ありふれない捕食者は世界最強 (ギアス)
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プロローグ

皆さん初めまして。
ギアスです。
今回から『ありふれない捕食者は世界最強』を投稿していきたいと思います。
あまり面白くないかもしれませんが、楽しんでいただけると幸いです。
では、プロローグからどうぞ。



ある日の月曜日。

まだ人の少ない教室で、1人の男子生徒が目を閉じながら自分の座席に座っていた。

彼の名前は天喰卓弥(あまじき たくや)

彼が在学している高校生の中で、()()()()()と同等の人気を誇る男だ。

野生味があるルックスを持ち、勉学もでき、運動神経抜群な生徒だが、部活動には所属しておらず、彼が、彼を自分の部に引き入れようとする女子生徒に追いかけ回されている光景を見るのも珍しくはない。

そんな彼に1人、ある女子生徒が近づく。

 

「おはよう、天喰くん!今日も早いね。」

 

そう聞こえると、卓弥は今まで閉じていた目を開き、声が聞こえた方へ視線を向ける。

そこには腰まで届く長くて艶やかな黒髪を持つ少女がいた。

彼女の名は白崎香織(しらさき かおり)

学校において『二大女神』と言われ男女問わず絶大な人気を誇る美少女……

……なのだが、実は彼女、卓弥をストーカーしていたという事実があるのだ。

卓弥は12歳の頃から孤児院で育っており、院長やその奥さんの手伝いをしつつ、孤児院の子供達の世話をしながら生活をしていた。

そんな生活が続き、14歳になったある日、お婆さんとその孫らしき男の子が不良達に絡まれていたのを目撃し、その不良をボコボコにし助けたことがあるのだが、その光景を目撃していたらしき香織が、なんと自力で卓弥が通っている中学校を調べ上げ、彼を尾行していたのだ。

その後いろいろあり、彼女は孤児院の臨時のお手伝いさんになり、時間に余裕があるときはいつも孤児院に手伝いに来ており、今では孤児院の子供達にも人気がある。

 

「あぁ、おはよう白崎、お主も早いのぅ、しっかり眠れとるんかいな?」

「うん!今日も元気いっぱいだよ。あ、そうだ!今日も孤児院のおてつだいにいってもいいかな?」

「そんなもん、勝手にすれば良いじゃろが。ダメと言ったところで勝手に来るくせして」

「あ、あはは…」

 

そんな、2人の仲良く会話する光景を見て、『くそっ!天喰のやろぉ!』と殺意の波動を滾らせる男子生徒や、『今日も仲良いな』と卓弥と香織を微笑ましげに見る生徒が急増する。

そんな中、3人の生徒が2人に近づく。

 

「天喰君。香織。おはよう。」

「香織、また彼の世話を焼いているのか?全く、本当に香織は優しいな」

「おう卓弥、おはよう!白崎もな」

 

最初に挨拶した女子生徒は八重樫雫(やえがし しずく)

香織の親友で、自分の実家でもある『八重樫道場』で剣道をしており、剣道の大会では負けなしという猛者である。

しかし卓弥は、香織の話により、彼女が可愛い物好きであることを知っているし、彼女の周りの環境に振り回されている苦労人であることも知っている。

次に卓弥に挨拶せずに、些か臭いセリフで香織に声を掛けたのが天之河光輝(あまのがわ こうき)

勇者っぽいキラキラネームをしており、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人。

雫と同じく剣道をしており、全国クラスの猛者でもある。

そして、先ほど少し話に出た、卓弥に並んで高い人気を誇る男だ。

しかし、彼のご都合解釈とも言うべき思い込みや、口だけの行動(本人はそう思っていない)に卓弥は苦手意識を持っていた。

最後に挨拶した男子生徒は坂上龍太郎(さかがみ りゅうたろう)

光輝の親友であり、熱血漢とも言うべき性格で、考えるより体が動く脳筋タイプである。

卓弥は彼とジムで会ったことがあり、そこで一緒に鍛えたことを機に、それぞれのトレーニングの知識を交換したり、下の名前で呼び合う程度には仲良くなっている。

 

「あぁ。八重樫。龍太郎。おはよう」

「ちょっとまて天喰。何故2人には挨拶をして俺にはしないんだ」

「何故と言われても、挨拶もしない奴に何故挨拶を返さんといかんのじゃ?挨拶されたいならまずは自分から挨拶をしたらどうじゃ」

 

その言葉を聞き、光輝は卓弥を睨みつけるが、卓弥自身はまるで相手にしない。

険悪なムード(光輝が一方的に睨みつけているだけ)がしばらく続くと、雫がはあ、とため息を吐き、

 

「2人とも、もうやめなさい。ごめんなさいね天喰君。ほら、授業が始まるから香織もいきましょう」

「別に気にしてはいない、白崎も後でな」

「あ、うん。わかったよ」

「おいまて天喰、まだ話は…」

「光輝、もう行こうぜ。じゃあな卓弥。また後でな。」

 

雫が2人を引き剥がし、雫が香織を、龍太郎が光輝を連れて行く。

その後卓弥は、頬杖を突きながら教科書に目を向け、必要箇所はノートを取り、それ以外はどこか遠くをぼんやりと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時が過ぎて昼休み。

卓弥はどこから取り出したのかわからない3段のお重を広げ、知らない人が見ると二度見をしてしまいそうなぐらい早くお重の中身を平らげる。

実は彼はとてつもなく大食いで、近所の大食い大会の1位を総なめするぐらいにはたくさん食べた。

今回のお重も腹5分目ぐらいに抑えたぐらいの量で、卓弥自身が作ったものだ。

初めの頃、同級生は3段お重やそれを食べるスピードに目を見開きながら驚愕の眼差しを卓弥に向けていたが、今ではもう慣れたのか、それぞれが自由な時間を過ごしていた。

卓弥はお重を片付け、適当に時間を潰そうと本を取り出すが、食べ終わるタイミングを見計らったのか、香織が弁当を持って近づいて来る。

 

「天喰くん。今日は天喰くんの分もお弁当を作って来たんだけど、よかったら食べてくれるかな?」

 

その言葉を聞いて俄に殺気立つ一同。

『女神の手作り弁当だトォ!?天喰のやろぉぉ!!』と視線で卓弥を殺そうとする男子や『白崎さん、頑張って!』と、女子に靡かないことで有名な卓弥を射止めようとしてる香織を応援している生徒が増える中、空気を読まない男が介入する。

 

「香織、こっちで一緒に食べよう。天喰はもう食べ終わったみたいだし、せっかくの香織のおいしい手料理をお腹が膨れた状態で食べるなんて俺が許さないよ?」

 

さわやかに笑いながら気障なセリフを光輝が吐くが、

 

「え?なんで光輝君の許しがいるの?それに卓弥くんってさっきのお重2個分ぐらい食べないとお腹いっぱいにならないよ?」

「まあ、食べる食べんは別にして、白崎がどこで、誰と食事をとろうがそれはそいつの自由じゃ。お主が決める権利はないじゃろ」

 

素で聞き返し、卓弥が真っ向から返し、光輝の表情がひきつる。

雫がぶふっ、と噴き出している。

更にそれに乗じて卓弥への殺意が篭った視線の圧力が強まる。

……とそのとき、

 

「……グルルルゥゥゥ……!」

 

ふいに卓弥から獣の唸り声のようなものが漏れ出し、卓弥の気配がこれまでのとは全く違う物になる。

全身に敵意を滲ませ、それは教室の面子がこれまで放ってきた圧なんて比べ物にならないほどの重圧に変わり、その場の全員が一瞬で怯えたように体を震わせる。

だが卓弥の目にはそんな彼らの姿は映っておらず、何かを警戒するように周囲を見渡す。

その時、

 

光輝の足元に白銀に輝く円環と幾何学模様が現れたのだ。

 

その異常事態にすぐに生徒たちも気がついた。

全員が金縛りにあったように輝く紋様、魔法陣を注視する。

その魔法陣は輝きを増して教室全体を満たすほどの大きさになった。そこに来てようやく硬直が解けた生徒たちが悲鳴を上げる。

この時、まだ教室に残っていた4時間目の授業をしていた社会科担当の畑山愛子(はたやま あいこ)先生が「皆、教室から出て!」と叫ぶが、それは魔法陣が爆発したように輝いたのと同時だった。

数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室に色が戻った時には、そこにはすでに誰もいなかった。

蹴倒された椅子に食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいたはずの人間だけが姿を消していた。

この事件は白昼の校内で起きた集団神隠しとして大いに世間をにぎわせることになるが、それは別の話。




どうでしたか?
この物語では『南雲ハジメ』は登場しません。
ハジメの軌跡を今回のオリ主である卓弥が辿る物語になっております。
出来るだけ卓弥だからこその展開にしていけるように頑張ります。
次回はトータス召喚後の事情説明になります。
どうかお楽しみに。


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第1章 始まり
異世界トータス


ギアスです。
第1話を始めたいと思います。
異世界トータスに召喚される卓弥。
果たして彼は何を語り、どんな行動をとるのか。
説明が遅くなりましたが、登場人物が声を出して話しているところは「」。
心の中で思っていることやキーワードは『』で表現しております。
それらを踏まえた上で、第1話をどうぞ。


眩しい光に腕で顔を庇っていた卓弥だったが、やがて光が晴れていき、周囲の状況を確認できるようになった。

卓弥は腕を下ろし周囲を見渡す。

まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だ。

縦横10メートルはありそうなその壁画には後光を背負い、長い金髪をなびかせてうっすらと微笑む中世的な顔立ちの人物が描かれていた。

背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むようにその人物は両手を広げている。

美しく、そして素晴らしい壁画だ。

だがどうでもいい。

そんなことよりも安全を確保することが大切だ。

卓弥はすぐに壁画から目を離し、辺りに視線を向ける。

周囲には香織や雫、光輝、龍太郎、そして愛子先生がいた。

どうやらあの教室にいた人間全員がここにいるようだ。

そして、どうやらここは巨大な広間のようだ。

光沢を放つ白い石造りの建築物は同じ材質の模様がある柱に支えられ、ドームのようになっている。

卓弥達がいるのはその最奥の台座のようになっている場所だ。

そして卓弥は視線を下に向ける。

そこに台座を囲むように30人ほどの人間達が跪いていた。

彼らは一様に白い法衣のようなものを着ており、錫杖のようなものを置いている。

卓弥が用心深く彼等を見ていると、そのうちの一人、法衣を着た者たちの中でも特に豪奢な服を纏い、高さ30センチぐらいありそうな烏帽子をかぶった70代ぐらいの老人が進み出てきた。

もっとも、老人と言うには覇気が強すぎるのだが。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎いたしますぞ。私は聖教協会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、よろしくお願いいたしますぞ」

 

そう言ってイシュタルと名乗った老人は好々爺然とした微笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、卓弥達はこんな場所では落ち着くこともできないだろうといくつもの長テーブルといすが置かれた別の広間へと誘われる。

本当なら混乱しているところなのだが、現実の認識が追い付いていないのとカリスマカンストの光輝がみなを落ち着かせたおかげで大した混乱もなかった。

愛子先生が涙目だったが。

案内された生徒たちは次々と席に着席していく。

卓弥も席に着くが、一瞬の油断も無く、獲物を射抜くような鋭い目でイシュタルを射抜く。

ちなみに席順は光輝たちと先生が上座、卓弥は後ろだ。

そして全員が席に着席したところで絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドたちが入ってきて、生徒たちに飲み物を配っていく。

ちなみに全員美少女、および美女であり、男子生徒たちは思わずと言うようにメイドたちをガン見し、女子生徒の目が汚物を見るような目になる。

卓弥はじろりとした目を彼女たちに視線を向け、すぐさま興味を無くしたようにイシュタルに視線を戻す。

そしてメイドたちが去って行くと、イシュタルが口を開く。

 

「さて、あなた方におかれましてはさぞ混乱されていることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞きくだされ」

 

そう言ってイシュタルが話し始めたのだが、その内容は何ともテンプレで、ファンタジーで、身勝手極まりない内容だった。

ここはトータスと言う異世界であり、ここには人間族、亜人族、魔人族の三つの種族が存在している。

人間族は北一帯、魔人族は南一帯、亜人族は東の樹海の中で生きているらしい。

このうち、人間族と魔人族は何百年も戦争を続けている。

魔人族は数では人間族に負けているが、個人の資質では勝っている。

それによってある種の拮抗状態が保たれていたのだが、最近ある異常事態が多発しているらしい。

それが、魔人族による魔物の使役だ。

魔物とは野生動物が魔力を取り入れ変質した異形の事らしい。

この世界の人間でも魔物の事は詳しくは分かっていないようだが、それぞれ固有魔法と言う魔法が使える害獣と言う認識らしい。

で、これまで本能のままに動く魔物を魔人族が大量に使役できるようになったことで人間族の数というアドバンテージが崩れ、人間族は滅びの危機を迎えているらしい。

 

「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っているのです」

 

神託で伝えられた受け売りですが、とイシュタルは言葉を切り、卓弥は小さく不審そうに目を細める。

 

「あなた方にはぜひその力を発揮し、エヒト様のご意思の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救っていただきたい」

 

イシュタルはどこか恍惚とした表情でそう言う。

恐らく神託を聞いた時の事でも思い出しているのだろう。

イシュタルによれば人間族の9割以上が創世神エヒトを崇める聖教協会の信徒らしく、神託を聞いたものは例外なく教会の高位につくことができるらしい。

卓弥が、神の意志を疑わず、嬉々として従うであろうこの世界の歪さに危機感と同時に不快感を覚えていると、突然立ち上がり、猛然と抗議する人が現れた。愛子先生だ。

 

「ふざけないで下さい!結局この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

ぷりぷりと怒る愛子先生。

身長150と言う低身長に童顔、けれど生徒の為にという心構えは人一倍高く生徒達からは“愛ちゃん”の愛称で呼ばれるほど人気がある(本人は威厳ある教師を目指してる事もあり、その愛称で呼ぶと怒り出すのだが)。

状況が把握しきれない中でも相手の話を吟味し、生徒を危険な目にあわすまいと抗議する姿は教師の鑑と言える。

しかし、25歳の先生なのだが、その見た目は小柄な体とボブカットの髪に童顔であることに変わりはなく、これらのせいで生徒であっても庇護欲が掻き立てられ、ほんわかしてしまう。

今回も多くの生徒が「ああ、また愛ちゃんが頑張ってるなぁ……」とほんわかし、それを見た卓弥が緊張感のない生徒達に呆れたように息を吐く。

だが、その空気もイシュタルの次の言葉に凍り付く。

 

「お気持ちはお察しします、ですが……現状あなた方の帰還は不可能です」

 

場に静寂が満ち、卓弥以外の誰もが何を言われたのか分からないという表情を浮かべる。

 

「ふ、不可能って……どういう事ですが!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。

そして周囲も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ?帰れないってなんだよ!」

「いやよ!なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

パニックになる生徒たちを後目に卓弥は思考の海に沈む。

 

『この状況、……最悪ではないようじゃな。父や母の副業の手伝いで大体似たような構図を見たが、最悪なのは『召喚者を奴隷として扱う』パターン……今現在妙な事をされた形跡もない。自由に動ける。今のところは大丈夫……じゃがな』

 

卓弥はそれぞれ「父」「母」と呼ぶ、院長と、院長の奥さんの副業であるゲーム開発とマンガ家としての知識を元に、現在の自分達の置かれた状況を考えると同時に、剣呑に目を細めながらイシュタルを睨みつける。

そのイシュタルは騒ぐ生徒たちを侮蔑の目で見ている。

大方神に選ばれておいてなぜ喜べないのかとでも思ってるのだろう。

 

『とりあえず、畑山教師に返事を保留にするように言い、答えを先延ばしにさせ、その隙に情報を集めるが吉、か』

 

そう結論付け、卓弥が口を開こうとした瞬間、バンっ、とテーブルを叩きながら光輝が立ち上がる。

その音に思わずと言うように生徒たちは光輝に視線を向ける。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺にはできない!それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主様の願いを無碍にはしますまい」

「俺たちに大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力がみなぎっている感じがします」

「ええ、そうです。ざっとこの世界のものと比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょう」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように俺が世界も皆も救って見せる!」

 

ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。

無駄に歯がキラリと光る。

それを見て卓弥は視線を鋭くする。

同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。

絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。

光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。

女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな……俺も、戦うぜ!」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないのよね……気に食わないけど……私も戦うわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

いつものメンバーが光輝に賛同する。

あとは当然の流れと言うようにクラスメイト達が賛同していき、愛子先生がオロオロとだめですよ~、と涙目で訴えるが光輝の

 

ドォォォン!!

「戯け………」

 

瞬間、何かが爆発したかのような音と共に、その場に尋常ではない圧がかかる。

突如響き渡った轟音に全員がビクッ!と身をすくめ、その後感じた、まるで猛獣と同じ檻に放り込まれたような本能的な恐怖にその場の全員の顔が青ざめ、一斉に口を紡ぐ。

そしてゆっくりと先ほど言葉を放った人物……卓弥に視線を向ける。

卓弥は腕を机に乗せた状態で顔を下に向けていた。

先程の轟音が嘘ではないことが、腕の下…腕を振り下ろしたであろう箇所に広がる蜘蛛の巣状のヒビが物語っている。

卓弥はゆっくりと顔を上げ、眼前の生徒たちを睨みつける。

 

「さっきから黙って聞いておれば………貴様らは何トチ狂ったこと言っておる?それがどういう意味を持つのか分かってほざいておるのか?」

 

本音を言えば卓弥にとって、ここにいる生徒たちの大半は道端に落ちている石と同じぐらいどうでもいい。

どこで死のうが、どんな目に合おうが、行方不明になろうが知ったことではない。

だが、このままでは香織に雫、龍太郎や愛子先生など、自分が少なからず大切に思っている人たちにも危険が及ぶだろう。

だから、ここで変に意見を出すのは危険だが、口出しをするしかない。

 

「なんだ……彼らを助けることに不満があるのか」

「不満?不満も何も、これはそもそもこやつらの問題じゃ。ならばそれを解決するのはこやつら。それがどんな結末を迎えようとそれはこやつらの責任じゃ。我らとは関係ない。たとえ滅びようとも、そんなものは知ったことじゃない。」

「知ったことじゃないって……この世界の人たちを見捨てるつもりかお前は!?」

 

光輝が噛み付いてくるが、卓弥は顔色を変えずに視線を向けて口を開く。

 

「見捨てるも何もそれが道理じゃろが……話を最初に戻そう。お主らは自分たちが何を言われたのか、一体どういう決断をしたのか分かっておるのか?お主らは今こう言われたのじゃぞ?「弱い私たちの代わりに戦争をして、魔人族と言う人間を皆殺しにしてください」とな。そしてお主らはそれに同意したのじゃ」

 

その言葉に生徒達は一斉に息をのみ、顔を青ざめさせる。

それを見て、卓弥はさっき自分で戦争は嫌とか言ってた奴が居ったのにのぉ、と心底呆れ果てたようにため息を吐く。

 

「自分が行おうとしていることを自覚しておらんなど……どこまで愚かなのじゃお主ら……自分たちが何をしようとしているのか、どうするべきなのかを、思考もせず判断をも他人に委ね、言われるがままに動くほど愚かかつ浅ましい事はない……そもそもの話じゃが、戦争とは無縁な世界で育ったお主らに何ができる?殺し合いどころか、生きた魚すらさばいたこともないような餓鬼どもが、魔物とか言う化け物であろうと殺しができるわけないじゃろ?」

「だけど俺たちは力を持っている。ならば彼らを救うためにその力を使うべきだろう」

「力を持っている?では幼稚園児に本物の銃を持たせればそやつは一流の殺し屋になれるのか?んなわけないじゃろ。力に振り回され、自分が死ぬか、今そばにいるものを殺すかのどちらかしかないわ」

「そ、そんなことはしない!」

「しないではないわアホンダラ。そうなると言っているのじゃ。気構えだけでどうにかなると思うたか?平和な世界で実際に命を奪うことを学んでもいない奴らに人を殺せるか?殺す覚悟を持てるか?殺される覚悟を持てるか?何の覚悟もない輩が力を持ったところで、今以上の惨事を呼び起こすだけじゃ」

 

卓弥はもう言いたいことは言ったと言わんばかりに視線を外す。

卓弥の発した言葉で周囲の生徒たちの空気は一気に冷め切った。

が、しかし……

 

「皆大丈夫だ。そんな事になったりしない。俺たちなら必ずできる!」

 

光輝がそう言った瞬間、生徒たちは再び熱を取り戻したように顔色が戻っていく。

まあ、あの光輝(阿呆)がおるから無駄か、と忌々しげに舌打ちをする。

結局、その後光輝に散々たきつけられ、卓弥が言ったことも忘れたのか戦争参加は決定事項となってしまった。

そんな中、卓弥は自分のことを注視する、黒髪のふわふわそうなポニーテールをしたメイドに気づくが、すぐにこれからの面倒な展開を考え視線を外す。

その後も、そのメイドは卓弥のことをじっ、と見つめていたのだった…




第1話、完!
いかがだったでしょうか?
今回最後に登場したメイド、彼女はオリジナルキャラクターで、かつオリヒロです。
実は彼女のモデルにしたありふれのキャラクターがいるのですが、皆さん誰だかわかりますか?
次回は彼女と卓弥の話し合い、そしていければステータスプレートの話に行きたいと思います。


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意志を継ぐもの

ギアスです。
第2話を始めたいと思います。
結局戦争に参加することになった卓弥。
そんな中、一つの影が彼の元に近づき……
今回はオリヒロ登場回です。
それでは、第2話をどうぞ。


戦争に参加することが決まった後、卓弥達は聖教教会本山である神山の麓にあるハイリヒ王国の王城に移動することになった。

卓弥達は聖教教会の建物から外に出る。

外は高山のようで雲海が広がっている。

そのまま歩いていき、円形の柵に囲まれた白い台座にみんな乗る。

そこには魔法陣が描かれている。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん、"天道"」

 

そうイシュタルが唱えた瞬間、魔法陣が輝きだした。

その後、滑らかに台座が動き出し、そのまま地上に向かって斜めに下っていく。

どうやらこれはロープウェイと同じようなもののようだ。

初めて見る魔法に生徒たちははしゃいでいるが、卓弥は険しい表情で周囲を睨みつける。

周囲の情報をほんの少しでも手に入れるために、少しでもわかることを読み取ろうと考えていたのだ。

雲海を抜けると眼下に山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町が見える。

恐らくあれがハイリヒ王国の王都だろう。

卓弥はそれを見てすばらしい演出じゃなと冷めた目をしつつ皮肉っぽく鼻で笑う。

雲海を抜けて天より降りたる神の使徒と言う構図そのままである。

この世界は神の意志を中心に回っている。

卓弥は政治と宗教が密接に結びついていた戦前の日本を思い出した。

それは後々様々な悲劇をもたらした。

卓弥はこの世界の『神』とやらに言いようのない不快感と嫌悪感を感じたのだった。

 

そしてたどり着いた王宮で卓弥たちを出迎えたのはこのハイリヒ王国の国王、エリヒド・S・B・ハイリヒ、王妃のルルリアナ、第一王子のランデル王子、王女のリリアーナだった。

ここで問題なのは国王であるエリヒドが玉座に座らず、()()()()()()()()ことだ。

そしてイシュタルが隣に進むと国王はその手を恭しく取り、軽く触れない程度のキスをする。

それだけでこの国は王ではなく神を中心に動いていることを理解した。

その後、晩餐会が開かれたのだが、その際ランデル王子が香織に積極的に話しかけてきて、隣の卓弥をにらみつけたりしていたが、卓弥は目の前の異世界らしい見た目の料理に意識を向けていたので気づかなかった。

王宮では卓弥たちの衣食住が保証され、訓練における教官たちの紹介もされた。

そして今、卓弥は各自に一室与えられた部屋の中でベッドに腰掛けていた。

大多数の生徒はは天涯付きベッドに愕然としたのだが、卓弥はそんなことなく、今回の事を振り返り、何をすれば良いのかを何重にも考えていた。

思考を重ねても、これ以上の進展は望めないと判断し就寝しようと判断した時、コンコンコンとノックが聞こえ、卓弥は扉の向こう側の誰かに意識を向ける。

 

「……誰じゃ?入ってこい」

「…失礼します、使徒様」

 

そう言いながら入って来たのは、教会で卓弥の事を見つめていたあのメイドだった。

部屋に入ってすぐに卓弥の前に立ち、腰の前で手を組み、お辞儀をする。

 

「ルチアと申します。今後、神の使徒である天喰卓弥様の専属のメイドとしてお世話をさせていただきます。以後、お見知りおきを」

 

その、あまりにも()()()()()セリフを吐き微笑を浮かべる美少女メイド、『ルチア』の事を見て、卓弥は一言、

 

「…そんなヘタクソな演技をするでないわボケ」

「……え?」

 

初対面の相手にとてつもなく失礼な言葉を返す。

これにはさすがに礼儀正しく接していたルチアも思わず呆けてしまう。

 

「我に何か聞いてほしいことがあるようじゃが、聞いてほしいならその演技をやめるんじゃな。我はそう言うのは好かん」

「な、何をおっしゃっているんですか…?演技なんて、そんな」

「誤魔化すな。我にはわかるぞ?主には真面目なところはあるが、()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()面があることがな。」

「………」

 

卓弥の言うように誤魔化そうとしていた彼女だが、卓弥の確信をつく言葉にルチアは沈黙し、表情が完全に抜けてしまう。

そして、顔を少し下に向けてしまい、再び顔を上げた時には……

 

 

 

「………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやぁ〜〜バレちゃってたのかぁ〜〜。もうちょ〜〜とマジメなチルチルちゃんを見せた後にこの姿を見せて、『え?誰この人?超絶真面目系美少女メイドルチアちゃんはどこへ?』って反応させたかったんだけどなぁ〜〜。」

 

……さっきの真面目な雰囲気は何処へ。

そこにいたのは、腹正しいほど『ウザさ』をその身に纏い、ムカつくほどの明るい性格をした少女だった。

……て言うか、自分で『美少女』って言うなし。

 

「それじゃあ改めて自己紹介!『錬成系天才(てぇ〜〜んさいっ!)美少女メイド』ルチアちゃんでぇ〜す!☆親しみを込めて、『チルチルちゃん』って呼んでもいいよ!」

「そうかい。それでルチア。我に何のようじゃ?」

 

卓弥はルチアの言葉をサラッとスルーして、本題に入ろうとする。

そしてそう返されることも予想していたのかルチアは表情を引き締め、真剣な雰囲気で話し出す。

 

「…実は、貴方にお願いがあって、こうして話をしに来たんです。」

「ほう?お願いとな?戦争に賛同的に協力しろ言うことか?」

「そんなことじゃありません……と言うより、()()()()()はどうでもいいんです。戦争するか否かは貴方が自由に決めれば良い。そもそも、貴方は参加するようには見えませんけど」

「まあそうじゃな。あの光輝(阿呆)は気づいて……いや、考えようともしてないが、魔人族は人なのじゃろ?勝手に呼び出したくせして我らに人殺しをしろと言うような輩どもに協力してやる義理などないのでな」

 

卓弥は昔から光輝の『思考しない行動力』を好ましく思っていなかった。

見た際の状況証拠だけで行動し、口だけの約束を被害者と交わし、『一生守る』などとほざいたりしておきながら一度解決したと思えばはいおしまい、とその後は何もしない。

実際にその場面を見たことはないが、そんな彼の言動に傷ついた女子生徒も少なからずおり、そんな少女達のメンタルケアなどをしていたので、光輝の悪癖は卓弥も把握していたのだ。

 

「あやつは世界を『自分の人生という物語』、自分以外の人間は『自分の人生(物語)を面白くするためのスパイス』程度にしか思っていない。そんな奴が実際に殺しの場面に出交わせば何も出来んよ。殺しは奴にとって自分の人生(物語)に影をもたらすものじゃからな」

「……だろうね。彼は戦争の意味を理解していない。でも、貴方は理解している。命を奪うという意味を。命を奪われるという意味を。だから、私は貴方に協力をお願いしたいの」

「……それで?要件は?神の神託とやらを『そんなこと』で片付けるようなことじゃ、大層な理由なのじゃろうな?」

 

卓弥は改めてルチアに話をふる。

そして、ルチアは一度軽く深呼吸をして話し出す。

 

「明日から戦争に参加するための戦闘訓練が始まります。そしてしばらく王城の訓練場で魔法や戦闘方法を学び、早くて二週間後、戦闘技術がある程度形になって来たら、冒険者たちの宿場町【ホルアド】にある【オルクス大迷宮】で実戦訓練を行うはずです。」

「…まず、その【オルクス大迷宮】とやらは何じゃ?」

「…遥か昔、『反逆者』と呼ばれる7人の神の眷属がいたらしいです。彼らは仲間を募り、神であるエヒト様に反逆し、世界を滅亡に導こうとしたとされています。ですが、エヒト様によって『反逆者』達は敗走。反逆した神の眷属7人を残して仲間は全滅。7人も世界の果てに逃走したと言われています。その果てと言うのが七大迷宮の事で、その七大迷宮の一つが【オルクス大迷宮】なんです。」

 

そう言われ、卓弥は考え込む。

この世界の神への信仰はどこか歪んでいる。

それも『神の言うことは絶対』『神を否定することは万死に値する』などと言うのも、この世界ではおかしくないだろう。

 

………もしかすると、()()()()()()()()()()()()()のでは………?

 

「そこからが、私の本題です。」

 

思考の海に沈みかけた卓弥だったが、ルチアのその言葉で急浮上させる。

そして、ルチアは卓弥に頭を下げて…

 

「お願いします!私を、【オルクス大迷宮】に連れていってください!!」

 

とても、とても悲痛な声でそう言ったのだ。

だが、だからといって、卓弥もはいそうですかと頭を振るわけにはいかない。

 

「あのなぁ、我はそんなもの興味がないのだが?しばらくすれば勝手にここを出て、帰還のための手掛かりを探したいと思っていたのじゃが」

「それなら、大迷宮に連れていってくれれば、その後に私を連れていってくれても構いません!家事も料理もできるし、私の天職は《錬成師》ですから武器の手入れもできるし、わ、わわわ、私も初めてですけど、夜の営み、知識としてはありますし………」

 

最後は顔を赤らめ、モジモジしながら声を窄ませるが、その覚悟はとてつもない。

ダメと言われても、きっと強引についてくるだろう。

こう言われれば、バッサリと切り捨てるわけにはいかない。

 

「……なぜそこまでする?何がお主をそこまで掻き立てさせるのじゃ?」

「………」

 

そこでルチアは口を閉じてしまう。

が、しかし、覚悟を決めたのか、ルチアは再び口を開く。

 

「……貴方を信じて、この事を話します………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は私、『反逆者』の1人にして、錬成師である『オスカー・オルクス』の最初にして最後の弟子、『ルース・オルクス』の子孫なんです。」

「……なに?」

 

予想のひと回り上を行く返答。

流石の卓弥も、その事に驚きを隠せなかった。

そしてルチア…『ルチア・オルクス』は話を続ける。

 

「私の先祖ルース・オルクスは、ハイリヒ王国を影から支えたとされる錬成師なんです、この国にあるアーティファクト……いわゆる今では作ることができない特別な魔法道具に更なる改良を加え強化したと言われています。この国の宝物庫に眠るアーティファクトのほとんどは、彼が改良を加えたものだと言われているんですよ。」

「ほぅ、それで?」

「……残されたルース・オルクスの手記には、オスカー・オルクスや他の反逆者のことが記されていました、所々が破れたりしていて解読できない部分もあるんですが、とても優しい人達だったと、オスカー・オルクスは、ルース・オルクスにとって兄のような存在だったと書いてありました………」

 

そこまで言い切ると、右手を握り締め、力を入れていく。

 

「………そんな、そんな人たちが、反逆者なんて納得できないんです。もしかしたら、誰かが歴史を改悪して、彼らを悪者に仕立て上げたのかもしれない。もしそうだとしたら……それを、私がどうにかしたいんです。」

「………」

「全ては、おそらく大迷宮にあるはずなんです…大迷宮を攻略すれば、この世界の真の歴史を知ることができるかもしれないんです!お願いします!自分の身は自分で守ります!だから、だからどうか連れていってください!!」

 

目尻に涙を浮かべながら、とても力を込めて頭を下げる。

そんなルチアの、とてつもない覚悟を見せられて、卓弥は沈黙………その後、はぁ、と面倒臭そうに溜息を吐き、頭を手でガシガシしながら、

 

「……仕方がないのぉ。勝手にせい」

「………え、良いんですか!?」

「しょぼい理由なら拒否させてもらったが、そこまで強く言うなら、我も拒否できんわな。ただし、自分の身は自分で守れ。死んだら自己責任。そして我の特訓にお主も付き合う。弱音を吐いたら即この話は無し。それで良いな?」

 

そう聞くと、ルチアは瞳をキラキラと輝かせ、まるでパァァァァァ……!と擬音がつきそうな雰囲気を出し始める。

 

「ありがとうございます!()()()()!!」

「何、気にする………なに?」

 

礼を返そうとするが、最後に聞こえた不穏な言葉に口を止めてしまう。

 

「私、決めました!今日から私は、真の意味でご主人様専属のメイドです!!早速、辞表を提出して来ます!!」

「は!?いや、ちょ、待て!我メイドなんてそんなのいらな

「ご主人様の身の回りの世話は、この天才美少女メイドのチルチルちゃんにお任せあれ!これからよろしくお願いしますね、ご主人様!では、また明日!!」

 

卓弥が引き止めようと立ち上がるが、卓弥が止める暇もなくルチアは出ていってしまい、卓弥はらしくなく呆然とした状態で突っ立っていた。

その後、再びベッドに腰掛け、『面倒な事になりそうじゃ』とさっきまでとは違うベクトルの問題に頭を抱えながらベッドに横になった。




第二話、完!
いかがだったでしょうか。
今回登場したヒロインは、『錬成系天才美少女メイド』の『ルチア・オルクス』です。
彼女のモデルは、まあ、気づいている人もいるでしょう、某天才美少女魔法使いさんです。
原作でハジメがやっていた事を、今作は大体彼女にやってもらいます。(……ん?つまり、と言うことは………)
今回は長くなってしまったので、次回、ステータスプレートの話に入りたいと思います。


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ステータス 垣間見る過去

ギアスです。
第3話を始めたいと思います。
異世界最初の夜、錬成系天才美少女メイドルチアが仲間になり、とうとう訓練が始まる。
しかし、そんな中、卓弥の暗い過去が……?
まだ少数ですが、お気に入り登録をしてくださっている方や、感想を送ってくださった方がいてくれて、とても嬉しかったです。
この嬉しさをバネに、頑張っていきます。
それでは、第3話をどうぞ。


翌日、早速訓練と座学が始まった。

まず、集まった生徒達に12cm×7cm位の銀色のプレートが配られた。

不思議そうに配られたプレートを見る生徒達。

卓弥もプレートに興味を示していたが、王国の騎士団長である『メルド・ロギンス』がそのプレートについて直々に説明を始めた。

 

「よし、全員に配り終わったな?このプレートは、『ステータスプレート』と呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

非常に気軽な喋り方をするメルド団長。

彼は豪放磊落な性格のようで、「これから戦友になろうってのに何時までも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

そんな性格や態度で、卓弥もメルド団長に対しては好印象を抱いていた。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

アーティファクトと言う聞き慣れない単語に光輝が質問をする。

しかし、卓弥はルチアからアーティファクトについてちょろっと聞いていた。

現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことをアーティファクトと呼ぶらしい。

まだ、アーティファクトは、神やその眷属達が地上にいた神代に創られたとも言われているらしい。

 

「ステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証明に便利だからな」

 

それらの説明に生徒達はなるほどと頷きつつ、顔を顰めながら指先に針を刺して、出て来た血を魔法陣に擦り付けると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。

卓弥は特に戸惑うこともなく指を針で傷つけ、出てきた血を他と同じように魔法陣に擦り付ける。

すると、卓弥のステータスプレートも一瞬輝き、直後、ステータスプレートが、まるで虹を思わせる七色に変色した。

またもや興味深げに目を少し見開く卓弥。

他の生徒達も瞠目していた。

メルド団長曰く、プレートに自己の情報を登録すると、所有者の魔力色に合わせて染まるのだそうだ。

 

『……色の違いで身分証明とする、と言うわけか。我の色は……虹色?随分と仰々しい色じゃな』

 

卓弥は周囲にも視線を巡らせる。

他の生徒達も自分のステータスプレートの色をマジマジと見つめていた。

確認できただけでも、光輝は純白、龍太郎は深緑色、香織は白菫、雫は瑠璃色だった。

それらを見て、『あの光輝(阿呆)は頭ん中真っ白じゃからお似合いじゃな』とか、『龍太郎もその色のような冷静さがあればなぁ』とか結構酷い事を考えていると…

 

「あー、珍しいのは分かるが、しっかり内容も確認してくれよ」

 

苦笑いしたメルド団長がステータスプレートの確認を促す。

他の生徒がハッとしながら確認していく中、卓弥もステータスプレートに視線を落とし………

 

「………!?」

 

………背筋が凍る感覚を感じた。

卓弥のステータスプレートには………

 

 

天喰卓弥 17歳 男 レベル:1

天職:捕食者

筋力:800000

体力:2000000

耐性:1600000

敏捷:10000000

魔力:∞

魔耐:100000000

技能:捕食[+胃酸強化][+毒無効]・捕食再現[+哺乳類再現][+鳥類再現][+魚介類再現][+爬虫類再現][+両生類再現][+昆虫再現][+魔物再現][+固有魔法模倣][+植物再現][+無機物再現][+肉体負担低下]・魔力操作・気配操作[+気配察知][+気配遮断]・全属性適正・複合魔法・永久魔力機関[+魔力吸収][+魔力譲渡]・言語理解

 

 

こう記されていたのだ。

いくら神によって召喚された、トータスよりも上位な人間だとしても、このステータスは異常すぎる。

卓弥は、この記述の中でも、"捕食"と"永久魔力機関"と言う記述を目にすると、目を細め始める。

……まるで、見たくなかったものを直視させられたかのように。

とても悲しい『ナニか』を見せつけられたかのように………

 

 

 

 

 

『兄ちゃん、おはよう!ご飯食べよう!』

 

ーあぁ、わかった。今行くからちょっと待ってろ。

 

4人の男の子に引っ張られて、食卓につく自分………

 

 

 

 

 

『お兄、早く髪結ってよ』

 

ーわかったわかった。相変わらず甘えん坊なんだから。

 

1人の少女の髪を結い始めると、他の3人の少女達もやって欲しそうに自分を見つめてくる………

 

 

………そして………

 

 

 

 

『お兄ちゃん!』

『お兄!』

『兄ちゃん!』

 

『誕生日おめでとう!!』

 

……今まで出てきた8人の男女がそう言いながら自分を祝い、自分は白いホールケーキに立った蝋燭を吹き消して………

 

 

 

 

 

「ご主人様?」

 

ハッと気がつくと、いつのまにかそこにいたのか、ルチアが自分の近くにいた。

ルチアは卓弥の事をとても心配そうに見つめていた。

一体どれだけ時間が経ったのかと卓弥は辺りを見回すが、特に変化はない。

どうやら随分と深く考え込んでしまったようだ。

 

「全員見られたか?説明するぞ?まず、最初に"レベル"があるだろう?それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルとは、その人間が到達できる領域の現在値を示しているというわけだ。レベル100ということは、自分の潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

どうやらゲームのように、『レベルが上がるからステータスが上がる』という訳ではなく、『ステータスの上限値のどの位置にいるかがレベルとして表示される』ようである。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

どうやらゲームのように魔物を倒したりするだけでステータスが上昇する訳ではないようだ。

 

「次に"天職"ってのがあるだろう?それは言うなれば"才能"だ。末尾にある"技能"と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

卓弥はステータスプレートの天職"捕食者"を見る。

見たところで、いったいどういう意味かまるでわからない天職。

だが、卓弥はそれがなんなのかわかっていた。

………わかって、しまっていた。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな!全く羨ましい限りだ!あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

そう言われると、生徒達はキャッキャと楽しそうにしながら、誰が最初に見せるのかを話し合っていた。

卓弥はそんな彼らのことを無視し、ルチアに話しかける。

 

「ルチア、お主もステータスプレートを持っておるのか?」

「モチのロン!ステータスプレートは基本どんなところでも必要になってくるからね〜。あ、私のステータス見たいの?いや〜一応個人情報だしさ〜もしかしたら私の恥ずかしいあ〜んなことやこ〜んなことが」

「頭割られたくなければさっさと見せい。」

「はいりょーかいであります!どうぞ!」

 

茶化し始めるルチアを脅し、卓弥はルチアのステータスプレートを見る。

 

 

ルチア 17歳 女 レベル20

天職:錬成師

筋力:80

体力:95

耐性:70

敏捷:100

魔力:500

魔耐:500

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・高速魔力回復[+瞑想]

 

「どうどう?チルチルちゃんのステータス!錬成師としては王国直属の鍛治職人よりもずっと上なんだぜい☆まあ、それ以外は魔法も使えないから貧弱なんだけど。あ、ちなみに[]で+〇〇ってなってるのは派生技能って言って、一つの技能を極めると新しく手に入る後天的な技能なんだよ。まあ、この年でこんだけ派生技能があるのは私が天才だからだね☆………それと、オルクスの名前が表に出ないよう細工も施してるんだ。バレたら色々とめんどいからね」

「………」

 

『……いや、これ使えるのでは?』

 

ルチアの技能を見て、卓弥は一つ閃く。

ルチアの"錬成"の技能を駆使すれば、もしかすれば()()を作れるのでは……?

 

「それより、ご主人様のステータスはどうなんですか?」

「む?あ、あぁ。そうだな…」

 

そう言いながら、卓弥は周囲にバレないよう、ステータスプレートに()()()()()()()

その後、卓弥はルチアに対して、

 

「ほら、これが我のじゃ」

 

と言い、ステータスプレートを見せた。

 

 

天喰卓弥 17歳 男 レベル:1

天職:捕食者

筋力:90

体力:120

耐性:60

敏捷:80

魔力:100

魔耐:100

技能:捕食・気配操作・全属性適性・複合魔法・高速魔力回復・言語理解

 

 

「おお〜。レベル1にしては高めですねぇ。"捕食者"?ていう天職はちょっとわかんないですけど」

「ああ……そう、じゃな」

 

なんと、卓弥はステータスプレートに細工を施したのだ。

トータスに来たのは今回が初めてのはず。

にもかかわらず、卓弥は魔力を…魔法を扱うことができるのだ。

しかし、それを問い詰めることができる人間はこの場にはいない……

 

とそのとき、生徒達がおぉっ!とざわめきたつ。

何事かと卓弥とルチアが視線を向けると、目に入ったのは、光輝がメルド団長にステータスを報告しているところだった。

光輝のステータスは……

 

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

 

……卓弥本来のステータスには遠く及ばないが、偽装したステータスとはほぼ互角なステータスだった。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め!頼もしい限りだ!」

 

「いや~、あはは……」

 

メルド団長の称賛に照れたように頭を掻く天之河。

ちなみにメルド団長のレベルは62でステータス平均は300前後。

この世界でもトップレベルの強さらしい。

それから次々と生徒達がステータスを見せていくが、卓弥は勿論、光輝にも及ばないが全員チートだった。

そして卓弥もステータスを報告する。

 

「おおっ!?100越えが3つ、技能もかなりあるな!しかし"捕食者"?"捕食"という技能も見覚えがないし……すまん坊主。お前に対しては良い訓練を組めるかわからないな」

「そうか、まあ別に構わん。我はこやつらとは別に適当に鍛錬を積む。気になった時に様子を見に来てくれればそれで良い」

「そ、そうか……すまんな」

「謝るな。そう言われるのは予想がついてたからな」

 

そう言いながら、ルチアのところに戻ろうとする卓弥。

しかし、ここでも空気を読めない男が介入する。

 

「おい天喰!俺たちと別に訓練だと!?そんなことを言って、訓練をサボるつもりだろう!!戦争に参加しないつもりか!?」

 

そう言われると、卓弥は溜息を吐きながら、光輝に振り返り、言い放つ。

 

「何を馬鹿言っておる?我は戦争に参加することは反対じゃ。戦争をしたいなら、お主らで勝手にすれば良い」

「何を言ってるんだ!お前は俺と同じぐらい強いんだろ!?だったらその力を、正しいことのために使うべきだろ!?」

「『正しいこと』?なんじゃそれは?そんな薄っぺらいことのために我が命をかけると思っとるんなら大間違いじゃぞ。それに、我はこれからルチアを鍛えねばいかんのじゃからな。これで失礼するぞ」

 

その後も何か言いたそうな光輝を放って卓弥はルチアのところに行く。

 

「さてルチア、早速特訓を……と言いたいところじゃが、いまいち王国(ここ)のことをよくわかっておらん。案内を頼めるか?」

「はーい!このチルチルちゃんにお任せあれ!では早速、王立図書館からご案内(あんな〜い)♪」

 

そう言いながら、ルチアは卓弥の手を引いて連れて行ってしまう。

そんな姿を見て、何かを言おうとしていた光輝も、他の生徒達も、愛子先生もフリーズしてしまう。

しかし、愛子先生は先生としての責務を果たすためか、すぐ再起動し、メルド団長に詰め寄る。

 

「メ、メメメ、メルドさん!?どどどどど、どういうことですか!?なななんで天喰くんが、あのメイドさんと仲良さげに!?」

「ん?ああ、そういえば伝えてなかったな。あのメイドはルチアっていって、ルチアは昨日のうちに王宮のメイドを辞めて坊主直属のメイドになったみたいでな。いやぁ〜若いって羨ましくなるな!」

 

そしてハッハッハッ!と愉快そうに笑っていたが、愛子先生が『あの天喰くんが女の子に……』と異世界にきて変わった(?)卓弥のことが少し心配になってしまった。

そして、メルド団長の言葉を聞いて、苦労人気質のオカン系剣士雫は『これはヤバい』と体を震わせながら、親友の方を見る。

雫の親友…白崎香織は、卓弥のことが大好きなのだ。

それなのに、目の前で想い人が別の女性に連れて行かれてしまった。

そんなところを目撃してしまったら………

 

「か、香織。落ち着い………」

 

そう言いながら香織を見たが、途中で言葉を止めてしまった。

それは香織がとてつもない嫉妬………ではなく、慈愛深い雰囲気を纏い、まるでとても嬉しそうな視線を2人の後ろ姿に……特に卓弥に向けていたからだ。

雫にはどういうことかまるで理解できなかったが、これだけは理解できる。

香織が、卓弥とルチアが一緒にいることに嬉しさを感じているということに………




第三話、完!
今回も長くなってしまいましたが、いかがだったでしょうか。
一度書くと決めたら、短くまとめるのがとても難しいですね!(汗
さて、今回は卓弥やルチアのステータス、そして卓弥の過去を少し書きました。
「今回出てきた子供達は誰?」「卓弥がいた孤児院の子供達?」と思った人もいるでしょう。
それに、卓弥が魔力を使用したことに驚いた人もいるでしょう。
誤解させないように伝えます。
あの子供達は孤児院の子供達ではありません!
それに加えて、卓弥はトータスに来る前、つまり地球にいた時点で魔法を使えます!
一体どういうことなのか、これからの物語で詳しく説明していくので期待していてください。
次回は卓弥軍曹によるルチアの特訓、そして、未だ名前が出ていない小悪党組とのやりとりを書きたいと思います。


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開催!タクヤーズブートキャンプ!

