、いやぁ嬉しいじゃねえか」

「あれ、フジさんどうしたの?」

「あっいえ、エット、その……」

 

マヤが顔を覗き込む、それ程される程にフジキセキは狼狽えているように見えた。フジキセキとしてはウマ娘ではエンターテイナーで寮長を務めていて憧れやら色んな感情を向けられていたウマ娘な筈だが……。

 

「如何しちゃったの?ランページさんにサインお願いしたいなぁって言ってなかったっけ?」

「ボ、ボノ……!!」

「お顔真っ赤、緊張しちゃってる☆」

「ちょ、ちょっと……!!」

 

本当に顔を赤くしている、それを見てランページはある事が思い当たった。だが、これが当たっていて欲しいような欲しくないような複雑な気分になっていると……マヤが大きな声を上げた。

 

「マヤ、分かっちゃった☆フジさんはランページさんに憧れてるんだね、だからこうして会えちゃったから緊張してドキドキいっぱいでスプラッシュ!!しちゃったんだね!!」

「マ、マヤ……そういう事を先輩の前で言わないでくれぇ……」

 

如何やら正解だったらしい。もしかしてこの世界だとフジが何処か男性的で王子様ムーブは自分が元凶だったりするのだろうか……ああその時はそれで責任は取っておこう。

 

「フフッそう言って貰えると照れちまうが、何時までも顔を伏せてると美人が廃るぜお嬢さん。これから俺の配信があるんだ、楽しんでいってくれよな」

「はっ……はいぃぃ……」

「後でサインとかもちゃんと受けるぜ、まあまずは配信を楽しんでくれ。ユーコピー?」

「アイ・コピー!!ランページさんも分かっちゃうんだ!!」

「この位簡単だぜ?」

「それってとっても」

「「「「マーベラス!」」」」

 

今度はボノまで混ざったマーベラス、そんな事をしていると配信の時間が迫ってきているのが続々と人が集まって来た。折角なので4人を最前列に招待してランページはステージに上がるのであった。

 

「それじゃあ皆行くぞ~!!おはこんハロチャオ~!!」

『おはこんハロチャオ~♪』

「う~ん良い声だ、それじゃあもう一回!!おはこんハロチャオ!!」

『おはこんハロチャオ!!』

「よ~し良いぞ―――貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、Running time トリックじゃない、走りを披露半端ねえぜ、なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?今日はなんとトレセン学園内の特設ステージからの生放送!!新入生たちの前で公開生配信だ~!!」

*1
最近ニコニコでドライブが配信されたので



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108話

この日はG1レース、ティアラ路線の初戦である桜花賞が行われる事になっている、既に開始の口火は切られている。その火によって灯ったアフターバーナーが彼女の走りを更に加速させる。

 

「うおおおおおっっ!!!」

 

『ツインターボが一気に先頭に出た!!今日もターボエンジンは絶好調といった所か!!2番手にはサウザンドライブ、3番手にはホープフルステークスでツインターボを破ったグランルーブル!!』

 

ターボは今日も走る、大好きな仲間であるランページが走った舞台で今度は自分が走っている。その事を思うと不思議と背骨辺りがジィンと熱くなるのが分かる。それだけではなくホープフルステークスのリベンジという事もあって、気合が入りまくっている。

 

「ターボ、今日は勝てるかなぁ……」

「いっぱい練習してたから、大丈夫だと思うけど……」

 

何処か不安げな表情を浮かべるタンホイザとライス。ターボの事を信用してないという訳ではない、練習でも2000mを走り切ったりとスタミナも徐々にだが改善傾向にある彼女ならば、とは思うが本番と練習ではまるで違う。特にターボは一切の加減をしない全力投球の玉砕戦法、いざという時は脆い。

 

「大丈夫だよ、ターボにはある事を教えてやったからな」

「教えたって……何だ結局師匠になったの?」

「誰が弟子なんか取るかよ」

 

ネイチャからの言葉を躱すが……実際はターボの事を深く気に入っている。弟子とは思わない、手のかかる妹程度に思っている。だからこそ、力になってやりたい、あの時の涙を無駄にさせたくはない。そう思ってしまう自分が居て恥ずかしさを覚える。

 

「それで何を教えたんですか?ランページさんがターボさんを連れて出掛けた事は知ってますが……その時から明らかにターボさんの走りが変わっています」

「あれはあれで普段通りの全力だぜ―――抑えた全力だ」

「……どういう事なのお姉様?」

「単純な話だよ……あいつに本当のドッカンターボを教えてやったまでの話だ」

 

『さあ頂上から此処から下りに入ってペースが上がります!!800mの標識を通過!!』

 

第3コーナーから第4コーナー、下り坂となって此処からペースが上がっていくのだがグランルーブルを初めとしたウマ娘達も此処から上がっていく。此処でターボを追い抜く為のスピードを稼いでやろうと思っていた事だろう。それを威圧感で感じながらもターボは走っていた。

 

「(溜まってる、溜まって来てるのが分かる……もうちょっと、もう少しで……!!)」

 

 

あれは数日前の事だった。何時ものように練習に向かおうとしたターボを、ランページが呼び止めた。

 

「ターボ、今日は練習に行かなくていいぞ」

「ええっ!?駄目だよ桜花賞が近いんだから練習しないと!!」

「休みにするって訳でもねえ、南ちゃんのOKは貰ってる」

「トレーナーの?」

 

レース前の大切な時にトレーナーの許可を貰うなんて何を考えているのだろうかと、ターボさえ思う。兎に角ついて来いと言われたのでその後ろに続くとトレセン学園専用の駐車場がある。トレセン所有のミニバスや車などが此処に置かれて何時でもトレーナーが使えるようにされているのだが……その中に青い車が止まっていて、そのドアの鍵を開けた。

 

「あっラン駄目だよ勝手に開けちゃ!!」

「勝手に開けるのも糞もねえよ、これは俺の車だからな」

「ええっうそぉ!!?」

「マジだよ、これでも免許は持ってんだよ」

 

ランページはマルゼンスキーに仲介をして貰って車を購入した、休みにはライスやターボを連れて遊びに行くなどの実用性やらも求めたのでスポーツカーは買わなかったがその代わりにインプレッサを購入した。

 

「それで何処に行くの?」

「お前のドッカンターボ、必殺技にしてみねぇ?」

「したい!!」

「じゃあ乗れ、埼玉までかっ飛ばすぞ」

 

 

「(もう直ぐ、もう直ぐ!!)」

 

『此処でツインターボを捉えられるか!?ウミノブランカも迫る!!グランルーブルと共に並ぶぞ!!』

 

直線に入った瞬間、ターボは完全に捉えられた。誰もが思った、此処でツインターボの先頭は終わり……だがその時!!全身に漲る力を感じる、そうだこの感じ、ビリビリと身体に雷が落ちたみたいな充実感、そうだ出来る、ターボは出来たんだ!!

 

『ドッカンターボは時代遅れって言われてる、まあ事実そうなんだけど……だけどそれを切り札にするっていうんだからなんか嬉しいよ俺……俺はドッカンターボの急にくる感じが大好きなんだ。だから頑張ってくれよなターボさん』

「(うん、ターボの為に走ってくれてありがとう。だから今度はターボが走るから見てて―――これがターボの)全開ぃぃぃっ!!!」

 

並ばれていた筈のターボ身体からオーラのような物が迸ったように見えた。そして、その直後、一瞬でブランカとルーブルを突き放した。並んでいた二人も全く理解出来なかった、何が起きたんだと一瞬思考が凍て付いてしまった。そんな凍り付いた自分達をおいていくかのようにぐんぐん加速していく。

 

『な、なんとツインターボ!!ツインターボが此処で抜け出したぁ!!?いやそれよりもなんだこのスピードは!!?グランルーブルとウミノブランカがまるで止まっているかのようにどんどん突き放して行く!!既に4いや6バ身差を付けているぞツインターボ!!』

 

一気に加速したターボ、先程まで下り坂の勢いで加速していた他のウマ娘を一瞬にして過去にした。これからの未来()はターボが独り占めすると言わんばかりの大激走。それを追いかけるが全く追い付けない、異常なまでの加速に言葉が出ない。

 

「これがターボの真ドッカンターボだぁぁぁ!!!!」

『ツインターボ、凄まじい走りだ!!信じられません、まだまだ伸びて行くぞ!!?そしてそのままゴールイン!!!桜の冠を手にしたのはツインターボ、カノープスが今年も台風の目となる!!そしてツインターボ、二着のウミノブランカとは9と半バ身差!!?これが本当のターボエンジンなのかぁ!!?』

 

 

「う、うっそぉ……」

「ターボさんの走りが、全く違う……!!」

 

余りの衝撃にネイチャは顎が外れんばかりに驚愕し、イクノも驚きすぎたせいか眼鏡がずり落ちてしまっている。それは南坂も同じだった、以前よりもスタミナの持ちがよくなったとは思ったが、こんな事になるとは思いもしなかった。

 

「ランページさん、本当に一体なにを教えたんですか?」

「本当のドッカンターボの車に乗せてやったのよ、それでドッカンターボをその身で体験した。体験に勝る経験無しってな」

 

マルゼンスキーから未だにドッカンターボを使うという走り屋を紹介して貰い、その車にターボを乗せたまま峠を攻めて貰ったのだ。その身でドッカンターボを体験したターボは大興奮、そしてその身でドッカンターボを使う為に抑えながらも逃げるという事を漸く覚えてくれた。普段通りに逃げつつも少し余力を残した状態で脚を溜める、そして溜まった所で解き放つ。これがツインターボ流のドッカンターボ。

 

「逃げつつも脚を溜める、だけどターボの場合はその見極めと解き放ち方がマジで上手い。こればっかりは天性の物としか言いようがねぇレベルでな。溜まったら使う、じゃなくてここしかないっていう最高のタイミングで爆発する瞬間でドッカンと開けてターボを掛けるから嵌った時は速い。後は上手い溜め方さえ覚えればテイオーだろうと負けねぇよ」

「凄いじゃんターボ!!それならターボはテイオーに勝てるの!?」

「まあ問題はその溜め方を覚えられるかなんだけどなぁ……」

 

最大の問題点にカノープス全員が思わず察したような声を出した。完成こそしたが、ターボ流のドッカンはまだまだ低い完成度。ここからもっともっと磨きを掛ければそれこそテイオーすら凌駕する。

 

「つう訳で南ちゃん、その為のメニュー頼むぜ」

「やれやれ、分かりました。何とかしましょう、今月は忙しいですね」

「ドッカンターボについては俺も付き合ってやるから頼むぜ」

 

口ではそう言いながらも南坂の心は極めて晴れやかだった。ターボの完成形のドッカンターボ……それを心から見たくなった。本当に……これだからトレーナーはやめられないのだ。

 

「やったぞ~ラ~ン!!ターボ桜花賞取ったよ~!!!」



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109話

「ったく……こんな事に態々俺を使うんじゃねえっつの」

「良いじゃん、トレーナーは来た事ないからランに頼むしかないんだもん」

「だからってな……言ってたじゃねえか観戦するし実際してたって、それなのに態々埼玉まで運転させやがって……此方まだ若葉マークも取れねぇカエルの子なんだぞ」

「何でオタマジャクシなの?」

 

そんな事を言いながらも慣れた手つきで高速を運転するのは現役の中距離最強ウマ娘とも呼ばれ始めて来たメジロランページ、愛車のインプレッサのサブシートには同じG1ウマ娘になったチームメイトのツインターボが収まっている。

 

「んで、満足はしたのか?」

「うん!!秋山の兄ちゃんにも確りとお礼言えたし写真だって撮ったし!!」

「そりゃようござんしたっと」

 

携帯のフォルダの中に納まっている一枚の写真、そこにあるのは今時珍しいAE86に乗って峠を攻める走り屋の秋山とその妹さん、そしてそんな二人に挟まれている桜花賞の優勝レイとトロフィーを掲げているターボ。ターボ流ドッカンターボ、曰く真ドッカンターボの完成に協力してくれた二人に直接お礼が言いたいとランに無理を言って埼玉まで行って来たのである。

 

『秋山の兄ちゃん~!!』

『ターボさんじゃねえか!?如何したんだ桜花賞の直ぐ後だってのに……』

『えへへっ本当にありがとうね!!ドッカンターボ、秋山の兄ちゃんのお陰で完成したよ!!見ててくれた!?』

『そ、そりゃ勿論……ってまさかそれを言う為に態々!?ランページさんに運転させて!?』

『全く呆れるでしょ、その為に駆り出されたんだぜ。それに付き合う俺ってば断われない女だぜ』

『ア、アハハハッ……こりゃ参った、俺が思ってた以上の大物だぜ』

 

本当に驚かせたのに秋山は直ぐに笑ってターボと喜びを分かち合った、それを聞きながらもすぐに妹を呼ぶとサインを強請られたりそれに笑顔で答えたり、逆に一緒に写真を撮ってとせがんだりとターボは心からの感謝を精いっぱいに伝えた。

 

『次のオークスも勝つからね!!ドッカンターボで!!』

『ああ、応援してるよ。今度はレース場まで応援に行くから頑張ってくれよ!!』

 

結果的に心強いサポーターも付いた事で一段と大きく成長したようにも思えるターボ。が、これからターボは数日の間は療養に集中しなければならない、しかもメジロの療養所での集中療養だ。本来ならばレースの直ぐ後にでも入るのが理想だったのにお礼を言わないと絶対に行かないと駄々を捏ねられて、致し方なくランページが埼玉までインプレッサを走らせる事になってしまった。

 

「でもさ~ターボが療養所使っていいの?」

「構いやしねぇよ、ンな事言ったらネイチャやライスだって使ってやがるんだからな」

「それもそっか」

 

この二人の場合はチームメイトだから、というのもあるがターボの場合はかなり遠いがメジロとは親戚関係にある。故にネイチャたち以上に関係自体は深い、俗物らはネイチャ達が使う事にも文句を言っていたらしいが今回は全く言う事は出来ない。

 

「ターボ、これでお前もG1ウマ娘だ。こっからはマジで周囲がお前をマークし始める頃合だ」

 

これまでは何方かと言えば、自分が居るカノープスメンバーだからという意味合いが比重としては大きかった。ターボの走りは自分の大逃げとかなり似ているので余計に自分の存在が重かった。だが今回の桜花賞でターボ自身の実力を見せつけた事で完全なマークを受ける事になるだろう。

 

「もっと練習しなきゃダメって事でしょ、ターボ練習サボる気ないもん!!」

「そりゃ結構だ。だけどそれだけじゃだめだ」

 

ギアを変えながらもランページが言う。

 

「お前の最大の武器は二つ、文字通りの大逃げとドッカンターボ」

「真!!」

「真ドッカンターボだけど、ありゃまだまだ完成度が低い。桜花賞であんだけ着差が付いたのは初見故に他の連中が精神的な動揺で仕掛けている途中でペースが崩れたせいだ」

「つまり……どゆ事?」

「この位理解しやがれ……最初は相手がびっくらこいた隙で逃げ切れたけど、今度からあんだけの差は生まれないし対策もされるって事だ」

 

あれだけの急激な速度の落差を生み出すドッカンターボ、一瞬の内に並ばれかけていたウマ娘を置き去りにするそれだが来ると分かっていれば対策もされる。

 

「んじゃどうすればいいの?」

「簡単な話だ、真ドッカンターボと大逃げ、お前には既に二つの必殺技があるって事だ」

「益々わかんないよ~」

 

ターボは100%の確率でドッカンターボを使えるわけではない。特定のポイントで一気に加速するのがドッカンターボ、それを走りで行うターボは大逃げしながら脚を溜める。そして溜まったそれを最高のタイミングで開放して加速するのだが……その溜め方がまだまた未熟。

 

「今のお前は距離が無いと脚が溜まらないんだよ、桜花賞での1600で溜まったのはハッキリ言って運が良かっただけだぞ」

「むぅ……」

 

現状では溜め方が未熟なので、コンディションや精神状態、はたまたバ場や天候にも大きく影響を受けてしまって溜まり方が大きく変動する。桜花賞の距離で溜まってくれたのはリベンジを果たすという精神的な高揚があったお陰だろう。ドッカンターボの完成に付き合ったランページの見立てでは出せるようになるのは中距離、これからガンガン使ってみて溜める練習をしなければ使い物にならない。

 

「普段の逃げは全く加減しない大逃げだろ、んで使う時は溜める為に抑える。使い分けが出来るようになれば、俺の幻惑逃げに近い事が可能になるって訳だ」

「つまり―――ターボはランの弟子になったって事!?」

「全然ちげぇよ!!」

 

普段は大逃げをして、ここぞというレースにはドッカンターボを使って振り切る。相手に二択を強制させる事が出来る、史実の七夕賞とオールカマーのような物だ。それを成立させる為にはドッカンターボの完成度を上げつつもスタミナを鍛える必要も出てくるわけだが……

 

「はぁ……まあいいやそれで、その代わり俺の弟子を自称するなら生半可な走りじゃ許されないんだからな。其処だけは覚悟しておけ」

 

こればっかりはターボの覚悟を問う事になる、自分は良くも悪くも目立っている。そんなメジロランページの弟子であると公言すれば面倒事も増えて行く、出来ればそんな苦労はさせたくはない。だからそれは確認しておきたい、と思っていたのだが……横を見たらターボは爆睡していた。

 

「で、電池が切れたみたいに寝やがった……」

「ウェヘヘヘヘ……ターボ全開……ギュルギュルギュルドッカァァアン……」

「気持ちよさそうな顔で夢見てやがる、峠の夢でも見てるのかな」

 

まあ今は寝かせてあげる事にしよう、桜花賞の直後で疲れているのだから。丁度いいからこのまま療養所に直行しよう、そして次のオークスに向けて確りと調整して貰う事にしよう。

 

「ドッカンターボさえ完成すればターボ、テイオーどころか俺ですらぶっちぎるかもしれねぇからな。物にしてみろ、時代遅れって言われた物で新しい時代を作ってみせろ」

「やった~!!ランが師匠になってくれた~!!」

「テメェ起きてやがったのか!?あ~もう取り消しだ取り消しぃ!!お前なんか弟子じゃねえ!!」

「へへ~んだ言質取ったもんね~!!スマホで録音しちゃったもんね~!!後で皆に自慢するんだも~ん!!」

「ザけんな!!地味に用意周到な事してんじゃねえ!!」




秋山の兄ちゃん、モデルは当然頭文字Dのカローラレビンの走り屋、秋山 渉さんです。

スマモとかもあるからどっちかと言えばMFゴーストだろだって?
まあいいんだよ細かい事は!!


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110話

「いやさ、ホント凄いよね。ターボのライバルってだけあって本当に凄かったよ」

「何だ意外とさばさばしてるじゃねえか。てっきり落ち込んでると思ったからインプに乗っけってどっか連れてってやろうと思ってたのによ」

「それはシンプルに乗っけって欲しいとは思うけど―――でも次はどうなるか分からないよ、テイオー」

 

桜花賞に続く皐月賞、それに出走したネイチャは―――2着に終わった。1着はトウカイテイオー。それでもギリギリのハナ差勝ちでゴール後の憔悴具合を見ると何方が勝っているのか負けているのかが逆転しているかのような様子だったとの事。

 

『ハァハァハァハァハァ……勝ったよネイチャ……!!』

『いやはや全く以て凄いねテイオー……でも次は負けないから。ダービー待ってなよ~』

 

限界ギリギリと言いたげなテイオーと余裕があるネイチャ、それに対して南坂に視線をやるとテイオーの勝利の理由を教える。

 

「端的に言えば……テイオーさんは僅かにタイミングの仕掛けを誤っています、それでもあそこまで行けるというのは驚きでした」

「あ、あれでなの!!?」

「スピカとしてもネイチャさんの過去レースで研究して来たとは思います、ですが実戦ではその見極めを失敗しています。それでもハナ差勝利まで捻じ込んできた……末恐ろしいですね、トウカイテイオー」

 

ネイチャは予定通りのロングスパートを掛けた、それに対してテイオーは第4コーナーでスパートを掛けた。しかしそれでも僅かに遅く、本来は入った段階で仕掛けるのが正解で、その場合にはネイチャに1バ身差は付けて勝利していた筈だという。

 

「だとすれば尚の事恐ろしいですね、不十分なのにそれだけとは……」

「だから今度はスパートのタイミングを変えようかなって思ってる」

「具体的には?」

「半分過ぎて少ししたら」

 

余りにも単純すぎる発言に周囲は驚いた。

 

「半分って……お前、1200mスパートする気か?」

「いや、残り1000mで」

「あんま変わってないような気がするんですけどねぇ……」

 

何というか……何でそういう発想になるのだろうか、今回の仕掛けで負けたから今度はもっと早くやってやろうという発想が出て来るのだろうか……それが出来るのならば問題ないというか理想的ではあるだろうが……。

 

「という訳でトレーナー、次は青葉賞でお願いね」

「そう来ると思って既に出走登録は済ませておきました」

「やっぱりパーフェクトだわ、流石ランのトレーナーだよ」

「感謝の極み……」

「しかし、ネイチャさんはそこまでのスパートが掛けられるのですか」

「うん出来るよ?」

 

イクノの問いにあっけらかんとした態度で、然も当然のように応えて見せた。

 

「だって数年間ずっとランにイクノ、それにターボに付き合って走り続けてたんだよ?その位の体力は当然あるよ、というかスパート云々は最初から全力全開なターボが居るんだからなんか言われたくはないかな」

「それ言われたら俺達はぐぅの音も出ねぇよ」

 

確かに……とその場の全員が思った。基本全力疾走で2000を走れるターボが居るんだからネイチャのそれもさほど可笑しくはない……いや十分可笑しいが、この場合はそんなネイチャを敵に回して勝ったテイオーが可笑しいという事になるのだろうか。

 

「という訳だからさ、ラン今度からアタシとの併走お願いね」

「おいおいテイオーの仮想敵ならイクノじゃねえかどっちかと言ったら」

「いやロングスパートでランを追い込めれば必然的にテイオーも千切れると思って」

「分からなくねぇんだけどなぁ……まあその位ならいいか」

 

これを軽々と口に出来るだけの力が今のネイチャにはあるのだから末恐ろしい、が、逆に考えれば無敗の王者とそれに付いて行ける№2、ドッカンターボを会得した新星と数年一緒に走り続ければこうなってしまうのか、と不思議と納得できてしまったのであった。

 

「ですが、今回の事で沖野さんは相当に焦ったと思いますよ。何せワンミスが命取りである事を強く意識させられてしまったんですから」

「その点についてはアタシも分かってるつもりだよ、でもだからこそ対策してくると思う。だからこそこっちもタイミングを変えようと思う」

 

ぶっつけ本番の対策をほんの僅かにミスしただけでこれだ、本当にミスを出してしまったらその時点で大崩れ。ネイチャもネイチャでとんでもないウマ娘になったものだ。

 

「ねえねえネイチャ、ターボ良い事考えたの!」

「おっ打倒テイオーに向けての新戦術かな?」

「ネイチャの必殺技の名前!!」

「えっそっち?」

「はいは~い!!アタシも手伝いました~!!」

「チケットまで……」

 

カノープスのお調子者ワンツーコンビに期待した自分が間違っていたと、溜息をつきながらも折角付けて貰ったんだから聞くだけ聞いてあげようと耳を傾ける。

 

「ズバリ―――カタパルトネイチャ!!」

「ブラマジガールでも射出しそうな名前してんな」

「いやシンクロ召喚の方です先輩」

「ウォリアーの方か」

 

ライスやタンホイザはよく分からなそうな顔をして耳を回してしまっている。まあこれはあまり理解されなくてもしょうがないだろう。

 

「まあ変な名前じゃなくて少しだけ安心したよ、まあ使うかどうかは別としてね」

「エ~カッコいいじゃンこれ!!ねえチケット!?」

「うん凄いカッコいいと思います!!」

「そうかなぁ……ランはどう思う?」

「あ~……まあ下手に凝った名前よりはいいんじゃね、徐々に加速していく所がカタパルトっぽいって言いたい気持ちは分からなくはないし」

「ターボさん」

 

そんなターボとチケットのネーミングセンスに唸っているネイチャより前に、イクノが前に出た。何処か威圧的な雰囲気がある。ターボとチケットは思わず怒られる……?と身を硬くするのだが、イクノがそんな事をする筈もなく真剣な顔で言った。

 

「私にも何か名前を付けてください」

「だと思ったよ……」

「勿論!!えっとね……イクノはペースが正確だから……イクノペース!!」

「くっそシンプルだなおい」




イクノは絶対こういうことを言う。
メントスコーラやろうって言ったら更にデカいサイズのコーラを持ってくる女だからな。


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111話

「にしても……暫くは忙しいままだな南ちゃん、ホントすまねぇ」

「良いんですよこの位、今までがちょっとのんびり過ぎたと思えば。それに暇なときは他のチームのお手伝いを積極的にして自分の糧にしてたりしたんですよ」

「あっもしかしておハナさんとか黒沼さんと仲が良いのはそれか」

「ええ、サブトレーナーとして色々教わった身です」

 

部室とは別のトレーナー室、一定以上の成果を上げれば共用ではなく専用の個室が割り当てられてそこで情報管理などが出来る。カノープスはそこまでではなかったのだが……ランページを始め、重賞レースなどで成果を上げまくっているのでこの個室を得た。そんなトレーナーを手伝うようにランページは海外からの書類の仕分けを担当。

 

「にしても今月もあれだと思ったけど暫くは忙しいままだな……5月にはオークスにダービー、んで俺のヴィクトリアマイルもあるしな。しかも6月には宝塚記念があって……ライス達のデビューもある訳だ。多忙過ぎね?」

「この位ならまだ何とか許容範囲ですよ、トレーナーになる前に比べたら楽な位ですよ」

「中央のトレーナーってマジモンのスーパーエリートだろ、それなのに前の職って何やってたんだよ」

 

別に他意はなく、純粋に何をやってたのかな~みたいな感じで軽く聞いた。どうせ答えてくれないだろうなぁと思っていたのだが、意外な事に応えてくれた。

 

「私は言うなれば貿易会社に勤めていたんですよ、これでも結構大きなところだったんですよ」

「へぇ~貿易、成程だから英語とか堪能な訳だな」

「ええ、勤めている内に必要とされていったので」

 

貿易とは、まさか謎に包まれていた南坂トレーナーにそんな過去があったとは……一体どんな物を扱っていたのだろうか、元社畜のヒトソウルが聞きたがっている。

 

「どんな感じの仕事してたんだ?」

「クレーム対応をする部署に居たんですよ」

「ああっ……そりゃ、楽だよね。うん、南ちゃん、それ以上言わなくていいぜ」 

 

その一言で全てを察せてしまうヒトソウル、クレーム対応をする部署なんて大変で当然。世の中には頭の可笑しい奴もいる、ジグソーパズルを買ってバラバラだった返金しろなんて可笑しな事を言う奴もいる。クレーム対応は総じて人間からの悪意を直接ぶつけられる、それでも中には確りとしたクレーム、此方側の不手際による物も含まれていたりもするのでないがしろにする訳には行かないのが厄介な所だ。

 

「南ちゃん、今度俺が奢るから飯行こうぜ。オグリさんに美味い店教えて貰ったんだ」

「それは楽しみですね」

「俺のインプで連れてってやるよ」

 

どこに行こうか、今から考え込んでしまう。

 

「ランページさんはダートを走りたかったりします?」

「是非とも走りてぇな、経験を積みたいのもあるが―――それ以上にダートって楽しいんだよなぁ……」

 

芝とは違った高揚感がある、何よりもダートを走っているウマ娘達の気風と精神力が素晴らしい。ダイナ達とは今でも連絡を取り合っていてダイナはマーチステークス、レディはアンタレスステークスを優勝したと写真付きで送って来てくれた。そして何より―――

 

『『帝王賞で勝負だ!!』』

 

という何とも心が躍る事を言ってくれた。

 

「それでは次はダートにしますか、ヴィクトリアマイルの後になりますがどうしますか?」

「帝王賞で頼むよ」

「帝王賞ですか、それですと宝塚記念は出られない事になりますが宜しいですか?」

「ダイナとレディと走る約束しちまったんだよ。此処は先約優先で」

「承知しました」

 

それはそれでまた仕事を重ねさせてしまう事にもなるのだが……当人には気にしないと言っているので、自分がフォローなどをする方向性で頑張っていく事にしよう。

 

「青葉賞には俺が代理で行ってもいいぜ、流石にそっから京都の強行軍はきついだろ?」

「お気遣い感謝します。実は黒沼トレーナー程ではないんですけど鍛えてますのでこの位ならへっちゃらです」

 

意外にも南坂は鍛えているらしい、何ともイメージに合わないと思ったがライアンのトレーナーだってトレーニングをしてるのだからトレーナーが鍛えていたとしても何も可笑しい事はないのかと納得する。

 

「にしても、なんでトレーナーになったんだ?」

「そうですね……まあ深い意味はないですかね、レースに託けて各地に行けるのは魅力的に映ったというのは事実ですが」

「うぉい。ンな事で東大よりもむずいっていう試験受けたのか、因みに何回受けた?」

「一発合格でした」

「マジで南ちゃん何者なん?」

 

地方でオグリのトレーナーをしていた北原トレーナーだって中央の資格を得ようと頑張っているのに落ちてしまったと言っていた、それなのに一発合格……矢張りただ物ではない……。

 

「実は特撮ヒーローの主人公的な感じだったりする?」

「憧れた事はありますけど違いますね」

「だとしても俺は驚かねぇけどなっと……んっこれって……」

 

仕分けを続けて行く中で見つけた一つの封筒、そこには綺麗な字でDear Mejiro rampageと書かれていた。一応中身を確認してみるが……そこには何とも言えない熱烈なファンレターだった。

 

「またあの方ですか?」

「いや違う奴だ、レースの申し込みだな……」

 

中には英語で書かれたものと自分で書いたと思われる日本語の物があった。以前凱旋門賞で倒すというモノを貰ったが、それよりも遥かに綺麗な物だ。一見すれば日本人が書いたと思う程に。

 

「要約すると……今年のジャパンカップで俺を倒す、だとさ」

「おやおやおや、これはまた随分とストレートですね」

「全くだ。まあジャパンカップの舞台で負ける訳には行かないけどな……アメリカか、何れ行く事になるんだし待ってればいいのによ」

 

それを聞いて、一瞬動きを止める。アメリカからの刺客か……まあ彼女ならば大丈夫だろうと思い直しながらも仕事を続ける事にした。

 

「君の視線を私に釘付けにするって……おい、サブカルに嵌ってんぞこのウマ娘。顔面にフレッシュトマト叩き付けてやろうか」

「やめてください、それは私にも効きます」

「俺にも効く」




「来年まで待てないという事なんですかね……やれやれ、致し方ない」


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112話

『メジロマックイーン先頭!!ライアンも続く、パーマーも迫る!!今年もメジロは強い!!いや、大外からイクノディクタス!!イクノディクタスがやって来た、大外からイクノディクタスが強襲ぅ!!』

 

「いっけぇ~イクノ~!!!」

「気合入れてけ~!!」

 

「ハァァァァァァ!!!」

「あそこから伸びて来るの!!?でも根性なら、負けないんだからぁぁぁ!!」

「流石はイクノさん、ですが―――負けませんわぁぁぁぁ!!!」

「アタシだって負けないぞぉ!!!」

 

『メジロマックイーンも伸びる!!パーマーもまたやって来た!!さあイクノディクタスは間に合うのか!?行けるのか!?パーマーを抜いたぞ、ライアンまで行けるのか!?如何だ如何なんだ!!?メジロマックイーン一着!!二着にはメジロライアン!!イクノディクタスは惜しくも三着!!』

 

「お疲れイクノ、如何だったマックイーンは」

「同室ですので凄さは分かっていたつもりでしたが……強かったです。捉えきれたと思ったのですが……」

「現状では最強ステイヤーの一角ですね」

 

天皇賞(春)に出走したイクノ、結果は僅差の三着。二着ライアン、パーマーは四着とメジロ家の強さが遺憾なく発揮された天皇賞となった。

 

「しかし、落ち込んでいる暇などはありません。次は勝ちます」

「おうおう言ってくれるな、俺だって一応メジロなんだぜ?」

「ランページさんはメジロですがそれ以上に同じチームメイトですから」

「言ってくれるな、そういう所が好きなんだけどな」

「私もランページさんのそういう所は好きですよ」

 

ハイタッチをする二人。見た目こそ理論派でお硬そうなイクノではあるが実際は極めてノリがいいので当たり前のようにこういった事に乗ってくれる。

 

「んで次は予定通りに安田記念か?」

「実はヴィクトリアマイルを考えていたのですが……今回、取りやめておきます」

今回のイクノは大逃げをするパーマーの背後にピッタリと付きながらも正確無比のペースを刻んで相手を煽り続けていた。それにパーマーは乱れていた筈なのに、持ち前の根性でそれに耐えきった。イクノも乱されながらも精神力のみで走り続けたパーマーに驚いた、そんな隙を突かれる形でマックイーンに抜かれてしまった。最後には何とか抜き返そうとしたのだが……パーマーを抜くのが限界だった。

 

「というかパーマーも大概バケモンだな……俺はイクノのそれには慣れてるけど他の奴からしたら煽られ続けるからキツいんだろ?」

「ええ、以前他のチームの方と併走した時はそれこそボロボロでした」

「ターボさんが付けてくださいましたイクノペース、間違いなく私の必殺技ですね」

「フフン!!」

 

そんなイクノでもパーマーのハイペースに付いて行きながらも最後の逆襲で疲労が溜まってしまっているので、考えていたヴィクトリアマイルを挟む計画は取りやめにして予定通りに安田記念に行くプランにする。

 

「狙うは今度こそG1制覇です。今の所、G1制覇がまだなのは私だけですからね」

 

ランページと同期且つ競い合っていたというのもあるのでイクノはまだG1を取れていない、良くも悪くも対戦相手が強いが故に勝利を飾る事が出来ない。G2やG3では勝てているのだが……これがレースの難しい所と言っただろう。

 

「さて、5月になりましたが今月も忙しい月です。何せターボさんはオークス、ネイチャさんは日本ダービーですからね」

「ターボ勝つよ!!真ドッカンターボで勝つもん~!!」

「アタシも頑張るよ~カタパルトネイチャ、だっけ?まあそれで勝利を狙うつもり~」

 

一方はやる気十分、一方はマイペースと対照的な二人だがこれはこれで望ましいテンションだと南坂は思っている。高揚した精神は肉体に作用していい影響を与えてくれるし自分のペースでいられるという事は安定した力を出せる証明でもある。

 

「そしてお二人の前にランページさんのヴィクトリアマイルですね」

「勿論、勝ちを狙うぜ俺は」

「これで仮に勝ってしまったらティアラ路線の完全制覇になりますね」

「そうなの!?先輩すごっ!!」

「まだ勝ってねぇけどな」

 

ティアラ路線のG1競走は全6レース。ジュニアクラスの阪神ジュベナイルフィリーズ、クラシッククラスの桜花賞・オークス・秋華賞、シニアクラスのエリザベス女王杯、そしてヴィクトリアマイル。既にランページは5つを制覇しているのでラストのヴィクトリアマイルを勝った場合、本当の意味でのティアラ完全制覇という事になる。

 

「頑張ってお姉様、ライスも応援するからね」

「まあやるだけさ……なぁ~んかプレッシャー掛けられちってさ」

「誰から?ランさんがプレッシャー掛けられても動揺する姿って全然イメージできないけど」

「どういう意味だタンホイザ」

 

配信もやっているしURAから送られた勝負服は箪笥の肥やしにするからだと思われる。

 

「実はよ、とあるウマ娘をお婆様から紹介したいって言われちまってさ。その人が如何にもビッグネーム過ぎて萎縮しちまってんだよね俺様」

「ビッグネームってこれまでどれだけ会長やらシービーさんやらラモーヌ副会長やらと色々やってるのさ、今更委縮するも無いっしょ」

「ある意味そういう連中よりもやべぇから緊張してんだよこっちは」

「一体何方なのでしょうか、私達も知っている方なのですか?」

「知ってると思うぜ、名前言ったら一発」

 

流石は無敗の王者ともなると自分達では想像もつかないような相手が会いに来るという事なのだろうか、だが逆に分からない。これまで三冠ウマ娘やらと数多く接して来ているランページが緊張する程の相手とは……一体誰なのか。

 

「その人もさ、なんか配信に出てみたいっていうんだよ」

「良いじゃんなんかフランクで、ランと仲良くなれそうで」

「それならいいんだけどよぉ……だってそのウマ娘って凱旋門賞に挑戦したウマ娘なんだぜ?」

『えっ』

 

その声の中には南坂も混ざっていた。凱旋門賞に挑戦したとなればその数は絞られる。何せ日本ではまだ3人しか挑んでいない世界最高峰のレースなのだから……うち一人はシリウスシンボリになるのだが……彼女とは既に顔見知りである事は分かっている、ならば……自動的に他の二人になるのだが

 

「え、えっともしかして……」

「そうだよ、会長のお婆様」

「そ、それって!!?」

「そうだよ。スピードシンボリ、それがお婆様が俺に紹介しようとしてるウマ娘の名前だ……今度の休日に邸宅に呼ぶらしい……」

「……付き添います?」

「いや、気遣いサンキュ南ちゃん……でも大丈夫ターボ達の事見てやってくれ……」




―――次回、ダブルお婆様との対面。


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113話

「お帰りなさいませランページお嬢様、ささっ大奥様が御待ちですよ。お客様もご一緒になられてお嬢様がお越しになられるのを心待ちにしております」

「……帰りてぇ……」

「恐れながらお嬢様のお帰りになる場所は此処かと」

 

休日、普段ならばライアンとアイネスを連れて何処かに遊びに行ったりライス達を水族館に連れて行ってやったりするのだが……今日ばかりはそんな事をしている余裕も無かった。ご丁寧に配信用の器材も確りと運び込まれているのでそれを口実にするわけにはも行かない、というか出る事を望まれている。

 

「大奥様、ランページお嬢様をお連れ致しました」

『お入りなさい』

「それでは、お嬢様」

「あ~……もうジーッとしててもドーにもならねぇの精神で行くしかねぇか……」

 

扉を開けた先、そこにあるテーブルを囲みながらも楽しげに談笑をする二人の妙齢のウマ娘。一人は自分も知っているお婆様のメジロアサマ、そしてもう一人……アサマと並んでも見劣りはなく、それ所か二人が共に居る事で不思議な空間が生まれる。絶対不可侵の領域、そんな事が出来る事に喉を鳴らしつつも一歩一歩歩みを進めて行く。

 

「来てくれましたか、すみませんね呼び出しを掛けてしまったりして」

「いえ、此方も休日でしたので暇してたので」

「それなら丁度良かったという事ですかね」

「そういう事です」

 

冷静を保ちつつも会話を続ける、そして―――いよいよ来る。

 

「彼女がそうなのね?」

「ええそうよ、ランページ貴方に紹介したいというのが此方よ」

 

そこにいたウマ娘に声が掛けられる。少しだけ大きめの帽子を外して露わになった髪は現役のモデルやウマ娘よりもずっときめ細やかだった、艶やかで美しいのに何処か自然だった。浮かべられた笑顔は嫌らしくなく寧ろ何処かまだ遊び足りないお転婆なお嬢さんという印象を与える。

 

「スピードシンボリです、昔はこれでもレースでも活躍してたのよ」

「おやめなさいな、それでは私も貴方と同じ年寄りのようではありませんか」

「フフフッそれは失礼」

 

スピードシンボリ。シンボリルドルフの祖父にして初めて凱旋門へと挑戦した競走馬、当時の最高齢記録である8歳で八大競走の宝塚記念を制覇、そして史上初の有馬記念連覇を成し遂げるという伝説を打ち立てた名馬。

 

「メジロ、ランページです……お会いできて光栄です」

「あら、そんなに硬くならなくても良いのよ。貴方の配信はいつも楽しく見させて貰ってますから」

「光栄……です」

 

緊張するなというのが無理だ、自分も無敗神話を作る現代のレジェンドなんて言われているがこの人は本当の意味で格が違う。本当の貴族の風格と名ウマ娘としての雰囲気を纏い続けている。これで引退しているというのが信じられない、仮に一緒に走ったとしても勝てるビジョンが全く思い浮かばない。

 

「そんなに緊張しないで欲しいわ……私自身は貴方の事応援しているのよ?」

「無理もないでしょう、私達は古いウマ娘ですしやってる事がやってる事ですから」

「んもう……おはこんハロチャオで良いのよ?」

「―――えっ何だって?」

 

飛び出てきたナンジャモ語に一瞬緊張が解けた。まさかあのスピードシンボリからそれが出て来るなんて……配信に出たいとは言っていたが、もしかしてマジだった……悪戯が成功したような笑顔を浮かべているのを他所にアサマは溜息混じりに言った。

 

「その辺りにして差し上げなさい。悪いわねランページ、この年寄りはやって来た事があれな事を全く自覚しないから孫達も接するのに苦労してるから貴方と仲良くしたいのよ」

「んもうそんないい方はないじゃないの―――アーちゃん!!」

「実際そうじゃない、ルドルフは兎も角、シリウスから避けられているそうじゃないのスーちゃん」

「アーちゃんにスーちゃん……?」

 

突然出て来たフレンドリーな呼び名に頭がショートしそうになって来た、アサマとスピードは普通に仲良しであり今でも昔の呼び名で呼び合っているらしい。

 

「昔は二人で一緒に変装してお付きの者を振り切って街で遊んだりもしたわよねアーちゃん」

「懐かしいですね……あの時はそうですね、今時の女の子の格好を頑張ってしてましたね。今でいうダイタクヘリオスさんのような感じかしら」

「えっお婆様がウェ~イとか言ってたんですか」

「私は普通に言ったけど、結局アーちゃんは言えずじまいだったわよね?」

「私だって言いたかったのに一緒だと逆に怪しまれるからっといったのはスーちゃんでしょうに……」

 

思いもしなかった暴露話、あのアサマにもそんな時期があったのか……と思いつつも二人がその時の写真を見せてくれた。そこにあったのは若い時の二人、アサマはマックイーン、スピードはルドルフによく似ている……。

 

「でも結局お付きの人にはバレバレだったのよね、それでお父様やお母様に大笑いされて」

「あの時ほど恥ずかしかった事はありませんでしたね……まあ今となっては良い思い出ですけど」

「もう一回やってみる?」

「おやめなさい、うわキツじゃすみませんよ」

「アーちゃんったら酷~い!!ねえ私だってまだまだ行けると思うでしょランページさん!?」

「えっ俺!?」

「言っておやりなさいランページ、自分の歳を考えて自重しろこの婆と」

「私がババアならそこまで違わないアーちゃんだって婆じゃない!!目尻婆!!」

「何ですって!?聞き捨てならないわ、スーちゃんだって変わらないでしょうが即オチ深堀!!」

 

目の前で繰り広げられる口喧嘩、それを見ていると先程までの緊張がバカらしく思えてきた、本当に何で緊張していたんだろう……と思えて来たから困ったものだ。そうだ、この二人だって同じウマ娘には変わりはないのだから緊張する意味はなかったのだ。ならば……

 

「そこまで言うならポケモンで決めたらどうです?お二人ともやってるんでしょう」

「あら、それは良い考えね。丁度新しいパーティを考えて来たの、それを実践してあげるわ」

「望む所です、ランページから貰ったイダイナキバで粉砕して差し上げますわ」

「という事はスカーレットなのね!!私にも交換して下さらない?アーちゃんならスカーレット買うだろうと思ってたら一緒にバイオレット買っちゃったのよ」

「その位なら全然」

 

もう吹っ切れたのか、ランページは普段の調子に完全に戻っていた。これはこれで楽しい時間が過ごせそうだ。

 

「それじゃあ移動しましょうか」

「そうね、準備は万端よ」

「あれ、何処か別で?」

「ちょっとね。そうだ、私の事はスーちゃん♪って呼んでねランページさん」

「それなら俺の事はランでお願いしますよスーちゃん♪」

「よく出来ましたランちゃん♪」

 

そしてその流れで連れて行かれたのは……まるでホームシアターのようになっている部屋だった。部屋にしては大きく、施設と言った方が良いだろうか……奥には大型のモニターがあり、その前には筐体の様な何かがある。それを見た瞬間に昔のポケモンの通信対戦をする場所を思い出したのだが、二人はそれぞれ赤にメジロカラーがアクセントに入った(アサマ)のと紫濃淡を生かした模様(スピード)の特製ケースらしき物から徐に自分のSwitchを取り出して筐体からケーブルらしきものを引き出し本体に接続すると……モニターに対戦画面が出力された。

 

「さあ勝負よアーちゃん!!」

「目が合ったらポケモンバトルの合図!!」

「「ランページ / ランちゃん、バトル開始の宣言を!!」」

「えっあっはい!!今、戦いの殿堂に集うは二人の伝説!!一方はメジロ、一方はシンボリ。二人が育てしポケモンが雌雄を決する決闘を行う、此処に今、新たな伝説の幕が開けられる!!それでは―――バトル開始ぃぃぃぃ!!!」

 

つい、乗ってしまったランページ。そしてモニターにはアサマのデカヌチャンとスピードのカイリューが繰り出された。

 

「何これ」



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114話

「あの、マジでやるんですか?俺的にはまあいいと思いますけど、御二人ってウマ娘界だけじゃないレベルでのレジェンドですよね?」

「あらレジェンドなんて♪それを言ったら貴方は無敗記録更新中の王者じゃない、そんなウマ娘が配信をやっているのも今更よ」

「ハハッそりゃそうですね、んじゃお婆様始めますよ」

「ええ、大丈夫ですよ。それと私もアーちゃんでも良いんですよ?」

「マックイーン達に怒られますよ流石に……」

 

ポケモンバトルは結局合計で5戦行った、最終的にアサマの色証イダイナキバがエア気合の鉢巻を発動させて反撃のぶちかましでキョジオーンを突破して3勝を勝ち取ったのであった。それもそこそこに……いよいよある種、自分を呼んだ本題を始める事にしたのであった。

 

「よし、カメラの準備もパソコンもOK。コメント読み上げ用のタブレットも大丈夫……んでマジで配信でも勝負するんですか?」

「だって楽しそうじゃない、ねえアーちゃん♪」

「フフッまた勝って上げますよスーちゃん♪」

 

ホントに仲良いな……と思いながらも思わずスピードシンボリの声に聞き覚えを感じ、脳内からそれを引き出そうとする。

 

「(違うな、田中さんじゃない。林原さんでもないし……喜久子姉様でもねえし……)」

「そう言えばアーちゃん、この前言ってた俗物の処分って如何したの?」

「囲い込みをしている状態、後はいつ誘い込んで―――潰すだけ」

「なら―――それは是非、私も参加したいわね……私もあの子の事本当に気に入ったもの」

 

部屋の温度が下がった、ゲンガーでも現れたのか後ろをチラリと見るのだが後悔した。そこにはとんでもない威圧感を放っているアサマとスピードの姿があった。

 

「家の孫までも侮辱していると聞く、ならば此方とて容赦する義理はない。仮令、貴方の家の者だろうとね」

「構う物か、あれらは我が家名を名乗らせる事こそが侮辱。それを拭う為に私も力を尽くす、久方振りに遊びに付き合うか」

「ええ、勿論……何時の時代も俗物は湧く物、若い子達にその始末をさせるのは忍びないものね」

 

聞く者を震わせ、たった一言で自分の領域に引きずり込むかのような圧倒的な存在感。そうだ、この声は……

 

「(……バ、バラライカ……だ。ハマーン様とバラライカのコンビとかマジかよ……終わったな、俗物共……)そろそろ始められますけど如何します~?」

「は~いそのままお願いね♪」

「大丈夫よ、お願い」

 

そしてこの変わり身の早さ……なんというか、何とも言えない……それでは、開始するとしよう……多分、学園に戻ったらルドルフ達に詰め寄られるんだろうなぁ……

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、幾つものレジェンドが走り繋いできた 世界を受け継ぐのは誰?間違いなく俺!!なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

 

自分はただ、元気よくやるだけだ。よくよく考えたら自分のこのチャンネルの後任がゴルシチャンネルになるのだろうか。

 

「皆の者~今日はタイトルもある様に番外編!!基本このチャンネルはトレセンの魅力を伝えるんだけど、俺の個人的な配信もしていい事にはなってるんだよね~という訳で今回はトレセンを飛び出して、メジロ家のお屋敷にやって来ておりま~す!今日は此処からお送りしま~す!!だけど今日も確りとゲストはいるんだよね~という訳で今回は速めにゲストの解禁!!毎度毎度ゲスト居るようなもんなチャンネルだけど、今回ばっかりはマジヤバでちゃけパねぇよ!!」

 

・言うて今までのだって十分やばかったような……

・シンボリルドルフにミスターシービー、マルゼンスキーにスピカの沖トレ

・同期のパーマーにヘリオスもいたな。

・レジェンド呼びまくってるじゃねえか。

 

「いやいやいや、今回のはマジすげぇよ?それではご登場いただきましょう!!」

「はいは~いおはこんハロチャオ~みんな私の事知っててくれてるかしら、ルドルフのお婆ちゃんやってますスピードシンボリで~す」

「同じく、ランページのお婆ちゃんをやってますメジロアサマです」

 

・は?

・は?

・は?

・は?

・は?

・は?

・―――初凱旋門挑戦ウマ娘じゃねえか!!?

 

 

 

 

「ハァハァハァハァハァ……!!」

 

トレセン学園には廊下は走っても良いというモノがある、ただしそれには限度はあるのだが明らかにそれをオーバーしながらも疾走する。まるでレースでもしているかのような走りに何事かと思うよりも先に、そのウマ娘は駆け抜けていく。そして

 

「おいルドルフ!!」

 

生徒会室へと飛び込んだ。そこでは変わらず仕事をしていたルドルフとラモーヌ、不躾過ぎる登場に顔を顰める。

 

「おいお前今日ランページの野郎が何処に行ってるのか知ってるのか!!?」

「シリウス、なんだ突然……彼女に野郎はないだろう、確かに男っぽいが」

「んな事たぁどうでもいいんだよ!!おいラモーヌアンタは!?」

「ええっとお婆様に呼ばれたとは聞きましたよ」

「くそ間違いなくそれじゃねえか!!?良いからこれ見ろ!!!」

 

普段から粗暴で荒っぽいシリウスだが、今日ばっかりは明らかに様子がおかしい。見るからに取り乱している上に顔が青くなっている。何か大事件でも起きたのかと差し出されたスマホの画面を見るのだが……

 

『あ~じゃぱ~コメント欄が凄い事になってるよ~おっソニックシンボリさんスパチャアリガト~!!3万とかすげぇなおい』

『あら私の現役の事を知ってらっしゃるの?嬉しいわ~』

『おっと、此方はお婆様の事書いてますよ』

『メグロ杯さん有難う御座います。こういうのは無理のない範囲で宜しいんですよ』

 

「「お、お婆様ぁぁぁぁぁぁ!!!!???」」

 

ルドルフとラモーヌの叫び声が生徒会室に木霊する。普段のシリウスならば茶化す所だが、自分も気まぐれにランページの配信を見てやるかと思ったらお婆様が出ていたので大騒ぎしたので人の事は言えない。

 

「どどどどっどうなっているんだラモーヌ!!?如何してアサマさんと家のお婆様が!?いや仲が良いのは知っているが何故ランページの配信に!?」

「わ、分かりません!!ランちゃんだってお婆様からお呼び出しを受けたとしか言ってませんでしたもの!!もしや、これの為に!?」

「ンな訳ねぇだろうが!!何の為にお婆様が配信やりてぇなんて言い出すんだよあり得ねぇよ!!!あのバカ野郎が誑かしたに決まってる!!」

 

『私としてはアーちゃんが羨ましいのよ、貴方の方はマックちゃん達がよく会いに来てくれるんでしょ?私の方は遠慮して会いに来てくれないのよ、私はもっと孫に愛されたいのに~』

『貴方が忙しいのもあると思いますが、その点に関しては私は嬉しく思ってますよ』

『会長もシリウス先輩も甘えにくいのかもしれないですね~スーちゃんのやってる事凄いし』

 

「スーちゃん!!?」

「あのバカお婆様になんつう口きいてんだぁ!?」

「ラ、ランちゃん……」

 

・あ~……やっぱり孫には甘えられたいっていうのあるんだ。

・俺も成人してから爺ちゃん婆ちゃんとあんま関わらなくなっちまったなぁ……

 

『出来る事ならば甘えて欲しいわ~』

『あっじゃあ俺が代理として甘えようかスーちゃん』

『あら嬉しい、きゃ~ランちゃんってば優しい~♪』

『きゃ~スーちゃんってばくすぐったい~♪』

『スーちゃん、ランページは私の孫なのですから自重なさいな』

 

・これがトゥインクルシリーズで最長活躍記録を持つウマ娘の姿か……?

・唯の孫好きのお茶目な人、だな……

・これが歴戦のウマ娘……

・というかこれ大丈夫?会長とシリウス卒倒しね?

・ンな事言ったらラモーヌ含めたメジロのウマ娘全員が卒倒するわ。

 

「「「―――……」」」

 

既に瀕死である。尚、マックイーン達も同様。

 

『あっそうだわ、今度ルドルフも誘って出てみたいんだけどいいかしら?』

『勿論いいよスーちゃん』

『あっ面白い事考えた。アーちゃん、私がアーちゃんの付き人を指定するからアーちゃんが私の付き人を指定して一緒に配信に出るってどうかしら?』

『あらやだそれは面白そう、予定が合うならば是非そうしたいですわ』

『やべぇ想像以上の事になったおwwwこれはもう芝3200ですわwww』

 

・やめたげてよぉ!!!

・公開処刑みたいなもんだろそれwww

・良いぞもっとやれwww

・会長とこんなキュートなスーちゃんとの絡みが見れるのか!!

・そこはラモーヌさん希望!!

・アワアワするシリウス希望!!

 

「……ハッ!!?お、おいお前らとんでもねぇ事になったぞ!?今直ぐ行って止めねぇと大変な事になりやがる!!」

「そ、そうだな!!ラモーヌ!!」

「は、はい直ぐに車を呼びます!!」

 

『いやぁ……すげぇ事になったね、それじゃあここからは俺が良くウマッターで募集しているポケモン対戦コーナー!!!ただし、今回の相手は……お婆様とスーちゃん!!二人は初代からのプレイヤーだから手強いぜ!!』

 

・マジで!!?対戦していいの!!?

・凱旋門に行ったウマ娘と対戦できるってマッ!?

・アサマさん!!アサマさんと是非戦いたい!!

・フッ、ウマ娘の世界とポケモンの世界はまた別の世界、此処でならば勝てる!!

・漲って来たぁぁぁぁっ!!

 

『フフフッ私達ってばまだまだ大人気ね』

『少し燃えて来たわね♪」

 

この後、滅茶苦茶ポケモンバトルをした。そして―――

 

「ほらほら、シリウスとルドルフも笑って笑って♪」

「あ、ああ分かってるよお婆、様……」

「ハ、ハハハッ……」

 

「ラモーヌ、もう少しこっちに来ないとパーマーがはみ出ちゃいますよ」

「は、はい」

「どうしてこんな事に……」

「ラン……今回ばっかりは恨むよぉ……」

「私は嬉しいです、皆さんと記念撮影できるなんて♪」

「アルダンさんってば流石、まあ私もそうなんだけど♪」

 

「それじゃあ皆の者、スクショタイムだぞ~!!」

 

配信の締めは、途中からやって来たルドルフ、シリウス、ラモーヌ、マックイーン、ライアン、パーマー、偶然居合わせたアルダンを加えて記念撮影を行ったのであった。色んな意味で伝説と化したこの配信の事を後世にチャンネルを受け継いだウマ娘はこう語る。

 

『アタシも滅茶苦茶やったりするけどあの人には敵わねぇわぁ。まあゴルシちゃんは仲良しでいつでも呼べるから実質的にゴルシちゃんが一番すげぇって事になるんじゃね?』



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115話

「はぁ……全く以て寿命が縮んだ気分だよ」

「申し開きがあるなら聞くぞ」

 

配信が終了すると、スーちゃんことスピードシンボリは時間が来てしまったので名残惜しそうにしながらもアサマと共に去っていった。そして残されたランページは残ったメンバーから問い詰められる事になった。

 

「ンな事言われてもな……俺の立場からしたらお婆様からの呼び出しに応じない訳には行かねぇし、スーちゃん呼びも配信も直接お願いされた事だし」

「お婆様が出たいと……ああいや、あの人ならむしろ出たがるか……」

「……確かに」

 

冷静に物事を判断すれば、スピードシンボリがそういう事に積極的に参加したがる様な性格である事は分かる筈だったのに……余りにも衝撃的過ぎる事に動揺して一種の思考停止状態になっていた。

 

「ってかこれからお婆様の気分次第じゃ私もテメェの配信にでなきゃいけねぇって事じゃねえか!!勘弁しろよ……流石にキツいぞ」

「それだって、そもそもアンタがちゃんとスーちゃんとの時間を取ってればこうなって無かったと思うですけど」

「話反らしてんじゃねえ!!」

「何処が反らしてんだ、反らしてんのはそっちだろ」

 

相手が先輩であるシリウスだろうが、ランページは一切の躊躇も恐れも見せる事も無く、胸倉を掴みかかってくるような勢いのシリウスに対して怫然とした態度のまま反論をする。

 

「スーちゃん言ってただろ、遠慮してあんまり会いに来てくれないって。それが本音なんだよ、色々と会いにくいのは察するけどあの人はアンタらのお婆ちゃんには変わりないんだからちゃんと会ってやれよ。その結果が今回の配信のあれみたいなもんだぜな」

「ぐっ……」

 

孫と仲良くしたいと言っていた時のスピードの瞳は本当に寂しげだった、自分の事を考えてくれるのは嬉しいがそれならば家族として触れ合って欲しいと思っているのが良く分かった。

 

「会長、アンタもだ。忙しいのは分かるが簡単なとこならメールでも何でもできる筈だぜ。それだけでもスーちゃんは大喜びする」

「……耳が痛いな、これからはそうするとするよ。 シリウス、君もそうした方がいい。でなければアサマさんから私達がお婆様の付き人に指定されて配信に出る事になるぞ」

「それだけは勘弁だな……わぁったよ」

 

満足いく答えではないがこの位にしておくとしよう。自分の言葉を聞いてライアンは神妙な顔をしてしまっていた。ランページが先輩であるシリウスにあそこまでの態度を取ったのは紛れもない、家族に関する事だからだ。家族に関する事になっては黙っていられないのだろう。

 

「んで二人はトレセンに戻らなくていいのか?生徒会の仕事ほっぽり出してきたんだろ」

「しまった、余りにも衝撃的過ぎたから完全に忘れていた……ラモーヌ、直ぐに戻るとしよう」

「そうしましょう。アルダンも一緒に行きましょうか」

「はいお姉様、それではランページさんこの写真大切にしますね」

「喜んでもらえたようで何よりですよ」

 

アルダンの胸には配信の最後に撮影した写真がきれいな写真立てに飾られており、それを彼女は愛おし気に抱いている。メジロの皆だけではなく、ルドルフらと言った皆と写真を撮れたことが純粋に嬉しく思っている。そう思われると自分としては嬉しく思う。

 

「俺も戻る、いる理由もねぇしな……おいランページ、お婆様に変な事言ったら承知しねぇぞ」

「聞かれない限り言わんよ、いやなら自分から会いに行けば?」

「……そうするしかねえか……あんま得意じゃねえんだけどなぁ……」

 

仲が良くない、というよりもシンプルに相性が良くないだけな模様。シリウスとスピードの事を考えると確かに頷けてしまう、がシリウスが嫌っている訳ではない。単純に恥ずかしいのだろう。そのままルドルフ、ラモーヌ、シリウス、アルダンはトレセン学園へと戻っていくのだが……自分に対する追及はまだまだ続いて行くと言わんばかりにマックイーン達が残るのであった。

 

「しかし、ランページさんも一言ぐらい言ってくださればよかったのに……私なんてトレーナーさんから見せられてひっくり返ってしまいましたわ」

「アタシも似たようなもんだよ、水分補給してたから思いっきり咽たし」

「ヘリオスから面白い事になってるって言われたからみたら、うわぁ……って引いたね」

「そう言われてもなぁ……」

 

まあ実際アサマまでもがあそこまでノリノリで配信に参加してくれた事自体は完全な想定外だったが……

 

「でも、何だかんだで嬉しいんじゃないの?お婆様と新しい接点が出来たから」

「それは……否定、しませんけども……」

「まさか普通にポケモンガチ勢だとは思わなかったよね」

「なんというか、普通にヘリオス紹介しても大丈夫そうかなってナチュラルに思っちゃったよ」

「たぶん大丈夫だぞ、お婆様ってスーちゃんと若い頃にお忍びでギャルっぽい格好して遊びに行った事あるらしいし」

「えっそれマジ!?」

 

後日、パーマーはヘリオスをアサマに紹介したのだが……普通に仲良くなってパーマーのウマッターにヘリオスとアサマで撮ったハートポーズ写真がアップされるのであった。

 

「でも、如何してお婆様はランページさんに会長のお婆様をご紹介したのでしょうか?」

「単純に会いたかったから、じゃないかな。お婆様とは親友みたいな関係らしいし」

「普通にありそうだよねぇ……」

 

それもあるだろうが―――実際は、自分が海外挑戦する為の足固めを行う為でもある。シンボリはスピードシンボリ、シリウスシンボリと現状で凱旋門に挑戦した事がある為に自分が将来的に行う遠征の支援を行って貰える。メジロとシンボリ、この二つがサポートについて貰えれば間違いなく万全な体制で臨む事が出来る。

 

「(シリウスを俺のサポーターに付ける為だな……いざって時はスーちゃん自身か、いやそっちの方が可能性高いか……)」

「ラン、これからもお婆様も配信に参加したりするのかな……?」

「あり得るな。暇を作れれば参加してくれるんじゃないかな」

「やっぱりそうなのかなぁ……なんというか、ちょっと怖いなぁ」

「そうか?」

「寧ろなんでランページさんはそんなにマイペースなんですの……」

「人生経験の差かな」

「アタシ達同い年だよね一応……」




家族の話題には割かし敏感なラン。

シリウスはスーちゃんとの距離が縮まった。体力が15減った。やる気が上がった、根性が10上がった。賢さが5上がった。

後、サポーターは多分スーちゃんの方だと思う。


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116話

「「……御馳走様でした」」

「25分の休憩、その後に再開、良いな」

 

そう告げて部屋の隅にある椅子に腰掛けながら食後のお茶を楽しむ監視役のウマ娘。元ばんえい競技のウマ娘というのもあるせいか身長は2mを越えている上に筋骨隆々、通常のウマ娘の数倍のパワーを誇っている。そんな彼女の言葉に逆らう気も無く、今は身体を休める事に専念する。

 

「ハァッ……何時まで、こんな事を続ければ良いのかしらね」

「完済が終わるまでだ、何度言わせるんだお前は」

「分かってるのよそんな事はぁ!!」

 

このやり取りも好い加減に飽きて来た。愛妻と思ってはいるが、同じ問答を繰り返し続けていれば感情というモノは新鮮さを失って腐り出していく。自分は、もうここでのことを受け入れているのにも拘らず、明衣は未だに自らの行いを悔いる事はない。

 

「くそっこれも全部あの子のせいよ!遺産の返還ぅ!?引き取ってやらなきゃ施設行きだった事も分からないくせに!!」

 

喚き散らしながらも壁を蹴る、あれで弁償になって自分達の借金が増えなければいいのだが……と思うあたり、自分は既にこの女を見限っているのかもしれない。極めて都合がいいかもしれないと自分を冷えた目で見る。

 

『さあ間もなくゲートインが完了します、ヴィクトリアマイルを制するのはメジロランページか、それともアグネスフローラか!?大注目のG1、ヴィクトリアマイルが今―――スタートしました!!』

「消しなさいよ!!」

「リモコンある訳ないだろ、其方にお願いしてみろ。如何です?」

「却下だ、私が見ている」

「だとさ」

 

TVの変更権は先にリモコンを確保していた彼女にある、かと言って逆らえないので苛立ちを募らせたまま席に着き直す。ブツブツと文句を言っているが、シンプルに耳障りだから止めて欲しいと思いながらもレースを見つめる。

 

『メジロランページ、今回は抑えているのかバ群の中団近くの4番手。先頭を行くのはアグネスフローラ!!さあ今日こそG1勝利となるか!!』

『逃げウマ娘が多いので必然的に囲まれた形ですね、しかし普段よりもずっと抑えていますね』

 

「そのまま、そのまま負けちゃいなさいよランページ!!」

 

明衣は興奮してフローラの勝ちを確信しているが、自分はそうは思えない。此処で働かせられてからずっとほぼ強制的にランページのレースを見せられているが、これまでの走りに比べて明らかに抑えている。ペースをコントロールするのではなく唯脚を溜めているように見える。

 

「うるせぇ」

「黙ってなさいよ!!」

「そりゃお前だ、監視さんの鞭が怖くないお前は間抜けなのか痴呆なのか」

「ヒェッ……!!」

 

相手はばんえいウマ娘だ、小山のあるダートコースを最低クラスでも1トンにもなる程のソリを引いて走る。当然彼女もそれが出来る、というか荷物をフォークリフトなどを使わずに運んでいる。当然そんな力でびんたされただけでも悶絶ものだ。そんな明衣を無視するように視線をTVへと移す。そしてラストの直線―――まだまだランページは4番手、今度こそフローラのチャンスかと思われた瞬間にランページはバ群から抜け出すとそのまま凄まじい加速をしながら一気にフローラへと迫った。

 

『メジロランページ、メジロランページがバ群を割って一気に抜け出した!!あっという間に先頭に立つ!!アグネスフローラも意地を見せるがどんどん距離が離されていく!!!二着争いが激化し始めた!!メジロランページ先頭!強い、強い!!圧勝、メジロランページ圧勝!!二着のアグネスフローラに6バ身差を付けてのヴィクトリアマイル優勝!!無敗神話は絶える事はない!!これで、ティアラ路線を完全に制覇したぞメジロランページぃぃい!!!』

 

「ぅぅぅぅっ~!!!!」

 

監視の目で大っぴらに騒げないので必死に歯を食いしばって我慢している姿が酷く滑稽に映った。一先ず、満足出来た。

 

「作業、再開します」

「まだ時間はある」

「いえ、させてください」

「―――少し待て」

 

確認を取る為に一旦外へと出る、それを見つつも明衣は自分を睨みつけて来る。

 

「アンタは何にも思わない訳!!?あの子が、ランページがアタシ達を此処に!!」

「そうするようにしてしまったのは俺達の責任だろ。良いもんだろ、借金取りに追われる訳でもなければ安定して稼げて衣食住もある」

「こんな奴隷みたいな生活が良いですって!?」

 

奴隷のようだとは言うが、監視の目があるだけで確りとした会社、メジロ所有の建設会社の工場で働かせて貰えている。ある程度の制限こそあるが、寧ろ自分達のした事を考えれば優しすぎるとも思える。敢えて考えられる余裕を作っているのだろう。

 

「見解の相違だな……俺はもう、あいつには関わらない」

「ハッ?」

 

信じられないと言いたげな瞳を作るが、自分にはその意志はない。

 

「何言ってんのよ!!アンタ、今度こそって言ってたじゃない!!」

「じゃあ聞くが、何を如何するつもりなんだ。あの子は既に今を生きるレジェンドにもなってしまったウマ娘だ、それに何をしても無駄だろ。どうせもみ消されて逆に此方が痛手を負うだけ」

「ふざけんじゃないわよ!!アンタが、アンタが遺産を持ち逃げするって言いだしたんじゃない!!」

「だからだよ、だからもう関わらないと決めたんだよ」

 

胸倉を掴まれ、ビンタを受けて床に叩き伏せられる。だがその時に監視が戻ってきて即座に明衣が床に組み伏せられる。

 

「おい、怪我は」

「大丈夫です」

「そうか、作業再開の許可は出たが痛むようなら医務室へ行け」

「分かりました」

「ちょっちょっとあなた、助けなさいよ、ねぇ!!」

 

頭を下げて、一人休憩所を出て作業へと向かう。反省した、というよりも自分は叩きのめされたという方が正しい。だからこの罰を受け入れる事にした。罰を全うしたら明衣とも別れて何処かあの子と関わり合いにならないような所で細々と暮らしたいと思うようになり始めた。自分達が捨てた者の大きさに気付き、自分の愚かを悔いて、絶望し続けた末に辿り着いたのが受容。

 

「作業再開します」

「ああ。姪っ子さん、これでG1を9勝だってな」

「凄い物です……それでは」

 

班長の許可を得て仕事に戻る、未だに後悔と絶望は消えないが……自分はそれを受け入れて生きて行く道を選ぶ。謝罪なんてきっとあの子も望まないだろう、だから……自分は今を生きる。

 

 

「う~ん……やっぱターボって天才だわ」

「如何しました急に」

 

控室に戻ったランページ。ヴィクトリアマイルを制したというのにその顔は余り優れない。

 

「いやさ、今回幻惑逃げが失敗して囲まれたわけじゃん。んでラストに久しぶりにクロスオーバーステップを使って抜け出しつつもターボのドッカンターボ真似してみたんだけど……全然キレが無いわ俺、やっぱあれはターボだからこそ出来る技だ」

 

幻惑逃げを仕掛けようとしたのだが、それをフローラが真っ先に見抜いて自分を追い抜いていったのを見て、他のウマ娘にもそれがバレたのか一気にペースアップをされてバ群に呑まれた。しかしランページは慌てる事も無く、バ群から脱出しながらも猛スパートを掛けて勝利をもぎ取ったのだが……。

 

「ぶっつけ本番ってのもあったけどさ、やっぱ俺向きの技術ではないわ」

「しかしフローラさんに見抜かれたお陰で新しい課題に取り組めますね」

「ああ、色々な状況を考えておかないと海外じゃ通用しないだろうしな。フェブラリーステークスでも似たような事あったしな……状況によっては後方待機も必要になるって勉強になったよ」

 

大逃げではなく、他の戦法も学ぶべきだと再認識させられた。これからに活かす有意義なレースとなった。

 

「さて、次はネイチャで次はターボ、そしてイクノ……んでライスにタンホイザ。いやぁカノープス大忙しだな」

「全くですね。ランページさんもお手伝いお願いしますね」

「任せとけよ、英語とかそっちならお任せだ」



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117話

無敗を誇るメジロランページ、無敗神話を更新し続ける彼女にとってトリプルティアラは神話を飾り付けて自分の戦果を見せ付けるエンブレムの一つと化した。芝とダートの二刀流、何方かに専念する筈なのに彼女は次走を帝王賞だと断言しどちらの道も突き進むつもりでいる。これには宝塚記念には出走しないのかという質問もヴィクトリアマイルでのインタビューでは聞かれた。

 

「考えなかった訳ではなかったんだけどなぁ……でも二刀流を掲げている以上ダートのG1を逃す訳には行かないしな。ダート、そっちも走りたいんだよな」

 

彼女にあるのは純粋なレースを駆けたいという思い。そしてそれが今はダートにも向けられている、加えて言うならば以前共に走ったウマ娘から再戦の申し込みも来ているのでそれを受けたいという。

 

「楽しいぜダート、俺的にはもっとダートレース増やして欲しい所だ」

「そこまで、走りたいのですか?」

「ああ。刺激的だったからよ、アンタは行った事あるかいダート?」

「い、いえその、恥ずかしながら……」

「それなら一回行ってみな、芝にはない熱さと迫力がある」

 

彼女は、私の狭い見聞を笑う事も蔑む事も無く笑顔でダートレースを見て欲しいと行って来た。それまでの私はダートには芝程の魅力を感じる事が出来なかった、だがしかし―――それはもう古い偏見にしか過ぎないのだと思い知らされる。

 

「彼女は、日本の古い考えすら塗り替えようとしている」

 

 

「真ッドッカン、ターボォ!!」

 

ターフを疾走するターボを見つめるランページ。ターボは間もなくオークスを控えている、それに勝つためには真ドッカンターボの精度を徹底的に磨くしかない。スタミナ自体は付いて来ているが如何せん溜め方が下手くそだ、オークスの距離ならば溜める事は出来るだろうが……溜まるのが遅すぎても行けないし速過ぎても行けない。最高のタイミングで発動してこそドッカンが最高に嵌る。

 

「おいターボ、そんな位置でターボ出しちまったらラストでへばって捕まるぞ!」

「だって溜まっちゃったんだもん~!!」

「だからその溜め方を考えろっつってんの!!秋山さんのドッカンと違って、お前自身が秋山さんであり86だって事を忘れんな!!」

「ターボが秋山の兄ちゃんでターボが86で……あれれ?」

「あ~もういいから水分補給行ってこい」

「は~い!!」

 

元気よく駆け出して行くターボ。溜まる時はすんなり溜まり、溜まらない時はとことん溜まらないのが現状のドッカンターボ。あらゆるものに影響されて溜まりが変化する、そしてターボはその最高のタイミング、溜まり切った瞬間という最高のチャージでドッカンを開放してしまう。余りにも調子が良すぎると速過ぎるタイミングで開放してしまう。

 

「如何ですかターボさん」

「あ~溜まり自体は速くなって来てるんだけど……あいつ我慢を知らないから、溜まったらすぐに開放しちゃうんだよ……参ったもんだ」

「思わぬ落とし穴、ですか……」

「ああ。如何するもんか……」

 

南坂に現状を報告しつつも悩む。必殺技を修得したのはいいが、それが弱点になってしまった。これはそう簡単には補えない。

 

「ターボは理論じゃなくて感覚派だからな、イクノみたいに考えて管理するって事が出来ないから兎に角溜め方を練習するしかないと思ったんだが……それが災いして早く溜まり過ぎるようになっちゃった……」

「あららら……」

 

南坂としてもそれは予想外だった。と言っても自分はドッカンターボの事はサッパリなので、その事を知っているランページにその辺りに付き合って貰ったのだが……マイルならばまだいい、だがオークスは中距離な上に2400m。そんなレースで早めにドッカンしてしまえばあっさり捕まえられてしまう。

 

「ぁぁぁっ~如何すりゃいいんだぁ……」

「早く溜まり過ぎてしまう、ですか……良いじゃないですか」

「へっ?」

「それはそれで唯一無二の長所ですよ」

 

早い段階でトップスピードに移行して多少なりともスピードは落ちるだろうが一定のスピードを維持する。それは逃げの勝利パターンの一つでもある。

 

「まあそうかもしれないけどよ……」

「早いサイクルで溜まるターボ……それだったらこういう作戦もあるんですよ」

「何、耳打ち?」

 

指でサインを出されて耳を差し出すと小声でとある作戦を伝える。それを聞いたランページは思わず本気かよ……といわんばかりの顔を作った。

 

「おいおい、ターボにそれが出来るのか……?」

「速い段階で溜まってしまうのならば可能ですね、ターボさんのスタミナならば2400はギリギリ許容範囲内でしょう」

「何々何の話~?」

 

両手にスポーツドリンクを持って飲んでいるターボ、本当にそんな作戦が出来るのだろうかと極めて不安になって来た。

 

「ターボさん、ランページさんとの特訓で溜め方が分かって来たそうですね」

「うん!!今なら短距離でも出せるよ!!」

「出せちゃうだろそれを言うなら」

「あぅっ……」

「それで行きましょう」

「「へっ?」」

 

思わずターボとランページの言葉が重なってしまった。一体どういうことなのかと思っていると、南坂は電話を取り出すと何処かに掛け始めた。それに二人は顔を見合わせてしまう、そして少しだけ待って欲しいと言われたので待っていると……

 

「お待たせしました~!!」

「ま、待ってください~」

「来ましたね」

 

南坂が電話で呼んだというのは二人のウマ娘だった。だがその二人に思わずランページは驚いてしまった。

 

「トレーナーさんに言われて参りました!!宜しくお願い致します!!」

「お、お力になれば良いのですが……」

「いえいえ、此方こそよろしくお願いいたします、ターボさんにランページさんご紹介しますね。これからご協力いただくサクラバクシンオーさんとニシノフラワーさんです」

 

サクラバクシンオー。国内最強スプリンター議論において真っ先にその名を挙げられる程の短距離最強馬、史実ではこのバクシンオーの大暴れによって短距離戦線が大急ぎで整備されたという話もあり、本当に勝つべき戦いが残ってなかった為に引退してしまった競走馬なのである。

 

ニシノフラワー。小柄な馬体ながら、阪神3歳牝馬ステークス、桜花賞を制するなどした立派なG1ホース。そして同期であり最強スプリンターとして名を馳せたバクシンオーを1200という得意な距離で打ち破った唯一の馬であり、その走りから天才少女や韋駄天娘とも呼ばれた。

 

「おおっ!!そちらはメジロランページさんですね!!ご活躍はお伺いしております、是非一度ご一緒に走ってみたいと思っておりました!!」

「あ、あの……サイン頂けませんか……?」

「ああそりゃいいけど……南ちゃん、二人はスプリンターだろ。それなのに何で二人を?」

「ええ、ターボさん」

「何?」

 

南坂はまさかすぎる事を言った。

 

「これからバクシンオーさんとニシノフラワーさんと2400mを走っていただきます」

「おおっ!!望む所です!!」

 

バクシンオーはやる気十分だが、フラワーは大慌てで南坂に詰め寄った。

 

「ま、待ってください!わ、私はその短距離なので2400なんて距離は……」

「大丈夫ですよ、2400を走って貰う訳ではありませんから」

「どゆことよ南ちゃん」

「つまり―――2400mを分割した1200ずつをお二人に走っていただくリレー形式でターボさんと走っていただくんですよ」

 

その考えに思わずランページも驚きの表情を浮かべた。1200は確かに短距離の領分だしそれなら二人合わせてオークスの距離を走り切る事は出来るだろう。だが一体何の目的で……。

 

「おおっ確かにそれならば2400を走れますね!!フラワーさんやりましょう、二人で2400mを驀進しましょう!!」

「それなら何とか……」

「なんか楽しみ~!!」

「南ちゃん、マジでできるのかターボに」

「直ぐに、分かりますよ」



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118話

「にしても……本当に上手くいくのかねぇ……」

 

東京レース場のパドックを見つめながらもそんな言葉が出た。いよいよオークスだというのに前年覇者の表情は優れない。今年もカノープスからはティアラ路線の挑戦者としてターボがオークスに出走するのだが……この日の為のメニューを本当に出せるのかは不安が付き纏う。

 

「ターボさんは精一杯やっていましたし、何とかなるのではないでしょうか」

「本番と練習じゃ訳が違う、色んな意味でな」

「お姉様、ターボさん勝てないって思ってるの?」

「そういう訳じゃない、成果を出せば勝てる、勝てるが……そこまで行けるか、だな」

 

「あっいたいた」

 

そんな声に耳が反応して振り返るとそこには待っていた人が居た。手を差し出すと力強く握り込んでくれる。

 

「待ってたぜ秋山さん」

「此方こそお待たせしちまって、今日は態々招待して貰って有難う御座います」

「何、ターボの恩人を招待しない訳には行かねぇだろ?」

 

そう、ドッカンターボの立役者である秋山。オークスの応援にも来てくれるというので自分の名前で招待したのである。今回は秋山だけではなくその妹さんも一緒である。

 

「お久しぶりランページさん」

「よぉ和美さん、お目当ては他のウマ娘だったりするかい?」

「貴方のサイン目的って言ったら怒られるかな」

「構いやしねぇよ、転売だけは勘弁してほしいけどな」

「しないわよそんなこと~」

 

秋山の妹である和美、ターボを連れて行った際に仲良くなってターボも懐いている。そんな二人をカノープスの皆に紹介しているといよいよ1番人気のウマ娘のパドック入場が始まった。

 

『8枠18番、ツインターボ。1番人気です!!』

「ターボ登場~!!皆やっほ~!!」

 

元気いっぱいに飛び跳ねるようにして登場するターボ、今日に向けての調整は万全。メニューもこなしたしスタミナの強化メニューにも真面目に取り込んでいた。故に今日のターボは絶好調。

 

「あっ秋山の兄ちゃんに和美姉ちゃん!!」

「応援に来たぜターボさん、頑張れよ!!」

「ターボさん、二冠取ってね!!」

「まっかせろ~!!」

 

笑顔のVサインは勝利の証、と言わんばかりの雰囲気を纏いながらも引っ込んでいくターボ。カノープスの面々もこれならば勝てるだろうと思うのだが……実際の所は如何なのかと秋山は尋ねる。

 

「それで、ターボさんの調子は如何なんです?」

「まあ最高だな。肉体もだが二人が応援に来るって事で精神面が充実してるよ」

「それじゃあ勝てますね!!」

「だと良いんだがな……今回のオークスに出走するのは20人。桜花賞よりもずっと多いんだ」

 

それを聞くと二人は思わず喉を鳴らした。20人……此処までの大人数のレースは中々みられない。流石はG1、ティアラの二戦目であるオークスだ。

 

「此処までの人数ですとベストポジションの奪い合いや競り合いが激しさを増すでしょうね」

「だろうね、後ろに行けば行くだけ辛くなっちゃうだろうしコース取りがカギだね」

 

秋山と和美はレース選手であるウマ娘から話を聞くと矢張り印象も変わって来るなと思う。和美は兄に付いて行って走り屋のダウンヒルなどを見に行ったりもしたが、その時に似ている緊迫した空気を感じる。

 

「こういう時はターボの逃げは助かるな、揉まれずに済む」

「最初に飛び出しちゃえばいいんもんね」

「後は先輩のターボさえ決まれば勝てるよ!!」

「う、うん。ターボさん一杯練習してたもんね」

 

それを聞いて口元を緩ませてしまった、自分の86に乗せて峠を攻めて生まれたドッカンターボ。それを本当に切り札にして練習してくれているというのが嬉しくてしょうがない。

 

「さて、如何なる事やら……見物だな」

 

 

『東京レース場、第10レースはこの日を待ちわびた方も多い事でしょう。女王を目指すウマ娘達が集うオークス!!本日は生憎の曇り空ですが、バ場状態は良バ場での発表となりました。この燦然と輝くティアラの舞台で歴史に蹄跡を刻むのは誰だ!!』

 

いよいよゲートイン。揃いに揃ったウマ娘達、延べ20人の選ばれた優駿たちが集う。

 

『樫の女王を目指すウマ娘達が府中に集う、このオークスで戴冠するのは一体誰だ!?』

『3番人気は4枠9番グランルーブル、桜花賞での雪辱を果たせるのか』

『7枠17番コネクトトウショウ、2番人気です。桜花賞では二着、オークスでは勝てるか』

『1番人気はこのウマ娘、桜花賞では見事な逃げ切り勝ちを収め昨年の覇者メジロランページに見事続きました。同じ舞台で勝利を飾れるのか!?ツインターボ!!』

 

大歓声が沸き上がった、自分の時と同じように東京レース場には10万を優に超える人がこの一戦を見る為に来ている。その声の大きさに二人は矢張り生で見るのと中継で見るのではまるで違うのだなと思い知りながら、始まろうとするレースを目に焼き付けようと決めた。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

スタートの準備が整った、同時に歓声が静まった。さあどんなレースになるんだ、どんな走りを見せてくれるのか、誰が覇者となるのか。オークスが今―――

 

『スタートです、綺麗なスタートを切りました。さあ内からグランルーブルが伸びて来るがそれすら抑えるように飛び出すのはツインターボ!!矢張りこのウマ娘が先頭に立ちます!!そのグランルーブルはその後ろに立ちます、そしてダブルシャウト、メジロロベルタも行きます』

 

矢張りというべきか、期待を裏切らない走りをするターボ。真っ先に飛び出して周囲に誰もいないフリーな状態で駆け出して行く。

 

「よし、ターボさんが先頭!!」

 

背後にはルーブルが付かれているとはいえ、走りは悪くない。そのままのびのびと走っていくターボを後方のウマ娘達は何時しかけるかタイミングを見計らっているかのように見える。先頭のターボは後方とは3バ身差、桜花賞での逃げ切りが効いているのかマークもキツい、このままでは逃げ切れずにいつか捕まってしまう未来も十分ある。

 

「お姉様、ロベルタさんって人もメジロの人みたいだけど……お知り合い?」

「いや全然。メジロっつっても繋がりが広いからな。広い意味だとターボだってメジロになっちまう訳だし」

 

 

ランページとの特訓、溜め方の練習をしたおかげで超高速で溜まる様になったターボ、それも南坂の指導である程度は溜め方のコントロールは分かって来たがそれでもターボは基本的にその制御を行わない。何故ならば、それだけ溜まるという事は自分の調子がいい事の裏付けでもある、それは―――自分の勝利だって見えている事の証明でもある!!

 

「いよぉし溜まる、溜まってきた、来る―――真ッドッカンターボ!!!」

 

『間もなく半分を過ぎようという所でしょうか、おっと此処でツ、ツインターボがもう加速だ!!しかもこの加速は桜花賞のラストで見せた急加速!!凄い勢いで上がっていくぞ!!3バ身があっという間に6バ身、いや8バ身は付いたでしょうか!!こんな所でスパートして大丈夫なのか!?ターボエンジンを抑えきれなかったのか!?』

 

「無茶だまだ中盤にも差し掛かってないのにあんな所で!!?先行して逃げ切るにしても早すぎるぜ!!」

「いやあれで良いんだよ」

 

ウマ娘のレースの事はそこまで分からない、だが走り屋としての経験からコースの長さを考えての逆算、まだ1000m辺りでのドッカンターボは余りにも早すぎると思える。しかし今回ばかりはこれが正しい。

 

「最高のタイミングで溜まったら解放するのがあいつのドッカンなんだ、少しでもタイミングを間違えたら平凡な加速しか出来ないんだ」

「だが流石に早過ぎるんじゃ……」

「その為の特訓をして来たんだぜ、ターボは」

「兄貴……ああっターボさん!!」

 

和美の言葉に視線を戻すと間もなく第4コーナーへと入る、最後の直線も近いという事で他のウマ娘達もスパートを掛けてきている。ドッカンターボで稼いだ貯金も底をついて捉えられ始めている。確実にこのままでは直線で捕まる。

 

『第4コーナーを曲がる!!先頭のツインターボ、此処まで逃げ切ったが流石にもういっぱいか!もうツインターボの先頭は終わりか!!?グランルーブルが迫ってきている!!あと1バ身!!更にスパートを掛けたぞ!!此処でツインターボの先頭は―――』

 

必死に走るターボ、肺が苦しく脚も重くなってきた、これが2400という距離の重さ。やっぱりドッカンターボをあんな所で使ったせいなのかという思いが脳裏を過った、だが直にそれを否定する。

 

「(違うもん!!そんな事考えちゃダメ!!ターボを手伝ってくれたバクシンオーやフラワーのせいにしてることになる!!トレーナーやランが、考えてくれたメニューなんだ、絶対に間違ってない!!ターボが二人を信じないで誰が信じるんだ!!)」

 

必死に粘るターボ、容赦なく強襲するグランルーブル、完全に並ばれた。あと一歩、後僅かで完全に抜かれる。苦しい、もう終わりかと思った時にみえたのは―――自分にドッカンターボを教えてくれた秋山。

 

「ターフで速い奴が、一番カッコいいんだろ。見せてくれよ俺にアンタのイケてる所を!!アンタの走りを!!」

 

心臓は一気に脈打った。ターボゲージが輝きを増して一気に灯る様に血流が血管内を加速し全身に行き渡る、急激な回転にタイヤが唸るように自身の脚に力が漲った。 来てくれた、最高のタイミングで―――ターボは笑った。

 

「見ててよ、これが! 本当の!!―――真・ドッカン……ターボォォォォ!!!!!」

 

爆風を纏うかのように、嵐が吹き有られるかのように、ターボが走り出した後には風しか残っていなかった。そしてそれらの事実を置き去りにして彼女は先頭を譲る事なく走り続けていく。

 

『終わら、ない!!?ツインターボが更に飛び出した!!まさかの二段加速!自分はシーケンシャルツインターボだと言わんばかりのアクセルベタ踏み状態!!グランルーブルを振り切っている!!1バ身から2バ身!!これが本当のツインターボエンジンだ、吼えろツインターボ!!』

 

「ダリャアアアアアアアアア!!!!!」

 

『全力全開だターボエンジン逃げ切ったぁぁぁ!!!ツインターボ一着!!前年のメジロランページに引き続いてのダブルティアラ達成ぃぃぃぃ!!!!』

 

完全に逃げ切ってのオークス制覇。ゴールを駆け抜けたターボの身体にはもう新たな一歩を踏み出す程の余力すらなく、へたり込んでしまった。最後の一滴まで絞り尽くした走りに誰もが驚き、感動した。それは秋山と和美も同じだった。

 

「な、なんて子だ……サイコーにイケてるぜ……!!」

「すっごいね兄貴!! ターボさん、あそこから勝っちゃったよ!!」

 

大勝利に感服するのはカノープスも同じだが、ランページと南坂はホッとしたような顔だった。

 

「まさか本当に上手くいくとはなぁ……結局練習じゃ最後の一回しか出来なかったのにな」

「そうですね、でも上手くいきましたね」

「やれやれ……まあ分の悪い賭けは嫌いじゃないけどな」

 

ターボがやっていたバクシンオーとフラワーとのメニューの目的は、2400mで二回のドッカンターボを行う為の物。ターボの性格上、2400mで勝てばいいとはならずに1200の両方で勝たなければ意味がないと思う。バクシンオーとの1200でドッカンターボを使った後にフラワーとの1200でもドッカンを使うように仕向けたのである。

 

「つってもやっぱり上手い溜め方と加減を教えるに越した事はないから、そこは合宿でかい?」

「そうですね、考えておきます」

 

取り敢えず今は―――

 

「や、やった……やったっやった~!!ランやったよ~!!ターボがダブルティアラになったよ~!!」

 

二つ目の戴冠を果たしたターボを祝福するとしよう。



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119話

「「……」」

「これはこれは、珍しい組み合わせですね。ライバルチームのお二人がご一緒にいるとは」

 

カノープスの練習を見つめる二人、東条と沖野。トレセン学園の誇るべきチーム、リギルとスピカのチームトレーナーが二人して練習の見学を行っていた。

 

「何か御用ですか?」

「別に何か用って訳じゃねぇんだけどさ……マジでどうなってんだよカノープス」

 

何処か疲れている、というよりも呆れているかのような瞳を作っている。先日のオークスを驚愕の二段加速でぶっちぎったツインターボはダブルティアラ、既に負けているので無敗ではないがそれでも三冠が目前まで来てしまっている、これでもしもターボがティアラを取ったら同チームによる二年連続三冠という最早意味不明の所業になる。

 

「その原動力は大体ランページさんですね」

「はぁ……あの時にスカウトしとくべきだったかしら」

「よくもまああいつを口説き落としたもんだぜホントに」

「私が口説いたというよりも、勝手に口説かれたというか惚れられたというのが正しいんですけどね」

 

あの始まりも今となっては懐かしい、彼女が大きな変化点となってカノープスは何時の間にかリギルやスピカと同格の扱いをされるようになった。お陰でお給料も上がっているので有難い限りである。

 

「ツインターボは休養中か?」

「オークスの直後ですので、ランページさんのご厚意でメジロ家の療養所に」

「何だよずりぃな」

「と言ってもターボさんはメジロ家とは遠い親戚に当たりますので」

「……そうなの?」

 

現在ターボは療養所で休みながらも勉強中。秋山の86、そしてランページのインプレッサに刺激を受けたのかターボも車を持つ!!と発起して現在猛勉強中。療養所のスタッフが勉強を見てくれているらしいがとても真面目で直ぐにも免許を取れるようになると言われてしまい、授業でもその位の真剣さを発揮して欲しいと、思わず南坂が愚痴ってしまった。

 

「それにしても……凄いわね彼女」

 

そんな言葉の先に居るのはターボ、ではなくランページだ。自分のメニューをこなして確実にレベルアップし続けている筈のフローラ、戦術眼も磨いてヴィクトリアマイルでは見事にその作戦を見抜いていた。確実に大きくなっているのに……。

 

「芝とダートだと走り方も変えなきゃいけないのに、何でそこまで出来るのかねぇ……」

「合宿でしこたま走りにくい砂浜を走らせましたから」

「ああっ黒沼のメニューと間違えたのかと思ったぐらいのあれか!!」

「貴方、まさか二刀流を想定してたの?」

「そんな事ありませんよ、あの時はジャパンカップ以外は見えていませんでしたから」

 

砂浜特訓によるダート適性は完全な副産物。あの時はそんな事は一切考えていなかったし海外への挑戦なんて微塵も頭にはなかった。だから完全な偶然、とは言い切れないのは事実。彼女ならば世界を狙えるのは明白だった。

 

「次はダービーか……お前の所のネイチャスゲェ厄介だからテイオーも大変だわ」

「それはそれは……頑張ってください」

「おまっ他人事だからって」

「他人事ですし敵チームですので」

「まあ当然の反応ね」

「おハナさんまで言うか!?」

 

現在コースに出て練習をしているのはイクノ、ライスとタンホイザ、そしてチケット。沖野のお目当てであるネイチャは此処にはいない。

 

「そう言えば話題のウマ娘が居ないけど、あいつどうしたんだ?」

「ランページさんですか?今日は休みにさせてます、気分転換にドライブに行くと言ってましたよ」

「ドライブってああそうか、あの子って免許も車もあるのだったわね」

「一括で車買うって流石スターウマ娘は違うなぁ」

「アンタはもうちょっと貯金なさい、ウマ娘の為に使うのは良いけどそれで自分が使う分が無かったら元も子もないわよ。後、それで私に集るのやめて」

 

ワンツーの見事な言葉のパンチが沖野のボディへと命中していく。これに関しては紛れもない事実なので否定する事などは出来る訳もないだろう。

 

 

「いやぁそれにしてもなんか悪いね、態々車出して貰っちゃって」

「構わねぇよ、そもそも気分転換するつもりだったんだからな」

 

サブシートにネイチャを乗せながら運転するランページ、元々気晴らしのつもりでインプを転がしながらぶらぶらするつもりだった所に偶然新しいシューズを見に行く所だったネイチャが居合わせたので乗せて行く事になった。

 

「それにしても、随分と様になってますなぁ。実は昔から車に乗ってたとか、厳密に言うと中一の頃から」

「さて、如何でしょうね。その頃はそんな余裕はなかったと思うけど……」

 

ヒトソウル云々を踏まえれば否定しにくい。まあ流石にその時だって免許を取ってから車を動かしたのだが。

 

「いよいよダービーか……如何だ、調子は」

「良いと思うよ、トレーナーからもこれならいい結果が出せるって言ってたから」

「いい結果か……南ちゃんらしい言い方だな。その結果がお前にとっての良い結果であって、レースの結果とは言わない辺り意地が悪い」

 

つまり、負ける事もいい結果であるという事。次の糧に出来るという意味では確かにいい結果にはなるだろうが、そこはトレーナーとして必ず勝てるとかいうべきなのではないだろうか。

 

「いや、アタシはあの言い方の方が気が楽だよ。カノープスに誘われた時もあんな感じだったし」

「ほ~ん……どんな風に誘われたんだ?」

「良いけど、そっちは?」

「俺はイクノの併走相手の代理を頼まれてな、その時に南ちゃんのウマ娘に対する態度で惚れた。それで契約持ちかけた」

「なんというか、ストレートな」

 

自分とは大違いだ、それと比べて……と気分が落ち込みそうな瞬間にワザと強めのブレーキが掛けられて身体が揺さぶられた。横を見ると下らない事考えるなと言わんばかりに睨み付けられる。そう、何時までも後ろ向きでは前に進めない、だから前を向いて皆と、カノープスで頑張ろうと皆で決めたんじゃないか。

 

「選抜レースでさ、3着だったんだよね。しかも前とは6バ身位だったかな……それで結局3位、自分はこの位なのかなぁって落ち込んでたんだけどトレーナーが話しかけてくれたんだよね、貴方の一生懸命に走る姿に魅せられたって」

「言いそう言いそう」

「でしょ?んで当たり前って言ったら、諦めずにそれが出来る事こそが貴方の最大の武器だと私は思います、そして私は誰よりも速く、誰よりも強いウマ娘と一緒に走りたいのではなく、魅せられたウマ娘と歩みたいと思っています。なんて言うんだよトレーナー」

 

くすぐったそうに笑うネイチャに釣られて自分も笑顔になってしまった。

 

「なんだよ、意外とナンパの技術あるじゃねえかよ南ちゃん」

「それでホイホイつられて今に至るって訳、あの時のアタシじゃ絶対に考え付かなかったよ―――ダービーなんて、キラキラウマ娘の舞台で走るなんてさ」

 

未だに信じられない。キラキラしたウマ娘になりたい、そう思っていたがなれるとは思った事は無かった。だけど今の自分は如何だろうか、立派なG1ウマ娘で日本ダービーにおけるテイオー打倒の大将格の2番人気に推されている。そして、今もテイオーを倒す為の気持ちが滾り続けているのだから自分でも驚く。

 

「ダービーを勝てたら、アタシもキラキラウマ娘の仲間入りかな」

「何言ってんだ、ダービーに出れる時点でキラキラウマ娘だよ」

「アハハッそりゃそっか……そうだよね……ラン」

「んっ?」

「全力で行く、トレーナーの言ってた通りにどんな結果になっても構わない。アタシは―――全力でテイオーを倒してダービーを取ってみせる!!」

 

ネイチャとは思えない程に力強い言葉に思わず此方も笑ってしまう。

 

「そりゃいい、ターボもダブルティアラでネイチャがダービーを取ればカノープスにも更に箔が付くな」

「か~無敗のウマ娘様が言うと違いますな~ランの名前に傷が付かない程度に頑張るよ」

「傷付けるのはお前じゃなくてマスゴミだろ、そんな野暮で何も考えない奴いたら俺がボコボコにしてやるから安心しろ」

「天下のメジロとシンボリのお婆様を配信に出したランが言うとマジで洒落にならんね」



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120話

「はい、なんだアンタか……『懲りねぇな、何度掛けて来られても今年いっぱいは日本だぜ』」

『如何してだ!?君なら今年の凱旋門にも出られるはずだ!!』

『こっちも色々お家事情ってのがあんだよ、理解してくれや―――エルグッツ』

 

インプレッサのシートに収まりながらも電話に出るランページ、電話の相手はジャパンカップで対戦したウマ娘のエルグッツ。彼女からは度々電話を貰っている、その理由は今年の凱旋門賞に自分が出ない事への抗議と出走交渉。それが何度も何度も繰り返される。好い加減このやり取りにも飽きて来た。

 

『私は一刻でも早く君と戦いたいんだ!!だから出てくれ、今の君でも間違いなく此方でも通用するはずだ!!』

『それはお前が決める事じゃねえ、俺とトレーナーが決める事だ』

『それなら私と私のトレーナーが保証する!!』

『何でお前らに俺の力を保証されなきゃいけねぇんだよ』

 

どれだけ早く自分を引っ張り出したいのか、思わず呆れてしまった。

 

『何でそこまで俺と戦いたいんだよ……来年まで待てや、いやならジャパンカップかチャンピオンカップにも出走しに来いよ』

『嫌だ!!私は如何しても凱旋門で君と戦いたい!!』

『面倒くせぇ奴だな本当にお前!!テメェの事情だけ喚き散らしてこっちに折れろったぁどういう料簡だ』

『私は君を侮った、だけど君はあっという間に私の届かない所にまで走り抜けていった』

 

ほぼ全てのウマ娘が、日本で警戒すべきはオグリキャップという認識を持っていた。ランページがジャパンカップでの日本ウマ娘の中で一番人気が下というのもあるが、海外ではペースメーカーという流れを作る役割、そしてラビット、即ち囮役の役割がある。それは本命であるオグリキャップを勝たせる為の物であると思って完全にマークの対象から外してしまった。

 

それがいけなかった。ランページはオグリキャップを勝たせるなんてつもりは毛頭なく自分が勝つ気しかなかった。最早破滅的なペースでレース序盤から飛ばして行き、それに気付いた時には自分達は手遅れだった。心臓破りの坂を越えて、捉えようとした彼女はまるで幽霊のように自分達の手をすり抜けて行った。後は、オグリキャップに抜かれないようにするのが精一杯で二着が精々だった。

 

『私は君に憧れた、日本の名を冠したあの最高の舞台で勝った君に。だからこそ君と戦うに相応しい舞台である凱旋門賞でもう一度、もう一度戦いたいんだ!!』

 

思いの丈を叫ぶ、たった一戦、されど一戦。それだけでエルグッツの心を釘付けにするには十分過ぎるレースだった。同じクラシッククラスで同じレースを走って、自分の全力の走りを打ち破られて惚れこんでしまった。だからこそ、今度は此方の最高のレースで一緒に走りたい……だから来て欲しいと叫ぶ。

 

『じゃあ来年まで待て』

『待ってよ!?えっ今の流れ絶対可笑しいよね!?来てくれる流れ、感じたでしょ、そういう感じだったでしょ今の!!?』

『そりゃお前だけだ、そんな流れなんておりゃ知らん』

 

が、肝心要のランページには全く効果がない。基本的に乗りと勢いで生きていると思われている、実際大部分はそうではあるのだが彼女の内面は熟成されており冷静な判断と合理的な思考が出来る。仮に今行った所で満足な走りが出来ない、だからエルグッツの誘いには乗らない。

 

『日本の漫画だとこんな感じになったら乗るってあったわよ!!?』

『漫画の読み過ぎだバカ野郎、現実と混同すんじゃねえどこぞのポリコレかよ』

『あんなのと一緒にしないでくれる!!?』

『はぁ……ったく、お前さ今年の凱旋門勝って王者として俺を迎え撃つとかそういう思考の転換出来ない訳?』

『へっ?』

 

段々疲れて来たのか、好い加減終わらせたくなってきたのか、話を少しだけ合わせてあげる事にした。

 

『凱旋門制覇ウマ娘のエルグッツが、ジャパンカップでの雪辱を己のフィールドで返す。そういうシチュエーションも漫画にはなかったか』

『え、え~っと……あ、あったわ!!自分を倒したライバルを倒す自分を作る為にチャンピオンになって、それに挑んで来いって奴でしょ!?』

『そうだよ、漫画好きになったならそう言う事も出来るって事を考えろ』

『―――最高ね!!分かったわそれじゃあ今年の凱旋門賞に勝つから来年絶対に来てね!!来なかったら拉致監禁よラン!!』

 

そう言って電話が切られた、最後になんか物騒なワードが聞こえて来たのだが……一体どの漫画に出て来たのだろうと思ったが、割かしある表現だったわと溜息をつく。

 

「面倒くせぇ女……の割にあっさり引き下がったり、詐欺にあったりしないか不安になって来た……なんでこんな疲れたんだよ俺……あ~あ通話時間15分越えてやがる、電話料金が怖いなぁ……」

 

海外からの挑戦よりも、スマホの料金請求に震える無敗神話持ち。そして好い加減に時間だと思いながらインプレッサから降りて鍵をかける。

 

「はぁ……フローラが増えた」

「私がどうかしましたか」

「いやだから―――わぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

ひょっこりと顔を伸ばしながら、姿を見せたフローラに驚愕して後退りしてしまった。一体何処から湧いて出たのだろうか。

 

「フローラお前何時からそこに!!?」

「ランページさんの車はインプレッサだとおハナさんから聞いて、もしかしてこれなのかなと見ていたら貴方が出て来たので声を掛けたんです。まあ、例えインプレッサ云々の情報が無くても貴方の物だと気配で分かりますけどね」

「そこまで行くと凄い通り越して変態だな……」

「フフフッ貴方限定です」

「猶更怖いわ、ヤンデレか貴様」

 

本気でフローラの事が怖くなってきた。史実でのフローラの騎手はライスやグラスに騎乗し、ヒットマンと言われた的場騎手だったかなと疑いたくなるレベルである。

 

「それで私が増えたとは?」

「気にするな、悪質なストーカー紛いが更正してお前になっただけだ」

「成程。ライバルが増えたんですね」

「よく分かったな今の……」

 

はぐらかすつもりで言ったのだが、完璧に理解されてしまった。今はにっこりと笑っているその笑顔が怖い。まあ仔細までは―――

 

「となるとジャパンカップ、二着のエルグッツさんが大本命。次点で五着のベストルーティンさんですか」

「……」

「何で離れるんですか?離れても追いかけますけど」

「いや怖いわお前!!何でそこまで分かるんだよ怖いわシンプルに!!?」

「ダートやらも考えましたが、ダートは寧ろ貴方を倒そうと熱意に溢れているので除外。そうなると一番なのが唯一人気が低かったジャパンカップ、そして1番人気でありながらも二着に沈んだエルさん辺りに山を張っただけです」

 

何でそこまで言い当てられるのだろうか……と思ったのだが、そもそもフローラはトレセン学園でもトップクラスのリギルに所属できるだけの実力もある上に成績優秀な優等生で自分を倒す為に燃えている。そんな彼女だからこそ分かるのだろう。

 

「……いやそこまで行くとなんか、こう……」

「フフッ貴方に対する執念と決意がそうさせるのですよ、即ち―――愛です」

「―――……」

「いやそういう意味ではありませんってだから無言で私から距離を取らないでくださいってばぁ!?私だってそっちではないです!!……多分

「あっゴメン南ちゃん、直ぐに駐車場に来てくれ。俺の純潔がやばい」

「ギャアアアアアッ止めてくださいぃぃぃ!!!??」

 

「ですからそういう方面ではなく!!」

「ああうん分かった分かった」

「いや絶対分かってくれてません!!その声色は絶対に表面上の物です!!」

「それが分かるのも愛の力ですか」

「勿論!!……あっ」

「やっぱりそっちじゃねえか!!」

「違いますってばぁ!!」

 

そんな漫才染みたやり取りをしながらも歩いていると南坂が此方を発見して手招きをして来た。

 

「おや、フローラさんもご一緒だったのですか。おハナさんも来ているようですけどそちらに行かなくていいので?」

「許可は貰ってます、今回はご一緒させて頂きます」

「悪いな、なんかこいつに狙われててさ」

「何時もの事ですね」

「いや今回から割と洒落にならん事になり始めてもう震えが止まらんのだわ」

「だから違うんですってばぁ……」

 

兎も角共に前に行くとそこにはカノープスの皆が待機していた。如何やら待たせてしまったらしい、フローラのせいという事にしておこう。

 

「遅いぞラン!もう直ぐゲートインなのに、何やってたんだ」

「悪い悪い。性質の悪いストーカーが絡んで来やがってさ」

「なんかどんどん私への評価落ちてません!?」

「そうか。フローラ、ランに追い付きたいの分かるけどストーカーしちゃ駄目だぞ?」

「違うんですってばぁ……」

「その辺りにしてあげてください、もう直ぐ始まりますよ―――日本ダービー」




2月18日、1993年のダービー馬、ウイニングチケットが疝痛の為に亡くなりました。
偉大なダービー馬のご冥福を祈らせて頂きます。

きっと、天国でビワハヤヒデやナリタタイシンと再会してまたレースをしている事でしょう。私達は悲しむのではなく、何時までも彼の事を覚えていきましょう。

ウイニングチケット、今までありがとう、そしてお疲れ様でした。


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121話

日本ダービー

最も歴史と伝統、そして栄誉があるこのレースには

一生に一度しか出走が叶わない。

それがいかに残酷な事か。

 

事実、数多の名ウマ娘達がその夢の前に敗れて来た。

全てのウマ娘の夢。その頂点に立つのが、ダービーウマ娘だ。

第58回日本ダービーパンフレットより抜粋

 

「じゃあ何か、オークスウマ娘はダービーウマ娘以下ってか」

「納得いかないぞ~!!」

 

オークスを制した二人から不満の声が漏れるのに南坂は困った笑みを浮かべるしかなかった。実際、オークスが設立されたのはダービーよりも6年ほど後の事なので歴史という点においては勝つ事が出来ない。それでも今はオークスとダービーは同格とされているが、矢張りダービーの方が上だという印象は拭えないのが実情。

 

「これはURAに分からせてやる必要があるな、ターボ!!今から飛び入り参加して無双するか!!」

「良いねそれ!!やったろうやったろう!!」

「駄目ですよ」

「「は~い」」

 

実際にやったらお叱りでは済まない事だが、南坂の一言でそんな気を一瞬で無くす二人であった。

 

「それじゃあターボ、後日俺の配信でURAを分からせてみたって企画やるか」

「良いねそれ~!この前踊ったダンスで反省促すっていうのは?」

「お前、天才か!?」

「フフン!!」

 

別方面に悪化した。

 

「ホント、ランページさんの情緒ってどうなってんですか」

「ノリと勢いで生きてるからな」

「それに負けてる私って一体……」

「そんな奴が勝ってる奴に愛を抱くって一体……もしかしてお前の妹とかも似たような奴じゃないよな、なんか不安になって来たわ」

「違いますって!!?タキオンは確かに、ちょっと変わってますけど……」

 

この時思い出した。アグネスフローラは史実ではタキオンの母に当たるのだった。この奇妙な執着心というか、熱意はタキオンにも引き継がれる事になると思うとそれはそれで納得である。それを向けられる側としてはたまったものではないのだが……。

 

「流石にトレーナーをモルモット扱いする奴がちょっととは……」

「流石にトレーナーさんをモルモット扱いなんてしませんよ!!確かに、ペットとしてモルモットを飼ってます、飼ってますけど……」

「ペット(実験動物)じゃねぇよなそれ」

「……否定、出来ない……というか何でタキオンがそういう子だって知ってるんですか?」

「お前の妹だから絶対色物だと思ったから」

「酷い!!?」

 

尚、色物を越えた何かだった模様。

 

そんなこんなでファンファーレが鳴り響く。いよいよゲートインが開始されていく。順々にウマ娘達がゲートインしていく、入れ込んでゲートインを嫌うウマ娘はいない。ネイチャも当然嫌う事も無くゲート入りを果たし、最後に大外である8枠20番にテイオーが収まった。

 

『大きな歓声、大きな期待に包まれて東京優駿、日本ダービー今―――スタートしました!!出遅れなく好スタートを切りました、逃げ宣言のビフォーユーが先頭を行きます』

 

戦線を引っ張っていく逃げウマ娘、近年は特に逃げウマ娘の活躍が目覚ましい影響なのか逃げを選択するウマ娘が増加傾向にあるらしいと理事長から聞いた事がある。まあその原因となっているのは十中八九、自分のチームにいる二人なのだろう。

 

『トウカイテイオーは一、二、三、四、五、六、七、八番手!!二番人気のナイスネイチャはトウカイテイオーのやや右後ろの九番手。さあロングスパートの彼女は今日は何処で仕掛けて来るのか!?』

 

「予定通りの位置だね、狙った甲斐がありましたっと」

 

この日本ダービーでもネイチャは全く緊張というモノをしていなかった。何故ならば、自分のチームには自分よりも遥かに辛い戦いを走り抜いて来た王者がいるのだからこの程度で緊張なんてしていたら確実に弄りを受ける。

 

「ネイチャさんは外枠ですか……2400ではかなり不利ですね」

 

ネイチャはテイオーよりはマシ……本当に僅かにマシ程度でしかない7枠19番、モノの見事に一番と二番が遠い位置に配置された形になってしまった。フローラの言葉通り、内に比べて外は長い距離を走らされることになるので一般的には不利になる。だが差しや追い込みにとっては有利になる事も多い、好スタートをキレれば好きな外側に居られる。

 

「大外ってそんなに不利なのラン?」

「知らね、南ちゃんに聞けよ」

「御二人には実感しにくいかもしれませんけど……」

「私もあまり感じませんが?」

「カノープスって何なんですか」

 

ターボとランページは兎に角スタートしたら頭を取りに行くので外側の不利というモノを感じた事がない、イクノはイクノでペース管理とコース取りが上手いので基本的に不利に感じない。

 

『まだ誰も動きません!!此処までは比較的温和な……おっと此処でレースが動いた!!ナイスネイチャ、ナイスネイチャがスパートを掛け始めた!!なんと1200を超えて直ぐにスパートを掛け始めたぞぉ!!?』

 

「こ、こんな所で掛けるの!!?」

「無茶だ、絶対に持たないよ!?」

「想像以上に早い!!」

 

1200を越えた所でネイチャが仕掛けた。ロングスパートが得意になり、皐月賞での反省を生かして早めに仕掛けるとは言っていたがまさか半分でやるとは想像もしていなかった。以前は1000で仕掛けると言っていたのに200も早い。

 

「舐めないでよね、今日の為にアタシがどれだけ毎日走り込んできたと思ってるわけ!!」

 

元々目覚めが早いネイチャ、同室になったマーベラスサンデーを起こさないようにこっそりと4時に起きつつもそこから2時間の走り込み。それを皐月で負けてからずっと繰り返し続けて来た。終わった後にはシャワーを浴びてまたベッドに入って、マーベラスの声で無理矢理に起きて登校。そして授業を受けてカノープスのメニューをこなし、その後に寮の外出時間ぎりぎりまで走り込む。そんな生活をずっと続けていた。そのお陰でスタミナは皐月の時とは比べ物にならなくなっている。

 

『ナイスネイチャがぐんぐんとペースを上げて行きます!!既に九番手から三番手にまで上がってきている!!』

 

「ふわぁ……ネイチャさん凄い、どんどん上がってる……」

「いけいけ~!!」

 

ライスはそのロングスパートに驚嘆し、タンホイザは興奮したような声を上げる。

 

「これ、不味いですよね。他のウマ娘達もどんどんペース上げちゃってますよ……」

「ロングスパートってのは知られてるだろうけど、流石に中盤も中盤からあんなスパート掛けられたら焦るだろうな。後ネイチャはスパートしてるけど、ペース調整して脚を溜めてる」

「あ、あれですか!?」

「俺が良くやってるだろ」

 

そう、ネイチャのロングスパートは相手のペースを乱す。そして其処に付いて行こうといたウマ娘に追い打ちをかけるようにネイチャはペースを少しずつ変えて脚を溜めている。彼女に付いて行こうとしたウマ娘は恐らくもう駄目だろう、最後の力もネイチャによって強制的に既に絞られている。

 

「エ、エゲツない……」

「だけど最大の敵には通用してないな……良い感じにマイペース守ってやがらぁ」

「理想的なペース配分ですね、自分の走りを貫いています」

 

二人の視線はテイオーにあった。間もなく最後の直線だがテイオーは自分の走りに徹している、あれこそが一流の走りだ。結局のところレースで一番強いのは自分を信じて最後まで貫き通せるウマ娘だ。それを象徴するようなウマ娘に負け続けている事を改めてフローラは思い知った。

 

『さあナイスネイチャ先頭!!トウカイテイオーは四番手!!最後の直線に入るぞ!!トウカイテイオー、トウカイテイオーが来た!!ぐんぐん伸びて来る!!残り400m、トウカイテイオーが突き抜ける!!さあ後はナイスネイチャだけだ、ナイスネイチャを捉えられるのか、ナイスネイチャは逃げ切れるのか!!?』

 

直線に入った途端、テイオーの末脚が爆発した。独特のテイオーステップのキレ味だと言わんばかりに他のウマ娘を軒並み切り捨てながらもあっという間の二番手、そしてネイチャを射程圏内にまで捉えてしまった。後少しという所で僅かに横を見たネイチャの瞳とテイオーの瞳が交錯する。

 

―――遅かったじゃん、テイオー。

 

―――ネイチャ、勝負だよ!!

 

『残り200m、トウカイテイオーがナイスネイチャを抜きに掛かる!さあ抜くぞ抜けるぞ抜いたぁ!!』

 

「此処で抜かれる訳には、行かないんだぁぁぁぁぁ!!!」

 

『い、いやナイスネイチャの逆襲だ!!皐月での仕返しだと言わんばかりにまた伸びてきた!!また横一線!!何方が勝つんだ!!?もう何方が先にゴールするのか分かりません!!トウカイテイオーの二冠の夢か!!?ナイスネイチャの打倒の意地か!!?』

 

無敗の三冠ウマ娘になるというルドルフとの夢を果たす為に疾走するテイオー、多くの人に支えられて今度こそ勝つと誓ったネイチャ。そんな二人の意地と意地がぶつかり合う日本ダービー。最後の最後までもつれ込む大接戦、最高の力を発揮するテイオーと蓄え続けた力をぶつけるネイチャ。

 

「「だあああああぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

そんな二人の身体は、何方も前へ出る事も無く、そのままゴール板の前を突き抜けて行った。

 

『ゴール!!トウカイテイオーとナイスネイチャが先頭のままゴールイン!!後方のリオナタールとはなんと6バ身差!!途轍もない大激戦となりましたが、これは何方が勝者となったのか!?日本一の称号を手にするのは……写真判定!!今年のダービーは写真判定となりました!!!』

 

写真判定、ダービーの勝者はそれで決まる。駆け抜けた二人は肩で息をしながら顔を上げると、全く同時だった事に笑いが零れる。

 

「全くさっすがテイオーだわ……あそこから完全に追い付かれるとは思わなかったよ」

「ボクだって、努力してきたからね……ネイチャだって、何でそこからスパート掛けられるのさ……」

「ものごっつ頑張ったから」

 

どうしてそこまで走れたのか、という問いに対してそういう返答しか持ち合わせていない二人。その答えはお互いを納得させるには十分過ぎる程の根拠を示していた。此処まで全力でやれたらもう後は運を天に任せるのみ、どうなる事やら……そして大歓声が上がったのに反応して顔を上げて掲示板を見た。そこにあったのは……上に19の数字。

 

「負け、ちゃった……?」

 

あんなに頑張って、必死にやったのに、会長との約束を守れなかった……?身体の中から全身が冷え込んでいくのが分かった、だがそんな感情を押し殺しながらもテイオーは泣きそうな顔を堪えて笑顔でネイチャへと手を差し出した。信じられないと言いたげな顔をしている彼女にダービーウマ娘の実感を与えられるのは自分だけなのだろう、と思って。

 

「おめで、とうネイチャ……!!これで日本一だね」

「えっあっうんそうなんだよ、ね……?」

 

まだ実感がないみたい、と少しだけ笑ってしまった。誇って良いんだ、喜んでいいんだ、日本ダービーはそれだけ価値があるレースなんだから……だがネイチャは自分の異変に気付いたのか溜息混じりに肩を組んできた。

 

「テイオー、なんか勘違いしてるみたいだけどさよく掲示板見なよ」

「よくってもう見たけど……」

「良いから」

 

無理矢理に掲示板へと視線を向けさせられる、そこには変わらずネイチャの19が上にあってその下に自分の20がある。何も変わらないじゃないか……それともどれだけ僅差で負けたのかを見ろというのか、敗者なんだから素直に勝者に従おう……と思って視線を向けるとそこにあったのは……数字ではなくの文字があった。

 

「へっ……?」

「だから、アタシとアンタは同着なの。お分かり?同着だよダービー同着」

「同着……って僕、負けて、ないの……?」

「それ所か、一緒に勝ったって事。おめでとうダービーウマ娘」

いやったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!会長見ててくれたぁ~!!!トレーナーボクやったよぉぉ!!!!!

「うっさ!!?」

 

なんと、日本ダービーの同着。ネイチャもテイオーも負けることなく、二人揃っての日本一となった。予想外の出来事だが、大歓声は二人を祝福した。

 

「同着か……決着は菊花賞……負けないからね」

 

その中で唯一、ネイチャは打倒テイオーへの闘志を燃やし続けていた。



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122話

「すいませんランページさん、私の都合で」

「何の何の、これでカノープス全員G1勝利になるんだから幾らでも協力するぜ」

「頼もしい限りです」

 

日本ダービーをテイオーと共に制したネイチャ、そんな彼女に負けてはいられないとイクノからの併走依頼を受けて併走を行ったランページ。ハッキリ言ってイクノはどんどん強くなっている、G1こそ取れていないが取れていないG1には全て自分が絡んでいるからであってイクノ自身はG1を勝てるだけのポテンシャルを誇る。次の安田記念は必ず勝ち、カノープス全員がG1を取ったと胸を張ろうと息巻いている。

 

「まあライス達がデビューしたらそれも無くなるから、その称号もほんの僅かな間だけか」

「僅かであっても確かな記憶に刻まれる事は確実です。やたらめったら維持を重視するのはマスコミだけです」

「正論だな。さて、続き走るか!!」

「お願いします」

 

共に走って改めて思う、こういった所がイクノの良い所なんだと。認めるべき所は素直に認めつつも自らの研鑽を決して怠らず、頼む所は確りと頼み込む。普通ならば自分との併走も遠慮したりもすると思うが、イクノはその辺りは確りとお願いしてくる。まあ頼まれたら頼まれたらで確りと受けるのが自分だが。

 

「にしても……最近取材陣増えて来たな、安田記念が近いか」

「でしょうね」

 

カノープスが練習を行っているレース場の周囲には結構な数の取材陣がカメラを向けてきている、一応トレセンの審査は入っているのでまともなマスコミだとは思うのだが……。

 

「ダービーを取ったもんなネイチャ、それも関係してるのかねぇ」

「あるでしょうね。ですが、私達は私達のすべきことをしましょう。ランページさんだって帝王賞が近いのですから」

「だな」

 

自分の練習も大事だとは思うのだが……ランページの中で少し不安に思っているのがテイオーの脚の事。史実ではダービーに勝利こそしたが、レース中に骨折をしてしまった。レース中によろめいてしまった際にこの骨折が起きたとされ、引退するまでこの骨折と付き合って行く事となってしまった。此処では一体どうなるのだろうか……と思わず不安に感じてしまう。

 

「どうかされましたかランページさん、少々上の空ですが」

 

何処か、ボ~っとしている彼女に気付いた南坂が声を掛けた。ほんの僅かな際に気付く辺りは流石と言わざるを得ない。

 

「ちょっとな……テイオーの走りで少し」

「テイオーさんのですか?」

「ああ。あいつの走りはすげぇよ、でもなんつうかさ、膝にスゲェ負担掛るんじゃね?って位に激しいじゃん」

 

流石に史実云々は言えないので上手い事を話しを合わせておく。実際にトウカイテイオーの走りは凄まじい、あれは馬ではなくチーターの走りだとも表現される程の物。そんな走りを可能にしているのが彼女の柔軟な関節。だがそんな走りをすれば当然膝への負担は大きい、自分で自分を傷付けるのではとも考えてしまった。

 

「ええ、言うなれば小さなランページさんと言うべき柔軟さです。ランページさんの場合は身体も大きい上に骨格もガッチリとしているので負担に耐える事が出来ますがテイオーさんは小柄ですからね、その心配は御尤もだと思います。テイオーさんはレース後に病院に行かれました」

「もしや、本当に怪我を……?」

 

イクノの言葉に南坂は笑顔で答えた。

 

「確かに怪我はなさったそうですが、それはネイチャさんに対抗心を燃やして予定よりも長い距離をスパートしたせいによる筋肉の炎症だそうです。1週間もすれば完治する程度の怪我だそうで沖野さんも心からホッとしていたそうですよ」

「そうか……そうか……」

 

それを聞いて、一競馬ファンとしては震えそうになる程に嬉しかった。骨折によって三冠の夢を絶たれてしまったテイオー、その夢の続きを見る事が出来ると思うと本当に嬉しい。同時にこの世界ではどんな帝王になってくれるのか今から楽しみになってきた。

 

ネイチャがロングスパートを掛けた影響で他のウマ娘達もそれに続いて行った、それによってテイオーがスパートを掛けようとした時には十分にテイオーと他のウマ娘との距離が離れていたのでよろめく事が無かったので骨折は起らなかった。

 

「なんだか嬉しそうですねランページさん」

「そうかい?ネイチャとの決着を付けて貰わないと困るじゃねぇか、怪我されて出られませんってなったら後味悪いしな」

「確かにその通りですね、今度こそネイチャさんが勝ってほしいですね」

「ネイチャさんの方も精密検査を受けて貰いましたが、疲労が溜まっているだけで骨にも筋肉も異常は見られませんでした」

 

それも聞けて一安心。と、なるとテイオーのこれからの目標レースはどうなるのだろうか。確か復帰レースが大阪杯だった筈だから、菊花賞の後……順当に考えれば有記念だろうか、それともルドルフと同じようにジャパンカップに出走するのだろうか……自分のジャパンカップよりはマシだろうがそれでもやめた方がいいとは思うが……。

 

「安田記念も近いですし追い込み掛けますよイクノさん」

「望む所です。今度こそ私の初G1にして見せます」

「なぁんかそう言われると俺、此処に居づらいんですけど」

「すいません意地悪を言っている訳ではないんです」

 

少しだけ困ったように笑うイクノ、別にランページに対して憎しみとかそんな感情はないのだ。寧ろランページと競い合えて、一緒にチームになれた事は果てしない幸運だとイクノは思っている。

 

「私は勝利の為にはレースの経験が重要だと思っていました、日ごろの努力だけではなくレースから得られる物が自分を高みに連れて行ってくれると思っていました。ですが、私が今こうしているのは貴方のお陰でもあります。ランページさんという素晴らしいチームメイトでありライバル、そんな方と日々切磋琢磨し続ける事で私は確実に強くなっていると分かるんです。だから次の安田記念は絶対に勝ちます、見ててくださいねランページさん」

 

そう言うと走り出して行ったイクノ、見送りつつも溜息混じりに笑う。

 

「ったく……よくもまああんな台詞を素面で言えるもんだ……」

「でも実際そうだと思いますよ、一番近くに絶対に負けたくない相手がいるというのは素晴らしい物ですから」

「まあ、そりゃだけどよ……だったらあいつの為に俺も全力で協力するかな、あいつが強ければ俺だって強くなれる筈だからな」

「その通りです、という訳ではい」

「えっ何って重っ!!?」

 

不意に手渡された蹄鉄に思わず吃驚してしまった。形状的にシンザン鉄だという事は分かるのだがこれまでの物で最も重い。

 

「最大にまで重さを上げて貰ったシンザン鉄です。通常の蹄鉄の10倍、それが限界です」

「おい9倍じゃないのかよ!?」

「物足りないだろうと思っておまけして貰いました」

「町の総菜屋がおまけするノリで増すなや重さぁ!!」

 

8から10では大分違う。今までだって一つ上がるだけでも慣れるのに苦労していたのに、まさか一気に此処までとは……。

 

「それがクリア出来れば洋芝でも海外ダートでも通用しますよ」

「―――それ、嘘じゃねえよな?」

「私は冗談は言いますが嘘は言いませんよ」

「だよな、南ちゃんに限ってそれはあり得ねぇ。んじゃ……」

 

早速そのシンザン鉄をシューズへと打ち付ける、矢張り重い……だがこの重さを克服した時、自分は海外に飛び出せるだけの力を身に着けた事の証明にも繋がる、そう思うとこの重さが心地よく感じられる……そう思うと全く苦しくない、寧ろこの重さを攻略してやるという気持ちが沸き上がって来る。

 

「やってやろうじゃねぇか南ちゃん、やぁってやるぜ!!」

 

勢いよく駆け出している10倍のシンザン鉄であるのに関わらず走れている辺りは流石のパワーだと称賛せずにはいられない。そんな彼女の後姿を見つめつつも南坂はタブレットのスケジュール帳をチェックした。

 

「実は既に行けちゃうんですけどね……これなら大丈夫そうですね、後は―――合宿で完成をお願いしましょうか」




ネイチャのロングスパートとペースの調整によって他のウマ娘がペースを乱された上にスタミナ切れを起こしていたのでテイオーの骨折が無くなりました。なので―――彼女は菊花賞に挑みます。


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123話

「如何ですか?」

「話に聞いた時ぁ驚いたさ、今時あんなの使って訓練してるなんてさ。時代錯誤にも程がある」

「手厳しい」

 

10倍の重さのシンザン鉄、10倍というのは重さと強度などの兼ね合いの限界。これ以上重くする事は出来ないので正真正銘の最大重量のシンザン鉄。そんなシンザン鉄を使いこなす為に毎日毎日の走り込みをするランページを見つめる南坂ともう一人、スーツ姿で帽子を被った眼鏡の女性がいた。リギルの東条トレーナーが脳裏を過るが、彼女ではない。別人である。

 

「あんなの付けて良く走れるもんだ」

「ええ、1年以上は付けてますからね」

「二代目シンザンとかって言われるんじゃないか、その内その名前すら忘れられるのかもしれないねぇ」

 

どこか寂し気な瞳のまま呟かれたその言葉、時間の流れとは時に無情な物だ。如何に世界に名を轟かせたものであっても何れはその名の響きは風化していく。次の世代の活躍に、新しい活躍に上書きされていく。きっと、今のランページがシンザン鉄を使っていると知れたら彼女の名前に上書きされてしまうかもしれない。過去の歴史には無くなってしまった方がいい物だってある。

 

「過去の古い考えだって、今の為になってると思いますよ。あれが無ければランページさんは今ほどの強さを持てていないでしょうから、そしてその強さはいずれ世界へと向けられます」

「そうである事を祈るよ……まあ取材ついでの良い暇潰しになったよ。んじゃ達者でね」

「ええ、お話の方は宜しくお願いします」

「期待はするなよ~」

 

ぶっきらぼうにてをヒラヒラを振りながら、その人は去っていく。その女性が去り始めた時にランページは走り終えたので次のメニューを聞きに来たのだが……丁度いなくなった人の背中を見つめた。

 

「あの人誰だよ南ちゃん」

「理事長のお知り合いの方です、前々から取材をしたいと言われてまして」

「それじゃあ俺がインタビュー受けなくて良かったのかい?いいネタになるだろうに」

「ウマ娘の練習を邪魔をするほど野暮ではない、だそうですよ」

「へっ~流石理事長だな、そういう事も把握してる人なのか」

 

基本、記者やら報道陣のイメージというのは大体がマスゴミによる悪いイメージで塗り固められている。報道の自由を振り翳してこちらの都合なんて二の次で自分の事しか考えない無作法者、しかしこちらの都合を優先してくれるのは理事長の知り合いらしさを感じる。

 

「如何ですかシンザン鉄の調子は」

「いやぁ重いのなんのって感じだぜ、流石10倍……ぶっちゃけ滅茶苦茶キツい」

 

流石のランページでも最大重量の10倍は応えるらしく、普段よりも早くバテてしまった。

 

「走る事は出来るが、普段以上にガリガリと体力を奪っていきやがる……グレートですよこいつぁ」

「余裕あるみたいですし坂路行きましょうか」

「鬼ぃ!!!」

「冗談です、休憩してからです」

「やらされることはやらされんのね……」

 

かなり脱力してしまうが、文句こそいうがやらない理由はない。これも全て自分の力に結び付くのだから、口と態度こそ悪いが意外と真面目なのが暴れん坊のランページさんなのだから……それにこの位でへこたれていたらライバルに合わせる顔がない。

 

「うしっ休憩終わり!!」

「もう少し休んでても良いんですよ」

「いやこれ以上は休み過ぎだ、イクノに負けてられねぇよ」

 

やったるで~!!とタマモクロスみたいな事を言いながらも坂路に向かっていく。此処までランページが張り切る理由というのが先日の安田記念、イクノの初G1勝利が掛かった注目レース、そのレースでイクノディクタスは自らの力を遂に証明してみせたのだ。

 

『外からダイタクヘリオス、ダイイチルビーも上がっていく!!バンブーメモリーも伸びるが内から、内からイクノディクタス!!イクノディクタスが伸びる!』

 

先行集団にて時を待ち続けていたイクノは冷静に視線を上げると自分の勝利の道を見据えた、そして見えた通りの道を走り抜けてバンブーメモリー、ダイイチルビー、ダイタクヘリオスをあっという間に抜き去っていく。

 

「尋常じゃ、ないっすよこれ!!」

「届かない、全く……!?」

「ちょっあれってマッ!!?」

 

ヘリオスが思わず、笑いではなく驚きを露わにしてしまう程の途轍もない末脚だった。内ラチのギリギリを通って先頭へと立った。後数ミリもズレれば腕がラチに激突してその次は肩、そして身体と持っていかれる様な超ギリギリの場所を通って彼女は走っていた。

 

「ランページさん、ターボさん、ネイチャさん、皆さんあれ程の走りを見せてきた。だったら私も頑張るしかないでしょうに、私も、私だって最強カノープスの一員なのですから!!」

 

その決意と共に放たれた末脚は、他の全てを撫で切りにしながらも栄光へと突き進んでいった。此処まで活躍してきた仲間に恥ずかしくない自分になる為に、胸を張って自分もカノープスの一員だと叫べるように、そのままに突き進んだイクノはゴール板を過ぎていた事に気付かずにそのまま200mは走っていたのだ。周囲の歓声に漸く我に返ったのか脚を止めるとレース場全体が自分に向けて大歓声を向けている事に気付いた。

 

『イクノディクタス念願の初G1制覇ぁぁぁぁぁ!!!そしてなんとタイムは1:32.4!!オグリキャップのレコードに並ぶ素晴らしい走りで安田記念に勝利しました!!!』

 

「私がレコードタイ……っ~やりましたぁっ……!!!」

 

堪えきれなくなった感情を爆発させつつも、何とか冷静になろうとしている理性がぶつかり合っているのか大声を抑えつけながらも思いっきり腕を空へと振り上げた。それを見ていたランページも惜しみない称賛を上げた、本当に素晴らしい走りだった。そして思った。負けてられないと。

 

「イクノにフローラ……それにエルグッツ、負けられない相手がどんどん強くなるってのは悪くないもんだな……!!」

 

坂路を走りながらも呟く、蹄鉄の重みと坂路の険しさが身体を虐める、だがそれに負けじと身体を動かす。この程度で屈していたら自分は走れなくなってしまう、気合を入れて臨まなければ……。

 

「ッシャァ!!!」

 

そんな叫びを木霊させながらも坂路を駆け上がっていくランページを、先程の女性が遠くから見つめていた。

 

「良い根性してるじゃない、成程……遺物も役に立つ訳だ」

 

そのまま彼女は歩き出して行くが、その足取りは何処か軽かったがその足音は何処か重かった。



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124話

その日、トレーニングルームでメニューをこなしていたランページ。そんな時に来客がやって来た。

 

「あっ居た居た」

「んっ何だテイオーか」

「ごめん邪魔しちゃった?」

「気にすんな、暇してた、所……だっ!!」

 

大きな音を立てながらバーベルを置く。明らかにトレーニング中だというのに自分に取り合ってくれた事に感謝しながらもテイオーは自分の分も含めて買って来たお気に入りのドリンクであるはちみつドリンク、はちみーを差し出した。

 

「俺、これ飲んだ事ねぇんだよなぁ……」

「ええっ!?そんなの損してるよ飲んで飲んで!!凄い美味しいから!!」

「まあ折角買って来てくれたんだから有難く美味しく頂くけどよ」

 

テイオーの大好物のはちみー、興味はあったのだが値段を見て思わず顎が外れそうになったので買う事は無かった。これ一つで1500円もするのだ、1500円もあれば色々買えるのだが……取り敢えずそんな高級なドリンクを買って来てくれたのだから、何か用があるならば真摯に対応するつもりでいる。

 

「んで何の用だよ、態々お前が俺を訪ねるなんて初めてだろ」

「ちょっと聞きたい事があってね」

「何を」

「ランは今年のジャパンカップには出るの」

 

何処か鋭い瞳で此方を見据えて来る、その瞳は紛れもない挑戦者の瞳、自分を倒しに来ている瞳だ。

 

「何でそんな事聞くんだ、出る気なのかジャパンカップ」

「うん。ボクはこのまま菊花賞を取って無敗の三冠ウマ娘になる、それで次走は如何しようかなって思って」

「まずは菊花賞を勝てるかを考えるべきじゃねえのか、お前と同着のネイチャだって出走するんだぞ」

「うん分かってる、ネイチャとは確りと決着を付けたいって思ってる」

 

ネイチャという強者が居るのにも拘らず、それに勝つと断言する。その意気込みは褒めるに値する。同じカノープスではあるが、これは菊花賞も楽なレースではない事が分かる。

 

「ンでお前さんは親愛なる会長の後を目指してジャパンカップを目指すってか?」

「最初はそう思ってたんだ、でも今は違う―――ボクは君と戦ってみたいんだ」

 

無敗の三冠ウマ娘、いや無敗の九冠というルドルフさえも超えてしまった称号を手にした最強のウマ娘と言っても過言ではないランページと勝負したい。自分が憧れ、目指したルドルフを超えたウマ娘の力をこの身で感じたい、そして自分は勝てるのか、全力で挑んでみたいという気持ちを抑えられない。

 

「ランページ、ボクは君に、いや貴方に誓う。絶対に無敗の三冠ウマ娘になってみせる、そして君に挑む」

「―――いい顔でそそる事言ってくれるな……テイオー」

「受けて、くれるかな」

 

テイオーは本気で言っている。本気で自分と戦って勝つつもりで言っている、此処までの闘志を全開にして燃やしてくれるというのは嬉しい事この上ない。フローラともイクノとも違う、純粋無垢なチャレンジスピリッツと燃え滾る闘志に武者震いが出て来る。

 

「テイオー、今の内に言っておくけど俺は来年には海外遠征をするつもりでいる」

「海外遠征……!!もしかして、凱旋門!?」

「まあな、今年一年はその為の下地を作る為だ。だから俺と戦うなら今年戦うのが一番だ」

「つまり―――受けてくれるんだよね」

 

その言葉にランページは静かに笑った。

 

「ただ、生憎ジャパンカップにするかチャンピオンカップにするかで今悩んでてな。確実に俺と戦いたいなら有だぜ、菊花賞からのジャパンカップだとお前も十分に調整が出来ないだろ」

「有記念……そこなら、必ず戦えるんだね?」

「そこは保証してやるよ。去年出られなかったから今年こそはって思ってんだ」

 

その言葉をテイオーは何度も何度も繰り返すように呟いていた、自分の中でそれを咀嚼し、何度も意味を確かめ、自分に刻み込んでいく。

 

「分かった。ジャパンカップじゃなくて有で勝負しよ、例え無敗の三冠ウマ娘になれなくてもボクは―――あなたと戦いたい」

「殊勝な言葉なこった、良いぜ受けて立ってやる」

 

帝王から差し出された挑戦状を独裁者は素直に受け取った。次世代の最強達とガチで戦える一年の最後を締めくくるレースなんてロマンに満ち溢れていて最高じゃないか……

 

「ねえ、ランはどんなローテーション組んでるの?」

「んっ?帝王賞だろ、ンでその後が札幌記念で天皇賞(秋)、ンでエリ女からジャパンカップかチャンピオンカップでって感じだが」

「―――えっマジでそのローテーションで行くの、凄いハードスケジュールじゃない?」

 

特に秋天からエリザベス女王杯、ジャパンカップかチャンピオンカップかの日程はかなりきつい筈なのだが……それを平然と組もうとするこのウマ娘は一体何なんだろうか……。

 

「あっそうだ、テイオーこの後暇?」

「うん、ボクは暇だよ」

「んじゃさ―――」

 

 

「「おはこんハロチャオ~!!」」

「貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、心のマグマが目覚めたら 大地を蹴って立ち上がるぜ!!なランページだぜい!!」

「君の記憶テイオーステップ、無敵のテイオー、無敗の二冠!!生まれてくる時掴んでた ソウルの力働かせて!!なトウカイテイオーだよ~!!」

「「皆の者~善行積んでたか~?」」

 

最近少々休みがちになってしまっていた配信にテイオーも参加して貰う事になった。先日のダービーを勝ったから話題性も抜群だからゲストとしては申し分ないだろう。

 

「皆の者~今日はもう見てて分かるだろうけど今日のゲストは先日のダービーでウチのネイチャと同着でゴールした無敗の帝王のトウカイテイオーだぞ~皆の者~未来の三冠ウマ娘の貴重な出演だぞ、脳内スクショを忘れるな~」

 

先程の王者足らんとしていた堂々としてカリスマのあった姿から一変して、ノリが極めていいネットアイドルのような面が前面に出ているランページにテイオーは軽く脳内がバグりそうになった。余りにも切り替えが上手すぎないだろうか……まあ自分も自分でこの配信のリスナーだったので流れについては熟知している。

 

「今日はテイオーに色々あんな事やこんな事を質問しつつ、リスナーからの質問に答えようと思ってるぞ~」

「イエ~イ!!」

「んじゃまずは……テイオー。お前何であんなクソアマドリンクをゴクゴク飲めるの?」

 

真っ先に質問したのはまさかのランページだった。

 

「ボクのおすすめの硬め濃いめ多めはちみー、気に入らなかった?」

「何処のラーメン屋のメニューだ、もう殆どただの蜂蜜じゃねえか……飲むのに10分掛かったぞ、あれならロイヤルビタージュースのが美味しく頂けるわ」

「ピェッ!?あのすんごく苦くて美味しくない青汁みたいなのを美味しく飲めちゃうの!?」

「いや青汁は美味いだろ」

「ワケワカンナイヨー!!!」



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125話

ウマ娘にとって待ちに待ったその日がやって来た、これまでの想いと努力が正しかったと証明する証を手にする日が。この日デビューは二人、マチカネタンホイザ、そしてライスシャワー。カノープスの二人は今日の為に様々な努力を積んできた、その事の証を立てるのだ、とは考えずに一緒に頑張ったチームメイト達に良い所を見せる程度の気概で望んだ。

 

「頑張るぞ~えい、えい、むん!!」

 

タンホイザは気合を入れて芝1700のメイクデビューへと臨んだ。タンホイザの持ち味はスタミナ、故にそれを活かすのは中長距離が一番だと思われていたが、彼女はそれをイクノから学んだペース、ターボのスタートダッシュ、ネイチャのスパート、そしてランページの走り方を複合した独自の走りを既に見つけていた。

 

「よしここで一気にぃ~!!」

 

残り600m、そこで一気にスパートを掛ける。その際にターボのドッカンターボには遠く及ばないが、自分なりに溜めた脚を一気に解放して加速。そのままペースを上げて他のウマ娘のペースを乱しつつも先頭に躍り出るとそのまま駆け抜けていく。

 

『マチカネタンホイザ、後方から一気に伸びて伸びていく!!これは凄い正しくごぼう抜きぃ!!残り200mにして後方とは5バ身差!!これは強い!!カノープスはまた素晴らしい新人を輩出しました、マチカネタンホイザ、そのままゴール!!』

 

「やったやったやったった~!!えへへへっ~」

 

他の追随を許さぬほどの走りを見せたというのに本人は極めてケロッとしていた。全く疲れていないと言わんばかりの様子に他のウマ娘は信じられないと言わんばかりの表情を作り、直後に無邪気に喜んでいるその姿に毒気を抜かれてしまった。不思議な笑顔で悔しさなどの気持ちがすっかりなくなってしまった……ハングリー精神が出ない……しょうがない、今度は自分達があんな笑顔を浮かべてやろう、そんな思いで次のレースに備えるのであった。

 

 

変わって新潟、ライスシャワーのデビュー戦が行われる。が、彼女のデビューはタンホイザと比べても極端に短い1000m。ステイヤー適性があるライスとしては走りにくい距離なのだが、それに対してライスは寧ろやってみたいと凛とした返答をした。

 

「見ててお姉様……ライス―――頑張るから」

 

ゲート入り前、ライスの雰囲気が一変した。それは他のウマ娘にも伝播したのか、注目を集めた。自分達の中でも小柄でオドオドしていた筈なのに鋭い目つきの仕事人の様な雰囲気となっていた。いや、まるでそこに居るのは獲物を見つけ、気配を殺して喰らい付く瞬間を見極めようとしている肉食獣のようだった。レースが始まる前からライスに呑まれていた他のウマ娘達、それはスタートすると差は歴然だった。

 

『さあスタート、しました!!おっとタイコクオウカ、ハンズクラーズが転倒した!?メイクデビューで緊張してしまっているのか、他のウマ娘達も表情が極めて硬いぞ!?その中でも抜け出して行くのはカノープスの新星ライスシャワー、好スタートを切って先頭を行きます!』

 

始めからペースを乱されまくっていたウマ娘達は既に自分の走りを完全に見失っていた、そしてそれによって焦ってしまったが故に更に自分の力を出せない状況に陥っていた。酷い悪循環に陥りながらも必死に走るが、先頭を行くライスに全く追い付く事が出来ない。本来短距離なんて苦手な部類である筈の彼女に全く追い付けない。

 

『ライスシャワーが独走だ!!カノープスによって鍛え上げられた彼女にデビュー戦の緊張なんて何のその、その名に相応しい門出の祝福が、彼女に捧げられましたぁ!!!』

 

「や、やったっ……やったよお姉様……!!」

「よくやったぞ~ライス~!!」

「ぴゃぁっ!?」

 

一着で駆け抜けたライスは心から嬉しそうな笑みを浮かべていると、思いっきり抱きしめられた。観戦していたランページが我慢出来ずに飛び出して抱きしめてしまった、本来はあまりいいとは言えない行為なのだが同じチームメイトがデビュー戦に勝利した場合はこういった事はよくある事なので黙認されている。加えてそれをやっているのが無敗の九冠のランページなんで文句を言える立場の者はトレーナーの南坂位しかないのだが、彼もニコニコしたままなのでもう手が付けられない。

 

「お姉様っ皆見てるよ……は、恥ずかしいよぉ……」

「恥ずかしがる事なんてないぞ~皆ライスが勝ったことを喜んでくれてるんだ、ほらっそうだよなぁ皆ぁ!!」

『おおおおおっっ!!!!』

 

ランページの声に観客は大歓声を上げた。そんな彼女への惜しみない称賛を感じさせてあげようと肩にライスを担いだ。レース場全体が自分の勝利を祝福してくれている、その事に少しずつ嬉しさと喜びが増して行って遂には破顔して満面の笑顔でそれに受け応えた。そんなライスをレースを走ったウマ娘達は恐れた。

 

「ほ、本当に同じウマ娘なの……?」

 

余りにも豹変し過ぎている。レース中、前と後では全くの別人だ。虫一匹殺せぬほどの可憐さと臆病さだったのにいざ戦いの舞台となるとその様はまるで処刑人。その雰囲気に完全にのまれて全力の半分も出せなかったのではないだろうか……。

 

「思った以上ですね、ライスさんは」

 

そんな状況を冷静に分析した南坂、短距離に出したのはライスの潜在能力が何処まで行けるかを見る為。勝つ事は出来るだろうと思っていたので何処まで引き出せるかを重視した、その結果は想像を超えていた。デビュー戦の緊張、それまでの彼女とのギャップ、そして寒気を覚える程の変貌、それらが他のウマ娘の精神を一気に蝕んでいった。

 

「ランページさんと似ていますが、少々毛色が違う感じですね……」

 

戦いの勝敗とはいざ矛を交える前から既に決まっている、その戦いの為にどれだけの準備をし、勝てる戦いをする。ライスはゲートインを行う前から戦っていたのだ。別段卑怯ではない、レース場に脚を踏み入れる前から戦いは始まっている、そしてライスはそれを行使したまでに過ぎない。

 

「幻惑逃げのランページさん、正確無比なペースとコース取りのイクノさん、ドッカンターボのターボさん、ロングスパートのネイチャさん、総合力のタンホイザさん、そしてレースで一気に化けるライスさん……フフッこれはこれは、私のチームで良かったです」




ターボ命名、二人の必殺技。

マチタンフォーム。決して欲張らず、自分を崩さないようにカノープスの皆の技を少しずつ取り入れて、自分の良さとブレンドしたタンホイザの独自走法。

ライススイッチ。別名、的場インストール。レースになると途端に気合が入り、普段の印象とはかけ離れた姿へと変貌する。その気迫に呑まれると抜け出すのは困難。普段の彼女を知っていればいる程に効果的。


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126話

「(ングングングッ……)プハァッ……此処の蕎麦はうめぇな。紹介されたとおりだ」

「良い食べっぷりだねぇ!!アンタ、ウマ娘なんだからそれじゃ足りないだろう?もう一杯サービスしたげるよ」

「おっ美人の女将さん有難いお言葉染み入りますなぁ、んじゃまあお言葉に甘えましてかけを頼もう、今度はネギ抜きで」

「やだよぉもうこの子ったら上手なんだから、待ってな直ぐ上がるよ」

 

一軒の立ち食い蕎麦屋にて一人のウマ娘が蕎麦で腹を満たしていた。大井に来たならば此処で腹を満たせというお達しを受けたが、それが大正解、全く以て自分にそばアレルギーが無くて良かったと心から思うのであった。

 

「あいよ上がったよ」

「あんがと、一味頂戴」

「はいよ」

 

投げ渡されたそれを受け取りつつも振りかける、そしてかけそばを一気に啜る。ウマ娘サイズとして気を利かせてくれたのか量も多い、蕎麦の香りも良い上に汁の味も中々……これは推されるはずだと納得しながらも最後の一滴まで一気に飲み干す。

 

「っあ~……ご馳走さん、身体に熱入れてぇ時はこれに限るな」

「アンタ、もしかして今日の帝王賞を走るのかい?」

「んっ?ああまあな、レース前の腹ごしらえって奴だい。気合入れて臨みてぇって思ってたら先輩に此処をお勧めされてな」

「ハハッそりゃ嬉しい限りだねぇ!!それじゃあ折角だからサイン頂戴よ、帝王賞に出るって事は凄いんだろアンタ」

「俺のサインで良けりゃぁ幾らでもやらぁよ」

 

と、何処か引っ張られたような言葉遣いをしつつも差し出されたサイン色紙にサラサラとサインをしていく。そして書き終わると手づからサイン色紙が飾られていた壁へと掛けた。

 

「ありがとね、そうだアンタ名前は?折角だから応援したいからね」

「俺かい?俺の名前なんて色紙を見りゃ一発だろ思うけど―――敢えて名乗るのも一興って奴だな」

 

掛けていた伊達メガネとテンガロンハットを外すと女将さんのリクエストに応えた。

 

「無敗の勝利を築き上げ、築きに築いた勝ち戦、それらを無数に積み上げて、世界に轟く天守閣、無敗のメジロランページたぁ俺の事、覚えといてくんな。なんちって♪」

「中々いい語りするねぇ!!覚えとくよメジロランページ、応援しと、くって……えっ」

「じゃあ女将さん、イナリ先輩の言う通りに此処の蕎麦は最高に美味かったぜ。釣りはいらねぇよ、取っといてくんな!!」

 

万札を置きながら帽子を被り直すとそのまま大井レース場の方へと脚を進める、その直後に女将さんの驚愕の声が聞こえてきたが聞こえないふりをしてすたこらさっさとその場を後にして南坂と合流を目指した。

 

「イナリ先輩の言葉遣いが移っちゃったな、なんか口に残るよなぁ」

 

 

「ランページさん、腹ごしらえはすみました?」

「あたぼうよぉ、美味い蕎麦を食った俺ぁつえぇぜ南ちゃん」

「何だか今日は一段と凛々しいですね」

「あ~……なんつうかな、イナリ先輩の口調ってなんか真似したくなるんだよなぁ……なんつうの、江戸っ子への羨望の眼差しって奴?」

「お気持ちは分かります」

 

控室で勝負服へと着替えるなどして準備を整えていると南坂が入って来た。ノリと勢いで生きている系ウマ娘なので心配になるのは分かるが、元社会人はその辺りはキッチリなのである。某黄金艦よりかはマシな自負はある。

 

「今日のレースで注意すべきなのはレディセイバーさんとアメイジングダイナさん、というべきですが全員士気が高いので全部を注意すべきというしかないんですよね」

「南ちゃんがそういうって事は相当なんだな、あれか、いよいよ俺の無敗神話が無くなる時が来たか」

 

別に無敗を誇っている訳でも維持しようと思っている訳ではないので、負ける時が来たら普通にそれを受け止めるつもりでいるが……向こうがそう来るのであれば此方だってそう簡単に負けるつもりはない事を教えてやらなければならない。

 

「さてと……俺は行って来るぜ、楽しい楽しいダートでのレースの始まりだ」

「いってらっしゃい」

「応、行って来るぜ南の旦那ぁ!!……やっべ全然とれねぇ」

 

そんな自分をくすくす笑うトレーナーの声を背中に受けながらも地下バ道を抜けて、大井レース場へとその姿を現したランページに惜しみない拍手と大歓声が沸き上がった。

 

『さあさあ来たぞ来たぞ!!此処まで18戦18勝!!G1勝利は怒涛の9勝!!此処で勝てば前人未到の十冠となります!!無敗神話は未だ健在のウマ娘!!6枠10番、メジロランページ!!最早お馴染み一番人気です!!』

 

大きく腕を振り上げれば沸き立つ会場、中には大きな太鼓や大漁旗を振り回して応援している客までいる。中央の芝レースでは早々お目に掛かれない光景が広がっている。ダートに満ち溢れているこの熱気、迫力、これを自分は体験しに来ているんだ。

 

「ランページ、今日も頼むぜ~!!」

「そうだ、姉ちゃんに晩飯のおかず賭けてんだぁ~!!」

『ぶっちぎれ~!!』

「可愛い賭けしてんじゃねえか!!任せとけぇい!!」

 

「ランページぶっちぎれ~!!」

「王者の余裕って奴を見せてくんな~!!」

「色気ねえけど好きだぜ~!!」

「可愛げねえけど愛してるぜ~!!」

「喧しいわっ!!応援したいのかバカにしてぇのかどっちだテメェらぁ!?その調子で応援しやがれぇい!!」

『応っす姐さん!!』

「誰が姐さんだ!!」

 

自分を応援する声も芝とはどこか違う、此方をバカにするような応援も混ざっているが本当の罵倒ではない。盛り上げるための罵倒だ、粗雑で粗暴ではあるがこれがまたいいのだ。中央のレースでは絶対に味わえないようなこの熱量、溜まらない。

 

「ランページさん、今日こそ負けないぜよ~!!」

「応ダイナってなんか高知弁になってねぇか?」

「ちっくと前に高知でレースをして来たんや、負ける気がしないぜよ!!」

「なんか中途半端だなお前!?」

 

フェブラリーステークスから引き続き参戦のアメイジングダイナ、彼女も彼女で自分を倒す為にやる気十分と言った様子。共にゲートまで行くとそこで待っていたのは全てのウマ娘からの大歓迎だった。

 

「おっ~本当にランページさんだ~!!」

「すっげえっマジでダートやるんだ!!」

「サ、サイン貰っていいですか!?」

「地元には地元の、地方には地方の意地があるから負けないよ!!」

 

レースに集中するのではなく、互いに挨拶をして高め合う。其処にも自分のファンがいるらしく、サインを強請られるが勿論する。そしてその奥にレディセイバーが待っていた。彼女も自分を見ると笑顔で手を差し出してきた。

 

「待ってました、実は宝塚記念の方に行かれるのではとビクビクしてたんですよ」

「申し込まれた勝負の申し出、受けなきゃ廃る走りの世界、突き付けられた勝負の二文字、それを如何して無視出来よう!!なんつって♪俺はそれ程野暮天じゃないんでね」

「おおっ!!今のなんかイナリさんっぽかった!!」

「ホントホント!!」

「あっ分かる?いやぁ大井に来る前にさイナリさんと話してたらなんか移っちまってさ」

『分かる~』

 

「なんか、お姉様凄い楽しそうに話してる……?」

「見ない光景だね……アタシらはゲート前に行ったら普通集中するけど凄い楽しそうに談笑しちゃって」

 

その光景を観戦しているカノープスメンバーはあまり見られない姿に少しだけ呆然とする。だが、間もなくゲートインとなると全員の目つきが一斉に変化する、その変貌はライスのスイッチ以上の物でもあり、それぞれが真っ直ぐと視線を持ち上げるとそれぞれの目を見た。

 

「さあ―――勝負と行こうぜ」

「負けませんよ」

「勝つのは私じゃき」

 

それぞれの言葉を上げるとそれぞれのゲートの前へと立った。先程の談笑をしていた和やか空気はなく、張り詰めた重い空気と研ぎ澄まされた刃の様な冷たさを感じさせる空間へと変貌した。

 

「さあ、始まりますよ―――帝王賞が」




私の大好きなかけそばの食べ方なんだけど、分かる人、いるかな?

後、私も含めてランページの中のヒトソウルはこういう語りとかが大好きな性質です。


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127話

『スタートしました!!出遅れはありません、先頭を行くのはメジロランページ!いやナリタイーグルもアメイジングダイナ、レディセイバーも続いていく!!いやフェブラリーステークスと同じように全員がメジロランページを追走していく!!』

 

スピカの部室、そこのTV中継で帝王賞を見ている沖野。普段は帝王賞はこの時間帯のメジャーなチャンネルで中継はしない、G1ではあるが矢張りダートで地方で行われるという事もあってそこまで大きくは扱われない……のに今日ばかりは何故か午後のロードショーの予定を中断して帝王賞を中継している。こういうのを見る度にTV局は、というため息が出る。

 

「トレーナー、何見てるってあっランの帝王賞じゃん!!」

「珍しいじゃん。こんな時間、且つそのチャンネルでやってるなんて」

「無敗の九冠が出るからだろうな、そうじゃなきゃこんな事にはならねぇよ」

 

少々辛辣な意見だが、実際その通りなのだから何とも言えない。だが、スピカの面々も席について帝王賞の行く末を見守る。

 

「ランページさんは何時も通りの大逃げですわね、しかしダートというのは此処まで逃げウマ娘が揃う物なのでしょうか……」

「砂を被らない為に逃げ先行が多いけど、此処まで極端ではないね。まあ十中八九ランちゃん対策だろうね」

 

マルゼンスキーは速過ぎた為に結果的に逃げになったという話があるが、今回はランページの逃げがハイペースなので他の逃げウマ娘が結果的に先行の立ち位置になっているという事になっている。

 

『メジロランページ先頭!!そのウチにナリタイーグルが入り込み、外にはレディセイバー、背後にはアメイジングダイナ!完全に包囲されていると言っても過言ではない、だが前には進めると言わんばかりに疾走しております!!外からグレイテストキングが4番手に付けました』

 

「ラン、本気で逃げてるよこれ」

「分かるのですか?」

「うん。ランの出てるレースは全部見た、これは幻惑逃げじゃない。マジで逃げてる」

「ああ間違いない……あいつ、ペースを全く落とす気配がない」

 

テイオーの言葉を裏付けるかのように沖野の手にはストップウォッチが握られているが、ペースは全く落とされていない。ツインターボの大逃げと同じ、ジャパンカップで勝利を収めた正真正銘の大逃げ。ある程度は抑えて脚を溜めたりしての為逃げなどもするが、今回はそれを一切していない。

 

 

『さあ半分を過ぎました。先頭は変わらずメジロランページ、2番手のナリタイーグルとは2バ身差程か、その直ぐ後ろにレディセイバーとアメイジングダイナが続く。何方もメジロランページからは4バ身程度の所を走っております。今年の帝王賞は凄まじい、あのメジロランページが逃げ切れていない!!完全に射程距離に収められたままだ!!』

 

「離されない離されない離されない!!」

「このまま、で行く!!」

「ぬああああああ!!!」

「くぅぅっお戯れをっ!!」

 

軽口を叩くが、ランページは思った以上に焦っていた。何故ならば他の全員が最初から自分を追い抜かすつもりでの逃げ戦法を取って来た、自分が幻惑逃げを使うかもしれないなんて事に惑わされる事も無く最初から全力全開。策略を持って自分を攻略するのではなく、真っ向から実力勝負を取って来たのだ。

 

「ランページさんの攻略法は戦略を読むか純粋な実力で勝負するの二択です、如何やら帝王賞に出る皆さんは後者を選んだようですね」

「いやでもランはこれまで勝って来たんだよ、トリプルティアラにエリザベス女王杯にジャパンカップ……どのレースも実力者相手に」

「ええ。ですが―――今回のレース、半端じゃないですよこの熱量は」

 

耳を澄まさずともわかる程に周囲からは怒号にも近い声援が送られ続けている、入場規制が敷かれる程の人々が大井レース場へと集い声援を送っている。それらに背中を押されて皆が前へ前へ前へと進み続けている。ランページも同じだがダートを走ってまだ日が浅い彼女よりも、背中を押されるウマ娘の方が多い。

 

「そして打倒ランページさんへの執念、元々ダートを走っていたという誇りと意地が彼女達の力を増幅させているんでしょう……もう直ぐ第4コーナーなのに誰も垂れてこない、とんでもないハイペースレースですよこれは……」

 

南坂が懸念した通り、帝王賞はとんでもないハイペースになっている。ランページはペースを一切落としていないのに他のウマ娘達も一切にペースを落とさずに喰らい付き続けている。その結果として15人のウマ娘がほぼ一塊になった状態で第4コーナーを回り切って直線へと入ろうとしている。

 

「最高だ、やっぱりダートはダートで血沸き肉が踊るって奴だなぁ!!さあラストの直線、俺に付いて来れるなら着いて来やがれ!!さあ、俺とやろぉぉやぁ!!!」

 

あの時と同じ、フェブラリーステークスと同じようにランページは最後の最後でギアを上げた。それこそジャパンカップの時のように全身の力を振り絞らんとする走りを。それは此処まで共に走ってくれた皆に対する礼儀と挑戦の意趣返しもある。それに乗ってくれるのか、此処までの超ハイペースで既に力は尽き掛けている筈―――なのに、彼女らの瞳は死んではいなかった。

 

「此処まで来て、やらせるかぁぁ!!!」

「ダートは、私達のレースだぁぁぁぁ!!」

「貴方に勝つために、今日まで過ごしてきたんだぁぁぁ!!」

 

一斉にそんな声が上がる。皆が思った、打倒ランページと。だが決して結束した訳ではない、思いこそ同じだが自分こそが上だと、一人一人が彼女に勝負を挑んでいく。完全なバトルロワイアル、この中の一人だけがあの無敗のウマ娘に文字通り土を付けるんだ。

 

『さあ直線に入った!!メジロランページ懸命に逃げる!!内からナリタイーグルとレディセイバー、外からアメイジングダイナが迫る!!メジロランページ苦しいか!?いやまだ先頭は譲らないぞ、王者の誇りに賭けて先頭を譲りません!!後ろから一気にグレイテストキングが上がって来る!!あと少し、あと少しだ後半バ身!!だがメジロランページ粘る!!ランページ先頭だ!!先頭を譲らない!!抜ききれない!!絶対無敵の王者が、貫録を見せつけたぁぁぁぁぁ!!!メジロランページ一着ぅぅ!!!』

 

「ハァハァハァハァッ……ぐっ……ぶねぇ……」

「後、ちょっとだったのに……!!」

「逃げ、切られたぁ……」

 

二着のグレイテストキングとは半バ身、いやレディやダイナ、イーグルとの距離も極めて近い、あと少しで躱されていたかもしれない……そう思える程にギリギリのせめぎ合いだった。言葉を紡ぐ余裕すらない。

 

『これでダートのG1勝利は2つ目!!そして合計G1勝利数は10、即ち十冠!!芝もダートも彼女には関係なし!!真の王者に違わぬ圧倒的な力を見せ付けましたぁ!!』

 

「圧倒的……これで、よく言うぜ……」

 

如何にも今回は自分の辛勝、最も追い込まれたと言っても過言ではない。差だけで言えばライアンだが、今回は他との距離もかなり近い。圧倒的なんてお世辞にも言える勝利ではない。

 

「全く、なんて、強さなんですか貴方は……」

「そりゃ、こっちの台詞だあほたれぇ……お前ら全員で着いて来るとか……何なんだよってこっちが言いてぇよ!!」

 

疲れ切った王者の言葉に思わず全員が笑みを浮かべた。勝利に届きこそしなかった、だが自分達はあのメジロランページを此処まで追いこむ事が出来たんだという実感があった。それは今まで取ってきたどんな勝利よりも価値がある言葉で堪らなく嬉しくなった。

 

そしてその証となったのが、今回のレースタイムの2:01.9というレコードだった。




尚、これより速い記録がファル子こと、スマートファルコンの2:01:1。マジやばい。
因みにファル子は2010年の東京大賞典にて2:00.4という記録を叩きだしている。何なのあのアイドル。

そして、ワールドレコードは2分を切るとの事。もう訳分からない。


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128話

「はんかくせぇ、おだつなよ!!」

「えっ何て?」

 

ランページは身体を休めながらもカノープスの部室で新聞やら雑誌を読んでいた。相変わらず習慣……と思ってシューズに新しい蹄鉄を打っていると唐突に飛び出てきた言葉に思わずネイチャが聞き返す。何処かの方言だろうか。

 

「バカ野郎フザけんなって意味、東北とかの方言だ」

「何でいきなりそんな事言ってんのよ」

「こり」

 

そう言いながらも両手の指二本でつまみ上げる雑誌、所謂L持ちという奴だろうか……それは兎も角として、雑誌の内容が気に入らないという事なのだろう。そこにあったのは……この前の帝王賞に関する事だった。

 

「何々……メジロランページ、他のウマ娘を捻じ伏せての勝利、王者の力は疑いない。どれもランの事を良く書いてる記事だよね」

「表面上だけな、あれで圧勝だとよ。笑わせてくれるよ、あのレースの何処を如何見たらそう見えるんだよ。辛勝も辛勝だ」

 

ランページが気に入らないのか、それらの雑誌では自分の勝利だけを大きく取り扱ってレディやダイナ達のあの走りを完全に無視している事だ。これでは又聞きの又聞きで内容を把握出来ないではないか。

 

「成程そういう事なんだね、それで違和感あったんだ。確かにランが勝ったけど圧勝ではなかったもんね、捻じ伏せたというか、接戦の末に勝利をもぎ取ったって方が正しいよね」

「ネイチャの表現に一票」

「私も同意見です」

「どもども~」

 

その意見には南坂も賛成だった。勝者の走りはより大きく取り上げるのが報道というものの常だが、あれが勝者だけの力だというのならば節穴も良い所だ。流石は取材拒否をしている会社が書いている雑誌だ、適当な記事過ぎて抗議したくなってきた。

 

「んでこっちが俺のオキニの出版社が書いた奴」

 

『怒涛の十冠、メジロランページ、激戦ダート駆け』

『メジロランページを追い詰めたダートウマ娘達の意地』

『ダートレースの三冠整備、開始か?』

 

現在ランが取材を受け付けている数少ない会社が書いた記事、それら全てに共通して言える事は単純な勝利だけを取り扱っているのではなくレディ達にも確りと焦点を当てている所だった。

 

『私達は一丸となってランページさんに勝負を挑んだんです、でも勘違いして欲しくないのは全員で結託したという訳ではありません。私達それぞれが競い合いながらもあの人に戦いを挑んだというべきなんですかね……その過程で誰が負けても私達は後悔なんてしませんよ。まあ結果的に私たち全員負けたんですけどね』

 

アメイジングダイナのインタビューも確りと掲載されており、レースレコードとなった帝王賞は彼女らが居たからだと書かれている。そして―――

 

『次は勝ちます!!』

『また、腕を磨いてリベンジします。いえ脚ですかね?』

『また一緒に走りたいですね、今度は勝ちますよ私!!』

 

彼女ら全員がリベンジを既に決めている事が印象的だったと記者は締めくくっている。この雑誌は自分を取材した出版社の中で一番売れていて、これに影響されてダートを見に行こうという人も多く出始めている。

 

「ダートレースに凄い貢献してるねラン」

「元々ダートにはそれだけの魅力があるんだぜネイチャ、俺はその魅力を発見する切っ掛けになっただけだ」

 

今回の帝王賞を切っ掛けに客層にも大きな変化が全国で起きているとの事、これまで芝しか見に行かなかったファンがダートレースにも足を運ぶようになって、空席が目立っていたレースに大きな活気が生まれた事で、ウマ娘にやる気と感動が生まれて素晴らしいレースを見せて行った。そしてそのレースに魅了されて本当のダートファンになったという好循環が発生しているとの事。

 

「アタシも興味あるけど、そっちはなぁ~……」

「無理に走ろうとしないのが賢明だぜ、俺だってダート適性が最初から高かったわけじゃないし芝とじゃ感覚が余りにも違い過ぎるからな」

 

ネイチャだけに限った話ではないが、カノープスメンバーは他の芝ウマ娘よりかはダートの適性を持っている。合宿で砂浜特訓がダート適性を上げる効果を持っているのである程度の適性は持てている。それでも元々高かったランページと比べると低いが。

 

「んで、ランは次何走るの?」

「札幌記念だな」

「G2だっけ」

 

次走は8月に行われる札幌記念。当然これも確りとした意味がある、札幌レース場の芝は欧州でのコースと同じ芝、所謂洋芝なのである。海外レースの予行練習としてこのレースを利用する。一応このトレセンにも洋芝を使ったコースは理事長がいずれ海外挑戦をするウマ娘が現れるかもしれない!!そんな理由で用意されているので、そこで練習もしているが……この札幌記念で本格的な適性を計ることにする。

 

「それにしても札幌か~……お土産何買おうかな」

「今からお土産買う算段すんな」

「だって北海道だよ?中々行けないし行った時に迷ってたら勿体ないじゃん」

「分からなくはないけどよ……」

 

まあそれはそれでいいか、と思いながらも10倍シンザン鉄を装着したシューズに履き替えて、今日も坂路を駆け上がる事にしよう。

 

「今日は何本?」

「3本ですね」

「……1本だけでも相当キツいんですがその」

「大丈夫です、黒沼さんはミホノブルボンさんに4本を目標にして走らせてますから」

「トレセンの龍マジ半端ねぇ」

 

それを走らせる側も側だが、走る側も側である。取り敢えず自分も走ってくるとしよう……が、そんな時に背後から思いっ切り誰かに抱き着かれた。

 

「ラ~ン今から練習!?ターボもやる!!」

「やるったって俺今から坂路だぞ、それでもやるのか?」

「大丈夫!トレーナーからも坂路を1本って言われてるから!!」

「それならまあ、いいか……」

「じゃあちょっと待ってて~!!」

 

部室へとすっ飛んでいくと直ぐにシューズを履き替えて出て来るのだが、シューズに嵌められている音が普通の蹄鉄よりも重々しいので直ぐにそれがシンザン鉄である事に気付いた。気付けばシンザン鉄はカノープスでは当たり前のトレーニングメニューになりかけている、唯一使ってないのはチケットぐらいだろうか……まあ彼女にも時が来たら渡されるのだろうが……主に今年の冬辺りから。

 

「ねえねえラン!!ターボね、もう直ぐ免許センターでテスト受けに行こうと思うの!!」

「勉強の方は良いのかよ」

「そっちはもう万全!!」

 

スマホに何かの写真を表示させてから突き付けられる、そこには免許の筆記試験の過去問だった。そしてそこには90点以上をキープしている答案が幾つも写されていた。

 

「大したもんだ……実技の方は?」

「療養所で執事のおじいちゃんの車を借りて練習した、合格だって言われたよ」

 

トレセンでの勉学は余り宜しくないと同じクラスのネイチャが言っていたのに、どうして免許の勉強やらに関しては此処まで出来る奴なのだろうか……先生たちからしたら何とも言えない気分になること間違いなしだろう。

 

「それで、ランお勧めの車ってある?ターボそっち全然だから」

「おすすめね~お前どんなのに乗りたいんだ、なんか希望とかあるのか?」

「秋山の兄ちゃんみたいに峠攻めたい!!」

「最初から走り屋志望かよ……メジャーな所で言えばシルビアとかシビックとかか?」

 

そんな話をしながらも二人は坂路へと向かっていくそして―――

 

「ゼェゼェハァハァ……な、何でランは平気そうなの……」

「お前よりもずっと前からシンザン鉄履いて鍛えてるからだよ」

 

坂路の厳しさをその身で体験し、改めてブルボンの凄さを感じるのであった。



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129話

今年も合宿の時期、即ち夏がやって来た。今年のカノープスも資金は潤沢、ランページだけではなくイクノやネイチャ、ターボにタンホイザにライスも勝利を上げる事が出来て学園からの評価も高い。そのお陰で今年もリギルが使うホテルを使用する事が出来る。

 

「はぁぁぁぁ……」

「何で溜息をついているんですか」

「おめぇのせいだ全体的に」

 

リギルも使うホテルでの合宿、という事は当然リギルもこのホテルでの合宿を行う。そして今年は……

 

「今年の合宿はリギルとスピカとの合同合宿となりました」

 

向こう二チームからの要請でこの三チームの合同合宿が行われる事となったのだ。南坂としてはこの申し出を受けない理由は存在せず、向こうとしてもランページとの併走なども出来るのでメリットも大きいので受けてくれてホッとしているとの事、だが肝心のランページとしては出来ればお流れになって欲しかった。

 

「何で楽しい楽しい合宿で身の危険を感じなきゃいけねぇんだよ」

「だから誤解なんですってばぁ……」

「愛なんて言葉を使ったお前が悪い」

「だってそれ以外に思いつかなかったんですもん……」

 

そう、リギルとも一緒に行うという事は必然的にフローラとも近くに居る事になるのだ。別段ライバルが近くに居る事自体は別にいいのだが……愛なんて言葉を使ったお陰でランページ的にはフローラは余り近寄りたくはない存在へと変貌している。

 

「もういっその事、ガチだって言われた方がまだ諦めが付くわ」

「やめてくださいよ私には異性との恋愛希望があるんです!!」

「信用ならね~」

「ラン~お待たせ~!!」

「お待たせいたしました」

 

そんなやり取りをしている間にテイオーとマックイーンがやって来た。今回の合宿では他のトレーナーが監督するメニューに取り組む事が出来るようにしているらしく、この三人は自分と共に南坂のメニューを受ける事になっている。チケットはタイシンと共にリギルへ、ターボはライバルであるテイオーのトレーナーである沖野の所へと行っている。

 

「それでどんな特訓するの?前の合宿だとタイヤ引っ張ってたよね」

「私たちも同じことをするのでしょうか……」

「如何だろうなぁ、曰くあれは俺の頑丈さがあるからやってたみたいな事言ってたけど」

「あんな事するんでしょうか……やる覚悟はありますが」

 

矢張り去年の自分のメニューを見ていた三人からすれば、自分達もそれをこなすのだろうかという不安もある。それも覚悟しての南坂メニューの希望ではあるのだが……いざ直前になると緊張も出て来てしまう。

 

「お待たせしました」

「応南ちゃん、ライス達の方は良いのか?」

「はい。ネイチャさんをリーダーにお任せして来ました」

「そっか、ネイチャは違うんだ」

 

そんな言葉を出したテイオー、少しだけ彼女と共に練習する事を期待していたのだろう。次の菊花賞を走る相手とは別のメニューをするという彼女に自分も負けてられないとテイオーは闘志を燃やす。

 

「それでは始めようと思います」

「質問~!!」

「はいテイオーさん」

「去年、ランがやってみたいなタイヤ引きとかってボク達もやるんですか~?」

 

やっぱりそこが一番気になるのか、と南坂もその質問が来る事は織り込み済み。

 

「近い事はしますが、同じ事はしません。ランページさんは身体も大きい上に強さもあるので出来ますが、皆さんが下手に同じ事をしようとすると怪我をする恐れがあります」

「俺だって怪我しそうだったんですけど」

「貴方なら心配いりませんから」

「喜べねぇよ……」

「そこで皆さんにはまず基礎的な部分からミッチリ鍛えるメニューをご用意してます」

 

身体を横にするとそこには大量のボールが収められている段ボールが複数置かれていた。その中から幾つかのボールを手に取った。

 

「テイオーさん、このボールを私がトスしますからそれをノーバウンドで取ってみてください」

「うんいいよ」

「ではっ……はい」

「楽勝~ってうわぁっ!?」

 

得意のステップでボールをキャッチしようとするが、砂浜で上手く踏ん張りが利かずにボールに追いつけず取れなかった。それを悔しがる暇もなく、南坂は連続してボールを投げる、テイオーはそれに必死に喰らい付くが、10個を投げられて取れたのは4個だけだった。

 

「け、結構難しいよこれぇ……」

「まずお一人が私と砂浜でこのボールキャッチをして貰います、これはつま先を鍛えるには非常に効果的なんです。ランページさん」

「応よ」

 

今度はランページが挑戦、テイオーはそれを目を皿のようにして見つめる。自分が出来なかった事を彼女は出来るのか……確かめたいという一心で真剣に見る。そしてそれは直ぐに分かった。

 

「ほいっほい!!っと意地悪だな!」

「はい、はいはい」

 

左右交互という訳ではなく、ランダムな方向にも投げていく南坂のボールに全て反応してキャッチしていく。最後には真後ろへと投げて来た、それを南坂へ真正面から向かっていき、まるですり抜けるように通過してキャッチする。

 

「後ろは酷いんじゃないか南ちゃん、ちょっと焦ったじゃん」

「でも取れたじゃないですか、去年よりもずっと進歩してますよ」

「やれやれ」

 

仲良さげに二人を見つつ、テイオーたちは思わず喉を鳴らしていた。左右に振られていた筈なのに、一気に加速してボールに追いつくほどの瞬発力、圧倒的な加速に三人は驚愕した。

 

「このトレーニングは皆さんが思っている以上にキツいですよ。砂浜で足が取られるので転ばないように注意してください、そして残りのお二人はその間に海に入った状態でスクワットをして貰います」

「ス、スクワットですの?」

「波がある状態でのスクワット……」

「シンプルですが辛いですよ、下半身のバランスを取りつつですからね。そしてランページさんは―――これです」

 

差し出されたロープ、そしてその先にはタイヤ3つ。またこれか……と言わんばかりの表情を作る、メニュー自体は同じだがタイヤの数が増量されている。

 

「太腿までちゃんとつかるんですよ、私は三人のトレーニングを見てますので」

「へ~い……」

 

文句を言ってもしょうがない、まあ言うつもりもないのだが……ロープを巻き付けると海へと入っていた。今日の海は穏やかではあるが、時折大きな波もやって来る。こんな中でタイヤを引いて海の中を歩くのは相当に堪える。

 

「皆さんカノープスへようこそ―――さて、始めましょうか」

「よし、僕が最初ボールキャッチやる!!さっきのリベンジだ!!」

「それでは私とフローラさんがスクワットですわね」

「分かりました」

 

始まった合宿の特別メニューのトレーナー別特訓。南坂は基礎的部分を徹底的に鍛え上げる事に重視する。基礎が確りとしていれば応用は何倍にも強くなっていく。その事はテイオーたちも重々承知している。

 

「あっととっ……!!あああっ!!?」

「さっきとは違いますよ、交互とは限りません」

「負けないぞぉ~!!」

 

「この、スクワット、思った以上に来ますわね!!!」

「効くねこれ!!」

 

この三人が何故、カノープスを選んだのか……基礎を鍛え直すのもある、だがそれ以上にあのランページを育て上げた南坂の指導を受けてみたいと思ったからだ。それを自分に力に変え、彼女に勝ちたいと思っている。

 

「くそ、数が増えてるせいで歩きづらい……!!だけど、負けねぇよ!!」



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130話

「それではフローラさん、これでボールキャッチは終わりです。マックイーンさん、テイオーさんも海から上がって下さい、休憩しましょう」

「は、はぁ~い……」

「分かり、ましたわぁ……」

 

海でスクワットを続けていた二人も海から上がると、倒れこむように広げてあるパラソルの下へと潜り込んだ。そこへ続くようにフローラも入っていく。

 

「如何ですか最初のメニューは」

「ス、スクワットってきつかったんだぁ……」

「こういうのはスピカでもやっていたつもりでしたが……」

「難しぃ……」

 

シンプルな意見が飛び出すのも道理、行っているのは基本的な練習ばかりだがシンプル故の難しさというものがある。キャッチは砂浜で足が取られる上に何方に行くかを一瞬で判断しなければいけないので難しい所もある。スクワットの方は絶えず波が起きる海の中で行うので常にバランスを保とうとしなければならない。

 

「ランっていつもこんな練習してたの……?」

「少なくとも去年はこれを毎日、その後にあのタイヤ引きトレーニングなんかをしてましたね」

「こ、これを毎日ですの……?」

 

自分達がたった一日でこんなになってしまっているのに比べて、ランページはこれを毎日し続けていたというのか……改めて彼女の身体を見るとかなり筋肉質で太腿などもかなりガッチリしている。普段が長袖やロングパンツなどで分かりにくいが、あそこまで鍛え込まれている身体なのか……とやや圧倒される。

 

「ライアンとよくトレーニングをしているとは聞いていましたが、あそこまでとは……」

「あれがランの強さの秘密ってこと?」

「秘密という程ではありませんね、基礎を確りとやり続けたからこそ応用が光るだけです」

 

基本的な体力づくりをさせ続けるのがカノープスの無事是名バを体現させるには一番。基礎体力はどんなに成長しても鍛えるに越した事はない、それはリギルもスピカも同じだろうが、カノープスの場合はレベルが上がるにつれてそれに合わせた体力づくりのメニューを作り続けているのも強さの秘訣と言えば秘訣なのかもしれない。

 

「というか、ランってばまだタイヤ引いてるけど……」

「もう直終わりですね」

「ランページさんはどのぐらい引く事になりますの?」

「2時間ですかね」

「2時間……!?」

 

時間を聞いたフローラは本当に此処がカノープスなのかと疑いたくなった、黒沼トレーナーのチームの間違いではないのだろうか。そんな事を考えているのを見透かしたのか、南坂はトレーナーに似ているなと少しだけ東条と重ねて微笑んだ。

 

「ボクも、ボク達もあんな感じの事するの?」

「いえ流石に完全に一緒の事はしません、だってあれはランページさん用に組んだものですので」

「では……」

「これをご用意してあります」

 

後ろに控えさせていた袋を彼女らの前へと落とす、そこには普段チケットが使っている物と同じパワーアンクルが入っている。

 

「カノープスでは普段、脚力と精神力の強化の為にこれらを装着し負荷を上げてトレーニングを行っています。私はまだ皆さんの基礎的な能力を完全に把握している訳ではありませんのでそこを把握する所から始めさせてください。これら鉛の板を入れて砂浜を走って貰います」

「重さはどの位なんですか?」

「まずは片足に250gからです、そこから徐々に上げていく予定です」

「終わったぞぉ~……南ちゃん」

 

其処へタイミングよく終わらせたランページがやって来た、タイヤを引っ張ったまま砂浜へと上がって来た彼女は少しぐったりとしている。

 

「だ、大丈夫なのラン?」

「この位でへばってたら合宿途中で死んじまうよ、今日はまだ海は穏やかで楽なもんだ。荒れてる時なんて何度も何度も波に呑まれるからな、疲れたなんて言ってられねぇよ」

「それでは休憩は必要ありませんね、それではランページさんもこのパワーアンクルを付けて、タイヤを引いて砂浜ダッシュを5セットです」

「うげぇ藪蛇……」

 

と、言いつつも黙ってアンクルに鉛の板を入れていく辺りにお互いに慣れているんだなぁ……というのが分かる。が、ランの手は止まらない。どんどんと鉛の板を挿して行く。そして限界までいれるとそれを足へと付けていく。

 

「うし、こんなもんか」

「ちょっとちょっと、ラン今何枚入れたの?」

「あ~……これ一枚どの位だったっけ?」

「250ですね。それで最大6枚入れられるようになってます」

「という事は、250×6×2だから……片足1.5キロで合計3キロ!?」

 

フローラの言葉を聞いてマックイーンは信じられない!?と口にし、テイオーはワケワカンナイヨー!?と叫んだ。ランページはそれを聞いて南坂にジト目を向ける、暗にアンタがやらせてるシンザン鉄トレーニングって傍から見るとこんな感じなんだぞ、と言いたげなそれをニコやかに笑って受け流す。

 

「さ、流石に不味いってランページさん!!足を痛めますよ!?」

「いやこの位じゃ痛めないわ、その位に鍛えてますから」

 

と力こぶを作りながらも笑うが、心なしか表情はそんな自分に呆れているようにも見えた。

 

「んじゃま、お先~」

 

タイヤを引きずったまま走り出して行くランページ、その足取りはとても1.5キロの重りを付けているとは思えぬほどに軽快でテンポが速かった。

 

「し、信じられませんわ……私たちの6倍の重りとタイヤを引きずっているのにあんなに走れますの……!?」

「それだけの事を数年ずっと続けて来たという事です」

「負けてられないや!!ボクも枚数増やす!!」

「駄目ですよ、それの判断は私の方で行わせて頂きます。それでは最初は波打ち際を3セット、その後は砂浜を3セットと交互にやります」

「……あの人に負けてられない!!」

 

その一言に同意するかのように、名優と帝王もそれに続いた。そして走り出して行く、最初は波打ち際という事もあって柔らかい地面とは違って硬く、走りやすい。そして3セットが終わってから今度は深く乾いた砂浜をゆっくりと走る様にと言われた時に、3人は付けた重りを実感する事になったのであった。

 

「な、何これ急に凄い走りにくくなったぁ!?」

「これが重りの実感、なんですの!?」

「は、走り辛すぎる……!!」

「腿を上げる事を意識しながらゆっくりとですよ~」

 

波打ち際から一転、走りにくい柔らかく深く乾いている砂浜では一歩一歩踏み出して行くだけでも結構疲れは溜まっていく。直ぐに両脚の重さを自覚していき、脚の動きはどんどん鈍っていく。そして砂浜に足を取られやすくなっていく。

 

「もっと確りと足上げろ、そんなんじゃこの先ついて来れないぞ」

 

隣からはタイヤを引いているランページが心配そうな顔をしながらもアドバイスを飛ばしてくる。本当に自分達よりも辛い状態で走っているとは信じられない。

 

「な、何でランは平気そうなのぉ!?」

「まあ慣れてるから」

 

そう言うとまだ速度を上げて自分達を抜き去っていく彼女の姿に自分達も負けていられるかと気合を入れ直すのだが……

 

「キ、キツいよぉ……」

「ハードですわぁ……スピカの合宿メニューもそんな簡単な物ではありませんでしたのに……」

「リギルのだって……」

 

今まで取り組んできた合宿のメニューは何方かと言えば応用や技術などを詰める事が多かったが、カノープスはもっと基本的な物。強いて言えばトレセン学園でもやろうと思えば行えるような物ばかりだ、故に何処か心の中で舐めていたのは否定出来ない。

 

「応用というのは個人の得手不得手が大きく関与しますし、それぞれの応用力や判断力などで言い方が悪いですが誤魔化しが利いてしまいます。ですが基礎的な体力作りではそれらは余り通じません。故にそれらを鍛える事で揺るぎないものを作り上げる事が出来るんです」

 

その言葉が良く染みた瞬間だった。確かに応用ばかり等を気にしていた節はあった、今回の経験はそれを見直す良い切っ掛けにも繋がる事だろう。

 

「それでは次は鉛を1枚ずつ追加しますね」

「うっ……バ、バッチこ~い!!」




基礎は大事(戒め)


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131話

「ううっ……ご飯が、美味しぃ……」

「お米の甘さが、身体に染みますわ……」

「こんなに疲れを感じたのって、リギルに入って初めての練習以来かも……」

 

昼食の時間となりホテルで昼ご飯を食べている時にテイオー達は午前の練習で受けた疲労が想像上の大きかった事を改めて実感した。南坂のメニューは全て基礎体力を鍛える為の物ばかりだった、だがそれ故に身体に圧し掛かる。

 

「ブ~ン!!テイオー、カノープスの練習は如何だ!!」

「げ、元気だねターボ……」

 

やって来たターボの元気さが今日ばかりは非常に羨ましく思えるテイオー、同時に自分と違った練習なのだから疲れていないとも思ったが……ターボはターボで日常的にこんな練習を続けているのか……と自分がライバルと決めた相手を見る目が何時の間にか変わっている事に気付く。

 

「ターボの方はいっぱい見て貰った!!でも突然足触って来るから吃驚した」

「ハハハットレーナーらしいなぁ」

「あれ、ランは?」

「此処だ此処」

 

ターボの言葉に反応するように大量の料理を持って席に付くランページ、バイキング形式の昼食だがテイオー達に比べると数倍の量。それに思わずマックイーンが反応する。

 

「そ、そんなに食べるんですの?この後も練習有りますのに大丈夫なんですか?」

「この位喰わないと持たないのが南ちゃんのメニューなの、それと俺の場合は喰わないといけないんだ」

「いけないって……どういう事なんですか?」

「ランは少食だからだよ」

 

ターボがそう言うが、如何見ても少食の量ではない。

 

「少食だから大量の飯を喰えるようにしてるんだよ。それで最近漸く普通のウマ娘並に喰えるようになってきた訳だ」

「そうなんだ……」

「その量じゃ午後持たないぞ、もっと入れとけよ。南ちゃんもお前らの実力は完全に分かったから午後からが本格的なメニュー開始だ」

「えっもう!?」

「私達のトレーナーさんも初日は見極めに専念すると仰っておりましたよ!?」

「おハナさんだってそうするって!!」

「南ちゃんはその辺りがマジで早いからなぁ」

「うん、練習の途中でも変更できるもんね」

 

ターボもそれは確かだと証言する、南坂は観察眼とそれらを直ぐにメニューに反映させる作成能力が非常に優れている。カノープスでの練習では、それによって自分の調子の上下や成長を実感出来るのでそれらは非常に有難い。

 

「まあ早い遅いってのはトレーナーによって変わるからな、じっくりゆっくり見て慎重にメニューを組むのだって大切な事だ。ターボ、そっちは如何だった?」

「ウチのトレーナーと結構違うよ、ドッカンターボ見せたらすっごい驚いてた!」

「だろうな、まあドッカンターボをそもそもウマ娘の走りでやろうって考え自体中々出来る訳じゃ―――」

「「「もっと取って来る!!」」」

 

3人揃って、勢い良く少なめにしていた食事を食べ切ると追加分を取りに行った。このままでは間違いなくいけないと思い、気合を入れ直す為に燃料を投下するのだろう。

 

「ターボ、沖トレお前の基礎体力見て驚いてたんじゃねえか?」

「うん。なんか驚いてた、それでトレーナーに後でなんか話しに行こうって言ってた」

「ふぅん……メニューでも聞き出すのかね」

「さあ?」

 

 

トレーナーである南坂も他のトレーナーに絡まれていた。その相手は当然、沖野と東条である。

 

「おい南坂、お前どういうメニュー組んでるんだ?」

「こっちもよ、あれでデビュー前なんて信じられないわ」

 

分かっていたつもりだが、メニューを監督し目の前で指導する事で改めてカノープスメンバーの長所が把握できた。紛れもない基礎体力の高さ、技術を疎かにするのではなく土台となる基礎を重点的に鍛えているからこそ、基本的な技術でも相当な威力が発揮出来るようにしている。

 

「常に目を配り続けただけです、皆さんが自信を持って前に進めるように」

「成程な……ツインターボに応用的な技術の事を話した時は吃驚してたよ、こんな事教えてくれるのかって」

「こっちもよ、確かにデビュー前の子だから基礎体力作りが大部分なのは分かるけど貴方の場合はそれが殆どだったのね」

「ええ。怪我をさせない為に、そして次の自信に繋げさせてあげる為に」

 

結局のところ、南坂が重視するのは一貫してウマ娘の身体。一度のレースで崩壊するような身体ではいけない、練習で崩れてしまうようではいけない。まずは確りとした土台を築き上げてあげる事こそがトレーナーの責務だと思っている。故に、他のチームと比べるとやや技術で劣る部分はあるかもしれないがその威力では負けてはいない。

 

「重点的に基礎を教えつつ私が種という応用の種をまいてあげるんです、それを経験と基礎を養分にして自分で育て、応用の芽が発芽したら―――凄い自信になりませんか?」

「そう言う事か、少し回りくどいけどな」

「誰かに教えられるじゃなくて、自分で気づいた時のモチベーションって全然違う物ね」

 

沖野と東条から見ても南坂の指導方針はやや変則的だ、基礎を築いたら次にするべきなのは応用、だが敢えてそれをせずに基礎をメインに据え続ける事で徹底的に本人の身体を鍛え続けていく。そして、最後に種を仕込んで自分で発芽させる。そうして生まれるのは揺るぎない自信とこれ以上ないやる気。

 

「それが私の指導です」

 

 

「それでは午後のメニューを始めます、午前のメニューで皆さんの実力は分かりましたので本格化させます。まず皆さんの重りを1枚から3枚に増量します、その状態で海の中に入って歩いていただきます」

「ラ、ランの言ってた通りに変えてきた……!!」

「望む所ですわ……その為に、その為に沢山食べたのですから……食べたの、ですから……!!」

「な、泣いてませんマックイーンさん……?」

 

午後に入って、何故か突然軽い涙目になったマックイーンに南坂は首を傾げながらもランページに事情を尋ねた。

 

「如何かなさったんですか……?」

「いや、マックイーンって体重をかなり気にするタイプでな。今回の合宿に入る前も甘いものを我慢してカロリー計算をしてたんだと。ンで午後からキツくなるからそれに耐える為に沢山喰ったんだよ」

「そういう事でしたか……」

 

確かに乙女にとっては体重の増加は深刻の問題だ、ランページは内部的には男の要素が強い為に特に体重はそこまで気にしない。というか筋肉量がかなり多いのでランページは同年代のウマ娘に比べて体重はかなり重い。その辺りも気を付けてメニューを組む事を南坂が保証したのでマックイーンは何とか気を持ち直す。兎も角海へと入っていく皆を見送りながらも、次にランページのメニューを発表する。

 

「ランページさんは走る時に何処で走っていますか?」

「何だよ急に……何処って全身だよ全身」

「良い答えです。そうです、走るというのは下半身だけではなく上半身も使う全身の運動です。脚を鍛えれば速くなるというものではありません」

「つまりこれからは上も鍛えるって事かい?」

「はい。レースでも起きるぶつかり合いで体勢を崩してしまうと一気に遅れますよね」

 

レースの映像でも見た事がある。激しい競り合いの中で相手とぶつかって体勢が崩れると立て直せずに、ズルズルと後退していくウマ娘の姿。自分は基本的に囲まれる事はない程に逃げるのでそんな経験はない……。

 

「この前の帝王賞……」

「ええ。そして、あの時にぶつかり合いが起きると如何に貴方とはいえ崩れる事は十分に考えられる。なのでそれを避ける為にメニューを組みます、具体的に言ってしまうとバランスの強化、それによってモンスニーさんに教えて頂いた身体を一つにして走る走法を更に完璧に仕上げます」

「応、望む所だ」

 

きっと見据えているのは海外だ、海外となればきっと実力が拮抗したウマ娘は多いだろう。それを想定してメニューを組んでくれているのだろう。望む所だ、彼の組むメニューならば自分は幾らでもこなして見せよう。



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132話

「随分とテイオー達にキツいメニュー出すじゃないの、データでもまだ搾り取るつもりかい?」

「まさか、私はそこまであくどくはありません。これでも紳士的かつ公明に接していると自負出来る位の優男だと言われています」

「接しているかいないかでいえばいるとは思うが、南ちゃんがあくどいか否かで言われたら俺は即答であくどいと答えると思うぜ」

「手厳しいですね」

 

自らのメニューをこなしつつ、海の中で必死に体を動かし続けているテイオーたちを見つめるランページ。自分の目から見ても彼女たちのメニューはなかなかにきつい、去年の自分と比較しても中々な物だ。

 

「あのメニューは今の彼女らに合わせたものですよ、あのぐらいでないと彼女らの基礎体力を鍛えられないんですよ」

「基礎が無きゃ応用も糞も無いからそりゃな」

 

基礎を重視するカノープスと違ってリギルは基礎の後には技術を教え込むバランス、スピカはそれぞれの個性に特化させる為に基礎をやらせるという風に方向性が異なっている。なので自分の基準を彼女らに押し付けるのは決していい事ではないのだが……それでも南坂としてはもっと基礎を確りとやらせる方がいいという考えがある。

 

「どっちかと言えば才能とかがすげぇって事でおk?」

「大体合ってます。所謂反復練習をして技術を覚えるのではなく、一度を聞いて実践するだけで物に出来てしまう類の方々ですから応用のレベルを高めている方針なのでしょう。一を聞いて十を知るです」

「うっへぇっ~そりゃまた、ウチとは違って華やかなこって」

 

確かに凄い、だが其処まで行くと基礎が逆に疎かになっている。そして何かあった時は、基礎が大きく削られていき復帰する時にまたそこから鍛え直して行くので結果的により長い時間を必要となってしまう。技術で肉体的な衰えを補うというのは言葉以上に難しい。体力が落ちてフォームで足取りで疲労を溜まりにくくしてもそこまでカバーできる程万能ではない。

 

「ですが、大きな欠点もありますよ」

「どんな?」

「自分の最大限と超過点を知らないという事です」

 

最初から強く技術的にも優れている為に、自分が何処までやれて何処までが限界なのかを把握出来ていない。だから知らない間に怪我をしてしまうというケースが天才型の選手の大きな欠点とされている。

 

「そうですね、ランページさんは何処まで走れて何処がベストな距離とかは分かりますよね?」

「まあな。俺の場合はマイル中距離がメインでベスト、長距離は……まあ2500辺りがギリじゃねぇかな」

「はい正解です。そういった事を自分で把握するのが選手として優れているという事です、ランページさんは優秀ですね」

「そりゃどうも~ワールドレコード保持者が優秀じゃないとか言われたら俺もう立ち直れない」

 

スピカの方は沖野とウマ娘が頻繁にコミュニケーションを取っているし一緒にメニューを組んでいく方針なのであまり感じないだろうが……リギルの方はあるだろう。トレーナーの方が当人の身体の事を把握している、それは信頼関係としては素晴らしいだろうが結局走るのは選手であるウマ娘本人だ。その本人がそれらを知らずにトレーナーに預け切ってしまうのは危険な事でしかない。

 

「なんというか、南ちゃんって基本的に俺達に委ねるよな。なんか理由でもあんの?」

「単純な事ですよ、ウマ娘のレース選手生命なんてこの先の人生の僅かな時間の一部ですから、何時までも私がお助け出来るわけじゃないので」

「自立しろよってか」

「言い方が悪いですが」

 

ランページは会話をしながらもメニューを確りとこなしている。彼女がやっているのは簡単に言ってしまえば体幹のトレーニング、体幹は鍛えれば鍛える程に筋肉の最大限の力を上げていく。その為のトレーニングを続けている。

 

「にしても体幹って具体的にどの位鍛えられましたか、なんて分かりにくいなぁ……なんかこう、指標になるのってあるのかい?」

「そうですね……片足立ちでボールの上で微動だにしなかったら最高ですかね」

「曲芸しろってか」

「本当の意味で重心が一点にブレずにいたらあれって動かない物ですよ」

「道は長いねぇ……」

 

遠くを見ながらも砂浜の上での片足立ちを継続する、バレエのようなT字バランスをずっと維持し続けるのは結構のキツいのだが……黙々とそれを続けるのであった。

 

「はい次は右足です」

「あいよ~……にしてもよ、これでぶつかり合いに強くなるのかい?どっちかと言えば筋トレとかそっちの方がいいんじゃねぇの?」

「元々ガタイもありますし筋肉もあります、問題なのはそれをうまく使いこなすバランスです」

「ふぅん……」

 

そんな事をし続けていると一人のウマ娘が近づいて来た。彼女は体幹を鍛え続けているランページの姿を見て足から上へと上がり、一直線に伸びている手足へと視線を移していくと大したもんだと言わんばかりの声を上げる。

 

「もうちょっと脚を上げな、垂れて来てるよ」

「あっマジで?よっ……こんなもんかな?」

「スッと上がるもんだねぇ、常日頃から基礎を鍛え続けてるいい証拠だ」

「毎日基礎トレが終わらないとその先が出来ないから―――って何方?」

 

片足立ちのまま身体を捩り、その勢いで向きを変えてみるとそこには少々男っぽいが確りと女性らしい服装を纏っているウマ娘が居た。表情には凛々しさと可憐さが同居している彼女を見ると南坂は頭を下げた。

 

「申し訳ありません、態々お呼びしてしまいまして」

「何、構いはしないよどうせ暇なんだから……それに世にも珍しいあたしの後輩の為だってんだから、力になってやるのが先輩の役目ってもんだろ」

 

南坂はその言葉に改めて頭を下げるのだが、ランページは全く状況を飲み込めない。だが明らかに違う物を感じる、基本的に敬語で相手に礼儀を払う南坂だろうがこの対応は相手に礼節を払い、明らかに相手を上位者だと敬っている。つまり……それ程の相手だという事、タイマーが鳴る音を聞いて身体を戻すのだが……何故か、このウマ娘から視線を戻せなかった。

 

「名前を聞かせて貰えるかい」

「メジロランページ、一応現役無敗のウマ娘で通ってるよ」

「そりゃ凄い、あたしの現役よりも余程活躍してるね。おっしゃ、南坂さん引き受けようじゃないか。こんだけ基礎を重視してる子も今時珍しい、気が合いそうだ」

「宜しくお願い致します」

 

深々と頭を下げる南坂、如何やら今年の合宿の特別ゲスト枠がこのウマ娘らしい。去年のモンスニーやラモーヌのような物か……と思いつつもロードワークに行くよと連れ出されていく、のだが走るのは近くの山だった。

 

「此処を走るのか……」

「ああそうだよ、アスファルトは蹄鉄と相性が悪いからね。ほれ、あんたの蹄鉄は南坂さんから預かって来てるよ」

「そりゃど~も」

 

ドスン!!と落とされたバッグから自分の蹄鉄を見つけるとそれをシューズに打ち込んでいく。天然の坂路を走れという事なのだろうか……兎も角10倍シンザン鉄を打ち付けていくのだが、その最中に目の前のウマ娘も同じように蹄鉄を打っているのだが……

 

「あっいけね」

 

手を滑らせるとドスン!!とそんな音を立てながら蹄鉄が地面へと落ちた。思わずそれに目を疑った、普通の蹄鉄なんかじゃない。いや自分が言えるセリフなんかではないのだがこの音は紛れもないシンザン鉄……しかも音からして自分と同じ10倍のシンザン鉄だ。それを打ち終わると当たり前のように感触を確かめるかのように地面を踏みしめる。

 

「うし、準備出来てるかい?」

「出来たが……それ、10倍シンザン鉄、だよね……?」

「んっ?ああそうか今時はこれを10倍って表現するのか、本当のシンザン鉄ってのはこの重さがデフォなんだよ」

「デ、デフォ!?」

「そう。これが通常、ドノーマル、あんたがこれまで使ってたのは育成用に軽くされて慣れさせる為の物なのさ。つまりこっからが本当のシンザン鉄って訳さね」

「本当のって……あんたまさか……!?」

 

ランページ、分かっちゃった。心の中のマヤがニコやかに笑った、それにウマ娘は口角を持ち上げてサングラスと帽子を脱ぎ捨てるとその正体を明らかにした。そう、自分はこのウマ娘の事を知っている。知っていなければいけない相手なのだ。

 

「5冠、ウマ娘の……シンザン!!?」

「どうぞ宜しく頼むよ御同輩、こんなバカな物を使うのはあたしだけだと思ってたけどね。さあ走ろうじゃないかい、もしもあんたが神のとさえ形容されたあたしに着いて来られたのならば他の奴らなんて更にぶち抜く事間違いなし、世界だって確実に狙える」

 

最強のウマ娘とさえ言われたシンザンの笑みは、厭らしさも卑しさもなく、唯々爽快な物だった。そして走り出したその後ろ背中を追いかけるように、ランページも走り出して行った。



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133話

最強の戦士、シンザン。戦前に誕生した三冠馬、セントライト以来となる日本競馬史上2頭目の三冠馬。この馬の凄さを如何にして語ればその強さが伝わるのかはその戦歴を語れば伝わるだろう。19戦15勝、2着が4回。そう、4度の敗北は2着。生涯を通して連対を外した事がない。この記録は日本競馬史上に残る不破の記録となっており、次点がミス・パーフェクト、ダイワスカーレットの12連続連対。

 

圧倒的な戦績、種牡馬としても君臨したシンザン。その輝きは多くのホースマンの脳を焼き尽くし、後年のスローガンがシンザンを越えろ。その思いが果たされるのに20年以上も掛かった……それが五冠馬にして神馬と言われたシンザン。

 

 

「ホラホラ、気合入れて登りな!」

「はい!!」

 

そんなシンザンはウマ娘でもその強さが全く損なわれていない、下半身の力が強すぎる為に開発されたシンザン鉄、それによって更に鍛え込まれた事で生まれた鉈のキレ味と称された末脚のキレ。どれをとっても超一流、神のと言われた脚は健在でシンザン鉄の重さを感じていないほどに軽快な足取りで山の坂道を駆け上がっていく姿は異様。

 

「言うまでも無いだろうけど脚だけで登るんじゃないよ、シンザン鉄の意味、分かってるんだろう?」

「全身で、登る!!」

「分かってるね、そうそのまま走るんだ!!」

 

シンザン鉄はただ丈夫で重い蹄鉄ではない、その重さ故に全身運動である走りをより強く全身を使わせる事を強制させる。そうしないと走れないから、使い続ける程に足腰は鍛えられる上に自然に走りは矯正されていく。それこそが10倍シンザン鉄、本来のシンザン鉄を使う本当のメリット。

 

「(開始から30分経過……やるじゃないかこの子、10倍始めてからそこまで経ってないっていうのに全身を既に上手く使えてる。そういう指導を受けたっていうのも頷ける、面白いじゃないか、本当の意味でのあたしの後輩って奴は)」

 

シンザンはこのシンザン鉄が大っ嫌いだった。頑丈なのは分かるが凄く重いのである、当時はそこまで技術の不足もあったからか、簡単に摩耗したり破損する事も多かったのでその度に打ち直す事も多かったので本当に嫌になっていた。そんな蹄鉄を数年間も使い続けているなんて聞いた時は冗談だろ、と思った物だ。

 

「さあダッシュダッシュ!!」

「してるっつの!!」

「良い根性だ、まだまだ垂れるには早いよ!!」

「垂れてねぇっての!!」

 

普通のウマ娘ならばロクに走る事も出来ない筈なのに、平然と走って追ってくる上に叫び返す気力もある。これは可愛がり甲斐があるというものだ……。

 

「如何した如何した、あたしを追い抜いて見せる位の気概を見せて貰わないと困るよ、それとも止めるか、じっくりとっくり休んじまうかい?」

「やってやろうじゃねえかシンザンこの野郎!!無敗の十冠を、舐めるなぁぁぁぁぁ!!」

 

その一言で芸人根性(杉谷)にスイッチが入ったのか、ランページは一気に加速して山の斜面を凄い勢いで登っていく。

 

「それでいい、さああたしを追い抜いてみな!!」

「望む所じゃぁ!!」

 

目指しているのはこの山の頂上、シンザンも気合を入れて走り出して坂を登っていく。互いが互いを刺激し合いながらもどんどん山を駆け上がっていく。

 

「良い根性だ!!まだまだ先は長いんだ、この位で勝てると思うんじゃないよ!」

「上等だ!!」

 

そのまま叫びを山の中に木霊されながらも山道を疾走していく二人、結果―――

 

「はいあたしの勝ち、何で負けたのか考えておくようにね」

「ぢぐじょぉ……」

 

ランページも最後まで喰らい付き頑張りはしたのだが……シンザン鉄に対する熟練度とでもいうべきなのか、走るフォームの練度の違いを見せつけたシンザンが先に頂上へと到達した。

 

「にしても……大したもんだ、初見で山を登り切ってみせた……低い山だから出来て当然だけど、凄い体力だ」

 

倒れこんで動かない彼女の身体を突いてみる。矢張り、良い筋肉が身体を覆っている。全身の筋肉のバランスも良い、一方だけが凄いなんて事はなく何方も均等に鍛え込んでいる上で全身を使っているので筋肉も動く事に最適化された形になっている。

 

「良い鍛え方をしてるじゃないか」

「そりゃどうも……ライアンと一緒に鍛えてるんでね……」

「メジロライアンかい、ああそうかあんたもメジロだったね」

 

自分と同じ三冠ウマ娘のメジロライアン、最初は何方かと言えばそちらを注目していたのだが……この忌々しい蹄鉄を使っている大バカが居ると聞いて其方に興味を向けてみた、その結果がこれだ。

 

「何時からこいつを使ってんだい?」

「10倍はつい最近……そっちからしたら軽い物は俺がデビューする前から」

「へぇっ……」

 

それを聞いて少しだけ目つきが変わった。あのトレーナー、まさかそんな時から思ったのだろうか……シンザン鉄は身体の動き方をマスターする為には最適な物であると。例え自分と同じ重さでなくても普段使う物よりも重い蹄鉄は脚の力だけでは満足に走れない、だから身体の操縦性を上げる為の訓練には持って来い。

 

「(ってなるとこれも怪我防止の為……特にこの子は他と比べても身体がデカいからね、それを無意識下でやらせる為にか……)いいトレーナーを見つけたね、感謝しときなよ」

「ンな事分かってるっての……南ちゃんには普段から感謝感謝の雨あられだよ……」

「それなら結構」

 

腕時計を見てみるともう直ぐ昼食の時間帯だ、山を下りる準備をしておかなければ……

 

「ほれ、水分補給したら山を下りるよ。但し今度はゆっくりとね、午後はまた頂上まで登って来な。其処で相手してやるから」

「う~っす……ってシンザン……さんはどうするんだ?」

「呼び捨てで構わないよ、あたしは適当な所で食って来る。あんな高級ホテルの飯なんて合いそうにないからね」

「なんか気が合いそうですぜ、俺も定食屋で生姜焼き定食が食いて~」

「おっ話が分かるね」

 

自然とシンザンとは仲良くなっていくランページ、気質的に合っているのも合ってか、シンザンとは良い関係になれるという確信があった。そして山を下りるとシンザンはまた後で、と言い残して去っていった。

 

「にしてもまさかシンザンに練習見て貰えるなんてなぁ……」

「驚きました?」

「そりゃ驚く……っ南ちゃんの登場にな」

「それは失敬」

 

どうやら迎えに来てくれたらしい、だが余りにもゲストが大物過ぎるのでランページは文句を言う事にした。

 

「流石にあのゲストはねぇよ、これならモンスニーさんが来てくれた方がまだいいわ」

「実は打診はしたんですがシンザンさんがいらっしゃるなら自分はいらないと仰っておりまして」

「あの人がンな事言うのか……」

「如何でしたか?」

「もうさ、なんなんあれ」

 

今まで自分が使ってきたシンザン鉄は彼女からしたらまがい物でしかなく、最近になって導入した最大の重さの10倍が彼女にとっての普通である。なんというか様々な意味でスケールが違う気がしてならない。

 

「今までのあれって何だったのって気分」

「あれはシンザンさんが普段使いとして使っているものです」

「ハッ?あの人普段からシンザン鉄履いてるの?」

「現役時代にずっと付けていたせいで、軽いと気持ち悪さを覚えてしまったらしいんですよ。その為に作って貰ったとか」

「マジかよ……」




シービーが来てくれた!!そして有償50個の一回ガチャでドットさんが来てくれた!!
師匠が☆1であるお陰でゲートが銀でも全然がっかりしないから師匠ってすげぇわ。


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134話

皆さんは三女神の中で誰が好きですか?

私はダーレーアラビアン。


「今日こそ超えてやる……!!」

「ハハッ基礎と同じで一朝一夕に超えられるほど、山は甘くないさ」

 

合宿のメニューにシンザンとの特訓が追加され、合宿は苛烈さを増して行った。普段のメニューを終えると山へと向かい、そこでシンザンと合流し山を登って降りて、そしてまた午後になるとまた登る。そんな日々が続き始める事、合宿も8月に突入した頃の事。

 

「あたしかい、あたしは近くの民宿に泊まってるよ。優しい老夫婦がウマ娘相手だってのに沢山の料理拵えてくれてね」

「へぇ~」

 

メニューとなると途端に闘争心を剥き出しにするランページも普段はシンザンとかなり仲良く出来ている。既に連絡先も交換してゲームのフレンド申請も行った。後、今度の配信にゲストとして出てくれる事も確約した。

 

「にしても意外だったのはリスナーだった事っすね」

「ハハハッ!!そりゃ世間様を騒がす無敗のワールドホルダーが配信なんて面白い事をやってんだ、そりゃ腹抱えて見させて貰ってるさ。あたしもマスゴミは大っ嫌いでね、其方に一矢報いるあんたの事は大好きさ」

「ハハッ!それじゃあ今度の配信じゃどでかい事でもやります?」

「いいねあたしのコネ使って誰か呼ぶとしようか、そうだねぇ……カブラヤオーとかどうだい。あんたと同じ大逃げだ、いやテンポイントとかグリーングラス……トウショウボーイも面白いねぇ。誰が良いと思う?」

「もうビッグネームがポンポン出てきて芝3200、というか気軽にTTGを呼ぼうとしてないでくれ……(というかトウショウボーイってシービーの親父*1だったっけ……あれでも親父さんはトレーナーって言ってたっけ……ウマ娘世界でこんな事考えるのはウマ娘の歳考えるのと同じ位不毛か)」

 

流石のビッグネームだのシンザン様と言わんばかりに彼女のコネの先にある名前はとんでもない面子芝刈りでもう笑うしかない、この面子が本当に自分の配信に出られたらもうTV局とかが別の意味で潰れるんじゃないだろうか。

 

「(あれ、つうかシンザンってスーちゃんよりも世代的には前だったような……)」

「何だいあたしがそんな婆にみえないって思ってんのかい」

「いえ、シンザン先輩は見目麗しいお姉様で御座います!!」

「宜しい♪」

 

実際問題として、シンザンはスピードシンボリよりも前の世代にある。それなのに見た目的には彼女の方が若々しい、美魔女もいい所だ。

 

「こっちのホテルに来たらいいのに、金には困ってないんでしょ」

「そういう心配はないんだが……高級ホテルなんざ性に合わん」

「その気持ちは分かります。でも貴方に話聞きたい人はいると思うよ、主にウチの会長とか」

「あ~……ルドルフか」

 

シンザンを越えろ、そんなスローガンが立てられるほどにシンザンの活躍は凄まじかった。そして、漸くそんな存在となったのが皇帝シンボリルドルフ。この世界でもそれは同じであり、ルドルフが活躍した時にはシンザンを越えたと大量のニュースが流れたとスーちゃんから聞いている。そして、彼女もシンザンの事をかなり意識していたらしい。

 

「やだよ、あたしは肩凝るのは苦手でな。絶対に堅苦しい挨拶してくるわ、抱負述べてくるに決まってる」

「実際言いそうだからなぁ会長……」

「あたしは気楽にラフ、そして気が合う相手とやるのが一番なんだよ」

「その気持ちは分かるわ」

「やっぱり気があうな」

 

そう言いながらもシンザンはチューペットを半分に折って、半分をランページに差し出す。

 

「あざ~す」

「こういう風に出来る奴といるのが一番さ」

「激しく同意っす、そういう意味じゃカノープスはそういうチームだなぁ……内輪ネタで飽和してるようなもんだし」

 

夏の熱気にアイスの冷たさが染みる、一緒に噛み砕くようにアイスに齧りつく二人は同じタイミングで頭が痛くなったりしながら*2共に身体に冷たさをチャージし終えると再び山を登り始めていくのであった。

 

「にしても、大分山登りにもなれたもんだね」

「そりゃ毎日登って降りてればねぇ……」

「そりゃそうか、ちょいと脚触るよ、大丈夫かい?」

「いいですよ、トレセンには勝手に脚触るトレーナーがいるんで」

「ハハッなんだそりゃ。蹴られても文句言えないよそれ」

 

冗談と思われているのか、軽く笑って流されるのだが……本当なんだから性質が悪い。そして三冠ウマ娘のトレーナーなんだから余計に性質が悪い。

 

「(基礎トレを欠かさない上に山登りも毎日してるお陰で筋肉量も増してきてる、それに改めて触ってみりゃ骨格もガッチリしてる……関節もしなやかで柔軟……こりゃ天賦の才だ、益々面白い)いいもん持ってるじゃないか、こんだけの身体を持ってる奴はそうはない」

「そりゃどう~も、トレセンの変態も似たような事言ってたよ」

「だからなんじゃそりゃ、今のトレセンは実力重視で色物でも大丈夫なのかい?」

「俺は寧ろ貴方の時代を知らんから何とも」

 

矢張り本気とは取られる事も無く、その発言は流される。その頃、ターボを見ていた沖野はデカいくしゃみをして夏風邪を疑ってホテルに戻ると風邪薬を飲んだとか。

 

「この全身を使った走りに蹄鉄で鍛えたパワーを活かした大逃げか……確かに無敗の十冠も納得が行く。今からだって世界で通じる筈だよ、何で行かない?」

「筈じゃ駄目だ、通じるにしないと」

「確実にしたいと?」

「焦ったって結果は見えない、地に足付けてじっくり鍛えた方が見えてくる物はでっかいよ。俺は、どこぞの三冠みたいに大地を弾んでいく何て出来ないからね」

 

ジャパンカップで海外の力は既にある程度は把握している筈、だが焦る事も無く自分を高めている。しかも自分の蹄鉄を使って……何とも小生意気な後輩だ。実に可愛がり甲斐があるじゃないか。

 

「ならとことんあんたを扱いてやるよ、どうせだ蹄鉄の名前をランページ鉄に変えてやるぐらいの意気込みで走りな」

「良いんですか、貰っちゃって」

「こんな物、大っ嫌いなんでね。欲しけりゃくれてやるよ、名前なんてシンザン記念だけで十分だ」

 

こんな物が役に立ってくれるならば、幾らでも立ててくれればいい。自分のトレーナーだって喜ぶはずだ、もう現役を離れて走る事なんて絶対にないと思っていたのに、こうして走るなんて……考えた事も無かった。血が騒いで身体が震える、あの時のように、またレースを走りたいとすら思っている自分に笑ってしまう。

 

「さてと……今度は砂浜で特訓だ、言っとくがあたしがシンザンだって言うんじゃないよ。面倒事は嫌いだ」

「だったら山でやり続けた方がいいんじゃねえの?」

「ハッ扱いてやるって言ったのに日和った真似出来るか」

「流石、よっ鉈のキレ味!神の山を登るウマ娘!!」

「ハハハハッもっと言いな!!後、あたしのシンザンは神の山じゃなくて伸びる山だよ*3

「あっそうなの?」

 

 

「あ、貴方は……まさか、シンザン、殿……!?」

「(おい如何すんだよシンザンパイセン、一発でバレたぞ)」

「(いやまだ誤魔化せる)何の事を言ってんだあんた、あたしはそんな大層な奴じゃないよ」

「お会いしたかったです、五冠ウマ娘にして神のウマ娘と称された貴方に」

「如何しようランこれぜってぇ誤魔化せねぇよ、それに全然話聞いてくれねぇよ」

「だから山でやろうって言ったのに……南ちゃん如何にかならねぇ?」

「流石に無理かと……」

*1
ミスターシービーの母、シービークインと父であるトウショウボーイは同じレースでデビューしている。故に同級生同士の結婚と言われていた。

*2
正式名称、アイスクリーム頭痛。

*3
名付けの親の武田調教師が孫の栗田 伸一氏から一字、そして山のようにどっしりと落ち着いてる奴だから伸山、シンザンと命名した。




ランページの交友リストにシンザンが加わった!!

同時にとんでもない方々とパイプが繋がった!!


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135話

沖野は珍しく、自分の所にやって来たターボに指導をしていた。チームの面子的な話をすれば東条や南坂に集中すると思っていたので自分のメニューを選ぶものがいるとも思っていなかった。事実としてスピカメンバーはシービー以外は残っていないし、他から自分の所に来るとは思っていなかった。唯一の想定外だったのがターボがやって来た事だった。

 

「意外だな、スピカ(ウチ)に来るなんて」

「テイオーのトレーナーのチームだもん、テーサツに来たぞ!!」

「熱心だね、折角来てくれたんだから相手したげないとね」

「だな」

 

どんな目的があるにしても、シービーの相手をするつもりだった身としては来てくれた事は嬉しい限りだった。そんなターボの基礎体力などに驚きつつも、ほぼマンツーマンで指導が出来たのは都合が良かったかもしれない、次は砂浜で指導をするかと場所を移した時……妙に騒がしい事に疑問を思った。

 

「なんだ、リギルもカノープスも全員いるじゃねえか、なんかあったのか?」

「ターボ聞いてくる~!!」

「アタシも行くよ、なんか面白そうな波動感じるし」

 

一体なにを感じたのか、シービーはターボと共に事情を把握する為に行ってしまった。そんな背中を見送りながらも自分は自分で他のチームの仕上がりでも……と視線を巡らせている時に一人のウマ娘の身体から目を離せなくなった。

 

「(な、なんだありゃ……!?すげぇ筋肉の張りだ、唯張ってるだけじゃなくて鍛錬に次ぐ鍛錬によって築かれて、時間と共に極限にまで絞られた走る為だけの肉だ……!!)」

 

トレーナーはウマ娘の脚を見る、そして触ればどの程度の実力なのかは完璧に把握できる。それは沖野も同様であり、彼が脚を触るのはそのための確認と脚のコンディションを見る為……だが今回ばかりはそんな事を二の次にして一度でいいからその脚に触れてみたくなった。ゆっくりと近づきながらも、そっとその脚に触れてしまった。

 

「(思った通りにスゲェ……鍛え込まれて何重にも張り巡らされた筋組織、柔軟で頑強な一つな城みたいな筋肉だ……!!こんなの滅多にお目に掛かれるもんじゃねえぞ、一体どんなウマ娘の……)」

「アンタ何やってんのぉ!!!??」

「ブベラァッ!?」

 

絹を裂くかのような悲鳴と共に繰り出された一撃は、見事な弧を描きながらも的確に沖野の右頬を捉えた。振り抜かれた一撃によって身体は浮き上がって数回転しながらも砂浜に落着した。

 

「ガ、ガガガッ……」

「本当に申し訳ありません!!同じトレーナーとして謝罪します!!」

「い、いや……ラン、あれって冗談じゃなかったんだねぇ……完全になんかの断り文句とか定番ギャグとかだとばっかり……」

「だから言ったでしょ。今の中央には変態が居るって」

「いやだって天下の中央トレセンだよ、マジとは思わんじゃん」

 

「あ~あ……間に合わなかったかぁ……」

「これに関しては擁護不可だからね、Mr.トレーナー」

 

 

「本気で寿命が縮んだわよ……」

「全くです……ランページさんが冗談半分とはいえお話をしていてよかった……」

「マジすんませんでした……」

 

右頬に見事な紅葉が出来上がっている沖野は事情を東条と南坂から聞いてどれだけやばい事をしてしまったかの理解した、シンザンには土下座して謝ったが本人も吃驚したが気にしていないと言ってくれたのは本当に有難かった。

 

「だって、ガチのシンザンなんて思う訳ねぇじゃん……」

「それには同意するけど、だからっていきなり触るなって何回言わせるのよ!!」

「一応言っておきますけど東条さんに感謝してくださいね。あの時ランページさんマジのキックのフォーム取ろうとしてましたよ、ガチのライダーキックが飛んでくるところだったんですよ?」

「猛省するっす……」

 

本当なのだろうか……と言いたげな二人にランページが近くで買って来たと思われるカキ氷を三人分を持ってきた。

 

「暑い訳だし頭冷やしたら如何よ、ほいおハナさん」

「……有難う、頂くわ」

「ほい南ちゃん」

「すいません……有難く頂きます」

「おい変態、感謝して喰え」

「……はい」

 

内心イチゴが良かったなぁ……と思いながらも問答無用でブルーハワイ味を差し出された、だが文句言える立場ではないので素直にそれを受けとる。

 

「だとしても本気で肝が冷えたわよ……」

「下手したら連絡を取った私の責任にも繋がりかねませんから今回ばかりは……」

「いや本当に悪かったよ……本当に凄い脚だったから、なんかもう頭がぶっ飛んじまって……」

 

シンザンは今回の事に吃驚こそしたがそこまで気にしていないらしい。二人からしたら驚くべき事で、ウマ娘としてはいきなり命とも言うべき足を触られたのに何で!?とも思ったが、逆に自分がそうさせたと解釈したとの事。

 

「シンさん曰く、今でも現役みたいな脚を作れてる事の証明だってさ。それはそれで嬉しいからチャラにしてやるって」

「いや、マジで凄かったんだよ……シービーとも、テイオーやマックイーンとも全然違う土台からして徹底的に鍛え込まれた証だったんだ……あの感触は一生忘れられねぇだろうなぁ……」

「感動じゃなくて反省しろや変態マッサージ師」

 

今度勝手にやったら問答無用で鉈で頸を刈り取るという有難いお言葉も預かっている。

 

「にしても……如何するかな、これじゃあシンさんも俺を見る訳には行かねぇよなぁ……だから山の方が良いっつったのにさぁ……」

 

視線を向ければ波打ち際で困ったようにしているシンザンがいる、その周囲にはルドルフを筆頭に三チーム全員のウマ娘が居て是非自分と走って欲しいやトレーニングを共にさせて欲しいという懇願で溢れている。彼女自身が一番忌避していた状況に自分から飛び込んだような物だ。

 

「是非お願いしたいんです、貴方の教え、いえ共に走らせて頂くだけで我々にとって万里一空。紛れもなく人生の財産になる筈です」

「だから困るんだよ……ああもうこういうのは苦手なんだって……」

 

ルドルフが代表して交渉しているような状態なのだが……そのルドルフをシンザンは最も苦手とするタイプなので余計に交渉に応じにくい状態になってしまっている。

 

「お~いラン!あんたも助けてくれよ、これじゃあ全然あんたを扱けねぇ!!?」

「こっち振るんじゃねぇよぜってぇ面倒くせぇ事になるっての」

「もうなってんだから皿まで喰え!!」

「大体あんたの軽率な判断のせいじゃねぇか……」

 

シンザンに対して全く敬語を使うつもりも敬う気も皆無な言葉遣いに、周囲は愕然とした。それは東条や南坂も同様だった。確かに実績的な話をすればランページは他の追随を許さぬだろうが……それでも先輩に対して取るべき物では一切ない。

 

「君のその言葉遣いはシンザン殿に対して全くそぐわない。直ぐに正したまえ」

 

真っ先にそれを注意したのがルドルフ、らしいと言えばらしい対応だが……シンザンはそんな高尚なもんじゃねえっつの……と後ろで呟いているとシンザンが物語っている。

 

「そぐわねぇのはアンタなんだよなぁこれが、シンさんはそういう風にガチガチに敬られるのが嫌いなんだよ。気楽にダチと接するみたいなのが一番いいんだよ、ねっシンさん」

「そうしてくれると肩凝らないから助かるよ。こっちは唯でさえ胸で肩が凝りやすいんだ」

「意外とデカいもんな」

「普通にデカいあんたに言われたくねぇよ」

 

本当に長い付き合いのようなやり取りをする二人に困惑が広がる、イクノ達ですら本当に良いのだろうかと思ってしまう。

 

「でもまあなんかやったげてもいいんでない?シンさんのファンみたいなもんなんだし」

「あ~……それを言われたらなぁ……あたしはもう引退してるロートルだ、教えられる事なんてあるなんて思ってない。ランにやってるのだって教えてるっていうかただ一緒に走ってるだけだし、まあ……ロクな事教えられるとは思わんけど―――良いだろう、走りてぇ奴は後でレース場に来な。全員纏めて撫で切りにしてやるよ」

 

その言葉に合宿中で一番の歓声が上がったと言ってもいいだろう。あのシンザンと共に走れる、なんて興奮する話なんだ。ルドルフですら自分を律する事が出来ずに尻尾が激しく動いてしまっている。

 

「感謝します」

「あ~だから一々畏まらんで良いっつの……ラン、さっさと始めるよ!!」

「う~っす」

 

柄じゃないと言わんばかりに離れていくシンザンを見つめるランページにルドルフは頭を下げた。

 

「すまない、私はあの人の事を心から尊敬しているんだ。だから……その敬意と礼節を表すべきだと思ってその……いや、有難う」

「分かってるよ会長さん、あんたが器用じゃないのは分かってる―――楽しめよ、尊敬する偉大な先輩であるシンさんとのレース」

「ああっ!!全力で望み、楽しもうと思う!!」

 

 

「ったく……こんな婆の何処が良いんだか……やっぱ山に引き籠るべきだったか」

「仙人みてぇな事言うなよ、老けるぜ」

「死にたいのかランお前」

「自分で婆って言ったくせになんでだよ!?」

「うっせぇ!!ダチに言われるとスゲェ腹立つんだよ!!!」



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136話

すいません寝落ちしてました……。


「うし、今日はこの位にすっか」

「お、お疲れさまっしたぁ……だぁぁぁぁぁ……」

 

ドスン。そんな音を立てながら砂浜に倒れこんだランページを黄昏の水平線が照らす。南坂のメニューもキツかったが矢張りシンザンのメニューはそれ以上の物だ。彼女のメニューは至極単純だ、全身を更に使いこなす為にシンザン鉄を履いたままで砂浜を走ったり、バランスを取ったりするというもの。

 

「つ、疲れた……」

「なんだいもうバテたのか?」

「無茶言うんじゃねえよ……こちとら朝から合宿のメニューこなした後に山登って降りて、その後にメニューこなしてまた登って降りて、それでまただぞ……」

「ああそうか言われてみたら辛いか、ほれ立ちな」

 

手を借りながら漸く立ち上がったランページ、シンザンもシンザンで近くのレース場で希望者全員と走った筈なのにピンピンしている。中にはルドルフやシービーとのガチレースもあったのに……なのに此処まで元気なのか、本当に現役を引退しているのかと疑いたくなるレベルのタフさだ。

 

「毎日毎日山登りとか何やってんだろう……傍から見たら唯のバカだろこんなの」

「あたしからしたらこの蹄鉄使ってる時点であんたは大バカだよ」

「シンさんがそれ言うか」

「使うしかなかったあたしを同列にすんな小生意気なクソガキ」

「うっせぇんだよ仙人志望のくそ婆」

「「あ"あ"っ!?」」

 

全く同時に殺意剥き出しの声で互いを威嚇しあう二人、仲は決して悪くはない、寧ろ良い。最初こそ尊敬の念を向けていたが、徐々に彼女に対する接し方を学んでいった結果として、現在では完全に素の状態で相手をしている。

 

「やめだやめ……無駄に疲れるだけだ」

「そりゃこっちの台詞だよ、ルドルフ達にせがまれて走り過ぎた……ったく歳かね、現役の時は一日中走ってても大丈夫だったんだが」

「いやぁキツいでしょその見た目で年寄り発言は」

「喧しいわ、これでも年相応の生活はしてるんだ」

「靴に通常蹄鉄の数倍の重さの蹄鉄を付けたりする奴は歳を感じたりしねぇよ普通」

 

そんなやり取りをしていると、本格的に太陽が水平線の向こう側へと沈んでいった。それを見届けているとシンザンが徐に口を開いた。

 

「あんたは何で走るんだい」

「ンだよ突然」

「疑問に思ってんだよ、無敗の十冠なんて単純に言えばあたしの2倍は活躍したって事になる。ならもう引退したって誰も文句は言わない、そんだけの事をあんたは既にやってんのに何でこれ以上やるんだい。あたしの蹄鉄なんてバカな事までして」

「それに関しては南ちゃんのせいなんだがねぇ……」

 

余りにも単純な質問だ、レースを走る志望動機。トレセンにはいるウマ娘ならば一度は聞かれる質問だ、ランページも当然聞かれた。目的は報復だった、だがそれも達成した、それなのに自分はまだまだ走り続けている。如何して走り続けられるのか、そう言われても返答に困る。

 

「これでもあんたの事情は知ってんだよ」

「えっ話してない筈だぜ」

「シンザンを舐めんなって事さね、顔は広いんだ」

「うわぁお、シンさんおっそろしい~」

「茶化すなよ、んでなんで走る」

「レースで駆け抜ける快感を、歓声を浴びる喜びを、夢を与える事の素晴らしさを知っちまったから。それだけだよシンさん」

 

返答に困る、というのは余りにも単純すぎて答えとして相応しいのか不安があったから。如何して走るのか、それは走りたいからに他ならない。

 

「なんだ、つまらん。もっとこう悩んでいるとかだったら存分に弄り倒してやろうと思っていたのに」

「全くいい性格してるよこの婆」

「ダチに対する口の利き方を少しは覚えろ!!」

「ガハァッ!!?」

 

流石に許容を越えたのか、シンザンの拳が炸裂し再び砂浜へと倒れ伏す。が、シンザンの表情に怒りなどは微塵もない。唯、友との触れ合いを楽しんでいる楽し気な笑みだけがそこにはあった。

 

「お~いラ~ンって如何したの、疲れたの?」

「……そういう事にしといてくれ。如何したターボ」

「もう直ぐご飯なのにランが来ないから呼びに来たんだぞ~」

「ああそうか、悪かった」

 

自分を迎えに来てくれたターボに手を引かれるように歩き始めるランページ、好い加減に脚に来ているか笑ってしまう程に脚に来ている。ターボの手を借りながらも何とかホテルへと向かっていく。

 

「んじゃシンさん、また明日ぁ……」

「応、疲れを残すんじゃないよ」

「わぁってるっつの……」

「早く行こ!!今日はお寿司が出るだって!!」

「分かったから引っ張らんでくれ……」

 

もう疲労困憊で歩くのもやっとなランページは早くご飯にありつきたいターボに導かれるかのように歩いていくのをシンザンに見守られた。彼女も彼女で民宿に向かって歩き出そうとするのだが、急に脚から力が抜けてしまって蹲った。

 

「……流石に、レースした後にランの相手するのはきついな……」

 

リギル、スピカ、カノープスの希望者とのレースを行っているシンザン。最初こそ人数を絞る為に選抜レースを行って上位入賞者とのレースにする予定だったのだが、当人が纏めて掛かって来いという言葉を撤回する気をなく、完全に3チーム対シンザンという構図のレースとなった。

 

「あたしも歳って自覚しねぇとダメだな……ちょいと無理し過ぎたか」

 

既に引退してかなりの年月が経つのに現役で走っている子達と張り合うなんて我ながらバカな真似をした物だと、笑いが込み上げて来てしまう。如何にもランページとの時間が楽しいせいであの時の心に戻ったような気分になってしまっている。

 

「身体休めねぇといけないのはあたしの方だなこりゃ……やれやれ情けねぇ」

 

立ち上がっても尚、ふら付いてしまう。これも全てルドルフやシービーのせいだ、自分の祖母よりも婆な自分にあそこまでムキになって迫って来る事はないだろうに……そう思いながら砂浜から道路へと上がるとそこには南坂が居た。

 

「本日は有難う御座いました、ランページさんだけではなくターボさん達も一緒に面倒を見て貰ってしまって」

「構いやしないさ、あたしが自分でやるって言った事だ。だけどまあ……ちょいとやり過ぎたかね」

 

今日のレースはドリームトロフィーリーグ顔負けの大接戦だった。此処にラモーヌなどが居なかった事が悔やまれる……結果は1着にシンザン、2着にミスターシービー、3着にシンボリルドルフといった風にある種順当な結果ではあったが…現役を退いている筈のシンザンがドリームトロフィーリーグで活躍し続けている二人に勝ったのは予想を超えていた。

 

「普段のあたしなら確実に負けてた、だけど……あいつに引っ張られちまったよ」

「ランページさん、ですか」

「ダチの目の前で恥晒す訳にゃいかんだろ。だから気張っちまったんだよ、その結果がこれだ」

 

笑いながらも脚を叩くシンザン、本当に無茶もいい所だった。ルドルフやシービーでは既に肉体のレベルには差が生じている、それなのにシンザンは現役とさほど変わらぬであろう鉈のキレ味で宣言通りに全員を撫で切りにして勝利を掻っ攫って行ったのだ。

 

「明日に響かせないように風呂入ったらマッサージしねぇとなぁ……」

「それでしたらご心配なく、既に近くの整体院にご連絡して民宿の方で先生に待機して頂いております」

「あっ?」

「ホテルの方ではご気分になれないと思いましたので、民宿まではお送りしますよ」

「―――ったく南トレーナー、あんたって奴はランの奴には勿体ない位には良いトレーナーだよ。そしていい男だ、ウマ娘の心を良く分かってやがらぁ」

「恐縮です」

 

南坂の車に乗り込むと、直ぐに民宿に向けて出発していく。ウマ娘の事を優先するトレーナーとは聞いていたが、此処まで配慮できる相手はそうはいないだろう。

 

「安心しな、あいつの脚は世界でも行けるよ」

「貴方にそう言って頂けると嬉しいですね」

「その内、テンポイントとか連れて遊び行ってやるからその時は頼むよ」

「あのせめて一言連絡入れてくださいね?突然突撃なんて勘弁してくださいね?」

「さて、如何っすっかね~」

 

きっと、あの後輩たちもランページは気に入る筈だ。あの三人に引き合わせるのも面白そうだし、あの二人の大逃げ対決も気になる。

 

「あの本当に勘弁してくださいね?」

「ハハハッ分かってるよ、あたしだってその辺りの常識はあるんだ」

「よかった……」

「まあ配信には出るけどね、TTG連れて」

「如何してよりにもよってその御三方を引き連れて!?」



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137話

「なあランページ、なんで山を登らせてんのかは分るかい?」

「仙人だからだろ」

「ぶち殺すぞ餓鬼が」

 

まもなく合宿も佳境に入ってくるころ合い、今日も今日とて山を登ったランページとシンザン。そんな中でシンザンが問いかけてきた。

 

「単純には坂路だから、だけじゃねえんだろ」

「勿論その狙いはあるけどね」

 

坂道は平地の3倍の負荷が掛かると言われている、そこを毎日走る事で足腰とスタミナが鍛えられるという効果は期待できる。だが本当はもっと違うところにある。

 

「淀の急坂、知ってんだろ?」

「知ってるし走った事だってあるぜ俺」

「そこの高低差は何mか言えるかい」

「4mだろ」

 

正確に言えば4.3m。それこそが淀の急坂と言われる坂、ここまでの高低差は走る身としてはきついが、きつい為にここを勝負所にするウマ娘は少ない。余りにも速度が出てしまうので遠心力に耐え切れずに外に振られてしまうから、まあそんなことも気にせずに走り切ってしまうウマ娘もいるわけだが……

 

「そう。山登りは高低差に屈する事がない精神と身体を作る為だ」

「高低差をって……俺、淀の坂でも屈しねぇぜ?」

「違う、見据えているのは―――パリロンシャンだ」

「凱旋門の、舞台!?」

 

まさかの言葉に驚いてしまった、シンザンが課しているメニューが目指す先にあるのは既に世界だった。彼女にも自分が海外を目指している事は当然話しているので知っているのはおかしくないが、この山登りがそれにあたるとは思わなかった。

 

「ロンシャンには高低差10mというとんでもない所があるんだよ」

「おいおいマジかよ……」

 

10メートルの高低差はURAでもっとも勾配のある中山レース場(5.3m)のほぼ倍に相当する。淀の急坂や中山の急坂なんて目じゃない程に厳しい舞台が待っている。ランページも世界を甘く見ていたわけではないだが……まさかそこまでの事なんて想定もしていなかった。

 

「加えて―――マスクトレーニングも中々に効くだろう?」

「効くどころじゃねえよ……」

 

山を登れるようになってから追加されたのが、上る際には必ずマスクを着けて走るということ。心肺機能の強化を目的としているらしく、実際普通に走れていた筈の距離が極めてしんどくなった。

 

「マスクトレーニングは南トレーナーに伝えてトレセンでもやらせるように言っておいた、確りと肺と心臓を苛め抜くんだ」

「ウィ~ス……これから南ちゃんのしごきがますますきつくなるのか、とほほ……」

 

そう言いながらマスクを付けなおすランページは本当にいい環境に居る事が窺い知れる。トレーナーの発破の掛け方が絶妙で彼女自身は全くと言い程に慢心を抱かずに常に努力し続ける。かといって自分に自信が無い訳ではなく自分のことをよく理解している。

 

「にしてもシンさん、高低差に強くなる為ってのは分かるが……芝の適応はいいの?洋芝の適応」

「そればっかりはそう簡単に出来んからな、トレセン辺りで頑張ってくれ」

「札幌記念も近いのに……大丈夫かねぇ」

「何言ってんだ―――今のお前なら心配する意味もなく勝てるに決まってんだろ」

 

断言。自分の勝利を信じている、という意味合いのレベルではない。完全な勝者予測、確定を言い放った。

 

「レースに絶対はねぇぜシンさん。俺が負けることだってあり得る」

「否定はしない。だがこれを見てみな」

 

投げ渡されたのは新聞だった。そこには今度の札幌記念について書かれているのだが……出走するウマ娘の数が少ないのだ。

 

「俺を入れて8人って……随分と少ないな」

 

得意なウマ娘が少ない長距離ならばわかる、だが中距離を得意とするウマ娘はむしろ多い。それなのに8人しか出走しないというのはかなりレアケースに当たる。どうしてなのかと思ったが、直ぐに答えは出た。

 

「回避だよ、あんたが出るって事になって回避を選択したやつが多いって事だ」

「まあこれまでなかった訳じゃなかったけど、随分と露骨だな」

「当たり前だ、G1なんだから回避するなんて事をする奴は少ないしG2だって東海ステークス位だろう」

 

考えてみれば今年に入ってからG2以下に出るのはこれで2回目、芝に限っては初めて。東海ステークスは確かにG2だが初のダート挑戦での舞台だったので違って来てしまうが……

 

「現役最強のウマ娘に戦いを挑もうなんて奴は本気で勝ちを狙いに行く奴ぐらいだ、勝負に掛ける思いが違う奴は別を選ぶのも当然だ」

「まあ言いてぇ事は分かるさ。それだって戦略だし、俺がティアラのトライアルに出るときだって別のトライアルに出るって奴もいたしな」

 

特にオークスのトライアルレースのフローラステークスに出走を決めた時にはそれが起きていた。だがそれはトライアルなので別勘定とした方が良いのかもしれないが。それでも少しだけ、寂しさを覚えるといえば覚えてしまう。

 

「此処まで勝ち続けてるんだ、こういう選択をされても文句は言えないし必然だ」

「分かってるよ、回避した連中を臆病だのなんだって罵る権利は俺にはない。逆に言えば……残った8人は俺を本気で倒しに来てるんだ。それはそれで恐ろしい物があるんだよね」

「(だとしても、あんたの敵じゃねえよ)」

 

手元には札幌記念に出走予定のウマ娘のデータがある。確認はしてみたが、恐ろしいとはお世辞にも言えない。メジロパーマーという存在は確かにいるが……それでもランページを脅かすには足りない、パーマーの本当の強さは長距離で開花する。中距離でもそれは出せるがその領域はランページの領域でもあるのだ。

 

「札幌記念か……美味い味噌ラーメンが食える店、調べとかないとな」

「せめてレストランだろ、メジロの御令嬢」

「令嬢って柄じゃねえでね……庶民派お嬢様で結構」

「そうかい―――撫で切って来な、あんたの脚で」

「どうかね、死神の鎌かもしれねぇぜ?」

 

冗談交じりに笑いながら山を下りていくランページの背中を見つめるシンザンは、その言葉に何処か切なさと悲しさを同居させながらも後に続いた。

 

「死神なんて言うな、お前さんは生きてるじゃないか。ランページ、あんたはあんたらしく生きろ。誰に何と言われようと自分らしく」

「生きてるよ、毎日毎日騒がしく、楽しく、元気いっぱいに」

 

 

『さあ先頭が最後の直線に入ったぞ、速い速い!!完全に既にこの二人のマッチレース状態!!後方とは5バ身差、さあメジロ対決は何方に軍配が上がるのか!?ステイヤーズSを逃げ切った無尽蔵のパーマーか!!それとも十冠のランページか!?』

 

大逃げウマ娘同士の激突、何方も全く引こうともしない所か互いが互いを振り切ろうとする大激戦、後方のウマ娘達はその余りにも早いペースに付いて行けずに次々と脱落していく。それでも二人は止まらない。

 

「爆逃げでぇ、負けるわけにはぁぁ!」

 

ステイヤーズステークスを大逃げで駆け抜けたパーマー、同じ領域での勝負で負ける訳には行かないと最初から全力全開で駆け抜けて続けている。そんな所に彼女の強さである根性と体力が活きている、だがしかし、目の前のウマ娘もそれには負けない力を持っている。

 

『此処でメジロパーマーが伸びてきた!!さあランページを捉えれるのか!?初の黒星を、初めての敗北を付けるのは同じメジロなのか!!?』

 

誰もが期待する、此処まで負けなしで来ているランページを破るのではと。まだ負けないでくれ、こんな所で負けないで、そんな思いが交錯する中で後僅かでランページに並ぼうとした時に、パーマーは見た。ランページの足が深々と芝に突き刺さっているのを。

 

「さあ、決めるぜ……!!」

 

刹那、芝が宙を舞った。余りにも強すぎる脚力によって芝が一瞬で剥がされた。そしてそのままランページは加速する、自分の溜めていたそれよりもずっと大きな力で。

 

『メ、メジロランページ!!ランページが此処で完全にパーマーを置き去りにした!!このレースで常に先頭を駆け抜けていたのに何だこの末脚は!!?とても逃げウマ娘とは思えぬ切れ味だ!!そのまま、ゴールイン!!止まらない止まらない!!メジロランページの快進撃は留まる事を知らず、既に彼女にとって日本は狭すぎるのか、そう思わせるような勝利でしたぁ!!これで20戦20勝、彼女は一体どこまで駆け抜けて行ってしまうのか!!』

 

「負けちゃったぁ……ヘリオスと凄い走り込んだから自信あったのになぁ~……」

「悪いなパーマー、だけどお前の脚だって大したもんだ。ペース逃げ、教えようか?」

「う~ん興味あるしトレーナーに確認してみるね。それにしても20勝だって、もう凄すぎてあたしには何が何だか」

「ハハッ勘弁な、この後味噌ラーメン喰いに行くから一緒に行こうぜ。奢るからよ」

「あっホント?実は興味あったんだよね、北海道の味噌ラーメンって」



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138話

暦は9月。夏は過ぎ去ったがまだまだ夏の厳しい熱気はこびり付いている、ウマ娘にとっては残暑厳しい秋の始まりをランページは何処か知らん顔をしている。ヒトソウルの影響ゆえか暑さには強い。冷たいドリンクを喉奥に流し込みながらも空を見上げる。

 

「札幌記念はお疲れ様でした、如何でしたか改めて手応えは」

「んっ~……そこまでの感想はないかな、走りにくさは無いな」

「という事はランページさんの洋芝適性はかなり高いという事ですね」

 

部室で札幌記念の録画を見ながらの振り返りを行っている、こうしてみると他のウマ娘はスピードが遅いように見られる。

 

「ってなるとパーマーも結構適性は高めなんかね?」

「そうですね、パーマーさん自身も高い方だと思います」

「ふぅ~ん……俺は山道に比べたら走りやすくて感動したぜな、蹄鉄も普通のだし」

 

それを言われてしまうと何とも言えなくなってしまうのだが……山の走破訓練で相当に足腰も鍛えられた上に重いバ場にも問題なく順応出来るようになったらしい。これなら欧州でのレースでもあまり変わりのない走りを出来るだろう。

 

「それではこの先のスケジュールなんですか……予定通りに天皇賞(秋)、そしてエリザベス女王杯にジャパンカップで構いませんか?」

「まあそれでいいと思うぜ、天皇賞は俺だって一応メジロだって所を見せないといけないし。結局シンさんには俺がメジロだって事を最後まで分かって貰えなかったしな」

 

合宿でお世話になったシンザンは札幌記念に自分が向かうと同時に合宿から離脱、そもそもが自分を鍛える為に南坂が呼んだ人なのでそれは当然と言えば当然なのだが……特にルドルフは残念がったとか……お詫びに今度学園にツレを伴って遊びに行くと約束したとか……そのツレがきっとあの三人でそれで配信に出る気なんだろうなぁ……と分かっているのはランページと南坂だけである。

 

「それで何ですが―――」

「ああ悪い南ちゃん、ジャパンカップだけどありゃ中止だ」

「中止、いえ今の段階ではまだ申請もしていませんが……有記念に向けての休養にあてますか?」

「いや俺はチャンピオンカップに行く」

 

チャンピオンカップ。それはジャパンカップに並ぶダートの国際競走を開催しよう、という気運が高まった事で設立されたレース。国内ダート最高峰のレースとして名高いレース、元々そちらに出る事も考えてはいたのだが、前年度のジャパンカップ覇者としてジャパンカップへの出走も期待されていたので保留にしていた。

 

「それは問題ありませんが……何か理由があるのですか?」

「いや何となく、ダート走りたくなっただけ」

「そういう理由ですか……まあまだ日もありますし、気が変わったら言ってくださいね。一応このスケジュールで進めておきまけど」

「今のところ変えるつもりはないけどな~……ちょっち散歩行って来るわ」

「走ったらだめですよ?」

 

分かってる、そんな意図のウィンクで返事をしつつ部室の外へと歩き出して行く。もう秋だというのに残暑が厳しい、好い加減ウマ娘の肉体にも慣れている筈なのに暑さには強い自分は矢張り可笑しいのかなと思いながらも歩みを続ける。

 

「あっランページさん!!」

「応、ドラランじゃねえか。何だ、これからランニングか?」

 

そんな散歩の途中下車、自販機でアイスコーヒーを買おうとしていると先客が居た。それは友人の後輩、ドラグーンランスだった。

 

「はい、この前の札幌記念お見事でした!!」

「あんがとよ、ドラランの調子はどうよ」

「はい。教官の下で頑張ってます!この前なんて1400mの模擬レースで1着でした!!」

「おおっそりゃやったな、ダチとして嬉しい限りだ」

 

ドラグーンランスはランページの目から見ても中々の素質を持っている、このまま成長していけば三冠だって射程範囲に収める事が出来るウマ娘に成長出来るとは思うのだが……彼女はブライアンと同期なのだ。何とも間の悪さを感じてしまう、よりによってブライアンとは……。

 

「なら今度お祝いでもしてやるよ」

「ええっ!?大丈夫ですって、友達の事を祝わないといけないと先輩の事で沢山パーティ開かないといけませんよ」

「おっ生意気だな?」

「いえいえ~先輩程では~」

「やれやれ、会ったばかりの初々しさが抜けちまってまぁ……んじゃまあ、こんな所か」

 

追加でスポーツドリンクを買うとそれをドラグーンランスへと投げ渡す。

 

「このまま頑張れよ、負けなしの王者からの激励だ」

「えへへっはい、ドラグーンランス、邁進いたします!!」

 

そう言いながらも駆け出して行く彼女、途中バクシンオーに何故か絡まれていたりもしていたが彼女も彼女で元気にやれているようで良かったとアイスコーヒーを流し込んでいると自分を目標にして迫ってくる影があった。その影の主を見て逃げ出そうとするが、回り込まれてしまった。

 

「駄目ですよ、休養中なんですから走らないでください」

「走らせようとした張本人が何言ってやがる……」

 

迫って来たのはフローラだった。矢張り苦手意識は抜けない、あんな事を言われたら当たり前ではあるのだが……話をしたいといわれたのでそれに応じる事にした。

 

「次走は天皇賞ですか?」

「メジロ家だからな、好い加減貢献してるって所見せて俗物連中を黙らせてやろうと思ってな」

「(俗物?)無敗の十冠が何を言っているんだか……それで貢献していないなんて考えている人が居たらその人は随分と頭が足りていない事になりますよ」

「何処の世界にも居るもんだと思うけどな……んで、お前は?」

「―――ジャパンカップです」

「……あっ?」

 

いや、目標とするのは可笑しくはない。だがそれは11月だ、その前の天皇賞やらをすっ飛ばしてそこを目指すというのだろうか。

 

「おい、天皇賞やらエリザベス女王杯すっ飛ばすのか?」

「合宿で私には基礎体力が足りていない事が自覚出来ましたから、ジャパンカップに向けて身体を作ろうと思うんです」

「……」

 

言い難い。自分はジャパンカップに出る気はない、それを今此処でハッキリというべきなのだろうか……。

 

「なあフローラ「チャンピオンカップには出てください」

「―――それも愛とやらか……?」

「愛なんてなくても分かりますよ、貴方の事ですから」

「……」

「だから引かないでくださいってばぁ!!」

「ガチで怖いわ!?お前その内夜這いとかしてこねぇだろうなぁ!!?」

「誰がやるかぁ!!あなた私の事をなんだと思ってんですか!?」

「突然愛とか言い出した変態ウマ娘だよ悪いかぁ!!」

 

何も言えなくなるのを隠すためにそっぽを向く、自分だって流石にあの物言いは無かったと引いている……だがそれ以外に適切な言葉がないとも思っているのは事実なのだ。それだけは分かって欲しい……愛情にも色々種類があるという事を。

 

「と、兎に角!!私は、先ず貴方が出したワールドレコードに挑戦します!!そこで私がどれだけ貴方に通じるか、試してみたいんです」

「それだけか?」

「……貴方の走りを拒みたくない、そして貴方だけが強い訳じゃないって事を証明したい」

「あのクソみたいな雑誌の記事、気にしてるのか?」

 

自分が取材拒否をしている一社が書いた記事、それはメジロランページという強い光によって生まれた影、同世代へと振りまいた呪いという敗北などなど……自分もこれを見つけた時は凄い顔をしていたと南坂に注意されたほどだった。

 

「俺がなんか言う前に、出版停止になったどころか会社そのものにヘイトが集まりまくってる状態でまともに機能してない。気にするな」

「気にするな、というのは無理な話ですよ。負け続けた同期としては」

 

気まずそうに顔を背ける、だが直にそれだけではないとフローラは訂正した。

 

「私達は強い、それを証明したいんです。メジロランページという大きな光を浴びて私は負けないと誓って大きくなった、一緒に大きくなったって胸を張って言いたい。だから私はジャパンカップに勝って貴方が守った誇りを守ります」

「簡単なレースにはならないぜ」

「分かってます、だからこそやる価値がある―――ラン、見ててください私のレースを」

 

そう言い残し、フローラは去っていった。そんな背中を追いかけながらもランページはアイスコーヒーを飲み干すとゴミ箱へと缶を投げる。見事に入ったそれを見届けると立ち上がる。

 

「メジロランページだけが強い?全く節穴だな、フローラだってイクノだって、皆強いじゃねぇか」



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139話

あくる日。ランページは理事長からの呼び出しを受けた。まだ札幌記念からの休養中だったので時間もあったので直ぐに顔を出した、そこでされたのは間もなくに迫っているトレセン学園毎年恒例のファン感謝祭、聖蹄祭についての事だった。

 

「つっても基本それぞれだったり、クラスだったり、チームだったりで出し物やるんでしょ?」

「ウム。リギルなどは喫茶店、スピカは……お化け屋敷だったりと様々な催しを行っている」

「だとしたらウチ何やんだろ……」

「カノープスは……コスプレ喫茶だそうですよ」

「コスプレって俺もなんか着なきゃいけねぇのかなぁ……せめて男物だと助かるんだが……」

 

確かにターボ辺りはやりたがるだろうし、それにチケットやタンホイザが乗って、イクノがブーストを掛けつつライスも楽しそうだと賛成、ネイチャはやれやれな感じで同意といった感じだろうか……というか、何故その場に自分が居なかったのだろうか。

 

「んで如何言う喫茶なのそれ」

「所謂勝負服シャッフルですね」

「あ~成程、そういう系か」

 

ネイチャがイクノの服を着たり、ライスがターボの服を着たりするといった感じだろうか……たづなさんから企画書を貰って見てみると、概ね正解だったのだが、如何やら遊びに来てくれたお客さんにも来てみたい勝負服を試着して貰おうというものらしい。その状態で記念撮影を出来たりするらしく、これはウマ娘にとっても中々に良いサービスだ。

 

「でもそのサービスで勝負服が俺、イクノ、ネイチャにターボ……今年デビューでG1チャレンジを控えてるライスやタンホイザ入れても6着しかないのになんか物足りなくないと思うんだけど」

「その点は心配無用!私が各ウマ娘の勝負服を用意しておいた!!無論、コスプレという名目なので本物と違って普通の素材を使った物ではある、という注意点が付くが!!」

「それ、幾らしたんすか?」

「フフフッ理事長の財布を舐めないで頂こう―――ミ゜」

 

何故か苛立っているハテナが理事長の頭部に自慢のぬこパンチを炸裂させると今度は自分の頭に上に乗って来た。痛みに悶絶している理事長を尻目にたづなさんに小声で尋ねる。

 

「何やったんすか今度は」

「実は……例えコスプレだとしても勝負服云々の事ととなると使用料などでお高めになってしまいまして……でも理事長はそれを自分のポケットマネーで賄ったんです。その影響でハテナちゃんのご飯のグレードが……」

「あ~……」

「ハ、ハテナその件については謝ったではないか……それに聖蹄祭後はトレセン学園で使用するという事で一部料金は返って来た、ご飯のグレードは戻したのだから……」

 

それでも少しの間グレードが落ちた事にハテナはお怒りらしい。食べ物の恨みは恐ろしいとはよく言ったもんである。

 

「んで俺を呼んだんすか?この流れだとカノープスの出し物が不味いとかですか」

「いや違う―――是非、生配信をやって貰いたい!!」

「ああ、別にいいですよ。何ならお婆様達も呼びます?」

「いやいやいやいやいやいやいや!!?気軽にシンボリとメジロの大御所を呼ばれるのは困るぞ!!?」

「ああ大丈夫、俺がスーちゃんに交渉しますから」

「そうではなくこっちが困るといっているんだ!!」

「ああそっちか」

 

そんなこんなで聖蹄祭当日の生配信は決定するのだが……問題は当日は何をするかという事。基本自分が配信を勢いでやっているとはいえ、その勢いにだって始まりの流れが存在する。何をモチベーションにして始めるかという問題もある、ある程度中身を決め打ちしておかないといけない……まあ決めても大概反れるのが自分流だが。

 

「……まあ適当でいいか、ちょっくらインプ転がしながら考えるとするか」

 

兎も角思考をいったんリセットして、私服に着替えてインプレッサへと乗り込む。最近は学園の外には自分に突撃取材で何とかネタを取ろうとする連中が多いので、車でないと捕まってしまう。これも有名税なので致し方ないという奴だろうが……。

 

「ザマァみさらせ、残念無念また来週ってね―――これ、ぜってぇ古いよな」

 

トレセン学園を出る際に当然声を掛けられた、が、帽子を被った上にサングラスを掛けて早口でラテン語を喋ったら相手は驚いてもう大丈夫だと言っていた。英語は分かるがラテン語に通じる日本人なんてそうはいない、向こうからすれば日本人か外人、という余りに大雑把な括りで区別されているのだから。英語どころかラテン語なんて対応出来る訳がないのである。

 

「んっ~……良い天気だ……」

 

コンビニで買った珈琲を飲みつつ、空を見上げるランページ。合宿明けなのも手伝って余計に解放感を感じてしまう、思えば今年も後僅かで出られるレースも数少ない。そうなると必然的に自分の未来も見えて来る。

 

「さてと……」

 

珈琲を飲み干すと再びドライブを続けようかな、と乗り込んだ。今度は適当な所で食事にでもするかなぁ……と思っていると携帯が鳴った。専用のスタンドに入れて通話をONにする。

 

「はい」

『ランページかい、あたしだよ』

「なんだシンさんっすか」

『何だとは何だ、折角電話してやったってのに』

 

通話してきたのはシンザンだった。そして自分はもう少し通話相手を確認してから出る癖を付けた方が良いなと思った。これも社畜の定めか……。

 

「すんません今運転中っす、何用ですか?」

『そりゃ悪かった、んじゃまあ手短に済ませようかね。実はTTGの連中と連絡がついてね、是非あんたと会いたいってさ』

「それって、喜んでいいっすよね……」

『勿論に決まってるだろ、天下のTTGが会ってみたいなんて滅多なこと無いんだから』

 

そう言われてもなぁ……自分はこれまで結構レジェンドと会っているせいでその辺りの感覚が完全にマヒしているので素直に喜んでいいのか分からないのである。後シンプルにこうして話しているウマ娘だってとんでもない存在だからというのもある。

 

「あ~まあ、うん喜んどきます。それでその時は配信してくれって事ですよね」

『そそ、んで近々の聖蹄祭、その時にやるんだろ配信。その時に出してくれないかい』

「え"っ」

『いやぁあの理事長ならあんたにそう頼むと思った訳さ、んであんたもそれは断らないと思ったんだよ。どうせやるなら派手にやった方が楽しいじゃないか』

 

暗に別の日にしようとしていたのに最初から狙いを付けられていたという事なのか……これは、Wお婆様を呼ぶよりも遥かにやばい状況なのではないか。

 

「あ~いや、俺もお婆様を呼びますかって言ったんですけど断られましてね」

『そりゃ多分あっちはあっちで忙しい立場だからだろうね。安心しなよ、許可はこっちで取ってやるから。あんたは配信の準備をしといてくれるだけで良いから、んじゃ運転中に悪かった、それじゃあ』

「ああっちょっとシンさん!?」

 

その時には既に通話は切られていた。一旦車を近場のコンビニの駐車場に入れ、思いっ切り頭を抱える。

 

「やっべぇよこれ、如何しよう……あの人の事だから絶対にやるって聞かないだろうし……というか配信にあの人とTTG出たらもうURA発狂するんじゃねぇのかな……とりま理事長に連絡、した方が良いよな……」

 

正直言って気が進まない、重くなった手がスマホに伸びない。溜息をつき、取り敢えず珈琲でも飲んで落ち着こうと買って来て戻って来た時、スマホに凄い数の着信が来ていた。履歴を見ると全て理事長とたづなさんだった。より、腕と指が重くなった。

 

「……はい」

『緊急!!シ、シンザン殿が聖蹄祭に来たいという連絡があった!!そしてTTGの三人もだ、しかも君の配信に出たいから許可を取れと言われたのだが一体何がどうなったらこのような事になるのか説明を要求する!!』

「……俺が知りてぇ~……」

 

同時に思った。絶対にこのチャンネルは誰かに引き継がせて苦労を背負わせてやると。



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140話

「はぁぁっ……なんでこんな事になってんのかねぇ……」

 

溜息をつきながらも手元にある許可証を見る。理事長発行のこの許可証、配信を学園が許可するという事を確りと明記した許可証……なのだが、その配信に今回、シンザンがマジで来る気だという事を知ったURAは愕然とした。何せレジェンドもレジェンドだから、トレセン学園の学園祭とはいえもっと確りとした所で迎えるべきだとコンタクトを取ったらしいが―――

 

『断る、あんたのそれは絶対に堅苦しいし楽しくない。それにあたしはTTGの連中とダチの配信に出るって約束してんだ、それを破れってのか?』

 

という事を言われつつ一蹴されたらしい。何ともシンザンらしい……そして自分の方に交渉を求める旨の話が飛んできたのだが……何とか出来る訳ねぇだろ、と此方だって白旗宣言。自分程度の意見を聞いてくれるシンザンではない。

 

「はぁぁぁっ……」

 

溜息がまた漏れる。こんな事をする度に幸せが一つ一つ零れ落ちていくという話を聞いた事があるが、既に幸せじゃないので零れ落ちる幸せなんてものは存在しないので気にすることなく続ける。一応対策として他の人にも配信の手伝いをお願いするという案があったのだが……一体誰がこんなカオスな配信の手伝いをしてくれるというのだろうか、ランページ一人では完全に許容しきれない理解しているのでたづなと理事長は救援を頼もうとするのだが、では誰に……となった。

 

「十冠って大変だなぁ……こんな苦労しなきゃいけないんだから……」

 

幾ら十冠と言えど、普通はこんな苦労を背負い込む事なんて普通はあり得ない。

 

「……一人、宛てはあるか」

 

そう思いながらスマホを手にして連絡を取る、相手も当然レジェンド。

 

『成程ね~……随分と大事になっちゃってるわね』

「ええ、こんな事頼むなんて失礼かもしれませんけど、助けてくれません……?」

『モチのロンよ、お姉さんとの仲でしょ?当日は私も手伝いに行くから安心してね♪』

「マジで感謝します……神様仏様マルゼンお姉様ですわぁ……」

『いやんお姉様なんて、もっと言って!!』

 

助けを求めたのはジャパンカップ前にお世話になったレジェンドの一人であるマルゼンスキー。幸運な事に彼女はTTG世代の一年後の世代、なので見知った先輩を相手取る事になるので自分だけで相手をするよりも遥かに楽になる。

 

『その代わり、私も配信に参加させて♪』

「そりゃ勿論……って、シンさんに加えてTTG、そこにマルゼン姉さん追加ってURA発狂しそうなぐらいな面子だ……」

『流石にそこまでは行かないんじゃないかしら?』

「いや既に脳破壊されてると思いますよ」

 

レジェンドを制する為にまた呼ばれるレジェンド、ある種の無限ループなのではないだろうか……まああの4人に比べたらマルゼンスキーは大分マシな方だろう、それでもレジェンドなのは変わりないのだろうが……

 

「失礼する……って大丈夫かランページ?」

「これが大丈夫見えるってんなら眼科紹介してやるぜこの野郎、ついで診察料から検査費用まで全部俺が持ってやるから人間ドックで精密検査して来やがれ」

「荒れてるわね」

 

苦笑するように此方を見ているのはルドルフ、ラモーヌ、シービーと言った現在のトレセン学園が誇るレジェンド三人。まあ自分を含めたら4人なのだが……と何処か嘲笑気味に笑っているランページは死んだ目をしながらもノートパソコンのキーボードを叩き続けている。

 

「何やってんの?」

「配信で使う資料作りだ、俺は必要ないが理事長がURAに提出する為にまとめて欲しいって泣きついて来たんだよ」

「来るのがあの方々だから致し方ないかもしれないわね……」

「ハァッ……やれやれ、十冠ってのは大変だぜな」

 

そんな苦労は君だけだ、とルドルフは声を大にしたかった。

 

「んで何の用だよ、見ての通り結構忙しいんだぜ。様子見に来た程度で来たならさっさと帰ってくれ、気が散る」

「いや許可を貰いに来た」

「許可ぁ?生徒会の会長が副会長と三冠引き連れて何の許可を貰おうって言うんですかねぇ」

 

と言葉からも感情の荒波が読み取れてしまう。これは相当に追い込まれている。だが、此処で引く訳には行かないのである。

 

「私達も君の配信に出る許可を貰いたいんだ」

「あ~はいはい、もう好きにすりゃいいじゃねえの俺困らねぇし困るのURAだしあいつらが発狂するだけだし俺しらねぇし」

「真面目に言ってるんだけどなぁ……あの方々相手するの流石に一人じゃキツいでしょ?」

 

詰まる所助け舟を出しに来てくれたという事なのだろう、幾らなんでも自分ではあのレジェンドたちを相手取るのは不可能に近い。特にTTGは生徒会メンバーだったらしく、今の生徒会的にも絶対に避けては通れないのだとルドルフは言う。

 

「んじゃシービーさんは何で?」

「いやほら、あたしも一応トレセンのあれ的なあれだから」

「語彙がなんかこう、凄いですね。ハァッ……まあ出るならもうお好きにどうぞ、マジでTV局とかも発狂しそうな面子になって来たな……」

 

基本的にトレセン学園内にはテレビは入れない。ウマ娘の安全確保などの為、故に内部情報は中々に公開されないのでランページの配信はそれらを知る事が出来るという意味で非常に貴重。そこにウマ娘界のレジェンドが次々とやって来るのだからTV局的にはもう頭を抱えるしかないだろう。

 

「それで、内容はどうするのか決まったのかしら」

「如何決めりゃいいのか逆に決めて欲しいわ。シンさんにTTGだぜ、どんな企画が適切なのか分かります?」

「……困るわね」

 

流石のラモーヌも閉口せずにはいられない。この面子に相応しい企画なんて思いつく訳がない。

 

「かと言って、偉大な先輩の戦績を振り返るとかシンさんが好むとは思えないし……堅苦しいのも嫌いなあの人が気楽に出来るってマジでトークショー的なもんしか思いつかねぇぞ」

「もうそれで良いような気もするよねぇ~」

「いっその事、先輩たちと一緒にライブでもするか?」

「もはやそれは最終手段としたいな出来れば……」

 

幾ら議論を積み重ねても形にはならず、ランページが自分の力で何とかするしかないという結論に至った。自分のチャンネルの配信をやる以上、如何にかするのが配信者だという自負があるのか、それともヤケクソなのか……三人の参加も了承した。もうこうなったらマジでお婆様達も呼んでやろうかな……と半ばヤケクソになりかけている。

 

「お姉ちゃん俺もう駄目だぁ……今回ばっかりはマジで当日になってみない事にはどうしようもないよぉ……」

「よしよし大変でしたね、大丈夫お姉ちゃんが付いてますよ~」

 

最終的にランページはクリークに素直に膝を貸して貰うまでに追い詰められていた。

 

「えっらい事になったなぁ……ウチらが出てても焼け石に水か……大食い企画でもするか?」

「それなら私も手伝うぞ」

「なんかオグリさんがレジェンドと対決みたいな事でも良いような気がして来たわぁ……」

「よしよし、今はお姉ちゃんにたぁんと甘えていいですからねぇ~♪」




ゴルシチャンネルはこれを越えないといけないのか……ああ、だから宝塚記念三連覇の場面で立ったのか!!!そうか、そうだったのか、流石ゴルシだ!!


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141話

なんだかんだあったけど、訪れてしまった今日この日、そうトレセン学園秋のファン感謝祭、聖蹄祭当日。来て欲しくはなかったが来てしまった当日に、溜息を漏らしたくなるのは悪くないはずだ。

 

「喫茶カノープスへようこそ」

「いらっしゃいませ~!!」

「ごゆるりと、お過ごしください」

「いらっさ~い!!」

「い、いらっしゃいませぇ」

「よくぞおいで下さいましたぁ!!」

 

そんな学園祭の一角、喫茶カノープスは既に大勢のお客さんがやって来た。ここ数年の活躍が特に目覚ましいチームというのもあるが、普通は見られない出し物―――シャッフル勝負服喫茶店という唯一無二の個性を纏っての出店なの多くのお客さんがやって来ていた。

 

「お待たせしました~此方お勧めのケースセットで~す」

「此方、紅茶のセットとなります」

「ハンバーガーセットって来たよ~!!」

「え、えっとえと……どうぞ」

「お待たせしました~!!」

「どうぞ~」

 

勝負服シャッフルというのもカノープスのメンバー内という訳ではなく、他のチームの物だったり過去に走ったウマ娘の物も混ざっている。ネイチャは興味があったのかテイオーの勝負服、イクノはバンブーメモリー、タンホイザはイクノ、ライスはタマ、チケットはハヤヒデの物を着てみているがオリジナルの物を着ているのが居た。

 

「あれ、ターボさんのそれって一体誰の奴なんだ?」

「配色的になんか、メジロっぽいけど……」

「フフン!!これはねランがURAから貰った勝負服の一つを借りたの!!」

「へっ~こんな感じなんだ!!」

「ランページっていっつもあの勝負服しか着ないもんな!!」

「新鮮~!!」

「ターボさんこっち向いて~!!」

「イエ~イ!!」

 

白を基調としつつもエメラルドグリーンが掛かったドレス、お腹の辺りには大きなリボンにターボの勝負服にもあるぬいぐるみが掲げられており自分らしさを出してみている。最初にURAに貰った勝負服をメジロ家のデザイナーが改修した物で、メジロ家主催のイベントで着なければいけない場合の服装として大切にしまわれている。そのコスプレ、という事になる。

 

「そう言えばランページさんは?」

「今日生配信やるって言ってたし、そっちに回ってんじゃね?」

「いるよ?」

 

そう言うとターボが奥を指を指すとそこから漸くランページが登場した、生憎配信準備もあるので限定での参加だが確りと衣装シャッフルを行っている。彼女が纏っているのはカツラギエースの勝負服、G1以外のレースで着用する体操服以外では初と言ってもいい短パンでの登場に喫茶店中が沸き上がった。

 

「お待たせしましたお客人、当店への来店誠にありがとうございます。生憎、私も事情がある故に短いお付き合いにはなりますが、皆様の記憶に残れるように誠心誠意努めさせて頂きます」

 

 

 

「あ~疲れた~」

「少し休んだら?」

「いや、配信の準備しなきゃならねぇんだ。じゃあな!!」

 

数時間のシフトを終えて、ランは喫茶カノープスを飛び出すと直ぐに屋外の特設ステージへと急いだ。自分も参加した事で喫茶カノープスは大繁盛、特にウマ娘向けの勝負服をレンタルしての写真撮影には多くの人が訪れてくれた。一番多かったのは自分の勝負服で

 

『待たせたな!!』

 

そんな掛け声とともに撮影をお願いする人たちだった。そんなに自分の代名詞的な事になっていただろうか……と思いつつも到着したステージなのだが……想像以上の人がステージ前の席にいた。G1のウイニングライブにも負けない位の大盛況っぷりにもう言葉が出なくなってくる。

 

「あ~……本当に此処でやるんだぁ……帰りてぇ」

 

配信をステージでやるなんて事は、今年の春にもやった事なのでいい。だが問題なのはその内容だ、今回ばっかりは本当に気乗りしない……このまま大逃げかましてやろうかな……と思ったのだが、ステージの陰からシンザンが良い表情をしながら手招きをする姿を捉えてしまった、向こうも此方をしっかりとらえているのでもう逃げられない……覚悟を決めなければ。自分の勝負服のコートを羽織り直してステージ裏へと向かう。

 

「応来たねラン、今日はいっちょビシッと宜しく頼むよ」

「うい~っす……気乗りしねぇ……」

「なんでさ」

「そりゃ当たり前でしょ」

 

完全にテンションガン萎え状態の自分に賛同してくれる声がやって来た、顔を上げると思わずたらりと顔を汗が走った。其処だけ空気が違う、空間が違っている。

 

「こんな大舞台で先輩呼んで配信やります、とか普通に考えて緊張するのは当然ですよ」

「同感だな。私だったら絶対に断るな」

「激しく同意です」

「そういう割には三人とも乗り気だったよな」

「「「そりゃゲスト枠ですし」」」

 

そうか、この人達がそうなのか……紹介されるまでも無い、この人達がそうなんだと分かる。その内の一人が自然と此方に手を伸ばして握手を求めて来たのでそれに応える。

 

「初めまして、君に会う事を楽しみにしていたんだよ。今日はこんな事になってしまって済まないね」

「こうするまではそうでしたが、こうしてお会いできてそんな気持ちが吹っ飛びました。お会い出来て光栄です―――流星の貴公子テンポイントさん」

「そう呼ばれるのも久方ぶりだな」

「天トウショウボーイさん、緑の刺客グリーングラスさん。名高きTTGの御三方にお会い出来て光栄の極みです」

「こうやって三人揃うのも懐かしいな」

「そうですね、そういう機会を作って下さったシンザン先輩にも感謝しませんと」

「応感謝しろ感謝しろ」

 

平成三強と言われたオグリキャップ、スーパークリーク、イナリワンのように、三強と言われる世代は幾つもある。その中でも別格の伝説とさせる三強の世代が存在する。それが通称TTG世代。この世代の最強と言われる所以はその強さ。3頭で8大競走を7勝、現在のGI級重賞レースを9勝。全員が年度代表馬に選ばれ、そして何より凄いのはこの3頭が揃ったレースでは1着から3着までを独占するという途轍もない事を行っているからである。

 

流星の貴公子、テンポイント

天馬、トウショウボーイ

緑の刺客、グリーングラス

 

この三頭の頭文字から取ったのがTTG、それこそが最強の世代として伝説となった名前。そんな伝説の三強がウマ娘として目の前にいる……同じウマ娘として興奮しない訳が無いのだ。

 

「そう畏まる事も無いだろうに、実績で言えば無敗の十冠の君の方が上だ」

「無茶言わないでください。偉大な先人に敬意を払う、これは当然の事です」

「おっいい心掛けだな。後で私が勝った有の事を話してやるよ」

「ンな事言ったら、ラン以外の全員有勝ってんぞ」

「そりゃ言いっこなしだよシンザン先輩~」

 

確かに、此処にいるほぼ全員が有記念で勝ち星を挙げている。その話は是非とも聞きたいのだが……なんというか、此処まで来ると緊張やらが一周して何も感じなくなっている自分が居て少し怖くなってきた。そんな自分を察したのがグリーングラスが肩を優しく叩きながら微笑む。

 

「安心してください、ショウもテンも私も貴方の配信はいつも楽しく見てますから。気を楽にして自然体で配信をしてくださいね」

「レジェンドが複数人いる状態を抱えて普通に配信?いやぁキツいでしょ」

「ですよね」

 

困ったように笑うグラス、ランページも何処かの騎手のような発言をするが大分心に余裕が出来てきている。出来たというかも悟りを開いてというべきなのか……兎も角、冷静さを持ち直したランページは何かを探しているかのように見回しているシンザンを見た。

 

「どったのシンさん」

「いやもう一人呼んだんだが……流石に来ないか、あいつは臆病だからなぁ……」

「誰呼んだんすか」

「カブラヤオー」

「いや、あの人って確か凄い臆病って聞きましたからキツいなんてもんじゃないでしょ」

 

まさかカブラヤオーまで呼んでいたとは……此処に居ない事に喜んでいいのか分からなくなってきた。

 

「待たせたなランページ、そして―――皆さん、お初にお目にかかります」

「ああ、話は聞いているよ。今の生徒会を務めていると、懐かしい物だ……」

 

やって来たルドルフ、ラモーヌ、シービーへと絡み始めていくTTG。シービーは厳密に言えば違うのだが……矢張り三冠となると気になるらしくトウショウボーイが絡んでいく。というか史実では親子なのでは……と思ったら彼女はシービーと肩を組んだ。

 

「クインは元気か?」

「ええ、元気も元気。偶には会いに来てよ、喜ぶと思うから」

「行きたいのは山々なんだけどこっちもこっちで忙しいんだよなぁ……」

 

何やら楽しそうに談笑を始める二人。如何やらこの世界ではトウショウボーイはシービークインの親友という立ち位置らしい。そういう事もあるのか……まあこれ以上突っ込むと深淵に足を踏み入れる事になる、追及はやめよう。

 

「あらっ~凄いメンバーが揃ってるわね~」

「来て正解、だったかもしれませんね」

 

突然、ステージ裏に威厳のある声が響いた。錆び付いたような動きでそちらを見ると同じようにルドルフも其方を見た、そこに居たのは……スーちゃんこと、スピードシンボリ、お婆様こと、メジロアサマの二人が居た。

 

「おっお婆様!!?ど、どうして此方に……!?」

「もしかしてランページちゃんに誘われて……」

 

とルドルフとラモーヌからお前なんて事を……といわんばかりの視線を向けられるが、ランページは全力で顔の前で手を振って無実を訴える。本当に呼んでいないのだ、そんな誤解を解くようにアサマが応える。

 

「私達は完全なオフなのよ。偶然(・・)、時間が取れたから二人で学園祭を楽しもうと思ったの」

「そう、本当にラッキーよね。アーちゃんと揃ってお休みが取れるなんて、本当に偶然(・・)よね」

「ええ。素晴らしい偶然(・・)ね」

「「「(確信犯だ……)」」」

 

とんでもない事になってしまった。シンザンとTTGだけでもとんでもないのにアサマとスピードまで揃ってしまった、これ本当にURAが卒倒するんじゃないかと本気で心配になって来た。そんな中でトウショウボーイが呆れたような声を上げた。

 

「何の集まりだぁこれ……私達はまだしも、メジロとシンボリの大御所に三冠が3人……自分で言うのもなんだがレジェンド揃い踏みすぎない?こんな面子が集まって何をするかと思ったらトレセン学園でやる生配信に出る為なんだから笑っちゃうよ」

「これも偏にランの人徳かもな」

「こんな人徳要らねぇ……!!」

 

絞り出すかのような悲痛な声に思わず全員が同意した。確かに普通に考えればURAの特別企画であっても揃う事はない面子、それを引き合わせたのはたった一人のウマ娘。しかも当人が積極的に声を掛けたわけではないのだから余計に凄い事になっている。

 

「ランちゃんそろそろ開始の時間じゃない?さあ頑張って盛り上げて来てね」

「スーちゃんってば軽く言うんだからもう……これだから後輩って損な役回りだよなぁ……」

 

とぼとぼとステージへと向かっていく背中は哀愁に塗れている、だがあと一歩で表へと出る瞬間に彼女の背中にあった哀愁は消滅して活力に満ち溢れたウマ娘へと変貌した。ステージ前の観客席は大観衆で埋め尽くされ、後方まで続く人の波が自分の登場に歓喜の声を上げた。笑顔でそれに応える。

 

「皆~おはこんハロチャオ~♪」

『おはこんハロチャオ~♪』

「もう一回!!おはこんハロチャオ!!」

『おはこんハロチャオ!!』

「アンコール!!」

『おはこんハロチャオ~!!!』

「よ~し皆いい声だ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、速すぎる時の 瞬きに魅せられて、独りでは輝けない~なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?本日はトレセン学園の学園祭、聖蹄祭!!その特設ステージで生配信をお送りしちゃうぞ~!!」

 

歓喜の声が上がる、背後のモニターには配信中のコメントが流れており大いに盛り上がっている。だが今日はこんな物じゃないんだ、冗談抜きで今日はやばいんだ。

 

「配信に良く来てくれてる皆の者なら分かってると思うけど、俺様の配信ってレジェンドがすげぇ来るんだよね。いやはやどうしてこんなにも賑わっちゃうのかな~これも俺の人徳って奴なのかな?まあ今回ばっかりは流石の俺でもこの人徳を恨むぜぇ!!最初に言っておく、今回のゲストはか~な~りやばいですね♪いや冗談抜きでやべぇんだって、これまで会長とか来たけどマジでやばいよ?んじゃ最初に一緒に進行してくれる人を御紹介だ~!!姉さんカモ~ン!!」

「はぁ~い♪皆フラッシュ焚いてる~?皆のお姉さん、マルゼンスキーよ~ん♪」

「今日は此方のお姉様と一緒に進行していくぜ、言っとくけど姉さんはゲスト枠じゃねえからな」

 

マルゼンスキーがゲストではない、と分かるとコメントは大いに荒れる。これでゲストじゃない!?と、じゃあ一体……とざわつく中、待ちきれずにゲストが出て来てしまった。

 

「なあラン、まだ待ってないとダメかい?」

「いや呼んでから来なさいよ!?」

「あらら~……まあもうしょうがないかもね、それじゃあゲストカモ~ン!!」

「あああああ~一応考えてた予定がぁぁぁぁ!!もうこの際言っておく、多分この配信は伝説になる」

 

なった。




史実のネイチャの父はナイスダンサー。このナイスダンサーはテイオーの母父に当たるのでその関係からテイオーの勝負服……えっ如何でもいい?

大丈夫、このカオスは配信は次回に続くから。


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142話

URA。正式名称、Uma-musume Racing Association。トゥインクル・シリーズやウイニングライブ、トレセン学園などを運営している彼らは今日も今日とて、ウマ娘の為の活動を行っているのだが……今日日、彼らの頭痛の種となっているウマ娘が居た。それは皇帝シンボリルドルフを越えるウマ娘、前人未到の十冠という大記録を達成しつつも未だに無敗のまま走り続けているメジロランページ。

 

URAとしては漸く現れてくれたルドルフを超える逸材、そんな彼女は敗北を知らぬ処か芝だけではなくダートにも進出しその両方で勝利しているという常識にとらわれる事のない活躍をし続けている……のだが、彼女がURAにとって頭痛の種となっているのは理由がある。それは彼女の人徳というべきなのか、カリスマというべきなのか……

 

「何とか出来ない物かなぁ……シンザンにTTGなんて此方の企画に出て貰えれば大成功間違いなしなのに……」

 

ランページはURAからの要請でトレセン学園の宣伝部長を担っている。目的としては、通っている生徒の安全の為に取材などをレース関係の以外は基本的に断っているから。なのでカノープスなどへの取材の為ならば中に入る事は出来るが、トレセン学園という大きな枠組みに対しての取材は行えていない。安全の為とはいえ情報をシャットアウトとしてしまっているので、これから学園を目指す子に対する配慮の為に内部宣伝を行う者が必要となった。そこで白羽の矢が立ったのが彼女、ランページ。

 

現役最強ウマ娘にして無敗の十冠、これ以上に無い宣伝効果がある。事実としてその効果は十分あるのだが……あるのだが……宣伝や彼女の個人配信に出て来るゲストが毎度毎度レジェンド級の面子ばかり、トレセン学園でやっているのだからルドルフやシービーが出るのはまだ分かる。なのに、引退している筈のマルゼンスキーやカツラギエース、果てはメジロアサマやスピードシンボリなどがどうやったら出て来るのだろうか。

 

「何とかランページさん本人から交渉を……いや断れるのがオチかなぁ……」

 

本来であればTV局の年末企画であったとしてもなかなかそろう事がない日本ウマ娘界のレジェンドたちが、彼女の配信には頻繁に姿を現すのである。URAとしては何とも言えない事態になっていく……そして、それに対してTV局やマスコミからの問い合わせも殺到しており出演交渉やら取材の交渉も大量に来ている。そういう意味では本当に頭の痛い事態となっている。

 

「ぶぶぶっ部長ぉ!!」

「吃驚したぁ!?なんだよもう少し静かに入って来いよお前ぇ!!」

 

そんな風に頭を抱えていた企画部長、企画部の部屋へと飛び込んできた新人は血相を変えてスマホを見せて来た。そこにはトレセン学園で行われている聖蹄祭の中継が流されている。

 

「お前、仕事中に……見るなと言わんが、何を慌てて」

「いいから見てください!!この特設ステージ!!」

「特設ステージって……メジロランページの生配信だろ?シンザンやらTTGが出る……」

 

スマホを改めて見てみるのだが……そこにあったのはもう色んな意味で言葉を失う光景だった。そこには―――

 

『だってだってさ、この人突然TTG連れて行くからっていうんだぜ?司会進行する俺の身体の事全然気にしてねぇよ、頭抱えてたのよ十冠が』

『という事は勝ったって事だな、よし今日からあたしが十冠だ』

『ンな訳ねぇだろ!!?』

 

特設ステージの上で繰り広げられているトークショー、それがいい。そういう事をやると聞いている、聞いているが……シンザン、TTGだけではない。マルゼンスキーにメジロアサマ、スピードシンボリ、シンボリルドルフ、メジロラモーヌ、ミスターシービー、メジロライアン……そんなメンバーが自由に話したり、様々な事をやったりしている。現在はシンザンとランページの対談、出会いなどを話している状態。

 

「何だこりゃあああああ!!?」

 

 

「いやはや、なんだろうねこの状態、カオスすぎてなんか話してるだけで超疲れるんだけど」

「そう?お姉さんはまだまだ元気よ~皆もそうよね~♪」

『おおおおおおっ!!!』

 

・無敗の十冠が一番疲れてるなぁwww

・そりゃお前こんな状況だぞ、一番疲れて当然だろ。

・それでも笑顔を崩さない辺りプロだな。

・というかそれならなんで呼んだしwww

・ダブルお婆様なんて特にそうだろwww

 

「いやお婆様俺が呼んだわけじゃねえし」

「そうそう、私達は偶然(・・)予定が無かったから、学園祭に個人的にお邪魔しただけなの」

「ええ、本当に偶然(・・)、奇跡的に暇な時間を作る事が出来ましたからね」

「「オホホホホホッ」」

「ぜってぇ嘘だ……!!!」

 

・お婆様www

・計画的犯行じゃねえかwwww

・絶対それ意図的ですよねww

・ダブルお婆様がお茶目すぎるwwww

 

「そもそもがポケモンでマスターボール帯まで行ってるような人たちだぜ、お茶目じゃねえ訳ねぇだろ」

「あっそうそう、ランちゃんは新しいパラドックスポケモンどう思うかしら?」

「スーちゃんスーちゃん、せめてプライベートでそれ話さね?絶対に学園祭で話す内容じゃねぇよ、任天堂に怒られるわ」

 

・スピードシンボリさんwww

・自由過ぎるぞこの御大wwww

・これがあの凱旋門に挑戦したウマ娘の姿かwwww

・というか、アサマお婆様は何やってるん?なんか携帯取り出してるけど

・なんか話してる?

・暴君~!!後ろ後ろ~!!

 

「誰が暴君だこの野郎ってえっ後ろ?」

「ラン、ランってばお婆様が」

「ランページさん、お電話ですよ」

「えっ今ですか?何方から」

「任天堂の社長さんです」

「え"っ」

 

・えっ

・えっ何、いわっちから電話来たの?

・流石に話題が不味かったか?

・なんで社長が……

・何、社長この配信見てんの?

・仕事しろ社長www

 

「いや笑い事じゃねぇよ、任天堂の法務部と対決とか洒落にならねぇぞ……はいもしもし、あっ社長!!あっはい、メジロランページですってえっ?ああはい、えっと……はい、はい……ヴェッ!?」

 

・何話してんだろ

・というか、一旦ステージ裏いけやwww

・ステージ上で通話すんなww

・なんかスゲェ声出たぞ、乙女が出していい声じゃねえwww

・乙女かあれ?

・暴君やろ

 

「ああはい、あっいえいえいえとんでも御座いません。あっあの時の!?ああはい、はいそれでは、はいまた何れ確りとした形で……はい失礼いたしますぅ……」

 

通話が終わると若干呆然気質になって立ち尽くしてしまう、一体何を話したのだろうか。

 

「なんかあの、ポケモン全然出して貰って結構ですよってお墨付きを貰っちゃいました……あと、この前配信でマリオカートやった時に社長のMiiが居て、俺その人に2着で負けたんだけど……ご本人だったみたい」

 

・えっ

・あのいわっち社長ご本人!?

・知らず知らずのうちにコラボしてたのかよwww

・というかフットワーク軽いなぁ!!

・流石いわっち……

・というか、話題出していいのか……

・そっちの方が広告になると判断したのかな。

 

「えっと、なんか分からないけど生配信はまだまだ続くぞ~!!続いちゃうぞ~、なんか嫌だなぁ~!!!」

 

・というかランページのコネクションえぐくね?

・ウマ娘界のレジェンドに今度は任天堂の社長www

・これで引退後も安泰やな。

 

「それじゃあ遠慮なくお話ししましょうか♪これからは皆からの質問もじゃんじゃんも募集ちゃうわよ~♪」

「うんなんかもうさ、この配信って理事長とかURAからしたら胃が痛いなんてレベル越えてるよな……というか何で社長から電話来たんだマジで」

「私が電話して許可を求めました、矢張り岩田さんは話が分かりますね」

「お婆様のせいだったんかい!!?」




なんというか、任天堂の社長=岩田さんの図式が未だに崩れない。有野課長と対談してたのが今でも思い出せるぐらいには大好きな社長さんだ。


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143話

「にしても、まさか配信中に社長から電話貰うなんて前代未聞だろうな!!見てみろよ、公式ウマッターでこの事もうネタにしてやがる!!」

「うっわマジだ……何れ正式なコラボをメジロランページとしてみたいですねって……何俺課長みたいな挑戦やるの、需要あんの?」

「ゲーム実況に需要がありやがる世の中だぞ、あるに決まってんだろ」

「うっへぇっ……」

 

何だか大変な事になってきたランページ、後日、自分のウマッターにダイレクトメッセージで任天堂から公式認定を貰ってしまって後日コラボ企画をする事になってしまって愕然とするのであった。

 

「そうだ、おいランページお前なんかこれからの抱負みたいなのねぇのか?」

「突然な上になんつぅ雑な振り……ランページ的にポイント低いっすよそれ」

「まあ、ショウにはそういう所があるからな。乱雑というか、デリカシーがないというか……」

「そうそう。テンが怪我した時だって元気付けるって言いながら煽ってたりしてたじゃない」

「結果的に元気出てたじゃねえか」

「あれは元気じゃなくて怒ったというのだ」

 

矢張りというべきかTTGの絆の強さは計り知れない、伝説とまで言われる程の世代というのもこれ程迄の絆があったからこそなのだろうと思わせる。

 

「まあいいじゃないか、私としても君のこれからが気になる」

「同じく、折角の舞台なんだから言いなさい」

「会長にちゃん先輩まで……」

「いい機会ですね、言って差し上げなさい」

「お婆様……んじゃまあ」

 

様々な人からの後押しを受けて、ランページはこれからの抱負というか予定を語る事にした。ファンからしたらそれは待望の物でもあったのか、大歓声が上がる。これからどんな走りを、どんなレースでするのかを聞く事が出来る。

 

「ランのこれからか……アタシも興味あるなぁ」

「お姉さんもよ」

「さて、どんな反応が来るのか楽しみだな」

「フフフッランちゃんのこれから……か」

 

様々な期待が圧し掛かってくる中で、ランページは自分を映しているドローンカメラを見ながらも一呼吸を置いてから語り出す。

 

「まずは天皇賞、んでその後はエリ女だ。まあこの辺りは予想付いてたんじゃねえか?去年と同じだからな」

 

・秋華賞の代わりが天皇賞って感じのローテだな。

・それでもまた中一週ローテかよ。

・ふつうそのローテだと足壊すウマ娘多いんだけどなぁ

・オグリのローテよりマシやろ。

・あれはマジでとんでもねぇからな。

 

「それでその先は~!?」

「勿論ジャパンカップだよなぁ~!?」

「ワールドレコード保持者が、また日本の誇りを守ってくれるんだよなぁ!!」

 

ジャパンカップへの期待が溢れ返る、今年もあの激走を見せてくれるのではないか、また見たいんだという気持ちで溢れ返っていく。正直、この先の言葉を言うのは辛い、期待を裏切ってしまうような気になる……だが違う、此処で縮こまっていたら自分ははばたく事は出来ない。

 

「―――俺はチャンピオンズカップに出走する」

『チャ、チャンピオンズカップ!?』

 

・ジャパンカップはジャパンカップでもダート!?

・いやまあ確かに、そっちも選択肢には入るのか……。

・だけど、じゃあジャパンカップはどうなるんだ……?

 

コメント欄も含めてどよめきの声で溢れている、確かに二刀流のランページならばチャンピオンカップだって射程圏内に入っている事になるし、二つのジャパンカップを制する事なんてまだ誰もやった事がない快挙である筈。その姿を見てみたいという思いもあるが……矢張りジャパンカップの連覇をして欲しいという思いも強い、そんな思いに脚を止めずに言葉を続けた。

 

「そして、それを足掛かりにして―――世界を目指す」

 

・世界、今世界つった!?

・えっまさか、海外遠征!?

・じゃあ、この前の札幌記念に出たのももしかして……

・洋芝の感触を確かめる為か!!

・えっでも、何でダートに……

・おい、まさか……

 

「薄々察してる奴もいると思う、俺が芝とダートの二刀流になった理由―――ダートでの挑戦状を海外から受けたんだ。そして俺はそれを受けようと思ってる」

 

・挑戦状って海外からだったのか……

・それでダートを走ってたのか。

・これが挑戦か……

 

「此処にいるスーちゃん、スピードシンボリさんは凱旋門に挑んだ。その次にメジロからメジロムサシが、そしてまたシンボリからシリウスシンボリが夢を背負って挑戦し続けた世界の壁、その流れはもう止まった……いや止まっていないさ。次は俺の番だ、俺は戦いに行く、そして挑戦しに行く、海外へ凱旋門へ!!」

 

堂々たる宣言、メジロランページの海外遠征宣言。しかも目的地は世界最高峰の凱旋門賞、脈々と続いて来た挑戦という走りの意志が今度は現役最強と言われる王者へと受け継がれる。これに興奮しないファンなどいない、だが此処でとある疑問が浮かんだ、ならばダートは、そのダートは何処で走るのかと。

 

「勿論海外のダートを走る為に決まってるだろ、海外でも芝とダートの二刀流で勝ちを目指す」

 

「そ、そんな事出来るの!?」

「幾らランページでも無茶なんじゃ……」

「せめて、一本、芝かダートの片方に絞った方が!!」

 

反対している訳ではない、不安なのである。海外のレースは日本以上に過酷だ、それを二刀流で攻めるのは余りにもリスキー。コメント欄でも似たような言葉が大量に出て来る。だが―――ランページは一歩も引かない。

 

「挑戦ってそういうもんだろ。無理だ何だと言われようが挑みたい、やってみたい、だからこそ挑戦する価値がある、何度だってやる意味がある。勝ち負けなんて関係ない、挑戦するという事を俺が示す!!」

 

夢を見せられるウマ娘になりたい、とあるウマ娘が言っていた言葉だ。全く以て素晴らしい言葉だ、自分も願わくばそんな存在になってみたい。だが自分は彼女のような夢の見せ方は出来ない……だから挑戦する自分の背中を見せる、それを見て、感じて、思って欲しい、そして自分の後に続いて欲しいのだ。

 

「俺達には無限の未来が、可能性が広がってる。そんな可能性を掴み取りたい、だから俺は世界に行く。だからよ―――皆、応援頼むぜ、海外でも配信やる予定だからそん時もお楽しみに!!」

 

『おおおおおおおおっ!!!!!』

 

その言葉を皮切りに爆発したかのような圧倒的な音圧が特設ステージへと向けて放たれた、それは見ていた全員が思った思いの発露。

 

「燃えたぜっランページィ!!!絶対に応援に行くぅ!!」

「俺もだぁ!!仕事辞めてでも行くぞぉ!!」

「頑張ってぇ~!!」

「いいぞ暴君~世界の王様になっちまえ~!!」

 

・随分前の配信でも同じ事言ってたなぁ!!

・挑戦することの大切さ、見たいぃ!!

・俺達の王が世界の王になる瞬間、見てえぇぇよおぉ!!

・配信絶対やってくれよな~!!

・どうせだ、海外のレジェンドも引き込んじまえ~!!!

 

 

「如何したのルドルフ、嬉しそうな顔して」

「いや……眩しいと思ったまでさ」

 

ルドルフにとって今のランページは輝きに満ちていた。祖母が果たせなかった悲願、それを果たさんと挑戦したシリウスの熱意は確りと次代へと継承されていた。それが開花する日も近い、きっと彼女ならば凱旋門だろうが何処だろうと戦えるはずだ、と思っていると後ろからスピードに抱きしめられる。

 

「いい顔してるわよルナちゃん♪」

「此処でルナちゃんは勘弁してくださいお婆様」

「ウフフフッ」

 

「お婆様、知ってたんですよね?」

「ええ、知ってましたよ」

 

思わずライアンは問った。自分の親友が海外を目指している事を、以前世界を目指すとは言っていたがまさか此処までの事とは思っても見なかった。

 

「なんというか、何時の間にかランってば遠い所にまで行ってたんだなぁ……親友として、嬉しいよ」

「貴方も決して負けてはいませんよ」

「有難う御座います―――アタシも頑張らなきゃな」

 

 

 

「あっそうだわ、ねえ皆でライブやらない?絶対楽しいわよ!!」

「おっいいなそれ!!」

「賛成だ、いや元生徒会長としてやるべきだと進言する!」

「異議なし!!」

「それじゃあ私達も踊っちゃおうかしら、ねっアーちゃん」

「構いませんよ、久しぶりにいいかもしれませんね」

「えっお婆様も!?」

「じゃあ何踊りましょうか?」

「当然うまぴょい伝説よ!!ランちゃんはセンター固定ね」

「―――えっこのメンバーでうまぴょい伝説やんの!?嘘だろ」

「やるんだよ、あっあたしがサイドな、もう一人はライアンな」

「えっアタシ!?」

 

尚、マジでやった。センターはランページ、サイドにシンザンとライアンというフォーメーションで。この生配信は色んな意味で伝説となった。



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144話

「フゥッ……やれやれ、流石に疲れちまったなぁ……」

 

一世一代の大舞台と言っても過言ではない生配信を合計3時間やり切ったランページはベンチに腰掛けながらも空を仰いでいた。レジェンド級のゲストばかりの生配信は色んな意味で大盛況に終わった、幾つかのサーバーが落ちたとかコメントがあった気がするが、きっと自分は悪くない。強いて言えば俺は悪くねぇ。

 

「イエ~イ!!」

「皆~ダートも来てくれるかな~!!?」

『良いとも~!!』

「それじゃあ私達のライブもやってこ~!!」

 

如何やら遊びに来てくれていたらしいレディセイバーやアメイジングダイナと言ったダート戦線を走っているウマ娘が今ステージに立っている。生配信後の特設ステージの使い道は無かったのだが、急遽希望者によるライブをするというのは如何だろうかと提案してみたら許可が下りた。普段なかなか立てないセンターを味わったり、ライブに参加出来ないウマ娘にとってこれ以上の喜びはない。加えてお客さんにも好評なので提案して良かったと心から思っている。

 

「にしてもとんでもない事やったなぁ……マジで疲れた」

 

TTGは久しぶりのトレセン学園を楽しむと散策へ、スーちゃんは折角だから孫と一緒に♪とルドルフに案内を頼み、それに続くようにアサマはライアンとラモーヌと共に、マルゼンスキーはそれらをニコニコしつつも今も特設ステージで進行役を買って出てくれている。そして自分は流石に疲れたので休憩している。

 

「さて、これから俺は如何するかなぁ……」

「ラ、ランページ……さんっ!!」

「んんっ?」

 

顔を上げてみるとそこには以前よりも成長しているエアグルーヴの姿があった、以前のサイン会からもう少しで1年近くになってしまうのか……そう思うと時間の流れとは凄い物だと感じずにはいられない。

 

「よぉっエアグルーヴちゃん、聖蹄祭を楽しみに来たのかい?」

「わ、私の名前を、憶えてくれていたんですね!!」

「これでも記憶力には自信がある方でね、ご家族と一緒に来たのかい?」

「はいっ!!お母様と一緒に、今お手洗いに行ってまして」

「そうかそうか、なら戻ってくるまではお姉さんと一緒にいるかい?」

「是非!」

 

キラキラとした瞳を作りながら隣に座る、本当に純粋な瞳で少々気恥ずかしくなってくる。

 

「さ、先程は凄かったです!!あんなに凄い方々とご一緒しているのに全く緊張してませんでしたね!!」

「なんというか、あそこまで凄い人達が周りにいるともう一周回って緊張とかしなくなるんだよね。半分やけくそさ」

「それと―――海外遠征のお話、感動しました!!」

 

母に憧れているのもあるだろうが、歳の割に矢張り大人びている印象がする。口調も子供らしくないというか……マヤやマベちんと違って同年代と話しているような気分だ。流石未来の女帝だ。

 

「私も、貴方のようになりたいです!!」

「嬉しい事を言ってくれるお嬢さんだ、尚の事、海外遠征は確りとやらない訳には行かなくなったな」

「あ、あのお聞きしたい事がずっとあったのですが……」

「何でも聞きな」

「如何して、如何してランページさんはそこまでお強いのですか?」

 

純粋さ故に飛び出た言葉だった、無敗の十冠である自分に憧れているから出た質問とも言える。その強さの秘密を知りたい、そして自分もそれに倣う事が出来るならば倣って前に進みたいというのが分かる。

 

「さてな……俺はそもそも自分が王者だって思ってないんだよな、独裁者やら暴君やら呼ばれるからそれに乗っかる事はあるけど本気で自分が王者だの覇者だのって思ってないのさ―――俺は常に挑戦者だ」

「挑戦者……無敗の十冠なのに、ですか?」

「結果的に無敗なだけで俺は別に強くなんてないさ」

 

強くないなんて嘘だ、そう言いたいがそう言うには相応しくない程にランページの瞳は慈愛に満ち溢れていた。世間が喧伝するような現役最強覇者とは思えない。

 

「芝にしたってダートにしたってそれは変わらない。俺は挑戦を受けているだけじゃないんだ、逆に俺からも挑戦状を叩きつけているのさ。それに応えるだけ。それはこれからも変わらない、俺は俺を貫き通そうと思ってる」

 

決して慢心せず、前を向き続けて歩みを止めない、王者としてではなく挑戦者として歩み続けるその姿はエアグルーヴにどう映っただろうか。それはその瞳に浮かべられた輝きを見れば一目瞭然。

 

「私も何れ、貴方の様なウマ娘になります!!」

「それじゃあだめだな」

「えっ」

 

思っても見なかった言葉に詰まってしまう、自分は貴方のようにはなれないのかと思った直後に優しく頭を撫でられた。

 

「俺のようにじゃない、君は君だ。君らしく、俺を越えてくれ。実績じゃない、自信を持ってこれが最高の私って言えるように、な」

「―――はい!!」

 

きっと、この言葉の意味は届いている事だろう。もう一度頭を撫でてやるとコートを翻しながらも歩き出した、遠くからエアグルーヴの名前を呼ぶ声が聞こえたから。ご家族と聖蹄祭を楽しんでほしいという思いを抱きながらも自分も好い加減に回るか……歩き出す。

 

「柄でもねぇ事言ったかな……まあ本音ではあるんだけどな」

 

本当のことを言ってしまえば自分に王座へと座する資格はないと思っている、それをするよりも賑やかな事を一緒にやって楽しんでバカをやっている方が性に合っている。自分に続いて一緒に騒いでくれる物が居ればそれでよし、いなくともそれでよし。一時の閃光に過ぎないとして構わない、似たような輝きを目にした時に自分の事を思い返してくれれば。

 

「んっあれって……」

 

そんな風な思いを抱きながらも回っていると見知った顔があった。そこにはシンザンが居て、誰かの肩に絡むように肩を組んでいる。一見すれば酔っ払いのようだが……絡まれているのは半泣きになりながらもなんだか安心しているような表情を浮かべているような……。

 

「な~にやってんすかシンさん」

「応ランか。知り合いが変質者に捕まってたから助けてやったまでの事さ」

「いやだから完全な誤解なんだってば!!触ってもいなければ俺はマジで何もしてねぇ!強いて言えば道案内をしてた位!!」

「またお前か沖トレ」

 

如何やらシンザンは妖怪トモサワリから知り合いを助けていたらしい、まあ実際は沖野は足を触っていないので完全な冤罪なのが……以前にシンザンは勝手に足を触られているので割かし冤罪とも言い切れないのもあるが……。

 

「か、勝手に脚を触られるんですか……!?」

「いやもう流石にやってねぇから!!」

「もうって事は本当に……!?」

「ああいやその……い、今は良いじゃねえか!!」

「よくはねえよ……んで、シンさんそっちの人は?」

「ああそうだったな、実は聖蹄祭が終わってから併走を頼もうと思ってんだ」

 

そう言いながらも自分に抱き着いていたウマ娘を指差しながら勝手に紹介を始める、見た感じからすると随分と臆病な感じがするウマ娘だが……

 

「ほら、名前ぐらいは自分でいいな」

「はっはい……え、えっとカブラヤオーって言います。一応、ダービーウマ娘です……」

「またレジェンドだぁ……」



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145話

無理無茶無謀の三種の神器、正しく無茶苦茶なトライフォースの発狂逃げ戦術で勝ち続けた狂気の逃げ馬、それがカブラヤオー。この馬が何故狂気の逃げ馬と言われるのか、それは余りにも逃げのペースが可笑しいのである。

 

特に彼が制した日本ダービーでの1000mタイムは前半1000m58秒6、1200m1分11秒8という化物タイム*1、それによって前代未聞の日本ダービー逃げ切り勝ちをやってのけた。カブラヤオーの強さはシンボリルドルフの騎手を務め、ルドルフならばディープインパクトにも勝てると公言した岡部 幸雄騎手ですら

 

「ダービーの時のカブラヤオー相手にはルドルフでも勝てたか分からない」

 

そう断言する程だった。ルドルフに心底惚れ込み、彼こそが最強だと公言し続ける程の騎手が勝てるか分からないと公言する程にカブラヤオーの脚力は卓越していたのだろう。

 

「取り敢えず、此処で休憩してください。此処はカノープスの部室何であの変態も入って来る事はないと思いますから」

「すいませんお手数おかけしちゃって……ああっもっと勇気出せるようにならないといけないのに……」

「ったく相変わらずだねぇ……」

 

一先ず、沖野と別れてカブラヤオーを休ませる為に部室へとやって来た。喫茶の方に皆いるので基本、部室は無人。それを有効に活用させて貰う事にする。

 

「……お手数じゃなければお茶をお願いします」

「麦茶ですか?それとも温かい緑茶?」

「あっ途中でどら焼きを買いましたので出来れば温かい緑茶を……」

「うっす、シンさんは?」

「あたしも同じで」

 

リクエストを聞いてポットに水を入れて電源を入れる。しかしこれが本当にレジェンドウマ娘なのか?と首を傾げたくなる程度にはカブラヤオーには覇気はなかった。それもその筈、カブラヤオーの逃げ戦術はその臆病さから来ているのだ。

 

史実のカブラヤオーは幼少期に他の馬に蹴られたトラウマで馬群、ないしは馬恐怖症になっていた。なのでその恐怖心から身体のリミッターを外して異常な速度で逃げられていたとされている。それはウマ娘でも変わらないようで酷く臆病な性格をしている。

 

「にしてもあんた来てたんだねぇ、性格からして絶対に来ないと思ってたのに」

「ステージには……でも聖蹄祭は行きたかったので……」

「出来れば俺だって行きたくなかったわ、あんなとんでもねぇ生配信……」

 

スマホを付けてみれば、既にネットニュースに纏められていたりウマッターではトレンドになっていたり、どっかのサーバーが落ちたという話まである。普通の配信をやる筈だったのにシンザンのお陰でとんでもない大事件に発展してしまった、というかあれはある種のサイバーテロなのではないだろうか。

 

「すいません、本当は顔を出す位はするのが礼儀なんだとは思いますけど、あれだけの大人数の前だと流石に脚が……震えちゃって、怖くなっちゃって逃げ出したくなっちゃって……」

「いやまああんだけの人がいる上にステージに立ってる面子がホントに可笑しいですもんね……TTGがいるだけでもおかしいのにシンさんにWお婆様ですからね……」

「ううっ分かっていてだけ有難いです……あぁっ温かいお茶が美味しぃ……」

 

何というか、本当に穏やか且つ臆病な気質をしているウマ娘だ。ウイニングライブも大変だったのではないだろうか……だがその臆病さが爆発的な逃げ足を生み出していたと思うと驚きを隠せない。

 

「まあその事はいいさね、カブラヤオーあんたさ今度ウチのランと併走してやってくれないかい?」

「併走を、ですか?」

 

首を傾げながらもカブラヤオーは繰り返した。

 

「ウチのって……俺はいつシンさんの配下になったんすか」

「いいじゃないか似たようなもんなんだから」

「いや全然違う……」

「まあいいじゃないか、あんただって一応走り込んではいるんだろう?」

「ええまあ……一応走れると言えば走れますけど……」

 

それでも現役を退いてそれなりに経ってしまう、そんな自分と現役で走り続けているランページではかなりの差があるのでは……と思うのだが、その位だったらいいかな……とカブラヤオーは承諾する。

 

「純粋に併走やって勝て、という訳じゃないんだ。走りを見てやって欲しいんだよ、大逃げの先達として」

「先達なんてそんな大それた立場じゃありませんよ私……でも、お役に立てるなら……」

「良いんですか?」

「はい、凄いキラキラしてましたから」

 

これはまた、ネイチャみたいな言い回しをするなぁ……と思っているとそのまま言葉が続けられた。

 

「私は本当に怖がりです、でも走る事は嫌いじゃなかった……でも誰かと一緒に走ると絶対に恐怖が出ちゃって、そんな自分が嫌で、変わりたくても変われなくて……そんな私でも誰かの為に、夢の為になれるなら走れます」

「誰かの為に、か……」

「そ、それでも凄く怖くてそこから逃げちゃってるだけなんですけどね……」

「だからこそあんな走りが出来るんじゃないかい、なんだって極めちまえば凄いもんさね」

 

だが彼女と共に走れるというのはこれ以上ない貴重な経験になる筈だ、こういう機会を与えてくれる事に関してはシンザンに感謝をしなければならないだろう。

 

「カブラヤオーさん、折角ですから一緒に聖蹄祭を楽しみましょう。色んな所案内しますよ」

「えっと、カブちゃんでいいです。皆にそう呼ばれたので……そっちの方が気が楽ですので」

「それじゃあ俺の事はランで結構です」

「んじゃ何処から回ろうかね、どっかで美味い飯でも食えればいいんだが」

 

ランページはその後、シンザンとカブラヤオーと共に聖蹄祭を楽しむ為に回るのであった。

 

「おっ飛び込みレースをやるんだとさ。トレセン学園じゃなくてもOKなんだってさ、カブ、あんた出て来なよ」

「ふぇっ!?あ、あの走るのはまた後日じゃなかったんですか!?」

「情けない所しか見せてないんだから、ここらへんで先輩らしいところを見せて来いっての!!」

「ふぇぇぇぇっランちゃん助けてください~!!?」

 

強引にエントリーさせられてしまった飛び込みレース、OGだろうがトレセン学園生でなくても関係なくに出られるフリースタイル形式のレースに出る事になってしまったカブラヤオー。流石に如何かとも思ったのだが……

 

『こ、これはっ!!4番凄まじい脚だ!!逃げる逃げる!!1000mの通過タイムは―――59秒ジャスト!!』

 

シンザンと同じく、本当に引退しているんだよな……といいたくなるような爆速の超大逃げを披露。現役のトレセン学園生もいたのにそれすらブッちぎって大差勝ちをしてしまった。余りにも凄まじい大逃げにそれを見ていた観客たちは総立ちで拍手喝采、是非ともインタビューをしたいと実況役のウマ娘が迫ったのだが……

 

「こ、こここっこれ以上は勘弁してくださいぃ~!!!」

 

と逃げ出してしまった。あれだけ走った後だというのに脚色は全く衰える事も無く、逃げ去ってしまった。何とかその後を追いかけて捕まえると、彼女をなだめながらなんとか聖蹄祭巡りを再開できたのだった。

*1
現代換算だと、秋天のサイレンススズカと同じペースで逃げていた事になる。



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146話

「ハァハァハァ……お、お姉様凄い速い……」

「これでも現役シニアだぜ、ジュニアに簡単に負けてやる程まだ衰えちゃいないぜ」

 

聖蹄祭も終わり、またいつもの日常へと逆戻りしたトレセン学園で今日もウマ娘達は走り続ける。そんな中の一人、ランページはチームメイトであるライスの併走に付き合っていた。ライスもライスでジュニア級として一級品と言っていい程の走りをするが流石にランページにその刃が届くほどではない。

 

「流石ランページさんですね、お見事な走りでした」

「いやライスもライスで大した気迫だった、精神の切り替え、ターボ流に言えばライススイッチだっけかな。中々に機能してる、ありゃ他のウマ娘からしたらキチぃぜ?」

 

南坂からドリンクを受け取りながらもライスの走りを自分なりの分析したものを伝える。ライススイッチは文字通りスイッチを押す事で精神性を切り替える、ライスの内に秘める闘争心を剥き出しにしてそれらに全ての集中力を注ぎ込んでそれ以外の事など全く考えない物。その時にライスは全く別の命へと変わる。共に走って分かったが、凄まじい物だった。

 

「突然殺気にも似た威圧感が直ぐ傍に出現する、否が応でも意識しちまうよ。プレッシャーが半端じゃない」

「その割には、ランページさんは平気そうな顔して走ってましたよね?」

「こちとら一回行くとこまで行ってんだぜ?今更それを感じても何も思わんよ」

 

それを言われると何も言えなくなってしまうから勘弁してほしい……相手の精神を飲み込んで正常な力を出せなくするのがライススイッチの本領、だが様々な意味で経験が豊富過ぎるランページにはそれは通じない。今回は使わなかったが、彼女自身の領域を使ったら今度はライスがそれを味わう事になってまともに走る事すら出来なくなっていた事だろう。

 

「ンな事言ったら、タンホイザの方だって頑張ってるじゃねえか」

「はい。タンホイザさんの方も順調です」

 

「うおおおおおっ!!負けないぞぉぉ!!!」

「それは此方も同じです!!」

 

視線の先ではターフを疾走するタンホイザとイクノの姿がある。イクノも同じように併走に付き合っているのだが、イクノのハイペースにタンホイザは付いて行っている。ターボ曰く、マチタンフォームでイクノペースに対抗している。ランページの走りとイクノのペースと自信のスタミナをバランスよく配分している。

 

「レベルアップしてるなぁマチタンフォーム」

「はい。状況に応じてフォームの調整を出来るようになってます」

「泣き所が順調に無くなっていってやがるなぁ……おっ~怖い怖い、シンプルに当たりたくない相手になっていくねぇ」

 

マチタンフォームの弱点はバランス良くチームメンバーの要素を取り入れている事。全体のアベレージが高いので対応力こそ高いが、突出したものが無いので特化した相手、つまる所スピカのような個性を集中的に伸ばす相手を苦手とする。そこで彼女は状況に応じて適切な能力を選択、伸ばしてそれに対抗する手段を身に着け始めている。

 

イクノのハイペースの場合は、自信のあるスタミナをベースにしてそこにランページの走りとイクノの揺るぎないペースに重点を置いた走りをする。状況に応じて自由に特化させる方法を身に付けつつある。

 

「うおおおおおっっ!!!」

「その調子でターボに着いてこぉおい!!」

「はぁぁぁいっっ!!」

「気を抜くとあたしが抜いちゃうから頑張りなよ!!」

「はぁぁぁいっ!!」

 

最近漸くシンザン鉄(1.5倍)を渡されて気合が入りまくっているチケットを従えながらも最後のティアラである秋華賞に向けて万全の調整をしようと努力するターボ、同じく菊花賞での勝利を目指すネイチャとカノープス全体に気合が入りまくっている。それは、ランページも同じ事。

 

「んで俺の走りは如何だったよ、カブッちゃん」

「主、主観で良いんですよね?」

「勿論です。意見は数が多い方が良いですから」

 

カブラヤオー、愛称カブッちゃん。今回は自分の走りを見る為に態々来てくれた、狂気の逃げウマ娘と言われる彼女から見た自分の走りというのはどういうものになるのだろうか。その辺りは正直な話楽しみ。

 

「フォームは無駄がなくて理想的、それを活かす技術も持ってる……私の時代と違って色んな物が充実してるんだなぁ……っていうのが素直な感想、ですかね」

「ハハッあんたにそう言われると自信出るよ」

「だからやる事があるとすれば……逃げる事、ですかね。一心不乱に」

 

フォームも技術も完成されている、ならばあとやる事は肉体面と精神面を更に強化する事位しかない。それらを総合して自分の走りに添加して更に向上を図る、月並みではあるがカブラヤオーから言えるのはこの程度だった。

 

「やっぱそうなるよなぁ……」

「……あっ、一つあったかも」

「おっマジで?」

「うん。私、トレーナーさんから言われた事があったの」

 

それは自分がダービーに出走する時に言われた言葉だった、それは励ましの言葉でも慰めでもなく、真実であると前置きされた上で言われた言葉だった。

 

「私の長所は心肺機能と此処一番の勝負根性、後者は絶対に違うと思うんだけど……」

「心肺機能か……」

 

実際、カブラヤオーは1万頭に1頭と言われる程の強い心臓を持っていたとも言われる。それに加えて極めて頑強な脚、これらがなければあの大逃げの説明が付かないとさえ言われている。ランページに後欲しい物と言われたら強い心肺機能……位しかカブラヤオーは思い付かなかった。

 

「一応シンさんに言われてマスク付けたままで走れとは言われてたが……正解だったって事かな」

「多分……体力方面はほぼ完ぺきだと思う、だから鍛えるべきと言ったらそこかな……私だったらあのぐらいだったら息とか全然乱れないし……」

「相手がライスだったけど、それでも俺2000を逃げてたんだけど……」

「多分、今でも乱れない、かな」

「おい聞いたか南ちゃんこんな大人しそうな面して凶悪な事言ってんぞ」

「きょ、凶悪なんて言わないでくださぃ……」

 

苦笑する南坂だが、実際問題かなり凶悪。心肺機能は高ければ高い程に持久力が上がる、カブラヤオーの心肺の強さが良く分かる一言だ。大逃げというスタイルが基本なのでスタミナあるつもりでいたが……それでもカブラヤオーからすればまだまだらしい。

 

「もっともっとやらんと行けないって事か……上等だ、カブッちゃんが吃驚する位に鍛え込んでやろうじゃねえか」

「もう十分な位に吃驚はしてるんですけど……」

「それ以上!!」

「こ、これ以上となると私どうなるか分かりませんよぉ……」

 

兎も角、シンザン鉄とマスクを装着した状態で坂路へと向かう。合宿もこの状態で山を走っていたのだ、今更坂路位で泣き言は吐けない。天皇賞はもうすぐそこまで迫ってきているのだ。似合わないと言われようが、メジロのウマ娘の端くれとして立派な走りを見せなければならない。マックイーンやライアンもそのレースには出走する。

 

「負けねぇよ」

 

ただ一言に凝縮された覚悟、それを胸に抱きながらも重々しい音を立てながらも坂路を駆け上がっていく。自分は挑戦者、自分が挑むは全て。どんな相手だろうと、突き放すのみだ。

 

「良いんですかね、アドバイスらしい事出来てなかったような……」

「いえ、いい刺激を与えてくれました。これでランページさんは更に伸びます。そして彼女がまたカノープスを刺激する、そしてそれを受けて成長した皆さんがまたランページさんを、そんな連鎖が産まれていくのがうちのチームです」

「素敵な、チームですね」



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147話

「ねぇねぇラン、最近凄い坂路走ってるらしいじゃん。やっぱり効くの?」

「聞く前に自分で試してみたらどうだ」

「トレーナーが組んでくれたらやろうとは思うんだけどねぇ~」

 

食事をしているとよく他のウマ娘達が一緒に食べようとやって来る、今日も誰かと共に食べているのだが今回はテイオーだった。自分と戦いたいと挑戦状を送り付けられている立場だが、常日頃からバチバチにやり合う必要も無いので平時はのんびりとしている。

 

「この前カノープスの練習チラッと見たんだけどなんか初めて見るウマ娘がいたよ?」

「南ちゃんが呼んだ人だ。引退してる人だけど多角的な視点が欲しいから呼んだんだと」

「へぇ~スピカだとそういうの全然やらないんだよなぁ……」

 

テイオーはそこまでそのウマ娘に付いて興味を示してはいないようだった、それに付いては此方の思惑通りだと言える。そのウマ娘の正体はカブラヤオー、当人の希望でその事にはあまり言及せず、出来るだけ目立たないようにしたいと言われているので彼女が来ているという事も伏せているし彼女自身も変装してトレセン学園に来ている。聖蹄祭の時も変装を行っていたからこそ騒がれなかったと言える。

 

彼女からしたら、変装とかもしないでいるのは考えられないらしい。そう考えると自分が女物の服を着て出掛けるのは良い変装と言えるのかもしれない。

 

「マスクして坂路登ってるのもその"多角的な視点"から来る意見なの?」

「まあな。簡単に言えば心肺機能を鍛える為だ」

「なるほど~高地でトレーニングみたいな感じなんだね」

「そゆこと」

 

矢張り話が早い、悪く言うつもりはないがターボよりもずっと理解度が高い。

 

「レースの展開次第じゃ2400でもキツいかもしれないからな。それに2500の有だって控えてんだ、海外に行くつもりの俺としてはスタミナを鍛えておく事に越した事はないんだよ」

「成程ね~……えへへっ」

 

それを聞いたテイオーは突然笑いだした、何かを抑えつける事が出来ずに込み上げてきたような笑みにランページは怪訝な瞳を作る。

 

「何よ突然笑っちゃって」

「いや、さっ……なんか嬉しくなっちゃって。ボクもそれに出るつもりだし、改めて一緒に走れるんだなぁって思うと嬉しくて」

「自分が戦う相手がますます強くなるのに嬉しいとはこれ如何に」

「僕はカイチョーみたいなウマ娘になるんだよ、その為にはどんどん強い相手と走って経験を付けなきゃね!!それに、強いって分かったら練習にももっと身が入るじゃん!」

「主人公気質だねぇ……」

 

こういう所は素直に尊敬する、自分だったら此処まで気合が入るなんて事は絶対にない。寧ろ対策として苦手な分野を突いたりするための作戦を考えたりすると思う。

 

「それにしても海外かぁ……聖蹄祭のステージで吃驚しちゃったよ」

「そんなに驚く事でもないだろ、ルドルフだって海外遠征は予定に入ってたんだ」

「知らない訳じゃないけどさ~やっぱり日本と全然違う訳だし、環境とか色んな物も違うんでしょ」

 

テイオーの言いたい事も分からない訳じゃない、それまで中央ばかりだった者が地方のレース場を走るのとはわけが違う。国が違う、文化が違う、環境が違う。あらゆる物が異なり牙を剥いてくる、そんな状況でターフを駆ける訳なのだから想像が出来なくても致し方ない。

 

「実はステージの時に飛び入りで改めてランに挑戦する!!って言おうと思ってたんだよね」

「すげぇ事考えてたな」

「でも当日になって思いとどまったよね……何なのあのステージのゲスト陣」

「それは俺もそう思う、そしてよくぞ踏みとどまった」

「じゃないよ!!意気揚々とステージ行ったらカイチョーどころか、カイチョーのお婆ちゃんまでいるしもう訳分かんなかったよ~!!?」

 

その気持ちはよく分かる。何せ、訳が分からなかったのは自分も同じだしあの二人は偶然と言っていたが完全に来れるような予定を組んでいたのだから……本当に人が悪い。

 

「しかもあの後、カイチョーとお婆ちゃんに連れられて一緒に聖蹄祭巡る事になったんだよ!?なんかカイチョーに声掛けられたと思ったらお婆ちゃんにスーちゃんって呼んでね♪って凄いニコやかに言われてずっとお人形みたいに抱き締められてたしカイチョーは全然助けてくれない所か、なんかいい顔でグッ!!って指立ててくるし……聖蹄祭全然楽しめなかったよぉ……」

「スーちゃんェ……」

 

これもルドルフ&シリウスが遠慮していた反動だろうか……彼女からしたら自分の孫を慕う小さなテイオーはとても可愛らしく映ってしょうがなかったのだろう、自分も自分でアサマと同じく祖母のように慕ってはいるが、大きな孫と小さな孫では感覚も違いが出るの当然だ。そしてルドルフ、自分の役目をテイオーに押し付けるな。

 

「なんか、これからはスーちゃんって気軽に呼んでね♪ってなんかお小遣いまで貰っちゃったしカイチョーにはこれからも宜しく頼むよって言われちゃって……ボクもうどうしたらいいの?」

「諦めたら?」

「そこは試合終了まで言う所じゃないの!?」

「だってスーちゃんだし……ノリノリで自分から俺の配信に出たいっていう程度には茶目っ気溢れるお婆様だぞ、多分これからもお前の事を孫みたいに可愛がりに来ると思うぞ。実際俺だってそういう扱いだし」

「ぁぅ……」

 

恐らく、関わり合いが強い自分に何とかして貰いたいという事もあったのだろう……まあ無理である。確かに仲はいいがそれはあくまで友人としてであってそこまで踏み込んだ事は言えない。テイオーも恥ずかしいだろうからある程度加減してやって欲しい程度は言えるだろうが……果たしてそれを受け入れてくれるかどうかは別問題である。

 

「つうか、会長は会長で何やってんだよ。自分の婆ちゃんなんだからそこは自分が何とかしろや……」

「なんか恥ずかしくなっちゃって素直に甘えられないんだって」

「だからそれを他人に押し付けるか普通」

 

史実的に考えたらテイオーはスピードシンボリのひ孫に当たるので孫として扱うのは間違ってはいない……間違ってはいないが……スピードシンボリはきっとルドルフ自身に甘えられる事も望んでいる筈なので、今度やんわりとでも伝えておこう。

 

「まあ言いたい事は分かった、俺から会長やスーちゃんに言っといてやるから」

「お願い~……ボクも嫌いって訳じゃないけど流石に畏れ多いというかなんというか……何でランが普通にスーちゃん呼び出来るのかも理解出来ない」

「それは俺が一番思う、多分麻痺してるんだと思う」

 

最悪の場合、ダブルお婆様に付き人指名制度を活用して貰って強制的に配信に出て貰う事も検討しよう。以前よりかは改善傾向にあるが、いざという時は劇薬に頼るとしよう。尚、シリウスも巻き込まれる可能性もあるがその時はルドルフに責任をぶん投げるつもりでいる。

 

「クシュン!!!」

「あら、風邪?」

「いや急に鼻が……一応風邪薬を飲んでおくとしよう」



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148話

「盾っすかこれ」

「ウムッ送り先がトレセン学園になっていた故に私が預かっていた」

 

理事長に呼び出されて向かってみると自分宛ての荷物があるというので受け取る事になった。そこにあったのはレッドダイヤモンドの盾、どうやらこの前の生配信の影響か、登録者数が遂に1億の大台を超えたらしい。

 

「う~む……配信者として喜ぶべきなのだろうか、それともウマ娘としてはトロフィーとしての盾を取るべきだと思うべきなのだろうか……」

「快挙!!チャンネル設立から1年経たずしてこれだけの事をしたのだから誇るがいい!!」

「そしてそのまま学園の宣伝をしろと、学園長も悪よの~」

「いえいえランページ殿こそ~」

 

キシシシシッと悪代官ですら言いそうにない笑い声をお互いに浮かべている二人にたづなは楽しそうでいいですねぇと微笑みかけるのだが、頭の上のハテナからすればまた理事長が悪くていけない事を考えていると思ったのか、鉄拳制裁を実行した。

 

「ミ゜何をするのだハテナぁ……」

「いや今のは良いんだよハテナ、にしても如何やってそんな声出してんすか」

「皆目……咄嗟に出るから分からず、出そうと思っても出せないのだ……」

 

自分の頭に移って来たハテナは難しいもんだなぁと言わんばかりに納得が行かなそうな声を上げた。本当に頭の良い猫だ。たづなさんも頼りにするわけだと思わず納得してしまう。

 

「んじゃこの盾は……と言いたい所ですけど、呼んだ理由はこれだけじゃないでしょ」

「驚嘆、分かるのか?」

「トレセン学園に届けられたなら、そのまま俺に直接回せばいいじゃないですか。これより前の盾だってそういう方式だってのに……なんか本題を話すための口実作りに利用したとしか考えられませんぜ」

「流石ランページさんですね、お話が早くて助かります」

 

矢張り何かあったのか。まあそうでなければ態々理事長室にまで呼ばないだろう……自分は割と頻繁に遊びに来ているが。

 

「確認、君の次走についての話をしたいのだ」

「次走って……俺のスケジュールなら俺なんかより南ちゃんに聞いたいいじゃねえですか」

「そうしたいのは山々なんですが……南坂トレーナーもかなりお忙しいそうでして、学園としてもサブトレーナーを探す事をご提案させて頂いているのですが必要になったら自分で探すの一点張りでして……」

「なぁ~んか悪い事考えてやがんな……」

「一応スケジュール表は手元にありますが、一応念の為にご本人から確認をしたいんです」

 

本当に彼のコネクションというか情報網というか、その辺りは謎に包まれている。トレーナー契約を結んでそれなりになる自分ですら彼の本当の所は分からない。元貿易会社勤務という事は聞いたが……割かし本当にライダー的な立場に居たという事があるのではないだろうか。

 

「まあ次は天秋っすよ、メジロのウマ娘としてそれを無視する訳には行かないし距離的にも俺のベストが出せますし」

「確認。出走は確実なのだな?」

「妙に念押ししますね……病欠とかしない限り確実っすよ」

「―――了承、そして安堵……」

「はい、本当に良かったです……」

 

天皇賞(秋)に出走するという確約と確信が得られると二人は妙な程に安心の溜息を漏らした。

 

「何でそんなに安心してるんです?なんというか、理事長とたづなさんらしくねぇっていうか……」

「謝罪、情けない所を見せてしまった……実は再三、メジロランページの出走予定を確認するようにとURAから言われているのだ」

「まぁたURAかよ……でもなんで俺の予定を確認するんすか、なんか盛大にイベントでも組む気ですか?」

 

無敗の十冠が云々みたいなイベントをやればURA的にも利益はとんでもない事になるだろうし無いとは言えない、まあやる必要があるのかと言われたらそこまでだが……二人の反応からしたら如何やら違うらしい。

 

「今回ばかりは、URAも君に無視されては困るのだ……いや私も困るしメジロ家も困ってしまうのだ……」

「メジロ家にも……何があるんですか」

「その、とても言い難いのですが……とある方がランページさんのレースをこの目で見たいとの事でして……」

「レ、レースをですか?」

 

頷く二人。URAは日本でも有数の組織でその権力階級も相当に高い、その為だけにURAが理事長を通じて自分に予定を聞いて来た?一体どんな権力者だ、そんなの国際的な機関位しか思い当たらない、URAの国際版、国際ウマ娘統括機関連盟(International Federation of Uma-musume Authorities)とかだろうか。

 

「一体誰なんですか、そんな事が出来るなんてマジの特権階級とか……まさか総理大臣とかどっかの大統領とか……」

 

脳裏を過った可能性、それこそ日本の権力階級の天辺や他国の重鎮などだった。それならば納得が行く、マキバオーだとドバイの殿下が日本に来て有馬記念を見たなんて事もあったからないとは言い切れないのだが……その言葉に二人は首を振った。流石にそんな事はなかったか、と安堵したのもつかの間だった。

 

「天皇皇后両陛下が……天皇賞に、お越しに、なられる、のだ……」

「―――もう一度言って下さい(Per favore dillo di nuovo)?」

「あの態々イタリア語で聞くという事は御理解出来てますよね?」

もう一度言ってください(Können Sie das bitte noch einmal sagen)?」

「今度はドイツ語……」

「いやいやいやいやいや、あの理事長何言ってるか分かります?流石に立て続けにレジェンドが続いてて感覚麻痺している俺でもとんでもないって事は分かるんですよ?」

 

流石に冗談だろう?と問いかけたい、問いかけたいのだが……この二人の様子からして嘘ではない事が窺い知れる。

 

「おいおい……総理大臣どころか天皇陛下が来るとか予想出来る訳ねぇだろう……」

「天覧試合という事になりますね、一体何年ぶりの事になりますか……」

「以前の記録を確認してみたが、それこそ数十年では聞かぬほどだ。そもそも陛下が天皇賞を観覧なさる事自体初めての事だ」

「天皇賞って名前なのに初めてなんですね」

「まあそれは言わないでおこう」

 

自分でも知っている天皇がレースを見に来たというのは史実ではエイシンフラッシュの天皇賞(秋)だった筈、そこで鞍上のミルコ・デムーロ騎手が下馬し最敬礼した事は余りにも有名な話で石碑にもなっている。本来は騎乗馬が故障した場合を除いてやってはいけない事なのだが、陛下の御前という事でこの事に関しての制裁はなかったとの事、まあそれでも滅茶苦茶怒られたらしいが。

 

「なんでもランページさんが海外に行く前に一度でいいからレースをご覧になりたいとの事でして……それで予定を合わせられるのが天皇賞しかなかったんです」

「それで俺の予定を入念に確認したって訳か……いやそりゃするわ、うん……にしても……えらい事になったなぁ……」

 

まさかこんな事になるなんて思いもしなかった……メジロのウマ娘になったからには大御所との接触はあるだろうしそれは覚悟していた。だがそれは言うならば大企業の会長やスーちゃんのような名家だとばかり思っていた……まさか天皇なんて想像が出来る訳もない。

 

「兎も角、体調管理は入念に行ってくださいね?当日出走取消は勘弁してほしいので……」

「南ちゃん……これ聞いて倒れねぇかなぁ……」



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149話

執筆が遅れて申し訳ありません……。


「天皇皇后両陛下が天皇賞に、天覧レースですか」

「うっす……」

 

天皇皇后両陛下がレースを見に来る、それを翌日に南坂に伝える。自分がやるべきだと理事長に話して直接伝える事とした。自分のせいと言えばせいかもしれない……また負担を掛けると思いながらも伝える。流石の南坂も苦笑し眉間にしわを―――

 

「分かりました、それではそのことを頭に入れつつメニューをこなしてください」

「―――ってうぉいそれだけか!?他になんかあるんじゃねえの!?」

「えっあります?」

「いやあるだろ!?何、何で天皇皇后両陛下がレースに!?流石に私にだって限界だってあるんですよ!?みたいな反応する所じゃねえの!?」

「お望みとあればできますけど……生憎演劇の才能はないので大根役者になりますが」

「喧しいわ!!」

 

寄せる事も無く、何事も無かった日常を過ごし始めたかの如く普段通りに練習を行うように指示を飛ばしてきた。別段驚きの反応を望んでいた訳ではない、寧ろ心労が見えないという点においては寧ろ安心できる材料ではあるのだが……

 

「いやさ、なんかこう……ねぇの?」

「ぶっちゃけないです」

「アルェー?」

「聖蹄祭のあれで免疫が付いたんですかね」

「アナフィラキシーショック起きちまえ」

 

一切免疫なんて物が付かずに頭を抱えていた自分は一体何なのだろうか、そう言いたくなるような状況に若干不貞腐れ気味になる。

 

「んだよ俺なんて理事長から話されて思わずイタリア語とドイツ語が出たぐらいなんだぜ?」

「何故そのチョイスなのか謎ですが、それが出る辺り大分冷静だったようですね」

「そりゃよぉ……そこまで期間置かずに立て続けにレジェンドばっかりにエンカウントしてりゃいやでもある程度の耐性は付くわ……だからって天皇陛下が来るなんて言われたら流石にひっくり返りそうなもんだぜ」

「だからこそ基本は大事なんですよ、そんな大舞台で凄い人が見に来るのですから気が動転して基礎が疎かになる事が最も恐ろしいのです」

 

応用も奥義も土台となる基礎が揺らいでいては曖昧な物しか出せない、故にカノープスは徹底的に基礎を磨き上げる。そんな物が天皇が来たからと言って疎かになる事こそが偉大な天皇に対して最大の侮辱、最大の敬意とは自分に出来る全力を発揮する事である。

 

「言いたい事は分かるけどよ……だからって南ちゃんの冷静さ、ハッキリ言って異常に映るんですよねぇ」

「何処かのウマ娘さんが負けないお陰で私は色んな方々とお話してますからね、そのお陰でしょう」

「……It's me?」

「Yes.It's You」

 

如何やら大体自分のせいだったらしい。微妙に言葉に力が籠っている辺り、色々と思う所があるのだろうか……顔をそっと反らす事しか出来なかった、いつも通りのニコニコ笑顔が奇妙な程に圧を纏っていて怖かった。

 

「まあ本当のことを言いますと、以前のお仕事で結構な大物さんとお知り合いになった事がありましてそれで慣れたという事です。仕事の休憩でカフェに寄って同席となったのですが、その人が取引先の重役さんだったというオチです」

「何それ怖い、口から心臓飛び出そう」

「激しく同感です」

 

ランページが全ての元凶という訳でもない、前職で様々な経験があるので今回の経験に類似した事があったからこその冷静さ……まあそれでも天皇とそれを比べるのは大分可笑しいが。

 

「というか、天皇陛下がレースを見に来るぐらいで一々驚いてられないと思いますよ?」

「位て、あんた日本の象徴を位て言うたかあんた」

「だって世界を相手にするって公言しているんですから」

 

言い分は分かる、分かるだけで許容が出来ないが……日本のトップが見に来る、そんなの世界に飛び出せばもっととんでもない事が起きかねないという事なのだろうか。

 

「実を言いますと、とある所からの招待状が来ていたんですよ。ランページさんには見せずに私の所で止めて、連絡の方なども私の方でやらせて頂きましたので貴方はその事を全く知らないと思いますが」

「えっマジで?どんなところから来てたん?」

「ドバイですね」

「ドバイってあのドバイ?すげぇ富豪がいっぱいいるイメージあるあのドバイ?」

「凄い雑なイメージですけど合ってます」

 

ランページが二刀流として歩み始めてフェブラリーステークスを制した辺りまで遡る。自分の下に一通の招待状がやって来たのである、それは遥々遠い異国であるドバイからの物でメジロランページをドバイワールドカップに招待したいという内容の物だった。

 

「ドバイワールドカップって……あっそうかフェブラリーステークスってステップレースだったっけ!?」

「ええ、なのでランページさん宛てに招待状が届いていたという訳です。まあ渡しませんでしたけど」

「ええっ……話位してくれても良かったんじゃないの、どうせ俺行く気なかったわけだしさ」

「申し訳ありません、その方が良いと思ったので」

 

今年一年は海外遠征の為に力を蓄える、そう決めていたのでドバイからの招待状が来た所でランページは行く気はなかった。それが世界的に見ても有数のレースの誘いだとしても、ランページからすれば制したジャパンカップと同じ国際G1にしか映らなかった事だろう。

 

「気付かない俺も大分間抜けだけどな……」

「まあまあまあ、それで招待状にお断りの返事を出したんです。何故かと連絡が来たんですよ」

「……ドバイから?」

「ドバイから」

 

あの時は本当に驚いた、覚えのない番号からの連絡で取ってみればドバイからだった。しかもドバイのトップが直々に如何してランページはドバイワールドカップに出走しないのかという質問が来ているという言葉を携えながらだった。

 

「一からご説明したので御理解は頂けましたが、それはさておき出走してくれとかなり粘られましたけどね。どうやらジャパンカップの走りで魅了された上で配信でファンになったとか……」

「うわぁ……俺の知名度ってば世界レベルね」

「冗談抜きでそうですからね、という訳でして天皇陛下が云々でも私のリアクションが薄かったのはそういう事があったからですね」

「……なんかすいません」

「いえいえ」

 

改めて自分が色々とやらかしてしまっている感が半端ない。別に問題を起こそうと思って行動をしている訳ではないのだが……兎も角今は天皇賞に集中するべきだろう。例えそれを無事に終える事が出来たとしてもその後にはエリザベス女王杯にチャンピオンズカップと自分は忙しいのだから。

 

「よくよく思ったら、陛下来るからって焦る意味ないか……だって普通に俺忙しいもんな」

「ついでに私も大忙しですね、ネイチャさんの菊花賞にターボさんの秋華賞も控えてますし」

「そうだった……」




ドバイワールドカップって1996年スタートなんだよねぇ……出走馬如何しよう……秋華賞とかやってるから今更過ぎるかこの心配……。


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150話

「ラ、ラララッランページさん!!」「ラン~!!!」

 

あくる日の事、天皇賞に向けて調整を行っている最中に突然やってきたマックイーンとライアンの同じメジロ家の二人。何やら焦っているようなで何事かと思いながら其方へと向かった。

 

「ンだよメジロの御令嬢が二人して……数量限定の特別パフェとプロテインが売り切れてたとかか?」

「…そのような事では、ありませんわ!!」

「何でちょっと詰まった」

「じゃなくてこれ!!」

 

そう言いながら見せつけられたのは新聞だった。そこには一面を使ってデカデカと次の秋天の事について書かれているのだが……天皇皇后両陛下がお越しになって天覧レースになる事が書かれてあった。

 

「お婆様も驚きを隠せておりませんでしたわ!!声が震えておりましたもの!!」

「ああもうどうしよう……お婆様が来る以上にとんでもない事になっちゃったよ次の天皇賞!!」

「ああ、知ってるけど」

「「知ってるのになんでそんなに冷静なの!!?」」

 

シレッと知っていると返すランページにツッコミを入れる。自分達は此処まで取乱しているというのになんで肝心要のランページは此処まで冷静なのか、新聞にもランページのレースを生で見たいと書かれているから伝えに来たというのに……その気持ちは分かるのだが、もうその段階は既に終わっているので今更驚けない。

 

「だって俺は直接理事長から聞かされたしなぁ……」

「そ、そうなんですの?確かによくよく考えてみればお話が行くのも道理ですわね……」

「でも何でそんな冷静なの!?」

「冷静じゃねえよ、驚きが一周回って呆れてるだけだ」

 

だが何時までも驚きというものは持続しない、その内に馴染んで別の物に変わっていくのだ。そんな自分に呆れつつも冷静でいられている事を褒めながら練習に励んでいるのである。

 

「何時までも緊張してんじゃねえよ、天皇陛下の御前でするレースで斜行とかしてみろ。恥なんて事じゃ済まされねぇぞ」

「……なんか別の意味で怖くなってきた……」

「わ、私もですわ……何なんですのこの恐怖感は」

 

気持ちは分かる。特に自分達はメジロ家という名家の令嬢だ、そんな自分がそんな舞台で大ポカをやらかしてしまったら色々と不味い事になってしまう。

 

「だから練習するんだよ、不安なら身体を鍛えろ、技術を磨け、本番に存分に力を出せるように努力すりゃ良いんだよ」

「正論だけど……なんかランがそこまで冷静なのは納得いかないなぁ~アタシ達だけが大騒ぎしてるみたいじゃん」

「生憎こっちはお前らみたいに繊細な御令嬢じゃないんでね」

 

自分は自分だ、メジロという冠を背負っているとしてもランページという自分をブレさせるつもりは毛頭ない。人生というものは時には諦観と許容も必要なのである。

 

「普段通りやれば良いんだよ、普段通りに」

「それが一番難しいと思うのですが……」

「じゃああれだ、頭ン中空っぽにして陛下の事を考えないようにしておく」

「それが一番ベターな気がして来たよ……ラモーヌさんとかだって緊張しているのに本当にランって大物だよぉ……」

 

その言葉を聞いてそう言えばと昨日の事を思い出した、ベッドに入る時に何やらラモーヌが何かの資料のような物を見ていた気がする、それを見て何やら思い詰めているというか重い溜息を漏らしていた気がする……何かあったのだろうか。

 

「……実は、お婆様とラモーヌお姉様は天皇陛下方と共に観覧するらしいのですわ……」

「なんかランのお話とか色々聞いてみたいらしくてさ……それで今お婆様はスケジュールの調整で大忙しだし」

「それでちゃん先輩はちゃん先輩で憂鬱な顔してるって訳か……」

 

あの二人ならば目上の相手と会話をするなんてやり慣れている筈だが、相手が相手だ。何せ天皇、幾ら名家とはいえば絶対に交差する事はあり得ない至上の星と空間を共にしなくてはならない、あのラモーヌが溜息をするのも納得だろう。

 

「何かレース後辺りに俺と南ちゃんも呼ばれそうで嫌だなぁ……」

「十分にあり得るお話ですわね」

「もしそうなったら全力で逃げるわ」

「マジで勘弁して」

「冗談だっつの」

 

もしもそうなったら覚悟を決めて歓談に臨ませて貰うつもりでいる。まあ何を話せばいいのか全く思いつかないが……それこそその状況になってみなければわからないだろう。そんな時に携帯に連絡が入った。

 

「んっ悪い……あれ、レディからじゃねえか」

「レディさんとなると……帝王賞などを一緒に走られた?」

「うん、この前の聖蹄祭にも来てくれてた」

 

一体何の用事だろうかと思いながらも通話ボタンを押してみる事にした。

 

「はいもしもし」

『ランページさん、今大丈夫ですか?』

「全然大丈夫だけど一体如何したよ」

『天覧レースの事、御存じですか?』

「モチ」

『ですよね……なんか凄い事になってますね』

 

何というかレディの言葉も酷く重い、まあそりゃ当然かと思いながらもその事を心配して電話をしてくれたのだろうか、だが実際は全く違った。

 

『実は私も天皇賞に出る事になりまして』

「えっマジで?」

『マジです。貴方ほどではありませんが私も二刀流ではあるんです』

 

基本ダートではあるがそれでも芝を走る事はあるらしく今回はG1の舞台に思い切って出走願を出した所、ランページやマックイーン、ライアンも出走するのでそれを恐れて出走取り消しを行ったウマ娘の所に入る事が出来たとの事。

 

「にしてもお前スゲェな、こっちなんて件のマックイーンとライアンなんて天皇が来るって聞いてもうビビってるのによ」

『私も驚いていない訳ではありませんが……私には関係ない事です、私にとって大切なのは天皇賞(秋)が貴方と勝負出来るレースという事です。帝王賞と同じG1という最高の舞台で貴方と走る、しかも今度は私が貴方の領域で挑戦する側―――こんなに滾る事が他にありますか?』

「そういう気骨、好きだぜ」

 

こういう所は矢張りダートの方が上だとランページは思う、強い相手が出てきたら回避するというのは判断としては正しいし可笑しくはない。それならば他のレースに……というのはあり。だが、自分としてはこういう風に戦いを挑んでこられた方が嬉しいし気持ちも昂るというものだ。

 

『待っていなさい芝の絶対女王、貴方の支配領域を砂塵の騎士が切り裂いて見せましょう』

「上等じゃねえか。来るなら来やがれ、返り討ちだ」

 

まさかレディと芝を走れるとは思いもしなかった。余りにも滾る言葉を貰ってしまったランページは武者震いを抑えきれなくなった、もう自分の中で天覧レースやら天皇が来るなんてもうどうでもよくなった。自分に向かって来る騎士を迎え撃つために自分を高める。

 

「ライアン、俺ゃもう天覧レースなんてどうでもよくなった。俺は唯、自分の持てる全てを出す。お前達もそのつもりで来い、でなきゃ―――おいてくぜ!!」

 

そう言いながらも一気に加速してターフを駆け出して行く、シンザン鉄を外しての疾走なので普段以上にスピードに乗っているランページ。それを見て二人は喉を鳴らした、そうだ誰が来るだのと気にする前に自分達はメジロのウマ娘で、メジロの悲願である天皇賞を制覇する為に走ればいい。その為にランページに勝つ、それだけに終始しよう。

 

「教えられちゃったね」

「そうですわね、その答えを下さったランページさんの為にも今の私たちにも出来る事を致しましょう」




「ルドルフ、貴方も天覧レースに来てくれないかしら」
「ラモーヌ……いくら君の頼みでもそれは―――」
「大丈夫、お婆様が貴方のお婆様の許可は得てるわ」
「……よし、ならばシリウスも一緒なら行こう」

「な、なんだ、なんか寒気が……」


レディことレディセイバーの元ネタはミスタートウジン。1991年の秋天に出走してます。


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151話

『賑やかな秋を彩る秋華達、秋華賞の舞台で美しく華を咲かせるのは一体誰なのか!?秋華の冠を被るの一体誰なのか!?』

『2枠3番、コネクトトウショウ3番人気です。最後のティアラをその手に出来るのか』

『2番人気は1枠1番グランルーブル。オークスでは惜しくも2着、今日こそは雪辱を果たせるのか!?』

『スタンド、いやレース場に押し掛けたファンの期待を受け止めながらいざ世代の頂点へと歩み、いや走り出して行くのはやはりこのウマ娘なのか!!このレースで、頂点へと昇りつめたウマ娘に続けるのか!?いざ往かん、3枠7番ツインターボ!!』

 

今日この日、ターボは待ち侘びていた。今日此処で、自分は本当の意味でテイオーのライバルを名乗っていいのかが分かる。自分は追いかけるライバルなのか、それとも隣に並ぶライバルなのか、その何方なのかが分かる。正直な話をすればどちらでも良いとターボは思っている、何故ならばどんな結果になるにしろ、自分はテイオーのライバルである事に変わりない。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

自分の注目が集まっている、全てのウマ娘が自分をマークしている。怖い、怖く怖くてたまらない……今すぐにでも此処から逃げ出したい程に怖いのに……何故だろう、いつもの走っている時以上に身体に力が漲って充実しているのが分かる自分がいる。ふと、何も持っていない筈の右手がレバーらしき物を握っている感覚がある。……コレがターボの『スイッチ』なんだなと改めて理屈無しに解りレバーを押し込む様に身体全体を構える。

 

―――いいかターボ。秋華賞だとお前は確実にマークされる、ほぼ全員からな。凄いプレッシャーを感じるのは確実だ、怖くなってもいい、だけどなそれは周りの連中が全員お前を恐れてるって事なんだ。お前が怖くて怖くてしょうがないんだ、ビビらせろ、震わせろ、ブッちぎれ、お前はツインターボだ、何もかもを置き去りにしちまえ!!

