千を束ねる太陽 in GGO (恒例行事)
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紅い死神

 

 VRMMOFPS、ガンゲイル・オンライン。

 

 アメリカの企業が運営するゲームであり、古今東西ありとあらゆる銃のデータが入っており、好みの銃を扱いフルダイブ状態で撃ち合う事が出来るガンマニアの夢。サービス開始からまだ半年程度しか経過していないにも関わらず、『プロ』が存在しており、RMTが認められている事からそれで生計を立てる人物までいる。

 

 その中で。

 プロでもない、ゲームに対するプレイ時間も少ない。

 しかしその実力は生半ではなく、公式大会に出場すればベスト4は確実とすら言われるプレイヤーがいた。

 掲示板でその噂は囁かれ続け、しかし決して公式の場に姿を現わさない事から『運営の仕込んだデータじゃないか』とすら言われるプレイヤー。

 

 紅を基準に染められた制服姿で時折現れては鼻歌交じりに敵を倒していくその姿が、『紅の死神』と恐れられていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「伝説のプレイヤー……?」

「ええ。と言っても、噂話でしかないけどね」

 

 荒野を歩きながら、黒光りする自慢の愛銃を撫でつけつつ女性──シノンは語る。

 

「サービス開始初期から時折掲示板に出てくるの。『紅い制服を着た女アバターに狩られた』って」

「女性アバター……って言っても、このゲームじゃ信用ならないだろ」

「……そうね」

 

 隣を歩くアバターはまるで女性にしか見えないが中身が男性な事を思い出し、シノンは蔑んだ目で睨みつけた。

 なんだかんだアクシデントがあったことは忘れていないのだ。

 

 それを思い出したのか隣の男性(・・)────キリトは慌てて話を戻した。

 

「あっ、そ、それでなんだったっけ?」

「…………曰く、『銃弾を避けられた』らしいわ。距離武器種威力奇襲──そのどれも関係なしに、まるで見えてるかのようにね」

「……銃弾を避けるなんて現実的じゃない」

「…………もう突っ込まないから」

「いや、だってさ。その話が本当だったとしたら、死角から撃たれるような弾すら避けてるんだろ? それはもうだって、プレイスキルとかそういう次元じゃ…」

「まったくその通りね。だからあくまで噂なのよ、『紅い死神』なんて名付けられるような都市伝説ね」

 

 隣を歩くキリトも十分お化けだが──と喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、シノンは話を続けた。

 

 まだシノンは見たことがない。

 だが、公式大会であるB.o.B(バレット・オブ・バレッツ)で一桁台にランクインしたことのあるような実力者が以前SNSで発言したことがあった。

 

『スコードロンをたった一人の少女に壊滅させられた』、という発言。

 それは決して訂正される事は無く、確かに壊滅したという現場に向かえばそこにはスコードロン一つ分の大量のドロップ品が散らばっており、その報告を知った数多のプレイヤーたちに根こそぎ奪われていったという悲しい事件があった。

 

 その後そのプレイヤーは自信を失い公式の場から姿を消したが……

 

「とにかく、噂だけじゃないのよ。あいつは確かにそれなりに強い奴だったし、そんな風に嘘をつくような奴でもない。その都市伝説が本当かどうか、確かめてみる価値はあると思わない?」

「……それで、当ては?」

「……今から探すのよ」

「途方もねぇ……」

 

 キリトは現在とある使命の元にこの世界に来ている。

 普段はアルヴヘイム・オンライン(ALO)という世界を中心にゲームをしており、FPS畑出身ではない彼にとって銃の撃ち合いは苦手なものがあった。

 装備しているたった一つの剣こそが彼のメインウェポンである。

 火薬と硝煙の世界で剣だけ? 

