翼を下さい (ディヴァ子)
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翼が欲しい

村人:「翼が欲しい……自由への翼が……」


「うぁ……」

 

 漏れる吐息と、唇端から零れる血液。最早、痛みすら感じない。間も無く僕は死んでしまうのだろう。

 僕の住む村は、ある日とある古龍に襲われ、灰燼と帰した。むろん、住人は故郷諸共に全滅。原型を留めているのは、もしかしたら僕だけかもしれない。

 父さんも母さんも、生意気な妹も、勝ち気で男勝りな幼馴染も、温かなご近所の皆さんも、誰も彼もが物言わぬ死体となり、大地へ還元された。僕もいずれそうなる。下半身が千切れ飛んでるからね。肺に血が溜まったせいか、血ぶくを吐く事しか出来なくなり、意識もどんどん遠のいく。不思議と痛みは無いが、それは既に脳が死を覚悟しているからであろう。苦しまなくて済んで良かったのか、悪かったのか。

 ……嗚呼、これが死んでいく、という感覚か。

 世界が闇に閉ざされ、意識が奈落の底へ落ちていく、この絶望感。痛みは無くても、苦しくて辛い。嫌だ、死にたくないよ……。

 

『ギャーギャー!』『シャーッボック!』

 

 そんな瀕死の僕を、無数のガブラスが見下ろしている。

 所謂“スカベンジャー”であり、特に古龍の動向に合わせて死体を漁りに現れる事から、「災厄の使者」の異名を持つ、翼蛇竜という種族の小型モンスターだ。

 名前通り蛇のような頭と鎌首を持ち、翼竜種とよく似た胴体を有するのが特徴で、常に空を舞い、地上を見下ろし、死骸を探し回っている。今回の獲物は、もちろん僕だろう。

 

「………………」

 

 もう勝手にするといい。どうせ肉体は既に死んでいるだろうし、あとは僕という存在が消えるだけ。失う物など、何もないのである。

 

「……タ……ィ」

 

 ――――――もしも、輪廻転生という物が、本当にあるのだとしたら。今度の僕は、空を自由に飛び回れるようになりたい。今世はロクに外に出られなかったからね。

 だから、お願い神様。僕に自由への翼を下さい。

 

「………………」

 

 そして、僕の人生は幕を閉じた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『………………?』

 

 ここは何処だ?

 僕が僕なのは間違いないけど、何故か生きているし、四肢がある感覚もあるけど、それなのに殆ど身動きが取れない。何か弾力性の高い膜状の物に閉じ込められているようだ。そんな事をして何の得があると言うのか。そもそも致命傷だった僕が復活している理由が分からない。

 分からない事尽くしだが、理解出来る事が1つだけある。こんな息苦しい所からは早く脱出したい、という事である。幸い膜は柔らかいので、割と簡単に破る事が出来た。

 

『………………!』

 

 どうやら、膜の外側は湿った草木や泥で覆われているようで、どうにかこうにか掘り進み、外へ這い出る(・・・・)

 そう、這い出たのだ。首や身体、尻尾(・・)をくねらせて。

 脱出する事に夢中だったせいで気付かなかったが、これはおかしい。人間に尻尾は無いし、首や体をくねらせる事は不可能である。出来るとしたら、そいつは化け物だろう。

 僕の身に一体何が起こったというのか?

 

『しゃーしゃー』『あーぼー』『きききー』

 

 さらに、僕の後から続くように、弟妹が次々と這い出て来る。

 黒い蛇に短い四肢が生えた、一見すると蜥蜴にも思える姿をした、不気味な生物。翼が無い事を除けば、小さなガブラスそのものだ。

 そんな小型モンスターの幼生が、僕の弟妹だと本能的に分かる(・・・・・・・・)

 つまりは、そういう事(・・・・・)である。

 

『きゃーっ!?』

 

 そう、僕はガブラスに生まれ変わっていたのだ。それもアルビノ個体に。

 ……いやいや、確かに空を自由に飛び回りたいと願ったし、最期に見たのがガブラスだったけど、そういう事じゃないんだよ、神様ぁ~っ!




◆ガブラス

 蛇のような顔と飛竜種然とした胴体を持つ、蛇竜種の1種。「翼蛇竜」の別名通り、細長い身体に不釣り合いな程に大きな翼を持つ。死体を漁るスカベンジャーであり、特に古龍災害を当てにしている事から、「災厄の使者」なる異名で呼ばれる事もある。主な武器は口から吐く毒液と尻尾。物音に敏感で、どんなに遠くの“死の足音”でも聞き逃さないが、耳の良さが災いしてモンスターの咆哮やハンターの音爆弾で墜落してしまう。
 卵生であり、数ヶ所に纏まった数の卵を産む。孵化した幼体は翼が未成熟で、這い出た後は自力で高所に攀じ登り、翼が開くのを待ちながら小さな生き物を捕食して成長する。当然、木登りが下手な個体は生き残れない。


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飛んで行けないよ

神:『なら、叶えて進ぜよう! オラクル☆ケミカル★ミラル~ツ♪』


 やぁやぁ、こんにちは、皆さん。古龍に殺された末にアルビノのガブラスに生まれ変わった、元村人だよー。

 ……うん、本当に何がどうしてこうなった。生まれ変わらせるなら、せめて飛竜種にしてよ。何故わざわざ「災厄の使者」である翼蛇竜にしたんだ。何が悲しくて、臭い汚い危ないの三拍子が揃ったスカベンジャーにならなきゃならないんだよ。

 あれか、前世が同じくアルビノで、ロクに外に出られない穀潰しだったから、今度は自然の掃除屋として竜車竜の如く働けってか。

 だとしたら、普通に黒い蛇体にして欲しかったのだが。アルビノのままじゃあ、結局は曇りの日か夜くらいしか外に出られないじゃん!

 ――――――というかね、現状で既に詰んでる気がする。

 だってさ、ガブラスって子育てしないんだもん。生まれて直ぐに野生下に放り出され、短い手足で木や壁を攀じ登り、翼が開くまではそこで暮らすしかない。むろん、手足が弱い個体はそこで脱落する。

 ……で、僕の手足は貧弱であった。

 

『きゅー』

 

 弟妹たちが互いに蹴落とし合いながら、手近な樹木を攀じ登っていくのを見上げながら、途方に暮れる僕。これからどうしよう……。

 

『きゅっ!』

 

 ええい、悩んでいても仕方ない――――――というか二度も死んで堪るか!

 ガブラスだろうとアルビノだろうと雑魚だろうと、僕は絶対に、今度こそ生き延びてやるぞぉっ!

 

『きゅきゅきゅ……』

 

 という事で、何処か小さい穴は無いかと探す。とりあえず、身を隠す場所を見付けないと。

 

『うきゅっ!』

 

 おっ、アレはもしかして、クンチュウの掘った穴の跡か!?

 持ち主はもう居ないようだし、あそこを仮の宿にさせて貰おう。

 

『しゃーっ!』

『……きゅぅ』

 

 しかし、似たような事は、他の弟妹も考えているもの。棲み処の確保に失敗した、同じ穴の狢が行く手を阻む。ここは自分の物だ、と。

 ――――――仕方ない。こうなっては、殺してでも奪い取るしかないだろう。さもなくば僕が死ぬ。そんな事は絶対に認めない。

 僕は今度こそ、生を謳歌するんだぁっ!

 

『きゅきゃぁーっ!』

『くしゃしゃーっ!』

 

 2匹の足有り蛇が絡み合う。片や白く、片や黒いが、交わったとて朱には染まらない。真っ赤な血が流れるだけである。

 

『うっ……!』

 

 相手の牙が肩の辺りに食い込み、同時に毒が体内に流し込まれる。出血毒が止血作用を阻害し、骨格筋を融解させる事で着実に僕の命を削っていく。

 だが、モンスターには耐性という物が備わっている。急速に進化する抗体と言ってもいい。元々ガブラスは毒を扱う種族であり、耐性を獲得するのに然程時間は必要なかった。

 

『がぶっ!』

『ぎぎっ……!』

 

 お返しとばかりに、僕の毒牙をお見舞いしてやる。赤紫色の牙が弟(妹?)の鰓下辺りに突き刺さり、毒が注入されていく。

 

『ぎぇ……』

 

 すると、弟(仮)は耐性を得る処か数秒と持たずに、血の泡ぶくを吐きながら息絶えた。まるで前世の僕みたいだ。

 どうやら、僕の毒は“猛毒”であるらしい。これは他の弟妹たちへのアドバンテージとなるだろう。少なくとも、同族同士で穴倉の奪い合いに発展したとしても負ける事は無い、という事である。

 

『………………』

 

 それはそれとして……食べるしかないよね、(これ)。元人間として毒蛇を生食するのはどうかと思うが、今の僕はガブラスだから問題ない。というか、食わないと次の餌にありつけるのが何時になるか分かった物じゃないし、最悪そのまま飢え死にしてしまう。特にアルビノで活動時間の短い僕にとっては死活問題だ。

 だから、ちょっと……いや、かなり嫌だけど、食べてやる。

 

『………………』

 

 うん、微妙。一応「ガブリブロース」として食用にされる身とは言え、あくまで肉食性のモンスターという事か癖が強く、僕はあまり好きになれない。

 まぁ、贅沢は言っていられないか。腹が減っても困るし、残さず頂こう。むしゃむしゃむしゃ。

 

『………………』

 

 そう言えば、ガブラスって顔は蛇そのものなのに、咀嚼出来るんだよね。どうでもいい事だけど。

 

『きゅ-』

 

 さて、ガブラスを丸々1匹平らげた事だし、そろそろ寝ようか。僕が勝ち取った、この穴倉の中でね。




◆ガブリブロース

 翼蛇竜ガブラスから剥ぎ取れる生肉枠の素材。割と美味しいらしいが、草食竜たちのそれには劣るのだとか。スカベンジャーの肉なんてそんな物だし、そもそも寄生虫や感染症は大丈夫なんだろうか……。
 一番欲しい皮系統よりも優先して剥ぎ取れてしまう為、ハンターからは忌み嫌われた挙句、後の作品ではトレジャー系統のアイテムとなり、存在その物が無かった事にされつつある。


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この背中に……

『くぁ……』

 

 ……やぁやぁ、おはよう皆さん、僕だよ。今やアルビノなガブラスの元村人だよ。

 さてはて、どうにか無事に一夜を明かす事が出来た訳だが、これからどうしようね。

 一応、前脚が徐々に翼へ変じつつあるけど、このペースだと完全に開き切るまで数日を要すると思われる。それまで僕が五体満足で生き延びられる保証は何処にもない。だってガブラスだもの、アルビノだもの。

 しかも、ガブラスは早熟なのか、身体が昨日よりも一回り大きくなっている。正直、穴が手狭だ。なら拡げろという話だが、残念な事にガブラスは飛行に特化した種族なので、自力で巣穴を掘る事など出来ないのである。というか、今の状態で生き残れているのが奇跡なのだ。本来なら野垂れ死に確定コースだからね、木に登れないと。

 

『きゅぅ~ん』

 

 ―――――よし、それじゃあ、そろそろ一宿一飯の穴倉を後にするとしようか。

 

『きゅらい』

 

 うーん、お外は真っ暗。さっきは「おはよう」とか言ったけど、正しくは「こんばんは」である。あの後、弟を消化しつつ夜まで寝過ごしていたのだ。アルビノは夜行性だからね、仕方ないね。眼は瞼(というか瞬膜)で少しはガード出来るとして、表皮はどう足掻いても絶望だからなぁ……。

 幸い傷の回復は早いようで、昨日の嚙み傷も既に塞がっている。これで怪我にも弱かったら完全に詰みである。

 とりあえず、方針としては手頃な巣穴を猛毒で以て奪い取りつつ餌を確保し、翼が完成する時を待つとしよう。

 翼が出来上がった後は、なるべく薄暗い森の奥でひっそりと生き永らえたい。一応ガブラスも魚を狩る事くらいは出来るから、猛毒という武器を活かして狩猟メインの生活を送りたいところ。

 もしくは、毒の霧を発生させる霞龍「オオナズチ」に寄生するのもありか。僕の毒耐性は同族よりも高いようだし、陽光も遮ってくれる為、相性は良いのかも。

 ともかく、先ずは移動だ。短い手足を頑張って動かして、背の高い(当社比)草村の中を這いずっていく。ガブラスは木登りが必要な時期までは蛇に近い胴体をしているが、成長に伴って骨格が翼竜種に近くなり、歩くのが苦手になってしまう。飛行能力を得る代償と考えれば妥当だが、今の僕にとっては全く嬉しくない特性である。だったら素直に蛇竜種になりたかった。

 

『きゅー』

 

 ズリズリズリズリ。蛇のように身をくねらせる事も出来ず、かと言って四足歩行すら不自由な、まさしく生まれたての雛のような足取りで、草を掻き分けて先を目指す。特に目的地は無いが、せめて身を隠せる場所が欲しい。

 

『モスゥ~♪』

 

 げっ、「モス」だ。

 石のように硬い頭と苔生した背中を持つ豚の仲間で、普段は大人しいがピンチになると体当たりしてくる為、ハンターの間では“ちっちゃなブルファンゴ”扱いされている小型モンスター(な★ま☆に★く)である。主食はキノコ。特にアオキノコが大好きで、それを利用したキノコ採集が取り組まれる事もある。

 そんな人畜無害な草食動物のモスだが、今の僕にとってはドス狗竜系のモンスターも同然だ。体格差があり過ぎて、突進を掠っただけで死にそうな気がする。

 しかし、モスは体力の無さでも有名で、投石やハンターのキックですら死んでしまう。ある意味、羽虫であるランゴスタよりも弱い。

 つまり、僕にも付け入る隙がある、という事である。

 幸いな事に、向こうは僕に気付いていない……というか、モスは基本的に危機管理能力が低い。苔生した身体が生息地における保護色になっているからだろう。

 ここは後ろに回り込んで、

 

『ぺしゃっ!』

『モヒィッ!?』

 

 毒ブレスを1発。ガブラスの毒は浸透性が高く、こうして霧状に散布しても効果がある。むろん噛み付いた方が確実ではあるが、そんな危険な真似は出来ないし、モス相手に命を張る気もないから、これでいい。

 

『モ……ス……』

 

 訳も分からず穴を掘って逃げようとするモスだったが、程無く絶命。今夜のディナーと棲み処を同時に提供してくれた。

 

『きゅーっ、きゅー、きゅぁーっ!』

 

 半ば埋もれたモスを頑張って引きずり出して、横取りされる前に食い散らかし、主亡き避難壕へ逃げ込む。

 

『ZZZzzz……』

 

 そして、遮光も兼ねてモスの苔皮と石頭を蓋にして、眠りに着く。次に目覚める時は、月が空に昇った頃だ。

 

 ……今回は運良く寝床を確保出来たけど、次も上手く行くかなぁ?




◆モス

 苔生した背中と石頭が特徴の豚野郎。所謂「草食種」の小型モンスターであり、アオキノコが大好物。呑気な性格で、大型モンスターが近くに居ようが食欲を優先するものの、少しでも手出しをすれば、ブルファンゴ宜しく突っ込んで来る。新大陸産の個体には、偶に「ゴワゴワクイナ」が背中の上に留まっていたりする。
 ちなみに、モスを素材とした防具も存在するのだが……「鬼畜島」に居てもおかしくない、不気味な姿をしているので、お勧めはしない。


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悲しみはある

 やぁやぁ、こんばんは。今宵もアルビノ・ガブラスな、元村人の僕だよ。

 さて、また一夜明けてまた一夜な訳だけど、僕の翼は開き切っていない。というか、中途半端に大きくなってしまい、割かし邪魔である。飛べないガブラスなど地を這う蛇だ。

 ちなみに、前回頂いたモスの苔皮は、背中から被る形で、そのまま利用している。言うなれば隠れ蓑である。ここはどうも深い森の中らしく、モスの苔皮は上手い具合に保護色となっている。何かと目立つ白い皮膚を隠すのに丁度良い。傍から見ると、苔がズリズリ動いているみたいで不気味だが、そこは考えないようにしよう。

 それにしても、こうして身を隠しながら牛歩の如く進んでいるのだが、結局ここは何処の森なのだろうか?

 密林と言うには樹木の割合が薄く、地面が苔生し落葉もしているので、どちらかと言うと照葉樹林に近い森なのかもしれない。嘸かし植生や土壌が豊かなのだろう。その分、野晒になる死体が少ない為、僕にとってはあまり嬉しくない。翼を広げる事を考えると、もう少し開けた場所を見付けたい。

 とりあえず、進むだけ進もう。話はそれからだ。

 

『ブルルル……』

 

 今度は小型の牙獣種「ブルファンゴ」がいた。それも子供を含む7匹。豚の次は猪か。大猪じゃないだけマシだが、文字通り猪突猛進な上に雑食性だから、食べられないように気を付けないと。

 だが、晩飯として見た場合、かなりの良品である。引き締まった筋肉と果物の甘みが組み合わさった身は、何日も僕の腹を満たしてくれる事だろう。正直、モスは小さ過ぎて、あんまり食った気がしないからね。

 しかし、そうなると、どうやって群れの中から1匹だけ仕留めるか、だ。

 当たり前だが、正面切っての決闘は挑まない。かと言って、不意打ちで噛み付いたり、毒霧を撃つのも気が引ける。モスと違って、ブルファンゴは体力がある上に暴れるからである。

 さらに、大型の雄個体「ドスファンゴ」を頂点とする小規模な群れを形成する事もあり、色々と油断の出来ない相手だ。はてさて、どう攻めた物か……。

 と、その時。

 

『ギャァッ!』『ギャヴォッ!』『ギィーギィーッ!』

 

 3匹の小型モンスターが現れた。

 背側が青地に黒い縞模様の鱗、腹側は白っぽい皮膚を持つ、黄色い嘴の鳥竜種……「ランポス」だ。鋭い爪と牙が最大の武器で、軽快な動きで獲物に食らい付き、ズタズタに引き裂いてしまう。その上、非常に執念深い。

 また、「ドスランポス」という大型個体を筆頭とした集団生活を送る習性があり、ランポスを数匹見掛けた場合、常に伏兵を意識していないと不意打ちや挟撃をされる危険性もある。

 ようするに、非常にガツガツとした小型モンスターという事である。

 だが、見ようによっては絶好チャンスだ。奴らが場をかき乱してくれれば、お零れに預かる機会も巡ってくる。

 

『プギーッ!』『ギャヴォッ!』『ブルルル!』『クキャーッ!』

 

 早速、乱戦が始まった。

 ランポスを含む群れで生活する鳥竜種たちは、先ずは切り込み隊が獲物をばらけさせ、最初に目星を付けていたターゲットを集団で取り囲み、血祭に上げる。

 つまり、今いる5匹の内、1匹しか狩らないのである。ブルファンゴは足が速いので、欲張ると全て取り逃がしてしまうからだ。二兎を追う者は一兎も得ず、という事だろう。

 狙い目は恐らく、子連れの雌個体か。単騎で挑むのは無謀だが、頭数で勝っているのなら、子供にちょっかいを掛けるだけで身を挺して庇おうとする“親子愛”を利用してしまえば、これ程楽な得物もいない。

 

『ブフォオオオオッ!』

『『『クギャッ!?』』』

 

 しかし、このブルファンゴの群れにはドスファンゴが控えていたようで、場は更なる混沌と化した。駆け付けた大猪が肉食竜たちを蹴散らし、ランポス一行は悲鳴を上げる事となったが、

 

『ギシャアアアアア!』『『ギギィッ!』』

 

 ここで側近を連れたドスランポスも参戦。ブルファンゴは完全に散り散りとなり、ランポスたちのターゲットもドスファンゴに変更され、壮絶な集団リンチが巻き起こる。ドスファンゴも頑張っているが、流石に多勢に無勢では長く持つまい。

 ――――――ならば、その隙に手頃な子供を掠め取るまで!

 

『きゅぁっ!』『プキィッ!?』

 

 という事で、母親と逸れた子供のブルファンゴに食らい付き、車輪のように転がりながら毒を注入する。下手に絡み付いたり、締め上げたりすると反撃を食らうので、このまま草陰に飛び込みつつ、仕留めてしまおう。

 

『プキャ……』

 

 子供は転がっている途中で息絶え、藪の中に入る頃にはすっかり死体となっていた。

 

『………………』

 

 よし、戦場からも上手く逃れられたみたいだし、さっさと食べるか。もぐもぐもぐ。

 ……そう言えば、前に抱いた“蛇顔なのにどうやって咀嚼しているんだろう”という疑問に関しては、“顎が二重構造になっている”という形で決着が付いた。下顎が左右に開くのは蛇と同じだが、舌が変化した「内顎」を併用する事により、まるで蟲のように噛み千切っているのである。

 うん、我ながら気色悪いね。考えなきゃ良かった。

 ともかく、今夜も上手い事乗り切れたな。こんな感じで、数日以内には、この森を抜けてしまいたい。

 

 それじゃあ、あの岩の隙間に入った所で、おやすみなさい……。




◆ブルファンゴ

 見た目通りの猪。出会い頭に突っ込んで来るウザったい小型モンスター。大型モンスターが居ようが関係なく突進を繰り出してくる猪突猛進っぷり故に牙獣種扱いされている危険な奴。ただし肉は旨い。極めて図太い性格かつ凄まじい適応力を持ち、餌さえあれば何処にでも現れる為、目にする機会は多いだろう。
 ちなみに、「ファンゴフェイク」という頭防具が有名になりがちだが、実は全身防具も存在し、それがまた結構カッコいいデザインだったりする。鬼畜島装備とは、何処で差が付いてしまったのか……。
 


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この大地に

プーギーとモス、何処で違ってしまったノカ……。


 やぁやぁ、皆さん、こんばんは。最近アルビノなガブラスに転生した、元村人だよ。

 さてさて、何だかんだで森を彷徨い歩き、外の世界を目指していた僕だが――――――遂に、木々の切れ目が見えて来た。

 

『きゅきゅきゅっ!』

 

 未だに開かない翼(笑)と後ろ脚を一生懸命に動かし、ダッシュする事、数瞬。突如として視界が開け、広大な丘陵地帯に出た。小高い丘々の麓には樹木が殆ど見られず、生える草も短い。縦横に幾つもの小川が流れており、せせらぎをメロディーに島縞模様の草食竜「アプトノス」たちが眠りに着いている。

 何とも喉かで、壮大な光景である。まさに「これから始まる物語」って感じ。

 昼間に見られれば、それはそれは雄大なのだろうが、紫外線に弱い僕には無理な相談なので、せめて満点の星空と丘陵のシルエットによる夜闇のコントラストを楽しむとしよう。うん、とっても綺麗。

 ……まぁ、それはそれとして、ご飯を探そうかな。

 幸い岩場に隠れ家は幾らでもありそうだから、成長を促す意味も込めて、ここは思い切って大物を狙ってもいいかもしれない。

 そう、今回の獲物はアプトノスである。大人しい性格だが、体格だけならランポスよりも大きいので、相手にとって不足は無いだろう。

 もちろん、寝込みを襲うんだけどねッ!

 

『かぷっ!』『フォッ!? ……グムゥ』

 

 という事で、他の個体よりも少し離れて寝ていた、哀れなぼっち君を毒殺。成長に伴い僕の毒も強化されているらしく、今や劇毒レベルの威力を誇る。当然、眠っていたアプトノスに耐えられる筈もない。一瞬にして絶命ですよ。

 さーて、今夜は今までで一番に豪勢な晩餐を楽しむとしようか!

 

『チャーオッ!』『ハーオハーオ!』『キャキャーッ!』

『きゅぅ……!?』

 

 だが、いざ実食と洒落込もうとした瞬間、奇面族の「チャチャブー」に襲撃された。僕の仕留めた獲物を横取りするつもりだろう。

 チャチャブーは小さな体格に反して身体能力に優れており、しかも武器を使う知能もある。集団ともなれば、中型モンスターでさえ脅かす、恐ろしい獣人種だ。実際、たった1回の鉈攻撃で、僕は背中に致命的な重傷を負ってしまった。食事を優先したからか、それ以上の追撃は無かったが、滅茶苦茶に痛い。

 クソッ、僕のご飯をガッツキやがって。精々毒に中って死んでくれ。

 

『『『ギョェーッ!』』』

 

 案の定、僕が草葉の陰に逃げ込んだ頃、チャチャブーたちの断末魔が響いた。毒入りの肉を腹いっぱいに平らげれば、そうなるさな。ガブラス程度の毒なら自前の解毒薬で何とかなると思ったのだろうが、詰めが甘かったね。

 だけど、弱ったな。奴らが騒いだせいで他のアプトノスは逃げてしまったし、何より背中の傷が深過ぎる。自己再生する前に、出血多量で死んでしまうだろう。

 ……うぅ、せめて死ぬなら、最高の晩餐を楽しみたかった。

 と、その時。

 

『プギィ~』

 

 鴨が葱――――――否、豚が茸を背負ってやって来た。ペットとしても人気な小動物、「プーギー」である。豚の次が猪で、締めが子豚かよ。魅惑的なピンクの服を着てるし。

 だが、見た目通りに子豚さんであり、その身は若々しくほろ甘いに違いない。最後の晩餐とするのに相応しい肉料理であろう。

 

『……くっ!』

 

 駄目だ、僕には出来ない。

 僕は生前、プーギーを飼っていた。アルビノ故に引きこもりがちで、友達らしい友達のいなかった僕にとって、その子は最高の心友だった。

 彼女が今、何処で何をしているのかは分からないし、あの災禍を生き延びれたのかも分からないが――――――僕には、プーギーを取って食うなど、とてもじゃあないが、出来ない。

 それは僕が僕たる最後の砦であり、唯一残った人間らしさなのだ。

 

『きゅー!』

『プゥー?』

 

 そのプーギーは、僕が威嚇しても不思議と逃げず、じっとこちらを見詰めてくる。周囲に主人は見当たらないが、彼……否、彼女もまた飼い豚であり、危機感が足りていないのかもしれない。

 

 ――――――ただまぁ、プーギーに最期を看取って貰えるなら、まだマシ、かな?




◆チャチャブー

 非常に凶暴な獣人種の小型モンスター。奇妙な仮面を被る事から「奇面族」の異名を持つ。決して「奇面組」ではない。
 第一印象は、小柄な体躯と奇妙な仮面に大きな鉈や斧を持っているという、不気味ながらも何処かコミカルな出で立ちだが、実際は体格に見合わぬ怪力の持ち主であり、攻撃力がブルファンゴらの比ではなく、大型モンスターとの戦闘中でも構わずに、横槍という名の致命傷を叩き込んで来る危険なモンスターである。まさにモンハン界のチャッキーと言える。
 一応、仮面や道具を作る事からも分かる通り、高い知能と独自の文化を持っているのだが、排他が行き過ぎて野蛮化している節がある。罠を開発する事もあるが、何の為に使うかは考えるまでも無いだろう。
 幼少時はそこまで凶暴ではなく、聖人の儀式である“自分だけの宝物(仮面)探しの旅”に出たのを境に蛮族化する為、その間に人間と仲良くなる個体も居るには居るらしい……が、オトモにしたらしたで、同族だろうと容赦なく嬲り殺しにする辺り、血は争えないのかもしれない。


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閑話:それが始まりの合図

ヒイコさんみたいにランスを使ってみたいナァ……。


「おーい、メルちゃーん、何処だーい?」

 

 その日、私――――――ビスカ・メルホアールは、「森丘」へ来ていた。ただし、何時もの採集クエストではない。些細な事で喧嘩をしてしまい、家出してしまった、我が家のマスコットたるプーギーの「メルホア(通称:「メルちゃん」)」を探しに来たのである。

 ライバル(自称)曰く、「森丘の方へプーキー泣きながら走って行った」らしいが、一向に見付からない。一体何処まで行ってしまったのだろう。

 彼女に何かあったら、私は……!

 

 と、その時。

 

『プー! プキーッ!』

 

 ああ、あの声は!

 発声源に向かって走って行けば、そこには魅惑的なピンク色の服を着た、可愛い可愛い子豚ちゃんが。間違いない、メルちゃんだ!

 

「メルちゃん! 探したよー! さっきは本当にゴメンね、何でもするから許してお願……い……?」

 

 しかし、歓喜のダッシュは、途中で止まってしまった。

 

『きゅぅ……』

 

 何故なら、メルちゃんの目の前に、この辺では珍しい、翼蛇竜「ガブラス」がいたからだ。それも真っ白な。半分開いた目が美しい淡紅色なのも鑑みるに、所謂「アルビノ」だと思われる。普通のガブラスは真っ黒なので、実に珍しい個体である。

 ただ、何者かに斬り付けられたのか、背中に深い傷を負っており、今にも息絶えそうな状態だった。

 

『プーッ! プゥーッ!』

 

 そんなアルビノ・ガブラスを助けて欲しそうに、必死に鳴くメルちゃん。その顔に、さっきまでの不機嫌さ欠片も見当たらず、彼女が心の底から懇願しているのが分かる。

 どういう風の吹き回しだろうか?

 メルちゃんは割と人見知りが激しいし、何よりガブラスには思う所(・・・・・・・・・)がある筈なのに。

 

「……はい、回復薬グレートだよ」

 

 少し迷ったが、私は回復薬グレートをポーチから出した。ガブラスは私にとっても(・・・・・・)苦い思い出のある相手(・・・・・・・・・・)だけど、メルちゃんの涙目には勝てないよ……。

 

『プゥ~♪』

 

 私が回復薬グレートをアルビノ・ガブラスに掛けると、メルちゃんが大喜びで擦り寄ってきた。もうさっきの事は許して貰えた、という事かな?

 

『……ZZZzzz』

 

 ガブラスの方も回復薬グレートで持ち直したようだし、帰るとしようか。

 

『プー』

「えっ、連れて帰れって?」

 

 すると、メルちゃんがガブラスを連れていけと鳴き出した。えぇ、本当にどうしたの……?

 まぁ良いや。このまま意固地に置き去りにしたらメルちゃんに嫌われそうだし、怪我が完治するまでは世話してあげよう。

 

 ……村長たち、怒らないかなぁ?




◆ビスカ・メルホアール

 ココット村在住のハンター兼農家。むしろ農業の方がメインまである。
 採取をメインに活動するハンターで、新人時代からコツコツと進めてきた貯金と研究の成果により、今では広大な農場を有する大地主になっている。特に「ドスビスカス」の品種改良に余念が無く、上位種にして変種である「ヴァリアビスカス」をココット村でも自生させようと画策している模様。もちろん、装備は「メルホアSシリーズ」で武器も「クラシーフレグランス」。
 子供の頃に出会ったプーギーの「メルホア」は一番の心友で、そのきっかけとなったガブラスは一番のトラウマである。


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逝きたくなーい

『………………!?』

 

 ハッと目を覚ましましたよっと。

 そうです、僕が元村人のアルビノ・ガブラスです。変な翼蛇竜ですよー。

 ――――――って、そんな事を言っている場合ではない。

 ここは何処? 僕はタレ(毒)。

 見た所、遮光の利いた木造りの小部屋みたいだけど……何故に人工物の中に?

 

『プープー!』

 

 すると、外から聞き覚えのある声が。きっと、あのプーギーだ。という事は、つまり。

 

「……あ、メルちゃん! あの子、目を覚ましたんだ?」

 

 そっと暖簾を避けて、中を覗き込んでくる女の顔。年頃は20代前半って所か。銀髪碧眼の、中々に整った顔立ちだ。今は室内だからかインナー姿だが、壁に立て掛けられている「フレグランス」を見る限り、職業はハンターのようである。

 そんなハンターの家に、どうして僕は居るのだろうか。それも、おそらくはプーギー用の小屋まで提供して。

 

『きゅぅ……』

 

 とりあえず、ジッと見詰めておく。ここで下手に暴れると、そのまま皮と食肉にされかねない。無力ながらも、決して従順にはならないよ、と示しておくのだ。

 

「へぇ、可愛い眼をしてるね」

 

 目が腐ってるんじゃなかろうか。僕はガブラス、「災厄の使者」だぞ?

 

「……とりあえず、ご飯は置いておくよ。こんがり肉Gでも良いかな? 家のキッチンアイルーたち自慢の料理だよ」

 

 おっと、これは出血大サービスじゃあないか。生肉処かこんがり肉のGをくれるとは。

 あと、キッチンアイルーが居るんだ、この家。僕の村でも、アイルーが食堂の調理場に立ってたっけ。これは期待出来そうである。

 

「はい、どうぞ」

 

 そして、花柄のお皿に載って差し出される、こんがりと焼けたお肉。素材はアプトノスだろうか。ともかく美味しそうだ。ホカホカと上がる香ばしい匂いが食欲をそそる。

 頂ける物は遠慮なく貰おうか!

 

『もぐもぐもぐ』

 

 うーん、良い仕事してますねぇ。

 パリパリに焼けた皮、解れるような柔らかさを持つ身。噛み締める度に溢れる肉汁が口内に広がり、幸せな気持ちにしてくる。呑み込んでも尚存在感を保っている旨味は、次を寄こせと本能を刺激し、あっという間に全ての身を平らげてしまった。

 嗚呼、何て美味しい肉なんだ……。

 

『プゥ~♪』

「ははは、確かに良い食べっぷりだったね、メルちゃん」

『………………!』

 

 今更だけど、見られてたんだよね。こうして面と向かって評されると、流石に恥ずかしいな。これでも前世は小食だったのよん。

 

「……とりあえず、君は結構な怪我をしているから、暫くはここで治療するよ。メルちゃんにお願いされたからね」

 

 ――――――そっか、そのプーギー……いや、“メルちゃん”が助けてくれたのか。持つべきものは、やっぱりプーギー(ともだち)だね!

 

「それじゃあ、私はこれからクエストに行くから、君はここでメルちゃんと遊んでいてくれるかな?」

 

 良いとも~♪

 宜しくね、メルちゃん!

 

『プゥ~♪』

 

 嗚呼、可愛いなぁ……。




◆プーギー

 皆大好きペット枠の生き物。たぶん豚。しかし、その大きさはどんなに成長してもモス以下なので、モンハン世界のミニブタなのかもしれない。
 アイルーやフクズクのように狩場へ立つ訳では無いが、愛くるしい仕草と容姿でハンターを癒してくれる為、愛好家は多い。可愛いは正義。撫でたり抱き上げたり出来るのはもちろん、様々な服を着せ替えて目の保養にするのも良いだろう。きゃわいい。
 ちなみに、作者はUSJのモンハンフィギュアでプーギーが当たらないかと購入してみたら、2体もアステラの料理長が手に入りました。何でだよ。


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願うならば……

アマツマガツチが来て欲シイ。


 プーギーの朝は早く、ガブラスは夜が早い。

 ……やぁやぁ、僕だよ、転生系アルビノ・ガブラスの元村人だよ。

 ハンター(名前はビスカというらしい)の家にお邪魔して早数日。彼女らの生活リズムも分かって来た。

 基本的にプーギーのメルちゃんが朝早くに目覚め、キッチンアイルーの手伝いをしつつ、寝坊助の主人を起こしてから、皆一緒にご飯を食べる。その後、ビスカはクエストに出掛け、メルちゃんたちは留守を務め、大体日が暮れた頃に晩餐を済ませて、皆揃って眠りに着くと、そんな感じである。

 つまり、何を言いたいのかというと、僕とは生活リズムが真逆に近い、という事だ。夜型だからね、僕。

 とは言え、完全に深夜帯が活動時間というとそうでもなく、どちらかと言うと猫(アイルーに非ず)に近いので、朝方と夕方に顔を合わせる事は出来る。頑張れば多少は起床時間を変更出来なくもない。

 という事で、ここ数日は朝餉と夕餉を共に出来るよう、睡眠時間を調整している。朝ご飯の後に直ぐ様お眠りタイムに入り、暮れなずむ頃合いに目を覚まし、夕ご飯を食べたら暫しメルちゃんと遊んでから、朝まで眠る、というサイクルである。元々は完全に日が沈んでから夜中くらいまで行動し、丑三つ時には寝床を探して、後はずっと寝ている感じだったので、そこまで苦では無かった。

 結果、僕は朝にメルちゃんに起こされ、朝食と夕食を共に供し、皆寝るまでメルちゃんと一緒に遊ぶという、非常に癒される時間を過ごしている。やっぱりプーギーは可愛いなぁ。

 ちなみに、この家にはメルちゃんの他にも、フェニー(雲羊鹿「ムーファ」の子供)の「フルーク(通称:「フルちゃん」もしくは「フルフル」)」、薄紅グークの「サクラ(通称:「サーちゃん」)」、白毛フクズクの「ホロホル(通称:「ホロちゃん」)」と、様々なペットが棲み付いている。どの子も服を着せて貰い、帰って来た主人へ一斉に擦り寄る事からも、とても可愛がられているのが分かる。どうやらビスカはペットを大切に出来る人間のようだ。

 だが、唯一僕に対してだけは、何処か距離を置いているようにも見える。メルちゃんたちの手前、笑顔で接してはいるが、最初に小屋を覗いた時以外は自分から近付こうとはせず、ペットを介して世話しているので、先ず間違いないだろう。特に嫌われるような真似をした覚えはないのだが……。

 まぁ、ガブラスが相手では無理もないし、僕としても安定した餌と寝床を提供してくれるのなら、別に腫物扱いでも構わないけどね。

 そう言えば、ビスカはハンター故に昼間はクエストに向かうのだが、基本的に採集のみであり、モンスターの狩猟や討伐は主に彼女のライバル(自称)が行っているらしい。装備がメルホアシリーズ一式である事からも、採取や採掘がメインなのだろう。

 しかし、全く戦えないかと言えばそうでもなく、ドスファンゴの肉やリオレイアの尻尾を持ち帰って来た事もある。どうもフレグランスで眠らせてから大タル爆弾Gで吹き飛ばす、所謂「睡眠爆破」が得意らしく、ボマーのスキルも発動させている為、ダメージがとんでもない事になる。その上、自分はランスで安全に起爆出来るので、ダメージは無い。とんだテロリストである。

 さらに、採集がメインである代わりなのか、広大な農場を有しており、採集に使う道具も自前で作っているので、様々な素材を自前で収穫出来る上に売上金だけで生活すら可能なのだとか。こうなるとハンターというよりファーマーと名乗った方が良い気がする。実際、近所にも「大地主」で通ってるみたいだし。ハンター稼業はあくまで趣味の範疇で、ペットの餌や自分へのご褒美を獲りに行く程度なのだろう。

 

「ただいま~」

 

 そんな農家ハンター、ビスカが帰って来た。今日もドスビスカスの匂いがするメルホア装備に身を包み、自作の剪定した花香るフレグランスを背負っている。

 

『プ~♪』『クァ~♪』『フェ~♪』『ヒュィ~♪』

 

 そして、愛する主人をメルちゃんたちが出迎え、その様子を僕は暖簾の隙間からジッと覗き、夕飯の時を待つ。これが最近の日常。

 

 ――――――さぁて、この毎日が崩れるのは、何時になるかねぇ?