 

「うん、ターボやるよ。最初から最後まで―――」

 

『今―――スタートです!!』

 

「ドッカンターボだぁぁぁぁ!!!」

 

『さあ皆綺麗な好スタートを、おっと一気に飛び出したのはツインターボか!?ツインターボだ、大逃げウマ娘がスタートからフルスロットルだ!!ツインターボが押して行く!!スタート直後だというのにとんでもない加速で抜け出して行く!!余りの事に他のウマ娘は僅かに呆然と取られましたが、その隙をつくかのようにグングン加速していきます!!』

 

スタートからの真・ドッカンターボ、この日ターボのコンディションとボルテージは最高潮、あらゆるものに左右されるターボのブーストゲージは最初からフルゲージでキラキラと輝き、脚を溜める必要なんてない程にトモに力が張り整っていた。それ故に開始からそのターボを解き放った。それはターボをマークしていた全てのウマ娘の虚を突いた。

 

「いきなり、あんな加速が出来るなんて嘘でしょ!!?」

「クソッまさかこんな序盤から!?このまま逃げ切るつもりなの!?」

「させて、たまるかぁ!!」

 

『さあツインターボが逃げる逃げる!!既に後方とは10バ身以上も突き放している、その背中をグランルーブル、コネクトトウショウ、ダブルシャフトが続いて行きます。だがこのペースにはついて行けない!!流石に脚を溜めるか、だがツインターボの兎に角逃げ、先代メジロランページに続けるのか、いや寧ろ追い抜かんとするこの走りであります!!さあ間もなく1000mを通過しますがタイムは―――57.5!!57秒5という超ハイペース!!』

 

正真正銘の全力逃げ、後先の事なんて考えずにこの瞬間に全てをぶつけようとしているターボの気迫が見ているだけで伝わって来る。淀の坂に入ってターボは脚を緩めない、一度でも緩めたら恐怖に憑りつかれる、だったらその恐怖ごとブッちぎってやると言わんばかりの走りを展開している。

 

『さあツインターボが、ツインターボだけが第4コーナーへと差し掛かる!!後方のウマ娘達も懸命に追いかける、グランルーブルもスパートを掛ける、8バ身差を縮められるのか、行けるのか!!?』

 

心臓の一拍一拍ごとに全身に力が漲る、此処で来てくれた、いや持っていける事が出来た。やっぱり最初に使えば終盤まで溜められるんじゃないか、という自分の考えは間違っていなかった。ランの言っていた自分にとって最高のタイミングとはこういう事も言うんだと納得出来た、そうだこれが本当の真・ドッカンターボ!! 『何か』を押すのではなく殴り押すかの様に腕を振り抜き脚を上げて再び解き放つ!!

 

「ダリャアアアアアアア!!!!」

 

『此処でツインターボが更に勝負を掛けるぅ!!!オークスを制した二段加速だ、グランルーブルに後塵すら拝させない!!独走状態、唸るエンジン音が聞こえるでしょうか!!これがツインターボの名を冠するウマ娘の走りだ!!唸れ、叫べ、吼えろツインターボ!!最初から最後までの全力全開の疾走で今、ツインターボが秋華賞を制しましたぁぁぁぁ!!!なんという事でしょうか、2年連続でトリプルティアラが誕生しましたぁ!!!』

 

先代、無敗の十冠の姿はそこにはなかった。過去の栄光と照らされる事も無く、そこにあったのは紛れもない今。彼女は自分は自分だという事を証明した。自分だけの走りで、自分だけの称号を確立させたのだ。

 

「やったよぉぉぉぉっ!!ターボが、ターボがトリプルティアラだぁぁぁぁぁ!!!!」

 

前回のオークスでは倒れこんでしまった彼女、だが今は確りと大地に立っていた。大粒の汗を肩でする息のままで上げられた歓声に、それを皆も続いた。彼女こそが今年の女王だ、2年連続だなんて事は如何でもいい、唯々この瞬間の樹立に立ち会えた事に感謝を捧げ続ける。

 

「―――っ……!!」

 

2着に沈んだグランルーブルは悔しさを噛み締めながらも、喜んでいるターボを見つめていた。最初からの大逃げは予想していたが、ターボのそれは予想を大きく上回っていた。文字通りに全力全開、自分達は否が応でも後半の事を考えてしまったが、此処で逃したら絶対に追い付けないと思い追った。だがそれによってペースを作る所ではなくなってしまいスタミナなんてなかった。全員がターボと同じ走りを強制させられたと言ってもいい。

 

「っ……ツインターボ!!」

 

思わず、大声が出てしまった。それに肩を震わせながらも此方を見たターボ。自分でも分かる程に自分は顔に力が入っている、それに怯えているのだろうか、震えている。だがあの走りの後ゆえに逃げる力なんてない、だから近づけた。

 

「な、なに……ターボ、何かしちゃった……?」

「何か……した?」

 

何も分かっていない、こいつは何も分かっていない、私達に何をしたのかを―――!!!

 

「ああ、したよ―――ターボ、いやトリプルティアラ・ツインターボ、次は絶対に負けないから。秋華賞に勝つって事を目標にしてたけどこれからは違う、あんたに勝つ事を目標にする。あんたを抜いてレースで1着になってあたしの後ろで踊らせてやる、だから―――次も一緒に走ろっ!!」

「―――うん!!今度も一緒!!」

 

そう言いながらも固い握手をした。周囲のウマ娘は思わずホッと胸を撫で下ろした、自分が暴力を振るうとでも思われたのか……それはそれで心外だが、ならばそれを払拭する為に良い事をしよう。ターボの小さな身体を担ぎ上げる。

 

「ホラッ!!このまま走るよ、ウイニングライブならぬウイニングランってとこかな、あんたは全力で手振りな、落ちるんじゃないよ!!」

「おおっ!?凄い良い!!イエ~イ!!行け~ルーブル~!!」

「ったく調子いいんだから!!」

 

ルーブルの表情は何処までも晴れていた、トリプルティアラになるという夢は無くなったけど新しい夢も出来た。肩の上に居るツインターボに勝つ、そんな夢が出来た。だから私はこの小さな女王を称賛する、認めて前に進む。

 

「ねえターボ、あたしあんたのライバルになりたいんだけどいいかな」

「ライバル!?うん良いよ!!って事はルーブルもテイオーのライバルだね!!一緒~!!」

「あっそうなっちゃうわけ!?あ~あ、やっぱ遠慮しとこうかな~……」

「ええっそんな~!?」

「冗談だよ、ほらっ行くよ~!」

 

私はツインターボのライバル。ライバル、その言葉はまるでトロフィーのように輝いて、胸に炎を灯した。次は負けないから覚悟しなよ、ターボ!!




ターボ流幻惑逃げ:ターボの超ハイペースに相手を巻き込んでペースを乱すのではなく、ペースその物を自分のペースにしてしまう。


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152話

「えへへっ~♪ふふふ~ん♪うえへへへっ~♪」

 

カノープスの部室はそこまで広くはない、人数的にも増えて実績も十分に積んだとはいえそれでも部室としての機能を果たす為の大きさがある程度。そんな部室の一角に置かれている棚の一番目立つ高さに飾られている三つの勝利の証を見て、ターボは込み上げてきた笑いを抑えきれずに笑ってしまった。

 

「ご機嫌だなトリプルティアラのターボさんよ」

「えへへっ~♪だってターボが勝ったんだよ、トリプルティアラになったんだよ、ターボってば凄いんだよ!!」

「そうだな。それは誰もが認める事だろうな」

 

先日の秋華賞で見事過ぎる逃げ切り勝ちをしたターボ、これによってカノープスが2年連続でティアラ路線を独占した事になってそこいら中は大騒ぎである。当然マスコミや出版社などもにターボへの取材を多く希望していたのだが―――

 

『ターボへの取材するとこはもうこっちで決めてっから』

 

無敗の十冠という権力を存分に利用するランページが間に入り、自分が贔屓にしている出版社に取材をお願いしておいた。自由にさせてもいいかな、とも思ったのだが、自分がまともに取材に応じなかったからターボに無理な取材を行う可能性があると南坂から言われたので自分が仲介する事にした。

 

『ランの紹介なら安心だね!!』

 

と本人も乗り気だったのでそうさせて貰った。

 

『ツインターボ、二段加速による逃げ切り勝ち!!』

『先代と今代のトリプルティアラの共通点』

 

結果的に紹介した出版社の発行した取材記事はかなり的確だった、的確にターボの走りを分析した上で自分との比較、実際に走ったらどうなるか、これからのトゥインクル・シリーズの流れなどなど読んでいる側をワクワクとさせる物だった。

 

「いやぁ~中堅だったころが懐かしいね、今や学園最強と言っても過言じゃないんじゃない?」

「これでお前が菊花賞取ってくれたら申し分ねぇんだけどな」

「あちゃ~藪蛇だったかな……」

 

次はネイチャの菊花賞、いよいよクラシック三冠のラスト、テイオーとの最後の勝負とも言うべき舞台、これまで一敗一引き分けという戦績だが、次勝てるか如何か……その是非を問うかのように南坂へと視線を投げると笑顔で答えてくれた。

 

「ネイチャさんはダービーよりも確実に強くなってますよ、スピード、スタミナ、パワー、根性、戦術眼、様々な面で。問題は同じように強くなっているテイオーさんと走った際にどう対応するかです」

「ちょうど3か月ぐらい前だもんな、合宿」

「ええ。あの時の基礎訓練の成果が出始めるのがこの辺りです」

 

合宿では南坂の下で練習に明け暮れたテイオー。彼が課した基礎練習の成果が出始める頃合となった今、それによってどんな強さをテイオーは発揮するのだろうか……かと言っても心配は別にしていない、何故ならばネイチャはネイチャで皆で常日頃からテイオーがやっていたメニューをやっていたのだから。基礎体力作りはどれだけ長い期間続けていたのかである。

 

「南ちゃんから見て、テイオーはどの位合宿でレベルアップしてるんだ?俺は俺でシンさんとの特訓に首ったけだったからな」

「何とも言えない、というのが素直な所です。何せ私は基礎的な練習ばかりをさせてました、コツを掴めば直ぐに効果が分かる応用は一切です」

「それこそ沖トレとテイオー次第って所か」

「正しく」

 

自分で分かるのはテイオーの詳細な能力ぐらい、だがそれも合宿終了自体と今では大きくズレている事だろう。沖野が応用をやらせていないとは思えないし、寧ろ基礎の重要性を再認識させられたテイオーが自分でそちらを鍛え、沖野は応用を集中的にやらせるという分担に近い事も出来る訳でそれこそどこまで伸びるのかは想像出来ない。

 

「基礎は足し算、応用は掛け算。この頃合から一気に伸びるでしょうから……また何とも」

「いやはや、リギルの方に行ってくれたら気が楽だったんだけどねぇ」

「それはそれで怖くね?応用のレベルが上がりつつもバランス上がるんだぜ?」

「あ~……うん、それも怖いわ」

 

詰まる所、合宿をどこで過ごそうともそれを乗り越えたテイオーのレベルアップは必然且つそれは大きな成長であるのは確実。他にも有力ウマ娘が出走する菊花賞、敵はテイオーだけではない。そんなレースでのネイチャの勝利は中々に厳しいと言わざるを得ない。

 

「厳しいのは最初っから分かり切ってた事だよ」

 

改めて現実を目にしても、ネイチャは余裕を崩す事はなかった。それはどうして?とチケットが問いかけるとニコやかに答えた。

 

「ターボのレースを見て思ったんだけどさ、やっぱりレースで勝つのって自分のレースをしたウマ娘だと思うんだよねぇ。どれだけ自分を貫いて信じられるかって事、アタシの場合はカノープスでずっと皆と走ってきたアタシ自身、それってさ皆を信じるって事にもなる訳じゃん?皆を信じられるのにアタシ自身がアタシを信じないなんて可笑しな話でしょ」

 

自分のレースをするのが勝つのならば矢張り自分だ。自分の走りは数年間共に走り続けてきた仲間たちとの経験によって裏付けされた物だ、もしもこれが自分一人で作り上げたのならば不安になってしまった事だろう。だけど自分にはカノープスの皆が居るのだ、そんな皆と走るのならば怖くはないし勝つ気も満々だ。

 

「ネ、ネイチャ先輩カッコいい~!!チームの皆の事なら信じられてそれなら絶対に負けないなんて……かっこよすぎて泣けてきた~!!」

「ちょっ何で泣くのよ!?泣く要素なんてなかったっしょ!?」

「まあ何時もそれで泣くかってのがウチのチケゾーな訳ですしお寿司」

「でも、ネイチャさんカッコいい、よ?」

「あ~いや、なんか改めてそう言われるとハズくなってきた……」

 

だがまあ、実際そういう意味ではカノープスはチーム全体で走っていると言っていいだろう。タンホイザはそれが顕著でマチタンフォームにチームメンバーの長所を取り入れている。ランページもイクノもターボも、皆仲間と走り込み続けたからこそ此処まで来たのだから。ネイチャの言葉は間違っていない。

 

「菊花賞、気合入れてけよ。俺の天皇賞も近いんだ、景気よく頼むぜ」

「アハハッランに花を持たせられるように頑張るよ」

「要らねぇよ、自分で持つ花の準備でもしとけ」




「おはこんハロチャオ~♪今日のゲストは~!!」
「やっほ~皆~!!ターボだよ!!」
「今日はトリプルティアラの二枚看板、さあ皆の者、脳内スクショを怠るな~?」
「イエ~イ皆見てる~!!?ピースピース!!」


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153話

「思うんだけどさ、ランって長距離は走れないの?」

「走れない訳じゃない、走らないだけだ」

 

間もなく菊花賞という所までやって来た頃、ネイチャがそんな話題を振ってきた。これまでのランページの最長記録はジャパンカップの2400、それ以上の距離は目標にしている有記念の2500が最長になるだろう。

 

「やろうと思えば、そりゃ春天の3200だって行けない訳じゃないぜ。寧ろ行ける」

「んじゃなんで?」

「単純だ、全力出せない」

 

やろうと思えば3200だって走り切る事は出来る、だがその場合に自分は100%の力で走る切る事が出来るかと言われたら微妙。自分の長距離の適性はBだと南坂から言われている、2500という距離もかなりギリギリでそれ以上を過ぎると辛くなっていく。

 

「俺はパーマーみてぇにスタミナがないからなぁ……やろうとすると多分80~90で抑えて走らないと最後まで持たないと思う」

「あ~……成程そういう事なんだ」

「そゆ事。まあ慣れてないってのもあるが、無理に春天に出る気はないさ」

 

レースをするならば全力で望みたいという気持ちもあるが、元からティアラ路線を目標としていたので長距離の適性を上げる目的の練習メニューは組んでいなかったのでランページに長距離レースは不向き。2500というほぼ中距離と言ってもいい距離だからこそ有に出る気がある位だ。

 

「んで、お前さんは菊花賞は如何なんだ、自信はあるのか?」

「う~ん……あるとは言えばあるしないと言えばない」

「つまりビミョいと」

「ご明察~」

 

ネイチャのスタミナならば3000mを走り切るのは問題ない、だが走る舞台は京都レース場。淀の坂と言われる急坂もあるのである程度確りと作戦を考えなければならない。

 

「ロングスパートも考えたんだけどねぇ……ほらっ淀の坂がネックなんだよねぇ……」

 

登りは良いとしても問題なのは急な下り坂、ネイチャはランページやイクノのようなパワーがないので遠心力に対抗しながら内へ内へと切り込んでいく事が出来ない。かと言ってそのままスパートを掛け続けたら外へと膨らんでしまうだけ、加えて京都の直線は短いので坂でスパートを緩めたら一気に差を詰められてしまう事も考えられてしまうと悩んでいる。

 

「シンザン鉄使ってるし、お前だってパワー自体はあるだろ」

「いやいや、ランとイクノと比べたら微々たるもんだっての。まあスタミナは自信あるからロングスパートを―――ロングスパート……」

 

言葉を詰まらせた、ネイチャは直ぐに何かを考えこむかのように無言になった。何かいい事も考え付いたのかとランページは次の言葉を待つ、そして次の瞬間にネイチャから飛び出した作戦を聞いて思わず目を白黒させてしまった。

 

「お前、本気か?」

「マジマジもマジ、大マジだよ。アタシには凄いお手本が何人もいるからイケるイケる」

「う~ん……作戦としてはありだとは思うぜ、だけどいくらなんでも長いぜ?」

「やるだけやるよ、多分スパートの開始時間を早めるだけじゃ勝てない、だから早める事に大きな意味を持たせてみるよ」

「……分かった、兎に角南ちゃんに相談してみよう」

 

ネイチャの作戦は確かに虚をつくものだ、だがそれだけで勝てる物ではない―――が、彼女の素質と合わせると確かに上手くいく可能性は高い。なので取り敢えず南坂に相談するのだが……なんとOKサインが出てしまった。

 

「という訳で、ランも手伝ってね」

「……まあいいけどさ」

 

結果的にカノープス全体でネイチャの作戦の協力をする事になった、上手くいけばいいのだが……そんなこんなもありながら遂に当日、菊花賞の舞台となる京都レース場。この日、レース場には多くの人が詰めかけている、何せ此方も此方でテイオーの三冠が掛かっている、これで三冠を取れば2年連続でクラシックとティアラの三冠が出現する事になる。期待が大きくなるのも当然だ。

 

『誰もが未知の道程へと漕ぎ出して行く秋舞台、本日のメインレース、菊花賞!!これがクラシックでの最終戦です、流れる涙は歓喜の物か、それとも悔しさの涙か。天候は晴れ、バ場は良バ場。絶好のレース日和と言えるでしょう、そして本日のレースは先日の秋華賞と同じく三冠が掛かったレースとなっております!!しかも昨年のメジロランページと同じく無敗の三冠が掛かった菊花賞!!シンボリルドルフ以来史上二人目の無敗クラシック三冠となるのか、それともライバルたちがそれを阻止するのか!?何方に転んだとしても本日の菊花賞は間違いなく歴史に刻まれる事は間違いなし!!』

 

間もなくゲートインが開始される時間となった頃合、ゲート前に集った優駿達は始まりの時を今か今かと待ち侘びている。

 

「ネイチャ」

「テイオー」

 

そんな中で一人のウマ娘が一人のライバルへと声を掛けた、無敗の二冠であるトウカイテイオーが今日こそ決着を付けると言わんばかりの覇気を纏った状態でナイスネイチャへと視線を飛ばす。

 

「ボクは負けない、ダービーみたいな決着はあり得ない。何方が先か遅いかをハッキリさせよう」

「望む所だよ、あんたの方からそういう言葉を掛けて貰えるなんて光栄の極みだよテイオー」

 

その言葉を掛け終わると二人は同時に自分のゲートの前へと立った、それだけで十分だと言わんばかりの雰囲気に周りのウマ娘達は息を飲んでいた。だが呑まれている場合ではないと頬を叩いて気を引き締め直す。そんな中でネイチャは先程立ち会った際にテイオーの脚を見た。

 

「(予想通りに基礎トレーニングが利いてるみたいだね……前よりもガッチリしている)」

 

以前の時よりも脚には確りとした筋肉、そして張りがあった。南坂の基礎トレーニングを合宿で受けてからもずっと基礎を怠らずにいたのだろう、これは強敵だと嬉しくなっている自分が居た。戦う相手が強くなるなんて普通は勘弁してほしい筈なのに、いやどうせ倒すなら強い方が面白いじゃないかと自然と考えられている自分に笑いが込み上げて来た。そうだ、自分は戦いに来たんだ、最強のライバルと。

 

『さあクラシック戦線も最終局面、最後の決戦を制するのはどのウマ娘なのか―――各ウマ娘ゲート入り完了しました……今スタートしました!!』

 

遂に始まった菊花賞。どんな勝負になるのか既にスタンドからは大声援が木霊する。クラシック最終戦、菊花賞は最も強いウマ娘が勝つと言われている、この3000mという長距離は彼女らにとっては初となる未知の道程。加えて心臓の破りの急坂とも言われる淀の高低差4mの坂、体力、走力、知力、気力。それら全てに優れるウマ娘でなければ越える事なんて出来ない。

 

『出遅れはなく綺麗なスタートを切りました、さあどのウマ娘が先に出るのか、おっとナイスネイチャか!?ロングスパートを得意とする筈の彼女が真っ先に飛び出しましたこれは予想外!!そして1番人気のトウカイテイオーはかなり後方で様子を見ております!!』

 

「ネイチャが逃げ、流石に想定外だぞこりゃ……!!」

 

同じように見つめていた沖野は思わずそんな声を漏らした、幾ら同じチームに大逃げをする二人がいるとはいえネイチャとは脚質が余りにも違い過ぎる。チームメイトと同じ作戦を取って狙いを外させるというのはあるがそれをこのG1、菊花賞の舞台でやるというのか、南坂は何を考えているのか分からなかった。

 

「へぇっそう来るか、ネイチャ―――面白いじゃん、その勝負乗ってあげるよ。」

 

「さあテイオー、三冠取れるかどうかやってみなよ」

 

不穏な始まりをした菊花賞、3000mの長丁場を飛び出したネイチャ。それを追うテイオー、クラシック最終戦は一体どうなっていくのだろうか。



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154話

『秋華賞に続いてのカノープスの逃げ!だがそれを行うのはナイスネイチャ、これまで彼女が逃げ戦法を取った事はありません。一体どのような意図が隠されているのでしょうか!?』

 

「まさかすぎる展開ね……まさかナイスネイチャが逃げを取るなんて」

 

菊花賞の中継を観戦している東条も意外そうな顔を浮かべていた。奇襲目的で差し戦法を逃げに変えるというのは良くある話ではあるがそれをG1の舞台で行うという事は中々ない。一体どんな狙いがあるのだろうか……。

 

「最後の一冠、一体誰がものにするのかしら」

 

 

秋晴れの下で行われる菊舞台、菊花賞。スタートから波乱の展開となったこのレース、先頭を取ったのはカノープスのネイチャ。本来差しで中盤から一気に攻めるロングスパートを取らずに敢えての逃げ。それを見た他のウマ娘達は困惑の表情を見せながらも付け焼き刃の逃げなんて通用するはずがないと自らのレースに徹しつつも、1番人気のテイオーへのマークを緩めない。

 

「テイオーへのマークが集中してるな……分かっちゃいた事だが、このプレッシャーは相当な筈だがテイオーの奴、飄々としてるな」

「今日までミッチリ扱いたからね」

 

沖野が思わずテイオーの余裕っぷりに驚いていると、隣からシービーがVサイン。今日まで菊花賞を想定して練習をして来たのだからその成果が出ているのだろうと答える。

 

「タイシンと一緒にプレッシャー掛けまくったからね、相当に強くなってる筈だよ」

「いや想定以上に強くなってる、ありがとな」

「別に……先輩に言われたから手伝っただけだし」

 

そっぽを向きつつもチームメイトの為に協力してくれたタイシンにも感謝を捧げておく。そしてレースは淀の急坂を間もなく下るという所、この坂をシービーは加速に使うというそれまでのタブーを破って勝利を収めた。流石にこの坂では全体的にスピードは落ちるのだが、ネイチャはそれ程緩めず、そして下りでも緩めず、理想的な一定を貫き通したペースで駆け抜ける。

 

「……あの子強いね、足腰に相当なパワーがある」

「如何いう事ですの?」

「ネイチャは坂を登る時も下りる時も一定してペースが乱れてねぇ、ありゃ相当な力があるって証拠だ。下るときは自分の体重がもろに脚に来る、だから下る時にペースを保てるってのは足腰が強い証拠だ。間違いない、合宿の時は濁されたが確実にカノープスはシンザン鉄を取り入れて練習してやがる」

 

その筆頭がランページだ。異常とも言える瞬発力とシンザン鉄で鍛え込まれたパワー、それによって瞬間的な加速は途轍もない。流石に彼女の程ではないだろうが、カノープスはシンザン鉄を採用して強くなったのだろう。

 

『さあ間もなくスタンド前に差し掛かってまいりました、スタンドからは大歓声が響き渡っております。先頭を行きますはナイスネイチャ、その5バ身程後方にフジナンバーワン、そしてそこから更に5バ身程下がった所に一塊になっております。無敗の二冠ウマ娘、トウカイテイオーは中団のやや後方から様子を伺い続けております。おっと此処でナイスネイチャがもう仕掛けるのか!?ロングスパートを得意としている彼女が此処で更に突き放しに掛かるのか!!?』

 

まだ半分にも差し掛かっていないのにも拘らずネイチャが加速していく、マイルレースの距離がそのまま残っていると言ってもいい。ダービーの時よりもずっと長い距離だが彼女は遠慮なしに突き放しに掛かる。

 

「まだまだ、余裕は残ってる。だから行くよぉっ!!」

 

一見すると無謀とも言える早すぎるスパート、だがこれまでにロングスパートを掛け続けていた彼女がそれをやったら?そう思うと油断出来ないと皆に疑念が過る。

 

『さあ中盤を過ぎました、先頭のナイスネイチャはフジナンバーワンとは7バ身、そして後方との差は15バ身は離れているでしょうか!!未だレースは動きません、トウカイテイオーもまだ動く事無くジッと機を伺っている、おっと此処でレースが動き始めたか!!シダーブレードとリオナタールが上がっていく!!他のウマ娘達も続いて行きます!!!ですがトウカイテイオーは動かない、二冠のテイオー動かず!!』

 

間もなく終盤に差し掛かろうという所で遂に後方のウマ娘達が上がり始めていく、彼女らの共通点は全てがテイオーをマークしていたという事。それを見てランページは思わず呟いた。

 

「我慢出来なくなったな、ネイチャの術中に見事に嵌ってやがる」

「ええ、流石ネイチャさんです」

「如何いう事?」

「お姉様、どういう事なの?」

「先輩たちどういう事なの~アタシ全然」

 

ランページとイクノがそう呟くとタンホイザとライスが首を傾げ、チケットはハテナを頭に浮かべまくる。そんな後輩たちに二人は解説をする。

 

「あいつらはテイオーをずっとマークしてた、無敗で二冠だしあいつの走りはとんでもないからな。だからマークしてた、だけど肝心のテイオーは逃げるネイチャを全く追わないしペースを上げようともしない」

「ネイチャさんとは15バ身も離されていますしこの辺りで上がっていかなければ最後に追い付けない、そしてこの先には何がありますか?」

「何って……」

「淀の坂……」

「あっ!?」

「そういう事だ」

 

此処でペースを上げたとて、淀の坂ではペースを上げられずに落とす、そして坂でもそれは同じだろう。ネイチャもこれに悩んだ、だからこそ最初に大きく差をつけておいて逃げ切る作戦を取った。二番手との差が不安要素と言えばそうだが、フジナンバーワンは既にネイチャのペースに巻き込まれてオーバーペース気味、あれでは追撃は無理だろう。

 

「だけど……テイオーは自分のペースのままだ」

「で、でもあれだけ離されてるんだよ?」

「あいつのキレる末脚、それがどうなるかだ」

 

『ナイスネイチャ未だに先頭!!このまま逃げ切れるのか、淀の坂を駆け下りる、さあ直線に入るぞ、後方とはまだ大きく差が開いている!!逃げ切れるのか!!』

 

「(来る、来る、くるぅ!!)」

 

誰もがネイチャの勝利かという予感を抱く中、その本人は勝利を疑っていた。このまま終わるなんてあり得ないと言いたげな表情を浮かべたまま、疾駆する。何時仕掛けてくるのか、もう直ぐか、間もなくか、何時来る、何時来るのか、さあ来い、来いテイオー!!そんな願いを聞き遂げたのか、待たせたなと言わんばかりに淀の坂を一気に駆け下りて来るウマ娘の姿があった。

 

『いや、此処で来た!!来た来た来た主役の登場だぁ!!淀の坂を駆け下りながらも一気に順位を上げていく、帝王、トウカイテイオーがやって来たぁ!!大外からトウカイテイオーがナイスネイチャへと迫っていく!!!帝王強襲ぅ!!』

 

ほら見た事か、来たじゃないか!!と言わんばかりにネイチャは笑っていた、力を溜め込み続けて来たテイオーは皆がペースを落とす淀の坂、その途中から一気にスパートを掛けた。遠心力を考慮しつつ、逆にその力を使うように身体を振り回しつつも加速して次々と順位を上げていく。

 

「やっぱり来やがったか」

「ネイチャ~あと少し~!!!」

「頑張って~!!」

「先輩~!!」

 

声援が飛ぶ、ネイチャはそれを受けながらも懸命に走る。後ろから迫る帝王の走りの圧力、だがそれこそが望んでいたモノだ、見ずともわかる、テイオーがどんどん迫ってきているのが。軽快だが力強く、独特なステップが迫って来る。そしてそれがもうすぐそこまで来ている事も。

 

「―――やぁネイチャ」

「―――やっほテイオー」

「「それじゃあ―――勝負!!」」

 

まるで、友人同士の挨拶のような言葉を掛け合うと、二人は一気に加速していく。テイオーは兎も角、ネイチャの何処にそんな力が残っているのか、その答えは簡単だ。決着に掛ける想い、この三冠ラストレースでライバルとの一騎打ちを彼女はこの展開になると信じていた、そしてテイオーはその信頼に走りでもって応えてくれた、ならばそれに自分も応えなければならないと―――走った。

 

『トウカイテイオーとナイスネイチャが競り合う!!ダービーウマ娘同士の激突、一体何方が勝者となるのか、三女神は何方に微笑みかけるのか!?』

 

「今日は、ボクが勝たせて、貰う!!」

「それは勝ってから、言いなよ!!!」

「それじゃあ―――遠慮なく!!」

 

そう言った時、テイオーのステップ、テイオーステップが変化した。膝の柔軟性を活かした走りによる高ストライドが特徴的なその走りが変わったのだ、その走りを自分は知っている、あの走りは、あの走りはまるで―――

 

「ランの走りじゃん……!?」

 

そうだ、ランページのあの走りだ。全身を使った完全な統一を行った走り、文字通りの全身全霊の走りをテイオーが行っていた。其処に加わるテイオーステップ、それは凄まじい威力を発揮して遂に自分を抜いて行った。

 

『トウカイテイオーだ、トウカイテイオーが抜け出した!!ナイスネイチャを抜き去った、ナイスネイチャも踏ん張るが徐々に、徐々に差が広がっていく!!!速い速いトウカイテイオーが行く!!ライバルを突き放し、駆けて行くのは最強の帝王!今、無敗でトウカイテイオーが菊花賞を制しましたぁ!!無敗の最強のウマ娘が誕生しました!!昨年のメジロライアンに引き続き三冠ウマ娘が誕生しました、無敗の三冠ウマ娘、その名はトウカイテイオー!!』

 

大歓声が上がる中で、それを見たランページは好戦的な笑みを浮かべていた。あれはモンスニーから享受された全身を使った走り、自分ほどの精度ではないが同じ走りに相違はない。モンスニーが教えたのだろうか、いや恐らく違う。行き着いたのだ、自らのテイオーステップを進化させる為に自分の走りへと。

 

「自分の才能に気付いた奴の走りだ、こりゃ今年最後のレースは苦戦しそうだぜ」

「そう言いながらも―――笑ってますよ、ランページさん」

 

 

「テイオーあんたいつの間にランの走りを……」

「えへへっ~合宿の時にいっぱい見たからね、それでトレーナーに頼んでランのレースを全部集めて貰っていっぱい見たから!!」

「やれやれ、参ったねぇこりゃ……完敗だよテイオー。でもあたしはアンタのライバルの看板を下ろす気はないから、次は負けないよ」

「次だって勝つよ、だって僕は帝王だからね!!」



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155話

「やっほ~ラン」

「よぉっ無敗の三冠ウマ娘、この野郎。ウチのネイチャを倒して手にした冠の味は如何だ」

「そ、そういう言い方しなくても……」

「冗談だ、ネイチャも大して気にしちゃいねぇし俺も気にしちゃいねぇよ」

 

菊花賞から数日、今度は天皇賞が迫る中でバーベルを持ち上げているランページにテイオーが会いにやって来た。よくもまあ仮にも相手チームの所に遊びに来れる物だ、まあ常日頃からバチバチとやり合っている訳でもないので気にはしていないが。

 

「予告通り、ボク三冠を取ったよ。これで漸くランと同じ所に上がれたね」

「同じぃ?無敗の十冠と無敗の三冠を同列に扱われるとは心外だねぇ……冗談なンな顔すんじゃねえよ」

「流石に今の意地悪すぎるよ」

「悪かったっつの、ほれっこれではちみーでも買って飲んで機嫌直せよ」

 

お小遣いで機嫌を取りつつも水分補給を行う。だがテイオーは宣言通りにネイチャを破った、そして次に見据えるのは自分との対決、有記念。それを次走へと決めて戦う事を誓っている。自分もそれに応えるつもりではいるが―――今のところはテイオーを敵としては見ていない。

 

「悪いが、今は天皇賞やらエリ女、チャンピオンズカップしか俺は見てないぜ。今年のラストなんて見据えられるほど、俺は視野は広くないんでね」

「余裕だね。今のボクなんて敵としてみる価値も無いって事かな?」

「価値はあると思ってる」

 

菊花賞で見せた走り、それはモンスニーから習った全身を使った走行フォーム。まさかをそれをテイオーが使うとは思いもしなかった。

 

「ランのレースは全部見たからね、それでエリザベス女王杯からいきなり変わってた。だからそれを徹底的に研究して取り入れて見たんだ」

「研究して、ねぇ……」

 

自分はモンスニーからの徹底的な指導と扱きを受けて漸く会得出来たというのに……テイオーは自分のレースを研究するだけで会得してしまったというのか、これが才能と素質の差というものだろうか……紛れもない天才という奴だろう、そうとしか言いようがない。

 

「この走りって凄いよね!!今までより速く走れるのに普段よりも脚が軽くなるんだもん、トレーナーも驚いてたよ」

「そりゃよ~ござんしたね」

 

そう言いながらも軽快なステップをその場で踏んで見せる、テイオーの怪我の原因と言えばその余りにも高すぎる素質に肉体そのものが付いて行けなかったという事。だがモンスニー直伝の走りは身体の全てを連携させて行うので負担を軽くする事が出来る、それによってテイオーステップで掛かる足の負担が軽くなったのだろう。

 

「ふふん、今のボクならカイチョーだって良い勝負出来る気がする!!」

「そこは景気よく勝てる位の事言いやがれ」

 

だがよくよく思えば、前々から南坂からは自分とテイオーは似ているという話をされた事はあった。自分はサイズが大きいテイオーとも表現された事もあった、という事は自分に出来る事がテイオーに出来たとしても可笑しくはないという事だ。相手は自分と同じ走りが出来る相手という事になる……実に面白い。

 

「そうだ、三冠になったんだから今度配信に呼んでよね」

「構わんよ、その内呼んでやるよ」

「次、天皇賞だよね……緊張とかしないの?」

 

片手腕立て伏せをする彼女へと思わず問いかける、G1の舞台という意味では同じだが次は天皇皇后両陛下が観戦しに来るという異例の天皇賞。マックイーンも何処か落ち着かないのか、時折自分を落ち着ける為の深呼吸をしている。それなのにそのライバルという言える王者は全くその色を見せない。

 

「誰が見に来ても、観戦する以上は同じお客様だ。一人や二人増えた程度でビクつくような繊細なお嬢様に見えるかい俺が」

「寧ろお嬢様に見えないよね」

「だろ、俺だってそう思う」

 

というか、言われるまでそういう事になっている事すら忘れてしまっていたかもしれない。あれだけ素敵な挑戦を叩き付けてくれたレディに応えたいし戦いたいという思いばかりが先行してしまっている。もう少し落ち着かなかければならない―――落ち着いた上で気合を入れなければ。

 

「ラン、携帯なってるよ~」

「ああ悪い」

 

見てみると通話の相手は何とモンスニーだった。何事かと思って直ぐに通話を繋げた。

 

「はいもしもし、すいませんトレーニング中だったので遅れました」

『何よりだ。此方に早急に戻って来い』

「えっ何でですか」

『決まっている―――お前の走りをより完璧にする為だ』

 

理由は単純明快、次のレースに備える為―――というのは建前でしかない、本当の理由はテイオーが同じ走りをしたからに他ならない。それを教え込んだモンスニーとしては黙っていられないのだろう。

 

『トウカイテイオーの走りは確かに同じ物、明らかに低レベルだ。それでもあいつはあれだけの効力を発揮した、言いたい事は理解出来るだろう』

「本家本元が負ける事なんて許さない、ですね?」

『そうだ。トウカイテイオーの才覚は異常だ、だが安心していいぞお前には私が付いているのだからな。天皇賞までミッチリと扱いてやる』

「ワーウレシイナー」

『ハハハッ嬉しい事を言ってくれる、南坂トレーナーからの許可は貰っている。さっさと戻って来い、いいな』

 

言いたい事をすべて終えたと言わんばかりに通話は切られてしまった。思わず深い深い溜息が出た。

 

「ど、如何したのラン?なんか凄い溜息だけど……」

「安心しろ、お前のせいで俺が地獄行きが確定しただけだ。お前は気にせずはちみーでも飲んでろ」

「いや凄い飲みにくいよ!?」

「いやいやいや気にするな、お前の才能が凄いせいで俺は死ぬ程努力しなきゃいけなくなっただけだから」

「何かゴメン!?」

 

この位の愚痴を言う位は許して貰おう、まあ自分を見つめ直すという意味でもモンスニーに鍛え直して貰えるというのは極めて好ましい状況である。テイオーに負けないように確りと鍛えて貰う事にしよう。

 

「俺でも意地ってもんがあるからな、追いつかれてたまるかよ」

 

 

 

「あの、何でシンさん居るんですか……?」

「鍛え直すと南坂から聞いてね、折角だから協力しようと思って。宜しくねモンスニーさんよ」

「ええっ此方こそ……ランページ、後で話があるから私の部屋まで来い」

「俺のせいじゃないっすよぉ……」



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156話

「あ"っ~……モンスニーさんめ、シンさんが来たのは俺のせいじゃねえのになんで俺を扱くんだよ、つうか扱くじゃねえよ最早しばくじゃねえかあれ」

 

急遽メジロの邸宅へと呼び戻されてしまったランページ、待っていたモンスニーの扱き自体は想定していたがまさかのシンザンまでもがそこに参戦していた。南坂が気を利かせたのか、それとも話を何処からか聞きつけたのか、兎も角シンザンまでもがやって来て自分にメニューを課す。まさかのレジェンド参戦に流石のモンスニーも戸惑いを隠しきれずに、若干八つ当たりめいた事をランページに行っている。まあそれでも確りと見極めを行っての事なのだろうが……。

 

「テイオーの走りに危機感を抱いてるって訳でもねぇだろうし、俺のそれを正せってか?」

 

テイオーが菊花賞で見せたあの走りは彼女からすれば付け焼き刃でしかない、だがそれに負けるようでは……という圧力でもある。負けるつもりは毛頭ないが、油断は思わぬところから生まれるのでそれを叩き直そうとした所にシンザン来襲、色んな意味でペースが乱れているのだろう。

 

「やれやれ、溜まったもんじゃねえなぁ……」

 

久しぶりのメジロの庭園、ベンチもあるのだが草の上に直接寝っ転がった。こうした方が疲れが取れる気がするしこういう雑な休み方が自分に合ってるような気がする。練習後の休み時間は有効に使わせて貰おうと眠りに付こうとするのだが―――

 

「ほわぁっもしかして~ランページ、お姉様ですか~?」

「んっお姉様?」

 

ライスを筆頭に学園では多くのウマ娘に呼ばれている故か呼ばれ慣れてしまっているそれに思わず反応してそちらに目を向けてしまった、するとそこに居たのは学園ではあった事がないウマ娘、どころか初めて会う。だが自分は彼女を知っている、色々あって会う機会こそなかったが彼女も自分と同じメジロのウマ娘だ。

 

「あ~ブライト、でいいんだよな」

「はい~メジロブライトです、こうやってお会いするのは、初めてですね。改めましてメジロブライトです~」

 

のんびりとした口調、間延びした声、おっとりとした表情から伝わってくるのは彼女の穏やかさ。彼女はメジロブライト、自分と同じくメジロ家の御令嬢。

 

スタートダッシュが苦手で瞬発力に乏しいステイヤータイプ、余り高い評価はされていなかったが、マックイーン以来となる天皇賞(春)を制覇するなど紛れもない名馬。極めて大人しく温厚な性格だったからか、普段のブライトは(ベコ)だと言われる程で手入れをしている時は寝ているのでは?と思われる程に扱い易かったと言われている。

 

「お会いしたいと思っていたんです~ラモーヌお姉様以来の、トリプルティアラですから~」

「そうか~俺がこっちに来ないもんで話したくても話せなかったか。悪いな」

「いえいえ~お姉様のレースは拝見させて頂いておりましたから気になさらないでください~」

「そう言って貰えると有難いな」

 

極めてのんびりとした口調で話すブライト、ゆったりとした言葉運びもあってか話していると妙に脱力するというかリラックスしてしまう。

 

「つっても、俺の走りはあんまり参考にならないだろ」

「いえいえ~、そんな事はありませんわ。 お姉様の走る姿はとても凛々しくて~!力強くありながらも猛々しく、勇猛なお姿には何時もほわぁぁあんとしてしまいますの」

「そういわれるとなんか照れるな……」

 

独特な雰囲気を持つブライト、此処までのんびりとしているウマ娘とは会った事がない気がする。自分の走りとは完全な対極、生き方的にも真逆なブライト。だがなんというか落ち着いてしまう自分が居て、楽しさを覚える。

 

「でも、無理にお姉様呼びなんてしなくていいぞ。俺は元々部外者みたいなもんだ」

「いえいえ~お姉様はお姉様ですから~フフフッきっと今日の事は~ドーベルにも、自慢出来ちゃいますね~♪」

 

そう言えば彼女はメジロドーベルとは同期だった。彼女は自分の事をどう思ってるのだろうか……出来れば悪く思われたくはないのだが……。

 

「ドーベルは~、いつもお姉様の事をお話してるんです。私がお姉様のレースを見る時は、いつも一緒何です~」

「仲いいんだな」

「はい~ドーベルはお姉様のレースをいつもキラキラとした目でご覧になってるんですよ。私もお姉様みたいになるんだって何時も言ってるんですよ~?」

 

ドーベルからの評価は悪くないどころかむしろ憧れの視線で見られているらしい。彼女からすれば同じメジロであれだけの活躍をするランページという存在は眩しく輝く星のようだとブライトは表現し、何時かティアラ路線を走るんだと意気込んでいるとの事。

 

「ハハッそりゃ益々こっちに来なかった事が申し訳ないな、今度一緒に飯で食べようって言っといてくれ。その時はブライトも一緒にな」

「光栄です~ドーベルも、きっと喜びますわ~」

 

穏やかな笑みを浮かべたまま嬉しそうにするブライトだが小さく欠伸をしてしまった、それを隠すように笑う。

 

「申し訳ありません、実はお昼寝をしようと思って此方に来たのですが」

「それなら俺と一緒だな、折角だ膝貸してやるから寝てもいいぞ」

「ほわ~宜しいのですか?」

「勿論、ほれ」

 

脚を伸ばして差し出してやるとブライトはウキウキとしながらも自分の太腿へと頭を預けた。改めて思ったが、自分のそれは柔らかくは無い筈だ。筋肉ばかりで筋張った硬いトモ、それを枕にするのは適さないか、と思ったのだが―――

 

「とても、柔らかくて気持ちいいです~……」

「柔らかくはないと思うが……硬い方じゃない?」

「いいえ、とても暖かくて柔らかいです。それはお姉様がとてもお優しい方だからです、心が優しい方だと包容力もあるとお母さまが言っておりましたからきっと―――」

「ブライト?」

「すぅ……すぅ……」

「寝ちまったか」

 

最後まで続ける事も無くブライトは穏やかな寝息を立てて、眠り始めてしまった。元々昼寝をしようと思っていたと言っていたから眠かったのだろう。そんな彼女の頭を撫でてやると何故か懐かしさを感じてしまった。誰かに膝枕をしてあげた事なんて全く無い筈なのにどうして―――

 

「あっ」

 

―――フフッランちゃんってばお母さんの膝枕大好きね~♪お母さんもランちゃんの膝枕大好きだから、この後は代わりばんこでお母さんに膝枕してね~♪。

 

「そういう事か……ありがとなブライト」

 

思い出せた母との思い出、自分は母の膝枕が大好きだった。そして母にもそれをしてあげるのも大好きだったのだ、今ばかりで昔なんてもう分かる事なんてないと思っていたが……思わぬ想起だ。それをしてくれた彼女には感謝しないと。

 

「そこに居たのか、ランこの後の練習で……おっと、後にした方が良いか?」

「もう少しだけ、こうさせてください。もう少しだけ……」

 

練習の事で話をしたかったモンスニー、だがそれは少し後にすることにした。穏やかな瞳で我が子の眠りを守るように頭を撫でるランページと母の膝の上で健やかな眠りについているブライト。それを邪魔するほど野暮ではない。結局、休み時間はブライトの昼寝にギリギリまで付き合う事になったが、ランページの気力は充実していた。そしてその気力を―――天皇賞へと向けた。



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157話

今日という日を迎えた。多くのウマ娘達がこの日のレースに出走するが、皆の表情は硬く、強張っている。それも理解出来る、本日行われるのは八大競争の一つとして数えられる天皇賞(秋)。メジロのウマ娘としてこのレースに出走しない訳には行かないとランページも今日は張り切っているのだが……伸び伸びと身体を伸ばしている自分を何処か畏怖の表情で見るウマ娘が多い。無敗の十冠故?違う、何故ならば―――

 

『ウマ娘たちが追い求める一帖の盾。鍛えた足を武器に往く栄光への道、本日のメインレース天皇賞(秋)!!しかも今回のレースはなんと、天皇皇后両陛下が観覧される天覧レースとなります。天皇皇后両陛下がご自身の名前を冠するレースをご覧になるのは歴史上初の事、生憎の雨となっておりますが歴史の一ページとして刻まれる日となるでしょう』

 

そう、天覧レース。天皇皇后両陛下がいらっしゃっているので出走ウマ娘達は顔を青くしたり、胃を抑えていたり、必死に掌に書いた人という字を飲み込んだりしている。寧ろこういった反応こそが正常と言える、何せ見に来ているお方がお方だ。尚、笑顔で手を振られている両陛下の背後にはメジロアサマにスピードシンボリ、ラモーヌ、ルドルフ、そして巻き込まれたシリウスがいる。

 

「顔色悪くなってんなぁ~会長も人が悪い」

「そういう貴方こそ、どうしてそんな平気そうなんですの?」

 

出走するウマ娘の中で一番元気があるのは矢張りランページ、彼女は笑顔で観客に手を振ったりポーズを取ったりと正しく普段通り。流石のマックイーンも今回ばかりは緊張気味だ。

 

「まあなんというか……色々あってな、自分の走りを見て欲しいって思っただけさ」

「それって誰に?陛下?」

「いや―――妹だよ、可愛い可愛いな」

 

それを聞いてマックイーンとライアンが思い浮かべるのはランページが溺愛するライス、だが実際はブライトやドーベルの事を指す。特にブライトとは邸宅に居た際にとても仲良くなってこの前は何時の間にか自分のベッドに潜り込んで眠っていた程に懐かれた。

 

「ンな事より、お前らはちゃんと走れるのか。陛下の御前だからって緊張してグダグダ……なんて事がない事を祈るよ」

「ムッ……ランページさんが可笑しいのであって私たちだってかなり覚悟を固めて此処にいるんですの!!!」

「うん、実際かなり緊張してるよ。それをランと走れるって気持ちで上手く誤魔化してる感じかなぁ……取り敢えず、確り走れるよ」

「ランページさん!」

 

そんなやり取りをしている中、ひと際大きい声で自分の名前を呼ぶ声がした。一斉に其方に視線が注がれるが声の主はそんな視線を意にも返さずに迫って来た。砂塵の騎士、レディセイバーが笑みを浮かべたまま歩いて来た。

 

「よぉっレディ、息災かい?」

「言われるまでもありません。其方こそ準備は万全なのでしょう、貴方ほどの方がこんな舞台で不手際などあり得ませんし」

「ハハッ期待に沿えるような走りをするつもりはいるぜ俺は、そっちこそ砂塵の騎士が芝でどれだけ走れるか見物だな」

「フフン、今日は砂塵の騎士ではなく嵐の騎士とでも改名しましょうか」

 

自信ありげに胸を張るレディ、勝負服も騎士っぽいのも相まって凛々しさが際立っている。小雨も降り続けておりバ場も不良、かなり走りにくくパワーが要求される舞台となっているが……そんな舞台はダートを走る彼女にとっては好都合、普通の芝よりもずっと走りやすい。

 

「貴方に初の敗北を付けるのはライアンさんでもマックイーンさんでもなく、この私、そのつもりで此処に来たのです。大波乱を起こして見せましょう」

 

その言葉に多くの者が息を飲んだ。現役最強とすら言われるランページに向き合って堂々とした宣戦布告を行った、それだけでも異常な行動なのに彼女の表情に迷いはなく、本気の色が伺える。間違いない、あれは本気で勝つ気でいる。それを向けられるランページは思わず笑みを作ってしまう。

 

「いいねぇいいねぇ、そういう気概は大好きだぜ。俺を倒す準備は万端って訳だ」

「でなければ貴方の舞台に出て来ません―――覚悟は良いですね、芝の絶対女王、私に負ける準備は」

「愚問。勝つ準備ならばいつでも」

 

互いに火花を散らす、その光景に他のウマ娘達は驚愕の表情で見つめてながらも息を呑む。だが、二人は直ぐに破顔し。すれ違いざまにハイタッチを決める。レディは口角を上げて笑って自分のゲート前へと移動する。

 

「あのレディさんってそんなに凄いの……?」

「メインはダートで偶に芝を走る程度だとトレーナーさんは仰っておりましたが……」

「芝については俺も初見だから何とも言えないが―――強いぜ、間違いなくな」

 

走りもそうだが、あの闘気。自分を倒す気満々と言わんばかりに充実している気力、ダートウマ娘だと思っていたら確実に足をすくわれる。まあ自分はそんな事はない、寧ろ一番注意すべき相手とすら思っている。

 

「にしても、なんか随分と仲良しなんだね……アタシよりも良い感じの雰囲気だったし」

「まあ数回の仲だが、ガチで戦い合った仲だからな。戦いの中で築かれた絆って奴だ」

 

全力を以て互いを知っている故か、ある種理解度という点ではライアンのそれを上回っているのは否定出来ない。少々複雑そうな顔をしているライアンにランページが世話が焼けるな、と思いつつも肩を組む。

 

「勘違いすんなよ、お前以上に俺の理解者なんて存在しないよ。レディが知ってるのは俺の実力だよ、そっから汲み取れるものを信じてるって感じなんだから知らないものはたくさんある」

「そ、そうだよね。アハハッなんか恥ずかしいな、何で嫉妬しちゃってたんだろう」

「このこの可愛い奴め~」

「あっちょっとランやめてってばもう直ぐゲートインなのに……!!」

 

軽くじゃれ合う、よくもまあそんな事が出来ると思われるがライアンやマックイーンはこの行いに酷く感謝した。何故ならば必要以上の力が抜けた、これならば十二分に良い走りが出来るという確信が生まれた。そしていよいよゲートイン。

 

『三番人気を紹介しましょう。今年の天皇賞(春)を制しているウマ娘、メジロマックイーン。京都大賞典では見事な走りを見せてくれました、このレースを勝利し天皇賞春秋完全制覇となるか!?』

『二番人気はこのウマ娘、メジロライアン。宝塚記念を制した三冠ウマ娘です』

『そして圧倒的な一番人気なのが無敗の十冠、彼女が目指すのは世界、メジロランページ!!なんと一から三番までメジロ家が独占状態、この牙城を崩す事が出来るのか!?』

 

メジロ家の悲願、天皇賞制覇。その為に彼女達は走る、間もなく、天皇賞出走。




「まぁっそれでダートを……視野が広いのですねぇ」
「はい、自慢の孫です」
「自慢の友達の孫です♪」
「随分と可愛がられているのですね」

「おいルドルフテメェ……よくも、よくもぉ……!!」
「静まれシリウス、陛下たちにバレるぞ」
「取り巻きの子達への武勇伝にすればいいのよ」
「程があるだろ程が……!」
「シリウス、此方へ。陛下が是非貴方のお話をお聞きしたいと」
「ひゃっひゃい……!!」

ランページの与り知らぬところで、こういう事が起きていた。



そして―――SS投稿を続けて10年以上、なんと……イラストを頂けました~!!!
RPG-7様より、ランページのイラストを頂きました。AIによるイラストだそうです。
目次でも掲載してありますが改めて、ご紹介させて頂きます。RPG-7様、本当にありがとうございます!!


【挿絵表示】


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158話

『歴史に残る天皇賞、さあ今―――スタートしました!!好スタートを切りました、出遅れはありません。先頭を行くのは矢張りメジロランページ、得意の大逃げを打ちます、それを追うのはライアンかマックイーンかおっとレディセイバー!!レディセイバーが一気に抜け出してメジロランページに競り合う!砂塵の騎士とも言われるダートのウマ娘がこの天皇賞の舞台に殴り込み、帝王賞でのリベンジに燃える女騎士が果敢に女王へと戦いを挑みます!!』

 

開始された天皇賞(秋)。先頭を行くのは予想通りにランページ、それは誰もが予想出来ていた事、それに追走するのはマックイーンかライアンかという予想だったのがそれを破ったのがレディセイバー。芝の舞台だというのに自らの戦場だと言わんばかりの見事な走りでランページの後ろについた。

 

「この走り、強いと言わせるだけの事はありますわね!!」

「だけどアタシらだって負けてないよ!!」

 

『マックイーンとライアンも伸びて来る!!果敢に王者へと競り合いを行う!大逃げのランページに3人のウマ娘が迫っていく!!メジロの三本柱と言っても過言ではないこの3人に競り合うレディセイバー!!ダートが主戦場である筈ですが、芝の舞台も何のその!!』

 

レディの予想外の好走には観客どころかトレーナーも驚いた事だろう、確かに芝を走った事はあるがそれでも主戦場はダート。本来の走りは出来ないだろうと高を括っていたのだろうが……寧ろ本来の走りが出来ないのは芝のウマ娘達。小雨とはいえ長い時間降り続いている為にバ場は最悪の不良、走りづらさを感じる者が大半だがレディにとって重いバ場は大得意なのだ。

 

「フフッ雨のダートに比べたらこんな所、一般道みたいなもんです!!」

 

マックイーンとライアンも何方も他のウマ娘達よりかは重いバ場は得意だしパワーもあるので大した問題はない、だがレディのこの力強い走りだけは完全に予想外だったのかこれは本気で気を付けないとと警戒感を強める。

 

『先頭はメジロランページ、半バ身程の所にメジロマックイーン、そしてメジロライアン。その後方にはレディセイバーが続きますが此処でラストフレアも上がって来る。先頭集団に入り込んでいく、さあこの5人のウマ娘の戦いとなって来たぞ!後方とは既に7バ身は離れている、これが現役最強ウマ娘と言われるランページの逃げの恐ろしい所!!これに付いて行けるのか』

 

ハイペースな逃げを打つランページ、そんな走りに付いて行くマックイーン、ライアンそしてレディ。だがそんな彼女らに迫るラストフレア。

 

「ダートウマ娘に、好き勝手やられてたまるかっての!!」

 

天皇賞(秋)に至るまでに3連勝、毎日王冠ではダイタクヘリオスを打ち破って優勝したラストフレア。自分こそがメジロランページを打ち滅ぼすのだ、ダートウマ娘になど邪魔されてたまる物かと一気に競り上がって行く。間もなく半分という所でラストフレアがレディの右斜め前、4番手に到達した。

 

「ランページに期待されてるだが知らないけど、芝はそう簡単じゃないのよ!!」

「―――その言葉、そっくりそのまま返して上げます」

 

圧力を掛けられようがレディは全く屈しない、見つめるのは唯一つ、この先にあるゴールのみ、それまではどんな障害だろうが自分を遮る壁にはなりはしない。

 

「ダートが芝の二軍、そんな考えを持っているウマ娘に私は負けない」

 

幾らランページによって盛り上げられていると言っても長らく付き纏ったイメージというのは中々払拭出来ない、未だにダートを下に見る考え自体はある。ラストフレアの言葉の節々にもそれ見受けられる。

 

『メジロランページ、マックイーン、ライアンがほぼ横一線!!勝負はこの三人に絞られたか、2バ身差の位置にレディセイバーとラストフレアが競り合う!何方も懸命に走っている、おっとラストフレアがレディセイバーに迫る!!』

 

「あの人のように、私も挑戦し続ける―――根性ぉぉぉお!!!」

 

だが、レディはこの程度で負ける事なんてない。地面を一段と強く踏み込みながら一気に姿勢を低くしつつ頭を大きく下げる、まるで地を這うあのようなフォームを取るとそのまま一気に駆け出した。

 

「なっ!?」

 

『レディセイバーが一気に抜け出す!!ラストフレアを置き去りにして先頭集団を猛追!!なんという事だ、ダートからやって来た砂塵の騎士がメジロの三人へと襲い掛かる!!姿勢を低くして最早転倒一歩手前の所で踏み止まりながら大外、大外からレディセイバー強襲!!!』

 

第4コーナーを越え残り600に入った所で遂にレディが先頭を駆け抜け続けていたメジロの三人を大外から捉える事に成功する。雨を切り裂く嵐となった騎士が襲い掛かるのだが、それを唯一王者だけが待ち侘びていた。

 

「来たかっ……!!」

 

ライバルの到来に血潮が加速していく、一拍一拍毎に気持ちが昂ってしょうがない。それを感じ取っているのか、隣のマックイーンとライアンも同じように笑っていた。緊張していた表情などはなく唯々強敵と戦える事への嬉しさに燃えていた。だったら自分達がするのはもう一つしかない―――この瞬間を全力で駆け抜ける事。

 

「負けませんわよ、メジロの名に懸けて―――いえ、私の為に!!」

「伊達に三冠を取った訳じゃ、ないんだからねぇ!!!」

「全力全開、いっくぜぇ!!!」

 

追いかけるメジロの三人、彼女らの姿にレディは喜びの笑みを浮かべた。彼女らは認めてくれた、自分の走りの脅威を、敵として完全に認識させた。ではここからは自分の目的―――打倒メジロランページの為に全てを尽くす、最初からそのつもりではあったが……本気で行く!!

 

『メジロランページ先頭!!マックイーン追走、ライアン猛追!!今年の春シニアを分け合ったこの三人は矢張り別格、だがそれにも喰らい付くのはレディセイバー!!!大外からレディセイバーも差を縮めていく、後3バ身!!それから逃げる逃げる、メジロランページが行けばマックイーンが、ライアンも迫って来る!!いや、此処でメジロランページ、ランページが僅かに抜け出したか!!?半バ身抜け出した!!』

 

誰もが譲らず、勝利を目指してひた走る、この姿こそがこのレースを天覧した理由。これを見たかった、この目で見届けたかった。本当にこの日、足を運んでよかったと天皇にそう思わせたのはランページだけではない、レースを走る全員がそう思わせた。そのような思いを抱いているとレディセイバーが最後の追い上げを見せ付ける、だが―――その猛追も届かずに、先頭のメジロ家の王者がゴール板を駆け抜けた。

 

『メジロランページが勝ちましたぁ!!2着にメジロライアン、3着にメジロマックイーン!!メジロ家が上位を完全に独占!!そして驚異的な追い上げを見せたレディセイバーは半バ身差で4着となりましたっおっと倒れこんだが大丈夫か!?あっ大丈夫なようです、立ち上がりました!』

 

勝利したのはランページ、マックイーンとライアンもあと少しまで追い込みこそしたがその後僅かが果てしなく遠かった。それを実感させるレースだった、そしてレディは限界まで倒し切った前傾姿勢の影響でゴール直後に顔から地面に突っ込んでしまったが、気恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「凄かったよラン、逃げ切られちゃった」

「凄まじかったですわ……秋は取られてしまいましたわね」

 

ライアンとマックイーンは素直にランページの走りを称賛した。マックイーンはチラリと横目で掲示板を覗いて審議の文字が点灯していない事に思わずホッとしてしまい、それをライアンにバッチリと見られて気まずそうに顔を反らした。その時にランページが息を整えながら一段と高くある天皇皇后両陛下がいる方向へと向き直った。

 

「……」

 

そのまま静かに膝を付いた、それを見たライアンとマックイーンは一瞬驚くが直ぐに意図を察すると両隣に陣取り同じように膝を付いた。そしてそのまま頭を下げた。その光景にスタンドからは大歓声が沸き上がった。

 

『膝を付いての敬礼、上位を勝ち取ったメジロのウマ娘達による天皇皇后両陛下へと最敬礼が捧げられました。素晴らしい走り、素晴らしいレースを見せてくれました』

 

それを見た天皇は笑顔で拍手を彼女達へと送った。お礼を言いたいのは寧ろ此方の方だと言わんばかりの大喝采がレース場全体から沸き上がっている。

 

「……よく分かったな二人とも」

「ま、まあ陛下に向かって膝を付いてたから」

「……実はレディさんのセイバーという名前でもしかして……と思いまして……」

 

「う~ん……私もやりたかったなぁ……騎士の名に恥じないし」




「素晴らしいお孫さん達ですね」
「有難う御座います、自慢の孫達です」
「あちらのレディさんの走りも迫力があって凄かったです、シリウスさんもそうお思いませんか?」
「しょ、しょうでしゅね!!」
「あらあら、シーちゃんったら緊張しちゃって♪」
「とても仲が宜しいのですね」
「はい、ね~シーちゃん♪」
「は、はいお婆様……」



レディと競り合ったラストフレアの元ネタはプレクラスニー。ラストはプレを変えて、フレアはクラスニーがロシア語で赤い川という意味があり、太陽のように美しいという意味合いがあるらしいので、アニメのモブウマ娘にサンフレアもいるのでそれ繋がりでフレアにしました。


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159話

先日の天皇賞での上位をメジロが完全に独占した事は大きく取り上げられ、様々な命題が打たれた記事が出回っている。やはりというべきか、当たり前というべきなのか、ランページ、マックイーン、ライアンというメジロの三人による上位の独占と最敬礼が最も強く押し出されている物が多い。それはそれで致し方ないとも思うのだが……

 

「やれやれ、やっぱりというべきか予想通りというべきか」

『私はそこまで気にはしていませんがね』

「こっちは別の意味で気にするさ、なんだこの記事、バッカじゃねえの?」

 

そんな苦言を呈する程度には酷い記事もある。確かにメジロによる独占は記事にするのに値するかもしれないが、それだけを押し出し過ぎる物が多い。完全制圧だの敵はいないだの……レースの最後辺りしか見ていないような物も多いので辟易とする。

 

『しかし、貴方お気に入りの2社は良い記事は書いてくれているではありませんか』

「だけどそれだけってのがねぇ……全然分かってないってなんか呆れるわ」

 

『最敬礼を見つめる砂塵の騎士』

『地を這う走法、ダートウマ娘の強襲』

 

メジロ黄金時代と銘打ちながらも確りとレディセイバーやそのほかのウマ娘の事も取材しているのがランページお気に入りの2社、最敬礼の事を取り上げつつもレース全体を詳しく調べ上げているので満足度も高い。

 

「しっかし、あんな走りで身体は大丈夫なのか?最後なんて盛大にこけたじゃないか」

『お恥ずかしい……そのための勝負服なので問題ありません』

 

通話相手のレディは恥ずかしそうな声を出す。彼女の編み出した地を這うようなフォームで繰り出す走りは前に倒れこむのを前へ前へと走り込む事で通常の倍以上のストライドとスピードを生み出す―――のだが、ハッキリ言って危険な物でしかない。転倒の危険性は高い上にゴールした後は減速するのでほぼ確実に転倒する。その為に彼女の勝負服には前面にプロテクターが装備されている。ランページ曰くケンプファー。

 

「その為だけに勝負服改修するってなんぞ、G1の時位しか出来ないだろ」

『ダートだと柔らかいから大丈夫なので芝だとG1しか出来ないですね』

「その内に怪我すんぞお前」

 

実際レース後に南坂から自分の大逃げとは別の意味での玉砕戦法なのであの走り方は真似しないで欲しいという事を言われた。ある意味前傾姿勢はウマ娘にとってはポピュラーなフォームだが、それを更に推し進めるという意味では修得する事は簡単、だがその代償に怪我のリスクも高い。レディはその辺りの匙加減を熟知しているし基本ダートに絞っているので大丈夫かもしれないが……ランページはそうはいかないし南坂的にもOKは出せない。

 

『それで貴方は次は何処を走るんですか?』

「エリ女、んでその後はチャンピオンズカップ」

『また、中1週じゃないですか……主戦がダートならまだ理解出来ますが、芝なのにそんなローテーションで大丈夫なんですか?』

「去年と同じだから行ける行ける」

 

普通ならば、此処までの活躍をするウマ娘の脚は大事にしたくなるのがトレーナーなのではないだろうか……と思うのだがその南坂公認なので問題はない。渋々ではあったが。

 

『ならば、次走はみやこステークスか武蔵野ステークスですね……フフッ今度は砂塵の騎士として貴方に挑みましょう』

「望む所だ、勝てよ」

『愚問』

 

その言葉を最後にレディは通話を切った。チャンピオンズカップでまた彼女と戦えるとなると此方も気を引き締め直さなければなるまい、今から気分が高揚し始めてしまった……。

 

「ランページお嬢様、お時間で御座います」

「あいよ、あ~……慣れねぇ」

「ご容赦を」

「わぁってるよ」

 

気分が昂り始めてしまっているが、そんな自分はそこへと気持ちをぶつける事は出来ない。次はエリザベス女王杯、それに間に合わせる為にも療養所で確りと疲れとダメージを取る必要がある。昂る気持ちはしまっておかなければならない……のだがそうも言ってられないのが現状。

 

「いよいよって感じか……」

 

エリザベス女王杯にはイクノも登録を行っている、だがそれだけではない。ターボも前年の自分に倣っているつもりなのか出走を決めている、カノープスから三人の同時出走が確定している故か既に出走取り消しを行っているウマ娘もいるとの事。練習では何度も走った事はあるが、レースでは初めての激突になる。あのドッカンターボと遂に真正面から激突する日が来たという事実に僅かに頭痛を感じる。

 

「ぁぁぁぁっ~……と言っても幻惑~逃げ~は愚策~……だしなぁ……」

 

一番厄介なのがイクノとターボという自分にとっての天敵の二人が同時に出走するという事、これまではあくまで練習メニューの中でだけだったが、本番のレースでそれが起きるとなると果てしなく厄介。戦術の一つが完全に封じられるので真っ向勝負になる、が、ターボはターボでドッカンターボがあるので自分が負ける可能性だって普通にある事をマッサージを受けながら思う。

 

「シンプルに捻じ伏せるのが一番、というかそれしかないか」

 

同じチーム故にそれぞれがどんな手段に出るのかは完全に把握している、なので最後にものを言うのが自分が持つ実力。カノープスが最も重視する基礎的な体力で全ての勝敗が決すると言っていい。

 

「悪くはないな、そう言うのも……」

 

身内同士の対決になるが、それはそれで面白い。一度ターボの走りもマジのレースで体験してみたかったとも思っていた、エリザベス女王杯が楽しみになってくる一方で名前の中にフローラが無かった、以前自分に言っていた通り、ジャパンカップに備えて準備をしているという事なのだろう。

 

南坂がくれた来日予定のある海外ウマ娘の一覧からジャパンカップに出走するウマ娘を見る、その中で最も大きく期待されているのが今年の凱旋門に出走し2着だったソーサリーシュバリエだろうか。他にも様々な有力ウマ娘はいるが、その中で最も声高に取材に応えているのがゴールドフェザーン。

 

「『メジロランページは出走しない、私に恐れをなしたか。それも良し、レースに出なければ負けないものな!!』お~お~強気な発言ですこと……」

 

やはりというべきか自分目当てに来日する予定を組んだウマ娘が多いらしい、そしてその舞台で自分を打ち破るつもりだったのに出ないのかと落胆の声も聞こえてくる。だが彼女らは忘れていないだろうか、自分がジャパンカップを制した時もそうやって警戒する程には思えないと油断していたからこそ足をすくわれた事を。

 

「自信満々なのは結構な事だが……あの変態は手強いぜ、油断したままだと足元すくわれるぜ」

 

不思議と海外ウマ娘達は脅威に感じずにいた、それは間近でフローラの力を知っているからだろうか、きっとレディとの絆と似たような物なのだろう……フローラとそれが繋がれているというのは聊か複雑な気分にはなるのだが……兎も角自分はエリザベス女王杯に向けて、確りと調整をするとしよう。




「天皇皇后両陛下、ウイニングライブを満喫される……何だろうこのパワーワード感、まあ俺もサイン書いた時は手が震えたしな……」

次回、この辺りを詳しくやります。


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160話

スマホ内の整理、最近アプリゲームの更新も激しく容量も厳しくなってきたので取捨選択をしていると不意に新しく連絡先に登録されてしまった名前に頭を抱える。

 

「何でこんな事になったんだろうなぁ……」

 

遡る事、数日前。天皇賞(秋)のレース後の事、メジロ三人による最敬礼というある種の伝説を残してしまった後、ランページは取材も終えて自らの控室に戻って身体を休めていた。途中で買ったホットココアは美味い。

 

「あ"~偶に呑むココアの美味いこと~美味いこと……」

「お疲れ様です、これで通算21勝ですか……無敗で此処までの記録は異例ですね」

「褒めても小切手しか出ないぞ~」

「要りません」

 

困った表情を浮かべながらも本当に出せるだけの財力があるから参ってしまう。

 

「この後はウイニングライブかぁ~……これで歌ってねぇ曲って何だっけ?」

「winning the soulにうまぴょい伝説ですね。前者は恐らくライブで歌う機会はないと思いますが」

「クラシックの奴のだもんな、あるとすればうまぴょいか……にしてもなんだようまぴょいって」

「さあ」

 

ウマ娘界七不思議の一つかもしれない。

 

「それでランページさん……実は大変申し上げにくい事があるのですが……」

 

珍しく、前置きをしながらも言い難そうな表情を作るトレーナーに一体どんな事があったのかと不安に駆られる。のだが、天皇皇后両陛下が居るのだからほぼ間違いなくそれ関連なのは間違いないのだろう……。

 

「ウイニングライブ後に是非、お話をしたいと……」

「あ~うん、その位は覚悟してたから大丈夫……大方シリウス辺りが俺にも話を聞いたらどうですみたいなことを言ったんじゃないですか?」

「大方処か一字一句違ってません」

「Oh……」

 

ダービーウマ娘としても海外に挑戦したウマ娘としてもシリウスの立場は極めて貴重、そんな彼女からの話に天皇はとても楽しめたらしいが肝心のシリウスが限界を迎えたらしく、こんな状況になった元凶に振ろう!!となったらしく、最後の最後にランページに白羽の矢をぶん投げたらしい。尚、彼女は急性の胃潰瘍になったので退室したとの事。

 

「あ~……あれ痛いんだよなぁ……」

「ご経験があるんですか?」

「ああ、英語の授業で皆の前で英語で歌うってのがあってその緊張で」

「確かに慣れてないときついでしょうからね……トレセンに来る前ですか?」

「そんな感じ」

 

実際には前世、というよりもヒトソウルに刻まれた記憶の中にある思い出。その痛みは今でも思い出せる、それを味わっていると考えると彼女には同情の念しか浮かばない。

 

「にしてもどんな風の話をしたらいいんだろうな……天皇陛下相手に喋る想定とか普通しねぇから分からないぜ」

「普通しませんよね……一応陛下から普段通りになさってください、普段のランページさんとお話がしたいというお言葉を預かっていますが」

「無茶言うなって話だよなぁ……」

「ですよね……」

 

目上の人から言われる楽にしていいという言葉は全然楽に出来ないのである、休めと言われて椅子に座れないのと同じ。

 

「それじゃあマックイーンとライアンも一緒に」

「巻き込もうと思いましたが、上手い事言い訳を作られて逃げられてしまいました」

「……今度減量中のあいつの前でDXメロンパフェ喰ってやる……!!」

「ライアンさんには何もしないんですね」

「そりゃライアンには大恩がありますしお寿司」

 

兎も角、マックイーンへの仕返しを決めた所で南坂は後始末が残っているとの事なのでちゃんと休んでいるようにと言い含めながら退出していった。自分だってこの後のライブがあるのだから確りと休むつもりでいる。

 

「にしてもマジで何を話すべきなのだろう……メジロ家に入る前の身の上話はしちゃまずいだろうし、となると合宿の事とかをメインに据えるかな……配信とかのシンさんの事は確実に触れられるだろうし、カブッちゃんとかも出るのかな……」

 

今の内に情報の整理をする事を決めた、基本的にアドリブで生きているとはいえこういう時には前以ての準備はしたくなるというもの。いざ本番になるとそれを上手く使えないまでがデフォだが……気持ちと覚悟の準備という意味ではこういう事は優れているのである。

 

「普段通りに話せ、ね……ったく無茶を言うもんだぜ」

 

そんな悪態を付きながらも次のココアを開けようと思った時、扉が開けられた。南坂かと思ったが彼ならば必ずノックをするし一声を掛ける、礼節を弁える彼が勝手に開ける訳がない。という事は彼ではない、マスゴミかと咄嗟にスマホに手を伸ばして録音の準備をする。

 

「あれっ?」

 

が、見えてきた姿はカメラやマイクを持った報道陣とはかけ離れていた。可愛らしい服を纏った幼いウマ娘がそこにいた。耳を回しながらも此方を見る目は困惑に染まっていた。

 

「あっメジロランページさんだ!!如何して此処に?」

「如何してと言われると困っちまうな、此処は俺の休憩室だから?としか言いようがない」

「そっか~それじゃあ道を間違えちゃったのかな?」

 

どうやら迷子らしい、道を間違えてここに来てしまったのだとすると親御さんも心配している筈。無視する事は出来ないなと、彼女の前で膝を付きながら手を差し出す。さながら忠誠を誓う騎士のように。

 

「お手をどうぞお嬢様、僭越ながらお供を致しましょう」

「おっ~良きに計らえ~」

 

少女は機嫌を良さそうにしながらもその手に自分の手を重ね、機嫌を取る事に成功したと安心しながらも共に控室を出る。

 

「レース凄かったよ!!びゅ~んって感じで!!」

「お褒めに預かり恐悦至極、まあそれよりも心配してないと良いけどなぁ」

「う~ん探されてるかもしれないけど、大丈夫だと思う」

 

それは大丈夫とは言わないと思う、絶対に心配されている……兎も角早い所彼女を家族の所に送ってあげなければ……と思っていると少女はジッと途中に合った自販機を見つめる。そして自分を見る、自販機を見る、それを繰り返す。

 

「……さてと、早く見つけないと」

「貴様~無視すると申すか~」

「はいはいご希望の品は何方でしょうかお嬢様」

「ココアを所望する」

「え~い」

 

無視しようとしたが、てしてしと太腿辺りを叩かれたので買ってあげる事にした。そんなココアを飲みながらも少女を連れてこっちから来たという道を遡っていく。

 

「にしても……君ってもしかしてマジモンのお嬢様かい?」

「う~ん……分かんない」

「まあそうか……」

 

流石にこの年頃の子には難しい質問だったか、と思いつつもお嬢様という読みは殆どあっているという確信がある。言葉の節々には難しい単語が使われているし何より自分が天皇陛下に会うからという繋がりから軽くふざけて使っている言葉遣いを簡単に受け入れている。常日頃からそれを向けられているという証明にもなる。

 

「所で本当にこっちで合ってる?」

「うんこっち」

「そうか、まあそれなら―――「殿下!!」」

 

それならいいのだが、という言葉を遮って聞こえてきた大声。思わずそっちを振り向きながら少女を庇ってしまった、振り向いてみるとそこには黒服のスーツを纏ったウマ娘が汗だくになりながら此方に駆け寄って来た。コケながらも迫って来たそのウマ娘に少女は手を上げて答えた。

 

「ご、御無事で何よりです!!何方に行っておられたんですか!?」

「お手洗いに行ってたら帰り道間違えちゃったみたい」

「お手洗いでしたらお声掛けして頂かねば……!!」

「―――殿下?」

 

思わず繰り返してしまった殿下という言葉。それで我に返ったのか、黒服のウマ娘は自分に気付いたのか頭を下げた。

 

「こ、これはメジロランページ様!!もしや、殿下のお相手をしてくださいましたので!?」

「相手というかなんというか……俺の控室に来たので連れてきてあげた方が良いかなぁって」

「ココア買って貰ったの」

「さ、左様ですか……ささっ殿下、御姉様と御母上様が御待ちです」

「は~い」

 

そう言うと彼女は手を振って遅れてやってきた黒服のウマ娘達に連れられて去っていく、そして最後に大きく頭を下げられた。

 

「有難う御座います、私共の不手際を……」

「ああいえお気になさらず……というか殿下ってあの子もしかして俺なんかよりもずっと立場上……?」

「……大声では申し上げられませんが」

 

それを聞いてランページは何かを察した。兎も角、自分の役目は終わりあの子とはもう会う子はないだろうと思いながらも控室に戻る事にした。御付のSPだと思われるウマ娘にはずっと頭を下げられっぱなしだった。

 

「殿下で黒服のSPウマ娘って……まさか、な……」

 

そんな思いを引きずりながらも控室で身体を休め、ウイニングライブへと臨んだ。其処では天皇皇后両陛下も見ていたせいか、他のウマ娘達の動きは鈍かったが、メジロ家の誇りを3人で見せ付けてカバー。結果的に大成功を収めた後に南坂と共に天皇皇后両陛下との会談に臨んだのだが……

 

「あっまた会えたぁ」

「……また、会えちゃったぁ……」

 

その直前に少女と再会する事となった、もしやと思っていたがその場で彼女の名前を改めて聞いた時、それは確信へと変わったのだった。

 

「自己紹介が遅れました、アイルランドからお忍びで来ましたファインモーションです!」

「……そりゃ殿下って呼ばれますわな」



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161話

ファインモーション。アイルライド生まれの競走馬でデビューから無敗で秋華賞、更にはエリザベス女王杯のGI二連勝という破竹の勢いで6連勝の活躍を見せつけていた。6戦目での古馬GI制覇は史上最短の記録とされている。その才能の強さにはあの岡部騎手も認めており、レジェンド騎手の武豊に至っては一瞬牡馬と間違えてしまったという話も存在する。

 

そんなファインモーションと出会ってしまったランページ、日本の皇族だけではなく今度はアイルランドの王族。自分の運命というか、流れは一体どんな風になってしまっているのだろうか……兎も角、その場はファインモーションと軽い談笑をし、今度お礼をしたいのとお友達になりたいというので連絡先を交換する程度に収めた。自分が天皇との会談もある事を理解してくれているのか、SP隊長が何度も何度も頭を下げつつもその場を終わらせてくれた。

 

「……ピルサドスキーってこん時、幾つだっけなぁ……」

 

不意に思い出される彼女の姉に当たるウマ娘のピルサドスキー、年代的な話をすればピルサドスキーはフジキセキやマヤノトップガンなどの同期に当たる。これから大変な事になりそうだなぁ……と思いながらも天皇皇后両陛下との会談に臨む事になってしまった。

 

「本日のレース、素晴らしかったです。貴方が世界挑戦をする前にこの目で見られて良かったと思っております」

「光栄です」

「ライブの後でお疲れだとは思いますがサインは頂けませんでしょうか、それとお写真も一緒に」

「努めさせて頂きます」

 

無数のフラッシュが焚かれる中でサインを書き、陛下方との写真を取るという色んな意味でとんでもない経験をしてしまったランページ。その日はもう何も考えられなくなったのでラモーヌに肩を借りて部屋まで連れて行って貰って爆睡した。そして世間が自分と天皇との会談でとんでもない騒ぎになっている中でランページは何も考えたくなくなったのか、インプレッサに乗り込んでドライブに出掛ける―――筈だった。

 

「―――筈だったのになぁ……なぁなんで俺こんな事してるのかね」

「私が連絡したから?」

「だよなぁ……殿下、御忍びって言葉の意味分かる?」

「ジャパニーズニンジャ!」

「アイエェ……そうじゃないよぉ……」

 

インプレッサに寄り掛かりながら一緒にジュースを飲んでいる少女―――ファインモーションはニンニン!!と笑いながらもポーズを取っている、普段ならば微笑ましいなぁと思うのかもしれないが今はそんな気分にはなれなかった。

 

「このまま帰る気ある?」

「ない、だって退屈なんだもぉん」

「もぉんじゃねえよ、仮にも殿下なんだから……昨日のSPさん慌ててるだろ」

「大丈夫、お姉ちゃんの所に連絡して来たから」

 

『お友達の所に行ってきます』

「ファインンンンンッ!!?」「殿下ぁぁぁぁぁ!!!??」

 

「何か少し不安ではあるが……放っておく訳にもいかないかぁ……どっか行きたいところある?」

「連れてってくれるの?」

「連れて行ってあげるから、その後はちゃんと連絡して帰る事、ユーコピー?」

「は~い♪」

 

返事だけはいい返事をする……まあ良いだろう、自分は変装しているしファインだって御忍びで来ている事もあって身なりの良いウマ娘程度にしか思われないだろう。ある程度遊びに付き合ってあげたら満足して帰る気も起きるだろう。

 

「んで何処行きたいんだ?」

「えっと、何処か!!」

「んっ~未定!!さては何も考えずに出て来たな?」

「えへへ~ランページさんに会いたくて」

「それは嬉しい事で」

 

運転しつつも適当に話を聞いてみると、彼女と姉のピルサドスキーが自分の配信をよく見ているのもあって自分のファンであるらしい。加えて、母親が日本に行く用事があったので無理を言って同行させて貰って天皇賞(秋)を観戦したとの事。

 

「お姉様もランページさんに会いたがってましたので、きっとこうしてる事が分かったら凄い反応するんだろうなぁ♪」

「良い性格してる殿下だよ全く……」

「それ程でも~♪」

 

曰く、ピルサドスキーは自分の事を麗しの女王陛下と呼んでいるらしい。何れ、ジャパンカップで自分のような走りで勝利する事を目標としているとファインの口から聞かされるのだが……その舞台でエアグルーヴが負けた*1のかぁ……と色んな事を考えたりするのであった。

 

「んじゃ、お姉さん用にサインとか書いた方が良いか?」

「あっきっと喜ぶ!!私の分もお願いね」

「はいはい」

「―――何だかお腹すいちゃったぁ……そう言えば、朝ごはん食べてなかった……」

 

そう言いながらも、チラリと此方を見つめて来る。

 

「……はいはい分かった、分かりましたよ……丁度この辺りに俺の友達がバイトしている店があるからそこで良いか?まあ殿下が行くような高級店じゃなくて庶民的な店だけどな」

「苦しゅうない、そこまで厚かましくないよ私」

「十分厚かましい事をご理解下さい殿下」

「貴様~そんな事を言うか~」

 

そんなやり取りをしながらも入った店はアイネスがバイトをしている中華料理店へと入ると、丁度アイネスが出迎えてくれた。

 

「あっランちゃんいらっしゃいなの!!あれっお連れ様がいるね」

「ああ、ちょっち一緒になってな。2名様で頼むわ」

「は~いそれじゃあテーブル席にご案内なの~」

 

史実では既に引退をしているアイネスだが、此方ではまだまだ現役を続行中。同時にバイトも継続しているらしく、看板娘としてこのお店に貢献し続けているらしい。なので自分も売り上げに貢献する事にする。

 

「俺はチャーシュー麺でいいか。殿下は如何する?」

「えっとお任せで」

「アイネス~注文頼むわ」

「は~い♪」

 

と注文を取るのだが……やって来たラーメンをランページの食べ方を真似るようにして食べてみたファインは大きく目を見開きながら蕩けたような表情で満足気に笑った。

 

「おいひぃ~……初めて食べたこんな美味しいの!!」

「そりゃ良かった」

 

そして美味しい美味しいと絶賛するのでアイネスも機嫌を良くしてチャーシューと煮卵をサービスで出して上げたり、ランページも追加オーダーをしたりとしていた。そして二人が満足した顔で店を出ると……

 

「で、殿下漸く見つけました……!!」

 

汗だくで疲労しきったSP隊長が此方を見つめていた。ウマ娘である彼女の膝が完全に笑っている辺り、かなり駆け回った事が伺える。

 

「連絡したとか言ってなかったっけ……」

「したよ?」

「置手紙をしただけじゃないですか!!しかもたった一文だけ!!」

「……ファイン殿下?」

「えへっ♪」

 

こうして、御忍び殿下の珍道中は終わりを告げる事となった。SP隊長は何度も何度も頭を下げつつもサインを抱えてご満悦なファインを連れて車に乗ると去って行った。この後、ファインの連絡先から母親とピルサドスキーの感謝と謝罪のメッセージが届くのだが、そこには嬉しそうな自分の書いたサインを抱えているファインの姿があって思わず苦笑した。

 

「困った殿下だ……んっラーメンを喰ったの初めてって言ってなかったっけ、もしかして……ラーメン好きにしたのって俺が原因?」

*1
1997年のジャパンカップでピルサドスキーが優勝しているが、この時にピルサドスキーは馬っけを出しており、同じレースに出ていた唯一の牝馬であるエアグルーヴに反応していたのでは?と言われている。発情ではなく、自分が一番強い事を誇示する為の行動だとする説もある。



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162話

『それでねそれでね、お姉様ってばサインを見たら凄いお喜びになったんだけど私がランページさんのお車に乗せて貰ったって言ったら凄い羨ましぃ~!!って感じだったの!!』

「ハハッそりゃまた、今度はピルサドスキー姉殿下もご一緒でドライブか。せめてその時はSPの隊長さん位はご一緒させないとな、でないとあの人今度はひっくり返るぞ」

『うん、伝えとくね』

「伝えとくじゃないんだけどなぁ……」

 

余程自分とのお出かけが刺激的だったのかあの日からファインからの通話とチャットが頻繁に来るようになった。何時の間にか、仲の良いお友達という事になってしまった。自分の国のトップどころか、アイルランドの王族とまで交友関係が広がってしまうとは……自分は一体何処まで行ってしまうのやら。

 

『それとね、お父様とお母様が欧州に来る時は是非力にならせてくれって言ってくれたよ。凱旋門でこっちに来るんでしょ?』

「そのつもりではあるんだが……態々アイルランドの王族様のご協力とは畏れ多いなぁ」

 

と言いつつもこれはこれで頼もしい味方が生まれたと言っても過言ではないが、その味方がアイルランド王家というのは余りにもデカすぎる気がする……何ともスケールの大きな海外遠征計画になって来た。後で南坂になんて言えばいいんだろうか。

 

『任せて、その代わり、今度お姉様とお話して貰ってもいい?お話をしたがってるから』

「まあその位ならいいけど……」

『お姉様ったらランページさんにゾッコンなの、ああっあの人こそ私の麗しの女王陛下、一度でご尊顔を……なんて言ってたから』

「ああうん……何れな何れ……」

 

アプリではエアグルーヴに対して愛しの女帝陛下とか言っていた筈だが……それが自分に来たという感じだろうか……しかし何故だろう、ストレートな分受け止められるせいかこれはこれで全く身体に寒気が走る事はない。フローラのあれは凄い震えるのに……だとすると彼女のあれは本当に何なんだろうか……。

 

「んで、お前さんはいつまで日本にいるつもりなんだ?」

『んっ~今年いっぱいって所、お父様が折角だから日本を満喫しなさいって』

「そりゃいいお父様で」

『エッヘン!!』

 

ファインに取っても自慢の出来るお父様らしく、自分の言葉に胸を張る。そんな風に自慢が出来る父親がいる彼女を羨ましく思ってしまった自分を諫める。

 

「んじゃファイン、ピルサドスキー殿下に伝えといてくれ。友達のお姉さんとは仲良くしたいし挨拶もしたいってな」

『っうん言っとく!今度のエリザベス女王杯頑張ってね!!』

「応サンキュ」

 

そう言いながら通話を切る、ファインの声はとても弾んでいた。自分の事を王家とは無関係の友人と呼んでくれた事が余程嬉しかったと思える、自分にとってのライアンのような物だろう……まあそういう存在になれたのであれば喜ばしい事だろう……それ以上に自分は考えなければいけない事が控えているのだから其方に集中するべきだ。

 

「分かっちゃいるが、今更じたばたした所で何の意味も無いからなぁ……南ちゃんの言う通りに調整に徹するのが吉なんだよなぁ」

 

既にイクノとターボはエリザベス女王杯に向けて動き出しているが、自分はまず天皇賞(秋)のダメージと疲労抜きが先決。普通ならば焦るかもしれないが、焦る気持ちなんて微塵も沸かない、高々1週間そこいらの準備時間で何が出来るというのだろうか。出来る事もやる事も変わらない、唯シンザン鉄とマスクを付けて走り込むだけでしかない。

 

イクノもターボも同じカノープス、故にやって来たメニューの密度に差こそあるが基本的には同じ方向性で練習を続けてきている。基礎体力という点では全員が同じように伸びている、ならば最後にものを言うのは精神的な強さ、根性だ。

 

「基礎体力と根性は言うなればカノープスの得意技、その領域での全開バトルになる訳だ」

 

シンザン鉄という過去の遺物を取り入れたのは基礎体力を鍛えるのもそうだが精神面も同時に鍛える為、レースというのは突き詰めると一対多の戦い、そんな戦いでは自分との弱さと向き合う事がある。苦しさや辛さは自分の弱さを助長して一気に身体の動きを鈍らせていく。

 

「上等、根性なら負けるつもりはない」

 

様々なレジェンドによって鍛えられているのもあって精神的な強さには自信がある、この前は天皇陛下ともあったしその後にはアイルランドの姫殿下を中華料理屋に連れて行って一緒にラーメンを啜ったのだ。これで精神力がないと言ったら完全に嘘になる。

 

「つっても最低でも明日までは休養しろって言われてるしなぁ……」

 

疲労とダメージを抜くのも調整の内。万全な状態で挑むのも必要な技術の一つ、何より―――自分と戦ってくれる二人にしての礼儀でもある。その為にも今は確りと身体を休めなければならない、そんな思いを抱いていると自分に近づいてくる影に気付く。振り向いてみるとそこには何やら笑みを湛えているフローラの姿があった。

 

「どうも、今宜しいですか?」

「何の用だよ態々……ジャパンカップに向けての調整は良いのかよ」

「順調そのものです、おハナさん曰くこれ以上ない仕上がりに出来ると言われました」

 

エリザベス女王杯を回避してジャパンカップに向けて練習をし続けているフローラ、目指すのは唯一つ、ランページが勝ち取った栄光の死守。それにしか興味はない、そしてまた何れランページと戦う為……。

 

「絶対勝ちます、期待しててくださいね」

「大言壮語じゃない事を祈るよ」

「フフッ大丈夫ですよ、私には最高の御守がありますから」

 

そう言いながらも懐からネックレスのようなペンダントを取り出した、それは写真入れになっておりその中には二人のウマ娘と共に撮ったフローラの写真が納められていた。

 

「タキオンとフライトが私の為にお小遣いを合わせて送ってくれたんです、フフッどうですか素敵な妹たちでしょう?」

「何とも微笑ましいねぇ……お前の妹じゃなければという一点を除けば」

「ホントに私に対しての風当たり強いですね……」

「お前が愛なんて言い出すからだ」

 

それもあるが……それ以上に不安な事がある、そうタキオンの事だ。まだまだ幼くはあるだろうがタキオンという一点でどうしようもない程に不安を感じずにはいられない。失礼かもしれないがこれはウマ娘のタキオンを知っていれば当然の反応なのである。

 

「タキオンと言えば、是非貴方に会いたがっていましたよ。確か……」

 

―――姉さん、我儘を言うようで申し訳ないのだが、一度でいいからメジロランページと引き合わせて貰う事は出来ないかな。彼女の走りは実に興味深いんだ、その身体にもね……。

 

「フフッ流石私の妹です、貴方に対する目の付け所がシャープというかアメイジングというか、という訳でなので今度私の家に遊びに―――ってあれ、ランページさん?」

 

その言葉を聞き終える前にランページは逃走していた。

 

「考えたくなかったけど、やっぱり俺はタキオンにも狙われてるのか……!!なんでアグネスのウマ娘はこう、あれなんだ!!」



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163話

「んっ~……気持ちのいい日和りだぜ~……」

 

秋晴れの空の下で練習に臨んでいるランページ、間もなくエリザベス女王杯なのでそれに向けての調整中。イクノとターボが相手というのもある為か、気合も十分。そんな彼女に一つの影が駆け寄りながらも、何処か赤みがかった表情のまま、少しだけ震える手でドリンクを差しだした。

 

「ど、どうぞお姉様!」

「おっサンキュ」

 

それを受け取って水分を補給する、横目でそんな自分のサポートをしつつも嬉しそうに尻尾を振るっているウマ娘の少女を見る。

 

「にしても、見てて楽しくないだろ。唯俺が走ってるだけだし」

「そ、そんな事ありません!!お姉様の練習はとても参考になりますし、走る姿はとても凛々しいです!!」

「いや参考にするにしても絶対に反面教師的な物にしてくれよ、普通はこんなトレーニングは身体壊すからな?」

 

自分のトレーニングメニューは色んな意味で特別なのでそれを参考するのは絶対にしない方が良いと思うが……その辺りは分かってくれているのだろうか。そう願う、でないと彼女がトレセン学園に入学した時にシンザン鉄とマスク装備で坂路を走るなんて事をしかねない。だったら自分が自重すればいいだろうと言われてしまうかもしれないが、自分の場合は海外を見据えているので簡単にやめる訳には行かないのである。

 

「さてと、もう2本か……やれやれ大変だけど行って来るかぁ」

「が、が……頑張ってくださいお姉様!!」

「あんがとさん、行って来る」

 

マスクを付け直しながらも走り出す自分に熱い視線を注いでくるのは同じメジロのウマ娘でブライトと同じく自分の妹になったメジロドーベル。史実ではライアンの初年度産駒、オークスと秋華賞を制した二冠牝馬。当時の牝馬の日本最多記録であるG15勝の記録を持っている名馬。

 

「終わったぁ……!!ああ、全くこのメニューは身体に応えるなぁ……」

 

休み明けの身体を叩き起こすという意味合いもあるのだが、やはりマスクで酸素量を少なくされると途端に辛くなる。より効率的に、全身の連携を更に密として動きをしなければならないのでかなり大変。シンザン鉄で山を登り続けた自分でも辛い……倒れるように寝っ転がると慌てたようにドーベルが駆け寄って来た。

 

「ど、如何しましたお姉様!?お怪我でも!?」

「ああいや違う、単純にきつくてぶっ倒れただけ……いやぁ効くわぁ」

「よ、よかったぁ……」

 

安心したように膝を付いてしまうドーベル、心配させすぎてしまったことを反省しつつも上体を起こしながら彼女を見る。

 

「俺に付き合う事なんてねぇぜドーベル、トレセンじゃやり難いってんでこっちに来てるだけだし」

「い、いえ是非ご一緒させてください」

 

ランページは今メジロの練習場で練習をしている。別にトレセンで練習してもいいのだが……モンスニーから鍛えてやるという連絡を受けたので、その待ち合わせも兼ねて此方で練習を行っている。南坂からの許可と練習メニューを貰っているので問題なし。

 

「次のエリザベス女王杯、勝ちますよね」

「負けるつもりでレースには挑まんさ、当然勝ちを狙いに行く」

「ですよね!!」

 

ブライト以上にキラキラとした瞳で自分を見つめて来るドーベル。以前ブライトから聞いた通り、ドーベルは自分に対して憧れの視線を向けて来る。

 

「私もお姉様みたいになりたいんです、何時か私もティアラ路線を走ります!」

「そうか、だけどまあ俺みたいになろうとしちゃ駄目だぜ。自分らしく走ってこそ、だからな」

「自分らしく……ですか」

 

自分らしく、その言葉に俯いてしまったドーベルに首を傾げる。

 

「私、お母様からメジロの名に恥じないようにと言われているんです……お母様は厳しくて……それに、私はブライトみたいに強くありません……」

 

ポツポツと漏れ出した雨水のように少しずつ語り出して行くドーベル、メジロのウマ娘として努力しなさいと母親にはよく言われ、それに恥じないように努力してきたつもりだが、レースを見に来る多くの観客に緊張してしまって思いように走れない所か、スタートで躓いてしまって結果は散々……母親に言われたメジロのウマ娘としても恥じるしかない結果出来ず、自分は全く駄目だと思ってしまっているらしい。

 

「なぁっメジロとして恥じないウマ娘って一体どんなウマ娘なんだ?」

「えっ?」

 

余りにも唐突な質問だった、ドーベルは驚きながらも必死に考える。

 

「そ、それは……お姉様みたいにトゥインクルシリーズで活躍したり、天皇賞を勝ったり……」

「かもな、だけどそれはメジロが望んでいるウマ娘であってドーベルがなりたいウマ娘じゃないだろ?」

「私が……?」

「そう、メジロに恥じないって事は、自分のなりたい自分になって胸を張って前を向けるウマ娘の事を言うんだ」

 

ドーベルの頭を撫でてやりながらも続ける。

 

「家の名前なんて気にしなくていい、恥ずかしくてもいい、自分は自分らしく、私は私のままで。俺はそれを貫いてるだけだ、そうすれば結果なんて後から付いてくる」

「そう、なんですか……?」

「無敗のウマ娘が言うんだ、間違いない」

 

確かにこれ以上ない説得力にドーベルは考え込む、自分らしくていい。家の事なんて考えなくても……だがいきなりは流石に受け入れる事は出来ない。戸惑うようにしている彼女の頭を撫でてやる。

 

「少しずつでいいんだ、自分らしさって言うのは自分で決める物だしそれは一つじゃなきゃいけないって事はない。絵を描くのが好きだって良い、食べるのが好きでも良い、トレーニングするのが好きでも良い、友達と笑って過ごすのだって良い、何でも良いんだ自分らしさなんてな」

「―――はい、お姉様。それじゃあ……」

 

そう言うと自分にピッタリとくっついて来た。

 

「これが、今の私の私らしさです……お姉様の事が大好きなメジロドーベルです」

「ハハッそりゃいい、可愛い妹から大好きと言われるなんてお姉様大感激。俺もベルちゃんの事大好きだぜ」

「べ、ベルちゃんは……」

「いやだった?」

「い、いやでは……ありません……」

 

真っ赤になった顔を隠すように俯くドーベルの姿はとても可愛く、愛おしかった。この後、モンスニーからの指導を受けてこの日は学園には戻らずに泊まることにしたのだが―――

 

「お婆様、あれを」

「あら、随分と仲良くなったのね」

「フフッ微笑ましいわぁ♪今度シーちゃんとルーちゃんとやってみるわ♪」

 

モンスニーとアサマ、そして来訪していたスピードシンボリの視線の先には同じベッドで眠りにつくランページとドーベル、そしてブライトの姿があった。



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164話

京都レース場に多くの人々が詰めかけている、本日のメインレースはG1レースのエリザベス女王杯。だがそれだけの理由で15万人を超える程の人々は集まる訳ではない、此処に集う人々のお目当ては出走するウマ娘達の顔ぶれ故。

 

『本日のメインレース、G1、エリザベス女王杯!!そのレースを見る為に此処京都レースには15万人を超える大観衆が集まっております!!それもそのはず、今年のエリザベス女王杯は一味違うのです!!』

 

実況の赤坂も思わず熱くなりながら語ってしまう。このレースに出走するウマ娘達が熱くさせるのだ。前年の覇者にして天皇賞(秋)を制した事で無敗での十一冠という最早意味不明の実績を上げているメジロランページ、そのランページと何度も何度も競い合い続けて最も勝利に近いとまで言われるイクノディクタス、そして今年のティアラ路線を制したトリプルティアラのツインターボが出走する。同じカノープスでも三強と言っても過言ではない激突が起ころうとしている。

 

「アタシは除外か~まあダービーウマ娘と三冠ウマ娘とじゃ格が違うからしょうがないかなぁ」

 

そんな事を言いながらもウマ娘レース新聞を流し見しながらも今回のレースの人気を確認するネイチャ。やはりというべきか前年覇者であり無敗継続中のランページが1番人気、そして2番人気はターボ、イクノは意外な事に3番人気だった。この辺りは活躍の鮮度の違いという奴だろうか。

 

「それでトレーナーはどう思う、誰が勝つと思う?」

「それを私に聞きます?私は一応全員を応援するつもりなんですが」

「ライスは、お姉様……かな」

「あたしはターボ先輩!!」

「う~ん、私はイクノさんかなぁ」

 

チーム内でも誰が勝つのかの予想はバラけている。お互いの手の内は完全にバレているような物だし対策方法も知っている、そうなると一番の対策方法が小細工なしの真っ向勝負なランページが辛い所だろうが……搦手を使うと逆に自分の首を絞める事になるという大逃げウマ娘にあるまじき奥の手を隠している。

 

「まあ、それも直ぐに分かりますよ」

 

その言葉通りに間もなくゲートインだ。結果が間もなく知れるというもの……。

 

『さあ間もなくゲートイン、日の丸とユニオンジャックに見守られ、淀のターフでエリザベス女王杯を掲げるのは誰だ!!三番人気には安田記念にて念願のG1制覇を成し遂げたイクノディクタス。その勢いのまま打倒メジロランページを目指します!!』

『2番人気は今年のトリプルティアラ、ツインターボ!!誰もが夢見た大逃げ対決に期待です』

『そして大本命、1番人気は完全無敗の最強ウマ娘、メジロランページ!!メジロ対決の次はカノープス対決、此処でも最強を証明するのか!!?さあゲートインが完了しました、今―――スタートしました!!』

 

エリザベス女王杯の幕が切って落とされる。始まりと同時に飛び出したのは3人のウマ娘、正確に言えば2人が飛び出したのを1人が追う構図になっている。

 

『好スタートを切りました、がそれよりも先に駆け出して行くのはやはりこの二人だった!!トリプルティアラ同士が早くも激突します、ツインターボとメジロランページだ!!大逃げウマ娘同士の対決が開始します!!そしてその後ろには機械の如く正確なペースを刻み続けるイクノディクタスが続いて行きます!!』

 

「ターボ全開~!!!」

「相変わらずのバカペースだなお前は、最初からドッカンターボとは……完璧に物にしてやがる!!」

「やはり、此処ですね」

 

秋華賞と同じようにスタートダッシュでの真・ドッカンターボに成功したターボ、完全にコツを掴んだと言わんばかりの飛ばし方。先頭を走り続けるのが常だったランページが今回ばかりは2番手にいる。そしてそんなランページの背後で力を温存して勝負の時を待ち続けるイクノ。

 

『だが、このペースで持つのでしょうか!?ツインターボ、これは暴走なのかそれとも作戦なのか凄まじいハイペースです!!だがこのペースにメジロランページ、イクノディクタスの双方は確りと付いて行っております!!同じカノープスだけに慣れていると言わんばかりの貫禄のある走りです!!既にこの3人のウマ娘と後続とは10バ身差はあるでしょうか!!』

 

「ふえぇっ~……三人とも凄い」

「三人揃っての10バ身差って……」

「先輩達凄い~!!!」

「イクノもよく付いて行けるよ……」

 

ハッキリ言って異常としか表現が出来ない状況になっている、恐らくイクノは逃げているつもりはなく唯々二人のマークについているというだけなのだろうが、他のウマ娘達からしたら大逃げが3人もいるという状況。間もなく1000mだが、全くスピードが落ちる素振りもない彼女らに焦りが後方で募り始めていく。

 

『今1000mを通過しました、通過タイムは―――57.2!!』

 

このタイムは秋華賞でターボが叩きだした57秒5よりも早いペース、それだけターボも成長しているのもあるだろうが……G1の舞台で二人に完全に追走されているからだろうか……それでもターボの足はまだまだ衰えない。まだまだ逃げ続けていく。

 

『さあ淀の坂へと入るが、此処でメジロランページがペースを上げていく!!急坂なんてなんのその!!芝の女王が遂に牙を剥いて来たか、イクノディクタスも続いていく!さあツインターボを捉えに掛かる!!』

 

「や、やっぱり此処で来たぁ!!」

 

ターボもきっと此処で二人が来る事は分かっていた、あの二人は自分よりもずっと坂を駆け上がる事が得意、特にランページなんて自分が使っている物よりも遥かに重いシンザン鉄を使って坂路を駆け上がる事が出来るのだからパワーの差が如実に出ている。イクノだってそれに負けないように鍛えたパワーを決め打ちされたペースで駆け上がって来る。

 

「いよぉっターボ!!」

「捉えましたよ!!」

「くぅぅっ~!!」

 

『第4コーナーに入る前にツインターボにメジロランページとイクノディクタスが並び立ったぁ!!後ろからはグランルーブル、リンリンリリー、メジロティファニーも追うが7バ身差を詰められるのか!!?さあ先頭の三人が第4コーナーを曲がり切って直線に入ったぞ、さあエリザベス女王杯を天へと掲げるのは一体誰だぁ!!』

 

後方から迫ってくるウマ娘なんてまるで眼中にないかのように、先頭を走り続けている三人は駆け抜けていた。そしてその一人、ツインターボは一気に抜け出そうと最後のターボを掛けようとした。

 

「ダリャアアアアアアア!!!!」

 

『ツインターボが此処で加速した!!秋華賞を制したこの二段加速でイクノディクタスとメジロランページを抜き―――されない!!メジロランページとイクノディクタスも全く同じように加速している!!ツインターボ全く差を付けられません!!』

「やっばっ、タイミング、ちょっとミスったぁぁっ!!!」

「ハッ気合入れて煽った甲斐があったな!」

「作戦通りです」

 

ランページとイクノは何年もずっとターボと走り込み続けている、それ故に彼女の弱点も承知している。ターボの走りはスタミナが切れて疲れる前に走り切ってしまうという物、その為の真・ドッカンターボでもあるのだが、それは最高のタイミングでなければうまく機能しない。ならば其処を阻害してしまえばドッカンターボは不発に終わる。

 

「生憎、こっちの脚は残ってんだよなぁ―――ついて来れるか、お前らぁ!!」

 

『メジロランページだぁぁ!!此処でメジロランページが抜け出した、ツインターボの先頭は此処で終わり!!矢張り無敗の女王が来るのか!?いやイクノディクタスも迫っていく!!』

 

「愚問ですね、今日こそ勝ちます!!」

「タ、ターボだってぇぇぇ!!!」

 

『ツインターボ懸命に食いしばるが厳しいか!?イクノディクタスがツインターボを完全に抜いた!流石に苦しいか、イクノディクタスとの差が開いていく!!』

 

それでもターボは走り続けている、まだまだ諦めていない。だが二人はどんどんと先へと進んでいく、イクノはどんどんと追い上げていく。ランページとの差を後1バ身という所まで到達する事に成功する。

 

「此処で一気にぃっ!!!」

「悪いが先頭はやらねぇ、背負っちまった夢の分は走るって決めたからぁぁ!!!」

 

一気に全身の連結度を上げる、そして姿勢を低くする。やはりこの走りをする時は低姿勢の方が加速できる、そして地面を蹴った。その時、近くに居たイクノは見た。芝が抉られていく光景を、一歩、また一歩を踏み出すたびに芝が宙を舞う。

 

『メジロランページ、メジロランページが更に伸びる!これこそ女王の走り、メジロランページ王者の貫禄を見せつけて今ゴールイン!!!無敗の女王が2年連続でエリザベス女王杯を制しました!!2着にはイクノディクタス、ツインターボは3着、4着には1バ身差でグランルーブル!!』

 

「走りが、ますます完成に近づいて行っているかのような……これは、益々倒しがいがありますね」

 

圧倒的な力を見せられながらもイクノは笑い続けていた。無敗のまま勝ち続ける彼女の姿が何処か誇らしく、嬉しかった。そして次こそは自分が負かすのだと決意を胸にする。



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165話

エリザベス女王杯の制覇、これによって合計勝利数は22勝、G1勝利数は12勝にまでになったランページ。表彰台とウイニングライブの中央を今度はカノープスで独占する事になった。やはりというべきか彼女を追い込むことができたのは同じチームで長い事走ってきたイクノ、本格的に国内に彼女に黒星をつけることができるウマ娘がいるのかどうかさえ疑問視する声すら上がり始めてきたのだが、その一方である疑問が浮かび上がってきた。

 

『メジロランページの海外挑戦の理由は国内では負けなしなので、見切りをつけたのでは?』

 

勿論の根も葉もないくだらない噂でしかない、がランページが二社以外の出版社に対して全く取材を受けなかったりするので国内のメディアに辟易しているのでは?といった風に考える者もいない訳でもない。一部からそんな噂が流れることもあって読者は二社と比べてどこか違うのかを見るようになって購入する雑誌を更に選ぶようになり、ランページの嫌う出版社の雑誌はさらに低迷していったとか……。

 

「エリザベス女王杯、優勝おめでとうございます」

「あんがとさん」

 

トレセン学園の一角、大樹のウロの近くに寝っ転がるランページに声をかけるフローラ。これで合計十二冠、本当に遠い所にまでライバルは行ってしまって少しだけ寂しい思いを抱いてしまっているフローラだが、ランページの勝利を祝いたいという思いに偽りはない。それを分かっているからか、邪険にしがちな彼女の言葉も素直に礼を言いながら受け取っている。

 

「これで無敗記録も更新ですね、全く貴方という人は……」

「嫌になったかい?」

「いえ、つくづく思い知りましたよ。本当に倒し甲斐のある方です」

 

イクノもそうだがそんな風に考える事が出来るフローラのようなウマ娘はどちらかといえば希少だろう、客観的に考えれば自分という存在は極めて厄介でしかないし出来る事ならば戦いたくはないし回避するのが賢い判断。回避しようがない場合にのみ戦い、その時には如何するべきかと頭を悩ませるという通常エンカウントする裏ボスのような存在だと以前タイシンから言われて妙に納得してしまった自分がいて笑ってしまった程。

 

「次は私のジャパンカップですね」

「自信満々で結構な事で、ンで俺に何の用だ」

「用がなければ話しかけてはいけないと?」

「ダチならいいんだがお前さんだと妙な寒気が身体に走るんだよなぁ……」

「心外です」

「これまでの行い」

 

グサリと鋭い刃が突き刺さったように何も言えなくなる、本当になんであの時はあの言葉をチョイスしてしまったのだろうという今更な後悔が押し寄せてくるのだが……表現としてあれが最適だったという思いもある。故に何とも言えない。

 

「いっそのことマジになれば貴方に引かれないんですかね」

「諦めが付くだけで引く事は引くぞ俺は」

「私はどうしたら……」

「知らね」

 

そんなバカみたいな会話をしつつもフローラは隣に座り込んだ、それをランページは特に何も言わずに受け入れる。

 

「改めて思いますが、やはり貴方のワールドレコードは凄まじいです。何度挑戦しても破る処か並び立つ事すらもできません」

「簡単に並ばれちまったら俺の立つ瀬がねぇっての」

 

トレセン学園には様々なコースが用意されているが、最も使用されるコースは東京レース場と同じ条件で作られているのでジャパンカップを想定した練習をするにはもってこいの場所。そしてそんな場所でフローラが挑んでいるのはランページが叩き出した2:22:0というワールドレコード。彼女の走りを守り抜くというのであればそれと並び立つか超える位の気概で行かなければならないという覚悟の表れでもある。

 

「いうなれば世界中のウマ娘が挑んできた記録だぜ、簡単に越えられたら堪ったもんじゃねぇよ」

「そうですね、ですがあなたに勝つならばその位はクリア出来ないと無理だと思いませんか。誰にも邪魔されず選び放題なコース上で」

「言いたい事は分からなくはないけどな」

 

ランページ的には自分の領域(固有スキル)は他者がいなければ成立しない類のものなので何とも同意しづらい、もう一度2400を走ったとして同じ記録が出せるとは限らない。あれは自分に対して重圧(デバフ)を仕掛けてくる相手がいるからこそ発揮出来る力なのだから。

 

「それでも私は一つ一つ記録を積み上げていくだけです、生憎貴方のようにはなれませんから」

「なんだ皮肉が上手くなったじゃねえか、真面目なフローラさんがやさぐれたか」

「何処かのウマ娘に負け続けていたら誰だって真っ直ぐだったものが曲がったりはしますよ」

 

私を変えたのは貴方ですよ、と暗に言うフローラの瞳はどこか妖しく光る、それを見て本当に彼女はそのままなんだということを察する。あまり察したくはないが……。

 

「そんな俺に捻じ曲げられたフローラさんよ、次は何時戦うよ」

「そうですね……有記念なんて如何ですか、ジャパンカップの後でしたらそれが一番現実的だと思いますが」

「やれやれやっぱりその名前が出るか」

 

年内最後のレースにして、その年で一番速いウマ娘を決めるレースといっても過言ではない有記念。テイオーとの対決もそこだし、何だったらそこにはターボやイクノ、それにネイチャ、ヘリオス、そしてライアンにマックイーンまでもが出走を考えている一大レース。そこにフローラまで加わるのか……と思うと本当にとんでもないお祭りになる事だろう。

 

「2500は無理ですか」

「いやその位なら許容範囲だ、いいだろうそこでやろうじゃねえか。逃げるんじゃねえぜ?」

「昨年の有を回避した貴方にそれを言われたくないですね」

「元々ローテに組み込んでねぇから回避にならねぇっつの」

 

先ほどのお返しと言わんばかりの表情で言葉をぶつけてくる彼女にあっけらかんとした物言いをする。なんとも今から年末が楽しみになってきてしまったじゃないか、本当にてんこ盛りのお祭りレースだ。三冠が4人も出走するなんて前代未聞だろう、今から人気がどのように分かれるのかが気になってきてしまった。

 

「さてと、それじゃあ俺は飯でも食いに行くかなぁ……ジャパンカップに向けて調整中のマックイーンの前でパフェを食う仕事があるからな」

「なんなんですかその嫌がらせ……それで彼女が成績悪くなったら笑えませんよ?」

「冗談だよ、せめてジャパンカップが終わってからにするわ」

「それはそれでどうかと思いますけど……」



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166話

「こうして会えるなんて光栄だね、無理言った甲斐があったってもんだよ」

「本当に無理を言って来たから嫌だった……」

 

溜息混じりに肩を落としながらも直ぐに持ち直すと自分に向けて頭を下げて謝罪をする。それがこの状況への物だとはすぐに理解出来る、気にしていないのだが……深刻そうに頭を下げるブライアンに逆に此方が困る。

 

「すいませんランページさん……チャンピオンズカップに向けての調整があるっていうのに……」

「後輩が一々先輩の顔伺ってんじゃねえよ、そういう時は思いっきりでいいんだよ」

「さっすが偉大な無敗の十二冠は言う事が違うね!」

「「それってつまりマーベラース!!」」

「如何でもいいけど十二冠って言い難いよな~」

 

今居るのはトレセン学園の談話室、誰でも使う事が出来るウマ娘達の集会所。そんな場所を今使用中にしているのはエリザベス女王杯を勝利し、次なるレースの為に身体を休めているメジロランページ。そんな彼女に頭を下げているのはナリタブライアン、今日は同級生に自分がランページと交友関係がある事がバレてしまって如何しても会いたいというので話を付けてみた、そしたら何故かマヤノとマーベラスまで付いて来た。

 

「改めて自己紹介させて貰うよ、アタシはヒシアマゾン!!ブライアンのダチさ!!」

 

ヒシアマゾン、外国産馬故に当時の規定でクラシックに出走出来なかったが当時のオークス馬のチョウカイキャロルをエリザベス女王杯で見事に打ち破り、同世代最強牝馬の地位を確固たるものとした。3年連続で最終優秀牝馬に輝く程に煌く末脚の切れ味を備えた事で女傑と呼ばれた名牝。圧倒的な強さを誇ったブライアンにも挑戦した事でも知られる競走馬。

 

「是非とも先輩には一回話をしてみたくってさ」

「そりゃまた光栄だな、ブライアンもこの位なら幾らでも相手してやるから遠慮なんてしなくていいんだぜ?」

「ですが……いえ、これ以上は野暮ですね」

 

それ以上は口にしなくなったブライアンだが、以前よりもかなり自分を出せるようになり始めているように感じる。酷く臆病だった筈の性格は少しずつ前向きになっているのか、一々オドオドとした態度を作らないようになっている。これも成長、何れ枝を咥えるようになって自分にも勝負を挑むようになってくれるのだろうか。

 

「へへっ実はこう見えてもアタシはアンタに憧れてるんだよ、何せ無敗の三冠だからね」

「ヒシアマお姐さん、逆にランページさんに憧れてない人の方が少ないと思うな~」

「そう思う~」

「アハハッ!!そりゃそうか、こりゃマヤマーベに一本取られたねぇ!!」

 

ケラケラと愉快そうに笑うヒシアマゾン、サバサバとしていて姐さん気質らしい笑いかたに何処か親近感がわく。まあ自分よりかはずっと女らしさは感じられるのだが……。

 

「んでさ、アタシも何れチームに入る訳なんだけどカノープスじゃどんな練習してタイマンに備えるんだい?それを是非聞きたくてさ!!」

「こう言って聞かないんですよ、全くヒシアマ姐さんは……」

「あれま姉さんって呼んでるの?」

「私の姉さんはハヤヒデ姉さんだけです。ヒシアマ姐さんはヒシアマ姐さんです」

「姐さんってそっち的なあれなのね」

 

其処は譲る事が出来ないのか、ブライアンはムッとしながらも訂正する。まあ確かに姉と姐さんは大分違う物ではあるだろう。それでも既に持ち前の面倒見と気風の良さが受けているのか彼女は人気を集めつつあるらしく、同級生と下の学年の子達には親愛を込めてヒシアマ姐さんと呼ばれているとの事。

 

「俺もそう呼んだ方が良いかい、ヒシアマ姐さん」

「よ、よしてくれよ。アンタにそう言われるのは違和感しかないしアタシが姐さんとかって言わなきゃならない立場だよ」

「もう既にお姉様云々って呼ばれまくってるけどな、好きに呼んでくれていいぜ」

「んじゃランさんって呼ぶ事にするよ」

「あれまスタンダートな呼び名に落ち着いちゃったか、奇を衒ってるのを期待したのに~」

「あたしにそういうセンスを求められてもねぇ……」

 

軽い笑い話になりつつもカノープスについての話が始まった。同席させて貰ったマヤノとマーベラスもそれを聞きに来たと言わんばかりに耳をピクピクと聞いている。ヒシアマは一番熱心に、食入るように話を聞いている。時にはメモを取り、質問をするなどしてその内容を聞き漏らさぬようにしていた―――同期の彼女に負けぬように。

 

「ってな感じだな、カノープスは徹底的に基礎を磨き上げることに重点を置いてるんだ」

「マヤには合ってないかな~……」

「天才肌のマヤっちには性に合わんか、マベちんは如何だい?」

「う~ん……でもその積み重ねがマーベラスな事になるんだから……う~ん」

「此方は比較的に好印象」

 

天才肌なマヤノからすればカノープスのメニューは理解こそ出来るが、肌に合うかと言われたらかなり微妙な部類。何方かと言えば彼女はステータスよりもスキルをどんどん覚えていくタイプなので相性的には微妙になるかもしれない、一方マーベラスはマヤノよりかは好印象だが何とも言い難い。

 

「徹底的に基礎を鍛え続ける、つまり自分とのタイマン勝負って事だね!?」

「まあそう言いかえてもいいかな、レースで最後に物を言うのは強い自分の意志だから」

「くぅっ~いいねぇ良いねぇ!アタシそう言うの大好きな性質でね!!」

「こういう奴なんだ、気にしないでくださいランページさん」

「気にしないどころか、こういう風に気風の良い奴は大好きだぜ俺は。肩が凝らずに済むってもんだ」

 

最近行儀良くしなければいけない相手ばかりなのもあるせいかヒシアマゾンのような肩肘張らずに自然体且つ自分と対等に接してくれる相手を求めていたのかもしれない。特に自分と似ている相手を、それを聞くとヒシアマゾンは目を輝かせた。

 

「おおっ話が合うじゃないかい、こりゃ思った以上に仲良く出来そうじゃないかいアタシ達」

「だな、よ~しこのままお姉様と姐さんコンビでも結成するか」

「そりゃ面白そうだね」

「「イエーイ!!」」

 

とハイタッチをする二人、完全なノリによる行動だが思った以上にシンパシーを感じるというか気が合う。それに合わせてマヤノとマーベラスが同じようにマーベラース!!と声を上げる。それを見つめているブライアンは姉と同じ位に尊敬しているランページと気が合うというヒシアマゾンに嫉妬を浮かべてしまった。

 

「(……あんな風になれば、ランページさんと仲良くハイタッチが……それに、姉さんだって安心してくれるんじゃ……)」

「んっどったのブライアン」

「い、いやなんでも……!!(頑張ろう、この臆病さを少しずつでも良いから直してランページさんみたいに強くて凛々しいウマ娘になるんだ……!!)」



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167話

「あっラン、これからヘリオスの所行くんだけど何かある?」

「んじゃ優勝おめでとさん、今度お祝いの品持って行ってやるからリクエスト頂戴なとでも伝えといて」

「畏まっ!!」

 

そう言いながらも駆け出して行くパーマーを見送りながらも完全に日課となった新聞を読む。マイルチャンピオンシップを優勝したヘリオスのお祝いの為に一緒に出掛けるらしいパーマー、自分も同行してみたいが調整期間中である上に本格的な練習メニューをこなす日程も近いので遠慮する事にする。

 

「しっかしこれも俺のせいかねぇ……」

 

新聞にはヘリオスの見事な勝利がデカデカと掲載されており、そこにはこんな文も乗せられていた。

 

『快勝大逃げウマ娘!!大逃げウマ娘が生み出す先頭の波』

 

自分であるメジロランページ、パーマー、ヘリオス、ツインターボ、確かに考えてみると此処まで大逃げウマ娘が集中しているのも極めて珍しいだろう。逃げはいても大逃げは早々居ないのが普通なのにたった2年で4人の大逃げが結果を出しているのだから驚きである。これは後年のウマ娘達が逃げを選択する子が増えそうだと今更ながらに思う。まあ選んだとしてもそれは自己責任なので自分のせいではないので知ったこっちゃない。憧れるのは勝手だが、それを選択したのは己なのだから。

 

「海外ウマ娘日本入り……ハァン……」

 

そんな記事はそこまで興味を示さずに捨て置くと好い加減に食事に手を付ける事にした。新聞に集中し過ぎるのも行けないと手を合わせる、サラダを口へと運んでいるとテイオーとターボがやって来た。

 

「ラン此処良い?」

「ああ好きにしな」

「それじゃお邪魔しま~す」

「邪魔するなら帰ってや~」

「えっ~!?」

「マジにすんなよ」

 

ついタマとよくやるやり取りをやってしまった。そんな小芝居をしつつも席に着いたテイオーはとんかつを口に運びながらもランページにある事を聞く。

 

「ねえ、ランってさレースの後には療養所を利用するよね?」

「ああそれが?」

「でも今回は全然使ってないよね?」

 

前々回の天皇賞、前回のエリザベス女王杯を制した後にもランページは療養所を利用する事無くトレセン学園での療養で疲れとダメージを抜いている。それでも十分な程度の物しか溜まっていないのかとも思ったので聞いてみたが、如何やら違うらしい。

 

「逆にこれまでが遠慮なく使い過ぎてたとも言えるな、だからそれを矯正する意味でもあるんだ」

「どゆ事なの?」

「質問だターボ、海外にもメジロの療養所はあるでしょうか」

「ない!!」

「正解、景品に生姜焼きを一枚贈呈してやろう」

「やった~!!」

 

自分の生姜焼きを一枚渡しつつも答えるとテイオーは納得したような顔をした。これから海外に行こうというのにメジロの専門的な集中療養に頼り切るのは危険だと判断したのだろう。海外でも休養のための施設は使う事は出来るだろうが、それでもメジロ家のスタッフとは違うので同じだけの回復が出来るとは限らない。なので出来るだけ自分で回復出来る分はするに越した事はない。

 

「まあ元々南ちゃんの方針で月一ペースでレースに出てたからな、その辺りは慣れてるつもりだ」

「ボ、ボクとは本当に経験が違うんだね……」

「チームが違うんだから方針が違って当然だろ」

 

そう言われてもテイオーとしてはそれがランページの強さの秘訣なのでは……と思わざるを得ない。圧倒的なレースの経験の蓄積をしているからこそ今がある、それを経ての無敗なのだから格の違いという物を感じてしまう。だが、それでもテイオーは自分の走りに自信を持てていた。

 

「だけどラン、有記念じゃ負けないよ!!僕のテイオーステップはトレーナーも認める位に進化してるんだから!!」

「へ~あの変態が認めてるのか、そりゃマジみたいだな」

 

色々言われこそするが、沖野は腕自体は確かなトレーナー。そんな彼が認めるのだからテイオーステップは確実に進化しているのだろう。それを聞いて真っ先に対抗の声を上げたのはターボだった。

 

「テイオー、相手がランだけだと思ったら大間違いだぞ!有記念にはターボも出るんだから!!ターボの真・ドッカンターボで勝つんだから!!」

「勝つのはボクだもんね、ネイチャにだって勝ってるんだから!!」

「ネイチャに勝ったからってターボに勝てるとは言えないぞ~!!」

 

と額をこすり合わせるようにしながらもムムム~!!と言い合いをする二人、微笑ましいような呆れるような光景が続くのだが二人は大急ぎで食事を掻き込んでいく。途中で全く同じタイミングで喉を詰まらせるのでお茶を渡すと一緒に飲み干して死ぬかと思ったぁ……!!と口にする。その位でウマ娘が死んでたまるか。

 

「「勝負してくる!!」」

「おいおいおい、有まで待てねぇってか?」

「「待てない!!」」

 

そう言うと二人は速攻で食器を返しに行くとそのまま駆け出して行った。仲が良いというか似た者同士というべきなのか……というか食べたばかりで走れるのだろうか……幾らウマ娘とは言えどある程度の休憩時間が無ければ辛いとは思うのだが……まあ例外的なウマ娘はいる、それは勿論オグリキャップ。自分の数倍の量を普通に平らげるし、妊婦のように膨らんだ腹が直ぐにシュッと引き締まるのだから一種のホラーである。

 

「まあ元気があるのは良い事だな、御馳走さんでしたっと……さてと、一服でもしに行くかねぇ」

 

食器を返すと屋上へと向かう、やはりシガーを吸う時は屋上が一番だ。そんな思いを携えながら屋上へと向かっていると途中で愛するライスと遭遇する。

 

「あっお姉様、これからフラワーさんとマヤちゃんと一緒にケーキ食べに行くの。お姉様も一緒に行かない?」

「行く行く~ライスが行くだから行く~」

 

ライスからの誘いを蹴る訳もなく、早速待ち合わせ場所を聞くと二人に話してくると先に行く後姿を見送る。既にシガーを吸うなんて事は頭から抜け落ちていた。

 

「―――私とは随分と対応が違いますね」

「そりゃそうだ、お前なんかとライスじゃ全然違う―――ぎゃぁ!!?」

 

何時の間にか背後に居たフローラが黒いオーラを滲ませながら、自分の腰に抱き着いていたので思わず大声を出してしまった。

 

「テッメェ何抱き着いてやがんだ離れろ!!」

「何故です、私の何処がライスさんと違うんですか!?ライスさんが抱き着いたら絶対に喜ぶんでしょ!!?」

「当たり前じゃねえか!!ライスとお前を一緒にすんな!!」

「貴方の方が余程酷いじゃないですか!?軽いギャグで抱き着いただけなのに!!」

「お前がやると洒落にならねぇんだよ!!」



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168話

クラシッククラスに行われるティアラ路線の初戦である桜花賞のトライアルレース、私と彼女の道が重なったのはチューリップ賞だった。その時まで私は無敗だった、3戦3勝、デビューから負け無しだったが故に天狗になっていたと言われたら今思えばそうだったのかもしれない。トレセン学園のチームでも最強と言われるチームリギルに入る事が出来た私、アグネスフローラは毎日リギルの練習に真剣に向き合っていた。練習は辛かったけどレースで感じられる成長は自分の想像を遥かに超えていて、おハナさんに付いて行けば私はトリプルティアラを取れるという確信があった。

 

「フローラ、もしかしたら君はラモーヌに続く二人目になるかもしれないな」

「あ、有難う御座います!!」

 

リギルが誇る皇帝、シンボリルドルフ先輩にもそんな言葉を掛けられて、私は自信に満ち溢れていた。絶対に行ける、私は意気揚々とチューリップ賞に挑んだ、そんな私の前に彼女は現れた。今でこそメジロの名を冠するウマ娘となったが、当時の名は―――ランページ。チームカノープスに所属するウマ娘でジュニア級最優秀賞も受賞した実力者。それでも私は負ける気がしなかった、真正面から勝ってやるつもりだった……だけど

 

『先頭は依然ランページ、二番手にはアグネスフローラも続きます』

 

彼女のスタイルは極めてシンプル、最初から最後まで先頭で走り切るという逃げウマ娘のお手本のような逃げ切りスタイル。おハナさんからもその事は言われていたし、同じリギルに所属する逃げ戦法のチームメイトと毎日走り込みをしていたから絶対に勝てると思っていた。だけど―――

 

『だがこれはもう届かない!!まさに独裁、圧倒的なまでの強さで今ゴールイン!!』

 

結果は2着、優先出走権を取る為のチューリップ賞なので目的は達成したと言えばそうかもしれないが……文字通りの大敗を喫した。初めての敗北は私に重くのしかかって来た、だけど同時に倒すべき目標という大きな目的が出来てより一層練習に打ち込む事が出来た。

 

「心配したけど、無用だったみたいね」

「おハナさん」

 

練習に打ち込む私を見て厳しく接するおハナさんが柔らかな表情を浮かべて声をかけてきた。

 

「無敗を崩される、それは想像以上に心に来る物。ルドルフはそれを力に変えられた、初めての敗北というのは重く圧し掛かる物だけど―――無用な心配だったわね」

「ご心配おかけしました。私今凄い楽しいです。だってあれだけ練習したのに私を越えるウマ娘がいるんですよ!?しかも私と同じ無敗だった、だから今度は私がランページさんに敗北を付けて見せます!!」

「良い目標ね、それじゃあ気合入れて走りなさい」

「はい!!」

 

そんな気持ちで練習に励み続けて、私は桜花賞に臨んだ。だがそこで彼女はまた変化した。なんとあのメジロ家に入った、家庭環境の激変によってメジロ家に入ったという事を聞かされて、何か大変な事があったのだろう……だがそれはレースには関係ない、今度こそ勝たせて貰うと意気込みを作ったが―――

 

「そんなっそんなぁっ……!!」

 

彼女は既に、私などを見ずにチームメイトのイクノディクタスさんとの一騎打ちに臨んでいた。彼女に自分を思い出させてやるとスリップストリームで背後についたが、それも失敗だった。二人は自分の事なんてお構いなしにスピードを上げ続けて、気付けばオーバースピードで自分のスタミナは無くなっていた。結果はウイニングライブに出れない4着。

 

「オークスでは、オークスでは必ず……!!」

 

気付けば、私の心には常に彼女が居た。ターフの独裁暴君、メジロランページが居続けた。彼女に勝つ事が、何時の間にか自分の命題へとなっていた。何度も何度も挑み続けた、そしてそのまま敗北を築き上げ続けた。挑んだオークスでは自分の走りをしていたと錯覚させられるほどに見事な幻惑逃げで敗北した。そして最後のティアラを掛けた秋華賞。

 

「絶対に負けない!!」

『アグネスフローラが必死に追い縋る!!イクノディクタスもあと少し、届く、届くぞ届いたぞ!!遂に二人が独裁者、メジロランページに並んだ!!そしてそのまま直線に入る、後方のウマ娘達も一気に加速する!!独裁者はもう終わるのか、此処で独裁は終わりを告げてしまうのか!!?』

 

合宿でルドルフさんとシービーさんと共に走り込んだ成果が出た、初めてランページを抜いた時、自分の中に溢れんばかりの歓びが満ちた。このまま駆け抜ければ―――と思った時、自分の前を駆けるあの人がいた。また負けるのか、そんな思いを振り払うかのように駆けようとしたが身体が重く、思うように動かなくなっていた。

 

「なんで、急に……ランページィィィィッ!!!」

 

叫びは届く事も無く、彼女は新しい歴史を作り上げた。無敗でのトリプルティアラ、メジロラモーヌを超える偉業をも達成した。そんな彼女に自分は勝てないのか、自分はリギルの名前を穢しているのではないか……そんな風に考える自分を奮い立たせたのは輝き続けるランページという光だった。その強さに、自分は惚れてしまった。

 

「……参ったなぁ完敗だ……強いなぁランページさんは」

 

圧倒的に不利な状況だったのにも拘らず、向けられた重圧さえも自らの力に変えて駆け抜けていった……あの人こそ、本当の王者に相応しい人だ。2着だからこそ本当に輝いてみえた。この時から、私の憧れは決定的な物に変わってあの人のようになりたいと思った。

 

「―――てな感じかな」

『実に興味深いねぇ!!姉さん頼むから連れてきておくれよ~またプレゼント送るからさ~』

「誘いはするけど……私避けられてるからなぁ」

『どうせ変な言い回しをしたんだろう?姉さんには大事な所で失言する癖があるからね』

「そんな癖あったの!?」

『その結果が今だろうに』

 

電話の向こう側から聞こえてくる声は酷く呆れているような物だった、実際とんでもない失言をしたせいで避けられているから何とも言えない。

 

『まあ兎も角頼むよ姉さん、姉さん以上に会いたいウマ娘なんだから』

「ムゥッ……タキちゃんってばお姉ちゃんに冷たい」

『何を今更、おっとデータの圧縮が終わったようだ。それでは失礼するよ』

「ああちょっとタキちゃん!?んもうそっちから話を聞きたいっていうから話したのに~!!」

 

本当に自由奔放というか、自分に素直な妹で涙が出そうになる―――可愛さという意味で。困った面も大きいが本当にタキちゃんは可愛いのである。だからこそ可愛い妹の願いは叶えたい。というか叶える、何時か絶対にランページさんを自宅に連れて行く。

 

「でも会いに行くと基本引かれるからなぁ……如何するべきか……いっその事―――」

「何処かの変態トレーナーみたいな事だけは勘弁してよフローラ」

「ひゃい!!?な、なんだおハナさんですか……びっくりさせないでくださいよ」

 

何時の間にか後ろに居たおハナさんが酷く呆れた目を自分に投げ掛けて来た、というか流石に心外だ。自分は勝手に脚を触る沖野トレーナーと同列に扱われるような所までは行っていない―――と思ったけど、この前ギャグ目的とはいえランページさんに抱き着いてドン引きされた事を思い出してしまったので反省。

 

「まああいつみたいな事にならなければ良いわ……」

「わ、私の評価って……」

「ランページから貴方に向けられている評価、此処で言いましょうか?」

「正直スマンでした……」

 

当面の目標は、ランページさんに引かれないようにする為の名誉挽回をする事にしよう……。

 

「さあ、時間よ。行ってきなさい」

「はい!!」

 

その為にも―――今日、このレースには絶対に勝つ。あの人の名誉を守る為にも。



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169話

第10回ジャパンカップ


史上二人目のトリプルティアラ。
再びメジロから現れたそのウマ娘に日本は狭かった。
世界に挑む、そして……世界を縮めた。煌めきの尾花栗毛。
そのウマ娘の名は―――メジロランページ。

この日、日本は世界を凌駕した。全世界に届け、ジャパンカップ。



「この空気、変わらねぇもんだなぁ……」

「そうそう変わるものでもありませんよ」

 

そんな言葉にうなずきながらも東京レース場の空気にどこか哀愁があるような表情を浮かべるランページ。今日、自分との対戦をするために海外からウマ娘がやってきている。だがその場に自分はいない、故に彼女らが挑戦するのは前年の自分の記録、ワールドレコード。

 

「さて、彼女らは貴方に勝てるのでしょうか」

 

出走登録期限のギリギリまでランページに対するラブコールは数多く寄せられていた。ジャパンカップに出て欲しい、貴方と勝負したい、必ず勝つ、そんな物ばかりが届けられて来たがランページはそれに応えるつもりは毛頭なく、当初の予定通りにチャンピオンズカップへの出走を決定付けた。散々な事を言われてきたが、その全てを振り払った。

 

「全くウザいったらなかったな」

「私としてはランページさんがそれぞれの母国語で言い返す姿は面白かったですよ。見世物としては中々に爽快でした」

「こっちは中々にストレス溜まって疲れてたんだけどね」

 

納得出来ないと態々自分に直接連絡をしてくるウマ娘も多かった、なので直接言い返してやった。相手の言語に合わせてやると相手は驚いたようになりながらも好都合だと説得を試みてくるのだが、それら全てを一蹴した。

 

「そもそも態度が気に喰わねぇ、俺が出ないジャパンカップに価値がないなんて言う奴もいるんだぜ?全くムカつくな」

「芝2400という条件下ではランページが暫定的に世界1位ですから言いたい事は分かるんですけどね」

「まあいいさ、今日は楽しませて貰う事にしよう」

 

自分を目標にし、倒しに来たのは理解する。だが此方の事情を一切考えずに勝負を挑んでくるのはお門違いだ、戦いたいのならばチャンピオンズカップに来ると良い。そう突き返してやった、芝じゃないから走れぬという返答を持った者達にランページはこういった。

 

―――だったらワールドレコードを破ってみろ、まあ、そこに届かずに敗北するだろうがな。

 

極めて挑発的な言葉を送った、自分の記録に絶対の自信がありそれには勝てないと受け取ってならばそれを打ち破るのみと声ばかりが上がった。誰一人として自分の言葉の意図を理解していなかった事に溜息を漏らした、そんな溜息を再び吐きながらも新聞を広げて出走ウマ娘を確認する。

 

「アルダンさんも出るんだよなぁ……頑張って欲しいけど、如何だろう」

 

ジャパンカップにはマックイーンだけではなくアルダンも出走、メジロ家から二人が挑む事になる。この顔ぶれの中で一体どんな走りを見せるのか……そんな中に混じるアグネスフローラの名前。自分が態々レース場に来たのは彼女の走りを見る為だ、だが昨年の自分と同じようだと思わず笑ってしまった。

 

「見ろよ南ちゃんこれ」

「フローラさんですね、おっとこれは……」

 

フローラの人気は12番人気、アルダンが9番人気でマックイーンに至っては1番人気。日本勢の中ではブッチギリに低い、フローラは基本的に自分と同じレースばかりに出走しているので勝利は少ない。それでも自分と被らない重賞にも出走して勝利しているが……あまり評価されていないのが実情、そして同じメジロ家というのもあってかアルダンとマックイーンはかなり期待が寄せられている。

 

「物事の本質を見ないというかなんというか……まあいい、チャンスだぜフローラ」

「なんだかんだでフローラさんもリギルとしては破格なペースでレースに挑んでますからね、経験で言えばランページさんに負けてません」

「まあそれも俺のせいなんだけどな」

 

フローラの戦歴は18戦6勝、そこだけを見たら注目株という訳でもない……だが、そこが狙い目でもある。

 

 

「12番人気、まあ順当な所ね」

 

自分の人気を改めて確認しつつも正当な評価かもしれないな、と認識するフローラ。そんな自分に比べて同期のマックイーンは1番人気、全く凄い物だ。

 

「アグネスフローラさん、本日は宜しくお願い致します。同じ日本ウマ娘として、意地を見せてやりましょう」

「メジロアルダンです、ご一緒出来て光栄です」

「あっいえ此方こそ……」

 

普段ランページとばかり絡んでいるので忘れがちになるが、メジロと言えば名家、そしてこの二人は紛れもない御令嬢、つまりお嬢様だ。良くも悪くもお嬢様らしくも無いランページのせいで本当のお嬢様だ……と一瞬焦ってしまった。いや、自分もそれなりの家柄ではあるのだが……。

 

「それにしても……」

 

そう言いながらも周囲を見回すマックイーン、海外のウマ娘達の視線は何処から此方を舐めているかのようにも、落胆しているようにも見える。それは当然だろう、彼女らはランページに挑む為に此処に来たのだ。本当は彼女自身と戦いたかったのを今日はその記録を出した舞台で過去の彼女に挑むという事で慰めている。不満はあって当然。

 

「ランページさん目的の連中ですからね、私達じゃ不満って感じが凄い事凄い事」

「それだけの事をランページさんはやってのけましたものね、私も負けてられませんわ。今日は勿論勝ちに来たんですもの」

 

こんな状況にもかかわらず、アルダンは緊張もしていなければそれにあてられてもいない。平常心のままで闘志を燃やしていた。それはマックイーンも同じで同意していた。

 

「たとえ相手が誰であろうと、私はメジロのウマ娘として恥じないレースをするまでの事。皆様が望んでいるのはランページさんでしょうが、私だって同じメジロのウマ娘だという所を見せ付けてやりますわ」

「カッコいいな~緊張とかないの?」

「天皇皇后両陛下がいらっしゃいました天皇賞に比べたらこの程度で動じなくなりましたの、慣れって怖い物ですわね」

 

確かにそんな強烈過ぎる経験をしてしまったら並大抵の事では緊張はしなくなるものか……と思っているとマックイーンから同じ質問をされる。

 

「そういうフローラさんも全く緊張されている様子がございませんわ」

「私は別に。ちょっと嬉しくて」

「嬉しい、ですか?」

「ええ―――あの人に挑める。それだけで私は満足です」

 

彼女の瞳に映っているのはいない筈のランページだった、ゲート前に立っている彼女の姿が自分にみえている。ジャパンカップに焼き付いたシャドウ、全員が追いかける幻影の姿がハッキリと見えていた。そんな様子にアルダンは愉快そうに笑った。

 

「まるでランページさんに恋焦がれているみたいな顔をしてますよ」

「えっそんな顔してます!?」

「はい、まるで意中の殿方を前にしたような……ランページさんが男らしすぎるのは認めますけど」

「ええっ……ああっこんなところ見られたらまたランページさんにドン引きされる……」

 

ジャパンカップ、出走前だというのに何処か緊張がない空気が流れるが直ぐに三人は気を取り直した。そしてもう一度視線を交えると自らのゲートの前へと歩き出す。

 

「―――行こう」




「もう既にドン引いてるわ」


やっぱり、JRAのCMセンスってエグいわ……。誰か、私にああいうセンスをくれ。


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170話

『昨年、この府中の舞台で伝説が生まれました。その伝説に挑まんと世界のウマ娘が、我こそ次の伝説になるのだとジャパンカップの府中に集いました』

 

最早伝説と化したメジロランページのジャパンカップ。最初から全力全開で駆け抜けていった彼女、シンボリルドルフ以来となるジャパンカップ制覇は世界の記憶に残るワールドレコードとなり、再び日本に誇りを齎した。ならば今年は如何なのか、様々な思いが載せられて間もなくスタート。

 

『ジャパンカップが今―――スタートしました!!各ウマ娘綺麗なスタートを切りました、レッドモナークが先頭、真っ先にハナを取りに行きます。その後方にはメジロマックイーン、フジサンガク、メジロアルダン、アグネスフローラが続きます。ゴールドフェザーン、ソーサリーシュバリエが内と外からそれぞれ行きます、が此処でアグネスフローラが抜け出して行く、早くにレッドモナークを捉えようという腹積もりか!!』

 

開始されたジャパンカップ、フローラは先行。ではなく、彼女はスタートは平凡的な技術しか持たないので抜群のスタートを決める他と比べると見劣りするだけ、今回の彼女に先行や差しと言った作戦が一切あてはめない。何故ならば―――

 

「やっぱり速い―――このジャパンカップの舞台だからこそそれが分かる……!!」

 

彼女の目には遥か前方を駆けていくランページの姿が見えている。それぞれが牽制し合っている間に突き抜けていくかのように駆ける彼女の背中だけを見ている、それ以外になんて興味はない。今日、自分は此処を走る彼女と走る為にいるのだ。その為にフローラは客観的に見れば逃げ戦法を取っているかのように見えるような走りをしている。

 

『さあ先頭のレッドモナーク、を今アグネスフローラが抜きました。アグネスフローラが先頭、イクノディクタスと並び立つ程にメジロランページと競い合った彼女がこのジャパンカップの舞台でどのように輝くのでしょうか』

 

完全にノーマークだった相手の突出、それに海外勢の脳裏にある事が過った。それランページの駆ける姿、あの時も彼女は人気薄でマークを全く受けていない状態だった。それによって縦横無尽に走る事を許してしまった事がワールドレコードを出した大きな要因だったとも言われる、今のこの状況も酷くあの時と似ている……思わず、意識せざるを得なかった。

 

『おっと此処でゴールドフェザーンが少しヨレました、いやソーサリーシュバリエ、ターフホッパー、スターオブカラー、海外のウマ娘達が一瞬ヨレましたが直ぐに立て直しました。だがその隙をついてメジロマックイーンとメジロアルダンが抜け出ていく!メジロマックイーンが3番手、アルダンが4番手に上がります』

 

「居ない相手を意識して、勝てる程ジャパンカップは甘くありませんわ」

「今の内に……!!」

 

同じメジロの令嬢故か、周囲が何かを考えているのかは感じ取れた。海外のウマ娘達はランページの影に恐怖している、ワールドレコードを叩きだした化物の姿をフローラに投影させてしまっている。その気持ちは分からなくはないのだが、アプローチの仕方が致命的に間違っているとも思う。やるならばフローラのようにやらなければ意味がない。

 

「ハッハッハッ……!!」

 

呼吸音と心臓の音が聞こえてくる。そこにいる、異常とも言えるペースが奏でる地面を駆ける音が聞こえてくる。自分の目の前に貴方はいる、このジャパンカップに刻まれた影の貴方がそこにいる。

 

 

「ボクシングにはシャドーボクシングというものがあります。戦う相手を想定して自ら拳や脚を動かして行うメニューの一つです、フローラさんはそれをやっていますね」

「言うなればシャドーレースってか?俺に合わせればゴーストレースか」

 

見えない筈のものが見えている、自分にも見える。フローラが見える事のない筈の影をそこに作り上げている、それを目指して走り続けている、過去の自分の走りをこうして見る機会なんて滅多にない故に感動を感じてしまう。

 

「2400という舞台において最強のゴーストを追っているんです。如何ですご気分は」

「やっぱあいつってこぇぇわ、色んな意味で」

「同情します」

「同情するなら助けてくれ」

 

『さあ第4コーナーからカーブ!全く一団のまま入っていきます、さあ直線に入った!!ウチを突いてメジロマックイーンが来る、メジロアルダンも必死に食いつくがソーサリーシュバリエも並びかけて来る!!大外からゴールドフェザーンが来る!!一気にごぼう抜きの体勢だが、メジロマックイーンとメジロアルダンも必死に粘る!!その先の、その先のアグネスフローラ懸命の疾走!!2バ身差を守り抜けるのか!?ついに念願の初G1勝利をその手に抱けるのか!?このまま逃げ切れるのか!!』

 

「逃げる、違う、私は私は―――追いかけているんだ!!」

 

あの時から、ずっと追いかける立場だった。目の前を走り続けているあの人を常に追いかけて来た。多くのレースを走ってきた、だけどこれで証明する。私だって、あの人の、あの人の―――力を一番知っているのは私なのだから!!

 

「私がメジロランページのライバルだぁぁぁぁ!!!」

 

『此処でアグネスフローラが更に加速した!!3バ身から4バ身!!ゴールドフェザーンが迫るがこれは厳しいか!?メジロマックイーンと激しく争っています!!これはもう決まった!!そのまま、ゴールイン!!!アグネスフローラ、ジャパンカップを制しました!!ジャパンカップの舞台に満開の花が咲き乱れました、前年のメジロランページが掴み取った日本の誇りを、見事に死守しましたぁ!!!』

 

ゴール板を真っ先に駆け抜けたのはフローラだった。守り抜きたかったものを守り切ったフローラがゴール板を駆け抜けた後には新たな一歩を踏み出す力も無かった。だが、それでも幻想のランページを追い抜かす事が出来なかった。それでもいい、本物の勝利は真実に打ち勝った時にこそ貰い受ける。そう思った時に、幻想の彼女が振り向いて手を差し伸べて来た、こんな場面在っただろうかと首を傾げていると―――声が聞こえて来た。

 

「何呆けてんだよ、さっさと手を取れよバカ」

「あっえっうぇっ!?ランページさん!?えっ何で!?」

「前年度覇者が来ちゃ悪いか」

「い、いえそんな事は!?」

 

取り敢えず手を取って立ち上がる事にした、そしてランページは顎で観客の方を示した。そこには自分の勝利を祝福してくれる大歓声に溢れていた、その中には東条トレーナーも混ざっており、その表情には涙混じりの喜びを浮かべていた。念願の初G1制覇、刻まれた自らのタイム、2:22.9。それを成し遂げたのだという実感が漸く湧き上がって来た。そしてこの喜びを表現し分かち合う為にランページに抱き着こうとするのだが―――簡単に躱される。

 

「ちょっ!?其処は受け止めてくれる所じゃないですか!?」

「身の危険を感じたので、つい……」

「ジャパンカップに勝ったのにこういう扱いなのですか私!?」

 

そんな寸劇が目の前で繰り広げられている中で2着のゴールドフェザーンは愕然とした表情で此方を見つめていた。完全無警戒、しかもランページに負け続けていたウマ娘に敗北したという事実を上手く認識できない。そんな自分に、いや海外からやって来た全員にランページが言った。

 

『如何だったよ、俺のライバルは―――強かっただろ』

 

その言葉を、誰も否定出来なかった。彼女の伝説に挑戦しに来たのに、それすら許されなかった。

 

「お見事でしたわ、素直に勝ちを認めるしかありませんわ」

「はい、とても素晴らしかったです。G1勝利おめでとうございます」

「い、いやぁなんか……照れますね」

「マックイーンもアルダンさんもお疲れさん、ほれっもっと胸張れやフローラ」

「私はランページさんみたいに無いんですから勘弁してくださいよ!ねえマックイーンさん!!」

「そこでどうして私に振りますの!?嫌味ですの、嫌味ですの!!?」



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171話

「という訳ですので私の家に来てくれませんか?タキちゃんが是非お話したいと言ってきまして」

「待て待て待て、何がという訳なんだよ。何も話されてねぇよ何も分からねぇよ」

 

昼食を取っている時に突然声をかけられたランページ、声をかけて来たのは先日のジャパンカップで見事勝利をして初G1勝利をもぎ取ったフローラだった。自分への当てつけだと言わんばかりにフローラの勝利は大々的に報道された。ランページとティアラ路線の覇権を争って走り続けて来た彼女が漸く掴んだG1勝利、それはライバルが伝説を作り上げた舞台での勝利。これで漸く自分もG1の称号を掴むことが出来たとやや大げさな程に誇張された。

 

『アグネスフローラさん、今回の勝利の要因は!?』

「ランページさんのお陰ですね。私はあの人に勝つ為だけに走ってきましたから」

『海外からのウマ娘の皆さんは眼中になかったと!?』

「だって向こうだって私の事ガン無視してたじゃないですか、ランページさんの時もそうだったのに……あっこれ私舐められてるな、と思ったので私がマークされるなんて事ないと思ったので、存分にランページさんとの勝負に集中出来た事は感謝してますよ、まあそういう意味だと私たち全員がランページさんに負けてることになりますけどね」

 

だがフローラは一切自分の勝利を誇らなかった、確かにジャパンカップで勝利はしたが彼女が目指していたワールドレコードを越える事は出来なかった。それは他のウマ娘と同じ敗北と同じ。そのストイックにも見られる姿勢で益々評価を上げたのだが……彼女的には若干卑屈になっていただけなのでなんとも言えなかった。

 

『それでは次走についてお聞きしても宜しいでしょうか!?』

「これで私もG1を取れました、私はこれまでG1の看板を取れなかった、だけどこれで漸くあの人達に並ぶ事が出来た……有記念に出走します」

 

これで漸くスタートラインに立つ事が出来た、此処からが始まりなんだ、本当の意味でライバルだと胸を張って言えるような段階にまで来る事が出来た。しかしこれで有記念に出走する面々は錚々たる顔ぶれになった事になる。

 

三冠の勢いのままに宝塚記念を制覇、春秋グランプリ制覇を狙う

メジロの三冠 メジロライアン。

ルドルフ以来の無敗三冠を成し遂げ、真の王者は自分だと挑戦を叩き付けた

帝王 トウカイテイオー。

3代目トリプルティアラ。唯一無二の大逃げウマ娘

爆速ターボエンジン ツインターボ。

ティアラ路線の最前線で暴君と覇権を争った乱れぬ貴婦人。

鉄の女 イクノディクタス。

無敗の帝王に敗北を突き付けかけた

もう1人のダービーウマ娘 ナイスネイチャ。

メジロの四天王、最初に盾を掴み取り、名を知らしめた

名優 メジロマックイーン。

太陽のような笑みがその名が如く。

太陽の走り屋 ダイタクヘリオス。

ライバルに続けと言わんばかりに世界の強豪を打ち破った

ランページ世代最後の大物 アグネスフローラ。

誰も知らぬとは言わせない、この勝利を胸に世界へと挑戦の旅路へとする

独裁暴君 メジロランページ。

 

これだけのメンバーが結集する事になっている。これ程迄のメンバーが集まる有記念も無いだろう、特にクラシック三冠とティアラ三冠が4人も集結するなんて後の歴史でも早々起こらない奇跡だろう。まだまだ有記念には時間があるというのに世間ではそちらにばかり注目が行ってしまっている、まあ国内最後のレースがそんな顔ぶれになるのだから分からなくもないのだが……。

 

「まあ私もジャパンカップを取れたのでランページさんのライバルという看板を気兼ねなく掲げられるようになった訳です」

「それは分かる、それ自体もマスゴミがぎゃあぎゃあ騒いでただけだけどな」

「そのジャパンカップの出走前にタキちゃんと電話で話してたんだけど是非話したいっていうから、お願いに来たんです」

「脈絡なさすぎんだろ……」

 

結局、妹のアグネスタキオンが会いたがっているから自分を連れて行きたいという所に帰結するらしい。まあ自分の立場だと家族の為にサインを強請られたり、自慢する為に写真を取らせて欲しいというのは沢山あったので応えるのも吝かではない、ではないのだが……その相手がアグネスタキオンという一点が極めて不安なのである。

 

「……お前の妹ねぇ……」

「ちょっとタキちゃんはいい子です!!ちょっと、好奇心旺盛で自由奔放で放っておくと何するか分からないだけです!!」

「それを世間一般だと問題児って言うと思うんですよ」

 

概ね、自分が想像しているウマ娘のタキオンと何ら変わらないという印象で間違ってないらしい。自分に興味があるというのも無敗で勝ち続けているから身体のデータを取りたい云々という事なのだろう……変な薬を飲まされるのはごめんなので絶対に行きたくはない。

 

「大丈夫です、タキちゃんはとても頭がいい子ですから変な事しませんって!!」

「信用がねぇんだよなぁ……まあ通話位なら考えてやる」

「え~……」

「結局俺に負けたって自分から言ってるんだ、この位で満足しとけ」

 

これでフローラがワールドレコードを出したのならばその要望にも素直に応じただろうが、自分から負けたことを認めている相手の言葉を素直に受けるつもりはない。

 

「というかこっちはこっちでチャンピオンズカップに向けて調整中だ、今その話を持ってこられても俺は応じんぞ」

「あっそっか……すいません浮かれてました」

「沈んでしまえ、地の底深くまで」

「だから酷くないですか私の扱い!?」

 

普段からこんな扱いをしているのだから好い加減慣れればいい、そしてそれが嫌ならば改善するつもりを見せればいい。

 

「まあ取り敢えず、俺はお前の妹に会う気はない。今のところはな」

「そんな~タキちゃんの頼みなのに~!!ジャパンカップの賞金いくらか出しますから~!!」

「要らんわンなもん、寧ろ余ってるわ」

 

そんなやり取りをしながらもランページは食堂を後にした。腹ごなしにと学園内をうろついていると三女神の像の前に到着していた、何気なくその像を見つめる。

 

「ダーレーアラビアン・バイアリーターク・ゴドルフィンバルブ……三大始祖、じゃなくて三女神か……アンタらから見たら俺はどういう存在なのかね」

 

ヒトソウル配合なウマ娘である自分は彼女らから見たらどう映るのだろうか、異端なのか、それとも許容出来るのか。それとも面白がっているからこそ自分の運命に細工でもしたのだろうか……細工するならするでせめて因子継承辺りに留めて欲しかった感はある、レジェンド連続遭遇は心臓に悪すぎる。

 

「俺はアンタらの内、誰に近いんだろうな」

 

意味もなく、そんな呟きを残して去ろうとした時―――耳にこんな言葉が聞こえて来た。

 

―――そりゃ十中八九、俺だろうね。

 

「……気のせいか?」

 

聞こえてきた声に首を傾げつつも歩き出した、そんな時に吹いた風は何処か笑うように愉快そうな音を奏でていた。



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172話

「―――改めてとんでもないのが来ましたね……」

 

南坂は自らのトレーナー室でチャンピオンズカップの出走表を確認している。レディセイバーにナリタイーグル、アメイジングダイナとランページとダートを競い合ったウマ娘の他に海外からの挑戦者も来ている。その中でも一際目立っている名前があった。

 

Unbridled(アンブライドルド)

 

アメリカ競バのダート中距離路線の1年を締め括る最高峰の競走であり、その年のアメリカのダート最強バ決定戦に位置付けられているブリーダーズカップクラシック、それを制したウマ娘。それがアンブライドルド。事実上、世界のダートの頂点へと立っているのである。加えて今年のブリーダーズCクラシックでは3着。間違いなくダートを走るウマ娘では世界最高峰の実力者。

 

「其方から来るとは……やれやれ、待てないという事ですか」

 

他にも海外からの挑戦者はいるが、この名前が飛び抜けてしまっている。何故ならば実力もあるが―――ダートの挑戦状を叩き付けて来たのは彼女なのだから、アンブライドルドの挑戦状が無ければランページはダートを駆ける事はなかった。そしてもう一つ……その名前の意味である。

 

アンブライドルドを訳すと抑制する物がない、転じて乱暴なという意味が込められている。ランページ、暴れ回るという意味合いを持つ彼女と同じ意味合いを示す名前を持つウマ娘なのである。

 

「ランページさんは、勝てるでしょうか……」

 

彼女のトレーナーをして数年、彼女の底知れなさは自分が一番よく知っているつもりだがそれでも不安は拭えない。相手は紛れもないダートの世界王者だった存在、ランページの実力も世界と渡り合えるだけのものはあるがそれは芝に限った話、ダートではどこまでの力を発揮出来るのかはまだ把握しきれていない。

 

「私が信じないで如何するのですか……あれだけ、努力し続けている彼女を」

 

トレーナーである自分が何を弱気になっているんだと自分に言い聞かせる、だが自分は不安に思う程にアンブライドルドの力の事を承知してしまっている。

 

「……少し、気晴らしでもしますか」

 

煮詰まってしまった思考をリセットする為に一旦外に出る。少し視線を外せば楽し気な声と真剣にメニューに取り組む声が聞こえてくる。その中にカノープスへの入部希望者もいた、其方も何とかしなければ……そろそろサブトレーナーでも手配しようかな、と思いながらも脚を進めると三女神の像の前まで来てしまっていた。そこには珍しい人物がいた。

 

「南ちゃん、どったのよこんな所で」

「それは此方の台詞ですよランページさん、貴方がこんな所にいる方が珍しいのでは?」

「ちょっとな」

 

三女神の像はウマ娘達にとってのお祈りの場所。ウマ娘の祖とも言われる三女神、そんな彼女達に思いを捧げる場としても有名な此処に神頼みなんて全くしないタイプのランページが居る事は極めて珍しい。

 

「俺のレジェンド遭遇率を弄ったのが三女神だったんなら恨み節でもぶつけてやろうかなぁって思ってな」

「それはそれは……相変わらず神様を敬いませんね」

「これでも信心深いんだぜ俺は、米には神様が宿ってるから一粒残らず食べましょうってのはずっとやってるし」

 

それを信心深いという根拠にしていいのかは極めて微妙な気がしてならない……だが思わず笑ってしまった。お陰で胸の中にあったつっかえが少しだけ取れた気がする。

 

「チャンピオンズカップに向けてのお祈りですか?」

「必勝祈願なら神社でもうやって来た、唯何となく見てるだけ」

「そうですか、まあ私も何となくなんですけどね」

「人の事言えねぇ~」

 

そんな言葉を掛け合いつつもランページはハーブシガーを取り出して吸い始める、それを吸うという事は何だかんだで不安を感じていたり心が乱れている証拠でもある。チャンピオンズカップに向けての不安もあるのだろう。

 

「不安ですか?アンブライドルドさんを相手にするというのは」

「去年の世界王者だからな、まあ今年のが来るよりかはマシだと思ってるさ」

「成程、前向きですね」

「一度最悪を体験すると、何でもなんでもマシに思えてくるもんさ―――つうかよ、俺よりもそっちの方がひでぇ顔してるぜ」

 

指摘されてしまう程に自分の顔は酷いのだろうか……ぶっきらぼうに差し出されたハーブシガー、吸えという事なのだろう。受け取りつつもエチケットとしてティッシュで吸い口を拭ってから吸ってみる。

 

「―――……成程、ハーブシガーとは良い物ですね」

「だろ?これはこれで別の意味で中毒患者が出る代物だぜな」

「お返ししますね」

 

感謝しながら拭おうとしたそれを無視して取られるとそのまま吸い始める、思わず呆然とするがランページはそれを見て愉快そうにしつつも何処か妖艶な微笑みを浮かべる。

 

「いい顔するねぇ南ちゃん、生憎俺ってば間接キスとかそう言うのってどうでもいいタイプなんだよね。寧ろ間接で喜ぶ意味が分からねぇ」

「―――全く、何処までも男らしいというか……」

「褒め言葉として受け取っておくぜ、ついでに南ちゃんのお悩みでも聞いてやろうか?」

「それでは―――私はデビュー前のアンブライドルドと交流があります」

「―――What?」

 

思わずそんな声が出た。一時期、アメリカに行った際にデビューする前のアンブライドルドと会った事があり、その折に彼女のメニューを作った事がある。基礎を重点的に行いながらも自身の特色を活かす事を薦めた。

 

「何、アンブライドルドって俺の先輩な訳?」

「というよりも完全な同期ですね。長い時間一緒に居たのはランページさんです、貴方にダートの挑戦状を叩きつけたのは恐らく私関連でもありますよ」

 

南坂にとってのチャンピオンズカップというのは教え子同士の激突でもある。君だけが南坂の指導を受けて強くなったわけではない、私を倒してから言えというメッセージだったとダートの挑戦状を見た時に南坂は察した。同時に見たかったのだ、自分の教え子同士の戦いを。

 

「んで、どっちが勝つと思ってんの?」

 

ニヤついた彼女はきっと自分の内面を見透かしている、だからこそ困っているのだ。個人的にはランページが勝つのを応援したいが、アンブライドルドの事を知っている自分は彼女を応援している。ランページに比べたら極めて短期間だが、それでも自分は彼女のトレーナーだった。そんな自分は彼女の勝利も願っている。故に言葉に詰まる。そんな自分にランページは言った。

 

「だったらどっちも応援しとけや南ちゃん、俺のトレーナーとして、アンブライドルドの元トレーナーとして」

「―――いいのでしょうか、そんな事」

「何言ってんだよ、俺がジュニアクラスの時からそんな感じだろ。俺とイクノの両方を応援して来たくせに」

 

言われてみればそうだ、同じチームとはいえライバル同士である二人を自分はどっちも応援していたんだ。なんて今更過ぎる悩みだったんだ、灯台下暗しとは正しくこの事か。

 

「つうかよ南ちゃん、アンブライドルドと関係あるってマジで何者なんだよ。好い加減に白状しろよ」

「そうですね……それではチャンピオンズカップに優勝したらお話しますよ」

「言ったな?ボイレコで録音したぞ、言質取ったぞ」<オハナシシマスヨ

「相変わらず準備いいですね、二言はありません。確りとお話させて頂きます」

「うおっしゃぁっやる気出て来たぁ!!」




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173話

中京レース場、愛知県にあるこのレース場にはこの日多くの人達が押し寄せていた。この日行われるのはG1レース、チャンピオンズカップ。日本初のダート国際招待競走としての顔を持つ、ダートのジャパンカップ。だがダートというのもあってかジャパンカップに比べて客の入りは悪い筈なのに今年ばかりは違っていた。

 

『さあ此処、中京レース場で行われるメインレースがいよいよ開幕しようとしておりますがそれを前にして途轍もない賑わいが起こっております!!なんと入場規制が敷かれる程の大観客、18万人を超える人々がこの一戦を目に焼き付ける為に押し寄せております!!』

 

普段ならばあり得ない程の大盛況っぷりに関係者は言葉を失った事だろう。これもかの暴君の采配のお陰なのかと思うと有難くて拝みたくなってくる。そして何より、今年のチャンピオンズカップにはとんでもないビッグネームが参戦する。それと暴君との激突がどんな結果になるのかと誰もが気になっている。

 

『さあレディセイバーに続くのは―――去年のブリーダーズカップクラシックを制し、今年では3着の好走を見せたダートの世界王者、アンブライドルド!!2番人気です!!』

 

パドックに姿を見せたその姿を見た時、一瞬、世界から音が消えたように静寂が広まった。その全身から溢れ出す王者としての気迫と覇気、それとは裏腹に何処か人懐っこい笑みを浮かべているアンブライドルドからは発せられる不気味にも思える不思議な重力、これが世界を制したウマ娘なのかというのがひしひしと感じられる。それを見つめていたカノープスの面々も息を飲んだ。

 

「あれが―――アンブライドルド」

 

思わずターボがその名前を反芻する。彼女とて王者として称えられて追いかけられる立場、だが雰囲気が全く違う、これこそが本当の王者なのかという格の違いを思い知った気分になった。

 

「笑顔浮かべてるけど、それがまた不気味……」

「な、何だか怖い……」

 

ライスの言葉には皆が同意した。殺気にも似た圧倒的な覇気を発しているのに浮かべられた天真爛漫な笑み、その激しい落差に身震いをしてしまう。あの相手と、ランページは戦うんだ。その思いが導かれるようにランページとアンブライドルドは視線を交錯させていた。何方も笑みを浮かべながらも何処かピりついた空気を立ちこませながら……パドックでの第一ラウンドは終わりを告げた。何処か不穏な雰囲気を醸し出す―――

 

「ねえねえ、貴方が南の相手?此処であったが百年目って言うんでしょ日本だと」

「間違ってんぞ色々と」

 

と思っていたのだが、出走前、地下バ道を越えた直後にアンブライドルドに話しかけられたランページは余りにも気軽に話しかけられたので拍子抜けしてしまった。

 

「アハハッごめんごめん、日本語って面白いよね。色んな表現があってさ、南の母国語って言うから勉強してるんだけど手強いんだよねぇ~……」

「まあ日本に住んでる身としても分からねぇ言葉なんて幾らでもあるからな……」

「アハハッやっぱり面白い、南そっくりだね日本って」

 

人懐っこく爽やかな笑顔のまま語り掛けて来る世界王者、周囲のウマ娘達は自分達の会話にドキマギしているのか息を飲んでいる。同じようにアメリカからやって来たウマ娘であるテンポも平然とタメ口を使う自分に恐れ戦いているように見える。

 

「改めまして初めましてだねメジロランページ、アタシはアンブライドルド。これでも去年のブリーダーズカップクラシックウマ娘だよ、まあ今年は3着だったから世界王者から降りちゃったけど」

「んな事は関係ねぇよ、あんたは紛れもない世界王者だ。俺と同じな」

「―――へぇっそう言う事言ってくれるんだ、ちょっと嬉しいな」

 

その時、アンブライドルドの瞳が一瞬鋭くなると共に周囲の空気が一段冷たくなったようになった。彼女が纏っているカリスマとしてのオーラが一瞬が変貌した。敵意と闘志へと変換されて一気に襲い掛かって来た。

 

「南ちゃんからあんたの話は少ししか聞いてねぇけどな俺は、デビュー前に担当したって事は聞いたぜ」

「まあね、南はうちのお父さんと仲良くてその縁で見て貰ったんだよね―――私は今でもトレーナーは南だと思ってるよ」

「……へぇ」

 

その瞳に迷いも戸惑いも無い、アンブライドルドは本気でそう思っている。彼女にも今、確りとしたトレーナーはいる。だがそんなトレーナーよりも南坂の事を思い続けている。彼女にとってのオリジンは南坂、だがそれは自分にとっても同じ、何処まで似ているんだと苦笑する。

 

「生憎、今は俺のトレーナーだぜアンブライドルド。俺が口説き落としたトレーナーだ」

「フフッ私が居ない間に、でしょ?もし私が居たら絶対に口説けないもん」

「だろうな、NTRなんて大っ嫌いなんでね。だけどな、もしとかたらとかれば、そんな言葉に惑わされるような軟な人生は送ってねぇんだよこちとら」

 

二人を中心に嵐のような物が吹き荒れ始めていく、それを見つめるウマ娘達はその空気に呑まれまいと必死になる。

 

「寒くない、筈なのに震えが止まない……」

「武者震い……違う、分かってしまってるんだ……」

「フフッ……挑戦のし甲斐があるという物ですが、こればかりは……」

 

アメイジングダイナ、ナリタイーグル、レディセイバーはその震えの正体に直ぐに気付いた。そこにいるのは格上、そして自分達が何度でも挑戦して戦いを挑みたいと望む相手ではある―――が、今の自分では敵わないという事を身体が、脚が理解したが故に震えている。

 

『昨年の世界王者、アンブライドルドと日本の王者、メジロランページが早くも激突しております!!チャンピオンズカップ、一体どんな結末を迎えるのでしょうか!!?』

 

どのような結果になったとしても後悔はない、つもりだったが負ける気はない。あれだけの事を言われてしまったら現在進行中で契約をしているウマ娘として、シリーズを彼に預けた身としても絶対に負ける訳には行かない。だが一瞬それを忘れて手を出した、それをアンブライドルドは取って固く握手する。

 

「―――来な、世界最強。こちとら世界最速だ」

「―――望む所だよ世界最速、君よりも早く駆けてみせるから」

「ハッ上等だ……」

 

勝つ理由が一つ増えた。アンブライドルド、お前には負けたくなくなった。

 

『さあチャンピオンズカップ、間もなくゲートインです!!』




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174話

ファンファーレが高らかに鳴り響き、ゲートインが開始されていく。

 

『砂上の戦いを求める猛者が集まるダート王決定戦、チャンピオンズカップ!!今年のチャンピオンズカップはその名に相応しく、海外の王者が殴り込みをかけて来ました。昨年のダートの世界王者、アンブライドルドが来日し嘗てない程の賑わいを見せております。それを迎え撃つのは日本の精鋭、その筆頭が無敗の王者、驚異の二刀流、メジロランページ!!』

 

今回ばかりはレディセイバー達は自らに注目が集まらなくてもしょうがないと思っている、流石に格が違い過ぎる。彼女も天皇賞の一件で掲示板入りを果たしている為に3番人気だが、今回ばかりは少々重圧に感じられる。

 

『2番人気には8枠16番アンブライドルド、ブリーダーズカップクラシックを制した剛脚がチャンピオンズカップを席巻するのか!?』

『1番人気は無敗12冠ウマ娘、1枠1番メジロランページ!!此のチャンピオンズカップを制覇すれば芝砂国際競走勝利という偉業を達成しますが、どうなるのか!?』

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました、今―――スタートしました!!』

 

勢いよくゲートが金属音を立てて開く。始まったチャンピオンズカップ、文字通りの頂点を決める戦いが始まった。最初に飛び出したのはやはりというべきかランページ、それに続くようにアメイジングダイナ、ナリタイーグル、レディセイバーが続いて行く。多くのウマ娘が前へ前へと出ようとするのはダートでは定石。

 

「今日のランページさん、気合入りまくりぃ!?」

「何時も以上に……!!」

 

『先頭はメジロランページ、気合が入った走りで既に独走状態です。そこから8バ身程でしょうか、離れた所には天皇賞(秋)で好走したレディセイバー、そしてアメイジングダイナ、ナリタイーグルと続いて行きます』

 

そんな言葉を思わず呟いてしまう程にランページの走りには力が入っていた。それ故か普段以上に飛ばしている、基本的に先行か逃げを取るレディ達ですら振り切るような加速を最初から行っている。何かを恐れている訳でもなければ待っている訳ではない、来い、早く来いと誘っているかのようだった。

 

「へぇっ……挑発、してくれるじゃん」

 

『そして大注目のアンブライドルドは最後方で様子を伺うかのように沈黙を保っております。しかし、メジロランページとの差は15バ身以上!!この差を覆す事が出来るのか!!?』

 

 

アンブライドルドの脚質は追い込み、ランページとは真逆の脚質。最後の最後まで力を蓄え、解き放つ事で一気にトップに立つ戦術を取る。

 

「でも、この差は幾らなんでも……」

「ええ……間もなく半分を過ぎますが、この辺りで少しは上がらないと難しいです」

 

ネイチャの言葉にイクノが同調する。幾ら追い込みとはいえこの辺りで仕掛けなければ間に合わない。しかも相手はランページだ、2400の距離を逃げ続けた末のワールドレコードを叩きだした世界に誇る事が出来る王者。そんな相手にこのままで勝てるのかと疑問の声を上げてしまった。

 

「出来るから、ブリーダーズカップクラシックを制して世界王者の称号を勝ち取ったのですよ。彼女は」

 

レースを見守り続けている南坂がその言葉を聞きながら思わずそんな言葉を呟いた。その言葉にカノープスの全員が振り向いた、南坂はアンブライドルドの事を知っている。彼女のレースはチェックした、そこから取られるデータである程度の実力は把握している―――彼女は此処から勝ちに行く。そんな確信がある。

 

 

向こう正面へと入っても未だにランページはトップを走り続けている、その圧倒的なペースはジャパンカップを彷彿とさせるような破滅的なペース。超ハイペースに流石のレディ達も驚きを隠せない。

 

「何てペースなんだ……!!」

「一息入れる、事も無く走り切る気なんだ……!!」

「こんなペースで、それが出来るというの……!?」

 

―――出来るからやってるんだよ、負けず嫌いな暴君様だ。

 

「「「っ!!?」」」

 

第3から第4コーナーの境目、そこで思わぬ声が聞こえて来た。三人が一斉に振り向くとそこには―――王者が居た。最後尾にいた筈のアンブライドルドが最ウチを突っ切る様にしながらも5番手にまで上がっていた。

 

『並んだぁ!?並んでる、並んでいる!!既に5番手にまで上がっているぞアンブライドルドォ!!どういう事なのか!?一体何時の間に此処まで上がって来たというのか、まるで魔法だ、これは魔法にしか見えなかったぁ!!!そしてそのまま、アンブライドルドが一気に三人を抜いて2番手、そしてそのまま一気にメジロランページへと迫っていくぞぉ!!!』

 

言葉も出ない程のあっという間の出来事だった。此処まで溜め続けた力を解き放った時、アンブライドルドは一気に加速しながらも最ウチのギリギリ、3cmも無いような位置取りのまま駆け抜けて来た、魔法という表現も強ち間違っていない、寧ろそうとしか思えないようなとんでもない走りを見せ付ける。第4コーナーが間もなく終わろうとした時―――世界王者の牙は暴君へと届こうとしていた。

 

『捉えられたぁ!!メジロランページ、アンブライドルドとの差は僅か2バ身!!このまま昨年の世界王者が意地を見せ付け、世界の壁を見せ付けるのか!?それとも日本の暴君が世界へとはばたく力を見せ付けるのか!?残り400mを通過して直線に入って坂を駆け上がる駆け上がる!!』

 

中京レース場の最後の坂、3.4mの起伏は中山、京都に次いで全場3位。中山には及ばないが阪神や東京より急な坂を駆け上がってなお、ゴールまでは200m余りあるというタフな設定がなされているレース場。一般的な話をすれば差しや追い込み型のウマ娘が活躍しやすい、だが―――

 

「随分と遅かったじゃねえか……」

「待っててくれてたんだ、嬉しいよ―――じゃあ」

「「勝負っ!!」」

 

アンブライドルドは一気に加速する、まだ残していた力を一気に解放してランページを一気に抜きに掛かった。この走りで自分は世界を掴んだのだと言わんばかりの堂々とした走りがランページへと迫っていく。リードは徐々に縮まっていき、遂にはランページと並び立った。そのまま抜きに掛かるかと思った所でアンブライドルドの加速が停止した。

 

「止まっ―――いや違う、まさか……!!」

 

加速が止まった訳ではない、走る相手が、並び立つウマ娘が自分と同じだけ加速しているのだ。

 

「舐めるなよ、俺がどんだけ走り込んだのかもしらねぇで、南ちゃんに何を教わったのかを、今見せてやらぁ……!!!」

 

瞳が輝く、血流が加速する、力が漲る、スイッチを入れる、連結していた全てを、更に密に、滑らかに、淀みなく動かして行く。踏み込んだ脚が砂を捉える。シンザン鉄、砂浜での走り込み、それを全て注ぎ込んだ一撃で連続で放つ。同時に―――アンブライドルドが放っていた闘気すら飲み込んで自分の力に変える。

 

「テメェが南ちゃんの何なのかなんて如何でもいい、だがな―――譲れねぇモンは譲れねぇなぁ!!」

 

亡き魂よ、共に暴れよう。

 

視界から彼女が消えた、いや違う、姿勢が低くなったのだ。そのまま駆け出した彼女は先程とまるで違う走りをしていた、なんなんだあの走りは。この坂を平地のように走っているじゃないか、坂を何とも思っていないのか、だが負ける訳には行かない、王者として南に教えを乞うた者として負ける訳には行かない!!

 

『メ、メジロランページ、メジロランページが再び此処で行ったぁ!!1バ身から2バ身、いやアンブライドルドも必死に喰らい付くぞ!!差を縮め返して行く、さあ坂を完全に越えたっ!?こ、此処でメジロランページが一気に伸びていく!!凄まじい走りだ、世界王者が如何したと言わんばかりの激走だメジロランページ!!アンブライドルドはもう苦しいか、世界王者を完全に過去にした!!メジロランページがダートの世界王者を捻じ伏せた、王者が完全に覚醒した!!日本の王者は世界の王者へと駆け上がる、これはその第一歩だぁぁぁ!!!!メジロランページ一着ぅぅ!!!』

 

ダートの世界王者を完全に抜き去っての一着、メジロランページの大勝利に18万人の大歓声が巻き起こって中京レース場が揺れ動く。

 

『これでG1勝利は13勝!!芝ダート国際競走勝利という大偉業を達成したぞメジロランページ!!そ、そしてタイムが1:46.1!!レコードタイムを叩きだしました!!!これが日本の王者、メジロランページだ!!このチャンピオンズカップでもレコードタイムを達成しました!!』

 

「―――如何だ世界最強」

「……アハハッ凄いね本当に、完敗だよ」

 

荒い息のまま、差し出された手を握り返した。勝敗は間違いなく時間の差なのだろうな、とアンブライドルドは理解した。自分よりも遥かにずっと長く南坂に指導を受けている彼女と自分では大きな差があるのだから……ある意味必然の勝敗だ。心から満足が行けるレースが出来た。




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RPG-7様から新しいランページを頂けました、有難う御座います!!

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175話

「アハハハハッ!!いやぁ負けた負けた、本当に強いね。これでも自信あったんだけどなぁ~流石世界最速、まあ推定だけどね。これでも昨年の世界王者だから調子に乗っちゃ駄目だよ?」

「負けた癖にペラペラと……よく回る舌だな、塞いでやりたくなるわ」

「やるなら南の口をリクエストするね」

「その口に超硬質ブレード突っ込むぞゴラ」

「お~こわやこわや」

 

見事にチャンピオンズカップでアンブライドルドを下して勝利を勝ち取ったランページ。以前のジャパンカップでは疲労困憊で動く事もつらかったがあれから1年、ミッチリトレーニングを積んだ結果身体は1年前よりもずっと頑強になっていたのか以前よりも疲労は酷くはなかった。曰く、今回はダートコースだったので負担も少なかったのではと言われている。実際ダートウマ娘達の方が現役が長いのもそれが関係している。

 

「それにしてもランページさん、お疲れ様でした」

「まっ昔の女に今の女が負ける訳には行かないからな」

「あの、その言い方は勘弁してくれませんか。私が女性をとっかえひっかえしているみたいじゃないですか……?」

 

流石にこの言い方には南坂も汗を流しつつ訂正を乞う。

 

「間違ってないんじゃね?トレーナーって職業からして」

「ひ、否定出来ませんねそれは……ですがそういうのはやめてください」

「えっ南、もう私の事如何でもいいの、嘘って言って、あの雨の日の夜にベッドの上で抱きしめてくれたのは嘘だったの!?」

「南ちゃん……」

「事実無根ですからやめてください、というか貴方達のその連係プレイは一体何なんですか。レース前のあのバチバチ感は何処行ったんですか」

 

一度死力を尽くして戦った相手とは並の友人以上に分かり合えてしまうのがウマ娘、というかアスリートなのである。お陰でアンブライドルドとはすっかり仲のいい友人ぐらいにはなっている。同時に少しばかりの惜しさも感じる、きっと南坂が指導を続けていたら彼女は間違いなく連続でブリーダーズカップを取って絶対的な世界王者として名を馳せただろう……まあ惜しさを感じるだけでそれ以上の事は何とも思わないのだが。

 

「んで南ちゃん、約束―――忘れてないよな?」

「約束って、南何か約束したの?」

「ええまあ……チャンピオンズカップに勝ちましたら私の事を話すという事で」

「えっそんな面白そうな事してたの!?」

 

そう、ランページが此処まで頑張ったのはアンブライドルドに負けられないという以上に南坂の素性を知る絶好の機会という事だったから。以前からずっと気になっていた事が明らかになると思うと色んな意味でワクワクが止まらなくなってきてしまう。

 

「でもいいの南、話しちゃって」

「まあなんだかんだで長い付き合いですから……話しておくのが礼儀かと、良いですよねアンさん」

「ん~まあいいか……南が良いなら反対する理由は無いし」

「えっ何、ルドっさんも関係してんの?」

「まあそうですね、というかルドさんって呼びなんですね……」

「可愛いでしょ」

 

何やらルドにすら確認を取るとは思った以上に大事になりそうな気がしてならなくなってきた、まあ今更な感じはするが……これまでに出てきた断片的な情報は貿易会社勤めでクレーム対応をしていた、大きな取引先が居たなどなどだった。それが一体どんな形をしているのかワクワクしてきた。南坂はお茶を淹れつつもいよいよ話し始める。

 

「分かるとは思いますが私はトレーナーになる前はアメリカに居ました」

「まあ、ルドっさんと付き合いあったって事はそういうこったな」

「そしてどうしてルドさんのメニューを見ていたかなんですが、私の上司の娘さんだからです」

「へ~南ちゃんの上司さんの、ンで結局南ちゃんの前職って?」

「連邦捜査局って聞いた事あります?」

 

余りにも唐突な言葉にランページは変な顔をするが、勿論知っている。

 

「所謂FBIだろ、勿論知ってる……ってまさか―――」

「はい、元連邦捜査官なんです私」

 

想像していた以上、というかある意味某国のエージェントだったのではという物が正しくズバリ的中してしまっているのだから。

 

FBIは簡単に言えばアメリカ国内を捜査する警察組織。アメリカは連邦制でありそれぞれの州が単一の国家に近い独立性を持っており、人権の根幹か軍の運用に係るものを除いてほとんどの法律も各州が独自に州法として設定している。死刑の可否すら州法によって変化する。日本の警察でも県を跨ぐと県警同士が何方の所轄になるかでもめるというのがあるが、それらに対処するための組織が連邦捜査局、FBIなのである。

 

「―――いや、なんでトレーナーやってんの?」

「最初は私のパパのお願いで私の相手をしてくれたの、あっ因みに私のパパはFBIの長官」

「大物すぎんだろ!!つうかそんな相手の娘の相手頼まれるってどんな役職だったんだよ!?」

「サイバー対策課に勤務してました」

「もう何も言えねぇ……」

 

それと同時にそんな所に居たのならば、アニメでモニタージャックも出来るのも当然だ……とある種の納得に近い感情が湧いて来てしまった。

 

「そこでアンブライドルドさんのメニューも作ったりもしたのですが、その時にトレーナーになりたいと思ったんです。ウマ娘と此処まで密接に、彼女らの心に寄り添うトレーナーに興味が湧きまして」

「そこからは早かったよね~辞表提出してパパに驚かれて止められたので振り切って日本に帰っちゃったし」

「というか、日本に行く要因作ったのお前じゃねえかルドっさん」

「アハッ♪」

 

取り敢えず何とも凄い事が分かってしまった……確かにこれは話したくても話すタイミングを見計らうのも納得がいく。確かにこれは言い淀む。

 

「もしかして、ジャパンカップの時に情報集めたのも……」

「はい。FBI時代に出来たコネを使いました」

「なんちゅうもんをことに……」

 

何というか、本当に言葉が出なくなるレベルにとんでもない事過ぎてもう笑うしかない。これは知って良かったのだろうか、知らない方が幸せだったのか何方なのだろうか……。

 

「てか、これ俺知っちゃって大丈夫な奴?」

「大丈夫ですよ、既にちゃんと退職してますし」

「パパから出来れば戻って来て欲しいって言われたんだけど?」

「お断りしといてください、既に大統領にもお断りのお返事をしてありますので」

「もう聞かなかった事にするわ」




という訳で南ちゃんの正体は元連邦捜査局員でした。うん、そんな意外性はないな!!

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176話

チャンピオンズカップの勝利、それによって達成された芝ダート国際競争の勝利という偉業を達成したメジロランページ。その勝利は単純な物ではない、昨年の世界王者たるアンブライドルドを破っての見事な勝利。それは瞬く間に世界へと広まっていき、彼女の強さをまた一つ証明した事となった。同時に彼女が来年度に計画している海外遠征に更なる期待が募り始めていく。既に名立たる名ウマ娘が彼女との戦うのを楽しみにしている、その中にはジャパンカップでのリベンジに燃える者も……

 

そんな世界とは別に日本では彼女のある事への懸念があった。それはその年の最強ウマ娘を決める為の年度総決算レースとも言われる有記念。去年のこのレースにもランページは出走を期待されていた、出走馬をファン投票で決める冬のグランプリレース。が、去年はジャパンカップでのワールドレコードもあってか、彼女は出走を回避している。今年はあのアンブライドルドと戦った事でもしかして……と不安がるファンも多かった。だが

 

「安心しろよ今年は出るぜ、小生意気な後輩からの挑戦状も貰ってるんでな」

 

と彼女はレース後の会見で出走を発表し、既に出走に向けての休養に入っていると告げた。これに世間は大盛り上がり。箇条書きにしても9名がG1を制した名ウマ娘が既に出走を決めている、誰が勝っても可笑しくないし誰が誰にも負けても不思議ではない、全く予想が付かない状況になっている。

 

 

 

シガーを吹かしながらも空を見上げるランページ、病院での精密検査の結果は全く問題はなく確りと休養をすれば出走の許可は出せると言われたので絶賛お休み中の彼女。来たるべき年末に向けての調整を行っている所。

 

「にしても豪勢な面子なこった……歴代でも最高にすげぇ面子なんじゃねぇか?」

 

クラシック三冠が二人にトリプルティアラが二人、その他にはG1を取った猛者ばかりが集う正しく年度総決算の名に相応しい一大レースとなる。ある意味、自分にとっても相応しい場にもなる。

 

「俺にとっても、この有は特別な物になっちまうな……」

 

今回のレースを最後にランページは海外への遠征を行う事になる。国内最後のレースがこのレースと言っても過言ではない、それを名高きあのレースで締めくくる事が出来るなんて光栄極まる。相手も申し分ない、自分の全力を出すに相応しい舞台だ。

 

「来る所まで来ちまった感がすげぇなぁ……いまだに信じられねぇわ」

 

そんな言葉を零しながらも身体を起こす、何だか色んな事を考え始めてしまっている自分がいる。こんな時は頭を空っぽにするに限る、自分にとってのそれは―――

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、限界バトル走り抜けて 燃え尽きりゃ最高じゃない!!なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

 

そう世間を騒がせる事、もとい、配信をする事である。

 

「チャンピオンズカップ、皆見てくれたかな~?いやぁアンブライドルドは強かったね~流石は世界王者だよね~あれで同期なんだから参ったもんだよ、しかもあれで今年の世界王者じゃないんだぜ?あの上に二人はいるんだぜ?いやぁ世界って広いわ~」

 

・ワールドレコードホルダーが何を言うか。

・お前も負けてねぇぞ

・そんな世界に殴り込み掛けようとしてるんだよなぁ……

・つうか芝ダートのG1勝つとかマジで頭おかしいわ

・今更感。

 

「アハハハッ!!まあ、今度はダートのワールドレコードでも狙ってみるかな?」

 

・できそうだから怖いわ!!

・世界王者に勝ってるから洒落にならねぇ……。

・実際やったらどうなる?

・知らないのか?

・また、偉業が増える。

・もう聞き飽きたわ。

 

芝ダートのG1勝利だけでも十分過ぎる偉業を達成しているのに、このウマ娘は一体幾つもの偉業を達成すれば気が済むのだろうか……といった趣旨のコメントで欄が埋め尽くされていくのであった。

 

「因みに南ちゃんから言われたんだけどさ、今度の有だとこんな感じのが掛かってるらしいぜ?」

 

そう言うと画面の一部が変化して表が表示された。そこにはデカデカと今度のレースで掛かっている史上初の記録と書かれている。

 

・同一世代によるトゥインクルシリーズ全シニアG1完全制覇(メジロランページ世代)

・トゥインクルシリーズのG1レースを開催する5レース場全てでG1勝利(メジロランページ)

・年間G1勝利数世界最高記録(メジロランページ)(無敗では史上初)

・クラシック三冠ウマ娘による無敗且つクラシック期での有マ記念制覇(トウカイテイオー)

・トリプルティアラウマ娘によるクラシック期での有マ記念制覇(ツインターボ)

 

「いやぁこうしてみると壮観だねぇ」

 

・お前が一番可笑しいんだよ!!

・半分以上お前じゃねえか!!

・冗談抜きでこの世代怖すぎ。

・いや、テイオーとターボの世代もやばい。

・この後の世代が不憫でならねぇ……。

 

この後の世代の事を心配している者も多いのだが、ランページとしてはそんな心配はいらないと思っている。何故ならば……次はブルボンやライスの世代、その後にはBNW、ブライアン世代……といったように此処からコンスタントに名ウマ娘達が連続的に現れていくし、黄金世代も控えているし何なら世紀末覇王だってやってくる。何なら……

 

「大丈夫だろ、後輩は何時だって先輩を越えていくのが常だぜ。俺だって色んな先輩を越えて来たんだからな」

 

・まあそれは確かに……

・いや、あんたを越えるのは無理だろ。

・どっちの意味で?G1勝利数?無敗?再生数?

・全部に決まってんだろ。

・どうあがいても勝てる気がしないわ。

 

「まあまあ、俺に続いて海外挑戦してくれるウマ娘を願うだけさ」

 

・いよいよかぁ!

・凱旋門……遂に、日の丸が掲げられるのか!!

・気が早い、でもないか。

・なんせアンブライドルドに勝ってるしな!!

・ロンシャンと一緒にしていいかは微妙だけどなぁ……

 

「まあ待て皆の者、俺の来年の初戦は―――ドバイワールドカップだ」

 

来年の予定は海外挑戦だとしか公言していなかったランページ、遂にその予定がベールを脱ぐのだが……その初戦となる舞台はまさかのドバイワールドカップ、それは春のダート世界一決定戦と言っても過言ではない大レースである。

 

・ド、ドバイ!!?

・マジで!!?あっち行くの!!?

・いやまあ確かに、凱旋門までは時間あるし……

・てっきり渡欧してあっちで馴らしたりレースに出るのかと……

・マジで世界制覇する気かお前

 

「いやさ、去年もフェブラリーステークスを勝った辺りからドバイワールドカップに来てくださいお願いします!!って連絡が来てたんだけどあの時はまだまだ海外挑戦出来るレベルじゃなかったから南ちゃんが止めてたのよ。だから今年からは解禁で来年のは出ますよ~って返事した所」

 

信じられないような勢いで流れていくコメント欄と乱れ飛ぶスパチャの嵐。本当に凄い事になって来た、だが自分はやめない、自分は面白可笑しく自分らしく生きると決めたのだから。

 

「芝とダート、海外のそれ取ったら……二刀流としてカッコよくね?」

 

・しょ、しょうもねぇ!!?

・すっげぇ下らねぇ理由で出ようとすんな!!?

・何そのロマン思考!?

 

「何を言う!!ロマンが無ければ人は空を飛べなかったし三冠も無かったんだ!!そう、ロマンとは未来の現実である!!」

 

・コイツナニイッテンダ

・言わんとしてる事は分かるから辛いwww

・いいぞ~もっとやれ~!!

・もうドバイの石油王でも捕まえてスポンサーになって貰え~!!

・もう何処まで行く気だお前www

 

「何処までもさ、行ける所まで行ってやる!!という訳でこの流れで今日のゲスト紹介~!昨年の世界王者、ダートのチャンピオン!!」

「Hello, everyone!!アンブライドルドだよ~今日は配信に出られて幸せ~」

 

・この流れでゲストって

・おいバカやめろ!

・パンクするわ!!?

・うわぁぁぁ世界王者だぁぁぁ!!?

・アンブライドルドだぁぁぁぁ!!!?

・この配信一体何処に向かってんだぁぁぁ!!?

 

「リスナーだった身としては出られて幸せだね、それじゃあ―――」

「今日は二人で―――」

「「盛り上げていこう~!!」」

 

尚、サーバーが落ちた。




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177話

チャンピオンズカップという大舞台を終えたランページは次のレースに向けて身体を休めていた、1年前に比べて身体が鍛えられているせいかあと少しでジョギング程度ならば許可は出せる程には回復している。そんな彼女が今しているのは―――

 

「タンホイザ、気合入れてけ~!!」

「は~い!!」

 

他のメンバーの練習を見る事だった。レースの勘を忘れない為というのもあるが、カノープスは次のレースが近づいている。タンホイザが出走する朝日杯フューチュリティステークスである、此方はあと1週間に迫っている上に出走相手も強敵。何せあのミホノブルボンが出走するのだから。

 

「ターボ、タンホイザをじっくり揉んでやれ!!」

「おっ~任せろ~!!」

「タンホイザ、ターボに追い付ければブルボンにだって戦える筈だ、気合入れて走れ!!」

「分かった!!よ~しターボ、勝負だ!!」

「望む所だ~!」

 

トレセンの龍とも言われる黒沼トレーナーのハードトレーニングを行い続けているブルボン、しかも今年からは方針を変えているのか基礎もミッチリを鍛え込み始めている。カノープスの活躍に触発されたという事だろうか、黒沼にはランページの練習メニューを一部監督して貰っていたりもするのでそのノウハウを利用している可能性は大。ブルボンは史実以上に強敵である可能性は高い。

 

「タンホイザ、お前は脚質的にはステイヤー。マイルの舞台だと如何してもブルボンには劣る、だからこそマイルでの体力の使い方を身体にしみこませる必要がある事は承知してるな?」

「はい!!その為にターボとイクノにお願いして走り込んでるだもん!!」

「よく言った、イクノも頼むな」

「お任せください、チームメイトの為ですので幾らでも付き合います」

 

生憎自分はまだ南坂からの許可が下りていないので練習には参加できない、なので代理としてイクノにそれを頼んでいる。トリプルティアラと自分と覇を競い合い続けているイクノが相手、不足だという事はないだろう。

 

「それじゃあ行くよっ~!!」

「負けないぞ~!!」

「その意気ですタンホイザさん」

 

その傍らでネイチャとチケット相手に凄まじい集中力を見せながら練習に励んでいるウマ娘がいる、ライスであった。

 

「ライス、良い集中力だ。だから身体に力が入り過ぎた、少し抜いてみろ」

「う、うんやってみるねお姉様」

「う~ん……ホントに走ってる時とのギャップがやばいんだよなぁ……」

「別人ですもんね……」

 

一方のライスはホープフルステークスに出走を予定している。ライバルであるブルボンの力を一度体験してみるという事も考えたのだが、ライスはタンホイザ以上にステイヤー向き、故に無理にマイルをやらせるよりもG1の経験を積む事を優先させてホープフルステークスへの出走をする事が決定した。

 

「集中力は素晴らしいんだけどな……集中し過ぎてるのが不味いんだよな」

「え、えっと……どういう事?」

「言うなれば、ライスは前だけを見て走ってるって事だ。俺が言える義理じゃないがレースは周囲との駆け引きとかもあるだろ、周囲の策略とかに気付けなくなりやすいって事だ」

「そっか……それじゃあ、気を付ければいいんだね?」

「そゆこと」

 

ライスのスイッチはマークする分には良いだろうが、される側としては弱点が多い。クラシックを挑むに当たってはそこを上手く改善していけばどんどん伸びていく。無意識的にも周囲が分かる様になれば完璧と言ってもいい、いきなりは出来ないので集中のレベルを下げて周囲を把握することを勧める。

 

「ネイチャ、チケット。ライスをマークする感じでやってみてくれ」

「はいはいお任せ~寧ろそっちの方が得意だからね」

「は~い分かりました、ライス先輩!遠慮なく行きますからね!!」

「う、うん。ライスも頑張るからお願いね……?」

 

直向きに自分がやるべき事に臨んでいる二人、これは必ずいい結果を出す事だろう。指示を飛ばしていると隣に南坂がやって来る。

 

「良い指示を出しますね、引退後はトレーナーになりますか?」

「進路の一つとして考えとくわ、つっても糞難しいって聞くしなぁ……」

「言われる程の物ではありませんでしたよ?」

「いや、元FBIが言っても説得力ねぇから」

 

実際問題としてトレーナーに転向するウマ娘というのは殆どいない、トレーナーの試験が極めて難しいというのもあるが、矢張り自分が走るのとは全く違う世界である為に実りを付けられる者は殆どいない。名選手が必ずしも名監督になりうるという訳ではない。

 

「というか、ランページさんはどうするんですか?ドリームトロフィーリーグに行くつもりはあるんですか?」

「全然考えてねぇよ」

「だと思ってましたよ」

 

ドリームトロフィーリーグに興味がない、という訳ではないのだが……DTLは基本的に夏と冬にしか開催されない。年に二度しかレースで走らないというのがなんというか、これまでの自分としては想像出来ない。ジュニアクラスですら6レースを走っていた身として興味がそそられない。

 

「しかもドリームトロフィーリーグのダート版がない訳じゃん、全然そそられないわ」

「寧ろあれば出ると?」

「それが春と秋にあれば春夏秋冬で退屈せずに済むからな」

 

ケラケラと笑いながらもスポーツドリンクを飲んでいるランページを見つつも南坂はURAからの連絡を思い出していた。元々ランページが二刀流を始めた影響でダート人気が加速度的に増している所に今回のチャンピオンズカップを勝った事で日本のダート熱が更に高まっているらしく、ダートの三冠が設定される事が正式に決定、設立に向けて話が進んでいる事に加えてドリームトロフィーリーグのダート部門の設立も開始されたという話が来ていた。

 

「俺は唯、俺がやりたい事をするだけだぜ南ちゃん。一応、後に続く後輩たちも楽しめるように気を配ってるだけだ」

「一応ですか」

「自分が一番よ、他人優先なんて出来る程人格者じゃねぇからな」

 

確かに、愉快犯的にサーバーを落とすウマ娘は人格者とはとても言えないだろう。だが、その後の言葉を聞いて少しだけ感動してしまった。

 

「ダートの方が走れるのにダートは人気がない、つまらないから走りたくないって走れない芝を走らせる訳には行かないだろ。ダートも気兼ねなく楽しめるようにするのが役目だろ、本当はURAのバカ共の仕事だけど全然仕事しねぇから俺が重い腰を上げてやってんだよ」

「重い腰……?」

「応南ちゃん何処見てんだコラ」

「その御立派な足回りと腰ですかね」

「いやんまいっちんぐ♪」

「古いです」

「俺もやってて古って思ったわ、マルゼン姉さんと電話したせいだな」

 

なんだかんだ言いつつも彼女の言葉は正しい。確かに本来はURAが芝とダートの格差を無くす為に動くべきなのに何もせずにいる、ランページという存在が居たからこそ漸く重い腰を上げた。流石のURAも配信で突かれる前に何とかしようと思ったのかもしれない、彼女の配信を見ている者は全世界に居るのだから、彼女がうっかりURAの愚痴を言っただけでURAが大爆発しかねないから溜まったものではない。

 

実際に、彼女がとある出版社の事を口にしたらその出版社の雑誌が全く売れなくなった事があったので影響力がとんでもないのである。

 

「あっそうだ南ちゃん。今度配信でカノープス、スピカ、リギルのトレーナー対談みたいな事やるから出てくれよな」

「分かりました、空けておきますね」




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178話

12月というのは年末、ウマ娘にとっては特別な月でもある。その一年の総決算、最強のウマ娘を決める有記念があるというのもあるが、ジュニアクラスのウマ娘達にとってはクラシックを迎えるに当たって最後の追い込みを掛ける機会でもある。その筆頭と言われる二つのG1が阪神ジュベナイルフィリーズと朝日杯フューチュリティステークスである。

 

『さあ先頭を行くのはミホノブルボン、二番手にはマイネルレッド、三番手にはシップウマリーネ、四番手にはマチカネタンホイザ』

 

阪神ジュベナイルフィリーズから時間を置かずに行われた朝日杯フューチュリティステークスへと挑むタンホイザ、ジュべナイルではニシノフラワーが制しクラシックを引っ張るのは彼女とこのレースの勝者なのではないかと言われている。そんな期待の中で挑んだタンホイザ、ステイヤー気質であるタンホイザとしてマイルのこのレースはやりづらいかもしれないが―――

 

「よし、この辺りからぁ~!!」

 

『さあ800を通過しました、此処でマチカネタンホイザが上がって行く!!今年もやって来たカノープスの新星マチカネタンホイザ、ぐんぐんと順位を上げていく。シップウマリーネを抜きました!!』

 

スタミナに優れている彼女が取ったのはネイチャのロングスパートを真似て早めに仕掛けを行った。ぐんぐんとペースを上げていく彼女に周囲は焦りながらも無理に自分のペースを上げていくが、タンホイザはマチタンフォームがあるが故にそれが可能なのであっていきなり上げても対応しきれない。スタミナの一点に限ればイクノともそれなりにいい勝負をすると南坂が太鼓判を押すタンホイザは好き勝手にペースを上げて順位を上げていく。

 

「後は、ブルボンちゃんだけ!」

「マスターの指示通り、ですね」

 

先頭を走るのはミホノブルボン、トレセンの龍という異名を取る程のスパルタトレーナーの黒沼トレーナーに鍛えられたウマ娘である彼女。ランページの様な逃げを打ちながらもそのペースは極めて一定であり全く乱れていない、それはランページとよく走り込んでいるタンホイザも感じている事であった。

 

『さあラスト400を切る!先頭はミホノブルボン、そしてその1と半バ身という所にマチカネタンホイザ!!朝日杯フューチュリティステークスの勝敗はこの二人に絞られたか!?』

 

「ランさんとイクノさんが合体したみたい……!!」

 

今日までずっと走り込んできたが、ブルボンの走りは本当に凄い。逃げウマ娘の対策として大逃げウマ娘であるターボとイクノに併走相手をお願いして走って来たが、その二人とも違う走りをする。ランのような破滅的なペースではないがそれでもハイペースなのは変わりはない、それなのに全くペースが落ちる気配がない。ランの逃げにイクノのペースが合体したようだと感じてしまった。

 

「でも、此処からぁ!!」

 

ロングスパートを掛けていたが、それでもまだ力は残っている。これが最後の加速、これで追い抜けなければ勝利は厳しい、勝負の仕掛け所を間違えてはならない、その一瞬を絶対に見逃してはいけないと集中力を高める、そして直線に入り目の前に誰もいない広々としたコースを見た時にタンホイザは最後の加速を掛ける。

 

『さあ内からミホノブルボンが行くが、そうはさせるかとマチカネタンホイザが上がって来た!!また伸びて来た、カノープスの新星は矢張りただ者ではないのか!?後1バ身、そのまま抜く事が出来るのか!?さあ如何だ如何だ、行けるのか!?さあ200を切りましたっ―――こ、此処でミホノブルボンだ!!』

 

あと少し、半バ身差に迫った時にブルボンが加速した。これまで一定のペースを守り続けていた彼女がペースを速めて加速を試みた、その加速はタンホイザのそれを上回って差を縮める所か逆に差を広げていく。負けじと必死に食いしばるように走るが―――既にロングスパートを掛け続けていた彼女に再び加速しきるだけの力はない。

 

『ミホノブルボンが行くぞっマチカネタンホイザとの差を3バ身にしながら、そのままゴール!!!2着はマチカネタンホイザ、3着にシーディーマッハ。来年を引っ張るのはミホノブルボンなのか、またもや逃げウマ娘が時代を築き上げるのか!!無敗での朝日杯フューチュリティステークス制覇、3年連続で三冠ウマ娘の誕生に期待が寄せられます!!』

 

「ハァハァハァ……ブルボンちゃん、あんなに速いなんて……」

 

タンホイザは荒い息をしながらも前に居るブルボンを見据えるのだが、彼女は既に呼吸を整えているのか観客席に居たトレーナーに向けて礼儀正しく頭を下げていた。あれ程のハイペースを維持し続けて最後に加速する……それを間近で見たタンホイザは理解できていた。

 

「あれって、ターボの……ドッカンターボ……?」

 

 

「正確に言えば違うだろうがそれに近いだろうな……」

「同感です」

 

同じように観客席でタンホイザのレースを見守っていた南坂とランページは二人揃ってブルボンの走りを分析していた。フォームとしてはカノープスの全てを複合したタンホイザのマチタンフォームに近い物がある。

 

「一定のハイペースで逃げまくりながらも最後にターボのドッカンターボ宜しく爆発させてるな」

「ですね、最高のタイミングで解放するのと違いますがラストの追い込みとしては十分です」

「う~ん……正しく逃げて差すだな」

 

ハイペースを維持するというのはかなりきつい、だがブルボンはそれを黒沼のハードトレーニングでそれに耐えられるだけの身体を作り上げたのだろう。そしてとどめに最後の末脚の爆発、逃げウマ娘でこれをやられるとかなり厄介な事になる。

 

「黒沼さんが最近一周何秒で走れるかをかなり綿密に計測していたのは知っていましたが……これを身体に叩きこむ為のトレーニングだったわけですか……距離ごとに適切なペースを作っておいたということですね……」

「イクノとは別の意味で厄介だなおい……」

「フフッですね、これはこれで対策のし甲斐があるという物です」

 

何処か燃えている南坂に思わず肩を竦める。挑戦させる側だったが、今回ばかりはする立場になったからだろうか。燃えているのはタンホイザも同じ事。今回は負けたが次は絶対に勝つと闘志を燃やしている。

 

「まあマイルはタンホイザからしたら不得意な場だからな、本番は次だ」

「ですね。さて次はライスさん―――の前に、ランページさんの有記念ですね」

「だな。気合入れて走るとするよ」




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179話

記念。ウマ娘の全てが此処にあるとも言われる冬のグランプリレースで実質的な年度最優秀ウマ娘決定戦と呼ぶファンも多い。圧倒的な認知度の他にも、このレースでは数多くのドラマが生まれて来た事でも有名。今一番皆の記憶に新しく刻み込まれているレースは恐らく、オグリキャップのラストラン。そんな伝説が生まれ続けるレース、その中でも今日のレースは恐らく一際伝説として語り続けられる事だろう。

 

三冠の勢いのままに宝塚記念を制覇、春秋グランプリ制覇を狙う

メジロの三冠 メジロライアン。

ルドルフ以来の無敗三冠を成し遂げ、真の王者は自分だと挑戦を叩き付けた

帝王 トウカイテイオー。

3代目トリプルティアラ。唯一無二の大逃げウマ娘

爆速ターボエンジン ツインターボ。

ティアラ路線の最前線で暴君と覇権を争った乱れぬ貴婦人。

鉄の女 イクノディクタス。

無敗の帝王に敗北を突き付けかけた

もう1人のダービーウマ娘 ナイスネイチャ。

メジロの四天王、最初に盾を掴み取り、名を知らしめた

名優 メジロマックイーン。

太陽のような笑みがその名が如く。

太陽の走り屋 ダイタクヘリオス。

ライバルに続けと言わんばかりに世界の強豪を打ち破った

ランページ世代最後の大物 アグネスフローラ。

誰も知らぬとは言わせない、この勝利を胸に世界へと挑戦の旅路へとする

独裁暴君 メジロランページ。

 

クラシックとシニアが入り乱れる有記念と言えどこれ程のメンバーが集まる事などは普通はあり得ない。トゥインクルシリーズである筈なのに内容としてはドリームトロフィーリーグのそれと殆ど変わりがない。余りにも奇跡的過ぎるメンバーに今日ほどこのレースに夢を乗せる事はないだろう。

 

昨年のクラシックとティアラ三冠、今年のクラシックとティアラ三冠が同じレースで覇を競う。そしてそれらと共に駆けるウマ娘も彼女らと覇を競い続けて来た強豪ウマ娘、これ程予想が付かないレースも滅多にない。正しく一年間の集大成に相応しいレースとなる事だろう。

 

『さあ、今年もこの日がやって参りました。暮れの中山レース場、吹き荒ぶ寒風を跳ね返す程の異様な熱気がターフと観客席を包んでおります。G1有記念です。間違いなく今年の総決算に相応しい激しいレースが繰り広げられる事でしょう』

『私もこの日が来るのを楽しみにしていました、今年の有記念は今までとは違いますからね』

『有記念は紛れもなく、歴史に刻まれる事でしょう!何故ならば、今年のメンバーはドリームトロフィーリーグも顔負けの猛者ばかりが集っております!!私も始まる前から鳥肌が立ちっぱなしで興奮を抑える事が出来ません!!!』

 

解説の言葉に思わず全員が同意する、今までこんな中山があっただろうか。確かに熱気に包まれているが、何処かで重苦しくも感じ続けていた異様な不思議な緊張感が漂い続けている。それもその筈だ―――正しく、今年の中山は一味も二味も違う。その言葉を肯定するかの如く、ウマ娘達が地下バ道から姿を現していく。

 

『さあウマ娘が次々ターフへと姿を現します。今年を様々に盛り上げてくれたウマ娘ばかり、全員が貫禄を携えながらレースへの気迫を纏っております』

 

此処に並び立つ者は全員が強者、一人たりとも弱者など存在しない、この場に立てる事自体がその証。そんな者が集う場の空気は、熱く重苦しい。これがシニアを経験するウマ娘達なのかと言わんばかりの空気がそこにある。

 

『さあダイサンゲンの次に姿を現すのは―――おっと逃げ宣言の一番手はこのウマ娘、ステイヤーズステークスを大逃げで勝利経験のある脅威の大逃げステイヤーメジロパーマーだ!!続けてやって来るのは太陽の走り屋ダイタクヘリオスだぁ!!早速大逃げ宣言のコンビが登場したぞぉ!!』

 

「へへっ来ちゃった~中山~!!」

「ウェ~イ爆逃げかましてこ~!!」

「「ウェ~イ!!」」

 

史実では出走しなかったパーマー、だがこのレースの面子を見て我慢が出来なくなってしまったのか出走を決意したとの事。つまり、このレースには大逃げをするウマ娘が4人もいるというとんでもない状況が出来上がっている。

 

「大逃げと言われたら負けないぞ~!!やっほ中山~!!」

「はいはい、元気なのは良いけど怪我しないようにね~」

 

『爆速ターボエンジン搭載のトリプルティアラの登場!今年のトリプルティアラウマ娘、ツインターボの登場だぁ!!例を見ない程の大逃げの激突という世紀の一瞬が今から待ち遠しいです!!そんな彼女と一緒にやって来たのは同じカノープス所属にして帝王に唯一、敗北を突き付けかけたダービーウマ娘のナイスネイチャ!!今日はどんな作戦で来るのでしょうか!!』

 

元気いっぱいに登場するターボを落ち着かせる世話係のようなネイチャ、入場制限が行われて制限ギリギリまで入っている中山の空気に少しだけ苦笑いしつつもターボと共に歩き出していく。

 

「本日は宜しくお願いしますわイクノさん、全力を以て相応しい走りをして見せますわ。メジロの誇りに賭けて」

「此方こそ、このような場で走れる事は光栄です」

 

『続くのは天皇賞(春)を制したメジロ四天王の一人、名優メジロマックイーン!!かの暴君と覇を競い続けた貴婦人、イクノディクタスです!!』

 

同室ということもあるからか一緒に登場した二人は何処か仲良さげな雰囲気を醸し出しながらも品のあるぶつかりを行っている。正しく名優と貴婦人の名に相応しい。

 

「へへん、ボクの方が凄いもんね!!此処で証明しちゃうもんね!!」

「それは楽しみだね、これでも三冠だから簡単には負けないけどね」

「フフン、世界の厳しさに勝った私だって負けません」

 

『来たぞ来たぞ、遂に来たぁ!去年のクラシック三冠に輝いたメジロ四天王の一人、春秋グランプリ制覇を狙うメジロの三冠メジロライアン!!シンボリルドルフに以来の無敗三冠を成し遂げ、真の王者を証明をする為にやって来た帝王トウカイテイオー!!そして今年のジャパンカップを制覇したアグネスフローラ!!この三人が一気にやって来たぁ!!』

 

クラシック三冠のライアンとテイオー、そしてジャパンカップを制したフローラの登場。もうレース場の興奮は最高潮、だがまだあのウマ娘は姿を現さない。全員の視線が地下バ道の出口へと集中する。それに呼応するかのように一人のウマ娘の姿が少しずつ、見えて来た。

 

『さあ―――遂に来たぞ、チャンピオンズカップを制した事で達成したG1勝利数は脅威の13勝。23戦23勝は、全世界的に見ても破格の無敗伝説。この有を最後に彼女は世界へと羽ばたくか、待ち受ける猛者たちを相手にしながらも無敗の王者はどんな走りを見せてくれるのでしょうか!!?メジロ四天王筆頭、ターフの独裁者、無敗のティアラ、メジロランページィィィィ!!!』

 

「―――待たせたな」

 

コートを肩に担ぎながら登場したランページ、待ってましたと言わんばかりの大歓声がレース場を、いや一帯を震撼させる。人気投票で決定される有記念、文句なしの堂々の1番人気。名実共に日本最強のウマ娘となるのか、それとも彼女を破ってその名を得るのか。それを考えると今から震えてしまう。

 

「このメンバーで走る有記念か……最高の気分だな」




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180話

遂に始まる、数々の勝負が行われたこの中山の地で。

 

今日という日を待ち焦がれた、その為に走ってきたと思うウマ娘達。

 

決着を着ける為、もう一度戦う為、約束を果たす為、夢を叶える為、走りたかった自分の為に。

 

それぞれの理由が今―――実現する。

 

『さあ場内にファンファーレが響き渡ります、今年の№1を決める有記念。各ウマ娘、次々と枠入りしていきます。それぞれが応援するファンの声援に背中を押されているかのようです。全員が真剣な面持ちでスタートの時を待ちます』

 

「遂に、遂に始まる……!!」

「ああ……この日をどれだけ待ち望んでいた事か」

 

観客席で思わず拳を握り込んでしまいながらも視線を釘付けにさせている、これから始まるレースは瞬きすら許されない至高のプライドのぶつかり合い、熱狂に時間が間もなく始まると思うと武者震いを抑えきれなくなってしまう。思わず、フェンスに置いた手に自然と力が籠り、フェンスを拉げさせていく。

 

「ブライアン、少しは落ち着け……気持ちは分からなくはないが」

 

姉であるハヤヒデが諫めるような声をかけるが、そんな言葉程度では収まらないのか彼女は視線を外そうとしない。無理はない、彼女にとってこのレースは本当に特別だ。憧れの存在にしてなりたいと思う目標、無敗の王者であるランページが走るのだ。熱狂的と言ってもいいファンである妹にとってはこれ程までに刺激的な時間はない。

 

「(まったく、嫉妬しますよ先輩)」

 

そんな思いをランページへと向けてしまう。臆病な妹は何時も自分の後ろをついて来ていた、能力こそあるがその臆病さ故に自主的に前に出られないから自分も一緒に踏み出していた。そんな妹からは憧れの目で見られていたのにそれを取られてしまったような気分、だが不思議と悔しさはない。何故ならば自分だってあの背中に憧れているのだから。そんな時に、遂に来た。

 

『さあスタートしました、G1有記念。出遅れはありません、流石選ばれた猛者たち、優駿であります!』

 

「真・ドッカンターボォ、ダァアアアアシュ!!」

「このメンバーで先頭争いとか、マァジテンアゲェ!!」

「爆逃げぇぇぇ!!」

「ハッ! やっぱりこうなるよなぁ!!」

 

開始された有記念。優駿達が駆け抜け始めた中から一気に抜け出す4つの影、予想通りの展開になったとボルテージが上昇。先頭を真っ先に取ったのは爆速ターボエンジンのツインターボ、スタートダッシュでの真・ドッカンターボを成功させて一気に抜け出していくが、それは今までの様な大成功とはいえずに背後に3つの影がピッタリと付いている。

 

『矢張りこのウマ娘が行きます、ツインターボが行きました!そしてダイタクヘリオス、メジロパーマー、メジロランページと続いて行きます!大逃げウマ娘が早くも先頭を奪い合う大接戦となりました。その背後にはイクノディクタスとアグネスフローラが少し離れてついております』

 

大逃げが4人いるというとんでもない状況が作り出すのはハイペースレース、そんな状況にも拘わらず着いて行けているのは破滅逃げやらを連発する怪物と覇を競い合い続けていた二人のウマ娘。その二人のペースを目安としながらも4~6バ身程度のところに固まってウマ娘達を伴いながらもそのまま正面へと入る。

 

『トリプルティアラのツインターボがペースを作ります、太陽の走り屋ダイタクヘリオス、大逃げステイヤーメジロパーマー、そしてターフの王者メジロランページ、メジロが並んで続いて行きます。そしてそこから少し離れて貴婦人イクノディクタス、日本の大華アグネスフローラ。その後方にメジロマックイーンとメジロライアン、ナイスネイチャとトウカイテイオーと二人のメジロと二人のダービーウマ娘が続きます』

 

大逃げの4人が作り出すハイペースレースの流れはこれまでもあってあろうハイペースとはまた違う緊張感を作り出している。何せ、何時誰が飛び出して新しくペースを作ったとしても可笑しくはない。その全員が開始から大逃げを打つ故に、全員が警戒心を募らせたままで駆ける。

 

『さあスタンド前を通過して第1コーナーへと入っていきます。トップは依然ツインターボ、そして2番手は変わりましてメジロパーマー、3番手にダイタクヘリオス。王者メジロランページは4番手のままです』

『彼女にとってこれまでの最長は2400。2500は初の距離ですからね、100mの距離しかないと言えばそうですがスパート勝負ではこの差は大きいです。其処を警戒して抑え気味になっているのかもしれませんね』

『そしてその後方にはイクノディクタスとアグネスフローラが続きます。虎視眈々と王者との戦いの時間を伺っているようにも見えます。そしておっとナイスネイチャが上がり始めて来たか、それに続くようにとメジロマックイーンとメジロライアン、トウカイテイオーも上がって行く。ロングスパートの準備が早くも開始か?』

 

「さぁって、そろそろかな」

 

まだまだ道のりはあるが、菊花賞の3000を逃げで走り切れているネイチャにとってはこの距離からのスパートは問題ない。少しずつ上がって行こうというのかギアを入れ始めていくが、それを防ぐかのようにマックイーンとライアン、そしてテイオーも上がり始めていく。

 

「流石にそう簡単にやらせてはくれないよね……というか、流石にバレバレか」

「貴方のスタミナには目を見張るものはありますわ、ですが長距離という舞台で負ける訳には行きませんわ」

「まあこの辺りって言うのは良い勘してると思うけどね―――ランを捉えるなら、ここら辺りで一気に行かないと……!!」

 

その中で姿勢を低くしながらも踏み込んでいくライアン。あの大逃げを捉えるにはそろそろ上がらないと厳しい、脚を溜めつつも上がって行くにはこの辺りが最適だとライアンがマックイーンを抜きながらも突き進んでいくのを更に追い抜くように一人の影が飛び出す。

 

『向こう正面に入りましたっ此処でトウカイテイオーが抜け出していく、トウカイテイオーが上がって行く!!メジロライアンを抜いていく、同じ三冠でも自分の方が上だと言わんばかりのタイミングで上がって行く!!』

 

「悪いねライアン、ランと勝負するのはこの僕だ!!」

 

テイオーは一気に駆け上がってイクノ達の後方へと着こうとしていく。今日という日を心待ちにしていたんだ、無敗の三冠を目指そうとしていた時から彼女はいたんだ。そして―――自分よりも先に、無敗の三冠という称号を手に入れたウマ娘、メジロランページ。デビュー前からずっと対戦したくてしたくて堪らなかった。

 

「(僕にとって、君は唯の目標じゃないんだよ)」

 

自分の夢を先に叶えたというだけではない、テイオーにとってはそれ以上の意味を持つ。尊敬するルドルフよりも強いという事を証明したから?ワールドレコードを達成したから?違うとは言い切れない……でも、自分はシニアに行く為には絶対に一度でいいから本気の舞台で彼女と戦わなければいけないと思った。そしてこの有記念が最初で最後の機会、正直言ってチャンピオンズカップが終わった後に出走するという言葉を聞いてこの上なく安堵していた。何せ彼女は以前言っていた。

 

 

―――今年一年はその為の下地を作る為だ。だから俺と戦うなら今年戦うのが一番だ。

 

 

そう、この一年間を彼女は完全に自分を鍛える為の時間だと割り切っていた。海外遠征を行う為の準備期間として……そして、このレースを最後に海外へと向かってしまう。故に此処しかチャンスはない、そして彼女は約束通りに出て来てくれた。本当に嬉しかった、だから全力で挑む、そして打倒する、真の王者はこのトウカイテイオーだと宣言する為に。

 

「小生っ意気ぃ!!」

「そうはさせませんわ!!」

「アタシらは眼中にないって事かな、それはちょっと聞き捨てならないんだよねぇ!!」

 

激戦の地となった中山、その中山にちらほらと雪が舞い降り始める。肌に突き刺さるような寒さがまた一段と厳しくなり始めていく、それを感じながらもレースは更に熱狂していく。伝説の有として語り継がれる事になるこの一戦―――その決着は、間もなく。




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181話

先頭で駆け抜け続けているターボ、このレースの先頭を開始からずっと駆け抜け続けている。そのペースは文字通りのハイペース、最初から最後まで全力が良いという思いのままに走りたいがままに走り続けている。

 

「(っ来た来た!!)」

 

走り抜けながらもターボは身体の中に溜まる力がもう直ぐ限界まで来るのを感じていた。自分にとっても2500というのは長丁場、オークスよりも長い距離だがこのレースに出たいという思いは誰にも負けていなかった。そんな彼女の精神的な漲りはトリプルティアラを掛けた秋華賞にも勝るものがあった。故に―――真・ドッカンターボの二段加速の訪れを図らずも早めていた。

 

『第3コーナーへと差し掛かるが未だに先頭は爆速ターボエンジンツインターボ!!このまま逃げ切る事は出来るか!?』

 

まだ第3コーナー、こんな所でドッカンターボを使ってしまっても自分は逃げ切れるのかと自分らしからぬ不安を抱いた。それは背後にいる海千山千のウマ娘がいるから。これまでのように大きく差を付けられている訳でもない、しかも此処は中山、ラストの急坂を越えられるのか、それだったらせめて坂道を超える為にこのターボは取っておいた方が……

 

「違う、そんなのターボじゃない!!」

 

きっとランページにこの事を聞いたら笑って頭を撫でて褒めてくれるだろう、思慮深くなって自分で使い方を考えるようになった。そう言う事だろう、だが同時にこういうだろう―――自分らしくするのが一番だと、ターボらしく走り抜けるのがいいと。後の事なんて知らない、自分は唯走りたいように走るだけ、なるようになるだけ。

 

ブーストゲージは輝きに満ちている、自分でも思っていた以上に脚が溜まっている事に驚いた。この脚ならもしかしたらという思いが自分の背中を押した、もしかしたらではない、もしではなく、形にする。……幻覚だろうか、SDのランページがブーストゲージに座って挑発するように『やってみせろよターボ、やりたいようにやっちまえ、何とでもなる筈だ』と言ってくれた気がした。

 

「ダリャアアアアアアア!!!!」

 

一気に加速する、真・ドッカンターボの二段階目が火を噴いた。後方のパーマーとヘリオスが思わず驚いたように目を大きくした。間近で初めて見たというのもあるが、まだ第3コーナーの入り口であるのにも拘らず勝負を仕掛けるという事に驚いていた。

 

『ツインターボが此処で勝負を仕掛けたぁ!?その名が如くの二段ブーストを掛けました!!差を生み出す、ツインターボが独走、3バ身から4バ身!!このまま逃げ切るつもりかツインターボ!!』

 

「溜まっちまったか」

「発動しちゃいましたか」

 

その事を思ったのはチームメイトのランページとイクノのみ。真・ドッカンターボはその性質上、最高のタイミングで発動しなければ効果は薄い。だからターボは使ったのだろうが……これこそがオークスでランページが危惧していた事態その物。

 

「おいパーマーにヘリちゃん、驚いてたらぶち抜くぜ?」

「あっと危ない!ぬかせないからね!!」

「アハッ何あれマジ卍じゃね!?ウチもやりてぇ~!!」

 

声を掛けられた二人は正気に戻ったかのように走りに集中するが、大逃げウマ娘としてのターボのあの急加速は憧れる。それ程までに魅力的に映るのだ、今のターボは。だがその魅力も諸刃の刃である事には変わりない、矢張りまだまだ発展途上、だが大きくなることは間違いない。ランページはターボの走りを見ながらも思った。

 

「ターボ、お前は絶対に強くなれるぜ。何せ―――お前は俺達ですら憧れを抱かせるウマ娘だからな」

 

夢を見せるウマ娘、その走りに夢を映し憧れを持つ。自分に憧れるエアグルーヴがそうであったように、きっとターボに憧れる者は絶対に現れる。だからこそ―――自分は走ろう、先輩として、次の世代を更なる高みへと連れて行く為に。

 

『ツインターボがいく、ツインターボが、ツインターボが間もなく第4コーナーへと差し掛かる所、おっと後ろからトウカイテイオーも上がっていやメジロマックイーンとライアン、ナイスネイチャも来た!!さあいよいよ勝負どころが来たのか、ツインターボの走りが起爆剤となったか有記念!!次々と上がって行く!』

 

後方からもテイオー達が上がって来る、このレースの終わりも見え始めてくる中でランページは冷静に自分のペースのままで走り続けていた。それを見続けて何処か不気味さを感じていたのはその背後に居たイクノとフローラであった。幻惑逃げを仕掛ける訳でもなければペース変化を活かしてオーバースピードを狙っている訳でもない。

 

「捉えたよ、ラン!!」

 

その時に、ランページはギアを漸く引き上げた。それまで4番手に居続けた王者が漸く重い腰を持ち上げた瞬間だった。

 

「逃がさないよ、クフッ……貴方を捕まえるのは私だからね!!」

「それは私も同じです、それに時間を言えば私の方が上です」

 

ランページが遂に動き出そうとした瞬間に同時にフローラもイクノも上がって行く。テイオーはランページと勝負をしたがっている、だがそれを簡単にさせる程自分達の時間だって軽かったわけではない。戦いたいと思う気持ちならば自分達の方が上だ言わんばかりに駆け抜けるランページへと続いて行く。

 

「アタシだって!!」

「テンアゲって行っちゃうよ~!!」

 

『遂に王者が動き始めた!!今、ツインターボが、ツインターボが第4コーナーへと入った所でメジロランページが一気に上がって行った!!それに続くかのようにイクノディクタス、アグネスフローラ、トウカイテイオーも続いて行く、いやメジロパーマーもダイタクヘリオスもだ!!後方からはメジロマックイーンとライアン、ナイスネイチャも来ている!!』

 

これまで唯の大逃げを打ち続けて来たランページ、破滅逃げでもないそのペースで溜め続けた脚で大地を疾駆する。目指すはただ一つ、先頭のみ。流石に早く出し過ぎてしまった真・ドッカンターボ、最高のスピードを維持し続ける事も難しくなり徐々にだが減速し始めているターボをあっという間に捉える。

 

「ハァハァハァ……負けない、もんんん!!」

「こっちの台詞だ!!」

 

『さあメジロランページがツインターボを抜きに掛かる、流石にブーストを維持しきれないか、メジロランページがツインターボを抜いた!!ツインターボの先頭は此処で終わりか!!後ろからはトウカイテイオーが迫る!!今年の無敗の三冠が一気に迫って来る、そのまま抜きに掛かるのか、自分こそが真の無敗の三冠だと挑戦状を叩きつけに掛かる!!』

 

テイオーの走法は変化していた。ランページの走りを研究した末に修得した全身を連結した走り、それで一気に駆け上がっていく。その走りはイクノも認めるしかない程にあの走法だった。

 

『メジロランページへの挑戦者はトウカイテイオーか、いやまだツインターボも粘る粘る!!トリプルティアラの意地を見せております!だが同時に同じくメジロの三冠、ライアンも迫る!!マックイーンも来た!アグネスフローラも負けてはいない!!イクノディクタスも参戦!!』

 

激しい競り合いの中で遂に中山レース場の最大の山場である急坂へと入った。最大の急坂に入って全員が思わず息が詰まりそうになる中でランページはそんな坂を寧ろ加速するような勢いのまま駆け上がっていく。

 

「ボクだってぇぇぇ!!!」

 

同じ走りなんだ、それならボクにだって出来る筈だ!!それを証明してみせると言わんばかりにテイオーは叫びながらも駆け上がる、以前よりもずっと早く力強い走りは登るのも楽だった。だが―――同じ挑戦者であるライアンやマックイーン、フローラにイクノを振り切れない、それ所か……息も絶え絶えで今にも倒れそうなターボを抜き去る事も出来ずにいる。

 

「ランを、行かせてたまるかぁぁぁぁ!!!」

 

ライアンの叫びが木霊する、一段と力強くなった走りで一番に抜け出していく。

 

「あの人と、走る為にジャパンカップで勝ってんだぁぁぁぁ!!!」

「此処で勝負しなくて、何時するのか!!」

「私だって、負ける訳には行きませんわぁ!!!」

 

フローラが行く、イクノが行く、マックイーンが行く。自分を置き去りにして走り抜けていく。全力で走っているのにそれを踏み越えて彼女らが行く、それに信じられずに更に力を込めて走る。目標だった背中は坂を登り続けていく、自分を置き去りにして。

 

「如何して、如何して―――ランページィィィィ!!!!」

「うあああああああああ!!!!」

 

叫びを打ち消すかのような声が隣から響いた。そしてその声は次第に自分よりも前に出ていた。

 

「テイオーの、テイオーの、ライバルは……ターボだぁぁぁぁ!!!!」

 

ターボが最後の最後の力を振り絞った、叫びを上げながらも坂を駆け上がっていく。ほんのハナ差程度を追い抜いた位しかなかった。きっとそれも長続きしない、だがターボはテイオーの全力の走りを僅かな間でも上回ってみせた。そして自分に突き付けていた、テイオーのライバルは自分だろう!!?

 

「こんのぉぉぉぉっ!!!」

 

背後から響いてくるネイチャの声、それでテイオーは気付いた、前を見過ぎて足元が疎かになっていたことを。そして、この時からこそ本当のテイオーの成長が開始される事となる。

 

『さあ残り100m!!先頭はメジロランページ、このまま逃げ切りか?!それともメジロの三冠ライアンが差し切るか!?名優マックイーンか!?それとも今度こそ貴婦人イクノディクタス、大華アグネスフローラがこの王者に敗北を突き付けるのか!!?もうスタンドは総立ち状態!!』

 

誰がこんな展開を予想しただろうか、此処まで激しさを極めるなど思いもしなかった事だろう。もうこの機会を逃したら来年は彼女と戦えないかもしれない、そう思うと自然と力が沸き上がるのだ、この瞬間を後悔して堪るか。その思いが強い物こそが勝つ。

 

「ラァァァアアアアアンペエエエエジィ!!!」

 

その思いが強いのは矢張りフローラか、此処まで敗北を積み重ね続けて来た彼女が一歩一歩と迫っていく。もう間もなく届く、並び立てる、漸く同じ場所に立てる!そう思った時に、自分よりも先に迫った影があった。ランページの力を最も知っているのはフローラでもイクノでもない―――貴方(ランページ)の強さを一番知っているのは私だと言わんばかりに並んだのは―――

 

『ライアンだぁぁぁ!!メジロライアンがメジロライアンが、メジロランページに並び立ったぁぁ!!クラシック三冠とトリプルティアラを共に飾ったこの二人だ!!』

 

「「勝負だぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

二人は分かっている、互いが互いの力を最も熟知している。そんな二人が駆け抜けていく、それぞれがお互いの力を増幅させているかのように伸びていく。フローラもイクノもマックイーンも振り切るかのように伸びていく。このレースの決着は二人に絞られた。

 

『メジロランページだぁぁぁい、いやライアンが差し返す!!なんという底力だ、このままライアンが行くのか!?行けるのかいやまたランページも伸びてきたそのままそのまま行けるのか!?有記念を制するのはどっちなんだ!?大接戦のまま、今ゴォォオオオオオル!!!どっちだどっちが先に行ったんだ!?勝利の栄冠を手にしたのは何方なんだ!!?3着にはアグネスフローラ!!4着にイクノディクタス、5着にはメジロマックイーン!!』

 

「「がぁっ……!!」」

 

互いに、自分の全てを出し切った。ゴール板を駆け抜けて少しの間、二人は走り続け、限界を越えた所で漸く脚を止めた。膝を付くように座り込むライアンと倒れこむランページ。死力を尽くし切った激走の大混戦、何方が勝ったのか、ダービーのような同着だったとしても可笑しくないと言える程。二人は暫しの間何も考える事も出来ずに呼吸をし続けていた。

 

「「ハァハァハァ……」」

 

疲れ切った呼吸のまま、互いの視線は交錯しつつも何処か呆れたようでありながらも称えるような瞳を送る。そして遂に決着は明らかとなった。そこにあったのは―――

 

『確定しました、第36回有記念を制したのはメジロ―――ランページ!!!メジロでもランページです!!無敗の王者が、遂に有を制し日本のウマ娘の頂点へと立ったぁぁぁぁ!!メジロライアンとの差はなんと2センチ!!2センチ差で勝利をもぎ取ったぁぁぁぁ!!!』

 

「ハ、ハハハッ……やっぱり強いなぁランは……」

「よく言うぜ……お前だって、凄かったぜライアン……」

 

疲れ切った表情のまま、互いを称賛する。そして立ち上がるのに手を貸して立ち上がる。その時に実況が更に大声を張り上げた。

 

『そしてタイムは―――2:28.7!!この中山の舞台で、有の舞台でワールドレコードを達成したぞメジロランページィィィ!!!国内最後の舞台で世界に轟く記録をまた一つ達成しました!!世界の王者としての名声をまた一つ築き上げました、そしてこの錦を纏い彼女は世界へと羽ばたきます!!!』

 

「ホント―――ランって凄いよ」

「褒めるなよ、お前のお陰だよ」

「ううん、ランの力だよ。ランの強さはアタシが知ってる、頑張ってよ海外でも」

「応!!」

 

この有は紛れもない伝説となった。




現在のワールドレコードはルックトゥワイスが2019年の目黒記念で達成した2分28秒2。東京競馬場での記録になりますが、更に上がいます。

世界的に見ると2500というのはかなり少ないらしく、他にはオーストラリアやフランス位でしかないとの事です。


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182話

「はぁぁっ……」

 

深い深いため息が漏れてしまった。それは今日のレースの結果故、だけではない事は直ぐに分かっていた。

 

「大丈夫か?」

 

心配そうに声を掛けて来るトレーナー、そして憧れの会長、シンボリルドルフがそこに居る事に肩を竦めた。

 

「大丈夫だよトレーナー、はぁ~手痛い結果に終わっちゃったなぁ~」

 

無理をしているかのように明るい声を出しているような自分に何処か心配そうな瞳を向けて来る。だけどトウカイテイオーはそこまで無理はしていなかった。

 

「ボクさ、調子に乗ってたんだね。今回の事で本当にそれが良く分かったよ」

 

憧れの存在だったルドルフの後に続き無敗の三冠を達成した、それで心のどこかで満足を浮かべていた。だがそれではいけないとダービーに向けて練習をする中で自分よりもずっと早くその目標を達成した無敗のティアラ、ターフの独裁者であるランページと戦いたいという思いを抱いた。そして彼女を徹底的に研究して彼女の走りを修得した。以前よりもずっと強くなった事が実感として分かる程のその走りは優れていた。だから勝てる、負けない、と思ってしまった。

 

「ランの事ばっかり見てさ、ターボやネイチャの事なんて全然考えてなかった。ライバルって言ったのに、負けないって言ってた癖に……薄情だねボクって」

「いやそれは」

「いいよトレーナー、自覚してるから」

 

ライバルを意識する事も無く、ランページだけを意識していた自分にとってあのレースでのラスト、ターボの伸びとネイチャの猛追で漸く自分は自由になった気がした。そしてその時に脚が一段と軽くなっていた、それが分かっていればまだいい勝負が出来たのかもしれない。無敗だった自分の敗北は6着、これまでの戦績からしたら掲示板入りも出来ていない順位だった。

 

「それなのに、随分と元気そうじゃないか」

「うん。前にランが配信で言ってたんだ」

 

―――価値ある敗北であるのであれば、喜んで俺は無敗を捨てる。

 

「ボクにとってこの負けは凄い大事な物になったよ、ボクはもっともっと先に行けるって分かった。だから次は勝つよ、ランが海外で走っている間にボクは力を付けて見返してやるんだ、そして―――今度はターボとネイチャに勝つ!!」

 

あれだけ走ったのに軽快なステップを踏みながらも宣言をするテイオー、その表情は極めて晴れやかだった。それを見てルドルフは心から嬉しくなった、自分はジャパンカップで負けた時は心から悔しかった、だがそれをバネにした。敗北を力に変えた、だが違う、テイオーは敗北に意味と価値を見出して自分を見直した。何時までも自分の背中を着いて来ていたテイオーは何時の間にか大きくなっていた。

 

「沖野トレーナー、これから忙しくなるのでは?」

「ああ全くだ。よしテイオー、先ずは身体を休めるんだ。そして次は―――あの走法を完成させるんだ!!」

「うん!!よ~し此処からニューテイオーだ!!」

 

そんな風に声を上げながらも宣言するテイオーと沖野とルドルフは微笑ましく見つめた。価値ある敗北、確かに自分のあの敗北も価値があるものだった。

 

「(ならば、君の敗北は何時訪れるのかな。無敗での24勝目、次は海外―――さて、如何なるのかなランページ)」

 

 

「お疲れ様ですランページさん」

「応よ、にしても……流石に疲れたなぁ……」

 

同じく控室、戻って来たランページは音を立てながら椅子に座り込んだ。

 

「100m違うだけなのに随分と疲労の度合いが違い……やっぱ俺に長距離レースは向いてねぇな……2400が限界だわやっぱ」

 

今回2500を走って分かった事だが、矢張り自分には長距離は向いていない事だった。今回の結果によっては天春を組み込んでもいいかも、と思っていたが全く駄目。中山の2500でこれなのだから京都の3200なんて絶対に持たない。これを走り切れるマックイーンやパーマーの凄さが改めて分かった瞬間でもあった。

 

「これで正真正銘の日本最強の称号を取りましたね、ワールドレコードも一緒に」

「まあそっちは完全な棚ぼただけどな」

 

これでランページは正しく完全な王者として君臨する事となっただろう。お婆様もこの結果を聞いて喜んでくれるはずだ、俗物共の息の根を完全に止めるには良い材料になる。既に大分息も絶え絶えらしいが、ご本人は完全に止めるまでやめる気はないと言っていたので自分の活躍は幾らあっても困る事はないだろう。

 

「んで次はいよいよ」

「ええ、海外遠征ですね」

 

いよいよこの時が来たと言っていい、1年間の時間を掛けて準備をして来た成果を発揮する時が現実味を帯びて迫って来た。

 

「日程的には如何なんだこの場合、つうか海外に行く時って南ちゃんはどうするんだ?流石にカノープスほったらかしって訳には行かねぇだろ」

「ええ、その場合は流石に私は同行できない場合がありますね……ですがその辺りは任せてください、信頼のおける方をランぺージさんの護衛兼トレーナー代理として同伴して頂きますから」

「トレーナー代理は分かるけどよ……」

 

護衛とは……穏やかではない。まあ海外に行く場合はその位の気位と準備があった方が良いという事なのだろう。だが元FBIが手配する人員と考えるとどうしても大事になりそうな気がしてならない。

 

「なんだ、元海兵隊とかが来るとかじゃねえよな?」

「ご希望ならそう言う方をリストアップしますが?」

「居んのかよ……」

 

まあ南坂が紹介するならば可笑しな人材である筈はないしその辺りは任せてしまってもいいかもしれないな……と思って任せると言っておく。

 

「というか、来年のフェブラリーステークス勝たなくても出ていいのか?」

「その辺りは大丈夫です。招待状は既に受け取ってますので、出たいですか?」

「いや、時期的にも早めに行って慣らしてぇ」

「分かりました、ではその様に設定しておきますね」

 

ずっと先の事のように考えていたが、海外遠征が迫る。そうなると自動的に―――

 

「ああそうでした、遠征の際にはスピードシンボリさんが付いてくださるそうですよ。心強いですね」

「やっぱそうなったか……スーちゃんらしいと言えばらしいけどよ……」

「最初はシリウスさんも一緒に行く予定でしたが、如何にも断ったとか」

「だろうな」

 

自分の海外遠征は賑やかになる事が確定した。




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183話

ローレル目当てで引いたらファル子来ました、そうじゃねえ!と思った直後にローレル来てくれました。
なんか、ブライアンに対するウチのフローラ的な感じなのかなと思ったら全然違ったわ。


ホープフルステークス。このレースが開設させるまでは有記念が一年を締めくくる最後のG1レースとされていたが、このレースが開設されてからは最後のG1は次世代を担う事になるであろうウマ娘達の舞台へと変わった。それに抵抗を覚えていた者も多かった事だが、いざ開催されると次のクラシックへの期待も増す事もあって違和感も抵抗もなくなっていたとの事。

 

そんなホープフルステークスには去年ターボが出走、惜しくも2着という結果になっている。そんなレースに今年もカノープスから出走するウマ娘がいる。それがランページが溺愛する妹、ライスシャワーである。朝日杯フューチュリティステークスのタンホイザの好走に続けるかと期待が高まるが、ライスの走りは皆の期待を大きく上回っていた。

 

『先頭にはライスシャワー!!有記念のメジロランページに続くと言わんばかりの力強い走りであります!!』

 

タンホイザと大きく違う点はホープフルステークスが2000の中距離であるという事。適性的にステイヤーであるライスにとって本領発揮は中距離以上、持ち前のスタミナと精神的な強さを見せて逃げを見せるウマ娘がいくら飛ばして振り解こうとしてそれを許さんと言わんばかりに背後に亡霊のように喰らい付いた。内ラチギリギリを走って揺さぶりを掛けようと試みても全く揺るがない、寧ろ自分が近づきすぎてペースを崩してしまった瞬間に、ライスは鮮やかに追い抜いて見せた。

 

『残り200を切った!!此処でライスシャワーが猛スパートを掛ける!!これは強い、サンクチュアリを突き放していく!!6バ身から7バ身!!これは文句なし!!ライスシャワーが今、1着でゴールイン!!中山の一等星となったのはカノープスのライスシャワー!!クラシックの道へと繋がり道へと一歩を踏み出した!!そしてタイムは―――2:00.9!!なんとメジロランページに続いて彼女もレコードをこの中山で達成しましたぁ!!』

 

「ラ、ライスがレコード……お、お姉様~ライス、ライスやったよ~!!」

 

この時ばかりは、ライスも自分から大きな声を上げて大喜びの歓声を上げていた。尊敬し敬愛する姉と同じ舞台でレコードを達成した感動とG1初勝利を飾る事が出来たという感情が溢れ出して普段の彼女からは考えられないような喜びを全身で表現していた。

 

「よくやったぞライス~!!」

 

勿論、応援に来ていたランページは大喜びであった。有記念を制した時以上の喜びようを見せていたので南坂は複雑そうな顔になったのは言うまでもないだろう。

 

 

「皆さん、今年はお疲れ様でした。それでは皆さん―――乾杯!!」

『カンパ~イ!!』

 

トレセン学園の一室、そこを借りて忘年会を催す事にしたカノープスの面々。今年一年お疲れ様、そして来年も頑張りましょうを兼ねての集まり。今年一年はカノープスとして申し分ない所かある意味で最高の一年だったと言えるだろう。ランページは無敗神話を3年連続で継続しいよいよ海外挑戦、ターボはトリプルティアラを取りネイチャはダービーウマ娘、そしてイクノは念願の初G1。タンホイザは朝日杯2着の好走、そしてライスはホープフルでのレコード勝ち。

 

「いよいよ来年はチケットさんのデビューですね」

「う~今からもうワクワクが止められないよ~!!」

 

来年は来年でいよいよウイニングチケットのデビューが控えている。BNWの一角である彼女はどんな活躍をするのか今から楽しみである。

 

「期待してるぜチケット、夢はダービーウマ娘だったな」

「はい!!絶対になりますから期待しててください!!ネイチャ先輩に続きますから!!」

「これはこれは期待出来るね~アタシみたいな同着じゃなくて正真正銘のダービー制覇を期待してるよ~」

 

カノープスにはダービーウマ娘であるネイチャもいるのでクラシック三冠路線にも対応しているので心配する事はないだろう、それに今年はライスとタンホイザが其方に挑む事になっている。

 

「ライスとタンホイザもクラシックだったな」

「朝日杯でやっぱりマイル駄目だな~って分かったからクラシック路線にしました」

「うん、ティアラも考えたんだけど……ライスはマイル得意じゃないから……ごめんなさいお姉様」

「気にすんな、別に連続でトリプルティアラを狙ってる訳じゃねぇんだからな」

 

今年はカノープスからはティアラは未出走という事になる、新しいメンバーが入って出走する事も考えられるが現状ではライスもタンホイザもティアラ路線には進まない。ステイヤー気質な二人にとってはマイルが絡む其方は厳しい、クラシックは長距離の菊花賞もあるので寧ろ好都合。

 

「一応メンバー申請は来ていますが、流石に多いので絞らないときついですね……まさかカノープスでリギルのように入部テストレースを組む事になるとは思いませんでしたよ」

 

困ったように笑う南坂、数年前まではザ・中堅どころチームだったのに今ではトップチームにまでなり上がっているので本当に人生とは分からないものである。

 

「因みにどんな奴が出してんの?」

「そうですね……いろんな方がいますけど、ランページさんと交友がある方もいますね。ヒシアマゾンさん、ドラグーンランスさんが出してくれてますね」

「おっアマちゃんとドララン来るのか」

 

リギルでなくてこっちに来るのか、とも思ったが以前カノープスの練習方針を話した時に自分とのタイマン勝負という所に惹かれていたしある意味此方の方が向いていると言えば向いているかもしれない。他にもドラグーンランスも申請をしてくれているというのは嬉しい話である。

 

「後は……サクラローレルさんの名前もありますね、御存じですか?」

「いや面識はねえな……ブライアンから名前ぐらいは聞いた事あるけど」

 

まさかの名前も此方に来るのか……と思うのだが、ある意味ブライアンを打倒するという意味だと正解なのだろうか、後ローレルは凱旋門を勝利する事を目標にしている筈だ、そうなると凱旋門に出走するつもりがいる自分がいるカノープスに来るのもある意味妥当なのかもしれない。

 

「まあ兎も角、来年は楽しそうでいいな。俺もそこに絡めなくて残念だぜ」

「何言ってんだか、ずっと海外にいる訳じゃないんだから大丈夫っしょ」

「そりゃそうか」

 

今年は今年でエアグルーヴも入って来る、色んな意味で楽しみな年になる事だろう―――ウマ娘として、アスリートとして4年目の年。自分にとって一体どんな日々になるのか、海外での日々、厳しいレースが待ち受けている筈なのだが……自分はそれ以上にどんなウマ娘と覇を競えるのかにワクワクしてしまっている。

 

「さあもういっちょ乾杯と行こうぜ~来年もみんな、宜しくお願いしま~す。カンパ~イ!!」

『カンパ~イ!!』




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シニアクラス2年目 ワールドレース
184話


新年。新しい年が始まった。新年と言えば、ドリームトロフィーリーグの冬、WDTの開催が行われる日でもある。この日は初日の出を迎え、お参りを済ませた人々はテレビへと向かう。WDTは新年の最高視聴率番組でもある―――が、今年ばかりはそうとも言えず、もう一つ視聴率を争っているものがあった。それは―――

 

元旦らしく、日の出の幕が掛けられた舞台。それが徐々に上がって行くとその奥には門松などがセットされており、中央にはメジロ家のカラーの着物に身を包んだウマ娘が正座しながら頭を下げていた。ゆっくりと頭を上げるとそのウマ娘が誰なのかが明らかになっていく。そこには―――なんと紅を引くだけではなく確りと化粧を行っているランページの姿がそこにあった。

 

・ファ!?

・誰だお前!!?

・マジで誰だこの美女!?

・俺達の暴君は何処に行った!?

 

舞台、聖蹄祭の配信でも使われたステージ、背後には配信のコメントが流れているがそこにはランページの登場を待っていたのに予想だにしない展開になった事で困惑の言葉が乱れ飛んでいた。あれはランページではないと皆が言う中、遂にウマ娘が口を開く。

 

「明けましておめでとう御座います。皆様方におかれましては、新春を晴々しい気持ちでお迎えのこととお慶び申し上げます。旧年中は、格別のご支援を賜り、厚く御礼申し上げます。新年もより一層のご支援を賜りますようメジロランページがトレセン学園生を代表し、心よりお願い申し上げます」

 

懇切丁寧且つ柔らかで美しい声が木霊する。それは見に来ていた生徒達も困惑していた、あの男らしく凛々しいという事が真っ先に出るあのメジロランページが女性らしい格好をして女性らしい言葉で話しているのだから。

 

・えええええええ!!?

・マジで、マジで暴君なの!?

・すっげぇ美人!?

・というか女だったのか!?

・ウマ息子じゃなかったのか!?

・酷い言われようだけど今までが今までだからな。

・気持ちは分からなくもない。

 

普段の行いが行いである為に基本的に女として見られない、だが今回ばかりは確りとした挨拶をする為に気合を入れて望んでいると言わんばかりの姿。その挨拶は色んな意味で度肝を抜く。そして挨拶を終えて立ち上がると肩に手を当てると―――一気に脱ぎ捨て、その下に着ていた普段通りの勝負服を見せ付けた。

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、涙が乾くまで まだ届かぬ夢追いかけた、なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

 

・ちょっ何やって……!?

・えっ今どうやったんだ!?

・極道かお前!?

・早脱ぎ修得してんのかよ!?

・和服をどうやって脱いだ……?

・本当に暴君だったわ……

 

「あけおめことよろ~!!やっぱり新年一発目の挨拶だけは確りした方が良いと思ってね、化粧なんざ合わないと思ったけどさ、してみたら意外にふいんき(何故か変換できない)出るもんだから吃驚したよ~これからもああいう格好してみるかね、こんな生まれてくる性別間違えて来たみてぇな奴が女の格好しても需要ねえかハッハッハ~URAは勘違いすんなよ新しい勝負服は着ないから」

 

・いや需要はある。

・寧ろギャップで動悸がやばかった。

・心臓撃ち抜かれたわ。

・ギャップがエグかったわ。

・でもたまにやるからこそって言うのは分かる。

・そして牽制されるURAwww

・新しい勝負服一度も着られてねぇもんなwww

・どうせまた送られるんだろうからな。

 

「という訳でご挨拶も済んだところでまあ何時もの調子に戻していきまっしょいって事よ。慣れない事はするもんじゃないよね~肩が凝ってしょうがねえ、いやぁこの胸が邪魔でさ、男連中は分からねぇと思うけどさほらあれだよ、年がら年中赤ん坊を抱えてるって思えばわかりやすいんじゃねえかな?」

 

・でけぇもんな。

・おおホントでけぇな!!ホントでけぇな!!

・なんで二回言うのよ。

・二回目は木霊だ。

・HAHAHAHA

・OK!!

・ズドン!!

・うわあああああああああ!!!!

 

「汚染速すぎるわ!!つうかそれとあれは別の映画だろうが!!いやまあ主演同じだけどさ」

 

相変わらず自分のリスナーはネタの反応速度が尋常ではない。コメントが途絶える事も基本的にない、自分が乗るのもあるが……。

 

「おっともうリスナーの数が10万を越えたな!このままWDTの視聴率を上回る勢いでやってこ~!!何、そんな事すんな?聞こえないねぇなぁ~個人の配信に負ける局にも原因と努力不足があるんじゃないですかね~?宣伝不足かな~?」

 

・煽る煽るwww

・まあ実際あっちは毎年やってるからなぁ。

・今年も今年でルドルフとラモーヌ、シービーの競い合い的な所あるしな。

・オグリ達もいるけどな。

・同時視聴で良くね?

 

「だって折角やるんだったら行ける所まで行きたいじゃん?という訳で今日の企画は~……メジロランページがウイニングライブ曲を歌っちゃいますwithトレセン学園生~!!」

 

企画発表にコメントと同時に見に来ていた生徒達も爆盛り上がり。新年早々ランページのライブを見られるというのもあるが、まさか一緒に踊る事が出来るのか!?という期待で胸が爆発しそうだからである。

 

「何だかんだで俺はこれまで無敗でライブは常にセンターだったけどさ、それでも歌えてない奴もあるんだよね。特にクラシックのWinning The Soulは個人的にも好きな曲だから歌ってみたいなぁ~と思ってたのよ。だから今日は新年スペシャルという事でそれを歌いつつもリクエストに応えて歌って踊っちゃいますって企画だぜな。身体は大丈夫なのかって?南ちゃんの許可がなきゃこんな事企画しねぇから安心しろい!!」

 

・うおおおおおおおおおお!!

・マジか!!トリプルティアラのwinning the soulが聞けるの!?

・お、俺NEXTが良い!!

・俺は本能スピード!!

 

「まあ皆の者落ち着きたまえ、まずはwinning the soulからだ。そして俺と一緒に踊って歌いたい人……手ぇ挙げて!!!!」

『はいはいはいはい!!!』

 

と次々と上がっていく手、中等部高等部問わずに手が上がって行く様はランページの人気故だろう。正しく選り取り見取りな状況で一体誰を指名するかと困っていると最前列でおずおずと手を上げているウマ娘を見て笑いながら言う。

 

「よしそれじゃあ―――そこと、そこのウマ娘カモン!!」

 

ランページが指名したのは―――ブライアン、そしてフジキセキだった。ブライアンは思わずガッツポーズをしつつも上がって行くがフジは指名されたのが信じられないと言いたげな顔をしつつ呆然としてしまっている。

 

「あ、ああっえっと……」

「ホラホラ指名されたよ!!」

「マーベラス!!行かないと!!」

 

マヤとマーベラスに背中を押されるように舞台へと上がったフジ。そんな彼女を待っていたランページは二人の肩を抱きながらも声を上げる。

 

「つう訳で、一緒に歌うのはこの二人だぜ!!自己紹介よろ~」

「え、えっと……ナ、ナリタブライアン!!来年デビュー予定で、お、おお、おね……今年デビューする姉さんと同じクラシック三冠路線予定です!!」

 

・おおっお姉さんがデビューするのか。

・じゃあそれにあやかりつつ応援の意味もあるんだろうなぁ。

・う~ん美しき姉妹愛ですなぁ。

・お姉さんって誰なのかな~応援したいな~

 

「サンキュブライアン、この子のお姉さんはリギルからデビュー予定だ期待しとけよ~?んじゃほれ」

「はっはい!!え、えっと……ちゅっ中等部のフジキセキです!!!が、頑張ります!!」

 

・初々しいですなぁ~

・中等部か~憧れの先輩と同じ舞台って感じか。

・頑張れフジちゃん~!!

 

「うしそれじゃあ行こうかい、ミスしても御愛嬌って事で頼むぜ、だけど心を込めて歌って踊るぜ、Winning The Soul―――行ってみよう!!」




ふいんき云々はネタです。

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185話

見つめる事が増えた、此処にいる時間が増えた、感じようとする時間が増えた。自分でも不思議だと思いつつも視線を投げかけ続けている。

 

「不思議な気分だぜ、落ち着きを覚えてんだからな」

 

自分は普通のウマ娘ではない、人間の魂が入っている。だが如何してそうなったかは分からないし今となっては興味も無い。自分はウマ娘としてこのまま生きて死ぬ、自殺を考えたランページにとってもそれが一番いいだろう、自殺なんて最大の敗北を考えた自分にとっての最大の勝利とは生を全うする事。そう、自分は既に負けている―――反論の余地もなく、突き付けられれば受け止めるしかないどうしようもない大敗北。

 

「無敗神話の王者……聞いて呆れる、なぁそうだよな三女神」

 

それに練習を含めれば自分は相当数負けている。ラモーヌにマルゼンスキーにカツラギエース、シンザン、相手が特殊だと言われればそれまでかも知れないが敗北は敗北だ。それが敗北でないというのでならば自分の自殺だって敗北には含まれない事になる。世間が如何思うかは勝手だが……ある種自分の行動は元々の自分への当てつけのような物なのだから。

 

「あっラン何やってんの?」

「何やってんのって言われてもな、唯ボ~っとしてただけだぜな」

 

やって来たライアン、結局今年もメジロのパーティには参加していないなと思った。今年こそは出るつもりでいたのだが……アサマから出なくていいというお達しがされたのである。

 

『もう少しで俗物共の始末が終わります、大事な時期を確り過ごしなさい』

 

というお言葉と共に通達が来たのである。どうやら本格的に俗物たちは駆逐されかけているらしくパーティで自分に取り入る事を考えている事をアサマが見抜きパーティ欠席を許可してくれた。そんな訳もあった訳で忘年会と新年あけましておめでとうスペシャル配信を敢行した。

 

「いよいよ海外遠征だね、何時から行くの?」

「ドバイワールドカップが3月だからな、2月か3月入ったら直ぐの二択だな」

 

記念すべき一発目はドバイワールドカップ、春のダート世界最強決定とも言われる国際競争。ダートは望む所だが、日本のダート事情は中々に特殊なので向こうのダートに脚を慣らす必要もあるので出来るだけ早めに向かって走っておきたい。南坂もそれには賛成してる、なので自分は直ぐにでも行くつもりがある―――が、まだ護衛兼トレーナー代理の選定が済んでいないしスーちゃんのスケジュール調整もあるのでまだまだ行けないの現状。

 

「海外かぁ~……アタシは全然考えた事なかったよ、凄いよランは」

「ハッそんな奴を救った奴の方がよっほど凄いと俺は思うけどな」

「―――もうその事は良いよ」

「一生言い続けてやる」

 

ライアンは困ったように笑いつつも分かった分かったと話を打ち切った。

 

「それでヨーロッパに行くんだよね、そっちは?」

「そうだな……そっちはドバイ終わったら割とすぐに行くと思うぜ」

「えっどうして?」

「向こうの芝に慣れる為にレースに出るんだ、折角向こうに行くんならキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスも外せねぇしな」

「それって……」

 

キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、それは凱旋門と同じくヨーロッパの最高峰のレースの一つとされるレース。時期も悪くない時にあるのでスケジュール的にも大丈夫だろう。かのエルコンドルパサーも凱旋門賞に挑戦する際には向こうのG2、G1レースに出た、今回は自分が先にそれを実践する事にする。

 

「何か壮大だなぁ……」

「お前も来る?」

「か、簡単に言わないでよぉ……海外遠征はそう簡単に出来る事じゃないんだからさ」

 

本当に簡単に言ってのけるのだから参ったものだ……だけど海外か……挑戦してみたくはないかと言われたら嘘になる。だけど自分の実力では届かない事は知っている、分かっている、無謀だと言われるのがオチ、それでも―――行きたいという思いがあるのも事実。走りたい訳ではない、彼女の隣で支えたい。過酷であろう海外遠征を自分が支えてあげたい……親友として、家族として支えてあげたい……いや無意味だ。

 

「んじゃさ約束、アタシは日本で大活躍するからランも頑張って」

「俺が頑張らないとでも思ってるのかね?心外だねぇ……頑張るに決まってんだろ、誰の想いを背負って走るって思ってんだ親友」

 

そう言いながらも力強い言葉と共に差し出して手を握り込んでくる、共に鍛え上げた筋肉の力は凄まじい。手を潰さん力が加えられるが自分も同じように力を込めた。ランページの海外でも走れるような力を注入する。

 

「じゃあ走って来るね」

「応、マックイーンぶっ倒すつもりで行けよ~」

「ハードル高いな~潜って良い?」

「Fly」

「跳ぶどころか飛べと!?寧ろ飛ぶのはランでしょ!?」

 

そう言いながらもライアンは走り出した、その足取りは重いながらも軽快だった。それを見たランページは瞳を鋭くした。

 

「あいつもかよ……何、流行ってんの?」

「あんたのせいやろがい」

「あらやだシンさん何時の間に」

 

近くで自分達の様子を見ていたか、シンザンが近づいて来ていた。ライアンの足取りの重さは紛れもなくシンザン鉄だった、音からして5倍シンザン鉄だろう、まさかライアンまで導入するとは……というか最近トレセン学園では練習の際にパワーアンクルを使用しているウマ娘がかなり多い、ブライアンなんて2倍を取り入れて自主練習をしていた姿を見た事がある。

 

「この前の配信でシンザン鉄使って練習してるって言ったじゃないか」

「言ったけど……言っちゃまずかった?」

「いやまずかない。それが原因って言ってるだけ」

「どんだけミーハーなんだよ怪我するから止めとけってちゃんと俺言ったぞ」

「だから、出来る範囲で取り入れてるからパワーアンクルなんだろうよ」

 

一応配信ではシンザン鉄導入の際の苦労も併せて語っているので安易にやるウマ娘はいない、その代わりにパワーアンクルなどで鍛える者が多い。ランページの力の秘密が分かればそれに肖りたいのは良く分かる気持ち。

 

「全く……んで何でシンさん居んの?」

「プレゼントだよ」

 

そう言いながらもカバンから箱を出した、開けて中身を見せてみると―――そこには新品のシンザン鉄が鎮座していた。しかも蹄鉄にはランページの名前が刻まれている。

 

「海外遠征のトレーニング用にって南坂トレーナーが特注したんだよ、んで折角だから届けてやろうと思ってね。感謝しなよ」

「へ~へ~……つうか、海外でもこれ使うのかよ……ぜってぇ変な目で見られるぞ……クレイジーって言われるんじゃねえかこれ……」

 

狂っている、確かにそうかもしれない。だが、正気にては大業ならず。何時の時代も次を切り開くものというのは既存の者達からすれば狂ったように見えるのが常、ならば狂ってやれば良い。タブーを自ら破り、狂っていると言わせればランページの勝ち、それでも面白いと向かって来る者が彼女の本当の相手だ。そんな相手に勝つ為がシンザン鉄だ。

 

「狂った暴君か……悪くねぇな、なんならシンさんも来るかい、海外」

「やなこった面倒臭い、スピード御大に任せて日本で寝てるさ」

「つれないねぇ……」

 

だがランページは感謝していた、これで海外でも自分を鍛えられる。苦しみを忘れる事をなく身に刻める……その苦しみを糧に、海外を制覇してみせる。



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186話

「はぁ~……」

 

この日、ランページは今日もシガーを吹かしていた。心なしか表情は憂鬱なのか暗い、これが本当に無敗神話継続中のレジェンドウマ娘の姿なのかと言われたら誰しも首を傾げる事だろう。そんな彼女に中等部のウマ娘達が近づくと一斉に声を掛けた。

 

『ランページ先輩受け取ってください!!』

 

大きな声とともに差し出されたのは可愛らしくラッピングされた箱、中には手紙も付いている物もありそれらが一斉にランページへと差し出されたのであった。それを聞くと一瞬で表情を作り直しながらもシガーを指で挟みながらのポーズを取って笑顔。

 

「これは嬉しいプレゼントを貰っちまったな。有難うな」

 

丁寧且つ望まれていたであろう返答をするとウマ娘達はキャ~キャ~言いながらも自分のプレゼントを受け取って貰える事に感激する。そして一通り感謝を言い追えると希望者にはツーショットなどを撮って上げたりした後に彼女達はホクホク笑顔で帰ったのを確認、そして誰もいなくなったことを確認してから再びシガーを吹かしながら溜息をつく。吹かし過ぎて鼻からも煙が漏れている。

 

「もう勘弁してくれねぇかな……マジで」

 

暦は1月を過ぎて2月に入った。2月に入れば何があるだろうか、フェブラリーステークス?ある意味正解だが違う―――乙女の聖戦(ジハード)、バレンタインデーである。女子校とも言えるトレセン学園にもそれはある。憧れの先輩などにチョコをなどを贈る日として存在している……そしてランページもその矛先を向けられる側になっている。

 

「アハハッ凄いねラン、さっきから凄い量渡されてるじゃん」

「去年はダート挑戦で色々忙しかったからスルー出来てたのに今年は全然だぜ……」

 

そんな風に声をかけるライアンも両手に紙袋を下げており、そこにはチョコが詰まっている。彼女も彼女でクラシック三冠な上にスポーティなお姉様として人気がある―――のだが、ランページの人気はそれ以上であり数えるのがバカらしくなるレベルで貰いまくっている。

 

「これ、マジで俺が食わなきゃダメなのかよ……糖尿病になるわ」

「アハハハ……アタシのはプロテインバーとかそっち系だから割と助かるけどランのは……ねぇ」

 

無敗神話の王者、姐御肌、男よりも男らしい、普段からの行いのせいもあってかランページの人気はルドルフすら越えている物がある。彼方も彼方で苦労しているらしいが……ハッキリ言ってもう発狂しそうな量を受け取っているのだが、一つ一つに思いが籠っていると思うと無下に出来ずに真面目に対応して受け取る自分がいる。

 

「つうかよ、手紙書きすぎなんだよ。なんだよ10個中6個は手紙付きだぞ、俺は郵便局じゃねえよ」

「大丈夫だよ配達してくれじゃなくて全部ラン宛てだから」

「良かねぇだろ!?」

 

手紙の殆どはファンレターで自分の活躍を応援している、海外遠征頑張ってください、憧れてトレセンに来ました、ダートに転向してました、ダート三冠目指しますEtc...ラブレターがない事が唯一の救い、いや確認しきれていないだけでありそうなのが怖い、主にフローラのが。

 

「呼びました?」

「呼んでねぇよってぇどっから現れたぁ!?」

「貴方宛てのチョコの山の中から」

「キモッ!?」

 

本当に山のように積み上がっているチョコの山から姿を現したフローラ、本当に彼女は自分に対しては異次元的な能力を発揮するようになってきてる気がする……アグネス冠のウマ娘は皆こうなのだろうか……いや、デジタルは一緒にしてはいけないなと思い直す。尚、フライトは知らない。

 

「まあ本当はこっそりと回り込んだだけですけど」

「だとしてもキモいわマジで!!お前もう砕け散れ!!」

「ちょっちょっとラン幾らなんでもそれは……」

「じゃあライアン、お前はいきなり俺の考えてる事を完全に当てた上でその理由を愛だと断言するウマ娘が怖くないと申すか!?」

「ごめん全力で怖い」

「ちょっとやめてくださいよライアンさんマジで引くのやめてくれませんか好い加減に泣きますよ私!!?」

 

つまりそう思われるような事を言っただという事を好い加減に理解して欲しい。

 

「ったく……んで何の用だ?俺はこのチョコを如何やって消費するかについて思案してるんだが」

「いや~その……私もチョコレートを持ってきたんですけど」

「お前のは断固として拒否する」

「何故ぇ!?」

 

これまで全ての贈り物を受け取って来たが、フローラのだけは受け取りたくはない。何故かと言われたら怖いから、その一点に尽きる。自分に執着し軽いヤンデレの域にまで入っているフローラのものは色んな意味で怖いのである。妹のタキオンから何かしらを受け取っていれているのでは……とも考えてしまった。流石にこれはないとは思っているが、一度考えてしまったが故に脳裏にそれがこびり付いて離れなくなった。

 

「まあまあまあまあ……ラン、ライバルからの贈り物だし受け取ってあげたら?」

「ライアンさん……流石心がお広い!!よっ筋肉の万国博覧会!」

「誰がボディビルの掛け声やれっつったよ。まあ、流石に受け取らないのもあれか……」

「やった!!はいそれじゃあ受け取ってください!!」

 

フローラは折角だからと箱を開けながら差し出された、が中身を見てランページはうわぁ……と言葉を失った。ライアンも顔が引きつっている。何故ならば……ハートの形に整えられた箱の中にはハート型のチョコレートがあり、真心と愛を込めて……と文字が書かれているのである。

 

「お前やっぱそっちじゃねえか!!」

「違いますこれまでの想いを込めて文章を書いたらこうなっただけです!!確かにランページさんの事は嫌いじゃないです、寧ろ好きです!!」

「フローラ……えっとその……うん、如何するラン、それ」

「……フローラ」

「はい?」

 

思わず彼女の肩に手を当てながらもそのチョコを手に取った、そして―――フローラの口に突っ込んだ。

 

「モガガアァ!!?ゴックン……何するんですかぁ!?貴方宛てのチョコを!?」

「いやそのお気持ちだけで結構ですのでお引き取り下さい、うん、愛ならいらないけど」

「全拒否されるどころかその場でクーリングオフされた!?」

「っていうかさ……なんか気のせいかな、なんかフローラ光ってない?」

「「えっ?」」

 

ライアンの指摘に思わず二人は声を揃えてしまった、そしてよく見ると……何故か、少しずつフローラの身体が発光し始め淡いオレンジ色の光を放っている。

 

「お前あのチョコに何入れた!!?俺に何を喰わせるつもりだった!!?」

「えっえっ!?市販のチョコしか使ってませんよ!?」

「でもそれならそうならないよね!?何かアレンジでもした!?」

「アレンジと言われても―――あっ」

 

そう言われて思い出した事があった。トレセン学園の調理実習室は使えなかったので自宅でやったのだが……その時にタキオンが手伝ってくれたのだ、だがその時だって何も変な事は……と思ったが、彼女が何かを入れていたのを思い出した。

 

―――何、隠し味という奴だよ。これで益々美味しくなるよ。

 

「……もしかして、あれ?」

「よし今直ぐにお前の家に行って妹問い詰めて来い。人体を発光させる何かって何だよシンプルに怖いわ!!?」

「というか救急車呼んだ方が良いのこれ!?」

「タキちゃん一体何を入れたのぉぉぉぉ!!!?」

 

 

「へっきしゅ……フフッどうやら姉さんが私の事を噂しているようだ。あの薬を摂取した感想を聞かないといけないねぇ……フフフフッ」

「……朗報、姉さん激怒しながら帰宅中だって」

「おや目論見が外れたね、姉さんが食べたのか。ハハハッあの人は手強いなぁ!!」

「タキちゃぁああああああん!!!」




「ううっお姉ちゃん怖かったよぉ……フローラ怖かったよぉ」
「よしよしお姉ちゃんが付いてるから大丈夫ですよ~♪」


「お、お姉様……ラ、ライスも贈り物を用意したの……で、でもチョコじゃなくて夕ご飯を作ったの。た、食べてくれる……?」
「ライス……お前は天使だ……」

クリークとライスにお陰でランページは何とか立ち直った。

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追記のアグネスネタ。
なんか、デジたんを育成してたら、間違えて長距離適性Fなのにダイヤモンドステークスに出走させちゃいました、でもなんか1着になりました。それで称号取れた、なん何この子。


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187話

ドバイ行きも迫る中、ランページは特に目立った特訓などはしていない。カノープスは基礎を重視するのもあってか日常的に行うものを淡々とこなすだけ、ランページの場合は特注のシンザン鉄をマスクをつけた状態で坂路を走る。他から見ればとんでもない位のトレーニングだが、慣れとは訪れる物でこの重い蹄鉄にもマスクによる心肺強化にも慣れている自分が居る、過去の自分が見たら嘘だろ……というのが目に見える。

 

「気付けばシンザン鉄マスク付きで坂路を駆けるのが当たり前になってしまったな……トレセンの龍の事言えねぇなこれじゃ」

 

ブルボンはブルボンで自分のメニューの監修をした黒沼トレーナーによって手直しされた基礎メニュー中心の練習を積み続けているらしい、しかもシンザン鉄も導入済みだとか……ブルボンにシンザン鉄、一体どうなってしまうのだろうか……今年のクラシック戦線は史実以上に荒れる事は確実だろう。そんな事を考えていると何やら練習場が騒がしくなってきた、取材に来ている報道陣が妙に大騒ぎをしている。

 

「うるせぇな……ちょっと注意してくるか」

 

取材に来るのはいいがマナーぐらい守れと言いたい、自分達の取材によって此方がペースを乱されたらそっちも迷惑する事が分かっていないのだろうか……自分の配信でそのことに触れて大いにマスコミ界を大炎上させてやろうかな、と考えながらも其方へと向かう。

 

「おいさっきからうるせぇんだよ、テメェらが思うよりこっちは健康なんだ少しはマナー守りやがれコノヤロー。でないと俺の配信である事無い事ぶちまけて大炎上引き起こすぞ」

 

それによってうるさかったマスコミ達が一斉に沈静化した。最早、ウマ娘のG1レース中継並かそれ以上の視聴者が居るランページの配信。その内容はその日の間処か配信中にネットニュースになって流される、そしてそれを多くの人達が見る。何せ、レジェンドウマ娘が頻繁に出没する化物チャンネルなのだから……最近は任天堂からの案件配信だっただろうか……。

 

「んで何で騒がしかったのやら……」

「はぁ~いランちゃん♪」

「あれま、スーちゃんじゃないの。どったのこんな所で」

 

そう、マスコミが騒いでいたのはスーちゃんことスピードシンボリ御大がいたからである。ウマ娘界の重鎮であるシンボリ家、その中でも特に力のある存在としてURAにも深くかかわっているウマ娘が居るのだからそりゃ騒がしくもなるかと納得する。そんなレジェンドをスーちゃん呼びしつつもお互いに楽しそうに手を合わせる、完全に孫と祖母の光景、これも本当の孫がやってくれない弊害である。

 

「やっと調整が付いたのよ、全く久しぶりに張り切っちゃったから肩が凝っちゃったわね。後で肩揉んで貰えないかしら?」

「どうせならシリウスにお願いしたら?」

「あらいいわねそれ、やだランちゃんってば天才~♪」

「ヤダ俺ってば天才~♪」

 

「っ!!?な、なんだこの悪寒は……!?」

 

「まあ本当のことを言うとね―――」

「ちょっち待って、そこにいる連中に聞かれていいん?」

 

と指を指す先にはマスコミ、一応自分のお気に入り出版社が大部分だがそれでも聞かれていい事なのかは確認しておかなければならない。流石はお気に入りだけあって、カメラを納め始めたりしているのだがそれを止める。

 

「大丈夫よ、どうせ公になる事だから」

「そなの?」

「ええ、だって予定が付いたから見に来たのよ。貴方の練習を」

「―――あ~そゆこと」

「そゆ事」

 

其れでは全く分からないと苦い顔を作っているのを見るとランページはマスコミの前に躍り出るといつもの調子で声を出しながらも発表を行う。

 

「さてさて皆々様、既にご存じかと思われますが私ことメジロランページは間もなく海外遠征を行います。ですが最愛のパートナー、南ちゃんにはカノープスの面倒を見るという大切な役目がございます。幾ら暴君やら独裁者と言われても大切なチームメイトたちのトゥインクルシリーズを邪魔してまでしようとまでは思いません、そこでトレーナーの代理を立てる事となりました」

 

その話を即座にレコーダーを回したりメモを取り始める、それを聞きつつも納得。それに海外挑戦するウマ娘に代理として別のトレーナーが付くというのは珍しい事ではなく海外でも取られる手法。なのでランページにもトレーナー代理が付くのも納得である、だがその人選に納得が行くかは別問題。彼女は今や日本という国を代表するウマ娘になってしまった、そんな者の代理を一般トレーナーに務めさせるわけにはいかない。

 

考え着くのはリギルの東条トレーナーやスピカの沖野トレーナーだが、彼らだってお抱えのチームがあるので海外に行けるわけがない。では一体誰が……と思った時、極めて自然にスピードシンボリの腰に手を回して抱き寄せ、抱き寄せられた当人は嬉しそうにしながらもランページに抱き着いた。

 

「っつう訳でトレーナー代理を引き受けてくれたスーちゃんです♪」

「引き受けたスーちゃんです♪」

『ええええええっっ!!?』

 

まさかすぎる宣言、そしてある意味最強のトレーナー代理。凱旋門賞に挑戦した数少ない日本ウマ娘の一人にしてシンボリ家の重鎮のスピードシンボリ、彼女が供をすることに文句を言える人物なんてそうは言えない。

 

「し、しかしスピードシンボリさんはトレーナー資格を―――」

「あらっ持ってるわよ?はいこれ」

 

そう言いながらも懐の高級そうな財布から取り出したのは紛れもないトレーナーの資格証とトレーナーバッチ。一体何時の間に取ったんだ……といいたくなったのを察したかのように語り出した。

 

「取ったのは随分昔の事よ、シリウスが海外挑戦するっていうから一緒に行ってあげようと思って受験したのよ。でもあの子がこれが自分の挑戦だから甘える訳には行かないって断られちゃったけどね……取っておいて正解だったわね、こうやってアーちゃんの孫の付き添いが出来るんだから♪」

「その為に練習見に来てくれたって訳ね、んじゃまず知っといて貰おうかな?」

 

ドスンッッ!!!

 

重すぎる音を立てながらも振り下ろされた右脚、単純に強く踏み込んだという訳でもない。唯脚を重量に任せて落としただけの事、それだけでこの音を立てる。それを聞いた者達が息を呑む中でスピードシンボリだけが何処か不敵で楽し気、そして炎を瞳の中に映していた。

 

「俺がやってる練習メニュー、数年かけて築き上げた物の重さをな」

「見せて貰うわよ、貴方が海外で通用する意味を」

 

二人は笑い合いながらもコースへと向かって行った、マスコミ達はそれ以上追いかけなかった。此処からは彼女らの世界だ、深入りする事は許されない。自分達がしていいのは……この高揚感を伝える事だ。




誘導式白羽の矢がシリウスに放たれる。

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188話

「―――はい、採点終了しました。全教科合格点どころか、90点台でした。御見それしました」

「どうも~こんな所で躓いて無理でした、なんて洒落にもならねぇ。会長のあれよりも吹雪かせちまうぜ」

 

とある教室でテストを受けていたランページ、教壇にはたづなが立ちながらも回収した答案の採点を終わらせた。見事なまでの点数に言う言葉が見つからない、減点も凡ミス程度だし注意を払えば間違う事も無い。故に教育機関としてのトレセン学園はランページの海外遠征の許可を笑顔で出す事が出来る。

 

「無敗神話継続中且つ成績も優秀、非の打ち所の無い生徒さんですね」

「いやいや、短期間にサーバー落としまくる奴が非の打ち所がないなんて事はねぇぜなたづなさん。これでも俺は自分の事を問題児だと思ってんだからよ」

 

これは真面目な話、本気でそう思っている。主にURAの胃を攻撃しまくっているウマ娘が品行方正な生徒とはお世辞にも言えない。

 

「そうですね、後はシリウスシンボリさんへの攻撃も止めてくだされば完璧ですかね」

「あれはシリウスパイセンに問題があると思うんですよ、自分の婆ちゃんの肩揉むのを嫌がる感覚ってのが俺からすれば理解不能だよ」

 

スピードシンボリことスーちゃんがランページのトレーナー代理として海外に赴く事が大体的に公表された事でスーちゃんは頻繁にトレセン学園に顔を出すようになった。その関係で孫であるルドルフはこれまで出来なかった分の会話分を取り戻す勢いで相手をさせられている。当人としては会わなかった理由がスーちゃんの多忙さを考えて遠慮していただけなので時間があると分かれば積極的にかかわっている、がその反面逃げ回っているのがシリウスである。

 

孫が大好きなお茶目なお婆様なスーちゃんに苦手意識を持つシリウスからすれば勘弁してほしいと言いたくなるような状態になっている。肩を揉む際も至るまで遠慮という名の拒絶をしまくっていた。まあ結局は逃げ切れずにやった訳だが……

 

「そんなに嫌かね、婆ちゃんの肩揉みって?」

「さあ……私は何方かと言えば触れ合える事は嬉しいと感じる方ですから」

「だよな~……触れ合える内にやっとくのがいいに決まってる」

 

シガーを銜えながら呟くランページにたづなは少しだけ、表情を曇らせる。ランページには既に血の繋がった身内というのは叔父と叔母しかいない、祖母と祖父も幼い頃に亡くなっている。加えて最初こそ面食らったが今ではスーちゃんとは仲良しなのでシリウスのそれは全く理解が出来ない。

 

「まあ兎に角、これで俺は気兼ねなくスーちゃんと海外旅行に行けるって訳だ」

「遠征ですよ許可したのは」

「分かってる分かってるって」

 

今回受けた試験は海外遠征に行く間の単位免除の為の物。ドバイだけではなくヨーロッパにも遠征予定なランページはその間の単位が取得できない、なので今の内に免除試験を受けた。結果は前述の通り、学校としてのトレセン学園からの許可もバッチリと取れた。一応南坂に報告をしなければならないと部室へと向かって行く。

 

「頑張ってくださいね、ランページさん」

「応。期待しててくれ」

 

そんな声援を背中で受けて教室を出る。誰かに絡まれないように足早に行くと部室にはスーちゃんと南坂が何かを話し合っているようだった。

 

「やっはろ~何の話してんのお二人さん、嫉妬しちまうじゃない俺も混ぜなよ」

「大した話をしている訳ではありませんよ。スピードさんにこれまでの練習メニューをお見せしていたんです」

「あらっ貴方もスーちゃんでいいのよ南ちゃん」

「いえ流石に勘弁して頂けると……」

 

流石の南坂でもそれは気が引ける模様、寧ろ気兼ねなく、当たり前のようにスーちゃん呼びするランページが可笑しいとも言える。そんな二人がやっているのはスーちゃんが行うトレーナー代理への情報共有。ドバイやヨーロッパでは御大に練習を見て貰う事になるのだからこれまでの事も確りと共有する為の集まりだった模様。

 

「練習は変わった……って言おうと思ってたのにあんまり私の時代の時と変わらないのが意外ね。寧ろシンザン鉄の事を踏まえたら寧ろ逆行してる感じかしら?」

 

驚いたのは自分の時代のメニューとそこまでの劇的な変化はない事。所謂応用的な物が余りなく、基礎を重視する為か寧ろ逆行するようなメニューが羅列されている。シンザン鉄なんて最たるものだろう、遺物として扱われる物を使って最先端の無敗神話を描くとはなんというロマンだろうか。

 

「これなら私でもなんとかなるわね」

「元から心配はしてませんけどね」

「ホンマ言ってくれるよ、ああそうだ、試験は無事に合格だったから」

 

それを聞いても南坂は特に顔を色を変えなかった。元からランページは成績がいい方だから間違いなくパスすると踏んでいた。

 

「んで南ちゃん、俺の護衛は目途着いたの?もう直ぐドバイ行きだぜ」

「ええその辺りはご心配なく、とっておきの人材を見つけておきました」

「何だろうな、南ちゃんの口からとっておきとか言われるとスゲェ怖い気がするの俺だけかね」

 

大統領からも信頼される元FBIの口からとっておきと言われると色んな意味で凄い事になりそうな気がしてならない、海兵隊でも持ち出すのだろうか。どこぞのラグビー部を指導するみたいな感じなのだろうか、そんな考えで本場の罵倒を聞いてみたい気持ちは無くは無いが……

 

「実は打診をしたら是非と立候補する人が絶たなくて……」

「あらランちゃんってば大人気ね♪」

「これも配信やったツケかな~……こうなったのは私の責任だ、だが私は謝らない」

「乗るわよ?」

「ランページさんストップです、スピードシンボリさんに何言わせる気なんですか」

 

揃って顔を反らしながらワザとらしく舌打ちをする二人、一体どれだけ仲良くなっているのか……本当の孫と祖母よりもずっと仲がいいのではないだろうか。

 

「ですが何とか絞り込みました」

「それってウマ娘なん?」

「一応何方もリストアップしてますよ、まあそうではなくても条件付きの一対一ならばウマ娘にも勝てる人を用意してます」

「どんなバケモンだ」

 

一対一ならばウマ娘に勝てるというのは人間として考えると余りにも破格すぎる戦闘力ではなかろうか……伝説の傭兵でもいるのだろうか、それとも髭がトレードマークなイギリス人だろうか。

 

「現地で合流予定ですので楽しみにしておいて下さい」

「何だろう、誰なんだろうと思う反面どんな立場の人間なんだろうって怖さもあるわ」

「もしかしてあれじゃない、ほらFBIとかCIA直属の特殊部隊とかブラックオプスに従事してた軍人とか!?」

「何でテンション上がってんのスーちゃん、どこのCODだよ」

「候補の中には元が付きますがNavy SEALs隊員もいました」

「世界最強の特殊部隊じゃねえか!?国を守れよ俺じゃなくて!!」




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189話

「ハッハッハッハッ!!」

 

早朝、まだ日も完全に登り切っていない朝早くにウマ娘走行レーンを駆ける姿があった。レーンを駆けるのはトウカイテイオー、昨年の無敗の三冠ウマ娘。そんな彼女は休養期間が終わってから毎日早朝の走り込みを行っていた。

 

「う~ん……なんか違うんだよなぁ……ランページのはもっとこう、全身がガッチリ一つになってた感じなのに……何が違うんだろ?」

 

長距離レースに向けてのスタミナづくりというのもあるが、打倒ランページの為に研究していた彼女の走りの更なるパワーアップ。全身を一つにして疾駆する走法はテイオーのステップの泣き所、膝への負荷を大幅に軽減させてくれる上に走りのレベルを上げる正しく求めていた物。トレーナーと見つけた時は本当に大はしゃぎだった。

 

本格的にその走法を始めた秋華賞からのレースを徹底的に研究して、その走法を身体に叩きこんだ。そして出来るようになった、沖野からは乾いた笑いを向けられた。確かに焚きつけはしたが、此処まで出来るとは思っていなかったらしい。だからこそ、その元祖というべきランページに負けた自分がすべき事とはその走法の強化なのだ。

 

「やっぱり一回聞くべきかなぁ……でも自分でやれる事はやった方が良いし……」

 

自分の走りはランページの走りの真似事の域を出ないレベルでしかない、完全な下位互換。この先のレベルアップには如何してもランページに直接指導を受けるか話を聞くしかないのだが……間もなく彼女は海外に行ってしまう……そのためにスピードシンボリと練習をしている彼女の邪魔は出来ないとテイオーは自分の力で何とかしなければと頑張っている。

 

「ン、何やってんだお前」

「えっランページ!?」

 

突然声を掛けられたと思った先に目を向けると、そこには青い車に寄り掛かるようにしながら水を飲んでいる件のウマ娘、ランページがいた。汗だらけになったマスクを外しながらも新しい物を取り出そうとしている彼女に思わずテイオーは駆け寄った。

 

「ランこそ何やってんの?」

「お前と同じ朝練に決まってんだろ、じゃなきゃこんな時間に居る訳ねぇだろ」

「ああまあ、そっか……」

 

曰く、夏休みの合宿でシンザンとやったメニューを自主練にして朝早くに起きて走っているらしい、そのメニューはシンザン鉄とマスクを付けた上での山登りである。それを聞いてテイオーは思わずワケワカンナイヨー!!という甲高い声を上げてしまった。此処が山の駐車場だからよかった物の普通ならば苦情物である。

 

「俺の走りの特訓って所か」

「えっ何で分かるの!?」

「有でのあれはまだまだだったからな、それを仕上げてシニアでも戦い抜こうってのは見え見えだぜ」

「あちゃ~……それじゃあもしかして……」

「聞きたいんだろ、如何やるのか」

「……うん」

 

控えめな声でテイオーは頷いた。意地を張ってもしょうがないと観念したようでもあった。年度代表ウマ娘の授賞式でもテイオーは聞こうとは思っていたのだが……ドバイに向けての追い込みをしたいという理由で授賞式はランページは欠席していた。その代わりの記念配信を近々する予定、尚、また勝負服を送られたのだが……まだ見ていない。

 

「教えてやりたいのは山々なんだけどな……俺の一存じゃ無理だ」

「何で!?教えてよ~僕の師匠になってよ~!!」

「お前はターボか……あいつと似たような事言いやがって……単純な話だ、あの走りはモンスニーさんに教えて貰ったもんだからあの人の許可がないと俺も無理だ」

「ピェッ!?モンスニーってあの怖いメジロのウマ娘!?」

「怖いってお前……まあ大体合ってるが」

 

まあ確かに雰囲気は怖めだし顔もどちらかと言ったら厳つい方に入るので怖いウマ娘と言ったらその通りだろう。当人にこの事を言ったら確実に凹むだろうが……。

 

「俺が仲介してやってもいいんだが……モンスニーさんが教えてくれるかどうか保証出来んな」

「ランが教えてくれればいいじゃん~!!」

「あほたれ、俺はもう直ぐドバイに行くんだぞ。時間がねぇよ」

「あっそっか……」

 

それじゃあモンスニーにお願いするしかないのかなぁ……と溜息を漏らすテイオー。その姿を見るランページはある事を想いながらも、シガーを銜えて煙を吐く。

 

「どうしてもって言うなら俺が頼んでやってもいいぜ」

「ホント!?」

「ああマジだ、その代わり―――あの人はキツいぜ~その覚悟はあるか?」

「あるっ!!」

 

即答且つ真っ直ぐと自分の瞳を見つめ返してくるテイオー、淀みも揺らぎも無い綺麗な瞳にランページは思わず魅入る。

 

「ボクは君に負けた、でも負けて凄い物を貰えた。ボクはもっともっと、走っていける。その為にならボクは今の何倍だって努力して見せるよ、そして―――何時か君に勝ってみせる」

「良い啖呵だなテイオー、お前も何れ海外に挑め。名実ともに皇帝を越える帝王になる為にな」

 

それを聞いた瞬間、これまで感じた事ない程の武者震いをしてしまった。自分が憧れの会長を、シンボリルドルフを越える……何処か漠然と目標というか、絵空事でしかなかった言葉が今では間近に思えている自分がいる。

 

「お前は確実に皇帝を越えられる、無敗の三冠になってお前は会長に並んだ。なら次は越える事を目標にすりゃいい、その為なら力を貸してやる。如何だ?」

「ボクが会長を越える……」

 

テイオーにとってルドルフは絶対的な存在だった。心の中に常にあった夢その物、今、自分はその夢と肩を並べられるところまで来ているのだとランページの言葉でそれを自覚する。皇帝を越えた帝王……それになりたいと心の奥底からの欲求が沸き上がって来るのを感じた。

 

「越えたい、いやボクは越える!!カイチョーを越えてみせる、それでボクが帝王だって知らしめる!!」

「良い答えだ。モンスニーさんには話を通しておく、そっからはお前次第だけどな」

「頑張る!!」

 

それを聞くとランページは酷く安心したように煙を吐いた、心の落ち着けるハーブシガー、この時程美味い瞬間も無かった。

 

「頑張れよテイオー」

「頑張って来てねラン!!」

 

二人は手を打ち鳴らした、そして―――遂に、ランページは世界へと飛び出す。




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190話

メジロランページ―――いよいよ世界へ!!


夢を見ている、そう言う自覚がある、偶にある感覚だがこの時ばかりは不思議と夢とは思えぬ感覚があった。空の上、雲海の上を走っている自分がいる。走れる訳もない大地を駆ける。正しく夢の世界、柔らかいのに確りと蹴れるという二面性、そこを走り続けている自分メジロランページ。何処まで走っても見えるのは雲の大地、自分の知っている世界ではない―――ただ一つを除いて。

 

「さっさと出て来な、何時まで俺を走らせるつもりだ」

 

その言葉に雲の一部を突き破って光を背負った影が見えた。後光を纏った姿は何処か神々しい。

 

『何時から分かっていた?』

「最初から。飽きて声掛けて来るのを待ってたのにこっちが折れちまった、んで何の用だ―――。」

『なんだお見通しだったのか……唯の応援だよ』

 

刹那、その光は自分の傍を駆け抜けていく。まるでついて来いと言わんばかりに、その行いに思わず口角を持ち上げながらも走り出していく。ウマ娘としてそんな行為をされたら追いかけない訳には行かない、逃げ切れるのならば逃げ切ってみるといい。

 

「何処の誰かが知らねぇが、やるねぇ!!」

『まだまだこの位で喜んで貰ったら困るな、お前はこれから世界と争う、俺程度で満足するな!!』

 

そう言うと、光は更に加速していく。同時に自分に呪縛を与えて行った。だがそれはワザとだと分かる、自分に本気を出させる為の行いだと……何とも生意気な行為だが、ある意味公平とも言える。ならば答えてやると言わんばかりに本気の領域に踏み込んだ―――

 

 

 

「ランちゃん、ランちゃん」

「―――ふぇ……?」

 

身体を揺さぶられた事で目が覚めた、瞼を起こすと真っ暗闇が広がっているのだが、隣に座っていたスーちゃんによってそれが開けられる。

 

「何時の間にかぐっすりだったわね」

「寝る気は、なかった筈なんだけどな……悪い、水貰える?」

「承知いたしましたお嬢様、只今お持ち致します」

 

乗務員が飲み物を取りに行く、今乗っているのはメジロ家が所有しているプライベートジェット。それに乗って自分は遂に世界へと飛び出す事になった、目指すはドバイワールドカップが開催される国、ドバイ。時差対策の為に現地で寝る為に飛行機で寝るつもりはなかったのだが……スーちゃん曰く1時間ぐらい寝ていたらしい。

 

「緊張しちゃってるのかしら、ランちゃんも緊張するのね」

「あのねスーちゃん、俺だって緊張は当たり前のようにするのよ。聖蹄祭じゃそりゃもう酷い緊張の中だったんだから」

「フフフッそれは失礼、でも楽しかったでしょ?」

「心臓止まるかと思ったわ、ハートブレイクだよ」

 

持って来て貰った水でのどを潤す、気付けばあと数十分でドバイに降り立ってしまう。そんな時間の最中に自分は眠っていたようだ、それにしても妙な夢だ……と自分で思うが一体あれは誰だったのだろう。

 

「どんな夢を見てたの?」

「さあ、俺が見てた夢は分からないけど―――これから俺は夢を見せる、こっからが始まりだぜ」

 

いよいよ降り立ったドバイの大地、ウマ娘としては初めての外国、ヒトソウル時代には海外出張やら行かされた事もあるのでその辺りの経験も使ってドバイの環境になれるように努力するとしよう。入国手続きや手荷物を回収してロビーへと出るとそこでは矢張りと言わんばかりの光景があった。大量のマスコミの登場である。

 

「あっ遂に来たぞ!!」

 

その言葉を皮切りに、自分を待ち受けていたと言わんばかりに取材陣が一気に迫って来るのだが―――それを遮るように黒服の一団が自分とスーちゃんとマスコミを切り離すように展開された。それに思わずファインのSPを彷彿させたのは当然の事だろう。

 

「ちょっ何だアンタら!?」

「取材を、是非お願いします!!」

『一言、せめて一言!!』

『調子如何なんですか!?』

 

どうやら日本だけではないらしい、様々な言語が飛び交っている。分かるだけで英語、フランス、ドイツ、イタリアだろうか……他にもドバイの現地と思われる者も居る。そんな者たちを屈強な黒服たちが動じる事も無く通さない。何とも頼もしい。

 

「正に肉の壁ね」

「スーちゃん、此処横浜じゃねえんだわ」

「それじゃあ芝浦?」

「風間組でもねぇわ」

 

本当にこの御大はネタのカバー範囲が広いというかなんというか……だからこそ話が合うのだが。そんな中、黒いスーツに身を包みながらもサングラスを装備した一人の男性が自分達に頭を下げて来た。

 

「メジロ、ランページ様とスピードシンボリ様、でスね?お待ちシてオリました」

 

発音が何処か不慣れなのか少し片言になってしまっているが、ちゃんとした日本語で語り掛けて来た。その男性はサングラスを外すと人のよさそうな笑みを浮かべながら頭を下げて来た。

 

「ボクはエリック・S・キャンベルと言います。お二人のBody guardをお願いされました」

「あれま、んじゃあんたが南ちゃんが手配した護衛って事なん?」

「Yes.宜しクお願いシマす」

 

素直に握手に応じるとフラッシュの光が黒服の隙間から漏れるように自分達を照らす。そんな彼にスーちゃんも手を差し出すとエリックは握り返す。

 

「黒人さんなのね、フフッ日本語御上手ね」

「有難ウ御座イます。ボク、南にお世話ニナッテ、何時カ、日本に住みタいと思っテ勉強中なんです」

「中々に上手だぜ、良い身体してるし気軽に話せて頼りになるって最高の護衛だな」

 

流石に自分一人では何かあった時に対応しきれないという事で纏まった人数を連れて来たとの事、元々いた仕事場の友人や今の職場から選抜されたメンバーとの事。勿論南坂の審査も入っているので問題はない。

 

「ソレでは、レース出場者の宿泊ホテルへトお連れしまスね」

「応頼むぜエリちゃん」

「エリちゃん……早速ランページさんからNicknameを貰えタね!!これは自慢出来ルね!!」

 

頼りになる護衛をリーダーにした黒服たちに警護されてそのまま車へと乗り込んでホテルへと向かうランページ、その一糸乱れる事のない統率の取れた動きにスーちゃんも感嘆の息を漏らした。

 

「これは頼りに出来るわよランちゃん、中々の手練れよ彼ら」

「それはそれで心強いんだけどさ……何やってる人ですかってすげぇ聞き辛い……」

 

軽くエリックの身体を叩いた時にその肉体に触れたが、まるで鉄でも叩いているかのような硬い筋肉の鎧に覆われていた。条件付きとはいえウマ娘にも一対一で勝てるというのも納得出来る。さてとならば自分はドバイのレースに向けての準備をしなければ――

 

「ホテルに着いたら何をするランちゃん?」

「そ~だな……時間もいい所だし飯食って寝るかな」

「あら、寝ちゃうの?」

「時差ボケ対策って奴だよ、現地の時間で寝るのが一番いいんだ」

 

此処から、自分の世界挑戦を始めよう。




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191話

ワールドカップの名を冠するレースを開催するドバイワールドカップミーティング、その中でも最後の大取を飾るのがランページが出走するドバイワールドカップ。その他にもレースが行われるがそのどれもがG1とG2だけで構成されている。そんな舞台で走るウマ娘を迎えるホテルは絢爛豪華、その一言に尽きる。超一流のホテルはメジロ家の豪邸よりも金が掛かっている、流石に比べる対象を間違えてると言われたらそこまでだが……。

 

「にしても流石はドバイ……富豪の国ってイメージは強ち間違ってなかったな」

 

タックス・ヘイブン。ドバイに富豪が多いのは税金が掛からないからとされている、それ故かこの高級ホテルの敷地内にはウマ娘用の芝ダートコースが当然のように完備されている。レース目的で招待したのだから当然と言えば当然かもしれないが……こんな国で自分は走るのかと思うと何とも言えない気分になって来る。

 

「……ああそうか、そう言う事か……」

 

胸の内に沸き上がって来た何とも言えない感情、この国に降り立った時から何となく感じていたそれの正体が漸く理解出来た。それは孤独感だ、これまで自分は生まれ故郷である日本でしか走った事がない、そしてホームである国の風土、人、文化があったが此処にはそれがない。そして周囲にいるウマ娘は当然のように海外の者ばかり、それで心が揺れている。シガーを取り出して咥える。

 

「寂しいねぇ……今更過ぎんだろ感じるの、孤独孤立孤高、上等じゃねえか。こちとらそういう風に生きてた時期もあったウマ娘だぜ、そう言うのには強いんだ。それに―――今の俺は一人じゃねえしな」

 

煙を吐き出しながらも決意を新たにする。今の自分は孤独なんかじゃない、心強い味方だって居るのだから。そう思いながらコースを眺めているとウマ娘がコースを走っているのが見えた。自分以外のドバイ入りしたウマ娘だろうかと視線を向けた。

 

「―――速いな」

 

一瞬で瞳の色が変わる。コースを走っている全員が速い、しかもダイナやセイバーとは別の強さを感じさせる走りをしている。彼女らだって自分の目から見ても世界で通用するとは思うが……世界にはそれと戦えるだけの強いウマ娘がいるというのも事実だったという事だ。

 

「ジッとしてるのは、性に合わねぇな」

 

シガーを消しながらも早速着替える事にした、トレーニング用のシンザン鉄も確りとバッグに収めると同室のスーちゃんに一言言ってから部屋を出る。

 

「俺ちょっち走って来るわスーちゃん、下のコースに居るから」

「我慢出来ないって所かしら、無理をし過ぎちゃ駄目よ。エリックさんには私の方から言っておくから」

 

許可を貰った所でエレベーターに乗り込む、世界のウマ娘と戦う……ジャパンカップでも感じたが如何にも身体が疼いてしまう。こんなにも自分は好戦的な性格だっただろうかと自問したくなる。だがそう感じるのだからしょうがない、走りたいのだ、自分は。そんな思いを抱きしめながらもレース場へと顔を出した―――瞬間に一斉にこちらに視線が向いた気がした。

 

「あれま、俺ってば有名ね」

 

その視線に動じる事も無く歩き出す。配信者としてもウマ娘としても破格的な知名度を誇るランページ、そんな彼女が調整の為に作られたコースに現れれば当然視線を集める。ドバイワールドカップミーティングの関係者、そしてそれに出走するウマ娘からも。

 

『―――日本の暴君か』

 

その言葉に思わず肩を竦めた。此処でもそんな風に呼ばれるか、まあランページなんて暴れ回るという意味の名前で王者として君臨すればそう呼ばれるのも必然ではあるのか、と勝手に納得しながらも振り返る。そこに居たのは美しい金髪を靡かせながらも何処かクールな印象を受けるウマ娘。

 

『まあそう呼ばれる事はあるな。其方さんは?』

『アルカンシェル、アメリカから来た』

 

その名前には聞き覚えがある、アンブライドルドとの会話で覚えがある。彼女曰く自分と似ているタイプのウマ娘、単純な二刀流だけではなく様々な距離にも適応する勇者の素質を持ったウマ娘、しかし酷い無口で何を考えているのか分からないとも言っていたような気がする。そんな彼女はそっと手を差し出してきた。

 

『……負けない』

『そりゃどうも。生憎俺も負ける為に此処には来てない』

 

手を握り返す、確かに口は少ないが言葉の一つ一つには熱が込められている。寡黙で近寄りがたいが、実際には静かに燃える熱血系と言った所だろうか。不思議とシンパシーを感じる、そんな最中に後ろから思いっ切り誰かが抱き着いて来た。

 

「ハァ~イジャパニーズタイラント!!」

「俺のニックネームタイラントで決定~?コート新調しねぇといけねぇじゃん」

「何それ~?」

 

と気付けば日本語で会話していた、振り向くと鮫の背びれ、首元に鮫顎の骨格標本というなんとも鮫々しい格好をしたウマ娘が腰にまで届く黒髪。前髪に緑のメッシュが所々入っている黒髪を靡かせているウマ娘を引き連れていた。

 

「会いたかったよ~私はバニッシュ・アウト!バニーって呼んでね♪」

「ウサギなのかサメなのかウマ娘なのか一つに絞れ」

「同感だ」

「バニーは愛称でサメは趣味なウマ娘なだけだよ~配信いつも見てるよ~」

 

どうやらリスナーらしい、そう言えばいつもスパチャを飛ばしてくれる中にシャークという名前があったがもしかして彼女なのだろうか……そして隣のウマ娘はギロリッという擬音が付きそうな程に鋭い瞳を此方へと投げ掛けて来る。

 

「メジロランページ……私はお前に勝つ、それだけを伝えに来た」

「俺が勝つ。俺はその言葉にはそう返すだけだ」

「レースで確かめさせて貰う、俺はヒューペリオン。お前に勝つウマ娘だ」

 

そう言い残すとヒューペリオンはコースへと入ると走り始めた、それに続くようにバニーも手を振りながらも追いかけて行った。仲がいいのだろうか……それともバニーが絡んでいるだけなのだろうか……何とも言えないが二人も二人でかなりの強敵なのだろう。

 

「世界にはいろんな奴がいるもんだな……なら俺も俺を見せるとするか―――何せ俺はランページだからな」

 

そう言いながらも、敢えてシンザン鉄を使わずに走り出していく。それを見て皆は何を思うのか、どう思うのか彼ら次第。既にランページにとってはこれからのレースが楽しみでしょうがなくなっていた。




不知火新夜様よりアルカンシェル、ムッシー様よりバニッシュ・アウト、琴葉あきゅぅ様よりヒューペリオン、を頂きました。有難う御座います!!

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192話

練習コースを疾駆するランページ、その姿を見つめる視線の数は多い。知名度の事もあるが彼女が今走っているのはダートの坂路、キツいメニューの筆頭とされる坂路を既に何本もこなしている。しかもマスクを装着した上でのそれなのでその注目度は普通のそれではない。

 

『なんだあれは……マスクを付けた上であのスピードで坂路を駆け上がるのか……!?』

『動画サイトに彼女の練習風景という物が流れていたりするが……あれは本当だったという事なのか……』

 

トレセン学園ではブルボンというある種彼女以上のスパルタメニューに取り組んでいるウマ娘が居るので自分のこれはそこまで目立つ事は無かった……いや、シンザン鉄云々を明かしてからは騒がれた。それでも日々の積み重ねもあるだろうがそこまでではなかった、こんな風な反応を向けられるのは極めて新鮮である。

 

『あのようなメニューではレースが始まる前に潰れてしまいますよ!?』

『大丈夫よ、山登りに比べたら楽なもんだって言ってたし』

 

善意でそう声を掛けてもスーちゃんは方針を一切変えない。普通のウマ娘ならば潰れてしまうというのは正論だがドバイに来るまでトレセン学園でランページのメニューを見て来た彼女からすればこの程度は問題ない。

 

「にしてもドバイは暑いなぁ……日本だとまだ肌寒い頃だろうよ今の時期って」

「そうね、現在気温は28度。日本だと7月辺りの気温になるわね、でも元気そうでいいわねランちゃん」

「この程度ならまだまだ平気よ」

 

ヒトソウル時代もそうだが、メジロになる前の住居にはエアコンなどを動かす余裕も無かったし扇風機も無かった。それでも働かない訳には行かないと走り回っていた、その時の苦しみに比べたらこの程度の暑さなど苦にもならない。だがスーちゃんはそうはいかない、ウマ娘は暑さにはそこまで強くないしスーちゃんは孫もいる歳、日本との気温差が身体に響いているかもしれない。

 

「まだまだ大丈夫よ、塩キャラメルも持って来てるし心配されるほど老いてないわよ」

「これは御無礼致しましたマダム―――んでさスーちゃん」

「そうね、そろそろいいかしら」

 

許可が下りずに溜息を漏らす、ドバイに来て間もなく1週間になるがランページはまだ一度もシンザン鉄を用いたメニューをやっていない。既に暦は3月、後3週間もしたら本番のレースが待っているのに中々許可が下りない事にランページは不満を漏らしていたのだが、漸く下りた許可に拳を打ち鳴らした。

 

「そろそろドバイの気候にも適応した頃の筈だし、元のペースに戻してもいい頃だものね。ランちゃんってばシンザン鉄が使いたくてうずうずしてたなんてそんなに好きなの?」

「好きって訳じゃねえけどさ、普段から使ってたから変な気分になるんだよな。シンさんが普段使い用に軽めのシンザン鉄を作って貰った気持ちが分かったぜ」

 

好き嫌いの好みの問題ではない、身体に染みつくのである。次第にその重さに安心感と自信を見出すようになっていく、これによって今の自分がある、走りがあると思うとレースの時の軽さはその時だけで良くて後は重い方が落ち着くようになっている。そして了解を得てから靴の蹄鉄を外してシンザン鉄を打ち直す事にする。

 

「此方ノ蹄鉄、ドウします?」

「あ~そうだな……俺の配信でドバイで使った蹄鉄プレゼントキャンペーンでもやるかな」

「応募方法は」

「欲しいのか……エリちゃん」

 

速攻でメモ帳を取り出してペンを構えるエリック、なんだか昔のTVの懸賞やらに応募しようとした時の事を思い出す。兎も角それは後にしようと思いながら打ち直しを行っている影が生まれて急に涼しくなった。顔を上げるとそこには一人のウマ娘が此方を見据えていた。エリックが間に入ろうとするのを手で止めると彼女は語り出した。

 

『日本の暴君、まさか君の戦う舞台が日本のトレセンではなくドバイの舞台になるとは思いもしなかった。いや君の実力を加味すれば此処に立っているのは当然の結果だろうし必然だというべきなのかな?』

『どいつもこいつも暴君暴君って、本格的にコート新調コースか?』

 

困ったような顔を作りながら上げてみるとそこに居たのは自分ほどではないがウマ娘としては高めの身長、サイドの髪を編み込んで後ろに流している鹿毛のウマ娘は何処か嬉しそうな顔を向けて来る。そして何処かワザとらしく礼をする。

 

『これは失礼、噂名が高きメジロランページと会えてボクも少々興奮してしまっているようだ。ボクはアイリーン、君と同じドバイワールドカップの出走ウマ娘さ。つい、蹄鉄を打ち換えている君の姿が目に入ったものでね、それが噂に聞く日本の重量蹄鉄という奴かな?』

『そんな所だな、その為だけに話しかけたのか』

『フフッ君程のウマ娘が大事そうに蹄鉄を扱っているのだよ、しかも随分と重そうだったからね。気になるのは当然さ』

 

何というか、ドラマに出て来る探偵のような喋り方という印象を受ける。個人的には探偵より刑事コロンボの方が馴染みがある。

 

『折角だ一緒に走るか、つっても坂路だけどな』

『君程のウマ娘に誘われるとは、是非お願い―――』

 

『遂に見つけたぜぇ!!!』

 

一緒に練習に向かおうとした所にバカにデカい声を張り上げながらやって来たウマ娘が居た、それは自分を見つめると極めて好戦的な笑みを作りながらどんどんと此方へと迫って来る。何というか、気が合いそうな感じはする。へそ出しのチューブトップにホットパンツという衣装とその獰猛な肉食獣を連想させる笑みには女らしさの欠片も感じない。

 

『よぉっ探したぜ、テメェがジャパニーズタイラントのランページだな』

『暴君ねぇ……あんま呼ばれ慣れちゃいねぇがそう呼ばれる事が多いのは確かだな。如何にも俺がランページさんだが、其方さんは?』

『ハッ耳かっぽじって俺の名前を覚えな、シュタールアルメコア、今日ドバイ入りしたテメェの無敗神話を終わらせるウマ娘だ!!』

 

コース中に響く様な大声量で叫ぶシュタール、不敵且つ勇ましい表情、個人的には日本のダートウマ娘を思い出すような勢いがあって個人的には彼女と仲良くなれそうな気がする。

 

『シュタールアルメコアか……だったらその名前を覚えさせるぐらいにインパクトある走りを見せてみな、これから走るんだが一緒に如何だ』

『そりゃいい、願ってもねぇ誘いだ。独裁者 メジロランページ、練習だろうが何だろうが関係ねぇ、負ける準備は良いか』

『ぬかせ、アイリーン構わないか?』

『勿論。しかし自信がないのかな、声の大きさにそれが現れているのかな?』

『ア"ア"ン!!?喧嘩売ってんのかテメェ!!』

『いきなり喧嘩してんじゃねえよ』

 

獣と同じようなグルルルという唸り声をあげてアイリーンを威嚇するシュタール、なんというか此処まで荒っぽいウマ娘も初めてだ。気性で言えばエアシャカールよりも荒っぽいのではないだろうか……。

 

『というかシュタールさんよ、ドバイ入りしたばっかなのに走っていいのか。トレーナーの許可とか』

『良いんだよンなもん、座りっぱなしで身体が鈍ってんだ。解すのにちょうどいいってもんだ、後さん付けなんかすんな気持ちわりぃ、俺の事はアルで良い』

『あいよアル』




幽姫兎様よりアイリーン、マイスイートザナディウム様よりシュタールアルメコアを頂きました。有難う御座います!!

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193話

『だぁぁぁぁバケモンかよおまえぇ!!』

 

ドバイの最高級ホテルに備え付けられたウマ娘の練習コースにそんな大声がこだました、普通ならば迷惑に思うかもしれないがそれには同意の意見を浮かべている者も多かった。何故ならばそんな大声を上げたウマ娘はドイツ出身のウマ娘、ドバイワールドカップに出走予定のシュタールアルメコア、その隣では同じように荒い息をしながらもマスクを外しながらドリンクを飲んでいる日本の暴君、メジロランページの姿があった。

 

『マスク付けたうえで坂路を走れんだよぉふざけてんだろ!?』

『それは俺も思うわ、いやぁ慣れって怖いな』

『いや、これは良い経験になったな……』

 

同じように荒い息を吐き続けているのはアイリーン、彼女もアメリカでは砂塵の蜃気楼とまで言われる程のウマ娘だ。ランページやシュタールと違ってダートはまさしく自分の領域、自分の世界、本領発揮をする場。そんな坂路も何度も登ってきたつもりだが……ランページのペースは坂路を走っているとは思えないほどに速い。

 

『可笑しいだろ何であんなハイペースで坂路走れんだよ!!?分かった、さっき打ってたその蹄鉄に秘密あんだろ!?』

『まあ確かに秘密といえば秘密だな、すでに秘密になってないけど』

『ンだそれ揶揄ってんのか!!?』

『んじゃ……使ってみる?』

 

無造作に蹄鉄を外して差し出してみる、無敗の暴君が自分から秘密を差し出してきた、言ってみるもんだ、これでお前の秘密は白昼の下、お前は俺に負けるしかないと思いながらも蹄鉄を手に取ろうとすると思わず蹄鉄を受け取った手、いや腕どころか身体ごと持っていかれる重さが下りてきた。ドバイに来たばかりの疲れと坂路を走ったことで疲労していたシュタールは必死に食い縛りながら抗い、何とか耐えきった。

 

「Wie läuft es!!?」

 

思わず母国語が飛び出す、和訳すれば何だこりゃ!!?という意味になるがそんなことを考える間もなく彼女の表情と挙動でそんな事は丸分りであった。

 

『いやはや……噂に聞いていたが君がそこまでになるなんて……とんでもない重さなんだね、日本の重量蹄鉄というのは』

『ア"ア"!?じゃあ日本のウマ娘は皆こんなもんつけて鍛えてるってのか!?サムライの国ってだけあってジャパンってのは修羅の国か!?』

『ンな訳あるか、流石にこんな重さを使ってるウマ娘なんざ日本でも俺を含めて二人ぐらいしかいねぇよ』

 

秘密の証明は済んだしこれで納得もしただろうと蹄鉄を返してもらいながら打ち直す。然も当然のように持ち上げ、当たり前のように着け心地を確かめるように腿を上げる姿にシュタールは目を白黒させた。

 

『もう一人、いるってのか……そんなすげぇウマ娘が、誰だそりゃ!!?お前の次はそいつだ!!』

『そりゃ無理な話だな、その人はもう引退してるし―――俺に勝てねぇ位じゃあの人には絶対勝てねぇよ』

 

これに関しては紛れもない本音だ。シンザンとはこれまで何度も走ったが、勝てたことはないし勝てるというビジョンがどうしても巡ってこない。勝負という舞台では彼女に勝つ事は出来ないだろう、だからこそ自分はシンザンを越えたい。この彼女の名を冠する蹄鉄を使って。

 

『じょ、上等じゃねえか……レースで待ってやがれ!!お前の事ブッちぎって勝ってやっからな!!』

『おやおやおや?それはボクの事を無視しての宣戦布告ということかな?気に食わないな~?』

『ハンッ!!テメェなんざぁ俺の敵じゃねえんだよ!!』

『それなら一度コースで走ってハッキリさせてあげようか?』

『上等だ!!来やがれ!!』

 

そう言いながらも一足先にコースへと走っていくシュタールにアイリーンはシメシメ……とあくどい笑みを浮かべた。ワザと焚きつけて直ぐ傍でシュタールの走りを目に焼き付けて分析でもする気なのだろうか……何方にしろ性質が悪い。

 

『ランページさんはいかがです?』

『遠慮しとく。ドバイ入りしたばっかなんだ、あんま虐めてやるなよ』

『それは向こう次第ですね』

 

肩をすくめる彼女に呆れたような視線を向けつつも一応メニューはやり終えたので上がろうとコースから出てラチに沿って歩いていく。矢張り調整を行うウマ娘が多くいるので極めて賑やかだ。そんな空気を感じつつもコースから完全に出ようとしたときに一人のウマ娘と会った。ぶつかりそうになってしまったので一歩引いて道を譲るのだが……彼女は静止し、此方をじっと見つめてきた。

 

「あ~……なんぞ、なんか用でもあるのか?」

 

そんなウマ娘は葦毛を通り過ぎた完全な白い髪、そして瞳は差し込み光によって輝く色を変えている。どこか不可思議で神秘的な雰囲気を纏ったウマ娘だ、そんな彼女はしばらく自分を見つめていたら花が咲いたような笑みを浮かべた。

 

『貴方がメジロランページね、会えて嬉しい♪仲良くしましょうね』

『んっああ…まあ、いいぜ。宜しくな』

 

握手を求めると彼女は更に嬉しそうにしながらも手を握ってきた、かなり無邪気で裏表のない印象を受ける。どこかマヤノトップガンに似ている感じがする。

 

『あっごめんトレーナーに呼ばれちゃった、それじゃあねランページ。私のことはリンクスって呼んでね!』

『あいよ、またなリンクス』

『またね~♪』

 

元気いっぱいに立ち去っていくリンクスと名乗ったウマ娘、それを聞いて真っ先にランページが思ったのは

 

「身体は闘争を求める……みてぇな名前してんなぁ……」

 

そういえば新作の発売日が決定していたな、絶対に買わなければ……発売と同時に配信でもやろうかな、なんてどうでもいいことを考えつつもスーちゃんのもとへと戻ってくると二人のウマ娘はスーちゃんと会話をしていた。二人は何やらひどく緊張している様子だった、何事かと思ったがその二人の正体が見えた時にランページは思わず声を上げてしまった。

 

「ダイナ!!セイバー!!」

「あっ……ラ、ランページさん……!!」

「よ、よかった合流できました……」

 

何処か疲れ切ったような二人は自分の姿を見て嬉しそうな声を上げた。いったい何があったのだろうか……と思ったが、スーちゃんと会話していたからだろう。自分はいろんな意味で麻痺してしまっているがスーちゃんと話すなんて普通はあり得ない。まあそんなこと言ったら天皇陛下と話しちゃってるのだが……。

 

「疲れすぎだろお前ら……」

「い、いやだってついさっきドバイ入りしたばっかりなのに加えてあのスピードシンボリさんとお話しするなんて……もう頭爆発するレベルの事なんですよ!!?」

「海外挑戦するだけでもこれまでの私達からすれば遠い世界まで来てしまった感じですよ……あとぶっちゃけ移動疲れがありまして……」

「だったら身体休めとけよ、時差ボケ対策に寝るのは夜にしとけよ」

 

そんな二人に軽く呆れているが―――ランページは笑みを深めた。

 

「フェブラリーステークス、おめでとうなダイナ」

「いや、あはははっ……なんか勝っちゃいましてそのまま勢いでドバイまで来ちゃっただけですよ」

 

そう、ドバイワールドカップのステップレースでもあるフェブラリーステークスを制したのはアメイジングダイナ。同じくレディセイバーは東京大賞典で勝ち星を挙げてドバイ入りを果たした。ここにいる3人のウマ娘が日本から世界へと飛び出し、ドバイの地で雌雄を決することになる。

 

「半端ねぇぜ世界の舞台は、覚悟はいいな?」

「一応国際G1を勝って此処にいるんです、その覚悟で来ました」

「砂塵の騎士の名、世界に知らしめて見せますとも」




ガンバスター様よりアームドリンクスを頂きました。有難う御座います!!

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194話

「ハァァァァァ!!!」

「こんのぉぉぉ!!!」

 

ドバイ入りしたアメイジングダイナとレディセイバー、共に国際競争のG1として数えられるフェブラリーステークスと東京大賞典を勝ち抜き、ドバイ行きの切符を手にした二人。ドバイ行きの切符、恐らくこの切符を以前の自分達が手に入れたとて大した興味を抱く事は無かっただろう、世界の舞台なんて自分達には丈が大きすぎる錦なのだと。

 

「ハァッ随分と気合、入ってんじゃねえか!!」

「此処まで来てしまったんだろうから、当然でしょう!!!」

「砂塵の騎士として、恥じない戦いをする為です!!」

 

だが今は違う、彼女は目的をもってこの土地へとやって来た。海を渡って来た、この地で決着を付ける為に、ダートの世界最強決定戦の一角たるドバイワールドカップで勝つ為に。

 

「シカし、驚きマしタ。あの御二人、中々デスね」

「エリックさんの目からもそう見えるかしら」

「ハイ。アメリカのダートレースに出るノを薦めてみルのも面白イト思いマス」

 

二人の実力の高さはある種、ダート競争の本場とも言えるアメリカでレースを見た事があるエリックも認める程。あれ程のダートウマ娘が日本という格が芝に比べて落ちる舞台で生まれた事。

 

「そうね……でも、あの子達はランちゃんがダートに入るまでは何処か伸び悩んでたのよ。そうさせてしまったのが日本のダート事情」

 

アメイジングダイナとレディセイバーというウマ娘は世界に出れるだけの素質があった、だがそれ以上に切っ掛けが無かった。日本の競馬はある種のガラパゴスだという関係者もいる。それはダートのレースの一部が芝コースからのスタートからも汲み取れる、そんな世界を打ち破った切っ掛け、それに大いに刺激を受けたことで漸く開花した才能と精神性。それがこのドバイにまで届かせた。

 

「But、仮にドバイワールドカップでランページサンが勝ったら……」

「間違いなく、激震が走るわね」

 

勝たなくても激震だ、ダートの三冠整備にドリームトロフィーリーグのダート設立案の提案。本当にあの子は特異点だ。

 

「や、やっぱり速いなぁ……でも、まだまだァ!!ランページさんもう一本行きましょうもう一本!!!」

「元気じゃねぇかダイナ、幾らでも相手になってやんぜ。レディは如何する?」

「フフッ私が行かない訳が無いでしょう、それではもう一度―――」

「「「勝負っ!!!」」」

 

 

『これで、パッとしない……全く、当てにならない資料ね』

 

そう言いながらもタブレットに入っていた資料の一部に舌打ちをする一人のトレーナーが居た、彼女の傍にはシュタールアルメコアがいた。幼少期から面識がある彼女のトレーナーを務めている彼女は熱心にランページと競い合っているダイナとレディの走りを見つめる。余りにも日本の知り合いから取り寄せた資料と差異があり過ぎる。これで警戒に値しないとは……日本の出版社と言っていたが、切った方が良いかもしれない。

 

『レディセイバーは前傾姿勢の走りがかなり特徴的ね……あれ以上倒すと転ぶか走るの二択しかないギリギリを見極めてる、それによってストライドを稼いでるわね。アメイジングダイナもその名に恥じないわね……カーブはちょっと下手だけどそれを補って余りにある程に直線で伸びる……ええいっマジで使えないわね!!こうしてやるわ!!』

 

余りにも参考にもならないので資料を完全に削除してやる、これを機に付き合いを見直した方が良いかもしれないと思っていると隣からドリンクが伸びて来た。

 

『一々うっせぇんだよ、んで如何なんだよランページの野郎は』

『敵は暴君だけじゃないわよ、砂塵の騎士と砂の超特急も強敵よ』

 

視線を動かして首を促す、シュタールが其方を見るとそこには自分のトレーナーと同じように頭を抱えていたり苛立ちを抑えきれずに電話に向けて怒鳴り散らしている人間がいる。他のウマ娘のサブトレーナー辺りだろう、彼らもダイナとレディの変貌ぶりに資料が役に立たない事に腹を立てているらしい。

 

『暴君の方は寧ろ資料は大量にある、ダートの方は少ないけど……それでも評価は正確な物がある、でもこの二人は……』

 

ランページの方は正確な評論を掲げている出版社の出している物がある、それを翻訳された物はシュタールも読んだ事があるがよく調べてある上に出版社として正しい中立に徹していて読んでいて気分のいい物だった、自分も日本の取材を受けるならここを指名したいと思った程だ。だが、その一方でダイナとレディの物は少ない。一応フェブラリーSや帝王賞を走った際のランページの物に付随する形のものもあるがそれを基準にするにしては少なすぎる。

 

『何が暴君の影に隠れてるよ、十分過ぎる位に拮抗してるじゃない!!あ~もうマジでふざけた資料しか寄こさない!!マジであそことは関係切ってやるぅ!!!』

『落ち着けよ、俺を抑える役目の奴が暴れて如何すんだよ』

 

シュタールのトレーナーが知り合いと言っていた出版社はランページが取材拒否を出している一社、そこが出した資料というのは基本ランページを持ち上げる物ばかりだし他のウマ娘のは正確ではない。これなら自分でレース映像を見て資料を作った方が余程正確且つ良い物が出来るだろう。

 

『兎に角、油断できない―――ってアル!?』

 

気付けばアルことシュタールアルメコアは飛び出して件の暴君たちの元へと向かって行っていた。

 

『暴君、付き合ってもいいか』

『あっアタシもアタシも~!!』

「えっえっ!?えっと英語!!?」

「ラ、ランページさんそ、その……」

「あ~任せとけ任せとけ、一緒に走りたいんだと。折角だ、『この後配信やるんだがよ一緒に如何だ?』」

『―――邪魔にならなければ』

『出る出る~!!』

『面白そうなことならボクも誘って貰わないと困るね~』

『俺も忘れんじゃねえ!!』

 

海外ウマ娘から話しかけられてワタワタしているダイナとレディを笑いながらも通訳をするランページはさり気無く配信にアルカンシェルとリンクスを誘う。そしてそこに乱入するアイリーンとシュタール。ダイナとレディの二人は快諾し、共に一緒に走る事になっていると背後から一人のウマ娘が抱き着いた。

 

『ランページ~走るなら私も誘ってよ~後配信も出たい~!!あと、スピードさんとポケモンバトルしたい~!!』

『出たな属性モリモリウマ娘、応もちろんいいぜ。ゲーム配信でもすっか』

『ヒューペも出よ~♪』

『下らん事には参加せん』

 

尚、この後の配信では―――

 

『おはこんハロチャオ~♪』

 

最初の挨拶だけは完璧に合ったものが披露された。通訳兼護衛として参加したエリックがその場で

 

「おはこんハロチャオはアメリカでモ挨拶で通じマスよ」

「マジか。でもこの場合凄いって俺じゃなくてナンジャモじゃね?」

 

というやり取りがあってまた伝説となった。




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195話

配信での一幕

 

リンクス(勇者エイト)『これチームアタックありだから気を付けてね~?』

シェル(マリオ)『分かった』

アイリーン(スネーク)『フッボクに限ってその心配はないさ』

アル(アイク)『ボコボコにしてやる!!!』

リンクス(勇者エイト)『あっラリホーだ』

アル(アイク)『ザけんな俺に当たって寝たじゃねぇかってスマッシュやめろ!!!』

アイリーン(スネーク)『シェルの見事なスマッシュだ』

シェル(マリオ)『こういうゲームは初めてなのだが……違うのか?』

アル(アイク)『くっそなんだこのスタートって!?ってリンクステメェその呪文だけはやめろ!!』

リンクス(勇者エイト)『えっとね、魔力を暴走させるの』

アル(アイク)『なんでだぁぁぁぁぁ!!!!??』

 

「アッハッハハハハハ!!ひっでぇ、マジでひっでぇ!!何そのスーパーコンボwww」

『オウンゴォオオオオル!!!』

「これはwww酷いwwww」

「アハハハハッ!!!」

 

・マジでこれはひでぇwww

・まさかの警告した本人がいきなり殺しに掛かるなやwww

・何気にアルカンシェルのマリオの動きがマジで良いから余計にひでぇwww

・レッドチームゥゥゥwww

・リンクスゥゥゥゥ!!

・配信直後に被害担当になったシュタールアルメコアwww

・これがクッコロですかwwww

 

『笑ってんじゃねえええええこんちくしょぉおおおお!!!!』

 

ランページ(リュウ)「波動拳からのガード、渾身の昇竜けぇぇええええん!!!!」

リンクス(ホムラ)『ミャアアアアアアッ!!!?』

 

・何だ今の超反応!?

・小足みてから昇竜余裕でした以上の反応速度だったぞ!?

・キャラランクって何だっけって思いたくなるレベルには一方的だった……

 

『次の相手は、どいつだ!!俺はベヨネッタで出る』

『ならばボクのピカチュウが相手だ!!』

 

ランページ(ベヨネッタ)「か~まぼ~こ!!」

アイリーン(ピカチュウ)『いやなんか違うってあああああ!!!』

 

・あれ、ベヨ姐ってこんな強かったっけ?

・DLC配信されたばっかの頃は超強かった。

・あれ実際なんて言ってるんだっけ?