 シノンは呆れかえったが、その戦闘と強さに目が飛び出る程驚愕したのもまた、事実。

 

 もしも都市伝説の女が存在するのならきっと──この男と同じくらいデタラメなんだろうと思いつつ、シノンは歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 ガンゲイルオンラインにログインするおよそ三十分前の事だった。

 

 掲示板に何か情報がないかと検索しつつ、周囲を警戒していた彼女はとあるスレッドで手を止めた。

 

(【紅い死神】の目撃情報求──少しだけ伸びてる。釣り?)

 

 難しい顔をしつつ、そのスレッドに手を触れる。

 掲示板文化という既に若者が離れたネットの深層に入り浸る層とは少し違い、とにかく検索エンジンで同じ単語を入力し続けた結果インターネットの掲示板に辿り着いたシノンは既に複数回釣りスレッドに釣られており、その度に苛立ちと怒りを滲ませつつ最速でバックスペース連打(スマホの為正確には違うが)をする癖があった。

 

 今回もどうせ釣りだろうと予防線を張りつつ、スレッドから離れる準備をしてから飛び込んだ。

 

 

 

【急募】紅い死神の詳細【リベンジ】

 

 

1:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:00:06 ID:K96HuzJRb

 俺のレアドロ銃奪われた、絶対に許さねぇ

 誰か情報くれ、やられたのはついさっきだからまだ間に合う筈

 

2:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:03:04 ID:pDrK/8asI

 なんだこのクソスレ

 

3:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:06:44 ID:cPL+FyjyD

 夏休みだしキッズが立てたんやろなぁ

 風物詩やね

 

4:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:10:44 ID:K96HuzJRb

 いやマジなんだって! 

 ついさっきスコードロン丸ごとやられたんだよ! 

 

5:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:14:42 ID:DifiJHIeo

 スコードロン丸ごとってのが釣り針としてめっちゃデカくていいな

 暇だし付き合ってやるよ

 

6:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:17:53 ID:K96HuzJRb

 ありがてぇ、仲間みんな萎え落ちしちゃったから俺しかいないんだよね

 ボスのLAで手に入れた貴重な奴だからマジで取り戻したい。情報求む。

 

7:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:20:41 ID:LioQLrPBg

 と言っても都市伝説のアレだろ? 

 いやまあ実際にやられたっていうなら都市伝説じゃないわけだが

 

8:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:24:02 ID:Fev1kkdAR

 釣り乙。

 あんなの運営が用意したチートアカウントだから

 

9:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:27:04 ID:wc0lVRkxV

 それを運営が否定してるンゴねぇ……

 

10:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:30:27 ID:1YpU8X6HM

 じゃあやっぱ存在自体が嘘っぽいよな。

 弾丸躱すとかどんなステータスしてんだよw

 

 

 

 

(…………何も無さそう)

 

 日付は八月。

 彼女がメインウェポンとなる愛銃を手に入れるより前のスレッドであり、とっくに落ちているものだった。

 大した騒ぎになってないのならきっとこれも釣りだったのだろう、そう思いながら最後まで適当にスクロールして──ふと、目が止まった。

 

『拳銃一本で全員やられた』。

 そう言えばだれもかれもが口を揃えて言うのはこれだった。

 このGGOというゲームに於いて拳銃のみでスコードロンを壊滅させるのは夢物語と言っていい。

 射程の長さ、遮蔽物の多さ、爆発物の多さ、ステータスの高さ。

 そもそも拳銃の火力では届かない距離が多すぎる。

 それこそ、剣で戦っているキリトのように、異次元の強さを持っているからこそ接近戦が通用するパターンもある。

 

「……もしこれが本当なら、B.o.Bに出ても優勝余裕ね」

 

 第一回B.o.Bを制覇した人物のような怪物ならば、きっとそれは可能だろう。

 だがこの紅い死神は少女のアバターであり、噂通りならば公式大会に興味すらない筈だ。

 強さを誇示する訳でもなく、お金を得る訳でもなく、ただただ通り魔的にログインしてスコードロン一つを単独で刈り取っていくプレイヤー。

 