◆グーク

 メゼポルタで愛好されているアヒル。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない。
 デフォルメしたアヒル然とした生き物で、戦闘能力は無いに等しいが、餌や遺伝により羽毛の模様が変化するという特徴があり、まるで金魚の如くその容姿を楽しむ事が出来る。プーギー同様お世話や着替えも可能で、キュートな仕草に胸を射抜かれるハンターも多い。「グーク鍋」という“グークと一緒に鍋作りを楽しむ(決して「グークの鍋」ではない)”文化もあり、趣味と実益を兼ねる事が出来るからか、ある時期から人気が急増した。こんな形でも鳥竜種らしく、巨大に成長した個体は空を飛べるのだという。戦闘能力は相変わらず皆無だけど。
 グークの飼育は現大陸の方ではあまり根付いていないようだが、とあるメゼポルタ帰りのハンターが「グークと現大陸でも触れ合いたい」と願い、千羽分もの「剣斧ノ折形【桜雲】」を造り上げたとか。


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閑話:大きな夢

今回はビスカ視点


「うん、良い出来ね」

 

 私ことビスカ・メルホアールは、今日も今日とてクエスト……ではなく、農業に勤しんでいた。アイルーを沢山雇っているので、別に私が手を出さなくても良いのだが、やはり自分で見定め納入した作物たちの状態くらいは、己の目で確かめたい。

 ちなみに、今見分しているのは「ドスビスカス」という花。ココット村を代表する特産品だ。

 だが、この一角にあるドスビスカスは、唯のドスビスカスではない。最近になって発見された、「ヴァリアビスカス」という突然変異種である。

 ドスビスカスは風土に合わせて形質を変化させるという特性があり、このヴァリアビスカスは頭がクラクラする程の強い香りを発するという。事実、私も嗅いだ瞬間、ちょっとクラッときた。

 海外のとある王国の環境に順応している為、発芽が難しく、仮に芽が出ても花を咲かせる事は難しいと言われてきたが――――――遂に、蕾を付ける段階まできた。専用の囲いと様々なアイテムを使って再現した人工的な環境を用意して漸くだ。

 それもこれも、アイルーたちとの試行錯誤の成果と言える。ここに至るまで、一体どれ程の時間と金を消費したか……。

 しかし、その見返りは大きい。ヴァリアビスカスが花開く時、私のフレグランスは最強の矛と成り、メルホアシリーズは偉大な防具と化すだろう。

 いやぁ、今から楽しみだなぁ~♪

 

『旦那さん、今日も観に来てるかニャ~?』

 

 と、ヴァリアビスカス育成チームのリーダー、農場アイルーの「エビス」が声を掛けて来た。緑茶色の毛に赤紫色の瞳が特徴の働き者である。

 

「うん。このまま環境を維持すれば、近い内に咲くかもね」

『確かに旦那さんの言う通りですニャ。……これじゃあ、管理者のお株が奪われちゃうニャ~』

「大丈夫だよ。私は何時も傍に居られる訳じゃないから、やっぱりエビスたちが頼りだよ。他の子にも宜しく言っておいてね」

『了解だニャ。旦那さんはこれからクエストですかニャ?』

「そうだね。農場の肥料が足りなくなってきてるから、採集に行こうかと思って」

『……クエストが終わったら、ちゃんとお風呂に入ってくださいニャ~』

「言われなくても入るよ! ……それじゃあね」

『いってらっしゃいませニャ~』

 

 という事で、エビスに後を任せ、私はクエストを受注する為に村長の家へ向かう。昔は「ミナガルデ」と交流が盛んで、集会所も向こうにあったのだが、崖崩れにより行路が完全に途絶えてしまった為、今では村長が集会所も兼任している。

 村の“お悩み解決”の面が強い「村クエスト」と違い、集会所はギルド直営なので難易度が高く、その分だけ報酬が良い。遣り甲斐を求めるなら、そちらを受注すると良いだろう。事実、我がライバル様はそちらをメインに活動している。

 しかし、私は採集がメインのハンターなので、別段クエストの種類は選んでいない。欲しい物がある時に、したいクエストをしている。今回はモンスターのフン集めだから、村クエを適当に受注しようかな。

 

「おお、ビスカか。クエストを受けに来たのかの?」

「はい。畑の肥料集めのついでに、何か狩猟しようかと」

「……フンのついでにモンスターを狩るのか」

 

 早速、村長宅兼集会所の前に行き、村長に挨拶をしたら微妙な顔をされた。解せぬ。良いじゃん、肥料のついでだって。そんな顔ばかりしていると、ベッキーさんの方に行っちゃうぞ。

 

「それで、何かお困りの事は?」

「そうじゃのう……最近、森丘の方で変わったイャンクックを見掛けるそうじゃ」

「亜種ですか?」

「分からん。何分、チラッと見ただけらしいからの。ただ、かなり興奮気味で狂暴化しとるそうじゃ」

「それは危ないですね」

 

 森丘はココット村の目と鼻の先にある狩場。既存のモンスターならともかく、未知のモンスターにうろつかれるのは良い気がしない。狂暴だというのなら猶更だ。肥料のおまけで狩ってやろう。

 

「おやぁ? 何時もの探索ツアーじゃなくて、狩猟クエストに参加するとは、どういう風の吹き回しだぁ~?」

 

 すると、後ろから嘲るような調子で声を掛けられた。この挑発的な口調、間違いない。

 

「ヴリアちゃん!」

「“ちゃん”って言うな。呼び捨てにしろって何度も言ってるだろ!」

 

 振り向けば、そこには大切な友の姿が。

 頭以外をガブラスーツで纏めた、銀髪灼眼の勝ち気な女の子。過去の事故で左目が失明しており、常にオリジナル防具の眼帯を付けている。背負う武器は「蛇剣【毒蛇】」。他にも「モータルサーペント」や「バレットシャワー・蛇」、それから「蛇槍【ウリトラ】」など、ガブラス素材の武器を数種類持っている。

 そんなガブラス尽くしな彼女は、ヴリア・トラスナーガ。私の幼馴染であり、最高の心友である。

 ……うん、彼女にはアルビノ・ガブラスの事は黙っておこう。見た瞬間に捌きかねないし。

 

「――――――って言うか、ヴリアちゃん、デデ砂漠の方に行ってなかったっけ?」

「そんなモン、とっくに終わらせたよ。……それよりよぉ~、今から狩猟に行くんだろぉ? なら、アタシも連れて行けや。腕が訛ってないか確かめてやんよ」

「フン集めるの手伝ってくれるんだね?」

「それは自分でやれ。見張りはアタシがやるから」

「あ~ん……」

 

 つれないなぁ~。

 まぁ、良いか。それじゃあ、お言葉に甘えて、久々にヴリアちゃんとクエストに行こうかな!




◆ヴリア・トラスナーガ

 ココット村出身の女ハンター。ビスカの自称:ライバル。こちらは狩猟をメインに活動しており、大剣・ランス・ハンマー・スラッシュアックス・ライトボウガンと、様々な武器を使い熟す。頭以外の全てをガブラス系統の装備で固めているのがトレードマーク。
 過去にガブラスによって左目を潰されていて、それがトラウマになっている。その為、復讐と克服を兼ねて、狩猟の度にガブラスを殺すのが日課となった。


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閑話:伝わるその鼓動

今回“も”ビスカ視点デス。


 ――――――森丘、エリア2。

 

「あったあった、良いフンだ!」

「ウ○コ見て喜ぶなよ」

「だけど、これが良い肥料になるんだよ!」

「そうだけど、そうじゃねぇんだよ」

 

 私はモンスターのフンと戯れていた。そんな私を、ヴリアちゃんが冷たい眼で見詰めてくる。酷い。

 

「大丈夫大丈夫、消臭玉は持ってるから」

「帰ったらちゃんと風呂に入れよ」

「エビスにも同じ事を言われたなぁ……」

「当たり前だろ」

 

 ま、言わんとしている事は分かる。何処まで行ってもウ○コはウン○だからね。後はこれを持ち帰って、ボルボロスの泥と混ぜ合わせて数日置けば、農場全体を潤す肥料になる。この機会に畑を拡張しようかなー。

 

「――――――で、採集は終わったか、スカト○」

「人聞きの悪い事を言わないでくれる? ……さて、それじゃあ、本題に入ろうか」

 

 肥料の素を集め終わった私は、目の前に広がる異様な光景(・・・・・)を見た。

 

「アプトノス処か、イャンクックまで殺されてるな」

 

 ヴリアちゃんの言う通り、数匹のアプトノスと、怪鳥「イャンクック」が無惨な姿で横たわっていた。全身がズタズタに引き裂かれ、身体の一部が千切れ飛び、そこら中を血で染めている。

 

「アプトノスはともかく、イャンクックともなると、相当な大型モンスターのようね」

 

 イャンクックは飛竜種に近い骨格を持った大型の鳥竜種で、折り畳み式の団扇のような耳とドデカい嘴といった特徴的な容姿をしており、啄みや体当たりと言った肉弾戦や、口から吐く火炎液弾に翼の風圧などの飛び道具も持ち合わせた、そこらの中型モンスターとは比較にならない戦闘能力を秘めている。

 その“リオレウスの小型版”とでも言うべき戦闘スタイルから、初心者ハンターにとっての登竜門のような扱いをされており、密かに「クック先生」などと揶揄されていたりいる。

 そんなイャンクックを、こうも無惨な八つ裂きにするモンスターとなると、数は限られてくる。森丘だと、それこそリオレウスやリオレイアくらいだろう。一体誰の仕業だろうか?

 

「……ま、奥に行ってみるしかないか」

「そうね」

 

 そういう事になった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「死体の数が凄いな」

 

 とりあえずエリア3の広場まで来たが、至る所にモンスターの死骸が転がっている。アプトノスやケルビなどの草食動物はもちろん、ドスランポスにドスファンゴといった大型モンスターも殺されていた。

 しかも、どの死体もズタボロではあるものの、何故か捕食された痕が無い(・・・・・・・・・)。動物食のリオス種では先ずあり得ないだろうし、そもそもこんなに殺す必要が無いだろう。

 つまり、犯人は殺すという行為(・・・・・・・)そのものを愉しんでいる(・・・・・・・・・・・)という事だ。そんなモンスターがいるだろうか?

 

「……少し嫌な予感がするが、聞いておくか?」

 

 ヴリアちゃんが神妙な顔で呟く。こういう時の彼女の嫌な予感はよく当たるんだよね。

 

「正直あんまり聞きたくないけど、どうぞ」

「なら言ってやる。……このエリア9の奥に潜んでる奴は、イャンクックでも、ましてやその亜種でもない。おそらくだが、そいつは――――――」

 

 と、その時。

 

『キョワァアアアアアアッ!』

『ギャヴォオオオオオスッ!』

 

 エリア9へ続く自然トンネルの入り口から、2頭の大型鳥竜種がドタバタと現れた。一方がもう一方を追いかけ回す、鬼ごっこのような状態である。

 片方はイャンクックだが、それを追い掛けるのは、よく似たシルエットの別物。全体的に刺々しく、黒紫色の甲殻に覆われ、白い髭のような鬣を生やした、大型の鳥竜種。気性が荒いのか、身体の至る所に傷があり、数多の返り血を被っている事も相俟って、非常に禍々しい。

 こいつは一体――――――、

 

「黒狼竜……「イャンガルルガ」だ!」

 

 かの鳥竜を見た瞬間、ヴリアちゃんが叫ぶ。かなり焦った声で、何時もの彼女らしくなかった。

 つまり、このモンスターはそれだけ危険な生物、という事だ。

 

「イャンガルルガって何?」

「見てりゃ分かるさ」

 

 私の質問に、ヴリアちゃんが顎を動かして応える。

 

『クケェッ!』

『ギャヴォオオオッ!』

 

 とか言っていたら、イャンガルルガが大きく跳躍して、逃げるイャンクックを踏み倒した。

 さらに、三叉矛のような尻尾を叩き付け、嘴を何度も突き立て、止めとばかりに足の鉤爪で腸を引き裂いて、あっという間にイャンクックを惨殺してしまった。およそ1分にも満たない早業である。

 

『ギャハハハハハハッ!』

 

 そして、一頻りイャンクックの死体を嬲ると、漸く満足したのか、高笑いのような鳴き声を上げた。まさに殺し屋、狂戦士。食べるでもなく、防衛本能でもなく、ただ殺しを愉しんでいる。そんな印象を受けた。

 

『グルルルル……ギャヴォオオオオオスッ!』

 

 しかも、さっき殺したばかりなのに、もう血に飢えたのか、呆然と見守るしかなかった私たちの方へ振り返ると、唸り声を上げながら猛然と襲い掛かって来た。

 なるほど、確かにこれは見れば分かる。

 

「来るぞ! 奴には毒も麻痺も効かない! お前のフレグランスが頼りだ!」

「了解だよ!」

 

 むろん、ハンターたる私とヴリアちゃんが、易々と狩られてやる筋合いはない。むしろ返り討ちにしてやる!




◆イャンクック

 広い生息域を持つ大型の鳥竜種。飛竜種を思わせる細身と無駄にデカい嘴、折り畳み式の耳介が特徴で、別名は「大怪鳥」。食性は昆虫食であり、特にクンチュウが大好物。
 口から火炎液という発火性の強い液体を吐く事が出来るほか、突進や啄みなどが主な攻撃手段になる。行動パターンが飛竜種(特にリオス種)と似ている事から、過去には飛竜種されていた時期もあった。その為、飛竜種に挑む前の登竜門として、ハンターたちからは「先生」と呼ばれる事もある。
 ちなみに、近縁種であるイャンガルルガには徹底的に利用される立場にあり、一度托卵されてしまえば、巣立ちの記念として“親殺し”をされる運命にある上、野良の出遭い頭にぶっ殺されるのは日常茶飯事である。クック先生が何したって言うんだ……。


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閑話:変われない

ビスカ視点、これにて終了


『ギャギャヴォッ!』

「「危なっ!?」」

 

 イャンガルルガが突進しながら啄んでくる。イャンクックのそれと違い、鋭く抉るような攻撃だ。

 

『グギャッ! ギャォッ! グゴォッ!』

「うぉおおおっ!」「くぅっ……!」

 

 さらに、クルッと振り返ったかと思うと、火炎液弾ではなく、火球を三連打してきた。火竜かお前は。

 

「この……うわっ!?」

『ギャヴォオオッ!』

 

 私は何とか反撃を試みるが、イャンガルルガが突如として力強く羽ばたいて、風圧で身動きを封じてきた。

 

「不味い、避けろビスカ!」

『グギャァアアアアアッ!』

「ぐはっ!?」

 

 そして、イャンガルルガが容赦なく追撃。風圧で怯む私にサマーソルトで吹き飛ばすと同時に、毒を打ち込む。雌火竜か貴様は。

 ……って、言ってる場合か。ヤバい、毒で体力が――――――、

 

『グヴォォォ……ギェッ!?』

「させるかぁっ! 粉塵だ、起きろビスカ!」

 

 だが、毒と追い打ちで力尽きる寸前の私を、ヴリアちゃんが救ってくれた。閃光玉でイャンガルルガを足止めして、漢方の粉塵と生命の粉塵を撒いてくれたのである。何と有難い事か。

 

「――――――ハァッ! ふぅ……助かったよ、ヴリアちゃん」

「気を付けろ。こいつは鳥竜種というより、サイズの縮んだリオレイアだと思って接した方が良い。毒も麻痺も減気も、音爆弾さえも物ともせずに、素早い動きで相手を翻弄し、突進、風圧、咆哮で動きを封じて、突進やサマーソルトで止めを刺す。それが“殺戮生物”黒狼竜イャンガルルガだ」

「なるほど……」

 

 身軽で小柄なリオレイアか。

 なるほど、確かにそんな気もする。嘴で啄む以外は、火球、風圧、突進、サマーソルトと、リオレイアの要素しか見当たらない。尻尾に毒あるし。その上、毒が効かず麻痺も減気も大して効果が無いとなると、罠で嵌めるか、それこそ昏睡させるしかないだろう。

 しかし、大型の鳥竜種という骨格上、スタンにはそこまで耐性が無い筈だ。

 ならば、盾で殴れる私が攻めなくちゃね!

 

「ヴリアちゃん、サイドをお願いね!」

「任せろ! スタンと眠りは頼むぞ!」

「言われるまでもない! おりゃあ!」

 

 という訳で、私は盾で殴り付けるようにタックルをかました。イャンガルルガは眼が眩んでいる筈なのに割と正確に尻尾で攻撃しようとしてきたが、ヴリアちゃんが流れるような三連斬りを食らわせて阻止する。先ずシンプルに尻尾の先端を縦に斬り、その後に渦を巻くような連撃で頭と腹部を斬り裂き、怯ませたのである。

 

「ドラァッ!」

『ギャァッ!?』

 

 さらに、力を溜めた打ち下ろしで尻尾を斬り飛ばした。

 

「流れるような剣捌きだね!」

「実際、“流斬り連携”って流派だしな。手数を重視した、属性ダメージや状態異常値を蓄積させる攻撃方法だよ。……それよりも!」

「任せんさい! ドワォッ!」

『ギギャォアッ!?』

 

 そして、私の三連突きからの盾攻撃でスタンを決め、そのまま袋叩きにする。片翼を壊し、耳を削り、背中にヒビを入れた。しかも、起き上る前にシビレ罠で拘束。更なるダメ押しを食らわせる。

 

『グギャヴォオオオオオッ!』

 

 と、シビレ罠を脱したイャンガルルガが激昂した。これだけボコられれば、流石にキレるか。最初からブチ切れだったような気もするけど。

 

「……落とし穴は使うなよ。怒ってる時のこいつは勘が鋭いからな。張っても、踏み抜かれるだけだ」

「分かった」

 

 元より、捕獲する気なんぞ更々ないし、さっきのシビレ罠も偶々持って来ていた物だ。もしかしたらヴリアちゃんが持っているかもしれないが、それは然るべきタイミングで彼女自身が使えば良いだろう。

 つまり、ここからが正念場という事である。怒り狂ったイャンガルルガの猛攻を掻い潜り、奴に手痛い反撃を食らわせ、2人で揃って止めを刺す。

 見せてやる、私たちのコンビネーションを!

 

『ギャギャヴォオオオン!』

「「シッ!」」

 

 予備動作が皆無に等しい、イャンガルルガの突進攻撃+サマーソルトのコンボ攻撃を、殆ど勘だけで避ける。私はステップで、ヴリアちゃんは前転で、だ。

 

『ギャヴォオオオッ!』

「フッ……オラァッ!」

『ギェアッ!?』

 

 さらに、私狙いの飛び掛かりをジャストガードで防ぎ、カウンターの十文字斬りを食らわせ、怯んだ所に溜め薙ぎ払いを浴びせた。普通ランスは突く物だが、我が家の自慢の農作物パワーで元気モリモリな私なら、こうしてぶん回す事だって出来るのだよ!

 

『グヴォ……ッ!? ZZZzzz……』

 

 よし、漸く睡眠状態になったか。ならば!

 

「ヴリアちゃん、爆弾ある?」

「Gがある」

「上等!」

 

 豪快な寝息を掻くイャンガルルガの目の前に、4つの大タル爆弾Gが置かれる。何で2人揃って持ってたのかは私にも分からないが、これは派手な目覚ましになりそうだね。

 

「どりゃりゃりゃりゃりゃ!」

『ギャヴォオオオオオオッ!?』

「これも食らっとけやぁっ!」

 

 という事で、突進攻撃による睡眠爆破でイャンガルルガを文字通り叩き起こし、次いでヴリアちゃんが前進しながら下段からの昇流斬り三連撃を食らわせ、瀕死へ追い込む。

 

『ゲギャギャギャアアッ!』

「させないよ! ……今!」

「死ねよやぁああああっ!」

『ギゲェァ……グゥ……!』

 

 そして、最後の悪足掻きを仕掛けてくるイャンガルルガを盾で食い止め、その隙にヴィラちゃんの激昂したかのような溜め斬りがイャンガルルガの頭を直撃し、遂に息の根を断ち切った。

 

「終わったな」

「そうね。だけど……」

 

 どうにか討伐したが、まさか斃れるまで殺そうとするとは、空恐ろしいモンスターである。とてもクック先生の親戚とは思えない。その鬼神の如き強さに畏怖を込めて「教官」と呼ぼう。

 

「……剥ぎ取りはどうする?」

「いらないからあげる。端材が出たら、それを頂戴。オトモにあげるから」

「分かった。それじゃあ、遠慮なく」

 

 ヴリアちゃんが慣れた手付きで素材を剥ぎ取っていく。戦闘中の口振りからして、交戦するのはこれが初めてではないのかもしれない。後で詳しく聞かせて貰おうかな。

 

「ああ、それはそれとして――――――」

 

 すると、素材を剥ぎ取り終えたヴリアちゃんが、私をスッと見据えて、

 

「――――――お前の家、白いガブラスが居るんだってな? 村長から聞いたぜぇ~?」

 

 ヤバい、バレテ~ラ。ど、どうしよう……。




◆イャンガルルガ

 「黒狼鳥」の異名を持つ凶暴な大型の鳥竜種。イャンクックの近縁種で容姿も似通っているのだが、こちらは黒く刺々しい甲殻と白い鬣を持ち、火炎液ではなく正真正銘の火球を吐く。鳥竜種なのに。
 しかし、最大の特徴は、その異常なまでの凶暴性。生粋の狂戦士であり、托卵先のイャンクックを巣立ちと共に殺し、その後は目に付く生き物を殺して殺して殺しまくる。相手が格上かどうかすら関係なく、とにかく挑み掛かり、どちらかが死ぬまで執拗に攻撃する。その為、身体中が生傷だらけで、特に耳介が破損している場合が多い。
 そんな生きる殺戮マシンなイャンガルルガだが、実は狩りや子育てがヘタクソで、イャンクックに托卵したり横取りしたりして生活している、意外な一面がある。でも殺す。
 また、イャンクックに似て非なる者という事で、ハンターたちからは「教官」と呼ばれている。


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自由な時へ

今、旅立ちの時。


 それは、ある日の朝に起きた。

 

「お前がアルビノ・ガブラスかぁ!」

『きゅぁっ!?』

 

 逃げる僕、唸る「バレットシャワー・蛇」。至近距離で散弾が発射され、放散弾が逃げ道を着実に塞いでいく。僕史上、最大のピンチ!

 やぁやぁ、皆さんお早う。僕だよ、アルビノ系ガブラスの元村人だよ。

 さて、早速だけど、朝起きたら、ハンターの家で別のハンターに襲われた。何を言ってるのか分からねーと思うが、僕にも分からねー。寝起きを弾丸でぶち抜かれて、頭がどうにかなりそうだ。

 不意打ちがどうとか、そんなちゃちなモンじゃねー、もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ!

 ……じゃなくて、いきなりどういう事だってばよ、これは。何故に見知らぬガブラスマニアっぽいハンターに、僕の爽やかな朝をぶち壊しにされなきゃならないのか。まるで意味が分からんぞ!

 

「へっへっへっ、追い詰めたぜ、白蛇ちゃ~ん♪」

 

 とか言っている間に壁際に追い詰められ、頭に狙いを定められた。これは不味い。

 

「止めだぁっ!」

『プキィーッ!』

「ぐわばーっ!?」

 

 だが、ハンターが散弾の速射をする前に、メルちゃんのファンゴアタックが頭に直撃。ハンターは錐揉みしながら外まで吹っ飛ばされ、畑の肥溜めにダイブした。ナイスだ、メルちゃん。

 

『フェーフェーッ!』『クァクァッ!』『ヒュィイイイッ!』

「ちょ、おまっ……や、やめ……YAMEROOOOOOOOOO!」

 

 さらに、フルちゃん、サーちゃん、ホロちゃんが追撃を仕掛け、糞の中で溺れるハンターに次々と石が当たる。一部は出したてのUNKである。これは酷い……というか臭い。そのまま死ねば良いのに。

 

「ああ、やっぱりこうなっちゃったか……」

 

 すると、家の主たるビスカが登場。たぶんだけど、お前の知り合だろ、何とかしろ。燃えない生ゴミは年がら年中土に還しておけ。

 

「ビ、ビスカ! 見てないで助けろ! こいつらが邪魔するんだよ!」

「そりゃそうでしょうよ、ヴリアちゃん。その子は我が家のアイドルなんだから」

 

 私は除く、と言いた気だね、ビスカさんや。

 まぁ、それはどうでもいいから、そいつの事を話しやがれ。意味不明な理由で襲ってきていた場合、容赦なく劇毒をぶち撒けてやる。

 

「ああ、紹介するね。この子はヴリアちゃん。私の幼馴染で、同業者だよ」

「あっぷ……ライバルだぁ!」

「アライバルだってさ。で、見ての通りガブラスを斃して戦利品にする事に生き甲斐を見出してるハンターだよ。だから、物珍しい君を素材にしようとした訳だ」

 

 何じゃそりゃ。密猟者と変わらないじゃん。ガブラスの何処がそんなに良いんだか。

 ……自分で言ってて悲しくなってくるな。考えるのはよそう。

 

『きゅー』

 

 ま、良いさ。何れ壊れる物だと分かっていたし、そろそろ潮時だとも思っていた。平穏な日常とはおさらばさせて貰うとするよ。

 

『きゅぁー』

 

 という事で、僕はヴリアとかいうハンターが肥溜めを抜け出す前に、さっさと家を去る事にした。幸い今日は曇り空だし、少し無理をすれば出歩けない事もない。

 

『プゥー』『フェー』『クァー』『ピィー』

 

 メルちゃんたちの寂しそうな眼が心苦しいけど、こればかりは仕方ないだろう。所詮、人間とモンスターは分かり合えないのさ。

 

「あ、テメ、この待ちやが――――――」

『『『『キィイイイイイイイイ!』』』』

「ぐげぁあああああああああああああ!?」

 

 そして、性懲りもなく僕を襲おうとするヴリアと、それをボコボコにするメルちゃんたち、それから複雑な顔でこちらを見るビスカを尻目に、僕は数日間を過ごしたビスカ家を後にするのだった。

 それじゃあ、また会う日まで、皆バイバ~イ♪




◆フェニー

 雲羊鹿「ムーファ」の幼体。元々大人しい草食種で、特に子供の頃に人慣れさせておくと非常に懐く為、プーギーやグークなどと同じく昔からペットとして愛玩されてきた。名前通り「フェー」と鳴く。可愛い。


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このココット山に

白いガブラスが本当に居たら見てみたいですけドネ。


『きゅ~あぁ~♪』

 

 とりあえず、山彦を呼んでみる。

 やぁやぁ、僕ガブラス。元村人で今は災厄の使者をやってるよ。アルビノだけどね。

 さてはて、ヴリアとかいうふざけたヤロウから逃げ延びて、至る所はココット山。“ココットの英雄”が最後に訪れたとされる、伝説の地である。

 まぁ、ココット村から歩いて来れる距離なのだが(ココット村はこの山の麓にある)。ガブラスの脚で行ける距離なんて、高が知れてるからね、仕方ないね。

 ちなみに、僕の生まれ故郷っぽい「旧沼地(ジォ・テラード湿地帯)」や、僕がビスカと出会った「森丘(「シルクォーレの森」と「シルトン丘陵」)」も地続きであり、行こうと思えば何時でも何処にでもUターン可能ではある。どの道、何れにも暫く戻る予定は無いけど。あのUNK女に遭いそうだし。

 それにしても、良い景色だなぁ、ここ。今まで訪れた事のある狩猟地の数々を一望出来るし、何よりリオス種の巣窟となっている為、脅威となる中型モンスターが殆どいない。その分、リオス種から見向きもされない環境生物が繁栄しているが、僕にとっては餌にし易い奴が多いというだけの話なので、逆に嬉しい限りだ。幸い山頂から幾つもの水流が発生している為、水の確保も出来る。休火山らしいから、火山湖が水源だろうか?

 しかし、標高と生物相の関係上、登れば登る程に植生が貧弱なのが偶に傷。5合目辺りが森林限界(「森」が発生可能な限界の境界線)と言えば、その弱々しさが分かるだろう。身を隠す木々など望める筈もない。代わりに岩だらけなので、主にそれらを寝床にすべきか。芝生を刈り集めないとなー。

 ともかく、暫くはここで厄介になろうと思う。翼は未熟なままだが、何故か脚力が発達しつつあるので、そちらを活かして生きていきたい。

 

『きゅーん……』

 

 さーて、月夜に吠えるのはこれくらいにして、拠点を作るとしよう。

 僕たち翼蛇竜は本物の蛇と違い変温動物ではなく、恒温動物である。特に翼の奇網が発達していて、翼膜から逃げる体温を熱交換で維持したり、逆に余分な熱を逃がして身体を冷却したりと、自在に体温を調整出来る。

 つまり、翼が未発達な僕は通常個体よりも体温調整がヘタクソという事だ。哀しいなぁ……。

 だが、全く出来ない訳ではないし、何より家出の際に持ち逃げした、フルちゃんの羊毛やホロちゃんの羽毛がたんまりある。最初に手に入れたファンゴとモスの毛皮も健在である。これらを利用すれば、即席のコートとして使える。高山の寒さも、これで凌げるだろう。

 ……え? ガブラスがどうやって縫物をするのかって?

 引き籠りを舐めないで頂きたい。村が王国に誇る「裁縫侯(グランクチュリエール)」と呼ばれた、この僕にとって、コートを1枚作るくらいお手の物さ。

 そう、手が使えなければ、足と口を使えば……そぉい、出来た!

 

『きゅ~ん♪』

 

 うーん、フルちゃんの温もりを感じる寝間着だわ。僕の抜け殻を布地にした、中はモコモコ外は頑強な自信作である。他にもホロちゃんの羽毛を使ったお布団も作ったから、岩肌の冷たさと硬さに悩む事もない。

 ああ、外套もちゃんと作ったよ。ファンゴやモスの毛皮を外地にした、遮光性抜群のコートだ。もちろん、内側はフルちゃんのモコモコが付いているから、寒さもヘッチャラさ。我ながら素晴らしい出来栄えである。

 勝ったな、芝刈ってくる。岩に直寝するよりも温かくなるし、布団も長持ちするからね。

 という事で、コショコショコショ。隣の芝刈り~♪

 ――――――よし、集まったね。これで寝床として目星を付けた岩の隙間に敷き詰めれば……OK!

 というか、外套を纏っているとは言え、これだけガブラスがウロチョロしてるのにモンスターが襲って来ない辺り、この山の生態系が伺えるね。飛竜種を頂点とした、環境生物だらけの禿山じゃあ、こうもなるわな。モノブロスもいるらしいけど、それは森林限界より下の話だろう。8合目辺りのここらにサボテンなんぞある訳もない。そこら中にリオス種の巣があるし。

 それはそれとして、ご飯はどうしようかなー。草食種は見当たらないし、精々ランゴスタがブンブン飛んでいるだけ。ちょっとだけブナハブラも混じってるけど、それがどうした。

 ……ここはやっぱり釣りかな!

 毒霧で撃ち落としたランゴスタの腹袋を尻尾に括り付けて、近くの川へ垂らし――――――今ッ!

 

『きゅぁっ!』

『ピチピチピチピチ!』

 

 よーし、サシミウオが釣れた!

 続いてサシミウオ、またしてもサシミウオ、次は小金魚に黄金魚、カジキマグロに……スサノウオぉっ!

 良いね良いね、この調子でドンドン行こうか!

 

※この後、滅茶苦茶釣った。




◆ココット山

 ココット村の英雄たちが最後に立ち寄ったとされる狩猟地。ヒンメルン山脈に属しており、ミナガルデとココット村を隔てる境目でもある。
 かつては強大な古龍が君臨し、周囲に多大な影響を与えていたが、英雄たち5人組が決死の覚悟で挑み、たった1人の犠牲(英雄の婚約者)で討伐に成功したと言われている。その偉業はハンターという地位を大いに上げ、現在の礎を築いたが、同時に“ハンターは5人で組むと必ず犠牲者が出る”というジンクスまで生んでしまったらしい。真実は永遠にココット村の村長の胸の内だろうが……。
 ちなみに、山中では基本的にリオス種が優勢の生態系を形成しているが、何故かモノブロスが現れる事もある。何でや。


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富とか名誉よりも

読書の冬!


『けっぷ……』

 

 いきなり失礼。だけど仕方ないんだ、お魚がいっぱい釣れるんですもの。

 ……やぁやぁ、皆さんお晩です。アルビノ系ガブラスの元村人な僕だよ。

 それにしても、ココット山の川は凄いね。魚影が濃くて種類も豊富、食い付きも抜群という、まるで釣り堀みたいな勢いで掛かるんだよね。

 緑も生物も少ないこの場所に、どうしてこんなに魚がいるのか。その答えは、環境生物にあった。

 皆さんは「ツリバリムシ」という環境生物をご存じだろうか?

 頭が引っ掛け針のような形をしており、細長い胴体を常にグネグネと曲げているのが特徴で、その姿がまるで釣り針を思わせる為、この名が付いた。

 だから何だという話だが、このツリバリムシ、実は寄生虫の類であり、虫系統の生物に取り付くと神経系を乗っ取って入水自殺させるという、割とおっかない特性を持っている。

 さらに、魚→魚食性のモンスター→と宿主を変えていき、最終的に卵の状態でフンとして排出され、それに集る虫を第1媒介者として飛び込みさせる、というライフサイクルを送るのだ。

 魚たちの多くは淡水にも海水にも順応でき、移動範囲も幅広いので、彼らを移動手段として当てにしているのだろう。その為にも餌として自身の宿主を提供し、上手い事体内へ潜り込む、という寸法である。

 ちなみに、魚は移動手段である為、虫と違って完全に神経を乗っ取られるような事はなく、精々捕食者に対する警戒心を多少薄れさせる程度だったりする。それが一番致命的とか言ってはいけない。ゾンビが良いか、馬鹿になるのが良いか、という話だろう。僕はどっちも嫌です、はい。

 そして、最終宿主に相当する僕は何の害も無い。UNKに卵がいっぱい入っているだけだ。お花を摘むだけで大漁に恵まれるというのだから、甘んじて受けよう。

 余談だが、人間が食べるとバッチリお腹を壊すので、きちんと火を通して食べた方が良い(ただしハンターは除く)。稀に共生関係になる事もあるが、そういうのは例外中の例外なので当てにしないように。

 ――――――で、こんな気色の悪い生態をしている為、魚に寄生虫がいるのを知っていても、それがどんな環境生物なのかは知らない、という人が多い。好き好んで調べる物でもないしね。

 僕が知っていたのは、全くの偶然である。とある本で読んでしまっただけだ。読まなきゃ良かった……。

 まぁ、そんな事はどうでも良いとして、そろそろ今後の事について考えよう。ココット山に来て早数十日が経ったが、いい加減この生活にも飽きてきた。生きて行くには充分だけど、何かが足りない。

 ぶっちゃけ、本とか読みたいです。前世の趣味が裁縫と読書だったから、もう本の虫になりたくて仕方ないのよ。周りを本に囲まれながら、朝から晩まで字と向き合いたい。読書家なら分かるでしょ、この気持ち!?

 そんな訳で、ミナガルデという街を目指したいと思います。ココット村とは反対側の、そのまた更に向こうにあるという大きな街で、世界各地から多くのハンターが獲物を求めてやって来るという、“狩りの集い場”である。

 当然、交易も盛んであり、様々な珍しい物が見られる……って、ビスカがメルちゃんに話してた。これは行くしかないだろう。きっと本も沢山あるに違いない。

 それを実現するには、僕がガブラスであり、お金が無いという問題が立ちはだかる。当たり前か……。

 だが、これに関しては、ある程度目途は立っている。足りないなら、持つ者に頼ればいい。

 ようするに、ミナガルデに向かう人間のオトモとして付いて行く、という事だ。これはこれで問題あるけど、少なくとも正面突破したり忍び込むよりは、まだ可能性があるだろう。都合の良い人間が見付かるかは運次第だが、そこはもう運命として受け入れるしかない。

 さぁ、山を下って、一狩り行こうか!

 僕は寄生するだけだけどな!