・AVAVAGO、雷に打たれよって意味。

 

ダイナ(ファルコン)「ファルコンッパァァアアチ!」

シェル(スネーク)『読み、切られたか……』

ダイナ(ファルコン)「醤油ムース!!」

シェル(スネーク)『発音可笑しいぞ』

 

レディ(リンク)「必殺―――神風下突きィ!!」

アル(ガノン)『受け身出来ねぇええ!!?』

 

『此処でボクは切り札、真打ガブリアスだぁ!!』

『あら怖い、レー島の守り神に蹂躙される前に、貴方の記憶に絶対零度♪』

『なんで対面パオジアンに零度打てるの!?というか当たったぁぁぁぁ!!?』

 

・スーちゃんの読みがエグイエグイwww

・対面パオジアンからガブ交換読み零度、しかも当たるとか……

・出来たとしたもつららおとし辺りだと思うんだけどなぁ……

・というか日本勢が海外勢をゲームで圧倒してるですがそのwww

 

 

 

 

改めて先日の配信の結果を見てとんでもない事になってるなぁと、まるで他人事のような口ぶりのランページ。内容は特に片意地張らず、出走するレースの事なんて関係ないと言わんばかりのゲーム配信。気付けばダイナとレディも緊張もほぐれたのか自然体で楽しんでいた、二人も偶に自分の配信でフレとして参加してゲームをするので腕前の方も中々。エンジョイ勢を自称する割には良い読みを炸裂させたり、思い切りが良すぎる一撃で大逆転したりと大いに配信を盛り上げた。

 

「いやぁ伸びがエグいエグい」

 

アメリカにドイツにニュージーランドとのコラボ配信、元から世界的に認知されていて色んな視聴者がいたが、今回はそれぞれのファン層の人達も見に来た事もあってか、チャンネル登録者数の伸びが凄い事になってしまっている。

 

「これはドバイ後も偶にお呼びするべきだな、というか呼べって言われたしな」

 

視聴者からの人気の高さはリンクス>アルカンシェル>=シュタールアルメコア>バニー>アイリーンと言った感じだった。リンクスは言わずもがな、一番自分に絡んで来ていたし魔力を暴走させるの発言で大勢の視聴者の腹筋を崩壊させていた。何より一番最初のスマブラのチームアタック事件が根深かった。

 

「ダイナとレディのいい気分転換にもなったみてぇだしな」

 

あの二人は初の海外挑戦、いや海外勢との戦いという事もあってかなり気負っていた面があった。二人が勝ったフェブラリーSと東京大賞典は国際G1とされているが、頻繁に海外からの挑戦者がやってくるジャパンカップなどと違って海外ウマ娘が出走する事は極めて稀。史実でもこの二つのレースの海外馬出走は一度ずつしか記録がない。しかもフェブラリーSに至っては2023年のシャールズスパイトが初の海外馬出走だった。

 

自分はジャパンカップやチャンピオンズカップで海外ウマ娘と鎬を削った事はあるが二人はない、故に緊張し続けていた。二人がドバイに来た理由は簡単、ランページに挑戦する為でしかない。そんな中で実力確かな海外ウマ娘との対決を前に硬くなっていた、だが自分の配信でバカやって思いっきり騒いだお陰で元気になった。スーちゃんとも普通に会話が出来る程度には態度も砕けた。

 

「これであの二人のメンタルも万全になるだろうな、折角の舞台だ、最高の走りをして楽しんでもらわないと損だからな」

 

同じ日本からの出走とはいえ、これはチーム戦などではない。ウマ娘のレースは何時の世界も個人戦、無数のウマ娘達の想いトレーナーの策謀、積み重ねた鍛錬の時間が入り乱れる戦場。ランページのそれは敵を最高のコンディションへと仕上げてしまう行いだ、だがそれでいい。競ってこそのレース、万全の状態で望んだ相手を越えてこその勝利が大輪の華を咲かせる。

 

―――随分と、お優しい事。

 

何処か訝しげに、だが何処か呆れるように、そして強めの言葉でそんな事を言うウマ娘がドバイの夜景を一望出来るバルコニーにやってきて柵に寄り掛かっていた自分の隣に収まった。社交ダンスのような余りにも淀みの無い動作に、ランページは少しだけ愉快そうに笑った。

 

『敵ともなりうる友人を励ましてベストコンディションにする、リスペクトって奴かしら?』

『そんな高尚なもんじゃない、寧ろ俗物的な物だ。どうせ勝つなら最高の状態で、って奴だ。『もし』とか『たら』とか『れば』とか、そんな下らねぇ幻想に揺さぶられる勝利になんて後味が悪いからな』

 

その返答に少しだけ、眉を動かした。言葉の意味ゆえか、それとも余りにも流暢なフランス語で地元の友人と話しているような気分になったからだろうか。

 

『フランス語は無理だと思ったかマドモワゼル。生憎俺に国境はない、今じゃ世界中で俺の顔を見れるからな』

『……失礼、随分と堪能ね』

『中々地に足が付かないもんでね、風の吹くのまま、気の向くまま、そんな風に生きてたらこの有様だ』

 

浮世離れしている、それがランページに抱いた彼女の印象だった。シニア2年目のウマ娘とは思えぬほどの熟成された精神と達観し過ぎていると言っても過言ではない考え方をしている。敢えて自由に振る舞って自分の行方を楽しんでいる、それでいながら自分を持っている。不思議な多面性を持ったウマ娘だ。

 

『……成程、じゃあ単刀直入に言わせて貰うわね。私はリスフルーヴ、ドバイワールドカップに出走する最後の一人―――10人目のウマ娘』

 

ドバイワールドカップに出走するウマ娘、リスフルーヴ。だが十人、と首を傾げた。確か11人ぐらいいたと思ったが……

 

『11人目は出走取り消しだそうよ、何でもハードスケジュールで熱が出たそうよ』

『そりゃ難儀だな―――だが、これで出揃ったって訳か』

 

メジロランページ 日本

アメイジングダイナ 日本

レディセイバー 日本

アルカンシェル アメリカ

バニッシュ・アウト アメリカ

アイリーン アメリカ

ヒューペリオン イギリス

シュタールアルメコア ドイツ

アームドリンクス ニュージーランド

リスフルーヴ フランス

 

ドバイワールドカップで雌雄を決するのはこの10人の選ばれし精鋭という事になった。ダート2000m、そこは見る側からすれば広く感じ、走る者からすれば狭く感じる。世界の名を冠する場を―――彼女が疾駆する時間が、刻々と迫って来ていた。

 

『貴方の走りは全て見た、だからこそ―――レースでそれが真実なのかを確かめさせて貰うわ』

 

そんな言葉を呟きながらフランスのウマ娘は去っていく、それを見つめながらもランページはハーブシガーを銜えた。主治医にドバイに行く前に貰った物、海外での薬物規定に引っかからないように細心の注意を払ったと言っていた。元々引っかかるような物は入っていなかったがその気遣いは有難かった。ディープのような事は御免だ。そんな思いと共に銜えられたシガーから煙を吐き出し、それ越しにドバイの夜景を見つめる。

 

「成程……これは、良い物だ」

 

満足気に吐かれた煙、その裏側で、暴君と恐れられるウマ娘は来たる時に向けて、自らの牙を研ぎ始めるかのように―――前掻きをした。




シャイダンを許さない様よりリスフルーヴを頂きました。有難う御座います!!

そして、ドバイワールドカップに出走する、皆様から頂いたウマ娘は

不知火新夜:アルカンシェル
ムッシー:バニッシュ・アウト
琴葉あきゅぅ:ヒューペリオン
幽姫兎:アイリーン
マイスイートザナディウム:シュタールアルメコア
ガンバスター:アームドリンクス
シャイダンを許さない:リスフルーヴ

となりました。皆様、改めましてありがとうございます!!

現在活動報告にて皆様からの原案もご覧になれますのでどんなウマ娘なのかな?と御思いの方は↓のURLからお願いします。

そして、まだまだご意見は募集中ですのでお気軽にお願いします。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=294978&uid=11127


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196話

この日、夜遅くにもなるというのにトレセン学園にはまだ灯りが灯り続けていた。本来であれば授業時間も終わり、チームでの練習やトレーナー管理の元での練習も終わった筈なのにトレセン学園の教室や体育館には明るさと活気があった。何故ならば―――

 

「さあ今の内もう一回練習~!!」

『ランページお姉様ファイト~!!!』

「もっと大きな声で~!!」

『ランページお姉様ファイト~!!!』

 

体育館に集ったウマ娘達はその手にペンライトやランページの写真が張り付けられた団扇を持ちながら声を張り上げている。本当ならばドバイの地でやるべき事なのだが、それも出来ない。ならばせめて精一杯の声援を日本から送ろうと努力している。そんな彼女らの姿を生徒会長であるルドルフは苦笑しながら見ていた。もう11時を回っているというのに本当に元気な物だと、一種の感心を送っていると隣の壁に寄り掛かる様にシリウスが立った。

 

「ハッ目出度いもんだなあの暴君、これならどうせ負けても大騒ぎでそれで敗北が無かった事にされる。流石は無敗の王者様だ」

 

日本時間の1:35、現地時間の20:35。それが出走時間。ドバイワールドカップがスタートする瞬間。体育館のスクリーンではドバイワールドカップミーティングの放送が行われている。本命は日本勢が出走するドバイワールドカップ、だがそれ以外のレースに興味がない訳ではない、世界最高峰のレースに興味がないウマ娘がこのトレセンにいるわけがない。どのレースも食入るような瞳で見つめている。

 

「仮に負けたとしても、彼女は受け入れるさ。そしてそれを糧にして更に前へと進む、それに彼女は勝ちに行ったのではないさ―――挑戦とは何たるものかを私達に見せる為に行ったのさ」

「チッ……お婆様の事もそうだが、嫌味かよ」

 

思わずそんな言葉を口にする。2年間行った海外遠征、結局彼女は一度も勝利を得る事は出来なかった。当時は海外遠征を行うウマ娘など全くいなかった、慣れない環境での戦いをし続けたシリウス……だがそれは決して無駄になっていない。それをルドルフは祖母から聞いていた。

 

『まだまだ未成熟で海外挑戦すら暗中模索だった日本のウマ娘。長期間の海外遠征のノウハウなんて全くなかったのに欧州武者修行……結果こそ振るわなかったけど、あの子(シリウスシンボリ)の残した実績とデータの価値は途方もない財産なの。だからねルーちゃん、私はシーちゃんの事を貴方と同じ位に評価してるの。そしてシーちゃんの挑戦があってこそランちゃんのドバイの今があるの』

 

「兎に角見ようじゃないか、私達の代表の雄姿」

「チッ……不甲斐無い走りしやがったら承知しねぇぞあの野郎……」

 

悪態を付きながら、シリウスはハーブシガーを銜えて火を灯した。一度だけランページの物を借りて吸った事があるルドルフは直ぐ分かった、彼女と同じ銘柄―――同じ配合の物だ。なんだかんだ言いながらランページの勝利を願っている事に笑みを零してしまった。

 

「あら、随分と皆頑張るのね。それだけランちゃんの事が大好きって事ね」

 

そこにラモーヌも入って来る。その手には紅茶の入ったカップがあり、それをルドルフへと差し出す。自分達も当然ランページの出走を見るつもり、眠気覚ましの為なのか香りが強いのもありがたい。

 

「よく言うぜ、ある意味同室のあんたが一番あいつの事がお気に入りなくせによ」

「否定はしないわ、あの子はいい子だからね」

「さて、世界の強豪とどんな走りをするのか―――見せて貰うぞランページ」

 

 

「うぅぅぅっ……」

「だ、大丈夫ターボさん?はい、珈琲」

「ありがとライス……」

 

カノープス専用の一室に集まった一同、自分達のチームメイト且つリーダー的な存在であるランページの海外初戦が間もなく始まる。それを見ようと全員が集っているのだが……時間も時間の為に眠気との戦いも始まってしまっている。

 

「ターボさん、あと少しの辛抱ですよ」

「良い子はもう寝る時間……なんで夜なんだぁ……」

「昼は昼で私達授業だから困るよ~」

「まあドバイとの時間差は5時間あるからこれはしょうがないよ、加えて向こうは日中暑い訳なんだから夜にレースやる訳だし」

「うぅぅぅ……にっがぁ……」

「頑張って先輩!!」

「ぅ~……チケットの声でかぃ~……」

 

ライスから受け取った珈琲を頑張って飲み干すターボ、ターボだってこのレースを見逃すつもりはない。普段は完全に寝ている時間ではあるが……頑張って起きようとはしている、一応レース中は海外のウマ娘の走りに興奮しているのだが……合間合間の時間に睡魔に襲われてしまっている。

 

「はいトレーナーコーヒー淹れたよ」

「すいませんネイチャさん」

「にしても……本当に良かったの、あそこに居なくて」

 

ネイチャの珈琲を啜りながらもドバイを見る、本来であればあそこにいるのは自分であった筈だった。考えようによってはスピードシンボリにカノープスを頼んで自分が海外遠征を共にするというのもあったが……カノープスは既にかなりの大所帯、それをスピードシンボリに任せるのはリスクが高い。遠征経験があり仲も良い上に一対一の関係で集中出来るランページを任せた方が合理的。

 

「私はカノープスのトレーナーですから、それに―――私とランページさんの心は繋がっていますから、私はドバイに居るという事です」

 

その言葉にネイチャは少しだけキョトンとした、そしてすぐに笑った。

 

「これはまた、惚気られちゃったねぇ。流石ランが惚れたトレーナーですわ」

「恐縮です」

 

 

「んっ……」

「如何したのランちゃん」

「いや、南ちゃんと今心が繋がり合った気がした」

「あらあら、ランちゃんは南さん大好きっ子よねぇ」

「よせよスーちゃん、照れるじゃねえか」

 

控室で勝負服に袖を通している最中の事、唐突にランがその手を止めた。だがそれはほんの一瞬で直ぐに再開する。黒いコートが彼女の身を包んで靡く、此処まで走り続けて来た彼女の勝負服、こうなったら最後の最後までこの勝負服で駆け抜けてやろうと思っている。まあURAが送って来た新しい勝負服を着て心機一転、というのも考えたのだが……着慣れている此方を無意識的に手に取ってしまった。

 

「もう直ぐ始まるのね、ドバイは私も初めてだから何だか緊張しちゃうわ」

「スーちゃんらしくもねぇ、何時も通りにドォンと構えてくれてりゃ俺は安心して走れるだからそうしてくれ」

「フフフッこれは失敬」

 

それでも不安は大きい。海外G1勝利、自分も挑んだ偉業への道。だがそれは全く振るわなかった……次こそは、次こそはと思って海外に行くウマ娘はいた。世界にも通用する強いウマ娘を目指して……だが、何時からかそんな流れは下火になりつつあった。それはその為のジャパンカップですら勝つ事が出来なくなったからでもあった―――だが、今は違う、そんなジャパンカップを制した上で2400のワールドレコードを達成したウマ娘が今、世界の舞台で駆け出そうとする。正しく、日本の夢を背負い、誰もが願った海外G1勝利を目指す。

 

「スーちゃん」

 

知らず知らずのうちに顔を伏せてしまっていた自分に声を掛けて来る、顔を上げるとそこには満面の笑みを作ったランページがいた。

 

「笑顔で行こうぜ、夢を見せる為に」

「そうね、行きましょうか」

 

手を取って立ち上がる、自分がリードしてあげなければいけないのに自分がされてしまった。自分も老いて弱くなったという事か……らしくないな、と思いながらも時間を告げたエリックの言葉に従ってランページが行く。堂々とした足取りで遂に、一歩を踏み出し、満員のメイダンレース場へとその姿を露わにした。星空の下で行われるレース、感じた事も無い充実感に力が籠る。

 

「さあ行くぜ」



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197話

『さあ既に日本は丑三つ時、眠気も一段と激しくなる事でしょうが日本の盛り上がりは正しくここからでしょう。私達、日本にとってこれ程までに興奮する海外G1は数えられるほどしかありません、世界の頂点を決める凱旋門賞、アメリカ最強決定戦と言っても過言ではないブリーダーズカップ、そしてそこに新たに加えられる事になる事でしょうドバイワールドカップミーティング第9レース、ドバイワールドカップ!!唯一日本のウマ娘が出走登録を行っているレースであります、日本の悲願、海外G1勝利が遂に現れるのか!?それを迎え撃つのは海外の猛者達、さあ間もなくウマ娘達が姿を現します。先程まで空は快晴、星空が見えておりましたが、おっと少々曇り始めて来ました。これは波乱を思わせる、嵐が巻き起こすという神の言葉を思わせます』

 

日本でも放送されるドバイワールドカップ、実況でおなじみの赤坂の言葉にも異様に力が入っている。解説を担当するゲストもその力の入りように苦笑する。

 

『さあ此処までのドバイワールドカップミーティングの展開はいかがでした武さん』

『矢張り世界レベルの走り、というのを感じさせる物でしたね。ストライドからピッチの切り替えの滑らかさや駆け引き、どれをとっても超一流。世界の名を冠するこの舞台に相応しいウマ娘の走りと言わざるを得ませんでした。そして、そんな舞台に私達の代表が居る、誇らしい限りです』

『はい、私も極めて同感です。歴代最強と言っても過言ではないと言われている世代、昨今ではTTG世代や永世世代、ランページ世代、どれが凄いのかというのが話題になってるそうですよ。武さんとしては如何ですか?』

 

力が抜きんでているウマ娘が一人、というのは良くある話だが世代として纏めて取り上げられる事は少数。それこそシンボリルドルフやミスターシービーなどもそれだ、彼女らの激突で生まれる物語はある。だがそれらに匹敵するウマ娘達が同時に誕生するという事は中々ない。世代として取り上げられるのは一種の奇跡とも言われる程。

 

『そうですね、色々思う所はありますが―――私が一番嬉しいのは彼女たちの名前をまた、聞く事が出来る所ですね』

『聞く、ですか』

『レースの世界だけではありませんが、様々な世界では過去の名前というのは次第に聞く頻度、印象が薄れて行ってしまうという物です』

 

どんな世界でも過去の存在で何時までも存在感を放ち続けるのは難しい、それが出来るのは本当に一握り。それこそ史実で全盛期を更新し続けている武 豊などは競馬界の筆頭レジェンド。そんな彼でも嬉しく思う事は―――過去が今に繋がる瞬間だ。

 

『何かきっかけがないと過去に目を向けない、そんな切っ掛けに彼女はなっている。そしてそれを通じて過去が今に直結する』

 

それを聞いて赤坂は納得した。ランページの配信程レジェンドが頻繁に出て来る事などはない、テレビ局も彼女らにコンタクトを取って自分達の番組に出て欲しいと言っても彼女らは中々首を縦に振らない。だが、何故か彼女の配信には頻繁に出る、それは何故か―――

 

『多分、分かるんでしょう』

『分かるですか……』

『ええ。自分達の意志を、思いを継いでくれることが』

『思いを―――お、おっともっとお話をお聞きしたい所ですが間もなくウマ娘達の本バ場入場が始まります、武さんお話はあとでごゆっくりお願いします!!』

『はい、では集中しましょうか』

 

過去、日本を盛り上げたウマ娘達と交流を持ち、彼女らから様々な物を貰ったメジロランページが今、世界の舞台で走る。長らくウマ娘の世界に関わって来た自分もドキドキを抑えきれない。出来る事ならば、ドバイの現地でこの興奮を味わいたかった。

 

 

『一番乗りは―――ニュージーランドからやってきました白いイレギュラー アームドリンクス。純白の髪を靡かせながらの満面の笑顔での登場であります、しかし可愛らしい笑みとは裏腹にその走りは圧倒的、彼女のトレーナーをして、強者に強い理由などはいらない、強いから勝ったフィジカルエリートと言わしめる実力ウマ娘です』

「イエ~イ!イッチバ~ン!!」

 

 

「まっけないも~ん!!イエ~イ!!」

『おっと負けてはいれらないとやって来たのはアメリカ、バニッシュ・E(Eater)・アウト。此方も太陽のような笑顔を浮かべておりますが、サメの背びれに鮫顎の骨格標本とインパクトで言えばこのレースで一二を争う事でしょう』

『ウマ娘界のジョーズですね、追い込み型の走りで一気に喰らい付く走りは狩りを行うサメのようだと言われているそうです』

 

 

「勝つ、ただそれだけの事」

『次には来たのはイギリス代表、ヒューペリオン。短距離以外のレース全てに適性を持つという驚きのウマ娘。そして何よりも彼女は極めて冷静、その実力に裏付けされた自信に満ちた堂々とした登場です』

 

 

「親愛なる人族諸君……長らく待たせたな、いよいよゲームの始まりだ!!」

『お、おっと巨大なハンマーを担ぎながら入場したウマ娘がいるぞ!?ドイツからやって来たシュタールアルメコアだ!!おっと、あっ今トレーナーにハンマーを渡しました。如何やらパドックで何時も渡しているそうですが、今回は渡しそびれたそうです。しかし大胆不敵な登場です、彼女の自信の強さが見て取れます』

 

 

『そしてシュタールアルメコアの次に現れるのは―――此方もアメリカからの刺客、砂塵の蜃気楼 アイリーン!!如何やら彼女はもともと日本の出身だそうですね』

『ええ、ですが芝が合わなかったそうですがアメリカでダートに出会って完全に覚醒したそうです。驚異的な末脚とどんなバ群でも抜け出す様子から砂塵の蜃気楼、日本の砂塵の騎士と砂の超特急との対決にも期待です』

「さあ、注目を集めてみせよう、そしてその前でボクは消える……フフッ」

 

 

「さて……どんなレースになるか楽しみね」

「……」

「無口な事」

『おっと、此処でやって来たのはフランスとアメリカのウマ娘の二人。フランスはリスフルーヴ、ダートでは最早独壇場と言っても過言ではない程の強さの女傑のリスフルーヴ、このドバイの舞台ではどんな走りを見せてくるのでしょうか。アメリカはアルカンシェル、ダートだけではなく芝でも力を発揮しアメリカでは勇者とも呼ばれているそうです』

 

次々と紹介されていく海外ウマ娘達、全員が注意しなければならない相手。マークするにしても誰にするべきか分からなくなるレベルにはメンバーが充実している。そんなコースに遂に日本勢が出陣する。

 

「うぉっ凄い人だぁ……や、やったるぞぉ~!!!皆見てる~!!?」

「元気を出すのは良いですが、空回りだけは勘弁してくださいね」

『さあやって来たぞ我らが日本のウマ娘!!まずはフェブラリーSを制してこのドバイ行きの切符を手にした砂の超特急 アメイジングダイナ!!』

『フェブラリーSでの走りは見事ですね、敢えて大外を走って邪魔出来ない状況を作り出して自分の走りを最大限にまで活かした末の勝利でした。あの走りをこの舞台でも見られるのかに期待ですね』

『さあ続くは砂塵の騎士、レディセイバー!!東京大賞典を勝利して此処まで上がって来た騎士、その刃は世界に届くのか!!?』

『彼女の超前傾姿勢走法は正しく砂塵の騎士の切り札、それを何処で切るかにかかっていますね』

 

そんな二人は思わず振り返った、日本中が期待を寄せているように自分達もそれを抱いている。彼女と再び走れる事に強い喜びを抱いている。しかもこの舞台で―――さあ走ろう、競おう。

 

『さあお待たせしました日本の皆さん、前走は過去最高とも称された有記念を制しております。世代の頂点、日本の頂点を掴んだ無敗の神話。その神話はこの世界では通じるのか!!?日本海外遠征総大将、無敗の王者、メジロランページ!!!』

 

姿を現すとコートに手をかけ、一気にそれを翻す。堂々たる姿で呟いたその一言は、レース場を更なる大歓声を包み込んだ。

 

「待たせたな」

 

『凄まじい大歓声です!!日本の王者は今は世界中で大スターと言っても過言ではありません、日本中央トレセンのチーム・カノープス所属、担当トレーナーは南坂、今回は南坂トレーナーは残念ながらおりませんが、その代理が途轍もないウマ娘。何とあの凱旋門賞に挑戦したスピードシンボリがトレーナーとしてこのドバイに同行しております』

『頼もしい事この上ないでしょうね、スピードシンボリ氏との仲も良好でスーちゃんランちゃんと呼び合ってるらしいですね』

『わ、私達では到底真似出来ませんね、王者の貫禄が成せる業という奴でしょうか』

『いや彼女だからこそでしょう』

 

そしていよいよ行われるゲート入り、次々とゲートへと収まっていく中、最後にランページがゲートへと入る。

 

1枠1番 アームドリンクス

2枠2番 アイリーン

3枠3番 シュタールアルメコア

4枠4番 リスフルーヴ

5枠5番 バニッシュ・アウト

6枠6番 アルカンシェル

7枠7番 レディセイバー

7枠8番 ヒューペリオン

8枠9番 アメイジングダイナ

8枠10番 メジロランページ

 

ゲート入りが終了し、今か今かと始まりが告げられるのを待つ。そして―――空を稲光が走った時に

 

『さあドバイワールドカップ、いよいよ―――スタートしました!!』



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198話

遂に開幕したドバイワールドカップ、何処か日本のダートにも似ている地面を強く蹴って全員がゲートから飛び出していく。遅れはなく、全員が抜群の好スタートを切った。

 

『スタートしましたドバイワールドカップ、揃って出現しました。スタンド前の先行が起こりますが、それを真っ先に飛び出していくのは大外8枠10番メジロランページ、矢張りこのウマ娘は大逃げしかあり得ないと言わんばかりの走りを見せます。だがそれに競り合うように世界のウマ娘達も飛び出していく、先頭に立ったのはメジロランページ、いやその直ぐ隣には1枠1番アームドリンクス、8枠9番アメイジングダイナ、7枠7番レディセイバーも続きます。そのまま第1コーナーへと入ります』

 

先頭を取る事が出来たようで出来ないランページ、その理由は既に分かっている。開始直後からデバフの嵐があったのにも拘らず、リンクスは影響を全くと行っていい程に受けていない。自分ですら受けているのに……これが白いイレギュラーと言わしめる所以なのか、ブルボンの勝負服にも似たボディスーツを纏った彼女の瞳は変わらず天真爛漫。純粋、故の強さ。余りにも強い光は他の色が混ぜられたとしてもそれすら飲み込んで白に変える。

 

「これが世界の舞台―――この重圧も、それなのか……!!」

「これは、利きますね……!!」

 

身体中を締めあげる様な重圧(デバフ)、日本ではそこまでメジャーではないが海外では他者に向けての重圧戦術はベター。スーちゃんや南坂からそれを聞いたランページは、競走馬の世界でも海外では同じ馬主で同じ厩舎から負けてもいい馬を出す事を思い出した。それに近く、デバフは日本以上に多い。それにダイナとレディは思わず声を漏らすと、後方から迫って来る者たちが一気に食い破ろうと迫る。一瞬の隙も見せられない、それが世界の舞台だと気を引き締め直す中で平然と走り続けていくランページに改めて感嘆の息を漏らす。

 

『先頭にはメジロランページ、アームドリンクス、その後方にはシュタールアルメコア、アメイジングダイナ、レディセイバー、リスフルーヴが一塊。それを右後方から伺っておりますのはヒューペリオン、アルカンシェル。そしてその後ろに付けるのはバニッシュ・アウト、アイリーン』

 

「はっやぁ~い!!」

「よく言うぜ全く!!」

 

強者に強い理由などはない、唯強い。それが納得できるだけの走りをするリンクス、あのデバフを全くを受け付けない領域を最初から展開し、常に自分の最高の全力を出す事が出来る。これほど恐ろしいのもないだろう。だが、自分だってまだまだ走れる、まだ中盤にも入っていない。唯、自分は走るだけ。

 

「待ちやがれってんだよぉ!!」

 

後方からの大声、シュタールも一気に地面を踏み込んで迫って来る。だがその時、僅かに彼女の身体がブレて内へと切り込んでいった。思わずダイナが声を上げて進路を修正するが、彼女も彼女で内に寄っている感じがする―――ランページは気を引き締めシンザン鉄を付けているつもりで一際強く地面を踏みしめた。その時に気付いた、自分も僅かに外へと身体がヨレ始めていた。

 

「こりゃ……」

「気付いたんだ、流石ランだね!!」

 

リンクスが愉快そうな声を上げる中でリンクスを除いた全員にその影響が現れている事が分かった、特にレディとダイナはそれを大きく受けてしまっている。他の皆もヨレてしまい、バ群に穴が出来たその瞬間、そこを一気について上がってくるウマ娘が居た。

 

『アイリーン!!アイリーンがバ群の中央をかき分けるかのように一気に上がって行きます、 アメイジングダイナを抜いて今4番手に上がりました!!そして今シュタールアルメコアに並び立った!!』

 

 

「何、―――初歩的なことさ(Elementary Mirage)、アルメコア君」

「テメェッ……!!」

 

最後方に居た筈のアイリーン、何時の間に上がって来たのか。自分達がヨレた瞬間を狙って一気にぶち抜いて来たという事なのか。

 

「少々はやめに仕掛けさせて貰ったよ、この前の併走で君にはこの位の揺さぶりが最も適切だと分かったからねぇ!!」

「このくそ野郎がぁ!!」

「おやおやおや、いけないねぇボクは男ではないんだけどねぇ」

 

そんな風に笑うアイリーンだが計算違いもあった、予定ではアームドリンクス以外のすべてのウマ娘がヨレる筈だったのに肝心要のランページは道を開けてはくれなかった事だった。アイリーンとの勝負に持ち込むつもりだったのにこれは計算外だ……だがそれはもう一つある。

 

「それは、君さバニッシュ・アウト!!」

「バッレちゃった~!!」

「ってぇっ何時の間に!!?」

 

思わず声を上げるダイナ、先程まではいなかった筈なのバニッシュ・アウトが何時の間にかアイリーンの背後にまで上がって来ていた。アイリーンよりも僅かに自らの領域の発動を遅らせる事で彼女に気付かれないように背後に付き、そのままスリップストリームで上位集団にまで上がって来ていた。

 

「甘いわね」

「ピェ!?」

「またですか!?どんだけ行くんですかまだ第3コーナー前なのに!!」

 

それに続いたのはリスフルーヴ、次々と上がって行く最後方に居た二人に触発されたのは自らも前へと飛び出していた。しかもその走りは二人と違って先程よりもずっと活力に溢れており、シュタールを越えてランページとリンクスに並びかけている。

 

『これは激しい競り合いが続きます、先頭は未だメジロランページとアームドリンクスが譲りませんが、その挑戦権を奪い合うかのように目まぐるしく順位が変化し続けております!!リスフルーヴ、バニッシュ・アウト、アイリーンが迫ります!!アメイジングダイナとレディセイバーはその争いの煽りを受けてやや気後れしているか!第3コーナーへと入っていきます、そのまま直後ろにはアルカンシェルとヒューペリオンが控えております、もう一塊と言っても過言ではない!!誰が抜け出すかの勝負になって来た!!』

 

第3コーナーを越えて間もなく最後のコーナー、此処から最後の追い込みを掛けるウマ娘が多い筈だ。此処まで殆ど足を緩めずに走り続けているランページ、脚色は衰えていないように見えるがデバフの影響はある、脚が徐々に重さを増してきている。だがこの程度で根を上げる訳には―――

 

「走ることに囚われたウマ娘諸君…準備は良いか?……そんじゃ…ショータイム!!」

 

 

刹那、視界に奇妙な物が浮かび上がった。

 

「ンだ、こりゃ……!?」

 

その言葉は自分だけのものではなく、周囲の皆にも見えているようだった。それは、とある村に見える廃工場、それが何故、今此処で、ドバイの地で見るのか理解出来ない。だがそれ以上に不可解なのは周囲にいるドリルやプロペラが体に付いた人型の何かが自分達を狩りの獲物とするかのように迫ってきている事だった。

 

「何々何これぇ!!?」

「奇怪な……!?」

 

ダイナとレディの悲鳴が木霊する、だがそれはアイリーンやリスフルーヴも同じ。本能に訴えかけるかのようなそれらに自然と脚が前へと出る、自分に出せない筈の速度をカーブで出してしまう。それを理性が反射的に抑え込もうとして二つがぶつかり、余計な体力とスピードが削ぎ落ちる。

 

「アハハハッすっご~いね―――でも、それだけだね」

「ンだとぉ……!!」

 

そんな幻想を一気に打ち破るかのように抜け出したのはリンクス、彼女に揺さぶりなんて意味がない。彼女には揺るがない強さがある、強い者は強い、極めてシンプルな答えだけが彼女の道標、そして彼女はそれを疑う事を知らない。

 

『此処でアームドリンクスが抜け出した!!アームドリンクスが先頭、メジロランページは来るのか!?流石に苦しいか!!?さあラストの直線に入る―――こ、此処でアルカンシェル!!アルカンシェルが一気に抜け出していや、ヒューペリオン!!ヒューペリオンも来た!!真夜中の激戦に太陽が昇るのか、虹が掛かるのか!!?』

 

同じく、幻惑を抜け出すかのように駆け出していくアルカンシェルとヒューペリオン。二人は此処まで最後まで温存していた切り札を切った。此処しかないタイミングで切った。虹を煌を纏うアルカンシェル、漆黒のオーラを纏うヒューペリオン、対照的な二人が先頭を行くアームドリンクスを追う。ランページは一気に4位に落ちた。

 

『メジロランページ4番手!!先頭を争うのはアームドリンクス、アルカンシェル、ヒューペリオン!!さあ誰が勝つのか、どうなるんだ!!』

 

「ハァハァハァハァ……!!」

 

決死の想いで走り続ける、重く成り続ける脚、今にも食い破って来そうな精神に掛かる重圧、迫って来る無数の気配。これまでに無い苦しさ、喉の渇き、辛さを味わう。一歩でも足を置く場所を間違えたら崩れ落ちそうな感覚すらある。今どこを走っているんだ、この村は、どうやったら抜けられる、怯える様に委縮したこの身体はどうやったら動くのか。何もかも分からなくなっていた。

 

「(無謀、って奴だったかな……)」

 

無敗神話の王者と謳われて、憧れを受けて、夢だと言われ、慢心をしていたのか―――自分は此処で果てるのか……そんな考えを持った自分を即座に一蹴する。違う、自分はそんな弱くは無い筈だ、自分は既に一度負けている、負けなんてそれだけで十分じゃないか、そうだ、自分は、俺は―――ランページに……

 

 

 

―――違うでしょ。そんなんじゃ、ない筈だよ。

 

 

今の声は何だ、何処から聞こえて来た。誰の声だ、でも聞いた事のある声だ。

 

あの時、私がいったのは違うよ。

 

この声は……顔を上げると必死の声援を送っている日本の応援団、その近く、ラチに腰掛けているウマ娘が居た。彼女の姿は見えていないのか、近くのスーちゃんも気付いていない様子だった。そんな彼女は―――自分だった。

 

貴方は、貴方だよ、メジロランページ

 

そうだ、あの子は―――幻想の世界が晴れる、稲光がそれを走りその輝きが自分と彼女を照らした。

 

自由に生きて、楽しんで、私の分まで―――ねっランページ!!

 

「ああ、そうだな……そうだったな!!!」

 

地面を強く踏み込む、迷う事なんて一つもない、敗北なんて自分になんてない。今自分にあるのは―――この、身体の内で暴れ狂う熱狂の渦のみ!!それに全てを委ねた時、身体の奥底に眠っていた全てを開放した。その瞬間―――解放されたかのように、ランページは再び疾駆した。

 

亡き魂よ、共に暴れよう。

 

『メ、メジロランページが一気に上がって来た!!無敗の王者はまだ死んではいなかった!!』

 

全身を縛っていた鎖は既に砕け散り、彼女の力となった。一気に駆け出していくその背中を追走するようにリスフルーヴが行くが、その背後からもシュタールが行く。

 

「やっぱり、あの人は―――凄い!!」

「そうだ、私達はこんな所で立ち止まってちゃダメなんだ、あの人に挑戦する為に、此処に来たんだぁ!!!」

「あの人に、遅れて堪るかぁ!!!」

 

『さあ此処でアメイジングダイナとレディセイバーも上がって来る!!日本のウマ娘達の瞳に炎が灯る、大和魂が、闘魂となって彼女に注入されていく!!メジロランページが4番手から一気に迫っていく!!アルカンシェルを捉える!!!』

 

「これはっ、この走りは―――!!」

「あれだけ受けて……!!」

「すっごっ!!」

 

我、熱狂の渦を巻き起こす!!

 

「俺を観ろ、感じろ、こっからが俺の―――スタンピードだぁぁ!!!」

 

『メジロランページが、メジロランページが越えていく!!先頭は抜け出たアームドリンクス、だが今3番手に上がってそのまま太陽すら飲み込んで、白いイレギュラーに手が、届いた!!いや今抜いたメジロランページ先頭!!1バ身を抜け出た!!後ろからも砂塵の騎士と砂の超特急が意地を見せる!!このドバイで日本が夢を我々に見せようとしてくれている!!』

 

レディは超前傾姿勢走法を切った、もう後の事なんて如何でもいい。今この瞬間に全てを駆けると言わんばかりの走り、ダイナもそれは同じ。全身全霊を込めて最後の強襲。二人が伸びる中、アームドリンクスは一際笑った、そして再度ランページへと襲い掛からんと迫っていく。

 

『アームドリンクスが迫る!!アルカンシェル、ヒューペリオンの逆襲が来る!!ランページに届くか!届くのか!!?いや、届かせない!!メジロランページ、メジロランページ、やったぁぁっメジロランページ、今先頭でゴールイン!!!ドバイワールドカップ優勝はメジロランページィ!!!やりました、日本ウマ娘が海外で勝利したのはこれで4度目、そしてG1勝利は史上初の快挙!!!世界の一冠をその手にもぎ取りましたぁ!!!2着はアームドリンクス、3着にアルカンシェル、4着にはなんとレディセイバー!!5着にヒューペリオン、アメイジングダイナは7着と、日本勢大健闘、世界の舞台で堂々の走りを見せ付けました!!!』

 

無敗の神話を築き続けた王者、極東の島国の無敗の王者などと嗤った者もいただろう。だが、そんな者達の言葉を全て覆し、今―――世界の一冠を取った。世界の扉が日本へと向けて開かれた瞬間、そのカギを抉じ開けたのは暴君と言われるウマ娘、メジロランページ。日本の王者が世界の王者となった瞬間に世界が驚愕し、日本中が沸いた。

 

「これが、挑戦の本懐……真の意味だ!!!」

 

掲げ挙げられたその腕と声に、熱狂が起きる。俺に続けと言わんばかりのその姿に、誰もが夢を見て、憧れを抱き、その背中に続こうとする炎が、一人、一人の胸の内に灯されていく。その憧憬の炎は、何れ形なる未来の大火となる。それを―――彼女は確信していた。




ドバイワールドカップ

1着:メジロランページ
2着:アームドリンクス 
3着:アルカンシェル
4着:レディセイバー
5着:ヒューペリオン
6着:リスフルーヴ
7着:アメイジングダイナ
8着:シュタールアルメコア
9着:アイリーン
10着:バニッシュ・アウト


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199話

日本ウマ娘初の海外G1タイトル獲得にしてドバイワールドカップ日本初優勝。これまで数々のウマ娘が挑み、跳ね返されてきた海外の厚い厚い壁。それがこの日、遂に瓦解した。それを成し遂げたのは国内無敗の生きた伝説、余りの強さ故に独裁者、暴君などと呼ばれるウマ娘、メジロランページ。芝、ダートの二刀流、芝からのダート路線追加には驚愕させられた者も多かった、だがその驚きもこの時の為の物だったと今なら理解出来る事だろう

 

「レディにダイナ!!お前らもこっち来いよ俺達3人で写真撮るぞ!!」

「えっでも……アタシ、7着」

「ンな事で文句言う奴いたら俺が黙らせる!!」

「乱用だよそれ!!?」

「しかも出来る立場なのが凄い性質が悪い……」

「んじゃ此処でアンケな、お前らでこの二人が一緒に写真撮るのに文句ない人手ぇ挙げて!!」

『はい!!』

「よし決定な」

「その連帯感は何なんですか!?」

 

そして日本を取り巻く熱はそれだけに非ず、共に出走したレディセイバーとアメイジングダイナの大健闘もあった。レディセイバーは4着、アメイジングダイナは残念ながら7着だったが……それを見て侮るのは実際のレースを見ていない愚か者の言動でしかない、実際のレースでは世界の強豪相手にあれだけの走りをした二人を称賛する声は後を絶たなかった。ランページを頂点に据え、その左右を二人で固め、日本の誇りとされた。

 

『日本のウマ娘は世界にも通じる、日本世界への証明』

『真の世界の王者の証明』

『暴君、メジロランページ世界を制する』

 

勿論、これを発行した出版社はドバイまでやって来ていたランページお気に入りの出版社。しかも当日中の昼には発刊され異例の超大ヒットとなったらしい。如何やらランページならば、彼女ならやってくれる!!と信じて既にラインを整えて、社員一同スタンバイ状態だったらしい。それをインタビューの現場で聞いたランページは此処から負けなくて良かったぁ……と安心した模様。

 

「アメリカに行くぅ?」

 

日本に帰る前のドバイ療養中、レディとダイナと共にゆっくりしていると唐突にレディがそんなことを言い出したのであった。

 

「はい、今回の事で確信が持てました。そして武者修行を兼ねて私は海外に行こうと思ってます」

「どこぞのシリウスパイセンみてぇな事考える奴だなお前」

「ほぼ名前言っちゃってるよそれ……」

 

レディの話を聞いて真っ先にシリウスの海外遠征を連想したのはスーちゃんがトレーナー代理だった事なのもあって当然の成り行きだろう。

 

「今回、私は4着でした。世界の頂点を決めるレースの一つ、ドバイワールドカップの4着―――私としては貴方に勝てずに掲示板を確保するだけで精いっぱいだったのは極めて不服ですが」

「それ言われたら私の立場が……」

「すいません、ですが同時に私の自信の革新でもあります……世界の舞台でも、私は戦える」

 

今回の事で踏ん切りがついた、それだけレディの中にあった自信が大きく、頑強な物へと変貌した瞬間でもあった。

 

「それと―――エリックさんに言われたことも関係してます」

「エリちゃんの」

「はい」

 

エリックからアメリカで走っても通用するという言葉もそれを後押ししている。まさか自分の力がそこまであるとは思えなかった、自分は唯ランページに勝ちたくてこの地まで来ただけだった。それがアメリカでも……とはとても思えなかったのだが、今回のレースのその自信が漸く得られた。そして目の前の人を超える為にはそれに見合うだけの修行をしなければならない、それは極めて険しく辛い修羅の道。

 

「きっとつれぇぞ?」

「苦難上等、好む物なり修羅の道―――そうでなければ、世界の暴君を切り伏せるだけの刃を作り上げる事など到底出来ぬ偉業。砂塵の騎士は、アメリカに刃を作りに行くのです」

「言ってくれるな、なら好きにしろ。俺は止めねぇよ」

「止められたところで私は行きますけどね」

 

そして、レディは付け加えるようにアメリカに行く際はアイリーンとバニーを頼る事を伝えた。この前の配信で特に仲良くなった二人の力を借りてアメリカでも頑張るらしい。

 

「だったら英語ぐらい話せるようになっとけよ、お前の英語は授業で教わった所だけだからな」

「が、頑張ります……」

「うぅぅぅ~私も頑張らないと!!」

「おっダイナも海外か?」

「いえ、まずは自分を鍛え直してからにします。そうですね―――手始めに次のかしわ記念を制します」

 

ダイナはまずは国内で力をつける事を選択した、日本勢の中で一番着順が下、それはつまり自分はまだまだ世界に通じるような器ではなかったとだからこそまずは日本内で力をつける。そして再び海外を目指す、その第一弾としてダートのG1、かしわ記念を制するのだと宣言する。

 

「ランページさんはどうするんですか?貴方もかしわ記念に出るなら、負けませんけど」

「俺は、渡欧を控えてるからな……何時向こうに行って慣れるかによるな」

 

日本勢はそれぞれが別の道を行く事になる。レディはアメリカに行き、ダイナは国内で力を付けてから海外、ランページは渡欧。だが最終的に行き着く先は全く同じなのだから笑みがこぼれる。

 

「海外なんて考えた事も無かったのに、その為に頑張ろうなんてアタシも変わったなぁって思いますよ」

「それは私もです、ドバイに来たのだってランページさんに勝つ為だけですからね」

「どんだけだ、俺のこと好きかテメェら」

「「ライバルという意味でなら好きですね、倒したいです」」

 

そう言われて思わず笑みを浮かべる、本当にフローラもこんな感じならばいいのだが……何であれはあんなに粘っこい感じがするのだろうか……。

 

「ランページさんは渡欧って事は次は芝ですか」

「元々芝のウマ娘なんでね、芝とダートの海外G1とかロマンじゃん」

「そんな理由で蹂躙されるヨーロッパに笑いが止まりませんね」

「おいおい、もう俺が勝った前提か」

「「負けないでしょ貴方は」」

 

全く裏の無い、信じ切った笑みがそこにある。まあ負けるつもりは毛頭ない訳だが……これは益々負けられなくなったという訳だ。

 

「ったく色んな物背負わせすぎだ」

「すいませんね、でもそんな風に私達を変えたのは貴方ですよ」

「ええ、ランページさんと出会ったせいでこんな風になったんですから、責任を取る為に決着を付けるまで負けないでくださいね」

「上等じゃねえか、そっちこそ不甲斐無い走りすんじゃねえぜ」

 

全くこの二人は……と思いながらもその言葉に感謝を浮かべていた。まだまだ自分は走れる、前へと行ける……それを再認識した瞬間だった。

 

 

 

「―――ハッ!?今、ランページさんが私が言ったら絶対許さないような事を言われたのに笑顔で受け止めたような気が!!?」

「姉さん、流石の私でもそれは引くねぇ」

「私は既に引いてます」

「タキちゃんとフラちゃん酷い!!」




だってねえ……フローラの場合は愛が混ざるから。

ダイナとレディは純粋な対抗心と闘争心だから……。


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200話

休養を兼ねてリンクスやバニーたちを改めて配信兼パーティを行ったりをしたりしていたランページ、日本のライブ曲を聞きたいと言われたのでその場で彩 Phantasiaやwinning the soul、ラストにはレディとダイナを加えたうまぴょい伝説をやったりした。尚、その時にドバイの首長が話をしたいとやって来て、是非ステージで聞きたい!!と言われたのでドバイワールドカップミーティングスペシャルライブが行われる事になった。

 

尚、テレビ局は発狂した。そして、サーバーが悲鳴を上げた。首長は最前列でニッコニコだった。そんな事をやっていた影響でドバイから日本へと戻る頃には、既に暦は4月を越えていた。

 

「お婆様、只今ランページ帰国致しました!!」

「お疲れ様でした。大変だったでしょう初の海外は」

「いやぁ気楽に過ごさせて貰いましたよ、現地の夜に合わせて寝れば時差ボケも起きませんからね」

「あらっそうなんですね」

 

漸く帰国したランページは空港でマスコミとファンの盛大な出迎えを受ける事になった、ファンには最高の笑顔と配信で定番のあの言葉を言うなどのサービスをしたりなどしつつもマスコミには取材はトレセンか南坂、メジロ家を通してくれという態度を貫いてメジロ家へと戻って来た。

 

「海外G1初制覇……フフッ貴方は何処まで高みに登れば気が済むでしょうね?」

「さあ、我ながら何処まで行けるかなんて分かりかねますね」

 

25戦25勝、世界的に見ても破格の伝説。これを上回るウマ娘はたった一人しか存在しない。そんなウマ娘と比較されるところまで上り詰めてしまったランページ、ライアンに連れられてこの屋敷にやって来た時の面影はもう既になく、立派な王者としての風格を纏うようになっている。

 

「あら、そう言えばスーちゃんは?」

「シンボリのお屋敷の方に戻るそうです、なんでもシリウスとお茶をする約束があるとか……なんか向こうからのお誘いは初めてだから楽しみだって言ってました」

「あのシリウスがねぇ……貴方の配信を見てこれはまずいとでも思ったのかしら?」

「流石にあれはやり過ぎたと思ってます」

 

ドバイで行ったスペシャルライブはランページのチャンネルで配信がされたのだが……世界中からアクセスが殺到する程のものだった。日本のそれだけではなく、アメリカやフランス、ニュージーランド、ドイツ式のウイニングライブも行われたのだから。映像資料として凄い重宝されそうな位にはバラエティに富んだライブになった。

 

「ネットニュースも凄い事になってましたもんね」

「URAから直接私の所に役員が来ましたよ、貴方のお孫さん何とかしてください!!って」

「あちゃぁ……あのバカ共俺が耳貸さねぇからってお婆様に行きやがった……」

「と言っても私が出来る事なんてないので、自分達で努力なさいと一喝しましたけどね。別に犯罪行為などをしている訳でもないのだから注意をする理由もありませんし」

 

確かにレースを一緒に走ったウマ娘達と一緒にライブを行ったというだけなのだが……ただそれをテレビ局なんかを一切通さずに個人の配信でやっただけなのだから……サーバーに著しい負荷をかけたと言われればそれまでだが……。

 

「それで貴方はこれからどうするのかしら」

「一応トレセンに行きます、新学期だし顔出してやりゃみんな喜ぶでしょ」

「狂喜乱舞間違いなしね」

「でしょ、それじゃあお婆様これで」

 

頭を下げてから部屋を出ていく孫を見送る、紅茶を一口含んでから少しだけ笑う。

 

「そう言う事ではなくてよ、スケジュールを聞いたのよラン」

 

 

「チィ~ス」

 

まるで居酒屋の暖簾でも潜るかのように、無造作にカノープスの部室の扉を開けた。中では次のレースに向けての調整や作戦会議が行われていたのだろうか、ホワイトボードに予定を書きながらもそれぞれの状況などが書かれている。全員が集中した表情を浮かべていたのに、扉を開けた自分の姿を見た途端の破顔させた。

 

「ラ、ラン~!!?帰って来たの!!?」

「ランお帰り~!!!!」

 

まず最初に大声を上げたのはカノープスの良識担当のネイチャ、帰国のニュース自体は知っているだろうがまさかその流れでトレセンに来るとは思わなかったのだろう、そして同時にターボが満面の笑みを浮かべて抱き着いて来た。

 

「おっお姉様!?え、えっとえとえと……ド、ドビャイワールドカップ優勝おめひぇひょう!!!ぅぅぅぅ~……噛んじゃったぁ……」

「ライスちゃん一番盛り上がってたもんね~ランさんお帰り~」

 

ついで、我が最愛の妹(ライスシャワー)がその名のような祝福の言葉を掛けてくれる。彼女が好きな青い薔薇、その花言葉は神の祝福、正しく彼女の言葉は神の祝福に値する……無神論者だが、この時ばかりは神に感謝しよう、尚捧げる神は三女神である事とする。そしてタンホイザはそんなライスをフォローしつつも自分を迎えてくれる。何だかんだでこういう普通の出迎えが嬉しい。

 

「わ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ラ"ン"ベージ先輩だぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!」

 

そして我らがカノープスのメガホン、チケット。本当に聞き取りづらいがドバイ凄かった、負けるかと思ってドキドキした、でも勝って感動したという事は汲み取れた。取り敢えず頭を撫でてやって落ち着かせておく。

 

「お疲れ様でしたランページさん、矢張りあなたは凄いです。私も何れ、海外に行ってみたいですね」

 

そして、イクノ。自分にとっては一番走り込んだ戦友のようなチームメイト、彼女も恐らくそう思っている事だろう。彼女の言葉は普段と同じで、何処か日常を感じた。そして彼女ならば海外でも勝てるだろうと不思議な信頼感がある。そして―――

 

「おかえりなさい、ランページさん」

「ああ、ただいま南ちゃん」

 

笑顔で一言、そう言って来た自分のトレーナーに自分も一言で返す。そして持ってきたトロフィーを良く見える所に飾る、世界の冠を。

 

「これがランの取ったトロフィーか~!!すっげ~ターボもこれ取りたい~!!」

「ターボがいけそうなやつだと……芝1800のドバイターフとかか?」

「いやぁ~なんというか日本のトロフィーとは感じ違うよね~」

「また、この部室が華やかになりますね」

「ホントだね!!しかも今日だから余計にそうだね!!」

「あん、なんか今日あんの?」

 

トロフィーを見つめているとタンホイザのその言葉に喰いつく、何か今日は予定あっただろうか。一応自分もチームを纏める側の立場なのでスケジュールは頭に入れているつもりだったのだが……そんな自分にライスが袖を引っ張った。

 

「え、えっとね。少し前に入学式あったんだけどね、お姉様がドバイワールドカップに勝ったから、カノープスに希望者が今まで以上に殺到しちゃったから今日テストを行う事になったの」

「マジかよ、なんか悪い……って何か前もこんな事言ったような……」

「いえ予想通りでしたから大丈夫です、折角ですからランページさんも参加してくれると皆さんお喜びになると思いますよ」

「大丈夫?暴動にならねぇ?」

 

そんな事を言われると断れない自分の事を知っているくせに……と内心で少しだけ、自分の事を熟知しているトレーナーに肩を竦めつつも、ターボとライスに引っ張られるようにテストが行われるコースへと向かう事になった。そして同時に感じた、自分は日本に帰って来たんだなぁ……という実感を。




25戦25勝、これはオーストラリアの競走馬、ブラックキャビアに並んでいる。この上にはハンガリーの宝物こと、54戦54勝のキンチェムがいるのみ。

しかもブラックキャビアは2006年8月18日生まれで現在16歳と存命。G1勝利数は15勝。競馬は時々競馬を越える、正しくその通りである。


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201話

「お~お~随分と集まってんなぁ……」

 

昼下がり、入学式も近かった事もあって授業は早めに終わった事もあってそんな時間からカノープスの入部テストが行われる事になった訳なのだが……コースに集まったウマ娘の生徒はかなり多い。以前、リギルの入部テストの様子を覗き込んだ事があったが、それ以上の人数が集まっている気がするのは気のせいだろうか。これも自分のせいかと思うと何とも言えない物が込み上げてくる。

 

「ひいふうみい……ざっと数えても40人超えてない?リギルでもこんな集まらないっしょ」

「凄いクラス越えてる!!」

 

ネイチャのざっと換算でもその位らしく、それに一クラス当たりの人数を越えている事にターボは喜びの声を上げる。これだけの人数がカノープス志望とは……直近でランページがドバイワールドカップを制しているだけあって凄い事だ。

 

「良い事です、またうちのチームが賑やかになりますね」

「どんな子が来るのかな~!?」

 

既に賑やかなチームが更に賑やかになる事になるのだが……まあ賑やかなのは良い事かとイクノの意見に同調する。タンホイザの意見にも分かる、見るだけでも多くのタイプのウマ娘がいるしどんな風になるのか楽しみでしかない。

 

「うぅぅぅぅっ~アタシにも後輩が出来るんだぁ!!」

「良かったねチケットさん」

 

何だかんだでチケットの意見には最も共感できるかもしれない、ライスも同意している通りに初めての後輩というのはワクワクする物だ。

 

「ね、ねえあの人が、ランページ先輩、よね……!?」

「ド、ドバイから帰って来たばっかりの筈なのよね……!?」

「サインとか、貰っちゃ駄目なのかな?」

 

「モテモテですなぁ」

「茶化すなよネイチャ」

 

矢張りというべきか、自分を見つめる視線がかなり多い。史上初の海外G1制覇をやってしまったからそりゃこうなるか、とも思う。これは明日からも大変な事になるんだろうなぁ……と思っているとそんな南坂がそろそろいいですかね、と声を上げる。

 

「それでは皆さん、本日はお集まり頂きまして有難う御座います。私がカノープスのトレーナーを務めさせて頂いております南坂です、本日は宜しくお願い致します」

『宜しくお願いします!!』

 

南ちゃんらしい丁寧さだなぁ……と思っていると視線を此方に向けられた、その意図を察する。

 

「これからカノープスの入部テストを行いたいと思います、入部というだけに囚われずに自分の実力を見極め、これからに繋げるように考えて頂けるとトレーナー冥利に尽きます。それでは始める前に……折角ですからこの方に挨拶をして貰いましょうか、ランページさんお願いします」

「あいよ~」

 

皆の前へと出ると一気にざわざわと賑やかになっていく、そしてきっと望まれているであろうことをする。

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、この想いは止められない♡なランページだぜい!皆の者~善行積んでたか~?」

『キャアアア!!』

 

やっぱり望まれていた、生の挨拶を聞けて発狂一歩寸前の希望者たちに良い反応をするなぁと思いつつも発狂者とかでないよな……と若干不安になり始めた。

 

「という訳で、今日ドバイから帰国したメジロランページだぞ~いやぁドバイだと暴君呼びがデフォだったぜハッハッハ~まあそれは置いといて、カノープスの入部テストにようこそ諸君。最初に言っておくと此処のトレーナーの南ちゃんはこんなお綺麗な面した優男だけど練習となったら割と容赦ないからそこの所は覚悟しとけよ~何せ、俺を鍛え上げたトレーナーなんだからな」

 

それを聞いて全員の顔が引き締まり、緊張した面持ちを作り出し、つばを飲み込んだりする。ランページという圧倒的な光に惹かれた虫のように此処にやって来たが、そうだ、此処のトレーナーはそのランページを鍛え上げたトレーナーのいるチームなのだ……生半可な気持ちで入る事も続ける事もきっと出来ない筈だ……。それを見て南坂は目論見通り……と笑いながらタブレットを取り出す。

 

「それでは、これから入部テストの説明をさせていただきます。皆さん学年も違えば得意な距離なども違います、事前に記入用紙に希望距離を記入して提出して頂きましたがそれらを参考にしつつテストを行います。それではまずは―――1000m、短距離コースから始めます」

 

それを聞いて希望者する者はコースに残り、それ以外はコースから離れていく。それを見つつ南坂の持っているタブレットに目を落とすと入部テスト用の物とは思えぬ程にテストに参加するウマ娘のコース別の資料が作られていた。短距離レースに出る者にも当然。

 

「相変わらずお優しいこった……」

「トレーナーは導く者ですから」

「気づかせる者、でもあると思うぜ。アンタみたいに優しい奴ばっかじゃねえんだ」

 

トレーナーの特色は正しく十人十色、東条のような管理主義もいれば沖野のような自由主義もいる、黒沼のようなスパルタ主義もいる。それでも三人に共通しているのは心からウマ娘の事を考えてその未来を案じている事だ、だが中には自分の出世欲などを満たす為という考えを持つ者も居ない訳ではない。導くのも重要な仕事だ、だが必要な時には気付かせ、別の道を歩ませるのもトレーナーの役目。

 

「ですから、私みたいな優しくて別のキャリアに進みやすいトレーナーが居てもいいでしょう?」

「ったく……敵わねぇなアンタには」

 

ウマ娘とは走るものだ、そんな彼女らを支えるのがトレーナーだ、唯支えるだけはない。導き、気付かせる者だ。その意味合いは様々あれど……矢張り自分にとって最良且つ最高のトレーナーは南坂を置いて他に居ない事が改めて分かる。

 

「んじゃまあ、折角だから俺がスタートの合図出すわ。それではカノープスの入部テスト、短距離第1レース、位置について……ヨ~イ……ドンッ!!!」

 

開始された入部テスト、今年入学したばかりの子達のレースが始まる。入部した子達にとって1000mは少し長めに入るかもしれない、それでもこのトレセン学園に入って来たのならば問題はない。入部者を選定するだけではなく、その後にも繋げられるように南坂が配慮している。此処だけが全てじゃない。そんなやさしさの詰まったカノープスの入部テストが始まった。

 

「ハァァァァッ!!私は、あの人のようになる為に、此処に来たんだ!!!」

 

「先輩みたいな、立派でカッコいいウマ娘に、なるんだぁぁぁ!!!」

 

「ハッハァッ!!タイマン上等、自分とのタイマン勝負、開始だぁぁぁぁ!!」

 

「私は此処で走ってみたい、だから、頑張るぅ!!」

 

様々な思いが交錯するターフの上、レース故それが当然の事。そんな選定で入部が決定したウマ娘達、惜しくも逃したウマ娘、実力を知ったウマ娘、だが全員が笑顔だった。何故ならば―――

 

「皆様お疲れ様でした。レースの内容についてのデータは後日、皆さんに届くように手配させて頂きます。そしてはこれからは定期的にカノープス主催でレースを行いますので是非ご参加ください」

「えっ!?だ、だってカノープスってリギルやスピカと同じ強豪チームですよね!?」

「そ、そんなチームが常にメンバー募集状態になっちゃうって事じゃ……」

「正確に言えば、カノープスが主催する選抜レースです。自分の実力を測る、スカウトを受ける為、カノープスメンバーに会いに来る、そんな目的で遊びに来てください」

 

カノープスは賑やかなチーム、それを上手く利用してウマ娘達のモチベーションを上げた。チャンスはまだまだある、月一で行われる選抜レースとは別にそんなレースがあれば可能性はもっと広がるしトレーナーとの出会いの場にもなる。理事長もこれには笑顔でOKサインを出したとか。その分、南坂の負担も増える筈だが……。

 

「その辺りは他のトレーナーさんもお手伝い頂きますので大丈夫ですよ」

 

と余裕の表情だった。そしていよいよ入部テスト合格者発表に移るのであった。

 

「ではまず―――新入生、エアグルーヴさん」

「はっはい!!」

 

未来の女帝、ランページに憧れたその子がカノープスの門を叩き、見事にその枠を勝ち取った。

 

「ドラグーンランスさん」

「はい!!」

 

ランページと友達の付き合いをし、彼女を目標にするウマ娘。彼女も強いライバルに負けずに此処まで駆け上がった。

 

「ヒシアマゾンさん」

「あいよ!!」

 

男勝りで力強く、己とのタイマン勝負で過去を常に乗り越え続けることを目標するある意味で最強を目指すウマ娘、ヒシアマゾン。

 

「サクラローレルさん」

「はい!」

 

明るく前向き、自分を信じて突き進む。桜の花びらが似合うサクラローレル。この4人が新しくカノープスに入る事になった。

 

「それでは皆さん、本日はお疲れ様でした。また、このレースに来てくださいね」

『はい!!有難う御座いました!!』

 

季節は春、出会いの季節に相応しい始まりとなった。



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202話

「改めまして……此方の4人がカノープスに入る事になりました皆さんです」

「やった~!!アタシにも後輩が出来たぁ~!!」

「ターボにも出来たぁ~!!」

「気持ちは分からなくはねぇんだけど、そうされたいならもうちょっと威厳というかなんというかさ……」

「ラン、この二人にそう言う事言っても無駄だって」

 

カノープスの入部テストで入部する事になった面子を引き連れ、部室へと向かう事になった面々。人数に本格的に増えた事、チームとしての実績も結成日数も規定を越えたので部室が新しく大きい物へと変わった。流石に元の部室も今の人数ではかなり手狭なので有難かった。引っ越しも早々に、改めての御挨拶が行われる事になった。

 

「エ、エアグルーヴです!!ティアラ路線志望です!!」

 

緊張し切った表情のまま頭を下げるエアグルーヴ、世間的にカノープスと言えばティアラ路線という程には2年連続でトリプルティアラを達成した事で大分浸透しているので分かる選択肢、と皆が思う中で彼女はランページへと期待を込めた視線を送るのだが、それに応えるようにハンドサインとウィンクで応える。

 

「約束通りに来たな、こっからだぜお前さんのトゥインクルシリーズは」

「はい、何時か胸を張ってこれが私だと言えるような走りでレースを勝つのが目標です!!」

「中々カッコいい目標だね、あのレースを勝つとかじゃなくて胸を張って自分だって言える走りか~いやぁ流石唯一の新入生合格者だね、キラキラしてるわ~」

 

ネイチャの言う通り、エアグルーヴは40人近く居た中で唯一の新入生での合格者。まだ肉体面も技術面も未熟という事で短距離を走らせたのだが―――彼女は同じ新入生や人数の関係で混ざって貰った1年先輩のウマ娘を越えてなんと1着で1000mをゴール、正しく将来有望の筆頭とも言うべきウマ娘だ。ランページは流石未来の女帝だと笑っていた。

 

「先輩先輩、私も来ましたよ~!!ドラランこと、ドラグーンランス、カノープスに着任しました!!」

「応。ドラランもティアラ志望だったっけ?」

「ええ、流石にブライアンさんと勝負する気は起きませんし、長距離はキツくて」

 

以前配信の手伝いをしてくれた縁で友人になった後輩のドラグーンランス、彼女もカノープスにやってきた。彼女は何気にブライアンの同期、94世代なのである。

 

「おっと、だからと言ってもアタイだってそう簡単に負けるつもりはないよ。ティアラ三冠を貰うのはアタイさ」

「ムムッ負けませんよ!!」

「という訳で、同じくティアラ路線志望のヒシアマゾンだよ。宜しく頼むよ先輩方」

 

そして同じ94世代の一人、ヒシアマゾンもカノープスへとやって来た。リギルの方に行くのかな……と思ったりもしたのだが普通にこっちに来てリギルはある程度弱体化しているのかな……と思ったがあっちはあっちでこの後オペラオーやらグラスやエルが行くと思えばバランス調整としては妥当な気がしてしまう。本当に厨パ過ぎる。

 

「サクラローレルです、カノープスに入る事が出来て光栄です。誠心誠意、頑張って行こうと思います」

「おっ~今度は礼儀正しい感じの子だね!」

「こちらこそよろしくお願いします」

「よ、宜しくねローレルさん」

 

最後の一人はサクラローレル。様々な苦難に見舞われながらも、必死に立ち上がり、夢を見た名馬。天皇賞(春)ではナリタブライアンとマヤノトップガンを同時に下し、サクラの冠名馬としては初の有馬記念を制した。その夢は遂に凱旋門にも向けられ、制覇をも期待される程の素質を秘めていたとされる。

 

「しっかし、見事にデビュー1年前のウマ娘達が重なったな」

 

94世代というべきウマ娘が3人に新入生の96世代が一人。何とも偏りのあるというか……まあ余り気にしない方が良いだろうか。

 

「こりゃまた忙しくなるな、ええっ?南ちゃんよ」

「そうですね、幸いな事に今年はデビューがチケットさん一人ですから大分楽ですので大丈夫です」

「そう言いながらライスとタンホイザの皐月賞が間近だぜ?」

 

楽だと言いつつも、シニア戦線のイクノにターボやネイチャ、クラシックスタートのライスやタンホイザの事を踏まえると楽とは言い切れないと思う。特に皐月賞は今月だ、人数も増えたカノープスを支えるのは並大抵の事ではないと思うのだが……サブトレーナーが遂に決まったのだろうか。

 

「トレーナー試験をパスした新人トレーナーさんをカノープスでサブトレーナーとして迎える事になりまして」

「そりゃ良かった―――じゃねえよ、新人トレーナーにはきつ過ぎるだろ。トレーナーの育成もスパルタ方式かよ南ちゃん」

「大丈夫です、顔合わせした時に見込みがある人だな、と思いましたので」

「絶妙に不安になってるのって俺だけか」

 

まあ自分のトレーナーがそう言うのであれば自分に反対する理由はないので受け入れる事にする。

 

「それでは、ライスさんとタンホイザさんは皐月賞に向けての調整。目指せ打倒ミホノブルボンプランの完遂を目標にしてくださいね」

「はい、お任せください!」

「が、頑張ります!!」

 

一体どんなプランなのだろうか……普通に気になる所だ。続けてクラシック組なのだが……此処で思わずランページはズッコケそうになった。

 

「そして、天皇賞(春)に出走希望は……イクノさん、ネイチャさん―――ターボさんですね」

「ってうぉいターボお前天春出る気なのかよ!?」

「出る!!」

「いや、キツくねぇか……?」

 

豪語するターボ、如何やら大阪杯でテイオーに負けているらしく、そのリベンジを天皇賞でするつもりらしいのだが……幾ら何でも京都の3200を走る天春はターボには長すぎる気がする。自分のように有記念の2500辺りがターボの限界と見積もりが妥当な所。それなのにこの爆逃げ娘は……。

 

「やる!!テイオーに負けてられないもん!!」

「ハァァァァッ……イクノにネイチャ、スタミナトレーニングの付き添い頼むわ」

「既に一緒にやってますので大丈夫です」

「まあランがそう言うのも分かるからね……アタシだって同じ事言ったし」

 

本気でそうしたいのであれば何とかする南坂というトレーナーもいるからある程度適性を伸ばす位は出来るだろう……まあどうなるかはターボの努力次第としか言えないのだが……。

 

「そしてチケットさんは7月に函館のデビュー戦が決まりました。それに向けて一気に仕上げていきますよ」

「うおおおおおっ遂にアタシもデビューだぁぁぁぁ!!!」

 

そして漸くデビューを迎える事になったチケット、タイシンもハヤヒデも同じように仕上げている筈。それには負けていられないと気合十分、万全の状態でデビュー戦を目指す為に南坂も力を尽くすつもり。

 

「皆さんについてですが、先ずは数日の間走りなどを見させてもらってから詳細なスケジュールを組む方向で行こうと思いますので少しお待ちいただけますか?」

「問題ないよ、しっかし燃える話が目の前でされると滾るねぇ……!!」

「来年には私達もデビューですもんね……くぅぅっ盛り上がって来たなぁぁ!!!」

「そうですね。ワクワクドキドキでいっぱいですね」

 

と元気いっぱいなアマゾンとドララン、そんな二人と対照的で落ち着きつつもワクワクしているローレル、本当に同年代かと言いたくなるレベルには落ち着いている。が、その中で唯一そわそわしていたのはエアグルーヴだった。

 

「あ、あの!!」

「ど、如何したのエアグルーヴさん……?」

「その……ランページさんはその、何時渡欧しちゃ……するんですか!?」

 

彼女が聞きたがっていたのはランページのスケジュールだった。彼女からすれば憧れの存在、気になるのも当然だが折角同じチームに入れたのだから出来るだけ一緒に居たいと思う反面、彼女の次のレースの予定が気になる模様。

 

「大丈夫ですよ少なくとも6月辺りまではランページさんは日本に居ますから」

「って事は7月辺りか渡欧は」

「一応そう考えています、ドバイの時を考慮するとこの位がベストだと思っています」

 

それを聞いてエアグルーヴは何処か安心したような嬉しいような表情を浮かべた。彼女の海外遠征は自分も期待しているが、折角だから練習を見て貰ったり一緒に走ったりしたいという欲求もあるようだ。それを見抜いたのか、南坂はランページに言う。

 

「という訳ですのでランページさん、新人さんも入った訳ですのでチームリーダーとして彼女らに付き合ってあげたりしてくださいね」

「あれ、リーダーって俺なの?」

「というかラン以外に居ないでしょ実績的に」




カノープス新入部員進路

ドラグーンランス→ティアラ路線

ヒシアマゾン→ティアラ路線

サクラローレル→未定

エアグルーヴ→ティアラ路線

やっぱティアラチームじゃねえか。


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203話

後輩という存在が出来てもカノープスの日々というのは変化しない。カノープスは色んな意味で安定したチームなのだ、それは良い意味でも悪い意味でも。主に悪い意味というのは騒がしいという事になるのだが……生憎、ターボもチケットも騒がしいのは相変わらずだった。傍から見ればカノープスはリギルとスピカと同格の強豪チーム、この二つで言えば矢張りリギルのイメージが強いのかカノープスもきっと厳しいチームなんだろうと……思う者も居るのだが実際はそんな事はない。

 

「よ~しチケット、ターボとダービーの2400で勝負だ!!」

「負けませんよ~!!」

「駄目ですよ、ターボさんまだデビュー前のチケットさんに無茶させては」

「「えっ~!!?」」

「ここは、ジュニアクラスのG1、2000mにしましょう」

「「やる~!!」」

「ネイチャさん、ゴールお願いしますね」

「はいほ~い」

 

緩い、色んな意味でカノープスは緩いのだ。トレーナーである南坂は基本的に笑みを浮かべ続けている好青年で言葉遣いも懇切丁寧で優しい、それで居ながらも常に全体を見渡して指導の手を緩めず、それで居ながらも適宜調整などを行っていく。緩くはあるが決して楽ではないのがカノープスである。

 

「おやっ……ランページさん、私のシンザン鉄何処にあるか知りませんか?」

「何言ってんだ、今日から新しいのに変わるんだからなくて当然だ。ほれっアップデート」

「そうでした。まだまだ貴方に追い付けませんね」

「簡単に追いつかれてたまるか」

 

そう言いながらもイクノは新しいシンザン鉄を装着する、ランページを除けば彼女が現状最も重いシンザン鉄を装着している。今日で8倍、後僅かで本来のシンザン鉄を付けられるようになる……そうなったら逃げ切れるかなぁ……と少しばかり心配するランページだが、颯爽と走り出していく彼女を見送ると走り込みから戻って来た後輩たちが戻って来た。

 

「お姉様、ただいま~」

「ただいま帰りましたっ!!」

「応お帰り」

 

駆け寄って来たのはライスとタンホイザ、皐月賞も近いだけあって二人も気合が入っている。そんな二人の後ろには息が切れている新入部員の4人が居た、南坂から走り込みに同伴させるように指示を受けたらしいのだが……カノープスでも生粋のステイヤー二人の走り込みに付けるとは、相変わらずお優しい顔をしてやることがエグいトレーナーだ。

 

「ほれ、二人は南ちゃんから新しい指示受けて来な。皐月賞、ブルボンに勝つ為のメニューをな」

「うんっ頑張るねお姉様」

「私も頑張ります~!!」

 

ウキウキ気分でスキップするように跳ねていくタンホイザと明確な目標がある為か、気持ちが昂っているライスは一緒に南坂の元へと向かって行く。そして、荒い息を吐き続けている4人へと目を向けながらもクーラーボックスをその前へと置いてやる。

 

「お疲れさん、息整えてから飲めよ?」

「あ、有難う、ございましゅ……」

「無理に返事すんなドララン」

 

あの様子では二人も一応は加減はしているとは思うが、それでも皐月前のウォームアップなのだからそれなりの距離だった筈。ドラランの憔悴っぷりからもそれは伺える。

 

「な、中々に、来るねぇ……」

「フゥッ……時折、急にペースを上げて下げてを繰り返したりもしましたものね……」

 

長距離にも適性があるローレルはそこまでではないが、流石のアマゾンもお疲れ気味だ。そして一番疲れているのは……完全にへたり込んで荒い息を吐き続けているエアグルーヴだろう。

 

「大丈夫かい、流石にキツかったろ」

「だ、だいじょう、大丈夫……です、まだ行けまっ……」

「無理するな。辛いなら辛いで良いんだ」

 

憧れの人の言葉を受けて無理に立とうとするのを抑えながらその頭に冷たいドリンクを当てて冷やしてやる。二重の意味での頭を冷やせ、というのは直ぐに伝わったのかエアグルーヴはそれを受けて大人しく息を整える事に集中し始めた。

 

「良い根性したよアンタ、最後まで付いて来れるんだから」

「途中で何度もライスさんが休憩入れる?って聞いたのに大丈夫って頑張ってましたもんね」

 

新入生でそこまでやれるのは本当に凄いと思う、流石は未来の女帝だ。

 

「私は、ただ、この位やらないと……ランページさんみたいになれないと思っただけです……」

「言ってくれるねぇ……その意気込みは買うけどな。あんまり無理はすんなよ、特に新入生で無理をし過ぎたら却って毒だ。まずは一歩一歩、自分の身体を作ってから頑張ればいいんだ」

「はい……!」

 

自分の言葉を受けて彼女は瞳を輝かせた、矢張り憧れの人からの言葉は素直に聞くんだねぇと茶化すようにアマゾンが言うとエアグルーヴは顔をそっぽを向いてちびちびと冷たいドリンクを飲み始めるのであった。

 

「一休みしたら、ドラランにアマさんにローレルは3人で模擬レースだ。南ちゃんがそれぞれの資質を見極めるってよ」

「マジですか!?距離は!!」

「2000mだ、皐月も近いしそれも関係あんのかねぇ」

 

ティアラ路線志望の彼女達からすれば皐月とは関係ないが、秋華賞はその距離なのでそう思っておこうと勝手に思うのであった。指示を受ける為に早々に立ち上がる。

 

「よぉ~し頑張る!!先輩も見てくれますよね?」

「見物させて貰うよ、そうだな……頑張ったら夕飯を御馳走してやるよ」

「先輩と食事、これは気合入るね!!よぉ~しタイマンだぁ!!」

「フフフッさっきまで疲れたのにもう元気、かくいう私も元気いっぱいですから負けませんよ」

 

傍から見れば余裕たっぷりそうなローレルの有利かな、と思いながらも情熱を燃やして己との勝負というタイマンに燃えるアマゾンも負けない、そして自分の友人のドラランも中々にハイテンション。これはこれで模擬レースながらも見逃せない戦いになりそう、と思っているとエアグルーヴが此方をチラ見して来ていた。

 

「あ、あの……その……」

「分かってるよ、頑張ってライスとタンホイザに付いて行ったもんな。連れて行ってやるよ」

 

自分の気持ちを察してくれていた事に喜ぶように跳ねあがる尻尾と耳、そして満開の花のように咲き乱れる笑顔。伊達にお姉様とは言われていない、年下の気持ちを察する事は出来るのである。

 

「さてと、一緒に見るか」

「はいっ!!」

 

手を差し出すと、一瞬躊躇しながらも思い切って握って来る小さな手を握り返しながら三人の模擬レースへと向かって行く。

 

「そう言えば、スピカには誰か入ってるんかね~」

「アマゾンさんとランスさんが、ローマンさんとブリザードさんという方が入ったと言ってました」

「ローマンとブリザード……あ~オグリさんの妹さんか(んで、確かブリザードは冠がタイキだったかな……マル外かまでは覚えてねぇけど)」



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204話

時折、競走馬編があったら如何なんだろう?という期待を込められたメッセージがきます。

ハッキリいいましょうか、出来るかぁ!!そっちにしたら騎手とか厩舎とか調教師で登場人物が数倍に増えるんだぞ!?如何やれってんだ!!

後、ランページの血筋とかどうすりゃいいんだよ!?こいつ、今はメジロだけど元々は一般家庭の出だよ!?母父とかどうすればいいんだよ……。

いやまあ、新人騎手を乗せたまま覇道を突き進んで新人騎手君の脳を岡部さんみたいに焼くのも面白そうではあるけどさ。


「みぃつけたぁランページさん~!!ブヘッ!!?」

「そろそろ此処の株は売り時か……代わりに此処を買うのが妥当か……」

「だぁから私の扱い雑過ぎるんですよ貴方!!」

「我が身の行動を鑑みてから発言しろ大バカ野郎」

 

何時ものように芝生の上で新聞を広げながら株価をチェックしていたランページに迫って来たフローラ、そんな彼女を軽くいなすように身を翻す。抱き着こうとしたのか、フローラは回避されたランページによって地面にしこたま身体を打ち付けた。これが本当にジャパンカップを制したG1ウマ娘の姿なのかと甚だ疑問でしかない。ライバル認定も好い加減に取り下げてやろうかな……と思案する時もある。

 

「マジで何なのお前、俺に対してどういう感情向けてんだ。何、そっちなの、そっち系なの?」

「だからそういう訳ではないって何度も……いえ、それはそれで何だか胸が高鳴りますけど違います!!」

「……」

「駄目だこいつ早く何とかしないとみたいな顔しないでくださいよ!?」

 

溜息をつきたくなる、本気で思案したくなる程には頭痛の種である。

 

「ンで、何の用だフローラ」

「あっ話は聞いてくれるんですね」

「聞き入れるかは別だがな、聞くだけ聞いて聞き流してやろうか」

「聞き入れてくださいよ!!こほん、幾らお願いしてもランページさんがタキちゃんと会ってくれないのでTV通話で話してくれませんか?」

 

そう言えば前に家に行くのは嫌だから通話位はしてやってもいい的な事を言ったような気がして来た……その時が遂に来てしまったという事か……。

 

「お前の妹ねぇ……いやな予感しかしねぇンだよなぁ……」

「だからランページさんのタキちゃんに対するその認識は何なんですか!!?」

『それは姉さんのせいだと思うんだけどねぇ』

 

何処か聞き覚えがあるような聞こえてくる、具体的に言えば某光の巨人で闇の巨人をやってそうな声が聞こえてくる。胸ポケットから取り出したスマホを見てフローラはげんなりした表情を浮かべる。

 

「タ、タキちゃん貴方までそんな事を……」

『だって姉さんだしねぇ……姉さんは地頭はいいのにそれを巡らせる前に感情任せに発言する癖がある。それを炸裂させたせいで私もこうして悪印象を持たれているのではないのかね?』

「それに付いては全面的に同意してやらぁ、いきなり人の考えを言い当ててその根拠を愛だのって抜かす奴の妹だから警戒するに決まってんだろ」

『やっぱりねぇ、愚姉の行いについては妹なりに謝罪させて頂くよ』

「だったら少しはこいつの奇行を抑える案でも出してくれ」

『私がトレセンに居たら出来るんだがねぇ……入学もまだだから無理だね』

「私を置き去りにされながらもすっげぇ酷い会話が!?」

 

これでもフローラとする会話と比べたら極めて理性的且つ有益な会話をしているつもりはある。如何でもいいからカメラを向けて欲しいねぇと言う妹にガックリと項垂れながらもスマホを裏返して画面を此方に見せた。そこにはハイライトの無い瞳を輝かせながらも嬉々とした表情で笑っているウマ娘がいた。

 

『やぁやぁやぁやぁ!!!やっと御対面出来ましたね、おっとご紹介が遅れたね。私はアグネスタキオン、既に知ってると思うがそこの姉の妹だよ』

「俺の事は言う必要はねぇだろうが礼儀として名乗っとく、独裁暴君のメジロランページだ」

 

アグネスタキオン、超光速の粒子の名を付けられた競走馬。史実のアグネスフローラを母に持ち全兄にはダービーを制するアグネスフライトがいる。4戦4勝で皐月賞に勝利、無敗でこのまま三冠まで行くと思われたところで屈腱炎を発症し引退してしまった。だが、タキオンが名馬と言われるには種牡馬としても輝かしい成績を残し続けた。ダイワスカーレットやディープスカイを輩出し、そのポテンシャルの高さを伺わせた。しかし急性心不全により11歳の若さで死去した。タキオンの名が如く、閃光のように駆け抜けて行った生涯だった。

 

「ンでそのタキオンさんが俺に何の用だ?」

『ハハハッ御冗談を、無敗のウマ娘に興味がない者がいると思うのかい?私は是非とも貴方と顔を合わせて話してみたい、この目でその走りを焼き付けたいのさ!!』

 

ランページがタキオンの事を警戒するのは、ウマ娘でのタキオンがマッドサイエンティストであるから。アプリでもトレーナーの事をモルモットとして扱って怪しげな薬を飲ませては発光させる意味不明な事ばかりをしている。ゴールドシップとは別のベクトルで何をするか分からない怖さがある。

 

『出来る事ならば貴方の身体についてのデータを収集したいと考えている、私にとって貴方その物が極めて興味深い存在なんだ。これ程までに好奇心をそそられるウマ娘なんて初めてさ』

「褒められる……って認識でいいのかこれ」

『勿論!!貴方ほど魅力的で極めて興味深く、これ程までに研究したい存在なんて他に居ないさ!!』

 

思わずスマホを持っているだけの機械となりつつあるフローラを睨みつける、これの何処が良い子なんだと言いたげなそれを受けて思わずそっと目を反らした。

 

『まずは普段どんなメニューで練習を行っているのかを事細かく聞いて行きたいねぇ!!そうする事で私のレース最速理論の完成に大きく近づくだろうからねぇ!!』

「お前は何処の白い彗星だ。望むならメニュー位なら渡してやる、但し流出はさせんなよ」

『その位の良識とモラルは持ち合わせているさ、ないのは姉さんぐらいさ』

「タキちゃん!?」

「お前、妹にすらそういう目で見られてるって事だぞ」

『人の事をとやかく言う資格はない事は自覚しているつもりだよ私は。だが姉さん、貴方は少々ランページさんにのめり込み過ぎてる』

「ぐぅぉっ、ぐわぁあぁぁ、がぁぁぁ……」

 

遂に膝を突いて苦しみ出したフローラ、愛する妹に此処まで言われたらこの変態でも大ダメージを受けるのかと妙に納得する。そして驚いた事にタキオンが自分の中にあった物よりも酷く理性的だった。今タキオンは小学2年辺りだろうか……それなのにこんなにも話せるのか、というか此処まで大人っぽかったから理解者が居なかったからトレセンに入る時にはあんな風になっていたのだろうか……地面に落ちたフローラのスマホを手に取る。

 

「お前、本当にまだ初等部か?随分と話せるじゃねえか」

『姉がそんなのだからね、私が確りしないと』

「よく言うぜ、その物言いだともう一人の姉辺りには何時も口うるさく言われてるって所だろ」

『ハハハッこれは本当に驚いたね!!そこまで分かるのかい!?』

「ああ、やっぱいるのか。この前フローラがフラちゃんとか言ってたからな」

 

やっぱりアグネスフライトもいるのか、そうなるとワールドとかデジタルはどういう扱いになるのだろうか、確かマル外だった筈……と思いつつもその一方でタキオンに僅かながらに同情を寄せる。これだと学校でも浮きまくっているのではないだろうか……というか行っているのだろうか。

 

『昔から考えるのが好きでね、周りからは腫物扱いだ。まあ学校に一々行くなんて非効率的さ、自宅学習で十分。時折、同級生が誘いに来てくれた時だけ行くようにはしているけどね』

「良いダチを持ってるな」

『向こうがそう思ってくれているかは度外視しても、ね』

 

フローラは兎も角、タキオンとは交流を持ってもいいかもしれないと思って自分の携帯のアドレスと番号を見せる。それを見たタキオンは即座にメモ帳に書き込んだ。

 

「次からは此処に掛けろ。一々これを仲介させようとしないでくれ、身の危険を感じるから」

『了解したよランページさん。いやはや、無敗の王者のアドレスとは……フフッ最高の気分だね。何時か、その走りをこの目で見られる時を楽しみにさせて貰うよ』

「変な薬とか盛るとかしねぇならチケットでも送ってやるよ」

『光栄だねぇ!!その条件は少々惜しいが、貴方に拒絶されるぐらいならやめる事にしよう』

「交渉成立だ、姉より話せて楽しかったぜタキオン」

 

そう言って通話を切ってフローラの足元にスマホを置いておく。

 

「取り敢えずいい子という所は肯定してやるわ」

「でしょ!!?私の自慢の妹ですもん!!」

 

一瞬で元気になるフローラ、一体どれだけ妹の事が好きなのだろうか……まあ険悪よりかはマシ、なのだろうか……方向性はあれだが何だかんだで確りと会話はしているし分かり合ってはいる訳だし自分のあれらと比べたら遥かにマシだろう。

 

「取り敢えず、お前マジで好い加減にしねぇとこれ以上にタキオンから塩対応されっぞ」

「それは、いや……だけど、こんな私に変えたのは貴方じゃないですか!!」

「知るか!!テメェ勝手に変質しただけじゃねえか!!」

「変質って何ですか!?私は何かの危険物質ですか!!?」

「ある意味それ以上に性質悪ぃからやべぇんだよ!!」




まさかのタキオン、まともな感じに。まあこの時はまだトレセンに居る時ほどじゃないから……何かしらの原因がないとあそこまでは尖らんやろ……多分。


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205話

皐月賞も間近に迫り、ライスとタンホイザの追い込みも本格化し毎日厳しい練習に臨み続けている。既に二人はシンザン鉄も採用済み、現在は5倍との事。南坂曰く、二人はステイヤーなので求められる能力が違って来るので倍率を上げればそれだけ強くなるという物ではないらしく、上手い事調整しているとの事。自分はステイヤーではないのでその辺りはトレーナーに任せるしかない。

 

「さてと、俺は俺で如何するかねぇ……」

 

自分の今の目標は凱旋門賞、エルグッツとの再戦の約束を果たさなければならないのだが……渡欧までに自分はどうするか、出ようと思えば5月6月のレースにも出ようと思えば出る事は出来る。そこは海外遠征をしている身なんだからそっちに集中しろと言われるような気もするが……調整目的でレースに出る事はあり得る、となるとヴィクトリアマイル辺りかかしわ記念が濃厚となるのだろうか……。

 

「こういう時に参考するべきは先人の記録なんだけど……この時期だからなぁ……」

 

史実と照らし合わせると今自分のいるのは92世代のクラシック、この頃に海外挑戦しているのは極めて少ないし加えて勝っている例を探すと更に少なくなる。自分のドバイワールドカップでの勝利が日本中で称賛されているのは此処に関係している。一番濃い記録で言えばシリウスシンボリになるだろうか。

 

「何ぶつくさ言ってんだ暴君様よ」

「次に蹂躙する舞台を想像してたのさ―――アンタの無念を晴らしてやろうってこった、感謝してくれてもいいんだぜシリウスパイセン」

「くそ生意気な後輩だ」

 

シガーを吹かしながらも空を見上げていた自分を見据えてくるのはシリウスだった。彼女とは色々と気こそ合うが一方的に避けられている状態、まあ向こう側したら自分が避けているお婆様と積極的に関わる上に何かあったらランページから速攻でお婆様に話が通るので厄介な種でしかない。

 

「何だ、欧州の景色でも想像してナイーブにでもなってると思って声かけてやったのは余計だったか。ええっ?無敗の暴君様よ」

「余計なお世話だ、結局一勝も出来なかった敗北者先輩」

「敗北者……取り消せ今の言葉」

 

思わず言ってしまった言葉とその返しに笑いそうになるが、ランページはそれを必死に飲み込んだ。流石に此処であれを思い出して爆笑しましたなんて事になったら怒られる。まあ現状でもシリウスは普通にキレているのだが……。

 

「一勝した位で良い気になってんじゃねえよ、ドバイとヨーロッパのレースは別物だ」

「知っとるわい、スーちゃんから色々聞いてる」

「だったら―――」

「だから如何した」

 

次の言葉を言う前に、先に言う。

 

「どんな場所だろうが走るだけさ、その為に俺達はいるんだろ。安心しろよ、アンタの顔に泥を塗るつもりはねぇよ」

「……」

「貴方が行った2年が本当に真価を発揮するのがこれから、敗北だからこそ分かる事もある。そしてそれを次の糧にするのが後輩の役目だろ」

「チッお前解ってて言いやがったな?」

「当然、まだ耄碌しているつもりはねぇんでね」

 

シリウスの行いがどれだけの価値を産み出すものなのかは分かっているつもりだ、何時だって開拓者が生み出したデータは計り知れない程の財産となる。当然自分の走りのデータだってこれからの世代に活かされていくはずだ。

 

「スーちゃん言ってたぜ。アンタのやった事はルドルフにだって出来なかった偉大な所業だってさ、俺のヨーロッパ戦線では存分に活かさせて貰うってな」

「お婆様が……チッんだよそう言う事はせめて顔見て言うもんだろうがよったく……」

「意外にスーちゃんの事大好きなんだな」

「ったりめぇだろうが!!あの人を、嫌う訳ねぇだろうが……寧ろ……大好き、だよ……」

 

顔を伏せながらも悪態をつく、が、耳と尻尾は嬉しそうに揺れている。決して彼女は祖母が嫌いという訳ではない、寧ろこんな自分を好いてくれている上に評価をしてくれている事から好きですらあるのだが……どうにも素直に甘えられない自分の気性にうんざりしている。まあ圧が強いのが苦手というのあるだろうが……常に自分を見てくれているスーちゃんの事は有難いとすら思っている。

 

「ああもういいかこの事ぜってぇお婆様に言うんじゃねえぞ!!」

「ああうん、それは良いけどさ……」

 

指を突き付けて絶対に言うなよ!!!と念押しをする、が、肝心のランページは何処か歯切れが悪かった。まさか……実は通話中だったりするのか!?と思うのだが、違った。

 

「俺は言わねぇよ?うん、言わないけどさ……言い難いけどさパイセン、後ろ後ろ」

「ああっ!?後ろが何だって言うんだ!!」

「うん、見た方が早い」

「だから何だって―――……」

 

怒りながらも振り向く、そして血の気が引く感覚を覚えつつも同時に顔が一気に赤くなるのが分かった。そこには困ったような表情を浮かべつつも笑っている我らが会長、シンボリルドルフと感動したように手を合わせながらキラキラと輝く瞳から嬉し涙を流すスーちゃんこと、スピードシンボリ御大の姿がそこにあった。

 

「お、おば、おばばばばっ……」

「一応釈明すっけど俺関係ねぇから、ガチ偶然だから」

「それに付いては私からもそうだと言っておく、お婆様は私に話があって学園に来ていて折角だから新入生に色んな事をお話しする講演会の日程をお話しながらカノープスの部室に向かっていたのだが……その話しているの見つけてね?」

 

二人の声は全くシリウスの耳には入ってこない、正しく耳東風である。そして真っ赤になって硬直しているシリウスにスーちゃんは現役を越えるような速度で迫ると思いっきり抱きしめた。

 

「シーちゃぁぁぁんっ私の事、そんな風に思っててくれたのね~良かったぁ実は嫌われてるんじゃないかって心配だったのよ~♪」

「お、おば、お婆様を嫌うなんて事は、あり得ません!!」

「そうよね、シーちゃんってば優しいもんね~それじゃあこれからはいっぱい会っていっぱいお話したりしましょうね~♪」

 

今まで塩対応だった孫が実は素直に甘えられなかっただけ、という事を理解してしまった孫煩悩の祖母を止める術などない。これまではランページやルドルフ、そしてテイオーで色々と抑制されていたシリウスへの想いが大爆発したのか頬ずりをしながらもシリウスへの想いが止まらなくなってしまっている。だが流石に此処では場所が悪いと思ったルドルフはそっと耳打ちをする。

 

「お婆様、此処では他の生徒の目にもつきますし一旦お屋敷に戻っては如何でしょうか。そこでじっくりとお過ごしになられては……」

「あらっ名案ね♪それじゃあシーちゃん行きましょうか♪」

「は、はい……お、お婆様」

 

言わなきゃよかった……という雰囲気が感じられるが、心なしかスーちゃんに続いて行くシリウスの足取りは何処か軽かった。

 

「いやぁ……まさかすぎるミラクルが起きたなぁ……」

「全くだ」

「まあ此処にスーちゃん来なくても俺が通報してたけどな」

「口止めを受けた上に言わないと言っていなかったか……?」

 

そんな質問に胸ポケットにしまっていたボイスレコーダーを出して再生ボタンを押す、そこには先程のシリウスの発言がバッチリと録音されていた。

 

「これをスーちゃんの目の前で流そうと思ってました、自分の身を守る為にはこういうのが必須だよね~みたいな話題にして偶然を装って」

「君はシリウスに何か恨みでもあるのか?」

「これっぽっちも無いけどさ、修復不可能な状態でもないんだから仲良くするに限るだろ家族は」

「君にそう言う事を言われると反論できないから困るね」

 

こういう話題では自分の言葉は最早ワイルドカード、まあ家族で仲良くして欲しいというのは本音なのだ、そう思うので録音は消しておく。

 

「さてと講演会だっけ、俺も参加してなんか喋るかい?」

「それは有難いな。きっと新入生たちも喜ぶこと間違いなしだ」

「どうせだ、そこでライブもやってやんよ」

「構わないが配信はしないでくれよ?」

「チッ」

「おい」

「冗談だ」



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206話

「生憎そういう柄じゃないんでねぇ……それに、そっちに付くとこっちが応援出来なくなっちまう。俺としては後輩を応援してやりたい」

「ターボも~それに何言ったらいいのか分からないし」

『そうですか……分かりました、上には上手く言っておきます。すいません皐月賞もあと少しだというのに……』

「構いやしねぇよ、アンタみたいに筋を通してくれるんなら話は聞いてやる。だが勝負服は変えねぇってデザイナーチームの連中に言っといてくれや」

『これはまた、頭を抱えそうなことを……分かりました、伝えておきます。それでは失礼します』

「あ~い、んじゃね~」

 

通話を切ってスマホを胸ポケットにしまうランページに部室内で雑誌を読んでいたネイチャは視線を其方へと向ける。大きなソファにまるで王様の様にふてぶてしく腰掛けながらリラックスしているランページとそんな彼女の膝の上で座りながらも大きな胸をクッション代わりにするようにしながらゲームに興じているターボ。傍から見ると本当の姉妹のように仲がいい。

 

「何の電話だったの?」

「後3日もすれば皐月賞だろ?そこで解説を頼まれたんだよ」

「あ~成程、そういう系の電話だったわけね」

 

所謂イベント出演系の電話というのはネイチャも経験した事がある、まあその大半が自分を可愛がってくれている商店街のイベントの物だったりするわけなのだが……。

 

「というか、せめて桜花賞の時にしろやと思うわ。なんで皐月賞に俺とターボを呼ぼうとする訳?俺達ぁトリプルティアラだぜ」

「呼ぶならどっちかと言えばテイオーとかライアンの方が合ってるよね」

「確かにそうですね、其方に断られたのでしょうか?」

 

だとしたらなんとも大きな保険としか言いようがない、ランページは配信をやっている訳だから話を回すのは得意分野だしそういうのも出来るかもしれない、だがターボは如何見たって其方に向かないのは誰だって分かる事。だからこそランページとセットして色々と補おうとも考えたのかもしれないが……それならせめて桜花賞の時に呼べと声を大にして言いたいのは良く分かる。

 

「解説に回ったら中立を保たねぇといけねぇからな、そうなったら応援が出来ない。そんなの御免だな、ライスとタンホイザだって応援された方が良いだろ?」

「う、うん。ライスはその……お姉様に応援して欲しい、かな……」

「私も応援して欲しい~ターボは解説席でも普通に応援してくれそうだけど」

「何か分かる、というか絶対ターボ先輩はそうしますよね~」

「なんかムッとするぞチケゾー!」

 

まあ色々と言いたい事はあるだろうが、ターボなら絶対そう言う事をするという謎の信頼感があるのも事実だ。

 

「だけど、次の皐月賞はどうなるだろうねぇ……新聞だと一番人気はミホノブルボンだよ」

「ライスさんとタンホイザさんで2と3番人気か……」

 

テーブルの上に広げられた新聞、そこには次の皐月賞の記事がある。1番人気に推されているのは2枠4番のミホノブルボン、2番人気は5枠9番のライスで3番人気が7枠15番のタンホイザという状況になっている。

 

「ランページさんはこの評価如何思います?」

「ブルボンさんが1番人気ってのが如何も解せないです、ライスさんはホープフルステークスでレコードだったのに」

 

ローレルの疑問とドラランからの疑問に近い憤り、それを向けられつつも苦笑する。そこへエアグルーヴが母が送ってくれたというお茶を淹れてくれたのでそれを受け取る。

 

「おっいい香りだな……良いセンスだな」

「あっ有難う御座います、母も喜びます」

「宜しく言っといてくれっとまあ妥当だとは思う、確かにライスはホープフルステークスをレコードで勝ってるし今の所無敗でブルボンと互角だ。だがブルボンはタンホイザに勝ってる、カノープスっていうライスと同じ枠組みに勝っている事になる訳だ。恐らくそっから来てる一番人気だろ、タンホイザに勝ってるからライスにも勝てるんじゃないかな?っていう希望的な観測が大部分(ズズズッ……)って所から来る一番人気だ、まあそれに恥じない力を持ってるのがブルボンだがな」

 

それに加えるならば、此処まで無敗のウマ娘であるミホノブルボン。彼女の脚質は逃げ、彼女を見つめる視線が、先駆者である二人の姿(ランページとターボ)に思わず重ねてしまうのだ。あの二人のように、今度はこのクラシック路線で無敗の三冠が生まれるのではないだろうかという期待が生まれている。

 

「で、ですが中距離というのは御二人が本領を発揮する場面です。今度こそ勝てますよ!!」

「エアグルーヴちゃんありがと~!!うん、フューチュリティステークスのリベンジをするぞ~!!えい、えい、むん!!」

「え、えいえいむんっ」

 

気合を入れるタンホイザに続くようにえい、えい、むんを口にするライスに思わず和みつつもお茶を啜るランページだが……不安もある。確かに中距離からこそステイヤーである二人の本領発揮の場面ではあるが……それでも2000は短め、ブルボンもこの距離でも問題なく自分の強みを発揮出来る筈。そこを如何攻略するかに掛かっている。

 

「何にせよ、楽に勝てる相手じゃねえってこった。気合入れて臨めよ」

「はいっ!!」

「うん、ライス頑張る!!」

 

二人を応援ムードになっていくカノープス、当然ランページもその中にいるつもりでいるのだが……恐らくだがブルボンは史実以上に強くなっているという確信がある。それは勿論ライスもタンホイザも強くなっているとは思うのだが……ブルボンの伸び幅はそれを上回っているように思えてしまう。

 

 

 

「ちぃ~っすトレセンの龍の伯父貴にお届け物でごぜぇやす」

「ランページか、その呼び方はやめてくれ。俺は堅気だ」

「その見た目で堅気とか言われたら余計にそっち系によるだけだから止めとけよ」

「えっ?そうなのか……分かった」

 

あれは、黒沼トレーナーが南坂経由でとある物を発注した事があった。その時には南坂は忙しかったので暇だった自分が配達を担った。

 

「ランページさん、ドバイワールドカップお見事でした。私も何れ、海外に挑戦したいと思っております」

「お~そりゃ楽しみだな、ンじゃこれもその為の物かい?」

「そうとも言えるな。ブルボン、今日からこれを付けて貰うぞ」

 

ランページの持ってきた荷物、その中身は新しいシンザン鉄。勿論今ブルボンが付けている蹄鉄もシンザン鉄、それを外すと大きな音を立てながらも地面に落ちる。その音で何倍なのかを察する。

 

「6倍かよ……」

「分かるのか、流石だな」

「伊達に何年も使い続けてないんでね」

 

そして今回持ってきたシンザン鉄の重さは7倍、倍率だけで言えばイクノに迫る物がある。これで後輩なのだから困ったものだ、シンザン鉄と黒沼トレーナーが行うメニューとブルボンの組み合わせの親和性は極めて高く、その効率を遥かに高めている。

 

「そのまま2000mのタイムを計る。設定タイムを2秒短縮だ」

「マスターの御命令とあらば」

 

そう言いながらも付け終わったシンザン鉄の感触を確かめながらもブルボンはそのまま走り出して行った。少しだけランページはそれを見つめていたが、走っているブルボンの姿を見ながらも黒沼はタイムを計り続けていた。そして走り終えた時のタイムは―――寸分違わずに黒沼が指定したタイムだった。

 

「よし、ブルボンクールダウンを兼ねてあれをやっておけ」

「命令を受諾しました」

 

ブルボンは汗を拭きながらも座るとその手にストップウォッチを握り込むと直ぐにそれをスタートさせた。

 

「体内時計……?」

「分かるか、流石だな……ランページ、南坂に言っておいてくれ」

 

ブルボンの行いの真意を汲み取ったランページに黒沼はサングラスをかけていても隠し切れない鋭くも強い眼光を向けながらも言った。

 

「今年のクラシック三冠はブルボンが貰う、とな」

 

 

「こりゃ、今年も荒れるな……」

 

 

「ブルボン、皐月賞のタイム設定を発表するぞ―――レコードを1秒更新しろ」

「マスターの御命令であれば、お任せください」



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207話

いよいよやって来たクラシック三冠初戦、皐月賞。天気は生憎の雨が降っているがバ場は良バ場の発表が成された。雨が降りしきる中での皐月賞、だが熱気は強く今か今かとレースの開始が待ち侘びられている。

 

『これまでメジロライアン、トウカイテイオーと連続して三冠が出現するという正しく黄金期とも言われているシーズン。今年もその期待が向けられるのは一番人気、無敗でクラシック挑戦のミホノブルボン、そして同じく無敗のウマ娘にして2年連続でトリプルティアラを達成したカノープス所属のライスシャワー、朝日フューチュリティステークスでのリベンジに燃えるマチカネタンホイザが二番人気と三番人気となっております』

『矢張り、この三人の人気が飛び抜けて高いですね。特にミホノブルボンはカノープスのトリプルティアラと同じく逃げウマ娘ですからクラシックでも逃げウマ娘が三冠を取る姿を思う方が多いのでしょうね』

 

パドックでもその熱気は強く、他のウマ娘達への注目も強い。このクラシックはどうなるのか、全く予想が付かない。

 

「あれっランは何処行ったの?」

 

応援の準備を終わらせていたターボは近くにランページが居ない事に気付いた。普段ならばカノープスは皆揃って応援が恒例となっているのに……。

 

「ランページさんなら別の所に居ますよ」

 

南坂曰く、流石に自分が一緒だと騒ぎになるからと変装した上で離れた所にいるとの事。

 

「えっ~先輩と応援出来ないのか~」

「しょうがないですよチケットさん、ランページさんの知名度はハリウッドスタークラスですから」

「そりゃバレたら凄い事になるだろうなぁ……」

「一緒に応援したかったなぁ……」

 

ドラランもエアグルーヴもションボリしてしまっているがこの辺りは勘弁して貰うしかない、ランページも騒ぎになるだろうことを察して姿を変えているのだから。だが此処まで露骨にガッカリされると罪悪感が凄い、なので南坂が肩を叩いてある方向を示した。そこにはロングスカートを履いた黒髪の伊達メガネの女性がいた。その女性は視線に気づいたのかこっそりVサインとウィンクで返事をしてくれた。

 

「い、言われないと気付けませんよあれ」

「普段から男っぽいから変装する時は基本あんな感じですよ。それに学園では一応スカートじゃないですか」

「言われてみたら……そうだったね」

 

 

「すいませんね、隣を陣取っちゃって」

「構いやしねぇよ、俺の近くなら言い寄るバカもいねぇだろ」

 

変装したランページの隣にいる人物の影響なのか、周囲の人たちは距離を取っているようだった。そこにいるのは黒沼トレーナー、レース場であろうともそのスタンスは学園と変わらずに威圧的な空気がそこにある。ランページ的には助かるが本当にこんなのでいいのだろうか……と思わなくはないが。

 

「ンでブルボンの調子は?」

「最高の状態だ、あれを使ったお陰であいつは以前に増して強くなった。礼を言わせて貰う」

「こっちもメニューの監修で頼ったからね、お互い様って奴さ」

 

だが、ランページとしてはブルボンの成長速度の速さは予想外だった。桜花賞辺りの自分が使っていたのは5倍当たりだった筈だが……ブルボンは既に7倍。重さだけで言えば今年中には10倍にまで行かれてしまうのではないだろうか……楽しみなようで怖い気がする。そんな思いを巡らせていると黒沼の手にストップウォッチが握られている事に気付く。

 

「あれま、今日もウォッチ装備なん?」

「ああ。今日のブルボンのタイムを俺の方でも計る為にな」

「因み設定タイムは?」

「2:00.1だ」

「それって……」

 

現在の皐月賞のレコードタイムはシンボリルドルフの2:01.1。テイオーとネイチャのタイムですら2:01.2で更新には届かなかった、それなのにそれを1秒以上も更新しろという指令をブルボンに与えたというのか。

 

「あいつは俺のオーダーには必ず応える、そういう奴だ」

 

だが、黒沼の瞳にあったのは信頼と信用の光。無茶もなければ無謀でもない、ブルボンならば可能だという確信の炎がそこにあった。自分と南坂の間にある絆にも似たその光に息を呑んでいると、スタートが告げられた。好スタートを切ったブルボンを追うようにライスとタンホイザが駆けていく。確りと見つめなければと思っている中、正確に時を刻み続けるストップウォッチによって奇妙な程に―――時間が圧縮されている気分になった。

 

 

『さあミホノブルボンが行きます、2番手にはライスシャワーが続きます。二人との差は1バ身程、ですが3番手とは5バ身差を付けております。これが彼女のマイペースなのか!?こんな雨でも何のそのと言わんばかりの走りを見せます、そのナリタノヴァ、マヤノブレイクを挟んでマチカネタンホイザが続きます』

 

降りしきる雨の中を疾駆するブルボン、それに続いて行くライス。その表情には臆病さの欠片も無く、唯々勝利を目指して突き進む物へと変貌している。ライスは最初からブルボンをマークしている、そしてカノープスには逃げウマ娘の強者がいる。今日の為にターボとの走り込みをし続けていた為にハイペースのブルボンにも確りと付いて行けている。寧ろ、付いて行きやすいと思える程だ。

 

「ついてく、ついてく、ついてく……!!」

 

呪詛のように自らの言い聞かせながらも走り続ける、それを耳にしてもブルボンのペースは全く変動しない。それを後方から伺っているタンホイザ、一度ブルボンと対決している彼女はブルボンの強さをこの身で知っている。だが、その表情に余裕の色はなく寧ろ歯軋りをしているかのようにも見える。

 

「このペース……不味い、早めに仕掛けて、いやそれでも……ええいっままよぉ!!」

 

『おっと此処でマチカネタンホイザが上がって行きます、一気に3番手に上がってそのままライスシャワーに迫っていく!!ミホノブルボンが未だ先頭、このまま逃げ切るのか、それともライスシャワーとマチカネタンホイザが捕まえるのか!?』

 

冷たい雨に打たれる、だが身体の奥底に燃え滾っている炎によって身体は温かいまま。最高のパフォーマンスが出せる状態のまま、ブルボンは走りながらも徐々に、ほんの少しずつペースが上がっている。マスターたるトレーナーのオーダーに応える為に、徐々にギアを上げていく。第4コーナーへと入った所で遂にタンホイザがライスを捉えて、自動的にブルボンにその脚が届くところまで来た。

 

「そろそろ、行くっ!!」

「このまま、行くしかない!!」

 

此処で一気に行くと言わんばかりにライスが行く、タンホイザもそれに合わせるかのように体力をどんどん消費して末脚を爆発させていく。もうここで抜くしかないと分かっている、だが―――奇妙過ぎる事が起きている、ブルボンとの距離が縮まらない所か少しずつ距離が開いている。まさか此方が落ちてきている?そんな筈はない、まだまだ脚は生きている、だからこそこうやって……。

 

「オーダー、レコード更新を実行します―――Operation:Rampage turboを発動します」

 

その時だった、直線へと入ったその瞬間、グンッ!!とブルボンの走りが伸びた。だがその時に見た二人はそれよりもある事に驚いた、自分も同じように複合しているタンホイザも理解し、お姉様と敬愛するライスも分かった。あれは二人のトリプルティアラの走りが複合されている。シンザン鉄で走る為の全身運動、それにターボのドッカンターボが複合されている。

 

『ミホノブルボンが此処で伸びる!!!ライスシャワーとマチカネタンホイザも伸びてきているが、それ以上に加速していく!?これが逃げウマ娘の末脚なのか、信じられません!!1バ身から一気に4バ身を付けてミホノブルボン、ゴールイン!!!無敗で皐月賞を制したぞミホノブルボン!!!同じく無敗のライスシャワー、リベンジのマチカネタンホイザを抑えつけての堂々の逃げ切り勝ちぃぃぃ!!!!し、しかもこれはレコード、レコードです!!シンボリルドルフが叩きだしたレコードタイムを更新しました、しかもなんと―――2:00.1!!1秒も早い堂々のレコード勝ちです!!』

 

「……よし、良い走りだったなブルボン」

 

走り終えたブルボンは黒沼を見つけると静かに、丁寧に頭を下げた。それに頷く形で応えながらも自らのストップウォッチを見る黒沼。そこには同じように2:00.1という数字が映し出されていた。

 

「お前にも感謝している、シンザン鉄は全身で走らないと上手く走れない。走りを矯正しつつ鍛えるには絶好の物だ―――その礼に、あいつの無敗の三冠を見せてやる」

 

そう言い残して黒沼はその場から去っていく、思わずその背中を追いかけてしまったランページは悔しそうにしつつも次は負けないぞ、と言いたげな笑みを浮かべて拍手を送っているタンホイザとシンプルに走りを称賛しながらブルボンと握手するライスを見た。

 

「ブルボンさん、お姉様とターボさんみたいな走りだったよ。本当に凄かった」

「有難う御座います。あの御二人の走りを私の走りに取り入れた物です」

「ハッ~……なんか私のマチタンフォームの立つ瀬ないかも~」

 

ターボのドッカンターボを真似つつも、自分が使う全身を使う走法をそこに取り入れる事で疑似的にドッカンターボを再現しつつもラストスパートで驚異的な伸びで相手を捻じ伏せていた。

 

「……素直にやっべぇなこれ」



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208話

『ほほぅ!!それが噂に聞くシンザン鉄だね!?ハハッ通常のウマ娘が付ける蹄鉄よりも遥かに重量があると聞く、それを用いてメニューをこなすとは実に前時代的だ!!そんなものを使って身体を鍛えるウマ娘が時代のもっとも先頭を走っていると言っても過言ではないのだから世の中とは分からない物だねぇ!!』

「楽しそうだなぁ」

『実に楽しいとも!ああっどうしてトレセンには初等部が無いのだ!?あるのならば今すぐにでも転入手続きをするというのに!!!』

 

ランページは珍しく、トレセンの自室に居た。相部屋であるが、相部屋相手であるラモーヌが現在席を外しているので今のところは一人。そして会話をしているのはタキオン、話してみればフローラよりも遥かに話が通じるので友人として見た場合は姉との差は天と地ほどはある。

 

「ンで俺に相談ってのは何なんだ、態々一対一で話をしたいって前置きしやがって。こっちも何時でも暇って訳ではないんだが?」

『そう言いながらも確りと時間を取ってくれるのだから貴方に好意を抱かずにはいられないねぇ。おっと、姉さんと違って友人的なあれだよ、ライクさライク』

「わぁってるわ、フローラのそれはなんつぅか、言葉に湿度というか粘度があんだよなぁ……」

『我が姉の事ながら申し訳ない』

 

ウマ娘的にはブッチギリでやべぇ奴扱いをされるタキオンがまともなのだ、フローラがやべぇ奴になった事で反面教師になったという奴だろうか。この場合は何方がいいのだろうかタキオンがやばいままでフローラが普通か、タキオンがまともになってフローラがやべぇことになっている、絶対に後者だ。

 

『私は認めたくはないが、体質的に脚が弱いんだ』

「ガラスの脚って奴だ」

『ああ、メジロにもそういう令嬢がいると聞いているが、如何やら正解のようだね』

 

ウマ娘は人間と変わらぬような体格であれだけの出力を出せてしまう。それに故に走る際に最も負荷のかかる脚は極めて繊細、その中でも壊れやすい脚をガラスの脚と表現する事がある。メジロで言えばアルダンがそれに該当する。そしてタキオンも自分の脚が壊れやすく、レースを走れば何時走れなくなるか分からなくなる事も既に見抜いている。

 

『それなのに素質は優れていると来たものだ、全く以て腹立たしい事この上ないさ。古めの軽自動車にF1で使うようなガチガチにチューニングされたエンジンやらを積んだような物が私、という事だ』

「問題はガラスの脚だけって事か」

『全く以て業腹な事だよ』

 

故にタキオンはある事を研究している、自分自身が限界にまで挑むプランAと他のウマ娘を自分が限界に到達させるプランB。その双方を研究している、だがそんな中で見た圧倒的な輝きがあった、それがランページ。

 

『私は様々な理論を研究している、その中の一つがレース最速理論。だがそれは唯速ければいいという訳ではない、例え世界一の名誉を勝ち取ったとしてもそのウマ娘の脚が壊れてしまえば元の木阿弥さ、一時の名声を得るただそれだけの為に……私はそうなるつもりはサラサラない』

「つまり―――お前さん専用のメニューでも開発してくれって言いたいのか、俺のメニューを欲しがったのもその為か」

『簡単に言えばそう言う事になるねぇ』

 

タキオンの望みは極めて単純、自分のこの体質を改善するためのメニューの開発と改善した後のメニューにランページのメニューを取り入れる事への許可だった。アルダンもメジロ家のご令嬢、機械も設備もあった筈だが彼女は脚に加えて身体も弱かった。故に無理が出来ない、だがタキオンは脚に問題があるだけでそれ以外は健常なウマ娘と変わらないと語る。

 

「忘れられがちだがカノープスは無事是名バを掲げてるチームだ、そういう意味じゃお前さんみたいなウマ娘はウチ向けだな。だが、気が早すぎんじゃねえか?」

『行動という物は早くして損はないさ、備えあれば憂いなしというじゃないか』

 

画面の向こう側のタキオンは笑っているが、自分でも一方的に都合のいいことを言っている自覚でもあるのかどことなく後ろめたさを感じているようにも思えた。それ程迄に自分の脚の事を深刻に考えて少しでも早く対処したいという気持ちがあるのだろう。

 

「んで、本音は?」

『―――聞いていなかったのかい?私は自分の体質を』

「それは方便だろ、如何して治したい。一緒に走りたい相手でもいるんじゃねぇのか?」

『……驚いたね、貴方は心理学も修めているのかな?』

「TRPGの賜物ってな」

『何だいそれは』

 

クトゥルフ神話TRPGでリアル心理学でKPの嘘を見抜いて行動して泣かせたことがあるだけである。そんな自分を見て笑いながらも降参と両手を上げた。照れくさそうにタキオンは語り始めた。

 

『私を出迎えに来てくれるという同級生の話はしただろう?』

「ああ、その時だけは学校に行くって奴か」

『彼女らと約束をしたのさ、一緒にトゥインクルシリーズを走るとね』

 

始まりは学校、珍しく学校に行った際に授業の一環で将来やりたい事は何かを発表する事があった。その時に件の同級生がトゥインクルシリーズで走る、そしてそこで自分達に勝つと宣言をした。それを受けてタキオンは思わず笑ってしまった、自分の脚の事を知っている癖に、だが自分はどうしようもなくウマ娘だったとその時に知った。その宣言に胸が高鳴った、心が躍った、走りたい、競いたい、そして勝ちたいと心から思った。

 

「なんだ、研究云々言うからマッドな理由かと思ったら子供らしいキラキラ目標じゃねえか」

『だからあまり言いたくはなかったのさ、だがまあ話した方が合理的だろう?』

「成程な……」

 

それを聞いて思わず過った同級生というのはマンハッタンカフェ、ジャングルポケット、クロフネ、ダンツフレームという最強世代候補にも挙げられるほどに強豪が軒を連ねている。競馬ファンだった身としてはウマ娘にも未登場だった彼女らを見る事が出来る所にも惹かれる……惹かれるのだが

 

「んんんんん……」

『何か問題、ああっ姉さんか』

「唯一にして最大の欠点がフローラなんだよなぁ……」

 

個人的には力になってあげたいのだが……フローラの存在が如何しても自分の脚を躊躇させてしまうのである。

 

『私が強く言えば恐らく下手に絡む事はないと思う、姉さんは相当なシスコンだからね。それで如何だろうか?いざという時にはフライト姉さんにも協力を頼むさ』

「ああそうか、もう一人姉さんいたんだっけ……」

 

アグネスフライト、タキオンの全兄に当たる競走馬。彼を語る上で最も有名なのが日本ダービーを制したダービー馬であるから、というだけではなくこの時に武豊騎手はダービー三連覇という大記録を目の前にエアシャカールに騎乗していた。エアシャカールとのダービーでフライトは7㎝差という大接戦判定を制し初のG1制覇を日本ダービーという舞台で飾った。河内洋騎手はアグネスフライトの母アグネスフローラで桜花賞、アグネスフローラの母アグネスレディーでオークス制覇、そしてフライトで17度目の挑戦で初ダービー制覇を果たし血統に縁がある悲願達成を果たした。

 

『姉さんはハッキリ言って私よりもずっとまともさ、正当な理由があれば協力は得られるだろう。貴方のファンでもあるしサインの一つでもしてくれれば喜んで手伝ってくれると思うよ』

「お前、それ自分で言ってて何ともねぇのか」

『自覚した上であれな姉さんよりは遥かにまともなつもりだよ』

「ぐぅの音も出ねぇ正論パンチやめろ」

 

此処まで言っているタキオンの頼みを断るのはなんとも言えない蟠りが残る。それに友達の為に努力しようとしているウマ娘を放置する程、自分は冷血ではない。

 

「良いだろう、南ちゃんに話を通してやるよ」

『本当かい!いやぁ話してみる物だね、流石はターフの暴君だ』

「それこの場だと褒めてねぇからな?まあ今からだと取り敢えず健やかに成長出来るようにしろ、位だと思うけどな」

『それは、私の出方次第、という奴だろう。その辺りの交渉は自分でやるさ、必要以上に貴方に迷惑はかけないさ』

「だったら取り敢えずフローラの奴に釘差しといてくれ」

『五寸釘辺りの言葉を刺さないときついかなぁ……』

 

姉とは対照的に妹は思い人と仲良くやれていると、分かったら当人はどんな反応をするだろうか……色々と怖いのでそれ以上の想像はしないでおく。

 

『あっそうだ、ついでで良いのだが今度の天皇賞のチケットとか手に入るかい?』

「おい、必要以上に迷惑かけない発言何処行った」

『これは友人としてのお願い、さ』

「ったくこの小娘は……お前は本当にフローラの妹だな」

『これで納得されるのは酷く不快だよ』

 

「―――ハッ!?今、タキちゃんとランページさんが私の話をしているような!?」

「……フローラ、流石に引くわよ」

「おハナさんまで!?」



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209話

皐月賞が終わったからと言ってウマ娘達の休息は程遠い。皐月賞を走ったウマ娘達には休息はあるだろうが、レースのスケジュールは容赦なく迫って来る。レースの為に調整し、その為にメニューをこなす。場合によっては体調を崩して悪いコンディションで臨まなければならないという事もあり得るのでコンディションはカノープスでは第一優先事項に上げられている。

 

「皆の調子はどうよ南ちゃん」

「良好です、ベストな状態で天皇賞に臨めると思いますよ」

「そりゃ良かった。にしても3200か……ターボの奴マジで走り切るつもりかよ」

 

皐月賞の翌週、メジロ家が目標としているG1レースである春の天皇賞がある。昨年の覇者であるマックイーンは当然のように出走し連覇を狙う、ステイヤーの中でも特に際立って強い存在である彼女に対するように多くのウマ娘が名乗りを上げる。中には同じメジロのパーマーの名前も挙がっている、長距離においてはパーマーもマックイーンと同等に警戒すべき相手、そんなレースにカノープスからはイクノにネイチャ、そしてターボが名乗りを上げている。

 

「スタミナメニューをこなしていますし、長距離の練習も積んでますが……何とも言えませんね」

「やっぱそうか」

「ええ、ドッカンターボでスタミナが尽きる前に走り切るという戦法も余りにも長すぎて通じません。そうなると最早根性の領域になります」

 

ターボの適性距離は中距離、2400でも相当にギリギリで有の2500もかなりの無理をしている。それなのにそれよりもずっと長い3200……これまでの事を考えたらどう考えても到底逃げ切れる距離などではない。だがそれでもターボは出走を譲らなかった。ライバルのテイオーが出るだけではない、勝手に師と仰ぐランページに倣っているとの事。

 

「挑戦するんだ、だそうですよ」

「俺のダートやワールドカップとは大分毛色が違うと思うんだけどなぁ……」

 

それを持ちだされると自分は何も言えなくなるのだが……まあ本気でやりたいと思っているのならば、応援するまでだ。同じトリプルティアラの誼として、声援を送るとしよう。

 

「良かったんですね、メジロ家として出なくて?」

「分かってて言うんじゃねぇよ南ちゃん、3200は俺には長すぎる。80~90程度で走り抜けて勝てる程、あいつらは弱くないよ」

 

ランページは適性距離の関係で今回は見送る事にする、そもそもが渡欧を控えている身なのでそれに備えた練習をする必要がある。渡欧の前に一戦位は日本で走る事も考えてはいるが……それを決めるのは南やスーちゃんだと思っている。

 

「ンでよ、タキオンの事だが」

「ええ、お話は分かりました。と言ってもメニューを作るにしても一度お会いしないと難しいですね」

「だったら天春の時に連れて来てやるよ、チケット取ってくれってせがまれちまってよ」

「おやおや、フローラさんには冷たいのに妹さんにはお優しいのですか?」

「変なもん向けられなきゃちゃんと対応はしてやるがな、あいつ色々と可笑しいんだよ」

 

フローラが愛だの叫びながら行動さえしなければ相応の対応はするつもりだが……本人はそれを否定しながらもそれを行って来るのが一番性質が悪い。自分の事を悪だと自覚していない悪が一番性質が悪いのと同じ、これで認識した上で自覚してくれたのならば気持ち的に楽にはなるのだが……。

 

「まあタキオンは多少ぶっ飛んでるところはあるぜそこは認める、だがまだ個性として許容できるレベルだ」

「じゃあ私は?」

「そりゃ勿論出来ないレベッ―――ギャアフローラァ!!?」

 

毎度のことながら本当にウマ娘の聴覚の良さを掻い潜ってどうやって接近してくるのだろうか、思わず吃驚して隣にいた南坂の影に隠れてしまった。

 

「おまっおま、マジでどっから湧いて出て来るんだよ!?」

「人の事をなんだと……貴方の居る所に私は現れるんですよ、知りませんでした?」

「それがガチなら俺は本気で逃げるぞ、タキオンとの話も無かった事にして」

「すいませんそれされるとマジでタキちゃんに嫌われるので勘弁してください」

 

取り敢えず、南坂はこれからネイチャたちの所に行くので、と一声かけてから去っていく。ランページは身の危険は感じなくはないのだが、今は粘度を感じないので普通に対応する事にする。

 

「今更なんですけど、私達って友達ですよね?」

「友達らしいこと一度もした事ねぇと思うんだけど、一方的に愛だのなんだのって言われて来た記憶しかないような気が……」

「いやまあその……それに付いてはなんかすいません、私ってば感情を言葉に出しちゃうタイプなので……」

「だからってその感情を愛と表現するって何?」

「ほら、憎しみと愛って紙一重って言うじゃないですか」

「えっ俺憎まれてんのお前に」

「まあ少なくとも脳は焼かれてます」

「自分で言うか」

 

遠くで話している二人を南坂は少しだけ意外そうな目でそれを見た。ランページはフローラの事を嫌ってこそいないが避けていると思っていた、だからああして普通に会話できるとは思わなかった。

 

「私にとって、貴方は本当に越えたい目標ですから。元からあった好意的な物と敗北で積み重なった何かしらが反応して愛が形成されたんだと思いますよ、ほらっガンダムにグラハムさんっていたじゃないですか。あれみたいな感じです」

「ハムみたいなもんだとしてもお前のそれからは異様な粘度を感じんだよなぁ……割とガチな方のがあんだろ」

「……まあ有るか無いかでいえばあると思いますよ、だって客観的に見ても貴方って魅力的ですもん」

「何でそういう風に接する事が出来ないかねぇ……」

 

今みたいに普通にしていてくれれば自分だって相応に対応する。頼むから粘度を出さないでくれと言いたい、本気で身の危険どころか死の予感すら感じるのだ。それを感じると自然と身体と精神が過剰に反応してしまう。

 

「でも、タキちゃんとかフラちゃんはこうすると喜んでくれるんですもん」

「そりゃお前実の姉妹とかはそうだろうけど……それを他人の俺にやるか普通、言うなればお前にとっての宿敵みたいなもんだぞ」

「宿敵だからこそより知ろうとしませんか、より好きになろうと努力しません?」

「分からなくも、ないような、分からねぇような……」

 

出来ればわかりたくないというのが本音だろうけど……と内心で思いながらもこうやって腰を落ち着けて話をするのは愛発言以降では初めてだと思う。

 

「取り敢えず、私はタキちゃんの事を宜しくお願いしますと言いに来ただけです」

「……ホント?」

「ホントですよ、これでもお姉ちゃんしてる時は真面目なんですよ」

「じゃあいつもそのモードでいろ、いや居てくれ。俺の安心の為に」

「じゃあ妹になってくれます?」

「クリーク姉さんだけで十分だ」

「それは残念」

 

やっぱり、何処かでフローラに対する苦手意識は残り続けるだろうなぁと思いながらも、少しだけ彼女と仲良くなれた気がしたランページであった。



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210話

いよいよやって来る天皇賞(春)。最も長いG1レースとしては3200、クラシックからシニアに上がってきたばかりのウマ娘としては未知の領域。だがそれでもこれまでに積み重ねて来た鍛錬と準備、それらを信じて前へと進むだけ。そんな舞台での最有力候補は連覇を狙う前年度覇者のマックイーン。ステイヤーとしては国内では無敵と言っても過言ではない彼女はどんな走りをするのかと期待が積み上がっていく中、とある公園の前にとあるウマ娘が待機していた。

 

「なぁっ本当なんだろうな!?」

「君もしつこいねぇ……信じられないなら勝手に行けばいいじゃないか」

「だ、だけどよぉ……もしも本当だったら逃す手はねぇじゃねえか!?」

「同意します、けれども……タキオンさんの言葉だからいまいち信憑性に欠けるというのも何とも言えないのも事実です」

「御挨拶だねぇ、だから信頼できないならそれまでで勝手に行けばいいと言ってるじゃないか」

 

待っているのはタキオン、そしてそんな彼女の言葉に信頼があるようでないのか疑いの視線を外せない二人のウマ娘がいた。それは同級生のジャングルポケットとマンハッタンカフェであった。

 

ジャングルポケット、史実でもタキオンの同期。皐月賞ではタキオンに3着に敗れてしまった、だが最大のライバルでもあったタキオンが故障離脱、朝日杯3歳Sのメジロベイリーも長期の療養、それによって最大のライバルはNHKマイルカップを制したクロフネだった。この年はマル外解放元年、外国生まれの競走馬もクラシック戦線に参加できるようになった記念すべき年。海外から来た黒船が未知の偉業をなすのか?日本馬が意地を見せるのか?そんな状況にあった、そして―――そのダービーを制したのはジャングルポケット。直後ウイニングランにて、ジャングルポケットは走りながら大きく嘶いた、自らの勝利を誇るようにも見えた嘶きは日本の意地を見せた咆哮となった。

 

マンハッタンカフェ、ポッケと同じくタキオンの同期。初勝利を挙げてからの3戦目、弥生賞には馬体重を20kg減らした状態で挑むがタキオンに敗れて4着。そしてアザレア賞ではそこからさらに16kgも落ちていた。原因は輸送に弱かった上に心身と爪に弱さがあったからとされる、この大減量もあってダービーを断念し放牧、なんと次走では46㎏も増え、元の体重を取り戻し1番人気としてその人気に応えた。そして菊花賞を制し、そこからなんと有馬記念、春の天皇賞を制した。菊花賞、3歳時の有馬記念、4歳時の天皇賞(春)という記録は皇帝たるルドルフ以来という歴史的な快挙でこの条件を満たしたのは未だ、カフェとルドルフだけ。

 

ジャングルポケット、アグネスタキオン、マンハッタンカフェ。クラシックの一冠をそれぞれ取っているので、JAMと呼ぶファンもいる。そんな三人は公園で待っているとそこへ車が止まる、青のインプレッサの姿を見て話通りの約束通りだねぇと笑いながら言うタキオンの言葉にポッケは耳を向け、カフェは期待に胸を膨らませているのか尻尾が大きく揺れている。そして、運転席から出て来た人物を見てタキオンは声を上げた。

 

「やぁやぁやぁ待っていたよ、しかしまさか貴方自らが本当に迎えに来てくれるとは言ってみる物だねぇ。いやぁ友人というのは想像以上に良い物だねぇ」

「厭味ったらしい言い方しやがって……ダチを便利屋みてぇに考えるんじゃねぇよ」

「貴方ほどのウマ娘を便利屋なんて畏れ多い……対等の友人だと思いたいだけさ!」

「口が減らないなぁ……まあフローラの奴に比べたらマシだから良いけどよ、ンでそっちの御二人が友人か?」

 

サングラスを指で上げて自分の目で二人を見る、タキオンと同じ位の背丈の幼いウマ娘二人が此方を見ている。一方はヤンチャ盛りで男勝りで自分っぽく思う一方で隣のウマ娘は興奮を抑えようと努力するのだが気持ちが尻尾や耳に現れてしまっている―――がそれ以上に目を引くのがあった。彼女の背後辺りに見える歪……というか影のような物がある。少女、カフェにかなり似ている。

 

「あ、あっあの!!マジで、マジであの無敗のメジロランページさんですか!?」

「おはこんハロチャオ~♪独裁暴君でおなじみなランページさんだぜ、後大声はNGな。騒ぎになっちまう」

「はぅっ!?本物だぁ……!!」

 

ウィンク付きでの生おはこんハロチャオを見れて感激するポッケ、必死に声を抑えようと口を塞ぐがそれでも声がハッキリと聞き取れる程には声がでかい。

 

「という訳で、私の同級生のジャングルポケットとマンハッタンカフェだよ」

「あれ、お姉さん来るとか言ってなかったか?」

「断られたよ、自分の友達と行くと言っていたよ。やれやれ遠慮など必要ないのにねぇ」

「お前が言うセリフではねぇよ」

 

と言いつつも、タキオンは姉が気を遣ってくれている事は分かっている。内心ではランページと会ってみたかったりサインを欲しかったと思っていたのを抑えつけながら断腸の思いで遠慮した事を分かっている。

 

「まあ折角だからフライト姉さん宛てのサインをお願い出来るかな、きっと喜んでくれると思う」

「その位だったらお安い御用だ、んじゃ行くか」

「それじゃあ私が―――カフェ何時の間に乗り込んだんだい!?」

「助手席確保しやがった!?」

「駄目でしたか?」

「俺は別にいいけどな」

 

取り敢えず運転席に座るのだがタキオンとポッケは乗ってこない。

 

「あっタキオンお前、俺がランページさんの後ろだ!!」

「何だいその位、如何でも良くないかい?」

「良くねぇよ!!あの人の後ろだぞ!!俺だ!!」

「それなら私がいたからこういう機会に巡り合えたのだからその権利は此方にあると思わないかい?」

「何やってんだか……」

 

助手席の取り合いならまだ分からなくもないのだが……まあある意味子供として見たら健全なやり取りかと思う。そんな時に助手席のカフェは此方をジッと見て来る。それも気になるが、それ以上にカフェの後ろにいる影のようなウマ娘の存在が気になってしょうがない……。

 

「(あれが『お友達』って奴か……マジでカフェに似てるな、マジでサンデーサイレンスなんじゃ……)」

「あれ、一つ聞いても宜しいですか?」

「んっああ、なんだ」

「ランページさんは……私のお友達が、見えているんですよね?」

「そのお友達っていうのが外の二人じゃねぇって意味合いならYESだな。なんか超見える、めっちゃ笑ってね?」

「嬉しそうに、してます」

「うん、なんか俺の肩叩いてますよねこれ。すげぇバンバンと」

「はいバンバンと」

 

カフェ曰く、お友達はランページが自分の存在を認知している事が分かると嬉しそうにしながら肩を叩いているらしい。鞭を入れるが如く、叩かれている方を見ても何も無い筈なのに衝撃がある。なんて怪奇現象だ……やっぱりアプリトレは化物だな。

 

「私以外に、お友達が見えると言ってくれたのは貴方が初めてです……」

「まあ簡単に見えるようには見えねぇしな……後好い加減に肩叩くのやめさせてくんね?」

「その辺りに……」

 

カフェが一言掛けると衝撃は無くなった、そして今度は摩るような感触に変わった。心なしか悪かったな、という笑いを浮かべた表情をしているように見える。

 

「喜んでいます、私も嬉しいです……改めて、宜しくお願いします」

「応。お友達さんも宜しくな」

 

すると背中にバシィン!!という音が走った、力強いビンタをされたらしい。ニュアンス的には応よ!!という気持ちを込めた一撃なのだろう、肉体的な痛みならば我慢は余裕なので顔にも出さないでいるとお友達は面白そうなものを見つけたと言わんばかりの表情をする。

 

「やれやれ、結局変わらぬならする必要性がなかったじゃないか」

「くっそぉっ……!!」

 

漸く乗り込んできた二人、如何やら最終的な決着はじゃんけんで決めたようだが結局自分の後ろはタキオンになったらしい。ポッケは酷く悔しそうにしている。

 

「さてかなり時間を無駄にしてしまった、早く行こうじゃないか」

「お前が言うなお前が、にしてもよく親御さんも許してくれたもんだ」

「ランページさんのお陰っす!!ランページさんなら安心、というか寧ろ自分達が行きたいって言ってたっす!!」

「私も……」

「ハハッそうかそうか、んじゃまあ出発すっか」



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211話

「しかし、まさか車とは意外だったねぇ……しかも自分で運転とは」

「別にいいだろ車持ってる事は」

「いやいやいや、無敗神話継続中のレジェンドが何を言っているのか」

 

高速を走るインプレッサ、このまま向かうのは京都。レースが行われるのは翌日、夕方ごろにはつく計算なので問題はない。本当は新幹線辺りで行こうと思っていたのだが……そっちにはマスコミなどが張っていると南坂から助言を貰ってインプで行く事にした。

 

「まあ、悪いとは思ってるよ。暫くの間車の中で拘束しちまうからな」

「全く問題ないっす!!あのランページさんの車に乗れて、一緒に過ごせるとか超激レアな体験です!!」

「景色も見れますので、お気になさらず」

「だ、そうだよ。まあ私も気にはしないさ、まあ元から気にしてないが」

「相変わらず一言多い奴だな……」

 

運転をしながらもラジオを付けると矢張りというべきか、天皇賞についての評論が行われている。1番人気は意外な事にマックイーンではなく、テイオーだった。大阪杯ではターボに勝ったからその関係だろうか、そして2番人気にマックイーンとされていく中でカフェが尋ねて来る。

 

「ランページさんは、如何思いますか。この評価は妥当ですか?」

「お偉方の考える事なんて俺には分からん、俺の評価とは全然違うからな」

「ほほぅ、現役最強ウマ娘の評価とは是非とも聞きたいねぇ!!実に興味深い」

「俺も聞きてぇっす!!」

 

そこまで持ちあげてくれなくても応えるつもりだったのが、車線を変更しながらも応える。

 

「俺としては大本命はマックイーン、次点でテイオー、パーマー」

「ほほぅ?ツインターボ氏は3番人気だが、貴方の中では違うと?」

「俺的には7番人気だな」

 

世間はトリプルティアラであるターボを評価しており前世代の自分とライアンとはまた違ったバチバチのぶつかり合いを期待しているらしいが、ターボに長距離はかなりきつい。2400でいっぱいいっぱい、長く見積もっても2500がギリギリ。ターボも頑張って長距離を走る練習はしていたが、それが何処まで発揮出来るか……。

 

「ターボは元々体力はある方だ、問題はその体力のペース管理を基本的にしないで突っ走るだけ。トリプルティアラになる辺りで漸く覚え始めたぐらいだからな……その位で3200を完走できるとは思えない」

「スタミナ自体はあるんですね」

「最初からアクセル全開で突っ走るんだよあいつ」

 

今日までで長距離の適性を何処まで高められているのか、楽しみである。その一方でもう一つ楽しみにしている事がある。

 

「しかし、願わくば貴方も出たかったのではないかな?」

「海外遠征を考えてなかったら多分出てただろうな」

 

その言葉の意味は此処にライアンが出るから、そして一応自分もメジロのウマ娘だから天皇賞制覇の悲願を叶える為に尽力した事だろう。しかし海外遠征の為の準備などもあるので出ない事にした。なので自分の代わりにライアンに襷を預けた、という所だ。

 

「ンな事より、まさかあいつが天皇賞に出るとはなぁ……長距離の適正あったのかあいつ」

「私も驚いているよ。最近妙に走り込んでるとは思ったけどね」

 

タキオンさえもその言葉に同意した。その言葉の先に居るのはフローラ、タキオンの姉でもある彼女がこの天皇賞(春)に出場する。

 

「タキオンの姉ちゃん、ジャパンカップの勢いで取る気なのかね。」

「有記念では3着、でしたね」

「ないとは言わないけれど姉さんは長距離向きではないと思っているよ」

「あれほどじゃねえが、なんかいきなりすげぇ面子のレースになったな」

 

これで自分も参加していたら去年の有記念再び!?みたいな見出しになっていたのかもしれない。残念ながらそれは叶わなかった訳なのだが……しかし、実妹のタキオンから見てもフローラは長距離には向いていないらしいが、何か秘策でもあるのだろうか……。

 

「貴方から見て、姉さんは長距離でマックイーンさん程の役者になれると思うかい?」

「さあどうだろうな、だが勝算があるからこそ出るんだろ。リギルってのはそういう所だからな」

 

管理主義のリギル、そのトップはトレーナーであるおハナさんこと東条トレーナー。カノープスとスピカはトレーナーとウマ娘の距離は近く何方かと言えば対等か僅かにトレーナーの方が上程度だがリギルではトレーナーが絶対的な上なのは変わる事はない。そんなリギルのおハナさんが許可を出したのならば勝ち目があると思わせるだけのものがあったという事だろう。

 

「まあ、何れにしろ明日のはそれが分かるって事だ。そろそろ昼飯の時間か、次のサービスエリアで休憩取るぞ~奢ってやるから好きなの頼んで良いぞ」

「良いん、ですか?」

「そこまでけち臭くはないぜ俺は、何喰いたいか考えとけよ」

「私は基本なんでもいいが……」

「パ、パフェ喰いたい!!」

「昼食にパフェはないだろうに……せめてデザートだろうそれは」

 

わいわいとタキオンたちは昼食について話し始める中でランページは車線を変えつつもどんなレースの展開になるかを思考する。大逃げのターボとパーマーの二人が先頭に立ってそこを追うイクノやフローラ、後方待機のネイチャやライアンと言った感じになるのだろうか。何にせよ、最強のステイヤーであるマックイーンにとって楽なレースでは終われない。

 

「さてと、どうなるかな?」

 

 

「当然、勝ちますわ。メジロ家の名に懸けて」

 

名優、メジロマックイーンは胸を張っていた。連覇を目論む天皇賞(春)、それに相応しい舞台になっている。テイオーは以前言っていた、強い相手と戦ってこそ無敗の三冠の名を胸を張って名乗れるのだと。それで負けてもテイオーは決してその敗北を悔やむ事無く、感謝して前へと進んでいる。

 

「早く、明日が来てくれない物かしら……」

 

こんなにもワクワクしてしまう日はなかったかもしれない、早く走りたい、そんな思いを募らせながらもマックイーンは笑っていた。

 

「マックイーン~取材始まるけど……如何したの笑っちゃって」

「いえ、テイオー明日は負けませんわ」

「へへ~んボクだって負けないよ!!何せ、ターボに勝ってるんだもん!!」

「言ったなテイオー!!ターボだっていっぱいいっぱい特訓したんだから!!」

 

そんな彼女達を見つめながらも一人、フローラは空を見上げながらも笑みを浮かべていた。ウチから沸き上がる物が少しずつ、増えている。こう思うと自分はシスコンだなぁと思いつつも、同時に本当に同じ位に執着しているなぁとも思う。

 

「ランページさん、私の走り―――見ててよね」



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212話

ナイスネイチャ、35歳の大往生……本当にお疲れ様でした。今日まで色んな思い出を有難う御座いました。嘗てのライバルとかと会えたりして、またレースをして、今度は1着を取るぞ、という事をやっていたりしてるんでしょうか……

兎も角、名馬のご冥福をお祈りいたします。


「お待ちしておりましたランページお嬢様、長らくの旅路お疲れ様でした」

「誰が出迎えてくれるかと思ったらまさかの爺やさんじゃねえか、アンタ本家の仕事如何したのよ」

「何を仰います、此度のレースはメジロ家の悲願の天皇賞。その為にお嬢様の為に尽くすのが私の役目に御座います」

「言われてみたら納得だったわ」

 

順調だった京都への旅路、途中高速道路の中では音楽を掛けて突発的なライブ状態が起きて大盛り上がりだった。そんな事もありながら到着した今回の戦場となる京都、メジロの悲願を達成する場。そんな京都で過ごすのはメジロ家所有のホテル、タキオンはそこまで驚いてはいないがポッケとカフェは想像以上の巨大なホテルに呆然としてしまっている。

 

「此方がホテルの支配人になります」

「支配人です」

「宜しく頼んます、早速で悪いけど俺達の部屋に行けるかい?荷物置きてぇ」

「畏まりました。荷物については此方でお運びさせて頂きます」

 

ホテルの支配人が直々に選抜したメンバーの相手を受けつつも部屋へと案内される。当然通された部屋が最高級のVIPルーム、映画でしか見た事がないような豪華な内装と最上階に設けられただけあって素晴らしい眺めが楽しめる部屋に思わずランページは口笛を鳴らす。

 

「御用がありましたらお気軽にお声掛けください」

「それではお嬢様、私はマックイーンお嬢様達の方へと行ってまいります」

「ああ分かった」

 

そうして部屋には宿泊するメンバーのみが残されたわけなのだが……目を白黒させて続けているポッケとカフェとは対照的にタキオンは窓の前の椅子に腰を落ち着けながらも途中で買って貰ったニンジンワインを夕暮れの景色を肴にしながら楽しみ始めた。

 

「ホゥ……景色だけで此処までドリンクの味というのは変わる物なのだね、知らなかったよ」

「何浸ってやがるんだ小娘、そんな歳でもねぇだろ」

「形だけでも変わるという物なのさ」

 

自らも荷物を置きながらも景色を眺める、間もなく夜の帳が下りる京都の町は美しい。

 

「ほれ、お前らも何時まで突っ立ってんだ。正気に戻れ」

「ハッ!?いや、だってマジでこんな部屋に、泊っちまっていいのかなぁ……?」

「え、ええ……流石にこれは……」

「良いんだよ別に、メジロ家の御令嬢である俺がお客様として招待した方々と泊まるんだぜ?」

 

普通に考えたら宿泊料金などはとんでもない値段などになるだろうが、それらは気にする必要などはないのだ。兎も角子供は妙な事を考える必要などはなく甘えていいのである。

 

「しかし、貴方ほど御令嬢という言葉が似合わない令嬢もいないだろうねぇ……」

「自覚してるわ、とりま部屋については此処と隣の部屋を二つ取ってある。一部屋二人の割当になるな」

 

寝るだけなら一部屋でもいいかもしれないが、幾ら子供が3人とはいえ4人で一部屋というのも中々に狭さがあるのでもう一部屋確保して貰っている。如何するかとくじ引きで決める事になったのだが……

 

「ムゥッ……」

「カフェぇお前羨ましぃ!!!」

「やりました」

 

うっすらと笑みを浮かべているカフェが自分に向けてVサインを向けるのであった。自分と同室はカフェになり隣の部屋はタキオンとポッケという事になった。一先ず少し休憩してから食事か風呂にするという事で一旦解散、数日京都に滞在する予定なのでその予定を確認するなり家族に一旦連絡するなどの時間を取る事にした。

 

「しかしドレスコードなどがいいのだろうか……?」

「問題ない、要るにしてもレンタルで如何とでもなるからな」

「流石ですね!」

 

二人を隣の部屋まで送り届けた後に部屋に戻り、一先ず自分の荷物を解いていると隣で同じように荷物を解いていたカフェが此方を見て来た。正確に言えば此方を激しく凝視しているお友達に釣られるように自分を見ていると言った所だろうか。

 

「如何やらお友達は気になるみたいだな、俺が見える理由って奴が」

「私も気になります」

「と言っても俺には確信的な理由(モノ)は一つしか思い当たらないんだよなぁ……それが望む答えとは限らないぜ?」

「聞きたい、です」

 

カフェの意見は変わらなかった。自分にしか見えず感じられないお友達、それを共有出来る相手のその理由を。ランページだって本当にこれなのかという事は分からない、だが思い当たるとしたらそれしか考えられない。だがそれをストレートに伝える訳にも行かない、相手は幼い子供だ。憧れを向けている相手が自殺したから……何て聞いたらショックを受けるに決まっている。

 

「一回な、どうしようもなく辛くてもう全部投げ出したくなっちまった時があったんだよ。それで全部投げ出そうとした時に助けられたんだ―――友達にな」

「―――お友達、に」

「そう、お友達にね」

 

何処か濁しながらも汲み取ろうとすれば汲み取れるように伝えた、カフェはその答えを聞いて何処か納得したような目で輝きを向けて来た。自分と友人が同じで助けになっているんだ、自分だけじゃないと思っているのだろう。その一方でお友達は言葉の真意を察しているのか、よく頑張ったと肩を叩いて来た。

 

「二進も三進も行かなかった時に友達が新しい道をくれたんだ、友達って本当に有難いんだなって実感したよ」

「私もそう思います……私にとっても、お友達はかけがえのない存在ですから」

「そうか、俺と同じだな」

 

それを聞いてカフェは嬉しそうに頷いた。方向性は違うかもしれないが、大切な友達というのは共通している。それだけでも十分なのかもしれないと思っていると部屋の扉が開けられた。

 

「失礼するよぉランページさん。ポッケが食事に行きたいとうるさくてねぇ……」

「い、言ってねぇだろ!?ただこういう所の飯ってどんな感じなのかなぁって言っただけじゃねえか!?」

「言ってるじゃないかい」

 

顔を赤くしたままタキオンを睨みつけながらポッケとそれを軽く受け流しつつもケラケラと笑っているタキオン。そんな二人を見てカフェは騒がしいなぁと思いつつも何処かこの二人といる事も嫌いではないという表情を浮かべているので彼女の頭を軽く撫でてやる。

 

「んじゃまあ、ポッケが御所望な事らしいし飯に行くか」

「ちょっランページさんまで!?」

「ハハハッまあいいじゃないか、先程見たが如何やらこのホテルにはウマ娘用のスペシャルパフェというのがあるらしいよ」

「マジか!?」

「機嫌、治るの早いですね」

「まあいいじゃねえか、つうかタキオンはフローラに会いに行くとか連絡は良いのか?」

「姉さんよりも貴方といる方が貴重な時間だからねぇ」

「合理的なのかなんというか……そういう時位は姉ちゃん優先しないと泣くぞあいつ」

「泣けばいいさ」

 

 

「……タキちゃんが電話に出てくれない……もう京都に来てる筈なのに……」

「ランと来てるって話だから、今ご飯の最中とかじゃないの?」

「……一緒に、食べたかったなぁ……」

「一応聞くけどそれってどっちと?」



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213話

「―――やばかった」

 

尻尾のブラシで梳かす、基本お洒落やらに興味は無いがこの位の事はする。最高の走りというのは常日頃からの手入れで変わる、それを聞いて当たり前のことながら成程と納得したタキオンは丁寧に尻尾の手入れをする。これまではしていなかったが、その言葉を聞いてから日に日に艶が出るようになり、それが気に入ったのか気付けば日課になっていた。今日もそれをやっていると同室のポッケがそんな言葉を呟いた。

 

「何だい随分と陶酔しているねぇ」

 

それだけフカフカなベッドに夢中なのだろうかと思ったが、如何やら違うらしい。メジロ家お抱えの高級ホテルの食事、パフェにも舌鼓をした後に入浴を行ったのだが……そこで露わになったランページの身体に圧倒されているらしい。

 

「だってよ、あれマジで同じウマ娘の身体かよ……あんな、こう……」

 

身体を起こしながらもボディランゲージをしながらなんとか言葉を尽くそうとしているが語彙力が溶けているのかなかなか出てこない。まあ言いたい事は分かるさ、とタキオンは同意を浮かべておく。

 

「腹筋はバキバキに割れててすげぇ筋肉質なのに、なんであんなに……」

「うん、なんというか色んな意味で笑っちゃう身体をしてたねぇ」

 

鍛え込まれた身体をしているのにボディラインは極めて女性的、肌も艶々で張りもあるボンキュッボン。正直言って自分もあんな風になってみたい……という思いを抱かずにはいられなかった。

 

「俺もあんな風になれっかなぁ……」

「気が合うね私もそう願うよ、あんな高身長ならば素晴らしいストライドが」

「そうじゃねえよ!!」

 

そんな風に騒ぎつつも夜は更けていく、明日の天皇賞に胸を弾ませながら。

 

 

 

「しかし凄い眺めだねぇ……ハァ~ハッハッハッ!!見たまえ、人がゴミのようだ!!」

「あってめ、それ俺が言いたかった奴だぞ!?」

「知らないねぇ。というかこういう時はやりたがる事が似るとは……思考が似通っているようで複雑だねぇ」

「うっせ!!」

 

京都レース場のVIP席、特別な観客席にランページとタキオンたちの姿はあった。最初は普通に観戦するつもりだったのだが爺やが手を回してくれていたのかメジロ家として抑えているVIP席の一つを使える事になった。大歓声の中に包まれて観るのも一興なのだが、開けた視界の中でレースを見るのも乙な物だ。

 

「一番人気は変わらずテイオーか……んで2番人気がマックイーン、」

「如何なるんでしょうね」

 

無敗の三冠ウマ娘か、最強ステイヤーの連覇か。世間はこの二つで大きく盛り上がっている。そこに加わる形でターボやイクノ、そしてライアンと言った有力ウマ娘の評判がある。全く以て読めない、特にターボがこのレースをかき乱す一つの大きな要因にもなる事だろう。

 

「あっそうだ、好い加減に姉さんに電話の一つぐらいしてあげないと不味いかな。シスコンな姉さんの事だから調子が下がってるだろうしね」

「おいおいおい……おハナさんからしたら堪ったもんじゃねぇぞそれ」

「どれどれ……不在着信が15件、全部姉さんからだ」

「さっさとしてやれ」

 

フローラのシスコンは筋金入りだ。愛しの妹が応援してくれない、口も利いてくれないとなったら落ち込む筈だ。タキオンも流石に放置し過ぎたと反省したのか直ぐに電話を掛ける。

 

「ああ姉さっ―――『ダギぢゃぁぁぁああああんっ!!!やっど、やっど電話出でぐれだぁぁぁぁ!!』……切って良いかなランページさん」

「気持ちは分かる、すげぇ分かる。今すぐにでも切ってやれと言いたいが勘弁してやれ」

 

繋がった瞬間に聞こえてくる大爆音のフローラの声に思わずスマホを遠ざけ、顔を顰めながらも切ってやろうかな……と考えるタキオンを宥めてやる。

 

「ああうん取り敢えず姉さんうるさい、悪かったから声を絞ってくれ」

『だってだって、全然出てくれなかっただぁもん……嫌われたかと思った……』

「嫌われるという自覚があるならもうちょっと確りして欲しいんだけどねぇ……一応私も姉さんの事は誇りに思っているんだから誇れるような態度を取って欲しいんだよ」

『えっタキちゃんってば私の事誇らしいの!?やっだもぉ~ん♪』

 

「一瞬で機嫌よくなりましたね」

「何時ものタキオンの姉ちゃんだな」

「ああ、平常運航なんだあれ」

 

姉妹仲が悪くなることを心配したが……如何やらお決まりの流れらしい。心配して損した。

 

「こっちはこっちでランページさんと仲良くさせて貰ったよ、ホテルに泊まったりね」

『ランページさんとお泊り、だと……』

「語弊がある言い方はやめてくれないか……カフェやポッケも一緒なんだ、保護者を買って出てくれたようなものなんだ」

『うぅっ……分かってはいるけど、そこはお姉ちゃんがお姉ちゃんしたかったなぁ……』

 

パッと見では何方が姉なのかが分からなくなるような光景だ、中等部ですらないタキオンの方が余程理性的で落ち着いている。

 

「ああうん、VIP席でだが姉さんの事を応援させて貰うつもりだよ。ああ、それじゃあ、頑張ってね姉さん」

 

そう言い残して通話を切ると一際大きな息を吐くとニンジンジュースを一気に飲み干して喉を潤す。

 

「やれやれ……ジャパンカップウマ娘という自覚を持って欲しいよ、これだから自慢出来ないんだよ姉さんの事を」

「一応尊敬はしてんだな」

「当然さ、ジャパンカップは唯のG1ではないからね。それを制した姉さんの事は尊敬しているよ」

 

これまでがこれまでだったが、タキオンはフローラの事を心から尊敬している。ジャパンカップという大舞台を制している事もそうだが、自分という大きな相手を回避するのではなく上回る為の努力を欠かさず立ち向かい続けている精神性を高く評価しているとの事。

 

「客観的に見れば勝てるレースに出るのが当然だろう、だが姉さんは立ち向かい続けている。ハッキリ言ってバカみたいだったよ、だがそんな所が姉さんらしくてカッコよく思えたのさ」

「家族に向ける物にしては随分と辛らつだな」

「これが私さ、真実を考慮せずに行う評論程愚かな物もないからねぇ!!」

 

それについては極めて同意だ。自分の活躍を適正以上に評価して他を下げる様な記者連中に是非聞かせてやりたい言葉だ。

 

「本当にお前姉ちゃんに容赦ねぇよなぁ」

「姉さんがもう少し、落ち着いてくれたら容赦するんだがねぇ」

「気持ちは分からなくはないですけど……あれだけ泣かれるんですから上手くやらないと」

 

同級生故にフローラの事を分かっている二人が少しは扱い方を変えてあげた方が良いと忠告するが、肝心のタキオンはフローラがもっと確りしてくれたら考えても良いと袖に振る。本当にどっちが姉何だか……そんなあれこれをやっていると、時間がやって来た。いよいよ天春出走だ。

 

「さてと、誰が勝つかな。マックイーンか、テイオーか、それともライアンか、ターボか……誰が勝っても可笑しくない3200m、春の京都天皇賞。長い長い旅路に漕ぎ出す優駿達、制するは名優か、それとも帝王か……」

 

そんな煽り文句を言ってみる中で行われていくゲートイン、全員が良い顔をしている。独裁者が見守る天皇賞、どんな結果になるのか、期待と不安、様々な思いが入り乱れる中、遂にそれが―――スタートした。



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214話

遅くなりました。


遂に始まった天皇賞(春)。天皇陛下の名を戴くこのレースに漕ぎ出していく優駿達、3200という距離は日本のG1レースの中で最も長い道。加えて行われるのは京都レース場、淀の坂があるこのレース場ではパワーとスタミナが要求される。3200を走り切るだけの体力とその管理も重要視される、一体誰が真っ先に飛び出していくのか―――

 

「ドッカンターボだぁぁぁ!!!」

「爆逃げで負ける訳には行かないぃぃ!!」

 

『おおっと一斉に飛び出したのはトリプルティアラウマ娘のツインターボとご存知大逃げステイヤーのメジロパーマーだ!!メジロマックイーンでもトウカイテイオーでもメジロライアンでもない、ペースを作るのは自分達だと言わんばかりにこの大逃げウマ娘二人がペースを作ります。がツインターボは余りにもペースが速すぎるのではないか、3200は初の旅程ですがこのペースを持たせられるのか!?』

 

知っていた、分かっていた、だが本当にやるとは全員に思わせる程に見事なドッカンターボを繰り出して先頭に踊り出したターボ。本当に3200を走り切るつもりがあるのかと言いたくなるようなペースにはパーマーですら驚いていた。

 

「ターボにはターボの走りがあるんだもん!!いっくぞぉぉおついて、こおおおい!!!」

 

笑みを浮かべ続けたまま、彼女は走り続けていく。嘗ての秋華賞を思わせるような走りで坂を駆け上がっていく、その姿に思わずテイオーは笑ってしまった。

 

「何処までも君は君だねターボ、ボクだって負ける気は―――ないよ」

「それはアタシだって同じだけどねぇ」

「同感ですね」

 

その言葉に続いたのはネイチャとイクノ、同じカノープスというのもあるが自分達だってこの京都には様々な思いがある。菊花賞と秋華賞での敗北を味わっている自分達だが、その敗北がくれた物がある。その為に鍛えた脚があると坂道をまるで平地のように駆けあがっていく、シンザン鉄を使っての坂路を取り入れている二人にとっては淀の坂道なんて苦ではないと走りが言った。

 

「ボクだって無敗の三冠だ、負けないぞぉ!!」

「それを言われたら、あたしも負けられないなぁ!!」

 

『先頭を行くのはツインターボ、そしてメジロパーマー。そこから2バ身程にイクノディクタス、トウカイテイオー、ナイスネイチャ、そこから1バ身の所にメジロマックイーンとメジロライアンが続きます』

 

春の天皇賞としてはかなりのハイペースレースとなっている今年、原因は紛れも無くターボだった。スタンド前を通過してもターボは未だ先頭で走り続けている、それを追いかける形のパーマー。この大逃げウマ娘達のペースに全体のペースが上がっている、さながらランページが制した有記念のようなありさまだった。そしてスタンド前を通り過ぎて第1コーナーへと入った時、土埃が上がった。

 

「芝が完全に禿げ上がってやがんな……」

 

思わず、そんな声を上げてしまう程にバ場が悪くなっていた。ボコボコとなって走りにくくなっているコースを疾駆していくターボだが、パーマーはやや走り難そうにしているがターボはそんな事お構いなくひょいひょいと走っている。

 

「ふふ~ん!!ターボに掛かればこんな所、全然平気だもん~!!」

 

「凄いけど、何で―――マジ?」

 

テイオーはその走りを見ているが、思わず目を白黒させた。ターボはボコボコしているバ場の僅かに残っている綺麗な部分を走っている、それこそ小柄なターボの小さめの足が一つ入るかどうかの小さな綺麗な良バ場の部分を的確に走っていた。まるでマジックでも見せられているかのような見事なコース取りだ。

 

「やりますわね、伊達にランページさんと同じトリプルティアラではない、という事ですわね」

「そうでないと張り合いがないからね」

 

マックイーンはターボは早々に脱落すると思っていた、だがターボは未だにトップを走り続けている。まだまだ走れると言わんばかりの勢いがパーマー同様にある。想像以上にこのレースは走っていて楽しいとマックイーンは感じていた、そしてそれは少しずつ上がって来たフローラも感じていた。

 

「フフッ……フフフッ―――」

 

 

「しかしやる物だねぇ……この距離であのスピードを維持し続けられるとは……」

「だよなぁ。流石トリプルティアラだぜ」

 

タキオンの言葉にポッケも同意見だった。長距離な上にバ場の悪いにも関わらずにトップを走り続けているターボ、序盤からフルスロットルでの大逃げ切りが定番のターボが此処まで持つのは意外な展開だった。

 

「練習が役に立ったって事か、付き合った甲斐があったな」

「練習……スタミナ練習、ですか?」

「そうでもあるけどそれだけじゃないな」

 

カフェの言葉に肯定と否定を込めておく。

 

「問題、スタミナを消費するのはどういう時?」

「んなもん走っている時ずっとなんじゃ……」

「どういう時、という限定的という聞き方をするという事は局所的という事だろう。その位考えればわかるだろうポッケ?」

「あったまくるなぁお前ぇ……」

 

それはタキオンの頭の回りが同年代と比べたら段違いに早いだけなのだが……と思うだけにしておく。そんな時にカフェが応える。

 

「ペースを変える時、ですかね」

「それもあるな、他には」

「フム……バ場が悪く体勢を直すときかな」

「それもある」

「えっとえ~っと……プレッシャー掛けられた時!!」

「それもある」

 

三人の答えはどれも正しい、ペースなんて自分が良く使う手段だし体勢もバ場が悪い時にはしょっちゅう、プレッシャーは精神的な疲労からスタミナを。今回の場合、如何してターボが持つのかという意味では正しくはない、正解は―――的確なコース取り。

 

「良バ場に比べてバ場が悪いと必然的に疲れるだろ?今回なんて正にそうだ、ターボは荒れてない無事な芝を見抜いた足運びをするコース取りをしてるんだ」

「マジですか!?」

「走っている時に見える景色から芝を見えるだろ、そっから抜き出してる」

「言うのは簡単だが、それこそ言葉通りの一瞬の間になってしまうが?」

「出来ちまってるからなぁ」

「凄い……」

 

ターボのスタミナ強化は南坂ですら手古摺っていた、何せ幾らスタミナを強化した所で走るターボがそのスタミナをどんどんエンジンに焼べるので加速とスピードの燃料にしかならないので他のウマ娘に比べて圧倒的にスタミナの伸びが悪い、その分加速とスピードの質は上がるのだが……そこでランページがある事を考えた。

 

『開き直ろうぜ、こうなったら長時間トップスピードを維持する事にシフトしようぜ』

 

発想の逆転、以前の二回ドッカンターボを行うという発想をヒントにしてターボのスタミナ強化ではなく走りの質を上げる事をランページは提案した。やった事は簡単―――視点を活かす事。

 

『視点を活かす……どゆ事?』

『ターボは基本先頭だろ、まあ天皇賞だと多分パーマーもいるだろうけど3200を逃げるっつってもある程度は抑える。だから基本はお前がトップだと思っていい、つまり先頭には誰もいないだろ』

『うんっそれがターボのレース!!』

『ああ成程、良い考えですね』

『面白いだろ』

『えっ何々、教えて教えてよ~!!ターボにも分かるように~!!』

 

ランページの案、それはつまりターボの全力を走れるバ場を常に走り続けるという物。荒れていないコース取りをして常にベストな走りをし続けるという一見荒唐無稽な発想。だがターボの走りは大逃げ、しかも最初から全開の大逃げ、それならば前に他のウマ娘がいる可能性は極めて低い。それを使わない手はない。

 

「そっからは只管にターボを走らせた、俺が走る山の悪い道を走らせたりもしたな。木の根っことか石とかが転がってない地面を見つけて走らせる、それを繰り返させたんだ」

「そんな事を……」

 

そしてターボはそれを驚くような速度で物にした。まだ意識するとぎこちなさはあるが、十分に通用するレベルにまで練り上げた。

 

『さあツインターボが未だ先頭!!ツインターボの先頭は終わらない!!だが此処で後方からメジロライアンが上がって来たか、いや他のウマ娘達が落ちてきているか!!春の天皇賞も後半に差し掛かっているのに未だにツインターボのドッカンターボは未だに衰えません!!このハイペースに追い付けないか!?おっと第三コーナーに入りましたがイクノディクタスとアグネスフローラが仕掛けた!!ターフの独裁者と覇を競い続けたこの二人にとってこのペースは何のそのか!?メジロマックイーンも徐々に、徐々に上がってきている!!さあ間もなく第四コーナー、ツインターボがこのまま逃げ切るのか!?それとも無敗の三冠のトウカイテイオーが春の盾を取るのか!!それともメジロマックイーンが盾を守り切るのか!!メジロの三冠、メジロライアンが盾までその手にするのか!?』

 

「このままターボが逃げ切る~!!」

「ぐぬぬっ根性根性ォ!」

 

大逃げウマ娘がペースを握る天皇賞、その終幕は近い。



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215話

最終コーナーを越えて最終直線、此処まで耐え忍んできたウマ娘達が遂に牙を剥き始める―――が、それを出来るのはそれこそ一部の強者のみ。

 

「スパート、するだけの……」

「は、速過ぎる……!!」

 

此処までターボとパーマーの爆逃げペースに付いて来たのは見事ではあったがそれだけで精一杯になっていた。最後の末脚を繰り出すだけの体力も残っていなかった、その一方で二人を猛追するウマ娘達が居るのも事実だった。

 

『ナイスネイチャが行く、いやメジロマックイーンが上がって行く!!トウカイテイオーも上がる、メジロライアン、イクノディクタス、アグネスフローラ!!この6人が一斉にスパートを掛けていく!!』

 

連覇を狙うマックイーン、同じメジロとしても負けられないライアン、無敗の三冠としての意地を見せるテイオー、同じくダービーウマ娘として負けられないネイチャ。大逃げをするのであればそれに負ける訳には行かないと言わんばかりに一気に上がるイクノとフローラ。それらが一気に上がって行く。

 

「負けてられるかぁぁ!!」

 

まだまだ行けると言わんばかりにパーマーは脚に力を地面を蹴っていく、先頭を立ち続けているターボは未だにあの破滅的なペースを維持している―――訳ではなく、維持する事しか出来ずにいる。一歩でも退きたくない、この景色を譲りたくはない、テイオーに負けたくない。そんな思いだけが身体を突き動かしている。

 

「っ!!」

「此処だぁ!!」

「アタシだってぇ!!!」

 

『メジロマックイーンとトウカイテイオーが同時に更にスパートを掛けていく!!一気に3番手にまで上がって行く、パーマーを捉え、そのまま抜き去る!!さあこのままツインターボまでもを捉えきれるか!!?ナイスネイチャも徐々に上がって行く!!さあパーマーに並んだ!!』

 

「負けるかぁぁぁ!!!」

「それは、私達も同じ!!」

「大逃げとの勝負、その一点で負ける訳には行かない!!!」

「そう言う事ぉ!!」

 

パーマーの叫びを覆い尽くすかのように背後からイクノ、フローラ、ライアンの声が降り注いできた。大逃げウマ娘との勝負、その一点において自分達は絶対に負けたくはないという誇りがある。

 

「うあぁぁああああ!!!」

「負けっるもんかぁぁぁ!!!」

 

『メジロパーマーがまた伸びていく!!ナイスネイチャを抜き返し、いやナイスネイチャも伸びていく!!!ともに再びに伸びていく!!これがこの二人の恐ろしい底力!!おっと、此処でツインターボが少し垂れて来た!!流石に限界か、外からマックイーンだ!!マックイーンが強襲!!!』

 

「ハァハァハァハァハァ!!負けない、もんっドッカンターボだぁぁぁ!!!」

 

自分でも落ちてきていることが分かっていた、だからターボは切り札を切った。最後のドッカンターボ、真・ドッカンターボを発動させる事を決意してマックイーンを振り切ろうとする―――が、スピードは全くでない所かマックイーンとの差は更に縮まっていく。

 

「何で、何で……!?」

 

 

「自分のドッカンターボの特性を忘れる位必死だったか……」

 

『メジロマックイーンが今、ツインターボを抜いた!!ツインターボの先頭は此処で終わり!!』

 

3200という長丁場、それを逃げ続けて来たターボ。幾らトップスピードを維持出来る時間を増やしたと言っても限界はある、その限界を迎えた且つ最高のタイミングではなく自分の意志で此処で加速したい、という意図で切ったターボは十分ではなかったのだろう。

 

『トウカイテイオーが迫る、だがツインターボも粘る粘る!!トリプルティアラウマ娘の意地を見せております!!』

 

 

「(君は凄いよ、本当に凄いよターボ。本当に尊敬に値する、だから―――ボクも君に証明する、君のライバルはこんなにも凄いウマ娘だって事を!!)これが僕の真・テイオーステップだぁぁぁ!!!」

 

『ト、トウカイテイオーだ!!トウカイテイオーが更に加速していく!!ツインターボを抜き去ってメジロマックイーンに迫っていく!!なんという速さだ、先程ではまるで別人だぞトウカイテイオー!!?』

 

テイオーの走りが変わった。ターボがその走りを見た時にきっと菊花賞のネイチャと同じ事を思った事だろう。あれは、ランの走りだと。全身を全て連結させ、一つに融合させて行う完全な全身走法、それをモンスニーに頭を下げて直接指導を受けた。元々映像を見るだけで模倣出来ていたテイオーが直接指導を受けたらどうなるだろうか、その走りは一変する。

 

「テイオー、凄い……凄い、凄いよテイオー。ターボも、ターボだって負けてられない!!」

 

重なった。憧れのウマ娘に、師と呼ぶウマ娘の姿と重なった、ランページの走りと重なった。だったら尚の事追いかけたい、走りたいとターボは駆けた。既に息も絶え絶えでフラフラな状態にも拘らずターボは走り続けた。イクノ、フローラ、ライアン、ネイチャ、そしてパーマーにも抜かれていくがターボのその表情は何処までも明るく、楽しげだった。

 

『トウカイテイオー、メジロマックイーンを完全に捉えた!!いや、後方からメジロの三冠のメジロライアンが迫って来る!!イクノディクタス、アグネスフローラも来ている!!ナイスネイチャも来ているが少し厳しそうか!?さあどうなる残り200m!!!アグネスフローラが激しく上がって来るか間に合うか!?』

 

「はぁぁぁぁぁ!!!」

「だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

『メジロマックイーン粘る!!現役最強ステイヤー、メジロ家四天王の意地を見せるのか!?春の盾は、春の盾は譲れないメジロマックイーン!!春の盾こそ絶対に欲しいトウカイテイオー!!無敗の三冠帝王が行くのか!?』

 

「天皇賞に勝ちたいのは、貴方達だけじゃない!!」

「私とて、その思いは同じ!!」

「譲れないよねぇ!!」

 

『半バ身差でメジロライアン、ほぼ横一線でイクノディクタス、アグネスフローラ!!!誰が勝っても可笑しくはないこの天皇賞で誰が勝利の栄冠を掴むのかぁ!!!』

 

あと少し、ほんの少し。ほぼ横一線にまで迫れている中でテイオーは必死に走り続けていた、その瞳に映るのはゴールのみ。

 

「約束、したんだ……!!」

 

「―――お前は確実に皇帝を越えられる、無敗の三冠になってお前は会長に並んだ。なら次は越える事を目標にすりゃいい」

 

「ボクはもう、憧れるだけじゃない―――ボクが、ボクが―――絶対の帝王だぁぁぁぁあっっ!!!」

 

その時、マックイーンは見た。帝王の背中に翼があった。その翼が力強く羽ばたいた時、一気に地面を蹴って宙に舞うかのような加速をして―――自分を、僅かに越えて跳んでいった。

 

『勝った、のは―――トウカイテイオー!!!トウカイテイオー一着ぅぅぅぅ!!!激戦の天皇賞(春)を制したのは無敗の三冠ウマ娘、帝王、トウカイテイオーだぁぁぁ!!!現役最強ステイヤー、メジロマックイーンをハナ差で上回っての春の盾をもぎ取りましたぁぁぁぁぁ!!!』

 

最早それは喜びを上げる絶叫だった。この瞬間に立ち会えた事への喜びを表す雄叫びだった。一着のゴールをもぎ取ったのはテイオーだった。

 

「やった、やったぁぁっ……これが、真・テイオーステップだぁぁぁ……!!!」

 

勝利の雄叫びを上げつつも疲労故に膝を付いて荒い息を吐く。勝利の余韻でもこの疲労感は拭いきれない、そんな自分を興奮した目で見つめて来るターボが目に入った。

 

「凄かったぞテイオー!最後の何なんのあれ!?ランみたいだったぞ!!」

「こらこらターボ、テイオーだって疲れてるんだから迫っちゃ悪いって」

 

諭すようにネイチャがターボを下げさせるが、その表情にも話を聞きたいというのが見えていたのでテイオーは素直に話す。

 

「アハハッ……単純だよ、ランにあの走りを教えて貰った人を紹介して貰ったの。モンスニーのスパルタ指導を受けたんだ」

「モ、モンスニーさんにですの!?」

「マ、マッジィ……!?」

 

肝心のメジロ家の二人が思わず声を上げてしまった。驚き、というよりもその表情には本当なのかという疑いと心配の物があった。

 

「テ、テイオー貴方本当にモンスニーさんに指導を受けたんですの……?」

「うんっランに仲介して貰ったの」

「き、厳しくなかった?モンスニーさんって普段は優しいんだけど指導の時はすっごい厳しくて……」

「滅茶苦茶厳しかった。少しでもフォームが違うと大声で違う!!って言われた」

 

モンスニーの指導は兎に角厳しい、それを味わっているマックイーンとライアンからすると本当に大変だったろうに……という同情の色があった。

 

「フフッ道理で思わず上がっちゃった訳ですよ、だってランページさんの走りにそっくりでしたから」

「ええ、本当にそっくりでした」

 

ランページと覇を競い合ったフローラとイクノからのお墨付き、しかもテイオーステップも加わってテイオーだけの走法となったのだ。それで勝利できた、マックイーンの手を借りて何とか立ち上がった時、大きな歓声が上がった。

 

『タイムは―――3:17.5!?レコードです!!ニチドウタローが達成した3:18.7を1秒以上も短縮したレコードタイムです!!そして2着のメジロマックイーン、3着のメジロライアン、4着のアグネスフローラ、5着のイクノディクタス、なんと6着のメジロパーマーまでもがレコードタイムです!!』

 

 

「すげぇ事になってんなぁ……」

 

テイオーのタイムも凄いが、まさが6着までがレコードとは……しかも7着のターボのタイムだって3:18.9……前年のマックイーンに迫る物だった。

 

「―――っげぇ……!!」

「まさか、こんな素晴らしいレースを生で見られるとは……!!」

「凄い……」

 

三人も興奮のあまり武者震いを抑えきれずにいるのか、尻尾が大きく揺れている。それは自分も同じ。まさかこんな凄いレースを見られるとは……

 

「帝王は皇帝を越えられる……天才はいる、悔しいが」

 

そう呟くランの顔に、笑みがこぼれていた。



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216話

「走る理由は見つかったか、テイオー」

「あっラン!!」

 

天皇賞(春)を制したテイオーの取材中、そこに乱入するような形で姿を現したランページ。現役最強ウマ娘として名高いランページの登場に報道陣は一気に騒めいた、その中にはランページが普段出禁にしている報道陣もいるが、自分が贔屓にしている者も居る。如何やら出禁にしている報道陣はかなり肩身が狭いのか、一番後ろに追いやられるような感じでいる。

 

「まさかマックイーンを破るとはな、ようやるもんだ」

「えへへ~頑張って特訓したからね!!」

「辛かったろ」

「うん、マジで辛かった」

 

その言葉でお互いに無表情になった。モンスニーの特訓はシンプルにスパルタなのである、特にシンザンと交流してからは鍛錬用のシンザン鉄も導入するようになったのでそのレベルが上がっている。テイオーは走法を覚える過程で長距離適性を上げる為の特訓も行っていたが……当然のようにシンザン鉄だった。

 

「ま、まあそのお陰で今があるからね。苦労も一入って奴だよ!!」

「そうか、そう言われるとこっちとしても有難いんだが……ああ、俺の方もレベル上がるのかなぁ……」

「でも如何やって……?」

「だよなぁ……今から怖いわ」

 

既にシンザン鉄はシンザン御大のオリジナルと同じ重さ、だとするとシンプルに特訓の内容が増すという事なのだろうか……これ以上行くとレジェンドクラスとの併走とかになりそうで考えたくはない……。

 

「え、ええっと……その」

 

思わず沈黙してしまっているとインタビュアーのお姉さんが困ってしまっていた、そういえばこれは普通に生放送中だった。自分たち二人が黙りこくるとか放送事故と捉えられても可笑しくはない、故にテイオーと視線を合わせる。無言で頷き合うと―――

 

「「おはこんハロチャオ~!!」」

 

笑顔いっぱいで振り向きながら手を振る、瞬間おおっ!!声が上がりながらもフラッシュが焚かれ、テレビクルーも真剣なまなざしでカメラを回し始める。

 

「貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、星空に手を伸ばせば カシオペアさえ掴めるさ、なランページだぜい!!」

「君の記憶にテイオーステップ、無敵のテイオー、無敗の三冠!!瞳を閉じれば 空だって走れる、ボク達は英雄だった~なトウカイテイオーだよ~!!」

「「皆の者~善行積んでたか~?」」

 

配信テンションで場を盛り上げて先程まで放送事故の空気感をぶち壊しておく。基本テレビの前ではこういうテンションは出さない上にテレビに顔を出さない。それに顔を出すぐらいなら配信で顔を出した方が楽だからだ。故に、テレビ局側からしたらこれは垂涎物の機会。

 

「さてとテイオー、これで春シニア二冠だな。次は宝塚記念を狙うか?」

「勿論!!目指すのは春秋シニア制覇だよ!!」

 

堂々たる宣言に周囲からは声が上がった。大阪杯、天皇賞(春)、宝塚記念の春シニア三冠、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有記念の秋シニア三冠、その制覇を目指すという。未だにこの二つを達成したウマ娘はいない。

 

「そしてボクは―――カイチョーを越えるウマ娘になる!!そう、約束したもんね!!」

「だな」

 

皇帝を越える帝王になる、そう誓ったテイオーが目指すのは海千山千の強豪ひしめくシニアの荒波の戦場。既に春シニア三冠に王手を掛けているがラストの宝塚記念は簡単に取れる様なものではない。人気投票によって出走ウマ娘が決められる宝塚記念、人気の高さは実力の高さと=と言っても過言ではない。

 

「応援させて貰うぜ、まあメジロのウマ娘だって出るんだけどな」

「望む所だよ!!」

「それじゃあ頑張りな」

「お~う!!」

 

最後のハイタッチをするとランページはそのまま騒がせたな、と言い残してその場を後にする。報道陣からは名残惜しそうにコメントが欲しいという声が出て来るのだが、此方も此方で待たせている人がいるので此方ばかりを優先している訳には行かない。そのまま駐車場のインプレッサに向かうと乗り込むと待っていたと言わんばかりにタキオンたちが声を上げた。

 

「随分と派手にやったねぇ……TVが大騒ぎになっているよ」

「サーバー落とすより大分マシじゃね?」

「それを言われたら此方も立つ瀬がないね」

「んで南ちゃんと話は出来たか?」

「はい、色々とお話し出来ました」

 

自分がテイオーの所に顔を出す前に南坂と話をして貰った一同。自分のトレーナーである南坂から様々な話などを聞く事が出来てタキオンはほくほく顔だった。ポッケとカフェはサインを貰ったらしく、サイン色紙を嬉しそうに抱いている。

 

「イクノさんやネイチャさんにもサイン貰っちまったぜ!!」

「ターボさんには特に大きなサインを貰ってしまいました」

 

そう言いながらもカフェはノートを取り出して1ページを広げた、そこにはデカデカと

 

爆速ターボエンジン

ツインターボ!!

 

そんなサインが書かれていた。豪く達筆なのがターボらしい。自分がプレゼントした筆ペンで書かれている。

 

「そういえば俺のサインとか全然書いてなかったな……後で書いてやるよ」

「マジっすか!?おっしゃぁっこれでクラスの奴らに自慢出来るってもんだぜ!!」

「態々見せびらかしてやるような程の物でもないだろうに……下手なやっかみを買うだけだ」

「まあポッケさんらしいですし、大丈夫じゃないですかね」

 

小学生には小学生なりの世界という物があるという事なのだろう……下手に大人が首を突っ込むとえらい事になるのはどの世界も変わらないという物だろう。

 

「にしてもこの後如何っすっかな、明日学校だろ?」

「あっお休み貰ってます」

「天皇賞を見に行くと言ったら普通に休みを貰えてるっす」

「寧ろ教職員にもそうやって休む人が多いらしいからねぇ……ウマ娘が憧れのレースを見る為に休みを取るのは将来の為の勉強という事で休みは取りやすいんだよ」

「……それでいいのか公共教育機関」

 

柔軟というか、なんというか……それならば今から急いで高速を飛ばして帰る必要はないという事にはなる。それはそれで有難くは思うが……

 

「んじゃ……観光でもするか、俺も俺でちょっと行ってみたい豆腐屋あるんだよなぁ」

「ランページさんが興味ある豆腐屋!?俺も行きてぇっす!!」

「いやそこは唯の老舗豆腐屋ってだけだぞ」

「いや普通に私も豆腐は好きだから行きたいねぇ、両親が作ってくれる豆腐ハンバーグはぶっちゃけニンジンハンバーグより好きだねぇ」

「タキオンさんのご両親の豆腐ハンバーグは本当に美味しいですもんね、付け合わせのニンジンも最高ですし」

 

まさかの発言に吃驚である。自分が豆腐屋に行きたいと思ったのは単純に某関西系イタリア人に倣っただけなのだが……まあ京都を楽しむ事になった。尚

 

 

「此方にはよく買いに来られるんですか?」

「いや今日初めて来ましたね、だけど此処の豆乳で惚れましたね。京都に来るたびに買おうと思います」

 

『実はこちらのウマ娘のお客様、なんとあのメジロランページさんだったんです!!最早知らない人なんていない、日本で始めて海外の初G1制覇を成し遂げた未だ無敗のウマ娘!!』

 

「本当に美味い豆腐って最近中々無いですからね、昔ながらの作り方の豆腐をちょっと求めてました。後おからもお願いしますね」

「はい喜んで~」

「おからお好きなんですか?」

「ええ、昔から助けて貰いましたから」

 

この放送がされた後、この豆腐店には異例の大行列が連日出来るようになった。




「ランっておから好きだったの?」
「大好きだぜ。メジロに入る前は近くのお豆腐屋さんに良く分けて貰っててな、あのおからが無かったら飢えて死んでたな」
「……なんかごめん」
「何で謝んの?」


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217話

春の天皇賞も終わり、暦は5月。じんわりと暑さが増していく中、ウマ娘達は今日も直走る。そんな中には当然、ランページも含まれている。世間はテイオーの会見に突然出て来たランページに困惑とテレビでは見られない配信テンションに大興奮、テイオーの春秋シニア三冠を目指す発言にも注目が集まって益々トゥインクルシリーズは盛り上がりを見せようとしている中、一つの疑問がランページに届けられた。

 

「日本では走らないのか、ねぇ……」

 

ランページの今後のスケジュール、ドバイワールドカップを制覇以降日本に留まってトレーニングに励み続けている現役最強ウマ娘は一体何時渡欧するのか、それとも日本でまた走る姿を見られるのかという期待が集まっている。

 

「近々安田記念もあるからそれも兼ねて聞いてんのかねぇ……」

「あるでしょうね。そもそも凱旋門賞を目指すのに渡欧せずに日本でトレーニングし続けていていればそう思われてもしょうがないと思いますが」

「って言われてもねぇ……理事長が洋芝導入してくれたから無理に渡欧して向こうでトレーニングしなくて良いからいるだけなんだけどねぇ……」

 

トレセン学園にも洋芝が導入された。それはランページの活躍を見て理事長が導入に踏み切ってくれたのである、元々はドバイワールドカップに挑む前から目指していたのだが、海外G1初勝利が後押し取ってURAが助成金を出してくれたのでなんと丸ごと洋芝のコースを導入する事に成功した。これはこれでURAの目論見が見え見えではあるのだが……まあ折角用意してくれたのだから有難く利用させて貰っている。

 

「でも実際問題何時行くよ」

「それに付いてはスピードシンボリさんの予定がつき次第、ですね。どうにもあの人でないと処理できない仕事というのもあるそうでして……」

「何、天皇陛下との会食とか?」

「そんなホイホイあってたまるもんですか」

 

分かって行っているが、スーちゃんが処理しないといけない案件と言われたら実際に天皇陛下と会っている自分からするともうその位しか思い浮かなかった、反省はしている。

 

「つっても最悪の場合、俺のレーススケジュールも変えた方が良いって事もあるんだろ?」

「流石にそれはさせないと言ってましたよ、6月辺りには出発したいと仰ってました」

「やっぱその辺りか……」

 

自分が予定している次走はキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。凱旋門賞やダービーとならんでヨーロッパの最高峰のレースの1つとされているG1レース。そこから一つレースを挟んでからの凱旋門、というのが当面のスケジュールである。流石に本場の洋芝に慣れる時間は欲しいので最低でも2週間程度の時間は欲しいとは思っている。

 

「ライスのダービーとかは見たいんだけどなぁ……」

「7月25日予定ですし、日本ダービーからほぼ2月は時間がありますから大丈夫だと思いますよ」

「あ~良かった、ライスのダービー見られないとかマジっべ~わ~」

 

ヘリオスとでも会って来たのだろうか、それを思わせるような言葉遣いをしながらもランページは入念にストレッチを行う。身体の固めなライスとは真逆に酷く柔らかく身体が完全に地面に付く程に倒せる。

 

「ああそうだ、南ちゃんってフランスのお土産って何がいい?」

「お土産、ですか?」

「だって渡欧したら流石に一旦こっちに帰って来るなんて事しないと思うし、今の内に聞いておきたいから。やっぱあれか、エッフェル塔の模型?」

 

また定番な物を……と思いつつも考えてみる、ヨーロッパと言えばのお土産とは何だろうか。まあ最悪の場合、何でもいいのだが……

 

「そうですね、ランページさんが良いと思った物で良いですよ」

「おっ言ってくれるねぇ~それじゃああれでいいな―――銀の凱旋門の置物」

「またそんなっ―――ええ、ではそれでお願いします」

「それの手に入れ方には心当たりがあんだ、大船に乗ったつもりでいな」

 

ド定番だなぁと思ったが、その言葉の真意が分からない程鈍くはない。それは即ち、凱旋門の勝者に贈られるトロフィー、世界一のレースと言っても過言ではない凱旋門賞を勝って戻ってくると宣言をした。相変わらず大胆不敵で自信に溢れた言葉だと笑いながらもその光景を見たくてしょうがなくなった。

 

「それでは、期待させて貰いますね」

「応よ。ついでに城の模型も貰って来てやんよ、アイルランドの奴でいい?」

「えっアイルランド?」

「いや、アイルランドの王族とコネがあってさ」

「天皇陛下、ドバイの首長陛下、次はアイルランドの国王陛下ですか?」

「正確に言えば殿下だけどな」

 

そう言う事……だよね?と一瞬、困惑しているとエアグルーヴが駆け寄って来た。

 

「ランページさん、お客さんが来てます。えっと、サクラバクシンオー先輩とヤマニンゼファー先輩、ニシノフラワー……先輩が来てます」

「バクちゃんにゼファーにフラワー?面白い取り合わせが着たもんだな、どっこいしょっとちょっち行って来るわ南ちゃん」

「はい、いってらっしゃい」

 

エアグルーヴに案内されて3人の元へと向かって行く愛バを見つめながらも本当に何処まで大きく、広がっていくのだろうかと思う。最悪の場合、そこに大統領が加わると思うと……なんだろう、今から彼女が自分の人望に呪いを掛けそうな気がして来た。

 

「さてと、ランページさんにお願いされましたしタキオンさんのメニューを組み始めますか」

 

 

 

「あっランページさん、すいませんトレーニング中でしたよね」

「ストレッチしてただけだから気にしなさんな、桜花賞おめでとさん。次はオークスか、こりゃ三年連続でトリプルティアラかな」

「そ、そんなっ私がトリプルティアラなんて……!!」

「ハハハッそう謙遜するなって、G1ウマ娘なんだからもっと胸を張って良いんだよ」

 

桜花賞を制しG1ウマ娘となったフラワー、次はオークスを制しランページ、ターボに続くのではと期待も高まっている。が、そんな期待がある中でフラワーはオークスには不安があるらしく、今回は相談に来たらしい。

 

「実は2400は私には長い距離でして……如何したらいいのかなってトレーナーさんに相談したら先人に倣ってみようか、って言われたんです」

「そうです、私達にはランページさんという頼れる方がいます!という訳で、皆でともにバクシンしましょう!!」

「皆さんで薫風、そして青嵐のようになるのも良いと思いまして」

「え、ええっと……」

 

エアグルーヴはバクシンオーの勢い、ゼファーの独特な言い回しに困惑してしまう。結局何が言いたいのだろうかと参っているとランページはそういう事ね、と納得しながらも通訳してやる。

 

「薫風は新緑の間を吹きぬけて青葉の薫りを感じるような初夏の風、青嵐は初夏の青葉を吹き渡るやや強い風。つまり、G1ウマ娘として芽吹いたフラワーの為に自分達も協力したいと思っていて、一緒に走りましょうってお誘いって事だ」

「はい、その通りです」

「そ、そんな意味が込められていたなんて……勉強不足でした……!!」

 

こればっかりはゼファーの独特な言い回しなので厳しい所もあるだろうが……兎も角言いたい事は分かった、ティアラ路線の先達として力を尽くすのは望む所。それに、カノープスとしてもこれは利益になる話でもある。

 

「エアグルーヴも来るか。将来お前さんが挑戦するティアラ路線、それを現役で走ってるウマ娘の走りを見るチャンスだぞ」

「ぜ、是非!!」

「という訳で一人追加頼むわ」

「はっはい。こちらこそよろしくお願いします」

「ウムウム!!では参りましょう、バクシンバクシーン!!」

「フフッ参りましょう」




ぶっちゃけ、ヘリオスよりもゼファーの方が台詞は作りやすい。


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218話

「無理はしすぎんなよ~フラワー、お前さんは俺と対照的なんだからな~」

「だ、大丈夫です~!!ランページにご協力して貰ってるんですから、私も、頑張らないと~!!」

「無理して頑張って身体が壊れたら元も子もないって事を分かれよ~。バクちゃんにゼファー、二人から見て無理そうだったら直ぐに止めてやってくれよ~」

「委員長にお任せを~!!」

「英風の赴くまま、光風の如く導きます」

 

自分の事もしつつもフラワーに付き合っているランページ。本来ならば彼女のオークスに向けての練習、ではなく自らの海外への挑戦に向けて本腰になるべきなのだが自分を先達として頼って来たくれた彼女を無下にする気はなく、非常に協力的。そしてターボが行ったスピードを長時間維持出来るようにもしつつ、スタミナを鍛えるというトレーニングをバクシンオーとゼファーと共に行わせている。

 

「しかし……ランページさんのメニューも中々の完成度ですね」

「そうかい、先生が良かったからねぇ」

「恐縮です」

 

一応南坂にチェックはして貰ったが、フラワーに関するデータを彼女のトレーナーから貰って軽い修正を受けた程度でそのまま採用されたと言ってもいい。当人曰く、これまで南坂から与えられたトレーニングを参考にしただけとの事。

 

「トレーナーとしての才があるのかもしれませんね」

「一緒に走ってトレーニングするトレーナーか、俺達の側からしたら確かに頼りになるかもな。何せ間近で自分の走りを見て貰えるんだからな」

「トレーナーとしてもそうなると色々と見れるところが増えるので利点も多いですね」

 

トレーナーか……そういう進路もあるのだろうか、と思ったがトレーナーになる為の試験はべらぼうに難しいので自分では受かる気がしない。そもそもトレーナーは自分向きなのかというのもよく分からない……まあ現役引退したら考える位にしておこう。

 

「そういえば、かしわ記念ではダイナさんが勝ちましたね」

「ああ。この前も電話で話したよ」

 

ドバイワールドカップを走った日本組の一人、砂の超特急ことアメイジングダイナ。彼女は自身に話していたスケジュール通りにかしわ記念に出走、見事に1着をもぎ取った。しかもその際のタイムがレコードタイムとなる1:35.8、ドバイでは7着という悔しい結果に終わったが、世界の舞台で日本の代表の一人として走った実力は確かだったことを見せ付けた。

 

「レディはレディでもうアメリカで走ってんだろ」

「ええ。少し前にG1のアップルブラッサムHに出走してますね、なんと2着の好走です」

「うおっマジか、ダートの本場で2着かよ」

「ええ。日本から女侍がハナ差まで首を刈り取ろうと迫ったと実況が流れたそうですよ」

「あいつ騎士だろ」

 

女騎士なのに女侍とは……まあ日本という出身をアピールするには良いのかもしれないが……首を刈り取ろうとはなんと物騒な……まるで妖怪首おいてけみたいな言い草ではないか。だが……同じレースを走った仲間が順調な滑り出しをしていると分かると此方も嬉しくなってくる。アルメコアから聞いたが、ダイナとレディが大した事無いなんて言われ方をしていたらしいが、これでもうそんな事は言えないだろう。

 

「あ~ったくわかりやすいな俺ってば……二人の活躍を聞いちまったらなんか昂って来ちまったぜ……」

「走りたくなりましたか?」

「正確に言えばレースをな、あ~やっぱなんか走るか?」

「駄目よランちゃん、海外遠征中は其方に集中よ」

 

そんな言葉を零しているとお淑やかだが力のある言葉が飛んできた。最近中々忙しくて顔を出せなかったスーちゃんがやって来た。

 

「あらっスーちゃん、なんかやらなきゃいけない仕事があるって聞いたけど大丈夫なん?」

「何とかね、折角だからずっと先の分も前倒しにやったの。これで今年いっぱいは時間を作れる事になるわね」

「という事は……?」

「そう、ランちゃんのトレーナー業に専念できるわ♪」

 

海外遠征最大の懸念だったスピードシンボリのスケジュール調整という最大の壁が漸く取り払われた、これで海外でのトレーナーに専念出来る。つまり今からでも渡欧出来るという事が意味される。

 

「う~ん、スーちゃんには悪いけどせめてダービーは見ていきたいんだけど……」

「大丈夫よ。6月の頭辺りに渡欧するスケジュールを組んでるから、私もダービーは見たいもの」

「「だよね~♪」」

 

イエ~イ♪とハイタッチする二人、本当にどれだけ相性がいいんだろうか……実の孫よりもずっと仲良さな感じに南坂は苦笑いしつつも確かにシリウスはこのテンションにはなかなかついて行けないな、という事を理解する。

 

「にしても、スーちゃんがやらないといけない仕事ってどんなのがあるん?天皇陛下との会食とか?」

「またそんな事を……流石にそんな事が」

「それも無い訳じゃないわね」

「あるんですね」

 

流石は日本が誇るウマ娘の名家だ。だが実際に取り組んでいたのはもっと内面的、自分の家についての事だった。

 

「アーちゃんから聞いてると思うけど、メジロ家内にもごたごたがあるのは知ってるわね?」

「俗物がうんたらかんたらってあれっしょ。お婆様は対処終わったとか言ってたけど」

「実はウチにも居るのよねぇ―――俗物が」

 

その時、ほんの僅かな間だけ彼女の声色が変化した。低く冷たい、冷淡で冷酷な女傑の声へと変わっていた。南坂ですらFBI時代の時の事を思い出してしまい、思わず背筋に冷たいものを感じてしまった。

 

「何処にもいるもんなんだな、そういうのって」

「ええ、ウチの先代当主なんてよい物ではなかったからね」

「先代てぇっと……今が会長のご両親だっけ」

「そう、私的には私の後継で今の当主のルーちゃんのお父さんの先代ね」

 

能力的には優れていたが、如何にもシンボリ家の繁栄という点に注力し過ぎており、シンボリ家からとあるウマ娘を勘当するという行為までしてしまった。その為に早い段階で当主の座から外されたという経緯がある。

 

「んじゃその先代さんが俗物」

「正しく言えばその信奉者かしらね、優れた当主ではあったのよ。でも当主はそれだけでは務まらない、人間的な部分が欠如していたのよ。当人もその事は確りと認めて、改める為に今は九州の方のトレセンで一からトレーナーをやってるの」

 

そんなウマ娘というのはシンボリとしては寒門に当たるらしく、加えて父は行方不明で母は事故で亡くなったのに勘当されてしまい現在はイギリスの方で走っているとの事。それを聞いてランページは思わず、自分に似てるなぁ……と思っているとスーちゃんは背中から彼女を抱きしめた。

 

「そうね、私はそんなあの子の事を貴方に重ねていたのかもね……あの時に確りと手を回していれば……って後悔をもうしたくなかったから」

「あんがとスーちゃん。ンで俗物は何とかなったん?」

「ええ。その子がイギリスで活躍しだしたから何とかシンボリに戻せないかって勝手に動こうとしてたのよ、全く恥知らずもいい所ね」

 

その話を聞いて、もしかしたら渡欧したら自分はそのウマ娘と戦う事になるのかもしれないな……という予感を抱きながらもランページは空を見上げた。この遠い空の向こう側で行われるであろうレース。彼女はそこに現れるのだろうか……

 

「その子って、どんな名前なんだ?」

「え~っとね名前は変えちゃったらしいのよね、確か今は―――」

 

『セブン、時間だ』

『ああ。分かった、M』

 

オルタナティブセブン。それが、彼女の名だ。




天羽々矢様より、オルタナティブセブンを頂きました。有難う御座います!!


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219話

基本的にランページは雑誌などの取材には応じるが、TV出演などには応じない。理由としては自分自身が配信者なので自分で発信した方が手間が掛からないし妙なしがらみなども無いので自由にやれるから。無敗の現役ウマ娘としてそういった申し込みは常に来ている、時折高額のギャラを提示して申し込みが来る事もあるのだが……生憎、レースの賞金で財布は潤っているので高額ギャラには興味がない。加えて贅沢もあまりしない、最近した贅沢もインプレッサの新しいタイヤ代ではないだろうか……。

 

「……」

「ラン、此処良い?」

「ああ、お前ならオールカマーだぜ。走った事無いけどな」

 

昼食時の学食、端の席でノートパソコンを置きながら何やらを打ち込んでいるランページ。そこへ昼食を持ってきたライアンが座る。

 

「ランってば何やってるの?」

「いやな、フラワーのトレーナーに頼まれてバクちゃんとゼファーとやったトレーニングについてをな……俺も俺で好い加減忙しくなり始める頃合だしな……おし、こんなもんでいいだろ。送信っと」

 

書き上げたのか、それをフラワーのトレーナーへと送信しておく。向こうも向こうで新人トレーナーらしく、いきなりG1ウマ娘を育て上げたトレーナーとして注目が集まり出しているらしい。フラワーは飛び級しているのでまだまだ身体も小さく精神的にも幼い、故に彼女に対する取材やらを代わりにやっているとの事。これで少しは助けになればいいのだが……

 

「あ~腹減った、頂きますっと」

 

漸く手を付け始めた炒飯は冷めているが、そんな事を気にする程繊細ではないので普通にモリモリ食べていく。そんな姿に続くようにライアンも食事を始める。

 

「如何、最近は」

「んっ~まあまあだな、洋芝にも慣れたし後は向こうで慣らす位だな」

「凄いなぁ6月には渡欧だっけ?」

「ああ。それまではにほんでのんびり~だな」

「のんびりがシンザン鉄でトレーニングかぁ……」

「俺にとってはもう日常の一ページよ」

 

ライアンもライアンでシンザン鉄を使ってトレーニングをする側ではあるが、流石に数年単位で練習をし続けているランページには遠く及ばない。まだまだ頑張らないと、と思っていると学食にセットされている大型モニターにとある番組が流された。ウマ娘に直接インタビューをする類の番組なのだが……その相手がフローラだった。

 

『本日のゲストは昨年のジャパンカップを制しましたアグネスフローラさんにお越しいただきました』

『おはこんハロチャオ~アハハッアグネスフローラです、宜しくお願いします』

 

「あいつ、TVとかに出るんだな」

「ランとは全然出ないよね」

「配信した方が早いじゃねえか」

 

そうはまあ、そうかもしれないのだが……そういうライアンはCM出演などには応じている。最近ではシャンプーとスポーツ関係のCMだった。

 

「出ても良いと思うよ、引退した後の選択肢を増やすって意味でもそういうのは有効だってお婆様言ってたし」

「そういうもんかねぇ……というか、俺の場合は増やしたとしても取れる選択肢になり得るのか極めて謎だけどな」

「ま、まあねぇ……」

 

余りにも有名になりすぎてしまっているので引退後は様々な所から引く手数多だろう、指導者として招きたいという声すら現状で既にある位なのだ。その中にファインからウチに来ない~?という物もある。

 

「にしても引退か……そうか、考える位はしとかないとまずいのか」

「ドリームトロフィーリーグに移籍するのもありだと思う、まああたしとランの場合は確実に誘いは来るだろうけどね」

 

実績的に見ても三冠ウマ娘の自分達に誘いが来るのは必定。その走りの争いを更なる上のステージで見てみたいと望むファンも極めて多い事だろう。ランページ自身も望んでいたオグリとの対決も望めるし、何だったらルドルフやラモーヌ、シービーと言った三冠の先達との激突も……。

 

「う~ん……」

「あんま興味なし?」

「だって、ダートないじゃん」

「流石にまだ出来てないからね……」

 

ドリームトロフィーリーグも面白そうではあるのだが、夏と冬に走るだけというのは如何にも……そもそもランページのトゥインクルシリーズは月1で走るようなハイペーススケジュールだった、そんな彼女からすれば年に2回のみのレースというのはどうにも……これでダート部門も設置されて春夏秋冬ドリームリーグという触れ込みなら面白そうとは感じただろう。現状ではドリームリーグはそこまで興味がそそられない。

 

「つうかさ、引退したら俺はまずメジロ家で淑女教育とかじゃね?」

「いや、ランはそのままが良いって。やるとしても礼儀作法位じゃないかな。だってお淑やかなランってぶっちゃけ需要ないと思うし」

「ハッキリ言うわねアンタ……泣くぞわちき」

「えっこの程度で泣けるの?」

「ぶっちゃけ無理」

 

その程度で泣くような軟なウマ娘ではない事は周知の事実、それに思わず二人は笑いながらお互いの近況ついて語り出す。ライアンは最近よくメジロ邸に顔を出しているらしくドーベルとブライトから話をせがまれてしまっているとの事、トレセンではどんな感じなのか、シンザンと仲がいいというのは本当なのか、そんな事を聞かれて思わず困ってしまったとの事。一方ランページの話は―――

 

「んでスーちゃんがシリウスと過ごしたらしいだけどその時の事が余程嬉しかったのか、すげぇ惚気るんだわ」

「あ~……確かにシリウスさんはそういうタイプじゃないもんね、というかよくスピードシンボリさんをスーちゃん呼び出来るよね……」

「もう慣れたよ、何だったら天皇陛下とすら喋ったからな、なんならドバイの首長もいるぞ」

「それ出すのは反則だよ」

 

穏やかに流れていく平穏な時、不意にライアンは楽しそうに話すランページの姿を見て昔の光景を幻視した。偶に一緒になってランの家に遊びに行った事、一緒に川遊びをした事、ランの家で一緒に昼寝をした事……あの時の事は直ぐに思い出せる。

 

「ねぇっラン、今度どっか遊びに行こうよ。昔みたいに二人でさ」

「いいな、俺が車出して遠出するのもありだな」

「それもいいね、温泉とか行く?」

「温泉もいいなぁ……って一応学生が温泉って枯れてね?」

「……アスリート目線で言っちゃったかな?」

 

と、同時に笑い出した。引退した後なんて、その時に考えればいいのかもしれない。今は兎に角、楽しい今を存分に過ごそう。




『アグネスフローラさんにとってランページさんとはどんな存在ですか?』
『絶対に捕まえたい存在です』

「……なんで寒気するんだろうな……」
「ごめんフローラ、フォローしてあげたいけど出来そうにない……」


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220話

「ドオオリャアアア!!!」

「さあタイマンだタイマン、タイマンをやるぞぉ!!」

「私もいるって事、お忘れなく!!」

 

ターフを駆け抜けていく三人のウマ娘、カノープスに所属するドラグーンランスことドララン、ヒシアマゾン、サクラローレルの新人三人が来年のデビューに向けて毎日の研鑽をし続けている。本当に三人とも個性に溢れた走り方をする、ドラランは先行型で自分と真逆でピッチ走法で小回りの利く走りで自在にコースを変えて相手にプレッシャーをかける事が得意。ヒシアマゾンは追い込み、後方から剛脚の末脚で全てを抜き去る。ローレルはレースの流れを見極め、最適なタイミングでスパートを掛けるというある意味で何処かターボに似ている。

 

「ゼリャアアアア!!!」

 

「にしても……すげぇ走り方だなぁドララン……」

「凄い迫力ですね……」

 

隣のエアグルーヴも思わずそんな言葉を口にする程にドラランの走りは迫力に満ちている。スパートを掛ける際に声を上げて走るというのは別に珍しくも無い、声を出すと一時的に身体のリミッターが解除されて強い力を発揮出来るというのは有名な話だ、だがドラランの場合は声だけではなく顔も凄い。鬼気迫るというか喰らい付くような迫力がある。

 

「ッシャアアッ!!アタイの勝ちだぁぁ!!」

「フウッ……クビ差で2着ですか」

「ハナ差で3着ぅぅぅ!!!悔しい!!」

 

ゴールを通過したそれぞれは用意していたゴール板に表示された自分達の番号を見てそれぞれの順位に一喜一憂する。今回の勝者はその剛脚のキレ味を発揮したアマゾンだった。

 

「お疲れぃ~アマちゃん、いいタイミングでのスパートだ。コース取りも良かったが、それ以上にドラランのプレッシャーに屈せずに跳ね返したのが利いたな」

「何時も自分自身とタイマンしてるからね。誰か以上に負けられない自分と戦い続けてるからこそ、誰と戦っても負けない自信があったよ」

「そりゃ何よりだ、ドラランも惜しかったな」

「ぢぐじょぉ~……アマさんへのプレッシャーにムキになってローレルさんへの備えが疎かになっちゃったぁ……」

「私はその隙をついた、という感じです」

 

ドララン曰く、叫ぶのは自分が必要以上に熱くなるのを防止する為で一種のセーフティ機構。本当に熱くなってしまうと途中から完全に黙ってしまうのだが……今回はゴール前に黙ってしまったのが自分でも分かったとの事。

 

「ローレルも大分スパートの質が上がったな、脚も少しずつ良くなってるだろ」

「はい。トレーナーさんが作ってくださいました体質改善メニューを毎日やってますから」

 

ローレルもタキオンやアルダンと同じようなガラスの脚と言われるような脚部不安を抱えてしまっている。その為に走り方を工夫しなければ脚に負担を掛けすぎてしまい怪我に繋がってしまう、なので南坂はその可能性を0に近づける為のメニューを作成しカノープスに加入してからずっとこなして貰っている。その効果は徐々に出始めており、ローレルの身体は少しずつではあるが丈夫さを得始めている。

 

「だからって無理はし過ぎるなよ?あのメニューはデビューする年も考慮してるからな、もどかしいだろうけど我慢してくれ」

「大丈夫ですランページさん、この位へっちゃらです。そうじゃないとブライアンちゃんのライバルなんて言えませんもん」

「その意気だ。ンでドララン……って大丈夫か?」

「な、何とか……」

 

一番ダメージが多いドララン、彼女も彼女で課題は多い。持ち味も強さも持ち合わせているが、それを理解してるが故にそれを跳ね返させるとムキになってしまう所を何とか抑えなければ。

 

「ンで、誰と走ってくれんだい?」

 

今回走った1600mの模擬レース、これはランページの調整も兼ねておりその中で実力が確かなメンバーと走ってくれと南坂から言われている。ランページと走れるという事もあって三人ともやる気十分、そして当然1着であるアマゾンは自分だろうなぁと思っているのだが……これは着順で決める訳ではない。

 

「当然―――アマちゃん、ローレル、ドラランの全員採用だ。30分後に始めるから準備しとけよ」

「ハハッ!!やっぱりねぇ先輩ならそう言ってくれると信じてたよ!!」

「やったっ♪」

「やったぁぁぁぁっ……!!」

 

気風良く笑うアマゾン、ローレルは小さくガッツポーズをし、ドラランは喜びを全身で表現しつつもそのまま後ろへと倒れこんだ。

 

「おいおいドララン、そんなんで走れるのか」

「休憩すれば何とか……ごめんアマさんとローレルさん肩貸して……」

「全く世話が焼けるねぇ……ほら」

「さっ大丈夫ですか?」

 

二人の手を借りて休憩の為に離れている三人を見送るとランページは自分のシューズに蹄鉄を打ち始める、それを見続けるエアグルーヴだがそんな二人に一人の男性が近づいて来た。トレーナーバッチを付けているが、南坂ではない。足音に気付いてエアグルーヴが後ろを向くがその人物を見て少しだけ落胆したように息を吐く。

 

「何だ貴方か……」

「よっお疲れさん、新人なのにこんなチームのサブトレーナーに就任しちまってご愁傷さん」

「アハハハッ……まあ良い経験だと思ってるよ」

 

少し草臥れたような顔を作りながらも力なく笑っているのは新人トレーナーの佐々田。あのトレセンの試験に一発合格した有望株、将来も期待されていて何処かのチームのサブトレーナーとして経験を積もうとした所を南坂からサブトレーナーの誘いを受けた。

 

「とあるチームがサブトレーナーを探しているって言ってたから誘いを受けたらまさかカノープスなんて思わなかったよ……若葉マークにはちょっときつい研修先だね」

「だな。人数も多いしメンバーがメンバーだからな、まあ諦めてくれ」

「そうするしかないかなぁ……」

 

溜息混じりに肩を落とす佐々田、このチームのサブトレーナーを志願するトレーナーは他にも居たのに敢えて新人を起用したのは南坂の事だからきっと何かあるのだろう……が、そんな姿にエアグルーヴはムッとしながらも少しだけ強く地面を踏みしめた。

 

「全く、大人なのに何だその頼り無さげな顔は。私達ウマ娘が頼るトレーナーがそんな顔では私達はどうすればいいんだ、貴方はあの南坂トレーナーからスカウトを受けたんだぞ。少しは背筋を伸ばして堂々としたらどうだ、全くたわけている」

「か、返す言葉も無い……」

 

まだ中等部のエアグルーヴは多少加減はしているが、それでも確りと叱責をする。それを受ける佐々田は正論故に返す言葉もなく、唯々それを受け止めるしかない。そんな光景にランページは思わず笑った。

 

「な、何かおかしいですか……?」

「いやなに、案外お前さんらは良いコンビになるかもな」

「それはありません!!私は専属トレーナーを取るなら、南坂トレーナーのようにもっと確りとした人が良いです!!」

「そ、そんなハッキリ言うか……」

 

だが、自分からするとトレーナーに対してたわけと零す彼女の姿はアプリ版の姿と如何しても被るのだ。意外に相性はいいのかもしれない。それに実力が足りないというのならば問題はない、何せこのカノープスのサブに付いたのだから否が応にも実力は付いて行く。

 

「さてと、俺もウォームアップするか……佐々田ちゃんタイム計ってくんね?」

「分かったって俺は佐々田ちゃんなんだ……」

「あっいや?それなら……たわけ?」

「いやそれニックネームじゃないよ絶対!!あと、君が言うと定着しかねないから勘弁して!!」

「だったら努力すればいいだけの事だぞ、たわけ」

「ほら早速定着した!!」



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221話

『ニシノフラワー、ニシノフラワーだ!!最終直線でニシノフラワーが伸びて来る、先頭はトレンデブル!!ニシノフラワーが迫る迫る!!ダイナサンキューあと2バ身、後1バ身、いや差し切れない今ゴールイン!!トレンデブル逃げ切ったぁ!!桜花賞でのリベンジを果たしましたトレンデブル、オークスを制しましたぁ!!2着はダイナサンキュー、3着ニシノフラワー、しかし見事な走りでした!!会場からも溢れんばかりの拍手が送られております!!優駿達の走りを労う拍手、素晴らしいレースでした!!』

 

「はぁ~スゲェなフラワーの奴、最後の末脚」

 

TVでオークスを観戦したランページ、今年は流石に三冠は出現ならずだったが会場の雰囲気は重くなく、寧ろ素晴らしい走りを見せてくれた事への感謝に溢れていた。桜花賞に続いてオークスの制覇を目指していたフラワーだが、矢張り距離適性の差は大きく3着となってしまった。それでもマイルや短距離向きな彼女があそこまで走れたのだから見事な物だ。

 

「素晴らしい走りでしたね、秋華賞でも良い走りはすると思いますけど」

「如何だろうな、フラワーのトレーナーはマイルとかに進ませる予定って言ってたけど」

 

秋華賞は出てもいいとは思うが……と思いつつも気持ちを切り替える、いよいよ来週はダービー。ライスやタンホイザが出走する、が、その一方で無敗で皐月賞を制したブルボンとも再びぶつかり合う事になる。

 

「黒沼っちってば皐月賞で俺になんて言ったと思う、無敗の三冠を見せてやるだってさ。どんだけ自信があるんだって話だぜ」

「そう言い切れるだけの力を付けてきているのも事実ですからね……」

 

ブルボンはあれからもトレセンの龍の元でハードトレーニングに挑み続けている。無敗の三冠を狙えるウマ娘をあそこまでトレーニングさせる事は極めて珍しい、怪我をする事も十分に考えられるが、黒沼は周囲からの雑音にも一切動じずに自分を信じて着いて来てくれているブルボンと我が道を行き続けている。

 

「ブルボンの奴、もう7倍を自分のものにしてやがったからなぁ……俺でもあんな早いペースじゃなかった筈だぜ?」

「ええ、ブルボンさんは黒沼さんのトレーニングのお陰もありますが急速に成長しています。しかも無理があり過ぎる成長ではなく、土台が確りと形成された上での急成長ですから」

「うわっは~厄介なことこの上ねぇな」

 

急速な成長は極めて好ましいが、場合によっては身体に思わぬ負荷を掛けている場合がある。トレーナーはそれに喜びつつももしもを警戒しなければならないのだが……黒沼トレーナーはその事も確りと考えてメニューを組んでいたので追い付いている。

 

「2400ですのでライスさん達にも勝ちの目はありますが、ブルボンさんも強く成り続けている事を考えると矢張り厳しいというほかありませんね」

 

ステイヤー気質である二人にとって距離が伸びる事にはメリットが大きい、かと言って楽観視をする事は出来ない。何故ならば同じチームに同じ3200を大逃げするウマ娘がいるからである。

 

「んで肝心の二人は?」

「ターボさんに併走をして貰ってます、ブルボンさんの逃げに付いて行く事に慣れさせています」

「その辺りが妥当か……今回ばっかりは奇策ってのは思いつかねぇなぁ……」

 

普段自分は対戦相手のウマ娘にこういう苦労を掛けていたのかなぁ……と思う。大逃げをし続けているランページは感じた事の無い苦労だが、大逃げを打倒するにはそれこそ相手のスタミナ切れを願うか、最後の末脚を活かせるだけの余力を残しつつも付いて行くしかない。

 

「ヌゥゥ~ン……今思うと俺ってマジで倒しにくいウマ娘だったのね」

「当たり前です。その上にペース変化を使った逃げまで使うんですから、対戦相手からすれば考える事が多いから非常に厄介な相手ですよランページさんは」

「相棒でよかったな南ちゃん」

「全くです」

 

そんな話をしていると部室内にあるトロフィーに目が入る。様々なトロフィーがある中でネイチャが取った同着のダービートロフィーが目に入る。あれに挑むライスとタンホイザ、そんな二人に立ち塞がる最大の難敵。それに如何すれば……と思った時にネイチャがやって来た。

 

「ごめんごめん、掃除当番で遅くなっちゃったってどしたのラン」

「おいっすネイチャ。いやな、ブルボン対策如何したもんかな~って」

「あ~成程ね」

 

それを聞いてネイチャは懐かし気にトロフィーを手にしながらもある事を言う。

 

「アタシとテイオーみたいだね、テイオーに勝つ為にアタシも頭悩ませたからね~」

「だよなぁ……ダービーとは同着だし、お前はすげぇよ」

「ランに言われるとなんか厭味っぽくなるのは気のせいかな?」

 

取り敢えず、自分は自分で二人の力になる事にした。こうして考え続けているよりも身体を動かして力になった方が有益という物だろう、着替えるネイチャの為に外に出る南坂に続いて自分も外に出た時に南坂はある事を言った。

 

「―――そうだ、ランページさんお二人の併走をして貰ってもいいですか?」

「そりゃ構わんが……俺の大逃げとブルボンの逃げはだいぶ違うぞ」

「ええ分かってます、ですので―――全力で逃げてあげてください」

「……どゆ事?」

「フフフッライスさん達を交えて説明させて頂きますよ」




マーベラース!!来た!!

ガチャでも引けた!!


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222話

5月31日、5月最後の日に執り行われる日本ダービー。やはりこの日はレース場の雰囲気全てが違うような気がしてならない、それだけ日本ダービーというのは皆からの認識が違うという事なのだろう。

 

「あの、ランページさん今日はご一緒で良いんですか?」

 

思わずエアグルーヴが一緒に観客席に来るというランページについて南坂に小声で尋ねた。ランページは間もなく渡欧する身でその事は周知の事実、バレたら確実に大騒ぎになるのに今日は同じ観客席にいる。

 

「大丈夫ですよ、ほらっ」

 

南坂が示すと一人の女性がやって来た、白黒のロングスカートのワンピースを見事に着こなしている少々大きめの帽子と色付き眼鏡を付けている。

 

「えっあの人、ですか……?」

「いやだってあれって……」

「えっマジ?」

 

ローレル、アマゾン、ドラランは思わず困惑した。三人は特にそういう感じの姿に見慣れていないので特に困惑している、女性は傍まで来ると指で眼鏡を上げつつウィンクした。

 

「やっほ、遅くなったわ」

「マ、マジで先輩だったんですね……!?」

「結構似合ってんだろ、見た目は良い方なもんでな。普段の印象もあるから思い切って清楚系のメイクもして来た」

 

言われて観たら確り化粧までしている、何も知らない人が見たら良い所の家のウマ娘なんだなぁ……としか思わない、まあ実際メジロ家のウマ娘だから良い所どころか名家のウマ娘なのだが普段の行いが行い過ぎてランページはそんな目で見られていないのが変装では幸いする。

 

「でもさ、それだと声掛けられた時ってどうする訳?」

「そん時は言語を変えて対応する、どうせ日本在住の日本人の区別なんて日本か外国人だ。そして重要なのは日本語が通じるか否か、話せないと解れば基本退く」

「成程、それは言えてますね」

 

そんなこんなをしていると出走ウマ娘達がターフ入りをしていく、観客たちの熱気は更に爆発的に増していく。

 

『さあ次は3番人気、マチカネタンホイザ。皐月賞では3着と確かな実力があります、打倒ミホノブルボンを果たすのは彼女なのか。そして2番人気のライスシャワーの登場です、彼女も同じカノープスとしてミホノブルボンに対する備えは万全なのでしょうか』

『そして此処でやって来たのは1番人気、ミホノブルボン!!無敗での日本ダービー挑戦、二冠が掛かったこの場面でも彼女の逃げが炸裂するのか、それともマチカネタンホイザとライスシャワーがそれを阻止するのか!?期待が尽きません!!』

 

矢張り多くの人が見に来ているのはこのまま無敗の三冠まで行くのではないかという期待とそんなブルボンを超えていくウマ娘の登場、ランページは史実のようなライスのヒール扱いが無いかと不安を少しだけ感じていた。まだ早いかもしれないが、いざブルボンと走るとなるとそれが過ってしまうのだが……要らぬ心配だったらしい。

 

「ライスちゃ~ん頑張って~!!」

「応援してるよ~!!」

「青い薔薇の会一同で応援に来ました~!!」

『頑張れ~!!』

 

「青い薔薇の会?」

「おや、お姉さんも興味あるのかい?」

 

思わず口に出してしまった際に隣の青年に声を掛けられた。よく見てみると胸元にライスが被っている帽子に付けているのと同じ青い薔薇が飾られているのが分かる。

 

「ええ、青い薔薇の会……って言うの?」

 

あのランページが極めて女らしく態度と言葉遣い、そして声で喋っているのだから。そんな姿が元旦にやった配信の挨拶ぐらいだけだからか、南坂以外のカノープスメンバーは驚き、南坂はまあ驚くよなぁ……と苦笑いをしていた。

 

「応ともさ!!俺達はライスシャワーさんの大ファンなんだ!!あの子の可憐な姿、レースとなるとキリッとした凛とした姿のギャップに見事にやられちまったんだ。それで発足されたのがライスシャワー非公認ファンクラブ、青い薔薇の会って訳さ。会員はこの青い薔薇のアクセサリーを胸元に付ける事になってるんだ」

「素敵ね、皆で団結力を高めてるのね」

「ああ、あの子の笑顔は俺達にとっての祝福だからね!!」

 

そのファンの語りは本当に嬉しそうだった。それを聞いて胸を撫で下ろした、ライスにはこれ程までに根強く応援してくれるファンがいる、ヒール扱いなんて絶対にならない。史実のライスだって人気馬だったのは確かだったのだから……そんな事をやっているとゲートインが迫って来た。青い薔薇の会の人に礼を言いつつもカノープスの隣へと行く。

 

「嬉しそうですね」

「まあな……公認扱いにしてもいいんでね?」

「コンタクト取ってみるのも面白いかもしれませんね、ライスさんも喜ぶでしょうし」

「うん、あたしも賛成」

「ターボも~」

 

次々と賛成意見が上がって行く、因みにランページにも確りとファンクラブは存在している。尚、名前は暴君支配下の民の集い。それを知った時、ランページは思わずこれは酷いと言ってしまった。そしてある意味これ以上ない名前だと納得もした。

 

「んで、ライスとタンホイザはどうなると思う?」

「やれるだけの事はやりました、後は天運に任せて見守るだけです」

「天運ねぇ……」

 

曇り空の空を見る、この空によってバ馬は稍重。バ馬が重くなればそれだけパワーが必要になって来る訳だが……ライスもタンホイザもシンザン鉄でパワーは鍛えてある、だがブルボンもそれは同じだし倍数で言えば向こうの方が上。ハッキリ言って条件は同じの真っ向勝負に近い。有利な点は距離が伸びているのでステイヤー気質である二人には都合がいい事位だろう。

 

「にしても上手くいくのか?」

「お二人とも真面目に頑張ってくれました、大丈夫です。信じましょう」

 

自分とターボと共に特訓、それに取り組み続けた二人を信じるしかない。対ミホノブルボン戦法―――即ち

 

『今日本ダービースタートしました、おっとっライスシャワーとマチカネタンホイザが絶好のスタートを切りました。スタートの見本と言っても過言ではないのではないでしょうか、既に2バ身のリードを付けていますが此処からどうなるか。さあ無敗で皐月賞を制したミホノブルボンが行く、此処からライスシャワーとマチカネタンホイザはどのタイミングで仕掛けるかを―――待たないっなんとライスシャワーとマチカネタンホイザ、そのまま行きます。なんとこの二人も逃げを打つのか、日本ダービー意外な幕開けであります!!』

 

「いいスタートを切って前を塞いでしまいましょうってこれって作戦?」

「作戦ですよ、立派なね」



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223話

「にしても、荒唐無稽な作戦もあったもんだぜ……タンホイザなんて基本差しか先行だろ」

「大丈夫です。逃げてくださいとは言ってません、前に出るブルボンさんとの距離を維持し続けてくださいと言っただけです」

「それはそれで如何よ」

 

『絶好のスタートを切ったライスシャワーとマチカネタンホイザ、その後方から迫るのはミホノブルボン、が今二人を抜いて先頭に立ちました。先頭はミホノブルボン。1バ身離れてライスシャワー、そこから半バ身にマチカネタンホイザ』

 

最高のスタート、ゲートが開いたと同時にスタートして先頭に出るのが今回の作戦の第一段階。その為に二人にはスタートが得意でもあるランページと抜群のスタートダッシュを行えるターボに協力を求めた。ブルボンもスタートは良い方だが、それを上回るスタートで先頭を一旦奪う事で流れを開始する。

 

『このままミホノブルボン、2400mを逃げ切る事は出来るのか。後ろにはライスシャワーとマチカネタンホイザが控えております、今か今かとチャンスを伺っている二人、一体何時その脚が輝くのでしょうか。しかしミホノブルボンのハイペースの逃げ、それにも関わらず二人はピッタリと付いて行けている。これには場内からもどよめきが隠し切れません!!』

 

逃げ続けるブルボンだが、ライスとタンホイザは決して彼女を逃す事はない。

 

「付いてく、付いてく、付いてく!!」

「まだまだァ!!」

「―――想定以上ですが、修正範囲内です」

 

これには流石のブルボンもある程度の驚きを持ったが、まだまだ問題ではない。結局のところ、最後にゴール板を最初に駆け抜けた者こそが勝者なのだ。途中の結果なんて気にする事はない、自分は自分の走りをする、自分のマスターである黒沼と共に築き上げたこの走りで。

 

『半分を過ぎた日本ダービー、三人のウマ娘が先導する形となっておりますが此処から徐々に動きを見せ始めるウマ娘達が出てきます。先頭は未だミホノブルボン、ライスシャワー、マチカネタンホイザですがミホノブルボンとの差を維持し続けております』

『此処まで張りつかれるとペースが乱れると思うのですが、流石に乱れませんね。このハイペースでそれを維持し続ける二人も凄まじいです』

 

「南坂め……そういう手段を取って来たか、小癪な奴め」

 

そう言いつつも黒沼の表情はまるで好敵手を見つけたかのように嬉しそうだった。事実として嬉しい、これでブルボンは更に気合が入る事だろう。後ろの二人によってブルボンは更に進化する。

 

 

「(まだまだ、行ける……!!)」

「(余裕はある、行ける行ける!!)」

「(お姉様)」「(ターボ)」

「「(有難う!!)」」

 

この日の為に対策、それはつまり―――スタートの練習とトップスピードのランページとターボに付いて行くという物。極めて単純な理屈、相手が速い逃げを打つのならばそれに負けないように速いペースに慣れるだけでしかない。幸いしたのが二人はステイヤー故にスタミナは高い、ペース配分に慣れればこの戦法を取る事は十分に可能。

 

『さあ第4コーナー!!此処から有力ウマ娘達がブルボンに襲いかかる!!さあ直線だ、府中の直線は500m!!』

 

最終直線。此処で多くのウマ娘達が猛スパートを掛ける、それはライスとタンホイザも同じ事。此処までブルボンとの差を維持し続けてきた二人が遂に全力で地面を蹴った。

 

『残り400、ブルボン此処からは未知の世界!!未知の世界!!此処でライスシャワーとマチカネタンホイザだ、差を維持し続けていた二人が遂に牙を剥いた!!ブルボンとの差を縮めに掛かる!!さあどうなる、ブルボンは逃げ切れるのか!!行けるのかブルボン!!?並んだ、並んだぞ!!さあ残り200、2200を通過した!!!』

 

「ううううぅぅぅ!!!」

「やあああぁぁぁ!!!」

「グゥ……!!!」

 

必死に駆け抜けるブルボン、その表情には焦りの色が見え始めていた。何故ならば既に切り札とも言える全身走行を切っている、それなのに二人を振り解く事が出来ずにいる。自分がシンザン鉄で鍛え上げていたように、二人も自分に出来る事を精いっぱいにやり続けていたからこその今、その経過の凄まじさに一瞬の恐ろしさを覚える。あの温和で大人しいライスの殺気のような闘気とタンホイザの叫び、それを感じて自分の中に熱さが漲って来た。

 

「私は、それでも―――負けないっ!!」

 

サイボーグとさえ表現されるブルボン、黒沼のスパルタトレーニングにも機械のように応え続ける姿から故の呼び名―――だが、今日ばかりは彼女はそれを捨て去った。内から沸き上がるその情熱に身を預けたまま、思いのままに声を上げて疾駆した。

 

『ブルボン粘るブルボン粘る!!未だ横一線!!残り100m、第59回日本ダービー勝利の栄冠は誰の手に!!?』

 

「うううあああああっ!!!!」

「やあああああああっ!!!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

三人の叫びが木霊する、誰が勝っても可笑しくないデッドヒート。誰一人安堵など出来ない、熱くならずにはいられないぶつかり合いがそこにあった。誰もが、その勝負を永遠に見ていたいとさえ思う程の激戦、その勝者を目に焼け付けようとした時―――ゴール板を駆け抜けた。横一線の激戦が、終わりを告げた。一体誰が勝者となったのか、ダービーウマ娘の称号を手に入れたのは一体誰なのかという思いに応えるように実況のアナウンスが府中に木霊する。

 

『勝ったのは―――ミホノブルボンだぁぁぁぁ!!!ハナ差で、ハナ差でミホノブルボン!!!6戦6勝無敗の二冠ウマ娘が誕生しましたぁぁぁぁ!!2着はライスシャワー、3着はマチカネタンホイザ!!!そしてタイムが……2:24.5!!レコードでダービーを制しましたミホノブルボン!!!』

 

「後、少しか……」

「惜しかったですねぇ……」

 

ランページと南坂は思わずそんな言葉を口にしてしまった。本当に後僅かだった、それほどまでに僅差の激戦だった。だがこれ程までに称賛に値するダービーは錚々見られるものではない。

 

「でも凄かったぞライス~!!マチタン~!!」

「凄かったよ二人とも~!!」

「素晴らしかったです二人とも~!!」

「うあああああ、感動じだぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「くぅぅぅぅっスゲェ燃えちまったよ先輩方ぁ!!!最高のタイマンだった~!!!」

「本当に、本当に凄かったです!!」

「最高のレースでしたよ~!!」

 

カノープスの皆は溢れんばかりの言葉で二人の走りを称賛した。そしてそれに続くように

 

「ライス~最高の走りだったぞ~!!」

「次は菊花賞だ~!!」

「今度こそ勝ってくれよ~!!」

「タンホイザもよく頑張った~!!!」

「ライスちゃんファンクラブなのにタンホイザちゃんのファンにもなっちゃったよ~!!!」

「俺もだ~!!!」

 

青い薔薇の会の皆も大声で心からの声援を送った、ブルボンの勝利を祝福する声に負けないような大声で。それは二人にも届いていたのか、ライスとタンホイザは顔を見合わせて、笑顔で手を振った。

 

「マスター……」

 

ブルボンは黒沼へと視線を向けていた。今回、自分は黒沼のオーダー通りの走りをしていなかった。それを超えるペースで走っていた、紛れもない違反だ。だが黒沼は口角を持ち上げて頷いた。それを見たブルボンは雷に打たれたかのような衝撃を受けながらもその笑いを真似するように口角を持ち上げてから頭を下げてから、声援にこたえるように手を振った。

 

「精神は肉体を超えられる……そうだブルボン、その熱い想いがお前の限界を打ち破った。お前はもっともっと強くなれる」



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224話

「う~ん……如何見ますランページさん」

「これ以上どうしろと?」

「ですよね」

 

カノープスの部室。規模的にはリギルのそれと変わらぬ一流チームの部室の大きなテレビに映し出される日本ダービーの映像、ラストの直線でのスパートからゴールまでを全員で見つつ、南坂はランページに意見を求めるがどうしようもないじゃん、という意見に同意する。

 

「えっいや先輩なんかあるんじゃないですか?ほらっ作戦が急すぎて準備が足りなかったとか」

「そういう言葉位しか出ねぇのはどうしようもないって事なのよ。仕掛けのタイミングもスタートダッシュも完璧、ブルボンを前に出してからのペースも良好、最後には残していた末脚爆発で抜きに掛かった。それでも抜ききれなかった、なるべくしてそうなった。それだけだ」

 

確かに作戦は急だった、だが十二分に間に合わせるだけの練習と努力を重ねて来た。それなのにブルボンはそれを上回って来た、実力的にはライスとタンホイザは互角と言っても良い。2400という戦場も二人に味方をしている、地の利はあった、となると他に上げられる敗北の要因は時の運とブルボンが持っていた底力としか形容のしようがない。

 

「私もそう思う、あの時ブルボンちゃん叫んでたもん」

「うん。はぁぁぁぁっ!!って言ってた」

「あのブルボンが!?マジで!!?」

 

ターボの驚愕も分かるが、それを聞いてランページは一番納得が行った気がする。黒沼トレーナーの理念にはこんな物がある。

 

「黒沼の伯父貴言ってたもんな『精神は肉体を超えられる』って……つまり、今回それが起きたって事か」

「つまり―――根性論、って事かい?」

「ただ闇雲に根性だしてやれ!!って古臭い唯の根性論じゃねえぞ、鍛錬に次ぐ鍛錬で肉体と共に鍛え上げた精神が肉体を引き上げやがったんだ」

「全く以て、強敵ですね」

 

困ったように苦笑する。何故ならばブルボンの底力を引き出したのはある意味2人なのだから、あそこまで追い詰められた事でブルボンの闘志に火がつけてしまったのだろう。それ故か黒沼からもお礼の言葉が来ていた。

 

「『今回ブルボンは二冠になった、だがブルボンは三冠以上の価値のあるものを手に入れた。最高のライバルを、感謝する。だからこそ、次の菊花賞は貰う。ライバル達に勝つ為にな』ですって」

「ラ、ライスがブルボンさんのライバル……!?」

「はわわわわっ……わ、私もライバルって言われちゃった……」

 

ライバル、二人は慌てているが世間的にも二人がブルボンのライバルとして認識されているのは事実。今回のダービーでも二人の事を称賛する記事は数多い、それだけ自らの力を示したという事だ。

 

「益々、菊花賞が楽しみですね」

「ホントだねぇ~アタシとテイオーの菊花賞よりも凄いレースになるかも」

「うおおおっ楽しみになってきた~!でもあたしはその前にデビュー戦で勝つぞ~!!」

 

と様々な声が上がる中、ランページは思わず顔を机に埋めながら溜息を吐いてしまった。

 

「ど、如何したのお姉様?」

「ぁぁぁぁっ……なんで俺はライス達の力になれないんだぁ……不幸だぁ……」

「あっそっか、ランはもう海外に行っちゃうんだったね」

「っそがぁ!!だけど絶対に菊花賞は絶対に見てやるぅ!!!」

 

予定スケジュール的にも菊花賞を見るのは問題ない筈……余計な事をしなければがつくが。それまでにライスの力になれないのがお姉様として不甲斐無い……

 

「お姉様、ライス頑張るから元気出して。凱旋門賞、勝ってね」

「任せとけ。凱旋門制覇して日の丸を掲げてやるぜ」

「一瞬でキリッとしやがりましたよこの暴君様」

 

呆れたような声を出すネイチャ、こんな姿を後輩たちに見せていいのかと……と思ったのだがカノープスで過ごしているのだからこれはこれで既に見慣れているような物。最初こそ皆驚いていたが親しみが沸くと受け入れられている。

 

「凱旋門かぁ……くぅ~現地で見たいねぇ!!」

「分かります~ランページ先輩の勇姿、生で拝みたいですよねぇ……」

 

アマゾンとドラランの意見には皆が同意見だった。望む事ならば生で見たいというのが信条、だが自分達には自分達のレースなどがあるのでそれは無理という話。幸いなのがランページのレースは既に生放送が決定しているという点だろう。

 

「安心して放送を待ってろよ、なんだったらインタビューでおはこんハロチャオって言ったるわ」

「貴方ならば本当に言えるでしょうね」

「んじゃまっ―――そろそろ俺は行くか、スーちゃんとの打ち合わせがあるんでね」

 

これから数日は渡欧の為に本格的な準備に入り、そのままヨーロッパに飛ぶ事になっている。生憎、エリックは都合が会わないという事で途中からの合流という事になっているが―――向こうでの護衛は心配はしていない。何せ王族からの直々のオファーがあったからそれを受ける事にした。

 

「安心して行って来てください、お土産楽しみにしてますから」

「応」

 

トレーナーと拳を数回ぶつけ合ってからガッチリと手を組んだ。互いに笑顔でいる中でランページは一瞬悪い顔をして、南坂を抱き寄せた。周囲から思わず驚きの声が漏れる中、静かに彼だけに告げる。

 

「皆の事、頼むぜ」

「ええ。任せてください」

 

離れるとハイタッチをする。そして部室を出る前に

 

「土産話、期待しとけよ」

 

とウィンクをして部室から退出していった。その背中に向けて皆が行ってらっしゃーい!!という大きなエールが送られた。どんな応援よりも皆のその言葉が一番気合が入る。そのまま駐車場の自分のインプに乗り込むのだが……

 

「フフッ気合十分ね」

「当りの前よスーちゃん」

 

助手席には何故かタピオカミルクティーを啜っているスーちゃんの姿があった。何故そのチョイスなのかは極めて謎だが……取り敢えずキーを回す。

 

「それにしても驚いたわよ、アイルランドの王室と繋がりがあるって聞いた時は。如何やって知り合ったの、教えてよ」

「いやさ、天皇陛下がレース見に来た時にさ、お忍びで来てたアイルランドの姫殿下と会って仲良くなったんだよ。我ながら俺の人望ってどうなってんだろうね」

「羨ましいわぁ」

「変わってあげられるもんなら変わってあげたいわ」




遂に渡欧!!

そして、ヨーロッパ滞在中はアイルランドの王族のお世話になる模様。全力でお世話になっていくスタイル。


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225話

「またお会いできたこと、光栄の極みに御座います姫殿下」

「うむ、苦しゅうない」

 

ワザとらしく膝を付きながらも頭を下げる自分にニコニコ笑顔で乗っかりながら手を差し伸べる、それを取ってキスをする振りをする。即行の寸劇なのに息がぴったり過ぎる光景に驚く者も居るだろう、だがそれが終わると直ぐに笑顔で抱き着かれ、それに付き合うように抱き留めながら回転する。

 

「ランページさんお久しぶり~!!」

「元気だったかな~お転婆姫殿下~SP隊長さんに迷惑かけてないか?」

「かけてないよ~ねっ♪」

「はっはい……えっと、殿下極めてお元気でしたので」

 

其れだけで苦労を察した。矢張りお転婆なのか……とも思うが本当の意味でお転婆なウマ娘も一緒なのだ、これからが大変だ。

 

「あらあらあら、ランちゃんってば本当に仲良しなのね」

「私とランページさんはしんゆ~なのです!!」

「あらそうなの~それじゃあ、ランちゃんのトレーナーである私は如何かしら?」

「勿論しんゆ~♪」

「キャァ~とってもかわいい~!!」

 

幼いながらも胸を張ってドヤ顔をする姿に耐えきれずに破顔して抱き着いて頬擦りするスーちゃん、本来ならばこんな場面は誰かに見られたらまずいのだが人払いがされているので問題はない。但し周囲の黒服SPウマ娘達は気が気ではないのか、冷や汗を流しているようにも見える。

 

「つう訳で、こっちにいる間は世話になるぜ―――ファイン殿下」

「任せて♪お父様もお母様も笑顔でOKサインをくれたから♪」

 

遂に海を越えてヨーロッパへとやって来たランページ、だが彼女が訪れたのはイギリスではなくアイルランド。何故そうなのかと言われればアイルランド王室のファインに渡欧するならウチに来ない!?と誘われたからに尽きる。最初はアイルランド王室が所有するイギリスのホテルに宿泊などを考えていたのだが、折角なので直々にお世話になる事となった。

 

「SP隊長さんも世話掛けるな」

「いえ、天下のメジロランページ様をお客様としてお迎え出来る事に陛下もお喜びでした。我々もSPとして力を尽くさせて頂きますゆえ、どうぞアイルランドをお楽しみください」

『あの、あの挨拶って言って貰えませんか!?』

「お前達!?すいません部下が失礼な事を……!!」

 

隊長が挨拶をしている後ろで他のSPウマ娘達が思わすリクエストを出してしまった。如何やらファインが配信を見ている時も一緒になってみたりしていたらしく、ファイン直属のSPだけではなく皆ファンとの事。

 

「折角だ、ファインのお姉さんもいる前でやらないと不公平、ですよね姫殿下」

「フフフッそうだね、お姉様もランページさんに会えるのを待ってる筈だもんね。皆もその時で良いよね~」

『勿論です!!』

「愉快な皆さんね、楽しいヨーロッパ滞在になりそうだわ」

「そ、そう言って頂けて有難いです……」

 

他がワイワイと賑やかになっている影で思わず胃を抑えてしまうSP隊長、部下がこんな感じでこの先大丈夫なのかという不安やらが一気に押し寄せて来る。だがSPの隊長としてランページの護衛も任せられるのは名誉な事でもあると自分を奮い立たせる。

 

「それではお連れ致します」

「宜しく頼むな」

「……それとあの、殿下余りランページさんにご迷惑をお掛けしては……」

「気にすんな気にすんな。子供はこの位元気な方が良いってもんさ」

「良いってものさ~♪」

 

ランページに肩車をして貰って大喜びなファイン、本当にこの先大丈夫かなぁ……とSP隊長こと、ピッコロプレイヤーは天を仰いでしまった。

 

 

ファインモーションはアイルランド王室の姫殿下。そんな彼女の家にお世話になるという事は当然王室が住んでいる場所に世話になるという事、SPに守られながら向かった先は巨大な城だった。メジロ家の屋敷などで慣れているつもりだったが流石に城の巨大さ、敷地の広さに驚いた。

 

「流石にこれは吃驚ね~」

「の、割にはスーちゃん落ち着いてね?」

「人生経験の差かしら」

 

流石のスーちゃんも驚いているらしく、改めて王室の世話になる事の凄まじさを感じるのであった。

 

「お待ちしておりましたメジロランページさん、そしてスピードシンボリ殿。ようこそアイルランドにお越しいただきました」

「日本ではファインがご迷惑をかけてしまったようで、今回はその時のお礼を含めてのおもてなしをさせて頂くつもりです」

「光栄の極みです」

「此方こそ、ご迷惑をおかけいたします」

 

ファインの両親との目通りはランページが想像していた以上に緊張もせずに対応する事が出来ていた事に自分も驚いていた。天皇陛下に加えてドバイの首長とも話した経験が生きているのか、全く以ての平常心だった。これは喜ぶべきなのか感覚がマヒしていると嘆くべきなのかと真剣に悩んだ。

 

「さあ、堅苦しい挨拶はこの位にしましょうか。ファインからお話を伺って以来、私たち家族は貴方の大ファンなんですよ」

「配信も拝見させて貰ってるんですよ、後で是非サインと写真撮影をお願い出来ませんか」

「俺なんかでよければ喜んで」

「スピードシンボリさんとも是非詳しくお話をしたいですわ」

「私程度でよければ、努めさせて頂きますわ」

「あらっ対面なんて気にしなくていいんですのよ。スーちゃん、とお呼びしても宜しいかしら?」

「あらっそれなら私も遠慮なくいきますわね♪」

 

と、ファインのお母さんが砕けた瞬間にスーちゃんも普段のテンションで進行を始めた。この適応力の凄さ、流石である。

 

「ランページさん、お部屋まで案内するね!お父様、良いでしょ、良いでしょ!?」

「フフッああ勿論だよ、ランページさんファインのお相手をお願いします。この子も貴方と早く会いたい会いたいと毎日言っていた物ですから」

「分かりました」

 

なんというか、王族と聞いていたからもっと厳格なイメージがあったがファインの両親というのも頷けるだけの穏やかというか温和がそこにあった。早く案内したがるファインに手を引かれながらもスーちゃんと一旦分かれて、SP隊長と共に自分の部屋へと行く事になったのだが―――

 

「ああっ……私は、私はこの日を待ち続けていた……そして今日、私は運命と出会えた事への感謝を神に捧げなくてはならない……」

 

豪華な部屋に圧倒されていると一人のウマ娘が入って来て自分を見るなり瞳を輝かせ、尻尾をあらぶらせながらも膝を付いて神への感謝を捧げた。何事かと思ったが、直ぐにそれは立ち上がるとゆっくりと歩みを進めた。そして自分の目の前で改めて膝を付き、自分の手を取った。

 

「私は、今日という日を待ち侘び続けておりました。そのご尊顔を拝見出来たこの喜び……到底言葉では表せない、故にあらゆるものを込めた言葉と行動をお許しください……麗しの女王陛下」

 

それを聞いて以前、ファインと出掛けた後に電話で話した事を思い出した。自分の事を女王陛下と呼ぶのは彼女の姉、つまり―――このウマ娘はピルサドスキー。史実の馬と言えばジャパンカップでの放送事故的な出来事と勝利による印象が強いが、米国のブリーダーズカップ・ターフ、英国のエクリプスステークス、チャンピオンステークス、KGⅥ&QESを勝利し、引退レースとなったジャパンカップを含めてG1を6勝。そして凱旋門賞2回2着とオルフェーヴルにも匹敵する優駿。

 

「あ~……え~……ファイン、お姉さん……だよね?」

「うんそうだよ」

「……ランページ様、ファイン殿下の姉君のピルサドスキー殿下です」

 

やっぱり合っていた、と思っているとピルサドスキーは自分の手にキスをした。ファインにしたようなフリではなく、ガチで手の甲にキスをされた。その意味は尊敬やら敬愛がある筈だが……この場合は恐らく……

 

「―――私の想いは愛とする他ありませぬ、それを貴方は御許し頂けますでしょうか……?」

「受け取るか否かは別として、俺は貴方と仲良くしても良いと思っております。まずは友人から、始めましょうピルサドスキー殿下」

 

それを受けてピルサドスキーは落胆するどころか、喜びの表情を浮かべながら改めてその手を取って握手をした。

 

「(フローラよりもずっとストレートに愛叫ばれてるけど、全然拒絶反応出ねぇな……やっぱあいつのあれってなんか可笑しいんだな……)」

「女王陛下如何しました、私の顔をずっと見られて……」

「いや、ファインのお姉さんだけあって美人だなぁって」

「……やめてください、素直に嬉し恥ずかしぃ……」

「真正面から愛を言ったのにそれですかピルサドスキー殿下……」

「お姉様はランページさん大好きだもんね~♪」

 

 

「―――っ!?」

「何だい姉さん突然立ち上がって、正直言って気持ち悪いんだが」

「同感。こんなのが私の姉とかもう考えたくない」

「……タキちゃん、フラちゃん流石にそんな事言われたらお姉ちゃん悲しいよ……特にフラちゃん、そういうの割とマジでやめて……死ぬ」




という訳でアイルランド滞在からスタートなヨーロッパ遠征。

そしてピルサドスキー殿下登場。フローラよりもずっとストレートに愛を叫ぶけど純情乙女。


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226話

「さあさあ女王陛下、今度は此方を御案内をっ!!」

「お姉様~ランページさんの案内は私が、お父様から預かってるんだけど~?」

「おっと、これは済まないファイン。では陛下、どうぞお手を」

「はいはい、ピルサドスキー殿下も宜しくな」

 

テンション高く、ランページの案内を妹と共に元気に行うピルサドスキー。城の中は広く、迷わない為にもとニコニコと嬉しそうに案内するファインに続き、貴方の騎士ですと言わんばかりに手を取って嬉しさを押し殺しきれずに尻尾と耳が動いているピルサドスキー。そんな二人の様子に肩を竦めながらも付き合うランページ。

 

「はぁ……なんというかなんというかですわ。流石に王族ともなるとスケール感が違うな」

「フフン!!」

 

自分の家を褒められてドヤ顔で胸を張るファイン、その姿は年相応でとても愛らしい。

 

「何かあれば直ぐに言ってください、アイルランド王室の名に懸けて取り揃えましょう。何よりも、貴方の為に力を尽くします」

「そう言って頂けて此方としては畏れ多いですが、感謝の言葉もありません」

「友人、と言ってくださったのですからどうぞ敬語を使わずに」

「では……有難うなピルサドスキー、その言葉だけでもありがたいぜ。ファインのお姉さんなだけあって、君も素晴らしいウマ娘だな」

「―――っわ、私は貴方の為になればと思っているだけでして……」

 

あれだけ自分の気持ちは愛としてしか表現できません、告白と取られても可笑しくない事を言って来たのに真正面から褒め返してみると顔を真っ赤にしながら小声になる。何ともいじらしくも可愛らしい所がある殿下だ。

 

「あいつも貴方位に可愛げがあればなぁ……」

「あいつって誰の事~?」

「んっ……ああ、アグネスフローラって分かるかい、俺の同期なんだが」

「えっとえと……ああ、イクノさんと一緒に何度もランページさんと戦ってた人だね!!」

「そうそう、よく知ってるな」

「ランページさんのレースはお姉様と全部見たから!!」

 

凄いでしょ!!と言いたげに胸を張るファインの頭を撫でてあげる、それを見てピルサドスキーは羨まし気な目を作るのだが姉としての威厳を保つ為か、咳払いをしつつも話題を切り替える。

 

「ジャ、ジャパンカップを勝ったフローラ氏だね。何故彼女の名前が?」

「いやな、あいつも二人みたいな可愛げがあったらよかったなぁって思っただけ。それだけ二人が可憐って訳だ」

「可憐、つまり可愛いってだよね!!」

「か、可憐なんてそんな……やめてくれ女王陛下……」

「おっと女王陛下ってのもなしだぜ、俺達は友人同士、なんだからさ」

「ううっ……」

 

そんな友人が出来た所でランページがやる事と言えば―――

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ、目指す場所とはまだ見ぬ高み 近づいてくる決戦の時、なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

 

配信(いつもの)である。元々SPの皆さまからもお願いされていたので約束を果たしたつもりだったのだが……城が完備しているステージをぜひ使ってくださいと言われてしまい、そこをお借りしての生配信となってしまった。尚、観客席に当たる部分にはお城に勤めている皆様方がいる。

 

「本日は日本を飛び出して、ヨーロッパからお届けするぜ~」

 

・んわぁにい!?何時の間に日本を出たんだよ!!?

・ちょっ何時の間に出国したん!?

・連日TVクルーとかトレセンに張って無かったっけ!!?

・ああ、迷惑だからって何度も警察出動してたな。

・なんかどっか訴えられてなかったっけ?

 

「いやさ、俺様の人気を考えるといざ日本を出ますってなった時に空港に色んな人が押しかけてきて大混乱になりそうだからスーちゃんとも相談してこっしょりと出国しちゃいました」

 

・ああうん、それは確かに……

・マスコミ連中だけじゃなくて一般ファンも集うだろうな……

・空港が大パニックになるだろうなぁ……

 

「流石に色んな人が利用する空港をパニック現場にする訳には行かないじゃん。という訳で、私は今アイルランド王室のお城にいま~す♪」

 

・は?

・は?

・は?

・は?

・は?

 

「という訳で今回のゲストは此方で~す」

「如何も皆さんこんにちわ~、じゃなくておはこんハロチャオ~!!アイルランド王室で姫殿下をしてますファインモーションで~す♪」

「おはこんハロチャオ~アイルランドトレセン学園所属、ピルサドスキー!!此処に参上!!」

 

・えっ?はっ?

・アイルランド、王室……?

・あの、ピルサドスキーって聞いた事あるんだけど……

・去年あたりにニュースに出てたような……

・確か日本に来てた姫殿下……だったような

・マジで暴君何やってんの!!?

 

そこから配信は大混乱の嵐だった、元々こっそりと日本を出国していたのもあるがそれ以上にアイルランドに居る上にアイルランドの王族の所に厄介になっているのだから。尚、この事に一番慌てたのは日本政府だったりする。

 

「ヨーロッパ遠征はアイルランドに滞在しながらお送りする事になりました、何せ俺はファイン殿下とは親友だからな」

「「ねっ~♪」」

「私はランページ、殿とは友人の契りを交わしている。そう、これは日本との絆の証……」

「仰々しいなぁ~」

 

兎にも角にも、開始された生配信。流石にゲーム配信などと違って歌を歌う事をメインに据えた配信となった。ピルサドスキーとファインがアイルランド形式のウイニングライブを披露したり、お返しに日本のライブをやったりと兎に角賑やかな配信となった。

 

「ランちゃん、なんか日本政府からお電話来たわよ。何でそうなったの!?だそうよ」

「何でと言われても……なるようになったとしか言いようがない」



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227話

スタイリッシュ国際問題、という訳ではないが日本国政府からすれば完全に不意打ちな事になった今回の配信。寧ろ、今回の一件でアイルランドと日本との間により強固な関係が築かれる事となる切っ掛けともなった訳だが……政府からすればこんな切っ掛けなんてもうごめんだ、と言いたいのもよく理解出来る。そんなこんなもありながらもランページは洋芝への適応練習を行っていた。

 

「やっぱ、なんか違うな。日本の洋芝も完璧じゃねえって事か」

 

シンザン鉄を付けながら洋芝の感触を確かめるが、矢張り芝が重いという印象を受ける。日本のバ場は高速環境、スピードが特に必要とされるが洋芝はクッションが高く力をよく吸収するので芝が重く感じられるのでパワーが重要視される。環境の違いこそが日本のウマ娘がぶつかる高い壁と言われているのだが……ランページは特にそんな壁に苦戦する様子を一切見せる事も無く軽快な様子で走り続けている。

 

「んっ~……うし、こんな感じか」

「あらっあっさりと適応出来ちゃうのね。私は結構苦労したんだけど」

 

洋芝への適応が日本ウマ娘の最初の試練である筈なのにあっさりと適応して見せてしまったランページにスーちゃんは自分の時の事を思い出しながらも驚く。自分の時は時間と努力を重ねていた筈だが……今回ばかりはこれまでの苦労が良い影響を出している。

 

「スーちゃん、俺にパワー云々を言うのは野暮ってもんだぜ。こいつとも1年近い付き合いだからな」

 

片足を上げながら言う、シンザン鉄という重量蹄鉄を付けているランページからすれば力など有り余っているレベル。合宿ではこんな蹄鉄を付けた上でマスクを付けて毎日山を登っていたのだから。

 

「確かに無粋な事だったわね」

「走ってればそのうち慣れるだろうし、普通の蹄鉄でもシンザン鉄付けて走ってるつもりで走れば特に違和感なく行けると思うぜ」

「頼もしいわね。来月のKGⅥ&QEステークスも期待出来るわね」

「まあドォンと安心しといてくれや」

 

ドヤ顔を浮かべてから走り出していく彼女を見送る、本当にあんな重い蹄鉄を付けたままよくもまあこの洋芝を走れるものだと感心してしまう。

 

「スーちゃん、こんにちわ!!」

「あらっファイン殿下、こんにちわ」

「むっ~殿下なんて付けなくていいよ~なんせ、私とランページさんとスーちゃんはしんゆ~なのですから!!」

 

むふん♪と付きそうな位のドヤ顔で胸を張るファイン、なんでこうもこの子は可愛いのだろうか。だからと言っても自分の孫達だって負けていない。

 

「可愛いわね~だけど、ウチのル~ちゃんやシ~ちゃんだって可愛いわよ?」

「ル~ちゃんとシ~ちゃん?」

「私の孫なの、写真見る?」

「みるみる~!!」

 

 

「(改めて、クッション性が高いな……普段通りに踏み込んでたら駄目だなこりゃ)」

 

現状の走りの完成度を確かめる為に疾駆するランページ、洋芝の感触を身体に叩き込みながらも日本ではなくこの欧州でするべき走りへと自ら修正していく。

 

「(いや、寧ろ此処ならもっと深く、強く踏み込めれば……!!)」

 

姿勢を低く、より強く芝を踏みしめる。そのまま一気に地面を蹴りながらコーナーへと侵入する、日本の芝では出来ぬような速度だが寧ろこのクッション性は望む所でしかない。それを自分のパワーで支えて速度へと転化する、コーナーを超えて直線に入った際には再加速なんて必要がない位にはトップスピードを維持出来ている。

 

「ふぅふぅ……煮詰める必要があるな」

 

立ち止まりながらも口角が持ち上がってしまう、今のは中々良い感触だった。後はこれを更に煮詰めて完成度を上げて行けば新しい武器にもなり得る、幻惑逃げにも応用出来る、さて、これを見たスーちゃんの評価を聞くか……と其方へと視線をやるのだが……そこではファインとキャッキャウフフと楽し気な笑い声をあげている二人がいた。

 

「スーちゃん、トレーナーとして来てんだからよぉ……」

 

思わず苦言を呈したくなったのだが、相手はアイルランドの姫殿下な訳だから下手な対応が出来る訳も無いか……にしては雰囲気は極めて和やかだし楽し気な感じだが……まあ次の機会に見て貰う事にしよう……タオルで汗を拭いながらも其方に行くと話し声が聞こえてきた。

 

「へっ~これがル~ちゃんとシ~ちゃんなんだね!!」

「そうなのそうなの、ル~ちゃんは責任感が強いんだけど子供っぽい所が可愛いの。シ~ちゃんなんて普段はちょっとツンケンしてるんだけど本当は私の事が大好きでこの前は一緒にお茶もしたんだけどその時にプレゼントくれたの♪」

「へ~いいな~!!」

 

「……大丈夫かあれ」

 

問題などは起らないだろう、起こらないだろうけど……またシリウスが胃潰瘍にならないか心配になってきた。こればっかりは自分のせいではない、スーちゃんが積極的に自分の孫の愛らしさを熱弁してしまっている……ファインもファインでそれを楽しげに聞いてしまっているのでもうストッパーが存在しない。

 

「お姉様もねお姉様もね!!この前、私のケーキを食べちゃった時なんて凄い慌ててたの、それで自分で新しいケーキを作ってくれたの!!今までお菓子なんて作った事無かったのに、シェフたちに任せないで自分の力だけで作ってくれたの!!」

「あら~素敵なお姉様ね~ファーちゃんはお姉ちゃん大好きね~♪」

「大好き~♪そしてスーちゃんはル~ちゃんとシ~ちゃんが大好き~♪」

「「イエ~イ♪」」

 

何やら通じ合った模様。これがツッコミ不在の恐怖という奴か。

 

「何だ何だ随分と楽しそうじゃないの」

「あっランページさん、あのねあのね、今度日本に行ったらスーちゃんがシンボリ家に招待してくれるって約束してくれたの!!」

「フフフッ意気投合ちゃってね♪」

「そりゃ何より、だけどある程度加減してやらねぇとシリウスパイセン所か会長も卒倒すんぜ」

「フフッ大丈夫よ、きっと楽しい事になるわ♪」

「だと良いけどなぁ……」

 

 

「……な、なぁルドルフ、なんでか急に寒気がして来たんだけど気のせいか……?」

「奇遇だな私もだ……」

「ま、またランページの野郎余計な事をしたんじゃ……」

「寧ろお婆様のような気もするが……」

「ああっ……また胃が……ちょっと胃腸科行って来るわ……」



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228話

出走まで一月を切った頃、アイルランドの王城暮らしにも慣れて来たランページ。ファインには特に懐かれてこのままアイルランドに居て欲しいなぁチラチラ、という視線を向けられるようになってきた。時折、国王陛下からのお願いでアイルランドと日本の友好を示すという意味で配信を行ったりもした、何時もの事ながら御騒ぎになった、ついでにサーバーが死んだ。そんな中でKGⅥ&QEステークスに出走するウマ娘もいよいよ明らかになってきている。

 

「ターフホッパー、フローラのジャパンカップの時に居なかったっけ?」

「居たわね~」

 

名前の中には知っている名前も幾つかあった。それこそジャパンカップに名乗りを上げたウマ娘もいれば名前こそ違うが、史実の競走馬であろう名前も発見できた。

 

「ガルニエ……?」

「えっとこの子ね」

 

データを探して閲覧してみると少し前のG1レース、エクリプスSで2着に来ている有力ウマ娘。しかしどうしても気になったのは名前、少しばかり頭をひねっているとインタビューコメントで理解した。

 

『これは私にとって素晴らしき大一歩、そう私が主演のドラマ―――主演ガルニエの輝かしいオペラのね!!』

 

「随分と強気なコメントねぇ~」

「だなぁ……(ああ分かった、こいつ覇王の親父か)」

 

日本の覇王と言えば世紀末覇王とすら呼ばれ、その絶対的な強さ故に完全な包囲網を組まれたテイエムオペラオーしか存在しない。そしてそんなオペラオーの父がオペラハウス、史実では次の年からG1を三連勝し凱旋門賞でも3着という強さを見せつけている。ガルニエというのはフランスにあるガルニエ宮、即ちオペラ座の事を指す。ある意味これ以上ない名前だ。

 

「他には……アルメコア、あいつの名前もあるのか」

「そういえばドイツ出身だったわねあの子、フフッドバイの借りを返すつもりかしら」

「だとしても負けないけどな」

 

そうなると彼女は芝も行けてしまうのか……芝ダートの二刀流ってそこまで珍しくないのかなぁ……と少しだけ考えてしまった。ドバイに引き続き彼女との対決を考えると少しだけ闘志が溢れ出て来る。何故ならば自分は彼女の領域に見事に引きずり込まれて精神的に追い詰められていた、言い方によってはある種の敗北を喫している。

 

「スーちゃん、悪いけど走り見てくれ。この前の走りを煮詰めたい」

「構わないけど今から?まだ休憩しててもいいのに」

「あいつが出るなら、もっと完成度を高めたい」

「分かったわ、付き合いましょう」

 

先程まで何処かのんびりとしていたオフモードだったのに、ライバルが出て来ると分かった途端にその瞳に炎が灯った。やっぱり自分もウマ娘なんだな、と思いつつも手早く着替えてコースの使用許可を取って駆け出す。

 

「来るなら来やがれアル、今度もテメェに勝ってやる!!今度こそ、完全勝利でな!!」

 

ターフを駆けるランページを見つめながらもタイムを計るスーちゃん、かなりいいタイムが出ているし走り方も洋芝に適応した物に変化している上にその完成度が走る度に上がって行く。本格的に此方での走り方を会得したと見える。

 

「お隣、宜しいですか」

「あらっ陛下。確認なんて必要ありませんのに、此処は貴方のお城なんですから」

「いえいえ、仮にもお客人の前ですので」

「スーちゃんやっほ~♪」

「あっら~ファーちゃんも来たの~♪」

「うん来たの~♪」

 

隣にやって来たファインの父親であるアイルランドの国王陛下、姫殿下であるファインを連れてランページの練習の見学にやって来たらしい。暇な時間が出来たから一度でいいから見学をしてみたかったとの事。

 

「私もそこまで詳しい訳ではありませんが……我が国のG1ウマ娘と比較しても遜色ない、という言葉しか出せませんな……いやそんな言葉は失礼に当たるか」

「多分ランちゃんなら気にしないわね、国王陛下にそう言われるなんて俺も捨てたもんじゃねぇな、なんていうんじゃないかしら」

「あっスーちゃん今の似てる~!!」

 

キャッキャウフフとする二人に思わず自分も笑みを作ってしまう、それこそ孫と祖母程に歳が離れているのに此処まで仲良く出来るのも珍しい。

 

「実はですね、ご相談があります。ランページ殿にあるレースに出て頂きたくて」

「あらそれはまた。時期にもよってしまいますわよ?」

「アイリッシュチャンピオンステークス、それに出て頂けないでしょうか」

 

それはアイルランドで開催されるG1レース、日程的に言えば9月13日に行われる。時期としては悪くないしアイルランドに滞在しているのならば長距離移動の心配はない、加えてこのレースで好走したウマ娘は凱旋門賞に臨む事は多い。ヨーロッパ遠征中はお世話になっている訳だし、そのお願いを聞くのも調整としても悪くない。

 

「分かりました、私から話しておきましょう。多分ランちゃんも乗ってくれると思います」

「それは良かった、実は是非ランページさんと勝負をしたいという声が多くて」

「ランページさん大人気だもんね~」

「そうね~その気持ちはよく分かるわ」

 

だがこれはこれでランページのヨーロッパ遠征のスケジュールが完全に完成したと言ってもいい。7月のKGⅣ&QEステークス、9月の愛チャンピオンステークス、10月の凱旋門。全てがG1レース、G2などは一切考慮しない余りにも強気なスケジュール。だが彼女にはこの位の方がちょうどいいだろう、何せ世界の暴君だ。

 

「スーちゃんの今の走りっと、国王陛下ご覧になってましたか」

 

走り終えたランページが感想を聞こうと此方に声を掛けて来るが、国王とファインに気付いたのか確りと挨拶をする。

 

「見学させて貰っているよ」

「貰ってる!!」

「それはそれは光栄な事で……ンでどったのよスーちゃん、楽しそうな顔して」

「フフフッちょっとね。ランちゃん折角だからアイルライドのG1レースにも出ない?」

「日程的に問題なければ出るぜ」

 

直接それを聞けて思わず胸が高鳴ってしまった、自国が誇るウマ娘と彼女の勝負が今から楽しみで仕方が無くなって来てしまった。

 

「その日は私も見に行こう、スケジュールもなんとか調整するいや絶対に調整する!!」

「おっ~お父様と一緒に応援だ~!!」

「また天覧レースになっちゃうの?」

「あららっこれはこれは、大変ね♪」



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229話

いよいよKGⅣ&QEステークスが迫ってくる中、ランページのトレーニングもいよいよ追い込みが始まった。常にマスクを付けた上でのシンザン鉄を用いてのメニューで徹底的に身体を苛め抜く。

 

「ペースが落ちて来てるわよランちゃん、それとも休んじゃう?」

「誰がやめるかぁ!!」

 

漲る闘志のままに駆け抜け続けるランページの気迫はスーちゃんから来ても相当な物だった。ヨーロッパ遠征の初レースというのもあるだろうが、それ以上にドバイでの雪辱を晴らす為にも気合が入りまくっているという所だろう。

 

「はへぇ~……凄いねスーちゃん、ランさんの気迫?」

「そうね、とってもやる気に満ち溢れてるわ」

 

精神的にも充実してるしこの傾向は極めて良い。レースで最も闘争心を掻き立てるのはやはりライバルと言った強敵の存在だ、初めて出る土地のレースでは見知った顔はおらず初見のぶつかり合い。データのみではどうしても把握しきれない物がある、しかし一度戦った事がある相手ならばそれを身体その物が覚えている。特にシュタールアルメコアの場合はその領域にランページは敗北している。

 

「リベンジって所かしら」

「リベンジって……ランさん負けてないよ?」

「フフフッ勝負世界ってね、勝負に勝って戦いに負けたって事が良くあるのよ」

「勝負に勝ったのに戦いに負けた……んんっ?」

 

ドバイでは確かに勝った、だが完全に敗北しているというのがランページの認識。あれがあったからこそドバイの勝利があったとも考えるが、ならば今度はそれをも完全に凌駕してこその勝利をもぎ取るのを目指すほかない。

 

「フフッ今度のレースは楽しみね」

「あ~あ、私も見に行きたいのに~……」

 

一応姫殿下という立場にあるので勝手に見に行く事は出来ない。何せレースが開催されるのはイギリス王室がイングランドに所有するアスコットレース場、ある種お隣さんと言っても過言ではないがそれでも隣国なのは変わりはない。そこへ王族が気軽に訪れるという事は出来ない。なのでファインは王城で中継を応援する形になった。

 

「致し方あるまいよファイン、我々にも立場という物がある」

「お姉様……ムゥッだってしんゆ~を応援したいのは当然なのです!!」

「その気持ちはよく分かる、私だって、私だって憧れの女王陛下のレースを見に行けない事を断腸の思いで、思いで受け入れているんだ……!!!」

 

歯を食いしばり指が手に食い込むほどに握り込みながら悔しがるピルサドスキー。

 

「だからこそ!!アイリッシュチャンピオンステークスではその思いを晴らす勢いで全力で観戦するぞ!!」

「おっ~!!」

「それは良いと思うけど、その場合誰を応援するのかしら?」

 

そう言われて思わず二人は硬直してしまった、仮にも自国の姫殿下である二人が自国の名を冠するレースで自国の代表を応援せずにランページを応援するというのも中々な話になってしまう。それに気付いたのか二人は真剣に悩み始めた。

 

「し、しまったぁ……ランページ殿の走りを生で見られる事に興奮して肝心な事を忘れるなんて……!!」

「取り敢えず今の時点で誰が出走予定かだけでも調べておこうよ!」

「そ、そうだな!!急ぐぞ妹よ、駆けるぞ!!」

「お~!!」

 

流石はウマ娘と言わんばかりの勢いで駆け出していく二人をスーちゃんは手を振って見送った。あれだけ真剣に悩んでくれるのならば、ランページはきっとそれだけでも光栄だというだろうに……と思っている中当人がやって来た。

 

「どったのよスーちゃん、姫殿下二人がなんか走ってったぞ」

「姫殿下としての決断を迫られたみたいよ」

「何それ、お見合いの話でも来たん?」

「それに近いかしらね、貴方ってば本当に罪作りね♪」

「へっ?」

 

そんなこんなもありながらもトレーニングを続けていくランページ、その日の夜。自分が使っている客室にファインとピルサドスキーが揃ってやってきて頭を下げて来た。

 

「あの、アイルランドの姫殿下二人が頭下げるとかやめてくれないかな。普通に国際問題になりかねない」

「だが私は、私貴方の友人としてどうしても謝らなければいけないのです!!」

「私も、ランページさんのしんゆ~として、ごめんなさいをしないとダメなのです!!」

 

この後、SP隊長に事情を説明。この世の終わりのような顔をしながらも彼女と一緒になって説得して何とか頭を上げて貰った。使用人にお茶を淹れて貰うように頼み、腰を落ち着けてから話を聞く事にした。

 

「実は……ランページさんが出てくださるアイリッシュチャンピオンステークス、私は貴方を応援するつもりだったのですが……この国の姫としてそれは……」

「あ~……それはまあしょうがないだろ、立場もあるだろうし優先すべきもんがあるし」

「だから今の内にごめんなさい、でも、ランページさんのしんゆ~としては応援するから!!」

 

つまり、王室の人間としては自国のウマ娘を応援するけど友人の立場としては応援するという事を許して欲しいという事だった。その位の事は気にしないしランページとしては自分の国の応援は当然なのだからそんな仰々しくしなくてもよかったのに……と思う程だ。

 

「しかも、そのウマ娘の中には我が国のトリプルティアラがいる故……

「―――アイルランドのトリプルティアラウマ娘」

「うんそうだよ」

 

アイルランドの牝馬三冠。アイリッシュ1000ギニー、アイリッシュオークス、アイリッシュセントレジャー、この三大レースを制しているというウマ娘がアイリッシュチャンピオンSに出走する。日本のトリプルティアラとしてそれは是が非でも戦わない訳には行かなくなった。

 

「強いのか、そのウマ娘は」

「強いよ!!後ろから一気に追い抜いたり、一気に逃げ切ったり!!」

「初戦では最後方から全てを抜き去り、三冠最終戦で堂々とした逃げ切り勝ちをしている」

「随分とまあ、極端だな」

 

追い込みと逃げ、余りにも極端な戦法だ。一番最後から一番前に行けば勝てる、一番前を走り続ければ勝てるという考えがあるらしい。ある意味究極の正論だ。

 

「漆黒の悪魔と恐れられ、三冠を達成した時は英雄として称えられた。彼女は、強い。貴方でも油断はできませんよ」

「上等だ、それだけ強い方が戦い甲斐がある。ンで名前は?」

「ラーズグリーズ、それが我が国の英雄の名だ」

「……そのウマ娘、ブービーって言われてね?」

「良く分かったね!!」

「……イエスケストレル」




衣玖永江様よりラーズグリーズを頂きました。有難う御座います!!


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230話

「ここがKGⅥ&QEステークスの舞台、アスコットレース場か」

 

ランページはいよいよアイルランドから出国しイギリスのイングランドにあるアスコットレース場へとやって来た。初めてくるイギリスという事で若干テンションが高めではあるが、改めて考えてイギリスのインパクトありまくりの名物が脳内を埋め尽くしたせいで一気にクールダウンした。ある種冷静になれたとも言えるのだが……

 

「ランちゃん、そろそろ取材始まるわよ」

「うぃ~す。にしても面倒臭いなぁ……適当におはこんハロチャオ~で終わりにしちゃうよ俺」

「それはそれで伝説になって面白いかもしれないわね」

「いや冗談なんだから止めてくださらないかしら」

 

アスコットレース場にやって来たのは自分が走るコースの下見、というだけではない。KGⅥ&QEステークス出走ウマ娘の記者会見が行われる。そこでは出走ウマ娘の紹介やらコース紹介が行われる事になっている、当然出走登録をしている自分もそれに参加しなければならない。ハッキリ言ってしまえば面倒な事この上ない、これもマスゴミ嫌いで基本的に取材を避けて来たツケか……と思いながらもそれに望むのであった。

 

緊張感に溢れている会見の場、一人一人のウマ娘が覚悟を決めているかのような雰囲気になっている。それもその筈、KGⅥ&QEステークスは世界最高峰のレースの一つとして数えられるG1レースなのだから。それに出走するからには自国の誇りを背負っていると言ってもいい、それ程までに重大な重圧の中で平然としているウマ娘なんて―――

 

「此処って禁煙?ハーブシガー吸ってもいい?」

「えっハ、ハーブシガーですか?」

「ああっ大丈夫、アイルランド王室お墨付きの成分検査受けてるから」

「え、えっと……開始5分前までに消していただけるのならOKです」

「分かった、ンじゃ一番端で吸ってるわ」

 

既に報道陣も詰めかけている、撮影許可は下りていないので誰もシャッターは切っていないが……その行動に誰もが唖然とした。この場面でまるで緊張なんてしていないと言わんばかりにマイペースにハーブシガーを吸い始めたウマ娘、そんな姿に呆れたような目で語り掛けるのは彼女の前走で覇を競い合った相手。

 

「ったく相変わらずふてぶてしい奴だなお前、だがまあそういう姿を見れて安心したぜ。初めての海外でガチガチになってるかと思ったら期待外れだったみてぇだな」

 

シュタールアルメコア、前走はドバイワールドカップで8着だが彼女が秘めた力はかの王者の心を一度打ち砕きかけている。油断ならぬ相手と誰もが認めている。そんな相手にも動じずに天井に向けて煙を吐く。

 

「この程度で狼狽えるような食生活は送ってねぇよ、こちとらクラシッククラスの時からとんでもねぇ相手とばっかり会ってんだ。何なら日本の天皇陛下やらドバイの首長陛下、そしてアイルランドの国王陛下とも面談済みだ。そんな俺が今更緊張するか、お分かり?」

「ああうん、そりゃ確かにそうだわ……」

 

それを出されてしまうと確かに納得をするしかない、肝が据わっているというかより厳しい環境を経験しているのでそれと比較したらどうという事はないと言えてしまう精神性を持っているのがランページなのである。

 

「会見開始5分前です」

 

それを聞いて最後の一服を楽しんだ後にシガーを仕舞う。そんなこんなもあって漸く始まった会見、レースが凱旋門に並ぶ程のレースである事が説明されたり、そんなレースにこれ程迄のウマ娘が集まった事は光栄だのと言った事がURAの役員の口から語られる。コースの説明やらが終わると次に各ウマ娘の意気込みが聞かれる。

 

「ハァ~ッハッハッハッハッハ!!これ程迄のウマ娘達と覇を競い合えるとは実に光栄の極み、いやはや流石は私。天上の神々すら魅了し、運命を引き寄せる、ああっ流石は私、このガルニエの歌劇に相応しい舞台だ!!」

 

と、インタビュー開始直後から大声で騒ぎ立てるウマ娘、まあ本人はそんなつもりはなく純粋に盛り上げているつもりなのだろう……まあ実際このレースにも凄いメンバーが居るのも確かだ。ガルニエもそうだがジャパンカップでフローラと戦ったターフホッパー、シュタールアルメコアもいれば、それ以外にも輝きを放つウマ娘がいる。イギリスのダービーステークスでは2着、そして前走のアイリッシュダービーでは従来のレコードを約3秒縮めて12バ身差の圧勝を見せ付けたセイントヴァーダント。

 

「君達と戦ってこそ、私の輝きと美しさ、強さは高まる!!さあ競い合おうじゃないか、神話の神々の争いのように、神々しくも気高いレースを!!」

「なら、一番コメントを取るべき相手がいるのではなくて?」

 

ボソッとした一言が語られた、それこそがセイントヴァーダントのコメントだった。その言葉と共に一斉に視線がランページへと注がれた。25戦25勝の無敗神話、芝2400のワールドレコードを持ち、世界の舞台で芝ダートG1制覇を目指しているメジロランページ、誰もがその言葉を聞きたがっている。アルメコアがおい指名入ったぜ、と肘で突くとランページは真面目な面持ちのまま咳払いをした。一体どんなコメントが出て来るのかと取材陣が固唾を見守り、生放送のカメラも其方に集中した時―――

 

「おはこんハロチャオ~!!」

 

場違いな程に明るく楽しげな声が響き渡った、思わずアルメコアは日本のお笑い並みにズッコケてセイントも思わずガクっと体勢を崩しながらも顔を隠しながらも口元を抑えて生だぁ……という小声を漏らした。

 

「あれ、これじゃねえの期待されたの」

「いやそれもあるだろうけどちげぇだろこの場ァ!?テメェKGⅥ&QEステークスの記者会見の場を何だと思ってんだぁ!!?」

「いや、フリかなって思って」

「何のフリだ!!日本人はテメェみたいのばっかりなのか!?」

 

とツッコミを入れるアルメコアの光景にガルニエは大爆笑。

 

「ハ~ッハッハッハッハッハ!!これは一本取られたね、そうか気高い戦いというのも大事だが僕達ウマ娘にとってレース、走る事は楽しく喜びの舞台でもある。楽しまなければ損、という事だね!!流石は世界のランページ殿だ、エンターテインメントを分かっているねぇ!!」

「あ~うん、そう言う事にしといて」

「出来るかァ!!テメェも何時まで笑ってんだ!!!」

「ハ~ッハッハッハッハッハッ!!」

 

何とも締まらないが、緊迫した空気から一変、和やかとした楽し気な空気で会見はそのまま続行されたのであった。尚

 

「ランちゃん貴方最高!!」

「だろ?」

「アーちゃんからも貴方ならそうすると思ってたwwwってメッセージ来たわ、中継見てて笑ってたみたいよ」



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231話

イギリスに居る際にはファインのご両親から紹介して貰ったホテルに宿泊する事になっているランページ、当然のように超高級ホテルなのだが好い加減になれている自分が居るのは平然のように過ごせている。のんびりとハーブシガーを嗜みながら、景色でも眺めていると携帯が鳴った。

 

「―――ライアンじゃねえか、はいもしもし」

 

時折掛かって来る海外勢の影響か、確りと掛けてきた相手を確認するようになった。かけて来たのはライアンだったので直ぐに出る。

 

『ラン、今大丈夫?』

「お前さんならいつでもウェルカムだぜ、寧ろそっちが大丈夫か。そっち夜だろ?」

 

日本との時差は約8時間、あちらの方が早いので此方はお昼だとしても向こうはもう夜。明日の事もあるだろうに電話などしても大丈夫なのだろうか。

 

『大丈夫だよ、こっちもちゃんと体調管理してるし』

「そうかい、こっちもこっちで気楽にやらせて貰ってるよ。アイルランドに比べたら流石に落ちる部分もあるけどな、まあ王城と比べるのも酷ってもんだな」

『分かってるならその位勘弁してあげたら?』

 

そんな他愛もない話をする二人、この時ばかりもランページは心からの安らぎを感じていた。欧州に一人、という訳ではないが気心を許せるのがたった一人だけという状況では矢張り何処か何かを求めたくなるのかライアンの声が聞けて酷くホッとしている自分がいる。

 

「なんか、気張ってるのかねぇ……ライアンの声聞いてるとスゲェ楽になるわ」

『それはありがと、今ならフローラと話しても安心出来るんじゃない?』

「それ別の意味でだと思うよ、ああこいつ変わってねぇわって意味合い」

 

それはそれで安心感を覚えそうだなぁ……と思った時、ライアンが突然、咳払いをした。

 

『ねぇラン、部屋には一人?』

「んっ?ああまあな、スーちゃんは別室だし」

『それじゃあ―――もう、いいよ。楽にして』

「楽にしてって、お前何言って」

 

言葉の意味が理解出来ないと言おうとした、思ったよりも先にライアンは言葉を続けていた。そして自分はそれを待ち続けていたのか、それを聞けたと感じた。

 

『大丈夫だよ、私は全部分かってるからさ―――辛いんでしょ?こっちにもランが会見の前に堂々とハーブシガーを吸って余裕をアピールしてるって話は届いてる、でも本当はいっぱいいっぱいなんでしょ?』

「如何して、」

『親友だもん。あれがランにとっての精神安定剤だって事も知ってるし、幾らランでも会見の前に吸わないと思っただけだよ。多分、今も吸ってるんじゃない?』

 

思わず、手にしていたハーブシガーが落ちた。そして同時に、口から流石だわ……という言葉が自然と出ていた。漏れ出るように、笑い声が出た。それは決して愉快だから出る類ではなく辛さを隠すための強がり、しゃくりあげる様な笑いだった。

 

「こっちに来た時はなんとも無かったんだ、アイルランドについて、ファインと会って、ご両親に挨拶してピルサドスキーと友達になって、配信やって、練習して……何ともなかった筈なんだよ……なのに、なんでなんだ……アルともう一度戦うって決めて、今度こそぜってぇ勝つって思ってた筈なのに、レースが近づいてくるとどんどん、不安が、溢れ出してくんだよ……怖いんだよ、何か解らねぇ何かが俺を、私を―――包み込もうとしてくるの……」

 

もう、顔を出す事も無いと思っていた。自分の知っているランになった。曰く、生きる事を諦めてしまった彼女の姿がそこにある。例え遠い異国の地に居ても、ライアンには目の前に彼女が顔を伏せて今にも泣きだそうになっているのが見える。

 

「分からない、分からないよぉ……駄目だよライアン……こんなのじゃ、私、走れないよぉ……皆本当は知らないんだ、私は本当は臆病で怖がりで、何も出来ない事なんて知らないんだ……メジロランページしか知らないんだ……走る私しか、知らない……」

 

彼女の背中には今、日本中の期待が乗っている。欧州での芝G1制覇、そして凱旋門の制覇を誰もが熱望している。それに応える覚悟はあった、気概も十分だった筈なのに……急に恐怖という感情が溢れ出してきた。初めての経験にランページはどうしたらいいのか分からず、もっと凄い相手と話したからと虚勢を張って余裕ぶり、誰もが知るメジロランページを演じた。

 

『ラン』

「分かってる、分かってるけど……如何したらいいのかも、分からないよぉ……!!」

『ランっ!!』

 

ライアンの強めの言葉に身体がビクついた、そしてTV電話にしてと言われたので恐る恐る操作をするとそこには優しい笑みのライアンがあった。

 

『有難う、私にそれを話してくれて。やっぱりランは何にも変わってない、私の知っているランのまんま。溜め込んじゃう癖も、ね』

 

ウィンクしながら優しい声色で有難う、と感謝をするライアンに思わず目を白黒させてしまった。

 

『ラン、アルってシュタールアルメコアの事だよね?ドバイで負けそうになったって言ってた』

「そ、そうだよ……そのアル」

『成程。ランはそのアルに強い危機感を覚えてるんだよ』

 

その正体は極めて簡単、シュタールアルメコアへの恐怖心。ドバイで彼女の領域に囚われて心が折れそうになったと聞いている、そしてそんな彼女と再戦する機会に巡り合ってしまったが故にまたそれが起きるのでは……という不安に襲われている。敗北への危機感、責任、重圧、様々な物がシュタールアルメコアを切っ掛けとして溢れ出した。

 

『でもランは一回勝ってるんだよ、そのウマ娘に』

「で、でも今度は負けるかも」

『じゃあ勝てばいいんだよ、ランは何時もそうして来たじゃない。どんなレースでも、どんな相手でも勝って来た。もしもさ、負けるかも……って不安になるなら私のトレーナーから教えて貰ったとっておきの方法を教えようか?』

「と、とっておき!?」

 

ライアンの取っておき、是非知りたいと頷いた。よし、とライアンはワザとらしく咳払いをすると少し溜めてから教えてくれた。それは―――

 

『鍛える事!!』

「―――へっ?」

『勝てるように頑張る事、ただそれだけなんだよ。不安になっちゃう?だったらそんな自分にならないように頑張ればいいんだよ……ランはさ、凄い辛い状況になっても必死になって努力してたんだよ。その不安の何十倍も凄い不安に押し潰されないように生きてたんだよ、親友は』

「……」

 

無言になった。余りにも単純な理屈だ、何が取っておきだ、何で溜めた、と思うような事だが……それを聞いてランページは―――思わず、大声で笑いだした。

 

「アッハッハッハッハッハッハッハッ!!!何それ、それが取っておきな訳!?唯の脳筋理論じゃない、今日はこの重さを持ち上げられなかった、だから持ち上げられるように努力しようって事!?アハハハッバカみたい!!!」

『バカみたいな位がちょうどいいんだよ、変にこんな取っておきなんていざって時に中々出来ないよ』

「ハハハハッ確かに言われてみたらそうだ、アハハハハハッ!!」

 

心の底から、腹の底からの大笑いをした。それにつられるようにライアンも笑いだした、二人の笑い声が重なって響き合う。そして少ししてから笑い過ぎて出た涙を拭いながらランページは言った。

 

「あ~笑った笑った……だけどスッキリしたよ。有難うなライアン、やっぱ俺はお前が居ないとダメだわ」

『何時でも電話して、相談なら乗るからさ』

「そうさせて貰うよ―――有難う、ラン」

『こっちこそ、有難うラン』

 

同時に通話を切った。そしてランページはハーブシガーを消すと頬を叩いて立ち上がった。

 

「―――シャァッ!!じゃあ鍛えますか!!!」



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232話

「ランちゃん、準備は」

「―――」

 

アスコットレース場の選手控室、もう間もなく始まるレースを前に控室は一見不気味とすら思える程に静まり返っていた。思わずスピードシンボリが息を呑んでしまう程の静寂がそこにあったのだ。唯一つ、聞こえてくる音だけが、静かに控室に木霊し続けていた。

 

「……ハァ……ハァッ……」

 

規則正しい呼吸音、吸って吐く、吸って吐く。ただそれだけを繰り返している音だけがあった。その中心部に居るウマ娘―――メジロランページは椅子に腰かけ、頭を伏せるようにしながらも微動だにしなかった。まるで眠っているのかと思ってしまう程だった。

 

「ランちゃん?」

「―――ああっ悪いスーちゃん、意識飛んでたわ」

 

ゆっくりと瞳と共に込められた力で立ち上がる。顔を上げたランページ、極めて落ち着いている、今日までに至るまでのトレーニングにあった嵐のような熱さが嘘のように無くなってこれ以上ない程に凪いでいた。そして立ち上がった時、息を呑んでしまった。

 

「―――仕上がってるわね、想定以上に」

「さて、な……ただちょっと、燃えてるだけだ」

 

椅子に掛けてあったコートを肩にかけるとそのまま外へと歩き出して行った、敢えてその後を追わずに後姿を追う。風に靡くロングコート、僅かに此方を振り向き見つめる瞳が見える。

 

「行って来る」

「ええ、いってらっしゃい」

 

この時、スピードシンボリは後にメジロランページの海外遠征の事を纏めた本でこう綴っていた。

 

『あの時程、彼女の潜在的な凄まじさを見た時は無かった。まだまだそこが知れぬ何かがあった、あの時に完全に開け放たれたのだと思う。その証拠に―――その瞳は赤く、青い炎が灯っているように見えた』

 

 

『前走はドバイワールドカップ、今回の出走ウマ娘の中で唯一かの暴君との対戦経験があるウマ娘、シュタールアルメコア。彼女と同じく芝ダートの両方を走るその姿に注目が離せません―――そして、遂に来たようです』

 

既に地下バ道がやって来たウマ娘達が観客たちに思い思いのアピールをしている、海外は日本に比べて開放的というかエンターテインメント性が高いのも特徴の一つ。パドックでもそうだが、如何に自分が魅力的で強そうなのかをアピールする事も大切なのである。アルもそれに則って挨拶を終えた所で遂に聞こえて来た。地下バ道から足音が、あと一人、このレースに欠かせないウマ娘が、遂に来る。

 

『シュタールアルメコアと同じく前走はドバイワールドカップ、それを制した事で手にした栄冠の数は25、正しく独裁者、暴君と呼ぶのが相応しい。破格の無敗神話を纏ったウマ娘が、侍の国、ジャパンからやって来た。目指すは無敗のままの芝ダート制覇、枠順もその暗示が最ウチの1番、ジャパンの芝、ダート、ドバイのダートを踏み越えて、遂にこのヨーロッパへとやって来た!無敗の神話は続くのか、それとも打ち砕かるのか!?』

 

その姿が露わになった時、レース場は大地震に襲われたかのような大歓声によって震えた。

 

『25戦25勝の芝2400のワールドレコードホルダー!! Mejiro Rampage!!堂々たる本バ場入場です!!今日ばかりは正しく本気と言わんばかりの雰囲気、記者会見での余裕は、すべてこの時の為だったと言わんばかりの雰囲気です!!』

 

その震えの中心に立つランページ、その姿を見て記者会見出の一件を知る者はその温度差に驚く事だろう。ふざける程の余裕を見せていた姿は微塵もなく、最早殺気にも似た何かがそこにあった。唯、静かにゲートへと向かってその歩みを進めていく。

 

「―――随分と、張り詰めてやがんなぁ……そんなに俺のあれが怖かったのか」

 

隣のゲートに入る為に、並び立ったアルが額から汗を流しながらも問う。自分のトレーナーが今日の為に徹底的にドバイワールドカップの解析を行ってくれた、それで判明した事だがランページに自分の切り札は刺さっていた。発動から明らかにランページの乱れる事の無かったペースが明らかに乱れていた。つまり、自分にも十分に勝機はある、そう確信しながらも研鑽を積み続けて来た。全ては今日、この日の為に。だが―――

 

「ああ、そうだなあれは実に、俺を揺さぶった」

 

あっさりと肯定された所に、アルは汗を流した。

 

「(冗談キツいぜくそったれ……)」

 

この時ばかりは自分のトレーナーの情報収集能力の高さを恨みたくなった。ランページのハーブシガーは精神安定剤であり、会見前に使用していたのは明らかに彼女も平静さを欠き余裕がなかったからだと言っていたじゃないか……それは正しかった、本当にランページは崩れかけていた。だが―――

 

「(ああいう奴は、つぇぇんだよなぁ……厄介な事になっちまったかもな……)」

 

勝ってやるという顔ではない、どれだけの差を付けて勝ってやろうと自分はそんな笑みを浮かべていた筈なのに……それが完全に引き攣り身体が震え始めた。武者震いだと自分を諫めながらも理解してしまった。

 

「(何だありゃ……バケモンか悪魔かなんかか……!?)」

 

 

「ああいうのは、鬼神って言うんですよねトレーナー」

「ああ。独裁者と称される暴君が、死を感じて更に昇華されたのかな……正しく、鬼神だ」

 

情報収集の為、いや、戦うライバルの走りを生で見たいという純粋な思いでこの地に立っているそのウマ娘はアルの内面を見透かしたように言葉を紡ぎ、トレーナーもそれに続いた。

 

「ブービー、彼女の走りをよく見ておくんだ。間違いなく―――彼女は世界最速の名に相応しいウマ娘だ」

「それを超える為にも焼き付けましょう」

 

 

自分の呼吸音と心臓の鼓動が、ばかみたいに響いている。どこぞのヒーローのエンジンのように、いや周囲の音が聞こえている筈なのに静寂のように静かだ……不思議な感覚に陥りながらも促されてゲートの中へと進んだ。もう始まるのか、時間が奇妙な程に速い。それも良いだろう、ならばその時流に乗るだけでしかない。

 

『さあKGⅥ&QEステークス、今スタートしましたっとメジロランページロケットスタートを決めた!!最高のスタートのまま先頭に躍り出る!!既に3バ身いや4バ身はある!!このまま得意の大逃げを打つのか!!』



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233話

『さあ先頭を行くのはメジロランページ、ロケットスタートを決めた彼女が既に独走状態!!いきなり4バ身のリードは絶大だ、このまま逃げ切りを決めるのか。二番手にはターフホッパー、ジャパンカップでの本来の目標を狙いに定めている。その後ろにセイントヴァーダント、ガルニエ、シュタールアルメコアと続いて行く』

 

「良いぞラン~!!ナイススタート!!」

 

日本時間の23時、時差の影響もあって中継は真夜中だったがドバイよりも早い時間なのでターボはまだまだ元気だった。それでも少し眠そうだがランのスタートを見た途端に眠気なんて吹っ飛んでいた。

 

「最高のスタートダッシュだね……ゲートが開いた瞬間にはもう走り出してるんじゃない?」

「いえ、恐らくですがランさんはゲートが開く一拍前にスタートしているんです」

「一拍前って……そんな事、出来るんですか?」

「ランページさんなら、出来ます!!」

「何せ、アタシらの先輩だからねぇ!!」

 

確かに普通ではない。反射というレベルではない、事前に考えていたとしか考えられない。だとしてもゲートのタイミングを把握していないと無理な話だ。

 

「お姉様ってスタートは上手な方だったけど……なんていうか、更にそれが磨きが掛かった感じ……?」

「そうですね。ランページさんはゲート難ではありません、寧ろ狭い所が落ち着くというぐらいでしたから」

「それに関しては理解出来ないかな~」

 

ウマ娘としてはやはり開放的且つ広い場所の方が好ましいのでこの辺りは全く理解が及ばない。

 

『スウィンリーボトムとも言われます第一コーナーまでの800m、約22mの下り道となっていますが、メジロランページなんと全くスピードを落としません!!淀の坂でも一切速度を落とさなかった彼女ならではの走りだ!!加速し続けているぞ!!』

 

下り坂でも一切速度を落とさない、寧ろそれをも利用して加速するランページの姿に南坂は思わず笑う。

 

「流石―――「山登らせまくった甲斐があったねぇ」!!?」

「あ~シンザンだ~!!」

「シンザンさんだ~!!」

「よっターボにチケゾー、元気だったかい」

「元気だぞ~!!」

「アタシも元気です~!!」

 

カノープスの部室に唐突に出現したシンザンに思わず全員が驚く中、元気印の二人はむしろ歓迎ムード。他はあのシンザンの登場に恐れ戦いているというのに……まあこの二人らしいと言えばらしい。

 

「いきなりの登場やめてくださいよ……」

「悪い悪い、まあランに高低差なんざ今更意味がないさね」

 

視線を上げるシンザンの瞳には見事なコーナリングで最短距離でコーナーを突破するランページの姿がある、ラジオで向こうの実況を聞いているが驚愕して何なんだあのウマ娘は!?と叫んでいる。

 

「ランの走りはストライドを全力で利用するフォーム、普通ならコーナリングが泣き所になるだろうが……あの脚力で地面に脚を埋めるようにしながら、遠心力に一切に身体を任せずに最短距離を突っ切る。これをやられたら他の連中は辛いなんてもんじゃない。ストライドとピッチの良い所どりみたいなもんだからな」

「お姉様、やっぱり凄い……」

「流石はランページさん!!」

 

姉の勇姿を目に焼き付けるライスと憧れの人の走りに心酔するエアグルーヴ、確かにこの走りは圧倒的だ。この二つもランページが未だ無敗を貫き通せる理由でもある。

 

「アスコットレース場、ポイントは二つ。最初のスタートから最初のコーナーの下り、次の直線では残り200mまで延々と登り坂。さあ山で鍛えた力を見せてやれ、世界を、振り切りなランページ!!」

 

 

『さあメジロランページだけが直線に入った、信じられないスピードだ!!だが此処からは登り坂だ、長く続く苦しい坂だ。おっと此処で後方から上がって来たウマ娘がいるぞ!!』

 

「想像以上に鍛え込んでやがるが―――負けねぇよ!!」

「それは、私も同じさ!!」

「私だって―――意地がある!!」

 

シュタールアルメコア、ガルニエ、セイントヴァーダント。この三人が一斉に上がって行く。あの速度を登り坂では維持しきれないだろう、必ずペースは落ちる、パワーには自信があると登り坂で仕掛ける。一斉に坂を駆け上っていく、そしてその時にアルが―――口角を持ち上げた。

 

「走ることに囚われたウマ娘諸君…準備は良いか?……そんじゃ…ショータイム!!」

 

世界が、霧に包まれる。そこにいる者達しか理解しえぬこと、異形の者どもがそこいらから現れてくる。幻術なんて生温い、アルのそれは正しく世界を侵食するという表現が相応しい。そこにいる限りどんな物でも影響を受ける、それから逃れる事は出来ない。

 

「これは―――ッ凄いまるであの世界だわ!!一回で良いから体験してみたかったの!!何で此処にショットガンが無いの!!」

「ハ~ッハッハッハッハッハッ!!なんで幻惑的で刺激的な世界だろうか、良いだろう、そんな世界でも私の輝きこそが一番だという事を証明して見せようじゃないかぁ!!」

「チッこいつらには効きが弱いか……!!」

 

強い自我を持ち、強固な意志を持っている者には通じない。それが弱点でもあった、ドバイワールドカップではアームドリンクスに通じなかった。だが今はそれはあり得ない、効きこそ弱いだろうが確実に入るという確信がある。僅かにブレた隙を見てアルがセイントとガルニエを抜いて2番手に上がる。後はランページだけ―――なのだが、何故だ、ペースが乱れて―――いやどんどん加速している……!?

 

世界を覆う霧の中、乱立するは自分達を狩りの獲物とするかのように迫ってきているドリルやプロペラが体に付いた人型の何か。そうだ、これだ。自分はこれに心を折られた。亡き魂に激励によって切り抜けた、だが負けたのは事実だ。一度の敗北は死、二度目は心の死。三度目は絶対に許されない、許してはいけない。その為に鍛えて来た。

 

「さあ行くぜライアン、鍛え続けた心と身体、魂を今一つに―――さあっ俺と、走ろうぜ!!」

 

亡き魂よ、共に暴れよう。

 

我、熱狂の渦を巻き起こす!!

 

紛れもなく届いている筈だ、影響がない訳がない、効いているという実感がある、それ尚に、如何して如何してお前はずっと自分の先を走っていられるんだ……!?

 

『メジロランページ坂を物ともしていない!!し、信じられません下り坂だろうか登り坂であろうが彼女には平地にしか感じられないのか!?減速する事無く、坂を登り切った!!シュタールアルメコアとは3バ身差!!シュタールアルメコアも必死に追い縋る!!スパートを掛けるが差を縮めれない!!最終コーナーを今、メジロランページが越えた!!うわっ内ラチギリギリの所を通っていくぅ!!』

 

この身に刻まれたシンザン鉄の鍛錬、山の上り下りで鍛えた身体には何ともない。そのまま一気に踏み越えていく、暴君を越えて内に秘められた力によって鬼神となった。魑魅魍魎を文字通り踏破するその剛脚に並ぶ者なし、無敗の王者、メジロランページが今―――欧州で旋風を、いや嵐を巻き起こした。

 

『これは、これは文句なし!!メジロランページ一着で今、ゴールイン!!二着にはシュタールアルメコア、三着にセイントヴァーダント、四着にガルニエ!!なんという事でしょうか、ジャパンの王者、メジロランページがドバイワールドカップに続いてKGⅥ&QEステークスを制したぁぁぁぁ!!!これで26戦26勝!!このウマ娘の力は正しくワールドクラス!!そしてタイムが2分25秒0!?レ、レコードです!!メジロランページ、ワールドレコードホルダーとしての力を見せ付けるレコードタイムを叩きだしたぁ!!』

 

欧州の歴史にその名が刻まれた、その名は鬼神 メジロランページ。最初から最後まで先頭で駆け抜け続けた彼女の力をもはやだれも疑えない、そしてそれは敬意と畏怖、恐怖を帯びる。強者の宿命の中にあろうとも、ランページは揺るがない。もう彼女は迷わない。迷ったとしても、自分を鍛え直して整えるだけ。

 

「まずは―――一冠」

 

天へと捧げる一本指。嘗て、皇帝シンボリルドルフはクラシック戦線で勝利した際に、皐月賞、日本ダービー、菊花賞で制したという意味で指を立てた。それに倣う訳ではないが……トレーナー(スーちゃん)に見せ付ける意味で掲げた。

 

『メジロランページ指を立てました!!ヨーロッパでの初勝利を意味しているのでしょうか、それとも、これからの勝利への暗示でしょうか!!』

 

「んもう、あの子ったら……ランちゃん貴方ってば最高ね」

 

この後、スーちゃんはランページが戻ってきた際には思わず抱き着いた。ランページもそれを受け入れて抱き留めて、二人一緒に大量に向けられているカメラに向けて笑顔を向けた。



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234話

有償ガチャを引きました。悩んだけど、クリスエスが出る方を引きました。

結果―――ホッコータルマエ二人、ミスターシービーが来ました。

タルマエは嬉しいんだ、嬉しいけど……シービーまたお前か!!お前もう才能もスキルも限界まで行ってるんですけど!?これ以上来られても困るよ!!


正しく歴史的な勝利だった。KGⅥ&QEステークスを制したランページ。これで名実ともに海外の芝ダートのG1双方で勝利した。日本にとってはこれ程鮮烈でインパクトのある出来事は無かった、無敗の王者の快進撃は一体何処まで行くのか、その事に付いて誰もが驚き、期待した。

 

「次は―――アイリッシュチャンピオンステークス、アイルランドの国王陛下たちには世話にもなってるからな。出ないと失礼に当たるからな、そしてその次が……凱旋門だ」

 

インタビューでそう告げた彼女は、これまでの飄々とした愉快さを思い求めるネットアイドル的な姿を全く感じさせなかった。無敗の王者に相応しい風格を纏いながらその場を後にした。正しくこれからが本当の意味でのメジロランページなのだと誰もが思った、本当の意味での本格化が起こった。これは欧州に嵐が吹き荒れるとニュースが世界を駆け巡った。

 

「―――流石はランページさん、レコード勝利かぁ……私も負けてられないな」

「そうでなくては、刃を作っている私の楽しみが無くなりますからね」

 

「「その時を、楽しみにしていますよ」」

 

様々な思惑が載せられる中、ランページは再びアイルランドに戻った。ファインとピルサドスキーに熱烈な歓迎を受けながらも大々的に行われたパーティを楽しんだ後、自室に戻ると電話が幾つも掛かって来ていた事に気付いた。掛けて来たのは日本にいる友人達だ、彼方は朝だろうが此方は真夜中だ。時差という物を……まあ考慮しきれていないのだろう。一先ず、直近で掛って来ていた電話に出る。

 

『あっもしもしラン!?ゴメン、あたし時間の事完全に忘れててさ!?眠いよね、切るよ!!』

「気にするな。何処かの姫殿下が大々的にパーティを開いてくれたおかげでさっきまでパーティだったからな、疲れてはいるが眠くはないな」

『そうなんだ……えっと、取り敢えずおめでとうラン!!』

「応。あんがとなパーマー」

 

先ずはパーマー、同じメジロの大逃げウマ娘として大きな祝福を送ってくれている。だが、パーマーは何処か元気がなさそうだった。

 

「どした、なんか悩み事か」

『アハハハッ……分かっちゃう?』

「まあな」

『え、えっとね……その、宝塚記念であたし……ハナ差でその……負けちゃい、ました……』

「マジか……いや宝塚記念で2着だぞ、立派なもんだろ」

『お婆様もそう言ってくれてるんだけど……』

 

言いたいこととは宝塚記念の事だった。ランは集中する為にその辺りは絶っていたが宝塚記念を制したのはテイオーだった。それによってテイオーは春シニア三冠を達成した。だがその勝利は極めてギリギリな物だった、パーマーはランからペース変化のノウハウを伝授されて練習を繰り返していた。そして漸く満足が出来る領域に達したそれを、いよいよ実戦投入した。

 

『テイオーもマックイーンもターボも嵌められたんだ。流石にイクノとかは無理だったけどさ、それでも私も勝った!!って思ったんだけど……テイオーにハナ差で負けました……』

「マジか……」

 

話を聞きながらも自分でも宝塚記念の映像を初めて見る、序盤からヘリオスそしてターボと共に大逃げを打つパーマー。だがランページのそれに比べたら流石に下手な部分があった事は確かだが、それでもイクノでないと分からないほどには素晴らしいペース変化だった。最後はイクノとの勝負、根性で逃げ切ろうとした所を大外からテイオーがぶち抜いた。

 

「あいつの走りの完成度が更に上がってやがるな……」

『うん、凄い自信あったのに……これでG1取ってメジロ四天王として相応しくなろうと思ってたのに……』

「おいおいおい、あんなの記者共が勝手に宣ってる宣伝文句だろ。ンなもんに惑わされんなよ」

『でもさぁ……』

 

それ程までに自信があったという事なのだろう、パーマーは本当に落ち込んでいる。如何してやるのが一番なのか……と思った時、ある事を思い出した。

 

「パーマー、お前俺と札幌記念走ったこと覚えてるか?」

『へっ?えっああうん、覚えてるよ。レース後に食べた味噌ラーメンの美味しさも』

「そりゃ結構。あの時に南ちゃんも言ってたが、お前も洋芝の適性は高いと思う。お前さ―――海外の長距離G1目指すの良いんじゃねえか?」

『―――わ、私が海外にぃ!!!?』

 

日本のG1で長距離というのは少ない。それこそ天皇賞(春)、菊花賞、有記念しかない。菊花賞はクラシックのみ出走可能なだけだし、有記念は2500で長距離というには短め。本当の意味でステイヤーが本領を発揮出来るG1は春の天皇賞しかない。

 

「こっちには4000mのゴールドカップ、3200のグッドウッドカップってのがある。そういうのに出るのも面白いと思うぜ」

『無理無理無理!!私が海外なんて絶対に無理だよぉ!!そ、そりゃ3600を逃げ切った事はあるけど日本と海外じゃ全然違うんだよ!?』

「それは俺が一番分かってる、そして―――同じメジロの大逃げウマ娘としても俺はお前の事を分かってるつもりだ」

 

パーマーは自己肯定感が低い、だがその実力は極めて確かな物。札幌記念でもパーマーは真っ向から大逃げで勝負を仕掛けて来たウマ娘、その実力は分かっている。洋芝に慣れる練習を積めばパーマーは海外でも輝ける。

 

『……ホ、ホントに、海外で私なんかが勝てると思ってるの?』

「俺はそう思ってるけどな、それにこの話をお前のトレーナーに持って行ってみな、きっと俺と同じ事を言うぜ」

『ト、トレーナーも……分かった。決めた、私も海外挑戦する!!今年は無理だけど、来年には海外挑戦する!!!』

「その意気だ」

 

そう決めるとパーマーは早かった、直ぐにトレーナーに相談すると言って大袈裟な位にお礼を言いながら電話が切られてしまった。謙遜するのに一度決めると本当に決断力が良くなる、宝塚記念で負けたのもいい経験になっただろう。

 

「さてと次は……おっと、お前さんか」

 

少しだけ笑いながら、電話を掛ける。アイルランドの夜景を見ながら。

 

「よぉっラン、見てくれたかい。勝ったぜ、鍛えまくったお陰でな」

『見てたよラン。最高の走りだったね』



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235話

メジロランページはカリスマ的な存在である。無敗神話更新中というのもあるが、海外で活躍しているのも大きな要因の一つだろう。そんな彼女に憧れてか、既にトレセン学園を志すウマ娘達が急速的に激増しており、中央トレセンだけではなく地方トレセンでも嘗てない程の見学希望や進路相談の申し込みが殺到している。来年の入試はえらい事になるのでは……と今から心配になっている教員もいる程。

 

そんなカリスマの影響か、芝だけではなくダート熱も高まっている。理由は彼女だけではない、ドバイワールドカップで健闘したレディセイバー、アメイジングダイナも要因だった。最早ダートは芝に劣るなんて考え方は古いものとされている。そんな現象の元凶とも言える日本ウマ娘界のカリスマは―――

 

「米喰いて~♪」

 

配信でうまぴょい伝説を踊っていた。

 

「という訳でリクエストが来たうまぴょい伝説はこんなもんかな、本当はサイドに二人欲しいんだけど流石にスーちゃんにやって貰うのは気が引けるじゃん?だから俺一人になっちまって画面が寂しくてゴメンな」

 

此処までのウマ娘がこんな事をやれば普通は炎上する。配信をすればアンチコメが、ツイッターをすれば自称有識者がグダグダと文句を垂れる。品位がないだの日本の代表として相応しくないだのという事をぶつけられるのだが

 

「まあアンタの中ではそうなんだろうな、アンタの中ではな。じゃあ実際俺は相応しくないかどうかでアンケートでも取ったらどうだ?俺以上に結果を出して、天皇陛下にドバイの首長陛下、アイルランドの国王陛下とも仲良くやってる奴他に居るのかい。アイルランドに至っては国交が更に良くなってんだぜ、そこの所如何なんですかねぇ……俺みたいに行動で何かを示しもせずに、文句を言うのは誰にもできるんだぜ」

 

何だかんだと持ち上げられたとしても自分を貫き通すランページ。アンチが沸いたとしても何処吹く風、一向に改めようとしない態度に粘着する者も居たが―――それらはメジロ家とシンボリ家の弁護士を通じて名誉毀損で訴えるぞ♪という圧を掛けたら途端に静かになった。そんな風に良くも悪くも日本の代表となっているランページ、次なるレースはアイリッシュチャンピオンステークス。日本では愛チャンピオンステークスという名で知られているレースに出走を決めて現在は特訓中。

 

「あっいけねっ」

 

が、そんな時にとある問題が起きていた。

 

「スーちゃん如何しようまたやっちまったわ~」

「あら~」

 

それはシンザン鉄の消耗だった。ランページの強さを支えているシンザン鉄、洋芝向きの走り方に変えてからこの蹄鉄の消耗が著しくなってしまったのである。日本の芝に比べてクッション性が高く、パワーが要求されるためにより強く踏み込む走り方に変えている。前走のコーナリングなどはそれが顕著に表れており、レース用の蹄鉄はあと一回使えば壊れてしまう程に消耗していた。そしてそれはシンザン鉄も同じ。

 

「これは想定もしてなかったわね……ランちゃんの脚力がそれ程までに上がってるなんて……」

「こればっかりはこっちならではの現象だとは思うけどな、こっちの芝に合わせた結果がこれだ」

 

先程まで着けていたシンザン鉄を外してみると何方も全く同じようにすり減った上で折れてしまっている。それはランページの脚の力もそうだが身体のバランスが取れている事の証明でもある。それだけ身体が仕上がっている事でもあるのだが……これはこれで参る。

 

「かと言って、加減して練習しても為にならないし……」

「しんゆ~お届け物持ってきたよ~!!」

 

スーちゃんが頭を抱える中、ファインがSPを引き連れてやって来た。最早見慣れた光景だが、SP隊長は汗を流しながら走っている。本当にお転婆な姫殿下だ……。

 

「届いたよ、ジャパンからの贈り物!!」

「おっ丁度良かった」

「ナイスタイミングって奴ね」

 

SP隊長が持ってきた箱、それを地面に置いて貰う。ファインに急かさるまま開けてみる……そこに入っていたのは蹄鉄と一通の手紙だった。

 

「これがシンザン鉄なんだね!!」

「ああその筈だ、にしてもこの手紙は……シンさんからじゃねえか。何だ態々手紙なんて」

「まあ読んでみたら?あの人の事だから無意味ではないと思うわよ」

 

スーちゃんに促されるまま、手紙を開けてみる。中にはやたら達筆な字で書かれていた、ターボの上手な字で慣れていたから辛うじて読めるが……普通ならこれは上手すぎて読めない字という奴だろう。

 

KGⅥ&QEステークス勝利おめでとさん、海外芝ダート制覇した気分は如何だい。まあそんな事は如何でもいい、アンタのレースを見て随分と脚力が付いたと思ってね、前々からお願いしてたものが完成したから送らせて貰うよ。こいつはアタシの蹄鉄を作ってくれてる名うての職人にお願いして貰ったんだよ。向こう様もこれを作る為に半年以上も苦心してたそうだよ、作ってくれた人に感謝して使う事だね。シンザン鉄改め―――ランページ鉄、感謝して使いな

 

「おいおい、前々からくれてやるとは言ってたけどマジで俺の名前を付けるなよ……」

 

以前からシンザン鉄の名前ごとくれてやると言っていたが、それが遂に現実となったとも言える。ランページ鉄、文字通り自分の名前が刻まれている蹄鉄。ズッシリとした重みが持ち上げると伝わって来る、シンザン鉄も国に認められた職人が作ると聞くがこれも同じ類のものなのだという事が分かった。

 

「まあ貰えるもんなら病気以外何でも貰っとくぜ、こういうのは特にな……」

「ニョホ♪」

「スーちゃん……それ俺が言いたかった」

「テヘッ♪」

 

兎も角新しい蹄鉄を手にする事が出来た、早速打ってみる事にする。重さは10倍シンザン鉄と同じ、だが感触が違う。あれよりもずっと硬いが軟らかさも感じる。そして理解する、これならば自分が強く踏み込んでも持ち堪える事が出来る頑丈な蹄鉄であると。

 

「走ってらっしゃい、走りたいんでしょ?うずうずしちゃって可愛いわねランちゃんってば」

「からかうなよスーちゃん―――でも、行って来るわ!!」

 

駆け出していくランページにファインが興奮する中でシンザンからの手紙を読み直してみる。最後の方に追記があった。

 

追伸。これの完成には私も協力してる、これ使って負けたら承知しないから気合入れて走りなダチ公

「あらあらあらまあまあまあ……アーちゃんに報告する事がまた一つ、増えたわね♪」



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236話

「すげぇっ……こりゃいい、思いっ切り踏み込んでいける……!!」

 

新しいシンザン鉄、改めランページ鉄。それを使っての練習をするランページ、欧州に来てから更に力を込めて踏み込むようになった彼女にシンザン鉄はついて行けてなかった、だがこれは違う。全力で踏み込んでも問題ない、寧ろ何処までもこれで駆けていける。地面を確りと蹴る事が出来る程に硬く、自分の脚を確りを受け止める軟らかさがある。不思議な二面性を持った蹄鉄の感触にランページは大満足。

 

「―――思い通りに走れる……!!」

 

コーナリング、ラチに当たるギリギリを見極めながらもワザと腕を掠るか掠らないかのギリギリを攻めて走る。そのまま更に加速して直線へと行く。その光景は余りにも理不尽に思えるまでに暴力的な速さだった。何より、心の底から楽しそうな表情を浮かべているランページの表情があった。

 

「凄い凄い~!!凄いよしんゆ~!!」

 

ファインもそれを見て大はしゃぎ、これまでとは段違いのキレの良さの走りにスーちゃんも驚きを隠せなかった。まだまだランページの走りには先があったという事実とそれがあの蹄鉄で完全に開花した事に対する喜びがあった。

 

「ああっ何て素晴らしいんだ、ファイン連絡ありがとう。今日のおやつは私の分も食べていいぞ」

「やったっ♪」

 

連絡を受けてやって来たピルサドスキーは涙を流しながらもこの光景に感謝した。推しであり憧れのウマ娘のあんな楽しそうな走りを目の当たりに出来る……この幸運を神に、いや連絡してくれたファインに感謝しなければ……そう思っておやつを上げる事を決める。そこだけ見れば微笑ましい姉妹の関係なのだが……ピルサドスキーの後ろのSP達がカメラを回しているのは何処か残念さが拭いきれなかった。

 

「ぁぁぁっこれこそ至福の一時……コンマ1秒たりともあの走りを撮り逃してはならないぞ!!永久保存するんだ!!」

『ハッ!!お任せくださいピルサドスキー殿下!!』

「賑やかねぇ」

「お姉様のSPさん達は皆愉快なんだよね~この前は日本のアニメのポーズの真似してたよ、なんだっけ、何とか特戦隊って言ってたかな」

 

本当に日本のアニメーションというのは凄いなぁと思っている中、ランが帰って来た。

 

「お帰りなさい、如何だったその蹄鉄は」

「想像以上だ……確かに重いが、重いけど凄い丈夫だ。出来る事ならばこれでレースを走りてぇ気分だ」

 

普通ならばそれだけ重い蹄鉄はディスアドバンテージにしかならない、だがそうなったととしてもランページは構わない気分だった。この蹄鉄で思いっきり走ってレースに挑んでもいいと言えるだけに最高の気分だった。

 

「それを使わなくても大丈夫よ、レース用のランページ鉄も確りとあるわよ」

「えっ嘘だろ?」

「本当よ、こっちはもっと凄いみたいよ」

 

もっと凄い、その言葉にどうしようもなく惹かれてしまった。収められていた蹄鉄、新品の輝きを纏っているが何処か雰囲気が違った。これまでの蹄鉄があくまでレース、試合の中で使われる物だったのと思うとこれは紛れもない果し合い―――つまり、本気の殺し合いで使う武具のようなオーラを放っている。喉を鳴らすとスーちゃんが思わず笑った。

 

「やっぱり解るのね、これは特別製みたいよ。ランちゃんはウマ娘の蹄鉄の規定って知ってるかしら?」

「あ~……蹄鉄の材質とか重さとかのあれ?」

「そう」

 

ウマ娘の蹄鉄は競走馬の蹄鉄とは同じようで違う。競走馬のそれはアルミ合金で製作されるがウマ娘のパワーはその程度では受け止めきれない。何せトレーニングと称して5tもあるタイヤを引っ張れる程のパワーを持つ。故に重視されているのは耐久性、シンザン鉄という前例もある為に重量については基本的に制限がある訳ではない、だがレースなので基本的に軽量の方が有利。重い蹄鉄を付けてもいいが、それによって及ぶ結果を全て自己責任という規約がある。

 

「詰まる所、URAの認可さえあれば基本的に蹄鉄に制限はないのよ。材質もね、今の蹄鉄は大体がマグネシウムとチタンの複合かしら」

「その辺り、だったと思うけど」

「それでこの蹄鉄だけどね―――シンザン鉄を作ってくれた刀鍛冶さんが作ってくれたのよ」

「……つう事はまさか玉鋼が素材として使われてるってこと?」

「YES、全部が玉鋼って訳ではないらしいけどね」

 

最早それは形を変えた日本刀と言っても過言ではない。日本刀、文字通り日本の名前を背負った刀。その輝きは本来生まれる筈だった刀の鋭さを思わせるようだった、輝きが自分に問いかけるようだ。自分を使う覚悟があるのかと。

 

「ジャパニーズブレードって事!?凄い、そんな素材で蹄鉄って作れるんだね!!」

「日本代表に相応しい蹄鉄という事か」

 

友人二人の言葉を聞いて、ランページは口角を持ち上げた。

 

「参った、愉快だねぇ……嬉しくてしょうがない。スーちゃん、走っちゃ駄目かい?」

「駄~目♪これ以上は超過しちゃうわ、お楽しみはまた今度ね」

「ちぇっ……トレーナーの言葉には従わないとな」

 

しょうがないと言いつつも高揚感を抑えきれていない、それでも次に使う時の楽しみにしておこうと思う事で喜びもまた増す事だろう。

 

「汗掻いちまったなぁ~ファイン、一緒に風呂でも入るか」

「わ~いしんゆ~とお風呂~♪お姉様もね」

「わ、私もか!?い、いやそれは畏れ多すぎる……!?」」

「気にすんなって背中流してやるぜ?」

「は、はわわわわっ……ランページさんとお風呂―――我が一生に一片の悔い無し……!!」

 

キャパシティが限界を迎えてしまったのか、ピルサドスキーは満足しきった顔でぶっ倒れた。それを見て近衛SP達は殿下ぁぁぁぁ!?と大騒ぎしながらも何処からか担架を持ってきて医務室へと搬送していった。そんな姿を見つつもランページはファインと共に浴場へと向かって行く。

 

「スーちゃんも入らね~?」

「入る入る入る~後で行くから待っててね~先に上がっちゃっや~よ~?」

「分かってるっての」

「スーちゃんも早くね~」

 

手を振るファインと共に先に行くランページを手を振って見送るスーちゃん、二人が去ったのを確認するとランページが走ったターフを見た。見るのはランページが駆けて出来た足跡、特にコーナリングの部分。特に力を込めるポイントだが、そこの芝が抉れて下の地面が見えている。

 

「……オグリちゃんだったかしら、笠松のダートで足跡が出来ていたって話があった筈だけど……これはそれ以上かもね」

 

芝を貫いて下の地面を走ったような物、それをやったランページに思わず武者震いが起きた。欧州で走るレースは残り二つ、その結果が楽しみでしょうがなくなってきた。



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237話

ランページ鉄が届いたり、ピルサドスキーが一緒に入浴できなくて全力で嘆いたり、それを見つつファインは約束通りに姉の分のおやつを美味しく頂いたりと何とも賑やかな毎日が過ぎていく。アイルランドは気温が低く、8月と言っても平均最高気温が20℃にも届かない事も珍しくなく極めて過ごしやすい。日本の湿度と暑さが嘘のようだ。チャンピオンステークスの日どりも迫りつつある日、ランページはファインとのお茶会をしていた。

 

「それでねそれでね!!」

「成程ねぇ」

 

お世話になっているのだから、と友人でもあるファインとの相手を引き受けている。ファインは日頃から孤独でいる事を好まず、基本的にSP隊長が傍に居て相手をしてあげる事が基本。が、SPの本分である警護が疎かになってしまう事がそれなりにあった。故にお客人でもあるランページの相手をする事が姫殿下としての役目とも言えなくないこのファインとのお茶会はSPにとっても非常に助かったりもするのである。

 

「ランページさんが来てから毎日が本当に楽しい!!一緒にゲームも出来るし配信にも出れるし、あっこの前作ってくれた日本食とっても美味しかったよ!!ああいうラーメンもあるんだね!!スープの味がシンプルだけど奥深くて、飲んででホッとする味わいだったなぁ~凄い太麺だったけどそれがまた歯応えと軟らかさが絶妙で……天使のほっぺみたいだった!!」

「また作ってやるからよそんだけ気に入ったなら、というかあれはラーメンじゃなくてうどんな」

 

文化交流という建前で、自分がキッチンに立ってファインと一緒に食事を作る事もあった。その時は本人の希望でラーメンをリクエストされたが、流石に作った事が無いのでうどんで勘弁して貰った。

 

「それにしても、あと3か月位しかないと思うと寂しいなぁ……もっと居ない?」

「と言われてもな、俺もメジロのウマ娘だし」

「ウチに嫁入りするとか!!」

「誰の嫁になれと?」

「殿下……」

 

以前の時からもそうだが、滞在中に益々ファインに気に入られてしまった。度々このままアイルランドに在住しない?という誘いを掛けられ続けている、流石にそれを受け入れる訳には行かない……これでもメジロのウマ娘という自覚はあるのだ、度々サーバーを落とすが。

 

「嫁、嫁かぁ……結婚できんのかな俺」

「出来るんじゃない?だって引く手数多じゃない?」

「高嶺の花過ぎて誰も近寄らねぇわこんなん、隊長さんもそう思わね?」

「失礼を御承知で申しますと……相応に格が高い方々位かと……」

「だろうなぁ……」

 

客観的に見ても自分を嫁にしたいなんて剛の者はいないだろう。それこそシンボリと言った名家、ファインと言った王家に名を連ねたり関係者位だろう。

 

「でも、日本にもランページさんLOVEな人は探せばいるんじゃない?」

「一人思い当たるが俺にそういう趣味はないからなぁ……」

「如何いう事だろ?」

「私にも分かりかねます」

 

苦笑しつつも誤魔化す隊長、本当は分かるのだがまだ幼いファインには早すぎる領域。そして当然思い当たった人物というのは……

 

「はふぅっ!!これが伝説となっているメジロランページさん直筆のサイン……!!最早神々しさすら感じましゅぅ……」

「何を恐縮しているのかねデジタル君、その隣にあるのは君のだよ。以前、天皇賞の時にフライト姉さんの分と一緒に貰っておいたのさ」

「えええええええっっ!!!?わ、わた、私のですかぁぁぁ!!?た、確かにアグネスデジタル君へとあります……!?ハゥッ……」

「くっ……私も一緒に行けばよかったか……」

「フフッ変な意地を張らならければよかったのにね~っ!!?」

 

ピキーンッ!!

 

「この感覚……何でしょう、この胸騒ぎは……何か、重大な事が起きたような……!!」

 

「ひょわっ!!?如何したんですかフローラさん突然立ち上がって!?」

「ああ……気にする事はない、どうせ何時ものランページさんへの発作さ」

「何時もの事何時もの事……気にするだけ無駄、デジタルいい、姉さんみたいになっちゃ駄目よ」

「ほぇ?」

 

 

「まあ俺のそっちについては如何でもいいだろ、どうせするにしても数年後の話だ」

「え~気になるけど」

「殿下、ランページ様のプライベートにも関する事ですし……それよりもあの事をお話しせねば」

「あっそうだった!!いけない忘れる所だった」

「んっなんだ」

「えっとちょっと待ってね」

 

そう言うと近くに置いてあったリュックを隊長が渡して中からファイルに入れてあった手紙を取り出してランページへと差し出した。手紙にはアイルランド王家の封蝋が成されている。

 

「何だこれ、招待状か?」

「うん。えへへっこの前一緒にやったスマブラの招待状に似せる為に封蝋してみたの、御洒落でしょ」

「まあ洒落てると言えば洒落てるが……とにかく中身、見ていいか?」

「勿論!」

 

許可を得て中身を見てみる。中の文章はすべて英語だった事に少しだけ安堵する、これでアイルランド(ゲール)語だった如何しようと少しだけ考えていたりした。英語ならば問題ないと読み進めていく。

 

「此処主催のパーティの招待状、内容は……アイリッシュチャンピオンステークス出走ウマ娘の顔合わせと健闘を兼ねて……これに俺にも出ろと?」

「うんっ!!」

 

この前の記者会見がパーティになったという事だろう、お世話になっている身としては出ないという選択肢はないのだが……問題がある。

 

「これって勝負服で良いんだよな」

「はい、陛下も勝負服でのご参加を促されております」

「え~ドレスじゃないの?」

「一応ドレス系の勝負服も無い訳じゃないんだが……持って来てねぇからなぁ……」

「んじゃレンタルしてあげるから!!」

「どんだけ俺にドレス着せてぇんだお前」

 

そんなファインをあしらいつつも同封されている出走ウマ娘リストにも目をやる。KGⅥ&QEステークスでも走ったセイントヴァーダントの名前もあった、他は知らない名前ばかり、気になる名前があるとすれば……ヴァイスストーンという名前によく似ているシルバーストーン、踊りませんか?という意味のシャルウイダンス、そして―――アイルランドのトリプルティアラのラーズグリーズ。

 

「楽しそうなパーティになりそうだな」

「でしょ!?」




糸田ひろし様よりシルバーストーン、うみへすろ様よりシャルウイダンス、を頂きました。有難う御座います!!


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238話

カツラギエース実装!!

なんか噂ではモンスニーも近いのでは?と言われているらしいですね……そうなったら此処はどうなるんだ。此処のエースは引退して大人っぽくなったで言い訳は付く、でもモンスニーは……?