 そんなものが実在するのならば────それは、悪夢と言って差し支えない。

 

 そしてそんな悪夢は今、シノンの身近な場所にもいる。

 

 剣一本で銃弾を弾き肉薄し、敵を斬り裂くある種の到達点。

 

 そんなのが実在するのだから。

 もしかして、本当に紅い死神は実在するんじゃないかって。

 彼女はなんとなく、なんの根拠も無いのに、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「──ノン……シノン! 聞いてる?」

「っ──……ごめんなさい、ちょっと考えごとしてた。なに?」

 

 我ながら愚かな考えだと思いつつ、どうしてもその存在を否定しきれなかった彼女は、ログインした際にキリトを誘って探しに行くことにした。特に当てもなくブラブラと荒野を歩くだけの旅になったが、実際噂の死神も似たような行動パターンなので理にかなっていると言える。

 たかが三十分でその法則性を導き出せるなら、とっくに死神の正体は衆目に晒されているのだ。

 

「いや、それがさ。前の方で戦闘起きてるっぽいんだけど」

「……確認する。取れそうだったら取るわ」

 

 漁夫の利は基本。

 この広大な世界で隙を晒す方が悪い。

 スナイパーとして息をひそめ、時に狩られる事もあるシノンとしてはその鉄則が身に染みついていた。

 

「私は高所──……そうね。あそこの高台とるから、貴方は状況見ながら前に出て行ってもらっていいかしら」

「わかった。援護頼むぜ」

「任せなさい」

 

 手早く分かれたところでシノンは足を動かし、周囲に人影がない事を確認しつつ岩で生成された高台へと辿り着いた。

 

 確かに銃声は聞こえるが、その量は少ない。

 スコードロン同士がぶつかるような大規模な戦いではなく、個人同士での戦いの可能性が高まった。

 

 愛銃──ウルティマラティオ・へカートⅡ。

 対物ライフルであり偶然の縁で手に入れたレアドロップ品。

 いくら金を積まれてもこれだけは手放さないと決めている彼女にとって、この銃を握っている時は相手を必ず撃ち抜くと覚悟するときでもある。

 

 たとえプレイヤー同士での戦いだったとしても、この世界は弱肉強食。

 わかりやすい場所で戦闘をしたそちらが悪いと一方的に押し付けて此方が漁夫の利を得る。

 

「ごめんなさいね。そして、ありがとう」

 

 寝ころび狙撃体制を整えた彼女はスコープに目を通す。

 銃のマズルフラッシュが光った場所に狙いを定め、向こうの状況と数を数えようとした。

 

 そこで生じた違和感。

 

(……一人?)

 

 廃墟と遮蔽物があるにも関わらず、そんなもの知らないと言わんばかりの態度で戦場の中央を歩く一人の少女アバターを見つけた。

 

 金色がかった白髪に紅い制服。

 鼻歌でも歌ってそうな呑気な表情で、横断歩道を渡る様にゆっくりと闊歩する少女は、明らかに銃撃の雨に身を晒していながら無傷だった。

 

(マズルフラッシュはある。撃たれてる。それも正面から)

 

 胸が僅かに高鳴った。

 

 僅かに身を動かして、本当に紙一重で躱しているかのように見せながら少女は歩く。

 

 相対しているプレイヤーの数はおよそ五人。

 きっとそれだけじゃない。

 シノンの直感が囁く。

 あの少女は普通ではない。

 ARを正面から撃たれ続けれそれを歩きながら避けて前に進み続けるなんて、彼女の知る限り最強の剣士ですら難しいだろう。

 

 引き金に指をかけたまま、その動向を見守る。

 

『──シノン? こちらキリト、結構近付いたけど今どんな感じ……』

「……噂をすればなんとやら、って奴ね」

『……シノン?』

「気を付けて。貴方の目の前にいる少女は多分、噂の【紅い死神】よ」

 