◆ツリバネムシ

 頭が釣り針のような形をした、ハリガネムシっぽい寄生虫。水中で蜷局を撒く姿は、まさに“釣り針の付いた発条”。
 主に蟲系の環境生物に寄生し、入水自殺させる事で繁殖する。順番としては蟲(卵及び幼虫)→水棲生物(亜成体)→魚食性の陸棲もしくは空棲生物(成体及び産卵携帯)→フン(卵)という感じで移行する。特に植生に乏しい高山の河川における重要な存在で、彼らが蟲を飛び込みさせる事で川魚たちは栄養を得ている。
 ちなみに、人間は本来の寄生対象ではないので、しっかりと腹を壊す。川魚を食べる時は、内臓を排除してからか、加熱してから食べましょう。さもないと、次の日にお尻が大変な事に……。


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走って行きたいよー

次は新フィールド。


 そんなこんなで、荷物を背負って山を越え、下山しつつ人を探す。

 ……やぁやぁ皆さん、こんにちは。ココット山での悠々自適な生活に暇を持て余してしまい、本を求めて人里に下って来たアルビノなガブラスだよ。元はしがない村人ね。

 いやぁ、ココット山は5合目までは本当に天敵が居なくていいね。リオス種はちょっかいさえ出さなければ、基本的にガブラスの相手なんかしないし。

 問題はこの先――――――4合目辺りからなのよ。ここからは樹木が生え出し、大・中・小の様々なモンスターも頭角を現し始める。

 特に恐ろしいのはモノブロス。砂漠に居ればいい物を、何故かココット山にも生息している。森林限界付近に生えている多肉植物を食べているのだろう。

 さらに、その先に続く森林地帯を乗り越えた末に、漸くミナガルデへ辿り着くのである。この森がまた曲者で、沼地方面から迷い込んだのか、毒怪鳥「ゲリョス」や紫毒鳥「ゲリョス亜種」が生息しているのだ。

 どちらも「狂走エキス」と呼ばれる滋養強壮効果のある体液により荒れ狂うように走り回りながら毒をばら撒き、頭部のトサカと嘴の先端を打ち合わせる事で内部器官を炸裂させて閃光を放つなど、トリッキーで厄介な戦法を取ってくる。戦闘能力自体は中型モンスターの中では低めだが、搦め手を多用してくる為、思う以上に面倒に感じるかもしれない。

 何と言うか、この近辺を代表する“嫌な奴”といった感じのモンスターである。

 まぁ、そんな彼らも影蜘蛛「ネルスキュラ」の耐電コートにされてしまうのだが。諸行無常なり。

 ともかく、見付かると面倒なので、気を付けて進もうか。昔はココット山に抜け道があり楽に踏破出来たらしいけど、今は崩落や風化によってすっかり塞がってしまい、再開発の目途も立っていないのだとか。素直に登山する手もあるが、そんな真似はそれこそ英雄クラスのハンターでなければ不可能だろう。僕はガブラスだから出来たけどねー。

 さーて、それはそれとして、都合の良いハンターは居ないかな~?

 

「ヒャッハーッ! ランポスもファンゴも纏めて掛かって来いやぁっ!」

『ギャヴギャヴ!』『ブルルル……ッ!』

 

 うん、あいつはダメだね。血気盛ん過ぎる。会った瞬間殺されかねない。次!

 

「来い、ゲリョス! お前に恨みは無いが、増え過ぎたお前を見逃す訳にはいかないんだ!」

『ゲリョォオオッ!』

 

 う~ん、こいつは誠実過ぎるな。付け入る隙が無いし、申し訳なさそうに狩られそうな気がする。却下!

 

「……うへへへっ、予定よりも多く狩っちゃったけど、報告しなければバレないよね~? 帰ったら行き付けの店で装備を更新しちゃおうかな~♪」

 

 よし、この女にしようか。幾らでも脅しが効くし、何より密猟するような輩は消えた所で誰も気にしない。存分に使ってやろう。

 

『きゅー』

「うわっ、びっくりした!? ……って、何だガブラスか。アルビノの個体なんて珍しいけど、だから何って話よ。せっかくだから、生肉でもあげようかしら? ん?」

 

 おうおう、調子に乗りやがって。密猟者風情がさ。元村人を舐めるなよ。

 

「――――――でも、服を着てるって事は、誰かのペットなのよね。物好きもいたものだけど……主人に報告されても面倒だから、死んで貰うわ!」

『きゅん!』

「うぉっ眩しっ!? せ、閃光玉ですってぇ!?」

 

 ワハハハハハ、僕には環境生物が付いているのだ!

 さぁ、僕の手となり足となって貰うぞ、密猟者よ!

 

『きゅん!』

「あっ、ワタシの剥ぎ取った素材を!?」

 

 という事で、密猟者が閃光から回復する前に、剥ぎ取り素材が入ったポーチを奪い取る。

 ほうほう、眠鳥「ヒプノック」の胃石か。数は10個……1、2頭狩ったり、拾ったりしただけじゃあ、これ程までは集まらない筈である。通常のクエストで狩猟依頼を出されるのは精々2頭程度なので、必要以上の数を狩っているのは間違いない。

 これを見せれば、確実にギルドナイト案件だろう。ココット村みたいなド田舎と違って、ミナガルデには居るだろうからな、ギルドナイトさん。

 ……では、さらば!

 

「うぅぅ……ああっ、ちょっと待ちなさい! それを何処へ持っていくつもり!? 主人に報告して、ワタシをギルドナイトに突き出す気ね!? そうはさせないわよ!」

『きゅ~っきゅっきゅっきゅっ♪』

「――――――って、脚速っ!? アンタ本当にガブラスなの!? 鳥竜種みたいに走るんじゃないわよ!」

 

 ウフハハハ、ココット山で鍛えた我が脚力、捉えられる者無し!

 このままミナガルデまで突っ走って、お前のペット枠として中に入ってやる!

 

「うぉおおおおおっ!」

『きゃ~♪』

「クソッ、腹立つこのガブラス! つーか、マジでどうなってんのよ、アンタの脚は!」

 

 走る~走る~、僕た~ちィ~♪

 

『きゅっ!』

「あぁっ……!」

 

 よーし、着いたな、ミナガルデ。ヒルメルン山脈の端っこの、切り立った崖を掘削し、僅かな平地と洞窟を利用した、狩人の集まる街。真ん中に噴水が設置された広場には4つの出入り口があり、正面にはハンターの集う酒場と武具工房、西には活気溢れる市場、東にはハンター用のゲストハウスが位置している。それぞれ巨大な角骨や酒のグラスなど、看板の代わりとなる物を掲げているので、何処に何があるか視覚的に分かり易い。実にお洒落だ。

 そして、この広場に辿り着いたという事は、僕の勝ちである。

 

「あら、最近メキメキ腕を上げているハンターさんじゃない。……その子は、貴女のペット?」

「えっ……あ、はい、そうです。珍しくて人懐っこいのでね、アハハハ……」

 

 荷物を運ぶ女性に頭を掻きながら答える密猟者。

 こいつ、恒常的に嘘を吐いてるな。さもなきゃ、僕がポーチを再度チラ付かせただけで、ここまでの法螺は吹けないだろう。「騙して何が悪い?」って感じ。このライアーめが。

 しかし、今はその人間の屑っぷりが役に立つ。宜しくお願いしますねぇ、密猟者さん♪

 

『きゅっきゅー』

「くっ、無駄に知恵の回る奴め。覚えてなさいよ……!」

 

 フハハハハハ、くっころくっころ。




◆ミナガルデ

 ココット山の向こう側にある、狩人の集う街。崖を切り開いて造られた拠点であり、少し歩けばそこが狩場となる。ココット村とも交流があったが、ココット山から行ける唯一のルートが土砂災害で潰れてしまった為、現在は断絶状態にある。ただし、他の地域とは交易を続けている模様。
 所謂オンライン限定の集会所なので、今では色んな意味で行きようがない場所である。


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閑話:白夜のハリケーン

今回は密猟者の視点


「何て事なの……」

 

 ミナガルデのゲストハウスにて、ワタシ――――――メラル・アイルールは深い深い溜め息を吐いた。

 

『きゅん』

 

 この訳の分からない、アルビノのガブラスに目を付けられてしまったからだ。

 ……これまでの人生、そこまで順風満帆ではなかったが、それでもそこそこは上手く行っていた。

 ある日、何処かの森で目を覚ました、名前も過去も無い孤児、それがワタシ。

 その頃は感情らしい感情が無く、ただ奪う事を考えて生きていたと思う。見た目だけは可愛らしいお人形さんのような容姿なのを利用し、行商人やソロのハンターに無垢な子供の振りをして近付き、寝込みを襲って金品と命を奪い、装備を改めていった。その過程で“相手に話を合わせる技術”を学び、回数を重ねる毎に騙し上手になっていった。

 その後、成長したワタシは乗っ取った経歴を使ってギルドに登録し、ハンターとなった。

 もちろん、真っ当な狩人ではない。表向きは良識あるハンターとして活動しつつ、裏では密猟を繰り返して、コツコツと財産を築いてきた。時には疑われないよう、同業者をスケープゴートにする事で媚びを売り、今日まで上手くやれて来たのである。

 だが、ミナガルデに活動拠点を移してから暫くした今日、遂にワタシも運が尽きたようだ。こんな意味不明のガブラスに密猟現場を目撃された挙句、証拠品を奪われて脅される事になろうとは。これが因果応報だとしたら、皮肉という他ないだろう。最悪だぁ……。

 

『きゅきゅきゅん!』

 

 どうやら、このガブラスは本が読みたいらしい。それも沢山。翼蛇竜の分際で何を言っているんだと思ったが、どうにもマジのようである。その為にワタシを利用してミナガルデまで繰り出したんだとか。事実、本を渡すとしっかりと読み始め、理解しているかのような仕草も取っている。

 人語を解し文字も読め、それがどういう物か分かる頭脳もあるとか、どんなモンスターなんだ。ある意味、そこらの大型モンスターより恐ろしい気がする。これは人類の危機よ!

 ――――――それはそれとして、これからどうしようか?

 ガブラスとしては拠点に本を集め、悠々自適な高山ライフを楽しむつもりのようだが、それまでに掛かる出費は確実にワタシの負担になるし、最後は用済みとしてギルドに売られる可能性は大いにある。マジで詰みじゃん。

 どうにかして、このガブラスを口封じ出来ないものか……。

 ちなみに、読書の最中も警戒心はバリバリにあるらしく、1度暗殺を試みて反撃の毒牙を受けて殺され掛けたので、そちらに関しては諦めている。狩猟中にフレンドリーファイヤーするか、大型モンスターへの囮として置き去りにするしかないだろう。なお、出来るかどうかは別問題とする。

 

『きゅ……』

 

 と、ガブラスは読書に満足したのか、今度は刺繍セットを取り出した。そんな物を出して、裁縫でもする気か?

 

『きゅっきゅきゅ~ん♪』

 

 さらに、ワタシが剥ぎ取ったヒプノックの素材も手繰り寄せたかと思うと――――――、

 

『きゅん!』

「嘘でしょ……!?」

 

 あっという間に胴と腰の装備を作ってしまった。それも今までにないデザインで。その後も止まる事無く腕、脚、頭と縫い合わせ、半日も経たない内にヒプノS一式を作り上げた。思わず無言で見守っちゃったよ。

 しかも、発動スキルが元来の物と変わっていて、マイナススキルである【腹減り倍加】が【腹減り耐性(というか無効)】となり、【睡眠強化】と何故か【剥ぎ取り名人】まで付いてくるというから、さぁ大変。こいつ、そこらの職人より、ずっと腕が良いぞ!?

 一応、属性耐性自体は変化しておらず、刺繍がメインだからか防御力も少し低いが、スキルの充実具合が半端ではないので、補って余りある有用性を持っていると言える。

 あと、デザインが凄い。本来のヒプノシリーズは秘境の民族衣装を思わせる意匠なのだが、これは違う。

 何と言うか、可愛いのである。「七色尾羽根」を袖や襟元、スカートに使い、「眠鳥の橙毛」を基地にしたデザインはブナハ装備に近く、加えて「眠鳥の胃石」をアクセントにしている為、非常に煌びやかだ。その上、腕甲や脚甲には「眠鳥の尖爪」を使用し、胸当てに「眠鳥のクチバシ」を使っているので、女性らしさも際立っている。頭のカチューシャは特に秀逸で、狩場処か舞踏会に着て行っても通じるようなプリティさである。

 

『きゅー』

「えっ、くれるの?」

 

 しかも、それをポンとくれる気前の良さ。これを着てもっと稼げという意味だろうが、防具を新調したかったワタシとしては願ったり叶ったりであり、特に問題はない。武器は流石に無理だろうが、そこはミナガルデの職人に任せればいいだろう。これで素材集めも楽になるし、一攫千金も夢ではない。

 

 ……も、もう少し、生かしておこうかな~?




◆メラル・アイルール

 名前も顔も全てが偽りの簒奪者。今の名前も以前奪い取った物である。人を殺す事に躊躇いが無く、モンスターは高く売れる素材としてしか見ていない。生まれた時から孤独であり、倫理観を一切学ぶ事無く生き延びた結果、奪う事と殺す事しか考えられなくなった。
 ただし、かなりのお調子者でもあり、普段こそ慎重に行動しているが、肝心な時に図に乗って失敗する事も多い。


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いらないけど!?

イベクエの中華っぽい重ね着って何なんでしょウネ?


『きゅきぃ……』

 

 ミナガルデに滞在してから、早数日。僕はある悩みを抱えていた。

 ……やぁ、皆さん、こんばんは。僕だよ、飛べないアルビノ・ガブラスこと、元村人だよ。

 そして、僕の悩みというのが、まさにそれ。本当に何時までたっても翼が開かず、何故か脚ばかりが発達して、まるで海竜種のような体形になってしまっている。

 むろん、前脚は鉤爪のある翼であり、2足歩行でテケテケと走る事になるので、動く姿はあまり似ていないが、それはそれで気持ち悪いと思う。何の因果かガブラスになっちゃったんだからさぁ、せめて空くらい自由に飛ばせてよ。これじゃあ、翼蛇竜じゃなくて、ただの蛇竜だよー。

 

「ただいま~♪」

 

 すると、扉を開けて部屋に入って来る女のハンターが。こいつの名は「メラル」。以前、寄生先として選んだ密猟者だ。

 もちろん、今日も今日とて違法な狩猟を繰り返している。大々的ではないが、かと言って少なくもない、絶妙なラインで狩ってくる為、今の所ギルドにバレる気配はない。今までもそうやって来たのだろう。お前、何時か絶対に痛い目に遭うぞ。

 まぁ、それに拍車を掛けるような装備を提供した、僕が言えた義理じゃないだろうが。本当ならマイナススキルが付いちゃう所をプラスに書き換え、デザインも新調した、「睡眠爆破」御用達な防具である。それとヒプノ武器を合わせて効率良く狩りを進めている為、メラルのハンターランクもどんどん上がり、そろそろG級(マスターランク)に到達するのも時間の問題かと思われる。

 裏稼業で儲けている犯罪者が最上位ハンターとは、世も末だ。

 ――――――それで、今日は一体何を狩ってきたのかねぇ?

 

「今日はねぇ……じゃ~ん、「ガララアジャラ」で~す♪」

『きゅ~い』

 

 僕の近縁種じゃないですか、やだー。

 というか、よくソロで狩れたな、「ガララアジャラ」。

 「絞蛇竜」の異名を持つ、40~50メートルという長大な身体を持つ大型のモンスターで、名前通り蛇のような見た目をしているが、短いながらも四肢があり、明確に別の生き物である事が分かる。頭や背中、尻尾の先端に生える、甲殻(もしくは鱗)が変化した共鳴器官「鳴甲(めいこう)」が最大の特徴で、擦り合わせる事で相手が思わず竦み上がってしまう程の衝撃音を放つ事が出来る。これは飛び道具にもなり、着弾後は追加の音叉として敵を追い詰める設置トラップとして機能する。他にも牙に麻痺毒があり、相手を痺れさせる事もある。

 そう、長大な身体で蜷局を巻いて逃げ道を塞ぎつつ、破音や毒を食らわせるのが、ガララアジャラの主な戦法であり、その巨体に見合わず案外とクレバーなモンスターなのである。

 狡猾で知能が高い、蛇のようなモンスター……なるほど、ガブラスの親戚だというのも納得出来る。蛇足かもしれないけど。

 

「さぁさぁ、報酬で本も買って来たから、新しい防具を作って頂戴な~♪」

『………………』

 

 それにしても現金な奴だな、こいつ。僕がスキル重視の防具を作れると分かった途端に掌を返しやがって。裁縫は好きだし、出費は全部メラルが負担しているから、別に良いんだけど。博愛精神とか自然信仰とか、そういう宗教には興味ないし、他のモンスターが多少減ったところで、僕には関係のない事だ。

 さて、それじゃあ、お休み前の刺繍タイムと行きますかー。ぬいぬいチクチク、チョキンパチン――――――はい、完成!

 

『うきゅ』

「おおー、これが新しいガララ防具かー!」

 

 僕の作り上げたガララ一式を、嬉しそうに手に取るメラル。

 本来のガララSシリーズはサンバでカーニバルしそうなデザインだが、僕のはボロスXシリーズを参考にしたプリンセスな意匠で、“森の妖精”といった感じに纏めている。

 スキルは【麻痺耐性(無効)】【耳栓(高級)】【捕獲名人】に加えて【弱点特効】と【麻痺強化】が付く。むろん、マイナススキルは無く、その代わりに防御力が低い。ガララアジャラを斃せる程の腕前なら問題ないだろうが。

 

「早速明日から着て行こうっと。次は何を狩ろうかな~♪」

 

 鼻歌なんぞ吹いて、暢気な奴め。何時かと言わず今すぐ痛い目に遭ってしまえ。

 と、その時。

 

 

 ――――――コンコン。

 

 

 誰かが部屋のドアを叩いている。

 

「……、……はーい!」

 

 一瞬だけメラルの目付きが変わり、直ぐに戻って返事をした。何だ、今の殺し屋みたいな表情は。

 

「はーい、夜遅くにすいませんねぇ~」

 

 入って来たのは、受付嬢のベッキー。赤を主体としたメイドシリーズに身を包んだ、お下げ茶髪の女性で、ミナガルデの切り盛りを一手に担っている優秀な人物である。偶に変な事を言い出す場合もあるが、それも含めて皆から愛されている、ミナガルデのアイドルと言っても良いだろう。

 ……相方のドリスちゃんも忘れないであげてね。

 それはそれとして、こんな夜分に受付嬢が何の用だろうか。定時はとっくに終わっているだろうに。

 

 

 ――――――ヒュン! カキィン!

 

 

『きゅ?』

 

 何だ、何が起きた!?

 ベッキーが笑顔のまま毒々しいナイフを投げたと思ったら、メラルも微笑みながら剥ぎ取りナイフで弾き飛ばしたぞ!?

 

「あら、刃を抜いたという事は、用件は分かってらっしゃるようで」

「そうですね。こんな夜遅くに来る時点で、色々と察してましたよ」

「あらあら。それでは、ここからは“ギルドナイト”として対応します。……上位ハンター:メラル・アイルール、お前を多数の密猟罪で粛清する」

「殺れるものなら」

 

 ――――――ヤバい、鬼が2人いる。それも息をするように人を殺すタイプの。

 というか、ギルドナイトだったのね、ベッキー。知らなかったー。

 

「ちなみに、証拠はあるんですか?」

「買収するなら、もう少し口の堅い男を使うんだな。ちょっと“サービス”してやったら、面白いくらいに吐いたぞ、あの酔っ払い。まぁ、用が済んだら“お仕置き”してやったがね」

「なるほど。という事は、ギルドへの報告はまだなんですね? 彼にはさっき横流しをお願いしたばかりですし」

「そういう事になるかな」

 

 何か腹の探り合いをしてる。メラルとしては、ベッキーが“個人”として動いているのか“密命を帯びて”動いているのかを知りたかったのだろうが、どうやら前者らしい。偶々仕入れた情報(ネタ)が腐る前に独断専行したのだろう。結果待ちをしている内に逃げるからな、メラル(こいつ)は。

 

「そうですか……なら死ね!」

「そっちこそ!」

 

 こうして密猟者と処刑人の殺し合いが始まった。二振りの刃が煌めき、拳が唸り、蹴りが飛び交う。

 ……他所でやってくれー!




◆ベッキー

 ミナガルデの敏腕(?)受付嬢。その割にはサボりがちで意味不明な事をやらかすが、やる時はやれる子であり、彼女が居ないとミナガルデは1日たりとも回らないという。赤っぽい髪とメイド服が特徴。相方に「ドリス」という青いメイド服というギルドガールがいる。
 その正体はギルドナイトの一員。(半分地も入っているが)抜けな振りをしつつ、ハンターたちを監視し、いざとなれば独断で“処分”する事が許されている。


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鳥のように!

※残酷な描写がありマス。


「せぃっ!」「はぁっ!」

『………………』

 

 よくやるなぁ、2人とも。さっきからお互いに一歩も譲らないまま、延々と殺し合ってるよ。どういう身体能力してんだか。

 ……やぁ、皆さん、お晩です。ミナガルデに滞在中のアルビノ・ガブラスこと、元村人の僕だよ。

 いやー、遂にこの時が来たかって感じだね。何時かバレるとは思ってたし、何なら今すぐ痛い目に遭えと願ってたけど、まさか現実の物になるとは。メラルも今回は装備に浮かれて詰めが甘かったようだな。

 しかし、処刑人(ギルドナイト)を相手に渡り合うとは、流石は殺人鬼。何処まで持つか見物だな。

 

「シッ!」「くっ……!」

 

 おっと、一瞬の隙を突いて、ベッキーがメラルのナイフを蹴り飛ばしたぞ。

 

「フッ!」「がっ……!」

 

 さらに、自らナイフを投げて肩を一閃。メラルに手傷を負わせた。

 

「ぐっ……!?」

 

 すると、メラルが急に糸の切れた人形のように倒れたかと思うと、ビクビクと痙攣し始め、どんどん顔色が悪くなっていく。どうやら、毒入りだったらしい。

 

「どうだ、棘竜「エスピナス」から抽出した毒の味は? 身体が冷たくなって、動かなくなっていくだろう? お前はこのまま、ここで1人寂しく死んでいくんだ」

「………………」

「――――――おっと、1人じゃなかったか」

 

 と、今度は僕を狙い始めたよ、ベッキーちゃん。

 

「君に罪はないが、賢過ぎるからね。私の秘密はギルドだけの物なんだ。だから、済まないが、消えて貰う事になるよ」

『きゅあ!』

「無駄だよ。毒無効が発動しているし、漢方薬もあるからね」

 

 クソッ、平然と解毒しやがって。漢方薬なんて物を開発した奴は死んでしまえ!

 

「さて、そろそろ――――――」

「終わりにしましょうか、ベッキーさん?」

「何ッ!? ……ぐっ!」

 

 だが、ベッキーの刃が僕を捉える事は無く、それ処かスクッと立ち上がったメラルに首筋を切られ、血飛沫を上げる。直ぐに回復薬を掛けて傷口は塞いだものの、ベッキーはかなり血を失ってしまった。

 

「くっ……!」

「どうだい、ガララアジャラの麻痺毒は? 身体が痺れて動けないだろう?」

 

 その上、メラルのナイフにはガララアジャラの麻痺毒が塗ってあったらしく、今度はベッキーが痙攣する破目になる。あ、パンチラ。……赤か。

 

「………………!」

「何故、どうしてって顔してるね? ……ワタシが何日この子と一緒に居ると思ってるの? ワタシ自身に(・・・・・・)毒耐性を付ける(・・・・・・・)ぐらい朝飯前よ(・・・・・・・)

 

 ベッキーの視線に、メラルが微笑みで返す。

 ――――――怖っ、何こいつ、どういう神経してんの!?

 ようするに、僕の毒を少しずつ摂取して、免疫力を極限化していたって事でしょ?

 頭おかしいよ、この女……。

 

「――――――だけど、アナタは違うわよね~?」

 

 しかも、使用していたと思しき毒ビンを取り出し、ベッキーにチラつかせる始末。性格悪いな、お前。というか、何時の間に採取してたんだ、貴様。

 

「だけど、その前にやる事があるの」

 

 しかし、メラルはビンを1度懐へ引っ込め、ナイフをベッキーの顎に当てたかと思うと、

 

「……、……、……ッ!」

「ほら、我慢して~? ギルドナイトって事は、そういう経験が無いでも無いんでしょ? それが今回、自分に向けられただけなんだからさ……」

 

 何と、彼女の顔面の皮を剥ぎ始めた。当然、麻酔などされている筈もなく、痺れる身体を僅かに捩りながら、ベッキーが声にならない悲鳴を上げる。

 

「さてと……」

 

 その上、メラルは自分の面皮までも剥ぎ取り、お互いの肉仮面(マスク)へ変な色の回復薬を掛けてから、それぞれ互い違いに被せ直した。

 

「入れ替え、完了♪」

 

 すると、見る見る内に皮が癒着し、顔の交換が完了してしまう。グ、グロい……!

 

「回復薬は、人の治癒能力を高める薬品。だから、配合を少し弄れば、ほらこの通り。剥ぎたての皮くらいなら、一体化させる程度は朝飯前ってワケ」

 

 そーなのかー。知りたくなかったし、そんな使い方するの、お前だけだろ。

 ……たぶんだけど、こいつは今までこういう入れ替わり(・・・・・・・・・)を、何度もしてきたんだろうな。さもなくば、ここまで慣れた手付きで作業は出来ない。今のメラルという顔(・・・・・・・)も、過去の誰か(・・・・・)だったのだろう。

 

「さてさて、これでアナタは用済みよ。これからアナタは“密猟犯:メラル・アイルール”として処理され、その手柄をワタシが受け取るの。それじゃあ、バイバイ、メラルちゃん♪」

「……、……、…………、ガクッ」

 

 そして、今度こそ毒液を掛けられ、ベッキーは苦しみに苦しみ抜いて、壮絶な表情で息絶えた。

 

「いや~、気儘なハンター生活も悪くないけど、皆のアイドルってのも良いわよねぇ?」

 

 と、僕の方へ振り返るメラル。その仕草は、何時ものベッキーそのものと言って良い程に、完璧な仕上がりだ。顔が同じというのもあるだろうが、それでも不自然さはない。それこそ、ストーカーレベルのマニアでもなければ気付けないだろう。

 そう、既に彼女はメラルであって、メラルではない。今はミナガルデの受付嬢にしてギルドナイトの、ベッキーとなったのである。

 

「ふぅ……さーてと」

 

 おっと、こっちを向いたよ、メラル改めベッキーが。顔は笑ってるけど、目は座ってるねぇ。

 ――――――これは、唯一の目撃者を殺すつもりやな。

 

「ワタシの言いたい事、分かるよね? 」

『きゅー』

 

 もちろん、一体どれ程の時を過ごしたと思っている?

 使える奴は使い、用が済んだら殺す。お前はそういう奴だよ。

 だからこそ(・・・・・)こっちも準備は(・・・・・・・)済んでるのさ(・・・・・・)

 

「今まで世話になったけど、ワタシがワタシである為に、お願い、死んで~♪ ……まぁ、ワタシの雑用係として竜車竜の如く働いてくれるなら、別だけどねぇ~? どうする、んん~?」

 

 ハッ、圧倒的優位に立ったからか、調子に乗ってやがる。最初に出遭った時と同じように。そこの所が、お前らしさなんだよな、ある意味で。

 

『きゅ~……』

「アハハハハ、恥も外聞も無いわねぇ! 安心しなよ、ワタシを誰だと思ってるのぉ~?」

『うきゅー……ペッ!』

「うへぁっ!?」

 

 ……だが、断る。この僕が最も好きな事の1つは、自画自賛してる馬鹿に「NO」と断ってやる事だ。このタンペは、その返礼だよ、クソアマ。

 

「そうかい……なら、もう死ねよ!」

 

 ほぉら、怒った。慎重で狡猾だけど、直ぐに調子に乗るし怒り出す。お前はそういう奴だよ、名無しの権兵衛さん。

 

『シャーシャー!』『ギャーギャー!』『ギキィッ!』

「何だッ!? どうしてガブラスが……!?」

 

 突然、窓の外から飛び込んで来たガブラスたちにより、ベッキーの攻撃が中断される。

 

「……お前、何をした!?」

 

 さぁね。答えてやる義理は無い。

 それより、こんな大騒ぎになって、大丈夫なのかい?

 ここは他のゲストハウスよりも離れた場所にあるから、多少騒いでも問題ないが、流石に「災厄の使者」が群がっていれば、誰かしらは駆け付けて来るぞ?

 隠蔽工作の(・・・・・)済んでいない(・・・・・・)今のお前にとって(・・・・・・・・)、それはキツいんじゃないかぁ~?

 

『きゅっ!』

「くっ……光に紛れて……!」

 

 さらに、閃光玉で視界を真っ白にし、光に紛れる形で逃亡する。窓から飛び降りる形になるが、少々の高さならノープログムである。やーいやーい、ファンゴのケツぅ~♪

 

「クソッ、覚えてろよガブラス! 絶対に殺してやるからなぁ!」

『きゅ~っきゅっきゅっきゅっ♪』

 

 それじゃあ、さらばだ、ミナガルデと皆のアイドルさ~ん!




◆ベッキー

 ご存じ、ミナガルデのアイドル。今日も変わらずハンターたちへクエストを提供し、ミナガルデを回している。以前よりも少しドジが増えたが、許容範囲なので特に誰も気にしていない。ドリスとの仲も良好な模様。


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隼のように

ダイミョウザザミと戦ってると蟹を食べたくなってきまスネ。


『きゅー』

 

 やぁやぁ、皆さん、おはよう。最近までミナガルデでオトモガブラスをやっていた、元村人の僕だよ。

 いやー、色々ありましたねー。メラルもといベッキーは、今頃どうしているだろうか。僕の事なんて忘れて、幸せなアイドル生活を送っていて欲しい。割とマジで。

 ……だけど、去り際に導蟲にマーキングされてしまったようで、ミナガルデ及びココット山には居られない。何時痕跡を辿って口封じに来るか分からないからな。やってくれたな、ベッキーの奴。

 まぁいいさ。導蟲の索敵範囲外に出てしまえばいいだけの事。それに導蟲は特性上、相手にも接近がバレてしまう諸刃の剣なので、見付かったらまた逃げればいい。もしくは二度と追えないよう、分からせてやるか。

 何れにしろ今後の拠点は、ミナガルデの管轄外の地域になる。

 差し当たっての滞在場所は、西シュレイド地方最大の都市「ヴェルド」だ。「城塞都市」の異名を持ち、街全体が武装化した壁で囲まれた、物々しい都市である。壁の内側は富裕層が贅沢な暮らしをしているが、それ以外は壁の外でスラムを形成しているという、貧富の差が激しい場所でもある。

 僕のような余所者かつ人外には、実に都合の良い街だ。貧困街で何がどうなろうと、誰も気にしないからな。人間って怖い……。

 さて、暗い話はここまで。ココット山から地続きとは言え、ヒンメルン山脈を彷徨うのは、非常に骨が折れる。さっさとスラムに侵入して、都合の良い人間を見付けよう。

 目指せ、理想のヒモ生活!

 ――――――転生当初と目的が変わって来てるのは内緒。だって元人間だもの。この翼が開いてくれたらなー。

 

『ギュァアアアアッ!』

 

 おっ、リオレウスだ。ココット山が属するヒンメルン山脈というだけあって、飛竜が多いな。5分に1回は目撃する感じ。こうして安全圏からワールドツアーを眺められるのは、ある意味奇跡だよねー。

 それにしても、本当に森林限界の低い山地だな。ココット山よりも標高が高いからか、3合目くらいから樹木が消失し、岩肌が見え始めている。当然、森に棲むような中型モンスターは見当たらない。

 ただし、ヴェルドに程近い、一際高い「中央シュレイド」の山々は注意が必要である。寒冷地故にデカい生肉こと「ポポ」がおり、それを食べに轟竜「ティガレックス」が訪れる事があるからだ。

 とは言え、元々定住地を持たないティガレックスに遭遇するのは稀だし、そもそもヒンメルン山脈のポポは数が少な過ぎるので、フラヒヤ山脈程に遠征してくる事はない。というか、ティガレックスの前にリオレウスが狩ってしまう為、あり付ける可能性は限りなく低いと言える。それでも遭遇するようなら、そいつの運が悪いと言う他ないだろう。

 

『きゅあ~ぁ……』

 

 そろそろ日の出だから、仮眠を取るとするか。ココット山で旅路の用意はして来たし、本も数冊持ってるけど、やはり野生下では寝れる時に眠った方が良い。環境生物ばかりとは言え、危険地帯である事に変わりはないのだから。先ずは宿探しを……、

 

『クァ……』

『きゅ~?』

 

 おや、空から猛禽類っぽい小型モンスターが落ちて来たぞ?

 僕たちガブラスと同程度の体躯を持つ鷹のような飛竜種――――――「ホルク」だ。見た目通り凶暴な種族で、主に小型の動物を空中から急降下して仕留めるハンターである。

 身体こそ小さいが、食べた餌によって様々な属性攻撃を繰り出せる特異な体質と、道具を道具と理解して扱う知能を併せ持ち、飛行能力も非常に高い為、ガブラスや翼竜種では勝ち目のない、空棲系の小型モンスターでは最上位クラスの捕食者だ。下手すると並みの大型モンスターよりも脅威なモンスターと言える。

 一方、助けた相手にはデレる意外な一面もある。種族全体を通して誇り高くも義理堅い性格なのだろう。第2のドンドルマこと「メゼポルタ」では、その性質を利用した「オトモホルク」なんて物も存在する。

 ……よし、この傷付いたホルクを助けて、僕の舎弟にしよう。空の足があれば、行ける範囲も広がるからね。

 そうと決まれば、絶賛気絶中のホルクを優しく咥えて、丁度良さそうな岩陰の隙間へ運ぼうか。よいしょ、よいしょ、よいしょ。

 

『きゅー』

 

 ふぅ、疲れた。流石に自分と同じくらいの生き物を運搬するのは厳しいな。高山だから空気も薄いし。

 そんな事よりホルクの治療である。誰に何をされたのかは知らないが、結構弱っているし、命が危ない。今すぐ手当てしなければ、1時間と持たないだろう。

 という事で、食らえ回復薬G。掛けるより飲む方が効くが、嘴を開く元気も無いようだから仕方ない。そーれそーれ。

 

『クルルル……』

 

 おっ、目が覚めたかね。

 

『ケェエエン!』

『きゅっ!』

 

 おうおう、寝起きにガブラスを見たからか、かなり興奮してらっしゃる。

 しかし、ここで反撃しては意味が無いからな。攻撃が当たらないように往なしつつ、様子を見よう。どうせ体力が落ちているから、長続きはしないだろうし。

 

『ヒィ……ヒィ……』

 

 案の定、5分と経たずダウンするホルク。よーしよし、そのまま大人しくしてなさい。今、餌をあげるからねー。

 

『きゅっ!』

『………………!』

 

 僕が道中で採取していたキノコや虫類を差し出す。薬物の原材料として捕まえていた物だが、まぁ良いさ、投資だと思えば。

 

『……、……バクッ』

 

 初めこそ警戒していたホルクだったが、僕が手を出さないのと、空腹が限界を迎えていた事が相俟って、1口食べてからは一気に貪りだした。よっぽどお疲れだったんだねぇ。ついでに予備のコートを貸して、寒さ対策も施してあげる。僕って優しい。

 

『……ZZZzzz』

 

 そして、助けられた恩義からか、それとも食べて眠くなったのか、ホルクは僕を一瞥すると、そのまま眠りに着いてしまった。可愛い奴だな、おい。

 さぁ、ここから目一杯甘やかして、僕に身も心も捧げざるを得ないようにしてくれるわ!




◆ホルク

 主にフォンロン大陸に棲息している小型の飛竜種。隼にワイバーンを組み合わせたような姿をしている。肉食の強い雑食性であり、食べた物の影響を受けて様々な属性を発現するという、特異な体質を持つ。それに伴い体色の変化も著しい。
 また、非常に知能が高く、野生下でこそ凶暴だが、一度助けられた恩義を忘れない義理堅い性格で、メゼポルタでは雛の頃から世話をする事で狩猟のオトモにしている。


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黒翼を広げ

見た目は氷属性と龍属性のホルクが好キ。


 結論から言おう。ホルクに滅茶苦茶なつかれた。

 ……は~い、おはよう皆。西の都ヴェルドを目指す道中でホルクを拾った、元ガブラスの村人だよ――――――って、逆だよ、元村人のアルビノ・ガブラスだよ。

 で、さっきも言った通り、拾ったホルクに無事なつかれました。甲斐甲斐しく世話したからね。わざわざ森林限界まで下山して、生肉とかもゲットしてきたし。数日経った頃には、スッカリ元気溌剌でしたよ。

 それにしても、ホルクの食性って凄いなぁ。状態異常が全く効かないという体質からか、毒虫だろうが毒キノコだろうがドクガスガエルだろうが、平然と食べちゃうんだもん。究極の雑食って感じ。

 さらに、食べ物によって属性を操る特性も発揮され始め、毒属性と龍属性を操るようになり、外見にも変化が生じた。本人の好みと、僕の与えていた餌のせいなんだろうけど……何かガブラスみたいなカラーリングになったな。黒い身体に赤いラインが入っているのが、まさにそれっぽい。

 あるいは、僕の故郷を滅ぼしたアイツのようでもあるが、考えるのは止めておこう。胸糞が悪くなる。

 まぁ、それはそれとして、次はこいつの教育だな。オトモとして扱うなら、やはり知恵を付けて貰わないと困る。幸い「ホルク文字」という彼ら独自の言語体系は予習済みなので、後は如何に便利な小間使いに育て上げるかだ。

 それには先ず、このホルクの適性を調べなければならない。誰しも向き不向きはあるからね。この子は一体何が出来るのかなー?