ギアスです。
早々ふざけたタイトルで始まっておりますが、第四話を始めたいと思います。
ステータスプレートを渡され、己の力を知ることができた生徒達。
さまざまな謎を残して、とうとうルチアの特訓が始まる!
果たして、ルチアは生き残れるのか!(オイ
それでは、第4話をどうぞ。


ステータスプレートを渡された日から1日経った。

昨日のうちに王国内の施設をルチアの案内で見て回った卓弥は、とうとうルチアの特訓を始めようとしていた。

ちなみに、ルチアの服装は、動きやすそうな見た目のバトルドレスを思わせるメイド服になっていた。

本人曰く、『私は天才美少女メイドなので、どんな状況だろうとメイド服は欠かせません!』とのこと。

 

「ではルチアよ。お主は【オルクス大迷宮】について行きたいと言った。それすなわち、本来は非戦闘員であるはずのお主が死地へ飛び込もうと言っておるのと同義じゃ。お主にはこれから、最低限の下地と、戦うための武器を作るための特訓を受けてもらう!」

「あ、はい。それはわかるんですけどご主人様。その帽子は一体……?」

 

困惑するルチアの前には、どこで買ったのかわからない、というかトータスにはないはずの帽子である、軍帽をかぶった卓弥がいた。

何故軍帽を被っているのかというと、本人曰く『特訓といえばこれじゃろ?』とのこと。

……いやここ軍隊と違うんですけど……

 

「ルチアよ!お主のようなメイドをやっておった貧弱ボディを戦闘に慣らすため、まずは体力作りの走りこみから始めるぞ!!」

「えちょっと待って、体力がないことは認めるけど貧弱ボディって何?私の体力の事だよね?間違っても私のこの見た目のことじゃないよね!?」

 

ちなみにルチアのとある部分の装甲は、平原と言っても良いぐらい真っ平らだった。

それはもう何も言えないくらい真っ平らだった。

 

「まあ、今回は初回だからな。慣らしていくためにまずは短い距離で行くぞ。」

「あ、それは助かります。いや〜流石にいきなり5kmとか長い距離走らされるのはちょっとキツイからねぇ〜」

「では早速2()0()k()m()からだ!準備せい!」

「りょーか……え?なんて?」

 

聴き間違えだろうか?

5kmの4倍の距離を走れと言われたような?

あ、そうか空耳ですか、そうですか……

 

「何をしておる!20kmと言っておるだろ!さっさと走れい!!」

「空耳じゃなかった!?ちょっと待って!?5kmでもキツイってさっき言ったよね!?こんなか弱いレディに20kmも走らせるとか正気!?」

「正気に決まっとるじゃろがいボケェ!!5kmでキツイなどとほざいとる軟弱非戦闘員が大迷宮で生き残れるわけないじゃろが!2週間後には最低100kmは余裕で走れるぐらいにはなってもらうぞ!ほら走れ!動き出せ!!動かんなら動くまで、そのケツが腫れようともしばき倒すぞ!」

「うわ〜ん!ご主人様の悪魔〜!」

 

卓弥はこれまたどこからとりだしたかわからない木の棒を地面に叩きつけながら威圧する。

そんな姿の卓弥を見て、ルチアは目尻に涙を溜めながら、急いで走り出す。

そしてその後ろを、木の棒片手に卓弥が追いかける!

 

「えちょっとまって、なんで追いかけてくるんですかぁ!?これじゃあ止まれないんですけど!?自分のペースで走れないんですけどぉ!?」

「何甘えたことを言っておる!!特訓中に安泰の時があると思ったら大間違いじゃ!ほらほらほら!スピードを落とすでない!我が追いつく度にお主のケツをしばくぞ!しばかれたくないのならむしろスピードを上げい!!」

「いやぁぁぁぁぁぁ!!チルチルちゃんのお尻が狙われてるぅぅぅ!!?ご主人様の鬼!悪魔!サディスト〜!!」

 

そんな感じで鬼ごっこ(?)をするルチアと卓弥。

卓弥はルチアの後を追って行き、ルチアに追いつく度に木の棒でルチアのケツをしばき、ルチアはケツをしばかれないよう高速で走り、そして追いつかれる度にケツをしばかれた。

2人は場所を問わず好き勝手に走っていたので、王城の訓練場や街中を走ることもあり、そんな2人の姿を目撃した生徒達や住民は全員ドン引きして、住民の間では『神の使徒の1人は少女のお尻を狙うサイコパス』なんて言う、他の神の使徒(生徒)達からしたら不名誉すぎる噂が広まったりした。

そして、走り込みが終わってからも………

 

「え…ちょっ…まっ…て……ちる…ちるちゃ…んを…どこ…へ…つれて…くき……?まだ…つかれ…てるん…だけ…ど……?」

「決まっておるじゃろ?お主の武器をお主自身に作らせる為にも、その武器の構造をみっちり教えんといかん。これから教えながら武器を作るのじゃ。へばっとる暇はないぞ」

「こ…こが……じごく…か………ガク」

 

走り終わってグロッキーなルチアを、卓弥(ルチアと同じ距離走ったのにピンピンしてる)は強制連行し、休ませることなく武器作りのために"錬成"を使わせた。

2日目以降の特訓は、走り込みの距離が少しずつ(1日2km以上)伸びたり、武器作りのために徹夜は当たり前になったりした。

そして、武器が完成すると、今度は走り込みが終わった直後から卓弥との実戦形式の戦いをするのが当たり前になった。

そんな特訓(ルチアにとっては拷問)が2週間続いた。

 

 

 

 

 

そして2週間後。

卓弥とルチアは、王城近くの森の中で模擬戦をしていた。

 

「うりゃ〜!」

「フッ!」

 

ルチアのぬけた叫び声とは異なるドパンッ!ドパンッ!と言う2つの鋭い炸裂音が響くと、卓弥は走り出す。

そして、先程まで卓弥が立っていたところにビシッ!ビシッ!と2つの穴が空く。

そのあと卓弥はルチアに向かって走り出すが、ルチアは()()()()()()の先を卓弥に向けて引き金を連続で引く。

黒鉄色の線数本が卓弥に向かって飛ぶが、卓弥はそれらを交わし、時に支給された西洋風の細身の剣に魔力を纏わせ強化し、それで黒鉄色の線を弾き凌ぐ。

そのままルチアとの距離を詰めるが…

 

「やぁっ!」

 

ブォッ!

 

「……!」

 

ルチアは体制を変え、足を卓弥に向かって突き出し蹴りを放つ。

その蹴りはとても鋭く、空手家の蹴りと比べても遜色は無いだろう。

それを卓弥はギリギリのところで躱し、剣をルチアの首元に振るうが、ルチアが()()()()()で剣を弾き、即座に離脱する。

再び2人は向かい合い、空気が張り詰められていき……

 

「………ふむ、なんとか形になったな。体力も申し分ない。戦力になることができるじゃろう」

「本当ですか!?やったー!やったよぉ〜!あの拷問(特訓)が無駄じゃなくてよかったよぉ〜。」

「まあ、そうじゃ……ん?今なんか言い方おかしくなかったか?」

「気のせいだと思いますよ?はい!」

 

走り込み2()0()0()k()m()が終わったあとの模擬戦にも関わらず、ルチアの動きはとても迅速かつ正確で、これならどれだけ長く戦闘を行っても問題ないだろう。

ステータスプレートも……

 

 

ルチア 17歳 女 レベル25

天職:錬成師

筋力:200

体力:1000

耐性:100

敏捷:1200

魔力:750

魔耐:750

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・高速魔力回復[+瞑想]

 

 

特訓前と比べるととても成長し、レベルも5上がって25になった。

()()の練度も上がったので、これなら【オルクス大迷宮】でも問題なく戦闘に参加できるだろう。

 

「さて、今日はもうここまでにして、他の面子が何をしておるか、見に行こうかの。」

「わかりました!」

 

そう言いながら2人は王城の訓練場に向かう。

訓練場が近くなり、キンッ!キンッ!と剣をぶつけ合う音や、ドカン!と的か何かを破壊するような音が聞こえ始め、訓練場に足を踏み入れた時、卓弥は条件反射で身体を屈めると、誰かがよろめいていた。

 

「おいおい大介、ちょっと加減しすぎだろ。簡単に躱されてんじゃねえか」

「な、ち、ちげぇよ!本気でやったのに、こいつが避けやがったんだよ!」

 

そんなふうに話をしているのは、クラスメイトである『檜山大介(ひやま だいすけ)』『斎藤良樹(さいとう よしき)』『近藤礼一(こんどう れいいち)』『中野信治(なかの しんじ)』の4人。

彼らの態度や小物臭さから、卓弥は密かにこの4人を『小悪党4人組』と呼んでいた。

どうやら檜山が卓弥を殴ろうとしたが、それを卓弥に躱されてしまったようだ。

 

「よぉ、サボり魔の天喰くぅ〜ん。何しに来たのかなぁ〜?自分だけ弱っちぃからって焦ってるのか〜?」

「ちょっ、大介言い過ぎだって!いくら本当だからってさ〜、ギャハハハ」

「今更訓練しに来たのか?とっくに俺たちより弱い無能なんだから無駄だって!」

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

 

何が面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラ笑う檜山達。

 

「あぁ?おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね?まあ、俺も優しいし?稽古つけてやってもいいけどさぁ〜」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ〜。天喰〜感謝しろよ?」

 

そんなことを言いながら卓弥を人目につかない場所へ連行しようとする檜山達。

クラスメイト達もそれに気づくか、関わりたくないのか見て見ぬふりをする。

 

「何を言っておる?いくらなんでも()()に教えられたところで身につくものなどないわ。雑魚脱却のために自己鍛錬をせんでもいいのか?」

 

が、卓弥のその物言いに檜山達は動きを止める。

そして4人は卓弥に対して敵意を顕にする。

見て見ぬふりをしていたクラスメイト達も、卓弥のその言葉に驚いたように注目する。

 

「……おい無能。誰が雑魚だって?」

「お主らじゃよ。て言うか、無能もお主らじゃろ?ちょっと力をつけたぐらいで、相手との力量差も見極められずに格上に喧嘩を売るとは。猿でもそれぐらいのことはできるぞ?」

「おいおい、それ俺たちのセリフなんだけど?雑魚は雑魚らしく、俺達の前で這いつくばってればいいんだよ!」

 

どうやら力を手に入れたことで檜山達はかなり調子に乗ってしまっていて、暴力にも躊躇いを覚えなくなっているようだ。

まあ、思春期男子がいきなり大きな力を得れば、それに溺れるのも仕方がないだろう。

しかし、格上相手にも関わらず喧嘩を売るのはいただけない。

卓弥はそう考えつつ、やれやれと頭を振り、ハンドサインでルチアを下がらせる。

そして………

 

「……あまり強い言葉を使うなよ?唯でさえ弱いお主らが余計弱く見える」

 

あくまで卓弥は本心を言ったつもりなのだが、他人が聞けば挑発にしか聞こえない物言いに檜山達の怒りは爆発した。

 

「調子に乗ってんじゃねぇぞ雑魚が!!」

 

そう言いながら近藤が右手に持っていた剣を鞘に収めたままとは言え振りかぶった。

クラスメイト達は、これから起こるであろう檜山達による卓弥へのリンチに悲鳴をあげる。

そして、止める間もなく剣は振り下ろされる。

しかし……

 

「ふん」

 

パァン!

 

「……あえ?」

 

卓弥の左手の裏拳打ちで剣は弾かれ、そのまま卓弥は右腕を引き絞って、そのまま拳を突き出す。

 

「むん!」

 

ドゴォォォォォン!!

 

「ぶげあ!?」

 

そして拳は近藤の鳩尾に突き刺さり、近藤は胃液を吐きながら吹き飛び、訓練場の壁に直撃する。

それを見ていた檜山達やクラスメイトは呆然としていたが、中野と斎藤はすぐ再起動し怒りを顕にする。

 

「いや、いくらなんでも脆すぎないか?ルチアでも2、3発は耐えられるぞ?」

「て、テメェ!ここに焼撃を望む、"火球"!」

「ここに風撃を望む、"風球"!」

 

近藤の耐久力に卓弥が呆れた言葉を漏らすと、中野が火の塊を、斎藤が風の塊を放つ。

どちらも一節で構成された下級魔法。

それでもそれなりに威力はある。

 

「……ふん」

 

しかし、卓弥は慌てた様子もなく、右手でフィンガースナップをする。

すると、2つの魔法は、まるで初めからなかったかのように()()()()()

 

「は……へ?」

「な、なんで」

 

ガシ!

 

「ぬん!」

 

バァン!

 

「「ぶは!?」」

 

そしてそれに2人が呆けている隙に、2人の頭を掴み、そのまま頭同士をぶつけ2人を気絶させる。

 

「ひ、ひぃぃぃ!な、なんなんだお前!?な、なんで、そんな……!」

 

最後に残ったのは檜山だったが、ようやく卓弥との力量差を理解したのか、身体をガクガク震わせ、尻もちをつきながら悲鳴をあげていた。

しかし、一度やると決めたのは檜山達なのだから手加減はしない。

卓弥は檜山の足を掴み、頭上を通しながら、そのまま檜山を地面に振り下ろす。

ボガァァンッ!と大きな音を立てながら檜山は顔面から振り下ろされ、檜山は顔がボロボロになりながら気絶した。

 

「ちょっと、何やって……なにこれ!?」

 

後ろから声が聞こえてきて、振り返れば香織と雫、龍太郎に光輝がやってきていた。

 

「……それで、何があったの?天喰君」

 

雫が周囲を見渡しながら卓弥に問いかける。

 

「此奴らが我に稽古をつけると言って来たのでな。それなりに強いのだろうと考えて力を出したら、まあ、想像以上に弱くての、こうなった」

「私も見たましたけど、あの4人メチャクチャ気持ち悪い笑い方してましたよ。ご主人様がこっちで訓練してなかったから弱いと勘違いしてましたし、ご主人様をリンチにしようとしてたんじゃないですか?」

 

卓弥とルチアの言葉に雫はなるほど、と小さく頷く。

一見すると卓弥が檜山達を一方的に伸したように見えるが、卓弥は嘘をつくような男ではないし、ルチアというもう1人の証言もある。

だが、そこに空気の読めない男が一人入ってくる。

光輝だ。

 

「ふざけるな。こんな一方的に痛めつけておいて、そんな言い訳が通用すると思うのか。第一それが本当だとして、それは本当にリンチだったのか?君は訓練にも参加せず、図書館や工房に入り浸っているそうじゃないか。檜山たちもそれを見かねてどうにかしようとしたんじゃないのか?ルチアに暴力を振るい、無理矢理従えて、自分に有利な証言をさせるなんて、見下げ果てた奴だ!」

 

光輝の思考パターンは、「基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない!」という過程を経るのである。

特に今回は檜山たちが卓弥をリンチしようとしている場面を見ておらず、卓弥が檜山たちを伸している現場に駆け付け、証言もその卓弥と、彼のメイドであるルチアだけであるがゆえに、そう判断したのだろう。

他のクラスメイトも目撃していたはずだが、証言しようとしない。

おそらく、証言した後のことが怖いのだろう。

 

「…お主に何を言っても無駄なのはわかっておるが、一応言っておくぞ?我はルチアを従えてなどおらぬし、暴力も振るっておらぬぞ?」

「嘘を言うな!お前がルチアを追いかけ回していたことは知っているんだ!なのにそんなわかりやすい嘘をつくなんて、恥ずかしくないのか!?」

「あれはルチアの特訓なのじゃが?あやつはああでもしんと特訓せんかったからのぉ。まあ、此奴らを見るにこれ以上ここにいても無駄なようじゃな。我は先に帰らせてもらう」

「おい待て!逃げる気か!」

 

その後も光輝は何かを言うが、卓弥は聞く耳を持たない。

そのまま卓弥は、いつのまにか香織と話をしていたルチアを連れて訓練場から出て行こうとする。

するとメルド団長が近づいてきて

 

「坊主。もう戻るのなら無理に止めるつもりはないが、明日から実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ行く。必要なものはこちらで用意するが、明日の為に気合を入れて、今日はゆっくり休んでくれ。」

「ほう、わかった。ありがとう。ではいくぞルチア」

「へ?あ、はい。わかりました。」

 

卓弥はルチアを連れて訓練場を後にした。

しかし、ルチアはこの時、香織からの会話を思い出していた。

 

 

『ねぇ、ルチアちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。』

『はい。なんですか?』

『ルチアちゃんって、天喰くんのことが好きなの?』

『はい!?え、な、何言って』

『ああ、ごめんごめん。無理に言わなくてもいいよ。私は、ルチアちゃんに一つ言いたいことがあるだけだから』

『言いたい、事?』

『ルチアちゃん。天喰くんのこと、好きでもそうでなくてもいいから、近くにいるなら天喰くんのこと、()()()()()()()()()()()な』

『は、はい?どう言う……?』

『とりあえずこれだけ!聞いてくれてありがとうね!』

『え、あ………』

 

 

『………私、ご主人様のこと、どう思ってるんだろ……?』

 

ルチアは、香織に言われた、『卓弥のことが好きなのか』と言う言葉で頭がいっぱいになっていた。

他の言葉は、どう言う意味なのかまるで理解できなかったが、それだけは頭を渦巻いていた。

……ご主人様のことはイケメンだと思うけど、好きとは違うと思うし、でも嫌いかと言われると、それも違う気がするし、それに………

ルチアはたくさん考えたが、結局、その考えの結論が出ることはなかった………

 




第四話、完!
いかがだったでしょうか?
卓弥は特訓の際は鬼畜鬼軍曹になります。
卓弥軍曹の第一被害者はルチアでした……。
ちなみに、この特訓は戦えるヒロイン達が卓弥パーティーに入るたびに行われていると考えてください。
つまり、ユエやシア、ティオ、そして香織も………
ちなみに、今回の香織は原作みたいな『私が本妻になる!』みたいな感じはありません。
香織がここまで穏やかなのは、卓弥の闇に少しだけでも感づいているからなんです。
あと、卓弥がフィンガースナップをした時に魔法が消えたのは、卓弥が『魔法相殺(マジックキャンセラー)』と呼んでいる技術で、自分の魔力を魔法にうまくぶつけることで、下級魔法レベルなら魔法を掻き消すことができる技術です。
次回はホルアドでの語らいを書きたいと思います。


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夜の語らい

ギアスです。
第五話を始めたいと思います。
卓弥の拷問……じゃなくて特訓によりレベルアップを果たしたルチア。
とうとう来たるオルクス大迷宮での実戦訓練。
その前日の夜に、卓弥は香織と話をするが………
それでは第五話をどうぞ。


【オルクス大迷宮】

それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。

七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気があるのは、階層により魔物の強さを測りやすいため、新兵の訓練などに使われていると言う事と、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているためだ。

魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。

強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。

魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

要するに魔石を使うほうが魔力の通りがよく効率的と言う事だ。

その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。

魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

ちなみに良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。

固有魔法とは魔力はあっても詠唱や魔法陣を使えないため多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。

一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。

魔物が油断ならない最大の理由だ。

卓弥たちはメルド団長率いる騎士団員数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者たちのための宿場町【ホルアド】に到着した。

明日から早速迷宮に挑むことになるらしい。

卓弥は久しぶりに見た普通の部屋のベッドに腰掛ける。

ルチアは、流石に歳の近い異性が同じ部屋で眠るのはあまりよろしくない為、1人部屋を2つ借り、その1つを卓弥、そしてもう1つをルチアが使っている。

明日のことを考え百面相をしていると、不意に扉がノックされる。

院長達の副業の手伝いの為徹夜をすることが当たり前の卓弥はなんともないが、すでに深夜に近い時間にもかかわらず訪れた訪問者に誰じゃ?と首を傾げていると、

 

「天喰くん、起きてる?白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

卓弥は頭に?を浮かべながら扉の鍵を開ける。

すると、そこには純白のネグリジュにカーディガンを羽織っただけの香織がいた。

 

「……なんじゃ白崎?何か連絡事項でも?」

 

ある意味衝撃的な光景だが、女性に対して異性としての興味がない卓弥にはそう言ったリアクションはなし。

しかし、それは香織もわかっていたのか話を続ける。

 

「ううん。その、少し天喰くんと話したくて……迷惑だったかな?」

「別に。入りたいなら入れ」

「うん」

 

香織は頷いて部屋の中に入るが、その際にふわりと香織の髪からいい匂いがする。

思春期男子の思考が加速しそうなシチュエーションだが、相変わらず卓弥はノーリアクション。

卓弥は淡々と紅茶(モドキ)の準備をし、それを香織の前に差し出す。

香織はありがとうと言うと、嬉しそうにそれを手に取って口にする。

卓弥は自分の分の紅茶(モドキ)の準備をすると、香織に向かい合う。

 

「それで、話と言うのは何じゃ?」

 

卓弥が切り出すと、香織は思いつめた表情を浮かべる。

 

「明日の迷宮だけど……天喰くんとルチアちゃんには町で待っていてほしいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得する。だから!お願い!」

 

興奮したように身を乗り出してくる香織に神羅ははて?と首を傾げる。

 

「……どういう事じゃ?我とルチアが足手まとい……と言いたいわけではなかろう?お主たまに正夢を見ることがあるとか孤児院の手伝いの時言っとったが、その類か?」

「う、うん。そうなの………あのね、何だか、すごく嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢を見て……天喰くんがいたんだけど、天喰に黒い闇みたいなモヤが纏わりついて、それを助けようとしたんだけど……そのモヤが私を拒んで、もたついている内にモヤが天喰くんを完全に包んで、それが晴れた時には………」

「……時には?」

「……消えてしまったの……」

「………そうかい」

 

所詮夢は夢。

しかし、彼女は良く正夢を見るし、卓弥もその香織の夢での出来事が実際に起きた光景を目の当たりにしたことがある。

しかし、だからと言って、ここで足踏みするわけにはいかない。

 

「そうは言うが、迷宮は帰還の手がかりのためにも調査しておきたい場所じゃ。ルチアとの約束もあるしの。今回の件はとても都合がいい。参加しないわけにはいかんのじゃ」

「でも……」

「それに、この訓練にはお前たちも参加する。友人を放って我だけ安全圏にいるなど、論外じゃ。」

 

その言葉に香織は目を丸くするが、少しすると小さく微笑む。

 

「相変わらず優しいね、天喰くんは」

「我が思うがままに行動しとるだけじゃ。優しさがあるわけないじゃろ?」

「………ねえ、天喰くん。私と天喰君が初めて会った時のことって覚えてる?」

「ん?…………ああ、お主が我をストーカーする要因になった不良どもとの話か」

 

香織はそう聞くと、むぅ、いじわる。と頰を膨らませるが、卓弥がくくくっ!と笑い出すと、香織もくすくすと笑う。

 

 

 

 

 

 

 

中学2年のある日。

男の子が不良連中にぶつかり、その際に持っていたたこ焼きをべっとりとつけてしまったのだ。

キレた不良の剣幕に男の子は泣いてしまい、おばあさんは怯えて縮こまってしまう。

そして不良連中がおばあさんにクリーニング代を請求し、おばあさんがお札を数枚取り出した際不良たちは更に恫喝し、最終的に財布を取り上げようとしたときに男の子が不良の前に立ちふさがったのだ。

泣きながらも、子供ながらにそれはダメな事だと分かったのだろう。

それにキレた不良が男の子に手を上げようとした瞬間、その間に卓弥が割って入ったのだ。

だが、それはお世辞にも助けに入った感じではない。

だってその時の卓弥の見た目は、両肩にエコバッグを1つづつ下げた、見た感じ買い物に帰る途中、考え込んでいる間に割り込んでしまったという感じだったからだ。

突然の介入に不良たちは当然卓弥に罵声を浴びせてきた。

最初卓弥は無視してその場を去ろうとしたが、不良の一人が肩を掴んだことでようやく状況に気づいたのか周囲に視線を向ける。

そして卓弥が男の子とおばあさんを視界に入れたと同時に、不良の一人が卓弥に向けて手を上げ、卓弥がそれに気づいた次の瞬間、卓弥は手を上げてきた不良を一撃で殴り飛ばしてしまった。

殴り飛ばされた不良は塀にぶつかって気絶し、不良たちはまるで紙屑のように吹き飛んでしまった不良を見て、一斉に顔を青ざめさせた。

卓弥はエコバッグ2つを道の脇に置くと、手からパキパキと音を立てながら、『……失せろ』と言いながら威圧を飛ばした。

不良たちは財布を放り出して逃げ出してしまった。

そこまではまあ、比較的普通の、ありふれたヒーローのような光景だろう。だが、その先は違っていた。

おばあさんに男の子、この様子を遠巻きに見ていた人たち、そして香織、その場の全員が卓弥に恐怖の感情を向けていたのだ。

それも仕方ないだろう。

卓弥が放ったそれはもはや人のそれではない。

怪物。

そう呼んでもおかしくない異様な圧。

現に香織だって当時は恐怖に後ずさってしまった。

だが、香織はその視線にさらされている卓弥の姿を見て目を見開く。

卓弥はそんな恐怖の視線の中で卓弥は真っ直ぐに立っていた。

そこには人を助けた事を誇る様子はない。

恐怖の視線を向けられることへの戸惑いも、怒りもない。

その姿から香織は目をそらすことができなかった。

あれほどの圧を放ったのだ。

未だ彼への恐怖は薄れていない。

だが、その姿にはそれを差し引いても引き寄せられる何かがあった。

香織が卓弥から目を逸らせずにいると、その卓弥は不良たちが落としていった財布を拾い上げ、首を傾げながら目の前の怯えているおばあさんに視線を向ける。

そして数度両者の間で視線を動かし、更に男の子が財布に視線を向けているのに気づくと、ようやく財布がおばあさんのものと気付いたのかそれを返そうとする。

すると男の子はおばあさんの前に立つ。

まるで守る様に。

体を恐怖で振るわせながらも。

それを卓弥は無言で見ていたが、不意に懐かしいものを見るように目を見開き、そして、今まで無表情だった顔に悲しげな笑みを浮かべて

 

『返すぞ、坊主』

 

そう言って財布を男の子に投げ渡し、それだけを言うと卓弥はエコバッグを肩に下げ直して去って行ってしまった。

その背中はとても大きくて、そして堂々としていた。

しかし、とても寂しげだった。

まるで、もう二度と元に戻らないものを思い出して、心が痛んでいたかのように。

そんな卓弥の背に……香織は惹かれた。

その時見せた悲しげな笑みに……香織は、彼を守りたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

「本当なら優しいとか、強いとか、そう言う風に思うんだろうけど………天喰くんにはそう言った雰囲気はなかった。だけど、そんなの気にならないぐらい大きな何かを感じたの。それが私にはすごく眩しくて……だけどすごくかっこいいと思ったんだ。だからもっと天喰くんを知りたくて、近づいたんだ」

「……そんな大層なものではない。さっきも言ったが、我は我のやりたいようにやっているだけじゃ」

「うん、高校に入ってから見てきてそう思った。天喰くんは天喰君らしくあるために生きてるんだろうなって。だからいつだって迷いがないんだなって……でも、あの夢を見たら……すごく怖かった。まるで天喰くんが……どこか手の届かない、もう二度と会えない場所に行っちゃうんじゃないかって……」

「………気になるところではあるが、夢は夢じゃ、考えすぎるのもいかんじゃろ」

「でも………」

 

それでもなお不安そうにする香織を前に卓弥はむう、とうなりながら頭を掻く。

こういうのはどうにも苦手だ。

それから少しして、卓弥は小さく息を吐きながら口を開く。

 

「信じて待て」

「え?」

「我がいなくなるのが怖いならば、我はいなくならんと考えれば良かろう。たとえ一時期いなくなっても、必ず無事に戻ってくる。それならば問題なかろう?」

 

その言葉に香織はぽかんとするが少しすると嬉しそうに顔を綻ばせ、

 

「うん!」

 

そのまましばしの間二人は雑談し、香織は部屋に帰って行った。

香織を返したあと、卓弥は再びベッドに腰掛け、そして自分の掌を見て………

 

「………眩しい、か。………とっくにこの手は血に濡れて、固まっておると言うのに………」

 

悲しげな、自虐的な笑みを浮かべて、そのままベッドに横になる。

………普段の卓弥ならすぐに気付けたであろう、醜く歪んだ悪意に、気づけないまま………




第五話、完!
いかがでしたか?
香織は、卓弥の悲しげな笑みに、『守りたい』と言う思いを抱いたんです。
あの時ルチアに香織が話しかけたのは、卓弥を『守りたい』と思ってくれるような人を増やしたかったからとった行動でもあるんですよね。
次回はとうとうオルクス大迷宮での実戦訓練!
ルチアの新武器が火を吹きますよ!


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戦闘訓練

ギアスです。
第六話を始めたいと思います。
【オルクス大迷宮】での実戦訓練の前日の夜、香織と話し合った卓弥。
香織が夢で見た不吉な予感、卓弥も気付けなかった悪意が迫る中、とうとう実戦訓練が始まる……!
それでは、第六話をどうぞ。


翌朝、まだ日が昇って間もない頃、卓弥達は【オルクス大迷宮】の正面入り口がある広場に集まっていた。

誰もが少しばかりの緊張と未知への好奇心を表情に浮かべる中、卓弥は視線の先のオルクス大迷宮の入り口を見て少し興が削がれる。

というのも、大迷宮の入口と言えば奥がどうなっているかわからない不気味な洞窟のイメージがあったのだが、実際の迷宮の入り口は、博物館の入場ゲートのようなしっかりした入り口であり、どこぞの役所のような受付窓口まであったのである。

制服を着た受付嬢が迷宮への出入りをチェックしている。

入り口付近の広場には露店が所狭しと並んでおり、まるでお祭り騒ぎだ。

まあ、地球でも標高数千メートルの山を登ったりするし、どちらも大して変わらない。

卓弥が迷宮の入り口一点を見つめながら、メルド団長の後をついていく。

迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

縦横5メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやりと発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。

緑鉱石と言う特殊な鉱物が多数埋まっているらしい。

一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。

しばらく何事もなく進んでいると、高さ7,8メートルぐらいのドーム状の広間に出る。

と、その時、物珍し気に辺りを見渡している一行の前に壁の隙間と言う隙間から灰色の毛玉が湧き出てくる。

 

「よし、光輝たちが前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうから、準備しておけ!あれはラットマンと言う魔物だ。すばしっこいが、大した敵じゃない。冷静に行け!」

 

その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物たちが結構な速度で飛び掛かってきた。

灰色の体毛に赤黒い目。

名の通りねずみのような見た目をしているが、二足歩行で上半身がムキムキ。

見せびらかす為かのように、8つに割れた腹筋と膨れ上がった胸筋には毛が生えていない。

正面に立つ光輝達、特に雫の頬がひきつっている。

よほどラットマンが気持ち悪いようだ。

間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。

その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の『中村恵里(なかむら えり)』とロリ元気っ子の『谷口鈴(たにぐち すず)』が詠唱を開始し、魔法を発動する準備に入る。

卓弥は知らないが、訓練通りの堅実なフォーメーションだ。

光輝は純白に輝くバスタードソードを視認も難しい(卓弥は普通に見えている)速度で振るって数体をまとめて葬る。

彼の持つ剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、名称は『聖剣』である。

光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという才能を誇る。

龍太郎は、空手部らしく天職が"拳士"であることから籠手と脛当てを付けている。

これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。

龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。

無手でありながら、その姿は盾役の重戦士のようだ。

雫は、サムライガールらしく"剣士"の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。

その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほどである。

だが、魔物を切り裂いた瞬間の雫の姿を見て卓弥は小さく目を細める。

そうしていると後衛3人の詠唱が響き渡る。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ、"螺炎"」」」

 

同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。

「キィィッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。

気がつけば、広場のラットマンは全滅していた。

どうやら一階層の魔物では召喚組相手には弱すぎるらしい。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。

しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。

頬が緩む生徒達に卓弥は頭に手を当て溜息を吐き、ルチアも苦笑いする。

そして、「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

メルド団長の言葉に香織達後衛組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめてしまう。

その後、ある程度進んでいると、今度は卓弥とルチアの番になったようで、前衛組と交代するように2人前に出るのだが、

 

「……おい、八重樫」

「?なに、天喰君」

 

卓弥はすれ違いざまに雫に声をかける。

 

「お主、大丈夫なのか?」

「……え?なんの事?問題ないけど………」

 

ふいに紡がれた言葉に一瞬言葉に詰まるが雫は何でもないように問い返す。

その雫に卓弥はちらりと視線を向け、

 

「………いざと言うときは誰かを頼れ。お主だけしかここにおらんわけではないのだからな」

 

それだけを言って卓弥は前に出る。

そこにラットマンが飛び掛かってくるが、卓弥はなんてことないように剣でラットマンを真っ二つに斬り裂く。

その光景に生徒達が目を見開く中、卓弥の背後からラットマンが飛び掛かるが、卓弥はその頭を掴み上げ、そのまま加減もせず地面に叩きつける。

ラットマンの頭部は卓弥の力に耐えられず粉砕され、『中身』が周囲に飛び散る。

その凄惨な光景に生徒たちがひっ、と声を漏らすが、卓弥は呆れた様子で残った死体を放る。

 

『さっきまで己がやっとった事と変わらんと言うのに、何を怯えることがあるのか………』

 

そう考えながら卓弥は残ったラットマン達に視線を向ける。

残ったラットマンは9体。

ラットマン達はそのまま卓弥に襲い掛かるが、その前にルチアが立ちはだかり、両手に持つ()()を正面から襲い掛かる5体のラットマン達に向け、

 

ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

連続で引き金を引き、ラットマン達の頭部に風穴を開ける。

そして、左右から2匹ずつ囲うように襲ってきたラットマン4体を、()()に付いた刃で切り裂く。

その光景を見て生徒達は呆然とする。

正確に言うと、"錬成師"の天職持ちであるルチアが魔物を瞬殺したことではなく、ルチアがその両手に持つ……

 

「ふぃ〜結構()()の扱いにも慣れてきましたよ。にしてもこれすごいですね。魔法の適性がなくても遠距離攻撃できるなんて。おまけに魔法よりもずっと早く攻撃できますし」

「そうじゃろ?"錬成師"なら作れると思ったが、やはり作らせて正解じゃったな

 

 

 

 

 

その銃を」

 

黒い武骨なデザインをしており、銃身の下の部分に刃物をつけた拳銃にである。

 

"錬成師"という戦闘向けではない天職を持つルチアのために、卓弥が知識を貸し、ルチアが造った(造らされた)もの。

それこそが、現段階でトータスにおいて1つだけの、2丁1組の銃型アーティファクト『双黒銃』である。

従来の銃としての使い方だけでなく、銃身に刃物をつけることである程度の近接戦闘も可能となっている。

しかし、双黒銃を完成させたのは、ルチアの特訓が始まってから5日後。

つまり、完成してから、双黒銃の扱いを訓練するための時間は9日間しかなかった。

9日で、トータスの人間どころか、地球の人間でも触る機会の少ない銃をここまで上手く扱えるのは、本人がいつも口にしているように、ルチアが天才だからであろう。

雑談をしながら、双黒銃のマガジン(双黒銃はオートマチックタイプの銃)を交換するルチアや、倒したラットマン達の魔石を回収する卓弥を見て、騎士団達も、魔物を瞬殺した2人を感心したように見ていた。

 

 

 

そこからも特に問題もなく交代をしながら戦闘を繰り返し、一行は目的地の20階層にたどり着いた。

迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。

だが、それを抜きにしても普通なら迷宮内のトラップなどに注意を払う必要があり、ここまでスムーズに降りることはできない。

卓弥達がそれをできているのは、騎士団員たちが罠を見破るフェアスコープと言う魔道具と己の経験を駆使して罠を見破っているからだ。

そうしてたどり着いた二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。

この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

そこに行けば今日の訓練は終わりだ。

神代の時代には転移魔法なんて便利なものがあったようだが今は存在しない為、地道に帰らなければならないのだが。

一行が少し弛緩した空気の中歩いていくと、先頭を歩いていた光輝達やメルド団長が立ち止まる。

瞬間、卓弥は握り拳を作り、ルチアも双黒銃を取り出す。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

メルド団長の忠告が飛んだ直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。

壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。

そして胸を叩きドラミングを始めた。

どうやら擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。

光輝と雫が取り囲もうとするが、無数の鍾乳石のせいで足場が悪く思うように囲むことができていない。

龍太郎を抜けないと感じたロックマウントが後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸い込むと、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

部屋全体を振動させるような強烈な咆哮が発せられる。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

その咆哮を喰らった光輝、龍太郎、雫の体が硬直してしまう。

ロックマウントの固有魔法"威圧の咆哮"。

魔力を載せた咆哮で相手を麻痺させるものだ。

3人が硬直した瞬間、ロックマウントは突撃はせずにそのまま横に跳び、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。

それはそのまま前衛の頭上を越えて岩が後衛の香織たちに迫る。

香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けるが、次の瞬間、衝撃的な光景に思わず硬直する。

投げられた岩もロックマウントだったのだ。

空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。

さながらル○ンダイブだ。

「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。

しかも、妙に目が血走って鼻息が荒い。

香織に恵理に鈴が一斉にヒィ!と声を上げて魔法を中断させてしまう。

 

「何やっとるのじゃ未熟者。戦闘中に油断するな」

「まあ、気持ちはわからなくないですけどね」

 

卓弥が香織達とダイブ中のロックマウントの間に割り込んでロックマウントを叩き落とし、ルチアが3人の様子を苦笑いと共に共感しながら銃撃で蜂の巣にする。

 

「あ、ありがとう2人とも」

 

香織はそう謝り、他の2人も感謝していたが、相当ロックマウントが気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。

そんな様子を見てキレる若者が一人。

正義感と思い込みの塊、我らが勇者、天之河光輝である。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。

彼女達を怯えさせるなんて!と、何とも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。

それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ、"天翔閃"!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

メルド団長の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。

曲線を描く極太の斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁に直撃、破壊し尽くしてようやく霧散する。

ふぅ~、と息を吐いてイケメンスマイルで香織たちのほうに向きなおるのだが、メルド団長の拳骨が炸裂した。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が!気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうすんだ!」

 

光輝は叱られ、香織達は苦笑をしながら光輝を慰めていると、不意に香織が破壊された壁のほうに視線を向ける。

 

「あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

香織の視線を追って全員が視線を向ければ、そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。

香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

グランツ鉱石とは、ルチア曰く宝石の原石で、特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気で、加工してアクセサリーにして贈ると大変喜ばれるらしい。

また求婚の際に選ばれる鉱石のトップ3に入るとか。

 

「素敵……」

「あんな石ころがのぉ………」

「まあ、ご主人様はそう言うの興味なさそうですしね」

 

香織はメルド団長の簡単な説明を聞き頬を染めながら更にうっとりとして、誰にも気づかれないようちらりと卓弥を見る。

しかし、卓弥は凄くどうでもよさそうにグランツ鉱石を眺め、ルチアはそんな卓弥苦笑を浮かべていた。

 

「だったら俺たちで回収しようぜ!」

 

すると唐突に檜山がグランツ鉱石の元に向かっていき、壁を登っていく。

 

「待て!勝手な事をするな!まだ安全確認も済んでいないんだぞ!」

 

メルド団長が慌てて檜山を止めようとするが、彼はそれを聞こえないふりをして鉱石に手を伸ばす。

メルド団長が止めようと檜山を追いかけるが同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認して一気に青褪めた。

 

「団長!トラップです!」

「ッ!?」

 

しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。

檜山が鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がり、瞬く間に部屋全体に広がり輝きを増す。

 

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

メルド団長が叫び、全員が部屋の外に向かって走ろうとするが、一足遅かった。

部屋に光が満ち、その場の全員を飲み込んだ後、一瞬の浮遊感が襲った次の瞬間、床に叩きつけられる。

卓弥はそのまま着地していたが。

彼らが転移した場所は巨大な石造りの橋の上だった。

長さはざっと100メートルはありそうだ。

天井までの高さは20メートルはあるだろう。

橋の下は川などなく、全く見えない深淵の如き闇が広がっていた。

橋の横幅は10メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく奈落に真っ逆さまだ。

卓弥達はその巨大な橋の中程にいた。

橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

「お前たち、すぐに立ち上がってあの階段の場所まで行け!急げ!」

 

メルドの号令に生徒達は慌てふためきながら動き出す。

だが、そうはさせないと言わんばかりに階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量のガイコツの魔物…トラウムソルジャーが溢れるように出現した。

更に、通路側にも一つの魔法陣が現れ、そちらからは一体の巨大な魔物が現れる。

体長10メートルの四足で、頭には兜のような物を取り付けている。

その魔物を見た瞬間、メルド団長は茫然と言った様子で口を開いた。

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

目の前の巨大な魔物…ベヒモスを見て、卓弥は小さく舌打ちをした。




第六話、完!
いかがだったでしょうか?
ようやくルチアの新武器『双黒銃』を紹介できました。
わかりやすく説明すると、現段階の双黒銃は、原作の『ドンナー&シュラーク』からレールガンを撃つ能力を無くし、代わりに刃を取り付けたようなものです。
現時点では、オルクスの奈落の魔物どころか、表オルクスの60層以降の魔物にも歯が立ちませんが、後々双黒銃はしっかり強化されるので問題はないです。
ちなみに、双黒銃の名付け親はルチアです。
次回は、原作でのターニングポイント『奈落の化け物』が誕生した要因にもなったお話を書きます。
今作ではどうなるのか、楽しみにしていてください。


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捕食者の力 運命の分岐点(ターニング・ポイント)

ギアスです。
第七話を始めたいと思います。
【オルクス大迷宮】での実戦訓練。
銃型アーティファクト『双黒銃』を駆使するルチアや、いとも容易く魔物を仕留める卓弥に騎士達が注目する中、檜山の不注意によって発動したトラップにより魔物達に囲まれる。
今まで戦ってきた魔物を遥かに超える力を持つ存在『ベヒモス』を前に、卓弥はとうとう隠された力を解放する……!
それでは、第七話をどうぞ。


発動したトラップにより転移させられた先の橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。

通路側の魔法陣は数は1つだが、その大きさが10m近くあり、階段側の魔法陣は1m位の大きさだが、その分魔法陣が夥しくある。

小さな無数の魔法陣からは、人型の骨の体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。

空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き、目玉のように辺りをギョロギョロ見回している。

その数は、ほんの数秒で既に百体近くに上っており、尚増え続けている。

しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイと卓弥、そしてルチアは感じていた。

10メートル級の魔法陣から出現したのは体長10メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物。

卓弥の知る、もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろう。

しかし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っている。

異世界転移なんてファンタジーな事態に巻き込まれていない一般人にそのイメージを話したら、『そんなトリケラトプスがいるか!』とツッコまれそうだ。

いつも余裕があり、生徒達に大樹の如き信頼を与えていたメルド団長が焦燥を顕にしながら、べヒモスと名前を呟いた魔物は大きく息を吸い、

 

「グルァァァァァアアアアアッ!!