 スコープの中では一方的な殺戮が起きていた。

 怯え叫びながら乱射するもその全てを身を一捻りするだけで避けられ、身体に数発拳銃を叩きこまれる男性アバター。

 武器の能力差など何も関係がない。

 プレイスキルなんて生易しいものでもない。

 目の前で撃ち続ける弾を避けながら歩いてくるのなんて恐怖でしかない。

 

 浮足立つ心を納めて、シノンは深呼吸をした。

 

(一発で決める。奇襲に対応したなんて話もあるけど、流石にこの距離でこの銃なら……)

 

 ゲーマーとしての心は捨てて、狙撃手としての冷徹な心を呼び覚ます。

 今この瞬間彼女は一端の狙撃手と成る。

 呼吸の一つも揺らさず、ただ淡々と敵を撃ち抜く一つの狙撃銃。

 人を撃ち殺すには過剰すぎる火力を有した愛銃に指をかけて、その瞬間を待つ。

 

 スコープ越しでは既に虐殺は終焉を迎え、落ちたドロップアイテムに目線すら向けず件の少女が背中を晒しているところだ。

 

 絶好のチャンス。

 噂や都市伝説とした語られない存在を撃ち抜く、生涯にもう一度訪れるかもわからない伝説の機会。

 

 その心臓部分に狙いを定めた。

 

(────撃ち抜け……っ!?)

 

 引き金を引こうとして──こちらに振り向いた少女と目が合った。

 

 あり得ない。

 この距離で気が付くわけがない。

 チーター? 

 噂通りの強さだとしたら。

 いや、この距離で音も出してない狙撃手に気が付く原理が不明。

 

 シノンの頭は一瞬にして混乱し、そんな訳は無いと判断する現実的な部分で反射的に、狙いが僅かにブレた引き金を引いた。

 

 ────バァンッッッ!! 

 

 大音量と共に射出された銃弾は瞬く間に目標の少女目掛けて飛来する。

 その速度はとてもではないが肉眼で捉える事など出来ない程の速度。

 ゲームの中だからこそシノンは反動を抑えられているが、これが現実世界ならば、その反動でまるごと身体が後ろに吹き飛んでいてもおかしくないだろう。

 

 そのエネルギーを籠められた弾丸が迫りくるのを、少女は目で捉え(・・・・)──首を捻って回避した。

 

「────うそっ!?」

 

 慌ててもう一度スコープを覗き込むが、既に少女は走り出していた。

 

 たった一度の射撃で場所を悟られた。

 それはしょうがない、打ち漏らせばよくあることだ。

 ただ、それに対して正面から突っ込むなど自殺行為も良い所。 

 狙撃手に対して喧嘩を売っている行動だった。

 

「上等……!」

 

 動揺した心を落ち着かせて、キリトから来る無線も無視して、その挑戦状を受け取った。

 

「私が撃ち抜くのが先か、あんたの脚が先か────勝負よ…!」

 

 

 



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紅い死神:【Chisato】

 

 ──当たらない。

 引き金をどれだけ引いても狙いを定めても、その身体に触れる事は敵わない。

 金色がかった白髪を腰辺りまで(・・・・・)まで伸ばした少女が足を止める事は無く、全ての軌道が読まれているのかと疑う程だった。

 

 確かにラインが見えていればそれは出来なくはない。

 だが此方の得物は対物ライフル。

 ただの自動小銃ではない。

 人ではなくモノを壊す事に特化した最大火力の武器だ。

 これは決して人に向ける武器ではなく、その速度もすさまじい。

 ゲーム内での補正もあり、それは決して『見てから回避』を可能とするようなものではない筈なのだ。

 

 なのに。

 

 それなのに、当たらない。

 

「~~~っとに……化け物じゃないの?」

 

 位置も変えながら銃撃戦に移行してからおよそ五分。

 シノンは公式大会でも結果を残す実力者である筈なのに、全く無名の少女に追い詰められていた。

 

 既に狙撃銃が威力を発揮する距離感ではない。

 

