SASUKE 逆行伝 (koko22)
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0.最後の忍

 

「ひいじいちゃん、水持ってきたってばよ!」

「ああ、ありがとう」

「他になんか欲しいもんねえの?食べたいのとかは?」

「そうだな……じゃあ、トマトが食べたい」

「またそれ?じいちゃん、ほんとトマト好きだよなぁ。わかった、もって来るってば!」

 

 

 台所へ駆けていく曾孫を見やりつつ、コップになみなみ入った冷たい水を口に含む。 

 乾いたのどがジワリと潤うのを舌で感じながら、サスケはふと耳に届いたテレビの音に意識を傾けた。

 

 

『第四次忍界大戦終戦から今日で百年です。戦没者追悼式典が、戦地となった湯隠れの里で開かれました』

 

 

 テレビの画面に映る、一面の献花。数日前に風邪を拗らせさえしなければ、サスケもまたそこに一輪花を添えていただろう。

 すぐに画面は切り替わって、まっすぐ前を向く各国の里長達が一人ひとり映し出される。そのうちの何人かには見覚えがあり、そこに残る嘗ての面影に目を細めた。

 

 師を初めとし、親友が、妻が、娘が、同期達が。多くの忍がこの世を去り、あの大戦を知る者はもはやサスケを残すのみとなった。

 もうこの木の葉の里さえ、昔の面影は顔岩くらいのもの。外には高層ビルが立ち並び、電車や新幹線がその間をぬうように走っている。

 たとえそれが互いに牽制しあうような表面的なものだとしても、食い物が寝床が、着るものがある。子供が笑えて安心して遊べる。理不尽に殺されることも無い。直接的に戦闘をするのは傀儡兵で、人が命をかけることを当然としない、そんな世界だ。

 少なくともこの火の国は、木の葉の里は、確かに平和といえた。

 

 だが、科学忍術によってもたらされたそれらに、俺は未だに慣れずにいる。

 それはきっと『忍』だからだろう。

 

 

 

平和な世界では、命のやり取りはもうする必要が無い。

平和な世界に、『忍』は、『俺』は、もう必要無い。

 

 

 

「じいちゃん、ごめん!今トマト切らしてるみたいでさ。母ちゃんが今買い物に……っっ!?おい、じいちゃん!どうしたんだってば!?」

 

 

 バタンと開いたドアから覗いた、アイツそっくりな曾孫の焦ったような声。

 どうしたのか聞こうとして、声が出ない事に気がついた。手元も濡れている。きっとコップを落としてしまったのだろう。

 曾孫の手が腰に回され、そのまま横たえられてようやく死期が来たのだと悟った。

 

 

「じいちゃん……母ちゃん、そうだ、母ちゃんにっっ!」

 

 

 オロオロする曾孫の腕を、震えるしわくちゃな手でそっと引き止める。孫嫁を呼ぶ時間はもうない。きっとこいつも別れの時が来たことをわかってるだろう。

 泣きじゃくる曾孫に笑いをこぼし、その金色の髪を隻腕の手でくしゃりと撫ぜた。

 

 

 走馬灯というやつなのか、あたたかな記憶が鮮やかに蘇ってくる。

 

家族との食事───気づかなかっただけで、たくさんの愛情が注がれていた。

第七班での任務───冷えた心に、あのぬくもりが染み渡った。

死んだ兄との邂逅───兄には全てが赦されていた。

親友との和解───前世から続く宿命が終わり、全てから開放された。

 

妻と結婚した日、妊娠を聞いた日。

娘の生まれた日、結婚した日。

孫の生まれた日、結婚した日。

そして、コイツの生まれた日。

 

 

───幸せだった。泣きたいくらいに。

 

 

「な、もう一つ、欲しいものがある」

「っ!何?すぐ持ってくるってば!」

「お前の……笑顔が、見たい」

 

 

 曾孫は一瞬ぐしゃりと歪んだ顔をして。

 そして、アイツそっくりな太陽のような笑顔を見せた。

 

 

「じゃあ、な……ウスラトンカチ」

「………おやすみ、じいちゃん」

 

 

 最後に額を軽く突いて、ゆっくりと瞼を閉じる。

 白い光に包まれて、サスケの意識は途絶えた。

 

 

 

 翌日、大戦の英雄にして最後の忍が息を引き取ったというニュースが世間を大きく賑わせた。

 

 うちはサスケ 享年118歳。

 眠るように亡くなった彼の葬儀には多くの人々が参列した。

 その亡骸には、安らかな、優しい微笑みが浮かんでいたという。

 

 

 こうして一人の男の人生が、終わりを告げた

 

────筈だった。

 

 




ハーメルン初投稿となります。どうぞお手柔らかに。
色々と操作もよくわかってないので、アドバイス等頂けましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m


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うちは地区編
1.再会


 

 

 瞼へ差し込む光に網膜を焼かれ、サスケの意識はゆっくりと浮上した。

 古ぼけた木目のはしる天井。色とりどりなオモチャ箱。質素だが重量感のあるタンスに机。カーテンの隙間から眩いばかりの光が部屋を照らし、腕の中には怪獣のぬいぐるみが抱かれている。

 それら全てにどこか見覚えがあった。

 

 

(俺の、部屋……?)

 

 

 遠くなった記憶を探り、ようやくその答えに思い至る。それこそ百年以上も昔の話だった。

 里抜けする前がその部屋を見た最後。サスケの生家は、和解と共に里に戻った時には、既にペイン六道によって瓦礫の山と化していたからだ。

 

 悲しみと苦しみの象徴にして、憎しみを募らせた場所ではあったが、それ以上に思い出が眠った家だ。

 事前に聞いてはいたものの、実際に見た時の衝撃は大きく心にはポッカリと穴が開いたような心地がしたし、その後旅に出ようと決意した一因でもあった。

 

 このぬいぐるみもその思い出の中の一つだ。フワフワした手触りが懐かしく、強く抱きしめてみれば陽だまりの匂いがした。

 

 うちは一族は数を減らし、俺と同年代の子供はいなかった為、いつも一人で遊んだり、修行をしたりしていた。苦ではなかったが、それが寂しくなかったといえば嘘になる。だから一緒に遊んでくれる兄がアカデミーや任務でいなくなると、大泣きをして困らせていたものだ。

 

 そんな俺を見かねて、兄が三歳の誕生日に買ってくれたのがこのぬいぐるみだった。思えば、俺の最初の友はこいつなのかもしれない。

 あの夜を経て、大好きだったこのぬいぐるみは大嫌いなものに変わったが、それでもどうしても捨てられずに目の届かない所にしまい込んだのを覚えている。

 

 

───それが、何故ここにある?

 

 

 不意にその思考にたどり着き、サスケのぼんやりしていた頭が急激に冴えた。飛び起きたサスケはもう一度部屋を見回したが、目に映る光景は何一つ変わらない。

 

 

(どういうことだ?幻術には掛かっていないようだが……)

 

 

 チャクラの流れに乱れは感じない。だが、そんな感覚があること、そのものがおかしかった。

 

 

『おやすみ、じいちゃん』

 

 

 記憶を辿り、あの笑顔を思い出す。自分の心音が徐々に小さく緩やかになる瞬間を覚えている。

 あの日、俺は死んだ。それは間違いないだろう。

 ここがあの世という線もあったが、今やドクドクと規則正しいリズムを刻む心臓がそれを否定していた。

 

 

「一体何が………!?」

 

 

 耳に入ってきた、鈴を転がすような子供の高い声。

 ハッと口を噤み部屋を見回せど、自身以外には誰もいない。

 

 

───まさか。

 

 

 よぎった考えに、ありえない、と打ち消しながらも、足はゆっくりと前へ進み出ていた。

 どこか期待する心が、そしてそれに裏切られた時の落胆が恐ろしかった。それでも、確かめねばならなかった。

 白いカーテンの裾を掴み、ゴクリと唾を飲み込む。覚悟を決めたサスケは、一気にそれを引き、溢れ出す光に一瞬目を眇め……すぐさまその瞳は驚きに見張られた。

 

 

 通りを歩く、懐かしい顔。

 家々を区切る塀には、傷一つないうちはの家紋が描かれている。連なる屋敷はどこまでも続き、二階の窓からはそれらがよく見えた。

 そして、サスケの動きを止めたのはもう一つ。

 

 

「どうして……」

 

 

 困惑を隠せずにいる、幼き日の”うちはサスケ”が窓ガラスの中にいた。

 

 非現実的とすら言える目の前の光景に、言葉もなく立ち尽くしていたサスケだったが、その時ちょうど目覚まし時計のアラームが鳴り響いて我にかえった。

 まだ半信半疑ながらアラームを止める。チリン、と響いた音が掌から感じられて、そのリアルさにすぐに手を引っ込めた。

 

 失った筈の家が、景色がある。ならば、もしかすると───。

 

 数人の気配を認識すると同時、サスケは寝巻き姿もそのままに部屋を飛び出していた。

 縮んだ背、短い手足、その割に重い頭。慣れない身体のバランスに、若干覚束ない足取りでサスケは駆ける。 

 やけに長く感じた廊下の先から、トン、トン、と規則正しい音が響いてくる。

 

 

───期待しては、だめだ。

 

 

 そう思いながらも体が震えるのを止められなかった。 ギュ、と強くこぶしを握りしめて、一歩踏み出し台所へと入った。

 そこにいた髪の長い女性。料理をする後ろ姿が右に左にと動いている。

 やがて立ち呆けるサスケの気配に気が付いたのか、彼女は料理の手をふと止め振り返る。

 サスケの姿を認めると同時に、にっこりと微笑んだ、その人は。

 

 

「おはようサスケ。あら、今日は随分早いのね。いっつも兄さんに起こしてもらうまで起きてこないのに」

「かあさん……?」

「サスケ?まあ、震えているじゃない!寒い?頭は、痛くない?」

 

 

 心配そうに覗き込んでいるのは、紛れもなくサスケの母、うちはミコトだった。

 額に当てられた掌から、じんわりとしたぬくもりを感じる。とうの昔に失われたはずの温度に、胸がジワジワと温かいもので満たされていく。

 

 

「よかった、熱はないようね……あらあら。どうしたの、サスケ。怖い夢でも見たの?」

 

 

 あやすように軽く背が叩かれ、懐かしい母の腕にますます涙が溢れてくる。

 どのくらいそうしていたのだろうか。やがてグスグス鼻を啜るも、サスケが泣き止みかけた頃。焦ったような声が台所に入ってきた。

 

 

「母さん!サスケが起きたらどこにも……!……よかった、サスケ、ここにいたのか」

 

 

 懐かしい、優しい声に心が震えた。

 記憶よりもやや高いが、間違える筈がない。

 

 

「にい、さ……」

「サスケ?一体どうしたんです、母さん」

「分からないわ、来た時からずっと泣き続けているのよ。きっと悪い夢を見たのね」

 

 

 堪えきれず、再び泣き出したサスケの頭にポン、と大きな手がのせられた。

 顔を上げれば、困ったような、心配そうな兄───うちはイタチが立っていた。

 

 

 失った筈だ。この手で殺めた筈だった。

 

 

「サスケ。大丈夫、大丈夫だ。俺が、絶対に守るから……」

 

 

 その優しい言葉も、今は全て涙に変わっていく。

 この後、茶をすする父フガクを見て、再び泣き出したことは言うまでもない。




サスケさんが涙もろくなっているのは理由があります
①身体年齢に引きずられている
②6歳のサスケと魂が融合 心の一部は子供でもある為

どちらでもお好きな方でお考えください。
両方かもしれないですが(笑)

そういえばサスケって惨劇の夜後も、実家で生活してたんですよね。それ知った時の衝撃たるや……。両親殺された実家に住み、廃墟群となったうちは地区で一人とか……サスケが離れたがらなかったんだろうなぁ……。


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2.兄の背

 

「おやすみなさい、サスケ」

 

 

 扉の隙間から入りこんでいた仄かな光が、母の微笑みと共に消えていく。

 暗くなった天井をぼんやり見つめながら、サスケは今日何度目かの大きな溜息をついた。

 

 

(夢、じゃないんだな……)

 

 

 寿命を迎え、そして目覚めてから早くも三日が経つ。

 順風満帆とは程遠く、数多くの辛酸を舐める人生だったが、生きていてよかったと思える幸せがたくさんあった。

 

 そんな人生を全て受け入れて、さっさと旅立った者達に文句の一つも言ってやろうと瞳を閉じた先にあったのは、過去。

 当然戸惑いはしたものの、夢か幻、或いはあの世だとしても、そこに百年以上もの別離をした両親と兄がいて、その失った筈の温もりを感じる。この奇跡のような状況を、戸惑いながらも甘受するまでそう時間はかからなかった。

 

 だが、時が進むごとに一向に醒めぬこの奇跡に疑問も生まれる。

 術の痕跡を調べ、父の新聞を借り、母に質問し、地区内を駆け回り……この三日間はひたすら情報収集に勤しんでいた。

 

 そうして集めた情報から判断するに、信じがたいことではあるが、サスケは過去にいた。

 夢でも幻術でも、天国でも地獄でもない。現実として過去にいるのだ。

 それもアカデミー入学を控えた、六歳の子供の頃に。

 

 原因として考えられるのは、敵の忍術もしくは輪廻写輪眼くらいだ。

 時空間忍術は百年が経っても解明されていない部分が多く、そうした術があってもおかしくはない。しかしながら、わざわざ死に掛けの老いぼれを過去に飛ばす意味は無いし、そもそも忍術を使えるやつ自体もう数少なかったのだからその線は薄いだろう。

 

 だとすれば、後者の可能性が高くなる。

 百年間の付き合いだ。能力は把握し使いこなしていた筈だが、六道の力は凄まじく不可能を可能にする。過去へ渡る、そんな能力が隠されていたのかもしれない。

 

 

(今となっては確かめようもない、か……ん?)

 

 

 目を閉じながらも訪れぬ眠気につらつらと思考を巡らせていたサスケは、微かに捉えた小さな声にぱちりと瞼を開いた。

 居間に三つのチャクラを感じる。時計の針は日付を跨いでおり、言いしれぬ胸騒ぎを感じたサスケはそっと部屋を抜け出した。

 

 影の濃淡を頼りに暗い廊下を進むにつれ、声は大きく、そして重々しく変わっていった。 

 微かに開いていた襖の隙間から部屋を覗き込むと、兄と両親が座って対峙していた。兄は背だけが見え、父は何らかの書簡を眺めているようで、母はそんな父の傍らで俯いている。

 やがて父フガクは、厳しい顔を上げ兄イタチを見詰めた。

 

 

「暗部入隊後、イタチ。お前には里とのパイプ役になってもらう。いいな?」

「……はい」

 

 

───暗部入隊。

 

 

 その言葉にサスケは息を呑んだ。

 思えば、イタチが暗部になるのは確かにこの頃だった。だとすると、あの書簡は暗部入隊の内定書だろうか。

 あの頃は遊んでもらえる時間が減った、と拗ねていたが、実際にはそれ所ではない。

 その重責も、何もサスケは知らなかった。知らされずにいたのだ。

 

 

『お前は兄の事を知っているようで何も知らない』

『イタチは犠牲になったのだ。古くから続く因縁、その犠牲にな』

『うちは一族はクーデターを企んだ』

『木の葉上層部はうちは一族の中にスパイを送り込んだ。それがお前の兄、うちはイタチだ』

『一族というしがらみにとらわれることなく里を愛する忍。里の上層部はそこを利用した』

『上層部はイタチに極秘任務を与えた。目には目を……うちはに対抗する写輪眼が要る』

『そうだ、その任務とは、うちは一族全員の抹殺』

『任務だった。一族を殺した犯罪者として汚名を背負ったまま抜け忍になること、その全てが任務だった』

『そして、イタチはその任務を全うした。ただ一点の失敗を除いてはな』

『弟だけは……殺せなかった』

 

 

『―――これがイタチの真実だ』

 

 

 暗闇があの洞窟と重なる。

 仮面の男マダラの、否、オビトの声が木霊した。

 息が苦しい。心音が父達に聞こえるかと思うほど、やけに大きく、速く聞こえた。

 

 灯火に照らされた、兄自身より大きく濃い影はゆらゆらと揺れていた。そんなイタチの後ろ姿が見ていられなくなり、そっと障子に背を向ける。

 そんなサスケの動揺は露知らず、襖を隔てた会話は続いてゆく。

 

 

「うちはシスイ、あの男もパイプ役だ。何か分からないことがあれば、彼に聞きなさい」

「父さん。クーデターではない、別の方法はないんですか?」

「……里の上層部はうちはを嫌っている。特にダンゾウ、あいつがいる限り交渉が上手くいくとは思えん」

「ダンゾウ?確か相談役の……」

「ああ。志村ダンゾウ、あいつはうちは嫌いで有名だ。実質木の葉の闇を一手に担う、三代目の影といえる」

 

 

 志村ダンゾウ。

 その名に、一際大きくサスケの心臓が跳ねた。

 いくつもの写輪眼を腕に宿し、俺が殺した忍。そして―――あの地獄の、元凶ともいえる男。

 

 鼻腔に血の臭いを感じた。錯覚だと分かってはいても、幼心に刻み込まれた古傷がつられて痛み出す。

 乗り越えたはずなのに、暗い感情が抑えきれない。

 

 ふつふつと腹の底から湧き上がる怒りと憎しみ、そして殺気を瞳を閉ざすことで押さえつけ、静かに息を吐いた。

 代わりに吸い込んだ冷たい夜気が、サスケの頭をゆっくりと冷やしてゆく。

 家族も一族も生きている。ダンゾウだって行動を起こしていない。

 

 

―――そう、『まだ』。

 

 

「しかし、もうその年で暗部に昇進するとはな。さすが、俺の子だ。その調子で一族の為、更に励め」

「……」

「お前ももう一人前の忍だ、明日からの集会にはお前も出なさい」

 

 

 ぼそぼそと背後で続く会話を聴きながら、サスケはそっと瞼を開き、暗い廊下へと踵を返した。

 

 

『さすが、俺の子だ』

 

 

 その言葉の重みも何もかも。

 俺は知らなかった。知ろうとも、しなかった。

 ずっと、その背に守られていた。

 ずっと、守られてばかりで何一つ返せなかった。

 でも、今は違う。守られてばかりの子供じゃない。何も知らない子供じゃないのだ。

 

 兄も父母も一族も。まだ生きている。

 

 

―――今なら、まだ、間に合う。

 

 

 過去を変えること。

 その意味を、サスケはよく分かっていた。

 

 それでも。

 その隣に、妻と親友が居て。

 その傍で、嬉しそうに祝福してくれる兄が。微笑みながら孫を抱く母が。普段の厳しい顔を緩めて孫を覗き込む父が、居て。

 この数日で、そんな未来を思い描いてしまったから。

 生きて欲しい。ただ、それだけを願った。

 

 

(兄さん。今度は、俺が……)

 

 

 サスケの紅に染まった瞳には、暗い廊下がはっきりと見えていた。

 思い出すのは兄の最後、両親をはじめとした一族の最後、そしてそれらに伴った絶望。それらを糧にサスケは決意を胸に抱く。

 

 月が夜空を照らしていた。

 あの日と同じ、大きく美しい満月だった。



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3.修行の約束

 

 少しばかり古ぼけた石畳を、サスケは買い物かごを揺らしながら歩いていた。

 師走の冷たい風に、高く舞い上がった枯葉を目で追いかける。

 幼い身体で見上げる景色は何もかもが酷く大きく、果てなく遠く、戻った当初は子供の視界とはこうだったかと新鮮に感じたものだ。

 

 

(ようやく慣れてきたか……)

 

 

 毎日忙しく働く母に、嘗て出来なかった親孝行をしよう、と思い立ったサスケは早々に家事の手伝いをしていた。

 しかし、嘗ての身体と今の身体の落差が大きすぎて、転びそうになったり皿を落としかけたりとヘマばかり。

 それも一ヶ月もすれば随分と慣れ、最初は心配そうだった母も、今は喜んで頼み事をしてくれるまでになった。

 

 このお使いもその一つ。腕に下げているトマトやらキャベツやらが詰められた籠は、子供の腕には少々重い。

 過去と比較しようのない程に著しく落ちた筋力、体力、チャクラ量。それらを苦く思いながらもそろそろ本格的な修行をするか、と思案しながら歩いていると、通りを箒で掃いていた煎餅屋のおばちゃん、うちはウルチと目が合った。

 

 

「お使いかい?偉いねぇ、サスケちゃん」

 

 

 おばちゃんがにこにこ笑ってサスケの頭を撫でる。  

 遠すぎる過去に声さえ埋もれていたが、こうして顔を合わせるとその目尻の皺が優しく深まる所が好きだったな、と朧気に思い出した。

 

 サスケは本家の子供、最年少ということもあってか、一族にはよく構ってもらっていた。

 ちょっと待っておいで、と店内に入ったおばちゃんはその手に小さな袋を持って戻ってきた。

 

 

「よかったら食べておくれ」

 

 

 断る間もなく渡されたのは、うちは煎餅。甘味が苦手とするサスケが、生涯で唯一好んだ菓子だ。

 おばちゃんに礼を言って、帰宅後に母に渡せば『お手伝いはもういいから食べていらっしゃい』と微笑まれ。

 母の入れてくれた茶を啜りつつ、サスケはポリ、と煎餅を一口齧った。

 

 

(うまいな……)

 

 

 懐かしい味を噛み締める。口の中に広がる甘しょっぱさは、遠い記憶の中のそれと全く変わらず、ついつい頬が綻んだ。

 

 

(この後はまだ夕食の準備まで時間がある……手裏剣術、剣術はまだ無理だろう。まずは体力をつけることが最優先か)

 

 

 走り込みでもするかと予定を立てつつ煎餅を齧っていると、ふと慣れ親しんだチャクラを感じサスケは玄関へと向かった。

 

 

「ただいま」

「おかえり、兄さん!」

「サスケ、よく分かったな。気配を読むのが上手くなった」

「もうすぐ俺だってアカデミー生だ。これくらい出来て当然だろ」

 

 

 家の前でサスケが来るまで待ってた癖に、それをおくびにも出さず子供扱いするイタチに口を尖らせる。

 そんな負けん気も『驚かせようと思ったんだがな』と残念そうに言われてしまえば、あっけなく霧散していった。

 やはりいつになっても兄には敵わないようだ。内心で苦笑しながら、大分高い位置にある兄の顔を見上げた。

 

 

「そういや今日は随分早いけど、どうかしたのか?」

 

 

 下忍の頃は今くらいの帰宅だったものの、中忍となってからは忍務の難易度も上がり、日もとっぷり暮れた頃に帰るのが常だった。さらに暗部入隊が決定した今、こんなに早く帰れる訳も無い。

 少し不安げに瞳を揺らすサスケに、イタチは優しく笑って首を横へ振った。

 

 

「今日から三日間休みが取れたんだ。年末前から中期任務が入る。その代休といったところか」

 

 

 その言葉になるほど、と頷く。

 将来的には改善はされるものの、忍の職務形態ははっきり言って非常にブラックだ。それでも年末年始分の休みは流石にあるらしい。

 しかし、そもそもまだイタチは十一、そんな子供にさえ数ヶ月に及びかねない中期任務が振られることに違和感を覚えるのだから、まだ“前”の常識が抜けないようだった。

 

 

「そっか。あ、うちは煎餅貰ったんだ。兄さんも一緒に食べようよ」

「そうだな、それもいいが……サスケ、夕食まで一緒に修行しないか?最近……その、修行を見てやれなかっただろう?」

 

 

 やけに歯切れの悪いその言葉に、そういえば、と過去の自分を振り返る。

 この年頃は兄の顔をみる度、纏わりついては“修行に付き合ってくれ”と口癖のようにせがんでいた。

 

 しかし、今となっては、これから任務に行こうという兄にそんな言葉をかけられる筈もなく。多忙なイタチを煩わせたくなくて、玄関先でいってらっしゃいと見送るのが精々だ。

 きっと急にその口癖が無くなったものだから、心配をかけてしまったのだろう。

 

 

(だけど……兄さん、帰ってきたばかりじゃないか)

 

 

 今でも確かにイタチと修行したい、その思いはある。だが兄は毎日の任務で忙しく、疲れてもいるだろう。

 兄が負けるとは思わないが何が起きるか分からないのが任務。実際サスケ自身、波の国では死にかけた。

 忍とはそういう命懸けの職であり、体調を万全にすることは最も優先されるべき事柄の筈だ。

 

 なのに、この兄はいつも自分のことはいつも後回しで、蔑ろにする。そうしてイタチを犠牲にして優先されるのが、こんな弱く愚かな自分自身だということが。とても悲しくて、悔しかった。

 

 

「……いいよ、止めとく。兄さん疲れてるだろ。俺、風呂沸かしてくるから」

「サスケ?」

「そういや、台所に団子あったな。茶もついでに持ってくるから待っててよ」

 

 

 呼び止める声を振り切って走る。話も聞かず逃げるなんて、善意から誘った兄に対して酷い態度だと分かっている。

 

 

───でも、思い出してしまうんだ。

 

 

『許せ、サスケ。これで最後だ』

 

 

 大好きな兄だ。でも、そんな所は大嫌いだった。

 過去の鮮烈に蘇った記憶に、ほんの少し零れた涙をぐいっと袖で拭い去ったサスケは、歯を食いしばって廊下の角を曲がった―――が。

 

 

「全く。二人とも、そんな所ばっかり父さんに似るんだから」

「え?母さん?ちょっ!!?」

「こら、暴れないの」

 

 

 突然出てきた母に驚いていると、抵抗する間もなく抱き上げられた。呆れたようにため息をつきながら、しっかりとサスケを抱く腕はびくともしない。

 そうして母に連行されたのは、先ほどサスケが逃げ出してきた玄関、だったのだが。

 

 

「に、兄さん……?」

「あらあら、見事に沈んでるわねぇ」

 

 

 昼間だというのにそこだけ暗かった。原因はサスケが恐る恐る声をかけた兄、どんよりした空気を放ち立ち尽くすイタチである。

 あまりに暗い空気に尻込みするサスケに構わず、母はズンズン近づきその肩を揺さぶった。

 

 

「イタチ!ほら、起きなさい!」

「母さん……俺はしばらく、シスイの家に、泊まります」

 

 

 ショックで青ざめたイタチは、掠れた声でそう告げながら、フラフラと玄関の扉に手をかけた。

 そんなイタチにミコトは再び深いため息をつく。

 

 

「何言ってるのよ、あなたまで……。最初から聞いていたけれど、二人とも言葉が足りないのよ。イタチ、ほらサスケと修行に行ってらっしゃい」

「でも」

「でもじゃないわよ、そんな空気でシスイ君の所行っても迷惑でしょ。悪い方に思い込むくらいなら、ちゃんと二人で話をしなさい」

「か、母さん、兄さん疲れてるだろうし、俺夕飯作るの手伝うから……」

「サスケ。『お手伝いはもういい』って母さん言ったわよね?お風呂も夕食も、母さんが用意しておくから早く行きなさい。いいわね、二人とも?」

 

 

 綺麗に微笑んだ母に、頷く以外に道は無い。

 ぴしゃりと閉ざされた玄関の扉。遠ざかっていく母の足音とともに、サスケは長年のイメージが脆くも崩れ去る音を聞いていた。

 それもそうだろう、うちは一族族長の妻がただの女性な訳も無く。妻とは話が合うに違いない、そんなことを思った。

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 気まずい。今の二人の間に流れる空気は、正にその一言に尽きる。

 

 家から叩き出されたサスケとイタチは、うちは一族所有の林へ向かっていた。

 途中すれ違った通行人たちは二人に声をかけようとし、その空気に固まり、そして目を逸らしてそそくさと去っていく。それが十数人続いたあたりで、ようやくいつもの修行場所が見えてきた。

 

 大きな岩と、それを囲むように伸びる木々。暖かな日差しが葉と葉の合間から大地を照らしている。

 冬風も吹いてはおらず、何故かその場所だけ穏やかな雰囲気を醸しているように感じた。

 

 

『すごいや兄さん!岩の裏の死角の的にもど真ん中だ!!よーし、俺だって……!』

『サスケ、そろそろ帰ろう』

『えっ……新しい手裏剣術教えてくれるって言っただろ!』

『明日はちょっと大事な任務があって、その準備がある』

『……兄さんの嘘つき』

『───許せ、サスケ。また今度だ』

 

 

 懐かしい思い出が蘇る。

 兄に褒めてほしかったサスケは無茶をして足を捻り、イタチの背におぶわれたのだったか。今考えれば馬鹿なことをした。

 それでも、百年が経った今尚思い出せるのだから、その痛みも全くの無駄ではなかっただろう。

 そんな暖かな記憶に後押しされて、サスケは兄を振り返った。

 

 

「兄さん、あのさ……」

「すまなかった、サスケ」

 

 

 へ?と口から情けない声が漏れた。

 

 

「すまなかった」

 

 

 再び繰り返す兄の言葉の意味が本気で分からない。

 善意から誘ってくれた兄に対して酷い態度を取ったのはサスケだ。謝るなら自分だろうと眉根を寄せてイタチの顔を覗き込むが、すぐに目を逸らされる。

 

 

『二人とも言葉が足りないのよ』

 

 

 先ほどの母の声が蘇った。

 確かにそうだ。“前”は本音を聞けたのはたった一度だけ。それが本当に最後だった。

 でも今なら。

 生きている今なら、二人ともまた向き合える。

 

 

「何で兄さんが謝るんだよ。謝るなら俺だろ?」

「俺は、このままシスイの家に行く。暗くなる前に戻れ」

 

 

 ……兄さん、話を聞いていない。

 それを悟ったサスケは、離れていこうとするイタチの手を引いて大岩の傍に無理やり座らせた。

 日差しは暖かく二人を照らしていて、このまま昼寝でもしたらきっと気持ちいいだろうな、なんてどうでもいいことを考えた。

 

 座ったイタチとでは、立ったサスケの方が目線が高くなる。落ち込んだ様子のイタチの肩は、サスケには大きくても世間一般からすればまだ十分小さい。

 

 この時兄はまだ十一で、曾孫と同じ位の年である。そう思うとなんだか微笑ましくて、その背負ったものの大きさに心が痛む。

 そんなイタチの目を覗き込み、サスケはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「兄さん、さっきはごめん。でも、いつも任務で大変なのに、帰ってからも俺の相手なんか疲れるだろ?だから……」

「それは違う!」

「……~~ッ!」

 

 

 唐突に顔をあげた兄の頭突きをくらい、サスケは余りの激痛にしゃがみこんだ。

 話してる最中だったにも関わらず、舌を噛んで血まみれにならなかったことだけが救いだ。

 あたふたと慌てるイタチになんとか平気と答えて、サスケは涙目でイタチの顔をジトリと見上げる。再び逆転した目線だったが、今度は視線が逸らされなかった。

 

 

「すまない、サスケ……」

「まあ、今のは分かるけどさ。さっきの謝罪は何だったんだ?それに何が違うんだよ?」

 

 

 サスケの質問に少しだけ逡巡を見せたイタチは、少し躊躇ってから寂しげにサスケの頭を撫でた。

 

 

「謝罪はお前の都合を考えていなかったことと、お前に……嫌われたかと……」

「は?」

 

 

 とんでも無いことを言い出すイタチに、サスケの頬が引きつった。

 

 

「たとえお前が俺を疎ましく思っていても、俺たちは唯一無二の兄弟だ。俺はお前の超えるべき壁としてあり続けようと……」

「ちょ、ちょっと待てよ兄さん!!俺、兄さんに無理させたくなかっただけで、兄さんのこと大好きだし、尊敬してる!修行だってやりたかった!でも、兄さんに休んでほしかったんだ。任務で怪我とかしてほしくないから…」

「サスケ…」

 

 

 どこかで聞いた物悲しい言葉に、慌てて誤解を解こうとサスケは口走っていたが、嬉しげな兄の声にはっと口元を抑えた。

 自分の言葉を思い返した途端、じわじわと顔が赤く染まっていくのを自覚する。

 暗い顔から一転、晴れやかな笑顔を浮かべたイタチに、今度はサスケが顔を背けた。

 

 

「心配してくれたのか。ありがとう、サスケ」

「そっっ……それより!さっきの違うって何だったんだよ!!」

「さっきの………ああ、あれか。俺はお前と一緒に過ごして、疲れたことなんて一度も無い」

 

 

 イタチはそこで言葉を切ると、サスケに目線を合わせて笑いかける。

 合わさった視線の奥、穏やかな黒い瞳がそれが偽りない本音だと雄弁に語っていた。

 風が、二人の間を通り抜けていく。冷たいその北風は、熱い頬にはとても心地がよくて、波だっていた心が落ち着いていった。

 

 

「むしろ、元気を貰っているくらいだ。だから、この頃修行をしようと言ってこないお前に焦れて、今日は俺から誘った」

「……なんだよ、それ」

 

 

 イタチの目が、まるで眩しいものを見ているかのように細められる。

 イタチは内緒話をするようにそっと耳元に囁いた。

 

 

「お前がいるから……”おかえり”って笑ってくれるから、俺はここに帰って来られるんだ」

 

 

 玄関の前、立ち止まっていたイタチを思い出す。

 二度目に聞けた兄の本音は、優しく飾られてはいたけれど。それでも、隠しきれぬ苦しみを滲ませていた。

 

 

 

 

「兄さん、手裏剣術見せてよ」

「許せ、サスケ。もう日が暮れる」

 

 

 冬の日は短く、いつの間にやら空は茜色に染まっていた。

 額を小突くその仕草は酷く懐かしい。自分がやることは歳を重ねるごとに増えたが、俺にやる人は今も昔も一人きりだ。

 口を尖らせ不満を訴えるが、『遅くなると母さんが怖いぞ』という言葉に確かに、と頷いて笑いあった。

 

 

「なあ兄さん、明日は修行に付き合ってよ」

「ああ、分かってるさ。そうだ。朝おにぎりを握ってお弁当に持っていこうか」

「おかかと昆布?」

「勿論だ。食べ損ねてしまった、うちは煎餅と団子もおやつにしよう」

 

 

 伸びる影は一つ。

 風は強く吹き始めていたけれど、繋いだ手と手は暖かく、寒さは少しも感じなかった。

 そんな二人の背を、木々が嬉しそうにサワサワと揺れながら見送っていた。




身体は慣れてきたけど、まだ大人と子供の心に乖離のあるサスケさん。無自覚です。
今後はたぶん本来の子供の心に引っ張られてくかなぁ。

そうそう、お煎餅屋のおばちゃん、お名前うちはウルチさんっていうんですね!調べてみて初めて知りました!(*´ω`*)

うちはウルチ(46)
“うちはせんべい”の店主の妻で、共に店を支える。一枚一枚丹精を込めて焼き上げたせんべいは、その深い味わいと共に子供達にも大人気だった。


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4.小さな星

 

 一年最後の夜、大晦日。

 大人の背丈程もある門松が飾られた玄関は、続々とやってきた一族達が出入りをし、常とは比べ物にならない程の活気に満ち溢れている。

 

 訪れた男連は酒を片手にそのまま広間へ。そして女連も男連に続いて広間へ行く者もいたが、中にはちらほらと台所へと立ち寄る者もいた。

 

 

「ミコトさん、これつまらないものだけど」

「まあ、いつもありがとう。綺麗なだし巻き卵ね、みんな喜ぶわ」

 

 

 夕方からザル数杯分に及ぶ大量の蕎麦を茹でていたミコトは、一息つく間もなく、そんな持ち寄りの副菜を丁寧に皿に盛り付けていく。

 裏方をほぼ一人で捌く手際の良さに感心しつつ、台所を覗き込んでいたサスケも自身の名を呼ばれ小走りで駆け寄った。

 

 

「サスケ。このお料理、お父さん達の所へ持っていってくれないかしら」

「うん」

 

 

 母から受け取った頭よりも大きな皿を、普段は使われていない広間へとそろりそろりと運ぶ。

 すれ違う者達に時々撫でられ、気を遣って開いてくれた広間に続く襖。その奥では数十名に及ぶ一族が思い思いに箸を伸ばし、酒を飲み、そこかしこから笑い声が聞こえてくる。

 

 うちは一族は血継限界の保持のため、一族内での婚姻が主流である。いわば、一族全員が親族、どこかしらに血の繋がりがあった。

 そのため、年の暮れには本家に集まり皆で年を越す。それが恒例だったが、サスケがそれらを見るのは初めてのことだった。

 時刻は真夜中。参加自体は許されていたものの、幼いサスケは睡魔に抗えず、いつも寝てしまっていたからだ。

 そんな光景を物珍しく伺っていると、広間の一角で酒を酌み交わす父を見つけ、サスケはそちらへ足を運んだ。

 

 

「父さん、これ母さんが」

「ああ、そこのテーブルへ置いておいてくれ」

 

 

 フガクはやってきた息子へ、常には無い満面の笑みを浮かべる。

 これは大分酔っているのだろうな、と思いながら頷くと、父と酒を酌み交わしていた夫婦の視線を感じた。

 

 

「サスケ君じゃないか、大きくなったなあ!」

「お母さんのお手伝いかい?いい子だねえ、うちの息子も見習ってほしいものだよ。全く、図体ばっかり大きくなっちゃってねぇ」

 

 

 のんびりと穏やかそうな顔付きの男性と、快活に笑う女性。この夫婦は父の幼馴染だった人達だ。名前こそ思い出せないが、よくかわいがってもらった事を覚えている。

 確か一人息子がいた筈。

 その人物の名前を思い浮かべた所で、突然背後から声がかかった。

 

 

「図体ばっかって。お袋、そりゃ酷いだろ」

 

 

 振り向いた先にいた本人に気をとられ、手にあった皿が一瞬ぐらりと傾く。しかし、バランスを取り戻そうとするより先、彼はさっと皿を受け取りテーブルへと置いた。

 至極自然な、素早いその動作。目の前の夫婦も父も、恐らくサスケが皿を落としそうになったことすら気がついていない。

 その身のこなしは、彼の実力を示すには十分なものだった。

 

 

「実際服一つ満足に畳めないじゃないか。お前のアパートに行ってみたら何だい、あのグチャグチャな服は!親の手伝いをしないから畳み方さえ分からないんだろう?」

「うぐ……ふ、服は着れりゃいいだろ!」

「こらこら、フガクやサスケ君の前だぞ」

「お前さんもだよ、二人揃ってだらしないったら……!」

 

 

 やはり、どこの家庭でも母は強いらしい。早々に負けを認め、とばっちりを受けた父親と共に大人しく説教を食らう青年を眺める。

 少し跳ねた癖毛。父親に似たのか温和そうな顔立ちだが、目はやや釣り気味で勝気な母親譲りのようだ。

 だがまだ若いにも関わらず、隙が伺えない。流石暗部といった所か。

 そんな分析をしていると、母親の説教を早く終わらせたいと雄弁に語る目がこちらへと向けられた。

 

 

「お~!久しぶりだなぁ、サスケちゃん!」

 

 

 さも今気づきました、と言わんばかりの白々しい態度だったが、先程料理を台無しにせずに済んだという借りがあったので黙っておく。

 彼の母親も溜息を一つついて酒を煽った。いい呑みっぷりだ。

 父フガクと飲み比べを始めていたが、彼女が勝つ未来しか思い浮かばない。

 

 

「まあ、つっても覚えてねえよな。最後にあったのなんて赤ん坊の頃だったし」

 

 

 続けられた言葉に再び青年へ顔を向ける。どうやらサスケのことを知っているらしい。

 そしてサスケもまた、この青年のことを知っていた。

 

 遠い昔、幻術の中一度だけ彼を見た。

 兄イタチの親友で、里と一族の軋轢に苦しみ、そして里の為、うちはの為に自ら死を選んだ忍を。

 

 

「じゃ、改めて自己紹介しとくか。俺の名はうちはシスイ。よろしくな、サスケちゃん」

 

 

 母親そっくりの闊達な笑顔を見せながら、遠慮なく頭をぐしゃぐしゃと撫でるその手は、兄よりも大きかった。

 

 

 

 

「シスイさん、水持ってきたぞ」

「ひっく、うん~?おう、ありがとなあイタチィ!」

 

 

 今の木の葉では飲酒・喫煙は十六歳から。それが次第に十七・十八と上がり、ゆくゆくは二十歳からと定められた。

 シスイは今年十六になったばかり。つい最近一人暮らしを始めたという彼は、もう飲める歳なのだと少々自慢げに語っていたが、どうやら酒に弱かったのか早々に酔っ払いと化した。その頬は真っ赤に染まり、頭はふらふらと揺れている。

 自身がこういったタイプに弱いという自覚はある。言うなれば『ウスラトンカチ』なタイプだ。

 結局放っておけなかったサスケは、シスイを縁側に連れてきて冷たい夜風に当たらせながら水を飲ませていた。

 

 

「兄さんは任務だって言っただろ。俺はサスケだ」

「サスケちゃん?おお、大きくなったなあ!前見た時はまだよちよち歩きだったのに。あ、オシメ換えたことも」

「黙れ、この酔っ払い……!」

 

 

 サスケの手に握られていた空のコップがみし、と悲鳴を上げた。

 最初こそ尊敬の念も込めた態度を心がけていたサスケだが、だんだんとそれらは剥がれ落ちていき、今やせめてもさん付けする位のものとなっている。だが、本人は全く気にしていないようで、『やっぱイタチにそっくりだなあ』とケラケラ笑っていた。

 母に続きイメージがガラガラと崩れ去っていく。思い出はどうやら美化されるものらしい。

 それでも憎めないのは、どこか親友に似ているからだろうか、なんて考えながら、その笑顔に毒気を抜かれたサスケはため息を溢して彼の隣に座った。

 

 シスイと二人並んで、雲ひとつ流れていない、黒く澄んだ夜空を見上げる。月もとうに沈んでおり星の瞬きの一つ一つが美しい。 

 将来の木の葉では星の輝きはいつしか人工の光の前に霞んでしまう。そう思うとこの空がとても貴重なものに思え、ついジッと眺めていた。

 冬の夜空でつい目が行くのは、過去も未来も変わらず空を飾っている、砂時計のような形のオリオン座だ。

 だが、見えなくなるのは小さな星だった。だからそんなオリオン座の中で微かに光る、小さな光に目を凝らした。

 

 そうして幾許か。それなりに時間が経っていたのか、広間の方から歓声が響いてきて、新たな年を迎えたのだと知った。

 『乾杯!』と音頭を取る母の大きな声が聞こえた。そこは父じゃないかと思ったが、そういえば父は酔い潰れているだろうことを思い出しクスリと微笑む。

 サスケは今でこそ年齢的に飲めないが、嘗てはかなり酔いにくい体質だった。大蛇丸の元にいた頃の投薬による影響かもしれないが、もしかすると母に似たのかもしれない。

 先日中期任務に旅立った兄はどうだろう。案外父に似たかもな、なんて考えていると、ふいにシスイが躊躇いがちに口を開いた。

 

 

「な……サスケちゃんはさあ、みんなが……うちは一族が好きかい?」

 

 

 チラリと横を見れば、シスイは夜空をどこか苦しげに見上げていた。

 新年の挨拶が来るかと思っていたのにとんだ拍子抜けだ。しかし、その横顔に迷いを感じ取り、何も言わずに再び小さな淡い光へ目を戻した。

 この果てしない夜空の中。何千億もの星の内、一つの小さな光が潰えたとして、それを気に止める者など数少ないことだろう。

 それでもその光は美しく、今尚懸命に瞬き続けていた。サスケは、まだあるそれにほんの少しだけ口角を上げた。

 

 

「好きだよ」

 

 

 迷いは無かった。この気持ちは、真実だと胸を張って言えた。

 サスケが一族について知っていることは少ない。それというのも、一族が死んだ後に残されたものはサスケの手にはほとんど渡らなかった為だ。

 病院から家に帰って、あったものといえば家具や玩具だけ。里が調査の名目で巻物や文書、果ては写真までも持ち去っていた。

 代わりに門を塞ぐ立入禁止と書かれたテープの黄色が、今でも記憶に残っている。

 旅を終えて暫く後、巻物の類は返してもらえたが、他のものは既に行方知れず。つまりは抹消された後だった。

 