「っ!?」

 

凄まじい咆哮を上げるが、その咆哮でメルド団長は正気に戻り、矢継ぎ早に指示を出す。

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイルは全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も……」

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物。かつて、最強と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!俺はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルド団長の鬼気迫る表情に光輝は一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる。

メルド団長が再び声を出そうとするが、それをいつまでも見逃すほどベヒモスは甘くはない。

咆哮を上げながらベヒモスは自分達の方へ突進してきた。

このままでは、自分達はもちろん、撤退中の生徒達諸共、その巨体と突進力で圧殺されてしまう。

そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力である騎士団たちは動く。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、"聖絶"!!」」」

 

四方2m、最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。

たった一回、一分間しか発動しないが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。

燦然と輝く半球状の障壁が展開され、突進してきたベヒモスを防いだ。

衝突の瞬間に凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕され、石造りの橋が激しく揺れる。

その揺れと衝撃波で、撤退中の生徒たちから悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

そんな中、卓弥は舌打ちをしながら周囲を見渡し、状況を確認する。

 

『ベヒモス……()()()()()『結晶を生やす黒い翼トカゲ』よりは弱いが……準備も足りとらんのに馬鹿正直に相手するのは面倒じゃ……となれば、撤退するが吉か……前はまだ持つ。後ろの骨どもを排除して退路を確保するが最良……!』

 

そう決めると卓弥はルチアの方を向き、

 

「ルチア、退路を確保するぞ。骨どもを蹴散らす。援護を頼む」

「え?あ、りょ、了解です!」

「……行くぞ!」

 

そう言うと卓弥はそのまま階段側に向かって走っていく。

ルチアもすぐさま双黒銃を取り出し、覚悟を決めその後を追いかける。

一方階段側は完全に混戦を極めていた。

トラウムソルジャーは38階層に出現する魔物で、今までの魔物とは一線を画す力を持つ。

前方に立ちはだかる不気味なガイコツの魔物と、背後から迫ろうとするベヒモスの気配に生徒たちはパニックになり、隊列など無視して我先にと階段目指してがむしゃらに向かっている。

騎士団員のアランが何とかパニックを抑えようとするが、自分達に迫る恐怖によりそれに耳を傾ける者はいない。

その内、1人の女子生徒が後ろから突き飛ばされて転倒する。

「うっ」と呻きながら顔を上げるが、その眼前で1体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

そんな一言と同時に剣が彼女の頭部に振り下ろされる。

『死ぬ。』

女子生徒がそう思った瞬間、後ろから頭上を跳んできた誰かがトラウムソルジャーを拳で貫き粉砕、その後ろのトラウムソルジャー数体も放った拳の風圧でまとめて粉々になる。

さらに地面が隆起して数体のトラウムソルジャーの足を巻き込んで固定してはドパンッ!と言う音とともにトラウムソルジャーに風穴が空き粉々になったり、針状の地面が数体のトラウムソルジャーを貫いて粉砕したり、波打つ地面で数体のトラウムソルジャーを橋の端へと追いやられ、奈落へと落ちていく。

女子生徒が振り返ると、拳を握る卓弥、そしてそのそばで双黒銃を構えたまま、器用に靴に刻まれた魔法陣を使って地面を錬成するルチアの姿を捉える。

錬成は触れた範囲から一定の範囲しか効果が発揮されないので、それなりに近い位置まで近づかないと発動できないはずだが、ルチアはそんな常識知ったことか!っと数メートル範囲で連続かつ別々の錬成でトラウムソルジャー達を倒したり妨害したりする。

さすがは天才錬成師を自称するだけの技量はあると言ったところか。

それでも連続の錬成は流石にキツイのか、汗を滲ませながら、時折双黒銃の片割れをしまいながら魔力回復薬を取り出し飲んでいる。

それを横目に卓弥は女子生徒に視線を向けると、女子生徒の手を掴み強引に引っ張って立ち上がらせる。

呆然としてされるがままの彼女に、卓弥はジト目を向けて、

 

「……いつまで呆けとるんじゃ。生きとるんならさっさと動け。冷静ならあんな骨人形どうってことないわ」

 

それだけ言うと卓弥は1度言葉を切り、突っ込んできた別のトラウムソルジャーを蹴り飛ばし、もう1体のトラウムソルジャーを剣でフルスイングし、複数体のトラウムソルジャーに連鎖的にぶつけ粉砕する。

 

「……力はあるんじゃろ?ならさっさと戦え。戦わん奴がこの世界を生き残れるわけないじゃろが」

「う、うん!ありがとう!」

 

そう言いながら女子生徒は駆け出す。

その様子を見届けた後、卓弥は周囲に視線を向ける。

誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器を振り回し、魔法を乱れ撃っている。

このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。

アランが必死に纏めようとしているが上手くいかず、その間も魔法陣から続々と増援が送られてきている。

 

「………まったく」

「え、ご主人様!?」

 

卓弥は、光輝達のいるベヒモスの方へ向かって走り出す。

ルチアはそんな卓弥を追う。

ベヒモスは依然、障壁を破ろうと何度も突進を繰り返していた。

障壁に衝突する度に衝撃波が放たれ、石造りの橋が悲鳴を上げる。

障壁も既に全体に亀裂が入っているおり、メルド団長も障壁の展開に加わっているが、破られるのは時間の問題だ。

 

「ええい、くそ!もう保たんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

この限定的な空間内ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。

逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのが現実的だ。

だが、その微妙な匙加減は騎士団たちのような戦闘のベテランだからこそできる事だ。

故に、戦闘において素人である光輝達には難しい注文だ。

その辺をメルド団長は言い聞かせているのだが、光輝は〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。

明らかに自分の力を過信している。

戦闘初心者の光輝達に自信を持たせようと、褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。

 

「光輝!団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴むが、

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ?付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

しかし、龍太郎の方は賛成のようで、その結果光輝は更にやる気を見せる。

それに雫は舌打ちする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

苛立つ雫を見て香織が心配そうな視線を向ける。

そこに卓弥が勢い良く飛び込んでくる。

 

「天之河!」

「な、あ、天喰!?」

「天喰君!?」

 

驚く一同を無視し、卓弥はキッ!と鋭い視線を向け、体から溢れる怒気を光輝にぶつける。

 

「早く撤退せい馬鹿タレ!ここにお主のやれることはない!!」

「いきなりなんだ?それより、なんでこんな所にいるんだ!ここは君がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて天喰

 

ガッ!

 

はあ”!?」

「黙れこの身の程知らずの軟弱者が!!!」

 

卓弥は乱暴に光輝の首をつかみ、宙吊りにしながら、唯ならぬ殺気を光輝1人にぶつけて怒鳴る。

いつも面倒臭そうにのらりくらりと話題を逸らすはずの卓弥の、とてつもない怒気と殺気に思わず硬直する光輝。

他の、後から合流したルチアも、そんな卓弥を見て呆然としている。

 

「殺し合いを理解しておらんクソガキに何ができる!!お前がここで何かをしたところで全員死ぬだけじゃ!そんなこともわからんのなら、さっさとくたばれ!!」

「な」

「今お前にできるのは、後ろで碌に連携も取れんくなっとる阿呆どもをまとめてさっさと全員逃すことぐらいじゃ!まともに回そうとせん頭をこんな時ぐらいは回せ!!」

 

そこまで言い切ると、卓弥は光輝を乱暴に解放する。

解放された光輝は、卓弥の言葉を聞いて退路の方を見ると、トラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。

訓練のことが頭から抜け落ちているようで、効率的な戦いもできずに、敵の増援を突破できていない。

スペックの高さ故まだ死人はいないが、死人が出るのも時間の問題だ。

 

「お主の取り柄は、その無駄にあるスペックだけじゃ!!その力で守れるものぐらいしっかり守れやボケナス!!」

 

呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振ると卓弥に頷いた。

 

「あ、ああ、わかった。直ぐに行く!メルド団長!すいませ――」

「下がれぇーー!」

 

卓弥の物言いに納得しきれていないようだが、それでも光輝が撤退することを伝えるためにメルド団長の方を振り返った瞬間、その団長の悲鳴じみた警告と同時に、遂に障壁が砕け散った。

暴風のように荒れ狂う衝撃波が卓弥達を襲う。

咄嗟に、ルチアが前に出て錬成により石壁を作り出すが、あまりにも余裕が無かった為、石壁はあっさり砕かれ、自分達は吹き飛ばされる。

多少は威力を殺せたようだが……ベヒモスが咆哮で舞い上がる埃を吹き飛ばす。

そこには、倒れ伏して呻き声を上げる団長と騎士三人。

衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。

光輝達も倒れていたがすぐに起き上がる。

メルド団長達の背後にいたことと、ルチアの石壁が功を奏したようだ。

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

光輝が問いかけると、苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。

 

「やるしかねぇだろ!」

「……なんとかしてみるわ!」

 

そして二人がベヒモスに突貫しようとした瞬間、その前に卓弥が飛び込み、ベヒモスの眼前に着地、ベヒモスの左角を右手で掴む。

そして

 

「……ふんっ!」

 

ベヒモスの頭部を残った左腕で殴る。

瞬間、

 

バキリ!

 

「グウゥオアアアアアァァァァ!?」

 

何かがへし折れる音と、空気が炸裂するような轟音と共にベヒモスの巨体が吹き飛ばされる。

その光景に光輝たちは一斉に目を見開く。

石橋に叩きつけられたベヒモスを後目に卓弥は油断なくベヒモスを睨みつける。

よく見れば、ベヒモスの左角が無くなっており、鎧にも罅が入っている。

そして、卓弥の右手には、ベヒモス折れた左角が残っていた。

その光景からいち早く復帰したのは衝撃から立ち直ったメルド団長だった。

 

「ぼ、坊主……お前……その力はいったい……」

「ご、ご主人様!?今のなんですか!?」

「す、すごい……天喰くん……そんなに強かったの!?」

 

復帰したルチアと香織が慌てて卓弥の元に向かって走っていくが、卓弥は2人に意識を向けることなく、ベヒモスの角の一部を()()()()()()()()()

 

「天喰くん!?」

「ご主人様!?何やってるんですか!?吐き出してください!!」

 

ルチアの慌てようは当然のことだ。

香織はこの時知らなかったが、魔物の肉は人にとって猛毒で、魔物の肉を喰った者は例外なく体がボロボロに砕けて死亡すると言われていたのだから。

角だとしても魔物の一部であることには変わらないので、このままでは卓弥が死んでしまう。

しかし、いつまで経っても卓弥の体は崩壊を始めず、それどころかなんと、卓弥の右肩から1()()()()()()()()()()()

その光景に2人がギョッとすると、卓弥から生えてきた2本目の右腕が赤く染まっていく。

熱を感じるので、どうやら卓弥の2本目の右腕が赤熱化してきているようだ。

 

「……ショボいな。やはりこのレベルの魔物じゃあ、この程度の力しか身につけれんか」

 

そうボソッと愚痴りながら、2本目の右腕を元に戻して、生えた右腕が収納されるように消えた。

そして卓弥は後ろの2人を見て話し出す。

 

「……お主ら。動けるなら今すぐ全員連れて逃げろ。奴は我が足止めする。」

「で、でもご主人様………」

「天喰くん…今の腕って………」

「………まあ、そうじゃな。これが『捕食者』の力……()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃ。」

 

これこそが天職"捕食者"の力。

動植物無機物、そして魔物すら喰らい、己の力に変える力だ。

正確には()()()()のだが、詳しく話す暇はない。

 

「とにかくさっさと逃げい。我ならあの獣を止められる。今は引く時じゃ」

「で、でもっ、それじゃ天喰くんが……!」

 

香織は、卓弥が残ることを反対し、食い下がろうとするが、ベヒモスが起き上がろうとするのを見た雫が香織の腕をつかむ。

 

「香織、行きましょう!このままじゃ彼の邪魔になるわ!」

「で、でも!」

「でももないわ!このままじゃ全滅よ!それじゃあ彼が残ろうとする意味がないわ!」

「っ……!」

「白崎様、早く戻ってください」

 

いまだ迷っている香織にルチアが声をかける。

 

「ルチアちゃん!?」

「ご主人様は私が連れて戻ります。担ぎ上げてでも絶対に!だから行ってください!」

 

ルチアの言葉に卓弥はぎょっとしたように振り返る。

 

「お主何馬鹿なこと……!?」

「ベヒモス相手に1人で立ち向かおうとしているご主人様に言われたくありません。それに、もしご主人様に何かあったら、誰がご主人様を連れて逃げるんですか!」

 

その言葉に卓弥は顔を顰める。

しかしルチアは不敵な笑みを浮かべ、

 

「だいじょーぶです。だって私、天才ですから☆」

 

こんな時にもふざけた態度を見せ卓弥は呆れる。

そんな中、ベヒモスが起き上がり、こちらを睨みつけるのを確認する。

もう時間がない。

 

「間違っても我の前に出るなよ……!白崎達は行け!」

 

卓弥の言葉に雫はぎりっ、と歯を食いしばると静かに頷く。

 

「待ってて、二人とも。必ず戻ってくるわ!」

「ま、待って雫ちゃん!」

「坊主ども、絶対に無茶はするなよ!必ず助けてやる!行くぞ、光輝!」

「え、あ、ああ……」

 

雫は香織を無理やりに引っ張っていき、復帰したメルド団長は騎士団員達と茫然とした様子の光輝を連れて撤退する。

残った卓弥はルチアと共にベヒモスを睨みつける。

ベヒモスはその頭部の兜を赤熱化させると、それを掲げると猛然と突撃を開始する。

卓弥はそれを迎撃するために、両腕を下に向け、指先が地面につくぐらいに上半身を低くし、ルチアは双黒銃を取り出す。

 

「奴のあの赤熱は石を溶かすぐらいは熱がある。止めることは考えず避けることだけを考えろ。見たところやつには突進以外の攻撃法はなさそうじゃ。突進だけを意識すれば食らうことはない」

「りょーかいです。ていうか素人考えですけど、トラウムソルジャーにはこの銃の攻撃通じましたけど、絶対ベヒモス(アレ)には効かないと思います。銃による負傷は期待しないでください」

 

そして卓弥が迎撃しようと地を蹴ろうとした瞬間、ベヒモスが勢いよく跳躍する。

予想外の行動に卓弥とルチアは驚いて顔を上げると、跳躍したベヒモスが赤熱した頭部を下に重力に従って隕石のように落下してくる。

 

「退け!」

「くっ!」

 

ふたりは慌てて後ろに下がる。

そのままベヒモスは誰もいないところに着弾。

周囲に衝撃波が放たれるが、二人はどうにかその範囲外に逃げられた。

しかし、ベヒモスは再び兜を赤熱化させると、そのまま猛進、再び跳躍する。

しかし、二度も同じ手は食わない。

ルチアは双黒銃を乱射し、ベヒモスを蜂の巣にしようとする。

が、やはりルチアの予想通り弾丸はベヒモスの肉を貫通せず、そのまま弾かれてしまう。

しかし、問題はなかった。

何故なら、ルチアの狙いはベヒモスを仕留めることでなく……

 

ビシッ!

「グゥオオオォォォォ!?」

「大当たり!」

 

……ベヒモスの目を潰すことなのだから。

片目を弾丸によって潰され、体勢が崩れる。

卓弥はその落下予測地点を見極めると、素早くその場から退避する。

空中で軌道を変えるなんてできるわけもなく、何より目が潰れて何も見えない為、ベヒモスはそのまま誰もいない空間に着弾、その頭部がめり込む。

それをルチアは見逃さない!

 

「練成!」

 

瞬間、ベヒモスの頭部がめり込むことでひび割れていた石橋が修復され、それに伴ってベヒモスの動きが止まる。

ベヒモスは脱出しようとさらに激しく頭部を動かし、石を破壊するが、ルチアが片っ端から直していく。

ベヒモスがさらに力を籠めようと踏ん張った瞬間、卓弥が飛び込み、

 

「寝ておれ!」

 

大きく肥大した、獣のような鋭い爪を持ち、鋼鉄のような頑強な見た目になった右腕を叩きつける。

衝撃によって石橋に無数の罅が走るが、ルチアの練成によって修復され、成すすべなくその一撃を喰らったベヒモスは鎧を破壊されて血を流し、脳震盪でも起こしたのかうめき声を上げながらふらついている。

それでもどうにか引き抜こうとしているから気は抜けないがだいぶマシになった。

卓弥がちらりと視線を後ろに向けると後ろの退路は開けており、すでに全員が撤退したようだ。

卓弥はそれを確認しながら目の前のベヒモスに視線を向ける。

まだふらついた様子を見せている。

今しかチャンスはない。

 

「逃げるぞ!」

「りょーかいです!逃げるんだよぉ〜!」

 

ルチアは練成でベヒモスを拘束すると、卓弥と同時に駆け出す。

しかし、10秒ほど経過したころ、ついにベヒモスが拘束を吹き飛ばして立ち上がる。

激しく頭を振って意識をはっきりとさせると己をに好き放題してくれた怨敵、卓弥とルチアを残った目で捉える。

怒りの咆哮を上げて二人を追いかけようと四肢に力を籠める。

だが、その瞬間、

 

「避けろ!」

 

メルド団長の大声が響くと同時に、ベヒモスに向かってあらゆる属性の魔法が殺到する。

流星群のように降り注ぐ魔法がベヒモスを打ち据える。

ダメージはないが足止めにはなっている。

いけるっ!と2人は確信し、そのまま全速力で駆け抜ける……

 

が、ここで、1つの悪意が動き出そうとしていた。

その悪意の持ち主は檜山大介だった。

迷宮に入る前、ホルアドの宿に宿泊していた時のこと。

緊張のせいで眠れなかった為、トイレついでに外の風を浴びに行き、その帰りに偶然ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。

気になった後を追うと、香織はある部屋の前で立ち止まりノックした。

そして、その部屋から出てきたのは……卓弥だった。

この瞬間、彼の頭は真っ白になった。

檜山は香織に好意を持っていた。

しかし、自分は彼女には釣り合わないと考えていた。

光輝のようなやつと結ばれるのならそれでよかった。

だが、卓弥と結ばれることだけは認められなかった。

学校ではチヤホヤされているが、学校外では暴力を振るっているような男(暴力を振るうことはあるが、それは家族などの誰かを守る為のもの)が香織のそばにいるのはおかしいと考えていた。

そうして、溜まっていた不満は、増悪と言ってもおかしくないレベルにまで膨れ上がっていた。

グランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなって現れたからだ。

その時のことを思い出した檜山は、ベヒモスを押さえている卓弥と、それを手伝うメイドルチア、そして、今も祈るように卓弥達の身を案じる香織を見て………仄暗い笑みを浮かべた。

 

そんな悪意に気づかず、全力で逃げる2人。

しかし、空をかける数多の魔法の中の一つの火球がわずかに軌道を曲げて、そのまま卓弥……ではなく()()()()()()()()襲い掛かってくる。

明らかにルチアに向かって誘導されたものだった。

 

「!?ルチア!避けろ!」

「えっ?」

 

卓弥はとっさに声を上げるが、あまりにも消耗しすぎたルチアは気づかない。

 

ドカンッ!

 

「きゃあ!?」

 

火球はルチアに命中。

ルチアは来た道を引き返すように吹き飛ばされ、気絶する。

それに舌打ちをする卓弥だが、それと同時に赤熱化したベヒモスが跳躍し、襲い掛かる。

卓弥は気絶したルチアを抱き上げ、前方に身体を投げ出し、ベヒモスの一撃を回避するが、凄まじい衝撃が石橋を襲う。

その一撃で石橋全体に罅が走り、メキメキと悲鳴を上げ、崩壊を起こす。

 

「グゥアアア!?」

 

ベヒモスは悲鳴を上げながら崩壊し傾く石橋を引っ掻くが、その個所すら崩落し、そのまま奈落の底へと落ちていく。

ベヒモスの断末魔が響く中、卓弥はルチアを抱き上げたまま懸命に走る。

そして、ついに自分達がいるところまで崩壊を始めるが、あとは跳べばギリギリ戻れるところまで来ていた。

卓弥はジャンプし、みんなの所へ戻ろうとする。

……が、それを見計らっていたのか、再び"火球"が、今度は卓弥に向かって飛んでいく。

その事に卓弥が目を見開く。

しかし、ルチアを抱いた状態で両手が塞がっており、以前使った魔法を掻き消す技術『魔法相殺(マジックキャンセラー)』を使えない。

火球はそのまま卓弥に炸裂、その衝撃によって二人は吹き飛ばされる。

卓弥が対岸のクラスメイト達の方へ視線を向けると、香織が飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めにされているのが見えた。

他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。

メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情で二人を見ていた。

そしてついに二人の足場が崩壊し、二人はそのまま奈落の底に向かって落ちて行ってしまう。

それでも、卓弥は最後に香織に向けて、声は届かないが、口を動かしてメッセージを残し、不敵な笑みを浮かべながら、奈落の闇に消えた………




第七話、完!
いかがでしたでしょうか?
今回やっと卓弥の力を見せることができました。
卓弥の『捕食者』の力は、あらゆるモノを喰らうことで、その力を自分の力にすることができる力です。
原作のハジメと違うのは、ハジメの場合は、魔物の固有魔法を少し劣化したものぐらいしか新たな力として手に入れることはできず、自分より格下の魔物を喰らっても意味がなかったのですが、卓弥の場合は、魔物も含めたあらゆるモノを喰らうことで、その生物の身体的特徴や物質の特徴を再現できるだけでなく、固有魔法も100%扱うことができ、たとえ格下の魔物であろうとも喰ったならその力を扱えるようになるという点です。
言うなれば、どこぞの転生したスライムみたいな感じです。
そして、とうとう卓弥とルチアの2人が奈落に落ちてしまいました……
それにしても、ただ火球を撃っても卓弥は動じないから、ルチアに向かって火球を撃つなんて………檜山のやつ、やらかしちゃいましたね。
次回、檜山は死ぬわけではありませんが、少しだけ読者のイライラを発散するためのシーンを入れる予定です。
これで、少しはスカッとしてくれると嬉しいのですが………
そして、原作にはなかった香織の覚醒、奈落に落ちてすぐの2人の様子も書く予定です。


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守護騎士の覚醒 奈落の2人

ギアスです。
第八話を始めたいと思います。
とうとう『捕食者』の力を解放した卓弥。
しかし、クラスメイトである檜山の悪意により、ルチアと共に奈落へ落ちてしまう。
それを見て香織は、そして奈落に落ちた2人はどうなるのか。
今作の香織はオリジナル展開で、天職の変化並びに強化を施されます。
香織にふさわしい天職にする予定なので楽しみにしてください。(もっとも、天職の名前はネタバレしてるんですけど)
それでは、第八話をどうぞ。


響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔の絶叫。

騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。

そして……瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆく卓弥とルチア。

スローモーションのように緩やかに流れていく時間の中で、香織は、自分でも驚くぐらい()()だった。

当然、卓弥を助けられない自分の無力に絶望した。

助けたいが故に、自分からこの奈落に身を投げ出そうと思った。

今も香織が2人の後を追わないよう、雫と光輝が羽交締めにしている。

 

けれど、落ちていく卓弥の不敵な笑みと、卓弥の声は届かないメッセージ………

 

『必ず戻る』

 

……そう伝えたと思った時、香織は昨夜の光景を思い出した。

月明かりの射す部屋の中で、卓弥の入れた格別に美味しい紅茶モドキを飲みながら2人きりで話をした。

久しぶりに見た予知夢で不安になったが、卓弥と話すうちにその不安は消え失せた。

……正直、卓弥に襲って欲しくて大胆な格好をしたのに、ノーリアクションだったのには、自分には魅力がないのかとがっかりしたが………

それを見ていた同室の雫が呆れた表情をしていた。

そして、今彼女がここまで冷静なのは、あの晩卓弥が話していたことのおかげだろう。

 

『信じて待て』

『え?』

『我がいなくなるのが怖いならば、我はいなくならんと考えれば良かろう。たとえ一時期いなくなっても、必ず無事に戻ってくる。それならば問題なかろう?』

 

あの時の、香織がよく知る、悲しげに見える笑顔と共に話した、自信に満ちた卓弥の言葉。

あの時ああ言われなければ、きっと香織は、雫達を振り払ってでも2人の後を追おうとしただろう。

でも、香織は、待つことにした。

必ず卓弥は、ルチアと共に帰ってくると。

帰ってきた時には、『おお、白崎。待たせたの』と、呆れるぐらい軽い口調で声をかけてくれるだろう。

 

『……待ってるよ。天喰くん。だから、どうか、ルチアちゃんと一緒に、いつか必ず帰ってきてね………』

 

そう思いながら、2人に抗うことを止める。

雫と光輝は、先程まで細い体のどこにあるのかわからない強い力で2人を追おうとしていた香織が、いきなりそれを辞めたことに困惑した。

しかし、香織はもう、自分から命を投げ出そうとしないことはわかったので安堵していた。

卓弥とルチアのことは残念だが、早く逃げないといけない。

そう考えて、メルド団長が指示を出そうとすると、

 

「……して」

 

ふいに響いた声に全員が顔を向ける。

そこにいたのは、卓弥がトラウムソルジャーから守った女子生徒……『園部優香(そのべ ゆうか)』だった。

優香は、茫然とした様子でヒヒヒと笑みを浮かべている檜山を見つめながら口を開く。

その様子に全員が檜山に視線を向け、それに気づいた檜山から笑みが消え、分かりやすくうろたえる。

 

「な、なんだよ……な、何を……」

「なんで……二人に魔法を放ったのよ……」

 

その言葉にその場の全員が息をのみ、騒然となる。

檜山は一瞬で顔を青を通り越して白くさせると優香に食って掛かる。

 

「な、何変な言ってんだ!俺が魔法を?ちげぇよ!でたらめなこと言うな!」

「でたらめじゃないわよ!私見たのよ!最後のあんたの魔法が、二人に目掛けて軌道を曲げるのを!」

 

優香も激しく反論する。

卓弥は、死にかけた優香を助けてくれて、自分たちのために命をかけて戦ってくれた。

そんな彼を放るほど優香は彼を嫌っていない。

だから、いざと言う時に手を伸ばせるように前にいた優香は見たのだ。

"火球"が突如として軌道を曲げて二人に襲い掛かった時、慌ててそれを辿ればその先にいたのは檜山だった。

 

「それとアンタ、何で火の魔法を使ったのよ!あんたの適正は風の魔法でしょ!?それに何より、アイツがルチアさんを抱えて、あと少しで戻って来れるって時に、両手が塞がったアイツに目掛けて魔法を放ったでしょ!?なんでそんな事を……!」

「な、なんなんだよ!いい加減にしろよてめぇ!言いがかりはやめろよ!!」

 

更に言えば、どうしてこのタイミングでこいつは"火球"を使ったのか。

なぜ適性のある風を使わなかったのか。

なぜ何もしなくても戻ってこられたはずの卓弥に向かって魔法を放ったのか。

どう考えても不自然極まりない。

 

一方生徒や騎士団の者たちはいまだ騒然となっている。

それはそうだろう。

クラスメイトの1人が仲間を2人、それも、メイドであったルチアはともかく、クラスメイトの卓弥を殺したのだ。

生徒たちは混乱の極みのようでめちゃくちゃに言葉が飛び交う。

その様子に、そして優香の言葉に光輝と雫も呆然としたようだ。

 

だからこそ気付かなかった。

香織が微動だにしなくなった事に。

香織は、なぜ卓弥達が落ちたのかを考えていた。

卓弥とルチアは生きている。

誰がなんと言おうと生きている。

でも、2人が死ぬかもしれない状況を作ったのは誰だ?

誰が、2人を落とした?

誰が?

そこまで考えて、香織の首はゆっくりとした動作で首を動かす。

そうして視界に納めたのは、いまだ優香に激しく反論している檜山。

それに気づいた時、香織は、一つの行動を決意した。

そして、それに呼応するかのように、香織が持つステータスプレートが、誰にも、香織本人にも気づかれずに、彼女の魔力の色である白菫に輝いた。

香織が実行に移そうとした時、復帰した光輝が2人の口論に割って入る。

 

「ま、待ってくれ園部さん。檜山が彼らを攻撃したなんてありえない。だって俺たちは仲間だ。仲間を殺すなんてあり得ないじゃないか。天喰たちが死んだのがショックなのはわかるがあれは不幸な事故だ。仕方がなかったんだ」

 

その言葉に優香はなっ、と息を詰まらせる。

 

「で、でも私確かに見たのよ!?あれは絶対に誤爆じゃない!明らかに意図的に……」

「動転しているのは分かるが今はそんな事よりも脱出を優先しないと……」

「そんな事……?…仲間が、クラスメイトが死んだことをそんな事って……」

 

優香が信じられないと言うように目を見開いた時、スッ…と香織が動く。

しっかりとした足取りで、檜山の前に、両手にしっかりと杖を持った状態で立つ。

それに気づいた光輝と雫が訝し気に首を傾げていると、

 

「…………」

「え?な、なんだよ、白崎……」

 

檜山が聞いた瞬間、香織がバッと顔を上げる。

見ようによってはとても明るい笑顔を浮かべているように見え、しかし、彼女が笑っていないことは、彼女の周りに漂う怒気が証明している。

そして、杖を振り上げ、

 

ブォンッ!

 

バギィ!!

 

「ぼが!?」

 

杖のフルスイングが、檜山の右頬に直撃した。

そのまま檜山は、杖を使ったとはいえ、天職"治癒師"であるはずの香織に殴られたとは思えない速度で吹っ飛び、地面に当たって転がり、奈落に落ちる直前の崖でギリギリ止まった。

騎士団と生徒一同……何より光輝は、誰に対しても優しく接するはずの香織が誰かを殴るなんて、そんな()()()()()()()に硬直していた。

雫も香織のそんな行動に驚き動きを止めていたが、すぐに再起動する。

 

「か、香織……?」

「あ、ごめんね雫ちゃん。コイツ(檜山くん)が起きてたら、また余計なことしかしないだろうから手荒にしちゃった。それよりさっさと戻ろ!メルドさんもそうしたいみたいだし。ね?メルドさん」

「え?あ……ああ、そうだな。お前ら!辛いことはわかるが、早く迷宮から離脱するぞ!」

 

香織は、殴り飛ばした檜山の足を持って、頭を地面に引き摺りながら引っ張る。

その光景を見て、生徒達は『これが白崎さんなのか?』と、あまりにも容赦のない檜山の扱いをする香織に戦慄していた。

 

「それと、お前。後で詳しく話を聞かせてくれ」

「っ!は、はい!」

 

メルドのその言葉に優香は小さく、だがはっきりと頷く。

そして雫は憮然とした表情の光輝に告げる。

 

「ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで。……天喰君も言っていたでしょう?」

 

雫の言葉に、光輝は頷いた。

 

「そうだな、早く出よう」

 

目の前でクラスメイトが死に、更にそれをやったのがクラスメイトの一人であるという証言が出て、クラスメイト達は混乱の極みにあった。

めちゃくちゃに言葉が交わされ、戦闘どころではない。

トラウムソルジャーの魔法陣は未だ動いており、再び襲撃されれば今度こそ全滅してしまう。

そのクラスメイト達に光輝が声を張り上げる。

 

「皆!今は、生き残ることだけ考えるんだ!撤退するぞ!」

 

その言葉に、クラスメイト達はようやく動き出すが、その動きは緩慢だ。

光輝は必死に声を張り上げ、メルド団長や騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

その甲斐あってから全員が階段への脱出を果たし、そのまま迷宮からの脱出を果たした。

 

それから5日後。

ハイリヒ王国王宮内、召喚者達に与えられた部屋の一室で、香織と雫は、暗く沈んだ表情をしていた。

あの後、宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。

とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、勇者の同胞が死に、さらにそれを実行したのが同胞であるという証言まで出たのだ。

国王にも教会にも報告は必要だし、詳しく調べる必要がった。

それに、厳しくはあるが、これから先の困難を思えば、致命的な障害が発生する前に、こんなところで折れてしまっては困るのだ。

故に勇者一行のケアが必要だという判断もあった。

帰還を果たし、卓弥とルチアの死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが力量が不明の卓弥とそのお付きのメイドであるルチアだと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。

国王やイシュタルですら同じだった。

強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。

迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。

神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。

卓弥のあの力のことは、ルチアと香織しか見ておらず、結局は『無能が無茶をして、勝手に死んだ』と判断していた。

だが、国王やイシュタルはまだ分別のある方だっただろう。

中には悪し様に卓弥を罵る者おり、死人に鞭打つ行為に雫は憤激に駆られたが、その前に正義感の強い光輝が怒り、勇者に王国や教会に悪印象を持たれるのはまずいと言う判断で2人を罵った者達は処分を受けたが。

だが、それが原因で光輝は無能にも心を砕く優しい勇者であると噂が広まり、結局、光輝の株が上がっただけで、二人が勇者の手を煩わせただけの無能であるという評価は覆らなかった。

しかし、2人が沈んだ表情をしていたのは、それだけではなかった。

メルド団長があの時の経緯を明らかにしようと優香から詳しく話を聞き、やはり檜山が犯人である可能性が高い。

その線でメルド団長が調べようとしたところで、檜山が光輝やほかの生徒の前で土下座したのだ。

彼曰くあの状況を招いて悪かった。

2人への魔法の件は少しでも威力を求めた。

もしかしたら慌てていて、使い慣れない魔法だったから制御を誤ったのかもしれないと。

だが、香織に雫、そして優香はそうは思わなかった。

ああもピンポイントに2人の前に移動するとは思えない。

そう言おうとした瞬間に、光輝が檜山を許すと言ったのだ。

やってしまった罪は消えないが償う事はできる。

死んでしまった2人のためにも一緒に戦おうと。

そうすれば2人も許してくれると。

その言葉に3人は信じられないという表情をするが、更に周りの生徒たちもその意見に反対はしなかった。

檜山は言った。

制御を誤ったかもしれないと。

そして優香が見たのは最後の一撃のみだ。

つまり、最初の誤射は自分達ではと言う懸念が生まれ、口を挟めなかったのだ。

そして王国、協会側も勇者である光輝がそう言うならと檜山に特に何の処分も下さなかった。

勇者の仲間に仲間を殺した奴がいることを公にしないという思惑もあるだろう。

その一連を見て、3人は愕然としていた。

そして、現在。

 

「………私は諦めない」

「香織?」

「2人は……天喰くんたちはまだ生きてる。まだあそこできっと戦ってる……私はそう信じてる。この目で確かめるまで絶対に諦めない」

「香織……それは……」

 

普通に考えればあり得ない。

あの奈落に落ちて、生きていられるとはとても思えない。

だが、香織の目はまるで確信があるかのような光をたたえている。

 

「だから助けに行く。今よりもずっとずっと強くなって、必ず二人を助けに行く……たとえ何があろうと何が立ちふさがろうと………もう一度、2人に会うんだ………!」

 

そう言いながら、ステータスプレートを取り出す。

大迷宮から帰ってくるまで気づかなかったが、香織のステータスプレートに異変が起こっていたのだ。

 

 

白崎香織 17歳 女 レベル:20

天職:守護騎士

筋力:180

体力:260

耐性:160

敏捷:180

魔力:2000

魔耐:2000

技能:聖剣術・聖盾術・回復魔法・全属性適性・複合魔法・高速魔力回復・言語理解

 

 

そのステータスを見て、雫は驚いた。

香織の天職は"治癒師"だったはずなのに、今、彼女の天職が"守護騎士"になっており、見覚えのない技能だけでなく、ステータスも上昇していたのだ。

 

「……きっと、天喰くんのおかげだと思う。もう、誰かを癒すことしかできない私はもういない。私は、誰かを守り、癒やし続けられるようになる。なってみせる……!」

 

そう言う香織の顔を見て、雫は息をのむ。

その目には、狂気や現実逃避の色はない。

あるのはただ一つの覚悟。

なりたい自分になる、なってもう一度卓弥に会うという、絶対の覚悟だけがそこにあった。

 

「……だからさ、雫ちゃんも手伝ってくれるかな?私、剣なんて振ったことないし、この技能なら、剣も使えた方がいいはずだからさ」

「……ええ。貴方がやると言うんなら、とことんまで付き合うわ」

「…ありがとう」

 

"治癒師"だった少女はもういない。

ここにいるのは、時に戦い、時に守り、そして誰かを癒す"守護騎士"である。

彼女の、白崎香織の新しい挑戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"守護騎士"の少女が生まれるより前の時間。

卓弥達が奈落に落ちてから数時間経った頃まで遡る。

 

「……ん……う、あ………」

 

パチパチと火が燃えるような音が聞こえ、ルチアは、今まで閉じていた目を開いた。

目の前には薪があり、その傍らには、腕から血を流し、その血を薪に落とす卓弥の姿があった。

 

「……ん?ああ、目を覚ましたか。」

「ご主人様……?……って!?ご主人様、血が!?早く手当を!」

「これは気にするな。自分でつけた傷じゃ。すぐに塞がる。前に『血が燃える鳥』を喰ったことがあっての。こうして使い道があるとは思わんかった」

 

いや、そんな鳥がいてたまるか。

ルチアの内心はこれ一色に染まっていた。

魔物がいない世界から来たんじゃなかったのか?

そんな鳥、まるで魔物ではないか。

そう思っていたが、卓弥は、いろんなモノを引っ張り出してきた。

 

「お主が目覚めるまで暇だったのでの。役立ちそうなものとか食糧になりそうなものをかき集めてきた。」

 

そう言ってまず出したのは、バスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石だった。

卓弥が「土竜の爪に変えて穴を掘ってたら見つけての。魔力を復活させる水が滴るから、何かと重宝すると思ってな」とかなんとか言ってたが、ルチアはその鉱石に釘付けになっていた。

なぜなら、その鉱石は【神結晶】と呼ばれる、歴史上でも最大級の秘宝で、すでに遺失物と認識されている伝説の鉱石だったからだ。

大地に流れる魔力が、とても長い時間をかけて偶然できた魔力溜まりににより、その魔力が結晶化したものが神結晶だ。

直径30〜40cmくらいの大きさで、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると【神水】と呼ばれる液体が溢れ出し、これを飲めば、欠損部位を再生することは出来ないが、どんな病も怪我も治り、飲み続ける限り寿命も尽きないと言われており、そのことから『不死の霊薬』とも呼ばれている。

そして、次に取り出した卓弥曰く『食糧』を見て、ルチアは愕然とした。

それは、ここにいたのであろう魔物達の死骸だったからだ。

異常に後ろ足が発達したウサギ数匹や、2本の尾を持つ狼数匹、そして、巨体に白い毛皮を持ち、足元まで伸びた太く長い腕に、30cmあるであろう鋭い爪が3本生えた熊が1匹いた。

それを見て、ルチアが驚いたのは、死してなお放つ魔物達の威圧感である。

それは、この中で1番弱い威圧感を放つ狼達ですら、あのベヒモスが可愛く思えるぐらいの威圧感を放っていたからだ。

そんなルチアの心境に卓弥は気づかず、その狼の死骸を1つ手に取り、肉と骨を別々に解体していく。

そして、薪で狼の肉を炙り、そのまま齧り付いた。

 

「な!?ちょっ、待って!魔物の肉には毒が、あるはず、なん、です、けど………」

 

ルチアは慌てて止めようとするが、一向に始まらない卓弥の肉体の崩壊。

そして、あの時と同じく肩から腕を1本生やすと、その腕がバチバチと放電を始めた。

 

「……ふむ。ベヒモスとやらよりは役に立ちそうじゃな。とても不味いのはベヒモスと変わらんが。さてと次は」

 

そう言い、今度はウサギを解体し始める。

そんな卓弥を見て、ルチアは1つ、とんでもない勘違いをしてしまった。

 

『魔物の肉は、本当は食べられる?』

 

そんな、とんでもない勘違いを。

今まで、魔物の肉を食べて死んだ人がいたと聞いたことはあるが、実はそれは嘘で、人体に無害なのかと考えてしまった。

そしてルチアは、狼の肉の一部を双黒銃の刃で剥ぎ取り、火を通して、食べてしまった。

碌に血抜きや処理をしていない肉はとても不味く、到底食べれそうになかったが、この空間で唯一の食糧なので、食べないわけにはいかなかった。

そして食べきった時、ルチアの体に異変が起こる。

 

「ん?………ウッ、ギッ!?ア、ガァァァァ!?」

 

突如全身に痛みが走る。

体の内側から何かに侵食されているような悍ましい感覚。

その痛みは時間が経てば経つほど激しくなり、体が粉々になりそうな感覚を味わった。

 

「む?おいどうした。何があった!?」

 

卓弥もその異変に気付いたのか、ルチアに声をかける。

しかしルチアは卓弥の声に答えず、神結晶から流れる神水をがぶ飲みする。

 

「ウ、ギ、ア、な、なおら、イギィィィィ!!」

 

神水のおかげで肉体は修復されるが、その後すぐに激痛が走り、修復、激痛、修復、激痛を繰り返した。

ルチアの体の痛みに合わせ、肉体は脈動を始め、至る所からミシッ、メキッという音が聞こえてきた。

そして、見た目にも変化が始まる。

黒色の髪から色が抜け、銀色に変化していく。

筋肉や骨格が徐々に太くなり、体の内側に薄らと赤黒い線が浮き始める。

そして、少しずつ、ルチアの控えめな見た目は、大人の女性でもあまり見ない、とてつもなく発育した肉体に変化していく。

そんなルチアを揺さぶり、「どうしたのだ!?なにがあったのだ!!」

とほざく卓弥を見て、『お前マジでどうなってんだよ』と心の中で毒づいてしまったルチアは何も悪くないだろう。

ちなみに、この時の卓弥は、なぜこのようになったのかを考え、『そういえば魔物の肉には毒があると聞いたような………あれ?これひょっとして我のせい?』と考えていたらしいが、それは別の話。

 

こうして、"守護騎士"の少女だけでなく、"奈落の怪物"となった少女も目覚めた。

彼女達は、後に『神喰の魔王』と呼ばれる少年が、最も信頼を寄せる少女達の一員として成長していくのだが、それはまだ先の、しかし、いつか必ず訪れる未来のお話である。




第八話、完!
いかがだったでしょうか?
少し駆け足気味になってしまった感じがしますが、2人の少女の覚醒イベントでした。
ルチアはハジメを超えるガンナーとして、香織は攻撃も防御も回復もできるとんでも剣士にしていきたいと思います。
次回は、ルチアが魔物肉を食べたすぐ後のお話を書きたいと思います。


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奈落攻略

ギアスです。
第九話を始めたいと思います。
"守護騎士"に目覚めた香織に、"奈落の怪物"に目覚めたルチア。
そして、とうとう卓弥とルチアは、奈落の攻略を開始する。
それでは、第九話をどうぞ。


ルチアが魔物肉を食べて、体の変異が終わった後のこと……

 

「………あ〜。ルチア?平気か?」

「平気ですよ?ええ、平気ですとも。何故か魔物肉を食べても死なないご主人様につられて魔物肉を食べてしまって、死ぬ程辛い目に合ったけれど平気ですけど何か……?」

「………すまん」

 

有無を言わさないルチアの威圧に卓弥はショボ〜ンとしていた。

そんなルチアの体は見てわかるほどに変化していた。

髪は、新雪のような白銀色の美しい毛色。

変化のなかった真っ平らな体は、女性すら見惚れてしまいそうなほどの大人の女性のような姿に。

そして瞳は、魔物たちのように、しかしとても美しい紅色になっていた。

意識してみると、体の中に暖かいとも冷たいとも感じられる奇妙な感覚があり、肌にはまるで魔物と同じような赤黒い線が浮かび上がる。

 

「………まあ、死にはしなくてよかったですけどね。それにしても、なんだか魔物になったみたいで気持ち悪いですね………そういえば、ステータスってどうなってるんでしょう……」

 

そう言いながらゴソゴソと探って自分のステータスプレートを取り出す。

 

 

ルチア 17歳 女 レベル30

天職:錬成師

筋力:300

体力:1300

耐性:150

敏捷:1400

魔力:1000

魔耐:1000

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・高速魔力回復[+瞑想]・魔力操作・胃酸強化・纏雷

 

 

「………ナニコレ?」

 

驚くほどにステータスが上昇していた。

おまけに、増えないはずの技能が3つも増えており、その1つは、魔物だけが持つとされる"魔力操作"だった。

そしてこの"纏雷"という技能も心当たりがある。

卓弥が狼の肉を食べた時に、生やした腕が雷を纏っていたのだ。

 

「あのご主人様。あの狼、何か固有魔法を使ってませんでしたか?」

「む?2本の尾から雷を出しとったが?」

 

やはり、これはどうやらこの狼の固有魔法のようだ。

魔物を食べ、体が崩壊しなければ、魔物の持つ力を得ることができるとは思いもしなかった。

 

「ご主人様。ステータスってどうなってます?私でこうなったんですから、ご主人様はさらに上がっているのでは?」

「あ〜、うん、まあ、調べるか………」

 

そう言って卓弥はステータスプレートを取り出すが………

 

 

天喰卓弥 17歳 男 レベル:3

天職:捕食者

筋力:800050

体力:2000100

耐性:1600030

敏捷:10001000

魔力:∞

魔耐:100000100

技能:捕食[+胃酸強化][+毒無効]・捕食再現[+哺乳類再現][+鳥類再現][+魚介類再現][+爬虫類再現][+両生類再現][+昆虫再現][+魔物再現][+固有魔法模倣][+植物再現][+無機物再現][+肉体負担低下]・魔力操作・気配操作[+気配察知][+気配遮断]・全属性適正・複合魔法・永久魔力機関[+魔力吸収][+魔力譲渡]・言語理解

 

 

「………何ですかこれ!?爆上がりじゃないですか!?しかも技能が変化していそうなのもありますし」

「いや、技能は変化ないな。あの時見せたのは偽装した物だしの。気持ちステータスが上がっただけじゃ。あの狼の固有魔法も"固有魔法模倣"に統合されたようじゃな」

 

元と比べると微々たる量ステータスが上がっただけだった。

 

「どうやら、魔物の肉を食べると、我のような()()()じゃなくとも固有魔法を使えるようになるようじゃな。多少劣化する上に、喰ったら死ぬ可能性があるがの」

 

"特別製"と自称したことに違和感を抱いたが、それを聞く暇もなく時間は流れた。

ウサギと熊を食べることで、ステータスはさらに上昇し、"天歩[+空力][+縮地]"と"風爪"という技能を獲得した。

そして卓弥曰く、『ここにはこれらの魔物しかおらん。上に行く通路も探してみたが、下に続く階段しかなかった。脱出したいなら降っていくしかないのう』とのことだ。

 

こうなったらとことんまでやってやろう!