 彼女の手に持ったサブウェポン、ロングマガジン仕様のグロック18を頼りなく握り締めて偶然見つけた廃墟に逃げ込んだ状態である。

 

 背後の狙撃手にすら気が付き、正面からの狙撃を堂々と回避する化け物に勝てるわけがない。

 剣で弾くとか、そういう事すらしない。

 必要最低限の身のこなしで弾丸を回避する相手なんて初めてだ。

 

(都市伝説に偽りなしね)

 

 それでもシノンは諦めていない。

 相手が近距離戦闘に長けている事など百も承知だ。

 狙撃手がこの距離に追い込まれた時点で負けと言っても良いだろう。

 銃の腕が悪かったならば自責する事が出来たし、立ち回りが浅かったのなら経験不足を呪った。

 

 そうではなかった。

 

 シノンなりに最適解を導き出し、その実力は発揮されていた。

 

 悪かったのは相手だ。

 身のこなしが素人ではない。

 スコープの中で時折軍隊じみた動きを披露していたのを視認していたシノンは、そもそも喧嘩を売っていい相手では無かったのかもしれないとまで思い始めていた。

 

「…………来るの、随分早いわね」

 

 ジャリ、と。

 僅かに砂を踏みしめる音が聞こえた。

 入口は開いたままであり、シノンは朽ちたテーブルに身を隠している。

 

「ふんふんふふーん」

(本当に鼻歌うたってるし……)

 

 ここまで来たら笑えてくる。

 自分はとんでもない奴に手を出してしまったのと同時に、世界は広いと実感して。

 

 少しは彼女を知ってみたいと思ったシノンは、場所がバレることも厭わずに声を出した。

 

「──ねぇ、【紅い死神】さん。あなた何者?」

「え、珍し。女の子の声じゃん!」

 

 明るい声だった。

 それもかなり嬉しそうである。

 シノンは思わず変な顔をしてしまった自覚を持ちつつ、それをなんとか元に戻して会話を続けた。

 

「……あなたもでしょう?」

「いやいや、このゲームやってて初めて出会ったかも。なんかいつも行く先で男の人にしか会わないんだよね~」

「そりゃまあ……そうでしょうね。このゲーム女性人気ないし」

「あはは、やっぱりそうか。普通の女の子は銃バンバン撃ち合うのなんて得意じゃないしね」

 

 それじゃあ貴女はなんなのと出掛けた言葉を必死にこらえて、会話にのってくれている事実に驚きつつもシノンは口を開く。

 

「【紅い死神】なんて呼ばれ方してるの、知ってる?」

「あー……大袈裟だよね。死神なんて大層なものじゃないのに」

「そう? 少なくとも今日のあなたは十分死神に相応しいものだったけど」

「ちょっと()が良くてさっ。知り合いにやってみてって言われたからやってんの」

「目がいいからってあんなこと出来る訳無いでしょ……」

「出来てるからいいのだ!」

 

 妙に幼い人だと思った。

 

 でもそれと同時に、自分のことを【一般人】としての認識もある、大人だとも感じた。

 

 もし自分がそんな伝説扱いされたらどう思うだろう。

 少なくとも多少の承認欲求は沸く。

 姿を晒す事こそなくても、その事実を少しだけ噛み締めてしまうかもしれない。

 

(……人殺しで褒められてもね)

 

「それにさ。ゲームと言ってもやってる事は人殺しだし、そんなことで褒められてもねー」

「……………………えっ」

「えっ?」

「あ、いや、そのっ……」

 

 びっくりした。

 自嘲した内容そっくりそのまま告げられるとは思ってなかった。

 少なくともGGOのプレイヤーに、人殺しをしているという意識を持っている人は殆ど皆無と言っていい。

 

「…………なんでこのゲームやってる訳?」

「あはは、さっき言ったじゃん。なんかやってみてって言われたからさ」

「それでその強さなの、なに?」

「んー……昔取った杵柄ってやつかな」

「なによそれ……」

 