 

『きゅきゅ』

『ケェン!』

 

 とりあえず、新米らしく採取クエストをさせてみよう。流石に無いとは思うが、これすら出来ないのなら、採用する意味が無い。

 という事で、早速ホルク文字を使って採集へ向かわせた。内容は「龍殺しの実」と「毒テングダケ」の納品。ようは己の餌は自分で集めろ、という事である。

 

『キュァン!』

『きゅ~♪』

 

 結果は上々。お使いのメモ通りにアイテムを集めてきた。よしよし、偉いねぇ~♪

 さて、きちんとお使いを果たしたホルクには、最高の“料理”を振舞ってやろうかな。これでも簡単な物くらいは作れるのよん。先ずは火薬草で火を起こして、龍殺しの実と毒テングタケをギッシリと詰め込んだ生肉を焙っていく。

 パチパチパチパチ……とっても上手に焼けました~♪

 これぞ「こんがり肉スパイスP」。猛毒と龍属性に満ち溢れた、黒紫色のこんがり肉だ。

 

『ガツガツムシャムシャ』

 

 見るからに物凄く不味そうだが、普段から食べ慣れている味付けだからか、ホルクは大喜びでガッツいている。よく食えるな、そんな毒物。僕なら絶対に食べない。

 まぁ、喜んでいるのなら何よりである。作った甲斐もあるよね。

 

『キィイイイイン!』

 

 おおっ、龍属性ブレスを吐けるようになったか。イビルジョーかよ。毒も吐けるみたいだし、この分ならそう遠くない内に、オトモホルクとして使う事も出来そうだな。頑張って育てて行こう。

 という事で、お次はお勉強だ。幾ら賢いと言っても、あくまでホルクはモンスター。無教育では人の小賢しさには勝てない。ハンターのような奴には特にね。

 だから、狩猟のノウハウと様々なモンスターの知識を叩き込む。実践するのはそれからである。

 

『きゅきゅ、うきゅきゅきゅー』

『クァゥ!』

 

 ――――――何か、妹に勉強を教えていた頃を思い出すな。とても懐かしい気持ちになる。

 

『うきゅ!』

 

 そんなこんなで、お勉強する事、約2時間。この子について分かった事がある。

 “彼”は元々メゼポルタで生まれた個体だが、その出自故に外の世界への強い憧れを持ち、オトモとなる前に脱走したのだという。幼い頃より聞かされていた、世界各地の様々な情景に心を奪われていた事も大きい。

 しかし、外界は彼が思う程に美しく優しいだけの場所ではなく、飛び出して早々に大型モンスターに襲われ、命からがら逃げ延びた末に現大陸へと渡り、その後も彷徨い続けた挙句、ここヒンメルン山脈に辿り着いたのだとか。

 だので、基礎的な知識はあるが、実戦経験は無いに等しく、自分でも何が得意なのかは分からないのだという。

 一応、オトモ見習い時代に「お前は目敏いから採集や隠しエリアを探すのに適性がありそうだ」と、“教官”に言われた事があるらしい。初めてのお使いを難なく成し遂げた所を鑑みるに、教官の目利きに間違いはないだろう。

 うーむ、そうなると適性通りにサポート重視で育てるべきか?

 だが、この子には将来的に僕の護衛役を頼みたいので、どちらかと言うと攻撃的な行動パターンを習得させたい。実に悩ましい事だ。

 幸い、技術を習得するのに必要な「学びの書(ホルク文字で書かれた秘伝書)」の内容は、以前読んだ本で全部覚えているから、ゆっくりと教え込んでいこう。

 いやー、楽しみが増えるって良いねぇ。それが己の保身に繋がるのなら尚の事。これからも頑張って行こうな、ホルク!

 

『きゅきゅきゅ!』

『ケェアアアン!』

 

 ……そう言えば、この子の名前どうしよう?




◆学びの書

 ホルクがサポート行動を覚える為に必要な巻物。独特の文字が掛かれており、完全に読み解けるのはホルクのみだという。内容は分かり易い物からピンポイント過ぎて使い道がない物、必殺技染みた物まで、様々な事が書かれている。
 アルビノ・ガブラスは体質と引き換えに天才なので、ホルクに口頭で教えられる程に読み解けていたりする。


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不自由な街へ

こんな街は嫌ダ。


 やー! 僕だよ、元村人の現ガブラス(アルビノ)だよ!

 ……さて、出だしからテンションが上がってしまって申し訳ない。

 何せ、西の都:ヴェルドに辿り着いたんでね!

 いやー、まさに城塞都市だねぇ。街全体が高い壁にグルっと囲まれてるし、何なら大砲だのバリスタだのがズラリと並んで要塞化してるし。

 まぁ、前にも言ったと思うけど、守られているのは富裕層が住む壁内の話。壁外のスラム街はあってないような存在として扱われている。

 ――――――昔はこんなんじゃなかったのになー。時の流れってのは恐ろしいね。そこまでの歳じゃないけどさ。

 

『きゅっ!』

 

 さぁ、行くぞ「シュレイド」!

 

『ケェエエン!』

 

 おお、良い返事だね、シュレイド。

 ……うん、このホルクの名前はシュレイドにしました。せっかくシュレイド地方に居るからね、あやかっておこう。単純に響きがカッコいいし。王国に栄光あれ~ってね。滅んでるが。

 余談だが、シュレイドの行動パターンは「連続ブレス解禁」「秘境大好き」「狩人を気遣う【回復】」の3つに絞った。他にも出来るっちゃ出来るけど、あまり選択肢が多いと咄嗟に動けないから、これくらいの方が良い。

 傾向としては、基本的に僕を補佐しつつ、自らも攻撃を仕掛ける感じにしている。手の届かない高さから釣瓶打ちにされるのだから、相手は堪った物じゃないだろう。何時ものガブラスとか言わない。自覚してんだから。むしろ、誰か僕を空へ飛ばしてくれ。

 ともかく、シュレイドの数十日間に及ぶ修行の成果が見られた為、いよいよ以てヴェルド入りを果たそう、という流れになったのである。

 しかし、それには生贄となる人間を見繕わなくてはならない。オトモならともかく、野生の小型モンスターが街に入れる訳がないからな。拠点はスラム街にするとしても、やはり買い物は中でしたいしね。

 そんな訳で、ヴェルドの壁外地区へレッツゴー!

 

『きゅきゅ……』

『クゥゥゥ……』

 

 うーん、分かっていた事だけど、汚い。掃き溜めとまではいかないが、こう……薄汚い。寄せ集めの材料で作った長屋は火が付いたら一気に燃え上がりそうだし、土が剥き出しの道路は雨が降ったら数分と経たず泥濘そう。そのせいか、そこかしこに泥や埃が掛かり、元の色が分からない程に汚れている。

 むろん、住人も中々に不衛生だ。継ぎはぎだらけの服は何日……いや、何十日と洗っていないのだろうし、髪も身体も煤けていて、まるでボルボロスである。あと臭い。汗や垢処か屎尿の始末もロクに出来ないのだろう。人口だけは多そうだからな、ここ。

 まぁ、住人の生活事情なんぞ、どうでも良い。必要なのは、野蛮でも聖人君主でもない、程々に目の濁った、幸せな人生を諦め切れない、そんな等身大の人間だ。特に若くて将来性のある少年少女を所望する。

 良い感じに騙くらかして、僕たちの駒として動いてくれる大人に育成をサポートするのである。

 つまり、今お探しの人材は“孤児”だ。身寄りの無い、孤独に震えている子供、居ないかな~?

 

「………………」

 

 おっ、居た居た。立て掛けられたボロ板の小狭い空間に縮こまっている、一際汚い濡れネズミが。骨と皮ばかりで分かり難いが、おそらく女の子だろう。年の頃は、10歳前後って所か。良いね良いね、調整し甲斐があるよー。

 誰も見ていない……というか、そもそも見向きもしてないし、早速お話しようじゃないか!

 

『きゅきゅ!』『クェン!』

「………………?」

 

 何だ君らはって顔だな。無理もない。アルビノのガブラスと赤黒いホルクが突然接触してきたんだからね。普通はビビる。

 だが、この子は既に心が死に始めているのか、首を傾げるだけで逃げ出すような気配は微塵もなく、ただ茫然とこちらを見詰めるのみ。大丈夫か君、感情ある?

 ――――――えぇい、もう面倒臭い、攫ってしまえ!

 

『きゃぷ』『ケェン』

「………………!?」

 

 こうして、僕は人生(ガブ生?)で初となる人攫いを経験する事となるのであった……。




◆ヴェルド

 西シュレイド地方で一番大きな街で、強固で武装化された壁に囲まれた城塞都市にして王都。共和制に移行した東シュレイドの大都市「リーヴェル」と違い未だに絶対王政であり、貧富の差も激しく、壁に守られた内部で暮らすのは金持ちばかりで、壁の外には危険地帯と隣接したスラム街が延々と広がっている。その上、周囲を森と山、海によって隔絶されている為、殆ど鎖国状態と言っていい。
 そんなお国柄のせいか、度々クーデターが発生しており、近い将来に国政が変わるかもしれないと噂されている。


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閑話:開かれた未来

今回は名も無き孤児の視点


 わたしは誰だ?

 何の為に生まれてきた?

 誰が生んでくれと願った?

 

 ……わたしは、わたしを生んだ、この世の全てを憎む。

 

 だからこれは、攻撃でもなく、宣戦布告でもなく――――――わたしを生み出したお前達への、"復讐" だ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『きゅきゅ!』『クェンクェン!』

 

 今目の前に、変な生き物がいる。

 ……わたしは名無し。誰でもない何かだ。生まれて間もない頃に捨てられ、名も知らぬ老人に育てられた。

 そして、数年前に天涯孤独となった。育ての親が死んでしまったのである。

 否、死んだのではない。殺されたのだ。心無い大人たちに。行きずりの犯行か、それとも過去に恨みを買っていたのかは分からないが、少なくとも“殺すつもりはなかった”なんて事はないだろう。あんなに滅多刺しにしておいて、間違いも何もあるまい。

 わたしは逃げた。無力で幼いわたしに出来る事は、それしかなかった。殺されるのが、死ぬ程に怖かったから。逃げて逃げて、同じような境遇の人たちが身を寄せ合う場所に辿り着いて、それでも溶け込む事も出来ないまま、呆然と生きてきた。

 しかし、わたしは今日この日まで、あの時の事を忘れていないかった。お爺ちゃんを殺したアイツらの顔、今でも覚えている。歳は食っているだろうが、見間違える事は絶対になかろう。あんな悪魔のような表情、忘れたくても忘れられない。

 だから、“これ”はチャンスだと思った。

 何だかよく分からないが、このモンスターたちは賢いらしく、様々な知識や知恵を授けてくれた。

 そう、ハンターになる為の基礎を。

 しかも、下手な人間よりも器用なようで、調合書も無く回復薬や鬼人薬に硬化薬などのアイテムを作ってくれた。

 さらに、今日はわたしに装備を作ってくれるという。流石に武器は無理だが、素材さえあれば防具を作る事など朝飯前であるらしい。

 というか、狩りその物も上手かった。上空から鳥がブレスを吐いてモンスターを撹乱しつつ、這うように忍び寄った蛇が毒で仕留める。動きに無駄が無く、新米のハンターよりも連携が取れていた。

 

『きゅきゅ!』『ケェン!』

 

 そして、出来上がったのが、この「ファンゴSシリーズ」。ヴァイクシリーズとよく似た海賊(山賊?)然としたデザインが特徴なのだが、彼らなりのアレンジが加えられており、全体的に赤黒く染まっているほか、妙に刺々しくなっている為、“山海の悪霊”といった感じに纏まっている。

 だが、見た目に反してマイナススキルの【悪霊の加護】が【精霊の加護】に書き換わっており、その上、何故か【龍属性強化】と【龍耐性】が最大値で付与されている。もちろん、【攻撃】や【底力】のスキルも付いているので、火力には事欠かない。まさしく肉を切らせて骨を断つ防具である。頭がフェイクじゃなくて良かった……。

 

『うきゅっ!』『ケェン!』

 

 後はお前次第だ、とばかりに見詰めて来るモンスターたち。

 

「………………!」

 

 ――――――なるほど、確かに彼らの言う通りだな。

 彼らは装備もチャンスもくれた。今までのわたしを捨て、これから“謎のファンゴシリーズのハンター”として名を上げて行けば、富と名誉に加えて、壁内の市民権も得られるだろう。

 想いだけでも、力だけでも、成し遂げられない事はある。

 わたしは秘めたる想いを忘れる事無く力を付けて、正々堂々と凱旋した上で、復讐を遂げてみせようじゃないか。

 わたしの敵は今、あの小高い壁の向こう側で優雅に肥え太っているのだから……。




◆名無しの少女

 とある貴族の娘だったが、政敵との争いに敗れた両親が命懸けで逃がし、ヴェルドの貴族に養女として拾われ育った。
 しかし、その貴族もクーデターによって殺され、完全に天涯孤独の身となった上で、スラム街に隠れ潜むようになった。
 ちなみに、そのクーデターに参加した平民は別の貴族に扇動されただけの捨て駒であり、少女の仇敵は今も壁内で贅を貪っている……。


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成果を上げて行きたいよ

ファンゴフェイクだけで大体何とかなる伊之助のコスプレは便利。


 ハ~イ、僕だよ、元村人のアルビノ・ガンダ……じゃなくてガブラスだよ~。

 さてさて、ヴェルドのスラム街に侵入してから、早半月。名も無き孤児でしかなかった少女は既におらず、今や立派な新米ハンターとなっていた。装備はファンゴSシリーズ。僕やシュレイドの素材も混ぜ合わせた、オリジナルの防具である。防御力こそ低めな物の、スキルがそれを補って余りある代物で、上手く扱えばG級にだって着て行けるだろう。

 そして、遂に彼女自身が狩場に立つ時が来たのだ。

 本日の目標はズバリ、中型モンスターの狩猟と自前の獲物を作成する事だ。

 実はこの小娘、武器制作の才能があるようで、スラムの一角を力尽くで占領し工房のような物を用意したのだが、何と初めての作業で「ボーンククリ」を作り上げてしまったのである。加工の簡単な骨武器とは言え、学の無かった少女が1人で武器を一振り完成させてしまうのは素直に凄い。

 しかし、ボーンククリは初期も初期な鈍ら武器(というか斬れ味的に鈍器)なので、素材強化は必須事項だ。この辺りの生態系を考えると、「ラッシュタッグ」を目指すのが堅実だろう。幸いボーンククリを強化するのに必要な素材は採集や小型モンスターの討伐だけでも可能なので、ドスファンゴの狩猟を最大目標としつつ、ブルファンゴやリノプロスを狩って行きたい。

 という事で、ギルドへクエストを受注しに向かうぞ!

 

「………………」

 

 本当に喋らん子やなぁ……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 とりあえず、登録は済ませた。

 出身地も経歴も嘘八百で塗り固め、「アイル・パーカー」という偽名で通した。設定を端的に言ってしまえば、“モンスターの襲撃で故郷を失い、生計を立てる為にハンターになった”みたいな感じ。割とよくある話である。これなら何処ぞの密猟者のように過剰な狩猟さえしなければ、目も付けられないだろう。

 来る者拒まず、去る者追わず、但し無法者には鉄槌を。それがハンターズギルドの雇用指標だ。

 まぁ、そんなこんなで、名無し改めアイルは、僕たちをオトモに狩場へ立った。実際には逆なんだけどね。

 狩猟地は「深黒林(正式名:「ヴェルドラの森」)」。ヴェルド周辺に広がる、深く黒々とした森林地帯である。豊かな自然に裏打ちされた、強大なモンスターが犇めく場所だ。生息しているモンスターは牙獣種や獣竜種、鳥竜種がメインで、飛竜種はあまりいない。木々の背丈が高い上に重量級のモンスターが跋扈しているので、着陸する隙が無いのだろう。巣作りならヒンメルン山脈の高所にすれば良いだけだし、餌も森丘で充分に得られるので、わざわざヴェルド周辺に棲み付く旨味は殆ど無い。

 かように深黒林は“翼をもがれた獣”の楽園なのである。

 ちなみに、ヴェルドが管理する狩場は深黒林の他に「山脈(ヒンメルン山脈の麓)」しか無く、交易こそ盛んなものの、ハンターが活躍する場所はあまり無かったりする。東西南北を山と海で囲まれた立地が、排他的な環境を生み出しているのだろう。

 逆に言えば、アイルのような妖しい奴でも、成果さえ上げれば諸手を挙げて歓迎されるという事だが。何れにしろ、僕たちにとっては都合が良い。

 さぁ、無駄話はこれくらいにして、狩猟に集中しよう。

 

『フシュー……ボォルルルルル』

 

 と、早速大型モンスターと遭遇した。湾曲した2本角、苔生した背中の瘤、ゴツい尻尾のハンマーが特徴的な獣竜種――――――尾槌竜「ドボルベルク」だ。獣竜種にしては珍しい草食性だが、尻尾の一振りで木々を薙ぎ倒し、それをバリバリと食べる、割と凶暴な種族である。また、ディアブロス並みに縄張り意識が強い為、時には大型の肉食竜すら追い払う事もある。

 だが、喧嘩を売ったりせず、遭遇したら慌てず騒がず速やかに撤退すれば、危険はない。今回は狩猟対象ですらあないので、大人しく道を譲れば良いだろう。

 

『ボヴゥゥゥ……』

『『「………………」』』

『……ボルゥフッ!』

 

 ……去ったか。単独期間中の雄個体だったようだ。これが子育て中の雌だった場合、問答無用でぶん殴られるので、その時は運が悪かったと諦めるしかない。僕らは逃げられるけど(笑)。

 深黒林はドボルベルクを筆頭にした大柄な草食モンスターが多数生息しており、狩る相手を間違えなければ、事故の危険が少ない狩場と言えるだろう。不意のアンジャナフは知らん。

 

『フォォォ……』『ブォォォン……』『フゥン……』

 

 お、今度はリモセトスの群れか。長い首を見上げる程に立ち上げた、草食竜の1種である。体躯こそ下手な肉食竜よりもデカいが、ドボルベルクなどと違って非常に大人しく、子供に襲い掛かりでもしない限り、反撃される事も無い。背景として放置しよう。生肉が欲しい訳じゃないし。

 

『プォゥ……』『モフゥ……』『クルルル……』

 

 少し開けた場所(おそらくドボルベルクの食事跡)に出ると、数頭のリノプロスが屯していた。全身が硬い甲殻で覆われた草食竜であり、目と頭は悪いが耳は良いので、ハンターが近付くと脇目も振らず突っ込んで来る為、「ロケット生肉」と揶揄される害悪な奴らだ。

 しかし、ラッシュタッグを作るには彼らの甲殻が必要になるので、リモセトスのようにスルーする訳にはいかない。その命、狩らせて貰う。アイルがな!

 

『きゅあ!』

『『『ファッ!?』』』

 

 一先ず、閃光玉を投げて目を晦ませる。視力が弱いと言っても見えない訳ではない為、リノプロスの動きを封じるには閃光玉が一番良い。耳が良い癖に音爆弾で怯まないからな、あいつら。

 

『ペッ! ペッ! ペェッ!』『キィイイイイイイン!』

『『『ホグゥッ!?』』』

 

 さらに、僕の毒とシュレイドのブレスが決まり、リノプロスたちは虫の息となる。

 

「………………!」

『『『ギッ……!』』』

 

 そして、アイルのボーンククリが止めとなり、完全に息絶えた。

 まぁ、初めはこんな物だろう。ブルファンゴならいざ知らず、リノプロス相手にククリじゃロクに刃が立たないし。

 だが、ブルファンゴについては自力でやって貰わないと困る。さもなきゃ、ドスファンゴなんて夢のまた夢だからな。

 余談だが、今回のクエスト内容は「リノプロスとブルファンゴ 15頭の討伐」だ。最近、やたらとスラム街に迷い込むリノプロスやブルファンゴが増えているらしい。原因は不明だが、渡りに船なので乗っからせて貰った。

 さぁさぁ、次はブルファンゴだぞ、アイル!

 

「………………」

 

 ……やっぱり喋ってくれないなぁ。失語症かな?

 ともかく、リノプロスは手伝ったんだから、ブルファンゴは自分1人でやれ。

 

『ブルルル……』『フガフガ』『ファンゴファンゴ!』『モッスゥ……』

 

 リノプロスの剥ぎ取りが終わり、また少し移動すると、数頭のブルファンゴを発見した。モスも混じってるが、気にしたら負け。巻き込んだとしても、コラテラル・ダメージだ。死ね!

 

「………………!」

『『『『プギィ!?』』』』

 

 接敵早々、僕と同じく閃光玉で目潰しに掛かるアイル。それで良い。群れを成した小型モンスターを相手に、律儀に正面突破してやる筋合いはないからな。

 

「………………」

『『『『ブタァ……ッ!』』』』

 

 さらに、眼が眩んでいる間に毒煙玉をばら撒き、スリップダメージを与えつつ、剣で斬り、盾で殴り飛ばして、ブルファンゴたちを斃した。

 片手剣の長所は、抜刀中でもアイテムが使える事。卑怯千万、罠嵌めが出来てこその武器種である。

 この調子なら、ドスファンゴを相手にしても遅れは取らないかもな。

 

 ――――――その後、特にミスを犯す事も無く、必要数のリノプロスとブルファンゴを狩り、アイルと僕たちは帰路に着いたのだった。




◆アンジャナフ

 深い森を好んで棲み付く大型の獣竜種。桃色の鱗に黒い羽毛が生えた、所謂「羽毛恐竜」のような姿をしているが、実は鶏冠状の鼻骨と1対の背鰭を折り畳んでいる。非常に鼻が利き、獲物を執念深く追い続ける、ストーカー気質の持ち主。その為、決まった縄張りを持たない。体内に火炎袋を持ち、興奮状態になると鼻骨や背鰭を展開し、口から爆炎を吐いて暴れ回る。
 ちなみに、アンジャナフは飛竜種に滅茶苦茶弱いので、深黒林に棲む個体は半ば閉じ込められているような状態だったりする。


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閑話:誓い合った約束

何故ライズ(及びサンブレイク)にはドスファンゴが居ないノカ……。


『きゅきゅ!』

 

 白いガブラスが、とあるクエスト表を持ってきた。内容は「ドスファンゴ 2頭の狩猟」。

 ……いよいよか。

 名無しのわたしが、アイル・パーカーとして名を売る為の、第1歩だ。装備は充分。ボーンククリは既に「ボーンタバール」へ強化済みだし、回復薬やバフアイテムに罠も持った。

 後は、わたし自身の腕が試されるだけ。「猛進剣【猪突】」――――――何れは、その先の「猪突猛進剣【愚直】」へと至る為にも、絶対に成功させなければ。

 ただ、あまり緊張し過ぎても失敗の基なので、何時も通りに、ガブラスたちから学んだ知識と知恵を活かして頑張ろう。

 

『きゃう!』

「………………」

『きゅぅ……』

 

 自分でも上手く喋れないので肯首したら、ガブラスがシュンとした。このガブラス、意外と寂しがり屋なのかもしれない。君にはホルクが居るだろうに。

 まぁ、そのホルクもわたしが黙ってると残念そうな顔になるのだけれど。似た者同士って事か。

 とにかく、出発だ。一狩り行くとしよう。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 深黒林――――――正式名称:ヴェルドラの森。

 名前通り、黒々とした木々が生い茂る深い森で、ヴェルドとヒンメルン山脈の間にある全域を覆い尽くす広大なフィールドであり、大型の獣竜種や鳥竜種が跋扈する危険地帯である。特に危険なのは草食性の獣竜種:ドボルベルクで、アンジャナフでさえ迂闊に手を出せない、凶暴なモンスターだ。

 しかし、わたしが求める獲物は、あくまでドスファンゴ。無用な狩りは命取りだし、他のモンスターを刺激しないよう慎重に進んでいこう。

 だからと言って、臆する必要もない。何故ならわたしには、有象無象の人間なんかよりも、余程信頼出来る相手がいるのだから。

 

『ケェーン!』

『うきゅきゅ、きゅーん!』

 

 上空でホルクが鳴き、わたしの足元を行くガブラスが応える。今のは半径1キロ圏内に危険なモンスターは見当たらない、という意味だ。ホルクの目は空の王者:リオレウスよりも優れていると言われ、ガブラスの耳はあらゆる音を聞き逃さない。これ程頼りになる狩猟のオトモがいるだろうか。

 ……彼らが周囲を警戒してくれているのだから、わたしは油断なく、何時も通りに狩れば良い。そうだろう、アイル。

 

『……うきゅきゃ!』

 

 と、ガブラスが前方の薄暗がりを差して鳴く。

 どうやら、多数のモスとブルファンゴが食事を取っているらしい。ブルファンゴが屯しているという事は、そう遠くない位置にドスファンゴが居るのだろう。ドスファンゴは食事の時以外は身体を地中に埋めて休んでいる事が多いので、上空からだと発見するのが難しい。警戒度を少し上げておくか。

 

『モスモス』『ブタブタ』『プヒープヒー』『モノブロ!』『スンスン』

『ブルルル』『ハフハフ』『ファンゴォ!』

 

 居た。モスが5頭に、ブルファンゴが3頭か。

 おそらく、ブルファンゴたちは食事の為に散開していて、モスの方はドスファンゴの威を借る腹積もりだろう。最悪、敵はブルファンゴに押し付ければ良いからな。実に狡く逞しい。

 

「………………」

 

 さて、どうしたものかな。ドスファンゴを誘き寄せるなら、ブルファンゴを襲うのが手っ取り早いが、如何せん数が多過ぎる。ここは誰かに汚れ役を押し付けるべきかな。

 

「………………」

『きゅきゅ。……、…………、……!』

 

 わたしが目を配すと、察しの良いガブラスが、人間処か並大抵の動物では聞こえない、特殊な超音波をホルクへ放つ。

 

『……コクリ』

 

 すると、ホルクが分かったとばかりに肯首し、一旦この場を離れた。

 

『ケェアアアアッ!』

『バヴォオオオッ!』

 

 そして、何処からかアンジャナフを毒ブレスで追い立て、モスとブルファンゴの食事場へ乱入させた。何と素晴らしい連携だろう。少しは人間も見習って欲しい。

 

『ガヴォッ!』

『プキーッ!?』『ブヒャーッ!』『ピーピーッ!』

 

 あっと言う間に広場は混沌と化す。恐慌状態に陥ったモスが逃げ惑い、興奮したブルファンゴが無謀な突進を繰り返す。種族としての性格差が滲み出てるな。これなら、そう時間と経たず……、

 

『ガブゥッ!』『ピッ……!?』

 

 ほら、先ずは1匹、ブルファンゴが食われた。

 最強の座こそドボルベルクに譲っているとは言え、アンジャナフは深黒林の頂点捕食者。ドスランポスならいざ知らず、蛮顎竜を相手に突進した所で、怒らせるだけである。

 だが、ブルファンゴが死んだという事は、生存競争のトリガーが引かれた、という意味でもある。

 

『ブモォオオオオオッ!』

 

 程無くして、ドスファンゴが駆け付けて来た。それも2頭。

 普通、ドスファンゴは群れに1頭しか居ないが、この2頭は兄弟かつ小柄な方がリーダーの座を譲っているらしく、喧嘩に発展する様子は見られない。それ処か、アンジャナフという格上の化け物を相手に、見事な連携攻撃を仕掛けている。前々から、こうしてコンビを組んで群れを守っていたのだろう。

 

『バヴォルァアアアアアアアッ!』

『ブギャッ……!』『ブルゥッ!?』

 

 しかし、やはり相手はアンジャナフ。鼻骨と背鰭を展開し、口に炎を灯した怒り状態となってからは、形成が一気に逆転した。弟の方が爆炎で焼かれた上で首筋を噛まれ、そのまま投げ飛ばされてしまったのだ。

 

『グルヴォッ!』

『ギィッ……!』

 

 さらに、隠し棘が立ち上がった強靭な尻尾の一撃で、兄の方も吹き飛ばされる。まさに蛮顎、森の暴れん坊。頂点捕食者の力を見せ付けた形になる。

 ……わたしたちの、計算通りに。

 

「………………!」

 

 さぁ、狩りの時間だ!

 

『バヴォッ!?』

 

 今まさに瀕死の弟ドスファンゴに止めを刺そうとしているアンジャナフの脚を、鋭い一閃で斬り抜ける。幾ら蛮顎竜とて、食事の最中に襲われては、真面な反応など出来まい。

 

『きゅあ……ぺっ!』

『グルヴォッ!?』

 

 そして、我に返ったアンジャナフが反撃する前に、ガブラスの毒液が彼の視界を塞ぐ。大型モンスターは耐性が付き易いから油断は出来ないが、流石に今直ぐとはいかないだろう。

 

『ギャォッ! ギャヴォッ! グギャヴォッ!』

『グヴヴヴゥゥゥ……ッ!』

 

 さらに、上空からホルクが龍属性ブレスの三連弾を放つ。アンジャナフは火以外の属性に対して抵抗力があまり無いので、結構なダメージになっている筈。このまま畳み掛ける!

 

「………………!」

『……ヴォァッ!?』

 

 視界を塞がれ、四方八方から一方的に攻撃されているアンジャナフの足元が、突如として陥没する。わたしが設置した落とし穴が起動したのである。これでアンジャナフは少しの間は動けない。その隙に大タル爆弾Gを2つ置いて、走り抜け様に小型タル爆弾で起爆する。

 

『グガァッ!?』

 

 よし、鼻骨が壊れた。続くジャストラッシュで背鰭も壊れる。

 と、その時。

 

「――――――っ!」

 

 不意に感じた殺気に、わたしは追撃を中断して緊急回避した。

 

『ブルァッ!』『ゴヴァッ!?』

 

 その瞬間、息を吹き返した兄ファンゴが、勢い良く突っ込んで来る。もちろん、避けていたわたしには当たらず、アンジャナフが痛い目を見ただけだが。

 

「………………!」

『ブヴァッ……!』

 

 そして、体勢を立て直したわたしのシールドバッシュが兄ファンゴを襲う。自慢の牙がバッキリと折れ、次いで嫌な音がしてから、兄ファンゴは動かなくなった。首の骨が折れたか。元々弱っていたから、こんな手数でも致命傷に成り得た訳だ。

 

「………………!」

『ブルゥ……ッ!』

 

 さらに、落とし穴を抜け出したアンジャナフをシビレ罠で再拘束しつつ、ガブラスとホルクに相手を任せ、わたしは残る弟ファンゴと対峙する。憎悪と憤怒に満ちた顔をしているが……そんなのわたしの知った事じゃないんだよ。残るブルファンゴたちは無事に逃げ果せたし、お前の代わりは幾らでも湧いてくる。お前の役目は終わったんだ。

 

 ――――――だから、わたしを呪いながら死んで逝け!

 

「『――――――ッ!』」

 

 一合。それだけで勝負は決した。

 

「くっ……!」

『………………』

 

 わたしが膝を着くと同時に、弟ファンゴが息絶えた。彼の目にはわたしの剣が突き刺さり、反対側まで貫通している。擦れ違い様に、わたしが止めを刺したのである。

 だが、わたしも無傷とは行かず、右の肋骨が全て砕け折れ、脇腹が抉れている。盾で受け流しながら回転して剣を突き刺したのだが、僅かに弟ファンゴが頭を振るって反撃し、わたしの右半身に甚大なダメージを与えて逝ったのだ。

 クソッ、流石は大型モンスター、一筋縄ではいかないか……。

 

『うきゅあっ!』

「………………!」

 

 瀕死の重傷故に蹲って動けないわたしに、ガブラスが回復薬グレートをジャバジャバと掛け、その後カプリと脇腹に噛み付いて何かを注入してくる。

 

「……はっ……ふぅ……」

 

 すると、見る見る内に傷が塞がり、折れた肋骨も簡易ではあるが再結合した。効果を鑑みるに、ガブラスが牙から差し入れたのは強壮剤のような成分なのだろう。毒だけなく、そんな芸当も出来るとは、やはりこのガブラスは凄い。

 

『ZZZzzz……』

 

 というか、知らぬ間にアンジャナフが捕獲されていた。

 どうやら、ホルクとガブラスの追撃により、アンジャナフが捕獲ラインに達するまで弱ったので、ついでに捕獲用麻酔玉で眠らせたようである。これじゃあ、どっちがハンターか分からなくなるな。

 ともかく、予定外の大物を手土産に、わたしたちはクエストを達成したのであった。




◆ドスファンゴ

 ブルファンゴの中でも成長を重ねた巨大な雄個体。白い顎髭と左右非対称の立派な牙を持つ。左右で長さが違うのは、餌を掘り返す時に使う側が削れているからであるらしい。その体躯に見合った体力とパワーを持つ他、地中を掘り進む能力もある。
 リーダー故に全ての雌を独占出来る代わりに、群れを守る義務が生じるので、世の中上手いばかりの話はない。


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閑話:強く生きれる

お久し振りデース。


 そして、時は過ぎ、わたしは成長した。ガブラスたちの予定通りに。

 念願の「猛進剣【猪突】」はもちろん、捕獲したアンジャナフの素材を使い、もう一振りの剣を手に入れた。それが「フラムエルシーカ」だ。防御力が少し心許なく、重量故に会心を出し難いものの、その攻撃力は折り紙付きであり、しかも僅かながら火属性も付いてくる、中々の一品である。行く行くはどちらも強化していきたい。

 防具も一部新調した。いや、新調したというか、既存のファンゴシリーズにジャナフシリーズを混ぜ合わせた。防御力は相変わらず少し低めだが、【火耐性】と【KO術】が付与され、【攻撃】が最大値まで発動しているので、メリットの方が遥かに大きいと言えるだろう。本当に良い腕だ。足と口で縫ってるけど。

 

『きゅ~ん……』

 

 流石の大仕事故にガブラスは疲れ果てて寝ている。ゆっくりと休んで欲しい。今回はホルスと狩りに出掛けよう。

 ……あれからも何度かクエストを熟しているし、ドスファンゴ程度なら難なく討伐出来るようになった。装備だけでなく、自分自身が更新されているのが実感出来る。

 もっと、もっとだ。あの糞共が巣食う壁内の中枢に入り込むには、富と名声が足りない。

 

『ケァン!』

「………………」

 

 だが、焦りは禁物である。欲に駆られて、良き急いだ奴から死んでいく。それが世の理だ。だから、慌てず騒がず、“その時”まで爪を隠し、牙を研ぐ。それがわたしのハンター道である。

 さて、今日は何を狩りに行こうか。

 

『クェン!』

「………………!」

 

 ホルクが持ってきた“それ”に、わたしは思わず目を見開く。

 

 

【ドボルベルク1頭の狩猟】

 

 

 “それ”がクエストの内容だった。

 

「………………」

 

 ドボルベルク。「深黒林」における最大の脅威にして、最強の大型モンスターである。砂漠地帯のディアブロスとほぼ同等のニッチに収まっており、危険度はドスファンゴやアンジャナフの比ではない。今回のターゲットは年若い雄個体とは言え、死力を尽くして挑まなければ、勝ち目は無いだろう。

 それをわたしに狩れと、ホルクは言っているのだ。……信用、してくれたのだろうか?

 

「………………!」

 

 ならば、育てられた身としては、応えなければなるまい。こう見えて、恩義は感じているのだから。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 「深黒林」でも、割かしスラムに程近いエリアにて。

 

『ボフゥ……!』

 

 早速、発見した。縄張り意識が強く、滅多に森の奥から出て来ないドボルベルクが、こんな人里近くに居るのは珍しい。喧嘩に負けたか、それとも……?

 何れにしろ、幾らまだ若いとは言え、こんな馬鹿デカい奴が傍に居ては、おちおち眠っても居られないのだろう。自分たちは安全な壁内で、暖かい布団に包まれながら眠っている癖にね。

 しかし、貧困街の連中に同情する気は無いし、守ってやる義理も無い。むしろ、もしもの時の囮として機能すれば御の字だろう。誰が死のうが、自分以外に悲しむ者はいない。それが貧困街である。

 

「………………」

 

 だから、わたしは狩りに集中する。あまりに距離が近過ぎて、奇襲は望めない。動けば直ぐにでも見付かるだろう。

 鍵となるのは、ホルクの毒だ。ドボルベルクは毒に弱く、浴びせれば即座に発症する上、持続時間も長い。そこにわたしの背負って来た「フラムエルシーカ」の火属性が加われば、かなりの体力を削れる。

 

「………………!」

『ブヴォッ!?』

 

 上空のホルクに目配せしてから、閃光玉を投げ付けた。突如視界を奪われたドボルベルクかがむしゃらに暴れまわり、周囲の木々を薙ぎ倒し始める。

 

『クァッ! ケァッ! グペェッ!』

「………………」

 

 そんなドボルベルクにホルクが容赦なく毒を浴びせ、その隙にわたしは罠を2つ設置する。少しでも拘束時間を稼ぐ為である。

 

『グゥゥゥ……グボォッ!?』

 

 よし、先ずは1個目、落とし穴に嵌まった。最大の弱点である頭を攻撃するチャンスだ。

 

「………………!」

 

 一連のコンボとジャストラッシュを叩き込み、片角に罅を入れる。ドボルベルクの角は脳に直結しており、根元から折ると即死するらしいが、そこまで望むのは高望みだろう。精々頭突きや突進の威力を軽減するくらいの感覚で良い。

 

『ケェエエエンッ!』

『ボルグゥ……グボボガガガガッ!?』

 

 さらに、落とし穴を抜け出したドボルベルクを、ホルクが龍属性ブレスで誘導し、シビレ罠を踏ませる事で再度動きを止めた。一方、わたしは拘束が解かれる前にドボルベルクの足元に大タル爆弾Gを2つ並べ、直ぐ様距離を取る。そこへホルクがブレスを吐いて起爆させ、ドボルベルクの角を完全に破壊した。ついでに瘤にも甚大なダメージを与える。

 

『ボルァアアアアアッ!』

 

 だが、そこはドボルベルク。そう簡単には倒れない。早速尻尾ごと身体を独楽のようにグルグルと回転させながら、こちらに迫ってくる。その後に待っているのは、大跳躍からの尾槌撃だ。食らえば、この装備でも一溜りも無いだろう。

 しかし、だからと言って逃げ続けるのは悪手である。明らかに迫る速度の方が早いし、下手に背を向けると、それこそ粉々にされる。

 ならば、どうするか。

 

「………………ッ!」

 

 わたしは意を決して、その渦中に(・・・・・)飛び込んだ(・・・・・)。慎重にタイミングを見極めつつ、一瞬の隙を突いてスライディング。足元に張り付く。

 そう、これこそがドボルベルクの弱点。デカ過ぎて、足元が疎かになりがちなのだ。特に戦闘経験が無いに等しい若齢個体はそれが顕著である。

 あとはもう、勢い故に止まりようのないドボルベルクを攻撃し続けるだけだ。

 

『ブルォッ!?』

 

 よしよし、脚を集中攻撃されてバランスを崩したな。盛大な勢いでスッ転び、弱点部位である背中の瘤をこちらに晒してくれる。遠慮くなく叩かせて貰おうか。

 

 

 ――――――グシャリ。

 

 

 盾の殴打で、瘤が潰れた。これで残るは、尻尾の破壊のみ。体力馬鹿なドボルベルクと戦うには、なるべく早くに部位破壊を完了したい。さもなくば、こっちが根を上げる事になる。

 

『ブォォ……!』

「………………」

『ボルファッ!?』

 

 堪らずドボルベルクが逃げようとしたので、閃光玉で足止めする。出来れば捕獲したいから、もう罠は使わないが、早期に決着を付けたいのは一緒。可能な限りダメージを蓄積させる。

 

『ブォッ!』

「………………!」

 

 ドボルベルクの尻槌が当たる。ガード越しとは思えない、凄まじい衝撃がわたしを襲う。

 だが、吹き飛ばされない。歯と足を食いしばって耐える。ここで仰天しては、更なる追撃で瞬時にあの世送りにされるに違いない。

 ――――――わたしは、死ねないんだよ!