「今宵はよくぞ集まってくれた、アイリッシュチャンピオンステークスに出走するウマ娘の皆様方。今宵は細やかながらの催しを執り行わさせて頂いた、顔合わせをするなり食事を楽しむなり好きなように過ごして欲しい。最高の一時を糧に、アイルランドのチャンピオンを決めるレースに相応しい走りをしてくれる事を期待する!」

 

拍手が嵐のように巻き起こる。日程的には違うがアイリッシュチャンピオンステークスの前夜祭とでも言うべきなのか、記念パーティに出席しているランページ。いったいこれの何処がささやかな催しものなのだろうか……とんでもなく豪勢なパーティを細やかと言えてしまう、これが一国の主か……と壁に寄り掛かっていると肩を叩かれた。其方を向くとほっぺに人差し指が押し込まれる。

 

「引っかかった♪」

「わっは~引っかかっちゃった。にしてもスーちゃん流石に様になってんなぁ……」

「フフッ見直した?」

「惚れ直したよ」

「いやんもっと言って♪」

 

メジロ家らしい緑と白を基調としつつも黒を合わせたそれは気品と優雅さを醸し出している。そんなドレスを纏っているスーちゃんは普段から見慣れているトレーナーとしてのスーちゃんではなく、シンボリ家の重鎮、スピードシンボリとしての姿に見えた。言葉こそ普段と同じだが雰囲気が全く違う。

 

「ランちゃんは予想通りにその格好なのね」

「俺の勝負服がこれだからな、見ようによってはタキシードにも……いやそれはキツいか」

「前を閉めればそう見えるかもね」

「閉めたら胸がきついからヤダ」

「おっきいもんね」

 

そんな事を話していると矢張り周囲からの注目を集めていることが分かる、ウマ娘関連の大企業の御曹司や会長、アイルランドのトレセンの理事長もいるだろう、上手く視線を隠しているつもりだろうが人生経験が豊富な自分にそんな隠しは意味はない。

 

「こっちの様子を見て話したいって連中が沢山だな」

「そりゃそうよ、ドバイに引き続きこっちでも勝ってるんだから」

「話してぇならスッと来いっての、何時までも気持ち悪い視線を向けてくんじゃねぇよ気色悪い」

「ホントにランちゃんって男っぽいわね~最近話題のサバサバ系って奴?」

「サバサバでも無いだろ、唯女っぽさがねぇってだけの話だ」

 

そんな事を話し続けている中、スーちゃんは国王陛下やアイルランドトレセン理事長と話して来ると離れていく。これで少しは話しかけられると思ったが、全くこちらに向かって来るがない。兎も角面倒になったのか食事を楽しもうと思う、アイルランドの国王が準備したパーティの食事、多少はマシになって来た貧乏舌でも味わえればいいのだが……と思っている中、周囲の視線を無視するように此方に来たウマ娘が居た。

 

「あ、あのランページさん今宜しいですか!?」

「確かセイントヴァーダント……だよな」

「はいっKGⅥ&QEステークスではお世話になりました、あ、あの……サイン、いただけますか?」

 

自分に話しかけて来た初の相手が一緒に走ったリスナー、何とも自分らしいなぁ……と思いながらもサイン色紙にサインをしてやる。ついでにツーショットも撮ってあげると彼女は酷く喜んでいた。迎えに来たトレーナーは自分に感謝しつつも不敵な笑みを湛えて行った。

 

「次は簡単にはいかんぞ、次は―――こいつの本当の暴力を教えてやる」

「上等だ―――って本当に暴力なの?」

「……普段はこんな感じなんだがな……君に会えた喜びで野生を忘れているらしい……済まないこれで失礼する」

 

丁寧に頭を下げてセイントを連れて行くトレーナー、内心で何処かの不愛想な宇宙人みたいな声だなぁと思いつつ、何方かと言えば担当を踏まえてマキナ乗りだなと納得する。と、今度は老人が声をかけてきた。優しそうな笑みを浮かべている好々爺にも見えるが杖こそ使っているが背筋は確りと伸びていて声にも張りがある。そして思う、このトレーナーは自分のトレーナー、南坂と同じ類の人間だと。

 

「お初にお目に掛かります、私はアイルランドでトレーナーをやっておりますアドミラル・K・アンダーセンと申します。貴方のお噂と活躍、そして配信は何時も見させて頂いております」

「そう言ってくださると恐縮です、メジロランページです」

「おはこんハロチャオでも構いませんよ、実は私と担当、そして家族を含めて貴方のファンでしてね。貴方の楽しげな配信には何時も活力を戴いております」

「この場で、フフフッこのような私ですが一応羞恥心はあるのです。サインや写真で勘弁して頂けると嬉しいですね」

「交渉成立ですね、孫が特にあなたのファンでしてね」

 

ニコやかで柔らかな物腰、丁寧な言葉遣いだが実に強かな物を感じる。そんなアンダーセンの背後から一人のウマ娘が姿を見せる。それを見て少しだけ驚いた、アルダンに似ていた。いや何方かと言えば彼女の方が身長は高いし身体つきもがっしりしている感じがするし髪も黒い。相違点も多いが本当によく似ている。そして勝負服は自分に似ている、白い男性スーツのような感じだ。

 

「トレーナー、そろそろ私も紹介して下さらないと」

「おおっ済まない。此方が私が担当しているウマ娘、アイルランドのトリプルティアラ、ラーズグリーズです」

「お初にお目にかかります、ラーズグリーズ。気軽にブービーって呼んでくださいね」

「メジロランページですって全然名前に掛かってませんけど……?」

 

ニックネームにしても随分と面白い名前だなぁと一瞬思いつつ、ケストレルの艦長がトレーナーだからウマ娘はブービーなのは納得が行く。だが如何してそのニックネームに行き着いたのかは分からなかった。曰く、昔はレースをやってもビリばかりだったが、楽しそうに走っていたので友人らから親しみを込めてブービーと呼ばれているとの事。本人も響きが可愛いので気に入ってるとの事。

 

「それじゃまあ……俺の事は気軽にランで良いですよ、友達にはそう言われてますので」

「承知いたしましたラン様」

「様もよしてください、メジロ家には途中から入った半端者で育ちは良くないんです」

「私も一般家庭出身なんです、一緒ですね。私にも敬語はいりませんので」

「んじゃまあ……宜しくブービー、これで良いかな」

「はい、此方こそ宜しくお願いしますねランさん」

 

そう言って握手を結ぶ。二人を見てアンダーセンは善き哉善き哉と言いたげな笑顔で頷いている。そんな中でパーティ会場の一角が何やら騒がしくなり始めた。

 

「It's surprise!!如何かな喜んでいただけかな!?その見事なまでに流線型なボディにはピッタリなアクションだっただろう!!」

「誰のボディがストーンですってぇ!?そこに直りなさい、轢き殺してやるわ!!」

「おっやるかい、それならば何方のステップがキレているかで勝負と行こう!!」

「何でそうなるのよ!!まず謝りなさいよ私に!!?」

 

「何だ喧嘩か?」

「トレーナー、もしかして……」

「国王陛下主催のパーティで……全く困ったものだ」

 

何やら賑やかになっていくそちらを見ると銀髪のウマ娘が栃栗色の髪をしたウマ娘にブチ切れているのが見えた。聞こえてくる内容を加味すると如何やら銀髪のウマ娘が悪戯をされて怒っているという所だろうか、そんな様子を見てラーズグリーズはあちゃぁ……と口元を抑え、アンダーセンはなんと言う事を……と顔を手で覆っていた。

 

「知り合いかブービー」

「知り合い、というかなんというか……彼女もアイルランドのウマ娘なんです。でも悪戯好きな所があって……」

「相手は……シルバーストーン君か、彼女のトレーナーのフォローにも回ってやらんといかんな……」

 

如何やらこのパーティは和やかな雰囲気で終わりそうにはないらしい。



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239話

アイルランドの国王が催したアイリッシュチャンピオンステークスを記念したパーティ、そこで起きた一悶着。一国の王が主催者となっているこの宴で起きた問題、何時の間にかその中央にランページは巻き込まれていた。いや、彼女は自ら歩み寄ったのだろうか、この先自分が起こす嵐に比べたらどんな問題でも水面を揺らすそよ風に過ぎないと。

 

「君とて、私の同類だろう。ミス・メジロランページ」

「一緒にするな、テメェと俺じゃ違い過ぎるんだよ―――格がな」

 

ラーズグリーズとそのトレーナーであるアンダーセンと仲良くなったりで騒がしくなり始めた会場、その中心にいたウマ娘はラーズグリーズ、ブービーと同じくアイルランドのウマ娘との事。それに絡まれているのはイギリスのウマ娘のシルバーストーン。悪戯好きとされているウマ娘に絡まれたとみるのが妥当、聞こえてくる声もそんな感じである。

 

「何時までもほっとく訳にも行かねぇな……ちょいと行って来るわ」

「ランさんが、ですか?」

「これでも姫殿下には大変なお世話になってるんでな、見過ごすのはなんか違うだろ」

「同郷の者としてそれでは私達も同行しましょう、トレーナーも宜しいですね?」

「無論。寧ろこのような国の恥を放置するなど出来る訳もない」

 

アンダーセンは重い溜息を付きながらも御洒落として持っていた杖を使って重い脚を動かした。如何見ても行きたくないのは見え見えだが、良識ある大人として、アイルランドのトレーナーとして動かない訳には行かない。

 

「折角のパーティなのに怒鳴り声上げてんじゃねえよ、まあ原因は如何見てもそっちにありそうな感じだが……一旦冷静になっとけ。此処にいる面子に見られてるって事を自覚しとけ」

「~っ……!!いけない、そうだった……落ち着きなさい私、冷静になるのよ。頭に血が上っていたら走りも言葉も思考さえも直線的な物しかならない……高加速領域でのそれは致命的……」

「今さら言った所でもう遅いと思うけどね、君の怒鳴り声は此処にいる全員に周知されてしまっているのさ!!」

「っ……!!」

「お前が言うな似非エンターテイナー、原因は誰かって事を十分に考えやがれ」

 

必死に冷静になろうとしている横でごちゃごちゃ言ってまた尻尾を踏んだかのように爆発してしまいそうになるのをランページの言葉を聞いて必死に自分を抑えつける。なども深呼吸をして落ち着いたのか、彼女が挨拶をする。

 

「ごめんなさい、ちょっと頭に血が登っちゃってたわ。ぶつかっておいて人の身体が名前のように石のように硬かったけど怪我はないさ!!なんて言われてね……!!」

「そりゃキレるわ、気持ちは分かるが自分で言ったように直ぐにキレるようじゃ駄目だぜ。何なら飲み込んで煽り返してやれる位の気概でいないとな」

「最もね……って貴方メジロランページ!?凄いわ日本のスーパースターじゃない!!貴方の配信いつも見てるわ、ジャパンカップの時からのファンなの!!あっゴメンなさい自己紹介まだだったわね、私はシルバーストーン。走りの世界で最速を目指すウマ娘よ!!」

「改めまして、独裁暴君のメジロランページだ」

 

荒れている面しか見ていなかった、本質的な部分ではなかなか優等生な印象を受ける。勝気な所もレースに出る身としてはプラスに働く事だろう。仲良くなれそうな気がする、勝負服も自分に何だか似ている気がする。トレンチコートにパンツスーツ、クラッシュブーツと男っぽく映る。

 

「貴方とは一度走ってみたかったのよね!!そして宣言するわ、私はアイリッシュチャンピオンステークスで貴方と大逃げ勝負をして勝ってみせるわ!!そのために此処に来たのだから!!」

「へぇっ俺と逃げ勝負か―――ターボに匹敵出来るかどうか見てやるよ」

「去年のトリプルティアラのツインターボね、彼女とも走ってみたいわ……今年のジャパンカップに名乗りを上げたら彼女出て来てくれるかしら……?」

「望むなら聞いといてやるが?」

「話が早くて助かるわ!!」

 

何とも話しやすい、此処まで話しやすいのは誰以来だろうか……と思っているとシルバーストーンの背後に回ったり、肩越しに顔を覗かせてきているブービー曰く悪戯好きが視界に映る。

 

「シャル、貴方好い加減にしなさい。国王陛下主催のパーティで何をやっているんですか……」

「何、こういった場でこそ盛り上げ役が必要だろう。そう、私のダンスという名目が!!」

「そんな予定は入っていない筈だぞ」

「だからこそサプライズなのさ、私のダンスを急遽行う事で今回の勝利後に行われるライブでの期待も爆上がりという奴さ!!」

 

自信家なのかそれとも唯のたわけなのか何方か読めない。まあガルニエと比べたらまだ大人しい方ではあるだろうが……。

 

「好い加減此方にも話を振って欲しいんだけどな御同輩」

「同輩だぁ?」

「そうだとも、貴方もこの世界を大いに盛り上げる存在。その魅力は走りではなくライブの動きのキレと歌唱力にもある!いやむしろそちらの方が優れている!!この私、シャルウイダンスが保証しよう!!」

 

問題児ことシャルウイダンスはそう言うが……ランページは其方の方面は良く分からない、何せ其方の才能は大本のランページが元々持っていた才能だ。自分はそれを最大限活用させて貰っているだけ。

 

「こうは思わないか、ウマ娘の神髄は走る事ではなく踊る事にあると。しなやかな筋肉とステップ、そして持久力……それらを全て発揮するダンスこそ最高だと!!私にとってレースはウイニングライブの前座だよ、まあその前座に勝利してこそ味わえるライブもまた味わい深いのだがね。配信でも頻繁に歌っている君とて、私の同類だろう。ミス・メジロランページ」

「一緒にするな、テメェと俺じゃ違い過ぎるんだよ―――格がな」

 

また濃いキャラが出て来たものだと思ったがその発言を着てブービーは溜息を吐き、シルバーはひっそりと額に青筋が浮かび始めた。何を好きで一番なのかは個人の好みでしかないしそれを他人がとやかく言う資格はない、無いが―――言いたい事はある。

 

「お前がレースよりライブが好きなのはよく分かった、だけど俺はレースが大好きで前座なんて思った事は一度もねぇ。俺の走りに夢を見てくれる奴の為にも俺は走ってる。ライブだろうがレースだろうが全力でこなすのがランページさんだ、やるからには全力で取り組んで自分の最高の仕事をする。お前にもポリシーがあるだろうが……誰かにとっての魂を前座扱いする奴に俺は負けねぇよ」

「言ってくれるね、ならウイニングライブでは私の後ろで踊る屈辱をプレゼントしよう。私の前座という舞台で初めての敗北を、添えてね」

「ハッ言ってろ。後一言言っとくぞ」

「何だい、これ以上何を言う気なのかな?」

「お前の後ろに般若になってる人がいる、お前のトレーナーか?」

「え"っ」

 

それを聞いた途端、錆び付いた歯車のように鈍くなった。ギギギッという音が出そうな程に鈍い動きで振り向くと刹那、アイアンクローが飛んできた。シャルの顔面を捉えてそのまま片手で持ち上げた。

 

「問題、起こすなって言わなかったかな。聞いてなかったのかなぁ……可笑しいなぁ国王陛下主催のパーティだからって厳重に言ったよね、それに頷いたよねぇ……!!?」

「いたたたたたたたっギブギブギブギブゥ!!?ア、アイアンクローは、アイアンクローはやめろぉ!!君の握力はとんでもないんだからっていったから今、私の頭の骨がミシッて音を立てたぁ!!?」

「安心しなさい、私は人体の限界に詳しいんだ。まだまだ行ける……さあっ向こうの部屋を借りてあるからそこでじっくりと、話そうか……」

「ラ、ランページ助けてくれぇ!!シルバーストーンさっきの事は謝る、謝るからこの暴力人に釈明をぉ!!」

「反省の色なし……これは出走取消かなぁ」

「本当にごめんなさいぃぃぃぃ!!!」

 

そのままアイアンクローで持ち上げられたまま、連れ去られていくシャル。余りの光景にシルバーと一緒に目が点になってしまった。ブービーは溜息混じりに何とか間に合ってくれましたか、と胸を撫で下ろしながらもアンダーセンに感謝を述べる。

 

「国王陛下には彼女のトレーナーから厳重注意を受けさせるという事で納得していただいた。全くシャル君の悪癖にも参ったものだ……」

「トレーナーさんの目を盗んで迄あんなことするんですから筋金入りですね」

「いやいやいや、何よ今の!?片手一本でウマ娘を持ち上げてたわよ!?」

「シャルウイダンスさんのトレーナーさんです。なんというか、ストッパーというかブレーキ役というか……」

「……後で胃薬でも差し入れっかなぁ……」



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240話

大波乱のパーティも終わり、いよいよ本格的にチャンピオンステークスへに向けての調整が始まる中でランページは先輩としての役目も欠かさすことはない。

 

『オープン勝てたよ先輩~!!』

「やったなチケット、無事に2勝目か」

『次はいよいよ重賞チャレンジ、今から燃えて来たよ~!!』

 

7月にデビューしたカノープスのメガホンことチケゾー。無事にメイクデビューに勝利してその次のオープン戦も見事に勝利、そのまま札幌ジュニアステークスへと挑戦する予定との事。このままスケジュール通りに進んでいけば年末のホープフルステークスに挑戦するらしい。

 

「そっちの様子は如何だ、相変わらずか?」

『そんなには変わってない感じです、最近ドラランが漸く冷静になりながら熱血するコツを覚え始めてきたんですよ』

「順調って感じか……」

 

自分が居ないカノープス、少しだけ心配だったが如何やらイクノとネイチャが中心となって纏めてくれているらしい。時たま真面目な顔をしてぶっ飛んだ発言をするイクノに皆驚くが、それをネイチャが上手く修正するとのこと。堅物眼鏡キャラと見せかけてイクノは極めてノリが良いからなぁ……としみじみ思う。

 

『ランページ先輩はもう直ぐですよね!!応援してますよ!!』

「あんがとよチケット、ウイニングチケットからの応援、正しく俺にとっての勝利の特急券ってか?」

『んもうやめてくださいよ~先輩ってば~♪』

 

そんな風に和やかな事を話したりもした。間もなくアイリッシュチャンピオンステークスが開催されるという時の事だった、

 

「なぁ~んか、妙に今日は騒がしいな。トレセンだとこの位は普通だったが此処だと珍しいな」

 

今日も変わらずにランページ鉄での走り込みを続けているとコース周辺が随分と騒がしくなっていた。此処はアイルランド国王所有の土地、最低でも許可が無ければ入れない筈……それなのに此方を見てキャアキャア言っている観客がいて騒がしい。

 

「何でも今日は王城見学ツアーの日らしいのよ、それでランちゃんの練習風景を組み込んで良い?ってファーちゃんにお願いされたからOKしたの」

「俺の了承は?」

「だってランちゃんはどうせ気にしないだろうし普通にファンサービスするでしょ?」

「まあね」

 

まあそういう事情があるのならば別にいいが……最低でも無許可ではなくスーちゃんの許可があるのならば自分に拒否権はない。兎も角走り込みを再開しても此方に視線は固定され続けている、その中に熱心にメモを取っている者も居る事には当然気付いている。近くにいるSPはそれを止めようと動こうとするが―――スーちゃんがそれを止める。

 

「心配いらないわよ、今更あんな事をしても遅いんだから」

「……承知いたしました」

 

恐らく出走するウマ娘の関係者で勝たせる為に少しでも間近でデータを取って活用して貰おうと考えているのだろうが……それをやるには些か遅すぎるしランページの攻略方法なんて実質的に一つしかない。それをするには純粋にスペックで勝負するしかない。故にデータ取りなんて……と思っていたのだが、一人のウマ娘がそのノートを奪うと目の前でビリビリに破いた。

 

「なっ!?な、なにをするんだ君!?我が祖国のウマ娘でありながら!」

 

そのウマ娘は堂々としていた。まだ幼さが残っているにも拘らず、既に王者としての風格を醸し出す程に凛として大人に向き合っていた。

 

「私達祖国のウマ娘達は正々堂々と、勝負をするのだ。データを取るのは正しい事だ、だが余りにも遅すぎる。大方、どうせ極東のウマ娘如きがヨーロッパで勝てるわけがないと高を括っていたのだろう。それなのにその実力を正確に見る事も無く今更焦ってデータを取る、真の強者はそんなデータなど既に持っているし必要としない」

 

二回り以上も歳が違うであろう大人に対しても一切臆せず、言葉を作り続けるそのウマ娘にその男は唇をかんだ。男はシャルウイダンスのファン、彼女だけを応援していると言っても良い熱狂的なファンだ。ランページの走りを見てもシャルの方が上だと侮り続けていたが、その考えを漸く改めた。そして何とか弱点を探ろうとしている。

 

「既に幕は上がっている、後は祈ればいい。祖国の英雄たちの健闘を……そうでしょう、メジロランページ殿」

「お~お~カッコいいね~どうせ俺は極東のウマ娘だけどね~」

『っ!?』

 

突然、件のランページがその場にやって来た。さっきまで走り込んでいたのでは……と皆が困惑する中、ランページは彼女に目をやり続けた。

 

「そんなツンケンしてやんな、自分に出来る事を必死にやろうとしてるだけじゃねえか」

「否定はしない、だからこそ何をするべきかは見極めるべきだと私は思う。もう少し考えを巡らせればもっと有益な事がある、今まで通りに応援する事が一番である事も」

「っ―――……すいませんでした……」

 

男は素直に頭を下げた。ウマ娘の少女に諭されて正しい事を理解した。そしてそのまま近くの職員にこのまま帰る事を伝えると、城の外へと向かって行った。それを見届けると少女は改めて自分を見据えた。

 

「私達の代表は強い、最高のレースを保証します。故に良いレースをしてください」

「最初からそのつもりだ。お前さん、名前は」

 

ランページはどうしても気になった、此処まで強く言えるウマ娘の名前を。少女は胸を張りながら、誇りをもって自身の名前を告げた。

 

Montjeu(モンジュー)。貴方を尊敬する、ファンの一人だよ」

「モンジュー……覚えたぜ」

 

その名を聞いてから彼女を握手をした。それを皮切りに見学に来ていた人達にファンサービスを行うのだがランページの脳裏にはそのウマ娘の名前が繰り返し響いていた。まさか此処でその名前を聞くとは思わなかった。

 

日本のホースマンの悲願、凱旋門賞。その制覇に最も近づいた競走馬、エルコンドルパサー。その悲願を打ち砕いた競走馬こそがMontjeu(モンジュー)、凱旋門に至るまでの道程で7戦6勝、2着1回。圧倒的な戦績で凱旋門に挑み勝利を掴んだ。

 

ウマ娘でもフランス最強のウマ娘と言われたりもするが、出身はアイルランド。彼女が此処に居る事は全く可笑しくはない。何れエルコンドルパサー、スペシャルウィーク、エアシャカールとも激突するあのモンジューとまさか此処で会うなんて思いもしなかった……だが、会えてよかったという気持ちもあった。

 

「モンジュー、君の言う通りに最高のレースになる。俺が、そうして見せる」

「楽しみにさせて貰います。ファンの、一人として」



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241話

「フフフッどうランちゃん、落ち着く?」

「すっげぇ落ち着く……前にブライトにしてあげた事あったけど、こんな気持ちだったのかな……」

 

ランページは膝枕をされていた。それをしているのは当然スーちゃん、本当の孫に向けるような親愛と情愛を向けながらその頭を優しく撫でている。彼女にとってランページはもう身内も同然、望むというのならば今すぐにでもシンボリに迎え入れたい程。まあそれをやったらアサマから雷を落とされるだろうからしない、ランページにとってもメジロ家の方が居心地は良いだろうし。

 

「それにしても如何したのランちゃん、急に膝枕して欲しいなんて」

「特に理由はないさ、唯―――甘えたくなったのさ。一応俺もまだまだ餓鬼だからな」

「フフフッ国のトップと交流を持つ小娘ちゃんね」

 

そう言われて顔を隠すように背く。実の所、如何してこんな事をしたくなったかは言語化できない。本当に何故かそうしたくなったからとしか言いようがないのだ。迷惑だったかもしれないと身体を動かせようとした時、頭を撫でる手が動きを止めさせる。

 

「大丈夫よ、甘えたいときは何時でも言いなさい。これでも貴方のお婆ちゃんのつもりなんだから」

「……俺はメジロだぜ」

「関係ないわよそんなの。テイオーちゃんだって孫として可愛がってるんだから」

 

それは運命的な何かを感じているからだろうに……と思うが、そんな気遣いが素直に有難い。もう自分は胸を張って家族だと言える血縁は居ない、そんな自分はある意味で孤立してしまっている存在。そんな自分を家族として扱ってくれる人たちには感謝の念しかない。

 

「……スーちゃん」

「なぁに?」

「大好き、だから見ててね。俺の……レース」

 

身体を起こし、スーちゃんの頬にキスを落とすと椅子に掛けていたコートを引っ手繰って歩み始めた。

 

「フフフッアーちゃんにはやり難いだろうから、こういうのは役得よねぇ~♪」

 

孫からの親愛を受けて身を捩らせてしまう、年甲斐にもはしゃいでしまう自分がいるが大好きな孫からのキスを喜ばない祖母が居ない訳がない。そう思いながらスーちゃんは電話を取った。相手は勿論アサマ。

 

「もしもしアーちゃん?」

『聞こえてるわよ、どうかしたの。もう直ぐ出走だった筈だけど』

「ねぇっランちゃんをシンボリにくれない?」

『寝言ほざきたいなら永眠させたろか』

 

この時、共にTVを見ていたライアン、マックイーン、パーマーはアサマの額に青筋が乱立し声がガチギレしていたと後にランに語った。

 

 

レパーズタウンレース場。アイルランドの首都ダブリンにあるレース場、アイルランドを代表するレース場にて行われるG1レースこそアイルランドの最強ウマ娘を、チャンピオンを決める祭典、アイリッシュチャンピオンステークス。海外からも観客が押し寄せて異例のレース場は超満員、これをステップにし凱旋門賞に向かうウマ娘もいる為に注目度は確かに高い、だが今回ばかりはそれだけではない―――それ相応の理由がある。

 

『聞こえるでしょうかこの超満員の熱気と歓声!!アイリッシュチャンピオンズウィークエンドと言えど此処までの声が集う事があったでしょうか、日本からも多くの方が訪れているのが此処からでも分かります。観客席には我らが暴君を応援する横断幕が広げられております!!さあそんな声にこたえるかの如くやって来たのが我らが日本の誇り!!26戦26勝、海外芝ダートG1制覇、彼女の偉業は数えればきりがないでしょう!!さあこのまま何処までも駆け上がって欲しい!!メジロランページ!!!』

 

姿を見せた自分に空が割れんばかりの声が響き渡る。ターフを行く彼女に向けて放たれる猛烈なラブコール、それに応えるつもりはなかったのだが……観客席を見てランページは思わず言葉を失った。

 

「独裁政権下の民一同、応援に来ましたぁ~!!」

『閣下~勝利を我らが手に~!!』

 

「あれかぁ……」

 

以前、ライスの応援非公認ファンクラブ青い薔薇の会と会った事がある。尚、あれは日本ダービー後に公認ファンクラブになった。自分にも一応ファンクラブがあるのは分かっていた、それでも名前だけだった。それこそ暴君支配下の民の集い、そんなファンクラブは自分が配信で使っているアカウントの画像に使っている蹄鉄をネックレスのようにしていた。

 

「人気ですね閣下」

「勘弁してくれないかブービー、つうかなんで閣下呼び……」

 

そんな自分にクスクスと愉快そうに微笑みながら歩み寄って来たのはアイルランドのトリプルティアラたるラーズグリーズ。自分のそれとはどこか対照的にも見える白い軍服の礼服を纏っていた。漆黒の悪魔としてトゥインクルシリーズに到来し、三冠を達成した際には漆黒の英雄と称えられた。そしてURAから与えられたのがこの礼服。白い英雄、それがラーズグリーズの栄光を称える凱旋を意味している。

 

「楽しそうじゃない、あれが貴方のサポーター?凄い熱気ね」

 

観客席を眺めながらも揶揄うような声色でやって来たシルバーストーン。そんな彼女も彼女でファンは居るのだが……何だか妙に毛色が違うようにも見える。何というか……F1のサポーターのように見える格好をしている。

 

「モータースポーツの応援団みたいな感じしてるぜあれ」

「フフンッそりゃそうよ。お父さんのチームの皆だもん」

「チーム、ですか」

「私のお父さんはF1レーサーなのよ、私もその後を継ぐつもり」

 

トゥインクルシリーズを引退したウマ娘の進路の中には大きい流れもある、それは同じスピードの領域。自分の脚ではなくマシンで走る事を選ぶ者も多くモータースポーツはウマ娘の世界でもかなりの人気を博している。普通の人間よりも丈夫である為によりGに耐える事が出来るにも拘らず、そんなウマ娘達を一蹴する超一流ドライバーの存在もいるのも人気の要因。そんな父とそれを支える母を持つのがシルバーストーン。

 

「パパとママは皆の信頼を受けて凄いF1マシンを支えてる、そんな凄いチームが私を支えてくれる。そんな私は無敵よ、絶対に負けないわ!!」

 

思わずブービーと共に笑みがこぼれた。溢れんばかりの両親の愛情、そしてそんな両親が率いるチームからも信頼と親愛を受けて育つシルバーにとってこれ以上ない程の好条件。最高の面持ちでレースに臨む、これは強敵だなと思った所にヌッと何かが現れる。

 

「そう言いつつも2回程2着があるようだが、これも君にとって負けではないとは驚きだ」

「……うっさいわね、余計な茶々入れないで頂戴」

 

悪戯好きな小悪魔こと、シャルウイダンス。如何やらトレーナーに出走は許して貰えた様子。だが、気のせいだろうか……側頭部辺りに少しばかり赤くなっている所がある。丁度指で隠れそうな感じの……トレーナーのアイアンクロー跡だろうか。

 

「兎も角今日の主役は私、君達は添え物、副菜、オードブルさ。精々私のダンスを盛り上げる要因になってくれ!!」

 

高笑いをしながらも観客にアピールしながらもゲートに向かって行くシャル。そんな姿を見ながらもシルバーがそっと自分達に耳打ちをして来た。

 

「あいつのトレーナー、出走させる為にあの騒ぎの後ですげぇ頭を下げまくったらしいぜ?それなのにあんな事言えるんだからある意味すげぇよあいつ……」

「シャルもそれは分かっている筈なんですが……まあ自分を貫き通せるというのはある種の強さではありますが……」

「まあうん……今日は宜しくな」

「こっちこそ」

「ええっ」

 

そんな三人はシャルを放置してがっちりと握手をした。そのスポーツマン精神溢れる光景に拍手が巻き起こったのであった。そして―――遂にゲートインが始まった。ランページは大外枠。だがどんな場所だろうが走るだけだと心に決めながら、その時を待った。そして……

 

『さあアイリッシュチャンピオンステークス今スタート……しましたぁ!!アイルランド最強ウマ娘は一体誰なのかを決める戦いが今始まりましたが、先頭を行くのはメジロランページ、いやその他にも抜群のスタートを決めたウマ娘がいるぞ!!シルバーストーン、ラーズグリーズ、シャルウイダンス!!!三人のウマ娘がメジロランページの領域に果敢に挑んでいく!!逃げウマ娘が4人の揃い踏み、大逃げ合戦だぁ!!』



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242話

『抜群の好スタートを決めたメジロランページに続くのはフライング・シルバー、シルバーストーン。漆黒の英雄、ラーズグリーズ。ダンシングテイナー、シャルウイダンス。3バ身程離れてセイントヴァーダントが続いて行きます。先頭集団はこの5人ですが、後方集団は一定のペースを維持したまま』

 

真っ先に飛び出すランページを追走するように付いてくるシルバー、ブービー、シャル、セイント。彼女らに共通しているのはランページの事を警戒している、他のウマ娘は警戒事しているがその度合いは彼女らに比べると低い。警戒していない訳ではないがそれでも低い。

 

相変わらずの大逃げを打つランページ。この欧州ではランページの大逃げは物珍しい、最初からこんなペースで本当に最後まで行けるのかと疑う物も走っている中にはいる。無理だと思うが即座に伝説のジャパンカップが脳裏を過り、自然と焦りが生まれて来る。そんなペースの中で第一コーナーを越える。

 

「ははっ流石の逃げね!!私でもこんなペースで走らないわよ!!」

「の割に、余裕そうじゃねえか!!」

「F1のGに比べたらこんなの何ともないわ!!ポールポジションは譲ったけど、最後に勝つのは私よ!!」

 

自分に最も近いのはシルバー、同じく逃げ戦法を使う彼女は口ではそう言いながらも付いて来ている。流石はレーサーに育てられたウマ娘なだけはある、スピードはかなりの自信があるらしい。その一方で自分達の脚に平然とついてくるのがブービーことラーズグリーズ。

 

「中々のペースですね、持たせられます?」

「それはこっちの台詞だ、お前は」

「愚問」

「Good Girl」

 

見た目こそアルダンに似ているが、内面はまた違った意味で覚悟が決まっている。勝負根性が極めて高く負けん気もある、このハイペースに難なく付いてくる。向こう正面のストレートに入る。

 

「簡単に逃げ切れると思わない事だね、逃げ切るのはこの私さ!!」

 

そう言いつつも自分からは2バ身、ブービーの半バ身程度の位置を駆けるシャル。彼女も同じ逃げだが、自分のような大逃げではない、何方かと言えばパーマーの溜め逃げに近いと感じる。そのまま駆け抜けるが少しばかり試してやる、という悪戯心が働いた。

 

「シルバー、ブービー……ついて来れるか?」

 

不敵な笑みと共に放たれた言葉に二人は釣られるように笑ってみせた。何かを仕掛けるんだな、だがそれを敢えて自分達に言う。紛れもない挑戦だ、勝負の申し出だ。現状、彼女は認められた世界最速の称号持ちのウマ娘。それからの勝負……受けない通りはない、勝利を得るのならば完璧で完全な勝利が欲しい。

 

「ついて来れるかじゃないわよ、どうせならぶち抜いてやるわよ!!私はF1ウマ娘よ!!」

「―――貴方にとって私は悪魔か英雄か……今ハッキリさせてあげます!!」

 

承諾は得た。ならば、やろうか。地面を深く踏みしめる、日本刀が如きランページ鉄に力が掛かる。それが合図となる、二人も共にターフを駆ける風となる。

 

『メジロランページが此処で加速!!いやシルバーストーン、ラーズグリーズ共に上がって行く!!まだ半分以上もあるのにもう仕掛けるのか!?これは作戦なのか、それとも暴走なのか!?』

 

「逃がさないさっ逃がしては、意味がない!!!」

 

レパーズタウンレース場はスタート直後のコーナーを越えれば800メートルほどもある向正面の直線に入る。平坦な道が続くが、まだまだ始まったばかりで加速するのは後半走り切るつもりがないのかと誰もが思う、が、今回ばかりは誰もそれを考えられない。

 

『セイントヴァータント、クーモンガ、スーパーパルス、マジックキャル、後方のウマ娘達も次々とペースを上げていきます!!これは先頭に引っ張られているのでしょうか!』

 

「そう警戒するのも当然でしょうね」

 

レースを見つめるスーちゃんはそう呟いた。

 

「ランちゃんはこれまで逃げ続けている、此方側(海外)の皆様が一番に想起するのがワールドレコードのジャパンカップ。その時と同じ最初からの超ハイペース。あの時に比べて400mも短いんだからこのまま逃げ切られると思うのは自明の理、だからせめてリードされ過ぎないようにしたいのは当然、当然なんだけど―――若いって良いわねぇ」

 

直線も走り続ける、残りが1400を切ろうとするところでコースが上り始めていく。

 

「まだ、行けるか!!」

「まだまだ、行けるっての!!」

「問題、なく!!」

 

アクセルを踏み続けているランページの走りに付いてくる二人、そして後方のシャル。だが此処からじわじわと来る、このペースに本当について来れるのか、試してみるといい。自分達を前座に使うと言ったお前の力を見せてみろと思う中第3から第4に入ろうとした時―――シャルの呼吸は既に酷く荒くなり始めていた。

 

「(余裕なんてない、余裕なんてある訳がない……!!何なんだこのバカペースは……!?)」

 

シャルの脚質も逃げだがそれは一定の余力を残して最後に残って力を開放する溜め逃げ。だがその余力がほとんどない、減速はしないまでも加速する余裕がまるでない。それ程までに3人のペースが破滅的、平坦な長い直線を使って存分に加速し続けていた3人。それに付いて行こうとしたシャルはそれにこそ耐えられた、だがコースが徐々に上り始め、辛さが加速的に増してきた。走る中で最も疲れるのが再加速、そして疲れないのが速度を保つ事。その意味を、存分にシャルは味わう。

 

「(分かってて、分かってて加速してたのか……!!私が、前座にすると言った手前、自分を上回る為に離れすぎないようにするって分かって!!)」

 

ライブをメインとし、レースを前座とする思考。だからこそレースにも手を抜かないが勝ち方に拘るとランページは踏んだ。このレースの最高の勝ち方、それは自分を上回る事、ならば絶対に余力を残しつつも距離を維持すると思い至った。これまで26戦を戦い抜いたからこそ察知した嗅覚だった。

 

「負けたく、ないっ!!!トレーナーに、迷惑をかけてまで私は―――最高のライブをっ!!」

 

第4コーナーへと入った。そこは坂になっている。此処からゴールまでが長く続く坂、そして彼女が見たのは……既に遥か先を駆け抜けていく三人の姿。その姿は―――ライブよりも輝いて見えた。

 

 

『さあ最後の直線に入った!!此処からはずっと坂路、パワーとスタミナが要求されるが先頭の3人は未だにスピードが鈍らない!!何というウマ娘達だ!!』

「はぁぁぁぁあああああっっ!!!」

『此処でメジロランページ!!メジロランページが抜け出していく!!!2バ身から3バ身!!シルバーストーンも懸命に脚を伸ばす!!ラーズグリーズも負けていない、アイルランドのトリプルティアラは伊達ではない!!』

 

駆け抜けていく風、その風の強さを感じつつも無意識的にその風に対抗する為の走りを取るシルバーとその風すらも踏み越えていくブービー。だがそれすらも超えていくものが先頭を立ち続けていた。

 

「悪魔でも英雄でもねぇ、俺は―――鬼神で暴君、そんだけだ!!」

 

ひと際強く地面を蹴りつける、最早誰も追い付けない。シルバーストーンもラーズグリーズも従えたまま、鬼神と呼ばれる暴君は猛然と駆け抜ける。

 

『メジロランページ先頭、メジロランページ強い強い!!正しく王者の走り、メジロランページ今っゴールイン!!メジロランページ一着ぅぅぅう!!二着ラーズグリーズ、三着シルバーストーン!!四着にはセイントヴァータント、五着にシャルウイダンス。これで海外G13連勝!!27戦27勝目はアイリッシュチャンピオンステークス!!そしてタイムが―――1分59秒7!!?レコードタイムです!!前走のKGⅥ&QEステークスに続いて、このアイルランドの歴史にその名を刻みましたぁぁぁ!!!』

 

「最後の最後まで粘り切れなかった……素直に悔しいなぁ……」

「くっそぉぉっ負けたぁぁぁぁ!!悔しぃっ!!」

 

ブービーとシルバーは素直に悔しかった、あのスピードに振り切られまいと必死に喰らい付いていたがそれも作戦だった。自分達が振られて外に膨らんでいたのにあんなトップスピードのままでまさか本当にカーブするとは思わなかった。その時に一瞬見えたが、ランページは脚を地面に埋めるようにして走っていた。それと鍛えたパワーで遠心力に振られる事も無く、スピードを維持していた。

 

 

「ランページ、貴方本当に凄いわ!!今回は完敗、だけど私は貴方に挑戦し続けるわ!!手始めに今年のジャパンカップで貴方のワールドレコードに挑戦よ!!」

「あら、それは私もですよ。今度こそ貴方に勝ちますから」

「楽しみにしてるぜ」

 

そんな中でランページは完全に崩れ落ち全身で呼吸をするシャルに目を向けた。彼女は荒い息のまま此方を見据えていた。まるで憧れるかのように、視線を全く動かす事無く、此方を見ていた。

 

「ハァハァハァハァ……レースでこんなに目を奪われたのは初めてだ……今度からはもっと真剣に、ライブもレースもやる……だからまた、走ってくれ」

 

それを聞くとランページは口角を持ち上げながらも背中を向け、天に向けて二本の指を立てた。これで欧州二勝目、そして次は―――いよいよ凱旋門!!



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243話

未だ興奮冷め非ず、夜が明けてもその高ぶりを人々は諫める事が出来なかった。アイリッシュチャンピオンステークスを制したメジロランページの走りに人々は益々魅せられていた。そしていよいよ―――次走は日本ウマ娘の悲願、凱旋門賞。数多くの人々がその舞台に夢を抱いた、あの凱旋門に日の丸が掲げられる事を。スピードシンボリが、メジロムサシが、シリウスシンボリが、挑んだその舞台に無敗の王者が挑む。今度こそ、勝利を持ち帰ってくれるのではないだろうかと期待が今から寄せられており、フランス行きの航空券は予約でいっぱい。欧州行きの物も同様の事が起きていた。

 

この凱旋門だけは、生で見なければ後悔すると思いを寄せる者ばかりだった。

 

「さてと―――後は凱旋門か」

「何というか感慨深くなっちゃうわね」

 

アイリッシュチャンピオンステークスを制したランページ、その勝利を祝した国王直々のパーティで大いに盛り上がった後にスーちゃんと共に部屋で静かに祝杯を挙げていた。スーちゃんはシャンパンだが、ランページは未成年なのでニンジンワイン。当人的にはこんな時位羽目を外して酒を飲みたいと思ったのだが……スーちゃんに駄目と言われた。代わりに二十歳になったら飲むようとしてワインを一本買って貰い現在熟成中。

 

「日本にとっての4度目の挑戦、経験も十分。期待は大よ」

「勝手にやるだけさ、俺は俺の走りをするだけ。日本の悲願なんて考えずに気軽にやるさ」

「流石ね、そういうに考えられるのは間違いなく貴方の美点よ」

 

何処まで言っても自分を貫き通す、プレッシャーが無いという訳ではないが……それは何方かと言えば敗北に対する物であって凱旋門に対する物はそこまで深くはない。寧ろ喜びを感じている自分すらいる。

 

「スーちゃんから始まった挑戦のバトン……次に受け継ぐのは俺、さてどんな結果になろうと俺はレースを楽しむ。ロンシャンの舞台を」

 

現状、凱旋門に挑めたのはメジロとシンボリの二つだけ。自分が知る限りではこの二つは紛れもなく日本トップクラスである筈、それですら届かない栄光がある。それに興味がある訳ではない、唯……そんな舞台で走ってみたいという純粋なウマ娘としての興味がある。

 

「スーちゃんから見て如何思うよ、俺の凱旋門」

「フフッ此処で何を言っても意味がないと思うわよ、貴方がすべきなのはその時まで直向きに自分と向き合う事だけよ」

「向き合う、ねぇ……何気に難しい事を言ってくれちゃいますねぇこのお茶目お婆様は」

 

只管に自分と向き合って自分を見つめ直し、コンディションとモチベーションを最大限にまで持って行くというのはよく聞く話だ。話ではあるのだが……自分の場合はそれが素直に難しい。何せ向き直る己は既にないのだから。ある意味此処まで勢いでやって来てしまっているような存在が自分がバグ過ぎるとも言えるが……。

 

「自分か……」

 

休養もそこそこにランページは鍛錬を再開する。何せ世界一とも称されるレースに出走するのだ、手抜かりなどは許されない。マスクを着けたまま走り続けていたランページは休憩を兼ねてドリンクを口に運ぶ。

 

「相変わらずキッツいぜ……こっちは過ごし易いのがせめてもの救いだな」

 

日本だとまだ残暑に苦しんでいるかもしれない、と思いつつもアイルランドの風に心地良さを覚えながら瞳を閉じる。そうしていると瞳を開くと思わずぎょっとした。何故ならば……隣にランページが居たから。

 

「……悪霊……?」

『そこはせめて残留思念とかだと思うよ、何でよりにもよって悪霊なの?』

「いや、イギリスが近いから」

『ええっ……』

 

自然な流れで会話してしまった、自分の隣に座る様にしているのはランページ。ドバイのあの時を思わず思い出してしまう、だが如何してこんな事が可能になっているのか……これが俗にいうイマジナリーフレンドという奴なのだろうか。

 

『三女神のダーレーアラビアンさんがね、折角だから会って来いって背中押してくれたの。それで一時的にね』

「三女神ねぇ……マジでいるのな」

『あれ、ドバイの前に会いに行ったって聞いたよ?』

 

割と衝撃的な事を言われているのだが、思い当たる節は一つだけある。飛行機の中で見たあの夢だ、雲の上を一緒に走ったような覚えがある。そうなるとあの時、顔は分からなかったウマ娘が三女神の一柱のダーレーアラビアンなのか……。

 

「ンで何の用」

『一回、ちゃんと話をしたかったから……じゃダメ?』

「分からないね、よく分からない」

 

こうして向き合っているのもハッキリ言って不思議な感覚。自分は彼女と別の自分の魂が混ざって生まれている、そんな自分と元々ランページと何を語ればいいのか全く分からない。それはきっと向こうも同じな筈だ。

 

「そっちから好きな事を言って貰っていいぜ、その覚悟はできてる」

『えっ例えば?』

「何でそこにお前が居るのかとか、本当なら私がそこに居るはずなのに……とかそういう恨み節はないのか」

『ないよ?だって私が自分でそれを手放す選択を取っちゃった訳だし……あ~でも、ライアンには凄い悪い事をしたなぁとは思ってる』

「そうだな、自分の親友が首吊り自殺している現場を見せたんだ。下手すりゃあれで精神衰弱でトゥインクルシリーズ出走なんて出来なくなってた可能性もあった訳だ」

『うっ……』

 

矢張り差という物はある、暴君のメジロランページの言葉にランページはタジタジになってしまう。自然と体勢も正座に変わって何処かお説教を受ける様な構えを取っていた。それに思わず吹き出して何構えてるんだと笑うと彼女は少しだけ怒る。

 

『ねっ今、楽しい?』

「楽しいぜ、周りも賑やかで走るのも楽しくてな」

『そっか、ねっ一つだけお願いしても良い?実はさ、お母さんが大好きだったレースがあるんだけどそれに出てくれない?』

「まあ日程によるが……それって何のレースだ?」

 

 

「ランちゃん、ランちゃん」

「―――んぁ……あれ、俺寝てたのか……?」

 

肩を揺られて目を覚ますとスーちゃんが自分を見つめていた、如何やら何時の間にか眠ってしまっていたらしい……寝ぼけた仕草をしながらも辺りを見ても何処にも彼女は居ない……夢だったのか、それとも……だが願いは聞いた、そして笑った。滾る事を言ってくれた。

 

「なあスーちゃん、凱旋門の後って……付き合える時間ある?」

「それはトレーナーとしてって事かしら?一応大丈夫よ、トレーナー業って何があるか分からないから今年一年開ける為に頑張ったから」

「んじゃさ、凱旋門の後に―――アメリカ行こうぜ、セイバーとダイナ……二人と勝負しに行く」

 

その言葉にスーちゃんは驚きもしなかった、唯々穏やかな微笑みを浮かべたまま訊ねた。

 

「何のレースに出たいの?」

「ブリーダーズカップクラシック」




という訳で、これまで感想で凱旋門の後はアメリカだ!!って言われたのをスルーしてましたが、正式にアメリカ行きます。そしてセイバーとダイナと戦います。


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244話

メジロランページのニックネームは暴君。それは自らの名前に由来する、ランページが暴れ回るという意味を持つ為にそこから暴君という名が付いた。それは海外においても基本的には変わらない。だが、最近は別の名前が定着し始めた。レースにおいて絶対的な強さを見せる事から鬼神、覇王、そして魔王。暴君という王の呼び名から派生した呼び名が幾つも生み出されている。が、最近はその名に相応しい姿を見せ始めた。

 

「ランちゃん、坂路はもう終わりよ」

「あと一本、一本だけで良い。頼む」

「……しょうがないわね、この後のメニュー少し変えても良いならやってもいいわよ」

「恩に着るよスーちゃん」

 

頭を下げると、直ぐに加速して再び坂路へと向かって行った。文字通り、一瞬で加速しきったその速さに取材を申し込んだ記者は呆然としていた。

 

「し、信じられない……本当に坂路を走り終えた後の加速なのか……!?」

「狂ってる……そう思える程になんて坂に強いんだ……」

 

これで何本目の坂路になるのだろうか、それなのに全く速度が落ちない。山を登っていた身としては単純に起伏がキツいだけでは根は上げていられない、上げていたらシンザンに雷を落とされてしまう。だがそれは周囲が知らぬ、記者からすればランページがロンシャンの10mの高低差を克服するために努力しているようにしか見えない。走り終えた彼女が次のメニューまでの小休止をしている間に質問をする。

 

「メ、メジロランページさん。次はいよいよ凱旋門ですが自信の程は!?」

「自信?さあな」

「さ、さあなって……」

 

期待していたコメントとはほぼ真逆な物が帰って来た、思わぬカウンターを受けたように身体が硬直してしまう。

 

「自信なんて結局はその日になってみるまで分からねぇもんだ、俺は今その自信を作ってる所なんだ。絶対に裏切らねぇ自信を」

 

日本からやって来たランページが気に入っている出版社の記者、よく話すしある意味気心が知れていると言っても過言ではない。だがこの時の瞳を記者は忘れられなかった。酷く澄んだ清流のように穏やかで綺麗な瞳をしていた、世界最高峰と言われる凱旋門を目前としているとは思えぬ程に極めて冷静に自分と向き合ってる彼女に姿に、記者は本気で惚れ込んだ。

 

「しょ、勝利インタビュー、予約させてください!」

「いいぜ、アンタの所は気に入ってるから」

 

気さくに笑ってメニューに戻っていく彼女に反射的に出た言葉に恥ずかしさを覚えるが、それ以上に何処まで行けるのかを見届けたくなった。一人のファンとして……。

 

この日、いよいよ凱旋門賞出走ウマ娘の記者会見が行われようとしていた。此処にいるウマ娘は全員猛者、出走するに値する者ばかりが揃えられている。その中に数えられているランページも当然優駿の一角。そんな彼女は壁に身を預けてこそいるが静かに待っていた。当然ハーブシガーなんて吸っていない。静かに待ち続ける中で一人のウマ娘が近づいて来た。

 

「少し、良いだろうか」

「何だい」

「……メジロ、ランページ……スピードシンボリをトレーナーに欧州に来た王者……まさかあの人をトレーナーとは……信じられないな」

 

何処か、懐かしむような信じられないようなと呆れる様なものを含ませながらも語る彼女の姿に一人思い当たるウマ娘が居た。以前少しだけ話を聞いた、シンボリの俗物がイギリスから戻そうだとか……

 

「スーちゃんとは仲がいいもんでね」

「スーちゃんとは……益々私には出来ない事をやってのける、尊敬に値する」

「こんな事で尊敬されてもな」

 

苦笑するとつられたように笑った。そんな彼女は名乗った。

 

「失礼。オルタナティブセブンという、これでも元々はシンボリに関係していた」

「メジロランページだ、話は少しだけだが聞いた事あるぜ。スーちゃんアンタの事、心配してたぜ。この後話すか?」

「良ければ引き合わせて欲しい」

 

スーちゃんもきっと会いたがっているだろうから引き合わせる事については了承する。積もる話もあるだろう、そのつもりで握手をすると近くで見ていた別のウマ娘が興味を持ったかのように此方を見て来た。

 

「ねぇねぇっ二人って仲いいの?さっきから何だか楽しそうに話してるけど!!」

「初対面だ。だが話をする程度なら一々ピりつく必要も無いだろ」

「同感」

「へぇっ~それじゃあボクとも話そうよ!!」

 

そう言われた途端に会見の開始時間になってしまった、そのウマ娘はえっ~もう少し位いいじゃないか~とむくれるのだが、後で話せばいいかと直ぐに自己完結してあとで話そうね~っと去っていく。遂に始まった凱旋門賞出走ウマ娘の記者会見、撮影許可が下りると同時に無数のフラッシュが焚かれていく。ロンシャンレース場の説明がなされていく。

 

「それでは出走ウマ娘の皆さんのコメントを戴きたいと思います」

 

そんな中でも時間は容赦なく迫っていく。コメントが取られ始めていく。全員がこの凱旋門に向けて様々な物を向けている、努力、夢、願い、この最高の舞台のレースでそれをぶつける為に此処に来ている。

 

「オ、オッタージャーニーさん有難う御座います……」

「フンスフンス!!」

「つ、続きましてディープチャージさん」

 

何故か着ぐるみを着ているウマ娘、オッタージャーニーのコメントに汗を欠きつつも進行役によって次のウマ娘にマイクが渡される。

 

「私は勝つ、それだけです。例えどんな相手だろうと……それが、メジロランページだろうと」

 

強気なコメントに報道陣から感嘆の声が漏れる。そうだこういうのが欲しかったんだ……と皆が頷く。今のご気分は如何ですか、聞かれてご飯食べたばっかりなので少し眠いですなんてコメントは求めていない……まあある意味美味しいコメントかも知れないが、出来ればこんな感じで未だ無敗のランページに対するコメントが欲しかった。

 

「それじゃあ次はボクだね!!ナハトフォーアハングは皆が笑顔になれる様な楽しくてワクワクするようなレースをする事を誓いま~す!!」

 

当人は良い事言った!!と言わんばかりにドヤ顔をしつつ、ムフ~♪と言わんばかりに鼻息をしているが、周囲の目はなんというか暖かい事に気付いていない。だがまあ言っている事は良い事な上に凱旋門という舞台では確かにそれは必要な事だ。そして次に渡されたのがオルタ。

 

「次は同じく無敗、そしてメジロランページとも対戦経験のあるベストルーティンを下したオルタナティブセブンさんです!!」

「……ああ」

 

静かにマイクを受け取る、そして構える。流れる沈黙の中、焚かれるフラッシュの音のみが木霊する。オルタの持つ独特のオーラが緊張感を生み出す中、待たれたコメントは―――

 

「勝利を、目指す」

 

極めてシンプルで決意に溢れた表明、短い言葉に想いに皆が驚嘆する中、次のウマ娘がマイクを取った。誰もがそれを待っていた。そのコメントを待ちわびていた事だろう、この時を、ずっと待ち侘び続けていたのだから。

 

「私は、私はずっと待ち続けて来た。あの日、日本の府中のジャパンカップからずっと」

 

何度も走りたい走りたいと急かして電話した日の事は今でも思い出せる、そしてその時に決めた事も。あの時に交わした言葉があったからこそ自分は今此処にいる。隣にいるランページに視線をやりながらも彼女は言葉を続ける。

 

「私は挑戦する、連覇が掛かってるなんて如何でもいい。これは私のプライドいや、全てを掛けて挑む決闘よ。この凱旋門、約束通りに来てくれて嬉しいわランページ」

 

エルグッツ。嘗て、ジャパンカップでランページに敗れたウマ娘。その後、彼女は1年間海外に向けた準備をしていたランページに相応しい相手になる為に毎日を過ごし続けた。そしてその末に彼女は昨年の凱旋門賞を制した。そして―――再び相まみえる時が来た。連覇なんて如何でもいい、彼女の中にあるのはランページに勝つ事だけ。

 

「それでは、最後に……メジロランページさん、お願いします」

「あいよ」

 

そう、凱旋門賞は世界最高のレースではあるが自分にとってはあの時にした約束を果たす場でもある。

 

「この凱旋門には色んな特別がある、世界一と言っても過言じゃねえのも頷けるほどに重い特別が此処にある。それぞれの特別がある、俺の特別は唯一つ……この凱旋門で最高のレースをする、ただそれだけだ。最高の走りを最高の舞台でやる、こんだけの相手がいる中でやれるレースなんて中々無い。楽しませて貰うぜ―――全力でな」

 

不敵な笑みの宣言と共に、無数のフラッシュが焚かれる。間違いなく、この凱旋門は歴代でも最高の物になるだろうという予感があった。それは間違いなく的中する。速く、その時が来て欲しいと誰もが思った会見だった。




GameMaster様よりオッタージャーニー、武士道(河童)様よりデプスチャージ、無双レイヴェルト様よりナハトフォーアハングを頂きました。有難う御座います!!


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245話

様々な意味で波乱含みとなった凱旋門賞出走ウマ娘の記者会見。中にはド天然をかまして波乱を生み出したウマ娘もいるが……それ以上に今年の凱旋門を早く見たいと思わせるだけのものがそこにあった。

 

「―――お久しぶりです、スピードシンボリ様」

「そんな言い方しないでくれると嬉しいわ、身勝手かもしれないけど私はまだあなたのお婆ちゃんのつもりよ」

「……お婆様、また会える日が来るなんて思いませんでした……ルドルフは、元気でしょうか」

「元気よ。今この場に居ない事が実に残念だわ」

 

記者会見の後、ランページは約束通りにオルタをスーちゃんに引き合わせた。その姿を見てオルタは込み上げて来た熱を抑え込みながらもクールに振る舞って見せたが、抱きしめられた事で破顔して笑みを作りながらもスーちゃんと向き直った。

 

「本当にごめんなさいね……あの時に、私が確りしていれば……」

「気にしないでください、私は今こうある事を誇りに思っています。そしてまたこうして会えた……それだけ満足です」

「有難うね……フェーちゃん」

「……懐かしい、響きですね」

 

オルタナティブセブン、それは渡英してから改めた名前。本当の名前はシンボリフェザード、もう名乗る事はないと思っていたその名前に思わず頬が緩みこの瞬間だけはシンボリのウマ娘に戻れた気持ちになった。そして抱擁を楽しみ終わるとランページに向けて頭を下げた。

 

「有難う……貴方が海外に挑戦しなければ、私はもう一度お婆様と会う事も出来なかっただろう」

「よせよ。俺は何もしてねぇよ、自分で掴み取った今なだけださ。それと―――会長、ルドルフとは仲が良かったみたいだな」

「日本に居た頃はよく遊んだ。シンボリの中では寒門の出だったのにも拘らず、手を取ってくれた」

 

全てのウマ娘が幸せに暮らせる世界を目指す会長らしい、その時は幼い頃、所謂ライオンとか言われてた時の頃だろうか。

 

「子供の時のルーちゃんはヤンチャだったわね、私からすれば可愛い子だったけどよく一緒に遊んで遊んでってせがまれたわねぇ」

「あの会長にそんな頃がねぇ……」

「そういえば、よくルナライオンだぞ~っといいながら遊んでいたな」

 

「へっきゅっ!!」

「あら、珍しいわね貴方がくしゃみなんて。誰かに悪口でも言われてるのかしら」

「かもしれない、な……済まないがそこの薬を取ってくれ、ついでに胃薬も」

 

「実はね、凱旋門賞にはルーちゃん来る事になってるの」

「ルドルフが……?」

「貴方に会いに、という訳じゃないけどそこのランちゃんの応援に駆け付けるみたいよ」

 

そう言いながらもスーちゃんは告げる。恐らく、近代の日本ウマ娘の中で最も凱旋門制覇の可能性が高いウマ娘であり、シンボリの大御所である自分の祖母迄もがそこにいる。様々な意味でじっとしていられないという奴だろう、如何やら理事長同伴でやって来るらしい。

 

「凄いな、日本のトレセンの理事長が直々に激励に来るのか」

「応援というかお目付け役じゃねえの?だって渡欧したと思ったらアイルランド王族の所でお世話になってて、日本とアイルランドの距離を凄く近くしちゃってるようなウマ娘だぜ。もう今度国レべルの何かが起こったら溜まったもんじゃねぇからって監視だろ、サーバーもよく落とすしな」

「ああそれもあるらしいわ」

「ですよね~ご期待通りに今度はイギリスの女王陛下と配信でもするかハッハッハ~冗談だよ」

「必要ならば紹介するが?」

「お願いだからマジにしないで」

 

オルタはイギリス王室が主催するプリンスオブウェールズステークスを2連覇している、その関連で女王陛下と会った事もあるし共に写真を撮った事もある。なのでやろうと思えばトレーナー経由で王室に連絡を取り、ランページがお会いしたいと話を付ければ普通に通ってしまう可能性は高い。尚、そうなったら色んな意味でやばいので流石にランページも自重した。

 

「そうか……陛下もお喜びになると思うが……」

「ハ、ハハハハッ……き、機会があったらという事で」

「分かった。なんとかお伝えしておく」

「ランちゃん、なんか盛大にフラグを立てちゃったんじゃないの?」

「……し~らね……」

 

そんなこんなでランページは一旦、オルタとスーちゃんの二人っきりにしてあげる事にした。一度確りと話し合う事も大事だろうと気を利かせて、彼女は適当な場所を見つけてハーブシガーを銜えた。煙を吐こうとすると隣から別のシガーの香り、顔を向けるとそこには同じようにシガーを銜えているエルグッツの姿があった。

 

「やっほっこんな所でチャンピオンが何やってんの?」

「ブーメラン乙。凱旋門ウマ娘に言われたくねぇよ」

「私はほら、前年度覇者としてのインタビュー終わったから締めの一服。そっちは?」

「今吸ったら絶対に美味いと思ったから吸おうと思っただけ」

 

実際、シガーの味がかなりいい。それに続くようにエルグッツも煙を吐いた。

 

「長かった……ジャパンカップで貴方のワールドレコードに敗れて砕かれた誇り、傲慢、自信。悔しさにのたうちながらも唯々再戦の時を願って己を磨き続けた日々の吼え、叫び……それが漸く報われる」

「どこの悪の親玉だおめぇ。お前はあの時言ったな、日本じゃなくて今度はこっちで勝負だと。地の利さえあれば俺に勝てると踏んでた訳だ」

「そう言われると痛いなぁ……」

 

ネイチャの日本ダービー前に交わした電話。どうしても自分と勝負したいから今年の凱旋門に来てくれという要請、ジャパンカップという国の名前を背負ったレースと同じく凱旋門はそれに負けない位に最高の舞台。そこでもう一度勝負したいというのが当時のエルグッツの言葉。

 

「んで今は如何だ、俺に勝つつもりか」

「当然。じゃなきゃ凱旋門制覇してまで待たないよ」

 

エルグッツにとっては凱旋門を制覇した事さえも彼女に勝つ為の自分を作る為の踏み台でしかなかった。自信を持って言える、今此処に立っている自分は自分史上最強の自分だと。

 

「貴方は如何なの、勝つつもりで此処に来た?」

 

その質問にハーブシガーを深く吸い、大きく煙を吐いてから応える。

 

「ウチの南ちゃんへのお土産は凱旋門の置物って決めてるんでね」

「そうなんだ、負けたとしても私の上げようか?」

「要らねぇよ」

 

そして―――凱旋門、来たる!!



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246話

「如何だったルーちゃん、久しぶりのフェーちゃんは」

「一別以来、幼い頃に別れてからそれっきりでしたが……今日、会えて嬉しさに震えております」

「感動ッッ!!数年ぶりの再会、そしてその舞台が凱旋門、運命的だ!!」

 

10月4日。フランス、ロンシャンレース場。世界で最も優雅とも言われるレース場であり、世界中のトレーナー、ウマ娘ファンにとっての憧れの場。そこに今、嘗て此処で走ったウマ娘の孫、ルドルフが脚を踏み入れた。此処があのロンシャンなのかと内心では感動に打ち震えていた。この偉大な場で祖母は走ったのか……そして今日、此処で自分達の代表が走る。

 

「質問、調整は万全であるだろうか」

「野暮な事聞くわねぇ……抜かる訳がないでしょ、あの子は何だかんだで誰よりも自分に厳しいのよ」

 

ネットアイドル的な側面から忘れそうになるが、ランページは極めて自分にストイックに向き直る事が出来る。辛い運命の中であっても前へ前へと進み続ける意志を持ち続けて生きる事が出来る。それを自分を鍛え上げる事に向けた時、ランページは何処までも自分に厳しくありながらも真摯に向かう。それをスーちゃんが言うと二人は頷くが……理事長は少しばかり申し訳なさそうな顔をした。そして控室に付いた。無造作にスーちゃんは扉を開けるとそこには―――

 

「「っ……」」

 

魑魅魍魎さえもその剛脚で踏み越えた王の姿がある。勝負服を纏ってただ座っているだけなのに異常とも言える威圧感をその上から纏う、その奥から垣間見えるその瞳は青い炎の奥に赤い瞳が座している。

 

「ランちゃん、ルーちゃんと秋川理事長が来てくれたわよ」

「―――……ああっよぉっ会長、暫く会わないうちになんか印象変わったか?おおっ~ハテナ~お前こんな所にも来たのか~!!」

「ミャァ」

「愛い奴め~♪」

 

先程の覇気は一瞬の内に四散し、自分達の知っているランページへと変化した。理事長の頭から嬉しそうに飛びついたハテナを撫でまわしながらも自分の頭へと乗せてやる。満足気に鳴くハテナの声を聞いて二人は力の籠っていた身体から空気を抜いた。

 

「それで、態々監視の為に此処まで来たと。ご苦労な事ですな、余程URAと日本政府は肝を冷やしていると見えますな」

「分かっているなら少しは自重してくれると有難いんだが……」

 

URAに関しては自分にも何とかランページを大人しくさせて欲しいと言って来る、特に祖母が代理ではあるがトレーナーを務めているんだから何とかしてくれと言って来る始末。

 

「愉快ッ!!私個人としてはURAには良い薬だと思っている、URAは対応が遅い場合がある。故に自分達が振り回される経験を積んで正しく対応しなければこうなるという事を理解するにはいい機会!!」

「ハハッ言いますね理事長。因みに理事長は俺の国際交流についてはどう思います?」

「推奨ッ!!君の行動で海外挑戦の熱が高まっている上に各国ウマ娘による日本トレセン学園への留学についての問い合わせもある。日本のウマ娘界を盛り上げていくには極めて有効!!」

 

渋いルドルフとは対照的で理事長としてはランページを責めるつもりは一切ない。寧ろ称賛されるべきと思っている。何故ならば国際交流などは国がやるべきではあるが立場などもそうだが柵も多い上、理想としては互いに歩み寄り手を取りある事が理想。その為には立場に左右される存在が必要、それをやってのけるランページは様々な意味でメリットの方が多いのである。最近はアイルランドだけではなくドバイとも関係が良くなっていたりもする、尚日本政府の胃は死ぬ。

 

「そりゃいいや、残せてるって分かると成長出来てる実感あるよ」

 

遺恨というか禍根というか、良い物となっているかは微妙な気もするが……敢えて口には出さない。ルドルフは大人なのである。

 

「しかし、南坂トレーナーが来れなかったのは残念だったな。東条トレーナーや沖野トレーナーが代役を名乗り出てくれたりはしていたんだが……断固として彼は譲らなくてな」

「まさか休暇の名目を提示してもあそこまで拒絶されるとは……」

 

申し訳なさそうな顔をして何を語るかと思えば、この場に南坂を連れてこれなかった事に対しての謝罪だった。理事長は自分の本来のトレーナーである南坂にもぜひフランスに同行して貰い、凱旋門の舞台でその活躍を見て欲しい、隣に居て欲しいと思ったのだが……断わられた。理由は自分はチームを預かるトレーナーであるから、練習メニューを他のトレーナーに見て貰うという手もあるがあくまで代役でしかない。その代役のせいで彼女達の夢が揺らぐとハッキリと拒絶された。

 

「まさかあそこまで頑なとは、普段の彼とは思えぬ頑固さだった」

「普段のお綺麗な面から想像出来ねぇけど、南ちゃん相当に強かだからな―――あと、俺別に南ちゃんに来て欲しいとか全然考えてないんですけど」

「何っ?」

「驚愕!?」

 

二人からはすれば凱旋門という世界一の舞台、そこに彼女のトレーナーに来て欲しい、居て欲しいという思いがあった。それはランページへの配慮もあった、これ程の舞台なのだから……が、ランページはそれを全く望んでいない。それに二人は驚いた。

 

「南ちゃんには仕事あるし、それを無理に都合して来ましたなんて言われたら逆に申し訳なさ過ぎて恐縮するわ」

「そういう、モノ……なのか?」

「そ~いうモンです」

 

特にライスやタンホイザなんて菊花賞が近づいている。ブルボンと戦う為に必死に身体を作っている最中の筈、一生に一度しかない舞台で最高の目標と戦うのと比べたら自分のレースなんて比較の対象にもならない。

 

「さてと、お土産持って帰るって言った手前もあるし頑張って走りますかぁ……更に向こう側に行く為にもな」

「ウムッ応援させて貰おう!!」

「頑張って来てくれ、日本―――いや君の勝利を願っている」

 

理事長は広げる度に文字が変化する扇子に激励!!と文字を浮かべながらエールを送る、そんな頭にハテナを返してあげるとルドルフから強めの声援が送られる。日本の悲願なんて如何でもいい、自分のやりたいようにやれというあたりよく分かっている。

 

「ランちゃん、私の事なんて如何でもいい。トレーナーとして贈る言葉は唯一つ―――走ってらっしゃい、自分らしく。ナンバーワンよりオンリーワンよ」

「応よ」

 

短い言葉のやり取りの後、ハイタッチをしてランページは控室を出た。気力は満ちている、体調も万全、これ程までに優れたコンディションはないと断言できる程に満ち満ちている。あと一歩踏み出せば、自分はロンシャンレース場のターフに姿を見せる。始まるんだ……全てのウマ娘の夢の舞台とも言われる凱旋門……少しだけ、緊張してしまった。そんな時に

 

『お土産、期待してますよ。凱旋門の置物なんてカノープスの部室に映えるでしょうから』

 

南坂の声が聞こえて来た。此処に居ない筈なのに確りとしたものが聞こえてきて思わず笑ってしまった。遠い日本の地で―――南坂が呟いた言葉が届いてきた。ならば応えるしかないじゃないか、自分にはそれしかない。

 

「来てやったぜ凱旋門、俺を出迎えろ!!」

 

地下バ道を出た瞬間に、溢れんばかりの声が出た。曇天の空の下、稲光も走り、雨も降っている。嵐は既に巻き起こっている。日本で生まれ、あっという間に世界をも飲み込む巨大な嵐となったウマ娘が姿を見せた時、天をもそれに歓喜したかのように稲光が走り称えた。そんな天気の中でも歓声は空高く打ち上げられる。

 

『その実力に偶然は無くあるのは必然のみ、それが裏付けるのが現役にして伝説、生きながら神話という圧倒的な戦績!!ヨーロッパで掲げた2勝はレコード、紛れもなくこの舞台に相応しいウマ娘がスピードシンボリ、メジロムサシ、シリウスシンボリに続いてこの舞台で走ります。27戦27勝、メジロランページィィッ!!!!』

 

胸を震わせる程に昂る声が会場に木霊する、爆発しそうな思いが向けられる、それらを受け止めながらもランページは笑って言った。

 

「待たせたな!!!」



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247話

曇天からの雨、そして雷という最早最悪にも近い天候のコンディションにも拘らずロンシャンレース場にいる人々は一人たりとも微塵も帰る事を考えたりはしない。寧ろこの一戦を見なければ、この先の人生で絶対に後悔するという思いがあった。故に退かない、この一戦だけは……必ず見届ける。そんな思いのまま、留まり続けた中に彼女が現れた瞬間にそれが報われた気がした。

 

「待たせたな!!」

 

待たされた、だけど……待つだけの価値があった。

 

『さあ日本の誇り、日本の代表、最早尽くす言葉さえも見当たらない我らが暴君がその姿を現しました。生憎の雨ですが、彼女を曇らせる事は至難の業。彼女を曇らせる事が出来るのは最早敗北のみ、無敗の神話を執筆し続ける生きる伝説がロンシャンレース場にやってきました』

 

改めて見てもとんでもない大観衆、ロンシャンレース場はもはや限界ギリギリまで人数を収容してパンク寸前。入れなかった人々は急遽設置された大型モニターに釘付けになったりスマホでの観戦をしている。そんな観客たちにパドックでも応えたが走りながらも腕を上げて応えてやる。

 

「来る所まで来ちまったって感じだな、あいにくの天気だが……それをぶっ飛ばすだけの走りをすりゃ良い話だな」

 

この雨でバ場状態は最悪の一言、ロンシャンのバ場は粘土質。乾けば硬く、濡れれば軟い。日本のそれが100だとすれば此処は70という話がある。だがこれは70どころの話ではない、もうこれは50位なんじゃないかと思う位には地面が軟い。ハッキリ言って酷い状態。

 

「まさかこんな天気になるなんて……最悪だわ」

「折角の凱旋門の為に勝負服新調したのに……」

「転んだらもう起き上がれなさそう……」

 

勝負服は基本的に豪華煌びやか、それは海外でも変わらない所か此方の場合は余計に豪華さが目に付く。ドレスだったら見事な脚線美を見せる度に肌を露出させたりしているウマ娘が多い。そんな彼女にとって今のロンシャンは極めて最悪とも言える。誰だって新しい服やお気に入りの服が泥に塗れたりするのは嫌なのは当然。

 

「どうかしたかランページさん」

 

多くのウマ娘がこれ以上の雨が酷くならないように祈りを捧げる中、一人だけその雨を受けても笑みを零さずにどこか懐かしさ感じさせる表情を作る彼女にオルタが声を掛ける。彼女は彼女で雨はそこまで気にならないらしい。

 

「この雨も、なんか懐かしく思っちまってるだけだよ」

「雨……此方に来た経験はないと聞いているが」

「そういう意味じゃねえさ、悪い私事って奴よ」

「プライベートか……野暮な事を聞いた」

 

プライベートと言えばそうかもしれない。新聞配達に天候なんて関係は無かった、デカい台風でも来ない限りは自分はそれを続けていた。ゲリラ豪雨の中だろうと梅雨時だろうとそれは変わらない。そんな記憶がフラッシュバックしていた。レースこそ走っていなかったが走る事は結構していた事を思い出した。

 

「雨雨降れ降れ~♪」

 

そんな中元気なウマ娘はまだ居る、自身の名前がカワウソの意を含んでいるオッタージャーニー。そんな彼女の勝負服は……着ぐるみ、着ぐるみである。カワウソの口から顔が見えるタイプの着ぐるみを勝負服にしている。

 

「何つうトンチキな勝負服だおめぇ……つうかそれで走れるのか?」

「走れるよ?これ着てG1勝った事あるもん!!」

「バケモンかお前、色んな意味で」

「もっと褒めていいよ、フンスフンス!!」

 

本当に何で走れるのか……まあウマ娘の勝負服なんて大概な物ばかりなのであまり強く言えない類の話ではあるのだが……実用性というか普通の私服にしか見えない自分の勝負服の対極にいる様な存在だ……と思っているとオッターの背後から白黒のワンピースドレスを纏ったウマ娘、ナハトフォーアハングが抱き着いた。

 

「会見の時も思ってたけど本当に可愛いなぁ~僕もこんな感じの勝負服にすればよかったかなぁ~♪」

「フフンッ!!この可愛さが分かるとは、只者ではないですね!」

「凱旋門賞のこの場でそれを言うかそれを。とぼけてるというかドが付く天然というか……」

 

間もなくゲートインだというのにこの緩さ、こういう精神性がオッターとナハトの強さの証明になっているのだろうか……。

 

「このような場だというのにふざけていられるとは……随分と余裕ですね」

 

そんなやり取りをしていると自分達を何処か冷えた瞳で見据えて来るのはディープチャージ。自分にだろうと勝つと宣言してくれたクール系のウマ娘、その瞳は自分達を軽蔑しているかのように冷たい。

 

「出来ればこの二人と一緒にカウントするのやめてくんねぇかな、俺は割かし真っ当なツッコミを入れてただけだぞ」

「私は大真面目だからノーカウント!」

「同じく!!」

「それはねぇよ、オルタはどう思う」

「ノーコメント」

 

チャージからすればこれも寸劇に映るのだろう、不愉快そうに鼻を鳴らした。この場に挑む以上、真面目で居て欲しいという思いがある。世界一のレース凱旋門、それなのにふざけ続けているのは自分達をバカにしているように感じられてしまう。

 

「私からすれば如何でもいい事……配信などという事に現を抜かしてレースを疎かにする貴方も同じです」

「それ、日本のURAに言ってくれないかね。あいつらの要請で俺やってるだけだから、それにあれは日本トレセンが安全の観点からメディアの受け入れをしてないからトレセン学園内の事を発信してないからって理由だぞ。次の世代がトレセンの事を知る為にやってんの」

「成程……では配信云々は撤回します。が、それでも貴方は少々気を抜きすぎだと言っておきます」

「お前からそう見えんだろうな、お前の中ではな。これが俺の最善だ」

「―――それをレースで証明して下さる事を期待します」

 

そう言いながら自分のゲートの前へと移動するチャージにオッターとナハトが一緒になって軽いブーイングを送る。二人からすれば自分は真面目にやっているつもりなのである、まあ普通にしている身としては全然そうは見えないが……チャージは真面目な堅物タイプなのだろう、一応納得すれば謝罪はしてくれたので根が悪いという事はないと思う。

 

「さあ、そろそろゲートインだ。準備は万端行こうか」

 

その言葉に全員が頷いた事だろう。それぞれのゲートへと立ち、ゲートインの知らせを聞くと中へと入っていった。本当に始まるんだ、この嵐の中で行われる凱旋門。中止にならずに良かったと思う一方でどんなレースになるのかと緊張した面持ちでそれが見守られる。その中で―――隣に入ったエルグッツはニヤリと笑ったのを見て、笑い返す。

 

『世界一の栄光、世界最高の栄誉、凱旋門へと自らの勝利を掲げるのは一体どのウマ娘なのか。前年度覇者のエルグッツか、そのエルグッツをジャパンカップで破り、欧州でも無敗を貫く神話のメジロランページか、同じく無敗を誇りプリンスオブウェールズステークス2連覇のオルタナティブセブンか、この優駿達の誰が勝っても可笑しくない舞台、凱旋門賞、間もなく出走です。さあゲートインが終わりました―――今ッスタートしました!!世界中のウマ娘ファンが、ウマ娘が夢見る夢の舞台が遂に始まりました!!』

 

稲光と共に雨が徐々に激しさを帯び始めてる中開幕した凱旋門賞。先頭を取ったのは―――メジロランページ、泥濘んだターフを力強く駆け、泥が舞い上がるのもお構いなしに駆ける。嵐の凱旋門が本当に始まったのだ。



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248話

凱旋門が行われている時、トレセン学園には光が灯っていた。当然、ランページの応援をする為に多くの生徒、トレーナーがTVに釘付けになっていた。何時かあの舞台に、あの凱旋門に日の丸が掲げられたら……と考えなかったものは居なかった。それがもしかしたら叶うかもしれないと思うと興奮が抑えらずにいた。そんな思いに応えるかのように最高のスタートを切ったランページは稲光が鳴り続いてる天の下を駆ける。

 

走る度に地面から泥が雨水と共に跳ねる最悪の不良バ場。雨は少しずつ激しさを増してくる、風も吹き始めて本格的な嵐がフランスへと襲い掛かっている。それでも走る事はやめない。この程度の事でこのレースを止めて堪るかと全員が脚を止める事をしない。

 

『先頭を行きますはメジロランページ、その後方にはエルグッツ。ジャパンカップで覇を競い合った二人、エルグッツにとってはこの凱旋門はジャパンカップの雪辱を晴らす場、そしてメジロランページにとって己の最強を証明する最高の場。何方に神は微笑むのか!!?』

 

エルグッツはあのレースの後はあのレースの事を昨日の事のように思い出せる、全ての海外ウマ娘がオグリキャップだけを警戒していた中を突き抜ける矢のように飛び出して、そのままゴールまで駆け抜けていったランページの姿を……そして、今日はその借りを返す日だ。

 

『先頭はメジロランページ凄いペースです!!4バ身程離れてエルグッツ、ですが後続とは10バ身は離れております!!このロンシャンでもこのウマ娘は戦法を変えません!!大逃げ、大逃げで勝負に出ております!!』

 

メジロランページの大逃げ、それは既に欧州所か世界中に知れ渡っている。だがこのロンシャンの舞台でもそれを貫き通すのかと驚く者も少なくはない。最初から最後まで逃げ切る事も、様々な事を証明済みだがこのロンシャンの舞台で本当にそれで勝つつもりなのかと。今、ランページが先頭で向かっているのはロンシャン最大の特徴―――高低差10mの坂。坂路に強い事も重々承知だが……日本の中山の倍はあるそれに挑もうとしている。だがスピードは全く落ちない、あのまま突っ込むつもりなのだと全員が確信する。

 

「無茶よ、登り切れるわけがない!!」

「あんなペースであの坂を登れたとしても、その後の下り坂だって……!!」

 

最大斜度2.4パーセント、そして最後には600mで10mも下るあの坂をこんなバカなペースで……と思い、自分のペースを貫き最後の末脚を活かす為、様子を見る為にペースを抑え始めるウマ娘達を次々と抜いて行くものの影がある。

 

『此処で後方からナハトフォーアハングが上がって行く、続いてオルタナティブセブン、いやディープチャージ、オッタージャーニーも行きます。これはペースを上げているというよりも他のウマ娘のペースが落ちているのでしょうか、いや彼女達もかなりペースを上げています。彼女らが目指すのも当然凱旋門のゴールのみ!!』

 

次々と上がって行く面々、彼女らが共通している思いは一つ―――ランページは本当にあの坂を登れるという事だけ。それに不思議と胸騒ぎがあった。此処はあのペースに合わせて此方も上がって行くのが最良だと彼女らは判断した。そして遂にランページはその坂に足を踏み入れた。

 

『遂にメジロランページが先頭で坂へと入ります!!ロンシャンの舞台、高低差10mというこの坂をランページはこのハイペースのまま攻略出来るのか!!?』

 

本当にこれはレース場の坂か?と一瞬だけ思った、中山の急坂だって壁だと表現する者も居る、緩やかな物ではあるがこれが長い距離続いて行く。大した傾斜ではないが、長い坂は中々に来る物、だがそれが如何したと言わんばかりにランページは雨を切り裂くように走る。後方からは距離を詰め始めているナハト、チャージ、オッター、オルタがいる。そして自分の足跡をなぞるかのように迫るエルグッツ。ピッタリと離れる気配がない、4バ身差をキープし続けている。

 

「俺を差し切る準備は万端ってか」

「ええ、ええっその通りよ!!」

 

坂を登り切り、間もなく急な下り坂に入る。雨も酷くなり、地面は更に軟くなっていく。猛スピードで走り続けているランページは、世界中のトレーナーからも異様に映るだろう。とてもウマ娘がトップスピードで駆けられるコンディションとは程遠い、それなのにこんなにも速いのか……何故体勢を僅かにでも崩さない。エルグッツは前年度覇者だ、まだ納得は出来るがランページのそれは理解を越えている。

 

「覇者の癖にセコい真似をしやがる」

「相手に汚いを押し付ける、それは戦術よ!」

「通り、だわな!!」

 

泥を散らすように走るランページ、あと少しで下る。後方からも迫り始めている、流石にランページでもある程度速度は緩めるだろうという希望的な観測故だろう。エルグッツもそんな気持ちはある、だがそんな事は考えるよりも先に脚を動かす。ランページの足跡の軌跡を寸分違わず。

 

 

「……神業ね」

 

ウマ娘のレースは基本的に高速、速いウマ娘になれば巡航速度は80キロを超える者も居る。ランページのそれも同じだが、彼女の場合は高身長からストライドもある、足跡の間隔は他のウマ娘と比べても大きいのにその軌跡を見事になぞっている。

 

「一体そこまでに至るまでどれ程の、何処までの鍛錬を積んだのかしら。ランちゃんがいないこの欧州で、ぶっつけ本番と言ってもいいのに……」

 

エルグッツのそれから感じさせるはある種の執着と言っても良い程の研鑽、絶対的な欲望、勝利を只管に望み続けた末に今が築かれていると思うと驚嘆しか出てこない。きっと、全てのランのレースを研究したのだろう。正しく称賛に値する―――値するが……前に進み続けていたのはランページも同じ事。

 

「行きなさい、ランちゃん―――頂点まで」

 

 

『さあ間もなく下り坂に入る、後方のオルタナティブセブンが3番手、その後ろにオッタージャーニー、ナハトフォーアハング、ディープチャージ。さあ下り坂に入った―――』

 

雷が走る、それは天啓だったのかもしれない。ランページも此処だと思っていた所だった、神もそうしろと囁いているのかもしれない。この場合、三女神かもしれないが……そんな事はもうどうでもよくなってきていた。この坂、そして偽りの直線、これこそがロンシャンの特徴。此処は我慢するのが定石、我慢して最後の直線に賭けるのが普通、だが自分はもうここだと決めている。自分ならば、出来る。そう信じた時、ランページは駆けた。

 

「さあ、行くぜっ!!!」

 

『メ、メジロランページが此処で加速します!!下り坂を活かして加速しようというのか!!?この大雨の中で、自らの最強を証明しようというのか、嵐の中心は矢張りメジロランページだぁぁぁ!!』



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249話

『改めて、第三コーナーを過ぎてからは急激な下り坂。淀の坂も急だけどこっちはもっとよ』

 

凱旋門賞に挑戦数日前、ランページはスーちゃんと共にロンシャン攻略の為のブリーフィングを行っていた。凱旋門を攻略するためのポイントは二つある、一つは高低差10mの上り坂と下り坂、そして偽りの直線(フォルスストレート)と言われる250mの直線。この攻略が不可欠であった。

 

『坂ねぇ……山道より酷いとは思えないが』

『まあそれはそうだけどね』

 

ランページは10mのそれをあまり脅威には感じていない、シンザンと共にシンザン鉄を装着した状態での登山を繰り返していたからこその発言。実際はプレッシャーや競い合いもあるので簡単にはいかないだろうが他のウマ娘に圧倒的に坂道に強いのが彼女の特徴。

 

『どっちかと言えば問題なのは偽りの直線か……』

『ええ、此処でスパートの使い所を間違って自滅してしまう』

 

急坂もそうだが、このストレートでも我慢が必要になってくる。実際に走ってみると分かっていてもコーナーを越えての直線に戸惑う、普段通りにスパートをしたと思っても長い長い直線に愕然とする。偽りの直線は250m、そして本当のラストの直線は東京レース場とほぼ同じ533m。中山の急坂の2倍の高低差、そして東京のそれとほぼ同じのラストの直線とその前に鎮座する偽り。これが凱旋門のロンシャン。日本勢が苦戦するのもこれが理由だ。

 

『さて、ランちゃん。貴方はどうやってここを攻略するのかしら』

 

まるで全権を任せるかのような言い方だった。スーちゃんにとって凱旋門賞は特別な意味がある筈なのに、着外に沈んだ凱旋門賞で自分の作戦で勝てば自身の勝利とも置き換えられてリベンジを果たしたとも取れる。なのにそんな素振りは一切見せない。自分のやりたいようにやってみせなさい、此処は貴方の舞台なのよと告げる様な言い方だった。

 

『―――そうだな、ターボのやり方を参考にさせて貰うか』

『あらっターボちゃんのってなるとドッカンターボかしら?でもランちゃんにそれって出来たかしら……?』

『何もマジにドッカンターボをする訳じゃないさね、ちょいとお耳を拝借』

 

ワザとらしく耳を貸して、とジェスチャーをするとウキウキした足取りで耳を貸す。その提案を話されて思わずスーちゃんは笑ってサムズアップした。

 

『良いわね、採用!!それで行きましょう!!』

『だろ、奥の手って奴はこういうので良いんだよ』

 

 

「驚愕ッ!!?此処でスパートを掛けるのか!!?」

「無茶だ、偽りの直線もあるんだぞランページ!!」

 

下り坂に入った段階で一気に加速していく彼女に理事長とルドルフも声を荒げてしまった。確かに淀の坂でも同じような手を使っていたが、此処はロンシャンだ。淀の坂と一緒に出来るような場所ではない事は分かっている筈なのに……思わずルドルフが此方を見た。

 

「お婆様、まさかこれは貴方も容認しているのですか!!?」

「ええ。認めてあげたわよルーちゃん、ランちゃんからこんな奥のおててはどう?って言われてね」

「まさか、彼女の進言だったのか!?」

 

普通に考えれば自殺行為だ、勢いが乗り過ぎて遠心力で思いっきり外に振られるだけじゃないか、そうなったらウチを開ける事にもなる。何故それを許可したのかと思ったが、笑って答えた。

 

「こんな雨の中でスピードを出して急坂のコーナーを走れるかしら、転倒のリスクだってあるし遠心力の問題もある」

「ッ納得、確かにこんな不良バ場でそれは難しい……」

「それに好い加減エルちゃんだって追走しきれない」

 

『エルグッツ、やや後退。オッタージャーニーが3番手!!オルタナティブセブンが並んだ!!ディープチャージも迫る!!ナハトフォーアハング、必死に我慢している!!』

 

此処までランとの差を維持し続けていたエルグッツが遂に距離を開けた。当然だ、今までの高スピード帯のままコーナーへと入るのは難しいなんてレベルじゃないし直線だけと違って遠心力に対抗するパワーも必要になって来る。そうなれば必然的にランページの足跡の軌跡に合わせるなんて神業の難易度は更に跳ね上がる。

 

『メジロランページ、急坂を全く苦にせずに駆け下りて行く!この最悪の天候と不良バ場も彼女には関係ないのか!?』

 

「お婆様……全てを、任せているのですか?」

「当然でしょ。これはあの子レースだもの、私のあれこれをあの子に背負わせるなんて野暮な事はしないわ」

 

スピードシンボリ、凱旋門に初挑戦したウマ娘。その結果は着外という完敗……世界との力の差を見せつけられる結果になった。故に今回トレーナーになったのはそのリベンジだと評する有識者もいたが……彼女にはそんなつもりは全くない。自分の凱旋門は終わったのだ、何時まで年寄りが出しゃばり続けるのは新しい世代が生み出す世界を阻害するだけ。

 

「行きなさいランちゃん、日本の悲願なんて如何でもいい。貴方は貴方自身の為だけに走り続けなさい」

 

その言葉はランページに届いていた。まるで聞こえていたかのように口角を持ち上げた。

 

「そうするつもりだぜスーちゃん、俺は俺だ―――メジロランページだ!!」

 

『さあ坂を越えていよいよ偽りの直線へと入ります。此処ではまだ我慢しなければなりません、なりませんが―――な、なんとメジロランページ全く減速しない!!一息すら入れません!!坂を下りたままの速度を維持して偽りの直線の直線を駆け抜けていきます!!』

 

「あの人は、どれだけ、タブーを犯せば、気が済むんだ……!!」

 

前年度覇者は思わず毒づいた。自分が制覇した時はトレーナーにも口を酸っぱくするほどに注意を受けた。坂でペースを上げ過ぎてはいけない、偽りに惑わされるな、それを守って自分は覇者になったのにあれは全く自分とは真逆に走っているではないか、まるで自分のやり方が間違っていると言わんばかりの走りだ。

 

「否定ではない、あれがあの人の走りなんだ」

 

オルタがそう呟いた言葉がよく聞こえた。彼女は笑っていた、困った笑いでも苦しい笑いでもなくシンプルに称賛する爽やかな笑みだ。

 

「どんな場面でも自分は自分だと叫ぶように挑戦する、あれがあの人の戦法なんだ……だからこそ強い、だから私は―――挑む!!」

「ホントに凄いよね!!僕も負けてられないや、さあカーテンコールの時間だよ?共に称賛の声を聞こうじゃないか!!」

 

真っ先に飛び出していく二人、最悪すぎるバ場故に偽りの直線だろうとも今からスパートを掛けなければ絶対に追い付けなくなっている。二人は飛び出していく、オルタは残されたランページの足跡を踏み込んで加速の土台にし、ナハトはオペラのような騒がしさを見せながらも加速を開始する。それにオッターとチャージも続く。

 

「下はあっても中は居ない!!さあこっから盛り上げてこ~!!」

「そろそろ巻いて行く頃合……!!!」

 

二人は全く同時に加速している。僅かにオッターの方が早かっただろうか、だがチャージの加速と速度の伸びも恐ろしいものがある。全員が自分の走りに入っている中でエルグッツは理解した。自分はランページに勝つ為だけに完成させた走りをしているが、それは完成度で言えば自分の本来の走りよりも劣っている。自分らしく走る……それが一番だと分かった。

 

「ええい全く、貴方はどんだけ私の常識を揺るがすのか、なら純粋に―――貴方に勝ちたい!!」

 

その思いと共に走りが変わる。まだ無理にでも軌跡を追おうとしていた気持は消え去った。純粋なエルグッツとしての走りが先頭を駆け抜け続けていくランページを追っていく。それを感じているランページ、後方から一気に迫って来る気迫、領域の気配、様々な物が迫って来るのにゾクゾクと武者震いがしてくる。

 

「さあ、勝負だ。俺と最高のレースを―――やろうじゃねえかぁ!!」

 

『さあ直線だ、ラストの直線に入った!!ロンシャンの直線は長いぞ、メジロランページ先頭!!後方からはオルタナティブセブンがぐんぐんと伸びて来る、オッタージャーニーも上がってきているがディープチャージが飲み込んだ!!ナハトフォーアハングがウチを行くが、後方とは5バ身!!縮まってきている、頑張れ、行けぇランページ!!』

『あと少しだ頑張れぇ!!!』

 

日本の実況と解説者は、溜まらずに自らの役割を完全に放棄してしまった。そして視聴者と同じ存在と化した。あと少しだ、本当にあと少しなんだ!!

 

「いっけええええラァアアアアアアン!!!」

「先輩行けええええ!!!」

「あと少し!!!粘れ!!!」

「最高のタイマンを見せてくれぇ!!」

「あと少し、頑張ってぇえ!!」

「ランページさああああん!!!」

「いっけええええええ先輩ぃぃぃぃ!!!」

「頑張れぇぇぇぇ!!!」

「お姉様ぁぁぁぁ!!!」

「行けっ、行ってください―――ランページさん勝ってくださいい!!!」

 

「うおおおおおおらあああああああああ!!!!!」

 

亡き魂よ、共に暴れよう。

 

我、熱狂の渦を巻き起こす!!

 

 

『メジロランページ、此処で、此処で伸びる!!!いける、行けるぞメジロランページ!!変わらず先頭、4バ身をキープ!後100m、オルタナティブが迫る、いやエルグッツが差し返す!!ディープチャージも粘る!!?エルグッツか、凱旋門の覇者が来るのか!?迫るのか、いやこれは迫り切れない!!これは差し返せない!!今、メジロランページが―――先頭でゴォオオオオオオルイイイイイィィン!!!!やったあああああっメジロランページ一着、メジロランページ一着メジロランページ一着ぅぅぅっっ!!!!』

『遂に、遂に凱旋門に日の丸が掲げられたぁぁぁあ!!!!』

 

この時、日本中から大歓声が沸き上がった。夜中なんて関係ない、夜は一瞬にして不夜となった。

 

『あああっ遂に、遂にこの時が……スピードシンボリが、メジロムサシが、シリウスシンボリが、日本のウマ娘が挑んできた凱旋門。何度もその挑戦を阻み続けて来た凱旋門の扉が……遂に開かれました……!!四度目の挑戦で、遂にで日本ウマ娘が凱旋門を制しましたぁぁぁ!!!そして、えっ!!?嘘でしょ!!?レ、レコードです!!メジロランページ、凱旋門の舞台でレコードを達成しました!!しかも、この、このタイムって……』

 

刮目せよ、これが日本の暴君だ。その走りは単純明快、最初から最後まで先頭で居続けた。余りにも単純、だがそのシンプルさ故にこの結果が現れた。

 

【2:21:3】

 

『2分21秒3……これは、このタイムは……ワールドレコード、ワールドレコードです!!!ジャパンカップで自らが打ち立てた世界最速の称号、ワールドレコードを自らの脚で更新しましたぁぁぁぁ!!!日本にとっての悲願、夢の舞台で、文字通りの世界一の偉業を成し遂げたぞメジロランページィィィィ!!!!』

 

大雨が降りしきる嵐の中、ランページは荒い息を吐き続けながらも空を見上げていた。全身に纏わりつく勝負服と汗、そして疲労……だがこの時ばかりはそんなものは感じていなかった。成し遂げた、自分はやったのだ……凱旋門を制覇した。その喜びだけが身体を突き抜けていた。頬を大きく持ち上げ、天目掛けて掲げられた3本指。欧州三勝目、そして―――ランページは世界最強の名を最速の名と共に手に入れた。



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250話

「お帰りなさい、ランちゃん」

「ただいまスーちゃん」

 

ゴール後、ランページはスーちゃんの元へと戻った。互いはそれ程までに声を掛けなかった。ランページの疲れを慮ってという訳ではない、必要以上に言葉を必要としない程に二人の間には確りとした絆があるのである。お帰り、ただいま。その言葉だけで労いには十分過ぎた。

 

「この後インタビューだろ、さっさと終わらせようぜ。どうせこの雨だ、ライブは出来ねぇし」

「どんどん酷くなってるみたいだものね~」

 

ロンシャンに降る雨は更に激しさを増していく、それはランページの伝説を打ち立てた事を祝しているのか、それとも成し遂げたことによる世界の混乱を予期しているかのようにも思える。故にライブは中止となった、楽しみにしてたファンもいたがこういった事を容認するのもファンという物だ。ランページはインタビューの前に軽くシャワーを浴びる、冷え切った身体を温め直した後、予備の勝負服に袖を通した。と言っても同じデザインの勝負服だが。

 

「こういう時ばっかりはURAに配慮するべきなのかね」

「別にしなくても良いと思うわよ?」

「だよな」

 

そもそもが別デザインの勝負服を持って来ていないのでどうしようもない訳だが……そんなやり取りをしていると扉がノックされた。誰かと思ったが、聞き覚えのある猫の声が聞こえて来た。それを聞くと入ってくれと通す、訪ねて来たのは勿論―――理事長とハテナ、そしてルドルフだった。

 

「祝福ッ!!!見事、見事としか言いようのない勝利だったぞ!!」

「おめでとうランページ、ああっもっと言葉を尽くすべきなのかもしれないが他の言葉が出てこないな……」

「あんがとよ、変に取り繕う必要もねぇよ。シンプルイズベストっていうだろ」

「ミャァ」

「おおっハテナもおめでとうって言ってくれるのか~」

 

妙に格式ばった祝福をされるよりにも余程嬉しいものがある、特ににゃんこからの祝福は嬉しい。自分も何か動物でも飼おうかなと思う。

 

「日本の悲願、ウマ娘関係者が思い描き続けて来た夢、それを実現する時が来るとは正しく感無量!!」

「ええ。大願成就……君だからこそ成し遂げられた事だ。おめでとう」

「へっほめ過ぎだぜ会長、照れて頬っぺたが赤くならぁ」

「さて、ランページこの後の予定を聞いても良いだろうか。日本に戻る日程も聞いておきたい、凱旋門制覇記念のパーティはトレセン学園一同を上げて盛大に祝わせて貰おう!!勿論、私持ちだ!!」

「理事長、シンボリ家を外して貰っては困りますよ?お婆様がトレーナーだったのです、その権利位はあるでしょう?」

「あらあらっそれだったらメジロも混ぜてあげないとアーちゃん辺りが怒りそうね♪」

 

盛り上がりを見せる話に自分も笑みを零してしまう、何せ凱旋門制覇したのだからこの反応も当然だろう―――だが、その喜びはもう少し取っておいてもらう事にしよう。

 

「まあその話はまた後で、先ずは―――世界中にドヤ顔してきますぜ、日本を極東の島国だってバカにして来た連中に。タブー犯して勝たれた気分どう?って」

「ハハハッ!!それは良いな、実に愉快!!」

「それは、また日本政府とURAが胃を押さえそうだから勘弁してやってくれ」

 

二人がそれぞれの反応をしているのを背中で受けながらもスーちゃんと共に控室を出ていく。

 

「いいの言わなくて」

「どっちみちだよ、早いか遅いかの違いしかない。致命的な事でもないんだから良いでしょ別に」

「ランちゃんって結構ドライな所あるわよね~」

「育ち悪いからな」

「こらっそう言う事言わないの」

「へ~い」

 

そんな事をやりながらも到着した部屋では入った途端に浴びる様なフラッシュを浴びる事になった。

 

「目がぁああああ!!!」

『っ!?』

 

とそれに思わず多くがやべぇっ!!?と思う中で日本の、ランページお気に入りの出版社の記者だけは素早く

 

「「ムスカ大佐!!」」

「狙ってた訳じゃねえけどマジで眩しいから言っちまった……つうかこんな明るい部屋でフラッシュ焚く意味あんの?あと反応早いなおい」

「「長い付き合いですし」」

「ですよね~」

 

と最早友人とのやり取りにしか見えないような事も平然とやるランページと記者たち。これが世界生放送の勝利インタビューなのは完全に忘れられている。が、そこはスタッフが強引に場の空気を真面目な雰囲気に戻す。

 

「それでは、凱旋門賞を見事に制覇したメジロランページさんにインタビューを行いたいと思います!!」

 

その言葉を皮切りに記者やTVスタッフがコメントを取ろうと一斉に声を上げるのだが、正しく世界中の人間が一斉に言う為に言語の万博博覧会状態だ。流石に複数言語を修得しているランページでもこれは聞き取れない。幾ら聖徳太子でも別々の言語の言葉が飛んで来たら対応出来ないだろう。見かねた進行役のお姉さんが静粛にと叫び、此方で指名させて貰うと言いながらその役目を自分に回してきた。ナイスパスと内心思いながらも静かに手を上げてお気に入り記者を指名する。

 

「凱旋門制覇おめでとうございます、この勝利を誰に捧げたいと思っていますか?」

「誰にか、難しい質問だけどやっぱ南ちゃんだな。何だかんだ言われても南ちゃんが俺のトレーナーになって無かったら此処に居ねぇ訳だしな、スーちゃんに感謝してないって訳じゃないぜ、そこんところ分かってるな」

「当然です。配信でもこの事については触れられますか?」

「触れねぇ方が可笑しくね?というか、配信した段階でおめでとうコメで埋め尽くされそうだな。なんか企画でも考えるかな」

 

到底、凱旋門制覇インタビューとは思えない程に緩い空気がそこにあった。この場に相応しくないと思うメンバーがいる反面、その記者の肝座り方とランページに全面的な信頼を預けられている事が良く理解出来る。自分達もそうなりたいと思う中で、もう一社の記者にバトンがパスされた。

 

「ワールドレコードを更新されましたけど、本当に貴方はレコード更新を容易くなさいますね。何かコツでもあるんでしょうか?」

「ある訳ねぇだろうが、あったら俺が真っ先に実践して配信で拡散してやるわ。というかアンタら本当に普段の取材と変わらねぇノリで話しかけるな、此処何処か御分かり?凱旋門のインタビュー会場だぜ?」

「貴方に言われたくないです」

「ハッハ~正論パンチやめれ」

 

ランページもランページで気分がいいのか、真面目に取材受けようかなぁ~と思っていたのに口が緩んでしょうがない。周囲の目は何だこいつら……と最早畏怖を孕んだ物へと変わりつつあるので流石にやめた方が良いかなとスーちゃんに視線をやるがそのままでいいというサインが帰って来るのでそのままで行く事にする。

 

「では好い加減に定番ネタを―――次走についてのスケジュールをお聞きしても宜しいでしょうか」

 

来た!!と現地、放送を見ている全員がそれを思った。誰もが気になるこれからの予定、こうなると帰国して休養からの有記念か、それともトゥインクルシリーズからドリームトロフィーリーグへの移籍か、それとも海外戦線継続か。誰しもが気になっていた。それについてはランページは喜んで口を開いた。

 

「そうだな、凱旋門を制覇した訳だし欧州はこれまでかな」

 

それを言うと納得の声が漏れる。となると矢張り帰国か、それが一番ベターだろう。そうなると……矢張り日本最大のG1である―――

 

「何勘違いしているんだ、俺の海外遠征は終了してないぜ」

『えっ?』

 

思わず、全員の心が一つになった。お前は何を言っているんだと言わんばかりの表情が見えた、それを愉快そうに見つめながらもランページは腕を立てた。

 

「そうだ、まだ終わっちゃいない。これで終わらせちゃいけねぇ……なぁっ……鍛造は済ませたか、三女神へのお祈りは、ダートの上を駆ける俺と勝負する心の準備はOK?」

 

明確なメッセージ、それはアメリカに居る二人へと向けられている、その言葉の意味、即ち……

 

「俺の次走はアメリカ、ブリーダーズカップクラシック。だからよぉっ俺と走ろうぜ……全力でな」

 

 

「望む所です、私の刃も十二分に研ぐ事が出来た……勝負の時」

 

レディセイバー。アメリカ戦績、5戦2勝。優勝レース、ハリウッドゴールドカップステークス(G1) パシフィッククラシックステークス (G1)

 

「遂に、来た……再戦の時が……!!!やるぞぉおおおお!!!」

 

アメイジングダイナ。アメリカ戦績、4戦2勝。優勝レース、ジョン・A・ネラドステークス(G2) ジョッキークラブゴールドカップステークス(G1)

 

ドバイでの敗北を糧にアメリカに渡った二人は明確に強くなっていた。ランページに注目が集まりがちだが、この二人の勝利も日本では確りと報道され、日本ダートウマ娘を熱くさせた。そしてそんな二人とランページが再び戦う事にまた熱くさせる。



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251話

「という訳なんで、祝勝会は帰国からしてくださいや理事長」

「説明ッ!!我々に説明を要求する!!」

「私も是非とも聞きたい」

「凄い圧掛けて来るねぇハテナ」

「ミャァ」

 

インタビューに応えたランページは一旦控室に戻ってスーちゃんと合流しようとしたのだが、そこで理事長とルドルフに詰められる事になってしまった。想像以上の圧にハテナに愚痴を零す、因みにハテナはランページがいる時には頭に乗るようになっている。

 

「説明も糞も無いでしょ、あそこで語った事が全てですよ」

「ムゥゥゥッ……君は一体何処まで行くつもりなのだ?」

「俺の行きたい所にですよ」

「その答えが正しく君だな……」

 

流石のBCクラシック挑戦の表明には理事長も頭を抱えていた、シンプルにこのまま自分達と帰国する物だとばかりと思っていたので色々と手配を進めてしまっていたのだが……その変更やらをしなくてはいけなくなった。ルドルフは語った言葉、ダートで走るという言葉から何とか答えを捻出しようと必死になった。

 

「君は、アンブライドルドとの再戦を望んでいるのか」

 

エルグッツというジャパンカップでの前例を踏まえて考えると考えられるのはダート最強の称号を手に入れたアンブライドルドとの再戦、アメリカという彼女のホームグラウンドでの再選を望んでいるのでは―――と思ったのだが

 

「ルドっさん?いや別に」

「……あれぇ?」

 

全く以て的外れだった為か、思わずルドルフも変な声を出してしまった。まあこればっかりは分からなくても当然だろう。

 

「俺の相手は―――レディとダイナ、この二人だぜ」

「おおっ!!あの二人か、初のアメリカG1制覇を成し遂げてくれたあの二人とのか!!」

 

同じドバイワールドカップに出走した仲の二人、そのレース後に決めた事。レディは自らの刃を鍛える為の武者修行としてアメリカへ、ダイナはかしわ記念で勝利を挙げてから宣言通りにアメリカへと渡っていった。アメリカに渡った理由は唯一つ、ライバルに勝つ為の強い自分を作る為だけ。レディはアメリカG1を日本ウマ娘として初勝利という栄光を勝ち取った、だが当人はそんな事はインタビュアーに指摘されるまで全く気付かず、興味も見せなかった。

 

『―――ああそうか、私が初勝利だったのか……まあ頂いておきます。これはこれであの人に並べる物を作れたことでもありますし』

『い、意識はされてなかったと?』

『全く。武者修行の為にアメリカに来た訳ですから』

 

貰えるものは貰っておく程度のスタンスだったレディ、アメリカでは日本のウマ娘がまたやったぞ!!と話題になり、それは日本にもやって来た。生憎、自分のせいで自分ほどの話題にはならなかったらしいが……ダート界隈は大盛り上がりだったらしい。それに続いてダイナもアメリカに殴り込みを掛けて結果を出している。

 

「俺にとっては二人はダートの絶対的なライバル、二人が俺と戦う為にアメリカで鍛えた力を肌で、走りで感じたい……それだけです」

「成程、私としてはそんな言い方をされてしまっては口を挟む事は出来ないな」

 

ウマ娘にとってこれ程までに闘争心を掻き立てられる物はないだろう。ライバルと最高の舞台と競いたい、それだけで理由としては十分過ぎる。理事長も納得!!と頷いた。

 

「しかし、かなりのハードスケジュールではないか?休養を踏まえると全く時間が無いが」

「エリ女からジャパンカップとかチャンピオンズカップに比べたら時間あるから余裕っすよ」

「君の場合それを引き合いに出せるのが極めてズルいな」

 

これまでハードスケジュールばかり組んで来たランページ、それによって身体は鍛えられているのか回復力も高くなっているので恐らく問題はない。この後は一旦アイルランドに戻ってそこで徹底的な回復メニューに勤しんでからアメリカに行くスケジュールになっている。

 

「では、君は日本には戻らずにアメリカに行くのか?南坂トレーナーに会わずに」

「会っても良いんだけどねぇ……そうしたらスケジュールがキツいだろうからパスしときます、向こうだってその位は分かってるだろうし……ライスとタンホイザの菊花賞にも間に合わせたいしな」

 

BCクラシックの日程は10月31日。そして菊花賞は11月8日。極めてギリギリ、ライスの晴れ舞台を見逃すなんて事はお姉様としてはあってはならないのである。それを聞いて理事長とルドルフは一瞬呆けるが、直ぐに微笑ましい表情を浮かべた。

 

「君は本当に後輩思いだな」

「ウムッ!!このような偉大な先輩を持てたカノープスは幸せだな!!」

「褒めても何も出しませんぜ、凱旋門制覇記念トロフィーは南ちゃんへのお土産にするって出国する前に決めてるんで」

「本当にランちゃんは南さん大好きっ子よね~」

 

一番温かい視線を投げかけて来るスーちゃん。彼女からすれば孫同然の子がライバルとの対決の為にハードスケジュールなんて関係なしに渡米をしようとしているのだから色々と込み上げてくる物がある。本当にこの子は何処まで自分達に夢を与えてくれるのだろうか。

 

「これで勝ったら、ランちゃんは正真正銘の芝ダートの世界王者ね」

「芝って凱旋門だけで認定されるもんなの?」

「あの最悪の不良バ場でワールドレコードを出されたら認めるしかないと思うよ」

 

困った顔でそう語るルドルフに言われてみたらそうかと納得する。我ながら本当にとんでもない事をしてしまったのだな……と思った、まあ反省も後悔もしていない。

 

「さてと、理事長と会長時間あります?」

「時間?ああ、数日は此方に居る予定だった上に完全なオフにする為に頑張って仕事をしたからな」

「私もだ」

 

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、勝利の凱旋!!奇跡、神秘、真実、夢、誕生!!無敵の~すんごい伝説、なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

「おはこんハロチャオ!!一度言ってみたかった!!日本トレセン学園理事長、秋川 やよいである!!」

「おはこんハロチャオ、此処に来るのは結構久しぶりだな。シンボリルドルフだ」

「おっはこんハロチャッオ~♪スピードシンボリこと皆大好きスーちゃんよ~♪」

「今日は凱旋門制覇記念という事でこのゲストでやってくぞ~♪皆の者、ついて来れるかな~?」

 

視聴者は問題なかった、サーバーが駄目だった。



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252話

メジロランページのBCクラシックへの挑戦は瞬く間に世界に伝播していった。凱旋門始まって以来所か、欧州競バの中でも一二を争う程の最悪のコンディション、それによる雨と風、不良バ場という状況でワールドレコードを叩きだした事で間違いなく芝最強ウマ娘という称号を確固たるものにしたウマ娘がまさかのアメリカ遠征を表明。ドバイワールドカップに続き、BCクラシックの制覇を目論んでいる。

 

確かに、春のダート最強決定戦であるドバイワールドカップを制覇している彼女からすればBCクラシックを取れば紛れもなく、芝ダートの最強の称号が手に入るだろうが……そんな事などは如何でもいいのだ。ランページにとって重要なのはもっと別、ライバルとの最高の舞台との鎬を削る事。

 

「そうだ、まだ終わっちゃいない。これで終わらせちゃいけねぇ……なぁっ……鍛造は済ませたか、三女神へのお祈りは、ダートの上を駆ける俺と勝負する心の準備はOK?」

 

その言葉に全てが集約されていたと言っても過言ではなかった、そしてそれは正しく受け取られた―――が、それは受け取った二人だけではなかった。

 

フランス

 

「……凱旋門だけではなく、そう来るのね。フフッ素敵ね、私も貴方ともう一度競い合いたかった……だから、勝手だけど挑戦させて貰うわ」

 

ニュージーランド

 

「すっごい~!!ターフに出ようと思ってたけど、ランページ出るならこっちにしよっと!!急すぎる変更だけど、トレーナーならいいよって言ってくれるもんね♪」

 

ドイツ

 

「……そう来るかい、なら俺だってそっちに乗り込んでやろうじゃねえか!!待ってろ、三度目の正直って奴だ!!」

 

一方的ではあるが、ランページの事をライバルだと認識し彼女に勝つ事を目標にして走り続けて来たウマ娘は他にも居る。そんな彼女達にも火をつける結果となったが、それを聞いたとしてもきっと彼女は笑うだけだろう。最高のレースが更に素晴らしいレースになるな、という言葉を返してくれるに違いない。

 

「うえ~んランページさん行かないで~……!!」

「無茶言わんでくれファイン、そもそもアメリカ行かないと仮定したとしてもどうせ俺日本に帰るんだからよ」

「それはそれこれはこれ~!!」

「誰だよ姫殿下にこんな言葉教えたの」

「は~い」

「スーちゃん自重して!!」

 

アメリカ行きの為にアイルランドで集中的な休息に取り組んでいるランページ、と言ってもBCクラシックまでもう一か月も無いので時間はない。明日にはアメリカに向けて出発する予定、それ故にファインは大泣きしながらランページに抱き着いて何とか引き留めようとしている。史実のファインモーションと同じく、ウマ娘のファインも寂しがり屋で一人で放牧された時は啼いていたので一緒に放牧された馬もいた。

 

特にランページがアイルランドに居た時は基本的に殆ど一緒だった上に日本食を作ってくれたり一緒にゲームをしたり、配信などもやったりしていた時間はとても楽しかったので、ファインはいずれ来るかもしれないと分かっていたが故にランページがいる日々を毎日毎日全力で楽しんでいた。そして間もなくそれが終わると解ると本気で泣いた。

 

「もっと一緒に居たい~!!」

「無茶言わんといてぇ……」

「済まないランページさん……我が妹が……」

 

流石のピルサドスキーもこれには頭を抱えてしまう。彼女もランページがアイルランドから出国してしまうのは極めて寂しいが、致し方ないと割り切っている。

 

「ファイン、これ以上ご迷惑をかける事は私も許せない」

「だって、だってぇ……」

「ファインッ」

 

思わず語尾を強めてしまった、それに怯えるようにファインはランページに抱き着く力を強めた。まだ幼いファインからすればランページは王族云々を全く気にしないし一緒に居て本当に楽しい親友なのである。これが今生の別れという訳でもないのは分かっているがそれでも寂しい事は寂しいのである。そんなファインの頭を撫でてやりながらも目線を下げる。

 

「ファイン。別にこれでバイバイって訳でもない、連絡先は知ってるし電話したい時は何時でも掛けて来て良い」

「でも、でもぉ~……」

「俺はこれから戦いに行かなきゃいけないんだ、最高のライバルが待ってる舞台によ」

 

ファインが自分を親友だと言っているように自分も彼女の事は親友だと思っている、確かに寂しくはあるが此処で立ち止まっている訳には行かない。

 

「なあファインよ、何時か日本のトレセンに来ないか」

「日本に……?」

「ちょっとお耳を拝借」

 

ファインは耳を貸した、そしてこしょこしょと内緒話をする。スーちゃんとピルサドスキーは必死に聞き耳を立てるが、相当に小さい声なのか聞こえてこない。その代わりにファインが吃驚しているようなか顔を作ったりワクワクしたような顔になったりと百面相をしているので何やらすごい話をしているのだけは察する事は出来た。

 

「という訳だ、Do you understand?」

「うん分かった!!じゃあ約束、破ったらアイルランドに嫁いでもらうよ!!」

「でけぇな代償!!?重すぎるわ流石に!!精々ラーメン奢る位だ!!」

「じゃあそれで!!」

 

何やら楽し気なやり取りをした後に、ファインは納得したように離れた。まだ心残りがある様だったが……それでも離れた。

 

「あの、何を話したのでしょうか?」

「んっ~ちょっちな、未来の姫殿下が日本留学してくれたら嬉しいな~って話」

「うんそういう話」

「「ねっ~♪」」

「何々~スーちゃんも混ぜて~♪」

「くぅぅぅぅっこうなったら私も日本に留学しない訳には行かないな!!」

 

そんな騒がしくも楽しいひと時を過ごした後、アイルランドでの最後の配信を行った。ファインは時折、寂しそうな顔を見せていたがそれでもそれを振り切る程に楽しい思い出になった。そしてランページは翌日、アメリカへと旅立った。親友が行った空を見上げながらもファインは胸に当てた手を握り込みながら、ランページが走ったコースを走った。

 

「しんゆ~が吃驚する位凄いウマ娘になるぞ~!!」



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253話

独裁暴君、自由の国へ

芝ダート、完全統一へ挑む

 

そんな仰々しい見出しと共にプライベートジェットから降り立つランページの姿をとらえた写真が載せられている新聞を広げているライス。尊敬と敬愛、憧れ、様々な物を抱いているお姉様のアメリカ到達に遂に着いたんだぁ……という不思議な気持ちが沸き上がって来てしまった。

 

「あっライス如何したんだ?」

「新聞買うなんて珍しいね」

「あっターボさんにネイチャさん、うんっ購買で目に入ったから買っちゃったの」

 

カノープスの部室で広げていたのもあるが、やって来たターボとネイチャの目にもそれは当然のように止まった。

 

「いやぁホントにランってば何処まで行くつもりなのかねぇ……」

「ターボも負けてられない!ターボも来年は海外に挑戦する!」

「簡単に言うなって、簡単なもんじゃないしトレーナーへの負担とかどうすんのよ」

 

そんなじゃれ合いをしている中、ライスは愛おし気にランページがカメラに気付いて腕を立てている写真を撫でた。本当に凄い、自分の事を信じられないと告白して代わりにライスを信じる自分を信じろと言われた時からずっとあんな風になれたら、と思っていたが……何処まで高みに駆けあがっていくんだろうか……。

 

「失礼しますっと、何やら楽しそうですね皆さん」

 

そこにやってきた南坂にターボは海外遠征したい!と宣言、南坂はそうなるとまた代理を探さないといけませんねぇと返し、ネイチャは真面目に受け取っちゃ駄目でしょとからかいを含めた言葉を掛けてターボに何を~!?とじゃれ合う。そんな光景を見つつ、ライスはランページの事を思う。

 

「頑張ってね、お姉様」

 

 

 

「という訳でやってきました自由の国アメリカ、USA!!」

「テンション高いわね~」

 

アメリカにやって来たランページのテンションは基本的に高かった。一回で良いから来てみたかったという気持ちがある、まあその内情はバカみたいにデカいハンバーガーを食べてみたいという極めて俗物的な理由ではあるのだが……今回の目的はBCクラシック出走の為。

 

「これで勝ったら、紛れもなくランちゃんが世界王者ね」

「そんな偉ぶる気はサラサラないけどな、これでも小市民なんでね」

「メジロ家の御令嬢よ貴方一応」

「こんな柄の悪い令嬢が居て堪るか」

 

と軽く悪ぶってみせるがランページも事の重大さは理解している。事実上この競走は世界のダートチャンピオン決定戦といいほどのスーパーレース。ドバイワールドカップ、そして凱旋門を制覇しているランページがこのレースを制覇すれば……芝とダート、その双方の頂点を極めた事になり得てしまう。当然ダート競争の本場であるアメリカは総力を決して阻んでくるだろう。しかし、それもランページを掻き立てるカンフル剤にしかなり得ない。それ程までに今のランページは出来上がっている。

 

「さてと……あっランさん!!」

「おっダイナじゃねえか」

 

ホテルへと到着したランページ、早速受付を済ませようと思ったのだがそこで会ったのは丁度戻ってきたダイナであった。ダイナは嬉しそうに駆け寄るとランページとハイタッチをする。

 

「アメリカでもレディと一緒に暴れ回ってるらしいな?」

「いやぁ連対外してないレディさんに比べたら私なんてまだまだですよ」

「そう言いながら貴方だって掲示板外してないわよね?」

「ア、アハハハハハッ……」

 

アメリカでの戦績は4戦2勝。しかしその成績は決して悪くはない、初戦は4着、続いて3着と来てそこから連続で1着を取っている。レディはレディで1着を取れていないレースは全て2着でアメリカ遠征中は連対率100%という事をやっているがダイナも十分過ぎる程に優秀な部類である。

 

「凱旋門、おめでとうございます。あのインタビュー見て私も滾りましたよ」

「そりゃどうも、決着を付けてやるぜお前と」

「望む所ですよ」

 

レディとダイナはある種畏怖の目で見られている。何故ならばアメリカにいる間もずっと自分はランページに勝つ為の修行の為に此処に来たと公言していたから。世間一般的にランページへの評価は怪物か化物、そんな相手と真っ向から戦おうとしている二人は恐れられている。

 

「それでいつ練習には顔を出します?私はもう今日は終わりなんですけど」

「流石に来たばっかだからな……今日はじっくり休んで明日から―――「ダイナ!!」あん?」

 

自分の予定を話そうとしていると一人のウマ娘がダイナに向けて駆け寄っていった。ウルフカットの赤みがやや強い黒鹿毛をした人懐っこそうな笑みを浮かべている彼女はダイナに向けて声を掛けた。

 

「今日はもう終わりなの?明日も一緒にトレーニングしよ!!」

「勿論!!」

「なんだ元気な友達が居るもんだなダイナ」

「えへへっそう言われると照れますな~」

 

と頬をかく彼女をダイナが紹介してくれた。

 

「えっとこの子はこの前のレースで一緒に走って友達になったインディです」

「どうも~エーピーインディで~す」

「応、メジロランページだ」

 

エーピーインディ。史実ではシアトルスルーの代表的な後継種牡馬として知られる名馬であり日本のダート界にも大きな影響を与えており、その産駒にはシンボリインディも存在する。G1とG2の重賞を含む7連勝を達成しており、ランページが出走するBCクラシックで勝利し、エクリプス賞年度代表馬にも選出された。

 

ダイナは彼女とはジョッキークラブゴールドカップに出走した際に激突し、この時はダイナが勝利を飾っている。その縁で仲良くなったらしい。

 

「貴方がメジロランページかぁ……ダイナがね、貴方に勝つ為にアメリカに来たって凄い言ってるんだよ」

「おいおい、何宣伝してんだ」

「いやだって事実ですし」

「でも私は感謝してるよ」

 

唐突な言葉にランページは驚いた。それに対してインディは真っ直ぐな瞳見据えながら言った。

 

「私、ダイナに負けたんだ。絶対に勝てるって望んだレースで、だから私はダイナに勝ちたい。その為にBCクラシックに出る、悪いけどダイナと勝負するのは私だから」

 

ランページの事は意識しておらず、ダイナのライバルは自分だと宣言する。初めての経験だが笑って応える。

 

「いいぜ、だけど俺もダイナのライバルのつもりでいる。簡単にライバルの座を譲ってやる程、俺は優しくはねぇぜ」

「ならば走って奪うのみ!!これから一勝負どう!!?」

「アメリカ着いたばっかりだからせめて明日にしてくんねぇかな」

「エ~!?今から勝負!!」

「ダイナ~お前のライバルに何とか言ってやってくれ」

「そこで私に振るの!!?」

 

そんなこんなでランページのアメリカ遠征の始まりは何とも賑やか且つ奇妙なスタートとなったのであった。この後、レディもやって来て一悶着あったりもしたが―――

 

「「「おはこんハロチャオ~♪」」」

 

三人で配信はやった。




h995様よりエーピーインディを頂きました。

史実馬ですが、採用させて頂きました。有難う御座います!!


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254話

「あ~あ、日本って本当に過ごし易かったんだって実感するぜ」

「ですよね~やっぱり気になりますよね、あれ」

 

ダイナも使用している練習場、十二分に身体を休める事が出来たランページは練習を開始したのだが……アメリカという国の凄まじさを改めて理解する事になった。練習場に無断で侵入しようとするパパラッチの多さ、それをアメリカで合流したエリックが選別したSP部隊が締めだすと今度は遠距離からの撮影に切り替えたのか如何にも御高そうな望遠レンズで此方を捉えようとしている。

 

「あいつら俺に何かあったらアメリカ揺れるって事理解してんのかね?最悪でも日本とドバイ、アイルランドが敵に回るんだぞ」

「か、考えただけで恐ろしい……」

「いや凱旋門勝ったから多分ヨーロッパ全体だな」

「本当に貴方に喧嘩売れる人っているんですかね」

 

軽く呆れたような瞳を向けるレディだが、彼女らも彼女らで此方で走っている間はかなり絡まれた。本当にこっちの事情なんて露知らず、金になる事ならばなんにでも首を突っ込むと言わんばかりの勢いで参ったものだ。ランページからエリックを紹介して貰って本当に助かったと思っている。

 

「ある意味喧嘩売ってるようなもんだろお前らも」

「私らは良いんですよ、別に貴方を害する事が目的ではない訳ですから」

「そうそう、健全なスポーツ精神故です」

「道理だな」

 

元々この練習場に入場制限はなかったのだが、ランページも利用するという事もあってアメリカ政府が直々に制限を掛けた。入場するのも大変だが、無許可で周辺に立ち入るだけでも待機している警察に声を掛けられる。それ程までに現在のランページの影響力というのはエグいのである。BCクラシックに挑戦という事もあってアメリカ行きの航空券は何処も売れ切れ状態、宿泊施設はパンク寸前、ウマ娘関連グッズ販売店は異例の売れ切れと入荷の奪い合いという事が起きている。

 

「しかし、ランページさんはBCクラシックが終わったらどうするんですか?」

「速攻帰国するけど、ライスの菊花賞に間に合わせないといけないから」

「ええっ……菊花賞ってマジで1週間しかないじゃないですか」

「エリ女からジャパンカップまで以上に時間があるな」

「それ言われちまったらこっちは閉口するしかないじゃないですか嫌だぁ……」

 

此処まで正しく無敵の戦績なウマ娘のランページ、そんな次の予定を聞いたらまさかの後輩の菊花賞の応援に行くというのだから驚くしかない。まあそれだけ優しいという事ではあるのだろうが……

 

「このアメリカでの引退もあり得ると?」

「ああ何だそっちか……」

「そっち以外に何があると思ってんですか」

「冗談だよ、さてな……ドリームトロフィーリーグに進む事も考えなくはないが、もうじき会長たちも引退するからなぁ……」

 

ドリームトロフィーリーグは文字通り夢の舞台、年に二回だけというのが気に入らないしまだドリームトロフィーのダートはまだまだ設置されていない。故か其方にはあまり興味はなく自分にとっては夢ではない。

 

「そうだな……実は一つ興味がある事があるんだよな」

「ほう?興味深いですね」

「どんな事なんですか!?」

「聞きたいか?」

「「勿論」」

「俺に勝ったら教えてやるよ」

 

悪い笑みを浮かべてから、知りたければ勝ってからにしろという彼女に自分達はならばその秘密を白日の下に晒す為にも自分達は走ろうじゃないかと笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

練習を終えたランページは汗を流すとホテルの展望台にその姿を見せていた。夜景を彩る光の数々、そんな輝きを目に焼き続けながらも二人からも質問されたこれからについて少しだけ考える。配信でも好い加減にしてやれよと冗談交じりに言われたりもする。自分だって何時までも走り続ける訳じゃない、何時か立ち止まる時は来るのだ。

 

「走り続けてないウマ娘は意味はない、か……パンクな哲学だ事」

 

少しだけモヤモヤしてきた気持ちを落ち着かせる為にハーブシガーを手に取るのだが―――自分に迫ってくる影に気付いて振り向いてみるとそこには自分とは程遠い御令嬢という言葉がとても似あうような美しい所作で挨拶をするウマ娘が居た。

 

『お久しぶりね、初めて会った時と少しだけ被っているような気もするわね……』

『お久、ダートだからもしかしたらアンタも来るんじゃねえかなっと思ってたがやっぱり来たな』

 

ドバイワールドカップでもやり合ったフランス出身のウマ娘の一人、リスフルーヴだった。

 

『相変わらず流暢なフランス語だこと、此方に来ても通じるわね』

『お褒め頂感謝の極みってね、趣味が高じて本場に認められるなんざこの上ない称賛だ』

『何処までも非常識なウマ娘ね……んんっ!!「此方の方が楽、なのでしょう?」

 

少々拙いが、日本語に切り替えたフルーヴ。前々から一度日本に行ってみたくて勉強はしていたらしいがドバイで敗れてからはそれを更に推し進めたらしい。僅かに可笑しい所はあるが、それでも十二分に聞き取れる。

 

「そっちも随分とうめぇな」

「話すのは何とかなるのよ、読みと書きがまだまだでね……なんで同じ読みであんなにも意味が違うのよ」

 

それは自分も思う、日本に住んでいても読めなかったり書けない文字なんて無数に存在する。そう思っていると彼女は静かに頭を下げた。

 

「凱旋門制覇、おめでとうございます。私も出れる物ならばあの舞台に出て見たかった、ですが私は貴方ほど万能ではないので」

「俺だって別にそこまでなんでも出来るって訳でもねぇよ、これに関してはある種の副産物みてぇなもんだ」

「それでも、私はもう一度あなたと走りたかった。そしてその為に私はこのアメリカに来た」

 

その瞳にあるのは敗北によるでもなければ自らの不甲斐なさから来る怒りでもなかった、純粋な敬意と挑戦、もう一度走ってみたいという気持ちがそこにはあったのだ。

 

「条件は同じ、だけど私はあの時とは違う。それだけはご理解願うわ」

「上等だ、その挑戦受けさせて―――「私のも受けて~!!」どわっちょぉ!!?」

 

背後から誰かから飛びつかれた、思わず前のめりになるが飛びついて来たそれは背中に抱き着いて離れない。誰なんだと思って後ろ見るとそこにはフルーヴと同じく走った間柄の戦友が居た。

 

「リンクス、お前驚かせんじゃねぇよ」

「ごめんごめん!!ランページ見たらすっ飛んできちゃった!!フルーヴも久しぶり~!」

「相変わらず元気というか無邪気というか……ええ、久しぶりねアームドリンクス」

「リンクスで良いのに~」

 

同じく、ドバイワールドカップで共に走り2着の好走をしたニュージーランドのアームドリンクス。

 

「いやぁ~ターフに出るつもりだったんだけどさ、ランがこっちに出るって聞いてこっちに変えたの!!」

「おま、それ大丈夫だったのか?」

「トレーナーは分かった、って言って直ぐに手続してくれたよ」

 

簡単に言う上にリンクスのトレーナーもサラッとやってしまったが、色々と一悶着あったらしい。だがそれらを感じさせぬようにリンクスのトレーナーは対処したとの事。やはり一流のウマ娘のトレーナーは一流という事なのだろうか……。

 

「あっそうだねえねえ聞いて聞いてよ、実はね私も配信始めたんだ~」

「あっマジで?」

「うん、個人の奴だけど。今はACの配信メインをやってるよ、ランみたいにフロムから企業案件来たらいいな~」

「俺のは相当にあれだったけどな……」

 

因みにランページは現在も任天堂公認配信者として活動中、偶に発売前の新作ゲームのプレイ配信を頼まれたりもする。

 

「ねえねえ!!配信やろ配信!!フルーヴもいる事だしドバイ組再集結って事で!」

「―――サラッと私も巻き込まれてるんだけど、私は別に興味は……と言った所でリンクスが逃がしてくれるわけが無いか……やれやれ貸1よ、その内何か返して頂戴」

「いいよ~それじゃあ決定!!」

「肝心要の俺の意見はガンスルーですかそうですか」

 

尚、反対はしない。そしてドバイ組を名乗るのならばレディとダイナも誘わなければ……とリンクスに手を引っ張られながらも溜息混じりに眉間を揉み解すフルーヴと共に歩みを進めるのであった。



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255話

「お久ブりです、ランページさン」

「おおっエリちゃんじゃねえか」

 

練習を行っているとそこにとある人がやって来た、ドバイでランページのSP隊長を務めたエリック。現在は改めて自分のSPに復帰、今はこのホテル周辺で警備を固めている。尚、メンバーは全員志願して自分のSPになりにきたガチガチのスーパーエリートばかりだった。

 

「ご活躍、凄カッたでス。アの凱旋門ヲ制覇するなんて……貴方のSPダといウ事は永遠に自慢出来まス」

「大袈裟だな」

 

割と冗談にはならないレベルで自慢出来る事だったらしく、アメリカに戻った際にはかなりの質問攻めを受けた上に是非とも今度は自分を推薦して欲しいという仲間で溢れていた程だった。妥協点という訳ではないが、ランページとの関係を築けるかもしれないという餌を見せ付けてレディとダイナの護衛任務の話を出してみると見事に大人数が釣れたので二人には十分な人数と相応しい経歴のメンバーを派遣する事が出来た。

 

「良い活用方法だな、そういう利用方法なら俺は万々歳よ」

「貴方なラソウ言ッてくれると思ってマシタ」

「俺の事分かってるんね~」

 

短期間とはいえランページの傍に居た為か、考え方は掴んでいる為かエリックはその辺りも心得ている。当然、ランページもその行いを責めるつもりは無いし、友の為になったのならば寧ろ称賛するべき事だ。

 

「因みにどんな経歴の奴がいるんだ?」

「レディさんノSP隊長は元SAS所属、ダイナさんの方ハ元グリーンベレーで」

「もう良い、なんつう面子が護衛やってんだよ……」

「宜しケれバサインをシテ頂けルと皆喜びます」

「ええ、書かせて貰いますよ……」

 

今回のアメリカ遠征でまたコネが出来るんじゃないかなぁ……とは思っていたが、エリックや南坂の事を踏まえたら既にアメリカにもとんでもない物とのパイプが出来上がっていた事を完全に忘れていた。アメリカに滞在中にFBIの長官がやって来て南坂と話をしたいと言われたりして……

 

「やめとけ、これ以上はフラグになるわ……」

「ランページサン、実はお願イが」

「エリちゃんが俺にお願いか、何々、親戚全員にサインプレゼントしたいとか?」

「ファミリーには是非……ではナく私ノ顔ヲ立てテ欲シいのです」

「顔だぁ?……ははぁ~ン上司さんに俺を連れて来いって言われたなさては」

「仰り通りデ……」

 

エリックもエリックで様々な柵という物があるらしい、ドバイでお世話になった上に友人の護衛も手配してくれたのだから彼の顔を立てる事に文句は何一つない。寧ろ力になれるのならば積極的に協力する構えすらある。

 

「ンで如何すりゃいいのよさ、こっから出掛ければいい訳?」

「イえ、此方のホテルに来テ貰えルそうなので、勝負服デ待機をお願いしマす」

「あいよ」

 

直ぐにエリックは電話を取り出して連絡を取り始める、その一方でランページは取り敢えず練習で掻いた汗を流す為にシャワーを浴びて勝負服を纏うのであった。そしてその人物と会う事になったのだが―――

 

「エリちゃん……俺の電話帳がえらい事になったんだけど」

「ウチのBOSSがスイません……」

 

 

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、勝利の凱旋!!内ラチ外ラチ攻めて、一切合切抜いて、誰一人も何一つも前をっ行かせる気はない、なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

 

取り敢えず配信をすることにした。

 

「今回は割かし久しぶりに俺一人の単独配信だぜな、いやぁここ最近はゲストが居るのがなんか標準になってたからすげぇ新鮮な気分なんだよね~普通の配信はこんな超ハイペースでゲストは来ねぇよな」

 

・本当に数ある配信系チャンネルの中でも異質だよな。

・ゲストの数異常なのもあるけどさ

・出て来るゲストが悉くレジェンド何だよなぁ……

・レディはアメリカで日本ウマ娘初のG1勝利だし

・ダイナもダイナでその後に続いてるし……

・やっぱり可笑しいよこの世代。

・レディは別世代定期。

 

「まあそんなこんなでアメリカからはいしんしとりま~す、いやぁ流石アメリカ、パパラッチだらけだわ。偶にニュースで過激なやつ見るけどマジでこんなんあるの?って思ってたらその標的にされるもんだから困ったもんだわ。アイルランドが如何に快適な環境だったかが良く分かったよ、まあその代わりに元軍人のSPがついててくれてるからその辺りは安心なんだけどな。尚、レディとダイナにはSASとグリーンベレーがついてます」

 

・アメリカに対する感想それかよ。

・まあ日本とかに比べたら過激な国だからなぁ……

・そりゃおめぇ

・国王陛下の御前に突っ込んでバカ騒ぎする奴なんていて堪るか。

・国の威信にかかわるしな。

・SASとグリーンベレー……?

・何それ怖い。

 

例えどんな状況に陥ろうとも平常運転なランページの姿に視聴者は心の中では安堵していた。欧州遠征と違ってアメリカ遠征は環境が違い過ぎる、完璧な防護体制が敷かれているのとはかなり差がある。故に心配もしていたのだが……如何やら不要な心配だったらしい。一切心配なんてしていないファンも多いが。

 

「さてと諸君、皆気になっている事があるよな。ああ皆まで言うな、分かってる分かってる―――このアメリカでまたとんでもねぇコネでも作ってんじゃねえだろなって事だろ?」

 

・いやそこじゃねえよ、それもあるけど。

・それだろ。

・天皇陛下にドバイの首長、アイルランドの国王陛下。

・お次は何だ?

・CIAの長官とか?

・洒落にならんわ。

・ああデュエルマッスルする

・それは超官。

 

「安心しろ―――俺は作る気皆無だったのに向こうから来たわ」

 

・し、死んでる……目。

・暴君の貴重なレイプ目。

・これには厄介ファン共歓喜不可避。

・ザマァ!!

・うわでた、早速出やがった。

・喜んでるところ悪いが、暴君がこんな目するって事は間違いなく大物だぞ。

・また国交が深まるのか。

・経済と国を回す個人。

 

思わずランページが目が死ぬほどの事があった。因みに、この配信を見ていたフローラはレイプ目のランページを見て、何か目覚めそうになるがそれより前に厄介ファンの特定作業を開始した。

 

「いやさ、今の俺のSPをやってるエリちゃんから上司に会って欲しいって言われたんだよ。ドバイでも世話になったしレディとダイナのSPを紹介して貰った恩もある訳でOKしたんだよ。ンで勝負服着てよ、ホテルのVIPルーム行った訳なのよ俺、そしたら何が待ってたと思う?これだよ」

 

そう言いながら画面にその時に撮った写真を公開する。許可は確りと取ってあるので公開する事は問題はない、ないのだが……。

 

・なんかウマ娘もいるな。

・ってアンブライドルドじゃねえか!!?

・マジか、チャンピオンズカップで戦った奴じゃん!!

・BC制覇した奴が何で……待てよそんなのが一緒にいるって……この三人もすげぇ人なんじゃ

・……きのせいかな、俺スゲェこの人知ってる。

・奇遇だな兄弟、俺もだ。

・わちき驚いた。

 

写真にはこんな物が写っている。肩を組んで笑顔のアンブライドルド、そんな彼女の後ろでニコニコ笑顔なスーツ姿の男性。ランページの後ろでは肩に手を置きながらいい笑顔をしながらサムズアップをしているナイスダンディとピースサインをしているおっさんがいる。

 

「ルドっさんの後ろにいるのはルドっさんの親父さんな、いやぁ……頭爆発するかと思ったわ」

 

・ファアアアアアアアアアアア!!!!?

・なんじゃこりゃああああああ!!?

・いやマジで何やってんだよ、本当に何で!!?

・ニュースですげぇ見た事ある面子じゃねえか!?

・何、ルドっさんってそんな大物の娘なの!!?

・これ大丈夫?公開して本当に大丈夫な奴?

・そりゃ頭爆発するわ!!

・レッツパアアアアリィイイイイイ!!!

・マジでそれじゃねえか!!

・アメリカ大統領じゃねえか!!?

 

そう、エリックが引き合わせたボスというのは……アメリカ大統領、アンブライドルドの父であるFBI長官、そしてCIA長官である。なんでも無理してスケジュールを調整して態々来たとの事。この後にはかなりのハードスケジュールが待っているらしいが、それに見合うだけの時間だったと三人から熱烈な握手を受けた。

 

「……南ちゃん、アメリカってフリーダムだな」

 

 

「大統領……せめて私に連絡してくださいよ……」

 

流石の南坂も頭を抱えた。そして増設、強化された筈のサーバーが死んだ。



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256話

水着タキオンが二人きました。


「知るかぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

爆音染みた叫び声が周囲に木霊した。叫んだ場所は練習場、走っていたレディやダイナも吃驚した足を止めてしまう程の大音量。それを発したランページの元へと二人は駆け寄っていく、何故ならばランページは酷く疲れたように項垂れて頭を抱えている、何か問題が起きたのかと焦るのも当然だ。

 

「な、何かありました!?」

「というかどういう声してるんですか揺れましたよ!?」

 

レースやらウイニングライブやらで心肺機能が鍛えられるウマ娘と言えど此処までの大声を発せられる物はそうはいないだろう。周囲を警護していたSP達も何事かと緊急事態に備える中、苦笑いを浮かべているエリックによって大丈夫だと諫められる。

 

「『如何なったらアメリカのスリートップと会談する事になるんですか好い加減にしてくださいよ政府よりも余程外交してるじゃないですかぁぁ!!』……だと?ンな事、俺が知るかぁぁあああああああああああああああ!!!!!」

「「ああっ……」」

 

その叫び声を聞いてレディとダイナ、そして周囲も理由を察した。先日、ランページはエリックの顔を立てる為に三人と会談した、だがその三人というのがとんでもない面子だった。エリックの上司と言われた、確かに言われた……だがそれがまさかアメリカのBIG3とは誰も思わないだろう。大統領、FBIとCIAのトップが揃い踏みという頭が可笑しい状況に流石のランページも本気で頭が狂いそうになった。

 

FBIはまだ分かる、いや冷静に考えたら全然分からないけど無理矢理に何とか飲み込むは出来る範囲だった。南坂は元FBIだし、アンブライドルドはその長官の娘な訳だし繋がりがない訳ではないのだ。だが大統領とCIAはどっから生えて来た、この三人が揃うなんてアメリカの有事か定例の何か位な筈だろう、それがスケジュール調整してプライベートで自分に会いに来た?もうマジで頭が沸騰しそうだった。

 

「別に俺が仕込んだ訳じゃねえんだぞ!?俺ただエリちゃんの顔立てようとしただけだぞ!?確かにボスだよ、BIGBOSSだよ!!だけどこの組み合わせはねぇわ、何、何で俺大統領にサイン求められたの?CIA長官に握手求められたの?FBI長官にルドっさんとのスリーショット頼まれたの?その挙句、日本政府から好い加減にしろって如何すりゃいいんだザッケンナコラァァァァラァァァァ!!!」

 

これまで天皇、ドバイ首長、アイルランド国王と国のトップと会って来たランページだがこれまでは何とか心の準備は出来たのだ。ドバイだけが唯一の例外かもしれないが、首長の目は完全なファンの一人だったしお一人だったから何とか許容出来ただけである。

 

「理解出来る?アメリカのトップスリー、完全にウマ娘ファンのおっさんになってるんだぜ?もうどう対処したらいいのか分かんねぇよ……」

「それは、きついですね……」

「幾らプライベートって言われてもねぇ……」

 

大統領に至っては去年あたりから南坂にアメリカに遠征してくれない?と打診していたのにと軽く愚痴られた。ニュースなんかで見た事がある威厳ある大統領の姿はなく、唯のウマ娘ファンのおっさんだった。だからこそ余計に対処しづらかった。

 

「でもそこでエリックさんを責めないのは本当にランページさんらしいよね」

「そりゃエリちゃんを責めるのはお門違い。エリちゃんの立場から考えたら断れる訳がねえしその話を持って行った側を責めるしかねぇじゃん」

「無茶苦茶やってると言われつつもかなり理性的ですよねホントに」

 

兎も角、この事は早く忘れたい。BCクラシックも近くなっている訳だし練習に集中する事にしよう。

 

「こんな時は―――思いっきりトレーニングして気分を晴らすに限る」

「付き合いますよ」

「スッキリしましょう」

 

そんな二人の目の前でランページ鉄をシューズへと打ち付ける、二人はマジでそう言うの使うんだぁ……と言いたげな顔を作る。何だかんだで二人の前で特殊な蹄鉄を付ける所は初めてだったかもしれない。

 

「あの、マジでそれで走るんですか?というか走れるんですよね、じゃないと着けませんよね?」

「走れるというか時間を掛けたら走れるようになっちゃった。ウチのトレーナーマジ鬼畜」

「元FBI……なんでしたっけ、そう言われたらなんというか、自然と納得しそうになってしまいました」

 

『見つけたぁぁぁ!!』

 

いざ走り出そうとしたら自分の大声にも負けない位の叫び声が聞こえて来た。今度はSPが動き出す準備を整えていた、中には懐に手を入れている者も居る。が、そんな中でランページは聞き慣れたようにそちらを見た。まあこれで3回目なのだから聞き慣れるのも通りだ。その声を上げた者は妙に重い足音をさせながらも此方に迫ってきた。

 

『見つけたぜランページ!!今度こそ、テメェに勝つぜ!!』

『毎度毎度声でけぇなテメェは、そういう元気を他に活用しようとは思わねぇのか』

『うおっ何だお前ドイツ語行けるのかよ!?』

『余裕で行ける』

 

ワザとドイツ語で話して何を言ってるのか分からないといった顔を見ようと思ったのに平然と綺麗な発音で返されて驚くシュタールアルメコア。だが、彼女は直ぐに顔を切り替えた。

 

「フン、だが今度という今度はお前も終わりだぜ。何故なら、何故ならば!!」

 

自慢気に脚を上げてシューズを見せて来た。そこには普通に蹄鉄が嵌められている、嵌められているがランページは直ぐにそれが何なのか分かった。

 

「よくに手に入ったな」

「フフン!!俺のトレーナーがお前のトレーナーに交渉してくれたんだよ!!」

「という事は、もしかして……」

「ああ、シンザン鉄だな」

 

日本では中央の一部のウマ娘達が既に使っているシンザン鉄、ランページがこれを使って身体を鍛えたと聞けば欲しくなるだろうが簡単には手に入らない。何故ならばシンザン鉄は国が認めた職人のみが製造を許される一品であり、海外には基本的に出回る事はない。なのでアルメコアのトレーナーは南坂に直接交渉して何とか手に入れてきたのである。

 

「これがテメェの力の根源、つまり、それと同じ物で鍛えてる俺はもうお前には負けないって事だ!!」

「なら、試してみるか?」

「ハッ!!見てビビるなよ俺の走りを!!」

 

早速準備を始めるアルメコアにレディとダイナが少しだけ心配そうに声を掛ける。

 

「大丈夫なんですか」

「問題はない、さっきの音からして2~3倍だな。何時から付けてるからは知らんが大したもんと言えるが……その程度で俺を上回るなんて気が早いぜ」

「その数字だけでも私からすればもう異次元なんですけど……」

 

 

「聞いといてやるぜ、お前のそれ何倍だ?」

「何というかこれがオリジナルの重さだぞ、お前のは日常生活で使う用の軽量タイプ」

「……はっ?こんな重いのが日常生活……軽量……?」

「因みにオリジナルの重さは軽量の10倍な」

「―――ざっけんな苦労してこの重さを使いこなせるようになって喜んだ俺に謝れおらぁ!!」

「シンザンパイセン~言われてんぜ~」



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257話

遂に迫った時、明日にもなれば自分の海外遠征もいよいよ集大成を迎える事になるのだ。準備に1年、いざ駆け出す事1年。約2年の海外の舞台での戦いの幕が間もなく下りようとしていると思うと言葉も無い。そんな思いを抱きながらもランページは夜景を楽しみながらもそんな空気をハーブシガーの紫煙で穢す。ある意味で最高の贅沢を楽しんでいる彼女は徐に空へと目をやった。

 

「良い空だ」

 

再び紫煙を吐き空気を穢す。この空の下で明日、自分は最強の相手達と戦う事になった、エーピーインディ、プレジデントターフ、ストライクゴルディオン、グランデノヴァ、自分と同じように海外G1を制した猛者が集って来ている。そこにリスフルーヴ、アームドリンクス、シュタールアルメコアと言ったドバイで覇を競い合った者達……ダートの最高のライバルのレディセイバーとアメイジングダイナが続く。自分も入れて11人、ドバイワールドカップと同じ人数での決戦となった。

 

『BCクラシックは11人でやる事になったそうよ』

『あれ、他にも出走登録してなかったん?』

『回避したそうよ』

 

本来はもっと大人数だったらしいが……自分という存在とレディとダイナといった面子の影響もあって回避する者も多かったとの事。逆に自分達が出走したBCターフやマイルといった別のBCに出走ウマ娘が集中していたらしい。それだけ今の自分はとんでもない存在と見られているという事だろう、が逆に言えば出走を名乗ったのは紛れもない精鋭であり、まったく油断が出来ない相手という事になる。

 

「こんな所に居るんだから探しちゃったわメジロランページ」

 

振り向いてみればそこには黒い下着の上に黒のファー付き白コートを羽織っているウマ娘が居た。彼女とはBCクラシック出走前記者会見で顔を合わせただけだったのでこうして話をするのは初めてかもしれない。フィフティーマグナ、BCクラシックに出走する11人目のウマ娘。

 

「かの暴君はこんな舞台には慣れて緊張なんてしてないとばかり思ってたけど?」

「緊張はしてねぇよ、大統領にFBI長官とCIA長官と顔合わせた経験舐めんな」

 

ただ、感傷に浸っていただけに過ぎないので緊張していたなんて言うのはお門違いである。

 

「んで、俺に何の用かな」

「宣戦布告をしに来たわ、明日私は貴方に勝つ。そして世界中からの喝采を独り占めして見せる!!それを言いに来たのよ!!」

 

どうだいってやったぞ!!と言わんばかりのドヤ顔をする彼女に思わず呆気を取られてしまったが、噴き出してしまった。

 

「な、なんで笑うの!?面白い事なんて言ってないのに!!笑うな~!!」

「いやいや、悪い悪い……嬉しくてな、そういうやる気と挑戦に満ちたコメントは大好きだぜな」

「ホント!?ランページ的にポイント高い!?」

「高い高い」

「よしっ!!」

 

以前もこんな風に少しだけ気分がダウナー気味になった事があった、だが今回ばかりは違う。目の前にこんな元気いっぱいな挑戦者が居るのならば自分だって激気を出して行かなければならない。

 

「明日、楽しみにさせて貰うぜ」

「ええっ貴方を倒して世界最強になってみせるわ!!」

「はっそこは景気よく最速って宣言してみな」

 

帰っていくその背中にそんな言葉を投げかけつつも煙を吐く。世界最強、チャンピオンズカップでアンブライドルドとのレースの時は世界最強対世界最速というキャッチフレーズが使われていた事を思い出す。明日勝てば自分はその称号も手に入れる事になるのか……まあそんなものは正直言って如何でもいい、興味も無いし欲しい奴がいるならばくれてやってもいい、だが唯でやる程自分は優しくなければ慈悲深くも無い……自分は我儘なんだ。

 

「此処に居たのねランちゃん」

 

ハーブシガーを仕舞うと同時にスーちゃんがやってきた。少しだけ不安を帯びていたが、自分の顔を見るとそんなものは意味がなかったと悟ったかのように破顔してながらも自分を抱きしめた。

 

「元気がないならしてあげようと思ったけど、無用な心配だったかしら」

「そんな繊細なウマ娘でもないんでね」

 

そんな軽い口を叩いていると自分を抱きしめているスーちゃんの身体の方が少しだけ震えている事に気付いてしまった。緊張しているのは彼女の方だ、不安を感じているのはトレーナーの方だと理解する。これで自分が大敗でもすればその責任はトレーナーであるスーちゃんに向けられる、それに震える訳ではないだろうが……此処までの長期間の海外遠征、シリウス程ではないがスーちゃんも不安は隠しきれないのだろう。何せ凱旋門からのブリーダーズカップなのだ。

 

「スーちゃん、我儘言ってごめんな」

「何を言ってるんだか、子供は子供らしく我儘でいいのよ。ルーちゃんとシーちゃんが良い子な分、我儘で私は楽しいわよ」

「感謝してるよスーちゃんには……本当にさ」

「フフフッなぁに急に」

 

唐突に口にする感謝にスーちゃんは微笑んだ、だがその笑いと共に震えが止まっている事に気付く。何も変わらぬ自分を見て落ち着くを取り戻したという奴なのかもしれない。

 

「スーちゃん、日本に戻ったら俺やりたい事があるんだ」

「あら、貴方がやりたい事って何かしら。配信?」

「いつもやってんでしょうがそんなの……まあそれもいいか、日本に帰ったらまず盛大な配信でもやるか」

「良いわね~何だったらこれまで呼んだゲスト皆呼んじゃう?」

「出来る限り呼んでみようか」

 

傍から聞いたらとんでもない会話だが、二人の間の空気は極めて楽し気で軽かった。

 

「スーちゃん、今日一緒に寝ていい?」

「あらあらあらあらあら!!いいわよ勿論、私ね孫と一緒に寝たかったの!!ルーちゃんとシーちゃんってば恥ずかしがって中々してくれないだもの」

「まあこの年で一緒に寝るってのは中々な……」

 

そう言いつつもランページはスーちゃんの手を少しだけ強く握った。それに応じるようにスーちゃんも握り返しながら二人はホテルの部屋へと向かって行き、共に寝床に付いた。この時、ランページは不可思議な程に熟睡出来たと語った。そして―――遂に、その時が来た。

 

「さあいってらっしゃい、世界に立ち向かってきなさい、そして勝って来なさい!!」

「応よ、暴君の花道極めて来るぜ!!」




イスレ様よりフィフティーマグナを頂きました。有難う御座います!!

そして―――次回、BC開幕!!


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258話

この大地に立って改めて思う事などは特にない。自分はすべき事をする為だけに此処に来たのだ、芝ダートの世界統一制覇だの最速と最強の両立だのと自称有識者が宣っていたがそんな事は自分の配信で全否定してやった。

 

「ぶっちゃけた話をすればさ、芝ダートの完全制覇だの偉業如何だのって喚く有識者の先生方いるけどアンタら全然俺の事分かってないな。名誉だの金だのそんなの俺は興味ねぇんだわ。世界最強?知るかンなもん、そんなの世間が俺に対する評価で感想なだけだ。俺は唯のウマ娘、ライバルとのレースを楽しみたいって思ってるだけのウマ娘。この舞台で、俺はレディやダイナとやり合いたいだけ。俺には崇高な目的も意志もねぇ―――ンなもんは勝手についてくるもんだ」

 

寒門のウマ娘が此処までのし上がって来た、その果てに彼女は暴君と呼ばれ果てには世界最速の称号すら手にした。名誉などは結果の後に勝手に付いてくる、そう断言するかのような言葉にコメントを打ち上げた有識者は顔を赤くした事だろう。日本の誇りを背負うつもりなどはない、重ねたければ勝手にすればいい。正しく暴君に相応しい横暴な振る舞いだが―――それこそが世間が名付けた暴君という呼び名に相応しい行い。

 

『砂塵の騎士、アメリカにおける初のG1勝利を飾った日本ウマ娘、レディセイバーが今堂々とした登場をしました!!此処までアメリカでの戦績はなんと連対率100%。日本からやって来た騎士の上陸にアメリカは震えました!!そして遂にもぎ取ったG1勝利の栄光という冠を携えて世界一へを目指します』

 

『続いて来たのは……砂の超特急ことアメイジングダイナです!!レディセイバーに続いてアメリカに上陸した彼女、戦績こそレディセイバーに劣りますが連対を外したレースでは3着と負けず劣らず!!日本のダートを引っ張って来た二人のウマ娘がこのアメリカの大地でリベンジに挑みます!!』

 

地下バ道を越えて姿を現したレディセイバー、アメイジングダイナに溢れんばかりの声援が向けられた。二人にはアメリカにも多くのファンがいるが今日ばかりは日本からやって来たファンの声がそれを凌駕していた。

 

「レディ頑張れ~!!!」

「今日こそお前が№1だ!!」

「砂塵の騎士の名を今こそ世界に轟かせろぉ!!」

「天から終いまで先頭だっぞ~!!」

「アメイジングな勝利を頼むぜ!!」

「気張れよダイナ!!!」

 

『レディ!!レディ!!レディ!!レディ!!』

『ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!』

 

『レディコールとダイナコールが巻き起こっております!!そうです、この二人は既に日本のダートを引っ張るだけではなく世界で通用する逸材なのです!!このコールにも納得です!!』

 

聞こえてくるコールに思わず笑みを零す、ライバルへと贈られるそれが酷く誇らしく思えた。そんな思いを携えながらも一歩一歩を噛み締めるようにゆっくりと行く。そして地下バ道から僅かに自らの姿が見えて来た時に騒めく、震えた。偶然巻き起こった暴風すらそのせいだと思えた、あの嵐の凱旋門を制した故の弊害だ、妄想、だと吐き捨てる事は出来ずにいる。

 

『―――28戦28勝、生きる神話の歩んだ勝利の軌跡のレコード。世界最速にして世界最強という称号を、この日を以てその手にするのか、何処まで駆け上がるのか。私達はその果てを見てみたい、その果ては今日なのか、はたまた果ては訪れないのか!!独裁暴君メジロランページ!!問答無用、説明不要の1番人気です!!』

 

『ランページ!!ランページ!!ランページ!!ランページ!!』

『rampage!!rampage!!rampage!!rampage!!』

 

BCクラシックの舞台に一人、また一人のウマ娘が現れる度に巻き起こるコール。それは期待と願いの表れだった。此処に立つ全員のウマ娘が勝利を望まれている、そんな中でも一際巨大だったランページコール。無数の期待、夢、願いがいっぺんに押し寄せて来るのが分かった。日本、アメリカ、ヨーロッパ、ドバイ……自分が走ってきた舞台だけではない、正しく世界中からの視線が自分に集中している。小市民な自分にとっては重く、辛く、酷く、脆く、痛い。

 

「待たせたな」

 

―――そんなものを感じさせないほどに飄々とした態度でコートを肩に担いでそれに応えてやった。重圧なんて感じていないかのような姿に誰もが目を奪われた、あれこそ王の姿と幻視するだろう。王であっても自分は暴君、正しい王ではない、それに応えるつもりはなく……自分のやりたい事を貫き通すが為だけに此処に立っている。

 

此処に立つウマ娘は国の威信、誇りを掛けて望んでいる。自らの力に対する誇りを掛けて望んでいる、だが暴君にそれらは無く単純にライバルとの勝負の場としてしか考えていない。その考えはある意味で極めてシンプルで強く、彼女らにとってはどす黒く空を染め上げる不吉を齎す凶つ星。

 

「貴方が羨ましい」

 

と多くのウマ娘が思う事あろう、実際そう思うウマ娘ばかり。ゲートへと向かう彼女の姿は王者である、がその一方で純粋なウマ娘としての姿にも見える。レースを走りたい、ライバルとの勝負を楽しみたい、そんな物を感じさせる晴れやかな表情を作っている。

 

「ラン~今日は宜しく~!!」

「お前さんはいつも元気だねぇ……ああそうだ、お前さんの推しの会社から連絡が来たぞ。後で回してやる」

「マジ!!?やった~なんかもうこのレースの価値(意味)とかマジで如何でもいいかも~!!」

「おいおい……」

「だけど私もウマ娘、身体はレースを求める……」

 

ゲート前に至っても、自然を崩さない。それ所かリンクスと雑談に興じる余裕すらある、最早それは異端の領域に到達する。異端なのはある意味当然なのかもしれないとランページ自身は思っている、故にその異端すらも利用する。

 

「ランページさん、今日こそ貴方に勝ちますよ。作り上げた刃―――貴方に届かせて見せます」

「それは私の台詞だよ、砂の超特急に恥じないチューニングを今日の為にして来たんだからね」

 

望んだライバルも自分との対決を待ち望んでいてくれた。それだけでも嬉しく思う、そんな自分達を見る中にダイナをライバル視するエーピーインディがいる。その光景だけでも自分が思うよりもずっと深いライバル関係なのだと悟るが、ライバルに時間は関係ないと自分を奮い立たせる。この場に居る全員がライバル、等しく対等な関係が作る門出が始まる。

 

『今ゲート入りが完了しました。世界のダート最強決定戦、ブリーダーズカップクラシック、勝利の栄冠を手にする王者は誰なのか、メジロランページが世界の王者となるのか、それともレディセイバーが暴君を討つのか、アメイジングダイナが勝利へ急行するのか。さあ今レースが―――スタートしました、BCクラシック開幕です!!』



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259話

開幕したブリーダーズカップクラシック、ダート世界最強がこの一戦で決定すると言っても過言ではない。春のダート世界最強戦とも言われるドバイワールドカップ、それに勝利したランページが出走した事で名実ともにダート世界最強決定戦となっている。彼女が勝つにしろ負けるにしろ、今日決まるのは世界の頂点。そんな頂点の決戦であるが、スタートダッシュを決めたランページ、普段通りの大逃げ……をする筈だったがアメリカ、いや日本を除く世界では中々無い光景がそこにある。

 

『スタートしました!!先頭を行くのは当然メジロランページ……だけではない!!?レディセイバー、アメイジングダイナ、リスフルーヴ、アームドリンクス、シュタールアルメコア、フィフティーマグナ、……半数以上のウマ娘が大逃げを打つメジロランページの背中を追いかけるように逃げ戦法を選択しております!!』

『これは徹底的にマークをされていますね……』

 

ある意味当然の光景だ。此処まで勝ち続けている強者の実力は疑いようがないのだからその対策をするのは必然中の必然、その結果としてランページは半数以上のウマ娘から逃げのマークを受ける事になった。それをしていないウマ娘の戦法も先行とできるだけ前に出て距離が離され過ぎないようにしようとしているのが見て取れる。が、此処で大きな問題として立ちはだかるのがランページの脚質。単純な逃げではない、大逃げ。勝ちの定石などではない大博打とも言われる大逃げ。

 

大逃げはマークを受けたとしてもそれすら振り切ってしまう。逃げ以上に走る為にマークを振り切られて無意味に終わる場合の方が多い、マークを有効にする為には同じ領域、大逃げに脚を突っ込むしかない。だがそれを行う中でトレーナーからされた注意、あの大逃げと同じ場所に立つのは余りにもリスクが高い。自らの走りを逸脱して走らされるからだ。だが、勝つ為にはそんな注意なんて先刻承知だと多くのウマ娘が暴君の後に続いて行った。

 

「ハッそんなに俺が怖いと見えるなぁ―――ついて来れるか」

 

今の自分は最高潮、最高のパフォーマンスが出来るが故に最初からトップギア。ついて来れるのは一部だと思っていたが……その予想を裏切る様に多くのウマ娘が迫ってくる、それならば篩に掛けてやろうかと思い至りその言葉と共に土を踏みしめる脚に力が込めた。

 

「あの時と一緒だねぇ!!」

「ハッやっぱりお前は平然とついて来やがるなぁリンクス!!」

 

平然とついてくるリンクス、流石のフィジカルエリートといった所だ。他の連中はそれぞれがそれぞれを牽制しながらも離れすぎず近すぎすを維持している。既にデバフが飛び交っているのを感じるが―――そこを一気に突き抜けるように、切り伏せるかのように突破してくる二つの影が来る。

 

「やっぱり、貴方は速いですね!!」

「だけど、負けませんよ!!」

 

レディとダイナが抜けて来る、このアメリカ遠征で二人も明確に力を付けているのか加速力が段違い。やはり、このレースは楽しいものになる予感は正しかったと思いながらも駆け抜ける。

 

『先頭にはメジロランページ。その直ぐ後ろにアームドリンクス、アメイジングダイナ、レディセイバーが一塊。そこから2バ身程離れた位置でフィフティーマグナ、リスフルーヴ、シュタールアルメコア、エーピーインディ』

 

第二コーナーへと入る辺りでも矢張りというべきか直ぐにランページを射程圏内に収められる位置を維持しているのは対戦経験があったり特別に警戒をしている者達。エーピーは何方かと言えばダイナを直ぐに捉えられるようにしているというこのレースでは珍しい立ち位置ではある。先行に付くのはプレジデントターフ、ストライクゴルディオン、グランデノヴァたち。それを加味しても今回のBCクラシックは相当なハイペースになっている。

 

「分かっていた、分かっていた筈だけど……このハイペース……!!」

 

プレジデントターフが思わず毒づいた。あの暴君の戦法は何時も大逃げ、ハッキリ言ってしまえばワンパターン。時折幻惑逃げを用いると聞くが海外では全く使っていないと聞くので安定する大逃げを打つ事は読めていた。だから大逃げに対応出来るだけの脚と体力を作って来た―――つもりだった、だったのに……まだ半分も来ていないのに既に疲労が積もり始めて来ていた。

 

「だけど、ペースを変える訳には……!!」

 

だが、暴君はそんな内情など一切考慮などしてくれない。何故ならば彼女はライバルである二人の成長を肌で感じる事が出来てハイテンションになっている。故に―――更にギアを上げる。

 

「負けるかぁぁ!!」

 

アメリカの誇りを背負っている自分達が負ける訳には行けないという気持ちを発露させながらも必死に走り抜く。だがその視線の先で駆け抜けている影がある。

 

「今日の為に、色々やって来たんだぜ俺はよぉおお!!」

 

『第三コーナーへと入る、っと此処でシュタールアルメコア、シュタールアルメコアが上がってきているぞ!!ドバイで、イギリスでのリベンジを此処で果たすと言わんばかりの凄まじい気迫を放っております!!』

 

「走ることに囚われたウマ娘諸君、準備は良いか?……そんじゃ…ショータイム!!」

 

その言葉と共に世界に霧が走った。シュタールアルメコアの領域が展開された、異形の者どもが湧きだす中をアルは一気に突っ切るかのように加速していった。シンザン鉄を使う事で彼女も進化した、それは領域も同じだったのだろう。第四コーナーへと差し掛かろうとした所で一気にランページを射程圏内に収めようとした時に背後からの気配に気づく。

 

「良い走りだったわね、良い場所よ貴方」

「リ、リスフルーヴテメェ!?」

 

領域を使う事で文字通りに霧に巻いた筈だった、だが突っ切ったその背後に付いたフルーヴはスリップストリームの要領で共に領域を抜け出してきた。まったく油断できない女だとアルが汗を流す中でランページを見た。そんな事は如何でもいいんだ、自分達の目標はもう手が届くところに居るんだ、目指すほかない。

 

 

「強い、実に強い、素晴らしく強い」

 

そんな言葉を並び立てるのは一人のウマ娘。そんな彼女の視線の先にあるのは唯一人、先頭を走り続けているメジロランページ。瞳は鋭い、ランページの一挙手一投足を見逃さぬよう。

 

「如何かな、彼女の走りは」

「今更私などの言葉で飾り立てる必要などはない、するだけ野暮だろう」

「確かに」

 

そんな彼女の隣に一人の男性が立った。その言葉に応えつつも瞳は一切反らさない。

 

「君の走りとは違うな、あれだけのストライドで完璧なコーナリングだ」

「頑強で強靭だからこその技……やれやれ、好い加減に自重しようと思っていたのに身体は正直で困る。如何して現役の頃に会えなかったのかな」

「よく言う」

 

既に引退した身ではあるが習慣なのか、毎日トレーニングを欠かさなかった結果本格化は完全に終わり衰えていくだけの筈のウマ娘としての能力を維持し続けているという異様を見せている。ある意味でそれはシンザンとも似ている。

 

「レース後、話せるだろうか」

「だと思うが……話したいのか?」

「ああ、是非とも話したいとも―――彼女とね」



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260話

第三コーナーを越えて尚、先頭を譲らずに駆け抜け続けているランページ。ドバイの二の舞にはならぬと言わんばかりの疾走にスーちゃんも手に汗握っている。あと少しで最終直線、本当のゴールが見えて来る。

 

『先頭はメジロランページだが、シュタールアルメコアとリスフルーヴも上がって来る!!アームドリンクスが2番手、レディセイバーとアメイジングダイナが3番手並んでおります!!エーピーインディ、フィフティーマグナも機会を伺っている!!間もなく仕掛けるのか、今第四コーナーへと差し掛かる!!』

 

終盤へと差し掛かったレース、その時に無数の重圧が圧し掛かって来るのを感じた。無数のデバフが飛んできた、それらを感じながらも前へと進む、警戒を抱く、気にしない、動じないとそれぞれの対応が見え隠れする。そのデバフの影響か、それぞれの走りが僅かに乱れてきている。それもその筈だ、ランページのペースはアルティメットハイペース、ツインターボのそれを更に磨きを掛けたかのようなとんでもないペースなのだ。玉砕する気しかないと言われても納得する程のペースに流石の優駿達も足元が覚束なくなってきているのかもしれない。

 

「こんな所でぇ!!」

「負けるかぁぁぁ!!」

 

間もなく最終直線、それぞれが切り札を切り始めていく。無数の領域とデバフが嵐のように乱れ飛ぶ、それは当然ランページもその影響を受けているがそれを捻じ伏せるかの如く、脚を動かし続ける。こんな事で脚を止めたらシンザンに何を言われるか分からない―――というのもあるが、止まりたくないのが素直な本音だった。だから自分は更に上を行く、暴君として、眼前に捉えたゴールへと激流と渦巻く気勢と共に更にギアを上げる。

 

『さあ最後の直線だ!!最終直線へと入ったぞ、此処でメジロランページが伸びて来るぞ、これが彼女の恐ろしい所だ。逃げて差すを体現するウマ娘!!』

 

賛美の言葉など耳に入らぬ、聞こえてくるのは肌から伝わる空気の流れと自分の呼吸音と心臓の音のみ。そんな中で背後から凄まじいものを感じた、そしてそれは自分に並び立ったのだ。

 

『こ、此処でフィフティーマグナ!フィフティーマグナがメジロランページに肉薄する!!半バ身まで迫って来る!!』

 

此処までやれるのか、いや違う―――自分のギアが一瞬、変更が遅れていた。同時に感じ取った身体の鈍く重い鉛のような疲労、彼女の領域が自分に影響を与えている……!!

 

「やっとの思いで此処まで来たんだから、全力を出さなきゃ、意味がないのよ!!死にものぐるいでやろうじゃないの!!!」

 

彼女の領域は確実に自分を蝕んだ、そしてリンクスとレディにも到達していた。レディは重苦しい息を吐き出しながらも疾駆する、一瞬の苦しみを飲み込んで走る。だがリンクスはそれを完全に弾く、彼女にデバフは通用しない。完全に自分で完結している、他者が干渉する隙間はない。

 

「くそがぁぁあああ!!!俺が、俺が勝つんだぁぁぁ!!」

「それは、私の台詞だぁぁ!!」

 

アルと共に上がって来ていたフルーヴも全力を出した。残った力を振り絞って一呼吸をする、呼吸を整えて加速してアルを追い越していく。更に向こう側へと走っていく彼女にアルは不甲斐なさを感じながらも必死に走る。

 

「俺は、俺はもう負けたくねえんだ、俺のこの走り方が一番つえぇんだ……トレーナー(あいつ)が見つけてくれたこの走りで俺は世界を掴むんだぁぁぁ!!」

 

その叫びと共に更にもう一歩を踏み出した時に―――後方から一気にもう一人が迫るとそれは一瞬で自分を追い抜かして行った。

 

『エーピーインディが一気に上がって来た!!一気に先頭集団にまでのし上がって来た!アメイジングダイナに迫る、リベンジを果たせるか!!』

 

ブリーダーズカップクラシック、それを駆けるウマ娘。アメリカの誇りを、いや自分に勝ったダイナに会いたくてこのレースに出たんだと言わんばかりに一気に行く。そして遂に追い抜い―――

 

直線に入った、ストレートこそ彼女が最大の力を発揮する本当の戦場。深々と地面を蹴り込む、蹴り込んだ地面はまるで爆ぜたかのように土を撒き上げながらもダイナは一気に加速していく。この時の為に、全ては勝つ為、いや勝負をする為。アメリカでの日々は強い自分を作る為だけ……名誉なんて如何でもいい、G1勝利なんて興味も無い。欲しければくれてやる栄冠、それらを糧にして走る走法こそ彼女の領域

 

「こっからが私の、本当の走り。貴方に見せる為の走り―――ストロング・ダイナァァァァ!!」

 

一瞬で最高速度にまで到達してそのまま先頭を目指す。そしてそれとほぼ同時に―――冷たい輝きと共に鎖が斬られた音がする。そこに居たのは砂の超特急に並び立つ砂塵の騎士。視線を低く、上半身が地面と平行どころか頭が地面に付きそうな程の前傾姿勢、ウマ娘の姿勢とは最早あり得ぬ程のそれは破滅をも恐れぬ彼女の意志の具現。全ては―――たった一人に勝ちたいがために。

 

そこに至るは無数の研鑽、あらゆる己を纏め上げ、修羅の道にて鍛えに鍛えたその刃……抜刀するはこの時を置いてはあり得ぬと、かの騎士は勢い良く、剣を抜き放った。

 

「受けて知れ、是が私の刃ァッ―――!!」

 

一閃のように美しく、切り裂かれた空気は唸りを上げるが如く力強い。砂塵の騎士はそのまま大地を切り裂けるほどの切れ味を以て疾駆する。その走りは間違いなく、ランページに並び立つに相応しい走り。最高のダートウマ娘二人が挑むは最速、己が認めた最高のライバル。追い付き追い抜くそれだけの為に走った。3バ身あった距離は縮まっていく、2バ身、1バ身と迫る。

 

『砂塵の騎士と砂の超特急が迫る!!日本のレディセイバーとアメイジングダイナが行く!!!なんという事でしょうかこのアメリカの地で勝利への名乗りを上げて今、最速のウマ娘に挑んでおります!!』

 

最早敵は一人のみ、たった一人のみ―――と思っていたが二人は思わず笑った。矢張り世界は広いのだ、そして素晴らしい。日本は世界へ行くべきだ、そう思える程の事があった。追い抜いた一人のウマ娘がまた迫って来た。

 

「アハハハッフフフッアアハハハハハ!!!」

 

彼女は何処までも晴れやかで底抜けの笑みを湛えながらも迫って来た。眩いばかりの閃光を纏いながら走るアームドリンクス、強者に理由などはいらないと言われる彼女は知った。ドバイで知った、ライバルは本当にいるのだ。無意識的な傲慢が最後の成長を止めていた、だがそれをランページが解き放った。そんなに強いのならば戦いに来い、そして受け入れてくれた、戦いに来てくれたそれに感謝を―――その証にと言わんばかりにリンクスは最高の走りを披露する。

 

『こ、此処でアームドリンクスが伸びて来る!!?何というウマ娘なんだ、彼女もまた逃げて差すウマ娘か!!?アメイジングダイナとレディセイバーに今、並び立つ!!そしてそのままメジロランページへと迫る!!暴君への挑戦者は最早この三人を置いては他に居ない!!砂塵の騎士、砂の超特急、白いイレギュラー!!独裁暴君、メジロランページに、間もなくその脚が届く!!残り100を切るぞ、メジロランページもう苦しいか!!?もう余裕がないぞ!!』

 

「今日こそ私が勝つんだぁぁぁぁ!!!」

「負っけるもんかぁぁぁぁ!!!!」

「うあああああああ!!!」

 

叫びは劈く雷となった。閃光の煌は後僅かで届く。世界最速のウマ娘に届く、そして勝てる!!そう思う中でランページは走り続ける、そして―――彼女も笑っていた。本当に自分は此処に来てよかった、ランページに感謝しなければいけない……このレースに出て欲しいという願いを聞いてよかった。

 

『ねっ今、楽しい?』

「ああ、最高に楽しいぜ……!!」

 

そんな出会いをさせてくれた三女神にも感謝を捧げたい……故に見るがいい三女神、いや刮目せよ世界。この最高の舞台に揃った優駿、その疾走は尊敬に値する。だからこそ自分は応えなければならないのだ、一人のウマ娘として最大の敬意を以て―――その疾走を神速に至る疾走を以て凌駕する!!

 

亡き魂よ、共に暴れよう。

 

到達した神速の脚。

 

このレースで発揮された悉く、重圧らを全て弾き飛ばした。そしてそれによって奪われていた本当の力が目を覚ます、そして封じ込められていた反動で高まった力が溢れ出し文字通りに暴れ狂う。それらを魑魅魍魎を踏破、到達した脚で我がものとする。そしてランページは……一瞬、姿がブレて消えて見える程の加速をしながら白く染まった景色へと駆け出す。

 

『抜かれ―――ない!?こ、此処で更に行った、メジロランページメジロランページが行った!!途轍もない、何だ何だ貴方は!?世界最速は最強なのか!?そんな問答はもう如何でもいい、貴方は一体何なんだ!!?その答えは決まっている、彼女は、彼女は―――王者だ!!!王者、メジロランページは王者なんだ!!』

 

誰もが思った疑問に答えが出た。あのウマ娘は一体何なんだ、メジロランページ。王者にしてウマ娘。それ以外の答えなんて無粋。

 

『メジロランページ今―――ゴオオオオオオオルイイイイイイインッッッ!!!!ブリーダーズカップクラシック、世界最強決定戦を今、日本の暴君が完全制覇ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!凱旋門に引き続き、ダートの最強の称号を手にしたぁぁぁぁぁあああ!!!そして2着には―――えっレディセイバーとアメイジングダイナが同着!!?4着にアームドリンクス、5着にエーピーインディ!!凄まじい結果です!!そして―――えっう、嘘でしょ!!?』

 

刻まれたその時間に誰しもが言葉を失い、唖然とした。お前は一体何なんだ、その答えなどは出ている筈なのにそう思わずにはいられない。ダート2000mのワールドレコードはスペクタキュラービッドが叩きだした1:57.8、スーパーレコードとしか形容しようのないタイムだった。日本の最強ダート馬として名高いスマートファルコンでも2:00.4が最高のタイム。それを―――

 

【1:57:5】

 

『ワ、ワールドレコードだ……メジロランページが芝ダートでワールドレコードを達成ィィィィィィィィッッッ!!!これはもう、文句のつけようがない!誰であろうと反論の余地を許さない!!!貴方こそが、世界最速にして世界最強のウマ娘、メジロランページだぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

最早、その称号にそぐわないとは言えなかった。この瞬間より、彼女は世界の頂点に立った。完全制覇、完全統一。この二つを以て最強と最速を我が物とした。前人未到の大偉業を成し遂げたランページは空を見上げながら静かに微笑んだ。そして

 

「ランちゃああああん!!!」

 

走り込んできたスーちゃんを抱きとめながら、漸く顔を破顔させると大声で叫んだ。

 

「俺の、勝ちだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



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261話

正しく世界に激震が走った瞬間だった。アメリカのダート最強決定戦、ブリーダーズカップクラシック。此度の開催におけるそれは世界のダート最強決定戦と言っても過言ではないものだった。ダートの競争の本場、アメリカとしては国の威信をかけていると言っても過言ではないそれを制覇したのは凱旋門を制覇し、アメリカへとやって来た日本の暴君、メジロランページだった。凱旋門開催史上最悪だったとされるコンディションでワールドレコードを叩きだして日本初の凱旋門制覇ウマ娘となった未だ無敗のウマ娘。

 

そんなウマ娘を迎え撃つに当たってアメリカも最高のメンバーが出走を表明したが、アメリカに渡り自らを鍛え続けていたウマ娘もいた。レディセイバーとアメイジングダイナの二名。ランページに勝つ、ただそれだけの為だけにアメリカに渡り殴り込みを掛けて来た。結果G1勝利も成し遂げた二人もBCクラシックに出走を表明、一抹の不安がある中で行われたそれを制したのは―――

 

『ブリーダーズカップクラシック、世界最強決定戦を今、日本の暴君が完全制覇ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!凱旋門に引き続き、ダートの最強の称号を手にしたぁぁぁぁぁあああ!!!そして2着には―――えっレディセイバーとアメイジングダイナが同着!!?4着にアームドリンクス、5着にエーピーインディ!!』

 

暴君、メジロランページ。そして二着には同着でレディセイバーとアメイジングダイナ、4着にはニュージーランドのアームドリンクス、アメリカウマ娘の最高地点が5着のエーピーインディという予想だにもしなかった結果となった。紛れもなくアメリカダートウマ娘界の敗北の瞬間だった。日本というダートが下火であった筈の国のウマ娘に本場が敗北した……信じられない事象だったが完全に敗北と屈辱を認める他なかった。何故認めるしかなかったかと言えば

 

「ランページおめでとう!!祝福させて貰うよ、無理をしてスケジュールを開けた甲斐があったな!!」

「ああそりゃどう―――おい好い加減にしろよ大統領フリーダムすぎんだろ」

「ハッハッハッハッ!!フットワークの軽さと仕事の手早さは誰にも負けんさ!!」

「もっと公務に向けなさいよ!!?」

 

なんと、このレースをアメリカ大統領がプライベートで、家族を連れて観戦していたのであった。その場で大統領は息子と娘にサインをして欲しいと強請ったりとやりたい放題だった、がそこに一人のファンが声を投げた。

 

「大統領何でそんなに笑ってられるんだ!?私達の、私達のウマ娘が負けたのに、完全に負けたのに!!」

 

自国のウマ娘の敗北に嘆くよりも、他国のウマ娘の勝利を喜ぶ姿が理解出来ないと叫ばれた。それに大統領は堂々と答えた。

 

「勝負事に絶対はない、あるのはルールに基づいた勝者と敗者だ。彼女は不正を働いたわけでもない、堂々と勝負をして勝利をもぎ取った。それを称賛せずにどうしろというのだ。そして嬉しい限りじゃないか、私達は挑戦者となれたのだ。今度は我々が、我々の手で頂点を奪還する番だ。そうではないかな皆、遥か頭上に輝く星を目指したくはないか、そこに立ち、勝利の声を上げたくはないか。私はあげたい、だからこそ一時の敗北を真摯に受け止めるべきだ、そして次は―――君達の勝利を祝わせてくれ!!」

 

この結果を一番理解し、悔しがっているのは大統領自身。だが敗北は決して悪いモノばかりではないのも確りと理解しているが故に直ぐにそれを受け入れた。そして即座にその場で問いかけたのだ、あの記録に挑戦したくはないか、自分が今度はあそこに立ってみたくはないか、人の心を刺激し、闘争心を掻き立てるその演説にエーピーインディを始めとする彼女達は沸き立った。そして今度こそ勝ってみせる、アメリカに栄光をと誓いを立ててみせた。

 

「良い感じに締めてるけどさ、国のトップがフットワーク軽いのは問題だと思いますがその辺りどうお考えで?」

「歴史が長いんだから一人ぐらいこんな大統領が居ても良いじゃない、と思っております」

「実際問題、支持率80%越えだものねぇ……」

「HAHAHA……さてメジロランページ、いや世界を完全統一した覇王とでもいうべきかな?」

「暴君のままで頼むわ、覇王はなんか未来に怒られる」

「良く分からないが分かった、是非君に会って欲しい人がいる」

 

一先ず、ライブ前の休憩時間に会う事になった。が、大統領が会って欲しいという人物は一体誰なんだ……これ以上とんでもない事になるのかなぁ……と若干白い目になってしまっていた。まあ此処まで来たら行ける所まで行ってやろうかな、と半ばヤケクソになってきている。

 

「一応私は外そうかしら、記者たちの方に当たるわ」

「それなら私も手伝いましょうか」

「大統領にそこまでされるとアメリカのメディアってガッタガタにならないかしら?」

「なったらいい、やり過ぎている部分があり過ぎる」

 

そう言いながら去っていく大統領とスーちゃん。あの大統領の特徴として兎に角動き回る事、何か疑問に起こったら現場に行って直接自分の目で確かめないと気が済まないという現場主義、そしてそれを的確に結果に反映するので抜群に高い支持率を得ている。反対派の意見は大統領らしくないという物だからばかりらしい。そんなこんなで扉をノックする、入ってくれという言葉を聞いてから部屋へと入るのだが―――そこに居たのは二人のウマ娘だった。

 

「待っていたよ、君と是非とも話したかった」

 

輝くような栗毛に誰もが羨むような抜群のプロポーションをした高身長のウマ娘は眼鏡越しに何処か魅惑的な瞳を投げかけてくる、そんな彼女の隣で椅子の背もたれに腕を乗せて待ち草臥れたと言わんばかりに溜息をついているのは……黒い、ウマ娘。ガラの悪さが見て取れる程に目つきも表情も鋭く悪い。

 

「よぉっ面白いもん見せて貰ったぜ、私達のウマ娘が負けたっだとさ!!ハッザマァ見やがれってんだこんな面白いのが他にあるかよ!!」

「コラ、もう少しは言葉を選びたまえ。気持ちは分かるだろうに」

「悪いが選ばねぇな御大、俺は俺だからな。許容はするが理解はしねぇ、現実受け入れられないゴミどもだ」

「全く……済まないな、呼びつけておいて」

「い、いえ……」

 

既にランページはその二人の目星を付けることが出来ていた。一人はその栗毛故に、もう一人はその黒鹿毛故に。競馬についてはそこまでだった自分ですらその名を知っている程に名を轟かせ、歴史に深々と刻みつけた名馬の魂を継ぐウマ娘が目の前に居た。

 

 

二代目ビッグ・レッド(偉大なる栗毛) セクレタリアト

 

偉大なる初代ビッグ・レッドマンノウォー以来久々にその異名を託され、先代と並び称されるアメリカ史上最強馬の筆頭候補。全世界レベルで見ても史上最強馬ランキングの最上位枠に名を連ねる。存在そのものが天の奇跡とも呼ぶものも数多い。等速ストライドと呼ばれる彼女にしか出来ない走法によってベルモントSでは2着と31バ身差*1というとんでもない事をやった上で勝ち時計が2分24秒と、当時のワールドレコードを2秒以上も縮めてしまった名馬。

 

 

運命に噛みついた馬 サンデーサイレンス

 

最早日本の競走馬の血統で彼の血が入っていない事の方が珍しいともされる程の大種牡馬。がその始まりは極めて苦難に塗れたものであった。血統面で優れている訳でもなく気性も悪いと評価も低かった。そして、馬運車が事故にあって生死の境を彷徨うという過酷な運命を強いられた。だが、レースでは自身とは対照的でセクレタリアトの後継とも言われたイージーゴアとの激突を行いながらもビックタイトルを獲得、そしてその後は日本での種牡馬生活を送る事になったのだが……当時は何も知らない日本人がダメ馬を掴まされた、とまで言われる程だったが彼の産駒はそれらを全て吹き飛ばす程に良く走った。今ではサンデーサイレンスの血をどうやって薄めるか、というのに苦心する程に日本の競馬を塗り替えた名馬。

 

 

「(あっれ~それじゃあカフェのお友達って何なん?何、あれガチのサンデーサイレンスのウマソウルな訳?)」

 

ウマ娘としてのサンデーサイレンスが居るのならば、カフェのお友達は一体何なんだろうか……カフェはサンデーサイレンス産駒だしドラマではサンデーサイレンス役として出ていた事もあった。なので産駒の中では一番繋がりが深いとも言える存在だが……もう色々と気にしない方が良いかもしれない。

 

「如何した、矢張り疲れているか?」

「あ~……えっと違います。なんつうか……運命ってホンマ碌なもんじゃねえなって思いました」

「だよな、運命とかマジで死ねって思うぜ。ハッ何だ気が会いそうじゃねえか、んんっ?」

 

平然と肩を組んでくるサンデーサイレンス、まあ確かに自分と彼女は似通っている部分は多いと言われれば多いかもしれない……だが本当に目つきというか存在感がエゲツない。この気性が日本に革命を起こしたと思えばある意味で納得が行く。

 

「ん、んで俺に話があるとか……」

「何単純な興味さ、話したかったんだよ。君という存在と、ね」

「俺は面白そうだから付いて来た」

「は、はあ……」

 

この後、セクレタリアトとたわいもない話をする事になった。ランページはどんな話をするのかと内心構えていたが、いざ話してみれば気さくだったし話していて楽しいウマ娘だった。途中茶々を入れるサンデーサイレンスも気性が荒いだけで男と話していると思えば別に何とも思わなくなった。これは慣れなのだろうか。

 

「等速ストライドかと思った私のトレーナーが君の映像を持ってきたのは始まりだったよ。だがあれは君だけの走りだ、胸を張って誇りたまえ君は唯一無二(オリジナル)の力で世界の頂点に立ったんだ」

「そうか……あんがとございます。俺も貴方と話せてよかったです、サンデーさんも」

「ああ、私も楽しかったよ」

「おいおいおい、何終わらせようとしてんだ」

「えっ?」

「俺は来年から日本に行くんだ、これからも仲良くしてやるから感謝しろよ。後配信に呼べ、命令だ」

「わぁっ」

 

ランページのサーバーが落ちた瞬間だった。

*1
セクレタリアトがゴールした時には、2着のトゥワイスアプリンス、他の馬達は残り100メートル辺りを走っていた。




という訳でセクレタリアトとサンデーサイレンスでした~。

うん、迷ったよ?でも史実基準で話組むとさ、普通にこの時生きてる訳でして出さない訳にも行かないかなぁ……って。

多分あれだよ、ウマ娘世界にウマソウルが行くときに二つに分かれたんだよ、一つはカフェに、もう一つはウマ娘として生れ出たんだよ。多分きっと恐らくメイビー。


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262話

「ランちゃんまた来たわよ、取材の申し込みとTVの生放送の出演依頼」

「全部断る方向で」

「アイアイサ~」

 

前代未聞の芝ダートの頂点へと立ったランページ。ドバイワールドカップ、KGⅥ&QEステークス、アイルランドチャンピオンステークス、凱旋門賞、ブリーダーズカップクラシック。僅か1年の間にこれだけのビッグタイトルを駆け抜けて全てを勝利で飾ったランページ。しかも、初戦を除けばレコードタイムを叩きだした上に凱旋門とブリーダーズカップクラシックに至ってはワールドレコード。最早理解の外に飛び出したかのような戦績に誰もが唖然とした事だろう。そんなランページに取材を申し込む者は文字通り星の数ほどいる。全世界から申し込まれている訳だが……それらは断り続けている。

 

「滑稽だな、見ろよ外での狼狽ぶりをよ」

 

窓から外を見れば宿泊しているホテルの周辺に多くの報道陣が群れを成しており、最早暴動と言っても過言ではない事態に陥っている。その為か警察が武装して出動して鎮圧を計ろうとさえしている。既に周辺道路にも大きな影響を与えているし怪我人も出ているらしい……こんな事になった原因はランページだ!!と叫ぶ者も居る訳だが―――

 

「だからって俺が悪い訳でもないっしょ。他人に迷惑かけないようにするのが人として当然の事でしょ、それさえ出来ない奴に取り合ったら逆にこっちに迷惑が掛かる訳じゃないですか。そうなったらあれよ、国が動いちゃう訳。その辺りを全然理解してない彼方さんが悪い」

「ハッキリ言いやがるな、その物言い嫌いじゃねぇな」

 

取り敢えずアイルランドはファイン関連で確実に動くだろうし日本も当然、ドバイも首長に気に入られてるし最悪の場合は石油問題云々に発展しかねない……スーちゃんから通してその事を伝えて引き下がった所もあるのだが……しぶといのも居る。

 

「本当にアメリカの恥どもだ、テメェの行動が一番キモいってのを全然分かっちゃいねぇ。だからこの国は嫌いなんだ」

「そう言う事は言うもんじゃねえぜ、まあ気持ちは分かるけどさ……というかマジなんですかサンデーサイレンス御大」

「御大なんざつけんじゃねえ、サンデーかサイでいい」

「んじゃサンデーさんで」

 

同じホテルの部屋に居たのはサンデーサイレンス、セクレタリアトとの話が終わってから彼女はランページと行動を共にするようになっていた。理由としては来年を目途にアメリカと決別して日本に移住するからとの事。折角だからランページの帰国に合わせて日本に行こうと思ったらしい。

 

「というか、何で日本に」

「知らねぇ訳じゃねえだろ俺の事」

「まあそりゃ……ねぇ?」

 

史実もそうだったが、サンデーサイレンスの人生というのは極めて数奇で苦難の連続だった。見栄えが良くなかったのもあったが後脚は内側に大きく湾曲しているX脚であった為に馬主のアドバイザーからあんな醜い馬は見た事がない、見るのも不愉快だと言われてしまった。ウマ娘の彼女もそれに等しく、母親どころか家族に拒絶され、その後には交通事故に巻き込まれ生死の境を彷徨った。そしてしばらく歩くことすらできなくなるほどの大怪我を負ってしまい、元々悪かった気性に拍車が掛かりこの世を憎むように生きてきた。

 

「俺はこの国が気に入らねぇ。それを全部レースにぶつけて来た、だが手のひらを返したみてぇにすり寄って来るゴミで溢れた。文字通り反吐が出たな、家族が俺になんて言ったと思う、あれはお前を思っての愛の鞭だっただとさ。ハッだったら返してやらねぇと筋が通られねぇよな!!だから俺も愛の鞭を叩きつけてやったのさ、そしたらあいつら情けない声を上げて逃げて行った、あんとき程スカッとした事は無かったなぁ!!」

 

歯を見せながら笑うサンデーの顔は歪んでいた。だが心の奥底からの悦びの感情を爆発させていた、間違いなく本心の言葉。彼女にとって既に血の繋がった家族というのは忌まわしい物でしかなかった。イージーゴアとあらゆる面で対極の持つ者と持たざる者の対決を制した果てに彼女が手に入れたのはマイナスでしかなかった。

 

「俺の人生で信頼と感謝を述べるとすりゃ……トレーナーと御大ぐれぇだ。まともに歩けなかったウマ娘を見て君は頂点に立てる、そこに立って見返してやろうなんて言うバカは他に居ねぇしそれを信じて支援してくれる奴もそうはいねぇよ……」

 

彼女の人生において唯一信じて頼った存在がトレーナー、そして感謝したのがセクレタリアト。この二人以外に居ないし別に要らないとさえ思っている。

 

「恩返しは既にした、だから今度は俺の為だけに生きる事に決めた。だから日本に行く」

「そこで何で日本何だ?」

「どこぞの理事長から誘われたんだよ、懇願ッ貴方の力を日本に、いや私に貸して欲しい!!とさ」

 

脳裏に扇子を広げた秋川理事長がハテナにネコパンチをされた絵が浮かんだ。まあ確かに彼女ほどの実力者もそうはいないし色んな意味で欲しいのは分かるが……どう活かすつもりなんだろうか……トレーナーをやらせるにしても性格が荒れすぎて絶対に向いていないと思うのだが……そう思っていると徐に口にペパーミントキャンディ*1を放り込んだ。

 

「好い加減にアメリカから消えようと思ってたとこだ、飯が美味くてゲームも面白れぇ国なら断る理由はねぇだろ」

「ふぅん……止められたりしなかったの、あの大統領とか」

「うんにゃ、あの大統領は俺の意思を尊重してくれてる。話が分かる人間であいつは好きだぜ」

 

あのサンデーサイレンスに此処まで言わせる辺り、あの大統領の化物っぷりが良く分かる一方で確かに一国の主とは思えぬという意見があるのも納得が行く……まあそれだけで大統領に相応しくないという意見には賛同できないが。

 

「んじゃ日本での拠点とか決まってんの?」

「いいや、適当な所の家でも買うつもりだ。こっちより狭いだろうが金ならあるからな、問題はねぇだろ」

「んじゃ決まるまでメジロ家で住みます?お婆様には俺から話通しとくけど」

「そりゃ楽でいいな、んじゃ頼むわ」

 

軽い勢いで決まったサンデーのメジロ家の居候、取り敢えずお婆様に連絡を取ってみると普通にOKが下りた。寧ろスーちゃんからシンボリ家に来てもいいさえ言われてしまった。そんなこんなでランページはいよいよアメリカを発つ時がやって来た。相変わらずホテル周りは混雑しているのでホテルの屋上にヘリを呼んでの移動となった。

 

「ハッハッハッ!!!こりゃいい、俺も一度乗った事あるぜこれ。大統領のプライベートヘリだな!!」

「良い眺めね~ランちゃんもこういうの買う?」

「維持費が高ぇよ。せめて車をもう一台買う位だよ」

「日本車か、俺も一台買うか」

 

そんなこんなでランページの海外遠征は終わりをつげ、日本へと帰国する運びとなった。日本は今クラシック最後の一戦である菊花賞を控えている、そんな所にランページがサンデーサイレンスを伴った帰国する事になったのでまた大騒ぎになった。

*1
サンデーサイレンスは現役時代からペパーミントキャンディが大好物だったらしく、現役時代からこれを食べると気性が落ち着いていたらしい。カイバの代わりに食べさせたら大層喜んだと言うエピソードがある。似たような話でピルサドスキーの遠征時にも同じようなエピソードがある。




ランページの初期案を決める時に、サンデーサイレンスを少しモデルに使ったりもしました。


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263話

長きにわたる海外遠征、漸く終わりを告げる事になって帰国する事になったランページ。久しぶりに日本の土を踏めることに感動を覚える、此処まで自分に愛国心という物があったのかとさえ思う程には感動をしている自分に驚いてしまう。が、スーちゃんからの言葉を聞いて直ぐにそれが違う事が分かった。

 

「ランちゃんは日本に戻ったら何が食べたい?」

「あ~……卵かけごはんが食いたい、別段大好きって訳でもないけど食べれなかったけどもうすぐ食べれると分かると無性に喰いたくてしょうがなくなってきた」

「あ~凄い分かるわ~」

 

日本の衛生管理は世界一ともされている、故に生卵を食べる事が出来る訳だが……海外では当然それが出来る訳も無かった。いざ日本に着くと分かると無性に食べたくなってきた。

 

「そういえば日本には色んな生食文化って奴があったな、寿司以外にもあんのか……うめぇのかそれ」

「美味いですよ。簡単に作れるけど拘ろうとするとマジで深みに嵌る位には。専用のしょうゆとか色々ありますし」

「……俺も食う」

 

史実でも肉喰ってそうと言われるのも納得な気性難なサンデーサイレンス。それはウマ娘でも変わりはない、が、その一方で偏見だけで物事を判断せずに潤沢に蓄えた知識などによって裏付けされているのが垣間見える。そんなこんなで飛行機でのんびりと過ごしていた一行は遂に日本の大地を踏みしめる事になったのだが―――

 

「おい見てみろ、とんでもねぇ横断幕あるぞ」

「別に予告してないんだけどにゃぁっ」

 

空港へと到着してみたのは……TVでハリウッドスターが来日しました、時みたいな人間の群れだった。最初こそスルーしようと思ったのだが、出国の時は完全なサイレントランを決め込んでしまったので今回ばっかりはちゃんとやろうと思う。自分の存在に気付かれると一斉にたかれるフラッシュに無数の歓声、爆発せんばかりの大歓声が空港に上がった。

 

「ランページィィィ!!」

「やったぜ世界王者ああああ!!!」

「我らが暴君~!!」

『独裁暴君~!!!』

 

と記者たちも必死に声を上げているのだが、それすらを上回る勢いで歓声を上げているのは自分達のファンだった。マスコミの声なんて届かせないと言わんばかりの強烈な物が空港全体を包み込んで離さない。自分達の暴君に無粋な質問など届かせる物かと、自国民が暴君の親衛隊となって立ち塞がったのだ。

 

「ラン、ランページ、さん是非これからのご予定とかを……!!」

 

それでも突破してくる者はいる、それでも精々一人か二人……漸く掴み取ったインタビューのチャンス、負けてたまるかとヒートアップする争いを一瞬で鎮火する存在が日本にも降り立った。

 

「ウゼェのが居やがんな……こいつの疲労はお構いなしにテメェの都合を押し付けるか、ああっゴミ」

「ヒッ……!!?」

 

迫ったマスコミの胸倉を掴み上げ、腕力のみで軽々と持ち上げて問いかけた。己の力なんてこの程度の物でしかない、ならば自覚せよ、理解しろと言わんばかりの言葉に動けなくなった。それを見てそれから手を離した時、一人のファンが声を上げた。

 

「あれって……サ、サッ……サンデーサイレンスだぁぁぁぁ!!!?」

『えええええええええっっっ!!!??』

 

運命に噛みついたウマ娘、サンデーサイレンスの名は日本にも轟いている。アメリカ版オグリキャップとも呼ばれる彼女、数奇な運命に振り回されながらも完璧に整ったライバルを踏み越えるその人生は日本人ならば一度知れば忘れる事の出来ない程に大好物。その声を利用するように彼女は息を吸い込みながら床を踏みしめながら言った。

 

「よおっジャップ共ハッピーか!?俺はアメリカからこっちに移住する事になった、そして俺はこいつが気に入った。此奴に何かバカな真似をしてみろ、俺も相手になってやるって事を覚えとけ!!」

 

まるで獣、獰猛な獣がそこにいる。その庇護に暴君を納めたわけではない、純粋に対等だと認めている。あのサンデーサイレンスが……メジロランページの暴君という異名はその暴力的にまでの圧倒的な実力から来ているが、サンデーサイレンスは文字通りのその気性から暴君とも呼ばれる。名実共に此処に暴君の完全体が完成したと言ったも過言ではない。

 

「さあ行くぜ」

「あ~あ白けさせちゃってまあ……あっいつもの出版社さん、後で取材OKな日メールしとくから」

「あっはい、分かりました……」

「さあさ、行きましょうか~」

 

静かになって良かったと言わんばかりに笑顔を浮かべるスーちゃんとサンデーに連れられて空港を後にする。取り敢えず最低限として何時もの出版社にだけ返事をしておきながらも用意されていたメジロ家のリムジンに乗り込むであった。

 

「にしても日本のパパラッチ共は楽でいいな、少しいうだけで大人しくなりやがる」

「まあその分面倒な所もあるけどね……」

「それでもあの手この手で敷地に侵入してくるくそよりマシだろ、アメリカじゃあドローンまで使って俺の家の中を撮影しようとしたクソまでいたぐらいだぞ」

「わぁっ」

 

リムジンの中でアメリカでの体験談を聞きながらもメジロ家の屋敷へと向かい、そしてそこでは―――

 

「お帰りなさい、ランページ……本当に、本当に貴方って子は……本当に凄い子ね」

 

入り口までお婆様、メジロアサマが出迎えをしてくれた。目を涙で潤ませながらも笑顔で自分を迎えてくれた、その時に思った。この人は自分の家族で、メジロ家は自分の家なんだと……もう当たり前の事な筈なのに漸く、その実感を手に入れる事が出来た。それを察したのはサンデーは肘で軽く自分を突いた。目で言っていた、言ってやれと。

 

「ただいま―――お婆ちゃん」

「っ……お帰りなさい、ラン」

 

ランはアサマに深く抱きしめられた。そして同じようにもう一人、彼女を出迎えたのは―――ライアンだった。

 

「ラン、お帰り」

「―――ああ、ただいまラン」

 

メジロ家に入って数年が経った、そして漸く、この時にランページは……メジロ家だと胸を張れるようになった。それは、親友だったライアンに抱きしめられた事で自覚出来た。



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264話

「たっだいま~!!」

 

大きく扉を開けながら、くるくるッと回転しながら部室へと入った。その瞬間に部屋の中の全員から一気に視線を向けられる。一人は興奮を、一人は感動を、一人は感激を、様々な感情を一気に発露させた。ずっといなかった存在は極めて重かった、寂しさを感じて幻を見た事すらあった。だがそんな日々とももうおさらばだ、そうだと言わんばかりに真っ先にウマ娘がスタートダッシュを決めて抱き着いた。

 

「ラン~寂しかった、会いたかったぞぉ~!!」

「お姉様ぁ~……!!」

「ぜんばい~!!!」

 

ターボ、ライス、ドラランの三人。特にランページの事を慕っていて師弟、姉、憧れと言った他の皆とはまた重い感情を向ける三人は特にランページが不在の間は特に寂しがっていた。思わず涙ぐんでしまっている三人を抱きしめてやると更に強く抱き着いてくる。出張明けのお父さん気分を味わっているとイクノが穏やかな顔で、ネイチャが少しだけ笑って、タンホイザがニコやかに笑って。

 

「お帰りなさいランページさん、お茶でも淹れましょうか」

「ついでにどら焼きでもお茶請けにしようか、商店街のおばちゃんに貰っちゃってね~」

「他にも色々あるよ!!」

 

彼女らは普段と変わらぬように努めているが、その瞳は涙によって水気が増していた。ライバルにしてチームメイトだった関係だが、矢張り寂しさはあったのだ。そして後輩たちも同じだった。

 

「うああああああっ先輩~!!!わたし、わだし、わだじ、もう感動して前が見えなかったよぉおおおおおお!!」

「全く以て凄い人だよ先輩は!!最高のタイマンだったよ!!」

「本当にお疲れ様でした、あの、お邪魔でなければ是非凱旋門のお話を……」

「ラ、ランページさん……お、おおおっお帰りなさい!!!」

 

泣き癖の後輩は変わらない、タイマン好きの後輩は自分の成果に胸を躍らせる、サクラの後輩は嬉し気にしつつも遠慮気に話を聞きたがり、未来の女帝は恥ずかしがりながらも精一杯の笑顔で祝福を向けてくれた。それらに向けた自分の答えは決まっていたが、まだだ……そして顔を上げればそこには自分の相棒たる最高のトレーナーが唯一、変わらぬ様子と笑みを浮かべたまま立っていた。

 

「お帰りなさいランページさん」

「応南ちゃん、約束通りにお土産取ってきたぜ。ちょっとばかし豪華になってるけどな」

「BCクラシックに挑むなんて一言も聞いてませんでしたよ、そしてワールドレコードが少し豪華ですか……まあ貴方らしいですけどね」

 

やっぱり、彼は自分の全てを理解してくれている。品があって自分に理解あって柔軟性があるスーちゃんのトレーナー代理が悪かったという訳ではない、だが矢張り自分には彼が一番だ。理解度と信頼という点においてスーちゃんは勝つ事は出来ないのだから。

 

「ああそうだ、ついでにちょっと客連れて来たんだけどいいかな?」

「お客様ですか、ええ勿論何方でしょうか」

「お~い入って良いぜ~」

「応―――久しぶりじゃねえか南ぃ……テメェこんな面白そうな奴のトレーナーやってんなら早く言えってんだ」

「これはこれは……お久しぶりですサンデーサイレンスさん。ようこそカノープスへ」

「えっ何知り合いなん?」

 

 

「ねえねえっ後でターボと併走しよ!!ターボの走り見てよ!!」

「んっ~ンだチビッ子、俺とやろうってか?」

「チビッ子じゃないもん!!ターボにはツインターボってカッコよくてぶっ飛ぶ名前があるもん!!」

「ハッいい根性してんじゃねえかチビ助、呼び方変えて欲しければ俺に勝ってみろ」

「言ったな~!!?」

「ちょっちょっとターボ……あの、これ緑茶なんですけどどうぞ。あとお茶請けのどら焼きも」

「応、グリーンティーか……アメリカの菓子みてぇに濃い色の癖にこれは全然あれな感じしねぇのは何で何だろうな」

 

サンデーサイレンスをカノープスの部室へと受け入れて、兎も角軽いお茶会を開く事になった。アメリカで大活躍したウマ娘にも拘らずにガンガンと絡んでくるターボが気に入ったのか、自分の膝に乗せてやりながらも併走の約束をしたりしている。それを見つつも取って来たトロフィーを飾る。燦然と輝く海外G1トロフィーに狼狽えたり、憧れ、様々な感情が向けられる。

 

「こ、これがランページさんが取った海外G1のトロフィー……!!」

「滾るねぇ……アタイも海外挑戦をしてみたいねぇ!!」

「凱旋門……!」

 

日本ウマ娘がどれだけ憧れても手に取るどころか近くで見る事すらも叶う事がなかった勝者の証がそこにある。見ているだけでも鳥肌が立って来てしまっている。今すぐにでも走り出したくてしょうがなくなって来た。

 

「にしても南ちゃんよ、サンデーさんと知り合いだったのかよ」

「知り合いだったというかなんというか……サンデーサイレンスさんを担当しておりましたトレーナーと交流があったんです。その繋がりで顔見知りだったんです」

 

アンブライドルドの面倒を見ていた時からあったコネクションの中の一つにサンデーサイレンスのトレーナーがあったらしい、彼女も南坂の事は嫌いではないらしい。曰く、風聞などを一切考慮せずに自分のデータと実際に顔を合わせた事で判断したからとの事。

 

「日本に移住とは……相変わらず破天荒ですね」

「トレーナーも御大も了承済みだ。自立すんだ悪い事じゃねえだろ」

「物は言いようですねぇ……」

 

だがまあ、確かにサンデーサイレンスはアメリカではもう満足に生きられないだろう。アメリカを完全に見限っている彼女にはもう意味がない、だからこそ新天地で生きるのだ。今度こそ彼女らしく、彼女だけの人生を。その第一歩を言わんばかりにターボを膝から降ろすと思いっきり息を吸ってから、叫んだ。

 

「まあ一先ずは―――おい小娘共!!テメェらは何時までこいつのケツを追いかけてるつもりだ、それで満足するなんざぁ100年早い!!テメェらは確かにチームだ、だがな同時に最高の環境に居るライバルでもあるんだ、それを理解しろ!!倒すべき相手のデータ、フォーム、練習内容、傾向、全てを掴める場に居んだ!!それを活かせ、テメェら纏めてコースに集合だ!!俺が喝を入れ直してやる!!来たくない腰抜けは来なくていい、根性ある奴だけ来い」

 

爆音に近い殺気丸出しの叫びに全員は一瞬竦んだ、特にランページの膝の上に居て抱きしめられていたライスは特に顕著だった。だが誰よりも早く鋭い目つきになると彼女を睨み返した。それを見て面白そうに口角を上げると脚で扉を開けた。

 

「ターボ行く~!!こら待てサンデー!!」

「私も行きます、あそこまで言われて引っ込んでなんていられません」

「ネイチャさんも流石に……黙っているなんていられないね」

「わ、私も!!」

 

次々と名乗りを上げる、言葉遣いこそ荒いが極めて理に適っている。最高の環境に自分達はいる、それを活かすのは良い。だがライバルであり以上倒すべきである事に変わりはない。

 

「うううぅぅぅっ私も行く!!不肖ドラグーンランス、サンデーサイレンスの胸を借りに行きます!!」

「アタイも行くよ!あんだけ言われて動かないなんてウマ娘が廃る!!」

「だね、私も行く!!」

「私も行きます、何時か、あの舞台に行く為にも今日を頑張らなきゃ!!」

「わ、私も!!」

 

部室から出ていく姿を見送りながらもランページは皆に火が付いた事を喜ばしく思う、故に膝の上で抱きしめているライスの事も開放してやらなければ……と腕を緩めるとライスは振り返りながら一度強く抱き着いた。

 

「お姉様菊花賞、見てて。ライス―――勝つから」

 

そう言ってからライスは部室を出て行った。あのライスがまさかあそこまで強気な発言をするとは思わず、呆気にとられたが直ぐに成長したんだなぁ……と思って胸が熱くなった。菊花賞……どんな走りになるか、楽しみでしかない。

 

「ランページさんが居ない間、一番寂しがっていたのはライスさんでした。でもその寂しさに震えているままだと心配だけを掛ける、また慰めてくれる、それに甘えたくないと必死に頑張っていたんですよライスさんは」

「成長しちゃってまあ……お姉ちゃん、嬉しいじゃん……」

 

相手は無敗の二冠、坂路の申し子、トレセンの龍が育てしサイボーグ、ミホノブルボン。菊花賞、どんなレースになるのだろうか……。




「にしてサンデーさん、マジで何やるんだろうな」
「何だかんだで理論的な教え方も出来るからアグレッサーを御願いするのもありだと理事長はいってましたよ」
「軍隊の訓練じゃねえんだぞ……つうか芝走れるのか?」
「普通に走れますよ、アメリカだとダートの方が注目度が高いからそうしただけだそうです」
「(まあ、産駒を考えても芝適性が無いとは思えないか……)」


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265話

「改めて―――祝福、今度こそ祝福をさせて貰うぞメジロランページ!!」

「今度は別に止めたりはしませんよ」

 

南坂から理事長に顔を見せてあげてくださいと言われたので素直に理事長室へと顔を出した。顔を出すと途端にハテナが抱き着いて頭の上に乗った、本当に気に入られていると思うと嬉しい限りである。そしてたづなさんは思わず涙ぐみながらお帰りと言ってくれた、当たり前で素朴なこの言葉が一番嬉しく感じられる。

 

「本当にランページさんには何回驚けばいいんですかね、日本初どころか世界初ですよ凱旋門とBCクラシックを制覇なんて」

「フフン、惚れても良いんだぜ?」

「フフッそうですね、今のランページはとても魅力的です」

 

冗談だと分かって乗ってくれるたづなさんは矢張り美人秘書だ、こういうやり取りもとても楽しい―――

 

「―――……っ!?」

「ど、如何した突然振り向いて!?」

「な、なんか急に寒気が……」

「まだ疲れているのではないですか?スケジュールを考えても弾丸敢行も良い所ですし」

「かもなぁ……」

 

だといいのだが、背筋が凍て付くかのような凄まじい寒気は疲れという言葉では説明がつかないような気がしてならない……いやまあ予想がつかない訳ではないのだがあまり考えないようにしよう。

 

「報告ッ!!現在、シンボリ、メジロ、そしてトレセン共同の祝勝パーティを計画中である!!何せ君は文字通りの世界一のウマ娘なのだ、相応しいものにしなければな!!」

「俺としては教室一つ貸し切ってパーティを開いてくれるだけでも贅沢すぎるんだよなぁ……まあ色々やっちまってるし見栄を張るのも仕事の内かぁ……」

 

何だかんだ滅茶苦茶やったりはするが、その辺りの配慮やら認識も確りとある為に説得も極めて楽なので二人は助かっている。

 

「にしても理事長、サンデーさんは日本でマジ何をするんすか?アグレッサーをさせるとか言ってましたけど」

「それは案の一つにしか過ぎない、そしてアグレッサーという案を出したのは実はかなり深刻な問題もあるのだ」

 

トレセン学園にはスカウト待ちのウマ娘が大勢いるのである。そんな彼女達がトレーナーを得る手段はトレーナーに直接スカウトさせるか、チームの入団テストに合格するか、選抜レースでスカウトを受けるなどに限られてしまう。カノープスが定期的に開催しているレースで改善傾向にはあるのだがまだまだ不十分というしかない。

 

「一応名義貸しという物もあるのだが、それは文字通り名義を貸すだけでそのトレーナーから指導を受けられる訳ではない」

「そうなりますと必然的に自分でメニューを組んでトレーニングをする事になるんですが、自分にはトレーナーが居ないという緊張と焦りからオーバーワークを繰り返してしまって怪我による引退などが待っています」

「それを解決するための、アグレッサーだと?」

「ウムッ!!」

 

広げられた扇子には名案!!と書かれていた。スカウト待ちのウマ娘に引退したトレーナーやウマ娘に教導を依頼し育成をして貰う、それによって実力が伴ったウマ娘との対決をメインに据えた新しい選抜レースコースを構築しようと考えたらしい。これによって実力が十分なウマ娘と発展途上なウマ娘が一緒くたになる事を避けて一人一人に目を向けやすく、そしてスカウトのし易さを向上させようというのが理事長の目論見なのである。

 

「そん為にサンデーさんを呼んだって偉く豪勢っすね」

「決断ッ!!以前から彼女はアメリカにうんざりしていたという噂を聞いたのでな。思い切って切り出してみたらこれが大成功!!」

「んじゃ、俺からマルゼンさんとエースさんに話通しときましょうか?俺の時みたいに教えて貰えるかもしれませんし」

「ウムッ是非頼みたい!!」

 

たづなと理事長は視線を合わせて少しだけ笑った。ランページならばそう言ってくれると思っていた、元々これはスカウト待ちと担当持ちのウマ娘の実力格差を是正する目的もあった。そこにランページのレジェンドウマ娘達のコネクションが合わされば……トレセン学園のウマ娘達の実力が大きく向上する。よりトゥインクルシリーズが盛り上がる事にも繋がるのである。

 

「さてと、ランページ私も君に話しておきたい事があるのだ」

「何ですか日本政府から苦情ですか?」

「それもある、あるが違う」

「あるのか」

 

詫びに何かした方が良いのだろうか、大統領を紹介するとか……まあ絶対に騒ぎになるだろうから止めておこう。そんなバカな事を思っていると理事長は机から書類袋を出し、その中身を出して自分に見えるように置いた。そこにはドリームトロフィーリーグの招待状があったのだ。

 

「君が何時までトゥインクルシリーズで走るつもりでいるかは分からない、だがURAは君が早めに移籍してくれる事を願っているらしい」

「無敗のままさっさと引退しろ、という事で?」

「恐らく……ランページさんの出走数は既に29。引退を考えても可笑しくはない数ですし無敗が揺るがぬうちに夢にしたいという目論見があるんだと思います」

 

言いたい事は分かる。無敗のまま引退するのと敗北がついたのでは大きく価値が異なる。URAは自分をこのまま無敗の伝説として祭り上げ、夢の舞台文字通りの夢とするつもりなのだろう―――冗談じゃない、お前なんかに自分の価値を決められてたまるものかとそう思った時には無意識な行動をとった。招待状を破っていた。

 

「ほほう」

「まぁっ」

 

気付けば招待状をビリビリに破いていた。その動きに釣られてハテナがうずうずとしている、苦笑しながらもそれをゴミ箱に捨てながらもハテナを撫でる。

 

「悪いけど俺はドリームトロフィーリーグには興味が無いんですよね。まだダートの整備も終わってねぇんでしょ、年に2回だけってのは何とも」

「愉快ッ!!君ならばそう言うと思っていた!!」

「同感です。ランページさんならきっとそうだと思ってました」

 

どうやら二人にも自分の行動は読まれていたらしい。何だかんだで二人とも長い付き合いだし、南坂ほどではないが理解度も高い。

 

「だけどまあ、引退を考えてない訳じゃないですよ」

「そうか、どのような進路を選ぶのかは君自身。確りと考えて選択したまえ」

「分かってつもりです、という訳でお二人ともちょっちお耳を拝借しても?」

「あら、また悪だくみですか?」

「人聞きの悪いを言わないでくださいよ、寧ろ良いお話です」

「ほほう?拝聴ッ!!」

 

意味もなくゴニョゴニョと話をする。ワザとらしく二人もふむふむ、ほうほう……と言った言葉を口に出しながらそれを聞いた。そして感想を聞くと……

 

「愉快ッ!!痛快ッ!!天晴ッ!!成程、確かにその意見は確かにそうだ、ハハハハッまたURAを引っ繰り返す様を見物出来るという訳だな!!」

「此方も忙しくなるでしょうね、ですがとてもやりがいのあるお話でしたね」

「フフフッたづなよ、無性に私はやる気が沸き上がって来てしまったぞ……至急準備だ!!」

「はい理事長、ランページさん素晴らしいご意見有難う御座いました」

「いえいえ。ンじゃ俺はこれで」

 

楽し気な声を上げる二人に頭を下げて外へと出る。自分のやりたい事は伝えた、二人も賛同してくれたしやはりその方向を目指すのが自分らしい。何せ自分は暴君だ、他者の指図を簡単に受けると思ったら大間違いだ。誰よりも自由に、速く、高く、楽しく生きようと思っている。その為の努力を惜しむつもりはない。

 

「ラン、これから食堂行くんだけど一緒に如何かな?」

 

振り返るとそこには家族のライアンが居る。何故だろう、以前よりもずっと温かな気持ちになっている自分が居て笑みがこぼれる。

 

「応いいぜ、ついでに他にも誰か誘うか」

「マックイーンとパーマーは誘ってるよ」

「んじゃメジロ家揃い踏みか」

 

ライアンとの距離は、以前より近くなったわけではない。以前からこの距離だった。唯……その距離を行き交う絆が強まっただけの話だ。

 

「ねっ海外の話聞かせてよ。パーマーも聞きたいって言ってたよ」

「んじゃ何から語るかねぇ……アイルランドでナンパされた事とか?」

「えっされたの!?ランをナンパって凄い勇気あるなぁ……」

「如何いう意味だおい」



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266話

「ハッハッハッハッ……」

 

華奢な身体からは想像出来ぬほどに重々しい音を立てながら走り続けるウマ娘、これで一体何時間走り続けている事になるのだろうか。既に日も傾いて間もなく夜になるというのにやめる素振りが一切見られない。ただ黙々と走り続けている彼女を南坂トレーナーは静かに見守り続けている。

 

「トレーナー、これで何時間」

「始めたのはお昼でしたから……6時間、ですかね」

「良くもあれほど……」

 

同じチームのネイチャとイクノはその話を聞いて驚いた。彼女は菊花賞を控えている身、故に練習を重視する為に午前授業で午後からずっと練習をしているのだが……その量が余りにも凶悪。技術面、体力面は既に菊花賞に向けての最高レベルに仕上がっている。ならば他に何をするべきなのか、そう彼女に質問したが静かに即答して見せた。

 

『精神面……ライスは、徹底的にそれを鍛え上げます』

 

数日間連続して彼女はただ只管に走り続けている。日本ダービー、最高の戦術、最高のコンディション、それを持ってマチカネタンホイザと共に挑んだがミホノブルボンに届かずに敗北した。その理由を求めた時に黒沼トレーナーの理念しかないと思い至った。精神は肉体を超越する、唯の根性論などではない。正しい精神論と綿密に計算されたトレーニングのスケジュール。それらによって基礎から徹底的に磨かれる精神力が強靭な身体を更に強固にする。カノープスのそれに近い。

 

何処か機械的でサイボーグと呼ばれるのも納得が行くブルボンとの相性はいい、プレッシャーなどに強く振れ幅が極めて小さいので安定して高いパフォーマンスを発揮出来る最高のコンビ。が、ブルボンはダービーで自らの精神を爆発させていた。菊花賞でも恐らくそれは起きるとライスは考えている。同じく基礎を重視するカノープスと黒沼トレーナーの方向性は似ている、ならば如何するのか―――此方も精神で肉体を超越するしかないと結論付けた。

 

「ハッハッハッハッ……」

 

規則正しく行われ続ける呼吸音、蹄鉄で鳴る重低音。ライスシャワーはシンザン鉄を使って自らを追い込み続けていた。

 

「フゥッ……南ちゃん、タンホイザは寮に連れて行ったぜ。全くサンデーさんがやったらめったら追いかけまわしてたからクタクタだったぞ」

「お疲れ様ですランページさん、私が頼んだ事ですので」

「相変わらずってか、ンでライスも変わらずか」

「ええ」

 

やって来たランページは同じく菊花賞に臨むタンホイザのサポートに回っていた。彼女も次こそはブルボンに勝ちたいとサンデーサイレンスに特訓の相手をお願いして徹底的に扱いて貰った。サンデーもほんわかした雰囲気のタンホイザに怪訝な目を向けていたが、いざ走ってみると良い根性とスタミナ、素晴らしい総合力で一度も自分に抜かれずに走り続けるという課題を達成したのでニコニコだった。そんなランページがライスへと視線を向ける。

 

「ねぇっランから見てさ、今のライスってどう思う?」

「良いと思うぜ、徹底的に自分と向き合うっていうのは高い集中力を要する。その為に走るというそれ以外考えない環境に自分を追い込むのは正しい」

「それは同意しますが……あの蹄鉄は」

 

ネイチャもイクノもそれは理解している、だが気になるのはライスが使っている蹄鉄の事である。カノープスが使っているシンザン鉄、ライスも当然使っている……がライスの使用するシンザン鉄は5倍が限度、しかし今使っているのはランページが普段使いにしているランページ鉄と同じ10倍なのである。

 

「自分と向き合う為に使ってるんだろ、南ちゃんも注意はしたんだろ?」

「はい。本気で走ったりはせずにあくまで小走り程度に留めるようにと」

 

幾ら何でも自分のように走り込んだりはせずに走れる範囲で走っているだけ、決して無理はしてない……がそれでも10倍を履いてあそこまで動けるのは凄まじい事だ。しかもずっとああやって走り込んでいる、スタミナも凄いが精神面も凄い事になっている。なぜそこまでするのか、それは単純な理由、ブルボンに勝ちたいからだろう。

 

「ライス……」

 

脚が重い、息が苦しい、疲れた。そんな思いが頭の中をぐるぐると回る筈なのにライスは黙々と脚を動かしていた。

 

 

 

ライスシャワーはお姉様、メジロランページの事が大好きだ。カノープスに入る前からずっと仲良くしてくれたし姉だと思って頼ってくれてもいい、苦しいなら助けてやると言ってくれた。相談にも乗ってくれるし自分の事を大好きだと言って可愛がってくれる、自分もあの人が大好き、ずっと一緒に居たいとすら思う程に。でも、その思いが自分を苦しめた事もある。

 

『お姉様……お姉様ぁ……』

 

ランページの海外遠征中にどうしてもランページに会いたくて、声を聞きたくて、触れ合いたくてどうしようもなかった時があった。知らず知らずのうちにランページに依存しきっていた。何でも打ち明けられて一緒に居てくれるお姉様に頼っていた。ランページに会いたい、そんな思いが膨れ上がっていく中、如何したらいいのか分からずに思い切って同室のウマ娘に相談する事にした。何故それが出来たのか―――それは

 

『成程成程、確かにランページさんにあれだけ良くされたらそうなりますよね~……めがっさ羨ましいんですけど

『ど、如何したのフローラさん?』

『な、何でも無いですよ~!!』

 

同室なのがランページと死闘を繰り広げていたアグネスフローラだったからである。ある意味でランページの事を最も知っている彼女にならば相談できるのではないかな……と思って打ち明けた。そうするとフローラは酷く真剣な面持ちで話を聞いてくれた。

 

『それは可笑しくもなんともないですよ、そんな素敵なお姉様ならいつも一緒に居たいと思って当然です。私にも妹がいますけど本当にいい子でトレセン学園で一緒に居られないのが本当に残念な位なんですよっと妹自慢はこれぐらいにして……ねっライスさん、ランページさんは如何して貴方の傍に居ないと考えないんですか?』

『お、お姉様……が?』

 

フローラからの言葉は至極単純だった。貴方は一人で走っている訳ではない、常にだれかと一緒に走っているんだと。

 

『おハナさんから受け売りなんですけど、本当に孤独な人なんて滅多に居るもんじゃありません。レースで走っている時だってクラスメイトや応援してくれる人、チームメイトに支えられて漸くそこに立てるんだって。ライスさんの場合はカノープスの皆さんが居るって事です。特にランページさんが』

『お姉様が……一緒』

『はい』

 

そう思った時に、頭の中にランページとの思い出やカノープスの皆との楽しい時間が沸き上がって来る。すると先程まであって胸のざわめきが収まっていた。少し驚いていると得意げな顔のフローラが楽になったでしょ?と言う。

 

『まずは落ち着いて深呼吸、その後に自分は一人じゃない絶対に違うと思うんです。大好きな人は自分の味方って思うんです』

『フローラさんって、凄いんだね』

『何せランページさんに負けまくって無いですからね!!いや自慢出来ないけどそのお陰で立ち直りの方法なら幾らでも知ってますからね!!』

 

姉として、タキオンとフライトの相手をしていた事も関係しているが誰かを導く事はそれなりに得意なのである。

 

『何だったらランページさんに甘えまくって自分はランページさんの力と一緒にあるって強く思っても良いと思いますよ、結局独りで生きていくなんて絶対に出来ないんですからその位良いんですよ!!何だったら私がもう一人のお姉ちゃんになりましょうか!?』

『フローラさんって凄いね、有難う……でもそれはちょっといいかな』

『如何して~!!?結構いい事言ったと思ったのに~!!』

 

フローラの言葉には本当に助けられた。お陰で自分は立ち直る事が出来た、だけど今はそれを忘れようと思う。ランページに甘えたい、そんな気持ちはあるが今は忘れておきたい。姉が偉大な事をやってのけた、ならば自分だってそれに負けない位に強くありたい。ウマ娘としての闘争本能がそう叫んでいる。

 

「お姉様……ライスは、ライスは―――絶対に勝つよ、ブルボンさんに勝つ……!!」

 

闇の帳が天を包む中、ライスの頭上には満月が浮かんでいた。その月下を走るウマ娘は赤い瞳に青い炎を携え、全身からオーラを立ち昇らせていた。その姿は……凱旋門前のランページと同じような様であった。




ライスの同室はゼンノロブロイなんですけど、史実基準作品である今作品にはまだ出ておりませんのでオリジナルの組み合わせにしました。まあその結果フローラという事になりましたが……一応ランページに絡まなければまともなんです。

本当なんです、フローラを信じてやってください!!


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267話

『つい先日、世界の暴君となったメジロランページの帰国。そしてアメリカにて運命を走り越えたウマ娘と言われるサンデーサイレンスの来日の興奮が冷めやらぬトゥインクルシリーズ、今日ここに新たな歴史が生まれ刻まれる事になるでしょう。3年連続で三冠ウマ娘が達成するのか、それとも、それを阻むウマ娘が自らの歴史を作り出すのか。クラシック戦線最終戦菊花賞!!』

 

ランページの帰国から数日しか経っていないが訪れた菊花賞。そもそもがBCクラシックが菊花賞の1週間前だったのだから当たり前と言えば当たり前だしそんなスケジュールな癖に十分に休養期間を置かずに日本に帰ってこられるランページの身体の強固さが頭おかしいのである。そんな暴君の帰国だったりサンデーサイレンスの来日と移住宣言で日本が揺れる中で行われる菊花賞。

 

「オ~レオレ~!!如何だチビ助共~」

『凄い凄い~!!』

「ほら、如何だ!!」

『高い~!!』

 

そんな中サンデーは全くの無変装。黒いジーンズに白いTシャツに革ジャンという酷くラフな格好で京都レース場に姿を現していた。当たり前の事だが正体は即バレ……まあ隠していないのでバレたという表現も可笑しな気がするが……早速サンデーの周囲には人だかりが出来たわけなのだが―――

 

「お前らは俺に会いに来たのか、それとも菊花賞を見に来たのかどっちだ」

『勿論ライスが菊花賞を勝つ所を見に来ました!!』

 

それに即答したのはライスのファンクラブ、青い薔薇の会の面々だった。彼らの言葉に機嫌よくしたサンデーは口角を持ち上げながら言った。

 

「オラッだったらもっと腹から声出して声援出しやがれ!!テメェらの一言一言があいつの力に何だ、テメェらも自分の推しが居んならそっちを優先しやがれ!!そいつらの一生に一度の晴れ舞台、盛り上げろぉ!」

『お~っ!!!!』

 

あっという間にその場を掌握してしまったサンデー、元からカリスマ性が高い為か直ぐにその場の空気を自分のものにしてしまった。これから自分に会う機会はあるだろうがクラシックは一生に一度だ、その事を思い出したファン達は懸命に応援の体勢を作った。それにサンデーは満足気に頷きながらも近くに居た子供の相手をしてやっていた。子供好きでもあるらしく、肩に乗せてやったりしている。

 

「賑やかねぇ……」

「ハッ、チビ助共が元気なのはいい事じゃねえか、おれっとっつぁんかぁちゃんの所に帰れ帰れ~」

『ハ~イ』

 

やって来た確りと変装したランページに返答しながらも子供を親の元へと返す、バイバ~イと手を振る子供にサムズアップしたりする姿は非常に男前だ。ヒーローショーのヒーロー役か何か、と言いたい気分になる。

 

「ンで如何なんだよライスシャワーは」

「俺が言うよりも自分の目で判断したら?」

「道理だな」

 

そんなやりとりをしているとあっという間にゲート入りの時間が迫って来る、地下バ道から出て来たウマ娘が次々とターフを駆けていく。全員調子がよさそうだ。

 

『無敗の二冠、ミホノブルボンの次に登場しますは―――マチカネタンホイザ!!三番人気です。ライスシャワーと同じく、ミホノブルボン打倒の二枚看板というべきカノープスのウマ娘です。本来の適性は長距離向きとの事ですので、この菊花賞は正しく本領発揮に相応しい場とされており念願のG1初勝利も期待出来ます!』

 

「タンホイザ~!!」

「頑張れ~!!」

「タンちゃ~ん!!」

「皆応援ありがと~!!えい、えい、む~ん!!」

『えい、えい、む~ん!!』

 

ファンクラブ繋がりで言えばタンホイザにも確りとしたファンクラブがある、名前はエイエイムーン。よく口にする頑張る時の言葉をそのまま採用しているらしく、ファンクラブの証はそれに掛けてタンホイザが被っている帽子を被った月になっている。中々にお洒落だ。

 

『そして最後に登場するには同じくチームカノープス、マチカネタンホイザと同じくミホノブルボンを倒す可能性が最も高く、同じくこの菊舞台で最高の力を発揮出来るとされる祝福の星、ライスシャワー!!二番人気です!!』

 

遂にやって来る打倒ミホノブルボンの大将格、ライスシャワー。誰もがミホノブルボンの三冠を願う一方で同時にライスシャワーとマチカネタンホイザとの好勝負、いやもしかしたら勝つかもしれない展開を望んでいる。この三人は明確なライバル関係であり、絶対的な格差がある訳でもなくブルボンが少し上回っていたり、時の運で二人が勝っていたかもしれないかなり絶妙な関係性。故にこのぶつかり合いは楽しみでしょうがなかった。そして―――遂にライスが登場する……のだが

 

「フゥゥッ……フゥゥッ……」

 

地下バ道からライスが出て来た時、賑わっていた筈の大観衆が思わず言葉を失ってしまった。ゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるかのようにやって来たライスはこれまでとはまるで人が違っていたから。ライスはレースになると普段とは人が変わったようにスイッチが入る事は有名だが―――今日のそれは一際際立っていた。黒い花嫁のようなドレスの奥の瞳は赤く輝きながらも青い炎を纏っていた。その顔付も鋭く、おどおどして大人しい彼女の普段を知っていれば知っている程に……その姿は余りにも異質に映る。

 

「あ、れが……ライス……ちゃん?」

「全然違う……普段のヒットマンスタイルからまた進化してる……!?」

「と、兎に角声出して応援だ!!それだけ仕上がってる事じゃないか!?」

「そうだそうだブルボンと戦う為に仕上げて来たって事だ!!」

『頑張れライスシャワー!!』

 

ヒットマンスタイルとはライスのスイッチを入れた後がまるで刺客のような雰囲気だったからと、付けられた愛称。ボクシングっぽい気もするが気のせいだろう。ファンクラブも驚いてしまう程の凄い集中力を見せているライス、それは此方も同じ。ライスが精神面を重視していたのは分かっていたが……此処までのし上がりを見せるとは予想外だった。

 

「仕上がってんなぁ……」

「―――良い面してやがんなぁ……なよなよオドオドしてやがると思ってたが、こりゃ訂正しなきゃならねぇな……こりゃいいレースするぜ。あんだけの気迫を持った奴と走りたかったもんだぜ。だがタンホイザの奴も良い仕上がりな筈だからな、なんせこの俺様が散々追い回してやったからな」

「もう可哀そうなレベルでな」

 

サンデーお墨付き、現役時代に会いたかったとすら言わしめる程に完成したライス。これは間違いなく期待出来る、だがそれはタンホイザも同じ。サンデーに追いかけられながらの走り込みの効果は出ている筈だ。と期待を寄せている中で近くに居た黒沼トレーナーは、思わず言葉を失っていたが直ぐに笑ってみせた。

 

「ブルボン喜べ……お前はもう、三冠以上の宝を手にした。お前は、幸せなウマ娘だ」

 

「はい、マスター……私はとても幸せです」

 

そんな黒沼の意志を理解していると言わんばかりにブルボンはライスを見て呟いた。タンホイザの仕上がりにこれは楽しみだと思った直後にこれだ。早く走りたくてしょうがなくなってきた。

 

「フゥゥッ……」

「……」

 

自分の目の前を通り過ぎても彼女は自分の事を完全に無視していた。倒すべき敵だと捉えているはずなのにまるで意識にも上らせていないかのような集中の仕方にブルボンは身震いした。勝ちたい、そんな彼女に勝ちたいと。菊花賞、間もなく出走。



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268話

『さあ各ウマ娘がゲートに入りました。3000mの道の世界へ漕ぎ出す優駿達、最も強いウマ娘が勝つとされる菊花賞。勝つのは無敗の二冠、ミホノブルボンか。それともライスシャワー、マチカネタンホイザがそれを阻むのか。それとも他のウマ娘達が予想を裏切るのか―――スタートしました!!選び抜かれた18人の優秀達がスタートしました。ミホノブルボンが出ていきますが、それを上回る程の大逃げを打つウマ娘がいるぞ!!』

 

遂に始まった菊花賞。開始の合図はブルボンの逃げだと思っていたが、それをも上回る程の大逃げを打つウマ娘が居た。

 

「あんたに勝つにはやっぱりこれしかないのよねぇ!!さあどんどん飛ばしてくよ~鏑矢の如くぅ~!!」

 

『ご存知大逃げウマ娘、キョウエイボーガンです!!前日のインタビューでミホノブルボンに先頭は譲らない、その宣言通りの大逃げを打ちました!二番手にはミホノブルボン、その後方にマチカネタンホイザ、そしてライスシャワーがこれは良い位置についている!!』

 

キョウエイボーガン。彼女の走り逃げのスタイル、つまりブルボンと同じ。故に彼女は分かっている、一度でもブルボンに先頭を譲ってしまったら絶対に勝てないと。だから大逃げを打った、彼女には尊敬するウマ娘が三人いる、一人は伝説のダービー大逃げを達成したカブラヤオー。もう一人はドッカンターボのツインターボ、そして世界最速と最強のウマ娘のメジロランページ。逃げウマ娘としてこの三人を目指さない訳には行かないと彼女はずっと三人の研究を続けていた。その力を今こそ見せる時だと、大逃げをした。

 

「矢張り、そしてあのスピードと加速……成程、メジロランページさんの大逃げを研究した結果だと判断しました」

 

だが研究しているのはボーガンだけではない。逃げウマ娘にとってランページの走りというのは一つの究極系、常に先頭を走り続ける、逃げにも拘らずに差しウマ娘のような末脚を発揮するスパートの伸び。当然ブルボンもその研究は行っていた、特に自分のトレーナーの黒沼の元にはランページのトレーニングメニューの監修をしていた時に得た情報まであるのだから余計に役になった。それも使って―――自分はシンザン鉄で坂路を走って来たのだ。

 

『最初のスタンド前に入って来たのはキョウエイボーガン、ミホノブルボンとは2バ身差。そのミホノブルボンの左後ろにピッタリと付いているのがライスシャワー、そこから1バ身の所にマチカネタンホイザ。そこから7バ身程離れた所にデュオプリュウェン、タイショウコウジンが続きます』

 

先頭を行くボーガンを追いかける展開となっている事だけが予想外ではあるが、概ね予想通りに展開と言える。一つ思い違いと言えば……

 

「行けええボーガン!!!」

「そのままそのまま逃げ切れ~!!」

『GOGOボーガン、GOGOボーガン!!』

 

史実はこの菊花賞に出たことで運命が狂ってしまったキョウエイボーガン、ウマ娘である彼女はかなりの人気があるという事である。というよりも逃げウマ娘というのがここ数年で人気になっている。まあ間違いなく自分とターボのせいなのだろうが……ボーガンもこの菊花賞では5番人気。十分に勝利が期待出来るとされるウマ娘の一人という扱いを受けている、それを感じて思わず笑ってしまった。

 

「ンだよ笑いやがって」

「いえ……如何です日本の声援は」

「悪くねえな、どのウマ娘にも確りとファンが居て全員に勝負が熱望されてる」

 

サンデーからすれば初めての日本のG1レースの見物になるが、かなりの好印象。海外のレースには特定のウマ娘を勝たせる為だけの役職を背負ったウマ娘もいたし逃げが大人気というのも新鮮で面白い。そして何より日本の応援はかなり熱が籠っている、まるで自分がレースで走っているかのような熱量で実に面白い。

 

「サンデーさんから見て如何思う、こっから」

「ボーガンだったか、中々良い脚を持ってるな。根性次第で上位に食い込めるだろうが……相手が悪りぃな」

 

既にスタンド前を過ぎて向こう正面へと入ろうかという所だが、ボーガンの走りは揺れが見え始めて来た。流石に3000m初挑戦にも拘らず大逃げというのはリスキーすぎる、自分だって3000mを大逃げしきる自信なんてない。自分ではなくパーマーを参考するべきだっただろうと思う、そんな中で向こう正面に入りボーガンが少しずつペースが乱れ始めた。所々でそれを正して走る、サンデーの読み通りに根性は良い方だろうが……その後方から迫ってくるウマ娘とはレベルが違い過ぎたのが唯一の不幸だった。

 

『第三コーナーを過ぎた、先頭は未だキョウエイボーガンっと此処でミホノブルボンが先頭を取った!!キョウエイボーガン、流石に苦しいか!?ライスシャワーとマチカネタンホイザも上がって来る!!さあ他のウマ娘達も迫って来る、がキョウエイボーガン此処で意地を見せるぞ!!他のウマ娘を抜かせまいと再加速!!なんという根性!!』

 

第四コーナー直前の攻防、先頭を走り続けて来たボーガンが遂に脱落。ランページのようなペースで菊花賞は流石に無理があったという事だろう、だがそれにも最早根性のみで突き進み続けている。そんな彼女の先を走るブルボン、そしてライスとタンホイザ。特にライスは常にブルボンの後方に付き続けていた。

 

「流石はライス……ですが、負けません!!」

「―――ッッ!!」

 

後方に感じる異様な存在感の殺気、この殺気が常に自分に差し向けられ続けていた。重苦しく、空気を幾ら吸い込んでも苦しさが取れない。ブルボンだけに向けられたライスのそれはブルボンにとって大きなデバフとなっていた。それを強靭な精神で抑え込みながらもそれに惑わされまいと走り続けるブルボンも流石としか言いようがない。だけどあと少し、あと少しでゴールが見えた時、後方から一気に風が吹いた。

 

「いやああああああっっ!!!」

 

『こ、此処でマチカネタンホイザ!!第四コーナー終盤でマチカネタンホイザが先頭に躍り出たぁ!!凄まじい脚だ、凄い加速でミホノブルボンとライスシャワーを抜いたぁ!!念願のG1初勝利をクラシック三冠の最後の一冠で飾れるのかぁ!!?』

 

サンデーサイレンスというレジェンドから指導という名の追い回しを受けていたタンホイザが此処でトップに立った。元から総合力で言えばカノープスでも上位に入るタンホイザがレジェンドから逃げ続けるという事を達成した事で得た脚力は相当な物でブルボンやライスさえも抜いた。それは声にも―――

 

「後ろからサンデーさんが来ているつもりで―――いやあああああああああ!!!」

 

「おいなんか違う意味ですげぇ事になってんだけど何やってんだよアンタ」

「何もしてねぇよ、見所あったからちと気合入れて追いかけまわしただけだ」

「それでああはならんやろ」

 

気合を入れたのは確か、確かなのだが……

 

『待てやゴラァ!!』

『いやあああっ怖いいいいいいいっっ!!!??』

 

マジ顔になったサンデーサイレンスに追いかけまわされるという一種の恐怖体験をしてしまったタンホイザはその時の事を思い出す事で一種のリミッター解除を行っていた。その効果がこれだから本当に笑えない。そして遂に最後の直線に入る、先頭は必死に背後の幻影から逃げるタンホイザ―――だが此処でブルボンが一気に加速する。

 

『ミホノブルボン此処で伸びる伸びる!!一気にマチカネタンホイザを射程圏内に収めてそのまま抜いたぁ!!なんというウマ娘なんだ、まるでメジロランページを思わせるようなスパートであります!!!』

 

自分にも意地がある、そして勝ちたいという欲がある。自分は勝ちたい、貴方達に勝ちたいんだという思いがある。だから私は負けない!!と言わんばかりにブルボンは疾駆する。そして―――

 

「Operation:Rampage turboを発動します!!!」

 

最後の駄目押しと言わんばかりに、ランページの全身走法とターボのドッカンターボの複合の切り札を切った。更に加速して完全にタンホイザを追い抜いてゴールにまで突き進む。誰もがブルボンの勝利を胸に抱いたがそれが即座に否定されてしまった。

 

『外から、外からライスシャワーライスシャワー!!ミホノブルボンが全く振り切れない、寧ろどんどんライスシャワーが距離を詰めていきます!!』

 

後方に付き続けていたライスが遂に牙を剥いた。ブルボンの背後で気を伺い続けていた仕事人、乱れる事も焦る事もせずに待ち侘びた勝機。それが未だと言わんばかりにライスの瞳がより爛々と赤く光り、轟々と青い炎が燃えた。

 

「ライスは―――ライスは……負けないっ!!!」

 

その時、ランページは思わず目を見開いた。その時にライスが行ったのは唯のスパートではない、目の前を走っているブルボンが行っている複合を完全に自分の物にした上に一段と加速した。青い炎の奥から見える赤い瞳が見つめたブルボンはその走りを奪ったかのようだった。そしてどんどんと加速していき、遂にブルボンを超えた。

 

『ライスシャワー躱した!!ライスシャワーがミホノブルボンを抜いた!!ミホノブルボンも伸びるが、タンホイザも迫ってきている!!ライスシャワーが完全に抜け出した!!!ミホノブルボン2番手!!ライスシャワー先頭、今そのままでゴールイン!ライスシャワーがやりました、無敗の二冠ウマ娘ミホノブルボンを破っての堂々の勝利!!菊花賞ウマ娘はライスシャワーです!!2着にはミホノブルボン、3着にはマチカネタンホイザ、4着にキョウエイボーガン、5着にデュオプリュウェン……とこのタイムは!!3:04:8!!レコードです!!ライスシャワー、レコードタイムでの勝利です!!』

 

菊花賞に勝利したのはライスシャワー、遂にライバルのブルボンに勝った。ランページはその事に震えそうになったが同時に不安もあった。がそれはいらぬものだったと直ぐに分かったのだ、何故ならば―――大歓声が沸き上がったのだ。

 

「やったぁぁぁぁぁ!!!」

「ライス~!!!」

「おめでとう~!!!」

「感動じだぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ブルボンよく頑張ったぞ~!!」

「凄い走りだった~!!」

「最高のレースだったぞ~!!」

 

「タンホイザもよく頑張った~!!!」

「今度こそG1勝利頼むぞ~!!」

「可愛かったよ~!!」

 

心配していた沈黙などはなく、寧ろ喜びの声で溢れていた。確かに残念さを噛み締める声があるのは確かだが……それを直ぐに声援に変えてエールとして応援する者しかいなかった。この菊花賞において、悪く言われるウマ娘は一人も存在しなかった。

 

「ライスが、ライスが……ブルボンさんに勝った……?」

「見事でしたライス、完敗でした……」

 

未だ状況が飲み込み切れていないライスは自身が勝利した事に困惑している様子だったが、ブルボンから握手を求められると少しずつ理解し始めたのか耳を動かしながらも恐る恐るその手を取りながら漸く笑顔になった。そこへタンホイザもやって来てライスの勝利を祝った。

 

「本当に凄かったよライスちゃん!!私も全力だったのに追い付けなかったもん!!」

「で、でもタンホイザさんは一回ライスを抜いてたよ?」

「ええ。あの走りは本当に凄まじかったです」

「いやぁサンデーさんのお陰だよぉ~」

 

激闘の後とは思えぬ程に笑顔と楽し気な雰囲気に包まれているそれを見ていた黒沼には悔しさは無かった。自分の担当ウマ娘は自分に出来る最大限を発揮した、そしてその末に偉業では得られぬ最高の物を手にした。心の奥底から勝ちたいと思えるライバル、今度こそそのライバルに勝ってみせるという気持ち。それを得たブルボンが笑っている、それだけで黒沼は満足なのである。

 

「良かったなブルボン……さて、次はジャパンカップだったか……忙しくなるな」

 

口角を持ち上げながらも黒沼はそう呟いた。彼の中では次のレースで走るブルボンの姿が既に映っていた。



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269話

白熱した菊花賞、その勝者となったのは無敗の二冠ウマ娘であるミホノブルボンを破って勝利をもぎ取った漆黒のステイヤーのライスシャワーだった。彼女にはその名が如くの溢れんばかりの祝福が向けられた。

 

「確かに三冠は叶いませんでした、ですが私はそれ以上の価値あるものを手に入れる事が出来ました。死力を尽くして勝ちたいと思えるライバル二人……これ程の宝はありません、故に私はライスさんとタンホイザさんに勝つ為に更なる鍛錬をマスターの元で積みます。そして次こそ勝ちます」

 

ブルボンのこのコメントもそれを後押しする形となった。三冠よりもずっと価値がある、確かにそうだと思う者が大多数。そしてあのブルボンにそこまで言わせるなんてやっぱりライスとタンホイザは凄いウマ娘なんだという流れを助長した。

 

『漆黒のステイヤーライスシャワー、菊花賞を制す!!』

『二冠ウマ娘ミホノブルボンの最大のライバル、ライスシャワーとマチカネタンホイザ』

 

とこのような見出しの雑誌が出てるのも当然だった。勿論一番大きく書けているのはランページ贔屓の出版社。ランページの信用というネームバリューもあるしライスもタンホイザも安心して取材を受ける事が出来た。が、その中で不快感を感じる記事を載せる雑誌があったのも確か、ブルボンの三冠を阻止した事をあからさまに強調して恰もライスをヒールに仕立てているかのような書き方をしていた。

 

矢張りブルボンの無敗の三冠に期待してファンも多い為に、敗北を悲しむファンが多いのは確かだ。その出版社もきっとその内の一つなのだろうが……あの菊花賞を如何見ればヒールに見えるのだとランページはその雑誌を見た瞬間にキレた。

 

具体的にどんな風にキレたかと言えば……

 

「南ちゃん、ちょっと電話してくる。お婆様に顧問弁護士使っていいのか聞かねぇと」

「ストップです」

 

ガチで裁判を起こそうとする程度にはキレていた。南坂の説得でそれはやめておくことにしたがその代わりに―――

 

「ライスの事をヒールって言う奴もいるんだよなぁそれだけブルボンに向けていた期待の裏返しってのも理解出来るけどよ、そのブルボン自身が最大のライバルとして認めた上で三冠よりもずっと価値があるって言ってんだからそこでも解決してるのになんでヒール扱いしてるのか理解に苦しむわ。というのが俺の意見だ、えっハッキリ言い過ぎ?だったら真正面から俺に待ったをかければいいだろ、何時でも相手になってやる」

 

このように配信で堂々と自分の意見を発表した。流石にやり過ぎなのでは……と思ったが矢張り思う者も多かったのか、同意見の嵐でその出版社には抗議の電話やアンチコメントで溢れ返ったとの事。改めて自分の影響力ってエグいなぁ~と思ったの瞬間だった。

 

「お、お姉様ライスの走り如何だった……?」

「凄かったぞ、というか俺の走りもしてたよな?」

 

菊花賞後、改めてライスと話をした際に菊花賞での自分の走りについて尋ねられた。高められた精神性が肉体と技術のレベルを底上げしていたのは間違いないがそれ以上にラストスパートでの走りが一番気になった。

 

「うん。ずっと近くで見てたから、こっそり練習してたの」

 

ランページが海外に行くまでの間にも数えきれないほどの併走をして貰っていたライス。その目にはランページの走りが焼き付いていた、そして記録映像なども南坂が全て保管しているので練習するには良い環境が揃っている。なのでライスは最後の切り札としてそれを隠し持っていた。

 

「でもあの時はブルボンさんがターボさんのドッカンターボもやってたから、やってみたの」

「それで、出来たと?」

「うん。練習はしてなかったけどよく見てたから」

 

それを聞いて改めてライスもテイオーと同じく天才の部類何だなぁっと実感する。それらを総合してライスは進化しているという結論に至った、ライスの領域が相手の領域を吸収して自分にも適応可能にしたと言った所だろうか。相手に関わる辺り自分の影響されているなぁ……と思ったりする。

 

「次は折角だから有記念でも目指してみるか?」

 

ステイヤー気質であるライスにとって有記念は力を発揮出来るレース、故に出走して上を目指すのもあり。ネイチャやイクノ、ターボも出るだろうが……本質的に長距離こそが本領であるライスならばシニアクラスの彼女が相手でも十二分に戦う事は出来るだろう。ライスは少し考えるような仕草をする。

 

「お姉様は出るの?」

「ちょっと考え中」

 

これでも一応2500のワールドレコードホルダーではあるが、本質的に自分は2400までが本来の主戦場。2500は限界を超えるか超えないかの瀬戸際。だが同時に有記念に出たいという気持ちも相当に大きい。あの時のレースは本当に心が昂った。あの時と同じメンバーというのも難しいだろうが出れる物ならば出たいという気持ちがあるのも事実。

 

「お姉様が、出るなら……ライスも出たい、な」

「そう言ってくれると嬉しいけど自分の意志で決めな、ライスのレースなんだから」

「……うん」

 

少しだけ複雑そうな顔になったので頭を撫でてやると直ぐにフニャフニャになって耳と尻尾を嬉しそうに動かし始めた。妹の可愛さに癒されながらも同時にある事を考えていると部室へとターボが入って来た。

 

「ラ~ン!!おっとライスもいたのか、菊花賞凄かったぞ!!」

「あ、有難うターボさん」

 

先輩として鼻が高いぞ!!と言いながらもランのように頭を撫でるターボ、少々荒っぽい撫で方だったがライスは笑顔のままだった。

 

「ンで如何したんだよ、俺を探してたのか?」

「あっそうだった!!ターボね、今度のジャパンカップに出るんだけどそこにランと同じレースに出てた名前があったの!!」

 

菊花賞が終われば次にやって来る秋シニア三冠のジャパンカップ、この三冠の制覇を狙うのは春シニア三冠というルドルフも達成した事がない偉業を達成したテイオー。が、残念ながら天皇賞(秋)ではテイオーは敗北を喫している。テイオーの前年の三冠、ライアンがメジロ家のウマ娘としての意地を見せ付けて勝利を収めた。だがこの程度でへこたれてられないとテイオーはジャパンカップの出走を直ぐに表明したとの事。ターボも出走していたが4着。3着にマックイーン、2着がテイオーだった。

 

「って事はお前エリ女には出ないって事か」

「出たかったけどトレーナーに止められた、イクノはそっちにも出るけど」

「イクノさん凄い……」

 

流石は鉄の貴婦人、この程度のハードなスケジュールなど問題ないと言わんばかりにエリ女に出走するらしい。まあ自分もそれはやったが。それはさておき自分と同じレースに出た名前があると言ってたのでもしやと思って確認してみると聞いた事のある名前だった。その名もシルバーストーン。

 

 

「シルバーストーンってアイルランドチャンピオンステークスに出てた?」

「だな、そうかあいつお前にも挑戦したいって言ってたなそういえば」

「ホント!?よ~しターボのドッカンターボでぶち抜くぞ~!!」

「そう簡単な相手でもないけどな、ほれっ練習して来い」

「お~っ!!」

 

そう言って部室から飛び出していくターボを見送った後に再びライスの頭を撫でてやる事にした。時間がどんどん進んでいく、自分はどうするべきなのか、少しだけ迷うが最後というべきものは決めているがそれまでの道のりは如何するかはまだ。矢張り南坂と相談しながら行くしかないだろうな……と思っていると扉が蹴り開けられた。

 

「応そこに居たかラン、テメェも顔出せ。これから日本が誇る三冠の実力って奴を俺自身の脚で確かめてやる所だ」

「アンタねぇ……会長にちゃん先輩、シービーさん辺りと走るのかよ」

「テイオーとライアンも混ざんぞ、お前もやらねぇか?」

「まだ休養期間中だぞこっちは」



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270話

「も~強すぎるよ~!!」

 

そんな叫びを上がった、ライスと共にやって来たコースの傍の芝生に身体を埋めるように倒れ伏しながらも手足をバタバタさせてまるで抗議をするかのようにしているのは無敗の三冠ウマ娘のトウカイテイオーだった。

 

「何騒いでんだよ、お前の声は相変わらずよく響くな」

「アッランじゃん!!そうだランならいけるよね、うんそうに決まってるよ!!」

 

突然立ち上がるといきなり手を取ってくるテイオー、一体なにがあったというのだろうか。

 

「ど、如何したのテイオーさん。何かあったの?」

「どうしたもこうしたも無いよライス!!突然、サンデーサイレンスにコースに来いって言われたから来たらカイチョーにラモーヌさん、シービーにライアンもいるから何事かと思ったらお前の力を見せて貰うぜ、っていきなりレースをさせられたんだよ!!?」

 

思わずああっ……と納得してしまう。先程やって来たサンデーが言っていた日本の三冠の実力を見せて貰う云々という奴をマジでやったらしい。手始めにテイオーと走ったらしい。

 

「ンで如何だったよ、アメリカの走りは」

「いやもう……やばかった」

 

テイオーとてその実力は日本に留まる実力ではなく、世界に出て戦える実力。そのテイオーが全力のテイオーステップと全身走法で戦いを挑んだ、結果は6バ身差での敗北だった。

 

「唯速いだけじゃない、荒々しいのにその奥に洗練された本物の技術が惜しみなく詰め込まれてた。それにあれで現役はダートだって言うじゃん、ワケワカンナイヨー」

 

いつになくテイオーの高い声は沈んだように聞こえた。相手がアメリカで名のしれた超大物である事は分かっていた、だからと言っても本領はダートで芝で負けるとは思っても見なかった。ランページが初めてダートに挑戦した時のウマ娘達もこんな気持ちだったのだかなぁと言葉を漏らすとランは笑いながら東海ステークスの事を思い出すのであった。

 

「あ、あ~ラン~……来てたんだね~……」

「ラ、ライアンさん大丈夫凄いフラフラ!!?」

「ア~ハハ~大丈夫大丈夫……ゴメンドリンク貰える?」

「直ぐ取ってくる~!!」

 

そこへやって来たのはメジロの三冠のライアン、如何やら洗礼が終わったらしいがかなりフラフラなご様子。ライスはライアンが指差したクーラーボックスからドリンクを取って来て戻って来る、それを受け取るとライアンは勢いよく飲み干すとそのまま倒れ伏した。

 

「あ~もう負けたぁ!!」

「ライアンも負けちゃったんだ……」

「うん、4バ身差」

「ムゥッ僕より狭い……」

「おいライス俺にも頼むわ」

 

そんなライアンの隣に座り込んだのは件のサンデーサイレンス、それに応えるように直ぐにライスはドリンクを持ってきた。それに礼を言いつつも頭を撫でてからドリンクを飲む。

 

「テイオー、お前はまだまだ未熟だ」

「ムッこれでも無敗の三冠ウマ娘何だけど僕」

「技術面と肉体面はな、だが精神がダメダメだな。プレッシャー掛けられた程度で揺らぎ過ぎだテメェは」

 

ライアンからテイオーとサンデーのレースの内容を確認してみると確かにその通りだった。張り切って走るテイオーに積極的にプレッシャーを掛ける事で揺さぶりをかけ、それにテイオーが気を取られてしまって満足に実力が発揮できずにラストスパートで全身走法とテイオーステップを出すまでは褒められた内容ではなかったとの事。

 

「だって……」

「真っ当に勝負されれば負けなかったと言い訳するつもりか、日本のレースは面白いがアウトロー(デバフ)に慣れなさすぎだ。正々堂々って言えば聞こえは良いだろうが、そうすりゃ勝てるのに勝てる手段を放棄している事になる」

 

それについてはランページも同意見。日本でデバフを活用するウマ娘は極端に少ない、それはウマ娘としての誠実さの現れでもあるが同時に勝利への飢えの欠如も意味している。サンデーからすればデバフも戦術の一つでありそれを使う事は正当である、寧ろ使わない事への疑問すらある。

 

「相手に苦手を押し付け自分の有利を生み出す、これが戦術だ。ランページの幻惑逃げだってそうだぞ」

「まあそうなるかぁ……」

「日本は妙な所で潔癖な所がありやがんな、なんだこれが武士道って奴の影響か?」

「あ~……否定しきれねぇな……」

 

海外では普通に存在するデバフを基本戦術に組み込むウマ娘、海外遠征をした時にまず躓くのがこれだなと自分は思った。下手すればエースを勝たせる為に複数のデバフウマ娘が出て来るのもあるらしい、まあ自分の場合はそれを返り討ちに出来るので逆に来るなら来いな訳だが……。

 

「まあ兎も角だ、テイオーテメェが海外行く気があるならそれに対する備えを怠るな。テメェなんて今海外に行ってもぼろくそに負けるはずだ。内容的にはライアンの方が楽しめたぜ」

「ううっ……」

「い、いやぁ私はただ自分の走りに徹してただけだから」

「そうそれだ、テメェでテメェの走りに徹する事が出来る。要するに他人に圧掛けられて揺れてるようじゃ真の実力なんて発揮出来ねぇぞ」

 

その言葉はテイオーもライアンも、そしてライスも真剣に聞いていた。他人で揺れるようでは本当の実力は出せない、事実テイオーはサンデーにデバフを向けられて戸惑ってしまって集中しきれなかった。

 

「そういう意味だと菊花賞のライスは完璧だったな」

「ふぇっ!?」

「あの時のお前は集中してただろ、倒すべき相手だけを見て自分は走るだけに意識を向け続けていた。あの状態なら俺が揺さぶっても意味はなかっただろうな」

 

そういう意味ではアームドリンクスが海外で勝ち続けていた理由も頷ける、それに匹敵出来る精神力を発揮したライスをサンデーは手放しに誉めたが肝心のライスは突然の事過ぎて狼狽えてしまった。それにサンデーは悪い笑みを浮かべながらもライスを抱き上げて乱暴に頭を撫でた。

 

「ふえええっ~!!!」

「褒めてんだ少しは喜べこのお米ちゃんめが~!!」

「ふええええお姉様~!!」

「その辺りにしとけよ」

 

サンデーの膝からライスを奪還して自分の膝に乗せる、ライスも嫌がっている訳ではないが力がかなり強かったからか髪が乱れてしまっている。後で整えてやるかと思いつつも優しく撫でるのであった。

 

「そういえばターボいねぇな、あいつは?」

「あいつはジャパンカップに向けての特訓があるって言ってたからな、後回しにすることにした」

「んで、次は誰と走るんだ?」

「そうだな……腹も減って来たし面倒くせぇから纏めて相手してくるか」

「おいおいおい」

 

そう宣言したサンデーはその通りにルドルフ、ラモーヌ、シービーを纏めて相手にしたのだが……結果的に2着のルドルフに1バ身差で1着をもぎ取った。

 

「会長様よ、皇帝だ何だと言われて勘違いしてんじゃねえよ。お前はまだまだ頂点なんざ極めてねぇんだよ、俺達ウマ娘は走り続けんだからよ」

「―――ハハッその通りだ、本当に……ラモーヌ、シービー……久々に本気で鍛え直さないか?」

「……いいわ、私もちょっとその気になったわ」

「同じく……ねえまた走って貰えるよね」

「何時でも来い、また蹂躙してやる」

 

不敵なその笑みに三人は好戦的な笑みを浮かべた、その笑みには自分達はまだまだ走れる、走って今度こそ勝つという思いが込められていた。同時にサンデーは思う、日本のウマ娘は加速度的に強くなっていくだろうと。



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271話

「ランページさぁぁあん、ご一緒させてってあれなんか勉強中でした?」

「でなくても迷惑だお前は」

「相変わらず辛辣ですねぇ……そういう所も好きですけど」

「死ね」

 

ランページは一人、カフェテリアにて端のテーブルを使って本とノートを広げて何かを書き続けていた。食堂としても機能するカフェテリアだが、その名の通り勉強に使う生徒もいる。その場合には他の生徒達に席を譲る事が前提とされるので隅っこのテーブル席というのが暗黙の了解とされている、まあ食欲旺盛なウマ娘がそもそもカフェテリアで勉強ができるのかと言われた確実に無理なので活用される事のない了解なのだが……ウマ娘らしくも無いランページはそれを大いに活用させて貰ってブラックコーヒー片手に勤しんでいた所だった。そこにある種一番のファンであるフローラがやって来た。

 

「えっと何々……ウマ娘のレースの開催間隔とバ場の関連性について……って何ですかこれ、何かの論文ですか?」

「俺が書いた奴だ、そこに置いとけ」

「ランページさんが書いたんですか!?」

 

適当に取ったレポートの一つ、それ作者には確かにメジロランページという名前があった。題名から見ても極めて真面目且つ堅苦しい内容、少しだけ中身を見ても凄く難しい言葉が並んでいたり関連付けされた内容がパズルのように組み立てられている。フローラは普通に内容が理解出来るのですらすらと読み進めてしまうが、途中で取り上げられてしまう。

 

「まだ未完成品だ、添削も済んでねぇ」

「いや凄い興味深い内容でしたよ、私が読んだ内容までですと誤字もありませんでしたし面白かったですよ?」

「そりゃどうも……てか、お前そう言うの分かるのか」

「一応私の家って結構いいお家柄なんですけど……そりゃメジロ家と比べたら違いますけど……」

 

フローラを見ていると忘れがちだが、アグネスという家は普通に良い家系の一つに入る。メジロやシンボリと言った超有名どころと比較されてしまうと困ってしまうがそれでも名家なのは間違いないのである。実際オークス制覇を成し遂げたアグネスレディーなども名を連ねている。

 

「日本の高速バ場と海外のバ場が齎すウマ娘の肉体への負荷の違い、凄い興味深いですよこれ。一レースごとの消耗率と内枠、外枠の有利性の変化、脚質ごとの違い……しかもこれって全部ランページさんのこれまでのレースから情報引っ張って来てますよね」

「俺は逃げしか出来ないからな」

 

自身の戦績から引っ張ってきたデータ、29戦というレースから全てを比較して出されたデータは信頼性が高い上に海外の芝ダートとの比較まで乗っている。

 

「でもこれって何に使うんですか?まるで大学で出すみたいなレポートですよ」

「URAに頼まれたんだよ、偉大なるランページ殿のデータをこれからの海外遠征に活かさせて頂きたくデータを……って媚びられた」

「ああ……まあ確かに凄い貴重なデータばかりでしょうからねぇ……蓄積したいのは当然でしょうね」

 

ほぼ1年間海外にいたランページのデータはシリウス以上の貴重なデータとなっている、特に凱旋門勝利のそれなど垂涎物。根がひねくれ者のランページが素直に渡してくれる訳も無く、ランページ自身がデータを纏めているのである。

 

「URAだけの問題ならいいが、これから海外に向かいたい連中の助けになるなら全力でやるのが当然だ。連中のやり方なんて知ったこっちゃないがどうせなら俺が纏めようと思ってな。高速バ場云々はURAへの当てつけ」

「だと思いましたよ」

 

恐らくだが、これから自分に憧れて大逃げ転向などを計るウマ娘もいるし自分に肖ってスケジュールを決める者も出て来るだろう。既に史実の松国ローテ*1のようにランページローテという単語がネットで生まれてしまっている。それに対する警告と注意喚起、自分に合う走り方をしなければレコードどころか一勝も出来ずに終わる。それを知らしめるための資料でもある。

 

「何というか、ランページさんって勢いで生きてるって言ってる割に凄い考えてますよね」

「考えてるからこそ勢いの流れを読み取れんだよ、考えなしに勢いで生きてそのまま行けるのは余程の豪運か天性の勘の持ち主だけだ」

 

と言いつつも割と勢いでやっている所もあるが……ランページも豪運の類かもしれない、それが誰と出会うかに振り切れているような気もしなくも無いが……それに次の世代には海外遠征をするであろうウマ娘も入って来る、それを考えれば早めに手を打っておくに越した事はないだろう。

 

「ランページさん、次のレースの予定は?また有記念ですか?それでしたら私も出ますよ」

「考え中だ。アメリカから帰って来てまだそんな経ってねぇんだぞこっちは、もうちぃっと考えさせろ」

「だって走りたいんですもん貴方と」

 

今のように普通に言ってくれれば自分だって邪険にはしないのだがなぁ……と僅かながらに残念に思う。

 

「そもそもだ、俺は凱旋門にBCクラシックも勝ってんだ。このまま引退しても誰も文句は言われねぇだろ」

「それを言われたらそうですけど、やっぱり日本の皆は日本でランページさんの走る姿を見たいと思いますよ」

「走る姿、ね……」

「ええ。だってドリームトロフィーリーグだとオグリさんやタマさんと走るんでしょ、いやぁ気になりますねぇ……って私は行けるんだろうか……?」

「お前一応ジャパンカップウマ娘だろ」

「でもG1一勝なんですよ私……」

 

やっぱり勝たないとなぁ……と呻きながらもアジフライを食べるフローラを見つつ矢張り彼女も自分が走り続ける事を望んでいる事が分かった。当たり前か、自分は夢を見せた、かつてない程に大きな夢を。届かぬと諦めていた夢を、無理だと決めつけていた夢を、出来ないと遠ざけていた夢を、自分は叶えてしまった。そんな自分が何時までも走り続ける夢を見るのは当然の成り行きだろう。そう思いながらも、ランページはノートなどを片付けて珈琲を喉の奥へと流し込んだ。

 

「んじゃゆっくり食えよ」

「あれ、行っちゃうんですか?」

「こっちも色々忙しい身でな、色んな所からお呼びが掛かってるんだ」

「成程それじゃあ帰って来たら私がいやして上げましょうか」

「断固拒絶する」

 

背後から何でですか~!?という声が聞こえるが完全に無視してやる事にする。そのままの足で理事長室へと向かう、中には理事長とたづなが居り自分を見つけたハテナが凄い勢いで駆けよって来て頭に乗っかった。

 

「歓迎ッ!!来たという事は出来上がったのかな?」

「添削は済んでませんけどこの状態で見たいって言ってましたから持って来ました」

「はい、拝見しますね」

 

先程のレポートを二人に渡す。自分の戦績に裏付けされたレポートは二人は興味深そうに見ていた、そして声を上げた。

 

「ウムッ添削などの必要はなさそうと判断するぞ!!」

「でも良かったんですか、ランページさんなら免除されると思いますが……」

「あ~ダメダメ、URAに恩義なんか作る気はサラサラないんで。借りなんて作らないに越した事はないんですから」

「納得です、それではこのまま薦めますが宜しいですか?」

 

そう言いながらもたづなはレポートを受け取ってそのままとある書類をランページへと渡す。それを確認すると自分の名前とサインを書いて返す。それを見て理事長は少しだけ笑う。

 

「フフフッ実に順調ッ!!地方トレセンとの連携も上々、これも君のネームバリューのお陰だ」

「向こうとしても滾るでしょうからね、そりゃ燃えるでしょうよ」

「でも本気で考えるなんて理事長ぐらいだと思ってましたよ私は、ランページさんの力も合って今があるんですよ」

「理事長の行動力があるからこそですよ、そこに俺の人望が無敵ですよ」

「正しく、あっその通り!!」

「「よっ理事長様!!」」

 

歌舞伎っぽく言い放つ理事長に合わせてたづなと一緒に声を上げる。笑い声で溢れる理事長室の仕事机の上にある封筒にはこう書かれていた。

 

『URAファイナルズ、URAレジェンドレース』

*1
雑に説明すればNHKマイルカップを勝って3歳マイル王、日本ダービーで3歳クラシックディスタンス覇者となる事でマイルと中距離(クラシックディスタンス)適性示す事でセカンドライフを確実な物にする事を目指すローテーション。これで大成した競走馬も多いが、屈腱炎などになり引退するケースが多い。




ランページローテ:秋華賞or天皇賞(秋)、エリザベス女王杯、ジャパンカップorチャンピオンズカップに挑戦するローテーション。一か月の間にG1レースを三連続で行うという狂気のようなスケジュール、特にエリザベス女王杯からジャパンカップは中1週となるので普通は考えても実行しない―――が、肝心の本人はそれを2年連続で完遂しているのでいまいち危険性が十分に周知されていない。

ネットだと多分こんな風に紹介されてる。


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272話

ランページが理事長とたづなと共に推し進めていた事、それはウマ娘のアプリでもあったURAファイナルズの開催とその為の下準備。ファイナルズは中央トレセン学園を主軸に据えて創設される事になる年末の大イベントレース、有記念と違い此方は短距離、マイル、中距離、長距離、ダートとそれぞれの部門に合わせて予選などを行いそれらを勝ち抜いた優駿達が一堂に会しレースを行う事になる、が普通のレースと違う所はランページが日本各地に点在する地方トレセンと連携するという事。

 

「しかしよくぞ思い付いた物だ、いや私も考えなかった訳ではないが私個人では難しかった」

「こういう時に使わないと意味が無いですからねぇ」

「もう完全にURA以上のものがありますもんね」

「いやぁこう思うと今までのあれやこれも報われた気分に……はならないかな、うん」

 

ファイナルズは日本各地で予選を行う事になり、その起点を地方トレセンに担って貰う。ファイナルズに制限はない、中央であろうと地方であろうと―――トレセンに通っていなくても予選を通過さえすればファイナルズ本選に進出する事が出来る。新たな人材発掘にも繋がるし地方から中央に行きたいと思っているウマ娘にも大きなチャンスとなる。地方トレセンの感触は予想以上に良かった。

 

「それで、レジェンドレースの方は?」

「マルゼン姉さんにも話は通してありますし、エースさんも乗り気でしたよ。TTGの皆さんもノリノリで鍛えますわって言ってました」

「ランページさんにお願いして正解でしたね、恐らくですが私達が持ちかけても芳しくない答えでしたでしょうし」

「然りッ!!流石はランページである!!」

「まさかこの人望が役に立つとはねぇ」

 

幅広い層から募集を掛けるURAファイナルズに比べてレジェンドレースは敷居が高い。何せ、レジェンドレースに参加するのは文字通りのレジェンドや引退したウマ娘達である。前々からランページはとある疑問を抱いていた、ドリームトロフィーリーグとは本当に夢の舞台なのか?と。それはマルゼンスキーやカツラギエース、メジロモンスニーにシンザンと言ったウマ娘達と教導目的とはいえ直接走ったからこそ感じた疑問だった。ルドルフ、ラモーヌ、シービー、オグリと言った強者たちが競うのも確かに夢だ。

 

だが―――そんな彼らと競い合ってみたいと思った事はないのか。

 

「居ない訳がない、ウマ娘としての本能が言わない訳がない。舞台がないなら作ってやろうじゃないか、存分に走れる舞台を」

 

此方の設立はハッキリ言って楽な物だった。何せ出場ウマ娘はランページが自身のコネを使って声を掛けて貰うだけで良い、が、此方は文字通りのレジェンドが相手となるので敷居はファイナルズよりもずっと高い。なのでレジェンドはファイナルズに強いウマ娘が参加し過ぎないようにするバランス調整の役目も担っている。

 

「フゥゥゥッ……らしくもねぇ事ばっかりやってる気がするな俺ってば、やれやれ誰かの為に頑張っちゃう俺ってばいい女ぁ」

 

ワザとらしいことを言いながら、寮の部屋のベットに横になった。眠る目的以外でこんな風に横になったのは久しぶりな気がする。笠松トレセンにも行ったし大井や川崎と言った所に顔を出してきた。想像以上に大歓迎だったには驚いたが自分の人気も考えれば妥当な所だろう。そんな思いを携えながらTVを付けてみると丁度レースの特集を行っていた。

 

『イクノディクタス、イクノディクタスが内からグングンと伸びていく!!メジロクラウンを、抜いた!!ニシノフラワー粘る、だが流石に苦しいか!!今ゴールイン!!イクノディクタス一着!!二着ニシノフラワー、三着メジロクラウン!!』

 

「おっイクノの奴、勝ってる」

 

色々と忙しかったので応援に行けなかったが今日はイクノのエリザベス女王杯だった。自分と競り合い続けた鉄の貴婦人、内ラチギリギリをフルスピードで駆け抜けて他をごぼう抜きしての一着。二着にはフラワー。オークスでは惜しくも三着だったが秋華賞では一着だったのでダブルティアラだったが、流石に相手が悪かったとしか言いようがない。

 

「あいつこっからジャパンカップ行くのか……2年前の俺もこんな感じだったなぁ……というか今回のジャパンカップでかなりすげぇ面子になるな」

 

まあ鉄の貴婦人と言われるイクノならば問題はないだろう……そしてイクノにターボ、それにテイオーも出るしシルバーストーンも参加するジャパンカップ。史実ではテイオーが勝ったレースだが一体どうなるのか……。

 

「……俺は、如何するかな」

「あらっ珍しい、迷ってるみたいね」

 

そう思っていると同室者が帰って来た、メジロの至宝ことラモーヌである。シャワーを浴びて来たのか髪は艶やかで何処か色っぽい、余計に人妻っぽい。

 

「俺だって悩み事位しますよ極稀に、まあそれは置いといて……如何でしたあれは」

「予想以上に効くわね、久々に本気になってしまったわ」

 

艶やかに笑うラモーヌの手に収まっているのはシンザン鉄。サンデーサイレンスとのレースでルドルフとシービーと共に本気で鍛え直し始める為に、ランページ経由でシンザン鉄を手に入れてトレーニングに勤しんでいる。特にルドルフは過去に導入しようとしたが怪我の懸念もあり断念した過去もあったからか使える事を嬉しく思っているのか一番喜んでいた。

 

「今度のWDTは楽しい事になりそうね……フフフッ」

「ちゃん先輩シンプルにこぇぇよ、魔女みてぇ」

「あらっ失礼しちゃうわね」

 

だが、あの三人が本格的に鍛え直すとなるとドリームトロフィーリーグは今まで以上に凄い事になるような気がしてならなくなってきた……。

 

「ルドルフもシービーもやる気一杯よ、フフフッリベンジする時が楽しみね……」

「かなり根に持ってるわこれ」

「あら、貴方もその一人よ。今度併走に付き合いなさい」

「マジかぁ……」



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273話

「フゥッ……」

「ンだ、妙に疲れてんな」

「気儘に模擬レースしたり会長煽ったりしているアンタに比べたらこちとら忙しいんだよ」

「それが俺だ」

 

屋上でハーブシガーを吹かしていると隣にサンデーが腰掛けて来た。その手には笹の葉で包まれたおにぎりがあり、手を合わせてから頬張り始めた。順応が早いというかなんというか……

 

「つうかアンタはアンタで馴染み過ぎだろ」

「移住してからの基本はその土地の文化に慣れる事だ、これから生きていく場所なんだ慣れておいて損はねぇからな」

「和食は平気ですってか?」

「当然だろ。納豆も刺身も卵かけごはんも全部美味しく食べれるぞ」

 

順調に畳化しているサンデー、喜ばしく思えばいいのか呆れればいいのか分からなくなってきた。

 

「ンでアグレッサー役は順調な訳」

「ぼちぼちだな、現状だと俺だけだからな。他にも元トレーナーのおっちゃんが来たりとかしてるがあと数人はウマ娘導入しねぇとアグレッサーっていう構成までは持って行けねぇな」

「誰かいねぇの、一応アメリカのスターウマ娘だろアンタ」

「俺が社交的だと思うのかテメェ」

「思わねぇよ」

 

だと思ったので理事長も自分にその話を振ったのだろう、マルゼンスキーとカツラギエースにも話は通してあるので暇になればこっちに来てくれるだろう。モンスニーはかなり乗り気だったが今は忙しいので難しいとの事。時間が経てば何とかなるだろう、何だったらサンデーに振ったように自分が海外から引っ張ってくるというのもありだろうし。

 

「そっちは如何なんだ、URAレースだったか?」

「ごっそり抜けてんじゃねえか……ファイナルズにレジェンドな、順調すぎて忙しいんだよ」

 

各地のトレセンを回って説明したり、その際に予選となるレースはどうするのか、本選にまで一般校のウマ娘が進んだ場合勝負服はどうするのか、様々な意見が飛び交っているのでそれらを纏めるのも一苦労だ。だがそれでも全てが前向きに協力してくれていると言っても良い、正しく夢の舞台を自分達で作れる上にそこに送り出せる、これ程に滾る話は無かったらしい……何よりも

 

「URAには極秘裏に進めてるって事がお気に召したらしい」

「日本にもあんのか、地方自治体と中央との空気の差って奴か」

「そりゃあるさ。サンデーさんには分からないかもしれないがオグリさんが中央にスカウトされましたって時が一番ピリついたって聞いた事もある」

 

中央と地方とはどうしようもない程に深い深い溝という物が存在する。トゥインクルシリーズは中央トレセンを絶対的な渦中として展開される、ローカルシリーズと呼ばれるのは地方、それによって生まれるのは地方は格下、中央は格上というどうしようも無い程に大きな隔たり。それはウマ娘も同様で地方ウマ娘は中央にだって負けない、中央には負けない、絶対に此処から這い上がってやるというハングリー精神が強い場合が多い。望んでいる、正式な場で中央のウマ娘を倒す事を。

 

だがそんな場は地方交流戦などでしかない、向こうからすればその言い方も気に入らないのだろう。そんな所にランページから齎されたのが中央に殴り込みOKなURAファイナルズという大規模レース計画。しかも中央のURAには内緒の計画、その発案者があのメジロランページ、そんな大物相手の提案を向こうは絶対に無下に出来ず、受け入れるしかないと来ている。それならば乗るしかないだろう。

 

「URAってのは結構敵が多いんだな」

「でかい組織なら猶更ね、つうかファイナルズの企画だって本来はURAがやるべきことなんだよ。それなのに何で学生の俺主導でやってんだよ」

「奴さん達はお前で生まれた利益を楽しむので忙しいとよ」

「ドバイとアイルランドとアメリカのトップ呼んで泡吹かせてたろうかな」

「応やったれやったれ」

 

尚、それで泡を吹くのはURAだけではなく日本政府も同じである。余談ではあるが、現在の日本政府の総理大臣の支持率は下降傾向だとか。何故ならばランページの方が外交として仕事してんじゃねぇか!!政府は何やってんだバカ野郎!!という事かららしい。

 

「俺も出るか、レジェンド」

「えっ~……それ含めるとジャパンワールドカップみたい事になりそうだし、新設のG1として整備した方が早いかもしれん……」

「んじゃお前がそれやれ、やれるだろ」

「面倒臭い事これ以上したくねぇんだけど……」

 

刹那、脳裏にある光景が過った。一人のウマ娘がフィギュアスケートのトリプルアクセルも顔負けな回転ジャンプを見せながら先頭でゴールを決める姿が……頭を振るってそれを消す。それだけはまずい絶対に不味い、まずいギンシャリなんて需要はない。

 

「ああそうだ、おい好い加減に配信に俺を出せ。こちとら待ってんだぞ」

「えっ何、マジで出る気なの?本気?」

「マジもマジ、本気と書いてガチと読む」

「あっこれ本気ですわ」

 

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、勝利の凱旋!!手を伸ばしたら目指してた明日に届きそうなの 指先にはもう触れている、なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

 

という訳で御所望の配信を行う事にした。

 

「いやぁ~やっぱり日本は落ち着くねぇ~やっぱり此処が落ち着きますわ。まあ何よりの理由がコメを喰えるからってのが大きいんだけどさ、あっでもアイルランドも普通に居心地良かったな。親友もいるし今度はプライベートで行くかな?」

 

・旅行先から家に帰って来た時は落ち着くよね、分かります。

・アオキさんちっすちっす。

・せめてナンジャモの配信を見てくれジムリーダー。

・そう言う事言うとまた日本政府がまた揺れるぞ。

・なんだ、今度はランページの海外訪問か?

・という名の海外遠征か。

 

「まあそれは置いといて……今日はというか今日もか、うん今日もだな。ゲストが来ておりま~すはい拍手~パチパチパチ~。それでは本日のゲストを呼び致しましょう、その波乱万丈なる人生を乗り越えて運命をすら踏み越えたウマ娘、サンデーサイレンス!!」

「おはこんハロチャオ~元気にしてるかジャップ共!!サンデーサイレンス此処に見参!!俺の事を知らねぇって奴はいねぇだろうな、知らねぇ?だったら今直ぐに調べて来やがれ!!」

 

・うわあああああああ!!!?

・サンデーサイレンスだあぁぁぁぁ!!

・運命に噛みついたウマ娘だぁぁぁぁ!!

・またスゲェの呼んだなぁ……

・というか、マジで日本に移住してたんだな……。

・アメリカ阿鼻叫喚なんじゃ……

 

「知らねぇな、向こうはどうせ俺が出て行った事に清々してるかボロクソに批難してるかの二択だろ。そもそも現役時代から俺を散々扱き下ろしてゴア表現を強めてやがったからな」

「その言い方やめろや、別の意味になるわ」

 

・全くこんな凄いウマ娘を酷評とか信じられねぇな。

・むしろ応援するべきじゃねえの?

・過酷な運命にも屈することなく突き進むとか日本人的にドストライクだわ。

・嫌いどころか大好きな要素しかねぇわ

¥30000 結婚して下さい

・ギルティ

 

「赤スパありがとな朝日レーシングさん、求婚されてるぜ」

「ハッ俺に求婚とは見る目がねえな物好きめ。テメェが本気なら俺の所に来て直接するんだな、そしたら考えてやらん事もねぇ」

 

配信は折角ゲストに迎えたサンデーサイレンスを中心に行われたのだが、やはり聞かれるのがイージーゴアとの関係。セクレタリアトの後継とも呼ばれたウマ娘、彼女とは現役時代、そして今はどういった関係なのかと聞かれた。

 

「あいつは俺が持ってねぇ全てを持ってた、向こうからしたら俺が羨ましいみてぇな事ほざいてやがったがンな事は本気で欲してねぇ温室育ちのボケた戯言だ。現役はまあライバル、で良いんじゃねえか?まあアメリカ出るって決めた時には散々止められたがな、決着はまだついてない、私から逃げるのかとかな。格付けは俺の上で決まってるのによ」

 

最近の配信では珍しく、サーバーは落ちなかった。如何やら海外に行っている間にサーバーが増強されたらしく、持ち堪えたらしい。その後もアメリカのレース事情を解説するなどこの配信は日本のリスナー、そして日本のウマ娘にとっても貴重な情報源となる事になった。

 

「あっいけね、これタイムシフト入れてあったっけな……」

 

というランページの発言で阿鼻叫喚となった。尚、ちゃんとONにしてあった。



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274話

URAファイナルズ開催の為の準備に奔走するランページ。一応自分はまだまだ現役の内なんだけど何でこんな事ばかりやってんだろうなぁ……と少しだけ思い始めて来た。これも全てURAがやるべき事をやらなかったせいだと責任転嫁しつつも理事長たちと今日もお仕事に励む。こういう時ばかりに社畜時代のスキルが役に立つのが恨めしい……。

 

「以上が各トレセン学園との連携の現状です。予選レースの編成も順調に進んでいるようで、最終的な予選は重賞レースに特別出走枠を設けるという案も出ているそうですよ」

「承知ッ!!最終予選を重賞レースで行うというのは面白いな、有りよりの有りだ!!」

「それは良いんですけど……予選開催日にはメジロランページ氏のゲスト出演希望の書類多すぎませんかねぇ……」

 

ファイナルズの開催準備は極めて順調、日本全国で行う規模の大イベントとしては破格のペースで設営が進んでいる。どんだけURAは恨みを抱えているのだろうか……特にカサマツトレセンの意欲がやばい。そんな中に紛れ込む書類、それがランページのゲスト出演希望。

 

「必然ッ!!URAファイナルズの企画者を呼びたいのは自明の理!!」

「そして、世界最強最速のウマ娘をお呼びしたいというのも当然ですから」

「あ~あ……MAXMAXMAXな二つ名取る位なら凱旋門だけで我慢すりゃよかったかなぁ……」

 

まあ仮に凱旋門で留めておいたとしても確実に呼ばれるのは目に見えているのだが……。

 

「それとURAからTV出演とイベント出演のオファー来てますよ」

「えっ出ると思う?」

「はい出ないと思います」

「愉快ッ!!」

 

一々制約のあるTV出演なんてよりも自分で配信をやった方が手っ取り早いしなんだったら向こうが用意する豪華ゲストよりも余程豪華なゲストを用意できるんだから態々そんなオファーに応じてやるつもりはない。自分を広告塔にしようとしているのが見え見えなURAに従ってやるつもりはない。

 

「というかURAってホントなんにも考えてないんだよなぁ……ジャパンカップに出ませんかなんて要請するとか馬鹿か」

 

今年のジャパンカップにランページは出るつもりはない。ファイナルズとレジェンドレース関連で忙しいというのもあるがそもそもこれでもBCクラシックの疲労が完璧に抜けきってはない。こんな状態で走ってもいい結果にはならないのは目に見えている。URAは自分が普通に考えれば頭が可笑しいスケジュールを組んでいた海外遠征の事を理解していないらしい。自分だから大丈夫だろ、と思われているのだろうかというか寧ろそうだろう。

 

「あわよくば、日本での新ワールドレコードを期待していると言った所だろう。何せ君はあの最悪の凱旋門でワールドレコードを叩きだしたんだ。高速バ場である日本ならばより速いタイムが出ると踏んでいる、そしてそれに期待していると言った所だろう」

「捕らぬ狸の何とやらですね。日本で走ったからってあの時よりもいいタイムが出るなんて事は多分ない、あの時は本当に精神状態が良かった……また、あそこまで持って行けるかどうか……」

 

結果を出し過ぎてしまったとランページは感じている、やれたんだから次もやってくれとノルマを課してくる上司のようだ。

 

「何時までも俺に期待されても困る、ターボだってテイオーだっている。そっちに任せりゃいい、俺は何時までも最強最速の地位に居るつもりはないからなっと……うし、これでサインは終了っと……んじゃ理事長俺の分終わったから俺は出て来るぜ」

「ウムッご苦労!!」

 

理事長室から去っていくランページを見送る理事長と書類を回収するたづな、二人はランページを王者の風を纏わない、ウマ娘らしい自由な風を纏っていると思っている。現会長のルドルフは皇帝に相応しい風格と風を纏い、副会長のラモーヌもそれと同じような女王に相応しい。ランページはその何方にも似ていない、何方かと言えばシービーのそれに近い。

 

何処までも自由で奔放なシービー、何処までも駆け抜けつつも己を曲げぬ頑強なランページ。似ているようで異なる。

 

「矢張り、彼女は見てていて飽きぬなたづなよ!!」

「ええっ全くです。理事長、間もなくお時間ですよ」

「ウムッ承知ッ!!」

 

 

「ターボ全開~!!」

「ハッ面白いな、だったらそのターボとやらで抜いてみやがれぇ!!!」

「此処から、あたしも本気で行くよぉ!!」

 

コースへと顔を出してみると、そこでは豪華な模擬レースが行われていた。アグレッサー役として走るサンデーサイレンスに前回の敗北から沖野トレーナーから驚きの声も聞こえたシンザン鉄を使って練習し出したシービー、そしてトリプルティアラのツインターボ。何とも豪華な組み合わせだ。

 

「いけいけ~ターボ!!」

「シービー先輩頑張れ~!!」

「サンデーさんいっけ~!!」

 

それらを見つめる多くのウマ娘、何処からか聞きつけて来たのか多くのウマ娘がこの模擬レースを見学している。熱心にビデオを回して撮影している者も居れば目を皿の様にして走りを見つめる者も、唯々その走りに圧倒され、熱くなり声援を送るものとさまざまである。

 

「距離は2400m、バ場状態は良。ジャパンカップを見据えたレースですね、凄い競り合い……」

「ターボ先輩出るだもんね、絶対勝つよ!!」

「何言ってんのよテイオーさんが出るのよ、テイオーさんに決まってるわ」

「あいや待たれい!!イクノ様だってエリザベス女王杯から続くのよ!!きっとランページ先輩のように勝つに決まってるわ!!」

「いやいやいやいやいやそれならネイチャ先輩だって!!」

 

このような場で上がるのは誰が勝つのかという論争、勝負事にはお決まりの話題。特にランページという絶対王者が出ない訳なのだから余計に誰が勝つのかという話題は特に活気が出るらしい。

 

「だ、駄目だったぁぁぁ……」

「フゥッ……まだまだ、詰められるかな」

 

そんな事を考えている間に模擬レースは終了、結果はサンデーが二着のシービーに2バ身差を付けて勝利。ターボは1バ身差でシービーに敗れての三着だがこの面子でのこの差は恥ずかしい事ではないし立派な戦績だと思う。

 

「さてと、俺は俺で行くかな……」

 

このまま話題に混ざってもいいのだが、それはそれで自分も走る事になりそうなので遠慮しておく。南坂からは完全に回復するまでは走るのは許可できないと言われてしまったので致し方ない。何だかんだで南坂には勝てない暴君である。



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275話

甲高い音が一つ、一つまた越える度に激しい音が木霊する。身体中で感じる震動もまた一つの立派な音楽なのだ、芸術とはそう感じ取れるものにしか通用しない。他者が聞いてもこれを芸術と捉える者は限られるしそれを否定する事は出来ない、感受性は人それぞれだ。しかしそれを受け取れるものにとってこれは正しく極上の一時だった事だろう、そんな演奏会を終えると演奏者は観客に声を掛けた。

 

「ご感想は?」

「―――っ最高だったわ!!こういう世界もあったのね、ああっお父さんとお母さんが言っていたのはこういう事だったのね!!」

 

演奏者はメジロランページ、観客はシルバーストーン。そして楽器はランページの愛車であるインプレッサ。ジャパンカップの為に日本に来日したシルバーストーン、そんな彼女の両親はF1チームの関係者。それもあって彼女は幼い頃からF1ドライバーに混ざって体力作りなどを行ってきた、そんな彼女からとある要望がランページに向けられたのでそれを叶える結果となった。

 

「こういう世界もあるのねぇ……お父さんとお母さんが一度体験してみたら良いって言った意味が理解出来たわ」

「俺も俺で専門じゃねえんだけどな……カウンタックでこれやる化物に何度も付き合わされたからな……」

「その人紹介して貰えない!!?」

「ああうん、その内なその内……」

 

それは走り屋である。F1の世界に身を置く両親から日本の走り屋の走りは一度でいいから見ておいた方が良いと言われたらしい。なので走り屋のいる場所を知らないかと言われた、がジャパンカップを控えているウマ娘をそういう所に連れて行く訳には行かないのでマルゼンスキーに夜の峠に連れ出されたり、インプを買ってからも偶に連れ出された事があるランページがその実践をする羽目になった。

 

「整備されたレースコースと違って舗装が崩れていたり、対向車も来るかもしれない環境下での高速バトル……これは見た方が良いと言われたのも納得ね、考える事が多い上にそれらを考えた上で車を操らないといけない……」

 

ブツブツと何やら呟きながらも手帳に何かを書きこんでいる。兎に角満足してくれたようで良かったと胸をなでおろす、何せ自分のインプはカスタムなんて特にしないほぼ純正品。強いて言えばタイヤなどを良く変えたりシートをバケットシートにしている位。

 

「言っとくが俺のテクなんて下の下の俄作りだぞ、本職の走り屋はもっとやべぇ動きする。群だと溝にタイヤ引っ掛けて曲がる走り屋もいるって話だしなぁ」

「―――行きましょう」

「無茶言うんじゃねえよ今行っても走ってる訳ねぇだろ」

 

現在早朝の5時。シルバーが宿泊しているホテルを出発して以前マルゼンスキーに乗せられて走った峠に向かって走ったのでこの時間、そろそろこの峠にも一般車が来始める頃合の時間なのにそんな所に行ったら確実に昼辺り。

 

「そもそもジャパンカップに向けて調整中だろお前、今回のこれだってトレーナーさんに相当に渋い顔されたんだろ?」

「だって、見たかったんだもん」

「だったらジャパンカップの後に鈴鹿サーキットにでも行ってこいよ」

「何言ってんのよ、行くに決まってるでしょ聖地よ聖地」

 

何時から鈴鹿サーキットはF1の聖地になったのだろうか……確かに鈴鹿サーキットは神だと語るドライバーが多いというのは聞いた事があるような気がするが……F1関係者からすれば欠かす事は出来ないらしい。

 

「んで、そっちはジャパンカップに向けての準備は出来てるのか?」

「フフン当然でしょ!!日本の芝にも慣れたわ、欧州と違ってスピードが出しやすいのが最高ね!!」

 

スピードを重要視する彼女からすれば日本の高速バ場はかなり肌にあったのか適応も早かった、その関係で今回のような朝早くからのお出かけが許可されたとも言えるのだが……そのために自分は朝早くから駆り出されたとも言えるのだが……。

 

「んじゃそろそろ帰るか?」

「ええ、タイヤ代は出させて頂戴ね。かなり減っちゃったでしょ?」

「自分で出すわこの位」

 

改めて車を発進させるランページ、シルバーからの要望は叶えてあげた。

 

「ついでで悪いけど、ツインターボに挨拶がしたいわ」

「トレセンに行きたいって事か?」

「ええっ―――あんな凄い走りをするウマ娘と是非話がしたい」

 

最初は僅かに興味本位を疑ったが、ある意味で純粋な興味、憧れと言っても良い光がそこにあった。ターボの走りは海外のG1ウマ娘さえも魅了する程の魅力を秘めている、そう思うとその走りの完成を手伝った自分も少しだけその事が誇らしく思えて来た。

 

「スタートダッシュの加速、そして中盤終盤で行うあの二段階目の急加速なんて並のウマ娘には出来ないテクよ!!あれはシンプルに対策が難しいわ、何度も映像を見直したけど全部タイミングが違っていたんだもの。あれは相当のハイクラステクね、あそこまでバラバラなタイミングで加速できるなんてツインターボってキレるウマ娘なのね」

「―――プッルウハハハハハッ!!!アッハハハハハハハッ!!!」

 

思わずランページは大爆笑してしまった。あのターボが頭がキレるウマ娘、本人を知っている身としてはあり得ない言葉を聞いてしまったので笑いをこらえる事が出来なくなった。だが事情を知らぬものからすればターボのドッカンターボのタイミングのバラつきはそう見えてしまう、後方のウマ娘の気配やレース展開、それらを読んだ上で発動する切り札だと認識されている模様。

 

「えっ何、私なんか変な事言った!?」

「い、言った言った!!あいつが切れ者!?ないないそれだけは絶対にない!!腹筋が今以上に割れちまうぜ!!」

「じゃ、じゃあ……そうか感覚派の天才なのね!!そう言う事でしょ!!?」

 

我答え得たり!!としたり顔をするシルバーにランページは息も絶え絶えになりながらも停車して否定はしないでおいた、間違ってはいない。これ以上は自分で何か言うよりも自分の目で判断させた方が早いだろう。そして邂逅させてみた結果―――

 

「フフンターボの方が速いもん!!」

「いいえ、私の方が速いわ!!」

「ターボだもん!!ランと同じトリプルティアラだし!!」

「私よ、ランページと覇を競えるぐらいなのよ!!」

 

特に問題なくシルバーはターボと仲良くなっていた。自分の速い!!と譲らない二人の姿に此処にスズカ混ぜたらもっとやべぇことになるんだろうなぁ……とそんな事を考えながらもジャパンカップが今まで以上に楽しみになって来た。

 

「こうなったらランに決めて貰おう!!」

「そうねそれが一番ね!!」

「いや、そこはジャパンカップで決めるとかそういう事にしなさいよ」

「「その手があった!!」」

「バカとバカ、ホントバカばっか、俺も結構な馬鹿(・・)、だけどな」



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276話

「ギュンギュ~ン!!!」

 

ターフの上を駆け抜けるターボの走りはいつ見ても独創的だ、同じ大逃げなのに全く毛色が違うのだから面白い。スタートダッシュのキレは互角、だが其処からの加速力はターボ、そしてそのまま走り抜けて中盤終盤での再加速、真・ドッカンターボで一気に他を置き去りにする彼女の走り。故にターボのファンは極めて多い。あんな小さな身体なのにあの暴君と張り合えるだけの大逃げをするのだからある意味で当然だ。そんなターボが走るのはジャパンカップ。

 

「調子は如何だターボ」

「絶好調!!これならテイオーにもシルバーにも勝てるぞ!!」

「そりゃ結構」

 

ターボの調子は絶好調、日本に居ない間にもドッカンターボの精度を上げる為の特訓も続けていたのか本人曰くほんのり溜め方のコツが分かったような気がすると言った。それでもほんのり分かった気がする程度なのか……とランページは僅かに呆れそうになった。一応南坂が見ていたのだが理解度としてはランページの方が高いので見てみる事にしたのだが……

 

「確かにドッカンターボのペースが一定に向かいつつあるな……それでもブレはかなりあるけど、今までと比較すると収束傾向にあるな」

 

試しに統計を取ってみると意図的に早めてみたりと遅めることが出来るようにはなっている、それでもかなり誤差はある上に完全に制御できているとは言い難いが……制御の一端を握り始めているのは確か。

 

「ねえねっシルバーってどんなウマ娘だった!?」

「親御さんがF1のチームのメカニックと調理担当だからか、引退後はそっちに進むって言ってるウマ娘だ」

「へ~なんかそっちに進むウマ娘って多いって授業で言ってたぞ」

「全盛期に走れなくても風を感じたいってウマ娘が多いからレース関係に進みたいって連中は多いらしいからな」

「んじゃ走りは?」

「寧ろそっちだろメイン」

 

シルバーの走りは単純明快。最初から最後まで逃げるスタイル、つまりランページやターボと同じ大逃げスタイル。だが、実際は欧州の重く深めの芝を物ともせずに軽快に走るパワーが最大の魅力。それに加えて雨や風、重バ場と言った悪条件を文字通り蹴り飛ばせるほどの道悪巧者。

 

「なんかランみたいだね!!凱旋門に出てたらいい勝負してたんじゃないかな」

「そういう意見はあるな。実際、あいつ出て来てたら一騎打ちになってた可能性はある、パワーだけに頼るんじゃなくて知識も深いし徹底的に自己管理したフィジカルと合わせた走法を行う理論派でもある。普通に厄介だぞ」

 

日本の芝との相性も良好らしいのであの剛脚が今度はスピードを生み出す事になる。もしかしたら自分のレコードを塗り替えるかもしれない、とランページは考えている。

 

「ターボ、ジャパンカップまでの間はずっと俺がつきっきりで見てやる。ドッカンターボの完成度を高めるぞ」

「任せて!!ターボはトリプルティアラ、ラモーヌやランに続いたウマ娘だもん!!実質メジロのウマ娘だから、頑張る!!」

「ハッ大きく出やがったなこいつ~!!」

 

乱暴に頭を撫でてやる、ターボはわちゃわちゃしながらもそれを受け入れる。やっぱり、ターボは自分にとってもう一人の妹のような存在なんだろうなと思う。ライスとは違って手が掛かってしまう妹、だからこそ可愛げがあってついつい相手をしたくなってしまう。

 

「よしターボ、俺と併走するぞ」

「えっでもいいの、トレーナーから走っちゃ駄目って言われてるんじゃ」

「走りなさすぎるのも身体に毒だ、身体が鈍る。スタート直後は奴さんとの先頭の奪い合いになる、二番手になる事も覚悟しとけ。何、レースなんざ最後に先頭に立ってりゃ勝ちなんだからな」

「成程確かにそうだ……ってそれ、ランやターボが言っていいの?」

「良いんだよ細かい事は、さあ走るぞついて来い―――バカ弟子!!」

「ターボはバカじゃ―――えっ?」

 

その時、ターボは耳を疑ってしまった。これまで何度も弟子を自称してきたがその度にランページには弟子ではないというツッコミをされて来たのに彼女が自分の事を弟子と呼んだのだから。思わず耳に付けていたカバーを外し、それを叩いてからもう一度付け直した。

 

「ラ、ランもう一回言って!!」

「さっさと走るからついて来いって言ってんのよバカ」

「そうじゃないって!!その後、少し後!!」

「生憎俺はお前にエサはやり過ぎないって決めたんでね、言って欲しければジャパンカップに勝ちな」

「っ~分かったターボ勝つ~!!」

 

そう言いながら抱き着いたランの背中は酷く大きかった、頼もしくて暖かくて、大きな背中から感じる温かさは強さと優しさに溢れているように思えた。

 

「テイオーもイクノもネイチャも、お前はブッちぎれ」

「任せろ~!!」

 

『長らく日本ウマ娘が勝利を収める事が出来ずにいたこの舞台、メジロランページがそれを覆し、アグネスフローラがそれを覆してまいりました。今年はどうか、海外からやって来た銀色の彗星、あの暴君と覇を競ったシルバーストーンがジャパンカップを勝利するのか!?それとも鉄の貴婦人、イクノディクタスが同世代の二人に続くのか。無敗の三冠ウマ娘、春シニア三冠のトウカイテイオーが秋シニアの一冠を戴冠するのか!?それとも、ダービーウマ娘として日本の名を冠するこのレースを制覇するかナイスネイチャ!!』

 

ジャパンカップ。ランページの伝説が行われたレースの一つ、今年はどんな伝説が作られるのかと話題が尽きない。なんせ出走ウマ娘も粒揃い、ランページの頃と遜色ない。そして今年は―――

 

『そして伝説よ再びか、菊花賞からやって来た今年の二冠ウマ娘がジャパンカップ制覇を狙います。強者犇めくシニアウマ娘達に宣戦布告、我此処に至れり、ミホノブルボン!!メジロランページのようにクラシッククラスでの制覇なるか!!?』

 

ブルボンが参加している。菊花賞からのジャパンカップ、逃げウマ娘の参加はランページのそれを彷彿させる。もしかしてと思う者が多い為か、ブルボンは4番人気。期待する者も多い。1番人気トウカイテイオー、2番人気シルバーストーン、3番人気イクノディクタス、4番人気ミホノブルボン、5番人気ナイスネイチャと名を連ねる中、遂にターボが飛び出した。

 

「ターボ見参!!」

 

ターボは6番人気、期待としては他の面子としては低めな印象を受けるが当人は全く気にしていなかった。何処までも堂々と胸を張りながらゲートへと向かって行く。

 

「ターボは走るだけ、全力で走る!!」

 

そんな姿を見つめるランページの瞳は何処までも優しかったと南坂は語った。



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277話

ジャパンカップ。例年よりも遥かに盛り上がっているこのレース、矢張りランページというウマ娘の影響なのか。あのワールドレコードを打ち破ってやると言わんばかりの意気込みが見える一方でそれにとらわれ過ぎる事無く自分らしく走ろうと必死に自分を諫めているウマ娘も見られる。此処でワールドレコードを出したとしても、きっとランページを越えたという事には絶対にならないからだろう。理由は単純

 

『メジロランページのワールドレコードは最悪のコンディションのロンシャンだからなぁ……』

 

という意見が根強いからである。ハッキリ言ってあんな所でワールドレコードを出せるあれが化物過ぎるのである、なので当面の目標とされているのがジャパンカップで出したレコードタイムとされるのが一般的。それに挑戦するために海を渡って来たウマ娘達が今か今と時を待ちわびる中、一人のウマ娘がターボへと近づいた。

 

「あ~……えっト、ツインターボ?」

「んっ何何っ?」

 

元気いっぱいに振り向くとそこには何とか日本語で言葉を作ろうとするシルバーストーンの姿があった。一応日本語の勉強はしてきたつもりだが、それでもいざ話そうとすると言葉に詰まってしまった。それを見たネイチャが手を貸そうとするのだが―――

 

『英語なら大丈夫だよ、ターボ分かるから』

『た、助かるわ。ごめんなさい日本語で話すのが礼儀なんだろうけど……』

『気にしない気にしない、難しいよねターボもよく間違えてランに注意されるから。今日は宜しくねシルバー、負けないから!!』

『ええ私だって負けないわよ!!私の方が速いって事を証明してみせるわ!!』

 

とターボが流暢な英語をしゃべり出した事に思わずネイチャは固まった。あのターボが、授業も寝てる事が多いターボが英語を喋ってる!?しかも結構綺麗な発音!?とショックを受けているとイクノに肩を叩かれる。

 

「なんでも、海外遠征を視野に入れる為に勉強したそうです。そこでランページさんに英語に慣れる為にゲームを英語に変える事を薦められたようです」

「あ~……そっか、ターボってやる気さえあればそっち方面って普通に優秀なんだよねぇ……」

 

考えてみればターボは趣味として動画の編集をしたりしていた、故かパソコンの単語やプログラミングにも強いのでその延長で英語も覚えようと思えば覚える事も出来る。問題なのはそのやる気を向けられるかどうかなのだが……如何やらランページがそれを上手く矯正してくれたらしい。これで他の勉強面も頑張ってくれたら……と思っているとターボとシルバーがハイタッチしながらイエーイ!!と賑やかになっていた。本当にジャパンカップか、と言いたくなるような空気が流れる中で二人は旧知の親友のように手を振りながら自分のゲートへと向かって行く。それを見て二人もゲートへと向かう―――一方でターボの瞳は鋭くなった。

 

ゲートへと入り、世界が狭まる。今にも飛び出したくなる、ゲージは既に満タンで漲っている。腰を落とすターボは集中した、ライスのそれに倣いながら瞳を閉ざして耳を澄ました。

 

『ターボ、耳を澄ませ。ウマ娘なんてその気になればゲートの開閉の兆候を捉える事は出来る』

 

今日までの特訓でターボはランページの走りを叩きこまれた。全身走法は流石に無理だったが出来る限りの事は叩きこまれたつもりだった、その内の一つが―――

 

『スタートしました綺麗なスタートですが一人大きく飛び出したウマ娘が既に3バ身差を付けている!!ツインターボだ、ツインターボ!!トリプルティアラのツインターボがロケットスタートを決めました!!だがシルバーストーンもほぼ同時に飛び出している!!二人は互角やシルバーストーンが僅かに先頭!その後方に二冠ウマ娘のミホノブルボン、レリックアースが内から行きます。イクノディクタスが最ウチから、そしてその後ろにトウカイテイオーとナイスネイチャが控えます』

 

「ポールポジションは貰ったぁ!!もう、誰にも譲らない!!」

 

流石はランに認められるだけのウマ娘だと思いながらもターボは少しだけ抑える、それでも他のウマ娘からすれば速い部類。ブルボンも二人の様子を見つつ抜け出すタイミングを見計らっている。大逃げのウマ娘が先頭を取っている、下手に追いかけすぎると自分がガス欠を起こす、だがセーブし過ぎると手遅れになる。大逃げが厄介だと言われる所以の一つだ。

 

『先頭はシルバーストーン、ツインターボ、ミホノブルボンが先頭集団。此処でややドクトルディアーが上がって来たが、レリックアースは4番手、慎重に様子を見極めている。トウカイテイオー、イクノディクタスも様子を見ているが此処でナイスネイチャが上がり始める、さあ坂を登りつめてこれから下り坂に入ります』

 

シルバーは日本の芝の走りやすさに心地良さを覚えている、なんて速く走れるコース何だろうか。空気が肌を流れていく感触も風も素晴らしい、そんな心地良さに身を委ねつつも視界の端に映った観客席の一角が映る。そこには外国人の集団が占領しているに等しい状況だった。他者に迷惑こそかけていないが、大人数が力を合わせて必死の声援を送っていた。それを見て思わず笑う、何せあれは自分の親が所属するF1チームの皆さんなのだから。

 

『シルバー行けええ!!』

『そのままそのまま、行ける行ける~!!』

 

日本の応援の熱さに影響されているのか同じように声を張り上げている、ジャパンカップはアウェーになってしまいがちだが今日ばかりはそんな事は無かった。家族の応援さえあれば自分は絶対に負けないと更に芝を強く蹴り上げる。

 

『さあ大欅を越えていく所で此処でイクノディクタスも上がり始めたぞ、間もなく最後の直線に入る先頭集団に多くのウマ娘が加わっていく!!誰が抜け出す、誰が抜け出すのか!!さあ直線だ、ミホノブルボンが此処でスパートを掛けるぞ!!この距離ならばシニアクラスにも負けないと一気にスパートを掛ける!!それに競り合っていくイクノディクタスとナイスネイチャが一気に上がって行く!!』

 

「流石です、ですがこの距離ならば私は負けません!!」

「それは私も同じ、何度も走って来たのですから!!」

「私だってそう簡単に譲ってあげる程、優しくはないよぉ!!」

 

あがり始めていく優駿達、その先頭を駆け抜け続けるシルバー。後方から凄まじい気配を感じる、一気に迫って来るのがある。

 

『此処でトウカイテイオー!!トウカイテイオーが上がって来た!!無敗の三冠ウマ娘が天皇賞の無念を晴らさんと言わんばかりにものすごい追い上げを見せる!!!三年連続で日本ウマ娘がジャパンカップの制覇、それを成し遂げるのは自分だと言わんばかりの猛烈な走りだ!!』

 

バ群を突き抜けるかのようにテイオーが一気に伸びた、テイオーステップと全身走法の合わせ技。究極のテイオーステップともいうべきそれでスパートを掛ける、そのキレはイクノやネイチャもランのそれと遜色ない為に驚きを隠せなかった。

 

「ボクは帝王だ、絶対の帝王はボクだ!!」

 

『トウカイテイオーが迫る!!ミホノブルボンを捉えるか、そのまま並ばせない!!そのまま抜き去った!!流石無敗の三冠ウマ娘、二冠ウマ娘にこれが格の違いだと言わんばかりの走り!!』

 

「これが、私が目指した……頂き!!」

 

ライスに敗れたことで得る事が出来なかった目指したもの。それを間近で見たブルボンは震えていた、喜びで。そして願う、自分はまだまだ強くなれる、故に走るのだと。必死に走っても加速し続けるテイオーに追い付けない、それでも良い、今は―――だがきっと抜いて見せるという覚悟の元で走る。

 

『さあツインターボとシルバーストーンを捉えたぞ!!ツインターボ、ツインターボに並んだ並んだ!!同世代に三冠同士の競り合い、何方が行くのか行けるのか!!?』

 

「やぁっターボ」

「んっテイオー」

「「……勝つのは自分!!!」」

 

一瞬視線が合う、その途端に二人は闘争本能を剥き出しにした。

 

「絶対の帝王は、ボクだぁぁぁぁあ!!」

「真・ドッカンターボだぁぁぁぁぁ!!」

 

同時に二人が切り札を切った。此処まで溜め続けて来たターボ、自分の意志でコントロールしたそれで最高のドッカンターボを行った。最後の切り札、急加速によって身体にGと風圧が襲い掛かるがそんな物跳び越えてやると言わんばかりに駆けた。一足、一足ごとに大地を弾ませるように跳ぶテイオー。そのステップはモンスニーが求めた走法の一つの究極系なのだろう。それを見せた。

 

『ツインターボとトウカイテイオー、トウカイテイオーが伸びるいやツインターボも伸びてきた!!此処できた、これがツインターボの恐ろしい所、二段加速が遂に来た!!シルバーストーンまで後1バ身、抜けるか、抜けられるか!?シルバーストーン粘れるか、後100mも無い!!来た来た来た来た三人の競り合いが続く!!銀色の彗星に帝王と爆速ターボが迫る!!今並んだ並んだ!!そしてそのままゴールイン!!!これは三者横一線!!!誰が1着なのか分かりません!!4着にイクノディクタス、5着にミホノブルボン、6着にナイスネイチャ!!』

 

死闘の果てに争いは写真判定にまで持ち込まれた。海外の彗星か、日本の帝王か、はたまた二段ターボか。誰が勝者なのかと息を呑んだ。そして余りにも長い時間が経過した末に―――掲示板にそれが乗った。

 

『結果が今―――出ました!!1着は―――トウカイテイオーだぁぁぁ!!!トウカイテイオージャパンカップを制覇ぁぁぁ!!!2着にツインターボ、しかしその差はハナ差7mm!!3着にはシルバーストーン、しかしツインターボとは1㎝差!!これも凄まじい!!果てしない結果となりましたジャパンカップ!!!そしてタイムはなんと2:22.1!!トウカイテイオー、メジロランページのコースレコードに此処まで肉薄しましたぁぁぁ!!!』

 

「か、勝ったぁぁぁぁ……」

 

勝つには勝ったがテイオーは肩で息をしていた。普段ならば笑顔で手を振ったりもするが今回ばかりはその余裕もないのかぐったりとしている。それ程までに自分は疲弊してしまう程のタイムで勝ったのがランページだと思うととんでもないな……と思ってしまった。

 

「負けたぁぁぁぁ!!」

「私もやられたぁぁぁ!!」

 

そう思っているとターボとシルバーが大声を張り上げた。二人の走りは完璧だった、テイオーは今回の勝利は僅かに運が自分に巡って来ただけだとすら思える程の接戦だった。そんな二人は一頻り悔しさを吐き出し終わると二人揃って自分に向き直ると拍手をした。

 

「おめでとうテイオー!!見事に負けたよターボ!!だけど今度は勝つから、覚悟しといてよね!!」

『くぅぅぅっランページのタイムに勝つところだった!!凄かったよ!!』

「あははっ有難う、二人とも」

 

そんな三人は握手をすると揃って観客の方に向き直ると一緒に頭を下げた後に笑顔で手を振った。そんな中にランページはいた、最高のレースを行ったターボにランページは称賛を送っていた。勝利こそ逃したが素晴らしいレースだったのは間違いない。

 

「南ちゃん」

「何でしょうか」

 

隣に居た南坂は此方を見ることなく、淀みなく答えた。

 

「漸く決心着いたわ」

「ええ、おはこんハロチャオでも良いと思いますよ」

「んじゃそうするか―――URAに一泡吹かせるか」



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278話

「う~ん悔しい!!」

 

カノープスの部室で改めて一言、と言わんばかりに吐き出したターボの言葉に苦笑する。同じレースに出走したイクノとネイチャもそれには同意する、自分達は彼女に比べたらそこまでではないかもしれないがそれでもあのレースの凄まじさを肌に感じたものとしては感想がその言葉に尽きるのも分かる。

 

「私もあのレースは勝ったと思ってしまいました、7mmとは……近くて遠いというのは正しくこういう事を意味するのでしょうね」

 

テイオーとターボの差はまさかの7mm、そしてシルバーとの差は1㎝。僅か1.7㎝の攻防があった。これは大きく取り上げられて僅か数センチの攻防、伝説のジャパンカップとして大きく取り上げられている。

 

「でも本当にあと少しだったのにね~」

「アタイもさ」

 

もうあれは全員が同着だったとしても文句を言う権利は誰にもない程の刹那的な瞬間の鍔迫り合いだった。何かが一つズレていたらテイオーの勝利は無く、ターボかシルバーが勝利を掴んでいた事だろう。その事にはテイオーもインタビューで確りと触れていた。

 

『今の気持ちは如何ですか!!?』

「う~ん……分かんない、かな。本当に誰が勝っても可笑しくないレースだったよ、ほんの僅かにボクに何かがあっただけでターボやシルバーが勝ったのも十分にあり得た。ボクもまだまだだって事が分かったよ、絶対の帝王なんてまだまだ名乗れないね」

 

「で、でもターボさん凄かったよ」

「ランに色々教えて貰ったのに勝てなかったのだけは悔しいけど、今度は勝つよ!!」

 

ともうすっかりジャパンカップでの勝敗を気にしていないのか元気いっぱいなターボにカノープスの部室は和やかな雰囲気に包まれていた。終わったのだから気にし過ぎずに前を向かっている所は自分達も見習わなければならないと思っている中でローレルが呟いた。

 

「あの、ランページさんは何方に?」

「そういえば先輩いませんね、まだ休養中なんですか?」

「あれだけのハードスケジュールだったわけだからねぇ……それでも可笑しくはない、けど」

「でもラン、ターボと走ってくれたよ?」

 

海外遠征の疲労もそろそろ抜けてくる頃合な筈、その証拠にターボとの併走もやっている。そんなランページは何処に行ったのかと思っていると腕時計を確認してそろそろですね、パソコンを起動させる南坂。

 

「ターボさん、すいませんがTVとパソコンを同期させるのでケーブルをお願い出来ますか?」

「んっTVで動かすの?まっかせろ~」

 

何だか分からないが頼られたので速攻でケーブルをTVに繋ぎ始めるターボ、その辺りはターボかランページでないと分からないのでこの対応は可笑しくはないのだが……態々TVに繋げる意味が分からない。

 

「なんかあんのかいトレ公」

「まあ見ていてください」

「繋がったよ~」

「有難う御座います」

 

そんなこんなでTVに繋がったパソコン画面には何やら何かの生配信の準備中の画面があった。生配信と言えばランページだが……まさかと思っている時に声が聞こえ始めた。

 

『暴君チャンネル~♪』

 

酷く明るくお陽気な声がコールされた。どっかで聞いた事があるというか何時も聞いている声である、と思っていると画面が切り替わって勝負服姿のランページがそこに立っていた。

 

「あっランじゃん!!」

「おおっ先輩のチャンネルの生配信じゃないですか!!」

「アンタいつも見てるよね」

「私も何時も見てます」

「アタシも~!!」

 

ハチャメチャな事に定評があるランページの配信だが、内容自体はかなり貴重な情報を流したりレジェンドクラスがゲストとして高頻度で出て来るので見逃せないコンテンツとなっている。勿論カノープスメンバーもよく見ている。だが今回は南坂が態々見せて来るのだから何がかあるのでは……と画面に注視する。

 

 

「モニターの前の皆さん、おはこんハロチャオ~♪貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、勝利の凱旋!!二つの心ぶつけて~生まれるスピードで突き抜けよう彼方へ、なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?先日のジャパンカップは白熱したね~7mmて、1㎝って凄い世界だよね~ハナ差で纏められている世界の内側にはそんなのが広がってるんだから。いやはや後輩たちの成長が著しくて先輩としては涙ちょちょぎれちゃうわ」

 

・マジであのレースが凄かった。

・審議も長かったもんなぁ

・まあアンタには関わりのない話だろうな。

・絶対無敗の強者だもんな

・寧ろアンタと殴り合い続けてるイクノとフローラが怖いよ

 

「ご安心しろ、フローラは普通に怖いウマ娘だぜ色んな意味で。何でああなったんだろうなぁ……」

 

・なんか、去年のジャパンカップでハグ拒否してたな。

・そう言いつつも勝利は称賛する。

・ツンデレ?

・デレはない。

・暴君がツンデレとか想像出来んわぁ

・いやぁキツいでしょ。

 

「さてまあ、そう言う事は良いんだよもう。今回の配信のゲストは~こちら!!」

「ウムッ!!おはこんハロチャオ~中央トレセン理事長、秋川 やよいである!!」

 

毎回毎回ゲストが来ている配信、今回のゲストは理事長だった。当然のようにハテナはランページの頭の上に移動している。理事長も十分にレジェンドクラスなのだが、前に出た事がある為かコメントは落ち着いている。

 

「さてと今回の告知は―――これだ!!」

 

ランページは準備していたホワイトボードを殴り付けた。ボードは凄い勢いで回転する、そしてそれをもう一度殴る様に抑えた。見事に裏表が逆転して隠されていた物が明らかになった。そこにあったのは―――新設ッ!!URAファイナルズ、レジェンドレース!!と書かれていた。

 

・ファ、ファイナルズ!!?

・何それカッコいい名称。

・レジェンドレースも凄い気になるんですが。

・名前からしてドリームトロフィーリーグとは別口なん?

・はよっ続報はよ!!

・待たせないで~!!

 

「それでは解説ッ!!ファイナルズとはメジロランページが企画したレース。短距離、マイル、中距離、長距離、ダートとそれぞれの部門に合わせて予選などを行いそれらを勝ち抜いた優駿達が一堂に会し文字通りの決勝戦を執り行う!!」

 

・何それ超面白そう。

・短距離のG1とか少ないから超アリガてぇ!!

・ダートもあるのか!!流石暴君、考える事のスケールでかいぜ!!

・文字通りの決勝戦だな。

 

「だがな、それだけじゃないのがこのファイナルズだ。このファイナルズの予選は全国各地に点在するトレセンと連携して行う、つまりだファイナルズの出走ウマ娘の対象は中央に限らねぇって事だ!!予選を勝ち上がれば本選に誰でも進める」

「然りッ!!既に各地のトレセンとの連携準備は完了し予選レースの設立は進んでいる!!」

 

・えっつまり、どういう事?

・わかれやバカ

・地方のウマ娘が予選に勝ち抜けさえすれば、中央のウマ娘と勝負が出来る……てこと?

・マジかスゲェ胸熱じゃん!!

 

「誰が地方のトレセンだけだって言った?予選に勝てば、と俺は言ったんだぜ。予選の申し込みに限りはない、地方だろうが一般校だろうが分け隔てなく受け入れる。その為の予選を全国各地のトレセンで行う!!」

 

・―――えっマジで?

・じゃ、じゃあ普通の高校通ってるウチの姉貴も出れる訳?

・トレセンに通ってなくてもOKなの!?

・マジか!?それって凄い大変じゃないのか!?

・凄い人数になるぞ!!

 

「だからこそ全国各地のトレセンのご協力が必要だったって訳だ、日本に帰ってから俺はその為の根回しをしてたんだ。返事は良い物を頂けた、ぜひ協力するってな。機会がなくて諦めた?その気はあるけど難しい?その気があるなら名乗りを上げろ、舞台は整えてやる、さあ集えウマ娘達!!ファイナルズの名のもとに!!」

 

正しく革命的な企画だ。普通であれば通す訳も無い、だが―――ランページはそれをやってのけてしまった。自分が成し遂げたことで得られたネームバリューとシンボリとメジロ家の力を最大限利用して此処までの事をやってのけた。

 

「そして、レジェンドレース!!此方は文字通り、レジェンドクラスのウマ娘達が集うレースである!!ドリームトロフィーリーグは夢の舞台と言われる、だがそんな舞台に出るウマ娘と競ってみたいとは思わねぇか!!そうだ、レジェンドレースも制限はない。だがこっちはマジモンのレジェンドが参加する、既にマルゼンスキーやカツラギエース、テンポイントにトウショウボーイ、そしてグリーングラスさんの協力も取り付けてある!!伝説と言われるウマ娘と競いたいという覚悟がある奴、夢を叶えたい者は伝説に挑め!!」

 

・えええええっっ!!?

・マルゼンスキーのレースをまた見れるの!!?

・マジで、マジなの!!?

・えっあのカイザーとかも出たりするの!?

・TTGマジで!!?

 

もうコメントは狂喜乱舞の嵐。彼女らは文字通りの伝説としてその脳裏に刻まれている。その走る姿をもう一度見る事が出来る……それだけで鳥肌が止まる事知らない。青天の霹靂も加減しろと言いたくなる程の衝撃だ。

 

「纏めるとファイナルズは地方も一般校も中央もない。走りたい奴が集って走って、最終的に勝ち残った奴らで勝者を決めるお祭り。レジェンドも同じだが、こっちは文字通りの伝説に挑むレース、夢を見るのも良し挑むのもよしだ」

「因みに、URAと付けているのは便宜上である。これらは全て我々が秘密裏に行った故にURAは何も関与していない、というか大体がランページがやったのでな!!」

「理事長それアンタが言っていい訳?」

「私が言わなくても多分地方トレセンの理事長らが暴露するので中央の理事長として先に言おうと思って」

 

・おいURA

・暴君一応まだ学生だろくくり的に。

・こんな改革を未成年にやらせて自分達は何もせずか。

・仕事しろURA。

・というかこれだって普通はURAが企画振興するべき内容やん。

・人材の発掘にもなる訳だしな。

・うわぁURAマジURA、つかえね~

 

「つっても、幾ら進めてると言っても今年中の開催は無理だ。早くても来年の開催になるだろうなぁ」

 

・だろうなぁ。

・規模もでかいだろうしな。

・もしろURAが仕事しなかったせいで今年開催じゃないんだな。

・ホンマURAホンマ。

 

「という訳なんで―――俺はそっちに専念するんで今年の有記念で引退しますんで」

 

・ハッ?

・ハッ?

・え?

・え?

・ひょ?

・なんですと?

・パードゥン?

 

「いやだから俺今年で引退するから、ファイナルズとレジェンドとかで忙しくなるし」

 

・何爆弾発言してんのアンタぁ!!?

・い、いやそうかトゥインクルシリーズを引退って事だな!!

・そうかそっちの引退だな!!

・暴君は皇帝との覇権争いに勤しむのか

・そうかそうか焦ったぜ。

 

「URAにもさっさと引退しろって言われちゃったからなぁ……今回みたいな事やったから責任取って引退するわ。後、ガチ引退だから」

 

・URAマジ何言ってんだよ

・いやまあドリームトロフィーリーグへの誘いは実質引退勧告とも言われるが

・レジェンドになんて事を

・まあ戦績的にも十分

・えっガチ?

・引退?

 

「ああ、ガチ引退。メジロランページは今年を最後に、トゥインクルシリーズを引退する。ドリームトロフィーリーグにも進まない、マジで引退する」

 

世界が、揺れた瞬間だった。



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279話

羅列される驚きと衝撃、疑問の声が嵐となってコメントという形で届く。文字通り世界中から、自分は世界的な伝説になっている。それがトゥインクルシリーズの先のシリーズとされるドリームトロフィーリーグに進まずに引退するという事は信じられなかった。もうあの走りは見れなくなるという事が一種の恐怖、安堵、錯乱となって押し寄せて来る。分かってはいたつもりだが理事長も肩を竦めている。

 

「説明、それをしてやるようにな」

「それが義務ってもんですからね―――29戦29勝、ワールドレコードを3つ、芝ダートの最高峰レース制覇……我ながらもう十分にやったって思うんだよ俺は。皆からすれば次の伝説を、次の次の走りを、次の次の次を……そう期待するだろうが俺はもう満足してる、やり切ってる」

 

カメラに映る表情は酷く清々しく晴れやかな物だった。凱旋門を制覇したあの時よりも、BCクラシックを制覇したあの時よりもずっと。

 

「何時までも俺が突っ張ってても邪魔なだけだろ、ここらが潮時だと思ってる」

 

それならば引退はトゥインクルシリーズだけでドリームトロフィーリーグには進むべきだとコメントが溢れる。皇帝との勝負を見てみたい、メジロの至宝との戦いを見てみたい、天衣無縫との戦いを見てみたい。様々な言葉で溢れる。

 

「次の伝説よりも新しい伝説を作る手伝いがしたい。そう思ってファイナルズとレジェンドレースを企画した、俺の経験と力を次に還元すればどうなる?日本のウマ娘のレベルは間違いなく上がってくれると思う、凱旋門を取れるウマ娘だってきっと出て来る」

 

1人の飛び抜けた伝説か、それとも次の世代の新しい伝説か。ランページは後者を選んだ。その為に休養中にも拘らずに全国各地のトレセンを巡ったりもしたのだから……これにはメジロ家も、シンボリ家も喜んで協力してくれた。何より、全てのウマ娘の幸福を願うルドルフも手を貸してくれた。

 

『これは、参ったな。私が目指す全てのウマ娘の幸福を君に先を行かれてしまうとは』

 

苦笑しつつも彼女は笑っていた。ルドルフの夢は荒唐無稽だ、ランページもそれをそのまま肯定する訳がない。だからこそ一人一人がその幸福を手に入れる道の一つを用意する事にした。自分が成し遂げたことによって作り上げたネームバリューを全力で使って、皇帝のそれで足りないならばもっと大きな物を用意すればいいと言わんばかりにランページが行ったそれは驚くほどに伝播した。

 

「それに、レジェンドレースになら俺は出ても良いとは思ってるしな。もう絶対に走らないって訳じゃない、ちょっと―――舞台を変えるだけさ」

 

笑って見せるランページ、何処か明るくて元気があって、少しだけ寂しそうにしているがまだまだ自分のやりたい事は残っている。それをやる為に走り続けるのは変わらないと断言する。走る舞台が少しだけ変わるだけだと聞いて、リスナーは何処かで安堵し、何処かで不満げになり、何処かで悲しさを募らせた。反応は様々だがランページの新しい門出、そしてその終わりを見届ける事を皆が誓った瞬間でもあった。

 

「―――フゥッ……遂に言っちまったなぁ……」

「ご苦労」

 

配信を終わらせたランページは理事長と共に一息を吐いた。何だかんだで理事長にも面倒押し付けてしまった、まあ彼女は自分からそれを買って出るタイプな上に今回はそれをも楽しんでいるので気にする必要はないかもしれないが……。

 

「だが引退か……何時から考えていたのかな?」

「海外遠征を本格的に考えた辺りだから……東海ステークス辺りかな」

「去年からか!?」

 

あの時はまだランページも1年目のシニアクラスだった筈、正しくこれからという段階で既に引退を考えていたというのは驚きでしかなかった。そもそもランページはウマ娘として長い時間を走り続けるつもりがなかったようにも感じられる。

 

「最後に海外ってのも考えたんですけどね、色々準備してたら逃がしちゃいましたから。まあ本望ではあるんですけどね」

「悔いが無いのならば私から言う事はないも無いさ、最後のレースは全力でな」

「そのつもりですよ」

 

そう言うと理事長は配信を行っていた部屋から退出していった。残されたランページはハーブシガーを銜えて吸い始めるのだが自分の携帯に凄い連絡が入ってくる。国内の友人もそうだが海外からの友人からもひっきりなし、一番古いのはファインからだった。絶対アイルランドに来ない?だと思う。まあ行かないが……そう思っていると扉が開けられた。そこに居たのは―――

 

「勝ち逃げ、する気ですかランページさん」

「だったら勝ってみな。まだチャンスは残ってるんだぜ」

 

フローラだった。ある意味でイクノを超えるライバルとして自分と覇を競い続けた相手、フローラとしてもこれは寝耳に水だった。今度こそ、今度こそと思い続けて来た思いが途絶えてしまう。だがまだ残っている、その機会に全てをぶつけなければならなくなった。

 

「ホントズルい人……私の心も意志も砕くつもり?」

「そんな気はないが、俺って暴れすぎただろ。その責任を取るだけだよ」

 

フローラは感じていた、何を言っても無駄である事は。でも言いたくなってしょうがない、だって彼女は自分にとって……大切なライバルなのだから。

 

「分かりました、だったら―――最後は私が勝つ」

「やってみな」

 

世界の暴君と呼ばれたランページの最終戦、日本最大のG1に世界中の注目が注ぎ込まれようとしていた。正しくそれは文字通りの意味……今年の冬、日本が世界の中心となる。



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280話

「よぉっ惜しまれた引退宣言だったな、俺の時とは大違いだぜ」

「俺は目を引きすぎたからな、そりゃ騒ぐさ」

 

自身の引退宣言から数日が経過していた。当然だが多くの者たちからの引き留めを受けた、それは同じトレセン学園の生徒からも同じだった。まだ走って欲しい、まだ一緒に居たいなど嬉しい言葉も貰えたが自分の意志が固い事が分かると受け入れてくれる者達ばかりで嬉しくなるばかりだった。それどころか最後のレースは全力で応援するから勝ってくれとまで言ってくれた。分かってないのはURAだけだ。

 

「まだ来てんのか?」

「そりゃもう、さっきも電話来たし。もう着拒してやろうかな」

「応やったれやったれ」

「つってもトップからの電話もあるからなぁ……」

 

URAの上層部の一部から引退の撤回とファイナルズに関する説明を求める問い合わせは絶えない。ファイナルズに関してはレースの予定や各トレセンとの連携などもあるだろうがその辺りの調整は全部自分と理事長、たづなさんでやってあるので無駄の一言に尽きる。寧ろ調整云々は各トレセンが積極的に引き受けてくれているし、地方トレセンは地元と密接な関係なのもある為かフリースタイルでレースを行っている場所に声を掛けて、一般校ウマ娘の予選実施準備をしてくれている。

 

それ以上に声高に叫ぶのが完全引退撤廃要求。URAにとって自分は金の卵どころの話ではない、文字通りの生きた伝説でありそれによって生まれる利益は莫大な物。自分を上手く乗せる事さえ出来れば出来たであろうイベント案が全て廃案になったと言っても過言ではない、ドリームトロフィーリーグに出ないというのはそう言う事なのである。

 

「幾ら言われても俺は引退撤回するつもりはねぇしファイナルズ関連だって中止にする気はサラサラない」

「何だURAはやめさせたいのか、お情けでURAって付けてやってんのに」

「態々年末にやる超大型レース企画だぜ、URA的に考えれば仕事量も膨大な事になるし全国各地で予選やって最後の本選を中央でやろうっていうんだから負担もデカいからね」

「ハッそれで生まれる利益もデカいんだ我慢しやがれってんだ」

 

URAとて中止にしたい訳ではない、だが余りにも告知が急すぎるURA自体が対応する事が出来ないと言ってきている。だからこそ前以て一番面倒事であるトレセンとの連携を此方でやったのだ、それに比べたら残っているものは楽な部類の仕事。何より―――第二のオグリキャップの発見などもし易くなると言ってみたらURAは想像以上に言葉に詰まり、認めた。

 

「まあ安心しろ、引退しても俺が使ってやる。アグレッサーチームの統括チーフがまだいねぇからそれで使ってやるよ」

「おいおいおい一番面倒臭い役目を押し付けんのかよ、そこは自分がやる所だろうよ」

「ハッ生憎俺は走ってる方が性に合ってるんでな、細かい調整はお前に任せる。そもそもこうやってる間も高速でタイピングしてる奴なんて適任に決まってんだろ」

「やれやれ……見つからなかったら引き受けてやるよ、あと理事長の許可な」

「言質取ったからな」

 

ボイスレコーダーの録音を再生させながら悪い顔をするサンデーサイレンス。アメリカでも重宝していたらしく何度かパパラッチが起こした問題を裁判沙汰にまで持って行った事があるらしい。その結果がどうなったかは此処で語るのはやめておこう。

 

「それでお前の現役人生は結局、今年の年末で終わりで良いんだろ?」

「ああ。URAの連中には一時の大きな利益と長い間続く一定以上の利益を示してどっちがいいかを選択させた」

「それ聞いてるとURAの連中が考えてるのは金だけにしか思えねぇな……」

 

間違ってはいない、トゥインクルシリーズを運営するURAには良くも悪くも大きな資金の流れがある。ランページはその流れを更に太く大きく出来る存在だったのにそれが自分達の知らない間に引退を決断して配信で全世界に宣言してしまったのだから。だがURAのトップはランページの引退を容認した、此処で決断しなければこの先の大きな決断もきっと出来ないと。今も上層部を説得しているとの事。

 

「まあお前の人生だ好きに生きればいい、俺も好きなように生きるからお前を巻き込む」

「出来ればある程度自重してくれると嬉しいんですけど」

「悪いなまだ日本語には不慣れジチョウって言葉の意味は分からねぇな~」

 

悪い顔をしながら出ていくその背中を見つめながらもキーを叩き続ける。有記念に出走する事は決めたが、まだ南坂が指定した休養期間はまだ余裕がある、その間に出来るだけファイナルズとレジェンドに関する事を詰めておかなければならない。それが今の自分に出来る最大の事なのだから……と思っていると扉がノックされる。入って来たのはたづなだった。

 

「どったのよたづなさん、URAから嫌がらせでも来た?」

「何方かというと……各国からでしょうか。引退するのであれば是非ランページさんを我が国に迎え入れたいという要望が殺到してまして……」

「あ~……やっぱり来るよなぁ……」

 

ランページの圧倒的なレース経験と技術、それを腐らせるなんて事は絶対にあってはならない。それならば我が国に来て貰ってその技術の全てを伝授して次のスターを育てて欲しい!!と願うのは自明の理。何せ芝ダートの世界王者、指導力に問題があったとしても併走をして貰えるだけでも得られるものは莫大な物があるだろう。故にそんな連絡がトレセン学園に来ている。

 

「ファイナルズとかやりますって言ったのに来るんだから参ったもんだな……いや設置とか終わったら来てくれってパターン?」

「両方ですね、何方かと言えば終わったら是非と言うのが多いです。特にドバイにアイルランド、アメリカからのラブコールが一番熱が入ってます」

「そこらは俺が直接電話して説得するか……携帯に連絡先あるし」

「何というか本当に凄い電話帳ですね……」

 

そんな話をしているとたづなが忘れる所でした、と封筒を手渡してきた。中身を確認してみるとURAからだった。

 

「何これ、メジロランページ記念設立についての意見を求む?」

「ランページさんの功績を称えてその名前を冠する重賞レースを設立するそうです。ですが芝にするかダートにするかで真っ二つに割れているから意見を欲しいとの事です」

「シンザン記念……的な?」

「はいセントライト記念的なあれです」

 

そういうのもあるのか……と普通に驚く。芝の場合はティアラ路線の三冠のトライアルレースの一つを変える案、ダートの場合はダート三冠のトライアルとして新しく設立する案があるらしい。何方の功績もあるランページだからこそ意見が割れているとの事。

 

「ぶっちゃけどっちでもいいわぁ……たづなさんはどう思う?」

「私に聞かれても困っちゃいます」



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281話

「海外ウマ娘のトレセン入学希望者が?」

「ええ、たづなさんがそう仰ってましたよ」

 

漸く休養期間が開けて練習の許可が下りたランページは早速ランページ鉄を付けてのトレーニングを行った。暫く洋芝を走っていたせいで慣れるのに時間が掛かると思っていたが、思った以上に日本の芝の走り方は分かっているのか無意識的に走り方を適応させていた。考えるよりも先に身体が動く、一流はそういう物だと南坂に言われる中で自分の活躍に呼応するようにトレセンも活気づいてるという話になった。

 

「ウマ娘のレースの中に二つの流れ、その両方を制した暴君を生んだ国である日本。その日本の環境で自分を育ててみたいという方が増えているらしいですよ。と言っても国内でも中央に限らずトレセンに入学希望者が増えているのでそれらを全員受け入れるというのは難しいですけどね」

「地方のトレセンでも言われたよ、嬉しい悲鳴だって」

 

地方ではどちらかと言えばダートレースの方が主流、故か地方ではダート志望ウマ娘も多い。これまではダートは得意だが、芝の影に隠れてしまうダートは……という感じで消極的になってしまうウマ娘が多く折角の新しいスター候補が居ても入学してくれないのも多かった。

 

「にしても海外か……リスキーな選択でもあるな、日本と海外の環境の違いはデカいし幅広い適正が要求されるだろ。まあ海外を視野に入れずに日本で走るってんなら別だが、ンな事言ったらウチのアマちゃんだってアメリカからだしな」

「んっなんか言ったかい先輩」

「ああ、ちょっち流れ名前出したんだ。ローレルとドラランのタイム確り頼むな」

「このアマさんがミスる訳がないだろう!!」

 

カノープスのヒシアマゾンも元々はアメリカ生まれ、史実で言う所のマル外、外国産馬が入って来るという所だろうか。来年度からで言えば……タイキシャトルにシーキングザパール、グラスワンダーにエルコンドルパサー、メイショウドトウと有名どころが毎年のように入って来る事になる。黄金世代とも言われる世代も近い。

 

「日本の環境ねぇ……時代遅れとも言われてるのにそこに突っ込む意味なんてねぇと思うけど……」

「時には立ち返りというのは大切ですよ、何時の時代も未来に進む為には一度過去を顧みる事で現在を見つめ直して歩き進む物です」

 

何より日本にはランページが居る。世界を渡り歩き、その全ての戦いに勝って来た最強最速のウマ娘が。そのレース映像は脚質に関係なく見ない選択肢はない、生でその走りを見られるならばそれ以上の宝はない、話を出来たならば自慢にしていい、もしも指導を受けたなら……誇りにしていい。という扱いをされていると南坂は言う。

 

「俺はUMAかなんかですか、新手の縁起物扱いされてるじゃねえか」

「いうなればUMA娘ですかね」

「はっ倒すぞ南ちゃん」

 

しかしまあ自分はそういう扱いをされてしまう程の所まで上り詰めたという証明でもある。改めて世界最強にして最速という名前に重みを感じる―――訳でもない。どうあっても自分は自分だし、そんな風に言われているならカノープスはどうなるんだ。

 

「ラストォオオオオ!!!」

「はあああああああ!!!」

「そのまま、ゴール!!結果は―――ローレルの勝ち、タイム差はコンマ0.61!!」

「また負けたぁぁぁぁ!!」

「フゥッ……」

 

「次はホープフルステークス、勝つぞぉぉぉぉ!!」

「今度こそG1勝利ぃぃぃ!!」

「負けないっ……!!」

 

そういう意味ではカノープスは最早称えられても可笑しくないレベルで恩恵を受けている。ターボに至っては自分の弟子を認めてしまったし、ライスやタンホイザには惜しげも無く技術を教えているしイクノとネイチャはライバルでチームメイト。海外からすればリギルやスピカ以上にカノープスの評価の方が高いのだろうなぁ……

 

「もうちょっと抑えないと、ランページを意識し過ぎてる」

「わ、分かっている……分かっているが……」

「憧れの先輩だもんね、気持ちは分かるさ。でもだからこそ自分に倣い過ぎるなって言われてるんでしょ、応えなきゃ」

「分かっている事を言うなたわけ、私だって分かっているんだ……!!」

 

そんなカノープスで努力するエアグルーヴ、憧れのランページという手本があるがそれがもう直ぐ引退してしまうという事もあってか彼女は最近少しばかりスランプ気味になりつつあった。自分らしい走りをしなければいけないと分かっているのに頭の中にあるランページの走りを真似てしまっていて、サブトレーナーではあるが経験を積む為に彼女を中心に見ている佐々田トレーナーには感謝しつつも少し当たってしまっている。

 

「良くも悪くも俺の引退は影響する、か……」

「カノープスはランページがリーダーとして引っ張ってきましたからね、チームとしても戦績としても」

「こういう場合って野球みたいに次期キャプテンって指名すんの?」

「それこそ個人の自由だと」

 

元々海外遠征をしている間に調子を落としていたのがライスシャワーとエアグルーヴの二人、姉と慕うライスと違ってエアグルーヴのそれは憧れの存在が近くに居ない事から来る物だが……トレセン学園に入り憧れの人と一緒のチームになれたと思ったら数か月もしないうちにその人は海外へ、凱旋したと思ったら今度は完全な引退宣言でエアグルーヴの情緒はかなり不安定になってしまっている。

 

「やっほ~たわっじゃなかった佐々田ちゃん、如何よいい加減慣れた?」

「その言い方本当にやめて、エアグルーヴにもよく言われてるんだから……まあ慣れたと言えば慣れたさ、流石に南坂トレーナーには遠く及ばないけど」

「そんな気概では何時までも立っても卵の殻を脱げんぞたわけが」

「そうだそうだ、たわけじゃなくて炎山って呼ぶぞ~」

「何で!?たわけ以上に意味が分からないんだけど!?」

 

意外に通じなかった事に驚きつつもランページはエアグルーヴの頭を撫でる。ライスもライスで寂しがっていたが、彼女は寧ろ―――

 

『お姉様、ライスが勝ちます。だから、だから―――真剣に勝負して下さい』

 

という挑戦状を叩きつけてきた。あんなライスにそんな事を言われてしまうと思わず震えてしまう、姉としても万全の状態で戦わなければならないので準備は怠れないが……カノープスのリーダー的な存在としては今のエアグルーヴを放置する訳には行かない。かと言ってもどうするべきかと思った時に思い出したのはファインだった。

 

「エアエア、ちょっち」

「な、なんですか?」

「ちょいとお耳を拝借」

 

ワザとらしく座り込むランページ、そんな自分の膝の上にエアグルーヴを乗せながらその耳にこしょしょと耳打ちをする。何を話しているのか佐々田は興味を示すのだが

 

「乙女同士の内緒話を盗み聞くと重罪だぜ」

「あっそうかゴメン……って君が乙女……?」

「良いから離れろたわけ!!」

 

佐々田の顔にエアグルーヴのシューズが投げつけられた。ギリギリで回避して大事は無かったが、当たっていたら痛かっただろう……何せ蹄鉄付きだ。シンザン鉄じゃないだけマシだろうが……そんなこんなで少し遠くで何を話してるのかなぁ……と様子を伺っていると次第にエアグルーヴの表情が明るくなっていくのがわかった。そしてランページとハイタッチをすると直ぐに自分の近くに落ちていたシューズを履き直した。

 

「さあ早く構えろ!!私のトレーニングの続きをするぞ!!」

「えっ何、何でこんなやる気になってんの?何吹き込んだの?」

「不思議な呪文コールしただけ」

「古くない?」

「良いから早く準備せんかたわけ!!」

「ああ、もう本当に名前で呼んで貰いたい……」

 

元気を取り戻したエアグルーヴは早速新しくメニューに取り組み始めた。佐々田もそのテンションの落差に驚いているがやる気を見せてくれた事に意欲を見せてそれに付き合った。そんな姿を見つつ南坂はランページに語り掛ける。

 

「慕われてますね」

「こういうのも俺の役目だからな……さてと、坂路行くか……何本だっけ?」

「鈍りを直す為にも3本で」

「相変わらず多いわ~……」



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282話

「最近は如何なのですか、学園は騒がしいでしょう」

「そうでもないですよ。肝心要の俺が極めて落ち着いてる訳なんですから。むやみやたらに騒ぎ立てるのもあれだと思って落ち着いてる子が多いです」

 

そんな言葉を掛け合っているランページ、相手はメジロアサマ。海外遠征を終えて日本に戻って来てからはアサマからのお茶会の誘いが増えるようになった。十中八九、原因はスーちゃんが海外遠征中の事をアサマに自慢するように話したからだろう。あの人の事だから添い寝の事やらも全部言ったに違いない。何だかんだでアサマも孫の事は大好きなお婆様、ライアンやマックイーン、パーマーもその余波を受けているとの事。まあパーマーは特に気にせずにヘリオスを連れて行って紹介したりする猛者だが。

 

「ンで引退した後はメジロ家で淑女教育とかって受けるんですか?」

「今更あなたにそのような物を強要出来る愚か者が居ると思いますか、俗物の処分も終わっています。凱旋門を制した時のあれらの顔と来たら……絵画にして永遠に残してあげたいぐらいには美しい構図でしたわ、題名はそうね……極まる栄華と地獄の絶望かしら」

「うわっ題名からして分かる俗物連中の哀れっぷり」

 

これだからこそメジロランページ、これがメジロランページだと胸を張って言えるレベルに彼女のそれは極まっている。何せG1レースのインタビュー前にハーブシガーを吸ってしまう程の剛の者を今更変えるなんて正気の沙汰ではない。そもそもランページは社会人に求められるレベルのマナーは確りと身についているのに無理にそれ以上を強制するなんて無粋な事はしない。

 

「それにしてもファイナルズとレジェンドなんて面白い事を考えましたね、私も出ようかしら?」

「えっ」

「冗談ですよ、シンザンさんと違って私は鍛えてはいませんからね。メジロ家の方に回っていましたから大した走りは出来ません、弁えているつもりですよ」

「だとしても吃驚しますって……スーちゃんも言いそうですね」

「間違いなく言うわねあの婆は」

「お婆様……言葉が」

「じゃああのクソお婆は」

「なんでスーちゃん絡むと若くなるんですか」

 

仲が良いというか悪いというべきか……いや良いというべきなんだろうが本当にこの二人は何とも言えない関係をしている。

 

「ンで……サンデーさんは如何ですかこっちでは」

「ええっ興味深いお話を聞かせて貰ってるわ」

 

今の所、サンデーサイレンスはまだメジロ家でお世話になっている。一応物件を漁ったり土地を探したりはしているのだが……トレセン近辺で探すと流石に難しいので大きめの一軒家で妥協するかそれとも離れた所の土地を買うべきかと悩んでいる模様。金は普通にあるから土地を買う事には全く躊躇はないらしいので、メジロ家所有の土地の一部を買う事も検討中との事。

 

「如何やらマックイーンが気に入られたみたいっすよ、学園だとよく一緒に居てスイーツとか飯食ってますし」

「意外ですね。マックイーンとそりが合うというのは」

「まあどっちかと言えばパーマー辺りが一番だと思いますもんねぇ」

 

サンデーはマックイーンと仲が良くなっていた。史実でも唯我独尊で暴れん坊なサンデーサイレンス、他の馬にも平気で喧嘩を売っていたのだが隣の放牧地に居たマックイーンにも喧嘩を売った。が、マックイーンは相手にしていなかったのだが……暫くするとサンデーサイレンスはマックイーンに心を開いた、まるで恋人のようだと形容される程に仲良くなっていた。理由は定かが出ないが……一説では自分に怯えなかったマックイーンを気に入ったというのが有力だとか……。

 

「はぁ~日本の菓子っつうのは侮れねぇな……こんなケーキ初めてだぞ」

「えっ!?アメリカにはショートケーキはないのですか!?」

「こういうのはねぇな……だが滅茶苦茶うめえじゃねえか!?この抹茶パフェも気に入ったぞ!!」

「それでしたら次は此処に行きません事!?不定期ですが此処で出すDXメロンパフェ!!今日がその日だという噂があるのです、例え違っても此処のスイーツは絶品なんですの!!」

「おし行くぞ今直ぐ行くぞ!!ランページの奴から車借りてあるからそれで行くぞ!!」

「はい!!」

 

「てな感じですげぇ仲良くなってます」

「あらまぁ……」

「お陰で俺のインプのガソリンとタイヤ減りまくり……トホホ……」

 

口座にある金はとんでもないのに金銭感覚は一般人のままなので、未だにガソリン代の値上げに怯えているランページにとっては車を貸すのはいいのだが平気で使いまくるサンデーは別の意味で恐ろしい……まあ一応補充はしてくれているが運転も荒いのかタイヤもかなり減る。そっちの方が問題なのだが……。

 

「ですが、彼女が日本に来ていただけたことは大きな財産です。メジロ家としても何時までも居て貰っても問題はありませんと伝えてください」

「まあ一応言っておきますけど……あの人自由だからなぁ……」

 

今頃自分のインプを隣にマックイーンを乗せて転がしてグルメ&スイーツ巡りをしている事を考えると……如何なんだろうか。

 

「今日は居るのでしょう?でしたらドーベルとブライトの相手をしてあげてくださいね、会いたがっていましたよ」

「分かりました、可愛い二人の相手はやぶさかではないですからね」

「あらっ私の相手は嫌だというのね?」

「意地悪な言い方しないでくださいよ。大好きお婆ちゃんとの一時が嫌な訳ないでしょ」

「フフッ宜しい♪」

 

この呼び方をすると矢張りアサマは機嫌がよくなる。皆からお婆様と尊敬を集めるのは当主としては嬉しい事だが、矢張り祖母としては慕って欲しい。だからこそランのこの呼び名は大好き。

 

「望む事なら、ドーベルやブライトにもそう呼ばれたいわねぇ……」

「強制はしない方が良いですけどね、何れ呼んでくれるかもしれませんよ」

「では期待して待つとしましょうか」

 

そんなこんなでお茶会を過ごしていると扉が開けられた、そこにはお土産を抱えたサンデーとマックイーンの姿があった。今日の巡りは終わったらしい。

 

「帰ったぜアサマさんよ、ほれこれお土産だ」

「これはご丁寧に、楽しめましたかサンデーさん」

「応よ。マックイーンの案内で散々巡って来たぜ、だけどよマックイーンお前明日から減量の為に動けよ?俺以上に喰ってたじゃねえか、メジロパックイーンだったぞ」

「そ、そこまでではありませんわ!?大丈夫ですわ、私の体重管理はパーフェクト、微塵の計算違いもありませんわ!!」

「応そうか、んじゃあの変態に話しとくぞ」

「やめてくださいましランページさん!!」

「やっぱ不安なんじゃねえか」

「やれやれ……羽目を外すなとは言いませんがもう少し慎みと落ち着きを持ってくれれば言う事がないのですが……」



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283話

季節は秋から冬へ、更に気温が下がり時折雪でも降るんじゃないかと思うような雲が空を覆うようになり始めた。日を追うごとに引退の日が近づいてくる為にトレセン学園ではランページを見る度に思わず涙ぐむ者が多くなってきた。気持ちは有難いがこれでは自分が悪い事をしたみたいで気分が悪い。

 

「という訳で、俺は部室に居る事にした」

「何がという訳なんですか」

 

絶賛授業中な筈なのに部室で羽を伸ばしているランページに出会った南坂は思わずそんな苦言を呈した。学生ならば学生らしく勉学に勤しんでくださいと述べるが、ランページはそれに対する回答も持っている。

 

「俺は海外遠征する時に授業免除のテスト受けてるからな、確認してみたらたづなさんには有効だって言われたよ」

「全く貴方という人は……本当に自由ですね私の愛バは」

「漸く聞けたなその言葉」

 

椅子を傾けながらもワザとらしく笑って見せる、ランページとしても聞いてみたかったその言葉。その言葉を噛み締めながらも天井を見つめるランページに南坂は質問を投げかけてみた。

 

「引退なさったらどうするんです?」

「まあ今年度で卒業もするからそれまではアグレッサーの統括チーフ扱いだな……そこで管理したり走ったりだろうし他にもファイナルズとかで忙しいだろう」

「そうでしたね」

 

きっと南坂は自分の想っている未来は全てお見通しなのだろう、何せ以心伝心の相棒なのだから。

 

「そもそもじゃなきゃファイナルズもレジェンドも企画なんてしないっつの。普通やれたとしてもやらねぇだろこんな面倒臭いの!!」

「でもランページさんはやっちゃうんですよね、面倒なのに」

「そりゃねぇ……でもやりがいがあるなら俺はやるタイプだからな」

「それはもう、ご存知です」

 

そうでなければ態々海外に遠征してビックタイトルを取るなんて事は絶対にしないだろう、特に凱旋門からのBCクラシックなんて絶対にしない。

 

「……なぁ南ちゃん」

「なんでしょうか」

「偶に聞かれるんだけどさ、なんで俺と南ちゃんが付き合ってるって思われるんだろうな」

 

偶に邪推されるが、自分と南坂はそういう関係ではない。よくあるコミックの設定に準える事も多いが唯のトレーナーとウマ娘の関係でしかない、恋愛感情なんて物はない。確かに仲良さげに話していたり平然と隣に座り合ったりはするがその程度でそんな事まで疑われるのは二人からすれば謎だ。

 

「良くも悪くも遠慮がなく距離が近いから、ですかね」

「じゃあ置く?」

「しかしそうすると結構支障がありますし……」

「だよな、じゃあこのままって事で」

「そうしましょう」

 

邪推されるのが癪だが、それを改めようとすると別側面の問題も発生するのであっさりと却下される事になった。そんな時にランページは自分が次走に決めてるレースについての疑問を聞いた。

 

「そういえば有って海外ウマ娘っていないよな。ジャパンカップにはいるけど」

「簡単に言ってあげないでください」

 

それはスケジュール的な問題もあるが日本の高速バ場によって受けるダメージもある、速ければ速い程にウマ娘の脚には大きな負担が掛かる。特に日本の芝は高速バ場故にウマ娘に掛かる負担は大きい上にそれに慣れているならまだしも、慣れていない海外ウマ娘がジャパンカップから中3週で有記念に挑戦するというのは中々に無茶な話。

 

「えっ中3週ってそんなキツいの?」

「それは貴方かイクノさん位です」

 

中3週どころか中1週をやったランページは良く分からない、それ所か凱旋門からBCクラシックという事もやっているので彼女の言葉は全く信用がならない。ウマ娘としては異常なレベルで頑強な身体をしているランページかイクノ位だろう。

 

「一応国際競争ですからね、初の事になると思いますよ。ランページさんと走れる最後の機会……既に多くのウマ娘が登録しています、最早出走権の争奪戦状態だと聞いています」

 

同年代のライバルや後輩達も挙って名乗りを上げている年末の大舞台、一体誰がランページと走るのか、既に戦いは始まっているのである。ネイチャにイクノ、テイオー、マックイーン、パーマー、ブルボン、ライス、タンホイザ……彼女も知っている名前も多くが出走を希望している。誰もが世界最速にして世界最強のウマ娘との対決を望んでいる。

 

「期待されちゃうと困っちゃうねぇ……2500はギリギリだっての」

「ワールドレコード持ちが言っても説得力がないですけど実際そうですもんね」

「まあやるけどさ―――最後のレース、楽しませてもらうつもりだよ」

 

30戦目、自分の引退レースとなる有記念。どんなことになろうとも自分の全てを絞り出すつもりで出走する、それで後腐れなくトゥインクルシリーズを後にして自分の現役人生に終止符を打つ。

 

「南ちゃん、苦労かけたな」

「何をいまさら。どちらかと言ったら私の方がランページさんに苦労は掛けてますからね何だかんだで」

「ああっ突然シンザン鉄使わせたり合宿でタイヤ引きずらせたりな」

 

本当に苦労を掛けたと思いつつも突然の無茶ぶりなんかもあった、それをこなす自分も自分だが……そんな自分があるのも彼のお陰である事も分かっている、だからこそランページは南坂を抱き寄せた。

 

「マジで感謝してるぜ南ちゃん、アンタのお陰で今がある―――アンタに次のレースは捧げるよ」

 

そういうとランページはジャージの上着を掴んで部室から出ていく、その後姿を見送った後に凱旋門のトロフィーを見つめながら南坂は一つ呼吸をした。

 

「こちらこそ……あなたには感謝しかありませんよ」

 

様々な思いを乗せたまま時間は流れていく、そして時は―――次第に、次の時代へと移り変わろうとし始めた。



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284話

「姉さん、貴方はどう思ってる?」

「どう、とはどういう意味での質問かなタキちゃん」

 

久しぶりに帰ってきたフローラ、何だかんだで変人扱いされることがデフォとなっている彼女だが妹たちからすれば頼りになるし自慢できる姉であることに変わりはないので慕ってはいる。ただし彼女の前で不用意にランページの話題を出すこと、出たとしても深追いしない、暴走したら対応を変えるということは不文律となっている。

 

「私の今後の事、それとも―――ランページさんの引退のこと?」

「やれやれ、貴方は本当にあの人に関わると勘が冴え渡るな」

「愛、だからね」

「故に塩対応されてることも学習したらどうだね」

「そうだね……全く私って、なんも分からないバカだよね」

 

らしくない言い回しをするな、と思いながらも冷蔵庫から牛乳を出してバナナやきな粉、ヨーグルト、あと少しのニンジンをミキサーに入れて電源を入れる。ランページに教えてもらったメニューでタキオンのお気に入り、ニンジンは自分で入れたものだがなかなかいい味に仕上がる。

 

「あの人の引退、姉さんは容認できないんじゃないのかい」

「正直言えばできないよ、まだ一度も追いつけてもいないし迫れてもいない。そんな背中が居なくなると思うと本当に悔しいし悲しい、なんか凄い失恋した気分だよ」

「そもそもが思い合ってるわけでもなければ一方通行の片思いだろうに」

「手厳しいなぁ」

 

ミキサーからシェイクを出しながらコップに注ぐ、そして冷蔵庫に寄りかかりながら姉の話を聞く。

 

「すごい勝手だなぁと思う一方でさ、ランページさんらしいなぁとも思うの。この前さ、偶然レディセイバーさんとアメイジングダイナさんと話す機会があったんだよね、それで思い切って聞いてみたの。あの人の引退をどう思いますかって、そうしたらなんて返ってきたと思う?」

 

『あの人らしいですよね。全く……敵いませんよ』

『参りましたよね、私たちの気持ちはガン無視して引退ですからね。ほんと、ランページさんらしいです』

 

口をそろえて二人はランページらしいと答えて引退を受け入れていた、ブリーダーズカップの舞台で戦い合った二人、ランページに及ばない同着の2着。最もランページに近いとも言われる二人は現役を退くランページのそれを知らずにいたが、別段驚きはしなかった。

 

「如何してですかって、聞いてみたらなんというかドバイワールドカップの時に分かったんだってさ」

「ドバイでかい?」

「次戦う時が多分最後の競い合いになるんだろうなぁってそんな予感があったんだって、だからこそ二人はアメリカで自分を鍛え上げた」

 

そんな感覚は自分にはなかった、二人以上に魅入られていたはずの自分にはそんな予感なんてかけらも……ある意味で酷くショックを受けた言葉だった。二人は名実ともにダートの双璧としてライバルとして見られている、では自分は……なんなんだろう、二人が感じられた予感なんてわからず、唯々ランページに勝ちたいという思いのまま走り続けてきたのに……。

 

「単純な事さ姉さん、貴方はランページさんに憧れている面が強いのさ」

 

その疑問に答えたのはタキオンだった。ランページと友人として接し、今でも頻繁に連絡を取り合う対等な関係を築いている妹が答えた。

 

「憧れとは厄介な感情でね、肉体に大きな影響をもたらす一方で精神的にはかなりのマイナスを与えてくる。盲目、執着、固執、様々な言い方はあるが自分を見えなくするというのが一番だね」

「自分を……?」

「隣に立つ、超える。確かにそれは素晴らしいがそれらを目指しすぎるあまり足元が疎かになる、憧れは理解から最も遠い感情だったかな。ポッケの好きな漫画にあった言葉が適切だな」

 

自分よりもずっと年下である筈の妹が理論立てて自分に話しかけてくる、その中にある疑問の氷を少しずつ溶かすように。

 

「確かに姉さんほどランページさんを理解している者はいないかもしれない、だが同時に姉さん以上にランページさんに憧れている者はいない。だからこそ今、その憧れを捨てるといい、次が最後、結構じゃないか彼女の功績を考えればこのまま何もせずに引退をすることだって考えられるしそうすべきだと私も思う。だが、彼女は戦いの舞台に上がってくれたのだ、チャンスを与えてくれたんだよ。ならば姉さんはそれに挑むべきだ、一人のウマ娘として―――アグネスフローラ、ジャパンカップを制したのはランページだけかい、貴方もだろう。勝て、それが彼女に対する最高の贐だろう」

「……ハハッ、タキちゃんにそういわれちゃうなんてなぁ……お姉ちゃん、なんか寂しいなぁ……」

「ならもっと姉らしいところを見せてくれ、フライト姉さんだってそれを望むしデジタルにも誇れるような人になっておくれ」

「―――うん、そうだね」

 

なぜか、胸のつかえが取れたような気分になった。こんな気分はいつぶりだろうか……クラシッククラス以来かもしれない。自らの無敗を破ったランページに勝つために必死になっていたあの頃に戻ったような気分だ。

 

「タキちゃん」

「なんだい?」

「さっき飲んでたの私にも作ってくれないかな」

「いいとも、折角だから姉さんには私のスペシャルシェイクを飲ませてあげよう」

「やったっお姉ちゃん嬉しい♪」

 

そうだ、自分にとってランページは偉大過ぎる。ゆえに何か気後れというか憧れが大きすぎたといえば確かにそうだ、今度はそんな気持ちはすべて捨てよう。ジャパンカップを制した一人のウマ娘として、偉大なメジロランページを打倒するためにだけに走ることを誓う。

 

「さあできたよ、バナナリンゴニンジンを入れた牛乳シェイクだ」

「美味しそうだねいただきま~す!!」

 

妹が作ってくれたそれを飲み干すとフローラは頬を叩いて気合を入れると直ぐに外へと走り出していった。久しぶりに帰ってきたんだからゆっくりすればいいとも思うがそれが姉のやりたいことなのだからと素直に見送る。ミキサーを洗っているとフライトが姿を見せた。

 

「優しいわね、珍しくまともだったから?」

「それもあるねぇ……だが私は見たいんだよ、私が大好きだったランページさんに敗北しても決して折れずに勝ちに行き続けた姉さんの姿を」

 

それがタキオンの一番好きな姉の姿だ、少しばかり活を入れてやっただけのことなのだ……ただそれだけの事。

 

「さてと、そろそろ姉さんが帰ってくる頃合かな?」

「出てったばっかりじゃない」

「いやそろそろ……」

 

そう話していると玄関が大きな音を立てて開けられた、そちらを見ると言葉通りにフローラが居たのだが……なぜか目が光っていた。身の回りは青く発光していてフライトは思わず口を開けて呆然、タキオンは笑っていた。

 

「あはははっ!!予想通りの結果となったわけだねぇ!!」

「タキちゃん何飲ませたの!!?偶然お店のガラスに映ったの見たらなんかすごいことになってるんだけどぉ!!?」

「まあいいじゃないか、暗い夜道でもライトいらずで走れるよ、でも赤と青とは……ハハハハハ!!!」

「笑ってる場合じゃないでしょうがぁぁあああ!!!」

「さてと―――この状況をランページさんにも教えてあげなければ(パシャリ)」

「それだけはやめてぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

「んっ?」

「如何したラン」

「いやなんかタキオンからメールが……まあ後でいいか、ンでデカい車だっけ?」

「インプもいいんだが、俺はもっとパワーがある奴が良い」

「んじゃGT-Rとかは如何よ」

「いいじゃねえいいじゃねえか!!」

「これで峠攻める人いるんだからすげぇよなぁ……」

「……俺もやる」

「えっ」



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285話

「ふぅっ……よし、こんなもんかな」

 

走り終えたライアンは汗を拭いながらもシューズに嵌めていた蹄鉄を外していた。外された蹄鉄は重々しい音を立てながら地面にめり込むように落ち、新しい蹄鉄を取り付ける。ランページも使っているシンザン鉄、それを彼女も使っている。ようやく8倍、まだまだ同じ所には立てずにいる。こればかりは経験値の差としか言いようがない、焦らずに自分のペースで行くしかない。

 

「あっライアンお疲れ、はいドリンク」

「ありがとパーマー、そっちも走り込み?」

「まあね」

 

メジロ家のウマ娘は基本的に繋がりが深く仲もいい、同年代であればそれはなおさら。

 

「ライアンは次は有?」

「うん、ランと走れる最後の機会だからね―――アタシも実は引退考えてたから」

「マジ!?ライアンも引退しちゃうの!?」

「でもドリームトロフィーリーグに行くってことだよ、流石に完全引退ってわけじゃないから」

 

それを聞いて思わずほっと胸を撫で下ろす、メジロの三冠であるライアンまでもが完全に引退したらすごい騒ぎになる。下手をしたらドリームトロフィーリーグ自体の価値が暴落してしまう恐れすらある。何せランページ主導のファイナルズとレジェンドレースは引退しても参加出来るのだから態々ドリームトロフィーリーグに進む意味がないとまで言われている。

 

「と、言ってもやっぱり実質的にドリームトロフィーリーグの方が上だと思うよ?だってレジェンドレースは引退したウマ娘がメインターゲットだし、ドリームトロフィーリーグはトレセンに在籍してる訳だからトレーニングとかその辺りとかも変わってくるし」

「それはまあ分からなくもないけど……そっかぁ……」

 

納得している彼女を尻目にライアンは質問をする、彼女だって次のレースは同じはずだと。

 

「パーマーも出るんでしょ?」

「そのつもり。だけどアタシ、来年は海外に挑戦するつもり」

「えっパーマーが?」

「ランに誘われたんだ、日本だと長距離のG1って少ないでしょ?アタシって大逃げのまま長距離行けるからそれだったら海外G1狙ったらどうだって言われたの、それで今準備中。来年から本格始動」

 

メジロ四天王の一角、パーマー。メジロ四天王として呼ばれている以上その能力は高く評価はされているものの、G1制覇にあと一歩というところに届かずにいる。パーマーの長所は長距離で出るが日本では長距離のG1は春の天皇賞、有記念ぐらいしかない。ならば必然的に活躍の舞台を求めて海外に行くのは自明の理。

 

「来年の天春をやってから……海外かな。初G1が海外だったらアタシ大笑いするかもね」

「何言ってるんだか、春の天皇賞だって勝てるかもしれないでしょ」

「マックイーンが居るから辛いんだよね~」

 

冗談交じりに笑っているが、その表情には強い闘争心がうかがえる。マックイーンの強さを認めながらもそれには絶対に屈しないし寧ろ飲み込んでやるという強い意志も感じ取れる。同じ逃げウマ娘として負けていられないのだろう。そんなパーマーが切り出した。

 

「―――ライアンはさ、ランが引退するって聞いた時どう思った?」

「ほんとに聞きたかったのはそれだなぁ?」

「アハハッ……」

「別に、遂に来たんだなぁって思っただけだよ」

 

特段、ライアンはランページの引退を聞いて驚きはしなかった。強いて言えば次のレースでランとトゥインクルシリーズで競えるのは最後になってしまうのかぁ……という一抹の寂しさを覚えた程度だった。

 

「ランはさ、私がこっち側に引き込んだみたいなもんだからランが辞めたいときに辞めてもらえばいいと思ってたの。だからその時は絶対に止めないって決めてた、区切りとしても最適だろうし」

「でもドリームトロフィーリーグにも進まずに引退って凄い思い切ってた決断よねぇ」

「それは思うよ、でもランらしい選択」

 

自分よりも他人を優先した選択だ、自らの伝説よりも他者が作る次の伝説を作り出すための手伝いをしたいと願った親友兼家族の選択をライアンは心から尊重している。

 

「実はさ、ランをトレセン学園の編入を提案したって私の我儘なんだよね」

「えっどういう事?」

「私って昔はマックイーンと自分を比べまくってさ、ああっ自分って駄目だなとか自分らしくないとかいろいろ考えてたの。それで私だけが知ってたランの凄い走りを私だけが知ってた状況だった」

 

ランページをトレセン学園の編入試験へお婆様に推薦したのは我儘だった。自分だけが知っている自分の何かを誰かにも知ってほしくて、それで自分も見てほしくて……でもランページと一緒の学園に通えることがうれしくなって、それがモチベーションになって一緒にトレーニング出来ることが嬉しくて走れて楽しくて、どんどん前へ前へと駆け抜け続けていた。

 

「それが我儘かぁ……アタシなんてメジロ家って看板重いなぁ……って思わずにはいられなかったのにそんな風に思えるのは凄いよ」

「アハハハッそうかな。だから私は走ろうと思う、ランを誘った張本人として、ランが導いてくれた三冠に胸を張れるようになるように……だからさ、パーマーもさランと一緒に走っていけばいいんだよ」

「誰かと一緒に走るか……確かに、ランとならヘリオスと一緒に走れるかもね大逃げだし!!」

 

そんな言葉に一緒に大笑いした。何の気兼ねもない心からの笑みだ。

 

「それじゃあさ、次のレースは本気で逃げるよ。ランに勝って初のG1タイトル頂いちゃうから!!」

「その意気その意気、どうせならマックイーンも私もぶっちぎってメジロ四天王筆頭名乗っちゃいなよ」

 

メジロから名乗りを上げるウマ娘、素直に戦いたい欲求にしたがって前を向いた。そして大きなことを願った、最高のレースが出来ますように、そんなことを思いながら二人は一緒に走り出した。そんな思いが結実する運命の国内最大のG1―――有記念が遂に始まる。



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286話

12月27日

 

年末のこの日、クリスマスが終わって僅か数日である筈の日本国内はそれまでのクリスマスムードが消え去って大晦日へと向かっていく筈、それが毎年恒例―――もう一つの恒例が日本中を、いや世界中を高揚されていた。URA主催グランプリレース、有記念。国内最大G1レースとして名高いこのレース、中山レース場で行われる一大レースは日本中の視線が集まる、が今年ばかりは世界中から注目されていた。なぜかと言われれば理由は簡単だ。

 

世界最速にして最強 メジロランページ引退レース

 

無敗にして最強、最速にして神話。30戦目を迎えるこのレースを最後にランページは自らが打ち立てた伝説によって彩られた花道を降りることになる。ドリームトロフィーリーグには進まずに選択した現役の引退、もはやそれはだれにも止められない。ならば最後は、この目で、この目で全てを焼き付けなければと日本全国から中山レース場へと人間が集まった。既に収容人数は限界を越えている、その人数はライアンが制した日本ダービーの20万人を凌駕し、レース場に入りきれない人々がレース場屋外に急遽設置された大型モニター前に集まっていた。

 

それ以外でも来れない人々は自らの家のTV、スマホ、街頭TV、集会場、それを甘受出来る場所へと集っていた。最早暴動と言い換えてもいいはずの人間が集っているのにも拘らず、中山レース場は荒れる事もなく平常の運営が出来ていた。URAもこれは驚きを隠しきれず、協力を要請していた警察と共に顔を見合わせてしまう程だった。理由は至極単純……暴君の最後のレースを汚したくなかった。それに尽きた。

 

「今日でこいつも見納めか」

 

控室で一人、椅子に座りながらも蹄鉄を見つめるウマ娘、ランページの姿があった。今日、自分のレースは終わる。そんな思いを巡らせながらもランページはシューズに蹄鉄を打つ。日本で使っていたレース用の蹄鉄ではなく、海外で使っていたランページ鉄を。

 

「……」

 

普通に考えれば軽い方がいいだろう、だが此方の方が気合が入るし海外を走った事で強化された自分の脚力に適応出来るのはこの蹄鉄しかない。一応しっかりと許可も取ってある、本当にこれで走るのかとは言われたがこれでワールドレコードだって出したのだから文句は言わせない。嵌め込んだシューズを履く、脚に来る重さが自分のレースの糧になる。

 

「―――フゥゥゥッ……」

 

ハーブシガーを吸う。別段落ち着きたいからというわけではない、ただなんとなく吸う。意味もない、だからこそ意味がある。

 

「世話になったな」

 

―――メジロランページさん、間もなく本バ場入場になります。

 

「ああ分かった」

 

最後に勢いよく息を吸い込んでからハーブシガーを消して投げ落とす。最後の一服は実に美味かった、お陰で気合も入った。最後のレースを、全力で楽しむ準備は整った。

 

「さぁて……準備は万端行こうか」

 

 

『この時が、来てしまいました。毎年この時を待ちわびておりましたが今年ばかりは来ないことを思わず願ってしまった方々も多かったと思いますが時というものは残酷にして正確、今年もこの日がやって参りました。暮れの中山レース場、G1有記念が開幕いたします。間違いなく今年の総決算に相応しい激しいレースが繰り広げられる事でしょう』

『私も今回ばかりはこの日が来ることを思わず拒んでしまう自分が居ました。同時に楽しみにしている自分が居て苦しみました、ですがもう腹を決めました。今日を見ずしてこれからのウマ娘レースを見るわけにはいかないんですから!!』

 

実況と解説の言葉にも熱が込められている。もう抑えきれないと言わんばかりの熱狂を言葉という形で排熱を行うが、それでも間に合わない。それでも実況者という自覚と解説者という意地がここから離れることを許さない、ここに座っていることこそが自分の人生の中で最大の幸福であることを理解しているがゆえに。

 

『有記念は紛れもなく、歴史、いや伝説となることは必至!!日本の誇り、世界の暴君、最速にして最強の、メジロランページのラストレースが行われます。この日本という地で再び彼女の走りを見られる事を誰もが願っておりましたがその願いは最後のレースという答えになってしまいました。だからこそこのレースに臨むウマ娘たちは全力で勝ちに行くのです、私たちもそれを見たい、暴君が勝ち無敗の伝説としてなって去るのか。それともその伝説をわがものとして新たな伝説となるウマ娘が世界に自らの名を放つのか!!』

 

そうだ、悲しむ余裕なんてない。涙で視界が霞む事すら許されない、瞬きで決定的な瞬間を見逃すなんて万死に値する、このレースを生で見られる事は一生の宝になる。そう断言されるの程のレースが行われる、本バ場入場が行われるがどのウマ娘の仕上がっている。誰が勝ってもおかしくはない、そう思わせる。

 

『1枠1番ナイスネイチャ!!ダービーウマ娘にしてカノープスのチームメイトが一番乗りです、トウカイテイオーの最大のライバルの一人として、ランページのチームメイトの一人として戦いを挑みます!!続きましては2枠2番メジロマックイーン!!メジロ四天王の一角、名優が登場です!!名優は暴君相手にどのような演技を見せるのでしょうか』

 

「やれやれ凄い煽り方するなぁ……まあその期待にこたえようと思ってるアタシもアタシだなぁ」

「同感ですわ、同時にメジロ四天王の筆頭を奪う活躍をしてやろうという野心も芽生えますわね」

「うわぁこわ」

 

『3枠3番は大逃げ宣言、メジロ四天王の一角、ご存じ大逃げステイヤーのメジロパーマー!!今日こそはG1を取る、そして暴君を超える大逃げウマ娘になるというコメントも残しています!!同じく大逃げウマ娘の対決も期待できます!!3枠4番は鉄の貴婦人と共に暴君と最前線で争い続けた大華、ジャパンカップを制したアグネスフローラ!!』

 

「今日も爆逃げするぞぉ!!!」

スゥゥゥッ……今日こそ勝ぁぁああああああああああつ!!!!