 そしてシノンの眼前まで少女が歩いてくる。

 

 シノンはグロックを握り締めたまま座り込み、テーブルを背に顔を見上げた。

 

 金髪がかった長髪(・・)に紅い瞳。

 赤を基調とした制服風の服装に身を包んだ少女は、その手に握った拳銃──グロック17の銃口を突き付ける。

 

「いい腕だったよ。私じゃなかったら倒せたかもねっ」

「…………やっぱりあんた、死神よ」

 

 そしてその引き金が引かれる──その瞬間。

 シノンは口を開いた。

 

「ああ、そうだ。一つだけ言い忘れてた」

「……ん、どした?」

「狙撃手がソロって、珍しいでしょ」

「──そうだねぇ。しかも女性だし、珍しいよね」

 

 少女は僅かに目を細めた。

 シノンもそれに気が付いた。

 どうやら時間稼ぎは上手くいったらしい。

 

「だからね。今日は素敵な騎士(ナイト)が付いてるの」

「へぇ、それはまた────羨ましいですなぁっ!」

 

 少女が机を出入口へと蹴り飛ばす。

 扉は既になく空いたままとなっているが故に外まで飛び出るかと思ったが、それよりも先にテーブルを下から斬り上げる一つの線があった。

 

「────無事かっ、シノン!!」

 

 フォトン・ソードカゲミツG4──光剣と呼ばれる接近戦特化の武器を握り締めたキリトが姿を現わす。

 

「いいね、カッコかわいいじゃん!」

 

 少女が引き金を引く。

 グロック17の先端に取り付けられたサプレッサーを通り抜け弾丸が射出される。

 

 超至近距離での発砲。

 仮にこれが現実世界ならばキリトに勝ち目はない。

 

 しかし。

 この世界はVRMMOの中であり、ゲームであり、彼がVRMMOを極めたと言っても良い程に慣れ親しんだ世界である。

 

 ゆえに、少女の必然の勝利は、覆される。

 

「──ハァッ!!」

 

 カゲミツG4を振るい少女の撃った銃弾を弾く。

 光弾が後ろへと逸れていくのを見送って、僅かに目を見開いた少女はそのまま左手に手りゅう弾を取り出した。

 

普段なら(・・・・)やんないけど、ここならいいよねっ!」

「あ、ちょい待──!」

 

 爆発と閃光が室内を満たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場は室内から外へと変わった。

 

 スタングレネードで一時的にステータス阻害を受けていたキリトだがその間に追撃を受ける事は無く、窓を突き破って外へ脱出した少女を追いかける。

 その姿は見失ってない。

 ただやはり、身のこなしからただの素人では無いような予感があった。

 

(SAO生還者(サバイバー)……? いや、それにしては銃器の扱いに随分慣れてる気がする)

 

 シノンの通信で聞いたが、正面から放たれた対物ライフルによる狙撃を首の一捻りで回避したらしい。

 

 そんなことが可能なのかとキリトでも思う。

 射撃予測線(バレット・ライン)を利用して弾丸を剣で斬り伏せている彼だが、流石に背後からの狙撃には気を付けようもない。狙撃されない位置を心がける、程度の対抗策しか思いつかないのだから、それを成し遂げて見せた少女がただものではないのが確定だ。

 

「よそ見厳禁ッ!」

「うわっ!?」

 

 前を走っていた筈の少女が突如振り向き、拳銃を構えたまま突撃してきたのに対して慌てて回避をする。

 

 剣で有効な距離よりも近く寄られれば、少女の取る独特な戦闘スタイル──C.A.R.システムには不利になる。

 

 キリトに専門の知識はないが、剣の間合いは誰よりも詳しい自負がある。

 故に距離を一度保ち冷静に銃を弾く。

 この選択肢を選べた。

 

 カゲミツG4を握り直し、改めてこちらに相対する少女に肉薄する。

 