 そこには誰にもクーデター計画を知られぬように、という意図があったのだろう。

 大戦の終結、九尾襲来、四代目の死、大蛇丸の里抜け、日向誘拐未遂。今の木ノ葉は水面下で揺らいでいた。

 様々な不安要素がある中、防いだとはいえうちはのクーデターまで加われば、里は混乱しゆくゆくは上層部への不信に繋がる。

 それだけではない。他里がこれを機に攻め込んできてもおかしくない世の中なのだから、仕方のないことだ。

 そんな理由からサスケが一族について詳しく知る方法もなく、子供の記憶では名前さえうろ覚えの者ばかりだった。顔は知ってはいても、一言も会話したことのない奴がほとんどだ。

 

 それでも。

 広間で笑い合っていた一族が。父の背負ううちはの家紋が。

 

 

―――好きだった。

 

 

 消えて欲しくない、宝物だった。

 

 

「そっか、そうだよなぁ…」

「シスイさんは……嫌いなのか?」

「俺?ん~、どうだろう。サスケちゃんはどう思う?」

「何で俺に聞くんだよ。まあ、少なくとも…おばさん達と話している時は楽しそうだったぜ、アンタ」

「そりゃまあ、家族だからな」

 

 

 くくく、と密やかな笑い声が聞こえた。

 そんな笑い方は父親に似たのだろう。目尻を垂らす所は、かつての師にも少し似ていた。

 

 

「あ~あ、イタチが羨ましいよ。お前みたいな弟がいたらもっと毎日楽しいのに。……な、シスイお兄ちゃんって呼んでみないか?」

「絶対嫌だ」

「えー、ケチ!」

 

 

 そんなやり取りは何だか楽しかったけれど、その明るい笑顔の裏に隠されたものをサスケは知っている。

 この男が死ぬのは、確かアカデミーに入った頃。あと四ヶ月しかない。

 ダンゾウに眼を奪われ、兄にもう片眼を託して、一族の士気を削ぐために自害した。それでも結局はあの夜に繋がった。

 過去へ戻ってから一ヶ月余り、それらを食い止める方法をずっと考えていた。

 

 

───ここで、全てを話せたのなら。

 

 

 そんな思いに駆られて口を開く。途端に痺れたように舌が強張って、やはり駄目かと気が沈んだ。

 シスイばかりではない。兄も、父も、母も。誰に対しても、まるで未来を変えることを拒んでいるかのように、この口は声を出せなかった。

 ならばと文字で書き記そうとしても腕は動かなかったし、幻術で見せようとしてもチャクラが練れなかった。

 色々検証した結果、未来の知識を他者へ伝えることは『何か』に邪魔されているという結論に達した。それが何かなど知るすべもない。

 

 しかし、もし例え話せたとしても、状況を変えることは現状として難しかっただろう。

 あの夜の会話から父の背負うものを知ってしまった。父フガクはサスケの父であると同時に、一族をまとめ、導くべき族長だ。息子だから、とその意見を聞き入れてくれるような人ではない。

 説得しなくてはならないのはうちは一族全員の意思。

 そもそも戦闘力に長けたうちは一族を欲する里なんて他に山ほどいるのだ。監視を置き、中枢から排除し、差別をしながらもうちはが他里の戦力となれば脅威でしかないと分かっている為、それを決して許さないこの里は彼らにとって檻に等しい。

 里の待遇を変えなければ説得出来たとしても結局一時的なもの。プライドの高い一族が、そんな飼い殺しの状況に耐え続けられないことは明らかだった。

 

 そして、今のサスケは何の力もないただの子供だ。

 写輪眼こそ使えるようになったものの、輪廻写輪眼も万華鏡写輪眼もない。更にこの体はまだ未熟で、最近ようやく扱いに慣れてきたばかり。忍術、幻術はチャクラが足りれば使えるものの、体術や手裏剣術なんて以ての外である。

 イタチやシスイですら出来なかったというのに、そんな弱い子供が声を上げたとして、誰が耳を傾けるだろう。

 

 誰かを頼ることはできない。

 一族を動かす程の発言力はない。

 嘗ての力も失ってしまった。

 

 出来ることは僅かな、ちっぽけな子供だった。

 それでも、諦める訳にはいかない。必ず変えてみせると誓った。

 行動や思考には制限がなかったため、未来を変える事はできるのだから。

 

 

―――“前”は無かったはずの、この邂逅のように。

 

 

 ふと柔らかいものが体を覆って、サスケはつい眠り込んでいた事を知った。

 らしくない失態だと、ぼんやりする頭で思う。“前”は二日三日寝ないことなんて、ざらにあったというのに。

 この体に引きずられているのか、平和ボケしたのか、と考えながら重い目蓋を開いた。

 

 

「あ、起こしちまったか?部屋まで連れてってやるから寝てていいぞ」

 

 

 もう少しだけその心地よいまどろみに浸っていたかったが、やらねばならないことがあった。

 睡魔を押さえ込み、かけられた上着ごと抱き上げようとする腕から逃れて、しっかりと自分の足で立ち上がる。

 冷気を肺いっぱいに吸い込んで脳の覚醒を促せば、次第に眠気は去っていった。

 

 空に瞬いていた星は随分と数を減らしていた。

 サスケの指先はすっかり冷え、シスイの顔も赤みはさっぱり消えていて、二人してかなりの時間寝てしまっていたようだった。厚着をしていて助かったな、と口煩く着込ませた母に感謝した。

 まだ薄暗いが、もうすぐ夜が明ける。

 

 

「言い忘れてたけど……あけましておめでとう」

「あれ、言ってなかったっけ」

「アンタが変な質問なんかするから言いそびれたんだろ」

「あ~、ごめんごめん。酔ってたからさ。ま、兎に角あけましておめでとう。そうそう、お年玉を……やべ、財布家に置いてきちまった!」

「いいよ、いらない」

「そんな訳にはいかねえよ、年上としての面子ってもんがな……」

 

 

 ポケットを探る姿を欠伸を噛み殺しながら眺めていると、リン、と涼やかな音がして、そちらに眼を向ける。

 小さな影が床に転がっていた。

 

 

「鈴?」

「ん?ああ、これか。南賀ノ神社の巫女さん、親父の姉でさ。お守りだからっていくつか持ってきたんだ」

 

 

 シスイが拾い上げたのは赤い紐がついた、一対のシンプルな鈴。

 それはあの師が持っていた鈴によく似ていて、まじまじと見ていたら何故かほれ、と手渡された。

 

 

「欲しけりゃやるよ」

「いいのか?」

「つうか、毎年持ってくるから家に余っててな。お袋も捨てる訳にもいかねえから困ってるし、貰ってくれたほうが助かる。お年玉はまた今度ってことで!」

 

 

 ニカッと笑ったその顔は、やはり母親にもアイツにも似ていて。グシャグシャ頭を撫でるその大きな手は、どこか兄にも似ていた。

 手をヒラヒラ振りながら去っていく姿を確認し、サスケは自身も靴を履いて一つの印を結んだ。

 

 あれ程賑やかだった玄関先は、一夜を越えて静まり返っていた。

 昨日はかなり騒いでいたようだしまだ皆眠っているのだろう。

 サスケは静かにうちは地区の門をくぐり、張られていた結界をすり抜けた。ただ真っ直ぐに進むその足を、阻むものは何一つない。

 

 東の空が白み始めていく。

 ちょうどいい時間だ。あの男も、直にあそこへやってくるだろう。

 

 小さな鈴がリンと涼やかな音を奏で、たった数時間の邂逅を思い返す。

 それだけの時間で兄の親友・うちは一族ということを抜きにしても守りたいと思うようになったのは、彼が兄やアイツといった親しい者達に似ていたからかと考えた時。

 愛に理由なんていらないのよ、と笑う妻の声が聞こえた。

 

 夜が終わり、星の消えた空を見上げる。

 星の代わりに姿を現した眩しい朝日が、柔らかく頬を緩めた横顔を照らし出した。

 

 雲一つない青空がどこまでも続いている。

 今夜もまた、あの星が見れそうだ。




サスケさんの逆行人生はハードモードです。
単独逆行、未来は話せず。現状は誰も頼れないので、自力でどうにかするしかありません。
ちなみに、精神エネルギー過多で身体エネルギーが押し負けており、虚弱という訳ではないが怪我や風邪、心労によるダメージが大きくだいぶ弱体化している。成長すればチャクラ量はかなり増えるものの、今は原作+α程度。


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5.鈴の音

※三代目視点


 

 木ノ葉隠れの里の象徴として名高い顔岩。その真下には、岩壁から生えたかのような神社がひっそりと建てられている。

 木ノ葉創立に伴ってつくられた神社であり、建設当初は土地神を祀っていたというが、時代を経て現在では歴代火影の英霊を祀る場となっていた。本殿から岩壁を這うように伸びる階段は、非常時の避難宿舎にも繋がっている。

 

 普段は人気もなく、厳かな空気に包まれている神社だが。年に一度の今日ばかりは、鳥居から本殿、手水舍に至るまで訪れた参拝客がひしめきあっていた。

 境内には露天が並び、子供達は寒さなど気にも止めずはしゃいでいる。御籤を結ぶ男女や、絵馬を書く老夫婦、カラカラと鈴を鳴らしている少年少女。

 

 そんな盛況な神社に当代火影は微笑み、一礼をして年月と共に少しばかり塗装の剥げた赤塗りの鳥居をくぐった。

 本殿へと続く参道橋を歩き出せば、里民から自然と道を譲られる。時間のない身にはありがたいことだった。

 

 過去と現在と未来を表す参道橋は、振り返らず、立ち止まらず、躓かず。そうして渡りきるならば、邪念を払うことができるのだと言われている。

 けれど渡りきって尚、当代火影こと猿飛ヒルゼンの胸中から暗雲が晴れることはなく。憂いを含んだため息は、白く染まり大気へと溶けて消えた。

 

 

(全く……どうしたものか)

 

 

 ヒルゼンは拝殿に立ち、手水にかじかんだ両手をそっと合わせた。

 目を瞑りながら歴代の火影達を脳裏に描き、抱える想いを白い吐息に乗せて先立った彼らへ問いかける。

 

 

(初代様、二代目様、ミナト…わしは一体どうしたらよいのですかのう……)

 

 

 明日、うちはの件で上層部と話し合いが持たれる。

 うちは側の言い分もわかる為何とかしたいのは山々だが、ダンゾウをはじめとした相談役はうちはを毛嫌いしており、さらにクーデターが現実味を帯び始めていた。

 

 もはや一刻の猶予もない中、先日内密に告げられたうちはシスイの提案は魅力的に思えた。

 シスイの万華鏡写輪眼『別天神』。無意識の内に幻術にかけ、操ることの出来る恐ろしい術だ。相手は術中にあることも知らぬまま生涯を遂げることとなる。

 

 しかし意思を操る、それは酷く残酷なことだ。中には術を受け入れられず、発狂した者も過去にいたそうだ。

 それをシスイは家族とも呼べる一族郎党、実の母や父にさえその術をかけると言う。その苦しみは、覚悟は、如何ばかりだろう。

 

 このままでは、いずれその術に頼らざるを得なくなる。だが、果たしてそれが最善なのか。心を歪めたその先に、果たして平和はあるものだろうか。

 

 嫌な予感ほどよく当たるもので、あの日………全てを変えたあの夜も同じ気分を味わったことを思い出す。九尾襲来の夜のことだ。

 里に甚大な被害及び死者を出し、四代目火影ミナト並びに人柱力のクシナが殉職した。あの一夜で失ったものは数え切れない。

 思えばうちはへの疑念もそこが起点である。それまでは共に戦った者同士、多少の偏見はあれど今程関係は拗れてはいなかったのだ。

 それが今や疑いが疑いを呼び、溝は深まり続けている。

 

 だが、うちは当主の妻ミコトとクシナは親友であり、その繋がりからうちは当主フガクとミナトも友人関係にあったという。又、当時のうちはに里を襲う理由が見当たらない。

 

 やはり、間違えたのだろうか。あの時うちはを信じ、前線に出していれば……。

 幾度も考え悔やんだことだが、時は戻らない。今は火影としてクーデター阻止のため動かなくては。

 

 

───どこかで、鈴の音が鳴った。

 

 

『■■■■■■■■』

 

 

「…っっっ!!?」

 

 

 ふと脳裏をよぎった考えに、ヒルゼンはハッと目を開いた。

 打ち消せど打ち消せど浮かんでくるその策に、背筋を嫌な汗が流れていく。

 

 

(だめじゃ……それは、ならん!!そんなことをすれば逆に火に油を注ぐようなもの!危険すぎる!)

 

 

 だが天啓のようなそれは、何故か消せば消すほどに色濃く胸中に染みていく。

 まるで、暗示でもかけられたかのように───。

 

 

「……様、火影様!!」

「ん?おお、どうした?」

「火影様、どうかしたんですか?後ろでみんな待ってるんですけど……」

「おお、すまんすまん!すぐにどくぞ!」

 

 

 幼い子供の言葉に後ろを振り返れば、ズラリと並んだ人垣ができていた。

 再び動き出した列に背後からホッとしたような息が漏れる。恐らくは火影であるヒルゼンを急かすことは出来ず、待っていてくれたのだろう。

 

 先程の子供にもう一度礼を言い、ヒルゼンは火影邸で待つ孫の元へ帰路を急いだ。

 心に落ちた黒い染みは、何時までも消えなかった。

 

 

 その一方。

 ヒルゼンに声をかけたその子供はというと、嬉しそうな表情を隠さず、向拝所の傍で静かに佇む男の元へと駆け寄った。

 

 

「あ〜、緊張した!ねぇ、これでよかったの?」

「……ああ、みんな助かった。ありがとう」

「いいのよ。だって私、火影さまに褒められたもの」

「そうか……ほら、ようやく迎えが来たようだぞ」

「え?っ、ママ!!」

「ああ、良かった……。全く、手を離しちゃ駄目って言ったでしょ、心配したのよ!」

「ごめんなさい……。あのね、お兄ちゃんが一緒にママのこと探してくれたの!」

「あらそうだったの。それでそのお兄さんは?」

「え?ここに───」

 

 

 子供が振り返った場所には、先程の男の姿はなかった。キョロキョロと辺りを見回すも、背の低い子供には混み合う雑踏の中まで探すことは出来ず、戸惑ったように指差した細い腕がゆっくり落ちてゆく。

 そんな落ち込む我が子の様子に、母親は励ますようにその手を握る。

 

 

「もう帰っちゃったのかなぁ。私もありがとうって言いたかったのに……」

「きっとまた会えるわよ。早く行きましょう、サクラ。今度はパパを探さないと」

「……そうだよね。きっと、また会えるよね!……あ、さっき私ね、火影さまに褒められたのよ!」

「まあ凄い、何があったの?」

「えっとね───」

 

 

 去り行く親子を木の上から眺めていた男は優しく眼を細め、瞬きと共に姿を消した。




サクラちゃん初登場!
ただしサスケさんは誰ぞやに変化してました。うちはの監視をスルーできる人物に。
初恋を勘違いしてしまうサクラちゃん……そのうち三角関係勃発しそうですね。
でも、いつかきっと気づく。愛の力って凄いね展開です。
ちなみに本作の神社は映画RORD TO NINJAに出てきた建物をイメージしてます。鳥居とか参道橋とか石段とか、神社っぽいなって。違ったらすみません(汗)

誤字脱字報告ありがとうございます。
また、お気づきの点あればご指摘よろしくお願いしますm(_ _)m


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6.雪

※シスイ視点


 

 

『くっそ、降ってきやがったか』

 

 

 例年より遅い初雪が服に舞い落ちゆっくりと溶けていくのを見て、帰路を急いでいたシスイは舌打ちしつつ足を早めた。

 

 忍であるシスイは、雨や雪どころか血に濡れることすら慣れてはいる。

 それは我慢できるというだけで、それでも決して好きなわけじゃない。

 むしろ服に張り付き徐々に体温を奪うそれが、シスイは大嫌いだった。

 だからその日は手早く任務報告を終え、疲れた体に鞭打ち駆け足で帰宅したのだ。

 

 

『お袋、ただいまー!』

『おかえり。寒かったろう、風呂は出来てるから早く入りな』

 

 

 そんな居間から届いた母の声に甘えて、入った風呂は冷たくなった体にはとても心地よかった。

 ガシガシと濡れた髪をタオルで乾かしながら、炬燵へと急ぐ。

 だが、いつも通りの流れはそこで終わった。

 

 

『ようやく出たかい。さ、この子をちょっと見といておくれ』

 

 

 そんな言葉と共にひょいと渡されたそれには結構な重みがあり、慌てて落とさないようにと抱え直した。

 

 

『頭領の長男が高い熱を出したようでね。奥さんがその子を病院に連れて行くから、下の子をうちが夜まで預かることになったんだよ』

『え、ちょっとお袋、どこ行くんだよ!コイツどうすりゃ……!?』

『だから見といてくれって言ったろ?あたしは夕飯の準備があるんだ』

 

 

 まあ、怪我させないよう頑張りな。

 と、励ましというよりこちらの狼狽を面白がっているだろう言葉を残し、無情にも襖はピシャリと閉ざされた。

 途方に暮れつつ腕の中の生き物を改めて見やれば、「あ~」だか「う~」だかよく分からない声を上げた。

 

 

『あ、ちょっと駄目だっての。それは危ないぞ!』

『やーー!』

『駄目なものは駄目だ。割れたら血だらけに……って、おい待て!それもマズイ!!』

 

 

 父親の灰皿(ガラス製)を退避させるや否や、忍具入れからクナイを引っ張り出そうとしているのを見て、シスイは任務中さながらの動きで間一髪赤ん坊を引き離した。

 クナイは勿論、起爆札なども入っていたのだ、もし暴発でもすれば幼い赤子の命なんて簡単に消える。

 どこにも怪我をしていない事を確認して、シスイは安堵にへなへなと座り込んだ。

 

 

『ふ、ぅうああああ!!』

『だから、危ないんだって。ああもう、泣くなよ…』

『うっ、うぇぇ!にぃぃぃ……!』

 

 

 邪魔されたのが気に食わなかったらしく大泣きする赤ん坊に、シスイの方が泣きたくなってくる。

 シスイは赤ん坊の扱いには慣れていない……所か全くの初心者だ。泣き止ませ方など知らない。

 子守の下忍任務で、抱き方を教わっていた事くらいが救いだろう。

 

 

(初心者になんて大役を任せるんだよ!)

 

 

 内心悲鳴を上げるが、母親を呼びにいくにしてもその間赤ん坊を一人にする訳にはいかないし、台所なんて一緒に連れて行く訳にもいかず。

 なんとか泣き止ませようとテーブルに置いてあった柔らかいケーキを口元に運ぶが、余計に泣き声は大きくなった。

 

 

『そういや俺の小さい頃の玩具まだあったっけか……』

 

 

 隣の部屋の押入れに入っていたような、と赤ん坊を抱きつつ襖を開けた瞬間。

 その泣き声がピタリと止んだ。

 襖を開けた先、庭を一面の白い雪が覆っていた。粉雪は牡丹雪へ変わり、どこか優雅に舞い続けている。

 

 

『積もってるな……明日は雪かきかよ、折角の休みなのに……』

『……ああー!』

『雪が欲しいのか?』

『う!』

 

 

 宝物を見つけたかの如くキラキラと輝く黒い双眸からは、もう涙は零れていない。

 それにほっとして、また泣き出さないようにと屋根の下から手を伸ばした。

 ひんやりとした感触が手の平に落ちて、それを赤ん坊に見せると年から考えて初めて雪を見たのか、興味心身で雪を覗き込んだ。

 

 だが、雪は当然すぐに溶けて水へと変わっていく。

 再び大きな眼が潤み出していくのを知って、すぐさま地面に積もっていた雪を一掴み取った。

 濡れることなんて、もう頭にはなかった。

 

 

『ったく。我侭な奴だなぁ』

 

 

 ぼやきながらも嬉しそうにキャッキャッと笑う赤ん坊にシスイも何だか嬉しくなってきて、もう一掴み雪を取って固めていく。

 そして近くに植えられていた南天の枝から葉っぱを二枚と赤い実を二つ採った。

 出来たのは赤い眼をした雪ウサギだ。やはりというべきか、それを見た赤ん坊は益々喜び、手をたたく。

 

 

―――ふと、そこに一人の少女の姿が重なった。

 

 

(ほら、兎さん!かわいいでしょ。次は一緒に雪だるま作ろ!)

(嫌だって。寒いし早く帰ろうぜ)

(え〜、もったいないじゃない!すぐ溶けちゃうのよ?)

(溶けなかったら困るだろ。今すぐ溶けて欲しいくらいだ)

(こんなに綺麗なのに。お兄ちゃんのバカ!)

 

 

 瞬きをすると、少女の姿は淡雪のように消えていった。

 

 

『うー?』

『……ああ、ごめんごめん。また作ってやるよ』

 

 

 何時の間に握り締めていたのか雪ウサギの形は崩れていた。

 聡い子なんだろう、こちらの様子を泣くでもなく見つめてくる。

 赤ん坊に気遣われてどうすると笑顔を見せるが、その黒い眼はどこまでも澄んでいて、心まで見通されるような気分がした。

 

 

―――俺は何故、あの時一緒に作ってやらなかったんだろうな。

 

 

 そんな後悔なんてもう遅いのに。

 歳の近い妹だった。けれど、もうどこにもいない。

 俺がアカデミーに入学した年に起きた第三次忍界大戦に巻き込まれて死んだからだ。

 アカデミー生ですらなかった。

 

 

『なあ、雪だるま……作らないか?』

 

 

 自分でも、赤ん坊相手に何を馬鹿なことを言っているんだか、と呆れてしまう。

 それが自己満足でしかないと分かってはいても。それでも何だか妹が喜ぶ気がした。

 

 

『んー!』

 

 

 その言葉に反応した訳ではないのだろうが、赤ん坊は崩れた雪ウサギに手を伸ばすと、小さな両手いっぱいに雪を掴みそれを俺に差し出してニパッと笑った。

 握られていたのは、歪だが、小さな丸い雪玉だ。だから俺は、今度はそれよりも少し大きな雪玉を作った。

 

 

『ほら、雪だるまだ。……かわいいな』

『ま!』

 

 

 そうして出来たのは、俺と同じような、赤い眼をした雪だるまだった。

 

 

 

『おやおや。すっかり仲良くなったようだね』

『まあな』

『なー!』

 

 

 炬燵で息子の足の間に座り元気よく返事をする赤ん坊に、良かったね、と母は懐かしそうに微笑んだ。

 夕食が出来たのだろう、台所からはいいにおいがした。

 

 

『そういや、コイツの名前は何ていうんだ?』

『言ってなかったかい? サスケちゃん、だよ』

『へえ、サスケちゃんか。俺はさ、シスイっていうんだ』

『いー?』

『違う違う、シスイだ。シ・ス・イ』

『しぃー!』

『ちょっと違うけど……ま、いっか。よろしくな、サスケちゃん』

『そう、シスイお兄ちゃんさ。お兄ちゃんって言ってごらんよ』

『お袋、止めろよ。コイツには本当の兄貴が……』

 

 

 母も妹と赤ん坊を重ねていたのだろう、そんなことを言い出した。

 本当はそう呼ばれてみたかったが、それでは兄という立場を取ってしまうようで流石に本当の兄に悪い気がしたから止めた。

 

 でも。

 

 

『しーにぃ!』

 

 

 少しだけ。少しだけなら、許されるだろうか。

 舌っ足らずなその声と無邪気なその笑顔を、今でもたまに思い出す。

 

 それは雪の日の出会い。

 ほんの少しだけ、雪が好きになった日。

 

 

 

 

 コツコツと硝子窓を叩く音がする。続いてキー、と弱弱しい泣き声が。

 

 

「ん……っ、悪りィ!!眠っちまってた!」

 

 

 うるさいな、と窓に目を向けたシスイは慌てて鍵を開けた。

 窓の外では雪が降っている。初雪だ。それらを背景に体を縮こませた暗部の伝達用鳥が、いそいそと部屋に入ってくる。

 いくら鳥が寒さに強いとはいえ、この寒さの中待たせるとは可哀相なことをした。

 

 労りを込めてその背に積もった雪を払い落とすと、嬉しそうに鳴きながら片足が差し出される。

 結わえられていた文を受け取れば、鳥は北風に揺らぎながらも寒空へ飛び立っていった。

 

 

「至急火影邸へ来られたし、緊急任務あり……マジか」

 

 

 この悪天候の中を……とげんなりするシスイを嗤うように、積もった雪が落ちていく重い音が響いた。

 

 雪はまだ、今も降り続いている。

 あの日のような穏やかさはそこになく、風と共にただ吹き荒れていた。



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7.代償

 

 

(どうしてこうなっちまうのかなぁ……)

 

 

 初雪は既に溶け、ぬかるんだ大地を踏みしめながら、シスイの心はやる瀬のない思いに沈んでいた。

 

 通常、正月休みを取れるのは下忍・中忍まで。例外として担当上忍が存在するが、それ以外の上忍や暗部は常と変わらぬ任務三昧である。

 勿論シスイもその中に含まれていたのだが、たまには休めとの休暇を与えたのは他ならぬ三代目だ。

 そんな休暇中にも拘らず、大雪の中呼び出された時には嫌な予感しかしなかった。

 その予感は違うことなく、下された任務がシスイの心を掻き乱す。

 

 任務は三つ。

 一つ目は昨夜完了した。二つ目はこれから、三つ目はそれが失敗した時の保険だ。

 任務。言ってしまえばそれだけなのに、苦い気持ちが抑えられない。

 

 暗部として後ろ暗いことなんて数え切れない程にこなしている。それに比べれば生易しいものではあるが、それでもターゲットが身内というだけで。知っている奴だというだけでこんなにも苦しい。

 

 

(こんな事になるんなら、出会わなけりゃ良かった)

 

 

 親友によく似た笑顔を思い出して、更に心は重くなった。

 任務で不在の親友が戻ってきた時にはきっと全てが終わっている。それを狙っていたのかと思ってしまうようなタイミングだ。

 

 のろのろとした足取りで、シスイは南加ノ神社へ続く石段をのぼった。

 それは少しでも先延ばしにしたいという気持ちの表れだったのだろう。

 結局最後は、やらねばならないとしても。

 

 神社の本堂が見えてくる。

 赤い口のように待ち構えていた鳥居をくぐると、余り日が当たらなかったのか、そこにはまだ雪が残っていた。

 元々は白かっただろうそれは、いくつもの足跡によって茶色く汚れている。

 そこに新たな足跡を刻み込みながらシスイはふと空を仰いだ。

 

 

(降りそうだなぁ……やっぱ、カサ持ってくりゃよかった)

 

 

 仰いだ空は鈍色でどこか明るい。

 帰る頃にはきっとまた、冷たい雪が降っている。

 

 

 南賀ノ神社本堂、右奥から七枚目の畳の下。そこにうちは一族秘密の集会所はある。

 

 入り口の傍に座っていた年配の男は、シスイをチラリと見上げると手元の名簿欄に印を入れた。

 今夜は彼が出欠確認の当番らしい。

 ご苦労様です、と一声かけて暗い階段を降り、一番後ろの席へ腰掛けた。

 蝋燭の明かりが部屋を淡く照らし出し、息が詰まりそうな湿気を帯びた生暖かい空気が身に纏わりついてくる。

 どうやらシスイが最後だったらしく、先ほどの男も入り口を閉ざして隣へ座った。

 

 静まり返った部屋の中、自然と視線は正面に座るうちはの当主、フガクへ集まる。

 何かを思い詰めたように床を睨んでいたフガクは、全員揃ったことを確認してぐるりと部屋を見渡した。

 

 フガクは若かりし頃、天才と名をはせ大戦でも大きな功績を残した優秀な忍者だ。

 その力量は当主の名に恥じぬものであり、溢れ出る常にはないピリピリした緊張感とプレッシャーに皆姿勢を正す。

 それはシスイとて同じ事で、むしろその怒りの原因を知っているからこそ、周囲の者よりダイレクトに伝わってくる。ツ、と背を冷や汗が流れたが顔には出さずに、集会の始まりをただ待った。

 

 

「揃ったようだな…では、集会を始める」

 

 

 口調は穏やかだ。だがそれが恐ろしい。

 腸は煮えくり返っているだろうことは雰囲気から明白で、隣の男がゴクリ、と唾をのむ音が聞こえた。

 

 

「今日緊急集会を開いたのは里がよこした書簡について話し合うためだ。………俺は今回、口を出さない。皆の意思で決めてほしい」

 

 

 頭たるフガクが口を出さない。

 そこから重大な問題が起きた訳ではないのか、とほっとする者。それでもその怒りから何かある、と逆に体を強張らせる者に部屋の空気は分かれた。

 

 

―――残念ながら、正解は後者であるが。

 

 

 懐から取り出したのは、昨日シスイが手渡した巻物だ。それを固く握り締めてフガクは続ける。

 

 

「里は前回提出した、うちはの要望書の八割を呑む用意がある…そう言ってきた」

 

 

 空気がさざめく。

 嘘だ、あり得ない、罠だ。そんな疑念の声が呟かれるのも当然のことだろう。

 今まで一切そんな素振りはなく、特にダンゾウが許すわけがないのだから。

 

 

「三代目を始めとして、相談役のコハル、ホムラ…そしてダンゾウの署名入りだ。間違いなく本物だろう」

 

 

 だが実際、ダンゾウはそれを呑んだ。……一つの代償を払う代わりに。

 後に続く言葉を知って、シスイは固く目蓋を閉ざした。

 

 

「その代わりに……うちは本家の次男を、人質に差し出せとの事だ……!!」

 

 

 苦しげに吐き出された言葉に、上がり始めていた歓声は、プツリと途切れた。

 

 うちはは生来、愛情深い一族である。時には、その愛によって狂ってしまうほどに。

 そんな性質を持つうちは一族だ。

 特に今は差別により一族間の結束が強まっている中『人質』は大変有効的な策だった。

 そして人質の対象となるのは女や老人、子供。

 つまりは抵抗や脱走ができない力の弱い者だが、うちは一族は忍の家系であり、女や老人は上忍以上の実力を持つ。

 

―――ならば、子供を。

 

 

 そう考えた時、条件に余りにも当てはまる存在があった。

 

 アカデミーにも入っていない、ただの無力な子供で。

 皆から愛されている、大戦後うちはにようやく生まれた子供で。

 本家の血を引き、尚且つ長男ではない子供。

 

 

 人質としての価値を十二分に備えた子供が、たった一人いたのだ。

 更には暗部の身辺調査でイタチとの仲の良さも知られているだろう。

 弟だけは、と言ったその横顔は忘れられない。 

 その眼を見たからこそ、俺は断言できる。

 

 イタチは弟を殺せない。

 そうすればイタチは、決して里を裏切れない。

 

 反うちは勢の筆頭であるダンゾウが推しているものの、未だにイタチを暗部に入れることに上層部の中では懸念の声がある。

 シスイの時もそうだったがこの『眼』を支配下に置くことが目的だったため、そして本家の血筋ではなかったために、イタチほどではなかった。

 それらの声をも押さえることが出来、結果優秀な手駒を里は手に入れる。

 ダンゾウのことだ。何かあれば弟を使ってイタチを脅し、一族を皆殺しにさせる事も考えているのではないだろうか。

 

 

―――イタチにはそれを可能にする力がある。

 

 

 それをシスイはよく知っていた。

 

 

 少し間をおいてフガクは淡々と巻物を読み上げていった。

 内容は先ほどの言葉通りのもので、若干オブラートに包んでいても話の本質は変わりはしない。

 

 

「うちはの長としては受けるべき、なのだろうな……」

 

 

 苦々しい声で、フガクはポツリと呟いた。

 静まり返った部屋にミコトの啜り泣きが響く。

 

 

「そんな事…そんな事、出来ません頭領!!」

「あの子はまだ六つでしょう。人質なんて……」

「『悪い待遇にはしない』?信じられるものか!」

「くそっ!里の奴ら、何て卑怯な……」

 

 

 ミコトの涙を呼び水に、次々と怒号が飛び交った。このままクーデターに繋がりそうな勢いだ。

 うちはは長年の要求が通り、里は手駒と一族の弱みを握る。確かにクーデターに比べれば、はるかに円満的な解決策だと言えるだろう。

 だが、理屈では説明のできない感情がそこにはあった。

 

 最初から一族が賛成するとは思ってはいなかったが、フガクが口を出すつもりはないと言ったために抱いた期待は無駄なものになったらしい。

 というかそれを狙った訳ではなくとも、公私を分けたその姿勢もまたこの強い反対に繋がったように思える。

 あれで部下からはかなり慕われている人だ。

 

 皆が皆憤りを見せている中、シスイは深呼吸して息を整えた。

 シスイの任務。

 それは一族を説得し、この契約を通すことだった。

 見たところ反対8割、賛成1割。もう1割は隣に座る男のように、まだ悩んでいる。

 その賛成派も声を大にしては言えないようで、どう頑張っても反対7割、賛成3割程度にしかならないだろう。

 

 

(愛されてんなぁ……)

 

 

 なんだか勝ち目のない勝負をしているような気分だ。

 イタチの前に一族からの怒りを買うことになるかもしれない。

 

 

(あ~あ、イタチとの友情も終わりかね。ホント、貧乏くじすぎるだろ)

 

 

 本当ならシスイも反対の側に付きたかったが、そうも言ってられない事情があった。

 下された命令を思い返し、小さく溜息をついた。

 

 

『もしも、説得が出来なかったならば……力ずくでも構わぬ』

 

 

 去り際に命じられた、三つ目の任務。

 うちは一族の集落には強力な結界が張られている。それは外敵を寄せ付けないが身内は別だ。俺は拒まれることもなく、一族が気づくこともない内にその任務を終えることが出来る。

 

 裏切り者とされるのはまだいい。死ぬ覚悟もある。

 だが、そんなことをすれば家族までが後ろ指を指されることになるだろう。

 それだけは避けたい。そうなると今ここで、説得するしか道がないのだ。

 

 覚悟を決め、シスイは口を開いた。

 

 

「待って下さい」

 

 

 次々と出る反対意見にフガクが頬を緩めて頭を下げようとしたその時、凜と放たれた制止の言葉に発信源へ注目が集まる。

 一番後ろの席……ではなく、前も前。フガクよりも前方の、石碑の後ろへと。

 

 

「サスケちゃん……?」

 

 

 台詞を盗られてポカンと開いていた唇は、思わずその名を呼んでいた。

 その声は案外大きく響き、その大きな瞳と一瞬だけ視線が交わる。

 サスケが両親の前に進み出ると、ようやく固まっていたフガクは動き出し、ミコトは信じられない、というように大きく眼を見開いた。

 

 

「サ、スケ…!お前、どうしてここに!?一体いつから……」

「最初から。父さん達が来る前からいたよ。昨日の夜、父さんと母さんが話しているのを聞いたから」

 

 

 最初から?

 嘘だろ、と否定したくても、そこにサスケがいるという事実が何よりの証拠だった。

 チャクラも先日と全く変わらない。父親のフガクですらサスケと呼んだからには変化ではないだろう。

 

 

「……説教は後だ。母さんと家に帰りなさい」

「いやだ」

「帰りなさい!!」

「嫌だ!!!」

 

 

 普段のオドオドした様子は微塵も感じさせず睨み付けてくる息子に、フガクの眉間の皺が深くなる。

 二人の間でしばらく火花が散っていたが、先に溜息と共に折れたのはフガクだった。

 

 

「聞いていたなら分かった筈だ。皆反対している、明日にでもその旨を―――」

「俺は行く」

「っ!?」

「俺は行くから」

 

 

 人質になる。

 そう続けられた言葉に全員が息を呑んだ。

 幼き日と同じ、どこまでも真っ直ぐな眼には欠片も迷いがない。

 何か言おうとして、その言葉が見当たらずに唇を噛み締めた。

 

 これでいい。任務は完了じゃないか。

 自分の手は汚れなかった。家族も無事だ。

 裏切り者と糾弾されることもないし、こいつも悪いようにはされないだろ。

 

 心の内。当事者の了承を得て、愛の上に落ちた思いだ。

 それは皆同じだったのか、沈黙がその場を支配する。

 何かを葛藤するかの如く隣の男が膝上で握り締めていた拳が、やけに眼に留まった。

 

 

「……っ!」

「サスケ、あなた何を言ってるか分かっているの!?」

 

 

 そんな重い沈黙を破ったのは突然の乾いた音だった。

 ミコトが泣きそうな顔で、頬を押さえながら呆然とするサスケの肩を強く揺さぶる。

 再びその白い頬を涙が伝い、ついにポトリと落ちた。

 

 

「人質になれば、すぐに殺されすり替えられてしまうかもしれない……もう、二度と会えないかもしれないわ!どんな扱いをされるかも分からないのよ!?まだ子供なのに、どうしてっ…どうして、あなたまで……!」

 

 

 その涙を追うかのように力なく落ちたその手を、慌てて小さな手が追った。

 

 

「母さん……ごめん。でも俺は、行くって決めたんだ」

 

 

 その様子をハラハラと見守っていたシスイ達一族を振り返り、サスケは悲しそうに、そして嬉しそうに笑った。

 

 

「俺はみんなを守りたい。兄さんや母さん、父さん、それに一族も……この里も。だから父さんの息子として、うちは本家の次男として───行かせてください」

 

 

 その眼が再び父と母を捉えた。

 その紅眼の意味を知らぬ者は、ここにはいない。

 その覚悟に反対出来る者も、ここにはいなかった。

 

 

 外はやはり雪が降っていた。

 汚れた足跡を覆い隠したその白は、そんなもの関係ないだろ、とでも言うかのように、ただ静かに降り積もっていく。

 

 雪とは簡単に消えゆくものだ。

 でもそれは、確かに今、ここにある。



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8.日常

不器用な父と息子の交流


 

過去へ戻り、初めて知ったことがたくさんある。

 

―――兄さん。

いつでも大きかった背が、この頃はあんなに小さかったこと。一緒にやる修行を、楽しみにしてくれていたこと。

 

―――母さん。

本当はとても強い人だったこと。俺達兄弟を心から心配してくれていて、実は涙もろい所があったこと。

 

―――父さん。

うちはの長としての立場を背負いながらも、親としてもちゃんと見てくれていたこと。とても不器用で、それでも優しい人だったこと。

 

 シスイさんが酒に弱いこと、親友や兄や師によく似ていること。一族を俺は愛していたこと、そして一族も俺を愛してくれていたこと。

 森の空気が酷く澄んでいたこと、星があれほどたくさんあったこと。

 

その他にも、まだまだたくさんの事を俺は知った。

それはどれもが小さなことだ。

だが、そんな些細なものこそが、日常という何にも代え難いものを彩っている。

 

 

 

 

「おはよ、母さん」

「おはようサスケ。ちょっとお隣へ行ってくるから、箸とお茶碗、出しておいてくれる?」

「うん」

 

 

 朝、いつもの起床時間に眼を覚ます。欠伸をしながら冷たい水で顔を洗い、台所で朝食の準備を手伝う。

 あの集会から一週間が過ぎたが、特段何かが変わったという訳でもない。けれどこの穏やかな日々は、もうすぐ終わることをサスケはよく理解していた。

 

 人質をとればいい、三代目にあの日そう囁いたのはサスケ自身に他ならないからだ。

 

 

『火影はあの神社に行くのが“習わし”ってやつでさ。帰ったと思ったら、次は大名達に挨拶周り。正月なのに、家族と過ごす時間なんてほとんど無いんだぜ、酷ェってばよぉ……!!』

 

 

 酒の席で聞いていたそんな涙ながらの愚痴が、まさかこんな時に役立つとは。

 待っていれば必ず火影が現れ、多くの群衆に紛れ怪しまれずに近づくことが出来る。しかし、そんな暗殺にはもってこいの場所だからこそ、護衛の数も多かった。

 ただ、隠形はサスケの最も得意とする所であり、武器も所持していない、チャクラも少ない、そんなサスケを見咎める者はいなかった。

 

 そうして近づいたサスケは、シスイから偶然貰った鈴で三代目に幻術による暗示をかけた。

 音を使った幻術はバレにくく、防ぎにくい。カブトとの戦いで学んだことだ。無論、写輪眼には強度では劣るものの、百年磨き続けたサスケの幻術を見破れる者はそうそういないだろう。

 また、幻術は技術や精神力、チャクラコントロール、そして被術者の対抗力に大きく作用されるため、チャクラ消費も少なくて済む。現在のチャクラ量では、変化や些細な幻術が精々だった。

 

 そうして暗示をかけることに成功した訳だが、問題はそこからだった。

 ダンゾウ達上層部がサスケを人質として有効と見なすか、どの程度の妥協ラインを設けてくるか、そして一族を説得できるか。

 その点はもはや賭けのようなものだったが、上層部はそれを呑み、妥協ラインも八割と予想以上、一族もサスケの意志を受け入れた。

 更には文面で『悪いようにはしない』という火影からの保証を得、シスイから集会の様子を聞いて、サスケに人質価値があるか懐疑的だった奴らも大人しくなっただろう。

 

 ここまで、とても上手くことが運んでいた。

 しかし、里の書簡に書かれていた『用意がある』とは、『人質を取ることは確定しているが、詳しい内容はこれから話し合おう』という意味だ。

 里とうちはの交渉にサスケは加わることは出来ないし、それがいつ決まるのか、どういった内容かなんて分かりはしない。

 

 だから、サスケは大人しく待っている。

 この日常はとても歯痒い、別れまでの猶予期間だった。

 

 

「おはようございます、父さん」

「……ああ」

 

 

 朝刊を握り、父が居間に入ってくる。素っ気無い挨拶だが、いつものことなので気にすることなく箸と茶碗を並べていった。

 箸も茶碗も、それぞれ三人分。サスケの隣にポッカリと空いた席は兄のものだ。

 まだ兄イタチは任務から帰ってきていない。人質の契約も知らぬままだった。

 

 サスケが出て行くのが先か、それともイタチが帰ってくるのが先か。

 人質というのは外聞が悪く、上層部は内密にする為にアカデミー入学前に事を終わらせたいはずだ。そうなると契約は遅くとも三月の終わり。早ければ、今夜にでも。

 対して中期任務とは大体一ヶ月から三ヶ月程度のものを指す。年末前に任務に赴き、現在でおよそ半月が経過していた。

 先に契約が結ばれたなら、このまま兄とは一生会えなくなるかもしれない。先に兄が帰ってきたなら、恐らく反対される。説得は骨が折れるだろう。

 

 人の心とはままならないものだ。

 契約の妨げになる可能性があると分かっていても、最後に一目だけでも会いたいと願う自分がいた。

 

 

「サスケ、どうした?」

「……ううん、何でもない」

 

 

 考え事をしていた為か、茶を入れる手がいつの間にか止まっていた。

 急須の中を覗けば、何とも渋そうな色だ。茶葉は開ききっており、かなりの時間が経っていたと見える。

 勿体無いが入れ直そうかと迷っていると、ふいに急須がひょいと奪われた。

 

 

「父さん?それ渋くなってるから……!」

「いい。渋い方が好みだ」

 

 

 父の湯飲みにとても濃い茶が注がれていく。

 それを口に含んだ父の顔が一瞬固まり、それから一気に飲み干した。

 

 渋いものが好きなようには全く見えない。とても不味そうだ。

 でもそれが父なりの優しさなのだと分かって、何だか胸に温かいものが広がった。

 

 

―――だが、サスケが入れた茶は三人分ある。

 

 

「父さん、もう止めてよ!」

「ゲホッ!む、心配はいらん。美味いからな」

(咽てるじゃないか、父さん……)

 

 

 止めるサスケに構わず、急須の茶はどんどん減っていく。

 一杯目より二杯目、二杯目より三杯目、更に苦味は増していくものだ。三杯目を飲みながら苦悶の表情をしたフガクに、もはや嬉しさよりも申し訳なさが勝った。

 

 

「ゴホッゴホッ!」

「父さん、ごめん。今、水持ってくるよ」

「いや……もう飲み物はいらん」

 

 

 それもそうか。茶を三杯も飲んだのだ。これ以上何か飲めば朝食が入らないだろう。

 まだ咳き込むその背を擦ると、驚いたように目を見開いて慌ててそっぽを向かれる。その耳が赤いのに気がついて、サスケは小さく笑った。

 

 

「あら、どうしたの?」

「えっと……」

「何でもない」

 