 

『グルヴォアッ!』

「………………!」

 

 再び迫る尾槌をバックステップで躱し、ジャストラッシュを頭に叩き込む。

 

『グヴォォォ……!』

 

 その一撃で、ドボルベルクがダウンした。【KO術】様々である。尻槌に罅を入れられたし、そろそろ叩き壊せるだろう。

 

『……ブルォオオオオオオオオッ!』

 

 しまった、咆哮で固められた。マズい、頭突きが来る!

 

『ギャォオオオス!』『ブフォッ!?』

 

 ――――――ありがとう、ホルク!

 

「………………!」

 

 このチャンスを逃すまいと連撃を繰り出すが、中々倒れない。本当に馬鹿みたいな体力持ってるな。

 

『ブォッ!』

「………………」

『ブルヴォォォォォ……!』

 

 と、ドボルベルクがわたしを小突いて尻餅を付かせ、僅かに後退したかと思うと、そのまま飛んできた。回転では埒が明かないと考えたのか、巧みな重心移動で跳ね上がり、尾槌撃に繋げてきたのだ。経験は少ないが、天性の勘があるのだろう。

 クソッ、これは避けられない。流石のホルクも、あそこまで跳び上がった相手を墜落させるのは無理がある。

 しかし、わたしは心底諦めないぞ。こうなったら、一か八かだ!

 

「……うぉおおおおおぁあああああっ!」

 

 わたしはわざと大タル爆弾を足元で爆発させ、空中へ舞い上がった。展開する前かつポーチ越しに行ったので、かなりのダメージが入ったが、致し方あるまい。

 この反撃を繰り出すには、ドボルベルクを斃す為には、これくらいは必要な痛みだ!

 

「だりゃああああああああああああっ!」

『グヴォァアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 そして、爆風に乗った状態で放たれた盾の一撃は、ドボルベルクの尾槌を完全に破壊し、空中から叩き落してやった。

 

『ギャォ!』「………………!」

『ブルォッ!? ……ZZZzzz』

 

 さらに、着地点にシビレ罠を打ち込んで発動し、捕獲用麻酔玉で昏睡状態へ追いやった。

 そう、わたしは勝ったのである。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 わたしは咆哮した。これ程に嬉しい事は、今まで無かったから。




◆ドボルベルク

 尾槌竜の異名を持つ、大型の獣竜種。飛竜種で言うディアブロスに相当する巨大で狂暴な草食獣で、強い縄張り意識を持ち、侵す者を積極的に排除しようとする。
 背中に栄養を溜め込む瘤があり、寒冷期はその栄養を頼りに冬眠する。あまり動かないからか身体に苔が生えていて、偶にそれを自ら食する事もあるという。非常食なのかもしれない。
 異名の由来にもなっている尾槌の威力は凄まじく、外敵排除はもちろんだが、餌の確保の為に木々を薙ぎ倒す行為もよく見られる。その凶悪な一撃は、大地を叩き割る事さえ可能だ。
 ちなみに、頭に生えている立派な角は脳に直結……というより、根元が密着している為、折れると即死するという、謎の弱点があったりする。どうしてそうなった。


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富も名誉もある

家なき子から、一流のハンターにまでのし上がった、年頃の女の子。話題に上がらぬ筈もなく……。


 やぁ、皆さん、おはこんばんにちは。もう朝とか昼とか夜とか考えるの面倒臭いから、この挨拶で統一しよう。それが良い。

 さてはて、ヴェルドに定着してから暫く経った訳だけど、

 

「……、……おはよう。……こんばんは?」

『きゅあー』

 

 我らがアイルちゃんが、遂に言葉を喋るようになりました!

 正確に言うと、大分間が空いた末に単語を述べるだけなのだが、それでも大きな進歩である。だって、少し前は頷く事さえ儘ならないぐらい、自己表現が下手くそだったんだもの。思わず涙が出ちゃう。ドボルベルクを狩った事が自信に繋がったのかな?

 しかし、それ以上に嬉しいのは、

 

「……、……家、……わたし、たちの」

『きゅんきゅん♪』『クェエエエン!』

 

 何という事でしょう、マイハウスを手に入れてしまいました♪

 しかも、庭付きの一戸建て。大きさこそこじんまりとしているが、1人と2匹が住むには充分だ。その上、汲み取り式トイレ(汚水を溜めるタイプ)とお風呂という、高がハンターには分不相応なオプションまで付いている。臭いを気にしなくて良いのは嬉しい。

 それもこれも、数々の功績と、お得意様が出来たおかげである。

 数多の狩猟を経験したアイルの実力は最早G級間近であり、ドスファンゴ処かアンジャナフやドボルベルクさえ易々と狩れるようになった。ヴェルドでも指折りのハンターに成長したと言っても、過言ではないだろう。むろん、上には上が居るが、それこそ数えるくらいしかいない。どん底から這い上がってきた叩き上げのポテンシャルは目を見張るものがあった。

 そして、武器の関係上、角の破壊や尻尾の切断を得意としており、捕獲技術も相俟って、良質な角や尻尾を納入するのが、半ば当たり前の事になっている。盾で殴り、剣で断ち切る、片手剣ならではの物だろう。

 そんなアイルの納入品を甚く気に入って、相場よりも高めの値段で買い占める、物好きな顧客が現れたのだ。そいつは壁内でも有力な貴族の息子で、外の世界に憧れつつも身体的理由で屋敷に閉じ籠もっているという、分かり易い少年である。確か歳も近いから、会えば仲良く出来るかもしれない。アイルが彼の親を見る目は、完全に“親の仇”だけど。貧困街で1人寂しく虚無っていた事から、過去に何か因縁があったのだろうが、聞くのが面倒なので追及はしないでおく。

 ともかく、その貴族の少年のおかげで、巨万の富を得る事が出来た。その成果が、このマイハウスだ。壁内の住民にとって、あくまで“都合の良い使いっ走り”程度の認識しか持たれていないハンターに対して、これは破格の対応である。それだけアイルが活躍しているという事だろう。最早、貴族お抱えのハンターと言っても、罰は当たるまい。

 いやー、これは有難いね。お陰様で新たな書籍も購入出来たし、収納場所にも困らないと、至れり尽くせりよ。マイルームもあるから、仄暗い部屋の中でゆっくりと本を読める。シュレイドも自分の部屋を貰ったから、各々がプライベートを確保出来ていると言えるだろう。何て贅沢な暮らしなんだ。

 

「……ごはん」

 

 さらに、最近分かった事だが、このアイルちゃん、実は料理が得意だという事が判明した。自らが狩ってきた獲物の肉を使った、ワイルドながらも繊細な肉料理がメインで、そこに惣菜やパン(もしくは米)が付いてくる。これがまた美味しいのよ。塩胡椒の時もあるけど、独自の製法で作ったという“秘伝のタレ”は、何度掛かっていても飽きない。レシピを教えて欲しいくらいである。掃除や洗濯も出来るし、思ったより女子力あるね、キミ。

 

『きゅぁ~あ♪』

 

 このまま気楽な生活が続くと良いんだけどなー。

 

「……誰か、……来た」

 

 そうは問屋が卸さないのが、現実の悲しい所。わざわざハンター如きの家を訪ねて来る壁内の人間なんて、絶対にロクな奴じゃないな。一体誰が来たんだ?

 

「……どなた?」

 

 こっそりと覗いてみれば、開いた扉の向こうには、両サイドに近衛を付けた、小柄な少年が。先ず間違いなく貴族だろう。気品溢れるローブに身を包んでいる為、非常に分かり難いが、白金色の髪に陶磁器のような肌、蒼い瞳といった身体的特徴から察するに、僕と同じアルビノなのかもしれない。

 

「夜分遅くに失礼。エメス・インフニティアと申します。こうしてお会いするのは初めてですが、何時も貴女の活躍は聞いていますよ。……貴方から買い取った、アンジャナフの尻尾をオカズにね」

 

 まさかまさかの、お得意様の襲来だった。な、何でや!?




◆エメス・インフニティア

 アイルにとっては因縁の相手となる男の息子。見目麗しい……というより可愛らしいショタで、ガブラスと同じ問題を抱えている為、外へ出る事が出来ない。瞳の色は蒼。貴族故に暮らしは贅沢だが、生まれてこの方外へ出た事がない為、外の世界という物に非常に憧れを持っており、ハンターたちの冒険譚を聞くのが何よりの慰めとなっている。
 そんな折、自分とそう大して変わらない年頃の女の子がハンターをしていると聞き及び、少しでも助けになればと、あわよくばお知り合いになれればと、彼女の素材を買い占めるようになった。
 そして、今宵遂に……。


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慈悲は無い

爆ぜろ


 エメス・インフニティア。

 アイルと因縁があるらしい、貴族の息子。おそらくはアルビノで、それ故に屋敷から出られず、外の世界に憧れを持つ、とても分かり易く夢見る少年だ。そういった事情から、直接の対面は今回が初となる。

 何と言うか、幾度か目にした事がある親父とは、似ても似つかない容姿をしている。奴も子供の頃はこんな感じだったのかもしれないし、母親似なのかもしれないし、もしくは養子なのかもしれないが、この際置いておこう。

 ――――――いや、流石に養子は無いか。性根の腐っている貴族なんぞが、金を食うだけの穀潰しを息子に迎える訳がない。それこそ、血の繋がりとかでもない限りね。僕の場合がそうだったし。

 なので、こいつは正真正銘、あいつの実子だと思う。本っ当に似てないけど。何をどう間違ったら、こんな可愛いショタっ子が生まれるんだよ……。

 ま、そんな事はどうでもよろしい。問題なのは、こいつがわざわざ我が家を訪ねてきた事である。それも夜分にお忍びで。護衛も2人しか居ないし。手練れではあるようだが、それにしたって少な過ぎるだろう。2人共メイドやん。(主にベッキーのせいで)メイドに良い思い出が無いんだよ、帰れ。食事中に上がり込むとか、常識は無いのか、常識はー!

 

「君がアイルさんだよね?」

「……うん」

「いやぁ、本当に会いたかったよ。君の活躍は父上からも聞いてるけど、やっぱり臨場感が違うからね」

「……喋るの、……苦手」

「うん、それは見て分かった。だから、無理に話さなくても良い。こっちから質問するから、頷いてくれるだけでも良いよ」

「……分かった」

 

 だが、アイルが拒絶感を示してないし、何よりエメスが砕けた話し方をしてくるから、断るに断れない。あくまでここの家主はアイルであり、僕たちはオトモに過ぎないからね。実際は逆なんですと言えたら、どんなに楽な事か。

 つーか、よくもこんなコミュ障の集いを訪ねる気になったな、エメスくんよ。殆ど彼の独壇場になってしまうんだが、それでキミは満足なんか?

 

「………………?」

「………………♪」

 

 目と目が合う~♪

 ――――――ああ、なるほど。こいつ、単純にアイルに現を抜かしてるのか。殆ど同い年で政治とも関係ない女の子なんて、貴族の嫡子からすれば垂涎物だわな。持つ者はお辛いですコト。

 しかし、残念だな。アイルにとって、お前は敵の息子。仲良くなるのは不可能と言って良いだろう。だから諦めて帰れ、帰るんだーっ!

 この僕の眼前で、イチャイチャぺちゃくちゃするんじゃねぇーっ!

 

「嗚呼、坊ちゃまが楽しそうですわ!」

「眼福ですね、姉様」

 

 いや、お前らはお前らで何をやっとるんじゃ。人の家で鼻血を垂らすんじゃありません!

 うーん、どうにかして邪魔出来ないかな……。

 

「……ごはん、……食べる?」

「良いのかい?」

「……保存用に、……少し、……多めに、……作った、から……」

「そうなんだ! なら、ご相伴に預かろうかな!」

 

 こいつの飯に毒を混ぜ……たら、流石にメイド姉妹の鉄槌が下るか。嗚呼、クソ、腹立つ!

 

『ギャオスッ!』

『きゅーん……』

 

 僕の味方はお前だけだよ、シュレイド。一緒にご飯食べような~?




◆ニライ&カナイ

 エメスのメイド兼護衛を務める竜人族の姉妹。ショタを見守り育てる事に性的な快感を覚えるアカン奴らで、中々容姿が変わらない竜人族よりも、成長が早い人間の子供の方が好き。感覚としてはペットの飼育に近いのだろう。ただし人でなしという訳でも無く、有事の際には命懸けで主人(ショタ)を守る。可愛いは正義。
 ちなみに、ヒノエ&ミノトと同い年であり、細々とした交流があったりもする。
 出身地は亡国「ツキトの都」。巫女(女性)が治める国風が大嫌いで、外見年齢が10歳くらいの頃に見切りを付けて脱国した。もちろん、故郷が滅亡の危機に晒された時も知らんぷりしていたし、駆け付ける事も無かった。だってショタじゃないんだもん。カゲロウさんはこいつらをニンジャソードで八つ裂きにして良いと思う。
 余談だが、2人共表向きは「チャアク&スラアク」で通しているが、実は「マスターオブニンジャ」が真の得物だったりする。


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閑話:その優しさに

アイルちゃんも女の子なんデス。それも汚い大人しか知らナイ、愛に飢えた獣なんでスヨ。


 エメス・インフニティア。憎いアイツの息子。

 だが、似ても似付かない上に、気障な程に話し掛けてくる。きっと口から生まれてきたのだろう。

 

「………………」

 

 しかし、何故かそれが嫌じゃない。あれから数日置きぐらいの間隔で訪ねて来て、夕餉を共にしたり、夜話に更けたりするのだが、それを楽しみにしている自分が居る。

 わたしは一体、どうしてしまったのだろう。高が同い年の異性に話し掛けられたくらいで心を許す程、乙女だったとでも言うのか?

 ……そんな訳がない。こんな何処の馬の骨とも分からない小娘に懸想するなんて。

 おそらく、同じくアルビノであるガブラスと重ねて見ただけだろう。そうに決まっている。

 

「やぁ、アイルさん。今日も来ちゃったよ♪」

「……いらっしゃい」

 

 その筈なのに、何でこんなにも流暢に話せるのか。落ち着け、わたしの心臓。こいつはアイツの息子なんだぞ!

 

『きゅーん』『クェーン』

 

 そんな目で見ないでくれるかな、ガブラスとホルク。凄く居心地が悪い。わたしが悪かったから、頼むから止めて。

 

「どうかしたのかな?」

「……何でもない」

 

 何でだ、何でここまで……。

 

「もしかして、具合が悪いのかな?」

 

 うん、主にお前のせいでな。この苦しみを何とかして欲しい。もしくはお前も味わえ。

 

「……うーん、それじゃあ、今日は出直した方が良いかな?」

 

 あっ……、

 

「では、また何時――――――」

「……待って!」

 

 しまった、つい袖を掴んじゃった。気を遣って帰ろうとする男を捕まえるなんて、恋する乙女か、わたしは。

 ……いや、恋かどうかは知らないけど、普通に女だわ、性別的に。そこを否定するのは、流石にどうなのよ?

 

「「キャ~♪」」

 

 張り倒そうかな、あのメイド姉妹。

 

「まぁ、そう言うのなら……」

 

 エメスはわたしの意を汲み取って、食卓に着く。

 

「……やっぱり、押し付けがましかったかな?」

「そんな事、無い……」

 

 それは本当。何でかは自分でも分からないけど。

 

「でもね、君に会いたかったという思いに、嘘は無いんだよ」

「………………?」

「だって――――――」

 

 すると、エメスが「これぞ司令官!」みたいな感じに手を顔の前で組み、さっきまでのベビーフェイスが嘘のように真面目な顔になって、

 

ボクは君を(・・・・・)知っていたからね(・・・・・・・・)。……実はね、ボクはずっと探してたんだよ、タマリスク家の忘れ形見、アルメリア・タマリスクさん」

「えっ……?」

 

 誰だ、それは?

 

「ボクの父を殺したいんだろう? ……いや、タマリスク家の執事だった、エルガント・ミシュライアの敵討ち、かな?」

「坊ちゃま!」「何故そこまで!?」

 

 滔々と語るエメスをメイド姉妹が止めようとしているが、最早そんな事など関係なかった。

 ――――――わたしは一体今、何を聞かされた?

 こいつは何を知っていて、わたしは何を忘れていて、これは……何の誘いをされている(・・・・・・・・・・)

 

『フシャアアアアッ!』

 

 と、ガブラスがエメスたちを威嚇した。今すぐに帰れ、厄介事を持ち込むなと。

 

「……確かに早急過ぎたかな。また来るよ、アルメリア。ボクの愛しい人(・・・・・・・)

 

 そして、わたしが混乱から覚める前に事態は終息して、エメスとメイド姉妹は帰って行き、わたしたちだけが取り残された。

 

 ……わたしはこれから一体、どうすれば良いんだ?




◆アルメリア・タマリスク

 名家「タマリスク家」の令嬢。現在は行方不明となっており、当主暗殺によってタマリスク家も没落して現存していない。暗殺騒動の際に執事のエルガント・ミシュライアと共に雲隠れしたと言われているが、真実は闇の中である。
 ちなみに、インフニティア家とは交流があり、アルメリアが物心も付かない幼少時に、エイル・インフニティアと顔を合わせている。もちろんアルメリアは覚えていないが、2歳年上のエイルの方はしっかりと覚えており、父親には内緒でずっと捜索を続けていた。
 そして、遂に努力が報われ、2人は運命の再会を果たした。


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僕の願い事

一難去ってまた一難。


 おはこんばんにちは、アルビノなガブラスです。

 いやー、参ったね。まさか、まさかの、厄介事ですよー。何よ、あの重大情報の絨毯爆撃。許容オーバーです!

 

「………………」

 

 ――――――否、僕はそうでもないけど、アイルの方がヤバい。

 まぁ、それもそうか。突然、自分も知らない出生を、殆ど初対面の男の子に語られたんだからね。ビックリするわな。アイデンティティーを失っている彼女にとって、それは劇薬であろう。

 それにしても、アルメリア・タマリスク、か。

 僕はヴェルドの出身でも何でもないので、詳しい事は知らない。

 だが、暫く厄介になる以上、現地知識の吸収ぐらいはする。無知は罪だからね。

 それによれば、タマリスク家は壁内でも有名な貴族様で、当主のアンダルシア・タマリスク侯爵は名主と言われていた。特に民衆からの支持が強く、君主からの信頼も厚かったという。民衆=小貴族や大商人なので、一般的かと言われると、どうなのかって感じだが……。

 しかし、ある日ある時、何者かに暗殺され、一人娘も行方知れずとなった為、タマリスク家は完全に没落してしまった。それが約10年前の話。壁内でも記憶に新しい。

 おそらく、インフニティア家の当主、カイン・インフニティア伯爵が差し向けたのだろう。表向きは仲良く付き合っていたようだが、実際は政敵だったらしいからな。

 もちろん、証拠は無いが……エイルの発言を信じるなら、噂は真実なんだろうね。今やカインが侯爵だし。

 そもそも、カインは協力関係にあった筈の弟:アベルをも切り捨て、貧困街に放逐するような男である。物心付いたアイルが見たのは、カインではなく追放されたアベルの方だったのだ。これに関しては偶然だったのだろうが、直接的にも間接的にもカインがアイルの全てを奪ったと言っても過言ではあるまい。

 つまり、アイルにとって、カイン・インフニティアは文字通り親の仇なのである。

 さらに、アイルを悩ませるのが、カインの息子、エイルだ。前回の口振りから察するに、彼はアイルの幼馴染で、しかも、彼女の為なら自分の親を暗殺するのも厭わないのだろう。色々と重い。

 そして、次の夜にエイルが訪れた時、アイルは答えを出さなければならないのであろう。自分自身の為にも。やっぱり重たーい。

 

「……どう、しよう」

 

 そりゃあ、こっちの台詞だよ。顔にこそ出てないと思うけど、折角マイハウスとマイルームを手に入れた矢先に、こんな厄介極まる爆弾を投げ込まれて、内心てんやわんやなんだ。それこそお前の考え次第だろう。

 言っておくけど、何処かに相談するなんて考えない方が良い。貴族同士のいざこざにハンターズギルドは関与しないし、かと言って他の連中に漏らしでもすれば、体よく利用されて父親の二の舞になるのが関の山である。あらゆる意味で“自分の尻は自分で拭う”しかないのだ。

 そもそも、復讐を夢見てハンターになった奴が、今更何を悩むという話だよね。当たって砕けちゃえよ、エイルと仲良くな。僕らは逃げるから。お前らの人間関係なんぞ知った事じゃないもーん。

 

「………………」

『………………』

『………………』

 

 アイルが黙り、僕らも黙る。重苦しい静けさが食卓を支配し、時間だけが過ぎていく。

 どれだけ苦しみ悩もうと、僕らは手伝わないよ。だって何の得も無いし、ハンター稼業と違って命を懸ける価値もない。シュレイドにとっても、それは同じ事。人間と動物は違うんだからさ、勝手に頑張って、勝手に死んで頂戴な。

 

 

 ――――――テッテレテ~、テレテ~テレテッテ♪

 

 

 と、空気を読めない、奇跡的なミルクティ☆な呼び鈴が。誰が設計したんだ、このメロディ。

 

「……出て来る」

 

 これ幸いと、アイルが席を立つ。どんなに頑張っても、僕らは傍観すらせずに夜逃げするよー。

 ……それにしても、一体誰だよ、こんな朝っ腹から。夜明け前とか、訪ねられて一番困る時間じゃん。夜襲としては最適かもしれないけどさ。まさか、エイルの奴、答えを急かそうとやって来た訳じゃ――――――、

 

『………………!』

 

 待てよ。日の出前とは言え、既に外は薄っすらと明るくなっている。数十分もすれば、世界は朝日に満たされるだろう。幾ら何でも、アルビノのあいつが出歩くか?

 さらに、僕はまだしも人間なら寝ぼけ眼な、この時間。さっき自分で思ったじゃないか。夜襲にピッタリな時間帯だって!

 

『きゅあああああっ!』

「……えっ?」

 

 何かマズいと思って止めようとしたが、遅かった。

 

「おはようございま~す♪ そして、サ・ヨ・ナ・ラ、アルビノなガブラスちゃ~ん♪」

 

 

 ――――――ズドン!

 

 

 扉の開放と共に「バレットシャワー・蛇改」から放たれた散弾が、僕の身体を蜂の巣に変える。当然、流れ出るのはハチミツなどではなく、僕の大事な大事な血液である。

 

「ギルドナイト直々の依頼で、お前の生皮、剥ぎ取りに来たぜぇ?」

 

 ……ベッキー(中身はメラル)(あの売女)め、僕を殺す為にヴリア・トラスナーガ(このクソ女)を嗾けやがったな!

 

「この時が来るのを、夢にまで見たぜぇ!」

 

 「バレットシャワー・蛇改」の銃口が、瀕死の僕を再び捉える。狙いは寸分違わず、頭だ。あれを食らえば、流石に一溜りもない。

 

 クソ、がぁ……!

 

 

 ――――――バゴォオオオン!

 

 

 しかし、「バレットシャワー・蛇改」が火を噴く事は無かった。

 

「……テメェ、どういうつもりだ、ハンター:アイル! これはギルドナイトからの依頼だっつってんだろ!?」

「知るか、死ね」

 

 アイルのぶん投げた「蛮顎剣フラムシーカ」の盾が、「バレットシャワー・蛇改」を壁に縫い付けたのである。

 

「わたしから奪う奴は、誰だろうと縊り殺してやる!」

「うぉおおおっ!?」

 

 そして、本来ならば禁忌である、ハンター同士の殺し合いが始まった。




◆ギルドナイト

 ギルド専属のハンターであり、表向きは身辺警護や生態調査など、“ちょっと強い調査員”のような事をしているが……その実態は、悪質なハンターを捌く(裁くに非ず)暗殺者である。武器も対人戦を想定しており、基本的に大型モンスターを狩るのには全く向いていない。
 また、“暗殺”という任務の関係上、普段は別の顔を持っていて、特に女性のギルドナイトはメイドとして受付嬢をやっているとか。ベッキーはその筆頭だったが、とある名無しに中身を入れ替わられた。


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閑話:絶望の扉

それは開いてはいけないパンドラの箱……。


 アタシはヴリア・トラスナーガ。ココット村出身の、凄腕女ハンターだ。趣味はガブラス狩り。アタシの左目を奪った奴らを嬲り殺しにしてこそ、生を実感出来るのさ。

 そして、ある日アタシは出会った。運命の怨敵(あいて)と。

 それは、真っ白なガブラスだった。それに加えて紅桃色の瞳を持っているので、先ず間違いなくアルビノの個体である。

 

 ……何と素晴らしく、貴重(レア)なガブラスだろうか。

 

 ガブラスはご存じの通り黒系統の体色で、(一応腹側は黄ばんでいるが)白い部分は皆無と言って良いだろう。当たり前だ。野生下で目立つ事は自らを危険に晒す行為であり、特に様々なリスクを抱えるアルビノが生き続けるのは、容易な事ではない。

 しかも、何故か翼だけが未成熟で、よちよち歩きしか出来ない、選ばれし欠陥品(ポンコツ)である。翼蛇竜という分類は何だったのか。飛べないガブラスは、ただのツチノコだろ。

 だが、そのガブラスは生きていた。まさかまさかの、我が好敵手(ライバル):ビスカ・メルホアールのペット枠として。何でだよ。おかしいだろ、それは。

 だから、その間違いを是正してやろうとしたら、どういう訳か総スカンを食らった。何でぇ?

 特にビスカ、お前がそっち側なのはおかしいだろ。自分の背中に刻まれた、毒牙の痕は飾りじゃないだろうが。それを言ったら、出会った時から餌にされそうだった、メルホアも同じなのだけれど。今すぐハムにしてやろうか!?

 結局、ビスカたちの妨害のせいで白いガブラスには逃げられてしまい、悶々とする日々を過ごす事になった。

 しかし、チャンスは何処に転がっているか、分からないもの。

 シルクォーレの森に出現したイャンガルルガの討伐報告と素材納品の為、漸く再開発されたココット山の抜け道をえっちらおっちら、遠路遥々とミナガルデに訪れたのだが、

 

「ねぇ、ハンターさん。ちょっとお願いがあるんだけど」

 

 受付嬢のベッキーから内密のクエストを依頼されたのだ。

 

「……実はワタシ、ギルドナイトなんだけどさ」

「いきなりぶっちゃけたな。まぁ、実は前から薄々勘付いてたけど」

「あらそう? なら、話が早いわ。……あなた、メラル・アイルールって知ってる?」

「ああ、何か張り紙されてたな。確か誰かに殺されたんだけっけか?」

「そうそう。―――――その犯人、実は白いガブラスだって知ってた?」

「何だと!?」

「詳しく聞きたい? なら、聞かせて……あ・げ・る♪」

 

 その内容というのが、アルビノ・ガブラスの狩猟依頼だった。ベッキー曰く、メラルというハンターを毒殺して、そのまま何処かへ逃亡したのだとか。そもそも何でガブラスなんぞ近くに置いていたかと言うと、怪我した所を保護した、事実上のペットだったんだとか。恩を仇で返すとか、酷い話である。

 やはりガブラスは敵だな。世の為、人の為、アタシの為にも、全力で狩らねば!

 

「一応、ヴェルドの方で目撃情報が出てるらしいけど、そっちでも優秀なハンターのペットに成りすましてるみたいだから、中々手が出せないのよ」

「……貴族か」

「そ。だから、令状は渡すけど、なるべく手早く、強引にでも始末して頂戴な♪」

「へいへい、難癖を付けられる前に、ってね」

 

 密命とは言え、ギルドナイト直々の依頼だ。公式がガブラス狩りを認めたと言っても良いだろう。

 だが、貴族が後ろ盾に付いているとなれば、話は変わってくる。西の要塞都市:ヴェルドは、シュレイド王国時代の悪しき風習が根強く残っており、貧富の差が凄まじく、貴族が政治の全てを牛耳っていると言っても過言ではない。当然、貴族とは一定の距離を取っているハンターズギルドとしては、色々と遣り難い土壌が出来上がっているのだろう。

 そこでアタシの出番って訳だ。ハンターとして紛れ込んで、情報をしっかりと集めてから、一気に片を付ける。煩い連中から追及される前に逃げ出すって寸法である。流石に門番や支部ギルドくらいなら、「ギルドナイトの依頼」で誤魔化せるからな。何なら今の飼い主も消せば良い。その為の許可証も今、手元にある。

 悪魔のように細心に、天使のように大胆に。最終的に勝てばそれで良かろうなのだ。

 しかし、ここでも問題が起きた。

 

『ぎっ……!』

「この時が来るのを、夢にまで見たぜぇ!」

 

 出だしまでは良かったんだよ。扉が開くと同時に「バレットシャワー・蛇改」の散弾でアルビノ・ガブラスを蜂の巣にして、ギルドナイトの令状を飼い主に見せびらかしつつ、止めを刺そうとした。アタシの邪魔をする事はギルドへの反逆であり、万死に値する事だと教え込み、首尾よく始末を付けられる……筈だったのに。

 

 

 ――――――バゴォオオン!

 

 

 アタシの「バレットシャワー・蛇改」が、壁に縫い付けられた。ガブラスの飼い主である、アイル・パーカーが投擲した、「蛮顎剣フラムシーカ」の盾によって。

 嘘じゃん。何でマスターランク装備が上位武器に弾かれちまうんだよ。

 つーか、それ以前に投げた盾でライトボウガンを壁にめり込ませるとか、人間業じゃないんだが……。

 

「テメェ、どういうつもりだ、ハンター:アイル! これはギルドナイトからの依頼だっつってんだろ!?」

「知るか、死ね。わたしから奪う奴は、誰だろうと縊り殺してやる!」

「うわぁあああい!?」

 

 だ、誰か助けてー!




◆バレットシャワー・蛇改

 「ショットボウガン・蛇」系統のマスターランク武器であり、究極化の一歩手前に位置する名品。散弾や放散弾に毒弾を速射で撃つ事ができ、【攻勢】スキルと相性が良い。リロードこそやや遅いものの、少ない反動とブレの無い射撃が約束されており、攻撃力も高い為、癖のないライトボウガンとして一定以上の人気を保っている。


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閑話:まぶたの裏

ヴリア天罰回


 突然だが、ハンターについて話をしよう。

 アタシたちハンターはモンスターを狩るのが仕事であり、その力は常軌を逸している。何せ怪物と対等に渡り合うのだ。一般人はおろか、プロの軍人でも相手にならないだろう。

 むろん、デカブツを相手取っている以上、攻撃は大振りになりがちだし、毒に耐性があれど急所を一突きにされれば死ぬので、基本的に暗殺には弱い。対人戦はモンスターの時とは勝手が違うのである。それを専門に行うのがギルドナイトであり、対峙すれば怪物を狩るハンターと言えどイチコロだろう。

 つまり、何が言いたいのかというと、“ハンターはオフでは力を抜いている”という事だ。狩場に立つ時になって、初めて肉体のリミッターを解除して戦うのである。スイッチを切り替える、とでも言うべきか。

 そもそも、モンスターを倒せる力をブンブン振り回していては、ドアすら満足に開けられないので、力のセーブは必須技術と言って良い。スイッチを上手く切り替えられてこそ、一人前のハンターと言えるだろう。

 だから、戦闘態勢に入ったハンターの肉体は、普段とは比べ物にならないくらい逞しくなる物なのだが、

 

「二の腕だけで50センチはヤバいだろ!?」

 

 “丸太のような”じゃなくて、文字通り“丸太”なのよ、その太さは。「バレットシャワー蛇改」を盾で壁に縫い付けるパワーは伊達じゃないってか。

 マズい、こんな伝説のスーパーカムラ人みたいな怪力を、丸腰で相手にする訳にはいかない。一旦、外に避難しよう。室内じゃ逃げるに逃げられんしな。

 それに、外には万が一に備えて幾つか武器を隠してある。それを回収して、反撃だ!

 

「フゥン!」

 

 

 ――――――ゴバァアアアン!

 

 

「うぉっ!?」

 

 いやいやいや、樹木に拳で穴を開けるなよ!?

 これ、当たったら絶対に頭がトマトケチャップになってたな。つーか、生身で生木を殴った音じゃねぇ。大タル爆弾Gと同じ威力だわ。

 益々以てマズいな。武器無しじゃあ、逃げる事さえ出来んぞ、これ。

 

「くっ、舐めるなよ! カムラ文化の力、見るが良い!」

 

 アタシは懐に隠していた「翔蟲」で素早く距離を取った。

 少し前、「交易はロマンだ!」とか抜かすヘンテコな交易商から買い取った代物であり、「カムラの里」を原産地とする環境生物の1種だ。見た目は玉虫色の甲殻を持つ掌サイズの昆虫で、尻から「鉄蟲糸」という強靭な粘り糸を吐く事ができ、これを使って巣作りをするらしい。

 これを利用した狩猟技術が、所謂「鉄蟲糸技」である。

 カムラの里は定期的に「百流夜行」なるスタンピードに襲われる魔境であり、その脅威に対抗する為、翔蟲を活用した立体的な戦闘技術が確立していったのだ。モンスターの群れに同じ高さで対抗していては、あっという間に踏み潰されてしまうからだろう。今は英雄たちの活躍で、どうにか「百流夜行」も解決したらしいが……。

 ともかく、アタシはそんな翔蟲を2匹、買い取った。

 ただし、幼虫から育て、ココット村へ里帰りした頃に蛹化し、つい最近になって漸く羽化したばかりなので、戦闘経験はゼロである。

 だので、今のアタシとこいつらでは、精々「疾翔け」で高速移動するぐらいしか出来ない。本格的な「鉄蟲糸技」など、夢のまた夢だ。例の交易商から教わったけど、まだよく分らん。身に付いてもいないし、緊急回避に使うのが関の山だろう。実際、今がそうだったし。

 

「………………」

「ぐぅ……っ!」

 

 という事で、疾翔けで回収した「蛇槍【ヴリトラ】改」で怪力娘の追撃を防御したんだけど、これがまた重いのなんの。どうして何のバフも掛かってない人間のパンチ力が、ディアブロスの突進並みのノックバックを生むんだっよ。流石におかしいでしょ。

 

「ヤロウ!」

 

 アタシは「蛇槍【ヴリトラ】改」で突きを放った。

 

 

 ――――――ガキィン!

 

 

 生身の皮膚から出てはいけない音がして弾かれた。うん、バサルモスの甲殻やラージャンの闘気硬化した腕を攻撃した時にしか、聞いた事無いなぁ……。

 

「フゥンッ!」

「ぐぼぁっ!?」

 

 さらに、ローキックで盾ごと蹴り飛ばされ、近くの岸壁に叩き付けられた。滅茶苦茶痛い。防具無しだったら染みになってたな。

 というか、さっきの一撃で「蛇槍【ヴリトラ】改」がお釈迦になった。おかしいなぁ、ハンターの武器ってこんなに脆かったっけ?

 いや、言うてる場合か。早く、次の武器を――――――、

 

「ハァッ!」

「危ねぇ!?」

 

 DA☆KA★RA! ラリアットで岩を砕くなぁっ!

 

「ふざけやがって!」

 

 アタシは「蛇剣【毒蛇】改」を翔蟲で引き寄せ、剛力娘目掛けて振り下ろした。

 

「………………」

 

 白刃取りされた。嘘じゃん。

 

「うわっ!?」

 

 それから、大剣ごとグイッと引き寄せられ、

 

 

 ――――――ゴバァアアアンッ!

 

 

 脳天が爆発した。否、頭突きをされた。その一撃で額が炸裂して、血の噴水が沸き上がる。意識も朦朧である。防具って、何だっけ……?

 

「ぐっ……くぅ……!」

 

 チクショウ、完全に脳震盪を起こしてやがる。眩暈処か立ち上がる事さえ出来ねぇ。このままじゃ、アタシは!