 その速度はこの世界基準ならばかなり速い。

 生半な腕を持つプレイヤーでは対応する事も出来ないまま身体を断ち切られて終わるだろう。

 キリトはそれだけの腕を有しているし、それを可能とする経験もある。

 他のVRゲームで最強格と謳われていたプレイヤーすら打ち倒せるのだから、それは決してまぐれではない。

 

 ──しかし。

 

 相対する少女もまた、世界(・・)基準で言えば、最高峰の実力を持つ者だった。

 

「──おおおおおっ!!」

 

 剣戟が奔る。

 一度や二度ではない光刃が煌めき、電子世界に残像を刻み続ける。

 SAOという鋼鉄の城から生き延びた彼の斬撃はVRMMO世界に於いて随一と言っていい程に磨き上げられている。

 

(────当たらないっ!?)

 

 キリトの振るう剣の軌道が読めているのか、少女はふわりと身を翻していとも容易く連撃を避けていく。

 

 その動きに無駄はない。

 本当に文字通り、紙一重で躱し続けている。

 表情には笑みすら浮かんでおり、その内容に嘘偽りなど一つもない事が証明されていた。

 

「──まだまだっ!!」

 

 しかし、キリトにも意地がある。

 自分が生き抜いた二年間を、こんなに手玉に取られるなどと、許さないプライドがあった。

 

「すごいねっ! 滅茶苦茶早い!」

「く、そっ……!」

 

 本来であれば二刀流を操るが故、一刀流で実力の全てを出し切れているとは言えない。

 

 それでもその剣は甘くない。

 この至近距離で防ぐ事すらせず、身のこなしだけで全て回避されるなど──! 

 

「────キリトッ!」

「っ!?」

「おっ?」

 

 少女の背後、十メートルの近距離で対物ライフルを構えたシノンが叫ぶ。

 

 その指は既に引き金に添えられており、後は引くだけだった。

 

「────ごめん、なんとか弾いてッ!!」

 

 そして、躊躇いなく──キリト諸共撃ち抜くつもりで、引いた。

 

「ちょま────」

 

 剣を振るっている最中だったキリトが急に反応できる筈も無く。

 少女がとてつもない速度で身を屈めたのに遅れて、慌てて身を捻るがその抵抗もむなしく。

 

 キリトの身体にライフル弾が吸い込まれて────貫通するよりも早く、彼は大きく態勢を崩した。

 

「おわっ!」

「あっはっは、あの子やるねぇ~! 仲間ごと撃ち抜こうとしたのは初めてじゃないけど、対物ライフルでやってきたのは初めてだよ!」

 

 カラカラ笑う少女に服を引っ張られ九死に一生を得た状態で、キリトはひゅうと息を吐きだした。

 

「……なあ。あんた、何者なんだ?」

 

 すっかり戦う空気感を崩してしまったため、なんとなく質問を投げた。

 

 地べたに這った状態でここから反撃もクソも無いだろう。

 一対一で互いに負けて、二対一でも負けた。

 純粋に敗北したとしか言えない。

 

「んー……ただの女子高生だった、かなぁ」

「女子高生だった……なんだそれ」

「あはは、なんだろーね! 私もよくわかんないけど」

「……キリトでも駄目だったの?」

「あー、うん。全然ダメだった」

 

 正直自信無くすよ、と呟いたキリトに対し少女は明るく言う。

 

「まーまー! 世界は広いってことで、私以外だったら倒せてるからさ!」

「あんたレベルが来たら負けるってことじゃないか……ゲーマーとして負けっぱなしは……いやでも、うーん」

「そうよ。ていうか、何で私に気が付いたの?」

 

 互いの名前も知らないまま──キリトとシノンは互いの名を呼んだために把握されているが──三人は話す。

 

「え? 制圧した後あれだけ広い場所だったら狙撃手の一人や二人いると思って」

「…………まさか、本当に肉眼で捉えたの?」

「うん。目が良いから」

「目が良いってレベルじゃないだろ……」

 