 

 はにかむ息子と、そんな息子に背を擦られて嬉しそうな夫。

 そしてその前に置かれた空の急須と一つだけ使用された痕跡のある湯呑みに、ミコトは全てを察して「よかったわね」と微笑んだ。

 

 

 

 

「サスケ。修行をつけてやろう、ついて来なさい」

「……!はいっ!!」

 

 

 貯水池へ向かう道中で、歩幅を合わせてくれていた父の手をそっと握ってみた。

 眼を丸くしていたが、やはり拒まれはしない。

 ゴホンと咳払いを一つした父の耳は、また赤く染まっている。案外分かりやすい人だ。

 

 そんな笑いを堪えるサスケの耳も、フガクに負けず劣らず赤く染まっていたという。



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9.別れ

 

 

『昨夜、契約が結ばれた。……三日後だ、準備をしておきなさい』

 

 

 最初から覚悟はできていた。だから泣き崩れる母と、悔しそうに俯く父に『はい』と頷く。

 ただ、たった一つだけ心残りがあった。

 

 

―――やはり、会えないのだろうか。

 

 

 兄はまだ、帰ってきていない。

 

 

 

 

「おい、どうかしたのか?お前らしくも無い」

「いえ……なんでもありません。急ぎましょう」

 

 

 木から木へと跳躍し、素早く闇を駆け抜ける3つの人影。気配も足音もなく、見るものが見れば彼らが実力者ぞろいであることが分かるだろう。

 紛れも無くそんな実力者の一人であるイタチは、らしくもなく距離感を見誤り、隣を駆ける男と肩がぶつかるという下忍並のミスを犯していた。

 もう一人の男からも、いぶかしむような視線が飛ぶ。それに適当な返事を返すイタチの胸は、得体の知れない焦燥感で満ちていた。

 

 今回の任務である潜入・情報収集は無事に完了した。

 丸一ヶ月に及ぶ任務ではあったが、林の国の暗号や人員配置などの有益な情報が手に入り、更に相手側には気付かれていない。

 任務は終了。完遂だというのに、何だろうか。この漠然とした不安は。

 

 

『なあ、兄さん…任務は早く終わるのか?』

 

 

 何故か見送る弟の姿がちらつく。いつもの見送り。いつもの言葉だというのに、何故だろう。これほど焦りを感じるのは。

 急かす何かに後押しされて、イタチは駆ける足を速めた。

 

 

 

 

 時刻は真夜中。あたりは明かりひとつなく、道端にわずかに残る雪が、月光を反射し煌いている。

 里へと続く門の前、うちは一族とヒルゼン、そして暗部はその冷たい光を受けて立っていた。

 

 

「サスケ、本当にいくのね?」

「うん。母さん元気で」

「お前が決めた道だ、俺は止めん。……さすが俺の子だ」

「父さん……」

 

 

 引き止めたいというかのように、強く抱きしめてくる母。ぎこちないながらも、頭上に手をのせる父。

 その後ろには一族が並ぶ。煎餅屋のおばちゃんは目が真っ赤に腫れていて、シスイさんは今にも零れそうな涙を必死で堪えている。

 今も、昔も。サスケは愛されていた。

 

 

「俺も、父さんと母さんの子で───『うちはサスケ』に生まれてよかった」

 

 

 呪われた血継限界、古からの因縁、里との確執、悪に憑かれた一族。そんな一面も確かにある。犯した罪は償ったといえど、消えることはない。

 それでも、全てを受け入れ、そう心から思った。

 

 途端にぎゅう、と母の腕に強く力が篭る。

 少し苦しい位だったが、その温もりを離し難くて、サスケもそっとその肩に手を回した。

 冷えた身体へ伝わる体温に、サスケはフッと頬を緩めた。

 

 

―――生きている。

 

 

 なら、それでいい。

 たとえ『うちはサスケ』が死ぬとしても。

 

 

「なぁ、シスイさん。……ごめんって、伝えてくれ」

 

 

 誰に、とは言わずともシスイならわかっただろう。

 手紙の一つも残せないから、そう言伝を頼むしかなく。伝えたかった言葉は他にもあるけれど、どうにも気恥ずかしくて言えなかった。

 

 小さく頷くシスイの眼から、遂に決壊した涙が流れ落ちる。それが伝染したかのように、一族から、肩に顔をうずめた母から、嗚咽が漏れ出した。

 父やシスイの握り締めた拳から滲むのは、悔しさ、怒り、悲しみだろうか。

 

 外見は子供でも、中身は大人。子供の立場と彼らの愛を利用しているのだと思うと、少々心が痛んだ。

 本当はもっといい策があったのかもしれない。それでもこれが、今のサスケにできる最善だった。

 

 

「そろそろ……行こうかの」

 

 

 親子の姿を隠すように傘を目深に被ったヒルゼンは、おいで、と優しい声で告げた。

 途端に一族の殺気がヒルゼンを襲う。反応しかけた暗部を片手で制し、その怒りをただ受け止める老人をサスケは見つめた。

 

 火影の証である『三代目』の文字が染められた、白い羽織が風に乗ってはためく。

 この幼い姿が孫を思い出させたのだろうか、傘の下翳ったヒルゼンの瞳に憐憫の情を見つけた。

 そんな三代目に、サスケは遠い昔の記憶を思い出す。

 『誰よりも甘い火影だったのかもしれん』と彼は言っていたが、確かにその通りなのかもしれない。

 しかし、それゆえに今まで一族の命はつながっていた。その甘さに、優しさに、助けられる奴もいるということだ。

 こっそりと謝辞を送りながら、三代目に頷いた。

 

 

「はい」

「サスケ……!」

 

 

 母の腕を離し、そのしわくちゃな手をとった。

 そんな時だった。

 

 

「サスケ?三代目も……一体何を?」

 

 

 辺りが水を打ったように静まり返る。

 幻聴かと、そう思った。もう聞くことのできないものだと、諦めていたからだ。

 だが背後の気配は確かに慣れ親しんだ、今一番会いたかった兄のものだ。

 声をかけられるまで気がつかないとは、案外余裕がなかったのかもしれない。

 

 

「三代目、あの……」

「……すまぬ。もう、時間なのじゃ」

 

 

 手を引かれて歩き出す。その方向に見えたのは戸惑う兄の姿だった。

 少しばかり息を切らし疲労が伺えるが、怪我はしていないようで、ほっと胸を撫で下ろす。

 硬直している兄の隣を二人が通り過ぎようとした刹那、すれ違いざまに手がつかまれた。

 

 

「サスケ!三代目、サスケをどこに……!?」

 

 

 冷たい手だった。サスケの手よりも、ずっと。

 その冷たさに、先ほどのむずがゆさが指先から消え、代わりに鼻の奥がつんと痛む。

 

 

―――生きてさえいればいいなど、嘘だ。

 

 

 もっと、話がしたかった。

 もっと、家族を、一族を知りたかった。

 もっと、一緒にいたかった。

 

 折角また会えた。手に入れた。手放したくなんて、なかった。

 百年の時が過ぎた。憎しみは消え、愛は妻や娘へ、その喪失の痛みすらとうに過去のものだったのに、こうして触れ合ってしまえば色鮮やかに蘇る。

 

 じわりとこみ上げる、どうしようもない熱。我慢しようと目に力をこめたのがまずかったのか、頬を熱いものが流れる。

 握る手の力が、更に強くなった。

 

 

「三代目。サスケを、返してください」

「イタチ……許せ」

 

 

 三代目が手を軽く上げる。それを合図に暗部が動いた。

 いくらイタチが強いとはいえ今は中忍であり、彼らとは経験値が違う。その動きをいち早く察知し、サスケは兄の手を引く。体勢を崩したイタチの頭上を、暗部の手刀が通り過ぎていった。

 

 

「な……!?」

「待ってください!……あと、一分だけ」

 

 

 サスケの反応に瞠目した三代目だったが、その懇願にややあって頷き、手が離される。

 握られたもう片手の先に向き直り、何が起きたのかと状況を見極めようとしている目を覗き込む。

 

 一分。それはとても短い時間だ。詳しい事情は省くしかないだろう。

 

 

―――それでも、伝えたいことを少しだけでも、この口から。

 

 

「兄さん、今までありがとう……俺は幸せだった。だからさ、今度は、兄さん達が幸せになってくれ」

 

 

 アンタに貰った命で十分に幸せな人生を送った。子供、孫、曾孫まで持てて、家族に看取られて死ねた。生きていてよかったと、そう思った。

 俺の人生は終わっているからもういい。我侭でも、今度はアンタ達の幸せな人生を見たい。

 

 

―――だから。どうか、生きてくれ。

 

 

「自由に生きろよ、兄さん」

 

 

 アンタばっか、我慢する必要なんてない。背負い込む必要はないだろ。その抱えていたものは俺も背負う。

 もしも。もしも、一族がそれでもクーデターを起こすというなら───その時は、俺の手で。

 

 何を言われているのか、と混乱している様子の兄に苦笑した。

 それもそうだ。支離滅裂な言葉だし、兄はまだ何も知らない。それでも少しだけでも伝わればいいと、言葉を紡ぐ。

 兄と呼べるのも、これで最後だ。

 

 

「兄さんが、これからどんな道を歩んだとしても……俺も、兄さんを愛している」

 

 

 あの日告げられなかった、返事をした。

 あぁ、もう一分が経つ。そろそろ暗部が動き出す頃だ。

 

 

―――その前に。

 

 

「……いってきます」

 

 

 その背を見送るのが常だった。けれど、今は違う。

 眼にありったけのチャクラを込める。イタチの体がかしらいだ。

 力の抜けた小さな体を抱きしめて、サスケはごめん、と小さくささやいた。

 

 

「シスイさん。兄さんを、頼む」

 

 

 ハッと我に返ったシスイが、躊躇しながらも兄を預かる。

 かなり強い幻術をかけた。きっとしばらくは、少なくとも明け方までは目覚めない筈だ。

 気を失っても、強く繋がれたままだった手を、一度だけ握り返す。

 

 

―――そして、放した。

 

 

「……行こう」

 

 

 三代目の手は取らず、ズボンのポケットへ仕舞った。

 風が遮られて、少しだけ、あたたかく感じた。

 里へと歩き出すサスケを、誰かが再び呼び止める声があった。それでも今度は、足を止めなかった。

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

 微笑んだサスケの頬を、また一筋涙がつたう。

 その家紋を持たぬ小さな背が、振り返ることはもうなかった。

 




【契約によるうちはの利】
1.集落の監視をなくす。
2.うちはの居住に関する自由。
3.中枢への参画(中枢機関の捜査権)
※これにより数年後木ノ葉内部監査部隊、通称”芽”が新設される。火影直轄独立組織。木ノ葉の内部調査を行い、汚職や他国との密通者の摘発を担う。
※何故通称が”芽”かと言うと、「写輪眼」の眼と「犯罪の芽を摘む」の芽、「監視の目」の目とのかけ合せ、あとはダンゾウの所の『根』に対応して。今後日向一族も加わるらしい。
(4.クーデター計画の不問)

【契約による里の利】
1.人質を手にすることでの一族の牽制。
2.1に伴うイタチの暗部入り決定、イタチ(+シスイ)の裏切りを防ぐ切り札。
3.人材不足の解消。そもそも他里からの脅威に対抗したいため、即戦力であるうちはを失うことは里としてもデメリットが大きい。
4.里内部の腐敗撲滅。(里との繋がりが余りないため、第三者組織として監視が可能)
5.うちはに関係なく使える写輪眼(移植じゃない)を手に入れる。ゆくゆくは暗部入隊を予定、その場合人権は無い。

※人質一人でここまで変わる?と、お考えの方もいるかと思います。
・上層部はシスイから『一族は皆反対していた』という事実を聞き、サスケの人質としての価値を高く見ている。
・サスケは一族内で最年少で、子供を大戦で亡くしている親達にとっては庇護対象。
・ヒルゼンは自分も孫がいるので、対応が更に甘くなる。せめてうちはにいい条件をつけようと、上層部に掛け合った。
 こんな諸々から、影響が大きくなっているという、ご都合設定。

 サスケの今後の処遇に関しては追々説明が入ります。


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10.見えた光

 

 

『いってきます』

 

 

 澄んだ黒眸が、寂しげな笑みに細められた。離れていく小さな姿に恐怖を感じて、必死に手を伸ばす。

 掴んだ筈の温もりは形をなくし、この手を風のようにすり抜けていった。

 

 

 

「ここ、は……」

 

 

 重力に逆らって伸ばしていた腕が宙を掻く。指と指の隙間から覗く見慣れた天井が、自室にいるということをイタチに知らせる。

 イタチは任務に出た筈だ。いつ帰ってきたのだったか。常なら報告書を先に書くのに、いつ眠ってしまったのだったか。

 ふと抱いた疑問の答えを探そうと記憶をたどり、息が詰まった。

 最後に見たのは、深紅の瞳と黒い三つ巴―――写輪眼。

 

 

「っ…!」

 

 

 ガバッと身を起こすと、少し眩暈がして蟀谷が痛む。

 この感覚は幻術にかけられた時特有のもので、記憶によれば、術に嵌めたのは唯一無二の弟だ。

 いつの間にそれほどの力量をつけていたのか、どうして写輪眼を開眼しているのかなど、訊きたいことは山ほどある。

 だが、それよりも心を占める思いがあった。

 

 

―――どこにいる?

 

 

 あの手は、どこへ行った?

 しっかりと握っていたはずの掌には、何一つ残っていない。

 それに歯噛みしながら、頭にはしる痛みを抑えてすぐに立ち上がる。暗く冷え切った廊下から屋敷の気配を探れば、普段は使われていない大広間に人が集まっているようだった。

 最後の言葉が、広間へと走るイタチの脳裏をめぐり、早まっていく鼓動に胸元を握り締める。

 そこにいてくれと、信じてもいない神に祈りながら、閉ざされた襖に手をかけた。

 

 

「サスケ!!」

「イタチ…起きたのか」

 

 

 何十対もの目がこちらに集まる。部屋には酒のにおいが充満していた。

 忍の三禁として、祝い事や通夜等の機会以外での飲酒は一族内で忌避される。そんな彼らがここまで飲むとは、何があったのか。

 増していく不安を押し隠し、部屋をくまなく目で探す。

 イタチはそこに望んだ姿のないことを悟ると、すぐさま身を翻した。

 

 

「待てよ、イタチ!」

「そこを退け、シスイ!邪魔をするな……!!」

 

 

 瞬身の術を使い、目前に現れたシスイがその行く先を阻む。

 それに苛立ちながら、焦るイタチは紅に染めた眼で睨みつけた。

 

 繰り返し繰り返し、蘇るあの言葉の数々。あの微笑み。

 まるで、そう、もう会えなくなるとでもいうかのような。

 

 

―――急がなければ。

 

 

 イタチの焦燥は、最早頂点に達していた。もはや恐怖と言ってもいい。

 クナイがあれば躊躇わず投げていただろうが、服は寝衣に替えられ忍具入れはここにない。写輪眼を使ったとしても、イタチ以上に幻術に長けているシスイは容易く解除してしまうだろう。

 それでも腕をつかむシスイを何とか振り払おうと、イタチはチャクラを練り上げて火遁の印を結んだ。

 

 

「イタチ、落ち着け!」

「……父さん」

 

 

 唇から灼熱の炎が吹く寸前、父の一喝が廊下にビリビリと轟いた。

 普段よりも一層険しい顔つきの父。しかしながら、その顔は一面赤く染まっている。酒に弱いというのに、かなりの量を飲んだらしい。

 イタチが瞼を閉ざし、再びそれが開いた時には紅は消え失せていた。闇雲に探すよりも、事情を知っているであろう父達に訊く方が効率的だったからだ。

 イタチは息を大きく吸い込み、常の冷静さをようやく取り戻した。

 

 

「イタチ…サスケは、死んだ」

「なっ……!?」

 

 

 取り戻した、筈なのだが。

 そのたった一言に、取り繕った冷静さがあっけなく瓦解した。

 

 

―――死んだ?サスケが……?

 

 

 卒倒しかけたイタチをシスイが慌てて支え、青を通り越して真っ白なその頬を、ペチペチと軽く叩いた。

 

 

「ちがっ……おい、しっかりしろ!頭領も言葉を選んでください!!」

「む……」

「あなた、酔っているなら黙っていて。私が説明するわ」

 

 

 泣き腫らした、それでも何か吹っ切ったようなミコトに、フガクはたじろぐ。

 すごすごと場所を譲ったフガクを、シスイの両親が慰めているのが視界の端に見えた。

 

 

「……イタチ。よく、聞いてちょうだい」

 

 

 何とか落ち着いたイタチに、ミコトはぽつぽつとこれまでの経緯を事細かに語った。

 里の書簡。集会。人質。契約。

 次々と入ってくる情報を、イタチの優秀と称される脳は嫌でも理解してしまった。

 

 

「『うちはサスケ』は死んだのよ。写真も服も、玩具も、全て処分したわ。夜明けに……あの子の記憶も消される」

 

 

 サスケは一族に庇護されていた。サスケを知るものは一族を除けば猫バア位のもので、戸籍を抹消すれば、それだけでその存在は簡単に消える。

 仮に血の関係を疑われようとも、うちは側が白を切れば、他人の空似。証拠はない。

 だからこそ、アカデミー入学前を狙ったのだ。他の繋がりを、持たぬうちに。

 

 

「里で会ったとしても、もう……他人なの」

 

 

 ミコトの目からあふれ出る涙こそ、イタチにとっては他人事のようにしか映らない。

 信じたくなかった。それでも、実際弟はここにいない。自分も涙を流せたなら、この空虚さは去ってくれるのだろうか。

 

 呆然と朧気な喪失感に溺れようとしていたイタチを、腕に走った痛みが現実に引き戻す。

 これまた泣きそうな顔で睨むシスイに、ぼんやりと焦点をあわせた。

 

 

「イタチ……お前が、諦めるのか」

 

 

 感情を押し殺した、唸りのような、呻きのような。

 そんな声だった。

 

 

「兄弟のお前が、諦めるのかよ!!」

 

 

 口内に血の味が広がる。

 頬を殴られたと気づいたときには、冷たい壁に叩きつけられていた。衝撃に咳き込み、痛む頬を押さえる。

 

 諦める……確かに、そうなのだろう。親友だ、きっと今の自分よりもイタチの考えを見抜いている。

 契約はすでに成立した以上、イタチは口を出せない。下手に動けばサスケの身が危うくなるからだ。

 そして、何より戦争を回避する為には、良い方法だと理性が判断していた。

 そう考える自分を嫌悪し、イタチは顔を歪めた。

 

 

「……どうしろと」

 

 

 次いで湧き上がってきたのは、燃えるような怒りだ。

 イタチはその激情に身を任せて、シスイの胸倉をつかんだ。

 

 

「俺に、どうしろと言うんだ……!!」

 

 

 帰ってきたときには、全てが終わっていた。何も、自分には出来なかった。させてもくれなかった。

 そんな状態でどうしろと?

 第一、お前は動けた筈だ。一体、何をしていた?

 

 この怒りは何も出来なかった自分への怒りだ。それを知りながらイタチはシスイへ矛先を向けた。

 理不尽ともいえる。ただの八つ当たりだとわかっている。それでも、この荒れ狂う感情を、ぶつけずにはいられなかった。

 

 

「今更だろう!!もう全て終わっている!」

 

 

 こちらを意に介すこともなく、東の空は明るい光に満ちている。

 今から里へ走ったとしても、もう、間に合わない。

 何も、出来なかった。

 弟が生まれた日から。俺の指を握ったその時から、守りたかった。守ると、誓ったのに。

 

 

「もう……遅い……」

 

 

 シスイの胸倉をつかむ手が震える。それを押さえ込むように歯を食いしばった。

 

 任務に行かなければ?

 任務を早く終わらせていたら?

 もっと速く駆けていたら?

 もっと強くあの手を握っていたら?

 

 それは全てが仮定の話で、そんなものを考えたところでどうにもなりはしないと言うのに。

 何もかもが終わってしまった。遅すぎたのだ、自分は。

 

 ふいにポタリ、と足元に水滴が落ちる。

 それは一つ二つと数を増していった。

 

 

「遅くなんてねぇ…!まだ出来ることは山ほどあるんだ、お前がそんなんでどうすんだよ!!」

 

 

 怒鳴ったシスイから襟首をつかみ返され、身長差から息が苦しくなる。

 涙をたたえてこちらを睨む目が、間近に迫った。

 

 

「やれることはあるだろ……!俺たちが、うちはを変えるんだ!」

 

 

―――うちはを、変える?

 

 

 思いもよらないシスイの発言に、イタチは怪訝そうに眉根を寄せた。

 そんなイタチに、シスイはもどかしげに再び口を開いた。

 

 

「里の信頼を得るんだよ、人質なんざ必要としねえくらいに!そうすりゃ、サスケちゃんだってまた……また、帰って来れるだろうが!!」

 

 

 シスイの言葉が、イタチの心を揺さぶる。

 もしも人質が、必要なくなれば。そんな関係が、つくれたら……?

 それはイタチとシスイが長年尽力していた道だ。しかし一族と里の溝は深まるばかりで、一向に改善しなかった。

 

 

―――もう、無理なのではないか。

 

 

 そう思い始めたのは何時だったか。

 目を伏せたイタチの考えを汲み取ったのか、シスイの眦がさらに吊り上った。

 

 

「だから、諦めるんじゃねえよ!……いつかは分かり合える。人質なんていらねぇ日が来る!そんな日を実現させなきゃ……サスケちゃんに合わす顔、ねぇだろ……!」

 

 

 ボロボロと大粒の涙を流しながらの言葉に、イタチはハッと目を瞠った。

 何も言わなければ人質にならずにすむというのに、自分から進み出たというサスケ。

 殺されるかもしれない。目を抉られる可能性だってある。どういう扱いをされるかも分からない。

 条件すらもまだ決まっていない、そんな余りにも不確かな状況の中で進み出た、その覚悟は。

 

 

「お前が諦めるのか?弟の覚悟を、無駄にするのかよ!?」

 

 

 そうだ、状況は変わった。サスケが変えた。

 クーデターの根本的な動機である、うちはの不満は解消される。クーデターを起こす意味が無くなるのだ。

 弟の強い瞳を思い出し、途端に自分が酷く情けなく感じた。

 諦めるのか?サスケを犠牲にしたうえで、ただ今ある日常を甘受するのか?

 嘆いているだけで、何もしないのか?

 

 

『いってきます』

 

 

 サスケは死んでいない。

 それなら、まだ希望はある。

 闇に差し込む光のように、イタチの進むべき路が照らし出されていく。

 

 

 ふと、あたたかな手が肩に添えられた。

―――白く細い指先は母のものだ。

 反対側の肩に、また手が置かれる。

―――肉厚なその掌は父のものだった。

 

 

「私も手伝うわ。里の対応を変えたいなら、私たちから変わらなきゃ、ね」

「俺も協力しよう。大切な家族だからな」

 

 

 足音が聞こえた。一つ二つじゃない、もっと多くの。

 振り向いた後ろには。

 

 

「あたしもさ。子供は宝だからね」

「微力ながら私も力添えするよ」

「まあ、幼い子供にあそこまで言われては、な……」

「我らが何もしないでは、立つ瀬が無かろう」

 

 

 母が、父が、シスイの両親が、一族が。狭い廊下にひしめき合う。

 その目は優しく、そして赤い。写輪眼の紅とは違う、人としての悲しみの痕跡がそこにあった。

 

 

「……な、出来そうだろ?」

「ああ……そうだな」

 

 

 もしかすると、もう変わっているのかもな。

 結束する一族を顎でしゃくりながら、悪戯っぽく耳打ちして、シスイは乱暴に涙をぬぐった。

 それとは逆に、悲しみや虚しさからではなく彼らの姿に、イタチの目頭が熱くなっていく。

 

 闇も確かに存在していた。

 けれど闇に囚われすぎて、すぐそこにあった光に目を向けていなかったのかもしれない。

 

 

 イタチの頬を、久方ぶりに涙が濡らす。

 その涙は、朝日と共にキラキラと輝いていた。

 

 

 

 

『ただいま』 

 

 

その言葉を、俺たちはいつまでも待っている。

 

 

 

 

『おかえり』

 

 

その言葉を、今度は俺が一番に伝えたい。





兄さん、この時まだ11歳。うちは虐殺は12歳……。原作むごい。

【人質に反対】
・本当にサスケのことを思っていた人
・頭領(上司)の息子だから反対した人
・外聞が悪いから反対に便乗した人
・倫理的に子供だからと反対した人
【人質に賛成】
・現実的に考えて良い策だと計算した人
・自分たちがよければいいという人

 うちはにも色んな人が居たわけです。
 でも、強制ではなく自分の意思で進み出たから、というのもあって、自分たちのために命賭けるって進み出た子供に全員心打たれています。
 そういう子を裏切ること=クーデター実行って難しい。特にサスケは『里も守りたい』って訴えていたし、うちはの不満は解消されるので。

 情の深い一族ですから、きっと結束したら最強でしょうね!どうぞ今後の活躍をお楽しみに(⁠^⁠^⁠)


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第七班編
11.誤算


 

 

「今日からここがお主の家じゃ」

 

 

 連れてこられた古いアパートを見上げて、思わずサスケの口元は引きつった。

 サスケの生家と同様、ペイン戦で倒壊したこのボロボロのアパートはアカデミー、引いては火影邸に程近い立地だ。   

 辺りは活気づいた商店街に囲まれ、人目が多いため曲者が狙うにはリスクが高い。そんな監視にはもってこいの立地だが、問題が一つあった。

 

 

(何で、このアパートなんだ…)

 

 

 ペンキが剥げてギシギシ軋む階段は、相当な築年数を感じさせるが、それはさして問題じゃない。

 野宿なんて慣れている身してとしては、雨風を凌げる家があればそれでよかった。

 

 

―――問題なのは“この”アパートであること。正確に言えば、このアパートに住む住人にあった。

 

 

 遠い昔、幾度か訪れていた。

 周辺には似たようなアパートもあるだろうに、何故よりによってここなのか。歩き出す少し曲がった背を追いながら、サスケは内心でため息をついた。

 

 

 

 

 昨夜、闇に紛れるように南加ノ区を出たサスケ達は、演習場の地下室へと向かった。その部屋はかつて、大蛇丸の呪印を封じた場でもある。

 蝋燭の仄かな明かりに照らされた床には、びっしりと術式が描かれており、複雑すぎて、見ているだけで頭が痛くなってくるような代物だった。

 記憶というのは膨大な情報から成り立つものであり、それを取り扱うのはかなり難しい。更にそれを対人関係のみ封じるとなると、術を行える人物は限られていた。

 

 

『上着を脱いで、ここに座れ』

 

 

 部屋の中央にいた人物から端的に飛ばされた指示に、サスケは大人しく従った。

 その老人は右目を包帯で覆い、その手には杖を持っている。

 

 

―――志村ダンゾウ。

 

 

 さして驚きはない。

 呪印の扱いに長けたダンゾウと、心や記憶に関しては並ぶ者無しの山中家の当主。その二人のどちらかだろうと簡単に予測できていたからだ。

 それに公言できるような話ではない為、山中の可能性は低いだろうと考えていた。

 

 寧ろサスケとしては、全ての記憶を覗かれかねないので、山中ではなくて良かったとさえ思う。

 何せ、百十数年の記憶は、悪用しようと思えば幾らでも出来る。それがダンゾウの手に渡ったらなど、考えたくもないからだ。

 

 空調なんてある筈もなく、外気よりも凍えるような寒さが素肌に刺さる。サスケは服を床に落とし、術式を消さないよう、慎重にその中央へ向かった。

 ダンゾウの目前に立てば、感じるだろうと思っていた憎しみは、不思議なことに欠片も感じなかった。

 不躾な視線に不快感はあるが、それだけだ。その名を聞いただけで、こみ上げた筈の怒りは露ほども湧かず、心は凪いだままだった。

 

 

―――きっと俺は、この男を恐れていた。

 

 

 再び、奪われるかもしれない。

 父の口からダンゾウの名を聞いた、あの夜。そんな怯えが確かにあった。でも今は恐怖も憎しみも怒りも、何も感じない。見据えるべきものは未来だと、踏ん切りがついたからだろうか。

 

 

『ほう…中々、よい眼をしている』

 

 

 負けじと睨み上げれば、ダンゾウは感心した風に眉を上げた。

 

 

『惜しいものだ。根に相応しい素質を持っているというのに』

『ダンゾウ!』

『分かっておるわ、ヒルゼン。……では、始めよう』

 

 

 体に術式がゆっくり書き込まれていく感覚に、ぞわりと肌が粟立つ。

 全ての準備が整ったのは、体内時計によれば予定通りの明け方。体は小さな文字で覆われ、黒い服でも着ているかのようだった。

 

 この術式によって、サスケの記憶は消される。

 母の腕の温かさも、父のぎこちない微笑みも、兄と共に食べた煎餅の味も、曾孫や孫の産声さえも。何もかもが無かったことになる。

 

 出立を告げられた日に予め聞いていたが、抵抗するつもりはなかった。

 過去を忘れ、今後起こる未来を乗り越えられるかという不安はあった。

 しかし、ここで逃れることは出来たとしても、それでは契約を反故にしてしまう。幻術で記憶を封じたと見せかけても、呪印が残らないためバレる。

 もう変えられない決定だ。だから、最初から抵抗はしないと決めていた。

 記憶を失った自分が、再び里や仲間を裏切るようなことが無いように。できる抵抗といえば、些細な幻術をかける位のものだった。

 

 ダンゾウの手が、複雑な印を結んでいく。その手から視線を外し、蝋燭の灯りすら届かない暗闇を仰いだ。

 この部屋に空はない。そこにあるのは埃の溜まった天井だけで、欠片も心は軽くならなかった。そんな暗闇に落胆して、目を瞑る。どちらにしても真っ黒な視界に変わりない。

 

 ダンゾウが腕に触れたと同時に、途轍もない激痛が体に走った。最も痛むのは、頭。 

 漏れそうになる悲鳴を何とか噛み殺す。滲む脂汗が鬱陶しい。

 

 しかし、それは唐突に終わりを告げた。

 視界が真っ暗になり、肉体と精神が分離したかのように激痛が無くなった。

 

 

―――まるで、自分が自分でないような。自分の体が自分のものでなくなったかのような、奇妙な感覚。

 

 

 それが一瞬だったのか、それとも数時間だったのか。そんなこともよく分からなかった。

 ふいに感じた浮遊感の後、落下するような衝撃と共にサスケの意識は戻った。

 頭が痛み、手足が鉛のように重い。

 それでも手を握る緩めるを繰り返せば、やがてそのどちらもが治まっていった。安堵して息を吐くと、澄んだ空気が肺に満ちていく。あの部屋のものではない。

 そうしてようやく、サスケは周囲の変化に気がついた。

 

 

『森……?』

 

 

 いつの間に移動されたのか、周囲に壁はなく、木々が天へ枝を伸ばしていた。

 小鳥の囀りや、小川のせせらぎ、土の匂い。それらに困惑しながらよろよろと立ち上がる。

 

 林ではなく森だろうと考えたのは、この場所が余りにも薄暗いからだ。葉に邪魔されて、空はここでも見えない。

 不気味な森だ。

小鳥の囀りは突然途切れ、小川のせせらぎは静寂感と緊張を孕んでいる。土は土だったが、そこに生えた鮮やかな紅のキノコが、猛毒を持っているだろうことは明白。

 そして、極めつけは背後の唸り声である。

 

 

『グルル……』

 

 

 ゆっくりと振り返る。そこにいたのは、熊だった。しかし、一般的な熊の倍はある巨体だ。

 腹を空かせているのか、涎がダラダラ垂れている。

 

 こちらにとっても餌となり得るが、奴は爪と牙を持ち、こちらは丸腰の子供。この体では勝ち目はないし、加えて昨夜の幻術で使い切っていたから、チャクラはほとんど残っていない。

 それでも、死ぬかもしれないとは全く思わなかった。

 

 一つ吼えて襲い掛かってくる熊を、動くこともなくただ立って見詰めていた。きっと傍目には恐怖で動けなくなっているとでも見えたことだろう。

 熊の顔が迫り、鋭い牙が届く寸前。大量のクナイが熊に降り注いだ。

 

 

『君!大丈夫か!?』

『よかった、怪我は無いようね』

『どうして子供がこの死の森に……』

 

 

 覗き込んでくるのは、三人の忍だ。その額当てにあるのは木の葉マーク。

 『記憶を失い森で死に掛けていた孤児』と『その子供を助けて保護した木の葉の忍』。

 茶番だ。既に書かれていたシナリオを辿るだけの、予定調和。

 

 困惑している彼らは、何も知らされていないのかもしれない。そうでなければ、大した演技力である。結界に異常がある、調べて来いとでも命令されたのだろうか。

 しかし彼らが間に合わなくても、今木の影でこちらを監視している暗部が俺を守っていた筈だ。

 

 人質に力を持たせる必要は無い。一般人として育てればいい話なのだから。

 サスケも例に違わず、最初はそうなる予定だったという。

 

 しかし、上層部には欲が生まれた。

 サスケが集会で写輪眼を見せたことは、シスイから上層部へ伝わっていたらしい。

 うちはと関係なく使える、それも移植したものではない本家の眼。子供のうちなら手懐けられるとでも踏んだのだろう。

 

 だからこそ、記憶を消して木の葉の忍に拾わせるという、まどろっこしい方法を取った。

 『命を助けられた』と何も覚えていない子供に刷り込ませ、里への恩を作り上げる。何も覚えていない、そんな不安の中で里に受け入れられれば、子供は里に尽くすようになる。

 一種の洗脳だ。単純だが、存外効果は大きい。

 

 

―――けれど、誤算が生じた。

 

 

 術は成功したのか、肩には万華鏡の模様に似た花のような形の呪印があった。奇しくも、大蛇丸の呪印があった場所だ。

 それにも関わらず、心には百十数年の記憶が残っている。何一つ、欠けてはいない。

 

 

 それがどうしてなのかは、サスケが過去に存在し、過去を話せないことと同様にわからない。

 ただ一つ言えるのは、得体の知れない『何か』があるという事のみだった。

 

 

 

 

 このアパートの二階には、ドアが二つある。

 当然手前の扉を開けるだろうと予想していたサスケは、そこを通り過ぎた三代目に呆気に取られ、足を止めた。

 

 

―――まさか、な。

 

 

 ふと過ぎった可能性に蓋をして、何事もなかったかのようにまた歩き出す。……が、重くなった歩みはやや鈍る。

 

 

「ここにはもう一人、先客がいての。仲良くしてやって欲しい」

 

 

 ピンポーン、とサスケの心とは対照的な軽く明るいチャイム。それからドタバタと忍にあるまじき足音がして、ドアは開いた。

 

 

「何だってばよ、じいちゃん!いい夢見てたのにさぁ……」

「まだ寝ておったのか?もう8時じゃぞ」

「いーの!今日はアカデミーねぇもん。……それでそっちの奴、誰だってばよ?」

 

 

 眠たげな眼を擦りながらドアから顔を見せたのは、金髪頭のウスラトンカチ。

 見れば見るほど、孫や曾孫によく似ている。いや、孫や曾孫がコイツに似たのか。遺伝子法則なんぞはまるっきり無視して、二人ともこいつにそっくりだったのには、無性に悔しい思いをしたものだ。

 

 

―――コイツが彼らを一目も見れなかったとなれば、なおさら。

 

 

「ナルト、今日からこの子もこのアパートに住むことになった。分からぬこともあるじゃろう、色々と教えてやってくれ」

 

 

 空のように蒼い瞳が好奇心に輝いて、こちらをじっと見詰めてくる。

 うずまきナルト。かつての親友にしてライバルで、後に七代目火影となる男だ。

 

 本当は関わりあうつもりはなかった。

 ナルトは良くも悪くも、影響力が大きすぎる。こいつに救われた者は数知れず、かく言うサスケもその一人だ。

 関与した場合、どんな事態を引き起こすか分からない以上、アカデミーでもなるべく避けるようにしようと思っていたのに。

 

 

(……どうやら、不可避らしいな)

 

 

 胸中で苦々しく呟くが、それでも再び会えた事を喜んでいる自分が、何だか恨めしかった。

 ニコニコしている三代目は純粋に俺とナルトを仲良くさせたいようだが、上層部は万が一の時、サスケに九尾をコントロールさせたいのだろう。

 “前”のように冷たく接するべきなのだろうが、孫や曾孫を彷彿とさせるこいつに、それが出来るかどうか。

 

 また痛くなってきた頭を抑えたい衝動を我慢する。あの森で『拾われて』三日。しつこく質問してくる奴ら相手に、記憶があることをひたすら隠し通した。

 それなのに、ここで三代目に不審でに思われてはマズイ。バレたなら、今度こそ記憶が消されてしまう。

 

 心の中で溜息を吐きつつ、一歩だけ前に出る。

 最近溜息が多くなってきたな、なんてどうでもいいことを考えた。それを人は現実逃避と呼ぶのだろうが。

 

 

「………サスケだ」

「オ、オレ、うずまきナルト!よろしくだってばよ!」

 

 

 素っ気無い挨拶にも、満面の笑顔を浮かべるナルトが眩しい。ぶんぶん揺れる尻尾が見えた気さえする。

 アカデミーではいがみ合っていたものの、それは単にナルトがライバル視していたからだ。サスケ自身も子供だったから、同じような態度で反発しあっていた。

 

 だが、今のサスケはまだアカデミー生でもない(ナルトはおまけで2年先に入っている)のだし、今なら友人として接することが出来るのかもしれない。

 それを思うと何だかくすぐったい気持ちになって、もういいか、と諦めが勝り顔を緩めた。

 

 いい加減、疲れていた。

 グチャグチャ考えても有効な策がないのだから、流れに任せてもいいのかもしれない。

 

 投げやりな思考だな、と我ながら呆れる。

 それでも、更に嬉しそうに笑うナルトに、自分の悩みがちっぽけなものに思えてくるのは今に始まったことではないのだ。

 

 

―――ったく、ウスラトンカチ。自分だけさっさと死にやがって。サラダを泣かせた罪は重いぞ。

 

 

 吐き出したい言葉は、声にならない。

 未来のことは言うことが出来ないなんて、『何か』が人格を持っているとしたらふざけた奴だ。でも、そのお蔭でまた家族やコイツに会えたから、一応礼は言ってやる。

 ああもう本当に、泣きそうだ。ナルトの前で泣いてなんかやらないが。

 

 涙を堪え俯いていたサスケの横で、ヒルゼンはそういえば、と何か思い出したように顎鬚を撫でた。

 

 

「実はな、余りに急なことだったため、サスケの部屋が用意出来んかったでのぅ」

「「…っっ!?」」

 

 

 親友との再会に気を取られていたサスケは、背を押されるまま玄関へ倒れこんだ。ナルトも巻き込まれ、サスケの下敷きとなっている。

 床に溜まっていたらしい埃が途端に舞いあがり、ゴホゴホと咳き込んだ。

 綺麗好きとはお世辞にも言えないナルトの事だ、長らく掃除されていないのだろう。

 

 

「そういう訳でな……ナルト、サスケ。今日から一緒に暮らすのじゃ」

 

 

 仲良くするんじゃぞ、と笑いながらヒルゼンはドアの向こうへ消えた。

 唖然としていたサスケだったが、すぐさま言葉の意味を理解し、素早く身を起こすとその白い羽織を探した。

 しかし、腐っても鯛。歳をとっても火影、もはや影も形も見当たらない。

 

 

「…っの、狸ジジイ……!!」

 

 

 悪態をついても、事態は変わらない。苛立ちをぶつけるように荒っぽく閉めたドアが、いい迷惑だとばかりに軋む。

 心の底から吐き出した溜息は、部屋に大きく響いた。

 

 未だに状況を飲み込めずにキョトンと床で尻餅をついたままだったナルトへ手を貸しながら、サスケは改めて部屋の中を見回し、そして絶句した。

 

 

足の踏み場も無いほど、脱ぎ散らかされた服。

テーブルに出しっぱなしの牛乳と、汁が少し残っているカップラーメンの残骸。

部屋の隅にはゴミ出しを忘れたのだろう、コバエがたかっているいくつものゴミ袋。

よくよく見れば、あちこち泥が付着し異臭を放つ、ナルトの服。

そして、しわくちゃなベットのシーツに、カサコソ動く黒い影。

 

 

 呪印を刻まれた時とは、比べ物にならないほどの悪寒が走った。

 まあ、家事を教えてくれるような奴がいなかったことは分かる。唯一三代目がいるが、彼も得意なタイプじゃなさそう……というか、のんびり家事を出来る立場じゃない。他の誰かがやっているに決まっている。

 

 しかし、しかしだ。幾らなんでもこれは酷すぎる。

 余りの惨状に気が遠くなるサスケの頭に、ふと三代目の言葉がリフレインした。

 

 

―――ここに、住む?