「うわぁびっくりした!!?ならこっちも、爆逃げするぞぉぉぉぉ!!!!」

 

『おっとアグネスフローラ気合十分です!!ここまで響いてくるような咆哮です!!メジロパーマーも負けじと叫び返します!!これはいいレースが期待できそうです!!おっときたぞぉっ!!暴君との最後の戦いはリベンジマッチ、1年前の敗北を勝利という伝説で塗り替えられるか!!4枠5番トウカイテイオー!!それに続くのは彼女に続いて三冠を目指した坂路の申し子、正確無比のペースでタイムを刻むサイボーグ、4枠6番ミホノブルボン!!』

 

「トウカイテイオーさん、私は負けません。あなたに続くことはできませんが同じダービーウマ娘として貴方にも挑戦します」

「いいよ、ボクは誰の挑戦でも受けるし絶対に負けないから!!」

「私もです」

 

『続く5枠7番は―――連続して三冠の登場!!去年のレースで彼女が刻んだレコードもワールドレコードでした!!メジロの三冠ウマ娘、メジロライアン!!今年もあの走りを見せるのか!!?5枠8番にはメジロパーマーの盟友、太陽のような笑みを浮かべて全速力の走り屋ウマ娘のダイタクヘリオス!!今年のレースも大逃げウマ娘が大集結だぁ!!』

 

「ヘリオスも今日はよろしく、全力で楽しんでいこうね」

「モチモチ♪ほらほら一緒に笑っていこうよウェ~イ!!」

「えっ一緒に!?」

「そそそっせ~の!!」

「ウェ~イ!!」「ウ、ウェ~イ!!……少し恥ずかしいかも……」

 

『さあ大逃げの流れはまだまだ収まらないぞ!!6枠9番からは3代目トリプルティアラ、その二段加速は誰もが虜になってスピード狂へと一直線!!驚愕のスーパーターボパワーのツインターボ!!菊花賞では惜しくも3着、ですがその実力は紛れもなくG1クラス、このメンバーの一人として数えられても全く見劣りしない笑顔の満月、6枠10番マチカネタンホイザ!!』

 

「ターボが来たぞ~!!お~人でいっぱいだ~!!あっ秋山の兄ちゃんに和美姉ちゃんだ~!!」

「あっ知り合いなの?お~いターボがお世話になってま~す!!!」

 

「見てよ兄貴、ターボさん手振ってくれてる!!」

「全くスゲェ大物だよ、応援してるぞ~!!」

 

『このウマ娘を語らずして誰が暴君を語れましょうか、アグネスフローラよりもずっと前からメジロランページと常に最前線で争い続け、誰よりも多く競い続けた鉄の貴婦人、天皇賞(秋)、エリザベス女王杯からジャパンカップ、ランページローテを乗り越えてここまでやってきた!!7枠11番、鉄の貴婦人ことイクノディクタス!!そして7枠12番にはメジロライアンと日本のダービーを競い合った風の神がご登場!!あの逃げを見せてくれるのか、アイネスフウジン!!』

 

「凄い人なの!!こんな中でレースができるなんてワクワクしちゃうなぁ、ねっイクノ!!」

「ええっまったくもって……高揚感が止まりませんね」

 

ここまで12人の優駿が姿を現した、だがあのウマ娘はまだ姿を見せていない。誰もがその姿を待った、次が、それとも最後なのか……そんな人々の期待にこたえるかのように地下バ道からそれらは見えてきた。同じように、赤い瞳に青い焔を携えるようにして……。

 

『さあ、どうやら最後は同時にご登場のようです。ほぼ同時に姿を現しましたが、敢えて彼女から紹介しましょう。菊花賞ではあのミホノブルボンを下して制した漆黒のステイヤー、2500というこの舞台でもその資質は開花するのか、8枠14番ライスシャワー!!!』

 

青い炎を灯しながら歩くライス、その表情にはお姉様を慕う妹の姿ではない。真っ向から勝ってやると言わんばかりの闘志に溢れた戦士の姿。クラシッククラスからの参戦なんて関係ない、このレースは誰が勝ってもおかしくないんだ。そして―――ついに来た。

 

『29戦29勝。三つのワールドレコードは自らが戴冠した三つのティアラと同じ、それこそが己の勲章、文字通りの伝説の軌跡(レジェンドレコード)を作り上げた神話にして伝説、そして今日それに幕が下ろされます。自らの手で幕を下ろすのか、それとも他者がその幕を引くのか、それを決めるのはこのターフに集った者たちに与えられた栄誉!!世界最速にして世界最強!!メジロ四天王筆頭にして世界の暴君!!!8枠13番、メジロランページィィィィィィッ!!!」

 

誰もがその先の言葉をこたえようとするランページを切なげに見ていた、言わないでくれ、だが彼女は無慈悲と思えるほどに流れるような動作で応えた。

 

「―――待たせたな」

 

ああっ……待ったよ、待っていたよ……その言葉に答えるかのように爆発でも起きたような歓声が中山レース場から、レース場外からも溢れ出した。

 

1枠1番ナイスネイチャ

2枠2番メジロマックイーン

3枠3番メジロパーマー

3枠4番アグネスフローラ

4枠5番トウカイテイオー

4枠6番ミホノブルボン

5枠7番メジロライアン

5枠8番ダイタクヘリオス

6枠9番ツインターボ

6枠10番マチカネタンホイザ

7枠11番イクノディクタス

7枠12番アイネスフウジン

8枠13番メジロランページ

8枠14番ライスシャワー

 

正真正銘、最後のレースの最後の挨拶。文句など許さないと言わんばかりの堂々の一番人気、誰もが見に来たレースが、有記念が始まる。



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287話

『さあ間もなくゲートインですが聞こえるでしょうかこの中山の大歓声!!日本だけではありません、世界中から暴君メジロランページのラストランを見ようと世界中から人々が集まっております!!アメリカ、イギリス、アイルランド、ドイツフランスニュージーランドドバイ!!彼女が走った国々から集った観客の声が波となって放たれております!!』

 

本バ場入場を行った際に彼女の仕上がりを見て誰もが理解した、あれが世界最速にして最強だと言われるウマ娘の姿なのだと。何も聞かずとも納得するだけの風格と威圧感、カリスマ性、全てが備えられていた。ゆっくりとゲートへと入っていくウマ娘たち、ゲート入りを嫌がるものが居ても可笑しくは無い筈だが今日ばかりはそんな様子を見せるものは一人も居らず素直にゲートへと収まっていった。

 

『さあ舞台は整った!!優駿が飾るは次の時代への花道か、新たな伝説への花道か!!第37回有記念今スタートしました!!メジロランページ良いスタートを切りました!!大外のメジロランページ絶好のスタートを飾った!!そのまま先頭を取りに行く!!だがそれに続くのは此方もロケットスタートのツインターボ、ダイタクヘリオスにメジロパーマーも続く!!昨年のグランプリと同じだが今年はそこにミホノブルボンとアイネスフウジンも戦線参加!!なんという幕開けでしょうか!!スタートしたばかりだというのに逃げウマ娘たちの激しい先頭争い、それを制して先頭を行くのは暴君メジロランページ!!緑と白、黒いロングコートを靡かせながら今先頭、小回り中山六つのコーナーの最初から次へと向かいます』

 

「真・ドッカンターボォォッ!!」

「アッハハハハハッ!!アタシもターボダッシュ成功~!!マジパないっしょ~」

「練習してたの知ってたけど、マジでやるってマジなのヘリオス!?」

 

スタートダッシュをドッカンターボで加速するターボに競い合うように伸びていくヘリオス。地道に練習した結果、ドッカンターボではないがスタートダッシュは真似出来るようになったらしくスタートの伸びは格段に良くなったとの事。そんな二人を追走するパーマー、これで大逃げウマ娘が4人、ではない。その少し後ろにはブルボンとアイネスが続いている。逃げウマ娘が6人で作る先頭集団という異様な光景が出来上がっている。

 

『そして少し離れたところにメジロマックイーン、アグネスフローラ、トウカイテイオーが続きます。そこから1バ身程離れたところにライスシャワー。イクノディクタス、ナイスネイチャ、メジロライアンとマチカネタンホイザと続いております。さあ今正面スタンド前を通過します!!観客はみんなあなたの走りを待っていた、この日本で走る貴方の姿を待っていたんだメジロランページ!!これがラストランメジロランページ!』

 

「ターボさんがんばれ~!!」

「まだまだこっからだ、飛ばし過ぎるなよぉ~!!」

 

正面スタンドの良い位置を取ることが出来ている秋山兄妹、当然応援するのはツインターボ。ランページが繋いでくれた不思議な縁、どちらかといえば車の方に夢中になっていた自分をウマ娘と引き合わせてくれたランページには感謝している。自分の好きなドッカンターボの使い手のウマ娘と引き合わせてくれたことを……そんな彼女も今日でその走りが終わりになる。正面スタンドを通過して次のコーナーへと走っていくその背中を見送ると隣から興奮した言葉が聞こえてきた。

 

「くぅぅぅっこれが日本のレース、なんて素晴らしいんだ!!流石暴君の故郷だ、あのターボという子も素晴らしいな!!逃げウマ娘とは最高だな!!」

 

少々拙いが中々に上手い日本語を操る外国人が逃げウマ娘の魅力に嵌ったと言わんばかりの感想を零していたのでついつい渉は笑った。

 

「アンタ良い趣味を持てたな、特にターボさんのドッカンターボは最高だぜ」

「ドッカンターボ?確か、昔の日本のターボエンジンでそんなものがあると聞いたことがあるぞ」

「詳しいな、まあ見てなターボさんのレースは見てて楽しいんだ」

「ウムッ!!ではグルメも楽しみながら注目しなければな!!」

「……どうでもいいけどアンタ、買いすぎだろ」

 

コーナーを一つ、一つ越えるたびに胸が締め付けられるような気分になるのは何故だ。もう走れないからだ、あの人と、もう……大外であったはずのランページは既にウチを取りながら先頭に立ち続けている。ペースを全く落とすこともなく駆け抜け続けていくがこの逃げウマ娘が6人で生み出すペースは極めて速い。それを先導する最速のせいか。だが、今日こそは勝つ―――だって今日を逃せばもう永久にチャンスは回ってこないんだから。

 

『第三コーナーへと入るがメジロランページがいまだ先頭、だがこの辺りから来たぞナイスネイチャがロングスパートを掛け始める!!さあ得意のロングスパートで勝負をかける、ほかのウマ娘は如何だ、釣られないようにしているがこれは大丈夫か徐々にペースがさらに早まっているようにも見えます!!』 

 

「(まずい、このペースだと危険なのはむしろ私たち差し……この辺りで私も行きましょうか)」

「(これだとむしろ問題なのは―――だよね、それだ!!)」

 

『ここでイクノディクタスとメジロライアンも行きます!!ナイスネイチャにつられたか、ともに駆け上がっていく。ここでメジロマックイーンとトウカイテイオー、アグネスフローラ、ライスシャワーも行きますがおっとここでミホノブルボンが少しペースが落ちた、いや何とか立て直しているがフォームがぶれている!!サイボーグの不具合が起きている!!正確無比のペース管理に異常発生か!?』

 

「このペースは、幾ら何でも異常です……!!」

「や、ヤバ谷園のバーモンドツレェェ!!」

 

『あぁっとここでダイタクヘリオスもペースが落ちてきた!!先頭集団から崩れて、いまっどんどんと下がっていく!!』

 

「当然、なの!!めちゃくちゃすぎるのこのペース!!」

 

思わずアイネスが毒づいてしまう程にペースがおかしい。何せランページは一切速度を落としていないしそれに負けじとターボは加速しパーマーもそれに競り続けている。誰も一呼吸を入れることもなく走り続けている状況が続いている。それで最も負担がかかるのは他の逃げウマ娘、自分のMAXスピードを超過しているのにも拘らず勝つためにはその領域に突入していくしかない。

 

「わわっとっ!!」

「ぐぎっ!?」

 

『先頭からダイタクヘリオスがずるずると後退していく!!ミホノブルボンも苦しそうか!?間もなく最後のコーナーに入るが此処で激しく順位が変化していく!先頭は依然メジロランページ、ツインターボ、メジロパーマー、ミホノブルボン、アイネスフウジン。そしてアグネスフローラ、ライスシャワー、メジロマックイーンにトウカイテイオー、ナイスネイチャ、メジロライアン、ダイタクヘリオス、イクノディクタス、マチカネタンホイザ!!さあラストの直線に入るぞこのまま暴君が逃げ切る、いやここで、ここでマックイーンとテイオーが伸びてくる!!いやライスも来る、ライスシャワーも来た!!』

 

「あなたには色々なものを頂きました、だからこそ全てを返すにはこの場しかないのです!!」

「行くよラン、ボクの走りを、絶対の帝王が暴君を打倒して見せるぅ!!!」

「お姉様っ―――ライスが、勝つ!!!」

 

コーナーを曲がった際の遠心力を上手く使いながら外に身体を出しながら一気に全力を開放する。名優が、絶対の帝王が、漆黒のステイヤーが今暴君へと挑んでいく。それが口火となり全員の闘志に火が付いた。

 

「来た来た来たぁっ!!!全力全開、MAXの真・ドッカンターボだぁぁぁぁあ!!!!」

「私だってっサンデーさんに追いかけられて、怖がってばかりで心配かける、だけじゃないんだからぁぁぁぁ!!!」

「勝負ですランページさん。長かった貴方との決着を今、ここで着ける!!!」

 

ドッカンターボが放たれる、一気に加速してランページを抜きにかかる。サンデーサイレンスに鍛えられた末脚が爆発して最後方一気にのし上がっていく、正確無比のペースによって蓄積された圧力が一気に爆発するように伸びていくイクノ。

 

「私だって、貴方に勝ちたいのは同じなのぉ!!!」

「根性だけなら、だれにも負けない、爆逃げぇぇぇぇ!!!」

 

『ライアンも、ライアンも来た!!全員が死力を尽くして絶対王者の暴君へと挑戦者となる!!世界最速最強のウマ娘はたった一人でこの挑戦を迎え撃って居るぅ!!』

 

叫びが木霊する中で後方から一気に駆け上がってくる影がある、それはライアン。メジロの三冠が再びやってきた、親友の最後を無様に終わらせるわけにはいかないと全力を振り絞って伸びていく。

 

「ラアアアアアアアンンッッ!!!」

 

全ては自分と彼女との始まりだったんだ。だから自分が終わりを下ろすと言わんばかりの疾駆、それはどんどんと上がっていく、冷たい風は肌に突き刺さる中でその先頭を走り続ける友へとあと少しで届く!!その時だった。真横に誰かが並んだ。

 

『こ、ここでアグネスフローラ!!ここでアグネスフローラが一気に来たぁ!!!凄い末脚だ、あっという間にツインターボとメジロパーマーを越えて今三番手!!』

 

「貴方だけだと思うな、あの人に掛ける思いなら私が、一番で、誰よりも、勝ちたいって、思ってるんだからぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

渾身の思いを込めた叫びはフローラを更に向こう側へと連れて行った。ライアンというランページ最高の親友を越えて、暴君への挑戦権を手にしたのはアグネスフローラ。あと1バ身という所でフローラは秋華賞を思い出した、唯一自分がランページを抜くことが出来たレース。あれが自分の全盛期だったのかもしれない、だからこそ自分がそれを抜く時だと走った。

 

『アグネスフローラが来る、アグネスフローラが来た!!ティアラ路線で戦い続けた優駿が暴君へと迫った!!あと少し、あと半バ身の所まで迫れている!!メジロランページはどうだ、もう苦しいのか!!この超ハイペースを維持し続けている暴君はもう無理なのか!!』

 

そんなあおりが聞こえてくる中で、二人の視線はあった。言葉は無用、決着をつけようと互いにシンクロする。そして―――互いの思いが結実する。

 

 

亡き魂よ、共に暴れよう。

到達した神速の脚。

 

切望された大華

 

『メジロランページ、ここで伸びてきたぁ!!メジロランページがまだ行くまだ行く、凱旋門をBCクラシックを制した自分を舐めるなと言わんばかりの加速!!だがアグネスフローラもそれに続いていく!!エゲツないスピードだ、完全に二人の世界だ!!残り100を切ったぞ!!!第37回有記念を制するのは暴君メジロランページなのか!!それともアグネスフローラなのか!!どちらも負けていない、伸びていく伸びていく!!アグネスフローラはメジロランページを逃がさない!!まだ伸びるか、行けるか行けるのか!!?いやメジロランページ、世界よ見てくれこれが日本から世界を走りで制した暴君の花道、最後の栄光の戴冠式ぃぃぃっ!!!!メジロランページィィィィィ!!!

 

最後まで、暴君は暴君のまま終わりを告げる。最初から最後まで、先頭を譲ることもなく駆け抜けていった。30戦30勝、無敗を貫き通した。その走りに誰もが叫んだ、中山レース場が、日本が、世界が叫んだ。

 

『世界が叫んでいる!!世界が、拍手を送っているぅ!!!強い、これが世界最速最強のウマ娘、メジロランページ!!!二着はアグネスフローラ、三着にはメジロライアン―――っ!!?メジロランページラストラン、中山レース場芝2500、バ場状態良、そのタイムは――――!!!』

 

 

【2:28:4】

 

『最後の戴冠式でワールドレコードを達成しました、なんという引き際!!なんという強さだメジロランページ!!そして、これはアグネスフローラのタイムが2:28:5!!彼女もワールドレコードを叩き出すほどの走りを見せました!!第37回有記念、紛れもなく伝説となりました!!』

 

「―――っ」

 

また、負けた……だけど不思議とさわやかな気分だった。限界を越えた走りをした為か脚は鈍い痛みを発しているがそれが気にならないほどに……前に立つランページが振り向くと自分は思わず涙を流しそうになったがそれを堪える―――が、手を、差し出された。

 

「フローラ、最高のレースだった……あんがと、俺のライバルでいてくれて」

「……ズルい、ずるいですよぉっ引退するときになって、ようやく、面と向かってそんなごどいっでぇぇぇ……ランべージざぁぁぁぁあああん!!」

 

込み上げて来た思いと涙を決壊させながら飛びついた、普段なら避けられる展開なのに今回ばかりは避けずにランページはそれを受け止めた。それも相まって余計に涙が溢れて来てしまった。

 

「ライアン、感謝してるぜお前には」

「それなら……いう必要、ないよね?」

「応よ」

 

拳をぶつけあってから直ぐに握手をする。二人に余計な言葉なんていらないんだ。これだけでいい、と思った直後に次々とランページは飛びつかれた。

 

「ラァアアアアン引退じぢゃやだぁぁぁぁぁあ!!!」

「お姉様ぁぁぁぁあ……」

「ボクだって、ボクだって寂しいものは寂しいよぉぉ!!」

「マジそれなぁぁぁぁ!!」

「ランさぁぁぁぁん!!」

 

次々と抱き着かれる中でランはターフに倒れ込んだ、そんな様子を見ながらネイチャやイクノは涙ぐみながらも見つめていた。自然と空を仰いだ時に見えた空は酷く晴れやかで綺麗だった。その景色を、自分は一生忘れないだろう。



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288話

最終レース、ラストランをワールドレコードを更新しての引退。これ以上の結果など望むことなど出来ないだろうと言わしめるほどに完璧な引き際を見せたランページ。終了後には抱き着かれて引退を惜しまれる中、引退式が行われた。日本いや世界の暴君の引退式はそれに相応しく行われている、南坂トレーナーと共に現れたメジロランページへとインタビューが行われる。

 

「私にとってランページさんはターニングポイントでした、私はずっと彼女が入る前のカノープスのままで行くと思ってました。いま語ったらたぶん信じられないと思いますが以前のカノープスは中堅のど真ん中という立ち位置でした、きっとスピカやリギルとは敵わないところに居続けると思っていたんですが……彼女に魅入られたおかげで凄い所まで来ちゃったなぁという思いですね」

 

『メジロランページさんは南坂トレーナーにはどのような印象を持っていられますか?初めてお会いした時の印象もお聞きしたいのですが』

 

「そうですねぇ……最初会った時はイクノとの併走相手を頼まれた時でしたかね、なんか優男のお兄ちゃんが声かけてきたなぁ程度の印象でしたね。でもそっから一気に引き込まれましたね、走り終えた後に直接見ずにイクノの脚の状態を見抜いてた上に本人の意思を尊重したうえで身体を大切にしていくっていう方針が直ぐに見えてました。俺からすれば三冠を目指すだの誰にも出来ない事を目指そうなんて口説き文句は興味なかったですからね、真摯にウマ娘に向き合って一緒に歩もうとしている姿勢に惚れてカノープスに入れましたね」

 

この時ばかりはランページも真面目にコメントを返していた。たとえ海外でもブらす事のなかったテンションを抑えて真剣に答えている、最後なのだから……とその姿を目に焼き付ける者もいれば故に寂しさを隠しきれずに泣き出してしまうファンもいた。

 

『南坂トレーナーにとって、一番思い出深いレースというのは何でしょうか』

 

「私にとって、ですか……そうですね矢張りジャパンカップですね。あの時は合宿中の時から秋華賞ではなくジャパンカップを見据えたメニューを組んでいましたからその全てが発揮されたジャパンカップは一番思い出深いといえばそうかもしれませんね、あの時はまだ13戦でしたか、それでも経験不足なんて声もありましたからそれもあって余計に覚えてますね」

「意地悪な言い方しやがるな南ちゃん、俺にとって一番は―――何だかんだで秋華賞だな、あの段階になってようやく今の俺の走りの原型が完成したって感じだったね。まあその後に色々あってフォームの改造やらとんでもねぇメニューやらをこの優男が組んでくれた結果が今なんですが……ホント無事是名バがカノープスのスローガンってぜってぇ嘘だよあれ」

「でもしなかったじゃないですか、ということは私の管理とランページの素質が良かったという事ですね」

「そういう事になりましょうけど釈然としないよあたしゃ」

 

普段の調子が少しだけ垣間見えるのは二人の間の会話のみ、トレーナーと担当ウマ娘という垣根を越えて完全に相棒という関係を確立しているのがよくわかる瞬間でもあった。引退式のインタビューがつつがなく、続けられていく中でインタビュアーは何かを決心したような表情になりながらそれを向けた。

 

『メジロ、ランページさん。引退なさった後の予定をお聞きしてもよろしいでしょうか』

 

少し、声が震えていた。誰もが気になっていたそれであり、できることならば聞きたくはないと思っていたこと。覆せぬとは分かっているそれを聞くと聞かぬとは全く別のものではなのである。それにランページは笑顔で肩を叩いて労いを向けながら口を開いた。

 

「前々から公言していたように、俺は次の伝説を作るための手助けをするつもりでいる。その為にファイナルズとレジェンドレースの設立と整備、調整をしようと思ってる。来年の開催を目指したいからな、まあその後は―――実はもう決めてある」

 

その言葉に皆がどよめいた。ファイナルズとレジェンドレースの設立、それが今のランページの至上の命題であり次の世代が活躍する土台を作るために動くと明言していた。ならばその先は?ドリームトロフィーリーグには進まずに引退を宣言した彼女はこの先どうする、レジェンドレースには出てもいいとは言っていたが……それが遂に明らかになる。

 

「つっても前々から言ってたように走る舞台を変えるだけ、手助けをするつもりだよ」

 

『そ、それは具体的には……』

 

「そうだな……トレセン学園には今サンデーさんが中核になってるアグレッサーチームがあるからその統括チーフって話が来てる―――が、生憎それだけじゃねぇんだよなぁ、これがな」

 

そういいながらもランページは胸元のポケットからあるものを取り出す、それをまるでコイントスするかのように指で空へと弾いた。小気味良い音を立てながらもランページが頭上でキャッチしながら指で挟みながら見せつけた。

 

「どうせならもっとだ、俺の走る事はもっともっとある筈だ。この走りを、俺の技術を、俺の魂を教える事は出来る筈だ。アグレッサーの統括チーフ、それは悪くねぇがどうせならもっと踏み込んでもいいと思ってる、俺は―――卒業後には中央トレセンの新人トレーナーをやる予定だぜ」

 

そこにあったのはトレーナー資格試験を合格し、中央トレセンで働くことを許す事を意味するバッチが輝いていた。そう、ランページはこっそりと試験を受けて一発で合格し、その資格を得ていた。そう、彼女はトレーナーになる。

 

「言っただろ舞台を変えるだけだって、競技者から指導者って訳だよ。引退して走るのをやめる訳じゃねえ、文字通り担当ウマ娘と共に走るトレーナーって訳だ。スピードシンボリことスーちゃんがトレーナーの資格を持ってることを知った辺りから決めた事だ。引退はする、だけどお前らとすぐにサヨナラバイバイって訳じゃねえよ。という訳だ―――みんなこれからも宜しく頼むな!!」

 

世界最速にして最強のウマ娘がトレーナーに転身、その言葉に皆が驚いた。それはその引退式を見ていた他のウマ娘も同じだった、ターボにテイオー、ライスにライアン、それにフローラといったラストランを共に走った皆の方を見ながらランページは笑った。自分を求めてくる人々に視線を返しながらもとあるVIPが知り合いの兄妹の横に居ながらも大喜びでその兄に抱き着いていることに苦笑いし、拳を振り上げた。

 

I Have a Dream(俺には夢がある)!!ウマ娘である俺の夢は走り続ける事、それは俺たちウマ娘にとって当然の夢!!世界6ヶ国11のレース場を走ってきた、それが俺の走りの軌跡(レースレコード)、だがゴールじゃない!!そのゴールがどんな場所なのかわからないが走り続けることに変わらない、だったら走り続けるだけだ!!We Have a Dream(俺たちには夢がある)!!その夢とは、誰かに夢を見せ続ける事!!自分で夢を見る事だ!!そのために俺は走り続ける事を、ここに誓う!!!」

 

力強く掲げられたその言葉は、次の時代の開幕のゴングの唸りとなった。悲しみで終わる筈の引退式はいつの間にか、次のステージへと向う為の華やかな式典へと早変わりした。大きな歓声が包まれる中でランページは笑い続けていた。伝説のラストランは次の伝説への序曲へとなった。

 

「アハハハッ凄いなぁランは……凄いって分かってた筈なのに、全然だったんだなぁ……」

 

「まだ迷惑かけるぜ、南ちゃん」

「幾らでも掛けてください、何せ私はあなたのトレーナーですから―――貴方の強さは私が知っています」

「だなっ!!」




ランページは引退、そしてトレーナーという道を進みながら自分の力を次世代のウマ娘のために使うという選択を取りました。多分、カノープスでサブトレーナーやりながらアグレッサーの統括チーフをやるんでしょうね。

世代的な話をすると、新学期からはドーベルやタイキシャトル、ブライトにフクキタル、パールやスズカといった世代が入学してくる面白いタイミングになります。その翌年にはスぺちゃん世代事黄金世代、そしてオペラオーの覇王世代と、本当にこの辺りの充実感やばいですね。そんな世代との絡みを書きたいなぁと思ったりして……

書かないのかって?……もちろん、書きます!!というかすでに色々と脳裏を巡ってます!!アヤベさんとの絡みが真っ先に浮かびました。


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トレーナー・ランページ編
289話


という訳でトレーナー編スタートします。


メジロランページは元競争ウマ娘である。当人はそのことを誇張したり誇示したりする事はないが、生涯無敗を貫き通した世界最速にして世界最強のウマ娘だった。そんな彼女は有記念を最後に現役を引退し中央トレセンのトレーナーとなった。その引退式でのトレーナー就任を発表した時には驚愕と共に衝撃が世界中に伝播した。

 

ウマ娘がトレーナーになるという話は少ない。態々トレーナーになるよりも競争相手として重宝される場合の方が圧倒的に多い、それこそ中央トレセンに新設されたアグレッサーチームのような役割につく方が圧倒的に楽。トレーナーの資格、特に中央のトレーナー資格を取るのは簡単なことではない。某T大の受験よりも難しいとされるそれは合格者が0の年も珍しくはないとされる―――のにそれをランページは一発で合格した。

 

一部ではズルをしたのではないかという意見もあった、実際ランページほどのレジェンドならば優遇処置があっても可笑しくはないのだがランページは普通に受験手続をして一般の受験を行った。最難関の理由の一つしてあげられるウマ娘に関するレポートは自らのレースから作り上げた『ウマ娘のレースの開催間隔とバ場の関連性について』を提出して普通に合格を勝ち取った。一方で名選手名監督にあらずとランページのトレーナー適性を懐疑的に見る者がいるのも確かだが―――

 

「ウマ娘の隣を走ってその走りをよく観察できるトレーナーとコースの外から観察するトレーナー、その両方が居てもいいじゃん。視野と立ち位置の幅増えて」

 

相変わらず当人は世間の評価なんて気にしないと言わんばかりだった。そんなこんなで彼女は新学期からカノープスのサブトレーナー兼アグレッサーチームの統括チーフに就任して、今度はウマ娘を支える側となって走りだすことを決めたのであった。そんなトレーナーになったランページが初めて迎えた新学期。今年からまた新しい日々が始まる。カノープスからも新たにチケゾーことウイニングチケットがクラシッククラスに入って間もなく皐月賞、新たな世代、BNWの始まりを感じながらもコーヒーを啜り、仕事をする。

 

「あっちはこのメニューと複合してからのこうだろ、んで微調整は現場でしつつ模擬レースは何時も通りに頼みつつ俺は指揮を執ってカノープスっと。ンでは埼玉と静岡のトレセンとの電話会談がこの時間帯だから……あ~新入生の案内も理事長に頼まれたなぁ~まあのんびりやるか」

「忙しいんだなお前さんも、引退したばっかってのに少しはゆっくりしてもいいと思うぜ?」

 

トレセン学園は教育機関、なので当然職員室はある。と言っても職員室はそのままの意味でトレセンに勤務する職員のデスクなどがある。当然そこにはトレーナーのデスクもある、そのうちの一つにランページのデスクもあり、彼女はそこに座りながら高速でタイピングをしながらもスケジュールの調整を行いながら手帳に予定を書き込んでいく。本当に新人か?と言いたくなるような手際の良さに呆れるように沖野がコーヒーのお代わりを差し入れた。

 

「アンタみたいにウマ娘の脚を許可なく触ってキレられる程、俺はのんびり屋じゃねえからな。やれる時に仕事をこなして夕飯に酒飲んで寝るって理想的な生活をしたいだけだ」

「酒ってお前……ああそうか、お前さん成人してるだっけ」

「飲み会誘いたきゃどうぞ、海外遠征した時の裏話位なら酒の肴に出してやってもいいぜ」

 

ランページは既に成人しているので普通に飲酒が出来る、この前まで学生だったウマ娘が飲酒しているのが脳内がバグりそうだが遠征の裏話が酒の肴になるというのは余りにも魅力的すぎる申し出だ。企画するか……と真剣に悩む沖野を他所に東条トレーナーがやってきた。

 

「ちょっと入るわね、先日出した課題の期限を伝え忘れてたから伝えに来たわ」

 

サブトレーナーに経験を積ませる一環で経験を積んでいるトレーナーの補助的な役目で資料を作りを依頼されることがある。ランページは既にカノープスのサブトレーナーではあるが、それでも来る事はある。

 

「あらま、おハナさんからの課題か。こりゃ結構な量じゃないのか?」

「皐月賞を迎えるに当たって出走ウマ娘の資料でしたね、トライアルレースを含めた」

「ええ。量が量だからそこまで急がなくていいわよってことを伝えに来たの、貴方の場合は他にもやる事があるじゃない」

 

他の新人トレーナーからしたら期限が自分たちよりあるというのはズルく感じるかもしれないがランページの場合はそれが許される。何せ他のトレセンとの連携を取るために奔走しているうえにベテラントレーナーでも嫌がるあのサンデーサイレンスがいるアグレッサーの統括チーフまでしているのだから。

 

「いやもう終わってますよ」

「―――なんですって?」

「えっマジで?」

「チェックお願いします」

 

そう言いながらデスクの端に置いてあったファイルを手渡す。東条はすぐに中身を確認する、中には皐月賞に出走予定のウマ娘の資料が纏められている。しかも一人一人の出走レースなどのデータも細かく纏められているし数値化されたデータまでもあった。沖野が覗き込むようにそれを見ると呆れたような驚いたようなおかしな顔になった。

 

「……貴方、何時の間に」

「自分のデータは御自分で纏めてみて下さい、いい経験になりますよって南ちゃんにやらされてたんですよ。いざ振り返った時に便利っすからねぇこういうのがあると。テンプレートも南ちゃん直伝で作ってありますから楽でしたよ」

「マジで凄いなおい……というか、直近のレースなら一つ二つでいいんだぞ。なんで態々メイクデビューまで振り返ってんだよ」

「原点って重要じゃん。走りのオリジンを見れば今と比較して今を鑑みやすいからやった、他にご質問は?」

「―――満点ね、やれやれ貴方にトレーナーの適性がないって言った記者にこれを見せてやりたいわ……手際、良すぎない?」

「ダンドリ勝負は得意なんでね」

 

社畜時代はもっとエグイ量の仕事を押し付けられた物だ、それに比べたら熱意もやる気も向けやすい仕事は片づける事なんて容易い。それにデータを纏めるのはやっている側としても変化が数値として見られるから面白いからついつい手が進んでしまう。

 

「そっちはどうなんですか、新しいメンバー見つかりました?」

「リギルは見つかってるわね、新しくフジキセキが入ったわ」

「俺んとこはまあブリザードとローマンが居るからまだ考えてないな」

「今年の新入生にはそのブリザードの身内が来るんだぜ、個人的におすすめ」

「あら、貴方のお墨付きなんて気になっちゃうわね。スカウト考えようかしら?」

「おいおいおいおハナさんそりゃズルいぞ!!」

 

理事長から任された仕事の一つ、今年度入学するウマ娘に学園の案内をするようにと言われている。次世代を担うウマ娘に夢を与える為と言われてしまっては断れないし今年の入学者には自分の妹も含まれている、断る理由なんて存在していない。

 

「今年からはスゲェと思うぜ―――世界を狙えるのが居る」

「おいおいおい誰なんだよ俺にも教えてくれよ」

「そうだな、今度飯でも奢ってくれ、それなら教えてやるよ。んじゃ俺はこれで」

 

そういうとノートパソコンを閉じてから職員室を出ていく。その背中を沖野と東条は見送るのだが思わず二人は笑ってしまった。どう見ても新人トレーナーには思えないからだ。

 

「教える事ねぇし全く可愛くねぇ後輩だぜ」

「あら、楽が出来ていいじゃない。それにウマ娘のトレーナーなんて立ち位置で新しい風を呼び込んでくれるから有り難いわ」

「まあそりゃそうだけどさ、それよりおハナさん新入生見に行かねぇか?あいつが世界を狙えるなんて絶対スゲェのだと思うしよ」

「焦らなくても選抜レースなんかで見られるわよ」

 

 

「おはこんハロチャオ~♪貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、生涯無敗!!なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

 

新入生たちはまさかの案内役があのランページという事に驚きを隠せずに黄色い声援を溢れさせていた。リスナーも多かったのか生だぁ……感激だぁ……と気絶しそうなものまでいた。そんな中に目を輝かせているドーベルと嬉しそうなブライトの姿を見つめてウィンクをするとドーベルは顔を赤くしながらも口元を覆い、ブライトはほわぁっ♪と笑った。

 

「さてと新入生の皆の者、トレセン学園へようこそ。本日の案内をすることになった新人トレーナーのメジロランページだ。自己紹介とかいるのかね、あっいらない?一応某少佐のスピーチ風にしたもの考えて来たんだけど……時間もあるからやめとくか。さてとこれから君たちをトレセンのあちこちを案内する訳だけど―――」

 

一応の説明に入っている中でランページはそれとなく新入生に目をやる、そしてあのウマ娘たちが居ることをしっかりと確認する。

 

「WOW!!ホントウにあのランページさんがトレーナーをやってマ~ス!!」

「フフフッ世界を股にかけた可能性のウマ娘、素晴らしい時に入学できたわ!!」

「おおっおおおっなんだかすごいものを感じますぅ……!!」

「あの人が、世界の先頭に立った……私も、立ってみたい……!!」

 

「という訳だけどまあ説明するよりも見た方が早いだろうな、それじゃあ行こうか!!」

 

世界を知り、世界に勝利したウマ娘トレーナーとして。彼女の下に集う様々なウマ娘たちとのドラマが、また新しく始まろうとしていた。



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290話

新入生の案内というある意味で最大級に脳を焼く行動をしたランページ、その中に混じるメジロの妹にウィンクをしつつも役目を全う。様々な視線を貰いながらもその日は既に予定も詰まっているので南坂に投げて自分はファイナルズ運営の為の方へと移った。まあ南坂もカノープスのチームトレーナーというカリスマ的な立場なのでウマ娘たちはそこまで残念がることはなく、むしろ模擬レースを実際に見る事が出来て嬉しそうにしていたので良かった。

 

「よしそれじゃあアグレッサーチーム・ネメシス主催の模擬レースを開始する、全員気合入れて走れよ。今回のレースには他のトレーナーも見に来ているからしっかりアピールしとけい」

『はい!!』

 

アグレッサーは訓練などで敵の役割を持った部隊である。秋川理事長が考案し、担当トレーナーやチームには入れていないウマ娘の能力向上とスケジュール管理による怪我防止を目的にした新設チーム。ネメシスに所属したままトゥインクルシリーズに出走する事は出来ない。アグレッサーの役割を越えてしまうから、主役になりたいのならばそのままここから羽ばたいていくしかないの。ネメシスに所属するという事はそういう事、自らの不幸を、幸せに変える。それを成す為に努力する。*1

 

模擬レースに参加するウマ娘たちは此処で実力を見せつけると気合を入れている中でネメシスの面々が円陣を組んでいることに気づいた。いったい何をしているのかと思った直後にメインアグレッサーのサンデーが大声を張り上げた。

 

「いいかお前ら、お前たちは確かに敵役だ。だからどうした、敵が主役になっちゃ悪いなんてことはない。主役を喰らえ、座を勝ち取れ、お前らは負けに来たんじゃない、勝ちに来たんだ!!テメェの不幸をテメェで幸福に変えろ!!」

『チームネメシス!!YA-HA-!!』

 

気合を入れる咆哮が空へと駆け上がっていく。まるでスポーツチームの掛け声だ、レースは個人戦であるのにも拘らずにこれを取り入れたのはサンデーサイレンス。そう、ここにいるのは明確なライバル同士、それぞれが主役を奪い合う者同士、境遇は同じ、トレーナーにスカウトされずに悔しい思いをした者同士が集う。だからと言ってもレースとなればそれは無関係になる、何時までも仲良しではいられない、だからこそ発破をかけた。自分の運命を自分で変えるために。

 

「まるでアメフトだなおい、勝ちに来たんじゃなくて主役を殺して奪うために来たんだって言わなくて俺はホッとしてるよ」

「―――ああそっちの方が良かったな、変えるか」

「やめろ教育に悪いわ」

 

サンデーの相変わらずの荒々しさに溜息混じりにタブレットを弄っているランページ。統括チーフとしてチーム全体の練習メニューを組んでいるのはランページ、それを受け取ったサンデーがそれをその場でアレンジしつつ施し、現地でランページがそれを修正しつつ自分のコネで来て貰ったウマ娘かトレーナーに細かな部分の指摘や練習に付き合ってもらうというのがネメシスの基本的な流れ。

 

「よっ本格始動だなアグレッサー、全員良い顔してるし身体のバランスもいいな」

「流石変態、目の付け所がシャープだぜ」

「褒めてんのか貶してるのかどっちかにしろ」

「どっちもじゃない?」

「だろうな」

「順当ですね」

「お前らぁ……」

 

そんなランページの下へとやってくる沖野、東条、黒沼、南坂というトップトレーナー陣。新人トレーナーとは思えぬほどのトップ層に囲まれる光景は今年度からの新人トレーナーからすれば戦々恐々とする光景である。ランページからすればそれなりの付き合いのある大人達ゆえに緊張何で皆無。

 

「それでチームの方針は?」

「カノープスを基礎にしながらもサンデーさんがケツを蹴り上げる感じ。此処を踏み台にするんだ基礎がガタガタじゃ話にならねぇよ」

「それだと俺たちからすると有難い話だな。基礎を教え込むのって時間かかるからな、その短縮にも基礎体力があると段違いだ」

 

アグレッサーも基本としているのはカノープスの基礎重視のスタイル。そもそもがチーム入り出来なかったりスカウトをされないというウマ娘に共通していると言っていい程に足りていないのは基礎部分。レベルも能力値も足りないのに無理をして応用を覚えようとして失敗し続ける子が多かったのでサンデーと話し合った結果、基礎重視の構えを取る事になった。

 

「それじゃあ、新人トレーナーメジロランページ一押しの子は誰かしら?」

「そうですねぇ……あいつ、かな」

 

ハーブシガーで示したのは一人のウマ娘、人一番気合を入れてゲートに入った。が、それが一転してゲートの中では先ほどまでの血気盛んな雰囲気が一気に沈静化してそれらを一点の闘志へと凝縮させているのがよくわかる。そしてスタートするとスタートダッシュを決めながらもウチの良い位置に付きながらも前のウマ娘の背後でスリップストリームを取って体力を温存していく。

 

「良い目してんなぁ……」

「ああ。直前までは敢えて制御せずに自分を昂らせてたがゲートに入ったら一気にそれを沈めた。自分を完璧に制御出来てる証拠だ」

「身体のバランスも良かったですね、下が強すぎず上が弱すぎずのいい塩梅のバランスに仕上がってますね」

「スタートも上手かったわね、立ち位置もなかなか……」

 

トップトレーナーの面々からの評価は中々、他からもあれが本当にスカウトを得られなかったウマ娘たちなか、と信じられないと言いたげな声が聞こえてくる。事実として今走っているレースで先頭から4人はネメシスのメンバー。他は既にスカウトを獲得していたり自分の実力を確認、スカウトを得る為にいるネメシス未加入のウマ娘。

 

「最後の直線、おおっスゲェ良い末脚じゃねえか!!」

「いや先頭の奴も中々だ」

「これは二人の根性勝負ですね」

「これはどっちかしら……」

 

他のネメシスメンバーも悪くはない、寧ろ良いがこのレースに出走している中ではこの二人が飛び抜けているといってもいい。そのまま二人は縺れ込んだまま最終直線へと入った。そしてそのままドッグファイトに入った戦闘機のような殴り合いを行ったままゴールへと駆け抜けた。結果として3着とは6バ身差だった。

 

「うわああああっ勝負所ミスったぁぁぁぁ!!?」

「またあの二人に出し抜かれたぁぁぁ!!!」

 

3着と4着の慟哭が木霊する、内容としては決して悪くは無い筈だが二人からすれば絶対に勝ってやる!!と思っていた筈なのに敗北を決したのだから悔しがるのも当然だろう。だが、そんな二人にもトレーナーが数人向かっているので悪くはないと思っていたらほぼ同着の二人が駆け寄ってきた。

 

「チーフ勝ったのアタシですよね!?アタシが勝ちましたよね!!?」

「抜かしやがれ俺に決まってんじゃねえか!!なあっチーフこいつに言ってやってくれよお前の負けだと」

「チーフに対してその口の利き方は何とかならないわけ!?後勝ったのはアタシ!!」

「俺だっつの!!」

「あ~はいはい、二人とも落ち着け。勝ったのは―――お前だ」

 

ゴール地点に置いてあった赤外線センサーで確認した結果―――勝ったのは後ろから追い上げていった方だった。

 

「やったぁ~!!見なさいやっぱりアタシじゃない!!」

「ッソがぁぁぁぁ!!!」

 

一方では見事に主役を喰らいつくし、一方は喰らいつくされた悔しさに叫びをあげる。これがネメシスのウマ娘、そんな二人を見ながらも直ぐにスカウトが発生した。

 

「いいかしら、貴方をスカウトさせて貰いたいわ」

「俺はお前をスカウトしたい」

「俺はあっちに行ってくるわ、磨けて超光るぜ」

 

沖野は3着のウマ娘をスカウトしに行った、東条は2着、黒沼は1着のウマ娘に対してスカウトを敢行。スカウトされたことに思わず二人は先程まで喧嘩していた顔を見合わせてしまった。そして直ぐに抱き合ってお互いに褒め称え合いながら全身で喜びを表現した。

 

「チーフッスカウト貰えましたぁ!!これも全部チーフのお陰です!!」

「マジで感謝してるぜチーフ!!サイさんにも伝えてこねぇとな!!」

「応。おめでとう、見事に主役になったな」

 

統括チーフとして二人に激励の言葉を掛けるランページを見て南坂は思わず微笑んでいた。そして同時に数年後が怖くなってきた、彼女にはしっかりとトレーナーとしての才もある、何れ独立して自分のチームを立ち上げた頃が怖い。

 

「それでは、オフサイドトラップ本日付けを以てアグレッサーチーム・ネメシスを卒業致します!!」

「同じく、ネメシス所属ジェニュインも卒業致します!!」

「二人の健闘を祈る、本当の主役になってこい!!」

「「了解!!」」

 

自分に出来る事を精一杯にしたい、それがランページの夢でもある。

*1
チームの名前には星の名前を使われることが多いが、この場合のネメシスはギリシア神話における女神ネメシスを指す。人間に幸・不幸を配分し度を超えた繁栄や傲慢に対して神罰を与えると言われる。



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291話

「こっちがオフサイドトラップ、これがジェニュインのデータです。役立ててください」

「有難いが……随分と細かくデータ化されているな、これまでの練習のデータまで」

「貴方、意外とデータ魔だったりする?」

「やれることはきっちりこなすタイプの女ってだけっすよ俺は」

 

アグレッサーチーム・ネメシスから無事卒業生を出すことに成功したランページ。理事長が望んだとおりのアグレッサーの立ち回りが出来ていると言っていいだろう、その最中に自分が見ていた彼女たちのデータをスカウトしたトレーナーへと譲渡する。その内容は黒沼や東条から見ても中々な物。

 

「俺としてはおハナさんがトラップじゃなくてジェインをスカウトしたことですかね」

「オフサイドトラップを考えなかったわけではないわ、だけどあの子は今年メイクデビューをするわ。そうなると私が彼女を知る時間は限られるし、チームを率いる身としては彼女に集中しすぎる事も出来ない。それならほぼ力が互角と言ってもいいデビュー1年前の彼女を選ぶわ」

「納得の理由だな。だが、俺はあいつが気に入ったからスカウトする。ブルボンとは逆のタイプだから良い刺激にもなるし自分をコントロールできるという意味では似通っている。俺向きのウマ娘だ」

 

おハナさんがスカウトしたのはジェニュイン。史実ではサンデーサイレンスの初年度産駒で有数の高い評価を受けていた、そんなジェニュインだが同じくサンデーサイレンス産駒のフジキセキが皐月賞を前にして故障してしまい、その代わりに三連勝で皐月に来た自分を買えと言わんばかりにジェニュインが登場。見事に皐月賞を制す。そのまま三冠馬の期待をされるのだが、ダービーでは同じくサンデーサイレンス産駒のタヤスツヨシの2着となる。そしてオークスでは同じ父を持つダンスパートナーが優勝した事で皐月、ダービー、オークスをサンデーサイレンス産駒が独占し競馬ファンに衝撃を与えた。

 

黒沼がスカウトしたのはオフサイドトラップ。トニービンを父に持つ良血馬で馬体もよく高い評価を受け、皐月賞のトライアルの若葉ステークスでも勝利を収めるのだが……不運なことに同期にはシャドーロールの怪物、ナリタブライアンがいた。敗北を重ねる中で屈腱炎を発症、休養と再発を繰り返しながらも調教師と厩舎が一丸となってのリハビリを続けた、そして8歳*1で史上初となる天皇賞(秋)を制覇する。その勝利は、サイレンススズカの沈黙の日曜日となったレースではあったが、屈腱炎との長い長い戦いを克服した厩舎スタッフ一同の努力と執念の賜物の勝利だったのは疑いようのない事実。

 

「一応言っとくとジェニュインは神経質な所あるから気ぃ付けてくれ、まあ今はオンオフのやり方を覚えて少しはマシになったけど……サンデーさんの目の届かない場所だとどうなる事やら」

「わかったわ、まだ時間はあるからじっくりと見させてもらうわ」

「トラップは少し脚部に不安があったな、基礎をやらせ続ける方向をお勧めしとく。だが能力自体がお墨付きだ」

「成程な、育て甲斐があっていいじゃないか」

 

一方はこれからゆっくりと見ていきながら方針を立てることを決め、一方は脚部不安だと言われても特に気にはせずにトレーナーとしての闘志を燃やしている。アグレッサーのチーフとしては役目は果たせたかな、と思いつつも次のレースのセッティングを開始させる。

 

「あ~あ、出遅れが痛かったなぁ」

「なんだ逃したのか変態」

「だからやめろって、先約があるって言われちってさ。まあいいさ、次に期待ってところだ」

 

どうやら沖野は目当てのウマ娘をスカウト出来なかったらしい、まあ明らかに出遅れていたしこればっかりは致し方ないという他無いだろう。兎も角次のウマ娘を呼んでレースの準備をさせていると自分に歩み寄ってくるウマ娘がいた。それはよく知っている顔だった。

 

「お、お姉様お久しぶりです」

「お久しぶりです」

「よっ来てたのか」

 

そこにいたのはメジロの妹、ドーベルとブライトだった。今年からの新入生、これから彼女たちの競争ウマ娘としての人生は幕を開ける。

 

「それにしても、ランページお姉様のスーツ姿凛々しいですわぁ~ドラマで見ましたやり手のキャリアウーマンといった感じですぅ」

「はっきり女っ気がないって言ってもいいんだぜ、その位は自覚してるから」

「そんなことないですって!!お姉様は女性としての魅力もたっぷりです!!」

 

世辞ではなく本気でそう言ってくれるのは嬉しいのだが、喜んでいいのか正直言って微妙なところなのは否定出来ないランページであった。

 

「私はカノープスに入ろうと思うんです、お姉様の下で色々と勉強したいんです!!」

「私は色んなところを見て決めようと思ってますの~トレセン学園には、色んな方がおりますしその方々と交流を深めてから決めても、良いかと思ってます」

 

ドーベルはカノープス希望、というよりもランページに色々と教わりたいというのが本音なのだろう。一方のブライトは即決はせずに様々なことを経験してから決めたいというのんびり屋らしい彼女らしい言葉だが、その意見はかなり正しい。自分を慕ってくれるのは嬉しいが、出来ればブライトのような余裕も持ってほしいなと思うのであった。

 

「あっそうだ、ランページお姉様にぜひ会いたいっていうクラスメイトも連れて来たんです」

「俺にって誰が会いに来てももう驚く気はねぇけどな」

「ほわぁっお姉様の交友は、とても広いですものね~」

「勘弁してほしいという思う時が多いんだけどねぇ」

 

世話になったボディガードの上司にあってほしいと言われて大統領に連絡先を交換してしまったぐらいだからもう並大抵のことでは驚かなくなっている自分が居る。逆に誰だったら驚けるのだろうかと真剣に悩むときがある、もう武さん位しかいない気がする。そんなクラスメイトはいったい誰なのかと思っていたらある意味で納得の人選だった。

 

「サイレンススズカです……は、初めまして」

「こちらこそ。貴方の記憶にワールドレコードで生涯無敗な独裁暴君のメジロランページです」

 

クラスメイトの時点でドーベルの同期である事は分かっていた。そしてわざわざ自分に会いたいからとなると脚質関係も想像出来たので予想は簡単だった。

 

最速の機能美、異次元の逃亡者。サイレンススズカ。大逃げといえばこの馬かツインターボを上げるファンも多い事だろう。その強さはグラスワンダーとエルコンドルパサーという実力馬を同時に相手にして影さえ踏ませぬ快速で毎日王冠を制し、伝説のG2レースとして語り継がれることになった。そして―――天皇賞(秋)、限界までカメラを引かなければ映せないほどの大逃げを打ったサイレンススズカは大欅を超えた所で故障をしてしまった。余りにも衝撃故に、この日を沈黙の日曜日と言われるようになった。だが、その悲劇的な最後以上に美しくも激しい大逃げで人々の記憶に焼き付いた名馬である事には違いはない。

 

「あ、あの是非お聞きしたい事があるんです」

「俺に聞きたいこと?次の配信の日程?」

「あっそれは是非……じゃなくて、いやそれも気にはなるんですけど……」

 

スズカもリスナーだったのか……と思う一方で彼女は真剣な顔で尋ねたかった事を尋ねた。

 

「ランページさんが見た先頭の景色って、どんなものだったんでしょうか……?」

 

思わず腑に落ちた。確かにこれはスズカにとって聞いてみたい事だろう。先頭の景色を味わうのを好むスズカらしい質問だ、彼女にとってはまだ本格的なレースはまだだが走る上で先頭の景色は味わってきたことだろう。だが世界を渡り歩いて見つめてきた先頭の景色はどんなものなのだろう、日本とは全く違うものが広がっているのではないだろうか、どんな気分になるのだろうかという好奇心を抑えられない、というのが耳としっぽの動きから伝わってくる。

 

「教えてやってもいいけど、どうせなら自分で見たくはないかその景色」

「自分で、ですか?」

「今ここで俺が話してやってもいいが、それだと楽しみがないだろ。トゥインクルシリーズで先頭を勝ち取って得られる先頭の感動と余韻、そして世界戦で得られる高揚感を自分で感じてこそだと思わない?そして、俺は俺自身の魂と技術を教えるためにトレーナーになった」

 

その言葉にスズカはより一層瞳を輝かせながらランページを見た。そんな彼女を撫でながら言う。

 

「その気があるなら来ればいい、俺の全てを教えてやる―――俺のチームでな」

「チームって……もしかして」

「おっとお前さんらにとっては未来の出来事、だったな。時が来たら、な?」

 

まるで誤魔化すようにウィンクをするが、その話を聞いたスズカはキラキラとした表情を浮かべていた。さて未来のことを考えてもしょうがない、なので今の事をしよう。

 

「さあ次のレースを始めるぞ、位置に付け~!!」

*1
現行の馬齢表記なら7歳



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292話

『乾杯~!!』

 

昨今飲みニケーションというものは減っているという話はあるが、トレーナーの業界ではそれは全くない。教育者というのは良くも悪くもストレスがたまる、それを発散させるという意味で美味しいものを食べながら酒を飲むというのは優れている。加えて新人トレーナーからすれば飲みの席だからこそ話しかけやすいし酔いも入って普段は堅物で話しかけづらいトレーナーから話を聞けたりもするのでプラスの面が多い。

 

「砂肝とレバー、あと日本酒追加で」

 

そんな飲み会の席に混ざっているランページ、彼女もトレーナーなのでこういった席にも参加する。そして平然と酒を飲んでいる、周囲は一瞬驚くがしっかりと成人しているので全く問題。その証拠だと言わんばかりに大ジョッキで注がれたビールを一瞬で空にして勝手に追加をオーダーし始めた。

 

「あ、あの~本当に成人済みなんですよね?後で問題になるとか、ないですよね……?」

「疑り深い姉ちゃんだなぁ……んじゃ俺一人で勝手に会計済ませて別の店で飲むぜ、おでん屋台辺りで」

「チョイスが渋いのは何なんだよ……問題ねぇよたづなさんに確認してそのことは確認済みだ」

 

同じ今年からの中央配属が決まった新人トレーナーはランページが平然と酒を飲んでいることに僅かな不安と心配を浮かべる。まあ年齢うんぬんよりもこの前まで現役バリバリだったウマ娘だから未成年という印象があまりにも強いのだろう。沖野の言葉を受けて納得したようにチビチビとウーロンハイを口にする。

 

「そ、それにしてもあのメジロランページさんと一緒の飲み会にいるって凄い、感覚ですね……」

「否定はしねぇな、何せ最速最強のウマ娘だしな」

「今はトレーナーとしてここにいんだけど、まだ実績も何も作ってねぇただのサブトレだぞ」

「アグレッサーの統括チーフが何言ってんだよ」

 

トレーナーとしての実績は確かにないかもしれないが、既に明確な立場はあるので下手なベテラントレーナーよりもずっと上にいる。アグレッサーの統括チーフには多くのトレーナーが打診を受けたが、その殆どがサンデーサイレンスとの相性が悪く就任出来なかった。そんなランページを好ましく思わないトレーナーはいるにはいるが……それだけのことを自分の力で成してきたランページに表立って何かを言えるわけもなく、裏で何かをしようとしてもランページは直ぐに証拠を揃えて裁判などを起こす奴なので恐れて何も出来ないというのが現状。

 

「ンでよ、酒の肴に海外遠征の裏話提供してくれるって言ったじゃねえか、何を提供してくれんだ?」

「レディとダイナのボディガードが元SASとグリーンベレーだったとか」

『何それ怖い』

「睡眠時無呼吸症候群?」

「よくそれ出てきたなおい」

 

その他にもアイルランドのパーティの事やら、ドバイの首長陛下とは今でも連絡を取り合っていたりとか世界を相手に戦ってきたランページならではの話が次々と出てくる。トレーナーとしては貴重な体験談と話を聞けるので誰もが酒を手にしながらも真剣にその話に耳を傾けていた。

 

「なんつうか、スゲェ話聞いちまったなぁ……酒の肴目的だったのに聞き入っちまったぜ」

「他で海外の事情を聴こうと思ったらシリウスシンボリぐらいしかいねぇからな、無理もねぇさ」

「聞いてみりゃいいじゃん」

『出来るかぁ!!』

「んじゃスーちゃんに連れてくるわ今度」

『やめろぉ!!』

 

さらっとビッグネームの名前が出てくるのもランページの特徴だろうか……それにスーちゃんはランページが連絡すれば普通に予定を教えてくれるだろうし飲み会にも来てくれるだろう。一応トレーナーの資格はあるのでトレーナーの飲み会に参加する事は出来るから余計に性質が悪い。そんな空気を打ち破るように飲み直すぞ~!!と皆が騒ぎ出すのを尻目に追加したぼんじりと砂肝を口にする。

 

「皆貴方の話に興味津々で手が止まってたものね、これは更に酒が入るわね」

「弁えてれば良いんじゃねえですかね、どうせそれで苦労するのはテメェですから。大人になってその辺りに管理出来ない方が悪いですから」

「正論ね」

 

隣に座り直してきたおハナさんと話しながらも日本酒を口にする。アニメではよくバーに行っている印象だからこういう普通の居酒屋にその姿があるのは意外だった。

 

「それにしても、貴方そんなに飲んで大丈夫な訳?」

「知らねぇですけど大丈夫でしょ」

「まあ傍から見ても酔っている風には見えないものね……蟒蛇の血筋だったりするのかもね」

「あ~……母さんはそうだったような気がする」

 

思えば母は酒豪だった気がする、呆れるほど飲むのに二日酔いをしているところを見たことがなかった。確かワク、と父が言っていた気がする。その系譜だと自分が酒に強くも不思議ではない。

 

「それと貴方には早めにチーム設立の打診が来ると思うわよ」

「そういうもんすかね」

「そういうものよ、理事長としては優れた人間にチームを持たせてその素養と技術を教え込んでほしいでしょうからね。そうすればスカウト待ちの子も減らせるし」

 

理事長からもそういう話がなかったわけではない、と言っても体面的な問題で直ぐにチームを持たせることは難しくサブトレーナーとしての実績を重ねていくことも必要なのだがランページは既にアグレッサーの統括チーフという立場からウマ娘を育てている。そのことを配慮すれば普通にサブトレーナーの経験を積んでからチームを設立するよりもずっと早く許可は下りることになるだろう。

 

「仮にあなたがチームを持つことになったとして、どんな子を育てたいかしら」

「ンなもん、その時になってみなきゃわからねぇっすよ。今あの子が良い思っててもそいつは他にスカウトされる可能性は高いしどんどん先に進んでる、自分の理想だけ語ってその通りにならないのは当たり前の事です」

「だから仮に、って前置きしたのよ。貴方若いのに達観し過ぎじゃないかしら」

「楽な人生じゃなかったもんでね」

 

そう言いながらも日本酒を飲み干して熱燗の追加を頼む。折角酒が飲めるようになったのだから飲まなきゃ損である、来るまで冷を呷りながら考える。どんなウマ娘を育てたい、改めて考えてみると一つの答えにしか到達しない。

 

「俺は夢を育てたい」

「夢?」

「俺にとっての夢、走るウマ娘の夢を育てたい。そいつが望むなら俺は何処までもサポートしてやるつもりですよ、たとえそれが凱旋門の舞台だろうともね」

「あの最悪の凱旋門制覇ウマ娘が言うと頼もしいわね、さて熱燗も来たみたいよ乾杯しましょ」

「うっす」

 

今はトレーナー同士として盃を傾ける。自分取って初めての育成ウマ娘は一体誰になるのだろうか、楽しみでわくわくする。これがトレーナーという奴かと思いながらも酒を飲むのであった。

 

『あ、頭いてえ……』

「言わんこっちゃねぇでやんの、自己管理も出来ねぇで酒なんて飲むなよな」

「そういう貴方もバカみたいな量飲んでなかったかしら……?」

「俺はワクだから良いんです」

『これが若さか……』




ワクというのは簡単に言えば、酒の強さの事。

うわばみ<ザル<ワクの順らしいです。ワクはザルの網目のようにそもそも引っかかる場所すらない大酒飲みの事を指します。


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293話

メジロランページは基本的に多忙である。アグレッサーの統括チーフというので忙しいというのもあるが自身が提唱、発案したURAファイナルズとレジェンドレースの設立という重大な使命があるために日々を忙しく過ごしている。そのうえカノープスのサブトレーナーも兼ねているので周囲から見たら多忙の極みなのでは……という見られ方もするのだが、実はそこまででもない。

 

「その方面でも議題として提出しましょうか」

「ですね。それでは―――サインください!!」

「やっぱ来たか」

 

地方トレセンに赴けばやる事の方針はそちらで纏めてくれているうえに内容もいいのであまり手を加える必要もない。なので基本は中央と地方の中継役としてランページが存在する、中央は気に喰わないけどランページほどのお方の提案を無下に出来ないというのが素直な感想。何せランページの影響で現在ではダートレースも芝と同じ程に盛り上がりを見せているので地方経済も活性化している。

 

「ああそうだ、この後のお食事なんですが実はウチの生徒たちが学園でとれた野菜や近くの牧場からいただいたお肉などを使ったモツ鍋をご用意してるんですよ」

「おっもつ鍋とはまたいいですねぇ~あ~酒欲しいけど遠慮しねぇと……インプでこなきゃ良かったか……」

「ではお土産に……この、近所の酒屋で一番の売れ筋のウマ仕込み大吟醸聖蹄を!!」

「サイン、なんぼでも書きましょう」

 

レースが盛り上げれば必然的に終わり際に近くのお店で飲み食いをする、遠くから来たお客さんは地元民位にしか知られていない名産品の商品を買う。それが普及され更に買いに来るお客さんが増える、その人がレースを見るという循環が生まれているのである。まさかたった一人でここまで経済を動かしているなんてランページも思ってもいないことだろう。

 

「どうせなら、希望者募って模擬レースでもやりましょうか」

「えっ宜しいのですか!?」

「こんな上物貰っておいて何もしない方が失礼ですわ、一応勝負服は持参してるんで」

「お願いします!!」

 

 

 

 

「ちぃ~っす」

 

そんな日々を送りながらもカノープスのサブトレーナーとしての業務もあるランページ。サブトレーナーは佐々田もいるが彼も彼で新人トレーナーの枠は出ないのでやはりメインで回しているのは南坂。そんなところに帰ってきたランページは気合を入れて走り込みをしているチケットの姿を見る事になる。

 

「気合入ってんなぁ~チケットの奴」

「ええ。弥生賞ではいい結果を出せましたからね、次はいよいよ皐月賞です」

 

気合を入れて走り続けているチケット、彼女もクラシッククラスを既に戦い始めている。クラシック三冠路線の皐月賞のトライアルである弥生賞ではなかなかの走りを見せてくれた。これは次の皐月は期待も持てる。南坂もいい結果が見込めると期待している模様。

 

「つっても、タイシンもハヤヒデも気合入れてんだからそう簡単にはいかねぇと思うぜ」

「それはチケットさんも承知の上だと思いますよ、あの二人と最高のクラシック戦線を戦いたいとおっしゃってましたから」

「ご立派なご意見過ぎて、俺ちゃん少し泣いちゃうよ」

 

次の主役とも言えるチケット、目標としているダービーの制覇にも向かって勢いをつけるためにも皐月賞ではいい結果を出したい筈。自分も力になってやりたいところだが……こういう時は忙しい自分の身の上が極めて恨めしくなる。付け加えるならばそれだけではない。

 

「ライスの天皇賞も近いってのに……」

 

皐月が近いという事は春の天皇賞も近いという事になる、しかも今回もメンツが半端ない。連覇を狙いながらも大阪のリベンジを目論むテイオー、メジロ家として天皇賞の制覇を狙うマックイーン、この二人だけでも相当に厄介なのに更にG1勝利を目指すパーマーにタンホイザ、イクノにネイチャ、そして長距離を完全に克服したサイボーグのブルボンまでもが乗り込んでくる。今年のシニアは極めて地獄と言ってもいいだろう。

 

「いやぁ……乱世乱世、マジでやべぇ面子しかいねぇでやぁ~んの」

「その面子の中で筆頭だった人が良く言いますねぇ……」

「つっても俺はラストラン位じゃん、その前は海外だったしそれこそシニア初年ぐらいだよ」

 

そんな言葉を漏らしながらもハーブシガーに火をつける彼女を見る南坂、そう言えば何か懐かしさを覚えると思ったら彼女が来ているのは普段のスーツ姿じゃなくて何時もの勝負服だった。

 

「勝負服という事は走ってこられたので?」

「あっいけね、着替えてねぇな……まあいいや久しぶりに揉んでやるとするか」

 

先程までは誰かを育てるトレーナーとしての顔だったのに、一瞬で走る事に喜びと生き甲斐を感じるウマ娘としての顔へと変貌する。ウマ娘と共に走るトレーナー、正しくそれを体現する姿こそが彼女なのだ。

 

「チケゾー皐月賞前に俺と走って見るか、俺を抜ければ間違いなく世界一だぞ~」

「あっランページさん!!やった走ってもらえるんですか!!?というか勝負服も着てるし、やばっアタシも着てこなきゃ!!」

「お、お姉様ライスも……勝負服着てくるね!!」

「あっランと走るの!?ターボも~!!」

 

ランが走ると分かるとカノープスのメンバーが次々と勝負服を取りに行ってしまった、残ったのはまだデビューしていないメンバーだけ。勝負服を用いる以上G1レースと同じ気構えで行うという事なのだろうから、まだデビューもしていなければ勝負服すらない自分たちはその資格はないと自重してくれたのかもしれない。

 

「どうせならカノープス加入希望の模擬レースもやっちまう?ドーベルとか入りたがってるだろうし」

「どちらかといえばランページさんに教わりたいといった感じですけどね、貴方のチームが出来たら普通に抜けそうな感じがします」

「ああやっぱりまずい?」

「いえ、意欲的なのはいい事です」

 

この後行われた模擬レースは模擬レースとは思えないほどのギャラリーが集った。東条、黒沼、沖野といったトップトレーナーがチームを率いて見に来て最強の走りを目に焼き付けろと言わんばかりにカメラなどを回したりしていた。出走ウマ娘もG1クラスばかりなので内容はとても模擬レースと言えぬほどのものだった。そして結果は―――

 

「……やっぱ普通に現役続けられたじゃねえか」

「全然変わってないわね……」

「目指し甲斐があるな」

 

ランページが全員をぶっちぎっての堂々たる1位。世界最速にして最強は、引退しても衰え知らず。

 

「まだ引退して何年もしてねぇんだから当たり前だけどな」



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294話

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

「やぁぁぁぁぁぁ!!!」

「らぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

『先頭はビワハヤヒデ、いや後ろから一気にナリタタイシン、ウイニングチケットが迫る迫る!!凄まじい末脚だ、独走し続けるビワハヤヒデを一気に捉えたぁ!!BNW、やはりこの三人がこの世代の嵐の中心だぁぁぁ!!!』

 

皐月賞、クラシック戦線の第一戦。この中心的な位置に立つのはリギルのビワハヤヒデ、スピカのナリタタイシン、そしてカノープスのウイニングチケット。この三人を総称してBNWと世間は呼んだ。

 

『最終直線、ビワハヤヒデがここでスパートをかけるがウイニングチケットとナリタタイシンが迫る!!凄まじい末脚だ、もう追いついた!!?だがビワハヤヒデも追いつかれれば更に加速していく!!なんという勝負根性、リギル、スピカ、カノープスのクラシック勝負は誰に軍配が上がるのか!!?』

 

「妹の前で、無様な走りなどは見せられん。私にも姉としての意地があるっ!!!」

「アタシだって、先輩にあれだけ走り込みを手伝ってもらったんだからぁぁぁ!!!」

 

ここで更に抜きんでる二人、その二人の背中を見つめながらもタイシンはじっと時を待った。全力のスパートを掛けながらも絶妙なペース配分で最後の最後のスパートをチャージしていた。自分でもわかる、今か違う、少し後か、違う。待つんだ、焦ったら負けだ、心は熱く頭はクールに。

 

『残り200メートル!!先頭はウイニングチケット、いやビワハヤヒデ!!凄い凄い、抜いて抜き返す鍔迫り合いが続いております!!』

 

ハヤヒデとチケットの壮絶な走りが繰り広げられる中、じっと耐え続けた。そして―――ついにその時はきた。自然と分かるとシービーは言っていた、没頭すれば集中力は自然と最大を越えて限界へと至る。そしてそれに従って、タイシンは遂に本当の末脚を、刀のような鋭い切れ味の末脚を解き放った。

 

「勝つのは、アタシッだぁぁぁぁぁ!!!」

 

『ナ、ナリタタイシン猛スパート!!並び立た、ないっそのまま一気に先頭に立つ!!1バ身から2バ身!!ビワハヤヒデ、ウイニングチケットも猛追、だがこれは追いつけない!!ナリタタイシン、今ゴールイン!!BNWの一角、ナリタタイシンが皐月賞を制しましたぁ!!2着には、クビ差でビワハヤヒデ、3着にウイニングチケット!!BNWが独占です、今年の嵐が旋風を巻き起こしましたぁ!!』

 

「タイシン、凄い……」

 

チケットは、唯々圧倒された。親友の一人、タイシンの最後の末脚に。自分だって遊んでいたわけではないどころか世界最速のランページに併走に付き合ってもらっていたので自信があった。あったのだが……それが驕りとなっていたのかもしれないと心の中で分かり、少しだけ胸が苦しくなった。相手を見ずに、勝てると思い込んだ自分が恥ずかしくなった。

 

「大したものだなタイシンは……だが次こそは私が取らせて貰うぞ。リギルの名に懸けてな」

 

そんな風に自信を纏いながらも自分を戒め、次に進むことを決意するハヤヒデの隣でチケットは己だってそのつもりだと気を引き締めた。なぜならば次はダービー、自分が夢見た舞台での戦いなのだから……。

 

「お願いしますランページさん!!」

「いきなり頭下げて何だってんだよ、つうか主語を言え主語を」

 

皐月賞から数日、今度は天皇賞(春)が近くなってくる。となると出走ウマ娘一同はそれに対してのメニューの取り組みに入る訳なる、ライスを筆頭に精神面を鍛えようとシンザン鉄を運用してのメニューを希望するので南坂がそれにつきっきりになる代わりに、カノープスの練習をランページが見ているとチケットが頭を下げてきた。

 

「シンザン鉄を使わせてください!!」

「いやお前はお前で使ってんじゃん」

「そうじゃなくて、10倍を使う許可をください!!」

「却下」

「ええっ!!?」

 

チケットにも使う許可自体は出している、だがそれは順々に重さをクリアしていくごとに更なる重さを認可していくという方式。いきなり最大重量を許可することは普通はない。ライスの場合はあくまで精神面を作り上げるために絶対に本気で走り込まないことを条件に出しているだけ。現状10倍の許可が出ているのはそれこそランページとイクノだけである。

 

「ライスのそれと違って、お前普段のトレーニングで使う気だろ。お前はまだ5倍、それをいきなり10倍に引き上げてみろ。普通にケガしてダービーも出走停止でサヨナラバイバイだ、タイシンやハヤヒデに負けたくないことは察してやるが落ち着けよ」

「……アタシ、ランページ先輩に練習見てもらってこれなら勝てるって思っちゃってんです。そんな自分が、二人を見てなかった自分が許せなくて!!だから自分を追い込みたいんです!!」

 

その意気込みは買うが、流石に一気にレベルを上げすぎる。許容できる範囲としては7倍が妥当なところ、仮に使わせるにしてもダービーの1週間前で精神面を作る為になら許可は下りる事だろう。

 

「自分を追い込みたいねぇ……それならシンザン鉄以外にも方法なんざぁ幾らでもあるだろうに」

「えっあるんですか!?」

「お前はシンザン鉄をなんだと思ってんだ」

「えっと……ウマ娘養成超重量ギプス的な……?」

「強ち間違ってねぇから何も言えねぇなおい」

 

そんな認識も間違っているとは言えないし、それで大成したウマ娘が自分なので何とも言えない。かといって許可する事なんて出来る訳がない。怪我をしてダービー出走中止にこそなったら夢を叶えるための権利すら取り上げる事になる。サブトレーナーとしてそれを容認する訳にはいかない。

 

「そうだなぁ……よし、ライスが今やってるメニューにお前も参加するってのはどうだ?」

「へっ?ライスさんのメニューにアタシが?」

「ああ。完全に一緒って訳でもねえが、慢心した自分の精神が許せなくてそれを正したいなら絶好のメニューだ。何せ教導がサンデーサイレンスだからな」

 

喉を鳴らした。あのサンデーサイレンス直々の教導メニュー。ネメシスでの練習風景の噂は聞いている、メニューの質自体は高いがサンデーが教官且つ併走相手である為に悪い所があると直ぐに喝が飛んでくるので静かな日がないとまで言われる。逆に言えば静かな日というのは悪い所が直っているという意味でもあるので、分かりやすい指標でもある。これが災いしてネメシスに入るかどうか悩むウマ娘も多いのだが……スカウトされたり模擬レースで結果を出すウマ娘が大勢表れているので加入希望者は増えている。

 

「俺からの主観で言わせて貰えばチケゾー、お前は満足するな。もっと飢えろ、もっと気高く強く飢えろ。その欲求が力を与えてくれる、お前の夢は何だ」

「ダービーウマ娘になる事……です」

「そうだ、なら満足するな。そしてその次を見ろ、ダービーウマ娘になる、それは結構だがそれで終わりか。お前のレースはそれで終わりなのか、次の夢はなんだ、その次の次の夢は。それが飢えるって事でもある。渇望しろ」

「飢える……分かりました、アタシ次に向けて走ります!!」

 

この日から、チケットは変わり始めた。勝利への特急券、その名が冠するが如く、気高く強く飢え始めた。その渇望が―――次の成長を呼び込んだ。



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295話

「さあ、ギアを上げるか!!」

 

ターフを駆ける風が如く大地を疾駆するウマ娘、文字通り最速の名を体現するかのような走りにその光景を見学していたウマ娘たちは驚いていた。こんな走りができるのか、もしかしたら自分たちだってあんな風に走れるんじゃないか、あの人の下で学べば……そんな思いを次々に抱かせるには十分すぎるほどに環境は整っている。真に望むならば来るがいいと言わんばかりに門は開けられている。あとは自分の気持ち次第。

 

「少しばかりコーナーが苦手みたいだな、改善メニューを組んでみよう」

「あっありがとうございます!!」

「お前さんはちょっとペースが速いな、先行が無理して前に出すぎんな。周りを利用、風よけありがとさんみたいな気持ちでいいんだぜ」

「いやぁ中々いい風よけがなかったもんで。ほらっ私ってば胸とお尻おっきいですから」

『妬ましい……!!』

 

走っていたのはランページ、ネメシスの統括チーフと言えど彼女自身が走らないという訳ではない。基本的に教導はサンデーサイレンスに任せてはいるが偶には自分も走る。だが走りながらもメンバーの走りは逐一チェックしていた。流石に全力での大逃げではなく幻惑逃げを使ってではあるが。

 

「ンで……お前さんは何でスカウト受けられなかったんだ?ってレベルで完成度高いな、マジでなんで?」

「それが分かったら苦労しませんって……同期があれだからですかね」

「俺からしたらお前もあれな部類だと思うけどなぁ……バブル」

 

ネメシスには何故スカウトを受けられなかった?と思うようなウマ娘も多い、スカウトはそれこそ見定めるトレーナーの能力次第なところもあるのであとは時の運としか言いようがないので致し方ない部分もあるのだが……特にこのウマ娘、バブルガムフェローがスカウトされなかったことが不思議でならなかった。

 

俗にいう96世代のサンデー四天王の一角とされたのがバブルガムフェロー。3歳最優秀牡馬受賞する程の名馬ではあったが、スプリングステークス後に故障が発覚し半年間の休養を余儀なくされダービー出走を断念せざるを得なかった。だが全治6ヶ月の悔しさ、渇望がエネルギーへと化けた。敢えて菊花賞ではなく古馬も参加する天皇賞(秋)を選択、有力馬も多い中で1937年のハツピーマイト以来となる59年ぶりの旧4歳馬として優勝を成し遂げた。

 

現3歳馬で天皇賞(秋)を制したのは現在シンボリクリスエス(2002年)、エフフォーリア(2021年)、イクイノックス(2022年)を含めて僅か5頭である。

 

「まあお前さんの世代は充実してるしな、エアグルーヴも同じだし」

「彼女は関係ないと思いますけどね、直ぐにカノープスに入りましたし」

 

バブルの世代はエアグルーヴにフサイチコンコルド、ダンスインザダーク、ファイトガリバーなどなど有力ウマ娘が多い。そう言われたら無理矢理にでも納得は出来そうな気もしなくはないのだが……それでもバブルのスカウトがないのは理解し難い。

 

「まあ次の模擬レースで来るだろ、来なかったら節穴過ぎるわ此処のトレーナーども」

「言いますねぇ……」

「なんだったら俺がスカウトするぞ」

「マジですか!?」

「その位ってことだ、自信持って走れ」

 

背中を叩きながらもターフを出る、後ろではバブルが昂りを必死に抑えながらも喜びを滲みださせているのが分かった。そんなバブルをチームメンバーが祝福したり負けない!!とやる気を燃やしたりと様々だ。何だかんだでネメシスのチームメンバーの絆は中々に強い、一度は呆れたり地獄を見たが故に皆必死に練習に取り組むし何より真面目だ。

 

「なんだもう走らねぇのか、つまらねぇな。今度は俺と走って貰おうとしたのに」

「勘弁してくれ、アンタとやるなんて御免被る。それこそネメシスの練習時間が取れなくなるぐらいのギャラリーが殺到しやがるぞ」

「あ~そりゃアウトだな」

 

サンデー個人としての事を言わせて貰えばランページとガチのレースをしたい気持ちはある。最速にして最強と言われるウマ娘が目の前にいるのだ、走りたくないウマ娘がいないわけがない。自分だってアメリカで名を馳せたウマ娘の一人だ、そしてあのセクレタリアト御大に世話になった身―――トレーナーの担当だ、負けるわけがないという確信もあるのだが……ネメシスの運営の邪魔になるならば無理強いは出来ない。

 

「つうかよ、お前天皇賞行かなかったのか。一応サブトレーナーだろカノープスの、一応」

「一応つけるな一応って。そもそもカノープスには佐々田ちゃんってサブトレが元々付いてんだから問題はねぇよ」

「あ~あの凡人寄りのあいつか」

「なんて失礼なことを……」

「事実だろ」

 

今日は天皇賞(春)の実施日。カノープスからも多くのウマ娘が出走登録を行っている、だがランページはそれに同行はしなかった。統括チーフとしての仕事があるのもそうだが、自分が必要ないと感じたからだ。

 

「誰が勝つと思うよ」

「ライス」

「おめぇ……こちとら真面目に聞いてんだぞ、あのお米ちゃん溺愛してんのは知ってるけどよ」

「これでも真面目に言ったつもりだぞ俺は」

「勝つさライスが」

 

ランページの瞳には一切の淀みが無かった。妹の勝利を信じて疑わない姉の姿がそこにあった。

 

「アンタの教導を受けた上でシンザン鉄で精神面を鍛えるぐらいにガッツがあるんだぜ、精神面に肉体が追いつき始めたらライスはテイオーに並び立てるポテンシャルを発揮する」

「それは否定しねぇな、あのお米ちゃんは精神面が肉体を引っ張るタイプだ。だが逆に言うとそれはリミッターを意図的に解除しちまうって事に繋がる、無理しすぎって奴だ」

 

ライス最大の長所はスイッチが入った際の精神的な強さ、それによって肉体がどんどん引っ張られていく。だがそれは逆に言えば肉体が悲鳴を上げやすい弱点でもある、だからこそサンデーが課したメニューは身体を更に強固にするメニューだった。基礎を重要視するカノープスとは親和性が高く、これによってライスは精神によって引き出せる力がどんどん増していった。

 

「だが他の奴らだっていい脚してる奴らばっかりだ、お米ちゃんがどこまでやれるか」

「さてね。俺はライスを信じるだけだ―――はぁっもう時間か、悪いサンデー時間になっちまったわ」

「今日もファイナルズ設立のために奔走か、ご苦労なこったな」

「後は任せる、今度GT-R巡り付き合うから」

「その言葉忘れんなよ~」

 

そう言いながらもランページを見送るサンデー。統括チーフとしてしっかりと仕事をしているので自分とは文句はないし自分のやるべきことをやっているからこそなので寧ろ褒めるべきだと思っている。あとは教導担当の自分の仕事だと思いながらスマホで天皇賞の結果でも見ようと思いながら漁ってみると―――

 

「おいおいおい、マジか」

 

漆黒のステイヤー・ライスシャワー。天皇賞(春)制覇。そうでかでかと書かれたニュース記事があった。二着にはメジロマックイーン、三着にはイクノディクタス、四着にはトウカイテイオー、五着にマチカネタンホイザ。二着から四着まではクビ差とハナ差ばかりで大接戦だったにも拘らず、一着のライスと二着のマックイーンとは4バ身差があった。そしてタイムは……3:15.7。テイオーが叩き出した3:17.5を越えたレコードタイムで駆け抜けていた。

 

「こりゃ……更に化けるなあのお米ちゃん」




尚この数年後、マヤノトップガンが叩き出したタイムはこのライスが出したタイムよりも速い3:14.4である。


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296話

「課題上がりましたよ」

「早っ!!?いや、渡したの昨日の夕方だろ!?」

「ええ、だから終わりました」

「ええっ……」

 

骨伝導イヤホンで音楽を聴きながらトレーナーとしての仕事を片付けているランページ、多忙である事は周知の事実なのに当たり前のように普通の新人トレーナー以上の速度で仕事をこなす姿は他のトレーナーからはある種の畏怖の対象として見られている。当然だ、トレセン学園にいる事よりも外に出ていることの方が多いうえに仕事量だって多い筈なのに他の新人トレーナーの数倍の速度で課題をこなすのだから。

 

「うわっ……」

 

こっそりと後ろを通り掛ったベテラントレーナーがランページのノートパソコンの画面をのぞき込んだ時に思わずそんな声が漏れてしまった。当然ウマ娘であるランページには聞こえているが無視、気に掛ける事でもないしこんなことで仕事の効率を落とすのがバカのすることだという認識がある。割り振られた仕事をキッチリとこなしていく事こそがプロという自覚が彼女の中にはある。

 

「はぁぁぁっ……自信なくすぜ」

「おいどうした」

 

コーヒーメーカーで新しいコーヒーを淹れている同僚に声をかける、この二人の共通点はランページの事をよく思っていないこと。シンプルに二人の担当がランページに煮え湯を飲まされたから彼女が今度は同僚としてトレーナーになった事に中々馴染めないという敵視している連中とは違うと自負している、それでもライバル視しているのは同じだが……それでも自信を喪失しそうになった。

 

「だってさぁっ……見たこともないようなスピードでキー打たれる上になんか、アニメのOSの書き換えみたいにタブがどんどん切り替わってんだぞ?どうなってんだよあれ」

「……そういえばあのPCってすげぇ高性能って噂聞いたな。なんか特注だって」

「マジかよ、使いこなせるとあそこまで行けるのか……」

 

特注なのはあっている。メジロ家お抱えの会社に頼んで発注した高性能ノートPC、仕事でも大活躍のスペックを誇るが―――その実、ゲーミングPCである事は黙っておいた方がいいだろうなとランページは心の中で思ったのであった。

 

「お疲れ」

「んっああ伯父貴か、コーヒーサンキュー」

「その呼び名、やめろって何回言わせる気だ。俺は堅気だ」

「俺にも何回言わせる気だ、堅気なんて普通いわねっつの」

 

一段落付いたところで自販機でコーヒーでも買ってこようと思ったところに黒沼がコーヒーを持ってきてくれた、感謝しつつ受け取る。MAXコーヒー辺りでも飲もうと思っていたが……矢張り彼とはコーヒーの趣味が合う、コスタリカコーヒーは旨い。

 

「どうだ、活きのいい奴はいたか?」

「船橋とか大井はかなり粒揃いでしたね、あれが見向きもされてねぇって中央の目も大した事ねぇって侮られてましたよ」

「耳が痛い話だな」

 

中央と地方の壁は思った以上に深く分厚い、というのがランページが各地を巡った感想だった。地方は地方で有能なウマ娘を中央に取られまいと隠す傾向もある、オグリキャップの中央移籍の一件が相当に深く食い込んでいる。中央もそれを分かっているのか触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに地方への積極的なスカウトは控えているというのが続いている。結果的にそれが地方から中央行きを望むウマ娘の可能性をつぶす事にも繋がっている事も理解せずに。

 

「地方の理想としては、地方所属のまま中央のレースでこっちのウマ娘を叩き潰してURAのメンツを潰す事っすよ。だからファイナルズは都合がいい、何せそれ以上の下克上が見れるかもしれない夢のレースなんだから」

「末恐ろしい話だな、確かにブルボンが地方どころか一般校ウマ娘に負けたら俺は指を落とすしかないかもしれないからな」

「だからそういう発言が堅気じゃねえっつの」

 

だからこそ中央は恐れている、まだ見ぬ地方ウマ娘の中にオグリキャップのような存在が居るかもしれない。だからあんなにもファイナルズの開催に否定的だったのだ。中央の威厳にも関わる問題、がランページからすればそんなものは一度壊れてしまってもいい。悪しき流れを断ち切って組織を再構成するにはいい機会だ。

 

「ンでトラップはどんなご様子?」

「ああ、様子を見つつ12月あたりのデビューを想定してたんだが……早めてもいいかもしれないな」

 

トラップは黒沼が思っていた以上に仕上がっている、既にOPクラスは勝って当然、重賞に出しても間違いなく善戦する。そう確信させるほどの脚をもっているウマ娘だ。

 

「つってもあんまり無理はさせ過ぎないでくれよ?」

「分かってる、基礎を重点的にやらせながら頃合いを見て応用技術を軽く教えて幅を見る予定だ。幅を見てから改めてデビュー時期を検討するさ、脚部不安ってのもなんとなく分かったがありゃ基礎体力による不足を走り方でカバーしてる感じだったな」

「割に合わないことをフォームでカバーしてたって感じか」

「技術もあるせいでそれが出来てるからこそだな、だからこそネメシスのメニューで矯正が出来始めてる。それを今度は俺の方でやってる、その出来次第では早めに重賞を出して様子を見たい」

 

黒沼にここまで言わせる辺りトラップの素質はやはり素晴らしかったと安心する、こうなるとブライアン世代であることが極めて残念でならない。そんなことを思っていると黒沼はじゃあなと去っていく。手を挙げて別れを告げながらも仕事を再開することにした。

 

「やれやれ、サンデーさんは次々にメニューやらせるから考えるこっちの身にもなって欲しいもんだぜ……唯でさえこっちは最近追いかけられてるってのに」

 

ランページは引退してから早朝に走るようにしている。単純にこれまで通りのメニューをこなす時間が無くなった分の補填としてやっているだけなのだが、最近はそれに合わせて数人の生徒が追走してくるようになってきた。向上心がある事は良い事だが、無理に付いて来ようとして力尽きているのでコースを決めて帰りには自分のインプで寮まで送ってやっている。

 

「マヤちんやマーベは分かるが、まさか着いて来るとはなぁ……」

 

一番多いのはマヤとマーベラスのマヤーベラスコンビ、その中に最近加わったのがスズカだった。新入生でまだ身体も出来上がっていない状態からのスタートだが、そのスピードは目を見張るものがある。スタミナがまだまだなせいで途中で力尽きるが最後の最後まで走って着いて来る辺りはかなり根性がある。

 

「あそこまで喰いつかれると、気にならないってのが嘘になっちまうなぁ……」

 

是非育ててみたい、自分の全てを教え込んでみたいという欲が出てきてしまった。自分の走りを得たサイレンススズカという一種の境地にも似た景色に武者震いがしてしまった。一応自分はサブトレーナーという立場ではあるが、トレーナーの資格はあるので誰かを担当として持つ事は出来る。単純に仕事量が増えるという障害はあるが……だがやっていいのかという疑問はある。

 

「……ああっ南ちゃん。今夜飲まね?奢るからよ」

 

気づけば南坂へと連絡を取っていた。



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297話

「お待たせしました、待ちました?」

「いや、さっき来た所だ気にすんな」

 

日も落ちて、光が暗闇を照らす時間帯。店舗はそれぞれ光を放って客を呼び込む、そんな中で主張し過ぎず謙遜し過ぎない優し気な灯りを灯す居酒屋にその二人の姿が確認できた。二人はトレーナー、中央のトレーナー。今日は二人っきりで飲もうという事で東条や沖野トレーナー行きつけのバーではなく、肩肘張り過ぎない居酒屋で合流した。席に着くと二人は日本酒で乾杯した。南坂とメジロランページ、二人っきり飲み会だ。

 

「くぅっ~沁みるなぁ……」

「ええっ最高です」

「春巻きと竜田揚げ、ジャガイモの照り焼きにピーマンとつくね」

「私はチキン南蛮と焼き飯をお願いします」

「畏まりました」

 

それぞれが注文を済ませて二口目に入ってから男、南坂が口を開く。

 

「良いお店を知ってましたね」

「俺も驚いたよ、スーちゃんに教えて貰ったんだよ。偶に来てんだと」

「スピードシンボリさんが、ですか」

「ええ。大奥様には御贔屓頂いてます、お二人もぜひ」

 

あのスピードシンボリ御大が通っているとは驚きだ、実に庶民的な店だが節々に高級店の雰囲気を感じさせるのはそういう事なのだろうかと思いながらも日本酒を含む。

 

「しかし教え子と飲む機会がこんなにも早く訪れるとは思いませんでしたよ」

「そんだけ俺の引退が早かったって事だな、まあ俺からしたら気兼ねなく酒をやれるから万々歳だ」

「その言い方だと昔から飲んでたように聞こえますが……」

「飲む金があったら生活費に回したよ」

「ですよね」

 

そんな軽めの雑談を交えながら酒は進んでいく、次第に注文した料理がやってきてそれを肴にしながら酒も飲む。

 

「それで今日はお互いの苦労を労う単純な飲み会と捉えても宜しいので?」

「ああ好きに飲んでくれ、全部俺が持つから」

「流石に自分の始末位は自分で持ちますよ、まだ教え子に奢られるほど困ってませんよ」

「ご立派だねぇ……あの変態なら普通に喜んでご相伴に預かると思うぜ」

「否定しづらいのがなんとも……」

 

ランページからすれば頼ってくれても全く問題はないし現役時代はさんざん世話になったしこれからもお世話になる身の上なのだから、まあ大人としての見栄というのもあるだろうから無理強いはしないでおく。そもそも自分はウマ娘なんだから普通の人の数倍は食べるのは決定している、料金は高くなるのは目に見えている。

 

「まあ労いの席で仕事の話するのも野暮ったいって話よ」

「問題ないと思いますよ、寧ろこういった場所でこそ仕事場で話せない事を発散しつつ解決の糸口を探るのは社会人の処世術の一つです」

「ハッそうかい、なら南ちゃんには悪いけど新人トレーナーの愚痴の一つでも聞いて貰おうかな」

「付き合いましょう、大将さん日本酒の追加をお願いします」

「畏まりました」

 

春巻きを食べながらも本題を切り出す、聞いて貰うのも悪いと思ったがそういってくれるなら遠慮なく話すとする。

 

「俺ってさ、一応トレーナーだろ。サブトレーナーって立場だけど」

「ええ、そうですね」

「その場合の俺ってさ、担当を取る事って出来るのかね?」

「それはランページさんが専属の契約を結ぶという意味合いで宜しいので?」

 

頷く、それを聞いて南坂は少しだけ考えるように顎に指をやりつつもチキン南蛮を食べる。それを酒で流し込みつつも答える。

 

「規則上問題はありませんね、サブトレーナー自体も経験不足による契約拒否を改善するために考案されたやり方の一つですしランページさんほどの方なら専属契約を結びたいという方は多いでしょう。その場合はカノープスの所属でもなければネメシスの所属でもない、ランページさんの担当ウマ娘という事になりますね」

「ああやっぱりそういう扱い」

「ええ、理事長も賛成してくれると思いますよ。そもそもあの方はランページさんに早めにチームを持たせてあげたいと思ってるぐらいですし」

 

トレーナーは慢性的に不足している。特に経験豊富なトレーナーは常に募集状態で多くのウマ娘を担当してもらいたいというのがトレセン学園の運営側の意見。が、チームを持つというのは良くも悪くも責任も重くなるので中々引き受けてくれるトレーナーはいない。

 

「しかし、ランページさんは既にウチのサブトレーナーにネメシスのチーフです。負担が大き過ぎませんか、それにファイナルズの設立もありますし」

「あ~ファイナルズの方は取り合えず目途はついたんだ。後はURAが無駄にゴネなきゃ問題はない、ゴネたら俺が絞めるけどな」

 

帯広、門別、盛岡、水沢、浦和、船橋、大井、川崎、金沢、笠松、名古屋、園田、姫路、高知、佐賀。地方に点在する15のトレセンとは既に連携は取れている、後は予選レースのスケジュールの調整と中央との連携のみ。問題はそこなのだが……URAが変に強気になったり上から目を言わなければ問題はない、まあそんなことになったら自分が配信でURAを叩くだけなのだが。

 

「シンプルにさ、俺がそのウマ娘を育てていいのかねぇ……って思っちまったんだよ」

「そんなに素質を感じたんですか?」

「ああ、正しく金の卵ってやつ?だけどそれを俺が育てちまっていいのかなって戸惑いもある、俺は新人だしOK出してくれるかも分からないってのもあるが他の、おハナさんに沖ノッチ、黒沼の伯父貴とかそれこそ南ちゃんが育てた方が良いんじゃねえのって気がする。何せトレーナーは担当するウマ娘の人生を背負うんだ」

 

トレーナーはウマ娘の運命を背負う、人生を賭して挑む世界を走る舞台の半身となって共に駆け抜けていく。活かすも殺すもトレーナー次第、トレーナーが誤ったトレーニングや判断を下せばそれはダイレクトに担当の人生に影響を与えていくのだ。それを今度は自分が下していく、しかも自分がそうしようとしている相手は―――

 

「関係ないと思いますよ」

「……はい?」

 

思わず、つくねを詰めた生ピーマンをかじる手が止めて聞き返せばそこには何時ものように優男の微笑みがあった。

 

「究極的に言ってしまえばウマ娘とトレーナー関係というのは二人三脚です、どんなに頑張っても歩調は崩れてしまう。ですがその度に立ち止まって調整する事は出来る。掛け声を決めて、タイミングの計り具合を共有して、ともに練習を積んでいけば過ちが起きる可能性を極めてゼロに近づけていく事は誰にだって出来るんです。それが出来るか否かが良いトレーナーとそうでないトレーナーの差、だと私は考えます」

「その為に、俺にあんな鬼みてぇなメニューをぶつけたと?」

「はい。あの程度であなたは絶対に転ばないと分かってましたから」

 

参考になるようでならない意見だ、彼の場合はその見極めが抜群に上手いんだ。だからこそ自分のメニューもあそこまで組めた、だが思えば自分もそんな彼のメニューに文句こそはつけたが疑いはしなかった。そのメニューにきっと効果がある、意味があると分かっていたからこそあそこまで真剣に取りくんでいた。今度はそれを自分のペースでやるべきだと言われた気がした。

 

「……悪いな南ちゃん、分かり切ったことを聞いた気がする」

「基本は大事ですよ、カノープスはそういう方針ですし」

「だな……誘おうと思ってたのは新入生だし気長にやる……という手もあるか」

「おやっ新入生とは、手が早いですね」

「変態みたいな言い方しないでくれ、極めて不愉快だ」

「これは失敬。大将、お詫びの印に良いお酒を彼女に」

「では、此処で切り口を変えて焼酎などは如何でしょうか。黒霧島がございますよ」

「よしそれで手を打った」

 

そのまま二人だけの飲み会は続けられた、気付けばランページに迷いはなかった。

 

「決めた、やりたいようにやるぜ俺は。トレーナーも」

「それが一番らしいですよ」

 

盃をぶつけ合った時になった音は、まるで二人の関係を示すかのように澄んでいた。



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298話

「フゥッ……」

 

インプレッサに寄りかかるようにしながらもハーブシガーに火を点ける。はっきり言えば精神衛生上の観念からはもうお世話になっていないが、長い間お世話になっていた為か吸うと落ち着きを感じるのである。早朝の誰もいない駐車場の空間を独り占めしながらその空気をハーブで汚す、何とも背徳的で贅沢な時間だ。走り込みを終えての時間は矢張り至福……そんなことを考えていると今日も付いてきたウマ娘の足音が聞こえてきた。

 

「来たか」

 

ハーブシガーを消しながらそちらへと目線をやる、少しするとまだ薄暗い朝もやの中を走ってくる影が見えてくる。脚が少しだけ覚束ない、彼女にはまだまだ長い距離である筈なのによくもまあ頑張るものだと思いながらも視線を外さずにいるとやってきた、最後の最後まで歩くことなく走り切った。

 

「お疲れさん、ほれっゆっくり飲めよ」

「は、はい……有難う、ござい、ます……」

 

自分のペースに着いてきたのはサイレンススズカ、新入生の彼女には自分のペースは明らかに辛い筈なのにそんな言葉を一切吐かずに毎日ついてくる。中々にいい根性をしている。

 

「今日で1週間連続か……マヤーベラスコンビが来なかったから今日はお前だけだな」

「お、お二人如何したんでしょうか……?」

「見たい映画を見てて一緒に夜更かししてたんだと」

「仲良いんですね、お二人とも」

「同期だしな」

 

前以て二人から断りの連絡は来ていた、それだけ見たい映画なのは分かったしそもそも強制ではないので自由にさせた。だが今日ばかりはそれは助かったかもしれない。

 

「なあこの前俺ちゃんが言った言葉、覚えてるか?」

「……その気があるならってやつです、よね?」

 

思わず、耳としっぽが揺れた。当然スズカはあの時の話を忘れたことなどはなかった。誰も見たことがないような景色を唯一人、メジロランページだけが見た世界最速という景色、それを自分も見てみたいと思わなかった日はなかった。それは今も同じ。

 

「俺は今便宜上サブトレーナーではあるが、一応担当を取る事は出来る。ファイナルズ設立の方も落ち着いてきたからな、チームはまだ早いにしても誰かを見るにはいい機会だと思ってる」

 

ランページの言葉の一つ一つを聞き漏らさぬように必死に聞き耳を立てるスズカ、聞くたびにの瞳の輝きも増していく。

 

「スズカ、お前の夢は何だ。それを聞かせてくれ」

「私の夢は―――私の走りを見ている人に夢を与えられるような、そんなウマ娘になる事です。私に夢を与えてくれた貴方のようなウマ娘に」

 

そしてそれが遂に最高潮に達した瞬間が訪れる。それを聞いたランページは口角を持ち上げながら真正面に立ち、目を見据えながら言った。

 

「サイレンススズカ、お前をスカウトしたい。俺の走りを、お前の走りとして昇華させてみる気はないか?」

「してみたいです。私の走りで、貴方の見た先頭の景色を見たいです」

 

差し出された手を強く握り返しながらスズカは力強く答えて見せた。きっと自分が歩もうとしている道はとても辛くて長いものである筈なのに全く躊躇しなかった。

 

「俺も俺でまだまだ新人トレーナーの域を出ねぇペーペーだ、それでもいいか」

「大丈夫です、私はきっと貴方より速くなって見せます」

 

世界最速に対してこの発言、聞く者が聞いたらぞっとしない筈なのに何の恐れもなく言い放って見せた。超えてみせると、虫も殺しそうにない程に可憐で穏やかな優しい顔つきをしているのに、なんて強い闘争心を秘めた発言なのか。それが気に入った、ならば意地でも超えて貰おうじゃないか、この自分を。

 

「言ってくれるねぇ……何だかんだで俺には準備期間は1~2年しかなくて現役中にも仕上げるしかなかったからな……だがお前にはデビューまでほぼ4年って時間もある。基礎から初めて俺の走法を叩き込むには十分な時間がある、いいねぇ若いってのは……これが若さか」

「ランページさんもお若いですよね?」

「まあ気にしなさんな―――それとスズカ、これは最初に言っといた方がいいかもな」

 

手の中でインプのキーを弄りながらも徐々に明るんできた空を見上げる。

 

「俺の担当になるって事は否が応でも目を引く、だがお前はそれに一切惑わされるな。そいつらの相手は俺がする、お前はお前の走りに徹しろ。トレーナーとウマ娘は二人三脚だ、一緒に走るぞ」

「でも、その内に私の方が速くなっちゃいますよ」

「おっ?言いやがりましたよこのウマ娘ちゃんめが、そういうのは俺ちゃんのワールドレコードを一つでも更新してから言いやがりなさりなさいや」

「はい、そのつもりです」

「かっ~御綺麗な面して大胆不敵な事を平然と言いやがる所、南ちゃんに似てやがるぜ」

 

気付けば二人は笑い合っていた、和やかな雰囲気で会話が出来ていた。そんな今を見てランページは南坂とのこれまでを思わず想起した。彼とのような関係を築けたらいいな……そう思ったら日の出が訪れた。朝日が世界に顔を出し光で満たしていく。

 

「良い時間か……さてと、んじゃスズカ帰るか」

「はい」

「俺の家でシャワーでも浴びてけよ、朝飯位はご馳走してやるよ」

「家ってランページさんって美浦か栗東じゃないんですか?」

「幾らウマ娘だからっていつまでもそっちに住んでる訳ないじゃないの、卒業と同時に寮は出たよ。今は気儘な一人暮らしだ、どうせだから朝飯食いながら海外遠征中の面白い話でもしてやるよ」

「わぁっ興味あります」

 

彼女と共にインプに乗り込んでキーを回す、これからの事にわくわくドキドキしてきたスズカ。何時か届くであろう誰も見たことがない先頭の景色、その時にランページは自分の隣を走っていてくれるのだろうか、それとも……その景色は彼女との競り合いで生まれるのだろうか。高揚感で満たされていく中でランページの横顔を見ながらも楽しみになってきた。

 

「あれ、この紙コップって何なんです?」

「んっああ~それか、なんていうか……荷重移動の練習?」

「はぁっ……?」

 

折角インプなんだからとやっていた練習の痕跡を見られて少しばかり恥ずかしくなったのは言うまでもない。流石にあそこまでの量で零さずは出来ないが、ある程度は形になってきたのか水を回せるようにはなった。何れはドリフトもやってみせるとランページは外れたところで進化していた、尚、その腕前は時折マルゼンスキーと共に峠で活かされている。時折出没するカウンタックとインプレッサは、走り屋の間では赤い閃光と青い流星と呼ばれていたりいなかったり……。

 

「まあなんだ、とにかく基本は基礎重点でそっから色々と俺のを仕込んでいく。俺の全身走法も多分お前さんならマスター出来んだろ、そうなれば―――国内だろうが海外だろうが敵じゃねえよ」

「頑張ります」

「その意気だ、因みにトゥインクルシリーズはクラシックとティアラどっち志望?」

「う~ん……特にこだわりはないです」

「んじゃまあのんびり考えるかぁ~時間だけはあるし」

「はい」

 

こうしてランページの初の担当ウマ娘はあのサイレンススズカとなったのであった。そして、スズカはランページを初めて継いだウマ娘として呼ばれるのかは……未来の話。これからは、その道筋を少しずつ辿っていく事にしよう。



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299話

「そうだそのまま。ペースは一切落とさず上げず、絞めず緩めず、維持が無理だと判断したら直ぐに言うんだ。いいか直ぐにだ」

「はいっ」

 

その日のうちからランページはスズカのトレーニングに入った。あのランページが担当を取ったという話は一瞬のうちにトレセン中に広がった、そして一体誰なのかと、いったいどんなウマ娘なのかと欲求を刺激した。カノープスの練習の傍ら、サブトレーナーとしての役目も果たしながらランページはスズカにメニューを課してそれを見つめていた。

 

「ラン、あれがランがスカウトした奴なの?カノープスの新人!?」

「いや俺自身がスカウトした、だから俺の担当だからカノープスの所属ではないな」

「でもランはカノープスのサブトレーナーでその担当だから、あれでもカノープスの所属じゃなくて……あれれ?」

「シンプルにややこいよな、ほんま」

 

ターボの言いたいことは分かる、実に面倒だ。一チームのサブトレーナーが担当を取るという事の面倒さが伺える。そんな中でも黙々と走り続けるスズカに注目は集まり続ける。あれがランページが初めての担当として選んだウマ娘なのか、どんな走りをするのか、脚質は、技術は、身体能力は、様々な物がそれを知りたがる。それは当然ウマ娘だけではなくトレーナーも同様。

 

「おい南坂教えろよ、マジでどういうウマ娘なんだよ」

「私も興味あるわ」

「同じく」

「と、言われましても……私も詳しくは知りません」

 

沖野、東条、黒沼といったトップトレーナーもランページのスカウトには驚いていた。少なくとも数年、最低でも今年いっぱいはサブトレーナーとしての役目に徹しているとばかり思っていた。そんな所に訪れたスカウトの報、これに驚かずして何に驚けというのだろうか。

 

「俺も興味、あるな」

「六平さん貴方もですか」

「嬢ちゃんにはオグリの件で世話になったもんでな」

 

オグリキャップのトレーナー、六平もランページのスカウトには興味が尽きない。一体どんな走りをするのか、それを少しでも聞こうと彼もこうして南坂の下へとやってきていた。

 

「ランページさんも迷っていたようですが、決めたそうです。自分のやりたいようにやると」

「そうか。それが一番強いな、分かってるんだな無意識で」

 

やりたいからやる、余りにもシンプルなスカウトの理由、三冠を取りたい、栄光を掴みたい、それらのもっと前。ただ育てたいと思ったからランページはスズカをスカウトした。

 

「でもなんであの子をスカウトしたのかしらね、他にも有望な子はいた筈」

「それこそネメシスの中からしても可笑しくはなかっただろうにな」

「トラップもジェニュインよりも、あの新入生を選んだ理由があるのかもな」

「そうじゃなきゃ唯の直感だろう」

 

 

「維持、出来ません……」

「よし15分休憩、思った以上に持久力と根性はあるな。まあ俺ちゃんの走り込みに着いて来れるんだから当然だな」

 

止まったスズカを休ませながらもランページは手持ちのタブレットに情報を打ち込む。思っていた以上にサイレンススズカというウマ娘の能力は高い、トレーナーという職に就いて様々なデータに触れた今だからこそ理解するものも多い。競争ウマ娘として駆ける以上に相手の能力を事細かに理解し表現出来る。

 

「凄い、人ですね……」

「皆の視線を独り占めだなスズカ、如何だいご感想は」

「ええと……皆さん、お暇なんですね」

「この子言うわぁ」

 

何をいうかと思えば……一部には突き刺さり、一部には戸惑い、呆れ。かくいうランページも同じではあるが……胆力があるというか天然というか……メジロランページが担当に選んだからこそ見に来ている者たちに対して暇とは……。

 

「次はどうしましょう」

「今の瞬発力とスピードを見る、いうなれば加速力と最高速度だな」

「分かりました」

「まだ休んでなさいって、まだ10分はある」

 

走りだそうとする彼女を制止する、意欲はある事は良い事だが走る事への欲求が強すぎるのは自分の知っているサイレンススズカと何ら変わりない。まだ可愛げはあるが、彼女は先頭民族とすら言われるほどの存在、多分辟易する日も遠くないのだろう。

 

「周りの目は気にしなさんな、どうせデビューしたらこれの数倍は保証されちゃうんだからな」

「数倍……はい、私は気にせずに景色を見る為だけに走りますね」

「その意気だ。んじゃスタート準備に入ってくれ」

 

休めていた身体を起こし、軽くストレッチをしながらスタート準備に入るスズカ。それを見つめる視線の中には沖野も居る、そんな視線を受けながらもランページは少しだけ罪悪感を感じなくはなかったがそんな物は認識しないように努めることにした。借りてきたスタート練習用の一人用のゲート、それに嫌がりつつも入った。

 

「んじゃ―――スタート!!」

「ッ!!」

 

振り下ろした腕と声に反応してゲートが開け放たれた、だがそれから少しだけ遅れて彼女はスタートした。ゲートに反応するのはこれから練習すればいいしゲートが嫌いなウマ娘なんていくらでもいるから別にこれは可笑しくない、可笑しくはないが―――矢張り走らせたときにそれは思う。

 

「やっぱり伸びがスゲェな」

 

スタートからの加速の伸びがエグい、僅か数歩で加速の形成が完了している。どうやれば自分の脚が速く走れるのかというのを分かっている。

 

「どうでしたか?」

「まずスタートからの加速がエグい、俺でも少しずつギアを上げて加速していくけどお前の場合は一歩ごとにギアを変えられてる。ある意味で加速の理想形だな……助走が必要ない、これ活かさない手はないが―――問題点もある、まずゲートが苦手だな」

「は、はい」

 

恥ずかしげに肯定する。だがこれは4年も期間があることを考えれば自然と克服出来る程度の問題、だからこれは上げるとすれば程度の問題点。それ以上の問題は―――

 

「だがここまで加速の仕方が上手いとなると問題は負担だな……予定通りに基礎トレーニングで地盤を固めつつ、俺の技術を叩き込む」

「分かりました」

「それとスズカ、ゲートなんざぁ大っ嫌いでいいからな」

「えっ?」

 

スズカは間抜けな声を出した。ゲートは確かに嫌い、何であんな狭苦しくて息苦しい閉塞感の極みのようなところに押し込められなければならないのかとすら思う程に嫌い。だがトゥインクルシリーズに出るためにはこれも克服しなければ……と思っていたのだがランページはそれを否定した。

 

「別にいいんだよ嫌いのままで、大事なのは克服じゃなくて折り合いをつける事、つまり妥協だな」

「だ、妥協ですか?」

「そう。逆に考えてみ、スズカは走ってる最中の疾走感とか風を切って走る感覚とか開放感が好きなんだろ?」

「はい!!」

 

ノータイムで良い笑顔の返事が返ってきた、それに自分もそれが好きだと返すと更にしっぽが機嫌よさげに揺れた。可愛い奴め、後でイチゴ大福を奢ってやろう。

 

「だったらゲートは開放感を倍増させるためのもんだと思えばいい、サウナ後の水風呂みたいなもんだ」

「……そういう考え方、したことありませんでした。もしかしてランページさんもそういう感じでゲートを克服してたんですか?」

「いや俺は別にゲート嫌いじゃなかったし、狭い所とか嫌いじゃないし」

「うそでしょ……!?」

「そんな衝撃受けます?」

 

 

「……」

「如何したのエアグルーヴ、何かあった?」

「なんでもない!!自分の使命を果たせ、早く私の練習を見ろこの戯け!!」

「なんで心配しただけなのにこんな怒られるんだろうか」



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300話

「やっぱりスピードが優れてんなぁ……そのうえで加速もある、だからこそ基礎を確りさせないといけない訳だから……」

 

スズカの初のメニューを見たランページはそのデータを基にして新しいトレーニングメニューを組んでいた。ネメシスのそれと違ってスズカに合った専用のものを組まなければいけないが、それを行いながらも改めて彼女の能力の高さなどに感服していた。

 

「(たった数歩でギアチェンジが完全に済んでんだからとんでもねぇ、これから得られる大逃げは誰にも影を踏ませることもなく走り切れるって訳だ……)」

 

だが同時にスズカの脚には相応の負担が掛かっている筈、ゆっくりと加速する筈なのに文字通り一瞬で高速度領域に突入してしまう訳になる。ターボも同じように見えるだろうが、ターボはピッチ走法で相応に地面を蹴って加速しているので全く違う。ある程度の方針を固めこそしたが同時に訪れるであろう柵の予感も感じていた。周囲の目線ではない、スズカはまったく気にしていないしいざという時は自分が盾になればいい。問題は―――

 

「こっちだな」

「はい、ご認識の通りです」

 

デスクの上に置かれた資料、そこにあるのはエアグルーヴとメジロドーベルの名前があった。それを差し出したのは南坂、背後には沖野と東条がいた。

 

「見せて貰ったぜあれがお前がスカウトしたウマ娘か、いやぁ実に惜しかったなぁ……俺もスカウトしたかった」

「まだ簡単な部分しか見ていないけど素質の原石を感じたわね。よくもあんな子を見つけられたわね?」

 

2人して自分を褒めに掛かる、が自分からしたら何とも言い難い気まずさを覚える。本来ならばこの二人のチームに在籍していたであろう存在を自分がズルして取ったような物、だが顔に出すわけにはいかないので愛想笑いで凌いでおく。彼女が自分に担当になったのは事実なのだから自分はそれに徹して彼女と歩む道を選ぶしかない。

 

「ンで何のお誘い、南ちゃんに沖ノッチにおハナさん揃い踏みで」

「えっ俺そんな呼び名なん……?」

「あらいいじゃない、変態マッサージ師より余程まともよ」

「確かに」

「うぉぉっ……」

「飲み会のお誘いです。まあお二人が聞きたいことがあるそうなのでそれを踏まえて、でしょうか」

 

仕事は片づけてあるし断る余裕なんてない、資料を纏めてからデスクに突っ込んでおいてから三人の後に続く。黒沼は誘わなくていいのかと尋ねると、彼は先に席を取っておいてくれているとの事。それに納得しつつも居酒屋に向かう、そこは以前南坂と飲んだ店。紹介したところ気に入った上に値段も良心的なのでここで飲む事にしたらしい。

 

「ホント良い店知ってたよな、バーもいいけどこういう所で飲むの好きなんだよな」

「お前の場合はツケが利くからだろ、ウマ娘に使うのもいいがテメェの為に使うのも忘れるな」

「そ、それを言わないでくれよろっぺいさん」

「むさかだ」

 

店に入ってテーブル席に着くと席取りをしていた黒沼と共に六平トレーナーの姿もあった。如何やら同じころの仕事が終わったらしいので誘ってみたとの事。取り合えず人数分の酒を注文して舌の動きを滑らかにしておく。

 

「ンでよ聞きたいことがあるんだよ」

「如何してエアグルーヴやドーベルを担当にしなかったのか、だろどうせ」

「流石に分かるわよね」

「態々資料を置いてくれればね」

 

担当を取る事は別段悪くはない。だがそれならば同じメジロ家として家族であるドーベルでも悪くは無い筈、同じカノープスのメンバーでありスズカよりも付き合いもあるし練習を見ていたエアグルーヴならばその実力も分かっているし初めての担当としては適切ではないのか?という疑問がトレーナー陣にはあったらしい。

 

「俺も恐らくだが新入生から取るにしてもドーベルを取るだろうな、前々から知ってるならやりようも楽だからな。チーズ揚げと手羽先を頼む」

「私も同感ね、チームとして面倒を見たことがあるならやりやすいわ。そうね、あらっいいのがあるじゃない。ホッケと明太子の大葉揚げをお願い」

「それでは私は厚焼きベーコンを、六平さんは如何なさいます?」

「そうだな……きゅうりの浅漬けとレンコンのはさみ揚げだな」

「あっ俺は牛すじ煮込みとジャガイモの煮っころがし、あと生ピーマンとつくねね」

 

それぞれが注文をし終えたところでランページは質問に答える事にした。

 

「単純すぎる理由だよ。あの二人は俺を憧憬の目で見過ぎてる」

「いやそれは当然なんじゃねえの、それにそれはそれでいい気がするけどな……憧れの存在に教えて貰えるなんてシンプルにモチベだって鰻登りだろ」

「私もそう思うけど……」

 

珍しく東条も沖野の意見に賛同していた。ウマ娘を指導する身として一番何が大切何かといえばどうやってモチベーション維持させるという事、大半のウマ娘はレースで走る事や活躍することに起因するので上手い事レースに絡める事を考えたりするが、ランページが教えるだけでそれが無くなる事はかなり良いと思う。そんな二人と対照的に六平は納得したように日本酒を呷り、黒沼は労うように酌をしてやった。

 

「二人の意見は間違ってはいねぇが正しくもない」

「同感だ。モチベーションの維持は重要だが、ランページの場合はそれが行き過ぎる事にもなりえる」

「あっ……そういう事ね」

「……ああっ成程、そうか」

「そゆこと」

 

直ぐに二人も理解したようだった。ランページに指導される事は憧れている者からすれば至上の喜びになる事だろう、当然エアグルーヴにドーベルだって心の底から喜ぶだろうし張り切るに決まっている。が、それがマズイのだ。

 

「下手すりゃ俺以外の意見なんて聞き入れないだろうし必要以上に力んじまう、加えて俺の周りなんてうるさい奴らが付きまとう。エアグルーヴとドーベルはそれに対しても負けないように必要以上に気を張るのが目に見えてる。そうなったら如何なる、精神的に直ぐに破裂してアボン」

 

憧れてくれる事は嬉しいが、あの二人は流石にそれが強すぎる。なので最初の担当として見た場合はマイナスの要素が強すぎてしまって自分で自分を苦しめてしまうのが目に見えている。だからこそ二人をスカウトから外してスズカを取ったというのもある。

 

「サイレンススズカっつった、その子だってお前さんに憧れてる点じゃ同じだと思うが違うのか?」

「それは私も思ったわね」

「恐らく違うと思います」

 

南坂が答える。

 

「私の私見ですがスズカさんはお二人とは違った視点を持っているのではないのでしょうか」

「その心は?」

「元トレーナーの勘です」

「勘かよ、まあ正解だよ」

 

スズカが目指しているのは誰も見たことがないような先頭の景色、つまり自分を超えた先にある景色を見たいという事。自分に憧れてはいるが、それはエアグルーヴやドーベルよりもずっと小さな憧れで超えるべき対象という認識。

 

「つまり、あの二人からすればお前はある種の崇拝の対象でスズカにとってはお前は超えるべきウマ娘って差があったわけか」

「崇拝の対象って言い方がなんか嫌だけどそういう事だよ」

「成程ね……確かにそういわれるとあの二人を取ったとしても貴方の名を汚さないウマ娘になるという目標を掲げるでしょうね」

「超えようとはしない訳か……」

「そう考えるとドーベルさんはカノープスで見た方がいいでしょうか」

「さあな、その辺りは本人に任せるべきだろうよ」

 

トレーナーが理解するランページの意図。過ぎた憧れは自分を殺す、遠回しにそういわれたような気分だった。憧れを一身に受ける彼女だからこそ言える言葉、そしてそれを破棄して超えようとしたからこそ迫ったウマ娘を彼女は知っている。

 

「おハナさん、ちょっとお願い聞いて貰ってもいいですか?」

「何かしら」

「フローラ、あいつを貸してください」

 

「ッ!!?」

「キモいよ姉さん」

「マジキモい」

「待ってそれは違うじゃんまだ何も言ってないよまだ何もアクションしてないのにそれは酷いよ流石に泣くよ私」



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301話

「ランページさっ!!?」

「しつけぇ」

 

世界最速最強のウマ娘に戦いを挑み続け、最終戦では届きこそしなかったがワールドレコードクラスの走りを見せた大華、アグネスフローラがいる―――のだが抱き着こうと迫るフローラの顔面にランページの脚が食い込んでいる姿はどうにも締まりがない。フローラの顔まで脚を上げられるランページの身体の柔らかさに驚いてしまう。

 

「何度やる気だテメェは、いい加減に理解しやがれってんだダラズ。思考能力0かってんだテメェは」

「ランページさんへの愛なら無限大です」

「誰が0を掛け合わせてインフィニティ作れっつったよ」

 

この二人は矢張り仲がいいのではないかと周りの二人は思う、ランページはフローラの事を雑に扱いこそすれど邪険にはしていない。なんだかんだでランページもフローラの事を絶対的に嫌っていることはしていない、と思われる。

 

「という訳でおハナさんに言われて来たんですけど私に何をさせる気ですか?まさか―――」

「エロ同人みてぇって言った瞬間に俺のインプのウイングに鎖で括り付けて峠攻めるからな」

「い、言う訳ないじゃないですか嫌だなぁアハハハハハ!!!」

 

絶対言う気だったなこの反応は……と思いながらもランページはタブレットを手渡した。そこにはエアグルーヴとドーベルのデータが出力されていた、ドーベルはスズカが自分の担当になって直ぐにカノープスが開催している模擬レースに参加してカノープスへと入ってきた。目的は当然自分、エアグルーヴもそれは同じで二人は何か張り合うようなお互いに協力するような妙な関係になっている。今日はランページが2人を見ているのだが……

 

「俺はこれから用事がある、お前にあの二人の相手を任せたい」

「いやなんで私なんです?それこそ南坂トレーナーとか佐々田さんとかに任せるのがカノープスとしては一番正しい行動じゃないですか。なんでリギルの私がそれをやるんです?」

 

まともな意見を述べるフローラ、自分に執着する癖にこういう時はまともな言葉を言うのだから面倒なんだ……とため息交じりにランページは腹を割る。

 

「あの二人は俺に憧れてカノープスに乗り込んできた、なのに自分じゃなくてスズカを担当にしたことが気に喰わんらしい」

「あ~成程……まあ気持ちは分からなくはないですけどあの二人ははっきり言ってランページさんの担当向きじゃないですよね、エアグルーヴちゃんはこの前見ましたけど少しフラッシュに弱い所がありましたしドーベルちゃんは男嫌いというか苦手なところを見ました。有名人のランページさんの担当向き、ではないですね」

「何処で見たんだか……」

「まあそれはいいじゃないですか、確かにそれなら私向きですね」

 

何だかんだで彼女は観察眼も鋭いし頭も回る、普通に考えれば実力ウマ娘としての素養は十二分に備えている。いるのだが……本当に残念でならない。

 

「それでスズカちゃんを担当にしたと?」

「あの二人を担当に取ったら間違いなく余計に気張るからな、まともに成長出来ずに終わる」

「だからって私に任せます?」

「タキオンに憧れを捨てろと言われて捨てた結果があれなお前だからな」

「ゲッ……タキちゃんそこまで話したのか……」

「お前が思っている以上に俺とタキオンはダチやってんだよ、つう訳で任せる」

「はいはい貴方に惚れた弱みで引き受けてあげますよ」

「はい峠引き回しの刑」

「酷い!?」

 

取り合えずフローラは引き受けてくれることになったのでランページは胸を撫で下ろす、これは自分に対しては酷いがライスにもかなり的確なフォローを行った事も聞いているのでまあ大丈夫だろう。

 

「んじゃ任せたぞ」

 

そう言ってランページは去っていく、スズカとこれから外を走りに行くらしい。そんな背中を見送るとどうやって二人を接触するかなぁ……と思考を巡らせる。取り合えず南坂トレーナーに協力を仰いで呼んでもらうのが一番かな~考えていると二人が此方へと向かってきた。

 

「あ、貴方はアグネスフローラ先輩!?どうして此方に」

「私たち、ランページお姉様……じゃなくてランページさんに呼ばれてきたんですけど……」

「(はは~んこりゃ押し付ける気しかなかったな?)生憎ランページさんは担当でも無い貴方達に構ってる暇がないそうですよ」

 

それを聞いて二人は怪訝な顔をしつつもフローラを見た。

 

「二人はどうしてランページさんにスカウトされなかったのか分かります?」

「それは……実力が、足りなかったから……」

「その程度の理由だとホントに思ってます?あのメジロランページが、ですよ」

 

ドーベルの意見を一蹴する。ありふれた言葉なんて意味がない、その程度の事でスカウト候補から除外するとでも思っているのだろうか。

 

「では、貴方は分かるというのですか」

「そりゃ分かりますよ。何せランページさんとはずっと戦ってきましたから、理解度的な話だとメジロ家にも負けないつもりですよ私」

「邪険に扱われてる癖に……」

 

エアグルーヴのその言葉に青筋が立ちそうになるが何とか飲み込む、まだ中等部の後輩の言葉なのだから寛大な心で受け入れてあげなければならない……。

 

「やれやれ……担当になっていたら貴方たちはデビュー前に潰れてますよ」

「……それはお姉様をバカにしているという事ですか、あの人がトレーナーとして二流だからだと」

「あ~駄目だこりゃ全然分かってない……いいですかよく聞きなさい、貴方達はあの人に憧れ過ぎてるんですよ。ただ憧れているだけ、偶像崇拝してるだけの信者でしかない、デビューする前から諦めて如何するんですかねぇ」

「何が言いたいんです!!お姉様に憧れて何が悪いんです!!」

 

憧れていることの何が悪いとドーベルが強く言う、それに同調するようにエアグルーヴも言葉を強めていく。

 

「いいですか、貴方達はランページさんに守られてるんですよ。その事の意味も分からないようじゃ担当なんて夢のまた夢、スズカちゃんには届きませんよ」

 

サイレンススズカに敵わない、その言葉は明確に二人の地雷を踏んだ。そんな様子にフローラはため息交じりに空を見た。

 

「(恋は盲目みたいな感じかなぁ……確かに私向きだわ、自分みたいにさせる訳にはいかないし恥ずかしいけど一つ一つ話してあげるか)どうやっても届かないよ、本気でランページさんを越えようとしない限りね―――私みたいに最後の最後まで気づけなくなるのは嫌でしょ、だったら着いてきなさい」

 

 

 

「今日は何をするんです?」

「とあるウマ娘を紹介する、俺も大変世話になったお姉様だ」

「へ~いそこのマブい彼女たち~乗ってく?」

「二人乗りでしょそれ」



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302話

ランページが会わせようとしていたのはマルゼンスキー。もともと担当を取ったというので興味を持って会わせてほしいと頼まれていた。今は一旦ランページの家までやって来ていた、問題かもしれないが助手席にランページ、その膝の上にスズカという態勢で移動を行った。スズカが中等部で助かったと思わず思った。

 

「う~ん良いわねぇこのインプレッサ、特段カスタマイズしてる訳じゃないけど足回りは丁寧にメンテされてるわね。これで峠を攻めたら中々スリリングね!!」

「え、ええっと……?」

「ウマ娘で言えば勝負服じゃなくて蹄鉄とか靴に注力してるって言えば分かりやすいか?蹄鉄を軽くしたりとか」

「あっそれなら」

 

二台は止められる駐車スペースに止められた真っ赤なカウンタックに真っ青なインプレッサ。その間に挟まれながらもインプのタイヤなどを触りながらも調子を確認する、それをスズカも眺めながらもよくわからなそうに耳を回している。

 

「インプレッサってね、WRCっていう車のレースの世界大会に出るような車種なの。だから元々がモンスターマシンって言っても過言じゃないのよ、だから下手に弄るとバランスを崩しちゃうから足回りを調整するだけでもかなり個性が出るの、この辺りはウマ娘とトレーナーの関係とも似てるわね」

「なんとなくですけど、分かるような気もします」

「無理に理解しなくていいからなスズカ、ンでマルゼン姉さんはこれからの予定は?」

「モチッ峠を攻めに行くわよ!!」

「ああっやっぱりか……はいはい分かった分かった」

 

それはそれでどうかと思う訳だが……実際これで自分はコーナーリングのコツを掴んでいるのだから何とも言えない。それをスズカにも押し付けるのはマズいので流石に強制はしないしマルゼンスキーから話を聞いたりするだけでも十二分に価値があると説得してみるが

 

「折角なので体験してみたいです。マルゼンスキーさんとランページさんのその峠攻め?興味あります」

「ああそう……まあそれなら一応外泊届は出してあるから今日は泊まってけ、んじゃ夕飯の買い出しでもしますか」

「あっそれじゃあランちゃんのインプ運転させてくれない?タッちゃんだと3人での買い出しに向かないし」

「無茶な運転だけはしないでくださいよ?」

 

キーを投げ渡すとモチのロンよ~♪と如何にもらしい返答をくれた、大丈夫かなぁ……という不安を感じつつもスズカと共にインプに乗り込む。

 

「そう言えばランちゃんはカノープスの方は良いの?」

「今更な言葉っすね……まあ大丈夫っしょ、問題はフローラの奴に任せてありますし」

 

 

 

 

「―――という訳でこれが私の歴史、ランページさんとの勝負の結果、モノの見事に大敗北の連続の大惨敗」

 

トレセン学園の空き教室、そこを借りてTVでレース映像を見せながらフローラは語っていた。映し出していたのは様々な角度から映し出されていた自らがランページに挑んだ全てのレース。様々な放送媒体やネットの中継から拾ってきた映像を編集して様々な点から復習出来るように整えられた物。それを見せつけられているのがエアグルーヴとドーベルだった。

 

「敗北の痛みは何時しか憧れへと変化して今に至る、最後の最後のレースで漸く自分の殻を破れたってところかなぁ……えらく時間かかったけどね」

 

そんな風に語るフローラ、それらの話を聞きながらも二人は真剣にレース映像を見ていた。憧れの存在のレースだから?違う、フローラのレースごとに徹底したランページ対策の走り、技術、作戦が手に取るように理解出来た。同時にこの人がどれだけ真剣に、真っ向からランページに戦いを挑んでいたのかが伺い知れた。

 

「これだけのことを、やって勝てなかった……?」

「最初から最後までご覧の通り。それだけあの人は突き抜けた強さを持っていた、それでも私は勝ちたかったのよ……貴方たち以上にあの人に憧れてたからね」

 

その言葉には、これまで感じた事もないほどの重みがあった。トゥインクルシリーズの全てを賭けてたった一人のウマ娘に勝とうとしたアグネスフローラ。他のレースに出ていれば彼女はもっと勝利していたことだろう、それこそランページに匹敵する数の重賞を勝っていた事だろう。だがそんな事はしなかった、調整目的や新しい技術の検証の為にしか他のレースには出なかったほどに執着し続けていた。

 

「私は運が良かったのよ、一歩間違えば崖から転落して再起不能になるぐらいの危険な道だったのにそれを駆け抜けてしまった。今思うと本当に愚かよ」

「……憧れが、そんなにいけませんか」

 

震えた声でドーベルが問う。これまで揺らがなかった筈の自信がまるで打ち砕かれたかのような様子だった。

 

「憧れは大事よ、モチベーションを作るのに大切。だけど憧れは理解から最も遠い感情だよ、自分の気持ちを押し付けてるだけに過ぎない」

「お、押し付けてなど……!!」

「じゃあ質問。貴方達はランページさんの担当になりました、がこれまで成した偉業故に必要以上に注目された上に自分の実力以上の事を強要され続けます。どこに行っても着いて来るメジロランページの担当という肩書の重さに耐えきれる?あの人と同じ重さと向き合える?」

「「……」」

 

答えられるわけがない。ランページがどれだけの戦いを勝ってきたか知らない訳ではない、そしてその勝利に付随するかのように増えていく栄誉と地位。時には国の重鎮とも言葉を交わしてしまう程の存在の担当に自分たちは相応しいのだろうか……そう問われたら答える事は出来なかった。

 

「スズカちゃんは良くも悪くも走る事に夢中なのよね、ランページさんに聞いたのもあの人が見た先頭の景色はどんな感じでしただからね。つまりランページさんに憧れているというよりもあの人が見た景色、結果に目を向けている、そしてそれを自分で成してみたいと思ってる。あの子は多分周囲からの重圧もそこまで感じない位に自己完結してる、それが差かしらね」

「―――もしかして、ランページさんは私達が重圧で潰れてしまうと分かってて……?」

「うん、守ってくれたって事」

「それじゃあ、認めてないとかじゃなくて……」

「寧ろ認めまくってると思う、今は焦らずにゆっくりと歩いていく時期だって判断されてるんだよ」

 

此処まで言って二人は漸くフローラの話を聞いた。そして理解して安堵する、自分たちは別にランページに見捨てられたとか認められてないとかネガティブな事では全くない。その事に二人は安堵の息を漏らすが直ぐに二人は姿勢を正してフローラへと向き直った。

 

「フ、フローラ先輩失礼なことを言ってしまってそ、そのえっと……」

「み、身の程も知らずにあのような口を、その……」

「あ~大丈夫大丈夫、これでもランページさんに雑に扱われなれてるからこの位何ともないない。それよりさ、良いこと教えてあげようか。なんでスズカちゃんが担当に選ばれたのかを」

「「是、是非!!」」

 

一度、皮が剥ければ素直なものだと思いながらも自分なりの考えである事を伝えながら言う。

 

「明確な自分自身のスタイルがあるからだよ、スズカちゃんの場合は純粋に先頭の景色を見たいっていう思いと走りがマッチしてる。つまり自分らしさ、自分という個があるからスカウトされたんだよ。焦ることなく自分の走りを見つけてごらんよ、そうすれば自然とランページさんの方から声が掛かってスカウトなりメニュー組んでくれたりするよ」

「「はっはい!!有難うございますフローラ先輩!!」」

 

頭を下げると二人は颯爽と部屋から立ち去って行った、走る音が聞こえるのできっと南坂トレーナーの所に言ってメニューをお願いしようとするのだろうか、それとも自主練だろうか。どちらにしろ意欲と元気があるのは良い事だ。そしてランページへと電話をかける。

 

「あっランページさんですか、二人とも元気になりましたよ。多分これからよくなっていきますよ」

『手間かけさせたな』

「私と貴方の仲じゃないですか、もしもお礼をしてくれるっていうなら―――以前タキちゃんとホテルのお風呂で背中の」

『くたばれ(ブツッ!!)』

「ああっちょっと!!?少しぐらい私とも絡みましょうよ~!!」

 

こんなやり取りをしつつもランページはフローラに感謝の念を持っている。自分では絶対に出来ない事をやってくれたのだ。何かで礼をしようとは思う、フローラの願望とは別に。

 

「ンでスズカ、初の峠はどうだった?」

「―――圧巻でした。景色がこうスライドしていくなんて凄い新鮮でした……!!」

「お気に召したみたいでバッチグーね!!」

「あの、また連れて来て貰ってもいいですか?」

「まさか嵌るとは……」




サイレンススズカは体力が30下がった。
スピードが15上がった。
パワーが15上がった。
根性が25上がった。
「弧線のプロフェッサー」のヒントLVが4上がった。
「下り坂巧者」のヒントレベルが3上がった。


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303話

「次だ、次のメニュー!!」

「い、いやちょっと待って……えっとそれじゃあスタミナ強化メニューだけど……」

「早く言わんかたわけ!!よし、やるぞ!!」

「あっちょっと待ってってば!?」

 

「次、お願いします!!」

「次ですか、となると走り込みになってしまいますが」

「行ってきます!!」

 

 

「精が出るねぇ全く」

 

カノープスの練習風景、それを見ながらもランページはネメシスのメニューを組んでいた。その先に見るにはエアグルーヴとドーベルが真面目に練習に打ち込んでいる光景。今までが真面目ではなかったわけではないが今は更に真摯に取り組んでいる感じがする。フローラからの話が大分効いたと見える。

 

「ランページさん、ランニング終わりました」

「んじゃ次は坂路だ。無理はするなよ、維持出来るスピードで登り切れ。一回でいいぞ、俺やブルボンみたいに何回もやらなくていいから」

「分かりました」

 

そう言いながらも坂路へと向かっていくスズカ。スズカの担当をやめるつもりはないし今のところこれ以上増やすつもりもない、チーム担当の許可が出ない限りは。それこそ許可が出るのはいつだろうか……まあ気長に待つことにするつもりでいる。

 

「フローラは役に立ったかしら?」

「お陰様で。あいつも偶には良い事をする」

「貴方限定でね、リギルでは纏め役をやってて結構確りした面もしてるのよ?」

 

やってきたおハナさんに礼を言う、曰くリギルではまともな面ばかりだそうだがランページとしてはそれは余り信じられないというのが素直な感想。なぜならば自分と絡むときは決まって残念な面しか表面に出さないからだ、今回のようにまともな面を出して接してくるのであればこちらも応じるつもりはあるのだが……。

 

「エアグルーヴとドーベルも納得してくれたみたいで安心しましたよ」

「焦る必要なんてないんだものね、ゆっくりと大きくなっていけばいい。まあ貴方の場合は急速に大きくなった訳だけど」

「家庭環境がアレだったもんで」

「それってメジロ家が?」

「それもある、の前っすね」

「ふぅん……まあ聞かないでおくわね」

 

フローラの借りは今度居酒屋で一品奢る事で手を打つとおハナさんは帰っていった。生ピーマンとつくねのコンボでも勧めようかな……と思いながらもメニューが組み終わったのでそれをサンデーのタブレットへと送信しておく。と言っても今日は休みで車を見に行ったわけだが……ほぼほぼGT-Rだろう、一応ランエボも試乗したそうだが性に合わなかったらしい。

 

「スズカさんの調子は如何です?」

「悪くはない、寧ろ良い。マルゼン姉さんとの絡みもいい刺激になったしな」

 

様子を見に来た南坂、彼も彼で間もなくに迫っている安田記念に日本ダービーに向けて忙しい筈なのにこちらにかまけて良いのだろうか、まあ彼だから問題はないのだろう。

 

「先程の走り込みを拝見しましたが内ラチ際が酷く強くなってましたね。30センチ、コーナリングが上手い方でその位ですしそれが良い目安且つそれ以上となると腕をぶつけてから首などを持っていかれる危険性もありますが―――彼女は5センチぐらいですかね」

 

インプで峠を攻めに行った結果、としか言いようがない。人数もあるので自分のインプレッサで行った峠、ヒルクライムは自分、ダウンヒルはマルゼンスキーがハンドルを握った訳だが……矢張りドライビングテクの差はありありと感じさせられた。こればっかりは運転歴の差が如実に出た結果としか言いようがなかった、それでもスズカはヒルクライムにも魅力を感じてくれたのか喜んでくれたが……まあ兎も角、以前の自分のように峠を攻めたことでコーナリングのコツをつかんでしまったらしい。

 

「足捌きが変わりましたね、ランページさんはストライドと持ち前のパワーで抉るようにして芝の下の地面を捉える事で通常以上のグリップを得ていますが彼女のそれは全く違う。足捌きがいい……まだまだ未熟ですが体重移動を練習させればどんどん伸びますよ」

「そう思って荷重移動の練習はさせてる。スズカは元々加速力がエグいからなぁ……コーナリングでもそれを活かさない手はない。まあその為には基礎を確りと教え込まないといけないけどな」

 

コーナーでは減速する、遠心力との兼ね合いもあるので当たり前。それに抵抗出来るのは自分のように体格とパワーに恵まれているウマ娘位だろう、なのでスズカは加速力を利用した足捌きを現在研究中。まあそれを発揮できるようになるのは数年先だろうが……楽しみなのは事実である。

 

「まあそれは良いんだけどさ……」

「どうかなさいました?」

「いや、なんでもねぇ」

 

『あ、あのランページさん……』

『あっ~その話か……分かった分かった、ちゃんと連れてってやるから』

『やったっ♪』

 

「初めての担当だからか、甘くなりすぎてるのかなぁ……」

「フフッそうなってもしょうがありませんよ、私も経験あります。ですが少しだけ嬉しそうじゃないですか」

「まあ嬉しくはあるけどよ……まあこれもスカウトした責任だと思うか」

 

スズカの為であるという事は分かるのだが、スズカは如何にも峠の走りに魅了されてしまったらしい。曰く、流れていく景色の素晴らしさと疾走感による高揚感、そしてコーナリングで身体に掛かる感触が特に気に入ったらしい。なので峠に連れて行ってほしいと催促をされてしまった。別に自分は走り屋ではないのだが……態々此処から峠の為だけに遠出をするのでガソリン代とタイヤ代が掛かる事だけが気を重くさせる。

 

「はぁっ……手痛い出費だぜぇ……」

「何かお買い物を?」

「マルゼン姉さんがタイヤを酷使してくれたからなぁ……この前新しいのに変えたばっかりだっつぅのに……」

「それはまた……」

 

流石に世話になったマルゼンスキーには請求しにくかったのでしなかった、まあ兎も角担当の為に苦労するのがトレーナーなのだろう……沖野が金欠になる気持ちが少しだけわかった気がする。少しだけ。

 

「坂路、終わりました」

「応お疲れさん」

「コーナリングはもう少し攻められると思ったのでそこの練習をしたいんですけど」

「今の段階だと攻め過ぎはマズいな……今の幅を維持しつつスピードアップを目指してみろ、それがクリア出来たら幅を狭めればいい」

「分かりました、行ってきます」

「せめて休憩してからにしろい、15分」

「は、はい」

 

戻ってきたばかりなのにまた直ぐに走りに行こうとしてしまう、本当に走る事が大好きなウマ娘だ。スズカが恥ずかし気にしているとエアグルーヴとドーベルが迫ってきた。

 

「ス、スズカにランページさん、少し宜しいでしょうか……?」

「んっ構わないぜ」

「私も大丈夫です」

「それでは私はこれで、チケットさんたちの方を見てきますね」

 

女性たちの間を邪魔する事はしない、と言わんばかりに去っていく南坂。こういう気配り上手な所は見習いたいものだ……さて二人は何用なのかとそちらに向き直るのだが言い難そうに口籠ってしまっている。

 

「そ、そのあの……えっと……」

「私、私たちはその……貴方に嫉妬、してたの……」

「私に、ですか?」

「ああっそうだ!!私たちはランページさんに憧れているんだ、そんな人に担当としてスカウトされたお前に嫉妬していたんだ!!」

 

ドーベルのそれに続くようにエアグルーヴも勇気を出し、大きな声で自らの胸の内を吐き出した。それにスズカは少しビックリしていた。

 

「如何して私じゃないのって、身勝手に貴方に嫉妬してた……そんな自分が情けない」

「だから今、これまでのことを謝罪したい。すまなかった!!」

「え、えっとこれまでと言われても私なにもされては……」

「してないけど、貴方に間違ったものを向けてたの確かなの!!勝手かもしれないけど謝らせて!!」

「これは私たちのケジメだ!!だからスズカ、すまなかった!!」

 

真摯な対応、真摯な言葉、紛れもない誠意から生まれた行動を以て二人はスズカに頭を下げた。それに戸惑ってしまい助けを求めるようにランページに視線をやる。それを受けて少しだけ笑いながら肩に手を置く。

 

「応えてあげなさい、貴方にとってはよく分からないかもしれないけどその誠意に応えるだけでいい」

「―――はい。えっと私は特に気にしてませんでした、だから私はお二人と仲良くしたいと思います、だから宜しくお願いします」

「あ、ああっ分かった。これから宜しく」

「私も宜しく……えっと……スズカさん」

「スズカで結構ですよドーベルさん」

「私もドーベルでいいから」

 

そう言って握手を結ぶ、拗れる事もなく無事に結ばれた友好にランページも胸を撫で下ろす。これもまた青春のページの一幕―――

 

「あっそうだ、折角お友達になったんだから今度ランページさんとお出掛けするんだけどご一緒しない?」

「何っランページさんとだと!?もちろん行くぞ!!」

「行く行く行く絶対に行く!!」

「―――えっ」

 

まさかの峠に誘う結果になるとは思いもしなかった。

 

「い、いや流石にそれは……スズカやめておいた方がいいと思うが……」

「大丈夫だと思います、二人も気に入ると思います」

「フフッ何だか分からないが気になるな」

「意地でもついていきますからね!!」

「ああっ……ど~しよこれ」

 

 

「くぅぅぅっ……うあああああ!!?横からGがぁぁ……!!」

「お、お尻っ……お尻が浮くぅぅぅっ!!?」

「っやっぱりこの感覚、景色、いいっ……!!」

 

結果的に峠にはエアグルーヴとドーベルも連れていく事になってしまった。スズカからすれば自分が知った素晴らしい世界を友人と共有したかっただけの完全な善意。それを受けた二人だが……いろんな意味で初体験過ぎる世界にクタクタになっていた。が

 

「ランページさん、なんかエアグルーヴさんとメジロドーベルさんのコーナリングが良くなっているんですが何かアドバイスをされました?」

「前より良くなってるんだよね、何やったの?」

「いやぁまあ……いろいろ、な」




エアグルーヴとメジロドーベルの体力40下がった。
スピードが5上がった。
パワーが5上がった。
根性が15上がった。
「弧線のプロフェッサー」のヒントLVが2上がった。
「下り坂巧者」のヒントレベルが1上がった。


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304話

「うわぁっ速~い!!」

「いけいけ~!!」

「ちょっいまなんバ身差付いてる!!?」

 

アグレッサーチーム・ネメシス。スカウト待ち、未契約のウマ娘たちが集うこのチームを束ねるのはかのサンデーサイレンス。教導という立場ではあるが自らの持つ技術や精神、肉体面を押し込む。その質は極めて高く、既にその成果はリギルでジェニュインが東条トレーナーに見せつける事で力量の高さを感じさせている。同時にネメシスの地位が高まる中でもう一つ、高めている要因がある。

 

「ぜ、全然追いつけない~!!?」

「なんとぉぉぉ!!?」

「こっから末脚爆発って追いつけねぇええ!!?」

 

「口じゃなくて脚を動かせ!!少しは追いついて見せろぉ!!」

 

様々な声のウマ娘を遥か後方に置いてきぼりにしながらも先頭を疾駆するウマ娘こそがネメシスの統括チーフ、メジロランページ。統括チーフの役割はメニューの構築と教導を担当してもらえる人材の誘致、模擬レースの開催などなど多いが彼女自身が走ってメンバーの調子を確かめる事だってある。その際には最速にして最強の脚を存分に使う。普通ならば絶対に勝てないと望まないかもしれないがネメシスでは逆に捉えられている。

 

―――チーフに追い付く、いや超えることが出来たらその瞬間から自分は間違いなく自分は世界の主役になれる。

 

敵役から主役へ、己が主役へと昇り詰める事を目指す、証明する事こそネメシス。だからこそランページもそれを受けて立つ、自分の座を奪えるものならば奪ってみろ、受けて立ってやる。

 

「チーフが1着!!2着とは―――大差勝ち、なんてどころの話じゃないね……」

「当然の結果と言えば当然の結果だけどこれはエグいわねぇ……」

 

設立されてまだ月日も経たぬうちから負ける訳にはいかない、目標として夢であるものとしての責務をランページは果たし続けている。そんな中で得られたデータも次に活かす。

 

「よし、全員集合!!レースに出てたやつはクールダウンを忘れるな、次は明日の模擬レースに向けての最終調整だ、軽く流す程度にしとけよ。明日の主役は誰になるかはお前ら次第だ、チャンスを不意にするなんてつまらない真似はするな」

「明日のレースに出ない奴はゲートには入れ、俺が相手してやる」

「ボスが相手!?くっそぉっ~明日レースなのが恨めしい~!!」

「ぶつくさ言ってねぇ自分のやるべきことをやれ!」

『YA-HA-!!』

 

教導役、皆からはボスと呼ばれるサンデーの雰囲気に軽く呆れつつもランページは明日の準備とりかかる。アグレッサーチーム主催レースはトレーナー陣からは好評、ベテラントレーナーから即戦力、新人トレーナーからはどんなウマ娘が望ましいのかの傾向などの情報が取れるのでかなり貴重な場となっている。

 

「―――よっ」

「応今日も来たのか」

「ああ、今日もクソ教官がうるせぇのなんの……」

「そりゃ災難だな」

 

腰掛けながらタブレットに繋げたキーボードを叩いていると隣に一人のウマ娘が座り込んだ。真っ黒な黒鹿毛、鋭い目つきは相手に畏怖すら与えるが、余りにも周囲を鑑みない自己完結し気にしない態度は当人の器の大きさを表しているのか、それとも単純にバカにしているのか判断がしにくい。彼女はトレセン内でも問題児扱い、新入生故に担当はいないしチームにも入っていない、なので教官職に就くトレーナーの教導を受ける事になっている筈だが彼女はそれを拒否し、授業も平気でサボったりする。それが彼女との出会いの始まりでもあったわけだが。

 

「あんなくそつまらねぇ事誰がやるかってんだ」

「均一を取って安牌を作るのが教官様の仕事だ、いやなら担当見つけやがれ」

「はんっ誰がこんな新入生の担当をやりたがるかよ、もしもってんならアンタが取ってくれ」

「テメェにその気があるなら取ってやるよ、その内な」

「はん」

 

メジロランページという存在にも全く動じる事もなく、こびる事もなく、寧ろ同格として当たり前だと言わんばかりの態度で接してくる。サンデーのそれに近い彼女の対応は気が楽なところがある。まあ放っておくかと思っておくと―――こちらに迫ってくる影があった。

 

「あっこんなところに」

「Oh!!見つけマシタ~!!」

「相変わらずね、ってあらとんでもない方の隣にいたわね」

 

迫ってきたのは自分の担当であるスズカだった。その両隣には彼女の同期がいた、そして自分の隣で寝っ転がっているウマ娘も彼女の同期。

 

「ランページさん、ご一緒だったんですね」

「ご一緒だったっつうか奴さんが来たって感じだな。ほらっ俺ちゃんってばそこまで拒絶する女じゃないから」

「フフッそうですね。えっと彼女に伝言があるんです、教官が探してて」

「知るか。用があるならテメェが来いって伝えてくれ」

「もうっそんなこと言わないで―――ステイ」

「誰が待つか」

 

そうじゃないわよと困り顔のスズカ。自分とて彼女が誰なのかは知っている、そしてスズカの両隣のウマ娘も……。

 

俗にいう97世代、サイレンススズカが属するこの世代には世界で活躍した偉大な名馬たちがいる。それがこの場に介していると思うと胸が熱くなる。日本馬として史上初の海外G1制覇を達成したシーキングザパール、大雨の中の無敵とも称された最強マイラー・タイキシャトル、そして―――同期の栄枯盛衰を見届けた末のラストランで国産・日本調教馬初となる海外G1勝利を成し遂げたステイゴールド。世界に到達した世代とも言われる世代が集結しているのは感動である。

 

「あっランページさん此処にいるのはみんな私のクラスメイトなんです」

「Oh!!ランページトレーナー、タイキシャトルデース!!」

「フフフッ貴方に会えるなんてやっぱり今日は素敵な日になったわね、シーキングザパールよ!!」

「どうもご丁寧に」

 

史実で日本に海外での初G1勝利をもたらした二人にこうしてあいさつされるのも妙な気分だ、というかその座は自分が取ってしまったのか……と軽くばつが悪そうにするとタイキが大きな声を上げた。

 

「ワタシ、アメリカでBCクラシックでのレース、ファミリーで見まシタ!!それでワタシ、ジャパンに来るコトを決めマシタ!!」

「実は私もランページさんが切っ掛けなのよ、世界で輝く貴方を見て私の夢は明確なヴィジョンとなったと言っても過言ではないわ!!」

 

タイキはBCクラシックで、パールは自分の世界を相手に走った姿を見て、それぞれが自分を見て中央トレセンに来ることを決意してくれたと語る。そういわれるとなんだか照れ臭くなってくるわけなのだが……。

 

「俺は別にアンタに憧れてねぇけどな」

「ステイ?!ドウシテですカ~!?」

「憧れた所で変わる訳でもねぇだろ、俺は俺だ」

「そう言ったところも、なかなかにファビュラスよ貴方は」

「ヘイヘイそりゃどうも」

「ラ、ランページさんすいませんクラスメイトが失礼を……」

「気にすんな。こういう態度の方がこいつらしい」

「ほれ見ろ」

 

ステゴとの出会いは本来授業中の時間なのにサボっている所を見つけた所だった、気分転換で外で仕事をしているとそこにステゴがやってきた。如何やら自分がいた場所が彼女にとってのフェイバリットスポットだったらしい。

 

『そうか、そりゃ悪いことしたな。ンじゃ俺は他に行くわ』

『……あんたも一応トレーナーだろ、授業出ろって言わねぇのか』

『言って聞くタマならな。それに俺はトレーナーだがお前のトレーナーじゃねえ、個人に口だしする程偉くなった覚えもねぇしな』

 

そんなやり取りをしたらなんか気に入られた、というよりも近くにいればメジロランページが見ていると解釈されて柵が減ると思われているだけかもしれないが……。

 

「偶には授業に出た方がいいと思うけど」

「しゃあねぇだろあんな面白くもねぇもんなんかに出ても得にならねぇんだよ」

「それならどんなのなら参加するの?」

「……考えるの面倒だからランページの授業なら出てやるわ」

「それはNice idea!!ワタシも出たいデース!!スズカばっかりズルいでーす!!」

「そ、それは担当だからで……」

 

そんな様子を見つつ、ランページは思う。この辺りの世代は本当に凄い個性が強い面子ばかりだと。



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305話

「あいつバケモンか何か?」

「それをあなたが言いますか」

 

新聞を見ているランページに南坂が呆れたような声で言った。その視線の先にあるのは先日の安田記念の結果だった、ランページが海外に遠征している間にも安田記念を連破していたイクノ。今回は3連覇という偉業が掛かったレース、ヤマニンゼファーとの大接戦、20分以上の写真判定の末に7mmの差で勝利をもぎ取る事成功し3連覇を達成して歴史のその名を刻み込んだ。

 

「いや3連覇よ?普通ないぜ」

「凱旋門とBCクラシック制した人がおっしゃっても説得力が」

 

言いたい気持ちは分からなくもないのだが、史実を知っている身としてはどれだけ3連覇が重いのかは分かっているつもりである。あのマックイーンですら天皇賞(春)の3連覇を成し遂げられなかった、それほどまでに難しい事は分かっている。だからこそイクノの今回の偉業は称えられるべきだと思う。

 

「んであいつ次は?」

「宝塚記念ですね」

「相変わらずのローテだなホント」

 

まあイクノのローテが凄いのは今更過ぎる事だからもう気にする事も無いだろう、自分だって同じようなものだったのだから人のことは言えないし。

 

「それで次はチケゾーのダービーか……」

「はい、この時期は本当に大変ですね」

「そう言いながらも顔がニヤけてるぜ?」

「トレーナーですので」

 

イクノの偉業もつかの間、今度は日本ダービーが迫ってくる。タイシンに取られた皐月賞のリベンジ、そしてチケゾーの目標であったダービーウマ娘になるという夢、それを叶えるための舞台が迫ってくる。リギルとスピカでも追い込みが始まっている筈。

 

「チケットさんはかなり良い仕上がりです、ダービーウマ娘になるという目標に向けて一直線といった感じを受けます」

「ダービーウマ娘、か……」

 

思わず上を見上げながらも思う。

 

「南ちゃん、チケゾーは多分もっと上まで行ける、ダービーウマ娘程度で満足されたら困るのは俺達だと思わないかい?」

「仰る通りです。それをご指摘しようと思ったのですが―――チケットさんは嬉しい事を言ってくれました」

 

『アタシ、ダービーを取る事以外全然考えてなくてその先の事、分かってなかったんです。ダービーさえ取れればアタシの夢は叶う……じゃあ叶ったその先は?それだけで引退するのかって考えた時に真っ白になってました。でもそんな中に浮かんできたのがあったんです、ハヤヒデやタイシンだったんです!!』

 

「ライバルともいえる二人と競い合ってもっともっと上へ行く、ダービーは通過点であって終着駅じゃないと語ってくださいました」

「そうか、一皮剥けてたか」

「そう仕向けた甲斐がありましたね」

 

如何やら自分がチケットにそう仕向けた事は南坂には丸分かりだった、誤魔化すようにコーヒーを口にするが口角は上がっていた。そんな彼女に向けて南坂はある材料を投入してみる事にする。

 

「これでチケットさんがダービーを取ったとすれば、ランページさんのチーム設立が一気に現実味を帯びますね」

「なんでさ、確かにサブトレとして練習を見てやったりとかしてるが大体は南ちゃんの功績で俺の功績って訳ではないだろ」

「それだけ日本ダービーというものは重く見られている事です、一流のトレーナーでもダービーは取れなかったという事は珍しくはありませんからね。その功績はチーム全体に現れますし統括チーフとして頑張ってるランページさんのトレーナーの適性を疑うなんてものは完全にモグリでしょうし早めに許可は与えておくに越したことはないでしょう」

 

なんというか自分にチームを持たせるための策略めいた何かを感じる……聞けばファイナルズやレジェンドレースの功績なども加味されているとの事。そっちは関係あるのか?と思わなくはないのだが……

 

「しっかしそうなると多分エアエアやドーベルは俺のところに来るぜ、カノープス的にはそれって許容出来るのか?」

「元からそのつもりでしたからね、彼女たちの事を考えたらそれが一番いいでしょう。それに―――チームとして簡単には超えられる程私は甘くはありませんから」

「おおこわっ……御綺麗な面してこれですわ……んじゃチケットの相手でもしてやるか」

「ええっお願いします」

 

勝負服を着ていたのでこのまま走れるランページはコースの方へと向かっていく。そんな後姿を見つめながらも南坂はランページがチームを持つことは早い事に越したことはないと思っている。サブトレーナーに収まる器ではないし彼女には他のトレーナーにもウマ娘にもない強みがあり過ぎる、それをサブに留めておくという事はそれらを使わずにいるという事に他ならない。

 

「おいチケット、2400で勝負しねぇか。ワールドレコードホルダーに勝てればダービーでもぶっちぎれるぜ?」

「えっ本当ですか!?いやった~先輩と走れる~!!」

「何々、ランと走るの!?ターボも走る~!!」

「流石に私は遠慮しておきます、タイムは私が」

「あ、あのライスもお手伝いします」

「おっとっと、ネイチャさんを忘れて貰っちゃ困るね~」

 

少し顔を出せば、彼女の周りにはすぐに人が集まってくる。それだけの魅力とカリスマ性が彼女にはある、それを彼女は自らの走りで証明し続けた。それを直接還元するためには矢張り自らが指揮するチームを持たせることが一番。南坂もそう思っているうちの一人なのだから。

 

「お~い南ちゃん、アマちゃん達もやりてぇっていうんだけどどう思う~?」

「アマゾンさんたちはまだ駄目ですよ、デビュー前なんですから」

 

一先ず今はサブトレーナーとしている彼女との時間を大切にすることにする。これはこれで楽しくも素晴らしい時間なのだから。



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306話

日本ダービー。日本中の注目が集まるこのレース、一生の内、一度しか参加する事が許されず出る事も敵わないウマ娘も多い。夢の舞台の一つともいわれるレース。そのレースはその世代の頂点を決めると言っても過言ではない、そんなレースの中心となっているのは―――BNWの三強。

 

『さあ間もなく第三コーナーへと差し掛かろうとしている、注目のBNWはどのようなレースを見せてくれるのでしょうか!?ビワハヤヒデは先頭から3番手、ウイニングチケットが8番手、ナリタタイシンが14番手。全員が自分の持ち味を生かせる位置に控えている!』

 

リギルのビワハヤヒデ、カノープスのウイニングチケット、スピカのナリタタイシンの三つ巴。トレセン学園でも際立った強豪チームとしての名高い三チームが作り出した三強、いったい誰がこのダービーを取るのかは皆が気になっていた。ビワハヤヒデが年間最多チームであるリギルの意地を見せるのか、それともここ数年で一気に頭角を現したカノープスのウイニングチケットか、皐月賞を制した勢いでダービーを狙うスピカのナリタタイシンか。

 

「(これがダービー、ネイチャ先輩がテイオー先輩と伝説になったあの舞台なんだ……!!)」

 

ターフを駆け抜けながらもチケットは想いを馳せていた、子供のころからずっと憧れていたこの舞台。今までずっとダービーを追ってきたがやはり自分が走るとなると全く違う物があった、胸の内に湧き上がってくる充実感に身震いが起きた。出来る事ならばずっとこのまま、走り続けていたい。このままハヤヒデやタイシンとずっとダービーを走っていたい―――

 

―――満足するな。もっと飢えろ、もっと気高く強く飢えろ。

 

 

その充実感を打ち砕くかのように脳裏に響き渡ってきたその言葉に身が一瞬で引き締まった、自分は何を考えていた、何に酔っていた!?

 

 

―――ダービーウマ娘になる、それは結構だがそれで終わりか。お前のレースはそれで終わりなのか。

 

 

「終わりになんか、してたまるもんかっ……!!」

 

ランページに言われた言葉は胸にあった、それが自分にあった侮り、慢心、満足感を完全に消し飛ばして純粋な闘争心と欲望、飢えへと変貌させていく。燦然と輝くダービーの栄光、それはどうしようもなくほしい、だがその先のものだってほしくてほしくてしょうがない自分がいた。欲深いと言われるかもしれない、だがそんなもの言わせておけばいいんだ、自分は決めたんだ。

 

「飢えなきゃ勝てない、気高く飢える―――!!!!」

 

『直線に入る一瞬、ウイニングチケットが仕掛けたぁぁぁ!!!一気に加速していく、ごぼう抜きだ!!一気にビワハヤヒデを抜いて今先頭に立ちっいやここでビワハヤヒデも行った!!即座に並び立った、ナリタタイシンも来た!!矢張りこの三人だBNWの三人の決戦だ!!一体誰が勝つんだ、ダービーの栄光を手に入れるのは一体誰なんだぁ!!?』

 

「はああああああ!!!」

「負けてたまるかぁぁぁぁ!!!」

 

コーナーを越えるほんの一瞬、全員が直線に入る前の一呼吸を入れる刹那にチケットは全てを賭けた。無理を言ってサンデーサイレンスに扱かれ続けてきた、それによって築かれたのは紛れもない自信だった、自分を信じる揺るぎない己。それによって迷う事もなく全てを実行した。それをするとまるで信じていたかのように二人もスパートをかけた。

 

「(やっぱり二人は凄い、でもあたしだって、アタシだって―――!!)」

 

この時まではランページの言葉の全てを理解していたわけではなかった、飢えるという事は分かっていた、だが気高くという言葉の意味が全く分からなかった。飢えるはつまり欲する事、だが気高く……その意味が全く、だが今ならばわかる。気高く飢えるという事の本当の意味は……

 

「心の底から、本気で……マジに勝ちたいって事だぁぁぁぁぁ!!!!」

 

炸薬が爆ぜたかのようにチケットの脚力が爆発した、それによって芝が弾ける宙を舞った時―――チケットの身体はハヤヒデとタイシンを完全に追い越していた。

 

『ウ、ウイニングチケットが一気に来たぁぁぁ!!?凄まじい末脚、ビワハヤヒデとナリタタイシンも凄まじい脚、後続のウマ娘との差をどんどん広げているというのにウイニングチケットとの差が全く埋まらない!!?先頭は依然ウイニングチケット、ウイニングチケット!!そのままゴールイン!!日本ダービーを制したのはウイニングチケットぉぉっ!!』

 

掴み取った夢、辿り着いた舞台の頂点、これで満足してはいけない、だがチケットは叫ばずにはいられなかった。

 

「いやっ……たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

 

腹の底から飛び出した声は大歓声に包まれる東京レース場を突き抜けて空まで伸びていった。そして観客席に向かって大きく手を振った、その中でチケットは見た。観客席に入口、トンネルのようになっている通路の壁に寄りかかるようにしてこちらを見ている一人のスーツ姿でサングラスをかけたウマ娘を。

 

「アタシ、やったっやったよ~!!!」

 

此処には来ないと言っていたのに、ネメシスの方で忙しいから応援だけしておくと言っていたじゃないか、それなのにしっかりと来てくれていたじゃないか先輩!!そう言いたげな満面の笑みと大袈裟なほどに振られた腕と手を見て、ランページは肩を竦めながらもVサインを返してから通路の奥へと消えていった。

 

「全く、参ったものだ……今日こそと思ったのだが」

「それはこっちの台詞、アンタの最後の末脚何なんだったの?」

 

共に走り抜けたライバルは自分の勝利を祝福してくれた、本当に今は満ち足りた気分で天にも昇りそうだった……そして分かった、これはダービーで勝ったから得られた充足感などではない。ライバルと本気で戦えたからこその喜びなんだと。

 

「ハヤヒデ、タイシン!!今度は菊花賞、次も勝ちに行くからね!!」

 

そんな言葉に二人は目を白黒させた。お前は日本ダービーを制したんだぞ、あの日本ダービーを制したんだぞ?と言いたげな顔だった。だがそんなことは関係ない、次の夢は―――もう決まったのだから。それを察したかのように二人は不敵な笑みを浮かべた。

 

「望むところだ。次こそ私が勝ってみせよう、タイシンへのリベンジも兼ねてな」

「上等じゃん、ダービーは譲ったけど菊花賞を取って二冠決めてやろうじゃん」

「アタシだって負けないからね!!」

 

レース場を劈くほどのチケゾーコールが降り注ぐ中で行われた自走への誓い、そこにあったのは紛れもない勝利への渇望。全員が気高く、飢えていた。



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307話

「お呼びですか理事長、もしかして政府に色々迷惑かけまくったからクビですか?」

「驚愕ッ!?いったい何を言い出すんだ君は!?」

「いや真面目にそういう案件かなぁって」

「ランページさんをクビにしたら逆に私たちがクビになりますよ」

 

ダービーも終わりトレセン学園にはひと時の安らぎのような時間がやってきた。と言ってもレースに出るウマ娘もいるので基本的に年がら年中忙しいのがトレセン学園ではあるが、一つの山は越えたと言っても過言ではないのでトレーナー間の間の空気は緩んでいる。そんな中でランページは呼び出しを受けて理事長室へと向かった。彼女も彼女でジョークをぶっ放す程度には気が緩んでいた。

 

「改めて祝福ッ!!カノープスのウイニングチケットがダービーを制した、これは見事な快挙と言える。これでカノープスは短期間でダービーウマ娘を二人も送り出したことになる、素晴らしい事である!!」

「まあンな事言ってたら無敗のトリプルティアラやら凱旋門やらBCクラシック制したのが此処にいますけどね」

 

ワザと被せるように意地悪を言うと理事長が渋い顔をした、その辺にしてやってくれと言わんばかりに自分の頭の上で鳴くハテナに免じてこれ以上はやめておくことにする。

 

「ともかく、此度の件で評価を得たのは南坂トレーナーだけではなくサブトレーナーである君と佐々田トレーナーも同じという事である」

「へ~っサブトレーナーも評価受けんですね」

「それほどまでに日本ダービーという舞台を制すという事は大きな意味があるという事なんですよ」

「ダービーを制する事は一国の宰相になる事よりも難しい、でしたっけ」

 

それほどまでにこの栄華を掴み取る事は難しいと表現するに相応しい言葉、ウマ娘の祭典ともいわれるダービーが最高の栄誉とも言われる。

 

「そこで―――正しく特例ではあるが、君にチーム設立の許可を出そうと思う!!」

 

理事長の言葉をランページはある程度予測していた。南坂からも自分には早めに出したいだろうと言われていたから理事長からの呼び出しを加味すればありえない話ではないと思っていた。海外を相手に戦って無敗の技術を多くのウマ娘に広めてほしい、そうであればより多くの種が芽吹くだろうと考える。

 

「気が早い事で……これでも今年からの新人トレーナーですぜ俺ちゃんは、足りないと思いますがね実績が」

「何を言う、君の実績に誰が文句を言おう!!たづな」

「はい。4月からアグレッサーチーム・ネメシスの統括チーフとして所属ウマ娘たちのメニュー作りと教導役のウマ娘とトレーナーの誘致とスケジュール管理、チームカノープスのサブトレーナーとしての業務に加えて、サイレンススズカさんのメニュー作成とトレーニング。このどれもが評価に値します、特にサイレンススズカさんに関しては授業でも成績が伸び続けていると声も上がっていますよ。加えてURAファイナルズとレジェンドレースの設立も考慮されています」

 

改めて列挙されると自分ってかなり多忙な身だったのだな……という事を自覚する。今は大分マシになっているが……それでも普通のトレーナーに比べたら相当に忙しい部類なのは間違いない。

 

「チーム、チームねぇ……」

「乗り気しませんか?」

「そりゃねぇ、出る杭は打たれるっていうじゃない。ぜってぇ俺ちゃんの事をよく思わねぇトレーナーにガン付けられるじゃん」

「貴方にそんな事出来るほど度胸というか愚かな人がいるでしょうか」

「同意」

 

素直な事を言ってしまえばチームを持てるというならば持ってもいいというのが素直な本音だ、その一方でまだスズカしか担当を取ったことのない自分が上手い事舵取りが出来るのか?という不安もあるのだが……自分のやりたいようになるのが自分流だ。

 

「まあ権利をくれるっていうならば貰っときますよ」

「ウムッ是非受け取っておいてくれたまえ。チーム設立に関しての制限期間というのは別段設けるつもりはない、じっくりと君が育てたいと思うウマ娘を吟味してくれたまえ。そして出来る事ならば君のように世界に羽ばたくウマ娘を育ててほしい」

「それこそ巡りあい、時の運ですよ」

 

一先ず理事長の呼び出しというのも終わったので外に出る事にした。なんというか来年あたりだろうなと思っていたのに想像していたよりもずっと早くその機会が回ってきてしまった。スカウトするとしたら誰にしようかな、と思案しながらも外に出る。気づけばコース近くにいたのだが、そこではスズカがストレッチをしていた。彼女は自分に気づくと直ぐに駆け寄ってきた。

 

「ランページさんっ今日は何のメニューをします?」

「ああそうだな……まあその話もいいんだが少しいいか、話がある」

「お話、ですか?」

「ああ」

 

適当なところに腰掛けてから話を切り出す。仮にチームを持つならばスズカに話を通さないというのは通らない、スズカもそのチームの一員にカウントされるのだから。

 

「っつう訳で今年からの新人トレーナーなのにチームトレーナーの権利をゲットしちゃいました」

「それって……とっても、凄い事……でいいんですよ、ね?」

「分かる、凄さの度合いが微妙に分からないよな」

 

実際問題自分だってよく分からないのだからしょうがない、まあ自分の場合は色々ともっと凄い事を体験しているからこそマヒしているだけだと思われるが。

 

「スズカお前はどう思うよ」

「如何、とは?」

「俺がチームを持つって事はお前もそのチームに編入されるって事になる、分かりやすく言えばお前をマンツーマンで見る事が出来なくなる事だ」

 

トレーナーとしてはまだまだ新人の域を出ないランページ、そんな自分が多人数を見る事は問題がある。ネメシスでの経験を使うと言ってもメニューを組んでいただけで実際の指導の大部分はサンデーサイレンスがやっていた―――

 

「大丈夫です」

「大丈夫ってお前」

「だってランページさんですもん、出来ますよ」

「軽く言ってくれちゃってまぁ……」

「私、分かりますもん」

 

真っ直ぐな瞳で自分を見据えてくるスズカ、その瞳を自分は何処かで知っていた。この瞳はそう、南坂が自分を信じて課題を与えてくる時と同じ瞳。自分よりもずっと理解している時の瞳だった。

 

「それにチームならば併走をお願い出来ますし色んな事が出来ます、マイナスばかりじゃなくてプラスにも目を向けましょうよ」

「……ハハッ新入生の担当にそこまで言われちまったらトレーナーが腰砕けでいる訳に行かねぇか……よしっやるか!!」

 

チーム設立、それに向けて前向きに向かっていく事を決意する。幸いなことに理事長からも制限は設けられていない訳だから確りと足場を固めながらもゆっくりやっていこう。

 

「名前も考えねぇとな……なんかいい案とかある?」

「えっと……星の名前ですよね、何が良いんでしょう……」



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308話

チーム設立には決心を決めたランページ、しかし本格的な活動にはある程度の時間を置くことを決めた。当人がまだまだ新人トレーナーの域を出ないのもあるので数年後のデビューを見越したメンバーをスカウトする事をメインにすることを決めてそのことを理事長へと報告した。

 

『朗報ッ!!君ほどのウマ娘が数年をかけて育てたウマ娘が何れ羽ばたく天下を取る!!素晴らしい事だ、私が許可するじっくりやりたまえ!!』

『いつもの事ですが言質取りましたから』

『その用意周到さは何なのだ!?』

 

兎も角ゆっくりとやっていく事は決定した訳だが―――同時に考える事も増えた。チームとしての方針や方向性、スカウト、チームの名前諸々……と言ってもランページはそこまで深刻にはとらえずに気楽にやる気満々だった。

 

「うしスズカ、基礎体力作りでつまらねぇと思うけど我慢な。お前の脚を存分に生かすためのサウナだと思ってくれ」

「はい。何時か最高の水風呂に入りたいと思います」

「その意気だ」

 

先んじてやる事は担当であるスズカの育成に集中する事、カノープスもダービーを終えたことで一段落。次は宝塚記念という大きなレースを抱えている訳だが、カノープスは基本的に走れるのならばガンガン走らせるという方針のチームだった毎月レースに出る事は当たり前だったので慣れた物。なので平常運転のまま。

 

「ランページさんは誰をスカウトするとかってもう考えてるんですか?」

「今のところは別に、だな。ただまあデビュー前を取る、みたいなことはおハナさんに倣ってやめておこうとは思ってる」

 

理想を言うなればエアグルーヴやマヤノやマーベの世代から取りたいとは思っている。まあそう思うとエアグルーヴやマヤーベラスを取れと言われているような気もしなくもないわけだが……

 

「エアグルーヴさんやドーベルは如何するんです?」

「ぶっちゃけ、あの二人は俺が正式にチーム設立しましたって宣言したらかってに来るような気がする」

「それはそうですね」

 

「「へっくちゅ!!」」

「風邪かな、のど飴と風邪薬は一応あるけど使う?」

 

「スズカはこいつはいいなって奴いるかい?」

「わ、私ですか?」

「主観でいいぞ。この子は一緒に走ってて楽しそうだなとか、良く走るなぁとかそんな感じ方でいい」

 

自分に問いかけられるとは思ってなかったのかスズカは焦ってしまった、だが同時に自分がチームの行く末を決める云々ではなく単純に意見を聞きたいのだと分かって胸を撫で下ろす。

 

「私がいつも、というかよく一緒にいるのはやっぱりタイキやパールになるのかしら……タイキは元気いっぱいでどんな相手にも絡みに行きますけど私にはランページさんの担当って事でよく話を聞きに来ますしパールも同じみたいな感じです。ぜひ海外の話を聞きたいって」

「あの二人か」

 

タイキシャトルとシーキングザパール。ある意味で大本命を投げかけてきたと言っても過言ではない、ランページ自身もそれらを考慮していない訳ではないし二人の将来……と言ってしまったらズルいかもしれないがするであろう海外の挑戦に自分の経験云々は力になる筈、そうなると更なる向こう側へと道が開けていくかもしれない……と考えずにはいられないのは既にトレーナーとしての思考が出来上がってる証拠だろう。

 

「他だと……フクキタルも、いいと思います。この前の授業で私差し切られちゃって、あっ勿論ランページさんに言われたとおりに一気にスタートするんじゃなくて確りと歩数を稼いで加速してました」

 

基礎が出来上がり切っていないスズカには確り歩数を稼いで加速するように言い聞かせてある。スズカの負担はそこに集中しているのでそこさえ注意さえすれば後は今でも活かす事は出来る、がそんなスズカを差し切れるフクキタルは流石としか言いようがない。

 

「後は……サニーとヤマトもいいかもしれません」

「サニー?何、美意識持ってたり男装してたりする?」

「ええっと……そういう感じではないかと、私と同じみたいに逃げが得意な子達なんです」

 

此処で上げた二人は恐らくサニーブライアンとダイタクヤマトなんだろうなぁと直ぐに理解出来た。そして何方も逃げとして有名になった存在だ、やはり同じ脚質をしていると控えやすいという奴なのだろうか……

 

「ランページさんは逃げウマ娘ですし、そういったこの方が教えやすいんじゃないでしょうか?」

「そういう事も考えての人選か。可愛い奴め新人トレーナーには有り難いぞオレオレ~」

「あっちょっとランページさん、きゅぅ……!」

 

急に頭を撫でられたことに驚きつつも何だかんだで心地よさそうに身をゆだねて尻尾と耳をピク付かせる。揺れる耳が当たる感触は実にいい、育てるウマ娘は選んでいい、当たり前のことだが何処か頭の外に追いやっていた言葉だったのかもしれない。如何せんネメシスというアグレッサーの統括チーフをやっている影響だろう。基本来る者は拒まないスタンス故に選ぶことはない。

 

「選ぶ、選定するか……そうだな当たり前のことだ。お前みたいに俺が育ててみたいと思ったウマ娘でチームを組めばいいんだ、なぁ?」

「~♪」

 

問いかけるが返事は返ってこない、撫でられる感触を完全に楽しんでいる。まるで小動物のような姿に思わず笑いが込み上げてくる、そしてある事を考える。チームの名前、ある意味で一番の難題だが―――チームには星の名前が多くつけられている、ならばそれに沿いながらも少しだけ逸れてやろうじゃないか。

 

「スズカお前ってお~いスズカちゃ~ん……てい☆彡」

「ぴゃぁっ!?えっえっ!?あっえっと何ですか!?」

 

いい加減に話を聞いてほしいので尻尾を軽く撫でた、すると面白いぐらいに飛び跳ねて正座しながら向き直ってきた。

 

「チームの名前も決めた。ポスター作るの手伝ってくれ」

「あっはい分かりました!!」

「後で峠連れてってやるから尻尾触ったことは許してくれな」

「い、いえそ、その……も、もっと触ります?私、あるトレーナーさんに脚を触られたことがあって、だからトレーナーさんって身体を触っていろいろ確かめるのかなぁって……」

「おいスズカそのトレーナー教えろ殴り込むからいや一人しかいなかったわ」

 

この後、ランページは沖野の下に乗り込んだが沖野は少し走り過ぎていたスズカの脚を心配してからこそ触診をしたことが分かった。尚、突然やったのでランページは許容こそすれど一言掛けてからやれ!!と物理的なツッコミを叩き込んだ。そして走りすぎたスズカにもお説教をした。

 

―――そして

 

「ね、ねえこのポスターって!!」

「えっマジ?これマジなのガセじゃないよね!?」

「ア、アタシ先生に聞いて確かめてくる!!」

 

廊下に張り出されたポスター、そこには月下のゲート前に勝負服を纏って手を差し伸べるランページが描かれていた。

 

共に夢を駆けよう。

チーム・プレアデス、メンバー募集。

 

プレアデス。それがランページが決めたチームの名前。共に走ると決めたランページ、それならば星一つだけの名前では意味がない。揃わなければ……そう思ってこの名前にした。暴君ランページが率いるプレアデス、どんなウマ娘が集う事になるのだろうか……。




星ではあるけどちょっと変えて星団プレアデスから取りました。

何故プレアデスかって?……

け、決してちょうどルガーランスの間違った使い方で吹き飛ばされるフェストゥムを思い出したからではない。


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309話

「ランページさん、凄い事になりましたね」

「この状況でそんな言葉で済ませられるってスズカちゃん貴方ってハッキリ言ってとんでもないわよ?」

 

チーム・プレアデスの設立を正式に発表しメンバー募集のポスターも張り出した、それでは第一歩を踏み出そうという時のだったのだが……その一歩を踏み出す前にとんでもない事になっていた。一先ず入部希望者には入部希望届を出して貰ったのだが……凄い量が集まってしまった。

 

「ひぃふぅみぃ……ざっと数えて100人超えてね?」

「同級生も多いみたいですけど、それ以上に先輩方も多いような……」

「だよなぁ……リギルとかの入部テストでもこんな人数集まったとか聞いた事ねぇよ」

 

こればっかりは自分のネームバリューのせいだろう、凄い人数来るじゃないかなぁとは覚悟はしていたが実際に目にすると圧倒される。

 

「となると―――やる事は一つだな、選抜レースをやる」

 

何だかんだでこの方法が一番後腐れがない、これだけ大規模になってしまうと相応の説得力が必要になってくる。この段階で落とすことは簡単だろうがそれでは絶対に納得しない面子も現れる、それこそフローラにお話しされる前のエアグルーヴとドーベルのように。ならば納得させる場を用意する、自分の走りを直接判断して篩にかける。

 

「同時に他のトレーナーも誘う、但しあくまで俺のチームへの入部希望者だ。スカウトの最優先権利は俺が持つ、んでスカウトされるか否かでその後を決める。ネメシスの入部希望も確かめながらな」

「あの、それって結局ランページさんのチームに入るって事になるのでは……?」

 

選別と言いながらもこれはかなり優しめだとスズカは感じた。最上位でランページのチーム入り、次点で他のトレーナーからのスカウト、そして最後にはネメシス入りの権利を与えられる。これは本当に篩に掛けていると言えるのだろうかとすら思ってしまうがネメシスは全く甘くはない。

 

「確かにメニューを組んでるのは俺だが教導役はあのサンデーだぜ、ケツを蹴り上げられる扱きに耐えられればの話な」

「そっか……どっちにしろ自分との闘いなんですね」

「そゆこと」

 

甘いといえば甘いかもしれない、だがランページが考えているのは担当を持たぬウマ娘の支援なので問題はない。ネメシス入りも結局のところどうするかも自分次第だ、何時までも自分が助ける訳ではない。

 

「サブトレーナーも探したほうがいいかねぇ……まだ気が早いかな?」

「早い事に越したことはないと思います、遅いよりかはずっと」

「正論だな。つってもいるかな」

 

カノープスの佐々田トレーナーのようにサブトレーナーも考慮しておいた方がいいだろうが、新設チームのトレーナーを誰がやりたがるだろうが。その辺りも自分を餌にすれば釣れるだろうか……。

 

「エアグルーヴとドーベルは此方に来るんですか?」

 

素朴な疑問をスズカは聞いてきた。あの二人は此方に移籍するのだろうかという事だった、チーム間のウマ娘の移籍というのは特段珍しい話ではない。チームトレーナーの方針などが合わなかったりした場合などに移籍は行われる、チームトレーナーの許可さえあれば問題なく移籍は出来る。

 

「その気があるなら、な。こっちを倒しに来るって選択肢も面白いけどな」

「大丈夫です、私が速くなりますから」

 

どや顔で語るスズカ、まだ新入生なのに大した自信だ。仮にも1年先輩のエアグルーヴもいるというのに……最初の担当としての意地だろうか、まあ可愛げもある行動に笑っておく。

 

「取り合えずこっちでも誰が希望だしてるのか確認しないとなっと……」

「あっ手伝います……えっとあっ……」

 

思わずスズカが手を止めた、誰の希望届があったのかと思ったがそこにあった名前はステイゴールドの名前があった。

 

「ほぅステゴからか」

「彼女、こういう事に興味あったんだ……えっと授業は座学なら出てるんです、寝てることも多いですけど指されたら絶対に答えるんです。筆記試験も何時も満点に近い点数ばっかりですし」

「すげぇ優秀だな」

「でも教官の授業だけをサボってるんです」

 

史実でもそうだったがステイゴールドは好き嫌いが極めてはっきりしていた。嫌な事は意地でもしない、それ以外は大人しかったという。どうやらウマ娘でもそれは変わらず、教官からのそれが凄く嫌らしい。

 

「前に俺の授業なら受けるとか言ってたが……だから選抜レースを受けるってか?」

「んもうあの子ったら……私の方から注意しましょうか?」

「した所で聞き入れるような奴じゃねぇよ、入りたいっていうならば選抜レースは受けて貰うだけよ。それで合格すりゃ引き受ける、そうでなきゃネメシスで預かる。どっちにしろあいつにとっては得しかねぇんだよ」

 

自分の為にしか走らない、ステイゴールドはそう言われていた。そんな彼女にランページは共感が感じられる、故に来る気があるなら受け入れるつもりはある。

 

「さてと、チェック続けるか……」

「はい」

 

そのままチェックを続けていく中で選抜レースの開催が決定された。前以て他のトレーナーもスカウトに参加する事やネメシスへの加入権利がある事も通知したうえで行う事になった。一部トレーナーからはお零れに預かれというのかという苦情が出たが

 

「嫌だったらさっさと自分でスカウトすりゃいいだけだし有望ウマ娘が取られても知らねぇぞ」

 

と真顔で返しておいた。その程度の煽りなんて煽りにも入らない、自分を煽りたければ南坂にやらせるのだなと突き付けておいた。そして選抜レース、当日には80名近い希望者が集った。

 

「あ~これからチーム・プレアデスの主催の選抜レースを始める。此処に来た以上、お前たちは余計な事を考えずに自分の全てを出し切る事だけを考えるように。此処に来たという事は夢を駆ける為に来たはずだ、その為に全力を尽くせ、それでは事前に配った番号で出走メンバーを呼ぶぞ」

 

その言葉に張り切るウマ娘たちの姿を見るが、その中に退屈そうに欠伸をしている小柄な一人を見る。その姿にランページは軽く笑って運営に集中する事にした。そこで見られたのは将来有望な新入生の潜在能力、デビューへと向けて個性が出始めた走り、そしてデビュー前の個性が築かれてそれをどう生かすかが肝。見ていて飽きない光景だった。

 

そして―――

 

 

「チームトレーナーのメジロランページって知ってるか、プレアデスへようこそ。なんも実績もないチームがこのプレアデス、だからこその楽しみもある。目指すものはそれぞれで決めて良い、チームなんてバラバラでいい、バラバラが故の美しさもある。合わせるな、自分だけの強みを活かせ、伸ばせ、それが俺達だ―――」

 

そしてランページはチームメンバーの名前を読んだ。

 

「サイレンススズカ」

「はい」

「サニーブライアン」

「はい!!」

「タイキシャトル」

「YES!!」

「メジロドーベル」

「はっはいっ!!」

「エアグルーヴ」

「はいっ!!」

「―――ステイゴールド」

「……あいよ」

 

「今日から俺たちがチーム・プレアデスだ!!」



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310話

新星の集い、チーム・プレアデス。ランページが選んだのは中等部ばかり、中にはデビュー間近の者もいたがそれらは他のトレーナーなどがスカウトをした。一部からは即戦力になりえる逸材を見逃すのを首を傾げられたが、彼女はじっくりと時間をかけて育てたいという思いからこれらのメンバーを取った。

 

「エアエアはルートを見極めつつ追い抜いてみろ、スズカとサニーはそのまま先頭を守れ。ステゴは……まあ好きな時に全員ぶち抜いてみな」

 

チームとして始動したプレアデス、早速のチームの面倒を見始めたランページ。始まったばかりなのもあって全員意欲があって練習にも身が入っていて―――いるとは言い切れない。

 

「ステイゴールド、貴様真面目に走れ!!」

「うるせぇなぁ……ランページが言ってんだろ好きな時にぶち抜けって、是非そうさせて貰うぜ」

「お前はランページさんを呼び捨てにするな!!」

 

ステゴは自分のチームに入ったことで一応メニューには取り組んでくれてはいる、態度が悪いのは相変わらずではあるがそれでも確りと取り組んでくれているだけでもいいと思っていたのだが……そう思わないのが居た、真面目なエアグルーヴだ。極めて真面目に自分に憧れている彼女とステゴの相性は最悪だ、少々不安ではあるその辺りは自分が上手くカバーするしかないだろう。

 

「とっても賑やかデース!!やっぱりチームでの練習はとっても楽しいデース!!」

「賑やかで済ませて良いものじゃないと思うんだけどなぁ……」

 

そんな様子を見つめるタイキとドーベル、賑やかなのは確かだ。常に騒がしかったカノープス所属だったものとしてはこんな雰囲気の方が落ち着くまである。

 

「そういえばタイキ、この前一緒のパールは入部テストに来なかったな」

「Ohパールですか?オ誘いしたんですが―――」

 

『簡単に決めてしまっては自分の可能性を縮める事になるわ、好きな事だけに集中したら見聞が狭まる……そう、私はもっとビッグになってからこのチームに入部するわ!!』

 

「って言ってマシタ~」

「成程、立派な考えてる意見だ」

 

常に自分を磨き高める事に余念がない彼女らしい意見だと思う、直ぐに自分の下で更なる輝きを磨くのも一つの手。だがそれではいけないと自分を戒めて自分の脚で様々な事を見る事を決断した。彼女がプレアデスの門を叩く時を楽しみにさせてもらう事にしよう。

 

「先頭は、譲らない!!」

「ぐぬぬっ私だってぇぇっ!!」

 

先頭は矢張りスズカ、だがその真後ろに付きながらも必死に追い抜こうと走るサニーことサニーブライアン。スタートダッシュが悪く逃げウマ娘としては中団辺りからのスタートになったがスタミナがある為か、ペースを上手くスズカに合わせる事で直ぐにその背後についた。あの折り合いは中々に上手い。

 

 

1番人気はいらない。1着が欲しい。サニーブライアン。1番人気に推されたことはただの一度だけ、8戦2勝という戦績で皐月賞に挑んだ彼は11番人気だった、加えて大外18番だったがゆえに完全なノーマーク。誰もがメジロライアンの子供であるブライトに注目していた、だがこの皐月賞を制した。世間からはフロック(まぐれ)だと言われ、日本ダービーでもなんと皐月賞馬にも拘らず6番人気。そんなダービーで騎手の大西が言ったのが一着が欲しいだった。そしてあのサイレンススズカを抑え込みつつ、そのままダービーを取り二冠馬の栄誉を取った。その後は故障で菊花賞に挑戦することなく引退してしまったがもうフロックとは呼ばせない、そんな走りをした名馬。

 

 

「幻惑逃げを仕込むのも面白いかもな……」

 

そんなサニーの走りの良い所はペース配分が上手い所にある、折り合いの付け方が上手いのも相まって逃げウマ娘とは思えないほどに最後まで脚を残し切れる。自分のもう一つの十八番だった走りを仕込むのもいいかもしれないと思わず思ってしまった。

 

「それだけの大口を叩くのならばそれだけの走りをするのだな、たわけが!!」

「ほう……吐いた唾、飲むんじゃねぇぞゴラァ!!」

 

そんな二人の後方からエアグルーヴが追い上げて来るが、それよりも後方で自分のペースで走り続けていたステゴがその言葉で一気に火が付いたというよりもキレたのか凄まじい末脚を発揮して駆け上がってきた。仮にも1年先輩であるエアグルーヴが前に出始めているのにも拘らず、その差をどんどんと詰め始めた。

 

「出来るのならば最初からやれたわけ!!」

「知るか、文句ならランページに言いやがれ!!」

「私はお前の態度を言っているんだ!!」

「これが俺だ!!」

 

最早口喧嘩をしながら走る二人、怒りがパワーを生み出しているのか二人はスズカとサニーを抜いて先頭に立ちながらどんどん突き進んでいく。

 

「は、はえぇっ……」

「―――負けない、先頭の景色は譲りたくない!!」

「あっちょっとスズカ!?わ、私もっ!!」

 

負けじと加速するスズカと遅まきながら加速するサニー、逃げの二人が追いかける結果になった。

 

「凄い事になってきまシタ~!!」

「エ、エアグルーヴ先輩、ステイと喧嘩しながら走ってる……」

「水と油だなこりゃ」

 

そのまま縺れ合うようにしながらもエアグルーヴとステゴが先頭のままゴール。スズカとサニーは流石に追いつけずじまいだったが練習なので構わない。

 

「ハッどうだ俺のハナ勝ちだな」

「そういう事を言ってるんじゃない!!ランページさんを呼び捨てにした上に真面目に練習をしないとはなんという事だと言っているんだ!!プレアデスの名を汚すつもりかお前は!?」

「実績も何もねぇ看板だけのチームの名を汚すもねぇよ、そもそもランページ自身が自由なタイミングでぶち抜けっつったんだ。つまり俺は悪くねぇ」

「屁理屈を言うな!!」

「あ~はいはい二人ともそれまで」

 

流石に仲介はしておく。規律を重んじる真面目と奔放且つ荒ぶるマイペースは相性が悪い―――が、その一方で互いが互いを刺激し合ういい関係にもなる。事実、ステゴはエアグルーヴに挑発されて自身の能力を最大限に活かした走りをし、エアグルーヴはそれに負けじと全力で対抗した。

 

「いい走りだったぞステゴ、お前さんはそれでいい。自分らしく走るのが一番だ」

「ハッ分かってるねぇ流石暴君様だ」

「貴様っ!!」

「はいはいエアエアもその辺りにな、カノープスの時からの蓄積が上手い事噛み合ってるな。これからは少しずつ応用も織り交ぜていくからな」

「はっはい!!」

「スズカも悪くなかったぞ、サニーもな。二人には俺の後継者にでもなって貰うかな?」

「「こ、後継者……!!」」

 

様々な言葉でそれぞれのモチベーションを上げながらもこれからの事を話していく。自分たちはまだ生まれたばかりの幼い星団(プレアデス)、これから経験を積んでもっともっと強く輝けるようにならなければならない。

 

「という訳で―――今年の夏は合宿します」

「WOW!!合宿、つまりスペシャルトレーニング!!!」

「い、いきなりですか!?馴らすとかじゃなくて?」

「その為の合宿だ、チームの事をよく知る為の合宿をするんだ。もちろん練習は確りとやるからな」

 

チーム・プレアデスはまだまだこれから、その成果が出るのは数年後……だがその時には世間は驚くだろう。その星々の輝きに。



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311話

プレアデスに加わったタイキシャトル、最強マイラーとも言われたその実力は新入生にも拘らず既に発揮され始めている。アメリカ生まれというのもあって体躯もよく身体も丈夫、プレアデスの中ではステゴを抜いて既に一番の身体と言ってもいいだろう。

 

「ランページさ~んハウディ~!!!」

「お~うタイキ~ハウディ」

 

元気いっぱいな彼女は自分を見かけると所構わずに抱き着いてくる、アメリカ生まれの美女と言えばと思い浮かべるようなナイスバディのウマ娘がタックルかと思うようなスピードとパワーで突っ込んでくる。普通のトレーナーなら確実に吹き飛ばされて床に転がっている事だろうがランページもウマ娘、そして基礎体力とパワーで負けることなどないので平然と抱き留める。これに喜んだのは他でもないタイキ、受け止めてくれると分かるとより一層激しく抱き着いて来るようになった。

 

「ランページさんは何をやってるんですか?」

 

チーム・プレアデスが設立されたことでチームの部室も用意されることになった。そこは今の部室に移る前にカノープスが使っていた部室、新しく建てると時間もかかるので再利用させて貰う事にした。そんな部室でランページがパソコンを叩いているとタイキが後ろから抱き着きながらのぞき込んでくる、後頭部の感触にご馳走様と念じておく。

 

「合宿に向けてのあれこれだよ、合宿所の確保とか色々あってな」

「Oh……大変デース……何か私に出来る事、ありませんか?」

「変な心配なんてしなくていいんだよ、トレーナーのとしての仕事なんだ気にするな」

 

こういう風に気を回してもらえるだけでも嬉しさがある、自分も南坂にこういう事を言ったりしたがこんな心境だったのだろうか……。

 

「んじゃタイキにある重大な任務を任せよう」

「MISSON!?何でも言ってくださーい!!」

「では遠慮なく……合宿ではとある重要なイベントを執り行う予定だ、だが俺はそのイベントはそこまでやったことがない。故に君にはその補佐を頼みたい」

「YES!!お任せくださーい、でもそのイベントとは?」

「それは―――バーベキューだ」

 

その言葉を聞いた途端、タイキのしっぽが大きく揺れながら真っすぐ上へと伸びた。

 

「バーベキュー……So really?」

「そのつもりだ、慣れてるかと思ったが違った?」

「イィィィィエエエエエスッッッ!!!やりますやりま~す!!合宿でバーベキューパーティーでーす!!アメリカンビーフも沢山用意しますね!!」

「如何やら目論見は正しかったらしいな、こっちは海鮮系を用意するから」

「Roger!!パーティーパーティーデェエエエエス!!!」

 

そのまま上機嫌で外へと飛び出していくタイキ、賑やかな好きなタイキにはこういう事を任せてしまった方がいい方に向かうだろう。兎も角此方も此方でやる事はやらなければ……と作業を続けているとスズカがサニーとドーベルを伴ってやってきた。

 

「あ、あのランページさん。なんだかタイキは凄い大きな声でパーティーって叫んでたんですけど如何したんですか?」

「もしかして、プレアデス結成記念パーティとかやるんですか!?」

「あ~いや、合宿でバーベキューやるから副幹事を頼んだんだよ」

「そういう事だったのね……まあタイキらしいといえばらしいわね」

「というか、ランページさんとお話ししてたのに外に……?プレアデス初めての定例会なのに……」

 

この後、エアグルーヴが面倒そうにしているステゴとニコニコのタイキを連れて部室へとやってきた。

 

「全員いるな、それじゃあ第一回チーム・プレアデスの定例会を始める。定例会つっても堅苦しい事をするわけじゃねえ、今後の方針を話し合ったり茶飲んで菓子つまみながらこれからの事についてお話しましょ程度の認識で構わない。次回からは俺が茶菓子は用意するから期待してくれていいぜ」

「だったら期待出来そうだな、何ならメジロ家御用達のモンでも用意してもらおうじゃねえか」

「元よりそのつもりだ、期待してなステゴ」

 

相変わらずランページに対して尊敬のかけらもない態度にエアグルーヴの視線は鋭いが本人はどこ吹く風、そんな姿が世間からの風聞や評判に一切屈する事もなく自らを貫き通し続けていたランページに重なって僅かに不快になるがそれを諫めて、自分だけでも確りしなければ……と姿勢を正す。

 

「プレアデスは別にチームとして掲げる目標は特にない、G1勝利も三冠達成も一切目指さない。前にも言ったが目標はお前さんらで決めて良い、俺はそれに合わせてメニューを組むからな。だがその前に言っておく―――仮に俺のチームで無敗の三冠やらを目指すなら覚悟しとけ、相応に相応しいもんを用意するからな」

 

これまでとは違った言葉に一同が息をのむ、これにはステゴもそちらへと視線を向けた。

 

「基本的にチームっていうのはチーム同士のウマ娘の同レースへの出走を避けるが、俺はそれをする気はない。トライアルは配慮はするが、距離適性や目指す所を考えればガンガンとお前たちを戦わせる考えだ。お前たちはチームメイトであると同時にライバルであるって事を理解しとけ」

 

これはカノープスの南坂から継承した考え方でもある。南坂もランページとイクノを避けるのではなくどんどんと戦わせていった、それによって経験を積ませつつ互いの長所を理解させながらも自らの走りにも組み込んでいく為。

 

「だが仲間が競い合うライバルである事は素晴らしい財産だ、何故ならば全力で戦う事で互いに高め合える。それで敗北を喫したとしてもそれで得られる事も多い……イクノを見てみろ、あいつなんて俺とガチでやりあった末に安田記念を三連覇だ」

 

そう言われると圧倒的な説得力があった。ランページは競い続けたことで高められた力で無敗、イクノは敗北の経験を次に活かし続けた末に今の活躍がある。

 

「つっても、現状だとエアエアは関係ねぇけどな。スズカたちがシニアに上がってからの話になるか」

「お気楽でよかったな、先輩」

「私をバカにするのも大概にしろよ……?」

「まあ路線によって異なるだろうが……スズカ、サニー、タイキ、ドーベル、ステゴ辺りは凄い事になる。今から覚悟しとけよ?」

 

同世代で固まっている5人。全員が全く同じ路線を行くわけではない、ドーベルはティアラ志望だしサニーやステゴはクラシック、タイキはマイルとそれなりにばらけてはいるがそれでも激突するのは目に見えている。スズカがどんな風に進むかでも大きく変わってくる。

 

「さてとそれじゃあ定例会はこの辺りにするか、あくまで方針の発表だしな」

「ランページさん、ネメシスの方は……」

「大丈夫だよ。メニューは作ってあるし大概の指導はサンデーさんが引き受けるし顔を出してない訳じゃねえしな、時たまネメシスとの模擬レースもセッティングする予定だからそのつもりで」

 

プレアデスが歩く道は最初から過酷なものであると宣言される、だがそれらを前にしても彼女たちは狼狽える事もなく、寧ろ立ち向かう意思を見せた。それは偉大な先人であるランページに倣っているのかそれとも、それを越える為なのか……。



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312話

「おっつ~」

「おっつ~じゃねえでございますよ、そう簡単に顔出していい身分じゃねぇこと理解してる?いやゴメン聞いた俺がバカだった、分かった上でやってるんだもんなスーちゃんは」

「フフフッやっぱりわかってるわねランちゃんは」

 

居慣れた元カノープスの部室、そこの方が作業が捗るのかランページは此方で仕事をすることが増えて来ていた。そんなところに気軽にやって来たのはすーちゃんことスピードシンボリ。シンボリ家の重鎮が気軽にこんなところに来ていいのかとも思うが、ある意味でシービー以上のフリーダムさを体現する御大にそんなことを言う意味はない。沸かしていたお湯を使ってコーヒーを淹れる。

 

「それでどうしたのよ。急にスーちゃんが来るなんて」

「可愛いかわいい孫の顔を見に来た、それじゃ不満かしら?」

「ううんとっても素敵な理由さ。だけどそれはマジモンの孫に言うべき言葉だぜ」

「もう言ってるわ、ルーちゃんもシーちゃんも顔を赤くさせて喜んでくれて可愛かったのよね~♪」

 

ほっこりとしているスーちゃんに珈琲を差し出しながらもお茶請けとして羊羹を差し出す。

 

「あらっ羊羹なのね、羊羹と言えば緑茶ってイメージだけど」

「案外合うんだぜ、試してくれ」

「ランちゃんのお薦めならば勿論」

 

羊羹を軽く食べる、濃厚な甘さが口の中に広がっていくところに珈琲を含んでみると濃厚な甘さとコクのある苦みがよくマッチして互いが互いを引き立てていて非常に美味しく感じられる。これは予想外の組み合わせだが実に素晴らしい。

 

「凄い合うのね、ビックリしちゃった」

「意外だろ」

 

結構お気に入りの組み合わせ、勧めたのは初めてだけど気に入って貰えてよかった。

 

「それでチームの皆さんは居ないの?」

「まだ授業中の時間だぜ、もう少ししないと来ないぜ。というか目的はそれか」

「ランちゃんのチームだもの。海外で一緒にいたトレーナーとして興味あるわ」

 

矢張りというべきか目的はプレアデスの事についてだった、というよりも孫云々というのも自分に会いに来るための方便と見るべきだろう。

 

「それでどんな方針でチームを育てるつもりでいるのかしら、チームを設立したトレーナーが一番悩むのがそこだけど」

「別に、俺は特にそういうのを考えてはいないな」

「あらま」

 

端的に言えば、自分の中で作りたいチームの形なんてものは存在しない。強いて言うならば自分は夢を見れるウマ娘たちを育てたいだけでしかない。どこまで先頭を駆け抜けていくサイレンススズカ、折り合いの上手さとスタミナで幻惑するサニーブライアン……同じ逃げを戦法にする二人には自分の後継者として技術を教え込みたいという気持ちがある。

 

「俺がこんなウマ娘に育てたいってヴィジョン自体はある、だがそれを押し付けすぎるつもりは毛頭ないよ。それで一々俺に自分の方向性を決めてくださいって言われても困るしある程度は自主性を持たせたい、だからチーム自体も目標は掲げてないから自分で決めろって言ってあるよ」

「それはそれで困ると思うわよ、新入生ばっかりなんでしょ?デビュー間近ならそれでいいかもしれないけどまだトゥインクルシリーズの深みを理解する前の子にはある程度の方向性は与えてあげるべきよ」

「つっても俺の理想を押し付けすぎるのもなぁ……」

 

それを聞いてスーちゃんは心配した通りか、と珈琲を啜る。ウマ娘としての腕は超一級だが、トレーナーとしてはまだまだ経験が足りない。だからこそ先達として教えてあげられるものはたくさんある。

 

「いいランちゃん、トレセン学園に来る子達は明確に才能や実力がある子たちばかり。だからこそ練習にも熱が入るし真剣、故に課題を与えてあげるとそれで大きく成長もするものよ。自主性を尊ぶのも大事だけどトレーナーは課題を与えるのも立派な仕事なの、今はそれでいいかもしれないけどエアグルーヴちゃんがデビューする辺りになればそれじゃダメ。きっとあの子達は迷うわ、そして自分で頑張らないとって力んでしまう」

 

ランページはその話を真剣に聞いた。そして同時に課題がプレッシャーになるだけではなく安心感にも繋がるという事を知って目から鱗が落ちるような気分になったが、思えば新人時代は何か仕事を振られた方が気が楽だったような気がしてきた。やるべき仕事がやった筈なのに他に何かにやるべきことは無いだろうか、サボっていると思われないだろうかと感じていたころがあった。

 

「課題、か……」

「例えばそうね……スズカちゃんならランちゃんの全身走法伝授、サニ―ちゃんは幻惑逃げって辺りね。考えてるんでしょ?」

「お見通しかよ」

「フフフッ伊達にずっと海外一緒だった訳じゃないのよ」

 

この辺りは人生経験の差かなぁ……と思っている中でスーちゃんは話をつづけた。

 

「チームを率いるトレーナーの仕事は正しさを示す事よ、楽しいレースを示すのも正しいし勝つレースを示すのも正しい」

「正しさか……自分の正しさがチームの価値観にもなる訳か……独裁者だなまるで」

「ええそうよ。ランちゃんにピッタリね」

「そうそう俺は独裁暴君で……やかましいわい、ほいお代わりの森のヨウカン」

 

チームトレーナーとは独裁者、チームの方針と価値観を定める独裁者。そんな風に言われるとは思いもしなかったが納得も出来る、リギルは管理主義を掲げスピカは自主性と個性を尊び、カノープスは基礎を重視する。それぞれのチームが全く違う価値観を持っている、それを決めているのは紛れもないチームトレーナー。

 

「ちょっと考えてみるよ、価値観云々っつうよりも皆の課題ってやつを」

「存分に考えなさい、時間はまだあるし貴方はまだまだ若いトレーナーなんだから。今のメンバーが全てでもない、何かの切っ掛けで大きく変化する事もあるんだから慌てず騒がずゆっくりと、ね。それじゃあ珈琲と羊羹ご馳走様」

「あれもう行くん?もっとスーちゃんとイチャイチャしたかったのに」

「私もよ~でも用事があってね、それじゃあねランちゃん。また遊びに来るわね、Chu♡」

 

投げキッスをしながらも去っていくスーちゃんを見送ったランページは珈琲を飲みながら話された内容を反芻する。方向性、課題、価値観、これらはこれからのトレーナーとしては確かに必要な事だ、ただメニューを作れて仕事が早いだけでは意味がない。自分はまだまだ未熟なトレーナーである事を自覚して前に進んでいかなければならない。

 

「自分でやりたいから、俺はここにいるんだ……それに見合うだけの事はやらねぇといけねぇんだ……うしっやるか!!!俺は独裁暴君のメジロランページだ、やってやらねぇ事なんて無い筈、何とでもなるさ!!」




羊羹と珈琲は実際合う。私はケータイ捜査官7で知った。


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313話

「どうだサニー、俺の幻惑逃げの感想は」

「ぜ、全然分かりませんでした……いつの間にか私の体力がごっそりと抜かれたみたいな……」

「それが俺の幻惑逃げだ、相手に気づかれないレベルでのペース変化は無意識的に体力を削ってそれを認識すると振り幅の影響で大きく削られていると錯覚して取り返そうとして身体に無駄な力を込めさせる。それで更に削る、お前がまさに体験したのがそれだ」

 

ランページについて走ったサニーはその身で幻惑逃げを体験させられた、大逃げばかりが話題に上がるランページだがむしろジュニアやクラシッククラスでは幻惑逃げが主戦力だったと言っても過言ではない。その腕前は全く錆び付いていないどころか寧ろ精度は更に上がっている。

 

「そしてこいつはお前さん向きの技術でもあるんだ、折り合いの上手さとスタミナがあるからこいつが活きる。スタートが苦手っていうのにもカバーリングが利く」

「えっそうなんですか?」

「スタート苦手な逃げウマ娘が無理に前に出たと思わせる、そしてそのままいいペースを維持したまま行くと距離を詰めたくなってくる。幻惑逃げはその心の動きを捉える、幻惑っていうのは相手に苦しさを押し付けて自分の優位性を高める戦術でもあるからな」

「へ~」

「目標は俺の幻惑逃げ、欲を言えば越えてほしいっつうか越えてくれ」

「ンな無茶な!?」

 

サラッと出されたランページ越え、この超えろは簡単なものではない。それをこの人は理解しているのかとサニーは思う一方でランページは笑う。

 

「別に幻惑逃げを極めろなんて言ってねぇよ、それを活かした走りを目指そうって事だ。俺の大逃げなんて幻惑の要素が全く入ってねぇから越えるのは割かし簡単な部類だ、お前さんは物覚えと器用だからいけるいける。目標としてはネメシスとの模擬レースで幻惑逃げで勝つことだな」

「ネメシスに幻惑逃げで勝つ……やってみます!!」

「応その意気だ」

 

次の指導に入ろうとする中で背後でやるぞぉ~!!と今までにないぐらいに気合の入った咆哮が聞こえてきた。それを受けながらも次はスズカ。

 

「スズカ、合宿でも引き続き基礎メイン―――と言いたいところだが部分的にある練習を組み込んでいくぞ」

「はい、それでどんな」

「俺との併走だ」

「えっランページさんとの併走!?」

 

嬉しそうにスズカの尻尾が上がった、憧れとするウマ娘と共に走れるだけでテンションが分かりやすく上がっている姿は見ている側としては非常に可愛らしい。がそれに対して待ったをかける者もいる。

 

「BOOOO!!スズカズルいデース!!私もランページさんと走りたいのでーす!!」

「私も走りたいです!!」

「姉様私も!!」

「普段雑に扱ってるからってアンタを軽蔑してる訳じゃねぇんだぜこっちは」

 

当然他のメンバーである。このチームに入った大半の理由はランページへの憧憬の心、それならばそんな存在との併走は羨んで当然なのである。

 

「当然、併走は全員とやる。俺は別にスズカやサニーが脚質が同じだから特別扱いする気は一切ない、ただ教えやすいだけだ。それとステゴ、お望みなら合宿中は毎日お前を叩きのめしてやるぞこら」

「上等だ、それで俺が勝ったら俺が世界一だからな」

「可愛くねぇ奴だな全く」

 

と言ってもランページは全員で走るつもりでいる、自分を養分にさせるつもりは満々で合宿中は走りまくるつもりでいる。自分が錆び付かないためでもあるが自分を通過点として利用する気満々になっている。最速にして最強と言われたウマ娘をチェックポイント―――彼女らはそのだけの素質と才能がある、間違いなく世界へと羽ばたいて行ける器を自分の手で育てていく覚悟も出来始めている証拠。

 

「一旦集合、理事長からも許可取れたから合宿についてだが予定通りに行う事になった」

「イエース!!ランページさん、アメリカンビーフは準備OKでーす!ファミリーに連絡したら、とっておきのビーフを送ってくれるって言ってくれました~!!」

「そりゃ楽しみだな、まあこっちもいい海鮮を取り寄せてあるから飯は期待してくれていいぜ」

「飯もいいが練習のメニューもいいんだろうな?」

 

不敵な笑みのステゴ、自分との併走だけでは物足りないというのか。宜しいならば戦争だ。

 

「それとうちの合宿にカツラギエースさんが初日からきてくれることになった」

『えっ?』

「後、海外からも客を招いている。態々日本にジャパンカップ前から来て慣らそうとしている奴を、ステゴ合宿のメニューは甘くもねぇし地獄になる可能性の方が大いに高い。その口の悪さの感謝しろよ、極上の地獄を作ってやる」

「―――ハッ上等じゃねえかよ!!だったらその地獄踏破して数年早い海外制覇にしてやるだけの話じゃねえか!!」

「良い啖呵だ、その気合で合宿で臨め。練習再開!」

『はい!!』

 

そうこれがランページの恐ろしい所の一つ、現役時代に高く高く積み上げた戦績から得られた異常ともいえる人脈。それによって引き出されるレジェンド達、そのレジェンド達から得られるものも非常に大きい。プレアデスが新興チームでありながらも既にリギルやスピカから警戒されているのもそれが理由。

 

「マルゼン姉さんにも声はかけたし、暇さえあればモンスニーさんも来てくれる。現役はこの人望を恨んだが今となっては感謝しかねぇなぁ……」

 

自分が行こうか?合宿に顔出していいか?とどの人も自分から言ってくる、現役時代に夢を見せたのは後輩だけではなく引退したレジェンド達にも夢を与えた。そしてその夢はもう直ぐ活かせる場が整う、レジェンドレースは既に今年から開幕する事が決定している。もう見る事もないと思っていた夢、駆ける事もないと思っていた舞台にもう一度―――ランページには感謝しかない、故にその恩を返したいと思う者ばかり。

 

「お姉様、宝塚記念行かなかったの?」

「おっライスか、まあな」

 

そんなところにライスがやって来た。ライスもライスで宝塚記念には出られるが出走はしなかった、次走はオールカマーの予定。今回の宝塚記念の目玉は安田記念3連覇のイクノ、春シニア三冠のテイオー、そして名優マックイーン、トリプルティアラのツインターボの四強対決に加わるようにタンホイザ。熾烈な戦いになる事は目に見えているがランページは応援にはいかなかった。

 

「つうか、ライスだってそうじゃねえの?」

「うん。トレーナーさんに少し頑張り過ぎたから休んでくださいって言われちゃったの、少し前のオーバーワークがばれちゃって……」

「あららっ……」

 

元々は宝塚記念に出走するつもりでいたのだが、ライスは天皇賞(春)からのG1連勝を目指していた為か精神を昂らせるメニューに熱を上げすぎてしまってオーバーワークをしてしまった。幸い怪我こそしなかったが南坂はこれはいけないと感じてリフレッシュを兼ねて宝塚記念へは観戦も認めずに休みを取らせた。

 

「チームを持つ立場になっちまったからな、気軽に行けなくなっちまったのが辛い所さ。まあライスのレースには行くから安心しな」

「無理しなくていいからね、でも見に来てくれたらライスは嬉しいかな」

 

こんなことを言われたら行くしかない。折角なら中継でも見てみるかとスマホで宝塚記念をつけてみると―――

 

『ツインターボ先頭!!ツインターボがこのまま一気に、いや後方から一気にメジロマックイーンが迫る迫る!!イクノディクタスも追い上げるがそれをも上回るペースでターフの名優が舞台を駆けあがってきたぁ!!だがその背後にはトウカイテイオー、トウカイテイオーとメジロマックイーン、がツインターボを捉えて、いやメジロマックイーンが一気に抜き去っていくぅ!!メジロマックイーン先頭、ツインターボ苦しいか!!メジロマックイーン、一着でゴールイン!!!宝塚の主役となったのは名優メジロマックイーン!!!二着にトウカイテイオー、三着にイクノディクタス、ツインターボは四着、五着にマチカネタンホイザ!!』

 

宝塚を制したのはマックイーン。メジロ四天王の一角は伊達ではないと言わんばかりの走りにライスは自分はよくこの人に勝てたな……と驚いてしまっていた。同時にランページはマックイーンの脚に注目した、以前よりも筋肉が大きく発達し張りが出ている。それに身長も伸びているし心なしか胸も大きくなっているようなしないような……まあそこは置いておくとして。

 

「マックイーン、さらに強くなってやがる……現役時代にこれが来なくて良かったぁ……」

 

と思わず安堵の息を漏らすのであった。



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314話

宝塚記念が終わればすぐに季節は夏となる。ウマ娘にとって暑さは大敵、故に夏のG1はないのでチームの殆どは夏を合宿に費やしてウマ娘の能力向上に努めるのが一般的。それはプレアデスも同じで設立1年目から合宿を行う事になっている、曰くそれは異例の事であるらしいがランページはたとえ許可が出なかったとしても自費で確保していく気だったので合宿をすることには変わりはない。

 

「合宿とっても楽しみデース!!」

「お前さんが楽しみなのはバーベキューなんじゃないのかタイキ~」

「そうでもありまーす!!」

 

ランページが運転する車で合宿場へと向かう一同、と言ってもインプレッサではなくメジロ家から借りたハイエース。アサマから運転手も付けようか?とも言われたのだが自分で運転するのも合宿の楽しみだと断った。そんな車に乗り込んでプレアデスが車に揺られる事数時間、到着したのは砂浜を一望出来るようになっているコテージ。因みにここもメジロ家所有、ランページのコネがフル稼働している。

 

「素敵なコテージデース!!」

「ここに泊まるのか……ちょっとした旅行のようだ」

「景色もいいわ……海沿いに走ったらすごく気持ちよさそう」

「風も気持ちいい~」

「以前此処で泊まったけど夜には星空がよく見えるのよね」

「ふわぁぁぁっ……やっと着いたか」

 

着いたことだし早速車から荷物を下ろしていく、前以て食材やらは送っておいたのを確認しつつもそれぞれに部屋を確保してもらった。一人につき一人の部屋があるので問題は無いだろうと思いながらも自分の荷物を大部屋の机の上などに置いておく。

 

「さてとお前ら、水着に着替えてビーチに集合だ」

「Ohスイムですね!!」

「タイキ、遊びに来たんじゃないぞ」

「そうよ、ランページさんも言ってやって―――」

 

とエアグルーヴとドーベルのコンビが真っ当なツッコミをしたのだが―――同意を求めてランページの方を向くとそこでは浮き輪にクーラーボックスを出しているトレーナーの姿があって思わず嘘でしょ……と言葉を漏らすのであった。

 

「何やってるんだ、折角海に来たんだ泳がないなんて損でしかないだろう」

「だ、だって私たちは合宿で……」

「この合宿は親睦を深めるという意味合いもあるんだ、それに合宿中ずっと張り詰めるつもりか?それじゃあ意味がない、メリハリは確りとつける為にも遊ぶときは全力で遊ぶ、休む時は全力で休んで鍛える時も全力でやるのが一番効率的」

「これも折り合いですね!!」

「そゆこと」

 

言っていることは分からなくもない、寧ろ正論だ。だが初の合宿だと気合を入れていたからか、何処か肩透かしを食らったような気分になってしまった。

 

「じ、実は新しい水着を買ってきたんです。浮かれ過ぎかと思ったけど、良かった……」

「実は私も……」

「Me too!!」

「……」

「なんだ、ステゴは興味ねぇか?」

 

そっぽを向いていたステゴ、彼女はこちら側なのか……とエアグルーヴは内心で意外と思い、ドーベルは乗り気だったし嫌なのかな……と不安に思っていたのだが、ステゴは服に手をかけると脱ぎだした、その下には―――見事な金と黒のビキニがあった。

 

「早く行くぜ!!海が、俺達を呼んでる!!」

「一番楽しみにしていたのか貴様は!!?」

「しかも結構センスのいいビキニ……」

「遊びは、全力でやってこそ楽しいんだぜ?」

 

どや顔でセクシーポーズを取るステゴは嫌なほどに絵になっていたのでエアグルーヴとドーベルは無性に腹が立った。一瞬感心しかけた自分が情けなくなってきた。着替えに行ったスズカたちに置いて行かれてしまった二人をランページが肩に手を置く。

 

「さっきも言ったが折り合いをつけるっていうのは大切な資質だ、休む時に休むのも才能、食える時に喰うのも才能だ。ずっと練習しっぱなしじゃ俺達は前に進めないって事さ、さっ二人も着替えてきな、学園指定の水着以外にもあるんだろ?」

「え、ええまあ……空いている時間があれば泳ごうとは思っていましたので……」

「私も一応おニューのを……」

「じゃあそれに着替えて砂浜に集合だ」

 

そう言いながらランページは荷物の整理を始めた、それを見ながらも二人は顔を見合わせて取り合えず着替えに行ったのであった。何だかんだで二人もしっかりと新しい水着を用意していた。砂浜に到着すると自分たちだけではなく全員が確りとした水着であったことに肩の力を抜いた。もうこうなったらしっかり遊んで英気を養う事にしよう。

 

「揃ってるな?」

「WOW!!」

「凄い……」

「いい身体してるぅ!!」

「ハンッ何だかんだで女らしい身体してんだな」

 

ランページの登場に真っ先に声を上がった。黒いパレオが腰に巻かれるようにしながらもランページの身体を艶めかしく演出する。普段はスーツか勝負服上に強く意識する事は無いだろうが、肌を露出すると露わになるその暴力的なまでのスタイルの良さが爆発する。

 

「さてと、改めまして皆さんチーム・プレアデスの夏合宿へようこそ。合宿と言っても毎日ずっとガチガチにメニューを組み続ける方針じゃない、お前さんらはまだまだ身体が出来上がってない、そんな段階からやっても悪影響の方が出やすいから上手い事調整していく。本格的な合宿は明日からが初日となる……明日にはカツラギエースさんが来る、きつい合宿がお目見えする―――その前に今日は盛大に海を楽しめ!」

 

地獄の合宿前、楽園の一時とでもいうべきか。合宿を楽しみにしていた気持ちと海の楽しさで精神面を充実させ、明日からの合宿に繋げていくつもりでいる。まあランページ自身も海を楽しみたかったというのはあるだろうが……。

 

「お~いビーチフラッグやるぞ、俺に勝てたらこの後の昼飯豪勢にしてやるぞ」

「もしかして、バーベキューですか!?やりますやりマース!!!」

 

ビーチフラッグで砂浜を走り込んだり、徹底的に泳いだり、スイカ割りをしたりと気づけばエアグルーヴとドーベルも他の皆と同じように海を存分に楽しんでいた。そして―――

 

「私の、スイカを取るなたわけぇぇぇ……」

「よく寝てやがる」

 

夕食を食べて湯船につかるとあっという間に皆は眠ってしまった。何だかんだで移動の疲れもあるし存分に遊んでエネルギーも使い果たしてしまったのだろう。それぞれの部屋を覗いて全員が寝ていることを確認したランページはノートパソコンを叩きながらも夕食の残りを肴にしてビールをやっていた。

 

「砂浜に慣れてないせいで全員走りがいまいちだったな、爪先のメニューは予定通り。スタミナは全員思った以上に付いてたっと……バランス感覚と体幹も中々っと……」

 

遊びと言いながらもランページは全員のデータを取っていた。砂浜の走り方にスピード、海での泳ぎによるスタミナ、スイカ割りでの三半規管の強さなどなど……それぞれの個人データを纏めておく。これが明日直ぐに役に立ってくる。

 

「さてと、俺も早めに寝るか……」

 

残ったビールを流し込むとランページは夏の夜空を見上げた。楽しい楽しい夏合宿の始まりだ。




まさかのウマ娘3期でドゥラメンテが来るとは…ウマ娘、気合入ってるなあ!!


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315話

「ちんたら走るなよ。脚は出来るだけ高く、そして爪先で強く砂を蹴って走れ!!」

 

翌日、ランページのチーム・プレアデスの本格的な夏合宿が開始されることとなった。朝食を取っている時にやって来たカツラギエース、彼女が早速教導を取って練習メニューが行われることになった。

 

「脚、上げろったって……結構きついのに……!!」

「私より、マシだろ確り上げるんだ!!」

 

砂浜という足腰を鍛えるのに優れたフィールドでの走り込み、ただ走るのではなく脚にはパワーアンクルを付けた上での走り込み。最初なので重さは高々250g、それを両足に着けて合計500gでのランニングだが新入生メンバーには既に堪えるのか苦しげな表情を浮き彫りにしている。そして唯一の中等部2年のエアグルーヴは750gの重さを付けて走っている。

 

「中々、来ますねこれ!!」

「速く走りたいけど、これじゃあ走れない、だから確りと上げないと……倒れちゃうわ……!!」

「いきなりハードですけど、頑張りまーす!!」

「ハン、この程度で音を上げてたら世話ねぇぜ」

 

カノープスからの系譜とも言うべき重量を課したうえでのトレーニング、きっとカノープスでも同じような事をやるだろうしシンザン鉄だって現役だろう。こちらもいずれは採用するつもりだが、いきなり使う程愚かではない。最初は軽めの重りで軽度の負荷を与えるのみに留めておく、そして次第にそれを上げていく。

 

「しっかしこのデータも中々に出来てるな。遊びと称してよくこれだけ細かくデータを抽出出来たもんだ」

「砂浜での脚の使い方にスタミナに体幹、分かって当然の遊びをさせたから当然さ。それに遊びだからこそ意識せずに身体を動かしてくれるから余計なものをそぎ落とした本質を見れる」

「ホントお前南坂に似てきたな」

「そりゃ光栄の極み」

 

エースの言葉は本当の事しか言っていない、お世辞なんで全く交えていない。遊ばせたのは打算があったから、メニューとなれば真面目に取り組んだり意識して自分の欠点を克服しようと奮起するだろうが逆にステゴのようにやる気を出さないものもいる。だからこそ遊びを絡ませて本質を丸裸にして纏めてみた、エースから見ても分かりやすくいい資料になっている。

 

「ンでご感想は?」

「まだまだだな、若ぇからしゃあねぇって部分が大半だな。重ねて良きゃ自然と良くなっていく所が目立つから大急ぎで修正せにゃ行けねぇって所は見当たらねぇ。だけどこりゃとんでもねぇ事だぞ、新興チームなのにボロボロなところがねぇって事はトレーナーの力でうまく誘導出来てるって意味になる」

「素材がいいからね、皆優秀だし」

「だな……順調に若ぇ芽が出てて嬉しいよ」

 

そんなエースが思う逸材を尋ねてみるとスズカとステゴを上げた。

 

「スズカは脚の使い方が大分上手い、ちとそれが早すぎる嫌いがあるな。だけどそれはもう既に手を打って基礎トレしてんだろ、だったらデビューする頃には全開であの脚が使えるかもな。んでステゴ……だったか?あいつは生来の身体の強さがあるな、あいつだけで身体の丈夫さが飛び抜けてる上にポテンシャルも高い。あいつだけ特別メニュー組んで育成しても良いんじゃねえのか?」

「やっぱ、エースさんの目から見てそう思います?」

「ああ。別に他の奴らが駄目って訳じゃねぇ、寧ろ逸材だろうけどそれを差っ引いてもステゴはそれだけの素質を感じるって事さ」

 

エアグルーヴ達だって素晴らしい、ランクで示せばS~Aに間違いなく入るだろうがスズカとステゴの場合はSSに入ってしまっているだけの話。ならば専用のメニューを組んで更に素質を伸ばしてやるのもトレーナーとしての仕事のうちに入ると思うのがエースの主観。

 

「と言っても今の段階でそれやると絶対にあいつは調子に乗る、エアエアとの相性も悪いしチームとの雰囲気が悪くなる。だからさり気なくステゴが望むように誘導しつつこっちがやりたいことを盛り込む事が一番だと思うんだ」

「成程な……全く、俺の時はトレーナーと一対一だったけどチームトレーナーだと考える事が多くて面倒だな」

「全くで。今更ながら南ちゃんに苦労かけ過ぎてたなって反省した位ですよ」

 

そんなことを言いつつもランページは他の準備をし始めた、次のメニューというのもあるが―――自分用のメニューの準備も同時並行にしていく。

 

「お前、本当に引退してんだよな?」

「引退はしてますけどメニュー自体は同じぐらいやってますよ、シンザン鉄だってずっと付けてますし。レジェンドレースを視野に入れると鍛えないなんて選択肢はありませんからね」

「ああそういえば、お前レジェンドに出るのか今年の」

「出たいとは思ってんですけどねぇ……チーム結成しちゃったから自分の事よりあいつらの事を優先してやりたいっすね。んじゃちょっと俺歩いてきますんで」

「応」

 

身体にタイヤの紐を括り付けるとそのまま海へと入っていく、そして波に揺られるタイヤを引っ張ったまま歩き続けていく。そんな姿に思わず疼いてしまっている自分の身体があって笑ってしまう。ルドルフとシービーを同時に倒したことで得た日本初のジャパンカップウマ娘の称号、それすらを軽々と超えたワールドレコードホルダーウマ娘と走ってみたいというウマ娘としての闘争心が燃え上がってきてしまっている。

 

「―――楽しみにさせてくれるぜ、レジェンドをよ」

 

そんな思いに馳せていると全員が戻ってきた、既に大分利いているのか脚が笑っている。無事なのはステゴと……エアグルーヴだった。この辺りは流石に1年の間カノープスにいたが故の基礎体力の差が如実に出ている。

 

「砂浜往復、終わりました……」

「10分の休憩だ。この後は3班に別れる、スズカとサニーは海に入ってスクワット、ドーベルとタイキも同じく海に入るがランページに合流して太腿辺りまで浸かって歩き続けろ。そしてエアグルーヴとステゴは爪先を鍛える」

「こ、こいつとペアですか!!?」

「ンだよアンタと走れると思ったのによ」

「たわけっカツラギエースさんになんて失礼なことを……!!」

「気にしてねぇよ」

 

生意気なまでに平常運行過ぎるステゴにエアグルーヴは汗を流すが、エースは気にしないし寧ろこの位生意気なぐらいが叩き甲斐がある。

 

「それらのメニューが一周したら―――今度は俺と併走だ」

「……漸く楽しい合宿になってきたぜ、さっさとやるぜグル先輩」

「貴様っいい加減にその言葉遣いを直せ!!」

 

いよいよ始まるプレアデスの合宿、カツラギエースというレジェンドも参加する合宿の激しさは時間が経つにつれて増していく。そしてそれは海外からのウマ娘という来訪者も控えている。これらを彼女らは乗り越えられるのか……。



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316話

夜。合宿の疲れで全員が夕食を食べた後に湯船に身体を委ねているとあっという間に疲れが噴出してしまった。ステゴもその一人でランページが大広間で舟をこいでしまっている全員を部屋へと連れていく羽目になった、ベッドに寝かせてやるとあっという間に寝息を立てていった。まだまだ初日だというのに、まあそれだけ真剣に取り組んだと解釈しておこう。

 

「にしても、いいチームだな。あたしの扱きについて来れるんだからな」

「俺も甘やかして育てたわけじゃねぇっすから、ほらっどうぞお酌しますよ」

「おっ悪いな」

 

まだまだ8時だというのに完全に寝静まったコテージ、星空の灯りを照明にしながらランページとエースは晩酌をしていた。チームの皆が居る時は自重するが、こういう時には肩の力を抜く。

 

「世界最速最強に日本酒を酌されるなんて贅沢だね、このつまみも行ける」

「エースさんが持ってきてくれた野菜がいい味出してるんですよ」

 

互いに酌をしつつも夜空を楽しむ、静かに流れる大人の時間。

 

「デビューが一番早いエアエアがあと2年、それまでどこまでやれるもんですかね」

「さあな、それこそお前たち次第だしなぁ……あたしはそれよりもステゴを上手くコントロールする事の方が一番大事だと思うけどな」

「気性難っすからねぇ―――だからこそ面白い」

 

バーベキュー用に用意した焼き肉のたれで揉んだきゅうりを口に含みながらもランページは笑った。

 

「ステゴがチームに入った時、あいつに対する風聞って奴を確かめてみました」

「結果は」

「散々でしたね、扱いづらい、絶対にスカウトしたくない、問題を起こすに決まっている、怖いetc……」

「生肉食ってますって言われても多分納得すっからなぁあたしも」

「だけど、気性難っつうのはそんなに問題ですかね」

 

新しくビールを開けながらもランページは思う、気性難というのはそこまでに問題視されることなのか。

 

「大人しけりゃいいのか、扱いやすければいいウマ娘なのかって。そうじゃねえでしょ、気性難上等っすよ。そんだけ爆発力があるって事だ、それが分かれば後はこっちでうまい事誘導してレースで全てを爆発させてやればいいだけの事」

「それについては同感だな、お前だって気性がいいとは言えなかったもんな」

「でしょ、広義的な意味じゃ俺だって気性難。問題起こしまくってるし」

「だな」

 

ランページは自分の事を気性がいいと思った事なんて一度もないし寧ろ気性難だと思っている。そんな自分が走り抜け続けられたのは南坂の尽力が大きい、心の底から信頼できる人だったからこそ文句が出るようなメニューにも迷うことなく従い続けていた、ステゴともそんな関係を築けたらいいなと思っている。

 

「なら、あたしも明日もガンガン扱くとするかな」

「明日は俺も参加しますから余計に地獄になるでしょうね」

「だな。んじゃそれに皆が耐えられるように祈って、乾杯と行こうじゃん」

「うっす」

「「乾杯」」

 

一気に煽る、思わず声が漏れる。互いに大きな声だったなと笑っていると足音が聞こえてくる、そちらに目をやると目を擦りながら舟をこいでいるスズカの姿があった。

 

「ランページしゃん……起きてたんですか……?」

「あっ起こしちまった?」

「お手洗いに行ってたので……聞こえ、てき……てぇ……」

 

眠気に抵抗しきれずに崩れ落ちる様にランページの膝の上に身体を委ねるスズカ、そのまま寝息を立ててしまったその姿に二人は笑った。

 

「こらこら、俺の膝なんて硬いもので寝るなよ。疲れ取れねぇぞ」

「これじゃあ晩酌もおしまいだな、冷蔵庫に入れとくからまた明日だな」

「っすね。んじゃ俺はスズカを部屋に連れてきます」

「あたしも部屋行くわ」

 

しょうがないと言いつつも二人は笑って晩酌会を終わりにした、そしてランページはそのままスズカの部屋まで行って彼女をベッドに寝かせる。軽く頭を撫でてから自分の部屋に行こうとするのだが―――一瞬、気配を感じる。だがあえてそれに気づかないふりをしたまま立ち去る。

 

「……」

 

その影は、ずっとそこにいた。だがトレーナーが部屋に戻るの確認すると自分も部屋に戻るとベッドに潜り込んだ。

 

 

「走れ走れっ!!俺を追い抜くぐらいの気概で走れ!!」

『はいっ!!』

 

合宿二日目。今日も砂浜でのダッシュが行われる、が今日はその先頭をランページが務めている。まるで芝を走っているかのようなスピードと足さばきを見せる彼女は自分たちとは全く別次元の走りをする。流石はあの最悪の凱旋門を制しただけはある。

 

「こんな足場で、なんなんあのスピード……これが芝ダート最強の実力!?」

「当たり前だ、ランページさんならばこの程度本気の内にも入らんしまだまだウォーミングアップの段階だ!!」

「こっちは、もうかなり全力だしてるのに!!?」

「やっぱり、格が違うわね……」

「ノープロブレム、これからもっともっと強くなればいいのデース!!」

「タイキの言うとおりだ、気合入れて走り込むぞ!!」

 

ムードメイカーのタイキと上から引っ張り上げる真面目なエアグルーヴという二人がチームの雰囲気を引き上げていく。それを背後で聞きながらもこの二人の組み合わせは中々にいいなと思う中でエアグルーヴの檄が飛ぶ。

 

「ステイ貴様っその走りは何だ、それでもプレアデスの一員か!!」

 

最後方を走っているステゴ、その表情は変わらない。いつも通りのマイペースさ、自分の決めたルールに沿って走るが如く。他人のルールになって興味なしと言わんばかり―――

 

「ランページさんに恥をかかせるだけだ、やる気がないやらやめるか!!」

「おいエアエアあんま言い過ぎる」

ああっ?

 

流石に注意をしようとした時だった。一瞬のうちに深々と踏み込まれた砂浜が爆ぜた、そして瞬時にエアグルーヴ達を追い抜くとランページに迫ってみせた。

 

「速いっ!!」

「な、なんか足跡がクレーターみたいになってるんだけど……」

「WOWすごいパワーデース!!あれが発揮する末脚ってきっと凄いでーす!!」

「貴様っ走れるなら最初から確りと走らんかたわけ!!」

 

「ステゴ、そのまま抜いてみな!!」

「―――応っ!!!」

 

今度はランページを追い抜かんと走り込むステゴ、元々パワーはある方な上に小柄なので身体の操縦性は高い、その気にさえなれば彼女の実力は新入生とは思えぬほどに高いのだ。

 

「(やめるだと……ザケた事抜かしてんじゃねえぞ)」

「如何した、ペース上げちまうぞ!!」

「ンなろぉがぁ!!!」

 

 

「よし最初の走り込みは終わりだ」

 

予定していた時間も過ぎたので走り込みを終わらせるのだが、そこへエースがやってきた。後ろに客人を連れて、その姿を見てランページは笑う。

 

「お前ら、合宿を始める時に言ったと思うがこの日本のレースに殴り込みをかけてくる海外ウマ娘がいるって。如何やら到着したみたいだぜ」

 

その言葉に顔を上げるとそこにはランページの海外遠征において、覇を競い合ったウマ娘がいた。

 

「よっまたジャパンカップ狙いか?」

「うるさいよ、貴方のワールドレコードを抜いて今度こそジャパンカップで勝ってやるわ」

「ふふんっ私はそれだけじゃなくてエリザベス女王杯にも出るのよ」

「なら、俺はチャンピオンズカップで勝ってやらぁ」

 

エルグッツ、シルバーストーン、シュタールアルメコア。彼女らが参戦するとなると秋のトゥインクルシリーズはまた熾烈なものとなる事だろう。紛れもない強者、世界という広い世界で戦うウマ娘の姿にプレアデスの面々は思わず喉を鳴らす。

 

「後で相手しろよな、その為にここに来たんだからな」

「ったくこちとらトレーナーだぞ、育成に集中させろよ合宿なんだから」

「そうかてぇ事いうなよ、レジェンドレースってのに出るんだろ。その為だと思えよ」

「ボロクソに負けて調子崩して俺のせいにされたくねぇんだよ、全員俺に勝った事ねぇ癖に」

「そ、それはいいっこなしじゃない」

「これでも凱旋門ウマ娘なんだけど」

「俺はそれを破ってワールドレコードホルダーです」

「テメェ……!!」

 

和やかではあるが何処か厳かな緊張感が漂う。だがそれを見て強く構えながら笑う者もいる。

 

「(やってみてぇ……戦ってみてぇ……!!)」

「(あの人たちと同じ場所を、見てみたい……!!)」



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317話

「あれが、お姉様と海外で戦ったウマ娘……!!」

 

メジロのウマ娘として、ランページの全レースには目を通している。メイクデビューからラストランまで、もう何回見たのかを数えるのもばからしくなるぐらいには見た。入学してからも暇があれば見ていた、同室のタイキも一緒に見ていたが途中から呆れて見なくなるぐらいには見た。そんな自分は既に分かっていた筈なのに驚愕させられる―――あれが海外のトップウマ娘。

 

「一々女々しい奴だな、三度目の正直は直接じゃなくて俺の記録に挑戦とは……せめて凱旋門で晴らせよ面倒くせぇ」

「い、いいじゃないこのぐらい!!」

「どうせそれで出しても、"勝ったって言ったってランページの最悪の凱旋門と比べてもねぇ……″って突っ込まれるだけだぞ」

「か、勝ちは一緒よ!!」

 

エルグッツ、ランページとは過去2度激突した凱旋門ウマ娘。あの凱旋門でもランページと競り合い続けた覇者。

 

「シルバーはエリザベス女王杯行くのか、キツいぞ」

「大丈夫よ、私2600までならいけるから」

「いやそういう意味じゃねぇんだわ。安田記念っつうレースを三連覇したバケモンが出んのよ」

「―――三連覇ぁ!!?」

 

シルバーストーン、アイリッシュチャンピオンステークスで大逃げ対決を演じた海外の大逃げウマ娘。

 

「俺はチャンピオンズカップだ、レディとダイナが出るんだろ、そいつらに勝つだけよ」

「お前で勝てればいいけどな。あいつら俺と真正面と殴り合い続けた奴らだぞ」

「俺だって同じだぁ!!」

 

シュタールアルメコア。芝ダート両刀、そして―――ランページを最も敗北へと近づけたウマ娘。

 

「これが私なりの総評よ」

『……』

「な、何で引いてるの?」

「当たり前デース……」

 

ドーベルは雄弁に海外からの客人に対する評価などを語ってみせた、前述のそれはあくまで入りの部分だけでその後に熱のこもったランページへの思いも綴られていた。それだけでも凄いのだが、3人の分析も中々に凄かった。最早感心を通り過ごして呆れを感じる、そしてタイキの場合は同室なので自分が寝ようと思ってもスマホにいれたランページのレース映像を見ているので余計に呆れも強かった。

 

「ドーベルはランページさんへの思いが強すぎまーす、この前だって凱旋門とBCクラシックのレースを見過ぎて夜更かししてました。私が起こしてなかったら遅刻だったですよ?」

「タ、タイキそれは言わないって……!!」

「ランページさんに言われました。親しき中にも礼儀あり、時には痛い言葉も必要だって」

「その通りだな」

 

と頷くエアグルーヴ、ドーベルは正論なので反論出来ずにいたが同じようにランページの事になれば幾らでも語れる同士ともいえるエアグルーヴにそう言われるのは何とも遺憾、というか明らかな嫉妬が見て取れた。ランページの全レース映像集、しかもメジロ家の力で集めたものだから様々な角度などの物なのでエアグルーヴは是非ともそれが欲しいというのが伝わってくる。

 

「あれがシルバーストーンさん……」

「やっぱ気になるよね……ランページさんと同じ大逃げのウマ娘だし」

「ええっ私達が目指すべき存在」

 

スズカとサニーが気に掛けるのは矢張りシルバー、海外でも屈指の大逃げを行う強豪。単純なトップスピードならばランページにも引けを取らないし去年のジャパンカップではテイオー、ターボと熾烈なトップ争いを繰り広げた。テイオー、ターボに次ぐ3位ではあったがその差は1.7㎝差という極めて勝利に等しい差。逃げウマ娘にとって目指すべき存在として数えられているほど。

 

「あれがシュタールアルメコア……ランページさんが、敗北を最も強く意識した相手」

 

エアグルーヴは思わず、目つきが鋭くなった。憧れのあの人を最も追い込んだ相手が目の前にいる。だが相手は尊敬すべき人、その鬩ぎ合い故か顔が歪んでいる。それを隣で見るステゴはニヤニヤしているが同時に強い闘争心もむき出しにしていた。

 

「(やってみてぇ……勝てねぇってのは分かるけど、やりてぇ……走って、みてぇ……!!!)」

 

「ったく俺ちゃんの事を大好きちゃんかよテメェら、ガキじゃあるまいしせっつくんじゃねぇよ。悪い皆、この後は少し休憩入れさせてくれ」

「ぁぁっ?」

 

不満げな声を思わずステゴが上げる、当然だろう。これから地獄と称したメニューが始まると思っていたのに……期待からの落胆だ、この位は許せよと言わんばかりの分かっていたと分かる不満。だがそれは次の言葉で吹き飛んでしまった。

 

「俺、エル、シルバー、アルでレースするからそれと休憩時間込みでお前を休ませる」

「―――んだとぉ!!?」

 

正式のレースでもこんなカードは滅多に見られない。凱旋門ウマ娘同士が対決するレースなんて……そこにいる全員が意地でも見たいと思った。

 

「言っとくが調整目的ではあるが、俺はガチで勝ちに行くからな。トレーナー業にかまけて鈍ってますなんて許さねぇからな!!」

「テメェの何倍重い蹄鉄を普段使いにしてると思ってんだ、簡単に鈍ってたまるかよ」

「えっマジであの重い蹄鉄を普段使ってんの?バカなの?」

「私も使ってるわよ、結構脚に来ていいトレーニングになるのよ」

「俺も使ってんぞ」

「……何、私が、私がおかしいの……!?」

「おかしいのはそこの暴君だから落ち着け」

「エースさんひでぇっす」

 

そんなやり取りを経て、急遽ランページ参戦の模擬レースを行う事になった。エースも誘ったのだが、あたしは遠慮すると言われてしまった。そして早速勝負服をその身に纏った。

 

「あれが勝負服姿のランページさん……!!」

「なんでそんな興奮してんだよ、普段から見てんだろ」

「レース前を生で見るのは初めてです!!」

 

スーツが仕事着だが、自分が走る日は勝負服、着替えるのが面倒だったりで一日中を勝負服で過ごすこともあるので新鮮味なんて無いだろうと思うのだが……プレアデスのメンバーは酷く興奮していた。本気のランページが見られる、その期待があったから。その願いは―――現実となった。

 

「げ、現役のころよりお前、速くなってねぇか!?」

「それはない。精神テンション的には全盛期以下だ、まあ肉体スペック的には上がってるかもしれないからトントンだな」

「ば、化け物め……」

「まだ、上を目指せるって素晴らしいわね!!」

 

結果、ランページはエルグッツ達を5バ身差を付けてブッちぎった。まだまだ衰え知らずな暴君、これほどまでの強者の下で自分たちは走るという事をプレアデスは再認識せざるを得なかった。



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318話

「これよ、私たちはこれに負けたのよ……!!」

「ちっ改めてこの目でじっくり生で見ると違いがはっきりしやがる……」

「マジで衰えてないわねぇ……数か月でも現役引退してるはずなのに」

 

海外から日本のトゥインクルシリーズに殴り込みをかけてきたシルバーストーン、シュタールアルメコア、そしてエルグッツの三人。日本戦線での調整のためにプレアデスの合宿でチームの面倒を見て貰う事になったのだが、やはりメインはランページ。自分たちを完全に上回った最強最速に如何してもう一度リベンジしたい、現役引退なんて理由にはならない。勝つだけだと思っていたのだが―――

 

「スズカ、サニーこれがお前たちが越えるべき逃げの姿だ。これを目に焼き付けて必ず超えて見せろ!!」

「「はいっ!!」」

 

逃げウマ娘である二人の為に実演する走り、その走りは正しく世界の頂点に立ったものにしか出来ない凄まじいものだった。メジロ家のコテージに備え付けられていたコースは東京レース場と同じ、そのコースを高速で走り抜けていくその姿は見る者すべてを魅了する。

 

「分かっていたつもりだがやはりランページさんの走りは異次元だな……」

「直線での伸びも凄いけどコーナーリングで全くスピードを落とさずに曲がれてる……しかも再度の直線に入ると更に速度が上がる……」

 

エアグルーヴとドーベルの二人から見ても言葉が出ない程に凄い。何度映像を見た者から見てもその走りは紛れもなく一級品。

 

「っっ!!」

 

第三コーナーへと入った瞬間に、ランページの態勢が低くなる。姿勢を下げたのではない、身体全体が僅かに沈んでいた。その理由は芝に脚が食い込んでいる、シンザン鉄によって鍛えこまれた過剰なパワーで遠心力に対抗、それによってトップスピードを維持したままコーナーを制する。しかもラチとの隙間が極端に狭く、G1ウマ娘の理想の最短距離とされるそれの数段先を行く距離で抜けていく。

 

「ラストッ!!!」

 

コーナーを越えて直線に入った瞬間に、全てが爆発する。まるで四足獣を思わせる低いフォームを取りながらも本当のトップスピードへと到達する、それを見た時に三人は思わず身を乗り出してそれを瞳に焼き付けようとした。そしてそのまま―――エースが構えるゴール地点を通り抜けていった。

 

「いいタイムだ、全盛期から衰えてるって言ってるけどそれ絶対当社比って奴だろ」

「衰えてるのはガチっすよ、BCクラシックとかのガチの全盛期と比べちゃうとね。スズカ、サニー見てたか?」

 

タオルで汗を拭いながらも二人を見るとコクコクと必死に首を縦に振っていた。まるでおもちゃのような二人に笑いが込み上げてくる。だがそう様子から安心も得られたのも確かだ、自分はまだ彼女たちの夢であり続けられているという実感を得られた。何れは果てる夢、だが今ではない。出来るだけその夢を壊したくはない。

 

「これをやれとは言わない―――超えてほしい、いや超えて見せなお前らにはその才覚がある」

「はっはい頑張ります!」

「わ、私だって頑張りますから見ててください!!」

「応」

 

片腕を上げてそれに答えながらもドリンクを口にする、するとエルたちが近づいてきた。

 

「相変わらずふざけた走り……ああもう何で引退しちゃったの!?」

「全くだぜ、本番のレースであれともう走れないなんて……」

「ねっお願いだからまた走れない!?」

 

そういう誘いは嬉しいが……もう既に自分の舞台はそこではない。一度降りた者に上がる資格はない、上がるとしたら別の舞台しかない。

 

「ンな事より、お前らから見てプレアデスはどうだ?」

「と言っても全員デビュー前じゃない、まだまだ成長途中の段階で評価を固めるのは良い事じゃないわよ?ここから一気に伸びたり均一化されたり、個性が出たりする時期だし」

 

如何にもエルグッツらしい言葉だ、評価するにはまだまだな段階と示せば隣のアルはそんなことはないと胸を張る。

 

「俺はステイゴールドだったか?あいつが気に入った、あの面と気迫はレースで役に立つし全員良い顔して前見てるじゃねえか。こりゃ確実に伸びるぜ」

「同感。皆見込みあるし現役だったら絶対に対戦したいと思うぐらいの子だよ」

「あんがとよ、そう言われて少しだけトレーナーとしての荷が下りた気がするぜ」

「よく言うぜ俺たちの意見を取り入れる気はねぇくせに」

「だったらテメェらの走りにダメ出しでも入れてやろうか?」

 

プレアデスに関して有り難い言葉を頂けたので逆に自分がそちらに対して何かを言ってやろうかという気持ちが浮き上がってくる。

 

「まずエルは全体的に纏まり過ぎててらしさに欠けてる、それでも凱旋門獲ってるのは流石だけど運が良かった部類だな。突き出したものがないからいざ上を行かれるとその上を行きにくい」

「き、気にしてる事を……!!」

「シルバーは別段悪い所はねぇな、先頭の執着があるって所だけじゃねぇか?まあ逃げウマ娘としては大切な事だし奪い返すっていうモチベもあるし、コーナーリングを磨けばいいと思うぜ」

「やっぱりそうなんだよね~そう思って貴方のコーナリングを取り入れようとしてるんだけど、敢えて滑らせて曲がろうかなぁって思ってるの」

「何、ウマ娘の脚でドリフトでもやんの?」

「目指すべきはそこだね」

「無茶言うな」

 

日本勢からすれば何をやってくれているんだともとれる類のアドバイスだが、この位で負けて貰っては困る。この三人は挑戦しに来ているんだ、ならばこちらはそれを迎え撃たなければならない、それに―――イクノ達ならば3人が強ければ強い程に燃えるタイプだから問題は無いだろう。

 

「ンでアル」

「応幾らでも言ってくれ」

「まずお前の戦法ワンパターン過ぎて読まれやすい、強力なのは認めるけどそれしか選択肢がないって対策も取れるって事だぞ。それだけに絞るにしても誘導するって事もないしな、もうちょっと幅が欲しいな。じゃねえとお前レディとダイナにボロ負けすんぞ」

「……」

「ズバッと言い過ぎじゃないかしら……?」

 

思わず膝をついてしまった、自分でも分かっていたがこうもはっきりと示されると思った以上に心に来る……まあ自分の心を折ってくれた相手でもあるのできつめの言葉を言ってしまったがアルの弱点である事は事実なので確りと指摘はしておく、そんな面々と行う合宿が行われる中、ランページの携帯に電話がかかってきた。

 

「あい独裁暴君です」

『あっランページさんアタシ、今大丈夫!!?』

 

電話をかけてきたのはパーマーだった。ひどく興奮しているような口調だったので何事かと思ったが―――その理由は直ぐに分かった。涙ぐみながらも精いっぱいの声で、報告をしてくれたのだ。

 

『アタシ、アタシ……やった、やったよっ……アタシ……G1勝てたぁぁぁっ……!!!』

「そうか、遂にやったかパーマー!!」

 

その報告はメジロ家にとって、いやパーマーにとっての悲願の報告だった。G1制覇、しかもただのG1ではない―――彼女が制したのは……グッドウッドカップ。イギリスにおける夏のステイヤー王者決定戦、長距離三冠の一角である。



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319話

『これは、何という事だ。去年、この欧州で嵐を巻き起こした日本のメジロが、今年も嵐を巻き起こしているぅ!!』

 

イギリス。暴君の活躍も未だ脳裏に焼き付いてしまっているその地で日本からやって来た一人のウマ娘が彼女を思わせる戦法で先頭に立ち続けていた。同じメジロの冠を持つ大逃げステイヤー、メジロパーマー。ランページの誘いもあって敢えて宝塚記念をスルーする選択肢を取り、2か月前からイギリスで走り続けた彼女が今、その結論を出そうとした。

 

『メジロメジロメジロ!!!この長距離を先頭で走り続ける彼女の名だ!!!残り300mを切った、だが後続とは6バ身差!!この距離を常に全力で逃げ続けたメジロパーマー、それに引っ張られてきたがもう着いていくのがやっとなのか!?これが、爆逃げなのか!!?』

 

札幌記念での好走、それによって見出された洋芝適正。メジロ四天王の一人として数えられるがG1を取ることが出来ずに一人だけ、格落ち扱いされていたパーマーだが―――それも今日で終わりだとパーマーのトレーナーは目に涙を溜めながら彼女の走りを網膜に焼き付ける。

 

「いけええええっパーマァァァァッ!!!」

「これが、メジロいや、パーマーの走りだぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

トレーナーの叫びは彼女の背中を押す推進剤となった。自分を信じて共に駆け抜け続けた末の答えがもう直出る、悩み続けてきた自分の存在価値、重すぎる家の名前に潰されそうになるたびに支えてくれたトレーナー、彼の為にも自分は証明する。これが、私の走りだと。疲れ切った身体に漲ってくる力、そして見えた。自分だけのロードが。

 

「爆逃げぇぇぇぇぇっ!!!!」

『これが日本のウマ娘か、これがあの暴君の祖国から来たステイヤー!!3219mを完全独走、先頭で走り続けたウマ娘の名は、メジロパーマー!!今年も日本のウマ娘がこの欧州で嵐の中心となったぁぁぁぁ!!!』

 

駆け抜けた末に見えたマッハの夢、届かぬと諦めかけた故に遂に手が届いた。イギリスG1レース、グッドウッドカップ制覇。その栄光を手にしたとき、パーマーは全身にもう力なんて残っていないはずなのに、駆け寄ってきたトレーナーと抱き合いながら心からの嬉しさを爆発させながらも涙を流していた。誰よりも長い距離を逃げ続けた彼女にこそ許される涙がそこにあった。

 

『アタシはパーマー、メジロパーマー!!』

 

この瞬間から、パーマーは胸を張って自分がメジロのウマ娘だと言えるようになった。

 

 

 

「こりゃ見事だなぁ……」

 

序盤から全力の大逃げを打った。欧州には色濃く自分の走りが残っているが、3219という距離は天皇賞(春)よりも長くそんな距離を大逃げで走り抜けられるわけがないと思われただろう。自分のペースで行こうと思う者が大半の中でパーマーは逃げ続けた。そしてそれは2000mを越えても尚続いた、それが焦りを起こして徐々にペースが上がっていった。

 

「普通、こんなペースで逃げるなんて考えられませんが……」

「でもパーマー姉さんはステイヤーズステークスを勝ってる」

 

プレアデスの皆でその映像を見てみるのだが、その大逃げの迫力は中々の物だった。エアグルーヴは戸惑い、ドーベルは何処か誇らしげだった。

 

「普通に考えりゃ正気の沙汰じゃねえ筈、正しく狂気の大逃げだぜ」

 

ステゴの意見ももっともだ。何せランページやターボのそれとは全く違う異質な走り、あんなペースで走っているのに垂れずにラストの直線では他を突き放すかのように伸びてみせたのだから。レースで対戦したウマ娘の驚きは自分たち以上だったことだろう。

 

「でも要所要所で上手い事ペースを落として一呼吸してますね、ほらっ此処とか」

「ホント、微妙にペースを落としてるけど他には気づかれない位にちょっとだけ」

 

同じ逃げウマ娘のサニーとスズカからもこのレースは勉強になった、特にサニーの場合はペース変更を取り入れる気が満々なので絶好の研究材料にもなり得た。そしてそれは同じように見ていたシルバーも同様だった。

 

「……ジャパンカップとかに出てくれないかしら、戦いたい」

 

同じ大逃げウマ娘としての血が騒いでいるのか、その瞳はギラギラと輝いている。それはランページも同じではあるが、やはり自分とは全く違う存在であることを強く意識せざるを得ない。あんな長距離を大逃げし続けるなんて自分には絶対に無理だ。

 

「このまま凱旋門に挑戦とか、ないでしょうね?」

「それは如何だろうな、このまま日本に帰って来ても可笑しくはないし他のレースに出ても良いとは思うが……まあとにかく、これでバカな連中がパーマーの事をメジロ四天王の汚点だとかふざけた記事を書く事もなくなる」

 

海外G1を制したという事はそれほどに価値がある。未だに分厚い海外の壁を文字通りに超えた事を意味するのだから、きっとアサマも喜んでいる事だろう。

 

「にしてもトレーナーにああまで抱き着いちゃってまぁ……相当に嬉しかったんだな」

 

ゴール後に我慢出来ずに入ってきてしまったパーマーのトレーナー。抱き合う二人を観客、そして出走ウマ娘たちも大喝采で祝福している。

 

『悲願のG1初勝利を飾ったメジロパーマー、トレーナーとの絆があってこその勝利でしょう!!素晴らしい走りでした、称えましょう、彼女こそがチャンピオンだと!!』

 

「ですが……距離、近すぎません?」

 

と思わずエアグルーヴが苦言を呈する程度にはパーマーとトレーナーの距離は近く見える、平気で抱き合って居るしインタビューでは自分はパーマーとどこまで逃げていくつもりです。と真剣な顔で言ってその隣ではパーマーは照れつつもトレーナーとどこまでも!!と笑顔で言っている。自分と南坂のそれとは別の意味で距離が近い。

 

「大丈夫だよエアエア」

「しかし……」

「お前が勝った時は俺がお姫様抱っこしてウイニングランしてやるから」

「それなら―――えっ?」

 

この後、軽く修羅場った。



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320話

プレアデスの合宿は極めて順調に終了した。途中、マルゼンスキーも合流して一段と豪勢になった合宿は最終的にはマルゼンスキーが海外ウマ娘とレースで対決するという大イベントで締めくくられた。それに大いに刺激を受けた面々は更なる高みを目指して学園に戻ってからもトレーニングに励む。その中には―――

 

「トレーナー、俺にもシンザン鉄を使わせろ」

「生言ってんじゃねえよ、テメェにはまだ早い―――と言いたいところだが、このアンクルをクリアしたら2倍は考えてもいいぜ」

「その言葉、忘れんじゃねえぞ!!」

 

ステゴもいた。合宿中にエルグッツ達に揉んでもらった事で世界の壁の厚さ、それを越えてみたいいや砕いてみたいという欲が生まれたのかそれを目指すモチベーションが発生。既に世界を目指し始めた彼女にとってランページのシンザン鉄は最重要課題として捉えられた、故に今はそのシンザン鉄を使う許可を得る為にエアグルーヴも驚く程に練習に熱を入れてる、まあ不真面目さは相変わらずで喧嘩はしている。

 

「よっパーマー、グッドウッドカップ制覇おめっとさん。トレーナーとラブラブでうらやましいねぇ」

「や、やめてってば……」

 

久方ぶりに会うパーマーは何処か逞しくなっているように見えた、海外から戻ってきたパーマーはメジロ家の邸宅に戻る事を考えたのだが既に報道陣が詰めかけているという情報を貰ったのでランページの自宅の方に避難させて貰っていた。

 

「あんなに熱烈に抱き合ってた癖に何言ってんだよ、何だっけトレーナ―と一緒ならどこまでも!!だっけなぁ?」

「ぅぅぅぅっ勘弁してよぉ……」

 

顔を真っ赤にさせながらもクッションに顔をうずめるパーマー、あの時は初G1制覇の喜びでハイになっていたので普段やらないような大胆な事もしてしまっただけであってパーマーからすれば世界中に抱き合った姿や腰に手を回されたところが広まったなんてもう考えたくもなかった。

 

「それだけお前と絆が強いって事だろ、羨ましいよ」

「ラ、ランさんには南坂さんがいるじゃない」

「いや南ちゃんと俺は戦友的なあれだからお前のとは違うんだよなぁ……」

 

だが、パーマーと山田トレーナーは違う。互いが互いを尊敬しあって支え合っている、そしてその思いは極めて強く純粋だ。それぞれが持つ強さへのリスペクトが絆の強さへと直結している。

 

「トレーナーと一緒にどこまで持っていうのは嘘じゃないんだろ?」

「……うん」

「ならそれを貫けよ、お前らしく」

 

羞恥に顔を染めながらもパーマーは確りと頷いた。

 

「次走は決めてるのか、天皇賞(秋)とか?」

「……メルボルンカップ」

「―――えっマジ?」

 

思わず聞き返すほどの衝撃があった。メルボルンカップと言えばオーストラリアでもっとも有名なレース、日本で言う所の有記念に相当する。毎年この競走の開催日はメルボルンカップ・デーとして祝日となり国の動きを止めるレースとも言われている程にオーストラリアの国民的な行事となっている。長距離レースの最高峰の一角に数えられるG1レースだ。

 

「アタシ、決めたの。確かにアタシはメジロのウマ娘だけどそれに縛られたくなんてないし自由に走りたい。トレーナーとどこまでも行きたい、だから今度も爆逃げするって決めたの」

 

その言葉は何処か決意に満ちていた、メジロパーマーだと胸を張って名乗れると言いながらもそれに囚われるつもりは毛頭もなく唯々走り抜ける事を選択していた。もしかしたらこのままパーマーは日本から飛び出して行ってしまうのかなとさえ思えた―――が、それはそれでいいのかもしれない。

 

「そうか、んじゃ何処までも行っちまえよ。メジロパーマーらしくさ」

「分かってるよ、アタシらしく……爆逃げするのみ」

 

クッションから上げられた顔には決意が現れていた、メジロパーマーとして自信を掴み取った、ならば次は唯のパーマーとして、トレーナーのウマ娘として駆け抜ける事を決めた顔。それを見たランページは笑った。

 

「ああそうだお婆様からの伝言があるんだ」

「えっお婆様から!?」

「トレーナーとお幸せに、だってさ」

「ちょっはッえっ!?いやいやいやお婆様勘違いしてない!!?アタシとトレーナーは別にそういう関係じゃ……!!」

「お互いに腰に手回して笑顔でポーズ取って撮影応じてるから説得力0だぞ」

 

パーマーは必死に否定しようとしているが、ネットではパーマーとトレーナーの絆の強さに祝福の嵐。一部ではもう完全なカップル扱いであり、ニュースではメジロ四天王、メジロパーマーを支え続けたトレーナーと紹介されていたりともう色んな意味で後戻り出来ない所まで来ている気がする。

 

「んじゃトレーナーの事何とも思ってない訳?海外G1を取った貴重なトレーナーとして担当希望ウマ娘が次々と来るぞ」

「それはいやっトレーナーは私のトレーナー!!」

「ほらっ素直になれたじゃないか」

 

思わず口を抑えるが既に時既に遅し、ランページはわざとらしくニヤつきながら扉を開けてみるとそこにはパーマーのトレーナーである山田トレーナーが頬を赤くしながら気まずそうに立っていた。それを見てパーマーは顔を更に赤くする。

 

「ラララララッランさん!!?」

「めんご」

「めんごじゃないでしょぉぉぉ!!!?」

「んじゃ俺は買い出しに行ってくるから、4時間ぐらいしたら帰ってくるから若いお二人にお任せしますね~」

「「え"っ!?」」

 

逃げウマ娘の面目躍如と言わんばかりに飛び出すとそのままインプレッサに乗り込んで発進させた、既に助手席に座っていた人を横目に見ながらも適当に走らせる。

 

「こんな感じで良いんですかね、相当に雑でしたけど」

「この位で良いんですよ。パーマーだけではなく、皆にはメジロ家というものを必要以上に背負うことなく生きてほしいですから……さあっスーちゃんが待ってますからシンボリ家に向かってください」

「仰せに通りにお婆様」

 

助手席に乗っているアサマは穏やかに笑っていた。パーマーが海外G1を取ってくれた事はこれの上無く嬉しいがあそこまで自分の事を思ってくれて信頼出来るパートナーと巡り合えた事が酷く嬉しく思える。

 

「フフフッ親戚がまた、増えるわね」

「おめでたい事ですね」

 

 

「どどどどーすんの、どーすんのトレーナー……」

「……取り合えず、TV付ける?」

 

つけた結果、自分たちのインタビューを取り上げていた番組が丁度やっていたので二人は顔を真っ赤にさせたが気づけば肩を預け合ってその時間を享受していた。



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321話

「何、何もしなかった訳?バスタオルとか新品だったのに……ヘタレか己ら」

「常識的に考えてくれない!?家族の家で出来る訳ないでしょ!!?」

「そうかセッティングが悪かったのか、んじゃ今度は別の場所を準備しとくから」

『結構です!!』

 

御婆様と共にシンボリ家に遊びに行っていった間、結局パーマーと山田トレーナーは一線を越えるという事はしなかったらしい。逆に常識を諭されてしまったのは不服だが、する気はあったらしいが二人ともその辺りの認識が古いというか清らかなのか、卒業までは待とうとなったとの事。まあ学生とある種教職の立場としては正しいか……と納得する一方で

 

「私の頃はもっとガツガツしてたのよ、貴方もそうすれば良かったのに」

「お婆様何言ってるか分かってます!!?」

「メジロ家の人生ステークス一番人気、メジロパーマー最終直線で失速っと……」

「何メモってるの!?」

 

まあ兎も角、トレーナーとウマ娘との仲が良いのはよい事である。そしてパーマーにはこれだけは絶対に伝えなければならないだろう。

 

「ヘリオスも喜んでたらしいぞ、真夜中なのに大声上げちまったってさ」

「そっか、ヘリオスもそっか、喜んでくれたんだ、そっかそっか……!!」

 

パーマーにとっての太陽こと大親友のヘリオス、彼女も当然のごとくパーマーの勝利を喜んだ。だがそれだけでは収まらなかった、その現場をゼファーとアイネスが見ていたらしいのだが……勝利を確信した時に大声を上げたが、直後に静まり返り、大粒の涙を流していたとの事。

 

『本当に良かったパーマァァァ……ウチの、ウチの親友が遂に、勝ったよぉぉぉっ……!!これでパーマーが凄いってみんな分かってくれたぁ……』

 

普段のヘリオスとは思えないようなこの状況に二人も呆気に取られていた、いや正確に言えばそんなヘリオスをヘリオスがご執心なお嬢ことダイイチルビーが慰めていたからだった。

 

『これでもう、パーマーだって凄いって皆……』

『ご立派な走りでした。あれであのような記事を書く者などいなくなるでしょう、いたとしても、相手にするものなどいません。あの輝きは、正しく至上の物なのですから』

 

涙を流すヘリオスの背中をさすりながらもパーマーを称賛するルビー、その言葉を聞いてヘリオスは更に泣いてしまった。嬉しさを感動が、入り乱れた涙は何処か輝いていたと二人は言っていた。

 

「ヘリオス……アタシ、ちょっとヘリオスの所行ってくる!!」

「応行ってこい」

 

この後、パーマーは自分のトレーナーとヘリオスとそしてヘリオスのトレーナーと一緒にパーティーを開いた。そこには泣いていたヘリオスの姿はなく、いつもの通りの元気いっぱいなヘリオスとその姿を見て一緒にはしゃぐパーマーの姿があったと二人のトレーナーから聞いたランであった。

 

 

そんなこんなもありながらも合宿は終わりを告げたわけだが残暑も厳しい。ウマ娘といえど夏には強くはない、なので熱中症対策やらもしっかりと準備もしているがランページは練習メニューにプールを積極的に取り入れた。これならば暑い時でも練習のモチベーションは落ちにくいから、勿論それだけではなくプールならではの練習も取り入れている。

 

「んじゃエアエアにはこれを付けて貰う」

「これって……浮き輪、ですか?」

「浮き輪を付けたままで出来るだけ走るようにして歩いて貰う、抵抗がありまくるからキツいぞ。ンで皆はまずプールの中でスクワットだ」

 

エアグルーヴには自分が海でやっていたのと似たメニューを課す一方でスズカたちにはスクワットを命ずる、皆はちょうど暑い日だったので冷たいプールの中なので嬉しげだが……プール調教は生易しい部類ではない。

 

「スクワットだ。後、確りと潜ってやる事」

「も、潜るですか?」

「そう、確りと膝を曲げてプールから飛び出るような感じでだ。これが中々利くんだ、それじゃ―――開始!!」

 

その指示に驚きつつも全員がスクワットを開始し、その近くを通るようにエアグルーヴが歩みを進めていく。が浮き輪は想像以上に抵抗があった、浮き輪には水の抵抗を諸に受ける様に板などが追加されているうえに近くではスクワットで発生した波が浮き輪を煽ってくる。

 

「これは、なかなかにっ……!!」

 

それでもただ一人だけ違うメニューを受けているという自覚があるからか、エアグルーヴは普段以上に真剣にそれに臨んでいた。そんな彼女に対して試練にもなる波を作り出しているスクワット組。

 

「79!!」『79!!』

「80!!」『80!!』

 

既に80を越え始めている、プールの中でのスクワットという事で浮き上がる際には浮力もあって楽だろうと踏んでいたであろうドーベルとサニー辺りはかなりつらそうな顔をしている。

 

「水の中だと絶えず抵抗が発生する、故に絶えず筋肉を使い続ける。陸上のメニューと比べて効果は二倍だが労力はそれ以上とも言われる」

「86!!」「86!!」『86……!!』

 

流石に差が生まれ始めてきたころ合い、まとめ役として真っ先に潜っていたスズカと史実でもプール調教で強くなったタイキが並び立つようにいいペースで続ける中でサニーとドーベルが遅れ始めてきた。呼吸できるのは水面から顔を出した一瞬だけ、そんな状態でのスクワットは本当にキツい。

 

「やってますね」

「おおっ南ちゃんじゃねえか、何活きのいい若い子でもナンパしに来たのかい?」

「貴方のような方がいたのならばそれも悪くもありませんが、現状は模擬レース開催で十分集まりますから」

「真面目に答えなくてもいいんだぜ」

 

プールに顔を出したのはカノープスの面々だった、何というか不思議と懐かしさを覚えてしまった。

 

「水中スクワットですか、流石ですね。あれは下半身の筋肉をしなやか且つ柔らかな物にします。怪我を防止するという意味でも有効なトレーニングです」

「流石ランだね、うちのトレーナー直伝のメニューを実践中って訳だ」

「まあね。んで皆もプールか」

「そうなんです先輩、チケット先輩の特訓に付き合おうと思いまして」

 

ドラランが言う中でプールに飛び込んだ音が聞こえてきた、そちらに目を向けてみると既にプールに入っているチケットの姿があった。その瞳は鋭く力が入っていた、カノープス時代では中々お目に掛かれなかった瞳に思わず口笛を吹く。

 

「良い目してるなぁ」

「チケットさん、ライスと同じメニューをずっとしてるの。ライス用のだから辛いと思うのに、弱音一つ吐かないの」

「仕上がってるって事だな、次走は?菊花賞には優先出走権は取ってるだろ」

「ええ、仕上がりを確認する意味で神戸新聞杯にするつもりです」

 

最後の一冠の菊花賞、タイシンが皐月、チケットがダービーを取っているこの状況で二人のどちらかが二冠を達成するのか、それともハヤヒデがリベンジを果たすのか。一トレーナーとしても気になる内容だ。その前にはライス、イクノ、ターボが激突するオールカマーもある。これからも目が離せないレースばかりだ。



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322話

授業中の事、ちょうど誰もコース上を使う時間帯ではないのだが、それを独り占めして駆け抜けているウマ娘がいた。学園指定のジャージに身を包みながらもとんでもない快速でターフを駆ける姿はまるで彗星にも見える。大地を疾駆する彗星、そんな姿を仮に誰かが見たらスカウトせずにはいられない事だろう。だからこそこの時間帯に走ったともいえるのだが……ターフを駆けていたのはランページ。

 

「やっぱ偶には走らねぇとな……鈍らせるにはまだまだ早い」

 

トレーナー業をしながらも彼女は自身の鍛錬を全く怠っていない、まだ引退してからそこまで日にちが経っていないというのもあるが簡単に自分の走りを鈍らせるというのはプライドが許さないというか単純にもったいないように感じたから。プレアデスの皆もそうだが、トレセンの多くのウマ娘たちは自分に夢を見てくれた、だからこそその夢を持続させるのも役目の一つだと思っている。

 

「さてと、続き続きっと―――」

「あ、あのっ!!」

 

もう一周今度はガチの全力で……と思ったのだが声をかけられた、聞き慣れぬ声にそちらを見ると若いトレーナーが此方を見ていた。

 

「なんか用かいお若いお兄さん、誰もいないからってナンパかい?」

「ナンパっていいやそのそんなことは……っ!?ああ嫌でも声をかけたのは理由があって、あっでもやましい事では決して……!!」

「……くくっあははははっ!!そんな取り乱すなよお兄さん、からかって悪かったな」

 

軽いジャブのつもりだったのにえらく慌てたので思わず大爆笑してしまった。からかいがいのあるお兄ちゃんで結構な事だ。

 

「ンで何か用事があんのか?」

「えっとその、君、君は担当トレーナーっていますか!!?」

「あっ担当?あ~あ……いない、でいいのか?」

 

その質問に本気で首を傾げた。何言っているんだ?クソ真面目にとるならば自分にとってのトレーナーは南坂という事になるが、自分は彼の下から離れているので現状は担当トレーナーはいないという事にはなる。そもそも自分自身がトレーナーではあるのだが……だがなぜそんなことを……ある種の思考停止状態になっていると彼はまるで告白でもするかのように思いっきり頭を下げながら自分に手を差し出した。

 

「君の走りに惚れました!!お、俺の担当ウマ娘になってくれませんか!?」

「―――ハッ?」

 

思わぬ事で思考が止まる。これはあれか、スカウトで良いのだろうか。いやというかなんで自分にするのだろうか、もしかして自分がメジロランページだと分かっていない?いやこれでも一応有名人だという自覚はあるし出掛ける時だってちゃんと変装はする、今日は偶々ジャージではあるが普段のイメージとかけ離れているから分かっていないのか?と思う中でリセットを掛けながら湧き上がってきた悪戯心に従う。

 

「ほほう、この俺ちゃんに目を付けるとはシャープだな。ふふんっそう言われるとまんざらでもねぇな。だがな、俺ちゃんをスカウトするって事は大変だぜ?」

「き、君ほどのウマ娘のトレーナーならばそれも当然だとお、思っているつもりだ!!今年からの新人だから、精いっぱい務めさせてもらうから!!!」

「クククッハハハハハッ!!!こいつはいい、いいぜその告白受け取ってやろうじゃねえか」

 

笑いながらも肯定のメッセージを送ってみると彼は顔を上げて満面の笑みを浮かべた。新人トレーナーにとっての最初の壁が担当ウマ娘の獲得の難しさ、誰だってトゥインクルシリーズを駆けるならば実力が確かなトレーナーに頼みたいのは人情というもの。だからこそサブトレーナーから入るのが推奨されるのも頷ける。さて喜んでいる彼に優先度の高い先制技を仕掛けるとしよう。

 

「んじゃ自己紹介だ、俺はメジロランページだ」

「メジロってあのメジロ家?!こりゃ凄い子の担当になれ……え"っ

 

ニコニコと微笑み続けているランページとは対照的に、顔が青くなって行ったり赤くなって行ったりゲーミング色に変わっていく。流石に名前は知っているようで安心した。

 

「あ、あのメジロランページって……あのすいません、去年凱旋門とBCクラシック制覇しませんでした……?」

「ああ、ワールドレコードで勝ったね」

「―――何やっちゃったんだ俺ェ!!?」

「あははははははっ!!!!」

 

 

「まあまあまあ、ほれっ顔上げてくれよ。茶入ったぜ」

「……穴があったら入りたい……」

「爆薬用意させて開けようか?」

「やめてくださいマジにしないでください」

 

プレアデスの部室まで移動した二人、肝心のトレーナーは先程までの自分の発言が何処まで恥ずかしかったのかを理解してしまい顔を伏せたままだった。

 

「俺に気づかねぇぐらいに走りに集中して見入ってくれたんだろ?ウマ娘冥利に尽きるってもんよ」

「お、恐れ入ります……」

 

念願のトレーナー試験に合格したまでは良いのだが、合格通知が来た日にお祝いをする為に買い物に行ったら車に轢かれて先日まで入院していたらしい。そして漸く退院してトレセン学園に来て、初めて見た走ったウマ娘が自分だったので思わず衝動的にスカウトしてしまったとの事。どこぞの無人島ツアーに行ったトレーナーよりもずっと理解出来る事情。

 

「改めまして……今年からトレーナーになった上水流(かみずる)です」

「此方こそ宜しく、同じ新人トレーナー同士仲良くしようぜ」

「そう言ってくれると有り難いよ……」

 

そう言いながらも差し出して手を申し訳なさそうに握ってくる、ファーストコンタクトは衝撃的だったが何だかんだで純情でいい人な印象を受ける。まあウマ娘のトレーナーとしては個性が薄い気がしなくもないが……それはアプリトレが突き抜けすぎているだけだから気にしないでおこう。

 

「んでこれからどうするの、どっかのチームのサブトレーナーに入るか担当見つけるしかないだろうけど入院明けっつう事は結構出遅れちまってるだろ」

「その通りです……たづなさんからはめげずに頑張ってくださいって言われてるけど、やっぱり苦難の道かなぁ……」

「その事なんだけどな、お前さんは俺ちゃんをスカウトしたその責任を取るべきだと思うんだけど如何かな?」

 

その言葉に上水流トレーナーは大きく身体を跳ね上げた、先程ことを思い出して羞恥に顔どころか全身を震わせている。

 

「も、もう勘弁して……」

「だからよ、俺のチームでサブトレーナーをする気はないかって事よ」

「えっサブトレーナー?」

 

予想もしていなかったのか、目を白黒させながらも此方を凝視する。

 

「俺のチームは立ち上げたばっかりな上に一番早いデビューも数年後だ、トレーナーとしての経験を積む意味だと悪くねぇと思うぜ」

「えっでも、いいの?マジで俺、新人トレーナーで……」

「俺だってそうだ、新人同士助け合って前に進むのも悪くないんじゃねえのか」

 

勿論、ランページだって打算がないわけではない。ネメシスの統括チーフも兼任しているので時たま仕事が忙しくなる時があるしそうなるともう一人ぐらいはトレーナーがついてくれると色々と助かる面も大きい。それにトレーナー不足が深刻な事は認識してるので新人が歩む為の下地もいる事だろう、その第一歩だ。

 

「ぜ、是非お願いしたいです!!」

「おっしゃっそれじゃあ決まりだ、早速たづなさんと理事長に挨拶行こうか」

「えったづなさんは兎も角理事長に!?そ、そんな簡単に……」

「大丈夫俺フリーパスだから」

 

こうしてプレアデスに新しい仲間が加わったのであった。




頭の片隅に留め続けていたランページの競走馬編の断片から名前を引っ張ってきました。

元ネタの騎手さんもちゃんといます。


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323話

「えっとプレアデスの日程表がこれで次にこれを組み込んで、それでこっちが……よし出来た!!ランぺージさん何か手伝う―――」

「応終わったかい、んじゃ昼飯でも行くかい?」

「……あっはいお供します」

 

「えっと、タイキさんは次はこのメニューだね。サニーさんはこっちで、二人とも少しペース早いかもしれないからその辺り気を付けてね」

「OKデース!!」

「分かりました」

 

「ほらほらペース落ちてるぞ、この辺りでやめといてじっくりとっくり休んじまうか!」

「休み、ません!!」

「この程度、大丈夫です!!」

「私も……!!」

「俺は元々余裕だけどなぁ」

 

 

「はぁぁぁぁぁっ……」

 

職員室の一角、上水流は自分のデスクに倒れ伏すようにしながらも重い息を吐き出していた。交通事故から無事に復帰したトレセン学園の空気は思った以上に重くはなく、先輩トレーナーにもこれから頑張れよと応援を貰えもした、精進するぞと思ってサブトレーナーに就任したのは良いのだが……改めてあれが同じ新人なのかと思わずにはいられなかった。

 

「よっ如何した上水流、元気ねえじゃねえか」

「退院したばかりなんだから無理だけはしないようにね」

 

そんな彼を見かねた沖野と東条が声をかける、ランページのプレアデスのサブトレーナーに就任したのもあるが新人トレーナーを可愛がるのも先輩の仕事の内だと相手をしている。

 

「なんと言いますか、ランページさんの仕事量って凄いなぁ……って、あれで本当に新人なんですか?」

「そりゃ俺達だって思うさ、ネメシスのチーフ兼任だから普通のトレーナーの数倍は仕事量あるんだからな」

「私でもあれは無理ね」

 

ランページの仕事量はチームトレーナーの数倍はある、それなのに本人の仕事をこなすスピードが可笑しいので毎日定時帰宅をしているしなんだったら飲み会にも参加して翌日には二日酔いになる事もなく無遅刻無欠勤を貫いている。

 

「それなのに、俺っていうサブトレーナーっているのかなぁ……」

 

プレアデスのサブトレーナーに就任してまだ一週間とそこそこだが、自分という存在は必要あるのだろうか……という疑問すら浮かび上がってくる。併走相手ですら自分で事足りる、事務的な仕事も自分だけで片が付く、サブトレーナーなんて必要ないのでは?と考えない日はない。そんな疑問に答えたのはもう一人のトレセン学園のトップトレーナー。

 

「必要ですよ、ランページさんに貴方は」

「み、南坂さん!?」

「南坂で結構ですよ、少なくともランページさんは貴方の事を有難く思ってると思いますよ」

「そうとは思いませんけど……」

 

新人トレーナーとして経験を積むためにプレアデスの中でも社交的且つ大人しいタイキとサニーに現在はついているが、それ以外の事は殆どランページがやっている。一応自分でも出来る事はどんどんやっているつもりだが……。

 

「難しい事は考えなくていいんですよ、彼女は勢いで生きてますからその流れに上手い感じに乗って支えてあげれば優秀なプレアデスのサブトレーナーになれます」

「勢いで生きてる割りには凄い切れ者な感じしますけど……」

「そりゃおめぇ、ただの勢い者なら一発でトレーナー試験に受かる訳ねぇだろ」

「あの性格とペースで誤解しがちだけど、何だかんだで秀才よ彼女」

 

生きた神話、メジロランページ。活躍の場所をトレーナーに移してもその才覚は既に花開いている、そして数年もすればそれが本格的に日の目を浴びる事になる。自分はその時、その隣にいるのだろうか、それとも……難しく考えている自分の背中を南坂が軽く叩いた。

 

「大丈夫です、ランページさんだって新人の誼でサブトレーナーにした訳じゃないですよ」

「それじゃあどうして……」

「それこそ私に聞かれても困りますね、本人に聞いてください」

 

 

「本人に聞けって言われてもなぁ……」

 

チームの皆よりも先に部室に向かう上水流、取り合えず自分はトレーナーとしての遅れを取り戻すしかないんだと思いながら前に進む。そして部室へと入るとそこにはあの勝負服を着ているランページの姿がある。

 

「よっ早いな」

「そっちこそ」

「まあ俺は仕事の出来る女だから」

 

全く以てその通りだと思いながらも南坂の言うとおりに聞いてみる事にした。

 

「ランページさんどうして俺をサブトレーナーに取ってくれたんですか?」

「面白いあんちゃんだったから」

「それだけ!?」

「違う違う」

 

キーを叩く手を止めてコーヒーを啜りながらランページは答えてくれた。

 

「新人の誼ってのもない訳じゃないが、俺の走りを見て素直に感動してくれたのが嬉しかったってのもあったな。それに俺ってこのトレセンの中だと先輩方に嫌われてるからな」

「えっでも沖野さんとか東条さん達とは仲良しじゃないですか」

「だからだよ、新人の癖に何なんだよって事」

 

アンチランページの風がある事は確か、競争ウマ娘として優秀だったとしてもそれがトレーナーの能力に直結するとは限らないし人気だけでウマ娘を集めているという見方もされている。ゆえにサブトレーナーを引き受けてくれるのはいなかった。

 

「だからなんだよとも思う、だからこそ俺はそれをチャンスに変える」

「チャ、チャンス?」

「あいつらが俺を気に入らないならそれでいい、だがプレアデスのあいつらが甘く見られるのだけは我慢出来ねぇ。だからこそ力を付けるんだよ、あいつらがデビューした時に先輩方がびっくらこく瞬間を見る為にな」

 

何という強気な発言だろうか、これが世界を相手に戦ってきたウマ娘の強さ。

 

「上ちゃんは専門学校から来たんだよな?」

「えっああうん、高校からトレーナー養成校に入って資格を取ったんだ」

「だったらそっち系の知識も豊富って事だ、現場の視線と教科書の知識を組み合わせていけば頼もしいって事だ。俺も勉強させてほしいからある意味じゃニュートラルな新人トレーナーというのは有難いし上ちゃんにとっても俺のやり方はいい養分になるだろ」

 

お互いにメリットがある、ランページは専門校上がりの上水流の知識などを学習し上水流は逆にランページのやり方を見て学習する。これは大きな利にも繋がっていく、それを理解し始めた上水流にランページは最後の根拠を話した。

 

「俺はさ、結構運命ってやつを信じるロマンチストなんでね。上ちゃんから感じたのさ―――運命的な何かをさ」

「……その運命に答えられればいいけど、いや努力するよ。君の隣に立つに相応しくなるために」

「応、努力しろしろ~」

 

ランページが感じる運命的な何か、それはきっとルドルフがテイオーに感じるような何か。不明瞭ではあるがそれに従おうと思う、この選択はきっと正しい。




上水流トレーナーが誰なのか、IKZE味だったり様々な騎手を考えていてくださってますね。なので正解だそうと思います。

上水流トレーナーの元ネタとなっているのは五十嵐 久騎手。旧姓を水流添(つるぞえ)さんと言います。同期にはパーマーの主戦騎手だった山田 泰誠騎手がいらっしゃいます。


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324話

「にしても、南ちゃんも酷な事をするよなぁ」

「凄い練習量と密度だ……これで故障しないように安全マージンをしっかりとった上でを攻めてる……」

 

間もなくに迫ってくる菊花賞、ダービーウマ娘であるチケットも当然出走するのだがこれまで体験したこともないような長丁場はクラシック三冠路線の最大の壁とも称される。最も強いウマ娘が勝つと言われているのもそれが理由だ。そんな対策というのが

 

「うおおおおっっ!!」

「まだまだ、負けないから……!!」

「私も負けないぞ~!!」

「元気な事で、アタシは自分のペースで行かせて貰うよ」

 

意気軒昂といった様子のチケットと共に走っているのはライスとタンホイザにネイチャ、カノープスの中でもステイヤーとしては飛び抜けた実力を持った二人と、菊花賞をロングスパートで走り切ったネイチャがチケットの練習相手になっている。これ以上ない相手ともいえる、加えて三人は普通の蹄鉄だがチケットはシンザン鉄というハンデがある。

 

「チケットさんの方にそれを課すのか……逆にも思えるけど」

「使い方さえ間違えなければシンザン鉄は頼もしい味方だし、俺の時に一回やらかしてる南ちゃんが同じ愚を犯すとは思えない」

 

これだけに頼りすぎると逆に脚がシンザン鉄に慣れきって普通の蹄鉄だと走りにくくなるので注意がいる、それこそシンザン鉄のまま走れるのは本家のシンザンかランページぐらい、イクノはやろうと思えばたぶんやるだろう。

 

「菊花賞はチケットさんが勝つと思う?」

「さあ?」

「さ、さあって……カノープスの先輩なんだからそこは勝利を信じてるとかって言うべきところなんじゃ……」

「勝負なんて時の運、やってみるまでは何が起こるかは全く皆無で予想がつかない世界だぜ。それにチケットが努力してるって事は他の連中だって同じって事」

 

タイシンもいればハヤヒデもいる。三人はそれぞれをライバルだと認識して負けるものかと思って毎日励み続けている、チケットが努力すればするだけ二人もそれに負けぬと更なる努力を重ねるに決まっている。

 

ここぞという完璧な天才的なタイミングで末脚を爆発させたタイシン、気高く飢えたチケットの執念、それを見せ付けられたハヤヒデはそれを越えようとする。BNWの対決はこれからも続く事だろう、そしてその先も……と思う中でローレルがアマゾンとドラランと共に目の前を過ぎていく。

 

「次はあいつらか……やれやれ充実しているっていうのは素敵な事だが残酷な事でもあるねぇ」

 

BNWの次と言えばナリタブライアン、そしてローレルにアマゾンそしてドラランもデビューを行う。特にアマゾンは間もなくデビュー戦を控えている、その日が感謝祭の日と被っているのは何とも残念ではあるのだが、カノープスはそれを逆手にとってトレセン学園で応援するという趣旨のテーマの喫茶店を準備しているとの事。その日にレースがないメンバーが接客する事になっている。

 

「ドララン、デビュー明けなんだ無理すんなよ」

「大丈夫です先輩、もう元気いっぱいで抑えられそうにないんです!!うおおおおっ次のレースはまだかぁぁぁぁ!!!」

「いい気迫じゃないかい、アタイも負けてられないな!!」

「私だって!!」

 

カノープスの94世代最初にデビューしたのはドラランことドラグーンランス。8月の末にメイクデビュー戦を行った、ランページが引退してから初のカノープスの新星と喧伝されていたのだがそのデビュー戦は良くも悪くも大きな話題となった。何故ならば―――

 

『さあスタートしました、っておっと如何したドラグーンランスがスタートしない!?何か問題が起きたのでしょうか、あっいえ今スタートしました!!だが7秒はスタートが遅れています!!』

 

どこぞの不沈艦のような超が付きそうな出遅れをやらかしたのである。ランページはその時合宿中だったが、ネット中継で観戦していたが覗いてきたステゴと一緒に大爆笑した。が、7秒という大きなハンデを背負ったのにも拘らずドラランはぐんぐんと順位を上げていき結果的には4バ身差を付けて一着でゴールを果たした。

 

「もうゲート再試験なんて受けるなよ~」

「思い出させないでくださいよ~!!!」

 

その後、ゲート再試験を受ける事になったドララン。寧ろゲートは上手い部類で精神的な問題で遅れただけという事が判明した。緊張を沈めるのにえらく時間がかかってしまってスタートしたのに気づけずにドラランは特大の出遅れをやってしまったのだ。

 

「アマちゃんとローレルはドラランみてぇなことすんなよ~」

「ハッ何大丈夫だよ、何せ先輩方に面倒見て貰ってるんだからね!!」

「私も大丈夫だと思います、寧ろ注目されるのはどんとこいです」

 

頼もしさを覚えつつ同時にどんなレースをしてくれるのかという期待も膨らんできてしまった。今年のレースはまだまだだというのにも拘らず……ある意味これもトレーナーの性だと思いつつその様子を見ていると隣にターボがやって来た。

 

「ラン、チケット如何思う?」

「やるだけやって吐き出せばどんな結果でも満足するんじゃねえの、そういうもんだろ」

「確かに……ああそうだラン、言っとくことあった」

「寧ろそれが本題だろ、ワザとらしくチケットの事絡めやがって」

 

まるで悪戯が成功した子供のような笑みからターボは真剣な表情を浮かべた。

 

「トレーナーと話が纏まったの、来年にターボ海外挑戦する」

 

それを聞いていた上水流トレーナーは思わず喉を鳴らしてしまった、自分がそれを聞いてしまっていいのかという気持ちと日本の大逃げウマ娘が連続して海外を目指すという言葉のロマンに身体が震えて致し方ない。

 

「そうか、何処を獲る?」

「ドバイターフ、ランみたいにカッコいいトロフィー取ってくる」

「付き添うか?」

「暇だったら来てよ、忙しかったらいいからさ」

 

だがそれ以上に驚いたのはランページがターボが海外の地でターボの勝利を既に確信しているかのような口ぶりだった。いやそれはある意味で自分も同じなのかもしれない、既にターボがトロフィーを掲げている姿を脳裏に思い描いて震えているのだから。

 

「んじゃ忙しかったらスーちゃん、暇だったら俺だな。上ちゃんもそのつもりでいてくれ、可能な限り教えてやるからさ」

「ま、任された!!」



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325話

晴れやかな秋晴れの空、雲は気儘に空に浮かび風に流され我が道を行く。そんな空に花火が上がって音を立てる。今日はトレセン学園秋のファン感謝祭、数日に渡って行われる学園祭。生徒たちが各々出店を出したりアトラクションを企画したりとトレセンのあちこちでイベントが行われている。チームもそれぞれが共同で何かをしたりもするが……ランページのプレアデスは今年は何もせずに巡るだけに絞った。

 

「しっかし俺一人とは……意外だったな」

 

珍しい事にランページは感謝祭では一人だった。チームの皆はそれぞれが回る約束をしていたらしく、自分はそれを送り出す役回りだった。まあ自分もどちらかと言ったら運営側ではあるが……プレアデスはチームとしての出し物がないのでハッキリ言って暇、こうなったらエルグッツ達でも誘って適当に回るか……と思っていた時の事だった、外れに置かれたベンチに一人のウマ娘が座って顔を伏せていた。それに何か既視感を感じつつも何かあったのかもしれないと近づいた。

 

「よっお嬢さん、如何した」

「……」

「折角の感謝祭なんだ、楽しもうって気概がないともったいないぜ?」

「……」

 

少女は顔を伏せたまま、何も言わない。何かあったのかもしれない、迷子かと思ったがウマ娘としての勘とランページの人生経験が絶対にそうではないと告げている。青い耳カバーをしたウマ娘……放っておく事なんて出来ずランページは隣に座り込んだ。

 

「お姉さんに相談してみ、吐き出してみれば楽になるぜ」

「……」

「誰にも言わんよ、見ず知らずだからこそ言える事もあるでしょ」

 

なんというか怪しさもあったなぁと口にしてから思う、もう少しいい口説き文句あったなぁ……と自罰的になっていたのだがぽつぽつと語りだした。

 

「……ずっと、ずっとここに来たかったの。私にとってトレセン学園は憧れだったの……お母様みたいになりたくて、お母様みたいに走りたくて……でもお母様……だから一人で来たの。でも、来てみたら凄い楽しそうで、だから……お母様と一緒に来たかった……」

 

きっと彼女にもエアグルーヴにとってのダイナカールのような尊敬出来る素晴らしい母がいたのだろう、そんな母はウマ娘としても極めて優秀だったのだろう。そんな風になりたくてトレセン学園に来たかった、この感謝祭にもきっと母と来たかったのだろうが何か事情があって来られなくなった……という訳でもない気がする。仕事が忙しい云々ではなく、何か別の何かがある。

 

「そうかお母さんと来たかったのか……きっと凄いお母さんなんだな」

「……」

「羨ましいよ尊敬出来るお母さんが傍にいて」

「えっ?」

 

そんな言葉に少女は顔を上げた、思わず出てしまった言葉だが興味を引くには十分すぎるものだった。少女にとって母は大好きで尊敬する者だった、だがそれが羨ましいと言われるなんて思いもしなかった。

 

「君の事情は何となくだが察した、お母さんの気持ちは分からなくはない。だけど決めるのは君なんだぜ、結局のところ自分以外の存在は全て他人だ。他人の意見なんて全て感想でしかない、その感想を素直に受け入れるか弾みにするか参考にして自分を伸ばすかは自分で選べる」

「―――」

「難しかったかな」

「……いえ、確かにその通りだわ」

 

その言葉を受けて少女は顔を上げて空を見上げた。空を見つめ、そしてまるで人が変わったかのように大きな声で笑い声をあげた。

 

「そう、私は私!!お母様の意見は唯の感想よね、それを受け入れるかどうかなんて私次第だわ!!」

「おおっ何か元気になった?」

「ええっ恥ずかしい所を見せてしまいました、でも貴方のお陰で私はまた一歩、一流への道を確かに進む事が出来たわ!!」

「そうかそりゃ―――一流?」

 

思わず繰り返した、高笑いをするウマ娘を改めてよく見た。青いメンコに付いた緑のリボン、そして自信満々な笑みと高笑いに母との確執として一流とくれば該当するのは一人しかいない。そして、世代的に来年入学する組だったか……と酷く納得してしまった自分がいた。そんな自分に彼女は振り向きながらいい笑顔を作りながら言う。

 

「改めまして自己紹介をさせて頂きますわ、私は一流の目指すキング、キングヘイローですわ!!」

「これはご丁寧にご立派な指標をお持ちで何より、俺はここでトレーナーをやってるメジロランページだ」

「あらっトレーナーさんだったのね、成程それなら先程の言葉の深さにも納得が―――えっメジロランページ……?」

 

自分の名前を聞いて少女、もといキングヘイローは硬直した。そしてよく顔を見て言葉を完全に失った。うっかりというべきかポンコツというべきか……

 

母はアメリカのG1を7勝した名牝グッバイヘイロー、父は超軼絶塵の末脚でG1を4勝した80年代欧州最強馬のダンシングブレーヴ。その両親から生まれた超良血馬とされるのが黄金世代の一角、キングヘイロー。なんで日本にいるの?と言われるほどの超良血とされるキングヘイロー、馬体も素晴らしく絶対に走ると期待された。が、華やかな未来を期待されながらも歩む道筋は極めて苦難に溢れていた。だがそれでも彼は世代のキングと言われる。それは、決して名前だけではない。

 

「どどどどっどーしてあの伝説の無敗神話のウマ娘がこんなところにぃ!!?」

「暇だから?」

「貴方ほどの一流ウマ娘が暇ぁ!?どーなっているのよトレセン学園はぁ!!?」

 

余りの衝撃に慌てふためきながら大声を出すキング、しかしなんというかこの姿はアプリを知っている身としてはなんというか親しみが湧く。

 

「まあまあ気にしなさんな、俺は確かにチームトレーナーではあるけど今年発足したばっかりの新興チームで感謝祭には運営側で参加してる訳じゃねえから暇なだけだ」

「そ、そうなのね……びっくりしたわ……」

「さてとキングちゃんだったか、如何だ俺と感謝祭回ってみるかい?」

 

その申し出にキングは強張った、だがその瞳は期待と嬉しさに染まっている。実績で言えば彼女の母親をも超えている存在と感謝祭を回れるというのは光栄に極みに尽きる。直ぐに頷こうとするが、その一方で何やら言い難そうにキングはお願いをした。

 

「あ、あの……お母様に送る用の写真を撮ってもいいかしら……?」

「勿論。というか、俺も俺で君のお母さんと無関係って訳じゃないからな」

「えっ!?」

 

間接的な物ではあるのだが、実はランページとキングの母は繋がりがある。ランページに度々授与された新しい勝負服、それをデザインしたデザイナーチームは実はキングの母の同僚だったり、デザインには彼女自身も参画していたりしたのである。なので因縁がない訳ではない。

 

「お、お母様は貴方の勝負服もデザインしてたの!?」

「確か二回目の奴に参加してた筈、俺もあれは嫌いじゃないけどずっと着てた方に愛着あったしな~」

「そうなのね……」

 

そして、キングはランページとツーショットを撮って母に送るのだが

 

『お母様、未来のトレーナー候補を確保したわよ!!』

 

というコメントも付けたためか、送った直後に鬼電が飛んできた。

 

「出なくていいのか?」

「いいの、というか仕事があるって言ってたのになんで電話してくる暇があるのかしら。やっぱり私と行きたくなかっただけじゃない」

「(あ~なんか拗らせちゃったかな……)」




みんな大好きキング登場。やっぱキング出すとウララも出したくなるなぁ……。

ウララはオペラオー世代だからみんな、待ってくれよな!!


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326話

「ねえねえっ来年入学したら是非、私のトレーナーになってくださりません!?」

「プレアデスに入りたければいつでもどうぞ、生憎まだ実績もない新興チームだけどな」

「何を言うのかしら、貴方が作ったチームというだけで十二分な実績よ!!そして、そこに一流のキングという実績も加わるのだから無問題よ!!」

 

未だに鳴りまくってる携帯を完全スルーしているキング、お母様ことグッバイヘイローに自分がトレーナー候補だという事を送ったせいだろうがそのせいで、娘であるキングは仕事が忙しいを理由に断ったくせに鬼電しまくる母に幻滅気味だった。ランページ的にはその母の気持ちというのも分からなくはない、ある種自分がエアグルーヴとドーベルに向けたそれと似たものだろう。

 

「超一流の貴方の下で走りの技術を学べる、プレアデスは素晴らしいチームね。貴方の走る姿だけでも途方もない財産よ、他のトレーナー方にとっては凄い存在感でしょうね―――でもその程度で腐るのならこのキングのトレーナーには相応しくないわね!!」

「お~お~言う事言う事、そういうの嫌いじゃないけどな」

 

高飛車ではあるもののその言葉は的を射ている、来年彼女がプレアデスに入る気があるのであるならば入れても悪くないだろう。どんなウマ娘であってもステゴよりかは扱いやすいだろうしサンデーよりかは楽である筈*1だ……いつかプレアデスは気性難ウマ娘の駆け込み寺扱いされないだろうか……。

 

「ふふん、今日の事は絶対に自慢できるわ」

「そりゃようござんした、あんまりからかい過ぎてやるなよ?」

「それはお母様に言ってほしいわ、うっとうしいわねぇ……」

 

未だに鳴り続けている着信に好い加減に嫌気がさしてきてしまった、かといって電源を切るのもあれだし……と思っていると背後から迫ってきたウマ娘が思いっきりランページの背中を叩いた。

 

「おい何やってんだ、折角の祭りで湿気た面しやがって」

「家族ってのは、一歩間違えば面倒くせぇって思っただけだよ」

「んなもん分かり切った事じゃねえか」

 

ランページの肩に腕を置きながらも出店で買ってきたと思われるりんご飴を噛み砕く、キングは一瞬それに怯んだが直ぐに顔を変えた。

 

「サ、サ……サンデーサイレンスさん!!?」

「応よ。ご存じサンデーサイレンス様……ってあん?」

 

矢張りというべきか、やっぱりサンデーサイレンスだったかと思ったがその先のリアクションはランが思った以上に意外な物だった。彼女が子供好きなのは分かっていたのでキングに対してもそれを発揮すると思っていたが、怪訝そうな顔と声を出しながらジロリとキングの顔を見た。そして腕を組みながら言う。

 

「お前、なるほどなそういう事か分かったぜ」

「何、知ってんの?」

「まあ知らねぇ間柄でもねえな、お~お~あいつみたいな面してやがんな」

「いひゃいひゃいれふ~!!」

「ハハハッ悪い悪い、ほれっりんご飴やるよ」

 

史実の方ではサンデーサイレンスとグッバイヘイローは同じ父、ヘイローを持っていた筈だからウマ娘の方でも関係性としても近いのかもしれない。キングの頬を引っ張り事を謝りながらもりんご飴を与えている姿は、甥っ子姪っ子に悪戯をするのが好きな親族のようにも見える。

 

「という訳」

「ンだよ下らねぇことしてやがんなぁ……別に悪意を以て目指してる訳でもあるめぇし、応援してやりゃいいのに」

「親心は複雑って奴なんだろ、まだ子供持った事ねぇから知らねぇけどさ」

 

事情を説明するとサンデーは深い深いため息をつきながらも膝の上に乗せたキングの頭を撫でている、キングは何でこうなっているのかを理解できてなさそうではあるが……そんな中続けられた鬼電に気づいたサンデーはキングのポケットから携帯をとる。

 

「あっ」

「おい」

「任せとけ」

 

そう言いながらサンデーは膝の上に乗ったキングをランページの上に置き直しながら通話ボタンを押した。

 

『キングっ貴方何時まで出ないつもりだったの!!?』

 

聞こえてくる母の声にキングは思わず身体を強張らせた、子供にとって親のそのような声は恐怖の対象、如何に強がって隠しきる事なんて出来はしない。が、それを聞きながらも彼女は笑っていた、まるで地獄の悪魔のような表情を浮かべながら笑っている。

 

「ヒヒヒッ……ヒヒヒヒッ……随分と、面白くねぇ女になったなぁええっ?」

『っ……!?その声、まさか……!?』

「久しぶりだなクソ女、最愛の娘を俺の相棒に取られた気分は如何だバカ」

 

キングからすればあの母を罵るような相手を初めてみたが故の驚き、ランページからすれば本当に相手の神経を逆なでする言い方をするなぁ……という意味での呆れがにじみ出た。

 

『何も分からない貴方に何かを言われる筋合いはないわね』

「応ねえな、だから一言だけ言ってやる―――俺の家族みてぇな事だけはすんじゃねえぞ」

『誰が―――!!』

 

最後まで聞くこともなくサンデーは通話を切った。徐に取り出したハーブシガーを吸いこみながら、キングに携帯を返す。

 

「これであいつにも多少なりとも伝わっただろ、少しはマシになるだろうよ」

「え、ええっと……?」

「言われた側からすりゃとんでも劇薬だなおい」

「言われるような子育てする方が悪い」

 

同じような人生を送ってきたランページからすればその言葉に反論する術を持たない。サンデーの事情を知っているならばそちらの方が利く事だろう。

 

「さてと、感謝祭巡ろうとしようじゃねえか」

「へいへい……どうせならエルグッツ辺りも呼んで回るか、海外勢勢ぞろいで回るのも一興だろう」

「そりゃいいな、キングよぉ海外レースのあれこれ―――聞きたい?」

「ぜ、是非!!」

 

よ~し話してやろう!!と先程の空気を吹き飛ばすような明るさを見せながらもキングの手を引いて歩きだすサンデー、それに肩を竦めながらも追いつくとキングの手を繋いで三人で感謝祭へと改めて繰り出すのであった。

 

「まあ何かあったら言えや、そこのランページが何とかしてくれるぜ」

「いや俺かよ!?アンタがやれよ」

「他人の家庭に首突っ込むなんて面倒な事なんて二度とやらねぇよ」

「俺ならいいのかよ……」

「俺より権力あるだろ」

「ぐぬぅ……」

*1
史実のキングヘイローは不屈どころか何事も投げ出す問題児だった。雨、砂、馬群が嫌い。夏は暑いから苦手、嫌になったらレースをやめるといった具合にかなりの気性難で問題児だった。




なんか、書いててアイシールドのヒル魔がサンデーにインストールされたかもしれない……。


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327話

「っつう事があってな~ゴアの奴マジで面倒くせぇったらねぇんだよ」

「それ、日本に来るときも何かあったんじゃねえのか?」

「そりゃあった、だけど脚で黙らせた」

「流石アメリカのレジェンドウマ娘……!!」

 

キングと共に回っていく感謝祭、その途中途中で語られていくサンデーの現役時代のあれこれ。正しく波乱万丈の人生でトレーナーとの二人三脚とセクレタリアト御大への感謝で綴られるそれにキングはもちろんランページも聞き入るほどの物だった。

 

「あいつもあいつで中々に良い走りはしてたぜ、嫌でも目に入ったからな」

「そ、それは当然よ。何せこのキングのお母様、何だもの……」

 

母へと充てられた言葉にキングは何処か複雑そうだった、一方では尊敬し誇れる母への喜びとそんな母は自分の事を一切認めてくれない事への不満と怒り。その二つが入り乱れて素直に顔出せないといった感じだ。

 

「G1を7勝だっけか、会長に並ぶレベルって言われたらとんでもねぇな」

「その上を行くやつが言うと嫌味になってねぇか?」

「知らん」

 

だがグッバイヘイローが伝説級の名牝である事は間違いはない。そんな血を受け継いだキングヘイローも注目を集めるのは間違いないだろう。

 

「ンでお前はどんなウマ娘になりてぇんだ?」

「わ、私!?」

「ああ、こんだけ俺の事を語らせたんだ好い加減にテメェことを語っても悪かぁねぇだろ」

 

そんな問いを投げかけられたキングは戸惑うように視線を彷徨わせた、そして誤魔化すようにジュースを飲むが何かを観念したかのように語りだした。

 

「……実は、まだ決まってないんです。お母様みたいなウマ娘になりたいってずっと思ってた、お母様の活躍に憧れて、心から尊敬していたのにあの人は突然それを否定して諦めろって言った。だからそれに反発してるだけなのかもしれないし、認めて貰えればそれだけで、満足な気もする……」

 

キングヘイローのオリジンは母であるグッバイヘイロー。そんな母に認められてたいというのが彼女の根幹、母を認めさせてやりたい。だがどうすればいいのか分からないしどうすれば自分が満足するのかもまだまだ分からない。

 

「どんなに頑張ってもお母様は認めてくれないかもしれない、頑固だし石頭だし……」

「だろうな」

「だったら認めさせりゃいいだけだろ、簡単な事だ」

 

呆気からんと言ってのけるランページに目を白黒させるキングに呆れ顔のサンデー、またこいつは何を言い出すんだか……とため息をつきながらも順序だてる様に、諭すように述べる。

 

「いいか、グッバイヘイローはG17勝だ。日本で言えばシンボリルドルフ級の偉業をやったウマ娘だ、しかもあいつは多分こいつがレースに進むこと自体いい顔してねぇぞ。理由は見当つくが譲る気はねぇだろうよ」

「だがキングはお母さんに認めてほしいんだろ、これが私です、貴方の娘であるキングヘイローですって」

「そ、それはもちろん……」

「だったらやればいい、手段なんて幾らでもある」

 

キングは本気で驚いていた、あの誰しも認めるあの母を認めさせる手段なんて幾らでもあると。一体どんな手段なのか、是非知りたかった。

 

「そ、それはどんな手段なんでしょうか!?」

「思いつくことは思いつくけどさ、ぶっちゃけクソきついしクソ大変、だが―――達成すれば一流なんてどころじゃない、俺さえ超えたウマ娘になれる」

「―――っ」

 

世界最速にして最強、独裁暴君のメジロランページを越えたウマ娘になれる。その言葉の持つ魅力はとても大きかった、そしてそれにサンデーも興味を持ったようだった。一体何をさせるつもりなのかと、二人からの視線を受けて目で聞きたい?と聞くと直ぐに勿論と帰って来たので発表する事にする。

 

「全距離のG1レースを制覇する」

「ぜ、全距離……?」

「お前……またとんでもねぇ事言いだしやがったな?」

 

自分でもキチガイ染みた事を言っている事は分かる、が自分を越えるウマ娘を育てたいとトレーナー業をやっている身としては考えなかったわけではない。現実的ではないのでチームとして全距離G1制覇という目標に下げてはいたが……ある意味でこの目標はプレアデスすら超える目標とも言える、がキングヘイローならば無茶な話ではないと思っている。

 

「間違いなく俺を越えて歴史にその名が刻まれることになるな、流石にそこまでこなされたら俺も勝てねぇな。つうか長距離の時点で俺は無理」

 

キングヘイローは史実でも菊花賞にも出て5着に入っているし長距離にも対応は出来ない事はないのだ。そしてアプリのキングは全距離適性をAにする事が容易い数少ないウマ娘だった。そこから考えても無茶な話ではない、ダートにさえ舵を切らなければ多分何とかなるじゃないかなと思う。

 

「―――私、やるわ」

「おいおいおい本気にしちまったじゃねぇかテメェどうすんだよ」

「いいじゃねえか子供の時は夢を見るもんだぜ?」

「だからって限度があるっつってんだよ」

 

ランとサンデーが話す中でキングの中には確固たる決意が生まれていた。全距離G1制覇、確かに途方もない目標で異常な夢だ、だがどうしようもなくそんな目標に心が躍ってしょうがない。走ってみたい、全てのG1の舞台で。どんな言葉を掛けられてもいい、走り抜けてみたい、母のように胸を張れるウマ娘になる為にはその位の事をしなければしょうがない―――それに

 

「私はキング!!誰よりも強く、輝かしく、憧れるような一流のウマ娘になるのよ!!その位の目標の方が余程素晴らしいわ!!やっぱり、私は入学したらあなたの下で学びたいわランページさん、いえこのキングにこれだけの夢を見たんですからその責任を取るのは当然よね?」

「おっなんか元気になったな。その気があるならプレアデスに顔を出しな、鍛えてやるから」

「ええっ是非そうさせて貰うわ!!」

 

この人とならば絶対に自分は輝ける、一流を越えたその先の先にまできっと走り抜けられるはずだから!!!