 

『くるるるる……』

「………………!」

 

 すると、回復薬で傷を癒したらしいアルビノ・ガブラスが、動けないアタシへゆっくりと近付いてきた。下顎を展開し、第二の顎をシューっと鳴らしながら。

 お前……その牙を、アタシの目に突き立てるつもりか!?

 アタシから、光を完全に奪う気なのか!?

 

「やめ……」

 

 脳裏に浮かぶ、走馬灯。

 村長には内緒で、ビスカと一緒にコッソリと村を抜け出し、2人だけの冒険をした、あの日。迷子と思しきプーギーがガブラスに襲われているのを見付けて、アタシたちは思わず助けようとした。

 ただの子供が勝てる筈も無かった。ビスカは毒霧で動きを封じられ、アタシは左目を抉り取られた。偶々狩猟に出掛けていた“あの人”が駆け付けてくれなければ、2人共死んでいただろう。

 あの痛みと、恐怖は忘れられない。何日何年経っても、幾らガブラスを狩ろうとも、悪夢となって襲い掛かって来る。

 そして、まさしく今、その悪夢が再来しようとしていた。目の前で牙を剥く、純白のガブラスによって。泣こうが喚こうが、見逃しては貰えまい。

 

 ――――――嗚呼、アタシはもう、光を見る事は出来なくなるんだな。

 

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 目の前が、真っ暗になった。




◆ハンターの身体能力

 オン/オフを切り替えられるようになっており、狩猟時には通常の三倍くらいは強くなる。特に剣士系のハンターは体格の差が凄い。
 アイルの場合、アイドル枠から伝説の超サイヤ人ぐらい体格が変わる。その一撃は岩をも砕き、樹木を抉る。武器を持てばマスターランクの大型モンスターすら上位武器で圧倒出来る力を持つ。天賦の才なのか、ガブラズ☆ブート★キャンプのおかげなのかは不明。


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決着を付けて下さい

流石に再起不能にはしなイヨー。


『ふぅ……』

 

 何とかなったわねー。

 ……やぁ、僕だよ。前回蜂の巣にされながらも、どうにか回復したガブラスだよ。

 いやー、シュレイドが居てくれて助かったね。何も言わずとも回復薬Gを振り掛けてくれるなんて、偉いネェ~。後でこんがり肉Pを作ってあげよう。

 それにしても……ヴリア・トラスナーガ、だったか?

 こいつ、僕が何かする前に気絶しやがった。ガブラスを目の敵にしてる癖に、情けない奴だな。

 いや、逆に考えるんだ、「実はガブラスが怖くて仕方ないんだ」ってね。

 たぶん、こいつは過去にガブラスから痛い目に遭わされたに違いない。眼帯の下は空洞の眼孔しかないようだし、おそらくは生きたまま目玉を抉り出されたのだろう。そりゃあトラウマにもなるし、執拗に攻撃したくなるのも頷ける。

 まぁ、だからと言って、同情してやる義理は欠片もないけどね。2度も開幕散弾攻撃をしてくるような奴に慈悲は無い。しっかりと利用させて貰おう。グチャグチャの泣き顔も見れたから、割と満足してるし。

 とりあえず、ネルスキュラの糸で縛り上げて、動けないようにしておく。「深黒林」にはゲリョスがそこそこ居るから、ネルスキュラも生息してるんだよねー。おかげで良質な縫糸が手に入り易い。気持ち悪いけど。

 ――――――で、この脳内ガブラスな女は、いーとー巻き巻きしておけばいいとして、

 

「……大丈夫?」

『きゅー』

 

 問題はアイルとの関係だな。

 さっきは勝手にやれと言ったけど、ちょっと状況が変わってきた。ここまで露骨に追撃されるとなると、ただ逃げるのも芸がないだろう。ムカつくし。

 僕の望みは植物の心のように平穏な生活で、追ってくる者を気にして背後に怯えたり、穏やかでも安心も出来ない人生を送るのは真っ平だ。「勝ち負け」に拘ったり頭を抱えるような「トラブル」を作らない――――――というのが僕のスタンスで、それが自分の幸福だという事を知っている。

 だが、潜伏先がバレて、何時までも何処までも追ってくると言うのなら、戦わねばならない。今日も安心して熟視する為に。

 

『うきゅきゅー!』

「……手、貸してくれるの?」

『きゅきゅきゃーっ!』

 

 だから、気が変わった。そっちがギルドナイトとしての職権を乱用してくるというのなら、こちらも相応の遣り方で対抗してやろう。それも徹底的にね。

 覚悟しろよ、ベッキー。お前は僕を怒らせた。放置していれば見逃してやったものを、わざわざ押し縋ってまで敵対すると言うのならば、もう容赦はしない。たった1つのシンプルな答えである。

 

「――――――アルメリア、大丈夫か!?」

「坊ちゃま、落ち着いて下さい!」「どちらかと言うと、坊ちゃまの方が危険ですから!」

 

 と、丁度良く役者も揃ったな。アイルを心配して、こんな朝日の差し込む中で駆け付けるとは、見た目に反して漢じゃないのよ、エメス・インフニティア。

 

『くきゅきゅきゅきゅ……!』

「……凄く悪い顔、してるね」

 

 さぁ、良からぬ事を始めようかぁ!




◆ベクター

 「遊☆戯☆王 ZEXAL」に登場する、良からぬ事が大好きなバリアン七皇の1人。人をおちょくり苦しめるのが趣味な糞野郎で、自己満足する為なら友情ごっこも厭わない、真なるゲス。決め台詞は「良からぬ事を始めようかぁ!」。
 生前は争い事が大嫌いな良い子ちゃんだったのだが、両親とのいざこざで心が壊れ、その後にドン・サウザンドの甘言に乗ってしまった事により、どうしようもない外道と化した。その為、洗脳が解けようが記憶が戻ろうが悪党のままだったが、流石に菩薩メンタルな遊馬先生には根負けした模様。


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閑話:あの日の君が

今回はエメス視点。


 ボクの名前はエメス・インフニティア。名門貴族、インフニティア家の嫡子だ。

 幼い頃によく遊んだアルメリアを、政敵であるアンダルシア・タマリスク諸共に暗殺しようとし、その末に貧困街へ追いやって、彼女の全てを奪った男――――――即ち、我が父:カイン・インフニティアを憎み、何時か殺してやる事を夢見て生きてきた。

 同時に、行方不明となったアルメリアを見つけ出し、伴侶として迎え入れる為、方々に手を尽くしてきた。父に切り捨てられた叔父が、腹癒せにアルメリアを襲ったと聞いた時は絶望したが、元執事にして彼女の逃亡を手助けしたエルガント・ミシュライアが、身を挺して守ったとの事で、諦めずに探し続けた。

 そして、先月の末、遂にアルメリアと再会する事が出来た。相変わらず可愛らしい顔をしているが、ハンター稼業をしていたからか、かなり逞しくなっている。そこがまた美しい。腹筋割れた女子って可愛くない?

 まぁ、流石に最初から全てを包み隠さず伝えても混乱の果てに拒絶かもしれないので、暫くは世間話に興じた。話す相手が居なかったせいで大分口下手だけど、嫌がられてはいないので、良しとしよう。

 さらに、ボクと話す事で温かみを取り戻し始めたのか、口数も多くなり、表情にも変化が出て来だした。これは良い傾向だ。失った青春を少しでも補えるのなら、これ程嬉しい事は無い。通い詰めた甲斐があるという物だろう。

 それから暫くして、ある程度は受け入れたと判断し、つい先日にボクとアルメリア自身の秘密を、彼女に伝えた。

 幾ら慣れ始めていたとは言え、情報量が多過ぎたか、アルメリアは混乱していたので、その日は一旦引く事にした。ちょっと強引だった自覚はあるし、考える時間は持たせてあげたい。

 しかし、その翌日……日の出前に、事件は起きた。数日前に入国してきたハンター:ヴリア・トラスナーガが、アルメリアの家に襲撃を仕掛けたのである。実際はアルメリアのオトモであるガブラスだったようだが、この時点では知る由も無かったので、とても焦ったものだ。

 だが、命懸けで駆け付けてみれば、下手人はネルスキュラの糸で縛り上げられ、アルメリアもオトモたちも無事だった。話を聞いてみれば、殆ど一方的にボコボコにしたのだという。強い(確信)。これは将来、尻に敷かれるかもなぁ……それはそれで良いけど。

 そして、今後の事を考える為、そのまま会議を開く事と相成った訳だが、

 

よろしくお願いします(うきゅきゃきゅきゃき)!』

 

 君が司会なのか、白いガブラス。

 このガブラス、非常に賢い上に人語を理解出来るらしく、自ら用意したふき出しを使って、会話まで可能だという。お前のようなガブラスがいるか。目の前でキュキュッと話してるけど。

 しかし、このガブラスはアルメリアの何なのだろうか?

 今まで観てきた感想としては、オトモというより相棒……対等な友達のように思える。

 だが、心の底から信頼し合う仲間という訳でも無く、故あれば寝返りそうでもある。端的に言うなら“悪友”と表現すべきか。ただ居心地が良いから、何となくつるんでいるだけ。

 そんなガブラスが、今日は何時になく張り切っている。普段は斜に構え、何処か距離を置いた接し方をしていたのに。一体何がガブラスを変えたんだろうか?

 

実は(きゅ)僕はとあるギルドナイトから(ききゅきゃきゅくるきゅある)追われる身です(くぁらるきゅき)殆ど謂れのない理由でね(うきゅかきゅいききゅき)僕自身は平穏な生活を(きゅきゅきゃきくきゅ)望むから放置しようと(あきゅむきゅらきゅと)思ってたんだけど(ぅききゅかきゅん)刺客を送り込んでくる(きゅきゃききゅあくる)となれば話は変わくる(きききゃきくるきゃ)だから(きゅる)今度は二度と(きゃいきゃく)手を出せないよう(わきゃぃきゃきゅ)盤石の体制を(ふるくるきゅ)築こうと思ったんですよ(きるきゅあきゃききゅい)

 

 なるほど、煩い。

 いや、よく分かった。このガブラスは、あくまで「平穏無事な生活を守る」というスタンスの為に、降り掛かる火の粉を払い除けようとしているだけのなのである。

 

「……流石、ガブラス。……何時も通りで、安心した」

 

 君はそれで良いのか、アルメリア。

 ま、今まで出遭ってきた悪意ばかり向けて来る大人たちに比べれば、良くも悪くも自分に正直なガブラスの方が、ずっとマシなのだろうけれど。

 

「(坊ちゃま、宜しいのですか?)」「(このガブラス、信用に値するとは思えないのですが)」

 

 それはその通り――――――否、ガブラスのスタンスなど、どうでもいい。必要なのは、アルメリアの為になるかどうか、それだけだ。

 

「(いや、こいつは今、かなり窮地に立たされている。貴族の後ろ盾を手に入れなければ、安心安全な生活を送れない程にね。だから、アルメリアをボクのお嫁さんにする為に必要なら、遠慮なく利用させて貰うよ。こちらから裏切る気は無いが、その逆であれば、それこそ容赦なく始末してやるさ)」

「「(なるほど、流石は坊ちゃま! 尊いです!)」」

「(鼻血は拭こうね)」

 

 何だかなぁ。この2人、役には立つんだけど、性癖がねぇ……。

 

「……あい分かった。では、“同盟”と行こうか、ガブラスくん?」

 

 さて、悪巧みでも進めようかね。ボクとアルメリアの、幸せな将来の為に。




◆貴族の立場

 ヴェルドにおいて、貴族と国王は絶対である。平民は当然として、ハンターズギルドですら強権を翳す事が出来ない。それは保有する軍事力に由来しており、火力だけならドンドルマすら上回る。供給力に関しても、周囲が大自然である故に困る事は無いだろう。
 だので、ヴェルドにおけるハンターの立場は「居ると便利な傭兵もしくは小間使い」でしかなく、報酬に目の眩んだモラルの無い奴ばかりが集まるのだが、貴族は各々がプロの暗殺者を抱えているので、正直ギルドナイトの出番はない。
 つまり、今回ギルドナイトの勅命で動いているヴリアも、任務に失敗した時点でハンターズギルドから見捨てられたも同然だったりする。


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今は同じ

夢ではなく現実的な話をしヨウ。


「さて、“同盟”を組むのは構わないが、それ相応の考えがあるんだよね?」

 

 エメスが試すような顔で訊ねてくる。

 まぁ、ガブラスの出す意見なんぞ、信用ならないよね。

 でもね、僕も必死なんだよ。あの粘着質なクソ女のせいで、平穏な生活が乱されている。それを看過するなど、とても出来ない。

 だから、嫌でも協力して貰うよ。

 ……とりあえず、そこの馬鹿タレを起こして欲しいな。

 

「ちょっと、起きなさい」「坊ちゃまの手を煩わせるんじゃありませんよ」

「う……ぐっ……はっ!? 目が視える!? つーか、痛っ! 何だお前ら!?」

 

 おうおう、大絶賛混乱中ですねぇ、ヴリア・トラスナーガさんよぉ!

 

「おやおや、見て分かりませんか?」「下賤な外様のハンター風情が、無礼ですわよ?」

「何を……っ、アンタは……ッ!」

「やぁ、ヴリア・トラスナーガさん。ボクはエメス・インフニティア。……自分の立場は、分かっているようだね?」

 

 わーぉ、脅迫が堂に入ってるね。流石は御貴族様。自分の父親を暗殺しようとする奴は違う。

 

「それで、君は彼女をどうするつもりだい?」

 

 張り付いた笑みをこちらに向けて来るエメス。

 ヴリア(そいつ)ね。是非とも嬲り殺しにしてやりたいが、まだ使い道がある。ベッキーに報告を入れて貰わないと困るからな。

 

 ――――――僕を殺す事(・・・・・)に成功した(・・・・・)、とね。

 

「まさか、それで相手が納得するとでも?」

 

 それこそまさかだよ。ベッキー(あの女)は口だけの報告を信用する程、甘い奴じゃあない。必ず真偽を確かめに来る。

 

「お、おい、ガブラス。それじゃあ、アタシはどうなるんだよ?」

 

 うん?

 

「手ぶらで帰っちゃ、寝返ったと見なされて殺されちまうだろうが!」

 

 その通りだよ(Exactly)

 

「い、嫌だ! アタシはまだ死にたくねぇ!」

「あなた、そんな事を言える立場ですの?」「別にこの場で始末しても良いんですのよ?」

「まぁまぁ、2人共落ち着いて。……それについては、ガブラスくんの意向によるからさ?」

 

 いやぁ、怖い怖い。人を殺し慣れてる奴らは、これだから……。

 さて、ヴリアの処遇か。手ぶらで帰して、そのまま始末を向こうに任せても良いのだが――――――でも、そんな事をしたら、ビスカはどうでも良いとして、メルちゃんたちが悲しむかなぁ。それはちょっと嫌だね。

 ……仕方ない。アイルちゃんや。

 

「……何?」

 

 今から、ちょっとした“仕込み”をして貰うよ。かくかくガウシカ。

 

「……嘘、でしょ?」

 

 だが、内容を告げたら、凄く嫌な顔をされた。しゃーないじゃん。そこの阿保女が当面の間、殺されないようにするには、手土産が必要なんだもん。

 

「……分かったよ。……だけど、その代わり……ヴリア(そいつ)に見せ付けてやるけど、良い?」

 

 ああ、うん、構わないよ。……面白い余興も(・・・・・・)思い付いたしね(・・・・・・・)

 

「なっ、おい……何をするつもりだよ!? や、やめ――――――うぁああああああああっ!」

 

 その日、アイル家から世にも恐ろしい悲鳴が、延々と響き続けた……って、近隣住民から文句を言われましたとさ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 数日後、ミナガルデの受付。

 

「今戻ったぜぇ、ベッキーさんよぉ!」

「……お帰りなさいませ、ヴリアさん」

 

 殆ど無傷で帰還したヴリアを、ベッキーは営業スマイルで見返した。

 もちろん、目は笑っていない。元より疑り深い彼女は、それらしい“証拠”を見るまでは信じないし、見たとしても(・・・・・・)信用はせず(・・・・・)、最後は自分で確かめずにはいられないだろう。

 とりあえず、証拠品を見せて貰わねば、話が進まない。ベッキーは招き猫の如く、「プリーズ」をした。

 

「――――――これが証拠だ」

 

 そう言って、ヴリアは何枚かの皮を見せた。雪よりも純白な、翼蛇竜の鞣した皮膚だった。それも、かなりの量がある。ほぼ丸1匹分はあるだろう。これで生きていたら、本当の化け物と言う他ない。

 そう、普通ならば(・・・・・)

 だが、ベッキーは知っている。あのガブラスが普通ではないと。

 

「なるほど、分かりました。半分はこちらで預かります。残りはお好きなように。換金するも、武具や防具の素材にするも良し、ですわ」

「そうさせて貰うわ」

 

 奉納品を受け取り、ヴリアを見送ったベッキーは、スンと表情を曇らせ、

 

「ドリス、ちょっと席を外すわね」

「はいはい、早く戻って来てよね」

 

 ドリスに受付を任せ、受付カウンターを離れた。

 さらに、そのまま路地裏へスッと身を隠し、白いホルクを呼び寄せ、とある書状を持たせて、再び飛ばせた。行先はむろん、ドンドルマのハンターズギルド本部、即ちギルドナイトの総本山にである。

 

「……ウフフフ、お前の遣り口は分かっている。逃げられると思うなよ、ガブラス。約束通り、殺しに行くからねぇ~♪」

 

 ベッキーの嘲笑が漏れる。この時だけは、メラルだった“ナニカ”と同じ、歪んだ物であった。

 

「ベ、ベッキーちゃん? 今のは……!?」

 

 と、通りすがりのハンターが。他には誰も居ない。

 

「あら、見られちゃったか。……じゃあ、仕方ないな。サ・ヨ・ナ・ラ♪」

「ひっ、やめ――――――」

 

 そして、今日もまた1つ、命が消えた。




◆アルビノの厚皮

 奇怪竜「フルフル」……ではなく、アルビノ・ガブラスの生皮を鞣した物。通常のガブラスと違い、雪よりも白く美しい皮であり、それだけでも装飾品としての価値がある。この皮を纏った者は凄まじい生命力と耐久力を得られるという。また、毒への耐性も凄まじく、猛毒処か劇毒すら通用しない。


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広い邸宅

復讐を遂げた時、そこに去来する物ハ……。


 「インフニティア家」。

 ヴェルドでもかなり有力な大貴族であり、当主は侯爵の地位を持っている。その権力に相応しい広大な領地、税の限りを尽くした豪華な屋敷を所有し、傍から見ても趣味の悪さが伺える。元が子爵だったので、成金振りが甚だしいのだ。もちろん、当主の性格も傲慢知己で厭らしい、“皆が思い描く悪い貴族”そのまんまである。

 

「遅いな……」

 

 そんな心の貧しい大富豪ことカイン・インフニティアは、専属メイドを連れて早朝に飛び出した息子の帰りを、今か今かと待ち続けていた。

 意外な事だが、彼は息子のエメス・インフニティアを溺愛している。身分違いの恋路の末に生まれた唯一の子供なので、心の底から愛おしいのだ。例えエメスから好かれていずとも、カインとしては問題なかった。息子が健やかに育ち、心に決めた女性と結婚し、幸せな家庭を持ってくれる事が、彼の望む永遠の願いである。

 だからこそ、出掛けたまま帰って来ないエメスの事が心配で仕方ないのだ。人間的にはクズの鑑だが、その愛情だけは本物なのだろう。

 

「ぎゃあ!?」「えっ、何で……ぐぁっ!」「た、助けて!」「いぎゃぁあああっ!」

「な、何だ!?」

 

 と、突如として屋敷中に悲鳴が木霊する。声色から察するに、何者かに襲われ――――――殺されてしまったようである。

 こんな事をするのは一体、誰だ!?

 

「………………」

「うぉっ!?」

 

 すると、1人のハンターが扉を蹴破って飛び込んで来た。その顔は、とても見知った物だった。

 

「お前……アイル・パーカーだな!? 一体何を――――――ごげっ!?」

「……お前の命を貰いに来た、それだけだ」

 

 カインの質問に、アイルは剣を彼の胸に突き刺して応える。その顔には、確かな憎しみが籠っていた。

 

「貴様……エイルをどうした!?」

 

 心臓を串刺しにされ、血反吐を吹きながら、カインは訊ねる。こうなる可能性は常日頃から考えていたので、死に逝く今の彼にとって重要なのは、アイルの家に向かったであろうエメスの安否であった。

 

「彼はわたしの婚約者。だから、邪魔なお前を殺しに来たのよ」

 

 そう答えるアイルの顔は、少しだけ驚いていた。理由は言うまでもない。

 

「何だ、そうなのか! ……息子を頼んだぞ」

 

 そして、カインは事切れた。その死に顔に、苦痛や憎しみなどまるで無く、とてもとても安らかな物だった。

 

「――――――言われなくても、分かってるわよ」

 

 遣る瀬無い表情で、アイルが吐き捨てる。この胸に去来する感情は、何だろう?

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「どうやら、上手く行ったようだね」

 

 カイン・インフニティアが踏ん反り返っていた(・・)であろう書斎を見ながら、エメスが何とも言えない表情で呟く。流石に父親が死ねば、少しぐらいは感情が動くか。ほんの僅かみたいだけど。

 

「アルメリア様は、他ならぬエメス坊ちゃまの許嫁なのです。このくらいの事は朝飯前でしょう」「それに彼女は天賦の才と惜しまぬ努力を重ねた、ヴェルド最強のハンターですから」

 

 お前らエメスにゾッコン過ぎるだろ。また鼻血垂らしやがって。

 ……それにしても、こいつらマジで暗殺者だな。夜闇に紛れて背後を取り、返り血1つ浴びずに、次々と家人を屠って行くんだもの。中にはプロの傭兵やG級のハンターも居たのだが、そちらは軒並みアイルが撲殺しちゃったし。ここまで殺しまくっておいて、損失処か掠り傷1つ無い事には、嬉しい以前に割と引く。

 つーか、どいつもこいつも弱過ぎません?

 色々と経路やタイミングを見計らっていたとは言え、こんなにあっさり殺されて良いんか、君ら?

 まぁ、あくまでこれは前哨戦。エメスやアイルにとっては消化不良かつ終わってしまった事だが、ボクからしたら始まりでしかない。

 

「おやおや、随分と派手に殺りましたねぇ? レッドカーペットがブラッドオレンジになってましたよ~?」

 

 ほ~れ、来た来た。蚊帳の外から、最悪の害虫が。

 

『きゅきゅ~』

「……そして、久し振りだね、ガブラス。やはり生きていると思っていたよ」

 

 そう、ベッキーこと何者でもないナニカのお出ましだ。

 

「――――――さて、流石に貴族と言えど、これだけの事を仕出かせば、もう言い訳の1つも叶いません。ギルドナイトとして、貴方々を“処分”させて頂きます」

 

 さらに、ガララアジャラの麻痺片手剣「パラスパイクロンド」をぬるりと構える。必要に応じて色々なアイテムを使う、こいつらしい得物である。あれでこちらの動きを封じて、そのまま止めを刺す気だろう。

 ……そう上手く行くといいけどねぇ。

 

『きゅるぁあああっ!』

 

 おう、掛かって来いや!

 お前は既に(・・・・・)僕らの罠に(・・・・・)嵌まってるんだよ(・・・・・・・・)




◆パラスパイクロンド

 ガララアジャラの片手剣の究極形。そこそこの攻撃力と麻痺属性、割と優秀な切れ味を誇る、使い易い武器。ただし麻痺武器は他にも良い武器があるので、完全に好みの問題でもある。
 ちなみに、ベッキー(偽)の持つこれは、彼女自身がハンターとして最後に作成した武器である。


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翼を広げ……ない!

今日もガブラスは飛べまセン。


「そい!」

「「「……ッ!」」」

 

 と、ベッキーが閃光玉を叩き付け、エメスたちの目を晦ませる。流石は元メラル、遣る事が汚い。

 

「それじゃあ、さようなら♪」

 

 当然、視力が回復する前にケリを着けようとするベッキー。

 

『きゅるぁああっ!』

「チッ……瞬膜か!」

 

 しかし、僕には通じないのよ。瞼の代わりに瞬膜があるからね。

 むろん、追撃は阻止させて貰いますとも。こいつらを死なせる訳にはいかないからな。

 

「ならば!」

「「「ゲホゲホ!?」」」

 

 すると、今度は毒煙玉をボフンボフンと振り撒いてきた。光が駄目なら毒を食らわすとか、本当に厭らしい奴だな。ついでに毒霧で視界が遮られるから、煙幕にもなってるし。

 

『きしゃあっ!』

「くぅっ……!?」

 

 だが、残念ながらピット器官で丸見えだ。ガブラスはあらゆる餌を見逃さない、生き意地汚い種族なのよん。他の連中は知らんけど。ま、漢方薬は持ってるだろうし、そこは頑張ってくれ。

 

「シッ!」『きゅきゃっ!?』

 

 と、お次は無数のナイフを投擲してきた。何処までも一方的な攻撃がしたいんだな。慎重と褒めるべきか、臆病と罵るべきか、判断に困る。

 その上、ナイフの刃には、ガララアジャラの麻痺毒が塗ってあるらしく、ちょっと掠っただけで身体が痺れ出す。

 

『……訳ないだろ(ききゅきゃ)!』

「なっ……馬鹿な!?」

 

 なーんて、馬鹿な事があるか。お前が本物のベッキーを屠った時と同じように、僕も状態異常に対する耐性を上げておいたんだよ。お前に出来る事は、僕にだって出来るのさ。

 

「こんの……クソ蛇がぁ!」

『うぺぁっ!?』

 

 しかし、ベッキーの往生際の悪さは筋金入りだった。何とUNK玉をぶん投げて来たのである。室内で汚物をぶち撒けるな、糞女(クソアマ)ァ!

 

「死ねぇっ!」

 

 無力化を確信したベッキーが、漸く接近戦を仕掛けてきた。他の3人も目晦ましと毒と臭気で行動不能になってるし、僕に対抗する手段は、

 

ある(きゅ)!』

「がっ……!?」

 

 その瞬間、世界が凍り付いた。時間が止まってしまったかのように、ベッキーの動きが止まる。

 そりゃそうだろう。何せ、僕の尻尾で(・・・・・)心臓を串刺しに(・・・・・・・)されたのだから(・・・・・・・)

 ……僕の翼は未だに開かず、むしろ鳥竜種に近い形態に変化し始めている。

 しかも、翼自体は畳まれていても大きいから、千刃竜「セルレギオス」の如く、爪を地面に突き立てる疑似的な四足歩行になっている。

 つまり、通常のガブラスよりも尻尾を自由に使える、という事だ。

 その結果、僕の尻尾は太く強靭な作りとなり、その上、先端が槍状に変化し、刺突武器として扱えるようになった。毒と俊足ぐらいしか取り柄の無い僕にとっての、新たな武器である。

 

『きゅっ!』

「あっ……私、何で……?」

 

 尻尾を引き抜くと、ベッキーは何が起こったのか、そもそも、どうしてここに(・・・・・・・)居るのか(・・・・)分からない(・・・・・)、という顔で倒れた。フーン、やっぱりな(・・・・・)

 

「……ケホケホ。終わったようだね」

「すいません……ケフッ、まるで役に立てず……」「ケフン! ……面目ないです」

 

 おっと、煙に巻かれていたエメスたちが、漸く復活したか。幾ら人を殺し慣れた奴らとは言え、本当の殺人鬼には無力だったようだな。人間相手にモンスター用のアイテムを遠慮容赦なく使うとか、完全にアウトな戦法だもんね。マジであり得ない。

 だが、これで終わりだと思っているのなら、大間違いだよ諸君。あの女(・・・)は、お前らが考えている以上の悪魔なのさ。

 

まだだよ(うきゃい)

 

 さーて、そろそろ向こうも良い頃合い(・・・・・)だろうし、本命を取りに(・・・・・・)行きますかね(・・・・・・)




◆アルビノの靭尾

 特異な進化を遂げたアルビノ・ガブラスの尻尾。鳥竜種のように長く、飛竜種の如くしなる。先端が槍状になっており、相手に突き刺し、毒を注入する事が出来る。これを武器に用いれば、緩急の激しい攻撃を繰り出せ、相手に逃れられぬ死の呪いを掛ける。


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閑話:絶対なんて事は

◆アトラファルク(作者のオリジナルモンスター)

 「カムラ三部作」に登場する、バルファルクの超特異個体。異名は「衰星龍」。龍氣に塗れた鱗を打ち込んだ相手を「奇しき赫耀のバルファルク」に改造してしまう能力を持つ。
 必殺技は、天高く舞い上がった後、龍鱗を雨霰と巻きながら突っ込んで来る「天魔開焉星」。

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ディヴァ子:「実際にやられたら困るけど、こんなん二次創作でしか出ないでしょ(笑)」
傀異克服バルファルク&カ○コン:「せやろ?」
ディヴァ子:「マジでやる奴があるか……ぐわばぁっ!?」←6乙した末に漸く勝てた。

 ……そりゃないよ、カプ○ンさん。


「………………」

 

 インフニティア邸の執務室にて、たった一瞬で全てを終わらせたアイル・パーカーは、最早動く事のないカイン・インフニティアを見下ろしながら、無言を貫いていた。

 あまりにも呆気ない最期。「息子を頼む」という末期の言葉。

 そんな事を聞きたかった訳では無かったのだが、今更どうしようもない。彼女の復讐は終わってしまったのだから。

 

「……お、終わったのか?」

 

 すると、執務室のドアを開けて、ヴリア・トラスナーガがひょっこりと顔を覗かせた。向こうの始末も終わったのだろう。本当に良くやってくれた、とアイルは思った。

 

 

 ――――――ガキィン!

 

 

「……ええ、だから次はあなたよ、何処かの誰かさん(・・・・・・・・)

「へぇ、少しは頭が回るようね。勘も鋭い」

 

 だから、褒美に死をやろうと、ヴリアの皮を被ったナニカと刃を交えた。

 

「……ヒプノックの片手剣か」

「ご名答。「ヒプノ=エクスマキナ」って言うの。良い武器でしょ?」

 

 彼女が持っているのは、ヒプノックを素材にした睡眠属性の片手剣「ヒプノ=エクスマキナ」。片手剣にしては長めのリーチと高い睡眠属性と併せ持っており、少しでも斬り傷を付けられれば、昏睡は免れない。

 

「それじゃあ、早速だけど眠ってくれる? そろそろガブラスの方も終わってるだろうし、さっさと済ませたいのよ」

「……そうはいかない!」

 

 一閃、二打、三斬。モンスターの時とは違う、人間を相手にした鋭く細かい剣戟が交わり、火花を散らす。パワーでは明らかにアイルが勝っているものの、僅かな傷も許されない彼女は手数を稼ぎにくく、逆にヴリア擬きは多少雑でも連打さえしてさえいれば良い為、明らかにアイルの方が不利だ。

 

「所詮は力任せね」

「あっ……!」

 

 結局、ヴリア・フェイクの連打に押され、とうとうアイルは手傷を負ってしまった。瞬時に意識が微睡み、膝がガックリ折れ、

 

「―――――はっ!」

「………………ッ!」

 

 無かった。そう見せ掛けて、凄まじいアッパーを繰り出した。残念ながら防がれてしまったが、追撃を許さずに済んだのは大きい。

 

「【睡眠耐性】か」

「……ご名答」

 

 そう、「毒も麻痺も使った以上、次は必ず睡眠で意表を突いてくる」というガブラスの助言で、アイルは【睡眠耐性】をフルMAXで発動していたのである。奇襲には失敗したが、これで怖いものなしだ。

 

「流石はガブラス。……でも甘い」

 

 だが、偽ヴリアは慌てず騒がず、こっそりと何かを床に叩き付けた。青白い色を粒子物質が部屋中に充満する。

 

「えっ……?」

 

 すると、あっと言う間もなく、アイルがガックリと崩れ落ちた。完全に眠ってしまっている。

 

「いやぁ、念の為に用意しておいて良かったわ。最近エルガドで話題の「昏睡玉」よ。「毒煙玉」みたいにぶち撒けるだけで効果がある上に、【睡眠耐性】でも防ぎ切れない。事前に口の中に「元気ドリンコ」でも仕込んでない限りね。まったく、こんな物を作っちゃうイカレた奴には、是非お目通り願いたい物だわ。……って、聞こえちゃいないか」

 

 そして、無防備となった彼女の顔を剥ぎ取ろうと、嘘っ八ヴリアが乱暴に髪を掴み上げる。

 

 

 ――――――ボガァアアアアアン!

 

 

 その瞬間、執務室に爆音が鳴り響いた。

 

「ぶげぁっ!?」

「……甘いのは、そっち」

 

 渾身の狸寝入り(・・・・・・・)をしていたアイルが、ヴリア(笑)をコークスクリューで殴り飛ばしたのである。

 

「ぎ、ぎざま、何故――――――」

「知ってどうするのさ、負け犬。……オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラォ!」

「ぐげぇあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 さらに、容赦のない爆裂パンチの連打がエセヴリアを襲う。1発1発が爆発を伴う神の拳が1つ残らず叩き込まれ、壁を突き抜け、窓をぶち壊し、中庭へボッシュートされる。燃えるゴミは月・水・金。

 

「ぢぐじょぉ……絶対、許ざねぇ……っ!」

 

 それでもボロヴリアは生きていた。見るも無残な有様だが、凄まじい生命力と止めどない殺意により、満身創痍の身体を起き上らせる。

 しかし、それも終わりだ。

 

それはこっちの台詞だ(うきゅいっきゅきゅい)

「ぐがっ……!?」

 

 何故なら、全てを予想していた(・・・・・・・・・)アルビノ・ガブラスが、止めの一突きを放ったからである。

 

「嘘……こんなの、嫌だ……」

 

 そして、最早誰でもない女は、双眸から血の涙を流しながら、力なくドサリと倒れた。

 もちろん、誰も何とも思わなかった。




◆昏睡玉

 最近エルガドで開発された煙玉系のアイテム。毒煙玉のようにボフンと使うだけで効果があり、【睡眠耐性】すら貫通する威力を持つが、モンスターには数発当てないと効果がない為、罠で動きを封じたり、ダウンしている時にしか上手く使えない。開発者の名前は「エンピール・M・トーマス」。
 ベッキーやヴリアだった“彼女”は、ギルドナイトの権限で無理矢理入手していた。


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閑話:消えない死翼

※胸糞悪い描写がありマス。ご注意下サイ。


 ――――――ミナガルデ、ハンターズギルド受付。

 

「フ~ンフフ~ン♪」

「おや、ドリスちゃんが鼻歌なんて、何か良い事でもあったのかい?」

「ええ、まぁボチボチとですが……」

 

 アロハな衣装を着たハンターに話し掛けられ、今はドリスという名のワタシは、適当に返した。

 いやぁ、いけないいけない。今のワタシはメラルでもベッキーでも、ましてやヴリアでもないんだった。使い分けって難しいわね。少しでも違和感を持たれると、芋蔓式にバレるし。色々と面倒ではあるが、楽しくもある。

 だから、入れ替わりは止められない。様々な人生を楽しめるもん。幾度も顔や人格を弄ってきた、ワタシだけに許された特権よ♪

 さてはて、ヴェルドでは今頃、ワタシの身代わりたちが生贄になっているかな~?

 えっ、何で「殺しに行く」と宣言したお前がこんな所でドリスをやってるのかって?

 ……「(ベッキー)」は殺しに行くと言ったが、「ワタシ(ドリス)」が行くとは言っていない!

 ま、ようするに、ガブラスを安心させてやる為よ。あいつは執念深い上に疑り深いからね。ワタシという存在を忘れさせるには、裏の裏の裏を掻くような遣り方をする必要があった。

 その為に、ドリスちゃんたちには犠牲になって貰いました(笑)。制作レシピはこちら♪

 

①先ずはドリスちゃんとヴリアを捕獲して、拷問により精神を壊します。

②次にワタシに関する情報を叩き込んで洗脳し、「自分こそが入れ替わったワタシ」だと錯覚させます。

③最後にヴリア⇔ドリスちゃん⇔ワタシと顔を入れ替えて、完成!

 

 この工程により、2人の捨て駒と「ドリスちゃんになったワタシ」が出来上がる訳ですよ~♪

 今頃ヴェルドでは、「ヴリアの顔になったドリスちゃん」が真犯人として、始末されているだろう。そうなればアルビノ・ガブラスもワタシを死んだ物として扱い、安心安全な日常に戻る筈だ。

 そして、平和ボケした所を、今度こそワタシの手で殺す。これぞヴリアを嗾けた時から考えていた、「ガブラス暗殺計画」である。ヴリアが成功するなんて微塵も思ってなかったし、今回の襲撃が上手く行くとも考えていない。あいつの生き意地の汚さを信頼してこその計画だ。

 やはり、最後は自分で決着を付けなきゃね。でなきゃ、メラルだったあの時に味わった、赤っ恥のコキッ恥を掻かされた、ワタシの気が治まらん。ワタシの満足感と優越感の為に死ね、ガブラス。

 

「フゥ……」

 

 それにしても、ドリスちゃんを使い捨てにしなくちゃいけなかったのは、ちょっと残念だなぁ。一緒にお茶したり、お風呂に入ったり、何ならベッドインもした仲だったのに。あの子、結構イケる口だったわよ?