 

 

「……服を脱げ」

「へっ?」

「洗濯するから、さっさと服を脱げ。掃除機はどこだ?まさか…ねぇとは言わないよな?」

 

 

―――訂正しよう。ナルトはナルト、“前”と同じく接する事が出来そうだ。

 

 

 ニッコリと綺麗に微笑むサスケだが、目は全く笑っておらず、額には青筋が浮かんでいる。そんなサスケにナルトは震え上がった。

 ミコトの躾と血は、しっかりとサスケに受け継がれていたのである。

 

 

 静かだったアパートに、その日から怒声と悲鳴、そして笑い声が聞こえるようになったそうな。

 




【サスケの処遇】

①記憶を呪印によって封じる。
その点はダンゾウに一任されていた為、記憶封じ以外の効果も入れられている可能性が高い。

②里の監視下に置く。
ナルトと一緒に監視することに。万一の時にはサスケに九尾をコントロールさせようと考えている。

③写輪眼を開眼次第、即時の暗部入隊。拒否権はもとより人権なし、傀儡人生まっしぐら。
ただし現在は、記憶封じの影響で写輪眼が使えないと上層部は考えている。写輪眼を開眼するまでは、と三代目が条件をつけた。それまでは普通にアカデミー、卒業後も通常の忍として働ける。
サスケもサスケで、うちはと一発でバレるし、上層部に眼を取られるかもしれないと写輪眼を隠すことにした為、しばらくは平穏が続く。

※②③はサスケは知らされていない。記憶をどうせ消さなくてはならない為、敢えて伝えなかった。
※兄さん達一族は、写輪眼を開眼する前にサスケを取り戻そうと焦っている。任務に付くことで開眼リスクが高まる為、できれば下忍までには取り戻せたらいいが、そうそう確執は無くならない。
※上層部は記憶はなくても、いずれはその血が目覚めると確信している。一族を刺激することになるかと今は様子見中。

ほのぼのと見せかけて、実はけっこうな綱渡り状態。


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12.救い

 

 

「スッゲェ…!部屋が広く見えるってば!」

「おい、はしゃぐな。埃が立つだろ」

「おお!なんか布団がいい匂いしてる……!」

 

 

 ベットでゴロゴロ転がりながら歓声を上げるナルトには、サスケの苦言は全く届いていないようだ。

 干したばかりの白いシーツに、早くも皺を見つけて呆れながら、サスケは改めて埃一つ落ちていない部屋を見回した。

 

 服やシーツをまとめて洗濯機に突っ込み、出しっぱなしで腐っていた牛乳やラーメンの残り汁を下水に流し、里の郊外にあるごみ処理場まで何度も往復し。

 

 幼い体は疲労で気怠いが、結果この部屋は見違えるように綺麗になった。もう夕方だというのに、部屋に入った当初よりも明るく見える。

 こんなものかと満足げに額の汗を拭っているサスケに、エネルギーを欲する身体がグウ、と空腹を訴えた。

 

 

───そうだ、忘れていた。最後の一仕事が残っている。

 

 

「サスケサスケッ、ベット凄ぇフワフワしてる!お前も来てみろってばよ!」

「俺はいい。それより……夕食、何食いたい?」

「夕食?味噌ラーメン!」

「違ぇ」

 

 

 頭がまた痛くなってきて、蟀谷を押さえながら、どう言ったものかとしばし躊躇う。

 今日の昼食はカップラーメン。冷蔵庫の中は腐った牛乳だけ。二抱えもあるゴミ袋の中身も、そのほとんどがカップラーメンの空き容器ばかりだった。

 これがナルトにとっての日常的な食事であるのは明白で、掃除の最中に一人カップラーメンを啜るナルトの姿が見えた気がしたほどだ。

 

 コイツが体調でも崩したら、不本意ながら共に住むことになった自分が看病せねばならない。

 それが面倒だからだ、と誰かに言い訳をしていれば、『え?じゃあ醤油?』とウスラトンカチな発言をするナルト。

 

 

───ナルトは人柱力。そうそう体調は崩さないだろう、と囁く声は聞こえない振りをして。

 

 

「飯、作ってやるって言ってんだ。さっさと決めろよ」

 

 

 少し早口に告げた言葉に、ナルトが鯉のようにあんぐりと口を開けた。

 

 

 

 

「10両か…」

 

 

 はたしてこれは安いのか、高いのか。

 サスケは卵のパックを片手にしばし思案していたが、答えなど出てくるはずもない。

 結論を出すことを早々に諦めて、子供の身体の半分程もある買い物かごへ卵を入れた。

 

 この時代の木ノ葉は、人口に対して資産は案外少ない。戦力で見れば五大国一だとしても、経済力はイマイチだったりする。

 サスケはアパートへ着く前、給付金を渡されてはいたが、その額は決して多くはなかった。

 

 健康云々はともかくとして、経済的になるべく節約する必要がある。

 しかし、アパートからは少し離れたスーパーへ来ていたサスケには、如何せん相場というものが分からなかった。

 

 あの夜以降は一族の遺産があり、値段を特に気にすることはなかった。大蛇丸の所では買い物すらせず、小隊の頃も自分で料理などしない。

 旅をしていた時は、僻地にスーパーなんぞある筈もなく、獣を狩り山菜を採って食べという自給自足。旅を終えた後も食事を作るのは妻で、隻腕に気を遣われたのか、家事の手伝いは大抵断られた。

 そんな過去の朧気な記憶さえ、この時代の物価とは異なるのか、金額の差が大きい。

 

 今度別のスーパーにも行こう、とサスケは密かに里内スーパー巡りを決意しつつ、肉や野菜、調味料なども次々に手に取っていく。手痛い出費ではあるが今日ばかりは仕方ない。

 夕食にナルトが希望したのは、オムライス。その材料が揃っているかを確認して、サスケはレジへと向かった。

 

 

「おや、お使いかい?いい子だねぇ」

 

 

 レジ係の中年女性は、お煎餅屋のおばさんとどこか似た雰囲気をしている。更に同じことを言うものだから、サスケは小さく笑った。

 

 

「ーーー……っ、……て…!」

「ーーーー、あ……は……!」

 

 

 会計を済ませ、レジ袋を受け取った時だ。ふと出口の方から喧騒が聞こえた。

 何故か悪い予感がして、そちらへと急ぐ。やがてナルトの気配を捉えると同時に、心臓が凍りついた。

 

 

「バケモノのくせに……!」

 

 

 辺りは騒がしく、多くの野次馬に囲まれてその中心で何が起きているのかは見えない。

 それでもその高い声で叫ばれた言葉と、一拍置いて響いた頬を張る音だけは、はっきりと耳に届いた。

 

 

「───俺は…、俺は………!!」

 

 

 野次馬の足と足をかき分けて、どうにか中心へと身を捩る。隙間からやっと金髪が見えた。

 野次馬から一歩距離の空いた場所には、ナルトと共に腹の大きい妊婦が立っていた。

 

 

「ナルトっ…!」

「!!」

 

 

 余りにも頼りなく、小さなその姿。手を伸ばして、必死に名前を呼ぶ。

 そして。その蒼眼が、サスケを捉えた瞬間。ナルトは更に顔を歪ませ、スーパーを飛び出していった。

 

 

「全く…あんなバケモノまで来るなんてね」

「本当に困ったもんだよ」

「ウチの店にまた来るようなら、叩き出してやるさ!」

 

 

 泥のように纏わりついてくるのは、悪意。

 聞きたくないと思うのに、嘲笑を含んだ言葉の数々が胸を刺す。

 

 

「なんの騒ぎだい?」

 

 

 先ほどの気のよさそうなレジ打ちのおばさんが、中央にいた妊婦へと問いかけた。

 

 

「さっき九尾の子供がぶつかって来たの」

「何だって!?子供のいる女にぶつかるなんて!ロクなことをしないね、あのバケモノは」

「この子を殺そうとしたのよ。里に野放しにするなんて、三代目は何をお考えなのかしら……」

 

 

 大切そうに、お腹を撫でる若い女性。

 そのハシバミ色の目には慈愛が満ちていたが、ナルトを睨みつけた憎悪の目でもあった。

 きっとぶつからなかったとしても、ナルトが近くにいるだけで、あの目を向けるのだろう。

 

 

───分かっていたはずだ。

 

 

 こうなることなんて、簡単に予測できたはずだった。

 七班だった頃、棘のある視線がアイツへ向かっていることには気づいていた。その頃は自分のことで手一杯で、何も出来なかったけれど。

 そして、帰ってきた時にはナルトは里中から慕われるようになっていたのだ。

 それはナルトが何年もかかって、苦労して手に入れたものだった。

 

 アイツが明るく笑うから。だから、忘れていた。

 

 レジ打ちの女性が、ふと足元に転がっていた何かを拾った。

 今コマーシャルで宣伝されていて、ナルトが食べたいと騒いでいたカップラーメンだった。

 

 

「これは?」

「ああ、それならあの子がぶつかった時落としたものよ」

「万引きでもする気だったのかねぇ。まぁいい、捨てて…「俺が買う」……え?」

 

 もう黙ってはいられなくて、サスケはキョトンとする二人を無視して、財布から十分だろう金を取り出す。 

 さっき買ったばかりだったから、値段だって覚えている。それを押し付けると同時にラーメンを奪いとった。

 

 

「あ、ちょっと!それはさっきのバケモノが───」

「ナルトだ」

「……?だから、」

「あいつはナルトだ。バケモノなんかじゃない」

 

 

 静かな怒りを滲ませたサスケに、レジ打ちの女性は押し黙った。

 何だ何だと再び集まり始めた野次馬にも聞こえるように、サスケははっきりとその言葉を繰り返した。

 

 

「ナルトがぶつかったことは謝る。すまなかった」

「え、ええ…」

「だが、あいつはバケモノじゃない。ただの子供で……アンタの腹にいる子供と、何も変わらない」

「何ですって!?」

 

 

 淡々と述べていくサスケに押されていた妊婦だったが、その言葉にカチンときたようで、般若のように目を尖らせた。

 

 

「あの子は九尾のバケモノなの!あなたは知らないだろうけどね、あれに私の息子は殺されたのよ…!そんなものとこの子を一緒にするなんて……!!」

「……もしも。もしもアイツが、バケモノだとしたら」

 

 

 ヒステリックに叫ぶ女の言葉を遮って、彼女と周りで聞き耳をたてている人々を静かに見つめた。

 浮かぶのは怒り、憎しみ、悲しみ。大切な誰かを無くして、その苦しみをぶつけている。

 

 

───けれど、きっと本当は気がついているのだ。

 

 

「アンタ達は、今頃死んでいるだろうな」

 

 

 女の目が揺れた。

 化け物と呼びながら、蔑む。それは化け物へ石を投げるようなものだ。腹に赤ん坊の居るコイツが、命の危険を知りながらそんな事をする訳もない。

 

 ナルトがただの子供だと、本当は全員気がついている。

 それに見えない振りをしているのは、悲しみか怒りか、憎しみ故か。はてまた、周囲との同調か。

 どちらにせよ、そんなものは言い訳にはなりはしない。行いは決して消え去ることはないのだから。

 

 

「そんなに何を驚く?アイツがバケモノなら…アンタの子供を殺した奴なら、アンタやその赤ん坊だって殺した筈だろ?」

「そ、それは……」

「アンタの息子を殺したのは、アイツじゃねえ。一人の子供をいい年した大人が寄ってたかって迫害する……バケモノはナルトじゃない、アンタ達だ」

 

 

 そう言い置いてサスケはデパートを出た。

 瞼を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。長旅で気配には聡くはなったものの、そもそもサスケは感知タイプではない為容易にはいかなかった。更にここは里の中心街。気配が余りにも多すぎる。

 それでも必死に探していると、ふと大きなチャクラを感じた。一瞬だけではあったが、これほど禍々しさを持つチャクラは数える程しかないだろう。

 

 

「……ナルト」

 

 

 かくしてナルトはそこに居た。

 ギィ、と揺れるブランコ。木の葉公園だ。

 ナルトは予想に反して泣いてはいなかった。ただじっと楽しそうに遊ぶ子供達を見つめている。

 

 サスケは何も言わず、ナルトの隣のブランコに腰かけた。

 夕日が照らす柔らかな光が子供の長い影を作り出す。それをぼんやりと眺めていた。他の影と重なったかと思えば、また離れて、すれ違って。子供の高い笑い声と共に、動いていく。

 やがて影が見え難くなってきた頃、遠くから彼らの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。彼らの親が迎えに来たのだろう。

 

 

「ほら、帰るわよサクラ!」

「はーい…」

 

 

 その中の一つの名前に、知らずと聞き耳を立てる。

 残念そうな声は、まだ遊びたいという気持ちの現れか。

 

 

「じゃあね、また明日!」

「うん。バイバイ、いのちゃん!」

 

 

 また一つ、懐かしい同期の幼い声が。

 よくよく耳を澄ませれば、他の同期の声も別の方向からちらほら聞こえた。

 

 

「ねえ、ママ。今日のお夕飯はなぁに?」

「今日はハンバーグだよ。この前食べたいって言っていただろう?」

「やった!ありがと、ママ」

 

 

 一人、また一人と親と手を繋いだ影が消えていく。夕日が完全に沈んで他に誰も居なくなって、ようやくサスケはチラリと隣を伺った。

 ナルトもまた、先程サクラが帰っていった路を見詰めていた。

 

 

「……やっぱ、ハンバーグ食べたいってば」

 

 

 ボソリと呟かれた言葉を拾い、オムライスという注文がどこから来たものかを悟って、苦笑しながら「明日な」と答える。

 だが、本当に言いたい事は違うだろう。また生じた沈黙を破ることなく、静かにサスケはナルトの言葉を待った。

 

 

「俺さぁ……化け物なんだって」

 

 

 まぁ、オレ様のスッゲーさいのーが羨ましいんだってばよ!

 ニシシと笑うナルトだが、それが却って痛ましく映る。

 

 

「オレは火影になるんだし、さっきのなんて気にしてねーし!」

「……」

「あとでギャフンって言わせてやるんだってば!」

「………」

「里のみんなもわかってねーよな。オレ様が本気になれば、チョチョイのチョイだってのにさ!」

「……………」

「だってさ、だってさぁ!オレってばオトナだし?あんなんどうってことねーし」

「……………………」

 

 

 だからさ、俺ってばココロ広いからさ、許してやるってばよ!

 そうナルトは続けた。

 ナルトは強い。否定されても、拒絶されても、立ち向かう勇気がある。だが、だからといって傷つかない訳ではない。

 

 

───俺もかつて、ナルトを傷つけた一人だった。

 

 

 それが、突きつけられる。

 本当は、さっきの奴らにだって偉そうに言える立場でもないのに。

 

 

「………お前もさぁ、オレが化け物だって、」

「思わない」

 

 

 信じられない、と目を瞠るナルト。だがその言葉は混じり気のない真実だ。

 何度も否定し拒絶し、傷つけた。それでも、俺はナルトを化け物とは思ったことはない。

 

 

「お前はドベでビビリでウスラトンカチで───」

「何だと!?」

「───俺のライバルで、友達だ」

「………!!!」

 

 

 暗くてよかったと心底思う。顔が赤くなっている自覚はあるからだ。

 そんな空気を変えるようにブランコから立ち上がると、スーパーの袋がガサリと鳴った。

 早く冷蔵庫に入れないとな、と考えながら小さな掌を差し出す。

 

 

「帰ろうぜ、ナルト」

「……おう!」

 

 

 繋いだ左手と右手は、和解と引き換えに失った筈のもの。

 それをやり直せるならば、今度は俺がお前を救えるだろうか。



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13.縁

※縁(えにし)とお読みください。
※今回は少し短いです。すみません(汗)


 

 ナルトと再会して一ヶ月。

 サスケは再びかのスーパーへ来ていた。

 

 本当は二度と行くものかとさえ思っていたサスケではあるが、里内スーパー巡りの結果、こと卵や乳製品に関してはここが最も安かったのだ。

 衣服を始めとし、生活用品を整えるには存外お金がかかる。月末に近づき痩せ細ってきたガマちゃん財布と睨めっこの末、サスケはやむを得ず、再びここへ足を踏み入れたのだった。

 

 

(卵がパック10両……やはり安いな。肉はまずまずだが特売に期待できるか)

 

 

 もうじき夕方のセールがあると店員から情報を得ながらも、その時間を確認したサスケは遅くなるかと諦めた。

 オマケで一足先に入学しているナルトが、そろそろアカデミーから帰ってくる頃だ。どこに行ってたのかと煩くなるだろうし、馬鹿正直にこのスーパーとは答えにくい。

 

 店内を見て回りながら幾つかをカゴに入れ、早く戻るべく列のできているレジへと向かう。

 そうして急いでいたのが災いしたのか、すれ違った買い物籠がぶつかり合った。

 無論、避けることは出来たものの、その思いがけない人物を視認する方が早く、動揺してしまったのは忍として情けない限りだ。

 

 

「……すまない」

「いえ、私もちゃんと見てな……っ、あなたは……」

 

 

 顔が強張っているのがわかる。彼女も顔が引きつっていた。

 彼女は前にこのスーパーに来た折り、一緒にきていたナルトと一悶着を起こした妊婦だ。あの頬を張る音、吊り上がった眦が蘇る。

 まだ一ヶ月、互いに記憶はしっかり残っているようで微妙な気分だった。

 

 

「大丈夫か?」

「え、ええ。私も前を見ていなかったから……」

 

 

 二人して押し黙る。

 何とも居心地が悪くなり、じゃあとその場を離れようとすると、何故か待ってと引き止められた。

 

 

「あの………私ね、明後日に入院することになったの。ああ、病気とかじゃないわ、そんな顔しないで。この子が産まれるのよ」

 

 

 入院は入院でも、出産入院。咄嗟に感じた不安は幾分か和らいだ。

 しかし、何せ出産は命懸け。娘や孫が産まれてきた時のことを思い出す。

 何も出来ず、妻や娘の苦しむ声を聴くだけというのは堪えたが、病室に入れた時には既に穏やかな表情で赤子を抱きしめていた。それを見て、改めて女性の強さを実感したものだった。

 

 

「そうか……おめでとう」

「ふふ、まだ早いわ。無事に産まれてくれるといいのだけれど」

 

 

 優しくお腹を撫でるその顔は、既に母親のものだった。ナルトに対しての態度はともかく、その眼差しは決して嫌いじゃない。

 目を細めて見守っていると、撫でてみる?と声を掛けられた。

 

 

「いいのか?」

「ええ、どうぞ」

 

 

 恐る恐る伸ばす手が、少し震える。

 これが初めてではないが、いつだってこの掌の下に生命があるのだと思うと、壊れてしまいそうで怖くなる。いくつもの命を奪ってきた手だからこそ尚更だ。

 

 そんな不安を払拭するように、ドン、と強い衝撃が腹に当てた手から伝わってきた。それを感じてようやく肩の力が抜けた。

 

 

「強い蹴りだな。元気そうだ」

「男の子でね、やんちゃ坊主なのよ」

「男ならそれくらいで丁度いいんじゃないか?最初は大変だろうが、その内落ち着く」

「まぁ。まるで育てたことがあるみたいな言い方ね」

 

 

 クスクスと笑う女性だが、実際のところ少しだけある。

 娘も妻に任せきりにしていた駄目な父親だが、娘の子供、要は孫が生まれた時里に戻り、日中少しばかり面倒を見ていたことがあった。

 

 サラダは長年の夢が叶って火影となったばかり、ボルトもその補佐で当然忙しい。

 更に、サクラとナルトは既に亡く、ヒナタは日向家当主。長子が跡目を継ぐ決まりを破って、ヒマワリが当主になるとかでお家問題により色々揉めていた為、サスケにお鉢が回ってきたというわけだ。

 

 愛娘と愛弟子二人の影分身に追いかけられ、何度断り逃げても、諦めねぇど根性もとい無駄な諦めの悪さで粘られては降参するしかなかった。

 恐らく、いや絶対にあれはサクラとナルトの血だと断言できる。

 

 

「……。やんちゃも程々にな。親を困らせてやるなよ」

「?何か言った?」

「………いや、何でもない」

 

 

 若干遠い目で過去を回想して、苦笑いを噛み殺す。

 怪訝そうな彼女を誤魔化したサスケは、頑張れよ、と最後にもう一度その腹を一撫でした。

 

 

「そろそろ俺は帰る。アンタも身重の身体だ、気をつけろ」

 

 

 ついつい話し込んでしまったが、もうナルトが帰ってきている筈だ。

 いざ帰ろうと足を反対側へ向けたのだが、細く、それでもサスケより大きな手に引き留められた。

 

 

「私の病室は108号室よ。予定日は一週間後。………赤ちゃんのこと、見に来てちょうだい」

 

 

───あの子も、もし良ければ。

 

 

 潜められた声は、しっかりとサスケの耳に届いていた。

 そして、あの日のサスケの言葉もまた、彼女に届いていたのだろう。

 

 

「あの時は……ごめんなさい、酷い事を言ったわ。それから、教えてくれてありがとう」

 

 

 そう言って去っていく彼女は、どこかすっきりしたような、晴れやかな顔をしていた。

 もうとっくに帰ってきているだろうナルトには、いったい何と話そうか。少し不安そうにしながらも、きっと瞳を輝かせて喜ぶだろう。

 

 セールで手に入れた鶏肉をカゴに入れ、レジへ向かう足取りはどこか軽く感じた。

 

 以降、このスーパーに小さな常連客が増えたそうな。




ちなみに夕食は親子丼でした。

今回、本編が短いのでおまけを置いておきます。ダークな裏設定です。
【最初予定していた原作終了後】⚠BORUTO未読、未来捏造⚠


キンシキ、モモシキの襲撃から10年後、各国で同時クーデターが起きた。
これまでの忍システムでは賞金首制度があった。他国の高名な忍を、戦力を削ぐために抜け忍やゴロツキを利用して始末させるというもの。(カカシやアスマ等も賞金首の一人)
賞金首制度は暁を始め、鷹や音忍といった後ろ暗い者たちの収入源だった。そしてそれに関わる者も数しれず、闇に身を置く者たちにとって重要な市場を展開していた。

しかし、五大国同盟が結ばれたことで、依頼もめっきり減り、戦争もなくなり職にあぶれる者が続出した。また、戦闘職である忍として、争いのない世界を受け入れられなかった者もいる。そうした者たちが密かにクーデターを目論む。

※ナルト達もそうした組織のことは把握していたが、楽観的に捉えており、他職の斡旋や抜け忍が戻れるようにと対策しただけで重くは考えていなかった。数もそれほど多くなかったというのもある。

サラダがボルトとの子供を出産して数日後、クーデター発生。
そのクーデターには、カタスケによる傀儡兵士(科学忍術の発明者。映画BORUTOを参照。その後科学忍術開発は禁止され降格されたことに不満を持っており組織で開発を進めていた。それによって生み出された忍術を使う傀儡。チャクラ糸は必要なく、プログラムによって動く)や、争いのない世界では疎ましく更に恐れられるようになった血継限界持ち、忍界大戦で家族を失い無罪放免になったうちはを恨む者なども含まれ、長く争いから離れていたこともあって里は劣勢だった。
しかし、ナルトやサスケ、サクラ、ボルト、サラダといった者たちが尽力し里は盛り返す。


ところが、追い込まれた者たちは余裕を崩さず、ある時ナルトが罠にかかり一時消息不明となる。
その数日後、木の葉が襲撃され、それを先導していたのはナルトだった。(幼い頃差別されていたのに、掌を返したように讃える里に闇を抱いたと黒ナルトは言う)

戦場でナルトとサスケは拳を交わし、精神世界で本来のナルトと接触したサスケは、ナルトが別天神をかけられていた事を知る。

ダンゾウの持っていたそれは爆発によって吹き飛んだかに思えたが、オビトがその細胞を取っておき、それを反乱軍が再生させた。成功したのは一つだけで、一回しか使用不可。
※何故今になってクーデターなどをしたかというと、タイムラグのある別天神が使えるようになるのを待っていたから。


精神世界で止めてくれと泣くナルトを見て、葛藤の末にサスケは自らの手でナルトの胸を貫いた。ナルトを封印などで止めるにも、あまりにナルトが封印術に長けており出来なかった。※うずまき家は封印術に長けるものが多い。
九尾は操られておらず、ナルトの思いを理解していたので、黒ナルトに力を貸さずサスケに協力した。ナルトが死ぬと同時に九尾も消滅を選んだ。

ナルトは持ち前の生命力で胸を貫かれてもまだ生きており、冷たくなっていく身体を背負ってサスケは行く先々で治療を試みる。だが、黒ナルトは既に甚大な被害を出しており、治療を断られてしまう。
そんな時サクラの顔が浮かび、彼女ならばと一筋の希望を抱き、自身も深手を負いつつ砂漠を越える。

チャクラも切れ倒れそうになりながら、ナルトの血にまみれながらも休みなく歩いていると、ナルトが”ありがとう”と呟いた気がした。いっそ、恨んでくれたならとサスケは泣いた。泣きながら歩き続けた。
心身共にボロボロになりながらようやく木の葉に帰った時には、ナルトはもう事切れていた。

更に、サスケがナルトに勝ったという話を反乱軍は知り、サスケが木の葉に着く少し前に木の葉へ最後の大規模な襲撃があり、生まれて間もない孫が巻き込まれ死亡。
孫を助けるため、チヨばあが我愛羅を生き返らせた術を使い、サクラが生命を引き換えに孫を生き返らせる。
(当然サスケは反対したが押し切られ、『私達の代わりに守って』と言い置いてサクラは死ぬ。雨が降りしきる中、再び息を吹き返して泣く孫を抱えながらサスケも慟哭した)
※サスケの輪廻転生の術はナルトとの戦いで瞳力を使い果たしていた為使えなかった。


全てが終わると、サスケはナルトを殺した”英雄”として祭り上げられる。
混乱の最中、復興の旗頭としてシカマルに頼みこまれ火影となるが、かつてとは逆の状況に苦しみ、ヒナタに泣かれ、状況も落ち着いた一年後サスケは火影の座を木ノ葉丸に渡しそのまま里を出た。
周囲には旅に出たと伝えられ、抜け忍とはされてない。

数年後、音沙汰のなかったサスケの目撃情報が入る。それを頼りにサラダとボルトが影分身を使いサスケを見つけた。
死を望みながらもサクラの遺言故に苦しむサスケに危機感を抱き、二人は粘りに粘って、孫の世話を名目に里に連れ帰る。

里はすっかり復興し、火影を継いだサラダの手腕によってより発展を遂げていた。
皮肉にもクーデターにより有効性が認められた科学忍術も公に使用されるようになり、国を守るのは傀儡兵士。アカデミーはもうなかった。
※ナルトとの戦いの影響で世界からチャクラが大幅に減った。チャクラ持ちの大幅な出生率低下、忍術の威力低下があった。また、大名の依頼に頼らずとも里の経済が回るようになったこと、我が子を戦いの場に出したくない親が増えたことが背景にある。
昔の面影は顔岩のみで、戸惑いながらもサスケはサラダ達と暮らし始める。

孫の世話を焼いている内に心は徐々に癒やされていき、皆の代わりに里を見守ることを決意した。
時が過ぎ、サラダやボルトを看取り、孫が大人になり、曾孫が生まれ。
全てを見届け、サスケはこの世を去る。


そして、逆行した。


そんなダークな裏設定があったんですけど、ちょっとダークすぎるので、ナルトは九尾の暴走が晩年現れて、サクラは病気で(贖罪の旅の途中、死に目には会えていない)……としました。
え、それもダーク?いやまさか。ここじゃダークの内に入りません。今後、もっとやばい展開になりますので、皆さま心のご準備をよろしくお願いします(⁠・⁠∀⁠・⁠)
最後はハッピーエンドを目指します。最後はね。


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14.二度目の始まり

 

 よく晴れたある昼下がり。暖かな陽光を浴びながら、同僚と共に食堂から出てきた忍達。

 そんな穏やかな時間をぶち壊すように、火影邸の屋上から天にまで届くような怒声が上がる。何事かと顔を上げた里民は、ある者は戸惑い、ある者は怒り、またある者は呆れたように『またか』と呟いた。

 

 

「火影様!!!」

「なんじゃ、またナルトの奴が何かしでかしでもしたか?」

「はい!ナルトの奴歴代火影様たちの顔岩に落書きを!!しかも今度はペンキです!」

 

 

 

 

「コラーーー!またイタズラばっかりしやがって!」

「毎日毎日いい加減にしろ!」

「なんちゅー罰当たりな……」

 

 

 騒ぎを聞きつけてやってきた忍達が口々に非難を浴びせるが、ペンキを片手にロープで顔岩にぶら下がっている当人は知らぬ顔───どころか、自慢げにギャハハと笑う。

 

 

「バーーーカ!!うっせんだってばよ!お前らさ、お前らさ!こんなことできねーだろ!でも、オレはできる!!オレはスゴイ!!」

 

 

 太陽の光を反射する金髪、空のように澄んだ蒼眼。そして特徴的な三本ヒゲ。

 彼の名はうずまきナルト。

 日々イタズラを繰り返し、周囲へ迷惑をかける問題児………であるのだが、ナルトがこれより先の未来で至上最強の火影となることなど誰も想定し得ない。

 

 

「おーおー、やってくれとるのォ。あの馬鹿!」

 

 

 テクテクと呼ばれてきたのは、もうじき70歳となる老人。この火影邸の主にして、木の葉の里長猿飛ヒルゼンである。

 どう収拾をつけようかと笠を押し上げて、ぷらんとロープの先で揺れるナルトを見上げていると、こちらへ向かってくる気配に目を細めた。

 

 

 

「三代目、申し訳ありません!」

「お!イルカか」

 

 

 あちこち探したのだろう、少し息を切らしながらやってきたのはアカデミーの教師イルカ。青筋を浮かべるイルカはヒルゼンの隣へ立ち、スゥ、と大きく息を吸った。

 

 

「バカものーーーーー!!何やってんだ、授業中だぞ!早く降りてこい!」

「やべ!イルカ先生だ」

 

 

 イルカの顔を見た途端、慌ててナルトは逃げようと手足を動かした。しかし如何せん、ナルトがいるのは空中。クルクルと回るだけである。

 それでも説教をくらいたくないのか、じたばたと藻掻いていると。

 

 

───プツン。

 

 

「「「あ」」」

 

 

 ロープが切れたと認識すると同時、引力に従いナルトの体は落下していった。

 

 

「ぅ、わあぁぁぁぁ!!」

「ナルトっっ!」

 

 

 普段ののほほんとした雰囲気から一転、鬼気迫るような表情でイルカは屋上から飛び出した。

 

 

(空中で受け止める……駄目だ、この角度とスピードでは岩に……!それなら!!)

 

 

 地面へ降り立ったイルカは、上から来るだろう衝撃を堪えるべく、歯を食いしばった。

 

 しかし、いつまで経っても衝撃はなかった。

 それはナルトも同じで、二人共固く閉じていた瞼を恐る恐る開く。ナルトの服が三代目の顔岩にクナイで縫い留められており、その身体は落下をやめていた。

 

 

「……ったく。何やってんだ、ウスラトンカチ」

「サスケェ!」

 

 

 ヒルゼンの後ろからヒョイと顔を出したのは、黒髪黒目の端正な顔立ちをした少年。

 少年の姿を見つけ、ナルトの目がキラキラ輝く。だがそれも一瞬のことで、すぐさま不貞腐れたような仏頂面で少年を睨みつけた。

 

 

「何で来たんだってばよ」

「何でって……どっかのドベが地面に激突しそうな所を助けてやったんだろうが」

「余計なお世話だってば!俺一人でも降りれたっ!」

「………」

「お前に助けられなくたって、俺だって……俺だって!」

 

 

 黒髪の少年の名はサスケ。

 落下するナルトの衣服をクナイで射抜いたことからもわかる通り、優秀な忍の卵である……が、ナルト同様に授業をサボることも多く、優秀だからこそ叱れないという教師にとっては扱いづらい子供としても名高い。

 一見正反対に見えるこの二人は一緒に暮らしており、傍から見ても仲の良い兄弟だった。

 そう、『だった』のである。

 

 はぁぁぁぁ。

 

 安堵からか、新たな悩みからか。イルカは深々と息を吐き出した。

 

 

 

 その日の放課後。

 ナルトは顔岩の落書きを消していた。その監視を務めるのはイルカである。

 

 

「……何でお前までいるんだってばよ」

「ふん」

 

 

 そしてそのナルトの隣、黙々とタワシでペンキを落としているのはサスケだった。

 この光景は今も昔も変わらない。ナルトが何か仕出かして、サスケがそれをフォローし助ける。そう、サスケは昔とちっとも変わらない。分かりにくい所もだ。

 

 変わったのは、ナルト。

 少し前までは仲が良かったのに、いったい何があったのか、今やナルトはサスケを見ると敵愾心も顕に突っかかるようになった。

 最初は喧嘩でもしたのかと軽く考えていたのだが、それもどうやら違うようだ。

 何か切っ掛けがあったのか。それとも無かったのか。それさえもわからず、それ故に対応の仕方もわからない。

 

 ナルトもサスケも文句すら言わず、一言も話さない。重苦しく気まずい空気の中でも、手を動かしていればペンキはだんだんきれいになっていく。

 そんな雰囲気も何のその、あらかた作業が終わったところでイルカは手を叩いた。

 

 

「よーし、だいぶきれいになったな!二人共、今晩はラーメン奢ってやる!」

「いや、俺はやることがある。ナルト、今晩は夕食は作らねぇから行ってこい」

「なんでお前に指図されなきゃなんねーんだよ。お前の飯よりずーーーーっとラーメンの方が美味ぇし、言われなくてもそうするつもりだったってばよ!」

「……そうかよ。なら、もう作る必要はねぇな。毎日ラーメンでも何でも、好きなもん食ってろ!」

 

 

 余計なことを言うナルトへ鉄拳を食らわせつつ、呼び止める間もなく、傷付いたような顔で軽々と岩壁を伝い降りていくサスケをイルカは見送る。

 そして俯いたナルトの顔を覗き込んで驚いた。

 サスケよりも消沈した様子で、今にも泣きそうだった。それは嫌っているというよりも、むしろ。

 

 

「お前なぁ……そんな顔するくらいなら最初から言うなよ」

 

 

 グシャグシャと金髪をかき混ぜて苦笑する。

 難しい兄弟だ。イルカには兄弟がいないから、それが少し羨ましいと思った。

 

 

 

 

 

 

「ナルト、お前はサスケになんであんなこと言ったんだ?」

 

 一楽の屋台の下、熱々なラーメンの香りは食欲を刺激してくる。割り箸を取って、ラーメンを啜る。

 コクのある汁、程よい固さの麺。やはり一楽のラーメンは絶品だ。だがこの里一番のラーメンを食べているというのに、ナルトの顔はどこか浮かない。

 そんなナルトに焦れて、イルカは先程からずっと思っていたことを聞いてみた。

 

 

「……笑わねぇ?」

「笑うもんか。ほら、言ってみろ。お前、サスケが嫌いなわけじゃないだろ?」

「………嫌いだってばよ。だってあいつ、凄くつえーし、頭もいいし………あいつに追いつきたいのに、追いつけねぇ。何やっても、勝てねえんだ」

 

 

 ラーメンを食べる手を止め、悔しげにナルトは唇を噛む。その目には嫉妬と羨望が浮かんでいる。イルカは黙ったまま先を促した。

 

 

「あいつ、いっつもオレを助けるんだ。オレじゃ無理だって思ってるから……。……だから、だからさ!俺ってばいつか火影の名を受け継いで、んでもって先代のどの火影をも超えてやるんだってば!!!」

 

 

 ナルトの目がキラキラ輝く。夢を語る。

 それはとても眩しかった。未来の無限の可能性を感じさせる、その力に溢れた蒼眼が。

 

 

「でさ、でさ!サスケに……里に、オレの力を認めさせてやるんだ!!!助けられるんじゃなくて、俺も……だからさ、あいつに頼ってちゃ駄目だって思ったら、言いたくないことまで言っちまって」

 

 

 再びしょげ返るナルトを見て、ついつい笑みがこぼれてしまう。

 『笑わねぇって言ったじゃん』と口を尖らせる子供に、ごめんごめんと謝りながらも口元が緩むのは抑えきれない。

 

 

───なんだ。ナルト、お前も変わってなかったんだな。

 

 

 昔と同じ仲の良い兄弟だ。

 心配事が杞憂に終わり、微笑ましくて仕方ない。

 

 

 なあ、ナルト。お前は気付いているか?大人よりもずっと冷静で落ち着いたあのサスケが、喧嘩して子供らしい面を見せるのはお前くらいなんだぞ?

 いつでも真っ直ぐにお前を見ている。お前を誰よりもサスケは認めているよ。

 きっと俺から言っても、ナルトは信じないだろうけれど。こればかりはサスケ自身から伝えなくてはいけない。

 

 さてと。あのわかりにくいサスケの言葉を引き出すために、今度こそサスケも夕食に誘おうか。

 

 

 

 額当てをせがむナルトをあしらいながら、火影のマントを着るナルトを思い浮かべた。

 案外すんなり浮かんだそのシルエットの隣には、サスケが合わせ鏡のように立っていた。




これのおかんサスケVerも書きました。珍しくギャグ展開。
もし需要あるようでしたら掲載します。


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15.卒業試験

 

 ピピピ……と響く目覚まし時計のアラーム音。薄っすらと瞼を開ければ付けっぱなしにしてしまった電球の人工的な光が目を刺した。

 いつもの白いシーツは視界になく、代わりにびっしりと文字が記された巻物や、頭の痛くなるような複雑な計算式、そして書きかけの術式がある。

 テーブルの上に広げられたそれらをぼんやりと見つめて、固い椅子から身体を起こすと凝り固まった肩が鈍く音を立てた。

 

 書きかけの術式に目を走らせる。大方は終わってはいるものの、あと一歩足りない。

 

 連日の徹夜で疲れ切った瞳を擦り、カーテンを開けると共に鳴り続けていたアラームを止めた。

 そのすぐ上に掛けられたカレンダー、特に大きな赤丸が存在を示す日。自然、ため息が落ちた。

 

 

───今日はアカデミーの卒業試験日。

 

 

 サスケが『うちは』を捨ててから六年。ナルトと暮らし始めてから六年が過ぎたとも言える。

 騒がしく忙しない毎日だったが、かつて憎しみを抱えながら一人暮らしをしていた頃に比べれば、よほど充実した日々だったように思う。

 

けれど。

 

 

「…………ウスラトンカチが」

 

 

 隣の部屋、壁一枚を隔てた向こう側。

 ウザいほど存在感のあるチャクラを感じて、その壁に背を預けた。

 

 

 

 

 事の発端は一ヶ月前、三代目が突然訪ねてきたことから始まった。

 

 

『もうじき下忍だからのぅ。一人部屋がほしいじゃろう?』

 

 

 そこからはあっという間だ。私物が運び出され、アパートの隣の部屋へ移された。

 しかしその後だったか、ナルトの様子がおかしくなったのは。サスケを避けるようになり、声をかければ返事はするが笑わなくなった。

 

 卒業試験の緊張でもしているのかと初めは気に留めていなかったが、そのうちに今まで喧嘩しようとも必ず来ていた食事にも来なくなった。

 別に強制していたわけじゃないが、嫌いな野菜炒めだったとしても文句を言いながらナルトは完食していたことを思えば、食卓がとても広く感じた。

 

 また少しして、今度は顔を合わせる度に睨まれるように。理不尽な言葉をかけられれば、ナルト相手に黙ってはいられなかった。

 そして、昨日の言葉がずっと頭に木霊している。

 

 

『……なんでお前に指図されなきゃなんねーんだよ。お前の飯よりずーーーーっとラーメンの方が美味えし、言われなくてもそうするつもりだったってばよ!』

 

 

 今まで共に暮らした日々を、拒絶されたように感じた。反抗期めいた感情的な言動と分かっていて尚、積もり積もれば流石に少し堪える。

 

 隣の部屋から物音が聞こえて、臥せていた瞼を上げた。ナルトが目を覚ましたようだ。

 繋がらぬ部屋と部屋。その壁は薄っぺらい筈なのに、鈍い物音がどこか遠く感じた。

 

 

 

 

「卒業試験は分身の術にする!呼ばれた者は一人ずつ、隣の教室に来るように!」

 

 

 イルカの言葉に、ざわざわと教室が騒がしくなった。

 分身の術……チャクラコントロール及びチャクラ生成の技術が必要な基本忍術だ。基本の術だからこそ、その精度が如実に現れる。

 

 

(よりによって、オレの一番苦手な術じゃねーか……)

 

 

 手裏剣術や体術なら、そこそこ出来たのに。不安が増してきて、緊張感が滲む教室内をそっと見回す。

 自信なさげに頭を抱えるやつもいれば、余裕そうな顔で笑いつつ顔が引きつってるやつもいる。

 

 そんな中で、窓際に座るサスケだけが窓の外を静かに見つめていた。

 アイツのことだ、きっと緊張なんて感じてない。そう思ったら、何だか謝ろうと考えていた自分が酷く惨めに思えた。

 サスケから視線を外して、そのサスケの瞳が向かう先を眺める。

 

 

───アイツは何を追いかけているんだろう。

 

 

 そこにはどこまでも、果てしなく続く青空があるだけなのに。

 

 

「次!うずまきナルト!」

 

 

 ハッとして、急いで立ち上がる。

 これから試験なのだ。頬をパン、と軽く叩いて気合を入れた。

 

 

(苦手だけど……でも、やってやるってばよ!!サスケ、見てろよ……!オレはぜってぇお前を抜かしてやる!)

 

 

 ナルトは震えそうになる足を叱咤して、隣の教室へと向かう。

 扉に消えていったそのオレンジ色の背を、黒い眼が見つめていたなんて気付くこともなく。

 

 

 

 

「よくやった!さすがオレの子だ!」

「これで一人前だね、俺たち!」

「卒業おめでとう!今日はママ、ごちそう作るね!」

 

 

 口々に祝福の言葉を述べる親と、誇らしげに胸を張る子供。どちらも満面の笑みを浮かべている。

 ふと、ママ友とおしゃべりをしていた女性が視線を感じ、会話を止めてキョロキョロと視線の元を探した。

 アカデミーの隅、古ぼけたブランコに座る金髪の髪の少年を見つけて、女性は顔を顰めた。

 

 

「ねぇ、あの子………」

「例の子よ。一人だけ落ちたらしいわ」

「フン!いい気味だわ…あんなのが忍になったら大変よ。だってあの子本当は───キャッ!」

 

 

 ザクリ。

 話していた女性の足元に深々とクナイが突き刺さる。

 

 

「すまないな、手が滑った。……それで、なんの話をしていたんだ?」

 

 

 クナイよりも鋭く、冷たくサスケはその二人の女性を見据えた。

 凍えるような視線に怒りも忘れ、答えもしどろもどろに逃げる二人。彼らが人混みに紛れて見えなくなるまで睨み続けていたが、やがて地面に刺さったクナイを回収し土を払った。

 

 ああいう輩はどこにだって居る。むしろ陰口ならまだいい方だ。

 本当は問い詰めたい所だが、そんなことをしてもアイツらは一端でしかない。

 

 遣る瀬ない思いに蓋をして、ブランコを振り返る。ナルトは驚いたように目を見開いたかと思えば、すぐにクシャクシャに顔を歪めて立ち去っていく。

 

 

「……………」

 

 

 足は動かなかった。

 今更追いかけたって、何を言えばいいのか分からない。

 

 

───否、何も言うべきではない。

 

 

 "以前"も同じくナルトは試験に落ちたものの、それでも立派に額当てを受け取り下忍になったのだ。何があったかはわからないが、しかし下手に介入すべきではないだろう。

 

 俺に出来ることなんて限られているのだ。

 それがどうしようもなくもどかしく、固く拳を握りしめた。



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16.額当て

 

 

「よし……完成だ………!」

 

 

 サラサラと休まず動いていた筆が止まり、サスケは満足そうに書き終えた巻物を眺めた。

 

 複雑な術式、それと共に記された説明書き。紛うこと無き忍術書だ。

 そこに記された術の名は『多重影分身』───そう、未来のナルトの十八番である。

 

 通常忍術というのは、実際の使用者から伝授されるのが最も効率的ではある。

 しかし、サスケは元々この術を使えない。それどころか、ある一部の者達を除き、使えば死ぬ危険がある代物だったりする。

 

 この術の使用者は何十、何百もの影分身を作り出すことが可能となるが、少しでもコントロールが失敗したりチャクラが不足していた場合、チャクラ枯渇によって命を落とす。

 術を習得する方法は伝授ともう一つ。術式の記された忍術書を読み解くことだ。しかし、その術式は遥か昔に禁術として封印され、火影邸に厳重に保管されているという。

 

 だから、サスケは『作った』。

 ナルトの使用していた姿から術の構成、理論、チャクラの作用………一から百まで、その全てを紙面へ見事に再現した。

 それはもはや、再度術を編み出したと言っても過言ではない。

 実際使うわけにはいかないから発動する保証はなくとも、あらゆる分身系統の術を調べまくったからか、成功したという確信がある。

 

 体術や手裏剣術は修行をつけてマシになったものの、ナルトは九尾の封印の影響からチャクラコントロールは苦手で、その中でも特に分身の術は相性が悪い。

 

 歳を重ねるごとに不安も増し、術式制作に手を出し始めたのが二年前。

 万一ナルトが卒業出来ず第七班にもなれなかったら。そんな保険の為だけにサスケは年月を費やし、それも遂に日の目を見る。

 

 

───それにしても、一体ナルトはどのような経緯でそんなモノを手に入れたのだろう。

 

 

 サスケはのんびり茶をすすりながら、何度も思った疑問に頭を捻った。

 七班であった期間は数ヶ月ととても短く、むしろ大蛇丸と過ごした時間のほうが余程長い。

 里へ戻ってからもサスケは旅ばかり。次第にナルトは火影となって激務に追われ、そんな話をする機会は決して多くはなかった。

 

 だからサスケは知らない。

 今、何が起きているのかも。

 

 

(火影に頼んで貸してもらった………ないな。この里で使える奴がアイツ位だったとしても、そんな禁術をポンポン貸してたまるか。他里に渡ればコトだしな。……だったらどうやって………?)

 

 

 茶をまた口に運ぶ。丁度よい渋みとほのかな甘みに頬を緩める。

 まぁ、とにかく書は完成した。どうやって渡すかという問題はあるが、これで───。

 

 

「あのガキ、どこ行った!封印の書を盗むなんて……!」

 

 

 息が詰まって、茶が喉を逆流した。気管に少し入ったらしくガハゴホと涙目でむせていると、更に追い打ちをかけるように十数名の足音がやってくる。

 

 

「やっぱり殺しておけばよかったんだ!!やるなら妖狐の力が出る前だぞ!!」

「どのみちろくな奴じゃねーんだ、見つけ次第殺るぞ!!」

 

 

 オオオオ……!