そう決意し、ルチアは準備を始めた。

ここは手付かずで、資源に溢れていたため、そこにあった素材用の『タウル鉱石』と、火薬用の『燃焼石』を使って双黒銃を強化した。

固有魔法"纏雷"により電磁加速で、レールガンを撃つことを可能にしたため、今の双黒銃ならベヒモスどころか、これより下の魔物であろうと通用するようになった。

そうして降り始めたが、1階層下がった途端に真っ暗な空間にたどり着いた。

入手した『緑光石』を明かりにして進むとそこでは、2メートルぐらいの、見た相手を石化させる灰色のトカゲがいた。

 

「……"爪弾"!」

 

もっとも、卓弥が右腕をバリスタのような形に変形させ、そこから矢のように鋭く長い爪を発射してトカゲを串刺しにし、瞬殺してしまったが。

どうやら卓弥は腕を生やすだけでなく、元ある腕も変化させることができるようだ、とルチアは考えていた。

そして、灰色トカゲを食べることで"夜目""気配感知""石化耐性"の技能を獲得した。

卓弥の場合は"石化の魔眼"も使えていたのでルチアはそれを羨ましいと思っていたのは内緒である。

 

次の階層は、タール状の『フラム鉱石』がたくさんある泥沼のような空間だった。

火気が使えないが、それでも前に進むと、"気配感知"にも反応しない隠密性を誇るサメが襲ってきた。

それでも、卓弥が腰から蛇を生やし、その蛇が、サメが飛び出してきたところを反応して締め付け、頭をへし折ってしまったが。

卓弥曰く、『我の()()()()()には、これ以上の気配の薄さの魚がウヨウヨいたからのぉ』とのこと。

本当の故郷と言うのが、今まで言っていた、魔物にしか思えない生物がいたと言う場所なのだろうか?と考えながらサメ肉を食した。

獲得した技能はやはり"気配遮断"だった。

 

それからしばらくして、2人は、奈落攻略を始めて、ついに50階層進んだ。

これまできた階層にはさまざまな空間が広がっていた。

全体が薄い毒霧で覆われた階層に、密林のような階層など、本当に多種多様な空間だった。

そして、そこに潜む魔物たちも厄介な奴らばかりだった。

毒の痰を吐き出す虹色カエルや、麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾。

体の節ごとに分裂するムカデやトレントのような樹の怪物など、どれもこれも本当に厄介な魔物

トレントもどきからは今まで不味い魔物肉を喰っている中で、久しぶりに食べた美味い果実が採れ、ルチアが絶滅する勢いでトレントもどきを狩り尽くし、卓弥がトレントもどきが本当に絶滅する寸前にルチアを無理やり止めていた。

そうして気づけば50階層。

ルチアのステータスはこうなった。

 

 

ルチア 17歳 女 レベル62

天職:錬成師

筋力:1650

体力:2860

耐性:500

敏捷:2950

魔力:2300

魔耐:2300

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・高速魔力回復[+瞑想]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性

 

 

卓弥のステータスも技能以外に変化はあったが、どうなったかは割愛する。

そうして2人は、魔物を狩り、階層を進み、鍛えて50階層まで来たが、そこには明らかに異質な空間があったのだ。

脇道の突き当たりにある開けた場所に高さ3mの装飾された荘厳な扉があり、その脇に1対の1つ目巨人の彫刻が、下半身の部分が壁に埋め込まれるように鎮座していた。

今までにない感覚をそこから感じ、1度準備を整え、再びその前に立った。

 

「……う〜ん。『チルチルちゃんレーダー』にビンビン反応してますけど、めちゃんこヤバいですねこれ。どれくらいかって言うとマジでやばい!って感じです」

「とは言っても調べんといかんじゃろ。それに、ここに何か役立つものがあるかもしれんしの」

 

そして決意し、2人は進む。

扉の前まで何もなく進むと、扉には見事な装飾だけでなく、2つの窪みが中央にある魔法陣が描かれていた。

 

「あれ〜?何ですかこの魔法陣?少なくても私が学んだ知識でも、こんな式見たことありませんよ?」

「開けられるのか?」

「無理やりこじ開けることはできますね。もっとも、そうしたら門番が襲い掛かってきそうですけど」

 

そう言いながらルチアは脇にある1対の1つ目巨人の彫刻を見る。

卓弥もルチアも感じていた。

『こいつら、絶対動くな』と言う確信が。

 

「まあいつも通りじゃろ。こじ開けろ」

「アイアイサー♪」

 

そう言いながらルチアが錬成を開始する。

無理やり道を作ろうとしたが、

 

バチィイ!

 

「どわっとぉ!?」

 

扉から赤い電流が走り、ルチアの手を弾いた。

そして………

 

「くるぞ。我は赤、お主は青を」

「オケです」

 

巨人の彫刻達が壁を砕きながら全身を出現させた。

先程卓弥が言った通り、片方は赤色、もう片方は青色をしており、その見た目は、ファンタジーの常連モンスターサイクロプスのようだった。

手にはどこから取り出したのかわからない大剣を持ち、侵入者である卓弥達を睨む。

卓弥は両腕を変化させ、両方から爪弾を連射する。

すると赤サイクロプスは大剣を持っていない腕を前に持ってきて、腕に光を纏わせた。

すると、爪弾を弾いてしまった。

これには流石の卓弥も驚くが、次はルチアを真似て、バリスタのような腕に電気を纏わせる。

そして、レールガンの如く高速で爪弾を放ち、赤サイクロプスの防御ごと頭を貫いた。

倒れ込んでくる赤サイクロプスを避けながらルチアの方を見ると、ルチアはレールガンを乱射するが青サイクロプスはそれらを全て防ぎ切ってしまい、ルチアは、負けることはないが攻め手に欠ける状態だった。

しかしルチアは、しれっと青サイクロプスの足元に何かを投げ込み、双黒銃でそれを撃ち抜く。

すると、青サイクロプスの足元が爆発し、青サイクロプスが倒れ込んだ。

ルチアが投げ込んだのは、燃焼石を使って作った手榴弾である。

そのほかにも、麻痺手榴弾や閃光手榴弾など様々なものを作っていた。

そして、ルチアは倒れ込んだ青サイクロプスの眼球にレールガンを撃ち込み絶命させた。

 

「よくやったの。もう戦闘の助言は必要なさそうじゃな」

「いえいえ、ご主人様の指導の賜物ですよ」

 

そう言いながらサイクロプス達の肉を取ろうと剥ぎ取っていると、サイクロプス達の魔石に意識が向いた。

もしかしたらと2人が魔石を持って扉の窪みに合わせてみると、ピッタリとはまり、魔石から迸る魔力が扉の魔法陣に注ぎ込まれていく。

そして、魔石割れる音が響き、光が収まる。

すると部屋全体に魔力が行き渡り、久しく見ないほどの明かりに満たされた。

 

「………ここには、何かがあるのは間違いないようじゃの」

「それが何なのかは、見てみないとわからないですけどね」

 

そう言って、2人はゆっくりと扉を開く。

真っ暗な空間に部屋の光が差し込み、夜目の技能と併せて扉の奥の全容がハッキリとして来た。

聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。

そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込む光を反射して、つるりとした光沢を放っている。

2人はその立方体に違和感を覚え、注視すると………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だれ?」

 

……その立方体に腕と下半身が埋まっている一人の少女の姿に気づいた。




第九話、完!
いかがだったでしょうか?
今回はユエ(仮)に会うところまで書きました。
本作の卓弥はすでに化け物クラスの力を持つため、ハジメの時以上にサクサクと進めた感じで書いたのですが、伝わったでしょうか?
次回はユエ(仮)との話し合いとサソリもどきとの対決について書きたいと思います。


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吸血姫

ギアスです。
十話を始めたいと思います。
奈落を攻略し始め、何事もなく50階層まで来た卓弥とルチア。
50階層には謎の扉があり、その扉の側に居た門番らしき双子(?)のサイクロプスを倒し、遂に扉を開ける。
そこには、1人の少女が封印されていて……?
とうとう原作ヒロインが登場します。
ここでも少しオリジナル展開を加える予定なので、楽しんでもらえると幸いです。
それでは、第十話をどうぞ。


「誰か……居るの?」

 

掠れた、弱々しい少女の声。

年の頃は12、13歳頃だろう。

僅かに差し込む光を受けて、金色に輝く髪は真っ暗な空間と合わさり、何処か月明かりを思わせる。

その金髪の間から見える紅い瞳に、卓弥は血の月(ブラッドムーン)を連想した。

今はやつれているが、それでも美しい容姿をしていることはよくわかった。

何かあるとは思っていたが、まさかに自分達以外に人が居るとは思わず、卓弥とルチアは互いを見合わせ、そして再び少女に視線を向けた。

少女も、どこか呆然とした面持ちで2人を見つめていた。

いつまで見ていても始まらない。

卓弥とルチアは互いを見る。

そして、奈落を攻略していく中で深まった絆が為せる技なのか、何も言わずとも、何をするのかをわかっているかのように揃った行動を……

 

「お主、何者じゃ?なぜ此処に」

「すいません、間違えました」

「「……ん?」」

 

……とれなかった。

卓弥は、少女の事を聞き出そうと部屋に入ろうとし、ルチアは少女から厄介ごとの気配を感じて扉を閉めようとした。

お互い、自分と同じ事を考えていたのだろうとばかり思っていたから、2人は全く違う対応をした相方を見てフリーズし、それを見ていた少女も目が点になってそうな感じで呆然としていた。

 

「………あ、ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

 

しかし、少女はすぐに再起動して、慌ててさっきよりも大きな声で呼び止めようとする。

それはそうだろう。

こんな地底に頻繁に来るような人はそうはいない。

こんな、いつまた来るかもわからない、自分が助かるチャンスを逃したくはないのだろう。

何年も出していなかったのかとても掠れた声だったが、それでも必死であることは理解できた。

 

「少し待て」

「ちょっと待って」

 

そう言って2人は少女を待たせ、扉を開けた状態で相談を始める。

 

「いやご主人様。何で助けようとするんです?どう見たって厄ネタでしょ。『助けてもらって悪いが…』って感じの地雷イベントでしょ」

「だが、やっと此処のことを知れそうな情報源を見つけたのだぞ?ここは危険を承知で飛び込むべきだろう?」

「ですけど、見たところ封印以外何もないみたいですし……こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような感じですから、絶対ヤバイですって。脱出にも役立ちそうもないですし、リスクを避けるためにも、ここはスルーするのが1番ですよ」

 

そこまで言われると、一度黙り込んでしまう卓弥。

それを見て、見捨てられると思った少女は、

 

「ちがう!ケホッ……私、悪くない!……待って!私……」

 

掠れた声で咳き込みながら、更に必死な懇願を続ける。

そして、

 

「裏切られただけ!」

「………」

 

そう言い切ると、少女は荒い息を吐きながら俯く。

それを聞いて、卓弥は再び話し出す。

 

「……確かに危険じゃ。後で裏切って、我らを殺しにかかってくるかもしれん。じゃが……」

「……?」

 

「そうならそうで、返り討ちにすれば良かろう」

 

そう言って、卓弥はルチアの静止も待たずに部屋の中に入ってしまう。

ルチアは、そんな卓弥に「ああ、もぉ!」と言った感じで髪をわしゃわしゃするが、覚悟を決めて部屋に入る。

少女は、近づいてきた2人の気配を感じ、俯いていた頭を上げる。

 

「お主、裏切られたと言っておったが、それは封印された理由にはならんじゃろ。本当に裏切られたとして、その裏切り者はなぜお主をここに封印したのじゃ?」

 

卓弥がそう問いかけると、少女は嗄れた喉で必死に封印された理由を語り始めた。

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

それを聞いて、2人は『なんとまぁ波瀾万丈な境遇か』と呻いた。

しかし、卓弥は、少女からところどころに気になる言葉を聞いたので、その疑問を解消するため質問する。

 

「お主、どこかの国の王族だったのかえ?」

「……(コクコク)」

「殺せないというのはどういうことじゃ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「ふーん、なるほど……『すごい力』というのはそれかいな?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 

卓弥は「なるほどな」と1人納得した。

卓弥は初めから、ルチアは魔物を食べてから"魔力操作"を使える。

ルチアの場合は魔法適性がないため『錬成』以外は碌に魔法を使えないが、卓弥は適性があるため、使わないだけで、やろうとすれば全ての魔法をバカスカ撃てる。

少女もそれができ、それに加えて、条件付きであろうが不死身。

はっきり言って、勇者である天之河すら凌ぐチートである。

すると、

 

「……たすけて……」

 

ポツリと少女が懇願する。

その言葉を聞いて卓弥はルチアを見る。

 

「それで?どうする?」

「嫌だ!って言ったところで、どうせ助けるんですよね?まあ、彼女は嘘を言っているようには見えないですし、後は任せますよ」

 

そう言いながら、ルチアは卓弥に全てを委ねる。

卓弥はそれに頷き、立方体に近づき、立方体に触れる。

 

「あっ」

「じっとしておれ」

 

そう言いながら、卓弥は目を閉じる。

そして、数分過ぎてから再び目を開き、立方体に魔力を注ぎ込む。

すると、少女を拘束していた立方体が融解していく。

そして、少女は立方体から解放され、ペタリと女の子座りをしてへたり込んだ。

少女には立ち上がる気力もないらしい。

 

「うむ、上手くいったか。何やら不自然な魔力の流れを感じた故、それを埋めるように魔力を流してみたが……」

 

卓弥はその結果に満足したように、グッパッグッパッと掌を握ったり開いたりを繰り返していた。

そんな卓弥と、近づいてきたルチアを見上げ、少女は、とても嬉しそうな雰囲気を纏い、震える、しかしはっきりと告げた。

 

「……ありがとう」

 

そんな少女を見て、卓弥とルチアは嬉しそうに笑みを浮かべる。

……が、その後すぐに感じた殺気に、2人は表情を引き締める。

 

「上から来る。めんどいから我が一撃で仕留める」

「了解です」

「え?」

 

ルチアは、2人の会話の意味がわかっていない少女を連れて即座に離脱。

卓弥は腕をバリスタのように変化させ、真上に向かって"爪弾"を放つ。

 

ビュッ………ズガン!

 

闇に向かって消えていった"爪弾"。

その数秒後に、何かが貫通した音が響く。

それを確認し、卓弥がバックステップでその場を離脱すると、卓弥が先ほどまでいた場所に、胸部に穴が空いた魔物の死骸が落ちてきた。

その魔物の見た目は、喩えるならサソリだろう。

もっとも、普通のサソリとは違い、その体長は5mほど。

4本のハサミを持った長い腕に、毒針を持っていそうな尾も2本ある。

そして、わかりにくいがこのサソリもどきの外殻は鉱石のようだ。

それも、魔力を込めるほど硬度が増していくというシンプルだが厄介な特性を持つものだった。

恐らく、少女を解放した侵入者を排除する最後のガーディアンのような存在だったのであろう。

しかし哀れ、卓弥によって実力を見せることなく、呆気なく死んでしまった。

 

「………ふむ、使えそうじゃな。ルチア。その少女を拠点に連れて行け。我は使えそうなものを回収してから向かう」

「はーい!それじゃ、行きましょうか」

「………(ポカーン)」

 

ルチアは、とても厄介そうな魔物をたったの一撃で仕留めた卓弥を見て口を開いた状態で呆然としていた少女を連れて先に封印部屋を出る。

その後、卓弥はサソリもどきを回収する前に、少女を封じていた立方体の元になった鉱石が何かに使えないかと近づくと、立方体があった場所の真下の床に、何かの紋様が刻まれているのを見つけた。

 

「これは一体……?」

 

紋様をよく見てみると、その中央には、水滴状の何かがはまりそうな小さな穴が空いていた。

卓弥はそれが少し気になり、その紋様に魔力を流す。

多少抵抗があったが、魔力を流し終えると紋様から光が放たれる。

その後、金属同士が擦れるような音が鳴り、紋様の縁に沿って床がせり出てきた。

直径30cm程の円柱形の石柱になり、それが卓弥の腰くらいの高さまで上がると動きを止め、側面の一部が開いた。

そこにはピンボールくらいの鉱石が収められていた。

 

「何じゃこれは?どうやら記憶媒体のようじゃが………」

 

何かはわからないが、もしかすると少女に聞けば何かわかるかも知れない。

そう思いながら、卓弥はサソリもどきの死骸と、立方体だった液体を固体に変えたものを回収してから2人の後を追った。




第十話、完!
いかがだったでしょうか。
今回はユエ(仮)を助けるシーンを書きました。
サソリもどきは………あれは、不幸な事故だったね。(オイ
そして、卓弥が回収した記憶媒体。
原作を見た人なら知ってますよね。
つまりまあ、そう言う事です。
次回、3人はこの世界の真実の一部を、そして、少女の封印の真実を知ります。


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少女の真実

皆さんお久しぶりです。
第十一話を始めますギアスです。
封印部屋で吸血鬼族の元王族の少女を助けた卓弥とルチア。
少女の封印の真実を知った時、卓弥はこの世界の歪んだ歴史の一部を知ることになる………
それでは、第十一話をどうぞ。


封印部屋を出て拠点(とは言っても、自分達の荷物を置いて軽く整地をしてあるだけで大したものではない)に戻ってきた卓弥。

そこで、封印部屋で封印されていた少女と、そんな少女にメイド服を着せているルチアを見つけた。

 

「……いや何しとるんじゃ?」

「いやぁ〜、この子素っ裸だったんですからいつまでもそのまんまってのは可哀想だと思って、予備で持ってきていたメイド服を着せてあげてたんですよ。大きさは合わなかったですから裁縫でチャチャッと改良しましてね」

「……いい感じ」

 

少女本人もご満悦のようである。

それ故卓弥はそれ以上追求せず、今の今まで忘れていたことを少女に聞いた。

 

「……そういえばお主、名は何じゃ?我は天喰卓弥じゃ」

「ああ、そう言えば名乗ってませんでしたね。私はルチアです。チルチルちゃんでも可ですよ!」

 

それを聞いて、少女は「タクヤ……ルチア……」と2人の名前を交互に、まるで大事なものを心に刻みつけるように繰り返し呟いた。

その後、問われた名前を答えようとして、思い直したように卓弥にお願いした。

 

「……名前、付けて」

「ほえ?」

「………」

 

2人は少女の言葉の意味を考えた。

吸血鬼族は300年前に滅んだ一族。

つまりこの少女も300年より前に封印されていたはずである。

そんな長い間幽閉されていたなら名前を忘れてしまうのも不自然ではないが………

 

「もう、前の名前はいらない。……2人が付けた名前がいい」

 

どうやら、前の自分を捨て、新しい自分になりたい、と言うことだろう。

それを聞いて、ルチアはうーんと少女の名前を考え始めるが、それより前に卓弥が少女に問いただす。

 

「本当か?」

「……え?」

「本当に捨てて良い名なのか?()()()()()()()()()()()()が、それでもその間の記憶は忘れず、心に刻んで生きていくことを誓った。だがお前は、過去の何もかもを捨てようとしている。それで本当に良いのか?」

 

ルチアはその話の中の『名を捨てた』と言ったところに疑問を抱いたが、それを問う暇もなく話は続く。

 

「……良い。私の過去は辛いことしかなかった。だったら、そんな過去なんていらない」

「本当か?少なくとも、お前にとって良い思い出だってあるはずじゃ。お前のことを想ってくれた者もいたはずじゃ。そうでもなきゃ、こんなものはないじゃろ」

 

そう言いながら、卓弥は懐から、封印部屋で入手した記憶媒体を出す。

 

「ご主人様。何ですかそれ?」

「あの部屋から見つけた。本来は鍵になる何かをはめる必要があったようじゃが、魔力を流して強引に取り出した。これに何があるかはよくわからんが、これはお主のためになると今確信した。」

「………私の、ため?」

 

卓弥は、その記憶媒体に魔力を流し始める。

すると記憶媒体は起動し、周囲を淡い光で照らし出す。

そして、映像が再生されたのか、人のようなものが映し出された。

すると、少女が驚いたように目を見開き、茫然としていた。

 

「…おじ、さま?」

「叔父様って……!」

「……」

 

映し出されたのは、初老位の金髪紅眼の美丈夫だった。

すると、映像の人物はゆっくりと話し始めた。

 

『…アレーティア。久しい、というのは少し違うかな。君は、きっと私を恨んでいるだろうから。いや、恨むなんて言葉では足りないだろう。私のしたことは…あぁ、違う。こんなことを言いたかったわけじゃない。色々考えてきたというのに、いざ遺言を残すとなると上手く話せない。』

 

美丈夫は自嘲の笑みを浮かべながら、大きく深呼吸した。

心をもう一度整理するように瞑目し、一拍。

穏やかさと感謝の念を虚飾なく込めた眼差しを、こちらに向ける。

 

『……そうだ。まずは礼を言おう。アレーティア。きっと今、君の傍には君が心から信頼する誰かがいるはずだ。少なくとも変成魔法を会得し、真のオルクス大迷宮に挑める強者であって、私の用意したガーディアンから君を見捨てず救い出した者が。』

 

『変成魔法』や『真のオルクス大迷宮』等、現段階ではよくわからない言葉が聞こえたが、それでも話は続く。

 

『…君。私の愛しい姪に寄り添う君よ。君は男性かな?それとも女性だろうか?アレーティアにとって、どんな存在なのだろう?』

 

恋人だろうか?

親友だろうか?

あるいは家族だったり、何かの仲間だったりするのだろうか?

そんなふうに楽しげに弾む声音やその姿には、少女…アレーティアが語った、野心から女王を裏切った愚か者の姿は影も形もなく、ただただ姪の未来を夢想する叔父の姿だけが映っていた。

 

『直接会って礼を言えないことは申し訳ないが、どうか言わせて欲しい。……ありがとう。その子を救ってくれて、寄り添ってくれて、ありがとう。私の生涯で最大の感謝を、君に捧げよう』

 

そんな言葉を聞いたアレーティアとルチアの頭の中には疑問が溢れていた。

それなら、なぜアレーティアを封印した?

なぜ、300年間アレーティアをひとりぼっちにした?

そんな疑問が頭の中を駆け巡る中、卓弥は何も言わず、ただじっと映像の人物が語り始めるのを待った。

そして、2人の疑問の答えを、映像の人物は語り始めた。

 

『アレーティア。君の胸中は疑問であふれているのだろう。それとも、もう真実を知っているのだろうか。私が何故、君を傷つけ、暗闇の底へ沈めたのか。君がどういう存在で、真の敵が誰なのか』

 

そこから語られたのは、卓弥も予想できなかった、衝撃的な真実だった。

なんと、アレーティアは神の器として完璧な適正を有する"神子"と呼ばれる存在として生まれ、あの"エヒト"に狙われていたのだと言う。

それに気が付いたユエの叔父が、権力欲に目が眩んだ己のクーデターによってアレーティアを殺したと見せかけて奈落の底に封印し、あの部屋自体を神をも欺く隠蔽空間としたとのことだった。

そして、アレーティアの封印も、僅かにも気配を摑ませないための苦渋の選択であったのだ。

 

証拠になるものなんて何もなかった。

しかし、この映像の男性の眼を見て、卓弥は確信した。

この人の言っていることは真実だと。

 

『君に真実を話すべきか否か……とても迷ったよ。だが、神を確実に欺くためにも話すべきではないと判断した。ただの裏切り者として私を憎めば、それが生きる活力にもなるのではとも思ったんだ』

 

封印の部屋にも長居するわけにはいかなかったのだろう。

だから、王城でアレーティアを弑逆したと見せかけた後、話す時間もなかったに違いない。

その選択が、どれほど苦渋に満ちたものだったのか、映像の向こうで握り締められる拳の強さが示していた。

 

『……許してくれなどとは言わないよ。ただ……ただ、どうかこれだけは信じてほしい。たとえ君にとって無価値な真実だったとしても、知っておいてほしいんだ』

 

彼の表情が苦しげなものから、泣き笑いのようなものになった。

それは、ひどく優しげで、慈愛に満ちていて、同時に、どうしようもないほど悲しみに満ちた表情だった。

 

『愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思ったことなどない。   娘のように思っていたんだ』

「…おじ、さま。ディン叔父様っ。私はっ、私も…」

 

アレーティアの感情のダムが決壊する。

私も、貴方を父のように思っていた。

その気持ちは言葉にならなかったが、ほろほろと頬を伝う涙の雫となって現れていた。

それに釣られて、ルチアも涙をこぼし、卓弥は、己の中で荒れ狂う激情を抑え込むように歯を食いしばっていた。

 

『守ってやれなくて、未来の誰かに託すことしかできなくて……済まなかった。情けない父親役だった……』

「そんなことっ」

 

目の前にあるのは過去の映像。

アレーティアの叔父の遺言に過ぎない。

でも、そんな事は関係なかった。

心から叫ばずにはいられなかったのだろう。

 

『傍にいて、いつか君が自分の幸せを摑む姿を見たかったよ。君の隣に立つ男を一発殴ってやるのが密かな夢だったんだ。そして、その後、酒でも飲み交わして頼むんだ。"どうか娘をお願いします"と。アレーティアが選んだ相手だ。きっと、真剣な顔をして確約してくれるに違いない』

 

夢見るように映像の向こう側では彼は遠くに眼差しを向ける。

もしかすると、その方向に、過去のアレーティアがいるのかもしれない。

 

『そろそろ時間だ。まだ話したいことも伝えたいこともあるのだが……私の生成魔法では、これくらいのアーティファクトしか創れない』

「……やっ、嫌ですっ。叔父さ  お父様!」

 

記録できる限界が迫っているようで苦笑いを浮かべる彼に、アレーティアが泣きながら手を伸ばす。

叔父の、否、父親の深い愛情と、その悲しい程に強靭な覚悟が激しく心を揺さぶる。

言葉にならない想いが溢れ出す。

ルチアは、そんなアレーティアを泣きながら抱きしめ、卓弥もアレーティアの頭の上に手を置いた。

 

『私は君の傍にいられない。いる資格も、もうない。けれど、たとえこの命が尽きようとも祈り続けよう。アレーティア、私の最愛の娘。君の頭上に、無限の幸福が降り注がんことを。陽の光よりも温かく、月の光よりも優しい、そんな道を歩めますように』

「…お父様っ」

 

彼の視線が少しだけ彷徨う。

それはきっと、この映像をアレーティアと共に見ているであろう誰かを、アレーティアに寄り添う者を想像しているからだろう。

 

『私の最愛に寄り添う君。どんな形でもいい。その子を、世界で一番幸せな女の子にしてやってくれ。どうか、お願いだ。』

「……うむ。確約しよう。こやつを、こやつに牙を剥こうとする愚者()どもの呪縛から解き放ち、幸せにすることを』

 

卓弥の言葉が届くはずもない。

だが、彼は確かに聞こえたみたいに満足そうに微笑んだ。

きっと、遠い未来で自分の言葉を聞いた者がどう答えるか確信していたのだろう。

いろんな意味でとんでもなく、そして、愛情深い人だ。

映像が薄れていく。

彼の姿が虚空に溶けていく。

それはまるで、彼の魂が天に召されていくかのようだった。

 

そして…最後の言葉が響き渡った。

 

『……さようなら、アレーティア。君を取り巻く世界の全てが、幸せでありますように。』

 

封印部屋に泣き声が木霊する。

悲しくはある。

けれど、決してそれだけではない、温かさの宿った感涙にむせぶ声だ。

そんなアレーティアに、卓弥は声をかける。

 

「……お主、アレーティア、で良いのかえ?」

「……んっ、アレーティア。アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティオ・アヴァタール。叔父様……いや、お父様の……ディンリード・ガルディア・ウェスペリティオ・アヴァタールの、娘……!」

 

泣きながら、しかし、はっきりとした笑みと共にアレーティアはそう言い切った。

それを見て、卓弥は満足げに微笑んだ。

 

「そうかい。それでアレーティア。お主はどうするのじゃ?我はお主の父親と、お主を幸せにすると約束した。故にお主が幸せになるまで面倒を見る責務があるわけじゃが……」

 

それを聞いて、アレーティアは考えるように下を向く。

しかし、すぐに顔を上げ、卓弥を上目遣いをする。

 

「……タクヤに永久就職する」

「は?いやちょ待て」

「待たない」

「……我そういうの興味ないのじゃが?」

「……必ず虜にする」

「……我、待たせておる少女がおるのじゃが?」

「……大丈夫。仲良くする」

「おいなぜ舌舐めずりする?何するつもりじゃ?」

「くふふ……内緒」

「ほぉほぉほぉ!なら、ご主人様のお嫁さんってわけですね!今から奥様とお呼びしましょうか?」

「やめろルチアぶちのめすぞ!?」

 

裏切られた過去により、その過去を全て捨てようとした少女。

しかし、少女は過去を知り、優しい過去と共に成長することを選んだのだった。




第十一話、完!
いかがだったでしょうか?
というわけで、『吸血姫』アレーティアが仲間になりました!
奈落完全攻略までは原作と変わりませんが、その後の、番外編として書くであろうタクヤーズブートキャンプin奈落で魔改造する予定なのでお楽しみに。
次回は、3人の語らいと、ルチアの想いを書きたいと思います。


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卓弥の過去

ギアスです。
十二話を始めたいと思います。
吸血姫アレーティアが仲間になった!
今回は皆さんが待っていたりいなかったりしたであろう卓弥の過去を語るところです。
それでは、第十二話をどうぞ。


卓弥達がアレーティアの封印の真実を知ってから、それぞれの時間を過ごしていた。

卓弥はサソリもどきを解体し、肉と鉱石を分けており、ルチアはこれまでで使ってきた弾や手榴弾などの消耗品の補充。

そしてアレーティアはルチアの手伝いをしていた。

 

「ねぇねぇティアちゃん!」

「……ん?ティアって、私のこと?」

「そうだよ!正直な話、アレーティアって名前、呼ぶにしてはちょびっとだけ長いからね。呼びやすい名前で呼びたいんだけど……ダメ?」

「……ん。構わない。呼びたいように呼んで」

「ありがと〜!」

 

どうやら、ルチアとアレーティアは随分と仲良くなったみたいだった。

そんな2人の話し声を聞きつつ、卓弥は作業を黙々と続ける。

 

「それでね!ティアちゃんのこと、も〜っと教えてくれないかな?ご主人様も知りたいですよね!」

「まあ、仲間のことじゃしな」

「……わかった。教える」

 

そう言って、アレーティアは過去のことを話し始めた。

吸血姫として長い間国を守るため、敵国に対し前線で戦っていたこと。

叔父ディンリードに叱られつつも、それでも楽しい毎日を過ごしていたこと。

近衛の騎士団とも、部下と上司というよりも家族のような繋がりがあったこと。

前は裏切られた悲しみの記憶だったのだろうが、真実を知った今では、宝石箱のような大切な記憶に戻ったのだろう。

 

……この時、話を聞いていた中で、卓弥が『つまりアレーティアは300歳は歳を食っておるということか?』と考えていたが、院長夫人や、孤児院の女子達から『レディーに年齢を聞くのはマナー違反!』とよく言われていたので、口には絶対に出さなかった。

 

「……それにしても、吸血鬼族とやらはお主みたいに長寿なのかいな?」

「……私が特別。"再生"で年もとらない……」

 

話によれば、12歳になって魔力の直接操作や"自動再生"の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。

普通の吸血鬼族も他者への吸血行為により他の種族よりは長生きするが、それでもせいぜい200年が限度らしい。

ちなみに、前にルチアから聞いた種族の平均寿命については、人間族が70歳、魔人族が120歳、亜人族は種族によるが、地球で言うエルフに近い森人族の中には、何百年も生きているものがいるとのこと。

ユエは先祖返りで力に目覚めたから僅か数年で当時最強の一角数えられていたらしく、17歳の時に吸血鬼族の王位についたらしい。

魔法に関しては全属性に適性があり、アレーティアの得意戦法は、身体強化で逃げ回りながら、あるいは自動再生によるダメージ無視により魔法を相手に叩き込むもののようで、接近戦は不得意らしい。

 

「……それで、ここはどこら辺で、ここの出口について知っていることとかはないのかいな?」

「……わからない、でも、この迷宮は反逆者の1人が作ったと言われている」

「あー、それについては知っとるんじゃ。ルチアがそうゆうことに詳しかったからな」

「そうですね〜、情報的には完全に無駄足だったみたいですね。ティアちゃんがいたから戦力的にはプラスだったんですけど」

 

そんな話をしている中でも2人はテキパキと作業を行い、食料の確保や消耗品の補充を完了させ食事の準備をしていた。

そんな中、アレーティアが2人に質問してきた。

 

「……2人は、どうしてここにいる?」

 

アレーティアは2人から聞きたいことがたくさんあった。

なぜ魔境である奈落の底にいるのか。

なぜ魔力を直接操れるのか。

なぜ固有魔法らしき魔法を複数扱えるのか。

なぜ魔物の肉を食べても平気なのか。

そもそも2人は人間なのか。

ルチアが使う武器は一体なんなのか。

マシンガンのように繰り出される質問攻めに、2人は丁寧に1つづつ質問に答えていく。

卓弥がこのトータスに召喚されてから始まり、ベヒモスとの戦いで誰かの裏切りにあい奈落に落ちたこと、神水のこと、卓弥の知識をもとにルチアの武器を作ったことなどツラツラ話していると、いつのまにかアレーティアが涙をポロポロこぼしていた。

 

「ほえぇ!?」

「いきなりどうした?」

「……ぐす……2人とも……つらい……私もつらい……」

 

どうやら2人のために泣いてくれているらしい。

それにお互い顔を合わせると、苦笑してアレーティアの頭を撫でたりして慰め始める。

 

「気にするな。我もそんなことは気にしておらんし、復讐するつもりもない。そんなことをする価値は奴らにはこれっぽっちもないしの」

「そうですよ。正直私自身もこの先に用事があったので、むしろ感謝してるんですよ?『私達を奈落に連れて行ってくれてありがとう。人を殺した罪悪感を味わい続けてね。プギャァ!』っておちょくりたくはありますけど」

「まあこやつが言うことは置いといて、あとは元の世界に帰る方法や友人を帰す方法を探さんといかんからのぉ」

 

撫でられて気持ちよさそうにしていたアレーティアだったが、卓弥のその言葉にピクリと反応する。

 

「……帰るの?」

「む?そりゃあ帰りたいわな。今頃孤児院の子供達が泣いてるだろうからな。早く帰って安心させたい」

「……そう」

 

アレーティアは沈んだ表情で顔を俯かせる。

そして、ポツリと呟いた。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

「は?何言っとるんじゃ?お主も一緒に来るのじゃぞ?」

「………え?」

 

アレーティアは、卓弥のそのあまりにもさらりと出た言葉に驚愕をあらわにして目を見開く。

卓弥はそんなアレーティアを見返して、もう一度告げる。

 

「じゃから、お主も地球に来るのじゃぞ?まあ、お主のような存在が来るには窮屈であろうが、戸籍の問題とかは兄の1人が政治家じゃからそう言うのにも細工できるじゃろうしの」

「………」

「それに、まあ、うちの孤児院には一兆度の火球を出せる奴や鉄だろうと何だろうと食い尽くす奴、後はまあ、暗殺者の末裔とか、地球では暮らしにくい奴らもたくさんおるしのぉ」

「あの、1番最後のはともかく、前の2人は本当に人間ですか?」

「とにかくあれじゃ。お主の叔父と約束までしたのに、お主だけこの世界に置いて行くなんぞあり得ん。と言うわけじゃ」

 

そう聞いたアレーティアは、「いいの?」とおずおずと、しかし隠しきれない期待と一緒に訪ねる。

卓弥はそれに首を縦に振って答えると、アレーティアは花が咲いたような笑顔を見せた。

そして、今度はルチアが卓弥に対して質問してきた。

 

「あの、すみませんご主人様。ご主人様の過去って、教えてもらってもよろしいですか?」

「ん?なんじゃ藪から棒に」

「すみません。でも、前から気になってたんです。魔物がいないはずの世界で過ごしていたはずのご主人様が、魔物みたいな生き物を食べたことがあると言ったり、魔力も平然と使っていたり、それに、あの時ティアちゃんに対して「自分も名前を捨てたことがある」って言ってましたよね?」

「………」

「……私も気になる。タクヤ。教えて?」

 

卓弥は口を固く結び、下を向いて考え込んでしまう。

数秒、いや十数秒後、卓弥は頭をガシガシ掻きながら顔を上げる。

 

「……まあ、そうじゃな。いつまでも隠すつもりもなかったが、言うようなことでもないからな。じゃが、聞きたいのなら、話すかのぉ」

 

そう言いながら、卓弥は語り始めた……

 

 

 

 

 

「まず、我は元から地球に居ったわけではない。我の本当の故郷は『ヴァルマキア』という、まあ、トータスとは異なる異世界なんじゃ。ヴァルマキアでは地球のものを超える科学力と、トータスのものを超える魔法技術を持つ世界での。恐らく他のどんな世界よりも発展してあったと思う」

 

「それで、まあそんな世界にも、敵の土地を奪うためなどを理由に戦争が起こっておった。そんな時は機械仕掛けの兵隊人形『メタルロイド』や魔法使いが戦うことが主じゃった。しかし、科学者『エニー・レクサス』が戦争を変える可能性を持つ一つの計画を思いついたのじゃ。それが、我にも関係のある計画【エニーズ計画】じゃ」

 

「エニーズ計画と言うのは、まあ簡単に言えば『『対象を喰らうことで喰らった対象の力を手に入れる能力』と、『人が持つことが叶わない超常的な異能』を持たせた人型兵器を造る』というものじゃ。そうして、それぞれ、無機物、哺乳類、鳥類、魚介類、爬虫類、両生類、昆虫類、植物、魔物をそれぞれ喰らうことで力をつける9体の人型兵器【エニーズ】が造られた」

 

 

 

 

 

「それで、まあ、我が最初の、無機物を喰らうエニーズ、『1人目のエニー(エナス・エニー)』なのじゃ」

 

それを聞いたルチアとアレーティアは驚いた。

卓弥が普通の人間ではなく、元は生物兵器として人工的に誕生した存在だったと知ったからだ。

2人の驚きに気づいていたが、それでも、卓弥は話を続けた。

 

 

 

 

 

「エニーズは、反逆することを防ぐために短命に設計、そして戦闘に出る際に自爆装置を体内に埋め込むようにしておった。それでも良かった。他の8人の弟妹達と一緒に研究所内に広がる森の中の白い家で暮らしていけたのじゃからな。いつか戦場で死ぬかもしれんが、それでも、ここでの楽しい思い出があれば良い。そう思いながら生きていた………………あの日までは」

 

「その日はちょうど、我の9歳の誕生日の日じゃった。他の弟妹が我にプレゼントを用意するために我を家から追い出してのお。よっぽどプレゼントを秘密にしたかったのじゃろうなぁ。釣りをして食料を確保したり、果物を採集したりして、家に戻ったのじゃ。……じゃが、そこにあったのは………」

 

 

 

 

 

「外壁が赤く染まった白い家と、その家の前で息絶えた弟妹達の遺体じゃった」

 

 

 

 

 

「何故そうなったのかはよくわからん。じゃが、きっとエニーズ計画はうまくいかなかったのじゃろうな。我らエニーズは不要と判断され【殺処分】されることになったみたいじゃ」

 

「そして次は我の番となった。じゃが、この時、我の頭の中には自分がこれから殺されるという考えは一切浮かばんかった。『何故殺されなければならなかった』『何故幸せを奪う』『俺たちが何をした』そんな考えで頭がいっぱいじゃった」

 

「そして、我を殺しに近づいてきた職員に気づくと、前に見た『エニーズの短命を解消する方法』を思いついたのじゃ。それは、()()()()()()()()()()。それを思いついた時

 

 

 

 

 

我は、職員の1人の首元を噛みちぎっとった」

 

「そこから先はあまり覚えとらん。覚えがあるのが、噛みちぎった職員を放置して、2人目の職員を、自分の腕を刃物に変えて首から上を縦に切り裂いたこと。そして、最後の1人を殺す寸前のところぐらいじゃな」

 

「意識を取り戻した時、大体15?いや20はおったかのお、その数の職員の死体が落ちていて、最後の生き残りも両手両足を削ぎ落とされた状態で倒れて命乞いをしておった。我は、其奴に『生きたいか?』と言ったんじゃ。そしたら職員は『死にたくない!』と何度も叫んでおっての……じゃが、我には何にも響かんかった。何故こんな奴等に弟妹が殺されたのかと思った。生かす理由もないゆえに最後の職員を生きたまま頭を踏み砕いて殺した」

 

「そのあと、弟妹達の遺体一つに集め、その心臓を喰らった。我自身、忘れることを恐れたんじゃろうな。いつか弟妹達の死が過去のものとなって、ひっそりと記憶から消え去っていくことが。弟妹達の心臓を喰らったことで、偶然にも我は、弟妹達が扱える『捕食したものを再現できる力』を手に入れた」

 

「その後はもう、壊れた機械のようじゃったのお。それ以外何もできないかのように魔物や生き物を狩り、そして喰らい力をつけていった。死にかけても、傷を癒して、再度挑戦し、獲物を殺し、そして喰らい続けた。この喋り方も、心が壊れてから話すようになったんじゃ。その前は自分のことを『俺』と呼んでおったし、こんな老人くさい話し方はしとらんかったのじゃぞ?」

 

「そんなある日、異世界へ渡ることができる一方通行のゲートが発生したという情報を手に入れ、我は顔を隠しながらそこへ向かい、ゲートを渡った。」

 

「ゲートを渡った先が、今の我の住まう世界『地球』じゃった。その時は夜で、土砂降りの雨じゃったのぉ。なんのあてもないまま彷徨っていると一組の夫婦に呼び止められた。それが後の父と母……まあ、院長と院長の妻じゃった」

 

「冷たく固まっていたはずの心が、父達と会って過ごしていく中でほぐれていった。弟妹達のことを忘れたわけではないが、弟妹達が生きていた頃のように生きられた。そんなことがあり、その後、我は白崎と出会い、そして同じ高校に上がり……」

 

 

 

 

 

「トータスに召喚され、現在に至る。と言ったところじゃろうな………ん?」

 

自分の過去を語り終えるが、あまりにも声が聞こえなかったため2人の方を見ると、ルチアの目からは川のように涙が流れていて、アレーティアもひとすじの涙を流していた。

 

「いや、マジでどうしたんじゃ?」

「あ"、い"え"、ずびばぜん。あばりにも"(がな)じぐで、(ごえ)も出ぜなぐで」

「……ん……ぐす……私も……悲しい。心が……痛い」

 

まさかここまで悲しんでくれるとは思わず動揺したが、卓弥は気を取り直して話をした。

 

「もうとっくに過ぎた話じゃ。割り切ったとは言わんが、それでも、あの過去があったから今の我がおる。とにかく飯じゃ。食って今回はもう休むぞ」

 

そう言いながら、切り分けたサソリもどきの肉を焼き始める。

そのあと、アレーティアは2人の血を飲めればそれで良いと言い、2人から血を分けてもらった。

ちなみに、ルチアの血の味は『たくさんの野菜と上質な肉をコトコト煮込んだスープ』。

卓弥の血の味は『極まった辛味の中に芳醇で爽やかな甘味がある。神のお酒みたい』とのこと。

 

 

 

 

 