 でも大丈夫。思い出は消えないし、“彼女”は今でもワタシと共に在る。ヴリアと同じ隻眼にする為に抉り取った、ドリスちゃんの綺麗なお目々は、保存液で満たされた小瓶の中で、何時までもワタシを見つめてくれているわ。胸の谷間から、時折視線を合わせてくるし、本当に可愛い♪

 これはもう、今までの“彼女”は捨てても良いかもなぁ。こんなに綺麗で愛らしい物はお目に掛かれないだろうし、そんな“彼女”に劣る奴らなんて目を掛けてやる必要も無いだろう。

 貴女を超える“彼女”が出来るまで、末永く宜しくね、ドリスちゃん(目玉)♪

 

「さて、そろそろ帰りますか」

 

 ベッキーは表向きは栄転扱いで、ヴリアは狩猟中の事故で死んだ事に為ってるし、後は計画を最終段階に移行するだけ。可愛い“彼女”を胸に抱いて、今日の疲れを癒すとしますか。

 

『ギャア、ギャア!』『クキキキ!』

「いやぁね、またガブラスだわ……」

 

 最近、ミナガルデではガブラスの目撃情報が多い。もしかすると、あいつの遣いなのかもしれないが、無駄だよ。お前の知っているワタシはもう居ないんだから。それじゃあね~♪

 

 

 ――――――ドォオオオオオッ!

 

 

「へっ?」

 

 だが、薄気味悪いガブラスたちに別れを告げ、家路に着き直そうとした瞬間、空から劇毒混じりの龍属性ブレスが降り注いだ。

 

「カハッ……!?」

 

 それ自体は大した事ないし、何なら毒に侵される事も無かったが、何故か身体が言う事を聞かなくなった。激しい熱と呼吸困難に襲われ、とても立っていられず、ドサリと倒れ伏す。

 これはまさか……アナフィラキシーショック!?

 

「………………!」

 

 薄れ行く意識の中で、最後に目にしたのは、

 

『ケェエエエン!』『クゥゥゥ~♪』

 

 ワタシの白いホルクを傍らに置く、黒いホルクの姿だった。その顔は「お前は我が主人に踊らされていたんだよ」と言わんばかりの、ムカつく表情だった。

 

 ――――――クソッタレがぁあああああああああああああああああああああっ!




◆ドリス

 ベッキーの相棒を務める受付嬢その2。こちらもミナガルデで働いている。ベッキーが引き起こしたドジの尻拭いをする事が多い苦労人。その為、プライベートで出て来る台詞の枕詞は「ベッキーの奴」である。ただし本気で嫌っている訳ではないので、“喧嘩する程仲が良い”という事だろう。
 この世界では仲が高じて爛れた関係になっているが、“彼女”にとっては「気に入った玩具」でしかなかった。


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夢を見ていろ

今回はタネ明かし回。


 はい、それじゃあ、そろそろタネ明かしをしようじゃないか。

 ……ハ~イ、僕だよ。色々と切羽詰まってた、アルビノなガブラスだよ~♪

 いやー、ネームレス女子は強敵でしたね。どんだけ自分だけ甘い汁啜りたいんだよ、あの女。正真正銘の化け物め。

 しかーし、僕は負けない!

 何故なら、あいつのする事は大体予測が付いていたからだ!

 という訳で、色々とネタバレをしようかね~。

 先ず最初に言っておくと、あいつの下に帰したヴリアは、本人ではない。元々始末する予定だった、インフニティア家の女中を1匹捕まえて、洗脳した上で中身を挿げ替えていたのである。遣り方はあいつと一緒。この世の地獄を味わわせて人生をリセットしてから、ヴリアの人格を植え付けて、お土産を持たせて送り付けたのだ。プレゼントはもちろん僕の鞣皮。アイルに協力して貰って、剥いだ傍から食べて、回復したらまた剥がしての繰り返しだったもん。滅茶苦茶痛かったよ。

 だが、背に腹は代えられない。奴が確実に動く為にも、少しの痛みぐらい何のその。おかげで、あいつは自分で始末を付ける為に行動を開始した。

 さて、ここで皆はちょっと疑問に思うだろう。どうやって奴の動向を把握し、対処したのかと。

 その答えは、野良のガブラスたちにある。彼らは僕の発するフェロモン的な物でコントロールされ、あいつを監視していたのである。具体的なタイミングは、僕がミナガルデを離れた時点から。あの時、奴に吹き掛けた液体は毒ではなく、“こいつは要観察対象”としてマーキングする為の物だったのだ。

 だから、あの女が誰と入れ替わったのかを知るのは容易だったし、対処するのも簡単だった。

 ただし、あくまで町中に放っておいたガブラスの情報を又聞きしていただけであり、何より奴の事なんかどうでも良かったので、話半分に聞いていた為、今回のような不意打ちを食らう破目になった。油断大敵、情報整理、とても大事。

 しかし、ヴリアの襲撃により目が覚めた僕は、「手を出さなければ放置」なんて甘い考えは捨て、徹底的に不安の芽を摘む事にした。やっぱり、四六時中誰かの襲撃に怯えるなんて、不安でしかないもんね。

 だので、僕は此度の1件で送り込まれたヴリアを利用し、カウンターでKOしてやると決めたのである。

 その際、大いに役立ったのは、あいつが……というかベッキーが飼っていた、白いホルクだ。あの雌は基本的に長い物に巻かれる主義であり、主人の事も“金持ちで強い上に餌をくれて遊んでもくれる良い奴”程度の認識だった。だからこそ、家のシュレイドを遣って、早々に篭絡してしまう事にしたのである。

 ちなみに、気付いたのはヴェルド入りの直後、アイルを攫った時だ。すっかり僕のファンになってしまったガブラスたちが、「上空で何かを探している白いホルクが居る」って言うもんだから、即座に捕獲してスーパーレ○プタイムでしたよ。あのアバズレ、結構なヤリ○ンな上にドMだったらしく、シュレイドの(色々な意味で)激しい責め苦で完全に堕ちてしまい、モスより酷い雌豚になってしまった。おかげで楽は出来たけど、何だかなぁ……。

 その後は“真実を交えた嘘の報告”を延々とさせていたのだけれど、ここで重要になってくるのは、「シュレイドの存在」である。

 そう、実は白いホルク(名前はハーケン)もヴリアも、最初はシュレイドを真面に目撃していないのだ。ヴリアに至っては、初対面が一連の出来事が全て終わった後だし。むろん、僕が送り込んだヴリア(偽)にもシュレイドの情報は一切与えていない。どうせ拷問して白状させようとするだろうから、その対策である。

 それが功を奏したのか、あいつは最後までシュレイドの存在に気付けないまま、足元を掬われた訳だ。アイルを昏睡玉から救ったのも、シュレイドの龍属性ブレスを封入した胸パットのおかげだし(倒れた拍子に袋が破け、龍属性エネルギーの特性により、状態異常を含む属性ダメージを遮断した)。結局、脇が甘いんだよ、お前は。

 

「それで、これからどうするんだよ、そいつを?」

 

 と、今は例の女中――――――アリスという名のメイドになったヴリアが、気絶したドリスだった誰かさんを見下ろしながら尋ねてくる。

 ここはミナガルデにおける、奴の自宅。あの後、僕はシュレイドとアリス(ヴリア)を伴い、秘密裏に入場して、無力化した奴を運び込んだのである。アイルたちも、もう少しで到着するだろう。

 

「つーか、よくそいつを捕まえられたな。毒も何も効かないんだろ?」

 

 不思議な顔のアリスだが、おかしくも何ともない。だって、人間は“自分の免疫”というどうしようもない猛毒を持っているのだから。

 以前注入された毒素や病原体に対して、免疫機能が過剰なまでに反応するアレルギー反応――――――所謂、「アナフィラキシーショック」だ。発熱や呼吸困難、意識混濁を伴い、重度の場合は死に至る、恐ろしい病である。

 世に出回っている解毒薬や漢方薬は、毒の分解を補助すると同時に、ショック症状を抑える成分が入っている。だから、毒に対する免疫を上げただけでは自爆してしまう。

 まぁ、ハンターは大概身体が化け物なので、そこら辺の抑制も自然と出来ているのだが……僕の毒を舐めないで貰いたい。前回の毒素を再現しつつ、ショック症状(・・・・・・)の抑制作用を(・・・・・・)抑制する成分(・・・・・・)を含ませる事ぐらい、朝飯前だ。あいつの血液サンプルは持ってたしね。

 

「難しい話はよく分からんが、とにかくお前が恐ろしい奴だった事は分かった」

 

 うんうん、それで良いよ。存分に畏怖したまえ。反逆心なんて、芽生えもしないくらいにね。

 

「……着いたよ」「お邪魔します」「「失礼」」

 

 おっと、役者が揃ったか。頼んでおいた“荷物”もある。舞台は整った、という訳ね。

 

『うきゅきゅきゅ♪』

 

 さぁ、始めようかしら♪

 死んで終われるとでも思った?

 甘い甘い、ハチミツより甘ったるい。閻魔様の下へなんて、行かせてやらないんだから♪

 

 お前はこれから、死ぬまで地獄を見るんだよ。




◆アリス・イワン・ダラード

 インフニティア家に仕える女中の1人。仕事は何でも卒なく熟すが、実はかなりの野心家で、何時かエメスを寝取って貴族のご婦人になる事を夢見ていた。元は騎士の家系だった。
 しかし、体格と髪色がヴリアと似ていたばっかりに、ガブラスによって身代わり人形にされてしまう。とは言え、始末される者の中にリストアップされていたので、結局は殺されていただろうが……。


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閑話:今も抱きしめ

作者は言ってイル。「まだ死ぬ定めではない」ト。

※つまり後で殺す予定がありマス。


「………………」

 

 はい、こんにちは。巡り巡って、今はベッキーになっている、ワタシだよ。

 ……うん、本当に、何なのよ、これは。目が覚めたらあのガブラスやその他が居て、ワタシにとんでもない事を仕出かしてくれた。

 ちょっと、皆聞いて頂戴よ~。

 実はね、ワタシ、あいつの奴隷に為っちゃったのよ。性的な意味じゃなくて、マジモンの奴隷にねえ。

 ――――――と言うのも、気絶している間に心臓を抉り出されて、毒袋にされちゃったんだよね。それもガブラスの血清を打ち込まないと短時間で死んじゃう、超危険な奴。

 作り方としては、

 

①ワタシの寝込みを襲って心臓を摘出します。

②買い叩いた「古龍の大宝玉」と剥ぎ取った「劇烈毒袋」を用意します。

③それらを癒着用の回復薬によって融合させます。

④最後にワタシへ心臓を捧げ直して、完了!

 

 ついでにワタシの自由も完了。ふざけやがってぇ!

 使用された「古龍の大宝玉」は同じ古龍から得た物らしく、宝玉同士が共鳴するようで、どんなにワタシが耐性を上げようと、ほぼ同様の手術(「劇烈毒袋」のみ未使用)を行ったアルビノ・ガブラス無しでは生きられない身体になってしまった。あいつの血清だけが、ワタシを生かす鍵となっているのだ。

 つまり、要約するとこんな感じである。

 

①ワタシの心臓が猛毒の血液を循環させる(死に至る時間:約3分)。

②そのままだと死ぬのでアイツの血清によって解毒状態にする(効果時間:約6~12時間)。

③時間が経つと元の木阿弥になるから再び血清をお願いする(土下座&懇願時間:約2分半)。

 

 酷い、酷過ぎる。これが人間の遣る事か。ガブラスだけど。クソッ、こんな化け物に商品を売り渡すなんて、絶対に許さんぞ「エルメロンド商会」!

 ……とまぁ、こんな感じで、ワタシはガブラスの支配下に置かれてしまった。来る日も来る日もあいつの世話をして、「この哀れでどうしようもないゴミ屑に僅かばかりの慈悲を」と地面に頭を擦り付け、どうにかこうにか活かして貰っている訳だ。

 嗚呼、死にたい、けど死ねない。死ぬまでの時間は短いが、このワタシの耐性でも抗えない、この世の地獄のような苦痛を味わう事に為る。

 しかも、その間に少しでも血清を入れれば致死時間が伸びてしまうので、何時までもガブラスの前で苦しみのた打ち回る破目になるのである。ついでに生命力が高過ぎるせいで、そもそも自殺が出来ない。何て酷い悪夢だ……。

 

「ただいま~、ドリスちゃん」

「おかえり、ベッキー」

 

 唯一の救いは、ドリスちゃんの世話役を命じられた事だろう。

 そう、信じ難い事にドリスちゃんは生きていたのである。ガブラス曰く「偽ベッキーを斃した時点で残る中身がベッキーだと分かっていたから“心臓に穴を開けた”というショックで気絶させるだけに留めた」のだとか。

 ただし、アイルの爆裂パンチで全身が滅茶苦茶になってしまい、ヴリアの面皮も使用不可能になったので、ワタシ⇒ドリスちゃん⇒アリス(死体)と顔を入れ替えて、「ヴリアは事故死のまま」で「ドリスはガブラスの群れに襲われた為、大好き(ギルド公認)なベッキーの下で療養」という形となり、アリス顔のヴリアは「ドリスの抜けた穴としてインフニティア家が紹介した逸材」としてミナガルデへ送り込まれる手筈となっている。

 まさに、何もかもガブラスの思い通り。本当に最悪の話だ。

 だけど、ドリスちゃんの世話は最高よ?

 何か殴られた影響で洗脳が解ける処かここ最近の記憶まで吹っ飛んでしまっていて、今まで通りワタシが大好きで仕方ないドリスちゃんになっちゃったからね。暫くはベッドから起き上がれないし、回復したとしても元のように歩けるかは分からないらしい。

 むしろ、あんだけ殴られて、よく全身不随にならなかったね、ドリスちゃん……。

 とりま、そういう訳で、ドリスちゃんの生活全般をワタシが管理している。ガブラスとエメスが面白半分に開発した「エアマット」なる謎袋のおかげで多少は放って置いても大丈夫だが、数時間おきに体位を整えなければ床擦れになり、褥瘡が出来てしまう。そもそも、ご飯も入浴も下の世話も完璧に全介助なので、ワタシなしでは数日と持たない。

 だから、今夜もワタシ、頑張るんだ~♪

 

「さぁ、ご飯も済んだし、ちょっと運動しようか♪」

「そうね、ウフフフ……」

 

 ※この後、滅茶苦茶に有酸素運動した。

 

「はぁん……♪」

 

 ガブラスの奴隷は嫌だけど、こんな性活も楽しいな~♪




◆ベッキー&ドリス

 結局お互いを追い掛ける形でヴェルドに移住した百合百合なメイドコンビ。その性活ぶりは近所でも有名であり、「まぁそうなるよね」で済まされた。日頃の行いって大事。
 ちなみに、ガブラスとしては何処かで使い潰す予定でいる模様。


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閑話:答えはどこにもない

※今回はヴリア改めアリス視点


 ―――――――ミナガルデ、受付カウンター。

 

「ふぅ……」

「おや、どうしたよ、アリスちゃん?」

「何でもありませんわ」

 

 アタシの名はアリス・イワン・ダラード。少し前までヴリア・トラスナーガだった女だ。

 あの白いガブラスと関わったせいで、アタシの人生は大きく変わった。トラウマを抉られ、面の皮を剥がされ、声すら入れ替わってしまった。あのヤロウ、声帯まで弄りやがったのである。クソが。

 だので、今のアタシから、過去のアタシを連想する要素は無い。ベッキー(真偽)の持っていたドリスの眼球を移植された為、隻眼ですらなくなったから、マジで分からないだろう。既に死んで久しい視神経を生きたままグチャグチャと弄られた、あの感覚……今でも忘れられないぜ。

 そんなこんなで、今のアタシはオッドアイズ・ギルド・ガールズって訳だ。嫌でも目立つし、実際に衆目の注がれ具合が凄い。そこまで良いのか、虹彩異色(オッドアイ)。珍しくはあると思うけども。

 ともかく、アタシはミナガルデの受付嬢:アリス・イワン・ダラードとして、働くしかないのである。例の白いホルク(名前はハーケンというらしい)や追っ掛けのガブラス共が常に監視してるから、色々な意味で逃げられないし。愛想笑いと気持ちの悪いお嬢様口調でハンターたちに応対しながら、慣れない事務仕事を続ける毎日。

 嗚呼、どうしてこうなった……。

 

「すいません」

 

 と、ボーっと考え事をしていたら、誰かに声を掛けられた。

 

「はい、どうしまし――――――」

 

 しかし、“彼女”の顔を見た瞬間、言葉に詰まってしまった。何せ、そこに居たのは、アタシの宿敵(ライバル)、ビスカ・メルホアールだったんだからな。ご丁寧にメルホアも連れて来てるし。

 

「……どうしました?」

 

 だが、今のアタシはアリス・イワン・ダラード。顔も声も全く違う、別人なのだ。話し掛けても分かる訳が無いし、何よりアルビノ・ガブラスから身バレ禁止令が出ている。破ったが最後、今度こそ始末されてしまうだろう。

 アタシはもう、あいつには逆らえない。身体の奥底に閉まっていたトラウマを穿り返された上に傷を刻み直されたので、怖くて恐くて仕方がないのである。例え殺されるその瞬間になっても、アタシは泣き喚くばかりで、あっさりと処刑されてしまうだろう。それくらいに無理なのだ。

 だから、アタシはこのまま他人行儀を貫かせて貰うよ。例え宿敵が相手だろうと、命は惜しいんでね。

 

「いえ、ちょっと人を探してまして……」

 

 おいおい、それって、

 

「ヴリア・トラスナーガってハンター、ここに来てませんか?」

 

 マジかよ。流石はド田舎ココット村、情報伝達が頗る遅い。

 

「ああ、ヴリアさんですか? ……彼女、死にましたよ? 狩猟中の事故で」

「えっ……」

 

 アタシの素っ気ない返しに、ビスカの顔が絶望に染まる。そんな顔しないでくれよ、頼むから。

 

「そんなの、聞いてない……」

「貴女、出身は?」

「ココット村です」

「じゃあ、まだ伝わっていないだけですね。直にギルドからの通達があると思いますよ。……遺品をこちらで預かってますが、受け取りますか? 後でお届けする事も可能ですが」

 

 さらに、「遺品」という確たる証拠を突き付ければ、完全に曇ってしまった。本当に見ていて辛くなる。

 だけど、これがお互いの為でもあるんだよ。あのガブラスに目を付けられたらお終いだぜ、ビスカ。お前はメルホアたちと慎ましく暮らしてくれ。それがヴリア・トラスナーガとしての、最後の願いだ。

 

「――――――分かりました。受け取らせて貰います」

 

 ビスカは俯いたまま、アタシからヴリアの遺品を受け取った。色々と思う所はあるだろうが、ハンター稼業とはそういう物である。我慢して受け止めて欲しい。

 

『プゥ~』

 

 すると、プヒプヒ鳴いていただけのメルホアが、アタシの方を探るように見上げてきた。

 

「どうしましたか?」

『プゥ~! プ~ギ~!』

「ちょ、ちょっと!?」

 

 な、何だよ、擦り寄ってくるな!

 折角バレずに終わりそうなんだから、余計な詮索をするんじゃない!

 

「……ヴリア?」

 

 ほーら、ビスカも「まさか……」って顔してる。これだから勘の良い雌は嫌いなんだよ。

 

「何の話ですか? ヴリアさんはもういらっしゃいませんよ?」

「……いいえ、何でもありません。お気遣い、ありがとうございました」

 

 アタシがすっ惚けてやると、ビスカは何とも言えない複雑な表情を浮かべながら踵を返し、去って行った。メルホアもそれに続く。

 

「随分と冷たくあしらうじゃんかよ」

 

 と、ビスカが居なくなったのを見計らって、ハンターの1人が揶揄ってきた。そういうの良いから。毎度毎度馴れ馴れしんだよ、チャラ男がよぉ。

 

「生憎と、アタシはお亡くなりになった方への思い入れはしない主義なので」

「そうかいそうかい。なら、俺が死んだ時は、キッパリサッパリ忘れてくれ。何せ遺品があっても、受け取る相手が居ないからな」

「それはお寂しい事で」

「その方が気楽なもんさ。そんじゃあ、無理だけはするなよー。ドリスちゃんみたいに若い身空で引退したくなかったらなー」

「余計なお世話です」

 

 はーぁ、やっぱり慣れねぇなぁ、接客業は。ハンターだった頃に戻りてぇー。

 

「……さようなら」

 

 しかし、それは叶う筈も無い高望みなので、アタシは静かに今までの自分にサヨナラした。何と虚しい事か。

 

『ケッケッケッケッ』

 

 ハーケンに嗤われたような気がした。くたばりやがれ。




◆遺品管理

 ハンターが狩猟中に死亡した場合、基本的にはそのまま野晒となり、土に還る。関係者から依頼を受けたり、何かの調査のついでに拾われる事もあるが、殆どの場合は骨も残らず食われている為、回収するのは難しいと言わざるを得ない。それでも低い確率をクリアしてギルド預かりになったとしても、欲しがる者が居なければ、一定期間の後に処分されてしまう。
 この世界における人の命は、実に安い。


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翼をくれた

ほのぼの回。


「病める時も健やかなる時も、互いを支え合い、愛する事を誓いますか?」

「「誓います」」

「「きゃ~ん♪ 素敵ですわよ、お2人共~♪」」

 

 こうして、アイル・パーカー改めアルメリア・タマリスクとエメス・インフニティアは結婚し、幸せに暮らすのでありました。めでたしめでたし。

 ……と、やぁ、僕だよ。元村人のアルビノなガブラスだよ。

 そして、見ての通りアルメリアとエメスは結婚成されましたー。右翼曲折の果てに幸せを掴むとか、ラブロマンスも甚だしいね。シュレイドもハーケンとお付き合いしてるし、僕の周囲は愛に溢れている。爆発しろ、リア充共。

 しかし、夜の教会ってのも雰囲気があって良いね。昼は燦々として煌びやかだけど、日が沈んでからは荘厳で神々しい感じ。こんな場所で働く神父だのシスターだのは、嘸かし心が清らかなのかと思えば、

 

「いやー、エイメンですねぇ~。……ぷはぁ~♪」

 

 何だ、このアバズレは。グラサン掛けて煙草まで吸うんじゃねぇよ。それとライトボウガンも仕舞え。

 

 

 ――――――ダキンッ!

 

 

「ゴバッ!?」

「……それでは、誓いのキスを」

 

 強いな神父。お前までライトボウガンを担ぐんじゃない。

 

「これからも宜しく、アルメリア」

「……こちらこそ」

 

 エメスとアルメリアの唇が重なる。月光をバックにした2人は、それはそれは妖しくも美しかった。これで正式に夫婦となった訳だが、アルメリアは何時までハンター稼業を続けるのかな?

 まぁ、あいつのマンパワーなら枯れ果てるまで搾り取れそうだから、そう遠くない内に寿退職するだろう。むしろ、エメスの体力が持つのかが心配だ。ブッ潰れるまでヤリ切る~♪

 もしくは、子育ては程々にして、さっさと復帰してしまうかもしれない。幾らアルメリアになろうと、その心はハンター:アイルのままだろうからね。昨日も普通に武具の手入れとかしてたし。死ぬまで現役、修羅の道というのも、面白そうではある。

 どちらにしろ、僕は悠々自適な読書生活を楽しませて貰おうかな。ベッキー(メラル)はもう脅威じゃないし、アリス(ヴリア)も駆逐した。後は好きなタイミングで始末を付けるだけである。ここまで来るのに、本当に長かった。各地を転々とし、死に物狂いで頑張ってきた。

 ならば、僕が安寧の日々を享受しても、罰は当たるまい。

 つーか、下したら殺す。神だろうと反逆してやるぞ、このヤロウ。わざわざガブラスに転生させやがった事、忘れてないからなぁ!

 

『うきゅ~♪』

 

 とりあえず、今は祝宴のご馳走を頬張るとしよう。う~ん、アンジャナフの尻尾ステーキ、美味しい~♪

 

「……“アイル”」

 

 と、色々と済ませたアルメリアが、僕に話し掛けてきた。

 「アイル」というのは、彼女から貰った名前だ。何時までもガブラスと呼ぶのは味気ないと、己のハンター名を譲ったのである。元々は僕が村人だった時の本名だから、別に良いんだけどね。君も随分と気安くなったじゃないの。

 

「……ありがとう。……あなたのおかげで、わたしは未来を手に入れられた」

『うきゅ~ん♪』

 

 良いって事よ。これからも末永く養ってくれ。

 さ~て、宴もたけなわで御座いますし、乾杯と行きますかね~♪

 

「……それじゃ宴会だよ」

 

 大して変わらんだろうに。どうせ新郎新婦と僕らしか居ないんだ。盛大に破目を外したって、誰も文句は言わないし、エメスが言わせないさ。

 

「それもそうだね」

 

 そう言って、アルメリアは柔和な笑みを浮かべた。幸せ一杯な顔しやがってチクショー。

 そして、僕らは朝までドンチャン騒ぎをして、次の日の朝までグッスリと眠ったのだった……。




◆リップアップ教会

 ヴェルドでも有名な色物教会。神父もシスターも元はG級のハンターであり、今はギルドナイトを兼任している。受付嬢と同じく任務が来なければ2人共に聖職者なのだが、シスターは平気で喫煙するし、神父は異教徒に暴力を振るうアレな連中なので、ここで祈りを捧げたり、婚姻の儀を執り行う奴は、余程の物好きである。リアルにモンスターが跋扈する世界だから、そもそも神に頼る奴が殆ど居ないとか言ってはいけない。


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今も同じ悪夢

物凄いエタってたケド、ここから最終章デス。


 燃え盛る大地。響く悲鳴。轟く咆哮。巨大な影。闇よりも暗い、漆黒の古龍。

 

『ゴギャアアアヴォオオオオン!』

 

 それは避けられぬ死、宿命の戦い、舞い降りる伝説。

 嗚呼、彼の者は正しく――――――、

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『きゃうっ!』

 

 嫌な夢を見た。最近は見ていなかった、恐ろしい悪夢である。僕が死ぬまでの、終わりの始まりの物語。“奴”が現れた事で、文字通り僕は何もかも失った。故郷も、家族も、自分の命さえも。

 そして、死臭に誘われたガブラスに啄まれる所で、僕の悪夢は終わる。

 否、終わってなどいない。“奴”はまだ健在だろうし、何より僕自身が“奴”を許せないからだ。必ず復讐してやる。

 

『クァ?』

 

 と、シュレイドが心配そうに見つめてきた。大丈夫だよ。実は全然大丈夫じゃないけど。こういう時は、そう言って誤魔化すものさ。

 しかし、何だって今頃になって、あんな悪夢を見たのだろう。折角、平穏無事な生活を手に入れたというのに、最悪の気分である。ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくぅ~っ!

 よし、こんな時は!

 

「……あっ、アイルだ。……久し振り、シュレイドも」

『うきゅあ~』『ケァケァッ!』

 

 インフニティア邸にお邪魔してやるぜ!

 ……相変わらず言葉がたどたどしいなぁ、アルメリアよ。会話出来るだけマシなのかもしれないが。

 

「おやおや、アイルくんたちじゃないか。元気そうで何より」

 

 エメスも相変わらず腹に一物抱えてそうな笑顔ですね~。今度は何を企んでいるのやら。

 

「……今からご飯だけど、食べていく?」

『『イェーイ!』』

「……素直で宜しい」

 

 そう言えばアルメリアの奴、料理がかなり上手くなったんだよね。ガブラスである僕に負けるのが悔しくて頑張ったらしい。今ではそこらの料亭よりも旨い飯を作れる。雇った料理人に任せず自分で作っちゃう辺り、貴族の奥方になってもハンター時代の習性は治っていないみたいだな。マジで美味しいから別に良いけど。

 という事で、頂きま~す♪

 ちなみに、今日のメニューは「火竜の夫婦ロースト」「トロサシミウオのマリネ」「千年米のライス」「ロイヤルチーズ入りサラダ」「黄金芋酒」。結構な金が掛かっているけど、大体全部アルメリア自身が狩ってきた物であり、実質的に只同然だ。それで良いのか貴婦人。

 

「そう言えば、彼女らは(・・・・)元気にして(・・・・・)いるかい(・・・・)?」

 

 宴もたけなわといった所で、エメスが質問してきた。言うまでもなく、アリス(ヴリア)とベッキー(メラル)の事だろう。

 

『きゅあ!』

 

 紙に書いて説明してやった。

 とりあえず、アリスは滞りなくミナガルデの受付嬢を務めている事、ベッキーは今も爛れた生活を慎ましく(笑)続けている事を伝え、ついでに今後の予定も書き記していく。

 僕としては、そろそろベッキーを処分しても良いと思うんだけど、どんな遣り方が相応しいかねぇ?

 

「……ドリスハンバーグを食べさせながら命乞いさせるとか?」

 

 君も言うようになったねぇ、アルメリア。人の命を何だと思っているんだか……。

 

「ギギネブラと融合させて見世物にするのも面白いかもね」

 

 エメスもとんでもない事を思い付くなぁ。尊厳とは。

 

「冷凍してから輪切りにして、額縁に飾るとか?」「大岩と合体させて名所にするのも良いですわね」

 

 おい、メイド姉妹。気色の悪い美術展を開催しようとするんじゃない。絶対に客足が……あるかもな~。

 

『クルァッ!』

 

 だが、そんな愉しい会話も、ハーケンの齎した“緊急の報せ”によって中断と相成った。

 

「――――――“彼の地に伝説が舞い降りた。運命の戦争が始まる”、だと?」

 

 それは、「禁忌」が舞い降りた証。避けられぬ死の運命が、押し寄せてきた。




◆黄金芋酒

 滅多に手に入らないと言われている、高価なお酒。「酒の王」とも称され、名前だけなら一番高そうな「ブレスワイン」よりも高級な品物である。
 と言うのも、作り方を知っているのがよりにもよってチャチャブーたちなので、彼らから奪い取るか、アイルーたちに頼み込んで仕入れるしかない。
 むろん、アルメリアは自力で強奪してきた。どうだ、これが貴婦人の嗜みだ!


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子供の時に

 西と東の間。それ以上語ってはいけない、禁足の土地。既に滅びて久しい、強者共の夢の跡。

 

 ――――――「シュレイド城」。

 

 人々は、そこをそう呼ぶ。

 かつて存在したという、シュレイド王国が誇る城塞であり、円形の城壁に囲まれた内部には、豪奢な王城が聳えていたのだが、今は見る影もない廃墟と化している。空は常に怪しげな暗雲に閉ざされ、廃墟に満ちる空気はとても重苦しい。動物処か植物さえ見当たらず、生命は皆無と言って良いだろう。

 そう、ただ1体を除いて。

 

「“運命の戦争(ミラボレアス)”、ね……」

 

 現在、シュレイド城跡を支配している唯一の存在は、語る事さえ禁忌とされる、邪悪なる黒龍「ミラボレアス」だ。

 その昔、突如として時空の彼方から舞い降りて、一晩でシュレイド王国を滅ぼしたと言われている。

 しかし、ハンターズギルドによる徹底した情報統制によって、今を生きる人々にとっては、シュレイド王国もミラボレアスも御伽噺でしかない。

 だけど(・・・)僕は知っている(・・・・・・・)その伝説が(・・・・・)真実である(・・・・・)という事を(・・・・・)

 だって(・・・)間近に見たのだから(・・・・・・・・・)

 

「……アイル、本当に付いてくるの?」

 

 ふと、アルメリアが話し掛けてきた。隣にはベッキー(メラル)、向かい合う形で僕とシュレイドが座っている。

 僕らは今、ドンドルマから派遣されてくる「ミラボレアス討伐部隊」と合流する為、竜車に揺られている所だ。この特別部隊は、ハンターズギルド本部が各地から集めた伝説級のハンターたちによって構成されており、中央シュレイドに立ち入る前に顔合わせをする予定である。わざわざ新大陸へ調査に向かっている調査団まで招集しているというのだから、その本気具合がヒシヒシと伝わって来る。

 むろん、僕も本気だ。言うまでもないだろう。

 

「……そう」

 

 アルメリアは、それ以上の追及をしなかった。僕の目を見て、不退転の決意を読み取ってくれたに違いない。これは(・・・)僕の復讐だから(・・・・・・・)

 

「………………」

 

 ベッキーに関しては、話し掛けてすら来なかった。別に喋る事も無いから良いけどね。ドリスと涙の抱擁でお別れして来たらしいから、心の整理は付いているのだろう。

 ま、逃げようにも、僕の呪いがある限り、避けられぬ死の運命なのだが。

 ちなみに、アルメリアとエメスの別れは結構軽かった。「行ってきます」と「行ってらっしゃい」の一言で済ますとは、何と深い信頼関係であろうか。生きて帰る気満々じゃん。

 

「……そろそろ着くぞ」

 

 竜車が停まった。シュレイド城の近くに急拵えで造った拠点へ到着したのである。

 

「あ、ガブラス!」『ホロロロ……』

「………………」『クルァ~!』

 

 すると、見知った顔触れと再会した。ビスカとホロちゃんだ。ついでにアリス(ヴリア)とハーケンも居る。ハンターのビスカなら分かるが、一応は受付嬢であるアリスを派遣するなんて、ギルド上層部の気が知れない。

 もちろん、彼女らが呼び出された理由は分かる。シュレイド城から最も近いギルドに所属しているからである。

 いや~、何だかんだで実力者が揃ったねぇ~。

 

『プ~!』

『きゅぁっ!?』

 

 と、ビスカたちが乗っていた竜車から、メルちゃんが飛び出して来た。何で癒し枠の君がここに居るの!?

 

「――――――連れて行けって聞かなかったのよ。たぶん、あなたが来る事を予感してたのかもね」

『プキ~!』

『………………』

 

 メルちゃん……君って子は、本当に。

 でも、流石に狩場へ連れて行く訳にはいかないから、後ろで見守っててね。

 

「……討伐部隊の連中も来たみたいだよ」

 

 さらに、各地から戦力が続々と拠点に集合しつつあった。

 

 ――――――さぁ、良からぬ事を始めようかぁ!




◆シュレイド城

 シュレイド王国の跡地である「中央シュレイド」に聳える廃城。かつては栄華を誇ったのだろうが、今は常に暗雲と重苦しい空気が立ち込め、生命の息吹はまるで感じられない、死の土地である。崩れた城壁と焼け焦げた痕を見るに、滅びる寸前まで激しい戦いがあった事が窺える。
 現在、シュレイド王国に関しては御伽噺のような扱いを受けているが、過去にはそこで人々が生活し、命が芽吹いていたのだ。


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閑話:どこに向かっているの?

「もうすぐですね、相棒!」

「ああ、そうだな……」

 

 私の言葉に、相棒が静かに答えます!

 私は編纂者にして、新大陸の調査団における受付嬢です!

 相棒は私とバディを組んでいる凄腕のハンターで、ちょっと無口だけど、仲間想いの良い男です! 装備は防具がゾーグシリーズ、武器は双剣の残滅の爪【鬼】と、悉くを滅ぼしそうな感じです! 実際、「アン・イシュワルダ」とかも倒してましたしね!

 そして、私たちが向かっているのは、御伽噺でのみ語り継がれている、亡国の廃城――――――即ち、「シュレイド城」の跡地です!

 目的は、これまた伝説上の存在とされてきた、邪悪なる黒龍「運命の戦争(ミラボレアス)」の討伐です! 最近になって、突如として出現が確認されたとの事で、ハンターズギルドの総力を挙げて討ち果たそう、という訳ですね! 個人的に色々と思う事がありますけど、かの黒龍はあらゆる命を許さないとまで言われているから、この流れも仕方の無い事でしょう!

 むろん、私も新大陸調査団の端くれ、やる時はやります!

 だから、

 

「今回も一緒に頑張りましょう、相棒!」

「そうだな、ウケツケジョー」

「何ですか、その顔は!? そして、何故に毎回毎回イビルジョーのイントネーションなんですか!?」

 

 相棒は鬼子です!

 

「そんな事よりほら、着いたぞ。先方さんがお待ちかねだ」

「ぬぬぬぬぬ!」

 

 ですが、抗議をする間も無く、竜車が停まってしまいました! 目的の簡易拠点に到着したようです!

 さぁさぁ、擦り合わせと行きましょう!

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 先ずは協力者の他己紹介をしておきましょうか!

 

「……アルメリア・インフニティアです」

『きゅあ!』『クァッ!』

 

 最初はアルメリアさん! インフニティア家の奥様なのに各地に名を馳せるハンターでもあるという、変わったお方です! オトモはアルビノ・ガブラスの「アイル」と黒いホルク「シュレイド」! 装備に関しては、防具がシルバーソルとゴールドルナの複合、武器は「プラチナムドーン」と、金銀尽くしですね! リオスの希少種を狩っている辺り、彼女の実力が窺えますね!

 

「ベッキーで~す♪」

 

 お次は元受付嬢のベッキーさん! オトモは居ないようですが、防具が特注のプライベートシーズなので、充分に戦力となるでしょう! 武器のあれは……傘、ですかね!? 一応、ライトボウガンの一種らしいです!

 

「ビスカです。短い間ですが、よろしくお願いします」

『ホロロロッ!』

 

 こちらはココット村から派遣されたハンター、ビスカさん! 防具はメルホア、武器がエレガンスなフレグランスと、お花尽くしです! メルヘンですね! オトモは白毛フクズクの「ホロホル」ちゃんです!

 

「アリス・イワン・ダラードですわ」

『ケッケッケッ!』

 

 最後はミナガルデからの助っ人、アリスさん! 装備は防具が黒いメイドシリーズで、武器は強力な毒ランスの蛇槍【ウロボロス】ですね! これは頼もしい! ミラボレアスに毒が効くのか分からないけど! オトモは雌のホルク「ハーケン」ちゃんです! 優美!

 

「お~、こりゃあ頼もしいねぇ! 宜しくっスよ~!」

「あんたは何時でも呑気ねぇ……」

 

 おっ、陽気な推薦組(エイデン)さんと勝ち気な編纂者(リア)さんも到着したようですね! 相棒共々、頼りになる人たちです! エイデンさんの装備は、防具がクシャナシリーズ、武器がヘビィボウガンのコルム=ダオラと、クシャルダオラ尽くめです! 本人も因縁があるって言ってましたしね!

