俺以外の登場人物が強くてニューゲーム状態で始まる魔法少女モノ。 (ヤンデレ大好きマン)
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大体100日後にメチャクチャになる世界
位置について、よ〜いどん!


 

 雨が降っていた。

 台風の影響で強い風が吹いているため、傘を刺すことすらままならない。

 そんな状況下で登校は出来ないため、小学校は休みになった。

 しかし、俺は今、外に出ている。

 

「うわっ、川の水がめちゃくちゃ増えてる。すげ〜」

 

 台風がもたらしたのは一風変わった非日常。

 好奇心が抑えきれなかった俺は親の静止を聞かずに探検に向かった。

 特別な環境下に置かれていると、いつもは行かないような所に向かいたくなる。

 長靴とカッパを装備している俺は人気のない道をひたすらに駆け回った。

 

「はしゃぎすぎた〜。お腹減ったし、イートインでご飯食べよ」

 

 何も考えずに無我夢中で走っていると、当たり前ではあるが体力が尽きる。

 お腹も減ったため、休憩がてらにコンビニで昼食を取ることにした。

 レインコートを脱いだ俺は店内に入る。

 おにぎりとお茶、そしてお気に入りのブリトーを手に取った俺はレジに向かい、手早く会計を済ませた。

 

「…………」

 

 イートインに向かおうとすると、こちらをじっと見つめる端正な顔立ちの少女と目が合う。

 人間離れした銀色の髪に菫色の瞳。

 そして、陶器のように白い肌を持つ彼女は一切の感情が抜け落ちているような表情をしていた。

 勿論、面識なんてない。

 

「なんだよ、何見てんだよ。これが欲しいのか?絶対にやらないぞ!」

 

 買った商品を守るように抱えた俺はイートインの席に座る。

 おにぎりやブリトーを食べ始めると、銀髪の女はわざわざ隣に座って、また俺の顔を見つめてきた。

 またもや無表情。

 俺はだんだん不気味に思えてきた。

 もしかしたら、こいつは幽霊なんじゃないかと思い始めてきたからだ。

 

「こっちみんな!」

 

 ご飯を食べ終えた俺はコンビニを出て、レインコートを着る。

 すると、銀髪女も店を出た。

 

「ついてくんな!」

 

 俺は走り出す。

 依然として雨が降っていたし、風も吹いていたが、どうでも良かった。

 俺はただ銀髪女から離れたかったのだ。

 それでも、銀髪女はついてくる。

 雨具すら使用せずに。

 

「どっかいけよおおおお!」

 

 そう叫んだ瞬間、体が浮遊感を覚える。

 転んだ、と認識した俺は顔を水溜まりにぶち込んだ。

 濁った水が口の中に入る。

 気持ち悪くて吐きそうだ。

 

「……大丈夫?」

 

 銀髪女が声をかけてくる。

 よく見ると、こいつは濡れていない。 

 傘とか刺してないし、カッパも着ていないのに。

 情けなさと訳のわからなさで心の中がいっぱいになって、防波堤は呆気なく決壊した。

 

「お前のせいだろうがあああああ!!」

 

 俺は泣いた。

 脇目も振らずにわんわんと。

 地面にへたり込んだせいで下半身がべちゃべちゃになったが、もうどうでも良かった。

 

「変身」

 

 銀髪女は高そうな紫色の宝石がついたステッキを天に掲げる。

 刹那、銀髪女の体が激しく発光する。

 眩しさに耐えられなかった俺は瞼を閉じた。

 

「え……?」

 

 ゆっくりと目を開けた俺の口をついて出たのは声にならない声。

 理解が追いつかなかった。

 目の前で屹立している銀髪女が、魔法少女のようなドレスを身に纏っていたのだ。

 杖と同種の宝石が胸の辺りについている紫色のドレス。

 フリフリしている子供っぽいものではなく、所々にレースがあしらわれた大人っぽいドレスは銀髪女のミステリアスな雰囲気と合致していて……なんていうか、とても綺麗だった。  

 

「私のこと、()()()ちゃんと見ててね。アキラ」

 

 何故、俺の名前を知っているのか。

 そんな瑣末な疑問はすぐに吹き飛んだ。

 銀髪女が空に向かって手をかざす。

 すると、瞬く間に雨が上がり、風が止んで、雨雲が消え失せた。

 青い空が顔を見せて、太陽が燦々と輝き、七色のアーチが姿を現す。

 その情景は幻想的で神秘的で……まるで、魔法のような。

 

「…………」

 

 一言も喋らずにこちらの様子を伺う銀髪女は、相変わらず無表情だ。

 全く表情の変化を見せないこいつと相反して、俺は震えた。

 感動で全身がわなないている。

 台風とか雪とか、そんなチープな物では味わうことの出来ない非日常がすぐ側にある。

 魔法や奇跡は空想上の産物などではなく、現実に確かに存在しているのだ。

 

「頼みが、ある」

 

「いいよ。魔法を教える。でも、その代わりに私のお願いを一つ、聞いてもらう」

 

 俺の言いたいことなんてお見通しか。

 ()()()()()()()人間の心を読む、それもきっと魔法の力によるものなのだろう。

 俺は魔法が使いたい。

 こいつに師事したいのだ。

 そのためならなんでもする。

 どんな願いでも聞き入れる。

 覚悟は既に決めていた。

 

「何があっても、私とずっと一緒にいて」

 

 勝ちを確信したような、意地の悪い笑みを口元に浮かべた銀髪女は俺の元に歩み寄ってくる。

 次いで、驚くほど柔らかな唇の感触が俺を襲う。

 ……俺はキスされたのだ。

 初対面であるこいつに。

 