そして食事が終わったあと、卓弥は警戒のために周囲の見回りに行った。

ルチアが新たなアーティファクトを造る中、アレーティアがルチアに声をかける。

 

「……ねぇ。少し聞きたいんだけど」

「はい?何ですか?」

「……ルチアって、タクヤのことが好きなの?」

「ほあ!?」

 

作業中にも関わらず素っ頓狂な声を上げるルチア。

ルチアはアレーティアに向き直り話し出す。

 

「ちょちょちょ!待ってくださいよティアさーん。ご主人様を好きってそんな、そんな感情よくわかんないし」

「……でも、好意はある、でしょ?」

「………」

 

ルチアは顔を赤くしながら下を向く。

そして、ボソリボソリと話し出す。

 

「……でも、私は、ご主人様を利用したんですよ?戦うことを嫌ってたご主人様に無理言ってここに来させたんです。それで、私の不注意のせいで奈落に落ちて……本当に好きだとしても、私にはご主人様を好きになる資格なんてないんです………」

 

そう、ルチアは卓弥が奈落に落ちてしまったことに罪悪感を抱いていた。

本当なら今はここよりずっと安全な場所で帰るための手掛かりを探していたはずなのに。

その原因になった自分に卓弥を好きになる資格はないと言う。

しかし、アレーティアはそれを否定する。

 

「……それでも、好きになったのならそれでいいと思う」

「……ティアちゃん」

「……好きになる資格なんて必要ない。好きなら好きで押し通せば良い。……それに、タクヤはそんな事を気にするような人じゃない。きっと、ルチアが頼まなくても着いてきてたと思う。タクヤは、とっても優しいから」

 

そう励まされると、ルチアはどこか納得したような、吹っ切れたような表情になる。

 

「……そっか……ねぇ、ティアちゃん」

「……ん」

「私、まだよくわかっていないけど、多分、ご主人様が好きなんだと思います」

「……ん」

「ご主人様はいっつも他人の事ばかり気にかけて、自分を蔑ろにするような人です。多分、死んでも誰かを助けるような人です」

「……ん」

「ここから先、絶対ご主人様は無茶をします。きっと、死ぬまで無茶をし続けます。だから………」

 

そこで言葉を区切り、アレーティアを見て……

 

「一緒に、無茶するご主人様を止めましょ。私たち2人でならご主人様を止められるだろうし。それに、帰りを待ってるだろう白崎様にも絶対会いましょう」

「……そのシラサキって人も、タクヤのことが好きなの?」

「そうです。そして、多分ご主人様を1番よく知っている人です」

「……ん!それなら、絶対タクヤを守れる。……それまでは、私たちで、タクヤを助ける。」

「はい!」

 

こうして決意を新たにした少女達。

その後も、卓弥が戻ってくるまで、ガールズトークが弾んだという。




第十二話、完!
いかがだったでしょうか。
今回は今まで引っ張ってた卓弥の過去を書きました。
正直もっと上手く説明したかったんですけど…自分のレベルだとこれが限界です。
必要があったら書き直すつもりもありますが、よければその辺の感想もよろしくお願いします。
次回は、香織サイドに戻りたいと思います。


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悪夢との訣別

ギアスです。
第十三話を始めたいと思います。
卓弥の過去を知ったルチアとアレーティア。
2人は卓弥に恋する者同士、協力して卓弥を守る事を誓う。
今回はクラスメイトサイドに戻ります。
"守護騎士"となった香織の初陣をどうか楽しんで見てください。
それでは、第十三話をどうぞ。


卓弥とルチアがアレーティアと出会い、アレーティア封印の真実を知った日。

光輝達勇者一行は、再び【オルクス大迷宮】にやって来ていた。

しかし、卓弥とルチアの死を目の当たりにし、多くの生徒がその心に深く思い影を落としてしまったが故に、ほとんどの生徒がまともに戦闘できなくなってしまった。

なので、今現在【オルクス大迷宮】を訪れているのは、光輝達勇者パーティーと、檜山達小悪党組、そして大柄な柔道部の男子生徒『永山重吾(ながやま じゅうご)』が率いる男女5人のパーティーだけだった。

当然、聖教協会関係者はそんな状況にいい顔をしなかった。

実践を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと、毎日のようにやんわり復帰を促してくる、

しかし、それに猛然と抗議した者がいた。

愛子先生だ。

当時、特殊かつ激レアな天職である"作農師"だったため、農地開拓に力を入れさせるために遠征に参加できなかった愛子は、大事な生徒の1人である卓弥と、そのお付きのメイドであるルチアの死亡を知り、ショックのあまり寝込んでしまった。

『自分が安全圏でのんびりしている間に生徒が死んでしまった』『全員を日本に連れて帰ることができなくなった』と、責任感の強い愛子は、強いショックを受けたのだ。

だからこそ、戦えない生徒をこれ以上戦場に送り出すことを断じて許さなかった愛子は、己の天職の有用性を利用し、不退転の意志で生徒達への戦闘訓練の強制に抗議した。

愛子との関係の悪化を避けたい教会側は、そんな愛子の抗議を受け入れた。

よって、自ら戦闘訓練を望んだ勇者パーティーと小悪党組、永山重吾のパーティーのみが訓練を継続することになった。

そんな彼等は、再び訓練を兼ねて【オルクス大迷宮】に挑むことになったのだ。

今回もメルド団長と数人の騎士団員が付き添っている。

今日で迷宮攻略6日目。

現在の階層は60階層だ。

確認されている最高到達階数まで後5階層である。

しかし、光輝達は現在、立ち往生していた。

正確には先へ行けないのではなく、何時かの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまったのだ。

そう、彼等の目の前には何時かのものとは異なるが同じような断崖絶壁が広がっていたのである。

次の階層へ行くには崖にかかった岩の橋を進まなければならない。

それ自体は問題ないが、やはり思い出してしまうのだろう。

特に、香織は、奈落へと続いているかのような崖下の闇をジッと見つめたまま動かなかった。

 

「香織……」

 

雫の心配そうな呼び掛けに、強い眼差しで眼下を眺めていた香織はゆっくりと頭を振ると、静かに微笑んだ。

 

「大丈夫だよ、雫ちゃん」

「そう……無理しないでね?私に遠慮することなんてないんだから」

「えへへ、ありがと、雫ちゃん」

 

そう言う香織の姿は、以前のものと様変わりしていた。

以前は神官のような青と白を基調とした、布の多い服を着ていたが、今の香織は青いドレスを思わせる布地と白銀の甲冑を合わせた、いわゆるバトルドレスのような姿をしている。

そんな彼女の腰には両刃のロングソード、左腕には小さめのラウンド・シールドが装備されている。

天職が"守護騎士"に変化した香織はその日から雫やメルド団長から剣の振り方や盾の扱い方を学び、他のクラスメイト……勇者である光輝よりもひたすらに訓練をこなしていた。

今の彼女には、高校の頃のおっとりとしたような優しげな雰囲気に変わり、凛々しく、そして頼もしさを感じる女騎士のような雰囲気があった。

そんな香織(親友)を見て、雫もまた微笑んだ。

今の香織には現実逃避や絶望はなく、一本の強い芯が通っていた。

卓弥とルチアの生存は絶望的と言うのも生温い状況だが、それでも逃避も否定もせず前に進もうとしている香織の姿に、雫は誇らしさを感じていた。

しかし、ここで空気を読まない余計な行動をとるのが勇者クオリティー。

光輝の目には、眼下を見つめる香織の姿が、二人の死を思い出し嘆いているように映った。

クラスメイトの死に、優しい香織は今も苦しんでいるのだと結論づけた光輝は香織に対してズレた慰めの言葉をかける。

 

「香織……君の優しいところ俺は好きだ。でも、仲間の、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない!前へ進むんだ。きっと、二人もそれを望んでる」

「ちょっと、光輝……」

「雫は黙っていてくれ! 例え厳しくても、幼馴染である俺が言わないといけないんだ。……香織、大丈夫だ。俺が傍にいる。俺は死んだりしない。もう誰も死なせはしない。香織を悲しませたりしないと約束するよ」

「あはは、うん、光輝くんの言いたいことは分かったから大丈夫だよ」

「そうか、わかってくれたか!」

 

光輝の見当違い前回の言葉に、香織は苦笑いを浮かべる。

光輝の中では2人のことは既に死んだことになっている。

だから、卓弥達は生きていると話しても無駄なことは分かっているため、香織は余計な口出しはしなかった。

そんな光輝の甘いマスクと雰囲気で大体の女子生徒は1発で落ちているだろうが、香織は以前から卓弥一筋であるが故に幼馴染として大事には思っているがそれ以上の感情は抱かなかった。

 

「香織ちゃん、私、応援しているから、出来ることがあったら言ってね」

「そうだよ~、鈴は何時でもカオリンの味方だからね!」

 

光輝との会話を傍で聞いていて、会話に参加したのは中村恵里と谷口鈴だ。

二人共、高校に入ってからではあるが香織達の親友と言っていい程仲の良い関係で、光輝率いる勇者パーティーにも加わっている実力者だ。

中村恵里はメガネを掛け、ナチュラルボブにした黒髪の美人である。

性格は温和で大人しく基本的に一歩引いて全体を見ているような子だ。

谷口鈴は、身長142センチのちみっ子である。

もっとも、その小さな体の何処に隠しているのかと思うほど無尽蔵の元気で溢れており、常に楽しげでチョロリンと垂れたおさげと共にぴょんぴょんと跳ねている。

その姿は微笑ましく、クラスのマスコット的な存在だ。

 

「うん、恵里ちゃん、鈴ちゃん、ありがとう」

 

高校で出来た親友2人に、嬉しげに微笑む香織。

 

「うぅ~、カオリンは健気だねぇ~、天喰君め!鈴のカオリンをこんなに悲しませて!生きてなかったら鈴が殺っちゃうんだからね!」

「す、鈴?生きてなかったら、その、こ、殺せないと思うよ?」

「細かいことはいいの!そうだ、死んでたらエリリンの降霊術でルチアさんごとカオリンに侍せちゃえばいいんだよ!」

「す、鈴、デリカシーないよ!香織ちゃんは、二人は生きてるって信じてるんだから!それに、私、降霊術は……」

 

いつも通りの姦しい2人の光景に、香織と雫は楽しげな表情を見せる。

そんな香織に対して、誰かが後方から暗い瞳で見つめていたが、香織はそれに()()()()()無視をした。

そのあと、特に何の問題もなく歴代最高到達階層である65階層にたどり着いた。

 

「気を引き締めろ!ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

付き添いのメルド団長の声が響く。

光輝達は表情を引き締め未知の領域に足を踏み入れた。

しばらく進んでいると、大きな広間に出たが、それと同時に何となく嫌な予感が一同を襲う。

その予感は的中した。

広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。

赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。

それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。

他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。

それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ!退路の確保を忘れるな!」

 

いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド団長。

それに部下が即座に従う。

だが、光輝がそれに不満そうに言葉を返した。

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ!もう負けはしない!必ず勝ってみせます!」

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

龍太郎も不敵な笑みを浮かべて呼応する。

メルド団長はやれやれと肩を竦める。

確かに今の光輝達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。

そんな光輝達の影に隠れ、香織は1人淡々と魔力を練り上げる。

そして、遂に魔法陣が爆発したように輝き、ベヒモスが、かつての悪夢が出現する。

 

「グゥガァアアア!!!」

 

咆哮を上げ、地を踏み鳴らしながらベヒモスは光輝達を殺意を籠めながら睨みつける。

全員に緊張が走ると同時に、香織は詠唱する。

 

「白亜の城壁、その威容は難攻不落、全ての疵を、全ての痛みを、全ての怨恨を癒す理想郷となれ、"城光"」

 

その詠唱の後、香織を中心に、まるで城壁のようにも、一つの都のようにも見える、数多の光の壁が聳え立つ。

その光景に光輝達全員が驚く。

 

"守護騎士"を持つ者のみ扱うことができると言われる結界魔法"城光"。

その効果は、『使用者が守りたいと思った対象全てにあらゆる恩恵を与える』と言うもの。

今の光輝達には攻撃力上昇や防御力上昇、速度上昇、体力の少量の自動回復など、様々な恩恵が与えられている。

その状況に困惑するクラスメイト達を放って、香織は前に出て、腰につけたロングソードを鞘から引き抜き、それを真っ直ぐ、まだ遠くにいるベヒモスに突きつける。

 

「もう誰も奪わせない。貴方を踏み越えて、私は彼等を助けに行く」

 

その表情は、まさに"守護騎士"と呼ぶにふさわしい、とても覚悟がこもったものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ベヒモスを徐々に追い詰め、途中でダメージを食らっても香織が的確に回復魔法を使ったため戦闘不能者は出ず、そんな香織も、ロングソードとラウンド・シールドを上手く扱い接近戦に参加して、ベヒモスにダメージを与えるのに一躍買った。

最後は後衛の術者5人による炎系上級攻撃魔法"炎天"によってベヒモスを焼き尽くし倒した。

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」

 

皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。

同じく、呆然としていた光輝が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

 

「そうだ!俺達の勝ちだ!」

 

キラリと輝く聖剣を掲げながら勝鬨を上げる光輝。

その声にようやく勝利を実感したのか、一斉に歓声が沸きあがった。

男子連中は肩を叩き合い、女子達はお互いに抱き合って喜びを表にしている。

メルド団長達も感慨深そうだ。

 

そんな中、未だにボーとベヒモスのいた場所を眺めている香織に雫が声を掛けた。

 

「香織?どうしたの?」

「えっ、ああ、雫ちゃん。……ううん、何でもないの。ただ、ここまで来たんだなってちょっと思っただけ」

 

苦笑いしながら雫に答える香織。

かつての悪夢を倒すことができるくらい強くなったことに対し感慨に浸っていたらしい。

 

「そうね。私達は確実に強くなってるわ」

「うん……雫ちゃん、もっと強くなれば、私も2人と……」

「そうね。そのためにも、これからも頑張りましょ」

「えへへ、そうだね」

 

先へ進める。

それは2人の安否を確かめる具体的な可能性があることを示している。

香織は2人の死を信じてはいないが、もしかしたら本当に……というIFの可能性の恐怖に、つい弱気が顔を覗かせたのだろう。

それを察して、雫がグッと力を込めて香織の手を握った。

その力強さに香織も弱気を払ったのか、笑みを見せる。

そんな二人の所へ光輝達も集まってきた。

 

「二人共、無事か?香織、最高の治癒魔法だったよ。それに最初のバフの魔法もすごかったし、香織がいれば何も怖くないな!」

 

爽やかな笑みを浮かべながら香織と雫を労う光輝。

 

「ええ、大丈夫よ。光輝は……まぁ、大丈夫よね」

「うん、平気だよ、光輝くん。皆の役に立ててよかったよ」

 

同じく微笑をもって返す二人。

しかし、次ぐ光輝の言葉に少し心に影が差した。

 

「これで、天喰達も浮かばれるな。自分を突き落とした魔物を自分が守ったクラスメイトが討伐したんだから」

「「……」」

 

光輝は感慨に耽った表情で遠くを見ており、雫と香織の表情には気がついていない。

どうやら、光輝の中で卓弥を奈落に落としたのはベヒモス()()ということになっているらしい。

確かに間違いではない。

直接の原因はベヒモスの固有魔法による衝撃で橋が崩落したことだ。

しかし、より正確には、撤退中の卓弥に魔法が撃ち込まれてしまったことだ。

今では、暗黙の了解としてその時の話はしないようになっているが、事実は変わらない。

だが、光輝はその事実を忘れてしまったのか意識していないのかベヒモスさえ倒せば卓弥達は浮かばれると思っているようだ。

基本、人の善意を無条件で信じる光輝にとって、過失というものはいつまでも責めるものではないのだろう。

まして、故意に為されたなどとは夢にも思わないだろう。

しかし、香織は気にしないようにしていても忘れることはできない。

檜山のせいで卓弥達は撤退できず奈落に落ちた。

卓弥達が生きていると信じているが、檜山のことはどうしても許せそうにない、

だからこそ、檜山を無条件で許し、なかったことにしている光輝の言葉に少しショックを受けてしまった。

雫が溜息を吐く。

思わず文句を言いたくなったが、光輝に悪気がないのはいつものことだ。

むしろ精一杯、卓弥達のことも香織のことも思っての発言である。

ある意味、だからこそタチが悪いのだが。

それに、周りには喜びに沸くクラスメイトがいる。

このタイミングで、あの時の話をするほど雫は空気が読めない女ではなかった。

若干、微妙な空気が漂う中、クラス一の元気っ子が飛び込んできた。

 

「カッオリ~ン!」

 

そんな奇怪な呼び声とともに鈴が香織にヒシッと抱きつく。

 

「ふわっ!?」

「えへへ、カオリン超愛してるよ~!カオリンが援護してくれなかったらペッシャンコになってるところだよ~」

「も、もう、鈴ちゃんったら。ってどこ触ってるの!」

「げへへ、ここがええのんか?ここがええんやっへぶぅ!?」

 

鈴の言葉に照れていると、鈴が調子に乗り変態オヤジの如く香織の体をまさぐる。

それに雫が手刀で対応。

些か激しいツッコミが鈴の脳天に炸裂した。

 

「いい加減にしなさい。誰が鈴のものなのよ……香織は私のよ?」

「雫ちゃん!?」

「ふっ、そうはさせないよ~、カオリンとピーでピーなことするのは鈴なんだよ!」

「鈴ちゃん!?一体何する気なの!?」

 

雫と鈴の香織を挟んでのジャレ合いに、香織が忙しそうにツッコミを入れる。

いつしか微妙な空気は払拭されていた。

 

これより先は完全に未知の領域。

光輝達は過去の悪夢を振り払い先へと進むのだった。




第十三話、完!
いかがだったでしょうか?
今回は香織の"守護騎士"としての初戦闘を描きました。
………まあ、ほとんど原作と同じ展開なので最初以外は丸々カットなんですけど………
ちなみに、今回香織が使った"城光"の元ネタは、某マシュマロな後輩の盾の宝具です。
衣装も某腹ペコ王さんがモデルです。
次回は卓弥達のサイドに戻ります。
エセアルラウネの運命やいかに………


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奈落攻略 〜吸血姫を連れて〜

ギアスです。
第十四話を始めたいと思います。
過去の悪夢を乗り越えた勇者一向。
一方その頃奈落組も再び攻略を再開する。
それにしても、こんなに長い間待たせてすみませんでした。
……タグに『不定期更新』とか入れたほうがいいですかね……?
それでは、第十四話をどうぞ。


勇者パーティーがベヒモスを打倒したその頃奈落では……。

 

「よーし、完成!!」

 

ルチアが試験管のような形の容器に、神結晶から滴る神水を詰めていた。

容器の数は約20本。

それをアレーティアは不思議そうに見つめている。

 

「……ルチア。何してるの?」

「え?神水をストックしてるんですよ。神結晶から勝手に溢れるから零すのも勿体無いし、いつでも手に入るものでもないですし…」

「………ん。」

 

説明するルチアだったが、それを遮るようにアレーティアが、何故かジト目をしながらある方向を指差す。

その先には………

 

ジョボボボボボボボボボボ………

 

……神結晶の欠片を握りしめ、そこから滝を思わせる量の神水を出し、その神水を水筒ぐらいの大きさの容器十数個につめる卓弥の姿があった。

トータスの世界の人間が見たら、何処かの猫と鼠のアニメのように目を飛び出させながら驚きそうな光景を卓弥がなんでもないかのように行えるのは、卓弥に1人目のエニー(エナス・エニー)としての力"永久魔力機関"があるからであろう。

"永久魔力機関"。

言ってしまえばそれは『尽きることなく永遠に魔力を生み出す力』と言ったところだ。

卓弥の故郷『ヴァルマキア』では『魔力を尽きることなく扱える生命体は、人間はもちろん、魔物や悪魔、精霊、神ですらも存在しない。使えば必ず魔力はなくなり、再び使いたいなら休息が必要だ』とされている。

しかし、【エニーズ計画】を実行したエニー・レクサスは、科学と魔法を一つにして作り出した、『永久に魔力を創り出す機関』を生物に埋め込み、創り出した魔力を扱うことができるよう改造を施すことで、後天的に『永遠に尽きない魔力を扱える生命体』を造れるのではないかと考えた。

結果的にそれは成功。

その成功例こそ、最初に生み出されたエニーズである『エナス・エニー(天喰卓弥)』なのである。

"永久魔力機関"を持つ卓弥の魔力量は正しく『∞』。

どれほど魔力を使っても、卓弥の魔力は決して無くなる事はない。

なので、大量の魔力を神結晶に注ぎ込み続けることで、神水をすぐに生成することができるのだ。

 

「……ん?どうかしたのか?」

「……イエ、ナンデモ」

「何故片言なんじゃ?」

 

人としての枠組みから完全に逸脱した卓弥を見てジト目をするルチアとアレーティアを見て、何故そんな目をしているのかと首を傾げる卓弥であった。

 

 

 

 

 

そんなこんなで、卓弥とルチアは、吸血姫アレーティアを連れて攻略を再開する。

接近戦最強の卓弥、魔法チートのアレーティア、兵器によるルチアのサポートにより10階層ほど順調に攻略に成功した。

アレーティア曰く、回復系や結界系の魔法は得意ではないと言っていたが、回復なら、卓弥によって量産された神水でどうにでもなるので問題なかった。

しかし、60階層ぐらいのところで彼らが遭遇したのは……

 

「うっひゃぁぁあああ!こんなにたくさん()()()が来るなんて!!サインが欲しいならマネージャーを通して下さーい!!」

「余計なこと口ずさむ暇あるなら足を動かせ!」

「……2人とも、ファイト……」

 

「「「「「「「「「「「「シャァアア!!」」」」」」」」」」」」

 

……もちろんファンなんかではなく、200体近くの魔物の軍団である。

どうしてそうなったのか。

それを説明するために、その階層に突入したばかりの時間まで遡る……

 

その階層には樹海が広がっていた。

10メートルを超える木々が鬱蒼と生い茂り、空気も湿っぽい。

地面からも160cm以上ある雑草が生い茂っているが、以前通った密林の階層よりは暑くない。

階下への階段を探して探索している時、彼らの前に、地球で言うティラノサウルスにそっくりな特徴を持つ魔物が姿を現した。

………頭に一輪の花を咲かせた、どこか緊張感が薄れる見た目をしていたが。

鋭い牙と迸る殺気から、このティラノサウルスは強力な魔物であると理解できた。

……頭の上でふりふりと揺れる向日葵に似た可憐な花のせいで、それら全てが台無しになっていたが。

それでも、ティラノサウルスが咆哮を上げながら襲い掛かってきたため、卓弥は腕をバリスタのような形に変化させ、ルチアも双黒銃を取り出し………2人が行動する前にアレーティアが手をスッと掲げる。

 

「"緋槍"」

 

アレーティアの手元に現れた円錐状の炎の槍"緋槍"が、ティラノサウルスの口内に一直線で飛び込み、そのまま貫通して一瞬で絶命させる。

そこに残ったのは、射線上の肉を溶かされた状態で死んだティラノサウルスと、そのティラノサウルスの頭の上に咲いていた花だけだった。

そんな光景を見て、卓弥とルチアはアレーティアを見る。

そんな2人にアレーティアは振り返り、無表情ながら何処か得意げな顔をする。

 

「……私、役に立つ。……仲間だから」

 

アレーティアは、「頑張るぞいっ!」と言いたげにムンっ!と擬音が出そうなポーズを取る。

それを見て卓弥とルチアは互いに顔を見合わせ、苦笑いをしながらアレーティアに話しかける。

 

「……お主が役に立つのはわかっておる。じゃからお主は後衛をやっておくれ。少しは動かんと、我の体が鈍ってしまう」

「……タクヤ……でも……」

「ティアちゃんが優秀なのはわかってますよ。だから、ティアちゃんにしかできないことをティアちゃんが、私にしかできないことを私が、そしてご主人様しかできないことをご主人様がすれば、私達に敵なしです。だから、少しは私達を頼って欲しいです」

「……ルチア……ん」

 

2人に注意され、アレーティアはシュン…とする。

そのあと卓弥が労いとして頭を撫でてやるとほっこりした表情になって機嫌を直したので、2人は顔を見合わせて再び苦笑した。

そうしていると、ルチアの"気配感知"や卓弥の様々な感知系固有魔法に新たな魔物が10数体ほど接近するのを感知した。

アレーティアを促して陣形を取る。

卓弥が前衛、残りの2人が後衛を陣取り、魔物の包囲を回避するため自分たちから魔物のうちの1匹の方に突進する。

生い茂った木の枝を払い除いて飛び出した先には、体長2mほどの、例えるならラプトル系の恐竜のような魔物がいた。

……頭からチューリップのような花を咲かせた状態で。

 

「……何故彼奴の頭にはチューリップが咲いとるんじゃ?ここの魔物達の流行りなのかいな?」

「……かわいい」

「流行りでは…無いと……思いたい……です、ね」

 

アレーティアのほっこりした言葉や、卓弥のありえない(?)考察を否定するようにルチアが話そうとするが、否定材料が少ないため断言できず、徐々に言葉の勢いが無くなっていた。

ラプトルは、そんな空気や頭上の花を無視するように飛び掛かる。

 

「シャァァアア!!」

 

強靭な脚にある20cmほどの鉤爪を突き刺そうとするが、3人は三角の陣形を取り、相手を包囲できるように回避する。

回避してすぐルチアは、さっきからずっと気になっていたラプトルのチューリップを撃ち抜く。

ラプトルは一瞬痙攣し、着地に失敗しもんどり打ちながら地面を転がり、樹にぶつかって動きを止めた。

 

「……死んだ?」

「いえ、まだ生きてるみたいですけど……」

「………これは?」

 

ルチアとアレーティアがラプトルの生死を確認する中、卓弥は今のラプトルの反応に既視感を感じた。

何故そんなものを感じたのか思考の海に沈もうとしたが、沈む前にラプトルが動き始める。

ムクッと起き上がり辺りを見渡し始め、先程まで頭に咲いていたチューリップを見つけると、それを親の仇だと言わんばかりに踏みつけ始めた。

 

「え〜、何ですかその反応、どういうことですか?」

「……イタズラされた?」

「いや、そんな子供のイタズラじゃ無いんですから……」

『………やはり、これは………』

 

ラプトルが一通りチューリップを踏みつけ、満足したのか満足げに天を仰ぎ「キュルルル〜!」と鳴き声を上げる。

卓弥はそんなラプトルに一瞬で近づき、指先から伸ばした、まるで恐竜で言うテリジノサウルスのようなとても長く鋭い爪でラプトルの首を切り飛ばす。

 

「えちょっとご主人様。流石にそれは」

「……イジメられて、首切られて……憐れ」

「そんなことはどうでもいい!早く場所を移すぞ!」

 

卓弥は少し焦った様子で2人に移動するよう促す。

卓弥がここまで焦るのには理由がある。

今まで、()()()()()()()()を持つ魔物達と《ヴァルマキア》で何度も遭遇していたからだ。

2人は卓弥の態度に戸惑いながらも追随する。

訳を聞こうとすると、"気配感知"にかかっていた他の魔物が視認できる範囲に近づいてきた。

2人はその方向に視線を向けると、足は止めなかったが、何処か気の抜けたような、呆れたような表情をする。

なぜなら………

 

「なんで魔物全部にお花が咲いてるんですか!?」

「……ん、お花畑」

「やはりか…!」

 

ルチアとアレーティアが言ったように、現れた10数体のラプトル全ての頭にに花が咲いていたからだ。

おまけに、個体によってそれぞれ色も変わっている。

そこで、卓弥は逃げながら自論を2人に話し始める。

 

「ルチア!アレーティア!これ以上此奴等と戦っても意味はない!()()を潰さねば終わらんぞ!!」

「お、大元?どう言うことですか?」

「あの時の魔物達の反応、どこか妙じゃ。ティラノサウルス(大型)の方は、今考えてみれば動きがまるで人形劇の操り人形のようじゃった。そしてラプトル(小型)の方の頭の花を吹っ飛ばした後の動きからして、あの花はおそらく……」

「……寄生?」

「可能性は高い」

 

なるほど、確かにその可能性は高い。

何しろ、今わかるだけでも100を超える魔物の気配がこちらに対して向かっているからだ。

いくらなんでもそんな状況は異常すぎるが、その魔物達全てを操っている存在がいるのだとすれば、その謎にも説明がつく。

つまり………

 

「……本体がいるはず」

「そうじゃな。この空間全てに存在する殆どの魔物がこちらに向かっとる。その中でこちらにこようとしない魔物の反応がある方向に向かえば確実じゃな」

「それじゃあ、ひとまず後ろの魔物達は無視で、親玉がいる方向に直進しますか?」

「うむ。それが良かろう」

「そうですよね!今更後ろが鬱陶しいからって殲滅しよう!なんてなりませんよね………」

 

話している時点で、今現在自分達を追いかけている魔物の数は100を越えようとしていた。

ルチアは後ろを絶対見ようとせず、走り続けてバテ始めたアレーティアを、卓弥が猫を掴むように掴み上げ、おんぶしている光景を見ながら、楽しい(地獄の)鬼ごっこが始まる予感に心の中で溜息を吐いた。

 

 

 

そして冒頭。

卓弥達は今現在200体近くの魔物に追われていた。

アレーティアは既に体力を回復させることができたが、周りの草木が鬱陶しいと考えて卓弥から降りようとはしないし、卓弥も降ろすつもりはなかった。

今現在、数多の魔物達が地響きを立てながら追いかけてきている。

そして追いつき飛びかかってくる魔物を、時に卓弥が"爪弾"で撃ち落としたり爪で切り裂いたり、ルチアが双黒銃で撃ち抜いたり、アレーティアが魔法で牽制したりして完全な包囲を回避していた。

そして卓弥達は、魔物達の動きや気配から、魔物達を操る親玉がいる場所に目星をつけ、そこに向かっている。

そして、とうとうその場所である、迷宮の壁にある縦に割れた洞窟に到着する。

卓弥は急いで2人を洞窟の中に入れ、その場を振り返る。

見渡す範囲全てに存在する魔物達に向け掌を向けると、その掌…いや、それどころか腕そのものが変形し始め、まるで鰐の頭を思わせる形状に変化した。

そして、鰐の口内に魔力が溜まり………

 

「……"灼炎の獄龍(ムスプルヘイム)"」

 

鰐の口内から灼熱の龍が飛び出し魔物達を襲い始める。

灼炎の獄龍(ムスプルヘイム)"。

それは《ヴァルマキア》に存在した魔法の1つ。

《ヴァルマキア》には、レベルが低い順に、『対人級』『対集団級』『対軍級』『対国級』『対界級』の5つの階級に分けられているが、この灼炎の獄龍(ムスプルヘイム)は、炎の龍を操り敵に攻撃する『対軍級』に分類(カテゴライズ)される魔法である。

炎の龍に焼き尽くされる魔物達を尻目に卓弥も洞窟内に飛び込み、待っていたルチアが"錬成"で洞窟の穴を塞ぐ。

 

「ふぃ〜。これでひとまず大丈夫なはずです」

「このまま大元を叩けば、魔物達も何処かへ行くはずじゃ」

「……お疲れさま」

「とにかく、周囲の警戒を怠るなよ」

 

3人は洞窟の先へと歩き出す。

しばらく道なりに進むと大きな広場に出た。

広場の奥には洞窟の入り口の時のような縦に割れた洞窟がある。

その先に階下への階段があるのかもしれないが、その可能性を考え頭が浮かれるのを抑えながら、周囲を警戒しながら進む。

そして部屋の中央辺りに来たときに、それは起きた。

全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできた。

3人はそれぞれ迎撃するが、その数は優に100を超える上に激しく撃ち込まれるため、ルチアが"錬成"で石壁を作りそれらを防ぐ。

 

「これ本体の攻撃ですよね?ご主人様、どこに本体いるかわかりますか?私の"気配感知"にはかからなくて……」

「我も同じじゃ。よほど隠密性に長けておるのか、そもそもここに居らんのか………アレーティアはどうじゃ?」

「……」

「アレーティア?」

「ティアちゃん?」

 

2人の質問にアレーティアは答えない。

訝しみ2人がもう1度声をかけると、その返答は……

 

「……逃げて!」

 

悲痛な叫びと、殺意の篭った風の刃だった。

卓弥とルチアは難なく避けるが、風の刃は石壁を綺麗に両断してしまう。

何事かと2人はアレーティアを見るが、アレーティアの頭上を見て全てを悟る。

アレーティアの頭の上には、この階層の魔物達と同じ花…しかし、高貴な印象を持つアレーティアに合わせたかのような真っ赤な美しい薔薇が咲いていたからだ。

 

「ティアちゃん!」

「くっ、さっきの緑玉か!」

「タクヤ……ルチア……うぅ……」

 

アレーティアはまんまと敵の術中に嵌り、2人に危害を加えていると言う事実に悲痛に顔を歪めている。

やはり、あの花は体の自由を奪うだけで思考は本人のままのようだ。

ルチアが双黒銃でアレーティアの頭の薔薇を撃ち落とそうとするが、それは大元にバレているようで、アレーティアに飛び跳ねさせたり左右に大きく体を動かさせ、花を庇うような動きを取らせている。

そこで卓弥がアレーティアの懐に飛び込み直接切り落とそうとすると、今度はアレーティアの掌が自分の首に向けられた。

『余計なことをすれば、この少女を殺す』と伝えようとでもしているのだろうか……

 

「クソ面倒じゃのぉ……」

 

そう卓弥が悪態をつくと、奥の縦割れの洞窟から1体の魔物が現れる。

その姿に1番近いのは、植物系の魔物として有名なアルラウネやドリアードだろう。

もっとも、その見た目は美しい女性の様な姿では無く、中身の醜悪さが溢れたような、嫌悪感が湧き上がるものをしていたが。

そんな魔物…エセアルラウネは何が楽しいのかニタニタと笑っている。

2人はすぐさまエセアルラウネに攻撃を仕掛けようとするが、アレーティアが攻撃の射線上に入ってしまい、攻撃できない。

 

「タクヤ……ルチア……ごめんなさい……」

 

敵の良いように操られている。

自分が足手まといになっている。

そんな事実がよほど悔しく、耐え難いのだろう。

彼女の口元から、鋭い犬歯によって唇が傷ついたのか血が滴り落ちていた。

 

『……ご主人様。どうしましょう?いくらティアちゃんに"自動再生"があるからって、攻撃なんて………』

『………とにかく、我らには奴の寄生が効かないだけでも良かった。』

『ええ。アイツの緑玉は神経毒の1種みたいですね。"毒耐性"があったから大丈夫でしたけど、無ければ完全に全滅……今回のティアちゃんには何も非はありませんからね………』

 

アイコンタクトで会話をする2人。

正直このまま攻撃を仕掛けても、アレーティアは魔力が尽きぬ限り死なないためエセアルラウネを殺すことはできる。

しかし、それをすれば間違いなくこの先の攻略でギクシャクしてしまう。

故に、どうするべきかと考えていると……

 

「2人とも!……私はいいから……()って!」

 

覚悟を決め、アレーティアが叫ぶ。

2人の足手まといになるぐらいなら、自分ごと魔物を倒して欲しい。

そんな意志がこもった紅い瞳が2人を見つめる。

 

「タクヤ……ルチア……早く!!」

 

目尻に涙を浮かべながら、アレーティアは言い切った。

そんな想いを無碍にするわけにはいかないと、ルチアは双黒銃をエセアルラウネに向け………

 

 

 

「いや?必要ない」

 

卓弥のそんな言葉が聞こえ、ルチア、アレーティアは勿論、エセアルラウネすら「えっ?」と卓弥を見る。

その数秒後………

 

ボガァン!!

 

「シャァァァァァアアア!!」

 

ガブリ!ブシャァ!

 

「ギャアアアアア!?」

 

……エセアルラウネの足元から巨大な蛇が姿を現し、エセアルラウネの腕一本を噛みちぎった後、胴に食らいつき洞窟の壁にエセアルラウネをぶつけ磔にする。

エセアルラウネが操作したのか、アレーティアがその蛇を狙うが、その瞬間に卓弥は近づき、アレーティアの頭の薔薇を切り落とす。

何が起こったのかわからないルチアとアレーティアは卓弥を見る。

そして視線を下ろすと、卓弥の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事に気づいた。

卓弥は、エセアルラウネが現れた時から右足を蛇に変化させ地面にめり込ませ、それを地面の下からエセアルラウネに近づけていたのだ。

生物という存在は、ほとんどの情報を視覚から得る。

いくら気配を察知するのが得意だったとしても、地面の下の状況を感知するのは、よほど感知が得意な生物でもないと不可能だ。

 

「さて、ではくたばれ」

 

蛇の口の間でバタバタと暴れていたエセアルラウネだが、蛇の口から吐き出された火炎によって、醜い悲鳴を上げながら灰燼となった。

エセアルラウネの生命活動が完全に停止したと判断してから、卓弥は足を元に戻し、アレーティアを見る。

 

「……無事だったか?」

「………ん………ごめんなさい」

「気にするな。あの寄生は神経毒によるもの。我らが効かなかったのは毒に耐性があったから。お主に非は何も無い」

「そうですよ!それに言ったでしょ?ティアちゃんに出来ることをやればいいって、出来ないことは私達を頼ってって。もう少し私達を頼ってくださいよ!それに、『ごめんなさい』って言われるよりも、『ありがとう』って言われるほうがずっと嬉しいんですよ?」

「……ん。………ありがとう」

 

こうして、なんとかエセアルラウネを攻略することができた卓弥一行なのだった。




第十四話、完!
いかがだったでしょうか?
今回はエセアルラウネとの戦いを書きました。
残念ながら原作でもあった問答無用ドパンッ!は無くなりましたが、この方が卓弥らしいと思ったのでこうさせていただきました。
次回はヒュドラ戦に入りたいと思います。


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奈落攻略 〜最後の戦い〜

ギアスです。
最後に投稿したのは、36万……いや、1万4000年前だっただろうか………遅れてごめんなさい(泣
第十五話を始めたいと思います。
無限の魔力を持つ卓弥の力に2人はジト目になりつつ、順調に攻略を進め、ついにエセアルラウネの階層を攻略する。
その後も迷宮を攻略し続けるが、そんな卓弥達に最後の試練が………
それでは、第十五話をどうぞ。


エセアルラウネがいた階層を攻略してからかなりの時間が経った。

その後の階層を休憩を挟みながらハイペースで攻略していき、遂に卓弥達がいた階層から100階層目になる階層に来ていた。

その一歩手前の階層で、卓弥は備品の整理を、ルチアは装備の確認と補充を、アレーティアはせっせと2人の手伝いをしていた。

 

「2人とも……いつもより慎重……」

「ん?そりゃそうじゃろ。次で100層目。一般に認識されておる上の迷宮も100層あると言われてあるから、次の階層で何か大きな進展があるはずじゃからな。準備するに越したことはない」

「ええ、それにしても、ここってなんなんでしょうね?80階層超えた時点で、私も知る【オルクス大迷宮】ではないことは確実ですし……」

 

卓弥はもちろんのこと、ルチアも銃技、体術、固有魔法、兵器、そして前まで唯一の武器であった錬成を相当に極めた。

しかし、階層を降りる度に比例的に強くなっていく魔物のことを考えるとそれでも大丈夫とは言えない。

出来るうちに最大限の準備はしておくべきだ。

ちなみに、今の2人のステータスはこうなっている。

 

 

 

ルチア 17歳 女 レベル87

天職:錬成師

筋力:2010

体力:3150

耐性:1980

敏捷:4560

魔力:4000

魔耐:4000

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・高速魔力回復[+瞑想]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話

 

 

 

天喰卓弥 17歳 男 レベル:20

天職:捕食者

筋力:802000

体力:2050000

耐性:1602000

敏捷:10020000

魔力:∞

魔耐:100010000

技能:捕食[+胃酸強化][+毒無効]・捕食再現[+哺乳類再現][+鳥類再現][+魚介類再現][+爬虫類再現][+両生類再現][+昆虫再現][+魔物再現][+固有魔法模倣][+植物再現][+無機物再現][+肉体負担低下]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇]・気配操作[+気配察知][+気配遮断]・全属性適正・複合魔法・永久魔力機関[+魔力吸収][+魔力譲渡]・言語理解

 

 

ルチアの方は魔物を食べる度にステータスは上昇していっているが、固有魔法の方は増えなくなっていった。

その階層の主レベルの魔物ならば話は別だが、その階層に普通に存在する魔物を食べても、もう増えないようだ。

卓弥の方も、元のステータスと比べると変化はしたが、正直あってもなくても良い程度の変化しかない。

固有魔法の方はルチアと違い、食べれば食べるほど増えていっているが、卓弥のお眼鏡に叶う固有魔法はなかったようで、そう言った固有魔法は使われることはなさそうだ。

 

しばらくして、全ての準備を終えた卓弥一行は、階下へと続く階段へと向かった。

その階層は無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。

柱の一本一本が直径5メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が施されている。

柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。

天井までは30メートルはありそうだ。

地面も荒れたところはなく平らで綺麗になっており、どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

卓弥達がその空間に足を踏み入れると、全ての柱が淡い輝きを放ち始めた。

それは卓弥達を起点に奥の方へ順次輝いていく。

それはまるで卓弥達を誘導しているようだった。

3人は顔を見合わせそれぞれ頷き合うと、周囲を警戒しつつ奥へと歩み始める。

200メートルほど進んだ頃、美しい彫刻の彫られた全長10メートルは超える巨大な扉が見えてきた。

彫刻の中でも、七角形の各頂点に描かれた紋様が印象的だ。

卓弥はその紋様の中に、アレーティアが封印されていた部屋にあった紋様がある事に気づいた。

 

「うわぁ〜、凄いですね。この美しい彫刻。流石は私の先祖のお師匠様ですね」

「……この感じ、もしかして……」

「もしかしなくとも、反逆者オスカー・オルクスの住処じゃろうな」

 

感知系技能を持っていなくとも、戦闘経験者ならわかるであろう危険な気配が、3人の反応が警笛を鳴らす。

しかし、ここで引くなんていう選択肢はない。

 

「では、行くぞ。……言いたいことは一つ。死ぬなよ?」

「当たり前ですよ。私たち3人は生きて地上に帰るんですから」

「……んっ!」

 

3人は覚悟を決め、扉の前に行くために最後の柱の間を変えた時……

扉と卓弥達の間に巨大な魔法陣が出現した。

赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

卓弥とルチアはその魔法陣に見覚えがあった。

自分達が奈落に落ちたあの日、クラスメイト達を窮地に追いやったトラップと同じものだった。

しかし、あの時ベヒモスが出現した魔法陣が直径10メートルほどだったのに対して、この魔法陣はその3倍ほどの大きさがあり、構築された式もより複雑で精密なものだった。

 

「……最後の門番、と言ったところじゃろうな」

「今までの魔物の中でもダントツでヤバいやつでしょうね……武者震いが止まんねぇです」

「……大丈夫……私達、負けない……!」

 

卓弥とユエは冷静に、そして自信を持ってそう口にする。

ルチアも、弱音を吐き、体を少し震わせてはいるものの正気を失ったりはしていない。

そして、魔法陣の光が最高潮に達し、弾けんばかりの光を放つ。

3人は手や腕で光を遮り、目を潰されないようにする。

そして光が止んだ後、そこに現れたのは……

 

体長30メートルの巨体に、それぞれ異なる色の紋様が刻まれた6つの蛇を思わせる頭と長い首。

それぞれの口から鋭い牙を覗かせ、6対12個の眼は今までの魔物の特徴でもある赤黒い色をしていた。

それは、地球で言う、ギリシア神話の怪物'ヒュドラ'を連想させる姿をしていた。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

不思議な音色の絶叫を上げながら、怪物(ヒュドラ)は6対の眼を卓弥達に向ける。

それと同時に、常人なら浴びただけで心臓を止めらそうなほど凄絶な殺意を卓弥達に放ち、赤の紋様の頭が口から炎の壁と言っても過言ではない火炎放射を放つ。

常人なら殺意を浴びせられた時点で心停止を起こしてしまうだろうが、今ここにいるのは、強さこそ多少の強弱があるが、全人類の中でもトップクラスの実力を持った猛者達だ。

すぐさま三方向に飛び退き炎の壁を避け、反撃を開始する。

卓弥は"爪弾"を、ルチアは双黒銃に紅色のスパークを迸らせて電磁加速させた弾丸を、それぞれ赤の紋様の頭、青の紋様の頭、そして緑の紋様の頭にぶち込む。

それぞれは見事命中し、その頭を吹き飛ばす。

ルチアはそれを見て小さくガッツポーズをするが、卓弥は目を鋭くしてヒュドラの様子を見る。

すると「クルゥアン!」と白の紋様の頭が叫ぶ。

すると、吹き飛ばされた3つの頭が逆再生をするように復活した。

 

『赤は火属性、白は回復……青と緑はそれぞれ水属性と風属性と言ったところか?』

『残りの首……黒と黄色も別の属性を使うと考えて良いですかね?』

『じゃな。まずは回復を封じるぞ』

『んっ!』

 

"念話"で作戦を立てつつ、青紋様の頭が放つ氷の礫や緑紋様の頭が放つ風刃を躱し、回復役である白紋様の頭を狙う。

 

「うぉりゃ!」ドパンッ!