 同意の声を上げる、殺気立った忍一同が去ってきっかり一分。サスケの脳が稼働し始め、わなわなとその固く固く握りしめられた拳が震える。

 

 

───ビキッ。

 

 

 握ったままだった湯呑みに大きなひびが入った瞬間、サスケの姿は闇に溶けたかの如く消え失せた。

 誰もいなくなった部屋。支えるものが無くなった湯呑みは、忍術書の上に落ちていく。

 バシャリと広がった茶の緑に、真っ黒な墨が滲んだ。

 

 

 

 

『お前が、イルカの両親を殺し里を壊滅させた九尾の妖狐なんだよ!!お前は憧れの火影に封印された挙句、里のみんなにずっと騙されていたんだ!!』

 

 

 月明かりの中、ナルトは何かから逃げるように巻物を抱きかかえて走っていた。

 ミズキ先生……いや、ミズキの言葉がずっと耳から離れない。

 確かにずっと、ずっと不思議に思ってた。何でオレってば嫌われてんだろうって。でも……そっか。みんな……イルカ先生もサスケも、クラスの奴らも、きっとみんなして。

 

 

『お前なんか、誰も認めやしない!!』

 

 

 昏く翳った心に呼応するように、力が湧いてくるのをナルトは感じた。殺せ殺せと何かが囁く。

 

 

『そうだよなぁ……ナルト…さみしかったんだよなぁ…。苦しかったんだよなぁ…』

『ごめんなぁ…ナルト。俺がもっとしっかりしてりゃ、こんな思いさせずに済んだのによ』

 

 

 ………かと思えば、イルカ先生の声がこだまして。昏い何かが少しだけ引いていく。さっきからその繰り返しだった。

 繰り返すうちに、訳も分からない衝動に叫び出したくなった。ぐるぐる渦巻く腹の中の何かに混乱して、突然知った色んなことにどうしたら良いのかわからなくなって。

 

 グチャグチャな思考のまま、ただひたすら動かしていた足がもつれる。そのまますっ転んで、ひねったらしい足の痛みを堪えて木の影にうずくまった。

 

 

(痛ェ……動けねぇってばよ……)

 

 

 ふと、その痛みに幼い頃の記憶を思い出した。アカデミーの演習で、森の奥深く、木の根っこにつまずいて足を挫いたことがあった。

 降り出した雨に打たれて身体が震えて、誰も来なくて、心細くなって。このままここで一人ぼっちで死んでくのかなって泣いてたんだ。

 そしたら───。

 

 

「ナルト!!」

 

 

 ハッと顔を上げると、少し遠くで自分の名前を呼ぶイルカ先生がいた。

 こっちに近づいてくる。捕まる、逃げなきゃ。そう思ってナルトは立ち上がろうとしたが、半日以上の術の修行で体力は既に限界で、へたり込んでしまった。

 

 

「早く!巻物をこっちに渡すんだ!ミズキが巻物を狙っている!!」

 

 

 気づかれた。巻物を抱え直したのだけれど、何故かイルカ先生はこっちを向いてない。そっと木の影から様子を伺うと、丁度オレがイルカ先生にタックルかました所だった。

 ……でも、オレはここにいる。アイツは偽物だ。

 気付いたと同時に、二人の姿が変わる。いや、元の姿に戻ったのだ。イルカ先生はミズキに、オレはイルカ先生に。

 

 

「ククク……親の仇に化けてまでアイツをかばって何になる」

「お前みたいなバカ野郎に巻物は渡さない……!」

「バカはお前だ。ナルトも俺と同じなんだよ」

「同じ……?」

 

 

 ギクリと体が強張ったのが自分でもわかった。

 同じ、確かにそうかもしれない。

 ミズキもオレも、ずっと誰かから認められたかった。それでも、里のみんなは耳を貸そうともしなくて。それを恨んだことなんて数え切れない。

 

 

「あの巻物の術を使えば、何だって思いのままだ。あの化け狐が力を利用しない訳がない。アイツはお前が思っているような……」

「ああ!」

 

 

 ほら、やっぱりだってばよ。

 予想出来たその肯定の言葉に、ナルトは唇を噛み締めた。

 

 イルカ先生は他の先生がヒソヒソ囁く中、オレがイタズラすれば怒ったし頑張ったら褒めてくれた。だから他の先生とは違うって、そう思ってた。

 だけど、違ったんだ。ずっとオレを憎んでて、本心ではオレのこと……………認めてねーんだ。

 きっとアイツだって、本当のこと知ったら。

 

 

「───バケ狐ならな」

 

 

 イルカ先生の穏やかな声に、ハッと顔を上げた。真っ直ぐにミズキを見詰めるイルカ先生の顔が、オレの位置からも見えた。

 イルカ先生は、笑っていた。いつものように。いつもの、真っ直ぐな目で。

 

 

「けどナルトは違う。あいつは……あいつはこのオレが認めた、優秀な生徒だ。努力家で一途で……そのくせ不器用だけどな。でも、あいつはもう一人ぼっちじゃない。人の心の苦しみも愛情も、どっちもよーく知っている」

 

 

 手裏剣術や忍術のテストで落ちた時も、日が沈むまでずっと見ててくれた。迷子になった時だって、捜しに来てくれた。

 いつだって、ずっと。オレは一人じゃなかった。その優しさが本物だってことくらい、俺にだって分かっていた。

 

 

「今はもうバケ狐じゃない……あいつは木ノ葉隠れの里の、うずまきナルトだ」

 

 

 嗚咽を堪えるので精一杯で、頬を流れる涙を拭うことも出来ない。

 気付けばもう腹の中で燻っていた冷たい何かも、いつの間にか溶けていて。溢れていく涙が熱くて熱くて、仕方なかった。

 

 

「……ケっ!めでてー野郎だな」

 

 

 身じろぎしたと同時に背から血が噴き出すイルカ先生に、ミズキが大きな手裏剣をかまえる。

 イルカ先生の傷はさっきオレを庇った時に出来たもので、かなりの傷だってことがオレにも分かった。

 そんな傷で動き回っていては、もう動くことが出来ないはずだ。

 

 

「イルカ……お前を後にするっつったが、やめだ───さっさと死ね!!!」

 

 

 慌てて立ち上がろうとしたが、ズキンと痛む足首によろめく。その一瞬の間に、ミズキの手裏剣が恐ろしい勢いで投げられた。

 

 

「イルカ先生!!!」

「ナルト!!?馬鹿、避けろォォッ!!」

 

 

 痛む足を引きずって、木の影から飛び出す。

 驚くイルカ先生を背に庇って、迫りくる鋭利な刃にギュッとキツく目を瞑った。

 

 

「……………?……うわぁぁ!!」

 

 

 来るだろうと身構えていた痛みは、いくら待っても来なかった。

 恐る恐る目を開けると、目の前に手裏剣の切っ先があって後退る。後ろにいたイルカ先生にぶつかって先生が呻いたけど、でもあと数センチで眼ン玉に刺さるような位置に手裏剣があれば、誰だって同じ反応をしたと思う。

 

 やがてクルクル宙で回転していた手裏剣が止まって、カランと地面に落ちた。その手裏剣の真ん中、持ち手を貫いていたのは大地に深く突き刺さったクナイだ。そしてその柄から伸びる、細い細いワイヤーを辿る。

 

 その線の先、かなり離れた場所に誰かがいた。

 ピンと張られていたワイヤーが緩んだかと思えば、一瞬にして目の前にオレ達を庇うようにして立つ影。

 

 

「こいつらに手ェ出すんじゃねぇ……殺すぞ」

 

 

 ミズキとは比べ物にならない、殺気。こちらに向けられている訳でもないのに、身体が震えた。

 身動きすれば、声を出したら、殺される。息を吸うこともできなかった。誰も動けず口も開けない。実際は数秒だったのだが、とても長く感じた時間。

 やがて嘘のようにフッとその威圧感が消えた。

 

 

「……無事か?」

「…………………へ…?サスケ?」

 

 

 呆けたオレに、サスケは常になく焦ったような顔で同じ言葉を繰り返す。

 まだ状況が飲み込めないままコクコクと頷くと、ホッとしたようにサスケは表情を緩め、その形のいい瞳を歪める。その黒い瞳が少し潤んでいて───。

 

 

「ぇ……何でここに……?つぅか、ケガしてんじゃねえか!」

 

 

 ポタポタと落ちる赤い血が地面の色を変えていく。サスケの両手はズタズタで、後から後から血が溢れてくる。その手に食い込むのは幾重にも巻き付けられたワイヤーだった。

 ようやく状況が飲み込めて、サッと血の気が引いた。

 

 

「お前、何してんだってばよ!手ェ使えなく……!」

「ウスラトンカチ、それはオレのセリフだ!!!!テメェ、何しでかしたか分かってんのか、あ゛ァ!!?あと少しで……死んでいたんだぞ………!」

 

 

 今まで何度か喧嘩はしたけど、そんなのと比べ物にならない激高に言葉を飲まれる。そうでなくても、かつて無いほど揺れるその眼を見てしまえば、押し黙る他なかった。

 きっと、心配をかけたんだ。実際、サスケが来なけりゃオレってば手裏剣にぶっ刺されて死んでただろう。良くて目を失うことは避けられなかった筈だ。

 

 よく見ればサスケの髪はボサボサで、その襟首はびっしゃりかいた汗で色が変わっていた。そこにはいつもの余裕は欠片もない。きっと里中を探し回ってくれたんだ。

 それを嬉しいと思ってしまうのは、不謹慎だと分かってるけど、それでも。

 

 

「おい、聞いてんのかナルト!!」

「聞いてる。ごめん……ありがとな、サスケ」

 

 

 サスケは眉間の皺を増やしたが、やがて諦めたかのように深いため息をついた。

 

 

「……ハッ!誰かと思えば餓鬼が一人増えただけか。まぁいい、てめーらなんざ今すぐぶっ殺して……!!」

「っ!お前達、早く逃げろ!!」

 

 

 逃げる?冗談じゃない。

 体中に力がみなぎってる。足だってもう、痛くない。

 

 

「やってみろ、カス!千倍にして返してやっからよ」

 

 

 不敵に笑ったナルトはスッと両手を組んだ。

 もう、怖くなんてない。オレは一人じゃないんだから。

 

 

「てめェーこそ、やれるもんならやってみろバケ狐ェェェ!!!」

 

 

───多重影分身の術!!!

 

 

 一瞬あたりが煙に包まれる。

 それが晴れたとき、周囲には数え切れない程のナルトの姿で埋め尽くされていた。

 

 

「なっ!なんだとォ!!!」

「「「「どうした、来いってばよ。俺たちを殺すんだろ?ほら!」」」

 

 

 形勢逆転だ。冷や汗をかきはじめたミズキを囲み、数十、数百……いや、千人ものナルトはジリジリと輪を狭めていく。

 ぽきりと腕を鳴らせば、ミズキの顔は面白いほど青ざめた。

 

 

「「「それじゃあ、こっちから行くぜ!」」」

 

 

 薄っすら明けかかった空に、ミズキの悲鳴が響いた。

 

 

 

 

(ったく……まさか、封印の書を盗んで習得するとはな)

 

 

 ナルトがミズキをボコッている間、サスケは分身体とイルカから経緯を聞きつつ傷の手当てを行っていた。

 イルカの傷も鎖かたびらを付けていたため見かけほど酷くはないし、手の傷も深くはあるが神経は無事だ。妻直伝の医療忍術なら、数日で傷も塞がるだろう。

 包帯を巻き終えてようやく一息ついたサスケは、しゅんと落ち込んだ様子で包帯を見つめるナルトの分身体を一瞥する。

 

 里中を必死に探し、森の中で手裏剣がナルトへ迫っているのを見つけた時には心臓が止まるかと思った。恐らくあと数秒遅ければ間に合わなかったろう。

 そう考えて、サスケの頭にふと疑問が浮かんだ。

 

 

(未来が、変わっている……?)

 

 

 傷による九尾の暴走で助かったとも考えられるが、もしも九尾が暴走したとなれば、過去のサスケでも分かった筈だ。

 それにいくら治癒力が高いと言っても、深い傷なら治るまでしばし時間がかかる。班分けの時には怪我をしている様子はなかったように思う。

 他の奴が助け出そうにも、森の奥深く、周囲に気配がないのだからそれも可能性は低い。

 

 そう考えると、先程の状況は、以前は起きていなかったということだ。

 サスケが未来を変えたと言うには、あまりにも違和感が残る。特に足首を挫いたなんて偶発的なもの。どうすることも出来ない。

 

 

(これから任務が始まれば、その違いが命取りになりかねない、か……)

 

 

 そんなことをつらつら考えていれば、どうやらナルトの方も終わったのか一斉に影分身が解けた。

 

 

「ヘヘ……ちょっとやりすぎちゃった」

「馬鹿にはいい薬だろ」

「はは、まあこいつも少しは懲りただろうさ。ここからは火影様のお裁きに任せよう」

 

 

 顔の形も変わったミズキを冷たく見下ろし、酷評するサスケを宥めたイルカは、次いで『ナルト』と呼びかけた。

 

 

「ちょっとこっち来い。お前に渡したいもんがある!」

 

 

 不思議そうにしながらも、素直にナルトはイルカの所へ向かう。

 そういえば、ナルトの額当てはイルカのお下がりだったはずだ。なんとなくこれからの流れが読めて、サスケはそっと後ろからナルトの目を塞いだ。

 イルカがバレたか、と顎をぽりぽり掻く。

 

 

「サスケ?どうしたんだってば?」

「いいから少し待ってろ。……イルカ先生、まだか?」

「もうちょい、よし!もういいぞ、サスケ」

 

 

 ゆっくり手を離すと、ナルトは自分のゴーグルがイルカの手に握られているのを見て、恐る恐る額を手で探った。

 その額には、眩しい朝日を受けてキラキラ光る額当てが納まっていた。

 

 

「「卒業、おめでとう」」

 

 

 今日から、俺達は忍になる。

 




オマケ:その後の話 in 一楽


「なぁなぁ!似合う??」
「…………あー、似合う似合う」
「そんな何回も確認しなくても、変わりはないぞ?」


 何度も同じ質問をするナルトに呆れながら、サスケは適当に相槌をしつつ静かにラーメンをすすった。


「だってよォ、もう落ちたって思ってたし。それに、もしかしたらさ、サスケと同じ班になれるかもしれねーだろ?」
「それは……どうだろうなぁ。火影様はどの班も実力で均等に分けるから、どうなるかはお楽しみだ」
「それなら同じ班だろ。何せドベと主席だしな」


 各班員を思うに他にも理由がありそうだが、まぁそれでイルカが納得しているならいいんだろう。
 それに、ナルトも同じ班を望んでいることは少しだけ嬉しいと思って。照れ隠しに出たのは憎まれ口だった。


「オイ!自分で主席とか言うなよ!」
「事実だろうが」
「あーーもう、本当にお前ってばムカつくってばよ!ふん……どうせオレはドベだよ。お前はいいよな、何でも出来てさぁ。オレの気持ちなんて分からねーよ」


 どうやら言いすぎてしまったか、臍を曲げたナルトをジッと見つめる。
 でも、何だかその言葉には身に覚えがあった。

 フッと頬を緩め、ポンポンとナルトのひよこ頭を軽く叩く。顔を上げたナルトの目に少しの昏さと後ろめたさを認めて、やはりなと笑った。
 追いつきたいのに、追いつくどころかどんどん離されていく感覚。憎くて、大切で。羨ましくて、憧れで。
 そんな奴が俺には二人いた。


「分かるさ、俺は最初から全部出来たわけじゃない。……どうやっても敵わない奴らが俺にもいた。ソイツらを追いかけている内に出来るようになっていたんだ。負けたくなかったからな」
「……サスケでも敵わねーの?」
「ああ。もしかすると今なら、力だけは勝てるかもしれないが───力だけが強さじゃないだろ」


 一人は愛情。一人は諦めねぇド根性。
 それぞれ完敗している。今だってどうしたって勝てる気がしない。


「よーーし!待ってろよな、サスケちゃんよォ!オレってばお前を抜かしてやる。そんでもって、そいつらにもオレが勝ってやるってばよ!」
「フン、調子に乗るなウスラトンカチ。あと十年……いや、百年早い」
「わかんねーってばよ!オレ様のすっばらしーい才能が開花して……!」


 やっと一段落したというのに、口論を始めるサスケとナルト。
 ギャイギャイと騒がしい二人を、イルカは優しく見守っていた。


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17.キス

 

 丘から見下ろす一面に、黄金色の豊かな穂波が広がっていた。足元から伸びている人一人がやっと通れる程の獣道を辿れば、茅葺き屋根の古めかしい家々が建ち並ぶ村に辿り着く。

 見慣れぬ服を纏う人々が行き交う。すれ違う度に向けられる畏怖の眼は怯えを含み、遠巻きに、足早に去っていく。

 そんな中でたった二人、駆け寄ってくる人影があった。

 

 

『    』

 

 

違う、俺の、名前は。

 

 

 

 

「……ヶ、サスケ!!」

 

 

 強く揺さぶられハッと瞼を上げた。一瞬だけ自分が誰か、ここがどこか分からなくなるが、心配そうに覗き込むナルトの姿にああ、と昨日のことを思い出す。

 

 

(そういや……熱出したんだったか)

 

 

 ここ数日の無理が祟ったようで体調を崩したが、この六年で鍛えあげた身体は一晩眠ることですっかり回復したらしい。

 だがそれとは別に何だか落ち着かない。

 酷く懐かしい夢を見ていたように思うが、それにしては胸が苦しい。過去を思い出してこんな風になるなんて、もうずっとなかったのに。

 

 

「大丈夫か……?魘されてたってばよ」

「……いや、何でもない」

 

 

 手をゆっくり握り、解いて、詰めていた息をそっと吐き出す。医療忍術で多少は塞がったとはいえ、未だジクジク痛む掌の傷に安堵した。

 そうしてぼんやりとした頭で何気なく窓の外を見て───我に返った。

 

 

「ナルト、今何時だ!!?」

「へ?んーと、八時半?」

「それを早く言えウスラトンカチィ!弁当作る時間がねぇだろうが!」

「お前が起きなかったんだってぇの、理不尽だってばよ!?」

 

 

 今日は下忍として初めての出勤日。説明会及び班分けの行われる日である。

 

 集合時間は、九時。

 

 

 

 

 ソワソワと落ち着きのないアカデミー生……いや、今日から下忍となる彼らは、思い思いに忍への憧れやら緊張やらを友人と語っている。

 そんな教室に、ドタバタと誰かが駆け込んできた。

 

 

「ふぅ……間に合ったな」

「………ハ、早えって、ばよ……」

 

 

 清々しくほんのりかいた汗を拭くサスケと、そんなサスケに首根っこを掴まれ走って(引きずられて)きたナルト。

 そんな二人に目を丸くする……なんて事はなく、至って極々普通におはよう、と返すこのクラスも慣れたものである。

 

 

「そういやナルト、お前何でここにいんだよ?試験落ちたんじゃねぇの?」

「へ、へへへ………。お前さ……この、額当て、目に入んねーの、かよ……」

「色々あってな。再試に受かったんだ」

 

 

 シカマルの問いにゼエハアと息を切らすナルトに代わり、サスケがその後を引き継ぐ。

 以前は少々距離のあった奴ではあるが、ナルトとつるんでいたからか、今ではそれなりに言葉を交わす仲だった。

 

 

「へぇ、お前がなぁ。つうか、再試験なんてあったか?」

「それは………」

 

 

 元々再試験というのは無い。数日前の変化の術の抜き打ちテストも駄目駄目だったのを思い出してか、不審そうなシカマルに内心サスケは舌打ちした。

 

 終戦の時にはサスケの助命やら無罪放免やらで奮闘してくれたいいやつなのだが、頭が回る分こういう時厄介だ。

 馬鹿正直に話せる内容でもなくどう答えようかと頭を悩ませていると、ふいにバン!と教室の扉が思い切り開いた。

 

 

「「ゴール!!」」

「また私の勝ちね、サクラ……!」

「何言ってんの、私の足の先があんたより1センチ早く中に入ったでしょ!」

「ちょっと!アンタ何か──」

 

 

 騒がしく入ってきた二人組、サクラとイノにシカマルの顔がげんなりする。

 俺は関わりたくないとばかりにそそくさと席へ戻っていくのに胸をなでおろしながらも、そっとサスケもナルトと共に席につこうとした、が。

 

 

「おはようサスケ君!」

「あ、ああ……」

 

 

 このサクラの切り替えの早さは、毎度のことながら凄いと思う。

 若干呆れながらも、真っ直ぐに向けられる好意が面映ゆくてサスケは苦笑した。

 それだけで嬉しそうにするのだから、色恋沙汰へ興味を示せるほど心に余裕が無かったとはいえ、以前の冷たい態度に少し反省するというものだ。

 

 

「一緒に座っていい?」

「ちょっと、サスケ君の隣は私よ!」

「はぁ?早い者勝ちでしょ」

「教室に入ったのは私が早かったわ!」

 

 

 マシンガントークをサスケを挟んで交わす二人。

 実際、状況としては羨ましがられるのだろうが、恋云々よりも張り合っているだけのような気がしてならない。

 

 それに以前は他の奴からも好意を寄せられていたのだが、今ではこの二人くらいのもの。

 まぁ、姓もなく、授業もサボりがちで話すこともロクにない。将来性やら何やら考えれば、顔だけで選ぶほど幼くはないだろう。

 

 

(なのに何でこいつら、俺が好きなんだ……?)

 

 

 考えても一生理解できる気がしない、女ゴコロとかいうやつか。

 『全部好きよ、しゃーんなろー!』と叫ぶ妻の声が聞こえた気がしたが、やっぱり分からん。

 

 病み上がりには少々キツイ高い声の応酬に溜息をついていれば、さっさと席に着いていたシカマルが意味有りげな眼差しを送ってくる。

 

 曰く、『頑張れよ』と。他人事だと思ってあの野郎。

 恨めしげに睨んでいると、トントンとナルトに肩を叩かれた。

 

 

(サスケ、今のうちに逃げねぇ?)

(だな……あっちの席空いてるし、行くか)

 

 

 アイコンタクトは完璧だ。

 コクリ、と頷きあって、息を潜めながら静かにサクラの背後を通る。

 

 

「デコリンちゃんの癖に……!」

「何ですって、イノブタが!」

 

 

 終に取っ組み合いが始まった二人だったが、ちょうどその時向かいにいたイノと目があった。

 イノの力が緩むのがわかる。だが、サクラはそうはいかない。バランスが崩れてよろめき、慌てて押し返したイノによって逆にこちらへ倒れ込んできた。

 

 避けることも出来たが後ろは階段だ。

 この年では体格もそれほど変わらず支えられない。このままでは落ちると判断し、とっさにサスケはサクラを抱きしめた。

 

 

「サスケェ!」

「サクラ!」

 

 

 ガタガタと落ちていく二人に、ナルトとイノは血相を変えた。途端に教室がザワザワと騒がしくなる。

 

 

「サッ……サスケ君!」

 

 

 サラサラとした髪が瞼をくすぐって、サスケはうっすらと目を開けた。

 目の前に広がる桃色。そして唇に当たる何かに気がついて、ゆっくりと抱きしめていた腕を緩める。

 

 

「〜〜〜〜!!」

 

 

 サクラがバッと離れ、呆然と押さえているのは頬。

 そうしてようやく状況を把握して、サスケは思わず顔を赤く染めて口元を押さえた。

 一瞬遅れて、教室がくノ一陣の興奮した黄色い悲鳴に包まれ、それが更に恥ずかしさを増幅する。

 

 

「あー……。サスケ、怪我とかねぇか?」

「………あぁ」

 

 

 複雑そうに立ち尽くすナルトに代わって、シカマルが手を差し出してくる。

 幸い段差もそれほどなく、受け身を取ったからどこか痛めたということもなかったが、素直にその手を借りて立ち上がる。

 

 ショックを受けたように俯いて震えるサクラに、やはり俺が好きだった訳ではないのか、と少し胸の奥が痛んだ。

 心は重いが、それでも責任を取るべきだろう。意を決したサスケはサクラに声をかけた。

 

 

「……その、サク──」

「メルヘンゲットォォオオオ!しゃーんなろーーー!!!」

 

 

 突然叫んで拳を突き上げたサクラに思わずたじろぎ、一歩下がったのは仕方ない反応だろう。

 事が飲み込めず目を瞬かせていると、目の前に居たシカマルが誰かに突き飛ばされた。

 

 

「この泥棒猫!!私だって……!」

 

 

 おい!と抗議するシカマルを無視して身を乗り出してきたのはイノだった。

 そしてそのまま、頬にリップ音が鳴る。

 

 

「あーーー!!」

「フフン。アンタのは事故よ、事・故!ねぇサスケ君、私お返し欲しいなぁ……?」

 

 

 上目遣いで覗き込んでくるイノと、頬を膨らませ引き離そうとするサクラにくらりと目がくらむ。

 可愛い可愛くないの話ではなく、上も下も分からなくなるような目眩である。

 

 

「お、おいサスケ!?しっかりしろってばよ!」

「誰かイルカ先生呼んでこい!」

 

 

 ナルトやシカマルの慌てた声を聞きながら、サスケはもうどうとなれという投げやりな気分で意識を飛ばした。

 




ちなみにファーストキスはアカデミー時代……。


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18.微睡み

 

 春の麗らかな天気の元、木の葉がサワサワと揺れ動く。

 眠気を誘うそれらにつられ、サスケは大きなあくびを一つ零した。

 

 

「あ〜〜!まだ来ねえのかってばよ!」

「うるさいわよ、ナルト。先生だって何か用事があるのかもしれないじゃない」

 

 

 じっと待っているのは性に合わないのか、ジタバタ暴れるナルトにサクラが溜息をついた。だがサクラも内心は待ちくたびれたのか、忙しなく時計とドアを見やっている。

 そんな二人を眺め、かの人物の遅刻癖をよくよく知るサスケは、『こんなもんで音を上げるんじゃやっていけねぇぞ』と心の中で呟いた。

 

 情けなくも気を失ったサスケは医務室に運ばれ、目を覚ました時には既に昼時を迎えていた。ぐっすり眠ったからだろうか、体調は悪くない。

 直接は聞けなかったが、班分けは前回同様にナルト、サクラとの第七班だった。

 そこに透けて見える上層部の思惑は抜きにして、見舞い兼報告に来たナルトやサクラと共に喜びあった。

 

 心配するイルカをなだめ早退を断って、急いで握り飯を頬張り、再びこの部屋に戻ってきたのが十三時半。時計の針は現在十四時を示しており、集合時刻から既に三十分過ぎている。

 

 一組、また一組と部屋を出ていき、残ったのはこの七班だけだ。

 記憶通りの展開に呆れると共に安堵した。担当上忍も変わらなかったということだからだ。

 急いで食べる必要は欠片もなかっただろう。折角のおかかおにぎりだというのに、勿体ないことをした。

 

 

「イルカ先生!オレ待ちくたびれたってばよ」

「あの人は遅刻魔だからなぁ。ちゃんと十三時集合って早めに伝えておいたんだが……」

 

 

 バレたかな、とイルカは頭をかく。つまり、早めの時刻を伝えて遅刻しないように配慮してくれたらしい。だがどこからかそれを聞きつけて、アイツはやはり遅れている、と。

 いい教師だ。どこかの某遅刻魔と違って。

 

 

「仕方ない。俺もこれから仕事がある、もうしばらく待っていてくれ」

「イルカ先生まで…」

 

 

 ついにイルカが部屋を去り、残った三人で顔を見合わせた。

 帰りたい。さっさと帰って、バーゲンセールに行きたい。本音ではそう思っても、こいつらを置いてくわけにもいかないし、後々色々面倒だ。

 サスケの行動は上へ報告がいく。アカデミーもサボってばかりで今更ではあるが、今日からは幼くとも一人の忍として扱われる。初日から問題を起こすのは避けたい所だった。

 

 結局、各々巻物を読んだりぼーっと外を眺めたり筋トレするしかないのだ。

 現在の時刻は十四時。記憶どおりであるならば、奴が来るまであと一時間。

 

 

 

 

「………遅い!何でオレ達の七班の先生だけ、こんなに来んのが遅せーんだってばよォ!」

 

 

 サスケの筋トレでもしとけという言葉に素直に従っていたナルトではあったが、腹筋・背筋・腕立てをそれぞれ100数えたところでついに我慢の限界がきた。

 

 元々気は長くないのは自覚しているし、何よりも大嫌いなのがお湯を入れてからの三分間。かれこれ一時間近くも待っているのだから、もう怒ってもいいだろう。

 ナルトは一人納得すると、ニヤリと教室の前方にある黒板へ目を向けた。

 

 

───担当上忍だか知らねぇけど、試してやるってば!

 

 

「ちょっと!!何やってんのよナルト!」

「遅刻してくる奴がわりーんだってばよ!それに上忍ならさ、このくらいヨユーで避けんだろ。なぁ、サスケ?」

 

 

 嬉々として黒板消しを扉の隙間に挟み込むナルトに、サクラは呆れたように静止した。内心ではガッツポーズを取っていたりするが。

 

 きっと恐らく、多分味方になってくれるかもしれない。そんな思いでナルトは窓側の席に座るサスケを振り返った。

 だが、頬杖をついているサスケはぴくりとも動かず、返事もない。不審に思ってそっと近づくと、切れ長の眼は閉ざされ肩が緩やかに上下していた。

 

 

「寝てる……」

「サスケ君の寝顔……!キャーー!!カメラ持ってくれば良かった!」

「サ、サクラちゃん静かに!サスケ起きちまうってばよ」

 

 

 はしゃぐサクラを押しとどめて、ナルトは改めてサスケの寝顔を見つめた。

 先程も気を失っていたが、青褪めた顔よりやはり気持ち良さそうに眠っているのとでは大違いだ。

 滅多に弱さを見せないサスケが熱を出し、倒れて。またひとりぼっちになるのが怖くて、昨日は一睡もできなかった。その穏やかな表情に安心すると、途端に眠気がナルトを誘う。

 

 

「何か……眠くなってきたってば……」

「私も……」

 

 

 春うらら。暖かな陽だまりと、葉擦れの音と共に頬を撫でる緩やかな風。カチコチと鳴る時計の針と、サスケの規則的な寝息。

 瞼が重くなっていくのが分かって、机に乗り上げたナルトは欠伸をしながらサスケの隣で目を瞑った。反対側へサクラも腰をかける。

 やがて寝息は三つになり、ただ静かに重なり合った。

 

 

 

 

 サスケは顔をしかめながらうっすらと目を開けた。

 その目覚めは決してよいものじゃない。ビリビリ痺れた腕や手。やけに重くて寝苦しい。

 

 元凶は左肩の金色と右腕の桃色だった。

 ナルトが肩を、サクラが手を枕に心地よさそうに眠っていた。少しでも動かせばバランスは崩れて、二人共起きてしまうだろう。

 

 そっと頭だけ持ち上げて状況を探れば、やはり扉に仕掛けてある黒板消しのトラップ。

 待っている間に随分寝てしまったのか、時計の針はだいぶ進んでいる。もうじきアイツも来る頃だ。

 きっと今度も引っかかるのだろう。間違いなくわざとではあるが、例えば色とりどりのチョークが付いていたなら避けただろうか、なんてことを考えてクスリと笑った。

 

 そうして、人の身体を枕にしている二人に改めて目を向けた。既に腕と手には感覚がない。

 起きろ、と一声かければいいことだ。それなのに、かかる重みと温もりを何だか振り払えなかった。

 

 今でも彼らの葬儀をありありと思い出せる。時を遡り、諦めていたはずの命に触れ、この瞬間が奇跡の上に成り立っているとよくわかっていた。

 永遠なんてものはない。目を覚ましたら消えているのでは、また突然奪われて、失うのではないか。この数年間、何度胸をよぎった事だろう。

 

 身体の不調に伴ってか、心までそんな悪い方向へと引きづられていく。恐らくは先日のミズキとの一件が尾を引いているのかもしれない。

 

 

(ったく……弱くなったもんだ)

 

 

 人を強くも弱くもする“つながり”。

 それはこんなにも、温かく離し難い。

 

 緩やかに流れる時が、このまま止まってしまえばいいのに。

 そんな馬鹿なことを考えて、サスケの意識は再び微睡みに沈んでいった。

 

 

 

 

「おやおや……」

 

 子猫が三匹昼寝してる。

 ポスリと頭に落ちた、イタズラの定番の黒板消し。

 チームワークのないトラップを少し残念に思いながら、髪に舞った粉を払い落として教室に入ったカカシの感想はそんなものだった。

 

 陽だまりの中、重なり合うように子供達が眠っていた。俺は犬派だけど、やっぱりこういうほのぼのした雰囲気は心地良いと感じる。

 まぁ、二時間も待たせてしまったし、それを咎める謂れはない。

 俺が入って来たのに起きないのは、忍者としては減点なんだろうけど───。

 

 

(第一印象は……気に入った、かな?)

 

 

 イタズラはなかった事にしてあげよう、と思う程度には。

 だけど、いつまでも眠らせてはおけない。このまま寝させてあげたいのは山々だが、担当上忍としての責務がある。

 どうしようかと思案していると、イタズラに触発されたようにふといい考えが浮かんだ。

 

 カカシはす~っと大きく息を吸い込み、ぐっすり眠る彼らの耳元で叫んだのである。

 

 

「敵だ!!」

 

 

 次の瞬間、蹴りと頭突きとパンチにカカシは沈んだ。

 もっと詳細に言うのならば、まずサスケが反応して痺れた腕の代わりに鋭い踵落としを繰り出し。

 次にサスケの身が抜けたことで机に強かに頭をぶつけたナルトが跳ね起きて、蹴りによろめき上体を低くしたカカシに頭突きして。

 頭突きでクラクラと星の舞ったカカシはサクラの方へ倒れ込み、サクラは寝ぼけ眼でカカシの顔が目前に迫るのを見て思わずグーパンを入れたのだ。

 

 油断していたとはいえ、上忍をも沈める見事な連係プレーと呼ぶべきだろう。

 

 

「ぐふッ………」

 

 

 かくしてカカシは冷たい床へ倒れたのである。

 

 だが、加害者三名としては無意識の行動だ。

 彼らからすれば起きたら怪しい覆面男が床に寝そべっているのであって、皆キョトンと眠気覚めやらぬ顔で不思議そうにしている。

 

 ヨロヨロと立ち上がったカカシが述べる言葉は、ただ一つだった。

 

 

「やっぱりお前らの第一印象は嫌いだ!大ッ嫌いだ!!」



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19.自己紹介

 微睡みの中、何かが聞こえた気がした。

 名を呼ぶ誰かの声。はっきり聞こえなかったが、知らない声だったとは思う。

 なのに、とても懐かしい気持ちがする。

 

 早く早くと急かす焦燥を押さえつけて、耳をふさいだ。

 もう少しだけ、眠っていたかった。

 

 

 

 

 第七班一行はアカデミーの屋上に移動していた。

 屋上といってもちゃんと木も植えられ、涼やかな風が通り過ぎる度に揺れている。ここは里が一望出来ることもあっていつも子供達で賑わうが、まだアカデミー生は春休み。

 階段に腰を落ち着けて、静けさと柔らかな陽光に欠伸をかみ殺していると、カカシが目を覚まさせるかのようにパンパンと手を叩く。

 

 

「こらこら、起きてちょうだい。眠気覚ましにそうだな……まずは、自己紹介でもしてもらおうか」

 

 

 そう切り出したカカシへ、突然そんな事言われても、とサクラが困ったように眉を下げる。

 

 

「どんなこと言えばいいの?」

「そりゃあ、好きなもの、嫌いなもの。将来の夢とか趣味とか………ま!そんなのだ」

 

 

 飄々と答えるカカシだが、とても胡散臭い。

 それがこいつだと理解しているサスケはともかく、ナルトやサクラにとってはイマイチ信用出来ないのか先程から疑いの瞳を向けていた。

 サクラに至っては先程キスされかけたというのだから尚更で、若干距離も遠めの位置に座っている。通報しそうな警戒具合だが自業自得と言えよう。

 

 

「あのさ!あのさ!それより先に先生、自分のこと紹介してくれよ」

「そうよ!見た目かなり怪しいし……」

 

 

 そういえば、とサスケははたと思い立つ。

 カカシのマスクの下は結局見たことがない。風呂でも食事でも駄目、葬儀の時につい外してみたいという思いに駆られるも、それは卑怯な気がして出来なかった。

 

 

(今度こそその面、拝んでやる……!)

 

 

 サスケが密かにそんな野望を抱いているとは露知らず、カカシはのんびりと柵へもたれかかった。

 

 

「あー、俺か?俺は、『はたけカカシ』って名前だ。好き嫌いをお前らに教える気はない!将来の夢って言われてもなぁ……。ま、趣味は色々だ」

「ねぇ……結局分かったの名前だけじゃない?」

 

 

 サクラの指摘にもヘラリと笑って答えやしない。

 それも仕方ないのかもしれない。忍者にとって情報は命を左右するものだ。

 しかし。無闇に晒さないのは道理だが、それでも班のリーダーとしては言っても良さそうなものだ。それこそ、チームワークを築くためにも。

 

 まだ班員、仲間と認識していないのかと当たりをつけ、少しだけ寂しく思った、なんて。

 鬱陶しいほど絡んできた奴だから、ただの錯覚なんだろう。

 

 

 

 

「じゃ、次はお前らだ。右から順に……」

「俺さ!俺さ!名前は、うずまきナルト!好きなものはカップラーメン。もっと好きなのは、サスケの作った飯とイルカ先生におごってもらった一楽のラーメン!嫌いなものは、お湯入れてからの三分間」

 

 

(ラーメンのことばかり、って訳でもないか。確かアカデミー時代は同居していたとか……)

 

 

 カカシは到着前、三代目と訪れたナルトの部屋を思い出した。

 壁掛けのポスターやら、ナル○ィメット○トームと書かれたゲーム機やら、重ねられた漫画やら。少しばかり物がゴタゴタと多いものの、概ね綺麗に片付けられていたように思う。     

 そして何故か台所だけ異様なほど綺麗に磨かれており、鍋やらお玉やら数々のキッチングッズが詰められた棚が一角を占領していた。

 ナルトの性格からあんなに掃除が出来るとは思えない。やはりこっちか、と先程までの無表情に少し嬉しそうな色を出しているサスケをチラリと見た。

 

 

「将来の夢はサスケを超す!!んでもって火影も超してやる!」

 

 

 なかなか面白い成長をした。そんなことを考えながら、次と言おうとしてゆらりと立ち上がったサクラに口を噤む。

 

 

「ナルト……あんた、サスケ君の手料理を食べたことがあるの……?」

「え?あるっつうか、毎日食べてっけど───」

 

 

 ガシリと掴まれた肩にナルトは答えを間違えたと悟ったが、もう遅い。

 

 

「ナルトォォ!あんた何そんな羨ましいことしてんのよ!」

「サ、サクラちゃ……ギブギブギブ!!ごめんなさい!」

「………次」

 

 

 ガタガタ揺さぶられるナルトを憐れみながらも、放っておく事にしたカカシは続いて黒髪の少年を促した。

 

 

「名はサスケ。好きなもの嫌いなものは色々だ。夢と言っていいか分からねぇが、守りたいものならある。………あと、ついでにアンタの素顔も暴いてやるつもりだ」

「え。ちょっと、先生への宣戦布告!?」

「ああ。首洗って待ってろ」

 

 

 ふてぶてしくニヤリと笑うサスケに戦慄しながらも、カカシはナルトの隣の部屋、サスケの自室を思い出す。

 飾り気なくシンプルな部屋は綺麗に整頓され、ホコリ一つ見当たらず。本棚から何気なく取った書は『影分身のチャクラ密度と消体時間』という専門用語がびっしり手書きで書かれた代物。それには思わず三代目と顔を見合わせたものだ。

 報告書によれば、今年のナンバーワンルーキー。だが、素行が悪いようでぎりぎりの出席日数。”要監視人物”とナルトと共にされていたから少しばかり警戒していたのだが。

 

 

(アイツみたいな子供らしくない奴かと思ったけど……ナルトの影響もありそうだねぇ)

 

 

 それにしても、要監視人物とされる程だろうか。そもそも、素行の悪い子供があんな専門書を読むはずもない。

 報告書との齟齬に少しばかり違和感を感じたが、ただの確認ミスだろうかとさほど気にすることはなかった。

 

 

「よし……じゃ、最後女の子」

「いい、絶対に邪魔するんじゃ……!」

「次!最後女の子!」

「え?あ……っはい。私は春野サクラ。好きなものはあんみつで、嫌いなものは辛い料理!将来の夢は───」

 

 

 大丈夫か?と思ったが、思いの外ちゃんとした答えにホッとしていると、そこでふとサクラは口を閉ざす。

 わずかに過去を思い出すかのように逡巡して、フフと恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 

「探したい人がいます。その人にお礼を言いたいです」

 

 

 少し赤面しながらの言葉に、眉をひそめる。

 だってサクラはサスケが好きなのでは、と思っていたからだ。ほら、サスケだって呆然としている。

 

 

(三角関係……いや四角関係?頼むからドロドロしたのはヤメてね)

 

 

 心から祈りながら、ようやく眠気も去ったのかこちらを見上げる三対の双眸を順に見回した。

 全く、個性的な面子が揃ったものだ。

 

 

「よし、自己紹介はそこまでだ。明日から任務やるぞ!まずはこの四人だけでできる任務をやる……サバイバル演習だ」

 

 

 問題児ばかりのようだが───何だか、明日が楽しみだった。

 




サクラちゃんの探したい人はすぐ隣にいる。今はまだ気付けない。
そしてその言葉で誤解じゃないけど誤解を与えてしまったとか何とか……。


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20.第七班、結成!

4話とあわせて読むとよいかもです


 

 

『集合は朝七時。明日遅れて来ないよーに!』

 

 

(遅刻魔がよく言うぜ……)

 

 

 時計の針が十時を示す頃、サスケは演習場へ向かった。

 ナルトは遅刻すると騒ぎながら時間通りに行ったが、あいにくそんな可愛げはとっくに捨てている。

 たとえ全てが“前”と同じではなかったとしても、カカシの遅刻グセは昨日の様子から全く変わらないと判明した。ならば素直にカカシの思惑に乗せられてやるのは癪というものだ。

 そこにいたのは見慣れた二人。予想通りカカシの姿はなかった。

 

 

「あっ、サスケくぅん!おはよう!」

「もう十時だぜ!?遅れるなって言っといて、あの先生酷えってばよ〜!」

「昨日も遅刻したし……忘れてるって訳じゃないと思いたいわ……」

 

 

 待ちくたびれたナルトとサクラが口々にぼやく。

 段々と悪口になっていくが、どれもが的を射ていたので否定はしないで相槌を打っていると、ふいにきゅうと可愛らしい音が鳴った。

 パチリと瞬きをしたサスケが音の方へ視線を向ければ、サクラがお腹を押さえて俯いていた。

 

 

「こっこれは……!」

「サクラちゃんも腹減ったよなぁ。オレも腹ペコペコだってばよ……」

 

 

 ナルトは肩を落として屈み込む。無意識なのだろうが、ナイスフォローだ。こういう時に何を言えばいいのか分からないから、そんな所は羨ましく思う。

 

 

「もう十時だ……飯にするか」

 

 

 先程の音は聞かなかったフリをして手に持っていた包を開き、二段重ねの重箱を取り出した。

 本当は昼に食べようと思っていたが、腹が減っては任務は務まらない。演習も然りだ。

 蓋を開ければ並ぶのはきんぴら、肉じゃが、卵焼き、お浸し、天ぷら、肉団子等々。下の段にはおにぎりが入っている。無論おかかとこんぶ、梅干しだ。それ以外はおにぎりとは認めねェ。

 色とりどりの豪華な弁当にナルトとサクラの喉がゴクリと上下した。

 

 

「うっまそーー!つうかどうしたんだよコレ?」

「下忍の準備金が入ったからな。今日は特別だ」

「でも、カカシ先生は食べるなって……」

 

 

 重箱を食い入るように見ていたサクラだが、やがて不安そうにこちらを見上げてくる。

 吐くぞ、と脅されたのは間違いではないかもしれない。確かに運動量も多く、下忍なりたての奴にあのサバイバル演習はキツイだろう。

 だが、キュルキュルと腹を鳴らしながらでは、説得力がないぞサクラ。

 

 

「……少しなら大丈夫だろ。それに作り過ぎた。食べるの、手伝ってくれないか?」

 

 

 ナルトが我関せぬで料理を頬張るのを恨めしげに見ていたサクラだったが、サスケの言葉にハッとあることに気付いた。

 これは、サスケが作った料理だ。

 そして誰のためかといえば、自分のために。

 

 

(折角のサスケ君の手料理よ……!?しゃーんなろー、ここで食べなきゃ女がすたるわ……!)