 これが、俺と紫村(しむら)蘭世(らんぜ)の出会いだった。

 俺はまだ知らない。

 こいつだけではなく、これから出逢う少女全てが……俺と世界を救うために戦った記憶を有していることを。

 

()()離さないから」

 

 しかし、彼女たちが有する記憶は共通のものではなく……一人一人によって異なる、個別の記憶。

 だが、経緯は違えど、記憶の最後はどれも同じ。

 何らかの理由で俺が死ぬバッドエンド。

 

()()()()には絶対に渡さない」

 

 少女達は願う。

 俺と共に輝かしい人生を歩むハッピーエンドを。

 そして、少女達は抱く。

 記憶の中で共に戦った魔法少女も、敵対して殺し合った魔法少女も……その全てを排してまで、俺を手に入れたいという屈折した愛情を。

 

 

「感謝する。君たちのおかげで混沌を是とする悪は潰えた」

 

 穢れのない純白の羽を持つ、天使様が私たち二人の前に現れる。

 彼女の側には紫色のドレスを着た魔法少女の死体が転がっている。

 私達が……殺したのだ。

 自らが望む未来を実現するために。

 世界に秩序をもたらすために。

 

「神に反旗を翻した愚かな魔法少女共が死に、今やこの世界は新たな秩序を渇望する人間の希望で満ち満ちている」

 

 ごくり、と生唾を飲む音が隣から聞こえる。

 何かを考え込んでいるのか、アキラくんは深刻そうな表情を浮かべていた。

 

「しかし、混沌の勢力の手の者によって、秩序を司る我が神は消滅してしまった。このままでは世界を再構築することは叶わない」

 

 彼が何を考えているのか。

 私には分かる。

 きっと覚悟を決めているのだ。

 

「そこで……誉れ高き救世主である君達二人のどちらかに殉教者になって貰いたい。肉の器を捨てて、存在を昇華させる事でこの世界の新たな秩序を司る【神】として降臨して頂きたいのです」

 

 この時が遂に訪れてしまった。

 もう後戻りはできない。

 迷いも憂いもある。

 だけど、私達の答えは既に決まっていた。

 

「俺が神になります」

 

 アキラくんがそう告げる。

 私は彼の姿を直視することが出来ない。

 ぽんと頭の上に手が置かれる。

 数多の戦いによって、ひび割れた10代の少年らしくないごつごつとした手。

 私の想い人である大川アキラくんの手だ。

 

「人は愚かだよな。どいつもこいつも自分のことばっかで、他人の苦しみには目も向けない」

 

 何故、こんな事になってしまったのだろうか。

 私はみんなが笑顔になれる平和な世界を望んでいただけなのに。

 

「俺も同じだ。見ず知らずの人を救うために命を賭けるなんて俺にはできねー。ここまで戦ってこれたのも、全部自分の欲求を満たすためだ」

 

 本当にこの選択しか無かったのだろうか。

 彼を死なせる以外の方法は存在しないのか。

 

「でも、お前は違う。俺と違って、本当に心から他人を慮れるお前なら……混沌が蔓延る世界で迷う人々の道標になれる筈だ」

 

 仮に……もしも、私がもっと自分の欲望に忠実になれたのなら。

 天使様の言葉通りに行動せず、自分の脳みそで考えて、最善の行動が取れていたのなら……。

 

「だから、(ひじり)。後は頼む」

 

 大好きなアキラくんと一緒に生きる。

 最良の未来が掴み取れたのではないか。

 ありもしない妄想に思いを馳せると、胸が苦しくなって、目から涙がこぼれ落ちそうになる。

 

「うん。私に任せて」

 

 でも、私は泣かない。

 別れる時は笑顔で。

 そう決めたから。

 

「それでは再臨の儀を始めます」

 

 頭からアキラくんの手が離れる。

 私に向かってニコッと笑った彼の体は……僅かに震えていた。

 それを見た……見てしまった私の心の中でパリン、と何かが壊れた音がした。

 天使様が発した光にアキラくんの体が包み込まれていく。

  

「まって……」

 

 手を伸ばす。

 しかし、私の手が彼に届くことは無かった。

 

「行かないでっ!」

 

 ぎしっとベッドが軋む音がする。

 瞼を開けると、自室の天井が見えた。

 

「あ……れ?」

 

 周囲を見渡す。

 天使様もアキラくんも何処にもいない。

 真っ白な壁紙に書いてあるラクガキ、お気に入りの書籍が詰まった本棚、そして、少し前まで愛有していた勉強机……。

 何処からどう見ても、ここは私の部屋だ。

 それも()()()()になる前の。

 

 ベットから起き上がった私はカーテンを開ける。

 激しい雨が降っていた。

 風も強い……台風でも来ているのだろうか。

 

「全部、夢?」

 

 それにしてはリアリティがあるというか、あの時の記憶は全て覚えている。

 違和感があるのは寧ろ、今の状況。

 思案に耽る内に、一つの可能性に辿り着いた。

 卓上の電子時計を確認する。

 2022年12月1日。

 私とアキラくんが混沌の勢力に与する全ての魔法少女を打ち滅ぼした日からぴったり3年。

 間違いない。

 時間が……逆行している。

 

 

 いつの間にか、雨は止んでいた。

 学校は休校のままで、何も用事がないのに外に出たのは、どうしても落ち着かなかったから。

 アキラくんと共に歩んできた3年間。

 それが、あっという間に消えてなくなった。

 まるで、プレイ途中のゲームをセーブせずにぶつ切りしたみたいに。

 けど、不思議と嫌な気分にはならなかった。

 今の状況は混沌を是とする魔法少女を滅した自分へのご褒美であると、私は解釈したから。

 私はアキラくんを犠牲にして得られる平和なんて望まない。

 せっかく、時間が巻き戻ったのだ。

 今から出来ることを探して、どんな手段を用いてでも、彼と共に歩む未来を掴み取りたい。

 