 少女のおかしさに気が付き二人がドン引きしつつあるタイミングで、少女はハッと顔をあげた。

 

「あ、ごめんごめん。今日はもうやめないといけないんだ」

「……なら、フレンド登録はどう? やられたままなのは気に食わないし」

「おおっ、いいねいいねフレンド! 私友達少ないし」

「急に悲しい事言うな……」

「あなたも同じじゃないの? キリトくん」

「うっ、うるせい!」

 

 シノン、そしてキリトも少女とフレンド交換をしてから、それじゃーっと言い残して消えて行った姿を見送った。

 

 嵐のような少女だった。

 都市伝説として囁かれる伝説のプレイヤー。

 決して公式の大会に姿を現わす事は無く、荒野を歩いているなかで時折遭遇したスコードロンが被害に遭う怪異のような存在。

 

 それと対面し、生き残った。

 相手に殺る気があまりなかったとはいえ、十分な戦果じゃないかとシノンは思った。

 

「…………なんだったんだ、ほんと」

 

 キリトの吐き出すような声。

 

 しかしそこには緊張から解放されたような清々しさが込められていた。

 

「……さあね。少なくとも、都市伝説じゃなかったみたい」

 

 フレンド一覧に刻まれた新たな名前。

 

 プレイヤーネーム【Chisato】。

 

 次戦う時こそは、その心臓を撃ち抜いて見せるとシノンは改めて誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──ちょっと千束ー! 降りてきて手伝ってー!』

「あーん、ごめんミズキ~! すぐ行くから!」

 

 ドタバタと慌てながら少女──錦木(にしきぎ)千束(ちさと)は機材を片付ける。

 

 ちょっとした休憩時間だった為、久しぶりにログインしようと思って装着したフルダイブ装置は一々扱いが面倒くさい。

 

 和室に似合わぬ大量のコードをパパッと纏め上げ、和服の乱れた部分を手直ししながら千束は部屋をでて階段を駆け下りた。

 

 ショートボブで切り揃えた金色がかった白髪を靡かせて勢いよく着地したあと、手洗い場で手を洗いつつ声を張り上げる。

 

「ミズキー! 店長ぉー! すぐ行くからー!」

「んも~、遅いし!」

「ごめんて! あ、たきなもごめんね!」

「問題ないです。千束一人分程度なら私とクルミでカバーできます」

「おい。ボクを酷使するな」

 

 繁盛しているお店を切り盛りする仲間に混ざって、千束は元の生活に入っていく。

 

 火薬と硝煙の世界。

 彼女はこの国を秘密裏に守る特殊部隊に所属する戦闘員、だった。

 既にその組織から卒業して久しく、かつてこの国を揺るがすような戦いを終えてから五年もの月日が経っている。

 

 だからあのゲームをクルミに渡された時、正直驚いた。

 

(『人殺しの才能として扱いたくないなら、こういうのはどうだ?』──……余計な心配かけさせちゃったか)

 

 戦いの感覚が鈍りそうに感じた時、千束は衰えないように維持し続けている。

 制服を着ていない時はリコリスではない。

 その鉄則を胸に、卒業しているのに時折届く上層部からの依頼にカリカリしながら参加する彼女にとってそれは欠かせない事だった。

 

「面白い二人だったなー」

「……どうしたんですか、千束」

「んーん、なんでもないよ」

 

 胸の高鳴りは無い。

 ドキドキもワクワクも、彼女の人工心臓は表現しない。

 電子の世界で長く生きた彼らとは違い、千束は機械によってその命を長らえる事が出来た。

 

 それにも、それなりの被害が出てしまっていた。

 

「……少し、楽しみかな」

 

 殺し合う事ではなく、ただ純粋に強さを競う。

 ゲームという競技の中だからこそできる事もある。

 次戦う時は、なんて言われたのは初めてだった。

 

「これもまた、才能だよねっ」

 



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