 

 

 一転、ナルトと奪い合うようにサクラは食べ始めた。

 サスケはそんなに食べて大丈夫か?と少々心配になったが、美味しそうに頬を綻ばせているサクラの姿を見てしまうと何も言えない。

 

 

「凄く美味しい……!ありがとう、サスケ君!」

 

 

 そんな事を言われては尚更で、サスケはそうか、とぶっきらぼうに言いながら、喉に詰まらせないように水筒を差し出した。

 

 

 

 

「やー、諸君おはよ…………何してるの?」

「あ、カカシ先生!おっせーってばよ」

「ん〜!この卵焼きも美味しい!サスケ君は砂糖派なの?」

「いや、甘いのは苦手だ。……お前らは好きだろ。やっと来たかカカシ、天ぷらは余ってるぞ。アンタも食べるか?」

 

 

 十一時、実に四時間遅れでカカシは演習場にやってきた。

 てっきりブーイングでもされるかと思っていたのだが、木陰で仲良くご飯を食べている三人に呆気にとられる。

 ス、と差し出された皿を思わず受け取った。その上に乗せられた天ぷらの衣は見た目からしてサクサクだ。

天ぷら好きにはたまらないだろうけれど。

 

 

「先生、天ぷら嫌いなんだよね………って、何のんびり食べてるの?昨日吐くって言わなかった?」

 

 

 ついつい流されてしまったが、昨日忠告として朝食を抜いてこいと言ったのだ。

 憮然とするカカシに、サスケは悪びれる様子もなくフン、と鼻を鳴らした。

 

 

「今何時だと思ってる?これは昼飯、アンタが遅いから先に食ってたんだ。ああ、それとサンマはねぇぞ」

 

 

 “忍者は裏の裏を読め”だろ?

 フンと勝ち誇った笑みを浮かべるサスケに、カカシは1本取られたと悟った。

 確かに昼飯を持ってくるなとは言わなかった。そして十一時である今は昼時と言ってもいいだろう。遠回しに遅刻を責めているのだ。正論であるだけに言い返せない。

 

 

「お前ね……何で先生の好き嫌い知ってんの………」

 

 

 負け惜しみのようにそう溜息をついて、キャッキャッウフフとのどかにお弁当を広げてピクニックをする三人に目を覆い、呆れるやら感心するやら。

 とにかく、カカシの目論見がことごとく潰されたのは確かだった。

 

 

 

 

「よし、十二時セットOK!」

 

 

 初っ端から出鼻をくじかれたものの気を取り直したカカシは、ポケットから取り出した二連の鈴をチリンと鳴らした。

 

 

「ここに鈴が二つある。これをオレから昼までに奪い取ることが課題だ。もし昼までにオレから鈴を奪えなかった奴は…………」

「奪えなかった奴は……?」

 

 

 昼飯抜き、のハズだったんだけど。どうも三人共お腹いっぱいのようで、それはもう使えないだろう。

 可愛くない奴らだ、とマスクの下で苦く笑う。

 

 

「………任務失敗ってことで失格だ!鈴は一人ひとつでいい。二つしかないから、この中でも最低一人はアカデミーへ戻ってもらうことになるわけだ」

 

 

 ハッとしたように三人はお互いの顔を見合わせた。

 最低、一人。

 そうはいうが、今までで合格した奴は一人もいない。

 

 もしかすると、なんて期待して裏切られ。その後また共同墓地へ花を手向けて今年もダメだったよ、と仲間に報告する。それがここ数年の決まり事だった。

 

 けれど。今回は、何かが違う気がしている。

 期待を裏切ってくれるなよ、とカカシは願いながら説明を続けた。

 

 

「手裏剣も使っていいぞ。オレを殺すつもりでこないと取れないからな」

「手裏剣とか使っちゃ危ねえんじゃねーの?」

「これでも上忍、お前らとは雲泥の差があるんだよ」

「うんでーのさ?」

「…………絶対当たらないって事ね。ま……ドベはほっといて、よーいスタートの合図で始めるぞ」

 

 

 ムッとしながらも、平静さを失わなかったナルトに少し見直した。殴りかかって来るかとも思ったが、思っていたよりも子供じゃないと言うことか。

 ともかく、クナイを構える三人に目を細めて冷たく見下ろす。

 

 

「オレを殺るつもりで来る気になったようだな……やっとオレを認めてくれたかな?ククク、なんだかな。やっとお前らを好きになれそうだ。

じゃ、始めるぞ。……よーい、スタート!!!」

 

 

 叫んだ途端、隠れるかと踏んでいた。

 だが、予想に反して三人共に距離を取ったのみで、隠れる気配は露程もない。それどころか殺気までダダ漏れだ。

 

 

「忍たる者、基本は気配を消し隠れるべし……アカデミーで習わなかった?」

「んなセコい真似するかよ!いざ、尋常に勝〜負!!」

「……あのさァ。お前ちっとズレとるのォ……」

 

 

 コイツ、本当に忍者を目指してるんだろうかとカカシは本気で頭が痛くなった。

 そこで、ふと静かなことに気付いて首を傾げる。ナルトはまだ『正々堂々、勝負!』と騒いでいるが、その隣に立つサスケとサクラはただただ、コチラを睨みつけている。さっきから一言も喋っていなかった。

 集中だとか緊張だろうかとも考えたが、よく考えれば座学もトップクラスの二人がこの原則を知らない訳はないだろう。

 

 

「ねぇ、お前らは……」

「あ〜もう、来ねえならこっちから行くってばよ!」

 

 

 感じた違和感。それを問う前に、ナルトがクナイをかざし突っ込んでくる。

 本人のまっすぐさを示すかのように単調な動きだが、勢いはいい。軽々とそれを最小の動きで右に流す。

 その勢いそのままにナルトは倒れかけたが、すぐさま一回転すると態勢を立て直し、こちらから目を離さず再度クナイを構え直した。

 

 なかなかいい動きをする。

 調査書によると忍術や座学が全く駄目だったから成績上は最下位だったが、体術と手裏剣術はそこそこ成績が良かった。

 ただの馬鹿ではない。忍者としての素質は合格だろう。

 

 そして、ナルトへ視線を向けている間に死角となる背後と左からサクラとサスケが距離を縮めて来るのを感じた。キン、と放たれた金属音が空気を震わせる。

 

 

「単純に狙っても当たらないよ」

 

 

 飛んできた手裏剣をヒラリと避け、サスケの軌道を読み、まだまだ成長段階の腕を掴む。そのサスケの腕を放さないまま、左足を軸にしてカカシはその場で回った。

 

 

「くっ、」

「うッ!」

「いってェっ」

 

 

 サスケをサクラの方へ放れば、勢いを殺せずぶつかり合う。回った際、再び襲い掛かってきたナルトへ右足で蹴りを入れるのも忘れない。

 それぞれ狙いも良し、判断も悪くない……が、少々物足りない。この程度ならばとカカシはポーチへ手を入れれば、途端に三人共動きを止めて距離を空けた。

 

 

「くそっ!」

「忍戦術の心得その1、体術!!……を教えてやる」

 

 

 三人の出来は思っていたよりもいい。だけど、見たいのはチームワーク。お互いがお互いを信じ、三人の力を合わせて鈴を奪おうと考えるかどうかだ。

 

 

(まぁ、まだまだ時間はある。………さて、と)

 

 

 カカシがポーチから取り出したのは、今朝とある人物から借りたイチャイチャパラダイス。昨日発売されたばかりの新刊で、プレミアム版かつショートストーリーが入っている。

 昨日は三代目に色々連れ回され、その後急いで買いに行ったが既に完売だった。もちろん、アカデミーに向かったのはそのさらに後だ。

 ここに来る前にも少し読み進めていたが、その続きが気になって気になって仕方ない。

 

 

「!?」

「……?どうした、早くかかって来いって」

「でも、あのさ?あのさ?なんで本なんか……?」

 

 

 困惑するナルトに生暖かい視線を横目で送る。昼食は朝食じゃないから食べていいとか屁理屈言う子供より、素直な方が好ましい。

 バカな子ほど可愛いとかいうやつだろうか。

 

 

「なんでって、本の続きが気になってたからだよ。別に気にすんな、お前らとじゃ本読んでても関係ないから」

 

 

 つい挑発するような口調になってしまった。予想に違わず簡単にピキッと青筋が浮かぶのだから、まだまだ若い。

 

 

「ボコボコにしてやる……!」

 

 

 怒りも露わに繰り出された拳を見ることもなく受け止める。続く蹴りを屈んでかわせば、当たらないことで苛立ったのかナルトは馬鹿正直に正面から突っ込んできた。

 怒りは時に力になるが、戦闘時には冷静さを失わせるものだ。ナルトも同様で、先程の攻撃の方がまだ良かっただろう。若干の失望を滲ませて、カカシは動いた。

 

 

「あれ?」

「忍者が後ろを取られるな、馬鹿」

 

 

 ナルトの背後に回りしゃがみ込んだカカシは、両手の人差し指と中指を立てて重ね合わせる。それを後ろ目で見たナルトの顔色が蒼くなった。

 角度よし、体勢よし、バランスよし。カカシはナルトの様子には構わず、キラリと眼を光らせると狙いを定めて指を思い切り突き出した。

 

 

「せっ先生、虎の印ってば卑怯………」

「問答無用!木の葉隠れ秘伝体術奥義、千年殺し~っ!!!」

「ぎぃやぁぁぁ!!」

 

 

 悲鳴を上げ───ナルトの姿は掻き消えた。

 

 

「なっ………?」

 

 

───影分身か……!

 

 

 煙を上げて消え失せたのは、影分身。だとすれば、本体はどこに?一体いつ、入れ替わった?

 

 その動揺が一瞬のスキを生んだ。

 カカシの背にゾクリとした悪寒が走り、咄嗟にその場を飛びのいた。

 それと同時に数本のクナイがその場を襲った。その内の一本が手を掠め、イチャイチャパラダイスを弾いていった。

 

 

(不味い、川に……!)

 

 

 ゆっくりと本が舞う。落ちていくその先には川があった。いつの間にか誘導されていたのだ。

 スローモーションのように見えるその光景に、カカシの目の色が変わった。

 

 

「うォォォ!」

 

 

 カッと目を見開いて地面を蹴り、イチャイチャパラダイスに手を伸ばす。

 借り物というのを抜きにしても、何せプレミアム版だ。限定ものは二度と手に入らない。それを水中に落とすなどファンとして論外だった。

 

 あと一メートル。あと三十センチ。

 

 

───取った!!

 

 

「忍者は後ろを取られるな、だろ?」

 

 

 イチャイチャパラダイスをしっかりと掴み取ったその時、片目を隠す額当てで死角となっていた、左後ろから聞こえた声。

 白い手が伸びてきて、顔のマスクを剥ぎ取ろうとしてくる。今まで幾人もの忍が挑み、ことごとく守り切ってきたカカシの素顔だ。気付けば、反射的に空中で身体を捻りその腕をかわしていた。

 プツリと紐の切れる音に、カカシは己の敗北を悟った。

 

 

(………まさか、本当に取っちゃうなんてね)

 

 

 水面に着地し振り返れば、銀の鈴を手に残念そうに舌打ちするサスケがいた。その後ろ、クナイが飛んできたのと同じ方向にサクラ。

 さっきまで立ちすくんでいた“サスケ”と“サクラ”もまた煙になって消える所で、少し離れた木の影から疲労困憊といった様子のナルトが出て来る。

 

 つまり、最初からオレは一人だったという事か。

 あの時のナルトもサスケもサクラも、全部ナルトの影分身。影分身に変化も織り交ぜるとは、そのスタミナも加え大したやつだ。

 避けるタイミング、飛ぶ方向、距離。全てを計算しながらナルトを誘導し、最後に正確に本を弾き飛ばしたのはサクラだろう。サスケと並び筆記一位の頭脳は伊達じゃないらしい。

 そして、完璧に気配を消しオレに近づき、マスクを剥ぎ取る代わりにまんまと鈴を掠め取っていったサスケ。中忍の域すらも軽く超えた隠形に背筋が寒くなる程だ。

 

 荒削りだが、それぞれの長所を活かした見事なチームワークだった。誰か一人でも失敗したなら、成り立ちはしなかっただろう。

 本当ならこの時点で合格だが、おかげでイチャイチャパラダイスを危うく濡らしてしまう所だった。限定モノで、借り物だというのに。

 そう簡単に合格にしてしまうには腹立たしく、水面に立ったまま、カカシは半眼で鈴を持つサスケに問う。

 

 

「で、どうするつもり?鈴は二つしかないよ。お前は、ナルトとサクラどっちを選ぶの?」

「フン……。そんなの決まってるだろ」

 

 

 長年兄弟のように過ごしたナルトか。

 それとも、片思いのサクラか。

 はてまた、自分が忍を諦めるのか。

 或いは───。

 

 幾つかの候補を考えていたカカシだが、サスケの出した答えはどれもが違った。

 サスケは懐から取り出した何かをカカシへ投げた。ポンと放り投げられたそれをとっさに掴み取り、まじまじと見つめる。

 驚いてサスケへ目を向けると、ニヤリとイタズラが成功した子供のように笑った。

 

 

「これで鈴は全部で四つだ」

 

 

 サスケの手に、ナルトの手に、サクラの手に。赤い組紐のついた、銀の鈴があった。

 全く同じ造型のそれが、カカシの掌の中でチリンと音を立てた。

 

 

「オレとサスケとサクラちゃん、それにカカシ先生。四人で第七班だってばよ!」

「一人でも欠けたら第七班じゃないわ!」

 

 

 思いがけない言葉に目を丸くする。

 それからブハッと吹き出したカカシはひとしきり笑った後、破顔した顔をあげた。

 

 

「ごーかっく!これにて演習終わり、全員合格!!よォーし、第七班は明日より任務開始だァ!!!」

 

 

“仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズ”

 

 ……それを教えようと思っていたのに、逆に教えられてしまったようだ。

 きっと、ずっとオレはミナト班のまま時を止めていたのだろう。オレの受けた鈴取り合戦を、そのままずっと続けているのがその証拠だ。

 

 オレにとって、仲間は彼らだけだった。だから、投影していたのかもしれない。もしも、ミナト班となった時から本当に信頼していたのならば……仲間を大切に思えていたのならば。そんな自分の悔恨と願望を。

 

 でも、今日からは違う。

 

 

───オレは、第七班の一人だ。

 

 

 涼やかな音を立てる鈴を握りしめる。

 目尻に浮かんだ涙はヘラリと笑って誤魔化した。

 

 

 なぁ、オビト。リン。ミナト先生。

 見ているか?

 木の葉の里も、まだまだ捨てたもんじゃないみたいだよ。




オマケ:その後のピクニック


「それじゃ、先生もお腹すいたし天ぷら貰おうかな」
「……さっきのは嘘だ。サンマ、あんた好きだろ?」
「うん、ありがとね。……へぇ、美味しいじゃないの。そっちのお浸しも取ってくれない?」
「カカシ先生ずっるーい!ね、サスケ君、梅干しのおにぎり美味しかったわ。今度また作って、お願い!」
「ん〜先生、茄子の味噌汁ものみたいな」
「えーっと、じゃあオレは……」
「ナルト、あんたは毎日たべてんでしょうが!注文つけるなんてしゃーんなろーよ!」
「ねぇ、だったらみんなで食事会すればいいんじゃない?食費は先生出すからさ、頼むよサスケ」
「………仕方ねぇな。お前らも手伝えよ」
「おう!」
「ええ、喜んで!」
「火を使うときは先生呼んでね。見ててあげるから」
「カカシ先生、何楽しようとしてんだよ!」


 ワイワイガヤガヤと重箱をつつく彼らは、第七班。
 この日より、度々食事会が開かれるカカシの家は賑やかになっていったそうな。

※サンマ食べるカカシ先生は早すぎてマスクの下は見れませんでした(笑)


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幕間
21.兄弟


 

 

「おっそーい!!カカシ先生、何やってんのよ!?」

 

 

 快晴の空のもとサクラの怒りの声が響き渡り、近くの枝にとまっていた鳥が飛び立っていく。

 二股に分かれた尾や、黒と白の小さな姿はツバメのものだ。北から長旅をして木の葉に帰って来たのだろう。

 

 軽々と空を飛ぶ姿を眺めながら、サスケも鳥に倣ってこのまま帰ろうかと本気で考え始めていた。

 

 

「もう六時間か。今までの最高記録を更新したな……」

「サスケェ、オレ腹減ったってばよぉ……」

 

 

 いつもの集合場所である橋の上、欄干に腰掛けていたサスケが呆れたため息をつく隣、ナルトの腹がグルギューと同意を示す。

 

 今日のDランク任務は、木の葉に訪れていたとある大名が失くした指輪の捜索だった。

 犬塚家に任せた方が早いんじゃないか?という疑問はさておき、任務は任務だ。集合時間は六時。しかしカカシも遅れるだろうと一時間ほど遅めに出た。

 基本的に朝は得意じゃないサスケはぎりぎりまで寝て、昼食はナルトの好物である一楽のラーメンにしようと思って作ってこなかったのだ。

 

 そして、現在の時刻は十三時───かれこれ六時間、サクラやナルトに至っては七時間の待ちぼうけをくらっていた。これではサクラが怒るのも無理はない。

 

 

「何なのよ、もうお昼過ぎてるじゃない!これでゆっくりご飯でも食べてたりしたら許さないんだから………!」

 

 

 怒りに任せ"しゃーんなろー"と拳を掲げるサクラを宥め、未だ鳴り続ける腹を抱えてしゃがみ込むナルトをちらりと見やって、ついにサスケは膝に広げていた巻物をしまった。

 

 持ってきていた巻物は全て読み終えてしまったし、待ちくたびれた。サクラもナルトも、こんな腹が減った状態で任務に当っても集中が出来ないだろう。

 それにこれほど遅いとなると、何かがあったと思うのが普通だ。といっても、一度は火影にまでなった男が殺されるなどはあまり考えにくい、大方碌でもない理由だろうが。

 

 

「サスケ?何処行くんだってばよ?」

「カカシ先生の家に行くの?それとも……」

 

 

 もう一度ため息をつきながら欄干から飛び降りて、キラキラと期待に目を輝かせる二人へ、ああ、と頷く。

 それだけでナルトとサクラには通じたのか、手を取り合って喜ぶ息ピッタリな姿にサスケは苦笑した。

 

 

「なぁなぁ、二人は何食べるんだってばよ?オレはさ、オレはさ、やっぱ味噌ラーメン!」

「アンタいっつもそれじゃない。たまには別のも食べないの?醤油とか豚骨とか色々あるのに……ね、サスケ君は?」

「そうだな……俺は醤油にするか」

「私も醤油にしようと思ってたの!お揃いね、サスケ君!」

「えぇ、二人共ズリィってばよぉ……ならオレも醤油!!」

 

 

 そんな和やかな会話を交わしながら通りを歩いていれば、やがて一楽の暖簾が小さく見えてきた。

 

 ゆくゆくはナルトの御用達ということもあって、木の葉どころか火の国一のチェーン店となる一楽だが、今はまだ数席しかないこぢんまりとした個人店だ。

 確かに手軽ではあるが、あまりラーメン自体食べないサスケとしてもやはりここの店が一番だし、チェーン店となるのを後押ししたナルトも同じ事を言っていた。

 

 だが店主であるテウチ、その娘のアヤメも寄る年波には勝てない。いつしかその味も失われていき、チェーン店とは言いつつも、全く別の味を未来に生まれた子供は"一楽"と呼ぶようになった。

 食事が和食からファストフードに変わっていったように、嗜好の変化は仕方のないことだ。これも時代の流れなのだろうが、少し寂しく感じたものだ。

 

 ぼんやりとそんな事を思いながら歩いていれば、一楽はもうすぐそこにあった。

 だが、一楽のある通りの向かい側。前方にある木の影に見覚えのありすぎる銀髪が誰かと話しているのを見つけ、サスケはピタリと立ち止まった。

 

 

「………ナルト。サクラ。今日はやっぱりラーメンは止めだ」

「えええ、何で!?ラーメン、ラーメンがいいってばよ、ずっと食べてねぇもん!一楽のラーメン!!」

「サスケ君、どうしたの?一楽はすぐそこに……って、カカシ先生じゃない!!」

「カカシ先生!」

「おい、待ッ……!」

 

 

 駄々を捏ねるナルトを引きずり、来た道を引き返そうとするも、サクラが退路を塞ぐ。サクラに続いてナルトまで騒ぎ始め、ついにはカカシも気づきやがった。

 諦め悪く止めようとしたサスケの手をすり抜けて、ナルトとサクラがカカシともう一人の男の方へ駆け寄って行く。

 

 

「カカシ先生、何でこんな所にいるんですか!?私達、七時間も待ってたんですよ!?」

「あれ?言ってなかったっけ、ごめんごめん。大名様の指輪、宿の中で見つかったから任務はキャンセルされたんだよねぇ。だから今日は休みなワケ」

「何もきーてねぇよ!オレ達、腹減って死にそうだってばよ!?」

「いやぁ、実は賊がオレの家を取り囲んでてね。相手していたらすっかり忘れちゃって……」

「「ハイ!嘘ッ!!」」

 

 

 ビシッと二つの指に指され、ヘラリといつもの胡散臭い笑顔を作ったカカシは、再び先程の会話相手へとその顔を向けた。

 

 

「ごめんねー、任務の取り消しを伝え忘れてたみたいでさ。あ、こいつらはオレの担当してる下忍だよ」

「ええ、わかっています。聞いてましたから。それにしても貴方は……随分と変わられましたね」

 

 

 カカシは少しだけ目を丸くしたが、すぐにへらっとした笑顔を浮かべた。胡散臭いが、どこか楽しげに。

 

 

「………かもね」

「なぁなぁ!兄ちゃん、誰なんだってばよ?カカシ先生の友達?」

 

 

 そんな二人を興味津々といった様子で見上げるのは、下忍達である。

 ゆったりと優雅に木の影から出てきた男は、整った顔立ちに二人がわ、と暫し見惚れるとほんの少し口角をあげた。

 まだ成長しきらない若々しさと反する落ち着いた雰囲気は、優しげな顔立ちと相まって見る者へ安心感を与える。

 

 だが、サスケは二人とはまた違った意味で動揺しゴクリと唾を飲んだ。

 出来れば、会いたくなかった。出来れば、会いたかった。

 そんなサスケの相反する想いは露知らず、彼らの会話は続いていく。

 

 

「はじめまして。俺の名は、うちはイタチだ。それとカカシさんとは昔の同僚だよ」

 

 

 言外に友達ではないと否定するイタチに、『お前ね……』とカカシの頬が引きつった。

 しかし、そんなやり取りには気づかずに、ナルトはニカッと満面の笑みで手を差し出す。

 

 

「オレの名前はうずまきナルト、いつか火影になる男だ!よろしくな、イタチ兄ちゃん!」

 

 

 ナルトの自己紹介の何が琴線に触れたのか、ほんの少し眉を上げたイタチは更に笑みを深めてその手を握った。

 

 

「うちはって……あのうちは一族の!?ヤダ、こんな所で会えるなんて……!」

「“あの”……?失礼だが、どんな噂が流れているのか聞いてもいいかい?」

 

 

 サクラの言葉に興味を持ったらしいイタチの心が、サスケにはわかった。一般の里の民から見た、一族の掛け値なしの印象を聞いておきたかったという所だろう。

 イタチは優しく微笑み、目線を合わせるように膝をつく。顔が近づいたサクラが頬を染めるのを、サスケは複雑な心境で見守った。

 

 

「え、っと。うちはの方って、定時の巡回以外ではほとんど見かけないから、その……カッコイイし、見かけたら一日幸せになれるって……」

 

 

 もじもじと恥ずかしそうにサクラは告げる。だが、内容がよくわからない。

 見かけたら幸せになれる?飲んだら幸せになれると謳う、どこぞの危険な薬のような文句だ。

 

 何だかイケメンは正義よ、目の潤いよと熱く語っていた妻をふと思い出す。

 まぁ、そんなものなのかもしれない。里とうちはの確執は一般人には知られていない。知っていたとしても、大っぴらにはせずに、心の中にしまっておく者の方が多いのだろう。

 

 俺と同じ事を考えたのか、サクラの言葉にキョトンと目を瞬かせていたイタチは、“ありがとう”と苦笑して互いに握手していた。

 

 今、俺の視界では、木の葉の里の青空の下でナルトとサクラ、カカシ、そしてイタチが笑い合っている。

 その光景はずっと見ていたくはあったが、早くここを去らなければと名残惜しくも踵を返そうとした刹那。

 

 

───俺と同じ、黒い瞳が交わった。

 

 

「んー?あれ、アイツはどうしたの?」

「え?さっきまで一緒に……」

 

 

 もう逃げることは不可能だろう。

 疑われないためにも、早々に腹をくくってサスケはノロノロと四人へと歩み寄った。

 

 

「……サスケだ」

 

 

 不審に思われないよう、いつも通りの口調を心がけた。イタチの顔は変わらない。微笑を浮かべるだけだが、その眼の奥が一瞬ユラリと揺らいだのをサスケは捉えていた。

 

 だから、会いたくなかったんだとサスケは心の中で舌打ちする。会ったって、相手はうちはの次期頭領、俺はただの孤児。無関係な者同士だ。否、無関係であらねばならない。

 記憶がなければ楽だったのだろうが、どちらにもあるからこんなに苦しい。過ごした日々は、強くどこまでも優しかったあの背は、最初から“無かった”ものでなければいけないからだ。

 

 それが俺の選んだ道だ。戻ってもきっと、何回だってこの道を選ぶだろう。あの時の最善の道だと信じているし、後悔はしていなかった。

 

 なのに、煩く喚くのだ。

 未来のために捨てたはずの、弱く幼く、全てを信じていた頃の愚かな子供が。

 

 

「……はじめまして。うちはイタチだ」

 

 

 しっかり握り合った手は、少しだけ汗ばんでいた気がする。

 それがどちらのものかはわからないが、生きた人間の温かさに知らず入っていた力が緩むのを感じた。

 

 

「さてと。まー、今回はオレが待たせちゃったようだし、昼食は奢るよ」

「“今回は”じゃなくて、“今回も”でしょ!」

「オレ!オレ達、醤油ラーメン!チャーシュー大盛りだってばよ!」

 

 

 二人の間に流れていた緊張感をキレイさっぱりぶち壊す、ナルト達のいつも通りの会話に肩の力ががっくり抜ける。

 腕を引っ張るナルトを振りほどこうとナルトと小さな小競り合いをしていれば、そんな俺達をじぃっと見つめて何やら思案していた風のイタチがじゃあねと手を上げて一楽へ入ろうとしていたカカシを呼び止めた。

 

 

「良ければ、俺もご一緒させてもらっても?」

「「え」」

 

 

 思いもよらない言葉に、カカシとサスケの声がハモった。

 

 

「へぇ、お前から誘うなんて珍しいじゃない。どういう風の吹き回し?」

「失礼ですね、俺だって空腹なだけです。それに友人を食事に誘うことも普通にありますよ」

「……お前、さっき茶屋で団子を五皿くらい食べてた気がしたけどね。見間違えかな」

「ええ、見間違えたんでしょうね。十皿ですよ」

「ああハイハイ。団子は別腹ね……」

 

 

 団子に嫌な思い出でもあるのか、どこか胸焼けしたようにカカシは胸を押さえながら、お前らは?と三人へ視線で問いかけてくる。

 

 

「オレもイタチ兄ちゃんと食べてぇ!」

「私も!」

 

 

 元気よく答えたナルトとサクラが、期待にキラキラした目でこちらを伺う。

 

 この蒼と翠の目に俺は弱い。だが、深く関わり合ってはボロが出かねない。

 特にイタチを前にすると全て見透かされてしまいそうで、それを心の底では願いながらも恐れているのだ。

 そう思って暫し躊躇っていたのだが、やがて悲しそうな顔をしたイタチにその思いも打ち砕かれ、気づけばサスケは頷いていた。

 

 俺はチョロいのかもしれない、とサスケは今更ながらにそう思うのだった。

 

 

 

 

「もうお腹ペコペコ!それにしても、カカシ先生一体午前中何してたんですか?」

「ん〜、そうだねぇ。ま、大人の用事ってやつだよ」

「カカシさんはある人に勝負を持ちかけられてね。負けてしまったんだ」

「……お前、見てたのね……」

「ええ。鬼ごっこでしょう?身体が大分鈍っていましたよ」

 

 

 ラーメンが来るのを待ちながら、他愛もない会話をする。

 勝負、ということはあの眉とキャラそのものが濃いあの上忍か。頭の中でサムズアップする暑苦しい男が浮かび、出くわさなくてよかったと思った。

 きっとどこまでも、それこそ里中を追いかけ回されたに違いない。サスケはほんの少しだけ、疲れたように黄昏るカカシに同情した。

 

 

「えっ……カカシ先生、負けたのかってばよ!?」

 

 

 ナルトはどうやら負けた、という言葉に反応したらしい。

 鈴取り演習の時にその動きを見ていたからだろう、ナルトもサクラも信じられないと目を見開く。

 

 

「言っとくけど49勝49敗、引き分けだからね?」

「まぁ……相手は体術のスペシャリストですしね。俺もあの人相手じゃ、分が悪い」

「へ〜、すっげえ奴なんだな!………うし、決めた!オレってば、そいつに弟子入りする!」

「「「…………」」」

 

 

 サスケ含め、彼を知る三人共に沈黙した。

 脳内ではあのダサい真緑色のタイツを着るナルトが………。無い。コレは、無い。

 

 

「な、サスケも一緒に弟子入りしようぜ!」

「嫌だ。ぜってェに、御免だ」

「ハハハ……辞めといたほうがいーよ……」

「もうあの人には弟子がいるからね。多分、二人は難しいんじゃないかな?」

 

 

 イタチの説得に渋々ながら納得したのか、唇をナルトは尖らせる。

 どうやら諦めてくれたようでホッと一息ついていれば、ちょうどラーメンが“お待ち!”とドンと目の前に置かれた。

 

 熱々の湯気をたてたラーメンを啜れば、コシのある麺がプツリと切れる。汁も濃すぎず薄すぎず、鶏のダシがよく出ている。店主のこだわりがあるのか、この味はずっと変わらなかった。

 

 和気あいあいと喋り食べ進めつつ、チラリとカカシと話す横顔をこっそり眺めた。サスケが居た時よりずっと血色がよく、病を患っているような様子は欠片もない。一族と里の軋轢も、多少なりとも緩和されたのだろうか。

 

 今は、暗部の部隊長か?それとも、更に出世しているのだろうか?イタチの実力からしてきっと後者なのだろうな、とサスケは思う。

 

 イタチが里の敵を演じる必要もなく、木の葉で生活している。木の葉で、七班と一緒に美味そうにラーメンを食べている。

 たったそれだけのことだが、それはとても尊いことのように思えて、コチラに気が付いたイタチにぎこちなく笑いかけた。

 そうすれば、やっぱり返ってくるのは穏やかで嬉しそうな笑顔で、変わらないその笑顔に全てが報われた気持ちになるのだから、やはり俺はチョロいのだろう。

 

 

「何で二人共そんな仲いいんだよ、ズリィってばよ!」

「ナルト、行儀悪いわよ!」

 

 

 反対隣に座っていたナルトが身体を乗り出してくる。そんな金髪をぐりぐりと撫でれば、満足したのかニシシと笑った。

 注意するサクラも少し羨ましそうにしていたのに気づいたイタチが、その幾分下にある髪を優しく撫でれば、サクラも恥ずかしげにはにかんだ。

 呆れたように苦笑するカカシは、相変わらずマスクをつけたままいつの間にか完食していて、そんなカカシにみんなでマスクの下について議論して。また笑いあって。

 

 

 きっと平和とか幸せを形にしたなら、こんな平凡なものなのだろう。

 そして俺は今、確かに幸せだった。

 

 

 

 

「そういえば……ナルト君は、火影を目指していると言ってたね」

 

 

 ラーメンを食べ終えて、サクラちゃんの提案で甘栗甘へ行くことになった。

 サクラちゃんは餡蜜を、イタチ兄ちゃんは三色団子を頼んで、俺も兄ちゃんの勧めで団子にした。

 カカシ先生とサスケは甘いものが嫌いだから、ピリッとした辛味の花林糖を選んだ。何だか、この二人ってこういう所似てるよな。

 

 そうして一番上に刺さったピンクの団子をパクリと頬張っていると、ふいにそんな話が向けられた。自己紹介の時の事を言ってるんだろう。

 普通、オレがそれを言うと大抵の奴らは無理だろって呆れたり、馬鹿にしたりするから少し警戒して整った顔を見上げる。

 だけど、兄ちゃんはちっともそんな感じじゃなくて、優しい眼差しでオレを見ていたから安心した。団子を飲み込んでおう、と胸を張る。

 

 

「オレは火影を超す!んでもって、里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ」

「そうか。でも、一つ覚えておくといい。“火影になった者”が皆から認められるんじゃない。“皆から認められた者”が火影になるんだ。………仲間を忘れるな」

 

 

 そう言って、イタチ兄ちゃんはサスケやサクラちゃん、カカシ先生へ目を移した。

 兄ちゃんの言ってる意味は分かる。だけど、オレは里で認められてない。だったら、遠回しに無理だと言っているのか?

 そんな事を色々考えていたら、トンと額当てを小突かれた。

 

 

「お前が他人の存在を意識して、認められたいと願い一途に頑張るなら……いつか、里の皆もお前を認め、仲間だと思ってくれるようになるさ」

 

 

 ポカンと額当てを押さえたオレに、兄ちゃんはそう言った。出来るのかな。ずっと、一途に頑張れるのかな。

 

 不安にギュと額当てを掴んで、それでオレは思い出した。

 これを手に入れた時、オレは一人じゃなかった。サスケも、イルカ先生もいた。

 ああ、だから“仲間を忘れるな”って言ったのか。きっと一人じゃ耐えられない。だけど、側に誰かが居てくれるなら……きっと、頑張れるから。

 

 

「へへ……そうだよな」

「ああ。その為にも、小さな任務であっても手を抜かず、しっかりこなしていけ。一見つまらない任務であっても、それらから学べることも多いからな」

「おう、任せとけってばよ!」

「……おい。何話してんだよ」

 

 

 イタチ兄ちゃんと笑いあっていたら、サスケに不機嫌そうに睨まれた。何かしたかなと思うけど、覚えがない。

 兄ちゃんはニコニコとそんな不機嫌になってるサスケの、額のシワを俺にしたみたいにトンと触れる。オレにしたのより、何だか優しく。

 

 

「俺も火影を目指しているからな、ナルト君は俺のライバルだ、という話だよ」

「アンタが火影に……?」

「イタチさん、火影服似合いそう!」

「へぇ、そりゃ初耳だね。でも、ま……お前ならすぐになれそうだけど」

 

 

 驚いた。兄ちゃんも火影目指してるのか。

 だったら、オレと兄ちゃん、それに木の葉丸の三人が火影候補でライバルってことになる。……勝てるかな。

 サスケが目線だけこっちに寄越す。鼻でふん、と笑った。『お前が勝てる訳ねーだろ、ウスラトンカチ』と声が聞こえた気がしてムカつく。

 

 

「見てろよ、サスケェ!オレってば、兄ちゃんにだって負けねーぞ!んでもって、オレが火影になったらお前が補佐だかんな!」

「はぁ?勝手に人の人生決めてんじゃねェよ」

「アンタ、何そんな羨まし……馬鹿なこと言ってんのよ!贅沢よ、贅沢!」

「俺も負けるつもりはないよ」

「意外とオレがなっちゃったりしてね〜」

 

 

 ワイワイガヤガヤと笑い合って、時間はあっという間に過ぎていた。

 昔から知ってたみたいに、兄ちゃんは七班に溶け込んでいた。不思議に思ったけどみんなと別れた帰り道、サスケと二人で兄ちゃんに誘われた“団子の節句”にあるうちはの祭りの話をしてて、不意に気づいたんだ。

 

 イタチの兄ちゃんと、サスケ。

 二人は良く似ているということに。

 

 性格はすっげえ似てねーけど、でも顔とか、雰囲気とか、黒い目だとか。きっと、兄弟だって言われても納得してただろう。

 それに兄ちゃんがサスケに向ける目が、オレとかへ向けるものよりずっと柔らかかった。

 サスケだってそうだ。なんつーか、態度?が子供っぽいっていうか、素直っていうか。

 

 でも、何だかそれは悔しかった。仲間はずれにされてるような、そんな気がして。

 

 

「ナルト、夕飯は何がいい?」

「んー、じゃあさ──」

 

 

 何も知らないフリをして、サスケに夕飯のリクエストをする。

 このやり取りだって何十回、何百回も繰り返されたものだ。サスケはオムライスもハンバーグも、シチューも味噌汁も、オレが名前しか知らなかった料理をいっぱい教えてくれた。

 サスケとオレは、ずっと一緒に育った。生まれてから十二年、そのうちの半分一緒にいたんだ。

 

 サスケとオレは兄弟だよな?

 血は繋がってないけど、そう思ってもいいよな?

 

 心の中でそう問いかけるけど、答えは当然返ってこない。

 でも、オレが立ち止まったら、サスケはいつだって待っててくれる。それでさ、当たり前のことみたいに言うんだ。

 

 

「ナルト?早く来い、帰るぞ」

「……おう!」

 

 

 振り返ったサスケに、ナルトは止めていた足を踏み出して駆け寄っていく。

 

 並んで消えていく二つの背を、イタチは遠く別れた場所から寂しげに見送っていた。

 





5月5日、端午の節句では子供の無病息災を祈ってちまきや笹団子を作ることから、またの名を団子の節句と言うそうな。

おまけ

「カカシ!!我が永遠のライバルよ、いざ勝負だァ!」
「今日は止めよって……」
「48勝49敗、このまま勝ち逃げなんぞ許さんぞ!!」
「はあ……駄目だって言っても駄目みたいね」
「今回の勝負は俺が種目を決める番だな!種目は───走れ青春!!KONOHA鬼ごっこだァ!!」
「わかったわかった……、じゃあ目を閉じて百数えてちょうだい」
「100999897969594───」
「ちょっと、数えるの早すぎでしょ……!」

 念仏の如く超速で唱えられていく数字に、慌ててカカシは駆け出した。
 こうして始まった鬼ごっこ。イチャパラを捲る間もなく、カカシは里中を追いかけ回された。
 
「くっ……仕方ない。影分身の術!」
「む、これは影分身……フフフ、やっと本気になったようだな、友よ!ならば全て捕まえるのみだ!!!」
「何ッ、影分身が次々と……!?」
「カカシィィィ!!どこだァァァァ!!」
「あーもう!!」

 風をきって屋根から屋根へと走る忍二名。里の民も慣れたもので、額に手をかざし観戦を始めている。
 その中に、茶屋に入ろうとしていた非番の忍二名がいた。

「お。見ろよイタチ」
「ああ、カカシさんにガイさん……また勝負をしてるのか。流石、カカシさんは足運びが完璧だな。ガイさんも一段と脚力を上げたようだ」
「偉く鬼気迫った鬼ごっこだな~。怖い怖い」
「シスイ、どちらが勝つか。一つ賭けでもしないか?」
「おっ!面白そうだ!俺はそうだな〜、迷うとこだが……忍術アリならカカシで!」
「なら俺はガイさんだな」
「ん?……悪い、イタチ。またお上から呼び出しだ。結果は今度教えてくれ」
「わかったから、早く行け。……全く。暗部の業務改善はどうしたものか」
「是非ともよろしく頼む」
「今度意見書を出してみるが、期待するなよ」
「カカシィィィィ!逃げるな、漢らしく立ち向かわんか!」
「お前鬼ごっこのルール、分かってる……?」

 タイムリミットを決めてなかったが為に、カカシはその後も数時間追い回され。イタチはそんな二人を赤い布のかかった縁台で団子を食べながら、こっそり口寄せで追っていた。
 しかし、一向に決着のつかない様子に昼時も過ぎて遂に痺れを切らし、茶屋の前を何度目かに走り去ろうとしていたガイを呼び止める。

「ガイさん、こんにちは。そんなに急がれてどうしたんですか?」
「やあイタチ君!すまないが、今カカシと漢と漢の勝負中でな!」
「カカシさんと?ああ、だからさっき火影邸の方に逃げていったんですね」
「何ィ!?」
「顔岩の方から先回りしてみては?」
「おお!いい考えだ!待ってろよ、カカシィィ!」

 こうして賭けはイタチの勝利となった。


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22.願い

 

 任務を終えた日暮れ。六年の時を経て、サスケは里とうちは地区を繋ぐ道を歩いていた。

 だが、以前とは大分様変わりしたその地にサスケは驚きを隠せない。

 

 里と一族の間にあった溝を表すかのように何もなかった筈の道の両脇には、今や真新しい商店や家屋が建ち並んでいる。

 出ていく時は真っ暗だった闇は薄まり、今や仄かな光を放つ赤い提灯が、軒先にいくつも連なってうちは地区への道を照らしていた。

 

 うちはの家紋を表す門が見えてくると賑わいは更に増した。

 屋台が軒を連ね、うちは一族だけでなく木の葉の住民らが楽しそうにそれらを見て回っている。祭り囃子に合わせ子供たちの高い笑い声が聞こえる。

 以前あった陰鬱さは鳴りを潜め、様々に入り混じった家紋はその隔たりを失っていた。

 

 

(………変わったんだな)

 

 

 ナルトやサクラがはしゃぐ隣、サスケはその光景をしっかりと目に焼き付けながら再びうちは地区の門戸を跨いだ。

 

 しばらくブラブラと歩いていると、南加ノ神社の近くに何やら部下らしき人たちへ指示を出しているイタチがいた。

 いつもの紺の服ではなく、濃い臙脂色と黒を基調にした紋付き羽織袴を身にまとっており、うちはの次期長としての貫禄のある姿である。

 しげしげと初めて見るその姿を眺めていれば、仕事は一段落したようでこちらへ歩いてくるイタチと目があって、嬉しそうに微笑まれる。それはもう、誇らしげに。

 

 これが今の“うちは”なのだと言われたような気がした。

 うちはも里の一部にようやく溶け込んだのだと。守りたかったものは確かに今もあるのだと、優しい目がそれを訴えていた。

 

 

「あっ!イタチ兄ちゃん!」

「やあナルト君、よく来てくれたね。サクラ君達もようこそ。今日は楽しんでいってくれ」

「それにしても、凄い規模だね〜。他国の商人も呼んでるの?」

「ええ。うちはの伝手を存分に使いましたよ」

 

 

 屋台をよくよく見てみれば、水の国特産の真珠のアクセサリーや風の国の蛇使いなど、閉鎖的な里内では滅多に見ることの出来ない珍しい露店がたくさんある。

 これほど人気があるのもそれが大きいのだろう。

 何せ、任務以外で里の外へ行く者はほとんどいない。手続きなども面倒なもので、国同士睨み合いを続けている現状、気軽に旅行に行けるような時代ではないのだ。

 そして、それを成したうちはのネットワークも充分驚異的なものだが、この祭りは里公認のものだというし、これも里との仲が上手くいっている証拠といえる。

 

 カカシに奢ってもらった香ばしいイカ焼きを齧りながら、サスケ達はイタチの案内で様々な店を回った。

 ナルトやサクラの両手は、綿飴やら焼きそばやらで一杯だ。

 二人の小遣いは尽きていたが、それほど腹も減っていなかったサスケは特に買うものもない。屋台のものを『高いな…』と所帯じみた思いで冷やかしていた時、聞こえてきた泣き声にふと足を止めた。

 

 

「やだ、まだやる!」

「何回もやっただろ?もう小遣いないし、駄目だよ」

「いや!あれほしいもん!」

 

 

 祭りの賑やかさの合間に二つの言い争う高い声が、『水ヨーヨー』と大きく書かれた看板の前から聞こえる。

 行き交う人の群れを縫って近づけば、小さな人影が見えた。見たところ、どちらも黒髪黒眼で似たような顔立ちだから兄弟なのだろう。

 アカデミーに入るか入らぬか程の兄は、困ったような顔で弟の腕を引っ張っているが、弟はひたすら駄々をこねてその手を振り解こうとしている。

 

 だが、そんな様子よりも目が離せなくなったのは、その背にある家紋だった。

 