 あと、3ヶ月後に世界はめちゃくちゃになる。

 これはどう足掻いても避けようがない運命。

 悪魔が地球に現れ、世界中が混乱に陥る日に私とアキラくんは出逢う。

 彼がどこに住んでいるのか、私は知らない。

 つまり、今の私がアキラくんと会う方法はない。

 遮二無二に探しても彼が見つかるとは到底思えないが、それ以外に出来ることは……。

 

「え……?」

 

 私は自分の目を疑った。

 カッパを着た短い黒髪の少年。

 アキラくんが、いきなり目の前に現れたのだ。

 見間違いではない。

 夢でも幻でもない。

 正に、これこそが運命……。

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 今までに出したことがないくらい低い声が出た。

 アキラくんが女の子と手を握っている。

 その少女は長い銀髪を三つ編みにしており、菫色のジトッとした瞳を持ち、人形のように無機質な佇まいをしている……私達二人の最大の敵。

 秩序ある平和な世界を作るために、この手で殺した混沌勢力の魔法少女。

 紫村(しむら)蘭世(らんぜ)、その人だった。

 




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先着一名様につき

ギスギス成分多めかも。


 下らない夢。

 そう断じていたら、どんなに不幸だったか。

 何も知らない無垢な私に植え付けられたのは、確実に存在した別の自分の記憶。

 アキラという名の少年に助けられて、共に苦難を乗り越えていく事で信頼関係を築き……そして、最後の最後で彼が死ぬ。

 悪趣味極まりない記憶。

 目を覚ました私の枕元に置いてあったのは、記憶の中の私が愛用していたステッキ。

 玩具ではない。

 「変身」というフレーズと共にステッキを振ると、魔法少女の姿になることが出来たから。

 自らに与えられた贈り物の詳細を確認した私は変身を解除して、家を飛び出した。

 これは競争だと、瞬時に理解したから。

 先着一名限り。

 誰が先に彼を手に入れられるかの競争。

 そして、私は勝利した。

 後は害虫から守るだけ……。

 

 もうあんな思いはしたくないから、絶対に離れないし、離さない。朝起きてから夜寝るまで、一挙手一投足を監視して、私がアキラを守る。好奇心旺盛で目を離すとすぐに何処か行ってしまうアキラ。そんなアキラも愛おしいが、それでも永遠に私のそばにいるべき。記憶の中の私は自主性を重んじていた。自分とアキラの間にある信頼関係はそう易々と崩されるものではないと、悠長な考えを有していたせいで、アキラは私以外の魔法少女に誑かされた。綻びが生まれて、歯車がうまく回らなくなった。そして、私達はあんなにも凄惨な結末を迎えたのだ。だから、信用できるのは私だけって早く分からせてあげないと。どんな人よりも優しいアキラは色んな人に手を差し伸べてしまう。それは私にとって心臓を抉られるよりも辛くて痛くて苦しいこと。嫌な思いをしなくても済むように、現存する魔法少女全てを殺して、私がアキラの一番になる。そう心に誓う。秩序が無くなって、混沌が蔓延する世界でも私がアキラを守る。絶対に絶対に守るから、誰にも邪魔されない場所で二人で生きて行こうね、アキ……

 

「うわああああああああ!!!」

 

 深い眠りから目を覚ますと、昨日出会った少女の小綺麗な顔がすぐ近くにあった。

 驚きのあまり、飛び上がるように起きた俺はすぐに布団から脱出する。

 

「んう……アキラ、うるさい……」

 

「お、おまっ、お前っ!なんで俺の家に……俺のベットの中にいるんだよ!」

 

 眠りまなこを擦りながら、昨日出会ったばかりの少女……紫村(しむら)蘭世(らんぜ)は起き上がる。

 

「ずっと一緒にいるって約束したでしょ?」

 

 俺の言葉が理解できない、とでも言いたげに首をこてんと傾げた蘭世はそう呟いた。

 何も言えない。

 ここで反論してこいつの機嫌を損ねる訳にはいかないから。

 俺は何が何でも魔法を使ってみたいのだ。

 

「お前の親は何も言わないのかよ」

 

「あの人達は私が何処に居ようと全く気にも留めないから、大丈夫」

 

「……ごめん」

 

 センシティブな場所に触れてしまった。

 申し訳なさで黙り込んだため、俺たちの間には気まずい沈黙が流れる。

 

「お腹すいた。朝ごはん食べよう。アキラ」

 

 気まずい沈黙と言ったが、どうやら気まずさを感じていたのは俺だけだったらしい。

 ふわぁと欠伸をした蘭世は俺の部屋を出て、階段を降りていった……。

 

「いっぱい食べてね。蘭世ちゃん」

 

「こんなに可愛い女の子が我が息子の彼女だなんて、父さん泣きそうだよ」

 

「おいしい」

 

 もしかしたら、これは悪い夢なのかもしれない……という淡い期待を胸に抱きながらリビングに向かうと、俺の両親と蘭世が食卓を囲んでいた。

 

「なんでお前らは何も疑問を抱かずに、こいつと仲良く談笑しながら朝ごはんを食べてんだよ!」

 

「どうしたんだ、いきなり叫んで」

 

「声量を落としなさい。ご近所さんに迷惑でしょ」

 

「不思議」

 

 不満を露わにした俺を見る両親と蘭世は揃いも揃って、こてんと首を傾げる。

 さっきからなんなんだその動作は。

 見ていると無性にイライラしてくるので、俺の前で二度とやらないで欲しい。

 

「昨日の夜、消灯する時点で、この女の子は家にいなかったよな?」

 

「ああ、居なかったな。家にいたのは俺と母さんとお前の三人だけだった」

 

「その状態で、家の鍵を閉めたよな」

 