 

「おっいたいた~お~いランページ、感謝祭回るの手伝ってくれよ」

「私達、日本語は話せるけどまだ読むのは難しいのよ~」

「アプリの翻訳も限界あるしねぇ……漢字が全く分からない……」

 

そんなこんなをしていると、アルメコアたちが自分たちを見つけて此方へとやって来た。海外ウマ娘の三人に向けてキングは挨拶をしながらも宣言した。

 

「私はキング、キングヘイロー!!母を越えて一流のウマ娘になるものよ!!」

「ほほう?いい顔してるじゃねえか、なんだ青田買いって奴か」

「何処で覚えたんだよンな言葉」

「一流、一流。とてもいいわね、その一流が世界に通じるものである事を応援してるわ」

「それなら、世界の話をしてその糧にするといいわよ!!」

 

キングはその言葉を聞いて笑っていた、そして心に決めた。家に帰り、母が帰った時に宣言した。

 

「私はお母様が何と言おうとレースから逃げたりはしないわ、私は走るわ。そして―――キングヘイローとして歴史に名を刻むわ!!」

「キング……貴方」

 

母が自分の決定に何か言おうとすることは読めていた、だからこそ直ぐに自分の部屋に戻ってランページから貰った資料を読む事にする。今から自分の夢へと向けた戦いは始まっているのだから。そうしようとするキングの背中を見つめる母の顔は何処か寂しそうでありながら嬉しそうだった。



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328話

感謝祭も終了し、またトレセン学園はいつもの日常へと戻ろうとする―――訳ではない。感謝祭と同日に行われた天皇賞(秋)のトライアルレースでもあるオールカマー、そこではまた大きな戦いがあった。ツインターボ、ライスシャワー、イクノディクタスといったカノープスが誇るメンバーの戦いであった。これは感謝祭の大型モニターでも見ることが出来たが、白熱したレースが行われ続けていた。

 

『先頭はいまだにツインターボ、しかし後方からライスシャワーとイクノディクタスが迫ってくる!!このまま逃げ切れるのかツインターボ!!残りは500を切った、激しい鍔迫り合いが行われております!!』

 

スタートダッシュを決めて先頭を張り続けるターボをぴったりとマークするライス、ターボお得意の超ハイペースがいきなり火を噴いたがそれをものともせずに追従するライス。そんな二人を一歩引いたところで俯瞰するかのように静かに追いかけるイクノ。それがいつまでも行われ続けると思われた最後の直線でライスがターボを抜きにかかり、イクノも末脚を爆発させて抜きに掛かった。

 

『ツインターボが第四コーナーを、超えていくが此処でライスシャワーも一気に来る!!の先頭も此処で―――いや粘る粘る!!ツインターボが抜かせない、つかせはしないと最後のターボが火を噴いた!!ライスシャワーとイクノディクタスも必死に抜きに掛かる、加速している筈だ、後方との差は開いているのにターボエンジンは限界を越えて極限噴射中!!エンジンが叫んでいる!!全身全霊を燃やし尽くして、今ッ11番のツインターボがゴールイン!!決めたぞ逃亡者ツインターボ!!』

 

ライスとイクノの走りは最高の物だったと南坂はインタビューで語っていた。だがそれすらをねじ伏せる程の走りをターボがしたのだった、何故ならばこの時のタイムは2:10:3。この数字を見てその言葉は真実ではないという者なんていない事だろう、ランページが引退した事で暫定的と言ってもいいカノープス最速の称号をターボが改めてこのレースで得たと言ってもいい程のレースだった。

 

「ふふんっ!!」

「分かった分かった、何時までここでどや顔決め込むつもりだお前」

 

オールカマーである種の伝説的な勝利をもぎ取ったターボ。この勢いのまま天皇賞へと向かって勝利をもぎ取るつもりとの事。

 

「ターボは勝つ、マックイーンにもテイオーにも勝つんだから!!」

「そりゃ結構な自信だがそう簡単にいけばいいけどな……」

 

テイオーもさることながらマックイーンの成長幅が一番やばいというしかない。テイオーも強敵である事も事実ではあるのだが……それ以上にマックイーンが厄介だと言わざるを得ない。

 

「つってもお前はどうせ逃げる事しかしねぇんだろ?」

「だってターボだもん!!」

「ですよね~まあお前はそれを極めるのが一番だろうからな」

「ふふんっ流石師匠分かってるね!!んじゃ磨いてくる~!!!」

 

と宣言しながらもプレアデスの部室から出ていく、本当に何をしに来たんだと思うが自分に顔を見せに来たついでに勝つことを言いに来たのだろう。ターボなのだから本当にその程度にしか考えていないだろう、まあターボはあれでいい気もする……。

 

「ランページさん、なんかターボさんが飛び出していったみたいなんですけど何かありました?」

「ターボの何時ものだから気にするな」

「は、はぁ……?」

 

頭にハテナを浮かべて首をかしげるスズカ、カノープスのあれこれを知らないプレアデスの面々にとってはいつものでは通じなかったか。通じるとしたらエアグルーヴあたりだけだろう。

 

「スズカはこの前のオールカマーは見たか?」

「あっはい、大型モニターで観戦しました。凄かったですねターボさん、ラストのあそこからまだ伸びるなんて」

「ドッカンターボの二段階目の持続時間が伸びて来てるんだ、溜め方とその使い方が上手くなってきてる。ターボはまだまだ伸びるだろうなぁ……」

 

溜めてしまったら一気に放出する点は全く同じだが、溜め方が分かってきたのか最後の直線で使えるように調節が出来てきているしターボの持続も出来るようになっている。純粋なドッカンターボの性能向上、同じチームであったイクノとライスですら振り切ってしまう程のスピード……仮に自分が現役だったとしたらどうなっていただろうか……

 

「あれも峠で見つけたって聞きましたけど本当なんですか?」

「ああマジだ。あれ自体は本当にあったドッカンターボって奴から着想を得てる、習得に当たっては本当のドッカンターボを使う走り屋の協力も得たしな」

「やっぱり……でも私には合わないかも」

「ターボとスズカとじゃ逃げって意味だと同じだが全く違うからな」

 

ターボの場合は最初からアクセルを全開にして突っ走るが、スズカは走るまでの数歩で完全にギアチェンジが終了する。これは随分と特性が違う、何方が上かと言われたらしいて言うならばスズカの方が上であると言えるかもしれないが、それこそ瞬間的な加速度ではターボに軍配が上がる。

 

「ターボのやり方を真似る方法もない訳じゃないけどな、俺も凱旋門じゃそれやった訳だし」

「そうなんですか?」

「ダウンヒルの加速を加速に使ってそのままキープしたのよ」

「そうなんだ……やっぱり、峠って凄い」

「う~ん……そう、なのかな……」

 

これはまた峠に連れて行けと言われるな……と新しいタイヤの相談を行きつけになりつつあるショップの店長にしなければ……最近ではGT-Rを買ってご機嫌に走り込みをしているサンデーもそこを利用しているせいか、あのサンデーサイレンスの行きつけ!?と忙しくなってるのに悪いとは思うが。まあ最近また足回りのバランスを変えたのでその確認はしたいとは思っているが……と考えていたらスズカがいい顔をしてきた。これは今週末は峠で決定。

 

「ああそうだ、プレアデスに新しいメンバーが増える事になった」

「えっ増えるんですか?」

「ああ、たづなさんから頼まれちまってな」

 

普通はたづなからウマ娘の担当をしてほしいという事はないのだが……今回は上水流トレーナーのように事故に合ってしまい長期の入院を余儀なくされてしまった。リハビリなどを踏まえると年単位で復職出来ないのでその間に担当のデビューも始まってしまう、だから他のトレーナーに自分の担当を託すという事になったらしい。正確にはまだトレーナー契約は正式なものではなかったらしいが、結ぼうとウマ娘側は決めていたしトレーナー側も意欲を示していた。が、こんなことになってしまい、担当の将来を考えて泣く泣く降りる事になったらしい。

 

「そうなんですか……お見舞いとか、行った方がいいんでしょうか」

「挨拶って意味だと行った方がいいかもな、ンでまあ他のチームだと集中したいウマ娘もいるって事で断られたらしいんだ。んでうちはまだデビューしてるのもいないしサブトレーナーもいて環境的には安定してるからお願いしたいって事な訳」

「成程……それで一体誰なんでしょうか」

「ああ、エアエアの一つ上だ」

「って事は……来年にデビューな方なんですね」

 

世代で言えばいわゆる95世代。ネメシスにも在籍していたジェニュインとも同じ学年、最初は断ろうとも思ったのだがそのウマ娘とは知り合いな上に仲もいいし自分が見た方がいいかもしれないと思った。そう思っていると部室の扉が開いてそんな彼女がやって来た。やって来たのは―――

 

「失礼しま~す!!中等部3年、マヤノトップガン本日よりチーム・プレアデスの配属となります。ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いします!!」

「応、よく来たなマヤ。言っとくがウチは甘くないから覚悟しとけよ、Do you copy?」

「I copy!!」

 

彼女に合わせるような事を言うと嬉しそうに、先程までの丁寧な言い回しから一転して彼女らしい元気いっぱいな動きをしながら敬礼を交えて答えた。これでプレアデスも来年にはトゥインクルシリーズに殴り込みをかける事が決定した、そしてそれは同時に―――あのブライアン、ローレル、アマゾン、ドラランに戦いを挑むという事を意味する。相棒が育てたウマ娘と戦う、そう思うとゾクゾクとしてしまう。

 

「さてと、んじゃ行くか。マヤ、まずは走りを見せてくれ」

「は~いマヤ頑張っちゃう!!」




という訳でマヤ加入。多分これでメンバーは暫く固定かな。やっぱり来年度もレースで動きがあった方がいいかな~と思いまして。

そこでエスコン好きなのでそのネタも使えるマヤちん加入、同時にブライアン世代にも戦いを挑みます。


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329話

「ギュンギュンのバビュ~ン!!」

 

プレアデスの新メンバーとして加入が決定したマヤことマヤノトップガン。そのトレーナーを引き受ける事は決めたがその走り自体は把握していなかったので早速走りを見せて貰う事にした。元々親交があるので多少なりとも知っていたつもりだったが彼女のそれはずっとずっとキレがあった。

 

「速いですね……ピッタリと内ラチにギリギリのレコードラインを保持しているし体重移動も上手で足捌きも上手い」

「これでデビュー前とは思えないです」

 

スズカの意見に同調するようにエアグルーヴも驚きの声を上げてしまった、それほどまでにマヤの走りは素晴らしいものだった。レコードラインを確保する事で生まれる恐怖を完全に掌握しているかのような飛ぶような走りと飛ぶ為の足捌きもデビュー前では考えられないほどに高水準、それをマジマジと見せつけられるランページは改めて彼女が天才肌だったことを実感した。

 

「これでデビュー前って……天才って奴、何ですかねぇ……」

「だろうな。要領が半端なくいいうえに勘も冴えてるしセンスも飛び抜けてる、強いて言うならば……小柄な事位だろうな」

 

マヤで悪い点というか惜しい点を敢えて、強いて言うならばその体格の小ささだろうか。歩幅が小さくピッチ走法がメインになる、だがスタミナの使い方も既に出来ているので小柄な見た目には似合わぬほどに持久力があるので長距離レースも苦も無くこなす事だろう。

 

「あんなんでも先輩か……面倒くせぇな」

「ターボ相手でも態度変えない奴が何か言ってらぁ、まあ言いたい気持ちは分からなくはないけどな」

 

一先ずマヤの走りは見た、データは取ることが出来たが……どう生かすべきか悩む。彼女の脚質は先行だがその気にさえなれば逃げだろうが差しも追い込みも難なくこなしてしまう事だろう。自分の戦術を仕込もうと思えば仕込めるが、他の方向性に持っていくのもいい。じっくり悩みたいところだが来年デビューが迫る彼女にそれほど悠長なことをしている暇はない。

 

「ねえねえどうだったランページさん、マヤの走り!!」

 

走り終わって駆け寄ってくるマヤ、愛嬌のある笑顔と仕草、小さな身体も相まって小動物的な愛らしさを纏いつつも何処か期待するようなそれは保護欲を掻き立てる。が、ランページはそんなものに惹かれるような存在ではないので少しだけ乱暴にマヤの頭をなでる。

 

「豪語するだけあって中々の走りだなぁおい、こりゃG1も十二分に狙えるな。どういう路線でお前さんは行きたい」

「うわぁぁ~ランページさん強いよ~。うんしょっと、えっとね、マヤは特に三冠とかトリプルティアラには特段興味はないかな。マヤはキラキラしたいの」

 

自分の撫でまわしから抜け出しつつもどうしたいかを伝える、マヤはほとんどのウマ娘が夢見るそれらには興味がない訳ではないがそれ自体にはあまり魅力は感じないとの事。寧ろそれを達成したウマ娘が纏う輝き、活躍に興味があるとの事。

 

「だからね、マヤはランページさんみたいにすっごくキラキラしたいの!!でも、だからってティアラに進みたいって訳でもないの」

「成程ねぇ……自分らしくキラキラしたいって事ね、相分かった」

「えっ分かったんですか?」

「私もなんとなく、分かりましたーヨ?」

「ちなみに俺もだ」

「えっ私だけ……?」

 

チームメンバーが話し合う中でランページは思わず空へと目を向けた、マヤノトップガンというその名前につられたようだった。

 

「なぁっマヤ、キラキラなウマ娘になりたいって言ったよな。自分だけのキラキラって奴、纏いたくないか?」

「自分だけのキラキラ!?それって何々、教えて~!!」

 

ウマ娘としても大人の女性としてもランページという存在はマヤにとっては一種の完成形に近い、大人の余裕を纏いながらも確かな実力にとってその輝きを、煌きを纏い続けてきた彼女が言うキラキラ、自分だけのキラキラを纏えると聞いてしまえば思わず尋ねてみたくなる。小さな子供が大人に強請るような光景だとプレアデスが思う中でランページはマヤの頭を撫でながら、始めた。

 

「走っているうちに自分の走りに魅入られた連中が口にする、あいつは凄い、あいつは普通じゃない、それが次第に一つに収束していくんだ」

「それが、キラキラなの?」

「その一つ、かもな。トップガン、君の名はエースとも言い換えられる。エースの条件、分かるかい?」

「えっと……あっ凄いキラキラしてる人!!」

 

正解だ、マヤの頭をなでながらも続ける。

 

「強さを求める奴、プライドに生きる奴、戦況を見極める奴。大きく分けるとこの三つに分けられる、君は一体どんなエースになるのかな」

 

真っすぐと射貫くような視線が注がれる、それを受けたマヤはこれから逃げてはいけないと直感した。逃げたらもう自分はこのチームにはいられない、逃げてはいけない、確りと受け止めなければならない。そして反撃の言葉を込めてそれを放つ。

 

「そのどれでもない、マヤはマヤらしいエースになるよ!!キラキラのエース!!」

「―――面白いなその答えは、ならその答えを俺に見せてくれ。その為にもこれから君は走り切れ、それだけだ」

「I copy!!」

 

マヤにとっての規定、走り切れ。それは練習だろうとレースだろうと変わらぬ不文律、それを守っていこうと思う。走り切れ、極めてシンプルで分かりやすいものだが……それが如何に難しいのかは分かる。そしてそれを成し遂げた目の前の煌きがどれほど偉大な星なのかも。自分はその星の連なりの一つに並ぶことになる。そのことを、今一度強く意識する。



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330話

「難しいよ~!!!」

「何よ突然、どしたの急に」

 

マヤがプレアデスに加入してから数日、部室で仕事をしていると突然マヤがやって来てテーブルに顔を伏せたかと思っていたら大声を発した。まるで駄々をこねる子供のように癇癪を起している。

 

「俺、そんな難しいメニュー組んでねぇぞ?」

「メニューじゃないよ~、ランページさんの走り方が全然出来ないの~!!」

「何、アンタ俺に何も言わずにあれの挑戦してたわけなの。何勝手なことしてんのよ」

「だって挑戦してみたかったんだもん」

 

頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった、何だかんだでトレーナーの指示を待たずに行動を起こしたこと自体は悪いと思っているらしい。

 

「マヤヤはセンス自体はあるんだが、如何せん身体の操縦性が足りてねぇな。後肉体のレベルもな」

「そうなのかな……できそうな気はするんだけど、何か足りてない気はしてたんだけど」

「俺も出来るようになるには随分苦労したからな……簡単にやられたら俺の立つ瀬がないんだよなぁ」

 

全身走法は文字通り全身を使って走る方法、言葉にするだけでは簡単に思えるが身体の各部を完全に直結させて無駄なエネルギーを取り残すことなく走りに転化させるのでコツがいる上にそれを会得するには肉体のレベルそのものも必要になってくる。センスはずば抜けていたとしても出来ないのも道理、才ある者が努力しなければ決して物にならない類の技術。

 

「それじゃあ、あの走り方はトレーニングいっぱいしないと出来ないって事なの?」

「まっそういうこったな。その為のメニューだって組んでやってるだろ、レコードラインの取り方とか荷重移動もそれだ」

 

マヤは兎に角天才肌、一度やってしまえばやり方を理解して出来るようになってしまう天才肌の秀才。アプリでも同じようなトレーニングはしたくないと言っていたのでランページはその対策に追われると思っていたのだが……マヤは思った以上に此方の言う事を聞いてくれる上に確りとメニューをこなしてくれている。如何やらその原因は全身走法だったようだ。

 

「マヤヤはまだ完全に自分の身体を扱い切れてないって事さ、自分の身体を本当の意味で自由自在に出来た時こそ全身走法は出来るようになるさ」

「ムゥッ……今でもちゃんと使えてると思うけど」

「それはこいつを履いて走れるようになってから言うんだな」

 

常に付けている5倍のシンザン鉄を見せながら言う。このシンザン鉄だって怪我をしないようにする為のものだが、その重量故にただ脚を持ち上げて走るではまともに走れない。全身で走らなければ本来の走りは出来ない。

 

「だってそれ重いんだもん~」

「まあ言いたい気持ちは分かるさ、んじゃまあその成果って奴を見せてやるか」

 

そういうとランページは部室の端に置いてあったショットガンタッチで使うボールを引っ張り出すとその上で座った。全くブレる事もないどころか動きもしない、そしてランページはそのまま正座をしてみた。

 

「えっ~!?凄い凄い、何でなんで!!?」

「言ったろ、身体を完全にコントロール出来るっていうのはこういう事なの。カノープスの連中はやろうと思えばこの位楽勝だろうな、多分イクノならこれだって出来る筈だ」

 

そういうと一旦降りてから改めてそのボールの上に乗った。だが今度はボールの上に立ってみせた。

 

「凄い~!!!サーカスのピエロさんみたい!!」

「まあこんな曲芸をやれって言いたい訳じゃねぇけど、身体を使いこなせるとこういう事も出来ますよっていい指標にはなるだろ。無理にこれをやろうとすんなよ、怪我するから」

 

ボールから降りて椅子に座り直すとマヤは早速やってみようとボールの上に座るのだが、あっさりとバランスを崩してしまって床にお尻を打ち付けた。

 

「難しい~……でもこういうのが出来たらあの走り出来るんだよね!?」

「身体を使えたらな?それが出来たら出来るって訳じゃないぞ、それとマヤヤはいつ頃のデビューがいい?それによって調整するが」

「早いのがいい!!来年になったらすぐ!!」

「いや早くても6月なんだけど」

 

史実のマヤは年が明けて僅か1週間後の新馬戦に出走しているが、それは怪我によって3歳にデビュー出来なかったから……だが実際マヤの実力的な物を考えると早めにデビューさせてガンガンとレースに出して経験を積ませるのもありではあると思う。天才肌故に練習だけでモチベーションを維持するのは難しいし自分の時みたいにやるのもありな気もする。

 

「分かった、マヤお前さんは俺みたいにガンガンレースに出す方針で行こう」

「ホント!!?」

「だが一つ条件がある」

 

真面目な顔つきでの言葉にマヤも確りとそれを聞く。

 

「俺はお前をG1に出すつもりで予定を組む、お前の言うエースの為の舞台だ」

 

こっからは本気で此方も腹を括ってトレーナーとして彼女らと歩まなければならない、今後のトレーナー人生を占う事にも繋がる重要な戦いを意味する。想像以上に険しい道になる事は目に見えている、だが望み所でしかない。やるだけやるだけ。

 

「レースって世界は煌びやかではあるがそれ以上に戦場みたいに激しい世界だ。やるかやられるか、生きる(勝つ)死ぬ(負ける)か。そんな世界で俺みたいに勝ち続けろとは言わない、寧ろ俺が異端なんだ。俺には王道を説けない、だから出走規定は唯一つ―――走り切れ、それだけだ」

「I copy」

 

それにマヤも応える、走り切る、これからのレースを全てを無事に走り切る。

 

「それなら―――そのためにも今は仕込みを続けよう、飛び立つためには整備も大切だがそれを使いこなす為の訓練も重要だ。ほれっ練習見てやるから行くぞ」

「は~い、そうだマヤと併走しよう~よ。ランページさんの走りを近くで見たいな~」

「近くで見られればいいけどな」

 

扱いは難しいと思っていたが、いざこうして接してみると子供らしさもあって自分とは相性が良かったマヤ。そんな彼女の道筋は少しだけ見えてきた、トレーナーとしての本格始動は間もなくだ。そんな思いとは裏腹にトゥインクルシリーズは秋のG1シリーズが始まろうとしていた。

 

ターボ、イクノ、ネイチャ、ライス、ブルボン、タンホイザ、テイオー、マックイーン。彼女らが出走する天皇賞(秋)が始まろうとしていた。



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331話

『本日はG1レース、秋の天皇賞が行われます。ですが今年は一味も二味も違います、何せ面子がこれまで以上に豪華なのです!!』

 

遂に訪れた天皇賞(秋)、マックイーンをはじめとして超実力派ウマ娘たちが集うのは当然のことだが今年は例年以上に粒ぞろい。願わくばこの中にランページもいてほしかったというファンも多い一方で一体誰があの無敗の代役を果たすのか、それとも主役となるのかと楽しみにしている。そんな中にそれを見守る側としてランページがいた―――

 

「実況は私赤坂。そして、解説にはこの方をお迎えしております!!」

「おはこんハロチャオ~!!貴方の心にワールドレコード、独裁暴君、生涯無敗!!なランページだぜい!!皆の者善行積んでたか~?でおなじみのメジロランページでお送りいたします」

「もはやその伝説を知らぬものなどいない日本が世界に誇れるウマ娘、凱旋門にBCクラシックを制覇したあのメジロランページさんをお迎えしております!!ランページさん、本日は宜しくお願いいたします!!ぶっちゃけ、私これまでの人生で味わったことがないぐらいには緊張と興奮を隠せておりません!?」

「落ち着きましょうか」

「凄い落ち着きました」

 

但し、解説という立場ではあるが。普通に観戦しようと思っていたのだが、天皇賞の解説を頼まれていたモンスニーが如何しても外す事が出来ない用事が出来てしまったのでその代役としてランページがやって来た。

 

「ええっとランページさんから見た今年の天皇賞は如何でしょうか、矢張りカノープスのメンバーについては一番お詳しいと思うのですが」

「そうですね、元々のチームメンバーもいますし今も仲良くしていますから分かってますね。ですが今年はそれだけでは済ませられないほどのメンバーですからね、月並みの誰が勝っても可笑しくないという言葉がまさしく当てはまってしまう程には充実してます」

「それでは、まだお時間もありますのでお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

解説としての中身を振ってくれた、というよりも世界最速にして最強としての意見を聞いてみたくてしょうがないといった様子の赤坂に肩を竦めつつも応えた。

 

「かなり入り乱れたレースになるでしょうね、安田三連覇という偉業を引っさげたイクノにトリプルティアラのターボ、ダービーウマ娘のネイチャに天皇賞制覇ウマ娘のライス、何時G1を取ったとしても可笑しくもないタンホイザとカノープスだけを見て充実しているのが分かります。更に此処にブルボンにテイオーも加わる訳ですからねぇ……いやぁ……現役にこんなん出走表見てたら絶対ため息吐いてましたよ」

「あ、貴方ほどのウマ娘でも、ですか」

「まあそれでも出る事は出たでしょうね、南ちゃんに上手い事私の心をコロコロ~と転がされて、というか挑発されて私が乗ってハイ出走。全くあの優男どこの孔明だ……」

 

赤坂は思わず苦笑い。頭の中で南坂が孔明の格好をして口元を隠しながらランページを動かしている姿がどうしようもなく似合っていたからだ、宛らランページは美髯公と褒められていた関羽だろうか。

 

「と言っても、他にも有力なウマ娘は居ます。全員がこのレースを取りに来ている、レースは何が起きるか分からない。偶然が必殺の時を齎すかもしれない、その偶然を練習と熱意がひっくり返すかもしれない……偶然を狙って起こすものがいるかもしれない」

「偶然を、狙ってですか?」

「そういうものですよ―――そういうことが出来る奴は勝負の世界には一定数、いるものです」

 

その言葉に、多くの者が生つばを飲み込んでしまった。世界を知る者の言葉、その価値は言わず物がな。いや、寧ろ偶然を狙って起こしたのは彼女自身であるのかもしれない……。

 

「そして今回注目するのは―――俺が現役時代なら一番戦いたくない相手ですね」

「そ、それは一体!!」

「それは」

「それは!?」

「おっとお時間が来たようです、出走ウマ娘が地下バ道から姿を見せます。おっと一番手は爆速エンジンのツインターボ、ドッカンターボで今日も大逃げを狙っていくことでしょうか赤坂さんはどうお思いで?」

「そうですね、彼女の魅力はそこに集中していますね。誰もがその走りに魅せられて大盛り上がりです、それが人気にも表れています―――って私が解説してる!?」

 

すり替わったというか奪取した感じだが直ぐにランページはそれを赤坂に返した。実際問題、今回のレースでランページが戦いたくないと思うのはほぼ全員ともいえる。イクノもそうだが彼女たちは自分の全てを知っていると言っても過言ではないし対策も簡単、故に実力と精神力の勝負に持ち込まれれば自分にも絶対の勝率なんてものは存在はしない。

 

「ヤマニンゼファー、安田記念ではあのイクノディクタスを相手にして7mmという大接戦を演じきっての2着。本日はテイオーに続いて4番人気となっております。私の隣にいるメジロランページと争い続けた貴婦人を敗北寸前にまで追い込んだ風が勝利を呼び込めるのか!?」

 

史実での勝者、ヤマニンゼファーが雪辱を果たすのかそれとも―――そう思っている時の彼女は現れた。貴族の気品を感じさせる黒コートを羽織りながら、髪を靡かせながら歩みを進めるその姿にはメジロの風格を感じさせる。

 

「本日の一番人気、メジロマックイーンの登場です!!宝塚記念ではトウカイテイオーやイクノディクタス、ライスシャワーを踏み越えての一着をもぎ取ったメジロの名優、メジロ家の誇りとも言うべき天皇賞の盾を獲れるのか!!」

 

興奮気味に語る赤坂の隣でランページはじっくりとマックイーンの身体を見た。矢張り、下半身の仕上がりが以前よりもずっと凄い事になっている。宝塚記念からの夏、それを越えて更に仕上がっている。全体的に筋力が増しているためかスタイルも良くなっているように見えるしあれから得られる推進力は極めて大きい事だろう。

 

「天皇賞秋の陣、集い集った優駿一行、目指すは一つ秋の盾。栄光目指して駆け抜ける、その姿は天駆ける如く、瞬きすら許されず、見届けるが誉れなり。なんてね、ちょっと吟じて見ました」

「素晴らしい語りで何だか私の仕事が奪われていくようで怖いですが、間もなくゲートイン。秋の天皇賞、間もなくスタートです!!」



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332話

『8枠17番にトウカイテイオーが入ります、大外と言われると不利な印象が拭い切れませんが』

『そうですかね、私はそうは思いませんね。包まれる心配もありませんし2000位ならぶっ飛ばしていけますし他者の走りを把握しやすい、切れ者であればある程に大外の不利というものは存在しません。私も大舞台だと大外が多かったですし、まあ全部勝ちましたけどね』

 

「遊んでますねぇ……」

 

ランページに孔明と例えられた南坂トレーナーはゲートインする皆を見つめながらもランページの解説を聞いて笑いを必死に押し殺していた。ちょくちょく挟まれるランページトーク、自分の実体験を交えた話の大半はこれまでのレースの常識、有利不利が通用しないようなものばかりだ。だが解説に入った時点で臨まれているというのはそういう方面でも話ではあるので需要を分かってるやり口ではある。

 

『まあテイオーに大外程度が不利にはなりません、なったとしたら彼女の弱さが招いた事です』

『弱さ、ですか』

『運のなさという事ではありません。精神的な弱さです、寧ろ世間一般で言われてる不利は自分にとってはプラスだと言い張る位で居てほしいものです』

 

本当に割り切りが良い人だと思う、隣の佐々田トレーナーは解説なのになんてことを言っているんだ……と汗を流している。まあこれが彼女なのだから致し方ない。

 

 

『さあ全員がゲートインしました』

『此処に集った優秀達は最高のメンバー最高のライバル、それらが狙うは秋の盾、さあ今スタートしました!!全員良いスタートを切りましたがやはりここで飛び出していくのはターボだターボだ先頭は我にありと言わんばかりにいつも通りのドッカンターボで大逃げに打って出ているが、おっとそれに競り合うのはブルボン、坂路の申し子、サイボーグの異名をとる二冠ウマ娘が競り合っていくぞ。先頭はこの二人で決まりか、その後ろにはマックイーンがつけるが少々ペースが彼女にしては早いか!?』

『わ、私にも言わせてください!!メジロマックイーンの後方には漆黒のステイヤーのライスシャワーとナイスネイチャ、マチカネタンホイザが続いていきます。チームカノープスの流れが続く中でその後ろにトウカイテイオーが控えている、その近くにヤマニンゼファーも行きます!!』

 

何とも奇妙な事になってきた。解説が実況の仕事を奪い、それに負けじと実況がマイクを奪い返すような言葉の応酬が繰り広げられている。実況に自分なりのコメントも乗せているので聞いていて面白いのがズルさと新鮮さもある。

 

『先頭を走り続けるツインターボ、スタートダッシュからの加速を維持しているがミホノブルボンもそれに負けじと続きます。激しい先頭争い、互いにノンブレーキのアクセルベタ踏み状態!!これは最早何方かが脱落するかのデッドヒートの様相を呈してまいりました!!』

 

赤坂の実況を聞きながらもランページは鋭い視線を作ったターボの走りを見る、精神も身体も良好。スタートの出も良い、だがブルボンの方がスタート自体は速かったし良かった。こればかりはブルボンの身体の使い方が上手いとしか言いようがない、互いに加減する気なしの全力疾走ならば分は当然ブルボン。だがそれ以上に気を引く存在があった。

 

「(マックイーン、このハイペースにも拘らずイクノ並にペース崩れてねぇじゃねえか……しかもあいつ、ターボとブルボンを見てねぇなこりゃ。ゴールの一点のみに集中してる、こりゃ―――厄介だぞターボ)」

 

ターボとブルボンが作り出す超ハイペース、それに対応出来ているのはランページと併走と繰り返していたカノープスメンバーにテイオーとマックイーン。他には上手くスリップストリームで体力を温存出来ている者達ぐらい。

 

『そしてここで歓声、57.6!!このウマ娘が出るレースは必ずハイペースになる、流石爆速エンジンのツインターボ、ハイペースの申し子であります!!』

『このペースはターボだけじゃなくてブルボンも影響してますね。ターボは臆病なところがありますからより逃げたいという思いと負けん気で更に加速してます。っとここでライスが上がってきた!!ステイヤーとしての体力自慢を此処で活かして加速していくのか、ネイチャも続いていく!!ロングスパートで続いていくが、マックイーンは動かないじっと機を待っているのか、そしてテイオーも待ち続けている!!』

『ああっ私の手番!!ここでレースが大きく動いてきている、ヤマニンゼファーが大きく上がっていく!!ごぼう抜きでどんどん上がっていく、いやここでイクノディクタスも仕掛けていく!!トウカイテイオーも行った!!ヤマニンゼファーとトウカイテイオーがぐんぐんと上がっていく、それにつられて後方もペースがどんどん上がっていく!!!』

 

あのマックイーンが動かない、それは一種の焦りを誘発する。何かを待っているのかは分かっているが、余りにも前方の二人が速過ぎるのでこの辺りでスパートを入れないと末脚を考慮しても届かずに終わる。間違っていない、寧ろ自分でも正しいと思う。だが―――

 

「(此処でも入れないとなると、マックイーンの狙いは―――)」

『さあ最終コーナーから直線に入るぞ、いまだ先頭を維持するツインターボとミホノブルボン!!このまま逃げ切れるのか、それとも後方からっメ、メジロマックイーン、メジロマックイーンが来た!!?』

『やっぱりここで来るかマックイーン!!』

 

最後のコーナー、カーブからストレートに変化する最後の一瞬、踏みしめる際にマックイーンは重心を低くした。刹那の片足立ち、曲げられた脚に蓄積される力を築き上げた身体で開放する。瞬間、マックイーンの身体はまるでブレたかのように加速した。上がり始めた他のウマ娘の隙間を抜けていく疾風のように掛けていく。

 

「マックイーンやるじゃん、ボクだってぇぇ!!!」

 

それを見たライバルも我もと前に出る、だが想像以上に脚が前に出なかった。前には出ているが伸びが悪い。

 

『仕掛けるタイミングを敢えて遅らせて力を蓄えていたマックイーンと最後の末脚も考慮して加速した他とでは配分も違う、これは上手い』

「くっ……ターボに引っ張られすぎちゃったのか!?」

 

ターボの超ハイペースを利用したかのような加速の仕方にも納得がいくようだった。そしてマックイーンはどんどんと順位を上げていく。

 

『メジロメジロメジロ!!メジロマックイーンが一気に駆け上がる、メジロの名に懸けてこのレースは譲れないと駆けていく!!疾風のごとくかマックイーン!!!』

『だが疾風なら負ける訳にはいかぬとゼファーも駆けて行く!!テイオーも迫る、ライスも来る、イクノも上がる!!さあ天皇賞を制するのは一体誰なのか、今』

『ゴールイン!!!メジロマックイーン一着!!!!二着にヤマニンゼファー、三着にナイスネイチャ!!四着にトウカイテイオー、五着にライスシャワー!!』

 

ゴール板を最初に通過したのはマックイーン。メジロの誇りに掛けて負けられない戦いに答えたと言わんばかりの堂々たる走り。あの走りを見て分かる、今のマックイーンが確実に全盛期。本格的にこれからどうなっていくのか分からない。

 

『やっぱり、マックイーンは強いですね。仮に俺があそこで走ってたとしても、勝てたかどうか』

『で、では一番戦いたくない相手というのは―――』

『もう、戦う事はないでしょうけどね。トレーナーとして、立ち向かう事はあるでしょうが』



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333話

『私は、私は―――この時を待っていたのだぁぁぁぁ!!!』

「うるっせぇなテメェは!!」

 

プレアデスの部室に響き渡る歓声とランページの鬱陶しそうな声、パソコンに向き直りながらもスマホで連絡をしているのだが繋げている相手が歓喜した事による大声で耳が痛くなってきた。

 

『だってだって、公式だよ、認定だよ、もうどうでもいいや~!!!』

「まあ言いたい気持ちは分かる。というか羨ましすぎるわ、こっちは仕事あるっていうのによ」

『ふふん、私の場合はお仕事だもんね~』

「マジで羨ましいわ」

 

連絡を取っている相手は海外遠征戦線で最強の一角でもあったアームドリンクス。個人的な付き合いもある良き友人として付き合っている訳なのだが……今回、彼女が贔屓にしている会社からの連絡を仲介した結果、彼女の感情が逆流した結果となった。

 

「だが、10年……10年か。我々にとってその時間は長かったか、短かったかの何方なのだろうな」

『私的には前シリーズを楽しみまくってたから何とも言えないかな~、今回はどんな闘争が待っているのか楽しみだよ』

「やれやれ、んじゃまあ今度感想でも聞かせてくれ」

『は~い。私の要望も通るらしいし色々言っとくね~』

 

そういうと直ぐに通話は切れた。これから彼女は忙しくなるのだろうな、ウマ娘とは別の意味で……この場合はなんと呼ぶべきなのだろうか。そんなことを考えているとプレアデスのメンバーが入ってきた。

 

「お待たせしました、ランページさん」

「応お疲れ、歓迎しよう盛大にな」

「ンだよどこぞのザーボンみてぇな事言いやがって、どんな歓迎してくれるってんだ?」

 

ステゴの挑発的な瞳に応えるように部室備えつきの冷蔵庫からケーキの箱を取り出した。メジロ家お抱えの洋菓子店から買ってきた特製フルーツケーキに全員の瞳が輝いた、そして同時にテーブルの上に置かれた最高級のニンジンジュースに更にしっぽが跳ね上がった。以前の宣言通りにプレアデスの定例会議ではランページがお茶請けなどを用意しており、皆何が出て来るのかを毎回楽しみにしている。

 

「Very very delicious!!最高デース!!」

「やっばっ手が止まらない……お代わり良いですか!?」

「応、沢山用意してあるからどんどん食べてくれ」

「わ~いってあっ~プレートはマヤ狙ってたのに~!!」

「早い者勝ちだ」

「むっ~!!!」

「このジュースも中々……」

 

と舌鼓を打ってくれているのは嬉しいのだが、一応定例会議としての体裁も保たなければならないので食べながらで良いので進行する事にする。

 

「つってもプレアデスは今のところ現状維持としか言いようがない訳なんですが、マヤヤのデビューも最短で考えても6月だしな」

「マヤはそれでいいよ!!」

 

プレアデスの本格始動は来年から、それまでは力を蓄えておくことだけに集中しておくべき……その一方でやっておくべき事も多いので何だかんだでプレアデスの日々はまだまだ忙しいままだろう。

 

「つっても、G1戦線はまだまだ続いていくんだぜ?菊に秋華、んでエリ女にジャパンカップにチャンピオンズカップ、この時期はマジで忙しくなんだな」

「ある種身に染みてるよ、秋華からエリザベス女王にジャパンカップは中々堪えたからな」

 

今思うと本当にこのローテは如何かしている。完遂しようとしたらイクノ並に頑丈なウマ娘でないと出来ない事だろう、だが今年秋のG1戦線は今まで以上に荒れる事は間違いないだろう。何故ならばエルグッツにシルバーストーン、シュタールアルメコアらが参戦するのだから。世界の舞台で走った事があるG1ウマ娘たちが日本に乗り込んでくる、これは自分の存在が一番作用しているともいえる事象だ。

 

「これからお前らにも関係する事だ。多分だけど今まではジャパンカップにだけ狙いを絞ってきたであろう海外ウマ娘が殴り込みをかけてくるって事だ」

「そういえば海外のウマ娘と走れるのはジャパンカップ以外にもあるのに、基本的にジャパンカップだけですよね」

「日本の名前があるっていうのもあるが、スケジュール的な問題もあるからな。だがそれを無視する連中が今年は3人いる、という事は来年以降も来る可能性があるって事、多くなるのはやっぱり……プレアデスの本格始動に合わせてだからエアエアがシニア辺りかな」

 

何故そこを上げたと言われれば、史実ではその年にファインの姉であるピルサドスキーが来日して優勝を掻っ攫っているからである。アイルランドでは仲良くさせて貰っていたし恐らく確実に日本には来る、というか史実よりも早く来る可能性もあるから困ったものである。

 

「海外かぁ……なんか途方もない話だと思ってたのに、お姉様の下だと凄く身近に思えるわね」

「タイキもいるっていうのもありそう」

「Oh?」

 

それはある意味でプレアデスだけが持ちうる特権という物なのかもしれない。

 

「ンでまあ俺も俺で忙しくなってくるかもしれないから、面倒見れないかもしれない事があるかもしれないけどその時は上ちゃんの言う事ちゃんと聞くんだぜ?」

 

ランページの隣でニンジンジュースではなくコーヒーを啜っていたサブトレーナー、ランページと比べるとまだまだ覚束ない所もあるのでエアグルーヴを始めとしたいわゆるランページ派のメンバーには頼りなさげに見られる一方でタイキやサニーにマヤといったメンバーからはランページと違って楽しいとトレーナーというよりも遊び相手といった感じで見られている。ステゴは一切興味がないのか我関せずと言った感じだが……

 

「その時は任せてくれ、と言っても信頼性は0だろうから行動で信用されるように努力するつもりだ」

「その意気だ」

 

少しずつ自分のやり方を覚えて頑張ってはくれてはいるが、まだまだ新人トレーナーとしての若葉マークを取るには至っていない。長い目で頑張ってくれとしか言いようがない。

 

「というか年末は多分俺もマジで忙しいだろうかなぁ……スズカ、その時は峠は勘弁してな」

「まだ行っているのかスズカ……」

「月2、3で連れて行って貰ってるけど?」

「え~何々、マヤも行ってみた~い!!」

「ンでなんで忙しいんだ?」

「第一回、URAファイナルズとレジェンドレースの開催があるからだ」

 

その言葉に思わず全員が息をのんだ。遂に行われるのか……ランページが主導で進めてきたあのレースが。そしてある事に気づいたスズカが言った。

 

「あ、あのもしかしたらレジェンドレースに出走するんですか!!?」

「するよ?」

 

あっけらかんと言ってのけるランページだが、そのインパクトは果てしなく大きかった。もう本当のレースに出走している姿は見る事が難しいと思っていたが、本当にまたレース場を駆け抜けるこの人の姿を見ることが出来るのか……思わず身体が震えてしまう。

 

「分かってるだけでもマルゼン姉さんにエースさん、TTGのお三方。まだまだ増えるだろうな」

「な、名前を聞くだけでも凄いぞこれは……!!」

「絶対見に行きたいデース!!」

「来年以降はマヤヤとかの事もあるから出走も難しくなるかもしれないからな、今年は絶対に出るつもりさ」

 

聞く限りではドリームトロフィーリーグのウマ娘もレジェンドレースの出走を願い出ているという。レジェンドレースの規定を考えれば出る事に問題はない、が、こちらに出てしまうとドリームトロフィーへの出走は自動的に辞退という事になる。何故ならばファイナルズとレジェンドレースの開催予定日は年末、そしてドリームトロフィーリーグのウィンターレースは年始に行われる。身体の負担を考えれば辞退するしかない。

 

だが、レジェンドレースに参画するレジェンドの名前を聞けばこちらに出たいと思う者も多くおりURAはそれを認めるべきか否と頭を抱えているらしいが自分は知った事ではない。自分は自分らしくやらせて貰うだけである。

 

「さて、どんなレジェンドと走れることやら」



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334話

競走馬編も需要あるって人いるからちょっちだけ……


ボンヤリとした意識が徐々に覚醒する。小窓から入る朝日の明るさが目について目を覚ます、少しだけ重い身体を持ち上げて欠伸をする。致し方ないとはいえこの重さには参ったものだ、ストレッチを軽くすると閂を開けて外へと出る。確りと閉めるのを忘れずに。朝の冷たい風が気持ちいい。

 

「応おはようランページ、相変わらず早起きだな」

 

普段通りの挨拶を済ませる。引退した身、自分の役目は次世代の育成、今日も今日とて子供たちの育成に携わなければならない……これでも身重の身体なんだが……これも自分の行いのツケか。そんな風に空を見つめていると身体を叩かれる、あくまで優しくだ。

 

「何黄昏てるんだ、今日はお前の子供たちの大切な日なんだから確りしろよ。テレビ外に出してやるから一緒に見ような」

 

そうだった、あの子たちの活躍を確りと見なければ……と思う一方で腹が減ってきた。

 

「アマテラスとツクヨミの三冠の掛かった最終戦なんだ、今日のご飯は期待していいぞ」

 

メジロアマテラス、メジロツクヨミ。自分が生んだ双子の姉弟、双子だと分かって皆が慌てていたのをよく覚えている。自分の身体にも大きな負担が掛かる、だから何方かを堕ろそうと言われて全力で抵抗した。子供の命を奪うのならば自分を殺してからにしろと、落ち着かせようとする相棒にも、世話になっているおやっさんにも殺気を向けた。そんな男共を制したのがオーナーだった。

 

『女の気持ちは女にしか分からない』

 

と、産む事を認めてくれた。そして自分は二人を産んだ。周囲の不安を吹き飛ばすように二人は元気でヤンチャだった―――瞬く間に競走馬になった。アマテラスの鞍上は自分の相棒、ツクヨミの相棒はあのレジェンドジョッキー。そして今日、二人はきっと三冠を達成する事だろう。そう信じて自分は―――

 

 

 

「……夢か」

 

懐かしさを覚える夢を見ていたランページは身体を起こした。寝ぼけ眼で周りを見ると自分の部屋だった、閂で締める扉もなければ柵で囲った場所もない。

 

「予知夢か何かか……初めての子供が双子ぉ?まあ普通に養えるだろうけどさ、旦那誰だよ……ああいやたくさんいる事になるな、考えるのやめよ」

 

恐らくだがウマソウル云々の夢だ、それならば旦那は考えれば考える程に泥沼になる。一体何人になるのか……まああくまで血の繋がりだけの関係ではあるだろうけど……兎も角この眠気を飛ばすためにシャワーを浴びる事にする。

 

「子供、か……」

 

思わず呟いた言葉はお湯を吐き出すシャワーの音にかき消されて誰にも届くことなく消えていく。

 

「はぁっ……」

 

思わず吐いた溜息、まさか夢をあそこまで引きずるとは自分でも思いもしなかった。気を取り直して仕事はしているが、如何にも気分が乗らない。こんなことは初めてだと思いながらも仕事は進んでいく。

 

「どうかしたの、溜息なんて初めて見たけど」

 

珈琲の差し入れを持ってきながらも上水流トレーナーがやって来た、顔には初めて見ましたと言わんばかりの表情がこれでもかと張り付けられている。

 

「ちょっとしたことでセンチメンタリズムになってるだけだから気にしないでくれ。っつうかそっちこそなんつう顔してんだ、俺がセンチになってたらおかしいってのかい?」

「おかしいというか初めて見てびっくりした感じだよ、だってほら」

 

促されて職員室を見まわしていると殆どのトレーナーが此方を見て硬直している、書類を取り落としたり中にはコーヒーを淹れたマグカップを落としてしまっている者もいる。黒沼や沖野、東条も例外ではなかった。唯一例外なのは南坂位だろうか。

 

「応アンタらマジで覚えとけよ、今度スーちゃん連れて練習現場強襲してやるから」

『それだけはやめろ!!』

「聞こえねぇなぁ……なんだったらどっかの大統領とか連れて来てやるから覚悟しとけ」

『すいませんでしたぁ!!!』

 

普通ならばこんな脅し文句なんて鼻で笑えられるだろうが、生憎ランページはそれが出来てしまう権力とコネがある。何なら現アメリカ大統領とFBIとCIA長官と今も仲良くさせて貰っている位である。因みに大統領には自分の引退レースで仲良しの友達が出来ました、というメッセージと共に御付の人が撮ったと思われる写真が送られた。どう見ても秋山だったが彼は色んな意味で大丈夫なんだろうか。

 

「しかし、どうかなさいましたかランページさん。テンションが低い姿は見た事はありますがそれ以上に沈んでいるのは中々ありませんでしたよ」

「ちょっとなぁ……海外遠征中のアイルランドの事で夢を見ちまってさ」

「どのような?」

「俺に双子の子供が出来てその双子が三冠最後の一冠に挑戦する夢」

「それはまた壮大ですね」

 

自分に子供が出来てその子供がウマ娘でその子がクラシックに挑戦するという夢はこの世界ではそこまで珍しい夢ではない、寧ろ頻繁に見る夢の一つと言ってもいい。トレーナーとしては自分の担当ウマ娘が、と言ったところだがランページの場合はウマ娘だしそういった形で見ても可笑しくはないだろう。

 

「ンでさ、アイルランドにいる時にそこの姫殿下にえらく気に入られちまってさ」

「配信に出てたえっと……ピルサドスキー殿下?」

「その妹さんのファインモーション殿下ですね」

「随分と仲良くなった結果、嫁入りして一緒にいてって言われちまってさ。多分その関係でそういう夢見たんじゃねえかなぁって」

 

そう言われて上水流も南坂も納得する、確かにそう言われたら夢にも出るだろう。自分たちも似たような夢は見たことがある、南坂は見たどころか体験した側だが。

 

「俺って結婚できると思う?」

「え"っお"ぁっとそ、えっ―――――……」

「そんな長考するか」

「まあこういった時にベストな回答は難しいでしょうね、最近は特に色々と厳しいですし」

 

セクハラ云々もあるが、ランページの場合は特に難しい事だろう。好いて相手が出来たとしてもその相手がランページに適応出来るかどうかも怪しい。何せ世界で戦ってその果てにとんでもない所に立ったウマ娘だ。普通の結婚生活を望んだとしても国際的な立場になるのは目に見えている。

 

「ごめんなさい分かりません」

「別に無理に応えなくてもいいよ、まあこれでもまだまだ大人になりたての身だからな。じっくりやっていくさ、なんだったら二人のどっちかが立候補でもするかい?」

 

ワザとらしく、胸を押し上げるように腕を組んでウィンクをする。上水流は直ぐに顔を赤くしながらも慌て、南坂はいつも通りに余裕の笑みを崩すことはなかった。

 

「ハハハッ純情でからかい甲斐があってお姉さんは嬉しいぞ、さてと気分良くなったしトレーナーとして仕事しますか。南ちゃん、菊花賞に向けての調整の手伝いいるかい?」

「良ければお手伝いしてくださると有り難いですね」

 

全く動じる事もなくトレーナーとしての二人の姿に上水流トレーナーは正気に戻ると慌てたようにその後を追うのであった。




考えるだけ考えたランページの競走馬編の初年度産駒、アマテラスとツクヨミ。ツクヨミの方の鞍上は武さん。


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335話

「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「いい気迫だが、まだまだ負ける程、衰えちゃいねぇんでぇ!!!」

 

ターフを駆ける二つの影、一つはリギルのビワハヤヒデ。その相手を務めているのはメジロランページ、カノープスのチケットの相手もしてる彼女だがリギルの東条トレーナーから頭を下げられてビワハヤヒデの併走相手を引き受ける事になった、だが問題なのはその距離だった。想定しているのは菊花賞、長距離の3000mというランページにとって初体験の距離。と言ってもそこは世界最速最強、まだクラシッククラスのウマ娘には負ける事はないと見事な走りを見せている。

 

「さあお立合いだ、神速の脚を見せてやらぁなぁ!!!」

「負ける、ものかぁぁぁぁ!!!」

 

長距離という舞台では明らかにハヤヒデの方が有利に働くはずだった。適正で言えばランページの長距離適性は大きく見積もってもBが限界、それは本人も納得している。走り切る為には80~90のペースで抑え続けなければ完走出来ないとスタート前に公言していたのを覚えている。それなのに最後の直線でランページはどんどんとペースを上げていった。

 

「オラァァァァァァ!!!!」

「はぁぁぁぁぁ!!!」

 

ランページはそのままハヤヒデを完全に振り切り、5バ身差を維持したままゴールを先に駆け抜けて見せた。リギルのメンバーはその走りを目の当たりにして喉を鳴らしてしまった。あれが世界最速にして最強の走りなのか、しかも本来の戦場ではない長距離でこれだけの走りを見せたのだ。

 

「ハァハァハァ……ったく思った以上に着いてきたな、こちとら大差つけて勝つつもりだったのによ」

「私も、長距離は、得意な部類、ですので……ですがあれほどの距離をよくもあんな速度で……」

「これでも抑えてんだよ……パーマーみたいにうまくは行かねぇな……」

 

ランページは今までにない程に荒い息を吐きながらラチに身をゆだねるようにしながら空を仰いだ。そんな姿を見つつハナは礼を言った。

 

「無理を言ってごめんなさいね、だけどいい経験になったと思うわ」

「力になれたならいいっすけど、もう一本はせめて時間をおいて頼みます……疲れた……」

「流石の貴方でも長距離は門外漢なのね、それでもこのタイムは驚異的だけど」

 

これはあくまで併走、ターフを駆けるのはたった二人でここで測られるタイムは実際のレースではその通りにはならないしただの材料の一つにしかならない。だがランページが叩き出したタイムは3:05:1。昨年の菊花賞でライスシャワーが叩き出したレコードタイムに迫る程のものが出ている。これが本来長距離は不得意とするウマ娘、そして引退した彼女が出したのだから末恐ろしい……現役時代に確りと長距離の適性練習さえ積んでいたのならば彼女は天皇賞(春)だって取っていたに違いない。

 

「姉貴、ドリンクだ」

「ああ済まない……フゥッ……」

「随分と鬼気迫っていたな」

 

ハヤヒデにドリンクを渡すのはブライアン、その姿は久しぶりに見たが随分と凛々しくなったと感じられる。徐々に臆病さは影を潜めて前向きかつ強気になれているのは知っていたが、アプリで見られた姿になっていたのは少しさびしさも感じてしまうのは成長を感じられたせいだろう。

 

「あれで長距離は苦手というのだから参ったものだ」

「伊達に世界最速最強という訳ではない事だろう」

「全くだ。だが掴めた物もある、あのコーナリングは私でも近い事は出来る、というかできた」

「―――やったのか?」

「最高の見本が目の前にあったからな、理論を組むのは容易かったさ」

「やれやれ、姉貴もつくづく化け物だな」

「お前には負けるさ」

 

そんなやり取りをしているのを見ているとドリンクが差し出された。そちらを見るとウィンクをするウマ娘がいた―――が、直ぐにランページは誰が看破して弄る。

 

「随分とカッコよくなったもんだな、こりゃ後輩たちからもキャーキャー言われてんだろフジ」

「ア、アハハハッ……お久しぶりですランページさん。お久しぶりですから分からないと思って思い切ったのに……一瞬でしたね」

「可愛い後輩の顔を忘れる訳ないだろうが」

 

頭をなでてやるとフジは心地よさそうに瞳を細める。なんというかスズカに似ている。

 

「ンでフジ、お前さん来年デビューだったな」

「ええ、このリギルで」

「ウチからもマヤヤが出るからお前さんとかち合うな」

「存じてます、プレアデスに入った時はそりゃもう私に自慢してきましたから」

 

正直な話をすれば羨ましくてしょうがなかった、リギルに入ろうと思っていた時はまだランページがチームを立ち上げるとは思ってもみなかった時期だったからどうしようもないとは思うが、一度入ったチームを容易く抜けるつもりはない。寧ろここで学んだことを活かしてランページに戦いを挑むつもりでいるぐらいの気概でいる。

 

「手加減はしませんからね」

「したらぶっ飛ばすぞ、ウチのマヤだってスゲェから覚悟しとけ」

 

そう言うと貰ったドリンクを一息に飲み干して立ち上がってハヤヒデへと向かっていく。本当にカッコいい人だ、あんな風に自分もなりたいと強く思う。

 

「如何する、もう一本やるかい」

「できればお願いしたいですが、大丈夫なんですか?」

「子供が心配するじゃねえよ。子供っていうのは大人を糧に成長するものだからな、こんな俺を糧にしてもらえるなら安いもんだ」

「随分とぜいたくな糧だ」

「おっ見ない内に生意気になったなブライアン」

「フンッ……」

 

そっぽを向いてしまったブライアン、何処か不機嫌にも思えるがどうかしたのかと思うとハヤヒデがそっと指をさして教えてくれた。その先にはもう一つのドリンクがあった。どうやら姉の分と一緒に自分の分も用意してくれたのにフジのを飲んでしまったのでそれで不機嫌になっているらしい。どうやら見た目は変わったようで全く変わっていないらしい。

 

「んじゃやる前に……もう少しなんか飲みてぇな、貰ってくるか」

「っ!!これを飲めばいい」

「おっ悪いな、何だブライアン気が利くな」

「フン……」

 

そう言いつつも尻尾は嬉しそうな動きを隠しきれていない、ハヤヒデは先輩のご厚意に感謝する。

 

「ハヤヒデ、お前はもう少しコーナリングでは体勢を下げた方がいい。多分ブライアンのを参考にしたんじゃねえかな」

「そこまでわかるのですか?」

「まあな。慣れない内は身体を上げた方がバランスは上がる、菊花賞だとチケットもコーナリングで積極的に攻めるだろうから対策としては良いと思う」

「そうですか、分かりました。少し実践してみても?」

「応」

 

そう言って先にコーナリングのチェックを始めるハヤヒデを見つめながらもブライアンは思わず問いかけてしまった。

 

「何故、姉貴にアドバイスを」

「んっ?」

「そもそも、姉貴と併走している事も疑問だ。アンタは此方の敵と言ってもいい、それなのになんで力を貸してくれるんだ?」

 

ある意味妥当な質問だ。敵チーム、そして最大の敵と言っても過言ではないカノープスはランページを普通に一員としてカウントしているし南坂も平然と協力を仰ぐのでプレアデスとカノープスは実質的に協力関係。ならばここにいる事は裏切りに当たるのではないかと思う。

 

「理由は簡単だ。おハナさんに頭下げられたから、先輩にああも頼まれたら断る訳にもいかないだろ」

「それは分からなくもないが」

「不満か、ならもっと根本的な理由を教えてやる―――ハヤヒデもチケットも、何ならタイシンだって俺の後輩である事に変わりはない」

 

何も特別な事ではない、自分はカノープスだけじゃなくてスピカにも顔を出してタイシンとも併走をやったりもした。それを今回はリギルでやっただけ。

 

「もっと言うとな、俺は面白いレースが見たい。血が熱くなるようなレースを見せてほしい、どうせやるなら強い者同士がぶつかったレースの方が見ごたえもあるからな、それが理由だ」

「その為にチケットが負けたとしても」

「本当に強い奴ならばどんな障害や相手が対策を立てたとしても打ち破る筈だ、少なくとも俺の現役時代はそんな風だったぜ」

「……そりゃ強い筈だ」

 

その言葉を聞いてからランページはハヤヒデとの併走へと再び入るのであった。ブライアンも既にデビューしている身、トゥインクルシリーズに身を置いて改めてシニア勢の強さの格の違いというのは身に染みた。特にランページの世代は頭が飛び出ている。もしかしたらそれらとも戦うしれないと思うと……武者震いがする。

 

「望むところだ、どんな相手とのレースだろうとも勝つだけだ……!!」

 

静かでありながらも貪欲に飢えた肉食獣のような闘争心を剥き出しにするブライアン。ランページがチケットに持つようにと言った気高く飢える、それが既に出来ている。いやむしろそれよりもずっと―――強い場所に既にいる。何れ怪物と言われるウマ娘は既に才能が開花し、それは修練によって高められ続けている。




需要があれば競走馬編の産駒のデータぐらいは出そうかなぁっと思います。まあそこまでないと思うけど……


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336話

需要あるっていうから、一応産駒をあとがきに乗せます。

もしかしたらおまけで産駒データのみの回を上げるかもしれないのであくまで簡単な紹介のみです。わかりやすさ重視でレース名など現代のを採用します


『クラシック戦線最終戦菊花賞、ですがなんという事でしょうか、何なんだこの展開はぁぁぁ!!?』

 

誰もが注目する菊花賞、3000mを駆け抜けるこのレースで注目を集めるのは矢張りBNWの三人。ナリタタイシンとウイニングチケットが二冠を達成するのか、それともビワハヤヒデが意地を見せるのか、そんな期待で行われたこのレースで驚きの展開が行われることとなった。そんなレースは驚きの光景が広がっている。

 

『既に菊花賞は後半戦、中間点を過ぎましたが全員がそのままのポジションで居りますが、だがこれは異様な光景です!!先頭はBNWの一角ビワハヤヒデ!!後続とは10バ身はつけているでしょうか、そのリードをキープし続けています!!これまでここまでの逃げをビワハヤヒデが打った事はありません!!このまま3000mを逃げ切るつもりなのかぁ!!?』

 

先頭はビワハヤヒデ、ペースを一切変える事もなく駆け続けているその姿に誰もが思う。あんなペースで持つわけがない、絶対に垂れる筈だと―――だが全く垂れてこない、淀の坂に入ればペースを上げられなくなってしまう。その為に坂に入る前にどんどんと皆がペースを上げていくが、それをチケットとタイシンは冷静に見つめながらも自分のペースを守り続ける。

 

「此処でペースを崩しちゃだめだ、余計な体力を使っちゃう!!今は我慢するんだ、今は―――飢える時!!」

「だけど、ハヤヒデのあのペース……!!」

 

「―――っ!!」

 

ハヤヒデは慌てる事も息を荒げる事もなかった。ペースを一定に保ち続けながら差を維持し続けるが、流石に後方からも迫ってくる。そうだろう、淀の下り坂ではペースを上げる事は出来ない。だからこの辺りで自分の息切れを狙いながらも上がるのが正解……普通の方程式ならばね。と思わず口角を持ち上げながらもハヤヒデは先頭で坂を駆けあがるとそのまま勢いを維持したままで一気に坂を下っていく。

 

『さあ淀の下り坂に入るが先頭はビワハヤヒデのまま、そして下り坂でこのスピード!!そして内ラチをレールに見立てて沿うかのような見事な走りをしていきます。おっとだが此処で後方から一気に追い上げてきたウマ娘がいるぞ、そうだ下り坂のスペシャリストと言ってもいいウマ娘の後輩がいた!!ウイニングチケットが一気に上がってくる、淀の坂で一気に加速していく、いやナリタタイシンも来たぁぁぁ!!!BNWが一気に来る、一気にごぼう抜きでウイニングチケットとナリタタイシンがビワハヤヒデに迫る!!さあ直線コースに入った、BNWの鍔迫り合いが―――っ!?』

 

「そうだ、此処だ。此処での仕掛けこそが肝心!!」

 

その時だ、ストレートに走る瞬間にハヤヒデはぐっと足に力を溜めた、同時に僅かに姿勢を下げる。ランページとの併走で見出した前傾姿勢での走法、妹のそれを参考にしたがあいにくそれは自分には合わない。だが加速の一瞬という意味ではこれほどない程にマッチしていた。込められた力故か、踏みしめた脚が芝を抉り地面を捉えた。

 

「ブライアン、これが私の―――勝利の方程式だ!!」

 

『ビワハヤヒデが一気に加速、あのペースでありながらこれほどの末脚を残したなんて信じられません!!一瞬の減速したように見えましたが、爆発的な加速で迫ってきたナリタタイシンとウイニングチケットを突き放していく!!7バ身から8バ身!!これはもう圧倒的な強さだビワハヤヒデ!!ウイニングチケットも懸命に伸びる、いやナリタタイシンが並ぶ!!2着争いはこの二人で決まりか、そしてそのままビワハヤヒデがゴールイン!!菊花賞を制したのはBNWのビワハヤヒデ!!ライバルたちに譲ってきたクラシックの栄冠、念願の戴冠となりました!!2着にナリタタイシン、3着にウイニングチケット!!クラシック三冠、1着から3着全てはBNWで総取りという凄まじい結果となりましたぁ!!!』

 

「フゥッ……」

 

ゴール板を駆け抜けたハヤヒデはゆっくりとペースを落としながら息を吐いた。その表情に疲れは見えるが息は際立って乱れていない、それを見たチケットとタイシンは思わず目を丸くした。

 

「ハ、ハヤヒデ凄すぎ~!!?な、なんでそんなに平気そうなの!?」

「マジで意味わかんないよ、何であんなペースで持つわけ?」

「何、ランページさんから教わった事を存分に生かしたまでさ。ペース変化、その逆の事をね」

 

ハヤヒデのやったことは極めて単純な事、ペースを維持する事。70~80のペースを常に維持し続けていた。ランページが長距離では80~90でないと完走出来ないと言っていたことからヒントを得た、本来長距離を走れないランページがなぜあそこまでスタミナが持つのかを考えた。それは疲れない走り方を心得ているから。だから自分もそれを実践した。

 

「加えて言うならば3000という距離であんなペースで持つわけがない、という精神的な隙を突かせて貰った」

「流石ハヤヒデ~っていうか、アタシランページさんと一番走ってたのにハヤヒデの戦法理解出来なかったのか……それはそれでなんかショック」

「まあ今回はハヤヒデが上手かったって事で良いんじゃない?」

 

何にせよこれで自分たちはクラシック三冠の栄誉を一つずつ分け合ったことになる。最も早いウマ娘(ナリタタイシン)最も幸運なウマ娘(ウイニングチケット)最も強いウマ娘(ビワハヤヒデ)。この栄誉を得た自分たちが別の舞台で全力でぶつかり合う……それが今から楽しみになっていた、まるで示し合わせていたかのように全く同じ、勝利に飢えた笑いを浮かべているお互いを見て。

 

激動の菊花賞が終わった。秋華賞はホクトベガが制する事になった事でクラシッククラス最大のG1が終わりを告げた。そして次に訪れるのは―――

 

「代理、というつもりなどはありませんが―――彼女のライバルという看板を下ろすつもりはありません。故に全力で迎え撃ちます」

「ターボもだよ。これでも弟子だからね」

「望むところだよ二人とも」

 

秋のG1戦線、エリザベス女王杯―――シルバーストーンがその姿を見せる。




メジロアマテラス。

メジロランページ初の初仔―――双子の姉弟の姉に当たる。父はメジロライアン。
名前の由来は母であるランページのニックネームが暴君、つまり女王に当たるのでそれを越える名前にしようという事になり、母譲りの煌びやかな尾花栗毛にピッタリの名前にしようという事で日本の最高神である天照大御神に肖った物となった。

新馬戦から順調に勝ち進み、阪神ジュベナイルフィリーズをも制覇し無敗での三冠を期待されるが、チューリップ賞で初の2着となる、がこの敗北で完全に火が付いたのかそれ以降のレースでは暴君譲りの圧倒的な強さで三冠を達成し親子での牝馬三冠を達成。太陽神の異名を取る。

ヤンチャで甘えん坊な性格で鞍上を務めた上水流騎手からヤンチャで可愛いお転婆娘と評された。

ランページの血統は際立った名前は母父のシンザンのみでそれ以外は滅多に聞くような事もないような名前が並ぶ血統表をしている。故に、オーナーは一番仲がいい子を最初の相手にしようと決めていたらしい。


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337話

秋のG1はある意味で特別な意味を持ち始めてきている。それはメジロランページがそれらにほぼ全てに出走して勝利を飾ったからと言ってもいい。そんなG1レースの一つ、エリザベス女王杯の開催が迫ってきた。だが今年のエリザベス女王杯は一味違う、参戦を表明した海外ウマ娘がいたからだ。

 

しかもそれはシルバーストーン。ジャパンカップではテイオーとターボと伝説となった約2センチを激戦を繰り広げ、アイリッシュチャンピオンステークスではランページと競い合い続けた世界の強豪の一人である。そんな彼女が殴り込みを掛けて来た、まさかのジャパンカップではなくエリザベス女王杯を選んだことにURAも驚きを隠せなかった。何故ならばもはやジャパンカップ以外の国際競争というお題目は最早有名無実化していた。

 

「そんな国際競争が漸く意味を成すな、他で言ったらチャンピオンズカップ位でしか使われてなかったもんな」

 

思わずそんな言葉を口にすると隣にいた南坂が同意の意を込めて頷いた。久しぶりに二人でパソコンでデータを纏めている、シルバーストーンに関するデータを一応目に通しておきたいと言われたので自分がそれを纏めている所である―――が彼女の場合は特段特別な戦法などは用意したとしても機能するとは思えない。

 

「走り、フィジカル、戦術、様々な物が似通ってて言っちまえば俺と同じタイプ。だから対策を立てると言っても基本的に俺対策がそのまま最善手になる」

「やはりそうですか……となるとターボさんもイクノさんもそのまま下手な戦術を与えるよりもそのままの方がいいという事ですね」

 

自分自身で自分の対策を語るのもあれだが、ランページの正攻法は真っ向からの実力勝負が最も勝率が高い。下手にペースを崩させようと近くに付こうとしてもそもそもが大逃げなのでそれによって体力が大幅に削られる、下手に重圧(デバフ)を掛けようとしてもそれを逆に利用される。最後の直線までは可能な限り体力を残しつつ好位置を狙い、ラストで全力を出し切る。BCクラシックでレディとダイナが取った作戦こそが最適解。

 

「それに倣うとするならば―――」

「「いつもどおりが一番」」

 

思わず口から出た言葉は全く同じ。ターボはターボで自慢のドッカンターボで競り合える、イクノは自分と戦い続けた経験と実績、そしてそれらに裏付けされた実力を発揮すればいい勝負が出来る事は確実なのだから。

 

「シルバーはシルバーで結局のところ自分の全力を出すだけだろうが……こっちもそれをやればいいだけの事さ。ターボも、イクノもな」

「ええそうですね、となるとやはり一番なのは―――」

「ジャパンカップだな。誰が出るんだ?」

「ライスさんにタンホイザさん、ネイチャさん、そしてチケットさんですね」

「なんというか、中週3ってキツい部類って聞いたんですけどそのローテで出るウマ娘増えてね?」

「はい。大体貴方の影響ですね」

 

それを言われたら何も言えなくなる、それどころか自分の場合は中週1だった訳だし……。

 

「まあエルの方はまあまだ何とかなるんじゃねえの、まだやりやすいし」

「ですね。彼女の方が御し易くはあります」

 

そのような話を話し合いをしているとランページのスマホにニュースが入ってきた、ちょうど出していたそれに浮かんでそれに目をやると思わず、ランページは微笑みを隠しきれなくなって立ち上がってしまった。

 

「フフフッそうか、そうか!!」

 

そのままパソコンでの作業をいったん中止しながら改めて通知されたニュースを大きくしてみた。それを南坂も見るのだが……思わず一緒に笑ってしまったのだ。確かにこれは大きな喜びのニュース、嬉しさが込み上げて致し方ない。そこにあったのは―――

 

「そうか、やったなっ……お前は立派なウマ娘だよ!!」

「本当にご立派です」

 

 

 

『さあ最終コーナーを回った、先頭はメジロパーマー!!だが後方からも迫ってくるぞ、ブロカントクロックが差し返した!!ブロカントクロック先頭、メジロパーマー厳しいか、先頭が今完全にブロカントクロックに入れ替わったいや、此処で伸びて来たぞメジロパーマー!!メジロパーマーがまた伸びて来た、ブロカントクロックとの争いは終わらない!!さあ何方が先頭に立つのか、ブロカントクロックかメジロパーマーか、メジロパーマーだ!!メジロパーマーが差し返した!!身体半分前に出た!!このまま行けるか行けるのか!!?ブロカントクロックも最後の一伸びに掛けて来た!!メジロパーマー、メジロパーマーがそのままゴールイン!!!メルボルンカップを制したのはメジロパーマー!!メジロの大逃げウマ娘がまたやりました、これで海外G1を2連勝!!なんと強いレースをしたのか、メジロパーマーその名を世界に轟かせました!!!』

 

『メルボルンカップを制したのは日本の大逃げウマ娘、メジロパーマー!!!』

 

パーマーが決意した海外第二戦、オーストラリアの国をも認める国民的な一大レースたるメルボルンカップ。世界最高峰の長距離レースの一角、このレースを制する事はステイヤーとしてはこの上ない栄誉となりえる。いやパーマーにとってはそんな栄誉なんてどうでもいいかもしれない……彼女にとってこのレースは、自分のトレーナーと決めた最高のゴールになった事だろう。

 

「これでもう、グッドウッドカップ制覇はフロックなんて言われる心配はねぇな」

「相手は紛れもなく強豪ぞろい、これでフロックなんて言ったら言った側の方が叩かれますからね」

 

メジロ四天王に相応しくない、なんて言われていたパーマーはライアンやマックイーンですら成し得なかったことを実現した。海外G1二連勝、寧ろパーマーこそメジロ四天王の筆頭という者も出てくるかもしれない。

 

「南ちゃん」

「はい」

「なんか、ターボの海外挑戦も期待したくなってきたわ俺」

「奇遇ですね。私もです、ではランページさんに帯同をお願いしましょうかね」

「南ちゃんが上ちゃんの手伝いしてくれるならな」

 

笑いながらもニュースで一面を飾っているパーマーへと目を向ける。山田トレーナーにお姫様抱っこされながらも大粒の涙を流しながらも心から笑っている写真。この上なく、幸せそうで此方も嬉しくなってきた。




メジロツクヨミ。

メジロランページ初の初仔―――双子の姉弟の弟に当たる。父はメジロライアン。
名前の由来は馬体が艶のある黒鹿毛だったので、アマテラスに合わせてツクヨミにした。

アマテラスと同じく新馬戦から順調に勝ち上がるが、朝日杯フューチュリティステークスにて7着となる。この敗北が相当にショックだったのか食欲不振に陥り体重が15キロ以上も落ちてしまう。そこで放牧に出し母であるランページと共に過ごさせ心機一転を図る。そして休養明けの弥生賞ではプラス27キロで出走。4番人気となるが、此処で怒涛の走りを見せ初重賞を獲得し、そのままの勢いで三冠を達成してしまう。名前に合わせて月光天の異名をとった。

鞍上の猛 裕加(たけ ゆたか)騎手は、プライドが高く負けたら今度こそが勝とうと躍起になり、負かした相手を睨み付ける負けず嫌いと評した。出遅れ癖があるが、それは当人が周りの馬を観察してどんな相手が見ているからとの事。


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338話

「おめっとさんパーマー。海外G1二連勝とはなぁ……俺以外だとレディ位だな肩を並べられるのは」

『い、いやぁなんというか、逃げ切っちゃった』

 

繋がったパーマーとの通話、まだオーストラリアにいるパーマーは言葉にも嬉しさが乗っており喜びを抑えきれないのが半分、そして恥ずかしさが半分と言わんばかりだった。

 

「これである意味メジロ四天王中だとお前が飛び抜けた事になったな、名だたる長距離レースを制するなんてメジロ家の誉れだな。お婆様も喜んでたぜ」

『ア、アハハハッ……うん、凄い喜んでくれてた』

 

 

『パーマー……貴方は本当に本当に……自慢の孫です……漸く貴方も胸を張れますね』

『お婆様……はいアタシ……アタシ、メジロパーマーです……!!』

 

メルボルンカップ制覇後に飛んできたアサマからの連絡で漸くパーマーはメジロのウマ娘として確りと胸を張ることが出来た事を報告した。名実ともに、だ。そんなパーマーは早く帰国したいらしいのだが、休養と取材が殺到してしまってそれどころではないとの事。それもそのはずだ、オーストラリア最大のレースと言っても過言ではないメルボルンカップを制したのだから。オーストラリア国内から取材のアポでパンクしそうになるほど。

 

『だけど不思議なのが全部アタシを褒めてくれてるんだよ、なんていうかこういう言い方悪いけどBCクラシックで勝ったランページさんみたいに我が国のウマ娘を破った!!みたいな言われ方全然しないの』

「あ~成程な」

 

思い浮かぶのは大統領に対してどうして笑ってられるのかと叫んだ一人のファン、正しい反応だとも思うがオーストラリアではそんな気運は一切ない。寧ろ我が国の精鋭を破った勇敢なチャレンジャーにしてチャンピオン!!としてパーマーを称える雰囲気が凄まじく強いのである。

 

「そりゃ良かったじゃねぇか、俺の時なんてやばかったんだぜ?取材に一切応じなかったのもあるだろうけどな」

 

ランページとしては何故そうなっているのかに心当たりがあった、自分である。メジロランページと同じメジロ家の一人であるパーマー、此処で妙な事をすれば一瞬でランページの耳に入る事に繋がりかねない。そうなるとあの絶大な影響力を誇るウマ娘からオーストラリアという国に大きく関わる一大事に発展するかもしれない、それならば下手に貶めるような印象を与えるようにもスポーツマンシップに則って彼女の勝利を称える方向性に舵を切ったのだろう。

 

「まあお前はある程度はサービスしてやった方がいいだろうな」

『そのつもりだよ。トレーナーが何処何処の取材を何時受けますっていうのを選定してくれてる』

「そうか、んじゃ世界最強のウマ娘からの取材のアドバイスだ」

 

これは真剣に聞かなければ!!とパーマーはメモするから少し待ってと断ってからメモとペンを構えた。

 

「下手に慌てたりはすんなよ、記者連中の良いエサだ。知り合いの記者連中ならいいんだけどオーストラリアじゃそれは難しいだろうからな……ああそれと一番気を付けるのがある」

『な、何!?』

「お姫様抱っこは絶対突っ込まれるからバカみたいに取り乱すなよ」

『……や、やっぱり?』

「たりめぇだろ」

 

嬉しさと感激の余りトレーナーに抱き着いてしまったパーマー、それを受けて山田トレーナーも色々といっぱいいっぱいになってしまってパーマーを抱き上げるとそのままコースを軽く走るというウイニングランをやってしまった。担当ウマ娘の勝利を全身で表現するその姿に山田トレーナーのその行動は担当に対して最高の表現だと言われる一方でこの二人ってやっぱり……という邪推をする者も多い。

 

「感極まりました、というのは分かるが抱っこされてそれを受け入れてお前からも抱き着いてたからなぁ……絶対に追及は来ると思っていいと思うぞ」

『ちゃ、ちゃんとコメント出来るかなぁ……』

「いっそのこと開き直って付き合ってますって言うとか」

『出来る訳ないでしょランさんじゃあるまいし!?』

「俺の事なんだと思ってやがんだテメェ!!」

 

そんな言い合いを軽く挟みつつも、パーマーは必死に取材の対策を考えるのだが……まあこればっかりはトレーナーとも協議が必要なのでその辺りは努力して貰う事にする。

 

「まあ兎に角ちゃんと取材とかやる気あるなら気を付けるこった」

『う、うん何とか頑張る……』

「それと最後に」

『えっ何?』

「トレーナー逃がすなよ」

『えっ!!?ちょっとランページさんそれってまさか』

 

とだけ言い残しておいて通話をブチ切っておく。まあパーマーがトレーナーを手放すとは思えないしトレーナーも彼女の下を離れるとは思えないのだが……まさかあれだけネタにされていたメジロ家にされるを推奨する側に回る事になるとは思いもしなかった。まあベストパートナーだろうし問題は無いだろう。

 

「あっいた~!!」

 

大きく扉開けられた、そこにはターボがイクノを連れていた。二人は勝負服を着ていたので一体何事かと思ったが、その理由は直ぐに分かった。

 

「エリザベス女王杯の対策の為に協力をお願いできませんでしょうか」

「勝負服着用って事はより実践に近づけるって認識でいいのか?」

「うん!トレーナーがね、他にもいろいろ声をかけてメンバーを集めたの!!模擬レースだけどホントのレースみたい!!」

 

興奮気味のターボの代わりにイクノが説明を代行する。もちろんランページが務めるのはシルバーストーン役ではあるが、下手に徹する事はなくいつも通りに逃げてほしいとの事。そして他のメンバーは豪華だった。ネイチャにヘリオスにアイネス、他にもタマやオグリ、クリークとイナリにも声をかけたらしい。

 

「よくもまあンな面子集められたな……」

「ランページが参加するならぜひ参加させて貰うと乗り気だったそうですよ」

「おい待て初耳って南ちゃんあの野郎俺が断らないって分かって上で事後承諾にしやがったなぁ……?」

「あ~でもランは大丈夫だろうなぁってターボも思ってたよ」

「私も」

 

カノープスの皆にはどうやら自分が断る訳がないという事が分かっていたらしい、この辺りは流石と言わざるを得ない……だがまあ世話になった先輩方も走るのならば自分も走らない訳にはいかないのだ。早速勝負服を引っ張り出して着替えて二人と共に南坂が待つコースへと乗り込んだ。

 

「よぉっ南ちゃん、事後承諾たぁやってくれるねぇ」

「貴方なら喜んで参加してくれると思いまして」

「やれやれ……」

「おや、負けるのが怖いですか」

「やってやろうじゃねえか、南ちゃんこの野郎」




メジロタイクーン 牡馬

メジロランページの2年目の産駒。父は七冠馬シンボリルドルフ。
名前の由来は暴君と皇帝の子なので大物になって欲しいという願いから。

新馬戦は芝で勝てず、3戦目でダートに切り替えた事で勝利。三歳はクラシック三冠は三冠でもアメリカのクラシック三冠に挑戦。ケンタッキーダービーでは二着だが、プリークネスステークス、ベルモントステークスを制しアメリカクラシック二冠を達成。帰国後はチャンピオンズカップに出走し優勝するなどランページのダートの適性を色濃く受け継いだと言わんばかりにダートでは正しく敵なしの強さを誇る。が、その一方で母に倣ったのか芝のG2に挑戦し勝利、芝でも走れたのでは?という疑惑を持たれた。その強さとは裏腹に愛嬌のある表情と仕草から砂の大君として愛された。

主戦を務めた園部 裕雄(おかべ ゆきお)騎手は普段はのんびり屋で何を考えているのか分からないけど、レースになると人が変わる仕事人と評していた。


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339話

エリザベス女王杯に向けての模擬レースと称してドリームトロフィーリーグ並の出走ウマ娘が集合したり、それを聞いたルドルフが

 

「どうして呼んでくれなかったんだ」

 

と若干圧を掛けながら迫ってきたり、ラモーヌから

 

「へぇっそう、呼んでくれなかったのね……そうなの……」

 

と憂いを帯びた何処か興味なさげだが寂しげな顔をされたりとランページは別の意味で苦労を重ねていた。これに関しては事後承諾だったので自分は本当に無関係だったのだが……なお、シービーは面白そうな気配を感じたと勝手に来た。結果としてURAが卒倒しそうな模擬レースが組まれ、それがランページのチャンネルで生配信されるという一大暴挙がなされてURAが泡を吹きそうになったりしつつ時間は過ぎて遂にエリザベス女王杯当日を迎える事となった。

 

『本日のメインレース、G1、エリザベス女王杯!!そのレースを見る為に此処京都レースには13万人を超える大観衆が集まっております!!それもそのはず、今年のエリザベス女王杯は一味違うのです!!そう、今年のエリザベス女王杯には海外からのチャレンジャーがやってきております!!しかもそのウマ娘はあのメジロランページと真正面から競い合った優駿!!その優駿を迎え撃つは日本のトリプルティアラと鉄の貴婦人!!!一体どんなレースになるのでしょうか!!』

 

これまで名を連ねた事がない海外のウマ娘の出走、それだけでも世間を騒がすニュースだというのにそのウマ娘はアイリッシュチャンピオンステークスにてランページと競い合った。ランページ以外で勝てるのかという疑問が浮かぶがそれよりも早く浮かぶものがある、いったいどんなレースが見れるのかと。どんな戦いをしてくれるのかとを楽しみにしていた。

 

「ねぇねぇ~肩車して~?」

「フフフッそうね、そうしないと見ないわね。ほらっこれでどうかしら?」

 

それは誰もが同じだ、此処に居る全てが。観客の中には子連れもいる、手を繋いでいた子供が周りの大人で見えないからと肩車をしてあげた。一気に高くなり開ける視界に喜びの声が聞こえてくる。それを周囲の大人たちは微笑ましいなぁと思いながらも出走を待つ―――

 

「ねえねえ、誰が勝つと思う?」

「さあ、あなたはどう思う?」

「ん~っとね……マヤはまだ分かんないかな」

 

肩車をされたのはマヤノトップガン、そして肩車をしているのはメジロランページ。勿論変装はしている、故か二人は完全に親子と見られている。少し前に売店でニンジンジュースを買った時も売店のおばちゃんにお母さんと一緒でいいねと言われてしまった。ランページ的には本当のご両親に申し訳ない気がしなくもない。

 

「むっ~マヤは子供じゃないのに」

「そんな風に可愛くむくれているうちには子供よ」

「じゃあどうすれば大人なの?」

「さあね、でも大人になると子供に戻りたいって思うものよ。大人になりたいのと同じ感じね、だから今は子供を楽しみなさい」

「う~ん分かったような分からないような……あっターボさんたち出てきた!!」

 

そんな話をしていると出走ウマ娘が地下バ道から次々と姿を現し始めて来た。先程の話なんて頭から抜けてしまったのかマヤは応援を始めてしまった。何故マヤと一緒なのかと言われれば、プレアデスはカノープスと一緒に応援に来たのだがランページは変装して遠巻きに見なければいけない。そこで変装の一環としてチームの誰かと一緒に行動するという事になった。じゃんけんでその相手を決めた結果、マヤとなった訳である。

 

実際、小柄なマヤと大柄なランページの組み合わせは親子にしか見えないの偽装としてはかなり優れていた。マヤは子ども扱いな事は不服だがランの為になっているならばと渋々受け入れている。

 

『8枠18番、トリプルティアラのツインターボが堂々と入場です!!本日は3番人気、何時もの大逃げで真っ向勝負を挑むのか期待が膨らみます!!おっと続くのは2番人気、5枠10番の鉄の貴婦人ことイクノディクタスです!!チームカノープスの重鎮と言ってもいいウマ娘の登場です、安田記念3連覇偉業は伊達ではない事を海外ウマ娘に示せるのか!!?』

 

続くように登場するイクノ、それだけにあらず。今年のティアラ路線を盛り上げたベガとホクトベガも出走する。ティアラ路線の最終戦と言っても過言ではないエリザベス女王杯、それに名乗りを上げるのは全員精鋭だ。そしてそんなところに殴り込みを掛けた銀色の彗星がその姿を現した。

 

『さあ遂に来たぞ!!その圧倒的な走りは最早ウマ娘の息を越えてモータースポーツを連想させる程の速度と力強さ、かの暴君と競り合った事もある海外の強豪、G1ウマ娘!!銀色の彗星、シルバーストーンの入場です!!本日はツインターボ、イクノディクタスを抑えての一番人気となっております!!』

 

『SILVER!!SILVER!!SILVER!!SILVER!!』

 

『此処で観客席の一角からのシルバーコールが響いております!!どうやら彼女のご両親が所属しているF1チームの皆さんが応援のために駆けつけているとの事です、これは強敵だ。心強い応援を受けてアウェーと感じる事は一切ないでしょう。最高の走りをしてくれることでしょう!!』

 

シルバーのご両親とその仲間たちも応援のために駆けつけている、シルバーに聞いた限りでは日本で行われるF1レースに出るために来日したから応援にも来れたと言っていたが……凄い熱量だ、これがモータースポーツの応援なのか。

 

「シルバーさんの応援凄~い!!マヤもあんな応援された~い!!」

「それなら頑張って練習して、貴方の魅力を高めて皆をメロメロにしないとね。強い走りはそれだけ惹かれるのよ」

「うんマヤ頑張っちゃう!!」

 

シルバーには感謝しなければ、マヤのモチベーション管理には気を配っているつもりだがこれで普段の練習にも更に身が入る事だろう。そんな事を知らぬと言わんばかりにゲートインしていく彼女を見送る。

 

『さあ間もなくゲートイン、日の丸とユニオンジャックに見守られ、淀のターフでエリザベス女王杯を掲げるのは誰だ!!安田記念三連覇の鉄の貴婦人イクノディクタスか!!それとも爆速ターボのトリプルティアラツインターボか!!それとも銀色の彗星、シルバーストーンか!!今―――スタートしました!!』

 

国際競争が、今始まる。




メジロフォード 牡馬

メジロランページの3年目の産駒。父は名優メジロマックイーン。
名前の由来はハリソン・フォードから。

俳優の名前とは裏腹に、酷く臆病で寂しがりな性格で兎に角馬群を嫌う。そこで母と同じく大逃げ策を採用した結果、見事に勝利を挙げる。菊花賞ではハナで敗れるか、当時のコースレコード更新間近のタイムであった。そしてメジロの悲願とも言うべき天皇賞(春)、此処でも大逃げを打ち、遂に念願の初G1を達成する。大逃げは大博打のイメージが強いが、大逃げをしてからは必ず掲示板に入る為、馬券的な意味でも安定の大逃げ屋とファンからは親しまれていた。

騎手は逃げの仲楯こと、仲楯 映司(なかだて えいじ)騎手。曰く、ターボによく似ているが、とても賢くて優しい自分を気遣ってくれる優しい子だったと述べている。


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340話

『今―――スタートしました!!おっとツインターボだけではないシルバーストーンとイクノディクタスが一気に飛びだしていくぅ!!素晴らしいスタートを切ったのはツインターボシルバーストーンイクノディクタス!!一気に4バ身は付けたでしょうか、先頭はご存じ大逃げツインターボ、銀色の彗星シルバーストーン!イクノディクタスは少し抑えて二人の後ろに控えました!!』

 

矢張りというべきかターボとシルバーが一気に先頭に出たが、イクノもそれに合わせたかのようなペースで駆けだしていく。普通に考えれば逃げのペース、だがこの程度ではイクノは崩れたりはしない。何せ自分の大逃げと競い続けた怪物だ、そういう意味ではフローラもそれと同じなのだが……何故か彼女の事は考えたくはない。なんか寒気もするので。

 

『第一コーナーから二コーナーへと向かいます、先頭はツインターボとほぼ真横にシルバーストーン!!早くも一騎討ちの様相を呈してまいりましたが後方には怖い怖い貴婦人も控えている、そしてその後ろにはケイソウマン、彼女のペースも速いですが前の三人が如何せん早すぎるせいか彼女の逃げも遅く感じられます!!そして後方には今年のティアラを盛り上げたベガとホクトベガが並んでおります。火花を散らしているかのようにも見えますが、トップ三人は4番手とは8バ身は離れているでしょうか!?これがあの暴君と競り合った者たちのペースか、普通の逃げとは数歩先を行くペースです!!』

 

普通に考えれば破滅的な逃げだ、破滅する筈のペースと走りをしているのに全く破滅しないという一見矛盾した光景。新規ファンは驚き、往年のファンは見慣れた光景に興奮を禁じ得ない。

 

「う~ん、凄い全然分からないや。誰が勝っても可笑しくない」

 

肩の上のマヤがそんなことを呟いた。ターボが勝っても可笑しくないしシルバー、イクノ、いや他の誰かが勝っても可笑しくない。大逃げのレースというのはそれだけ荒れる―――筈なのだが自分辺りの大逃げからその定説も崩れ始めているしランページはどうなるか楽しみな視線を送り続ける。

 

「……気負ってるわね」

「?」

「他の子達、特にベガとホクトベガはね。シニア初挑戦ていうのもあるだろうけど色んな初めてが重なってハイになってる」

「あっ本当だ、ペースが速くなってきてる」

 

今年のティアラ路線の盛り上げた二人のライバル、ベガとホクトベガ。揚々とエリザベス女王杯に乗り込んできた二人な訳だが……そこには参戦したシルバーストーンの影響もあって今年は更に盛り上がった雰囲気があった。それに飲まれている節があるのかペースが不安定気味だ、まあ初めてのシニア級レースが大逃げ展開で焦るのは分かるしこれは同情する。

 

「いい脚してるけど、中盤でちょっと使い過ぎね……だけどこれは来年あたりから化けるわね」

「マヤも分かっちゃった♪」

「フフッいい子ね」

 

『さあ先頭はいまだにツインターボとシルバーストーンが争っております、そしてその後ろにピッタリとイクノディクタスがおりますがそこから後方等は10バ身近くの差がついております!!これがランページと戦った世代の強さと申すべくでしょうか!!先頭集団は既に坂の頂上を越えて下りに走り始めましたが、此処でイクノディクタスが最ウチを付きながら加速していく!!』

 

唯一ランページと同じく10倍を扱えるが故のパワーを以て下り坂で加速するイクノ、大逃げの二人に比べて彼女の脚にはまだまだ余力がある。言い方は悪いがランページと比べたら二人の走りはまだまだマージンを残せる、そういった意味では有り難いのだが……イクノは一切油断していない。ターボの強さは知っているしシルバーがランページと争ったウマ娘だから。

 

「やるなぁッ!!」

「そっちこそ!!」

 

最前線の最前線、先頭で真っ向からの殴り合いに等しい勝負をし続ける二人。だがその表情には苦しさというものは清々しさすら感じさせる笑みを浮かべながら二人はコーナリングを行う。イクノのそれには及ばないが二人もウチを付いている。間もなく最後の直線、イクノもそこで仕掛けるであろうポイントが迫る中でターボは高揚感に満ち溢れている自分の身体に目を向けた。

 

「(溜まってる、溜められてる!!うん、これなら大丈夫、やっと上手く出来るようになってきてる!!)」

 

既にシニアのベテランとも言える立場にもなってきたターボ、そんな彼女は漸くこの領域に立つことが出来たという自覚があった。やっとわかったのだ、自分のドッカンターボの溜め方が、最高のタイミング直前の保持と解放の感覚が。ターボはランページにも言われた事だが技術を感覚として捉えて行使する、そして漸くここまでの経験を積んで最大の武器であるドッカンターボの扱い方をマスターできた。

 

「(この風、このG、この身体の内が冷えていく感じなのにメラメラと闘志が滾る感じ、これこそがレースよ、アドレナリンが沸騰してきた!!)」

 

シルバーは日本に来て良かったと感謝の念を欠かさなかった。自分の完成には長い日本滞在は欠かせなかったと言ってもいいだろう、そしてこのレースで自分はある種の覚悟のようなものが固まったと言ってもいい。その為にももう直ぐ、全力で行くだけ。

 

「(ターボの脚捌きが鋭い、やっぱりドッカンターボを完全にマスターしている……ですが此方の脚は十分に溜まっているんですよ、さあ行きますよターボ!!)」

 

焦りなど微塵もない、これも自分の予定通りスケジュール管理は完璧だと言わんばかりに落ち着き払う。ランページとの大逃げで鍛えられたと言ってもいい状況処理能力、それが判断する絶好の勝負所―――後方からも坂を使って迫る音が聞こえてくる。それらもターボもシルバーを振り切る為にそれを今、解放する。

 

「「「勝負だぁ!!!」」」

 

『さあ三強が直線に入った、全員が今横並びになったとここで全員が最後の力の猛スパートだ!!ツインターボのドッカンターボが火を噴くぞ、鉄の貴婦人の怒涛の追い上げが始まった。銀色の彗星がその名のように駆け抜けていく!!!ベガも上がってくるがホクトベガも競り合う!だがこれは間に合うのか!!?ツインターボが急加速だ、完全にアクセルベタ踏み状態だがそれは自分も同じだと言わんばかりとシルバーストーンも上がっていく!!しかし末脚勝負ならば負けないとイクノディクタスも行く!!エリザベス女王杯凄い勝負になったぞっ大逃げをし続けた三強が、一切譲らない譲らない!!!我の前を走れらせぬと全員が行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ!!!ホクトベガ、ベガも猛然と追い上げて来る、ノースフライトも迫ってくる、後5バ身を詰められるか!!?だが三強は譲らない、これは如何だどうなんだ!!?いやここで僅かに前に出たのは―――

 

 

ツインターボだ!!ツインターボが前に出た!!先頭に出たのはツインターボ!!そのまま、そのままそのままゴールイン!!!!やったぞ韋駄天ツインターボ!!エリザベス女王杯を制したのはトリプルティアラのツインターボ!!2着にはハナ差で、ハナ差でイクノディクタス!!!3着にシルバーストーン!!海外のウマ娘に日本勢が大健闘です!!!』

 

 

「いっいやったぁぁぁぁぁぁぃ……げほげっほ……」

「認めざるを得ませんね……流石ターボ」

「ク、クッソぉぉぉぉっ……あと少しだったのにぃぃっっ……」

 

日本の意地を見せてくれたのはトリプルティアラのツインターボ、イクノも食らいつき続けたが僅かに及ばなかった。今回ばかりはターボが完全にドッカンターボをマスターした強さが出た結果となった。だが銀色の彗星の輝きが曇る訳でもない。海外のウマ娘の強さが日本に刻まれた瞬間でもあった。




メジロキャップ 牡馬

メジロランページの4年目の産駒。父は葦毛の怪物オグリキャップ。
名前の由来は父オグリキャップのような葦毛であったから。

母とは正反対に後方からのロングスパートで一気に抜き去る競馬で新馬戦から順調に勝ち上がりが、マイルでは絶対に勝てないと言われる程瞬発力がない。その反面中長距離では無類の強さを発揮するというある意味でメジロらしい資質を持っている。加えて母と父の遺伝故か芝ダートも関係なく走れる事が出来るが、初G1がフェブラリーステークスだった事を踏まえると本質的にはダート馬だと思われる。グレイステイヤーの愛称で親しまれた。

鞍上は横谷 則博(よこや のりひろ)騎手。兎に角ズブく、疲れている事にも気づいていないんじゃないか?という位にはスタミナお化けだったとの事。


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341話

エリザベス女王杯が終わっても日本の熱狂は収まらない、秋から続くG1レースの波は恐らくだが冬が終わらない限りは収拾がつかない事だろう。ターボは秋華賞以来となるG1制覇、それに喜びながらも次はジャパンカップだと意気込んでいたが南坂に窘められて有記念へと方向を修正するのであった。これによってまた年末は白熱したレースが見られると皆が興奮する中でその一役買おうとランページは行動を起こしていた。

 

「URAファイナルズ最終予選、間もなくスタートです!!」

 

そう、ランページが企画し、主催しているURAファイナルズに関する事であった。日本全国で行われているURAファイナルズとレジェンドレースの予選、それぞれのトレセンが中心になって行われているがそれでも数は酷く多く時間がかかる。今年の開催だって危うく来年が狙い目立ったのにも拘らず、地方トレセンの皆様方の努力の賜物というべきか、今年の開催が間に合う事になった。中央に一泡吹かせてやろうという意識が此処まで強いとは自分も思わなかった。

 

「この大井地区から中央に殴り込み、そしてファイナルズに名を連ねる猛者が間もなく決まります!!この大井から中央、そしてドリームトロフィーリーグにまで進んだイナリワンに続く者よいざ集えぇぇえ!!!」

 

実況の熱も乗っている、そしてイナリの名を出したせいか熱狂が更に加速していった。因みにイナリはドリームトロフィーリーグではなくレジェンドレースへの出走を決めており、確りと大井地区からエントリーして出走を勝ち取った。その時には大井レース場は文字通りのお祭り騒ぎだったと聞いた。

 

「このファイナルズ、我々にとっても楽しみが尽きません!!それは解説も同じ!!」

「また帰ってきたぜぃ!!イナリワンが解説をやらせて貰うよぉ!!」

 

と見栄を切るようなポーズをとりながらもマイクを取るイナリに観客からは大歓声、大井のスタッフがダメ元でお願いしてみたらイナリは笑いながらOKサインを出してくれたとの事。地元という事もあるだろう、地方だなんだと言って下に見てくる中央に一発入れてやりたいという心意気が彼女を突き動かしたとも言える。

 

「つっても、あたしに上手い解説なんて期待してくれるなよ。盛り上げるだけだからよ」

「それでも嬉しい限りだよ、さてこのURAファイナルズは皆さんもご存じの通り、あのメジロランページが企画し主催した一大レース。中央に地方が挑めるだけじゃねえ、何と垣根がまるで存在しねぇ!!一般校出身のウマ娘も出れるという大盤振る舞い加減!!まさにお祭りレース、この大井地区でも一般校出身のウマ娘達が大井トレセン所属のウマ娘と鎬を削り―――なんと、総勢13名の一般校出身のウマ娘がこの最終予選にまでコマを進めてるんでぃ!!」

「かぁっ~そりゃまた熱いねぇい!!数までは聞いていなかったけど、こりゃまた大番狂わせが見れそうじゃないかい!勝負って奴は最後までどうなるか分からないからこそ面白いだよねぇ!!」

 

狙い通りというべきか、矢張りだった。地方に所属していなくても十二分に実力があるウマ娘は居る、何かしらの事情があって参加出来なかったりする者も参加出来るのはランページレースの利点だ。何より事情ありの彼女たちの狙いはレースの賞金だ、予選ではあるが確りと賞金は出るのだ。それらもランページが手配した物、最初はポケットマネーで出そうと思ったのだが、地方トレセンと提携する事でそれらは上手くクリアされた。これも経済を回した影響だろう。

 

「さあまずはダートの最終予選からスタートとなります!!」

「っとちょっと待ちねい、誰か大事な人を忘れていませんかってんだい」

「えっ!?」

 

実況は思わず予定表を見直した、まだ紹介しなければいけない人なんて居たかな?!と大慌てで確認する、だがそこには記載はない。イナリは確りといるし、誰なんだと思う中でイナリは徐にマイクを取りながら見栄を切った。

 

「さあさあ皆さんお立合い。ここ大井にて行われるは天下統一世界最強、その名を欲しいがままにしたメジロランページ主催がファイナルズ。最後の最後の大勝負、天下分け目の大合戦に馳せ参じようとするが我らが大井の優駿達、ならばその戦いを主催者たる王者が見るのは当然の事。さあご登場願おうじゃないかいぃ!!」

 

よく通るイナリの声が木霊する、その言葉に誰もがもしやと思った。そんな中で地下バ道から一人のウマ娘が姿を見せた。編み笠と黒い装束に身を包んだ彼女の顔は見せない、だが彼女は大観衆の前で脚を止めるとイナリに倣うが如くに編み笠を脱ぎ捨てながら言った。

 

「目指すは一つ、勝利の二文字。我らが中に滾る走りの情熱、それは決して無視出来ぬ。それに従う集いし猛者達、それらの走りを見てみたい、目指すは天下分け目の旗印。さあ勝鬨上げる支度は良いか、凱歌を鳴らす覚悟はあるか、ならば競って見せろぉウマ娘!!独裁暴君とは俺の事、メジロランページ此処に参上!!」

 

その登場に大井レース場そのものが揺れた。まさかあのランページが登場するなんてスタッフですら驚き、それも当然だ。今回はイナリから誘いを受けて来た、前々から来てほしいという願いは各トレセンから来ていたが忙しいのもあったが距離的な問題もあった。なんとか予定も整理出来て時間も取れたが遠出はきついと思っていたところにイナリからの誘いを受けた。帝王賞でも走ったこのレース場の最終予選に顔を出したのだ。

 

「さあ今日はどんなレースが見れるのか、楽しみにさせてもらうぜ!!」

 

元々賑わっていた大井レース場、その熱狂は更に加速していく。




競走馬、メジロランページのデータ。

とある牧場で生まれるが、牧場が倒産した上に経営者夫婦が夜逃げしてしまうという最悪の状態に逢う。そんな彼女を救ったのが牧場の厩務員だった。残った馬を方々に掛け合って引き取って貰うが、血統の悪さからランページだけが残ってしまった。そんな時に偶然、親交のあったメジロのオーナーが牝馬を探していたので引き取って貰える事となった。

メジロ牧場は繁殖牝馬として検討されていたが、とても元気且つ飛び跳ねるように走るという意見を貰っていたオーナーは周囲の反対を押し切り、競走馬メジロランページとする事を決意した。

よく飛び跳ねるというので当初は障害馬になる予定だった、が、芝でも走れるじゃないか?というとある騎手からのアドバイスを受けてから、平地デビューが決定した。


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342話

自分の作ったレースがそこにあった、改めて出走ウマ娘のデータを見ながらそう思った。URAファイナルズに所属に関する規制はなく、自由という他無い。自分が提唱したファイナルズはURAの現体制にとっては劇薬だ、それまであった規範を破壊してしまう程。ランページの行いは時代そのものに対する反逆とも言える。だからどうした。

 

「さあいよいよダート最終予選、1600を始めるよぉっ!!このダートには一般出身のウマ娘が一番多くエントリーしてる、5名のウマ娘に期待しようじゃないかい!!」

「我らが大井トレセンのメンバーの活躍にも期待したいところ、さあ中央に行くのは一体誰だぁ!!?」

 

一般校出身のウマ娘は総勢13名、その内ダートにエントリーしているのは5名。垣根はないと言っても矢張り学年で言えば上の者ばかりなのも事実、経験というのはそれだけで武器になる。経験と共に経た時間は精神を熟成させていく、熟れた精神は強くなるか強固になるか、それとも腐り始めるか……そのギリギリの段階のウマ娘が強さを見せるのはその通りだろう。5名の内、一般校出身とはいえ運動系の大学に全国大会常連高校の運動部所属が3人。

 

「(暗黙の了解っつうべきか、大学生までがファイナルズでレジェンドが社会人からっていうのは意外だったな。寧ろ社会人がファイナルズを走る事だって考えられたのに)」

 

こればかりはランページも意外な事だった。良くも悪くも風通しが良すぎる出走規定、しかしウマ娘達は自身で線引きを行っていた。プライドもあるだろうが―――世代の関係もあるのだろうかと思う中で自分が思った通りの事が起きた事にも喜びが感じられる。

 

「5枠9番には藤沢の一般高校からのエントリーだ!!高等部1年のスナイプソウルが入ります、予選ではまるで弾丸のような追い込みで最後方からぶち抜きを演じています」

「あたしもレース見させて貰ったけどありゃ大した脚だったよ」

「イナリからの評価も高いぞ、一般出身の星となり勝利を狙い撃ちできるか!」

 

「7枠13番、こちらも一般校からの期待の星がやってきました。高等部2年、アクセルフィール!!怒涛の大逃げをする暴走ウマ娘、まるで何処かの誰かを見ているかのような走りをいたします!!」

「こりゃ楽しみだねぇ」

「こっち見んな」

 

トレセンに所属せずにトレセンの教育を受けたウマ娘をも上回る走りをするウマ娘の登場、実力はあっても事情があってトレセンには行けないといった者たちの発掘。ファイナルズの大きな意義の一つだ。他の一般出身ウマ娘が大学生だったりするのに、大井のトレセンから参加しているウマ娘もいるのに、それらに勝利して二人はこの最終予選にまで上がってきている。

 

「にしても仮にもトレセンで練習してる奴らに勝って来てるのがこれだけいるってのは凄い話だねぇ……こりゃ気合も入るってもんだ」

 

イナリの言葉に実況は同意も否定もしにくかった。一般出身のウマ娘の活躍は確かに嬉しい事ではある、がそれはトレセンの教育や指導方針に問題があったのでは?という疑問を投げかけられる事にも繋がってしまう、だがそれはランページ自身が狙った事。

 

「番狂わせはあって当然、それが勝負の世界ですからね」

「アンタがそれを言うのかい?常勝無敗の独裁暴君が」

「テヘッ♪」

 

組織の改革が必要なのはなにも中央だけではない、地方もそれは同じだ。中央を敵視するのは別にいいが、問題はそちらにあると自分の問題に目を向けずにいるのも一定数居る。そんな連中に危機感を与える事もこの結果は齎してくれる。ランページは現在のウマ娘のレース運営のシステムに食い込んだ新しい歯車、それらと同調するのではなく独自の動きと回転で既存のそれに影響を与えていく。

 

今ある時代はランページを拒絶し、今を守ろうとするのか。それともランページに同調し新しい時代を共に歩もうとするのかを望んでいると考えているのだろうか。それはランページにしか分からない。解説の席に座る彼女は笑い続けている、その笑みはとてもそんな大それた事を考えるような深さはない、だからこそ不気味にもURAの役員には見えるのだろう。

 

「さあゲートイン完了しました」

「URAファイナルズ、大井地区ダート最終予選!!」

「祭りに出れるのは一人だけ、さあ誰になる!!」

 

その言葉にゲートの中のウマ娘達も決意を新たにする。ファイナルズで賞金を得たい者、もう一度夢を見たい者、中央を見返したい者、様々な思いが交錯するがその方向は一直線、ゴールのみを見据える。

 

「スタートしましたぁ!!!」

 

切られたスタートの口火に合わせて大井レース場はひと際巨大な歓声で揺れ動いた。正しく熱狂の渦が大井を飲み込んだ。

 

 

「いやぁ最高の熱狂だったねぇ」

「誘ってくれて有難う御座いました」

「何大したことはしてないさ」

 

URAファイナルズの最終予選は大成功、この地区からもファイナルズ決勝で走るメンバーは無事に選抜された。結果として選抜されたメンバーの多くは大井のトレセン所属、芝の長距離のみが一般出身のウマ娘に決定した。そんな彼女は大学の陸上部所属のグラスインサウザン、矢張りというべき存在が来た。

 

「ダートのあの二人も惜しかったですけどね」

「ああっありゃ惜しかった」

 

スナイプソウルとアクセルフィール、この二人にも期待はしていたが残念ながら最終予選で脱落となった。だがそれでも3着と5着と大健闘だったのは間違いなかった、二人には大井や中央からのスカウトから話が出たというのも聞いたがどうなるかは二人次第だ。

 

「何方にしろ、あたしはお前さんに感謝しかねぇや」

「感謝ってなんかしましたっけ?」

「ファイナルズを開いてくれた事さ」

 

突然そんなことを言い出すイナリにランページは首を傾げた。

 

「あたしのダチにさ、トゥインクルシリーズを目指してた奴がいるんだよ。だけど高等部に入ってから膝をやっちまってねぇ……走るどころかジョギングすらまともに出来なくなっちまったんだよ」

「そりゃまた……」

 

他のウマ娘に比べて走る事への執着が薄いランページですらその事に背筋がぞっとしてしまった。それだけの怪我をしてトゥインクルシリーズを諦めるしかなくなってしまった、無念でしかない事だろう。

 

「今も必死にリハビリをしてんだよ、元みたいに走れるかもわからないけど必死にさ。でもレースには出られない、夢見た舞台には―――そう思ってた時にお前さんがファイナルズを開いてくれたんだよ」

 

そのウマ娘は泣いて喜んだという、自分もまた夢を叶えることが出来る、これから先の未来に大きな希望が持てたと。

 

「そんなつもりではなかったにしろ、ランページ。お前さんは夢だけじゃなくて希望も与えてやったんだよ、感謝してるよ」

「―――やめてくれよ頬っぺたが赤くなっちまう……俺は好きにやったまでさ」

 

顔を隠すようにしながらもランページは小さく笑っていた。イナリからのその言葉で、ファイナルズとレジェンドを開くために苦労してきた日々がまるで報われたような気分になった。




繁殖牝馬、メジロランページのデータ

現役時代から頑丈な事で有名だったが、それは繁殖牝馬としても変わらなかった。アマテラスとツクヨミの双子を出産した後は流石に数日の間は疲労した様子を見せていたが健康そのもので直ぐに元気になった、甘える双子に愛情を注ぎつつも走り方を教えるような姿が目撃されている。

育児放棄をされてしまった仔馬の面倒も見るなど、リードホースとしての才覚を垣間見せていた。


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343話

間もなく来週に控えたジャパンカップ。エリザベス女王杯に続き、海外ウマ娘が参戦するがこちらは余り珍しさはない。ジャパンカップと言えば日本対海外のウマ娘の激突でもある。そして今年は8人ものウマ娘が海外から挑戦しにやってくるのだ、その中には凱旋門制覇ウマ娘でもありランページと競い合ったエルグッツの名前もあった。強豪犇めく合うジャパンカップとなった訳なのだが―――

 

「ちんたら走るなっ!!気合入れて走らねぇと何時までもネメシス卒業出来ねぇぞ!!」

『はいっ!!』

「落とすな落とすな維持だ維持!!」

 

今日も今日とて他のチームに比べて怒声が飛び交うチーム・ネメシス。ボスたるサンデーサイレンスは声を張り上げ気を引き締め直し、チーフたるランページが的確な指示を飛ばして行動に詳細な物を持たしていく。ネメシスの存在は矢張り大きく、停滞気味であったウマ娘達に大きな刺激となっていた。

 

「ンで大井の最終予選はそんなに良かったのか?」

「ええ、結局大井トレセンメンバーばっかりでしたけど一般出身の子も代表になってましたよ」

「そりゃいいな、お前の計画通りってか?」

「さあね……それはまだまだこれからっすよ」

 

後はファイナルズを問題なく決行するのみとなった訳だが……レジェンドレースの方も色々とあって大変なのである。元々レジェンドレースは伝説ウマ娘に出走依頼を出す予定ではあったのだが……本当に伝説級ウマ娘が名乗りをあげられて想像以上の充実を見せている。そしてレジェンドレースの予選に大井から出場して出走権を獲得したイナリを筆頭に、オグリは笠松から出走を決めている。

 

「やれやれ、ジャパンカップもちけぇってのに」

 

『久しぶりに北原の前で走れたんだ、それでその日は一緒にご飯を食べて色んなことを話せたんだ』

『そりゃ良かったじゃないかい、こっちも親方とか集まれてねぇ……いやぁ仲良い皆と飯食うと美味いよな!!』

『ああっ本当においしかった……』

 

オグリもオグリで久しぶりに笠松に帰った事で旧友たちと会ったり恩師と出会ったりと充実した日々を送る事が出来たという。しかしこうなると大変なのが最終的に集まるであろう面子だ、レジェンドレースも基本的にファイナルズと形式は同じで距離別に分かれているのだが……中距離辺りが地獄絵図になるのでは……?と考えずにはいられなかった。

 

「俺もレジェンドレースに出たかったな」

「勘弁してくださいよ、これでも今年の開催するだけでも精いっぱいだったんだしアンタまで対応させるとなるとそれこそ海外ウマ娘の受け入れを前提にしないといけないから余計に面倒になる。国内に限定してるからこそこれだけ自由にやれてるんすよ、つうかアンタが参加出来る=海外のレジェンドまで来るって事じゃないですか……最早URAの権威が失墜しますよ」

「させときゃいいだろ、ンでテメェが次の頭だ」

「ザケんなそこまで面倒な事なんて御免だ」

 

ファイナルズですらURAの権威云々問題で面倒な事になりそうなのを先手先手を打つことで回避しつつ自分のネームバリューとシンボリとメジロの協力でごり押ししたような物。サンデーサイレンスの参加を認めてしまえば海外で活躍していたウマ娘の参加を容認する事にもつながるので、それこそエルグッツやらシルバーストーンやらシュタールアルメコアがレジェンドレースに雪崩れ込んで来る事になる。もうそうなったら手に負えない、ジャパンワールドカップとして新G1を発足させた方が本当に楽だ。

 

「チェッ……」

「まあそう言わないで下さいよ、代わりと言っては何ですけどこの後に催し物を準備してますから」

「催し~?」

「ええ―――疑似ジャパンカップをね」

 

 

「ラーンページさぁぁんっ!!」

「しつけぇうぜぇ気持ちわりぃっ何!?」

 

最早定番となりつつあるフローラのランページに対する発作、視界に捉えた途端に抱き着こうと動くのだがそれに合わせてランページは足蹴にしようとしたのだが、フローラはそれをランページの身体を一切傷つける事も圧を駆ける事もない程に柔らかな動きで回避すると再度抱き着かんと飛び掛かってくる。それに対して限界まで姿勢を下げて回避するが、直ぐにバックステップを踏んで捉えた!と確信したフローラの顔面にランページのアイアンクローが炸裂した。

 

「何下らねぇ事してくれてんだテメェはぁぁぁ!!!」

「あと少しだったのにぃぃぃぃぃ!!!??いやそれどころじゃないレベルで痛ててててっ!!!!?」

「つうかなんだ今の、特撮の殺陣かなんかか」

 

ウマ娘の身体能力があるからこそできるような動きの連続、というか引退しているランページは兎も角一応まだ現役である筈のフローラはそんな動きをしていいのだろうか……。

 

「ったくこんなんなら声掛けるんじゃなかったか?」

「言ってくれますね~……これでもG1ではないけど海外重賞ウマ娘なのに」

「それを言ったら俺は凱旋門とBCクラシックウマ娘だバカ」

 

そう、フローラは現在海外挑戦を行っているのである。と言っても本格的なG1挑戦は来年からと定めているらしく、今年はG2を中心に出走をしていた。結果として6つの海外重賞レースに出走し3つを制している。この手応えに来年は凱旋門へ挑戦も検討していると東条トレーナーが言っていた気がする。

 

「テメェとのヨーロッパ遠征なんてごめんだからな、一人で行きやがれ」

「何でですかぁ!!?私とランページさんで凱旋門制覇したら日本としても誇らしいじゃないですかぁ~!!」

「生憎俺は愛国心なんてない不心得者なんでな」

 

これが仮にも天皇皇后両陛下とも顔を合わせた者の放つ言葉で良いのだろうか、これで色々と言われたらさっさと日本脱出してアイルランド辺りにでも嫁げばいいかと雑に考えているのかもしれない。

 

「それで私を呼んでくださった理由って?」

「今度のジャパンカップ対策だよ、お前だって出るんだろ、予行練習がてら参加してけ」

「おおっやった~ランページさんに頼られた~!!!」

「頼ってねぇ」

 

そんな二人を見ながらもサンデーはまるで自分の為に催し物を考えたと言わんばかりだったくせに、その実は自分を大いに利用する気満々だったランページにこいつと言いたげな顔をする。だがそれでいい、自分を利用するぐらいに不敵な奴でないと自分の相棒なんて務まらないのだから―――と思っていると次々とウマ娘が集ってきた、のだが

 

「今度は確りと呼んでくれて嬉しいよ」

「フフッ上出来よランページ」

「前回も楽しかったけど今回も楽しそうだね~」

 

集まってきたのはルドルフにラモーヌ、シービー。

 

「あっ会長だ~!!ランの言ってたこと本当だったんだ~!!!」

「ラ、ラモーヌお姉様もいらっしゃるのですね……光栄の極みですわ」

「いやはや、ランにジャパンカップの特訓だって言われたけどさ……何この面子」

「気分が高揚しますね、此処までの相手と戦えるとは」

「頑張ったらライス、お姉様に褒めてもらえるかな……?」

「うっ~なんだか身体が震えてきちゃった!!む、武者震いだねきっと!!!」

「高揚を確認、アドレナリンの分泌によるものだと推測」

 

テイオーにマックイーン、ネイチャ、イクノ、ライス、タンホイザ、ブルボンと次々と集まってくる。それらに共通しているのはジャパンカップに出走するウマ娘であるという事だろうか。

 

「という訳で、今回のジャパンカップ想定の模擬レースを始めます、そして今回はサンデーさんにも参加して貰います」

「ハッこりゃ潰し甲斐のある面子ばっかり揃えたな、良いだろう全員潰してやるぜ」

 

「―――簡単にはさせないぜ?」

 

唐突にそんな声が聞こえて来た、一人のウマ娘が此方にやって来た。コートの裏地に金の龍があるその勝負服に思わずシービーとルドルフが笑った。確かにジャパンカップと言えば彼女を呼ばないと。

 

「急に呼んですいませんエースさん」

「気にすんなよ、あたしもかの名高きサンデーサイレンスと走ってみたかったんだ……ジャパンカップを制した日本のエースとしてな」

「面白れぇ」

 

日本ウマ娘としてジャパンカップ初制覇を成し遂げたカツラギエース。そんな彼女は海外のレジェンドと言えるサンデーサイレンスと戦えることに高揚を隠しきれていない様子だった。

 

「今回は誘ってくれて感謝するよランページ、以前のサンデーさんのリベンジだけではなくエースとの再戦までできるとは……」

「今日はなんだか最高の日になると思ってたけど、その通りだったね~」

「いいわよランページ、以前の事はこれで許してあげる」

「それはどうも……改めてスゲェ事になったな」




メジロロード 牡馬

メジロランページの5年目の産駒。父は不屈の帝王トウカイテイオー。
名前の由来はルドルフからテイオー、高貴且つ新しい道を開拓してほしいという願いから。

父と母から受け継いだのか極めて運動能力が高く、トウカイテイオーと同じ柵越えをやってしまう。勢いをつけるの走り幅飛びではなく立ち幅跳びのように飛び越える姿とランページにテイオーステップを見せる姿で関係者はとんでもない馬になる事を確信。その予感は的中し、新馬戦からレコードタイムを叩き出すと無敗のまま駆け上がっていくが、何と渡欧しイギリスクラシック戦線に殴り込みを掛ける、そしてそのまま三冠を奪取してしまう。ランページ産駒の中でも最高傑作だという者が最も多く、メジロの公爵と呼ばれている。

鞍上はトウカイテイオーにも乗っていた保田 貴之(やすだ たかゆき)騎手。兎に角元気でヤンチャ、勝った後は自分を見て、ボク凄いでしょ!?褒めて良いよ!!と言いたげに見つめて来た事が印象的だったとコメントしている。


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344話

ジャパンカップ想定という名のレジェンドレースが行われたりと相変わらず賑やかなランページの周囲、そんな賑やか且つ色んな意味で壊れているウマ娘をトレーナーに持つプレアデスは自分たちのデビューに向けて準備を進めているのであった。

 

「ねぇねぇランページさん、本当にあれってそんなに効果あるの~?」

「その結果の産物が見たいっていうなら目の前にいるし安田記念三連覇という偉業やった貴婦人に引き合わせようか?」

 

隣で小休止しているマヤがそんな言葉をぶつけて来たので自分は何を当たり前な事を聞くんだと言わんばかりの言葉を返していく。マヤが言っているのは当然シンザン鉄の事だろう。普通に考えれば前時代的且つ身体を苛めるようなトレーニング方法でしかない、前トレーナーもこんな方法は提案はしなかったしダメなトレーニングの例の一つとして挙げたほどだ。

 

「賢明だな。その意見は正しい」

「それじゃあランページさんの指導って間違ってるって事ならない?」

「ならないならない、俺はその辺りの使い方を分かってるから」

「どういう事?」

 

チームに入ったばかりのマヤには改めてシンザン鉄を運用する意味について解説をしておく。シンザン鉄は身体を鍛える為ではなく、怪我をしない為の身体の使い方を身体に覚え込ませるための物であるという事、精神面の鍛錬にもなるのもあるがそれは何方かと言えば副次的な効果に過ぎないのだ。

 

「正しい身体の使い方さえすればシンザン鉄で走るのは簡単だ、まあその為にもそれなりの脚力とかはいるけどな」

「そうなんだぁ~……でもプレアデスだと全然使わせてないよね?」

「基礎的な部分をやってる最中だからね、自分の力がついてきているという自信が付いてきた辺りに使うのが効果的」

 

プレアデスでも使っているのは今のところステゴだけ、彼女だけは肉体のレベルが他よりもずっと高いので怪我をしない為の方法を早いうちに仕込んでおくことにした。それでも入門編の2倍ではある。

 

「ぐっ……こんのぉっ……!!」

「無闇に力任せで走ろうとすんじゃねえよ、全身を使って走るんだ。下手に走るとケガするだけだ」

「それが簡単に、出来たら、苦労しねぇっつの!!」

「それを望んだのはお前さんだ、恨むならメニューをさっさとこなしてしまった自分自身だ」

「そがっ!!やってやる、やってやるよちくしょう!!!」

 

シンザン鉄を使わせろと言ってきたのだから要望に応えた、寧ろ感謝してほしい所だ。まあ嫌味やらを抜きにしてもステゴならば問題は無いだろう、しばらくはあれるだろうがその矛先が自分へと向けられるのは問題ない。それもトレーナーの仕事の一つだし給料の内だろう。

 

「スズカ、あんまり無茶すんなよ!!それはまだ投入する段階じゃねえんだぞ!!」

「分かってます、でも感覚が少しずつ分かって来てるんです……あと一回だけお願いします!!」

「三回までは許可してやる、だが限界は絶対に超えるな」

「有難う御座います!!」

 

嬉しそうな顔をしながらもスズカは再びコーナー前の直線へと入っていく。その隣にはドーベルとエアグルーヴが並んでいる、共に駆け出していく中でスズカは二人に強い圧を受ける。まるで内ラチに擦りつけられるかのような圧を受けながらも残った約30㎝のラチギリギリを疾走する中でスズカの脚捌きは少しずつ変わっていっている。

 

「無理に、流れに逆らわずに、芝を読むっ……!!」

 

スズカの足が滑る、だがそれは不意に足を滑らせている訳ではない。滑った筈なのに確りと蹄鉄は芝をグリップし続けている、そのまま次の一歩を踏み出して内ラチギリギリを疾駆する。が、その途中でスズカはそれをストップして普通の脚捌きに変えた。そのままコーナーを抜けると不満げな顔をした。

 

「やっぱりまだまだ無理……あのままだと多分バランスを崩しちゃう」

「いやいやいやでも凄かったよ、というか内ラチに強すぎない?」

「ああ、ランページさんとは違うがお前は何であそこまで強くなれるんだ。私たちも少しは詰められるようになったと思うんだが」

「荷重移動の練習をしてるからよ、でもまだまだ……デビューまでに完成させられるかしら……今夜もお願いしてみようかな」

 

何やらとんでもない事にトライしようとしているスズカ、だがランページは把握済み。だから無茶だけはするなと止めている。そう思っているとタイキに連れられたサニーがやって来た。

 

「ただいまデース!!」

「応お帰り、如何だった結果は」

「……はぁっネメシスに勝利への道は遠いなぁ……」

 

最近よくやっているプレアデスとの練習レース、こちらとしては実践レース形式で経験を積めるしネメシスとしては交流会且つ自分へのアピールなどなどの意味もあるので意欲的に取り組んでくれている。そしてサニーは課題である幻惑逃げで勝利する事を目指しているのだが中々に難しいようだ。

 

「と言っても、お前さんはまだ中等部の1年だ。焦る必要はないだろう」

「まあそれは分かってるんですけど、同じ1年相手だと如何しても勝ちたいなぁって思えちゃって」

「向上心があって結構、タイキは如何だった?」

「私は勝ちました!!」

「相方がこんな感じなんで」

 

サニーに着いていく形で頻繁にネメシスにも顔を出しているタイキの方は快勝だった模様。同学年にも勝っている一方で2年ともいい勝負をするのでサンデーからも指名を受けているのは聞いている、この辺りは申し訳ないがウマ娘としてのスペックの差としか言いようがないかもしれない。

 

「まあ気長にやっていこう、別に俺だって今年中に勝てと言ってる訳じゃねえし勝ったからって次に進ませるわけじゃないから」

「えっそうなんですか!?」

「今は基礎段階だ、基礎を確り固められてから次に進むんだよ」

「焦ってたのかなぁ~……よし、タイキ走れる?」

「No problem!!」

 

最初こそ落ち込んでいたが直ぐに元気になって再び走りだしていくサニーとそれに続いていくタイキ、この二人は中々に相性がいいと思う。そんな様子を見つつもランページは身体を伸ばし始めた。

 

「さぁてと……そろそろ俺も走るか、マヤヤ調子見てやるよ」

「えっランページさんと走っていいの!?」

「俺もレジェンドレースに向けてある程度は走らないといけないからな」

「そういえばマヤ、思ったんだけどランページさんってどっち走ってどの距離なの?」

 

シンプルに思われたのは芝なのかダートなのか、そして距離。まあ何方でも構わないのだが、距離としては中距離想定。ダートなのか芝なのかはまだ未定だ。自分としては何方で走っても悪くはないと思っている。

 

「さてな、走りで確かめてみるか?」

「わ~いやるやる~!!」

 

エリザベス女王杯が終わってからもマヤとはこういう距離感が続いてる、姉と妹と言われれば良いかもしれないがトレーナー陣からは母と娘にしか見えないと言われて複雑な気分になっている。

 

「そんな老けてっかなぁ……」

「?」

 

ランページが複雑な気分を抱いているのは決してそれだけではない。無意識的ではあるが、それに気づいているのである―――

 

「……ママみを感じさせるランページさん……あっ鼻血が」

 

どこぞのウマ娘からのラブコールに。




メジロブルボン 牝馬

メジロランページの6年目の産駒。父は坂路の申し子ミホノブルボン。
名前の由来は父、ミホノブルボンから。

兎に角頑丈な事が取柄で販路を数本やっても元気にそうにするので調教師がどれだけやらせていいのか分からないと困る程に頑丈だった。その一方でライバルに恵まれすぎているせいか、中々G1勝利に恵まれなかった。故にシルバーコレクターと言われ続けたが、ラストランとなった高松宮記念で見事にG1制覇を果たした。彼女を一言で言えば二代目イクノディクタス、渾名は不屈のサイボーグ。

鞍上はミホノブルボンに騎乗していた小嶋 真弘(こじま さだひろ)騎手。好奇心旺盛だが、大人しいな性格だったと述べている。


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345話

「ランページさん、ハッキリ言って欲しいんだが姉さんのことどう思ってる?」

「キモくてうざくて下水処理場みたいに用がなければ近づきたくもないし口もききたくない存在感を放つ変態ライバルウマ娘」

「言い過ぎだよ」

 

その日、ランページはタキオンと会っていた。ライバルと認めつつも絶対にプライベートでは顔を会わせないフローラと違ってその妹のタキオンとは予定さえ合えば普通に遊びにも行く。なんだったら保護者同伴じゃないと行けないような所にも保護者役として駆り出されたこともある。要約すればタキオンとはかなり良好な関係が築けているのである。

 

「聞かれたら姉さん死ぬんじゃないかな」

「そりゃいいな、通話繋いでくれ試してみようぜ」

「興味がない訳ではないけどそれで迷惑を被るのは私たちの家族なんだという事をご理解いただきたいね」

「安心しろ、葬式ぐらいには顔出してやるから」

「姉さんならそれで蘇生しそうだから怖いよ、割とマジで」

「マジで蘇生しそうだって思えるフローラって何なんだろうな」

 

この二人の中でのフローラに対する認識は本当に失礼なのではないか、しかも一方は実妹。この場合、妹にこれだけの事を言わせるようなフローラに問題があるのだろうか……そんな会話をしながらもランページはハンドルを切る。

 

「ンでなんでいきなりそんな事聞く、フローラに奴に印象でも聞いて来いって言われたか」

「単純な話さ、貴方は私の姉をハッキリ嫌っているだろう。それなのに確りとライバルと実力を認めている、如何にも不思議だ。一方で姉に後輩たちの事で相談もした、何故なのかと思っただけの事さ。私なら絶対にそんな相手に頼んだりはしない」

「俺が気に入っているかいないかにあいつの実力云々は無関係って事だ」

 

タキオンの言いたい事は分かる、仮に自分がフローラの事を気に入っていたならば相談やらライバル認定も納得がいく。だが自分のそれはそれと真逆と言っても過言ではない。だがその程度の事で事実から目をそらすのは非合理的だ。

 

「俺が気に食わない事であいつのこれまでの経験と戦績が覆るか、違うだろ。適材適所だ」

「認めるべき処は確りと認めるという事か……では、アグネスフローラというウマ娘を貴方はどう評価する?」

 

ちょうど赤信号で止まる、サイドブレーキを引きながらランページは久しぶりにハーブシガーに火を灯した。別に精神的に不安定な訳じゃない、フローラとガチでやりあっていたころはこれを使っていた時期。だから自然と手が伸びてしまった、煙を吐くとちょうど青になったのでインプを発進させる。

 

「端的に言えば―――俺に執着したウマ娘だな。対俺だけ考えてレースに出走して、俺と戦い続けた。だがそれゆえにあいつはあのジャパンカップを獲れた、そして今は世界を相手に戦える実力者に成長している。今度、あいつは海外のG1を狙うらしいが……案外いい所まで行くと思ってる、もしかしたらG1獲るかもな」

「おおっ想像以上に高評価だ」

「まあ、明確な現役時代のライバルだったからな……」

 

実力の一点においては彼女とイクノ程、ライバルとして信頼している相手はいない。問題なのはそのライバルの人格が全く信頼できない点だ。

 

「ハッキリ言って、俺の全盛期はラストランだったと思う」

「凱旋門やBCクラシックではなく?」

「ああ。なんというかな、レディやダイナには悪いんだが……こればっかりは年季が違うって奴だ」

 

間違いなく、自分にとっての最高到達地点はラストランだったと断言出来る。最高のライバル達と最高のレースが出来たあのレースこそが全盛期だ、きっとあの場で自分は敗北したとしても絶対に後悔もしなかっただろう、寧ろ喜んで敗北を受け入れて勝者を祝福した事だろう。

 

「あれで色んな意味で落ち着いてくれてりゃいいダチになってただろうになぁ……」

「そうなったら私も貴方を自分の部屋に招待出来るし、カフェやポッケにも自慢出来ただろうに……」

「「はぁっ全く以てうっとおしい」」

 

本当に息の合う二人だ。お互いにそんな事を思いつつも休日を全力で楽しむのだった。そしてその日はちゃんとタキオンを自宅まで送っていたのだが……そこでフローラとばったりと遭遇してしまった。如何やら休みを利用して帰ってきたらしい。互いに無言だったが、タキオンが遠慮するように家の中に入るとランページが先に口を開いた。

 

「意外だな、お前が飛びついてこないなんて」

「これでも羞恥心はあるんですよ、流石に実家の近くでやる訳ないじゃないですか」

「じゃあトレセンでもやるな」

「それはそれ、これはこれ」

 

擬態は上手いから厄介だ本当に……。

 

「ジャパンカップへの準備は良いのか」

「フフッ勿論連覇を狙いますよ」

「出来るのかお前に、あの面子に勝つことが」

 

思わず素になってしまった。客観的に考えてもジャパンカップに出走するメンバーは並ではない、テイオーやマックイーンも出る訳だしイクノも平然のようにエリザベス女王杯から出走する訳だし……それを言われると痛いと言わんばかりに顔をそらした。

 

「まあうん、頑張ります。どんな相手でもランページさんの相手をするより容易いと思いますので」

「仮にも凱旋門ウマ娘相手にそれが言えるってお前も大分度胸付いたな」

「えっでもランページさん引退してるじゃないですか」

「本気で言ってんのかお前」

 

何言ってんだこいつ、と若干引く。フローラは本気で分かっていないのか首を傾げつつも出走ウマ娘の名前を列挙していく。

 

「それで海外からはエルグッツ……ああそうかっ彼女も凱旋門制覇してましたっけ!?」

「忘れてやるなよ……浮かばれねぇ、マジでエルの奴浮かばれねぇ……」

「だってジャパンカップで負けてるし凱旋門じゃあランページさんのワールドレコードで完全に存在感薄くなってるんですもん」

「もうやめて、エルちゃんのライフはもうゼロよ!!」

 

 

「―――何かしら、今私のプライドというかなんというか、尊厳的な何かに槍が刺さったような……」

 

 

「まあうん、ジャパンカップ頑張りますって事で」

「誤魔化せてないからな?ったく……」

 

頭を掻いた後、ランページはインプの扉を開けながらフローラの事を見た。その何処か鋭い視線にキュンとする自分を必死に制しながらフローラは見つめ返す。

 

「負けんなよ、俺のライバルって看板背負うんだったらな」

 

そう言い残してランページは帰っていった。その言葉はフローラにとって大きな力になる事は間違いないだろう、その言葉を胸に刻んで彼女はジャパンカップへ向かう―――

 

「良かったね姉さん、ランページさんから良いコメント貰え」

「―――タキちゃん私頑張る」

「……鼻から滝のような鼻血がなければ本当にカッコいいのに……」




繁殖牝馬、メジロランページのデータ

メジロランページの血統はハッキリ言ってブラッドスポーツと呼ばれる競馬においてはうまみは少ない。強いて言えば母父のシンザンにしか価値を見出せない。その一方でアウトブリードとしては高い地位を収めていた。

メジロランページ産駒の特徴は頑丈且つ賢く、芝ダート両刀が産まれ易い事。これは産駒というよりも調教師やオーナー側にとっては頭を悩ませる原因にもなった。


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346話

「スズカ戻って来い!!」

「っ……はい」

 

その日、ジャパンカップの前日に練習場に珍しい声が響いた。ランページの怒声である。ネメシスの統括チーフとしては大声は頻繁に出すが怒声は出さない、それはサンデーの役割。がプレアデスでは全てが担うとはいえランページは滅多な事ではそんな声は出さない、それなのにそんな声を出して練習していたスズカを止めた。

 

「マヤ、ビックリした……ランページさんってあんな声出せるんだ」

「私もびっくりだ……ドーベルお前は?」

「わ、私も初めて聞いた……」

 

ランページと親交が深いメンバーでもそんな声は聞いたことがない、恐らく聞いた事があるのはいないだろう。いたとするならばライアン位になってしまう、それほどまでにランページは滅多な事では怒らない。事実、戻ってきたスズカを前にした圧を抜くかのように深いため息を吐いた。

 

「如何したよお前さん、無理に攻め込み過ぎだ。言ったろ今は準備期間中だ、無理して怪我する事が俺にとっては一番不幸だってな」

「……」

「見てみろ」

 

スズカのジャージを捲るとそこには擦り傷が出来ている腕があった。それも一度や二度当たって出来たものではない。何度も何度も擦っている証拠がそこにある。

 

「無理に攻め込んだ結果がそれだ、発展途上の身で俺の真似事した結果がこれなんだぞ。何を焦ってる」

「焦ってるというかその……ランページさんみたいに走った末の景色が、見たくなっちゃって……」

「はぁぁぁぁっ……ったくお前らしい答えだけどさぁっトレーナーとしては冷や冷やもんなんだよ」

 

矢張りというべきか、スズカの中にある先頭を強く望む気持ちが出過ぎた結果なのだろうがこれは確りと注意しなければならない。

 

「確かに俺も俺で内ラチギリでコーナー攻めたりしてたが、俺とお前じゃ前提条件が違い過ぎる」

「はい……」

「これで済んでるから良いが、下手すりゃ腕の次に首が逝くぞ」

 

峠に嵌った影響もあるが、スズカはずっとコーナーへの進入角度を入念に研究していたりコーナーリングの脚捌きの特訓をし続けている。モチベーションも高いので静観していたが……これは口を挟まずにはいられない。

 

「コーナー練習禁止な」

「っ……はい……」

「次からは俺と一緒にやる事、俺が内側を走る」

「えっ?」

 

思わず顔を上げた。そこには呆れつつも何処か笑っているトレーナーの姿がある。

 

「見本って奴を見せてやらにゃ行けなかったな、但し俺のコーナーはぶっちゃけ力技だ。遠心力に負けないだけの力で支えてる、だがスズカにはそれはないし向いていない。だからこそ負けない()じゃなくて味方にするやり方を身に着けないとな」

「味方に……はいっ!!」

 

そう言って走り出したランページにスズカは続いていく、スピードを調節しつつコーナーへと入る。その走りをスズカはじっと見つめながらも攻めていく。そんな光景を見つめるのは南坂。

 

「共に走るトレーナー、確かにこれはウマ娘のトレーナーとしては理想形ですね文字通り」

 

新人トレーナーとしての域を出ない、だが既に彼女はウマ娘()トレーナーとしては既に完成形を持っている。

 

「どうだスズカ、俺のは出来ないだろ?」

「はい、だって芝どころかその下の地面を捉えて走ってました」

「そゆこと。こんな事出来るのなって滅多にいねぇよ、さてじゃあスズカは如何走るのかね?」

「脚捌きが完成させないとランページさんを越えるのは難しい……でもどうしても遠心力に振られちゃって―――今晩峠、お願いします」

「えっなんで?」

「ドリフトから、ヒントが得られると思うんです!!」

「タイヤがぁ……」

 

ウマ娘として走り、悩みを間近で目撃し、相談し、解決の糸口を探していくなんて自分たちには絶対に出来ない事だ。だから今は、そんな彼女が羨ましく思えてしょうがなかった。

 

「何々~スズカ何処か出かけるの?マヤも行く~!!」

「そういえばマヤさんはまだご一緒してませんでしたね、是非一緒に行きましょう」

「何だか分からないけど行く~!!」

「ちょっまじでマジで行くのか!?明日ジャパンカップだぞ!?」

「だってマヤ達出走しないし」

「そのままご一緒に見に行けますよ?」

「……ああもう分かった分かった、連れてってやるから……タイヤの電話しとこうかな、まさかいきなり頼る事になるとは……」

 

まあ、沖野とは別の意味で苦労し始めているのは同情する。幸いなのはランページには財力やらスポンサーなどもいるのでそっち方面の心配は問題という所だろうか。

 

「賑やかね」

「ああまあ、カノープスの系譜っすからっておハナさんじゃないっすか」

 

そんな二人の相手をしていると東条トレーナーがやって来た、その背後にはフローラを連れて。ハッキリ言って対応したくない、フローラがいるから対応したくない。だが先輩トレーナーである前に現役時代にお世話になったこの人の話を聞かないなんて選択肢はハッキリ言ってないのである。

 

「ごめんなさいね、ジャパンカップ前日だけど併走を頼みたいの」

「今から、ですか?」

「でも疲れちゃわない?」

 

スズカの疑問もマヤの問いも正しい。併走を頼むのであればもっと前から頼む選択肢があった筈なのに如何して前日に……と思ったのだがおハナは確りと説明をし始めた。

 

「私もどうかとは思うんだけどね……フローラの精神状態を貴方の現役時代にまで引き上げたいのよ。この子の最大の目標は貴方に勝つ事だったから」

「それで俺と併走っすか……フローラと、ねぇ……」

「ちょっとなんですかその嫌そうな顔!?」

「いや言いたい事は分かるですよ分かるけど……」

「やりたくない気持ちは分かるわ」

「おハナさんまで!?」

 

だがそれでも東条としては引き受けてほしいと思っている。海外に行っていたフローラ、その実力は間違いなく国内トップクラスな上に海外G1を戦い抜ける実力になっている。しかしその実力にはムラがある、今度のジャパンカップで勝利にまで導きたいトレーナーとしてはランページとの激戦を思い出してほしいのである。

 

「カノープスのメンバーの勝率を下げるって事はあまりしたくないのは分かるわ、だけど」

「ああいや別にそっちは良いんですよ、それで負けたとしたらあいつらと南ちゃんの責任ですし……まあいいか、今度の飲み会でピーマンとつくね奢りで手を打ちましょう」

「感謝するわ」

 

という訳で行われることになったフローラとランページの併走、隣に並び立つフローラに身の危険と奇妙な懐かしさを感じるのだから不思議な気分だ。

 

「言っとくが一回だけだぞ」

「分かってますって……いやぁランページさんと走れるなんて楽しみだなぁ……あっ髪からシャンプーと汗のいい香りが……」

「お前……」

「冗談ですから引かないでください!?」

「聞こえねぇよ……」

 

取り合えず、併走は行った。軽く流すだけの筈だったのにフローラがガチになり始めた結果、ランページも引っ張られてマジレースに発展してそのまま2400mを全力疾走してしまった。東条はこの結果に頭を抱えそうになったのだが―――走り終えた後の完全に仕上がったフローラの姿に確信を得られた。明日のレースは彼女の全開の走りが見られると。




メジロサザンクロス 牡馬

メジロランページの7年目の産駒。父は大種牡馬ノーザンテースト。
名前の由来は額に十字の流星があったから。

独自路線を突き進んでいたランページ産駒に漸く流行りの血統が入ったと一部では話題になった。結果産まれてきたのはある意味で一番の怪物となった。ノーザンテーストはサラブレッドとしては非常に身体が小さかったのに、その子供となるサザンは非常に大きな馬体に成長していった。初G1となったスプリンターズステークスではヒシアケボノをも超える604キロでGI勝利を達成。メジロ最強スプリンターとして名を馳せ、南十字星と呼ばれ親しまれた。

鞍上は川内 弘嗣(かわち ひろし)騎手。曰く、自分の役目と状況を確りと理解出来る程に賢いが、常に全力疾走をしたがるので抑えるのが大変だったとの事。


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347話

活動報告に新しいお知らせを掲載いたしました。

ご興味があるから下記のURLからどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=305557&uid=11127


「やれやれ全く、マヤまで泊まりやがって……」

「ムフ~ランページさんのお料理とってもおいしかった!!マヤ、ビックリしちゃった!!あんな世界もあったんだね!!」

「分かってくれますか、本当に凄いんですよ!!」

 

結局、フローラとの併走の後に峠に走りに行くことになってしまったランページ。そのおかげで変えたばかりのタイヤは酷い有様だった、普通に走る分には問題は無いだろうが早めに交換が推奨されるぐらいには摩耗していた。よく世話になっている店が自分の店をさり気無く宣伝してほしいという事で配信のスポンサー的な位置に定着したのだが……まさかこんなにも早くお世話になる事になるとは……尚、配信でその店を出した結果、売り上げがその週の売り上げが今まで一月分に匹敵する結果になったらしい。

 

「という訳でスズカ、今日の俺はマヤの母親って事になってる。暫定的にお前も俺の娘って扱いで振舞うが構わないか?」

「はい大丈夫ですお母さん」

「適応はえぇなおい」

 

当然今日もしっかりと変装しているランページ、マヤがいる時は誤魔化しが利きやすいという事で親子設定を多用する事になった。マヤも何だかんだでランページとの親子ごっこを楽しんでいる節がある、そして今日からはスズカも自分の娘……結婚していないのに二人のウマ娘の母になってしまった。

 

「ニンジンジュース、3個お願いします」

「はいよ」

「ママ~マヤ早く飲みたい~」

「はいはい今貰うから、はいスズカの分」

「うんありがとお母さん」

「おやまあ可愛いらしい娘さん方ですね」

「フフフッ自慢の娘ですよ、色目はメッですよ」

「こりゃ手厳しい!!奥様のはサイズアップしますんでご勘弁を」

 

売店のおじさんの軽口をいなしつつも二人の適応っぷりにも半分呆れている。そして思った以上に女らしく出来ている事にも若干呆れる、自分もウマ娘なのは変わらないという事か……と思いつつも手を引っ張って先に行こうとするマヤと少しだけ前を行くスズカと共に進んでいく。

 

「ママ~抱っこ~」

「あらあら、マヤってばレースになると甘えん坊さんになるわね。いいわおいで」

「だって見えないだも~ん♪」

 

マヤもこの時ばかりは役得と言わんばかりにランページに抱き上げられるのをよしとしている、これでもスズカよりも年上なのに……スズカもそれに嫉妬する訳ではないが此処まで素直にランページに甘えられる姿だけには尊敬の意を示す他ない。あんな風に積極的になれたらいいなぁ……と思いながらランページの隣を守るかのように確保するのであった。

 

「さて、ジャパンカップは誰が勝つのかしらね」

 

自分が走ったジャパンカップ、そこからフローラが勝ったジャパンカップ、テイオーが2センチの激闘を制したジャパンカップと日本のウマ娘が制し続けている。だが今年は違う、凱旋門制覇ウマ娘であるエルグッツが来ている。それ以外にも海外ウマ娘も挑みに来ている、あの暴君に挑戦するためにと。そんな彼女らを迎え撃つために今年も日本の最強メンバーと言っても過言ではない面子が揃えられた。

 

『来る舞台は伝説、待ち受ける栄光の前に立ちはだかるは不敗の神話!!今年もジャパンカップが始まります!!このジャパンカップにやって来た海外ウマ娘、その全てが独裁暴君たるメジロランページのワールドレコードに勝つために来たと豪語しておりました。矢張り彼女たちにとっての敵は彼女なのかと思わされましたが―――そんな彼女たちを一蹴したウマ娘もいるのも事実!!さあ伝説が生まれるレース、ジャパンカップが始まります!!』

 

繰り返された言葉と共に地下バ道から次々とウマ娘達が出てくる。

 

『さあ一番手はエリザベス女王杯で見事に勝利を収めた3代目トリプルティアラのツインターボだ!!それに続くは同じくカノープスのダービーウマ娘のナイスネイチャ、漆黒の祝福 ライスシャワー。安田記念三連覇の鉄の貴婦人イクノディクタス、そして今度こそG1勝利を我が手に、万能奏者 マチカネタンホイザ、そして今年のダービーウマ娘のウイニングチケット!!カノープスが自らのチームの大将の栄光を守る親衛隊が如く続いております!!』

 

「G1連覇目指すぞ~!!」

「アタシも勝ちは狙いに行くつもりだからね~負けないよ」

「ライスも、負けない……」

「無論私もです、ライバルの名誉を守るのも私の仕事です」

「私も今度こそ勝つぞ~えい,えい、むん!!」

「うおおおおっ勝つぞぉぉぉ!!!」

 

カノープスの全員もやる気に満ちている、これは期待できる。だがその期待だけでは簡単に勝てないのがジャパンカップの恐ろしい所だ。並のG1ではないのがこのレースなのだ。

 

『次にやって来たのは去年のジャパンカップの覇者、ツインターボとシルバーストーンの激戦は語り継がれる伝説の1.7㎝の攻防!!帝王、トウカイテイオー!!そしてそれに続くのはメジロ家の名優、メジロマックイーン!!トウカイテイオーの怖い怖い敵であります』

 

「フフンッ今年も勝つのはボクだもんね」

「そうはいきませんわ、私ですわ」

 

飛躍し続ける帝王と高みへと昇り続ける名優、この二人はどこか似ているが似ていない。そんな二人の登場に沸き立つ中で遂に海外ウマ娘がその姿を現す。海外の強豪たちが狙いを定めるのはメジロランページのワールドレコード唯一つ、他のウマ娘など眼中にない―――

 

『こ、此処で来たぁぁぁぁ!!あの伝説の凱旋門に出走し敗北はその一度のみの優勝候補の一角、オルタナティブセブン!!敗戦の借りをワールドレコードを覆すことで返そうとする一人であります!!」

 

「そんな事で勝てれば苦労などしない、全力でこの場にいる全員と戦う」

 

煽り文句と裏腹にオルタは別にワールドレコードに挑戦するために来たわけではない。ただここで走りたかっただけでしかない、あの暴君の伝説の地で。そして……自分の過去と本当の意味で決別するためにここに来た。VIP席の視線の一つ、こちらを見つめる人に笑顔で返す。あの人の為にも自分は走る。

 

「またここに来れた……そして今日こそ―――私が勝つ」

 

『遂に来た……この地の伝説は彼女無くしては語れません、凱旋門制覇を達成し独裁暴君と真っ向から挑んだ数少ない伝説の一人。エルグッツが再び姿を現したぁぁぁぁぁ!!!』

 

エルグッツの登場に一気にレース場は過熱した。再びあの日のようなレースが見られるかもしれない、という期待が抑えることが出来ないほどに熱狂が巻き起こっていく。誰もがエルグッツを警戒する、海外から来ている者も含めて―――だが最も警戒すべきウマ娘が来ていないと日本勢は思った。そのウマ娘は最後になって登場した。

 

『そして来ました。この地の神話を作り上げたウマ娘は彼女とイクノディクタスなくては語れない、メジロランページと真正面から戦い続けた猛者、ジャパンカップウマ娘、アグネスフローラぁぁぁぁ!!』

 

完璧に仕上がっているフローラ、その登場を見た東条は胸を撫で下ろした。精神的な充実を図ったランページとの併走、全力でやってしまったのであの後はケアに追われて大変だった。僅かでも疲れが残っていないかと不安だったがあの堂々たる姿を見れたならばもう何も言う事はない。が、フローラの脚が止まった。

 

「ママ~誰が一番になると思う?」

「そうねぇ……誰が勝っても可笑しくないわね、スズカは?」

「えっと……分からない、でも私はあそこの誰よりも速くなりますお母さん」

「フフフッ素敵ね。貴方ならそうなれると思うわよ」

 

視線の先にあった物、それは母親を演じているランページの姿だった。以前見たママみを感じさせるなんて生易しいものではない、あそこにあるのは純然たる母の姿だった。なんて色気なんだ、言葉の節々からにじみ出る母性と清楚な服装が醸し出すのは命が生まれた前から感じるもの。それを目の前にしたフローラは内から色んな物が沸き上がってきたがそれを一度抑え込みながらもゲートへと向おうとするのだが―――

 

「ほらお姉ちゃんがこっち見てるわよ、応援してあげて」

「は~いママ♪」

「はいお母さん」

「―――私、今日死ぬかも」

 

アグネスフローラ、ジャパンカップ出走直前に尊死寸前に陥った。




メジロスザク 牡馬

メジロランページの8年目の産駒。父はエルコンドルパサー。
名前の由来は父に倣って飛ぶような名前にした。

凱旋門制覇馬と最も凱旋門制覇に近かった馬の産駒という事で話題を呼んだ。新馬戦から順調に勝ち上がるとNHKマイルを制覇、その後にはなんとクラシックで凱旋門に挑戦。2着の大健闘で日本を沸かせた、そして翌年再び凱旋門に挑戦し見事に制覇。日本馬としては史上2頭目の凱旋門制覇を成し遂げた。

鞍上は海老名 政由(えびな まさよし)騎手。警戒心が強い癖に好物のバナナを貰うと直ぐに心を許すチョロい子、だがそれを言うと怒って噛んでくるとの事。
凱旋門制覇時には、大粒の涙を流しながら相棒の名を呼びながら感謝し続けた。


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348話

活動報告に新しいお知らせを掲載いたしました。

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「今日は宜しって如何したのなんかふらふらしてるけど!!?」

「いえ……ただ、この世の真理を垣間見れたんです……ありがたやありがたや……」

「えっ何これ、マックイーンこれって係員さんにいった方がいいの?」

 

間もなくゲートインという所、前年度覇者としてフローラに挨拶をしようとしたテイオーは妙にふらふらしているというか、浮遊感が生まれているフローラの事が心配になってきた。何かあったのだろうかと不安になる中でイクノが優しくテイオーの肩を叩く。

 

「心配なさらずとも大丈夫です、多分ランページさんが手を振ってくれたとかそんなのでハイになってるだけだと思います」

「えっハイってこういう状態だっけ。どっちかと言ったらヘヴン状態って言われた方が納得するんだけどボク」

「あ~まあフローラってこういう状態に良くなるらしいもんね、ランが愚痴ってたよ」

 

不安になる一方でネイチャがやれやれと言わんばかりに肩を竦めながら肯定した。

 

「なんていうだろうね、オブラートに言えばフローラってランの一番のファンでライバルな訳でファン的な気持ちがよく爆発するんだって。それでラン的にはうざったいっていうのが真っ先に出るからあしらってるんだって。テイオーが会長さんにあしらわれるみたいなもんだよ」

「えっボクって他の人からこんな感じに見られてるの……?」

「流石にこれほどではないけど同類だと思う」

「……マックイーン、礼儀作法って教えて貰える?」

「お望みならお教えしますが……淑女口調のテイオー、違和感が凄いですわ」

「どういう事なのさぁぁ!!?」

 

何処かほんわかとしつつ和やかな雰囲気に包まれている日本勢に海外勢は何処か理解出来なさそうな顔をしていた。海外ではチームを組んで一人を勝たせる戦術はある、本当の意味でチームの為の勝利を目指す考え方。今回ジャパンカップにはカノープスから多くのウマ娘が来ている、それを狙っての事―――だと思ったのだが余りにも空気が緩いのである。

 

「でも、ターボさんエリザベス女王杯であんなに走ったのに大丈夫なの?」

「モーマンタイ!!トレーナーのお墨付き貰ってるから大丈夫、ランにお願いしてメジロの療養所使わせて貰ったの!!それと……注射、打って貰ったの……」

「そこまでしたんですの!?ツインターボさん、尊敬しますわ」

「師匠注射打ったの!?」

「ターボ凄いじゃん!」

「先輩そこまでしてこのレースに、感動だぁぁぁぁ!!」

 

本来ターボは疲労から出れる訳がないのだが、メジロの療養所活用で疲労を抜いていたターボだがそれでも間に合いそうになかったのでトレーナーが条件を出した。それは使用許可も確りと出ている疲労回復効果のあるビタミン注射である。が、ウマ娘というのはたとえ成人していたとしても注射を酷く嫌がる、理性ではなく本能的な忌避感が強く、幾ら疲労回復の為とは言え注射を打つなんて絶対に嫌だと首を横に振る。子供のウマ娘の予防接種会場は修羅場になるのもこのため。

 

「多分それさぁトレーナーさんなりに出走を諦めて貰おうとしてたんじゃない?エリザベス女王杯からジャパンカップなんてそれこそイクノやラン位じゃないと成立しないローテなんだからさ」

「ターボもそう聞いた、でもターボ出たかったから……頑張って受けた」

 

そこまでしてレースに出たいならばしょうがないと南坂もため息交じりに認めて、療養所の皆さんにも疲労回復のフルコースをお願いした結果としてターボは出走許可を出せるレベルにまで回復したのであった。

 

「ジャパンカップを取ってG1連勝するぞ~!!」

「おっと師匠、ボクの連覇は譲らないよ!!」

「私も勝利を譲る気はありませんわ、メジロ四天王の名に懸けて」

「おっとそう言う事言われちゃったらアタシだってカノープスのダービーウマ娘として引き下がれないねぇ」

「それはあたしも同じです!!うおおおおっ今年のダービーウマ娘の力を見せるぞぉぉ!!!」

「ライスも、お姉様の前で負けたくない!」

「私だって今日こそ初のG1勝利掲げちゃうんだから!!」

「私もです。ランページさんと同じ舞台を制してみせましょう」

 

だが、先程までの空気が一変した。和やかなのは見た目だけだ、そこには全員が勝利を唯目指している冷たく鋭い空気があった。結託している者などいない、それぞれが勝利をリスペクトして対戦相手全員と真剣に向き合って勝とうとしている姿が見て取れた。誰かを勝たせる気概はなく全員が等しく―――勝利を渇望している。

 

「……」

「エルグッツ、どうした」

 

それを見つめていたエルグッツにオルタが声をかけた。

 

「私は二度、この国に来た。ハッキリ言ってこの国のレースは未成熟なところがある、相手に何かをするんじゃなくて自分を伸ばす方向性が強い。正々堂々って言えば聞こえはいいかもしれないけどそれは恐れもあるって思うの」

「それは日本人の気風と言えるだろうな」

 

元々オルタナティブセブンはシンボリ家のウマ娘だった。そんな彼女からすればエルグッツの指摘は理解に難くはない、日本はウマ娘のレースに何処か神聖視しているというか正々堂々、スポーツマンシップに満ちるべきだという考え方がある。故にデバフはマイナーでしかない、そんな考えが海外戦線での戦いを辛くしている要因の一つとも言われている―――が

 

「だけど未成熟である筈なのに、それこそがこの国の強み何だって事が良かったわ。あの人が強かったのもこういう事なのかしらね」

「否定しませんよ」

 

自分の言葉に答えたのはいつの間にかトリップから帰ってきたフローラだった。

 

「私たちはそんなレースを愛している、そんなレースが世界の頂点を取ったのも事実。私もあの人の強さに惚れた、そして私はあの人の前に貴方に勝つ、凱旋門ウマ娘の貴方にね」

「―――いい度胸ね、海外G1に進めていない貴方が私に勝てると思ってるの?」

「勝つわ、それがレースでしょ」

 

短く、それだけを伝えてフローラは緩んでいた顔を正して前を向いた。そんな姿を見送ったオルタはその背中に影を見た、あの影は―――メジロランページと同じものを纏っていた。このレースは何が起きるのか全く分からない、気を抜く事は出来ない……全力で行かなければ。

 

「このレースは私にとっても重要な意味がある、エルグッツ貴方だろうと私は蹴散らしていくつもりだ」

「やれやれこれじゃあ私が日和見みたいじゃない……いいわ、この国に見せてやろうじゃない。凱旋門ウマ娘の実力ってものを」




メジロストレート 牡馬

メジロランページの9年目の産駒。父はサクラバクシンオー。
名前の由来は驀進、直進からの連想。

最強スプリンターたるサクラバクシンオーの子故か優れた瞬発力を持ちながらも母から頑丈さを受け継いだためかスタミナもある高速ステイヤー―――ではあるのだが、短距離から長距離まで走るスピードとスタミナがある。高松宮記念を取っていることからスプリンターと思われるが、ダイヤモンドステークスも制している、その為メジロの中でも最も適正距離が分からない競走馬となった。

鞍上は児島 布戸氏(こじま ふとし)騎手。気性が荒い方だと思われているが、少し神経質なだけでさみしがり屋とコメントしている。


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349話

活動報告に新しいお知らせを掲載いたしました。

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遂にゲートインの時が来た。次々と収まっていくウマ娘達、最後に大外枠にフローラが入る。大外だと分かった時に思わず、自分はにやけてしまった事を覚えている。何せランページが大外だったことが多かったからだ、自分もよく覚えている。なぜかよく大外を引くのである、普通は運が悪いと同情するのだが彼女の場合は大逃げ故か大外の不利も何のそのだった。自分もそれに肖りたいものだ。

 

『さあG1ジャパンカップが今ッ―――スタートしました!!綺麗なスタートですが一人、いや3人大きく飛び出したウマ娘がいる!!ツインターボだ、ツインターボ!!エリザベス女王杯の覇者たるトリプルティアラのツインターボが前回のジャパンカップと同じく見事なスタートを切りました!!そしてそれに続くのは鉄の貴婦人イクノディクタス、そして大華アグネスフローラ!!これはなんとも、メジロランページのジャパンカップを思い起こさせる展開になってきました!!』

 

矢張り飛び出したターボ、だがそれはフローラにとっては可愛い姿だ。あの人を師匠と仰いで大逃げをする姿、簡単にその背後に付く事も出来るがターボのペースはランページよりも激しいので自分の事はよく見ておかなければならない。そして自分の背後にはイクノ、思えば彼女との対決もランページとの歴史か。

 

『4番手には秋の天皇賞を制した名優メジロマックイーン、絶対の帝王トウカイテイオー、レガシーワールドが続きます。そのやや後ろにライスシャワーとナイスネイチャ、マチカネタンホイザが連なります。そして此処にエルグッツとオルタナティブセブンが控えています、スタープリンス、ゴーストチャンス、ウイニングチケットと続きますがやはりというべきか、このウマ娘の出るレースは必ず超ハイペースとなっております!!』

 

このレースのペースを作るのはターボ、そしてターボが作るレースのテンポと言えば超ハイペースしかありえない。海外のウマ娘からすれば最後のスパートを残す気もない大逃げにしか映らない、日本にはラビットはないと聞いたのにあるじゃないかと思う中で過るのは大逃げで世界の頂点に立ってみせた暴君の姿である。そう、あのウマ娘の登場でラビットウマ娘がそのまま逃げ切って勝つレースも増えているので全く油断できない。

 

『おっと、此処で海外勢がペースを上げてきました。間もなく半分を切る所ですが此処でペースを上げて先頭集団を捉えようというのでしょうか』

『何せ先頭はツインターボですからね、メジロランページの活躍で逃げウマ娘に対する認識は海外ではかなり変わっているようですから当然の反応でしょう』

 

ある意味では正しい、だが何て可愛い行動だろうとフローラは薄っすらと口角を持ち上げてしまった。ターボを捉えたいのだろうが、こんなところから上がっていってしまったらラストスパートで使える力は著しく減少して、まともなスパートはかけられない。分かっていないのはランページと対戦経験がない彼女達だけ……他は静かに自分のペースを貫き続けている。

 

『さあ残り1000mを切りました、先頭はいまだツインターボが先頭。その後方にはアグネスフローラとイクノディクタス、此処でライスシャワーが4番手に上がってメジロマックイーンは一つ下げまして続いてトウカイテイオー。レガシーワールドは此処、その次にナイスネイチャにマチカネタンホイザ、エルグッツ、オルタナティブセブンにウイニングチケット』

 

このハイペースに既に脱落者は出始めている、無理に上げてしまったペースに身体はついていけずに後退していく海外勢。その中でも地位を保持し続けるのはオルタナティブセブンとエルグッツ。対戦経験者は伊達ではないと言わんばかりだ、だがここで牙を剥き出しにしたのは―――見に来ている祖母の為に走るウマ娘。

 

『此処でオルタナティブセブンが上がっていく!!一気に3番手にまで上がって来たぞ、このまま先頭を捉えられるか!?』

 

ラストコーナーでオルタが仕掛けて前に出た。一瞬の隙、僅かに外に膨らんで出来た隙間を縫うかのように飛び出していく。だがそれは他も同じ、此処で出たのならば最後の直線で勝負だと言わんばかりにその号砲を切ったのはターボだった。

 

「真・ドッカンターボだぁぁぁぁ!!!」

 

己の意思と感覚で完全に制御できるようになったドッカンターボ、不規則でセオリーを無視するかのような加速をするそれを制御したターボは並のG1ウマ娘では捉える事が難しいレベルで一気に加速するのだが、此処に集うのは並のG1ウマ娘なのではないのだ。マックイーンが、テイオーが、ライスが、ネイチャが、タンホイザが、チケットが―――イクノが一斉に仕掛けていく。

 

『さあ直線に入った、ツインターボ先頭!!このまま逃げ切るか、G1連勝なるか!!?いやオルタナティブセブンが一気に上がっていくぞ、これが凱旋門出走ウマ娘の実力だと言わんばかりの物凄い追い込みだ!!一気に2番手にまで上がるが、い、いやエルグッツも来た!!凱旋門を制したウマ娘が今度こそ勝利を我が手にせんと上がってくるぞ!!!だが日本も負けていない!!差はほとんどない、ツインターボはこのまま逃げ切れるのか!!?』

 

目の前にいるのは3人、エルグッツ、オルタナティブセブン、ツインターボ。その全員の走りを目に焼き付ける、そしてそれらの挙動を理解しながらも身体を動かしていく。解析が終わったと言わんばかりに瞳が閉じられる―――刹那、全身に力が漲ってくるのを感じながら瞳を開けた。そこには4人のウマ娘がいた……先程の三人、そしてその先を走る尾花栗毛のウマ娘が見えた瞬間に暴走させるかのように解き放った。

 

切望された大華

 

『さあエルグッツが今、ツインターボを完全に捉えて抜いた!!いやオルタナティブセブンが前に出た!!オルタナティブセブンが先頭、いやエルグッツも再び抜き返すぞ!!ツインターボはもう苦しいか、ツインターボの先頭は此処で終わりか!!エルグッツかオルタナティブセブンか―――い、いやっ!!!彼女がいた、独裁暴君のライバル、アグネスフローラ、アグネスフローラが一気に来た!!!イクノディクタスも上がってくる!!マチカネタンホイザも一気に来る、トウカイテイオーとメジロマックイーンも負けじと上がる!!レガシーワールドも必死に食らいついている!!アグネスフローラ、アグネスフローラがエルグッツとオルタナティブセブンを完全に捉えたいや差した差したアグネスフローラが僅かに前に出た!!僅かなリードを守り切れるのか、いや守り切っているそのまま、そのまま、ゴールイン!!!!アグネスフローラ、ジャパンカップを再び制しましたぁぁぁぁぁ!!!2着オルタナティブセブン、3着にイクノディクタス!!4着にエルグッツ、5着にトウカイテイオー!!!』

 

走り尽くした、出せる限りの全てを出し切ってフローラはゴールした。その果てに凱旋門すら制したウマ娘を下して見せた。頭がぼんやりと霧が掛ったかのような深い深い疲労感が襲ってくる中でそれは聞こえて来た。

 

『そしてタイムは―――2:21:9!!?前年のトウカイテイオーの2:22:1よりも更に、メジロランページのワールドレコードに肉薄してみせたぞアグネスフローラ!!これがランページ世代の力だと言わんばかりの見事な走りでしたぁっ!!!!』

 

それは、ジャパンカップで叩きつけたワールドレコードすら越えた記録だった。フローラはこのジャパンカップでランページに勝利はしていた。それが分かるとフローラは大粒の涙を流しながらも空を仰いだ。そしてそのまま笑顔を浮かべたまま観客席に向けて手を振った。その先にいるのは―――

 

「見事だったぜライバル」

 

そう呟きながら手を振ってくれているランページがいた。それだけで、フローラは……満たされていた。




メジロラプター 牡馬

メジロランページの10年目の産駒。父はマヤノトップガン
名前の由来はトップガンから戦闘機へ連想。

小柄で穏やか且つ甘えん坊な性格で、母にも厩務員にも甘えていた。競走馬になれるのか?という不安を持たれたが、いざ調教をすると秘めたる野生が解放されるのか、名前通りの勇猛さを見せ、新馬戦から皐月賞まで一気に駆け上がるが、惜しくも2着。続くダービーでは母のような大逃げを打って大差勝ち、かと思いきや菊花賞では最後方から追い込みで勝利するなど父の変幻自在の走りを見事に受け継いでいた。

鞍上は母の鞍上も務めた水流添騎手。甘えて良い時とそれ以外の時を理解していて、小悪魔的な計算高さは母からの遺伝を感じる、との事。


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350話

活動報告に新しいお知らせを掲載いたしました。

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アグネスフローラ、ジャパンカップ二度目の勝利。ここ数年のジャパンカップのレベルは異常の一言、それもこれも全ては独裁暴君たるランページのせいとも言えるのだが……それに負ける訳にはいかないと同年代の友や後輩たちが力を付けたのも確かな事実、それは日本のウマ娘のレベルが確実に世界へと肉薄していることを意味していた。

 

『アグネスフローラさん、この勝利をどなたに届けたいですか?』

「ランページさん以外にいると思ってるんですか?」

 

インタビューでシレっと発言するフローラ、余りに淀みなくノータイムの返答に質問した記者だけではなくほぼすべての記者が固まっている。フローラの隣の東条は頭を抱えたくなった。がその一方で笑っている記者たちもいた、それはランページが馴染みにしている記者たちだった。その答えを聞いて彼らは勝手に声を上げた。

 

「でしょうね。貴方はずっと対ランページを掲げて走ってきたんですものね」

「執着せずにいれば、最多重賞勝利も樹立可能だった事だろうに。でもそれだからこそ貴方ですもんね」

 

記者からの初めての理解の言葉ににこやかに笑った。

 

「如何して今の私があるのか、そんな理由は一つですから、私の強さは結局の所あの人に直結してしまう訳です。そして私は漸く―――あの人を上回る事を一つ作ることが出来た……これで漸くチームリギルのメンバーとして遜色なくなりましたかね」

「何言ってるの、貴方の事をリギルとして不足だと思ったことは一度もないわ。そんな風聞を気にしていたならば無駄だったわね、あんな物事の本質を見抜けない戯言なんて気にするだけ無駄よ」

 

生放送でもあるその現場、それを見たものは驚いた事だろう。あの真面目な東条トレーナーが記者やテレビカメラの前であるのにも拘らずにここまで率直な言葉を発するなんて。

 

「次走は如何します?」

「そうですね~……今年は終わりかな、来年の海外戦線に向けて色々と備えたいですし」

 

そう言われて納得の息が漏れる、最近のウマ娘の出走スケジュールはかなり過密な傾向がある。それも元を正せばエリザベス女王杯からジャパンカップというスケジュールを組んだウマ娘のせいなのだ、あれだけ激走したのだから次に備えて休養をとったとしても可笑しくは―――

 

「なんだ休みか、ならいい話があるんだけどねぇ」

 

そんな声が聞こえてくる。インタビューの会場となっている部屋の扉が開けられてそこに寄りかかっているウマ娘が発した声だった。その声に思わず飛びつきそうになるがそれを必死に制止する、というかそうしないとおハナさんに前言撤回されてリギル脱退を命じられかねない。そこにいたのは勝負服を着ているメジロランページの姿だった。

 

「あら珍しい、貴方がこんなところに来るなんて」

「現役時代はよく来てたんすけどね、まあ俺の事はどうでもいいんすよ。フローラ、お前今年はもう暇って認識でいいんだろ」

「えっ?ええまあ、そのつもりですけど……取り合えず休養からの海外戦線準備のトレーニング、ですかね?」

「そうね。その為にも休養後にはメンバーを揃えた模擬レースでも組もうと思ってたんだけど」

「なら、良いのがありますよ」

 

そう言いながらもランページはワザとらしく懐を探る、そこにあるのは一枚の便箋。それをスナップを利かせて手裏剣のように投げるとそれは寸分違わずにフローラの手の中に納まった。

 

「おおっ……ンで何ですかこれ?」

「レジェンドレースの特別推薦枠の招待状だ、出走レース枠は開けておいた、好きなレギュレーションに出走すればいい」

 

基本的にレジェンドレースやファイナルズは予選を勝ち上がっていく方式だが、ランページには主催者兼企画者の特権で特別推薦枠という者が存在している。尚、当本人はそんなものがあるとは全く知らなかった。URAの現理事長が用意してくれたらしいのだが……今回はそれをフローラに贈呈する事にした。

 

「俺は一応芝中距離にエントリーする」

「へぇっ……嬉しい限りじゃないですか、もう来ないと思ってた貴方を倒すチャンスが巡ってくるなんて」

「抜かせ、伊達に無敗を貫いたわけじゃねえんだ。それにお前が勝ったのはあくまで過去の俺だ、しかもシニア前のな。漸く追いつけた位で勝つなんて抜かすな」

「いいじゃないですか、勝ってやりますよ。初黒星をプレゼントしてあげますよ」

「言うようになったじゃねえか、あぁっ?」

 

とジャパンカップの優勝インタビューだったのにランページとフローラはバチバチにやり合い始めた事で、既にジャパンカップの優勝の話題は薄れつつあった。栄光あるジャパンカップが……そしてなぜランページが此処まで言うのかというと別の理由がある。

 

「それと、お前に負けてやるわけにはいかないかもしれねぇ。つうか普通に負けるかも」

「あらっ随分弱気ですね?」

「芝中距離レジェンドレースの面子舐めんなよお前マジで、マルゼン姉さんとかエースさんにTTGも参加するんだぞ?」

「―――何それ怖い、魔境かなんかですか」

 

先程まで闘争心むき出しの表情だったのが一気に真顔へとなった。記者たちにも何それ修羅面子……と言葉を失っている。

 

「これで会長やらもこっち来たら如何しようかと思った位だわ……」

「あのやっぱりこれお返ししてもいいですか?」

「クーリングオフは受け付けておりません」

「そがぁっ!!」

 

先程まで喜んでいた筈の招待状を思いっきり床へと叩き付ける。ランページと再び走れるのは嬉しい、嬉しいけれど他面子が冗談抜きで頭可笑しいのである。勝てる気がしないの一言しか捻り出せない。

 

「まあお前が出なくても俺はライアンとの再戦を楽しませて貰うだけだけどな」

「~っ分かった分かりました!!私も出ますよレジェンドレース!!出てやりますよこん畜生ぉ!!!おハナさん練習メニュー組むの手伝ってください!!」

「分かってるから半泣きになるのやめなさい、気持ちは分かるけど」

「そういう訳でインタビューの続きどうぞ~それでは皆様、気を強く持って善行を積むのだぞ~」

 

そんな言葉を言い残して去っていくランページ、荒らすだけ荒らして消えていった。まるで嵐のような展開だった……そんな中でフローラは思わず天を仰ぐ……が内心では荒ぶりまくっている気持ちを抑えるので必死だった。

 

「(やっばっランページさんの香りが招待状からする……宝物にしよっ)」

 

というかトリップしてるだけで既に気持ちは完全に立ち直っていた。

 

 

 

「あっママ~どこ行ってたの?マヤ、置いていかれちゃってプンプンなんだから!!」

「私も心配してたんですよ?着替えて何処かに行っちゃって……」

「少し野暮用を済ませて来たの、ごめんなさいね二人とも。お詫びに夕ご飯は特製ニンジンハンバーグにしようかしら」

「わ~いマヤニンジンハンバーグ大好き~!!チーズも入れて~♪」

「はいはい」

 

そして、元凶は着替えるとそのまま娘役の二人と合流して悠々と自宅へと引き上げていくのであった。




メジロスタンピード 牡馬

メジロランページの11年目の産駒。父はメジロパーマー。
名前の由来は新しい熱狂を作って欲しいから。

種牡馬引退が決定したパーマーの最後の相手としてランページが選ばれ、メジロが誇る大逃げコンビの子供として誕生。両親からの遺伝で逃げを得意とするが、波があり大逃げする時もあれば、抑え気味の逃げをする事も。一緒に走る馬の騎手からすれば極めて予測しづらいだった。走ってみなければ分からない逃げは作戦としては有効だったことは事実。皐月賞では大逃げをし勝利、ダービーでは先行よりの逃げで3着、菊花賞では溜め逃げで勝利と二冠馬となった。そしてランページ産駒としては珍しくダートが大の苦手だった。

鞍上は山田 泰正(やまだ たいせい)騎手。兎に角自由奔放で絶対にすることが出来ない自由でヤンチャ、しかもプライドが高かったと述べている。


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351話

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ジャパンカップも終わって今度はチャンピオンズカップが首を長くして待っている。シルバーストーン、エルグッツに続いて今度はシュタールアルメコアがチャンピオンズカップに出走する。それを迎え撃つのはレディセイバーとアメイジングダイナという日本が誇る最強ダートコンビ。他にも我こそはというダート実力者が次々と名乗りを上げているので大盛り上がりになる事は確実。

 

「ハァッ……見事に負けたわ、私もこれまでかしら」

「そんな事はないと思うが」

「うん、サラッとなんでいるのお前ら」

 

部室で仕事をしているランページ。そんな彼女を見ながらも緑茶と和菓子を摘まみながらアニメ鑑賞をしている二人、エルグッツとオルタナティブセブン、ジャパンカップにも出走した二人が何故こんな所にいるのか……折角日本に来たのだから観光して帰るつもりだったのだが顔を出しに来たとの事。オルタはシンボリ家に顔を出してスーちゃんに会ってきた帰りでルドルフに挨拶しようと思ったのだが、まだ授業中だからと迷惑になるのはマズいと困っていた時にエルグッツに連れられて此処に来た。

 

「折角だから日本観光の案内でも頼めないかなぁって来たの」

「テメェと違ってこちとらトレーナー業務があんだよ」

「But、やっているのはトレーナー業務とは違うように見えるが……?」

「まあな」

 

今現在やっているのはファイナルズとレジェンド関連の物、ついでに迷惑をかけてくる連中への対処。急速に台頭して自分たちの立場を脅かさんとするランページ、お前の権威など認めるか!!という者も多い。と言ってもランページはその辺りは一切容赦はしない、ボイスレコーダーも常に携帯していて自己防衛も完璧な上に法的手段の実行に一切の躊躇もない。既にメジロ家お抱えの弁護士に頼んで複数人の充てに文書を送ってある。

 

「開催前に言葉を交わすのもまた一興、参加自由、ご興味あれば出席くださいっと……」

「何パーティでも主催するの?」

「そんな所だ、出るも自由でないも自由。これを何かしらに結び付ける気はない、単純な親交深めませんかって集まりだ」

 

初開催の記念パーティ、交通費などは此方で持つと明記したうえでそれらを予選突破者に対して発布する。これはアサマとスーちゃんの二人から言われてやる事に決めた事、初年度だからこそやらなければいけないことは色々とあるとの事。個人的にはやる意味はあるのかとも思ったのだが、あの二人からの言葉なので素直に聞くことにした。

 

「それでレジェンドレースに私たちは出られたりは」

「する訳ねぇだろうが、国内限定にしてるからこんな自由に出来んだよっつうかこれサンデーさんにも言ったな……」

「……興味があったが致し方ないか」

 

エルグッツに比べてオルタは極めて物分かりが良いので助かる限りである。

 

「夜でよければ行きつけの飯屋でも連れてってやるが」

「それでもいいわ、休日は空けておいてね」

「ったく一方的な都合ばかり……しゃぁねぇな」

「済まない、私が出来ればいいんだが変わり過ぎていて分からない」

 

なんだかんだ言いながらも引き受けてくれる辺り、人の好さが滲み出ている。世間で言われる程、メジロランページというウマ娘は自分勝手でもなければ自己中心的ではないのである。

 

「にしても、レジェンドレースはマジで頭おかしい事になってきたなぁ……」

 

改めてレジェンドレースの出走者を見てみると本当に凄まじい事になっている、イナリやオグリも此方にエントリーしている上にお姉様ことクリークやタマさえも此方に来ている。ドリームトロフィーリーグは大丈夫なのかと不安になりたくなるが、彼方は彼方で問題なく実施されると聞いて胸を撫で下ろした。というか、永世三強とタマも中距離に登録してるのでマジで魔境になっている。

 

「俺だろ、ライアンにマルゼン姉さんにTTGの皆さまにエースさん。タマ先輩にオグリさん、イナリの姐さんにクリーク姉様、皇帝も来るし……マジで頭いてぇ……今からでも別のブロックに行こうかなぁ……」

「大変そうだな、肩揉むか?お婆様も喜んでくださったのだが」

「いや気持ちだけ受け取っておく……気が重いぜ」

「こういう時日本だと確か……ハハハハッザマぁないぜ!!だったかしら」

「おい、修正するぞこの野郎」

 

一体誰だ凱旋門ウマ娘にこんな事を吹き込んだのは……*1と言いつつもこれだけど派手な面子と走れる事に喜びを感じている自分がいるのも事実であった。文字通りの伝説が列挙する会場、現役時代に様々な伝説たちを出会ったからこそ本気で競い合いたいという思いから誕生したこのレース。自分と同じ思いを抱く者もいる、この猛者だらけの中距離に挑む者がいる―――夢に挑むものたちが集うのだ。

 

「それにしても、良くそんな事出来るわね……私だったら絶対に無理よこんなの」

「私も……経営学や帝王学は学んではいるが」

「まあ勢いだな」

 

個人的にはファイナルズの方が理想に最も近い、地方トレセンだけではなく一般校からの予選突破者もそれなりにいる。レジェンドレースの方は自分に引っ張られ過ぎている気がするが……まあ初年度故の致し方なさが出ていると思うしかないだろう。

 

「どうせならお前らもファイナルズとかは見物してけよ、いい席は保証してやるよ」

「当然よ―――私の友達も出る筈だからね」

「そうなのか」

「名前なんだ、検索かけるわ」

「いや~……なんというか、昔にちょっとあってさ……会いにくいんだよねぇ」

「よしセッティングするから強制参加な、スケジュールは俺が国に掛け合うから任せとけ」

「アンタに人の心はない訳!!?」

「伊達にあの世に逝きかけてねぇぜ」

「どんな人生経験してんのよ!!!」

 

そんな事もありながらも賑やかな時間は進んでいく。その後、二人はトレセンの練習風景を見学したりサンデーが2人にちょっかいを掛けたり、ルドルフとラモーヌ、そしてシービーの三人が調整という名目でサンデーにリベンジマッチを仕掛けたりと様々な事が起きていった。

*1
スーちゃん「テヘっ♪」




メジロダンスオー 牡馬

メジロランページの12年目の産駒。父は世紀末覇王テイエムオペラオー。
名前の由来はオペラが歌劇からの連想。

独裁暴君と世紀末覇王、凄まじいパワーの字面を両親に持つ。そんな中生まれたのは、覇王と暴君、その二つを受け継ぐ怪物だった。母譲りの快速と父譲りの心臓の強さを併せ持ち無敗で皐月を迎えるがでは2着に終わる。しかしダービーと菊花賞の二冠を達成し、オペラオーとの親子三冠を達成。独裁覇王と恐れられオペラオーのように行くと思いきや海外戦線へと移行し、敵陣営から胸を撫で下ろされた。

鞍上はテイエムオペラオーでお馴染みの和多 龍治(わだ りゅうじ)騎手。本気で走るとその力強さと速さから、本気で怖い、死ぬ気で手綱を握らないと死んでいた、と述べているが、そんなコメントを貰えるとは思えない程に人懐っこく、和多騎手の顔をよく舐めて甘える姿がカメラなどに収められている。


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352話

活動報告に新しいお知らせを掲載いたしました。

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「はい用意出来ましたよ、すいません遅くなっちまって」

「気にしてへんで、この大喰らいの腹が大人しくせなんだせいで逆に急かしたみたいでごめんな」

「寧ろ謝るのはこっちっすよ、プレアデスの練習に付き合った貰った上にサンデーさんがちょっかい掛けたせいなんですから。姉さんもごめんなさいね」

「気にしないでください。寧ろ久しぶりに頼られて嬉しかったですから♪」

「ま、まだ、ダメか……!?」

「あっすいません、どうぞ」

「いただきます!!」

 

待てから解放された腹ペコの大型犬のごとく、食事に一気に齧り付いた。齧り付いたのは目の前に置かれていた肉の塊、普通なら分けるべきなのだが空腹の為かそのまま行ったのだが―――歯を立てた瞬間にホロリと肉は溶けるように裂けて口の中に納まった。その柔らかさに驚愕しつつも肉から染み出す脂の甘さと濃厚なタレと肉の旨味、そして食欲を掻き立てるフライにされていたニンニクのチップが口の中で混ざり合う。その味に思わず、天を仰ぎながら旨い、と一言だけ呟くと我慢出来ないと丼で出されていた米をかっ込んだ。

 

「ふふぁい!!ふぁ、ふぁんふぇふぉふふぃいんだ!!」

「いきなりがっつきすぎやオグリ!?というかいきなりやりすぎや、ウチも狙っとったんやぞそれ!?」

「こっちに切り分けたのあるんで」

「ってあるんかい!!でもいただくでぇ!!」

「いただきぃ!!かぁっ~なんてうまいんだい、こりゃ米を我慢なんて出来ねぇ!!」

「ってぇ今度はお前かイナリぃ!!」

「まあまあ、まだありますからゆっくり食べましょ。オグリさんもちゃんと噛んでくださいね」

「わふぁっふぇる!!」

「口の中のモンちゃんと飲み込んでからしゃべらんかい!!」

 

ランページの自宅で行われている食事会、参加者はお世話になっている先輩方であるオグリ、タマ、クリーク、イナリの4人。自分のチームも含めて色々と助けて貰えたのでそのお礼なども含めて夕食をご馳走するになったのだが……サンデーが煽ったせいで突発的に発生したレジェンドレース(仮)のせいで時間がかなりズレこんでしまった。故にオグリなどはずっとお腹を鳴らしていた、繋ぎとしてニンジンの野菜スティックを出したが全て平らげられた上に全然足りなかったと来たものだから困ったものである。

 

「しっかし随分と用意したもんだね、下拵えだけでも大変だったんじゃないかい?」

「如何って事ねぇっすよ、偶にスズカとか泊まりに来てますし誰かの為にメシ作るのは慣れたもんです」

 

まあ今回はオグリの事もあったので大変だった面もある、主に買い出しが大変だった。商店街と親しくしていた影響か、買った品物は配達して貰えたのは思わぬ幸運だったと言わざるを得ない。

 

「此処に居る全員がレジェンドレースの中距離に出走する……漸くマジで走れるなぁランページィ」

 

獰猛な肉食獣のような表情を作りながらも漸く手に入れた角煮を食べるタマ、シングレ顔だったのに角煮を口に入れるとウマッ!!?とプリティ顔になった。変化の激しい事だ。思えば、タマとはトレセン学園の編入試験の時から親交があった。ある意味でトレセン学園では一番古株な付き合いがある。

 

「そうですね、練習とかではガンガンやってましたけどマジは初めてですね」

「ドリームトロフィーリーグに来ると思っとったのに、引退からのトレーナー、そうしてファイナルズにレジェンド開設」

「本当に凄い事ですよね~」

「あのマルゼンスキーやカツラギエースさんと走れるなんて、ウマ娘として滾らない話はないよなぁ!!」

「まっふぁはふふぁ」

「「ちゃんと噛めよ……」」

 

彼女らからすればレジェンドレースは本当に楽しみでしかない、別にルドルフ達との戦いが心が躍らないという訳ではない。だが世代的に離れていたり既に完全に引退してしまってガチのレースで戦えないレジェンドは数多く夢物語でしかなかったそれと本気でぶつかり合えるなんて心からの喜びが沸き上がるのである。

 

「俺は結構気が重いっすよ、永世三強とかに加えて皇帝まで来るからなぁ……」

「ハァッ!?皇帝ってルドルフの奴、ドリームトロフィーリーグに出るんちゃうんか!?」

 

思わずタマが大声を上げてしまった、確かにレジェンドレースに出たいと言っていたのは知っている。だが自分までそちらに行ってしまうと本格的にURAの立つ瀬がなくなるという事で自重した。その代わりにサンデーとのレースをよくセッティングしているとも言えるのだが……。

 

「あ~その皇帝じゃねぇっす」

「(ごっくん……)では、どの皇帝なんだ?」

「TTGの世代でダービーウマ娘って誰か分かります?」

「トウショウボーイさんにテンポイントさん、グリーングラスさんの世代のダービーウマ娘となると確か……」

「ああっそうか、あの人かい!!」

 

TTGの三強世代、だがその馬を加えてTTGCと呼ぶこともある。その名もクライムカイザー。TTGの三強世代に果敢に挑んだ皇帝、ダービーでは鞍上の加賀 武見騎手がトウショウボーイは馬体を併せられると怯むという弱点を見抜き、トウショウボーイの進路を塞ぐような斜行ギリギリの移動攻撃を行って体勢を崩させた事でダービー勝利を勝ち取った。この強引な騎乗故か、クライムカイザーは一部ファンから犯罪皇帝*1と呼ばれてヒール扱いを受けてしまう訳だが、そんな扱いを受けながらも安定した戦績と人気を誇った皇帝だった。

 

「そっちの皇帝だったのか」

「犯罪皇帝なんて酷い名前つけられちゃぁいるが、あの人の移動攻撃はマジで見事なもんだよ。資料で見た時は目を丸くしたもんさ」

「ええ、あれほどまでに好位置を維持したり奪取する技術は見た事がありません」

「トレーナーが言っとったなぁ……ルールに準拠して反則でなければそれは戦術として正しい形、作戦は相手に苦手を押し付けるものだから当然って」

「俺もあれが卑怯だとは思いませんよ。寧ろ、相手に適した戦法を使う強敵だと思いました」

 

ウマ娘のクライムカイザーもダービーウマ娘となった際にバッシングを受けたのだが、彼女とそのトレーナーは強かった。

 

『誉め言葉として受け取っておこう。何を言われた所でこの勝利は揺るがない、ルールを確りと守ったし運営側もそれを認めた。作戦とは如何に相手の苦手を押し付けるかだ、それを非難するという事はスポーツにおける全ての作戦を非難するという事だ、理解してるか?』

『本当に強者であるならばどんな障害があったとしても跳ね除けるか、それでも勝つだろう。今回は間違いなく俺のカイザーが彼女らを上回っただけ、ただそれだけの事だ』

 

余りにも堂々とした二人にバッシングは起こらなかった、それどころか肝心のトウショウボーイがあれは向こうの作戦勝ちである事を認めた上で弱点を突いてくれた事への感謝を述べた事で世間は何も言えなくなっていった。

 

「登極皇帝までも来るってのかい……こりゃますます楽しみになってくるねぇ!!」

「上等やないか、オグリクリークイナリ!!明日からガチで鍛えるで、絶対にレジェンドレースで勝ったるで!!」

「フフフッ皆で競った時を思い出しますね」

「ああっ私も負けるつもりはない……!!

 

和やかな食事会はいつの間にかレジェンドレースに向けての決起集会のようなことになっていった。と言っても結局用意した食事は全て平らげられた訳だが……。

*1
クライムカイザーのクライムは上り詰める(Climb)であって犯罪(Crime)ではない。




メジロクリスタル 牡馬

メジロランページの13年目の産駒。父は漆黒の帝王シンボリクリスエス。
名前の由来は艶のある黒い馬体からクリスタルにした。

良くも悪くも両親の素質を受け継いでおり、晩成型の競走馬だった。皐月ダービーでは3着と善戦こそすれどあと一歩足りない印象だった。父であるクリスエスもそうだったためか、秋まで待って見る事にした結果―――菊花賞ではなんと9馬身差で勝利、有馬では同着の2着と長距離での才能が開花。その後、メルボルンカップを制覇するなどメジロの馬としてこれ以上才覚を持った結晶ステイヤーとして名を馳せる。

鞍上は園部 裕雄騎手。気高くありながらも親しみ易さのある、一緒にいて和む馬だった。そしてルドルフに負けない位に良い馬だったと彼を誉めていた。


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353話

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もう一つのジャパンカップ、チャンピオンズカップがやってくる。日本におけるチャンピオンズカップは国際競争でありながらも海外からの挑戦はハッキリ言って皆無に近い状態だった。国際競争ではあるものの、日本のダートは芝に比べて良いとは言えなかった。が、それがここ数年は一転してダート人気が一気に過熱して海外からの挑戦者が相次ぐ環境となっていた。理由は単純明快

 

『あのメジロランページ、その好敵手たるレディセイバー、アメイジングダイナの生まれ故郷で走りたい!!』

 

そんな理由だった。それを裏付けるかのように此処2~3年で日本のダートを取り巻く環境は一変していた。芝よりも格落ちのレース、二軍である地方のメインレース、そんな失礼過ぎる偏見は二刀流の怪物によって駆逐されて、それに刺激されて今度は自分が第二のメジロランページになってやる!!という空気が生まれている。URA的にもこの流れは良い傾向で、芝に比べて如何しても格差のあるダート開催時の収益は倍に膨れ上がっていった。まだ芝と比べると劣っているが、それも数年で是正されるのは目に見えている。否定的な意見が多いランページだが、此処に関しては満場一致で感謝しかなかったという。

 

「よっ準備は良さそうだな」

「ええっ万全です」

 

控室、そこでは準備を進めていたレディセイバーの姿があった。日本のダートG1ウマ娘の一人として、再びこのレースを走る事が出来るのは光栄の極みである。

 

「私にとって、このレースはリベンジでもあります。ドバイの借りを此処で晴らすとしましょう」

「それ言っちゃったらBCクラシックで着順お前の方が上じゃねぇか」

「何言ってるんですか、レースという枠組みでは勝者は一人のみ。故に私は勝者ではない」

「BCクラシックの同着2位が言うなぁ……」

 

あのBCクラシックは伝説とされている、何せあのアメリカが完全な敗北を喫したのだから。今年こそ!!と思っていたのに肝心の自分は引退してしまったしレディとダイナは今年は海外へは行っていない、故かアメリカの一部ウマ娘はなんでだ!?と憤慨しているらしい。

 

「まあ来年は行きますがね」

「行くのかよ」

「去年の武者修行は何だかんだで私の身体にも大きな負担が掛かり過ぎましたからね、その療養を兼ねていたんです」

「の割にフェブラリーステークスじゃダイナとあんだけ激しくやりあったくせに……」

「それはそれ、これはこれです」

 

今年のフェブラリーステークスではダイナが1着でレディが2着、その後はかしわ記念で再度激突して今度はレディが1着、ダイナが2着と完全に日本のダートのトップはこの二人で決まりと言っても過言ではない。そんな中で行われるチャンピオンズカップだが―――今年は本当に凄い面子が来る。

 

「改めて、この面子やべぇな。というか俺が居ないだけみたいになってんじゃん」

 

シュタールアルメコアが出る事は分かっていたのだが、他の面子も中々だった。フランスからリスフルーヴ、ニュージーランドからアームドリンクス、アメリカからアイリーン、エーピーインディ。ドバイワールドカップとBCクラシックを混ぜたような面子が海外から挑戦しに来ている。ハッキリ言って自分のチャンピオンズカップよりも遥かにとんでもない事だ。

 

「叩き潰すのに相応しい面子ですね、見事に勝ってみせましょう」

「随分な自信だ事」

 

ジャパンカップに凱旋門ウマ娘がやって来たのに、チャンピオンズカップだってそれに負けない位の面子が勢揃い。おかげで中京レース場周辺は大変な混雑になっていると聞いた、自分も此処までインプで来たが結構苦労した。

 

「レディさんなんか凄い事に……ってうわっランページさんじゃないですか!?」

「うわとは何だうわとは。折角解説に来てやったのに随分な言い回しだなこの野郎」

 

やって来たのは同じく日本のダートの二大巨頭ことアメイジングダイナ。レディと同じく、今やダートを引っ張っていく存在となっている。驚いたが直ぐに笑顔になってランページの手を取った。

 

「これは情けない姿は見せられませんね!!」

「応、情けない走りしやがったらどんどん突っ込む解説してやるから覚悟しとけよ」

「うっひゃ~こわやこわや」

「それ以上に怖いのがいるけどな」

 

その言葉にダイナは頷いた。今回の海外ウマ娘は全員対戦経験があるが全員が海千山千の猛者ばかり。特にアームドリンクスなんてBCクラシックでは限界ギリギリまで競ってきたうえに今も成長しているというのだから驚きだ、彼女のフィジカルには限界がないと言わんばかりだ。しかもフロム公認AC乗りの称号を得てからは益々精神的にも充実していて芝でもダートでも無類の強さを発揮している。ある意味で二代目ランページを名乗っているのは彼女だという声も大きい。

 

「今回一番怖いのはやっぱリンクスだろうな、純粋に強い上にBCクラシックで一皮むけた上にさらに成長している。アルもまあ俺が多少見たけど……切り札頼りな所がようやっと少し矯正されたって感じか……と言っても他の面子も無視出来る訳じゃねえけどな」

「今更ですね、相手が強いなんて分かっていた事です」

「うんっだから私たちは全力でぶつかっていく事以外しませんよ、というかそれ以外出来ません少なくとも私は!!」

 

そんな風に言うダイナにレディも頷いた。ライバルはいつまでも自分が知っているライバルのままだったというのは正直な話、安心出来る。

 

「そっか、んじゃ俺もお前たちの為の解説頑張るかな。実況の仕事を奪う勢いで」

「それはそれであれな気もするんですけど私だけですか?」

「今更この人に自重を求めた所で無駄でしょう、出なければ私たちが目指したメジロランページではないんですから」

「どういう意味だこら」

「「そういう意味だこら」」

「息ピッタリか貴様ら」

 

気付けば和やかな雰囲気のままで随分と話し続けてしまっていた。そのまま話し込んでしまって携帯に連絡が来るまで笑い続けていた、自分も解説の仕事で此処に来た事を思い出して大急ぎで解説席へと向かうのであった。

 

「いやぁすいませんね、ライバル達の激励に行ってたら思わず駄弁ってました」

「思えば今回のレースでは皆さんランページさんとの対戦経験のある方々が集まりましたからねぇ……」

「すいません今から乱入ありってことで宜しく」

「なしですよ!!?」




メジロトレジャー 牝馬

メジロランページの14年目の産駒。父は最強マイラータイキシャトル。
名前の由来は父と母譲りの尾花栗毛は最早黄金、宝物に見えた、自分だけの宝物を探してほしいという願いを込めて。

ランページと同じく海外を制したタイキシャトルとの子供。黄金にも例えらえる程の素晴らしい尾花栗毛を受け継いだうえに好馬体だったのでデビュー前から人気を博する。世界最速と最強マイラーの子供故にその能力にも期待されるが、期待を裏切らない所上回る能力を秘めていた。無敗のまま迎えた阪神ジュベナイルフィリーズでは30分という審議の末にハナ差で勝利、NHKマイルを大差勝ち。そしてクラシックのまま父が制したジャック・ル・マロワ賞に挑戦し勝利。ダートでもその強さは健在、BCマイルにも出走するなど日本屈指のマイラー、黄金のアイドルホースとも呼ばれた。

鞍上は池沿 健一(いけぞえ けんいち)騎手。自分が乗ってきた中で一番大人しくて可愛い、頭も良くていい馬だったべた褒め。彼女にするならトレジャーかカレンチャン、いや迷うな……という迷言を残している。


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354話

活動報告に新しいお知らせを掲載いたしました。

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『さあ此処、中京レース場で行われるメインレースがいよいよ開幕しようとしておりますがそれを前にして途轍もない賑わいが起こっております!!なんと入場規制が敷かれる程の大観客、収容限界人数を超過を超える人々がこの一戦を目に焼き付ける為に押し寄せております!!急遽増設されたモニターでの視聴されている方も多い事でしょう、先週のジャパンカップに負けない程の大盛況となっております!!』

 

伝説となったメジロランページ対アンブライドルドのチャンピオンズカップを越える程の大盛況、観客が増加傾向だったので設置した追加モニターでも追いつかないほど大盛況で更に増設する事になったモニターでなんとか対応出来るようになった。それもその筈、今回の海外ウマ娘は全員がランページと覇を競い合った者ばかりなのだから。

 

『そして今回解説としてお呼びしておりますのは日本におけるダート大熱狂の口火を切ったこの方!!』

『おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、生涯無敗!!逃げる以外のチョイスなんてない、生意気なんて誉め言葉なランページだぜい!!皆の者善行積んでたか~?でおなじみのメジロランページでお送りいたします、宜しくお願いしま~す!!』

 

解説に登場したランページの存在に更に会場の空気はヒートアップ、願わくば参加者としてのランページが見たかったという意見も根強い。

 

『さあランページさん、二回目の解説者としての登場ですが今回の見どころというか注目所は何処でしょうか』

『やはり海外勢の日本のダート環境への適応力でしょう。日本のダートと海外のダートというのは大きく違います、アメリカなどのダートはスピードが出しやすいですが日本ではダートのクッション性が高いのでスピードではなくパワーが必要とされます。分かりやすく噛み砕いていうと、日本のダートは砂や砂浜に例えられますが、アメリカなどは土なんです。ですからアメリカなどで快速を誇っていても日本で同じようには走れません、逆に欧州などの芝適性を持つウマ娘は日本のダートの方が走りやすいという話もありますね』

 

真面目に解説として仕事をするランページのコメントには多くの者が耳を立てていた。世界最速最強のネームバリューもあるが、それ以上に実際に芝とダートを走って世界の頂点に立った者の言葉故の説得力があった。

 

『そうなりますと、今回アメリカから挑戦しているアイリーンやエーピーインディは今回苦戦するという事でしょうか』

『必ずともそうとは言えません、ですが環境の違いからくる違和感などを身体に適応させるのは時間が要りますし当人のセンスが大きく関わってきます。その点を解決するためにシュタールアルメコアは早めに日本に来て慣らしています、そこを見ればやはり有利と言わざるを得ませんがそんな事関係ないと言わんばかりの適応力と万能性を見せるアームドリンクス辺りも来るでしょうね』

 

ランページの中で海外勢の中で評価が高いのは矢張りこの二人と言わざるを得ない。砂浜で走り込みをしていたアルメコアの努力も知っている、だがその一方でリンクスの異常とも言える才覚とセンスも見せつけられている身としては的確な論評は難しい。

 

『となると、日本勢に勝てる見込みはあるのでしょうか』

『ホームでの戦いですから意地を見せたいでしょうね、ですが仮にも相手は世界で戦ってきた相手ですからアウェーによる不調は全く期待出来ないでしょう。結局の所、物を言うのは実力です』

 

結局の所そこに帰結する。本番にどれだけ本当の実力を出せるのか、ベストパフォーマンスを出せるまでの自分を作れるのか、カノープスが基礎体力を重要視するのもそれが関係している。

 

『さあ本バ場入場です!!一番に出てくるのは、おっといきなり彼女の登場だ!!昨年度の二着の実力者、誇り高き砂塵の鷹、ナリタイーグル!!』

『彼女とも競い合いました、今回はどんな走りを見せてくれるのか……おっと続いてきたのは銀色の弾丸シルバーバレット!!弾丸の名の通りの走りを見せられるか!?』

『さあまだまだ来るぞぉっセンジュヨロイ、ハッピーレコード、ダートを盛り上げて続けるウマ娘達が続々登場だぁ!!』

 

ダートのレベルも格段に上がっている、矢張り人気が上がればそれだけお客さんも来る、それによってモチベーションも上がって走るウマ娘も洗練されていく。それは日本中に伝播して行った事だろう。

 

「やっほ~ニッポンポ~ン!!」

 

『こ、此処で来た!!ドバイワールドカップ、BCクラシックでメジロランページと競い、剣王妃、砂の超特急にも迫った白いイレギュラー!!アームドリンクスゥゥッ!!!』

『相変わらず元気そうですね、彼女の特質すべきところはその肉体のレベルの高さです。生半可な相手では太刀打ちできないほどの強さがあります』

 

「漸くここで走れるぜ……さあ俺を見ろ、親愛なる人族諸君……いよいよゲームの始まりを、待たせたなっ!!!」

「本当に待たせるのが好きだね君は」

 

『続いて登場だドイツのシュタールアルメコア!!アームドリンクスと同じく、ドバイワールドカップとBCクラシックにも出場する程の猛者であります!!二人の共通点は芝ダートの二刀流という事であります!!お次は同じくドバイワールドカップ出場経験のある砂塵の蜃気楼アイリーン!!』

『彼女達は本当に強いですからね、気を付けてほしい所です。まあ、勝ちましたけど』

 

「ンだとランページテメェ!!」

「はいはい早く行って頂戴な」

「ホント元気だね~」

 

『今度はフランスの女傑が登場だ、リスフルーヴ!!ここ最近の負けはドバイワールドカップとBCクラシックのみ、それ以外が全て勝利で飾っている怖い怖い優勝候補の一角であります。続いてきますはエーピーインディ!!打倒アメイジングダイナを掲げて来日しましたがその宣言通りに砂の超特急を追い抜けるのか!!』

『この二人も怖い相手です、後方から一気に抜き去りますから気を抜いたらやられますしエーピーインディは精神的にも相当に強いですからね』

 

海外勢が出揃ったとなれば次は―――日本の最強戦力の登場だと言わんばかりに二人が並び立ちながらコース入りする。その堂々な姿に歓声が沸き上がった。

 

『さあさあさあやってきました!!海外G1を制したのは暴君だけにあらず、この二人もその称号を得ております!!砂塵の騎士、剣王妃、レディセイバー!!砂の超特急、アメイジングダイナ!!日本ダート界を引っ張るの矢張りこの二人!!そしてこの二人は来年は再び海外挑戦を掲げてくれております。さながらこのレースは海外挑戦の前哨戦!!再び世界へと羽ばたく為に、勝利をつかめるのかぁ!!!』

 

そんな言葉を聞きながら、思わずランページはもしかしたら来年のターボの付き添いはこの二人のも含まれるかもな、少しだけ笑うのであった。




メジロポーン 牝馬

メジロランページの15年目の産駒。父はキングヘイロー。
名前の由来は父を越えてほしいという願いから。

父であるキングヘイローは気性難であった事が知られていたので、ランページの賢さで上手く中和出来るのでは、狙いがあったとか。結果、頭が良い気性難が生まれた。が、頭が良い為か、ちゃんと言い聞かせれば納得してくれるのか確りと調教にも取り組んでくれるのでキングヘイローより扱いやすいという評価を受ける。菊花賞は長い判定の末に同着で制覇、フェブラリーステークス、高松宮記念を制するなど両親の素質をバランスよく受け継いでいることが分かる。そして、3年連続で凱旋門挑戦という記録を持っており、制覇までは行かなかったが3着までには入るという実力を秘めていた。これは輸送に強いという母の素質が遺憾なく発揮された結果だと思われる。

鞍上は服長 優逸(ふくなが ゆういち)騎手。気性難というよりも、自分が納得出来ない事は意地でもしないだけで根気よく教えてあげれば理解してくれる賢い馬と述べている。


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355話

活動報告に新しいお知らせを掲載いたしました。

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ファンファーレが高らかに鳴り響き、ゲートインが開始されていく。間もなく行われる、正しく頂点の王者たるチャンピオンを決定する戦いが。

 

『砂上の戦いを求める猛者が集まるダート王決定戦、チャンピオンズカップ!!今年のチャンピオンズカップはその名に相応しく、海外から多くの猛者のウマ娘がが殴り込みをかけて来ました。日本が誇る最速最強ウマ娘たるメジロランページと覇を競い合ったウマ娘達、それを迎え撃つのは我こそはと集った優駿、勇者、覇者、王者が一堂に会しその決着をつける時が迫ってきております!!』

 

良く煽るものだと思う一方で実況や解説はこの位出来なければ務まらないのかもしれないと思いながらも見守る、出走するほぼ全員と自分は顔見知り。誰を応援するべきなのかは迷う所だが……自分は解説だ、望まれるのは中立の立場。

 

『集いに集った猛者たちが、王座を賭けて望む決定戦。日本と海外入り乱れ、間もなく起こる決戦の時、時の調べは時の鐘、さあさあ今こそ王者決定の時は今!!』

『さあゲートインが、完了しました、チャンピオンズカップ今っ―――スタートしました!!』

 

遂に開始されたチャンピオンズカップ。ゲートが開け放たれると同時に大歓声の口火が切られた、文字通りの日本と世界の正面衝突。どんなレースが見られるのかと誰もが期待する中で真っ先に飛び出した姿に思わずランページも口角が上がった。

 

『さあっ先頭に出たのはご存じ砂の超特急こと、アメイジングダイナ!その後方には砂の鷹のナリタイーグルっとその隣にアームドリンクスがピッタリと付いています!!剣王妃のレディセイバーも競り駆けて行きます!!エーピーインディも行くぞ、先頭集団は彼女で決まりか!!その2バ身差を維持してリスフルーヴがいます』

『矢張りというべき存在が行きましたね、ある意味でこの展開は予想通りですが―――ダイナの飛ばし方はかなりハイペースですね』

 

ダイナの大逃げはある意味で予想通りだが、あれはまるで自分のガチ逃げのようなハイペースだ。いやそれにターボの大逃げを掛け合わせて出来たような強さと速さの良い所取りのような走りだ。負担も大きいだろうが此処はダートでしかも日本、クッション性も高いのでそういった無茶を戦法として組み込む事も出来る。

 

『そして最後方にシュタールアルメコア、アイリーンが控えています。ドバイワールドカップでメジロランページに果敢に挑んだ優駿は如何このレースを攻略するのか』

『彼女の長所は分かりやすい所にあります、が、それを破るのは難しい部類に入ります。世界には対抗策を備えている者もいますが……この場ではどれほど居るのか見物です』

 

アルメコアの切り札は弱い訳ではない、寧ろ強い部類ではある。だが問題なのはその対抗手段を身につけられている者が世界にも一定する事なのだ、レベルを上げてそれを越えるか別方向からのアプローチを模索するとまた一段と強くなるのは確実だ。

 

『第二コーナーを過ぎた所で先頭はアメイジングダイナが3バ身、続くはアームドリンクスにレディセイバー、エーピーインディは伺うかのようにコースを見つめていますがその背後にはリスフルーヴ。そこから2バ身差でグレイズトップ、スモールデュエル、デイリークローザー、ショウナンショウグン、アハトアハト、ティグルタークが一塊、そこから少し離れた所でアイリーン、シュタールアルメコアが居ます』

 

向こう正面を越えて間もなく第三コーナーへと差し掛かる所、そんな時に塊が出来ていた部分が徐々に乱れ始めていた。何処か違和感を覚えて修正しようとする中で中央に僅かな隙が出来ていた。その隙を見逃さぬ者が、其処を突いて一気に先行集団を追従する。

 

『此処でアイリーンが一気に上がって来たぞぉ!?バ群のど真ん中を突っ切って進んでいく、が背後からも来ているぞ!!シュタール、シュタールアルメコアも強襲を掛けて行く、が、どうした如何した!?周囲のウマ娘達のスピードが一気に落ちていく!?海外の猛者の空気に気圧されたか、これが海外ウマ娘の力なのか!!?』

『(此処で切ってくるのか……?)』

 

 

「おやおやおや、こんなところで切り札を切るとは、君も豪胆だね!!」

「お前に言われちゃおしまいだぜ」

 

アルメコアは自らの領域を使った。ガッチリと閉められてしまった前方をこじ開ける為にはここで使うしかないと踏んだ、いやここで使うべきだと信じて切ったのだ。そしてアイリーンはそんな思考を読みながらバ群を突っ切った時に先行集団を射程に捉えた時に自らの領域を発動、畳みかけに掛かる。次第に内ラチ沿いや絶好のポイントから無意識なうちにそれ始めていく光景に口角が上がる。

 

『間もなく直線だ、さあ最後のコーナーを先頭で行くのはいまだにアメイジングダイナ!!さあ直線だ、このまま有利を行かせるのか、行けるのか!!?』

 

刹那、全員が寒気を覚えた。なぜか、後方から凄まじいプレッシャーを纏ったウマ娘が全てをぶち抜いてきたのだ。

 

『シュッ!!シュタールアルメコア、シュタールアルメコアが此処で一気に先頭に立ったぁぁ!!?な、なにが起きたのでしょうか、私の目には一瞬で加速して一気に先頭に立ったとしか表現できません!!』

『というかそれが正解ですよ、コーナーから直線に入る瞬間に渾身の力で踏み込んで一気に加速したんだ』

 

それだけじゃない、アルメコアは領域に新たな力を加えることが出来ていた。領域で心を奪う者の数だけ、自らは加速できるという新しい力を。それを此処で切った。

 

「走ることに囚われたウマ娘諸君…準備は良いか?

俺は出来てる、さあ俺のショータイムの始まりだ!!」

 

遂に先頭に立ったアルメコア、このままの勢いでトップを独走するかと思いきや―――それは絶対に許されなかった。

 

「これが私の全力全開ッ、ストロング・アメイジングダイナァァァァ!!」

 

「受けて知れ、是が私の刃ァッ―――!!」

 

「フフフッアハハハハッ!!!楽しいわ楽しいわ楽しいわ!!良いわっ貴方がそんな盛大な歓迎をしてくれるならこっちも応えてあげる、そのショータイムの盛り上げに、手を貸してあげるわっ!!」

 

BCクラシックを思わせるかのような猛追撃が開始された。アルメコアの独占トップはほんの僅かな時間だけだった、直ぐに並び立って再び差し返さなければいけない状態にまで持ってこられた。いやまだ来る。

 

「風の女神の威光を、今ここでっ!!」

 

「貴方に勝つ為に来たんだ、ダイナァァアア!!」

 

『レディセイバー、アメイジングダイナ、アームドリンクスが再び並びかける!!勝負はこの4人いやリスフルーヴ、エーピーインディも迫ってきている!!いやナリタイーグルも必死に伸びてくる!!うわぁっまたもや横一線、チャンピオンズカップの頂点を極めるのは一体誰なんだ!!?残り100mを切りました!!!』

『レディが伸びてくる、いやダイナも行くしリンクスも許さねぇ!!!フル-ヴもスリップストリームの恩恵でここまで加速してきている!!インディも来る、イーグルもとどめの一伸び!!全員気張って走れやぁ!!!』

 

「「「「「言われるまでもないんだよぉ!!!」」」」」

 

中立の立場も投げ捨てた全員へのエールが降り注ぐ、その言葉にトップ集団、いや全員に火が入った。アルメコアの領域に絡め捕られた彼女たちも最後の力を振り絞って全力で走る。もう届かないとかどうでもいいんだ、此処で走らないなんてウマ娘じゃない!!そんな気迫が全身から感じ取れるほどまでに高まったチャンピオンズカップ、そして今ッ―――ゴールに到達した。

 

『勝ったのは、勝ったのは―――アメイジングダイナだぁぁぁぁ!!!!アメイジングダイナ、フェブラリーステークスに続いてこのチャンピオンズカップを制しましたぁぁぁぁっ!!!二着にシュタールアルメコア、三着にレディセイバー、四着にアームドリンクス、五着にナリタイーグル、六着にリスフルーヴ!!なんという激戦、王座決定戦を制したのは砂の超特急、アメイジングダイナ!!!』

 

『ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!』

 

レース場を揺るがし、天にまで響くダイナコール。その溢れんばかりの声援をその身に浴びながらダイナは空を見上げながら―――

 

「っ~……ぃぃぃぃぃいいいいやったぁぁぁああああああああああああ!!!!!」

 

魂からの歓喜の叫びを空へと打ち上げた。




メジロファンタジー 牝馬

メジロランページの16年目、最後の娘。父はグラスワンダー。
名前の由来は父からの連想。

遂に繁殖牝馬を引退するメジロランページの最後の子供。最後には是非ディープインパクトにしてほしいという強い要望もあったが、結局ランページにはSS系が付けられる事はなかった。桜花賞では惜しくも2着、そこから陣営が取ったのは何と日本ダービー。これには波紋が呼ばれたが、何と勝利。四頭目となる牝馬ダービー制覇を成し遂げた。その後は凱旋門へ。2着に終わるが目の前で日本馬(オルフェーブル&池添)の凱旋門制覇をメジロポーンと共に見届けた。そして翌年、再度凱旋門に挑戦し制覇。ランページの最後の娘としてこれ以上ない結果を達成し引退した。

鞍上は猛 裕加騎手。普段は大人しくのんびりし過ぎている位だったが、レースになると一気にスイッチが切り替わるタイプの馬だったと述べる。そして凱旋門制覇出来た事を心から喜んだ。


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356話

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チャンピオンズカップを制したのはアメイジングダイナ、あれだけの海外勢を相手に堂々な勝利を見せた。これについては海外勢も素直に負けを認めるしかなく、彼女の勝利を祝福したのであった。勿論ランページもそれは同じだった。

 

「おめでとさんダイナ、よっくもまあこいつら相手に勝ったもんだな」

「なんかいまだに信じられませんよ、あたしが勝ったんだって……なんか夢でも見てるみたいな」

「信じられない、じゃあこうしようか。皆さん、このダイナは余りにも偉大な勝利に実感が持てないそうです、あんな嬉しそうな声出したくせに!!」

「ちょっ!!?」

「というわけで、此処でいっちょ盛大なダイナコールと行きましょう!!3、2、1はいっ!!」

 

『ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!ダイナ!!』

 

音頭を取るかのように、あっという間にその場の空気を掌握してみせたランページは再び盛大なダイナコールを巻き起こした。そのダイナコールには共に走ったライバルたちも参加していた。悔しい事は悔しいが、祝うべきを祝えないで何が競争ウマ娘か、と言わんばかりの正々堂々な心持のままダイナコールを捧げる。それに次第に破顔していったダイナは高らかに叫んだ。

 

「うおおおおおおっ!!!私は来年、もう一度海外に行く!!そして、今度も勝ってみせる!!私だって、もう立派なG1ウマ娘なんだ!!日本を代表するようなダートウマ娘になってやるぅぅぅ!!!」

 

決意表明、挑戦宣言に会場から莫大なエールが沸き上がった。それに続くようにレディが

 

「私とてその気持ちは同じ!!そして宣言しましょう、来年のBCクラシックで今度こそ私は栄冠を手に入れて見せる!!!私こそがメジロランページのダートライバルだという事を証明してみせます!!!」

 

それに釣られるように

 

「いい度胸じゃねえかこの野郎!!いいか、今回は負けたが次は負けねぇぞっ!!ぜってぇに来い、来なかったらただじゃ置かねぇからな!!!」

 

アルメコアが叫んだ。実際彼女は自らの切り札を進化してみせた。その進化も急激な物だった故に調整が足りなかった、万全な状態にまで持っていくことが出来たら間違いなく世界最高峰の一角になる事だろう。そんな彼女たちの叫びを見ながらも自分の道を考えるもの、只管に笑顔な者、素直に勝利を祝いながら自分の事を思う者……様々な者がいる中でチャンピオンズカップは、文字通りの王者を決定して終幕となった。

 

 

「ランページさん、私、迷ってイマス!!」

「いきなり何ね藪からスティックに」

 

プレアデスの練習中、タイキが突然そんな事を言い出してきた。人生相談かと思ったのだが、タイキの場合はなんというか意外と軽そうな物だと思っていたが

 

「私、ダートも走ってみたいデース!!」

 

如何やら芝かダート云々という事だった。

 

「まあまだデビュー前な訳だし、そういう練習メニューを組むのもありだがどったのよ」

「私、チャンピオンズカップ見ました。感動しました!!」

「あ~そういう事か」

 

タイキには芝だけではなくダートにも高い適正がある。史実でもダートを走ったりもしていたし、何だったら重賞も勝っていたりする。が今回ばかりは何方かと言えばチャンピオンズカップに触発されたと言ってもいい部類の物だった。

 

「お前さんはダートの適性もあるからな、そっちも伸ばす方向で行くか。俺みたいな二刀流って事になるけど」

「YES!!ダブルソードスタイル、COOL!!」

「んじゃまあ分かった、そういう方向性でメニュー組んでやるよ」

「有難う御座います~!!」

 

そう言って勢い良く抱き着いてくるタイキ、喜びを表す仕草として最近は凄い勢いで抱き着いてくるようになってきた。うむっ役得だ。と思っていると足に誰かが抱き着いてきた。そちらを見てみるとマヤだった。

 

「なんかタイキちゃんが抱き着いてるからマヤも抱き着いてみた~♪」

「Oh!!マヤ先輩も、レッツ・ハグ☆」

「レッツ・ハグ~♪」

「うわっは~俺ってば大人気ね~」

 

なんというか、前の母親役の影響もあってか抱き着かれると落ち着くようになってきてしまった。母性が少しずつ発現してきたという事なのだろうか……まあそれはそれでこの先結婚した時に役立つだろうなと思っていると何やらジト目のスズカにエアグルーヴ、そしてドーベルが此方を見ている。

 

「どったの三人、お前らも来る?」

「そ、そうじゃないです!?」

「メニューを終えたので次の指示を聞こうと思ったんですが……その、お邪魔でしたか?」

「何痴情の縺れ目撃しましたみてぇな事言ってんだ、ただのスキンシップだスキンシップ」

「でもそれがフローラさんだったら……」

「殴って蹴ってドラム缶に詰めて海に流す」

「「「容赦がない……」」」

 

そもそもフローラが抱き着こうとする時点で自分は抵抗する、自分とあれの関係はそれでいいと思っている。取り合えず三人の視線が痛いので二人には好い加減にさせないと、二人の頭をやさしく叩く。その時のランページの顔はまるで慈悲深い母のようなものだったので思わず三人は見惚れた。

 

「ほらっ二人とも、練習再開」

「「は~い♪」」

 

仲良しは二人は同時に離れながらも手を上げて応えた。返事は良いのだからと思いながらも頭を撫でながらメニューを伝えておく。そして三人にもそれを行おうとするのだが上水流が駆け寄ってきた。

 

「ランページ、電話来たよ」

「電話って部室の固定の奴?」

「ビックリしたよ……だってあのメジロ家のお婆様だよ、心臓止まるかと思ったよ」

「御婆様!?」

 

その言葉に一番強く反応したのはドーベルだった。お婆様が一体何の用事なのだろうか、自分は何かマズい事をしたのだろうかと……顔を青くするがランページは軽く頭を撫でて落ち着かせながらも言う。

 

「って事は用は俺だな、悪いな取って貰って。折り返せばいいか?」

「いや保留にしてあるから部室ので話せるよ」

「分かった、んじゃ上ちゃん悪いけど此処少し任せるぜ」

「分かった」

 

最近はランページのやり方にも大分適応出来てきている上水流トレーナー、新人トレーナーとは思えない程に肝も据わり始めてランページをよく思わない先輩トレーナーから腰巾着扱いされたが

 

「彼女の腰巾着ですか、それじゃあ先輩はそれ以下ですね。腰巾着にこんな事するんですから、おっとすいません。小生は世界最速最強のお供の仕事がありますので」

 

とサラリと受け流した上に煽り返せるぐらいにはなり始めている。沖野や東条からはランページみたいになったな、と少し苦い顔をされる。

 

「ドーベルのお婆様、メジロアサマさんか。ランページさんに何の用があるのだろうか」

「さあ……お婆様とお姉様は特に仲がいいし何をしても可笑しくはないと思うんだけど……」

 

 

 

「遅くなりました」

『いいえ、携帯にかけても良かったのですが一応ね』

「ええっそれで?」

『会場の確保やらは終わりました、その他の準備はOKですから安心なさい』

「すいませんなんか世話掛けちゃって……」

『可愛い孫の為ですもの、この位させて頂戴な―――それじゃあ頑張ってね、URAファイナルズ&レジェンドレース記念パーティ』




繁殖牝馬引退後のメジロランページ。

繁殖牝馬引退後は離乳した当歳馬たちの群れを率いるリードホースを務める事になる。他にも育児放棄を受けてしまった子供たちの母親代わりも務め、時折、子供たちを連れて走る姿を見せており、走り方を教えるような様子からランページ教室と言われるようになる。

休みなく子供を産み続けたとは思えぬ程に身体が確りしており、見学に来た人達からは驚かれる。偶に自分の身体を鍛え直すかのような走りをするので見学時にそれを見れたら幸せになれるとも言われる。


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357話

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都内某所。

 

そこでとあるパーティが催されることになった。それはURAファイナルズとレジェンドレースの正式開催と初年度の開催を記念したパーティだった。こういったパーティは企画主催したランページとしては度外視していたのだが、後見人と言える現メジロ家当主メジロアサマとシンボリ家相談役のスピードシンボリによって打診されたからこそ開催する運びになった。

 

『こういう事は確りとしておくものよ』

『ランちゃんは前の凱旋門制覇パーティとかもBCクラシック挑戦で有耶無耶にしちゃったからね、後々マスコミに突っ込まれるのって嫌でしょ?』

 

何というか、大人とは面倒な制約が多いと思いつつもいざやると思えば割り切って出来るのだから意外な事だった。これも前世の社畜人生がいい感じに利いているのだろうかと思うと何とも言えない気持ちになる。まあ確かにお偉いさんの自慢話に付き合う為にパーティ出席はした事があった、会社でもされたような話だったので聞くまでもなかったので普段口にする事も出来なかった高級グルメに舌鼓していたのは秘密である。何方かと言えば大変だったのは招待状の作成の方だった気がする。

 

「ンでなんで呼んでもねぇレジェンドが来てる訳?」

「いやだって面白そうなことするよって話だからさ、私だって本当はこっちの方に参加したかったけどルドルフに頭下げられたからドリームトロフィーリーグに出るだけだからからさ、来年はこっちに顔出すからその前準備ってやつ?」

「ボクは会長に代理を任されたの、そう今の僕はトレセン学園生徒会長(仮)!!」

「お前が生徒会長とか世も末だな」

「ソレドウイウイミサァ!!」

「そういう意味だ」

 

目の前にいたのはミスターシービーとトウカイテイオーの二人、何で招待してもいないレジェンドがいるんだとため息が出そうになるが、これはこれで使えるかもしれないと頭を切り替える。こういう時程確りと頭を切り替えないと痛い目を見るというものだ。

 

「まさかはちみーが役に立つとはなぁ……」

「えっあるのはちみー!!?」

「一応な、中央のウマ娘が良く飲むドリンクって事で提供する事になっている。一応味とかそこらも調整出来るようにはなってるから後で飲み行けや」

「やった~!!はちみーはちみーはちみー♪」

 

一気に機嫌が良くなるテイオーを見て溜息が漏れた。安いと思うべきか、チョロいと思うべきか……そんな中でシービーはこっそりと顔を出して会場の様子を窺う、そこには一見豪華なパーティ会場でありながらも普通の私服姿のウマ娘もいれば確りと正装を決めているウマ娘もいる、半々といったところだろうか。ドレスコードは別段に設けていない、そもそもが一般を主目標に定めているレースのパーティなのだからそこまでキッチリしたのを求めている訳ではない、一応レンタルもしているが、難しいのもある。

 

「でもなんか面白そうな子がいっぱいいるね~私もやっぱりレジェンドが良いなぁ……ねぇ中距離じゃなくてもいいからさ、今から出れないかな?」

「一応URAにも面子ってもんがあんだ、アンタら三冠までこっち来たら冗談抜きでURAがぶっ倒れるぞ」

「良いじゃん無視すれば」

「その皺寄せを誰が対処すると思ってんだ……」

 

個人的な意見を言わせて貰らえればその辺りの事なんで皆目興味もない訳だが、お婆様やスーちゃんから顔を立ててあげなさいと言われているのでその辺りは配慮するつもり。これでも自分も大人なのだ、大人的な対応を見せてあげなければならないだろう。そんな時にセットしていた骨伝導式のイヤホンから通信が入った。今回のパーティの手伝いをしてくれているスーちゃん専属の執事さんからだ。

 

『ランページお嬢様、パーティの準備が全て整いました。招待した皆様の来場も確認致しました、何時でも挨拶をして下さって結構です』

「分かりました、でもお嬢様はやめてください。俺はシンボリのウマ娘でもなければお嬢様なんて柄じゃねぇんで」

『これはご無礼を……ですが大奥様はいつでも嫁に来て本当の孫になってくれても良いと仰っております故』

「またお婆様が若返りそうな事を……」

 

なんというか、スーちゃんはガチで自分のシンボリ家入りを心のどこかで狙っているような節があるのが少しだけ怖い所だ。さてと、そろそろ自分の役目に入るとしよう。

 

「んじゃ二人とも、俺は挨拶に行ってくるから。挨拶が終わったら此処出て飯食うのもよし帰るのもよしの自由だから」

「分かった、終わりがゲートが開く瞬間って事ね」

「うん分かったもんね、はちみーはちみーはちみー♪はちみーを舐めーるとー♪」

 

ホントに分かっているのだろうか……思わずげんなりするが、壇上へと上がっていく。それと同時に此方へとライトが向けられる、一斉に向けられる無数の視線、メジロとシンボリが厳しく審査したマスコミも配置されている。それらから向けられるカメラにも全く困惑の色は見せずに、自分は何時もの調子で声を出す、それを望まれているがゆえに。

 

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、生涯無敗なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?」

 

何時もの挨拶をすると会場中から声が漏れた、本物だぁっ……やマジでやってる……などの物や歓声やどよめきまでもが含まれていた。だがまあ言いたくなる気持ちは分かる、こんなキッチリとしたパーティでこんな事をするなんて普通は考えない事だろう。だが自分はやる、やる事に意味があるのだから。自分は変わっていない事を示す。

 

「本日はURAファイナルズ及びレジェンドレース開催記念パーティにようこそいらっしゃいました、此処に居る皆様方は俺が主催したレースの予選を突破して本選出場を勝ち取った猛者ばかり、其処に格差なんて当然なくこれから戦い争う敵同士とも言える。だがそんな者同士で杯を傾けて語り合うのもまた一興!!存分に語らい、存分に楽しみ、存分に英気を養ってほしい。さあ堅苦しい挨拶はこの位にしよう、さあみんな声を上げて楽しもうじゃないか、乾杯!!」

『乾杯!!!』

 

ランページの声と共にパーティが本格的にスタートした。それぞれが待ちわびたと言わんばかりに各々行動を開始する。豪勢な食事を前に我慢していたからか、まずは腹を満たす為に食事を始めるもの、緊張故かまずは飲み物から、色んなウマ娘がいる事に胸を躍らせて話しかけに行くものと豊かな様子だ。此処まで来てしまえば地方だの中央だのと言った言葉は無意味に等しくなる。

 

「あっ君ってもしかして……」

「テ、テイオー!?えっどうしてここに……!?」

「やっぱりだ~!!!」

 

とテイオーは誰かを見つけたのか嬉しそうな声を上げて抱き着きに行った。声を掛けられた側もまさか会えるとは思っていなかった困惑しながらも再会を喜んでいる。そんな様子を見ながらも自分はどうしようかなぁ~と自由気ままに流離おうとするシービーを見ながらも自分も動くかと、壇上から降りるのであった。




引退後のメジロランページ

伝説の競走馬と化したランページを一目見ようと、日本各地どころか世界中から見学の予約が殺到してしまって大変な騒ぎになった。中にはドバイの首長やヨーロッパの王族、アメリカの元大統領までいた為に、最早処理不可能な面子までいたので日本政府の手を借りて調整に追われた。

結果として、ランページの存在によって日本と各国の関係は極めて良好な物へとなったとされ、当馬に会えた際には一競馬ファンとして満面の笑みを見せていたとか……。

そして、ランページの子供たちの子供、ランページからすれば孫を是非迎えたいという要望も殺到し、苛烈な銭戦と交渉が繰り広げられたという。


次回から、皆様から応募いただいたウマ娘が登場していきますのでお楽しみに!!


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358話

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パーティが始まって早々、テイオーは一人のウマ娘に飛び掛かるかのように抱き着いていった。自分が用意したレンタルドレスに合わせたのかそれとも合うように選んだのか赤いシルクハットを被っているウマ娘、少し切れ長の目つきで整った顔立ちと黒鹿毛のサイドテールで誰かは直ぐに見当が付いた。一応招待客のリストは全員頭に入っている。

 

「よぉっテイオー、随分と楽しそうにしてるな」

「あっラン!!紹介するよ僕の友達のシダーブレード!!」

「テ、テイオー!?メ、メジロランページさんこ、この度はパーティにご招待してくださってそのえっと、光栄至極であります!!」

「おいおいおい、そんな畏まらないでくれよ。俺は唯の一介のトレーナーだ、そうだな畏まるなら俺からのスカウトを受けた時ぐらいにして貰おうかな?」

 

軽くウィンクをすると彼女は緊張を少しずつ解きほぐすように笑顔を作る。シダーブレードと言われれば、アニメ二期でシャコーグレイドの代役として出演していたウマ娘だが、まさかこの世界にもいるとは思わなかった。しかもテイオーの友人だったなんて猶更驚きが深い。

 

「それにしても、シダーがファイナルズに出てたなんて、しかも本選出場なんて凄いよ!!」

「そ、そうでもないよ。中央でバリバリ活躍してるテイオーに比べたら……私なんて比べようがないよ」

「そんなことないよ!」

 

自分を卑下するシダーにテイオーは満面の笑みを作りながら彼女の手を強く握った。優しくありながらも強く握られる手に少しだけ驚く。

 

「だってシダーは自分の力でここまで来たじゃない、それはボクじゃ絶対に出来ない事なんだよ。シダーだから、自分で頑張ってシダーだからこそ出来た事なの!!だから誇ってよ、ボクも自慢するから!!」

「テ、テイオー」

「ボクの友達はこんなにも凄いだって!!」

 

まるで太陽のようだった、そんな事を満開の桜のような笑いで言われてしまったらその才能の差で挫けて入学を辞退してしまった自分がバカらしく思えてしまうじゃないか……

 

「じゃあ私も言う、私の友達は凄いウマ娘だって!!」

「うんどんどん言って!!何せ僕は無敗の三冠ウマ娘なんだからね!!」

「尚、俺に負けた模様」

「ココデソレヲイッチャウノ!?」

 

甲高い声が響くとシダーとランページの笑い声が漏れた、確かにここで言うべきではなかったかもしれないが言ったからこそこの雰囲気も出来た。笑う友人にナンデナンデ!?と抗議するように胸をポカポカと叩いてくるテイオー。何ともほのぼのと言った一ページだ。

 

「メジロランページさん、貴方のファイナルズのお陰で私はもう一度レースへの情熱を取り戻せました。心から感謝します!!」

「ならその感謝を本選で発揮しな、全国から集まる相手に自分の力が何処まで通じるか試せ。そして―――その気があるならレジェンドレースまで上がってきな」

「はいっ!!」

 

良い笑顔で返事をするシダーを見ながらテイオーの肩を叩いて、良い友人を持ったなと告げる。テイオーはそれに応えるようにVサインを掲げた、後は二人の時間だろうと思って自分は離れる。それを見てテイオーは自分の好きなはちみーを奨めようと手を取る、シダーはどんななのだろうと思いながら後に続くのであった。

 

「やぁっ、本当に貴方と会えるとは光栄だね」

 

その声に振り向いてみれば、その姿に一瞬フラッシュバックが起きた。何故ならばドバイに行く途中の飛行機で見た夢で彼女とは会ったからだ、いやあの人ではない。目の色が違う赤みのある鹿毛に黒目で日本人的な黄色い肌、そう彼女の名前は―――

 

「ダーレージャパンか、楽しんでもらえてるかな?」

「これは驚いた、私の名前を把握しているのか。これでも一般校出身の何の変哲もないウマ娘なんだけどね」

「よく言うぜ、あれだけの走りをしておいて」

 

ダーレージャパン、千葉の一般校から参加のウマ娘ではあるが……その走りは圧巻の一言だ、レース経験はないと言っていた筈だが他の追随を許さないとはまさにこの事かと思わされたほどだ。三女神の一柱に似ているのも含めて神に愛されているのかもしれない。

 

「ダートに出るらしいな」

「ああ、そっちの方が好きなんだ。試してみたけど芝も普通に走れるけどね」

「やれやれ、そんなんで走れちまうなんてな。いるもんだな世の中には天才って奴が」

「こそばゆいなぁ」

「ダーレー、一人でばっかり話さないで私達にも話させてよ~」

「そうです、可愛いランページさんと話させてください♪」

「可愛いってアンタ……」

 

と、ダーレーの後ろから二人のウマ娘が顔をのぞかせて来た。自分と同じ尾花栗毛のウマ娘と栗色と黒目のオッドアイでウェーブが強めのブラウンの髪のウマ娘だ……が何故か自分を見て可愛いと言った。まあ確かに身長的には彼女の方が上かもしれんが……。

 

「あ~……ラビットパラベラムとヒッチャキリープだったか?」

「はい、そうです~ご存じなようで嬉しいです~」

「わぁ、かわいい……♪」

「お~い、何で頭撫でんだ」

 

何故かヒッチャに頭を撫でられている、自分にどこに可愛い要素があるんだ。このウマ娘はひょっとしてあれか、クリークと同じなのかと思い当たる。何故かといえばフローラのような感覚がしないからである。故にそっち方面ではなく純粋に愛でている……自分を、何で?と言いたくなるが、まあうん趣味は人それぞれだから言う事も無いだろう……。

 

「その辺にして貰えるか、一応威厳って奴は確りしねぇと色々と差し障るらしいから。それ以上は金取るぞ」

「お幾らですか?」

「払おうとすんな」

「なんかゴメンなさい~」

「ああまあ気にしてねぇから気にすんな、そしてまあお前さんはある意味で一番話題になってたぞラビットパラベラム」

「まぁっそうなんですか?」

「ああ、あそこまでコーナーが下手な奴はいないって話題になってた」

 

あちゃぁ……と言いたげな顔になるラビット。高知トレセンからやって来た彼女だが、彼女は直線勝負掛けては誰にも負けない。異常なまでに直線には強いが、コーナーが致命的なまでに下手くそ。自分も映像は見たが、どうやったらあんなに曲げれないのか全く分からなかった。内に居たのにあっという間に外ラチに向かって行って擦りながらギリギリ曲がっていた。しかも

 

『ラビット~!!!』

『曲がれ~!!!』

 

『ラビットパラベラム曲がれ~……と言っていいでしょう彼女にとっては!!外ラチに身体を当てながらも強引に曲がったぁぁぁ!!!今日は曲がれたぞ直線番長~!!』

 

観客からの声援と実況からこんなことを言われていた。お前はハリボテエレジーなのかチョクセンバンチョーなのかどっちかはっきりしろ、と言いたくなった。我ながらよくも此処まで濃い面子ばかりがファイナルズにエントリーしたものだと言いたくなってきた。

 

「フフフッバラエティ豊かで素晴らしいレースになりそうじゃないか」

「なんか俺は心配になってきたわ」

「大丈夫ですか、頭撫でます?」

「撫でたいだけだろお前は」




天羽々矢様よりシャゴーグレイド(シダーブレード)、FT様よりダーレージャパン、琴葉終焉齎す王様よりラビットパラベラム、シャイダンを許さない様よりヒッチャキリープ、を頂きました。有難う御座います!!

登場したウマ娘は、事情により一部改変する事があり得ます。その際にはメッセージでお伝えいたします。シャゴーグレイドをシダーブレードに変更する事に際しては許可は得ております、天羽々矢様有難う御座います



引退後のメジロランページ

子供や孫が休養の為に尋ねて来てくれるのを楽しみにしている。子供、孫達にも確りと愛される母と祖母として認識されている。が、突発的にレースが始まる事がある。休養なのに休養にならないので其処だけは困っている―――が、何故かレースが始まると調子が上がる。


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359話

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全く以て此処までよくもまあキャラの濃い面子ばっかりが本戦に上がったものだと思う一方で濃いからこそそれ相応の実力があるのか分からなくなってくる。頭を撫でてくるウマ娘から上手いこと離れてランページは思わず視界の端に映った大人向けのドリンクに目が行く。レジェンドレースの参加者向けの物だが……そちらには目を向けずにオレンジジュースを手に取って口に含む。

 

「ジュースで宜しいので?」

「自重してんだよ、俺はワクだが飲まなきゃそもそも酔わねぇからな。主催者が酔っぱらう訳には行かねぇからな」

「成程、独裁暴君って呼ばれているのに礼節は弁えている上に責任感もあるって事。これじゃあ独裁暴君なんて名前も不釣り合いにも思えますね」

「勝手に言ってろ、そんな事言う為に近づいてきたのか」

「勿論違う、お礼を言いに来た」

 

礼を言うならもう少し敬った態度と言葉遣いをしてくれても罰は当たらないと思うんだけどなぁ……と内心で思いながらもそちらへと向き直る。褐色の肌と栃栗毛のドレッドヘアが特徴的なウマ娘、確か姫路のトレセンからの出場者……

 

「知ってると思うけど自己紹介は自分から。マグナム、マグナムレオンよ、今日ここに来たのは貴方にお礼を言いたかったから」

「俺は何もしてない、やったのはお婆様とスーちゃんだ」

「貴方が動いたからこそあのお二人も動いた、直接的に動かしたのは貴方。だから礼は貴方に言う」

「好きにしてくれ」

 

マグナムレオンもURAの俗物の被害者というべきウマ娘、オーストラリアの生まれだが親の都合で日本へ。そのまま日本でデビューという段階でその才能を嫉んだ一部のウマ娘とその親がマスコミにあることないこと吹き込んででっち上げの記事を公表、それが俗物の目に留まってしまって彼女は圧力を掛けられて重賞以上のレースに出られなくなった。

 

「鬱屈とした日々に貴方は改革を齎してくれた、これが私にとっての最後のチャンス……」

「最後ぉっ?冗談だろ。チャンスなんて幾らでもあるんだ、大切なのはしっかりとアンテナを張ってそれを逃さない事だ。レジェンドレースはいつでもお前を待ってる」

 

そう言いながらもその場を後にするが、背後ではレオンが頭を下げているのが分かった。どうにもこういうのは性に合わない、合わないとしてもやらなければいけない事の方が多いのも大人の特徴だ……慣れた物だ、昔からの事だ。と思ったら酒がどうしても恋しくなってきた……一杯だけで貰うかな……

 

「ハハハハッいやぁ此処は天国ですねぇこんなにも美味しいお酒が目白押し、メジロのお家の御膝元なだけに。あははははっぐっだらなぁ~い♪こんなにも一杯の酒があってもう幸せ~♪日本酒もいいけど生中もあるしぃワインもあっておつまみも選り取り見取り~!!」

 

と思ったのだが、既にのん兵衛が陣取って酒盛りをしていた。形式的には立食のバイキング的な感じなのにどっからか椅子を調達してきたのかテーブルの一つを占拠して酒盛りに勤しんでいる。生憎彼女はレジェンドレースの出場者、巫女っぽい白いワンピースを着ている大和撫子な風貌しているのだが酒の山がそれを台無しにしている。そんな彼女に見つかったのか声を掛けられた。

 

「これはこれは~天下にその名が轟く名ウマ娘メジロランページ様のご登場ではあ~りませんか。どうです御一緒しません?あなたと一緒なんて凄い美味しいお酒になると思うのですが」

「飲み比べならせめて一対一、未成年者が居ない場でしようぜ。一応、本戦に進んでるって事はアンタもレジェンドの一角って事になるんだけどね―――ホウショウツキゲさんよ」

「あたしレジェンドって程でも無いんだけどねぇ」

 

ホウショウツキゲ。現役時代は地方レースを荒らしまくった後に中央に殴り込み、その暴れぶりから軈て『地方の軍神』とまで呼ばれていた。現在は実家のお寺で巫女をしつつインストラクターとして仕事をしているウマ娘。つうかお前軍馬だろと内心で突っ込んでおく。

 

「それにしても本当にこのメンバーで戦うって思うとなんだか面白くなりそうだね~トレーナーに勧められて出た甲斐があったよ」

「酒にありつけたからじゃないよな」

「それはある」

「おい」

「ニャハッ♪」

 

何というか性格が掴めない、単純に酔っているだけとも思えるが……まあ兎も角楽しんでくれているならば喜ぶべきだろう。

 

「あっそうだ、このお酒ってお持ち帰り有り?」

「厚かましいなおい」

 

まあ余ったら少しは有りという事にしておこう……本当にレジェンドレースに走る目的で来ているんだよなと思いたくもなるが、一瞬、彼女の瞳の色が変わったのを自分は見逃さなかった。その視線の先にあったのは―――マルゼンスキーと話しているウマ娘、何か因縁があるのかと思ったが直ぐに彼女は破顔した。

 

「いや、一緒に走りたいな~って思っただから気にしないでね」

「あっそ……まあ楽しんでくれ」

「もう楽しんでる~♪」

 

ああいうのを見ると本当に自分は酒に強い体質でよかったと思う、まあ彼女は僅かに顔は赤くなっていたが言葉は確りとしていたので完全に素面だと思われる。しかしこれではレジェンドレースの方も方で随分と濃い事に―――

 

「くぉらぁオグリィ!!少しは遠慮せんかい!!」

「しかしタマ、ランページは遠慮しないでお腹いっぱい食べて良いと……」

「他の連中の分は残しとけって意味だよ、アタシらだけで独占しちゃ申し訳が立たないからねぇ」

「そうか……分かった」

「此方のもおいしいですから、他のも回りましょう」

 

いや、レジェンドレースも濃いのは色んな意味で確定だったのを思い出した。これに加えてマルゼンスキーやTTGCやらカツラギエースも入るのだから当然、色んな意味で凄い事になるのは決定済みだった……覚悟していた筈なのに頭痛がしてきた。

 

「あの、大丈夫ですか……?」

「んんっ……ああ、あんがと気遣ってくれて」

 

差し出されたグラスにはジュースが入っていた、ニンジンジュースだ。それを軽く呷って喉を潤す、矢張りウマ娘としては酒よりも此方の方が身体が喜んでいるのがよく分かる。

 

「悪いな、確か……ヴェルトロ、いや稲妻(Saetta)と呼ばれた方がいいかなお嬢さん」

「何方もお好きな方で。今は日本語にも慣れましたので」

 

感謝をささげる相手はファイナルズに出場する長崎の一般校のウマ娘、ヴェルトロ。見た目からも分かる程におっとりとした性格をしたウマ娘だ、どっかの艦娘っぽい気もするが気のせいだろう、ンな事言ってたらウマ娘なんてどうなってしまうんだが。

 

「君から見てファイナルズはどう思う、突拍子もなくて驚いただろ」

「ええまあ……でも、嬉しかったですよ。私はトレセンに入れませんでしたから」

 

15で帰国するまではイタリアで過ごしていた彼女にとって日本のトレセンに入る為にもどうしても語学問題をクリアしなければならない。故にトレセン入学を諦めて一般校に進んだ事情も相応にあると聞く。

 

「出る事は悩みました、悩みましたけど……お父さんやお母さん、友達や先生が走ってって言ってくれて私はここまで来たんです。そんな皆の為に、勝つために来ました」

「そりゃまた素晴らしい動機だ、何だか羨ましいなそこまで背中を押してくれる人がいるってのは。俺なんて抑える前に大逃げかましたからな」

「あらぁっ」

 

そこから互いについて少しだけ話し合う事にした、ニンジンジュースのお礼という訳でもないが少しだけ話したい気分になったのだ。話しているうちにランページは自分のファイナルズとレジェンドレースが様々な意味で人生の転機や火種、切っ掛けとなれている事を知ることが出来て少しだけ……努力してよかったと思えた。




武士道(河童)様よりマグナムレオン、マイスイートザナディウム様よりホウショウツキゲ、yukikaze改2様よりヴェルドロを頂きました。有難う御座います!!


引退後のメジロランページ

ランページはメジロ及び日本競馬界に多大な貢献をしたとしてノーザンテーストに倣って専用の馬房と自由に出入り可能な専用パドックが用意された。が、基本的にリードホースとして当歳馬たちの面倒を見る事が仕事だったので、専用のパドックではあるが基本的に幼い仔馬達の遊び場、休養の為に帰ってきた子供や孫達の安息地として扱われていたがランページ自身もそれを望んでいる節があり、子供と孫達が傍に居る事を喜んでいた。


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360話

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「なぁっバカなのそいつら?」

 

余りにも飾りつけもしないシンプルな罵倒に相手は目を白黒させていた。そんな彼女を尻目にニンジンジュースを呷る。

 

「それでなんで俺の権威が失墜するんだ、寧ろ俺が提唱したレースが今までURAが発掘も出来なかった新しい人材を発見出来たって事で俺として大成功な訳なんですけどねぇ……頭に血が上ってゆでだこになってまともな思考どころか情報処理すらまともに出来なくなったか」

「……あっ」

「気づかなかったんかい……まあそんな状況に置かれてたなら分からなくもないけどな」

 

話し相手になっているのは横浜のみなとみらいの一般校から本戦まで来たリッシュモン。彼女は如何にも苦労しているらしく、実家はフランスのワイン農家をしているらしいが不作と事業の失敗で経営が苦しくなった家を救うために日本の有力企業先に嫁いだらしい、今時そんな話があるのかと驚いたものだ。そしてそこでは連日嫌がらせやセクハラの毎日、しかもURAの高額出資者だったらしく、メジロランページの権威を失墜させるためにファイナルズに送り込まれたらしい。

 

「私だってあんな所に嫁ぎたくはなかったけど、家を救うためにはしょうがなかったのよ……」

「だったら俺が手を貸してやるよ、そうだなこの手で行こうちょっち待って」

「えっあっはい」

 

唐突に電話を掛け始めるランページ、直ぐに電話は繋がったのか話し声が聞こえて来た。

 

「もしもし、今大丈夫かな。うんパーティは楽しいんだけどちょっち嫌な話を聞いてな、そうそう、リッシュモンってウマ娘なんだけどさ―――そうそう、俗物の始末。分かったお婆様には俺から……あっ良いの?いやだ~もうスーちゃん大好き~愛してる~♪うん俺の名前も全開で使っちゃっていいからさ、何だったら殿下に連絡してフランスの御上にさ、そそっ流石わかってる~うん分かった分かった。それじゃあ今度一緒にご飯でも行こうね~は~い俺も愛してる~は~い」

 

明るい声色と言葉、そして表情と仕草とは裏腹に話の内容はとんでもないものばかりだった。辛うじて聞き取れた部分だけでもシンボリ家の相談役や殿下という単語だったような……とリッシュモンはとんでもない人に話を持ち掛けたのでは……と今更ながらに身体が震えて来た。

 

「待たせたな(ソリダス風)」

「大丈夫だけど、あの一体何をしたの?」

「ああ。メジロ家とシンボリ家共同でお前が嫁いだ会社に監査入れる事になった、ついでにお前さんの実家さんには俺がスポンサーになる」

「―――えっちょっと待ってなんかいろいろとあり過ぎて理解が追いつかないんだけど」

 

リッシュモンは別に自分の環境を変える為に話を持ち掛けたのではない、目的はエルグッツと話せないかという事を交渉するため。その為にまずは自分の事を話さなければと色々と話していたのに……それがあれよあれよと凄い事になっていった。

 

「俺の改革に乗じて組織の膿は一掃しなきゃならないってのがスーちゃんとお婆様の見解でな、くだらねぇゴミは捨てるに限る―――俺としても、君の状況は変えるべきだと思う」

「有難いですが、何故そこまで……」

「お前は俺だ」

「えっ?」

 

家の為に日本へとやって来た彼女の姿、そして悪徳企業に好き勝手される姿は……自分のもしもの姿にも映ってしまった。あの時自分が自殺をしていなかったとしても自分の未来なんてたかが知れている。良い様に使い潰されるか……慰み者として使われるだけだっただろう。

 

「それに俺はこう見えてもワインも好きでな、ワイン農家とも近々繋がっておきたいと思ったところなんだ。後日俺の方から連絡をお前さんの実家に寄こしとく……だから、お前は自分のレースと友人との再会に備え取ったらいいんだ、いいか余計な事は気にすんな」

 

そんな時、リッシュモンの携帯に連絡が入った。それは彼女のいる会社からだが……ランページは出なくていいと首を横に振りながら一枚の紙を出す。

 

「パーティが終わったら、このホテルに行け。そこにお前の待ち人がいる」

「エルが、此処に……」

「良いもの食って気分を気持ちを落ち着けてから、行きな」

 

そう言いながら、自分は歩き出す。そんな背中にリッシュモンは頭を下げる。

 

「有難う御座いました!!このご恩は絶対に忘れませんしお返しします!!」

「忘れてくれて構わんよ」

「絶対に、絶対に!!」

 

これは唯の自己満足だ、彼女の嫁ぎ先が余りにも屑だった故に叔父と叔母のように思えたからその怒りをぶつけたくなっただけ……大義名分はルドルフの全てのウマ娘の幸せを実現させる為……と言ったところだ。

 

『優しいことだな。たった一人のウマ娘相手にそこまでする程に暴君とは優しい存在なのか』

『優しくはない、組織に不必要なものを切り取って新しく綺麗なもので再生する。当たり前の事、其処に感情なんてない』

 

綺麗なネイティブイングリッシュにそれに合わせるように返した。それを聞いた者は興味深そうにも興味なさそうにも見える態度を作っている。

 

『ロックスミスだったか』

『ああそうだ、お前に興味があって留学したんだが……こんな面白い催し物をしてくれるとは思わなかったよ。楽しませて貰ったよ』

 

ファイナルズ及びレジェンドレースは国内限定にしているが、海外ウマ娘が参加する事は出来なくはない。日本に移住しているか、留学していれば出走資格は与えられる。ロックスミスの場合は後者に当たる。

 

『お前とも是非走りたかった、此方も悪くはないがそちらはもっと面白そうだ……留学期間の延長を申し出ている所だ。来年はお前と走りたいな』

『こちとら本業はトレーナーだ、その要望応えれるかは知らないけどな』

『応えるさ……分かるとも、お前も本心では走り続ける事を願っている。強い相手と……な』

 

思わせぶりな言葉を口にしながらも待っていると言い残して消えていくが、何を言っているんだが……普通に考えて来年は普通に余裕はある。何せデビューするのはマヤだけだし、それ以降が難しくなるだけだ。この辺りは上水流の成長具合にもよるだろう、しかしまあ走り続けたい事を願っているという事に関しては少しだけ思ったりはしている。だが自分は満足している。

 

「(ロックスミス……噂通りの問題児か)」

 

資料には自由奔放だが筋金入りの戦闘(レース)狂、闘争(レース)以外に興味がない癖に成績はトップクラス、ある意味でステゴ的な問題児と言えるだろう。

 

「ウマ娘は何処まで行ったとしてもウマ娘ってか……まっ知ったこっちゃないけどな」

 

お前が自由であるように自分も自由にやらせて貰うと、パーティを巡っていく。そんなランページを見守るような視線を向ける二つの視線。着物に羽織と純和風なのに、なぜかその上から革ジャンを着ているウマ娘と緑の袖で中央が黄色い着物と、赤い帯、黒の袴と侍的な雰囲気を醸し出しているウマ娘。

 

「あの子がスーちゃんの言ったランページちゃんね……良い目をしてるわ、如何貴方のご感想は」

「悪くはない、寧ろ良い。良い後輩が育ったようで少しは安心できると言った所かな」

 

紛れもないレジェンドがランページを見る、その二人から見てもランページも紛れもない伝説に数えて良い。寧ろ、日本を次のステージに引き上げた立役者と言ってもいいだろう。そんな彼女が設立したレースに出るのもまた一興。そんな二人の名は―――ヒカルタカイ、そしてトウメイ。




天々羽矢様よりリッシュモン、トラセンド様よりロックスミス、h995様よりヒカルタカイ、幽々やよい様よりトウメイを頂きました。有難う御座います!!


引退後のメジロランページ

日本馬として初の凱旋門制覇、親子での凱旋門制覇を成し遂げているランページには凱旋門挑戦時には必ずと言っていい程に帯同馬としての交渉が入る。肖りたいのかそれとも海外から連れて来てほしいという要望でもあるのかは謎。幾ら輸送に強いと言ってもランページも年齢的に厳しいという理由から毎回断りを入れている、その代わりに遠征馬を一時的に預かってランページと過ごさせることはさせる。

これをすると何故か海外輸送に強くなる。実際、オルフェーブルもお世話になっていた。関係者によると「ランページが何かを教えているように見えた」との事。


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361話

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素直な事を言えばランページというウマ娘は基本的に大人を信頼しない。信用はする、だが信頼はしない。叔父叔母夫婦に両親の遺産を持ち逃げされた事もあるが現役時代のマスコミやらあれやこれやを踏まえてその気持ちはますます強固になっていった。佐々田、上水流などの同僚や沖野や東条などの先輩などは信頼はしている、南坂に至っては信頼の域を超越しているしそこにお婆様やスーちゃんなども該当する。

 

『パーティにマスコミとかいれんのぉ?』

『入れると言っても信頼出来る記者たちよ、メジロとシンボリ家の認可を与えてる会社のね。その認可も半年に一度審査を入れて更新したりもしてるから安心なさい』

『信頼できる記者なんていないでしょ、信用と信頼は別物ですよ』

『全くシニカルな孫ね』

 

故に取材などで重宝している記者連中とお婆様たちが許可した会社だけを入れた。それでもランページとしてはあまりいい顔はしない、前世からそうだがマスコミは大っ嫌いだからだ。一度ニュースの取材で帰宅中に話しかけられたが、拒否したのに無理やりにでも取材しようとしてきた。その時は迷わずに通報しようとしたら逃げだした。そんな中で自分が招待した者がいる。

 

鈍い光沢の有るマロンブロンドの髪色で前髪には星の白髪模様、深緑色の大きなリボンを付けたアイボリーホワイトのドレス帽を被っている。帽子に併せた同色ドレスに腰のベルトには、金メダルや爵位の勲章が掛かっている。身長は自分よりも高い、180を越えた位だろうか。お年を召しているように見えるが背筋が真っ直ぐだ。

 

「……並の人じゃねぇな、お婆様やスーちゃん……それ以上かもな」

 

口から勝手に零れ落ちた言葉に自分が驚いていた。そう認識した人物など数えるほどしかない、我が国の象徴である天皇陛下にドバイの首長陛下、アイルランドでお世話になった王族にアメリカのフリーダム大統領に並ぶという事だ。どんなウマ娘だとも考えるがあいにく自分はそこまで歴史に詳しい訳じゃない、競馬の知識はそれなりにあるが、ばんえいや障害競走方面の競馬知識はほぼ皆無だ。あると言えばオジュウぐらいだ。

 

「パーティ、お楽しめてますか?」

「―――あらっええ楽しませて頂いてますよ。やっぱり若いというのは良いわね、未来とエネルギーに溢れている」

 

話しかければ凛とした声が返ってくる、身体だけではなく精神的な意味で尊敬出来るのがこれだけで分かる辺り自分も色々と経験を積んだ結果だというのが実感できてしまう。

 

「未来なんて不確定なものに溢れてはいませんよ、溢れているのは単純に時間と活力。元々彼女達にはそれがあった、だが巡り合わせが悪いだけのせいでそれを発揮出来ずにいた。家族の為に動いた、実力はあった、言語問題があった、それでもやりたいという思いを引火させただけです。後はその炎をどう力を変えるかは個人の意思次第」

「随分と達観した視点で語るのね」

「一度死に掛けましたからね、いやでも達観はするし大人の世界に入ったなら達観しなきゃいけないものです」

 

それを聞いて、そのウマ娘は自分の目を見つめて来た。まるで矢で射貫くかのような鋭さを兼ね備えた眼光、酸いも甘いも噛み分けてきた積み重ねから生まれる貫禄が感じられる。そしてその瞳を持った彼女は何処か慈しみと困惑の色で自分を見つめ直した。

 

「その瞳に嘘はない、そういう目を見て来たけど貴方のそれは特に違う。死と生、その狭間を身を以て体験してきた、違うかしら」

「伊達にあの世は見かけてないって所です」

 

肩を竦めて見せる、記憶が戻ってからは苦労はしてない……とは言えないがそれまでの苦労は身体に残り続けている。それが彼女には大きく刺さったらしい、何かを噛み締めるかのように頷くと―――改めて彼女は名を名乗った。

 

「改めて自己紹介をさせて貰おう。ウラヌス、日本アスリートウマ娘連合会(JAUU)名誉顧問、全国ウマ娘会名誉顧問、国際ウマ娘連盟名誉顧問などをやっているしがないウマ娘だ」

「無理があるでしょそんな役職持ち」

「ハッキリ言いおるなぁ気に入ったぞ」

 

ウラヌス、1932年ロサンゼルスオリンピック馬術障害飛越競技の金メダリストである西竹一日本陸軍大佐の愛馬。この金メダルはオリンピックの馬術競技で日本が獲得した唯一のメダルである。このウマ娘の世界でもそれは変わらず、術競技の金メダリスト。URAだけではなくトレセンもウラヌスの設立したJAUUからの支援を受けている。ウマ娘一人ひとりの平和とウマ娘の社会活動に於いて地位を守る為に腐心し粉骨砕身の努力を惜しない活動レディ=ウラヌスまたはマザー・ウラヌスと呼ばれる程に尊敬を集め、ルドルフの理想も彼女の影響が大きいとされる。

 

「最近URAを揺るがす小娘がいて上層部が慌てふためいている所にアー子とスー子が腐った連中を排除して回ってると聞いたのでな、会ってみたいと思っていた」

「アー子にスー子って……よくもまあそんな風に呼べますねあの二人、俺でもスーちゃんが限界なのに」

「それは限界ではなく最高地点と言うのだよ」

 

ウマ娘としてもある意味で最高の記録を樹立したと言っても過言ではない人物、名前だけは一応知ってはいた……が、大物も来るであろうパーティで話しかけられるんだろうなぁと思っていた大物に自分が声を掛けた事になるとは思いもしなかった。

 

「何やら苦労はしてないか、しているなら支援してやろうぞ」

「と言われても……私はこれでも結構フリーダムにやらかしてる部類なもんで、強いて言えばURAが絡んできてウザいって事ぐらいですよ」

「それはさっさと現役を引退した事への嫌がらせだろう、私の方からも言っておこう―――売国奴か貴様ら、とな♪」

「ギャップで風邪引きそうっす」

 

そんな会話を繰り広げているランページとウラヌスに周囲の事情を知っている大人たちは戦々恐々としている。あのランページは、レディ=ウラヌスとすら平然と話が出来るのか……あの烈女と。メジロアサマ含むメジロ家首脳陣、スピードシンボリ含むシンボリ家首脳陣はじめ、華麗なる一族も、旧家メイショウ家、新進気鋭のサトノ家、寺社運営に尽力しているマチカネ家など古くからウマ娘を輩出する名家が束になっても抑え切れないリーサルウエポンとさえされるあのウラヌスと。

 

「配信も毎回見ておるぞ、私も出たいなぁ~」

「出してもいいけど、流石に貴方レベルだとガッチガチに準備したイベント位でないとダメそうな気がするんですが」

「ゲーム配信辺りでいいのに……まあいい、折角だ記者連中の前で一緒に撮影と行こう。私とも親密になったという事で威圧出来るぞ」

「あっそれいいですね、よ~し撮影したい記者どもこの指と~まれ!!」

 

が、相手をしているランページだって並のウマ娘ではない。凱旋門にBCクラシック制覇、天皇陛下やドバイ首長、アイルランド王族、アメリカ大統領とも直接顔を会わせて会話したり写真撮影をした程だ。最早並の肝の据わり方ではない、今更どんな相手が来ようとも怖くないのだろう。




糸田ひろし様よりウラヌスを頂きました。有難う御座います!!


引退後のメジロランページ

メジロ牧場は有珠山噴火による打撃を受けたが、ランページの活躍によって得られた賞金と産駒の活躍などによって持ち直す事は出来た―――がその一方で海外はこのニュースに大慌て。すぐさま、ランページ募金が行われた上に各国から何だったら我が国で預かりますと言った連絡が殺到した。

現在ではそれが形を変えて、ランページバースデードネーションが行われている。


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362話

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「という訳」

「成程な……愚か者も居たものだな。そちらは私の方からも手を回しておくとしよう」

「そうして貰えると嬉しいですね」

「任せておけ、ウマ娘の幸せを叶えるのが私の仕事だ」

 

グラスが心地よい音を立てた、グラスに注がれたニンジンジュースと赤ワインを共に飲み干す。URAファイナルズとレジェンドレースの開催記念パーティで出会ったレジェンドを越えた存在とも言うべきウマ娘であるウラヌス、御方と表現するに相応しい人にランページは迷う事もなく通報する。対象はもちろん、リッシュモンに不当な扱いをし続けた会社とその持ち主である高額出資者の名前。メジロとシンボリで逃げ場なんて無いだろうが、後詰をお願いする事にした。

 

「最早死体蹴りにも思えますけどね」

「やるなら徹底的にだ、アー子とスー子は言うなれば突入部隊で私は正しく後詰だ」

「その後詰、ラストに燃料気化爆弾でも投下する気ですか」

「少し違うな、艦砲射撃だ」

「オーバーキルは確実なんですね分かります」

「死体蹴りは基本だ」

 

周囲からすればその話の内容はこの上ない程に恐ろしい。一歩間違えば自分達だってその対象になりえるかもしれない事が容易に想像出来るからだ、敵対さえしなければその対象になる事はない―――恐怖とは抑止力だと言わんばかり。

 

「やるなら徹底的にだ、一度思い知らせてその身に刻み込んでやるべきだからこそやるのだ。この私を怒らせる事の意味を、その愚行の果てに待つ破滅をその身を以てな」

「たった一人の小娘では世界を変えられないと侮った結果がこれか、高い授業料です事」

「これから担うのは若者だ、世界は整えてやるから感想を楽しみにしておくよランちゃん」

「そりゃどうも、俺はこれまで通りに自由にやるよウーちゃん」

 

そう言いながら二人は拳をぶつけあってからハイタッチをしてから固い握手をした、それを終えると自然と二人は離れていった。ランページは喉が渇いたと言わんばかりに新しいジュースを手に取って喉奥へと流し込んだ。最初は冷や汗だらだらだったが話してみれば何ともお茶目で素敵な人だった、色んな意味で百戦錬磨という印象が最初に出てきてしまうが……いい人だったに収束した。多分そんな感想を抱く自分は可笑しいのだろう。

 

「ぁぁっ……今日という日程、僕は神に感謝した日は無いだろうね。何故ならば―――貴方という星に出会えたのだから!!」

 

その言葉を聞いた時、あれオペラオーってまだ入学してないよね?という感想が頭をよぎった。来年の新入生が黄金世代だからまだ2年ある筈と思ってそちらを見るとマーベラスサンデーのように瞳に星を浮かべている金髪のウマ娘が自分に手を差し伸べるようなポーズをとっていた。オペラオーとフジでも混ぜた感じかな、と思ったがそれでは足りなかった。彼女は自分に跪くと手を取ってキスをしてきた。

 

「ああっ親愛なる陛下、貴方にお会いできたことを心より感謝いたします。そして僕の愛を受け取っていただけるでしょうか、貴方を一目見た時から僕の愛は貴方にだけ向く程に、貴方という女性は罪深い……僕が今まで抱いた数多くの愛を全て凌駕してしまう程に……」

 

ピルサドスキー殿下も加えるべきだった、そして彼女にとって不名誉だろうがフローラも混ざっている気がしてきた。というかよく見たら来ているドレスも凄かった、見事なまでに金ぴかだ。つけている装飾まで金尽くし、何処の成金だ、何処の英雄王だ。

 

「僕の愛に偽りはない、真実の愛だ」

「真実の愛って言葉ほど信用ならねぇって聞いた事ねぇか、数多くの愛って時点で信頼性もない」

「ならば証明してみせよう、僕はファイナルズを勝ち抜き貴方の下へと再び参上し再び愛を誓おう。僕の名はオーロジパング、如何かこの名を覚えておいていただきたい。それでは陛下、これにて……」

 

再びキスを落としながら彼女は去っていった、魅惑的なウィンクをしながら。しかしフローラ程の悪印象を抱かなかったのは初対面だからだろうか、それともドストレート表現だったからか、何処か演劇っぽい言い回しも当って妙に現実味がない。オペラオーな感じもしたが、海外遠征時に戦ったガルニエを思い出して致し方なかった。

 

「マジで何なん、色物ばっかじゃん。なんかあの戦闘狂が一周回ってマシに見えて来た」

「それは最早完全なマヒだ、正気に戻って頂けると此方も有り難い」

 

何とも言えない笑いと引き攣った口角を携えながらやって来た一人のウマ娘、葦毛のショートヘアーに右耳のみ濃い青色のカバーを付けているのが特徴的。

 

「失礼、先程から話しかけるタイミングを伺っていたのだがあの戦闘狂がマシと言われて思わず口を出さずにはいられなかった」

「あれよりも大分マシだと思うよ、いきなりキスしてくるような奴とは」

「否定しきれないな……兎も角これを」

 

差し出された紺色のハンカチ、そのままでいるのも心苦しいだろうという気遣いが感じられた。有難く受け取りながら手を拭く。

 

「彼女、オーロジパングはかなりの女好きだという話を聞いた。そこにウマ娘であるか否かという事は些細な問題に過ぎず、全ての女性を愛していると公言している。そんな彼女が全ての愛をも上回るという台詞を言ったのは意外だった、日本ではこういう時に何というのだろうか、マジ惚れかな」

「別にそういうのを否定する気はないし本人の自由だから好きにすればいいと思うし好意としては嬉しいんだが……俺としては子供を産む気はあるからそういうのは今の所ノーサンキューだな」

 

そんな答えに苦笑いを浮かべた。叶わぬ恋に対する労いなのか、それとも同情なのか分からないが彼女は改めて自己紹介を始めた。

 

「失礼、自己紹介が遅れてしまった。私はスティールヘイズ、先程貴方に接触したレース狂いと同じ留学の身……ではあるがあれのお目付け役というかブレーキ役を押し付けられていてね……専らあれがしでかした迷惑の後始末と謝罪が主な仕事かな」

「案外苦労してんだな……」

「それなりに、だがね……流石に戦友にこんな仕事をさせたくないと思って引け受けたんだが……チームの脱退を真剣に考えているよ」

 

重い溜息を吐きだした。何処か紳士的な雰囲気を醸し出すイケメンウマ娘だが、その実はかなり苦労しているらしい。

 

「何だったら貴方のチームに入れたらどれだけ幸福な事か」

「引き抜けって事かい?」

「それが叶えばどれだけ幸福だろうか……だがそうも出来ないからな、戦友を置いていく事は私には出来ない。その代わりに―――日本への招待状を戦友に回せれば嬉しい限りだね」

「手配してやるよ、苦労人の誼って奴でな」

「感謝するよ、貴方の事も戦友と言いたくなってしまうよ」

「呼んでくれてもいいぜ?」

 

冗談交じりにそういえばスティールヘイズは是非そうしたいが……と含みを持たせながらも良い笑顔で言った。

 

「憧れの人であり恩を受けた人を戦友などとは呼べないさ、それにまだ戦った事もない相手を戦友などと呼ぶのも可笑しな話だ。私はそろそろあれの見張りに戻らないといけないな、楽しい時間もこれまでだ。これを糧にこれからの毎日を頑張るとしよう。それでは」

 

頭を下げてからロックスミスの下へと歩きだしていく、このパーティでどれだけのウマ娘と知り合う事になったのだろう。漏れなくほぼ全員がキャラが濃いというおまけ付きで少し頭が痛くなってきた。

 

「だが保証された実力者ばかりなのも事実」

 

それだけで十分だ、レジェンドも期待が出来る者達ばかりだ……残念ながら適正やら出走の人数の関係もあるので全員と走る事は叶わないがそれでもいい。自分は満足の出来るレースさえできればそれでいいのだから……。

 

「よ~し皆集まれ、折角集まったんだ記念撮影と行こう」

 

全員集合を掛けての写真撮影を敢行した、その際に誰が自分の周りになるのかでまた一悶着になったのだが、結局ウラヌスが一喝して平等にくじ引きで決められる事になった。

 

「……まさか私とは、周囲からの視線が痛いな」

「なんか、すまん」

 

隣になってしまったスティールヘイズは周囲からの視線を受けて居心地の悪さを覚えたのであった。




マイスイートザナディウム様よりオーロジパング、トラセンド様よりスティールヘイズを頂きました。有難う御座います!!

今回でパーティは一旦打ち切り、他にも採用したウマ娘は適宜作中で明らかにしていこうと思いますのでお楽しみに!!


引退後のメジロランページ

活躍馬が悉くG1制覇をしていったので一部では大願成就の化身扱いをされる。その為か、仔馬が生まれた馬主やデビューを控えた競走馬を抱える厩舎関係者などが祈願に訪れる事が増えた。当の本人はそんなこと知らん顔でリードホースの役目をし続けていた、そして此処に預けちゃダメかな……という相談も殺到したとか。

訪れる騎手も多かったが、その大半のコメントは

「乗りたかった」

だった。


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363話

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パーティも無事に終了し、ランページはトレーナー業務へと戻った。今回、ウラヌスという超VIPウマ娘と関係を結ぶことが出来た事は想像以上の財産となった。マスコミが撮影した自分とウラヌスの写真は公開されるととんでもない騒ぎになり、ランちゃんウーちゃんと呼び合っていることが判明すると更に大騒ぎになった。

 

『一体どこへ向かうつもりなのか』

『独裁暴君、本当に政治に乗り出すのか?』

『名実共に暴君へ?』

 

と言った物が出回る程度には世間を熱くした。URAの現体制に対して不満を抱いており、それを覆す為の地盤固めと権威確保のためにファイナルズとレジェンドレースを企画したのではないか!?とお昼のワイドショーでは話題になった。ちょうどその番組を見ていたのでその後、自身の配信で明確な根拠も確かな証拠もない上で物を言うのは唯の憶測どころか妄想だぞ、というかンな事興味ないからとバッサリと一刀両断しておいた。

 

「うわぁ~ん先輩~!!」

「うぉっ!?ってなんだドラランかよ」

「俺は普通にびっくりしたよ……」

 

上水流と部室でメニューについて意見をぶつけ合っていると来客がやって来た。カノープスのドラグーンランス、ドラランである。

 

「私、やっぱり悔しいですっ!!」

「何処の芸人だ古いぞ」

「違いますよ普通に悔しいんです!!」

 

何やらプリプリと怒り出すのだが、ランページ的には何に怒っているのか全く分からない。併走とかで負けたとかか、と思っていると水流添があ~……と納得したような声を出した。

 

「パーティ関連で忙しかったからな、ほらっジュベナイルフィリーズだよ」

「―――やっべ完全に忘れてた……」

 

忘れるつもり何て欠片もなかったのに完全に頭から飛んでいた。急に開催する事になったパーティの事で頭が完全にいっぱいだった、これはチームの先輩として何とも情けないことだ……と言ってもパーティの方を優先しなければいけなかったのは変わりなかったのだが……。

 

 

ジュベナイルフィリーズに出走したドララン、ランページがまだカノープス所属だった事に特訓していた心は熱く頭は冷静にを漸く実践出来るようになった彼女は先行逃げ切りを図った。ほぼほぼ逃げのようなスピードで逃げ続けていくドラランは先頭を走り続けた。このまま勝てるかもしれないと思った時だった、後方から一気に伸し上がってきたウマ娘がいた。

 

「さあタイマンだタイマン、タイマンをやるぞドララァァアアアンッッ!!!」

「勝てるもんなら、勝ってみろってんだぁぁぁ!!!」

 

そう、ヒシアマゾンだった。同じくティアラ路線を目標にしている彼女も出走していた、最後方に居続けたアマゾンは好機を待ち続けていた。そしてラストの直線に入った時に全ての力を解放したのだ。地面が弾けたかのような力強い走りから繰り出される高ストライドの走りは他を圧倒して最後尾にいたはずなのにあっという間に上位にまで食い込んでいった。

 

『残り200を切った、ドラグーンランスこのまま逃げ切れるのか!!ヒシアマゾン猛追撃、もう3番手いやドラグーンランスまであと2バ身!!!残り100を切るぞ、ドラグーンランス粘り切れるか、いやヒシアマゾンが今並んで、抜いたぁ!!!ヒシアマゾン先頭、そのままゴールイン!!!阪神ジュベナイルフィリーズを制したのはヒシアマゾン!!2着にドラグーンランス、矢張りティアラ路線はこのチームの独壇場なのか、チームカノープスが来年のクラシックで嵐を起こすぞぉ!!!』

 

ドラランをラストの直線で一気に加速したヒシアマゾンが残り30mで差し切ってそのまま初G1勝利に輝いた。クビ差敗北したドラランは次こそ勝つ!!と息巻いているのだが……矢張り悔しいものは悔しいらしいのだが同じチームカノープスの皆には話しづらいのでプレアデスの自分の所にやって来たのであった。

 

「G1で二着何て普通に凄い立派な功績なんだけどな……というか君だって重賞ウマ娘じゃないか」

「水流添トレーナーからすればそうかもしれませんけど、ンな事言ったらアマちゃんだってそうですよ。こうなったら桜花賞で今回の仇を取るです」

「その意気込みはご立派だな」

 

となると次は朝日杯フューチュリティステークスが待っている訳だ、ローレルがクラシック路線だった筈なのでブライアンと激突する事になるのか……時たまリギルからも併走依頼が来る事がある。ハヤヒデの菊花賞対策もその一つだが……その内ブライアンとも走る事になるのかもしれないと考えると武者震いしてしまう。全盛期はルドルフやディープですら上回るという者すら多いブライアン……もしかしたらと思うとワクワクが止まらない。

 

「あっそう言えばランページさん、チューリップ賞がメジロランページ記念になるって噂って本当なんですか?」

「ああ、何かそういう話があるらしいな。メジロランページとしての初出走が桜花賞な訳だしその繋がりでチューリップ賞が一番なんじゃないかって話が根強い」

 

ランページの名を冠した記念レース、結局の所芝とダートの両方にするべきだという意見が大多数になり、その方針で行くと決めたらしいが今度はどのレースを記念レースとするかという議論に変わっているらしい。ダートも新しく新設されるダート三冠のトライアルレースにする事は決まったらしいが、距離や何処のレース場かという事でかなり揉めているらしい。

 

「まあチューリップ賞をそうするならランページ記念が一番正しいと思うけどな、メジロになったのは桜花賞な訳だしメジロランページ記念ってなげぇし」

「なんというか、凄い名誉な事なのにドライというか如何でも良さそうというか……」

「だってどうでもいいもん」

「ランページさんらしいですよね~」

 

実際問題としてそこまでの興味はない、栄誉な事は理解出来るがそれなら自分が設立したファイナルズとレジェンドレースの方が余程重要度は高い。

 

「つうかドララン、お前此処に居て良いのかよ。カノープスの方に顔出さないで」

「アマちゃんと顔合わせ難いんですよ~」

「知るか、それだったら俺とイクノなんてどうなんだよ。サッサといけ」

 

とドラランを追い出しておく。これから本格的に始まっていく彼女らのクラシック、その裏ではプレアデスから初のデビューを飾るマヤノトップガンがジュニアクラスとして名を上げる事にもなる。そして―――世代的に考えて彼女はマヤと戦う事になるだろう。

 

「南ちゃんが相手か、分かっちゃいたが恐ろしい事この上ねぇな」

「他にもリギルやスピカも相手にしなきゃいけない……考える事が多いな」

「まっ大人は子供の為に苦労するのが仕事よ、マヤヤの脚質を考えたら悩み甲斐もあるってもんよ―――南ちゃんが相手ってのも面白いからな」

 

上水流は素直に彼女のそんな所を尊敬している。唯一無二の相棒である南坂トレーナー、トレーナー業界でも知らぬ者はいない程の名トレーナー。しかも相棒であるランページの事も知り尽くしているのでこちらの戦略も読まれる可能性だってあるのにそれを全く恐れないのだから……本当に、そういう所が魅力的な人だ。

 

「それに付き合うのもサブトレーナーの仕事だな、正直困るけどやれるだけやるよ」

「言っとくが逃がさねぇからな、もう運命共同体だからな」

「うわ~い頑張りま~す」




引退後のメジロランページ

ランページには専用の馬房とパドックが用意されているが、これは一種の隔離処置だった。何故かと言われれば、ランページは馬基準で見ても美人だったためである。現役時代はレースに集中していたが引退して落ち着いてから色気が増したのか、牡馬が興奮してしまう事が多々あったので専用のスペースに隔離されるような扱いになった。


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364話

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プレアデスは基本的に交流戦の申し込みを断らない。それはランページがカノープスで培った経験から来るものであり、実践に近い走りは経験させておくのが良い。タマやオグリ、クリークと言った先輩に揉まれた事やイクノ達と頻繁に行った模擬レースによって研ぎ澄まされた感覚は間違いなくあった。なのでネメシスとの模擬レースが一番多いのが現状なのだが―――

 

「その程度で俺を抜くなんて、笑わせるな!!」

「なら、その減らず口を塞いでやる!!」

 

最近はランページ自身へと依頼が来ることが多い。プレアデスではまだデビューしているウマ娘はいないし実力が最も突出しているのはランページなのだから致し方ないという事情もあるのだが……大体は自分が受けているが代理としてメンバーを向かわせることもある。そんなランページとの交流戦をやっているのはチームリギル。

 

「流石ランページさんだ……っ着いて行くだけで精いっぱいだ……!!」

「まだだ、まだっ!!!」

 

環境は芝の1600、想定は朝日杯フューチュリティステークス。端からランページに勝てるつもりで交流戦を頼んだ訳ではない、ランページと言えば中距離の覇者という印象が強いがマイルでもその強さは衰える事はない。その気になればマイルでもワールドレコードが出せていたに違いないと思うと本当にぞっとしない。そんな覇者に追従するのはナリタブライアンとフジキセキ。

 

「手を、抜かれていますね」

「そうでないとあっという間に大差を付けられて終わりよ」

 

それを見届けるビワハヤヒデ、この後は自分との2500をしてもらう予定なのでその順番待ちである。本来はブライアンとの一騎打ちではあったが、他の希望者を募ったところフジが名乗りを上げたのでやらせることにした。

 

「勝負だぁぁぁっ!」

「私、だってぇっ!!!」

 

直線に入ったところで二人が一気に加速姿勢に入った、此処から本当の勝負だと言いたげな二人だったが脚の伸びが悪い。本気の加速領域に入った筈なのに全くスピードが乗らないし脚に重い疲労感が伸し掛かって来て鉛のように変じてしまったのかという感覚を覚える。

 

「しまっ……気付けなかったなんて……!!」

「クソっなんでだ!?」

 

理解を深め、自罰的な顔と共に悔しさを述べるフジと疑問と共に怒りを抱くブライアン。二人は幻惑されたのだ、ランページの走りに。自分の身体のスタミナがもう残っていない事に気づけないまま走り続けていた。そしてそれが気付いた時にも遅かった、最後のスパートをするスタミナもないまま……二人は大差を付けられたままゴールを迎えた。

 

「やれやれ全く、若いってのは良いねぇ何事にも一生懸命で可愛いねぇ」

「貴方も若い事を自覚なさい」

「俺は良いんですよ年上だから」

「屁理屈を……」

 

ゴールしたランページはそこまで疲れた様子を見せる事もなく飄々とした表情のまま、ドリンクを口にする。そこへゴールした二人が肩で息をしながらも腰を落とした。

 

「お疲れぃっほれ」

「あ、ありが……」

「無理にしゃべらんでいいから落ち着いて飲めよ」

 

フジは兎に角息を整えようと呼吸をするが、ブライアンは悔しさもあるが渇き切った喉を潤す為にドリンクを一気に飲む。咽てしまうが、そんなことどうでもいいと言わんばかりの再び飲み始めた。

 

「くそっ……!!」

「如何だった二人とも、これが世界最速の脚よ」

「分かっていたつもりだったんですが……いざ走ると分からなくなるものなんですね、幻惑逃げって……」

 

フジはランページのファンだ、ドーベルほどではないがランページのレースを分析したり見返す事が多いので幻惑逃げの事も当然ながら分かっていたつもりだった。だがいざ走ってみるとランページの速さ故かここで置いていかれたら最悪タイムオーバーすらあり得るのではないかという焦りが生まれてきて、置いていかれまいと気づけばオーバーペースになっていた。

 

「無理に俺のペースに合わせる意味なんてねぇのよ、幻惑逃げは正しくそういう心の隙間を狙い撃ちする。俺はやらねぇけど更に揺さぶりを掛けるウマ娘がやる幻惑逃げは更にやべぇぞ精神的な疲労感が。焦り不安苛立ちなんかが一気に心を食い破るから」

「……私はまんまとやられたという事か」

「そう卑下する事もねぇよ、逆に言えば自分のペースを守り切る事が出来ればこの対策は他の戦法にも幾らでも流用が利く」

 

簡単に言う……と思わずブライアンは毒づきながらもパドックから出て寝転ぶ。が、そこには姉がいた。

 

「次は私が走る、お前の仇は私が討とう」

「姉貴で討てれば苦労はしないと思うが」

「痛い事をいうな、これでも姉として妹の為に走ろうと決意しているんだ」

「……頑張ってくれ」

「その言葉は私にとって万の味方を得たようなものだな」

 

そう言いながら、姉はパドックの中へと入っていく。そして何かを話した後に直ぐにスタート位置に付いた。芝2500、有記念想定のレース。長距離は門外漢というランページだが、2500はギリギリで走り切る事が出来る距離、そしてワールドレコードホルダーでもある。菊花賞対策では到底戦えなかった本気のランページと戦える距離という事で姉も気合が入っているように見えた。

 

「……」

 

駆けだしていく姉と憧れの人。その姿を自分の全てを使って追いかけるように目に焼き付けていく。姉は変わった、単純な走力という意味では自分の方が上だと言われていたが気づけば姉はどんどんと進化していった。ライバル二人と競い合いながらもそれらに勝つために計算と戦術を計算し続けていた。気づけば自分と姉の立場は姉妹の言葉通りになっていた。だがブライアンにとってはそれは心地よい感覚でもあった。

 

「姉貴……やっぱり私の目指すべきところはアンタだ」

 

同じ憧れの人であるランページを目指したいという気持ちはあるが、それ以上に姉に勝ちたいという気持ちが強くなっていった。自分は来年クラシックに上がる、そうなれば漸くシニア戦線に居る姉と戦える……目指すならば天皇賞(秋)だが―――それはトレーナーとも相談しなければいけないしお揃いの菊花賞の栄冠を得てから戦うのも悪くはない。

 

「ブライアン、ハヤヒデさんは随分とランページさんと離されているように見えるが……」

 

いつの間にか隣に来ていたフジがそんな事を聞いた。ランページを応援していると言っても同じチームの先輩を応援できない程に落ちぶれていないと言いたげな何処か心外そうな瞳に肩を竦める。

 

「姉貴は冷静だ、走りながらも考える事をやめない。私からすれば信じられないが、それが姉貴の強さだ。あれはある意味で姉貴だけの強みだ」

「走りながら、かぁ……ハヤヒデさんの事だからすごい計算してるみたいに回転してるんだろうなぁ……想像出来ないな」

 

そうだ、姉のあれは姉にしかできない。自分には出来ない、計算づくめのコーナーリングに好位置の確保に周囲のウマ娘の位置関係の把握……頭が痛くならないものだ―――だが自分にはそれが出来る武器がある。

 

 

『さあ間もなく最後の直線に入る、先頭はおっとここでサクラローレルが伸びていく!!先週の阪神ジュベナイルフィリーズのようにカノープスのウマ娘がG1を制するのか!!?』

 

朝日杯フューチュリティステークス。クラシック路線へと望むウマ娘にとっての登竜門、此処で一気にG1に望めるウマ娘が選別されると言っても過言ではない。そんなレースに望むブライアン、走りながらも彼女は酷く冷静になれていた。姉のような計算づくめなんて出来ない自分には最強の武器が二つある。

 

「(―――成程、次だな)」

 

前のウマ娘が僅かにブレた、その隙を見逃さずに前へと出る。思った通りにその先には壁になるものはいない、絶好のポイントだ、奪われたと苦い顔が後ろで見えるようだ。此処ならば……私は勝てる、後は―――タイミングだ。

 

ブライアンの最大の武器、それは勘。獣のような鋭く感じ取る力だ、周囲の状況を即座に感じ取って最適な行動が出来る。ハヤヒデは自分で計算して周囲に影響を与えて自分に最適な場を作れる、だがブライアンはそれらを咄嗟にそれを感じ取れる。その最適解が自分にとって最高に繋げられる。そしてもう一つの武器は―――

 

「ブライアン、プレゼントだ」

「プレゼント?なんだこれ」

「シャドーロールというウマ娘向けのオプションの一つだ、集中力を高める効果がある。初のG1だ、気合を入れて行け」

「……有難う、お姉ちゃん」

「済まないがもう一回頼む」

 

姉からのプレゼントのこの首の白いシャドーロール、どうして集中力が高まるのかは分からないが兎に角つけると酷く落ち着いた。自分に力を与えてくれているのがよく分かったのだ。これを付けていると姉と一緒に走っているような安心感が満ちてくるのだ……だから、これを付けている時の私は―――

 

「最強だ」

 

短く呟かれた言葉、それは言霊となって願望を実現させるかのように昇華された。直線に入ると、まるでレディのように身体を前へと倒した前傾姿勢へと移行した。そしてその瞬間の加速は……他のウマ娘にとって暴力的なまでの恐怖に映った。

 

『さあサクラローレルがこのままトップ―――い、いや後ろから一気に来た!!ナリタナリタナリタ、ナリタブライアンが一気に上がってきた!!!信じられません何という末脚何だ、此処まで圧倒的に強かったサクラローレルを、捉えている!!残り2バ身、いやもう並んでいる!!?ナリタブライアンが飛ばす、サクラローレルが舞う!!飛翔するナリタブライアン、サクラローレルを一気に差し切って尚伸びていくぅ!!何という強さだ、ナリタブライアンナリタブライアンがそのままゴールイン!!1着ナリタブライアン!圧倒的なまでに強いぞナリタブライアン!!カノープスの天下を許さないと阻んだのはチームリギルのナリタブライアンです!!!』

 

「まだまだだ、これは―――始まりだ」

「ブライアンちゃん……次は、負けないから」

「ああ、だが次も勝つのは私だ」

 

自分を真っすぐと射貫くようなローレルの瞳を、逆に射貫き返すかのような強い眼光で見据えた後にブライアンはそっとシャドーロールを撫でた。




引退後のメジロランページ

ランページには繁殖牝馬から続けている日課がある。それは競馬の中継を見る事である。始まりはアマテラスとツクヨミの三冠挑戦の最終戦、厩務員が気を利かせて子供たちの活躍を見守ってあげてほしいと見せてあげた事が始まりだった。それからは子供が走るレースは出来るだけ見せてあげるようにした。勝利した時は嬉しそうに嘶き、厩務員に私の子が勝ったと言わんばかりにどや顔をしたとの事。

偶に今日は中継はないのか?と迫る事があるが、そんな時は他の中継を見たり他の番組を一緒に見たりしたとの事。新聞を読む馬ではなくTVを見て楽しむ馬として言われたりもした。


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365話

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ウマ娘にとって冬は試練の季節とも言えるだろう。各クラスで熾烈な争いを潜り抜けた先にあるG1があるから、というのも理由の一つではあるのだが……もう一つ、ウマ娘にとってもトレーナーにとってもし烈な戦いが繰り広げられたりもするのである。それは―――

 

「ラ、ララララッランページさん、ほ、本当にしないと、NOですか……?」

「我慢してくれタイキ、これもお前たちの健康の為なんだからさ」

「うっ~……マヤやだよ~……」

「頑張ってくれマヤ、ほら此処まで来たじゃないか」

 

ランページの腕に確りとしがみついて離れようとしないとタイキと胸に顔を埋めるようにしてしっかりとスキュラ発射形態(ホールド)してくるマヤを宥めながらも順番を待っている。ある意味でこの二人のこの反応は分かり切っていたが、他のメンバーは……

 

「私は大丈夫です、ええっ大丈夫ですよええ全く以て問題ありません」

「そう言いながらも凄い貧乏ゆすりしてますよ先輩……!!」

「そ、そういうお前もなドーベル……!!」」

 

虚勢を張りながらも自分は大丈夫だとアピールするが、順番が進むごとに尻尾が大きく反応する。

 

「……ぅぅっ……」

 

スズカは峠に連れて行ってあげる約束をしたが、それでも嫌なのか時折立ち上がって左回りにくるくると回ってから座るのを繰り返す。

 

「うううっやっぱりヤダ、でもしないとレースどころか練習もダメなんだから我慢しなきゃ……ってアンタよく大丈夫だね」

「フン……」

 

いやいやだと言いながらも確りと意味を理解してくれているので、意欲を見せてくれているサニーと平気そうな顔をしているが心なしか脚をよく組み替えているステゴ。今回ランページ率いるプレアデスはとあるイベントを迎えておりその順番待ちをしている所である。そのイベントとは―――予防接種である。矢張りというべきかこういった対策は確りとしなければいけないので、ウマ娘も予防接種は確りとしなければいけない……のだが

 

ピエアアアアアアア!!?

『ビクッ!!』

 

漏れなく全員の身体が跳ね上がった。トレセン学園では予防接種では先生に来て貰って注射を打ってもらえることになっている、メジロやシンボリと言った名家お抱えの名医が担当するので心配はない、ないのだが……問題はウマ娘側にある。

 

「うえええええんママやだよ~!!」

「はいはいママ扱いすんな」

 

 

「ランページママさんですと!!?」

「今のうちにやってください」

「はい」

「あっちょっズルっア"ッーーーー!!!??

 

 

 

競走馬もそうだったりする事が多いが、ウマ娘は注射などを極端に嫌う。これはある意味本能に刻み込まれた拒否反応に近く、ウマ娘への予防接種というのは何処の病院でも大騒ぎになるある種のイベントのようなもの。トレセン学園ではその日は一日休みにしてトレーナーが付きっきりで予防接種に付き合う事が原則とされている。受けさせた後は気分転換に何処かに連れて行ったり好きなものを食べさせてあげたりすることが多い。そんなわけでランページもトレーナーとして付き添い兼予防接種を受ける事になった。

 

「NOOOOOO~!!絶対に、あの先はHELL!!」

「どっちかと言えばヘルスだよタイキ」

「ランページさんは良いですよ!!だって受けないんですもん!!」

「何言ってんだ俺だってやるに決まってんだろ」

『えっ!?』

 

思わず全員が此方を見た。ランページは付き添いだけなんだからあんな余裕で構えていられたんじゃないのか!?と全員が驚いた。

 

「俺だって今日予防接種を受ける、お前達だけやらせるなんてことはしないさ」

 

これはある種のランページだけが切れるの切り札でもある、トレーナーは付き添い何だから受けなくていいという前提を簡単に崩せるのだから。それを聞くとそれぞれは顔を見合わせると静かに座り直した、タイキも手を放し、マヤも大人しくランページの膝の上に座り直した。

 

「何だ急に静かになったな?」

「ラン、ランページさんが受けるというのに私たちがいつまでも騒いでいるなんて……いけませんから」

「お姉様も、やるなら私も、ちゃんと受ける……!!」

「わ、私も覚悟を決めました……もうドントコイデース!!」

「私も……受けます」

「俺は最初っからやる気だったけどな」

「マ、マヤも頑張る……で、でも此処に居させて……」

 

ピギャアアアアアアアアアア!!!??

 

『……』

 

頑張るぞ、と決心を固めた直後に医務室から響いてきた悲鳴。この甲高い悲鳴はテイオーだ、余りの絶叫に全員の顔が青白く染まっていく。ステゴすら顔を青くしている。そして医務室の扉が開けられた、そこにはげっそりとしたスピカの面々に沖野にしがみ付いたテイオーゼミが涙を流しながら泣いている姿があった。流石のシービーですら顔色が優れない。

 

「お疲れっす、やっぱテイオーだったのか」

「うるさくてすまんな……テイオーの奴、注射の針がマックイーンより太いって抵抗しちまってさ……」

「ダッテダッテダッテホントウニフトカッタモン、イタカッタモン……イッキダッタモン……」

「誤解招きそうな言い方をしないでくださいませ……」

「お疲れマックイーン」

「ランページさんも……お気をつけて」

 

そう言いながらマックイーンはふらふらとした足取りのまま沖野に続いて医務室から離れていく、その最中、沖野の身体から何かがきしむような音が聞こえてきたがどんな力でイージスガンダムと化しているんだと思っていると―――

 

「次の方々、どうぞ」

 

と看護師さんが声を掛けて来た。全員の顔は最早死刑台に上がる前の死刑囚のように真っ青である。

 

「ほら行くぞ、頑張れって」

『……はい』

 

今日ばかりはステゴすら超ローテンションのままだった、そして医務室に入っていく。中に入るとそこには自分もお世話になった主治医の姿があった。

 

「なんだ主治医さんだったのか」

「お久しぶりに御座いますランページお嬢様、ハーブシガーの方は大丈夫でしょうか?」

「ああ、問題ない。悪いな、俺のチームも頼むわ」

「承知いたしました、それではまずは何方が?」

 

と視線を彷徨わせると全員の尻尾がまるで針金でも入っているかのように真っ直ぐに伸びてしまった。蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまっている。それにしょうがないな、と溜息を吐きながらランページが進んで椅子に座りながら上着を脱ぎ、シャツの腕を捲るのであった。

 

「んじゃ俺から頼むわ」

「承知致しました、それでは」

 

それを見てプレアデスの面々は酷く心配そうな顔となんて勇敢なんだ……やっぱりランページは凄い人だ!!と尊敬の視線を向けるのに別れた。これでそんな風に思われてもしょうがないと思うのだが……。

 

「行きますよ、力を抜いてくださいね」

「入れてねぇって」

「それでは―――」

 

『っ……!!』

 

ランページの腕に針が刺さる、そして押し込まれていくそれに顔が歪んでいく。当の本人は全く平気そうな顔のまま、予防接種は終了した。

 

「終わりました」

「あんがとね、ほれっ大丈夫だろ。ランページさんが言うんだから大丈夫だ」

 

その笑顔に皆は頷き合って、進んで椅子へと向かって行く。但し隣に立つランページの手を強く強く握りしめてはいるが、それならまだ可愛い方だし皆さんご立派ですと主治医は言いながらテキパキと注射を打っていく。

 

「これでチームプレアデスの皆様の予防接種は終了です、今の所は今日一番静か且つスムーズに打てましたよ」

「そっか、皆えらいぞ。今日は俺が美味いもの食べさせてやるから元気出せ」

 

接種が終わった後はご褒美が必要だろうと、この後は皆で特製のニンジンハンバーグを作って食べるパーティを催した。その時には皆の顔は元気な物へと戻っていた。




引退後のメジロランページ

ランページは特段医者が嫌いだったという事はなかった。医者が行う事は必要な事だと理解していたのか、検査の時も予防接種の時も暴れる事もなく大人しく、獣医や厩務員達を驚かせていた。その子供たちももしかして……と期待されたがそんな事はなかった。但し、ランページが一緒に居ると大人しくなるので、子供たちの注射はランページ同伴だった事が殆どだった。


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366話

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基本的にランページは定時で学園を後にする。他が残業している中一人だけ帰る事もあるがそれは自分の仕事をキッチリと片付けているので帰宅するのは当然の権利である。そもそもトレーナーというのはそれぞれが受け持つ担当ウマ娘に関する仕事を主とするので担当する人数が多ければ多い程に仕事は増える、チームトレーナーを務めるのならば当然の事。

 

「上ちゃんそろそろ上がれるかい?」

「もうちょっと……うん終わった、ランページさんはネメシスの方もあるから大変でしょ、手伝うよ」

「いやこっちも終わってるから気にするな」

「さっすが」

 

それを聞いて周囲のトレーナー陣は信じられないといった顔をする。何故ならばあのサンデーサイレンスがコーチを務めるチームネメシスの統括チーフまでをも兼任しているのだ。しかもサンデーサイレンスは書類仕事には一切関与してくれないので実質的にそれらを取り仕切っているのはランページ唯一人なのである。二つのチームを同時に取り仕切ってなんで自分達よりもずっと仕事が早く終わるのだと言った顔をする。

 

「ホント速いなぁ……なんかコツでもあるの?」

「前以てパターン構築してそれに沿って仕事が出来るように準備しておくことだな、後はそれの作業に慣れる事」

「割と本気で仕事を終わらせるためのコツしか言ってないね、他の先輩方とは何なの」

「俺より仕事が出来ないだけだろ」

 

その言葉はさながらキリストに突き刺したロンギヌスの槍の如く、彼らの心を抉った。自分よりも仕事が少ないのに仕事量が圧倒的に上である自分の方が早上がり出来るのは詰まる所其れに尽きるのである。

 

「如何する、今日はこの後行くかい?」

「あ~ごめんこの後さ、メンテナンスに出した車を取りに行かないといけないんだ」

「そりゃしょうがねぇな、つうか何でメンテ出してんの。ターボでも後付けしたん?」

「普通に車検だよ」

「じゃあ車検でええやん」

 

そんな事を言いながらトレーナーの職員室から出ていく二人を残されたトレーナー陣は恨めしく睨み付けるのだが、これも全て自分達の不甲斐なさ故なのだと直ぐに気付いてしまい、直ぐにガックリと肩を落としながら仕事を片付け始めるのであった。

 

「まいど~ランページちゃん、今日はこれからこれかい?」

「仕事も終わったから家でじっくりと晩酌よ、上ちゃんと飲み行こうと思ったんだけどよ車検に出した車取りに行くってフラれちまったよ」

「カッ~あの若造もこんな別嬪さんの誘いを振るなんてもったいねぇことするなぁ!!一緒に取りに行った後にどっか飯に誘うとかすればいいのによ」

「煽てても追加はしねぇぜおやっさん」

「たっはぁバレたか!!」

「ニャハハハ~まったね~」

 

トレセン近くの商店街で酒と食材を調達しながらも帰路へと就く。自分程のウマ娘が一介の商店街で買い物をする、何て事が知られたら大スキャンダル―――と言いたい所だが、現役時代からここを利用している事は既に周知の事実なので問題なし。実際報道陣が押し寄せた事があるのだが、商店街の皆さんが邪魔だ!!と口を揃えて他のお客さんの邪魔だから帰れ!!と一喝、そしてそのことが偶然別件で生放送をしていたTVクルーが撮影して別の意味で大騒ぎになったのは良い思い出。

 

「さてと上物のお肉が買えたし今日はとんかつと行こうかな~♪」

 

資産的にはかなりの物を持っている筈なのにランページの生活は基本的には極めて平凡、口座には現役時代のレース賞金がいまだに高く積まれており使われるのを待っている。と言ってもランページは既に一軒家とインプレッサを一括で買っているし十分に贅沢はしていると認識している。とんかつを食べようと思えば何時でも食べる、これだけで自分は幸せな毎日だ。と思いながら家へと帰ってきた。

 

「ただいま~」

 

誰もいないはずの家でもそんな言葉は止まらない。返答はないのに、お猫様でもお迎えしようかな……と思っていた時だった。

 

「お帰り~」

「うんただいま……ん?」

 

返答があった。この家に入れるとすればスペアキーを渡しているお婆様かスーちゃん位、だがあの二人が勝手に家に入るとは思えないし聞き覚えない声に警戒レベルが一気に跳ね上がった。思わずそっと家へと上がりながら懐に忍ばせたスマホでいつでも警察を呼べるようにしつつも、ランページ鉄を手に持つ。いざという時はこれを投擲する、ウマ娘の力でこれを投げられれば痛いでは済まないし外れてもガラスなどは平気で割れるのでご近所さんに異常を伝える事も出来る。リビングへと一気に踏み込むように入るとそこに居たのは―――

 

「やぁっランページ、こうして会うのはドバイでの飛行機以来かな?」

 

どこか陽気そうな笑みを浮かべた褐色の肌と流星入りの赤毛を持つウマ娘

 

「どうも~貴方の事はいつも見守らせていただきました」

 

笑みを湛え続ける青の美しい髪を持つウマ娘

 

「許可なく自宅に入ってしまった事は申し訳ない、悪意などはない。ただ此方の都合として屋内である事が望ましかったのだ」

 

唯一罪悪感を感じているのか謝罪を述べている鹿毛のショートヘアと左目の切り傷が特徴のウマ娘。その三人のウマ娘を自分が知らない訳がない、いや今を生きるウマ娘が知らない訳がないのだ。史実では世界中のレース場で走っているサラブレッド競走馬の多くは父系を遡るとある3頭に行き着くとされており、その3頭を三大始祖と呼ぶ。

 

それこそがダーレーアラビアン、ゴドルフィンバルブ、バイアリーターク。この三つの名前である。この世界においてウマ娘の始祖とされ神格化されているウマ娘、トレセン学園では三女神の像までもがある程の存在だ。

 

「はぁぁっ……イギリスで悪霊を見たと思ったら今度は三女神が降臨したぞおい……」

「仮にも自殺前の自分を悪霊とは随分な言い草だと思うぞ子羊君」

「悪霊で十分です、自殺なんて最大の親不孝をやろうとしたくそやろうなんて」

「余り卑下する言い方をするな、あんな状態では正常な判断など出来もしないだろう」

「同感です」

 

平然と会話が成立してしまっている……そしてイギリスで見たランページの事を確りと分かっている、これは夢でもなければ幻覚などではない……つまり、目の前に居るのはガチの三女神という事になる……いったい自分は何処に向かっているのだろうか。

 

「あ~えっと、色々と突っ込みたいところがある訳ですけど取り合えず、三女神の皆さんなら確かに家の中が一番でしょうね……そこは取り合えず納得します。うん」

「助かる」

「それでえ~っと……これから夕飯なんですけど、食べます?」

 

一先ず、やる筈だった行動をして自分を落ち着かせることにすることにした。三女神を食事に誘ってしまった、字面にしても意味が分からないし誘っていいのだろうか、黄泉戸喫的な事になって困らせたりなんてことは―――

 

「おや良いのかい?それは嬉しいなぁ、献立は何だい?」

「おい図々しいぞ」

「おやっ要らないのかい?」

「……興味がない訳ではない」

「あっお手伝いしますよ~」

「食えるんすね」

 

如何やらないらしい。寧ろ、食事を期待していたような節すらある。作り置きしておこうと思って大量に買った肉がまさか役に立つとは思いもしなかった……まあいい、取り合えず準備に掛かろう。

 

「とんかつにするつもりですけど、大丈夫ですか?」

「好き嫌いはないから安心してくれ」

「ああいや、宗教とかそっち方面で聞いたつもりなんですけど……」

「それで崇拝される側である私たちが言うから大丈夫ですよ」

「ソレモソッカ~」

「ツッコミを放棄したい気持ちは分かるが確りしてくれ、私を一人にするな」

 

この後、三女神と共にとんかつを上げたりキャベツをスライサーで千切りにしたり、みそ汁に興味津々な三人を見たりと色々な事がありながらも無事に夕食は完成した。

 

「お~これが日本の食事なんだね、実に美味しそうだ」

「フム……栄養バランスもよく考えられているな」

「口に合えばいいですけど」

「フフフッ貴方が作ってくれた物ですもの、おいしくいただきます」

 

そんなやり取りをしながらも、ランページは三女神と共に夕食を取るという事になったのであった。箸に悪戦苦闘しつつもなんとか頑張りながら美味しさに感心するバイアリーターク、フォークでとんかつを頬張るダーレーアラビアン、みそ汁をじっくりと味わいながらキャベツにマヨネーズかドレッシングで迷うゴドルフィンバルブという光景がランページの視界には広がっていた。

 

「……なんだこれ」




皆がいい加減三女神降臨するんじゃね?っていうから期待に応えてみた。


引退後のメジロランページ

頭が良いとされたランページは誰にもサービスを欠かさず愛想も良かったが、極端に嫌がったものが一つだけあった。アイドルである。男だろうが女だろうがアイドルを嫌いそれらが取材に来ても塩対応を貫いた。故かアイドル嫌いなアイドルホースと呼ばれた。

が、某農家系アイドルがどさんこを連れて道草をするという企画で偶然訪れた際には酷く喜んだので何が違うんだと各位は首を傾げたという。


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367話

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「ふぅっ大満足だ、君は実に料理上手なんだな」

「へえっお陰でお腹いっぱいです」

「すまない、このような負担まで掛けさせてしまって」

「まあ、此処まで来て何もしない方が不敬ですから」

 

結局、夕食は三女神と堪能する事になってしまったランページ。三女神と言っても基本はウマ娘と変わらないのかよく食べる、折角作り置きする為に買ってきた肉も全て出してしまった。今は食後の酒盛りと言った所だ、酒好きのランページの家にはビール、ワイン、ウイスキー、日本酒などなどが置かれている。何を出したものかと思ったが、日本酒を所望されたのでそれを出す事になった。

 

「ンで態々飯食うために来た訳じゃないんでしょ、そんな事の為に態々三女神が来るとかありえないし……というか、マジで女神なんですか」

「今更過ぎる質問だねぇ子羊君、これでも私たちは本当に女神だよ。実在もするしこうして存在もある、何なら胸でも揉んで試してみるかい?」

「生憎そういう趣味はねぇっす」

「中身は、別だろう?」

 

見透かすようなダーレーアラビアンの言葉に肩を竦めて受け流す。確かに中身は男だが、数年もウマ娘として過ごせば嫌でも女らしくなる。今では女物の服装だって普通に着れるようにはなった、それでも進んで着るつもりはないが。

 

「詰まる所、どうして俺がランページになったのかでもお話するために来たと?」

「遊びに来ただけだが?」

 

ドシャァッ!!そんな音を立てながら崩れ落ちたランページが顔をこたつ兼テーブルに強打した。

 

「遊びに行くテンションで此処に来たのはお前だけだ、私を一緒にするな」

「あら、私もそういうつもりではなかったけど」

「ならせめてそいつを止める努力はしてくれ、ツッコミが私だけでは説得力がない」

 

如何やら真面目な要件もあるらしい、少なくともバイアリータークはそういうつもりで来てくれたようで助かった。この中で最も話が通じそうなのも確かに彼女だ。ゴドルフィンバルブも通じそうではあるが……何というか天然っぽいし、そういえばバイアリータークはシンボリ家とは繋がりが深かった。この真面目さもそういう事なのだろうか。

 

「真面目な話をするとだな……君の活躍の祝福、そしてウマ娘レースの躍進……我々としては君に対して感謝の意しかない」

「俺は何もしてないです。テメェがやりたい事を突き詰めていった結果がこれですから」

「だとしても、その結果は称賛されるべきものがある。走りたい舞台があるならばそれを作る、これはウマ娘として至極当然の事だからな……ランページも、喜んでいる」

 

その言葉が指すのは自分ではなく、自殺前のランページだろう。でなければそんな風には言わないだろう。

 

「ハッキリ言って、彼女の事は残念に尽きた。世界を変えられるだけの器がありながらも残酷な運命に翻弄された」

三女神(貴方達)がそう仕向けた、とか」

「冗談だろう、私たちはそこまで残酷ではないさ」

 

分かり切っている、残酷ならばドバイ前に姿を見せたりはしないし自分とランページを会わせるなんて事はしないだろう。敢えて、言ってみただけだ。

 

「私たちが今回来ましたが貴方の魂が最近よく表に出るようになっているでしょう、その事についてです」

「あ~……夢で双子の事見たりママ役が板につき始めたとかその辺りの事っすか?」

「そう、流石私の子羊君だ飲み込みが早い!」

「勝手にお前のにするな」

「良いじゃないか、減るものでもあるまいし」

 

魅惑的なウィンクをされる、競走馬(ウマソウル元)としてはダーレーアラビアン血統だったりするのだろうか……まあ三大始祖で一番の最大勢力はダーレーアラビアンなのだから可笑しくはないが……。

 

「ウマ娘にはウマソウルがある、そのウマソウルの強さには個人差はある。だが君には異なる魂がある、現役を退いた事でバランスが少し崩れているんだ」

「ウマソウルが小さくなったとか」

「違う、逆に大きくなっている。現役時代はウマ娘としての本能、レースに対するものでソウルが刺激されていたのを人の魂が抑えてバランスをとっていた。だが現役を引退した事で君は落ち着いた、だから無理に抑え込む必要性は無くなってウマソウルが大きくなってもそのままな訳だ」

 

理屈は何となくだが理解は出来る、放水をしなくなったダムに水が溜まり続けているようなものだろうか。そう思っていると手を出すように促された、そっと手を出すと三女神の手が重ねられる。

 

「おやおや随分と大きくなったものだね、フフフッ流石子羊君だ」

 

呟くダーレーアラビアンをバイアリータークが睨みを利かせて黙らせ、そんな様子を見てゴドルフィンバルブが笑う。そしてそんな時間が少し経つと手が退けられた。別段身体に変化はないような気がするのだが……

 

「特別な事はしてませんからね、唯少しだけウマソウルが落ち着けるようにしただけです」

「ハッキリ言ってお前が劇的に変わる事もない、これまで通りだ。これから起きるかもしれなかった可能性を防いだだけだ」

「……例えば」

「突然女言葉全開になっておしとやかなお嬢様になったりとか」

「ご病気疑われる奴じゃないですかいやだ」

 

これまでの自分の事を考えたら記憶喪失やら精神汚染を確実に疑われるようなものではないかと言葉を失う。流石のフローラでもこれには困惑するのではないだろうか……

 

 

―――それはそれで私はイケます!!

 

「なんか、今毒電波が……」

「私も変な物を受信したぞ子羊君」

「妙な物に好かれているな」

「あれも一つの愛ですね」

「別の意味で偏った愛っていうんですよあれは」

 

兎も角そんな事になったら冗談抜きで病院にぶち込まれるところだった。感謝の念しかない。

 

「しかし君は本当に面白い、見ていて飽きないよ。これからも私たちは君の事をずっと見ているよ」

「せめてプライバシーは守ってくださいよ」

「無論だ」

「当然です」

 

そんな言葉を返すと三人の姿が薄れ始めて来た、こうして見ると本当に超常的な存在なんだなと実感が出来る。

 

「それではな、食事は有難う」

「また来たいですね、その時はちゃんと連絡しますので」

「遠慮しろ……またな」

 

先にゴドルフィンバルブとバイアリータークが消えていく、二人の表情は極めて穏やかで優しい笑みだった。そして最後まで残ったダーレーアラビアンは最後に自分の手を握り込んだ。

 

「それじゃあまた会おう、今度は馬鹿な事を考えずにちゃんと全うするんだぞ」

「老衰まで生きてやりますよ」

「ならよし、じゃあね―――」

 

投げキッスをしながら彼女は消えていった、粒子のようになって消えていった三女神。まるで夢のような体験だったが手のひらに残った熱は幻などではない。三女神が使っていたコップを見た後に、また手を見た後に

 

「全く女神ともなるとマジで良い女だな……惜しかったかな?」

 

苦笑した後にランページは食器洗いを始めるのであったが、不思議と心は晴れやかだった。それは余韻のように残り続けていた……

 

 

「ランページさぁああんっおはようございま~す!!」

「おっと、相変わらず元気だなテメェは……おはようさん」

「―――ランページさんが挨拶を返して、くれた……だと!?これがまさか噂に聞くツンデレ!?」

「やっぱ死ねよお前」

「デレツン!?」

「お前なんかは無視」

「ハァッ☆」

 

翌日、フローラに遭遇するまでは。




引退後のメジロランページ

ある日、ランページがお気に入りの場所に腰を落ち着けている時の事だった。突然ランページが嘶いた。天に向けて三度、嘶いた。突然の事に様子を見ていた厩務員達は驚いたが、その後すぐにランページは眠りについた―――そのまま、安らかに旅立った。

奇しくもその日は、ランページにとっての曾孫……デビュー戦の日だった。そして鞍上は自らの相棒。そして曾孫と相棒が勝利を掴んだ時に彼女は嘶き、そして眠りについた。

37歳、競走馬としてはかなりの長寿であった。


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368話

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「なぁっランページなんかあった?」

「何だ突然、ナンパならもうちょい上手い口説き文句を探す事を勧める」

「やるなら車検も終わった車でデートに誘うよ」

 

仕事中のランページ、そんな彼女に声を掛ける上水流。普段通りに仕事をしているつもりではあるが、上水流からすれば違和感があったのだ。

 

「何となくだけどさ、何かあった?」

「さあ如何でしょうね、URAファイナルズとレジェンドレースが近いから色々考えてますってだけだ」

「ホントにそれだけかな」

「だったらなんだ、同業者の先輩方の嫉妬やらが心地よいとでも言えばいいのかい?」

 

ワザとらしく周囲の先輩方を見ると面白いぐらいに顔をそらしていく、彼らにだって自覚はあるのだから其処を突けば彼らは面白いぐらいに狼狽えるのだ。取り繕ったとしても無駄だ、ボイスレコーダーは常備しているし彼らの八つ当たりなども確りと録音して自分の家のパソコンで確りと保管している。

 

「仮にそうだとしたら君は真っ先に裁判沙汰にするタイプだろ」

「まあするかしないかで言ったら全力でするよ、お婆様もスーちゃんも弁護士必要なら何時でも言ってって名刺貰ったし証拠もたんまりあるし。と言っても今やったところで理事長困らせるだけだしな、やるならもっと裏でヤーさんが脅すみたいにうまくやるさ」

「それでみんなにバレてるけど良いのかな、スゲェ狼狽えてるけど」

 

職員室のあちこちで椅子から落ちたりコーヒーを落としたりするトレーナーが発生する、その多さに沖野、東条、南坂、黒沼、六平などのトレーナーはため息を吐いた。

 

「良いんだよこれに懲りて反省してくれたら」

「しなかったら?」

「地獄に送る」

「君のそういう所好きだよ」

「おっ脈ありかい?」

「そういう事にしといてくれ」

 

チームのメイントレーナーとサブトレーナーのやり取りとしては微笑ましい物があるのだが、その実際の標的にされる者たちからすれば堪った物ではない末恐ろしいもの。只のトレーナーならば笑い話なのだが……相手はメジロのご令嬢である上に世界最速最強、最悪の場合現役時代のコネを使われて国のトップを呼ばれかねない、それを目の前まで突き付けられて初めて危機感を感じ取ったのか、彼らはもうやめよう……と思い至ったのであった。

 

「ンで、俺の何が違うんだい?」

「纏っている雰囲気、これまではなんというか女性的な雰囲気が強かったのに現役時代の君に戻っているという感じ……だと思いますけど南坂さんと佐々田さんはどう思います?」

 

と、現役時代を知っている二人にも話を振ってみる事にした。

 

「そうですね、引退した事で闘争心をフルに使う事が無くなったので落ち着いた感じになったのは確かだと思いました」

「妙に色気増したなぁとは思った、ちょっと近づきづらくなった感じはあったね」

「今は色気ねぇと?」

「いやバリバリあるけど、なんか近づきやすくなった」

 

それを聞いて矢張り以前の自分はウマソウルの影響をもろに受けていたのだな、と思いながらコーヒーを啜る。三女神によって調整を受けたウマソウル、それによって起こるかもしれなかった事態は回避されていたが既に影響は周囲に感じ取れる程度には及ぼしていたのか……と認識しながら改めて女神に感謝する。

 

「ちょっとな、色々あったんだよ」

「またスピード御大がレジェンド連れて来たとか?」

「いやレジェンドが自発的に会いに来て一緒に飯食った」

「それはまた、ご愁傷さまです」

「分かって言うなや南ちゃん」

「胃薬、いる?」

「後で貰うわ」

 

南坂達はきっとまた、とんでもないのと一緒になったんだろうなぁ……と思う。この前はウラヌスと会ったのだから今度はセントライト御大辺りだろうかと思っている。自分達ならばそんなのは絶対に御免被る、と思っているだろうがあいにくそれ以上の存在と遭遇したのだから困ったもんである。

 

「それで色々話と化した結果―――なんか気に入られたわ、もしかしたらこの学園に来るかもな」

「うわぁっ……そうなると真っ先に関係を持つのは俺や南坂さんに佐々田さんって事か……本当に君の傍は退屈しないね」

「だろ、南ちゃんも退屈せずに済んでたろ現役時代」

「毎日がとても刺激に満ちた毎日で充実してました」

「そう言えるのは貴方だけだよ、俺はマジで胃が痛かったんだから……」

「それはすまんかった」

 

だがまあ、実際は三女神が襲来する事はほぼほぼ無いだろう。あの規律に厳しいバイアリータークが止めるだろうし現れるとしたら自分の家の中だけに限られるだろう。まあ外を見て回りたいと言われたら自分は止められないだろうが……その時は変装を促そう、三女神に似ているとよく言われるやらで何とかごり押しする事は出来るだろう。

 

「ああそうだ、上ちゃんの車って何なの車種」

「トヨタスープラだよ、足回りとかも自分でセッティングした自慢の車さ」

「ほほぅ?そりゃいいじゃねぇか良い趣味してんじゃん、如何だい今夜付き合わねぇかい?」

「ほほぅ?」

 

と二人の瞳は鋭くなった。実は上水流トレーナーも若い時は峠に繰り出していた口、流石に自重している上に昔ほど走り屋の知り合いが少なくなってしまったというのも理由の一つとして挙げられるのだが……こうして誘われてしまうと昔の血が騒いでしまう。

 

「スズカを連れて夜のランデブーにな、車検から帰ってきたなら車の調子を確かめたいんじゃねえか?」

「フッフッフッ……実はうずうずしてたんだよね、目の前であんなスピードで走られると俺自身もスピードを追い求めたくなってきてしまうのが性分でね」

「それじゃあ今日は―――」

「ああ、夜が楽しみになってきた」

「「フフフフフッ……」」

 

妖しく笑う二人を周囲は引き気味に見るしかできなかった。が、唯一南坂だけはそれを微笑ましく見つめていた。

 

「なんか優しい目してますね」

「ええまあ、ランページさんにもああして仕事友達が出来るとなんだが嬉しく思えてしまいまして」

「良くも悪くも目立っちゃってますからねぇ……肩を並べられる同僚何て滅多に出来ないでしょうからね」

「それもありますが……あんな顔をしてくれて嬉しい限りです」

 

 

「昔親父がアルファロメオ乗ってたが切っ掛けだな、あの時はエンジン起こすのに10分位かかるって言ったのも全く分からなかったけどさ」

「ロメオかぁ、ああいう高級車が欲しい訳じゃねぇけど一回でいいから乗ってみたい気はするな。ああそうだマルゼン姉さんとサンデー誘っていい?」

「えっあの二人もそっち詳しいの?」

「姉さんはやべぇぞ、カウンタックで攻めるんだぞ。サンデーはGTーRをもう乗りこなしてやがる」

「……血が騒いできた」

 

自分といる時の彼女はよくあんな顔をしていた、だが同じトレーナーになってあんな顔は見れなくなってきたけど……漸く見れるようになったそれに南坂は胸を撫で下ろしながらも仕事を続けるのであった。そして肝心の二人は夜になると―――

 

「うおおおおっ俺のスープラだって負けねぇんだぁ!!」

「ふっふ~やるじゃない、だけど私のタッちゃんだって負けないわよぉ~!!」

「ハッ俺のRはまだまだ成長中だ、このレース中にぶち抜いてやらぁ!!」

「行くぞ俺のインプ、曲がれぇぇぇぇっっ!!!」

「凄い、最高!!」

 

峠に繰り出して、総勢4台で攻めたのであった。




上水流騎手のその後。

ランページの曾孫、メジロノヴァのデビュー戦後にランページの老衰を耳にして彼は号泣した。

その日程酒を飲んだ日はなく、幾ら飲んでも酔えずにいた。そして眠りについた時―――ランページに会ったという。思わず抱き着いたが、脚を軽く踏まれた上に鼻で胸を押されてランページに怒られた。

「確りしろよ相棒。泣くのは勝った時だけでいいんだ……あの子を頼む」

そう言われた気がした。その言葉と共に目が覚めた。そしてその後はランページの葬儀にも参加、そしてその後はメジロノヴァの騎手として活躍し、ノヴァの引退と共に自らも引退し調教師となる。

「ランページに貰ったものを今度は俺が伝える番だと思ってます」

そうコメントしながら厩舎を開業―――が、初年度から億以上の価値がある馬を預けられて戦々恐々とするが、いきなりG1を取らせるなど調教師としても確かな腕を振るうのであった。


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369話

間もなくに迫ってくるURAファイナルズ、レジェンドレースの開幕。後僅かしかない日程をランページは日々忙しく過ごしている、それこそ常に誰かと連絡を取り合っているかのような多忙さ。本当にトレーナーを始めたばかりの新人なのかと言いたくなるような姿だが、難なくそれらをこなしていくのは憧れるを通り越したホラー的なインパクトを周囲に与えていく。

 

「タイキ、今日はダートでの走り込みを追加するからね。マヤちゃんはサニーとステイと一緒に坂路、ステイは引き続きシンザン鉄装備のままな。エアグルーヴとドーベルとスズカは模擬レースだ」

 

そんなランページを支えているのはサブトレーナーの上水流トレーナー、元から優秀なトレーナーとしての評価を受けていた彼はランページという特異なトレーナーの傍に居た事もあって様々な経験を得ることが出来た事で新人の初々しさは完全に消え去ってふてぶてしさすら出て来た、ある意味のパワーレベリングをされたと言っても過言でもないのである。

 

「本当に凄いスケジュールだ……年末だというのに身体も精神も休まる時がないな」

 

エアグルーヴが思わずそんな言葉を言う、彼女自身もプレアデスの一員としてそれなりに忙しい日々を送って来てるがこれから有記念、そしてホープフルステークスと繋がっていく―――だけではない、ガチの年末は色んな意味で忙しいのに此処にぶち込まれた祭宴こそがファイナルズとレジェンドレース。この二つはホープフルステークス後に行われる事になっている。

 

「と言っても今日は今日で有記念、今回も今回でとんでもないメンバーが勢揃いです。有記念ってなんかランページさんの世代から毎年毎年凄い事になってますよね」

 

そんな言葉に部室の全員が頷いてしまった。流石にあれほどのメンバーが揃っている訳ではないが……今年のクラシックを沸かせたBNWは全員出走するしテイオーやマックイーン、イクノにブルボン、ライス、ネイチャ、ターボ、パーマーと……ほぼ全員がG1ウマ娘のようなメンバーで構成されている。来年には海外挑戦を掲げるテイオーやターボに検討中のタンホイザ、ドリームトロフィーリーグへの移籍を行うイクノ、マックイーン、パーマーと様々で今年しか見られないような対決になる。

 

「世間的には漸く世代交代が行われる、何て言われてますね」

「まあ否定しきれねぇだろ、何せあの世代が暴れ過ぎてたのが漸く落ち着くんだ。つってもその下も怪物揃いだ、新しくシニアに上がる連中がかわいそうな事だ」

 

ステゴの意見には皆が同意するだろう。BNWはシニアに上がり、新たにブライアンの世代がクラシックへと上がるがそこに立ちはだかるのはブルボンとライスを筆頭にした世代、近年の日本のトゥインクルシリーズの発展は世界的に見ても著しいと言われる。ある意味、レベルが低かったのが漸く上がったと遠回しに言われているような気もしなくもないが、日本の台頭に世界は喜んで迎えてくれるだろう。

 

「ンで我らが暴君様は何処行ってんだ?」

「ファイナルズの最終調整だよ、ガチの年末の日にやるんだから色々と面倒が起きてるんだって。と言っても文句を言っているのは一部の人間だけでその他の人達は新しい年末の楽しみが出来たって大喜びらしいけどね」

 

二日を掛けて行われる大レース、まさか本当にアプリのファイナルズみたいに有の後に行う事になるなんて事はランページ自身も思わなかったことだろう。

 

「ともかく、今日は俺達は観戦するだけさ」

 

 

 

「あ"~面倒くせぇなったく!!」

 

理事長室の一角、応接用のソファに腰掛けながらランページが思わず声を上げた。

 

「くっだらねぇ事ばっかに固執しやがって!!少しは頭まわして俺を利用して自分の立場に還元するとか考えねぇのかクソ共がぁ!!何が品位と権威あるURAの立場を脅かすつもりですか、だテメェらの椅子にどれだけの価値がねぇか分かってんのかガチで大統領とW長官に話通して潰すぞくそ共ぐがぁ!!」

「……荒れているなぁ」

「ええ、荒れてますねぇ……」

 

良くも悪くも顔が知れ渡っているランページ、そんな彼女が安心して仕事出来る場所は限られる。トレセン学園の中でもその場合はトレーナーとしての立場を優先してしますので安心して過ごせる場所として理事長が提供してくれた、のだが余りにもふざけた事ばかりを言ってくる外野の対処がありランページのストレスはたまり続ける一方だった。

 

「理事長、マジでURA潰していいですか。再建ならウーちゃんに御婆様にスーちゃんに話通せば行けると思いますけど!!」

「冷静!!それはそれで面白いがそれでトゥインクルシリーズなどが開催出来ないなどは問題である!!」

「理事長、その発言は普通に問題なんですけど……」

「はぁぁぁっ……すいません荒れました」

 

濃く淹れたコーヒーを喉奥に流し込んで落ち着く、これまでも妨害はあったが正式開催が迫ってきた今頃になって大きな波のようにそれらが押し寄せて来たのだ。既にウラヌスやお婆様やスーちゃんには連絡済みなので収まり始めているが主催者として処理しなければいけない案件もあるので完全に安心とは言い切れない。

 

「くっそ~これじゃあ有見れねぇじゃねえか……あの俗物共、俺にこれだけの苦労させたんだどんな苦しみを与えてやろうか……」

「私が許可する、派手にやり給え!!」

「既にウラヌスさんやメジロ、シンボリの大御所が動いてますからこれ以上如何派手にやれという感じもしますけど……なんでしたら私達でも動きますから」

「いざって時は頼りますよ……これでも大人ですので自分でやれる分はきっちりやります」

 

一先ずガチ対処する俗物とそれ以外は既に選別済み、それらは既にお婆様方に伝達済みだし何とかなるだろう。と言ってもまだまだ気を抜く事は出来ないだが……と思っていると理事長室の扉がノックされた。もうそんな時間かとランページは肩を落とした、自分はどんだけ仕事に集中していたんだと……ヒトソウルの社畜時代の経験が遺憾なく発揮されてしまっていることが腹立たしい……。

 

「理事長、お連れ致しました」

「ウムッ!!と言っても彼女は正確に言えばランページへ紹介した方でな」

「話は聞いてますけど……誰なんすか?」

 

此処で仕事をしていたのはもう一つ理由があった、理事長が自分に会いたいという人がいて是非紹介したいという事だったから。理事長からのお願いとあれば自分は時間を作る事は吝かではない、この人の紹介ならば変な人ではないだろうとは思っている。

 

「現在は大学に通っているウマ娘でな、ライブについてのプロデュースなど様々な事を学びながら夢のライブを開くために努力している。私の後輩でな、是非君に会いたいと言っているんだ」

「今お呼びしますね」

「へぇっライブを―――んっ?」

 

夢のライブ、プロデュースの勉強中、それらをしているウマ娘と言われて脳内を何かが駆け巡っている感じがした。そして案内されてきたウマ娘、緊張した面持ちをしながら耳をピク付かせている。左耳のリボンに鹿毛の髪……対面して理解した。彼女は―――

 

「は、初めまして!!ラ、ライトハローと申します!!メ、メジロランページさんに会えてと、とても光栄です!!!」

 

そう来たかぁ……と内心で空を仰いだ。



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370話

「おはこんハロチャオ~!!貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、無敗のティアラ!!Running in the turf!! Running in the dirt!!なランページだぜい!!皆の者~善行積んでたか~?こんな感じだったっけ?」

「うわぁっ凄い凄い、あの時と一緒だぁ……サ、サインもお願いします!!」

「喜んで、ファンサービスは私のモットーですから」

 

リクエストされた挨拶をするとサイン色紙を出された、それに喜んでサインをする。有名人の矜持として何時サインを求められても良い様にサインペンは常備している、まあ外に出る時は基本変装するので求められる機会も限られるのがランページなのだが……サインを書きながらも此方を憧れの視線を向けてくるウマ娘について思いを巡らせる。まさかこんなタイミングで邂逅するなんて思いもしなかった。

 

「これでいいかな。ついでだ、一緒に記念撮影でもしようか」

「是非お願いします!!あ、あのウマッターのイカよろしく~ポーズでお願いします!!」

「渋い所ついて来るわね貴方」

 

まさか初挑戦後の奴から引っ張って来られるとは思いもしなかった、このウマ娘、ライトハローかなり出来る!!と思うが当たり前だった。

 

ライトハロー。アプリのシナリオ「つなげ、照らせ、ひかれ。私たちのグランドライブ」にオリジナルウマ娘として登場した現役ではない引退済みの社会人ウマ娘。シナリオの中核的な役割を務めて、ウマ娘には欠かせない要素であるライブを大きく押し出したシナリオに関係した―――が、如何やら今の彼女はその時よりも若いらしく現在大学生との事。そして自分の大ファンらしい。

 

「んんっ!!!ライトハロー、満足したかね」

「す、すいません秋川理事長、私テンション上がってもうどうしたら分かんなくなっちゃって一ファンとしている事しか出来なくなってて……!!」

「まあだとしたら俺は俺で望まれる対応を取るだけなんだけどね、ンでサインと写真欲しくて態々理事長に頼んで、って訳でもないんでしょ。俺としてはまあ気分転換にはなったから良いけど」

「い、いえさすがにそんな事は!!」

 

そうである事も願っていた、流石にこれだけの為に時間を取るというのはランページ的には許容出来ない。と言っても裏でまた愚痴を増やすだけでしかないのだが……それをファンの前で漏らすほど自分は野暮ではない。ライトハローはソファに座り直しながら深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 

「え、えっとその……メジロランページさんは世界各国を回ってレースに出てその全てに勝ってきましたよね」

「まあね。生涯無敗は伊達ではないって訳」

「それは同時に世界各国のウマ娘とも交流を深め、各国のウイニングライブにも触れる機会があったという事でもありますよね?」

「そりゃまあね、ドバイじゃそれぞれの特色を出して歌って踊ったりした結果、首長陛下が突撃して大騒ぎになったからな。その時の配信だってアーカイブに残してあるはずだぜ」

「はい何度も何度も見直してます」

 

その言い方からしても如何やら現在進行形で見直し続けているという事になる、ランページの配信はそういった意味でも極めて貴重な情報源にもなっていたりするのである。

 

「実は、私は……グランドライブ、というものを企画してるんです」

「グランドライブ?」

「私の方から説明しよう!!」

 

説明ッ!!いつもながらその扇子の文字はどうして変わるのだろうと思うが、とにかく説明して貰う事にした。そもそもウマ娘のライブとは応援してくれるファンへの感謝を示すもので当初は全員が主役と言ってもいい物だった。だが、レース後の疲労や体力、全員主役というのは中々に難しくなっていき、その中で様々な修正などが行われていった結果として現在のレースで勝利したウマ娘がセンターを飾るウイニングライブとなった。

 

「詰まる所、そのグランドライブってのはウイニングライブのプロトタイプって認識で良いんですか?」

「はい、その認識で合っています。確かに今のウイニングライブは華やかです、勝者が勝ち取る事が出来た栄光としてそこに憧れてモチベーションにしている子も多いのは分かっています。でも……それは本当に感謝を伝えられているんでしょうか」

 

ライトハローの言いたいところはそこだった。元々は感謝を伝える為のライブだった、それが勝利がなければ感謝を伝えることが出来ないものへと変わっていた事がどうしようもない違和感だった。勝てなかったものには感謝を伝える意味はないというのだろうか、本当にライブの意義はそれでいいのか、ウマ娘としてはそれは確かに思う所だ、常に絶対的な勝者だったランページに突き付けられたそれは鋭く感じられた。

 

「成程ね……それで、俺にグランドライブに協力してほしいと」

「……私はこの想いを友人や知人に話しましたが、無理だとか今の方が良いという意見ばかりで……私だけの力では無理なんです、ですから最もG1の舞台で勝ってセンターに立ち続けたランページさんに力を貸してほしいんです!!」

 

彼女の顔を見て、正直この展開は予想は出来ていた。シナリオでもトレセン学園やURAの協力を得られずに実現は難航していたのだから、だがここでは自分がいる。URAファイナルズやレジェンドレースを成立させてしまっているメジロランページが。計画に自分が賛同したと分かれば事態は一気に好転して実現は夢ではなく現実の物へと変わっていくだろう。

 

「断る」

「えっ……!?」

 

ランページの率直且つ直線的な言葉にライトハローは言葉を失った、彼女は秋川理事長にこの事を話した時に彼女ならば力になってくれるだろうと太鼓判を押してくれたのだ。その驚きは同じなのか、理事長も言葉を失い、たづなも意外そうな顔をした。

 

「俺を利用しようって魂胆は気に入った、素直に相談しに来た事もいいだろう、だがそれだけじゃだめだ。仮に俺が計画に賛同してグランドライブが実現したとして、それはお前の夢見たグランドライブではない筈だ、何故ならば俺の力で成り立たせたグランドライブだからだ」

 

言葉が詰まった、確かにそうだ。だけど、それでも自分はグランドライブを実現したい、その思いを胸にして一歩前に出る。

 

「例えそうなったとしても構いません、私はっグランドライブを実現させたいんです!!」

「だったら自分の力でさせればいい、ライトハローさん貴方の力でな」

「それが出来れば……」

 

自分は一回の大学生に過ぎない、そんな自分にそれだけの事を成し遂げられる人脈もなければ力もない。出来る訳がない……

 

「だからだ、実績を作ろう。来年からもURAファイナルズやレジェンドレースは開催される、そこでもライブはやる予定だからな。そのライブの企画チームを正式に立ち上げようと思ってるんだけど……如何かな、参加してみる気は」

「わ、私がURAファイナルズ、レジェンドレースのライブの企画チームに……?」

「俺だってこの二つを成立させる為って訳じゃないが実現させるだけの実績があった、ないなら作ればいい。簡単な事だ、初年度のライブは豪華な顔ぶれのウイニングライブと変わりないかもしれないが……次年度からは変える事は出来る、違うか?」

 

ウィンクしながら微笑むランページに先程までの絶望を前にした顔は一転し、歓喜に染まった顔へと変わった。

 

「是非やらせてください!!まだまだ勉強中の身ですけど、いえ勉強中だからこそもっともっと勉強しないといけないんです!!」

「その意気や良し!!ってな、悪かったな意地の悪い事言って。まあ試されたと思ってくれや」

 

秋川は思わず胸を撫で下ろしてしまった。あれだけランページならば絶対に力になってくれると大見得を切ったのにこれではカッコが付かなかったところだ。そんな自分を見てたづなが笑う。

 

「力を貸す、確かにその通りでしたね。協力するのではなく道を整えて自分で歩かせる、方向ですけど」

「然り。自分の力で道を歩く、それこそが大事だと分かっているから故だろうな」



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371話

ランページが学園で色んな文句を吐き出したりライトハローと会ったりしている間、中山レース場では年末の一大レースである有記念が行われている。今年の有も白熱を極めている、ほぼ全員がG1経験があるかG1を何時取っても可笑しくない面子ばかりで固められている。そんなレースが盛り上がらない訳がない、

 

『さあ一週目のホームストレッチ!!先頭を行きますは矢張りツインターボ、ツインターボが先頭を譲りません。2番手にはメルボルンカップの覇者メジロパーマー、二冠ウマ娘ミホノブルボンが行きます。この二人がペースを作りますが矢張りというべきか最早お馴染みの超ハイペースです!!メジロランページのワールドレコードを更新してやると言わんばかりの熱意がひしひしと伝わってくるような凄まじさであります!!』

 

「ターボ全開ぃ~!!!」

「いやぁ、凄いなターボ、こんなペースなのに……だけどあたしだって負けないからぁ!!」

「まだ許容範囲内です」

 

先頭を取る三人の内二人のウマ娘、ターボとパーマーと言う日本ウマ娘を代表すると言ってもいい大逃げウマ娘二人。目指すは矢張り制覇、そしてワールドレコードの更新。常に自分たちの先を走り続けていたあの背中はずっと目に焼き続けている。ブルボンにとってもその背中は見えている、何故ならばあの人は自分にとっても目標なのだから。

 

『そこから3バ身程離れてイクノディクタス、メジロマックイーン、ライスシャワー、トウカイテイオー、ビワハヤヒデが一塊。マチカネタンホイザ、ナイスネイチャ、ウイニングチケット、エルカーサリバー、ナリタタイシンと行きますが今第二コーナーへと行きますが、ツインターボがどんどん飛ばしていくがこの中山でターボエンジンは持つのでしょうか!?』

 

全力で燃やし続ける己の体力、くべる手は絶対に休めないし脚も止めない。止めたら自分が自分ではなくなると主張するかのようなターボの走りは誰もを魅了するしその必死に走る姿は誰かに力を与えている。実際、出走しているメンバーの中でも屈指の人気を誇るのはターボ、それこそ無敗の三冠ウマ娘として名を馳せるテイオーやマックイーンにライスと言った大人気ウマ娘にも負けるどころか追い越すような大人気がある。

 

「ターボ、全開ぃぃぃっ~!!!」

 

『ここで更にターボエンジンが更に燃焼開始!!まだ先が長いが此処でツインターボが更なる逃げ切りを狙う、速過ぎないか、それでも逃げ切れる自信があるのか!!?私情を言ってしまいますが私はそんなターボが好きです!!!』

『実況は公平に……でも、私もターボは好きだぁ!!』

 

実況の赤坂はランページとの奪い合いで吹っ切れたのか、実況とは別に私情を語る事も増えて来た。だがそれはレースを見に来ている全てのファンの総括のような意見にもなっている所があるので許されている。実際ターボを嫌う者はいない。そして同時にターボを警戒していないウマ娘もいない。

 

『さあターボエンジンに導かれるこの超ハイペースですが、しかし後方も全く離されない!!最後方のナリタタイシンまでの距離は10バ身程でしょうか、全員が引っ張られるまま第3コーナーへと入ってきた!!っとここでビワハヤヒデ!!ビワハヤヒデが仕掛けた、前に出るぞ出るぞBNWの一角が仕掛け始めた、が此処でそれに呼応するように一斉に二強も上がってくる!!BNWが上がってくる!!果敢に、シニアウマ娘に戦いを仕掛けていくぞ!!今年のクラシックを盛り上げた三強が伸し上がってきた!!ナリタタイシンが一気に上位陣に喰い迫る、さあどうなる、間もなく第4コーナー!!』

 

「負けるもんかぁぁぁぁ!!!」

「まだ先はあるんだ、そこまで気張って持つのかチケット!」

「ハッ他人の心配するなんて余裕じゃんハヤヒデ!!」

「タイシンも、ね!!」

「私は負けん……私に続くブライアンに示す為に、尊敬する先輩の為にも!!」

「「「勝負っ!!!」」」

 

一斉に大地を蹴る。一斉にBNWが先頭集団へと上がっていく。未だにターボが守り続ける牙城、しかしそれも捉えるのも時間の問題。あんなペースで飛ばし続けていたら持たない筈だ、それを逃すわけにはいかないと上がっていく。そんな彼女たちを見てイクノは思わず笑う、次世代は着々と育っている。

 

『さあ第4コーナーを越えてここから一斉にっ―――来たぞ来たぞ来たぞ来たぞぉっ!!イクノディクタス、メジロマックイーン、ナイスネイチャ、マチカネタンホイザが一斉に牙をむいたぁ!!!クラシックからの挑戦者を迎え撃つ兵達が上がってくるぅ!!!ミホノブルボンも懸命にツインターボを追う、ツインターボ先頭!!だがメジロパーマーも伸びてくる!!大逃げの波は高いのか、ビワハヤヒデが懸命に上がってくる、今ビワハヤヒデが3番手!!矢張り最も強いウマ娘、菊花賞ウマ娘の意地を見せるか!?長距離は独壇場だと言わんばかり、ならば自分だと名優が来る!!名優がビワハヤヒデを抑えにかかる!!いやダービーウマ娘が競り合う!!ウイニングチケット、ナイスネイチャが激しく差し合う!!後方から一気にマチカネタンホイザが来る、ナリタタイシンを捉えるか!!?ツインターボ粘る粘る!!いやイクノディクタスが一気ぃ!!矢張りランページ世代の女傑が来るかぁ誰が勝つんだ!!?』

 

その叫びは最早総意だったに違いない。縺れ合うようなドッグファイト、優駿たちがお互いのプライドと実力をぶつけ合って目指す頂き。その先を誰もが目指す、誰もが等しく気高く飢えている、もう何処に注目したらいいのか分からなかった。先頭のターボか、それに挑戦する者たちなのか―――その時、それらを飛び越えるかのように、跳躍したそのウマ娘は一気に先頭にまで迫りあがった。

 

『とっ……トウカイテイオーがトウカイテイオーが来たぁ!!?トウカイテイオー大外から一気、トウカイテイオー強襲ぅ!!!無敗の三冠ウマ娘が上がってくるぅ!!ビワハヤヒデを、越えていく!!ミホノブルボン、メジロパーマー、イクノディクタスを抜いたトウカイテイオーツインターボと並んだぁ!!三冠ウマ娘同士の激突だぁ!!!』

 

「ボクがボクが勝つ!!これに勝って、ボクは海外に行く!!」

「ターボが、ターボが勝つ!!ランみたいに勝つんだぁ!!」

 

『残り100を切った!!勝つのはトリプルティアラか!!それともクラシック三冠か、ツインターボかトウカイテイオーか!!まだ決まらない!!ツインターボ、極限噴射で対抗!!トウカイテイオーもまだまだ伸びてくる!!いや後方からもメジロパーマーも伸びてきている、イクノディクタスも迫っている!!いやビワハヤヒデも食らいついてきているが如何だ、如何なんだ!!!?―――トウカイテイオー、トウカイテイオーが僅かに前に出れた!!そのまま、そのまま……ゴール!!!二着にツインターボ、三着にメジロパーマー、四着ビワハヤヒデに、五着にイクノディクタス!!有記念の錦を羽織って海外へと飛び立つのはトウカイテイオー!!!独裁暴君の後に続くのは不屈の帝王、トウカイテイオー!!!

 

勝者の名は不屈の帝王、トウカイテイオー。無敗の三冠ウマ娘となった彼女は今度は世界へと戦いを挑む。偉大な暴君の後に続く王の一人として、彼女は空に向けて拳を振り上げた。帝王に相応しい威風堂々な姿だった。

 

「これで、ボクも自信が出来た……会長、見ててね。ボクは―――トウカイテイオーとして、世界の舞台で勝ってみせるから」

「テイオー!!」

「うわぁっ!!?」

 

そんな決意を吹き飛ばすような衝撃が襲って来た、思わず倒れ込んでしまうが、自分に抱き着いてきたターボを見て文句を言う気持ちを失せた。晴れやかな顔をしていたからだ。

 

「本当に悔しいぞターボ!でも、次は負けない、先に海外で勝つのはターボだもん!!」

「いやぁ……参った参った。あたしに勝ったんだからさ海外でもきっと大丈夫だよ」

「パーマー、有難う」

「本当に凄かったです、フフッ私もまだまだですね」

「ハヤヒデだって凄かったよ、ボク負けるかと思ったもん」

 

テイオーコールが響く中、テイオーは何処までも晴れやかな気持ちの中だった。次は世界、それに心を躍らせながら滝のような喜びの中で少しばかり空を見上げた。



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372話

活動報告に新しいお知らせを掲載いたしました。

ご興味があるから下記のURLからどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=305557&uid=11127


ガチャ回したら、シュヴァルグランと正月キタちゃんが来ました。これが、アニメウマ娘効果!!?