「"緋槍"!」

 

紅の閃光と炎の槍が白紋様に迫る。

が、直撃すると思われた瞬間、黄色の紋様の頭が射線上に割り込み、その頭をまるでコブラのように一瞬で肥大化させる。

黄色の紋様に2種の攻撃が直撃するが、その身を持って、無傷で受けきってしまった。

 

「盾役もおるか。なんともバランスの取れた怪物じゃな」

 

そう言いながら、卓弥は背から生やした腕を爪で引き裂き血を出す。

そしてその血を球状に固め、それを頭上に投げつつ、卓弥は爪を長く鋭くして白紋様の頭を直接狙いに行く。

当然、黄紋様の頭がそれを阻むように割り込み、その身で盾に爪の攻撃を防ぐ。

卓弥は連続で切りつけるがその防御を破り切ることはできない。

が、黄紋様の頭も無傷とは行かなかったのか、その体には無数の傷ができる。

その直後、白紋様の頭が再び叫び、黄紋様の頭が開けた傷を回復させる。

……が、その直後、突然白紋様の頭の頭上が爆発し、炎の雨が白紋様の頭を焼き始める。

爆発したのは卓弥が球状に固めた血液だった。

卓弥が以前ヴァルマキアで捕食した、"血液が燃える鳥型の魔物"と、"死の間際に、自身の血液を沸騰させ自爆する蟻型の魔物"の特性を融合させた血液による焼夷手榴弾のような働きがある。

爆発した血液は白紋様の頭に降り注ぎ、その身を焼いていく。

その身を焼かれる苦痛に白紋様の頭が悲鳴を上げ悶えている好きに2人に"念話"で合図を送り同時攻撃を仕掛けようとする。

………が、

 

「いやぁああああ!!!」

「!?…アレーティア!?」

「ティアちゃん!?」

 

アレーティアが突如絶叫を上げ、その場に膝をついてしまう。

ルチアが咄嗟に駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように赤紋様の頭が炎弾の雨を、緑紋様の頭が風刃の嵐をルチアに放つ。

どうにかそれらを迎撃するが、ルチアはアレーティアに近づけない状況に歯噛みする。

卓弥はヒュドラに気づかれないようにアレーティアに近づきつつ、アレーティアの異常の原因を考える。

そして、膝をついて今なお絶叫するアレーティアと、そのアレーティアをジッと見つめている、今のところ何もしていないと思われる黒い紋様の頭が目に入り、全てを理解する。

 

(……そうか。黒紋様の固有魔法か!黒紋様がやっているのは恐らく洗脳や悪夢の想起の類……つまり闇属性!)

 

そう結論付けしつつ、黒紋様の頭を"爪弾"で狙い撃つ。

その一撃で黒紋様の頭は頭を吹き飛ばされ、それと同時にアレーティアはその場に倒れ込む。

今なお顔を青褪めているアレーティアは、自分を飲み込もうと青紋様の頭が大口を開けて近づいてくるのに気づいていない。

 

「させぬわ」

 

卓弥は一瞬で青紋様の頭に近づき、その頭を縦に分断する。

そのままアレーティアを抱き上げるが、他のヒュドラの頭がそれは許さないと迫り来る。

卓弥は口から、様々な魔物を喰らったことで手に入れた、超音波を放つ固有魔法をヒュドラに向かって放つ。

それと同時に、後方の柱に向かって跳躍する。

 

「ルチア!お主も一旦下がれ!」

「りょーかいです!」

 

卓弥の声を聞き、ルチアも卓弥のある方向へ避難する。

ヒュドラは卓弥の超音波を真正面から浴びたことで混乱している。

その隙に柱の影に隠れ、2人でアレーティアの様子を見る。

 

「アレーティア?アレーティア!しっかりせい!」

「ティアちゃん!?聞こえますか!?返事してください!!」

「……」

 

2人が呼びかけるが、アレーティアは青褪めたまま震えるだけで反応しない。

ルチアが懐から出した神水を飲ませ、卓弥はアレーティアの頰をペシペシ叩く。

2人がかりの"念話"で激しく呼びかけたりもし、それをしばらく続けると、虚だったアレーティアの瞳に光が宿り、その2人が卓弥とルチアを映す。

 

「……タクヤ?……ルチア?」

「ティアちゃん!!」

「やっと気づいたか?何をされたかは想像できるが、何が起こったのじゃ?」

 

パチパチと瞬きしながら、アレーティアは2人の存在を確認するように、その小さな手を伸ばし2人の手に触れる。

それでようやく卓弥とルチアがそこにいると実感したのか、安堵の吐息を漏らし目の端に涙を溜め始めた。

 

「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

「へ?それってどう言う?」

「やはり、黒紋様は闇属性魔法を使うか……」

 

アレーティアの様子に困惑するルチア。

しかし、アレーティアがこうなった原因を予測できていた卓弥の言葉に、すぐに理解した。

アレーティア曰く、突然、強烈な不安感に襲われ気がつけば卓弥とルチアに見捨てられて再び封印される光景が頭いっぱいに広がっていたという。

そして、何も考えられなくなり恐怖に縛られて動けなくなったと。

 

「全く、本当にバランスのいい怪物じゃな」

「……タクヤ……ルチア」

 

敵の厄介さに悪態をつく卓弥に、アレーティアは不安そうな瞳を向ける。

よほど恐ろしい光景だったのだろう。

2人にに見捨てられるというのは。

何せ自分を300年の封印から解き放ってくれた人物であり、吸血鬼と知っても変わらず接してくれるどころか、過去の真実すらも解き明かしてくれて、日々の吸血までさせてくれるのだ。

心許すのも仕方ないだろう。

 

そして、アレーティアにとっては2人の…卓弥の隣が唯一の居場所だ。

一緒に卓弥の故郷に行くという約束がどれほど嬉しかったか。

再び1人になるなんて想像もしたくない。

そのため、植えつけられた悪夢はこびりついて離れず、アレーティアを蝕む。

ヒュドラが混乱から回復した気配に卓弥は立ち上がるが、アレーティアは、そんな卓弥の服の裾を思わず掴んで引き止めてしまった。

 

「……私……」

 

泣きそうな不安そうな表情で震えるアレーティア。

卓弥は何となくアレーティアの見た悪夢から、今アレーティアが何を思っているのか感じ取った。

そして、普段からの態度でユエの気持ちも察している。

どちらにしろ、日本に連れて行くとまで約束してしまったのだ。

今更、知らないフリをしても意味がないだろう。

 

慰めの言葉でも掛けるべきなのだろうが、今は時間がない。

それに生半可な言葉では、再度黒頭の餌食だろう。

卓弥がやられる可能性も、万が一にでもあるのだから、ルチアがフォローできない時はアレーティアにフォローしてもらわねばならない。

そんなことを一瞬のうちに、まるで言い訳のように考えると、卓弥は行動に移す。

 

「ルチア。悪いが先に行って相手をしていてくれ」

「りょーかいですご主人様」

 

まず先に、ヒュドラがこちらを見つけて不意打ちされないようにルチアに相手をさせるために向かわせる。

ルチアが行った後、卓弥はガリガリと頭を掻きながらアレーティアの前にしゃがみこむ。

そして……

 

「?……!?」

 

首を傾げるアレーティアを抱き締める。

 

「落ち着け。30秒だけでも心音を聞け」

 

あたふたしかけたアレーティアだが、卓弥の力強い言葉を聞いて、つい従ってしまう。

 

ドクン、ドクン、ドクン……

 

服越しとはいえしっかり伝わってくる鼓動。

その鼓動が、さっきまでアレーティアを蝕んでいた悪夢を、不安を掻き消していく。

そして、体の底からホワホワした、温かい"ナニか"が込み上がってきて………

 

「……ジャスト30。行くぞ」

「……タクヤ」

 

30秒後に卓弥は抱き締めていたアレーティアを解放する。

解放された後のアレーティアの顔には、不安も、恐怖もなかった。

 

「ヤツを殺して生き残る。そして、地上に出て故郷に帰るんじゃ。……我ら3人、全員でな」

 

そう卓弥は、不敵に思わせる微笑を浮かべながらそう言い切る。

アレーティアはそんな卓弥を呆然と見つめていたが、いつかのように無表情を崩しふんわりと綺麗な笑みを浮かべた。

 

「んっ!」

 

その返事に卓弥はニッと歯を覗かせながら笑みを浮かべる。

そして、ルチアが手傷を負うことなくヒュドラを引きつけているところを見ながら、アレーティアに作戦を告げる。

 

「我が撃てる最高火力を奴にぶつける。援護を頼む」

「……任せて!」

 

いつもより断然やる気に溢れているアレーティア。

静かな呟くような口調が崩れ覇気に溢れた応答だ。

先程までの不安が根こそぎ吹き飛んだようである。

ヒュドラは先ほど以上の咆哮を上げ、ルチアがいる場所や、卓弥達のいる場所に炎弾やら風刃やら氷弾やらを撃ち込んできた。

 

二人は一気に柱の陰を飛び出し、3人で力を合わせ、今度こそ反撃に出る。

 

「"緋槍"!"砲皇"!"凍雨"!」

 

矢継ぎ早に引かれた魔法のトリガー。

有り得ない速度で魔法が構築され、炎の槍と螺旋に渦巻く真空刃を伴った竜巻と鋭い針のような氷の雨が一斉にヒュドラを襲う。

攻撃直後の隙を狙われ死に体の赤紋様の頭、青紋様の頭、緑紋様の頭の前に黄紋様の頭が出ようとするが、白紋様の頭の方を卓弥とルチアが狙っていると気がついたのかその場を動かず、代わりに咆哮を上げる。

 

「クルゥアン!」

 

すると近くの柱が波打ち、変形して即席の盾となった。

やはりと言うべきか、この黄紋様の頭は土属性魔法を使えるらしい。

アレーティアの魔法はその石壁に当たると先陣が壁を爆砕し、後続の魔法が三つの頭に直撃した。

 

「「「グルゥウウウウ!!!」」」

 

悲鳴を上げのたうつ3つの頭。

黒紋様の頭が、魔法を使った直後のアレーティアを再びその眼に捉え、恐慌の魔法を行使する。

アレーティアの中に再び不安が湧き上がってくる。

しかし、アレーティアはその不安に押しつぶされる前に、先ほどの卓弥の抱擁で感じた温かさを思い出す。

すると、体に熱が入ったように気持ちが高揚し、不安を押し流していった。

 

「……もう効かない!」

 

卓弥は、2人を援護すべく、更に威力よりも手数を重視した魔法を次々と構築し弾幕のごとく撃ち放つ。

回復を受けた赤紋様の頭、青紋様の頭、緑紋様の頭がそれぞれ攻撃を再開するが、アレーティアはたった1人でそれと渡り合った。

尽く相殺し隙あらば魔法を打ち込む。

 

一方、卓弥は3つの首がアレーティアに掛かり切りになっている間に、一気に接近する。

万が一外して対策を取られては困るので、文字通り一撃必殺でいかなければならない。

黒紋様の頭がアレーティアに恐慌の魔法が効かないと悟ったのか、今度は卓弥にその眼を向ける。

そして、卓弥に恐慌の魔法をかけようとしたのだが……

 

「させませんよ!」

 

それは読んでいたと、ルチアの狙い撃ちにより黒紋様の頭を吹き飛ばす。

白紋様の頭がすかさず回復させようとするが、その前に卓弥が空中に向かって跳び上がり、右腕を振り上げる。

嫌な予感を感じた黄紋様の頭が白紋様の頭を守るように立ち塞がるが、そんな事は想定済み。

 

「……"空穿の閃槍(ブリューナク)"」

 

そう卓弥が呟いた直後、卓弥の真横に黄金色の巨大な槍が現れる。

空穿の閃槍(ブリューナク)

それは、ヴァルマキアにおいて『対軍級』に分類される、光属性の攻撃魔法。

その実態は、超巨大な光の槍を生み出し、それを投げつけるだけのシンプルなものだが、それが光なだけに速度が異常に速く、空穿の閃槍(ブリューナク)を使われると理解してから逃げるのは不可能とも言われている。

そしてそれが、卓弥が腕を振るったことで放たれる。

その光景は極太のレーザー兵器を思わせる。

光の槍を大木と見るなら、かつて、勇者の光輝がベヒモスに放った切り札が、まるで小枝に見えてしまう。

射出された光の槍は真っ直ぐ周囲の空気を焼きながら黄頭に直撃した。

 

黄紋様の頭もしっかり"金剛"らしき防御をしていたのだが……まるで何もなかったように弾丸は背後の白紋様の頭に到達し、そのままやはり何もなかったように貫通して背後の壁にぶつかる。

階層全体が地震でも起こしたかのように激しく震動する。

 

後に残ったのは、頭部が綺麗さっぱり消滅しドロッと融解したように白熱化する断面が見える2つの頭と、周囲を四散させ、どこまで続いているかわからない深い穴の空いた壁だけだった。

 

一度に半数の頭を消滅させられた残り3つの頭が思わず、アレーティアの相手を忘れて呆然と卓弥の方を見る。

卓弥はスタッと地面に着地し、掌をグッパッグッパッと繰り返していた。

最後にグッと握りしめ、卓弥が自分達の方に視線を向けることでやっと我に返る3つの頭。

ハジメに憎悪を込めた眼光を向けるが、彼等が相対している敵は眼を離していい相手ではなかった。

 

「"天灼"」

 

かつての吸血姫。

天性の才能を持ち、神すらも己が器にしようと狙った存在。

その力が、己と敵対した事への天罰だとでも言うかのように降り注ぐ。

3つの頭の周囲に6つの放電する雷球が取り囲む様に空中を漂ったかと思うと、次の瞬間、それぞれの球体が結びつくように放電を互いに伸ばしてつながり、その中央に巨大な雷球を作り出した。

 

ズガガガガガガガガガッ!!

 

中央の雷球は弾けると6つの雷球で囲まれた範囲内に絶大な威力の雷撃を撒き散らした。

3つの頭が逃げ出そうとするが、まるで壁でもあるかのように雷球で囲まれた範囲を抜け出せない。

天より降り注ぐ神の怒りの如く、轟音と閃光が広大な空間を満たす。

そして、十秒以上続いた最上級魔法に為すすべもなく、3つの頭は断末魔の悲鳴を上げながら遂に消し炭となった。

 

いつもの如くアレーティアがペタリと座り込む。

魔力枯渇で荒い息を吐きながら、無表情ではあるが満足気な光を瞳に宿し、卓弥とルチアに向けてサムズアップした。

卓弥も頬を緩めることはないが、アレーティアにしっかりとサムズアップで返す。

卓弥はヒュドラの僅かに残った胴体部分の残骸に背を向けアレーティアの下へ行こうと歩みだした。

その直後、

 

「タクヤ!」

 

アレーティアの切羽詰まった声が響き渡る。

何事かと見開かれたアレーティアの視線を辿ると、音もなく7つ目の頭が胴体部分からせり上がり、卓弥を睥睨へいげいしていた。

7つ目の銀色に輝く紋様を持つ頭は、卓弥からスっと視線を逸らすとアレーティアをその鋭い眼光で射抜き予備動作もなく極光を放った。

極光は瞬く間にアレーティアに迫る。

アレーティアは魔力枯渇で動けない。

極光がアレーティアを飲み込むと思われた瞬間、

 

ヒュッ!…

 

アレーティアの体を一陣の風が掻っ攫う。

そして、極光は誰もいない地面を抉る。

その事実に銀紋様の頭が目を見開いて、風の吹いた方向を見る。

 

「……まあ、そう来るじゃろうな」

「タクヤ!」

 

その先には、アレーティアをお姫様抱っこする卓弥がいた。

はっきり言えば、あの時ヒュドラが絶命していなかったのはとっくに理解していた。

故にもうひとアクション何かが起こると考えていたが、その考えは見事的中したと言ったところだ。

一撃で1人仕留められるせっかくのチャンスを不意にされてしまったことに銀紋様の頭は怒りを覚える。

そして、もう一度極光を放とうと力を溜め始めるが、卓弥はそんなヒュドラを見て呆れをあらわにする。

 

「おいおい、お主の敵は2人ではないのだぞ?」

 

そう卓弥に言われ、1つの大きな力を感じて、ヒュドラはつい溜めた力を霧散させその方向を見る。

その先には、今まで以上に銃身をスパークさせた双黒銃を持つルチアがいた。

そして、それに今まで気づかなかった時点で、この戦いの勝者は決まっていた。

 

「終わりです♪」

 

そして、引き金を引かれ、2つの弾丸は銃身を粉々にしながら放たれ、それは銀紋様の頭の額に命中し、『中身』をぶちまけながら貫通する。

そして、額を打ち抜かれた銀紋様の頭は、糸が切れたように倒れ、もう2度と動き出すことはなかった。

卓弥とルチアは、改めて感知系技能から気配を探るが、ヒュドラの反応は消えていた。

 

「……やっと終わりか。手間かけさせおって」

「いぃぃよっしゃぁぁぁあああ!!私たちの勝利です!!」

「……んっ!!」

 

いつも通りクールな卓弥、とてもオーバーなリアクションをとるルチア、そしていつも通りに、しかしいつも以上に強い返事を返すアレーティア。

 

3人は、ついに真のオルクス大迷宮を攻略したのだった。




第十五話、並びにオルクス大迷宮攻略、完!
いかがだったでしょうか?
やっとオルクス大迷宮を攻略させることができました。
それから、ここまで延びて、本当にすみません。
最近本当に時間がなくて、取り掛かることができなかったんです……
次回は、一旦神の使徒視点に戻りたいと思います。


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帝国からの使者 守護騎士の決闘

ギアスです。
第十六話を始めたいと思います。
とうとうオルクス大迷宮を攻略した卓弥一行。
その頃地上では、勇者パーティの下へ使者が訪れていて……
それでは、第十六話をどうぞ。


ハイリヒ王国の訓練場。

そこでは、2人の人間が対峙していた。

 

1人は、刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており、構えらしい構えもとっていない、ハイリヒ王国の同盟国、ヘルシャー帝国の使者の護衛。

もう1人は……

 

「……よし!」

 

同じく刃引きをしたロングソードを右手に持ち、左腕にラウンド・シールドを装備した、青と白銀のバトルドレスを着た少女。

勇者一行、守護騎士の白崎香織だった。

 

 

 

時は少し遡る。

 

卓弥達がヒュドラとの死闘を制した頃、勇者一行は、一時迷宮攻略を中断し、ハイリヒ王国に戻っていた。

道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることから、その攻略速度は一気に落ちたこと。

また、魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た為、メンバーの疲労が激しいことから一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだ。

 

もっとも、休養だけなら宿場町ホルアドでもよかった。

王宮まで戻る必要があったのは、王国から迎えが来たからである。

何でも、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。

 

何故、このタイミングなのか。

 

元々、エヒト神による〝神託〟がなされてから光輝達が召喚されるまでほとんど間がなかった。

そのため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。

もっとも、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国なので、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられる。

召喚されたばかりの頃の光輝達と顔合わせをしても軽んじられる可能性があったのだが、今回の【オルクス大迷宮】攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側も光輝達に興味を持つに至り、帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。

王国側も聖教教会も、いい時期だと了承したのである。

 

そんな話を帰りの馬車の中でツラツラと教えられながら、光輝達は王宮に到着した。

馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。

十歳位の金髪碧眼の美少年である。

光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。

その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。

ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると大声で叫んだ。

 

「香織!よく帰った!待ちわびたぞ!」

 

もちろんこの場には、香織だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が勢ぞろいしている。

その中で、香織以外見えないという様子のランデル殿下の態度を見ればどういう感情を持っているかは容易に想像つくだろう。

実は、召喚された翌日から、ランデル殿下は香織に猛アプローチを掛けていた。

と言っても、彼は十歳。

香織自身、卓弥も世話になっている孤児院の手伝いをしており、ランデル殿下と同じぐらいの年の少年少女達の面倒も見たことがあるので、彼女から見れば小さい子に懐かれている程度の認識であり、弟のようには可愛く思ってはいるようだが、ランデル殿下の恋が実る気配は微塵もない。

 

「ランデル殿下。お久しぶりです」

 

パタパタ振られる尻尾を幻視しながら微笑む香織。

そんな香織の笑みに一瞬で顔を真っ赤にするランデル殿下は、それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかける。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか?余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

 

ランデル殿下は悔しそうに唇を噛む。

香織としては守られるだけなどお断りなのだが、少年の微笑ましい心意気に思わず頬が緩む。

 

「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ?自分で望んでやっていることですから」

「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

「安全な仕事ですか?」

 

ランデル殿下の言葉に首を傾げる香織。

ランデル殿下の顔は更に赤みを増す。

となりで面白そうに成り行きを見ている雫は察しがついて、少年の健気なアプローチに思わず苦笑いする。

 

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ?その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

「侍女ですか?いえ、すみません。私はそういうのは……」

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 

医療院とは、国営の病院のことである。

王宮の直ぐ傍にある。

要するに、ランデル殿下は香織と離れるのが嫌なのだ。

しかし、そんな少年の気持ちは鈍感な上に卓弥にゾッコンな香織には届かない。

 

「いえ、私は守護騎士ですし、前線でなければ皆を守れないし癒せませんから。心配して下さりありがとうございます」

「うぅ」

 

ランデル殿下は、どうあっても香織の気持ちを動かすことができないと悟り小さく唸る。

そこへ空気を読まない厄介な善意の塊、勇者光輝がにこやかに参戦する。

 

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 

光輝としては、年下の少年を安心させるつもりで善意全開に言ったのだが、この場においては不適切な発言だった。

恋するランデル殿下には『俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ。俺がいる限り香織は誰にも渡さねぇ!絶対にな!』と意訳されてしまう。

親しげに寄り添う勇者と治癒師。

実に様になる絵である。

ランデル殿下は悔しげに表情を歪めると、不倶戴天の敵を見るようにキッと光輝を睨んだ。

ランデル殿下の中では二人は恋人のように見えているのである。

 

「香織を危険な場所に行かせることに何とも思っていないお前が何を言う!絶対に負けぬぞ!香織は余といる方がいいに決まっているのだからな!」

「え〜と……」

 

ランデル殿下の敵意むき出しの言葉に、香織はどうしたものかと苦笑いし、光輝はキョトンとしている。

雫はそんな光輝を見て溜息だ。

 

ガルルと吠えるランデル殿下に何か機嫌を損ねることをしてしまったのかと、光輝が更に煽りそうなセリフを吐く前に、涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。

 

「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう?光輝さんにもご迷惑ですよ」

「あ、姉上!? ……し、しかし」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

「うっ……で、ですが……」

「ランデル?」

「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 

ランデル殿下はどうしても自分の非を認めたくなかったのか、いきなり踵を返し駆けていってしまった。

その背を見送りながら、王女リリアーナは溜息を吐く。

 

「香織、光輝さん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

 

リリアーナはそう言って頭を下げた。

美しいストレートの金髪がさらりと流れる。

 

「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」

「そうだな。なぜ、怒っていたのかわからないけど……何か失礼なことをしたんなら俺の方こそ謝らないと」

 

香織と光輝の言葉に苦笑いするリリアーナ。

姉として弟の恋心を察しているため、意中の香織に全く意識されていないランデル殿下に多少同情してしまう。

まして、ランデル殿下の不倶戴天の敵は別にいることを知っているので尚更だった。

 

ちなみに、ランデル殿下がその不倶戴天の敵に会ったとき、一騒動起こすのだが……それはまた別の話。

 

リリアーナ姫は、現在十四歳の才媛だ。

その容姿も非常に優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女である。

性格は真面目で温和、しかし、硬すぎるということもない。

TPOをわきまえつつも使用人達とも気さくに接する人当たりの良さを持っている。

光輝達召喚された者にも、王女としての立場だけでなく一個人としても心を砕いてくれている。

彼等を関係ない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感もあるようだ。 

そんな訳で、率先して生徒達と関わるリリアーナと彼等が親しくなるのに時間はかからなかった。

特に同年代の香織や雫達との関係は非常に良好で、今では愛称と呼び捨て、タメ口で言葉を交わす仲である。

ちなみに卓弥とも話をしたことがあり、卓弥も彼女のことを『リリアーナ』と呼ぶ程度には心を許していた。

ルチアも元は王宮のメイドだったので、リリアーナもルチアとよく話をしていて仲が良かった。

故に、今でこそある程度は立ち直ってはいるが、卓弥とルチアの凶報を聞いたばかりの時、リリアーナはとても心を痛めていた。

 

「いえ、光輝さん。ランデルのことは気にする必要ありませんわ。あの子が少々暴走気味なだけですから。それよりも……改めて、お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

リリアーナはそう言うと、ふわりと微笑んだ。

香織や雫といった美少女が身近にいるクラスメイト達だが、その笑顔を見てこぞって頬を染めた。

リリアーナの美しさには二人にない洗練された王族としての気品や優雅さというものがあり、多少の美少女耐性で太刀打ちできるものではなかった。

現に、永山組や小悪党組の男子は顔を真っ赤にしてボーと心を奪われているし、女子メンバーですら頬をうっすら染めている。

異世界で出会った本物のお姫様オーラに現代の一般生徒が普通に接しろという方が無茶なのである。

昔からの親友のように接することができる香織達の方がおかしいのだ。

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

 

さらりとキザなセリフを爽やかな笑顔で言ってしまう光輝。

繰り返し言うが、光輝に下心は一切ない。

生きて戻り再び友人に会えて嬉しい、本当にそれだけなのだ。

単に自分の容姿や言動の及ぼす効果に病的なレベルで鈍感なだけで。

 

「えっ、そ、そうですか? え、えっと」

 

王女である以上、国の貴族や各都市、帝国の使者等からお世辞混じりの褒め言葉をもらうのは慣れている。

なので、彼の笑顔の仮面の下に隠れた下心を見抜く目も自然と鍛えられている。

それ故、光輝が一切下心なく素で言っているのがわかってしまう。

そういう経験は家族以外ではほとんどないので、つい頬が赤くなってしまうリリアーナ。

どう返すべきかオロオロとしてしまう。

こういうギャップも人気の一つだったりする。

光輝は相変わらず、ニコニコと笑っており自分の言動が及ぼした影響に気がついていない。

それに、深々と溜息を吐くのはやはり雫だった。

苦労性が板についてきている。本人は断固として認めないだろうが。

 

「えっと、とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」

 

どうにか乱れた精神を立て直したリリアーナは、光輝達を促した。

光輝達が迷宮での疲れを癒しつつ、居残り組にベヒモスの討伐を伝え歓声が上がったり、これにより戦線復帰するメンバーが増えたり、愛子先生が一部で"豊穣の女神"と呼ばれ始めていることが話題になり彼女を身悶えさせたりと色々あったが光輝達はゆっくり迷宮攻略で疲弊した体を癒した。

香織は内心、迷宮攻略に戻りたくてそわそわしていたが。

 

 

それから三日、遂に帝国の使者が訪れた。

 

現在、謁見の間にて、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っている。

光輝達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人も揃っていた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 

陛下と使者の定型的な挨拶のあと、早速、光輝達のお披露目となった。

陛下に促され前にでる光輝。

召喚された頃と違い、まだ二ヶ月程度しか経っていないのに随分と精悍な顔つきになっている。

ここにはいない、王宮の侍女や貴族の令嬢、居残り組の光輝ファンが見れば間違いなく熱い吐息を漏らしうっとり見蕩れているに違いない。

光輝にアプローチをかけている令嬢方だけで既に二桁はいるのだが……彼女達のアプローチですら「親切で気さくな人達だなぁ」としか感じていない辺り、光輝の鈍感は極まっている。

まさに鈍感系主人公を地で行っている。

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五階層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化け物が出ると記憶しておりますが……」

 

使者は、光輝を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。

使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。

その視線に居心地悪そうに身じろぎしながら、光輝が答える。

 

「えっと、ではお話しましょうか? どのように倒したかとか、あっ、六十六階層のマップを見せるとかどうでしょう?」

 

光輝は信じてもらおうと色々提案するが使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか?それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「えっと、俺は構いませんが……」

 

光輝は若干戸惑ったようにエリヒド陛下を振り返る。

エリヒド陛下は光輝の視線を受けてイシュタルに確認を取る。

イシュタルは頷いた。

神威をもって帝国に光輝を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だが、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

 

こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

その後、模擬戦が開始されたのだが……ものの見事に敗北した。

光輝の対戦相手は高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。

一見すると全く強そうに見えない、なんとも平凡そうな男だった。

しかし、その護衛相手に、光輝は見事に手も足も出ずにやられていた。

そして、光輝が地面に這いつくばった時、護衛は呆れたように言った。

 

「はぁ~、おいおい、勇者ってのはこんなもんか? まるでなっちゃいねぇ。やる気あんのか?」

 

平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。

その表情には失望が浮かんでいた。

その言葉に、光輝は相手を舐めていたのは自分の方であったと自覚し、自分に向けて怒りを抱いた。

 

「すみませんでした。もう一度、お願いします」

 

今度こそ、本気の目になり、自分の無礼を謝罪する光輝。

しかし、

 

「戦場じゃあ"次"なんてないんだよ。剣に殺気も乗せられない。傷つけることも傷つくことも恐れてる。そんな奴が何か言ったところで夢物語でも騙られてる気分だ」

 

護衛は嘲るでも侮るでもなく、ただ事実を語るかのように酷評する。

その言い分には、流石の光輝もカチンと来たようで咄嗟に反論を行おうとする。

 

「夢物語って……失礼じゃないですか?俺は本気で  

「馬鹿言うなよ。"本気"なんて言葉はな、もうちょい現実ってもんを見てから言えよ。その点なら、あっちの嬢ちゃんの方が見てるぜ」

 

そう言って持っていた剣を1人の少女……香織の方へ向ける。

 

「おい嬢ちゃん。悪いんだがお前がこの勇者サマに代わって戦ってくれねえか?正直お前の方がコイツ(勇者)よりも強いだろ?なら1番強い奴と戦った方がいい。」

「な!?何を勝手に!?」

「黙ってろ。正直お前と戦っても何の意味もないんだよ。どうだ嬢ちゃん?嫌ならそう言えばいい。無理強いはしないぜ?」

 

そう言われて香織は考え出す。

隣の雫は「やめた方がいい」「何なら私が代わりに」なんて言ってきているが、この場面で雫に甘えるつもりは香織にはなかった。

何より、あの護衛は強い。

あの人と戦えれば、もっと何かを掴めるかも………

そう考えると………

 

「わかりました。やりましょう」

「「香織!?」」

 

護衛の男の誘いにそう答える。

光輝と雫が驚いた声を上げるが、自分が出した答えを否定するつもりはない。

そのまま、護衛の男と香織は戦うことになった。

 

 

 

そして冒頭に戻る。

護衛の男は光輝と戦った時と同じく、刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており、構えらしい構えもとっていない。

 

(けど強い。メルド団長クラスか下手したら……)

 

油断はしない。

この相手が強者だと感じたから手合わせを申し出たのだ。

すべては強くなるために。

もう一度卓弥達に会うために。

 

「いきます」

 

手をブラリと下げ、そのまま高速で走り出し、その勢いで剣を振るう。

それは勇者パーティー1の感じである雫よりは速さは劣るもの、威力は光輝のそれに迫る。

並みの戦士なら対応することは難しかったかもしれない。

だが……

 

ガキィ!!

 

「……っ!」

 

護衛の男は反応して香織の剣を止める。

そしてある程度鍔迫り合いをした後、香織はバックステップをして距離を取ろうとする。

しかし、護衛の男は一瞬で距離を詰め、香織に向かって剣を振るってくる。

それを何とかラウンド・シールドで凌ぎ、その勢いも利用して更に距離を取る。

護衛の男は剣をブンッ!と一振りしながら、香織を睥睨していた。

 

「なるほど、なかなかやるじゃねぇか嬢ちゃん。強いとは思ったが、期待以上だ」

 

平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。

その表情には笑みが浮かんでいた。

力を抜いた自然な構えは、どんな状況からでもすぐに対応するため。

そして、そのあまりにも自然すぎる動きに反応が一瞬遅れた。

速度こそ卓弥に劣るものの、攻撃の練度は卓弥のそれと同等だった。

 

(やっぱり強い。特に経験値が違いすぎる)

 

「護衛が皆あなたと同じレベルなら……恐ろしい国ですね帝国って」

「嬢ちゃんこそその年でそれだけ戦えりゃ十分だろ。……名はなんて言ったか」

「白崎香織、です」

「そうか香織。お前も帝国に来ないか?剣の使い方はまだまだ荒削りだが、磨けばすぐに上へ登り詰められるぜ?」

「結構です」

「そりゃ残念」

 

その護衛の言葉を最後に、再び踏み込む香織。

唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突き、と超高速で変幻自在な剣撃を振るう。

 

しかし、そんな嵐のような剣撃を護衛は最小限の動きでかわし捌き、隙あらば反撃に転じている。

その反撃を盾や剣で捌き、さらに反撃へ――

 

「ふん、剣の扱いは荒削りだが、動きはまるで猛獣だな。嬢ちゃんの可愛らしい顔には似合わないな。誰かから教わったのか?」

「いえ、教わってはいません……盗み見ただけです」

「……なるほど」

 

そう、今までの香織の動きは卓弥のそれと全く同じだった。

そして香織の言う通り教わってはいない。

……かつてストーカーしていた時の観察眼やこの世界に来てから上昇した五感をフル活用し、たまに見かけていたルチアと実践形式をしていた時の卓弥の動きを盗み見て、自分なりに動きに取り入れたものだった。

その事実こそ知らないが、護衛は香織の動きの秘密を予想しながらチラッとイシュタル達聖教教会関係者を見る。

護衛は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「しっかり構えてろ。今度はこちらから行くぞ。気を抜くなよ?うっかり殺したくはないからな」

 

護衛はそう宣言するやいなや一気に踏み込んだ。

雫程の高速移動ではない。

むしろ遅く感じるほどだ。

だというのに、

 

「ッ!?」

 

気がつけば目の前に護衛が迫っており剣が下方より跳ね上がってきていた。

香織はは咄嗟に飛び退る。

しかし、まるで磁石が引き合うかのようにピッタリと間合いを一定に保ちながら鞭のような剣撃が香織を襲った。

 

「……ふう」

 

一呼吸。

呼吸を整えながら、雫から教わったことを思い出す。

焦りを捨てる。

心が波立てば捌けるものも捌けない。

護衛の振るった大剣の側面に自身の剣を当てる。

弾く必要はない。

ようは自分に当たらなければいいのだ。

少しずつ、少しずつ逸れていく大剣は香織の髪数本を掠って大地を砕いた。

 

「はっ!」

 

香織の動きは止まらない。

地面に刺さった護衛の大剣が抜けないように足で踏み、剣を振り下ろす。

取った。

誰もがそう思った。

だが……

 

「穿て――"風撃"」

 

呟くような声で唱えられた詠唱は小さな風の礫を発生させ、香織の片足を打ち据えた。

 

「っ!?」

 

態勢がくずれる。

これでは先ほどの護衛と同じく大きな隙になる。

それはマズイと判断した香織はわざと姿勢を崩して転がった。

 

ズドンッ!

 

刹那、香織がいた所に護衛の大剣が途轍もない圧力を持って振り下ろされた。

香織は悟る。

彼は自分を殺すつもりだと。

恐怖が体を蝕む。

迷宮で嫌と言うほど魔物と戦ってきたはずなのに、人から向けられる本気の殺意がここまで恐いものなのか。

 

(……もっと、静かに、落ち着いて……)

 

この程度で音を上げていては強くなれない。

恐怖も怒りも悲しみも、剣を振るうときは邪魔だ。

脱力。

そして邪念を捨てて構えを取る。

その姿は、まさに騎士と呼ぶにふさわしいものだった。

現在の香織が出せる最高の一撃。

それをもってこの戦いを終わらせる。

先へと進むために。

 

「……いい顔だ」

 

護衛が再び尋常でない殺気を放ちながら香織に迫ろう脚に力を溜める。

それを香織は静かに見つめていた。

そして2人が踏み込もうとするがしかし、2人が実際に踏み込むことはなかった。

なぜなら、護衛と香織の間に光の障壁がそそり立ったからだ。

 

「それくらいにしましょうか。これ以上は、模擬戦ではなく殺し合いになってしまいますのでな。……ガハルド殿もお戯れが過ぎますぞ?」

「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」

 

イシュタルが発動した光り輝く障壁で水を差された"ガハルド殿"と呼ばれた護衛が、周囲に聞こえないくらいの声量で悪態をつく。

そして、興が削がれたように肩を竦め剣を納めると、右の耳にしていたイヤリングを取った。

すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

四十代位の野性味溢れる男だ。

短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

 

そう、この男、何を隠そうヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。

まさかの事態にエリヒド陛下が眉間を揉みほぐしながら尋ねた。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。

それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。

光輝達は完全に置いてきぼりだ。

なんでも、この皇帝陛下、フットワークが物凄く軽いらしく、このようなサプライズは日常茶飯事なのだとか。

なし崩しで模擬戦も終わってしまい、その後に予定されていた晩餐で帝国からも勇者を認めるとの言質をとることができ、一応、今回の訪問の目的は達成されたようだ。

ちなみに翌日、早朝訓練をしている雫を見て気に入った皇帝が愛人にどうだと割かし本気で誘ったというハプニングがあった。

雫は丁寧に断り、皇帝陛下も「まぁ、焦らんさ」と不敵に笑いながら引き下がったので特に大事になったわけではなかったが、その時、光輝を見て鼻で笑ったことで光輝はこの男とは絶対に馬が合わないと感じ、しばらく不機嫌だった。

雫の溜息が増えたことは言うまでもない。




第十六話、完!
いかがだったでしょうか?
今回は少し手を加え、ガハルドと香織の決闘も書きました。
自分なりに香織の戦い方を書きましたが、よくできていたでしょうか?
次回は卓弥達がこの世界の真実を知るところです。


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世界の真実

ギアスです。
第十七話を始めたいと思います。
帝国から使者が来たことにより王国に帰還した勇者一行。
帝国の皇帝ガハルドと守護騎士香織が決闘をし、勝つことはできなかったが、香織は戦闘の経験値を積むことができた。
一方、奈落にいる卓弥達は……?
それでは、第十七話をどうぞ。


時は遡り、卓弥達がヒュドラを倒した頃。

それぞれ勝利した事実を噛み締めていたその時、広間の奥の扉がゆっくりと音を立てて開いていく。

新手かと3人が即座に構え、警戒する。

だが、いくら待ってもその扉から何かが出てくる気配はない。

 

「……先に行けと言う事か?」

「……みたい……ですね」

「この先が反逆者の住処……?」

 

3人はちらりと顔を見合わせると、小さく頷いて、扉に向かい、くぐる。

まず、目に入ったのは太陽だ。

もちろんここは地下迷宮であり本物のはずがない。

頭上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮いていたのである。

僅かに温かみを感じる上、蛍光灯のような無機質さを感じないため、思わず"太陽"と称したのである。

 

「ウソ……アレ、太陽……ですか……?」

「……なるほど。人工太陽と言うやつか?あの球体1つに様々な魔法が付与されているようじゃ。付与された魔法はどれもこれも並大抵の魔法ではないし、人工太陽として機能させる為の魔法の構成も見事としか言えん。神の眷属と呼ばれるだけの力があったというわけか」

「……水の音がする」

 

アレーティアの言葉に耳をすませば、耳に心地良い水の音がする。

扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。

天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。

滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。

よく見れば魚も泳いでいるようだ。

もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。

川から少し離れたところには大きな畑もあるようだが、当然何も植えられていない。

そしてなんと家畜小屋もある。

動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。

緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

 

「……ここが住処なのは間違いないようじゃな……」

「……ですね。そして、何かあるとすれば、あの家ですよね」

「ん……」

 

3人の視線の先にあるのは3階建ての白い清潔感のある建物だ。

3人は慎重に油断なく建物に近づき、扉から中に入っていく。

扉の先のエントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っている。

取り敢えず一階から見て回る。

暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレを発見した。

どれも長年放置されていたような気配はない。

人の気配は感じないのだが、室内の管理維持はなされているのか埃が積もった形跡はない。

さらに奥に行くと、そこには大きな円状の穴があり、その淵にはライオンっぽい動物の彫刻が口を開いた状態で鎮座している。

彫刻の隣には魔法陣が刻まれている。

試しに魔力を注いでみると、ライオンモドキの口から勢いよく温水が飛び出した。

 

「これは、風呂か……久方ぶりじゃのう」

 

そう言って卓弥が顔を綻ばせる。

こう見えて卓弥は大のお風呂好き。

風呂に入る為なら、人並み以上のこだわりを持つ男なのだ。

そんな卓弥の姿を見てアレーティアが一言。

 

「……一緒に入る……?」

「そうですね!せっかくですから3人一緒に裸の付き合いを」

「冗談は顔だけにせい」

 

余りにもバッサリと切られた為軽く落ち込む2人。

そんな2人を放って、卓弥は探索を再開する。

2階には書斎や工房らしき部屋を発見したが、どちらも封印がされているらしく開けることはできなかった。

そして3階。

3階には一部屋しかなかった。

扉を開けると、そこには直径7、8mの精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。

そして、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座る人影が見えた。

人影は骸だった。

既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。

 

「こやつが反逆者……そしてルチアの話が正しければ………」

「……はい……十中八九、オスカー・オルクス様でしょうね」

「そうか……じゃが、なぜ此奴はここで生き絶えたんじゃ?寝室やリビングなどでも良かったはずなのに……」

「……怪しい。どうする?」

 

苦しんだ様子もなく座ったまま果てたその姿は、まるで誰かを待っているようだ。

 

「……調べるしかあるまい。魔法陣に入って転送され、1人が孤立する状況を避けるため、3人同時に、別方向を警戒しながら入るぞ?」

「了解です」

「ん……」

 

そして、卓弥は正面を、ルチアは卓弥の右後方を、そしてアレーティアは卓弥の左後方を警戒しながら魔法陣に足を踏み入れる。

カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

まぶしさに目を閉じる3人。

直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落での出来事が頭の中を駆け巡った。

やがて光が収まり、目を開けた3人。

そして、卓弥の目の前には、黒衣の青年が立っていた。

魔法陣が淡く輝き、部屋を神秘的な光で満たす中、3人は反射的に身構えるが、すぐに警戒を緩めた。

目の前の青年からは、敵意や悪意どころか、存在感すら感じ取れなかったからだ。

おまけに、よく見れば目の前の青年は、後ろの『オスカー・オルクス』と思われる骸と同じローブを着ていた。

それらの状況証拠から、3人は目の前の青年の正体について察しがついた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

話し始めた彼はやはりオスカー・オルクスらしい。

 

「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に、世界の真実を知る者として我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

そうして始まったオスカーの話は、聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なり、ルチアが見た歴史が正しい事を証明する、驚愕すべきものだった。

 

 

 

それは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

 

神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。

人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。

争う理由は様々だ。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は"神敵"だから。

今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。

その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

 

だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。

それが当時、"解放者"と呼ばれた集団である。

彼らには共通する繋がりがあった。

それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということだ。

そのためか"解放者"のリーダーは、ある時偶然にも神の真意を知ってしまった。

何と神は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。

"解放者"のリーダーは、神が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり志を同じくするものを集めたのだ。

 

彼等は、"神域"と呼ばれる神がいると言われている場所を突き止めた。

"解放者"のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神に戦いを挑んだ。

 

しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。

何と、神は人々を巧みに操り、"解放者"達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのである。

その過程にも紆余曲折はあったのだが、結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした"反逆者"のレッテルを貼られ"解放者"達は討たれていった。

 

最後まで残ったのは中心の七人だけだった。

世界を敵に回し、彼等は、もはや自分達では神を討つことはできないと判断した。

そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。

試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 

 

 

長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。

同時に、3人のの脳裏に何かが侵入してくる。

ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいたためと理解できたので大人しく耐えた。

やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まる。

卓弥はゆっくり息を吐いた。

 

「うぅ、頭が痛いです……ご主人様、大丈夫でしたか?」

「ああ、問題ない……しかし、とんでもないことを聞いてしまったな」

「はい……反逆者は元々は"解放者"で、エヒト様……いえ、エヒトは人々を悪戯に弄ぶ悪神だった。解放者はエヒトを討とうとしましたが、エヒトの巧妙な手口で戦う前から敗走した……という事ですか」

「……ん……タクヤ。どうするの?」

 

ルチアは元々、己の先祖であるルース・オルクスの師匠、反逆者のオスカー・オルクスの汚名を返上するためにオルクス大迷宮を攻略しようとしていた。

だが、実際に知った真実は、ルチアの想像を超えた、とんでもない事実だった。

反逆者…いや、解放者達に汚名を着せ、解放者達を死んでも恥ずかしめるエヒトに対しルチアが静かに怒りを燃やしていた時、アレーティアがオスカーの話を聞いてどうするのかと卓弥に尋ねる。

 

「……元々、勝手に召喚して戦争しろなどとほざきよる神なんぞ迷惑。この世界がどうなろうと知ったことじゃない。地上に出て帰る方法を探して、日本に帰る。………それだけだと思ったったんじゃが……」