「閉めたわ」

 

「そこまで分かってて、なんでこいつがナチュラルに家にいることに対して何も疑問を抱かないんだよ。どうやって家に入ったのかは分からないけど、不法侵入してるんだぞ、こいつは!」

 

 俺の主張を聞いて、キョトンとした表情を浮かべる両親は顔を見合わせる。

 少しの間、リビングが静寂に包まれると、父さんは分かりやすくため息を吐いた。

 

「あ〜あ。父さんと母さんは気を使って口に出さなかったのに。そんなの俺たち二人が寝静まったのを確認したお前が蘭世ちゃんをこっそり家に連れ込んで夜な夜な二人であんなことやこんなことを……」

 

「する、わけ、ねぇだろ!俺はまだ小学生だぞ!」

 

 地団駄を踏む。

 すると、両親は冗談だよ、と言って笑った。

 このセクハラジジイと脳内お花畑ババアめ。

 そもそも、俺と蘭世は付き合ってないし。

 昨日会って喋ってキスしただけの間柄だ……いや、キスをしたらそれはもう恋人判定でいいのか?

 ……小難しいことを考えるのはもうやめよう。

 これ以上こいつらのペースに乗せられていると、俺まで頭がおかしくなりそうだ。

 ランドセルを手に取った俺はテーブルの上に置かれたパンを即座に食べる。

 

「行ってきます!」

 

 流石の蘭世も学校には着いてこないだろう。

 そう考えた俺は勢い良くリビングを飛び出す。

 

「あ、おい!蘭世ちゃんを置いていくなよ!」

 

「あらまあ、そんな子に育てた覚えはないのに!」

 

「極悪非道」

 

 うるさいうるさいうるさい。

 あいつらが何と言おうが、逃げ果せれば勝ちだ。

 俺は走り出す。

 後ろを振り返らずに。

 

「今日からウチのクラスの一員となる転校生を紹介するぞ」

 

「紫村蘭世。このクラスに在籍してる大川アキラとは恋人」

 

「ええ!」

 

「やばっ!」

 

「リア充爆発しろ」

 

 もう訳が分からない。

 朝早く学校に来ていたクラスメイトに聞いて、転校生がウチのクラスに来るという情報を既に知ってはいたが、それがまさかこいつだったとは。

 どんな確率だよ。

 つーか、そもそも偶然なのか?

 これも蘭世の使う魔法の……。

 考え事をしていると、つんと肩を突かれる。

 

「……ねぇねぇアキラ。あんな可愛い子といつ恋人になったの?」

 

 横を見ると、隣の席の赤宮千夏が怪訝そうな表情を浮かべていた。

 ミディアムの赤い髪に赤い瞳。

 見た目が明るければ性格も明るい少女。

 しかし、今の彼女は明るいという言葉とは程遠い鬱屈とした雰囲気を身に纏っていた。

 

「そんなの、こっちが知りてーよ」

 

「つまり、あの子の出鱈目ってこと?」

 

「キスはした」

 

 俺と千夏の会話に蘭世が割り込んできた。

 どうやら、蘭世の席は俺の後ろらしい。

 

「……嘘」

 

 千夏の顔がどんどん青くなっていく。

 

「嘘じゃない本当。ファーストキスは泥水の味がした。そうだよね、アキラ」

 

「頼むからもう黙っててくれぇ!」

 

 クラスメイトの視線は俺たちに集まっている。

 恥ずかしいったらありゃしない。

 

「これがネットで良く見るネトラレ?」

 

「どっちかというとBSS(僕が先に好きだったのに)だと思う!」

 

「本当に小学生か、お前ら……」

 

 ヒソヒソ話も聞こえてくる。

 この様子だと、他のクラスにも噂は広がる。

 ああ、もう、マジで最悪だ。

 

「これから学校でも宜しく、アキラ」

 

「…………」

 

 こいつに師事する選択は間違いだったかもしれないと、俺は思い始めていた。

 

 ◇

 

 午前の授業が終わって、給食の時間。

 俺と千夏と蘭世の三人のグループには重苦しい空気が流れていた。

 蘭世はマイペースにご飯を食べてるし、いつも話題を振ってくれる千夏も俯き気味だ。

 仕方ない。

 ここは俺が一肌脱ぐか……。

 

「……ねぇ、アキラ。昨日、何か夢を見なかった?」

 

 ずっと黙り込んでいた千夏が、俺に問いを投げかける。

 

「いやー。見てないと思うなぁ〜」

 

「……そう」

 

「千夏は何か見たのか?」

 

「見たけど……秘密」 

 

「……蘭世は?」

 

()()、見ていない」

 

 蘭世の発言を聞いた千夏の体がびくんと震える。

 だが、それだけ。

 

「あはは〜。そっかそっか」

 

 話が広げられない。

 また、沈黙が流れる。

 ……ダメだ。俺はもう耐えられない。

 

「お手洗い、行ってくる!」

 

 そう告げた俺は席を立ち、トイレに向かう。

 時間を稼ぐためにゆっくりと廊下を歩いていると……。

 

「こんにちわ。アキラくん」

 

 セーラー服を着た灰色の髪の女の人に話しかけられた。

 俺の全身を舐め回すように見てニヤニヤ笑っており、顔はめちゃくちゃ可愛いのになんか不気味だ。

 そんな彼女の服装や見た目は明らかに小学生のものではない。

 ……恐らく、いや、ほぼ確実にこの女の人は小学校に無断で侵入した不審者だ。

 何故か知らないけど、俺の名前を知ってるし。

 絶対にヤバい人だ。

 蘭世と同じタイプの。

 

「あ、はは。こんにちは〜」

 

 即座にそう判断した俺はぎこちない笑みを浮かべながら、Uターンして教室に戻ろうとする。

 