「フフッ……フフフッ」

「あのさ、いい加減笑ってるのキモいから出ていくか黙ってくんね?」

「きも!?」

 

生徒会室、生徒会長たるルドルフと副会長たるラモーヌ。史実では夫婦とも言われたこの二人が切り盛りする生徒会、一応メンバーは募集しているがこの二人の空間に耐えられるだけのウマ娘はいないし実際二人で何とか出来てしまうだけのスペックがあるので問題にはなっていない。が、時折ランページが助っ人に入っている。大体はその語学力を頼っての事なのだが……海外からの書類などはランページが手伝っている。そんな中でルドルフは笑い声を上げているのが好い加減我慢できなくなったのでツッコミを入れる。

 

「そうね、正直な事を言えばうっとうしいわ。その笑いも顔もね」

「そ、それほどか……?」

「気持ち悪い位には」

「……」

 

ラモーヌにまで言われてしまい皇帝は撃沈された、ションボリルドルフとなりながら机に向かい直した。矢張り機嫌が良いのは先日のレース、テイオーが勝利を収めた事だろう。何故ならばこれでテイオーの取ったG1数は8つ。目標と仰ぎ懐いているルドルフを越えた事になるのだから。彼女としては気分が良くない訳がない。

 

「テイオーが勝ったのがそんなに嬉しいか、ウチのターボを見事に破った事がそんなに嬉しいかそうかそうか。宣戦布告なら受けて立つぞこの野郎」

「ま、待て落ち着いてくれランページ……私はただ、慕ってくれる後輩の成長が嬉しいだけで……」

「それならターボだって慕っている筈でしょ、貴方のダジャレにも結構笑ってくれるし貴方だって可愛がっていたじゃない。彼女はテイオーとは違うのね」

「そ、それはその……」

 

メジロ家から挟み撃ちを喰らう皇帝、日本の皇帝とまで言われるルドルフもランページとラモーヌに掛かればあっという間にただのウマ娘に成るという事なのだろうか。そんな空気を打破するために咳払いをする。

 

「次はホープフルステークスだな、ランページは期待している子は居るのか!?」

「「逃げたな」」

「い、良いから!!」

 

そう言われたら自分が答えない訳にはいかない。と言ってもカノープスの後輩たちは既にジュベナイルフィリーズやフューチュリティステークスに出てしまっているのでホープフルステークスに出走はしない、出ようとしたところで南坂が認める訳もない。だから彼女らを上げる事はない―――が別に期待している子はいる。

 

「今、黒沼トレーナー所に居るオフサイドトラップ。元々ネメシスに居たからかお馴染みだ」

「彼女か……確かデビューから3連勝中だと聞いたな」

「あらっそれなら期待出来るかしらね」

「さてそれは如何でしょうね」

 

黒沼から話は聞いているが、意欲も高く努力も惜しまない。ブルボンを先輩と慕って共に頑張っている、少々オーバーワークガチな所はあるがそれは上手く黒沼が抑え込んでいるとの事。そしてデビューをさせて見れば無敗で初のG1挑戦へと挑むまでに至った。教え子の一人が立派にやっているだけで自分としては満足な気もするが……出来る事ならば自分の力で錦を勝ち取って欲しい。

 

「それと言っちゃ悪いがそればっかりに意識を向けてられない、何せこっちもこっちで地獄なもんでな」

「レジェンドレース、芝中距離部門……改めて見ても何なんだこの出走表は」

 

ルドルフが机の上にある出走を見る、改めて見ても化け物染みているとしか言いようがない。自分も混ざりたいという欲求よりも先にうわぁ……という言葉と思いが込み上げてくるあたり、このレースの修羅さ加減を物語っていると言っていいだろう。

 

 

1枠1番 カツラギエース

1枠2番 オグリキャップ

2枠3番 マルゼンスキー

2枠4番 グリーングラス

3枠5番 タマモクロス

3枠6番 トウショウボーイ

4枠7番 シリウスシンボリ

4枠8番 スーパークリーク

5枠9番 アグネスフローラ 

5枠10番 テンポイント

6枠11番 アカリポイント

6枠12番 イナリワン

7枠13番 ホウショウツキゲ

7枠14番 クライムカイザー

8枠15番 メジロライアン

8枠16番 メジロランページ

 

「というか、シリウスいつの間に……」

「パイセンはなんかいつの間にかシレっと予選に参加しててシレっと本戦に上がってたわ。あの人食えないねぇ……また無茶ぶりでも考えるかな」

「許可するわ、やりなさい」

「待てラモーヌ何故君が許可を出す」

 

実際、ラモーヌ自身もレジェンドレースに参加したかった気持ちが強いのである。それなのに自分を差し置いてこんなメンバーと勝負出来ると思えば仕返しもある意味では正当、なのだろうか……そんな事を言ったら自分だってレジェンドレースの方に参加したいというのが本音なのだろう。それ自体はルドルフも同じではある。

 

「しかし本当に凄まじい面子だ、今から飛び入り参加とか難しいか?」

「テメェもか会長、生憎もう出走ウマ娘は変更不可だ。俺の特別出走権もフローラの奴に使っちまってるからな、その気があるなら来年にでも出てくれ。来年ならまだ俺も出れるかもしれないからな」

「あら、それ以降は勝ち逃げでもする気かしら」

「ちゃん先輩ちげぇって、これでも俺はトレーナーって本業があんだぜ?来年ならまだデビューするマヤだけだけってこと、それ以降だとエアエアとかも出るからシンプルにそっちに集中しなきゃいけなくなる。だから上ちゃんの腕前次第かな」

「それならそちらも育てなさい、男を育てるのもいい女の仕事よ」

「はぁ~多忙です事」

 

そう言いながらもNOとは言わない辺りが本当にランページだ。こう言われたら善処してほぼほぼ完璧するのだから恐ろしい、と言っても本業は本業で優先するだろうから絶対ではないだろうが……。

 

「因みに勝つ自信は?」

「さあね、やってみれば分かるんじゃね?」

 

濁して答えるが、本心からの言葉だった。現役時代、クラシッククラスの時にマルゼンスキーとカツラギエースと走った時だってまだまだ自分の全盛期とは言えない段階ではあったが、それでも引退した彼女らに負けるつもりはなかったのに大敗した。その経験がある為か油断もないが勝つ自信が絶対的にある訳ではない。やってみれば分かる……どんな結果が待っていようが自分は全力を尽くすのみでしかない。そんな彼女を見ながらもルドルフがTVのスイッチを押すとちょうどホープフルステークスの中継をやっていた。

 

『残り200を切った!!先頭はナムラコクオー、いや後方一気に上がってきたウマ娘がいるぞ!!凄い末脚だ、オフサイドトラップ、オフサイドトラップが上がってくる!!並び立たずそのまま差し切った!!オフサイドトラップ先頭、ナムラコクオーも伸びて来るが間に合うか!?間に合わせられるのか、いやこれはオフサイドトラップゥゥゥッ!!!デビューから3連勝は伊達ではなかった、無敗のままホープフルステークスを制しましたぁ!!来年のクラシックが今から楽しみであります!!ナリタブライアン、ヒシアマゾン、オフサイドトラップが来年のクラシック戦線の嵐の中心だぁ!!』

 

最後の直線、最後まで溜めに溜め切った力を爆発させた末脚で一気に先頭を奪ったオフサイドトラップが初G1制覇を成し遂げた、トラップは目をパチクリさせていたが歓声を受けると徐々に現実を受け止めて遂に感情を爆発させた。

 

『チーフゥゥゥッ見てくれてますかぁぁぁぁ私、私やりましたぁぁぁぁ!!!!』

 

「ああ見てるよ、大きくなったなトラップ」

 

そんなランページをルドルフとラモーヌはまるで夫婦が子供を見るような優しい顔で見つめた。心から嬉しそうな表情でトラップを祝福するランページを。



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373話

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ホープフルステークスも終了し、トゥインクルシリーズは終わりを告げる事になりそのバトンは来年へと持ち越されることになる。此処から行われるのはドリームトロフィーリーグ、トゥインクルシリーズでその力を見せ付けたウマ娘達が走る正しく夢の祭典―――である筈だった。次に行われるのはURAファイナルズ、及びレジェンドレースに日本は沸き立っていた。

 

あの世界最速にして最強のウマ娘として名を馳せ、現在はトレーナーとしてその手腕を振るっているメジロランページが主催し企画した特別な催しが間もなく行われようとしていた。普段ならば多くの人達は年末年始の休みを利用して田舎に帰省したり旅行に出かけたり、家でのんびりとする筈なのだが今年の年末は酷く慌ただしかった。逆に都心へと向かう新幹線や高速バスの予約は後を絶たなかったりと慌ただしい。

 

「そうだ、そういう風に対応して貰ってくれ。付き添いのトレーナーさん達には済まないがホテルに着いたら一旦トレセン学園に連絡して貰ってその後に時間を取って貰うんだ。こんな行事だからこそ連携が大事なんだ、そうそうだから頼むよ。ああはいランページ、あっやだもう電話くれるなら前以て言ってくれればいいのに」

 

きっとプレアデスの皆と忘年会に興じたりするだろう立場になった筈なのにランページの日々は忙しさに満ち満ちていた。このレースは自分が企画し発案したのだから当然と言えば当然なのだが……それでも忙しい、それでもこなす辺りは流石と言うしかない。

 

「ああうん分かった、なら伝えてやってくれ―――その気があるなら俺は俺が持ちうる全てを以て戦ってやる、その時には俺は一切の躊躇もせずに全てを利用する。その覚悟があるなら立ち向かってこい、とな」

 

職員室に木霊するランページのドスが利いた低いが留まる事もなく浸透するその声に、全員が震えた。それはベテランの六平ですら思わず唾を飲んでしまう程の迫力に満ちていたものだった。恐らく普段からよく口にする俗物関係の事なのだろうが……全てを利用するという言い回しは中々しないものだった、そんな彼女にコーヒーを淹れた南坂が近寄った。

 

「お疲れ様です、お相手はスピードシンボリさんですか?」

「いやウーちゃん」

「ウー……さん?」

「ああ、ウラヌスってウマ娘」

「……また、とんでもない人とコネクションを得ましたね……」

 

写真で分かっていた事だが、それを間近で口にされると言葉が出なくなる。あのウラヌスをウーちゃんと親し気によるウマ娘なんて身内を除いても世界中探しても彼女だけだろう。

 

「ウーちゃんに世話になりっぱなしになる訳にはいかない、だから俺の背後の事を分からせればいいって事にした」

「メジロ家とシンボリ家かい?」

 

上水流トレーナーがそんな事を言う。ランページの後見人としては日本のウマ娘かいとしては破格のコネがあるメジロ家とシンボリ家がある、これでもまだちょっかいを出せる家は存在する。社会的な地位としての規模が同格がそれ以上の所がURAに高額出資をしていたりする、だから場合によっては手に負えない事だってある。

 

「いや、大統領とFBIとCIAの二長官にアイルランドの王室、ドバイの首長やら」

「そうだった……君にはそれがあった……」

「いざって時は俺はお前らのせいで日本に居たくなくなったって海外に出る。こうなったらどうなると思う?」

「お前さん、エゲツねぇ事考えやがったな……」

 

思わず六平がそんなことを呟いたが、それは職員室中の総意だった。ランページは自らの力でその価値を証明しそれは世界中が認めるところ、いざ日本に居たくないと言えば世界中からスカウトが集まるだろう。そして仮に海外に行ったとすれば日本中から俗物は批判を受ける事になる、それこそ致命的な打撃になって身の破滅は免れないだろう。

 

「エゲツなくないさ、だって回避の選択肢と方法を事前に伝えてある訳だしこれから仲良くしていきましょう、ねっ?っていう風に手のひらを返しさえすれば俺は何もしないし俺を利用して利益だって得られるわけですし」

「それをそいつらが簡単に取れると思ってるのかい、此処までお前さんに文句を言う奴らって事は凝り固まった考えの石頭共だぞ。つまり頭何てそう簡単に下げないしこのまま無言を貫くだろうよ」

「なら静かでいい、但しその場合は俺を利用する事が難しくなるだけですぜ」

 

だからエゲツないと言ったんだ、と肩を竦める六平。高額出資者が最も恐れるのは自分たちの地位の喪失だろうが、同時に自分たちの利益を失う事だって恐ろしい。だからこそランページとの協調路線を取った者達が得られている大きな見返りは絶対に欲しいだろう、だが……それを得る為には自分たちが気に入らないと小娘に頭を下げなければならない。何方にしろ俗物たちのプライドはズタボロになるのだ。

 

「さてと、俺はファイナルズ出走予定の皆様に顔でも出してくるか。上ちゃん悪いけどプレアデスのこと任せるぜ」

「分かってるよ、サブトレーナーとして務め上げて見せるよ」

「おっ頼もしくなっちゃってまあ、お姉さん嬉しいよ、今度サービスしてやるよ」

 

投げキッスをしながらも職員室を出ていく彼女を見送った上水流トレーナーはため息交じりに珈琲を飲み干すと素直に南坂トレーナーに頭を下げた。

 

「すいません南坂さん、困ったときは素直に頼らせてください」

「勿論ですよ、どうせならランページさんの前で意地なんて張らずに言って下さればいいのに」

「一応年上の悪あがきって奴です、これでも23なのに年下扱いってのは如何にも……なんか姉に弄られてるみたいで嫌なんです」

「ハハッいいじゃねえか、何だったら俺も手伝うぜ。スピカ的にも山は越えたからな―――まあ俺も俺で取材の対応で出来る事は少ないかもしれないけど」

「だったら言うんじゃないわよ、リギルも手伝うから何時でも言ってね」

「老い先短い年寄りも上手く使ってみな」

 

男の意地、年上の足掻き、それをすると決めながらも上水流トレーナーはランページのお陰で出来た縁に素直に感謝しながらも仕事をするのであった。目標は彼女がレジェンドレースに出れる、安心してプレアデスを任せてくれるような立派なトレーナーになる事。その第一段階として偉大な先輩である南坂トレーナーに認めて貰う事から始めよう。

 

 

都内の一角にあるホテル。そのホテルへは次々とウマ娘が集っていた。中には本当にここで合っているのか、此処に泊まっていいのか顔を青くしている者も多い。此処はメジロ所有の超高級ホテル、それを今回はランページがURAファイナルズとレジェンドレースの宿舎として貸し切っていた。ロビーへとやって来たウマ娘達は主催者たるランページの姿を見て興奮したり、笑ったり、いよいよだという事をその身を以て実感した。

 

「ようこそ諸君、さあもう後戻りは出来んぜ。URAファイナルズ、レジェンドレースはいよいよ開幕だ、今日はその前夜祭だと思ってくれ」



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374話

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「おはこんハロチャオ~!!」

 

URAファイナルズ、レジェンドレースの出走者が集められて行われる前夜祭。その挨拶をするランページ、尚確りと配信はしている。

 

「きゃぁっ~ランページさ~ん!!」

『きゃぁっ~ランページさ~ん!!』

 

一人の声に引っ張られて大勢の子が同じエールを上げてしまった、元々大人気配信者と言う顔もあるので出走ウマ娘達にもファンは大勢というかほぼファンなのだから一人がやれば会場全体にそれが波及するのは致し方ないのだが……それをやった張本人、陶酔し淫らな表情でエールを送るウマ娘、フローラに対してランページは余計な事を……と招待しなければよかった……という思いが生まれたのは致し方ない事だろう。自分が招いた種だ。

 

「貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、生涯無敗!!自分で自分の夢を捨てる囚人、そんな自分を変えようぜTransformation!!なランページだぜい!!皆の者善行積んでたか~?本日は此処、メジロ家所有のホテルにてURAファイナルズとレジェンドレースの出走前夜祭の様子を生配信しちゃいたいと思いま~す」

 

・きゃ~暴君~!!

・よっ待ってました~!!

・クソゲーで徳を積んだぜ~!!

・ツボおじで積んだぜ~!!

・栗本で徳を積んだぜ~!!

・サモンライドやったぜ~!!

・ちょくちょくやべぇ徳の積み方してる奴がおるな

・栗本ニキマジか

 

「よ~しよしいい子だ、さあ徳を積んだ国民たちよ、年末年始という特番の嵐でTVの放送欄が埋まり尽くす日々の中で何故生配信でこれをやっているか気にならないか!!理由は簡単、俺と地方トレセンが頑張って今年中の開催を目指した結果として今年開催になった訳でTV局の対応が間に合わなかっただけなのである!!仮にこれを地上波で流したらどうなってるんだろうね~視聴率エグい事になってたんじゃね?はっは~興味ないからどうでもいいか」

 

・そういえばそうだな。

・暴君のギャラが用意出来なかった

・実際ありそうだわ。

・ああなる程

・地方トレセンの皆さんマジ有難う!!

・ご苦労様でした!!

・という事はURA自身は関与してない訳?

・中央トレセンはなんかしてるの?

 

「寧ろ、秋川理事長辺りは凄い協力してくれたさ。URAの支援えっなんかあったっけ、と流石にこれは冗談冗談。タイラントジョーク、実際問題真面目にレース場の使用許可とかその他諸々やってはくれた。だけどまあそれ以外の大部分俺がやっちゃった。だって企画提示されてぐちぐち言われたくないし先手先手を俺が打ち過ぎた」

 

・流石秋川理事長。

・さすりじ。

・おいURA

・マジで仕事しろよ。

・実際なんかやってるのかもしれんが暴君の耳にはいる類ではないと。

・それは確かに仕事する暇ねぇわwww

・仕事奪ってんじゃねえか!!

・流石暴君ですわwwww

 

乱れ飛ぶコメントがランページの背後のモニターに流れる、その中には当然URAへの批判もあったがそれはランページによって簡単に覆されて同情へと変わる。それだけの力を既にこのウマ娘は有している。

 

「さてこの前夜祭配信では此処に集ったウマ娘たちにインタビューをしたりライブをしてみようと思う、此処で故郷への思いを語るもよし、明日への抱負を述べるもよしな配信にする予定だ。さてそれじゃあ一番手は誰にするかなぁ~」

 

と視線を巡らせる中で、手を上げる者もいた。それは自分を追い込む為でもあるし自信をつける為でもあるだろう―――純粋にランページの隣に上がりたいという者もいる。当然、それが一番大きく手を上げている、声も上げている。

 

「はいはいはいはいはいのはいのはぁぁああい私、私私私!!トゥインクルシリーズから出走してる私が一番手ぇ!!!」

 

・フローラwwww

・おぃぃっ!!

・リギルのイメージに合わねぇ!!イメ損してんじゃねえか!!

・あれ、フローラってあんな感じだったっけ……

・ランページへの挑戦者的な感じだった筈……

・おしとやかな清楚キャラは猫かぶりだった?

 

コメントで本当にフローラが普段どれだけうまく擬態できているのかがよく分かる、実際問題自分の前だとあれなだけでリギルでは頼れる先輩として人気で取材もインタビューもそつなくこなして何だったら数日ぐらいだったら東条の代わりとしてトレーナー代理が出来るぐらいには優れているのがフローラ。寧ろ自分のせいで彼女とリギルのイメージに傷をつけているのでは……と思ったが、端に居た東条が気にしないでと言わんばかりの顔をしていたので気にしないことにした。

 

「はいという訳ではいそこ、そこの目立ちたがり屋の変態」

「誰が変態ですか!!」

「俺に固執して出走スケジュールの全てが対俺のそれになるって変態のそれなのでは?」

「変態ではない有りません、強いて言えば勝利への渇望と言うなの愛です」

 

・変態wwww

・暴君おまっwww

・ライバルにそんな事言うかwww

・うんまあうん、変態だわ

・ごめん暴君俺が悪かった。

・変態だ。

・お前は何処の熊だ

 

兎も角壇上へと上がってきたフローラは咳ばらいをしながらもマイクを手にした。

 

「チームリギル所属アグネスフローラ!!これでもジャパンカップ2勝のG1ウマ娘です、来年からはガチで海外戦線に殴り込む予定でランページさんに続いて日本ウマ娘としては史上二人目の凱旋門制覇ウマ娘になるつもりです!!」

「ああそう」

「反応うっすっ!!?何でですか、其処はライバルを応援してくれてもいいじゃないですか!!?」

「お前応援するぐらいだったら同じく海外挑戦するターボ応援するわ、カノープスだし俺の弟子だし」

「関係性で勝てない、だと……!?」

 

最早コントのようなやり取りにコメントだけではなく会場からも笑い声が出始めた。ああ言っているがランページはきっと彼女の勝利を願っている事だろう、あれは応援などしなくても彼女ならば勝利を掴み取れるという信頼もきっとあるのだろうというものが向けられるのだが、その実、こいつの応援はなんか癪に障るという個人的な物だったのは知る由もない。

 

「ンでもういい?他のインタビュー移りたいんだけど」

「いやだから私に対して塩対応過ぎませんか!?私一応貴方最大のライバル!!秋華賞じゃ貴方を抜かして唯一と言ってもいいポイントあるんですけど!!?」

「それ以降出来ずに惨敗続きで勝ててねぇじゃん」

「レスバ強すぎる……!!」

 

・あ~まあ確かに、暴君抜いたのはフローラだけか

・その一点だと確かに誇れるな。

・勝ててねぇじゃんが強すぎるwww

・これが生涯無敗かwww

 

「―――だけど、次は私が勝つ。レジェンドレース、今度こそ貴方に勝つ。伝説のレースにしてみせますよ、貴方の無敗を終わらせる伝説をね」

「現役の頃にして貰いたかったがね、良いぜやってみろ。俺を下してみろ」

 

先程の空気が四散し、其処には臨戦態勢のランページとフローラがあった。その様子を見た面々はその空気に当てられて身体が疼き始めてしまっていた。本番は明日からだというのに……いや前夜祭という意味では正しいのかもしれないそれに感謝した。



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375話

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「ランページさんデュエットしましょう」

「断固拒否する」

「えっ~!!?」

 

フローラの自己アピールのインタビュー後、流れの確認も兼ねてライブを行う事にした。その時にデュエットを求められるが平然と拒絶するとコメントが笑いで溢れる。フラれてやんのwwwというのが大半である。まあ一緒に歌うというのは現役時代にやった事はあるが、デュエットの一点が破滅的に嫌なのである。

 

「世は歌につれ歌は世につれる、今年はもう直ぐ終わるからこそ新しい始まりにはピッタリかも、それではアグネスフローラに歌っていただきます」

「えっ何ですかそのノリ、歌合戦?」

「曲は彼女の2勝を飾る栄冠の記録というスペシャルレコード、Special Record!」

 

そんな訳でマイクをフローラに押し付けて自分は壇上から降りる、状況が呑み込めないフローラだがライトが切り替わって曲が流れ始めるとスイッチが切り替わったかのように歌い始める。この辺りは流石にリギルの一員というべき素質だ。それを利用して自分は休憩にさせてもらう事にしよう、パーティという事もあって各種、和洋中、様々な料理を山のように用意してあるので好きな料理を楽しめる。メジロ家のシェフチームとシンボリのシェフチームが合同で腕を振るって貰っているのでウマ娘だらけのこのパーティでも料理不足という事はない。

 

「っ!!タマ、この料理凄いぞ!!」

「どれどれってオグリィ……ウチの分ないやんけ……」

「ご心配なさらず、お代わりをご用意致しました」

「いやどっからその量の料理運んできたんや!?」

「企業秘密でございます、オグリ様もどうぞご存分に」

 

このように、超が付く程の大食感であるオグリがいたとしても対応が出来る程の手練れのシェフ軍団が寧ろ満腹で食べられないと言わせてやると厨房で張り切っている。

 

「にしても……」

 

ステージ上で踊るフローラ、そんな彼女を輝く瞳で見ているウマ娘もいる。自分に対するあれで忘れがちだが、フローラもフローラでジャパンカップを2勝している上に海外挑戦をしている日本を代表出来るほどのウマ娘の一角、彼女に憧れている者がいたとしても全く不思議はないしそれにふさわしいだけの活躍をしている……自分に対するあれがあれすぎるだけで。

 

「ああしてりゃ、後輩からも人望も人気も厚い頼もしい先輩って訳か……」

「ええ、リギルとしても助かる先輩よ」

「あれま、おハナさん」

 

壁に寄りかかるようにしながらステージを眺めていると隣に東条トレーナーがやってきた、その手にはカクテルがあるが自分にその一つが差し出される。匂いからしてノンアルコールカクテル、有難くそれを受け取る。

 

「なんだかんだであの子は優秀なのよ、リギルにはあの子以上に活躍している子がいるから目立ち難いだけで実際はあの子だって一つのチームの中核を十二分になせるぐらいには強い。なんなら私の代理だってこなせるぐらいわ」

「トレーナー志望でもしてるんですかあいつ」

「それは流石に知らないけど、数日の出張ぐらいなら私はあの子に任せられるから安心して行けるから助かってるわ」

 

そう思うとやはり優秀なのだな、という認識の正しさを得る。そもそもフローラはあのアグネスの家系、流石にメジロやシンボリと言った超有名家と比較してしまうと見劣りはしてしまうが十分すぎる程の良家。様々な意味でスペックが高くても可笑しくはない。

 

「意外と信頼してるんですね」

「これでもね、あの子は次世代のリギルのキャプテンを担えると思ってたのよ―――トリプルティアラを取ってね」

「あらまっ恨み言かしら」

「違うわ、これでも感謝してるのよ貴方の存在には」

 

ランページに敗北するまでのフローラに不満があった訳ではないが、彼女というライバルが出来てからは自分が想像していた以上にフローラは伸びた。矢張り精神的にライバルというのは必要なのだなという事を思い知らされた。フローラはそれからランページに固執するようになっていたが、それはそれで悪くはなかった。何せモチベーション方面は打倒ランページだったので気にする必要もなかったので楽と言えば楽だった。

 

「結局貴方打倒のメニューに苦心したけどね」

「やっぱり恨み言」

「違うって言ってるでしょ、感謝してるわ……心の底からね」

 

ルドルフを送り出したチームリギル、そんなチームの次なる躍進を誰もが期待した。と言ってもそんな連続して逸材が出て来る訳もない、出てきたとしても東条が育てられるわけでもない、そんな中訪れたオグリ世代、そしてランページ世代、リギルが送り出したフローラはリギルに相応しいウマ娘なのかという記事を何度見て腹を立てた事か……リギルはルドルフの才能に頼っていたなんてふざけた記事を見たルドルフを抑えるのも大変だった。リギル、不作と無敗の三冠ウマ娘の反動かなんて記事もあったか……

 

「でも、何故かしらね……フローラを育てていて一番楽しかったわね、絶対的な強さを持ったウマ娘を育てるのも大変だし寧ろ気を遣ったり苦労する事も多いわ。だけど……何が何でも貴方に勝ちたいってギラギラした闘志を燃やして前に進むあの子の手伝いをする事は心の底から充実していたわ」

 

何だかんだでフローラと共に打倒ランページを目指していたころはチームトレーナーになる前の自分を思い出すような日々で非常に楽しかった、一緒に顔を突き合わせて希望と現実を擦り合わせながら目標へと向かって行く時は本当に楽しかった。

 

「そう言ってる場合ですかね、あいつ次は凱旋門とか言ってるんですよ。おハナさんだってまだまだ苦労の日々は終わってねぇんですぜ」

「確かにね……私も私なりに努めていくつもりよ、あの子のトレーナーとしてね」

 

カクテルを一気に飲み干しながら自分に手を振りながらその場を離れながらも地方からやって来たトレーナーたちの相手をし始めた、自分がやろうとしていた事なんだが代わりに引き受けてくれるという事なのだろうか、それはそれで有難い限りだが……と思っていると今度はオグリがやって来た。

 

「ランページ今良いか?」

「うっす、大丈夫ですよ」

「私は今回、カサマツのオグリキャップとして走るんだ。だからろっぺいだけじゃないんだ」

「おって事はカサマツ時代のトレーナーもいるって事ですか」

「ああそうだ、ってあれ……さっきまで一緒に……」

「お~いこっちだこっち」

 

そんな声に惹かれてそちらを向けば、そこには慣れない高級スーツを着込んでいるからか少々居心地が悪そうな顔をしながらもゆっくりと向ってくる男性がいた。

 

「あんま急がないでくれよオグリ……このスーツ、レンタルで汚したくないんだよ……」

「大丈夫だろう、汚れても大丈夫だとランページが言ってたぞ」

「ああ大丈夫っすよ、何だったらそのまま着て帰ってもいいっすよ」

「いやそうは……ってオグリ、いるならちゃんと言ってくれよ……」

 

ランページの前に立つと彼は急に背筋を立てながらも咳払いをしてから自己紹介をした。

 

「は、初めましてメジロランページさん。今日はご招待していただいて心から感謝します、まさかオグリのトレーナーとしてまた一緒にレースに挑めるなんて思ってもみなかったので……そう意味でも心から感謝してるつもりです。笠松トレセンでオグリを担当していた北原 穰です」

「別名キタハラジョーンズだ」

「ちょっおまっ……!?」

「キタハラ、そんなに堅苦しくしたらランページも苦しい。私とランページは友達なんだ、ベルノと同じ感じで良いんだ」

「簡単に言うなよお前……」

 

そんなやり取りに少し感動してしまった。そう、オグリのトレーナーは今では六平トレーナーだが笠松時代は違っていた。この人、北原トレーナーが務めていたのだ。そんな二人が並んで立って共にレースに臨む、それを聞けただけでなんだかレジェンドレースを企画した甲斐があったような気がしてしまった。

 

「こっちこそオグリさんには何時も世話になってますから、敬語とかいいんでフランクに接してくれると有難いです」

「ああいや……分かった、何とか努力する」

 

後ろで簡単オグリとなりながらそれでいいんだと頷くのを尻目に握手を交わす、さて自分もこの前夜祭を巡って色々な話をしてみるとしようか。



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376話

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「いやぁそれでカサマツにオグリが帰って来た時はもうお祭り騒ぎだったな」

「皆元気そうで安心したし、話せたし楽しかったぞ」

 

北原トレーナーから聞くオグリがファイナルズ出走の為にカサマツトレセンで予選にエントリーした時の話は実に面白い。オグリの帰郷、これだけでもお祭り騒ぎなのにカサマツの代表になるべく戻ってきてくれたというのが更に皆を喜ばせた。

 

「そのせいで予選一日遅らせてお帰りオグリパーティをやったからなぁ」

「ああそう言えば、カサマツトレセンの予選が遅れるって連絡着てたな……初年度だから気にしてなかったけど」

 

それこそトレセンを上げてのお祭り騒ぎだったとの事。そしてオグリもそれを大いに楽しんだのだが……久々に帰ってきたカサマツと皆に囲まれて食欲が爆発して用意した食材を全て食い尽くしたうえでお代わりを要求したのをツッコまれたり、物置で寝ようとして凄い勢いで止められたりとオグリとしては本当の楽しい時間だった。

 

「ンで、予選では如何でした?」

 

流石に今のオグリの圧勝かな?と思ったりもしたランページの予想はあっさりと打ち砕かれた。オグリの圧勝、という訳ではなくかなり喰いつかれてギリギリの勝負だったという。

 

「あれには俺も驚いたぜ、ドリームトロフィーリーグであんだけの走りをするオグリに肉薄するんだからな。ほらっ精神は肉体を越えられる、だっけか」

 

黒沼トレーナーの言葉を引用するように説明する北原。曰く、元々オグリをライバル視していたり憧れとしていたウマ娘達は目標にしてトレーニングをしていたり、帰ってくる彼女を出迎える為だけに必死にトレーニングを積んだとの事。その結果としてオグリがギリギリの所まで勝利をもぎ取るまでの展開になったとの事。

 

「私は……カサマツの皆に元気と勇気を貰って戻ってきた、そして約束した。私の持ちうる全てをお前にぶつけるぞ、ランページ」

 

そこに居たのはよく知っている大食漢のオグリキャップではない、地方から来た葦毛の怪物、オグリキャップだ。鋭い瞳と凛々しい表情、一時代を作ったと過言ではない彼女に思わずランページは抑えたような笑いを浮かべ―――途端に北原は寒気を覚えた。先程までフレンドリーで冗談も通じる面白い同業者という認識が出来つつあったランページへのそれは、一変した。

 

「その面はお初じゃねえか怪物、生憎こちとら暴君だ。テメェのそれを俺が持ちうる暴力で蹂躙しつくしてやんよ―――アンタが負けたワールドレコードの先の先、見せてやる」

「望むところだ」

 

これが、世界か。握手をする両者にどうしようもないプレッシャーを感じてしまった、これがあの世界を制したウマ娘。オグリを破ったホーリックス、そのワールドレコードをクラシッククラスで破り、凱旋門ではそれすら越え、BCクラシック、有で連続ワールドレコードを樹立。ワールドレコーダーとも呼ばれる怪物。それが一転しトレーナーになると言った時の衝撃は今でも覚えている。一部では衰えを感じたから現役を引退したのではとも噂されるが……北原はそれが虚言でしかない事を知る。

 

「私は負けないぞ、タマにも、イナリにも、クリークにも―――お前にも」

「こちとら生涯無敗だ、アンタから貰える敗北ならその値打ちもあるだろうよ――――そのつもりはないけどな」

 

その言葉を最後に二人は分かれた、そして直ぐにオグリは食事に手を付け始めて何時もの調子に戻ってしまってそのギャップに北原は風邪をひきそうになる。だが先程の雰囲気の変貌は恐らくだが一生忘れる事は無いだろう、これが本当の意味で真のオグリキャップなんだ。肉体と技術、精神が完璧に調和したベストコンディション。それを引き出したランページの気配も忘れられないと思っていると背中を叩かれた。

 

「如何だ、嬢ちゃんの様子は」

「ロ、ロッペイさん」

「六平だ。あれが世界を渡り歩きその全ての戦いに勝ってきた世界最速のウマ娘だ、まだまだ衰えちゃいねぇ、寧ろ技術の面では成長してるだろうな」

「……マジかよ」

 

オグリの現トレーナーの六平の言葉に思わず震えた声が漏れた。まだまだ成長出来る余地があるのに引退して後進の育成に入った事もそうだが、あれだけの走りの先が存在する事に驚きしかない。

 

「本人曰く、全盛期は引退レースらしいがな」

「確かにあれは凄かったけど……あれ、ベルノは?」

「そこだ」

 

自分の後ろを見せるとそこには、腰が引けているベルノライトの姿があった。彼女もオグリと共に中央に行った元自分の教え子にして今は共にオグリを支える仲間。そんなベルノが完全に腰砕けになってへたり込んでしまっていた。

 

「おまっ大丈夫か!?」

「す、すいません……なんか、凄い迫力にこ、腰が……」

「その気持ちスゲェ分かる、メジロ家の当主にシンボリ家の相談役が後見人なのも頷ける……」

 

これほど恐ろしい対戦はない、ファイナルズの芝中距離レースの距離はダービーと同じ2400。それは最早ランページの領域と言っても過言ではない世界、自らが誇る世界記録を叩き出した距離で彼女の敵になる者はいるのだろうか……だがオグリはそこに挑む、それだけではない、其処に挑む全員が並々ならぬ実力者ばかりなのだ―――だがそれがいい。

 

「ほれ確りしろってベルノ、俺達が確りとオグリを支えてレースで最高の走りが出来るようにしてやるんだ」

「そ、そうですよねハイ確りします!!」

「あの嬢ちゃんには世話になりっぱなしだな全く―――オグリ、その礼を返すつもりであいつの初の敗北をプレゼントしてやれ」

「ああ、分かった」

 

打倒ランページに燃えるオグリ陣営、様々な恩がある彼女にオグリは先達として、先輩として、友達として挑む。ライバル達と走れる興奮故か、身体は震えて低い音が鳴る。獣のような唸り声は地獄の亡者のように響き、オグリを奮い立たせ―――

 

「……おいオグリ、お前飯食ってる最中だよな?なんでそんな腹の音してるの、可笑しくね?」

「まあうんそれは……」

「何時もの事だ」

「お代わりだ」

「畏まりました」

 

 

壁に寄りかかりながら握った拳を見つめるランページ、それを開き閉じる。どうしようもない程に身体が震えている、楽しみでしょうがない。早く当日にならないかという思いで身体が可笑しくなりそうだ。武者震いが止められない。

 

「ぅっ……くくくくっ……」

 

顔を手で隠すようにしながらも笑う、如何足掻いても何処まで行っても自分は競争ウマ娘なんだ。それはきっとオグリ、タマと言った先輩方も同じはずだ。強い相手と走ってみたい、そんなウマ娘としての本能が疼いて致し方ない。だが今は我慢しなければ……。

 

「静めなきゃ……ぁぁっ……」

 

肌に爪を立てながらも必死に自分を抑え付ける。誰にもバレぬように静かに、穏やかに……自分を変えていく。それを数度繰り返して漸く自分を抑え切る事が出来た。自分はこんな感じだっただろうかと思った瞬間、電波が飛んできた。

 

『子羊君、急に興奮しちゃだめだよ。前にも言ったけど君のウマソウルは大きくなっているんだから、私たちが調整したのに自分でそれを乱しちゃダメだぞ。フフッまた君の所に行くとしよう、その時は別のご飯―――あっちょっと待って、ターク冗談だから怒らないで、ごめん子羊君これで!!』

 

「……自由だなぁ」

「ランページさん、歌い終わりましたよ~いやぁアンコールされるとは思いませんでした―――それと、何かありました?歌ってる最中、なんかランページさんが興奮してるように感じましたがもしかして歌って踊る私の姿に!!」

「さ~て司会しないと(ガン無視)」

「ハァッ☆」



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377話

活動報告に新しいお知らせを掲載いたしました。

ご興味があるから下記のURLからどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=305557&uid=11127


前夜祭は続いていく。会場のあちらこちらでは食事に勤しむもの、挨拶をしたり情報交換、中央のトップスターたちにサインを求めたりと様々な事が起きている。取り合えずステージは解放状態にして誰でもライブを行えるようにしておいた、本来はG1の舞台で勝たなければ歌えないものを歌ったり故郷の歌を歌ったりと色んなものが流れている―――

 

「流石にカサマツ音頭やりだした時は事故かと思ったけどな」

 

オグリも上がったが、何と彼女がチョイスしたのはカサマツ音頭だった。初のウイニングライブにやったというそれをこの舞台でもやった、その理由に関しては折角カサマツの代表としてきたんだからカサマツの良さの一つを知って貰おうと思って……という完全な善意だった上に簡単オグリ顔で行われた音頭は普通に好評だった。そして今は……

 

「時空を越え刻まれた悲しみの記憶~♪」

 

ホウショウツキゲが十八番だという歌を熱唱しているのだが……あれは、ある種の中の人ネタという認識で良いのだろうか。ウイニングライブでも歌っているというがあれはあれで良いのだろうか……そう思っていると隣に一人のウマ娘が来た、確りとしたスーツに身を包んで知的な眼鏡を掛けているその顔には何とも言えないような表情を張り付けている。

 

「隣、失礼する。このような場でアニソンはやめろと言ったのですが……」

「まあ盛り上がってる訳だし問題は無いだろう、そもそも歌唱力普通にスゲェから高評価な訳だし」

 

背後モニターに出るコメントは称賛の物ばかり、士気を挙げるのはお手の物という訳なのだろうか、流石軍馬。なんてくだらない事を考えていると彼女は咳払いしながら自己紹介をした。

 

「ブラッククラウド、一応ウツキの先輩になるのだろうか……今は唯の会社員をしています」

「ご存じメジロランページだ、地方将軍にご挨拶をされるとは恐悦至極」

「やめてください、立場で言えば貴方の方が格上です」

「俺は唯のトレーナーだよ、ラフでいいさ」

 

しかしと言いよどむ彼女を強引に説き伏せて敬語を解かせる、彼女はホウショウツキゲのライバルと言われたウマ娘で彼女が地方の軍神ならば地方将軍と言われたウマ娘。前回のパーティーは仕事が入っていた為に欠席だったが今回は来てくれた模様。というか、上杉の軍馬と思ったら今度は武田の軍馬か。

 

「彼女とは長いので?」

「ウツキは私の一つ下の後輩で最大のライバルだった、普段からよく絡んできてハッキリ反りが合わない関係だったな」

 

極めて真面目そうなウマ娘と極めて自由かつ楽天的なウマ娘、確かに対照的だ。プレアデスで言えばエアグルーヴとステイゴールドと言った所だろうが。

 

「そんなあいつがレジェンドレースに出ると聞いてね、いけ好かないアイツが出て私が出ない訳にはいかない。最後のレースで私は奴に負けた、だが今度は勝つ―――そのために私はこの伝説に出走する」

 

彼女にとって自分達は全く物の数には入らない、と言っても彼女が出るのは長距離部門でツキゲが出るのは中距離部門で異なっている。それなのに何故、と思ったのだがそれを聞いて彼女は笑う。

 

「仕事の都合で中距離には出られなかった、だから都合のついた長距離に出させて貰った―――だから、来年は是が非でも中距離に出させてもらおう。その時には是非貴方と大逃げ勝負がしたい」

「来年ね、余裕はあるかもしれないからな―――待ってるよ」

 

そう返せば、彼女は姿勢を正したうえで頭を下げて敬意と礼儀を示したうえで去っていく。真面目な方だと思いながらも手にしてジュースを口にする、そして同時に思う、本当にレースを企画してよかったと。まだ見ぬ強者は多くいる、そして彼女らも望んでいたのだ。己の力を出せる場を、機会を、これを逃し続けて来たURAの鈍さには呆れるしかない。

 

「改める機会はあった、それを蔑ろにした豚共が利益ばかりをむさぼった結果か……」

 

―――ええ、その通りよ。

 

視線をそちらへとやれば、美しい着物に革ジャンという何処かで見たぞこれという物と、何方かと言えば侍のような雰囲気を纏った着物のウマ娘が此方を見ている。

 

「ランページ、会いたかったわ。こうして話もしてみたかったの、スーちゃんから何時も貴方の話をされてたの」

「スーちゃんから?という事は……あらららっこりゃまたすごいレジェンド様にご対面しちゃったって訳ね」

「やれやれ、ただの田舎娘が今じゃレジェンド何て言われるようになっちまった。時間というのは恐ろしいもんだ」

 

目の前に居る二人、ヒカルタカイとトウメイ。レジェンドと呼ぶにふさわしい二人だ。

 

ヒカルタカイ。史上初の南関東三冠を達成した、古馬になって中央に移籍、春の天皇賞を重馬場にも関わらず18馬身差で圧勝した後に宝塚記念でも良馬場でレコード勝ちするなど芝においても無類の強さを発揮したという。

 

トウメイ。ネズミ馬からシンデレラになったとまで言われる名牝。その成り上がりはリアルマキバオーと言われる程だったという、牝馬にも拘らず秋の天皇賞と有馬記念制覇を達成し、史上初の牝馬による年度代表馬となった。

 

「私は出ないけどトウメイは出るの、私はURAの役員をやってるのだけど貴方の活躍は何時も楽しませていただいてるわ」

「あれま、URAの役員様だったとは。さぞかし役員の皆様は俺の事が目障りなんじゃないですかね」

「最初の内はね、でも今更あなたに反逆しようなんて愚か者はいないわよ。因みに私は最初から貴方派よ」

「そりゃどうも」

 

URAの中に居た親ランページ派に属していると語るヒカル、彼女自身はスピードシンボリの一つ下で彼女とも仲良くさせて貰っている。そんなスーちゃんが孫のようにかわいがっているランページとは是非とも話したかったのだ。そしてトウメイは何処か鋭い瞳をこちらに向け続けている。

 

「私もレジェンドレースには出るが……生憎中距離は少し合わなくてな、長距離での登録なんだ。此方に来てくれてもいいんだが?」

「来年は検討しときますよ」

 

しかし、想像していた以上のレジェンドがレジェンドレースに出るようになってしまったのは計算外だった。自分の考えではルドルフやラモーヌ辺り、TTG世代位までかな、と思っていたのにそれ以上のレジェンドまでもが来るなんて……名ばかりの予定がマジのレジェンドレースになってしまった。

 

「やれやれ、レジェンドなんて名前にしなければよかったかな?」

「日本が誇る伝説の筆頭が何を言うのやら」

「初の凱旋門制覇ウマ娘がレジェンドだというのならば、誰も文句など言わんさ。名を構えてしまえば君の実績が本当にしてしまう」

「あ~あ、全く一介のウマ娘がよくもまあここまで来たもんだぜ……全く以て―――人生は面白い」

 

その言葉に二人のレジェンドも同意を浮かべた。そしてそのまま二人に連れられてワインを傾けるのであった。そのまま前夜祭はどんどんと盛り上がっていく、永世三強が揃い踏みで歌ったり、タマとイナリが抱負を語ろうとしたら口プロレスに発展してそれを呷ったりと前夜祭とは思えぬほどに賑やか且つ騒々しいものになっていった。だがそんな様子をランページは笑みを浮かべながら見つめ続けた。

 

「さて、もう一度乾杯といこう。明日からいよいよ始まる戦いに、乾杯!!」

『乾杯!!』




マイスイートザナディウム様よりブラッククラウドを頂きました、有難う御座います!!


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378話

年末。あと数日もすれば新たな年へと移り変わる年の末、日本の最後のG1レースも終わり、後はドリームトロフィーリーグを楽しみにするだけかと思っていた人たちが東京レース場に集っていた。日本中から人とウマ娘が集う、東京レース場周辺はまるで日本ダービーの開催日のように盛り上がっており、寒空の下であるのにも関わらず人々の表情は晴れやかでこれから起こる事柄への期待感を募らせ続けていた。

 

第一回URAファイナルズ

 

日本各地のトレセンで予選を潜り抜けたウマ娘達が今日、此処東京に集い雌雄を決する。この記念すべき第一回大会の優勝を手にするのは各部門の1人ずつ、合計5名のみ。この本選に出られるだけでも物凄い名誉な事なのだ。しかもファイナルズに出るのは各地のトレセンに所属するウマ娘だけではない、一般校から出場するウマ娘も多く占めている。何が起こっても不思議ではないという事だけが確定したファイナルズを―――誰もがその開始を待ち詫びていた。

 

『さあ皆様お待たせ致しました、本日は此処府中の東京レース場から実況、赤坂がお送りいたします。そして今回の解説はウマ娘のレースコメンテーターとしてもお馴染み、MCとしても芸人としても活躍しておられるこの方!!』

『ハァ~イ皆さん、ナイスですね~!!どうも斉藤です、本日は宜しくお願い致します!!』

『宜しくお願い致します。さて、通常であればもう大晦日を間近に控えたこのタイミングでのレースはあり得ませんが今年からは違います、いえこれからは通年で熱いレースと共に新年を迎えると言っても過言ではありません。そう―――URAファイナルズ!!』

 

実況の赤坂も思わず熱が入る、まさかこんな舞台での実況を任せて貰えるなんて思いもしなかった。ランページから直接話が来た時は本当に驚いた、そして泣いた。自分にこんな舞台の実況を任せてくれるなんて……そんな思いを感謝と実況に変えて熱いレースをお送りすると。

 

『このレースはあの世界最速にして最強、メジロランページが企画発案、そして設立まで行った日本全土を巻き込んだ大レース、その出場条件に何とトレセン所属であるかなんてことは関係ないという驚きの事、一般校からも多くのエントリーがなされました。そしてダート、短距離、マイル、中距離、長距離の5部門に分けれてレースを行う事になりますが、斉藤さんこのレースの概要をお聞きした時は如何でした?』

『そりゃもう驚きなんてものじゃあありませんでしたが嬉しさも凄かったですね、僕はローカルシリーズの取材とかも行ってましてそこで中央に負けるか、此処に人を呼ぶんだ!!という強い思いで走るウマ娘達の熱意を肌で感じてきました』

 

地方は中央の二軍じゃない、そう叫んだウマ娘がいた。その叫びは真実ではあるが、覆しようのない事実もあった。地方よりもずっと人が集まる中央には地方は勝てない、それでも負けないと走ったウマ娘の努力も中央に届かずに、消えていく。そんな残酷な現実があった。

 

『だからこのファイナルズは心から嬉しいです、なんせ地方どころか一般校から出走するウマ娘もいる訳ですから。まだ見ぬ強豪ウマ娘の出現、オグリキャップのように力を秘めている怪物たちがいるんだと思うともうワクワクしてしょうがないですね!!』

『ですね!!今日、府中でどんな走りが見られるのかという思いでレース場はもう一杯です!!』

 

実況と解説には同意の声が漏れる。トレセン所属のウマ娘達の勝ちが順当だと予想される一方で大波乱が起きることを期待している者も多い。様々な思いが渦巻くレース場にファンファーレが鳴り響いた、そしてそのファンファーレを背中で受けながら地下バ道から主催者たるメジロランページが勝負服を纏って現れた。その手に握られたマイク、そして―――

 

「おはこんハロチャオ~!!」

 

何時ものテンションで挨拶し始めた。こんな時ぐらいは真面目にするんだろうなぁという一部の期待を確りと裏切りながらも、ほぼ全体の期待に応えた。

 

『おはこんハロチャオ~!!』

「おはこんハロチャオ!!」

『おはこんハロチャオ!!』

「アンコール!!」

『おはこんハロチャオ!!!!』

「よ~し。貴方の記憶にワールドレコード、独裁暴君、生涯無敗!!なランページだぜい!!皆の者、善行積んでたか~?さあ遂に来たぜ来たぜ来たぜこの日がよぉ!!URAファイナルズ、だぁぁぁぁ!!!今日という日を俺も待っていたぜ、皆の者は如何だぁ!?」

 

腹の底から放った叫び声に呼応して観客たちも大声を上げる、それは赤坂も斉藤も同じくである。

 

「いやぁ本当に長かったそして本当に大変だった!!日本全国のトレセンとの連携も大変だったけど隠し通すまでがマジで辛かったな!!改めてこの開催にこぎつけるまで協力していただけた全国のトレセンの皆様、そして協力を惜しまなかった秋川理事長とたづなさんに心からの感謝を捧げます!!」

 

頭を下げて感謝を示す。事実、自分一人では絶対に実現できなかったことだ、その為に感謝を示す為に自分は頭を下げた。そしてそれを上げて声を上げる。

 

「この舞台に、トレセン所属であるかなどは関係ない。必要とされるのは自らの意思だ、決意だ、誰であろうとこの舞台に上がる資格がある。今日、このレース場に集った優駿たちはその資格を手にした勇者たち、その走りを目に焼き付けろ、そしてレースに勝利した物にはこのトロフィーと共に第一回URAファイナルズの優勝者として永遠に記録されるであろう!!」

 

懐から取り出されたのは黄金のトロフィー。そこにあったのはターフを駆けるウマ娘を象った勝者の証、勝負服と思われるコートを靡かせながら大地を疾駆するその優美且つ勇ましい姿に誰もが見とれた。ランページとしては少し恥ずかしい部分もある、何故かと言えばトロフィーのモデルとなったのは自分だからである。しかもこれはお婆様とスーちゃんが秘密裏に進めていたので自分も妨害出来ずにいた。

 

『これも創設者の特権よ、誇りなさい』

『そうそう、自分がトロフィーになるなんて滅多にないんだから♪』

 

「(なくて良かったんだよなぁ……)」

 

そう言った物は一切表に出さない、道化は道化らしく振舞うとしよう。そしてそのトロフィーを掲げたまま、ランページは宣言する。

 

「舞台は整い役者は揃い踏み、これより始まる競争は日の本一を競う優駿の集いの決勝戦!!伝説の集いの前夜と思うことなかれ、この場で行われる物は全てが伝説となる。さあ皆の物、世界最速、世界最速が宣言する―――URAファイナルズを、今ここにっ開催する!!!!」




今回で今年の投稿は終わりになります、あっという間の1年でしたね……

来年も、アルト姫をよろしくお願いいたします。それではよいお年を~!!


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379話

あけましておめでとうございます、今年もどうぞよろしくお願いいたします。


幕を開けたURAファイナルズの舞台、その一番手を切ったのは芝短距離の舞台。最速スプリンターの座を掛けた戦いに名乗りを上げるウマ娘達、その中でもトップを爆走するウマ娘はカーブに差し掛かると一気に大外へと寄れる、遂には外ラチに身体を擦らせ始めた。

 

『おっととととっ先頭のラビットパラベラムウチから一気に大外へと反れてしまっているがこれは曲がれるのか!?いや曲がれているのか!!?』

『ラビットっ曲がれぇぇ!!!』

『曲がったっ何とか曲がり切ったぞラビットパラベラム!!だがこんな曲がり方は私初めて見ました!これはもう彼女の領域は良くも悪くも直線だと言わざるを得ない!!』

 

高知トレセンが誇る直線番長ラビットパラベラム、直線では無類の強さこそ誇るがコーナリング失敗率が驚きの99%というデータまである。そんな彼女の対応策が無理矢理外ラチに身体を擦りつけて強引に曲がる、というか最早方向転換しているに近いそれに観客からは心配と笑いの声が響いてくる。

 

『だがラビットパラベラムのコーナリングとは対照的に何と素晴らしいコーナリングでしょうか、浦和トレセンのカンタートルマリン!先頭はいやラビットパラベラムが物凄い勢いで迫ってくる!!あれだけ減速していたのに、身体を最早削っていたかのような様子でしたのにもう2バ身差まで追い詰めてきているぅ!!?』

『とんでもない加速力ですねこれ!!流石直線番長、非公式で1200のワールドレコードを持ってるという噂も信憑性ありますよこれ!!』

 

一般校ウマ娘も出走してはいるが、先頭の二人が現役で地方トレセンに通っているウマ娘。そんな彼女達に自分達の力を見せてやると言わんばかりの意地の走りを見せ付けていく。伊達にトレセンに通っている訳ではないと叫ぶようだ。

 

『さあもうゴールまでは残り僅か!!電撃6ハロンの死闘、URAファイナルズの初戦を飾るスプリンター決定戦、栄光を掴むのは誰なのか!?ラビットパラベラムが追い上げる追い上げる!!だが後方からも追い上げて来るのが来ている、サクラサイクロンが一気に来る、ブレイカーチェーンも伸びて来るが、此処で一気に来たぞ!!ヤマトスィーティ!!ヤマトスィーティが仕掛けてきている!!バ群を中央突破ぁ!!』

『これは凄いのが来ました!!スポーツアスレチック番組、TEKIROを2連続で完全制覇ウマ娘が此処で来るか!!』

『このまま二人を捉えられるのか!?それとも行けるか並びかけてきている!!流石に二人は苦しいか!?さあ如何だ、ラビットパラベラムが行くのか行けるのか!!?それともカンタートルマリンが守り切れるのか!?ヤマトスィーティが一般校ウマ娘の夢を成就させるのか!?ラビットかトルマリンかヤマトか、ウサギか宝石かヤマトか、今ッゴールイン!!!これは僅かにラビットパラベラムが体勢有利でしょうか』

『ちょっときわどいですが、僕はラビットパラベラムが先のようにも見えましたね……いやでもこれは……あっ出ました!!確定しましたよ赤坂さん!!』

『そのようです!!URAファイナルズ、短距離部門の初代チャンピオンは―――高知トレセンの直線番長、ラビットパラベラムゥゥゥ!!!大外へと反れて行きましたが直線での持ち味は唯一無二!!二着にはなんと横浜からやって来たヤマトスィーティがカンタートルマリンを踏み越えての二着!!三着に浦和トレセンのカンタートルマリン、電撃6ハロンの決着はこのようになりましたぁ!!いきなり一般校ウマ娘が大健闘です!!』

 

「やりました~!!高知の皆さん~やったよ~!!ウララちゃ~ん見てる~!!?」

 

ラビットはあれだけ身体を擦っていたというのにまるで平気そうな顔をしながらも飛び跳ねながら元気をアピールする、どういう身体をしているんだと言いたくなるがそんな彼女にカンターが歩み寄って手を差し伸べた。

 

「勝ったのに思ったのに負けたぁ!!悔しいけど、凄かったです、次は負けませんから!!」

「私も楽しかったから是非もう一回出たいな~来年もエントリーするつもり~」

「やっぱりレースって楽しいんだなぁ!!いやぁあと少しだったんだけどなぁ!!」

「いやでも本当に凄かったです~抜かれると思いましたぁ」

 

 

「ホントなんつう無理矢理な……」

 

レースを見ていたランページは思わず呆れたような困ったような、複雑そうな笑いを浮かべながらも勝者を見つめた。苦手は苦手で完全に諦めるような形で得意分野のみを伸ばしたかのような突き抜け方、いっそのこと気持ちいい程だ。

 

「タイムは1:08.3……バクちゃんのスプリンターズステークスのそれに迫るものじゃねえか……」

 

今年のスプリンターズステークスでバクちゃんこと、サクラバクシンオーが記録したタイムは1:07.9。中央のG1ウマ娘、しかもあの短距離では無敵を誇るとまで言われるバクシンオーのタイムにこれだけ迫れるのだからとんでもない事だ。仮に大外へと反れて行かなければもっと凄いタイムが出ていたのかもしれない……バクシンオーは来年あたりを目途に引退か海外の短距離G1に出走を考えていると言っていたので此方からアプローチも掛けてみようかな、と思う。

 

「そして地方トレセンに並び食らいついた一般校ウマ娘か……レース経験の差が出ちゃった感じかな?」

 

ヤマトスィーティも素晴らしかったが、レースの経験が浅い為に仕掛けどころか少しだけ遅かったせいでラビットパラベラムを捉えきれなかった。経験を積みさえすればあの脚はどんどんと伸びていく事だろう。これだけの逸材がまだいると思うと武者震いしてしまう。

 

「さて、短距離の初代チャンピオンはラビットパラベラム。お次はマイルだ、次はどんなレースが見れる事やら……」

 

今回のレース結果を見て中央から見に来ているトレーナー連中の顔は余り優れない様子だと南坂と上水流からメッセージが来ている、あんな強いウマ娘が地方に居たのか、それ以上に本当にあれで一般校ウマ娘なのか……と言葉を失う者が大多数との事。上位三名以外のメンバーの走りも素晴らしかった、地方だからと言って中央のウマ娘の劣化なんてことは絶対にない。寧ろ上回る者も潜んでいる。

 

「さて、此処から加速していくだろうな―――ファイナルズは」

 

 

第一回URAファイナルズ

短距離初代チャンピオン ラビットパラベラム

 




幽々やよい様よりカンタートルマリン、不知火新夜様よりヤマトスィーティを頂きました。有難う御座います!!

次回からも皆様のウマ娘をどんどん出していくつもりです!!


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380話

短距離の王者がラビットパラベラムに決定したURAファイナルズは更なる盛り上がりを見せ始めた。地方トレセンからやって来たウマ娘が中央の最強スプリンターたるバクシンオーに迫る程のタイムを叩き出したからだ、コーナーが致命的に下手くそという点はあるがそれにも関わらずあのタイムを叩き出したことが極めて恐ろしい。中央のトレーナーたちが戦々恐々としている中で次はマイル部門、距離は1600で行われることになっている。

 

『URAファイナルズ第二戦、マイル部門が今……スタートしました!!先頭を取ったのは兵庫県からやってきたサクラコガレオー!!これはいいスタートを切りましたがそれに負けないように飛び出すのはロケットアロー!!これはその名の如くの大逃げです!!』

『ツインターボを思わせるような大逃げですね、これは面白くなってきました!!』

 

「オレのスピードに追い付けるもんなら追いついてみやがれ!!」

 

港区からやって来たロケットアロー、その名に偽りなしと言わんばかりの最初っからの全開で走りだしていく。そんな彼女にハナを取られたサクラコガレオー、彼女はバクシンオーと同じくサクラ一族の出、レースとしての資質は文句なしだがレースに対する闘争心が湧かず惜しまれながらも本人が希望した一般校へと進学した。今回ファイナルズに出たのは周りに押されて致し方なくという面もあった、あったが―――

 

「(あの走りは―――最後まで持つ、あの領域に踏み込むしかない)」

 

『サクラコガレオーがロケットアローに続いていきます、上手く背後に着きました』

 

レースに対して興味は無かった筈だけど、いざ出ると決めてかかれば不思議と頭の中がクリアになって何時も以上に頭が回る事に自分もウマ娘なんだな、という事を自覚する。忌避感はない、これならトレセンに行ってても良かったかもしれないと思っただけ、ただそれだけの事だと頭を切り替えて走る。

 

『中央ウマ娘マスクスカットがこの位置、そしてそこから少し離れて長崎のヴェルトロ、シャドーエースがこれはいい位置に付いている。そこから少し離れた所にはダンシングブレードが控えております』

『いやぁ短距離とは打って変わって一般校のウマ娘達が前に出てますね。ロケットアローの走りは良いですね、このまま駆け抜けていけるか』

『間もなく第三コーナー、先頭は変わらずロケットアロー。このまま逃げ切れるのか!!』

 

間もなく最終局面、其処に入ろうとしたときにバ群の中から一つの影が抜け出して一気に駆け上がっていく。

 

「バ群は俺の領域だ、此処から仕掛ける!!」

 

『シャドーエース、シャドーエースが一気に来たぁ!!?信じられません、バ群を中央をまるで影を縫うかのような見事な動きで抜け出して一気に先頭集団へと強襲を掛けていくぅ!!ぐんぐんと伸びていく伸びていく、サクラコガレオーを捉えられるかいやここで後方からも来た!!第四コーナーに入った瞬間にヴェルトロが良い位置から上がってくる!!これは面白い、良い所から来ています!!』

 

「賽が投げられた、後はっ―――!!」

 

見逃さぬと言わんばかりに続々と仕掛け始めていくウマ娘達、その気配を感じながらも先頭のロケットアローは笑みを強めていた。自分が憧れるランページもこんな気持ちだったのかな、と思いながらも思いっきり地面を踏み締めた。

 

「行くぜ爆走特急!止められるもんなら止めてみやがれぇ!!」

 

『ロケットアロー、ロケットアロー!!ロケットの名に恥じぬ程だ、此処で一気に伸びて来たぁ!!此処まで逃げ続けてきたと思えぬほどの脚だ!!これは決まった、いやロケットアローよろけている、少し斜めに走っているが大丈夫か!?』

『後ろからサクラコガレオーが来ている、彼女も負けてません!!これはいい脚だ!!』

 

「コース取りが、ブレる!!」

「散るも一興、また始まるのです!」

 

コガレオーもロケットアローを猛追する、領域は加速しながら相手の視野を狭める。それによってロケットアローはブレながら走らざるを得ない。だがそれでもとんでもないスピード、しかしこのままならなんとかゴール前でさせる―――筈だった

 

『先頭はロケットアロー、しかしサクラコガレオーが迫る!!差し切れるか、いやここで後方から一気に上がってくるウマ娘がいるぞ!ダンシングブレードダンシングブレードだ!!えっ何この凄い末脚!?一気に先頭集団にまで上り詰めてくる!!府中の坂もなんのその!!一気に三番手ぇ!!!』

『一瞬でここまで上がって来てる!?何ですかあれ!?』

 

赤坂と斉藤も思わず驚きの声を漏らしてしまう程の末脚が爆発させるダンシングブレード、直線と坂に対する強さを遺憾なく発揮して一気にトップを脅かす存在となっていく。ロケットアローとサクラコガレオーも必死に駆けるが余りの末脚に呼吸が乱れてしまったのか走りがブレる、その隙を見逃さぬと言わんばかりにダンシングブレードは更に加速する。

 

「肺活量ならだれにも負けない自信があるんだぁぁぁ!!!」

 

『ダンシングブレード先頭!!ロケットアローとサクラコガレオーを撫で斬り一閃ぃぃぃ!!!ロケットアロー、サクラコガレオーは苦しいか少し下がります!!そこを逃すことなくシャドーエース、ヴェルトロが上がってくるぞ!!ダンシングブレード先頭、このまま決めるか、決めてしまうのか!!?シャドーエース伸びてくる、ヴェルトロも必死に粘ってくるが、ゴールイン!!!ダンシングブレード、最後方からすべてを薙ぎ払いましたぁ!!!福山トレセンからやって来た驚異の切れ味の末脚、ダンシングブレードが全てを切り伏せてファイナルズマイル部門初代チャンピオンに輝きましたぁ!!!』

『とんでもない末脚でしたね!!2着のシャドーエースのバ群突破も凄かったですけど彼女の末脚もとんでもなかったです!!』

『二着にシャドーエース、三着にサクラコガレオー!!四着にヴェルトロ、五着にロケットアロー!!トレセン所属が意地を見せましたが掲示板には一般校出身がずらりと並んでおります、これは凄い結果です!!』

 

トレセン所属のウマ娘が意地を見せた、と言えば聞こえはいいだろうが地方トレセン。マイルには中央から出走していたウマ娘もいたのだが掲示板に入る事も出来ずに敗北を喫している。地方は中央の二軍、何て事がいともたやすく覆されているこの事実に中央トレーナーは戦々恐々とし、地方勢は大喝采だった。

 

「か、勝てた……や、やったぁぁぁっ……」

 

思わず空を見上げながらもへたり込んでしまう、あれほど滾っていた血が冷めて力が抜けるような感覚が襲ってくる。全力を出したが、まさか勝てるなんて思いもしなかった……夢か現か分からぬと言いたい自分にヴェルトロが手を差し伸べた。

 

「おめでとうございますチャンピオン」

「チャンピオン……?」

「と、とても凄かったですぅ……」

 

バ群を抜けたときの迫力が嘘のようなシャドーエースも自分を褒めてくる。続くようにロケットアローが自分の背中を叩いてくる。

 

「いやぁ負けた負けた!!アンタ本当にスゲェよ!!マジで負けたぜ!!」

「おめでとうございます、本当に凄い末脚でした」

 

褒め称えられる自分、それに徐々に勝利を確信できたのか彼女は立ち上がると満面の笑みを浮かべてガッツポーズをとるのであった。

 

 

「う~ん流石激戦区のマイルなだけはあったなぁ……」

 

大まかに分けてウマ娘として適性が一番多いのがマイルから中距離とされるのでこの二つが激戦区になると予想していたが間違ってはいなかった。スタートダッシュから楽しく熱く見る事が出来た。ついでに中央勢が戦々恐々と南坂からメッセージが来る。

 

「1着が地方トレセン、2~5が一般校だしな……こりゃひっでぇ様子になるのも頷けるな、そしてURAの無能っぷりがまた露呈した瞬間でもあるのか」

 

そう言いながらもランページは笑う、次は―――王道とも言われる芝2400、中距離部門。一体どんなレースになるのか楽しみでしょうがない。

 

第一回URAファイナルズ

マイル初代チャンピオン ダンシングブレード

 




マイスイートザナディウム様よりロケットアロー、イスレ様よりサクラコガレオー、幽々やおい様よりシャドーエース、osamu1974様よりダンシングブレードを頂きました。有難う御座います!!


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381話

URAファイナルズは中央勢の大勝利で終わるというのがTV番組の特集でも予想されていた。地方と中央とではそれほどの差があるというのが実情だからだ、なので地方がどれだけ中央に肉薄したりするのかが見所とされていた……のだが実際は如何だろうか。短距離とマイルを制したのは何方も地方のウマ娘、しかも掲示板には中央を抑えて名を連ねているどころか、一般校出身のウマ娘の名も多かった。これが短距離だけならばまだいい訳も付いただろう、短距離は何方かと言えば人気は低い方ではあるが、マイルまでもが取られてしまうとそうは行かなくなっていく。

 

「な、なあこれ、マズくないか……?」

「まさか、うちの子が……地方どころか一般校のウマ娘にも届かずに惨敗……!?」

「あ~あ……大番狂わせもいい所だぜこれ……」

 

トレーナー席にいる中央勢は顔を青くして戦々恐々としていた、中には自分の担当が地方どころか一般校のウマ娘に惨敗したことにショックを受けて膝から崩れ落ちている者も多い。

 

「いいやったぁぁぁぁ!!!ブレードお前は最高だ~!!」

「短距離に続いてマイルまでもが地方トレセンが取った~!!」

「祝いだ~酒だ、酒持ってこい!!」

 

一方の地方勢はお祭り騒ぎである。中央が顔を青くするどころか膝から崩れ落ちている所なんて愉悦に浸れるどころの騒ぎではない、長年夢見た中央が地方に倒される瞬間をこの目で確りと目の当たりにしたのだから。このまま王道路線である中距離も地方が取るのではないかと皆が期待する、だがそうは行かせないと中央勢は胸を張る。何故ならば芝の中距離こそが中央の領域という自信がある。

 

「さて、どうなる事やら……」

 

地方を負かす事を期待し願う同僚を冷めた目で一瞥しながら、間もなく出走するゲートを南坂は見つめた。

 

『さあURAファイナルズ、芝中距離部門2400。王道の中距離で日本ダービーとジャパンカップと同じ舞台にどんな走りを見せてくれるのでしょうか。さあ今―――スタートしました!!おっと先頭に躍り出たのは素晴らしいスタートを決めました鹿児島の純金、オーロジパング!!素晴らしいスタートからの逃げを打ちました!!これは目を引きますね』

『勝負服も見事なまでにキンキラ金ですものね、これはまぶしいですねぇ』

『その後に続くのはイギリスからの留学生、ロックスミス。これは良い位置と距離を保っております。その後ろに茨城からやって来たヒッチャキリープ、中央のオーバードレイン、トリプルステージと続いています』

 

「さあ陛下、ボクの煌をご照覧あれぇ!!」

 

再来年辺りに入学してくる覇王を思わせるようなセリフを言いながらも先頭を行くジパング、ファイナルズを勝ち抜いて自分に愛を捧げると豪語するだけの能力はあるらしい。その背後のロックスミスは遠巻きだが、鋭い瞳でジパングの走りを観察するかのよう。

 

『そこから離れてソードラマティック、そして最後尾には横浜のみなとみらいから参戦のリッシュモン、小田原のシダーブレード、東京のメテオロアテナイとなっております。此処からどうなっていくのか楽しみであります。向こう正面、先頭はいまだオーロジパング、このまま逃げ切ることが出来るか。だが後方からはロックスミスが逃げるオーロジパングを追いかけていますが全く距離が開かず縮めずの距離を維持し続けています。ヒッチャキリープが今、オーバードレインを差し返して2番手を維持』

『まだまだどうなるかわかりませんね、後方の追い込みがいつ始めるかにかかってますね』

『さあ残り半分に来ました、所でおっとメテオロアテナイが此処で上がります、此処から上がっていきますメテオロアテナイ。早めに先頭を捉えようというのでしょうか』

 

「さあ、ギアを入れますわ……!!」

 

『メテオロアテナイが上がっていく、どんどんと上がって今7番手にまで上がっていきます。おっとソードラマティックも上がっていきます』

『メテオロアテナイにつられてますねぇペースを崩してしまって大丈夫でしょうか』

 

「さぁ輝く時が来た……華美!煌びやか!そしてゴージャス!!その全て!ボクだけの為の言葉さ!!」

 

『さあ第3コーナーへと入っていきます、先頭はオーロジパングですが此処でロックスミスが上がっていきます。凄い脚で上がっていく此処で勝負を掛けました!!さあオーロジパング逃げる逃げる粘れるのでしょうか!!ヒッチャキリープはまだ動かない、まだ勝負を仕掛けない。さあ第4コーナー、この辺りで、オーバードレイン、トリプルステージが上がっていくぞ!!さあレースが本格的最終局面!!さあどうなっていくか、っとと如何したオーバードレイン、トリプルステージバランスを崩したかいや立て直している!!何とか立て直したが此処で一気に来たぞ!!リッシュモンリッシュモン!!リッシュモンが一気に上がって来たぞ!!』

 

乱れ飛ぶスキルの利を一撃のもとに無へと返した一つの領域、リッシュモンの領域が他者の全てを無効化してしまった。他者の強さを自らの糧へと変換するかのようなランページのそれとは別の意味で脅威としか言いようのないそれによって得た速度はリッシュモンもあっという間に先頭集団へと連れて行った。直線へと入る、後は府中の長い直線とこの坂を攻略すればいいだけ。

 

「レッツ・オンステージ!!」

 

最後方から声が聞こえて来た、大外を回るかのようにしながらも誰も足を踏み入れない綺麗な芝を蹴って疾駆するウマ娘。

 

「いけ~シダー!!!」

 

友の声を力に変えて、今シダーブレードが行く。

 

『こ、此処で後方からシダーブレードが上がってきたぁ!!最後方、大外一気ぃ!!これは凄い末脚だ、どんどん順位を上げていく。リッシュモンに続いて先頭集団へと入ったぞ、オーロジパングを捉えられるか。いやロックスミスもどんどん上がっていく!!オーロジパングまだ行けるか苦しいか!!だがヒッチャキリープも負けてはいないぞ!!メテオロアテナイ4番手!!ロックスミスがオーロジパングに並ぶ並ぶ並ぶぞ!!オーロジパング粘る粘る!!さあ東京レース場の長い直線、残り200を切った!!先頭はいまだオーロジパング!!ロックスミス交わすか!!?いや後方からもヒッチャキリープも伸びてくるがメテオロアテナイ、リッシュモン、シダーブレードが此処まで来ているぞ!!オーロジパング逃げ切れるのか!!?ロックスミスが迫る迫る、抜いた抜けているのか!!?うわぁっ追い込みの三人も来た!!凄いデッドヒートだ!!URAファイナルズ、中距離初代チャンピオンとなるのは一体誰なんだ!!?ゴオオオルイン!!先頭はオーロジパングいやロックスミスとシダーブレードが食い込んでいる!!これは分かりません!!』

『これは、際どい!!』

『4着にはリッシュモン、5着にメテオロアテナイ、6着にヒッチャキリープです。これはどうなるのか!!?いや、判定が終わったようです。URAファイナルズ、芝2400、中距離を制したのは―――シダーブレードォッ!!シダーブレードです!!ハナ差で勝利をもぎ取りましたぁ!!2着にロックスミス、3着にオーロジパング!!この辺りはもうほとんど同着と言っても過言ではありません!!』

 

全身から汗を噴出させるように汗だくになったシダーブレードは膝をついたまま、荒い息をし続けていた。周囲の様子に気を配る余裕などもなく、唯々呼吸を整えるだけに必死になっていた。そんな時、自分に誰かが抱き着いてきたのが分かった。

 

「シダーブレード!!君本当に凄いよ~流石僕の友達だ~!!」

「テ、テイオー……?あれ、私どうして……」

「何言ってるの、ほらあれ見て!!」

 

言われるがままに掲示板を見れば、そこにあったのは自分の番号が一番上にあった。それはつまり―――自分が勝ったという事なのだろうか、現実として受け止めてられない中で甲高い笑い声と共に盛大な拍手をするジパングが此方を見ていた。

 

「ハハハハッ!!全く以て完敗だよ、君という輝きを、煌を讃えよう!!さあ君の勝利を祝う皆の声援に応えてあげるんだ、この喝采は君の物だ!!」

 

目を白黒させているとリッシュモン、メテオロアテナイ、ヒッチャキリープが此方に向けて拍手をしている。ロックスミスも悔しそうにしつつも何処か嬉しそうに拍手を送っている。そして隣のテイオーの満面の笑みを見て、シダーは立ち上がってスタンドを見た。此処に集った全ての人が自分の勝利を祝ってくれている……ただそれだけが溜まらなく嬉しくて、絶対に味わえないと諦めてレースの喜びをその身で受けて、シダーブレードは涙を浮かべながらもその声援にこたえた。

 

 

「遂に、一般校のウマ娘が勝った……しかも中距離で。だからレースは面白い、あ~……早く俺も走りてぇ~……!!」

 

第一回URAファイナルズ

中距離初代チャンピオン シダーブレード

 




シェルフィ様よりメテオロアテナイを頂きました。有難う御座います!!


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382話

王道の中距離、東京の2400と言えば日本ダービーやジャパンカップが該当する誰もが知る超王道レースの条件とも言える。日本ダービー何て一生の内に一度しか出られないレースの代表例として挙げられるしウマ娘としてもトレーナーとしてもそれを制するためにトレーニングに勤しむ。このファイナルズに出走している中央のウマ娘も目標としていた者も多い、出られなかったり敗北こそしてはいるが負ける訳はないと思っていた―――その結果

 

「ちぃ~す、南ちゃんに上ちゃん差し入れのジュース持って来たんだけど一緒に如何……ってあらら、こりゃ酷い有様ですこと」

 

「「「「「……」」」」」

 

ランページが南坂と上水流に差し入れを持ってトレーナー席へとやって来たのだが、そこは酷い有様だった。先程までは地方も盛り上がっていた筈なのに中央と一緒になって沈黙してしまっている。まるでお通夜でもやっているかのような沈黙具合にランページお得意の茶々も出ないのでジュースを二人に渡す。

 

「有難う御座います、ご覧の通りです」

「地方どころか一般校のウマ娘が中距離取ったからなぁ、幾ら中央がトゥインクルシリーズに集中する連中が居ないとはいえこれは流石に利くか」

「そりゃねぇ……甲子園の舞台で名門野球部と農業高校の野球部が対決して名門が大敗しましたみたいなもんだからな」

 

言い得て妙だ。確かにそれならば地方勢がこうなるのもよく分かる、地方どころか一般校出身のウマ娘が王者になってしまったわけだから中央を笑っていられる場合などではない。これはこれで地方の指導にも問題があるのでは?という考えにも繋がる訳でそちらもやり方を本気で考えなければいけない。

 

「これを機に確りと考えるようになれば御の字、出なきゃ俺ゃ知らん」

「これも狙い通り、だったのかい?」

「中央と地方の確執はひでぇ事は知ってるけどさ、それって中央だけが悪い訳?地方だって何か手段打たずに中央(あいつ)の態度気に喰わないで通し続けたんだから同罪でしょ」

 

ランページの言葉がほぼ全員に突き刺さった。地方の気持ちは分からなくもないのだが、其処で諦めて中央が譲歩するまで努力を怠ったのは事実だ。

 

「さて、このまま一般が長距離を取るか、それとも地方がまた取るか中央が意地を見せるかだな」

 

 

『さあURAファイナルズ、芝長距離部門2500。今―――スタートしました!!綺麗なスタートを全員が切りました、さあ一塊になって行きますが如何やら逃げを打つウマ娘はいないようです。さあ誰が先に出るのか、先頭は―――中央のグレンシンクが今先頭に立ちました。ぬるりと押し出されるような形ですがいいフォームで走りながらの先頭に出ました。続くのはゴールドフェイク、アルベトドイルが続いていきます』

『先頭に立たされてしまう形でしたが直ぐに修正していい走りをしてますね、中央トレセンの意地を見せてほしいところです』

 

逃げを選択した者はいない、長距離を逃げ切れる自信はないという理由からだろうが。ほとんどが先行を選択しているが、それは焦りもあった。此処までファイナルズに出場している中央はいい成績を残せていないからである。だからこそ前へ前へ出なければいけないという精神的な物があった。それらは如何でもよくこの舞台で全力を尽くすだけに徹している者たちの心は酷く穏やかである。

 

『そして2バ身程離れた所にイギリスからの留学生のスティールヘイズが控えます、そんな彼女の後ろに北海道からやって来ましたマッシヴロード。ばんえいレースと農業で身に着けたパワーが自慢との事です。そしてサトノ家からやって来たサトノルシファーもここに控えています』

『サトノ家は新興ではありますがウマ娘レースにはかなり力を入れている所ですからね、期待できますよ』

『そして最後尾には東京のバレットレインと茨城のアウルムアーラが居ます』

 

第二コーナーを越えて直線へと入るが、未だに先頭集団は纏まり続けている。先行ウマ娘達が上手い事風避けを作ろうとして敢えて抜かせようとしたり、追い抜いたりをしたりとかなり落ち着きのない展開となっている。そんな様子を後方から伺い続けているスティールヘイズは少しだけ笑う。

 

「そのつもりならば、私がその役目を引き受けようじゃないか。乗るか反るかは任せる、だが自己責任でな!!」

 

そういうと一気にスティールヘイズは上がり始めた。まだ中盤にも差し掛かったばかりだというのに一気にスピードを上げて上がっていく。

 

『此処でスティールヘイズが上がります、ぐんぐんとスピードを上げていく!素晴らしい加速力で今、先頭争いに加わりいえそのまま先頭になりました!!ですが此処で加速して最後まで持つのでしょうか!?スティールヘイズを捕まえようとペースが上がっていきます、斉藤さんこれは少々危ない兆候ですね』

『ですね。スティールヘイズは線が細めですが見た目にそぐわない程の瞬発力とスタミナが自慢らしいですからこれは敢えて前に出て幻惑するつもりでしょうね、敢えて乗って罠を食い破るぐらいの気概じゃないとこれはきついでしょうねぇ……』

 

それこそランページの幻惑逃げに近しい所がある、ある程度まで安定したペースとスピードだったのにもかかわらず一気にペースを上げてしまったら想像以上にスタミナは持っていかれてしまう。

 

『さあ間もなく第三コーナーですが、先頭はスティールヘイズ。それを追いかける形でグレンシンク、ゴールドフェイク、アルベトドイル―――ッとここで後方からマッシヴロードが徐々に上がってきているぞ!』

『いいコーナリングですね、ウチを良い感じに突けてます』

 

「芝は流石、だけど走った跡からすると―――この辺りから、崩れる」

 

『おっとゴールドフェイクが遅れ始めました!!デュアルスピル、サウンカタウも位置を下げています』

 

先行勢が垂れ始めた、スティールヘイズのスピードに着いて行けずにスタミナ切れを起こし始めている。それを見逃さずに後方で控え続けていた者達が直線に入る前からスタンバイし始めた。

 

『さあ直線に入ったスティールヘイズがこのまま逃げ切るのか!?グレンシンク、アルベトドイルはもう苦しいか!!マッシヴロードが伸びてくる、サトノルシファーも来るぞ来るぞ来るぞ!!一気に上がってくる、いや後方からもアウルムアーラ、バレットレインも上がってくる!!!府中の直線は長いぞ!!さあ誰が抜け出せるか、スティールヘイズがさらに伸びてくる!!凄いスタミナだ、此処でここまで長い末脚を使えるのか!!スティールヘイズ先頭、だがアウルムアーラが凄い伸びてくる!!サトノルシファーも負けていない!!バレットレイン、バレットレインが弾丸のような末脚で上がってくる!!マッシヴロード、マッシヴロードか!!?残り200を切る、スティールヘイズの末脚はまだ続く!!どうだ、逃げ切れるのか!?バレットレインが迫る迫る、サトノルシファーがあと少し!!スティールヘイズ、スティールヘイズ、スティールヘイズ行けるのか、来るのか!!?いやバレットレインが並んだ!!いやサトノ、サトノが伸びた!!サトノ家の夜明けか、サトノルシファァァァ!!!サトノルシファーが勝ちました!!サトノルシファーがスティールヘイズを飲み込んでの1着!!2着スティールヘイズ、3着アウルムアーラ、4着にバレットレイン、5着にマッシヴロード!!』

『これはサトノ家のこれから目が離せませんね!!』

 

「ハァハァハァっやった……?」

「飲み込まれたか……流石に長すぎたか」

 

荒い息の隣でまるで息を乱していないスティールヘイズがいた、彼女は此方を見ると笑みを浮かべながら拍手をし始めた。

 

「負けたよルシファー、これがサトノ家の夜明けだな。素晴らしい幕開けに相応しいじゃないか」

「私が、勝てた……?」

 

掲示板に灯された光は淡々と自室を映し出し自分の勝利を飾りつける。妹たちの未来を切り開く為とレースから身を離していた自分が、まさかこの舞台を獲れるなんて思いもしなかった。顔をずらせばスタンドにはサトノ家の使用人に父や母が涙を流しながら自分の勝利を祝福してくれていた。

 

「やった、やったっ……この競争(ケンカ)、私の勝ちです!!!」

 

 

「おっ~スティールに勝ったぜ。ロングスパートが初めてだったのかもな、もう少し遅くやればネイチャみたいに上手く行っただろうに」

「あれはあれで効果的ではあるんですけど、回数をこなせばもっと良くなるでしょうね」

「にしても……一般校出身が2連勝だね」

「別に良くね?」

「君はね」

 

 

第一回URAファイナルズ

長距離初代チャンピオン サトノルシファー

 




天羽々矢様よりアウルムアーラ、サトノルシファーを、うみへすろ様よりバレットレイン、ムッシー様よりマッシヴロードを頂きました。有難う御座います!!


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383話

「これが、君の望みなのかメジロランページ」

「何がよ」

 

トレーナー席でのんびりとしていたランページへと一人のトレーナーが声を掛けた。内容はもちろんこのURAファイナルズを設立した目的。

 

「中央と地方の差を曖昧にしてURAでも乗っ取る気か?」

「何それ、ギャグだとしても笑えねぇな。センスを磨くんだな、お姉さんの腹筋はその程度じゃ割れねぇよ」

「真面目に聞いているんだ!!」

「だったら真面目に質問しろよ」

 

トレーナーは中央でトレーナーに従事している、難関と言われる試験を潜ってサブトレーナーをこなしてトレーナーとして何人のウマ娘を担当してきた。G1クラスのウマ娘を担当した事はないし、精々オープンクラスまでしか進めずにこれまでの最高成績もG3を勝たせるのが精一杯だった。

 

「確かにファイナルズに出走している中央出身者は重賞勝利ウマ娘はいない、だがこの結果を見れば確実に中央の怠慢だと言われるに決まっている!!」

「だったら改めればいいだけの話だろうに、元々ファイナルズの発表自体が急だったしな。大元のスケジュールを組んでいた連中は出られないと踏んでいたし、中央から早々重賞クラスが出るとも想定してない。出るとしたら来年以降って思ってた」

「じゃあ、これは君の掌の上だったと……!?」

「人聞きの悪い事を仰るなぁ……これでも清廉潔白に生きてるつもりだぜ」

「どの口が言うんですか」

「ニャハッ☆」

 

初年度という事もあって規模も出走ウマ娘のレベルも計る事が難しいファイナルズにG1どころか重賞ウマ娘は早々出てこないと思っていた。そもそも中央でトゥインクルシリーズに出走しているウマ娘からすればファイナルズはメリット自体が少ないので地方や一般校向けなのである。

 

「逆にファイナルズに中央の重賞クラスが出たら何しに来てんだよってなるわ、現役でトゥインクルシリーズにも出てるのに」

「でしょうねぇ……ファイナルズ自体が人材の発掘や地方勢との関係改善の一環ですし、それこそレジェンドレースに出ろと言われるだけだと思います」

「あ~オグリキャップとかイナリワンは実際にレジェンドレースにエントリーしてますしね」

「寧ろこれで中央は地方と手を取って話をしたりとか、地方は地方で地元と更に密接な関係作りをしたりとかすりゃいいだけの事よ。これだけで中央は全然ダメじゃねぇか!!って判断する方がどうかしてるわ、寧ろ中央と地方の溝を作った側の問題が更に浮き彫りになるだけ」

 

オープンクラスのウマ娘としては次へと繋がる舞台の一つとして地方や一般校ウマ娘の交流にも繋がるし考え方一つでこのファイナルズも有意義に使えるとは思っている。だがそれらを考えるのだってトレーナーやウマ娘の仕事だ。そこまでまめまめしく面倒を見てやる義理もない。結局は自分の事だ。自分でやれと言いたい。

 

「さてとダートが始まるぜ、ある意味で一番楽しみだったんだよ」

「おや、その心は」

「オグリ先輩の―――ライバルが出るんだぜ?いやでも気になるって」

 

その言葉を聞いて周囲が動揺する中で一人だけ笑みを浮かべていた―――北原トレーナーである、そして隣に居るトレーナーを軽く肘でつつく。

 

「ほら言われてるぜ」

「……彼女に言われると、少し誇らしいな」

 

柴崎トレーナー、彼女が担当しているウマ娘は―――

 

『URAファイナルズ、最後の部門、ダート部門1800ゲートイン完了しました。そして今―――スタートしました!!良いスタートを切りました、先頭を取ったのはカサマツトレセンからやって来たフジマサマーチ!!これはいいスタートから先頭に立ちました!!』

 

そう、カサマツからファイナルズにコマを進めたのは何もオグリだけではないのだ。オグリはレジェンドレース、そしてファイナルズのダートで本選にまで勝ち進んだウマ娘がいた。それこそがオグリキャップの初めてのライバルであるフジマサマーチ。

 

「(見ていろオグリ、私の走りをっ―――!!)」

 

ダートは地方では主流レース、中央とはダートウマ娘の質では大きな差がある。だが、フジマサマーチは背後に迫る影に少しだけ危機感を感じる。

 

『続きますは千葉からやってきましたダーレージャパン、予選は追い込みでしたが他の追随を許さない走りで大差勝ちをしております。今回はフジマサマーチをマークするような逃げを打ちました』

『一般校からの子ですし適性がはっきりしていないかもしれませんが……いやこれはすごくいい走りをしてますねぇ』

 

「あの人に倣ってみたが、これもいいな」

 

『そこから3バ身程離れた所に大井トレセンのツキノイチバンと姫路トレセンから参戦のマグナムレオン、中央のスマッシュウルフ、レガリアロード。そして福井からのミルガマネ』

『最後尾には同じく千葉からのタラサジャイロが良い位置を取ってますね。前と後ろでいい勝負が期待できます』

 

先頭をキープし続けるマーチ、背後のジャパンは自分から着かず離れずの良い位置を取ってくる。少しばかり揺さぶりを掛けてみるといい具合に反応はしてくるが、直ぐに反応して立て直して影響が僅かな時間しか通用しない。

 

「(こいつ、オグリ以上にやばい……!)」

 

数多くのレースを経験したからこそ分かる嗅覚が何かを察知した。ダーレージャパンは言うなれば超天才肌の天才だ、レース経験がないだけで十分な練習と経験を積んだら中央でもやっていけるレベルの……だが、その程度で自分は負けないとマーチは自信を持って言える、今日まで自分が走り続けて来たレースは絶対に無駄にはなっていない。

 

『さあ1000mを通過したところのタイムが59.1。フジマサマーチはこのまま逃げ切れるのか、カサマツトレセンの期待をオグリキャップと共に背負う彼女には多くの声援が向けられております、第三コーナーを越えた所でタラサジャイロが此処で上がってきます。最後尾からどんどんと順位を上げていくがこの辺りが仕掛け始めるウマ娘も多いぞ。さあオグリキャップの故郷が行くというのであればイナリワンの故郷、大井の刺客でツキノイチバンも仕掛けて来るぞ!!マグナムレオンも来る、さあフジマサマーチは行けるか!!?間もなく第四コーナーですが此処でダーレージャパンが一気に加速し始める!!ここで抜かすか!!』

 

「楽しいなぁッこの辺りで仕掛けるべきかな!!」

 

高揚感に満ち溢れる感覚、レースは楽しいで満ちていると実感しながらもダーレージャパンは競り駆けて行く。このまま先頭を貰ったと思ったが、フジマサマーチをなかなか抜けない。外へと回ろうとしているのに内々へと誘導されているような感覚がある、マーチはウチをギリギリ通っていてもう入れるスペースがない。

 

「行かせるか……!!私が、私が―――」

 

―――私も共に中央に行く、だから……全力を尽くしてカサマツの力を見せてやろう。

 

―――ああ、勿論だ。私はカサマツの代表のオグリキャップだ。

 

「約束を破る訳にはいかない!!」

 

『さあ最後の直線だ、ダーレージャパンは中々前に出られない。外に出れるかいやここでツキノイチバンとタラサジャイロ、マグナムレオンがどんどんと上がってきて出るに出られなくなっている!!ダーレージャパンは下がる、ミルガマネに並ばれるが共に大外へと何とか持ち出せるか?!先頭はフジマサマーチ、いやツキノイチバン、ツキノイチバンが大きく来たぁ!!』

 

「我、燦めく、故に敵う者無し!!!」

 

ツキノイチバンが大きく加速していく、心と身体を燃やし尽くしてでも最初にゴール板を潜り抜けると言わんばかりの気迫を生み出しながら。それを感じながらもマーチも懸命に走る。だが差は徐々に縮まっていき後方からも他のウマ娘が迫ってくる。もうマージンはない、もう此処までかと思ったその時、スタンドに居たライバルが此方を見据えていた。声を出さずとも聞こえてくる声援が自分に届いてくる。

 

「ッ―――!!」

 

『フジマサマーチが此処で伸びる!!?まだ脚を残していた、まだまだ死んでいないぞフジマサマーチ!!ツキノイチバンが来る、少しずつだがが満月へと満ちようとしている!!如何だ、届けるか、カサマツか大井か、どっちだ!!!?』

 

死力を尽くして大地を疾駆する。そして―――ゴール板を駆け抜けていく、足音だけが永遠と響くように頭に反響する。だがそれはそれ以上の衝撃でかき消される。その正体は―――

 

『フジマサマーチィィィ!!カサマツからやって来た代表が、勝利をもぎ取りましたぁ!!!二着ツキノイチバン、三着にタラサジャイロ、四着にスマッシュウルフ、五着にダーレージャパン、六着にミルガマネ―――』

 

それ以上は聞こえなかった。只聞こえてきたそれが真実なのかどうかを掲示板を見上げて確認する、そこにあったのは紛れもなく自らの番号、ハナ差での辛うじての一着。だがそれでも勝ったのだ。全力を尽くして、勝った。

 

「勝った、勝ったぞ……っどうだオグリキャップ……!!!」

 

疲労困憊と言いたげな表情のまま、オグリの方を見るとそこには自分の勝利を讃えるように笑みを浮かべて頷いている彼女の姿があった。それだけでもう全てが報われたような気になって思わず座り込んでしまった。

 

「やったぁぁっ……」

 

 

「流石オグリさんが推すだけはあるわ」

「素晴らしい走りでしたね」

「う~ん……これは中々……」

 

フジマサマーチの勝利を見届けたランページはファイナルズの成功を確信できた。地方の底力と在野にいる未知数の存在をこれだけ発掘で来たのだから初年度は大成功と言っても過言ではないだろう。後は明日のレジェンドレースを控えるのみ……あんな熱いレースを見せられたら今から走りたくてしょうがない。震える身体を抑え付けながらもトレーナー席を後にするのであった。

 

第一回URAファイナルズ

ダート初代チャンピオン フジマサマーチ

 




糸田ひろし様よりツキノイチバン、マイスイートザナディウム様よりタラサジャイロ、イスレ様よりミルガマネを頂きました。有難う御座います!!


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384話

URAファイナルズは無事に大成功を収めた。無事に5部門の初代チャンピオンは誕生し終幕へと至った。トロフィーの贈呈とインタビューなどを一通りこなした後は当人たちの希望を立ててウイニングライブを敢行、その後は明日に備えて解散という運びになった。ファイナルズの優勝を祝したパーティというのも考えたのだが、そうなるとレジェンドレースの優勝者とはまた別で開かなくてはいなくなる。そうなるとシェフへの負担が尋常ではないので流石にレジェンドレース後にパーティという事になった。それに、流石にファイナルズで疲れているだろうし。

 

「いよいよか……」

 

世間はファイナルズの熱が全く冷めていないらしくニュース番組はそればかりの放送している。その気持ちも分からなくはないが……地方トレセンが3勝、一般出身が2勝、中央はまさかの0勝。予想は大きく裏切られての大どんでん返しに中央の全勝だと胸を張っていたコメンテーターは赤っ恥だろう。それらは中央の主力とも言える重賞クラスが出ていないのだから当然だろうと述べる中で自分のコメントが如何に情けないか分かる。

 

『重賞が出てないのはある意味当然でしょう、寧ろそっちはトゥインクルシリーズを優先して当然の事。開催も結構急だったから前以て組んでいたスケジュールを考慮しても此方に出すのは難しいと判断しても可笑しくはない。俺は順当な結果だと思ってますよ、レースは何が起きるか分からないからこそ面白いんだ』

 

絶対王者たる貴方が言うのかととも言われたが、現役時代は時代で何時敗れ去るのかそれとも続くのか分からないと言われたから同じだと返しておいた。兎も角、明日はレジェンドレース。いよいよ自分の手番が回ってきたと言っても過言ではない

 

「武者震いが止まらねぇな、凱旋門やBCでもこんなのはなかったな」

 

不思議と、今の自分は海外遠征時よりもやる気に満ち溢れている気がしてならなかった。日本が悲願とする世界一の舞台よりも、アメリカ最速を決めるダート最強決定戦よりも遥かに楽しみでしょうがないと思えてしょうがないのだ。

 

「さて、明日はどうなるかな」

 

何処か他人事のように言いながらもランページは震える身体を必死に静めながら、ハーブシガーに火を灯す。既に精神テンションは現役時代に戻っている、ラストラン位にまでは高められるかもしれないという期待を込めながらも夜空を見る。良い月が出ている、この月にも願うとしよう。レジェンドレースの素晴らしき成功を―――。

 

 

 

『さあ皆様お待たせ致しました、本日も此処府中の東京レース場から実況、赤坂がお送りいたします。本日の解説もウマ娘のレースコメンテーターとしてもお馴染み、MCとしても芸人としても活躍しておられるこの方!!』

『皆さんハァ~イナイスですね~!!どうも斉藤です、本日も宜しくお願い致します!!』

『宜しくお願い致します。つい昨日の熱気と興奮がいまだに冷めやらぬまま今日という日がやって来てしまいました、いよいよ本日は大晦日で既にTVでは大晦日の特別企画が行われておりますがそれにも負けないどころか勝る勢いが此処にあります!!そう、本日此処府中で行われるのは伝説の名を冠する祭典―――レジェンドレースです!!』

 

会場に木霊する言葉にボルテージが一気に上がっていく。本当にこの日を待ち侘びたと言わずにはいられない、ファイナルズですらあれだけ盛り上がったというのに今日はそれを前座に出来てしまう程の圧倒的な盛り上がりを見せるのだから。 

 

『此処に居る皆さんはレジェンドレースについては把握しておられると思いますが改めて解説させていただきます。レジェンドレースは基本的にはURAファイナルズと同じですが、此方は最初から高難易度であることが前提とされております。開催前からメジロランページが上げた名前の中にはTTGやマルゼンスキー、我々がよく知る名前がずらりと並んでおりました。それらに挑んでみたい、共に走りたいという夢を叶える正しく夢の舞台なのです!!』

『しかもそれだけではありません!!本来、ドリームトロフィーリーグに出走する筈のウマ娘が此方に殴り込みを掛ける事も容認されています。事実として本日のメインレースと言っても過言ではない中距離にはオグリキャップ、タマモクロス、スーパークリーク、イナリワンという名前も並んでおります!!!』

 

このレース条件に心が揺れ動かないウマ娘なんている訳がない、その資格が得られるのであればトゥインクルシリーズの現役中だろうがドリームトロフィーリーグに所属中だろうが参加したいというのが素直な本音だろう。事実、トゥインクルシリーズ現役からこれに出ている者もいる。

 

『先日のファイナルズの地方、一般勢の大活躍も胸が高鳴りますが矢張り此方の方が期待値というのは高いですね』

『この辺りはしょうがないでしょうね、何せ既に引退してもうレースが見られないと思っていたあのウマ娘達の走りをもう一度見ることが出来るんですから。この機会を作ってくれたランページには感謝してもしきれないでしょう』

 

 

控室、今回ランページは司会を南坂とアサマに任せていた。理由は唯一つ―――己の中にある全てを練り上げる為、その為にシンザンから教えて貰った精神統一方法を実践してみている。

 

「……」

 

それは座禅である。脚を組んで瞳を閉じて極限まで自分と向き合う、普通に考えれば座禅を組めば脚は固くなって十分なコンディションで走る事は難しくなるだろう。だがランページはそれをやっていた、シンザンも現役時代にはこの座禅をして精神を高めていたと語っていた。今回それを取り入れてまでランページは極限にまで自分を高めようとしていた。震えそうに身体を抑え付ける、封印でもなすかのようにギチギチになる程に。

 

「(不思議だ……あんだけ楽しみにしてて暴れ出しそうだったのに、今は落ち着けてる……すげぇリラックス出来てる……)」

 

だが、ランページには酷く効果的だった。現役時代にもやっていればよかったかもしれないと思う程にしっくり来ていた。既に何分間座禅を組んでいるのだろうか、時間の感覚さえも分からなくなるほどに没頭し続けた座禅は肩に乗った感覚で漸く終わりを告げた。

 

「ランページさん、ランページさん」

「―――……南ちゃんか、何開会式終わった?」

「何を仰るんですか、もうマイルまで終わりましたよ」

「えっマジで?」

 

何を言っているんだと思いながら時計を見たらびっくりした、座禅をし始めてから既に1時間は軽く経過していたのだ。体感的にはまだ10分位だと思っていたのに……

 

「短距離ではバクシンオーさんが、マイルではニッポーテイオーさんが初代チャンピオンとなりましたよ」

「は~納得の名前が挙がってらぁ」

 

バクシンオーがレジェンドレースに出ているのは知っていたが、勝利する辺り流石日本が誇る最強スプリンターだ。ラビットパラベラムとどっちが速いんだろうか。因みにタイムは1:07.3だったらしい。流石驀進王。

 

「座禅をするとは知りませんでした、シンザンさん辺りからのアドバイスですか?」

「流石敏いな、あの人に集中力高める方法知ってる?って聞いたら座禅組めばいいだけの話だろって返されたわ、レース控えたウマ娘に勧めるものではないのにな」

「普通なら関節は固くなり脚も痺れてしまう筈ですが……ランページさんにはそんな様子は有りませんね」

 

立ち上がって軽く身体を伸ばしているランページにそんな様子はない、長時間座禅をしていたとは思えぬ程に柔軟な動きをしている。

 

「さてと―――行ってくるぜ」

「はい、いってらっしゃい」

 

ハイタッチをして―――ランページは行く。

 

『さあ短距離とマイルの激戦を越えて遂に、遂に本日のメインレースがお目見えです!!!レジェンドレース中距離部門、芝2400!!』

『うわっもう鳥肌が凄い事になってますよ、見てくださいよ皆さん!!』

『いや私にしかわかりませんってうわ凄いですねこれ!!?おっと、地下バ道から来ました!!中距離のレジェンド達が!!』

 

 

 

『日本初のジャパンカップ制覇ウマ娘、その勝利はシンボリルドルフ、ミスターシービーの三冠ウマ娘を同時に破っての栄光!!日本のエース、1枠1番カツラギエース!!!続くは笠松からやって来た葦毛の怪物、ライバル達とこの舞台でも覇を競うのか!!1枠2番オグリキャップ!!』

 

「久しぶりだなぁこの感触―――いいねぇやっぱりこうでなくちゃ」

「マーチ、見ていてくれ」

 

『深紅の閃光、その走りをそう表現した者は多いでしょう。超快速の俊足が帰ってまいりました!!2枠3番、マルゼンスキー!!一流の演出家は一対一ではなく第三の色を加えた攻防を好むと言います、ならばそれは彼女の事でしょう!!TTGが一角たる緑の刺客!!2枠4番グリーングラス!!』

 

「ハァ~イ!!皆~元気~?」

「元気なのはそちらでしょうよ、まあ私もですが」

 

『葦毛の怪物との一騎打ち、この両者の激突は日本を大きく盛り上げました。葦毛の怪物に対抗するは矢張り白い稲妻、3枠5番タマモクロス!!その足取りはまるで宙を舞うように軽やかでその走りに皆が夢を託して空へと送り出しました、TTGが一角、天3枠6番トウショウボーイ!!』

 

「今日は宜しく頼むぞ、白い稲妻。共に空に衝撃を走らせようじゃないか」

「望むところや、稲妻に打たれて痺れても知らんで」

 

『メジロランページよりも以前に海外へと2年もの間遠征した女傑、彼女の海外レースでのノウハウがなければ暴君の活躍もなかったでしょう。ダービーの一等星4枠7番シリウスシンボリ!!オグリキャップと戦ったウマ娘と言えば彼女も外せません、クラシックの一冠をその手にした快速ステイヤー、永世三強の一角、4枠8番スーパークリーク!!』

 

「本日は宜しくお願いしますね先輩」

「ハッそうのんびりしてておいていかれても知らねぇぜ?」

「フフフッそうはならないと思いますよ」

 

『暴君を語る上で彼女を外すのはニワカがする事、暴君へと挑み続けた末に手に入れた力でこの府中で二度の栄冠を手にした大華、5枠9番アグネスフローラ!!あの有記念はデッドヒートにも戯れにも見えた、過去も未来も消え去り今が激突した伝説の直線勝負をここで再び!!TTGが一角たる流星の貴公子!!5枠10番テンポイント!!』

 

「伝説が相手とは言え負けませんよ、何せ私が現役の代表ですから」

「良い面構えだ、掛かって来い」

 

『さあこの伝説だらけの中距離路線に殴り込みを掛けた勇者がご登場だ、北海道からやって来た彼女は圧倒的な走りでここまで来ましたが伝説にどこまで対抗出来るのか!?流星の女王、6枠11番アカリポイント!!故郷の大井からやって来た狐が今伝説へと挑む、この対決を心待ちにした方も多いでしょう!!天下をとれるか、永世三強が一角、6枠12番イナリワン!!』

 

「あんまり緊張してないみたいだねぇ、その意気や良し」

「女王の名を此処で本当にしてみせる……!!」

 

『かつて、地方からやって来たウマ娘がいた。地方だけに飽き足らずその強さで中央でも勝利をその手にした軍神が帰ってきました!!地方の軍神7枠13番ホウショウツキゲ!!TTG世代にはもう一人、皇帝が居た。既に三強状態を作っていたにも拘らず彼女は果敢に挑みダービーを制し、その名の通りに王座へと上り詰めた!!登極皇帝、7枠14番クライムカイザー!!』

 

「軍神と皇帝が一緒だって~ニャハッこれは縁起いいかもね~」

「ハハハッこりゃいい、犯罪的に字面がカッコいいな!!」

 

『暴君と共に駆け抜けた末に手にしたのは皇帝に続いた三冠ウマ娘という称号、クラシック三冠とトリプルティアラが同時に達成という奇跡はこの先起こるのか!!?メジロの三冠、8枠15番、メジロライアン!!』

 

地下バ道から次々と現れるレジェンド達、そして三冠の後に続くのは―――伝説を作り上げ、この夢の舞台を創設した暴君。

 

『30戦30勝、生涯無敗を貫いたトリプルティアラ、ワールドレコードホルダー、彼女へと向けられる様々ありますが矢張り独裁暴君が一番相応しい!!世界最速最強の独裁暴君!!8枠16番、メジロランページ!!!』

 

「久しぶりに―――待たせたな」

 

遂に出揃った伝説たち、これから覇を競う伝説の一戦を日本が、世界が見つめる。

 

レジェンドレース中距離部門 芝2400

 

1枠1番 カツラギエース

1枠2番 オグリキャップ

2枠3番 マルゼンスキー

2枠4番 グリーングラス

3枠5番 タマモクロス

3枠6番 トウショウボーイ

4枠7番 シリウスシンボリ

4枠8番 スーパークリーク

5枠9番 アグネスフローラ 

5枠10番 テンポイント

6枠11番 アカリポイント

6枠12番 イナリワン

7枠13番 ホウショウツキゲ

7枠14番 クライムカイザー

8枠15番 メジロライアン

8枠16番 メジロランページ

 

間もなく出走




マルシン牌様よりアカリポイントを頂きました。有難う御座います!!


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385話

「憧れのテンポイントさんとお会いできて光栄です。ですが、私は貴女には負けませんよ」

「ほうっ言うじゃないか、なら勝ってみせればいいさ。このテンポイントにさ」

 

「う〜んやっぱりレースは良いわねぇ!!強敵が居れば良いんだけど……って今言う台詞じゃないね、だって全員強敵なの間違いないも~ん」

「ハハハッすっとぼけた奴だな、気に入ったぞ。どうだレースの後、一杯付き合わんか」

「おっいいですなぁ~実はいいおつまみがあるんですよ」

「ほう?この皇帝を満足させられるのか楽しみだな」

 

レジェンドレースが間もなく行われるゲート前の一幕、それぞれが精神を集中したり一度話をしてみたかった憧れへと声を掛けたりと思い思いの時間を過ごす中でランページはジッと空を見上げながらハーブシガーを吸う。流石にここで火は付けないし吸いもしない、あくまでフリ……既に気持ちは出来上がっている、抑制するものなどは何もない。そんな自分の心を映し出すかのようにファンファーレが鳴り響いた。

 

「「「……」」」

 

全員がそれぞれのゲート前へと立つ、静まり返った空間の中でゆっくりゲートへと進んでいく。

 

『世紀の一戦が間もなく始まろうとしております、いったいどのような走りと展開が待つのでしょうか、予想も何も出来ません。順調にゲートインが進んでいき、最後の大外のメジロランページがゲートへと―――今、収まりました』

 

狭い場所は落ち着く、ウマ娘であればありえないそれが自分の最大の長所とも言える。今か今かと誰もが焦る気を抑えつけるかのように待つ中でランページは静かに前を見つめ続ける。ただ、時を待つだけ。

 

『さあレジェンドレース中距離部門、芝2400、今―――……スタートしました!!』

 

ゲートが開く僅かな刹那、その前に地面を蹴った。そして開門と同時に全速力で駆けだした。大歓声がシャワーのように降り注ぐ中で疾駆するランページ、間違いなく最高のスタートダッシュだが―――自分並に優れたスタートをした者もいた。

 

『メジロランページ素晴らしいスタートを見せました、がカツラギエースとマルゼンスキーも素晴らしいスタート!!早くも先頭に立ったのはメジロランページ、しかし直ぐ後方にカツラギエースとマルゼンスキーが控えている!!』

『やっぱりこの三人の先頭争いが開幕だった!!』

 

「やっぱり、来たな!!!」

「フフッこの3人で走るのも久しぶりね!!」

「ジャパンカップ前の借り、まとめて返してやりますよ!!」

 

この二人にはジャパンカップでお世話になった、だからこそ成長した今の自分の力の全てで打倒してやる。だが―――

 

「相変わらずお前も俺の後ろか、フローラぁ!!」

「私があなた以外の後塵を拝するなんてありえませんから!!」

「キモイこの変態!!」

「ちょっひど!?」

 

『メジロランページ、カツラギエース、マルゼンスキーに続くのはご存じアグネスフローラ、矢張りランページマークで行く作戦でしょうか。その後方にタマモクロス、テンポイント、グリーングラス、トウショウボーイ、スーパークリーク、オグリキャップ、シリウスシンボリが続いております。そこから2バ身程離れてクライムカイザー、ホウショウツキゲ、メジロライアン。そしてイナリワン、アカリポイントとなっております』

『いやぁ改めても凄いですねぇ……いやでもこのペース、かなり―――』

 

後方から感じる圧は現役に感じたどのレースよりも凄まじい、デバフとは違う圧を感じる。ほぼ全員が自分の走りを観察しているんだ、一体何時あの走りを切るのかに注力している、全身を使ったあの走りを―――だけど、残念ながらの注目は無駄に終わるだろう何故ならば―――

 

『さあ向こう正面に入って1000mの通過タイムが―――えっ!!?5、57.2!?』

『うそでしょ!?機械の故障じゃないんですか!!?』

 

余りに早すぎるタイムにレース場全体からどよめきの声が上がった。これではツインターボが作る超ハイペースよりもずっと速いじゃないか、どうなっているんだと皆が慌てる中で南坂だけが笑っていた。

 

「これはとんでもない作戦に打って出ましたね」

「ど、どういう事です?」

「これは唯の逃げではありません、ランページさんが全員を引き込んだのは超ハイペースの消耗戦。ほぼ全員がラストの直線で出すであろう全身走法に気を取られている、それを逆に利用したんですよ。ですが……普通は考えても絶対にやりませんって……」

 

南坂ですら呆れたような笑いを浮かべる事しかできなかった、そうランページがやっているのは―――

 

「スタートからゴールまで、常にアクセルを踏み続ける全力全開走法」

 

「このペース、やってくれたなランページ!!」

「くぅぅっ利くわね、このペース!!」

 

まんまと策に嵌められていた、最も親交があった筈のエースとマルゼンが最初に罠にかかっていた。あの全身走法を何れ出すと思っていたのに、まさか最初から使っていたなんて……それによって生み出される異常すぎる超ハイペース、気付いた時にはも手遅れ。ペースを落としたらもう二度と抜き返すチャンスは無くなる、この策の突破方法は唯一つ―――

 

「食い破るだけ!!」

「行くぞ、ランページ!!」

 

『第三コーナーへと入った、此処でアグネスフローラとオグリキャップが徐々に上がっていく!!カツラギエースとマルゼンスキーはまだ仕掛けない!!だが後方から一気に永世三強とTTGが上がってくる!!新旧三強が一気に来るぞぉ!!クライムカイザーも好位置につけている、ホウショウツキゲも位置を変えながらも前へと出始めている!!アカリポイント、少し遅れているか、無理もありませんこの超ハイペースは異常でしかありません!!!正しく独裁、正に暴君のレース展開です!!』

 

相手がレジェンドだろうがそんなのは関係ない、自分は走りたいように走るだけでしかない。他人が自分の事をどう評価しようが気に留める気もない。第四コーナーを回る、最大速度を維持したままのコーナーリング。普通ならば脚に多大な負担が掛かって終わりだろうが―――自分にはランページ鉄で鍛えたこの脚と身体がある、それに耐えたまま、芝を貫いてその下の地面をグリップして駆け抜けていける。ラストの直線だ、さあ来るなら来てみろ、最速の脚を見せてやる!!

 

『さあラストの直線に入った、メジロランページがいまだに先頭、先頭のまま坂に入るが物ともせずに駆け上がっていく!!信じられません一呼吸を入れる事もなくゴールする気だ!!だが後方からも一気に上がってくるぞ!!』

 

「おもろい、おもろいでぇランページ!!さぁっウチともやろぉやぁ!!」

「流星、その名の意味を味わってみるか!!」

「天を駆ける、それこそが私だ!!」

「刺客の意味を知れ!!」

「我が道を切り拓くっいざ出陣!!ニャー!!」

「犯罪皇帝、結構じゃないか。クライム―――その言葉の皇帝になってみせよう!!」

「偉大な記録も、記憶も私の輝きで塗りつぶしてやる!!」

 

次々と起動していく領域の数々。後方からの圧力も増していく、フローラも来ている。その時、その中でもひときわ巨大な物が打ち上げられた。

 

「今行くぞっ―――私の全てを、受けて見ろ!!!」

 

『オ、オグリキャップが猛スパート!!とんでもない脚です、ぐんぐんぐんと伸びる伸びていく!!あっという間にカツラギエースとマルゼンスキーを抜いて今2番手ぇ!!これが芦毛の怪物の本領かぁ!!?』

 

「負けるか、負けるもん……私が、私が―――絶対女王だ!」

 

最後尾を掛けていたアカリポイントが一気に上がってきた、息も絶え絶えで何時走りが止まっても可笑しくない筈なのに全霊を尽くして駆け抜けていく。坂で加速出来ない相手を抜いて前へ前へと突き進んでいく、先頭集団が見えて来た、後僅かでテンポイントと共に駆け抜けられる―――!!

 

『アカリポイントが上がって来て今6番手!!い、いや後方から一気に来たぁ!!メジロライアン、メジロライアンです!!メジロの三冠が猛スパートぉ!!スーパークリーク、イナリワンをごぼう抜きぃ!!シリウスシンボリを抜いたぁ!!メジロの一騎打ちか!?いやここでアグネス、アグネスフローラも行くぞぉ!!』

 

「あの人の、あの人のライバルだけは譲れないぃ!!」

「それはあたしだってそうだぁぁ!!!」

 

遥か先を走り続けていく親友を目指して、ライバルを越える為に走り続ける二人。誰にも負けない気迫、だが周囲とて伊達に伝説と言われたわけではないと一気に上がってくる。それらと戦いながらも駆け抜け続けていく―――

 

到達した神速の脚。

 

切望された大華

 

親友へと捧げる疾駆

 

『メジロランページ先頭!!メジロライアンに伸びる、アグネスフローラ現役の意地を見せられるか!!?オグリキャップまだまだ伸びる、メジロランページを捉えきれるか後2バ身!!残り200を切った、ランページが粘る粘る!!タマモクロスも上がってきている、イナリワン、スーパークリークも来る!!TTGの三人も伸びて来るぞ!!ホウショウツキゲが凄い勢いで上がってくる!!もうどうなってしまうんだこのレジェンドレースは!!?今、オグリキャップが―――メジロランページを捉えきれない!?メジロランページ、此処で更なる一伸びだ、まだまだいけるのか!?これが世界を制したウマ娘の実力なのか!!?』

 

「オオオオオオオオラアアアア!!!」

 

『オグリキャップも伸びるが、メジロランページ先頭先頭!!!先頭を守り切っている!!今ッゴールイン!!!メジロランページ、世界最速が伝説を引き連れてゴール!!!二着にオグリキャップ、三着にメジロライアン、四着にテンポイント、五着にアグネスフローラ!!!そしてタイムが―――』

 

【2:20:9】

 

『2:20:9!!?自らのワールドレコードを再度更新してしまったぞメジロランページ!!これが絶対王者の力か、レジェンドレースの初年度に相応しい栄冠を自らに与えたァ!!!』

 

全てを出し切ったランページは思わずその場に崩れるように膝をついてしまった。尋常ではない位に疲れた……もう言葉を発する事が億劫になる程に疲労が全身に纏わり付いてくる。ワールドレコードをまた更新したとかもうどうでもいい位には疲れた。そんな自分を見下ろすように手を差し伸べてくるライアン、少しだけ微笑みながら

 

「お疲れさま、ラン」

「……ああ、サンキュラン」

 

差し出してきたその手を取った。

 

「負けたよランページ、勝ったと思ったんだが……」

「俺も負けたと思いましたよ……つうかオグリさんもワールドレコード更新じゃん」

「おおっそうか。これで私もワールドレコードホルダーなのか?」

 

あんな死闘の後で天然を発揮出来るオグリに思わず笑ってしまった。全く以て―――このレースは最高だ。

 

第一回レジェンドレース

中距離初代チャンピオン メジロランページ

 



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386話

「ちょっとラン、本当に大丈夫?ほらっもうすぐ控室だから」

「あ"ぁ"~……今敵が来たら負ける……」

「敵って……」

 

ライアンの肩を借りながら歩くランページ、もうそうしないと動けない程に疲労困憊となってしまっている。いっそのこと気の毒なレベルに疲れ切っているランページは見た事がない、ある意味でレアな親友の姿を見た事でライアンは少しだけ笑うのであった。

 

「ほらっ着いたよ」

「サンキュ……だぁぁもう疲れたぁぁぁ!!」

 

身体を伸ばせる一段高い畳のスペースへと寝そべりながら四肢を放り投げる。その様子と声からも疲労の激しさが見て取れた。

 

「もう二度とやるかあんな走り!!」

「最初から最後までフルスロットル、いつも大逃げしてるランがこれなんだから余程なんだろうね……」

「ガチのアクセルベタ踏み状態だったんだよ、スピードメーターが200の車がアクセル踏み続けたらどうなるか知ってるか?」

「えっと……そのまま200以上出る?」

「そう、俺は今回それをやったんだよ!!現役でもやらなかったようなバカすぎる作戦を!!」

 

正真正銘の限界突破走法、現役時代に蓄積された経験やらも全て使った走り。一番先を走り続ければ誰よりも先にゴール出来るだろうという脳筋理論、ハッキリ言ってトレーナーとしての観点から見れば余りにも単純明快勝つ馬鹿馬鹿しい上に普通なら負担がデカすぎて脚を潰してしまう筈なのにシンザン鉄とランページ鉄で鍛え続けた結果として耐えられる身体になってしまったのである。

 

「でもそれってランのスピードメーターが200どころか2000は出せるだけの話じゃないの」

「あ~そういう事言うか」

 

否定できないのがなんとも怖い所、何せ本当の意味での限界なんてまだ自分が知らない可能性は十分にあるし今回のそれが真の意味での限界値だった可能性はある。

 

「つうかライアン、テメェは何処の砂漠の虎の愛人だ」

「誰それ?」

「アツクナラナイデマケルワ」

「だから何それ!!?」

 

まあ通じないなら通じないで良いと思う。

 

「それで初代チャンピオンになった気分は如何?」

「ドチャクソに疲れた、以上。閉廷。解散」

「え~……」

 

正直言ってそれ以外に言う言葉が見つからないのである、レースを振り返る前よりもまず疲労を抜かないとその作業も出来そうにない。冗談抜きで暫くは休養しないと走れそうにない。と言ってもトレーナー業務には関係ないのでこれから暫くは商店街にある鍼灸院通いになりそうだ……。

 

「この後長距離とダートだっけ……だけど悪い、俺見る余裕ない……」

「どんだけ疲れてるのよ……いやまああたしだってもうクタクタだけどさ」

「何でお前は俺よりマシなんだよ……こういうのは寧ろ1位の奴の方が精神的に楽でそこまで疲れてなくて、逆に2位以下が滅茶苦茶疲れてるってパターンだろ……」

「分かんないよそんなの……」

 

ランページにしてはこの手の愚痴を漏らすのは珍しい、如何やら心底疲れているのは事実らしい。そんな親友の隣に腰掛けながら頭を撫でる。

 

「本当にお疲れさま」

「……悪い、お前だって疲れてるだろ」

「まあランほどじゃないから気にしないでよ」

 

この後を考えるのは本当にあとにして今は休む事にだけに集中しよう、思っているといつの間にか意識を手放してしまったのかランページは寝息を立て始めてしまった。

 

「こういうランを見るのも久しぶりだなぁ……本当に久しぶり」

 

寝やすいように自分の膝を枕代わりにしてあげる、トレセン学園に入る前にも偶に遊んだ時も彼女が眠ってしまった時はこうしてあげていた気がする……随分と昔な気がしてくるけどほんの数年前の事なんだ。たった数年で自分達は大きく変わった、自分はクラシック三冠に、ランページはトリプルティアラから一気に世界最速へと駆け上がっていった。それなのに自分と彼女の立場はそれほど変わったりはしていない。あの時と同じ、親友のままだ。

 

「ねぇラン、今日がさ―――ランの誕生日ってこと、分かってる?どうでもいいんだよね、ランは誕生日に全然興味なさそうだったしどうでもいいって言ってたもんね」

 

12月31日、大晦日の今日がランの誕生日。メジロ家でもお祝いしようと言っても当人は極めて如何でもよさそうにしていた、ただ歳を一つ重ねる日を重要視する事はないと。そう言っているのに自分達はそれを許さずに無理にパーティを開いてワザと大々的に祝っていた気がする。

 

「今年からはまた一つ、お祝い事が増えたね―――ねぇっラン、お誕生日おめでとう」

 

たった二人だけの空間と時間、それを共有しながらも親友は大切な人への思いを贈る。それが届いていなくてもきっと送り続ける、それにこそ意味がある。これからも大変な日々を過ごすであろう家族であり親友の安らぎの場になれればそれでいい。何時でも彼女が休めるようなランであろうと決意する。

 

「ランページさん、今―――おっと、失礼しました」

「もう少しだけ寝かせてあげてください、あと少しだけ……」

 

長距離部門が終了し、初代チャンピオンにはトウメイが就任した事を知らせようとやって来た南坂が見たのは独裁暴君としてのランページではなく、唯のウマ娘に戻っているランページを優しく撫でているライアンの姿があった。そしてランページが漸く起きたのはダート部門が終わった辺りだった。

 

「ふわぁっ~……あ"~大分元気になったぞ、まだ身体重いけど何とか行けるな……ンでダートは誰が勝ったの?」

「レディセイバーさんです、チャンピオンズカップの雪辱を晴らした形になりましたね」

「ある意味順当か……」

「それと……サンデーサイレンスさんから伝言です、来年は絶対自分も出ると」

「……あ~日本に移住してる訳だし一応資格はあるのか……でもサンデーさん出すと海外からも私も出たい!とか来ないかな……」

「既に来てます、イージーゴアさんやアンブライドルドさんから是非という話が……というか世界中から大反響が……」

 

世界各国にレジェンドレース及びファイナルズ企画の流れが起き始めてしまった事にランページは思いっきり頭を抱え始めた。

 

「だから誕生日は嫌いなんだ……ロクな事が起きねぇ……!!」



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387話

「……疲れた」

 

シンプルに自分の気持ちが集約された四文字を吐き出した。レジェンドレースでは南坂にも呆れられるような走りをした結果、身体はオーバーホールが必須なオーバーヒート状態、と言っても現役時代と違って休養し続ける訳にもいかない。何故ならば自分には立場があって自分を頼りにするネメシスとプレアデスの生徒たちがいる。自分が長期休暇を取ればその皺寄せはそちらに行く、それは看過できないので頑張る。

 

「これは張り切り過ぎましたね、針打ちましょう」

「やっちまってくれ」

 

レジェンドレース後はファイナルズとレジェンドレースのお疲れ様パーティ兼表彰式に出席しそこでは一人一人にトロフィーなどを渡してインタビューをしたり、記念撮影やら諸々をこなした後にメジロとシンボリ合同パーティに出席して色んなお偉いさんと話をする羽目になった、これも自分の蒔いた種だと自分を強引に納得させながらも大忙しの大晦日を過ごしたのであった。

 

「主治医さんも悪いな……つうかこういう事も出来るってスゲェな」

「それが私の責務ですから、メジロ家のお嬢様方の御身体を整えるのが私の仕事です」

 

メジロ家の御屋敷の一角でランページは主治医に施術を受けていた。本当は商店街の鍼灸院へと行こうとしたのだが年末年始はお休みになっていたので行けず、如何しようかと思っていたら主治医がしてくれる事になった。

 

「大分疲れが溜まっておりますね……本来ならば療養所にて休養を取るのが一番だと思いますが……」

「つっても利用できるのは冬季の休みだけだからなぁ……トレーナーとしての仕事もあるし長々と療養所でお休みとは行けねぇよ」

「左様ですか……でしたら、本日は徹底的に解しましょう」

「頼むわぁ~……」

 

結局、お正月は身体のメンテナンスばかりになってしまい初詣は昼になって行く事になってしまった。

 

 

「おはようございますって殆どはいないか」

「おはよう御座いま~す」

「ってうおっ!?」

 

数日後。トレセン学園の職員室に出勤してきた上水流トレーナー、トレセン学園も冬季の休みに入っているのだが冬のシーズンにもレースはあるのでそれらに出走予定のウマ娘の担当はトレセン学園に出て来るし練習するウマ娘も多いので普通に解放されている―――が、まさかランページがいるとは思わなかったのか酷く驚かれた。

 

「えっなんでいるの!?」

「いちゃ悪い?」

「いやいやいや、悪いとかじゃなくて休養期間じゃねえの!?」

「そうしたいのは山々んだけどなぁ……俺もトレーナーとしての仕事があるから、そうも言ってられねぇんだよ」

 

あれだけの走りをしたウマ娘ならば最低でも1~2週間は集中的な休養に入る、トレーナーならばそう考える。なのでランページが一番乗りで職員室に居る事は驚いた。

 

「やっぱりネメシスの統括チーフってそんなに忙しいの、あっコーヒー淹れるけど飲む?」

「あっお願いするわ。それもなくはないんだが……今回のファイナルズとレジェンドレースの波紋が想像以上にでっかくてなぁ……」

 

URAファイナルズとレジェンドレースは全世界に配信で中継された、その結果として海外でもファイナルズとレジェンドをやるべきではないか?という動きが出始めてしまっている。それに加えて是非日本のレジェンドレースで走りたいというラブレターがトレセンに殺到してしまっているので出勤せざるを得ない状況なのである。

 

「ったく勘弁してくれよって話だよ、そもそもこんなに自由にやれたのも国内に絞ったからこそなんだぜ?それなのに海外まで対象にしたらどんだけ面倒くさい事になるか、日本に留学か移住してますって条件だけでも頑張ったんだぜ俺ちゃん……あ~もうなんか眩暈してきた……」

「想像しただけで俺は胃に穴が開きそうだよ」

「そりゃ俺のセリフだっつぅの……」

 

この数日で主治医に見て貰ったおかげで大分体が軽くはなった、が最低でも1月中は絶対に走ってはいけないと念押しをされてしまった。加えて終業後はメジロ家の屋敷で食事やマッサージによる療養が待っている。これが主治医から出されたトレーナー業務をこなす為の最低条件だった。

 

「なんか、ごめん」

「何で上ちゃんが謝んのよ」

「俺がもっとトレーナーとしてしっかり仕事が出来れば休めるのに……」

 

それを聞いて上水流が思ったのは自分の不甲斐なさ、新人トレーナー故の能力の低さや経験不足が足を引っ張っている。自分が対応出来ればワールドレコードを更新した彼女を確りと休ませることが出来るというのに……そう思っていると頭を撫でられた。

 

「何言ってんだよ、上ちゃんが責任感じる事ねぇよ。寧ろこれは俺が好き勝手やったからこその苦労なんだよ」

 

珈琲を受け取りながらもランページは笑っていた。

 

「まあ今年度のファイナルズとレジェンドについてはもうちょっとゆっくり出来るとは思ってただけどねぇ……ハァッ……」

「ンで、海外からの参戦希望は如何するの?」

「全部蹴るに決まってんでしょうか、こんなん対処しきれるかって話だ」

「ですよね~」

 

シンプルにそれが一番正しいとは思う、国際競争にまで発展すると色んな意味で問題が山積みになる。取り合えず各国が勝手にファイナルズとレジェンドを創設する事は勝手にすればいいと思っている、が態々日本に来て走るなんて事はしないで欲しい、と思った所でいい考えを思いついた。

 

「ああそうか良い事考えた、俺天才だいい解決案思い浮かんだ」

「えっマジで?」

「これURAにもやらせたろ」

「うぉおいいいいっ!!?」

 

まさかの仕事ぶん投げである。確かに今回URAは名前こそ冠させて貰っているが、実際の所は運営に関しては全く携わらせて貰っていない。殆どがランページと秋川理事長と地方トレセンが連携したに過ぎずURAは強いて言えばレース場に関するあれこれ位しか出来ていない。

 

「いやいやいや無理だろ幾ら何でも!!?」

「大丈夫大丈夫、実際問題今回の事でURA仕事しろってめっちゃ叩かれたじゃん。地方からも中央への不満もある意味で直撃した、じゃあ次は中央が頑張ってますって所を見せる番って訳」

 

素直に言えばファイナルズとレジェンドはURAにも協力して貰った方が遥かに運営は楽なのである。自分の負担を減らしつつ、URAに仕事を押し付けつつも地方との関係を強引にでも取らせて改善を嗾ける。出来なければまた自分が出張って世間から叩かれるだけ、それが嫌なら働けばいい。

 

「個人の俺が頑張ったら出来たんだから大組織のURAが出来ませんなんて道理は通らないからねぇ……ヒッヒッヒッヒッ……ハハハハハッ……!!」

「控えめに言って悪魔の所業だよ」

「違います、独裁暴君です」

「どっちにしろ性質悪いよ」

「ニャハッ☆」



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388話

「やれやれ、走れないのがこんなにも堪えるとはねぇ……ジャパンカップ後よりも来る感じだ」

 

1月を半ばを過ぎたがランページはいまだに走る事を許可されない日々をやや陰鬱に過ごしていた。トレーナー業務に専念すればいいだけの話だが、矢張りウマ娘としては走れないことは想像以上にストレスになりうるらしい。と言ってもそこは確りと自重して走らないように気を付けた毎日を送っているのだが―――

 

「なんか、まだ年始なのに随分と賑やかだなぁ」

 

冬の間は調整や春に向けての特訓期間だったりでレースへと備えたりすることが多いのに随分と職員室の中は騒がしかった。体感的には新学期辺りの賑わいがあった、そんな中でものんびりと仕事をしているランページに東条がコーヒーを差し入れる。

 

「貴方のせいでもあるんだけどね、ブラックでよかったかしら?」

「あんがとございます、後俺のせいってのはどゆことですか。ここん所は割かし大人しくしてたと思うんですけどねぇ」

「ファイナルズのせいよ」

 

あの一件で中央と地方の確執が明確に浮き彫りになった上に地方トレセンどころか一般校にも中央にも匹敵するだけの脚を持ったウマ娘がいる事が明らかになった。地方とすればオグリのような地方を盛り上げる大スターが欲しく、中央からすればそんな逸材を逃す訳にはいかない。そうなればどうなるか、地方と中央のウマ娘の奪い合いである。

 

「それで年始なのにトレセンは地方に行ったりのスカウト祭りなの、勿論スカウトする為の奨学金制度とかの整備も急ピッチで進められてる」

「あらら~俺ってば大改革しちゃったわけね」

 

元々一般校のままだった理由としては金銭的な問題だったり語学的な問題があったりと様々。それを支援するためのシステム構築を秋川理事長が中心となって勧められているのだが、それに加えてメジロ家やシンボリ家、そしてあのウラヌスまでもが手を貸したりもしている。

 

「そんな奪い合いやって、URAは地方とうまくやれんですか?」

「思いの他、地方トレセンは協力的なのよ。結局の所本人の意思が重要な所は変わりないけど」

 

奪い合いと表現こそしたが、地方勢と中央の対立関係は大幅緩和されている。ファイナルズで中央は地方どころか一般出身にすら勝つ事が出来ずに全敗を喫し、ファイナルズの初代チャンピオンに名を連ねる事が出来なかった。加えて自分がURAに海外からの仕事をぶん投げた事でURAは創設以来の繁忙状態に陥っている。なのでURA自体はスカウトしたくても出来ないので中央トレセンがそれを担っている形になっている。

 

「私も今度地方トレセンに出向く事になってるわ、スカウトとしての出向は久しぶりね」

「なんかすいませんね、仕事振っちゃったみたいで」

「気にしなくていいわよ、これでリギルに新しい風を取り込める事を考えれば大きな利益になるし地方には独自メニューもあるらしいからそれを見るチャンスでもあるのよ」

 

そう言いながら自分の席へと戻っていく東条へと手を振りながらもコーヒーを啜る。自分のやったことは決して無駄になっていないと思うと苦労した甲斐もあったという物だ、今年度の開催を求める声も既に上がっているし、今年も走るかどうかを今から考えてしまう。

 

「今から考えても意味ねぇのに何やってんだかねぇ……まずは今年の事だっつうのに」

 

そう、今年のそれらに出るよりも先に自分にはやる事がある。今年からプレアデスからデビューするウマ娘がいる、マヤヤことマヤノトップガンがトゥインクルシリーズへと出撃する。自分のチームという事で注目度は否が応でも高くなる、マヤはそこまで緊張しないタイプなのは分かっているが思わぬことで躓くことがあるのがトゥインクルシリーズ。不測の事態を予測する天性の直感というものがウマ娘とトレーナーには求められてくる。

 

「アマちゃんとドララン、ローレルの方も気にはなるが、悪いがこっち優先だな」

 

今年のクラシック及びティアラ戦線も気になると言えば気になる。何せ、クラシックにはブライアンとローレルが、ティアラにはアマゾンとドラランが争う事になる。ブライアンが三冠を取るのか、それともローレルがそれを阻むのか。史実ではマル外という制約で参戦出来なかったアマゾンがどう影響するのか、ドラランのリベンジは叶うのかと色々と気になってしまうが自分のチーム優先にさせてもらう事にする。

 

「そろそろいい頃合かな?」

 

そんな呟きを残しながらも職員室を後にする。年始ではあるがトレセン学園にはそれなりの活気があり、あちらこちらから楽しげな声が聞こえてくる。中には教室を借りて新年会をやっている生徒たちの姿もちらほらとある。そんな日常に耳を傾けながら部室へとやってくると中にそれなりに賑やかだった。

 

「やっぱりここのコーナリングが肝だと思うの」

「う~ん……完全に芝を貫いてるよねぇ……どういうパワーしてるんだろう」

「私はココデース!!ストレートのスタートのこの瞬間!!」

「あっマヤも思った!!」

「つってもよ、このホウショウツキゲの走りだって見事だろ。俺的にはこれをベースだな」

「余りやり過ぎるなよ、自分の走りを見失っては意味がない」

「お姉様の走りは……流石に無理ね」

「何やってんのよアンタら」

 

部室へと入ればそこではファイナルズやレジェンドレースの映像を見ながらもノートに何かを書き込んでいるメンバーがいた。

 

『あけましておめでとうございます』

「あけおめことよろ、ンで自主的研究会って奴か?」

「はい。実は帰省した時に皆配信を見てたので、その時思った事を交換したりしてるんです」

 

如何やらプレアデスは思っていた以上に確りしていたらしい。それぞれ日本最高峰の走りを独自に観察研究し、自分の走りにどう生かすべきか、戦った場合はどんな風にするべきかという事を討論し合っていたらしい。

 

「成程ねぇ……ンでご感想は?」

「それが……正直な所、ハイレベル過ぎて私達が取り入れられる要素がまるでなくて……」

「まっだろうな」

 

それが妥当な所だろう、将来的にものにするという意味ならば収穫もあっただろうが……だがそれを聞いて安心した。全員が焦っている様子もなく冷静に判断して今はレベルアップの時期だと理解してくれている事が。

 

「だったらお前らがする事は一歩一歩階段を登るみたいにレベルアップする事だ、ほれっステゴ、お前用の新しいシンザン鉄だ」

「うげぇっ……もうレベルアップするんのかよ」

「恨むんならお前の身体能力を恨むんだな、2.5倍だからな。それとマヤ、お前は夏前にはデビューさせる方針で固める。こっからお前を一気に仕上げていくぞ、キラキラしたいなら気合入れてけよ」

「I copy!!」

「エアエア、お前さんも来年にはデビューだ。今年からはそれを本格的に見据えたメニューをやるからな」

「はいっ!!」

「スズカ、サニー、タイキ、ドーベル。お前たちは下手に焦るな、今年いっぱいは基礎的なレベルアップに努める方針で行く」

「OKでーす!!」「「「はいっ!!」」」

「よしそれじゃあ今年もプレアデス、張り切っていきましょう!!」

『おっ~!!』



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389話

2月。漸く毎日メジロ邸に通う生活から解放されたランページ、脚のコンディションも元に戻った。これで漸く本格的にトレーナー業に復帰出来る、マヤの本格的な仕上げとネメシス全員の面倒を見る身としては走れないというのは思いの他不便だった。データを取るにも矢張り一番理解出来るのは共に走る事だから、なので定点カメラを設置したり、ドローンを飛ばして上からそれぞれの走りを観察出来るように整えた。

 

「お前、幾ら掛かった?」

「いやこれらはある種の試供品、俺の配信で宣伝とテストを兼ねる代わりにプレゼントして貰ったんだよ」

「……なぁ俺も使っていい?」

 

という訳で、トレセン学園でドローンカメラの活用が本格化したりと色んなことがあった。因みにトレセン学園は一応理事長の私有地という扱いではあるが、日本政府直々の許可証は発行して貰っているので問題はない。そんな日々を過ごしている中で南坂からあるお願いをされたのであった。

 

「カノープスをか?」

「はい、佐々田さんにもお願いしてありますがランページさんにもお声をかけておこうと思いまして」

「そりゃ構わないが、どったのよってあっそうか、ドバイか」

「はい」

 

南坂からカノープスの事をお願いされた。それはターボと共にドバイへ海外遠征を行う為である。流石に自分のようにスーちゃんが同行するという事は出来ない、というかスーちゃんだって自分が行くからこそ行く気になってくれたようなもんなので普通はこうなる。

 

「ターボさんも相当に張り切ってますし、早い内に現地入りして馴らしておくにいいと思いまして」

「それは同感だな。俺も一月近くは向こうに居たからな、初めての海外だし」

 

南坂ではなく代理を立てる事も考えなくもなかったのだが、ターボは臆病な所があるので見知らぬ土地でたった一人というのは精神衛生宜しくない。なので南坂が同伴する事になった。

 

「まあ話は分かった、佐々田ちゃんだって腕は悪くないし俺以外にもカバー頼んでんだろ?だったら大丈夫だろ、ンでどれに出るだ?」

「ドバイターフです」

「芝の1800だっけか」

 

ターボが出走するのはドバイワールドカップミーティングの一角、G1レース、ドバイターフ。芝1800のレースなのでターボとしても距離の心配は考慮しなくてはいい、問題は日本との芝の違いと初の海外という事で緊張しないか否か。

 

「実はそちらの方はあまり心配していないんです、精神的にはターボさんは出来上がっていますから」

「そうなのか?」

「ええ、先日の香港ゴールドカップはご覧になりましたか?」

「見たけど、ああ成程……シルバーに触発されたって事ね」

 

自分だけではなくターボともしのぎを削り合った間柄であるシルバーストーン、彼女は先日に香港で行われたG1レースの香港ゴールドCに出走し見事に一着で制覇。同じ大逃げウマ娘としてライバル視している彼女の活躍にターボも奮起している。

 

「にしても俺じゃなくていいのか、俺が一緒に行っても良いんだぜ?代わりに南ちゃんがプレアデス見てくれれば」

「ターボさんが私に一緒に行って欲しいと」

「ターボがぁ?」

 

『ターボと一緒にドバイ行ってくれないかなトレーナー』

『私、ですか。ランページさんにお願いする筈ではなかったのですか?』

『……何時までもランに甘えてたらターボはターボのまま、ドバイはターボの力で勝ちたい!!ターボは、ランともう一度戦いたい。だからそんな自分を作りたい、レジェンドレースで戦うために!!』

 

何とも意地らしい言葉だ、ターボは確かに自分の弟子でよく自分を頼ってくる。それはターボ自身がランページを目標としているから、だがこのままではいけないとターボは自分で思ったのだろう。何時までもランページの弟子のツインターボのままでしかない。今、殻を破ろうとしている。

 

「全く、背伸びした事言いやがって……」

 

何時までも手の掛かる妹のような存在だったターボがまさかそんな事を言ってくれるとは……何だか嬉しくなって来てしまうじゃないか。それならば望むようにさせてやるのが師としての役目だろう、まあ師として何かをやった覚えなんてあんまりない訳だが……。

 

「んじゃまあ南ちゃん、ターボの事頼むぜ」

「言われるまでもありませんよ、そもそも私の担当何ですから」

「そりゃそうだ―――勝って来いよ」

「はい」

 

 

「じゃあラン、ターボ行ってくる!!」

「応。ちゃんと勝って来いよターボ、カノープスの海外戦線二人目はお前だ」

「任せろ~!!」

 

普段と変わらぬ元気さでターボは意気揚々とドバイへと向かって行った。そんな間でも自分は変わらぬ毎日を貫き通していた、カノープスの面倒で久しぶりに後輩たちと走ったりと何処か昔に戻ったかのような感覚を味わったりもした。時折ターボから進捗状況の報告が来て、ドバイの芝にも早めに慣れることが出来たという話が着たりと順調そのものだった。そして―――

 

『先頭はツインターボ!!日本のツインターボが爆走だ、ターボエンジンは本日も全力全開で稼働中!!日本のツインターボ逃げ切れるかここで世界の強豪たちが一気に上がってくるぞ!!』

 

「いけぇターボ!!!」

「あと少し、頑張れ~!!」

「ターボさ~ん!!」

「先輩頑張れぇ!!!」

「タイマンだぁ!!いっけぇ~!!」

「先輩あと少し~!!」

 

ドバイワールドカップミーティングの当日にはカノープスの全員で大応援会が催された。既に夜だが最早絶叫のような応援の叫びが木霊する。

 

『此処で一気に来たぞ!!ツインターボもう厳しいか!?安全マージンももうないぞ!!』

 

「ターボ、なんか走りがいつもより悪い!?」

「海外の環境に適応しきれてねぇ、マズいな……」

 

最後のコーナーを曲がって直線に入るが、もう後方との差は殆ど無い。もう限界か、だがその時に全員が見えた。直線に入る瞬間にターボの表情が見えた、笑っていたのだ。心の底から楽しそうに、厳しいレースの状況を嬉しそうに。

 

 

―――これが本当の……ターボの、ドッカンッターボだぁぁぁぁ!!!

 

 

聞こえて来た、確かに聞こえて来た。ターボの声が!!

 

『きっ来た来た来た来たァ!!ツインターボのドッカンターボが火を噴いたぁ!!半バ身程しかなかったリードが一気に開いていく!!マドックスも懸命に追うが差が縮まらない!!ゼルカセットも猛烈な勢いで追い込みがこれは届かない届かせない!日本のツインターボ、爆速エンジンのツインターボが今っぶっちぎりで今ッゴール!!!ツインターボ、ツインターボォォォ!!!なんと2着のゼルカセットに6バ身を付けてドバイターフを圧勝ぉぉぉ!!!カノープスがまたやりました、メジロランページに続いて日本のウマ娘がドバイの舞台で堂々の大逃げ切り勝利ぃぃぃっ!!!』

 

「いいやったぁぁぁぁ!!!」

「ターボが、ターボが本当に勝ったぁぁぁ!!!」

「お姉様ターボさん勝ったよ!!」

「あいつ、ほんとにっ……やりやがった!!」

 

勝利を信じていたが、いざこれだけの勝利を見せられると滾ってしまうものがある。あのターボがドバイワールドカップミーティングの一角を制覇したのだから。

 

『ラ~ン!!イクノ、ネイチャ、マチタン、ライスにチケット、アマゾン、ローレルにドララ~ン!!見てるか~ターボ勝ったよぉ!!!』



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390話

ドバイターフでターボが勝利を飾り、日本では海外遠征の話がますます本格化していく。今年はターボだけではなくフローラやテイオーと言った有力ウマ娘が既に海外遠征を表明している為、更なる期待が高まっている。そして季節は巡り―――新年度、今年も新しい息吹がトレセン学園へと吹き込む。将来を有望視されるウマ娘達、一体どんな活躍をしてくれるのかと期待が持たれる。

 

「う~ん……」

「どったのよ、お前さんがそんな風に唸るなんて珍しいな」

 

職員室で仕事に勤しんでいるランページに沖野が声を掛けた。今日も今日とて一番の働き者であるウマ娘トレーナーランページは記念すべき2年目を迎えるというのに如何にも困ったような顔をしている。

 

「いやさぁっ今年からは随分と海外からの入学者が多くてさ、俺にも翻訳のお鉢が回ってきちまってさ」

「あ~……そう言えばお前さんマルチリンガルだったな」

 

海外から日本にやって来てくれるのはトゥインクルシリーズの活性化としても有難い事ではあるが、語学問題というのはかなり深刻な物。実際ファイナルズでは語学問題を解決しきれずにトレセン入学を断念するケースも多かった。

 

「という訳でそっち系に明るいトレーナーのチームに一時的に在籍させながら、授業の補完とかを依頼するって形式になったって訳」

「おいおいおいお前其れ大丈夫なのか?今ですらチームを二つ纏める立場なのに」

「いや別に問題はない、寧ろファイナルズ云々が無くなって余裕あるから」

「相変わらず大変優秀な新人で可愛げがねぇな……」

「ンな事言ってる暇あったらアンタはローマンとかブリザードの相手を確りした方が良いだろ、なんせ相手は南ちゃんなんだからよ」

「それを言うなよ……マジで頭痛いんだからさ」

 

スピカに在籍しているオグリローマン、彼女はティアラ路線を想定しているのがその一番のライバルがカノープスのアマゾンとドラランなのである。確か史実ではローマンが桜花賞を取った筈だが、この世界ではアマゾンはガッツリティアラ路線に出るしドラランもいる。かといってクラシックはクラシックでブライアンという悪夢まである。今年のクラシッククラスは本当に魔境と言っても差し支えない。

 

「まあ俺は今年からデビューのマヤだし、頭痛めるのは来年からだからどうでもいいけどな」

「お前なら……ならクラシックでシニアレースに出るなら覚悟しとけよ」

「大統領とかと戦うよりマシだろ」

「お前のレスバ強すぎるから現役時代のそれら禁止カードにしてくれ」

 

まあ兎も角、プレアデスでも数人の海外ウマ娘を預かる事になっている。この試みは今年からだが、理事長にファイナルズでの事を話したらこんな制度が出来てしまって自分の首を絞めてしまった感がある。

 

「さてと、それじゃあ俺が預かるウマ娘に挨拶でもしてくるか」

「応、俺は英語しか出来ないけど一人預かる事になってるけどな」

「少しは勉強しろよ、アンタのはジャパニーズイングリッシュ過ぎて聞きづらいったらねぇよ」

「るっせぇよ」

 

そんなやり取りをしながらも職員室を後にする、正直な事を言えば一体どんなウマ娘が来るのかと少しだけワクワクしている自分がいる。何故ならば史実的に考えれば入ってくる新入生は98世代、黄金世代とも言うべき最強世代の年だ。代表的なマル外に絞ってもエルコンドルパサーにグラスワンダー、アグネスワールドにマイネルラヴとこれだけの充実っぷり。

 

「一体誰になるのやら……」

 

とそんな風に思っていた自分を殴りたくなった。待ち合わせ場所に行ってみれば自分が預かる事になっていた、そこには見覚えのあるウマ娘ともう一人、マスクを着けていたウマ娘がいた。そう来たかぁ……と内心で溜息を吐いた。

 

「あっ来たわっ!!ランページさ~ん!!」

「ホ、ホントウにメジロランページさんデース!!?ホ、ホントウに知り合い、だたデスカ!?」

「フフンッ言ったでしょう、このキングヘイローは入学前からランページさんのチームに入る事が決まっていたって!!」

「凄いデース!!」

 

何やら元気なやり取りをしている一方は学園祭で知り合ったキングヘイロー、宣言通りにトレセン学園にやって来たという事だろう。

 

「よっキング、プレアデスに入りでも来たか」

「勿論よ。お母様を越える為に貴方のチームに入るつもりよ!!」

「そりゃ結構な事だ、ンでお隣さんが海外から来た子だよな、なして一緒なんだ?」

「まだ日本語に慣れてないみたいでね、私は英語とかその辺りはペラペラだから先生にサポートを頼まれたのよ」

「ほ~う流石だな」

 

早くも教師からの評価が高い辺りは流石良血のお嬢様と言った所だろうか。実際能力は凄く高いのがキングヘイローだし……そしてこの子が自分が面倒を見る事になる海外ウマ娘。

 

「は、はっはじめまして私は、エ、エ、エル、エルコンドルパサーデース!!ほ、ホンジツはお日柄も良く?」

「落ち着きなさいエルさん、よろしくお願いいたしますでいいのよ」

「よっ宜しくお願いシマース!!」

「ハハッ元気があって宜しい」

 

エルコンドルパサー。最強馬と未だに推す者も多い競走馬。NHKマイルカップを制覇し、毎日王冠でサイレンススズカに敗れるまでは無敗を誇った程。そしてこの馬の一番の活躍と言えば海外遠征。長期のフランス遠征を敢行しイスパーン賞、サンクルー大賞、フォワ賞へと出走し、2勝1敗。そしてそのまま凱旋門制覇を目指したが、モンジューに敗れてしまい惜しくも2着となったが最も凱旋門制覇に近かった日本調教馬と言われ、年度代表馬を受賞した。

 

「まあ取り合えずようこそトレセン学園へ、暫くは俺のチームプレアデスに仮所属して貰いながら授業とかの補完とかの面倒を見る事になる。その気があるならプレアデスにそのまま所属してくれてもいいけどな」

「私、ラッランページさんのBCクラシックを見てました!!アメリカで!!」

「おやそうなのか」

「ハイッ!!それで、ニホンには行きたい、思ってたデース!!」

 

そう言われると何とも恥ずかしくなってくるな。と思っているキングからある事が教えられる。

 

「他にもランページさんに憧れて来たって子いたわよ、確かグラスワンダーさんにアグネスワールドさんって言ったかしら?グラスさんがリギルでワールドさんがスピカでお世話になるって聞いたわ」

「へ~」

 

成程、そういう事になるのか……そう言えばアニメだとエルは最初からリギルの所属ではなくて入部テストを受けて入っていたな、と思い返す。

 

「兎も角あんまり緊張はしなくていいからな、別に日本語面倒なら俺が英語で喋ればいいだけだしウチにもアメリカから来てる奴はいるから居心地は悪くないと思うから気楽にな」

「ハッハイ!」

「ンでキング、お前さんはプレアデスに入部希望って事でいいのか?」

「勿論よ。私の目標はお母様を越えるウマ娘になる事、つまり―――全距離G1制覇なんだから!!」

「キ、キングそれ挨拶でも言ってたデスけど、本気だタデス!?」

 

まさかあの目標を声高に教室で宣言したという事なのだろうか、それはそれで―――

 

「勿論本気よ、目標は高ければ高い程やりがいと意味があるのよ!!それに私にはランページさんというトレーナーがいるのだから、そこを目指して駆け出すだけよ!!」

 

……如何やらマジだったらしい。発破を掛けたのは確かに自分ではあるが、此処までやる気を出すのは予想外だった。だがまあそれを導くのもトレーナーの仕事なのだから覚悟して取り組むとしよう。

 

「やれやれ、本気でやる気ならメニューは組むぜ。エルちゃんはなんか目標あるかい?」

「わ、私デスカ!?わ、私は、その……せっ世界最強のウマ娘になる事、デース!!」

「それってつまり」

「そう、ランページさんよりも強くなる事、デース!……い、言っちゃい、マシタ……」

 

最初こそ自信満々だったのにだんだんと声は小さくなっていった。あの陽気で元気いっぱいなエルコンドルパサーにこんな可愛らしい時期があったとは……思わず笑ってしまった。

 

「はぅ……やっぱり、ヤッパリ……ルチャ、でしょうか……?」

「それを言うなら無茶だと思うのだけど……」

「いやいや笑って悪い、いやなプレアデスにもいるんだよ俺よりも速くなるって宣言したウマ娘がさ、それに被っちまってつい笑っちまった」

「ケ!?ランページさんよりも速く!?」

「良いじゃねぇか、キングも言ってたみたいに目標は大きければ目指す意味があるからな。なっちまえなっちまえ、俺よりも強くな」

 

笑いながらエルの頭を撫でてあげると先程まで気弱そうな表情だった顔は明るくなっていく。

 

「さてとお嬢さん方、プレアデスにご案内するがどうでしょうか?」

「フフンッ是非お願いするわ!!先輩方にもあいさつしないとね!!」

「エルも、行くデース!!」

「よっしゃ元気出していこう」

 

二人を連れてプレアデスに向かう間にランページはそう言えばとある事を思った。

 

「(そう言えばスペってどうなんだろう、アニメだと転入したんだよな……つう事は今年はまだいないのかな?)」




という訳で黄金世代が本格的にエントリーだ!!


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391話

「ほれほれっステゴ脚が上がってねぇぞ!!新入生の手前だ、カッコつけねぇと噂になるぞ」

「っそがぁ……!!負けるかぁ!!」

「スズカとサニーは1000mラン、但しラストの直線は出せる全力でだ!!」

「はいっ!よ~し負けないからねスズカ!」

「私だって負けないから」

 

「これが、プレアデス……」

「凄い、カッキ?デース……」

 

プレアデスへと案内されたキングとエル、改めて本当のトレセン学園の姿を見たような気分になって圧倒される。と言ってもプレアデスはまだまだ若いチームなので空気としては柔らかい方、リギルなんてこれの数倍は熱が入っているので新入生からしたら凄い面食らってしまうかもしれない。

 

「タイキ、エアエア、ドーベルは坂路。無理はするなよ、上ちゃんの言う事ちゃんと聞くんだぞ」

「OKでーす!!」

「分かりました」

「はいっ!!」

「任せといて」

 

「ンで、マヤヤは少し休んだら1600だ」

「はーい!!」

 

テキパキと指示を飛ばしていくランページの姿も初めて見る為か少しだけ呆然としてしまっている。

 

「ようこそプレアデスへっつってもまだ設立2年目のルーキーチームだけどな」

「き、聞いてはいたけどランページさんまだ2年目なのにもうチーム持ってるのね」

「理事長からの要請でもあってな、有能なトレーナーには出来るだけでチームを持って欲しいってね。因みに今年から初のデビュー者が出てな、それがこのマヤだ」

「マヤはね、マヤノトップガンって言うの!!今年、プレアデスのスーパールーキーとしてデビューするの!!」

 

ランページの腕を取りながら元気いっぱいに挨拶をするマヤ、マヤの元気に押されているのかキングとエルは少し戸惑っているように見える―――

 

「キ、キングヘイローです、よ、宜しくお願いしますマヤノトップガン……先輩」

「エルコンドルパサーデース。えっと、セ、先輩宜しく、お願いシマース」

「先輩なんてつけてなくていいよ、同じプレアデスのチームメイトなんだから、マヤって呼んでね☆」

 

ではなく、如何見ても自分達よりも年下っぽい幼いウマ娘が先輩だったことに戸惑っているらしい。まあマヤは見た目と精神のバランスが完全と言ってもいいので先輩として接するのが難しいの分からなくもない。

 

「んじゃまあプレアデスの基本的な方針を教えておこう。プレアデスは元々俺が所属していたカノープスの指導方針を引き継ぐスタンスを取っている。カノープスの基本方針は基礎を徹底する事と怪我をしない事だ、この二つを基本にしつつ俺なりのアレンジを加えて行ってるって感じだ」

「基礎を大切に……成程、当たり前な事だけどやっぱり大事な事よね」

「ムムムッパパとママも言ってました、土台が一番大事、そうしないとテクニックは積めないと」

「その通りだ。基本的に基礎能力が確りしてれば技術の覚えも早くなるし、同じ技術を使ったとしても基礎能力が高い方がその威力も大きい―――まあ世の中にはウチのマヤみたいに超天才気質で一発で応用をマスターしちまうのもいるけどな」

「えへへっ~ランページさん褒めるの上手~♪マヤ照れちゃう~」

 

まるで姉と妹のような距離感の二人、普通トレーナーと担当ウマ娘の関係はここまで密接ではない。矢張り同じウマ娘だから接し易かったりするのだろうか。

 

「それじゃあマヤ1600走るね~目を離したら、いやだからね~」

「分かってるよ」

「それじゃあ行ってきま~す!!」

 

そう言いながらターフへと乗り込んで駆けだしていくマヤ、先程の幼げで柔らかい雰囲気が一転、颯爽とターフを駆ける風となりながらも力強く疾駆し始めた姿に二人は驚いた。

 

「何あの速さ!?本当にデビュー前なの!?」

「凄い、デース……」

「やれやれ、こんなにも早く雛形が出来上がっちまうと俺の立つ瀬がねぇんだけどなぁ」

 

ターフを駆けるマヤ、その走りは全身を完全に使いこなした物。まだまだ上半身と下半身の同調が甘い部分こそあるが既に物にし始めている、これだから天才は……と言いたくなるがこれはこれで更に育てたくなるのがトレーナーという生き物なのだ。

 

「あの走り方をやりたいなら教えてやってもいいぜ、多分二人にもできるからな」

「ホ、ホントウにホントウデスカ!?」

「ホントホントお姉さん嘘つかない」

「あの走りを……」

 

二人の目に輝きと炎が灯った、才ある者でないと出来ないとモンスニーは言っていたがこの二人に才がないなんて事は絶対に無いだろう。望みであるのであれば教えてあげるだけの事。仮にそうなったら二人は一体どれだけ強くなってしまうのだろうか……夢があるような考えたくないような複雑な気分だ。

 

「あ、あのっ私、セイセキにプレアデスに入りたいデース!」

「成績?」

「正式かしら」

「あっそ、ソレです!!正式に、入りたいデス!!」

 

真っ直ぐと此方を見据えるようにしながらも入部希望を出してきた。素直な事を言えば彼女は如何しても欲しい、能力という事もあるが―――それ以上に、彼女と共に凱旋門制覇したいという気持ちがある。史実ではモンジューに敗れて2着に終わったが、この世界で彼女に世界一の景色を見せてあげたい。

 

「別に無理に此処じゃなくてもいいんだぜ、あくまで君を此処で預かるのは一時的な事で自分で好きなチームを決めていい。リギルにスピカ、カノープスという道もある。だが君はプレアデスを選ぶ―――それに、後悔はないか」

「ありません!!エルは、エルは―――ランページさんよりも強い世界最強のウマ娘になりまーす!!!」

 

先程のか細い声とは打って変わってレース場全体に響くような力強い声で答えた。思わず走っていた全員がそちらを見てしまう程に大きな声、キングも驚いてしまっていたが直ぐにその表情はよく言ったわ、と言いたげな笑みに染まっていった。そしてそれはランページも同じ。

 

「良い啖呵だ。なら俺を越えてみろ、俺から教わる全てを自分の物にして俺より強くなって見せろ、俺から世界最強の称号を奪って見せな!」

「やってやりマース!!なんだったら最速にもなりマース!!」

「それはダメ」

「「ウヒャッ!!?」」

 

突然背後から聞こえてきた声に吃驚したキングとエルは自分を盾にするようにしながら隠れる、何事かと思ったら走り終わったスズカがそこにいた。

 

「な、何デースカ……?」

「ランページさんよりも先の景色を見るのは私だから。世界最速には、私がなる」

「こ、これはまさか―――ライバルという奴デース!?でもエルは負けません、同じチームの先輩、とはいえエルは負けませーん!!」

「先頭の景色は絶対に譲らないわ」

 

何やらスズカとエルの間に生まれてしまったライバルのような関係性、これはあれだろうか、史実の毎日王冠繋がりだろうか。まあやる気があるのは良い事だ。そんな事を思っているとキングが何かを見つけたのか声を上げる。

 

「あらっ?」

「どったよキング」

「いえ、あれってもしかしてサンデーさんかしら……ってなんで誰かを抱えてるのかしら?」

「ハァッ?」

 

何を言っているんだと思って同じ方向に目を向けるのだが……そちらには確かに一人のウマ娘を肩に担いでいるサンデーの姿があった。

 

「ええっ~なして私、こんなことになってるの~!?」

「まあ細かい事気にすんな、お前気に入ったから俺が鍛えてやるよ」

「ええええっ~!?トレセン学園ってこんな事もあるの~?!お母ちゃんどうしよう~!!?」

 

「マジでどういう状況だあれ」

 

ランページの言葉に答えてくれる者はいなかった。



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392話

「おい、何だ誘拐犯にでもジョブチェンジか?普段から口調は荒いガサツだと思ってたけど、元居た所に返してきなさい」

「応随分な言い草だなおい、こいつは俺がスカウトしてきたんだよ」

「それ、トレセンの中でだよな。外でそれやらかしたわけじゃねえよな、運命どころか法律に噛みついてねぇだろうな?」

 

取り合えず抱えているウマ娘を下ろすように言いつつ話を聞く、スカウトしてきたというがその実は攫ってきたような姿だ。というかウマ娘を肩に抱えているのだからもう絵面が完全に攫ってきました感が凄い。

 

「ちゃんとトレセンの中に決まってんだろ、そこいらをウロチョロしてて迷ってたっぽいからここまで連れて来てやったのよ」

「だったらもうちょっとやりようってもんがあるでしょうが……ンで君はレース場に来たかったでいいのか?」

「えっあっはい!!学園の中を見て見ようと思って、そうしたらチームの練習が見れるって聞いたので探してたら迷っちゃったみたいで……それで困ってたらこんなことに……」

「普通は想像せんよな……まあいい、取り合えず下ろしたれや」

「え~い」

 

という訳で漸く下ろして貰ったウマ娘は助かったぁ……と言わんばかりに深い息を吐いた。ネメシスの指導教官がこんな事してたのだから、これも統括チーフである自分の責任になるのかなぁ……と新学期早々に後でたづなさん辺りに謝りに行かなければ……とブルーになりつつも一先ずは少女のケアを始める事にした。

 

「あ~一先ず、察するに新入生か。トレセンに入って早々に災難だったな……」

「い、いえっ来たい所に来れましたから結果オーライです」

「頭と気持ちの切り替えも悪くないな、ますます気に入った」

「はいサンデーストップ、取り合えず名前を聞いてからだな……」

 

まあ何というか、声と流星を見る限りあのウマ娘である事は確実なのだが……と思っているとキングとエルが此方にやって来て顔を見ると声を上げる。

 

「誰かと思ったらスペシャルウィークさんじゃない」

「スペちゃんデース、一体ドウしたらああナルデスカ?」

「それは私の方が聞きたいです……ってキングちゃんにエルちゃん?!どうして此処に!?」

 

それを聞いてああ、やっぱりこの子だったか……と溜息を吐きそうになる。

 

スペシャルウィーク。黄金世代と称される98世代の一角であり、あのレジェンド騎手たる武豊に初のダービー制覇をプレゼントした名馬。ジャパンカップでは凱旋門でエルコンドルパサーを破っての制覇を成し遂げた世界最強馬とさえ言われたモンジューに日本総大将として挑み、見事にジャパンカップを制した。同世代のライバル達とも激しく競った事でも有名で特にグラスワンダーとの有馬記念は語り継がれる程。

 

「ほらっ私はエルさんの付き添いよ、日本語が不慣れなウマ娘はチーム預かりになって授業の補完を受ける事になってるでしょ。私は英語とか大丈夫だし、まあ、このキングは元々チームに誘われていたのだけどっ!!」

「へっ~やっぱりキングちゃんって凄いんだ!!ってそう言えばエルちゃんがお世話になるチームって……」

「フフンッあのプレアデス、デース!!」

「プレアデスってあのメジロランページさんの!?ってもしかして……」

 

ゆっくりと此方を向くとスペは尻尾を大きく立てながら、声を張り上げた。

 

「あのメジロランページさん!!?えええっ私、いきなり凄い人に会っちゃったぁっ!!?」

「い、今更過ぎるわよ貴方!?」

「気づくの遅いデース!?」

 

まあ唐突にこういう事があっても正常に処理が出来る訳がないというのは分かる、自分だって勝利を祝われたと思ってお礼を言ったら大統領だったときは流石に反応が遅れたし。と思っているとスペは姿勢を正すようにしながらも尻尾を揺れ動かしながら此方をキラキラとした目で見つめて来た。

 

「あ、あの私っ北海道で何時もランページさんのレースの中継見てました!!特に一番好きなのは有記念でお母ちゃんと一緒になって凄い熱くなってました!!」

「確かスペちゃん、それでニンジン持って応援してたらニンジンすっぽ抜けて頭に落ちてきたって言ってマシター!!」

「え、エルちゃん!!?」

「名前を覚えて貰う、インパクト!!」

「エルさん、抱えられてた時点でインパクトの塊みたいな感じよ」

 

矢張り同期故に3人の仲はいいらしい。この分だとセイウンスカイやグラスワンダーとも仲がいいのだろうか、そしてアニメの回想で見ていたレースが自分のレースだったのか……。

 

「ンでサンデーはこのスぺちゃんに見込みがあってスカウトしたって事か?」

「応よ、何か分からねぇが運命的な何かを感じてな、こいつを育てたくなってな」

 

運命的な何かとは随分とあれな表現だが、そう言えば史実ではスペシャルウィークの父はサンデーサイレンスだった、そういった意味での運命的な何かなのかかもしれない。

 

「つってもよ、アンタトレーナー資格なんてあったか?」

「ある訳ねぇだろ」

「だと思ったわ……ンでどうするんだ」

「お前のチームで預かってくれ、ンで俺が育てる」

「おいおいおい、自分で発掘しといてそれか」

「良いだろ便宜上の処置って奴だ」

 

まあ確かにチームを持っている自分ならば色んな意味で適任ではあるとは思うが……かと言っても断る文句も思い浮かばないし、形式上という意味でなら引き受けても良いか……なんというか黄金世代の三人を独占するというのは背徳感がしなくはないが。

 

「やれやれ、結局それで書類とかやるの俺じゃねえかよ」

「分かってるな」

「はぁ……結局は本人の意思だぜ、強制するなんて俺はしない―――

 

「ええっ!?キングちゃんとエルちゃん、ランページさんのチームに入るの!?いいなぁ~私も入りたい!!」

「それなら入りまショー!!ランページさんなら、きっとブエナ!!って言ってくれマース!!」

「その気があるならきっと歓迎してくれるわよ」

「よ~しけっぱるべ~!!」

 

「だとよ」

「はぁぁぁぁぁっ……」

 

自分のチームメンバーでありながら自分のチームの敵とも言える、何とも複雑な立ち位置になるそうな気もする……なんだかリギルの事を言えなくなってきたような気がしてきた。

 

「スペちゃんよ、お前さんプレアデスに入る気はあるかい?今ならアメリカで有名だったウマ娘、サンデーサイレンスの教導も付いてくるぜ」

「私、入りたいです!!私、日本一のウマ娘になるってお母ちゃんと約束したんです!!」

「おおっ日本一デスか、なら私の勝ちデース!!私、世界最強のウマ娘になりマース!!」

「ふふっ世界最強に世界最速、日本一を目指すウマ娘が集うなんて、ランページさんのチームに相応しいわね」

「やれやれ……こりゃまた、忙しくなるな」

 

結局、新学期早々にプレアデスは3名の新メンバーを迎える事になったのであった。

 

「南ちゃんも新しいメンバー迎えたのか」

「ええ、ツルマルツヨシさんという方を迎えました。少し身体が弱い方ですのでじっくりとやっていきます」

「リギルはグラスワンダーをそのまま迎えるつもりよ。あの子は中々の物よ」

「ふふん、スピカだってセイウンスカイってウマ娘をゲットしたぜ、ちょっとサボり癖あるけどあの脚は中々の物だったぜ?それにアグネスワールドもそのまま加入予定だ」

「あ~うん、あんま気にしなくてもよかったかもな」




という訳で、スペちゃんは中等部からトレセン学園に来たという事にしました。

転入も考えましたが、今作は色々と強化要素が目立つので置いてけぼりを防ぐためでもあります。それなしで張り合うとスぺちゃんのお母さん、何者なんだよって事になりかねないので。元トレーナーだったりしたのだろうか……。


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393話

プレアデスが想像以上に凄い事になってきたことに頭痛を覚えて来たランページ、だがアニメのリギルはこれ以上にやばかったと自分に言い聞かせるようにしながら仕事に励む。

 

「こらマヤワザとスピード落とさない!!」

「ワザとじゃないもん~!!」

「ほ~う?ステゴ、今がチャンスだぞ甘く見てるマヤぶちぬけぇ!!」

「やってやらぁ!!」

「うわぁっそりゃ卑怯だよぉ!!?」

 

スタミナを回復させる為に身体の動かし方を学習しているのか、ギアを切り替える時に落とす速度、それを意図的にやってより多くのスタミナを回復させるマヤだがまた教えても居ないやり方を自分に言わずにやったのでそのお仕置きも踏まえて後方のステゴにぶち抜き許可を出す。流石シンザン鉄で順調に強化されているステゴ、デビュー前のマヤにどんどんと迫っていく、対するマヤはギアを上げて一気に逃げ切ろうとする。

 

「も~ランページさんの鬼ぃ!!」

「待てやァ!!」

「やっだも~ん!!」

 

口ではあんな風にいながらも疾走するマヤとステゴ、流石に力の差というのは如実にあるがステゴの伸びは中々の物。デビューしたら逆にどうなるんだろうか……というか一つ忘れていたことがあった。

 

「スズカ、お前どっち行きたい?」

「どっちとは?」

「後お前、少しは抑える事覚えてやれや」

 

いい汗を流して爽やかな雰囲気なスズカの背後には倒れている新入部員こと、キングヘイロー、エルコンドルパサー、スペシャルウィークの三人がいた。スズカにはランニングの付き添いを頼んだのだが……如何やら悪癖が出たらしい。

 

「は、速過ぎるわ……」

「ツ、ツイテ行く、だけで……」

「迷子になるかと……」

 

「あっ……えっと、ごめんなさいね三人とも。今、ジュース持ってくるから」

 

前にも注意して少しは矯正出来たかと思ったが、矢張りスズカの先頭の景色を見たい云々は簡単には無理だという事が分かる。走っているうちに楽しくなってきてしまったスズカに着いて行くだけでも凄い事。流石は黄金世代だ。スズカが持ってきた水分補給用のジュースを飲む三人を見ながら改めてスズカは聞き直してきた。

 

「それでどっちとは?」

「クラシック路線かティアラ路線かって事さ」

 

史実では一応クラシック路線だった筈、皐月賞には出ていなかったダービーには出走した筈。トレーナーとしてスズカは長距離には不向き、競馬ファンの間でもスズカは2000から2200の間だけをずっと走らせるのが一番だという意見もある程。

 

「私は……ただ先頭の景色を見たいですから。でもランページさんが見た事のない景色には興味あります」

「ほぅ?」

「それにサニーと約束してるんです、一緒に大逃げ勝負しようねって」

 

大逃げ勝負とは、普通に聞けばなんと大博打の対決何だと思ってしまうが現役時代にターボとやったりもしたから何も言えなくなる。となるとクラシック路線を想定しておくと考えていいだろう。そうなると長距離適応メニューを考えなくてはいけないが……年単位で取り組まないとスズカに菊花賞は厳しそうな気もするが、その辺りはスズカの成長を見ながら考えるとしよう。

 

「ぷはぁっ……ニンジンジュースが身体に染みるわぁ……」

「カラカラ、ノド、オアシスゥゥ……」

「このジュース美味しいですね……!!」

 

ジュースを飲んで少しは元気になってきているようだが、流石にまだまだ疲労が残っている三人を指さしながらスズカを見る。

 

「俺が一緒の時はマジになってもいいけど、せめて後輩の時は加減してあげなさいや」

「ハイ……気を付けます……」

「なら宜しい」

 

軽く頭を撫でておく、こうするとスズカは途端に機嫌がよくなる。スズカの指導では飴を上手く与えて制御する事を念頭に置いている、与えすぎるのも問題なので匙加減が難しいが南坂に相談しながら色々と工夫しているつもりでいる。

 

「あっそうだ、エアエアにドーベルちょっち来てくれ」

「「はっはい!!」」

 

ミニハードルを使っての100mダッシュをしていた二人を呼ぶ。何事かと焦ったように急いでくるのだが、別にそういう意味ではなかったのだが……

 

「な、何か問題がありましたか!?」

「ああ違う違う、いい時間だと思ってな」

「時間、ですか?」

「応―――元チームの応援といこうや」

 

 

『さあ600を通過!!先頭はサードコースが先頭、サードコースが先頭です!!このまま逃げ切れるのか!!』

 

桜花賞、クラシック路線よりも早いティアラ路線の初戦。『メジロランページ』としての初戦であった、思い入れの深いレースにカノープスからは二人出走している。

 

『さあ直線に入ったところで一気に、一気に大外からヒシアマゾンが来たぁ!!ジュベナイルフィリーズを制したウマ娘は桜花賞を連続して制するのか!?他のウマ娘を圧倒して上がってくるが、此処で同じく並び掛けてくるウマ娘がいるぞ!!オグリ、オグリローマンだ!!オグリローマンが突っ込んできたぁ!!』

 

「負けるかぁ!!」

「へっいい根性してるじゃないかい、タイマンだぁ!!!」

 

スピカのオグリローマンが一気に上がってくる、アマゾンに匹敵するほどの末脚で共に上がっていく。だが一対一の戦いであればある程に燃え上がるのがアマゾン、競り駆けてくる圧を燃料に変えて更に邁進する。このままこの二人の勝負だと思われたが―――最ウチから上がってくるウマ娘がいた。

 

『さ、最ウチの、最も狭い所から飛び出してくるウマ娘がいるぞ!!ドラグーンランスドラグーンランスです!!ドラグーンランスが一気に上がってきた!!今年のティアラ路線はこの三人の激突か!?あのメジロランページ世代を思わせるような三人の対決だ!!さあヒシアマゾンが抜け出すか、それともオグリローマンが押し通るか、ドラグーンランスが貫き通すか!?』

 

「タイマンッだぁぁぁぁ!!」

「オグリさんみたいに、私だってぇぇぇ!!!」

「今度こそ、今度こそぉぉぉぉっ!!!!」

 

ほぼほぼ、三人の身体が重なったまま、拮抗したまま三人の影がゴール板を通り抜けていった。一体誰が勝ったのか、駆け抜けた三人は全身で息をしながらゆっくりと立ち止まった。そして判定の文字が浮かび上がったのを見ると静かにその結果が出るのを待った。

 

「ドララン、アンタその腕……」

「ああ。無理矢理ウチのギリギリを走ったから、擦っちゃったみたい」

 

アマゾンの指摘を受けて腕を見て気付いたのかドラランは頭をかいた。赤くなり血が滲んでいる腕、如何しても負けたくなくて無理をし過ぎた結果だ。だけどドラランに悔いはない。

 

「ローマンちゃんも凄かったよ、アマちゃんに負けない位の末脚じゃん」

「いっぱい練習したから……後ろからタイシン先輩とテイオー先輩とかに追い付く練習を」

「うわっなんだいその練習ってカノープスが言えた義理じゃないけどねぇ」

「アハハッ確かに」

 

レースはまだ完全に結果が出たわけでもないのに、そこには和やかな空気があった。誰が勝っても負けても恨みっこなし、誰が勝っても称賛し今度は負けないと誓う、それこそが正しいあり方だ。そんな中で遂に決着が出た、誰が勝ったんだ……と見た時、そこにあったのは―――

 

『クビ差、クビ差で―――ドラグーンランス!!ドラグーンランス一着、桜のティアラを手にしたのはドラグーンランス!!二着にオグリローマン、三着にヒシアマゾン!!ドラグーンランスがヒシアマゾンへのリベンジ達成!!』

 

「いっ……いっいよっしゃああああああああ!!!!」

「だあああっアタイ三着かぁぁっハナ差でローマンに負けたぁ!!」

「あっちゃぁぁぁっ負けたぁぁぁ!!」

 

一人は喜び、二人は悔しがる。だが二人の顔には悔しさ以上の嬉しさがあった。確かに悔しい、一生に一度しか挑めない舞台で勝てなかったのは悔しいが、同じぐらいに貴重なライバルを得た瞬間だから。二人の瞳は既にドラグーンランスへのリベンジの炎で燃え上がっていた。

 

「ドララン、オークスじゃ負けないからね!!」

「次こそ勝つのは私だよ!!」

「フフンッこのドラグーンランス、受けて立つ腹積もりっ!!なんつって!!」



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394話

桜花賞、メジロランページの始まりのG1レースは自分を先輩と慕って配信の手伝いもしてくれたドラグーンランスが制覇。だがこれは別の意味もあった、同一のチームがG1レースを3連続で制覇したという大きな意味があった。カノープスのトレーナーである南坂は当然それについて言及されこそしたが

 

「そう言えばそうだな、とは思いましたが別段意識した事はありませんね。制覇したのは私ではなくドラグーンランスさんですので称賛されるべくは彼女の努力ですしヒシアマゾンさんは3着でしたので私はそちらの方も重要です、勝てなかったのではあれば次は勝てるように努力するのがトレーナーとして当然ですし勝てたのならば次も同じように勝てるようにするのがトレーナーです」

 

これを真顔で勝利インタビューの場で言って見せた。流石はあの独裁暴君の相棒だという声が世間から溢れたという。加えて言うなれば、南坂がこの桜花賞の勝利に浸っている暇なんてない、何せカノープスには皐月賞に出走するローレルがいる。しかも相手が―――リギルのナリタブライアンなのだから。

 

 

「今日も悪いわね、貴方も自分のチームで忙しいのに」

「上ちゃんの経験蓄積には丁度良いっすよ、俺ばっかりが美味しい所吸う訳にはいきませんからね」

「あらっ可愛くないね」

「俺を可愛いなんて言う奴は少ない方が良いですよ、俺も自分を可愛いなんて思った事はかけらもないですから」

 

相変わらず普段着なのかスーツなのか分かりにくい勝負服を着ていると思いながら、来てくれたことに感謝する東条。ブライアンの調整相手を頼んだのだ、リギルからメンバーを出そうとも思ったのだが、矢張り最上級の相手を用意できるならばそれを立てた方がブライアンの方の為にもなる。

 

「カノープスにもよく呼ばれますしね、ローレルの奴もいい仕上がりですからブライアンもうかうかしてられませんぜ」

「……やっぱりそっちにも呼ばれるのね」

「あっちはリギル以上に断りにくいですから」

 

何せ惚れてしまった弱みを存分についてくれるからカノープスからの要請は断れないのだ、と笑うランページに東条はやっぱり南坂は侮れない相手だと再認識する。どれだけの事があっても揺らがないし慢心もしない上に自分のコネを最大限に使う事を戸惑わない。自分のチームのウマ娘になる為ならば平気で頭を下げる、その姿勢は自分以上だ。こういう相手を負かすのは簡単ではないから困ってしまう。

 

「ンでどうですか、ブライアンの調子は」

「絶好調よ」

 

それは断言出来た、ターフを今も走って春の天皇賞に向けて調整を行っているハヤヒデの併走相手も行えるぐらいに調子はいい。矢張りハヤヒデの方が上だが、それもあくまで現状では、そう思える程にブライアンの潜在能力は高い。ルドルフ以上かもしれないと夢を持てる程に。

 

「このままなら無敗の三冠も期待できると」

「ええ、あの子はルドルフを越えられるかもしれないわ」

 

そんな存在を更に上の力でねじ伏せる、お前にはまだまだ上がいる、だからこの程度で慢心するのではなくそれを上回るつもりで行けと言いたいのだろう。まるで自分がラモーヌやマルゼンスキー、エースに潰された時のようだ。なんだかんだで彼女の指導は南坂にどこか似ている気がすると思っているとブライアンが戻ってきた。

 

「よっブライアン、三冠取る準備は万端ってか」

「ああ。だが最大の障害が残っているがな」

「お前さんがそんなに言うとは、何方よ」

「ローレル」

 

短く放たれた言葉に少しだけ驚いた、ブライアンが此処までローレルの事を重要視している事は知らなかった。朝日杯で勝っている相手ではあるローレルだが、油断する気はないと言った所だろうか。

 

「お前がそんなに危険視するとは……サクラローレルはそこまでの実力者なのか?」

 

自分の言葉を代弁するかのように尋ねるハヤヒデ、自分に頭を下げつつもブライアンの言葉を待つと妹はローレルについての事を語り始める。

 

「実力もそうだが奴は私の研究をし続けている。全てのレースを見返して徹底的に研究し、どのタイミングで仕掛けるべきなのか、この戦法なら如何するのかを徹底的にな」

「そんなに、なのか」

「以前、奴のノートを誤ってみてしまった事がある。本人曰く、それは過去の自分の物で今の自分には適応出来ないから見られてもいいと言っていたが……此方が取ったであろう戦法を完璧にシミュレーションしていた。私もそうしたであろう全てを」

 

ランページもローレルがブライアンを最大のライバルとして見ているのは知っている、その為の資料を自分にも求められたこともあった。そしてその研究は間違いなくブライアンを脅かすものへと昇華されていた。しかもそれは、間違いなく自分が取っていたであろう戦法だった。

 

「朝日杯は運が良かった、他のウマ娘が掛かったお陰で奴の予想から少し離れた位置だった。だが……」

「次はそうはならないと言いたい訳ね」

「私の勘が間違いなければ―――奴は皐月賞を捨て石にする」

 

ブライアンの言葉に東条とハヤヒデは絶句した。一生に一度しか出られない舞台であるクラシック三戦、そのうちの初戦たる皐月賞を捨て石にすると予想したその言葉に。

 

「流石にそれは、ないのではないか!?前哨戦ならばありえなくもないが……」

「いや間違いない。だから私は常に奴の予想を上回るスピードで強くなるしかないんだ、先輩併走を頼む。アンタの強さは私の強さを鍛えるには絶好の物だ、G1想定だったな着替えてくる」

 

着替える為に一度離れていくその背中をトレーナーと姉は信じられないと言いたげな顔で見送るが、唯一先輩だけが口角を僅かに持ち上げていた。

 

「―――ランページ、貴方から見てローレルがそうする可能性はあるのかしら」

「さてね、それはローレルか南ちゃんのみが知るって所でしょ。流石に南ちゃんだってそういう情報を言うとは思えないし……個人的な話をすれば一生に一度しかない舞台でそれは勇気がいる決断だと思いますけどね」

「そう、よね……ブライアンの勘が違う事を願いたいわね」

「私も同感です」

 

二人がそういう中でランページはあの二人ならその選択は取る可能性はある、と頬をかいた。確かに勇気がある決断ではあるが―――勇気さえあればとれる選択でもあるのだ。何故ならばローレルはクラシック三冠を目指している訳ではない―――あの子が目指しているのは凱旋門の制覇、その為にもクラシックを自らの成長の為の機会として使う事は考えられるしランページにはもう一つの根拠もある。

 

「(身内にクラシックよりも悲願を取った奴を知ってるからな)」

 

メジロマックイーン、彼女はメジロの天皇賞制覇という目的に向かう為にその想定の為に向かっていた。菊花賞も京都の舞台と長距離、春の天皇賞の前哨戦にしていた。故にローレルがそうしたとしても驚かない自信はある。そしてブライアンにとって一番手強いと思わせたのは―――

 

「(自分を研究していると言いながら、自分に勝つ事は必須ではないと思われている事……だろうな)」

 

自分は世界に向かう為の経験値の一つと思っている、その一つの為にも決して努力を惜しまない。それが一番怖い所だとブライアンは思ったのだろう。このクラシック戦線、ブライアンには思った以上に苦しい1年になる事は明白だった。



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395話

「ハァハァハァッ……タイムは?」

「以前よりも3秒速くなってます、ですが目標タイムには0.7秒届いてませんね」

「南さんの予想通りでしたか」

「ええ、申し訳ありません」

「良いんです、私も納得してますし理解もしてます。正しい事です」

 

カノープスが練習するコース、その一角で走り終えたローレルが南坂と話をしていた。彼女は4倍のシンザン鉄を付けた上で2000mを走った、そのうえでのタイムは以前よりもずっと速くなっていたが目標のそれにはまだまだ及ばない。当初の予定通りに行動するしかない事に南坂は謝罪するが、ローレルは寧ろ予定通りに進んでいる事を喜ぶべきだと前向きな姿勢を見せた。そんな二人にドリンクが投げ渡された、投げたのはランページ。

 

「お疲れぃ、皐月賞に向けてかい」

「あっランページさん有難う御座います、そちらもお疲れ様ですブライアンちゃんのお手伝い」

「奴さん、走るたび強くなってる気がするから参っちまうよ。会長を越えられるっておハナさんが言ってるけど強ち冗談でもねぇよあれ」

 

クラシッククラスであの強さは驚くしかない、テイオーと同じ部類いやそれより一段高い逸材だと言われても自分は驚かないとお道化てみせるがローレルは当たり前だと言わんばかりの顔をしている。

 

「ブライアンちゃんですからね、あの子に勝つには並の努力じゃ足りませんね」

「本気で勝つ気があるって認識で良いのかい?」

「はい、本気で勝ちに行きます―――だけどブライアンちゃんは私の敵ではありませんから」

 

絶対に勝ちに行く程の相手だと認めておきながら敵ではないと断言するローレルに一種の寒気を覚える。ブライアンを強く意識してはいるがそれはライバルとして見ているのではない、自分がゴールに辿り着くためにはこのハードル(ブライアン)を越えられる程にならなければならないと思っているから。あのナリタブライアンをだ。

 

「んじゃ皐月賞を捨て石に使う気は満々か、ブライアンもそれに気づいてるぞ」

「ブライアンさんなら気づくでしょうが、おハナさんは半信半疑でしょうかね。何せ一生の一度の誉れのステージを捨て石に使うなんて思わないでしょうから」

「あらっ凱旋門だって普通に考えれば一生の一度の舞台って思ってもいいと思いますよ、だから気にしません」

「あららっカノープスに入ったばかりの可愛い優等生のローレルちゃんは何処に行ったんだろうねぇ」

 

根本的な所は一切変わっていない、だが心構えが変わったというか腰が据わった感じがする。どうしてこうなったかと問われればローレルはこう応える。

 

「私の目標である凱旋門を制したウマ娘、それが勝ち取った栄光を毎日見てたらこのままじゃいけないなって思ったんですよ。だから本気で目指す事にしたんです―――凱旋門を取る為に」

 

 

 

『さあ間もなく向こう正面へと入ります、ナリタブライアンはこの位置、かなりの好位置に付いておりますがその背後にピッタリとサクラローレルがマークについています!!』

 

訪れた皐月賞の舞台。1番人気を取るブライアンが筆頭、彼女が勝つだろうと思われる中で2番人気のローレル。

 

『先頭はサクラハイパーオウ、サウズオブサウズ、センターマルタ、オフサイドトラップそこから少し離れた2バ身差でナリタブライアン、そのすぐ後ろにサクラローレルが居ます。スタートしてから常にナリタブライアンの背後を付いております、これは怖い怖い体勢だ、さあ間もなく第3コーナーに入りますが此処でオフサイドトラップが仕掛けてくる!!オフサイドトラップが上がっていく上がっていく、黒沼トレーナーの教え子にしてミホノブルボンの弟子を名乗るオフサイドトラップがぐんぐんと上がって今、先頭を奪い取った。このままゴールまで一直線か』

 

「うおっしゃあああああ!!!このまま、このまま!!」

 

先頭を奪い取ったトラップ、黒沼トレーナーの下で厳しいメニューをこなしながらの脚部不安の改善メニューにも取り組んだというスパルタ指導を受け続けるウマ娘だが、その走りはキレがあった。あっという間に先頭を奪い取るとそのまま真っ先に第4コーナーを越えていく。最後の直線へ入った時、残っていた全てを全開にする。

 

「いっくぞぉっ!!」

 

『オフサイドトラップ先頭オフサイドトラップ先頭!!このまま皐月賞を取ってしまうのか!!いや、外から、外からナリタブライアンナリタブライアンが一気に上がって来たぞ!!』

 

お前の天下なんて許さないというように全力を出した瞬間に同じように本気を出すブライアン、それでも負けないと疾駆するが―――力の差が余りにも明白になる程の脚力の差が出た。

 

『ナリタブライアンが上がっていきます、オフサイドトラップ粘れ―――ないっあっという間の出来事、一瞬でナリタブライアンが先頭に立った!!オフサイドトラップも必死に追走、伸びているがナリタブライアンには全く追いつけない!!後続には差を付けているのに何だこの差は!?』

 

後方の差はどんどん開いていくのにどうして前への差は詰まらないどころか開いていくのかとトラップは理解出来なかった。間違いなく全力なのに、誰も追いつけないと思った時にそれは起きた。後方のバ群から一気に飛びだしたそれは一瞬で自分を追い抜いてブライアンへと迫っていった。それを感じ取ったブライアンは直感した、全力を出さなければ負けると。

 

『バッ、バ群から飛び出したのはサクラだ!!サクラが舞った、サクラローレルが一気に上がっていく!オフサイドトラップを抜いて今2番手!!ナリタブライアンに迫っていく!!200を切った、サクラローレルがぐんぐんと迫っていく、残り3バ身!!ナリタブライアン粘れるか、差がどんどん迫っていくぞ!!残り2バ身、1バ身!!だがナリタブライアンはそれを振り切って、今ゴール!!ナリタブライアン、皐月賞を制したのはナリタブライアン!!2着にサクラローレル、3着にオフサイドトラップ!!これがリギルの新星、ナリタブライアンだ!!』

 

爆弾が炸裂ような爆音の歓声が上がる中でブライアンは呼吸を整えながらもローレルの方を見た―――だが彼女の息は自分ほど上がっていなかった。そして自分が見ている事に気づくと頭を下げてからスタンドに手を振りながら歩きだしていった。

 

「成程ね……成程成程―――フフッ」

 

ブライアンは熱い闘争の中に居たのに身体の中が冷えるような感覚を味わった。ローレルの笑いはまるで自分の力を把握したかのような自信に満ちていた、矢張り彼女は皐月賞を捨て石に使った……しかも最後の最後に自分が本気を出すように本気で追い上げて来たんだ……その為だけに、自分に本気を出させる為だけにマークをしラストにスパートを掛けて来た……

 

「奴のゴールは……一体どこだ」

 

 

「次はダービーね、凱旋門と同じだからちゃんとやって出来上がりを確かめなきゃ」



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396話

皐月賞、その映像を改めて見直す東条。確かにブライアンは勝った、皐月賞ウマ娘という一生に一度しか得る機会のない称号を取らせることが出来はしたが……自分としては敗北したような気分だった。それはゴール後の両者の様子からも見て取れた、ブライアンは全力を出したが故の疲労が見えたのにローレルは全力を出しこそしたが、本当の全力ではなくセーブした全力という印象だった。

 

「まさか、本当に捨て石に使うなんて……」

 

ブライアンが告げた勘、ないと思っていたが本当にその手段に出て来るなんて思いもしなかった。常識に考えれば考える程にあり得ない、その気になれば皐月賞はローレルが取ったのではないかと考えずにはいられない……そんな自分に珈琲が差し出される。

 

「考えすぎは身体の毒ですぜおハナさん、俺のお神籤珈琲です」

「おみくじ……?」

「毎日味が変わるから保証が出来ないんですよ、おいしかったら幸運って事で」

「ちょっと引っかかるけど頂くわ……あらっコクが強いけどおいしいわね」

「んじゃ吉ですね……う~ん今日の珈琲はちょっと酸味が弱いな……」

 

ランページの珈琲は旨い、彼女の私物らしいがついでに自分も良く淹れて貰っている。このコクと苦みも強めだが今日は不思議と美味しく感じられる。

 

「皐月賞のローレル、そんなにショックですか?」

「ショックというよりも私には考えられないというのが本音。皐月賞を自分の成長の為だけに使うなんて」

「贅沢な経験値ですよね本当に」

 

今回の事でローレルはブライアンの実力をほぼ完璧に把握した、そこに南坂の分析も加わるとなると成長幅も知られた筈。そしてそこから逆算したダービーで勝つための算段も付けられる……リギルとしてはそれを越えるだけの実力を付けさせる事が重要となってくるわけだが……

 

「下手に無理はさせられないわ、あの子は確かに凄いけどその分身体に負担も掛かる。今以上の成長を与えようとしたら故障のリスクも相応にある、難しいわね……」

 

おハナさんこと東条トレーナーは管理主義、完璧に計算されたメニューや休養で身体を作りながら技術を蓄積されていくタイプ。圧倒的な結果を出してはいるが、今それが揺らぎかねない対戦相手にぶつかった事で困ってしまっている。ブライアンには無敗の三冠を与えてあげたいがそのためにはローレルに勝たなければならない、が、あのローレルに勝つためには今のままでは絶対に勝てない。そうなると故障のリスクを負う事になる、その塩梅に四苦八苦する。

 

「(ダービーで、勝つか……)」

 

ウマ娘のレースでは日本一の称号を間違いなく取る日本ダービー、それに出走するだけでも名誉な事、それに勝利するなど更に名誉な事。これを目指すトレーナーも多いがローレルはそこには恐らく執着していない、寧ろ……凱旋門挑戦の為の踏み台の一つとしか見ていないことが恐ろしい。ダービーの距離は同じ2400、様々な意味でピッタリ過ぎる舞台だ。

 

「併走ぐらいなら引き受けますよ、ブライアンの無敗の三冠は俺も見て見たいし」

「ええ有難う」

 

そう言いながら自分はそこから離れていく。対ローレルを想定しているが、肝心のローレルは如何思っているのだろうか……。

 

「ダービーは良い舞台だと思ってますよ、距離が同じですので」

 

訪れたカノープスの部室では南坂と何やら話し合っているローレルの姿があった、話を振ってみればこれである。日本ダービーですらローレルには凱旋門に至る為の踏み台にしか映っていないのだろう。

 

「なあ南ちゃん、アンタまさか―――ローレルにクラシック凱旋門制覇させるつもりか」

「ローレルさんのダービーの結果によってはそれも検討しますよ?」

「ああやっぱり……」

 

もしやとも思ったが、本当に想定していたとは……クラシッククラスで凱旋門挑戦し制覇したというウマ娘もそれなりの数いる。と言っても日本でそれをやるのはリスキーだ、自分の凱旋門挑戦だってシニアクラスな上にほぼ1年海外に居て海外に適応したのだから。

 

「良く気づきましたね」

「皐月どころかダービーを踏み台扱いだから、もしかして菊は出ないんじゃねえか?って思ってさ」

「と言ってもシニアクラスでの挑戦が望ましいですね、このままの成長曲線で凱旋門挑戦は些か時期尚早です」

「私もそう思います、あそこで半バ身差に出来ませんでしたからね。クラシック凱旋門は厳しいと思います」

 

ローレルの成長は良くも悪くも想定通り、それが皐月賞でよく分かったのでダービーでは次の段階の仕上がりを見る。仮の段階だがダービーを取ったとすれば凱旋門挑戦も許可する腹積もりだが……肝心のローレルはその気ではない。今のままではブライアンに勝てない、だから純粋に自分の養分にする事に特化する事にする。

 

「ブライアンさんの走りはウマ娘としても理想形の一つです、それを間近で体験する事で自分のフォーム改造にもいい傾向を与える事がブライアンさんにぶつける最大の理由の一つです」

「ランページさんの全身走法とブライアンちゃんの走法の美味しい所取りって訳です」

「おっそろしいコンビだなぁ……」

 

相棒としては心強い限りだったが、こうしてみると本気で南坂というトレーナーは恐ろしい。逆に言えばこれから自分はこの南坂を相手にしなければならないのかと……そしてマヤはこのローレルを相手に勝たなければいけないのだから参ったものだ。

 

「と言っても出走する以上勝利を目指すのには変わり有りません、そこだけは承知してくださいね」

「勿論です。と言ってもやっぱり厳しいのは変わらないと思いますけどね、ブライアンちゃんやっぱり強かったですもん」

 

G1の舞台で直ぐ傍を走った事でブライアンの強さは再認識出来た、だからこそ研究に値するし自分の成長には欠かせない相手である事も分かった。彼女にはこれからも強くあってくれないと困るのだ……自分が強くなるためにも。

 

「じゃあ俺も養分にしてみるかい」

「是非お願いします、ランページさんと走れば凱旋門挑戦のいい参考になりますから」

「やれやれ、おハナさんが南ちゃんを怖がる理由がよく分かるよ」

 

徹頭徹尾、凱旋門の為に走るローレル。此処まで来ると意地でもその舞台で走る彼女が見たくなってきた、その為の一助になるならとランページは自分の全身走法を教える事にしたのであった。

 

「モンスニーさんにもお声は掛けさせて貰ってます、是非教え込みたいと仰って貰えました」

「う~ん益々おハナさんが頭抱えそう」




実は南ちゃんって敵に回すと凄い恐ろしいタイプ、ってお話。


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397話

凱旋門、世界最高峰のレースにして芝レースにおける世界最強決定戦、そう言っても過言ではない程の一大レース。そんなレースを制したウマ娘は文字通りに歴史に名を刻み込んで讃えられる。そんな舞台を日本で唯一制したのが独裁暴君たるメジロランページ、しかも史上最悪と形容されるような不良バ場でワールドレコードを叩き出しての勝利。現状におけるウマ娘で間違いなく世界最速最強の名を冠するに相応しい怪物。

 

「つっても、今の俺は確実に全盛期(ピ-ク)過ぎてるんだよな。肉体と技術は別としてもどうしても精神をあの時にまで逆行させられねぇんだよなぁ……良くも悪くも俺は周囲の環境ありきでモチベーションを盛り上げるからなぁ……」

「つまりフローラさん達がいたからこそ、だと?」

「だと思うぜ、俺一強の時代だったら確実に俺は世界で通用する器じゃなかっただろうな。そういう意味ではお前と俺は似てるな、ライバルに事欠くことはない」

 

部室で珈琲とお茶請けとして桜ケーキを出しながら話に勤しむランページ、相手はローレル。改めて凱旋門の話を聞きたいと言って来たのである。

 

「ブライアンの事もそうだが、アマちゃんにドラランだってそうだ。まああの二人とは当たる事は無いだろうけど……まあいいか、ンでお前はマジでクラシッククラスで凱旋門を狙う気はあるのか?」

「あります」

 

あっさりと断言しよったとこいつ……と溜息を吐きたくなった。ハッキリ言ってクラシッククラスで凱旋門は色々と厳しいとは思う、まだまだ成長する余地があるのだから確りと準備をして臨むべきだと思うし海外の適性や凱旋門の地であるロンシャンレース場に適応出来るかという様々な問題もある。

 

「だから私はダービーを勝ちます、その為にランページさんにご協力してほしいんです」

「具体的に俺に何をしろと?ぶっちゃけ一緒に遠征してくれってのはムズいぞ、今年はマヤがデビューするしあいつにとってデビューするのにトレーナー不在じゃ不安だろうしあいつにもあいつの目指したい目標がある」

「いえ、私と走ってください。その中で私が勝手に見つけます」

 

併走ぐらいならば幾らでもやってやるが……と言おうとしたときにローレルがその先の言葉を遮った。

 

「ランページ鉄を装備した状態で勝負服、今出せる全力を出してほしいんです」

「―――ほう?」

 

併走とは、文字通りに合わせて走る事だ。お互いの実力を把握するための練習方法の一つであり、本気で走る事はしない。言うなればアップのそれに近い、だがローレルが望むそれはその域を遥かに超過している。最早真剣勝負を挑んでいるに等しい。

 

「南坂さんの予定では来年以降の凱旋門挑戦になると思います、だけど私はもっともっと強くなりたい。ブライアンちゃんに勝ちたい、それが私が目指す強さの最低条件です」

「あのブライアンが最低条件ねぇ……贅沢な事言いやがって」

 

ライバル視しながらも、ライバルと認めているのにライバルとして扱わない、そんなローレルに笑いが込み上げてくる。面白いじゃないか、本気でそうしたいなら本気でそうしてやる事にしよう。

 

「だが覚悟しとけ、お前が歩こうとしているのはマジの地獄だからな」

「私にとっての地獄は凱旋門に挑戦出来ずに終わる事です」

「ハッ言うねぇ……おう、表出ろ。久々にガチで走ってやんよ」

 

 

「さてと、そろそろ……おやっ?」

 

南坂は職員室で資料を纏め終わるとカノープスの部室に向っていた。そんな時にレース場の方が不思議と気になった、まるで虫の知らせだ。何事かと思いながらそちらへと行く……そこには倒れ伏して荒い息のままで焦点が定まらない瞳を作っているローレルとそれを見下ろすかのようにしながらも水分補給をしているランページの姿があった。

 

「これはこれは、何事ですかランページさん。随分と本気で相手をしたと見受けますが」

「まあな、ローレルがガチで走って欲しいって言ってきたからガチのマジで走ってやったまでの話よ」

「だからってこんななります?」

「それはローレルの戦術のせいだな、俺の大逃げにスリップストリームし続けたんだから」

「それはまた、無茶をしましたね……」

 

普通に考えればスリップストリームは悪くない手段だ、空気抵抗を減らして体力と速度を維持出来る。だがランページにそれは余りにも無謀、基本大逃げばかりのランページにそれをやってもオーバースピードし続けて体力を消耗し続けるだけ、他に走る相手が居て、その相手が一般的な逃げのペースでそれに対してスリップストリームをするのであればいい手段ではあるのだが……。

 

「だけどラスト200までスリップストリームし続けたんだぜ?根性で付いてきたとはいえ大したもんよ」

「―――200、ですか。ランページさんの大逃げにそれが出来たなら、それは確かに凄いですが、因みに距離は」

「2400」

 

言わずと知れたランページの最強の領域、それにそこまで着いて行ったという事なのか……それは大したものではあるがレース後にここまで憔悴しているという事は自分の実力を明らかに超過した走りをし続けたという事。全くそれは褒められたことじゃない、事ではないのだが―――

 

「流石ですね、一つ殻を破ったという事ですか」

「予定通り、だったって事かいローレルがこうするのを」

「ええ。クラシックで凱旋門を取る為には身体能力や技術も必要ですが、精神的な強さも必要です。ローレルさんはその精神面がどうしても物足りなかったんですよ、目の前のレースに対する気持ちが」

 

凱旋門を目標にして皐月やダービーを叩き台にするのはいい、それは自分も良いとは思うが―――敗北を気にしない、というのは宜しくない。実力を計る為だとしても、それを乗り越えてやる位の意気込みが欲しい。レースは生き物だ、どんな緻密な計算をしたとしても思い通りに成せる訳ではない。

 

「幸運と精神、不確定で不安と言われるそれらを考慮した上の計画こそが完璧と言えるんですよ」

「ラッキーパンチは祈るもんじゃない、狙って出すもんだって事かい」

「そういう事です。次のダービーでそれを成します―――ローレルさん、生憎貴方はこれから厳しいメニューを組みますのでお覚悟を」

 

恐らく起きているであろうローレルに対して南坂は静かに告げる、だがそれに対してローレルは笑って答えた。それを見て満足げに笑いながら今度はランページを見る。

 

「という訳ですので、これからもローレルさんと走って貰えませんか?」

「ヘイヘイ、分かりましたよ……ホント南ちゃんって怖いねぇ」

「恐れ入ります、この場合は恐れられ入りますでしょうか」

 

静かに微笑を浮かべるその姿は奇妙なほどに寒気を覚えてしまった。自分の現役時代は敵陣営はこれを常に味わっていたと思うと同情の念しかない。



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398話

その日からローレルのメニューは激しさを増していく事となった、傍から見れば皐月賞を後僅かで逃してしまった事へのリベンジに燃えているようにも見えるのだが、実際はダービーを叩き台にしか見て居ないという異質さがそこにはあった。幸いというべきなのがローレルはガラスの脚とも言われていたが、カノープスで毎日取り組んでいた体質改善メニューのお陰で身体が頑丈になっている事だった。

 

『防弾ガラスを目指すメニューを組みましたからね』

 

ガラスの脚が一転、防弾ガラスを目指して頑丈になったローレルの脚。それによって幅広いメニューを組めるようになったのを本格的に利用するようになり、積極的にランページとの模擬レースをセッティングする事になった。2400と言えばランページの距離、故かリギルの東条トレーナーすら本気でダービーを取りに来ているという認識をしており、天皇賞(春)を制したハヤヒデにブライアンの力になるようにと言いつつもルドルフやラモーヌと言った実力者にブライアンの相手をするように依頼している。

 

「これからはレースごとに戦術を入れ替えます、今回はスリップストリームを使わずにランページさんを追いかけてください。そして次回はスリップストリームを、これを交互に繰り返していきますので」

「分かりました、勝負ですランページさん!」

「応幾らでも付き合ってやるよ」

 

そうして繰り返されるランページとローレルの模擬レース、時折アマゾンやドラランと言った他のメンバーも混ざったりもするのだが南坂からすればこれは有難い事でありより実戦を意識したシミュレーションができると感謝する辺り本当に強かというかなんというか……。

 

「にしても南ちゃん、戦術の入れ替えって何の意図があるんだ?」

 

休憩中に思い切って南坂に尋ねてみる事にした。どう言った意図があるのかと。

 

「一つはスリップストリームは身体が楽になるという精神的な油断を断ち切る為ですね、楽になる事は確かですが常にそうなるとは限りません。ランページさんの場合は特にそれが顕著です、それとスピードに慣れさせる事です。これは無しの場合にも繋がります」

「つまり……巡航速度と最高速度の向上が目的って訳か」

「それに辛い経験をしておけば、似たような状況に陥っても精神的な揺らぎは少なく済みますし」

「ああうん、それは同意するわ」

 

スリップストリーム有りのスピードになしの状態で追いつく、これが目標。最終的にはランページをスリップストリームなしで追走する事が出来る事が理想的。つまり、ランページ攻略法である。

 

「俺を倒す為の走法を俺を使って叩き込むのかよ」

「それもありますが―――海外では大逃げというのは結構いい手段ではあるんですよ」

「そうなん?」

「まあ率直に言えば色々不安とか抱えてる状態で小細工が出来る訳もありませんから、何も考えずに先頭走ればいいじゃんって事です」

「それは俺がそういうのが無いガサツなウマ娘ってディスってる?」

「いえいえそんなそんな」

 

余りにも単純な強化方法だ、自分の走りに沿わせる事でローレルを鍛える。唯それだけだ、だがこれ以上のトレーニングはある意味でない。世界最速を存分に使ったトレーニング……間違いなくローレルは強くなる。

 

「それでブライアンに勝てればいいけどな」

「そればっかりはやってみないと分かりませんねぇ……何せ彼女の素質は並ではありませんから」

「同感だが……皐月賞でそれは有る程度計れたんだろ?」

「それなりには」

 

よく言うわ、それなりという言葉を使っている段階でブライアンの強さの大半は分析出来ているのだろう。問題なのはブライアンの成長幅、予想はつくが此方が成長する分彼方も思いがけない成長を遂げるかもしれないので実際に戦うまでは分からない。

 

「正直な話さ、ブライアンってこれからどうなると思うよ。俺は三冠が取れる器だと思ってる、それにあれだけ戦えるローレルも大したもんだ。世代さえ違えばあいつだって三冠だったろうって思う位には」

「ブライアンさんですが―――正直、眼中にありませんね」

「うわっおハナさんが言ったらドン引きしそう」

「事実ですよ、確かに彼女は素晴らしいですがそれだけです。私は彼女に惹かれません」

 

此処まで断言する南坂も久しぶりに見るかもしれない、彼にとってあの怪物も既に敵ではないのかもしれない。

 

「共に戦う仲間を敵視するなんて可笑しな話じゃないですか」

「あっそっちなん?」

「ええそっちです。敵としては眼中になく、共に高め合う仲間としては素晴らしいと思ってます」

「それ、ブライアンが聞いたらなんて答えるだろうなぁ……」

 

向こうはローレルの事をかなり意識している上にライバルだと認めている、それなのにこちらとしては寧ろ味方としてしか見ていない。

 

「それでは始めましょうか、ローレルさん今回はスリップストリーム無しです」

「はいっ!!ランページさんお願いします!!!」

「あいよ、南ちゃんプレアデスの方にも顔出す約束忘れるなよ」

「勿論です」

 

そう言いながらターフへと足を踏み入れていく相棒を見つめながら南坂は静かに笑う。確かにブライアンは強敵だ、だがその程度でしかない。今のままではブライアンはローレルに取ってその程度で終わってしまう、だからこそ敢えてブライアンにとっては屈辱的とも思える方針を取っている。リギルの東条トレーナーだってこれは応える筈だし、そうなれば本気で此方を潰しに掛かる。そうでなければ意味がない、そうしなければローレルは凱旋門を取れない。ブライアンの強さの強化はローレルの強さにも直結する……だが

 

「ローレルさん、ブライアンさんもルドルフさんやラモーヌさんと言った強豪と模擬レースをしているそうです。ですが心配いりません、貴方の相手は世界最速兼最強です、つまり貴方が相手にしている方がレベル的に上ですから安心して挑んでください。そして負けて強くなってくださいね」

「う~んハッキリ言いますねぇ南さん、分かりました負けて強くなります!!」

 

ランページと走り始めてからローレルの精神性は変化をしている、ハングリー精神が生まれて敗北を知るたびに意欲と勝利への気持ちが強くなっていく。そして―――徐々にブライアン対策がランページ対策にすり替わっている事に、彼女は気付いていない。

 

「では行きますよ―――」

 

彼女は気付けるだろうか―――自分の考えに。

 

「スタート!!」



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399話

「さてと……」

 

久しぶりの休日、今日はのんびりするぞと決めながらも確りと洗濯掃除やらを行いつつも商店街に買い物やらをしていると何時の間にかお昼になっていた。トレーナーは職業としては非常に多忙且つ時間間隔が不安定になりやすい職業の一つとされている。良くも悪くも担当ウマ娘に集中してしまうので私生活にも問題が出る事が多いとされている中、ランページは基本的に定時退社な上に毎晩缶ビールを一本空けている。そんな彼女が休日にする事と言えば―――作り置きである。

 

「トンカツはこれで良しっと、次は如何しようかな……晩酌用の煮卵でもやっとくか」

 

何方かと言えば休日はガッツリ休むというよりも、平日の仕事終わりはのんびりしたい派なので基本的にそっちで楽出来る為に使う。なのでレンジで温めればすぐに食べられます系を準備する。残った時間は映画などを見たりゲームをやったり、峠に出かけたりする。そんな土曜日、仕込みも落ち着いたので昼食は如何するかな、と思いながらもそう言えばと来ていた出前のチラシを確認する。

 

「一回も取った事ねぇけど利用してみるか?でも寿司桶とか丼ってどうするだろ、玄関先に出しとけばいいのかな」

 

庶民的な事を心配しているとインターホンが鳴った、注文してあった圧力鍋がもう来たのか?と首を傾げつつも一応ハンコを持ちながら玄関へと向かう。

 

「はいは~い今出ますよ~」

 

扉を開けてみるとそこには―――教え子であるキング、エル、スペがいた。

 

「こんにちはランページさん!!」

「なんだスペ達か、如何した今日は遊びに行くとか言ってなかったか」

「そうなんデースが……実は」

「話の流れでこの近くにランページさんが住んでるって言ったら、行ってみたいって事になってしまって……」

 

気まずそうにするキングに遊びに来ました!!感のスペに少し遠慮気味のエル。まあ学園で世話になってる人がこの近くに住んでますという話になれば寄りたくもなるものだろう、特に自分なんてバカみたいな有名人な訳だしそんな人の家に行ってみたいというのも分からなくもない。

 

「まあ折角来たんだ上がれよ。茶ぐらい出すぜ」

「で、でもいいんですか?折角のお休みなのに」

「子供が要らねぇ遠慮しなくていいんだよ、俺がいいって言うんだから上がれ上がれ」

「あっそうだランページさん、お友達も連れて来たんですけど良いですか?」

「応、好きに上がってくれ」

 

後ろに隠れるようにしている二人、まあ黄金世代の友達と言えば……と予想は付くが敢えて詮索はせずに皆を中に招き入れる。自分の自宅という事もあって興味深そうにあちこち見ているが、特段この家に何かがあるという事はない。ツボや絵画もないし、お高い調度品なんても皆無。何処にでもある一般家庭と何な変わりはない。

 

「これがランページさんの御家……なんか、普通な感じ、ですね」

「お高い物でもあると思ったかい?生憎俺はそういうのどうでもよくてな、ニンジンジュースでいいか?」

「ニンジン大好きです!!」

「私も大好きデース!!」

「ちょっと二人とも……!!」

「気にすんな、自分の家だと思ってくつろいでくれ」

 

そんな事を言いながらジュースを用意してテーブルへと運んだ時に漸く顔が見えた二人にランページは漸く会えたなと笑った。

 

「あっランページさんに紹介しますね、此方がお友達のグラスちゃんとスカイちゃんです」

「は、初めましてグラスワンダー、です」

「セイウンスカイです~……いやぁまさか冗談で言ったらマジで来れちゃうなんてね……」

「こいつは如何も、ご存じ独裁暴君のメジロランページだ」

 

煌びやかな黄金世代の一角、グラスワンダーとセイウンスカイ。98世代を語る上で矢張りこの二人も欠かす事は絶対に出来ない。

 

グラスワンダー。エルコンドルパサーと同じマル外、すなわち外国産馬でクラシック戦線に規定で参加出来なかったがその強さは既に轟いていた。朝日杯まで無敗、その強さからマルゼンスキーの再来とまで呼ばれた。そこから骨折によって休養を余儀なくされ、伝説の毎日王冠にてサイレンススズカに初の敗北を喫する事となるが、その後はグランプリレースとされる有馬記念、宝塚記念、有馬記念を三連続で制覇する史上二頭目となる快挙を成し遂げた。

 

セイウンスカイ。葦毛の逃げ馬として有名だったこの馬を語るすれば皐月賞、菊花賞のクラシック二冠という事なのだがそれ以上の事を菊花賞にて成し遂げている。他馬を寄せ付けない逃げ切りを発揮し3000mの当時の世界レコードを更新する走りで菊花賞での逃げ切り勝利。前哨戦となった京都大賞典では年上のG1馬3頭を20馬身以上の大逃げを展開、一度捕まりかけるが、再度の加速で1着。同日の毎日王冠のサイレンススズカと合わせて日本競馬史上、逃げ馬が最も輝いた日と称された。

 

「そう言えば顔合わせるのは初めてか、リギルには最近顔良く出してるけどお前さんはまだ所属するとは決めてないんだっけか」

「は、はいっおハナさんがえっとそのリギルに所属してくれるのは嬉しいけど決めるならじっくり決めた方が良いとっ……!!」

「緊張しなさんな、おハナさんらしい意見だしそれも正しい。なんだったらウチに来てくれてもいいけどな、冗談だ自分で好きな所に決めな。ンでそっちはスピカだっけか、変な事されてねぇか?」

「まあなんか変わった感じはするけど、放任主義って感じは私に合ってる感じはしてますよ。まあ最初にいきなり脚触っていいかって聞かれた時はびっくりしたけどね~」

「えっそんな事聞かれたの?!そんなチームで大丈夫なの!?」

「いやなんかさ、良い脚してると思ってくれたんだってさ。G1取れるぞって褒めてもくれたし」

「でもなんか、いきなり脚触りタイって……なんかちょっと」

 

沖トレそんな事言ったのか……まあいきなり触るよりかはマシなのだろうか、だとしても新入生にそれをやるのはどうかと思うが……そのまま所属してくれるようになったスカイ的には居心地が悪くないと思ったのだろうか……。

 

「まあなんだ、沖トレはそういうところあるけどトレーナーとしての腕は確かなのは保証する、何だかんだで三冠ウマ娘二人にマックイーンも所属してるチームだしな」

「その辺りは心配してないんだけどね~ちょくちょく顔合わせてるけどいつもジュース奢ってくれてるし」

「スカイさん、貴方それジュースで釣られてるって事になるんじゃ……」

「大丈夫大丈夫、奢らせてるだけだから」

「えっそれっていいの!?」

「ニシシッ人心把握術には心得がありましてな~」

 

楽しげに話すスカイに沖トレの事で心配になるキングにスペ、本当にこの世代は仲が良いんだなぁと思わされる。そんな時だった、スペの腹の音が鳴った。

 

「ちょっとスぺちゃん……」

「う~すいません、なんかいい匂いがしたものでつい……」

「そう言えばもう昼飯時か……どうだ、昼飯作るの手伝ってくれるならご馳走するぞ」

「えっ良いんですか!?」

 

これに喰いついたのが食いしん坊筆頭のスペ。

 

「ちょっちょっと無理にお邪魔してるのにそこまでしたら流石に失礼に当たるわよ……!?」

「そうですね、流石にそこまでお世話になるのは……」

 

それは流石にマズいと思う良識派のキングとグラス。

 

「でもなんかランページさんのご飯食べられるなんて滅多にない事だし、食べたいよね~」

「私もデース……!!」

 

マズいと思いながらもランページと一緒にご飯を食べたいと思うスカイとエル。そんな様子を見つつもランページは立ち上がって冷蔵庫の中を確認する、作り置きでもしよう思っていたハンバーグ用の大量のひき肉やらがあるからニンジンハンバーグにする事にした。ニンジンは商店街の八百屋さんの店主さんから貰ったのがあるので問題はない。

 

「気にするなよ、どうせ俺も暇だったんだからよ。昼飯食った後は何だったら家で過ごしてもいいぞ、なんか映画押し付けられちまったしそれでも見る?」

「映画?どんな映画何ですか?」

「いやさ、俺の現役時代のレースを編集したドキュメンタリー映画」

 

メジロ家のウマ娘として協力したのだが、まさか映画にされるとは思いもしなかった……それには全員が反応した。

 

「ランページさんのレース!?是非見たいです!」

「私もデース!!」

「わ、私も興味あります……!!」

「私も見たいね~」

「ああもう、私だって見たいわ!!」

「んじゃ決定だな、んじゃまずは飯作るか。ほら皆手洗え~」

 

そんなこんなありながらも、ランページは黄金世代と一緒にハンバーグを作るのであった。作ったハンバーグをみんなで食べる時にスペが大食いを発揮してキングにツッコまれたり、スカイがその時にこっそりと自分のとすり替えたり、エルが激辛ソースをハンバーグに掛けようとしてグラスに止められたり、キングがテーブルマナーを見せようとして舌を噛んで悶絶したりと楽しい昼食を過ごせた。

 

「あ~あ、ツルちゃんも来れたらよかったのに」

「定期健診だからしょうがないよ、今度誘おうよ」

「応連れてこい連れてこい」



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400話

遂に400話到達です。

マジかよなんでこんなに続いてるだ。最高記録突破しちゃってるよ。

こんなSSですが、多分まだまだ続くと思います。折角だからタキオンが入ってくるあたりまではやりたいとは思ってるけど、その場合って一体何話になるんだ……?怖くなってきたので考えるのはやめます!


「この前、グラスがお世話になったらしいわね。あの子、うちに正式に入るって言ってきたわ」

「あれまぁ昨日の今日よ、あの子ったら思い立ったら吉日タイプなのかしら」

 

黄金世代と過ごした休日から直ぐに来た月曜日、今日も今日とて仕事を片付けていると珈琲片手におハナさんがやってきた。内容はグラスが正式にリギルに入ったという事だった、土曜日にメールがあって正式に加入したい旨が来たとの頃。

 

「あの子にはもっと広い視野を持たせるつもりだったんだけど、その為にも確りと地に足を付けないとブレてしまうとか中々に良い言い訳を出されちゃったから認めない訳にはいかなかったのよ。まあ将来有望なウマ娘が入ってくれたことは嬉しい限りだけどね」

「でしょうね、ありゃ化けますよ」

「独裁暴君のお墨付きとなると益々期待出来るわね」

 

これもある種のメタ発言なのかなぁ……と思いながらも珈琲を啜る、おハナさんの珈琲は基本ブラックだが、酸味とコクが控えで苦みが強めで中々に美味しい。因みに南坂の珈琲が一番好きなランページである。

 

「あの子ったら、同級生に負けてられないって凄いやる気出してるのよ。休日に何かしたの?」

「スペ達が俺の家に遊びに来たんすよ、そこで一緒に昼飯食ったり映画見ながら駄弁ったぐらいです」

「後なんか、あの子フローラに懐いてたと思ったんだけど少し距離が出来てるような……」

 

本当にした事と言えばそのぐらいだ、映画で自分の戦歴を見直したぐらいだが……まあその時にグラスは頼りになって信頼出来るフローラの本性というか……ドキュメンタリー映画なのでインタビューがあったのだが……

 

「私の全てはランページさんと言っても過言ではありませんね、私の無敗を文字通りに粉砕したあの時から始まった因縁というか奇縁というか記念というか本当に出会えてよかったというのか色々と言葉を尽くせると思うんですけどやっぱりあの人って最高なんですよね私にとって常に追いかけ続ける憧れの存在であって手が届いたと思ってたら直ぐに離れていってしまう所とか色んな意味で堪りませんよね。まだからこそ追いかけ甲斐があるというか私の全てと言ってもいいというか本当に惚れるに値するというかあの人の魅力というのは圧倒的な大逃げだけではなく幻惑逃げもあって私もそれに見事にやられましたしそれで余計に魅了され―――」

 

『アグネスフローラの語りは熱く長かった、本当に長かった』

 

インタビューの場面なのにインタビューが余りにも長すぎるのでナレーションが上書きするように上記を述べて場面が切り替わるというギャグのような扱いになっていた。実際この映画を作る際に各人にインタビューが成されたのだが、フローラのインタビュー時間だけが異様に長く、スーちゃんのそれ5倍の時間もあったという。だが途中途中にランページの走りに対する考察などもあり、そのレベルも高い上にあの暴君と競い続けたライバルのインタビューを使わないという選択はないので、部分部分を切り抜いて使われたりもした。

 

「良いじゃないですか、あいつの化けの皮が剥がれたってだけだし」

「いやこの間まで先輩って慕ってた後輩が唐突に塩対応になったら不安になるわよ」

 

それもフローラの自業自得だ。グラスはフローラのどんなに敗北したとしても首を下に下げずに挑み続けたという不屈の挑戦者的な側面に憧れていた、のだが……実際は不屈でもなんでもなくて一種の執着且つ趣向である事が判明して凹んでいた。

 

『フローラさんのランページさんに対するこの対抗心……見習いたいですね!!』

『い、いやぁこれは見習わなくていいと思うよ……?』

『私もそう思うわ……』

『エルもデース……グラス、如何しマシタ?』

『いえ……なんというか私の理想が少し、泣きました……』

『なんか、ごめんな……』

 

一人の少女の夢を壊してしまったようで妙に申し訳なくなったが……それもこれもフローラに責任の自己責任という事にしておこう、あれだって自分がそうだと言えば受け入れるだろう。

 

「それはそうと、貴方は貴方で大丈夫なの」

「何がっすか」

「人数よ、あの三人もチームに入れるんでしょ。ネメシスの方はあくまで統括しているだけで事実上はサンデーサイレンスのチームだけど、担当チームはもう10人は超えてるんでしょ。幾ら貴方でもきついんじゃないの」

 

スペ達を加えると現在プレアデスは11人、チームを受け持つトレーナーでも此処までの大所帯はそうはいない。東条は実績も経験もあるが、普通のチームトレーナーは出来るだけ人数を抑えようとして大体が5人前後である事が多い。ランページの場合は既にその倍、人数が多ければ多い程に単純にトレーナーに掛かる負担は増えていく。

 

「別に、問題児がいる訳でもないし上ちゃんもいるし俺は何とも」

「いやステイゴールドなんてトレーナーの間じゃ有名過ぎる気性難で問題児よ?」

 

ステゴの気性難は筋金入りで教官の指示は聞かず言葉もガン無視も当たり前、そんなウマ娘を預かっているにも拘らず今の所支障も起きていないランページが可笑しいというのが他トレーナーからの見解。

 

「あいつのやりたくねぇ事はやらせない、やらせる為には焚きつける、そのうえで上下をハッキリさせる。これをやってるだけであいつは結構指示は聞いてくれますよ、単純に格下だと思われてるだけですよ」

「言うわね……まあ本人はそう思ってるだろうけど」

 

逆に言えば素直に従っているランページの事はちゃんと認めてるという事にはなるのだろうが……それがウマ娘としての実力なのかトレーナーとしてなのかが分からないのがステゴの評価を二分している原因なのかもしれない。

 

「今年はマヤがデビューするし本格的に忙しくなるのはこれからでしょうけどまあ何とかなるとは思いますよ、ファイナルズとレジェンド設立で大分鍛えられたし……ああそうだおハナさん」

「何かしら」

「ジェニュイン、マヤにぶつけるつもりなら覚悟しといてくださいよ。今のあいつがどれだけの物なのか知りませんが―――マヤは楽に落とせるほど軟じゃないんで」

 

そう言いながら立ち上がって職員室から出ていくその背中を見送る。そんな事は百も承知、そもそもランページがいるチームを侮るつもりなんてない。ジェニュインの事は元々自分よりも彼女の方がずっと分かっている、スカウトした際に貰ったジェニュインのデータは本当に役に立った、同時にどこまで彼女の事を把握しているのかと言葉を失った程だ。自分が育てたジェニュインとランページが育てたマヤ、元々別のトレーナーが見ていたという点においてはこの二人の関係性は似ている。

 

「有利不利で言えば……此方が不利ね」

 

ランページはジェニュインの事を把握しているに違いない、逆に自分はマヤノトップガンの事を把握しきれていない。だがやるしかない、どんな結果になったとしても悔いだけは残らないようにしなければ……。

 

 

 

「ランページさんなんか私グラスちゃんに避けられてるんですけど何かしたんですか!?侮蔑までは行きませんけどなんか、引かれてる感じがするんですけど!?」

「俺からしたら当たり前にしか思えないからしょうがない。だってお前キモいし」

「そこまででもないでしょ!?」

「タキオンが言ってたぞ、フライト姉さんも同意見だが度々姉さんを姉だと思いたくない時があるから困るよって」

「うわらばっ!!?」



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401話

間もなくオークス、ダービーが迫ろうとしているこの頃合。話題に上がるのはダービーを取るのは誰か、オークスを取るのは誰かという事ばかり。矢張り皐月賞ウマ娘のナリタブライアンか、そんな彼女を差し切る寸前まで追い込んだサクラローレルか、それともオフサイドトラップか桜花賞を制したドラグーンランスが女王となるか、それともオグリローマンか、はたまたヒシアマゾンかと様々な予想や評論が飛び交って人々は熱くなっている中でもう一つ世間を熱くしている話題があった。

 

『メジロランページ、担当チームプレアデス。新人デビュー』

『独裁暴君の教え子は如何なる』

『問われる暴君のトレーナーとしての才』

『マヤノトップガン、その名の通りのトップガンとなれるか』

 

プレアデスのマヤについての事だった。ランページの事もあるが、まだトレーナーとして2年目なのにも拘らずチームトレーナーに就任して既に11人というウマ娘を指導する立場になっている事も世間を熱くした。既にメンバーはランページチルドレンと言われており、次代を担う存在になるのではないかという期待を持たれている。それと同時に名選手は名監督になり得ないとトレーナーとしての実力を疑問視する声も根深い。故に、マヤのデビューは唯のデビューという意味合いでは収まらなくなっているのである。

 

「という訳でマヤ、お前さんは予定通りに6月にメイクデビューだ」

「という事は―――マヤはランページさんのテストに合格って事!?」

「YES.よく頑張ったな」

「やった~!!」

 

部室でそれを伝えるとマヤは手放しで大喜びだった。元々早めにデビューをさせて経験を積ませる方向性の予定だったので6月にするつもりではあったが、仕上がり次第では遅らせる予定だったのだが……流石は天才マヤ、自分の想像を超えるスピードで見事に成長してくれたので6月にデビューさせることに決定。

 

「メイクデビューは芝の2000だ。最初は短めも考えたがマヤヤは中長距離向きだからな、デビューとしては長めだが行けるか?」

「行けるかじゃなくて行けっ!!でいいよ!!マヤは走るだけだもん!!」

「お~元気なこって、んじゃ今のうちに言っておくが―――」

「うん大丈夫!!マヤね、ランページさんのウマ娘として絶対に頑張るから!!」

 

釘を刺すつもりが如何やら既に理解しているらしい、自分のデビューにどんな意味があるのかを。

 

「悪いな、世間は俺のチームの一番手だからって無駄に騒いでやがる。これで俺のトレーナーの才が如何たらこうたらまだ自称有識者が宣うのかねぇ……」

「大丈夫っマヤ頑張るから!!強い風は、突っ切って切り裂いちゃえばいいんだもん!!それに強い風って使い方一つで動きを助けてくれる追い風にもなるってパパが言ったの、マヤもそれをやるよ」

「パイロットの直伝か、こりゃ頼るになるお言葉だな」

「ふふ~ん!!」

 

と誇らしげに胸を張る、可愛いので撫でてやる。大人のレディを目指すと言っておきながら撫でられるとえへへ~♪という甘く心地よさそうな声と揺れる尻尾がどうしようもない幼さを演出する。

 

「折角だ、今の内から勝負服のデザインでも考えるか」

「えっもう!?良いの、良いの!!?」

「元々出すつもりだからな、距離を考えるとホープフルステークスが妥当か……その気、あるだろ?」

「もっちろん!!やっぱりランページさんって話が通じるよね~!!先生もランページさんみたいにマヤの事分かってくれたらいいのに~」

 

そう言えば偶にマヤについて先生から相談を受けた事があった。マヤノさんは成績は良いのだが、授業がつまらないからと言って居眠りばかりしている。かと言って問題を出しても簡単に正解してしまうので良い手は無いだろうか……と言われても自分はマヤにはちゃんと授業を受けるんだぞ、位しか言えない。それでも一応効果はあるらしく、マヤは真面目に授業を受ける事もあった。

 

『だって、ランページさんに迷惑かけちゃったのがマヤいやなんだもん……』

 

何とも可愛い理由だ、兎も角マヤが授業で居眠りする事はかなり減った。それでも態度はよくはないらしいが……。

 

「あっそうだ、この前ね、トレーナーちゃんに会いに行ったの」

「そのトレーナーちゃんっつうのは……前のトレーナーか?」

「うん、もう大丈夫そうだけどまだまだリハビリは必要なんだって」

 

元々マヤを担当していたトレーナー、事故にあったが現在はかなり良くなっているらしい。それでもまだまだリハビリは必要ではあるらしいが……元気そうである事を聞けて少しばかりホッとする。

 

「ンで何か話したか?」

「えっとね、マヤがトゥインクルシリーズに無事デビュー出来そうで本当に安心したって言ってた。ランページさんにマヤの事をよろしくお願いしますって伝えてって言われたよ」

「言われるまでもねぇけど……本当に優しい人だな」

「うん、マヤと何回もデートしてくれたりもしたんだよ」

 

本当なら自分がマヤのトレーナーとしてその役目を果たしたかったに違いないのに、マヤ程のウマ娘と何処まで行けるか試したかったに違いない。それなのにマヤの事と自分への応援まで……これは自分も本当に頑張らなければならないなと気持ちを入れる。

 

「マヤ、俺の事とか周りがとやかく騒ぐのは気にするな。お前はお前らしく走ればいい、バカ共が騒ぐなら俺が黙らせる―――出走規定は唯一つ」

「走り切れ、だね。大丈夫マヤは絶対にランページさんの所に帰ってくるから!!」

「その意気だ―――さて、まずは将来のライバルの偵察にでも行こうか」

 

そう言いながらも歩き出すランページの手をマヤは自然と取って一緒に歩きだし始めた。そんな二人の様子はまるで親子にも姉妹にも見える。楽し気で明るいそれは見ていて微笑ましい物であった―――

 

「っ!?」

「如何したのランページさん?」

「なんか、背後から邪気が……」

 

 

「あっぶねぇ鼻血出しながら見てるのがバレる所だった……ティッシュ詰めなきゃ」



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402話

「やれやれよう、悪いなたづなさん迷惑かけて」

「いえいえ、元々は此方で内密に処理する筈でしたのに不手際でランページに渡ってしまった事が何より残念でした」

「気にしないでくれよ、俺が処理した方が阿呆共も自重するだろ」

 

そんな会話を職員室の入り口近くで行っていたランページ、理事長秘書であるたづなはトレーナーからすれば上の立場、又はトレーナー業務を行う上でお世話になる事も多く彼女の事を尊敬していたり感謝の念が絶えない者が大半である。そんなたづなが申し訳なさそうにランページに頭を下げてから立ち去った事がどうにも気になったのか、一人の中堅トレーナーがランページに声を掛けた。

 

「なんかあったのか?たづなさん少し困ってたみたいだが」

「何、俺への非難を内々で処理する筈だったのに偶然俺がそこに立ち会っちゃってね」

「あ~……成程、それは確かに学園側としてはちょっとあれな事だな」

 

こういった批判はハッキリ言えばトレーナー業をしていれば頻繁にある事。最も多いのは勝利確実とされていた1番人気が人気的に劣っていたウマ娘に負けてしまった場合はそのウマ娘に勝ってしまったウマ娘のトレーナーに1番人気のファンから批判メールが来ることはよくある。

 

「そういうのは出来るだけ排除されたりとかされてるけど、ウマ娘へのファンメールの中に紛れ込ませたりとか色んな手段講じる奴もいるからなぁ……俺もあったよ。俺の担当がG2で勝った時は15人立てで11番人気だったかな、圧倒的1番人気に勝った時なんてそりゃもう凄かったぜ」

「期待の裏返しって奴よね、まあ俺の場合は、日本の代表としてお前は相応しくない!!とかばっかりだけどね」

「あ~……」

 

ランページに寄せられる大半はそれだ、基本的に未だに配信はしているしテンションは普段のままで明るく楽しくやっている。これが一部の人々には不評を買っている、前例がかの皇帝や至宝である為に不真面目だと捉えられているらしい。

 

「そりゃまあ確かに会長にちゃん先輩に比べたら真面目じゃねえしチャラついてるって言われたら否定はしないさ、だけどそれで俺を否定してどうするんだろうね。あっともうこんな時間か、んじゃ俺はこれで」

 

そう言いながらも職員室から立ち去っていくその後姿を見送るが、そんな中で東条トレーナーの呟きは職員室中に響いた。

 

「今はまだおとなしいだろうけど、マヤノトップガンがデビューしてからもこれだったらあの子は間違いなく行動を起こすわね……下手したら世界中から反応が起きるレベルの」

 

その言葉は冗談には聞こえなかった、何せ彼女は炎上を全く恐れないどころか憮然として態度で食って掛かる相手に拳を向ける。弁護士にも相談してあっという間に裁判の準備整える事も辞さない、加えて背後にいるメジロ家やシンボリ家という権力を使わずとも自分の力で構築したコネだけで十二分な報復が出来てしまう。

 

「それ今のうちに世間に警告しとかないとまずくないですか……?」

「したところで無駄よ。大多数の人間は痛みが伴う事がなければ理解しないわ、一度痛い目を見たらいいのよ、ええっ本当にね」

 

その言葉に職員室内は重い空気が僅かに立ち込めた。東条トレーナーにも経験があるからだ、直近ではフローラに関する事、一番大きなものはルドルフの無敗の記録に敗北を付けてしまった際の事。後日、ランページと話したトレーナーはこの事を沖野トレーナーから聞いたそうだが

 

『あの時のおハナさんはマジでやばかったんだ、本当に憔悴してる感じでな……辞職も考えてた』

 

寧ろ、ランページがある種の行動を起こしてくれることに期待を寄せるのであった。

 

 

「も~遅いよ~!!」

「悪い悪い、たづなさんに口説かれちまってな。全く人気者は辛いぜ」

「下らねぇ事言ってねぇでさっさと入れや」

「んもうステイったら冷たいんだから~タイキ~なぐさめて~」

「Yes!!Come on!!」

 

部室に到着したランページを出迎えたのはむくれたマヤとぶっきらぼうなステゴ、そしてプレアデスの皆だった。確かに遅れてしまった自分が悪くはあるのだが……そこまで言う事は無いだろうに、タイキに抱きしめられて元気を取り戻す。ウムッまだ中等部なのにその胸部装甲は豊満であった。が、スズカからの視線が鋭いので離れておく。

 

「という訳で今回も定例会議という名のお茶会を始めようと思います、が今回は折角日付が日付なのでオークスを見ながらやろうと思います」

 

プレアデスでは定期的に引かれている定例会議という名のお茶会。実際にこれからの方針やらも発表されたりもするので会議とは言えるのだが、実際はチームメンバーの親睦を深める為のだけに行われていると言っても過言ではない、今回スペ、キング、エルは初参加なので緊張していたがいざ来てみると雰囲気が柔らかい為か酷く驚いている。

 

「か、会議って言われたから緊張してたのに……」

「まあ面食らうかもしれないがこれがプレアデスだ、私も面食らった事もあったな」

 

困惑気味のキングにエアグルーヴが笑いながら紅茶を出す、彼女も彼女で合宿の時に同じような経験をしているから言える言葉である。

 

「こ、ここここっこんなおいしそうなケーキ食べて良いんですか!?誕生日でも食べたことないですよ!?」

「あっこのケーキ、マヤが好きって言ったやつ!!」

「気にしないで食べていいのよスぺちゃん、ランページさんの用意してくれるのはおいしいのよ」

「いただきま~す!!おいひぃぃぃっ!!!」

 

誕生日でも見た事がないような大量のフルーツが盛られたケーキに興奮するスペとリクエストしたケーキが来たことに喜ぶマヤ、そして同室のスペに遠慮しなくていい事を伝えると直ぐに食べ始めて喜ぶのを見てニコニコするスズカと早くも仲良くなれているらしい。

 

「エル、これランページさんからデース!!」

「ケッ!?これってチャモヤーダ!?」

「ランページさんに、エルがVery辛い物が好きだと言ったら、用意してくれマーシタ!!一緒に食べましょーウ!!」

「タイキさん……!!一緒に食べマース!!ランページさん有難うございまーす!!」

 

辛い物が好きなエルの為に用意したのはメキシコのスイーツで、マンゴーシャーベットに酸味のあるチャモイソースを加え、チリパウダーをかけたアイス。冷たくも辛いこのアイスは一度食べると病みつきになる程。

 

「「辛いッ!!でもすっぱおいし~♪」」

 

と二人もご満悦。偶然行った峠の麓にあったメキシコ料理店に入ってみた所、美味しかったのでエルも喜ぶかもしれないと思って用意したが大成功だったことに小さくガッツポーズをするのであった。

 

「さてと、オークスは誰が勝つのかな……?」

 

楽し気なプレアデスの声を聞きながらもTVを付ける、今世代のティアラの三強、ドラグーンランス、ヒシアマゾン、オグリローマン。誰が樫の女王となるのだろうか……。



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403話

『東京レース場、第10レースはこの日を待ちわびた方も多い事でしょう。女王を目指すウマ娘達が集うオークス!!本日は天候にも恵まれており、バ場状態は良バ場での発表となりました。この燦然と輝くティアラの舞台で歴史に蹄跡を刻むのは誰だ!!』

 

この日、東京レース場へと集まった人数は10万人を超えて14万人に届きそうな勢い。ティアラ路線はクラシック路線に比べると一段人気が落ちるという印象もあったりもしたが、どこぞの独裁暴君や大逃げターボエンジンの影響もあってか注目度もクラシックと同等かそれ以上になりつつある。その影響も受けてかティアラ路線を目指すウマ娘にとってはこれ以上ないカンフル剤となって益々良い走りが期待出来る。

 

『樫の女王を目指すウマ娘達が府中に集う、このオークスで戴冠するのは一体誰だ!?』

『3番人気は8枠18番ヒシアマゾン、桜花賞でのリベンジを同じチームカノープスのドラグーンランスに果たし女王としての名乗りを上げられるか!?』

『8枠16番オグリローマン、2番人気です。桜花賞2着で涙を流しましたがオークスでその雪辱を晴らす事は出来るのか!?』

『そして1枠1番、桜花賞を制覇せし女王ドラグーンランス!!本日1番人気です、メジロランページ、ツインターボというトリプルティアラに続けるか!?』

 

今年のティアラ路線の中心は昨年のBNWのような三強、矢張りこの三人の誰かがオークスを取るだろうという考えが一般的、だがそれすら飛び越えて誰かがオークスの栄冠を手に居る事だって十二分にあり得るのも事実。何が起きるか分からないからこそレースという物は面白い。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

スタートの準備が整った、同時に歓声も静まっていき始まりの時を今か今かと時の声を待つ。さあどんなレースになるんだ、どんな走りを見せてくれるのか、誰が覇者となるのか。オークスが今―――

 

『スタートです、綺麗なスタートを切りました。横並びで各ウマ娘走っていきますがその中でもポンと抜け出ているのが1枠1番のドラグーンランス、桜花賞に続いてオークスも制覇するという意気込みに満ちているのかとてもいい走りをしております。そのまま先頭でレースを引っ張っていきます。おっと大外からヒシアマゾンも上がっていく、普段は後方策のヒシアマゾン、今日は果敢にも前に出ていきますがそれに競り合うかのようにオグリローマンも前に出ていく!!』

 

ドラランが先頭に立ってペースを握る、此処までは別段可笑しくはないがアマゾンが後方ではなく大きく前に出たのは初めての事だった。普段は追い込み、せめて差しといった位置なのに今日は先行、それを警戒するかのようにローマンも前へ前へと伸びていく。

 

『先頭はドラグーンランス、その後方にはオグリローマンとヒシアマゾン。今年のティアラ三強が早くも激しい競り合いをしておりますが、ヒシアマゾンはかかっているのでしょうか。普段は追い込みである筈ですが』

 

赤坂の実況にも戸惑いが感じられる、それもそうだ。普段追い込みのウマ娘がいきなり先行策に出たのだから戸惑うのも分かる。

 

「別にかかっちゃいないさ―――ただ、勝つための策さっ……!!」

 

周囲の困惑を他所にヒシアマゾンは駆け抜けていく、彼女はこのオークスを勝つつもりしかない。

 

「アマちゃんが先行策か……」

 

観戦するランページも思わずそれについて呟いてしまった。カノープス時代に彼女の練習を見たり付き合ったりはし続けてきた自分としても先行策というのは珍しいと思わずにはいられなかった。大外の不利を打ち消す為に前に出たのか、それとも……少なくとも南坂はこの作戦を許可したことは間違いないだろう、でなければアマゾンがいきなりこんな賭けのような戦法には出ないだろう。

 

『さあ間もなく第3コーナーの下り坂、先頭はいまだにドラグーンランスが3バ身のリード。オグリローマンとヒシアマゾンはほぼ横並びのまま、その後ろにはサウスプリンス、アグネスパレードと続いております。さあドラグーンランスがコーナーを見事に内ラチに沿うように最短距離を突っ切るぞ、このまま逃げ切る体勢を作れるのか!?さあもう直線に入るぞ、ドラグーンランス先頭!このまま桜花賞に続いてオークスも―――い、いやっそうはならないそうはならない!後ろからヒシアマゾンが一気に上がってくるぅ!!』

 

「さあやるぞっタイマンだぁぁ!!」

 

直線に入った途端にアマゾンは一気にアクセルをベタ踏みにした、一気に加速してローマンを引きはがすようにしながらもドラグーンランスへと迫っていく。先行しドラグーンランスの逃げのペースに着いて行ったとは思えぬ程の末脚を発揮してドラランとの距離を詰めていく。

 

「譲ってたまるかぁ!!」

「貰うんだよぉ!!!」

 

『ドラグーンランス、ドラグーンランスも必死に逃げるがヒシアマゾン驚異の末脚!!ドラグーンランス、もう苦しいか脚が伸びてこないぞ!!ヒシアマゾンが遂に並んだ並んだ!!ドラグーンランスも意地でヒシアマゾンを抜かせない抜かせない!!カノープスの一騎打ちだ、桜花賞に続いてオークスも制するかドラグーンランス、ヒシアマゾンがオークスで雪辱を晴らすのか!!?』

 

ドラランは逃げていた、それは1番を引けたことで包まれることを警戒して前へ出てしまったから。それによって絶好の逃げのポジションを確保できたことでそれに移行したが、アマゾンはその事を素早く察知して先行策に打って出た。スタミナではアマゾンの方がドラランよりも数段優れている、それを読み切ってのせめぎ合いが続く中でドラランがヨレる。流石に脚に来ているのか、内ラチへとぶつかりそうになりながらも最小限のそれで抑えるが―――その隙をついて自分とアマゾンの間に割って入ったウマ娘がいた。

 

「貰うよ、オークス!!」

「んなっ……どっから!!?」

「貴方の後ろだよ、走りやすくしてくれてっありがとうねアマさん!!」

「やって、くれるじゃないかぃ!!!」

 

『此処でオグリローマン!!オグリローマンが文字通り、ドラグーンランスとヒシアマゾンの先頭争いに割って入ったぁ!!さあ三強の争いとなっ……ていないっ!!オグリローマン、オグリローマンが抜け出していく!!ヒシアマゾンも伸びていくがオグリローマンがそれ以上の末脚で伸びていく!!ドラグーンランスはもう厳しいか!!?オグリローマンオグリローマンオグリローマン!!オグリローマンが今っゴールイン!!!オークスの女王となったのはスピカのオグリローマン、桜花賞での借りを返したのはオグリローマン!!2着ヒシアマゾン、3着ドラグーンランス!!』

 

「いよっしゃあああああああっっ!!!」

「っそぉぉぉおっ!!!負けちまったかぁ!!」

「ぐやじぃぃぃ!!」

 

悔しさに溢れた声こそ上げるが、その表情にはそれを全く滲ませていない。寧ろ自分達を破って頂点に立った彼女を祝福する笑みすら浮かべて二人はローマンを見ていた。

 

「負けちまったねぇ……ドララン」

「うん……驕ってたかも……」

「アタシもさ……アンタは警戒してたけど、ローマンはそこまでだったかもしれない……アタシもまだまだ、だね……」

 

同じチーム故にどちらも互いを警戒していた事が決定的な差となったのかもしれない。次はそれを抑えて走らなければならない……合宿でそれを叩き直す、そして―――次こそは勝つという熱意を燃え上がらせた。



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404話

オークスはオグリローマンの勝利へと終わり、ティアラ路線は最終戦となる秋華賞へと持ち越しになる。ドラグーンランス、オグリローマンの二冠か、それともヒシアマゾンの逆襲によって起こる三強のティアラ独占かと様々な煽り文句で世間は賑わう中で世の中はまた新しい熱意を受けて激しい熱を帯びる事となる。オークスが終わればすぐに行われるG1レース、日本の祭典とも呼ばれる日本ダービーだ。

 

「腕の振りが甘いぞブライアン!!ローレルは必ず来る、その為にもお前も気合を入れろ!」

「ああっ!!」

 

リギルより再び現れた無敗の三冠への挑戦権を得たウマ娘ナリタブライアン、BNWの一角たるビワハヤヒデの妹である彼女の強さは疑う所がない。一部ではルドルフを越えるとすら言われるようにもなっている訳だが、彼女はその評価を如何でもいいとすら思っている。そんな事に気を取られている余裕なんてない。

 

「……もう一本だ」

「少しは休憩なさい、ハイペースすぎるわ」

「この程度こなせなければあいつには勝てない」

 

東条トレーナーの言葉も彼女の中にあったあの光景がかき消してしまう。皐月賞、今の自分の評価を決定付けたG1レース、その勝利は自分の圧倒的な能力故の物だとされているが如何してもそれに甘える事など出来ない―――

 

『成程ね……成程成程―――フフッ』

 

カノープスのサクラローレルが見せたあの笑み、皐月賞を試金石として使って自分の実力を評価する程のあのウマ娘は日本ダービーで確実に自分の障害となる事だろう。オフサイドトラップも強敵ではあるが、どうしてもあの笑みの印象のせいでローレルばかりに意識が向いてしまう。今度の日本ダービーでは確実に全力で自分を越えに来る、そんな彼女を破る為には自分も全力で行くしかないと日々のトレーニングにも熱が入る。ダービー当日も近いというのに練習量は増すばかり。

 

「ブライアン、そこまでにしなさい。それだと疲労が抜けきらないでダービーで満足に走れないわよ」

「分かっている、だが……この程度の私では奴に勝てるとは思えない……!!」

「だからこそだ妹よ、今お前がやるべきなのは一つ一つの積み重ねだ。今日はもう十分だから次は明日の自分の為に食事をとって身体を作る作業だ」

「……分かった、汗を流してくる」

 

此処まで言って漸くブライアンは練習用のシューズを脱いで普段使いのそれに履き替え、シャワーへと向かって行った。その様子にハヤヒデと東条は重々しい溜息を吐いてしまった。

 

「ハァッ……やる気と熱意があるのは結構だけど此処まで来るとこっちが参るわね」

「すいませんおハナさん、妹がご迷惑を」

 

申し訳なさそうに謝るハヤヒデだが、同じく苦労する者としては彼女を悪く言うつもりは欠片もないし悪い訳でもない。ブライアンは確実に皐月賞よりも成長している、タイムも良くなっているレベルも確実に大きく向上している、それは彼女も自覚している筈なのにそれで全く納得をしない。向上心があると言えば聞こえはいいだろうがそれも此処まで来ると問題だ、やる気がないよりもずっと厄介だ。

 

「自分を抑えられないっという奴でしょうか、ブライアンはそういう所がありましたから」

 

自分よりも遥かに高い潜在能力を秘めている妹。それ故かライバルにも恵まれなかった事に何処か憤りを感じているようなところも見せるようになっていたが、ローレルという絶好の相手を見つけられたからそれに勝ちたいという思いが先行しているとハヤヒデは考えているが、東条の考えは全く異なっている。

 

「勝利に飢えるとは違うわね……好敵手を求めている訳でもない、あれは純粋に―――怖いのよ」

「怖い、ですか……矢張り以前の皐月賞が原因でしょうか」

 

サクラローレルのそれは酷く不気味、だが次は確実に取りに来る。ダービーを確実に……ローレルは自分から見てもステイヤー向きのウマ娘、2000よりも距離の長い2400であればより高いパフォーマンスが見込める。

 

「ブライアンならダービーでも実力は発揮しきれる、それは自分でも分かっているのに不安でしょうがないのよ。相手は自分の事をライバルだと認めているのに自分の事を一切見ていないことが」

「敵として認められているのに、敵として見られていないですか……私には分からない感覚ですね」

「大多数からしたら訳が分からないわよ」

 

チケットとタイシンという良きライバルに恵まれているハヤヒデからそれはそれは本当に意味の分からない感覚だろう。敵だと認めた上で全力で競う、それがレースにおけるライバルである筈なのに……。

 

「言える事があるとすれば……」

「すれば?」

「ダービーはブライアンにとって確実に試練になるわ」

 

 

シャワーヘッドから流れ出るお湯が身体を伝って汗を流す、少し熱めの温度設定にしている筈のそれは全く身体を温めてくれない。何度目になるのか分からないが頭からシャワーを被るが気分は晴れない。あの日から、あの皐月賞からずっと身体の冷えが取れないのだ。

 

「(ローレル……)」

 

あの日見たあの笑い、感じた寒気はいまだに身体に残り続けている。どれだけ温かい湯に浸かっても、どれだけ暖かい料理を食べても、どれだけ辛い料理で汗を流してもこの寒気は無くならない。

 

「勝てばこの寒気はなくなるのか……」

 

勝利は自分を満たしてくれた、相手が強ければ強い程に自分の中に充実感と幸福感が満ち溢れるのに皐月賞ではそれは訪れなかった。あったのは虚無感に近い、敗者が勝者を見る事もなく去っていくあの姿も鮮明に思い出せる。

 

「随分と長いな」

「っ―――先輩か」

「隣、失礼するぜ」

 

隣のシャワーを使い始めたのは敬愛し尊敬するランページだった。同じようにシャワーを浴びて汗を流している、その様子から彼女も走っていた事を理解出来る。プレアデスの面々相手に走ったのだろうか、そうじゃないと不思議と理解できる自分が居て奇妙だった。

 

「ローレルの相手か」

「分かるか、全く扱き使ってくれるもんだよ南ちゃんも。惚れた弱みって奴は中々に辛いもんだぜ」

 

髪を洗いながらもぼやくが、確かに彼女を振り回せる存在何てほんの一握りだけだろう。メジロの御婆様かシンボリの相談役と並ぶことが出来るあの優男が本当は鬼か妖怪の類だったとしても驚く事は無いだろう。

 

「お前は随分とローレルを意識してるみたいだな」

「……分かるのか」

「伊達や酔狂で暴君やってる訳じゃないからな、これでも人を観る目には自信がある」

 

では自分の思いもきっとお見通しなのだろう―――だから尋ねて見る事にする。

 

「先輩、ローレルのゴールは一体どこなんだ」

「教えてやってもいいが、自分で聞きだしてみな。その方が面白い」

「面白さなんて求めていないんだが」

「不安を無くしたいか、今俺から聞いたとしても深まるだけだからやめとけ―――答えは走りで聞け」

 

ウマ娘にとってはそれが一番だと言わんばかりの返答だった。確かにそれが一番なのかもしれないと思ったのが自分の中の寒気が少しだけ溶けたような気がする。気のせいなのかもしれないが……自分の中にある氷を溶かすには矢張りローレルとの直接対決を制するしかないのだろう。

 

「……分かった。ダービーで明らかにしてみせる」

「それでいい」

 

去っていくブライアンの背中を横目で追いながらもランページはシャワーを浴び続けた。そして―――

 

「やれやれ、逆転しちまってるなぁ……罪作りな奴」

 

自分も疲労がたまった脚に力を入れてシャワーから出るのであった。流石に今日は走り過ぎた、さっさと仕事を終わらせて家に帰って寝たい……そんな風に考えながらコーヒー牛乳を喉奥へと流し込んだ。



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405話

『さあ今年もこの日がやってきました、ウマ娘の祭典、東京優駿、日本ダービー!!何と今年のダービーを見る為に押し掛けた人の数は20万人を越えているとの事です!!入場規制もなされており、レース場に入場できないお客さんは外部に設置された大型モニターの前に集まっているとの事です。流石日本ダービーというべきか、年々来場者数は増していると言っても過言ではありません!!これ程の期待が向けられる夢が、世代最強の座を掛けた戦いがこれから行われようとしているのです!!今から私の期待も張り裂けそうです!!!この数のスポットライトを浴びるのはどのウマ娘なのでしょうか!!?』

 

熱狂の渦にある東京レース場、それほどに日本ダービーというのは特別なのだ。ダービーウマ娘という称号は世界のどこに行っても通用すると言っても過言ではない、故にこのダービーはもっとも幸運な者が勝利すると言われているのにも拘らず世代最強と言われる。最も強い者が勝つと言われる菊花賞よりも重視される、それほどまでにダービーという名前が背負う夢と称号は重く、大きなものなのだ。

 

「相変わらずスゲェ人だぜ……オークスにもこんだけ集まれって気分だぜ」

「その辺りは致し方ありませんよ、ダービーという物にはそれほどまでの歴史の重みがあるのです」

「歴史ねぇ……それに縛られて今がダメになったら終わりな気もするけどな」

 

レース場の特別展望個室、VIPしか入れない展望ルームに陣取るのはチームプレアデス。ランページが使えない?と聞いたらどうぞどうぞ!!とスタッフが全員及び腰になったのはステゴが爆笑していた。普段は威張っている大人がランページにひれ伏す光景が面白くてしょうがなかったらしい。

 

「うわぁっこんなところでレース見られるなんて……お、お母ちゃん東京って凄いよぉ……」

「緊張し過ぎよスぺちゃん、ランページさんのチームにいるんだから多分この位は当たり前になると思うわ」

「こ、これが当たりマエデスカ……!?」

「まあ世界最速な訳だから当然よね……お母様が来たとしても此処までの歓待ぶりはないわね」

 

「ここが将来私たちが走る場所……う~ん、なんか凄すぎてなんかイメージできない不具合が私に起きてる……」

「サニー先輩確りしてください、ティアラ路線の私と違ってクラシック路線何ですから。ほらっタイキなんて見てくださいよ」

「イエース!!レースグルメ、ベリーベリーグッドデース!!」

「このドーナッツ美味し~♪」

「悪くねぇな、肉少ねぇけど」

 

思い思いに既にレース場を楽しんでいる面々、それらを見つつもこれからのレースの事を思う。史実の基準で考えるなんてこのウマ娘の世界では無粋だろうが、順当に考えれば此処で勝利するのはブライアンだろうとは思うが……対するローレルも相当な物があるだろうしトラップだって黒沼トレーナーとブルボンにかなりのトレーニングを受けていると聞く。

 

「ランページさんは、勝つのはローレル先輩だと思いますか。それともブライアンさんか」

「さてな、ローレルは既にブライアンを見てない。その先を観ちまってるからな」

「そ、そうなんですか?」

 

ローレルの視線の先にあるのは既に凱旋門だ。ブライアンへの認識は敵ではあるがライバルではなく、共に高め合う仲間としての物が強い。対照的にブライアンはローレルは絶対に自分は越えなければならない相手であり勝たなければならないライバルという認識がある。

 

「その為に俺と走りまくってるんだが……ぶっちゃけていい?」

「え、ええ」

「この勝負、ブライアンはガチで行かないと勝てねぇな」

 

そう断言できてしまう程にローレルは仕上がっている。伊達に世界最速最強の本気と走り続けてはいない、何せ南坂によってかなり厳しめのメニューも熟していたし何ならラスト辺りは自分にも辛いものがあった。

 

「もう二度とやらねぇって決めた走りまでやらされたからなぁ……こりゃマジでローレル行くぞ」

 

レジェンドレースの中距離部門で自分がやって二度とやらないと決意した全力全開全身走法、それを使ってローレルの相手だってさせられた。この時ばかりはマジで相棒にえっ本気でやるんですか?という目で見た、プール調教前の死んだ目のヒシミラクルみたいな感じになっていたと思う。尚、笑顔でハイお願いします♪と言われて撃墜された。

 

「し、しかしブライアンさんの方だってハヤヒデさんやルドルフ会長が相手になったと聞きますが」

「端的に聞くとさ、その二人と俺比べたらどっちが上だと思う?」

 

そう言われてエアグルーヴは言葉に詰まる。実績で言えば間違いなく自分だからだ、と言っても自分だってその二人に対してマウントを取るつもりはない―――だが自分でも想像を超える程にローレルは伸びてしまったのだ。

 

「ブライアン、ガチで行け。でないと……並んで貰えねぇぜ?」

 

 

「―――、―――ん、ブーちゃん!」

「……んっああなんだ?」

 

 

控室、そこでブライアンは鏡を前にして静止していた。先程の事を思い返せば勝負服を纏ってシャドーロールを付けた辺りの事は覚えているのだが……如何にもその後の事が思い出せない。立ったまま寝ていた?いやそれはない、というか快眠だった。姉と一緒の布団で寝たから快眠だった、如何に自分ってやっぱり姉が好きなんだなと思って少しだけ笑ってしまった。そんな自分を呼びに来たのは同級生でもあるサムソンビッグだった。

 

「ああなんだ、じゃないよ何時まで経っても来ないから係員さん困ってたよ?もうコースに行かなきゃいけない時間だよ?」

 

自分の声真似をしながら少し怒ってます&心配してましたと言いたげな顔をしている彼女、サムソンビッグはブライアンにとっては貴重な同級生の友達。その能力の高さとランページに憧れてクールなキャラを目指した結果、余り近づかれなくなってしまった自分だったがサムソンはそんな事は感じた事がないと言わんばかりにずっと仲良しの友達をやっている、ブーちゃんという呼び名も入学して直ぐに友達になった際の呼び名のまま。ある意味で彼女はブライアンにとっては重要な友達でもあった。

 

「すまない」

「緊張してる?」

「いや、緊張はしていない筈だが……なんだろうな、何かを感じてはいる」

「それならハイこれ!」

 

そう言ってサムソンは自分の手に何かを握らせてきた、見て見ると可愛らしい包み紙のチョコがあった。

 

「甘いものを食べると元気になるよ!それじゃあブーちゃん、私先に係員さんに話してくるよ。今日は宜しくね~!!」

 

控室に出ていく背中を見送ってからチョコを食べる、その甘さに口角を持ち上げつつも水で喉を潤してから控室を出る。気づけば心の中にある重さは無くなった、後でサムソンにお礼を言わなければ……と思いながらも地下バ道を抜けてターフへと出る。大観衆の歓声が耳を劈くが、直ぐにそれは聞こえなくなった。自分の後ろから出て来たローレルによって自分の意識はそちらへと向いてしまったからだ。

 

「ローレル」

「ブライアンちゃん、今日は宜しくね」

「……ああ、その気はないな。お前にそんな気はないのだろう」

「うんないよ」

 

あっさりと言ってのけた。それは勝利宣言なのか、それとも……ブライアンはそれ以上追及する気はなかった、ただ一言だけ、自分の気持ちを言っておく必要はあった。

 

「ハッキリ言っておく、私はお前に勝つぞ。私に勝てなければお前は先には進めない、そう思え」

「―――そうだと私も嬉しいよ」




先日、元ばんえい馬だったお馬さんと触れ合う機会がありました。

普通の馬が一般車、プリウスとかその辺りだとすればばんえい馬はダンプカーとか重機ですねあれ……マジでデカかった。でも凄い穏やかな気性で凄いかわいかったです。顔舐められてなんか嬉しかった。

でも力は半端なかったです、軽く鼻で押されましたが普通に後ろにコケました。軽くじゃれてるだけのつもりだから許してあげてと言われましたがやべぇ……ってなりました。

こうなるとウマ娘世界のばんえいウマ娘ってどういう存在なんだろ……気になってきたわ。


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406話

遂に始まる日本ダービー。ライアンのダービー、テイオーとネイチャのダービー、ブルボンとライスのダービー、チケットとハヤヒデとタイシンのダービーを見届けて来たランページは矢張りダービーという物は特別なんだなという物を肌で感じている。オークスがダービーよりも格落ち扱いされている事が若干不満があるが為に不満を口にしたが、間近になると矢張り違う物がある事を認識せざるを得ないのだから困ったものだ。

 

「よく見ておけよ、この世代の頂点が生まれる瞬間を……どんな結末になろうともな」

 

その言葉にプレアデスの面々は思わず喉を鳴らしながらも視線をそちらへと動かした。ゲートインも完了し間もなく出走しようという時、今か、まだか、様々な思いが揺れ動く中でもう間もなくだ―――そんな時にゲートが開いた。

 

『さあ第61回日本ダービーの幕が今開きました!!出遅れは有りません、さあナリタブライアンは先頭集団に向かいますが既に先頭集団を越えて先頭に立ったウマ娘がいるぞ!?これはっ……カノープス、カノープスのサクラローレル!!サクラローレルが先頭に立っています、これは一人だけ走りが違うと言っても過言ではありません。大逃げっ大逃げの態勢を作っているぞサクラローレル!!聞こえるでしょうかレース場からは驚きと戸惑いの声がどよめきとなっております!!』

 

ポン、と一人だけ飛び出したローレルがあっという間に先頭に立って残った17人を引き連れて第一コーナーをカーブしていく。これまでサクラローレルが逃げを打った事はない、ダービーで初となる逃げ、しかも大逃げを打って先行逃げ切りを狙うなんて無謀すぎる、無謀すぎるのだが―――ここは東京レース場、芝、2400。この条件がそろう中での大逃げは誰しもがあのウマ娘の大逃げを連想せざるを得なかった。

 

『サクラローレル先頭、サクラローレルが先頭です!!続いてオフサイドトラップ、アイネスクロウラー、ワイバーンロアー、ですが既にサクラローレルは10バ身以上も先にいる。正しく一人旅、サクラローレルの一人旅であります!!注目の皐月賞ウマ娘ナリタブライアンは中団に控えております。だがサクラローレルのこの大逃げ、そしてこの舞台、誰もが連想せざるを得ません。同じチームカノープスに所属しながら同じくクラシッククラスで世界を相手取って大逃げでワールドレコードを叩き出したあの暴君の姿がっサクラローレルに重なっております!!』

 

独裁暴君、メジロランページ。ジャパンカップで見せたワールドレコードの大逃げ、そしてレジェンドレース中距離での大逃げ。その記憶が鮮明に焼き付いている者としては意識せざるを得ない。しかも同じチームカノープス、誰もがまさかメジロランページと同じことをする気なのか。ありうる、同じチームカノープスであった彼女にならば南坂は出来るだろうし何だったらランページに直接師事だって受けられるのだから。

 

『さあ向こう正面に入ろうという所で後方からどんどんウマ娘が上がっていくぞ!!?』

『これはサクラローレルの走りにメジロランページの走りを見てしまって自分のペースを見失ってますねぇ……まあ無茶を言うなって話ではありますが、これも彼女とトレーナーである南坂トレーナーの策略なのかもしれませんね』

 

同じチームだった者が同じことをすれば嫌でもフラッシュバックするランページの走り、それを利用して揺さぶりを掛けて来たと考えるだろう。

 

「考えなくは有りませんでしたけど、それはそっちが勝手に思った事ですし私は唯ローレルさんに緊張せずに行きましょう位しか言ってませんよ」

 

肝心の南坂は解説に対して好き勝手言ってくれるなぁ位しか思っていない、人を勝手に人を操って破滅させる悪魔みたいな言い回しだったことが気になった。強いて言えば自分は暴君の側近だよ、といいたくなった。だがまあ、正直に思えばローレルが大逃げを打つのは予測出来た、良くも悪くもランページとの走り込みが影響してしまったのだろう。流石に走られ過ぎたと反省気味。

 

「持つか持たないかで言えばローレルは持つだろうな2400のゴールまで。元々ローレルは体力型だしスタミナの使い方が上手いからターボのそれよりもずっと長持ちがする大逃げが出来る、スズカよく見ておいた方が良いぞ。ローレルは身体の使い方が上手いから参考になるぞ」

「はいっ」

 

同じく大逃げになる予定のスズカにもよく見ておくようにと言っておく。それ程にまでにローレルは身体の使い方が上手い、操縦性が良いというべきか、身体を完全に操り切れている為か無駄なロスが他のウマ娘と比べるとかなり少ない。普通のウマ娘が走って出るロスは20~30、ローレルの場合は10~15と半分程しかない。なので大逃げでも体力の消費は自分やターボと比較しても少なくて済む。

 

ターボの大逃げが最初から出力100、自分が80~90だとすればローレルは70~90の幅広い範囲で対応出来る。これは幻惑にも使えるので想像以上にローレルが大逃げを取った場合のアドバンテージはデカい。

 

「トラップの走りも見事だが、こりゃ序盤の飛び出しがデカいな……このまま逃げ切れる―――」

 

『こ、此処でナリタブライアン!!ナリタブライアンが一気に上がってきた!!』

 

「訳がねぇよな、さあ見せて見ろよ後輩」

 

 

これまで多くの走りを見て来た。自分との実力差を計るような走り、全力で自分を倒しに来た走り、自分を観察しながらも自分の実力を確認するような走り、今度はメジロランページの走りかと思わず思う自分が居た。その走りならば自分が勝てないと思っているのか、それともそれも目指すべきゴールにたどり着くための下準備に過ぎないのか。様々な思いが自分の中を廻っている、

 

「(お前は私を見ない、だが―――私はお前を見ているんだぞ。お前はもう、そこに居るつもりか、なぁっサクラローレル……ならば貴様のいる所まで―――)私がっ……上がってみせる!!」

 

刹那、ブライアンの表情が変化した。瞳に炎が、シャドーロールから黒いオーラが漏れ出す。それらを纏ったままブライアンは一気に上がっていく。第3コーナーを回って第4コーナーへと向かう最中、突如としてブライアンの走りは段違いに加速し始めたのだ。

 

「この感じ……ブライアンちゃんっ……!?」

「私と、戦えっ!!ローレル!!!」

 

先頭を走り続けていたローレル、最早絶望的とも言ってよかった筈の間をブライアンは完全にローレルを捉えるまでに迫っていた。此処まで圧倒的なのかと言葉を漏らしたくなるほどにブライアンの走りは凄まじかった。たった一人のウマ娘に自らの走りを認めさせる、唯それだけの為に此処までをする。その時に―――ローレルの顔は驚きから笑いへと変貌し、そしてブライアンの走りと並び始めた。

 

『さあ最後の直線だ、ナリタブライアンが一気にサクラローレルを抜きに掛か――いや並んでいる!!並んでいる並んでいるぞ!!サクラローレルがナリタブライアンに並んでいる!!ここまで大逃げをし続けていたのにまだ余力があるというのか!?恐るべしサクラローレル、恐るべきカノープス!!ナリタブライアンサクラローレルを抜き切れない、このままいくのか!?後方からはオフサイドトラップが上がってきているぞ!!オフサイドトラップ、残り3バ身詰め切れるか!!!?』

 

「ローレルゥ!!」

「ブライアンちゃん……っ!!」

 

此処まで独走し続けていたブライアンの走りを見て、ローレルの走りも変わった。まだ余力は残っている、まだ最後のスパートを掛けられるだけの力はある。ならばするしかない、とこの時はそう思った。そして―――ローレルはこの時にブライアンだけを見ていた。

 

「負けて堪るかぁぁ!!!」

「私のっ……セリフだぁぁぁぁ!!!!」

 

『さあナリタブライアンが伸びる伸びる、だがサクラローレルも伸びてきているぞ!?両者ともに行く、突き抜けていくっ!!第61回日本ダービー、この栄冠をつかむのは元祖最強チームリギルのナリタブライアンか!?カノープスのサクラローレルか!!?譲らない譲らない!!両者ともにこのウマ娘だけには譲らないと言いたげな形相であります!!さあもうゴールは後僅か、ダービーを制覇するのは何方だ何方だ。オフサイドトラップも猛追、するがこの二人にはついていけないのか!?強い、本当にこの二人は強いぞ!!此処まで強いのか!?サクラとナリタ、今ッゴールイン!!!!これは何方だ、何方が勝った!!?三着にオフサイドトラップ、四着にエアスリーズ、五着にヤシマポジトロン。第61回日本ダービーの決着は―――写真判定!!今年のダービーの決着は矢張り写真判定、それほどまでに際どい争いでありました!!』

 

「がっは……ぐっごほごほ……」

「ハァハァハァ……」

 

互いに死力を尽くし果たしたと言わんばかりに、膝をついて全身で息をする二人。本当に最早二人の世界とも言えてしまう程に激しいレース展開だった、最早入る隙間などない―――

 

「ブーちゃん大丈夫!?深呼吸して深呼吸!!吸って、吐いて~吸って~吐いて~」

 

と思った居た所に最後方に居た為にローレルに引っ張られずにペースを守っていたので9着にゴールしたサムソンビッグがブライアンの背中をさすりながらゆっくりと息をするように促している。

 

「はい吸って~」

「……もう大丈夫だ、すまない」

「ブーちゃん凄い走りだったよ!!もう追いつけない位に、まあそもそも私9着何だけどね~」

「ふっ前回よりも随分と順位を上げたじゃないか」

「えへへ~そうでもないよ~」

 

照れるサムソンにブライアンは平常心で話せていた、そして目の前に居るローレルが此方を見ている事に気づくと自分はそれを見つめ返した。それは―――写真判定による結果が出るまで続いた。そして―――その時はきた。

 

『第61回日本ダービーを制したのは―――ど、同着!?同着同着です!!ナリタブライアン、サクラローレル共に日本ダービー制覇です!!しかもこのタイムは―――2:23.7!!!ミホノブルボンが達成したレコードを0.8秒も縮めたレコードタイムでの決着です!!無敗の二冠の誕生ともう一人のダービーウマ娘の誕生です!!トウカイテイオー、ナイスネイチャ以来の快挙の達成です!!』

 

ダービー同着、レース場は沸いているがブライアンは少しだけ不満げな顔をしていた。これで決着がつけられると思っていたのに……と言いたげな顔をしていたが、ローレルから差し出された手を見て、少しだけ目を丸くしつつもそれを取って立ち上がる。

 

「おめでとうございますブライアンちゃん、勝つつもりだったのに引き分けでしたね」

「此方の台詞だ」

 

そう言い切ると、肩から力抜いて笑って言った。

 

「菊花賞では負けんぞ」

「フフフッあんな走りをしたばかりなのに元気ですね」

 

他愛もない話をするが、ブライアンは菊花賞で今度こそ勝利を収める、今度こそリベンジだと意気込んでいた……

 

「私、サクラローレルは凱旋門賞に挑戦します。なので菊花賞には出走しません」

 

サクラローレルによる凱旋門賞挑戦、それをインタビューで耳にするまでは。



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407話

日本ダービーの勝利者インタビュー。そこに立つ事は間違いなく名誉である事、名トレーナーと言われるトレーナーでも日本ダービーを勝たせる事は出来なかったという者の方が多く、仮に複数回ダービーを取ったのならばそのトレーナーの手腕は確実な物だろう。そんな今年のダービーウマ娘とダービートレーナーはチームリギルの東条 ハナとナリタブライアン、チームカノープスの南坂トレーナーとサクラローレル。再び訪れたダービー同着という結果に大盛り上がり。そんな舞台で二組へのインタビューは矢張り盛り上がりに決まっている。

 

「東条トレーナー、ナリタブライアンさん日本ダービー制覇おめでとうございます!!今のお気持ちは如何ですか?」

「同着ではありますが再びこの舞台に立てた事が光栄でなりません。ブライアンは今のリギルで一番勢いがあるウマ娘だと確信しています、もしかしたらルドルフを越えることが出来るかもしれないと期待を寄せております。彼女のトレーナーで居られる事は嬉しい事、この上ありません」

 

東条トレーナーをしてルドルフを越えるかもしれないというコメントに周囲は色めき立つ、無敗の二冠はトウカイテイオーに続いて3人目、そしてこのままの勢いで無敗の三冠を成し遂げるのではないかという期待も大きくなっていく中でブライアンへとマイクが向けられた。ブライアンはマイクに向けて、自分の思いを語った。

 

「私は……私は勝つつもりで此処に来た。ローレル、私はお前をライバルとして見ていたがお前は私を敵としてしか見てくれなかった。だが今日それが変わったと確信している、次の舞台でお前と戦う事が楽しみでならない―――次は同着では済ませんぞ」

 

勝利への情熱が感じられる、今のブライアンは今までにない程に満ち溢れている。自信と活力、そして次への意欲、ローレルに執着した事が良い意味で彼女に進化を齎してくれた。フローラのようにならなくて本当に良かったと、顔に出さぬようにホッとする。そして次にカノープスの南坂へと向けられた。

 

「昨年のウイニングチケットさんに続いてのダービー制覇、おめでとうございます!!どのようなお気持ちですか!?」

「成すべき事を成してくれた、思った以上の成長を遂げてくれたとローレルさんを称賛したいですね。此処まで大きく成長してくれるとは思いませんでした、ランページさんとは違う意味で予想外ですね」

 

そんな言葉に笑いが起きる、ランページを引き合いに出してこんな風に笑いを取れるのは恐らく彼だけに許された特権だろう。そしていよいよサクラローレルへとインタビューが向けられる。

 

「こうして此処に立てた事は非常に光栄です、私の目標の一つが達成できたと言っても過言ではありませんから」

 

矢張りクラシック三冠の一角を制することが出来た事に関するコメントが取れた、しかもダービーだ。これは感無量に違いない―――と皆が思う中でブライアンだけは気付いていた、ローレルの顔が既に次へと向けられている事に。

 

「次は矢張り菊花賞ですね、無敗の三冠が達成されるのかそれとも二冠が並ぶのかの対決となる訳ですがそれに対するお気持ちを―――」

 

聞いて当たり前の質問、クラシック戦線を駆ける上でされるのが当然の質問だったそれを途中で切断するようにローレルが手を上げた。そして胸を張りながら堂々と宣言した。

 

「私、サクラローレルは凱旋門賞に挑戦します。なので菊花賞には出走しません」

 

その瞬間に世界が凍り付いたと言ってもいい、東条トレーナーもブライアンもその言葉を聞いて固まっていた。記者たちも固まっていた、唯一固まっていなかったのは南坂とローレルだった。ローレルはそのまま続けた。

 

「私の目標は最初から定めていました。私の両親が出会ったフランスの地、そこで行われる最高峰のレースである凱旋門制覇。それが私にとって最大の目標でした」

 

確りと話を聞けているのか分からないが、ローレルはそのまま続けていた。

 

「当初の予定では、私の挑戦はシニアを予定していましたが南坂トレーナーがダービーで十分な走りをする事が出来たのならばクラシッククラスでの挑戦を許可してくれるとの事でした」

「っ……成程な、私を敵だと認めていながら私を見ていなかったそういう事か……私を、使ったな、自身の実力を計る為の競争相手にしたのだな……!?」

「はい。同期の中でもブライアンちゃんの実力は飛び抜けていましたし、確実にシニアクラスの実力が既にある。ならばそれを越える為の走りが出来たとしたら……?」

 

此方を見つつも淡々と事実だけを話し続けるローレル。競争相手として最適と判断されたのだ、自分を高めるライバルとしても実力を判断するためとしても。南坂を納得させるならばレースでブライアンとの走りで判断して貰うのが一番……東条も上手い手だとすら思った。皐月賞もそういう事だったのかと納得すら覚えた。

 

「だから、お前は菊花賞に出ないというのか。私はもう用済みだというのか」

「―――違うよ、私は貴方に勝ちたいから凱旋門に行ってくる」

 

ブライアンは悔しそうにしながらも屈辱に耐えるように歯を食いしばってローレルを見ながら言った、だがローレルの返答は全く違った。その瞳は自分を観ていた。

 

「今日、ダービーを走って私は勝つ気しかなかった。ランページさんに無理言って一緒に走って貰ったりしてた、正直言うと途中まで私はランページさんとレースをしてたつもりだったよ。でも―――途中から貴方と走ってたよ私は、私は貴方に完璧な形で勝ちたい、そんな自分になりたいの。だから凱旋門に行く―――ナリタブライアンに勝つサクラローレルになる為に」

 

間違いなく、ローレルはブライアンをライバルとしてその名を呼んだ。そして今度はライバルに負けたくない、勝つために凱旋門に挑戦すると言ったのだ。そんな彼女にブライアンは笑った。

 

「ハッ……世界一のレースが私を倒す為に必要か……望むところだ、なら宣言しよう。私は必ず菊花賞を取り無敗の三冠を達成する、その上で有記念で雌雄を決しようじゃないか。私は今日の何倍も強くなってお前を待つ。私が倒すに相応しい存在となって帰って来い、サクラローレル、お前と全力で勝負させろ!!」

「望むところだよ、今日みたいな決着は絶対にあり得ない。今度こそハッキリさせようよ、私か、貴方か、何方が強いかをさ」

 

気付けば、その場の全員が飲まれていた。ローレルの凱旋門挑戦に言葉を失っていた、だがそれ以上に滾る物があった。ライバルと認めていた相手は自分を競争相手として見ておらず、叩き台として見られていた。だがそれを自らの走りで覆し、今度は勝つ為に世界一の舞台に挑むという、それは最強のライバルとして認められた宣言と変わりない。握手を交わした二人にフラッシュが焚かれた、ナリタブライアンとサクラローレル……その決着は、12月に繰り越されることとなった。

 

無敗の三冠となり待ち構える事を約束したナリタブライアン。

 

世界一の舞台へと向かい、強くなる事を誓うサクラローレル。

 

この二人の激突は何を産むのか、そして―――今年のクラシックはさらに過熱していく事となる。

 

 

「漸くブライアンさんを見てくれるようになりましたね、既に引退している貴方ばかりを見ていられたら困ってしまいますから」

「南ちゃんも悪い奴だねぇ、ブライアンに惹かれないとか言ってた癖にローレルのライバルになるって事は分かってたんだろ?」

「勿論。ローレルさんが自分を観ていないと分かれば更に強くなることも分かっていました、そうなれば彼女もまた上を向く。時間はかかりましたけどね」

「やれやれ、計算高いというかなんというか、参ったよ南ちゃん」



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408話

ローレルの凱旋門挑戦、ブライアンの無敗三冠宣言。日本ダービーの舞台で二つの爆弾的な事が起きた事で日本はいまだ熱狂の中にあり続けている。クラシックでの凱旋門挑戦など無謀すぎるという声もあるが、唯一凱旋門を制覇したランページの後輩たるローレルならばと、世間では様々な反応があり自称有識者も偉そうに持論を並べる中で世間はそれらにあまり反応を示す事は無かった。何故ならばもっと聞くべき存在がいるだろう!?という声が大多数だったからである。

 

実際凱旋門を制した独裁暴君たるメジロランページ、海外遠征時には代理トレーナーを務めたスピードシンボリ。この二人に焦点が当たっている。と言ってもスピードシンボリなんて名家の相談役に簡単にアポなんて取れる訳もない。当然、その目標を向けられるのは―――ランページとなった。と言ってもランページもランページで基本的に取材を受ける相手は限定してしまっているので真正面から挑んだとしても応える訳もない、ならばと誰しもが考える事があった……そう、マヤノトップガンのメイクデビューである。

 

6月。ウマ娘のメイクデビューが始まるこの季節、梅雨という事もあって今日は小雨が朝から降り続けている事もあって重バ場となっている京都レース場、今日ここで行われる芝2000mのメイクデビューに出走するのがメジロランページが監督するチームプレアデスに所属するマヤノトップガン。当然その場に姿を見せているメジロランページだが……

 

「メジロランページさん日本ダービーの舞台でサクラローレルさんが発表した凱旋門挑戦について一言!」

「是非一言お願いします!!」

「彼女の挑戦は無謀ではないのでしょうか!?」

「貴方がトレーナーとして共に海外に挑むという噂もありますが!!?」

 

当然こうなる。南坂には前以て謝られたがこうなると顔が歪みそうになる。周囲への迷惑なんて知らないと言わんばかりに此方にカメラとマイクを向けて自分勝手にふるまうそれらにランページは全く別の事を考えていた。

 

「(芝状態は重、天気は雨か……まあ6月なんてこんなもんか、まあ心配する事はねぇだろうが……)」

「あのっいい加減にコメントをっ!!」

「うるせぇんだよテメェらよぉ!!!」

 

痺れを切らした一人の記者が声を荒げた所にそれを上回るランページの怒声が放たれた、突然の怒声に記者たちは驚いて後退りした。掛けていたサングラスを外すとそこには鋭くなった瞳と明らかに怒ってますと言いたげな程に立った青筋が額に浮き上がっていた。

 

「テメェらは一体此処に何しに来てんだ、俺はマヤのデビュー戦の為に此処に来てんだよ。此処に来ている観客の皆様方だってレースを見に来てんだよ。テメェらがギャアギャア好き勝手に騒いでいい場所じゃねぇんだよ、その程度も分からねぇのか、当たり前のマナーもねぇから取材受けねぇんだよ!!テメェらの会社は全部覚えた、後で俺の配信でその名前晒上げてやるから覚悟しとけ」

 

そしていう事を全てを吐き出すと再びサングラスをかけたランページ、圧倒される記者陣だが直ぐに負けじと前に出ようとするのだが周囲一人が後ろから押された。

 

「何をする……っ……!?」

 

振り返って文句を言おうとした時に彼は気付いた。周囲から降り注がれる白い目に、此方を観つつひそひそ話、中にはスマホを向けている者までいる。彼らはこの場の空気に気づいたのかレースを見ることなくレース場を後にしていった。それを見届けながらランページはサングラスを外しながら言った。

 

「皆様、ご迷惑をおかけしました。あれらについては私の方で確りとした対応をさせて頂きますので、この場はご容赦ください。私はマヤノトップガンのトレーナーとして此処に来ております」

 

頭を下げるが彼女を責める声は一つもなく、寧ろ気にしないで欲しいやカッコよかった!!という声援が聞こえて来た。ウマ娘のトレーナーが担当ウマ娘のデビューを見守るのは当然の事、悪いのは彼方側だったのだ。会場は完全にランページを味方に付いていた、そしてみんなでレースを楽しもうとランページが締めくくった辺りで隣に一人の男性が松葉杖を突きながら立った。

 

「相変わらずだね、僕には出来そうにないよ」

 

少しだけ疲れている表情を浮かべている男性にランページは見覚えがあったどころではなかった、是非とも今日この場所に来てほしかった人だったが……本当に来てくれるなんて思わなかった。

 

「来てくれたんですね」

「そりゃもう、マヤのデビュー戦なんて見たいに決まってるからね。先生にも許可を貰って来たよ」

「態々有難う御座います―――坂原トレーナー」

 

隣に居る人物は坂原トレーナー、元々マヤのトレーナーとして共にトゥインクルシリーズを駆け抜ける筈だった人物。マヤの素質を見抜いてスカウトし、共に頑張っていこうという所で事故に合ってしまって長期の入院とリハビリを余儀なくされてしまった。

 

「ランページさんには感謝しかないよ、彼女をデビューまで指導して貰って……大変だったでしょ。あの子、凄い天才なんだけど飽きっぽくてさ」

「一回で分かってくれましたから結構楽でしたよ、だったら一回で分かっても出来ないメニューを組んでやればいいんですよ。一回で出来ない悔しさから自分からやる気になってああすればいいのか、こうすればいいのかなって思案しつつ相談までしてくれるから」

「ハハッあの子をそうさせるメニューを組めるなんて凄いなぁ」

 

坂原トレーナーの顔には暗い感情は全くなかった、寧ろ感謝の念しか浮かべていなかった。

 

「本当に、本当に感謝してるんだよ。本当なら僕がマヤの為に頑張らないといけないのにそれを押し付けちゃった形になっちゃったからさ」

「俺の苦労なんて別に……それより本当に良かったんですか俺が彼女の担当になって」

「うんそれがあの子の為だからね」

 

坂原トレーナーの顔に迷いや後悔なんて物は微塵もなかった。あの子を自分で育てられたらなんてものは一切なかった、寧ろあったのは……無事にマヤがデビュー出来る事への喜びだった。

 

「ランページさんマヤ頑張る……あっトレーナーちゃ~ん!!」

 

地下バ道から出て来たマヤは自分を見つけると手を振るのだが、隣を指さしやると直ぐに破顔して此方に駆け寄ってきた。坂原トレーナーが自分のデビューを見に来てくれたと分かると弾んだ声と笑顔になった。

 

「来てくれたの~!?」

「ああ、ランページさんが招待してくれてね。流石にメジロ家のリムジンが来た時は吃驚しちゃったけどね」

「いやぁっ身体の負担とか考えたらしっかりした方が良いと思ってさ」

「やったっやったっ!!ランページさんありがと~!!」

 

坂原トレーナーの前で走れるという事が嬉しいのかマヤは益々精神的に完成していく、そんな彼女を見て坂原トレーナーは真面目な顔で言った。

 

「マヤ、僕が怪我をしたせいで君には不安を掛けたと思う。ちゃんとデビュー出来るのか本当に怖かったと思う、だけど君はこうしてメイクデビューの舞台に確りと立っている。僕はこれから君の最初のファンとして応援し続けるから僕に見せてね―――キラキラなウマ娘になる所を」

「うんっ任せて!!ねえねえランページさんあれやろうよ!」

「応、あれだな」

 

あれ?と坂原トレーナーが首をかしげる中で咳ばらいをしつつ、言う。

 

「マヤノトップガン、君に与える出走規定は唯一つ」

「出走規定は唯一つ―――走り切れ、マヤノトップガン出撃します!!」

 

そういうとマヤはステップを踏んでからターン、そしてウィンクをしてからゲートへと走っていった。そんな二人のやり取りを見て思わず笑いが込み上げて来た。

 

「本当に仲が良いだね、本当に安心したよ」

「後はアンタが元気になってくれればマヤは最強だな」

「おっと、リハビリは結構辛いんだけど頑張る理由が増えちゃったね」

 

 

『さあ直線コースに入った所で先頭はっここでマヤノトップガン!!マヤノトップガンが一気に先頭に躍り出た!!直線に入った瞬間、マークが緩んだ隙を見逃すことなく一気に抜け出して先頭に立ったぞマヤノトップガン!!』

 

マヤはプレアデスの所属という事もあって1番人気、そしてメイクデビューにも拘らずマークを受けていた。だがそのマークはハッキリ言ってお粗末、全員がデビューしたばかりなのだから当然と言えば当然だが、マヤはじっと我慢し続けていた。そしてマークが崩れる決定的な瞬間、コーナーから直線へと移り変わりの瞬間に小柄な体も利用した完璧な走りでマークを振り切った。

 

「アフターバーナー点火、マヤノトップガンッ行っちゃうよ~!!!」

 

『マヤノトップガン、凄い末脚だ!!オーブジュエル、マスカレードアイ、キャッスルネオ必死に追いかけるが、これは物が違い過ぎる!!』

 

「「「む、無理ぃ~!!!」」」

「ギュ~ンギュンギュ~ン!!!」

 

『これは圧倒的だ!!マヤノトップガン、これがメジロランページが率いるプレアデスのスタートか!?マヤノトップガン、そのままゴールイン!!マヤノトップガン見事メイクデビューを勝利しました、ですがこれは余りにも圧倒的だ!!?2着のオーブジュエルとの差は10バ身以上!!正しく大差、圧勝、鮮烈なデビューを飾ったぞマヤノトップガン!!!』

 

「やったっ~!!トレーナーちゃ~ん見ててくれた~!?マヤ、やったよ~!!」

 

無邪気に喜ぶ彼女、だがまだまだその実力は発揮されつくしてなどはいない。これから先はまだまだ秘めているぞと言わんばかりの圧勝劇に京都レース場は熱狂した。トゥインクルシリーズはまだまだ熱くなっていく事を予感させる超新星マヤノトップガンの登場に。

 

「凄いなぁ本当に……僕も頑張らないとな」

「メジロのいい病院紹介してやるよ、俺の主治医は人の治療の面でも超一流だぜ」

「ハハッうんありがとう―――よしっ頑張ろう!!」



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409話

「マヤも無事にメイクデビューを果たした、という訳で今年も合宿に行きます」

『やったっ~!!!』

 

マヤのメイクデビューが無事に成功した数日後、チームプレアデスの定例会という名のお茶会で今後の方針が発表されることとなった。それは今年も確りと合宿を行いますと言った事の伝達が主であった。去年の合宿を経験している組はテンションが上がっている、何だかんだで合宿中のメニューは辛かったがそれ以上に合宿は楽しかったので可能であればまた行きたい気持ちが強かったのか大手を振って歓喜している。

 

「合宿って私達も行っていいんですか!?」

「寧ろ何で連れて行かないと思っているんですからねそこのニューフェイス達は、ちゃんと連れていくに決まってます準備は怠らないように」

『やった~!!』

 

遅れてプレアデス入りしたので合宿に参加していなかったマヤに今年新加入組も大喜び。心のどこかでチームで確りと成績を出さないと行けないのでは……と思っていたらしい、如何やら最近放送中のアニメでチームごとに合宿を行くか決める展開があったらしくもしかして……と不安だったらしい。

 

「合宿初参加組に言っておくと、合宿は文字通りに合宿に行きます。行くのはメジロ家の別荘だからその辺りは安心してくれていい、因みにバッチリ海なので水着なんかもちゃんと用意する事」

「海!!砂浜!!スイカ割り!!バーベキュー!!」

「スイカ!!焼きそば!!カレーにラーメン!!」

「んもうエルにスぺちゃん、合宿という事は練習しに行くのよ。遊ぶことばっかり考えて如何するのよ」

「ああその辺りは心配しなくていい、遊ぶ時間もちゃんと設けたりするから存分に遊んでくれ」

 

エルとスぺはすっかり遊ぶことにばかり意識が行ってしまっている事に呆れるキングだが、何だかんだで彼女の尻尾も楽しげに揺れてしまっている事は指摘してあげない事にしよう。と言ってもマヤもマヤで楽しみにしている様子だが、一応確りと言っておくことはあるのである。

 

「さてマヤヤ、お前さんは基本的に中距離以上のレースに出していく方針で行こうと思ってる。という訳で次回のレースは9月にある芙蓉ステークスだ」

「えっ~そんなに先なの~?」

 

不満げにするマヤ、一応マイルでも走らせることは考えはしたのだが矢張りマヤの本領を発揮出来るのは中距離以上の距離である事には変わりはない。

 

「安心しろ、カノープス上がりの俺がお前にピッタリのスケジュールを既に組んである。その後は体調を考えて変更は考えるがほぼ一月に一回のペースで走らせていく、そして11月には重賞挑戦、そのまま12月にはG1に挑ませる」

「重賞にG1!?マヤ出ていいの!!?」

「俺はそのつもりでスケジュールを組んでる、体力の回復なんかのペースも合宿で見つつ調整するが今年のラストはホープフルステークスの予定だ。俺に2年目からG1トレーナーの称号をプレゼントしてくれよ?」

「うんやるやるやる!!マヤやるよ、絶対にランページさんをG1トレーナーにしてみせるからね!!」

 

マヤとランページがそんなやり取りを見せる中でプレアデスの中にはいよいよ緊張感が満ち溢れて来た、何故ならば今までは実感がなかったがマヤがデビューした事でこのチームの出走スケジュールの一端が見え始めて来た。カノープスの叩き上げで強くなったランページが主導するチームは基本的にカノープスと方針が似通っている。実戦の中で強くなる事を強いられるという事でもある。

 

「前に言ったと思うが、このチームで無敗のなんちゃらを目指す気があるならマジで気合入れてけよ。トライアルは考慮するが俺は同じレースにチームメイトをぶち込む事を厭わない、特にスズカ、タイキ、ドーベル、サニー、ステゴ、お前らの世代は正しく群雄割拠と言っていいだろうな、勝つ気があるならチームメイトだろうが勝利をもぎ取ってみせろ!!」

 

その言葉に5人は喉を鳴らす。同じ世代で同じチームに集まる事はまず無い、そもそもがそうならないように避けるがトレーナーが配慮して別のチームを進めたり取らなかったりするがランページはそれをしない。敢えてその状況を作り出してチームメイトで競わせる方式を取る。仲間ではあるが同時にライバルである、それを強く意識させる為。

 

「望むところです、誰が相手だろうとも私は先頭の景色を譲るつもりはありません」

「私モ負けまセーン!!チームメイトがライバル、どんとコイでーす!!」

「私だって……メジロ家のウマ娘としても絶対に負けません!!」

「そうそう負けてやるつもりはないもんね、負けるのはネメシス相手だけで十分だもん!!って最近は健闘してるわぁ!!」

「テメェでテメェを煽ってるなんて余裕あるじゃねえか、ハンッ全員俺が叩き潰してやるだけだ」

 

それぞれが決意表明していくそれをスペ、エル、キングは同じように喉を鳴らしてしまった。そう、自分達とて人の事は言えない。目の前のそれは自分たちの未来でもあるのだ、この人たちは自分たちの先輩で彼女らがデビューし、自分達よりも経験を積んだ時に自分達はデビューしてその背中を追いかけていく。そして自分達も自分達で争う事になって行く……そう、プレアデスはある意味でトレセンのチームの中で最も過酷な争いが行われるチームとなっていく。

 

「そういう意味で一番気楽なのはマヤヤか」

「でもないと思うよ~だってマヤの上ってブライアンちゃんにローレルちゃんなんだもん」

 

この中では仲間内での争いを一番経験しないマヤではあるが、彼女は彼女でブライアンにローレル、さらにアマゾンにドラランというクラシックにティアラというそれぞれの路線を駆け抜けた世代がシニアで壮絶な戦いをしている時にクラシックに上がるので辛い現実なのは変わらない。

 

「の割に嬉しそうな笑いしてるな」

「えへへっだって強い人と走れるって考えるだけでワクワクするもん!どんな風にキラキラ出来るか楽しみ!!」

「今の所一番の大物なのはマヤヤなのは変わらないな」

 

そんな彼女の頭を撫でてやる、そうだ自分達はどんどん進んでいかなければならないのだ。それが例え上の世代に強大なウマ娘がいたとしても、それを踏み越えて行く位のつもりで行かなければ意味がない―――そうでなければ生涯無敗を貫き通したメジロランページのチームの一員としては相応しくない。そんな思いでプレアデスの結束はまた一段と強くなった瞬間でもあった。



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410話

「相変わらずね、本当に炎上なんかを恐れないんだから」

「だって俺は悪い事してないですもん」

 

ランページを見ながらその手に新聞を携えた東条トレーナーが問いかける。その新聞にはプレアデスの新星、マヤノトップガンという見出しと出版社とTV局各位が謝罪会見を開いたというのが乗っていた。如何やらデビュー戦のあれこれが噴出したらしい。実際ランページは悪い事はしていない、確かに配信でマヤのデビュー戦時に迷惑を掛けて来た取材陣の会社は明かしたりはしたけど。

 

「ジェニュインの方は良いんで?フジの奴と同期だしかち合うでしょ」

「ええ。私の方でもかなりしっかりと話はさせて貰ったのだけど、お互いにクラシック路線を譲る気はないらしいわ。やれやれ……普通はこういうのを避けるものなんだけどね」

「ウチは避けませんけど、俺はバチバチとイクノとやりあってましたし」

「それは貴方がカノープスっていう特殊な環境出身なせい……待ちなさい、貴方まさかスズカ達の世代もそのつもりなの?」

「勿論」

 

思わずその言葉に流石の東条トレーナー様も溜息を漏らさずにはいられなかった。同時に腕から新聞の一部が零れ落ちた、そこにはビワハヤヒデ宝塚記念レコード勝利!と書かれている。流石は歴代最強馬とも推す者も多いハヤヒデだ。

 

「確かドーベルはティアラ路線だった筈、だとしても4人を同時にクラシック路線に突っ込む気?貴方、担当ウマ娘の負担もそうだけど自分への負担の事全くと言っていい程考慮してないでしょ」

「してますよこれでも、十二分に対処可能だと判断いたしました」

「貴方ねぇ……」

 

普通に考えればランページのそれは信じられない事だ、同じチームだとしてもぶつかるのはシニアクラスからというのが基本。だがそれをガン無視していくランページの行いはある意味でカノープスのそれらを越えている。カノープスのそれはあくまでランページとイクノ、ライスとタンホイザ、ドラランとアマゾンと少数。

 

「いいじゃないですか、仲間だと認めながらライバルだと認めて全力で乗り越えようとする。南ちゃんも言ってましたぜ、素晴らしい仲間がライバルである事は宝だって」

「それはそうだろうけど……貴方のやろうとしている事は蟲毒に近いそれよ」

「蟲毒なんかじゃありませんよ。仲間ですからね」

 

おハナはこれ以上ランページには何を言っても無駄だという事だけは良く理解出来た。まあ本人がそれを納得しているなら別チームとしてはトレーナーに負担が掛かろうが此方に迷惑が掛かろうが知った事ではないし、それでライバルが減るならば助かる程だ。

 

「忠告はしておいたからね」

 

だが問題なのはそれを乗り越えてしまった場合、それこそランページなんてその典型例で最大且つ自分にとっての天敵と言ってもいいイクノと共に練習しレースに臨んできた。自らの天敵に自分の全てを見せていた中で生涯無敗を貫き通した文字通りの怪物、それを今度は自分の教え子でやろうとしている……一体誰がどれだけ化けてどの位の成長を遂げるのかの予想がつかない。

 

「あの子は本気ね、本気で―――勝つ気でいる」

 

 

「苦労なんて俺のあれこれに比べたら軽いもんさ」

 

おハナさんも分かってないなぁ、と呟きながらもハーブシガーを銜える。確かに大変なのは目に見えている、手続きが大変というのもあるがそれ以上に一人一人のメニューを組むのが困難になる。何せライバルが同じチームであるからこその苦労も存在する、こう言った場合に最も大変なのが私情を入れない事。同じチームであったとしても好みや相性によって贔屓してしまうウマ娘というのはいるので、そのウマ娘を勝たせる為の戦略を習得させるメニューを組ませがちだと南坂から聞いた。だがそれについての必勝法は既に構築済みなのである。

 

「全員勝たせるつもりで行く、これしかねぇだろ」

 

ランページは全員を勝たせるつもりでいる、無論同着を望んでいる訳ではない。スズカがサニーよりも先にゴール板を駆け抜けたいというのならばその為のメニューを組もう、サニーがスズカを幻惑したいと言えばそうする為の準備もしよう、タイキがドーベルを抜きたいのであればそうさせよう、ドーベルがステゴを越えたいというのであればそうさせてみせよう、ステゴが―――全員に勝ちたいと望めばそう出来る様に扱こう。それでいいとランページは思っている。

 

「破綻していると言われようが俺はこれで行く、俺は面白くて熱くて最高なレースを見たいだけだ。その最高の為ならば苦労もしよう、汗も流そう、後悔をさせない為に俺が苦労すればいいだけの話だからな」

「貴方ならそうすると私は思ってましたけどね」

 

そう言いながら肩を竦める南坂の手には珈琲があった、それを受け取りながらもランページはわざとらしくそちらを見ると南坂は肩を竦めた。

 

「チケットさんに協力しながらもタイシンさんやハヤヒデさんにも力を貸す、それと同じだって言いたいのでしょう?確かに同じですね、貴方にとっては可愛い後輩たちであると同じように、彼女らは貴方にとって可愛い担当ウマ娘達という事ですね」

「そゆこと。そこに隔たりもない訳よ、と言っても距離の適正やらもあるからガン被りなんて事もないと思うぜ。主に被りはスズカ、サニー、ステゴでドーベルはティアラで別枠、タイキはタイキであいつマイラーのうえにダートも走りたいらしいからなぁ」

「それでも大変なのは変わりませんよ?」

「南ちゃん、俺にとっての大変っていうのは―――お婆様やスーちゃんのあれこれに巻き込まれたり、どこぞの女神が降臨したり、大統領と会ったり、南ちゃんの過度な期待に応える事を言うんだぜ?」

「私ってそこまで無茶ぶりしました?」

「してます、俺がやってやろうじゃねえか南ちゃんこの野郎!!で流してるだけ」

「それは失礼しました、今夜ピーマンとつくね奢ります」

「チキン南蛮とジャガイモの煮っ転がしも追加で」

「それを黒霧島で」

「分かってるねぇ」



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411話

宝塚記念が終わればすぐに季節は夏となる。夏といえば暑い、ウマ娘にとって暑さは天敵、だが暑い夏だからこそ出来る事があるそれは―――合宿である。

 

日本における夏とは合宿、すなわち修行パートであり創作物だろうが現実だろうが夏の合宿で大きな力を得て大きく成長する事はド鉄板。そして此処でどれだけ大きな成長を遂げられるかでトゥインクルシリーズでのデビュー戦や活躍も大きく左右される事だろう。

 

「って書いてアリまシタ!!」

「YES!!」

 

とニコニコ顔のエルとタイキが語るのは日本の合宿論、という題名の本。どっから見つけて来たのか、というか図書室から借りて来たらしいのだが一体だれが書いたのやら……と呆れるようにキングがその本を手に取った。

 

「本当に真面目な本なのかしら……まあ否定しきれない部分もある訳だけど」

「まあまあまあいいじゃないキングちゃん、今日から合宿っ!!私楽しみ過ぎてなかなか眠れなかったんですけど全然眠くないです!!」

「ちゃんと寝なさいよ!?このキングはちゃんと安眠したわ、8時間たっぷり寝たわ」

 

後部座席でわいわいがやがやと騒ぐ彼女らの声を聞きながらも運転するランページ、そんな傍らの助手席には流れるような景色を楽しんでいるスズカがいる。本来ならばそこは上水流の席であった筈なのだが……このハイエースは10人乗りなので流石に対応しきれなかったので上水流は自分のトヨタスープラを運転してハイエースの後ろを追いかける形式になっている。因みにそちらにはもう一人のウマ娘が乗り込んでいる。

 

「まあ、この子なら特に気にもならないかな」

「ZZZ……」

 

後部座席でグースカ寝息を立てているプレアデス一の気性難ウマ娘のステイゴールド、彼女は煩いから一人の方が良いという事で上水流の車に乗り込んでいる。まあ人数の関係で一人そうなってしまうので助かると言えば助かるのだが……上水流的にはこれはある種のふて寝なんだろうなぁというのが透けて見えていた。

 

「(助手席、スズカに取られて拗ねてるんだろうなぁ)」

 

助手席争いという子供の頃に経験した事があるそれ、ウマ娘だろうともそれは有る。というか運転席に居るのがランページなのでそれが激しくなるのも当然だった。なんだったら全員が助手席!!と挙手していた、結果的にスズカがそれを勝ち取ったのだがステゴは興味なさげだが最後までじゃんけんで残っていた。本人は興味なさげにしていたが、スズカに決まると直ぐに

 

「俺は如何でもいいんだよ、どうせだサブトレの車に乗るぜ。静かに寝れるしな」

 

と負け惜しみにも聞こえそうな事を言っていた。傍から見ればランページに敬語は使わないし何だったら平然と暴言も吐くので一番リスペクトが足りてないと言われそうだが、彼女も彼女でランページの事は尊敬しているし何だったら一番好きなのかもしれない。

 

「本当にこんなメンバーを平然と引っ張れる彼女には敬服するよ」

 

軽く、自分のシートが蹴られた。ステゴの寝相だろうかと思ったがきっと違うのだろう。そんなの今気づいたのかよ、という意味が込められているように感じられる。

 

「という訳で到着しました」

 

そんなこんながあって今回の合宿でお世話になる別荘に到着。流石はメジロ家の別荘というだけあってドラマやアニメに出てきそうなほどに綺麗且つ大きな別荘に一般家庭出身且つ初参加のスペは目を丸くして驚いていた。

 

「こ、これが合宿所……!?」

「ここは私も使った事あるわ、メジロ家の別荘としては小さめな部類ね」

「小さめ……!?小さめ、どういう意味の日本語……!?」

「スぺちゃん、落ち着きなさいそういう意味の日本語よ」

 

スペの言いたい事は分かる、だがそれを御するのが世間一般的にはお嬢様判定を受けるキングというのがなんか笑えてくる。妙に腹筋に悪く笑いそうになってくるので咳払いをする。

 

「という訳で本日からここで合宿をします、初日の今日は―――勿論遊びます。ほらっ荷物をさっさと置いてきて着替えてこいやァ!!」

『やった~!!!』

 

遊びに出る為に早速別荘に入って荷物を置こうとするのだが、内装の豪華さなどに感動している姿を見つつトレーナー二人は並び立った。

 

「話には聞いてたけどさ……本当に初日は遊ばせちゃっていいのかい、合宿は初日が大事だって聞いたけど」

「一番大事なのは節度と切り替えだ、合宿って言ってもずっと特訓特訓特訓!!って訳じゃないんだよ、遊ぶ時は全力で遊んで特訓するときは全力で特訓する。ずっと苦しくても長続きなんてしないのさ、楽しくやって英気を養ってその英気を使って特訓する」

「そういう物なのかなぁ……他のチームはなんか、がちがちって感じだったけど」

「ウチはウチ、他所は他所ってね」

 

他の合宿は如何か知らないか、プレアデスはこういう風にやっていく。カノープスは初日から結構ガッツリではあったが、自分に同じ事は出来ない。だってあれは自分を上手く乗せられる南坂の頭が可笑しい且つ自分のノリの良さがなければ成立しないのだから。

 

「それに、ウチは基本的に他が合宿に入る一日前に入ってるから」

「えっそうなの!?」

「言うなれば前日入りで合宿先の環境に適応する為の時間だ、そういうのって下手に意識するよりも全力で遊んで寝てれば気づけば慣れてるもんなのさ」

「それは……海外遠征で得た経験か何かかい?」

「さて、どうでしょう」

 

濁すような言葉の続きを聞きたかったのだが、別荘から水着に着替えた皆が出て来た。今日の合宿の為に新調したのか妙にまぶしく見える、自分も視線に気を付けなければ……相手はうら若き乙女達だ、自分の視線一つで調子を崩されてはたまらない。

 

「お~し全員海へ行っちまえ~!!タイキ、昼飯はバーベキューにする予定だからその時は頼むぞ~」

「YES~!!!」

「それじゃあ海へ突撃~!!」

『おっ~!!!』

 

漏れなく全員がノリノリで海へと駆け出していく、勿論ステゴも中に入っている。何だかんだで彼女もノリは良いのである。そんな彼女たちを見送ると上水流は取り合えず別荘へと入ろうとするのだが、ランページに止められる。

 

「何してんだよ、上ちゃんも海行くぞ」

「えっ俺も!?いや確かに水着持って来てるけど流石に気まずいし変な目で見られるかもしれないんだよ!?」

「大丈夫だよ此処メジロ家所有のビーチだから」

「メジロ家どんだけなの!!?」

 

何をいまさらと言わんばかりの顔をした直後、ランページは着ていたスーツの肩を掴むと一気に腕を振るった―――そこには見事に水着姿のランページが居て上水流はひっくり返りそうになった。

 

「だからなんでその脱ぎ方習得してるのっていうかなんか髪型も変わってません!?君は常識にすら喧嘩売ってるのか!!?」

「何言ってんだよ、海に来たら泳ぐのは当たり前だろ」

「何その俺の方が可笑しいみたいなノリ、ああもう分かったよ泳げばいいんだろ分かったよ!!着替えたらすぐに行くから!!!」

「早く来いよ~」

 

そう言いながら去っていくランページに上水流は深い深い溜息を吐きながらも一旦別荘の中へと入り、自分の部屋を見つけてそこで着替える事にしたのだった。この別荘はコンセプトに三女神関連があるのか、自分の部屋にも三女神の絵画があったのでそれを見ながらも呟いた。

 

「ハァッ……ああっ女神さま、彼女は如何してあんなに滅茶苦茶なんでしょうか」

 

―――それは子羊君だからしょうがないね。

 

「何か今聞こえたような……」



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412話

「わぁ~い!!こんなにきれいな海始めて~!!」

「全力でっ泳ぎマァ~ス!!」

「また合宿、本当に楽しいで~ス!!」

 

メジロ家のプライベートビーチへとやって来たプレアデスのご一行、今日という日を楽しみにした為に全員が水着を新調している。うら若きウマ娘である彼女たちにとって海というのは一つの戦場、水着一つといえど気を抜く事なんて出来ない……といっても今回来ているのはプライベートビーチなので他に人はいない。いたとしてもそれはメジロ家の関係者、砂浜にある海の家に立っている店員は本来は執事として勤務している人である。

 

「(ランページお嬢様とドーベルお嬢様のひと夏の思い出の為、私張り切ってバーベキューの準備と海の家のあれこれ、そして美味しいトウモロコシを焼かせて貰う所存でございます……!)」

 

 

 

「にしても、本当に貴方って読めないわね……」

「ンだよ俺が水着着て海で泳ぐのがそんなにおかしいか」

「というよりもテンションが凄い高い事に戸惑ってるのよ私は」

 

今年も今年で見事な水着を纏っているステゴ、この合宿で一番ノリノリと言っても過言ではないのが彼女である。

 

「まあいいんじゃないか、どうせ明日からは昨年と同じように大変なんだ。今日ぐらいは確りと英気を養おうじゃないか」

「そうですね」

「それでは~突撃~!!」

「ちょっと待ちなさい!!」

 

マヤが先頭になってダッシュしそうになったのを制止したのは既にプレアデスのブレーキ役という役割を持ちつつあるキングだった。キングもキングで確りと水着を着ているが、上着を羽織っているのもあるせいか他と比べて如何にも真面目な雰囲気があるというか委員長が調子に乗りがちなメンバーを抑えているようにも見える。委員長といえばバクシンオーなので新鮮な光景だなぁ~とランページはしみじみするのであった。

 

「今日は遊んでいいとは言われたものの、合宿なんだから節度を確りと守った上で怪我無く過ごさないといけないのよ。チームプレアデスはマヤさんがデビューしてまさにこれからという勢いに乗らなければいけないのよ。だからこそ此処は一番上であるマヤさんの行動一つがチームの方針そのものになると言っても過言じゃないのよ、だからもっとしっかりしてほしいのよ、といいながらも私もこの合宿は本当に楽しみにしてたから硬い事を言うつもりはないの。海に入る前には準備運動をちゃんとして溺れないように気を付ける事、クラゲとかにも気を付けておかないと痛い目に合うものね、後は―――」

「キング。ちょいちょい、キングさんやキングさんや」

「えっ?」

 

振り向けばそこにはランページが水着でその暴力的なまでのスタイルを活かしていた。その衝撃は母であるグッバイヘイローが滅多な事では水着やらを着ないのもあるが、そのスタイルの良さに驚いてしまった。

 

「ランページさん凄いのね!!?お母様なんかよりもずっとくびれもあるし肌もスベスベの艶々じゃない!?」

「応あんがとさん、それ親御さん聞いたら多分絶対凹むから勘弁して差し上げろ。後さ、俺の代わりにご高説をしてくれるのは有難いだけどさ……誰一つとして聞いてくれてないぞ」

 

指が刺された先には浮き輪やビーチボールなどを抱えて海へとダッシュするマヤ達の姿があった、一応諫める為にエアグルーヴやドーベルがいるがその様子は完全に浮かれており楽しむ気が全開なのが分かる。

 

「私皆が怪我無く過ごせるように安全のしおり頑張って人数分作ってきたのにぃ……!!」

 

手元からバサバサと落ちていく人数分のしおり、キング御手製のプレアデス合宿の安全のしおりと書かれている。兎に角みんなが楽しく合宿を過ごせるように努力してくれたのがよく分かる。

 

「頼みはしなかったが、お前さんって思いの他纏め役としての才能があるんだなぁ。これからはお前さんに俺の助手を頼むかもしれんな」

「と、当然よ!!お母様に色んなことを勉強させられたこのキングに出来ない事なんてあんまり無いしあったとしても出来るようになるまで勉強するんだから!!」

「そりゃご立派だ、まあ兎も角今はほれ海行って楽しんで来い」

 

「キングちゃ~ん早く~!!」

「ビーチバレーやリマショ~!!」

「ハリーハリィー!!」

「んもうしょうがないわね、というかちゃんと準備運動だけはしなさいよ~!!」

 

しょうがないと言いつつも誘われたことに嬉しそうな反応を見せながらも駆けだしていくキング、何だかんだで彼女も年頃の子供である事がよく分かる。波打ち際でボールを追いかけるウマ娘達の姿……実にいい景色だ。

 

「ハ~イエルッ!!」

「YES!!アタック~!!」

「うわわわっ!?」

「マヤノレシーブッ!!」

「ナイスよマヤさん!!スぺちゃん!!」

「スペシャルスパーイクッぶへっ!!?」

「スぺちゃん大丈夫!?」

「何でそこで見事に顔面で受けられるんだ!?」

「ダ~ッハハハハハ!!!スぺっお前最高!!コメディアンでも食っていけるぜ!!」

「ちょっとステゴそれは言い過ぎでしょ!?」

「取り合えず、血とか出てないわね」

「あうぅっ~……こ、今度こそ!!」

 

波打ち際、打ち付ける波を受けながらも水飛沫が舞う。大きく揺れ動く果実に、スレンダーな身体故に素早く動けつつも揺れるそれ、弾けるような笑み、実にいい……こういう時ばっかりは男が出る。こういう目を作るとスズカに鋭い目で見られるので自重する事にしよう、と思いながらもパラソルの下に入っているランページの隣にボクサータイプの赤い水着の上水流が座るのであった。

 

「よぉっ如何だい美少女の水着姿が選り取り見取りの光景は、男からしたら天国だろ」

「下手な目で見られた通報されるんじゃないかって冷や冷やしてる」

「冷めてるなぁ、んじゃ俺をナンパしに来たかい?これでもスタイルには自信あるんだけどな」

「う~ん……なんというか、君をそういう目だと見れないな。なんていうか、仕事仲間という認識が強いというか……」

「それはそれで複雑だねぇ……」

 

そんな事を言う上水流に腕を絡めてみる、そうすると面白いように固まった。成程先程のは見栄だったか。

 

「つまらねぇ事言うなよ、如何だい……夏の一時を俺で過ごしてみたくは……ないか?」

「……ないと言ったら嘘になるけど、なんというか君で過ごすのはキツいよ……いろんな意味で」

「つまらん反応だねぇ……もう少しいい反応寄こしてくれても良いじゃねえか」

「高校の時にウマ娘に告白されたけど断った経験がある俺に隙は無いさ」

「えっなんで断ったの?」

「だって、後が怖いから」

「堅実というか面白味に欠けるというか」

「悪かったね」

 

パラソルから出るランページ、普段はしないような尻を振るような歩き方をしつつもチームメンバーに声を掛ける。

 

「お~いお前ら、確認してみたらバナナボートとかジェットブレードとか出来るってよ。後でやるかい~?」

「バナナボート!?美味しいんですかそれ!?」

「食べ物じゃないわよ!?」

 

そんなやり取りに周囲が笑う中で上水流は深い溜息を吐きながらも顔を伏せた、その顔は赤くなっていた。それは夏の暑さ故……ではない。

 

「勘弁してくれよ……こちとらそういうのに耐性ないんだから……」

 

ランページの行動に色んな意味でドキドキしたからであった。



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413話

ランページが最近驚いた事。

ダークソウルやアーマードコアやらを作っているフロムソフトウェアが

ぽかぽかアイルー村を開発していた事。


「っ……ゴクリッ……!!!」

 

思わず、生つばを飲み込む音すら声に出してしまう程に魅惑的な光景が目の前にある。真っ赤に燃える炎の熱によって熱せられた網の上で焼かれ、音を立てて跳ねる脂の音に嗅覚を刺激する香り。海で遊びまくった育ち盛りなウマ娘にとってこれほどまでに本能を打ち抜く物はない。だが、まだ駄目。まだまだまだ、もう少し焼くのだ。と待てをされている。抑え込んでいるランページを尻目に海の家を切り盛りする執事は慎重に肉の焼き加減を見極める、まだかまだなのか……もういいんじゃないか?ワザとやってません、私達をじらして楽しんでません!?という思念までもが―――スペシャルウィークの顔から伝わってくる。

 

「スぺちゃん……ナニやってるデスカー……」

「ああっ……恥ずかしい……」

 

目をギラギラさせて睨み付けている友達に頭を抑えたり、顔を覆ったりしてしまう二人。という二人もお腹はすいているので気持ちはよく分かる。そして―――ついにその時は来たのである。

 

「頃合に御座います、どうぞお召し上がり下さいませ」

「いただきますぅ!!!」

 

一番乗りは私ぞ!!と言わんばかりに箸で網の上の肉を取ろうとするのだがそれは寸前で他の箸によって奪われた、それは一足先に動いたステイゴールドによるものだった!!だがスペシャルウィークは負けじとその肉が箸から離れてお好みで調合したタレに浸かる前に光の速さで奪取した!!それを邪魔されるように口へと運ぼうとするのだが焦りからか、指の力が緩んでしまい肉が宙を舞う!!

 

「頂く!!」

「あげませんっ!!」

 

空中で交錯する箸と箸、ひらひらと舞い落ちていく肉。私の物だと互いが主張し合う両者の戦いは刹那の中で行われているのにも拘らず永劫にも感じられ―――

 

「あむっ♪んんっ~Very delicious!!」

 

たのだが、相手の邪魔をする事に必死になっていた為か横槍ならぬ横箸に気づかずにタイキが肉を回収して美味しく頬張った。まあこの肉はタイキのご両親がご厚意で送ってくださった物でもあるのでタイキが一番最初に食べる権利があると言えばある。

 

「「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っっっ!!!最初の一枚がぁぁぁぁっ!!!」」

「何やってんだよこいつら、ほれっカルビやるから元気出せ」

「「いただきます!!」」

 

兎も角大騒ぎから始まった合宿恒例になる予定のバーベキューパーティ。タイキの実家から送られてきた肉にメジロ家で用意した海鮮やニンジンなどなど……大人数のウマ娘が居なければ絶対に食べきれない量の物が準備されているのだが……オグリにも負けない程の大食漢のスペがいる上でどれだけ持たせられる事か……ああいざとなったら追加するが。その位のコネと金はある訳だし……流石に自分の貯蓄がスぺに喰いつくされるなんて事は無い筈だ……うん、ないと断言出来る筈なのに不安になるのは何故なのだろうか。

 

「しかし、去年の合宿のバーベキューも凄かったですが今年はより一層凄いですね……」

「まあ去年は皆で自由に焼いてたからな、その結果として焼き過ぎた肉とかも結構出ちゃった訳だから助っ人をお願いした訳だ」

「僭越ながら私、中学高校大学と鍋奉行網焼き奉行麺奉行と様々な食事イベントを仕切らせていただいた事がございます。食材を焦げさせて無駄にするなどという事は有り得ませぬ、おっとっステイゴールド様此方の骨付きカルビなど良い頃合に御座います」

「頂くぜ!!」

「ズルいです!!」

「スペシャルウィーク様にはこのトモサンカクなど如何でしょうか?」

「貰います!!おいひ~!!」

「ランページ様、お二人の事はお任せください」

 

肉に対しては異様な執着心を見せるステゴ、そしてオグリと勝負できる大食らいのスペを同時に相手取って平然とできる。流石はメジロ家の執事、余裕の顔付でおまけにVサインまで見せてくれる。これは頼りになる。

 

「流石我らがメジロ家の執事だぜ」

「恐悦至極」

「いやこれでそれを実感するのはどうかと……」

 

ドーベルもあの二人を捌き切っている執事の手腕は認めざるを得ない訳だが……というか自分たちの執事がそんな過去があった事に衝撃を受けた……。

 

「お~い食ってるかい上ちゃん」

「ああ、食べてるよキムチ」

「肉食えよ肉」

 

食欲旺盛のままに食べ続けているウマ娘とは違って上水流はキムチをチビチビと食べていた。他にも野菜やら海鮮系も焼いているのにキムチ、何でかと思ったが単純に好みの問題だった。

 

「いやさ……その俺が好きなのってホルモン系なんだよね。でも正直こういう所だと言い難くて……」

「あるぞホルモン」

「えっ嘘」

「お待たせ致しました、ホルモンでございます」

 

執事が出した網の上には脂が大量に滴り落ちているホルモンがあった。単純にホルモンを焼くと炎が強くなるので分けていただけだった模様、それでもホルモンを焼いている炎は他よりも強い。

 

「WOW!!Big big fire!!!」

「ホルモンって、ナンですか?」

「確か内臓とかの事じゃなかったかしら?」

「ホルモンっておいしいの~?」

 

と興味津々なウマ娘達、育ちが良い彼女らにとってホルモンは親しみがあまり無いのかもしれない。そんな皆を他所に炎の中にあったこんがりと焼かれたホルモンを取って頬張る上水流。炎の中にあったそれを取る姿におおっ!!と声が上がる。

 

「ホルモンは良く焼いても美味しいんだよ、中々噛み切れないけど噛めば噛むほどに味が出るんだ。ホルモンはスープとかにいれても絶品だよ」

「俺も好きなんだよな~ホルモン」

「WOW凄い脂デース!!でも、美味しいでーす!!」

「このホルモンにもきっとこのエル特製ソースは……最高にあいマース!!!」

「凄い脂だけど、この噛み応え、凄く気に入ったわ!!」

「おいひ~けど中々噛み切れない~!!マヤ負けないもん!!」

 

と何やらホルモンの美味しさやら噛み応えに闘志を燃やしたりと何とも微笑ましい光景が広がっている。このバーベキューは親睦を深める為にもある、新メンバーも入ってこのプレアデスは益々大きくなってきている。基本的にこのチームは仲間であるライバルが基本ではあるがそれを常に保つわけではない。基本的に仲良しこよし、勝負になったら全力勝負!!なのがプレアデス。

 

「エル、ソースかけるのは良いけど勢いよくやり過ぎるなよ?」

「分かってマース!!」

「分かってたらグラスさんにソースを没収されてないと思うわよ?」

「ケッ!?キング何故それを!!?」

「その現場にいたからよ……確かに勢いよく振らないと出ないでしょうけどあんな勢いで振ったら隣に座ってるグラスさんの鰤に掛かるに決まってるじゃない」

「あの時、グラスちゃん凄い怒ってたよね。凄いニコニコにしているのにエ~ル~って凄い威圧感があって」

「や、やめてくだサイ!!あの時のグラス、もう思いダシたくナイデース!!?」

 

笑い声に所々泣き声、楽しげな雰囲気に包まれてプレアデスの合宿初日、他のチームにとっては合宿前日は過ぎていくのであった。そして―――翌日からは

 

「応プレアデスの小娘共、ハッピーか!?俺も合宿に付き合ってやるから感謝しろよ!!特にスペ!!」

「ケッ!!?サ、サンデーサイレンスサンデース!!?」

 

合宿の本当の顔を、見る事になったのであった。



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414話

プレアデスの合宿初日、それは楽し気な遊びとバーベキュー、夜には花火大会と楽しいイベントが目白押しだったが翌日からは本格的な合宿が顔をのぞかせ始めた。

 

「ほれほれ全員確り砂を蹴って走るんだ!!別にダート適応を上げようって訳じゃねえが此処まで不安定な足場を確りと蹴り込める事にはメリットはデカいんだ、効果があるか分からない?ほれっ目の前にその完成形があるから見たきゃ幾らでも見ろ」

 

早朝、朝御飯前の軽い運動として砂浜ダッシュが行われる。

 

「去年のあれこれを思い出すな!」

「本当ね、でも前よりもしっかり走れると思うと成長してるのかなって思うわ」

「一番利いてるのはあいつらか」

 

去年も経験している組は確りと走れている。先の貯蓄があるというべきか、これまでも基礎作りに取り組んできた成果が出ているというべきだろう。

 

「ふんぅぅぅっ!は、走りにくいわっ……!!」

 

今年入ったばかりのメンバー、キングはかなり苦戦していた。キングはダート方面の適性が低いというのもあるが矢張り基礎がまだまだというのも一番大きいのか一番遅れてしまっている。

 

「ふぬぬぬぬぬっ!雪の中を走るのに比べたらこんなの~!お母ちゃん私けっぱるべ~!」

「走りにくいよ~でも負けたくもない~!!」

 

次点で遅れているのはスペ。スぺもダートの適性は低い筈だったのだが、如何やら実家で母につけられたトレーニングの中には雪の中を走るという物があったらしく悪路を走る事への経験は強かったらしい。次点はマヤ、マヤはダートの適性はキングやスペ程ではないがある、がそれでも初経験の砂浜ダッシュに苦戦している。

 

「スペちゃ~んにキングにマヤ先輩~エルは先ニ行きマース!!先輩に追い付いて見せマース!!」

 

そんな合宿初体験組の中で最も速いのがエル。彼女は彼女で最もダートの適性が高い為か砂浜ダッシュも軽々とこなせている、この辺りは流石と言わざるを得ない。後は先行している先輩たちに追いつけるように脚の使い方を覚えて基礎能力を磨きをかけるだけ。

 

「負けない、負けないわっ!!ええそうよ、最高の仲間がライバルなんて私は恵まれているのよ!!そんな皆に遅れるなんて、このキングは許さないわ!!絶対に、絶対に追い付いて見せるわ!!」

 

気合を入れ直して砂浜を疾駆するキング。彼女の一番の取柄といえばこの不屈の根性強さ、敗北している今に屈する事無く未来への勝利に向かって走り続ける事が出来る精神性が最も優れている。そんな様子にランページは笑いながら声を出す。

 

「良い根性だキング!!その調子で走り続けろ、全距離G1制覇っつうでっけぇ夢があるんだろ。だったら走れ!!お前の折れない心は最大の武器だ!!」

「ハイッ頑張ります!!」

 

不屈の精神こそが最大の武器、良血のお嬢様としては似つかわしくないかもしれないがキングは上等だと笑い飛ばすだろう。唯一無二のお嬢様として名を刻んでやる、と寧ろ高揚した笑いを浮かべながらキングは砂浜を走り続けるのであった。

 

 

「という訳で朝御飯も食べ終わって今日から本格的に合宿が始まります、まずは一応言っとくけど合宿は基本的にトレセン学園のメニューよりキツいからな。こっちでも配慮して倒れないようにするし注意は配っておくけど、やばいと思ったら躊躇も遠慮もいらんからちゃんというように」

 

砂浜ダッシュの後、美味しい朝御飯を堪能。砂浜ダッシュでお腹が空いていた為に皆パクパクと食べていたので料理長はニコニコ笑顔、特にスペは朝なのに凄いお代わりをしてしまっていた。膨れていた腹も練習時間には凹んできているので本当にウマ娘の消化吸収能力には自分もウマ娘ながら驚かされる。

 

「去年合宿経験してる連中には言うまでもないでしょうけどハッキリ言ってプレアデスの合宿は普通じゃありません」

『でしょうね』

 

と経験メンバーは口を揃えた。それに初体験メンバーは焦る、そんなに厳しいのか、大変なのかと思う中でそんな様子に思わず笑ってしまっているメンバーもいる。それを手を叩いて静かにさせる。

 

「普通じゃねえっていうかチームを率いている俺自身が普通じゃないからっていうのがデカい。俺のコネはハッキリ言ってリギルのおハナさんとかスピカの沖ノッチとかに比べると格段に広いからな、だからビッグネームを引っ張って来れる。事実去年はシルバーストーンにシュタールアルメコア、エルグッツって面子が日本のレース環境に慣れるという名目で顔出してたからな」

「ええっ~!!!?凄いウマ娘さん達じゃないですか!!?」

「海外の、ランページさんと走った面子じゃない!!?」

「凄いデース!!?もしかして、今年もそんな方々ガ!?」

「すっごーい!!!」

 

と期待している中で申し訳ないのだが、そんな予想はあっているようで外れている。いや海外で活躍したスターウマ娘という意味では見事に的中はしているんだ……うん、特にスペには頭を下げたい気分である。

 

「応プレアデスの小娘共、ハッピーか!?俺も合宿に付き合ってやるから感謝しろよ!!特にスペ!!」

「ケッ!!?サ、サンデーサイレンスサンデース!!?」

「うぇっ!?私ぃ!!?」

 

そう、ネメシスの教官ウマ娘ことサンデーサイレンスである。自分は嘘は言っていない、だってサンデーはアメリカのスターウマ娘だからシルバーたちと同じ立場ではあるのだから……うん、嘘は言っていない言ってないと自分に言い聞かせる。

 

「あ~……という訳で普段ネメシスの方で手一杯なサンデーサイレンスさんが合宿の正式な初日から参加してくれることになりました」

「おいランページテメェ俺じゃ不満って言いてぇのかテメェコラ」

「代わり映えしなさ過ぎて新鮮味がねぇって言いてぇんだよ、アンタの顔なんざトレセン学園で見飽きてるわ」

 

まあ実際サンデーに見て貰えるというのは凄い事ではあるのだが、彼女ら的には膨れ上がった期待が一気に萎んでしまった事だろう。だがそんな事は想定済みなのである。

 

「なので追加で初日から他の御姉様方もお呼びしました」

「はぁ~い皆朝御飯ちゃんと食べた~?」

「ランページの頼みを断る訳にはいかんからなぁ」

 

何とやって来たのはマルゼンスキーにタマモクロスだった、カツラギエースが今年も来てるのかなぁと思っていた経験組もこれにはビックリ。

 

「何で態々昨日は存分に遊ばせて食べさせたか分かるか?メリハリつける為でもあるが此処の環境に適応する為でもある、確り食わせて合宿を耐え抜く体力を付けさせる事と英気をたっぷり養わせることが目的だ。つまり―――こっからはマジでキツい合宿って事だ。さっき言ったが配慮はしてやるがそもそもお前らがやる気を持ってやらないと意味がねぇ、さあまずは身体を絞っていくから気合入れて挑めや、こっからがプレアデスの合宿のスタートだ!!」

『はいっ!!!』

 

他のチームがいよいよ合宿を始めようとしている時に、プレアデスの合宿は本腰を入れての開幕が行われたのであった。



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415話

プレアデスの合宿は矢張りというべきかレベルが違う物となってしまった。去年は去年で海外からの挑戦ウマ娘という幸運も重なって招待する事も出来たが、今年は今年でランページは悩んだりもした。どんな人が今のプレアデスには必要なのかを考えた時に最後まで残ったのがマルゼンスキーとタマモクロスだった。

 

「ほれほれっついてこんかい!!こんなのまだまだウォーミングアップや!!」

 

中長距離においてはオグリキャップと死闘をし続けた白い稲妻、精神力という点においてトレセン学園でも有数のタマモクロス。

 

「さあさっお姉さんについてらっしゃい、行くわよ~!!」

 

短距離マイル中距離までカバーしつつも圧倒的な走りを未だにし続け、技術も洗練されたマルゼンスキー。

 

「オラオラきっちぃ走りやがれぇい!!」

 

芝ダートの両刀のオールラウンダー、文字通りの暴力的な走りの中に余す所無く技術があるサンデーサイレンス。結果的にこの三人にお願いする事になった。タマの存在は有難くマヤの基本的な戦いの場となる距離のスペシャリストでもあるしマヤに足りない精神的な部分を刺激することが出来る。一方でマルゼン姉さんには短距離のタイキだけではなく大逃げの先輩としてスズカやサニーの相手までさせてしまう事が申し訳ないが……本人が快諾してくれたのは助かった。

 

「オラオラオラァ!!如何した如何したこのまま降参しちまうか、たっぷり休憩しちまうかぁ!!?」

「ンな訳、ねぇだろうがぁ!!!」

「だったら根性出して走りやがれ!!」

「上等じゃねえか、クソサンデーサイレンスがぁ!!!」

 

スぺを指導するという名目でこの合宿に乗り込んできたサンデーサイレンス、元々彼女が見つけてきたウマ娘で資格がないからプレアデスに委託した形になのだが……そんな彼女の御眼鏡に適ったウマ娘がもう一人いた。ステゴことステイゴールドであった。

 

「うぬっ!?こいつ生意気なぁ!!」

「さっさと俺の前から消えろってんだ!!」

「誰が消えてやるかぁ!!テメェが消えろやぁ!!」

「んだと、くそがぁぁぁぁ!!!」

「「あああぁんテメェ舐めてんのか!?上等だぁ!!!」」

「ひえええっ凄い迫力で怖いよお母ちゃん~!!?」

 

スぺの目の前で行われているそれは走りながらの罵り合い、実馬は凄まじく気性が荒い事でも有名だったがそれはウマ娘でも変わらない。というか人の言葉が喋れるという事である意味その気性難が十全に生かされてしまっている感がある。言葉一つ一つに重みと荒さが滲み出ており、相手に向けて殺気のような物まで飛ばしながら叫ぶために後ろにいるスぺとしては怖いなんてものではない。最早ヤクザのそれと同義だろう。

 

「あ~あ……スぺちゃんってばなんか凄い事に巻き込まれてるわねぇ……」

「噂には聞ぃとったけど聞きしに勝る気性難っぷりや。」

 

マルゼン姉さんやタマも思わずそちらを見てしまう程の迫力がそこにあった、もうあそこに巻き込まれてしまったスぺが不憫でならない。

 

「大阪だとあんなの日常じゃないんですかい」

「大阪をなんやと思うとるんやランページ」

「ヤクザの本場」

「ゴラァッウチの地元をなんやと思うとる……アカン、こんな反応するからそうだと思われるんや……」

 

何方かといえばランページのその意識は大阪の四課はマジでヤクザ顔負け云々というのを聞いたからである。

 

「お二人から見て、ステゴは如何思います?」

「ハッキリ言うと……その気にさせる事さえできれば敵無しかもね、まあそれが一番難しいって感じがするわ。元々基礎的な肉体レベルは相当な物なのにランちゃんがそれに輪を掛けて基礎練させてるからとんでもない事になってるの」

「そうやなぁ……問題はモチベ、如何いてもやる気ぃ持ってレースに望ませるかが問題やな」

 

二人から見てもやはりそこが問題なんだなぁ……と思い知らされる、こうなるとやっぱり互いに争わせる形式にしてよかったと思ってしまう。素直な事を言ってしまうとステゴは並の相手ならば本気を出さなくても勝ててしまうだろう、だがそれがレースに対する興味を失せさせてしまいその物への意欲を著しく削ってしまう恐れもある。だからこそ望ましいが強者とのぶつかり合い―――それをチームメンバーで代用するか、海外に向けての調整を主にするべきか。

 

「考えてない訳でもないですけどね―――まあそれはトレーナーの仕事な訳ですんで、姉さん達はスズカ達を頼みますよ」

「んっ~お姉ちゃんに任せて了解よんっ♪はぁ~んスズカちゃんにサニーちゃん、ドーベルちゃん、タイキちゃん休憩終わり。さあもう一回行くわよ~!!」

「は、はいっ……!!」

「ぬぉぉぉっ負けて堪るもんかぁ……!!」

「私だって、私だってぇ……!!」

「私だって、負けまセーン!!」

 

走りだしていくマルゼンスキーを追いかけるように走りだしていくスズカ達、逃げとマイル戦線が主なウマ娘を担当して貰っている。そんな様子を見つつタマも振り返る。

 

「ほらっ何時まで休んどるんや!!ほらっ行くで!!」

「グッ……はいっ!!」

「マヤも負けないも~ん!!!!」

 

既にデビュー済みのマヤと来年デビューのエアグルーヴを担当するのはタマモクロス。天才肌が故に精神面だけが不安なマヤを徹底的に鍛えてくれるだけではなく、来年に同じくデビューするエアグルーヴにはその厳しさが良くマッチする。何だかんだで彼女との相性はいいのである。

 

「あ~……お~いサンデーさんや、そのままステゴを扱くんなら一旦こっちでスぺ預かるぞ。ステゴ、どうせだそのままサンデーぶっ倒してくれても構わねぇぞ~」

「ハッ聞いたか、ウチのトレーナーからの御許しも出たぜ。テメェを叩き潰して一足先に世界デビューの幕開けにしてやらぁ!!」

「応スぺ任せる!!上等じゃねえか、そんな口を俺のメニューをクリアしたうえで俺と走れたら認めてやろうじゃねえか。世界デビューなんざテメェなんて無理だけどなぁ!!」

『ンだとゴラァ!!やるか!?』

 

「うわぁああんランページさ~ん!怖かったですぅ~!!!」

「お~よしよし、怖かったな」

 

許可が得られると逃げるように此方へと駆け寄ってきたスぺはランページに抱き着いた。その瞳には涙も浮かんでおり余程のあの二人の近くが辛かったのが分かる、実際自分だってあの二人の傍に居るなんて絶対に嫌である。上手い事ステゴとサンデーの双方を焚きつけつつスぺを救って新メンバーを担当する事になった此方に引き込む事に成功する。

 

「スぺちゃん、大丈夫デスよ。ランページさんと上水流トレーナーが守ってくれマスから……!!」

「そうよ、こっちも辛いかもしれないけど少なくとも罵声が当たり前のように飛び交うなんてことは絶対に無いから、ほら確り」

「うわぁああああん本当に怖かったよエルちゃんキングちゃあああん!!」

 

二人に慰められて益々泣き出してしまうスペ、これは後でサンデーに一言言っておかなければいけないな……ある意味で自分がステゴに集中しなくて良くなった分、自由度が増してはいるがこれはこれで問題だ。

 

「はいという訳で、俺と上ちゃんがお前達新人メンバーの相手をする事になった訳です。理由としては君達の基礎を鍛えてしっかりとした土台を作る為、マヤもそうじゃないのか言いたくなるのも分かるがあっちはあっちでデビューするに十分な物を既に作ってあるから無問題」

「改めてチームプレアデスはカノープスの系譜のチームだから基礎を重要視する、地味な反復練習ばかりだと思うけどその結晶が目の前の世界最速最強と言われるようになったウマ娘さんで効果もバッチリだからその辺りは心配しないでね」

 

提示されたのは海の中でのスクワット、砂浜でのボールキャッチ、砂浜ダッシュ。余りにも基本的な物だが―――一つ決定的に違う物がある。

 

「あの……如何してランページさんはタイヤを繋いでるんですか?」

「いや合宿中は俺も鍛えるからな。俺はこのまま海に入って2時間は歩く、その間もちゃんと目は光らせとくから安心しとけ。上ちゃん一応頼むぜ」

「分かってるよ、君も大変だね引退してるのに」

「今年のレジェンドレースもあるからねぇ……大変だぜ」

 

そう言いながら一足先に海へと入ってタイヤを引いたまま歩き出すランページ、それを見て三人はお互いに頷き合いながらも上水流に向き直った。

 

『ご指導お願いします!!』

「うん宜しくね、俺も俺で精一杯サポートするから頑張ってね。それじゃあまずはボールキャッチから始めようか」



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416話

プレアデスの合宿で基礎的な部分を徹底的に鍛える事は聞いていた上に普段の練習でも基礎練習が大部分の時間を占める時間を送ってきたスぺ、キング、エル。他の友達が自分達とは違う練習をしているのを聞いて羨ましがったり、その結果の果てが世界最速最強だと思い直したり、改めて練習に励んだりと様々な時間を過ごしながらも基礎練習を行い続けていた。そのお陰もあってか教官の授業でもその結果は如実に出ていた。

 

『抜きんでてるのはスペシャルウィークさん、キングヘイローさん、エルコンドルパサーさんの三人……貴方達、無茶な練習とかしてないわよね?』

 

教官の授業でもその結果がタイムに現れていて驚かれ、何か無茶をしていないのかと心配もされたが実際はその真逆。基礎的な事を何度も何度も繰り返す事しかしていない。教官がそれを聞いて本当に……?と怪訝そうな顔で尋ねて来たのは印象的だったのを三人はよく覚えている。

 

『スぺちゃん、本当にプレアデスだとそういう練習しかしてないんですか?』

『うんそれだけって事じゃないけど基本こういう練習ばっかりだよ。ツルちゃんもじゃないかな?』

『あれ話した事あったっけ?うん、私もそんな感じ』

 

カノープスに所属しているツルちゃんことツルマルツヨシにも話を振ってみれば同じような答えが返ってくる、彼女も彼女で記録は良いが矢張り三人と比べると見劣りする感が否めないが……身体が弱い彼女がそのタイムを出せている事が凄い事に教官は気付けておらず、南坂の凄さを理解出来ていない。

 

『でも、うちの沖ノッチトレは色々教えてくれるけどね~なんか方針が違うんだね~』

『おハナさんもこれからを見据えて色々な事を教えて下さってます、勿論基本は確りとですが。プレアデスとカノープスはそれ以上な感じがしますね』

 

スピカに所属しているセイウンスカイにリギルのグラスワンダーから見てもプレアデスとカノープスの基礎重視は些か行き過ぎていると思うが、偶然、授業の手伝いをしていた黒沼トレーナーがそれを訂正した。

 

『それは違うな』

『何が違うんですか?』

『お前たちの素質を見せられればトレーナーであればその才を引き出したくなる、故に応用に偏りがちになる事が多い。沖野と東条はそんなことないだろうが……より幅広く尖った強さを作り上げようとする。南坂とランページはそれにある意味で眼中にない』

 

天才型と言われる逸材を見れば指導者としてその強さをより一層高めたいという欲に駆られるが二人は寧ろ才能に別の意味で興味がないのだろう。基礎を重視するのは後々に大きくするための準備期間、そして怪我をさせない為。

 

『応用は分かる奴からすれば一発だ、だが基礎はそうは行かない。基礎は時間と比例する、そしてやればやるだけ伸びる』

 

そんな黒沼の言葉に教官ですら納得してしまっていたがその通りだと思った。その言葉を聞いてから益々三人は真剣に基礎訓練に明け暮れるようになった、周囲からプレアデスの練習は地味だのなんだのと言われても気にする事なく……

 

「フゥッ……よし一旦休憩!!」

『ハ~イ……有難う御座いました!!』

 

練習メニューを一通りに終えたので上水流トレーナーが休憩コールを出すと三人は一例をしてから設置された大きめのパラソルの下に腰を落ち着けた。砂浜ダッシュにボールキャッチ、波を受けたままのスクワットなどのメニューは確かに地味ではあるが真面目に終わらせた。

 

「それにしても……ランページさん、まだ歩イテマス」

 

汗を拭いながらも視線の先にはいまだに海の中に入ったままタイヤを引き続けているランページの姿があった。自分たちが一連のメニューを1時間半を掛けてじっくりとやっていたが、ランページはその間黙々とタイヤを引き続けていた。海は荒れているとまでは言わないが、それでもサーフィンを嗜む者にとってきっと楽しめる程度には波が大きな日。波によって大きくタイヤは動いてランページの体勢を崩しにかかるのだが、時折止まりはするものの彼女はブレる事もなく歩き続けている。

 

「私達も何時か、ああいう感じのことするのかしら……」

「私似たような事ならやった事あるよ、お母ちゃんが乗ったタイヤを走って引っ張るの!」

「スペちゃんも中々に凄い事、やった事あるデスネェ~」

「でもお母様が練習に付き合ってくれるなんて素敵じゃない」

「えへへ~お母ちゃんトレーナーとかじゃないのに一生懸命に考えてくれたの、一回お母ちゃんの部屋で凄い量の参考書とか栄養学の本があって私の為に……って分かって私も一生懸命にやったの」

 

それを聞いてキングは本当にスペが羨ましくなった。自分の母もそんな風にしてくれたらよかったのに……と思わざるを得なかった。そんな三人に上水流が差し入れとしてドリンクが差し出された。

 

「ほらっ水分補給は確りね」

「あっありがとうございます上ちゃんさん!!」

「流石上ちゃんトレーナーデース!!」

「んもう二人とも!!有難う御座います上水流トレーナー」

「その呼び方はなぁ……まあ好きにしてくれていいかな」

 

ランページが基本的に上ちゃんと呼ぶせいで上水流トレーナーの呼び方は上ちゃんトレーナーだったり上ちゃんさんと色々とバリエーションが豊富。そこまで気にはしていないが、先輩トレーナーからは舐められるだけだからやめさせろと言われたりもしている、まあこれはこれで慕われている感じがするので当人的にはOKらしい。

 

「上ちゃんさんから見て私達ってどうですか?」

「俺から見て?」

「エルたちセクシーデショ!?」

「あっそっちか」

「真面目にしなさい!!」

「ヘブッ!!?キ、キングそのハリセンどっからだしタデス!?」

「グラスさんから渡されたのよ、貴方がバカな事を言ったらこれで止めてって」

「グラスはエルになんか恨みでもあるデスカ!?」

「ソース云々でありそうだよね」

「スぺちゃん!?」

 

本当に彼女たちは賑やかだ、女三人寄れば姦しいと言うが彼女たちのそれは本当に楽し気でほのぼのとして空気に満ちている。まあトレーナーとしては真面目に答えよう。

 

「そうだね、三人とも全体的にかなりハイレベルなのは間違いないよ。デビューまでどこまで伸ばせるか本当に楽しみでならないけど、同時にこれほどの逸材を抱えた上でスケジュール管理までこなすランページの底知れなさも同時に感じてしまうよ、だって彼女あれで一応引退してるんだぜ?信じられないよ」

「本当にそうよね……今年のレジェンドレースにも出るから鍛えるんだから本当に凄いわ」

「デモ、ランページさんってシンザン鉄、何時も使ってマスデスよ」

「私あれで全然走れないんだけど……」

 

彼女達から見てもランページというのは圧倒的な存在だ。そして絶対的な憧れだ。それは自分にとってもそうだ。

 

「だったらあれの入門を体験してみるかい?この後はスタミナトレーニングで海で泳ぐ予定だけどその前に軽く汗を流すかい?」

「あれの入門体験って……重さはどの位なのかしら」

「普通の蹄鉄の1.5倍程度だよ、この位なら普通のトレーニングでも使われるよ。寧ろシンザン鉄を普通に扱ってる方が可笑しいだけだよ」

「そいつぁ南ちゃんに言う事だな。俺だって最初はビックらこいたもんさ」

 

そんな話をしていると海からランページが上がってきた、タイヤを結んでいたロープを外してタイヤを積み終えるとドリンクを飲む。競泳水着を纏っているが、三人はいまだに現役時代と変わりない肉体美にゾクゾクする。

 

「ほらっシンザン鉄の元締めと縁深い大将様のご登場だ」

「誰が大将だ、ンで何の話だったんだよ俺の悪口か?」

「いやいやいや滅相もございませんですよ、暴君様の悪口なんて恐れ多くも口に出来る筈も御座いません」

「それ言ってくるマスゴミとか俗物共って本当に何なんだろうな」

「社会の産業廃棄物でしょ」

「新人三人衆、見なさいこのトレーナーだって凄い事言うと思いません?」

 

そんな寸劇も一瞬で出来る辺り、上水流もランページのやり方に相当に染まっている。そんな光景に思わず三人は笑うとランページもつられるように笑いながら言う。

 

「ほれっ次は俺が面倒見てやるからジャージに着替えて着いて来い、走るぜ?」



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417話

合宿は問題なく続けられている。サンデーサイレンスはステゴと張り合い続けているが、その分ステゴの伸びもいい。だがあれだけ自分が鍛えると豪語していたスぺを自分に預けたままで良いのだろうかという気持ちがない訳ではないが……まあそのうち思い出すだろう、それはそれでスぺには不幸かもしれないが……まあサンデーは考えていなさそうで考えている事もあるので、今の段階ではランページに任せた方が自分で鍛えるよりも良いかもしれないと判断している、かもしれないし違うかもしれない。

 

マルゼンスキーが受け持つスズカ、サニー、ドーベル、タイキ。そちらの方も中々に順調らしい、と言っても元々マルゼンスキーは教導者としては向いているかと言えば向いていない。何方かと言えば超上位の実力者としてぶつける方が正しいが―――

 

「マルゼンスキーさんの此処なんだけど、身体の使い方がランページさんとは少し違うけどこれはいいやり方だと思うの」

「あ~成程、ランページさんの場合はパワーで支えてる感じだけどマルゼンスキーさんのはテクって感じだもんね」

「そうなると次はこんなアプローチは如何かしら。あ~でも比較はいるのかしら……?」

「それなら、私がランページさん役ヤリマース!!」

 

基本的にマルゼンスキーは細かな指導はせずに自分の走りから盗んでみろ、という方式を取っているのだがスズカ達はそれをくみ取って自分達でマルゼンスキーの走りを研究して自分達には何処を組み込めるのか、これは難しいのかを自主的に研究を行ってそれを話しに来てくれるという。積極的にコミュニケーションを取ってくれるのは彼女としても有難く、今度はこうするから考えてみてと次々と自分で考える問題を投げかけているとの事。

 

「芝の流れ、向き、状態、行ける―――加速するっ!!」

 

その結果として表れ始めているのがスズカのコーナリング技術の向上。ランページの芝の下の地面を捉えて走る走法は出来ないので別側面からのアプローチを続けているスズカ、そんな彼女にとってマルゼンスキーの走りは打ってつけだった。体重移動を行いながらも芝に逆らう事もなく、芝に脚を捉えて貰いながらもコーナリング時の負担を軽減して最短距離を一気に突き抜けるという技術が開花し始めている。

 

「う~ん今のは中々だったわね!!でもまだまだ荷重移動が甘いわね、移動に身体が付いて来れずにフォームが崩れてるわ。体幹を鍛えていきましょう」

「はっキャッ!?」

「スズカ~やりまシタネ~!!!」

 

一瞬だけ成功したそのテク、それを見た時にタイキ達は大はしゃぎだった。ほんの僅かな時間ではあるもののスズカがマルゼンスキーに迫ることが出来たのだ。

 

「やったじゃんスズカ!!これ私たちにとっても大きな一歩だよ!!」

「そうよ、私たちのこれからにも大きな意義があるわ!!」

「YES~!!!Good job スズカ~!!」

「分かったから抱き着かないでタイキ……!?」

「青春ね~♪」

 

 

エースを呼ぶことも考えていたのだが、如何やら答えを教えずに課題を与えるタイプとよく考えながらも仲間で相談してその答えを直ぐに聞きに行ける社交性の高いチームとなっていた。そして次は有る意味で一番心配なマヤヤとエアエアの二人を受け持つタマ。

 

「その程度でウチに勝つ?片腹痛いわ!!」

「ええええっ!!?」

 

「ほんでランページのティアラ路線を目指す、ハッ寝言は寝ていえや!!」

「くっ何だこの末脚は……!?」

 

まず、タマは二人の能力を走り込みなどで把握すると直ぐに実戦形式のレースを開始した。と言ってもエアグルーヴはまだデビュー前なのでマイル、マヤは予定しているホープフルステークスの2000m。そこで完膚なきまで二人を叩き潰したのであった。幾ら素質溢れる二人と言っても海千山千のウマ娘、あのオグリと死闘まで演じたタマモクロスに敵う訳もない。だがそれでもある程度は食い付ける筈だと思っていた自分を叩き潰された気分だろう。

 

「確かに強い、だが強さには際限はない。上には上はいる、ランページが何で強いか分かるか。常に上を目指し続けてるからや、今もそうや、あいつは常に向上心を持ち続けてる。だったらその教え子はどや、同じように強くある事が求められる。自分らが弱かったらどうなる、ランページが守ってくれるか、せやなきっと守ってくれるやろうな、それで満足か、情けないと思わへんのか、自分で守ったる位の気概で強くなれ!!」

「マヤがランページさんを守る……守って貰うだけじゃない……」

「甘えているのか、私は……くっタマモクロスさんもう一本お願いします!!」

「マヤも……マヤも!!トレーナーちゃんに胸張れるキラキラになれないもん!!」

「言うだけなら誰にも出来る、走りで証明してみせぇい!!」

「「望む所ォ!!」」

 

 

「やり過ぎっすよタマさん……」

「いやぁすまん、気合入ってもて」

 

夕食後の席で二人からトレーニング中の話を聞きながら思わずランページはため息交じりにジト目でタマを見てしまった。確かに精神的な強さを身に着けてほしいとは思ったがそこまで追い込むのは予想外だった。

 

「あらあら、そっちはそっちで熱血だったのね。でもそれは正しいと思うわ、結局の所レースって自分との戦いだしプレアデスの方針的にこれまでは仲間だけどいざレースになると敵になるんでしょ?そうなると精神的な強さは必要になってくると思うの」

 

そんな風に語るマルゼンスキーには同意しか浮かべられないが……タマはお茶をすすりながら言う。

 

「トレーナーと二人三脚で走ってきたウマ娘が一番躓きやすいのがレースだと一人って事やねん、物理的な距離は精神的な繋がりも絶ってまう」

「同感。助けてくれるパートナーの存在がないって結構キツいのよね」

 

そういう物なのか……と逆に自分は思ってしまったがランページの人生経験的に孤独には慣れっこだったのだから南坂と離れた所で不安になる訳がなかったのだ。なったとすれば欧州遠征の初戦直前のあの時ぐらいだっただろう。

 

「そうか、それは確かに……盲点だったかも、有難う御座います」

「ええよええよ気にせぇへんで。後輩が困ったら先輩が助けるのは当然の事、なんや世界最速最強と言われてもトレーナーとしてはまだまだやな」

「これでもまだ2年目の新米なんですぜ?お手柔らかにお願いします」

「フフッそれじゃあそんなランページちゃんの為にお姉さんも一肌脱いじゃうわよ」

「おっセクシーな姉さんが脱ぐとか凄そうだ」

「いやんまいっちんぐ♪」

「いや古いわっ!!!何年前のネタやと思うてるん!?」



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418話

合宿はハッキリ言って大成功と言って差し支えないだろう。サンデーとの常に全力でのぶつかり合いを経てステゴは更に上へと上り詰めた。

 

「スズカァ!!」

「凄い脚っ……でも私だって!!!」

 

スズカとの模擬レース、スズカもマルゼンスキーの教えを受けてサニー達と共に確実に数段レベルアップしている成果を見せ付けているというのにステゴはそんなスズカを追い詰めて見せている。最後の直線では凄まじい末脚を発揮してスズカとの差を詰め続けていく、二人だけの模擬レースとはいえスズカとの差は10バ身以上あった。それなのにステゴはその差に一切動じる事もなく仕掛け所を誤る事もなく、勝負に打って出た。

 

「ステイゴールド So fast!!」

「スズカだってコーナリングとかは最高だった筈なのに、それなのにこんなに追い詰められるってマジ!?」

「あと少し、あと少しだよスズカ頑張って!!」

 

「先頭の景色は、譲らない!!」

「テメェの勝ちは俺のもんだぁ!!」

 

二人の激しい競り合いの末にゴール板を駆け抜けていく二人、それを見ながらもタイムを計っていたランページはタブレットに表示された勝者を確認した。

 

「芝1800m模擬レース、サイレンススズカ対ステイゴールド、勝者―――0.14秒差でステイゴールド!!」

「シャァオラァッ!!!」

「ま、負けた……」

 

プレアデスではよく行われるようになった模擬レース、それは同じチームではあるがトゥインクルシリーズでは敵同士であるという状況を意識させる為でもあるという事を認識させる為に取り入れた事。今回は二人で行ったが大体の場合は同世代を全員でやらせる。

 

「随分と速くなったもんだなステゴ、何時もの負けん気の強いお前さんは何処行ったよ」

「ああっ?」

 

能力こそあるが精神面に問題を抱えてすぐに相手の挑発に乗ってしまうのが最大の欠点、それによって引き出される力が相手の予想をはるかに超えるのが長所でもある訳だが……そんな自分の問いにしたり顔を作る。

 

「一々ンなもん出してたらダリぃんだよ。ガチの本気を出すなんざラストだけで十分なんだよ、アンタと違って俺は賢いからな」

「お~お~言ってくれるよ」

 

レジェンドレースでやった最初から最後まで全力全開走法をバカにされているが実際あれは自分もバカだと思うからしょうがない。

 

「あのクソに勝つ為だ、一々乗ってたらキリがねぇからな」

「あ~……そういう事なのね」

 

合宿中、ステゴは常にサンデーと争い続けていた。なんならメニューまで全てがサンデーサイレンス尽くしだったと言っても過言ではなかった、そんな中で常に口喧嘩が絶えなかったらしく、レースでもそれは変わらず。その中で学んだのは自分のペースを揺らしながら走る事が如何にバカバカしいかを学んだらしい。その結果としては自分のペースを一切乱さずに走るコツを会得し、最後の最後に全開放する走法に至ったとの事。

 

「でも本当に不気味だったわ、ステイったら私を無視してるみたいだったし私に対して何も言わなかったから」

「態々無駄なエネルギーなんざ使うかよ」

 

常に圧倒的な格上を競い合い続けた事でどうすれば勝てるのか、何をすればいいのかを懸命に考えた結果なのだろう。流石はアメリカのレジェンドだ。

 

「しかし、ステゴの勝ちとは……ほぼ同着にしか見えませんでした」

「マヤも~なんでランページさんはそんなタイム差までわかったの?」

「これだな」

 

そう言いながらもランページはステゴのジャージの一部を指さした、何故そこを指さしたかのかと思いきやそこから何かを抜き取った。そして掌に載せて見せた、そこには白い小さなチップのようなものがあった。

 

「何か盛り上がってると思ったらんなもんあったのかよ、というかンだよこれ」

「RFIDチップっつってな、これを使うとつけてる奴の現在地を誤差数センチで計測してスピードに加速度までリアルタイムで解析可能なんだよ」

「なんつうもん俺のジャージに仕込んでんだよ!!?」

「お前だけじゃねえよ、全員に決まってんだろ」

『えっ!!?』

 

思わず全員がジャージのあちこちを触ってみたりすると繋ぎ目で生地が重なっていたり、普通に着用していても分かりにくい所ばかりに仕込まれている。

 

「ちゃんと着てて違和感がないように配慮済みだ、データが取れてもそれで違和感感じて中途半端な走りされても困るからな」

「な、何て用意周到な……つうかなんだよこのSFみてぇなの……」

「SFじゃねえよ、現実でちゃんと使われてる技術の結晶だ。アメリカのプロアメフトじゃ全選手が付けてんのよ」

「Oh!!聞いた事アリマース!!」

「エルもデース!!」

「マジかよ……」

 

アメリカに絶大なコネクションがあるランページ、南坂に仲介をお願いして信頼出来る相手を紹介して貰ってこれを送って貰った。勿論全員で試す前に自分の身体でそれをテストしてあるので問題はない。

 

「こちとらアメフト以上に数字には敏感にならにゃ行けないスポーツだからな、使えるハイテクは使っていかなきゃ損よ損。如何に優れてようが使われなきハイテクはローテクでしかない、因みに理事長にはこれの使用を打診してある。より正確なデータを取れるからな」

 

ストップウォッチで測るのも趣があると言えばあるが、所詮人の手で使われる道具は如何しても誤差が生まれやすい。そこは正確無比な機械に任せて取れたデータを此方が有難く使わせてもらう方が良い。これの利点はタイムの正確な計測だけではなく、スピードに加速度まで割り出せるので細かな指導が出来る。これらとゴール板に設置した赤外線センサーを併用すればタイムの計測間違いはほぼ起きない。

 

「……これ、エグい位に金掛かってんじゃねえか?」

「俺が誤差修正する為に使ったデータは代金代わりに提供したから子供がンな事気にしなくていいんだよ」

「やっぱりランページさんはグローバルチャンピオンデース!!」

「私が目指すのはやっぱりランページサンみたいなウマ娘デース!!」

「それは譲らないわ」

「ケッ!?スズカさん、反応早っ!?」

 

何方にしろ、プレアデスは様々な意味で充実している速度が早い事になる。問題はランページがトレーナーとしてまだ未熟であるという事のみであるという事だが……

 

「さあお前ら、合宿の成果を出してみろ。特にマヤヤは次のレースも近づいてきてるんだから気合入れな、G1トレーナーの称号期待させて貰うぜ」

「ハ~イ!!マヤもタマさんに色々教わったんだからその成果みせちゃうよ!!」




アイシールド21の読み切りを読んだので……。


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419話

合宿の日々もあっという間に思い出へと化けていった。暑い日々は残り火となってまだ肌には汗がよく流れてこそいるが、景色の彩は明確に変化していくのであった。季節は秋、プレアデスの日々は変わらぬ物のようで明確に変わっていく。そんな日々の中で訪れたマヤノトップガン第二戦、芙蓉ステークスがやって来た。

 

「調子は如何だマヤヤ」

「絶好調~!!」

「よ~しそれでこそ俺の愛バ~」

「キャッ~ランページさんに愛されちゃってる~♪」

 

控室で最終確認と言う名の駄弁りをしている二人、マヤの調子はランページから見れば上々で当人的には絶好調。身体に気になる所は無いし今すぐにでも走りだしたい欲求に溢れかえっている。漸くやって来た二回目のレースに胸と心が躍ってしょうがないのでランページの言葉にもニコニコ―――だったのが

 

「っ!?」

「どったのよ」

「な、なんか凄いプレッシャーがマヤに来たの……なんだろ、今の……一緒に走る子がマヤをマークしてるって事かな」

 

と周囲を見回しながらも調子に乗っちゃってるな、と自分を諫めるように深呼吸をする。そんな姿に立派になったなぁと思いつつもマヤの感じたそれに如何にも既視感というか自分も感じた事があるような気がしてならなかった。具体的に言えばJCを二勝して今年の凱旋門に向けて海外戦線続行中のあの顔が思い浮かんだ。

 

「そうだ、タマさんに教わった事を忘れないようにしなきゃ……どんなレースでも全力で挑む、相手だってマヤを倒すつもりでこのレースに来てるんだからマヤはそれを倒して踏み越えて行くつもりで行かなきゃいけない……」

 

目を閉じて深呼吸を繰り返しながらもマヤは静かに呟いていた、それは合宿でタマに教わった精神性。どれほどの実力を身に付けようともそれを常に100%引き出せなくては意味がない、そして引き出すのは精神。精神に緩みがあれば相手は躊躇なく其処をついてくるし突かれれば敗北するのは自分。ならば自分は如何するのか……全力で相手を踏み越えて行くつもりで走る、それしかない。

 

「マヤは勝つ、勝つんだ、負けない、負けないもん、トレーナーちゃんに約束したキラキラウマ娘になる為にも……」

 

そんな風に精神統一を図るマヤにランページは気付かない内に大きくなっていたんだなぁと親の心境になっていた。変装として母と娘という事をやっていたせいかもしれないが、涙腺を刺激してくる。そんな自分を吹き飛ばすように頬を強く叩く音が響いた。

 

「よしっ!!ランページさん、例のあれ!!」

「あれだな。マヤノトップガン、君に与える出走規定は唯一つ」

「出走規定は唯一つ―――走り切れ、マヤノトップガン出撃します!!」

 

笑顔になったマヤはそのまま控室から飛び出していった、その背中を見送ったランページはスタンドへと移る事にした。オープンクラスと言えど中山レース場は大賑わい、特にこのレースではマヤが出るという事もあるからだろうなと、いいポジションを取ったと思ったら隣から声を掛けられたがまさかの人物だった。

 

「おいおいおい奇遇だな、今回は誘ってなかったんだけどな」

「次に出すならこのレースかなって予想は出来たからね、如何やら僕の勘は鈍ってないみたいだ」

 

そこに居たのはとれーなーちゃんこと坂原トレーナーだった。以前よりもずっと顔色は良く杖で補助こそしているが、確りと立てている。

 

「大分良くなったみたいだな」

「良いお医者さんを紹介してくれたお陰でね、流石メジロ家のお医者さんの病院だよ。最先端医療で前いた病院よりもずっといい治療とリハビリをさせて貰ってるよ」

「そりゃようござんした、ンで坂原トレーナーから見て今日のマヤは如何すると思う?」

 

既に地下バ道からターフ入りしているウマ娘達の中にマヤの姿がある、天真爛漫を体現したような笑みを浮かべながら此方にも手を振っている。坂原トレーナーの姿に気づくと更に笑顔を作ってアピールするので小さく笑いながら手を振る。

 

「凄いねデビュー戦からまた大きくなってる感じがするよ、一瞬だけ地下バ道から出る所が見えたんだけどその時の表情の変わり方が本当に凄かったよ。まさに豹変だよ―――随分と食えない子に育てたね」

「流石良い目をしてらっしゃる」

 

今のマヤの笑顔は言うなれば餌、マヤの闘志から目を背けさせて欺く為の物だ。自分が教えたわけではない、マヤが自分からそれを選択して習得したのだ。レースは走っている時から戦いが始まっている訳ではない、俗言う場外戦術というのも存在する。自分の秋華賞なんて特にレースが始まる前から重圧のターゲットにされているのが嫌でも理解出来た。

 

「あれを見てマヤは前のままのマヤだと思うだろうね、それか勝つ自信がある余裕の姿だと。そして先行(前のまま)で走ると思う」

「なぁ~んで全部お見通し何ですかねぇ?」

 

ランページが肩を竦めた、その少し後にゲートインが終了し芙蓉ステークスがスタートした。

 

『さあスタートしました。見事なスタートを切りました、先頭を取るにはムルーガ、ハードマスター、サコッグを始めとした逃げウマ娘達に先行ウマ娘達が並び立って―――おっとマヤノトップガンが後方に居ます!?前走では先行策でしたが今回は追い込みか!?』

 

「なっ嘘でしょ!?」

「あの子どうしてあんな所に!?」

「出遅れ!?」

 

誰もがマヤは先行だと思っていた事だろう、デビュー戦で見事な走りを見せたのだからそれを警戒するのは当然だろう。だがマヤはそんな事は分かってきた、自分がマークされる事も分かっていた。だからこそ後方についた。

 

「(想像以上~)」

 

思わず笑いが込み上げてきてしまった、マヤからすれば走り方を追い込みに変えただけに過ぎないのに対戦相手のウマ娘達は面白い位の動揺を纏って既にレースは始まっているのに此方をチラチラと見て様子を窺っている。そんな事では自分の最高の走りなんて出来る訳もない。

 

「マヤは本当に天才だよ、その最たる物が幅広い脚質の適性だと思ってる」

「同感。大逃げしかして来なかった俺から見てありゃスゲェというしかねぇもん」

 

レースは間もなく中盤に差し掛かろうとしているが、マヤは未だに最後方で動かない。対してレースはかなり動いている、先頭を走っていたムルーガがサコッグに抜かれ、それを抜き返そうと前に出て行ったり、ハードマスターが掛かっているかのような走りをし続けていたりと先行していたエメルエルがどんどんと下がっていたりと、マヤが追い込み策を取った影響が諸に出ている。

 

『マヤノトップガンはまだ動かない、大胆過ぎる戦法の変更が響いているのでしょうか!?さあ第三コーナーへと入った、先頭は再びムルーガ!!ハードマスターが下がってきている、飛ばし過ぎていたのでしょうか!?』

 

「それじゃあ、マヤ行っちゃうよ!!」

 

間もなく第4コーナーへと入るという所でマヤは遂に動き始めた。ターフを強く蹴りながら遠心力を利用しながらも一気に外に出て他のウマ娘をごぼう抜きにしていく。

 

『マヤノトップガンが此処で動いた!!マヤノトップガン、後方からぐんぐんと足を延ばしていく!!さあ遂に直線に入るぞ、中山の直線は短いぞ!!ムルーガは先頭を守り切れるのか!?ハードマスターもう限界か!!?マヤノトップガンが一気に伸びてくる!!マヤノトップガンあっという間に3番手!!凄いぞマヤノトップガン!!さあ心臓破りの坂に掛かる、ムルーガ此処で大きく失速!!サコッグも苦しいか!マヤノトップガンが大外から一気に坂を駆けあがっていく!!先頭に立った!!そのまま突き放す突き放す!!彼女にとっては中山の急坂もスキージャンプ方式のカタパルトか!!坂を一気に駆け上がったマヤノトップガンが飛び出していく!!これはもう文句なし!!マヤノトップガンが今ッゴールイン!!!マヤノトップガンが勝ちました!!2着にエメルエル、3着にエッジタラテクト。追い込み策でも強さを証明したぞマヤノトップガン、これがプレアデスのウマ娘の実力か!』

 

最後は圧倒的な走りで他者を寄せ付けない走りを見せたマヤ、7バ身差で二勝目にランページも笑顔を作る。

 

「相手にとってマヤの才能ほど怖い物はないよ、一つ読み間違えれば崩壊に直結するんだから」

 

変幻自在の戦法で相手を惑わすウマ娘、幻惑ならば自分にとっても馴染み深い。改めて自分とマヤの相性は中々な物だ。そんなマヤの勝利を見て坂原トレーナーは笑った。

 

「G1、期待してもいいかな」

「マヤに言ってやれよ」

「そうだね」

 

「ランページさ~ん!!トレーナーちゃ~ん!!マヤ勝ったよ~!!」



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420話

「ほれほれ、確り走れ~チケットお前はハヤヒデとタイシンにリベンジ目指せよ~」

「うおおおっ負けないぞ~!!」

「ドラランにアマちゃん、お前らも飛ばしてけ~秋華賞はどっちが取るのかね~」

「「それは!!」」

「私!!「あたい!!」

 

チームカノープスに木霊する久しい声、ランページが元々所属していただけにその声はよく通る且つ似合っている。本日はプレアデスは上水流トレーナーに任せて彼女はカノープスの統括を行っていた。その理由としては……

 

「にしても、あいつがいねぇとカノープスも静かだねぇ」

「ホントだね~まさかターボまでローレルの欧州遠征に着いて行くとは思わなかったよ」

「ああ全くだ」

 

ネイチャの小言に思わず同意を浮かべずにいられなかった。ドバイで結果を出したターボ、そんな彼女はローレルの海外遠征に着いて行ってしまった。南坂とローレル、そしてターボ、そして最後の一人にフローラという編成で欧州へと乗り込んでいった。ローレルとフローラが目指すのは凱旋門制覇、その為の前哨戦と言える二エル賞にローレルが、フォワ賞にフローラが挑み、互いに快勝を収めている。のだが……

 

「ターボの奴……マジで何考えてんだ?」

「何も考えてないっしょ、唯ランの出たレースに出たいだけ」

「あのバカは……」

 

「真っドッカン・ターボだぁぁぁぁぁ!!!」

『此処で日本のツインターボが伸びる!!ツインターボが再び加速したぞ、信じられない!!あれだけ走り続けていたのにどこにこんな足が残っていた!?グレイテストロッジ限界か!?キェレンゼも足がいまいち伸びません!!ラーズグリーズが粘る!!ラーズグリーズ、かツインターボ!?ツインターボが今っ、ラーズグリーズを再び差し切ってツインターボがそのまま、ゴールイン!!再び日本がやったぞ、世界の暴君、メジロランページに続いて大逃げウマ娘がアイリッシュチャンピオンステークスを制覇ぁぁぁぁ!!!』

 

そう、ターボは二人の帯同ウマ娘兼海外をもっと経験したいという名目で着いて行った。そんな遠征チームはランページのコネでアイルランド王室のお世話になっており、ファインからも頻繁にメールや写真が届いていたのだが……ターボがお礼をするという意味でチャンピオンステークスに出走したのだが……制覇してしまったのである。自分とも対戦経験のあるラーズグリーズを捻じ伏せて勝者となった。

 

『ツインターボさんも凱旋門挑戦権を得たわけですが、ツインターボさんも出走するのでしょうか!?』

「それはターボさんの今後の体調と相談しながら決めていきます、そもそも今回出走しましたのはお世話になっておりますアイルランド王室の方々に少しでも返礼が出来ればと思っての事ですので凱旋門挑戦は度外視です。ターボさんは如何ですか?」

「う~ん……ターボもファインが出てくれたら嬉しいな~って言われたから出ただけだし……凱旋門、ランも走ったレースだから興味がない訳じゃないけど身体と相談しながらかな、トレーナーの意見にターボも賛成」

「という訳ですので、基本的に出走するのはローレルさんとフローラさんです」

 

 

「南ちゃんも南ちゃんで平常運行だったし、しかも炎上するどころかあれが独裁暴君の宰相だとか色々書かれるんだよ。しかも全然動じてねぇし」

 

ランページの海外遠征時のトレーナーは代役のスーちゃんだった、故か元々所属していたカノープスのトレーナーの腕前はどんなものなのだ?という考えがあったらしいが面倒を見ているローレル、フローラ、ターボが快勝した事で疑いはあっという間に称賛の声に変り、暴君の相棒として相応しい!!という物へとなった。

 

「ターボもターボで凱旋門出るとしたら、勝てると思う?」

「さあなぁ……ロンシャンの坂、それがどうしてもネックになってきやがるからな」

「それを簡単に破っておいてよく言うよ」

 

矢張り凱旋門最大の関門なのがあの坂と偽りの直線、それを自分は真正面から力技で攻略したと言っても過言ではない。だがターボたちにはそれは絶対に出来ない。だから攻略の仕方を変えるしかないのだが……まあそれは南坂に任せるしかないだろう。

 

「でもなんか、ランページさんが此処に居るのも久しぶりだね」

「ライスもお姉様と一緒に居れて嬉しいよ」

「くぅっ~泣かせてくれる事を言ってくれるよこの子達は」

 

だがその言葉通りにランページがこのカノープスに居てくれることは好ましく思うとネイチャ自身も思う。プレアデスというチームのトレーナーになってしまったが、何処まで言ったとしても自分たちにとってはチームメイトのメジロランページに変わりはないのだから。

 

「ツルちゃんも大変だな、お前さんもお前さんでトレーナーに頼りてぇ頃合なのに」

「いえいえ、南坂さん私の為の練習メニューを残していってくれたので全然大丈夫です!!」

 

スぺのクラスメイトであるツルちゃんことツルマルツヨシ、彼女もカノープスの一員としてランページに練習を見て貰っているが……何処か動きが硬い、緊張してしまった居るのだろう。

 

「しっかしまあ、お前さんのメニューもかなり詰め込んであるのに限界ギリギリを見極めてやがんな……明日に疲れが残らない程度にスパルタだ。大変だろ」

「ええまあ……でも入学直後に比べて私、身体が強くなってるっていうのが分かるんです!!南坂さん食事メニューも監修してくれた上に食堂の人にお願いまでしてくれて……デビューするときにはきっとスぺちゃん達と競い合えるぐらいにはなるって言ってくれましたから私、信じて頑張ります!」

 

曇りもない眼で意気込みを口にするツルちゃん。確かにこれだけ年密に組んであるならば心配は無いだろうが……これはこれで自分も頑張らなければいけないなと思う。

 

「こうして集ったのも久しぶりですね、ターボが居ないのは残念ですが……」

「まあな、だけどまあターボの奴もどんどん大きくなってやがって……そうだ、久しぶりに走らねぇか」

「ほぅ……フフッ貴方へのリベンジが出来ると思うと気分が高揚しますね」

「やるかいイクノ」

「望む所です」

 

バチバチと火花を散らすランページとイクノ。フローラばかり取り上げられがちではあるがランページのライバルと言えばイクノもその重鎮なのだから。

 

「それじゃあネイチャさんも参加しようかねぇ」

「ラ、ライスもお姉様と走りたい!!」

「私もですっ!!」

「んじゃ走るかい、お~いチケットにアマちゃんにドララン~俺達走るけどお前らも一緒に如何だい?」

「先輩と走れるの!?やった久しぶり~!!!」

「勿論走るに決まってるじゃないかい!!」

「ランページ先輩と走るなんて結構久しぶりですもんね!!」

 

あれよあれよと決定した模擬レース、それはあっという間に話が大きくなっていき観客が押し寄せてしまった。一体誰がこんなことにしたのかと……とため息交じりに周囲を見回していると葦毛のウマ娘が逃げるように去っていったが……あんな長身のウマ娘居ただろうか?