 

オスカーの話など切って捨て、自分と自分にとって大切な人のためだけに行動すると思われていた卓弥。

しかし卓弥は、頭をガシガシとかき、随分と長い顔をしていた。

 

「……どうしたの?」

「……はぁぁぁぁ…………我は、神と戦おうと思う」

「え!?何でですか?帰る方法を探すんじゃないんですか?」

 

面倒くさそうにため息を吐きながら出した卓弥の答えに、前に卓弥がどう行動するかを聞いたことがあるルチアは驚きを露わにする。

 

「……あらかじめ言っておくが、この世界のためではないぞ?まあ、わざわざ理由をつけるなら3つじゃ」

 

卓弥はわざとらしく右手で3本の指を立てる。

そして、立てた指の一本を折り、説明を始めた。

 

「まず1つ。これはまあ、アレーティアのためじゃ」

「……私?」

「うむ。アレーティアの叔父であるディンリードは、アレーティアはエヒト…つまり神の器として狙われていたと言っておったじゃろ?なら、狙う神を消してしまえば、もう2度とアレーティアが狙われることはないと思ったからじゃ」

「……でも、私はタクヤと一緒に地球に……日本に行く。旅の途中なら狙われる可能性はあるけど、日本に行ってからは狙われないんじゃ……?」

「まあ、その可能性はある。じゃが、我の予想が正しければ、その考えは甘いかもしれんのぉ」

 

その卓弥の言葉に、ルチアとアレーティアは小首を傾げる。

そんな2人を見て、卓弥は立てていた指をもう一本折り、次の理由を話し始める。

 

「2つ目は、日本にいる孤児院の皆("家族")を守るためじゃ」

「……え?いやいや待ってください。ご主人様のご家族って、孤児院の皆様ですよね?世界には来てないんですから、守るとかそう言う話はいらないんじゃ………」

「普通ならな。じゃが、さっきも言ったが、我の予想が正しければ、その考えは甘いかもしれんのじゃ」

 

困惑する2人に対し、卓弥は自分の考えを伝える。

 

「我の完全な予想で悪いのだが、恐らく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈なのじゃ」

「「…!!?」」

 

卓弥の口から語られた予想に、2人は驚愕した。

 

「無論、今は簡単に干渉できるものではないのかもしれない。もしかすると地球に干渉できたのも偶然かもしれん。しかし、()()()()()()という事実があることが非常に危険なのじゃ」

「……つまり、エヒトを放って地球に帰っても、エヒトが地球に干渉してきて、その時はご主人様だけではなく、地球にいるご主人様の家族の皆様も危険に晒すかもしれない、と言うわけですね?」

「……ん。可能性は低いけど、無いわけじゃない」

「そう言うこと。その可能性を完全に摘む為に、神を殺す必要がある。」

 

卓弥の推理を聞き、2人はなるほどと首を縦に振る。

しかし、そのあとに1つ疑問が浮かんだ。

 

「あれ?理由ならその2つで十分ですよね?3つ目の理由って何ですか?」

「ああ、それに関しては我の我儘じゃ。故に優先度は1番低い」

「……我儘?」

「そうじゃ、今まで生きてきた中で、1度だけこう考えたことがあるんじゃ……」

 

最後の指を折り、悪戯っぽく微笑み、最後の理由を明かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……神とは、どんな味がするのか…とな」

 

そう言われて、2人は一瞬ポカンとした。

そして、そのすぐ後にクスクスと笑いが込み上げてきた。

卓弥が神を殺す3つ目の理由。

それは単純に、『自分が神を殺して、その神を喰らいたいから』だったからだ。

 

「というわけで、これらの理由のため、神を殺さんといかんというわけじゃ。なのじゃが、2人はどうする?これは我個人で決めたこと。それに無理やり付き合わせるつもりはないが   

 

ルチアとアレーティアは元はこの世界の人間。

地球に連れて行くと約束したアレーティアはともかく、ルチアとは直接の関係がない孤児院の家族達を守るために、ルチアを戦わせるつもりはない。

そう思って尋ねたのだが、2人は僅かな躊躇ためらいもなくふるふると首を振った。

 

「もう、ホントご主人様ってそういうところが鈍いですねぇ。私はご主人様のメイドですよ?嫌なら嫌って言いますし、言わないってことは……そういうことですよ♪」

「ん……ルチアの言う通り。……それに、叔父様にあんな事をさせる理由になったエヒトには、御礼をしないといけない……!」

 

ルチアはそう言って、卓弥に寄り添いその手を取る。

ギュッと握られた手が本心であることを如実に語る。

アレーティアも、自らが嫌われ役になってまで封印して自分をエヒトから守ってくれた叔父様の為に、嫌われ役になる原因になったエヒトに対して仕返しをしたいと、ムンっ!とやる気を出しながら覚悟を示す。

 

「……そうか」

 

そんな2人を見て、頼もしそうに微笑みを向ける卓弥。

そしてその後、3人は衝撃の事実をさらりと話し始める。

 

「それにしても……迷宮を攻略すると()()()()を習得できるだなんて、驚きましたよ」

「……ん。確かに」

 

神代魔法とは文字通り神代に使われていた現代では失伝した魔法である。

卓弥達をこの世界に召喚した転移魔法も同じ神代魔法である。

 

「どうやらこの床の魔法陣が、神代魔法を使えるように頭を弄るみたいじゃな。」

「そうですね。それにこの魔法……私のためにあるような魔法ですね!」

「……生成魔法。魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法。……うまく使えればアーティファクトも作れる」

 

そう、生成魔法は神代においてアーティファクトを作るための魔法だったのだ。

まさに"錬成師"のためにある魔法である。

実を言うとオスカーの天職も"錬成師"だったりする。

 

「しかし、この違和感……ああ、なるほどそう言うことか」

「?そう言うことって、どう言うことです?」

「生成魔法のことじゃよ。この知識は恐らく、常人が使える限界の領域の魔法を扱う為の知識なのじゃろうな。恐らくこの魔法の本質は、『無機的物質に干渉できる』と言ったところじゃろう」

「……ムキテキブッシツ?」

「……?」

 

地球にいたならともかく、そう言った知識が発達していないトータスの人間であるルチアとアレーティアは、卓弥の言ったことの意味を理解できていなかった。

 

「……すまん。使う言葉が悪かったな。わかりやすく言うならば、生成魔法は『生命活動を行なっていない物質に、様々な手を加えられる魔法』と言ったところじゃな。故に理論上、鉱石だけでなく、ただの石や水、空気にも干渉して、魔法を付与したりできるはずじゃ」

「なるほど〜。でも、それなら何でそう知識を刻んでくれなかったんでしょうか?」

「さっきも言ったじゃろ?お主らの刻まれた知識は常人が扱える限界の領域の知識なのじゃ。恐らく、それ以上の知識を植え付けられると、身体や心がもたず壊れてしまうんじゃろう」

「……なるほど」

 

そう話をつけ、一同はオスカー・オルクスの骸に視線を向けた。

 

「……いつまでもあのままというわけにはいかんじゃろ。埋葬でもするか」

「……そうですね」

「……手伝う」

 

その数分後、畑の隅に『解放者オスカー・オルクス ここに眠る』と彫られた墓石が立てられた。

 

 

その後3人は、オスカーが嵌めていたと思われる指輪をいただき、建物内を散策していた。

墓荒らしと言われてしまうかもしれないが、指輪には十字に円が重なった紋章が刻まれており、その紋章が建物内の開かずの扉に刻まれていたから、もしやと思ったからだ。

その結果、この建物から地上に出る時は、オルクスの指輪を持った状態で、3階の魔法陣を使うことを知り、その他にも、生前オスカーが製作したであろうアーティファクトや素材をいただくことができた。

そして、アレーティアが見つけた、解放者の中心の7人のことがよく書かれていた、オスカーの手記と思われる本を読んでいると、他の6つの大迷宮の情報が少しだけ記されていた。

恐らく、地球に帰るためにも、エヒトを殺す為にも、神代魔法は必須のはず。

3人のこれからの方針は、七大迷宮を全て攻略する事に決まった。

しかし、どれほど建物内を探しても、今確認されている【グリューエン大砂漠の大火山】【ハルツィナ樹海】、存在するであろうと目星がつけられている【ライセン大峡谷】【シュネー雪原の氷雪洞窟】以外の場所、すなわち、残り2箇所の大迷宮の場所はわからなかった。

それらをどうにか見つけ出すことも方針に加えつつ、卓弥は考え込んでいた。

 

「……?タクヤ、どうしたの?」

「ん?ああ……2人とも、しばらくここに留まらんか?地上に出たいのは山々じゃが、ルチアが扱う武器を作るのも、訓練にもここは最適じゃ。それに、他の大迷宮もここと同等か、それ以上に過酷な場所かもしれん。ならばここで、十分な準備を積むのが良いと思うのだが……」

 

卓弥とルチアはともかく、アレーティアは300年は地下に封印されていたのだ。

すぐにでもここを出て、この住処にある人工太陽とは違う、本物の太陽の光を見たいと思っているかもしれない。

そう思って2人に相談したが………

 

「なるほど。確かにそうですね。それなら、十分な準備が整うまで、ここで生活しましょうか」

「……ん。私も賛成。タクヤとルチアがいてくれるなら、私はどこでも構わない」

 

2人からも了承をもらい、ここで可能な限り戦力の充実や鍛錬をする事になった。




第十七話、完!
いかがだったでしょうか。
今回はトータスの歴史の真実を知るところを書きました。
そして、ここの卓弥はそれなりに知識があるので、原作ではハジメ達が全ての神代魔法を習得するまでわからなかった神代魔法の本当の力をすぐに理解できました。
次回はお風呂の場面や旅立ちを書いて第1章完結にしたいと思います。
完結した後も、少し番外編を書く予定なので、それも楽しみにしていてください。


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世界を超える旅路へ

ギアスです。
第1章最終話となる、第十八話を始めたいと思います。
解放者オスカー・オルクスの住処に辿り着き、トータスの歴史を知ることができた卓弥一行。
卓弥は、アレーティアの為、孤児院の家族達の為、そして己の我儘のため、エヒトを殺す事を決意する……!
それでは、第十八話をどうぞ!


その日の晩、天井の太陽が月に変わり淡い光を放つ様を、卓弥は風呂に浸かりながら全身を弛緩させてぼんやりと眺めていた。

奈落に落ちてから、卓弥がここまで緩んだのは初めてである。

風呂に入る風習はヴァルマキアにもあったが、毎日入ることはなく、1週間に1、2回ぐらいしか入らなかった。

故に卓弥も以前は風呂に対して関心はなかったが、日本に来てからほぼ毎日風呂に入るようになり、最終的には風呂や銭湯の虜になってしまった。

 

「むふぅ〜〜」

 

普段の卓弥を知っているものなら想像もつかないほど気の抜けた声が風呂場に響く。

全身をだらんとさせたままボーとしていると、突如、ヒタヒタと足音が聞こえ始めた。

完全に油断していた卓弥は戦慄する。

 

「……1人……いや2人か?まさかここまでするとは………だが甘い……このような事態を想定しないわけがないだろう?」

 

卓弥はルチアとアレーティアが近づいてくるのを感じながら透明になる。

常人の魔法使いなら、そうやって隠れてもお湯に浸かっている部分に穴が空いてしまいバレてしまうことが多い。

しかし卓弥は抜かりがなかった。

お湯に浸かっている部分をお湯と同じ色に変化させ、誰がどう見ても穴が空いていないように見える

しばらくすると2人が入ってきた。

 

「ご主人様〜!早速私たちと裸の付き合い…っていない!?」

「……どういうこと?お風呂から上がる気配はなかったのに……一体どこに……!」

 

アレーティアはなにかに気づいたのか、ルチアに耳打ちをする。

それでルチアは納得したのか、2人は無言でタオルを浴槽の横に置き、卓弥がいるところの両隣に座り、卓弥を拘束するように自分達の腕を卓弥の片腕に回す。

見えていないはずなのに、だ。

 

「(……馬鹿、な……!?何故だ、何故バレておる……?隠蔽は完璧なはず……!)」

「透明になる固有魔法を使っているんですよね?お湯に浸かってる部分もお湯の色に変化させて、すごい隠蔽ですね。私は騙されちゃいましたよ」

「……けど、甘い。タクヤがいる場所の()()()()()()()()()()()()()からすぐにわかった」

「しまった」

 

そう、卓弥は自分がいるところのお湯には意識を回せていたが、自分がいるところの湯気には頭が回らなかった。

故に、卓弥がいるところには湯気が集まらず、人型の空間ができてしまい、それでアレーティアに見破られてしまったのだ。

卓弥はアレーティアの指摘につい声を出してしまい、これ以上は隠せないと魔法を解除してしまう。

そして、ルチアとアレーティアは卓弥に顔を向け、同時に1つの言葉を話す。

 

「「私は、ご主人様/タクヤのことが好き(です)。」」

「………」

「……タクヤがいなかったら、私は奈落から2度と出ることができなかった。叔父様のことも知ることができなかった。もう私は、タクヤ以外の男と一緒になるつもりはない。」

「私も、きっと貴方だけのメイドになると決めた時から、私は貴方のことが好きだったんだと思います。貴方がいたから、私はここまで頑張れた。貴方がいたから、私は世界の真実を知れた。……もう貴方以外の男を伴侶にするつもりはありません。だから……私たちの想いを、受け取ってはくれませんか?」

 

2人の少女の想い。

それは確かに卓弥に届く………

 

「……すまん」

 

しかし、卓弥の答えは『否』だった。

 

「………どうしても、ですか?」

「ああ、どうしてもだ」

「……私達の思いに応えないのは、それは弟妹達の事を思い出すから?弟妹達のように自分の大切なものを失いたくないから?」

「それもある。……だが、それだけじゃない………」

 

そう言いながら、卓弥は2人の腕を離させ、少し2人から離れながら、溜息を吐いて仮初の月を見上げる。

 

「我は、『愛』がよく分からんのだ」

「「……」」

「生まれた時から、我の周りには弟妹しかおらんかった。施設を脱走した(出た)後も、『生きる事』に必死で、そんなことは考えたこともなかった……」

 

卓弥の言葉を、2人は静かに聞く。

 

「……確かに、我はお主らのことが大切じゃ。弟妹達と同じ…いや、下手するとそれ以上に大切かもしれん。失いたくないという独占欲もある………だが………」

 

 

 

 

「それが親愛からなのか、恋愛からなのかが、よく分からん」

 

 

「……だから、そんな曖昧な考えで、答えを出したくない」

 

そう言いながら、卓弥は2人に振り返り、迷子の少年のような悲しげな笑みを浮かべた。

そんな卓弥を見て、2人は微笑み、ルチアは卓弥の肩に腕を回し、背中から覆いかぶさり、アレーティアは卓弥の前に回り込み、正面から抱きつく。

大好きな人を、もう2度と孤独にしない為に

 

「大丈夫ですよ。今すぐじゃなくても構いません。これからずぅぅぅぅぅっとご主人様と一緒にいますから、いつか答えを出してくれればいいです」

「……だから、一緒に答えを出そう?タクヤが答えを出すまで……タクヤが答えを出した後でも、私は……私たちは、絶対に死なない。絶対に」

 

そう言う2人に卓弥は、自分にも分からない、暖かい感情を感じ、涙をこぼすのを必死に耐えていた………

 

 

 

 

 

その日から3人はそれぞれ己のできることをやり続けていた。

新たな装備の製作、魔法の練習、更には卓弥による地獄の特訓が、ルチアやアレーティアを更に強くした。

この二ヶ月で3人の実力や装備は以前とは比べ物にならないほど充実している。

例えばルチアのステータスは現在こうなっている。

 

ルチア 17歳 女 レベル:ーーー

天職:錬成師

筋力:11550

体力:15900

耐性:12050

敏捷:18060

魔力:20010

魔耐:20010

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・高速魔力回復[+瞑想]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法

 

レベルは100を成長限度とするその人物の現在の成長度合いを示す。

しかし、魔物の肉を喰いすぎて体が変質し過ぎたのか、ある時期からステータスは上がれどレベルは変動しなくなり、遂には非表示になってしまった。

ちなみに、勇者である天之河光輝の限界は全ステータス1500といったところである。

限界突破の技能で更に3倍に上昇させることができるが、それでも約3倍の開きがある。

しかも、ルチアも魔力の直接操作や技能で現在のステータスの3倍程上昇を図ることが可能である。

おまけに、卓弥の拷問(特訓)により、知覚機能を拡大し、"天歩"の各技能を格段に上昇させる、"天歩"の最終派生技能[+瞬光]に頼らなくとも、空間把握能力や思考速度が人のそれを大幅に超えてしまっている。

如何にルチアがチートな存在になってしまったかが分かるだろう。

 

卓弥の場合はと言うと……

 

天喰卓弥

17歳 男 レベル:---

天職:捕食者

筋力:---------

体力:---------

耐性:---------

敏捷:---------

魔力:∞

魔耐:---------

技能:捕食[+胃酸強化][+毒無効]・捕食再現[+哺乳類再現][+鳥類再現][+魚介類再現][+爬虫類再現][+両生類再現][+昆虫再現][+植物再現][+無機物再現][+肉体負担低下]・魔力操作[+精密操作][+効率上昇][+遠隔操作][+魔力放射][+魔力圧縮][+魔力範囲拡大][+魔力変換][+効率上昇][+治癒力上昇][+魔力感知][+魔力変質][+身体強化]・気配操作[+気配察知][気配遮断]・全属性適正[+発動速度上昇][+全属性効果上昇][+効率上昇][+魔力消費減少][+イメージ補強上昇]・複合魔法・永久魔力機関[+魔力吸収][+魔力譲渡]・言語理解

 

……ステータスプレートは、卓弥のステータスを表示することすら諦めてしまったようだ……

 

……新装備についても少し紹介しておこう。

まずは、ルチアが所有することになった"宝物庫"という便利道具。

これはオスカーが保管していた指輪型アーティファクトで、指輪に取り付けられている一センチ程の紅い宝石の中に創られた空間に物を保管して置けるというものだ。

要は、勇者の道具袋みたいなものである。

空間の大きさは、正確には分からないが相当なものだと推測している。

あらゆる装備や道具、素材を片っ端から詰め込んでも、まだまだ余裕がありそうだからだ。

そして、この指輪に刻まれた魔法陣に魔力を流し込むだけで物の出し入れが可能だ。

半径1m以内なら任意の場所に出すことができる。

物凄く便利なアーティファクトなのだが、ルチアにとっては特に、武装の一つとして非常に役に立っている。

というのも、任意の場所に任意の物を転送してくれるという点から、ルチアはリロードに使えないかと思案したのだ。

結果は成功。

始めたばかりの頃は、直接弾丸を転送するほど精密な操作は出来ず、弾丸の向きを揃えて一定範囲に規則的に転送するので限界だった。

しかし、卓弥の拷問(特訓)により、空間把握能力が上昇したことで、銃の中に直接、しかも高速に転送することができるようになった。

これにより、今までも隙のない戦いを見せていたルチアは、弾丸の装填(リロード)の隙すら見せないガンナーになった。

 

次に、ルチアは、卓弥の知識を元に魔力駆動二輪と四輪を製造した。

これは文字通り、魔力を動力とする二輪と四輪である。

車輪には弾力性抜群の隠密に優れたサメの魔物(仮称:タールザメ)の革を用い、各パーツはタウル鉱石を基礎に、工房に保管されていたアザンチウム鉱石というこの世界最高硬度の鉱石で表面をコーティングしてある。

おそらく卓弥の"爪弾"でも貫けないだろう耐久性だ。

エンジンのような複雑な構造のものは一切なく、ルチアや卓弥の魔力か神結晶の欠片に蓄えられた魔力を直接操作して駆動する。

速度は魔力量に比例する。

更に、魔力駆動車は魔力を注いで練成が発動するようになっており、これで地面を整地することで、ほとんどの悪路を走破することもできる。

 

(タカ)()"というアーティファクトも開発した。

ルチアは銃を使うので、出来るだけ幅広い範囲を索敵できるようにと開発した片眼鏡(モノクル)型のアーティファクトだ。

生成魔法を使い、神結晶に"魔力感知""遠見""先読"を付与することで通常とは異なる特殊な視界を得ることができる片眼鏡を創ることに成功した。

鷹ノ目を付けることで、通常の視界だけでなく、魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、発動した魔法の核が見えるようにもなった。

魔法の核とは、魔法の発動を維持・操作するためのもの……のようだ。

発動した後の魔法の操作は魔法陣の式によるということは知っていたが、では、その式は遠隔の魔法とどうやってリンクしているのかは考えたこともなかった。

実際、書物や教官の教えに、その辺りの話しは一切出てきていない。

おそらく、新発見なのではないだろうか。

この世界にいたルチアどころか、魔法のエキスパートたるアレーティアも知らなかったことから、その可能性が高い。

鷹ノ目によってルチアは、相手がどんな魔法を、どれくらいの威力で放つかを事前に知ることができる上、発動されても核を撃ち抜くことで魔法を破壊することができるようになった。

ただし、核を狙い撃つのは針の穴を通すような精密射撃が必要な為、使い勝手は悪いが、強力な手札だ。

 

新兵器については、いつかのサソリ型の魔物の甲殻を覆っていた鉱石であるシュタル鉱石をベースに、アザンチウム鉱石などの硬い鉱石を使い強度を増し、バレルの長さも持ち運びの心配がない為3mほどの長さを誇る対物ライフル"(ナガ)(ボシ)"を作った。

流レ星にはライフルに取り付けられるはずのスコープが存在しないが、ルチアの鷹ノ目によって、射程範囲は10kmにも迫る。

 

また、とある階層でラプトル系の魔物の大群に追われた際、ルチアは大人数に対する手数の足りなさを考え、電磁加速式機関砲"(ハガネ)(アメ)"を開発した。

口径は30mm、回転式六砲身で毎分18000発という化物だ。

銃身の素材には生成魔法で創作した冷却効果のある鉱石を使っているが、それでも連続で5分しか使用できず、オーバーヒートしてしまったら、再度使うには10分の冷却期間が必要になる。

 

さらに、面制圧の為にロケット&ミサイルランチャー"流星群(リュウセイグン)"も開発した。

直方体の箱のような銃身をしており、そこから一度に最大20発のミサイルを発射することができ、しかもそれを4台作った。

 

そして、それらの重武装を効率よく使えるようにする為に、計8本の人の腕のようなアームがついたバックパック"蜘蛛(クモ)乙女(オトメ)"も開発した。

アームは、オスカーが開発した義手をモデルに製作されており、魔力を注ぐことでアームの手の部分で錬成を行うこともできるようになっていたり、他にも様々な機能を使えるようになっている。

 

あと、ヒュドラとの戦いで大破したルチアの代名詞とも呼べる武器"双黒銃"もアザンチウム鉱石による硬度の強化などの改良を加えられ復活した。

ルチアの基本戦術は双黒銃によるガン=カタに落ち着いた。

典型的な後衛であるアレーティアとの連携を考慮して接近戦が効率的と考えたからだ。

最強たる卓弥は接近戦は当然ながら、遠距離も"爪弾"や魔法で対応できるのでその時その時で変えていくスタイルだ。

 

他にも様々な装備・道具を開発し、神水も卓弥の無限の魔力によって数えるのも面倒になるぐらいストックが完成している。

それらのストックは、非常時にすぐに取り出せるよう試験管程の大きさにしている。

他にも神結晶の膨大な魔力を内包するという特性を利用し、卓弥はルチアに、神結晶の一部を錬成でネックレスやイヤリング、指輪などのアクセサリーに加工させ、それをアレーティアに渡した。

アレーティアは強力な魔法を行使できるが、最上級魔法等は魔力消費が激しく、一発で魔力枯渇に追い込まれる。

しかし、電池のように外部に魔力をストックしておけば、最上級魔法でも連発出来るし、魔力枯渇で動けなくなるということもなくなる。

そう思って、卓弥はルチアに作らせ、アレーティアに"魔晶石シリーズ"と名付けたアクセサリー一式を渡したのだが、そのときのアレーティアの反応は……

 

「……プロポーズ?」

「戯け」

 

アレーティアのぶっ飛んだ第一声に卓弥は呆れた声をこぼす。

それに合わせるようにルチアもワイワイ騒ぎ出す為、卓弥は2人の頭に拳骨を叩き込み、2人が頭を押さえながら悶絶する事態が起こったりもした。

 

そんなこんなで準備を終えてから10日後、ついに3人は地上へ出る。

3階の魔法陣を起動させながら、卓弥は2人に静かな声で告げる。

 

「ルチア、アレーティア……我等の力や武器は、地上では異端。聖教教会や各国が黙っているということはないじゃろう」

「ん……」

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

「ですねぇ」

「教会や国だけではない。アレーティアのことをいまだに狙っている可能性がある神とも敵対するじゃろう」

「ん……」

「世界を敵にまわす旅じゃ。今まで以上に過酷なものじゃろう。命がいくつあっても足りないぐらいに、な」

「今更……」

「そうですよ。まさか、ここまできて弱音を吐きたくなっちゃったんですかぁ?」

「それこそまさかじゃ」

 

アレーティアやルチアの言葉に思わず苦笑いする卓弥。

卓弥は一呼吸を置くと、2人のキラキラと輝く紅眼を見つめ返し、望みと覚悟を言葉にして魂に刻み込む。

 

「我ができぬことをお主らがする、お主らにできぬことを我がする。それで我等は最強だ。数多な障害を薙ぎ倒し、神を殺し、そして………」

 

卓弥の言葉に、ルチアは『望むところだ!』と言いたげな不敵な笑みを浮かべ、アレーティアは卓弥の言葉を抱き締めるように、両手を胸の前でギュッと握り締める。

そして………

 

「世界を、越えるぞっ!」

「イエッサー!」

「んっ!」

 

3人の高らかな声が、オスカーの住処に響き渡った……




第1章、完!
いかがだったでしょうか?
遂に、遂に!!
遂に第1章を終わらせることができました!
これからの卓弥、ルチア、アレーティアの旅を、これからもどうか見守っていてほしいです。
第1章『始まり』はこれで終わり!
次は第1章の番外編を少しだけ出し、その後第2章である………

『ウサギと樹海と峡谷と』

を始めたいと思います!


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番外編 タクヤーズブートキャンプ in 奈落!

ギアスです。
この作品が始まって初めての番外編を始めたいと思います。
待っていた方も、待っていない方も、お待たせいたしました……
タクヤーズブートキャンプ第二弾を始めたいと思います!
今回の犠牲者(挑戦者)は、前回に引き続いて天才美少女錬成師ルチア、そして今回初参加の吸血姫アレーティアです!!
果たして、彼女達は生き残ることができるのか!!!
……おふざけはここまでにして、今回はアレーティアの強化点、そして、なぜルチアが異常な空間把握能力を手に入れるに至ったのかを書きたいと思います。
それでは、第一回番外編を、どうぞ。


ヒュドラを倒し、オスカー・オルクスからトータスの真実を聞き、神殺しを成すと卓弥達が誓った日から数日が経過した頃のこと。

3人はヒュドラが出現した空間に集まっていた……

 

「それでは、特訓を始める!!」

 

……そのうちの1人、天喰卓弥は、何時ぞやの軍帽を被って………

 

「……それはさっき聞いたからわかる。……けど、その帽子は何……?」

「………なんでしょう………すっっごぉぉぉく嫌な予感が………」

 

そんな卓弥を、アレーティアは怪訝そうに見つめ、ルチアは前にもあった拷問(特訓)を思い出して顔を青くしていた。

 

「お主らの戦いを今まで見てきたが、なかなかに見事なものだった!ルチアは我から教わった基本を大事にしておるし、銃の扱い方も、地球の軍隊(本職)の人間を遥かに超える腕前にまだ上がったと言ってもいいだろう!」

「あれ?褒めてくれてる?前は貶してたのに?」

「アレーティアも、その魔法の腕前には我も感服するしかない!強力無比なその魔法の前では、どんな魔物であろうとも歯が立たんであろう!」

「……ん…!」

 

前回は自分の体力の無さを『貧弱ボディ』と言われて貶されていたのに、今回は自分の銃の腕前を褒められて、ルチアは首を傾げていた。

アレーティアは、自分の最大の長所である魔法を褒められて、『むふぅ!』と言いたげに胸を張っていた。

 

「……じゃが!お主らは所詮その程度じゃ!」

「「!!?」」

「ルチア!!お主は銃の腕前は確かに上がったが、銃を扱う者、飛び道具を扱う者において1番大事な能力である空間把握能力が欠けておる!どれほど飛び道具の扱いに自信があっても、対象や空間を瞬時に把握できんのでは、居てもいなくても構わん木偶の坊と同じじゃ!」

「あ、今回は上げて落とすスタイルですかそうですか………」

「アレーティア!!確かに魔法の腕は認めるが、その魔法を扱う時、無駄な魔力が多すぎる!我なら魔法陣や魔法の構築で無駄になる魔力はまた別のことに回すぞ!」

「……無駄が、多すぎ?……私、無駄を削ぎ落として今の魔法を使ってるのに………?」

 

ルチアは、今回の卓弥の教育スタイルは、前回と違い、褒めるところは褒め、ダメなところはとことん滅多打ちにするスタイルだと言うことを悟る。

アレーティアは、魔法において天才の才能を持つ自分が、魔法を使う上で無駄になる魔力をとことん削ぎ落とし、他の必要な部分に魔力を流して使っているのが今の自分の魔法と言うのに、それでも『無駄が多すぎる!』と言われてしまい、アレーティアの中にある自信に少しヒビが入ってしまった。

 

「よって!お主らにはこれから、2人で共通の()()()()と戦ってもらう!互いが互いを信頼し、協力し合うだけでなく、己の足りぬ力を磨くのじゃ!」

「は、はぁ……けど、仮想の敵って何なんですか?」

「それは今から準備する」

 

そう言い切ると、卓弥は今まで2人に向けていた体の向きを横に向け、左腕を前に出す。

そして、右腕の爪を長く鋭くし、左腕の肘関節の部分に爪を置く。

そして………

 

ズバッ!

 

………()()()()()()()()()()()()()()………

 

「……えええええ!!?」

「……んんんんん!!?」

 

当然、いきなりそんな奇行に走った卓弥を見てルチアとアレーティアは冷静ではいられなかった。

ルチアは口を全開にして驚き、アレーティアは口こそ開けなかったものの、瞼を全開にして驚いた。

 

「なぁぁにやってぇんですかぁ!!?何でいきなり腕切り落としてんですか!?」

「ひ、拾わなきゃ……!は、早くくっつけなきゃ……!!」

「……いや何慌てとるんじゃ?落ち着け」

「誰のせいだと思ってる!?」

「誰のせいだと思ってんですかぁ!?」

 

今尚切った腕の断面からドバドバ血を流しているにもかかわらず冷静すぎる卓弥に思わず怒声を上げてしまう2人。

しかし、この後の事態で2人は思わず口を噤んでしまう。

それはそうだろう………

 

……バシャ!

 

「「!?」」

 

……血溜まりから突然()()()()()()()()

飛び出した腕は卓弥の腕ではなく、紅い結晶のように輝く、魔物のような腕だった。

腕は地面を掴み、力を入れる。

すると、まるでプールから上がる人のように血溜まりから魔物の腕の持ち主の全身が出てくる。

 

『……■■■■■■■!!』

 

それは、まさに怪物だった。

カラスの嘴のような口を持ち、頭には鬼を思わせる捻れた角が生えていた。

背からは蝙蝠を思わせる翼が生えており、先程見えていた腕は、よく見ると両腕の五指がカマキリの鎌のようになっている。

脚はバッタを思わせる形状をしているが、足先はまるで蛙のような水掻きがついた形状をしており、臀部からはサメの尾鰭を思わせる形状の尾が生えていた。

しかし、血溜まりから出てくるのはそれだけではない。

頭が鰐、上半身がゴリラ、下半身が蛇の尾の形をしているものや、山羊の頭に鷲の翼、下半身が蛸の8本の腕になっているものなど。

どれも姿がバラバラ……しかし、この世の生き物とは思えない姿をした化け物達がウジャウジャと出てくる……!

 

「ご、ご主人、様……こ、これって……?」

「……"血盟獣"。我は、我が今まで喰らってきた生物の特徴を持つゴーレムを、我自身の血を原料にして創り出すことができるのじゃ」

「………す、すごい………」

 

呆然とする2人に、卓弥は左腕をジュバッ!と生やすように再生させながら説明する。

 

"血盟獣"

卓弥の血液を原料に誕生する、血の結晶でできたゴーレム。

どんな生物をベースにするか、どんな生物の特徴を追加するか、どんな固有魔法を持たせるかなど細かく調整できるが、今回は全員()()()()()()()を持たせただけで、あとは全部適当に作った血盟獣軍団。

……その数、およそ100体。

 

「とにかく、血盟獣100体を2人で全滅させることが、今回のお主らの特訓じゃ」

「……わかりました!こうなったら、パパッと終わらせちゃいましょ!」

「……ん!」

 

そう言い2人は配置に着く。

 

「……では始めるぞ?……よーい、始め!!」

「よっしゃあ!やりますよティアちゃん!」

「……でも、相手はどんな戦い方を……」

 

卓弥からの開戦の合図を聞き、やる気を出すルチア。

アレーティアは、血盟獣達がどんな攻撃をしてくるのかを疑問に思いながら血盟獣を見やる。

そして……

 

バサッ!

バッ!

 

飛行できる血盟獣は空中に飛び、陸上型の血盟獣はスクラムを組むかのように並び……

 

「「え?」」

 

ガパァ……!

 

全ての血盟獣が口を開き……

 

「「え?」」

 

キュイィィィィィ……!

 

開いた口部が発光を始め……

 

「「……ま、まさか………」」

 

ビイィィィィィィィィィ!!!

 

レーザーを吐き始めた。

 

「うわぁぁぁああああ!!?」

「んーー!!?」

 

ルチアはすぐさま走り出して、アレーティアはすぐ風属性魔法で飛翔し、レーザーの包囲網から逃れる。

しかし、血盟獣達はレーザーをルチアやアレーティアに向かって打ちまくる。

 

……そう、これこそが血盟獣達に与えられた共通の固有魔法"光口砲"。

簡単に説明すれば、『口からレーザー光線を吐ける』という固有魔法だ。

しかし、レーザーは直線にしか飛ばず、反動が強すぎてレーザーを放つ最中に、レーザーを放つ向きを変えることが出来ないという欠点がある。

卓弥がこの固有魔法を手に入れる際に捕食した魔物は『巨体を持ち、動きが鈍い分装甲が厚いトカゲ型の魔物』。

つまり、攻撃を受けることが前提な、防御な得意な魔物でなければ上手く扱えない固有魔法なのだ。

………たった1匹で戦うならば………

 

「1体だけで使ったら隙だらけな技でも、こんなふうに大量に並べて一斉に発射させるなら、欠点なんてないようなものじゃ」

「ふざけんなぁぁぁぁぁ!!こんな鬼畜ゲー用意するとか、血も涙もないんですかぁぁぁぁぁ!!あとどこ見て言ってんですかぁぁぁぁぁ!!!」

「んんんんん!!タクヤの鬼ぃ!悪魔ぁ!サディストぉ!」

 

ルチアは前回の特訓以上に鬼畜な特訓と、第4の壁(?)の方を見ながら話をして自分達を無視する卓弥に絶叫し、アレーティアも前にどこかで聞いたようなセリフを叫んでいた。

 

「……うぅ、やられっぱなしは………嫌!!」

 

そう言って、アレーティアはレーザーの雨が一瞬弱まった瞬間血盟獣達に向き合い……

 

「……"緋槍・百連"!」

 

自身の周囲に大量の"緋槍"を出現させる。

その数は100。

100の緋槍が空を舞う血盟獣に向かって放たれる。

血盟獣達がレーザーで緋槍を撃ち落とすが、"光口砲"の欠点が響き、打ち落とせたのは精々50本。

残り50の緋槍が血盟獣達に炸裂し、10体を灰塵に帰す。

一矢報いたとアレーティアはふん!と笑みを浮かべる。

……もっとも、空中にいる20体の血盟獣が自分だけを狙っていると気づいた途端、その笑みは一瞬で引き攣ったが。

20体が完全に自分を包囲し、逃げ場が完全になくなってしまった。

 

「……ちょっと待ってくれま  

 

ビイィィィィィィィィィ!!!

 

アレーティアの言葉を完全に無視し、20本のレーザーが一斉にアレーティアを襲う。

 

「ティアちゃぁぁぁぁぁん!!」

 

……結果、アレーティアは頭をアフロにし、口から「けふっ!」と煙を吐きながら墜落。

それを血盟獣の1体が回収し、アレーティアを安全圏に避難させていった。

 

「くっそぉぉぉぉ!!ティアちゃんの仇ぃぃぃぃ!!絶対に許さねぇぇぇぇぇ!!」

 

そう言ってルチアは、"双黒銃"を懐にしまいつつ、右手中指に嵌っている"宝物庫"に魔力を注ぎ、電磁加速式機関砲"鋼ノ雨"を取り出す。

そして、弾切れなど知ったことかと血盟獣に対して掃射を始める。

 

ドゥルルルルルルルルルル!!!

 

電磁加速された弾丸は地上にいる血盟獣達は勿論、空中にいる血盟獣達も豆腐のように貫き、10、20、30とどんどん屠っていく。

 

「よーーし……!鋼ノ雨はそろそろ使えなくなりますが、ここまでくれば各個撃破でも 

 

いける!そう言いたかったのだろうが………

 

ガシっ!

 

「ふぇ?」

 

突然両腕に、何かに掴まれたかのような感覚を感じた。

掴んでいるのは何かの腕で、よく見るとその腕はまるで血のような紅色をしている。

何が起こっているのかと後ろを振り向くと……

 

『……■■■』

 

まるで『やぁ♪』と言っているかのような鳴き声をあげる、人の上半身に背から蝶の翅を生やし、下半身は蛸の8本の腕になっており、足先が全て人の手の形になっている血盟獣の姿があった。

ルチアの両腕を掴んでいるのは、2本の蛸の腕だった。

 

「………後ろからは卑怯じゃありませ  

 

ビイィィィィィィィィィ!!!

 

………そのあと何が合ったかは、まあ、お察しの通りです。

結果、初日のチャレンジで2人が撃破できたのは100体のうち45体……2人は全体の半数も削れず敗北したのだった。

 

 

 

 

 

そんな特訓が続き、10日後。

2人はいつものように100体の血盟獣と戦っていた。

……が、それは初日のものに比べると見違えるようなものだった。

 

ビイィィィィィィィィィ!!!

 

血盟獣達がレーザーを放つと……

 

「……"蒼天・三星"」

 

アレーティアが"蒼天"を3()()()()に出現させる。

おまけに、アレーティアが今まで使えた蒼天は直径6、7m程の大きさだったのに対して、今の3つある蒼天はどれも直径10m程にも迫る大きさを誇っている。

それを血盟獣に向かって放つと、3つの蒼天はレーザーを飲み込みながら血盟獣達に向かって飛んでいき、射線上にいた血盟獣達を焼き滅ぼしてしまった。

アレーティアは、あの日の敗北から、今使っている魔法をとことん見直し、無駄に流れている魔力を効率よく扱えるようになっている。

今では、最上級魔法1つ扱うために消費する魔力は、以前最上級魔法を扱うために消費していた魔力の2()()()1()()()にまで抑えることに成功していた。

 

もちろん成長したのはアレーティアだけではない。

蒼天を3発同時に放ち、100体いた血盟獣の約3分の1、およそ30体ほどを消し飛ばしたアレーティアの隙を狙って血盟獣が30体ほど襲い掛かる。

しかし………

 

ドパンッ!ドパンッ!