 

「顔合わせは済んだようだな」

「それでは、先行調査を開始しよう」

 

 さらに、今回の指揮を執る将軍と、我らが総司令官も来ましたね!

 今回の我々は討伐部隊の先遣隊、謂わば様子見と本隊到着までの時間稼ぎが目的です! とは言え、不意にそう弘通する可能性も高いですし、命懸けである事に変わりはありません! しっかりと作戦を練って、万全の状態で挑みましょう!

 

 ――――――さて、いよいよシュレイド城の先行調査、開始です!




◆ウケツケジョー

 イビルジョーの近縁種で、何でもかんでも口に入れ、死ぬ程に食いまくる暴食竜。
 ……というのは冗談で、新大陸に派遣された第5期調査団の一員。受付嬢もやっているが、本職は編纂者である。戦闘能力は特に無いが、クラッチクローなどは一通り扱える。
 プレイヤー目線では、特に貢献している訳でも無いのに「相棒」呼ばわりして来る上に口煩く、顔も結構芋臭いので、受付嬢とは思えない程に嫌われていたりする。


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悲しみすらない

『うきゅ~』

 

 すっかり変わっちゃったなぁ、シュレイド城。作品を納品する時に何度か来た程度の思い出だけど、それでも健在な時の荘厳さは、一目見たら忘れられない物だった。

 だけど、今は見る影もない。そこら中崩れてるし、煤けてる。それもこれも、アイツのせいだ。

 

「……遺跡だな、これは」

『………………』

 

 否定出来ないけど、ちょっと喉に突っ掛かる物はある。これでも昔はご立派様だったんだよ。

 

「本当に……あったんですね!」

「夢なんじゃないかしら?」

「凄いな! 上手く言えないけど……「昔」と「今」って、本当に繋がってたんだって実感してるよ」

 

 何か新大陸調査団組が好き勝手な事を言っている。これもまた、“過去の遺物”を見た感想なんだろうね。私からすれば、腹立たしいだけだけど。

 

「問題が」

 

 おや、総司令官殿がしゃしゃり出てきたぞ?

 

「地図には無かった。あれを……」

 

 さらに、とうある方向を指差し、周りもそれに従う。そこには邀撃用の撃龍槍が設置された最後の砦……と、それに立ち塞がるかの如く建てられた、木杭の防護壁があった。

 

「撃龍槍の真ん前に!?」

「これじゃあ、速射バリスタも防護壁も使えないわ……」

 

 それらを見たエイデンとリアが驚いている。確かに設置武器を使うには、どう考えても邪魔である。

 

「急拵えのような……!? ミラボレアスとの攻防中に増築したのでしょうか!?」

 

 お前は声が煩いな、ウケツケジョー。でも正解だ。この壁は戦の最中に後付けされた急造品である。

 

「よもや……シュレイド城の人々は、撃龍槍を活かさなかったのか!? 攻めを放棄すれば、滅ぶは理――――――」

 

 ……おい、将軍様よ。

 

『シャアアアアアアッ!』

「な、何だ!?」

 

 僕は将軍に牙を剥いた。何も知らない奴が、シュレイド王国を語るんじゃない。

 

「いや、恐らくは使用した。それでも尚敵わず、死力を尽くし、守りを固め……彼らは最後まで足掻いた。でなkれば、今に彼らの戦いが伝わる筈がありますまい」

 

 と、総司令官が僕の言いたい事を代わりに言ってくれた。ナイスだぞ白髪。

 

「礼を欠いた発言であった」

 

 すると、将軍が考え直したのか、過去の英霊たちへ謝罪する。そうそう、それで良いんだよギザミ……じゃなくて将軍。

 

「ですが、どうしましょう? これがある限り、撃龍槍も使えません」

 

 しかし、リアの言う通りなのも事実。このままぶっ放すのもありだが、威力は半減してしまうだろうな。

 

「急ぎ撤去を! 人を集めろ!」

「了解!」

 

 おや、有能だね将軍。働け働け、僕はここで見てる!

 

「本隊は?」

「間も無く到着すると聞いてます!」

「早いな。恐れ入る。彼らの力があれば、十二分に間に合うだろう」

 

 皆が慌ただしく動く中、総司令官殿とウケツケジョーが討伐部隊の本隊について話している。つまり、今は現行戦力でどうにかするしかないって事ね。……大丈夫かなぁ?

 

「……大丈夫、わたしたちは負けない」

『きゅきゃ~』

 

 大した自身ですコト。帰りを待つ人が居る奴は強いってか。それともハンターとしての信条か?

 

「俺たちもやろうぜ!」

「……ああ」

 

 おやまぁ、エイデンもウケツケジョーの相棒も働き者だねぇ~。……手伝わないよ?

 

「翼竜たちも連れて来ましたし、キャンプは高台に設置しました」

「地図も更新しないと……」

 

 ウケツケジョーが城の高台を指差し、リアが笑みで返した。仲間って感じじゃん。羨ましくなんて無いぞ。

 

「……ん!?」

 

 と、ウケツケジョーが何かを感じ取る。

 

「どうしたの?」

 

 リアが訝しんだ、その瞬間。

 

 

 ――――――ゴゴゴゴゴゴッ!

 

 

 突如、城全体が大きく揺れ、脆い部分が次々と崩れ始める。

 

「まさか!?」

 

 その揺れに、ウケツケジョーが確信した。野性の勘って奴か?

 ……そうだろう、そうだろうとも。奴が来るのだ(・・・・・・)

 

「馬鹿な! 早過ぎる! ……退避せよぉおおおおおっ!」

 

 将軍が叫んだ。彼の部下たちは直ぐに従い、いそいそと後退する。

 

「本隊はもうすぐ到着するんですよね!?」

「そうだ」

 

 地響きが続く中、エイデンが総司令官に尋ねた。

 

「勝算は?」

「勝算なんてとんでもない! 死なない程度に時間を稼ぐっス!」

「馬鹿な! 無謀過ぎる! 退避だ! 過ちは許されん!」

 

 元気良く応えるエイデンに、将軍が待ったを掛けた。

 

「必ず守れ」

 

 だが無視された。可哀想に(笑)。

 

「「………………!」」

 

 エイデンとウケツケジョーの相棒が静かに頷いた。

 

「急いでキャンプへ!」

「……ハッ!」

 

 その様を見届けたウケツケジョーとリアが、翼竜でキャンプに避難した。

 

「彼らを侮る事こそ、最大の過ち。私はそれを良く知ってる」

「………………」

 

 総司令官と将軍もそれに続く。

 

「アンタらは良いんスか?」

 

 この場に残った僕たちに、エイデンが質問してきた。……愚問だな。

 

「「「「………………」」」」

 

 4人共、黙って武器を構える。これ以上は聞くな、という事である。

 その時だった。

 

 

 ――――――グゴゴゴ……ドガァァアアアアッ!

 

 

 桟橋を突き破り、広場の壁をぶち壊して、天を衝く程の巨大な黒龍……ミラボレアスが出現した。本当に、絵本に出て来る邪龍(ドラゴン)そのものだな。

 

『グルルル……グルゴァオギャアアアアアアアアッ!』

 

 そして、僕たちを舐め回すように見遣った後、大地を揺るがす咆哮を上げた。開戦の狼煙が上がったのだ。

 

◆『分類及び種族名称:完全生命体=ミラボレアス』

◆『弱点:不明』

 

 

「いや~、こりゃあヤバいねぇ!」

「まさに神話の怪物だな」

「……問題無い。怪物なら殺せる」

「マジでやんなきゃ駄目なの?」

「ヤバ過ぎますわ」

「あー、逃げたい」

 

 全員、戦闘態勢に入る。半分くらい本音は逃げ腰だったりするけど、気にしたら負け。誰も逃がしゃしないよ~。

 

『キュルァアアアアアアアアッ!』

 

 さぁ、殺してやるぞ、避けられぬ死の運命(ミラボレアス)




◆ミラボレアス

 古の言葉で「運命の戦争」を意味する、伝説の古龍。過去にたった一夜でシュレイド王国を滅ぼしたと言われており、その力を完全に解放してしまえば世界は数日で焦土と化すともされ、語る事さえ禁忌となっている。その為、世間一般的には御伽噺の類でしかない。
 姿はまさに邪悪な黒いドラゴンと言った感じで、口から吐く爆炎で何もかも破壊し、焼き尽くしてしまう。縄張り意識が異常なまでに強く、自らの根城には草木の存在さえ許さない。ついでに殺したハンターの防具を胸部の熱で圧着させ、新たな外殻として纏うという、かなりの悪趣味を持っていたりもする。
 一説には異次元から現れる邪神とも言われており、かの龍が現れる時には上空に歪が出来るらしい。


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閑話:微笑みかけて消えていく

今回はアルメリア視点


 わたしはアルメリア・インフニティア。様々な名前を得ては変えてきた者。

 むろん、これ以上は変えるつもりなどない。この名はアイルによって取り戻せ、エメスと生きると誓い合った証だ。

 ……だから。

 

『グギャヴォオオオオオオオン!』

 

 その全てを奪い兼ねない、目の前のこいつは殺さねばならないのである。何故なら、これは運命の戦い(ミラボレアス)だから。

 

 

 ――――――ゴォオオオオオオオッ!

 

 

 突如、ミラボレアスが爆炎を吐いてきた。奴にとっては何て事も無い、溜め息のような物だろう。

 しかし、わたしたちにとってそれは、避けられぬ死の運命だ。

 

「散開!」

 

 ウケツケジョーの相棒(名前は「ノア」と言うらしい)が叫び、皆それに従い散る。刹那、射線上の石畳が沸騰して蒸発した。鉱物を気化させるとは、とんでもない火力である。

 だが、まだ終わりではない。ミラボレアスは続けて火球を何発も放ち、周囲をあっという間に火の海へと変えた。

 

「このっ!」

 

 と、上手く懐に潜り込んだベッキー(メラル)が、至近距離で散弾を放った。

 

 

 ――――――ガキガキガキガキン!

 

 

「嘘ぉっ!?」

 

 まるで通じてなかった。硬過ぎるだろ。

 

『ギャヴォオオオッ!』

 

 驚いて硬直するベッキーに、ミラボレアスが長大な尾を振り回す。

 

「はぁん♪」

 

 回復した。何でや。

 うーん、やっぱり徹甲榴弾ニティア。様々な名前を得ては変えてきた者。

 むろん、これ以上は変えるつもりなどない。この名はアイルによって取り戻せ、エメスと生きると誓い合った証だ。

 ……だから。

 

『グギャヴォオオオオオオオン!』

 

 その全てを奪い兼ねない、目の前のこいつは殺さねばならないのである。何故なら、これは運命の戦い(ミラボレアス)だから。

 

 

 ――――――ゴォオオオオオオオッ!

 

 

 突如、ミラボレアスが爆炎を吐いてきた。奴にとっては何て事も無い、溜め息のような物だろう。

 しかし、わたしたちにとってそれは、避けられぬ死の運命だ。

 

「散開!」

 

 ウケツケジョーの相棒(名前は「ノア」と言うらしい)が叫び、皆それに従い散る。刹那、射線上の石畳が沸騰して蒸発した。鉱物を気化させるとは、とんでもない火力である。

 だが、まだ終わりではない。ミラボレアスは続けて火球を何発も放ち、周囲をあっという間に火の海へと変えた。

 

「このっ!」

 

 と、上手く懐に潜り込んだベッキー(メラル)が、至近距離で散弾を放った。

 

 

 ――――――ガキガキガキガキン!

 

 

「嘘ぉっ!?」

 

 まるで通じてなかった。硬過ぎるだろ。

 

『ギャヴォオオオッ!』

 

 驚いて硬直するベッキーに、ミラボレアスが長大な尾を振り回す。

 

「はぁん♪」

 

 回復した。何でや。

 ……うーん、やっぱり体表を面に攻撃しても効き目が薄いようだなぁ。

 

「……ならば斬る!」

「「突く!」」

 

 わたしが斬り掛かり、ビスカとアリス(ヴリア)が槍で突いた。

 

 

 ――――――ガキャアアアン!

 

 

 弾かれた。だから硬いって!

 

『ゴゥゥゥゥ……ヴァォオオオオオオオッ!』

 

 と、ミラボレアスが爆炎で反撃してきた。今度は溜め息交じりとは違う、両翼の爪を地面に食い込ませて反動に備えた、殺る気満々の火炎ブレスだ。

 

「「シールド!」」「そい!」

 

 ビスカとアリスが咄嗟に盾を構え、わたしはその後ろに緊急回避する。あんなの、片手剣の盾でどうにか出来る代物じゃないよ。

 しかし、このミラボレアス容赦しない。直ぐ様、次のブレスを溜め始める。

 

「させないっスよ!」

「……ざけんじゃねぇぞコラァッ!」

 

 すると、エイデンと復活したベッキーの徹甲榴弾がミラボレアスの頭と腹に直撃、爆発した。流石に零距離で爆弾が炸裂するのは痛いらしく、ミラボレアスは攻撃を中断して仰け反る。

 

「はぁああああっ!」

 

 さらに、ノアがクラッチクローでミラボレアスの首筋に飛び付き、そのままグルグルと焦げ跡を抉りながら斬り抜ける。

 

「……ドラァッ!」

『グヴォァアア!』

 

 そして、その隙に真下へ滑り込んだわたしの一閃が胸部に決まり、漸くダメージらしいダメージを与える事に成功した。

 だが、戦いはまだまだこれからだ。奴は全く本気じゃない。

 

「……わたしは絶対に、生きて帰るんだ!」




◆ダークパラソル

 モンスター用の武器であると同時に対人用の暗器でもある、冗談みたいな黒い傘。見た目こそお洒落だが、ライトボウガンなので先端部から弾丸が吹っ飛んで来るし、何より材料がミラボレアスの翼膜である。きっと過去の英雄が手に入れたか、その最中に落ちた素材を使ったのだろう。


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閑話:立ち止まる時間は

今回はアリス(ヴリア)視点。


「ぐぉっ!」

 

 アタシ――――――アリス・イワン・ダラードは、ミラボレアスのテールスイングで吹き飛ばされた。ガードしても防ぎ切れない、凄まじく重い一撃である。

 

「アリス!」

 

 アタシがホームランされたのを見て、ビスカが叫ぶ。アタシの本名を言わないでくれているのは有り難いが、他人の心配している場合かよ。

 

 

 ――――――ゴヴォオオオオオオッ!

 

 

「くっ!」

 

 思わずと言った感じで駆け寄ろうとしたビスカに、ミラボレアスが爆炎を浴びせ掛ける。ギリギリで盾が間に合ったが、それでもかなりのダメージが貫通しているようだ。

 

「どりゃあああっ!」

『グヴァゥゥゥッ!?』

 

 しかし、更なる追撃はエイデンの放った滅龍弾によって中断された。

 

「くたばりゃあっ!」

 

 さらに、怒りに燃えるベッキーが、移動式速射砲でドカカカと、弾が尽きるまで撃ちまくる。ミラボレアスの外殻は、最初こそまるで刃が立たない強固だったものの、流石にこれだけ食らわせていると少しずつながら、傷付いていった。涙ぐましい努力とか言ったら殺す。

 

「フンッ!」

「でぁっ!」

『ギャヴォオオオッ!』

 

 そして、ノアが剣で斬り付け、アルメリアが盾でぶん殴って、更にミラボレアスが傷付いた。うーん、痛いよねぇ、あのパンチ。それと同等の威力を発揮しているノアとか言う野郎も、相当なパワーの持ち主だな。胸の辺りの甲殻が一部だけど砕けちゃったよ。

 だが、調子に乗っていられるのもそこまでだった。

 

『……グヴォァッ!』

「ぐぅっ!?」

 

 胸殻を砕かれた事がよっぽど腹立たしかったのか、急にミラボレアスがアルメリア1人に狙いを定め、傷口に押し付けたのである。

 

「ぐぁあああああ!」

 

 すると、傷口が朱色に燃え上がり、強烈な熱気がアルメリアを襲う。少しずつだが防具が融け始め、彼女ごと一体化しようとしていた。

 

『きゅあっ!』

『クァアアアッ!』

『ギャヴォァッ!?』

 

 しかし、完全に焼き付けられる前に、アイルの指示でシュレイドが龍属性ブレスを吐いて、ミラボレアスの右絵を狙撃。危うい所で、アルメリアは解放された。

 

『ホロロ!』『ケァッ!』

「……助かった!」

 

 さらに、ホロホルとハーケンが回復薬Gをぶっ掛ける。命拾いしたな、アルメリア。

 ……それにしても悪趣味な奴だな、ミラボレアス。あの胸殻、他の部位に比べて妙に脆いと思ったら、返り討ちにしたハンターを防具ごと焼き付けてたのかよ。マジで化け物だぜ。

 だが、鎧が剥がれているという事は、弱点が丸出しってこった。ぶっ貫いてやるよぉ!

 

「ビスカ!」

「ヴリア!」

 

 アタシとビスカは、殆ど同時に踏み出し、ミラボレアスの胸に突撃していた。どさくさに紛れて、遂に本名で呼びやがったな、テメェ!

 

『グルゥゥゥ……グギャヴォオオァアアアアアン!』

 

 と、胸を突かれたミラボレアスが特大の咆哮を上げ、何と空へ舞い上がった。まさか、逃げるつもりか?

 

「退いたんスかね?」

 

 その様を見たエイデンが、ポツリと呟く。

 しかし、

 

『きゅぁあああああああっ!』

 

 突如、アイルがけたたましく吠えた。まるで、今すぐ隠れろ、と言わんばかりに。

 

「……退け!」

 

 次いで、アルメリアが瓦礫を目指して走り出した。これはもう、嫌な予感しかしない。

 

『グルルルル……!』

 

 ほぉら、振り向いて口内に爆炎を灯してるよ、ミラボレアスが!

 

「アリス!」

「分かってるよ!」

「やばやばやば!?」

 

 もちろん、アタシたちも駆け出した。

 

「……はしゃぐのはまだ早いな!」

「走るぞ!」

 

 エイデンとノアも、走る走る。

 そして、全員が奴に背中を見せた、その瞬間。

 

 

 ――――――バヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

 

 

 ミラボレアスが、広場全てを呑み込む程の、とんでもない裂火炎を吐いてきた。




◆エイデン

 新大陸へ向けて派遣された、第5期調査団の陽気な推薦組。現大陸で「我らの団」の看板娘に現を抜かしていた「筆頭ルーキー」と同一人物でもある。お調子者な性格ではあるが、ギルドの特殊任務を担う程の実力者であり、古龍級生物処か古龍すら討伐出来る凄い奴だったりする。それでもやらかす時はやらかすが。
 実はモンスターによって故郷と両親を失ったという暗い過去を持っており、その後引っ越したティンデン村で師匠となる「ジュリアス(筆頭リーダー)」と出会い、様々な経験を経て今に至っている。


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閑話:夜明けがある限り

今回はビスカ視点


 視界いっぱいに広がる灼熱の世界。シュレイド城を焦土に変える程の蒼い爆風。

 飛翔したミラボレアスの吐き出す爆炎は、筆舌に尽くし難い威力を持っていた。

 

「くそっ!」

 

 全力で退避しながら、私――――――ビスカ・メルホアールは思わず悪態を吐く。

 だって、文句を言わずにはいられない。リオレウスの火炎放射やバゼルギウスの絨毯爆撃とは次元が違う。狩場全てを覆い尽くす焔なんて、リオレウス希少種やテオ・テスカトルだって無理だっての!

 ともかく、早く物陰に身を隠して、炎を遣り過ごさなければ……!

 

「くそぉっ!」

「なっ……!?」

 

 あ、間に合わないと見たエイデンが、ノアを押し退けて炎の海に消えちゃった。泣かせるじゃないの。

 いや、他人に構ってる場合か。このままだと私たちまで同じ運命を辿っちゃうから!

 ……こうなったら、

 

「「「えい」」」

「ゑ!?」

 

 私とアリス(ヴリア)、アルメリアは、誰よりも先を行くベッキーを捕まえると、迫り来る炎に向かって構えた。私が傘と盾を広げ、アリスとアルメリアがベッキーを横に持つ形だ。これぞ文字通りの肉壁である。

 

「あぶりがぼだびにぶへぶきぬみすごらりあもえぬりあかんもうだめちまんそこそこでいやん……へもはぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 殆ど無防備の状態で炎の渦に晒されたベッキーは、思ったよりも耐えた後、汚い花火になって消滅した。

 

「「「よし、乗り切ったな!」」」

「おい、仲間じゃないのかよっ!?」

「「「全然」」」

 

 ノアが心底驚いてるけど、そんなの知らんなぁ。そもそも、こんな奴は仲間でも何でもないし。元々殺す予定の犯罪者なんだから、私たちの役に立てて感謝するべきでしょ。

 

「それよりほら、エイデンまだくたばってないよ?」

「言い方! ああ、もう良いよ!」

 

 追及されるのも面倒なので、何か瀕死で生き延びたエイデンにノアの注意を向かわせる。大切にしてやれよ、仲間だろ?

 

「大丈夫ですか!?」

「エイデン!」

 

 おっと、キャンプからウケツケジョーとリアが翼竜に捕まって飛んで来たぞ?

 

「……えっと、他に何かあったの?」

「いや、それより報告があるんじゃないのか?」

 

 リアが訝し気に私たちとノアを交互に見ているが、ノアに促されて止めた。そうだよ、裏方がわざわざ狩場に出て来たんだから、よっぽど大事な報告なんでしょうね?

 

「連絡2点!

 1つ! 移動式連射バリスタ、防護壁、撃龍槍、使用可能! 時が来たら、上手く利用して下さい!

 1つ! 討伐本隊到着! 援護に入ります!」

「ははは……っ!」

 

 ウケツケジョーの齎した吉報に、皆思わず笑みが零れる。

 

「この人は任せて……!」

「今、ここに居る存在は現実です! 現実である以上、必ず討伐出来ます!」

 

 それから、ウケツケジョーとリアはエイデンを抱え、翼竜で撤退して行った。

 

「王国騎士団、援護に入る!」

「うふふふっ、これは良い狩場ね!」

「初陣がこれはキツいでしょ!?」

「頑張るっスよ~!」

「………………」

「!」

「ドハハハハ! 久し振りに暴れるかぁ!」

「バハハハハ! 殺ったろうぜぇ兄弟ぃ!」

 

 さらに、ヒンメルン山脈の向こうにある王国の騎士団や、ドンドルマに雇われた凄腕のハンターたちが、次々と援護に駆け付ける。まさに、ここからが本番って感じだ。

 

『ギャヴォォオオオオオオオオッ!』

 

 まぁ、それはミラボレアスも同じようだが。折角、邪魔者を排除したと思ったのに、増援が湧いて出て来たんだからね。すっかりと逆鱗に触れてしまい、ミラボレアスの身体が紅に染まる。灼熱の溶岩が全身に血走っているかのようである。

 あれが、ミラボレアスの怒りの姿か。

 

 

◆『分類及び種族名称:究極完全生命体=ミラバルカン』

◆『弱点:不明』

 

 

 だが、私たちに「撤退」の二文字は無い。

 さぁ、一狩り行こうぜ!




◆ミラバルカン

 ミラボレアスの怒れる姿。断片的な資料によれば、獄炎の大地に降り立ち、世界に終末の時を齎す存在として語られ、その怒りは大地を震わせ、天をも焦がし、世の空を緋色に染め上げると言われている。
 しかし、たった一例だけ、それすらも上回る存在が居るという伝説が残っているらしい……。


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翼を下さい

『ゴギャヴォァアアアアアッ!』

 

 怒れる邪龍「ミラバルカン」が、雄たけびを上げながら襲い掛かってくる。さっきまでとはまるで違う、殺意剥き出しの突進だ。

 

「散開!」

 

 アルメリアが叫び、全員が散らばる。

 

 

 ――――――ドゴォオオオオオオン!

 

 

 そして、ミラバルカンが着地すると同時に地面が爆発……否、噴火した。高熱で沸騰した鉱物が矢継ぎ早に炸裂しているのだ。おかげで奴の周囲が湯立ち、溶岩のようになっている。これが怒れる邪龍の力か!

 しかし、それしきの事で逃げ出すような奴は、この場に居ない。

 

「どらぁああああっ!」

「てぁあああああっ!」

 

 アルメリアと、王国騎士筆頭――――――フィオレーネが跳躍し、ミラバルカンの胸部に盾を叩き込む。凄まじい轟音と爆発が起きて、ミラバルカンがよろけた。どんな馬鹿力だ貴様ら。

 

「アハハハハハハッ! 気ン持ち良いィイイイイ!」

「ルーチカさん、頭は大丈夫ですか!?」

「黙れ! ぶっ殺すわよ!」

「ごめんなさい!」

 

 さらに、王国騎士でも実力者であるルーチカ(♀)とジェイ(♂)が、弾幕の雨あられと滅多斬りを食らわせた。

 

「ドハハハハハ!」

「バハハハハハ!」

「「オレたち、無敵のヘルブラザーズの力、たっぷりと味わいなぁ!」」

 

 そして、アグナ系統のヘビィボウガンをぶっ放す、「ヘルブラザーズ」こと赤鬼と黒鬼。まさに有名な凄腕たちのバーゲンセールである。他にも実力者がチラホラ居るし、これで安心……とはいかないんだろうな。何せ標的はミラバルカンだ。油断して良い相手じゃない。

 

『ゴァアアアアアアヴォォォッ!』

 

 すると、更なる怒りに燃え上がったミラバルカンが、口から光線(レーザー)を吐いてきた。超高熱の炎を集束し、ビームとして放っているのである。

 

「あぐっ……!」

「ヴリア!」

 

 この一撃でアリスは左腕が蒸発して、避け損ねたハンターや騎士たち、ガーディアンズが大気に還った。……化け物め!

 

『キェアアアアアッ!』

 

 と、シュレイドが怒り狂いながら、ミラバルカンに突撃した。

 

『きゅあ……』

 

 見ると、ハーケンが右半身を失って死んでいた。きっと、シュレイドを庇って被弾し、焼かれたのだろう。シュレイドが激昂するのも仕方がない。

 だけど、駄目だ、シュレイド! 怒りに任せて勝てる程、ミラバルカンは甘い相手じゃない!

 

『ギャヴォァッ!』『ギッ……!』

 

 案の定、シュレイドは蠅の如く、ミラバルカンの尾に叩き落された。

 しかも、ミラバルカンは熱を集中させ、真下からバーナーしようとしている。僕の脚なら駆け寄る事は出来るが、直後に諸共お陀仏だろう。

 くそっ、この翼さえ、開けていれば……!

 

『……キュァアアアアアアアア!』

 

 否、やるしかないんだよ、馬鹿野郎!

 開け、開け、開け、開け、開け、開けぇっ!

 

 

 ――――――バサァッ!

 

 

『………………!』

 

 がむしゃらに走り、シュレイドを咥えた所で、遂に僕の翼が開いた。都合が良いとか、理由なんて、どうでも良い。

 ……僕は飛べる、飛べるぞ!

 

『キェアアアアッ!』

『ゴヴァアアアッ!?』

 

 さらに、僕は飛翔した勢いのまま、ミラボレアスの眼前に近付き、奴の右目に尻尾を突き刺してやった。もちろん、古龍すらも殺す猛毒を流し込んでやったよ。失明は免れない。今まで散々僕の大切な物を奪い、今もまた奪い取ろうとした、悪者への罰だ、クソ野郎!

 

「くたばりやがれぇっ!」

「このクソッタレがぁ!」

 

 その上、ノアが撃龍槍を、アリスとビスカが移動式連射バリスタを使い、ミラバルカンを文字通り蜂の巣にする。

 ざまぁみさらせ! これが「英雄の証」って奴だ!

 

『……ヴゴギャァヴォァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 すると、怒髪天をぶっ貫いたミラバルカンが、命の焔を大炎上させた。名実共に最終形態らしいな。

 

 

◆『分類及び種族名称:根源破滅天魔神=ミララース』

◆『弱点:存在せず』

 

 

 さぁさぁ、終わらせてやるよ、クソ野郎が。僕たちの戦いは、これからだ!




◆ミララース

 ミラバルカンの怒りが天元突破した最終形態にして、文字通りの憤怒の炎で全てを滅ぼす「赤き伝説」。彼の者が永い眠りから目覚めた時、運命は解き放たれ、世界に真なる終焉が到来すると言われている。
 ここまで来ると最早生物の概念を完全に超越しており、神の如き怒りを身に纏い、灼熱の紅炎と深緋の流星を以って全てを灰燼に帰してしまう。


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悲しみはもうない

次回、最終回!


「撃てぇ!」

 

 

 ――――――ドン! ドドン! ズドドドン!

 

 

 覚醒したミララースに、空から大砲が撃ち込まれる。龍識船を筆頭にした無数の飛行船が援護に駆け付けたのである。凄まじい火力が釣瓶撃ちされ、次々とミララースに着弾していく。大型モンスターはおろか、古龍でさえも粉微塵に出来る程の威力はある。

 だが、相手はミララース。この程度では死なないだろう。

 

 

 ――――――キィイイイイイイイイイインッ!

 

 

 それ処か、ミララースはとんでもない反撃をして来た。背中の棘から無数のビームを乱射したのだ。お前、それでも生物か!?

 

『ギャヴォオオオオオッ!』

 

 しかも、口や尻尾の先端からもビームを発射。ついでに流星群まで降らせ、龍識船をも撃墜した。大破こそしてないが、暫くは飛べまい。他の飛行船に関しては……考えない方が良いだろう。

 そして、その脅威がこちらにも向いてきた。

 

「ぎゃあああっ!」

「ぎぇえええっ!」

「ぶげぁああっ!」

 

 大地から噴き上がるマグマ、ビームと隕石の雨あられが、討伐部隊を次々と血祭りに上げる。防護壁も一時凌ぎにしかならず、直ぐ様溶断されて蒸発した。

 

「だりゃああっ!」

『ギャヴォァッ!?』

 

 しかし、ハンター側もやられっぱなしではない。アリスから託された「蛇槍【ヴリトラ】」を構えたビスカが突撃し、猛毒を注ぎ込む。

 すると、一瞬だけビームが火炎に戻り、ミララースも少しだけ怯んだ。……やはり、こいつの弱点は毒と龍属性か!

 だが、どうやって伝えれば――――――、

 

「全員、毒を持て! 無い者は龍属性の武器を使用しろ! それが奴の弱点だ!」

『………………!』

 

 間を置かず、アルメリアが僕の気持ちを代弁した。流石は僕のチームメイトだぜ!

 よーし、殺せ殺せ、ぶっ殺せぇええええええええええええええええええええぇっ!

 

「食らえ!」

「死ねぇ!」

「くたばれ!」

「王国の名の下に!」

「ぶち抜くわよ!」

「オレの筋肉を食らえ!」

「ドーッハッハッハッ!」

「バーッハッハッハッ!」

 

 アルメリアを筆頭としたハンターと騎士たちの猛攻が入る。周囲からも毒弾や滅龍弾が撃ち込まれていく。皆が皆、決死の覚悟で挑んでいる。

 

『キュアアアアッ!』

『ケァアアアアッ!』

『ホロロロロァッ!』

 

 むろん、僕たちも劇毒と龍属性ブレスを叩き込む。ホロちゃんでさえ攻撃に参加し、ダメージに貢献している。まさに全力全開全身全霊の特攻劇である。

 

『グヴァァァヴォオオオオッ!』

 

 しかし、これだけの連撃を受けても、ミララースは斃れない。確かに毒と龍属性が効き、全身に傷が付いて、マグマの血が噴き出しているが、まだ生きているのだ。正真正銘の化け物だな!

 

「舐めんじゃないわよぉおおおっ!」

 

 と、墜落し動けない筈の龍識船が突っ込んで来た。浮力に使うガスを爆発させ、それを推進力にしたのであろう。血だらけの竜人族の女性が、物凄い形相で舵を取り、ミララースを撥ね飛ばした。龍識船は完全に大破したが、ここでひっくり返せたのは大きい。

 

『グギャヴォオオオオオッ!』

 

 いよいよ死が近付いて来たからか、ミララースがやたらめったらに火を吹いた。

 だが、さっきまでのビームの面攻撃に比べれば遥かに隙だらけだし、威力もずっと劣っている。僕たちを止めるには、まるで火力不足だぞ!

 

「……使え!」

『きゅあっ!』

 

 アリスがありったけの龍滅弾が詰まったポーチを投げ渡してくれた。ベッキーが持っていた物だろう。有難く使わせて貰うぞ!

 

『クェアアアアアッ!』

 

 シュレイドも道を切り開いてくれている。彼の龍属性ブレスで風穴を開けられてしまう程、ミララースの炎は弱火になっていた。

 ……さぁ、殺される覚悟は出来ているか、ミララース?

 答えは聞いてない!

 

『キュルァアアアアアアッ!』

『グギャヴォオオオオオッ!?』

 

 そして、龍滅弾ごと噛み付いた僕の毒牙が、ミララースの左目に死の劇毒を送り込み、

 

『ギギャアアアォァアアアアアア……ガァァ……グォ……ッ!』

 

 遂に奴は斃れた。バタリと倒れ、ピクリとも動かない。命の灯が消え、元よりも更に黒ずんだ色になっている。

 そう、僕たちはやったのだ。

 

『キャォオオオオオォンッ!』

 

 僕の雄叫びと共に、全員が歓声を上げた。




◆龍識船

 龍歴院が開発した巨大な移動要塞。「龍識船」「飛行商船」「集会酒場」の三つが連結した飛行編隊でもあり、食料や高度の問題でそれまで調査が出来なかった秘境を探索する目的で建造された。出来た当初こそ急拵え感が拭えない代物だったが、数々の修羅場を乗り越えた末に、バルファルクとも戦える程の空中要塞と化した。
 酒場のマスターとその相棒は過去に鏖魔ディアブロスと一戦交えた事があるが、それが原因で現役を引退する破目になったらしい。
 今回の戦いには商船仲間や現役時代の友人などに声を掛け、大船団で奇襲を掛けたが、流石に伝説の紅龍(しかも最終形態)相手には敵わず、手傷を負わせるに留まった。
 ちなみに、あんな目に遭ったものの、何と相棒共々生還していたりする。女は強し。


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最終話:翼はためかせ

あっさりと終わり♪


 あれから時は流れ、

 

「……行くのか?」

『きゅあっ!』

「そうか……」

 

 僕は西の都:ヴェルドにさよならバイバイして、旅に出ようとしていた。行先は新大陸で、理由は何となく。折角自力で飛べるようになったんだから、自由気儘に旅をしたって良いじゃないか。

 

「……何時でも帰って来なよ。エメスと()も待ってる」

 

 ちなみに、アルメリアは妊娠……いや、出産間近になっている。何ならミラボレアス戦の時点で6ヵ月を過ぎていたらしい。筋肉の鎧が分厚過ぎてお腹が膨らまなかった為、全然気付けなかったんだとか。化け物かよ。

 

『クェエエエエン!』

 

 おう、お前も元気にやれよ、シュレイド。ハーケンの遺した雛たちの世話、サボるなよ。

 

『きゅぁあああん!』

 

 それじゃあ、今度こそさらば~♪

 僕はすっかり使い慣れた己の翼を広げ、大空へ飛び立った。う~ん、気持ち良い。やっぱり自前の翼で飛ぶ空は素晴らしいね。眼下の景色が小さ過ぎて、人がゴミのようだ。

 そう言えば、アリス(ヴリア)とビスカはちゃんと仕事をしてるかねぇ~?

 

「……何か誰かに噂されてる気がしますわ」

「どうした、移植した目と腕が疼くのか?」

「ぶっ飛ばしますわよ?」

 

 アリスはミナガルデへ戻り、ビスカはココット村に帰った。偶にビスカがミナガルデに出向いて、アリスからクエストを受注している模様。

 余談だが、アリスの失われた左腕は、不都合かつ不自然に残ってしまったベッキー(メラル)の左腕を移植している。時折疼くらしいので、呪われているのかも。本当に生き意地汚い死に損ないだなぁ、あいつは。

 ああ、そうそう、ベッキーと言えば、替え玉を用意してドリスちゃんに宛がってあるから安心してくれ。どうせ誰も中身なんて気にしないんだから、顔さえ一緒なら良いんだよ、それで。

 あと、どうでも良い事だけれど、新大陸組は帰りの便で遭難したらしい。

 正確には、彼らに因縁のある冰龍「イヴェルカーナ」の一個体が、わざわざ現大陸へ追撃してきて、飛行船を襲撃したそうな。

 大体の面子は無事だったそうだが、ウケツケジョーが投げ出されて行方不明なんだとか。カムラの里にでも落っこちたんじゃないの?

 あそこ、モンスターが大挙して押し寄せる「百竜夜行」という災禍に何度も見舞われ、最近は小賢しいディアブロスやゴシャハギなんて変なのがいっぱい居るみたいだから、食われて死んじゃってるかもね~♪

 

『きゅぁ~♪』

 

 いや~、しかし色々あったなぁ、ここまで。アルビノのガブラスに転生した時はどうしたもんかと思ったけれど、何だかんだでシュレイドの皆の仇を取れたし、自分の翼も手に入れた。

 僕を縛り付ける物は、もう何も無い。

 

『きゅるぁああああああん!』

 

 ――――――さぁ、行こう……悲しみの無い自由な大空の果てへ!




◆アイル

 ミラルーツの悪ノリでアルビノなガブラスに転生させられてしまった、世界一不幸な美少女。生前はシュレイド王国の城下町に住んでいたアルビノな女の子で、引きこもりが故に裁縫を始めとした様々な創作業で才能を発揮し、王族にも気に入られていた。
 しかし、ある日現れたミラボレアスによって故郷諸共滅ぼされた為、世界中の誰よりも黒龍を憎んでいる。
 そして、現代において復讐は果たされ、晴れて自由の身となった。


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