 

「なあネイチャ、葦毛で長身のウマ娘って思いつくか?」

「葦毛で長身?ビワハヤヒデかな」

「俺もその位なんだよな……でもハヤヒデじゃねえんだよなぁ……誰だったんだ?」

「お姉様~準備できたよ~」

「応今行く~」

 

取り合えずその事は忘れて模擬レースに集中するのであった、久しぶりのカノープスとして走らせて貰うとしよう。



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421話

アイルランド。

 

ランページが現役時代の欧州遠征時にお世話になったこの国、その王族が住まう場に今回お世話になっている日本人チームがあった。元々はアイルランドに来る予定はなかったのだが、王族側から是非ウチで万全の状態に整えてほしいという猛プッシュを受けたのでこの国へとやって来た南坂トレーナー率いる欧州遠征チーム。最初こそアイルランドの好意的な姿勢に戸惑いこそしたが、その好意こそがランページが深めた絆だと直ぐに理解出来た。

 

「アイルランド王室として皆様を歓迎致します―――ランページさんのしんゆ~として!!」

 

真っ先に笑顔と日本語でそう語りかけて来たアイルランドの姫殿下、その言葉でアイルランドを遠征拠点として定めたのであった。

 

「お疲れ様です、それでは休憩しましょうか」

「はい分かりました」

 

南坂の声に応えるローレル、二エル賞に勝利した事で凱旋門挑戦の機会を得ることが出来た彼女はこうして今、努力を重ね続けている。そんな彼女の隣にいるのは荒い息をしているフローラ。本来リギルの彼女だが、東条トレーナーは南坂以上に日本を離れるのが難しい立場なのでこうして今回は同行を許して貰っている。そんな彼女はマスクを外しながら新鮮な空気を吸い込む。

 

「キッツぃ……カノープスだと普段からこんな練習をしてるんですか……?」

「いえ流石に違いますよ」

「そうです、よね。こういう風に海外遠征するときだけ―――」

「やっていたのはランページさんとイクノさん、後はネイチャさんとタンホイザさんにライスさんぐらいです」

「結構やってたよ!!?」

 

フローラとしてはこの遠征で初めて体験すると言ってもいいカノープス流のメニュー、矢張り基礎を重視しているがフローラのレベルに最適化された負荷が掛けられている。当然のようにシンザン鉄から慣れる所から始まり、現在はマスクを着用した低酸素トレーニングまで導入している。

 

「ランページさんはマスクを付けた上で坂路を爆走してましたね」

「……偶に思いますけど、あの人なんですか。今私が付けてる蹄鉄よりも数倍も重い蹄鉄を練習どころかレースでも付けて爆走してたんですよね。マジで何なんですか、そんなの生み出したカノープスって何なの」

「フフッご想像にお任せします」

 

クスクス、と手元で口を隠しながら笑う南坂トレーナーの姿は酷く恐ろしげに見えた。自分は彼とは僅かな付き合いにしかならないがそれでもトレーナーと担当ウマ娘としての関係を築いてきたと思ってきたが全く以て底が知れない。何処までも限界が無い怪物のように映る。

 

「トレーナー!!ファインと一緒にお菓子作って来たよ~」

「しんゆ~のトレーナーさ~ん休憩中なら一緒に食べませんか~?」

「おや、これはこれは」

 

ターボがファインを引き連れながらやって来た、ターボはアイリッシュチャンピオンステークスに出走したばかりなのでまだ休養期間中だが気を利かせてくれたのかファインと一緒に休憩中に食べるお菓子を作って来たらしい。作ってきたのは中にドライフルーツを入れたパウンドケーキ、休憩にはいいかもしれないと皆で食べる事になった。

 

「それにしても……ランページさんが遠征中はアイルランドに居た事は知ってましたけど……此処までアイルランド王室と親密だったとは思いませんでしたよ」

 

濃いめ紅茶を飲みながらもフローラは改めてランページの規格外さを思い知った気分だった。海外に出てまず思ったのがランページというウマ娘の巨大さだった。日本のウマ娘だと分かればあの暴君の……と警戒されて大逃げマークの態勢を作られる。違うと分かるとバカにしたかのように此方を見下す者もいたが、その隙をついてぶち抜いたりもした。

 

「先輩はドバイにヨーロッパで破竹の快進撃でしたもんね。此方でもファイン殿下とお写真を撮られたグッズを見ましたよ」

「ファインでいいよ。しんゆ~のチームメイトは私の友達も同じだもん!!」

「そして、ターボもファインの親友!!」

「そう、ファインはターボさんのしんゆ~にもなったのです!!」

「素敵なご友人が出来ましたね」

「「うん!!」」

 

にこやかな笑みの南坂の言葉に満面の笑みで頷く二人、普通に考えれば微笑ましい。片方が一国の姫君である事を除けば……そして気づけば自分はこんな所にまで来ていた。ランページの背中を追い続けていたレース人生、そんな憧れが所属したチームのウマ娘と共に世界一のレースへと挑もうとしているのだから。

 

「凱旋門か……」

「実感湧きませんか」

「湧かないというかなんというか……不思議な気分」

 

ランページに勝ちたいと思い続けた現役人生は何時の間にか、目標として背中が居なくなっても続いていた。どれだけ走り続けてもあの背中を捉えることが出来るヴィジョンを思い描けない。少しでも追い付く為に、同じように海外の戦線に殴り込んだ。そして結果として自分の海外戦績は10戦7勝となっていた。勝利数で言えばランページを越えてはいるが、自分がこれまで走ったのは全てG3~G2で彼女のようにG1はこれが初挑戦となる。

 

「私、大きくなれてるのかなぁ……」

「なれてる!!」

 

そんな自分の疑問に答えてくれたのは意外な人物、ターボだった。

 

「フローラの気持ち、ターボ何となくわかるよ。ターボにも負けたくない、勝ちたいって相手いたから」

「それってもしかして」

「うんテイオー」

 

トウカイテイオー、ターボの同期であり最大のライバル。そしてテイオーも現在は海外遠征を行っており、クイーンエリザベスⅡ世カップにキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークスというG1タイトルを獲得している。

 

「ターボとテイオーは今の所互角、だから次の勝負は決めてるんだ」

「えっ何処で!?」

「アメリカで戦うの。だから凱旋門は出るか悩んでるんだ」

 

その言葉に驚愕した。ターボは既にアメリカに行く事を見据えているのかと、ローレルも聞いていなかったのか少しだけ驚いたような顔をしながらも尋ねた。

 

「それではブリーダーズカップで」

「うん、だけどターボはマイルカップでテイオーはターフに登録するんだ。それで最終的には―――レジェンドレースで勝負する」

 

ターボの表情は酷く凛々しかった。一緒に欧州に来てからずっと見せていた無邪気で幼げな雰囲気はそこにはなくトリプルティアラに相応しい覇気を纏った王者の姿がそこにあったのだ。

 

「おお~レジェンドレース!!しんゆ~の作ったレースでしょ!?いいないいな~私も日本で見たい~!!!」

「じゃあ見ようよ!!」

「見ていいの!?」

「ターボさん簡単に言っちゃだめですよ。流石にファインさんはご家族の許可を取らないと」

「「ブッ~!!」」

 

何処まで仲良しなのかと、思う一方で目の前の人は本当に尊敬すべきウマ娘なんだと思った。自分は一度彼女に勝っている、だがもう一度勝てるのかと言われたら恐らく無理だろう……極限にまで仕上げなければ勝つ事は出来ない……そう思っているとターボが手を握ってきた、自分だけではなくローレルの手も握る。

 

「ターボは凱旋門に出られても出れなくても後悔はないよ、だけど二人はここで後悔するような走りはしちゃだめだよ。凱旋門はランが勝ったレース、だから勝てなんて言わないけど……どうせならランに胸を張って報告出来るような走りをして日本に帰ろうよ!!」

 

満面の笑みを浮かべながら言うその人の言葉に、フローラは胸の中にあった重しが軽くなった気分になった。そうだ自分は凱旋門で走るから緊張していたのかもしれない、自分はそんなこと考えなくていいんだ。凱旋門を制したあの人に挑戦しに来たと思えばいいんだから……自分らしく挑戦者としてあのメジロランページに挑もう。

 

「はいっ!!」

「私も頑張りますターボ先輩。応援お願いしますね」

「任せろ~!!」

「私も任せろ~!!」

「南坂さん、不出来なウマ娘ですがご指導お願いします!!」

「承知しました。微力ではありますが、全力を尽くさせて貰います」



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422話

「フゥッ……ったくさすがに疲れてきちまってるか?雑になっちゃいけないと分かっちゃいるが、少しペース落ちちゃってるな」

 

周囲が聞けば何を言っているんだと思われるかもしれない。だがランページ本人としては明確に疲れが溜まっている事が分かってしまっている、というのも自業自得なので文句のつけようがない。ネメシスの統括チーフの仕事も手を緩める訳にもいかないしプレアデスの事もある、そしてそこにカノープスの代理……普通に考えて過剰労働な筈なのに、要領が良いせいで捌けてしまう自分がいるので、問題はなかったのだが……。

 

「ったくっ……おいブライアンちょっとは先輩を敬え、こちとら三チームの面倒を見つつお前の面倒も見てんだぞ」

「……済まない先輩、だが私はローレルに負けたくないんだ。ローレルに相応しい好敵手になりたいんだ」

「その気持ちは買ってやるけどよ……ったくしょうがねぇなもう一周だけだぞ」

「感謝する!!」

 

そんな中でブライアンから是非模擬レースをお願いしたいという猛烈なアタックを受けてしまった。間もなく凱旋門賞を控えているローレル、彼女はきっと万全を期してレースに挑むはず、そんなライバルに負けない為に自分は絶対に無敗で菊花賞を制して三冠ウマ娘となってみせる、その為にはもっともっと強くならなければならないと頭を下げられたのだ。

 

『ランページさん、私からもお願いします。妹に、力を貸してはいただけませんでしょうか』

『ハヤヒデ……あ、あのランページさんお忙しいのは分かりますけどお願いします!!』

『……アタシからもお願いします』

『あ~あ~分かった分かった!!BNWに頼まれたのを断ったとなれば俺の居心地も悪い。だがやるなら絶対に菊花賞で勝ってみせろよブライアン』

『勿論です、私は絶対に……勝つ!!』

 

「ハァハァハァッ……ったく俺も断れねぇ女だねぇ……」

「せっ先輩大丈夫ですか!!?」

「流石に、走り過ぎたな……ったく俺も衰えたか?」

 

走り終えたランページは膝から崩れ落ちるようにその場に膝をつきそうになった、そんな彼女をフジキセキは咄嗟に肩を貸した。現役を引退しているので衰えているという言葉は正解に思えるかもしれないが……夏合宿でもあれだけ鍛え込めることが出来るランページが衰えるという事は相応しくない、そんな彼女に東条トレーナーは酷く申し訳なさそうな顔を作りながら頭を下げた。

 

「本当に、無理をさせてしまってごめんなさい。ブライアンがハヤヒデを無理矢理協力させたって聞いたわ、私からもきつく言っておくから」

「……気にせんでくださいオハナさん、俺は可愛い後輩を立ててやっただけですぜ。それで後輩の為になるなら力になってやるのが先輩の役目です、俺だってそうやって強くなった訳ですし」

「だからと言って、本来適正距離じゃない3000mを数本走ってるのよ。無理をさせてしまってるのは此方よ」

 

以前、ハヤヒデの菊花賞対策として模擬レースをしたことがあったがその時の話を聞いたブライアンは無理を承知で姉を説得、チケットとタイシンも加わってランページを説得して本来適正ではない長距離模擬レースをさせ続けている。トレーナーとしてはそれは看過できない、幾ら現役を退いているウマ娘と言えどいけない事だ。

 

「ぶっちゃけ、此処まで疲れちまってるのは俺の自業自得ですから。単純に三チームの業務がキツいだけっす」

「だったら猶更何で模擬レースなんて引き受けたのよ」

「何故って?見てぇじゃねえですか、最高のブライアンと最高のローレルがぶつかり合うレースが」

「そ、それだけの為にランページさんは引き受けたんですか!?」

「後は後輩の顔を立てたってもあるな」

 

ランページの行動原理は極めてシンプルだ。面白いレースが見たい、これに尽きる。その為の苦労ならば幾らでもしてやる。

 

「だからって無理し過ぎですって……」

「確かにちょっちきつかったかな?如何だいブライアン、自信は付いたか?」

「散々走れないと言いながらも3000を私を置いて駆け抜けておいてよく言う」

「伊達に海外を走った訳じゃねえからな」

「……そうだな、姉貴のように勝ってみせるさ。だから今度は姉貴の天秋対策にも協力してあげてくれ」

「ブライアン貴方!!」

 

何を言い出すんだ!?と思ったが、直ぐにランページは酷く愉快そうに笑った。底抜けな笑いに呆気に取られるが、ランページは愉快そうに続ける。

 

「流石に今は無理だが、その内相手してやるよ。だがハヤヒデ、前の菊花賞と違って2000は俺の領域だ。簡単にいけると思うなよ?」

「望む所です、私は天皇賞(秋)を勝ってみせます」

「楽しみにさせてもらうわ、悪いフジこのまま肩貸して貰ってもいいか?」

「ど、どうぞどうぞ!ど、何処まで貸します?」

「あ~そうだな~」

 

フジに肩を借りながらも去っていくその背中は東条から見ても酷く大きく頼もしかった。あれが日本を飛び越えて世界最速最強という称号を得た暴君と呼ばれたウマ娘。引退レースでのインタビューで彼女は誰かに夢を見続ける、自分で夢を見る為に走り続けると宣言していた。その為に走るという事が今なのだろうか、きっとまだまだ走れた筈なのに次の夢を大きくする為に……

 

「ブライアン、ランページに此処までさせたのよ。菊花賞、一着以外は許されないわよ」

「一着以外を取る気はありません」

「ハヤヒデ、天皇賞(秋)想定模擬レースは私の方でセッティングするから勝手は許さないわよ」

「分かりました」

「忙しくなるわね」

 

まずは一先ず……ランページに上手い事休ませる口実でも探すとしよう。

 

 

「いやぁ、こりゃ参ったな……随分と疲れてんなぁ俺……ファイナルズ設営よりマシだと思ってたけど流石に無理があったか」

 

取り合えずインプまで運んでもらったランページはフジにお礼を言ってから車を走らせて自宅まで戻った訳だが……想像以上の疲弊に笑ってしまった。

 

「流石に長距離は無理があったな」

「全くだね、困った子羊君だ。まあそんな所が愛おしいんだけどね」

「褒めても今日は豚の角煮位しか……って何当然のようにいるんすか」

「やっほっ会いに来たぞ愛しの子羊君♡」

 

リビングのソファに腰掛けている自分の隣から聞こえてきた声に導かれれば、そこには三女神の一柱のダーレーアラビアンがそこにいた。こうしてまた顔を会わせることになるのは三回目としてカウントしていいのだろうか……と思う中で魅惑的にウィンクする彼女に肩を竦める。

 

「今日はどうして此処に?」

「いやね、また君の所に遊びに行こうとしたんだけどタークに止められっぱなしでね。なんとか目を盗んできたという訳さ」

「また、戻ったらタークさん怒るんじゃないですか?」

「まあいいじゃないか細かい事は気にしなくて、それに今日は随分と疲れている君を労いに来たんだよ―――無理、し過ぎちゃだめだよ」

 

その時、ダーレーはランページを抱き寄せた。柔らかくて暖かな感触は頬に触れる中でダーレーはそっと頭を撫でながら続ける。

 

「君が後輩思いなのは分かるさ、だけど後輩も君が大好きな事を忘れちゃいけない。大好きな君が自分達に頑張って無理して倒れたなんて聞いたら悲しむ、休むことだって立派な仕事なんだよ」

「……」

「君は休んでいいんだ、君はランページの分まで精一杯生きようとしているのは分かる。だけどそれは我武者羅に仕事をして次の夢を育てるだけじゃないだろう、自分を労わってあげる事だって大切な事だよ」

 

そんなつもりはなかった。ランページの為に、彼女の代わりに生きている自分が懸命生きなければいけないと気負っているつもりはなかった。だけど……自分を蔑ろにしていた事はなんとなく分かっていたが、必要な苦労だと割り切って無視し続けていたのは事実だった。

 

「……俺には、分からないことかもしれませんね」

「それなら俺が教えてあげるさ、何時でも俺を呼んでくれていいさ―――君なら幾らでも溺れさせてあげる、と思ったんだけどなぁ」

 

色気と美しさ、様々な物がマッチして頂点に達しようとしたときにダーレーの言葉にやばさが滲み出た。どうしたのかと顔を上げれば、口角が痙攣したように動き汗をかいていた。その背後にはニコニコ笑顔のゴドルフィンバルブと青筋を浮かべているバイアリータークの姿がそこにあった。

 

「本気で私を出し抜けると思ったのか」

「い、いやぁタークさ今凄く良い所だったんだよ、マジで良い所。此処だとなんていうか知ってるかい、KY、空気読めないっていうらしいよ」

「そうか。ならば貴様は私の目を盗んで現界した愚か者だ、罰は受けて貰うぞ。それとランページに迷惑をかけた上で篭絡しようとするな」

「ひ、人聞きが悪い事を言わないでくれよ。ただ子羊君に俺の愛を甘受して貰おうかなぁって思っただけで……「話は神界で聞く、すまんがこいつは連れていく」」

 

ランページに頭を下げてからバイアリータークはダーレーを無理矢理立たせるとアイアンクローをしたまま強引に帰っていった。光の粒子になって消えていく二人を呆然と見るランページにゴドルが肩を叩いてきた。

 

「あっはい、お土産に角煮持っていきます?」

「それは興味深いけどまた今度にさせてね、お客様が来るみたいだから退散するわ。じゃあねランページ、また会いましょうね」

 

手を振りながら消えていく彼女を見送ると直ぐにインターフォンが鳴った。そう言えば客が来ると言っていたな、直ぐに玄関に向かうとそこに居たのは―――

 

「やぁっ今大丈夫かい?」

「誰かと思ったら上ちゃんか」

 

自分のサブトレーナーである上水流トレーナーがそこにいた。



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423話

「こりゃまた意外なお客様が来たもんだわな、つうか俺ちゃん家の場所教えたっけ?」

「たづなさんに教えて貰ったんだよ、取り合えずちゃんと帰ってるみたいで安心したよ。おハナさんに君のお目付け役を頼まれたんだよ、ちゃんと休ませるようにって」

「あらら、おハナさんも随分な事言うじゃないのさ。問題児扱いかい?」

「君がそうか否かで言えば確実に問題児だと俺は思うよ」

「セーフとアウトの境界、ドリフトしてた自信はある」

 

自宅へとやって来た上水流トレーナー、その実は如何やら東条トレーナーが派遣した見張り役だったらしい。どんだけ自分には信頼がないんだと溜息を吐きたくなったがせっかく来てくれたのだからもてなさければいけないだろう。

 

「ここが君の家か……なんというか、メジロのご令嬢だからもっとでかい家に住んでて執事さんとかがいると思ってたよ」

「お望みならメジロの本邸へとお連れするぜ。これでも俺はメジロ家には後入りなもんでな、実質的には一般庶民と変わらねぇよ」

「何処の世界に世界最速最強が一般庶民になるんだよ」

「此処に居るんだろ」

 

適当に掛けてくれと言いながら冷蔵庫を漁るランページの背中を見つつも本当に一般家庭の家と何も変わらない事に驚きを感じる。そしてキャビネットの上に置かれているレジェンドレースの中距離初代チャンピオンを証明するトロフィーを見つけた。

 

「これがあの伝説のレースを勝った証……ってあれ、これだけなの?」

 

ランページと言えばその圧倒的なG1勝利数。国内だけに飽き足らず海外では全てがG1レースというある種の狂気的なスケジュールを全て勝利で完遂した伝説、素直な事を言えばそのトロフィーなんかが見られるんじゃないかと思ってワクワクしていたのだが、トロフィーは別の場所に飾ってあるとかなのだろうか。

 

「トロフィーならカノープスの部室に行けば見れるぞ」

「えっなんでカノープス?」

「カノープス所属の俺が成し遂げた結果だからな、カノープスで飾るのが一番だからだ」

 

そう言いながらコップなんかを置きながらも飲み物を準備するランページ。彼女にとってはトロフィーは大した価値はない、勝利の記憶は全て自分の中に確りと刻まれている者でありそれで充分。トロフィーを愛でる趣味もないので天皇賞といったお婆様に飾りたいと言われたもの以外は全てカノープスの部室で展示されている。南坂からは置き場所に困ると言われた事もあるが。

 

「今の所、それ一つだけだな俺自身が取ったのは」

「君の取ったトロフィーか……」

「ほれっ折角来たんだ、もてなすぞ。酒は弱くねぇだろ」

 

テーブルの上には野菜スティックやら豚の角煮、味付け卵と言った酒の肴になるものがズラリと並べられている。一先ずは乾杯をする。

 

「それにしても、グラスで日本酒かい?」

「別によくね。此処は俺の家で酒も全部俺の金で買ったんだ、自分の城で私物で何をどうしようが勝手じゃね」

「御尤も」

 

グラスに並々と日本酒を豪快に注いでそれを一気に飲み干す酒豪っぷりに肩を竦めながらも自分もそれにペースを考えながらも付き合う事にした。酒の席では話も進むという物、故に自分も本題を切り出すとしよう。

 

「君ももう少し周りを頼っても良いじゃないかな、だからこそおハナさんも俺を寄こしたんだから」

「生憎、俺ちゃんはテメェでやれることはテメェでやりたいだけだ。そうさせたいなら出来る人材連れてきな、そしたら考えてやる」

「いやそうじゃなくてさ……君ってさ、自分の身体とか体力って大分度外視してるよね」

「いいや、寧ろ正確に見積もってるつもりだ」

 

角煮の出来前に満足するランページに溜息を付きながらも塩味が丁度いい野菜スティックをかじる。確かにそうだとも言える、ランページは自分の手に負えるからこそ請け負うという悪癖がある。それによって自分が被る疲労を考える事もなく、いやある意味では確りと考えている。自分の限界を把握しているからこそ限界ギリギリまでアクセルを平然と踏み込んでいくのである。

 

「何が起きるか分からない、君は何時破裂するかしないかのスリルでも楽しんでるのかい?」

「ンな訳あるか、俺は唯……」

「ただ?」

 

そこまで言葉にして、ランページは口を噤んだ。誤魔化そうとした訳でもない、次の言葉が出てこなかっただけだ。

 

 

―――ランページの分まで精一杯生きようとしているのは分かる。

 

 

ダーレーアラビアンに言われた言葉が脳裏を過った、自分は彼女の分まで本当に気負っているのだろうか……

 

「必要な苦労、だからやってるだけさ……俺が見たい物の為に」

 

極論、自分の行動は此処に流れ着く気がしてならない。ブライアンとハヤヒデの対決もそうだが、スズカが世界へと駆け出す姿が見たい、様々な見たい夢がある。自分ならばその為の一助になり得ると、それがランページの分まで自分が成した人生と言えるのではないだろうか。神の言葉を借りて漸く自分の事を言語出来た気がする。

 

「だったらもっと自分を大切にしなきゃ、君が無理をすればプレアデスの皆だって心配するし下手すれば自分達が情けないからランページさんは無茶をしてるんだ、とか思われるよ。一流のトレーナーは自分の管理も徹底してるよ、おハナさん見てれば分かるけどあの人だってチームをずっと率いてるのにしっかり休んでるし、君にとっては南坂さんをイメージして貰えればいいかな」

「そこで南ちゃんを出す辺り、上ちゃんも人が悪いっつうか俺の事を分かってきたなぁおい」

「許可は貰ってるよ」

 

そんな時にかつてのジャパンカップを制した後、これでクラシッククラスを終わりにするかしないかの時に南坂に一緒に夢を見たいと言われたことを思い出す。もしも、このままの事を続けて、マヤがキラキラなウマ娘になった時に自分は坂原トレーナーに胸を張れるのだろうか、エアグルーヴが立派になった時に自分は一緒に居られるのだろうか。

 

「プレアデスの皆は君と一緒に勝ちたい、夢を見たいと思ってるよ。その夢、無視する気?」

「……痛い所を突いてくれるな」

 

そこまで言われて自分は上水流の言いたい事が漸く解せたような気がする、見るだけで満足できてしまっている自分が居てそれに納得してその末の事を全く考えていない。病院に入院中にそれが実現したとしても実現したのならばそれで満足だ、というのが自分の言い分な訳だ。お前はそうでもまわりはそうではないと突き付けられた。

 

「……笑えるな、ホント笑える。俺は自分勝手に夢を押し付けてたってか……何が老衰で死んでやるだ……傍から見たら俺は過労死したがってるように映ってたのか」

「手際が良すぎて片づけてたけどブラック企業戦士って言われても違和感なかったよ」

「―――上ちゃん、サブトレーナーって後一人ぐらい増やしても問題ねぇかな?」

「君の仕事量考えたら妥当だと思うよ」

 

一気に日本酒を飲み干すとランページさんは酒瓶をしまって食事に専念し始めた、突然の酒の自重にどうしたのだろうかと思ったが直ぐに納得できる答えが返ってきた。

 

「飲み過ぎは健康に悪いしな、ワクでも自重は必要さ……ありがとな上ちゃん」

「礼はいらないよ、俺もいい思いはしたいからね」

「なら今度デートでもしてやるよ、女としてのランページでも見せてやろうか?」

「何今の君はウマ娘ですらないみたいな言い方」

「実際こんな女らしくねぇウマ娘も居ねぇだろ」



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424話

「ハッハッハッ……!!」

 

ターフを駆け抜けるウマ娘、その姿はこの世界においては珍しいものなのではない。だがその走りは紛れもなく、限りある物だろう。王者こそが出来るそれを体現した見事な走りでターフを文字通りに跳ぶように駆ける。軽やかであるのに力強く、屈強にして柔軟、相反する物が融合した走りがそこにある。そんな走りをするウマ娘はラストスパートと言わんばかりに最後の直線で加速した。これまでの走りとは段違いの伸びと加速、そのままゴール板を駆け抜けた際にはストップウォッチを構えていた女性がタイムを確認する。

 

「……うん良いわね。目標達成よ」

「や、やっとかぁっ~……」

 

その言葉を聞いて力が抜けたと言わんばかりにその場にへたりこみながらも甲高い声で疲れた~……と愚痴を零すウマ娘。そんな姿を見ながらもアラアラと笑いながらも手を差し伸べられる。

 

「そんなんじゃランちゃんにはまだまだ及ばないわね、テイちゃん」

「むっ~ランと一緒にしないでよ~、ボクはボクなんだしスーちゃんなんて呼べるのはランぐらいだよ~」

「あらっいいのよ貴方もスーちゃんで、ほらっ呼んで頂戴スーちゃんって♪」

「無茶言わないでよ~!!」

 

駆け抜けていたのはトウカイテイオー、そして手を差し伸べたのはスピードシンボリ。現在テイオーは海外挑戦中で現在はアメリカに拠点を置いて来たるべきブリーダーズカップに備えている。そしてスピードシンボリことスーちゃんは何故テイオーと一緒に居るかと言われたら……テイオーのトレーナーである沖野の代理である。

 

「今更だけどさ~……ホントよく来てくれたよね」

「フフッこれでも結構融通利くのよ、ランちゃんのお陰でね」

 

テイオーの海外挑戦はトレーナーとして沖野も同行したかったのだが……チームトレーナーとしてはそれが難しく、南坂のように代理をお願いする事になったのだがその相手を誰にお願いするかで酷く難航した。何せ海外遠征経験をしているトレーナーも少数だし海外勝利ウマ娘であるランページもトレーナーとしての職務があるので難しい、そんな時

 

『ああじゃあスーちゃんに話通してやるよ』

『『えっ?』』

『……あっスーちゃん、今大丈夫?うん悪いね急に、スーちゃんさテイオーって分かる?そうトウカイテイオー、そうそう学園祭の。うんうん、テイオーが海外遠征するんだけどそのトレーナーをさスーちゃんにさ……あっそうなんだ、褒めるなよスーちゃんってば、はいはいはいは~い有難う、うん俺も愛してるよスーちゃん。うんじゃね~……いいって』

『『何が如何してOKになったの!?』』

 

爆弾をブッ込んだのがランページであった。普通ならば幾らランページの頼みと言えどスーちゃんだって海外遠征は簡単に引き受けてくれないが、相手がもう一人の孫のように可愛がっているテイオーならば話が別だという。加えてスーちゃんには凱旋門とブリーダーズカップクラシック制覇トレーナー、そんな彼女が見込みのあるウマ娘ともに海外に乗り出すのはURA的にもプラスになる事も多いのでOKは出やすい、というかウラヌスがサムズアップで行ってこいと言ってくれた。

 

「でも、これでブリーダーズカップターフに出て良いんだよね!?」

「ええ約束だものね。タイムも良い結果だったしちゃんとアメリカの環境に適応出来たみたいで安心したわ」

「ヤッタァ!!!」

 

これでターボとの約束を果たせる!とテイオーは気合が入る、アメリカのダートは既に日本ウマ娘に蹂躙されたと言っても過言ではない。何せ今年だってセイバーとダイナがやって来て激戦を繰り広げている真っ最中、アメリカはかつての借りを返す時!!と熱狂の渦。そんな中で芝まで負けたらどうなってしまうんだろうな、とスーちゃんは考えながらも改めてテイオーのポテンシャルの高さに舌を巻く。

 

「クイーンエリザベスⅡ世カップにキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークス、名だたる海外G1を制覇してるのにまだまだ物足りないのね」

「物足りないっていうか、何ていうか納得出来てないって感じかな」

 

テイオーは自分の脚を見ながら言う。

 

「ボクの走りはランと同じ、モンスニーに教えて貰った全身走法。だけどランには勝てない、だから勝てる走りを作り上げたい、そしてターボにも負けたくない。ボクは妥協したくないだけだよ―――ボクはまだ皇帝を越えられてない」

 

その言葉に少しだけ目の色が変わる。シンボリルドルフを心から尊敬し憧れているテイオーがそういう風にいう事は極めて珍しい。憧れではない、ルドルフを倒すべき相手として捉えている良い証拠、テイオーはルドルフに本気で勝つつもりでいる。

 

「G1を10勝、ルーちゃんを超えてると思うけど?」

「それで超えられたら苦労はないよ。ボクはターボと本気で競いたい、そして会長に見せたい、これが―――」

 

『ボクはシンボリルドルフさんみたいに強くてカッコいいウマ娘になります!!』

 

始まりはあのダービーだった。あのダービーから自分はここまでやって来た、だけどまだまだ満足出来ない。最高のライバルとの決着もまだついていない、まだあの人には胸を張って報告できない。報告するならもっと強くてカッコ良くなってから、そう決めている。

 

「ボクがトウカイテイオーだって所を」

 

空を見上げながらそう言い放つテイオーにスーちゃんは頬に手を当てながらもその様子を微笑ましげに見てしまった。とても立派な姿なのは分かる、だがどうしてもこの子の事は孫のように愛しく思えてしまう、ランページとは違って意味で一緒に居たいと思う程に。だったら自分も全力でそれを手伝うとしよう。

 

「それじゃあテイちゃん、ルーちゃんに胸を張る為にもっと頑張りましょうか」

「うんっ!!あっそうだ、どうせならシンザン鉄使わせてよ。というかなんでボク使っちゃダメなの!?」

「だって相性が悪いんだもん」

「使いたい~!!」

「スーちゃんって呼んでくれたら考えてあげる♪」

「ブッ~!!ズルい~!!」



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425話

アグネスフローラの海外での評価は思ったほど芳しくなかったのが実情である。

 

ランページと競い続けてきたのもあるが、結果的に既にシニア4年目を迎える彼女は既にベテランといえる状態で海外戦線へと移行した。ロートル扱いされるはシニアウマ娘の記念海外旅行だと辛辣な言われ方もした事もあってフローラは頭に来たことがあった。確かに最初の海外戦は3着が精々だった。だが……

 

『アグネスフローラ、アグネスフローラだ!!一気に上がってきた何だこの末脚は!!?バ群に飲まれていた筈の華が、鮮烈にレースを飾り付けたぁ!!アグネスフローラ一着!!』

 

『アグネスフローラが逃げる逃げる!!行けるのか、行けてしまうのか!!?これは文句なし、これがベテランシニアウマ娘なのか!?新進気鋭の我が国のウマ娘達を薙ぎ払ったぁ!!』

 

そこから順調に適応していった結果として凱旋門に至るまでには10戦し7勝を挙げる事が出来ていた。本当にあれがシニア4年目のウマ娘なのかとバカにされるどころか畏怖の眼差しを向けられるようになってきた。独裁暴君のライバルは伊達ではないのだ。そんなフローラは遂にこの舞台へと立っていた、憧れ続けるウマ娘が史上最悪のバ場であるのにも拘らずに大逃げ、あろうことかワールドレコードで制してしまった世界一の舞台、凱旋門賞に……。

 

「緊張、してます?」

「この程度でできると思ってる?私を緊張させたいならランページさん連れてきなさい」

「ホントブレませんね」

 

『さあ今年は一味違うぞ!!栄光あるこの凱旋門賞、嵐の中で行われたその影響をもろに受けたこのロンシャンは史上最悪の不良バ場と化していた。その不良バ場を物ともせず、凱旋門という威光にも怯む事もなく、果敢に走った暴君がいた。嵐をまるで自分の力に変えるように常に先頭を走り続けていた、そう日本ウマ娘界の独裁暴君メジロランページ』

 

最早伝説となり、未来へ向けて語り続けられるであろう伝説の最悪バ場でのワールドレコード。誰にも真似出来ぬ所業として語り継がれる事だろう、昨年の覇者たるオーバンシーもかの暴君に迫る事すらできずに悔しいというコメントを残している。4度目の挑戦で日本は遠い異国の地で癒えぬ傷を残したのだ。

 

『今年、その日本から再びチャレンジャーがやって来た!!クラシッククラスでの殴りを掛けて来たのは日本の今年のダービーウマ娘たるサクラローレル!!そしてもう一人、暴君を語るならばこのウマ娘は外してはいけないと日本のファンは太鼓判を押し、我々はそれに同意せざるを得ない!!G1勝利数は二勝のみだが、その勝利は名だたる世界のウマ娘に対する勝利、凱旋門勝利ウマ娘たるエルグッツも破った大華アグネスフローラァァ!!』

 

偉大過ぎる先人の影響か、自分達はこの地でも快く受け入れられていたことが真っ先に出た驚きだった。文字通りに凱旋の栄光を奪い取った暴君の同胞ならば敵視されるのは当然だと思っていた。だが現実は違う、ランページへのリスペクトという観念においては日本よりもずっと海外の方が強く深く、より洗練されている所すらある。

 

『日本からの挑戦者、サクラローレルとアグネスフローラにロンシャンから祝福の声が溢れております!!この二人はこの地で、どんな走りを見せてくれるのか!?日本の凱旋門二勝目を飾るのか注目です!!』

 

レース中から溢れだしている自分たちを祝福する声が絶えない。スタンドには自分たちの名前が書かれた横断幕もあるしサクラの花を模した応援グッズや自分の名前の入った物まである。それを目の当たりにしながらも改めて、自分達は本当に凱旋門へとやって来たんだという事を自覚した。

 

「圧倒されてる?」

「少し……フローラさんは違うんですか」

「私は別に、ぶっちゃけジャパンカップの方が凄かったなぁって感じまであるし」

 

地下バ道から出て直ぐにそんな事を口に出来るフローラにローレルは驚きの視線を送ってしまっていた。自分が来たくて来たくてしょうがなかった凱旋門賞、だが今はブライアンに勝つ為の舞台へと変貌したそれ、それでもローレルは少しだけ上がってしまっているのに制したジャパンカップの方がきついと言い切って見せる。

 

「正直な話をすると、私はこの凱旋門に勝つ気で此処に来てない。ハッキリ言って私は貴方の付き添いみたいなもんだしね」

「付き添いで此処まで来るって相当だと思いますけど」

「だから私は―――あの人のワールドレコードに挑戦しに来てるのよ」

 

ランページのワールドレコード。フローラにとって重要なのはそれだけ、凱旋門の名誉も世界一のレースなんてどうでもいい。あの人が走ったレースであの人の記録に挑戦する、唯その為だけに自分はここまで来たと胸を張っていた。

 

「私にとって走る理由はそれだけ、勝ちたい人がいる……貴方と同じだよローレルちゃん」

「……そうですね、私もブライアンちゃんに勝ちたくて此処に居る。同じ、だったんですね」

「そっさあ行こうか―――勝ちたい人に勝つ為のレースに」

「はいっ!」

 

フローラは此方を見つめてくる数々の強豪ウマ娘達の視線を感じていた。それはクラシックで此処に挑戦したローレルを無謀と称して侮る物か、それとも既にロートルと言える自分に対してお前が立つような舞台ではないという物なのかは分からないし興味もない。だって……ゴールではなく自分達を見据えている時点で彼女らは敵ではないのだ。そう、敵は―――既にゲートの前で待機して集中している者達のみ。

 

『―――お~お~良い面構えしてやがんゼ、如何するフローラ怖い怖いお相手が勢揃いだ』

「(どうでもいいよ、私は―――貴方に勝つよ)」

 

勝手に心の中に作り出したイマジナリーランページに誓う、今日こそ貴方を越えて見せると―――

 

 

―――やってみせろよ、フローラ。

 

 

「―――っランページさんのエール、が今来た……」

「えっ?」

「もう何も怖くない……」

「いやあのそれ敗北どころか死亡フラグ……」

 

ランページが凱旋門を観戦している時に呟いた言葉は確かに届いた。届いた結果、ゲート入り前にヘヴン状態に陥ったフローラを見てローレルは本気で大丈夫なのかと不安になってきた。



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426話

「ほれっ特製カフェオレ入ったぞ。不安な奴は飲んどけ」

「あ、有難う御座いますぅ……」

「ちょっとスぺちゃん貴方大丈夫?だからあんなに食べて大丈夫なのって言ったのに……全くしょうがないわね」

「マヤは大丈夫~……だってレディだもん~……」

「何処がだよ」

 

既に眠気に敗北しかかっているスペ、そんな彼女の為に珈琲は流石に飲めないだろうと配慮したカフェオレを渡しておく。既に舟を漕ぎかけているマヤには膝を貸してやりながらも自分も腰を落ち着ける。

 

「にしてもごめんなさいランページさん、無理を言って夕食まで御一緒させて貰ったのに」

「気にすんな。久しぶりに賑やかな夕飯だったぜ」

 

凱旋門で行われるレースを生中継で見る為にランページの家に集結したプレアデスの面々、折角の凱旋門なのだから皆で見ようという事になったので練習が終わった後は全員で夕食の買い出しをして全員で鍋を囲んでいた。そして今は間もなく出走を控える凱旋門の中継を見ている訳なのだが……食いしん坊代表のスペはランページの財力で実現した豪華な鍋を前に食欲を制御しきれずに満腹になるまで食べてしまったせいで眠気が爆発寸前、マヤは単純に普段ならば寝ている時間なので眠い。

 

「意外に海外でも歓迎されるもんだな、アンタのライバルなら警戒されてると思ったんだが」

 

カフェオレを優雅に飲みながらも地下バ道から出て来たローレルとフローラへと降り注ぐ歓声にステゴが呟いた。

 

「警戒に値しないって事の表れかもしれないな。あいつは普通に考えればベテランのシニアウマ娘だ、凱旋門の挑戦も記念受験と同じ位に捉えられてるのかもしれないな」

「あのフローラ先輩を、ですか……何というかそれは愚かな選択だと思えます」

「私もです」

 

エアグルーヴとドーベルはフローラに話を説かれた経験もある為か、後輩の中では一番フローラの事を尊敬している、尚慕ってはいない。独裁暴君最大のライバルの一人、最後の最後まであの絶対強者と戦い続け、先頭を奪った事すらある大華アグネスフローラ。そんな彼女を侮る事がどれだけ愚かな事なのかを海外は理解していない。

 

「実際よ、あのド変態ってそんなにスゲェのか?いやJC2勝が凄くねぇわけがないってのは分かんだけどよ」

「ちょっとステイ、流石に失礼じゃない」

「そうだよ、まあ確かにフローラ先輩はまあうんそのえっと……」

「無理にフォローするこたぁねぇぞサニー、あいつはマジの変態だからな」

 

基本的に相手を敬う、リスペクトの精神がないステゴですらフローラの強さは認めるほかない。何せ仮にも凱旋門を制したウマ娘相手にもジャパンカップで勝っているし現在は海外遠征を行っているのでそれを認めない方が愚かと言えるほど。だがいまいちフローラの凄さというのが分からないのも分かる、何分ランページの前ではあれなせいで。

 

「あのド変態は一応スゲェんだから尊敬はしとけよ、イクノと並んでずっと俺とガチで殴り続けた数少ない相手だ。付け加えると俺の前に物理的に立ちはだかったウマ娘でもあるからな」

 

ランページのレース展開の大きな特徴の一つが大逃げによって他のウマ娘を前に出させないで勝利するという事。それが破られた機会は酷く少ないし思い出そうとしても思い出せるのはドバイワールドカップと秋華賞位しか思い当たらない。

 

「黒沼のオジキじゃなくて、黒沼の理念分かるか?」

「精神は肉体を越えられるってあれか」

「フローラはそれを何よりも体現してる奴なんだよ、俺に対する愛とやらで俺に迫れるんだぞ。俺のラストレースとか見て見ろ、マジであいつ頭おかしいから」

 

確かにフローラほどそれを体現しているウマ娘はいない、黒沼としては酷く複雑な気持ちだろう、まあ東条もそれは同じだろうが……。

 

「それでフローラさんの勝率はどのぐらいだと思いますか?」

「エルの奴から大体話は聞いてるけど」

「エッ私?」

「ああエルグッツな、可愛い可愛いお前さんから聞いたわけじゃないぞ」

 

定番のやり取りだなぁと思いつつもお詫びとしてエルの頭を撫でてやる、エルはくすぐったそうにしつつも心地よさそうにしている。それに嫉妬の目線を送るスズカといつの間にか起きたのか深く膝の上に座り直しながらも胸元を叩くマヤ。マヤの頭も撫でつつ続ける。

 

「一応あいつから話は聞いてるが、あいつ曰く今年はある意味で一番きついらしいぞ、何より人数がやばい」

「今年の出走者は……23人ですか」

「俺ん時が15人だったかな」

 

単純に出走者が多い、それだけ激しい好位置の争奪戦にもなる。欧州では先行策がメジャーで差しや追い込みの末脚勝負を仕掛けるウマ娘は少数派という話もある、それでも逃げを選択するウマ娘もいる事にはいるが……ラビット扱いを受ける事も多い。この大人数では基本脚質が差しのローレルは相当に辛いしフローラも好位置の争奪戦に加わる事が必須となる。

 

「俺が出たら確実に有利な凱旋門だって言ってたな」

「そりゃアンタは全員置いておくからな」

 

クラシックのローレル、ベテランシニアのフローラ。日本にとっては凱旋門は高き壁だと日本の専門家は語り続けている、ランページの勝利は奇跡としか言いようがない、彼女以外で凱旋門で勝てるとは思えないとまで言う者も多い。勝者としては嬉しくもある意見だが、それは流石に舐め過ぎだ。

 

「―――やってみせろよ、フローラ」

 

思わず飛び出た言葉、それは紛れもないエールの言葉だった。これはライバルのレースだ、自分はもう関係ない、関係ないが……折角見るのだ面白いレースが見たい。即ち―――予測を上回るレースが見たい。

 

「ローレル、お前も見せつけてやれ。ブライアンも見てるぜ」

 

後輩にも声を向けてやった、きっとやれると信じている。チームは変わってしまったが自分は今でもカノープスの先輩のつもりでいる。後輩の努力を見続けた自分はそれを信じる。

 

「何とでもなる筈だ。レースは生き物だ、何が起こるか分からねぇから面白いんだ、そこに偶然が入り込む余地はねぇ―――幸運の女神になってやるから全力で掴みに来い!!」

 

その言葉が放れた刹那、画面ではゲート前の映像になるのだが突然フローラの動きが止まって天を仰ぎ始めた。ローレルの困惑した姿もバッチリと映っていた。

 

「おおっすげぇぞあの変態、ランページのエールに反応したぞ。マジでニュータイプかあの変態」

「……あいつ、これが全世界に生中継されてること絶対忘れてる、いやあいつの事だかンな事気にしてる訳がないか……タキオン、頭抱えてんじゃねえかな……」

 

そんな不安を他所に遂にゲートインが成された。世界一の大レース凱旋門賞、紛れもなくこのレースに勝利した者は世界一の栄光を手に入れる。それを手に入れるのは一体誰なのか、様々な思いが交錯する渦中、遂にゲートが開け放たれた。

 

『さあスタートしました全員見事なスタートを切っておりますが特段良いスタートを切っているのが日本から来たアグネスフローラ、そしてサクラローレル!!どんなレースを見せてくれるのか、いやサクラローレルは良い位置を取っているがアグネスフローラ、これは速い速い!!既に先頭に立っているぞ、これはっまたもや日本の逃げ戦法か!!?』




「……姉さん……なんでそこでヘヴン状態になるのかねぇ……」

「タキオンの姉ちゃんマジで大丈夫か、顔色悪いぜ」

「……日本の恥よ、あのバカ姉……」

「なんというか、本当にフローラさんってブレませんね。そうですね、帰ってきたら抗議しましょうか」


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427話

遂に来たぜウマ娘3周年!!

そして、私はドゥラメンテお迎え出来ました!!二人来てくれた!!そしてイクノも来た!!あとオルフェSSRも来た!!早速ドゥラメンテで凱旋門獲ってきました!!

このSSでドゥラメンテ出そうとしたら一体何話いるんだろうね……エアグルーヴとの絡みも期待出来るから面白いとは思うけど……出そうとしたらランページをアプリとかアニメ次元に飛ばすしかないんじゃないか?だってそうじゃねえと何年かかるんだよ……。

色んな意味でこのSSの終わりが見えない不具合が起きておりますが、ウマ娘3周年おめでとうございます!!


抜群のスタートを切ってみせたローレル、その目の前でぐんぐんとスピードを上げていくフローラ。これまでフローラが逃げを打った事はそれこそランページに追走した時か、彼女が不在時のジャパンカップ、海外遠征中は逃げは使ってもいなかった。故に誰もが掛かっていると思ったが、その走りは誰もがあるウマ娘を連想させた。世界最速最強のウマ娘たる独裁暴君、メジロランページ。あの史上最悪の凱旋門と言われたロンシャンを制したあの走りがどうしようもなく脳裏を過り続けるのである。それに変化は直ぐにローレルにも分かった。

 

「(流れが……速くなり始めてる、フローラさんに引っ張られてる……という訳じゃないわね、全員がフローラさんが見えているランページさんのゴーストに惑わされ始めてるんだ)」

 

ローレルの目にもそれは見えていた。何せローレルはダービー対策と称してガチのランページとの模擬レースをし続けていた、加えてこの凱旋門は自分の憧れの地だった。そんなレースを制した先輩のレースは穴が開く程に見た、故に自分にもあの時のランページの走りが確りと見えている。フローラはそれを正確に追っている、ランページを差す為の意地を維持し続けている。が

 

『速い速い!!アグネスフローラ先頭を走り続けておりますが、これは余りにも速すぎるんじゃないか!?』

『この凱旋門の舞台、掛かってしまっているのかもしれませんね……冷静さを取り戻せるといいのですが』

 

的外れな意見をする実況と解説の声に笑いそうになった、それ以上に周囲のウマ娘達の焦りが腹筋に悪い。見えても居ない筈の相手に惑わされ、真に見るべき相手を虚ろにしたせいで焦っている。だがそれを仕掛けているのは此処に居ない筈の絶対暴君の亡霊(ランページ・ゴースト)、たった一人に勝つ為だけの戦略も此処まで突き抜けると環境を揺るがすほどの影響力を産むという事なのだろうか。

 

『ビードロアフェイ、アウトレイドがアグネスフローラへの距離を縮めに掛かるがいや、一塊になってアグネスフローラを追いかけている!!これは異様な光景だ、たった一人のウマ娘の掛かりが全体に波及していくかのように、全員のペースがどんどん上がっていきます!!アグネスフローラが先頭、凄いペースだが全くペースが乱れないぞ素晴らしい走りをしておりますが、もしや彼女は掛かっていないのではないでしょうか』

『かも、しれませんね。ハッキリ言って私も彼女の事はあまり知りませんが―――彼女が見ているのは、あの暴君だけなのかもしれません』

 

解説の言葉に全員が息をのんだ。間もなく坂へと掛かろうとしている時の言葉に全員が釘付けになっていた。

 

『アグネスフローラはあのメジロランページのライバル、現役を通して彼女と真っ向勝負をし続けたウマ娘。故に彼女が戦っているのはこの凱旋門などではない、この凱旋門を制したあの暴君の亡霊を追っているのかもしれません』

『だとすれば、アグネスフローラ、これは逃げなどではない!!挑戦だ、このロンシャンであの暴君の背中を追いかけている事になるぞ!!』

 

挑戦、その言葉の意味は全員が分かる事だろう。ワールドレコードを叩き出したあの日本のウマ娘に挑戦するのは当然の理だ、あのウマ娘に勝ってこそ真の凱旋門ウマ娘と名乗れると意気込むウマ娘も多いのだ。だが、それはあくまで記録の話だ。記録で上回れば勝った事になる、フローラのようにゴーストを投影してそれを差すような位置取りを取る事まではしない。況してやこの凱旋門賞で。

 

「なんか皆凄い焦ってるぞトレーナー、そんなにフローラのやってる事っておかしいの?」

 

ニンジンジュースを啜りながら質問するターボ、フローラの対ランページ戦術を見続けて来たターボにとってはそれは珍しい事ではないし寧ろ現時点で最速最強のウマ娘に勝とうとしているのだから寧ろ理に適っているとすら感じる。

 

「そうですね、基本的にレースは何が起きるか分かりません。最低人気だった方が突然レコードタイムで走って当時最強格だったウマ娘を破るというのもある話ですのでレコードタイムを意識するよりも今走っているレースの対戦相手を意識するのが一般的です」

「でもそれならローレル以外アウトじゃないの?結局ランの事気にしちゃってるじゃん、ダメだな~走るのは結局自分なんだから」

 

結構辛辣な意見を述べるターボだがその意見は正しさに溢れている。レースを走る以上、共に走るのは全員敵なのだから走る事に集中しなければならない。そこを戦略に落とし込んで相手に揺さぶりを掛けるのが海外で主流の走りでもあるのだが……ターボはそれすら追いつけない程の大逃げで相手を強制的に走る事だけに集中させて勝利を掴んだりもしている。

 

「でもランを追いかけるって事はあの大逃げに突っ込むって事でしょ?でもフローラってまだまだ抑えてるね、余裕があるしまだ踏み込みが甘い」

 

そういうターボに南坂は感心してしまった。ターボはそこまで成長しているのかと感動を覚えてしまった、以前ランページがターボの成長を喜ぶ余り親の気持ちが分かったと言ったが確かにこれは分かってしまう。

 

「ですがランページさんと競い続けたフローラさんのそれは他のウマ娘から見たら本気の逃げにも見えかねない程の圧力がある、しかしフローラさんは上手いですねぇ……」

 

力をセーブしつつも絶好の位置をキープ、それでいながらも後方が焦るように前を見続けている。彼女からすればランページしか見ていないのだろうが、それがますます焦りを誘発する。この凱旋門で他を見ないのかと、彼女達の内に潜む猜疑心を程よく刺激して徐々にペースを上げさせている。

 

「でもローレルも少し上げて来てるけど大丈夫なの?」

 

ローレルも好位置をキープする為にその流れに乗っている、寧ろ他によりもペースは少し速いと言った所だろうか。それを見てプレッシャーをかけるウマ娘もいる。

 

「大丈夫ですよ―――ローレルさんもランページさんしか見てないですから」

 

「(これが凱旋門のランページさん……凄い、鮮明に前を走ってる)」

 

周囲が重圧(デバフ)を掛けようとする中でローレルはそれらを受けても全く動じていなかった。スタート前は緊張している様子を見せていたのにいざ走れば緊張はなかった、ただ懸命に前だけを見ていた。そしてロンシャンの坂に入ってもそれは変わらない、フローラが変わらぬペースで駆け抜けるがそれはローレルも変わらない。全くペースを緩めない彼女に重圧が強まるがまるで利いてないように駆け抜け続ける。

 

「(ランページさん、もしかして……私が凱旋門を走るって事分かってたのかも……)」

 

ダービーの結果次第で凱旋門の許可を出す、ランページもそれは聞いていた筈だが自分ならば挑戦できると信じて一緒に走っていたのかもしれない。ならば……その気持ちに応えるのが後輩としての務め、そして―――

 

「(ブライアンちゃん、貴方に勝つ為に私は―――)あの人に挑戦する!!」

 

「(いいペース、ロンシャンも思った以上に走りにくくない……)」

 

先頭を駆け抜け続けているフローラ、その前にはあの時のランページがいる。流石はワールドレコードの走り、此処まで凄いなんて……予想出来ていた。寧ろ想定通りの走りだ。フローラは想像以上に充実していた、ランページ・ゴーストは結局の所自分が生み出した幻影にすぎないがそれは忠実にあの走りをしてくれているのだ。即ち、自分が正確にランページの走りをトレース出来ている証明でもある。

 

「(ランページさん、ああっ私の憧れ……今日こそ、今日こそは―――)貴方を捕まえる!!」

 

『さあ間もなく第三コーナーを越えて急激な下り坂が―――こ、此処で来るのか!?ここでサクラだ、サクラローレルが一気に上がるぞ!!い、いや彼女だけではなくアグネスフローラも来る!!またもや日本が来たぞ、日本のロンシャン逆落とし!!』



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428話

『ロンシャン逆落とし、まさか再びこの光景を見る事になろうとは!!我々欧州勢にとっては悪夢、日本にとっては奇跡の光景にして後継!!アグネスフローラ、サクラローレル共に坂を下っていく!!日本のウマ娘は全員これほどまでに坂に強いのか!!?』

 

ロンシャンの坂は日本のそれよりも遥かに高低差がある。故に此処をどう攻略するかが凱旋門攻略のカギの一つとされているが、普通はここで我慢する。長く下る坂はダイレクトに脚に体重が掛かって負担も大きい、日本でも淀の坂はゆっくり上ってゆっくり降りるという鉄則が存在するが―――それを犯して勝利した偉大なウマ娘は存在する。

 

淀の坂の鉄則を破って猛スパートをかけた末に三冠ウマ娘の称号を手にしたミスターシービー。そして……このロンシャンにおいて上り坂においても下り坂においても一切スピードを緩める事もなく駆け抜けていった絶対強者の独裁暴君、メジロランページ。この場合二人が倣っているのは後者のランページ、いや倣ってすらいない。彼女らは目の前を走っているランページを追走しているにすぎないのだから。

 

『物凄いスピードだ、このままのスピードのまま行ってしまうのか!?だがフォルスストレートもある、まだまだ先は長いぞ!!』

 

そう、ロンシャンはまだまだ先がある。長い長い偽りの直線と真の最後の直線が待ちかねているのにも拘らずに二人は加速していた。もう終わったと笑うスタンドからの声もあるがレースを走っている当人たちはそんな笑いを浮かべる余裕なんてなかったのだ。

 

「(どうして、どうしてなのよ、どうして……!?)」

「(な、ンでなんでそんな走りをするのよ!?)」

「(やめろ、見えちゃうじゃない……!!)」

 

『(あのウマ娘の背中が、もっと鮮明にっ……!!)』

 

既に薄っすらと視界に映り込んでいた影が、更に濃くなっていき遂にはその影の走る音すらも聞こえてきた。此処に居ない筈の絶対暴君が、この凱旋門で栄光を掲げようともかの暴君には敵わないと言われる程の走りをしたあのウマ娘の姿が……そんな影をあの二人は必死に追いかけている、戦い挑んでいるのだ。それなのに自分達は何なのだ、ただこのレースにさえ勝てればいいという安牌を切って戦いもしようとしない臆病者みたいじゃないか……

 

『間もなく坂を下り切るぞ、日本の二人が先頭を独占してるが後続はいつ仕掛けるのか!!?』

 

「私は、もう我慢できない!!私は、私たちだって―――あの人に勝ちたいのは、一緒だぁぁぁ!!!」

 

『此処でビードロアウェイが前に出て来たぞ!!』

 

「私だって、私だってぇ!!!」

「どうせ勝つなら、完全に日本に勝ってやるぅ!!」

 

『い、いやビードロアフェイだけではないぞ!!次々と上がっていくぞ、フォルスストレートに入っていくが次々とペースが上がっていくぞ!!?これはアグネスフローラとサクラローレルに引っ張られているのか!?』

 

「それはそうでしょうよ」

 

そんな光景を見ながらもボソッと南坂がつぶやいた。

 

「ここは凱旋門、ウマ娘のレースの中でも頂点に君臨する程のレース。このレースは想像以上の物が掛けられているんです。このレースに勝つ為に練習を積んできた、苦しい思いをしてきた、夢に描いてきた。出走している方々にとってはトレーナーでも推し量れない程のプライドがそこでぶつかり合っているんです」

「ターボもなんとなく分かる、凱旋門って本当に特別なレースなんだもんね」

 

凱旋門賞、世界一のレースと称されるレースに掛けられる思いは並大抵のものなどではないのだ。そんなレースを勝つ事こそ至上の命題にするものも多いが、例え勝ったとしてもランページと比較されて自分の勝利をこき下ろされるなんて事は絶対に耐えられないだろう。それならば―――その暴君すら上回るレースをしてみよう!!と奮起してしまう。

 

「既に前をフローラさんとローレルさんが走っている訳ですから余計にそう思ってしまうんでしょうね」

「これも幻惑逃げか~ランってば引退してもこれなんだからホント罪作り」

 

フローラとローレルが見つめているランページの幻影、二人が本気で勝とうとしている事で誰もが抱いていたそれを具現化させてしまった。今、全員の瞳にランページが走っている。

 

『未だに先頭はアグネスフローラ!!それに続くサクラローレルが後方に5バ身差を付けている!!さあ間もなく最後の直線に入る、後方も必死に追いあがってくるが先頭の二人は更に加速していくぞ!!どこにそんな脚が残っているんだ、さあ直線に入るぞアグネスフローラ先頭いやサクラローレルも上がる!!日本から二つの華が駆け抜ける!!二種の華が乱れ咲く!!ここで一気に上がってくる上がってくる!!カーネイギーが一気に迫ってくる!!凄い末脚だ、これは二人を捉えられるか!!』

 

 

「くっうぁっ……グッ……!!」

 

息が苦しい、頭が痛い、脚が怠い、全身が鉛のように重い。後方から迫ってくるウマ娘の足音も聞こえてくる、前方のランページを追い続けていたけどこのペースは有り得ない程に辛かった。ダービー対策と称してランページと走ったがロンシャンでそれをするというのは並大抵の事ではなかった。

 

「っ……!!」

 

意識がブレる、呼吸が荒くなり続けていく。本当も倒れてしまいそうになるような中で力が抜けそうになる―――

 

―――……っ、……けっ

 

何かが聞こえてきた、途切れ途切れになりながらも聞こえてくるそれは間違いなく自分に向けての言葉だという事が分かった。一体誰が自分に声を掛けてくれているのか、消えかかる意識を引き戻すような力強くも凛々しい声には聞き覚えがある。

 

『行けっローレル!!私と戦うためにそこへ行ったんだろう!!』

 

そうだ、この声は―――

 

―――私を倒す為にそこに行ったんだろう、ならなってみせろ、私を倒すお前に!!!

 

「っ―――!!!」

 

『カーネイギーがサクラローレルを捉え―――ないっ!?ここでサクラローレルが伸びていく!!カーネイギーも懸命に脚を伸ばすがサクラローレル渾身の一伸びっ!!!アグネスフローラを捉えきれるか!!?日本から来た花がこの凱旋門に飾られるのかぁ!!?』

 

後半バ身まで来た時に、ローレルはあと少しでランページを捉える所まで来れたと確信しつつも更に全力を振り絞ろうとした時だった、それよりも大きくフローラの身体が見えた。そして―――その身体が先頭を駆け抜けるランページの身体に重なった。

 

『こ、此処でアグネスフローラがさらに伸びるのか!!?信じられません!!あれだけ先頭を走り続けていたというのにまだ余力が残っていたのか!!?アグネスフローラ、先頭、サクラローレルとの差は1バ身!!ローレルも粘るがこれはもう苦しいか!』

 

「此処までこれた、此処まで来た、漸く貴方と同じ所まで来たんだ……あとは、貴方に勝つだけだぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

切望された大華

 

独裁暴君への愛

 

『残り100mでアグネスフローラが行った行った!!サクラローレルを2バ身と放していく!!カーネイギーは苦しいかもう伸びきれないか!?信じられない、これはあの時の衝撃再来だ!!日本から来た大華が、このロンシャン、凱旋門で先頭でゴール!!!アグネスフローラ一着!!二着サクラローレル、三着カーネイギー!!日本のウマ娘がまたやったぞ!!凱旋門の栄光を手にしたのはメジロランページのライバル、アグネスフローラァッ!!!二着のサクラローレルと共に日本がワンツーフィニッシュゥゥゥッ!!!そしてタイムが―――』

 

【2:21:3】

 

『こ、これはっ!!信じられない、アグネスフローラ名実ともにあのメジロランページと同じ栄光へと並び立ったぞ!!ワールドレコードタイ!!日本の奇跡が再びこのロンシャンで起こったぁぁぁぁ!!!!』

 

爆発的な歓声が上がる中でフローラは空を見上げながらもこぶしを突き上げた。そして最高の笑顔を浮かべながら言った。

 

「さあ次は今度こそ、貴方に勝ってみせますよランページさん!!」



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429話

奇跡は再び起きた。日本ウマ娘による凱旋門制覇、4度目の挑戦で成し遂げられたランページの制覇に続いて連続凱旋門制覇。それを成したのは独裁暴君から逃げる事なく戦い続けていた大華アグネスフローラ。

 

『アグネスフローラ、アグネスフローラ、アグネスッ!!フローラぁぁぁぁぁあぁ!!!!!二着にサクラローレル、やったぁぁぁぁっ!!!花の都パリに春一番!!欧州に咲き乱れるは日本の大華と日本の国花!!フローラとサクラのワンツーフィニッシュゥゥゥッ!!!!日本から巻き起こった花吹雪が今欧州を包み込んだ!!暴君だけとは言わせない、これが日本だ、見たか世界これが私たちのウマ娘ぇぇぇ!!!!』

 

日本が世界に紛れもなく届いた、いや並んだと言っても良い証明と言えるだろう。フローラの記録はランページのワールドレコードと同じ、そしてローレルもそれに迫る物だった。もう極東の島国なんて言わせない、世界の凱旋門でワンツーフィニッシュを飾った二つの華。その美しさに誰しもが驚愕した事だろう。

 

「フフフッアハハハハッ……」

 

瞳から溢れる涙を抑えきれなかった、心の底から溢れてくる嬉しさと感動を制御するなんて無粋な事はしたくはない、笑いが止まらない……震える身体を抱きしめながらも高らかに拳を突き上げた姉の姿をみて思わず……言葉にした。

 

「ああっ……やっぱり、貴方は私の憧れだよぉ……凄いよぉ……」

 

大粒の涙を流しながらも泣いてしまった、友達も姉もいるというのに情けないと思うが感情を抑えきれなかった。やっぱり自分の姉は凄いんだ、世界一の姉さんだ、そんな思いが全身を駆け巡って溢れた。

 

「ポッケ、カフェぇ……姉さんが、フローラ姉さんがっ……ぁぁぁぁぁぁっ……!!!」

「うんうん……タキオン、やっぱり姉さん……凄いねぇ……」

 

フライトがタキオンを抱きしめる。常日頃、余りにも残念な姉故に袖にしていた、してしまっていた。自慢したいのに出来ないと嘆いていた、だけどそれでも……二人にとっては大好きで尊敬出来る姉なのだ、あの世界一のレースを制してしまう程に凄い姉なんだ……。

 

「マジで凄いよフローラさん!!あの凱旋門だぜ!?あれを勝っちまうんだからな!!」

「本当に、本当に凄いです。尊敬に値します」

 

ああっ……その言葉が聞きたかったんだ……私の姉は

 

「世界一だぁ……」

 

 

「フゥッ……負けちゃったかぁ……」

 

自分よりも先に立つフローラを見つつも息を吐く、だが不思議と悔しさはなく清々しい高揚感すらあった。全力を出し切って勝負して敗北した、悔いはないと胸を張っている。そして同時に如何して負けてしまったのかもローレルには分かっていた、文字通りに年季の差だ。

 

「(フローラさんは私よりもずっと長い間、ランページさんの背中を追いかけて来た。私がダービーの間、走った期間なんて比にならない位に……そしてライバルとしての格)」

 

例えランページが絶対的な覇者になったとしても常に挑み続けた、唯々我武者羅にランページに勝つ事だけを考えて。それがこの結果を産んだ、自分があの域に到達するにはまだまだ未熟な上に時間も足りていないと思い知らされた。自分とブライアンはまだまだライバルとしては上を目指せるだけの余地がある、だがフローラは……凱旋門でついにランページに並び立てるだけの格を手に入れた。

 

「敵わないなぁ……流石先輩だ」

「そんなこと、ないぞぉぉ!!」

「うわぁっ!?」

 

後ろからの衝撃に思わず驚いてしまった、肩に頭をのせるようにしながら抱き着いていたのはターボだった。

 

「ローレル本当によく頑張った!!フローラに負けない位に凄かったぞ!!だってクラシッククラスで凱旋門2着だぞ、世界の凱旋門で2着!!ブライアンが三冠ウマ娘になっても絶対に劣ったりしない、今から二人が戦うのが楽しみになってきた!!」

「タ、ターボさん……そう、言って貰えるんですか……?だって私、負けたんですよ……?」

「このレースを見て貴方が負けたなんて誰も思いませんよ」

 

ターボの後ろから南坂がゆっくりと歩み寄ってきた。穏やかでニコやかに笑う彼、その笑みは自分の走りを素直に称賛するものしかなかった。

 

「確かに凱旋門一着はフローラさんの物になりました、ですが貴方はこの凱旋門に何を目指していたのでしょう。ブライアンさんの相手として相応しくなるため、でしょう?貴方の本当の闘いはこれからです、日本で三冠ウマ娘となるブライアンさんとのレース、心待ちにさせて頂きます」

「はいっ……私、立ちます。そして走ります」

 

もうそれでいい、自分はあの人のライバルとして相応しくなるんだ。フローラのように……ランページに挑み続けたあの偉大な先輩のように。

 

 

「凱旋門制覇おめでとうございますアグネスフローラさん!」

 

ウイニングライブの前に、行われたインタビュー。隣には南坂と2着のローレルも共に居る、珍しい方式だが、フローラも代理ではあるものの南坂の担当ウマ娘という事になるのでローレルも一緒という事になった。

 

「日本勢にとっては5度目の挑戦、そして二連覇ということになりますが今のお気持ちは如何ですか!?」

「気持ち……そうですね、最高ですね」

 

おおっ、取材陣からの声が漏れる。矢張りそうだろう、何せこの凱旋門の制覇は日本にとっては史上二人目となる快挙―――

 

「漸く、漸く私はランページさんに並び立つ事が出来た」

「へっ?」

 

なんてフローラからすれば至極どうでもいい事なのだ。日本にとっての夢?史上二人目の快挙?そんなものは豚に喰わせて貰って構わない。此処まで海外遠征を続けてきた理由は唯一つしかないんだ。

 

「私にとって凱旋門の制覇はその為のステップにしか過ぎない、私はあの人と決着をつける為に此処まで来たんだ。快挙ですか、それならば讃えるべきは共にこのロンシャンを走り切り2着となったローレルちゃんです。私よりも経験もなくまだまだ成長途中にも拘らずに二着ですよ。全く以て凄いですよ……本当に凄いよ」

「え、えっと……有難う御座います」

 

急に褒められて困った顔をするローレル。南坂はまあ彼女ならそういうだろうなぁとは思っていた。

 

「そしてローレルちゃんが此処までこれたのも他ならざるランページさんのお陰、そうあの人が居たからこそ私はここに立っているんです。そうランページさん……私のレース人生のすべてはあの人に捧げるに相応しい……」

 

陶酔したような表情になりながら天を仰ぐ、まるで心の底から愛している人への向けての告白のように続ける。

 

「私の全てはあの人の為、ランページさんと漸く肩を並べる所までこれた……それこそが私に取っての最大の勲章、あの人が走ったからこそ私も走ったんですよ分かりますか。そんな事も分からないなら一から語りましょうかあの人の凱旋門がどれだけ凄かったのか、あの大逃げをこのロンシャンであのバ場でやったというあの走りの凄さを理解できないようでは私の走り処かローレルちゃんの激走も理解出来ないでしょうから今直ぐにランページさんの凱旋門を最低10回は見直してその感想を1万文字の感想文にしてください私なら10万文字は余裕で超えますけどね」

 

唐突過ぎるそれに全員が唖然となった、ローレルはあちゃぁ……と言いたげになりつつもこうなりたくはないなぁ……と気を付ける事を心に誓い、南坂は確かにこれはランページも避けるのも道理だなぁ……と納得する。そして

 

「前言撤回だこのアホバカ恥知らずバカ姉さぁぁあああああん!!!!」

「世界中に中継されてんだよ何やってんだぁぁぁぁあ!!!!」

 

日本の妹二人は叫んだ。

 

「なっあいつ変態だろ?」

『そうですね……』

 

ランページはドン引きした顔でプレアデスに同意を求めて全員が思わず頷いた。

 

「そして―――私はそれに勝ちたい、だからこそ私は此処に来たんだから」

 

一転、フローラの顔は所謂シングレ顔へと変貌した。そこには獰猛な敵意と闘争心を抑えきれない獣が居た。

 

「さあ次は貴方ですランページさん、レジェンドレースに私出ますから―――貴方の絶対王政も終わりです」

 

 

「上等だ、倒せるなら倒して見せろよ。この独裁暴君を、メジロランページをな!!!」




良い感じで終わると思ったでしょ、俺も思ってたよ。

でもなんか私の中に居るフローラが叫ぶままに書いたらこうなってた……。ホントシリアス長続きしねぇなこいつ!!!


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430話

「メ、メジロランページさんあの……」

「あ~分かってる分かってる、やっぱ聞きたいのはそれか」

「ハッハイ……そ、その、申し訳ありません……」

「アンタに謝られても俺は別に何とも思わねぇよ、素直に話して謝ってくれてるんだそれ以上は野暮ってもんだぜ」

 

ランページに投げかけられる質問の中、一人の記者は数名と共に静かに手を上げ続けていた。ランページはその人物を指名するとその記者は申し訳なさそうにしながらも、口を開いた。そしてランページもランページでその質問を察しがついているので何も言わない。

 

『パリロンシャンに日本の花が咲き乱れ!!』

『ロンシャン逆落とし!!』

『日本は世界に届いた!!』

 

様々な名前を冠しながらも発行された記事、それらは全て凱旋門に関するもの。日本のアグネスフローラとサクラローレルによるワンツーフィニッシュ、凱旋門制覇というニュースはあっという間に駆け巡っていった。日本の凱旋門5度目の挑戦、一方はクラシッククラスでの殴り込み、一方はベテランシニアウマ娘の記念旅行と日本では言われていたのにそれら全てを捻じ伏せたと言っても過言ではない勝利と栄光をその手にした。紛れもない日本が世界に届き、足並みを揃えたと言っても過言ではない日―――

 

『百花繚乱、アグネスフローラ凱旋門を踏み台扱い!?』

『次走はレジェンドレース!?』

『アグネスフローラ、メジロランページ以外に興味なし!?』

 

だったのだが、あのド変態ウマ娘が行った爆弾発言は瞬く間に世界に広がった。世界の凱旋門をステップレース扱いしてその栄光を手にしておきながらも興味がないと既にその視線は次のレジェンドレースしか見えていない。ランページのようにドリームトロフィーリーグには進まずにレジェンドレース後は引退するのでは!?と一部では囁かれている。なのでそれに関する意見をぜひとも自分から取りたいというのはあるだろう。まあ……

 

「本音を言っちまえばウチのマヤヤのレースの勝利インタビューでそれ聞くのってどうなんだよ、って思うけどな。ああ、アンタらは違うぜ?他の連中と違って手を上げて俺が指すまで待ってくれてたし好き勝手に喋ってコメント取ろうとしているのに比べたら桁違いに筋を通している」

「恐れ入ります……」

 

そう、この場はマヤの紫菊賞の勝利インタビューの場なのである。マヤにとっての三勝目を記念すべき場所なのに、肝心の報道陣はマヤへのインタビュー所ではなくフローラへの事で頭がいっぱいで開始早々からランページへと叫ぶように質問を連発。これは流石のマヤも臍を曲げてしまっているのか、そっぽを向いてしまっている。

 

「アンタらよぉ気持ちは分かるけどよ、此処が何処だか分ってる訳?此処は、紫菊賞の勝利インタビューの場で勝ったのは俺のチームのマヤだ。それなのに揃いも揃ってマヤへのインタビューガン無視でフローラフローラフローラ、俺もあいつの事は変態だと思ってるがお前らアイツ以下だな、変態以下って何になるか分かる?」

 

炎上なんて全く恐れる事もなく言いたい事だけをズバズバと言い放つランページ、その言葉の全てが報道陣に突き刺さっていく。気持ちは分かる、世界的な大ニュースへのコメントなんて取りたくて当然だ、だが場は弁えるという礼節も重んじる事も出来ない奴らの取材なんて受けるつもりはない。

 

「そこの二社以外の報道陣、テメェらの取材に受けるつもりはさらさらねぇから出ていけ」

「そんな!」

「は、反省しております!!だから取材だけは……!!」

「今更遅いわ。警備員さんお願いしまーす」

 

その声に導かれるように元ばんえいウマ娘の警備員が入ってきてランページがお気に入りにしている二社以外を追い出していく。勿論テレビ中継はされ続けている、逆らう者は強引に追い出していく姿は実に頼もしい。少ししてインタビュー場は二社とテレビクルーのみという寂しい場になってしまったがランページは報道陣を抑えきれなかったインタビュアーに視線を送る。報道陣に圧されて抑えようにも抑えられなかっただけだから彼らに罪はない。

 

「え、ええっとそれでは改めまして、紫菊賞を制しましたマヤノトップガンさんの勝利インタビューを開始したいと思います!!」

 

色々とあったが漸くスタートしたインタビュー、最初こそマヤは膨れっ面のままだったが

 

「マヤ、何時まで可愛い膨れっ面のままでいるつもりだよ。ほらっお前さんは勝ったんだから確りとせんとな、今度は可愛い笑顔を見せてあげないと坂原さんも困っちゃうぜ」

「ムゥッ~トレーナーちゃんの名前を出すのはズルい~……んもう分かった、マヤは子供じゃないんだからちゃんとやりま~す」

「よしいい子だ」

 

機嫌を取る事に成功して漸く臍を曲げるのをやめたマヤはインタビューに答え始めた。その様子を見ながらもこれならばウイニングライブも大丈夫だなと胸を撫で下ろす。

 

「次走の予定をお聞きしても宜しいでしょうか?」

「今回でマヤの中距離の強さには確信が持てましたっというか元々マヤは中距離以上でかなりの強さを発揮出来るって分かってましたけどね、なので次は重賞にチャレンジをしようと思っております」

「となりますと11月に行われる京都ジュニアステークスですね!!?」

「こ、こらそんな大声を出すな新人!?」

 

そんな中でランページが現役時代から気に入っている二社の一社、月間トゥインクルの記者に混ざった一人の女性が凄い気迫と共に大声で質問をしてきた。ランページとも顔見知りのベテラン記者が抑えつけるが、それをも苦にしないような熱意を纏ったまま質問を続ける。

 

「そのつもりです、そしてそのまま―――ホープフルステークスへと進む予定です」

「おおっ!!となると矢張りマヤノトップガンさんの進路はクラシック路線なのですね!?素晴らしいと思います!!マヤノトップガンさんの中距離での強さはジュニアクラスとは思えない程に突出してしますし重賞からを挟む事でランクアップによる空気の違いを慣れさせつつもそのままの勢いでG1獲得に向けて一直線という事ですね!!?」

「だから、お前なぁ!!」

「ええ、その通りです」

 

ベテランは冷や冷やしているが、肝心のランページは笑顔のままだしマヤもマヤで自分のレースやスケジュールについてここまで熱意を持ってくれる人が居る事を嬉しく感じているのか照れている。

 

「新人さんですか?」

「はいっ!!先月入社しました乙名史 悦子と申します!!」

 

やっぱりこの人か……と内心で思っておく。ウマ娘アプリでも出て来た乙名史記者、取材に対しては非常に真摯で高い熱意がある事が特徴……だが、その熱意があり過ぎる為か此方の言葉を拡大解釈する妄想癖があり、そんな事言ってないんだけど?みたいな事になる。悪い人ではない事は分かるのだが……。

 

「今回はオープンクラスでの取材ですので、新人には丁度いい場だと思って連れて来たんですが……すいません」

「さっきの連中に比べたら普通に良い記者だと思いますよ、なあマヤヤ」

「うんっマヤ、あの人なら取材受けてもいいよ☆」

「キャアァァッ聞きました先輩私、マヤノトップガンさんの専属記者に任命されましたよ!?」

「されてねぇよその妄想癖直せって言ったよな!?」

 

これも生中継されているのだが、その事を忘れているのだろうか……空気を変える為にインタビュアーが咳払いしてこの場を閉めようとするのだが最後にランページが一言だけ言いたい事があったので言わせて貰う事にした。カメラに向かって歩き、カメラを掴んで自分の顔がアップで映るようにしながら言う。

 

「フローラの奴が凱旋門を制してレジェンドレースにまた出たいのに関してコメントが欲しいなら言ってあげましょう―――望む所だこの野郎、この独裁暴君は逃げも隠れもしねぇ。生憎俺はそのワールドレコードは更新済みだ、追いついた程度でデカい面出来ると思ったらお角違いだ。決着、付けようぜフローラ」

 

そして最後にその場を見渡しながら、これで満足か?と笑いながら尋ねる。さあ今年もファイナルズとレジェンドレースの時期が間もなくやって来る、チーム運営が忙しくなる前に行われるレジェンドレース、一体どんな伝説が行われるかはまだ、誰も分からない。



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431話

「ランベージざぁぁぁぁんっ!!!ダキぢゃんとブラちゃんが、口きいてくれなくなりマジだぁぁぁぁ……!!」

「残当だバーロー、ローレルお疲れさん」

「はい、頑張ってきました」

 

日本へと帰ってきたフローラとローレル、残念ながら南坂はターボと共にアメリカへと渡っていった。今頃、スーちゃんとテイオーに合流してブリーダーズカップに向けての準備中と言った所だろうか。兎も角予定していた海外遠征も終了した二人は日本へと帰って来たのだが……トレセン学園に戻って来て早々にプレアデスの部室にいたランページに向けてフローラは号泣しながら抱き着いて来ようとしたので自慢の脚で顔を蹴りながら遠ざけつつローレルを労う。

 

「ブライアン、随分とお前の事見てたぜ。成長したなローレル」

「いえ、これもランページさんが一緒に走ってくれたお陰です。凱旋門2着、私は全てを出し切って満足出来る結果を出しました」

「悔いがないなら結構だ、ほれっ此処に行ってこい。バクちゃんとチヨちゃん先輩がお待ちかねだぜ」

「はい、それでは失礼しますね。あとフローラさんの事お願いしますね」

「されたくねぇんだけどねぇ……」

 

苦笑しつつも頭を下げて去っていくローレルを見送りながらも脚に押されているのに未だに抱き着こうと迫ってくるフローラを一度強く蹴り飛ばしておく。加減はしてあるので怪我はしないだろう。まあしたとしても自分は如何でもいいが。

 

「ダキぢゃぁぁぁん、ブラぢゃぁぁぁん……」

「そりゃ全世界に生中継中にあんな妄言駄弁ればドン引きされて当然だわ、タキオンの奴マジでキレたって俺に電話までしてきたぞ」

 

 

『今回という今回は本気で愛想が尽きかけた……!!ランページさん、貴方からも強く言ってやって欲しい!!』

『お~お~随分と御冠だな』

『ああもうカンカンのカンカン、怒髪天という奴さ!!ポッケが好きなゲーム風に言えば激昂状態さ!!』

 

ああ、ポッケの奴モンハン好きなんだ。今度一狩り誘うか、と適当な事を考えつつも本気で怒っているタキオンを宥めるが全く沈静化する様子がない。当然だ、あの凱旋門を制した事で一度は心の奥底から喜んで姉を尊敬したのに、そこから一気に地獄に叩き落されたのだから。

 

『全く勝った時はマジで泣いたぐらいには喜んだというのにったく……思わず父さんと母さんにあれを勘当しよう!!と申し入れたほどさ』

『そりゃまた、随分キレたな』

 

そのままタキオンの愚痴の捌け口を引き受けたのだが、タキオンは本当に心から怒っているのか何時までも話は続く。途中珈琲を淹れに行く位には続いた。2時間程経って漸く少し落ち着いてきたかと思った頃に思った事があったので聞いてみた。

 

『の、割に俺に対しての文句はねぇんだな。あれを変態にしたのはある意味俺みたいなもんだろ』

『何を言うかと思えば、勝手に変質して変態したのは姉さんだ。貴方を悪く言う程私は愚鈍ではないさ』

『そうか、まあ取り合えず元気出せ。今度ツインテールの店主がやってるエビフライが美味い店に連れてってやるから』

『むうぅ?今の話の流れで何故ツインテールとエビフライが出て来るのか分からないが楽しみにさせて貰おう』

 

 

「如何しよう……このまま私、タキちゃんとフラちゃんに口聞いて貰えなかったら生きていけない……」

「つうかワールドの奴は口に聞いてくれるわけ?」

「ワーちゃんは寧ろ優しかったです!!なんか凄い生暖かい目でしたけど」

 

恐らくだが、タキオンとフライトのキレ方を見て逆に冷静になったのだろう。自分位は優しくしてあげないとこれは姉が壊れるな、というのを察知したのだろう。沖野曰く、ワールドは気遣いは上手いとの事なのでフォローに回ったのだろう。

 

「というかお前またレジェンドレースに出るのかよ」

「当たり前じゃないですか!!ランページさんが確実にレジェンドレースに出れる最後の年ですよ!?」

 

来年以降となるとプレアデスから次々とデビューが始まっていくので自分自身の事よりもチームを優先しなければならなくなる、本格的にトレーナーに専念する必要が出てくる。故にレジェンドレースに確実に参加できるとなれば今年が最後になりそれ以降は不定期となる。

 

「今年も中距離なんでしょ?」

「ハァッ……まあいいか、推薦状は出してやる。来年以降はウーちゃん辺りに推薦状如何するか委任するからある意味でお前も今年でラストだな」

「勝ちますから」

「勝てればいいな」

 

一瞬にして、二人の間の空気は重く冷たい物へと変貌を遂げていた。そこにあったのは凱旋門を制したという世界でも一握りのウマ娘しか得る事の出来ない絶対的な強さを証明する栄光による覇気。そして二人の凱旋門ウマ娘、互いにライバルだと認めた上で絶対に勝ってみせる、絶対に負けないと宣言しあう関係であるからこそ出来る空間が出来上がっていた。それがしばし続くと互いに軽く笑ったのであった。

 

「ああそうだ、忘れる所でした。実はランページさんにお客さんを連れて来てるんでした」

「あん客だぁ?だったらローレルが居た時から待たせちまってたのか」

「一応気を遣って待ってるって言ってくださってますから大丈夫だと思いますよ」

「だとしても頭は下げねぇとな、訪ねて来てくれたのに待ちぼうけじゃ申し訳が立たねぇ」

 

兎も角中に入って貰うように促す事にした、フローラが扉を開けて待っていた御客人にもういいですよ~と声を掛ける。存外に軽い、もしかして自分が思っていたよりはそこまでVIPな客ではない―――

 

「しんゆ~!!」

「おっおおおおっ!!?」

 

入ってくると同時に抱き着いてきたのはなんとアイルランド王室の姫殿下、ファインモーションだった。まさか過ぎる来訪に流石のランページも驚きを隠せない。

 

「本当に久しぶり~!!会いたかったよ~しんゆ~!!!」

「マジか!?本当に久しぶりだなファイン!!1年ちょいぶり位か!?なんだなんだ来るなら来るで連絡位入れろってんだよ親友!!」

「サプライズって奴だよしんゆ~!!」

「ははは、こいつめ~!!」

 

ランページとしては非常に嬉しい来客、ファインがそう思っているようにランページも彼女の事を大切な友人だと思っている。そんなファインの後ろからもう一人、黒服のウマ娘が頭を下げていた。

 

「SP隊長さんじゃねえか」

「お久しぶりですランページ様」

「様なんていらねぇよ、にしてもファインが来るとはまた姫殿下としての仕事か?」

「いえ、今回はファイン殿下個人として来日致しました。実は……」

 

SP隊長こと、ピッコロプレイヤーが言うにはファインは日本のレジェンドレースを生で見たい!!ランページに会いたい!!と駄々を捏ねたらしく、国王陛下も困ってしまったが条件付きで来日を許可したとの事。

 

「ンで、その条件が俺の許可?普通来日する前に取らないかそれ」

「突然すいません……如何しても殿下がランページ様にサプライズをしたいと無理を仰りまして……そしてランページ様がダメだと言ったら直ぐに帰国するのが条件でして」

「あ~……」

 

これは寧ろそれが目的なんだと言うのが分かった。自分がダメだと言えば流石のファインも納得してくれるだろうし、流石に直ぐに帰国と言っても飛行機やらのスケジュールもあるので数日なら日本の観光位は出来るだろうからそれで我慢しなさいという意味合いがあるのだろう。

 

「しんゆ~ならいいっていうよね、よね!!?」

 

そう懇願するが、ファインの瞳は何処か諦観と理解の色が浮かんでいた。自分がどれだけの我儘を言っているのも分かっているのだろう、だから仮にも自分がダメだと言ったとしても自分に会えただけで自分を納得させるつもり気があるという事。一国の姫殿下なのだからここは……

 

「……」

 

そう思うが、後ろのSP隊長の瞳がそう言わせてはくれなかった。如何かファイン殿下の我儘を聞き入れて貰えないだろうか、そう言っている。ファインはランページが去ってからずっとランページに再会した時に立派なウマ娘になったと言って貰えるように努力し続けていた。それはウマ娘としてレースの練習をしていたというだけではなく、姫として相応しくなる為の物にも全力だった。

 

『しんゆ~……会いたいよぉ……』

 

だがそんな日々の狭間で寂しげな表情を作ってランページの名を呼んでいた事をSP隊長は知っている。それだけ一緒に過ごしたあの時間が楽しくて嬉しかったのが分かった。今回の来日、それがランページの一存に掛かっているのもファインの両親もその気持ちを理解しているからこそなんだと訴える。それを言われるとNOなんて言えなくなってしまう。

 

「……ったく我儘な姫殿下になったもんだな親友。しゃあねえな、SP隊長共々俺の家に来い。面倒見てやる」

「ほ、本当?嘘じゃないよね!?」

「ホントだよ、今日はパーティでもやるか。後で買い出しにでも行くから親友も手伝えよ?」

「う、うん!!」

「良かったですねファイン殿下」

「ヤッタ~!!しんゆ~と一つ屋根の下~!!!」

「何処で覚えやがったんだよ、マセたもんだ」

 

こうなったらしょうがない。折角だ、アイルランドが更に日本と親密になれるように尽くそうじゃないか。一先ず理事長に挨拶だけでもしておこう、日本に滞在するならどうせこのトレセン学園にも顔は出す事だろうし筋は通しておかなければ……取り合えず先に外で待ってもらう事にしてからお茶を飲んで落ち着くことにする。

 

「なんか、凄い事になりましたね……本当に大丈夫なんですか、一国の御姫様なんですよね……?」

「俺から後で国王陛下に連絡しとかないとなぁ……まあ何とかなるだろ……」

 

これから色々あるというのに、全く以て自分の周りは賑やかな物だ……さてと、ファインと共に行く前にやる事がある。それは―――

 

「フローラ」

「ハイなんでしょうっ!!?な、何故にアイアンクロー!!?」

 

フローラに対する制裁である。

 

「テメェって奴は何偉そうに下らねぇ内容をあんなに垂れ流しやがってんだ!!!どんだけ姫殿下を外で待たせれば気が済むんだ、あろうことか忘れる所だっただぁ!!?ふざけんのも大概しやがれこの大ボケ畜生の唐変木がぁぁぁぁっ!!!一回ドタマかち割ってその中身吸い出したろうかあああん!!?」

「ギャアアアアアアアアッッッ!!!頭が割れるぅぅぅぅっ!!!ガンダムファイト国際条約第一条に抵触するぅぅぅぅっっ!!!ああでもランページさんに脳みそを吸い出されるならいいかも……ってぎゃああああああ更に力がぁぁぁぁぁぁ!!!!???」

「タキオンの怒り、今俺が変わって晴らしてくれるぅ!!!俺のこの手が真っ赤に燃える!!お前を滅せと轟き叫ぶ!!食らうがいい、タキオンの怒りを借りて今放つ必殺の!!爆熱ッ!!!ランページフィンガァァァァ!!!!」

「怒りのスーパーモードじゃない上になんか他にも混ざってるってギャアアアアアアアアッッッ!!?」

 

「しんゆ~まだかな~♪」

「もう少しの辛抱ですよ」



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432話

『そうか……矢張り貴方は娘の気持ちを組んでくれると思っておりましたよ』

「〈これはこれは、随分と信頼されたものですな。私も捨てたもんではないようで〉」

『フフフッ貴方の事は親族のように心から信頼しておりますよランページさん』

 

電話の相手はアイルランドの国王様、即ちファインの父親。そんな相手の電話番号が携帯電話の電話帳のページの一つに記載されているランページの携帯、尚、他にはアメリカのトップやらドバイのトップやらのも乗っている。勿論会話は英語。

 

『娘は何れ、日本に留学させるつもりでしてね。その前段階のようなものです』

「〈留学、そうなりますと〉」

『はい日本のトゥインクルシリーズに、その時は是非貴方にトレーナーになって頂きたい。あの子も貴方との約束を果たすために一生懸命だったのですから』

 

海外遠征の折、ブリーダーズカップに参加する為にアイルランドを離れる時にファインに泣き付かれた事があった。その時にランページはある事を告げていた、それは自分は今年いっぱいになったら引退する、だが同時にトレーナーになるから何時か日本に留学しに来い。という物だった。

 

「〈私としては構いません、しかしそうなりますと様々な事が課題に上がりますが〉

『それらについては本格的な留学までに此方で日本政府と交渉をしておきます、貴方と友達になってからがファインは笑顔が増えた。娘の幸せを祈り、その為に尽くすのが親としての使命ですから』

 

それを聞いてランページは心のどこかが少しだけ熱くなった。本当の親というのはこういう人の事を言うのだ、自分の父と母がそうであったように……自分には子供はいない、だが親の心は分かるつもりでいる。自分の中にあるウマソウルがそう告げている。

 

「〈わかりました、その時が来たらファインモーション姫殿下の事はお引き受けします。何だったら海外遠征と称してアイリッシュチャンピオンステークスにでも参加させますよ〉」

『ハッハッハッハッ!!それは良いですな、是非お願いしましょう。願わくば貴方にも来てほしいですな』

「〈可能であればお伺いしましょう、それでは少しの間殿下の事はお任せください〉」

『はい、一杯楽しませてやってください。お土産も期待しております』

 

機嫌よく通話を切った直後にランページは深い深い溜息を吐いた。

 

「……ハァッ……緊張した、怒られなくて良かったぁ……」

 

幾らランページと言えど相手が立場が高ければ相応に緊張はする、今回は相手が親友の父親という緩和される要素はあっただろうがそれでも相手は国王様。緊張は当然だし当てが外れたと落胆されたり、怒られたりしなくて心からホッとしてしまっている。

 

「しんゆ~早くスーパー行こう~!!日本のお店ってどんな感じなのか楽しみ~!!」

「はいはい今行くから待ってろ」

 

そう言いながらインプから出る。理事長には果てしなく驚かれたが、国王の許可さえあればもう怖い物はない。取り合えずは二人の歓迎会の食材の買い出しにやってきている。ファインは以前ランページと一緒に遊びに来た時は中華料理店位にしか行ってなかったので今回は非常に楽しみにしているらしい。

 

「見て見て凄い量のお魚あるよ!!真っ赤っか~あっこっちはピンク!!」

「こうして見ると年相応の子供と変わらんな」

 

カートを押しながら鮮魚コーナーを見てはしゃぐファインを見る、元々が王族なのだからこういった庶民のあれこれは彼女にとってもかなり刺激的な上に興味がそそられるのだろう。加えてここは食に関しては世界一うるさいと言っても良い日本。外国人から見た普通のスーパーは凄いという話なのだから、致し方ないのかもしれない。

 

「あっニンジン!!ねえねえニンジン買っても良いよね!?」

「一応家にも在庫はあるんだぜ?まあいいか、何本?」

「全部!!」

「消費しきれねぇよ、9本までなら許す」

「わ~い交渉成功~!!」

「ドアインザフェイスかよ」

「すいませんすいません、殿下が滞在中に掛かった料金は全て此方で立て替えますので……!!」

「気にすんな、俺だって金は結構あるんだ」

 

隣には黒スーツではなく本人の私服だと思われる服装のSP隊長ことピッコロプレイヤーがいる。彼女も彼女で大変だろうに、ある意味で日本滞在中のファインの安全は彼女に掛かっていると言っても過言ではない。

 

「にしてもよくもまあ隊長さん一人で来たもんだな」

「念の為に部下数名も共に日本入りしておりますが、シフト分けして待機中です。出動メンバー以外のメンバーは日本観光中を堪能中です」

「ある種休暇か……」

「ねえ~お菓子も良い~!?」

「家にはケーキがあるからそれで我慢しなさい」

「じゃあこのラーメンのお菓子だけでも!!」

「はいはい、んじゃ次行くぞ~」

 

そんなこんなでファイン殿下と隊長と共に買い出しをして歓迎会の準備をしたのだが……

 

「ンで、本当にラーメンでいいのか?歓迎会がラーメンって」

「良いの良いの~ラーメンが良いの!!」

 

そう、ファインがご希望した歓迎会のメニューというのはラーメンなのである。確かファインが自分と遊びに行った際に食べたのがラーメンだった、思い出の味こそが日本滞在のスタートの美味にしたい!!というたってのご希望だったので折角なので鍋で作れる煮込みラーメンをチョイスする事にした。そして自宅へと二人をご案内した。

 

「ここがしんゆ~のお家~なんだ~わ~いしんゆ~の御家でお泊りお泊り~!」

「ああ殿下、日本では靴を脱ぐんです!!」

「あっそうなの?」

 

様々な事に興味津々なファインは家の中にある物にも興味を占めていたが、お腹も鳴らしているので早く仕込みをする事にした。具材を素早く切ってテーブルの上にセットした電子コンロの鍋へと投入。そのまま煮込んでいく。

 

「ふ~んふふ~ん♪ラーメンラーメン~メンメンメ~ン、お醤油お塩にお味噌にとんこつ~どんな味の~ラーメンも大好き~しゅきしゅきしゅきラーメメーン♪」

「もう少しの辛抱ですよ、殿下」

「ご機嫌だねぇ因みに今回は味噌醤油味だな」

「なんとっお味噌と醤油の合わせ味!?そんなの美味しいに決まってるじゃん!!早く食べたいよ~!!」

「慌てなさんな、まだスープも入れてないんだ。もう少し待ってなさい」

 

日本に来れた事、ランページに会えた事、日本に滞在しても良い事、レジェンドレースを生で見られる事、一緒にまたご飯を食べられる事などの事が重なってかファインは極めて上機嫌。オリジナルと思われるラーメンの歌まで歌っている。椅子に座って鍋を見つめてウキウキで歌っている姿を見ながらも自分に子供が出来たらこんな感じなのか……という事を考えてしまう。

 

―――人妻ランページさん……ですと!?

 

「……」

「如何なさいましたか、眉間をお揉みになられて」

「なんか毒電波が……」

「あっしんゆ~タイマーなったよ~!!」

「応、んじゃスープを入れて、また煮込みます」

「また待つの~?」

「美味しいものを食べる為には、その前の待つ時間も大切なのだ」

「むっ~待つ~……」

 

 

「野菜たっぷりで美味し~!!お肉も柔らかいし麺も美味し~!!」

「これは、凄いですね。こんな手軽に美味しいラーメンが……」

「つってもこれは鍋煮込みラーメンだけどな、スープはあんま飲むなよ。締めにこのスープで雑炊作るから」

 

そんなこんながありながらもファインとSP隊長は出来上がった煮込みラーメンをランページと一緒に美味しくいただいた。ラーメンだけではなく締めの雑炊にも大満足なファイン殿下であった。

 

「しんゆ~がトレーナーしてるところも見たい~」

「殿下、我儘は……」

「いや許可は取ってるから構わんぜ」

「ヤッタ~!!」

 

ファインの楽しい楽しい日本滞在記はまだまだこれから始まるのであった。ランページとしても賑やかな毎日が過ごす事になるのであった。

 

「しんゆ~お風呂入ろ!!」

「応良いぜ、んじゃ隊長さんファインは俺が面倒見るからのんびりしてていいぜ。流石に3人も入るのはキツいだろうしな」

「申し訳ありません、宜しくお願いします」

 

 

「本当にすいませんでした……」

「ハァッ……もういいさ、姉さんのあれはもう承知の上だったのに過剰反応してしまった私たちの方が悪かったのさ」

「だけどさ、流石にあれはないからホントにちゃんとしてよ。世界的に見ても一握りの存在になっちゃったんだからさ」

「はい、承知して―――」

 

―――わぁっしんゆ~おっぱいおっきい~!!どうやったらそうなれるの?

 

―――んっ~?好き嫌いせずに何でもよく食べて運動してよく寝る事だな。

 

―――凄い凄いお母様の言う事って本当だったんだ!!

 

 

「―――……」

「姉さん……鼻血が出てるが……まさかランページさんで嫌らしい想像でもしてるんじゃないだろうね?」

「し、してないです!!ただ、なんか凄いのを感じ取っただけだから!!」



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433話

「……朝か」

 

ランページの朝は早い、毎回毎回セットしてある携帯のアラームよりもずっと早くに目が覚める。一応時間を確認すると午前4時、何時のもの事だな。ショートスリーパーなのかは分からないが何時もこんな時間に起きてしまう。取り合えず身体を起こそうとするのだが、自分の腕に重み、そして何かが自分の寝間着を掴んでいた。

 

「ふえへへへ……もう食べられない……」

 

そこには自分の腕を枕にしているファインの姿があった。彼女の部屋は準備してSP隊長は隣の部屋で寝ていた筈だが……如何やら何時の間にか潜り込んでいたらしい。こうして寝顔だけを見ればただのウマ娘、地位も何も関係愛らしい幼いウマ娘。そんな彼女を軽く抱きしめてあげながら頭を撫でると心地よさげな声と共に力が緩んでいく。

 

「お母様ぁ……ふえへへ……」

 

きっとファインのお母様もこんなことをしたことがあるのだろう、そんな経験があるからこそファインは眠りながらも穏やかな笑顔を浮かべている。

 

「大丈夫、ゆっくりお眠りなさい……ファイン、まだ夢の微睡の中でね」

 

ウマソウルが顔を出す。気づけばランページの表情は酷く穏やか且つ優し気な物へと移り変わり言葉には愛で満たされた思いやりで構成されていた。頭を撫でる手も慈しみに溢れている、それを受けてファインも安心しきったかのように手を放し、深い深い眠りへとさらに落ちていく。そっと彼女の頭から腕を抜いてから額にキスを落としてやる。そして起こさぬように部屋から出るとため息が漏れる。

 

「やれやれだねぇぃ……何時かこんなのが当たり前になる日が来るのかね」

 

自分が結婚して子供を産んだらこんな風に毎日を過ごすのだろうか、それもきっといい日々なんだろうな……と思いながらも新聞を回収しながらもケトルに水を入れてONにし椅子に座る。

 

「……そろそろ売り時かな、新しく買うのはそうだな……あ~あそこで良いか、推しのゲーム会社だし」

 

新聞での情報収集は日課、ついでに株の情報を集めておく。そうしている内にお湯が沸いたので珈琲を淹れる、先日ファインと行ったスーパーにあったバニラフレーバー珈琲を試してみる。

 

「……香りは確かに甘いが、味はいまいち……混ぜて使うか」

 

そんな事を呟きながらもランページの朝は過ぎていくのであった。

 

「ふわぁぁっ~……しんゆ~おはよ~……」

「おはようございますランページ様」

「応、二人ともおはようさん」

 

朝6時、漸く起きて来た二人に声を掛ける。寝ぼけ眼なファイン、顔は洗って来たらしいが寝起きはそこまで強い方ではないらしいが、直ぐにその瞳は目が開かれた。

 

「おっ~凄い凄い、もう朝御飯が並んでる~!!これもしんゆ~が作ったの?」

「他に誰がいると思ってんだよ、此処は俺の家で住んでたのは俺だけなんだからな。ホレっ座った座った」

 

ランページの言葉に素直に従いながら席に着くファイン、そんな彼女にみそ汁を盛りながらもエプロンを外して席に着く。

 

「それでは手を合わせて、いただきます」

「「いただきます」」

 

今日の朝食はファインご希望の日本の朝御飯をイメージした。鮭の塩焼きに先日の鍋用の野菜が残っていたのでそれを活用したジャガイモと玉ねぎの味噌汁、ファインには甘い卵焼き、自分とSP隊長には出汁卵焼き、キュウリの浅漬けににんじんしりしりに白米。

 

「これが日本の朝御飯なんだね!朝からこんなに食べれるなんて流石日本だね!!」

「確かに、これが一般家庭の皆様もよく食べるメニューだとすると毎食毎食手が込んでおりますね」

「これが全家庭でベターって訳でもないんだけどな、一般的な日本の朝御飯と言えばこんな感じだな。後はここに納豆やら海苔だったりが出るが、二人にはキツいかもと思って除外させて貰った。まあ食ってくれ、ああっ二人にはスプーンの方が良かったか」

「御親切に有難う御座います。ですが折角ですから箸をマスターしようかと思っております」

「箸って結構便利だよね、最初は吃驚したけど色々食べるもんね」

 

そんな風な会話をしつつも朝ご飯を食べ進めていく、途中でテレビを付けてニュースを確認しながら食べ進めていく中で二人の反応も見る。

 

「この卵美味し~♪とっても甘くておいしいし少しトロトロしてる♪」

「甘い、ですか?私の方が何やら深い味わいがあるのですが……もしや殿下と私のとは違うのですか」

「ファインのは砂糖入り、俺と隊長さんのは出汁入り卵焼きだ。試してみるか?」

「うん、それじゃあ……んっ~これもおいひ~♪」

「お気に召したようで何より」

 

日本式の朝食もお気に召したご様子、それらを完食しファインが満足気にしているのを横目に食器を洗っているとSP隊長は何処か驚いたような顔のまま此方を見ていた。

 

「随分、様になっておりますね……?」

「元々俺は一般家庭のでなもんでね、メジロ家は後入りで令嬢ってつもりは全くない。今でも俺は唯のランページだよ」

「そうですか……」

「ンな事より、お前さんらは如何するんだ。このまま学園に行くのか?」

「はい、殿下もそれをお望みですので宜しければランページ様と御一緒したいと思っております」

 

日本の観光もしてみたいが、ファインがその時は如何してもランページと行きたいというのでそれは休みの日まで待って貰う事になる。なので基本的には将来的に留学する事になるトレセン学園の散策やどんな授業をしているのか、そして日本のチームを見学する事になったという。

 

「つう事は学食も利用するだろうから、こいつは余計だったか」

 

そう言いながらも視線の端に置かれているそれに向けて肩を竦めるのであった。それはピンクの布で覆われている何かたちだった、隊長は何か分からないので首を傾げていると水を貰いにやって来たファインがそれを見つけた。

 

「あっこのピンクのって何?」

「弁当だよお前らの」

「お弁当……?」

「ランチボックスっつったら分かるか、昼飯だよ」

「まさか、ランページ様が御作りに?」

 

お前は何を言っているんだと思わず言いたくなった、他に誰が作ったというのだ。今までは弁当は作って来なかったが、ファインと隊長は何処か出かけるのならばこういったものも必要になると思って作ったのだが……トレセン学園に来るなら学食があるのだから無用の長物だったかもしれないと思ったのだが、それを聞いてファインはひと際目を輝かせた。

 

「お弁当ってアニメとかでお花とかが咲いてる木の下で食べるあれなの!?えっ食べていいの!?」

「今食うんじゃねえぞ、昼飯用だそれは。だけどトレセン学園に行くなら必要なかったな……」

「食べる!!しんゆ~が作ってくれたんだから食べる!!」

 

まさか弁当に此処まで喰い付かれるとは思いもしなかった。心なしかSP隊長もウキウキしているように見える、まあ食べてくれるのならば嬉しい限りだ。何せウマ娘の昼食用の弁当なので量がいる。気分的な運動会で食べる弁当を作ってる気分になっていた。

 

「どんなのかな~美味しいのかな~美味しいよね~しんゆ~が作ってくれたんだもん~♪」

「あんまりハードル上げないでくれよ、余り高いハードルだったら俺はくぐるぞ」

「まさか私の分までご用意してくださるなんて……有難う御座います」

「気にすんなよ、俺の家でもてなしてるんだこの位当然だ」

 

そんなやり取りをしていると何時の間にか出勤の時間になってきた、手早く準備を済ませて全員でインプに乗り込んでトレセン学園へと向かって行く。改めて思うとアイルランドからの姫殿下、学園的にはとんでもない来客なのだが……恐らくその相手は自分がする事になるのだろうな。まあ今更過ぎる心配だし心配とも思っていない。

 

「さてファイン、トレセン学園でまず何をしたい?」

「しんゆ~のチーム練習が見たい!!」

「そりゃせめて授業が終わった後にしてくれ」

 

取り合えずファインを連れまわして色んなチーム巡りをして自分を嫌ってるトレーナー連中への報復でもしてやろうかなと思いながらも学園へと到着するのであった。

 

「やややっランページさんじゃないですかまさか朝からお会いできるなんて!!聞いてください、私最高過ぎる夢を見ました」

「俺は朝からテメェの面見てげんなりしてるよ、ンで何の夢見たって?」

「フッフッフッ……人妻ランページさんが朝御飯を作っている夢です!!」

「あっそれしんゆ~が私たちにしてくれた事だよ」

「―――あれは正夢だった……!?というか殿下マジですか!?」

「うんエプロンつけてた」

「―――……尊み宇宙のビックバンやぁぁぁ!!!」

「お前やかましい」

 

そんないい気分はいきなり遭遇したフローラによって木端微塵に粉砕されるのであった。



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434話

「わぁっ~しんゆ~キーボード打つの早いね~!!」

「なれたら誰でもこんなの出来るぜ、というか本職のプログラマーなら俺より確実に早いだろうし。つうか見てて面白くもないだろこんなの」

「ううん、なんか前に見たアニメのシステムハックみたいで面白いよ!!なんだっけ、星座の日だっけ」

「もしかして射手座?」

「あっそれだ!!」

「俺は戦艦オリオンじゃねえ」

 

職員室。トレセン学園のそこは忙しく働くトレーナーたちの居場所なのだが……今日ばかりは異様な雰囲気に包まれていた。何故ならば……アイルランドの姫殿下たるファインモーションがメジロランページの膝の上に座ってジュースを飲みながら彼女の仕事を見学し、その近くではSP隊長がその様子を見ながらも警護をしているからである。

 

『如何やら、私が御父上に口添えした甲斐があったようで何よりです』

「あれま、何南ちゃんもなんか仕込みでもやったん?」

『ええ。ターボさんと話している時に日本にいらっしゃりたいというお話をしてらっしゃったので私の方からお話を通しておきました』

「わ~い南坂さんありがと~」

『いえいえ、この程度何でもありませんよ』

 

周囲のトレーナーはファインの存在感に気圧されているのにも拘らず南坂は平然とした顔でランページとテレビ通話をしながらファインと会話をする。来日に当たって国王陛下に対して話を通していたらしい。

 

「……南坂、お前サラッとアイルランドの国王陛下に話通したとか言ったけどどうやってだよ」

『単純にランページさんのファンでトレーナーの私のサインも欲しいと言われてしまったんですよ、その時に殿下が日本でレジェンドレースを見たがっているとお伝えしたまでです』

「そうじゃなくて、だとしても相手は国のトップよ?よくもそんなサラッといえるわね」

『ランページさんと一緒ですと凄い方々と出会いますからね、慣れてしまいました』

 

沖野と東条相手にそんな事を言う南坂によく言うぜ……と内心でため息交じりになった。大統領やら長官やらに顔が利く立場に居たからなのに自分のせいにされるとは……まあある意味真実なのだから否定しきれないが。

 

「あ、あれってマジの姫殿下なのか……?」

「数年前にテレビに出てたよな……ほら、天覧レースの時の」

「ああ、あったな……あいつのコネってどうなってんだよ」

 

遠くで此方を見ながらこそこそと話声が聞こえてくる、ウマ娘の聴力を舐めているのか気が動転してそれどころではないのかは分からないがそんな集まりに六平が脚を運んだ。

 

「おめぇらも好い加減に嬢ちゃんにちょっかいを出すのはやめておくんだな。トレーナーとしての腕も確かなのは明白だ、それに―――あの嬢ちゃんはアイルランドの国王だけじゃなくてアメリカとドバイのトップともコネクションがあるんだ。仮に嬢ちゃんがお前らからの嫌がらせで海外に行くってなったら……どうなるだろうなぁ」

「「「……お、大人しくしときます……」」」

「そうしとけ」

 

別に刺さなくてもいいだろうに、六平が特大の釘を打ち付けてた。彼方側からすればオグリの件で世話になったからそれ関連の御返しのつもりなのかもしれないが、その程度で海外に行くほど自分は心は狭くない。何せ一度自殺まで行っているんだ、行くとしたら弁護士立てた裁判ぐらいだ。そんな事がありながらもファインのランページの仕事見学は過ぎていき、お昼にはランページお手製の弁当を屋上で食べる事になった。

 

「アニメで見たんだよね~屋上でシート広げてお弁当食べてるの!!」

「まあ確かに学園アニメ系の定番と言えば定番と言えなくもないか……だけどシートなんて持って来てねぇぞ?」

「ご心配には及びません、こんな事もあろうかと思いまして既に準備しております」

 

と鞄からシートを広げるSP隊長を見て何処の執事だよ、と突っ込みたくなるのを抑えながらもシートに腰掛ける。そしてランページが作ったお弁当の包みを開けるファイン、ウマ娘用のお弁当なので重箱、日本では運動会ぐらいでないと準備しないような光景だが、ウマ娘世界ではむしろポピュラーな光景になるのも面白い。

 

「さて、口に合えばいいけどな……」

 

何せ弁当を作るなんて久しぶりだったので僅かな心配が過る、そして開けられたそれを見て―――ファインは歓声を上げ、SP隊長は素直に感嘆の声を上げた。まず顔を覗かせたのはウマ娘のような飾りがついたオニギリ、チキンライスを卵で巻いたようなオニギリや花のような模様になっている太巻きまで完備。他にも弁当箱の高さに合わせてカットされた紙コップに入れられた唐揚げにハート形の卵焼き、定番のタコさんウインナーやらニンジンメインのサラダなどがこれでもかと詰められた豪華なお弁当だった。

 

「凄い凄い!!アニメで見た奴よりもずっと豪華!!あっ見て見て、このオニギリ私にそっくり!!」

「これはもしやキャラ弁、という奴ですか?もしやこれは私……!?」

 

オニギリの中には流星まで確りと再現されている物もあり、ファインはそれが直ぐに自分を模しているのだと見抜いた。勿論隊長の物も確りとある。

 

「初めての弁当だと思うから張り切っちまったんだよ……さ、流石に毎日こんなレベルは無理だから勘弁してくれよ?」

「しんゆ~って何でも出来るんだね、これお姉様とかに作ってあげたら喜ぶかなぁ」

「飛び上がる程お喜びになると思いますよ、ピルサドスキー殿下はファイン殿下の事が大好きですし」

「ま、まあそんなのは良いから早く食うぞ!!いただきます!!」

「「いただきます!!」」

 

思えば、何時も学食だったからこうして弁当を作って食べるのも何時以来の事なのだろうか……あまつさえ自分で弁当を拵えるなんて……年数で言えば10年も満たぬほどの歳月の筈なのにもう酷く昔のように感じられてしまうから不思議な物だ……

 

「んっこの唐揚げ、温かくないのに中からジュワッとしてる!」

「この赤いオニギリも海苔代わりの卵ともよく合いますね」

「気に入ったならどんどんやってくれ」

「うんっ!!」

 

―――あらあら、ランちゃんはお母さんのから揚げが大好きね。

 

「……っ」

 

不意に見えた、きっとあの時は母は今のファインのように食べている自分を見たのか……そう思うとファインを預かったのは思った以上に良かったのかもしれないと、保温ポッドに入れて来たお吸い物を口へと運ぶのであった。そして大満足のお昼が過ぎれば……お次はプレアデスの面々との顔合わせである。

 

「という訳でアイルランドの姫殿下、ファインモーションとそのSP隊長のピッコロプレイヤーを世話にする事になったから」

 

放課後になってプレアデスの活動が本格化するタイミングで部室でファインとSP隊長の事を皆に紹介する事になったのだが……思ったほど反応が芳しくない。

 

「なんだよ冷めてるな」

「ランページさん、多分冷めてるんじゃなくて皆驚いてるんだと思うよ~?」

「の、割にマヤは驚いてないな?」

「ランページさんだから有り得るかな~って、あっマヤって呼んでね♪」

「うん私の事はファインでいいよ♪」

 

早速ファインと仲良くなるマヤは流石と言わざるを得ない。一方で他のメンバーは驚きの余りショートしていると言っていいだろう。

 

「さ、流石はランページさんだ……まさか超VIPというべき方が会いに来るとは」

「ランページ、お姉様だもんね……当然よね……」

 

何とか状況を飲み込もうと必死になるエアグルーヴとドーベル。世界的にも有名なランページだ、海外からVIPが訪ねて来たとしても可笑しくない。寧ろそれに驚いていたらチームメンバーとしてやっていけないだろうと驚く自分を抑え付ける。

 

「お、お姫様なんですか!?え、え~っと……ほ、本日はお日柄も良く?」

「大丈夫だよ、私は個人として来てるだけだから。ファインでいいよ」

「それならエルもエルでいいデース!!あっエルコンドルパサーだからエル、デース!!」

「ハウディ~!!プリティーリトルプリンセス!!」

「私もお母様を訪ねて凄い人が来た事あったけど、ランページさんは比較にならないわね……失礼キングヘイローよ」

 

マヤを筆頭に仲良くなれるであろうメンバーはファインの笑顔を見てすぐに仲良くなっていく。プレアデスはある種問題児だらけではあるが、一番仲良くなりやすいチームでもあるのかもしれない。

 

「アイルランド……」

「如何したのスズカ」

「ううん、ランページさんが走ったレース……その先頭ってどんな景色なのかなって思って」

「またお前それかよ、向こうの強豪とかに目を向けるだろ普通」

「でも海外かぁ……私も行けるかなぁ」

「そこは行くって気前よく言えよ。俺は行くぜ、景気良く勝って世界中に俺の名前を轟かせてやる。世界最強のウマ娘って称号は、俺が貰っといてやるよ」

「ムゥッ最速は譲らないわ」

 

ファインの事から飛び火して何やら火花を散らせるステゴとスズカ、それを見ながらもこれからの事を考えるサニー。それを見ながらもランページは言う。

 

「世界を目指すのは構わないし俺は強制する気はない、行きたきゃ行けばいい。国内専念がダメって訳でもないしな。さてと、自己紹介も終わった所でプレアデス練習開始と行きましょうか。マヤも次は重賞なんだから気合入れて行けよ」

「勿論!!」

「そしてエアエアは来年にはデビュー、今年いっぱいでデビュー時期を仮決めするつもりだ。ポテンシャル、見せてくれよ」

「はいっ!!」

 

先程までの和やかな雰囲気は一転した事にファインは目を丸くし、SP隊長は素晴らしい緊張感だと思った。これは強くなるはずだ、環境は整っているそれぞれやる気がある。彼女たちがデビューするときは生で見て見たくなって来てしまった。

 

「さあ、ファインも見学するだろ。将来的に留学するであろうトレセンの練習を確り見ていきな」

「ハ~イ!!」



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435話

やっと評価がUEを越えたぁぁぁぁ!!!

フローラの事かいた直後にタキオン育成したら切れ者獲得としてとんとん拍子で強くなっていてなんか、この作品のタキオンの怒りが憑依したみたいになった。

と言ってもサポカが万全ではないので私は今の所UE4が限界ですが……。


世間が漸くフローラの凱旋門勝利から落ち着きを取り戻し始めた頃、次にやって来るものとは何なのかと考えたら冷静を取り繕っている余裕なんて物はない。何故ならば秋のG1戦線がやって来るからである。

 

ティアラ路線ではドラグーンランス、オグリローマン、ヒシアマゾンの三強対決。桜花、オークスに続いて二冠が達成されるのか、それともヒシアマゾンが最後の一冠を死守するのかが注目されている。そして王道路線とも言われるクラシック三冠路線では最大の敵であったローレルが凱旋門へ遠征した事で最早無敗の三冠が確実とまで言われているナリタブライアンがどんな走りをするのか、というのが話題になり続けている。

 

「というのに、ランページさんは随分と余裕というか興味なさげですね」

「別にない訳じゃねぇけど直接相まみえるのが先だからな、それなら自分のチームの事を優先するのが当然の理よ」

 

チームの練習を見ているランページにSP隊長が声を掛けた。仮にもランページ自身もトリプルティアラ且つ元カノープスのメンバー、ティアラ路線で三強と呼ばれている内二人は彼女の後輩にあたるのだ。それなのに想像以上に静かというか全くと言っていい程に反応を示さないのだから気になるという物。

 

「いずれはぶつかる相手、だとしてもですか?」

「その何れって何時か分かってるかい、早くても来年の秋か冬だ。今から来年の心配してたところで今が如何こうする訳でもあるまいし。それだったら俺は未来にも繋がるように今を努力する方に回すな」

「成程……正論ですね」

「だろ」

 

実際言いたい事は理解出来る、だがそこまで不安視はしていない。実際ぶつかり合うのは更に先の事だと思っている。菊花賞の後に戦うと想定すれば選択肢はエリザベス女王杯かジャパンカップ、有記念。になる訳だが前者二つは自分がやった秋華賞後に出走スケジュールに以上に間隔が短いので辛いものがある。なので自動的に有記念という事になるが、ティアラ路線の3人として2500も辛い物に入るので戦うのは更に後になる可能性が高い―――だから警戒するとしたらブライアンになる。

 

「まあブライアンは間違いなく三冠達成するとみて間違いないだろうなぁ……」

「貴方から見ても彼女はそれほどなのですか?」

「唯一の不安材料だったローレルが凱旋門行っちまってたからな、日程的に厳しいし―――あいつにはフローラの奴が付くからな」

 

そう、ブライアンの能力も脅威だがそんな彼女が所属しているチームにも懸念すべきものがある。圧倒的な実力者がいる、自分がローレルにした併走のようにブライアンも力を高める事は十二分に出来る。

 

「その、ランページ様はフローラ様の事をどのようにお思いで?」

「ド変態」

「ああいえ、そういう事ではなくて……」

「しんゆ~!!」

 

聞き直そうとした所にファインが声を上げて来た。

 

「ねえねえ見て見て!!マヤってば新記録出したんだよ!!」

「おおっマジか、やるなマヤヤ。じゃ次のメニュー行ってみるか」

「おっ~!!」

 

質問を続けたかったが、如何やら練習の方に戻らなければいけないようなのでまた今度の機会にしようと思いながらも本当にこの二人の関係は不思議だと思う。

 

「生涯無敗の独裁暴君たるメジロランページに戦いを挑み続けた大華アグネスフローラ。互いにライバルとして認識していながらもそうとは思えないやり取りをする、これも日本のウマ娘独特の物なのでしょうか……?」

 

 

「フローラ先輩、力を借りたい。本当は借りたくもないが四の五のも言っていられる状況ではないのでな」

「あれっ私今流れるようにディスられました?」

 

リギルもリギルで現在はかなりピリついた雰囲気が充満していた。何故ならばリギルにとってはルドルフ以来の無敗の三冠チャレンジを迎えたブライアンがいるのだから。姉であるハヤヒデも妹の調整には積極的に協力しているが、矢張り実力者の助けは多い方が良いとブライアンはフローラに頭を下げた、先程の言葉付きで。

 

「いやうん、もう身体も動かせるし走れるし良いんですけど、借りたくないとか言われた気がするんですけど気のせいですか?」

「本当はアンタなんかよりもランページさんの力を借りたいがプレアデスの事もある、私の我儘ばかりを言う訳にはいかない。だからあんたで妥協する事にした、ホントはルドルフ先輩だけで妥協したいんだがな」

「何かって言いやがりましたよこの後輩ちゃん!!?聞きましたおハナさんにルドルフ会長!?私一応先輩、凱旋門ウマ娘!!」

「出来れば貴方の力を借りたくない気持ちは分かるわ、だけどブライアン理解して」

「臥薪嘗胆。今を越えれば君は確実に私を越えられる」

「あれ私完全にアウェイ!?ここ一応私のホームチームなのに!?」

 

同じく三冠ウマ娘であるルドルフ会長もブライアンに協力する事が決まっているのだが……ブライアン的にはフローラの力なんて借りたくない模様。東条に言われて渋々受け入れてる感じがしてフローラとしては自分の方が不服だと物申したい模様。

 

「そりゃランページさんの方が良いのは当然でしょうがよ!!というか私だってそうだよ、あの人の方が良いのは当たり前じゃないですか!!?というか私要るの!?」

「要るわよ、貴方一応長距離走れるでしょ。その一点においてはランページ以上じゃない」

 

ランページは基本的に2500が限界、それ以上の場合は抑えないと走り切れないという欠点があるがフローラの場合は3200の天皇賞(春)を走り切れるだけの脚がある。菊花賞の練習相手という意味では寧ろフローラの方が適役まである。

 

「凱旋門ウマ娘としての君の力を借りたいと言っているんだ、協力してやってくれないか?」

「いや私だってしたいですけどなんか渋々嫌々で言われたら引っかかって当然でしょうがよ!?」

「凱旋門の勝利インタビューであんな世迷言を世界中に生中継で垂れ流せば誰だってこうなる」

「ブライアンさんに同感です」

「同じく」

「「グラスちゃんにフジちゃん!?」」

 

実際問題、フローラの成し遂げた事は間違いなく偉業であるのだがランページへの激重感情と凱旋門をステップレース扱いしたせいでフローラは変人の烙印を押されている。まあ烙印ではなく紛れもない真実ではあるのだが……東条としても色んな意味で頭が痛い限りである。

 

「あ~もういいんですよ分かりましたよ、もう全部実力で黙らせてやればいいんですよねコンチクショ~!!ブライアンちゃん、如何に貴方が無敗の三冠が取れそうだと言っても私に勝てると思わない事ですね!!凱旋門を制した私に敵はない!!」

「ハンッランページさんに勝てずにストーカー紛いの変質者が凱旋門とは世も末だな」

「ああもうキレた!!マジで怒髪天だよ、早くターフに立ちなさいハリーハリーハリー!!」

 

流石のフローラもキレたのか顔を真っ赤にしながらもブライアンにさっさとコースに移動しろと叫ぶ。そんな様子を見ながらもルドルフは笑っていた。

 

「なんだかんだ言いつつも後輩の為に力を尽くしてくれる君は有難いさ―――私も漸く肩の荷を下ろす事が出来る」

「ルドルフ……本当に、良いのね?」

「ええ、後悔はありません。私はレジェンドレースを走ります、彼女と本気の勝負がしたい……!」

 

そう、ルドルフはドリームトロフィーリーグを蹴った。そしてレジェンドレースに登録して既に予選を勝ち抜いている、他にラモーヌやシービーも参加を表明している。恐らくこのレースを逃せば本気のランページと悔いが残らない走りは出来なくなる。

 

「さあフローラ、凱旋門を制した走りを私にも見せて貰おうじゃないか。そうだな、仮に君が私に勝てたならランページとの食事のセッティングを検討しようじゃないか」

「本当ですか!!?うおっしゃああああああっ!!!やる気がムンムン湧いてきたぜぇぇぇ!!いやっほぉう最高だぜええええええ!!!」

「……不潔」

「い、良いんですかあんなこと言って」

 

フローラのテンションが上がっていく中で、絶対零度の侮蔑を孕んだ視線を投げるグラスにそんな約束に不安を抱くフジ。だがルドルフは珍しく悪い顔をした。

 

「私はセッティングを検討すると言ったまでだ、確約するとは一言も言っていない。努力はするが恐らくランページは拒否するだろうからね」

「あら、随分と悪い事を考えたわね?」

「フフフッこの位のお灸は必要でしょう?」

 

確かにこういうお灸は必要だろう。フローラのせいで東条も苦労をしたのだからOKサインを出した。

 

「さてと、私も張り切らせて貰おうかな?」



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436話

「フゥッ……」

 

ルドルフは息を吐いた。走り終えた後のシャワーは実に気持ちがいい、流れた汗と共に疲れも流してくれる。全ての疲れが流れる訳ではないがそれでも気分は良くなる、さてとこれからどうするかと思案しながらも歩いていると話題の人を見つけた。

 

「やぁっランページ、息災かな?」

「俺ちゃんが元気じゃねぇ時なんてあったかな、叔父叔母の時だって一応は元気だったと思うぜ」

 

話題になっていない時の方がまれなウマ娘、メジロランページ。今ルドルフが一番レースで戦いたいと心から願っているウマ娘。

 

「漸く、君と走れる機会に恵まれたようだよ。お婆様から推薦状を頂いてね」

「あ~らら、ウーちゃんに渡した推薦枠の一つは会長だったか。まあ十中十でスーちゃんに渡ってアンタを指名するとは思ってたけどな」

「推薦枠を増やすと聞いたよ」

「まあね」

 

ランページも推薦枠は持ち続ける事にはなる、なにせ設立者なのだからある意味でこの件においてはURA以上の権利を有している。と言っても全てを自分で持つつもりはないとこれから運営管理責任を持つURAにも推薦枠は渡す手続きはしておいた。誰に渡すかはウラヌスに任せているが……まあ彼女が信じる相手ならば自分も信じられる。

 

「第一回を踏まえて中距離部門を2000と2400に分ける事にした」

「二つにするのか?」

「ああ。やって思ったけど中距離が2400で長距離が2500じゃ近すぎると思ってな、これじゃあ分ける意味合いが薄い。かと言ってもたかが100でも大きな差があるし2000とじゃ400って更にでかい差もある。だから思い切って分ける事にした、これなら人数も大幅に増やせるから地方の活性化も十二分に狙えるって寸法だよ。どうせファイナルズもレジェンドもお祭りみたいなもんだし賑やかな方がきっと楽しいだろ」

 

それを聞いて成程と腑に落ちた。中距離の王道とも言われる2400だがそれはほぼ長距離に片足を突っ込んでいるような物だという意見もあった。それと2500は近いと言われて新しく新設するのも頷ける。2000ならば本来マイラーのウマ娘も出ようと思えば何とかなるような距離、妥当な判断だと思う。

 

「それで、君は何方に出るんだい?」

「俺はどっちでも良いんだけどな、折角だから新設2000に出ようと思ったんだが初代チャンピオンとして2400を無視する訳にも行かんからな」

 

矢張り、自分の考えは間違っていなかったか。2400に推薦して貰って正解だった。そんな自分の質問に答えたのだから、今度は自分の番だと言わんばかりにランページが質問を返す。

 

「―――労いってのは間違ってるかい、会長さんよ」

「凄いな、私の心が読めるか」

「幸運と心理学判定でクリティカルって所だな」

 

その言葉の意味は分からないが、思わず笑ってしまった。何でもありだな、と思う一方で納得する自分が居て酷く面白く感じたからだ。

 

「結局、君には生徒会に入って貰う暇もなく引退されてしまったな。全く君には生徒会に参加してほしかったというのに」

「それは悪いと思って偶に生徒会の仕事手伝ってるだろ、生徒会管理トレーナーにだって就任してやったんだから勘弁してほしいな」

「フフフッそうだな、君は責任を取っているな。最後には私との責任を取って貰いたいな」

「皇帝と暴君、どっちが上を決める時が来たってか?」

「そこには帝王も加えてやってくれ、そうでないときっとテイオーは怒るぞ?」

「アイツが怒った所で俺ちゃんは困らんよ」

 

そんな事を言いながらもランページがテイオーを怒らせる事はしない事は分かっている。軽薄そうな態度を見せる事もあるが彼女ほど義理堅く誠実なウマ娘も中々いないのだから。そう思いながらもランページはハーブシガーを銜えた。

 

「にしても、ドリームトロフィーリーグ蹴ってこっちなんてURAとは相当揉めたんじゃねえか?」

「実を言うと相当に揉めたさ、URAの上層部からも口うるさくドリームトロフィーリーグを優先してくれと言われた」

 

だと思った。ランページという金の卵を逃したからこそ、URAがルドルフをレジェンドレースに出走する事を容認する事が益々難しくなっていった。初年度の参加も当然許されず、歯がゆい思いをラモーヌやシービーと共にした。

 

「シリウスがシレっとレジェンドに出走した時は年甲斐もなく、ラモーヌやシービーと一緒になって怒ったもんさ」

「パイセンェ……」

 

何やってんだと言いたくもなるが、初年度レジェンドレースの面子を見ればそうなるのも当然か……ルドルフも憧れるTTG、それと走る機会を逃した時は本気で悔やんだ。そして次こそは絶対に出てやると決意を三冠ウマ娘同士で誓い合った。

 

「私の両親やお婆様、メジロ家にも協力を要請して最終的にはウラヌス殿のお力も借りて漸く此処まで来れたさ。それでも他のURA役員にはしつこく喰いつかれたがね、最終的には私の目標であるウマ娘誰もが幸福になれる時代を作るという事を持ち出して説得するぐらいには必死だったな」

「うわっ面倒くせぇな。言ってくれたら俺が殲滅したぜ?」

 

正直な感想を言えば余りにも面倒だったので本当にランページの力を借りようとも考えたが、これは自分の我儘なのだから自分で成さなければ意味がないとルドルフが立ち向かった。そして安易に自分の目標を使えば自分を説得出来ると勘違いしている連中にも腹が立った。

 

「言ってやったよ。私の目標は確かにそうだ、だがその幸福とは何を意味するのか。その幸せの意味を私自身が知らなければウマ娘誰しもが幸福になれる時代なんて作れるわけもない、とね」

「良い啖呵だ、世界を救済は囚われの御姫様を救い出すついでに成すってか。いいねぇ俺ちゃんはそういうの大好きだぜ」

 

これはトレセン学園生徒会長、皇帝、シンボリ家、様々な地位は全て無関係。シンボリルドルフという一人のウマ娘が求める幸福の為の行動。本気で走りたい、競いたい。唯それだけのシンプルな理由。目の前の彼女はそれを受けてくれるだろう。

 

「トレーナーとして忙しくなる前の最後のレジェンドレースだ、楽しめそうだな」

「ああ。ラモーヌやシービーも君との一戦を楽しみにしている」

「上等だ」

 

それからルドルフはランページと別れた。そして

 

「ああ。私も楽しみにしているよ―――最後のレースを」

 

そう、小さく呟いた彼女の表情はどこか寂し気で晴れ晴れとしていた。




昔の有馬はマイラーとかも出て来てて本当にお祭りのようだったそうです。

というか、適正距離を考えてG3とか行く位だったらさ、もうでっかく有馬とか行っちまおうぜ!!というのがあったらしいです。それはそれで凄い面白そうですよね。マジのお祭り感があって。


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437話

休日。日々忙しく働く社会人にとっては正しくオアシスの一時。それはトレーナーも同じではある筈だが、チームを抱えるトレーナーともなればそうは行かない。レースが近ければ休日返上で練習に付き合ったりプランを考える、担当ウマ娘に付きっきりな事は珍しくもないし休みだからこそウマ娘の為に使うという物も少なくはない。そんな休日を暴君たるランページは―――

 

「よし、洗濯終わり」

「終わり~♪」

 

家事をして過ごしていた。自分の洗濯物に加えてファインやSP隊長の物も一緒に洗濯し、ファインと一緒に洗濯物を干す。やっている事は完全に主婦のそれである。

 

「掃除も洗濯も終わった、ゴミ出しもやったし漸くのんびり出来るな。茶でも入れるか」

「緑茶って奴飲みたい~」

「んじゃ饅頭とかも出してやるよ、確かこの前スーちゃんから貰った饅頭がこの辺りに……」

 

本当に今の彼女の姿を生配信したとしてもきっとあの世界最速最強のウマ娘、独裁暴君メジロランページだとは信じられないのだろうなぁ……とSP隊長は思う。彼女は立場的にメジロ家という名家の令嬢でこれらは世話人に任せてしまってもいい筈、実際隣でお手伝いを一緒にしたファインのようにメイドやらに任せてもいい立場なのに彼女は自分でやるべきことを自分でこなしていく。

 

「ほい、茶入ったぞ」

 

矢張り―――不思議だ。日本から世界へと飛び出して、世界有数のウマ娘達に勝利し続けた世界最速且つ最強の暴君。だが、彼女は世界王者とは思えぬ程に気さくでフットワークも異常に軽い。王者という点においてはシンボリルドルフの方が遥かにそのように見える。だがそんな彼女は世界を魅了した。自分もその一人だ。

 

「今日の夕飯は何が良い?」

「ラーメン!!」

「却下、鍋で作ってやったじゃねえかよ」

「ブッ~!!」

「はい隊長さんは」

「それではえっと……日本らしい物を」

「日本らしぃ~?ンな事言ったらオムライスだってハンバーグだって日本的なもんだぞ、何作ったらいいのかわかりゃしねぇぞ」

 

気付けば、こんな風に気軽にものを言えるようになっていた。楽しい日本の時間になったのも当然の成り行きだろう。それじゃあ適当なものにするからと言うが、なんだかんだ言いながらも彼女は手の込んだものを作って殿下を満足させてくれるのは分かっているのだ。

 

「そろそろだな、TV付けるぜ」

 

そう言われてリモコンを手渡す、そこには―――京都レース場が映し出されており正に今ゲートが開いてレースが始まった瞬間だった。そう、何を隠そう今日はG1レース、ティアラ路線の最終戦たる秋華賞が行われているのである。

 

「あっこれだねしんゆ~も走ってたってやつ!!」

「確か、フローラ様が言ってましたね。自分が唯一ランページ様の前を走られたレースだと」

「まあ直ぐに抜いてやったけどな」

 

本当はファインを連れて行ってあげたいとは思ったのだが、SP隊長と協議を重ねた結果として難しいという事になってしまったので見送りとなった。なので今度の天皇賞は連れて行ってあげる事は約束した。ファインと出会った記念すべきレースなのだからそっちの方が良いだろうと言ったら納得してくれた。

 

『さあティアラ路線最終戦秋華賞が始まりました!!矢張り注目は先頭を走ります桜花賞ウマ娘のドラグーンランス、続くのはオークス覇者オグリローマンであります。そこからアグネスパレード、サウスプリンス、シルバークイーン、が一塊になっております』

 

矢張りというべきか注目されているのは桜花賞、オークスを制しているドラランとローマン。この二人が二冠を達成するのかというのが注目所か、いや違う。今年のティアラはBNWと同じく三強状態。最後方に控えているのが今回二人を抑えての1番人気となっているヒシアマゾン。

 

『タイマンっだぁぁぁぁ!!』

『ヒシアマゾン凄い気迫です!!ここからでも彼女の気迫がびりびりと伝わって来るかのようです!!この秋華賞、1番人気となったのは桜花賞を制したドラグーンランスでもオークスを制したオグリローマンでもありません、彼女こそが1番人気です!!その期待に応えることが出来るかヒシアマゾン!!』

 

「アマちゃん気合入ってるね~」

「そうですね、映像越しにも伝わる気迫……」

 

ファインも当然面識があるヒシアマゾン、自分がアマちゃんと呼ぶのでファインもそう呼ぶと未来の寮長としての顔が覗いたのか笑いながらもそう呼んでいいのはランページだけと言いながらも特別に許してやるよとファインとも仲良くなっていた。

 

「トリプルティアラから見て、このレースはどうなると思います?」

「如何だかな、ドラランの仕上がりも上々だしローマンもローマンでオークスを制して更に乗ってるだろう。この二人が抜きんでてるのは間違いない、チョウカイキャロルも中々だが……アマちゃんの気迫がやべぇからなぁ……」

 

精神的な強さが肉体に作用して一気に強くなる事の恐ろしさを一番よく分かっているランページ、フローラのあれとは違うだろうがあれが正しく作用したら正しく手が付けられない強さに駆け上がる。問題なのはそこまでのレベルまで精神的なテンションを持っていけるかが問題なのだが……

 

『ヒ、ヒシアマゾンが上がっていく!!秋華賞中盤戦という事でヒシアマゾンが怒涛のスパートを掛け始めました!!カノープスでのロングスパート、ナイスネイチャを連想させます!!』

 

「おいおいおい、ネイチャ仕込みのロングまで使えるのか?」

「まで?」

 

アマゾンが使ったのはカタパルトネイチャだけではない、イクノペースにも通ずるようなペース管理術までも使えているように見える。何故ならば中盤に至るまででアマゾンの前を走っていたウマ娘のペースが乱されて、既にスパートをかけるだけの体力を奪われているように見える。

 

「ありゃ揺さぶろうとして逆にアマちゃんに揺さぶられたな。何、俺の技まで出来ちゃったの?」

 

デバフ返し、というには性質が異なる。彼女がやったのはデバフを受けながらもそれがあたかも不発に終わったかのように見せかける事で相手の動揺を誘った、言うなればランページ・ゴーストの下位互換的な技術だがそれに加えてロングスパートやペースを複合する事で汎用性を増しているのだろう。

 

『さあ直線に入るぞ!!ドラグーンランスが先頭、しかしオグリローマンが激しく競り合う!!後方からヒシアマゾンが一気に来るぞ来るぞ来るぞ来たぞ来た来た来たぞ!!ヒシアマゾンが一気に来襲っ!!桜と樫の借りを返すと言わんばかりに二人の喉元まで迫ったぁ!!』

 

「さあドララン、ローマン!!!!」

「望む所だぁぁ!!」

「私だって、負けるつもりはなぁぁぁい!!!」

 

そのあまりにも巨大な気迫に飲まれることもなく寧ろそれに果敢に立ち向かう二人の闘志も燃え上がっていく。だが、それを待っていたのがアマゾンだった。二人の闘志に火がついて更に巨大となった魂の炎を逆に利用するかのようにアマゾンの走りは一段の力強くなった。

 

「アタイのタイマン魂は、相手が強ければ強い程に燃え上がるのさ!!そしてそれは敵にとっては地獄の業火、さあ行くよタイマンだぁぁぁぁ!!!」

 

『ヒシアマゾン、ヒシアマゾンが一気に抜け出していく!!更に走りが力強く、素早くなっていくぞ!!ヒシアマゾン先頭!!1バ身から2バ身と離していく!!いやドラグーンランスとオグリローマンも必死に伸びてくる!!だが近づけばまたヒシアマゾンが突き放す!!残り100を切ってヒシアマゾンが、5バ身差をキープしてそのまま、ゴールイン!!!クラシックティアラ戦線最後の一冠、秋華賞を制したのはヒシアマゾン!!桜と樫の借りを見事この秋華賞で返しましたぁ!!そして、この三強が三つのティアラの栄冠を分け合った形となりましたぁ!!』

 

「っしゃあああああっ!!!」

 

高らかに上げた歓声は自らの勝利を誇示する叫び。満面の笑みのまま、心の底からの喜びを全力で表現する彼女にドラランとローマンは肩を竦めながら拍手を送るのであった。

 

 

「やった~アマちゃんが勝った~!!」

 

途中からどっかから持ってきたのかサイリウムやらを振って応援していたファインもアマゾンの勝利を喜んでいる。

 

「最後の伸びは凄かったですね、お二人のスパートも相当だったはずですが……」

「相手が強ければ強いだけ強くなれるってか、何処の主人公だよ」

 

これでティアラ路線は終わりを告げる訳だが……次には直ぐに菊花賞がやって来る。無敗の三冠が掛かったブライアン、一体どのような走りをするのか。どうなるのか楽しみでしかない。

 

「さて、どうなるかね」

 

 

「如何しようランページさん、私の後輩やばくなりすぎて怖い」

 

思わずそんなことを呟いてしまったフローラの視線の先には……瞳に青い焔を滾らせながらも意識を集中しているブライアンの姿があった。



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438話

秋華賞を制したのはヒシアマゾン。これによってティアラ路線の栄冠を手にしたのは三強とされた三人のウマ娘がそれぞれ分かち合う結果となった。それはBNWのそれを想起させた、そして―――間もなくBNWの一角たるビワハヤヒデが制したクラシック三冠路線の最終戦、菊花賞が行われようとしていた。1番人気は矢張り現在無敗の二冠、同世代の中でもずば抜けて際立った存在たるリギルのナリタブライアン。最大のライバルであるサクラローレルは凱旋門賞に向かい2着を勝ち取ったが、スケジュール的にも菊花賞参戦は難しい。故に強いて言うなれば敵となるのはオフサイドトラップしかいなかった。

 

「トラップでも、あいつの敵になるのは難しいだろうな」

 

そう述べたのはメジロランページ。ネメシスの統括チーフとして彼女を見ていた事もあり、黒沼トレーナーの下にも姿を現すウマ娘。トラップはブルボンの力も借りて懸命なトレーニングを積んでいた。ブルボンと黒沼に菊花賞をプレゼントすると言わんばかりの気迫でトレーニングに望んで、黒沼が太鼓判を押すほどの充実した状態で菊花賞へと望むことが出来るようになった。そしてその日がやって来たのだが……

 

『さあ三冠街道を激走した各ウマ娘達が一斉に京都の坂を駆け下りていきますが、その中でも突出した加速をしているのはオフサイドトラップ!!オフサイドトラップが一気に前へと出ていく!!やや大回りですが、坂の加速と遠心力を巧みに利用して外へと出ながらも一気に先頭へと駆け上がっていくぞオフサイドトラップ!!トレーナーと先輩に菊花賞の栄冠を届けると熱く語ったウマ娘が先頭に立ったぞオフサイドトラップ!!さあ京都の直線だ、オフサイドトラップ!オフサイドトラップがこのまま先頭をキープするのか!!?』

 

淀の急坂を駆け下りながらも自分の有利へと上手く繋げていくトラップ、まるでミスターシービーのような戦法をしながらも先頭に立ったトラップはもう後の事なんて考えずにスパートをかけた。もう後は振り切るしかないんだ、もう誰も前を走らせない!!

 

油断は無かった、寧ろ警戒と全力を尽くす事だけしか考えていなかった。それなのに―――直線に入った僅か数秒、確実に自分の全速力を越えて前を走っているウマ娘の背中がそこにあった。地を這うような低い姿勢、頭が極端に低い故か脚力が更に強化されたそれをさらに強くすると言わんばかりにフォームが変わった。トラップはそれを知っている、あれは―――全身走法。

 

『ナ、ナリタナリタナリタぁ!!!大外からナリタブライアン、ナリタブライアンが一気に上がってきたぁ!!刹那の出来事、オフサイドトラップを越えて今先頭に立ったぞナリタブライアン!!そしてそのままぐんぐんと伸びていく!!オフサイドトラップも懸命に脚を伸ばす、後続との差が開いている事から彼女は確実にスパートを掛けているのにそれすら足蹴にするウマ娘!!これがビワハヤヒデの妹、ナリタブライアンか!!妹は大丈夫だ、妹は大丈夫だ妹は大丈夫だ!!!2着はオフサイドトラップで確実だ、ナリタブライアンが再び、リギルに無敗の三冠を齎しましたぁぁぁ!!!史上三人目となる無敗の三冠のウマ娘の誕生、これがシャドーロールの怪物、ナリタブライアンだぁぁぁぁ!!!』

 

トラップのスパートは確実に一級品だった。あのままならばトップでゴールしたとしても可笑しくない筈なのに、ブルボンと黒沼によって鍛えられた彼女を完全に抑えつけての勝利。1着と2着の間は10バ身以上の大差、紛れもない怪物の力が証明された瞬間だった。

 

「……やべえな」

 

シンプルで短い言葉で発せられたランページの言葉に全てが集約されているかのようだった。トラップが最後に先頭を取ってそのまま逃げ切りの体勢を作ったと思いきや、それを一瞬で飲み込んで飛び出していったブライアンの走り。

 

「しんゆ~……このブライアンさんの走りって……しんゆ~の……」

 

震えるようにしながらも自分を見てくるファインの言葉をランページは肯定とも否定ともとれるような複雑な表情を作っていた。ブライアンのフォームは既に完成されていたと言っても過言ではなかった筈だった。あのままで十二分に強かったのが更なる力を得てしまった。自分が与えてしまったと言っても過言ではないそれの強さに何も言えなくなった。

 

「こりゃ……冗談抜きで会長を越える三冠ウマ娘の誕生だな……」

 

現時点で三冠ウマ娘の最高到達点とされるのが皇帝たるルドルフ。テイオーこそだという者もいるだろうが当人はそれを認めていないだろうし、ルドルフを頂点とするのが恐らく正しいだろう。だが……ブライアンの走りはルドルフの物以上のものを感じずにはいられない、見ている此方が武者震いする程の覇気に満ちていた。

 

「こりゃ、今年の有は荒れるぞ」

 

ネイチャにタンホイザ、ライスも当然参戦するだろうし此処にBNWやブライアン、そしてヒシアマゾンなども加わる事も考えられる……群雄割拠というレベルではない。此処までの有もそうそうない。出せるとしたら自分が出た年の有ぐらいかもしれない。

 

「世代を追うごとに凄いウマ娘が出てきますね……これが日本、ですか」

 

一つの強さがまた次へと受け継がれて、それを纏って更に強くなっていく。これから日本のレベルは加速度的に増していくのだろうとピッコロプレイヤーは思った。何故ならば、かつての最強の強さは既に次代へと受け継がれている。そして次の世代へも伝播し続けていく事だろう。

 

「ローレル、次は……お前との、決着だ」

 

ブライアンにとって、この菊花賞は必然にして踏台、勝って当然の戦いでしかない。こんな所で躓いたらあれに見せる顔などはない。彼女がそうであったように自分もまたそれを望む、ローレルとの決着。その舞台となるのはどのレースなのか。ただ、今は……

 

「約束は守ったぞ、さあこれでお前に相応しい相手となれたかローレル」

 

約束を果たした事への充実感と決着をつけるレースへの期待で胸がいっぱいだった。



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439話

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「う~ん……」

 

キーボードを叩きながらも出力され続けている映像からは目を離さずに仕事を続けるランページ。動画の横ではタブが幾つも切り替わり続けている状況が続いている訳だが、そんな光景はランページにとっては日常、問題なのは動画の方。終わりまで行った所で動画を閉じて珈琲を飲む。

 

「如何したよ、天下の独裁暴君が難しそうな声出しやがって」

「出すなっつう方が難しいだろうよ、アンタだって見ただろ菊花賞」

「当然」

 

そう言いながらも肩を竦める沖野。無敗の三冠ウマ娘としては三人目、しかもその勝ち方は尋常ではない。トラップの全力を飲み込んでそれ以上の力でねじ伏せるというこれ以上ないと言っても過言ではない勝ち方だった。同じく無敗でクラシック三冠となったテイオーのトレーナーである沖野から見ても尋常ではない強さをブライアンから感じ取った。

 

「テイオーとは別の強さがある、いやある意味じゃテイオーを超えてるかもな……」

「テイオーの持ち味は柔軟な筋力と関節から生み出される跳躍力だけど、ブライアンの場合は顎を引きながら頭が地面につきそうなほどの極端な前傾姿勢で全身走法を繰り出す事で生まれる爆発的なストライド。普通のウマ娘の2~3倍は一歩がデカい」

「高身長のお前さん並みのストライドって思うとマジでやばいな」

 

ランページの身長は現役当時は175、現在は184。それによって生み出されるストライドもランページの強さの秘密の一つ、ブライアンの身長は160㎝で15㎝以上の差がある。

 

「その為にも、貴方と走らせ続けたのよ」

「おハナさんもしかして、全身走法を掴ませるためにか」

「御明察」

 

ブライアンはこれを克服する為にレディセイバーの超前傾姿勢とランページの全身走法を取り込んだ。元々低い姿勢で走るブライアンにとってそれを我が物にするのは容易い事だった。東条がランページとの走り込みをさせたのも強い相手と走らせることでのレベルアップが目的だが一番の目的は全身走法の威力をその身で体験させることで必要性を理解させることだった。

 

「合宿ではメジロ家に交渉してモンスニーに来て貰ってコーチして貰ったのよ」

「あらま、俺ちゃん聞いてなかったな」

「内緒にして貰うように無理を言ったからね」

「モンスニー直伝かぁ……そりゃつぇぇ訳だ」

 

東条からすればランページの現役時代から全身走法の強さに苦しめられてきたからその強さはよく分かっているつもりだった。そして凱旋門に向かったローレル、彼女はどんな結果になろうとも一回りも二回りも大きくなって帰って来る筈だと思っていた。結果的に凱旋門賞2着という結果だったので読みは正しかった。そんなローレルのライバルとして相応しい相手になりたいと言われて、相応しいだけの成長と言われて思いついたのが凱旋門で1着を勝ち取ったフローラですら勝てないランページの全身走法だった。

 

「それで体得した訳か……俺もテイオーも随分と苦労して覚えたんだがねぇ」

「貴方から見てブライアンのそれはどんなもんかしら?」

「ふぅん……まだちょっと下半身と上半身が完璧にシンクロしきってはないね、つってもパーセンテージで言えば80は超えてるからここからある意味で自己満足で引き上げる領域だな」

「それじゃあまだまだやらせるべきね、貴重な意見有難うね」

 

嫌味でもなんでもなく素直な礼を言いながら去っていく東条に沖野と思わず顔を見合わせてしまった。

 

「沖ノッチ、素直にあのブライアンと戦いたいと思う?」

「すっ飛んで逃げたいわ」

「同感だ。来年のシニアに同情しかしねぇわ、なんならシニアと走るレース全部回避したくなるわ」

「はぁぁぁぁっ……今年の有如何すっかなぁ……んじゃな~……」

 

重くなった足取りのまま自分の席に戻っていく沖野を見送って自分も仕事に戻る訳……が如何してもブライアンの事が頭から離れない。以前、どうせ未来の事を気にするぐらいなら今を重視すると言ったのに今からブライアンの対策を考えずにはいられない。それはずばり―――

 

「マヤがぶつかるんだもんなぁ……」

 

マヤノトップガンの有名なレースの中には一際有名で伝説となったレースがある。それがG2レースの阪神大賞典、ナリタブライアンとの一騎打ちともされる伝説のレース。マヤがこれからクラシック、シニアを駆けあがっていく中でブライアンとの激突は必須、いうなればそこにローレルまでもが加わる事にもなるのである。何れ来るであろうとは思っていたのだが……こうも現実味を帯びてくるとどうしても考えずにはいられなくなる。

 

「如何したもんかな……」

 

マヤは紛れもなく天才だ、複数の脚質を完璧に使い分けてそれぞれに応じた戦術も教えさえすれば完璧に使いこなすだろう。だがそれであのブライアンに勝てるのかという疑問は湧く。そしていずれローレルともぶつかる事にもなる、気持ちとしてはローレルのほうがマシな気もするのだが、あっちもあっちで凱旋門で2着を勝ち取った実力は無視出来ない……今から考えてもしょうがないというのは分かるのだが如何しても考えてしまう。

 

「悩み事?」

「んっ……ああ、分かるだろ上ちゃん」

「まあね、ブライアンの事でしょ」

 

隣の席に座った上ちゃんからの言葉に素直に返答する。同じチームのトレーナーとして頭を悩ませるのは彼も同じではあるのだが、自分よりもずっと冷静であるように思える。

 

「何というか、今からシニアクラス相手の心配をしてもしょうがないさ。どうせなら同期の事を想定した方が良いと思うよ」

「……正論だな」

 

心配するならばマヤの同期であるフジキセキやマーベラスサンデー、タヤスツヨシにジェニュインなどを警戒した方が余程合理的だ。悩むのは本格的にぶつかる時にした方が良いのかもしれない……一先ずはマヤの次走である京都ジュニアステークスに向けて思考を向けていた方が良いかもしれない。

 

「悪いな上ちゃん、焦り過ぎたかもな」

「気持ちは分かるよ、俺だって気になってしょうがない。だけど戦うとしても最短で来年の秋か冬辺りだと思うとしょうがないなぁって思えるからさ」

「やれやれ、耳が痛いぜ。最近仕事忙しくなって焦ったか?」

 

今年のファイナルズとレジェンドレースも近づいてきている事もあって、自分の仕事もまた増えてきてしまっている。

 

「それじゃあ、いいお知らせをしようか」

「おっ何だい?」

「良いサブトレーナー候補が今日、トレセンに来るよ」

「マジ?この時期にか」

 

秋に入ってきた辺りでトレセン学園にやって来るトレーナー、という事は地方から上がってきたウマ娘についてきたトレーナーか、それとも何かしらの都合で業務に入れていなかったものなのか……と思っていた時にあれ?と首を傾げそうになった時に職員室の扉が開けられた。

 

「本日よりトレーナーに復帰しました、皆さまご心配おかけしました」

 

扉が開けられて頭を下げるトレーナーに向けて拍手や待っていたという歓迎の声が上がった。帰還が待ち侘びられていたらしいトレーナー、とそこで漸くランページも状況を飲み込んだ。出迎えの為に自分もそこへと向かって握手を求めると彼は喜んで自分の手を握ってくれた。

 

「復帰今日だったのか、人が悪いなぁ言ってくれたら出迎えぐらい言ったんだぜ?」

「お世話になりっぱなしだったからさ、どうせなら仕事で君の力になろうと思ってさ―――どうかな、プレアデスのサブトレーナー枠空いてる?」

「空いてる空いてる、歓迎するぜ―――坂原トレーナー」

 

そうだ、マヤが駆け抜けるのであればこの人の力だって借りればいい。自分は何も一人でチームを切り盛りしている訳ではないのだから。



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440話

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「という訳で、プレアデスに新しいメンバーが加わりました」

「坂原です。本日からお世話になります、皆さんの一助になれるように努力していきますのでどうかよろしくお願いします」

「わ~いトレーナーちゃぁ~ん!!」

 

プレアデスのメンバーが集合した定例会議と言う名のお茶会の場で坂原トレーナーがプレアデスのサブトレーナーに就任した事を発表する事にした。一同は拍手で出迎え、一方でマヤは坂原に飛びつくように抱き着いて膝の上に着地した。

 

「これでサブトレが二人にメイントレーナーが一人か、普通に考えりゃ随分と重装備じゃねえか」

「つってもな、なんだかんだ言いながら俺も上ちゃんもまだまだ2年目のトレーナーである事に変わりはねぇんだぞ?というか、上ちゃんに至っては実質今年スタートの新人だ」

「頼りにならなくて面目ない……」

「NO!!上ちゃんトレーナーはイツモ、真剣に私達に指導シテクレテマース!!」

「そうデース!!上ちゃんトレーナーは頼もしいデース!!」

 

と上水流トレーナーのフォローをするタイキとエル。実際上水流トレーナーを頼りないとプレアデスのメンバーは思った事はない、確かにランページと比べると何処か物足りない所はあるがそれはランページが一緒に走ってくれるウマ娘トレーナーだからこその感想であって普通に考えれば上水流トレーナーは優秀な部類で指導も的確且つ分からないと言えば確りと噛み砕いた教え方もしてくれるので助かる。

 

「そう言って貰えると嬉しいけど、俺も俺でまだまだ新人の域を出ないからなぁ……正直経験豊富な先輩トレーナーが来てくれて助かったよ」

「あんまり僕を持ち上げないでほしいな、経験豊富なベテランの皆さんに比べちゃったらまだまだ若輩者さ」

 

マヤのトレーナーになる筈だった坂原トレーナー、若輩者というがそれは沖野や東条に六平と言った経験豊富なトレーナーに比べたらという意味。坂原トレーナー自身は高校卒業と共に資格を取って中央トレセンに在籍し続けている。中央のトレーナーは結果を出さなければクビとまでは行かないが、地方に移籍して貰う事もある。その場合は地方から中央にやって来るトレーナーがいる。そんな中央で結果を出し続けているので優秀な部類、故に事故で療養を余儀なくされた時にはウマ娘だけではなくトレーナー達も残念がっていた。

 

「言うてもう8~9年ぐらいはトレーナーやり続けてんだろ、俺達二人に比べたら立派な先輩なんだから誇ってくれよ」

「来年で10年になるかなぁ……そんな僕だけど力になれる事があるなら言ってね、力になるから」

 

物腰と表情が柔らかなトレーナーだという事が分かってメンバーは益々安堵の息を漏らす。これでサンデーサイレンスのような厳しいトレーナーだったらどうしようと思っていたらしい、それと比較するのも大分あれな気もするが……。

 

「という訳で坂原トレーナーもメンバーに加わった事でプレアデスは更に前に向く事になる。坂原トレーナー、加入早々だけどプレアデスの事について説明する。他のチームとは随分と違うからな」

「是非ともお願いするよ。カノープスに随分と近いチームって事はマヤから聞いてるよ、基礎を重視してるんだってね。僕もそれには賛成だよ、というかよくマヤにそれをさせ続けたね」

 

困ったような顔をしながらもマヤの頭を撫でる、その手つきは一切の嫌らしさはなく唯々親しい子供と接しているようにしか感じないしマヤも気分良さげにしている。本当にこの二人の相性が良い事が窺い知れる。そんな坂原に対してプレアデスがチームメンバー同士が同じレースに出る事に一切躊躇しない事、寧ろぶつけ合っていく方向性である事を告げる。マヤは暫く関係ないかもしれないが、2年後辺りから本格的にそれが発揮されることを告げると苦笑された。

 

「それはまた、随分と大体な方針にしたね。普通に考えれば同じチーム同士なら避けるの一般的だけど……僕は良いと思うよ」

「その心は?」

「僕の経験則だけど強くなるためには強い相手とどんどん走らせた方が強くなるんだよね。レースに出る事で鍛えられる事もあるし同じチーム同士なら余計に闘争心が刺激されるしより競い合って高める事も期待出来る。チームとしての結果を考えるならばいい事ではないと思うけど、そのウマ娘をより高みを目指すならばこのチームほど整った環境はないと思うよ。何せ、メイントレーナーが世界最速最強だからね」

 

その言葉に全員が頷いた。そんな中でスぺが呟いた。

 

「やっぱりどんどん走るべきなんだ……そうなるとこのチームからは無敗の三冠ウマ娘って出ないのかな」

 

先日の菊花賞で無敗の三冠ウマ娘となったブライアンの事を思ってつい出てしまった言葉。そう思えばプレアデスからそんなウマ娘が出る可能性は極めて低いと言わざるを得ない。普通のチームからだって滅多な事ではないウマ娘がこのチーム出る、というのは考えづらい……がそれすら坂原は否定してみせた。

 

「そうでもないと思うよ。これは僕が六平さんのサブトレーナーをやらせて貰った時の受け売りなんだけど、本当に強いウマ娘っていうのはどんな不利や作戦があったとしても勝ってしまう素質を持っている物なんだよ。ライスシャワーさんがミホノブルボンさんを菊花賞で倒した時に一部の人はブルボンの三冠が見たかったって思ったと思うけど、本当に強いならば自分を破ってこようとする相手を逆に負かすんだ。この世界に居ると本当にいるんだよね、そういうウマ娘が……ねっメジロランページさん」

「あれま、そこで俺を出されちゃうのね」

「フフフッ君ほどこの言葉を体現したウマ娘はいないと思うよ」

 

そう言われてみれば確かにそうかもしれない……自分も負けそうなレースは幾つかあった。ドバイワールドカップなんて特に負けると思った。それを越えられたのだから自分は胸を張っていいのだろう。

 

「まあ兎も角だ、プレアデスはそういうチームって事は了解してくれ」

「うんその辺りはよく理解出来たよ。それでサブトレーナーとして最初の仕事は何だい?雑用でもなんでもやるつもりでいるけど」

「今なんでも言ったな?んじゃプレアデスの空気に慣れるまではマヤをメインに見てやってくれ」

「―――えっ?」

 

思ってもみなかったのか、坂原はぽかんとしてしまった。一方で対照的に彼の膝の上のマヤはこれ以上ない程に瞳を輝かせた。

 

「ランページさん本当!?マヤ、トレーナーちゃんと一緒で良いの!!?」

「勿論他の面子も見て貰う事にはなるけどメインはマヤだ。一緒に歩きたかったんでしょ、だったら歩けるようになった脚で確りとマヤと一緒に歩んでくれ」

「ハ、ハハハッ……少し、期待してたんだけど此処まであっさり任せられるなんてね……」

 

少しだけ涙ぐんでいた、本心を言うとマヤと一緒にトゥインクルシリーズを駆け抜けたかった。だが自分の事故のせいでデビュー出来ないかもしれないという不安にさせてしまった自分にはマヤを見る資格はないと思っていた。だがそんな事はない、ランページからすれば一時的に委託されたつもりでその時が来たらマヤを送り出そうと思っていた。その相手がプレアデスに来てくれたのだから何の憂いもないだろう。

 

「マヤ、まだ僕と一緒に歩いてくれるかい」

「勿論だよトレーナーちゃん!!マヤ、ランページさんのチームのウマ娘だったけどトレーナーちゃんのこと忘れた事なんてないもん!ランページさんとトレーナーちゃんと一緒に走れるなんてもうマヤ嬉しくてテイクオフしちゃう!!これから宜しくねトレーナーちゃん!!直ぐにトレーナーにG1勝利プレゼントするから!!」

「復帰初日からこんな嬉しい事があるなんて……有難う、精一杯務めるよ」

 

嬉し泣きしながらも力強く頼れる言葉と共にサムズアップした坂原トレーナー、彼をプレアデスは受け入れて更に前へと駆け出していく事が決まった。




坂原トレーナー、正式にプレアデスのサブトレーナー兼マヤ担当に復帰!!

というか、坂原トレーナー人気過ぎじゃね?感想で坂原トレーナーに関する事が多くてビックリしたよ。


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441話

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「しかし、こうして改めて見せつけられると驚きの言葉しか出ないな……どういうメニューを組んだのか全部見せて貰ったけど、マヤがこれをか……」

 

ターフを駆けるマヤを見ながらも手元のタブレットに目を落とす坂原トレーナー。復帰早々にプレアデスのサブトレーナーという役職に就くことが出来た彼はランページからマヤの担当をする事をメインにすることを命じられそれに従っている状況ではあるのだが、マヤの能力に驚きを隠せてはいない。これらを作り上げたメニューも大半が基礎的なメニューばかりなのだから猶更驚いてしまう。

 

「トレーナーちゃ~んマヤの走り見ててくれた~?」

「ちゃんと見てたよ、次は次走を意識したものに変えようか」

「ハ~イ!!」

 

マヤは良くも悪くも天才肌、どんな技術だろうが直ぐに会得してしまうし勉強もよく出来るので授業態度も褒められた物ではなかったし宿題はやらない事が多かった。そんな彼女が自分の言う事をよく聞いてくれるし基礎能力向上の反復練習にも文句一つ言わずに従う、これだけでもランページがどれだけ優れた指導者だったのかがよく分かる。

 

「それは違うと思いますよ」

「上水流さん」

「さん付けはやめてくださいよ貴方の方が年上で先輩なんですから」

「じゃあ上水流君?皆みたいにちゃんは流石に」

「君で」

 

そんな自分の心情をくみ取るかのように言葉を掛けて来た上水流トレーナー。

 

「彼女は確かにトレーナーとしても優れてるけどそれ以上にウマ娘としての能力が未だに突出し過ぎてるし当人がそれで強くなったっていう説得力があり過ぎる。それにあの手この手で彼女を納得させるのが上手い、加えて」

「加えて?」

「マヤは貴方と一緒に居られる事が嬉しいんだよ」

 

ランページは未だにさん付けだし上水流は上ちゃんと呼ぶ。そんなマヤが唯一トレーナーと確り呼ぶのは坂原トレーナーのみ、一緒にトゥインクルシリーズを走れると思っていたが、事故によって走れなくなってしまった事が彼女にいい意味で影響を及ぼしているのだろう。そして今は兎に角坂原と共に居られることが嬉しい。

 

「だから、従ってくれてると?」

「というよりも甘えてたっていうのが分かったんじゃないかな」

 

「マヤ、トレーナーちゃんに甘えすぎない。マヤはマヤでトレーナーちゃんを守れるように強くなるんだから!!」

 

合宿でタマに言われた事が深く深く突き刺さっていた。トレーナーに守られるだけの存在でいいのか、弱いままでいいのか、自分がトレーナーを守れるぐらいに強くなるという気概を持て。今のマヤには酷く重い言葉と変化していた、無事に復帰出来た坂原トレーナーを今度は自分は守れる位に強くなろうと決意を固めていた

 

「そうか、タマモクロスさんが……それなら今度お礼に行かないとな」

「それならその内チャンスがあると思いますよ、このチームはランページさんが色々と凄い人とか良く連れてきますし」

「いや自分から行くよ、そういうのは自分から行くのが大切だからね」

 

こういう所凄い確りしてるなぁ……と思いながらも本当に人格者なんだなと感じる。だからこそマヤも心から信頼を寄せて復帰を喜んでいる理由もわかる。

 

「そう言えば、肝心のランページさんは如何したんだい?」

「ああ、今はカノープスの方に行ってますよ。南坂さんの帰国はブリーダーズカップが終わってからでしょうしまだまだ彼女の多忙な日々は続きますよ」

「それを少しでも軽く出来るように僕も頑張らないとな」

「病み上がり何ですから無理だけはしないでくださいよ」

 

 

「フゥッ……よし休憩しようぜ」

「矢張り貴方と走ると気合が入りますね」

「そんな風に軽口利けんのはお前位だよイクノ」

 

プレアデスが使っているのとは別のコース、そこではカノープスのメンバーが走り込みを続けているのだが殆どが荒い息を吐いているというのに唯一平然と普通に喋っているの鉄の貴婦人ことイクノのみ、ランページもそこそこに息が乱れているというのに……矢張りスタミナでは彼女に勝てないというのがよく分かる。

 

「いやぁやっぱり2000はランの領域だわぁ……流石に勝てないかぁ」

 

漸く息が整ったネイチャが参った参ったと呟きながらも両手を上げて降参と言いたげなサインを出しながら此方を見る。今度の天皇賞に出走を決めているネイチャ、2000mという距離は当然ランページが得意とする距離、そこでいい勝負が出来れば本番でもいい走りができると思ったのだが、矢張り簡単にはいかないらしい。

 

「芝2000のワールドレコードは持ってねぇけどダートなら持ってるからな、だけど普通に喰い付いてきて凄かったぜ?」

「ワールドレコードホルダーに言われると悪い気はしませんなぁ~」

 

実際問題ネイチャも相当に強い、テイオーとの同着でダービーウマ娘の称号を持っている彼女。G1勝利はあれ以降中々恵まれないが、それでもG2G3では平然と勝利するので単純に相手に恵まれすぎているだけの話でしかないある意味でマチタンと同じ状況なのである。

 

「アタシも出ますよ~!今度こそハヤヒデにリベンジです!!」

「私も今度こそG1取るぞ~!!えいえいむんっ!!」

 

そんな話をしていると自然と笑いが込み上げてくる辺り、自分は本当にカノープスのウマ娘なんだなぁという事を自覚する。本当にここは居心地がいい、後は……此処に愛しいライスがいてくれたらいう事ないのだが……。

 

「ハァッ……ライスがいてくれたら完璧なんだけどなぁ」

「言いっこなしでしょ、愛しい妹なんだからお姉様として応援するところでしょ」

「それは分かってんだけどさぁ……」

 

現在ライスがいるのはなんとオーストラリア、メルボルンカップに出走予定なのである。ライスが最大の力を発揮できるのは矢張り長距離、ステイヤーとしては日本最強格なので思い切って海外に路線を切ってみたのである。そこで選んだのがメルボルンカップ、同行者として佐々田トレーナーにパーマーと山田トレーナー。パーマーはドリームトロフィーリーグに移籍しているが、メルボルンカップの覇者という事で同行をお願いしてみたら快諾してくれた。

 

「世界かぁ……くぅぅぅっアタイも行きたいねぇ!!」

「私も行きた~い!!ランページさんみたいに!!」

「お前ら二人はまずエリ女に標的定めとけ、なんだったら三連覇ぐらいして俺を越えるぐらい言えよ」

「「それ燃える!!」」

「勝つのはアタイ!!」「私だっての!!」

 

賑やかで楽し気なカノープスに居ながらもランページは笑ってた。そして自分の力を活かす為に再び走りだす準備を固める。

 

「ネイチャ、秋天勝つ気ならもう一本行っとくか」

「そのつもりだっての……この位で音を上げる程ネイチャさんは軟じゃないからね」

「その意気です、私も幾らでも付き合います」

「そのコメントは嬉しいんだけど幾らでも走れるのはイクノぐらいなんだよなぁ……」



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442話

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天皇賞も近づき、秋の深まるこの頃。ランページは今日も今日とてトレーナーとしての仕事を片付けて行っている。坂原トレーナーというサブトレーナーも付いた事で背負い過ぎていた仕事量も分担されて気楽になった所に今年のファイナルズとレジェンドレースの仕事が多少なりともやって来る、こればっかりは諦めて片づけている。

 

「相変わらず忙しそうだな、本当に坂原と上水流に仕事分担してるのか?」

「アンタみたいにウマ娘の足を触る暇がねぇ位程度には仕事してるつもりだよ」

「おま、まだそれ言うか……」

 

そう言いたくなる程度にはランページは忙しそうに見える。と言ってもプレアデスのサブトレーナーに仕事を分担出来るのはあくまでプレアデスのチームの物。ネメシスの統括チーフ、カノープスの代理トレーナー、ファイナルズとレジェンドレースといった仕事はあるので仕事が減ったとしても普通に多忙なのである。その多忙なレベルを処理してしまうのがランページなのだが。

 

「あんま根詰めすぎるなよ?つうかファイナルズとレジェンドレースってURAに委託したんじゃねえのか?」

「それでも最低限の仕事は回ってくんだよ、そもそも回しているのは今年からだし俺がやった方が色んな意味で早い上に楽な物だってあんだよ」

「成程ねぇ……んっ?」

 

そんな中で不意にランページの席の傍にあるゴミ箱に目が行った。そこには妙に綺麗で丁寧に包まれている封筒があった。

 

「おい、未開封の封筒がゴミ箱に入っちまってるぞ」

「あんっ?」

「ほれこれだよ」

 

沖野は親切心からそれを拾い上げてランページへと手渡す、何か間違って落としたなら大変だと受け取って確認するのだが……ランページはなぁんだ、という落胆の溜息と共に握り潰してからゴミ箱に再び捨てた。

 

「何だどうでもいい物だったのかよ、んじゃ余計なことしたか」

「いや潰し忘れた俺の不手際、如何でもいい内容だったなら重要なものと区別する意味でも握り潰しておくべきだった」

「どういう意味だよそれ」

 

沖野だけではなく隣の坂原や上水流まで此方を見てくる、沖野だけだったら完全ガンスルーして仕事を続行するところなのだが世話になっている二人も気になっている様子なので答えない訳にはいかないだろう。

 

「同窓会の誘いだよ、中学の」

「あ~成程そういう奴か」

「結構センシティブな奴だったんだね」

「もしかして、急に来たとか?」

 

男三人はそれを聞いて如何して握り潰したのかを察した。そんな中でおハナさんは分からなかったのか、珈琲を渡しながら聞いてきた。

 

「それなら握り潰す事はないと思うけれど、貴方なら中学時代も友人は居たんでしょ?」

「これでも中学時代はボッチだったもんでね、トレセンに来るまでまともな友人なんて居なかったわ」

「なんか意外だな、お前さんがボッチとか」

 

実際問題、中学にまともな友人なんて居なかったのは事実である。本来フィジカル的な意味で強者である筈のウマ娘が極貧且つアルバイトで新聞配達をして走り回っている姿が町内で目撃されたのだから当然の如く苛めの対象にすらなっていたのでまともな友人なんて中学に居なかった。それこそライアンこそが胸を張って友人と言える関係だった程。

 

「それに俺ちゃん位にVIPになっちまったらマスゴミ共が群がるに決まってるじゃないですか、俺ちゃんならともかくまともな中学生を真っ当にやってた連中がちゃんと対応なんて出来る訳がないじゃないですか」

「そりゃまあ、確かに言えてるな」

「貴方もちゃんとした対応が出来てるとも言えないと思うけれど……炎上の危険性とか度外視発言ばっかりウマ娘がどの口で言うのよ」

「という訳で俺は行く気ない、つうか年末とか普通に忙しいんで暇がねぇっす」

「レジェンドレースもあるしな」

 

真っ当な意見だったので納得もしつつそれぞれが仕事に戻っていく中でランページは招待状を押しつぶすかのように机の上にあったゴミを投げ捨てておく。正直もう関わる気もなかったのだが、如何にも関わるしかなくなってきたのかもしれない。何せ、今年のファイナルズにはその中学所属のウマ娘が予選を突破して本選に駒を進めている。

 

「(本選に進んだ後輩を応援するパーティも同時開催するねぇ……勝手にやってろ)」

 

後輩を応援するのは良いがそれならば自分を巻き込むなと声を大にして言いたい。自分はレジェンドレースに出走する身な上にプレアデスのトレーナーとしても多忙な上にファイナルズなどにも設立者として運営に口を出す立場、そんな人間が出身校の後輩が本戦に出場するから応援パーティに顔を出す?仮に顔を出したら全ての出走者にそれをしなければ不公平にもなるしあらぬ疑いを掛けてくれと言っているようなものだ。そんな事も理解出来ないのかと溜息が出てしまう。

 

「そもそもこの時期のトレーナーに同窓会ぃ?誘いたいなら時期考えろ、俺を利用したいなら余計にな」

 

と堂々と呟いたランページに周囲は苦笑した。普通ならば言い辛く口にしないであろう事を平然と口にする、真実であろうとも敢えて口にしないであろうそれを恐れる事もなく切り出していく胆力には本当に恐れ入る。恐らく同窓会の主催は随一の出世頭になったランページを利用するかおだててお零れに預かろうとでも考えたのだろうがそれに易々に乗せられるのはメジロアサマか、スピードシンボリか、南坂トレーナー位しかいない。

 

「トレーナーになっていなかったとしても、君が同窓会においそれと行ける訳がないもんね」

「そゆこと~おっといけね、俺ちゃんカノープスの方行かねぇと。悪いけど上ちゃんにサハらんあと頼むぜぃ」

「任せといて」

「行ってらっしゃい」

 

そう言いながらもランページは職員室を後にしていく。天皇賞まで後僅か、その後僅かでどれだけの力を付けられるかが掛かっている。そんな時期にランページはリギルだけではなくカノープスにも力を貸しているので大忙し。

 

「素直に頭が上がらないわ、今度飲みに行った時に奢らなきゃね」

「だな。俺も世話になってる訳だし」

「それだったら私へのツケを少しは返して欲しいんだけど」

「そ、それを言うなよおハナさん……毎月ちゃんと返済してるっしょ?」




とある方がランページの出身校に関わりがあるウマ娘を出してくださったので成程そういうのもあるのか!!と思ったのでその援護射撃。


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443話

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いよいよこの日がやって来た。秋のG1戦線のシニアレース、天皇賞(秋)。クラシッククラスウマ娘が距離などの関係から此方に舵を切る事もあるが、大半はシニアウマ娘達による熾烈な争いが行われることになっているのが常。BNWにナイスネイチャ、マチカネタンホイザ、この辺りが制するのではないのだろうか?という見方が強い。その中でも1番人気となっているのはビワハヤヒデ。宝塚記念では1番人気になりながらも5バ身差の余裕の勝利までも演出してみせた。

 

「私にとって1番人気になった事は重圧などではありません。私を推してくれている皆さんの期待、それは私の自信です」

 

勝者インタビューで胸を張ってそう応えるウマ娘の姿に誰もが納得した。これが無敗の三冠ウマ娘の姉たるビワハヤヒデなんだ、現在海外遠征中のウマ娘を除けば国内最強と言えるのは彼女ではないだろうかという者も数多い。最強の姉妹対決が早くも望まれている中で行われる天皇賞、当然と言わんばかりの1番人気も彼女の自信の表れだと言わんばかり。そんな彼女を打倒してみせると息巻くのが同期でありライバルでもあるウイニングチケットやナリタタイシン。

 

「自信か……確かに自信だろうね、でもさ―――その自信、何時まで続くかな」

 

 

『さあ天皇賞(秋)が今スタートしました!!先頭を行きますのはロイスアンドロイスいや好スタートを切ったビワハヤヒデが一気に飛びだしてロイスアンドロイスを一瞬で抜き去って先頭に立ちました!!1番人気のビワハヤヒデが先頭です、2番手にロイスアンドロイス、トーローシーザー、フガクハリヤマが続きます。その後ろにナイスネイチャ、ウイニングチケットが付きます』

 

先頭を取ったハヤヒデ、菊花賞を逃げ戦法で走り切る事が出来るほどにスタミナに優れている彼女にとって2000を逃げて走り切る事なんて容易い事。そしてその速度も相当な物、普通のウマ娘が全速力で駆け抜けるような速度を平然と出しながらもまだまだ余裕を感じさせている。流石はブライアンの姉だと言わしめるほどの脚だが、そんな彼女の独走を許さぬと後ろからも後を狙うウマ娘が後を絶たない。

 

「やっぱり早い、でも最後の末脚勝負なら負けないんだから!!」

「逃げて来たか……やっぱランページ先輩と走り込んでるだけはあるわ」

 

ハヤヒデの逃げ戦法を読んでいた同期の二人は冷静に自分のペースを守っていた。ランページと走り込んでいる事は重々承知、そしてそれによって疲れにくい走り方を会得した。それによって相手を振り落とすかのような逃げで次々と勝利を勝ち取ってきたライバルに今度こそ勝ってみせると意気込む二人。その為にも絶対にペースは乱さない、自分の持ち味で勝負してみせると思う。

 

『さあ第2コーナーを越えて所ですが未だにビワハヤヒデが先頭です、2番手にはセキテイリュウオーが上がってきてロイスアンドロイスは3番手。トーローシーザ―はフガクハリヤマと競い合うかのように並んでいますが、おっとここでその後ろから、後ろから一気にスパートをかけてくるウマ娘がいるぞ!!カノープスのナイスネイチャとマチカネタンホイザだ!!初G1勝利を目指して一気に上がっていくぞ、ナイスネイチャのロングスパートが来るぞっマチカネタンホイザはその背後にピッタリと付いてぐんぐんと加速していくぞ!!』

 

「こ、此処で加速するのネイチャ先輩!?」

 

ネイチャのロングスパートは当然承知だった、だがそれは半分を切ってからだと思っていたのにこんなにも早く仕掛けるなんて思いもしなかった。タンホイザはそれにつられているのか、それとも早めに前に出ようというのか、自分は如何する、先輩達が行ったのならば前に行かなければ負ける可能性も高い、いやここは我慢だとチケットは己を抑えた。

 

「まさかここで、だが私は負けない!!」

 

ロングスパートの恐ろしさは心理的にも深く影響して来るところ、自分のペースを見失って配分を見誤ってしまう。だが自分はそんな愚は起こさない、自分にそんな事は有り得ないとハヤヒデは自分のペースを貫くのだが……

 

『さあナイスネイチャのロングスパート、だがこれによって周囲がどんどんとペースが上がってきているぞ!!2番手のセキテイリュウオーも逃げています、3番手にナイスネイチャ、マチカネタンホイザと続きますがその後方もどんどんとペースが上がってきている!!』

 

ネイチャのスパートは徐々に加速していく様を見せ付けられていく、そしてその加速は無尽蔵のようにすら思える程に伸びていく。故に周囲は分かっていても焦ってしまう、無意識にその脚に追い付こうとし始めていく。これはもうネイチャとタンホイザ周囲のウマ娘は潰れるというのが確信出来る。同じチーム、そして警戒している相手故に自制できて良かったとチケットとタイシンは胸を撫で下ろす。

 

『さあ第三コーナーを越える、セキテイリュウオーはもう苦しげだ少しずつ下がって今2番手にナイスネイチャ、3番手にマチカネタンホイザ!!後方からも少しずつウイニングチケットとナリタタイシンが詰め始めている、さあ間もなく最後の直線に入るが何処で本命が来るか!?』

 

もう少しもう少しだけ力を溜める、と思っていたチケットだが―――不思議と心拍数が何時もよりも高く心臓の音が煩いとすら思える程だった。それはタイシンも同じ、なぜ自分達はこうも焦っているんだ、無意識的に焦っている事が分かった。そしてその理由は、すぐに分かった。

 

「し、しまったっ!?」

「嵌められた、行かないとまずい!!」

 

『さあここでウイニングチケットとナリタタイシンがスパートをかける!!ナイスネイチャのロングスパートに引っ張られていたウマ娘達を避けるかのように外へと持ち出しながらの猛スパートだ、さあ間もなく第4コーナーを越えての直線だ!!ビワハヤヒデが先頭、いやっナイスネイチャとマチカネタンホイザが上がってきているぞ!!』

 

「くっ……流石は先輩たちという所か……だが私とて負けん!!」

 

直線、自分の持ち味を100%発揮するに相応しいコースになった。後は全力を尽くして走り抜けるのみ!!全力に振り切ったハヤヒデ、ネイチャとタンホイザを一気に振り切ろうとするのだが……

 

「逃がさないよっ!!」

「マチタン、ライジングフォーム、いっくよ~!!」

「振り、切れん!!」

 

『ビワハヤヒデ先頭、だがナイスネイチャとマチカネタンホイザがどんどんと追い上げてくる!ウイニングチケットも上がってくる、ナリタタイシンも猛スパート、だが間に合うのか、ビワハヤヒデ懸命に脚を伸ばすが二人も伸びてくる!!』

 

完璧だった筈、ペース配分は乱れていない、最高の走りが出来ている筈なのに二人がどんどんと迫ってくる。

 

「アタシだって、アタシだって!!!」

 

その時見えたネイチャの顔、その瞳は鋭くも輝かしい光に満ちていた。あの光は知っている、あれは―――自分も持っていた光だ。

 

「ランにあんだけ付き合って貰って、ごめんなさい勝てませんでしたじゃ済まないんだよぉぉぉ!!!!」

「私だって、私だって、色々教えて貰ったランページさんの為にもぉぉぉっ!!」

 

『さあビワハヤヒデに並ぶぞ並ぶか並んだか!?並べている、並べている並べている!!ナイスネイチャとマチカネタンホイザ、ビワハヤヒデが横一線で並び立ったぁ!!さあ残りは100mを切っている、誰が抜け出すか!?初G1かマチカネタンホイザ!!国内最強となれるかビワハヤヒデ!?ダービーウマ娘の意地を見せれるかナイスネイチャ!!?さあ横一線のまま、どうだ、行けるのかいけないのか!?』

 

もうどれだけ走ったか分からない、気が遠くなるぐらいには走り込んできた。ダービーウマ娘という称号はある、だが今だけはそれに甘んじたくはない、もっともっと上に、主役になりたい、あのライバルのように―――

 

「テイオォォォオオオオオッ!!!!」

 

裂帛の叫びを纏いながらも渾身の一伸びが起きた。それは意地か、努力か、はたまた奇跡か。一歩前へと踏み出したのはナイスネイチャ、並び立っていたそれを突き抜けてビワハヤヒデを踏み越えて抜け出した彼女はそのまま―――ゴール板を誰よりも速く駆け抜けていった。

 

『勝ったのは――――ナイスネイチャだぁぁぁぁっ!!!ダービーウマ娘此処にあり!!ナイスネイチャ、天皇賞(秋)を制しましたぁぁぁぁ!!!2着にビワハヤヒデ、ハナ差で3着にマチカネタンホイザ!!4着にナリタタイシン、5着にウイニングチケット!!矢張りダービーウマ娘は強かった!!この舞台の主役はナイスネイチャです!!』

 

「クッソぉぉぉっ……気付くの、遅れたぁ……」

「まさか、ロングスパートをこんな使い方するなんて……」

 

二人はロングスパートによって前に出てしまったウマ娘達が下がってきたことで壁が生まれて大外に出るしかなくなった。それによって長い距離を走る事になってしまい先頭争いに乗り遅れてしまった。結果論だが、自分達ならばあのロングスパートにもついていける体力はあったのだから前に出るべきだった。

 

「惜しかったんだけどなぁ……やっぱりマチタンフォームもっと進化させなきゃダメかぁ……」

 

荒い息の中、隣でタンホイザの声を聞きながらもハヤヒデは分かった事があった。自分もまだまだ上を目指せるのだと、敗北こそしたが全身に満ちる充実感に笑みすら浮かべていた。そして少し重い身体を引きずりながらも信じられないと言いたげな顔で自分の順位を見つめているネイチャへと握手を求めた。

 

「参りましたネイチャ先輩、ランページさんと走っていたので自信はあったのですが」

 

そう言われるとネイチャは少しだけ悪い顔をした。

 

「やっぱりラン相手に走ってたかぁ~だと思ったよ、だけどランとの走り込みの経験ならネイチャさんだって負けないから。ランの走りに寄り過ぎてるハヤヒデだからこそ勝てたようなもんだよ」

「……成程、心底恐れ入りました。私は何時の間にかランページさんの真似事をしていたのか……もう一度基礎から鍛え直す事にしますよ」

「アハハ……そうなったらもう勝てそうにないから遠慮したいなぁ」

「またまた」

 

ランページとの走り込み、ある意味で一つの完成形とも言えるメジロランページの走法。それを傍で見続けた事で何時の間にか影響を受け過ぎていたのかとハヤヒデは驚いた。もう一度、初心に帰って頑張ろうと思いながらも上を見ると―――VIP席で小さなウマ娘と共に観戦しているランページの姿が見えた。彼女が手を振っているのが見えたのでハヤヒデは笑顔で返した。

 

「ブライアンとのレースも近い、もっともっと頑張らないと」



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444話

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「さて、如何だったよ殿下」

「もう最高~!!これが日本のG1レースなんだね、会場全体で応援する感じが最高!!」

「日本は熱量が凄いですね、何方かと言ったら私たちは見届けるや見守るという意味合いが強い感じがありますけど此方は応援が共に走るかのような迫力がありました」

 

VIP席で天皇賞を観戦したファインは極めてご満悦、中継でしか見る事が叶わなかったレースを漸くレース場まで足を運んで見る事が出来たのだから大喜び。そして日本のレースがアイルランドのそれとは違っている所、レース場その物の雰囲気がお祭りのようだと楽しんでいた。この世界では毎週毎週行われている行事なので大人気は当然な上にそれに合わせてお祭りのようになっている。それによって景気が凄く良いと言っても過言ではない。

 

「ンで、今日そっちは何処行くんだ?」

「今日はね、メジロ家にお招ばれしてるの。だからそっちいく」

「メジロ家?お婆様辺りが招待してるのか」

「はい、是非お話をという事でして」

 

アイルランド王室の姫殿下との対面と思うととんでもなく重要なイベントな気もするのだが、自分には全く話は来ていないのでお婆様辺りが呼ばなくてもいいと思われているのだろう。だから自分はトレーナーの仕事に集中するとしよう、今日は今日で自分もやりたい事があるので有難い。

 

「そうか、弁当は一応作ってあるけど持ってくか?」

「持ってく~!!」

 

そんなこんなもありながらランページはトレセン学園へと出勤、ファインとピッコロプレイヤーには合鍵も渡してあるので戸締りも任せて家を出てトレセン学園に到着していつも通りに仕事を開始するのだが、仕事前に珈琲を淹れようと思っていると東条がやって来た。

 

「おはようございますおハナさん、今コーヒー淹れてますけど要ります?」

「是非お願いするわ、貴方のはおいしいから。それとおはよう」

「おみくじですから味の保証はしませんけどね」

「自販機の珈琲と比べたら絶品じゃない」

「それと比べられてもな~」

 

そんな会話をしながらも珈琲を淹れる、今日のはハワイコナを少しだけ多めにブレンドして淹れてみる事にする。さてさてどんな味になるのやらと思いながらも淹れられた珈琲をおハナさんに手渡すとその香りのよさに少しウットリしつつも啜る。

 

「うんっまろやかなのにコクが強いし苦みもちょうどよい、私好みの味で大吉って所ね」

「そりゃよかった。ああそうだ、ハヤヒデなんですけどあいつ脚大丈夫ですか?ラストのスパートは相当に脚に来てるように見えましたけど」

 

ランページが心配していたのはハヤヒデの脚についてだった。史実のビワハヤヒデはこのレースで5着、そして屈腱炎を発症してしまった事で引退してしまった。2着な上にウイニングライブでも元気な姿を見せてくれていたがそれでも心配はあった。

 

「大丈夫よ、リギルはレース後は病院での検査を義務付けてるけどそこでも疲れている以外は健康そのもの、だって太鼓判を押されたから」

「そうっすか……いや、ラストスパートがネイチャとタンホイザに刺激されて無理してるように見えましてね」

「あら貴方にもそう見えたのね、それは私も思ったわ。でもそれは貴方の真似をしたからだってあの子は納得してたわ」

 

レース後にネイチャに言われた言葉を伝えられて思わず自分も納得してしまった程だった、確かにあの走りはある意味でランページだった。

 

「あのあとね、フローラにハヤヒデが頭を下げたのよ。私が今どの位ランページ先輩に似ているか見てください、それを直し、基礎から鍛え直す為にもって。それでレース映像を見せてあの子の感想を聞いたら……もうドン引きよあの子どんだけ貴方に首っ丈なのよ」

 

『まずはフォームですね。このフォームはランページさんの物に酷似してますがハヤヒデちゃんは全身走法を敢えて取り込まずに全体のアベレージを上げる為の走りをしているんですけどそれと逃げの相性は正直物凄く良いって訳じゃないからそこまで行くならブライアンちゃんと一緒に全身走法を取り入れた方が向上するね。先行策だったら寧ろ今のが完璧。それでコーナーの曲がり方もランページのそれと同じだけど貴方は根本的にパワーが足りてないから技術で補ってるんだけどランページさんのそれはシンザン鉄で鍛えたパワーから来るものだからコーナリングとの相性は悪いし直した方が良いと思うの。パワーを鍛えるのもありだけどそれやると技術との兼ね合いのバランスが悪くなっていくから今はまだいい、それで次だけど』

『あっえっその、えっ……メ、メモ取りますから少し待ってください!!』

 

「って感じだったわ」

「キモ」

 

二文字に凝縮されているランページの本音の吐露、それには東条も概ね同意というかハヤヒデのレースを見ながらも当人にはまるでランページが隣を走っているかのような語り口で喋り続ける上にその解説と相違点などが極めて正確且つ的確だったので余計に気持ち悪さが濃縮されている感じがした。ハヤヒデはそれを必死にメモしていたが、終わった時には愛用しているメモ手帳の十数ページが埋まる程に語り尽くしたフローラの痕跡がありありと見せつけられて流石に彼女も引いていた。

 

「というか、あいつこれからどうするんすかね」

「さあ……何も考えてないんじゃないかしら。私としてはこのままあの子が引退したとしても驚かないわよ?」

「それってトレーナーとして良いんですか」

「あの子を制御するなんて不可能よ、貴方が鞭でも持てば何とかなりそうだけど」

「俺にあいつのケツでもぶっ叩けと仰います、絶対に喜んでよがるからやだよ俺ちゃん」

「……確かに」

 

―――ご褒美ですね分かります!!

 

「「なんか毒電波が……」」

 

共に受信してしまったフローラの毒電波、取り合えず珈琲のお代わりで気分を変えつつもランページは空を見上げる。

 

「にしても海外進出が激しい事……テイオー、ターボ、ライスかと思ったらブルボンまで海外に行きやがる」

「香港カップだったかしら、その結果次第だと来年の凱旋門狙ってみるとか黒沼言ってたわよ」

 

自分の遠征を皮切りに海外へと挑戦するウマ娘は増加傾向にある。これも自分が夢を繋いで末の結果なのだろうか。

 

「兎も角まずはブリーダーズカップか。今年は芝もダートも蹂躙されるのか、可哀そうなアメリカ」

「負ける事前提で言うのやめてあげなさいよ……確かにレディセイバーとアメイジングダイナはアメリカのダート戦線荒らしまくってるけど……」



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445話

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『やっほ~ラン!!おっはよ~!!』

「……」

『あれ?如何したんだ~ラン、元気ないぞ~?』

 

なった携帯をとってみれば聞こえてくるのは久しく聞く友人の声、相も変わらず元気そうで小生意気なバカ弟子であるターボの声がそこにある。本当に元気そうだなぁ……と思いながらもランページは思わずため息を吐いてしまった。それを聞いてターボは自分の溜息なんて珍しい!!と声を上げるのだが思わず携帯を遠ざけてしまった

 

「おめぇなぁ……今何時だと思ってんだ……」

『へっ?お昼だぞ』

「そりゃアメリカの話だろうが……日本は今丑三つ時、時差ってもんを考えやがれってんだこのバカ弟子ぃ……」

 

日本とアメリカの時差は約12~13時間、アメリカがお昼ならば日本はほぼ真逆の時間帯と言っても過言ではない。ターボはお昼の時間帯に電話をしてこの時間ならランも休憩中だろうと思って電話をしたのだろうが普通に寝ていたのに着信音で叩き起こされた上に弟子にこんな事を言われて頭が痛くなっている。本当に日本が御昼どきならバカ弟子と叫ぶところだが、深夜の時間帯にそんな事はしない。

 

『……あっ』

「あっじゃねえんだよこの……ああもういいや、リアクションする気が失せた……ンで何の用だ、態々国際電話なんてしやがって……」

『んっいや大したことじゃないんだけどさ……ターボ、もう直ぐブリーダーズカップマイルに出走するからさ、その前にランの声を聞いておきたくて』

 

今日という訳ではないがターボとテイオーが出走するブリーダーズカップは本当に目の前にまで迫ってきている。その前に話をしておきたかったのは事実なのだ、それを聞くとこれ以上説教をするわけにはいかないと切り替えるようにしながらも座り直しながらも話を聞くことにした。

 

「どうせなら南ちゃんとテイオー、スーちゃんも呼んで来いよ」

『あっ確かに!!お~いテイオーにトレーナーにスーちゃぁああんっ!!』

「あっお前はスーちゃんって呼べるのか」

 

テイオーはスーちゃんと呼んで欲しいと言っても全然呼んでくれないと言う嘆きのメールが来ていたが、一方でターボは普通に呼んでいるらしい。まあテイオーは相手が憧れの会長の御婆様だから呼び難いというのがあるだろうが、ターボの場合はランページのトレーナー代理をしていたお婆ちゃんウマ娘位にしか思っていないのだろう。

 

『ラン呼んできたぞ~!』

『あら~ランちゃん久しぶり~♪元気かしら~』

「元気ではあるけど真夜中に叩き起こされて若干キツいわ、スーちゃんからもターボによく言ってくれよ。電話するのは構わないから時間考えろって」

『は~い、ターボちゃん分かった?』

『うん分かったぞ、時差をよく考える事だねスーちゃん』

『そうよ~やっぱりターボちゃんも良い子~♪』

 

テレビ通話に切り替わった先ではターボを抱きしめて笑顔なスーちゃんと抱き着かれて笑顔なターボがいる、そしてそんな二人を見て反応に困っているテイオーと南坂の姿もあった。

 

『お久しぶりですランページさん、ネイチャさんが天皇賞(秋)を取ったそうで。おめでとうとお伝えください』

「あいよ、そっちは如何だい南ちゃん久しぶりなんだろアメリカ」

『ハハッ良くも悪くも変わっておりませんね』

『ラン南坂さんって一体何なの!?ボク、なんかFBI長官と対談させられた上にアンブライドルドと一緒に写真撮影までしちゃったんだけど!?』

 

如何やらテイオーもある意味で南坂の洗礼を受けたらしい。南坂がアメリカに渡った事は直ぐに伝わったらしく、様々な所から彼の友人が会いに来たようだ。その中にはアンブライドルドとその父親であるFBI長官も含まれていたらしい、尚ターボはドラマや映画でしか見る機会のない超大物の登場に目を輝かせてサインを強請ったりしてしまったが、長官は寧ろノリノリでサインをしてくれた上に逆にターボのサインを欲しがったらしくサインの交換会と写真撮影までしたとの事。

 

「甘いな、俺ちゃんなんて大統領とCIA長官までセットだったんだぞ」

『あっうん、それ出されたら僕絶対に勝てないんだけど……』

「まあ大体は俺がブリーダーズカップクラシックを勝っちまったりとかレディとダイナがそっちのダート戦線で暴れてるのが影響してるんだろうけどな……アメリカはブリーダーズカップで借りを返す!!って意気込んでるらしいが、そっちの空気は相当なもんじゃないのか?」

 

アメリカのウマ娘界はそれこそランページの勝利によって激震だったと言わざるを得ない。それに加えてサンデーサイレンスが日本に移住してしまった事はそれを倍増させていた。何せ、サンデーサイレンスは何故日本に行ったのかを歯に衣着せぬ事無く暴露したからである。アメリカの名門至上主義に嫌気が差した事、気持ち悪さすら感じさせる掌返しなどなど……それらを一切隠すことなく拒絶してしまった。

 

『こちらのウマ娘界は相当に荒れていましたね……名門と言われる所には厳しい目が向けられる事になってそれに抗議が起きたり、いわゆる一般の方々に対する目が変わろうとしていたりいなかったりと……』

「随分な爪痕を残してくれやがってたのねサンデー……」

『それを覆す為にもランちゃんが発案したファイナルズとレジェンドレースを此方でも導入しようって話が本格的に持ち上がってたりするのよ?あれだって元々は中央と地方の関係改善の一環だったんでしょう?』

「いやまあそうだけどさ、まさかアメリカのそこにメスを入れる結果になるとは思わんでしょうよ」

 

そこまでの事は全く考えてなんて居なかったのが素直な本音。この世界でもファイナルズとレジェンドレースを開催する事しか考えていなかった、想像以上の大事に発展してしまっている事に頭が痛くなってくる。

 

『でもそれに私の知り合いは大賛成してるわ、レースはそうであるべきだってね』

「そういうもんかねぇ……」

『アハハハッ……でもさ、ボクはアメリカに来てランの偉大さって奴が分かったよ』

 

珍しくテイオーが自分を持ち上げた、皇帝至上主義とまでは言うつもりはないがシンボリルドルフこそが最も尊敬するウマ娘であるという態度を貫き続けているテイオーとしては珍しい言葉だとは自分どころかターボやスーちゃんもそう思っている。

 

『こうやって海外遠征をしてると本当に大変だって思った、国によって色んな事が違うのにさランは1年間を走り抜けた。そして最後の舞台としてブリーダーズカップを勝った……ボクは会長を越えたって言われてるけど、それを本当にする為にも、ランに挑戦する為のボクになる為にボクは勝ちに行くよ』

『ターボもそう思う。やっぱりランって凄いって思う、ターボの師匠なんだから当然なんだけどやっぱり凄いって思うよ。ターボも頑張る、そしてレジェンドレースでランと戦う!!』

「……ハンッ小娘二人が言ってくれるじゃねえか、俺に勝つだぁ?ワールドレコードの一つでも達成してから言えってんだ―――期待してるよ、勝てよ二人とも」

 

色々言いながらもランページ自身も二人の勝利を心から願っている。そして二人と走る時を心待ちにしている。

 

「南ちゃん、スーちゃん二人の事頼むぜ」

『言われるまでもありませんよ、カノープスのトレーナーですから』

『フフフッ任せて了解よんランちゃん♪』

 

通話を切ったランページは漸く静かになった自室から空を見上げた。

 

「……いい夢が見れそうだぜ」



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446話

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「アメリカは結構な騒ぎになってたってマジ?」

「今更かテメェ」

 

ネメシスの統括チーフとしての仕事をしている時に隣で声を張り上げているサンデーサイレンスに向けて言葉を掛けて見た。ターボの電話で聞いた一件について尋ねてみればサンデーは真実だと口にした。

 

「俺は言うなれば日本で言う所のオグリキャップだっつったな、名門のでもなければただの一般家庭のウマ娘だと」

「言った。日本はそういうのは大人気だし物語の御約束の一つだし実際オグリ先輩も地方から中央に来て活躍したから地方から葦毛のどえらい怪物ウマ娘が来るってなってたらしい」

 

自分でも日本の事を調べた時は心から驚いた事は今でも忘れない、アメリカのそれは名門至上、そして外見から来るデータが全てだと言っても過言ではない外見至上主義。脚に曲がっていたり、過去に受けた事故などの後遺症などが少しでも見られれば弾かれるような世界でサンデー自身も酷い扱いを受け続けていた。だが日本ではアメリカほどではなかった。寧ろ本気で努力を志す者に対しては手が差し伸べられたり、寧ろ強さが伴っていなくとも大勢のファンが付くことも珍しくもなかった。

 

「俺の事は言うまでもねぇだろうが、イージーゴアの奴の時はそりゃひでぇ言われようだった。トレーナーや御大に苦言を呈される位には荒れた、今思うと御大もよくもまあ俺を気に掛けてくれたと思う位だ」

 

サンデーサイレンスの終生のライバルとされるイージーゴア。対照的と言われるまでの超名門の出な上にその見た目の美しさと強さからセクレタリアトの再来とまで言われていた程。だがセクレタリアトはイージーゴアの面倒を見る事もなくサンデーサイレンスの後見人となった。その事は一大ニュースにもされたしセクレタリアトの見当違いやら乱心までとも言われたらしい。

 

「実際名門主義やらでアメリカのウマ娘が強くなってんのは確かだ、だがそれだけで強くなるほどレースは甘くねぇんだよ」

「アンタがその証拠だって事か」

「ああ、御大もその事を危惧してた。その為に一石を投じた、俺を通してな」

 

結果から言えばサンデーサイレンスとイージーゴアは四度の激突し、サンデーサイレンスが三勝し二冠とブリーダーズカップクラシックでレースレコード勝利で年度代表ウマ娘となった。見栄え、気性、血統、運。あらゆる物をどうしようもない程に持たず、この世を憎んでいたウマ娘はまるでアメリカンドリームをそのまま人生に落とし込んだような現役人生を送り、多くのファンが付く事となったが―――サンデーサイレンスがファンサービスをしたことは全くなかった。時のウマ娘となったが、それらを全て冷めた目で侮蔑するかのように見つめていた。

 

「そんな時だよ、テメェがアメリカに来やがったのがよ」

「あれま、それで俺ちゃん出てくるわけ?」

「ああ。此処の理事長から力貸してくれって言われたが、如何したもんかと思ってたところにテメェが来たんだよ」

 

サンデーを決心させたのはランページの存在だった。あの凱旋門を制覇した無敗の世界最速のウマ娘、セクレタリアトも気に掛けていたがサンデーの興味はそれ以上だった。何故ならばランページは今でこそメジロ家のウマ娘として有名だが、ランページのレースを最初から追ったサンデーは直ぐに一般家庭のウマ娘だと見抜いた。

 

「ンで俺と日本行く時に全部ぶっちゃけたと?」

「そういう事だ、前以て録音してたのを御大に預けてな。御大は笑顔で送り出してくれたぜ、日本でも達者でなっつってな」

 

 

―――そうか、君も日本行きを決意したか……そうか君の選択ならば私が何かを言う権利はない。達者でな、君との日々は楽しかったぞ。

 

 

その言葉と共に自分の録音データと共に去っていくセクレタリアトの表情はまるで独り立ちをする愛娘を見送る父親のように穏やかだったとサンデーは語る。そしてそのままランページと共に日本へ向かうサンデーの代わりに取材を受け、そこで録音データを公開し何故サンデーサイレンスがアメリカを離れる事にしたかを赤裸々に公表した。

 

「そっからアメリカのウマ娘界は揺れ続けてる、セクレタリアト御大が取り組んでるんだから自分達も取り組むべきっていう奴らとアメリカの伝統というべきそれを変えるべきではないっつうのがぶつかり合ってる」

「そういうのはどの世界でもいるもんなぁ」

「ンで、レースで決着付けようぜってなった所のダート戦線をレディとダイナが荒らしてるから余計ややこしくなった」

「あれま」

 

そしてレディとダイナは極々一般的な家庭育ちでアメリカが掲げていた名門至上主義とは正反対というべきウマ娘なので余計に荒れた。故にそれらとも決着をつける為に今年のブリーダーズカップは余計に熱狂する事になるだろうという予想が立てられている。

 

「芝も芝で日本から来るせいでまた荒れるだろうなぁ……いい気味だぜ」

「アメリカは色んな意味で収拾付ける為にファイナルズは導入しても良いんじゃねえかな……ある意味はっきりすると思うんだけど」

「それは俺も思う、というかアメリカ導入したら確実に世界中で導入されるぞ」

「あ~それはやだな……ただでさえ今年は海外からのレジェンドレース参加希望者多いのに……しかもご丁寧に留学とかの言い訳準備してやがるから弾く訳にも行かないし……」

「そりゃ大変だな、俺も出るけど」

「大体アンタのせいなんだよなぁ……」

 

熱狂するアメリカの裏の日本では、苦悩する暴君が居た。自らが立ち上げたレースは何時の間にか世界中で割と本気で検討される位には有力なシステムなのではないか?と。浅い考えが此処まで来てしまうと本気で頭痛の種にしかならない。

 

「……ハァッ……ライスぅ~早く帰って来てくれぇ……」

 

 

「くしゅぅん!!」

「あれ、ライス風邪?」

「ううん、きっとお姉様がライスの事応援してくれたんだと思う」

「アハハそれなら吉報だね。それじゃあ―――勝ってきなライス!!」

「うん、パーマーさん、パーマーのトレーナーさん……ライス行ってくるね!!」



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447話

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最初に感じたのは外国の空気、風土、感触、様々な物の違いを肌で感じ取ってしまった。日本とは全く違う、そして分かった。日本という生まれ故郷は全てが自分に味方をしてくれていたんだと。だがこの土地ではそれを得る事は出来ないんだ、思わず不安からかスカートを握ってしまった自分の手をパーマーとそのトレーナーである山田トレーナーが取った。

 

「大丈夫だよライス、私もトレーナーも付いてるんだからさ」

「流石に南坂みたいに頼もしくもなければランページみたいに一緒に走る事は出来ないけど、これでもトレーナーとしての矜持はある。君は俺が守るから安心して」

 

二人の言葉は心から有難かったし支えになった。メルボルンカップに挑む為に、ライスシャワーはオーストラリアに降り立った。

 

『あれが日本から来たウマ娘?』

『随分小さいじゃない、クラシッククラス?』

『パーマーじゃないなんて……』

 

メルボルンカップに挑む為に調整を行う自分に聞こえてくる様々な声、メルボルンカップを制したメジロパーマーが帯同ウマ娘をする程のウマ娘なのか。自分に対する好奇心、猜疑心、あらゆる感情が向けられてくる。自分とパーマーを比べたら何方が強そうに見えるかはハッキリしていると思う。

 

「ライス、気にしちゃだめだからね」

「うん分かってる……あんなの気にしない」

 

覇者たるメジロパーマー、そんなウマ娘が付き添う程なのかという疑問は即座に打ち払われる事になったのだ。練習に入れば周囲の声が聞こえなく程に集中し、淡々と自分専用のシンザン鉄が地面を踏みしめる重々しい音だけが周囲に木霊する。それだけで周囲は黙るのだ、ライスの容姿故に忘れるのだ―――あの暴君と同じチームだったという事実を。

 

「パーマーさん」

「うん」

「山田トレーナーさん」

「ああ」

 

準備は全て完璧。身体と精神のコンディション、フレミントンレース場への適応、オーストラリアという環境への適応、全てが完全な状態で今日を迎えられた。

 

「ライス、勝ってくる。お姉様にも喜んで欲しいから」

「きっとランページさんだったら大泣きして喜ぶよ、ライスの事大好きだから」

「絶対に喜ぶな」

 

そして―――自分が姉として慕う大好きなお姉様、ランページにこの勝利を捧げる為、いやもっと単純な理由。喜んで欲しいから、褒めてほしいから、自分は走るんだ。

 

「行ってくるね、パーマーさんとトレーナーさんの新婚旅行に幸せ届けるからね!!」

「「ちょっと待って新婚旅行って何!!?」」

「行ってきます!!」

「「行ってらっしゃい!!じゃなくてまってライス、あ~待ってライスさんあ~!!」」

 

 

『ラ、ライスシャワー、祝福の名を持つ日本のウマ娘ライスシャワー先頭!!ライスシャワー先頭!!ジェーンも猛スパートをかけているが、既に2600を過ぎているというのにライスシャワーの脚は全く衰えない!!ジェーンは確実に上がっている、後続とは差が開いている、だがライスシャワーとの差が縮まらない!?』

 

オーストラリアにとってメルボルンカップは特別なレース、そしてそのレースを制したパーマーが来た事で彼女の前で勝利してオーストラリアは負けていないことを証明しようと有力ウマ娘達が名乗りを上げ出走した。だがライスはそんな事は知らないと言わんばかりにハイペースなレースを展開した。それは長距離レースであるメルボルンカップに備えて来たウマ娘達を振り落とすような猛烈な勢いで。

 

『さあラストの直線だ、ジェーンが来るぞ来ているぞ!!直線勝負ならば行けるか、差を徐々に埋めつつある!!ライスシャワーは流石に苦しいか、二人の差は後1バ身!!』

 

直ぐそこに相手が迫っている、だがその時にジェーンが見たのは瞳に青い焔を燃やしながらも確かにもう一人、ライスの猛烈なハイペースに並んでいるウマ娘が居た。そのウマ娘を自分は知っている、知らない訳もない。ベストルーティンを破ったあの暴君がそこに―――

 

「(ライスは、ライスは……お姉様と―――)走るっ!!」

 

愛する魂と、共に祝おう。

 

『ラ、ライスシャワーが更に飛び出していく!!先程とは段違いの加速だ!!まだ余力が残っていたというのか!?信じられませんジューンが更に離されていく!!3バ身から4バ身!!これはもう圧倒的だ!!メルボルンカップ二度目の快挙、日本からやって来たウマ娘が再びこのメルボルンカップを席巻したぞ!!そのウマ娘の名は―――祝福の星、ライスシャワー!!圧倒的な強さでメルボルンカップを制しましたぁ!!』

 

「やったっ~!!トレーナー見た、あの走り!!やっぱりランページさんと同じ奴だよ!!」

「ああ、全く以て凄い……」

『レース場から大歓声が上がっております!!このレース場が、いやこの国全体が彼女を祝福している!!聞こえるでしょうかこの大喝采!!惜しみない勝者への祝福、確かに我々の国のウマ娘は負けました、ですがこの負けは決して無駄ではないというのが分かります!!我々はこの敗北と共にまた一歩、強くなれるでしょう!!』

 

勝利を勝ち取った祝福、ライスは思わず身体が軽くなったようなふわふわとした浮遊感を味わっていた。それは勝利したからではない、ラストスパートで感じたあの感覚、まるで隣をランページが走ってくれていたかのような安心感と幸福感に満ちた感覚……思わず胸の前で手を握った……そして最高の笑顔を作りながらライスは言った。

 

「お姉様っライス、ライス勝ったよっ~!!」

 

ライスは内気で決して自分から大声を出すような性格ではない。それなのにライスは内から溢れだすそれを抑えることが出来ずに声にして解き放った。それを見てパーマーと山田トレーナーは思わず見合わせるが、それだけライスも嬉しいんだと感じ取った。そして……

 

 

「ライス本当に凄いぞぉっ……ライスぅ~!!!」

 

日本できっと見ているであろうランページが狂喜乱舞しているであろうことも。



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448話

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「お、おいランページ?」

「……」

「お~いもしも~し」

「ンだ下らねぇ要件だったらぶっ飛ばすぞ」

「いやお前仕事し過ぎだぞ、サブトレ二人になる前よりも仕事こなしてんぞ」

「しょうがねぇだろこうでもしねぇと天元突破したテンションを抑えきれねぇんだよ」

 

普段の数倍増しで仕事を消化するランページ、その理由は至極単純だった。愛する妹であるライスがメルボルンカップを制したからである。パーマーに続いて2年連続での同一海外G1制覇、しかも海外長距離G1の中でも格の高いメルボルンカップの制覇は快挙。その名の如く、祝福の星となったライスシャワーのニュースはあっという間に世界を伝播した。儚げで線の細いウマ娘がタフで苦しい戦いとされる長距離レースを制するというギャップが相まってか、ライスの人気は爆発したと言っても過言ではなかった。

 

『えへへっ……パーマーさんと山田トレーナーさんにもお世話になったけど、一番報告したのは……お姉様、ランページお姉様に勝ったって言いたいです。お姉様っライスやったよっ!!』

 

勝利インタビューで嬉し涙を流しながらも笑顔でそう語ったライスのそれを受けてランページのボルテージは異常なほどに高まったと言っても過言ではない。言いたくはないが自分に対してテンションが上がるフローラの気持ちが分かってしまった。それを自覚しつつもそれを抑えつけつつ発散する為に仕事に励んでいる、フローラに比べて健全且つ生産的な方向性ではあると自負している。

 

「しっかし、日本のウマ娘の海外進出が此処まで積極的になるなんて少し前までは全然思わなかったけどな。これもどっかの独裁暴君のお陰かね?」

「勝手に触発されてるだけで俺は別に推奨してねぇぞ」

 

日本のウマ娘が明確に世界に追い付いたと言えることではあるのだろうが、此処まで行くなんて誰が思っただろうか。生涯無敗の世界王者が此処まで他に影響を及ぼすとは……と沖野はテイオーの事を思う。

 

「メルボルンの次はブリーダーズカップか……このまま連勝したらどうなるんだろうな」

「さてね」

 

沖野のその言葉には東条が答える。彼女も日本のウマ娘が海外で活躍する事は喜ばしくその顔には笑みが浮かんでいる。

 

「何処かのウマ娘が海外G1を立て続けに勝って、そのダートのライバル達でアメリカのダート戦線は大荒れ。ハッキリ言って色んな意味で日本のウマ娘は今や嵐の中心ね」

 

全ての切っ掛けは仕事を凄い勢いで片付けているたった一人のウマ娘、独裁暴君メジロランページ。彼女によって波及した影響は日本のウマ娘全てに伝播していると言っても良い。ファイナルズとレジェンドレースの影響で中央トレセンとはぎくしゃくしていた地方トレセンとの連携も取れるようになっていったのも大きい、彼らは口を揃えて言う。

 

『ランページさんの頼みを断る訳に行きません』

『あの人作った流れを止めるのは野暮でしょう』

『友人の頼みを聞く、それをするのは当然の事』

 

ファイナルズの予選を地方トレセンで開く為に各地のトレセンを訪れた際にランページに頭を下げられた、夢を繋ぐため、日本を更に強くするために力を貸してほしいと。世界最速最強と名高いウマ娘に頭を下げられたら無視する訳にはいかない。たった一人のウマ娘が中央トレセン及びURAが長年に渡って解決策を模索していた地方トレセンとの関係改善を一気に進めた。

 

「ランページさん、貴方宛ての書類が理事長への中に紛れて居ましたのでお届けに上がりました」

「あれマそりゃまた有難う御座います、はいはいそれでは拝見っと……えっと何々?げっヨーロッパでファイナルズとレジェンドレースを立ち上げようと思ってます、実現後は是非日本との交流戦を希望します……ハァァァァッ……」

 

先程までテンションの高かったランページのテンションが急降下した。そりゃそうだろう、何せそんな話になったら創設者として自分が関わらなくてはいけなくなるのは明白だし色んな意味で面倒になること請け合いである。

 

「何の為に国内限定戦にしたのかもう分かんねぇよこれ……今だって既に海外からの短期留学ウマ娘も対象するのだって大変だったのに……」

「ま、まあ元気出してください。それだけランページさんの行動は凄かったんですから」

「だったら既にURAに主導権は譲ってる訳だから向こうに送るべきだと思うんですよ俺ちゃん、なんで態々俺の方にこれ出す訳?うん全部書いてありやがりますよ貴方の配信は全て見ておりますとか途中から唯のファンメールじゃねえか、ああもうライス早く帰って来てくれ~俺の天使ぃ~!!!」

 

どうして愛する妹の勝利を素直に祝わせてくれないのだろうか、これではライスが帰って来ても素直に祝うどころか癒して貰う事になってしまうではないか……本気で頭が痛くなってきた。ただでさえ今年のファイナルズとレジェンドには海外からの挑戦者が余りも多過ぎた為にURAが日本への留学、そして中央及び地方トレセンへの協力を条件に許可された結果色んな意味で凄い事になってきているというのに……まあサンデーサイレンスなどを出す関係で留学しているならOKにはしていたのだが……。

 

『如何やら海外から挑戦に来る有力ウマ娘を上手く日本に取り込めないかと画策しているらしくてな、私は悪くない手だと思っている。故に許可した』

 

ウラヌスからもそんな事を言われた、そう言われて連想したのは海外の種牡馬を購入した史実の流れ。ノーザンテーストにダンシングブレーヴ、サンデーサイレンス、ブライアンタイムズ、トニービン……それらのように考えれば受け入れる事が難しい事でもないと何とかそれは受け入れたが……本格的に海外までもがファイナルズとレジェンド導入に動くと本気で面倒な事になる。

 

「ったくしゃあねぇなぁ……いざとなったらマジで俺も動くしかねぇか……ウーちゃんには悪いんだけどURAはまだまだ情けねぇ所あるからな」

「よくもまあ天下のURAにそんな事言えるな……」

「天下だぁ?こちとら世界に轟く独裁暴君様だ、俺を怖がらせたいんなら南ちゃんでも連れて来るんだな」



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449話

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誰よりも先頭で駆け抜けたあの人は言った

 

ついて来れるか?

 

その言葉が、私達を駆り立てる

ドバイで、ロンシャンで、アイルランドで、アスコットで、メルボルンで私達は追いかけた

 

ついて来れるか?

望むところだ!!

 

挑まなければ、並べない

 

BCクラシックが、来る

 

 

ブリーダーズカップ。アメリカのウマ娘界の祭典であり世界でも1・2を争う程の大イベントであり様々なカテゴリーのチャンピオン戦を1度に纏めて開催する大レース。アメリカのトゥインクルシリーズではブリーダーズカップで結果を残す事を最大の目標に掲げるウマ娘も数多い。そして―――あの独裁暴君、メジロランページがブリーダーズカップの中でも最も注目度が高いブリーダーズカップクラシックを制している。

 

「ふぅん……そう来たか!」

 

ブリーダーズカップは二日に別れて行われる。初日はジュニアクラスが対象、そして二日目はクラシッククラス以上のウマ娘が出走するレースが開催される。毎年激しい戦いが繰り広げられるレース、そんな中で今年は更に激しさが増している。

 

『先頭を行くのは日本からの刺客、あの独裁暴君を師に持つと公言している快速ウマ娘ツインターボ!!見事なスタートダッシュから先頭を取っています、他も良いスタートでそれに喰らいついて行けている!!だがその周囲にはローズシアー、シャングリラスノー、スディングビュー、ウエストオブザサンが控えているぞ!!ツインターボの小柄さもある為か、まるで彼女らが壁のように聳え立っている!!』

 

ロケットスタートを決めたターボの周囲には同じように逃げのウマ娘達が控えている。ターボを完全に包囲する陣形が生まれている、小柄なターボからすればこの圧迫感は極めて辛いものがある筈。日本と違って海外は同じレースに出走していたとしてもチームとして動く傾向が強い、故にターボは連携を取る相手をしながらレースをしなければならない。

 

「ぬっ~頑張れターボ~!!ああっ囲まれちゃってる~!!」

 

自らの出番も近いが仲間の出走に我慢出来ずに応援席にいるテイオー、そんな隣にはスーちゃんが控えている。

 

「全員がターボちゃんのドッカンターボを警戒してるわね、至近距離にいればターボちゃんは十分なポテンシャルを引き出せないし急加速しても対応出来る狙いからね」

「それじゃあターボやばいの!?」

「少なくとも此処までのプレッシャーは初めてでしょうね、ランちゃんとよく走り込んでいたと言ってもそれは一対一かカノープスの皆って意味。此処までやられると辛いものがあるわねぇ……本気で潰しに来てるわね」

 

アメリカ勢の走りからこのブリーダーズカップにどれだけ懸けているのかというのがよく分かった。ランページに敗北してからアメリカウマ娘の挑戦は始まった、それはダートだけに限らず芝のウマ娘も同様だった。また何時挑戦者が来るのか分からない、そんな中でトレーニングに励んできた。その成果を今発揮するときだと力を振り絞っている。

 

「確かに、これは来るものがある……!!」

 

走り続けるターボ、常に自分の周囲から強いマークを受けながら走る事はあったが此処までの物ではなかった。ターボは臆病なウマ娘だ、彼女にとって逃げというのは自分の心を保つ為の戦法でもある。だがこんな状況では心を保てない―――以前のままのターボならばそうだっただろう。

 

『さあ間もなく第3コーナーを越えていく、先頭は未だツインターボ!!まだ粘っているが周囲も粘っている、これはもう我慢比べだという状況ではありますがおっとここでウエストオブザサンが落ちていくぞ!!如何した事だウエストオブザサンが下がっていくっいや上がってきたはずのアーリストインターも下がっていく!!如何した事だ!!?』

 

「ターボさんの周囲を囲んで強いプレッシャーで押し潰す、その戦術は想定内です。既にターボさんはその弱点を克服済みです」

 

『さあ最後の直線に入ったぞ、さあローズシアーがスパートを駆けて行く。シャングリラスノー、スディングビューも続いていく、ツインターボを捉えにいったぞさあ行ったぞ行けるのか、行ける、行ける……いけない!?ツインターボ先頭、ツインターボまだまだ先頭だ!!』

 

「こ、この子なんでまだ脚が残ってるの!!?」

「こんな、バカみたいな、ペースで!?」

 

呼吸は乱れている、脚は重い、それなのにターボの心は真っ直ぐに伸びている。負けていない、彼女は既に精神的な勝者となっている。ターボはハイペースで走り続けていた、それは最初から決めていた事だった。周りがどんな作戦で来ようともターボは自分の走りを貫き通す事を決めていた。それは自分にはこの戦術しかないという開き直りでもあるのだが、ターボはそれでいいと思っている。何故ならば―――

 

「さあ行くよっ―――真っ!!ドッカンターボだぁぁぁぁ!!!」

 

『ツ、ツインターボが此処で抜け出していく!!凄い加速だ、一気に壁越えを果たして2バ身から3バ身、いやまだまだ突き放していくぞツインターボ!!信じられない此処までのハイペースが彼女にとっては当然だと言わんばかりの疾走!!日本の快速ウマ娘、ツインターボが今っゴールイン!!2着のローズシアーに6バ身差を付けてブリーダーズカップマイル制覇ぁぁぁ!!今年も矢張り来たぞ日本のウマ娘が、メルボルンカップに続いてG1制覇です!!』

 

「よっしゃあぁぁぁぁっ!!見たかテイオーこれがドッカンターボの威力だぁ!!」

「凄いぞターボ!!」

 

ドッカンターボは誰にも負けない力を秘めている事を信じているから。秋山の86に乗った事で会得したこれをどこまでも極めていくつもりしかない。故にこれでいい、胸を張れる。そして観客席には―――

 

「秋山の兄ちゃん~和美姉ちゃん~!!ターボやったよ~!!」

 

お世話になった二人がいる、なんとターボは自分の賞金から二人にアメリカ行きのチケットをプレゼントしてこのブリーダーズカップに招待していたのだ。自分の走りのもう一人の師とも言うべき渉に走りを見てほしかった。そして―――

 

「見たかラン!!今度はレジェンドレースで勝負だぁ!!」

 

高らかに師に向けて宣戦布告を行うのであった。



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450話

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ツインターボのBCマイル制覇。これはある事実も明確にした。

 

『凄かったのはメジロランページだけなのではなかった』

 

これまで日本のウマ娘に海外遠征は成功とはいえず、失敗ばかりが積み重なっていた。だが同時にそれらの失敗によって得られたものが確実にフィードバックされていたという証明にも繋がっていた。レディセイバー、アメイジングダイナ、メジロパーマー、ツインターボ、トウカイテイオー、アグネスフローラ、ライスシャワー、次々と海外で実績を上げ始めていく日本のウマ娘達。独裁暴君たるメジロランページだけが特別などではなかったことの証明となった。そして―――自動的に同じようにブリーダーズカップに出走を決めているウマ娘にも注目の目が向けられる事になる。

 

『さあ日本の帝王、トウカイテイオーはツインターボに続けるのか。だがこの状況は苦しいぞ!!』

 

ターボの次に出走したテイオーだが、テイオーはターボ以上に苦しい展開となっている。ある意味でアメリカのトゥインクルシリーズの本領が出たと言っても過言ではない。前後には自分をぴったりとマークしている二人、その前に壁を作るように並んで走る三人に守られるように先頭を駆け抜けていく。海外のレースはチーム戦が主流だとは聞いていた、実際にこれまでチームを組んでいた相手を勝ってきたテイオーだが……

 

「随分なマーク戦法を組んで来たわねぇ……」

「ターボさんの勝利で向こうの警戒レベルを最大級にまで引き上げてしまったようですね」

 

元々テイオーはマークされることが決定的だったような、テイオーのG1勝利数は世界的に見てもかなり多い。その多くが日本での勝利だがそんな事は既に警戒の対象にしかなり得ない。それもこれもメジロランページというウマ娘の影響なのだが……

 

「ふぅん……だけど、君たちは甘く見過ぎだね!!この、ボクが一体誰なのかを!!」

 

それでもテイオーは笑みを絶やさなかった。何せこれだけの包囲網を敷かれているという事は逆に自分の実力への評価の裏返しでしかないしこの壁を越えてこそランページへの挑戦権を得ることが出来ると思うと燃えずにはいられない。唯々熱い魂を燃やし続けて揺さぶりにも何の反応を見せてこず、不敵な笑みを浮かべ続けるテイオーは如何見えただろう。恐怖の対象にしか見えないのだ、そして刹那、ほんの僅かに緩んだ包囲網、それを見逃すテイオーではなかった。

 

「ランッこれがボクが編み出した、真のテイオーステップだぁぁ!!!」

真・究極テイオーステップ

 

『ト、トウカイテイオーだ!!トウカイテイオーが包囲の壁を突破したァッしかもこの走りはターフの上を軽やかに飛ぶように走っている!!重力をまるで感じさせないようなステップで次々と越えていくぞトウカイテイオー!!無重力の走りとでも言うべきなのか、トウカイテイオー一気に先頭に躍り出たぁ!!ラストの直線に入るが既にトウカイテイオーは遥か先頭!!ティカネイルも必死に猛スパートを掛けるがこれはもう届かない!!信じられない、トウカイテイオー、日本のウマ娘がこのBCターフでまさかの大差勝ちぃぃぃぃっ!!!トウカイテイオー、日本の王者は暴君だけではないこの自分も王者の一人だと言わんばかりの猛烈な走りでBCターフを制しました!!これで日本が2勝!!これが日本か、我々が勝利を目指す頂きで我々を阻むのは矢張り独裁暴君の故郷、日本のウマ娘だったぁぁぁ!!!』

 

「ハァハァハァッ……で、出来たっ……ランの走り……」

 

全身を完全に連結して一切の力のロスを無くして全てを走りの一点に集約して繰り出す全身走法、そこにテイオーのしなやかで柔らかな関節のバネ、そして海外戦線で指導をお願いしたスピードシンボリがランページから得た全てを注ぎ込む指導を行った。それによって遂に完成させたのはランページの全身走法、そこに自らの切り札であるテイオーステップを惜しみなく導入した走り。スピードシンボリの指導もあって身体の耐久力も向上したからこそ編み出した究極のテイオーステップ。

 

「うんっ脚にも問題はない……」

 

それはある意味でランページの元々の持ち味であったクロスオーバーステップを図らずも取り入れたような物だった。ランページはそれを長年行った事で得た頑強さを使う形で活用しているが、テイオーはそれを自分のステップに組み込んだ。それによって加速しながらであるのにも拘らず周りを囲まれていたとしても重力から解放されたかのような柔軟で軽やかでステップで突破する事を会得している。

 

「相手を抜けば抜く程に加速しているようにも、見えましたね……」

「それはテイオーちゃんのボルテージが上がったからかもね、あの子はルーちゃんと違って元気だから」

 

それを見た南坂は思わず汗を流してしまった、そして彼女がランページと勝負するときにどうすればランページが勝てるかを思わず考えてしまった。少しして彼女は既に現役を引退して既にカノープスから巣立っているなのに何を考えているのかと思った、だがそれはテイオーがそこまでさせる程の実力になった事を示す事にもなっているとスーちゃんに見抜かれていた。

 

「ランページちゃんの背中を追ってあの子達はどんどん強くなる、ランページちゃんと戦うために。彼女たちにとってこのブリーダーズカップに勝つ事は前提条件でしかない、レジェンドレースで走る為の……」

「このブリーダーズカップが、前提条件ですか……いや確かにそうかもしれませんね」

 

南坂は漸く本気で喜び始めたテイオーを見ながらも気づいた事を口にする。

 

「私はランページさんの凄さを知っています、故にターボさんとテイオーさんのそれは確かだと思います。そして同時に―――私も彼女と戦いたくなってしまいました……」

「フフフッそうなると貴方はターボちゃんに着くのかしら?それなら私がランちゃんに着こうかしら」

「そうして下さると嬉しいです、今度のレジェンドレースは―――我々トレーナーも戦うべき舞台になると思います」



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451話

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日本のトゥインクルシリーズは矢張り自国のそれに比べると人気は下火、日本のシリーズまで網羅しているファンが居ない訳ではないがそれでも日本のウマ娘のファンというのは矢張り少ないのは致し方ない。そんな中でも人気なのは三人というか完全な三強状態になっている。一人は日本から世界の暴君へと至り、BCクラシックまでも制してしまったメジロランページ。そして残りの二人はある意味ではランページよりも人気は高いかもしれない。

 

『先頭を走るのは砂の超特急アメイジングダイナ!続くは剣王妃レディセイバー!矢張り先頭を駆け抜けるのはこの二人になっている!!』

 

そう、アメリカのダート戦線に殴りこんで結果を出しているこの二人。アメイジングダイナとレディセイバー。ランページはBCクラシックにのみ出走しているがこの二人はアメリカのトゥインクルシリーズへの長期遠征を行っているのでアメリカでのファン人数という観点ではランページを上回る人気がある。

 

日本ウマ娘のアメリカ初G1勝利をランページに先駆けて成し遂げた日本からやって来たサムライレディセイバー、レディセイバーに遅れながらもその遅れを取り戻すかのような快速の脚で駆け抜けていくアメイジングダイナ。ランページのダートにおけるライバルというのもその人気に拍車をかけた。

 

『先頭を行くのはアメイジングダイナ、レディセイバーもそれに競り駆けて行くがこのペースは破滅的だぁ!!だが今年の我々の代表は一味違うぞ、このハイペースについて行けている!!リベンジを誓うフィフティーマグナ、エーピーインディもスパートの掛け所を見極めております!!ハートオブドゥギー、ドラマティックプラチナも良い走りをしているがこの二人のウマ娘の先頭は揺るがない。あの時のBCクラシックを思わせるようなこのハイペース、誰が抜け出すのはそれとも先頭のダイナとレディが振り切ってしまうのか!!?』

 

「今年こそ、今年こそ貴方に勝つ為に此処に来ているんのよダイナ!!」

「ランページはいないけど、ワールドレコードを破って勝ってみせる!!」

 

ランページが勝利したレースにも出走していた二人にもやはり見えている先頭を駆ける二人の前を走るランページのゴースト。本当にあのウマ娘は世界にどれほどまでの傷を付ければ気が済むんだと思わず言いたくなる。だがそれを感じているが先頭の二人だろう。

 

「(全く本当にどうしてあなたは何時も先頭を走るんでしょうね!!!)」

「(いつもそうやってあなたは私たちの前を走る!!)」

 

結局現役時代には一度も勝てなかったあの暴君、レディに至っては芝の天皇賞(秋)にまで殴りこんで勝負をしたが勝つ事は出来なかった。そしてまだまだ走れただろうにさっさと引退してしまったあの暴君の姿は自分たちが走る度に視界に映るゴーストになっている。これが脳を焼かれたという奴なんだろうなと思うが―――同時には果てしない挑戦者としての魂に火を灯し続けるのだ。

 

「貴方に勝つ為に来たんだ、さあ今度こそ勝たせて貰うよダイナァァアア!!」

 

『さあ最終直線に入ってきた、フィフティーマグナが此処で迫ってくる!!エーピーインディも上がってきている、さあ我らが祖国の誇りを背負ったウマ娘が一斉に先頭の日本へと襲い掛かる!!日の丸という太陽を掲げる国のウマ娘へ力を見せ付けることが出来るか!?後2バ身、あと少しで捕まえ―――

 

「これが私の正真正銘全力全開、さあマックスパワーストロング・アメイジングダイナァァァァ!!」

 

「受けて知れ、これこそが真に迫った是が私の刃ァッ―――!!」

 

い、いやアメイジングダイナとレディセイバーが再び突き放しにかかったぞ!!これは物凄いデッドヒート!!アメイジングダイナとレディセイバーは完全に並んでいる!!これが独裁暴君のライバルの二人の力か!?エーピーインディ、フィフティーマグナだって負けていない!!あと少し、並び立てることが出来るか行けるのかやれるのか!?いや二人が並ばせない並ばせない!!そして、ここでレディセイバーが抜け出していくぞ!!レディセイバー、レディセイバー先頭!!レディセイバーがそのまま、先頭でゴール!!!レディセイバー一着!!二着にアメイジングダイナ、三着にフィフティーマグナ、四着にエーピーインディ、五着になんとかドラマティックプラチナ!!日本がこれでブリーダーズカップで三勝!!これが日本か、レディセイバーがブリーダーズカップクラシックを制したぁ!!』

 

「~……遂に、此処に立てた……」

 

世界のダート王の栄冠と言っても過言ではないBCクラシックの栄冠、それを自分は遂に手にした……チャンピオンズカップで敗れた時に宣言した栄冠、それを得られたことに対する安心感と達成感よりもずっと……ランページに並び立つことが出来た事への喜びが圧倒的に強かった。そして同時に自身が出したタイムにも目を向けた。

 

【1:57.7】

 

1:57.7。スペクタキュラービッドが記録した前ワールドレコードを越えた事を意味するタイムだった。紛れもなく世界の頂点の一角に名前を連なる事を意味する筈なのにレディの表情は何処か嘲笑するかのように、何処か呆れるようで、何処か爽やかな笑みで染まっていた。

 

「まだまだ、先は遠い、か……」

 

現ワールドレコードはランページの出した1:57.5であり、結局自分はランページには届かなかった。あと一歩届かなかった、だとしても自分は誇る事は出来る。この結果を誇らない者はいないだろうし……ダイナも同じことを思っているのは間違いない。

 

「やっぱり遠いですね、あの背中は」

「全くです……また新しい剣を作る日々が始まる……望む所ですがね」

 

目指すべき頂点は果てしなく遠いが確実に迫る事が出来ている、その事をレディとダイナは胸を張りながらもまた一歩を踏み出す事を心に誓った。ブリーダーズカップにおける日本勢大勝利の渦中であっても、二人が目指す者は変わらなかった。



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452話

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ブリーダーズカップ日本勢大勝利。ツインターボのBCマイル、トウカイテイオーのBCターフ、此処までなればアメリカもまだ強気の発言を保つ事は出来ただろう。アメリカのトゥインクルシリーズの主流、つまり1軍というべきはダートで芝は2軍に過ぎないと言えたかもしれない……だがそうはならなかった。レディセイバーのBCクラシック制覇によってアメリカは強弁を尽くすどころか完全な敗北を認めざるを得なかったのだから。加えてレディとダイナはアメリカへの長期遠征を行っていた上にそれぞれ、アメリカのダートG1を二つ以上確保している。アメリカのウマ娘にはこれ以上ない大打撃となった。

 

「ザマァザマァ!!おい見たかよランページこのニュース!!日本のウマ娘アメリカの芝ダートに完全勝利、アメリカウマ娘に走る激震は計り知れぬ!!だとさ、こいつはいい気味だぜ!!」

「アンタそれでも本当にアメリカのスターウマ娘かよ」

 

自分だって喜びたいのにそれ以上に喜んでいるサンデーサイレンスのせいで喜び辛い状況になっている。サンデーからすればアメリカのレース環境はハッキリ言って唾棄すべき状態なのでそれが見下していると言っても過言ではない日本ウマ娘に敗北した事で顔色真っ青になる事は喜ばしいことこの上ない。かつて訪れた黒船に例えてこの二人がアメリカトゥインクルシリーズに和船来航、二人のサムライウマ娘による快進撃だと派手に報道した。

 

「実際、今年の日本ウマ娘の活躍抜粋したら頭可笑しいからな。ターボにローレル、フローラ、テイオー、ライス、こいつらが一斉に海外のG1で結果残すなんざ普通に考えたら有り得ねぇつってもいい。その火付け役は間違いなくテメェだぞ」

「まぁた人のせいのする気かい、テメェがテメェのやりたい事を貫いただけなんだから俺は切っ掛けだけで魂に火を灯したのは自分達だろ」

「ハンッ偉ぶりやがって」

「俺はアンタよりもずっと仕事してんだよ、本来はアンタがやる筈の仕事だって全部やってんだよ。ネメシスの統括チーフってのはアンタよりも確実に格上なんだよ、お分かり?」

 

職員室の一角、ランページの席で行われる独裁暴君と運命に噛みついたウマ娘の舌戦。極めて見物だが二人が時折発する殺意にも似ている覇気は身体に毒となっているトレーナーが多い。素直に凄いなぁ……と思う者もいるがそれはランページをシンプルに同僚と思っていたり先輩だったり、上水流だったり坂原だったり。毒となっているのはランページが怒った事への最悪のシナリオを自分に重ねてしまっている者達だけ。

 

「つうかよ、俺はそれよりも考えなきゃいけねぇ事があるんだよ」

「ああマヤの重賞か」

 

マヤノトップガン初の重賞チャレンジ、G3レースである京都ジュニアステークスが迫ってきている。というか、それだけでも大変なのに当日はエリザベス女王杯とも被っているので冗談抜きで忙しい。南坂もなんとか間に合わせると言っているが、代理トレーナーとはいえ担当しているウマ娘がアメリカ最高峰のレースを取ってしまった事で色々と大変な事になっている。最悪の場合は自分がカノープスとプレアデスのトレーナーとして同時対処するしかない、幸いな事にエリ女も京都レース場で行われるという事だろうか……。

 

「マヤの調子は如何なんだよ」

「それなら坂原トレに聞いてみるのが一番」

「絶好調だよ、最近だと模擬レースを組んでほしいって僕の所に来て相手の斡旋に東条さんと沖野さんに相談もしたよ」

 

その言葉に沖野と東条は反応して同意を示してくれた。

 

「ウチからはブリザード出したぜ」

「リギルからはハヤヒデよ、調整の代わりとしてやらせて貰ったわ」

「随分な高評価だな、まあマヤヤはその位だと俺も思うけどさ」

 

その二人をあてがわれる程という事はそれほどの評価を受けていることの証明でもある。同時にリギルやスピカにも有望なウマ娘がいる、特にここ最近でネメシスからそちらへと移籍したウマ娘は相当なライバルになる程の素質を持っている。

 

「ンでそっちに行ったあいつらの調子は?」

「良い感じだぜ?ちょっと距離適性が不安な所があるけどクラシック路線予定だ」

「あらそっちもなのね、ウチもそうよ」

 

スピカへと移籍したのはバブルガムフェロー、そしてリギルへと移籍したのはフサイチコンコルド。如何してネメシスに在籍していたのかを疑問に思う程には素晴らしい素質を持っている二人のウマ娘、エアグルーヴと同世代だが衝突するのは恐らくクラシック末期かシニアクラス。それまでには色々と考えておく必要があるな、と改めて認識する。

 

「これでどうせレース場行ったらまたBCについてのコメント求められると思うと気が重いな……」

「流石にそれはないんじゃないの?この前、貴方相当に言ってたしこれで同じことを繰り返したら今度は報道業界そのものの信用問題に発展するわよ」

「それは如何かね、ああいう連中は一回位で痛い目見た所で直ぐに忘れるもんだぜ。喉元過ぎれば熱さを忘れる、だったか?」

 

マヤのデビュー戦に勝利インタビューでの一件の事を相当に根に持っているランページ、あれを根に持たない方が可笑しいとも言える訳だがハッキリ言ってあれらは信用するに値しない。

 

「だったらランページさんから発信しちゃえばいいんじゃないかな、そうすれば少なくともそういう事を聞こうとする連中の数を抑える事は出来ると思うよ?」

「ああ、その手があったな」

 

坂原の意見に確かに思わず手を叩いてしまった。確かに向こうが聞く前に先手を打ってしまえばいい訳だ、それで何かを聞こうと思っても配信見ろでいいしそれでも食らいついてきたらマジで潰せばいいだけの話でしかない訳だから。

 

「にしても、今年のジャパンカップはスゲェ事になりそうだな。BCの雪辱晴らしてやる!!とか言って乗り込んでくるアメリカウマ娘もいるんじゃねえか?」

「いなくはねぇだろうけど……ターボもテイオーも多分レジェンドレースに目標定めてるから出ねぇんじゃねえかな……」

 

そもそもブリーダーズカップからジャパンカップというのはスケジュール的にも相当に厳しい。休養やら来日やら日本への適応やらとやる事は極めて多い、そう思うと凱旋門からBCクラシックに出走した自分のそれは相当な無茶だったんだなぁ……と思わず呟くと

 

『今更か』

 

と一斉にツッコミを受けてしまった。



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453話

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『はい、そういう訳ですので帰国はまだ先延ばしになりそうです……』

「ある程度予想はしてたけどやっぱり大変そうか、まあ俺の時の違ってブリーダーズカップの三部門を取っちまってるからなぁ……向こうとしても色んな意味で美味しいネタではあるし」

 

予想通りではあるが、矢張り南坂の帰国はまだまだ先という事になってしまいエリザベス女王杯には自分が出る事になった。一応佐々田トレーナーもいるが彼も彼でまだサブトレーナーという域を出れていないのでランページがカノープスのトレーナーとしての代理を務める事になった。

 

「佐々田ちゃんも大変だよなぁまだまだ南ちゃんに助けてほしいのにさ」

「まあ割と慣れて来た面もあるんだけど流石にG1とかってなると流石に、ね」

「それ言っちまったら俺だって一応まだトレーナー歴2年の新人なんですけどねぇ……まあカノープスのメンバーって意味だと上だけどさ」

 

という訳で京都レース場にやってきたランページは佐々田トレーナーと打ち合わせをしていた。プレアデス、というよりもマヤの方は坂原トレーナーに殆ど担当を任せていたような物なので此方に集中出来る。今回プレアデスの面々はトレセンで上水流トレーナーの下で練習に励んでおり、マヤは坂原と共に京都に来た事になる。

 

「つっても、エリ女はメインイベントで京都ジュニアステークスの方が先にやるからそこまで心配する事はないんだけどねぇ」

「アタイらの前座って訳だね、景気良く勝ってくれたらアタイらにも弾みが付くってもんだねぇ」

「一応チームは違うって事分かってるかいアマちゃん」

「ランページ先輩のチームな訳ですから、実質的にカノープスの後輩みたいなもんですしお寿司」

 

控室で準備をしているアマゾンとドラランの二人、初のシニアクラスレースに出走する訳。クラシックという同期とのぶつかり合いではなく経験豊富なシニアウマ娘を相手にレースを事になるのだが二人は極めてリラックスしていた。

 

「ネイチャ先輩やタンホイザ先輩はジャパンカップに出るしチケット先輩はローレルと一緒に有に向けて調整中。そういう意味だとホッとしてる部分はあるね」

「正直、先輩がセッティングしてくれる模擬レースに比べたら緊張なんてしませんよ。というかホイホイとラモーヌ先輩引っ張って来るのやめてくださいよ……初代トリプルティアラと模擬レースとか心臓持ちませんよ」

「だってちゃん先輩とは元同室だし」

「本当、此処が俺とは全く違う点だよなぁ……」

 

二人が緊張しない理由、それはランページが連れてくる模擬レース相手。佐々田が連れてくるのは同期やティアラ路線志望の後輩などだが、ランページの場合は電話一本でレジェンドウマ娘がやってくるので冗談抜きでシャレにならないレベル相手と模擬レースをさせられる。

 

『いや模擬レースの相手ってレベルを超越してるぅぅぅぅっ!!?』

『ハッ良いじゃないかい、アタイらが駆け抜けた道を初めて極めたウマ娘が相手をしてくれる、こんな面白い事はないじゃないか!!』

『いやそりゃそうだけど……ああもう、こうなったらどうにでもなれだ!!というかンな事言ったら世界最速最強と走りまくってるんだから怖い物なんてなかったわあっはっはっは!!やったるわ!!』

『いい顔をするのね、ランページに頼まれたから来て上げたけど……存外に楽しめそうだわ』

 

ラモーヌからすれば他ならぬ同室兼妹からの頼み、だが自分を見ても物怖じせずに真っ直ぐと闘志を燃やす女傑とすぐさま思考を切り替えて覚悟を決めた顔をする竜。久々にルドルフ達以外で楽しい一時になりそうだとラモーヌは心を躍らせていた。

 

「いやぁ……まさかラモーヌさんと模擬レースやる事になるなんて思いもしなかったですよ……というかマジでランページ先輩は出前取るみたいな感覚でレジェンド呼ばないでくださいよ!?」

「そんな感覚で呼んじゃいねぇよ、出前取った事ないからその感覚分からねぇし」

「そういう問題ではねぇだろう!?俺だってあの時は心臓爆発するかと思ったわ!!メジロラモーヌに指導中ずっと見られててもう生きた心地しなかったよ!!?」

「レースに対して極めて真摯であって真面目なトレーナーやウマ娘に対してはちゃんと力を貸してくれる人だぞ、寧ろ気軽に声掛けた方が喜ぶぞあの人、ちゃん先輩はアンタらが思ってるほど怖い人じゃねえぞ」

 

それに関しては絶対にランページがそう思っているだけと3人の心は一つになっていた。そんな事を思っていると京都ジュニアステークスの時間が迫っている事に気づいたのか、ランページは一先ずその場を佐々田に任せて坂原と合流する事にした。

 

「間に合ったか」

「全然余裕だよ、今からゲート入りする所」

 

観客席の一角に居た坂原と合流することが出来た、前日に配信でマスコミを牽制した結果が出ているのか、自分が姿を見せても人だかりは出来ない事にランページは安堵しつつも改めてターフへと目をやる。8人立てとなるこのレース、京都の2000は秋華賞と同じ条件。と言ってもマヤはクラシック路線なのでそちらには出ないが……初の重賞チャレンジ、緊張などはしていないだろうかと思っていたが如何やら杞憂だったと胸を撫で下ろす。凄く良い顔をしている。

 

「良い顔してるじゃねえかマヤヤ」

「入り前に緊張を解しておいたからね、その辺りは全然大丈夫だよ」

 

マヤは初重賞チャレンジにも拘らず極めて自然体を保つ事が出来ている、ゲート入りも難なく成功、他が少しもたついているために出走までに時間がかかってしまっているが良い集中力を保てている。そして―――ゲートが開け放たれた。

 

『スタートしました!!綺麗なスタートを切りました、テイエムタイヨウが出てきました。外からはジェットテイエム、プロディジーシチー大外から出てきました。ハイパーエナジー、内から圧倒的な一番人気のマヤノトップガンが控えております。がナリタジャックが競り駆けます』

 

マヤは先行と差しの間と言えるような戦法を取りながらも周囲の状況を観察しながらも駆けて行く。一番人気故に周囲からマークを受けやすいのか、既にマヤは最ウチに封じ込まれるかのような状況になっている。

 

「これは少し、キツいかな……?」

「小柄なマヤヤからすればあの位のスペースでも十分過ぎるけどな、俺だったらきついけど」

「大逃げの君をマークなんてしたら潰れちゃうよ」

 

そんな話をしながらもマヤはマイペースに自分のペースを守ったまま進み続けていく、周囲がマークを強めるように迫って来てもスピードを一切緩めないので周囲は苛立ち始めているように見えるが、マヤは淀の急坂が見えてくるとワザと速度を上げた。すると周囲も自動的にスピードを上げたままで急坂へと突入していく。

 

『さあ淀の急坂に掛かりますが先頭は未だテイエムタイヨウ、ジェットテイエムとの差は1バ身という所でしょうか、プロディジーシチーとハイパーエナジーは少しペースが速いかここでペースを抑えようとしているのか、いや此処でマヤノトップガンがプロディジーシチーとジェットテイエムを抜いて2番手に立ちました!!』

「マヤはこの位の坂なら大丈夫だけど皆は平気なのかなぁ?」

 

小悪魔のような笑みでそう周囲に問いかければ周囲は苦虫を噛み潰したような顔になる。大丈夫な訳がない。淀の急坂はゆっくり上ってゆっくり降りるのが鉄則、だがマークに集中するあまりにハイペース気味のまま坂に入ってしまった事でペースが乱れ始めた所をマヤは狙い撃ちした。そして下りに入ると一気に加速し始める。

 

『さあ下り坂に入った所で急加速するのはマヤノトップガン!!急坂を一気に駆け下りて先頭に立った!!さあそのまま直線に入る、此処で後方から一気に迫ってくるのはスキータイイ、スキータイイとナリタジャックが迫って来るがマヤノトップガン速いぞ速いぞ!!2番手が今スキータイイ、だがマヤノトップガンとの差は既に5バ身以上、これはもう決まった!!チームプレアデスのルーキーが連勝街道を凱旋飛行!!マヤノトップガン、二着のスキータイイに7バ身差を付けて初重賞を大勝!!これで無敗の4連勝だマヤノトップガン!!』

 

「わ~い!!トレーナーちゃ~んにランページさ~ん見ててくれた~!?」

 

大喜びのマヤは観客席の二人に手を振りながらも周囲の観客にも笑顔を振りまく。無邪気で可憐な笑みから想像出来ない程に強いレースを展開したマヤ、マヤの人気にはこの見た目とレースでの強さでのギャップもあるのかもしれない。

 

「初重賞も無事に勝利か……さてと、次はいよいよホープフルステークスか……G1か……頑張らないといけないね、これからももっと」

「だな。ここからが本番だぜマヤ、お前が本当のトップガンになれるかはこれからに掛かってる。G1にクラシック、そこにはネメシスを卒業した奴らも含まれてるんだからな」



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454話

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勝利者インタビューの舞台、本来ならばそこはレースに勝利したウマ娘への称賛と次へのレースへのコメントを望む記者たちで溢れ返っているように思えるかもしれないが、チームプレアデスの場合はそうではなくなるかもしれない。

 

「意外だったな、自粛するとは」

「ポーズだけって可能性はあるよ。マスコミってそういうところあるから」

「トレーナーちゃんってば結構辛辣ぅ~」

 

マヤへのインタビューの場には多くの報道陣はいない。前日の配信が相当に効いたのか、それとも好い加減にしろと社内の良心達が一斉蜂起でも起こしたのか、紫菊賞で追い出された連中は取材の自粛を行っているとの事。

 

「そ、それではマヤノトップガンさんへのインタビューを行わされていただきます!!」

 

前代未聞な事態となったインタビューだが、進行役のお姉さんは何とかしようと思って声を張り上げるのであった。それに合わせて数少ない報道陣、月刊トゥインクルや今回が初参加となる出版社のフラッシュが切られる。

 

「それでは、坂原トレーナーは元々マヤノトップガンさんの担当トレーナーという事だったのですね?」

「はいそうですね、ですが恥ずかしいことながら事故で入院してしまいました事でマヤのデビューに支障を来すと判断して彼女には他のトレーナーについて貰う事にしたのです。その後にランページトレーナーと知り合いになりまして、彼女の伝手で最先端医療を受けられる病院に転院しまして予定よりもずっと早く退院出来ましたのでプレアデスのサブトレーナーに就任し、今はマヤの担当をさせて貰ってます」

「えへへっ~マヤもトレーナーちゃんと居れて幸せ~♪」

 

矢張りというべきか、坂原トレーナーの存在への質問が多かった印象。まあプレアデスに居ながら自分ではないトレーナーが担当するというのは物珍しく思うのもしょうがない。そんな中、乙名史記者が大きな声を上げながら手を上げて同伴した先輩記者に窘められるがランページはそのまま指名する。

 

「月間トゥインクルの乙名史です!!今回のレースの勝利おめでとうございます!!そして前回のインタビューでもお聞きしましたが矢張り次のレースは宣言通りなので!?」

「そのつもりです、マヤはこのままG1であるホープフルステークスに出走させます」

「マヤは既にG1を戦い抜けるだけの力があると僕達は確信しています、いえ何だったら今からクラシッククラスと走らせたとしても勝てる自信があります」

 

メインとサブトレーナーの意見は完全に合致していた。それどころかマヤの実力は既にジュニアクラスを飛び抜けていると言っても過言ではないことを宣言しているに等しい、坂原トレーナーの言葉に肩を竦めるがランページは乙名史が暴走を始める前に咳払いをする。

 

「ホープフルステークスはマヤがクラシックが取るべき舵取りを決める為の試金石にします。マヤこっからが本当のトゥインクルシリーズだ、気合入れてけ」

「うん分かってる!!マヤ油断せずに行く、花火の中に突っ込むぐらいの気合で!!」

「さながらクラシッククラスは円卓かい?」

「ハハッその場合どっちがピクシーだろうな」

「君はどっちかと言ったら鬼神というよりも死神じゃないかい?」

 

そんなやり取りをしている中で、唐突に爆音のような声が上がった。出所はもちろん乙名史。

 

「素晴らしいですっ!!!お二人ともマヤノトップガンさんの勝利を微塵も疑っていないどころか敗北すれば共に地獄に落ちるのも当然と言いたげな程に一心同体な空気を纏っているのにも拘らず余裕を崩さないなんて、流石は百戦錬磨というべきか!!」

「バカ生中継されてる場でそれ出すなっつったろ!?」

 

時すでに遅し。この時から月間トゥインクルの名物記者扱いをされるようになった乙名史、月刊トゥインクルはこの事で知名度と人気が上がったのだが、入ったばかりの新人且つ暴走する乙名史が名物記者になってしまった事で頭を抱える事になったのであった。

 

「さてと、カノープスの後輩はどうなるのかねぇ?」

 

『さあ近年評価の上昇が止まらないこのエリザベス女王杯ですが、とんでもない事になってきているぞぉ!!!』

 

メジロランページ、ツインターボというトリプルティアラが海外で活躍し続けている事もあってか最近ではクラシックと比べて格落ち扱いを受けるティアラ路線ではあるが最近では評価が上がり続けている。と言ってもクラシック路線もテイオーなどの活躍もあるので完全な同格という見方が強い。

 

そんな中で行われているエリザベス女王杯、ヒシアマゾンとドラグーンランスも出走しているしスピカからはオグリローマンが出走しリベンジを果たさんとしている。そんな三人が今のティアラ路線を引っ張っている訳なのだが―――

 

「いっくぞぉぉぉっ!!」

「負けてられるかぁぁ!!!」

「な、何なのこの二人の気合!?乗り遅れて堪るかぁぁ!!」

 

『カノープスのダブルティアラ、ドラグーンランスとヒシアマゾンが燃えています!!ドラグーンランス先頭ですがとんでもない大逃げを打っております!!しかしその背後にはピッタリとなんとヒシアマゾンが付いている!!その僅か後ろにはオグリローマンがいる、この三人が大きく大きく先頭を走っているが、現在4番手のバードシーキャロルとの差は8バ身はあるかという程!!既に残り800を過ぎてもこの三人の走りは衰える事を知らない!!これが今年のティアラを分け合った三強の強さだと言わんばかりの強さを見せつけております!!』

 

アマゾンとドラランは想像以上の気迫を持って突き進んでいる。ラモーヌと走らせたことが想像以上に効果を発揮しているらしい、自分達が歩んでいる道を最初に極めたウマ娘の強さをその身に感じ、改めて自分達が先輩と慕って目指し続けている頂の壮絶さを改めて理解した。故に―――

 

「「この一冠、譲れない!!」」

 

『さあ最後の直線だ、ドラグーンランスが先頭、だがヒシアマゾンも懸命に競る!!オグリローマンもラストスパートで並びかけていく、さあ三強が横一線に並び立ったぞ!!さあ誰が抜け出すか!?桜花賞、オークス、秋華賞!!ティアラ路線最終戦、エリザベス女王杯を制するのは一体誰だ、真の女王の名を継承するのは―――ヒシアマゾンが此処で抜け出していくぞ!!ヒシアマゾンヒシアマゾン!!ヒシアマゾンが僅かに出たまま―――ゴールイン!!ヒシアマゾン一着!!二着にオグリローマン、三着にドラグーンランス!!ティアラ三強、真の女王の名を継承したのはヒシアマゾン!!秋華賞に続いてこの京都で勝鬨を上げた!!!』

 

「シャアアアアアアアアアア!!!!見たか、これがアタイのレース、タイマン、強さぁ!!!」



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455話

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エリザベス女王杯をヒシアマゾンが制してから数日の事、漸く南坂とターボ、そしてテイオーが日本へと帰国した。BCを制した二人の活躍は日本でも大きく報じられていたので空港では盛大な歓迎が待っていた。揉みくちゃにされるターボとテイオーに向けてこれからの予定が聞かれるのは当然なのだが……二人はごく自然なように、BCでは言わなかった本当の事を語る。

 

「ターボの次走?レジェンドレースだよ、それでトロフィーリーグ移籍かなぁ」

「ボクもそうだね、レジェンドレースの中距離にターボと一緒に出るつもりだよ。それで僕も移籍かな」

 

ごく当たり前のように言ってのけた二人にURAは本気で動揺した事だろう。ドリームトロフィーリーグに移籍してくれることは心の底から安堵しただろうが、それ以上に二人には是非とも有記念に出てほしいと思っていたのだから。その事についても記者が触れるのだが二人はそのレースには出ないと返した。

 

「だってそれに出ちゃったらレジェンドレースに出られないじゃん。ブライアンとローレルと走ってみたいって気持ちがない訳でもないけどさ、ターボはランページと勝負したい」

「ボクもだね。今年がラストチャンスなんだし邪魔しないで欲しいかな」

 

その時、帝王はその幼げで可憐な見た目からは想像出来ない程の覇気を発してみせた。それに思わず出走について粘る記者はカメラを落としながら腰砕けになってしまった。まるで皇帝がそこにいるかのような迫力にその場が騒然となった、そしてその隣に居ながらもニコニコと笑っているターボとその様子を見ながらも肩を竦める南坂とあらあらうふふと笑うスピードシンボリ。

 

「あ~あ……こりゃ推薦状出さない訳にはいかないよなぁ……」

 

溜息交じりに仕事をしているランページ、今年はまだ推薦状の枠を数多く保有しているので出そうと思えば自分が数人分出す事は出来るのである。まああの様子ならばスーちゃんが出す事もあり得るだろうが……一先ずこれで漸くカノープスのトレーナー代理もお役御免になると肩の荷を下ろすのであった。

 

「ンでテイオーがBCターフを制したご感想は如何でしょうか皇帝様」

「フフフッ……これが嬉しくないと思うか?」

「本当ならその笑い、やめて頂戴という所だけど仕事も捗っているようだから見逃してあげるわ」

 

生徒会室で手伝いをしている中でお気に入りのテイオーが大活躍している事にご満悦な我らが皇帝様。ラモーヌも本当は一言言いたい所だがやる事は確りとやっているから勘弁してやることにしている。

 

「しかし本当にレジェンドレースは楽しめそうだ。まさか君と走れるだけではなくテイオーとも走れるとは……これで後顧の憂いもなく望めるという言った所か」

「やれやれ、確りと予選勝ち進んでるから何も言えねぇんだよなぁ……今年は本当に大変な事になるぜな……」

「あらっ私と走るのがそんなに嫌なのかしら、ねぇランページ?」

「そういう訳じゃねぇですけど、今年はマジで海外からの留学参戦者が多くて大変なんすよ……」

 

国内限定にする筈だったのに、何時の間にか世界的な規模にもなってしまった。自分が作りたかったファイナルズとレジェンドは本当にこんな物だったのかと自問自答した数は知れず、中にはURAを無理矢理動かすような交渉をしてきたウマ娘までいたとウラヌスが言っていた。

 

「ハァァァァッ……絶対これ後々面倒くせぇ事になる、そのうちマジでジャパンカップがジャパンワールドカップに改名するときが来るんじゃねえか……いやそれだったら新設した方が楽だな」

「私としては非常に胸が躍る話だな」

「同じく」

「出走するだけの身は楽でいいですよね……創設者は忙しくてたまらねぇや……」

 

ファイナルズもレジェンドも等しく海外からの襲撃を受ける事になっているが、思いの他日本勢が善戦して出走枠を守り切っているのが凄い所でもある。それでも奪われてはいるが……まあそこは本選で勝てばいいだけの話だ。初年度は地方対中央だったのに、今度は海外も加えた三国志状態になるなんて誰が思っただろうか……。

 

「ちゃっかりこいつもエントリーしてやがるし……どんだけ俺ちゃんのこと好きなんだよ」

 

ランページが見るエントリーシート、そこにはランページが出走予定のレジェンドレースの中距離2400部門の参加者が羅列されているのだが……そこには現役時代に戦った名前も確りと乗っている。ターボやテイオーとも戦った欧州が誇る快速大逃げウマ娘、シルバーストーンである。

 

「シルバーストーン、確か彼女は香港でのG1をラストランにして四輪レースの世界に入ったと聞いたが?」

「ご両親がそっち方面の仕事してるんだよ、あいつの応援団だって両親が入ってるチームメンバーなんだと」

「スポーツクラブチームを作ったとも聞いたけど」

「そう。ンで日本に運営のノウハウを学びつつ、日本語学校に通い語学力を養う為に短期留学しますっつってレジェンドレースに殴りこみかけてきやがった……」

 

サンデーサイレンスだけを相手にすればいいという次元を超えてきている現状に溜息しか出ないが、同時に身体も疼いてしまっている事に呆れてしまう。自分は何処まで行ってもウマ娘という事を実感させられる。

 

「やれやれだねい……ちゃん先輩、悪いけどこの書類の後始末頼んでも良いかな」

 

そう言いながら残り僅かになっている書類をラモーヌへと向ける。ルドルフがこんな事しても拒否される、だがラモーヌは少しだけ考えた後にランページの目を見てから言った。

 

「ええ、いいわよ。その代わり―――万全になさい」

「愛してるぜちゃん先輩」

 

そう言いながらランページは生徒会室から立ち去っていく、その背中を見送りながらもラモーヌは殆ど終わらせている書類を見ながら最後の判などを押していく。

 

「随分と快く受けたな」

「あの子の頼みだもの、妹の頼みを聞くのが姉よ。それに―――久しぶりに見たもの、あんな燃えてる瞳は」

 

「よぉっ南ちゃん、今大丈夫かい」

『はい大丈夫ですよ。ターボさんとテイオーさんはメジロの療養所に送り届けてこれからトレセン学園に戻る所ですが何かありました?』

「悪いけどさ、久しぶりにメニュー組んでくれね?レジェンドレース用の」

『承知しました。ですがターボさんにも流用させて貰う事は許可してくださいね』

「応好きにしてくれ、俺は逃げも隠れもしねぇから存分にターボも鍛えてやってくれ……俺もそれに応えたくなってきたんでな」

『分かりました』

 

久しぶりに、南坂の愛に戻るとしよう……どうせなら全盛期を越えるつもりで高めて見せよう、自らを。




間もなく活動報告の方は締め切らせていただきますのでご了承ください。


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456話

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ターフを駆けるウマ娘の姿、それはトレセン学園にとっては当然の光景である筈なのだが……今日ばかりはそれを多くのトレーナーとウマ娘が見つめていた。新入生から既にシニアクラスに上がっているウマ娘まで、無敗の三冠となったブライアンといったリギルやスピカの姿までもがある。トレセンのトレーナーとウマ娘が全集結していると言っても過言ではない。

 

「こうしてみるのも久しぶりだけど……やっぱり怪物ね」

「同感だよおハナさん、改めて見れば見る程にどういうポテンシャルしてんだろうなって思うわ」

 

トレセン学園のチームでも最上位チームとして名高いリギルの東条、スピカの沖野が思わずそんな言葉を口にしてしまう程の光景がそこにある。そこでは坂路を一気に駆け上がっていくウマ娘の姿がある、しかもその顔にはマスクを付けた状態で。酸素量を制限した低酸素トレーニング、加えて重々しい蹄鉄の音が坂路に脚が付くたびに木霊し続けている。最大重量のシンザン鉄を装着したままで走り続けるウマ娘―――独裁暴君たるメジロランページがそこにいる。

 

「はい、坂路10本終了です。少しは錆が取れましたか?」

「この程度で取れたら苦労しねぇって分かってんだろうが……ったく相変わらず性格が悪いな、しかもこんなのつけさせやがって……現役時の奴よりきついじゃねえかよ……苦しいんじゃぁ!!」

 

若干キレながらもマスクを剥ぐようにしながらも投げ捨てた、マスクは宙に舞う事もなくべシャリと水分を多分に含んだ音を立てて地面に落ちた。

 

「利くでしょう?」

「ええ利きますとも、思わず剥がして叩きつけたくなるぐらいには」

「それでは続けましょうか」

「へぇへぇ分かりましたよ」

 

新しく渡されたマスクを付け直しながらも再び坂路へと向かって行く。

 

「南坂、どんだけ鬼なメニューを組んだのよ……」

「マジで鬼だろあいつ……」

 

ランページがレジェンドレースに向けてのメニューに取り組み始めたというので見物に来たのだが、そのトレーニングの密度が明らかに異常の一言だった。ランページはトレーニング中は常にマスクを着用して低酸素状態を維持したままを強制された上で南坂がくみ上げたメニューをこなし続ける。

 

「トレーナー業務で錆び付いた身体を全盛期に戻す為、って言ってましたよランページ」

「錆び付く暇なんて、あったかなぁ……?」

 

その光景を見ている坂原と上水流のプレアデスのサブトレーナー二人、その言葉で何故南坂があそこまで厳しいトレーニングを課しているかは解せた。だがサブトレ二人からすれば常にプレアデスメンバーと走っているランページはとても錆び付いているようには見えない。

 

「どっちかと言えば、奴さんは精神を全盛期に戻したいんだろうな」

「ろっぺいさん」

「六平だ」

 

定番のやり取りをしながらも六平トレーナーはランページの狙いをいとも簡単に看破してしまった。ランページの肉体的なスペックは劣化していない、だが精神的はトレーナーとなった事で現役から見ると劣化が著しいと本人は感じている。ライバルと競る為に闘争心を剥き出しにする事もなくなり、大人の女としての落ち着きを纏い始めたが故だろう。

 

「いやぁにしてもとんでもないよね、私には出来そうもありませんわ~」

「何だお前も来たのか?」

「そりゃそうでしょ、同じ脚質としてあの人の走りを見ない選択肢はないでしょ」

 

何時の間にか隣にやって来たセイウンスカイに思わず声を掛ける沖野だがその言葉には同意しか出なかった。大逃げという本来ギャンブルでしかない逃げの最も極端に尖らせた戦術で世界を取った暴君、本来ならば成立させる事が難しい筈の戦い方を貫き続けた怪物、逃げウマ娘にとってランページというのは特別な存在となっている。

 

「今度はイクノさんと併走してください、マスクはそのままで」

「私も付けますか?」

「いえイクノさんはそのままで、ランページさんだけです」

「鬼ぃ!!」

 

そのままイクノとの併走が行われるが、そこでも大逃げをするランページを普段の飄々とした姿からは想像出来ない程に真剣な眼差しを送り続けている。今の自分に何かプラス要素があるのではないか、世界一の走りが見れるのだから自分の力に変えようとする意欲が感じられた。

 

「こうして改めて見ると本当にあの子に勝とうとするのは本当に難しい事を実感させられるわね」

「普通に考えれば大逃げなんてラストで垂れる筈なのになぁ……あいつ、垂れずにラストまで走り切るどころかさらにスパート掛けるからな……逃げて差すとかよく言ったもんだよ」

 

「矢張り、貴方との勝負は燃えますね……!!」

「同じくっ……だけど、きっちぃ……」

 

併走を終えて全身に漲るような気力に満足げな笑みを零すイクノと対照的に疲労困憊と言いたげなランページは腰を下ろしてしまっていた。イクノというフローラと同じく自分と真正面から勝負出来るウマ娘とマスク付きで併走したのだから当然と言えば当然。

 

「いやぁホント、お前の同期に逃げ戦法得意とする奴が居なくて滅茶苦茶ホッとしてるよ俺。ワールドがそうとも言えなくもないけどワールドはウチのメンバーだし」

「まあその代わりに2年後ぐらいに世界最速最強の愛弟子がデビューする訳だから何とも言えないんじゃない?スズカ先輩凄いってスペちゃんが凄い言ってるし」

「あ~考えたくねぇ……」

「そこはプレアデスが同期で蟲毒させる満々だからマシ、と言えないのがねぇ……改めてカノープスの系譜っていうのを感じるわ」

 

東条もそんな言葉を口にするが、ルドルフにメニューを作っている関係で少しでも参考にしようと思ってランページのトレーニングを見に来たのだが……想像以上に壮絶だ、レジェンドレースでは確実に全盛期を越えてくる。同時に相対的にフローラへの評価が周囲で上がり始めていくのが耳に入ってくる。

 

「えっ何、アグネスフローラってあんな化け物二人とガチで殴り合ってたわけ……?」

「いや凄くないとは思ってなかったけどさ、色物って認識が余りにも……」

「ランページもやばいけどイクノディクタスとも殴り合ってたんだよな……」

 

思わず口角が上がってしまった。やっとフローラの現役時代が報われたと言っても過言ではない。昨今のフローラの評価を占めているのは言うなればランページが引退してからの物ばかりだったが、真の強さはそこではなくランページと争い続けたあの時に詰まっているのだから。

 

「っという訳ですのでフローラさんにも来て貰いました」

「呼ばれてきました!!」

「死ね」

「開口一番にそれですか!?あっその外したマスク貰っても良いですか!?ランページさん成分満点のマスクとか超欲しいんですけど!!?」

「お前思考が完全にストーカーだぞ……南ちゃん、責任もって処分しといて」

「承知しました」

 

「あれさえなければ……」



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457話

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「……全盛期を越えるってのも大変な物だ」

「貴方の場合はそこまで難しい部類ではありませんけどね」

 

メニューを終えたランページは漸くマスクを外す事が許されて新鮮な空気を吸いながらそう呟いた。全盛期を越える為と称して課せられるメニューは現役時代よりもずっと鬼、この男の愛を名乗る事の意味がどういう事だったかを久方に思い出した気分だ。

 

「思った以上に肉体的なレベルは落ちていません、所々によっては現役時代に比べて上ですし常に身体を動かし続けていたからでしょうね。総合的な意味では今の方が確実に現役時代よりも上なのは間違いないでしょうね。問題なのは精神面だけです」

「やっぱそこだよなぁ……」

 

プレアデスのトレーナーとして常に走っていると言っても過言ではないランページ、特に愛弟子のスズカの面倒をよく見る関係で自分の走りを教え込む為に走っているので錆び付いている部分は特段見当たらない。問題なのは精神的な部分だけ、あの闘争心を如何呼び起こすかが課題。

 

「如何でしたが今回は現役時代のライバルをお呼びした訳ですが」

「なんだかんだ言ったけど、あいつらと走ると効くわぁ……なんつぅか心の奥底のマグマが刺激された感覚が不思議とあるからな」

「と、言っても精神を全盛期に戻すというのは楽な作業ではありませんよ。何せ、一度燃え尽きた闘争心にもう一度火を付けなければいけない作業です。それには貴方に相応しい相手を揃える必要がある上に、その実力を理解しなければいけません」

 

難しい作業なのは分かっている。肉体面ならば適切なトレーニングと食事、そして時間さえあれば確実に戻せるが内面的な物を戻すとなると如何しても見て触れても確認出来ない物だ。

 

「その辺りは心配いらねぇよ、何せ今度のレジェンドレースのお相手は分かっているだけでも皇帝様にちゃん先輩、自由人にバカ弟子に帝王達だぜ。実力も折り紙付きで俺も理解してる」

 

それでも難しいのは変わらないだろう、だがやれない事はない。その事は既に―――証明済みだ。燃え尽きた、いや違う、まだ炎は燻っている。ならば―――燃え残ったそれに火を付けてもう一度独裁暴君たるメジロランページに戻る事は出来る筈だ。

 

「俺はやるだけだ、つう訳だから頼むぜ南ちゃん」

「承知しました」

 

そう言いながらもシャワーを浴びる為に歩き出していくランページの背中を見送る。そんな自分に並びかけるようにプレアデスのサブトレーナー二人が近づいた。

 

「お二人も大変ですね、メイントレーナーがあんな感じで」

「彼女が好き勝手にやるのは分かり切ってる事だから今更だけですよ」

「ウマ娘がやりたいようにやるのをサポートするのがトレーナーの仕事ですから、マヤと僕自身の事で随分とお世話になってるからそのお返しのつもりです。それに世界最速最強の走りを見せる事はプレアデスとしてもメリットが大きいと思いますから」

 

メイントレーナーたるランページは本格的にトレーニングに向かってしまっている、仕事をしていない訳ではないがそれでもプレアデスを引っ張るのはこの二人。ある意味で自分勝手だと言われるかもしれないが二人はそうして欲しいとさえ思う。

 

「じゃなきゃ、暴君じゃないですからね」

「暴君と言いますがランページさんは言うほど気性難ではありませんよ、ちゃんと話せば通じます。まあダメな時はありますがそういう時は煽ればコロッと行きますし」

「それ出来るの貴方だけですって」

 

 

「あっランページさんだぁぁぁ……」

「ゲッ最悪のタイミングで来やがった……」

 

シャワーで汗を流している時、共用のシャワーなので他のウマ娘がやって来て隣のシャワーを使うなんてことは日常茶判事だしそこで先輩後輩のやり取りが生まれるなんて事は青春の一ページ。なのだが……今回ばかりは最悪だった、これまで何となく避けられて来た筈なのにフローラがシャワーに入って来てしまった……。

 

「ムフフフッ……遂にこの時が来た、タキちゃんから話を聞いて夢にまで見たこの時が!!湯船に入ろうとした瞬間に意識が覚醒して何度ベッドの上で絶望して同室のライスちゃんに慰められたことか……!!だが今日こその苦労が報われたというもの、そう―――ランページさんと一緒にシャワーを浴びるという神イベント!!」

「んっイクノ石鹸貸してくんね?こっちのちっせぇわ」

「はいどうぞ」

「まさかのガンスルー!?」

 

先に入っていたイクノが右隣を使っている、一番最悪はこれと二人っきりになる事なのでイクノが居てくれて心から助かった。まあ襲い掛かってきたらガチで撃退して警察呼ぶが。

 

「いやはや~イクノさんが一緒とは……私が好き勝手出来る空間じゃないな~自重しま~す」

 

そう言って自分の左隣のシャワーを使い始めた、なんだかんだでフローラは公共のマナー自体は確りと守る。ならば変態発言やら行動を自重しろと言いたい、最悪の事だけはしないというから性質が悪い……。

 

「こうして私達三人が揃うのは久しいですね」

「俺としてはお前だけでいいんだけどな、隣の変質者はマジでいらん。最近妹に絶縁考えられてるらしいし」

「ドウェェエエエエエ!!?えっ何、何ですかそれ私タキちゃんやフラちゃんにそんなこと考えられてるんですか!!?何がいけないんだこの前家に帰った時に思わず抱き着いて押し倒したからか!?」

「シンプルに、ランページさんに対する思いを公共の場で発散したからその熱意に引いているだけなのでは?」

「マジでそれな」

「それに流石に絶縁は冗談でしょう、家族は良くも悪くも遠慮がないと聞きます」

「こいつの場合もそうだといいけどな」

 

頭を洗いながら適当に呟く。何せあの凱旋門の勝利インタビューであんなことを宣ったのだ、タキオンの怒りは計り知れないのは当然だ。寧ろ、ご両親はあのフローラが元気活発になって良かったとすら思っているらしい、何故だ。

 

「あぅぅぅ……抱き着く寸前に急加速して抱き着いたからタキちゃんぶっ飛ばしちゃったのがトリガーになったのかなぁ……」

「何お前、トライデントタックルでもやったのかよ。というかそれ以前の問題だっつの」

 

本当にこいつは……これが自分のライバルだと認めたくなくなってきた……だが認めなければ自分の闘争心に火を付ける事は出来ない。そうだ、自分はこいつの強さを嫌という程に知っている……認めろ、その上で踏み越える。

 

「イクノ、お前も出ねぇか―――レジェンドレース」

「私が、ですか?しかしすでに予選は」

「俺の推薦枠は幅広でな、まだ余裕があるんだ」

 

その上で最大のライバルも呼び寄せて自らを追い込む、最大と最強、その二つのライバルが自分の対戦相手になる。考えるだけでも身体が武者震いを起こしてしまう。

 

「嬉しい限りですね、そんな舞台に招待してくださるとは……是非お願いしたいですね」

「上等だ。レジェンドレースの名に相応しい面子になれそうだな」

「ふふん、イクノさんまでとは纏めて借りを返せるチャンスじゃないですか」

「借金漬けにしてやるから覚悟しとけ」

「貴方に貢げるとかご褒美ですか?」

「死ねよお前」

「フローラさんらしいですね」

 

なんだかんだで完全に同期の三人、その間には冷たくありながらも何処か温かみのある不思議な空気が流れていた。



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458話

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トレセン学園に存在するチームにはそれぞれ特色がある。リギルならば理論的且つ合理的な計画に基づいた指導、スピカはウマ娘個人に合わせて当人の特色を生かす指導。それぞれがトレーナーが得意とするやり方を主軸にするのが基本。

 

「後1週、ラスト直線までスピードを落とさず上げずでラストは全力スパート~」

 

そんな中でカノープスの特色たる基礎重視を引き継いでいるプレアデス、今年加入したスペ達も此処まで基礎を重視するには驚いていたがその結果は授業でも現れるので文句一つ言わない。他の友達はこんな応用を教わったという話をするが自分達は自分たちと割り切って毎日基礎トレーニングを行い続けている。

 

「それにしても、本当によくもまあマヤがこんな地味な基礎練習をやり続けてくれるもんだ」

 

本職のトレーナーですら思わず呟いてしまう程にプレアデスの練習は正しく基礎練習が中心になっている。応用をしない訳ではない毎日確りと基礎をやってから取り組むのが基本。

 

「まあそこは上手い事口八丁手八丁なんとやらよ。その基礎練続けた末の結果が此処と安田記念三

連覇という結果にも現れてる訳だし」

「ぐぅの音も出ないなこればっかりは」

「正しく論より証拠、だね」

 

今日も今日とて地味だが大切な事の積み重ね、最終的な場面で頼る事が出来るのは応用などではなく積み重ね続けて来た自力のみ。

 

「そういえばさ、ランページさんって解説者として呼ばれる事って今はないのかい?」

「解説者?偶に依頼は来るけどこっち優先してるな、そういう時は大体斉藤さんに流してる」

 

過去に解説者として席に座った事は有るが、それでもランページとしては優先順位は極めて低い。それこそ自分が戦った事がある相手が居なければ座る事は無いだろうしやる位だったらチームの事を優先する。

 

「ンでなんでそんな事聞くんよ」

「いやもう直ぐジャパンカップとチャンピオンズカップがあるからもしかしたら君に解説者として仕事があるのかなって」

「来てたけど俺は出る気ないな、チャンピオンズカップの方は出るかもしれんけど」

「何でそっちなんだよ」

「リンクスの奴が来るからな」

 

現在も現役続行中のアームドリンクスだが、いい加減にラストランを考えているらしくその舞台は日本にしようと思っているらしい。その為に既に来日済みでその事を連絡してきている。まあ本当の目的は他にあるのだろうが……。

 

「ジャパンカップだって結構なメンバーが出るんだろ、ランページ的に大本命っている?」

「俺的?そうだなぁ……」

 

天皇賞の運命を乗り越えた上でブライアンとの勝負に燃えるハヤヒデ、そんなハヤヒデにリベンジを目指すチケットにタイシン、天皇賞の勢いのままでG1連勝を狙うネイチャに初G1を目指して自身の強化のためにサンデーサイレンスに頼んで走り込みを続けているタンホイザと有望株は多い。

 

「いや、敢えて言及は避けておく。誰が勝ったとしても可笑しくはない、俺としては面白いレースを見せてくれればそれだけで満足だ。それに俺も自分の事に集中せんといけないからな」

「南坂さんとのメニュー、僕も見せて貰ったけどよくもあんなのこなせるよね」

「伊達や酔狂で担当トレーナーと担当ウマ娘の関係だった訳じゃねえって事よ」

 

今はプレアデスの練習を見ているが、この後は南坂の下でのメニューが待っている。流石にずっと二人に任せっきりというのも悪いので暇を見てチームの事もやっている。

 

「正直言ってキチぃけどよ……俺のラストレースになるかもしれねぇからな」

「ラスト……」

「まっそれはプレアデスの活躍次第だけどな。んっ時間か、悪いあと頼むわ!!」

「いってらっしゃい」

 

坂原が手を振ってランページを見送る中で上水流トレーナーは走っている皆を見た。

 

「次出れるかは俺達次第……って事か。目指してみます?ランページが偶にレジェンドレースに出れる位には」

「さて、それがどのぐらいかは分からないけどサブトレーナーとしては良い目標かもしれないね」

 

 

「悪い待たせたな南ちゃん」

「いえ時間どおりです」

 

カノープスが練習が行っている場面に顔を出す、こうしているとまだカノープスのサブトレーナーだったころを思い出すようだ……。

 

「さて本日も現役時代を感じて貰います」

「つうことはイクノやフローラとかか?イクノは兎も角フローラは勘弁してほしいんだけどなぁ……いやまあアイツほど俺に食い下がれる奴はいないけどさ」

「いえ違います、イクノさんはターボさんと走り込みに出てますしフローラさんはテイオーさんと出てますので不在でした」

「えっんじゃ誰?」

「私~!!」

 

誰なんだと思っていたら南坂の後ろから一人のウマ娘が顔を覗かせた。純白の白い髪には見覚えがある、そう彼女は―――

 

「リンクス!?お前、如何してトレセン学園にいるんだよ!?」

「チャンピオンズカップに出る為に来日したんだよ~今回こそレディとダイナに勝つ為に」

「はい、いいタイミングでリンクスさんが来日されましたので折角なのでトレセン学園に滞在しながらランページさんの御相手もお願い出来ないかと頼みましたら二つ返事を返して頂けまして」

 

という訳でランページの相手をしてくれるのは現役時代に対戦経験のあるアームドリンクスであった。海外ウマ娘としてはかなりの強豪である彼女ならば不足はないしリンクスとしても滞在中のトレーニングとしてもメリットだらけなのでトレーナーからの許可も下りているとの事。

 

「そしてもう一人」

「えっまだいんの?」

「私だよ、お姉様」

 

もう一人、南坂の後ろから姿を見せてくれた。それは愛しの妹であるライスシャワーだった。

 

「おおおおおおっっライスゥゥゥゥ~!!!メルボルンカップではよくぞ勝った~!!流石我が妹~!!」

「わわわっ!?も、もう御姉様ったら~……でも有難う~」

 

ライスの登場に一気にテンションが上がったのか思わず彼女を抱き上げてくるくると回る。少しだけ恥ずかしそうにしながらもライスはランページが自分の勝利を祝福してくれている事を素直に嬉しく思っているのか笑顔を作っている。そんな反応にランページは少しだけ驚いた、まさかライスが此処まで喜びの感情を表に出してくれるとは……。

 

「メルボルンカップの勝利が良い影響を与えてくれているようですね。先日パーマーさんと一緒に帰国しまして、ライスさんも有記念に向けて鍛えたいと仰ったので折角なのでランページさんとのメニューにお誘いしました」

「ナイスだ南ちゃん!!ライスさえいれば全盛期を越える事も夢じゃねえな!!」

「本当にランページはライス大好きだね~ライスもランページ大好きだもんね~」

「……うん、ライスお姉様の事大大大好き、だよ」

 

少しだけ恥ずかしそうにしながらもそっと寄りかかるようにしてくるライスの破壊力はえげつなかったのか思わず膝をついてしまう程にランページに効果的だった。そんな姿に南坂はいざという時はライスを溺愛する姿はフローラと変わらないぞ、と言う事を決めたのであった。

 

「よし二人とも、気合入れて走るぞ!!」

「おっ~!!フロム公認配信者気合入れま~す!!」

「ラ、ライスも頑張るぞ~……!!」




ライス は 少しだけ自己肯定感が上がった!!
ランページ には 効果抜群だ!!


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459話

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イクノとフローラという二人に変わって南坂が用意したランページの特訓メニューのパートナーを引き受けてくれたリンクスとライス。戦友と妹、この二人の協力があれば千人力と言わんばかりに既にボルテージは上がりっぱなし。

 

「やっぱり早いね~ランページ!!私も負けないから!」

「ライスも、負けないよお姉様!!」

「だったら俺も気合入れないとなぁ!!」

 

ステイヤー気質なライスだが、ランページが出走するのは2400の中距離部門なのでライスとして得意な長距離に近い感覚で挑めるのもあってランページに肉薄する事が出来ている。スタミナに優れているのでランページの大逃げにも対応可能なのも大きい。そんなライスを越えるレベルでランページと並んでいるリンクス、レディとダイナに勝つと公言していたのも頷けるほどの脚で迫れるのでチャンピオンズカップではあの二人も苦戦するのでは、とランページは思うしかない。

 

「ハッあの二人に勝つならついでに俺に勝とうってか、だったらこの暴君を破ってみろってんだ!!」

「その為に日本に来てるんだよ、貴方の意識を真っ白に染めてあげるよ!!」

「なら、ライスは黒く染めてあげる!!」

「いいねぇ、来やがれってんだ!!」

 

白いイレギュラーと漆黒のステイヤー、正反対の二人が自分の為に力を貸してくれているという事実はより自らを研ぎ澄ませていく感覚を強めていく。予想通りにこの二人に頼んで正解だったと南坂は薄っすらと笑みを浮かべる。

 

「世界を相手に戦い続けるリンクスさん、世界の長距離レースの一角ともされるメルボルンカップを制したライスさんを相手に此処まで走れてしまうのですから、今年のレジェンドレースも矢張り荒れますねぇ……だからこそ面白いんですけどね」

 

 

 

「ぁぁぁぁっ~いい湯だぜ~」

 

思わずそんな声が漏れてしまっているのはランページの自宅の風呂場、メニューも一通りこなした上に仕事もキッチリと終わらせて定時帰宅して湯船に身体を浮かべている。ランページの家は基本的には何処にでもあるような一軒家が、部分部分に彼女の要望が取り入れられている。手足が存分に伸ばせてリラックス出来る程に大きな浴槽もその一つである。そんなランページを見てクスクスと笑いながらも体を洗っているウマ娘がいる。

 

「お姉様お疲れ様、やっぱり凄いよお姉様」

「ライスだってそうだろ?メルボルンカップを制してるんだ、流石俺の妹だよな~」

「えへへ……少しはライスも自信付いたみたい」

 

そう、ライスである。自分のトレーニングに付き合ってくれたお礼と称してリンクスとライスを自宅に招待した。夕食の前にまずは汗を流そうと思って一緒に風呂に入っている、リンクスはファインと色々と話していたりしているので後で入るらしい。

 

「しっかしパーマーも鼻高々だろうな、自分がサポートしたウマ娘が勝ったんだ。あいつの評価も高くなっただろうな」

「パーマーさんと山田トレーナーさんね、オーストラリアだと凄い人気だったんだよ?メルボルンカップが開催されてたレース場だと二人が抱き合って喜んでた時の写真が残されてて、観光地化してて二人とも吃驚してたの」

「たっはははは!!あいつ顔真っ赤にして驚いてたんじゃねえか?」

「うんしてた、トレーナーさんはあちゃぁ……って感じで」

 

オーストラリアの事を聞きながらも体を洗い続けているライスの事をそれとなく見て見る。こうしてみるとライスは身長が伸びているように見える、自己肯定感も付いた事で少し大人っぽくなったように見える。胸も少し大きくなってきたように見える……いかん、男の心が……と目を閉じているとライスが浴槽に入ってきた。

 

「ハフゥッ……良いお湯……」

 

簡単オグリならぬ簡単ライスというべきなのだろうか、心地よさからかそんな風になっているライスに思わず癒されてしまう。ライスのこういう所はきっと何れガンの特効薬にもなるんだろうなぁ……と考えているとライスが自分に凭れ掛かってきた。

 

「ねえお姉様」

「んっ~?」

「ライス、お姉様のこと本当に大好きだよ。オーストラリアに行ってお姉様に会えなくてやっぱりお姉様の事が大好きなんだぁって思ったの」

 

自分の胸に身を委ねたままライスはそのまま静かに語り始めた。

 

「お姉様がライスの事を妹だって言ってくれるの本当に嬉しいの、だからねライスもお姉様みたいに甘えるだけじゃなくてお姉様に相応しいウマ娘になりたいって思ったの。メルボルンカップを勝って少しはそうなれたって思ったの……だから―――ライスはお姉様の事大好きだよ」

「……やめてくれライス、嬉し過ぎて泣きそうになるから」

「えへへっお姉様ったらライスが大好きっていうと泣き虫になっちゃうね」

「大好きな妹にそう言われて泣かない姉ちゃんはいねぇって」

 

本当に嬉しいのだ。ターボが大きくなったのとは別の意味で嬉しくなってしまった、自分がライスを好きな気持ちは一方通行だと思っていたがそれがライスからも自分の事を好きだと言って貰えるとホント嬉しい……そっとライスを抱きしめる。

 

「有難うなライス……俺も大好きだぞ。愛してるよライス、これからも宜しく」

「うんお姉様……大好き」

 

ライスはそんなランページに完全に身を委ねていた。ずっとこのままでも良いとさえ思う程に心地よさがあった。そんな時にリンクスとファインがドアを開けて入ってきた。

 

「や~!!お待たせ~」

「しんゆ~ってあ~ライスさんと一緒にお風呂入ってる~!!私も入る~!!」

「あらら、二人っきりの時間も終わりだなライス」

「そうみたいだね、でも賑やかでいいよね」

「だな。ほれ、さっさと身体洗って入れ。夕飯が遅れるぞ」

「「ハ~イ!!」」

 

二人が入った事で狭くなったが何だかんだで楽し気な時間となって過ぎていった。

 

「やっぱりしんゆ~っておっぱい大きいよね!!」

「う~んこれは少し羨ましいなぁ~でもライスさんの肌もすべすべ~」

「そ、そんな事ないよ?リンクスさんだってすべすべ……ぴゃぁ!?お、お姉様急に触っちゃやだよぉっ……」

「いや肌の艶って意味だと俺以上だと思うんだよなぁライス、だからつい……ってリンクスお前は俺の胸揉んでんじゃねえ!!」

「だってそう言いつつもランページの肌のツヤも良いから……」

「お前、これがフローラだったら殴ってたぞ」

 

 

 

「―――」

「姉さん、今度は一体何だい……虚空見つめて」

「なんで私の時はエロス皆無だったのにそこだと普通にそんな事になってんだぁぁぁぁぁ!!!!」

「……ランページさんの家に家出でもするかな……」




前のシャワーシーンが全くエロくないと言われたので……。


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460話

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「……朝か」

 

携帯のアラームよりもずっと早く目が覚める、習慣は変わらない。

 

「えへへへっもう食べられないよぉ……」

「世に平穏のあらん事をぉ……性能がピーキーって話だけど、プロトタイプが量産型に負ける訳がないでしょうが、行くよぉぉぉ……」

「いやどういう夢見てんだよ……なんか混ざってるし」

 

自分のベッドに紛れ込んでいるファインはいつもの事だが今回はリンクスまでセットだった。本当にいつの間に紛れ込んで来たのか……一先ず朝食と弁当の準備をするために絡み着いて来る二人から脱出してリビングへと向かう。

 

「さてと、朝飯は……んっ?」

 

頭の中で献立を考えているとキッチンの方から何やら良い匂いがしてきた。夕食のスープの残りかと思ったが違う、何かを焼く匂いだ。ピッコロプレイヤー辺りが立っているのかな?と思って覗いているとそこには―――

 

「ふんふふ~ん♪」

 

鼻歌交じりににこやかな笑顔を浮かべながらキッチンに立っているライスが居た。自分のエプロンを使っているのか、ブカブカだがなんとか自分に合わせてキッチンに立っている光景に思わず言葉を失った。

 

「あっお姉様、おはよう。お台所借りてるね」

 

そう言いながらフライパンで野菜炒めを作っているライスが振り向きながら微笑んだ。まだ朝も早い時間帯、だが窓から入ってくる朝日に照らされている姿は天使か女神に見間違うほどに魅力的だ。三女神よりもライスの方が余程女神に見える。思わず膝を付きながらライスの手を取りながら

 

「ライス、毎日俺の為にみそ汁を作ってくれないか」

「ふえっお味噌汁?お姉様朝は和食の方が好きだった?」

「あっいや、悪いちょっと寝ぼけてただけだ」

 

プロポーズ紛いの事をしてしまった。幸運な事にライスにとっては何のことか分からないのか耳をくるくるとまわしながらも此方を見ているだけ。だがこれで受け入れられたら恐らく自分は全力でライスを嫁にしたのだろうか……いやするだろうなという不思議な確信がそこにあった。

 

「にしてもライス、お前も早起きだなぁ。俺も早い方だが俺より早いとか」

「えへへっ早朝に起きてランニングに行ってたの、それでお泊りさせて貰ったんだから朝御飯作ったらお姉様たち喜ぶんじゃないかなぁって思って」

「くぅっ~本当にいい子だよこの子は……ライスはいいお嫁さんになるなぁ」

「えへへっねえお姉様、オムレツ作るんだけど卵は何個が良い?」

「そうだなぁ……古めの卵が残ってるしリンクスとかも来てるからいっその事全部やっちまうか」

 

その後はライスと一緒にキッチンに立って朝食と弁当まで一緒に仲良く作った、そしてその日のお昼はライスと一緒に仲良くお弁当を食べさせあいっこまでしたりしたランページであった。その結果―――

 

「らぁぁぁぁぁっ!!!」

「負けません!!」

「ぬおおおおお!!!」

 

リンクス、イクノ、そしてフローラの三人と共に行った模擬レース。一時的にランページの精神の状態を調べる為に現状出せるライバルを揃えた状態、これを見てこれからのメニューを決定する予定だったのだが……そこでランページはとんでもない大逃げを披露してみせる。

 

「こ、このペースってレジェンドレースの時のペース!?」

「なんという、超絶ハイペース!!?」

 

フローラとイクノですら絶句するようなハイペース、最早自らの身体の破滅すら厭わない程のハイペースを展開して二人が追い縋ろうとも振り切らんばかりの速度で駆け抜ける。唯一対応出来ているのはアームドリンクス唯一人。

 

「あははははっ!!!すっごいペースだね、こういうのも、楽しいけど!!」

「ハッテメェならそういうと思ってたよ!!」

 

この超大逃げのハイペース、普通に考えれば模擬レースでこんなことをすれば身体には大きな影響が残る、あのイクノやフローラですら振り切る。普通に考えれば最後の末脚で垂れてくるランページを捉えるのが上策。幾ら暴君ですらこんな逃げならばラストは脚が鈍る筈、だがリンクスは同じステージへと上がった。

 

「アームドリンクス貴方何やってるの!?そんなペースに付き合ったら脚に相当なダメージが入ってチャンピオンズカップに出られなくなるかもしれないのよ!?」

 

思わず、それを見に来ていた東条トレーナーが声を上げてしまった。当然だ、トレーナーならば暴走紛いの超ハイペースに付き合うなんて見逃せる訳がないのだ。中央トレセンのトレーナーとして、彼女に怪我をさせる訳にはいかないのだと、その思いは届いていた。だが―――

 

「へぇそうだよね、こんな走りだもんね―――でそれが何か問題?」

 

届いていたとしてもリンクスは走りを変えない。ランページに勝負を挑むのをやめない。模擬レースなのは重々承知、正式なレースではなくただの練習の一部、それなのにこんな走りをするか?するに決まっているじゃないか、あのランページと走れるのならばどんな状況だろうと全力を尽くして勝ちに行くのが自分だ。

 

「あはははっ楽しいね、楽しいよねランページ!!」

「ああそうだな!!さあ上げるぜ!!」

「望む所ぉ~!!」

 

模擬レースどころか本番のレースでもあり得ないような展開に皆が驚く中で南坂だけは笑っていた。そうだ、これでいいんだ。ランページのボルテージは順調に燃え上がっている、燻っていた炎は既に燃え盛る業火へと変貌を始めている。

 

「完璧に仕上がり始めていますね、これならレジェンドレースには全盛期を越えた状態で臨めるでしょう……さてと、私達も始めますかタンホイザさん」

「はっはい!!宜しくお願い致します!!」



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461話

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ランページが全盛期を越えつつある裏で一人のウマ娘は着実に力を蓄え続けていた。これまでG1レースに幾度も出走するも後一歩で手が届かなかったり、目の前で悔しい思いをしてきたがその都度に次こそは勝ってみせるという思いが燃え上がり続けていた。決して努力をやめるつもりはない、自分の走りは絶対に強いのだという思いもある、後は……ほんの僅かな勇気と自信を持つだけで彼女はG1を制覇出来るんだと担当トレーナーである南坂は思っている。

 

「うぬぬぬ~ん……マチタンライジングフォームはあと少しで進化できる気配があるんですけどねぇ……経験値の他に何か条件が足りてないんですかね?」

「ターボさんのスタートダッシュ、ネイチャさんのロングスパート、イクノさんのペース管理、様々な走法の美味しい所取りをしているのがタンホイザさんの走りですからね、何か自分だけの何かを物にする事が必要なのかもしれませんね」

 

実際、南坂はタンホイザ程器用なウマ娘もいないと思っている。此処まで様々なウマ娘の長所をミックスした上で一つの走りとして昇華させているのだから。普通こんな事したら本来の走りがぐちゃぐちゃになるか、逆に振り回されてしまう筈なのに。

 

「実際問題、テメェは随分と器用だぞ。そのうえで自分のスキルも持ってんだ、ライバルに恵まれてるってのも考えもんだな」

 

そう言いながらも草加せんべいをバリバリと食べているサンデーサイレンス、タンホイザのスペシャルトレーナーを務めて貰っており、その際には本気で追い回して貰って意図的に外部から強いプレッシャーを掛ける事でタンホイザのリミッターを一時的に外している。恐怖から逃げる、これほどに走る時に力を発揮出来る物もない。

 

「サンデーさんもすいません、色々お世話になってるのにG1に勝ててなくて……でもでも、次のジャパンカップは勝ちます!!」

「おっ言ったな?んじゃ負けたらお前お気に入りの肉まん10個奢りな」

「10個ですか!?うぬぬぬっ……」

「もしも勝ったら、俺が20個奢ってやるよ」

「何と20個ですか?!乗った~!!」

「よし交渉成立な」

 

そんな簡単に乗ってしまっていいのかなぁと南坂は苦笑いを作るのだが、あのサンデーサイレンスに此処までフレンドリーに接する事が出来るのはランページやターボを除けばタンホイザしかいない。他は如何しても敬うか恐れるかの二択、だがタンホイザは敬いつつも仲良く対応出来ている。

 

「あっそうでした、実はランページさんからも何々かを取り入れられるんじゃないかと思ってずっと研究してたんですよ」

「つってもあいつターボと同じ逃げだろ?スタートダッシュ以外位しかないしそれだとターボのと競合しちまうしなんかあったか?」

「それがあったのです!!しかも私ならば活かせるであろうそれを!!という訳ですので是非サンデーさんに聞いてほしいんです」

「ほうっ話してみろ」

「はいっ!!私の調査によりますと、ランページさんの強さはですね―――」

 

そこから自分なりの調査によって導き出したランページの強さを列挙していく、南坂から見てもよく調べられているしよく考察出来ている。カノープスという同じチームに所属していたから得られたデータではなく、他所もやろうと思えばとれるデータから導き出している。

 

「という訳でして、これなら私も行けると思うですよ。自慢じゃないですけど、私ステイヤー気質なのでスタミナとか身体の強さには自信あるので」

「面白いじゃねえか、やらせてみるか南坂よ」

「そう、ですね。分かりました、しかしタンホイザさんもよくここに辿り着きましたね……カノープスならもっといいデータありましたよ?」

「あ~いやそれも考えたんですけど、ほらっそれってトレーナーさんとランページさんの絆みたいなところあるじゃないですか。そこに踏み込むってなんか野暮っぽいし自分で一から調べてからこそ意味があるんじゃないかなぁ~って思って頑張ってました」

 

そう、此処だ。タンホイザの最も凄い所は。自分の事を最もよく理解している、極当たり前の事だが勝負の世界では自分よりも相手の理解をしようとする者の方が大多数、その極地がアグネスフローラ。だがタンホイザは自分でコツコツ、地道に努力を積み重ねていく。既に楽な道がある筈なのに自分で歩いてこそ意味があると信じて一つ一つ積み重ねていく、圧倒的な才能や実力差を目の当たりにしても腐る事も嫉妬する事も悲観する事もなく歩き続ける精神性こそが最大の長所。

 

「よ~し頑張るぞ~えい、えい、むんっ!!」

 

そんな思いが積み重なっていく中で、遂にジャパンカップの日がやって来た。毎年、年を重ねていく毎に世界的にジャパンカップへの注目度は高まっていき、一部では既に凱旋門級のレースだと言われている事もあるらしい。

 

『さあ先頭を行くのはフガクヘッジホッグ、二番手にはビワハヤヒデが付いております。間もなく中盤を越えて後半戦、さあ此処で、此処で伸びて来たは凱旋門2着のサクラローレル!!ナリタブライアンの姉、ビワハヤヒデに襲い掛かっていく!!』

 

「ブライアンちゃんのお姉さん、勝負です!!」

「望む所だ、凱旋門に出た脚を見せて貰おう!!」

 

記念に先んじて凱旋門後の初の日本レースとして選ばれたジャパンカップ。あの凱旋門で僅かにフローラに敗北した脚はどこまで通用するのかと思う中で、レースはどんどんとハイペースになって行くのが分かった。最初のゆったりとしたスタートが嘘のようにどんどんペースが上がり続けている。

 

『さあ第3コーナーを回って先頭は入れ替わってビワハヤヒデ!!後ろにサクラローレルが付いている、そしてマーベラスティアラ!!ナイスネイチャも上がってきている!シャングリラクリークも迫ってきている!!ジャパンカップの牙城を崩す海外ウマ娘達は来るのか!?』

 

先頭はランページと走り続けた結果として先行逃げ切り気味になりつつあるハヤヒデとそんなペースにも平然とついていくローレル、そんなペースにロングスパートで仕掛けているネイチャ。そんな彼女たちを見ながらもひとりのウマ娘は前を塞がれているが冷静さを保ち続けていた。

 

『呆れる位に平常心だなお前……なら、今度は俺を抜いてみろ』

『へっ?追いかける、じゃなくて?』

『応、十分に追われただろうから今度は抜いてみな』

 

「あと少し、もうちょっとだけ―――よし、此処だぁっ!!」

 

『さあ第四コーナーへと入る、ビワハヤヒデが強いぞサクラローレルも必死に着いて行くがこのハイペースでもまだまだ脚色が乱れないビワハヤヒデ!!これが無敗の三冠ウマ娘の姉の力か!!さあ直線に入るぞさあ直線に入ったビワハヤヒデがまだまだ先頭、だがサクラローレルも迫ってきているぞ!凱旋門2着の力を見せ付けられるのか!?ナイスネイチャもあと3バ身!!これはこの三人で決まりか、海外ウマ娘を振り切っている、いや後ろから後ろから来ている!!これは、マチカネタンホイザ!!マチカネタンホイザが直線に入ってから猛烈な勢いで猛スパート!!これは凄い脚だ、前を塞がれていたタンホイザが一気に上がってきている!!凄い末脚だシャングリラクリーク、デザートビット、ペアーツリー、海外ウマ娘をごぼう抜き!!既にナイスネイチャを捉えて、いや越えていったぞ越えられたぞマチカネタンホイザ!!』

 

「これがマチタンフォームの究極系、アルティメットマチタンフォーム!!いっくぞぉぉぉ!!!」

 

『残り200を切った、ビワハヤヒデが逃げ切るのかローレルが差し切るか!?いやタンホイザが突っ込んできたタンホイザタンホイザ!!マチカネタンホイザが並びかけ、ずに先頭に立った!!先頭に立ったぞマチカネタンホイザ!!残り100を切って、念願の初G1まであと一歩!!あと少し、後少しでゴールイン!!マチカネタンホイザ、ビワハヤヒデ、サクラローレルを捻じ伏せてジャパンカップ制覇!!2着にビワハヤヒデ、3着にサクラローレル!!4着にナイスネイチャ、チームカノープスがジャパンカップを大席巻!!これがあの暴君のいたチームの強さか、念願の初G1は世界を相手にしての勝利を手にしたぞ!!』

 

「や、やった……出来た……やったやったやったった~!!!皆私勝ったよ~!!」

 

タンホイザの笑顔は何処までも明るく、見る者を幸せにする不思議な笑顔。故に彼女のファンは多いのだ。そして彼女の勝利を待ち侘び続けていた者にとってこの時は……何よりも祝福の時だった。



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462話

活動報告に今作品についてのお知らせを掲載中です。

ご興味があるから下記のURLからどうぞ。
今話で募集は締め切らせていただきますのでご了承ください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=310122&uid=11127


『マチカネタンホイザ、念願の初G1はジャパンカップ!!』

『大器晩成、カノープスに満面の笑み!!』

 

「ンで肝心の満開満月は笑顔で肉まんを食いまくってるか」

 

新聞を見ているランページを他所に美味しそうに肉まんを頬張っている件のウマ娘マチカネタンホイザ。初G1がジャパンカップというフローラと同じ勝利を挙げたウマ娘、そんな彼女はサンデーサイレンスに勝ったら肉まんを奢ってやるという約束通りに大量の肉まんを一緒に買ったのか仲良く食べている。

 

「うめぇじゃねえかこの野郎!?何だこの肉まん、滅茶苦茶うめぇのに全然飽きねぇじゃねえかこの野郎!!」

「でしょでしょ!?ここの肉まんは本当に絶品なんですぅ~何時も人気で一つ買うのも大変なのにサンデーさんが予約入れてくれたお陰でいっぱい食べられて幸せですぅ~♪」

「ンでその肉まんは独り占めとかしなくて良かったんか」

 

この肉まん。ランページも贔屓にしている商店街の精肉店が作っている肉まんで日によって使っている肉が変わって味わいも変わる変わり種で大人気商品。普段は個数限定販売なのだが、今回はサンデーが肉屋の店主に直接交渉して大量に作って貰ったらしい。20個という約束だった筈なのに、カノープス全員でバカ食いしても全くなくならないレベルに大量にある。肉好きのサンデーも一心不乱に喰いつくレベル。

 

「だってだって、皆で分けっこして食べたら更に美味しいじゃないですか!!20個だって皆で分けて食べるつもりでしたし」

「ターボもこの肉まん大好き~!!」

「いやぁやっぱりこの肉まん最高だよねぇ~ジューシー加減と味付けが絶妙なのに肉汁がたっぷりなのに量食べても全然くどくならないからねぇ。やっぱりあのおっちゃん、昔中華料理店の副料理長って噂はマジかもね」

「ムゥッ……これはカロリーオーバーですがこの後のメニューを変更する必要がありますね」

「本当にこの肉まん美味しいよう~!!」

「ホント、美味しい……!!」

「チヨさんとバクシンオーさんもお呼びしたいぐらいです」

 

カノープスメンバーが舌鼓を打ち続ける中でランページは新聞を読み続けている。矢張りタンホイザの勝利を大きく取り上げるものばかりだが、本格的に年末へのG1への期待感を煽ろうとしている記事も見受けられるものが妙に多い気がする……。

 

「こりゃURAが情報操作仕掛けてやがんな」

「じょ~ほふ~ほうは?なんふぇ?」

「口の中のモンちゃんと飲み込んでから「―――飲んだ!!」ちゃんと噛めよ……ほれ見て見ろよ、有の期待を煽る記事ばっか」

「でもさ先輩、それって毎年恒例じゃない?」

 

チケットの言葉にほぼ全員が同意した。年末に近づけば自然に日本最大のG1レースに注目が集まるしその果ての夢のレースであるドリームトロフィーリーグへの期待を煽ろうとする者は増えていく。風物詩である筈のそれが情報操作とは言い難い。

 

「考えて見ろ、まだジャパンカップが終わったばっかだ。その前にジュべナイルやフューチュリティステークス、チャンピオンズカップだって残ってんのに如何してそっちよりも有とかを優先する必要があるんだよ。チャンピオンズカップにはレディとダイナっつう日本のダート界を引っ張ってる大怪物とリンクスの対決ってメインイベントもあるのに」

「言われてみれば……」

「理由は簡単明白ですよ。URAがメインイベントに据えたいであろうその二つのレースに出てほしかったウマ娘が揃ってレジェンドレースに参加してしまってるせいです」

 

納得の理由だ。日本の皇帝シンボリルドルフ、メジロの至宝メジロラモーヌ、ターフの演出家ミスターシービー。ドリームトロフィーリーグで覇を競い続けていた三冠ウマ娘達はレジェンドレースへの出走を表明している、レジェンドレースからのスケジュールを考えれば其方は出ないのが普通。

 

「私は体調次第ではありますが出ますが?」

「そりゃお前だけだ」

 

鉄の貴婦人はレジェンドレース後のコンディション次第ではドリームトロフィーリーグにも出る気満々な辺り流石としか言いようがない。

 

「BCを制したテイオーさんとターボさんも一緒にレジェンドレースに出走してしまいますからね、ハッキリ言ってドリームトロフィーリーグの盛り上がりは例年に比べてかなり劣るのは目に見えてますから何とかして無敗の三冠たるブライアンさんと凱旋門2着のローレルさんの対決を煽って集客を図ろうとしているんでしょう」

「だからって今からこんな載せるか普通、つうかこんな事しなくたってどうせ有なんて人集まるに決まってるようなレースじゃねえか」

「それでも、URAが計算していたよりは少なくなるでしょうから何とかしようとしてるんじゃないですかねぇ……捕らぬ狸の皮算用という奴です」

 

ブライアン対ローレル、それに加えてハヤヒデとの姉妹対決、テイオーとターボのBC制覇コンビが一堂に会するという一大イベントを逃したという認識が余りにも強いのだろう。

「まあ2年目の開催の癖に今年は前年超えるレベルに頭可笑しいメンツが揃うからなぁ……」

「会長さんにラモーヌ副会長にシービーさん、それにテイオーにターボ、フローラにイクノ、海外からはシルバーストーン、とどめにラン……分かってるだけでとんでもないってのが分かるね」

「俺も忘れんなよ?」

「あっそっか、サンデーさんもか」

「アンタの参加を本格に認めたせいで海外からも大量に来たんだけどな」

 

どっかで聞いた事があるような名前から冗談抜きにやばい面子まで多種多様。自分が作りたかったレジェンドレースってこんなんだったっけ……?と自問自答しなかった日はない。

 

「というか、今回はTTGの皆さんが来ねぇ代わりにルドルフ会長関連で参加表明したのもいるからマジで大変なんだよ。あの会長シャレも寒いし面倒な事起こしすぎだろ」

「ランにそれ言われたらおしまいってターボ思うよ」

「兎も角、2回目のパーティ開くのが怖くなってきたわ……チャンピオンズカップ前に何でこんな憂鬱な気分にならなきゃいけんのだ……」

 

と大きな大きな溜息を吐いているとカノープスの部室の扉が開けられて客がやって来た。それはチャンピオンズカップでの最強の海外ウマ娘と評されているリンクスとファインであった。

 

「ラン~練習付き合って~!!」

「しんゆ~走ってる所見せて~!!」

「あ~はいはい……俺も俺の練習するかぁ……」

 

そんな風に引っ張られていくランページを見送りながらも南坂はリンクスに手を振った。ジャパンカップに引き続いて行われるチャンピオンズカップ、一体どんな戦いになるのか……楽しみでしょうがない。



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