 

2発の銃声。

それと同時に1()2()()の血盟獣の頭が同時に爆散する。

それを成したのはもちろんルチア。

ルチアもあれから己の技術を磨き続け、1発の銃声の間に6発の弾丸を撃つ技術"神速撃ち(クイックドロウ)"を扱えるようになったのだ。

 

そんなルチアを囲うように地上型の血盟獣達が迫る。

しかし、ルチアは慌てることなく魔力を宝物庫に流し、自分の腕に鋼ノ雨を、周囲に4つの箱を出現させる。

いや、箱に見えるそれは、ロケット&ミサイルランチャー"流星群"だ。

そして出現させた流星群を、ルチアは()()()()()()8()()()()の内の4本の腕で、流星群を1つづつ掴む。

この時のルチアの背には一つのバックパックがあった。

それこそが、自分の手数を少しでも増やすために作ったアーティファクト"蜘蛛ノ乙女"。

ルチアはその場で回転しながら鋼ノ雨から銃弾を吐き出し、流星群から大量のミサイル弾を発射する。

血盟獣達は銃弾に貫かれるかミサイルの爆撃で爆砕するかのどちらかの運命を辿ることになった。

この拷問(特訓)をこなしていく中で、ルチアは空間把握能力や思考速度が格段に上昇し、本来常人の思考速度では扱えない機能を持つ蜘蛛ノ乙女のアームを自分の手足のように扱うことができるようになり、周囲の常に把握していると思ってしまうぐらい攻撃の手や動きが速くなっていた。

 

始めたばかりの頃は半数も削れなかった血盟獣軍団も、今では十数分あれば壊滅できるぐらいにまで2人は成長した。

この結果には卓弥も満点を出し、血盟獣軍団との特訓は終わった。

特訓が終わった後の2人の感想は……

 

「「2度とやりたくない(です)。」」

 

……正直卓弥の特訓はやりたくないが、どうせ近いうちにまたやるんだろうなぁと予感する2人なのだった………




いかがだったでしょうか?
今回初めて出てきた卓弥の固有魔法"血盟獣"。
これは言わば原作でハジメが作った生体ゴーレム達の代わりを務める奴らです。
戦闘力もかなり高く、使い勝手が良いのでこれからもたくさん出てくると思います。(……まあ自分が出したいから出すんだけどね!)
今回の物語でルチアは『ハジメ以上の兵器力を持つ言わば移動要塞』。アレーティアは『最上級魔法1発分の魔力で最上級魔法を3発放つ魔法使い』をイメージしてキャラ強化を施しました。
これから出てくるヒロインも原作以上の強化を施すので、楽しみにしていてほしいです。


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番外編 家族

ギアスです。
第二回番外編を始めたいと思います。
今回も遅れてすみません。
ここ最近やることが多くて手がつけられなくて……
これからもこれぐらいの投稿頻度だと思いますが根気よく待っていてくれると嬉しいです。
今回は、今まで話にだけ出ていた孤児院の院長や院長夫人、孤児院育ちの人物達を書いていきたいと思います。
それでは、第二回番外編を、どうぞ。


卓弥達が異世界に召喚される前、卓弥の暮らす孤児院でのこと……

 

「朝じゃぞお主ら。早く起きい!」

 

卓弥がベルを片手に持ち、チリンチリン!とベルの音を響かせながら声を張り上げる。

それを待っていたかのように次々と扉が開き、子供達がわらわらと出てくる。

 

「にいちゃんおはよう!」

「おはよう」

「おはようお兄ちゃん!」

「うむ、おはよう」

「おはよーにいに」

「おはよう。早く食堂に行きな」

 

子供達1人1人が卓弥に挨拶をする。

孤児院では卓弥は人気者で、年下の子供達はみんな卓弥のことを『兄』と呼び慕っている。

すると、たくさん開いていた扉の中で唯一開いていなかった扉がゆっくりと開き、中から黒髪の12歳ほどの少女が出てきた。

 

「……おはよう。兄さん」

「おはよう絶。相変わらず朝に弱いのう」

 

少女の名は『終利絶(おわり ぜつ)』。

子供達の中でも年長者の少女。

頭には『へ』の形の角のような飾りが2つ付いたカチューシャを付けており、胸元には黄色い菱形の形をした結晶体のネックレスが輝いている。

彼女は普通の人は持たない、一兆度にも迫る炎を出したり、瞬間移動ができるといった【異能】を持ち、それが原因かどうかはわからないが、孤児院の前に捨てられていたところを拾われたという過去がある。

その為、孤児院でも大人はもちろん子供達にも怯え孤立することが多かった。

卓弥と初めて会った時も、卓弥に怯えまともに会話ができなかったが、卓弥が歩み寄って話をしたことにより、今では卓弥に1番懐いている子供達の1人である。

そして、卓弥と話をしたことで自信を持ち、今では孤立することなく子供達と一緒に遊ぶことが多くなっていた。

卓弥はそんな絶と一緒に食堂に向かう。

 

 

「あ!天喰くんやっときたね!絶ちゃんもおはよう!」

「おはよう……」

「………じゃないんじゃが?すごくナチュラルにおるが、なんでおるんじゃ白崎」

 

卓弥達が食堂に着くと、香織が真っ白なエプロンをつけて、ホテルのバイキングで見るような大きな皿を持って、子供達が座るテーブルに置いては、キッチンに行き新しい大きな皿を持ってテーブルに置いていた。

香織は早朝からよく孤児院の手伝いに来ており、朝食もたまに香織が手伝っていることもあるらしい。

 

「香織ちゃんには私が連絡したのよ。ちょっと手伝って欲しいことがあるからね」

「……そうじゃったか。それはそうと、おはよう母」

「ええ、おはよう。毎朝悪いわね」

「構わんよ。やりたくてやっとるだけじゃからな」

 

香織のことを説明しながらキッチンから出て、エプロンや頭巾を外しながら卓弥に近づいてくる女性が、卓弥が『母』と呼び慕う、孤児院の院長夫人『天喰楓(あまじき かえで)』である。

茶色の長髪を指で弄りながら、太陽のような笑顔を浮かべて卓弥に返事をする。

そして、香織も含めた全員が席につき……

 

「……では、いただきます」

『いただきます!!』

 

全員で朝食を取り始める。

子供達は周りの子供達とお喋りをしながら食事を取っていく。

卓弥もしっかりと食事を取りながら、香織が話しかけてくるとその話にも対応していた………

 

 

 

朝食を食べ終わった後、卓弥は楓に話しかける。

 

「ところで母。父はどうしたのじゃ?」

「ああ、お父さんは昨日夜遅くまでゲームのバグ潰しをしてたらしいから今日は昼過ぎまで起きないらしいわよ。なんでも「明日提出の予定なのに今日になって『ヒロインとモブおじさんの入れ替わりバグ』が見つかった」とかなんとか……」

「それは、大変じゃったな……」

 

卓弥が『父』と呼ぶのはこの孤児院の院長『天喰鋼慈郎(あまじき こうじろう)』。

院長という偉い立場のはずなのだが、とても楽観的で威厳のない性格をしている。

しかし、そんな人でも日本どころか世界でも有名なゲームを制作している人物で、ゲーム会社では『鋼さん』の愛称で呼ばれている。

 

そんな話をしていると……

 

「あ!兄ちゃん!」

「おにーちゃん!」

「ん?ああ遠呂智。鋏。今日も元気じゃな」

「「うん!」」

 

遠くから走ってくる2人の子供がきた。

1人は『天遠呂智(あめの おろち)』。

青髪に赤のメッシュが入った男の子。

孤児院の誰よりも大食いで、放っておくと建物の柱やコンクリートも食べようとしてしまうのでこの孤児院に捨てられてしまったらしい。

今では皆んなで彼がいろんなものを食べてしまわないように見張っている。

そんな彼の今日の見張り役は一緒に走ってきた少女『蠱毒鋏(こどく はさみ)』のようだ。

鋏はかつて存在したとされる殺人鬼の末裔の少女らしい。

鋏の両親は、裏社会において『名を出してはいけない』と言われるほど恐れられている暗殺者で、いつも任務で家を開けてしまうから、その間この孤児院で預かっているのだ。

鋏の両親もたまにこの孤児院に来て、鋏や他の子供達と一緒に遊んでくれている。

……ちなみに鋏がよく使うのは名前の通りハサミで、今ではハサミを投擲して当てると()()()()()()()()()()()()()でも真っ二つに割ってしまうぐらいの戦闘力を持っている。

 

「兄ちゃん!お腹すいたー」

「さっき食ったばかりじゃろが。昼まで我慢せい」

「ぶー」

「おにーちゃん!さっき()()()()()()()()()()()()()()()がみんなに近づいてたから()()()()()にしておいたよ!」

「そうかそうか……ってなんでそれなんでもないみたいに言った!?今すぐ案内せい!!母、我今から行ってくる!!」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

そして卓弥は2人を連れて走り去ってしまった……

そんな卓弥を見て楓は……

 

「……卓弥。たとえあなたがどんな過去を持っていようが、何をしようが……私たちは貴方を信じてるから」

 

そう、誰にも聞かれないぐらい小さな声でそう言ったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓から月の灯が差し込む寝室で、楓は軽い呻き声と共に目が覚めた。

それに釣られ、鋼慈郎も目が覚める。

 

「……はぁ………」

「………また、卓弥のことか?」

「……ええ。あの時、いつまでも続くと思ってた幸せな時の夢だったわ………」

 

そう言いながら泣きそうになる楓に鋼慈郎はそっと寄り添う。

 

「大丈夫だ。あいつは強い子だ。それに正義(まさよし)も頑張って行方を探してる。きっと無事に帰ってくるさ」

 

正義とは、昔孤児院で生活しており、今では自立し刑事をしている『工藤正義(くどう まさよし)』のことだ。

卓弥達が姿を消した事件は、今や『現代に起きたメアリー・セレスト号事件』として日本のみならず、海外などあらゆるニュース番組で取り上げられるほど有名な事件になった。

警察も正義を筆頭に必死に捜査をしているが、なにも出てこない。

しかし、正義も、鋼慈郎も、そして楓も信じている。

卓弥は無事だと。

いつか必ず帰ってくると。

 

「……そうね。そうよね」

 

クラスメイト達と突然姿を消してしまった、孤児院の子供達の中で唯一自分達と同じ苗字をつけた息子(卓弥)

いつも明るかった孤児院の空気は、卓弥も想像がつかないほど冷え切った、寒々しい雰囲気に覆われていた………

 

 

 

 

 

同じ頃、拷問(特訓)をこなすうちにバッタリと倒れたルチアとアレーティアを連れて2人をベッドに寝かせていた卓弥は、不意にその動作を止めた。

 

「……どうしたんですか、ご主人様?」

「………いや何、少し思い出しただけじゃよ。孤児院でのことを………まさかここまでクるものだったとはな………」

 

そう言いながら、2人を寝かせたベッドの近くにある椅子に腰掛け自嘲気味に笑う卓弥。

今すぐ立ち上がって慰めてあげたいが、拷問(特訓)のせいで体が碌に動かないので、アレーティアは芋虫の様な動きで近づけるだけ卓弥に近づく。

 

「……大丈夫。私たち全員が一緒ならなんだってできる。世界を越えることも。神を殺すことも。……だから、頑張ろ?」

「………そんな芋虫みたいな格好で言われてもカッコがつかんぞ?」

「……むう」

 

真面目に言ったのにそんなふうに卓弥にあしらわれてアレーティアは『不満です!』と言わんばかりに頬を膨らませる。

しかし、そのアレーティアの言葉で卓弥はいつもの不敵な笑みを浮かべる。

 

「……そうじゃな。神を殺し、世界を越え、帰ろう。全員でな」

 

その決意の言葉を聞いて、ルチアも、アレーティアも笑みを浮かべる。

そんな時、不意に卓弥の頭にイメージが浮かぶ。

みんなで悲しむ子供達と両親の姿だった。

今の今まで悲しんでいたのに、卓弥が決意を口にした瞬間、その声が聞こえたかの様に顔を上げる。

幻視した孤児院のみんなの顔は、最後に少しだけ、記憶通りの笑みを浮かべて頷いた様に見えた………




番外編、完!
いかがだったでしょうか?
卓弥の親の楓と鋼慈郎は原作でのハジメの両親をモチーフに書いてみました。
今回書いた孤児院のみんなの出番は、恐らく最終回やその後の特別編まで出番はもうないと思います。
完結後の特別編で彼らをもう一度書くのを楽しみにして、これからも投稿頑張ります。
さて、そろそろ第二章に入りたいと思うので、これからもどうぞ『ありふれない捕食者は世界最強』をよろしくお願いします。


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第2章 ウサギと樹海と峡谷と
大峡谷のウサギさん


第2章、スタート!!
というわけで、ギアスです。
第2章の始まりとなる第十九話を始めたいと思います。
人型兵器として生まれた最強の捕食者『天喰卓弥』。
『解放者』の意思を継ぐ希代の錬成師『ルチア・オルクス』。
神に狙われ、300年も封印されていた吸血姫『アレーティア』。
3人は神殺しと日本に帰ること、そして神の捕食(卓弥の我儘)を目的に、旅に出る。
というわけで、今回は原作での第2ヒロインであるあのウサギさんの登場です。
それでは、第十九話を、どうぞ。


僅かな光もない暗闇に包まれた洞窟の中。

小さな虫の這いずる音すらも感じられないひっそりとしたその空間は、人の手が入っている様には見えない、凸凹とした極めて自然的、だが、自然的でありながら出入り口が存在しない閉ざされた空間であると言う極めて不自然な空間だった。

自然的であろうが偶発的であろうが、地中にエアポケットが出来るのはあり得ない話ではないが、今回のこれが不自然であるというのは、洞窟の中央の地面に刻まれた、複雑にして精緻な、円陣に囲われた幾何学模様……魔法陣が知らしめていた。

現代の魔法に携わる者が、この直径3メートルほどの魔法陣を見たのなら、驚愕に目を剝くか、場合によっては卒倒するだろう。

国宝としても扱われそうなほど壮麗だが、埃に塗れて薄汚れ、なんとも物悲しげな雰囲気を漂わせている魔法陣だが、突然変化が現れる。

魔法陣が刻まれた溝に沿って、僅かに虹色の光が走り始める。

初めは蛍火のように儚く仄かに、そして次第に強く輝きを増していく。

そして、光が爆ぜる。

鮮やかな虹色の魔法陣を燦然と輝かせ、洞窟の闇を薙ぎ払っていく。

神秘的というべき壮麗な光景。

この場に立ち会う者がいたなら、きっと超常的存在の顕現をイメージし、その身を震わせ瞠目するだろう。

やがて光が宙に溶け込むように霧散していき、魔法陣に人影が3つ見え始めた時、木霊したのは……

 

「ここは、隠し通路かいな?」

 

老人を思わせる口調をした男の声だった。

完全に光が収まり暗闇に戻った洞窟内で、キョロキョロと周囲を見渡しているのは、異世界【地球】からの来訪者にして、全世界で最強の"捕食者"であろう男『天喰卓弥』だった。

全100階層からなるとされている【オルクス大迷宮】の更に100階層も下にある最深部、大迷宮の創始者にして、この世界【トータス】で信仰されている神に反逆する者"解放者"オスカー・オルクスの隠れ家から、地上に出られるはずの魔法陣で転移してきたのだ。

 

「まあ、ですよね。隠れ家なのに隠してないなんて、そんなことあるわけないですよね」

「……ん……隠すのが普通」

 

そう話す2人の少女。

片方は、"解放者"オスカー・オルクスがとった最初で最後の弟子とされる『ルース・オルクス』の子孫であり、天才美少女錬成師である『ルチア・オルクス』。

もう片方は、少し前まで奈落で封印されていたところを2人に助けられ、自分が封印される直接的な原因になった神に復讐を誓っている吸血鬼のお姫様『アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティオ・アヴァタール』だ。

 

周囲には緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、3人は暗闇を問題としないので、道なりに進むことにした。

途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。

一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。

外の、陽の光だ。

卓弥とルチアはこの数ヶ月、アレーティアに至っては300年間、求めてやまなかった光。

3人は、それを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。

それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。

 

近づくにつれ徐々に大きくなる光。

外から風も吹き込んでくる。

奈落のような澱んだ空気ではない。

ずっと清涼で新鮮な風だ。

卓弥は、ヴァルマキアでも何度か"空気が旨い"という感覚を感じてきたが、今回のものは、なぜか初めて感じた時と同じぐらい"空気が旨い"と感じた。

 

そして、3人は同時に光に飛び込み……待望の地上へ出た。

 

地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場。

断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。

深さの平均は1・2km。

幅は900mから8km。

西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。

 

【ライセン大峡谷】と。

 

卓弥達は、その【ライセン大峡谷】の谷底にある洞窟の入口にいた。

地の底とはいえ頭上の太陽は燦々さんさんと暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。

たとえどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。

呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたルチアとアレーティアの表情が次第に笑みを作る。

無表情がデフォルトのアレーティアでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいて、卓弥も薄く笑みを浮かべている。

 

「……戻って…来たんです……よね?」

「……んっ」

 

ルチアとアレーティアは、ようやく実感が湧いたのか、太陽から視線を逸らすとお互い見つめ合い、そして思いっきり抱きしめ合った。

 

「いよっっっしゃあぁぁぁぁぁ!!戻ってきたぁぁぁ!世界よ!!私は帰ってきたぞぉぉぉぉぉ!!」

「んっーー!!」

「……ここは【ライセン大峡谷】か?なんとも厄介な場所に出たのぉ……まあ、脱出できたことに変わりはないか……」

 

小柄なアレーティアを抱きしめたまま、ルチアはくるくると廻る。

しばらくの間、人々が地獄と呼ぶ場所には似つかわしくない笑い声が響き渡っていた。

途中、地面の出っ張りに躓つまずき転到するも、そんな失敗でさえ無性に可笑しく、2人してケラケラ、クスクスと笑い合う。

卓弥はそんな2人を微笑ましそうに見つめながら周囲を見渡す。

 

ようやく二人の笑いが収まった頃には、すっかり……

魔物に囲まれていた。

魔物達の唸り声が四方八方から響く中、卓弥は周囲を警戒しながら2人に話しかける。

 

「……さてと、確かここは、魔法が使えない場所だと記憶しているが?」

 

日本に帰る方法を探して、本を読み漁ったり座学に励んでいた卓弥は、【ライセン大峡谷】最大の特徴をしっかり記憶していた。

 

「……分解される。でも力づくでいく」

 

【ライセン大峡谷】で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。

もちろん、アレーティアの魔法も例外ではない。

しかし、アレーティアはかつて世界最強の一角として周知されていた吸血姫であり、内包魔力は最高位である上、奈落での拷問(特訓)で魔法効率を昔以上に効率化しているので今まで以上に強力かつ沢山の魔法を放てる。

おまけに、今は外付け魔力タンクである"魔晶石シリーズ"を所持している。

つまり、大峡谷の特性を以てしても瞬時に分解されないほどの大威力を以て魔法を放ち、殲滅してしまえばいいというわけだ。

ふんすっと鼻息も荒く、いかにも脳筋な発想を口にするアレーティアに、卓弥はジト目を向けながら尋ねる。

 

「力ずく……効率はどうなんじゃ?」

「……ん……十倍くらい」

 

どうやら、初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要らしい。

射程も相当短くなるようだ。

 

「……アレーティア、後方待機。身を守ることだけを考えよ。ルチア、我と一緒に殲滅。10発までなら発砲して良い」

「ラジャです!」

「うっ……でも」

「適材適所じゃ。ここは魔法使いにとっては鬼門じゃろ?任せよ」

「ん……わかった」

 

アレーティアが渋々といった感じで引き下がる。

せっかく地上に出たのに、最初の戦いで戦力外とは納得し難いのだろう。

少し矜持が傷ついたようだ。唇を尖らせて拗ねている。

そんなアレーティアの様子に苦笑いしながらルチアはおもむろに双黒銃を発砲した。

相手の方を見もせずに、ごくごく自然な動作でスっと銃口を魔物の1体に向けると、これまた自然に引き金を引いたのだ。

 

あまりに自然すぎて攻撃をされると気がつけなかったようで、取り囲んでいた魔物の1体が何の抵抗もできずに、その頭部を爆散させ死に至った。

辺りに銃声の余韻だけが残り、魔物達は何が起こったのかわからないというように凍り付いている。

 

「……ん〜なるほど。確かに十倍近い魔力を使えば、ここでも"纏雷"は使えますね。」

「じゃな。最も、無限の魔力を持つ我なら、魔法を撃つとき『ちょっと面倒』程度でしかないのじゃがな」

 

未だ凍りつく魔物達に、2人は背中合わせになり魔物達に視線を向ける。

 

「さて、地上の魔物がどれぐらいか……試させてもらおうか?」

「さあ皆さん。あと9発分の的と私のサンドバッグの代わりになってくださいな♪」

 

卓弥は獣を思わせる前傾姿勢をとり、ルチアは左腕を前に伸ばし、右手が顔の横に来るような構え……ガン=カタの構えをとる。

そして、戦闘態勢を整えた2人から、猛烈な殺気が溢れ出る。

そんな2人の眼には……『全てを殺し、喰らい尽くす』……そんな捕食者の目をしていた。

敵としてではなく、餌としてみる眼。

そんな眼で見られていると気づいた周囲の魔物達は、気がつけば一歩後退っていた。

本能で感じたのだろう。

自分達が敵対してはいけない"化け物"を相手にしてしまったことを。

常人なら其処にいるだけで意識を失いそうな凄絶なプレッシャーが辺り一帯を覆う中、遂に魔物の1体が緊張感に耐え切れず咆哮を上げながら飛び出した。

 

「ガァアアアア!!」

 

ザシュッ!

 

しかし、ほぼ同時に卓弥が前に飛び出し、刃物のような爪を魔物の首に振り下ろし、死んだことすら認識させずに首を切断する。

飛び出した勢いのまま魔物の骸はズザザザと力なく地面を滑る。

そんな仲間の末路を見た魔物達は全員卓弥に恐怖の感情を抱くが、それでも前列にいた3体の魔物がその恐怖を押し殺し、背中を見せた卓弥に跳びかかる。

 

ドパンッ!

 

……もっとも、響き渡った1()()()の銃声と共に走った()()()()()が、避けるどころか反応すら許さずに3体の魔物の頭部を吹き飛ばしたが。

ルチアは、新たに体得した技術"神速撃ち(クイックドロウ)"により、ルチアは1発分の銃声が響く間に片手で6発、合計で12発の弾丸を瞬時に撃ち出すことができる。

よほど反応速度が速い存在でなければ、ルチアの弾丸を回避するなど不可能だ。

そこから先は、もはや戦いではなく蹂躙。

魔物達は、ただの1体すら逃げることも叶わず、卓弥に引き裂かれ、ルチアの弾丸に貫かれ、双黒銃で切り刻まれる。

魔物達は、まるでそうあることが当然の如く骸を晒していく。

戦い始める前はうるさいほど響いていた魔物の雄叫びも、今となっては殆ど無くなっていた。

辺り一面が魔物達の屍で埋め尽くされるのに3分もかからなかった。

戦闘態勢を解いた卓弥は、それでも周りに敵はいないかと視線をキョロキョロと見渡す。

それを尻目に双黒銃をしまうルチア。

しかし、彼女は首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見ていた。

その傍に、トコトコとアレーティアが寄って来る。

 

「……ルチア。どうしたの?」

「いや、え〜と……ライセン大峡谷の魔物と言えば相当凶悪って話でしたから、あまりに拍子抜けで………」

「あのなぁ、奈落の魔物と地上の魔物を比較しても、比較対象が悪すぎるわ。第一、地上の魔物が奈落の魔物と同等の力なら、我らみたいな実力者はともかく、他の人間は瞬く間に蹂躙されておるわ」

「あぁ、そうですね。……まあ、取り敢えず私達も強くなったってことでいいですよね!」

 

そう言ってルチアは肩を竦める。

そして卓弥は、魔物の素材が何かに使えないかと殺した魔物達の剥ぎ取りをはじめ、2人はそれのサポートをした。

やがて、全ての魔物の骸が骨だけになり、ルチアが持っていた"宝物庫"に素材をぶち込んだ頃、3人は話し合いをしていた。

 

「さてと、この絶壁、登ろうと思えば登れるじゃろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所じゃ。せっかくじゃし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

「……なぜ、樹海側?」

「峡谷抜けて、準備もなしに砂漠横断はキツいものがあるじゃろ?樹海側なら街も近そうじゃし、なくても野宿しやすい」

「……確かに」

「それじゃあ、それでいきましょうか」

 

卓弥の提案に、2人も頷いた。

魔物の弱さから考えても、この峡谷自体が迷宮というわけではなさそうだ。

ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。

今の自分たちならば絶壁を超えることは可能だろうが、どちらにしろ【ライセン大峡谷】は探索の必要があったので、特に反対する理由もない。

ルチアは、右手の中指にはまっている"宝物庫"に魔力を注ぎ、魔力駆動二輪を取り出す。

メイド服を着ているにも関わらず颯爽と乗り込み、その後ろにアレーティアが横乗りしてルチアの腰にしがみついた。

そして魔力を流し込み、魔力駆動二輪を発進させた。

……卓弥?

普通に魔力駆動二輪と並走してますが何か?

 

 

【ライセン大峡谷】は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。

そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。

迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。

車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので、普通ならオフロード仕様でもないと辛い谷底の道も実に軽快な道のりになっている。

 

「ふぁ〜!風が気持ち良いですね〜」

「……ん。すごく」

 

バイクに乗る2人はそんなふうに魔力駆動二輪で風を切る感覚や、太陽の光や土の匂い混じりの空気を満喫していた。

そしてそんな2人を見ながら、卓弥はフッと笑みを浮かべていた。

……しかし、そんな風に気配を隠す気もなく進んでいく3人を襲おうとする魔物は1体もいなかった。

それもそのはず。

先程の蹂躙でこの辺りの魔物の実力を見極めた卓弥が周囲に殺気を放ち、魔物達を追い払っていたのだ。

 

しばらく魔力駆動二輪を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。

中々の威圧感である。

少なくとも先程相対した谷底の魔物や、卓弥が感じ取っていた魔物達とは一線を画す存在のようだ。

もう30秒もしない内に会敵するだろう。

魔力駆動二輪を走らせて、大きくカーブした崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。

かつて奈落で見たティラノモドキに似ているが、それとは異なり頭が2つある。

双頭のティラノサウルスモドキだ。

だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

思わぬ人物の登場に、ルチアは魔力駆動二輪を止め、卓弥も立ち止まる。

 

「……あれは何じゃ?」

「……兎人族?」

「なんでこんなところに?兎人族が谷底を住処にしてるなんて聞いたことありませんよ?」

「……犯罪者として落とされた?悪ウサギ?」

「いやいや、そんな古臭いこと今時やりますかねぇ……?」

『……悪ウサギ、か……』

 

卓弥は今なおこちら向かって逃走してきている兎人族の少女を観察する。

 

『仮にそうだとすると、同族との縁は既に切れてると見て良い……つまりあの兎人族に"あのお願い"をしても、他の亜人や同族が絡んでくる可能性も低い見て良いか………?』

 

そんなふうに考え込んでいると、どうやらウサミミ少女が3人を発見したらしい。

双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のまま卓弥達を凝視している。

そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。……卓弥達の方へ。

それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊し卓弥達に届く。

 

「みづけだぁ!!やっとみづけましだよぉ〜!だずげでぐだざ~い!ひぃいいい、死んじゃう!死んじゃうよぉ!だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

滂沱の涙を流し、顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。

そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。

このままでは、卓弥達の下にたどり着く前にウサミミ少女は喰われてしまうだろう。

 

「……"やっとみつけた"?どういうことでしょうか?私たちあの兎人族とは初対面な筈ですよね?」

「……ん。その筈」

「まあ、直接聞き出せばよかろう。お主らはひとまずここに居れ」

 

そう言いながら、卓弥は両足に力を込めながら曲げ、そのまま跳躍し、一瞬でウサミミ少女の近くに行く。

双頭ティラノが逃げるウサミミ少女の向かう先に、跳んできた卓弥を見つけ、殺意と共に咆哮を上げた。

 

「「グゥルァアアアア!!」」

「ちと黙れ」

 

双頭ティラノの咆哮に顔を顰めながら、卓弥は右腕をバリスタのような形に変形させる。

それとほぼ同じタイミングで、双頭ティラノがウサミミ少女に追いつき、片方の頭がガパッと顎門を開く。

ウサミミ少女はその気配にチラリと後ろを見て目前に鋭い無数の牙が迫っているのを認識し、『ああ、ここで終わりなのかな……』とその瞳に絶望を写した。

 

が、次の瞬間、

 

「"爪弾"」

 

ビュガッ!!

 

弓矢にも似た風を切る音が峡谷に響き渡り、恐怖にピンと立った二本のウサミミの間を1本の"(爪弾)"が通り抜けた。

そして、目前に迫っていた双頭ティラノの口内を突き破り後頭部を粉砕しながら貫通した。

力を失った片方の頭が地面に激突、慣性の法則に従い地を滑る。

双頭ティラノはバランスを崩して地響きを立てながらその場にひっくり返った。

その衝撃で、ウサミミ少女は再び吹き飛ぶ。

狙いすましたように卓弥の下へ。

 

「きゃぁああああー!た、助けてくださ~い!」

 

卓弥に向かって手を伸ばすウサミミ少女。

その格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。

卓弥はそんなウサミミ少女の状態も気にせず受け止め、その勢いのまま双頭ティラノに、バリスタのような形から長い爪を生やした状態にした右腕を振り下ろす。

その攻撃を受けた双頭ティラノは、3本の線が走り、正面から縦に4等分され、肉のスライスになりながら絶命した。

そして卓弥はウサミミ少女を脇に抱えながら着地し、ルチアとアレーティアが魔力駆動二輪に乗って近くに来た。

 

「ご主人様〜?その子は大丈夫でしたか?」

「ああ、問題ないはずじゃ。大丈夫か?意識はあるか?」

「う、うぅ〜。た、助かりましたぁ〜。あのまま私モシャモシャ食べられるのかと…ってあぁああ!!は、早く!早く逃げないとダイヘドアに食べられちゃいますぅ〜!!」

 

3人はそんなふうに騒ぐウサミミ少女を観察する。

白髪碧眼のかなり整った容姿をした美少女である。

今現在は涙や鼻水、土埃で汚れているものの、並みの男なら、例え汚れていても堕ちたかもしれない。

 

「……ダイヘドアがあの2つ首のことなら、今あそこで死に晒しとるぞ?」

 

ウサミミ少女は、卓弥のその言葉に思わず「へっ?」と間抜けな声を出し、おそるおそるの脇の下から顔を出してティラノ…"ダイヘドア"の末路を確認する。

 

「し、死んでます…ダイヘドアをこんなあっさり…」

 

ウサミミ少女は驚愕も顕に目を見開いている。

呆然としたままダイヘドアの死骸を見つめ硬直しているウサミミ少女。

そして卓弥は少女を下ろしながら思考する。

 

『とりあえず、これで恩は売れた筈。早速交渉に  

 

そう思いながら少女に話しかけようとした卓弥。

しかし、開きかけたその口は……

 

「助けて頂きありがとうございました!私は兎人族ハウリアの1人、シアといいます!取り敢えず、私の仲間も助けてください!ものすっごくお願いしますっ」

 

直後に続いた中々に図々しい言葉を聞いてすぐに閉じた。

罪人ならば仲間は居ない筈。

つまり仲間、と言う単語が出た時点で卓弥の目論見は外れ、面倒な事になりそうな流れが出来ていた。




第十九話、完!
いかがでしたでしょうか?
ようやく原作での第二のヒロイン、シアを出すことができました。
今回の彼女は、とある漫画の特殊な体技をモチーフにした体技を使えるよう強化を施します。
何がモチーフかは、みなさん想像してみてください。
それと、今回も遅れて申し訳ありません。
正直、これからの投稿頻度もこんな感じかもしれません。
それでも良いという人は、これからも根気良くこの作品に付き合ってくださると嬉しいです。


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シアの事情

ハーメルンよ、私は帰ってキタァァァァァ!!!
……ギアスです。
第二十話を始めたいと思います。
ついに地上にでた卓弥たち。
そこで魔物に追われる兎人族の少女『シア・ハウリア』と出会う。
これから向かうハルツィナ樹海の案内に役立つと思い卓弥は彼女を助けたが、彼女は一筋縄ではいかない事情を抱えているようで……?
それでは、第二十話を、どうぞ。


【ハルツィナ樹海】を探索する上での問題、それは樹海は亜人の協力が無ければ迷う事確実の天然の迷宮だという事。

【ハルツィナ樹海】には常に濃霧が充満しており、亜人族以外では感覚が狂わされてしまい、必ず迷ってしまうのだ。

その為、樹海を探索する冒険者の殆どは亜人の奴隷を連れている。

その為、亜人はその立場から人間に対してあまり良い感情を持っておらず、原住民の亜人に協力を仰ぐのは無理だろうし、仮に誰かに対して個人的に協力を取り付けることが出来ても、他の亜人達が黙っておらず、余計なトラブルを招く可能性があった。

そんな中、罪人として同族からも切り離された、言ってしまえば孤立している亜人ならばそのトラブルのリスクは低くなる、それが卓弥の考えだった。

だったのだが……

 

「私の家族も助けて下さい!」

 

命を救われたお礼もそこそこに更に家族も助けて欲しいとお願いしてくるシアと言う少女。

その言葉を聞き、卓弥は……

 

「暫し待たれよ」

 

そう言ってルチアとアレーティアに向き合い円陣を組む。

そして念の為"念話"を使って相談を始めた。

そんな3人を見て、シアは「あれぇ?」と言った感じで呆然とする。

そんなシアを無視し、3人の相談は続く。

 

『あのーご主人様?これ、どうするんですか?思いっきり面倒事ですよね?』

『すまん。まさか普通に同族内で生活してるとは思わなかったんじゃ』

『……取り敢えず、話聞く?』

『ですねぇ。思いっきり関わっちゃいましたし、このままハイ、サヨナラって訳にもいきませんからね。何かあったら、ご主人様に責任を取ってもらいますからね?』

『……了解(ラジャー)

 

と、念話での会話を終了して3人はシアの方に向き直る。

 

「……取り敢えず、事情を聞きたい。話せることは全て話せ」

「は、はい……」

 

シアが事情を話し始める。

 

シアが語った話を要約するとこうだ。

 

シア達、ハウリアと名乗る兎人族の一部族たちは【ハルツィナ樹海】にて百数十人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。

兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べれば身体的スペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。

性格は総じて温厚で争いを嫌い、1つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。

また、総じて容姿に優れており、エルフのような美しさとは異なる可愛らしさがあるので、女性の兎人族は帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品になるらしい。

 

そんなある日、ハウリア族に異常な女の子が生まれた。

基本兎人族は濃紺の髪をしているのだが、その女の子は青みかかった白髪をしていた。

しかも、亜人族にはないはずの魔力まで有しており、直接魔力を操る術と、とある固有魔法まで使えたのだ。

 

当然、一族は大いに困惑した。

兎人族として、否、亜人族として有り得ない子が生まれたのだから当然だ。

魔物と同じ力を持つヒトは、普通なら迫害の対象となったであろう。

しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。

百数十人を1つの家族と称する種族。

故に、そんな彼らは女の子を……シアを見捨てるという選択肢を持たなかった。

しかし、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】にシアの存在がバレれば間違いなく処刑される。

フェアベルゲンは魔物や魔物と同等の存在、そして自分達を差別する人間には強い敵害心を持っており、樹海にそうした者達が居れば即処刑するのが掟。

故に、フェアベルゲンにシアの存在が悟られぬよう、16年もの間ひっそりと育ててきた。

しかし、先日とうとうシアの存在がばれてしまった。

その為、フェアベルゲンに捕まる前に兎人族は一族総出で脱走。

 

最初は帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされる可能性の少ない北の山脈を目指したが、樹海を出てすぐに運悪く帝国兵の一団と遭遇し見つかってしまう。

辛うじて逃げ切る事は出来たが、その過程で半数以上の仲間が捕らわれてしまった。

全滅を避けるために必死に逃げ続け、【ライセン大峡谷】に辿り着いた彼らは、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。

魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追っては来ないだろうという考えのもと、ほとぼりが冷めて帝国兵がいなくなるまで待とうとした。

しかし、予測に反して帝国兵が撤退することはなく、峡谷の出入り口である、東西それぞれの端にある崖をそのまま削り出したかの様な階段の前に帝国兵が陣取ってしまった。

商品として需要があるハウリア族を集団で見つけたのだ。

これを見過ごす手は無いし、態々追撃しなくても、そのうち魔物に追われて、こちらに逃げてくるだろうと踏んだのだろう。

そうこうしているうちに、峡谷から魔物が襲来。

もう無理だと帝国に投降しようと考えても、魔物が彼らを逃さない様に回り込んでしまい、ハウリア族は峡谷の奥へ逃げるしか選択肢がなくなってしまった。

そうやって、追い立てられるかのように峡谷を逃げ惑い……

 

「……気がつけば、60人はいた家族も、今は40人程しかいません。このままでは全滅です。どうか、どうかお願いです!助けて下さい!」

 

先ほどまでのハイテンションとはうって変わり、シアは悲痛な表情でこちらに懇願している。

シアの話を聞き、卓弥は考え込む。

正直これはリスクが大きい。

この頼みを受ける以上、確実に峡谷入り口に陣取る帝国軍と衝突する事になる。

必要ならば敵対する事もやむなしだが、好き好んでそれを背負い込む必要は無い。

だが、しかし………

 

「……どうする?個人的には、我はこの頼みを受けたいのじゃが?」

 

卓弥はシアを見て、かつて一緒に暮らしていた兄弟(エニーズ)達を連想した。

ここで彼女達を見捨てる事は、卓弥は兄弟達を見捨てることと同じだと思ってしまった。

故に、このまま見捨てると言う選択肢が、卓弥の内に浮かんでこなかったのだ。

それを聞いた2人は……

 

「……連れて行こう」

「そうですね、こうして関わっちゃった以上、このままさようならって訳には行きませんしね」

 

そう言って2人も賛成の意を示す。

 

「……案内に丁度良い。タクヤもそのつもりだったでしょ?」

「ですね。そこまでして1人の仲間を助けようとする一族に恩を売れば、何か良いことがあるかもしれないですしね。」

 

その言葉を聞き、卓弥は2人に向かって微笑み、答えを出した。

 

「……良いじゃろう。その頼み承った。」

「ほ、ほんとですかっ!?」

「無論、無償というわけではない。キチンと報酬をもら……なぜいきなり自分の胸を隠す?」

 

卓弥の言葉に顔を輝かせたシアだっただが、その後に続く言葉の途中で胸を隠す様に自分を抱き締めている。

 

「だ、だって報酬って……やっぱあれですよね?私に奴隷になれって事ですよね……い、いえ!!この際、背に腹は変えられません!例え、この身が穢れてもそれでみんなが助かるのであれば、あぶぅ!?」

「人の話は最後まで聞け」

 

卓弥が呆れ気味に彼女の発言を中断する様にその顔に軽くビンタする。

 

「ぶ、ぶたれた……父さんにもぶたれた事無いのにぃ……」

「何故そのネタを知っとるんじゃ……我らは目的があって樹海を探索するつもりだったんじゃ。助ける報酬として、お主らハウリア族に樹海の案内を頼みたい……良いか?」

 

そう卓弥が報酬を提示すると、シアはキョトンとした様子で卓弥を見つめていたが  

 

「は、はいっ!大丈夫です、ありがとうございますっ!!」

 

やがて、その顔にパァッと笑顔が咲く。

 

「よーし!話は決まりましたし早速向かいましょう!シアちゃんは私の後ろに乗ってください!」

 

話が纏まると同時に、ルチアが真っ先にバイクに跨り、ユエもそれに続き、ルチアの前のスペースに座る。

 

「あ、あの、宜しくお願いします!そ、それでみなさんのことは何と呼べば……」

「ん?ああ、そう言えば名乗ってなかったか……天喰卓弥じゃ。卓弥と呼べば良い」

「ルチアちゃんです!チルチルちゃんでも可ですよ!」

「……アレーティア。ティアでも良い」

「タクヤさんにルチアさん、そしてティアちゃんですね」

「……さんを付けて。私の方が年上」

「ふぇ!?」

 

アレーティアが実は年上な事を知り、シアが土下座して謝る。

そんなこんなで、一同は他のハウリア族の居る所へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、それじゃあ、皆さんも魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

「うむ、そうなるのぉ」

「ですね」

「……ん」

 

魔力駆動二輪に座り(ルチアが運転し、アレーティアがルチアの前、そしてシアがルチアの後ろに乗っている)、卓弥達のことを質問していたのだが、いきなりシアが涙目になっていた。

 

「どえぇぇ!?いきなりどうしましたシアちゃん!?」

「あ、いえ……一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

 

どうやら魔物と同じ性質や能力を有するということ、この世界で自分があまりに特異な存在であるということに孤独を感じていたようだ。

ここしばらくフェアベルゲンではシアみたいな忌み子は生まれていない。

その所為か、例え家族の皆が良くしてくれても一人になった時など、ふとした時に孤独感を味わうことがあり、ホントの意味で自分と同じ境遇の彼らと出会えた事が嬉しかった様だ。

それを聞いたアレーティアが、ルチアの邪魔にならないように立ち、シアの頭を撫で始める。

 

「ふぇ?」

「……よく頑張りました」

「え、あ、う……ふうぅぅ……!」

 

自分だけが異質だという孤独、その異質さが原因で家族たちすらも巻き込んでしまい、それでもなお大事な家族を守るために行動したシアに、アレーティアは労いの言葉をかける。

それを聞いたシアは、今まで張り詰めていたものが解けたのかポロポロと涙をこぼし始めた。

そんなシアを見て、アレーティアは手のかかる妹を見るような目で笑みを溢していた。

 

「……この状況に水をさして悪いが、シアも固有魔法が使えると言っておったな。どんな魔法なんじゃ?」

 

さっきからずっとルチアの魔力駆動二輪と並走していた卓弥が申し訳なさそうに話を振ると、涙目になっていたシアが卓弥の方を振り返り、目を手で擦りつつ、自分の目を指差しながら話し始めた。

 

「グス……あ、はい。"未来視"といいまして、仮定した未来が見えます。『もしこれを選択したら、その先どうなるか?』みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……今回タクヤさん達に会ったのもこれのお陰でして、貴方達が私達を助けてくれている姿が見えたんです。実際、ちゃんと貴方達に会えて助けられました!」

 

そう言って、シアは卓弥に笑顔を向ける。

それを聞いた卓弥は「そうか」と一度シアから視線を切るが、すぐに「ん?」と怪訝そうな表情をしてシアを見る。

 

「そのような稀有で有用な固有魔法を持っていて、何故バレたのじゃ?危険を察知できるならフェアベルゲンの連中にもバレなかったんじゃないか?」

 

卓弥の指摘に、シアは苦笑いとも、強がりとも、悲しんでいるとも取れるなんとも表現のし難い表情を見せた。

 

「……未来は、一生懸命頑張れば変えられます。少なくとも、私はそう信じています。でも、頑張りが足りなくて、変えられなかった未来も……いつも後になって思うんです。私が本当に変えたいと願った未来が変えられなかったとき、もっともっと頑張っていればよかったのにって……」

 

その言葉を聞いて、ルチアとアレーティアはなんとも言えない表情になる。

未来が見えるとは、いったいどんな気持ちなのだろう。

希望に満ちた未来なら、迎える夜とやって来る朝を指折り数えて心を躍らせていればいい。

だが、見えたものが悲劇なら?

刻一刻と迫るタイムリミットに、心は悲鳴を上げずにいられるだろうか?

鬱陶しいほどのテンションに隠れて見えにくくとも、もしかしたらそんな悲劇を今も上げているのかもしれない。

今までも、幾度となく上げてきたのかもしれない。

この、眼前のウサミミ小z  

 

本当のところは?

「自分で使った場合はしばらく使えなくて、バレた時はちょ~と友人の恋路が気になりまして……ってほわ!?口が勝手に!?」

 

シアに対してジト目を向けていた卓弥は、かつて捕食した『真実や本音を強制的に暴露させるカエル型の魔物』から手に入れた固有魔法"真吐き(まことつき)"の力を使い、シアに本当の理由を暴露させる。

"真吐き"を使われたシアは、自分がいきなり本当のことを喋り出したことに驚き両手で口を塞ぐ。

そして、シアが話したことを聞いてルチアとアレーティアはジト目を向ける。

 

「……いや唯の出歯亀だったんですか。貴重な魔法をそんなくだらないことに使ってピンチにならないでくださいよ」

「うぅ~猛省しておりますぅ~」

「……残念ウサギ」

 

と、ルチアの言葉とアレーティアのトドメの一言にシアがシュンとなる。

 

「……む?」

「っ!今の鳴き声はっ!?」

 

その時、遠くから魔物の咆哮が聞こえてきた。

どうやら相当な数の魔物が騒いでいるようだ。

 

「タクヤさん!もう直ぐ皆がいる場所です!あの魔物の声……ち、近いです!父様達がいる場所に近いです!」

「……ルチア!先に行く。後からついてこい!」

「了解です!」

 

卓弥はさっき以上に走る速度を上げ、すぐに後ろ姿が見えなくなってしまう。

シアはそんな人外の動きを見せた卓弥に呆然としてしまうが、ルチアは気にせず、更にアクセルを踏み込みスピードを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく走っていると、卓弥はついにその現場を見つけることができた。

ウサミミを生やした人影が、岩陰に逃げ込み、岩陰からウサミミだけちょこんと見せた状態で体を縮めている。

その数はおよそ20人。

見えていない部分も考えると、シアが言っていた40人程がここに集まっているのだろう。

そんな、『体隠してウサミミ隠さず』な状態で、怯えながら必死に隠れている兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落でも滅多に見なかった飛行型の6匹の魔物だ。

姿は俗に言うワイバーンという飛竜が最も近い例えだろう。

体調は3〜5m程、鋭い爪に牙、そして、モーニングスターのような、丸く膨らんだ棘の球体を持つ長い尾を持った姿をしている。

次の瞬間、その内の1匹が兎人族達が隠れる岩に向かって急降下し、空中で一回転し遠心力を乗せた尾で岩を殴りつける。

轟音と共に岩が粉砕され、悲鳴と共に兎人族が這い出してきた。

狙い通りと言わんばかりに飛龍……"ハイベリア"は彼らの傍に着地すると、2人の兎人族……ハイベリアの攻撃に腰を抜かし動けない小さな子供と、その子供に覆い被さって守ろうとする男性の兎人族に狙いを定め、2人をまとめて噛み砕かんと顎門を開き、その顔を近づける。

周りの兎人族は、次の瞬間には無惨な肉片となり、ハイベリアたちの餌になってしまうであろう2人の姿を幻視して絶望する。

そして、ハイベリアは後もう少しで2人に喰らいつけるところまで顔を近づけ  

 

バキィ!!

 

  いつの間にか目の前に立っていた卓弥に両顎を掴まれ、顎を上下に引き裂かれて絶命する。

その光景を見て、兎人族達は勿論、上空にいたハイベリア達も驚く。

そんな驚きすら置いてけぼりにして、卓弥は上空にいた1匹のハイベリアに向かって跳躍。

 

ブチィィ!!

 

「ギィヤァァ  

「ふん!」

 

グシャァ!

 

……そのままの勢いで長い尾を力任せに引きちぎり、モーニングスターを思わせる尾を、尾を引きちぎられたハイベリアの頭に向かって振り抜き、ハイベリアの頭を粉々に吹き飛ばす。

振り抜いた尾をもう1体のハイベリアに向かって投げ、胴体を貫通させた後は、いつの間にか変化させていた、巨大な爪を持つ腕をまるで袈裟斬りのように振り下ろして1匹を切断し、もう1匹に近づき、足で頭部を蹴り上げ、首の骨をへし折る。

残った最後の1匹はその状況を見て逃げ出そうとするが、一瞬で翼膜がズタズタにされたと思った時には、卓弥に尾を掴まれ、そのまま力任せに地面に振り下ろされる。

そして地面にぶつけられた際に、全身から何かが砕ける音を響かせながら絶命する。

……峡谷の中でも特に危険な部類に入るハイベリアを、まるで幼子に雑に扱われて壊されるフィギュアの如く、一方的に、そして凄惨に殲滅されてしまった。

それも、目の前にいるたった1人の青年……卓弥によって。

 

「な、何が……」

 

あまりにも現実離れした光景に、状況を把握しきれない兎人族は皆一様に呆然としている。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

 

「「「「「「「「「「シア!?」」」」」」」」」」

 

その時、聞き覚えのある声に兎人族達がその方向に目を向けると、そこには見慣れない乗り物に乗り、こちらに手を振りながら、ピョンピョンと跳ねているシアの姿が映った。

 

「さあ!私と一緒に安全な場所に隠れますよ!あとは頼れる3人に………ってもう終わってるですぅ!?」

「うわぁ、これはまた派手にやりましたねぇご主人様。見渡す限り『見せられないよ!』な光景が広がってますよ」

「……ここまで来ると、敵対する魔物の方が可哀想」

「酷い言い草じゃのう。しっかり魔物からシアの家族を守ったというのに」

 

一方的に殺戮されたハイベリア。

そのハイベリアを殺戮した青年卓弥。

そんな卓弥と親しそうにしているシアと見知らぬ少女2人。

あまりにも連続で訪れた現実離れな光景を前に、兎人族達は、背後に『宇宙空間と猫』を背負った状態で呆然とする。

そんな彼らが正気を取り戻すのはもう少し後の話だ。




第二十話、完!
いかがでしたでしょうか?
正直、ここまで放置していてごめんなさい。
続きを楽しみにしている方には申し訳ありませんが、これからもこれぐらい時間がかかるかもしれません。
それでも良いという方は、どうかこれからもこの作品をお楽しみください。
では、話題を変えて、よくよく考えてみれば今作のメンバーの見た目の言及をそこまでしていなかったので、この場を持って、メンバーの今の見た目のイメージを説明したいと思います。

卓弥→『転生したらスライムだった件』の『リムル・テンペスト』(魔王になった後の黒い服装から首元のモコモコ?をなくした感じ)
ルチア→『東方プロジェクト』の『十六夜咲夜』(ホワイトブリム抜き)
アレーティア→原作通り

この通りでイメージしてくだされば幸いです。
次回は帝国兵との遭遇のところまでは書きたいと思います。


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