()()()()、私のこと覚えてないんだねー」

 

 首筋に何かが当たる。

 その瞬間、意識がプツンと切れそうになる。

 

「それなら、たくさん教えてあげなきゃ。君と結ばれる運命にある、お姉さんのことを……ね」

 

 本当に今日は厄日だ……。

 ぼんやりとする頭で、自分の運の無さを心の底から呪った。




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一緒になれる幸せ

 この世界に希望なんか無いと思っていた。

 自らの欲望を抑えられない者が異形の怪物へと姿を変えて、無欲な人々を蹂躙する。

 私の父と母も奴らの手によって命を落とした。

 生きる活力なんて湧かない。

 死んだ方が楽だと、自暴自棄になっていた。

 

「死にたいって思うのは自由だと思います。でも、貴女が少しでも死にたくないって思えるのなら、俺と一緒に生きてみませんか?」

 

 そんなどうしようもない私を見つけて、手を差し伸べてくれたのはアキラくん。

 私はメンタルが弱い。

 目の前で人が死んだり、殺されたりした日にはよく泣いていた。

 すぐにうじうじして、愚痴を吐いて。

 年下の彼に沢山頼ってしまっていた。

 本当は私がしっかりしなくちゃいけないのに。

 

「灰谷さんが一緒に戦ってくれるから、俺は頑張れるんです。だから、自分なんて居なくなった方が良いなんて、悲しい事を言わないでください」

 

 アキラくんはどんな時でも私を支えてくれた。

 救いなんてないこの世界で、彼という存在が私にとっての希望だった。

 だから、私も彼の希望になりたいと願った。

 ……でも。

 

「俺はあいつの想いを無駄にはしたくない。この命が尽きるまで、悪魔を殺し続けます」

 

 幼馴染の女の子から継承された()()ステッキ、それが彼にとっての希望。

 私なんかが付け入る隙は微塵もなかった。

 悔しかった。

 苦しかった。

 ……何よりも羨ましかった。

 アキラくんの幼馴染の女の子が。

 私は醜い。

 アキラくんという存在に私が依存しているように、彼にも私に依存してほしい。

 そうして、引き返せないくらい共依存して、一緒になりたいと願っているのだから。

 

「泣かないで……ください。これは、貴女の責任じゃないです」

 

 だから、これはきっと罰だ。

 ヘマをした。

 伏兵の魔法少女の存在に気づかずに姿を晒し、狙撃されたのだ。

 そして、アキラくんは私を庇って重傷を負った。

 ずっと戦い続けてきたからこそ、分かる。

 彼はもう助からない。

 

「俺の分まで、生きてくだ……」

 

 脈が止まる。

 目が虚になる。

 体から暖かさが消えていく。

 狙撃してきた魔法少女は始末した。

 何度も嬲って、ミンチみたいにしてやった。

 それでも、心は晴れない。

 アキラくんが、死んだ。

 他でもない私のせいで。

 

「ごめん……本当にごめんなさい、アキラくん。私には、これ以上は無理だよ」

 

 ふらふらと歩く。

 行く当てなんかない。

 混沌だとか秩序だとか。

 何もかもがどうでも良かった。

 

「私には見つからない。君が居ないこの世界で生き続ける理由が見つからないよ……」

 

 人の気配を感じて、後ろを振り向く。

 それと同時に腹部に何かが突き刺さった。

 

「お姉ちゃんの……仇……!」

 

 藍色のドレスを着た魔法少女は血走った目で私を睨みつける。

 そうか、この子はあの狙撃してきた紺色の魔法少女の……。

 紫色に光るナイフを引き抜いた彼女は何度も何度も私の全身に突き刺す。

 痛みは感じなかった。

 生まれつきそうだった。

 人の痛みだけでなく、自分の痛みすら分からないから、鈍臭くて間抜けで……だからこうなった。

 ぼやっとする意識の中で、生まれ変わってアキラくんにまた会いたいと私は願った。

 来世では彼に頼ってもらえるような立派なお姉さんになって、私無しでは生きられないようにして……誰の手も届かないような底なし沼の奥でドロドロに溶け合って一体化したい。

 ああ、神様。

 それが、私の唯一の望みです……。

 

 

「ありがとう、神様っ。私の望みは叶いそうです」

 

 腕の中で眠るアキラくんをぎゅっと抱き寄せる。

 生まれ変わる前も良くやっていた「アキ吸い」を試みると、全身が多幸感に包まれた。

 

「私だけのアキラくん。お姉さんが用意した隠れ家で誰にも気づかれずに楽しく暮らそうね」

 

 頭を撫でる。

 愛おしくてたまらない。

 他の女に取られているのに気がついた時は焦ったけど、そいつが馬鹿で本当に良かった。

 盗まれたくないのなら、ちゃんと見てないと。

 

「だけどまだ油断はできないよね」

 

 私の魔法を用いて、小学校から離れるだけ離れたが、決して気は抜けない。 

 アキラくんが欲しいのは私だけじゃない。

 (ひじり)ちゃんの言う通り、他の魔法少女も「生まれ変わり」をしていて、理由は不明だが、私のアキラくんを狙っているのだ。

 魔法少女の中には頭がキレる奴もいる。

 警戒を緩めるわけには……。

 

「泥棒は良くないよ、早水(はやみ)

 

 気絶しているアキラくんの影からぬるりと一人の女の子が這い出てくる。

 紫色のドレスを纏っている銀髪の少女。

 少なくとも魔法少女であることは分かる。

 こいつは一番初めにアキラくんを確保した女。

 飛び退く事で距離を取った私は即座にステッキを振り、変身を試みるが……。

 

「あ……れ?」

 

 変身が出来ない。

 なぜ、どうして?