 小さくも、しっかりと染め抜かれたそれはかつてサスケの背にあったものと同じだ。赤と白の扇模様、それはうちは一族であることを示している。

 サスケが居た頃にはサスケ自身が最年少だった。ということは、その後に生まれた子供たち───かつては、生まれなかった筈の子供たちということだ。

 

 もしかすると近い血筋なのかもしれない。血継限界の保持の為にうちはは近親婚が多かったから、どの道縁者である事は確定している。

 想像を膨らませるのは存外楽しいもので、適齢期であった歳の離れた従兄弟達や叔父、叔母を思い浮かべていたサスケは兄弟の争う声が白熱してきていることに気付かなかった。

 

 

「だから!駄目って言ってるだろ!」

 

 

 苛立ってきた兄が、ぐい、一際強く手を引いた。

 それほど歳は離れてなさそうだが、幼い頃の数歳はかなりの差があるものだ。

 勢い余って弟は投げ出され───立ち尽くしていたサスケに勢いよくぶつかった。

 

 

「ふ……ぅわああああん!」

「っ!ごめんなさい!」

 

 

 倒れつつも咄嗟に受け止めたのだが、それでも手を少し擦りむいたらしい弟の甲高い泣き声が間近で耳に刺さる。

 つい顔を顰めると、何を思ったか兄が青い顔で飛び出して弟を庇うように抱きしめた。

 

 そんな姿を見せられてはこちらが悪者のようだ。

 はぁとため息を吐けば兄がビクリと肩を揺らすのに、舌打ちしたくなるのを堪えてサスケは立ち上がって付いた土を払った。

 

 

「ご、ごめんなさ……」

「別にいい。それより………手、見せてみろ」

 

 

 そう言ったのだが兄が固まったままなので、仕方なくひくひくと泣きじゃくる弟の手を掴む。更に泣き喚いて固く閉じようとする手を開かせれば、血が滲んでいるがそれほど深くはないようだった。

 この程度ならばとサスケは反対の手をそっとかざし、チャクラをゆっくりと込めた。

 

 

「お、おい!何したんだ!」

 

 

 我に返った兄がサスケを突き飛ばし、そして弟の手を見て絶句した。

 

 

「傷が……」

「あれ?いたくない」

 

 

 弟も泣き止んで自分の手を見つめた。血こそ少量残ってはいるが、つるりとした綺麗な肌には傷はない。

 それもそのはず、サスケが使った医療忍術で治ったからだ。

 

 これはかつて、里に戻った際に妻から教えられたものだ。

 適性はそこそこあった為に擦り傷や止血程度は出来るようになったが、深い傷は治せない。人の人体は複雑で、殺すことよりも治す方がずっと難しい。

 

 キョトンとしている二人を尻目に、サスケは露店に入った。

 水のたっぷり入った桶に浮かぶ水風船。二重になっているものもあれば、中の水がキラキラと光っているものもある。

 なるほど、あの子供が欲しがるのも分かる訳だ。作り手のセンスと熱意が伺える、とても美しいものだった。

 

 サスケは金を払って紙でできた釣り糸を受け取ると、浮かんでいたそれらを次々と掬い上げる。黄色、ピンク、青、緑、赤……店主の顔が泣きそうに歪んだ所でサスケは糸を切った。

 あからさまにホッとしている店主から計七つの水風船を受け取ると、サスケは凄い凄いと釣る様子を見ていた弟へ一つ差し出した。

 

 

「やるよ。ただし、手を治したことは秘密だぞ」

 

 

 貰えるとは思ってなかったらしい弟は大きな黒瞳を丸くして、やがて意味を理解すると歓声をあげた。

 

 

「ありがとう!」

 

 

 満面の笑みを向けられれば、嫌な気はしないというもの。サスケも少し口元を緩めて柔らかな黒髪を撫でれば、くすぐったそうに目を瞑る。

 やはり子供は泣いているよりも、笑っている方がいいものだ。

 

 

「お前、兄に感謝しろよ?俺からお前を守ろうとしたから、その勇気に免じてそれをやったんだ。次からはちゃんと言うことを聞け、いいな?」

「うん!兄ちゃん、ありがとう!」

「……ううん。兄ちゃんも怪我させてごめんな」

 

 

 そう言って、兄弟は仲良く手を繋ぐ。

 弟はどこまで分かったのか知れないが、兄はこちらに頭を下げた。歳に似合わずしっかりしている。

 どこかイタチを彷彿とさせる奴だ。そう考えてしまえば、いい兄ではあるがそうした聞き分けの良さが少々腹立たしくなった。

 

 だから、サスケは手を伸ばす。

 ポスリといい具合に納まった手は、兄の頭をグシャグシャとかき混ぜた。

 

 

「ほら。お前のだ」

 

 

 恥ずかしそうに俯いた兄の掌へサスケは水風船を置いた。手の中でキラキラと中の水が光を帯びる。

 そういえば岩の国にこんな風に暗い所で光る鉱物があったから、それを溶かしたのかもしれないな、何て余計な事を考える。

 

 今はただ、光り輝く不思議な玉でいい。いつの日にか自分で雲の国へ行って、その時にそんなちっぽけな発見をするだろう。

 わぁと水風船を提灯の明かりに透かしている顔は年相応のもので、サスケは眩しげに目を細める。

 

 やはり、子供は笑っていた方がいい。

 兄弟の笑顔は水風船や宝石よりも輝かしかった。

 

 

 

 

「サスケ君!よかった…」

「迷子になっちゃ駄目だってばよ」

「迷子じゃねェ」

「集団行動してる時に一人はぐれたら迷子っていうんだよ」

「……………悪かった」

 

 

 兄弟と別れた後、サスケは自分が迷子として捜されていたことを知った。精神年齢的には百歳をゆうに超えているというのに……正直穴があったら入りたい程だ。

 一言言っておけばよかったと後悔するが、後悔先に立たずとはよく言ったもので、カカシの指摘に反論出来ず唇を噛んだ。

 

 だがよく考えなくとも悪いのは俺で、ホッとしたようなサクラを見れば随分と心配をかけたことは否めない。

 素直に謝ったサスケにカカシはヘラリと笑ってうんと頷くと、じゃあ行こうかと何処かへ早足で歩き始めた。

 

 ナルトとサクラも行き先が分かっているのか、早く早くと俺を急かす。南加ノ神社の方向だ。そちらへ向かうごとに人混みも増してきて、人を避けながら神社への階段を駆け上がる。

 パシャパシャと水風船が揺れて音を立てた。

 

「サスケ君、こっちこっち!」

「おい、どこに行くんだ?」

「見りゃ分かるってばよ!もう始まっちまうから急げって!」

「始まるって……」

 

 

 何が、とは聞けなかった。聞く必要もなかった。

 静まり返った境内の中央に建てられた、成人男性の頭くらいある高さのステージ。その上には見覚えのある臙脂色の羽織と、それと対比するように黒に近い濃藍色の羽織があった。

 

 イタチとシスイが静かに佇んでいた。

 その手に剣を、その眼に紅を宿しながら。

 

 ピリピリとした緊張感が漂う。

 固唾を呑んで見守る観衆の中で、ドン、と太鼓が鳴った。それを合図に彼らは、動いた。

 

 忍としての動きどころか、一般人からしてもゆっくりとした動作で二人は剣を交わした。

 しかしどちらもスキ一つなく、速度は遅いというのに、いつの間にか剣は相手の急所を突いている。それを防ぐ動作さえ無駄な動きは欠片もない。

 

 刃が翻り、受け止め、流し、突き、避ける。剣さばき、足使い、呼吸、揺れる着物の裾さえもが全て一つの世界として完結していた。

 

 息を吸うことさえ忘れて、誰もが見入る。

キンと澄んだ音を立てて剣の煌めきは鞘に消えたが、それすら余韻で認識が遅れた。

 

 一瞬の間の後割れるような拍手が轟き、サスケはようやくこれが剣舞であったことを悟った。

 だが、剣舞と言ってよいものか非常に悩ましい所だ。

 剣舞にしては鋭く、殺陣にしては滑らか。殺陣にしては穏やかで、剣舞にしては緊張感が有りすぎる。

 

 だが、それらは全て二人の実力を指し示していた。

 イタチと戦った時の比ではない。

 友と切磋琢磨し、経験を積み、身体を休める。それが心身共に強くなる全てだ。劣悪な環境下であった以前よりも強くなっているのは道理と言える。

 イタチには、更に上があったのだと思い知らされる。

 

 

───戦いたい。

 

 

 ゾクリと背が粟立ち、指先が震えた。

 俺もウスラトンカチ……生来の負けず嫌いだ。忍の血がざわざわと沸き立った。

 

 一人武者震いと上がりかけたチャクラを押さえ込んでいれば、いつの間にやら主役二人は降りてきていた。

 ステージでは次の演目だろう、先程の剣舞の緊張感を解すような優美な舞が繰り広げられている。周囲もその美しさに見とれ、二人には気付いていない。

 

 

「よっ!カカシ、お前も来てたのか」

「まぁね。夜遅くなりそうだから、こいつらの付き添いだよ」

「へぇ、お前らがカカシの部下か。ホント不運だな〜、こんな遅刻魔の上司、俺だったら御免だよ」

「ちょっと、不運は言い過ぎでしょ。イカ焼き奢ってやったいい先生じゃないの」

 

 

 うちはシスイとやけに親しそうなカカシに少し意外に思う。

 だがまぁ、歳もそこそこ近そうだし、どちらも暗部経験者。友人関係にあってもおかしくはない。

 

 はじめまして〜とひらひら軽く手を振るシスイは、俺の事は既に聞いていたのだろう、顔色一つ変えなかった。

 6年前と変わらない笑顔を浮かべる彼は、顔つきも精悍な大人のものだというのにどこか子供っぽい。だからか、すぐにナルトも懐いたらしく、ワイワイと先程の剣舞の話で盛り上がっていた。

 

 

「あ、あのっ!」

「ん?どうした?」

 

 

 その最中、唐突に先程から黙り込んでいたサクラが口を開いた。

 改めて見やれば、どういう訳か顔を赤く染めて、緊張したように拳を握りながらシスイを強く見つめている。

 何故だろう、その表情に嫌な予感がした。

 

 

「あの……ありがとうございました!!」

「へ?えっと、どういたしまして?」

 

 

 突然礼を言われたシスイは混乱しているようで、心当たりのなさに首を傾げながらもそれに応えた。

 だが意味がよく分かっていないことはサクラも理解していたのか、ぐいとシスイに詰め寄る。熱っぽい眼差しに、シスイも何かを感じた様で顔を引き攣らせて一歩下がった。

 

 

「覚えてないですか?昔、木の葉神社で迷子だったのを助けて下さいましたよね?」

 

 

───探したい人がいます。

 

 

 自己紹介をした時の、サクラの声が蘇った。

 木の葉神社で、迷子。身に覚えの有りすぎる記憶に、サスケの背にダラダラと冷や汗が流れる。

 間違いない。三代目にささやかな暗示をかけた、あの正月。確かに俺はサクラに会った───シスイの姿を借りて。

 

 当時、うちは地区は見張られていた。夜明けに門をくぐるのが六歳児や、見知らぬ人物では不審に思われる。一族の他の奴など論外だ。

 イタチは任務に出ており、警戒がされていない者などあの時一人しかいなかった。

 

 

「木の葉神社?あー、まぁ知ってるけどさ、行ったことはないから人違いだと思うぞ?」

「だって……お正月、初詣で……!」

「初詣ならやっぱ違うな。俺達はここ、南加ノ神社でやるからさ」

 

 

 でも、と食い下がろうとしたサクラだが、何も言えずに黙り込んだ。

 後悔先に立たず。悲しそうなサクラを見ながら本日二回目、そんなことを思った。

 

 俺だと言うことも出来ず、シスイだと言うことも出来ず、サスケはすまないと心の中で呟いた。

 

 

 

 

「あ〜、楽しかったってばよ!」

「花火も素敵だったわね!ねぇねぇサスケ君、何が一番よかった?」

「俺は……剣舞だな」

「イタチさんもシスイさんもかっこよかったもんね!私は金魚すくいかなぁ。サスケくん凄かった~!」

「この黄色いのがオレ、赤と白のがサクラちゃん、黒いのがサスケっぽいよな」

「全く……。先生にタカるんじゃないよ」

 

 

 カカシの文句はスルーして、ナルトがつんつんと突く袋の中には金魚が三匹。小遣いの尽きた二人に代わりカカシが金を出し、サスケが代わりに取ったものだ。

 嬉しそうな二人へ金魚の飼い方をレクチャーしつつ、帰り道を三人並んで歩いていく。

 縁日の金魚は早く死ぬと言われているが、なるべく元気そうな奴を選んだつもりだし、構いすぎたりしなければ結構しぶとく生きるものだ。

 そういや要らないバケツがあったな、餌も買って来ねェと、とサスケは内心飼う気満々だったりする。

 

 そんな風に歩いていた時。

 うちはと里を繋ぐ土手道の途中、貯水池が見えてきた。西の空へ傾く月が水面と桟橋を淡く照らしている。

 思わず立ち止まったサスケに釣られるようにナルトとサクラ、そしてその後ろを歩いていたカカシも歩みを止める。

 

 

「サスケ、どうしたの?」

「いや……何でもない」

 

 

 ここは豪火球の術を習得した場所でもあり、そして俺とナルトが初めて互いを認識した、孤独の象徴とも言うべき場所だ。

 だが、今は違う。俺もナルトも、一人じゃない。

 

 

「あっ!流れ星!」

 

 

 早く帰ろうと声をかけようとしたその時、サクラが東の空を見上げて叫んだ。

 咄嗟に指差す方へ目を向けたが、既に流れ星は過ぎ去った後だった。

 

 

「流れ星か、ラッキーだったね。願い事は出来た?」

「あっ……忘れてた……!」

「願い事?どういう意味だってばよ?」

「星が流れる間に三回願い事を言うと、その願いは叶うと言われている。……まぁ、迷信だがな」

 

 

 流れ星は瞬きの間に過ぎ去ってしまう。だからそもそも、三回も願い事を言えないのだ。

 だというのに、ナルトの視線は空を彷徨う。今度こそ帰ろうと促そうとした所で、ナルトがあっと声を上げた。

 

 

「火影火影火影!!!」

 

 

 何だそれ、と吹き出しそうになった。

 だがなるほど、確かに単語だけなら三回言い終わっている。

 

 

「アンタね……そんなんでお星様に伝わる訳ないじゃない……」

 

 

 呆れたように肩を落とすサクラだが、早くも瞳は上を見ている。

 続いて苦笑するカカシも“星がいつものナルトを見てたら、伝わったかもね”と言いながら流れ星を探し始めた。

 だから俺も、夜空を見上げた。白い光が空を過ぎるのが見えた。

 

 

「火影火影火影!!」

「恋恋恋!!!」

 

 

 土手の上でも桟橋でもなく、川表に四人並んで座りこみ、多くはないが俺たちはいくつもの流れ星を見つけた。

 普段こんなに流れ星は見えない。きっとこれは流星群と呼ばれるものなのだろう。

 

 隣に腰かけていたカカシをちらりと横目で伺えば、口が“リンリンリン”、“オビトオビトオビト”と動くのがわかった。

 星どころか、俺たちにすら届かない小さな音だ。だが、その内のひとつが叶うであろう未来を俺は知っていた。

 

 一方の俺は、口を動かすことすら出来ていなかった。

 目はいいからきっとナルト達よりも流れ星は見えている。だが、肝心の願いが言葉に出来なかった。

 

 俺が望む未来とは一体何だろう。

 このまま暮していき、辿り着けるものなのだろうか。

 うちはが生き残っている今、俺の知る未来からは遠く離れてしまっている。この祭りだって無かった筈で、ここに来ることも無かった筈だ。あの子供達だって見たことなんかない。

 

 未来は既に狂い始めている。

 俺が火影に暗示をかけたあの正月、サクラにこの世界で始めて逢った日。いや、もしかすると俺がこの世界で目を覚ましたあの瞬間から。

 

 娘、孫、曾孫……彼らに会うことが出来ない可能性だってある。仮初でも、平和なあの未来が消え去るかもしれない。

 選んだ道が正しいのか、間違っていたのか。それさえ俺にはわからない。

 

 

───その時が来るまでは。

 

 

 そしてその刻が来てからでは、最早何も変えることは出来ないのだ。

 

 

「サスケ、お前は何願ったんだ?俺はさ──」

 

 

 ただ言葉もなく流れ星を追うサスケに、ナルトが無邪気に尋ねてきた。

 ナルトは願いを言い尽くした様で、ホクホクと自分の願いを指折りながらつらつらと言い募る。

 火影になること、一楽のラーメンを腹いっぱい食べること。ピーマンが食事に出ないように、金魚がすくすく育つように、もっと背が伸びて俺を抜かせるように……等々。

 良くもまぁ、これほどスラスラと出て来るものだ。

 だが一言言うとすれば。

 

 

「背は無理だろ」

「分かんねーってばよ!ほら、オレだって身長伸びて来たし!後で悔しがって泣くなよな!」

 

 

 そう言うナルトの方が今にも泣きそうだ。

 意外とチビなのを気にしていたらしい。だが、それには栄養不足が大きく関係していたのか、“前”よりはナルトの背も伸びていたりする。

 

 サクラよりも低かった筈だが、今やサクラと同じくらい。俺にはまだ及ばないが、いずれは抜かされる日が来るのかもしれない。

 それは少し悔しいが、実を言えば満更でもない。その伸びた身長は俺の栄養管理の賜物だ、弟子に追い抜かされるようなそんな達成感すらある。

 

 そんな会話を中断させるように、サクラがそれでサスケ君は何を願ったの?と訊いてきた。

 正直に何も、と答えたのだが、信じられないとばかりに二人は煩く騒ぎ始めた。

 

 

「『目つきが良くなるように』とか?」

「『甘いものが好きになるように』よ。食べさせっこは乙女の夢だもの!」

「いやいや、『素直な子供になるように』でしょ」

「分かってないよなぁ、カカシ先生は。ツンデレこそサスケだってばよ。素直なサスケなんて気持ち悪……ぃ…ってぇ!!」

「黙れ」

 

 

 好き勝手言うナルトへに鉄拳制裁を下しつつ、サスケは流れ星を探した。

 暗い空の一点がキラリと光った瞬間、スウと息を吸う。

 

 

「今今今!!!」

 

 

 言い終わると同時、光が途絶えた。

 

 

「今???どういう意味だってばよ?」

「フン、自分で考えろウスラトンカチ」

 

 

 不思議そうにするナルト達を残して、サスケは立ち上がって同じ姿勢でいたからか凝った身体を解すように息を吸って伸びをした。

 水辺独特の匂いをはらんだ清涼な夜風が肺を満たしていく。先程の悩みがすっかり消えていることに気付いて、サスケはクスリと笑った。

 

 

 今、この瞬間がいつまでも続くように。

 そんな叶うはずもない、馬鹿なことを願った。

 

 

「もっとさもっとさぁ!明るければもっと綺麗に見えんのかな」

「馬鹿ね、明るい所で流れ星なんか見れないわよ。太陽の光に負けちゃうもの」

「昼は難しいかもしれないな。でも、任務帰りとかで夜明けになら、何度か見かけたことある」

「えっ!?夜明けに流れ星なんて見えるんですか!?」

「うん、綺麗だったよ。どうしてかまでは分からないけどね」

「じゃあさ、また今度みんなで見に来ようぜ!」

「フン……まぁ、悪くはないな」

「じゃあ任務集合時間、もっと早くしてみようか?」

「カカシ先生ぜってぇ遅刻する気だろ!」

「それじゃ意味ないじゃない。第七班全員で見ないと!」

「ハハハ、冗談だよ。冗談!」

「夜明けの流れ星、か。いつか……探してみるか」

 

 

 白い筋を残して一瞬の内に途絶える星を背後に、俺たちは他愛もない約束をして帰路についた。

 

 

───約束、約束、約束。

 

 

 そんな願い事を口ずさみながら。

 

 

 

 

 叶う保証など何処にもありはしない。

 だというのに、俺たちはいつだって願い続け、それは幾つも積み重なっていく。

 

 人の望みは途絶えることなくこの世界を巡っていて、時に重なり合い、すれ違い、そして時に───反発し合う。

 

 その結果など誰も知りはしないのだ。

 それを教えるように、誰も見ることの出来ない雲の上でまたひとつ、星が堕ちた。

 

 




ほのぼの終了。
次話から中忍試験編開幕!物語が狂ってきます。

※本作は訳あって、うちは地区編→七班編→中忍試験編→…………→波の国編へと続いていきます。途中はナイショ〜(*´艸`*)
どうぞご了承ください!


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番外編.老猫のひとりごと

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)


 

 吾輩は猫である。

 名前はある、主人から貰ったアナゴという大切な名前だ。

 自慢なのは真白な毛並みに翠の目。いつも手入れしているから触り心地も保証しよう。

 

 今やこの木ノ葉の里を闊歩して撫でられない日がないほどの、ちょっとした人気者となっている。

 しかしながら、こんな平穏に生まれてからずっと浸っている家猫と同列に扱うなかれ。

 ここまで至るのには大変な苦労を伴っているのだ。

 

 

 吾輩が生まれ落ちたのはおよそ十数年前。

 物心ついた頃には既に下水の流れる橋の下で息を潜めていた。母も父も覚えていない。ただひとり、生き抜くために食べ物を必死に探す日々を送っていた。

 

 汚いネズミを狩り、時折流れてくる亡骸から食料がないかを漁る。そして食料がないのは人間も同じで、吾輩を捕まえて食べようとする輩から逃げ惑い、夜はくたびれ果てて寝床である洞窟で身体を丸めて眠った。

 

 そんな過酷な日常のとある日暮れ、吾輩はついに追い詰められていた。それが生きるために食べようとするのなら、百歩……いや一万歩譲って良しとしよう。

 しかし、その時のピンチは少しばかり変わっていた。鈍色に光るクナイを向けていたのは、額に銀のプレートを着けた“忍者”と呼ばれる者たちだった。

 

 何でも、重要な作戦の打ち合わせをしている所に吾輩が居合わせてしまったのが原因らしい。

 だが言わせてもらおう。吾輩の気配に気づかずにそんな大切な情報を話すな、いい迷惑だ。

 それに、そんなに腑抜けた輩ではどの道任務など失敗するに決まっている。むしろ、聞いた限りでは囮……単刀直入に言えば捨てゴマ扱いではなかろうか、と思ったものである。

 

 閑話休題。

 

 確かに一時の油断が命運を分けると言っても、流石にただの猫やらネズミやら犬やらを殺して回るなど愚か者のする事だ。

 問題だったのは、吾輩がただの猫ではなかったという点である。

 そう、吾輩は生まれながらにチャクラというものを持っていたのだ。チャクラの源泉である秘境で生まれ落ちた動物はそうした特徴があり、頭脳も戦闘力も人間に引けを取らなくなると聞いたことがあった。

 

 親が忍猫だったか、先祖返りか、それとも秘境で生まれて捨てられたか………真偽はわからない。

 だがしかし。吾輩は猫である。たまに喋って猫や人間に仰天され気味悪がられた事はあれど、チャクラのチの字も知らなかった猫である。子猫である。

 

 戦う術など小さな牙と爪くらいのもの。今まで息を潜め、死ぬもの狂いで走って凌いできたが、相手は戦闘のプロである忍だ。

 脚をクナイが掠め、痛みにもつれ転んだ所で早々に吾輩は諦めた。

 近づいてくる刃に短く辛い人生であったなぁと黄昏れながら、苦しまず死ねるようにとそう願ったのだ。

 

 

───だが、吾輩は死ななかった。

 

 

 刀を向けていた二人の忍は動きを止めていた。

 ピクリとも動かず、目の焦点は合っていない。

 

 

『ん?忍猫……いや、野良か。珍しいな』

 

 

 そしてそれを成したであろう男は、毛を逆立てる吾輩には頓着せず近づいてくると、薄汚れていた毛並みを撫でて頬を緩めた。

 その手が大きく、そして暖かかったことを吾輩は鮮明に覚えている。

 

 

『おいで。怪我の手当てくらいならしてやろう』

 

 

 それが吾輩と主人の出会いであった。

 

 そして、吾輩は忍猫となった。

 どうやら諜報活動の才があったらしい。修行してみれば気配を殺すことにかけては誰にも負けず、戦禍の中を駆け回る主人の役に立とうと努力した結果、かなりの功績を残したそうだ。

 とは言えど、余り興味がなかったが為によく覚えてはいない。吾輩にとって戦績よりも一杯の猫まんまのほうがよほど価値がある。

 

 やがて長き戦が終結し、吾輩はとある婆に預けられた。

 婆は優しくそこにいた沢山の忍猫も親切にしてくれた。寂しくはあったが、吾輩の為を思っての事だろうから仕方がない。

 

 仲間と共に修行し、忍猫の知識を教えてもらう静かな日々が続いた。

 時折訪ねてくる主人に褒められれば嬉しいし、強くなることは安心感を与えてくれた。

 

 そんな平穏な毎日を送っていたある時だ、主人が下の子供を連れてきたのは。

 クリクリとした大きな黒い目が吾輩たちを映し出す。嫌な予感がした吾輩は咄嗟に逃げた。

 その行動は正しかったようで、その子供の兄とやらが肉球集めなんぞを言い出し、仲間達が次々とヤられていく様子に吾輩は震え上がった。

 

 主人の子供を傷つけることは出来ないし、肉球を取られるなどという屈辱も御免被る。

 仲間の憤死する騒がしい声を聞き届けて、結果、吾輩は旅に出ることにした。

 

 それから数年。数多の国を彷徨い、そこそこ強くなったという自負がある。

 だが、歳は何処にいても取るものだ。猫の寿命は人間のそれに比べればとても短い。節々に違和感を感じ始め、そろそろ引退であろうと吾輩は遂に帰ってきた。

 

 そして、ふと気になっていた事をひとつ婆に尋ねたのだ──が。

 

 

『あの子は死んだよ。まだ六つだってのに………むごいことだよ』

 

 

 沈痛な声に吾輩は言葉がなかった。

 

 あの騒がしく傍迷惑な、主人の血を引く子供。

 だが、そそっかしい所が妙に庇護欲をそそり、影よりずっと見守っていた。笑っていれば心がポカポカと暖かくなったし、泣いていれば仲間に紛れて尻尾を巻きつけた。

 あの子供が死んだなど信じられなかった。

 

 いてもたっても居られず、すぐさま吾輩は木の葉の里へ向かった。

 

 そして───見つけたのである。

 

 

 屋根を駆け、とあるアパートに辿り着く。

 その中のひとつ、プチトマトの苗が置いてあるベランダへ飛び降りていつものようにガラスを引っ掻こうとしたのだが……ふと、見慣れぬバケツに気がついた。

 

 覗いてみれば、そのバケツには黒い金魚が気持ち良さげにスイスイと泳いでいた。

 吾輩は猫である。早く動くものを見てしまえば、手を出さずにはいられないのが本能だ。

 

 片手を持ち上げてそっとタイミングを伺い、水面に浮かんできた所でパッと素早くパンチを繰り出した。

 

 

「こら。何やってんだよ」

 

 

 脚が水面に届こうとした瞬間、ガラリと開いた窓の音に金魚は驚いて水草の影に隠れてしまう。

 そして首の後ろをグイッと持ち上げられて、あっという間に目線が高くなる。

 あと少しだったというのに、と若干恨みがましい視線を送るが、吾輩の首根っこを掴む少年に逆に叱られた。解せぬ。

 

 

「ったく。腹でも減っているのか?」

 

 

 呆れたようにため息をついて、待ってろ、そいつにちょっかいかけるなよ、と念を押して部屋に戻った少年が取ってきたのは吾輩の大好物である鰹節だった。

 空腹ではなかったが、好物となれば別腹というものだ。あっという間に完食すれば少年は吾輩の頭を撫でた。

 

 

「どうだ、満足したか?」

 

 

 その手はまだ小さいが、主人と似た優しい手つきにゴロゴロと喉が鳴った。

 そう、この少年こそ主人の子供だ。

 生きていたのだが、諸々があり一緒に暮らせないのだと主人から聞いた。誰にも秘密のことであるから、吾輩はチャクラを封じてただの猫としてうちはより通っているという訳である。

 

 全く、人間とは難儀なものだ。

 意に沿わなければ里でも国でも出ていけばいい、食料を得るための力もあるだろうに。

 思う通りに動くことが出来ないというのに、何故人間は我慢なんてものをしているのだろう。

 

 吾輩は猫である、だから理解は出来ない。

 理解は出来ないが、人間はひとりでは生きられないのだと主人は言っていた。これが互いを想っての結果なのだとすれば、それも必要なことなのかもしれない。

 

 

「なんだ。もう行くのか?」

「ニャ」

「………じゃあな」

 

 

 若干残念そうな少年の手を舐め、フルリと尾を揺らしてベランダの柵へ、そして屋根に飛び上がった。

 ぐるりと見渡しのよいそこから空を眺める。東の空は明るく染まり、ところどころ筋雲が伸びている。風に乗って水の匂いがした。

 

 朝焼けや雨、夕焼けや晴れ。

 

 もうすぐ雨が降るだろう、早く帰らねば。だが、きっと明日は晴れるだろう。明日も駄目なら明後日が。

 いつかは晴れる。空を見上げて、いい天気だったらその日は一日中ここで昼寝して、あの黒い金魚をからかいながら他の猫から守ってやろう。だから。

 

 うちは地区へ続く屋根を歩きながら、ベランダから見送るサスケを振り返った。

 

 

───また来るよ。

 

 

 出せない言葉の代わりに、今日も吾輩はニャアと鳴く。

 



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中忍試験 開幕編
23.消えぬ温もり


 

 今日の任務も滞りなく終わり、第七班は帰路についていた。

 

 ……いや、滞りなくもなかったか。草むしり中に庭のハーブをナルトが誤って抜いてしまったり、川のごみ拾いでナルトが流されたりなどトラブルも確かにあった。

 しかし、抜いたハーブの中に毒草が混じっていたことがわかったし、滝に落とされないようにと我武者羅に足掻いたナルトはその弾みで何故か水面歩行モドキが出来た。

 終わりよければ何とやらだ。

 

 

「さーってと!そろそろ解散にするか」

 

 

 夏の日は長くまだ明るいが、時間としてはもうすぐ十七時になる。そう解散を告げてカカシは去った。

 伝達鳥がカカシの頭上を旋回していたから、急な呼び出しが入ったのだろう。今頃火影邸に向かっているんだろうな、等と考えながら帰ろうとしていると、サクラに呼び止められた。

 

 

「サスケ君、待って!ねぇ、あの……これから、私とふ・た・りでぇ───」

「サックラちゃん、サスケェ!なあなあ、修行しようぜ、修行!今日のさ、今日のさ!スイメンホコーってやつ、忘れねーうちに練習したいんだってばよ!!」

 

 

 何かを言いかけたサクラと追いかけてきたナルトの言葉が被さり、サクラの額にピキリと青筋が浮かびあがる。

 

 

「ナルト、あんたねぇ……!いっっつもサスケ君といるんだから、少しは気を使いなさいよォォ!」

「ええ?でもさ、一緒に住んでるんだし仕方ねぇってば………ギブギブッ!サクラちゃん何で怒ってるんだってばよ!?」

「うっさい!馬鹿ナルトのくせに羨まし過ぎんのよッッ」

 

 

 いつもの如くサクラがナルトを締め上げる。そんな騒がしい二人をいつもの如くスルーし、サスケは考えた。

 サクラの言葉は途中で遮られ聞こえなかったが、どうやらどこかに行きたかったようだ。

 ナルトは水面歩行の修行か。若干早い気もするが、モドキでも出来ていたのだからコツを忘れぬ内に練習するのが一番だ。

 

 

───だが。

 

 

「今日は無理だ」

「「ええ、なんで!」」

 

 

 ピッタリとハモって聞き返すナルトとサクラ。

 だが、駄目なものは駄目だ。今日はそう、何にも変えられない日。

 

 

 

「今日はな────特売なんだ」

 

 

 ガックリと肩を落としながらも、渋々納得したナルトとサクラは温泉街の方へと歩いていった。

 まぁ、そうだろう。明日はカカシの家で恒例の月一夕食会だ。買い出しに行かねば夕食会が無くなるとなれば、納得せざるを得ない。

 

 そして何やら話し合いの結果、二人で修行することになったらしい。サクラのチャクラコントロールはこの時からずば抜けており、水面歩行もすぐに会得する筈だ。ナルトに教えるのも上手いだろうから適任といえる。

 サクラがナルトに写真がどうとか迫っていたが、サクラの顔が恐ろしかったのでその場を辞退した。寒気がするのは気のせいに違いない。

 

 二人と別れ、そんなこんなで群がる奥方達の間をぬい特売品を無事確保し、ホクホクと両腕にスーパーの袋を携え帰路についていた時。向かいの小道から何やら騒がしい声がした。

 何事かと覗いてみれば黒装束の男と、そいつの腕に捕まっている子供。その奥にいるのは大きな扇を担いだ金髪の女。

 一瞬誘拐かとも思ったが、よくよく見れば全員とも見覚えのある顔だ。

 

 

「いてーじゃんクソガキ」

「やめときなって!後でどやされるよ!」

「うるせーのが来る前に、ちょっと遊んでみたいじゃん……」

「ぐっ……う……」

 

 

 チンピラよろしく口角を上げて子供の襟首を掴み上げているのは、砂隠れの忍、カンクロウ。それを呆れたように見ているのは同じく砂隠れの忍、テマリ。

 そして捕まっている子供は、いつもナルトについて歩いているアカデミー生の木ノ葉丸だった。

 

 見覚えのある光景だ。

 そう、あれは確か───中忍試験の始まり。

 

 

(もうそんな時期か……)

 

 

 日付までは覚えていなかったが、コイツらが居るなら中忍試験がいよいよ始まるということだ。

 だが、あの時はナルト達が先にいた筈だが、今や温泉街で修行中。三人以外の姿は───木の上のやつを除いて、他には見当たらない。木ノ葉丸といつも一緒にいる子供二人さえもいないようだった。

 

 こんなところでも歴史が変わっているのかと、今後の試験に不安がよぎるも、拳を握ったカンクロウにそんな場合じゃないなと気を引き締めた。

 

 

「チビって大嫌いなんだ。オマケに年下のくせに生意気で……殺したくなっちゃうじゃん」

 

 

 振り上げられる拳。

 それが下ろされる前に足にチャクラを集め、サスケは動いた。

 

 

「くっ……」

「よそんちの里で何やってんだ、てめーは」

「サスケの兄ちゃん……!」

 

 

 当てた石礫により腕から落とされ、咳き込む木の葉丸を抱え上げて距離を取る。

 傷は負っていないようだ。それに安堵しながら後手に袋を預けると、小さな手はそれを取り落としグシャと卵が潰れた音がした。

 

 ちらりと見下ろせば、その手も足も震え顔は青ざめている。まだ子供だ。倍の背もある奴に殴られそうになったのだから、怯えていても仕方がない。

 考えなしだったな、とため息をついたが何を思ったのかビクッと木の葉丸が肩を揺らす。

 何か誤解させてしまったようだが、訂正するのは後だ。

 

 

「ムカつくガキがもう一人……」

 

 

 殺気と共に飛んでくるチャクラ糸。

 それを危なげなくクナイで切り落とせば、カンクロウの表情が変わった。

 

 

「へぇ……木の葉にも結構やる奴いるじゃん。……本気で潰したくなる」

「おい、烏まで使う気かよ!」

 

 

 カンクロウが背の傀儡を外そうとするのをテマリが焦って押し止める。

 だが、他里で面倒を起こす気は、今のところなかったのだろう。木の上で動いた気配を感じ取ったサスケは、必要のなくなったクナイを仕舞った。

 

 

「やめろカンクロウ。里の面汚しめ……」

 

 

 濃密な殺気を纏い、そいつはサスケの前に降り立った。

 赤い髪、その身の丈に合わぬ瓢箪、目の縁にくっきりと浮かび上がる隈。

 

 

────我愛羅。

 

 

「喧嘩で己を見失うとは呆れ果てる……何しに木の葉くんだりまで来たと思っているんだ」

「でもよ我愛羅、ヤラレっぱなしなんて……!」

「黙れ……殺すぞ」

 

 

 我愛羅の殺気がカンクロウに向く。だが、それは同時にこちらにも向けられている。

 暗く冷たい殺気は、まるで世界の全てを拒絶しているかのようだ。

 

 

「わ、分かった……オレが悪かった」

「ご……ゴメンね…」

 

 

 何か言いたげにしていたカンクロウも、我愛羅の鋭い睨み一つで後ずさる。

 それを尻目に、サスケは嘗ての友をじっと見つめていた。

 

 

『サスケ。お前はオレとよく似ている……この世の闇を歩いてきた者』

『だからこそ、小さな光明ですら目に届くはずだ。昔も、そして今も』

 

 

 昔、五影会談を襲撃した時。語りかけた我愛羅の言葉を、涙を思い出し胸の奥が痛くなった。

 振り返った翠の瞳は暗く淀んでおり、復讐に狂った嘗ての自分が重なって見える。

 

 

「お前………名は」

 

 

 殺気を纏った狂暴な瞳がサスケを貫いて、それに肩を竦めたサスケは片手を差し伸べて微笑んだ。

 

 

「サスケだ。よろしくな」

 

 

 まるで信じられないものを見るかのように、その手を見下ろす翠眼が揺れる。

 握手というのは相手への敵意がないこと、親愛を示す為に行われるものだ。殺気を向けてくる相手にするものじゃないことは承知している。

 それでも、サスケはその手を降ろすつもりはなかった。

 

 

(我愛羅。俺は───お前の友になりたい)

 

 

 サスケは人柱力じゃないから、その孤独と苦しみは本当には理解できないものだ。

 だからきっと、そんなしがらみから救えるのは、光になれるのは、ナルトなのだと理解している。

 

 だが、それでも。憎しみを糧にした者だからこそ、わかることもあった。

 憎むということは辛い。酷く疲れて、酷く虚しい。それでも、止まれなかった。痛みも無視して憎み続けた。それが、自分の生きる理由だった。

 

 きっと同じ生き方を選んだサスケは、我愛羅を救うには力不足だ。

 それでも、同じ思いを知る者として、ほんの一時休めるくらいなら出来る筈だから。

 

 

 

 

 我愛羅は最初から眺めていた。子供がカンクロウにぶつかって、首を掴み上げられる所から全てを。

 止めることはいつでもできたが、やってきた木の葉の忍に少し興味が湧いた為に様子見したのだ。

 カンクロウの腕に石礫を当てたその瞬間。我愛羅は己の直感は間違っていなかったと、暗い愉悦に唇を歪めた。

 

 

───強い。

 

 

 その動き一つ一つに隙がなく、石を拾った瞬間もクナイを掴んだことさえも、我愛羅は認識できなかった。

 身体がうずく。アイツと戦う……俺もただでは済まないだろう、けれどそれを捻じ伏せたなら───生の実感はどれ程か。

 それを考えるだけでゾクゾクして、殺気を剥き出しに降り立った。

 

 ………なのに何故。差し伸ばされた手に、我愛羅は困惑するばかりだった。

 

 殺気に怯みもしない、それどころか突然現れたことに驚きもしない。まさか、最初から気づいていたとでも言うのか?

 何故、殺気を向けているのに警戒しない。何故、笑える。危機感が足りない馬鹿なのか?