 

「精神が逆行していても、肉体は当時のまま」

 

 銀髪の少女が近づいてくる。

 一切の感情が抜け落ちた無表情のまま。

 

「確実に逃げ果せたいのなら、隠れ家に到着するまで魔法を使い続ければ良かった」

 

 何が……起きている?

 

「でも、無理だった。想定よりも魔力量が少なくて……逃げる途中で魔力切れを起こしたから」

 

 思考が止まる。

 展開が早すぎて、脳みその処理が追いつかない。

 でも、それでも。

 私はステッキを振る。

 

「アキラくんは渡さない」

 

 灰色のドレスを身に纏う。

 使い慣れた刀を具現化させる。

 

「お姉さんが絶対に守ってみせる……!」

 

 魔力が無い。

 だから、どうした。

 ようやくここまでこれた。

 私の願いが成就しそうなのだ。

 どんな奴にも邪魔はさせな

 

「それはこちらの台詞」

 

 体が浮遊する。

 何者かに両足を切られたのだ。

 背後に現れた下手人の顔を確認すると……目の前にいる銀髪の少女と瓜二つだった。

 恐らく、分身。

 

「私のこと、知ってる?」

 

 銀髪の少女はその場でしゃがみ、地面に這いつくばる私の顔を覗き見る。

 この状況から逆転は不可能。

 私は……負けたのだ。

 

「私の魔法すら知らなかったみたいだし、聞くまでもないか……やはり、記憶は()()ではない」

 

 銀髪の少女を鋭く睨みつける。

 それくらいしか、できることがなかった。

 

(ひじり)の差し金でしょ、貴女」

 

 心臓が跳ねた。

 依然として銀髪の少女は無表情を貫いている。

 頭の中を見透かされているようで気味が悪い。

 でも、それよりも……。

 アキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれるアキラくんが盗まれる

 

「色々聞きたいことがあったけど……もう限界みたいだし、手早く終わらせる」

 

 そう呟いた銀髪の少女は、刀身が紫色に輝くナイフを懐から取り出した。

 

___________________________________

 

「ありがとうございます。貴女のお陰で姉の仇が取れました……!」

 

「気にしなくていい。利害が一致しただけだから」

 

「……?」

 

「これで、灰谷(はいたに)早水(はやみ)……貴女の魔法は私の物」

__________________________________

 

 そうか。

 そうだったのか。

 私は全てを理解した。

 アキラくんを無防備に晒したのも、私をこの場所で追い詰めたのも。

 全ては彼女の思い通り。

 ……泳がされていたのか。

 私の魔法を奪うために。

 

「待って」

 

「待たない。逃すと厄介だから、ここで殺す」

 

「私の魔法をアキラくんに継承させて」

 

 そう提案すると、銀髪女の表情が僅かに強張る。

 魔法の継承。

 行うために必要な条件はただ一つ。

 愛する者に自分の全てを捧げたいと願いながら、死ぬ。

 たったそれだけ。

 両足がない今の私でも舌を全力で噛めば死ぬことが出来る。

 しかし、銀髪の少女は既に対策を講じている筈。

 私に出来るのはひたすら懇願すること。

 

「お願いします……!」

 

「…………」

 

 私はもうじき死ぬ。

 何も成さずに何も残さずに。

 しかし、継承をすれば。

 肉体と精神を捨て、魔法だけステッキに残し、アキラくんに委ねられれば……。

 私は彼と一つになれる。

 それはなんて……なんて、素敵で幸せな事だろうか。

 

「やっぱり早水(はやみ)はイカれてるね。でも、そういうところ、私は好きだったよ」

 

 パァンと小気味いい発砲音が後ろから聞こえる。

 その瞬間、胸からどくどくと血が流れ、全身が嫌な熱を帯びる。

 拳銃で撃たれた。

 後ろにいた銀髪の少女の分身が、私を殺してくれたのだ。

 

「あり……がとう」

 

 最後の願いを聞き入れてくれた銀髪の少女に感謝の言葉を述べる。

 悔いなんてない。

 これで、アキラくんと一緒になれる。

 本当に私は幸せ者だ……。

 

 

 町外れにある大きな屋敷。

 その一室に複数人の少女が集まっている。

 

灰谷(はいたに)が死んだよ〜。彼女を殺害したのはまたもや紫村(しむら)蘭世(らんぜ)。これで、五人目だねっ。アキラくんを奪おうとして、返り討ちに合うお馬鹿さんはっ」

 

 茶髪ツインテールの少女がそう発すると、室内は異様な雰囲気に包まれた。

 

「奴の魔法は強力です。直ちに処理しなければ、馬鹿な魔法少女が奴の養分となり、その力は増すばかり……殺すべきです。性急に!」

 

 血気盛んな長い黒髪の少女が、机を叩く。

 彼女の表情には焦りの感情が滲み出ていた。

 

「落ち着きなよ〜。勝算が無い状態で挑んでも、みんな揃って蘭世ちゃんの養分になるだけ。ゆっくりと策を練ってさ、それから行動しましょーよ」

 

 のんびりとした口調で話す水色の髪の少女は、異様な存在感を放つ少女に視線を向けた。

 

「それに、どんなに話し合おうと、私たちの動向を決めるのは聖ちゃんの仕事だしねー」

 

 艶やかなプラチナブランドの髪とぱっちりとした碧眼。

 この世のものとは思えないほどの美しさを有する少女に三人の視線が注がれる。

 しかし、彼女は微塵も動揺を見せない。

 

「行動を起こすのは3ヶ月後。世界に混乱が広がってからです」

 

 口元に笑みを携えながら、事務的にそう告げる。

 

「異議を申し立てます!」

 

「どうどう、澪ちゃん。これで今日はおしまいだよっ」

 

「お家に帰って、おねんねしようね〜」

 

「離してくれっ。私はっ、納得でき……」

 

 食ってかかろうとする黒髪の少女の両腕を水色の髪の少女と茶髪の少女が押さえつけ、その状態を維持したまま、部屋を後にした。 

 装飾が施された扉が閉じる。

 室内は完全な沈黙に被われた。

 

「……本音を隠すのが下手になったなぁ。みんな」

   

 椅子の背もたれに寄りかかった少女……白銀(しろがね)(ひじり)は何処か悲しげな表情を浮かべる。

 

「澪ちゃんだけじゃない……阿澄ちゃんも真矢ちゃんも、みんなアキラくんを欲しがっているんだね」

 

 少女は席を立つ。

 そうして、机の引き出しに入れていたステッキを手に取ると、それを遠い目で見つめた。

 思い出に浸るかのように。

 

「あの子達は……()()私のものじゃない。私なんかよりも綺麗に輝く新しい光を見つけてしまった」

 

 少女の脳内に一人の少年の姿が浮かぶ。

 彼女も光に魅入られた者の一人だった。

 

「混沌の魔女に勝つためには新しい子達が必要だね。私の命令に服従してくれて、アキラくんの存在を知らない。純粋無垢な魔法少女が」

 

 自分を信頼してくれていた者達に対する未練は完全に捨て去った。

 そう言いたげに少女は嗤った。




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初戦闘に苦難はつきもの

 

「何回でも言うが、息子を助けてくれて本当にありがとう。君は我が家の救世主だ!」

 

「救世主じゃない、私は家族」

 

「うおおおおおおお、そうだったあ。これから宜しくなぁ、可愛い愛娘ええええ!!!」

 

「なんていい子なの……欲しいものがあったら何でも言ってね。蘭世ちゃん」

 

「…………」

 

 俺が誘拐されてから1週間後。

 蘭世は俺の家族の一員になった。

 誘拐犯から俺を救出したのは蘭世であり、それに対して強い恩義を感じた両親が、彼女の親から保護することを決意したのだ。

 蘭世の親との交渉は呆気なく成功したため、今は正式な手続きを踏んでいる最中らしい。

 

「私はアキラが欲しい」

 

「あげるあげる、何体でもあげるわ!」

 

「俺は複数体存在しねぇよ……」

 

 ……俺の両親は完全に蘭世を信頼している。

 もちろん、俺も命の恩人である彼女に感謝の気持ちを抱いているが、それ以上にとてつもない不気味さを感じていた。

 名乗る前から俺の名前を知っていて、家の場所を教えてないのに夜の間に侵入したりして、俺と出会った翌日には学校に転入してきた。

 その上、いつの間にか姿を消した俺を即座に見つけ出し、救出するなんて人間業ではない。

 どうやって俺を助けたのか、聞いても答えてくれないし、これらの現象は魔法が使えるから……とかじゃ説明できないと思う。

 両親はチョロいが、俺はそう簡単に絆されない。

 絶対にお前の正体を看破してやる……。

 

「アキラ。今日は約束通り、魔法を教えてあげる」

 

「マジで!?やったあ!」

 

 でもまあ、ちゃんと魔法を教えてくれるなら話は別だよな!

 パパママと同様に俺も蘭世が大好き!

 これからよろしくな!

 

 

 俺と蘭世は学校をサボって、街の片隅にある廃ビルを訪れていた。

 ……こういう所に来るのは初めてだが、決して良い雰囲気の場所とは言えない。

 当たり前だが薄暗くて人気はなく、物音もしないため、自身の足音がしっかりと聞こえる。

 幽霊とか出たりしないよな……?

 

「それじゃ、魔法の訓練を始め……」

 

「うわぁ!!!」

 

「ビビりすぎ」

 

 前を歩いていた蘭世が足を止めてこちらを振り返るだけでもビビってしまう。

 俺が特別ビビりなわけではなく、何か嫌な気配がするのだ。

 まるで、この世のものではない存在に監視されているような……勘違いだとは思うが。

 

「魔法の使い方は至極簡単。この杖を振るだけ」

 

 蘭世が何かを投げ渡してくる。

 それを手に取って確認すると、如何にも女児が好みそうなデザインの灰色の宝石が埋め込まれたステッキだった。

 普段の俺だったら、こんなんで魔法が使えるわけねーだろ……と言っていたと思うが、蘭世がこの杖に似た物を振るって魔法を使用した姿を俺は目の当たりにしている。

 恐怖はいつの間にか消えていた。

 ついに、俺も魔法が使えるのだ。

 決め台詞とか考えた方が良いかな?

 いや、どんな魔法を使えるのか確認してからの方がいいか。

 どうせなら炎を出すようなかっこいい奴が……。

 

「早くして」

 

「はいっ、やります!」

 

 ジトっとした目で蘭世に睨まれた俺は杖を振る。

 すると、体が光に包まれて、自分が自分では無い何かに上書きされるような感覚を覚えた。

 

「う……あ……?」

 

 しばらくして、光が収まったことを確認した俺はゆっくりと瞼を開ける。

 全身がとても軽い。

 まるで、生まれ変わったみたいだ。

 気怠さもなくて、声も高くて、髪も伸びて、手足もなんか細くて、服もフリフリしている!

 ……アレ?

 改めて、自分の体を見てみると何かがおかしい。

 俺が、俺の体では無くなっている。

 まさか……まさかとは思うが、俺……。

 

「蘭世!鏡、鏡ない!?」

 

「あるよ」

 

「うわあああああ!!」

 

 蘭世が差し出した手鏡を見た俺は悲鳴を上げる。

 女だ。

 鏡には灰色の髪の女の子が写っていたのだ。

 それも、可愛らしいドレスを着た自分そっくりの。

 俺は……俺は魔法少女になってしまったのだ。

 

「何で、そんなに驚いてるの。たかが女の子になっただけでしょ?」

 

「たかがではないだろ。驚くよ、そりゃ!男だった自分が女になってたら!」

 

「ふーん、そうなんだ。それで、魔法は使わないの?」

 

 その言葉を聞いて、正気に戻る。

 女になった事について、まだ納得してはない。

 だがしかし、ずっと女の子のままって事はないだろうし、何よりも俺にとって魔法の方が重要だ。

 大いなる期待を込めて杖を振る。

 そうすると、俺の体を纏うように灰色のオーラが現れた。

 

「これが……俺の魔法?」

 

「そう。それが貴方の魔法」

 

「このオーラでどんな事が出来るんだ?」

 

「早く走る事が出来る。そのオーラを纏っている間」

 

「……は?」

 

 自分の耳を疑った俺は思わず聞き返してしまう。

 早く走る事が出来る。

 まさか、たったそれだけじゃないよな。

 このオーラを使って、かめ◯め波的な奴を撃ったり、炎に変換したり出来るよな?

 

「早く走る以外にも出来る事はある……よな?」

 

「あるよ」

 

「本当に!?」

 

「他の人の足も早く出来る」

 

「クソ弱いじゃん!」

 

 心の声が口から漏れる。

 でも、まだだ。

 まだ、希望はある。

 恐らく、魔法の鍛錬を続ければ早く走る以外の魔法を使えるように……。

 

「因みに貴方は生涯、その魔法しか使えない」

 

「軽率に希望を摘むなよ!悲しくなるだろ!」

 

 微塵も表情を変える事なく、蘭世は残酷な事実を俺に叩きつけていく。

 きっとこいつは悪魔の末裔か何かなのだろう。

 自然な流れで俺の心を読んでるし。

 背後に化け物らしき姿も見えるし……。

 

「今から、貴方にはこいつと戦ってもらう」

 

「は……え?」

 

 人間大の赤い球体が宙に浮いている。

 赤い球体の中央には切れ長の瞳が三つついていて、それらは俺と蘭世を凝視していた。

 

「え、何これ?ドッキリか何か?」

 

「違う。ちゃんとした怪物。魔法がある世界には化け物もいる。貴方には強くなって貰わなければならない。強くならなければ、これからの世界を生きる事が出来ないから」

 

 そう告げた蘭世は即座に姿を消した。

 化け物は依然としてこちらを見ている。

 友好的な視線には見えない。

 今からお前を殺す……と、言いたげな目。

 何だよ、この状況。

 意味分かんねーよ。

 いくら何でも急展開過ぎるだろ。

 魔法は使いたい。

 けれど、バケモノと戦いたいなんて一言も言ってないのに。

 

「ブ、ブブルア」

 

 奇妙な声を出した赤い目ん玉の化け物の体から、数本の触手が生えてくる。

 それらは未だに困惑している俺目掛けて、猛スピードで迫ってきた。

 

「う、あああ!!」

 

 走る。走る。とにかく走る。

 目ん玉が操る触手は瓦礫を薙ぎ払い、壁を破壊し、それでも俺を貫かんと猛追してくる。

 灰色のオーラを体に纏わせた状態で足を早く動かしても、奴と俺の距離は一向に変わらない。

 この魔法、やっぱり弱すぎる!

 

「蘭世!頼む、助けてくれ!俺には無理、絶対無理だからぁ!」

 

 惨めったらしく助けを乞う。

 プライドも何もかも捨てて。

 けれども、返事はない。

 俺を捨てて逃げたのだろうか。

 或いは、俺を試しているのだろうか。

 どっちにしろ、奴はろくでなしだ。

 怒りの感情が沸々と湧いてくるが、その怒りを目ん玉にぶつけるような度胸は持ち合わせていない。

 俺は物語の主人公じゃない。

 力を与えられたからと言って、何も理由もなしにバケモノと戦えるような男ではないのだ。

 

「いぎゃっ」

 

 土手っ腹に触手をぶち込まれる。

 触手の腹で横薙ぎされるような形で俺の体は吹っ飛ばされた。

 次いで、べちゃりと潰れたカエルのように全身を壁に叩きつけられた俺は地面に倒れ伏す。

 全身が痛い。

 頭はぐわんぐわんする。

 それでも、構わず化け物は近づいてくる。

 俺を殺すためだけに。

 ……怖い。

 このまま何もしなかったら、俺は死ぬ。

 蘭世は助けに来てくれるだろうか。

 来なかったら、俺は死ぬ。

 立ち上がって、逃げなければならない。

 だが、逃げたとしても追いつかれて死ぬ。

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。

 どう足掻いても、俺はここで死ぬ。

 

「う、ぐっ。嫌だ……俺は死にたくないっ」

 

 自然と涙が溢れた。

 抵抗する意思は既に潰えている。

 俺の体は死の恐怖に支配されてもう動かない。

 本当に最悪だ。

 こんな事になるのなら、魔法なんて使いたいと思わなければ良かった。

 いや、そもそも台風の日に蘭世と会わなければ良かった。

 俺は悪くない。

 俺が死ぬのは、全部蘭世が悪いのだ。

 何で蘭世が悪いのに俺が死ななくちゃならない?

 クソが……本当に信じられない。

 頼むから夢であってくれ。

 今この瞬間もにじり寄ってくる目ん玉のバケモノも、訳わかんないこと抜かして消えた蘭世も。

 全身全霊でそう願った。

 でも、紛れもない現実なのだ。

 

「これ以上、アキラを虐めないで!」

 

 俺を殺そうとするバケモノも尻尾巻いて逃げた蘭世も。

 そして、いきなり現れて俺を庇うようにバケモノに立ち塞がる赤い髪の少女。

 俺の幼馴染である赤宮千夏も。



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