 

 一番おかしいのはこの手のひらだ。

 自ら触ろうとする者なんて……、微笑む者など、今までたった一人しかいなかった。

 夜叉丸の顔が途端に蘇る。その黒い瞳と瞳が重なり、我愛羅は動けなくなった。

 

 

「が、我愛羅?」

 

 

 テマリの遠慮がちな声にハッと意識を戻す。差し伸ばされた手をじっと見下ろす。

 このまま去ってもいい。だが、それでは逃げるかのようで何だか許せず、我愛羅は重い手を持ち上げた。

 

 

「………砂瀑の我愛羅」

 

 

 そう名乗って触れる刹那、何故か躊躇いが生じた。 

 胸がざわりと騒ぐ感覚……怖い?こんな無防備な手にこの俺が怯える?そんな筈がない。あり得ない。

 一瞬宙に二つの手が漂う。そんな我愛羅の躊躇をかき消すように、サスケはその手を掴んだ。

 

 

「よろしくな、我愛羅」

 

 

 久方ぶりに触る生きた人の温もりに。サスケの嬉しそうに緩む口元に。動揺した心を押し隠すようにその手をすぐに振り払う。

 

 苛立っていた。

 それが何故かなんて分からない。ただ、握った手の温度が消えない。

 

 

「……行くぞ」

 

 

 感情が乱れ溢れて、うちに秘めた“母”が目覚めるかと思ったのに。先程まで殺気に黒黒と渦巻いていたチャクラが、突然凪いだことに我愛羅は混乱した。

 

 足早に戻ってきた宿の前で、どうしたんだと騒ぐカンクロウとテマリを振り払い、我愛羅は宛てがわれた部屋の襖をピタリと閉める。

 

 

(……温かかった)

 

 

 消えない温度をかき消すように拳を握りしめた。

 憎しみしかない、その筈だ。それなのに向けられたサスケの笑顔に、殺した筈の昔の───夜叉丸を信じていた愚かな自身が胸の奥で騒ぎ出す。

 

 ぐるぐると巡る思考に我愛羅が目を閉じた途端、睡魔が襲う。いつも微睡んだ途端に呑み込もうとするチャクラが、今は何故か静まり返っていた。

 襖を背にズルズルと座り込んだ我愛羅の意識は、瞼の裏に溶けていった。

 

 

『我愛羅様』

 

 

 その日、我愛羅は生まれて初めて深く眠り───生まれて初めて、夢を見た。

 ちっぽけな過去の記憶を。

 

 

「……夜叉、丸………」

 

 

 愚かだったとしても。

 その記憶は確かに、温かかった。

 

 

 

 

 砂隠れの三人が去って、ようやく木の葉丸は動けるようになった。

 本気の殺気を初めて感じた。これが忍かコレ。

 怖かった。けれどそれ以上に、向けられる背中が格好良い、そう思ったんだ。

 そんな思考を読み取ったように、サスケが振り返る。

 

 

「怪我はないか?」

「うん!あ……サスケの兄ちゃん、コレ……ごめんなさい」

 

 

 足元に落ちたままだったスーパーの袋を差し出す。

 そうだ、さっきはため息もついていた。きっと呆れられたんだろうなコレ。

 怒っているかもしれないと、袋を受け取るサスケをそろそろと見上げれば───キョトリと大きな目を瞬いていた。

 

 

「ん?ああ、これか。気にするな」

「でも卵割れちゃったんだな……」

「まぁ、全部じゃないだろう。幾つか残っていれば大丈夫だ」

 

 

 大したことじゃない、とクシャリと頭を撫でてくる手が温かい。ジジイと何だか似た撫で方に安心して、ホッと息をついた。

 

 ナルトの兄ちゃんのところに行くとき何回か会っただけで、話すのはこれが初めてだった。

 ナルト兄ちゃんからおっかないとか、強いとか、ライバルだとか聞いていたから緊張してたけど、話してみればジジイみたいに穏やかな人だった。それにイケメンなんだな、コレ。

 

 兄ちゃん達のアパートと俺の家は方角が一緒だから一緒に帰ることになった。

 サスケの兄ちゃんの持っているスーパーの袋が俺の頭と同じくらいの位置でガサガサ鳴る。一個俺も持つことにしたら、さっきは緊張してて気付かなかったけど意外と重かった。

 

 

「こんなに買ってどうするんだコレ?確かナルトの兄ちゃんと二人で住んでるんじゃないの?もしかして……コレ?」

 

 

 サスケの兄ちゃんなら一人二人いてもおかしくない。

 そう思ってピッと小指を立てたら、馬鹿言うなマセガキと今度こそ呆れたようなため息をもらった。

 

 

「明日ナルトやサクラ、カカシと食事会がある。月一でやっていてな、たまにイルカ先生も来ている」

「へぇー!いいな、コレ!」

 

 

 一緒に食べると一人よりずっと美味しいんだ。俺はそれをナルト兄ちゃんとラーメンを食べて知った。

 

 俺の父ちゃんと母ちゃんは暗部だ。それを誇りに思ってもいるけど、忙しくて一緒にご飯食べることなんて年に一回あるかどうか。

 料理は家で掃除とかもしてくれるお手伝いのおばちゃんが作ってくれるけど、おばちゃんも子供がいて、帰らないといけないからいっつも一人で食べることになる。

 

───そう、今日だって。

 

 それに気づいて、つい俯いてしまった。

 何だか帰りたくなくなって歩みが遅くなる。

 

 それに気づかないサスケの兄ちゃんじゃない。

 ポン、と頭に手が乗せられた。見上げた先にあったのは、夕日に照らされた、兄ちゃんの穏やかな黒い目だった。

 

 

「明日、お前も来ないか?」

「えっ……でも、いいの……?」

「お前一人分くらい大した量じゃない。で、どうするんだ?」

「行くっ!絶対行くんだなコレ!」

「ちゃんと家の奴らに伝えてから来るんだぞ?」

「そのくらい俺でも分かってるんだな、サスケの兄ちゃん」

 

 

 連絡しないと料理を作ってくれるおばちゃんに悪い、そのくらい分かってる。

 拗ねたように口を尖らせたけど、でも、“親に”って言われなくてホッとしていた。

 きっと、偶然だと思うけど。それでも、嬉しかった。

 

 

 優しげに目を細めるサスケ兄ちゃんを見上げて、ちょっぴりときめいちゃったのは内緒なんだな、コレ。




おまけ【消せぬ温もり】

『おやすみなさい、我愛羅様。よい夢を──』
『ねぇ、待って夜叉丸!夜叉丸は……どんな夢を見るの?』
『私の夢ですか?私は……楽しかった夢、苦しかった夢、たまに自分でも知らない、不思議でヘンテコな夢も見たりします』
『苦しい……?夢って見たいものが見れるんじゃないの?』
『違いますよ、我愛羅様。夢は自分の記憶の整理をしてくれているんです。そうですね……その人にとって必要な記憶を大切に取っておいてくれているんですよ』
『……必要な、記憶……』
『はい。その中には幸せだったこと、辛いことや、些細なこと……たくさんの思い出が含まれています。でも、そんな記憶があってこそ今の私がいる。だから……どんなに辛いことでも、受け入れられるようにって助けようとしてくれているんでしょうね。……もちろん、受け入れられないこともありますが……』
『そうなんだ……』
『我愛羅様はどんな夢を見るんですか?』
『見たことないんだ……身体を寄越せって……夢は見てみたいけど、眠るのが怖い……』
『我愛羅様……』


 ギュ、と抱きしめられる。その温もりに胸の奥がポカポカと温かくなる。
 そっと腕が解かれても、離すのが惜しくてずっと夜叉丸の服を握り続けた。


『今日だけ……特別ですよ』


 初めて誰かと一緒に眠った。
 やっぱり夢が見れるほど深くは眠れなかったけれど。それでも、微睡みの中で抱き締める腕があった、そのことに泣きたくなるほど安心した。

 それはちっぽけな、幸せの思い出。
 それはずっとずっと残っている、俺の必要な記憶。


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24.ルーキー

 

 

「おはよう!サスケ君、ナルト」

「おはようだってばよサクラちゃん!」

「来たか、サクラ」

 

 

 待ち合わせにやってきたサクラの姿に、サスケは満足げに口端を上げた。

 元気に手を振って駆けてくる姿は程よい緊張感を持ちつつ、待ちきれないといったような興奮も伝えてくる。

 

 一昨日の夜、ナルトはずぶ濡れの身体で夕食会にやってきた。無論、すぐさま風呂に叩き込んだが、どうやら水面歩行のコツを早くも掴みかけているらしい。湯船を立ってみせた。

 一方のサクラは並外れたチャクラコントロールによって、水面歩行は完璧にマスターしたようだ。

 

 それが自信に繋がったのか、二人共に士気は充分。

 それぞれ握りしめているのは、夕食会でカカシから『推薦しちゃった☆』とウインク付きで渡された志願書だ。

 

 

「これで揃ったな。……行くぞ」

「ええ!」

「やってやるってばよ!」

 

 

 いよいよ、中忍試験が始まる。

 

 

 

 

 木の葉や砂を始めとして様々な隠れ里の額当てをつけた下忍達が、試験会場となるアカデミーに集結していた。

 周囲の視線の中を進んでいけば、ピリピリした殺気があちらこちらから飛んでくる。

 

 

(懐かしいな……)

 

 

 飛び交う言葉なき恫喝にサスケは目を細める。

 平和だった前でも中忍試験は開催されていた。しかし、内容が内容だ。平和な世でのクイズやらハンティングやら、ゲームじみたものではない。これはれっきとした殺し合い、命を賭けて挑む試験だ。

 

 怖くない、といえば嘘になる。

 一度寿命を迎えた身だ。死への恐怖こそないが、その後にこの世界がどうなってしまうのか、ただただそれが不安だった。

 

 この世界は、前の世界と似ているようで似ていない。

 行動の結果として、うちはでの祭りや出逢った兄弟といったなかった筈のことが起きていることの納得は出来る。

 だが。先日の我愛羅との遭遇然り、卒業試験でのナルトの躓き然り───波の国任務の消失然り。

 大筋は似通っているものの、説明の出来ないことが多々起きていた。

 

 そんな些細な偶然が積み重なり、いつの日か大惨事を起こしかねない。

 それだけじゃない。未来を変えることで、生まれる筈のなかったうちはの兄弟の命が灯ったように、今後生まれる筈の命をも奪うことになる可能性を無視はできなかった。

 

 誰かを生かし、誰かを殺す。その影響はどこまでも波及するだろう。

 未来を変えた、その責がある。だからこそ、この世界を、より良い結果に導かなくては死ぬに死ねない。

 

 向けられる殺気を受け流し、サスケはただ静かに前へ進んだ。

 アカデミーで育ったサスケ達は、迷うなんてこともなく三階を目指して進んでいると、ふとざわめきが廊下の先から耳に届いた。

 

 

「そんなんで中忍試験受けようって?やめた方がいいんじゃない、ボクたち?」

「お願いですから……そこを通してください」

 

 

 人波の向こう側、姿は見えないが誰かが殴られる音がする。

 そうして近づくほど、感じ取れる気持ち悪さに思わず顔を顰めた。幻術だ。それもかなり粗雑で、違和感ばかりで酔いそうになる。

 

 

「なんだぁ?さっさと行きてーのに何やってんだってばよ?」

「何か揉めてるみたいね……」

「気持ち悪ィな……さっさと抜けるぞ」

 

 

 ナルトとサクラを引き連れて人波を抜ければ、嘗てと同じ光景が繰り広げられていた。

 倒れているリー、テンテン。立ちはだかる二人の忍。

 記憶どおりの展開だが……あの時とは違い、気づくことがある。

 

 

「中忍試験は難関だ……かくいうオレたちも三期連続で合格を逃している」

「どっちみち受からないものを、ここでフルイにかけて何が悪い?」

 

 

 扉の前で仁王立ちをする二人組。

 だが、下忍にしてはあいつらのチャクラは中々多く、精錬されている。身のこなしにもそれなりで、あれが三期連続で落ちている忍のものだとは到底思えなかった。  

 恐らくは中忍レベル───試験官だ。だとすれば、ここから試験は始まっているということか。

 

 あの頃は幻術を見破りいい気になっていたが、まだまだ青臭いガキだった。嘗ては知り得なかった背景に、それを思い知らされやや悔しさが残る。

 

 まぁそれはともかく、結局のところここは二階。

 ここでモタモタしている必要性はない。サスケ達は遠巻きに様子を伺っていた奴らを掻き分け前に出た。

 

 

「正論だが……オレたちは通してもらう」

「ここって二階だろ?なー、先に行こうぜ?」

「馬鹿ね、よく見なさいよ。結界あるじゃない。解いてもらわないと先に進めないでしょ」

 

 

 ナルトもサクラもしっかり気づいていたのだろう。

 ただしナルトは幻術の修行に付き合わせていたから幻術耐性は上がったものの、やはり不得意な分野らしく見切れてはいない。

 このまま進んでもメビウスの輪、また同じ場所に戻ってきてしまうだろう。

 試験が終わったらまた特訓だな、とナルトが悲鳴を上げそうなことを考えていれば、ニヤリと下忍モドキが口角を上げた。

 

 

「ほう……貴様ら、気づいたのか」

 

 

 その瞬間、ぐにゃりと空間が歪み、301と書かれた教室が201に変わった。

 この感覚はどうしても好きにはなれない。そもそも他人の幻術結界とわかっていて、わざとトラップにかかったようなものだ。

 分かるやつ用に抜け道でも作っておいたほうが振るい落としが出来るだろうに。

 

 

「ふぅん、なかなかやるねェ。でも……見破っただけじゃあ……ねぇっ!!」

 

 

 振るい落とし効果の是非に疑問を抱いていれば、下忍モドキが攻撃を仕掛けてきた。

 そこそこ速いなとは思うが、こちらは忍界最速と謳われる雷影と手合わせを幾度か積んだ身だ。写輪眼なしでもその動きは十分見切れたし、蹴りをかわすのも訳はない。

 だが敢えて、サスケはその場を動かなかった。

 

 

「っ!」

 

 

 サスケと試験官の間へ割り込んだ影。リーは先程ボコボコに殴られていた姿とうって変わり、やすやすと下忍モドキの蹴りを受け止めていた。

 ヒュウ、と口笛を吹けば、チラリとその特徴的な太い眉の下から何か言いたげな視線がこちらへ向けられる。

 丸い下まつげの生えた目で見詰められるのは何だか居心地が悪いものだ。相変わらずキャラも眉毛も濃い奴である。

 

 

「おい、約束が違うじゃないか。下手に注目されて警戒されたくないと言ったのはお前だぞ」

 

 

 そんなリーを睨みつけるのは同班の日向ネジ。

 奴との接点は少ない。歳は違うし、直接戦うこともなかった。

 だが、里抜けの際にサスケを連れ戻すべく組まれた小隊の一人ということは聞いていた。そして何より、あの大戦で散った犠牲者だ。一度敵側にいた身として、多少の負い目は拭えなかった。

 

 そんな奴が生きていると思うと何だか嬉しく、ついジッと見ていれば眉がキツく潜められた。

 不審に思われたかとも考えたのだが、どうやら違うようでまっすぐ近づいてくる。

 

 

「おい。そこのお前、名乗れ」

「俺か?俺の名はサスケ。……アンタは?」

 

 

 正直に答えると、拍子抜けしたようにネジは眉をピクリと動かした。

 そういえば、昔は自分から名乗れと喧嘩を売っていたのだったか。自分で言うのも何だが、随分丸くなったものだ。

 

 

「……日向ネジだ。お前、何故さっきの蹴りを避けなかった」

「さあ、何の話だ?とっさのことで動けなかっただけだろ」

「とぼけるな。お前……リーの動きを読んだな?注目をあいつに集め、自分はマークを外させた……見かけによらず抜け目のない奴だ」

「フン……随分な評価だな」

 

 

 とはいえ、実際狙いはその通りだったりする。ルーキーというだけでも目立つのだから、これ以上の衆目はいらない。

 まぁ、ナルトがいる時点で無理なことだとは思うが、気休め程度にはなるだろ。

 ニヤリと意味ありげに笑みを深めたサスケに、ネジもまた人の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「フ……まぁいい。お前、今年のルーキーだろう。後輩だとしても手は抜かん。───お前と戦えることを楽しみにしておこう」

 

 

 そう言い置いて、ネジは背を向けた。

 何やらリーがサクラに告白し玉砕していたが、それも一区切りついたようで、俺たちも三階へ向かうことにした……のだが。

 

 

「待ってください!いえ、君ではなく殺風景な白黒の、目つきの悪い君です!」

 

 

 悪かったな、目つきが悪くて。生まれつきだから放っておけ、と声の方向を睨みあげれば、リーが階段を飛び越えて降り立った。

 

 

「今ここで───僕と勝負しませんか?」

「今ここで、か?」

「ハイ!ボクの名前はロック・リー。君はサスケ君でしたね」

「ああ、よろしく頼む」

「……よろしくお願いします。ボクの動きを見切っていた……君と、闘いたい!」

「断る」

 

 

 ばっさりと切り捨てたサスケに、リーはぱちくりと瞬きした。

 ………いや、驚かれても困る。血気盛んだった昔はともかく、普通は断るだろう。

 

 

「これから戦うかもしれねぇのに、技を明かすのか?」

「うっ………そこを何とか……!」

「受け付けの終了時間まであと30分だ。さっさと行ったほうがいいだろ」

「分かっています。でも………君は強い。下忍の中でどちらが一番強いか、ここで決めましょう。それとも、逃げるんですか?」

「どちらが強いかと言われてもな……」

 

 

 チャクラは著しく落ち写輪眼は諸事情から使えないとはいえ、まず生きた年数……つまり場数が違う。八門を開くならばともかく、下忍に負ける程腕は鈍っていない。

 だが、ここで力を見せ、回り回って上層部にバレれば何かしら利用されるか良くとも警戒、最悪消される可能性もあった。替え玉くらい簡単に用意する奴らだ。

 だからといって、手を抜いて勝たせたとしてもきっとリーは喜ばないだろう。むしろ、このまっすぐ過ぎる奴のこと、敵対されかねない。

 様々な事情を考えれば、逃げたいのが本音である。

 

 

「悪いが───」

「何言ってんのよ!サスケ君に決まってるじゃない!」

「おいサスケェ!こんな奴、コテンパンにしちまえってばよ!」

 

 

 断ろうとしたサスケだが。それまで黙って傍観していたナルトとサクラが騒ぎ出した。

 怒りと期待の混ざった、キラキラと光る翠と蒼の瞳にジッと見詰められる。

 

 

「サスケ!」

「サスケ君!」

 

 

───俺はその眼に弱いわけで。

 

 

(試験場までがやけに遠いな……)

 

 

 こうして頷く羽目になったサスケは、まだ試験どころか会場にさえ着いていない事実に、深々とため息を落とすのだった。




SASUKE 2022 応援中!祝40回記念!
ヽ(〃∇〃)ノ
端々、泣かせてきやがるぜぃ……。


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25.天才

 

 近くにあった演習部屋へ移動し、サスケとリーは対峙していた。

 渋っていたサスケも生来のウスラトンカチだ。まっすぐ向けられる闘志は心地よかった。

 ピリピリと張り詰める緊張感を破るようにフン、と鼻を鳴らす。

 

 

「5分だけだ………来い!」

「ええ、分かっています……いざ!!」

 

 

 リーの姿がかき消える。早い。先程の中忍相手の動きよりも余程早いが、写輪眼がなくとも見きれぬ程ではなかった。

 次の動きを予測し、サスケはその場を跳んだ。

 

 

「木の葉旋風!!」

 

 

 先程までサスケのいた場所にリーの蹴りが炸裂し、コンクリートの床を砕く。それにリーの本気を感じた。

 写輪眼を使う訳にはいかないから、全力で戦うことはできないだろう。だが、だからといってわざと負けるような真似はしたくない。

 真っ直ぐな視線は、決してそんなことを望んではいないからだ。

 

 自分の力を、試したい。そんな強い目だった。

 ならば、勝負を受けた身として応えるしかないだろう。繰り出される拳をヒラリと避けて、サスケはどう戦うかと思考を巡らせる。

 その形の良い口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 攻撃を難なく受け止め、躱し、受け流すサスケに、リーは唇を噛みしめた。

 彼の強さは先程の201教室での余裕気な表情から、多少理解していたつもりだった。しかし、ここまで軽くあしらわれてしまうとは思ってもみなかったのだ。

 

 

(僕の動きを完全に………!)

 

 

 ただ、体術を磨いてきた。

 忍術の使えない落ちこぼれでも、努力によって天才に勝つことが出来るのだと。そう信じて、周りからどんなに笑われても、ただひたすら修行した。

 その体術が、彼に通じない。例え重りを外していないとしても、それでも…………そこにある実力の差は分かってしまった。

 

 同じ班の天才、ネジを超えたい。努力が天才に優るということを証明したかった。

 なのにどうだ、必死に磨いてきた体術さえ届かない。白眼さえもっていない子供に、勝てない。

 

 

(僕は……こんな所で……!)

 

 

 負けられないのだと、我武者羅に拳を繰り出した。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、焦りから動きは鈍っていった。

 

 

「動きが大きい。それじゃ、カウンターの的だぞ」

 

 

 そんな隙を見逃さず、サスケはリーの腕をくぐり抜け、その腹へ拳を叩き込んだ。

 

 

「カ、ハッ………」

「どうした、もう終わりか?」

 

 

 サスケの黒い目がリーを見据える。ネジの目とは反対の色。しかし、そこに蔑みは浮かんでいない。

 その代わりに、お前の力はこんなものなのかと。そう問われている気がした。

 

 これまでの修行が頭を巡った。何度も何度も、蹴り、殴り、足や拳から血が流れた。指一本動かせず、何度も野宿をする羽目になった。

 痛かったに決まっている。諦めかけたことだってあった。

 

 それでも続けたのは…………ただ、強くなりたかったからだ。

 勝ちとか、負けとかではなくて。ただ純粋に、強くなりたかった。

 

 

「…………まさか。これから、ですッッ!」

 

 

 よろめきながら、リーは立ち上がる。

 それに満足し、サスケは笑った。

 

 それと同時に繰り出された蹴りをサスケは腕でガードする。指先まで痺れたが、その受け止めた右足を掴み、左足を軸にして蹴りの勢いを利用し壁へと投げる。

 それでも、リーは壁へと着地して衝撃を吸収すると同時に、再び飛びかかってきた。

 

 それを避けようと跳躍した、その時をリーは狙っていた。

 

 

「……影舞踊……!!」

 

 

 その跳躍に合わせてリーは背後を取る。

 蹴りが入らないのであれば、彼の動きに合わせて自分が動けばよかったのだと、気がついたからだ。

 望む体制に持ち込んだリーは、背後へ視線を向けたサスケと目があった。

 

 

「………やるな」

 

 

 ニッと口端を上げて、それでもサスケは焦らない。

 それが不気味で、パラリと腕の包帯を解くとリーは禁じ手と戒められている技をかけた。

 

 

『この技を使っていいのは、ある条件の時………大切な人を守る時だけだ』

 

 

(ガイ先生……ごめんなさい。僕は、禁を破ります………!)

 

 

 真剣勝負だからこそ、持てる力を全て使い戦う。負けるかもしれない、けれど全力で立ち向かう。

 それが勝負を受けてくれた彼への、リーなりの誠意だった。

 

 

「行きます……!」

 

 

 空中という身動きの取れない中、そして背後からの攻撃をサスケは防げない。

 リーは連撃を加え、より高く高く、もっと高くその身体を浮かせた。

 

 

「表蓮華!」

 

 

 包帯で身体を拘束し、リーは回転と共にサスケを地面に叩きつけた。

 

 

「サスケ君………!」

「サスケェ!」

 

 

 サスケが血を吐く。ぐったりと動かない身体に、ナルトとサクラが悲鳴を上げた。

 

 

(まずい……)

 

 

 そうしてはたと我に返り、リーは青ざめた。つい、本気で戦っていたが、考えてみれば自分たちは受験を控えている身だ。

 受付終了までもうあと10分程度しかない。しかし、硬いコンクリートの床に叩きつけられた彼がすぐに復帰するのは不可能だろう。

 それだけじゃない、サスケが出れなければその班のメンバー全員が出れなくなってしまう。自分は彼らの受験資格を奪ってしまったことになる。

 

 そんな、若干の後悔をした瞬間だった。

 

 

「終わったからって油断するな、スキだらけだぞ」

 

 

 リーの身体は宙を飛んでいた。

 一拍遅れて、顎が砕けたかと思うほどの激痛が襲う。

 

 

 落ちる世界に倒した筈の“サスケ”が消えて、不敵に笑うサスケが見えた。

 

 

 

 

「大丈夫か、リー」

「ガイ……先生……」

 

 

 目を開けば、天使ならぬ尊敬してやまない師がリーを覗き込んでいた。筋肉で硬過ぎる膝枕から身体を起こすと目眩がした。

 全身が軋んでいる。表蓮華の影響だろう。その痛みにようやく目が覚める。

 ズキズキと痛む顎が先程の記憶を蘇らせた。

 

 

(ああ………僕は、負けたんですね……)

 

 

 もうサスケ達の姿はない。甘かった。最後に見せた笑みを思い出して、リーはぐっと掌を握りしめた。

 

 結局、リーはサスケに勝てなかった。別にそれはいい、悔しいのは勝ち負けではなくて、自分の力を見せつけられたからだ。

 攻撃はことごとくガードされ、表蓮華まで使ったというのに敵わなかった。

 そこでふと、リーは思い出した。

 

 

(表蓮華は決まった筈……)

 

 

 影分身の印など結んでいなかった。

 彼の一挙一動見落としはしなかったのだ。ではどこで……?

 

 もしや、不正をしたのではないか?

 勝負の前に影分身を出していた?

 そんな疑惑の心がむくむくと顔を上げた。

 

 

(そうだとすれば………赦すことなど出来ない)

 

 

 暗い思いに囚われかけた時、ポンとリーの頭に手が置かれた。

 

 

「ふふふ……青春してるな、リー!」

「ガイ先生……見ておられたんですか」

「ああ、もちろんだ。まぁ、そう落ち込むな。あの子供がただちょっとデタラメなだけだ!」

「デタラメ……?」

 

 

 あんな、無様な戦いを見られたかと思うと余計に心が沈んだリーだが、ガイの言葉に先程の疑惑が濃くなった。

 その暗い顔に全て分かっているとばかりにガイは微笑んで、それでもそれを否定するように頭を振った。

 

 

「あの子は不正などしていないぞ、リー。あの子は男と男の勝負を受けて立った、正真正銘の漢だ! そんな彼を疑うなど以ての外だぞ!」

「ガイ先生……すみませんでした。ですが、デタラメとは……?」

 

 

 強い叱責の言葉にリーは項垂れる。ガイの言葉を疑う事はない。そう言うのならば不正などなかったのだろう。

 だが、納得は出来ていなかった。そんなリーにガイは先程の決闘を思い浮かべ顎に手を当てた。

 

 

「あの子は表蓮華の直前、片手印を結んだんだ。影分身によりお前の死角となる天井で、本体は待っていた。お前が隙を生むのをな」

「片手印……?」

 

 

 聞き覚えのない言葉に眉をひそめるリーに、ガイは真剣な表情で頷いた。

 

 

「俺も初めて見る。片手ではチャクラを上手く練れず失敗するものだ……ネジでも出来ないだろうアレを随分慣れたように使っていた。あの落ち着きも尋常じゃない、恐らく相当な場数を踏んでいるだろうな。どんな人生を歩んで来たのやら………想像がつかん」

 

 

 ガイはサスケ達の出ていった扉を見つめた。

 決闘が終わり、姿を現したガイにサスケは『他言無用』と釘を刺していた。

 リーは気づいていないだろうが、表蓮華、あれは自滅を招きかねない術だ。筋細胞に負担を強いる術として禁術にした。それも問題ではあるものの……それよりも術が失敗した時の反動がデカイ。

 

 空中には足場などない。

 だからこそ、表蓮華では相手の身体を支えとし、共に落ち行く中で脱出する。自分も地面に衝突して自滅するのを防ぐためだ。

 

 もしも地面に衝突する寸前、彼が影分身を解いていればリーはダメージをもろにくらい、この後の中忍試験など出られなかっただろう。そうなればネジもテンテンも必然的に受験資格がなくなる。

 

 無論、そうなった場合には介入していた。例え、男と男の真剣勝負であったとしてもだ。

 しかし、あの子供はそうしなかった、その借りがある。そして何より漢である彼の頼みでは聞かぬ訳にも行かない。

 ガイは頷いた。誓って誰にも話さないと。

 

 上忍を前にあの落ち着きようは尋常じゃない。凪いだ瞳にヒヤリと背に冷たいものが走った程だ。

 ああ、それに影分身もよくよく考えてみればおかしい。表蓮華を食らいながら消えなかったのだから。

 

 そう、だからデタラメと評したのだ。

 その体躯に似合わぬ、滲む“実力”に。

 

 

(今年の中忍試験は…………荒れそうだな)

 

 

ガイはそっとため息をついた。

 

 

 

 

「リー。世の中にはな、俺よりも強い子供だって腐るほどいる。だからこそ、修行して強くなれ!慢心などしてはならん! 禁を破った罰も含め、中忍試験後には演習場の周り1000周だ!!!!」

「押忍!」

「おお、いかん! 受付まで後5分だ、急ぐぞリー!」

 

 

 二人は廊下を歩く者たちの間を風のように駆け抜ける。

 

 

(彼が使ったのは体術と影分身のみ……だけど、彼は間違いなく天才だ。それが経験に基づいてであるなら…………僕も努力によって、天才になれるんでしょうか)

 

 

 努力が天才を上回るのではなく、努力によって天才になれるのだとすれば。

 天才とは、何だろう。

 

 白眼? 血継限界?

 いや、例え自分が同じ白眼を持っていたとしても、ネジのようには戦えない。

 それは、きっと道具でしかない。

 それは、きっと天才なんかじゃない。

 

 

 

 では、天才とは……使い方一つ、なのかもしれない。

 

 生まれ持った才能には確かに差があるだろう。でも、それだけじゃ天才とは言えないのだ。

 今ある自分の力をどう使うか、どう利用するか。それを理解して、使いこなすことが出来る者。

 

 

 試験会場の扉を開く。いく対もの目に睨まれながら、リーは怖気づくことなく入っていった。

 

 そこに集まるのは天才(強者)ばかり。



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26.歩み寄る影

ちょっと下品。注意。
原作のキャラ設定を大切にしました(*ノェノ)


 

「全員、来たみたいだね」

「カカシ先生!」

 

 

 リーとの決闘を終え、ようやく辿り着いた301教室の前。いつもの18禁本さえ読まずにカカシはサスケ達を待っていた。

 

 ナルト、サクラ、サスケ。

 ひとりひとりを確認するようにジッと見つめ、カカシはやがて満足そうにニッコリと笑った。

 

 

「お前らはオレの自慢のチームだよ。……さあ、行ってこい!」

 

 

 カカシの激励に背を押され、重厚な扉に手をかける。

 

 

───そして。どこか不吉な音を立てながら、扉が開いた。

 

 

 もう、戻ることはできない。

 

 

 

 

「す、すげーってばよ……」

「まさか……これ全員、受験生?」

「フン……」

 

 

 一斉に集まった百を優に超える視線に、ナルトとサクラがたじろぐ。

 興味、苛立ち、殺意。そんな生ぬるい威圧は黙殺し、サスケは意識を研ぎ澄ませた。

 

 その中に、奴はいた。

 雑多な人混みに一つ紛れる、異様とすら思える不気味なチャクラ。そちらを振り返るような馬鹿な真似はしない。けれど、その姿はありありと脳裏に浮かぶ。

 

 

────元三忍の一人、大蛇丸。

 

 

 認めるのは癪だが、仮にもサスケの師だった奴だ。前は狙われ、殺されかけ、呪印を付けられ、里抜けを唆され、転生体にと育てられ、そして返り討ちにした。

 そんな因縁深い奴だったのだが。

 

 

(俺じゃねぇな……ナルトか)

 

 

 こちらを見たのは一瞬。その粘つくような視線が向かったのはナルトだった。

 写輪眼どころか、“うちは”の名すら持たないサスケには興味がないのだろう。そして、尾獣にも大して執着がないのは相変わらずなようで、ナルトに向けられていた目も直ぐに逸らされた。

 

 それに、サスケはそっと安堵の息を吐いた。弱っているならともかく、チャクラもまだ少なく輪廻眼も万華鏡写輪眼もない、写輪眼すらも公に使えない現在、戦ったとしても勝ち目はほぼない。

 

 それに、もし仮に倒せたとしてもだ。奴は後々心変わりして有益な研究や情報を提供するようになる。

 そして何より…………あんな奴だが子持ちとなるのだ。それも、一人娘や一番弟子と一緒の班に。

 殺しても死にそうには到底思えないが、それでも今後を考えると何とも対応に困る奴だったりする。

 

 そういった訳で、こちらに意識が向いていないのならばそれに越したことはない。ひたすら避ける、今はそれしかないだろう。

 

 しかし、大蛇丸がいるということは、再び木の葉崩しも起こるということだ。そして、恐らく今回狙われるだろうイタチにもどうにかして警告したい。………いや、必要ないか?

 試験にばかり集中する訳にはいかないな、と様々な思いを巡らせつつ、サスケは突進してきたいのをスッと躱した。

 

 

「サッスケ君、おっそー……いっ!ってサクラじゃない!」

「さっさと離れなさいよ、いのぶた!重いんだから!」

「あら、アンタこそ太ったんじゃない?おでこが余計目立ってるわよ」

「何ですって!?アンタなんか………!」

 

 

 勢いを殺せなかったいのはサクラに飛びつく形となり、二人ぎゃあぎゃあと言い争いを始めた。相変わらず仲がいい二人だ。

 その喧騒を聞きつけた同期のメンバー達が、続々と集まってくる。

 

 

「よぉ。こんなめんどくせー試験、お前らも受けんのかよ」

「なんだぁ、オバカトリオじゃんか!」

「その言い方やめろって」

「これはこれは、皆さんお揃いでェ!く〜〜、今年の新人下忍9名、全員受験ってワケか!」

「お前らもかよ……ったく、めんどくせー」

 

 

 いのと同じ十班のシカマル、チョウジ。八班のキバ、ヒナタ、シノ。こうして同期が揃うのも班分けの日以来で、半年も経つと随分久しく感じる。

 それぞれ任務を重ね、成長した自負があるのか自信たっぷりに各々近況報告をし合っていれば、ふいに音もなく背後から気配が近寄ってきた。

 

 

「君たち、もう少し静かにしたらどうかな」

「っ……!?」

 

 

 そんな言葉と共に現れたのは、薬師カブト───ではなかった。

 

 

「別に君たちが殺されても全く構わないんだけど、僕まで同類と思われるのは迷惑なんだ」

 

 

 里の恥さらしだよね。

 そう穏やかとも言える聞き覚えのある声音で、滑らかに毒を吐いたその男。振り返った瞬間、時が止まったような気がした。

 

 

(……サイ!?)

 

 

 黒髪黒目、病的なほどに白い肌。器用にもにこやかに、冷たく微笑むその姿は忘れるはずもない。   

 嘗てよりも幼いが、それでもそんな貼り付けたような笑い方をする奴を他に知らない。

 そして何より。

 

 

「おい、お前。誰だよ」

「僕は“サイ”。君たちの先輩に当たるんだけど……それより、臭いから近づかないでもらえないかな?犬臭さとか馬鹿っぽさとかうつったら大変だから」

「ってッめぇ………ッ!」

「キ、キバ君落ち着いて!仕方ないよ、犬が苦手な人だっていると思うし……」

「別に犬は苦手じゃないけど。君みたいな根暗よりマシかな」

「根暗………犬より下……」

「ちょっと、あんた!いきなり出てきて何なのよ、ヒナタ泣かせるとか最低!」

「何で泣いたのかわからないけど……不快にさせたなら謝るよ、ブス」

「しゃーんなろーーー、そこに直れーーー!」

「お、おいお前命知らずだってばよ!女の子に根暗とかブスとか言っちゃ駄目なんだって!美人とかかわいいとかさぁ……」

「へぇ、知らなかったよ。君みたいな玉無し野郎じゃないからね」

「お前……!人がせっかくなぁ……っ!」

「まぁまぁ、落ち着きなよナルト。……仕方ないな、僕のポテチあげるからさ」

「遠慮するよ。君みたいなデブにはなりたくないんだ」

「肉弾戦車!!!」

「お、おい!落ち着けってチョウジ!」

「チョウジ、止めなさいよ!全く……みんな挑発に乗るなんて馬鹿ね」

「(えっと、女の子には根暗やブスとかは駄目で………)挑発してるつもりはないんだけどね、美人さん」

「っ!」

「ちょっと!いのには何で美人さんなのよぉぉぉ!!!」

「この人はただ正直なだけよ!ブスなデ・コ・リ・ン・ちゃん!」

「………無視は嫌いだ」

 

 

 この毒舌………間違いなくサイだ。

 噛み付こうとするキバと赤丸、部屋の隅に蹲るヒナタ、拳を握るサクラ、臍を曲げるナルト、攻撃しようとするチョウジとそれを押しとどめるシカマル、頬を染めるいの、何も言われず寂しげなシノ。

 

 サイが現れた事で、むしろかなり騒がしくなり周囲の殺気がどんどん色濃くなってきている。

 たった数分でここまで混沌とさせるとは、ある意味凄い才能だ。

 

 

(………それより、何でこいつがここにいるんだ?)

 

 

 その騒動を静観していたサスケは、まじまじとサイを見つめた。

 こいつと初めて会ったのは、確か16の時だ。その当時は大蛇丸の元にいて、木の葉からだと紹介されたのが最初。

 興味なんてなかった。ただ、人形のように空っぽな笑い方をする奴だと思っただけで、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 

 そして二度目は終戦後。実際はその前にも会っていたのかもしれないが、“サイ”として認識したのは木の葉の牢の中、奴が面会に来た時だった。

 君が羨ましい、そう言って少し歪めた顔は人形なんか程遠くて、あまりにも人間臭くて。変わったなと答えれば、奴は“普通”に笑った。

 

 お互い、いい関係ではなかったように思う。けれど、悪い関係でもなかった………筈だ。苦手ではあったが。

 

 そんな奴が何故、ここにいる?

 そう考えた時に真っ先に思い浮かぶのは、杖を付き顔半分を隠したこいつの上司───ダンゾウだった。

 前も参加していて俺達と接点がなかった、ということも考えられる。

 しかし。先ほどから気になっていたのだが………カブトがいないのだ。一向に姿を見せる気配がなかった。

 

 カブトの代わりにサイが現れた、それを無関係とはどうしても思えない。

 もしかするとダンゾウも木の葉崩しに絡んでくる可能性がある。止めようとしているのか、それとも───協力しようとしているのか。もしも後者であれば、警備の穴なども突かれ被害は前とは比べ物にならなくなるだろう。

 

 前と同じ立ち位置に別人がいる。今までも“前”と違うことは色々あったが、こんなのはなかった。

 あくまでも多少状況が変わっているだとか、なかったものが新しくあったり、あった筈のものがなくなっていたり。そういう類のものだった筈なのに。

 

 ここまで予測の出来ない事態になるのは初めてで、背に嫌な汗が滲むのを感じた。

 どうしたものかと頭を悩ませていれば、こちらを振り返ったサイがにっこりと微笑んできた。

 

 

「そんなに見ないでくれるかな。あ、もしかしてホ○なんですか?」

「…………」

 

 

 思わず頬が引き攣る。言い返しては負けだ。

 

 

「アンタね……!サスケ君になんて事言うのよ!!」

「お前なんか好きになる訳ねーってばよ、バーカ!!」

「仲間に庇われるなんて、お姫様みたいだね。もしかして○○○ついてないの?」

「…………」

 

 

 思わず蟀谷が引き攣る。言い返しては………。

 

 

「サスケは男だってばよ!一緒に風呂入った時、ちゃんと見たかんな!」

「やっぱりホ……」

「二人共黙れ。燃やすぞ」

 

 

 自信満々に胸を張るナルトと、嬉々として口を挟むサイに、サスケは若干本気で殺意を抱いた。

 しかし、後ろには大蛇丸。すぐに隠さねばならないのがやや悔しい所だったが、その一瞬でも力量差は分かったのか、サイから微笑みが消えたことに溜飲を下げる。

 

 

「……それで?一体何の用だ。わざわざ注意する為だけに周囲から目をつけられそうな真似した訳じゃねぇだろ」

「……まぁそうだね。同じ木の葉の忍だし、ルーキーにちょっとだけアドバイスしてあげようかなって思って」

「ケッ、てめーのアドバイスなんかいるかよ!」

 

 

 キバの声を無視して、サイは懐から巻物を取り出し広げた。何も書かれていない白紙のそこへ、サラサラと筆を走らせていく。

 

 

「今回の中忍試験の総参加者数。それからそれぞれの里の受験者数は……こんな感じかな」

 

 

 書き上げられた五大国の地図は、流石というべきかかなり精巧な造りだ。細かな島まで正確に書き記されている。

 それに感嘆すると共に、やはり取って代わられているカブトのポジションに先ほどの疑念が濃くなった。

 前はカブトがカードで色々と教えていた筈なのに。今やサイが同じ行動をとっている。

 

 

───これは、偶然だろうか。同じ流れをこの世界が追わせているのか。それとも。

 

 

「木ノ葉隠れの里以外にも、砂隠れ、雨隠れ、草隠れ、滝隠れ……今年もそれぞれの隠れ里の下忍がたくさん受験に来ているんだ。受験者150人中、合格できるのは毎回多くても5人程度。倍率は毎回30倍以上だね」

「お前はどうなんだってばよ?もう参加したことあんの?」

「受験するのは4回目だよ。この試験は年に2回しか行われないから2年目になるね。僕だけじゃない、この中の半数は最低2回は試験を受けているはずだよ」

「待って!それじゃおかしいじゃない。この中の半数より、もっと落ちてる人がいるはずよ!」

「そうだけど、落第者が再び受験出来るとは限らないんだ。忍として再起不能になった人とか……死者も毎年出ているから。中には忍を辞める奴もいる。それに今年は豊作で新人も多いけど、彼らは各国から選び抜かれた下忍のトップエリート達ばかりだ。君たちも甘くみないほうがいい………じゃないと、殺されるよ」

 

 

 そっと受験者達へ目を向けたサイは、表情のない分何を考えているのか読み取れない。

 それに不気味さを感じたのか、サクラ達が黙り込んだ。先ほどの喧騒もすっかり沈静化しており、若干重苦しい空気が漂う。

 しかし。

 

「んなの、知るかよ!オレの名はうずまきナルトだ!てめーらなんかにぜってェ負けねーってばよ!!」

 

 

 そんな空気をきれいに吹き飛ばすような大声で、ナルトは軒居る受験者達へ啖呵を切った。

 これでこそ、うずまきナルト。意外性ナンバーワンはどこまでいっても健在だった。

 

 

「ナルト、アンタ何吹いてんのよ!!」

「ぐえ……だ、だって本当のこと言ったまでだってばよぉ!」

 

 

 そんなサクラに締め上げられるナルトを、サイは目を丸くしてまじまじと見つめていた。そして、思わずといったように呟く。

 

 

「凄いな……一瞬で全員敵に回したね。頭おかしいのかな?」

 

 

 ナルトもお前にだけは言われたくないだろうな、と心の中で突っ込んだ。自覚がない方が重症なのは間違いない。

 だが、流石は意外性ナンバーワン。何かがサイの琴線に触れたのだろうか。

 

 

「………兄さんにそっくりだ」

 

 

 サイが笑った。作り物ではない、懐かしい人間臭い顔で。

 

 サイがどんな立場にいるのか、何を考えているのか。

 まだ何一つわからない、けれど。

 

 

(……やっぱり、お前はそっちの方が似合ってるな)

 

 

 口はアレだが、それでも悪い奴ではない。今回は、もう少し歩み寄れるかもしれない。

 そんなことを思って、サスケはほんの少し眼差しを緩めた。



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27.一次試験

 

 

 サイと別れた後、音の忍が襲いかかって来る……なんてこともなく、試験官である森乃イビキの登場と共に第一試験、ペーパーテストが開始された。

 

 

ルール1、各自持ち点は10点。

ルール2、チーム戦。合計点数で判断される。

ルール3、カンニング1回につき2点の減点。

ルール4、持ち点を全て失った者、及び正解数0だった者の所属する班は全員道連れ不合格。

 

 

 これは情報収集戦。カンニングありきの試験だ。

 答えを知るターゲットは二人。中忍ともなればチャクラの質でわかる。

 斜め前方、四列前に一人。そしてもう一人は同じ列、右側五人を挟んだ席についている。

 

 試験内容は変わっていないようだが、百年以上前の答えなんぞ覚えてる訳もない。里抜け後も大蛇丸からある程度知識は与えられたものの、こういった勉強らしい勉強は記憶の彼方だった。

 数問ならともかく、全問自力でというのは難しいだろう。

 

 さて、どうしたものか。

 前は写輪眼を使いカンニングをしたが、今は使う訳にはいかない。

 特にダンゾウの元にいるサイ、奴に気取られでもすれば最悪だ。暗部に入れられるか眼を抜かれるか……いずれにしても良いことは何もないだろう。

 

 あるいは、白紙で提出という手もある。だが、それでは情報収集能力がないと自ら告白するようなもの。テストの意図を知る身としては、そんな真似は出来なかった。

 

 さて、ではどうしたものか。

 一周回って再び同じことを思う。写輪眼は随分便利な能力だったんだな、と今更ながら実感した。

 

 しかし、手が無いわけじゃない。例えば幻術。やや目立つことにはなるものの、音を使ってターゲットに幻術をかけて聞き出す手もあるが。

 

 ふと、サスケは机に視線を落とした。

 あるのは、テスト用紙、そして鋭く先の削られた鉛筆だ。

 

 

(柔らかい……炭素が多いな……)

 

 

 試しにテスト用紙の隅に線を引けば、濃く、くっきりとした黒が走る。そこに、ごくごく微量の雷遁、マイナスの電荷を送ってみた。

 ほんの一瞬、その部分が反応を示す。火事になっても困るためそれほど強い雷遁は流していない。だからパチリと光ることはなかったが、チャクラがその部分にのみ流れるのを感じた。

 その部分だけ、雷遁の、電荷の流れが微妙に違うのだ。

 

 

────これでいくか。

 

 

 サスケはニィと口角を上げた。

 

 

 

 

 

 数十分後。サスケの前にある回答欄は、十問目を除く全てが埋め尽くされていた。

 

 一言で言うならば、通電性の違いを利用したと言える。

 一般的に物体には、電気を通す導体、通しにくい絶縁体、その中間の半導体というのがある。

 電気を通す導体は有名なのは銅や銀、金を始めとした金属、そしてあとは黒鉛など。

 ちなみに、同じ炭素から出来ていてもダイヤモンドなどは自由電子がどうとかで絶縁体となるらしい。中でも、炭素の多く含まれる黒鉛は抵抗が低い為通電性は高いという。

 

 そして、絶縁体。これはゴムやプラスチックや木、そして木を原料としたパルプから作られた紙、それから空気などが該当する。

 

 しかし。絶縁体は電気を通しにくいからこそ、帯電しやすい。つまり、電荷が逃げることが出来ないままプラスやマイナスに傾いた状態で蓄積される。

 そうして蓄積された電荷は、導体が近づけばそちらに流れる。

 

 そんな性質を利用したのだ。雷遁を使って机に電荷を帯びさせる。あとは自然に情報源の黒鉛に反応するから、その流れをなぞればいい。

 細かな字を感じ取るのは骨が折れたが、そのうちコツが掴めてきたようで全ての解答を写すことが出来た。

 

 雷遁を使う者としてそのあたりの知識はしっかりと記憶にある。それが功を奏したといったところか。

 

 

 俺の方はこれで終わり、十問目の答えなど既に決まっている。

 しかし、この試験はチーム戦……自分一人だけが受かればいいというものじゃない。

 

 

(情報収集能力はともかく、サクラは大丈夫だろう。問題はナルトだな)

 

 

 ナルトは斜め前方に位置する席で、先程からうんうん唸っている。アカデミーの座学すら壊滅的なのだから、サクラのように自力で解けというのは不可能な話だ。

 

 大丈夫だろうかと不安が頭をもたげる。以前のあいつは俺たちのことなど全く考えず、自分の信念を貫く馬鹿だった。だからこそ、白紙で試験をクリア出来たのだ。

しかし今回はどうだろう。

 前よりも七班の絆は強く、深くなっている。ただの馬鹿でもなくなった。もしかすると、この試験の意図にも気づいているかもしれない。

 他のメンバーが手を貸すのは可、ならば俺が何とかナルトに答えを渡せればいいのだが、どうしたものか。

 

 

「153番、失格!」

 

 

 頭を悩ませていればまた一人、脱落者が出た。諦め悪く暴れているらしくイビキの一喝が轟いた。さっきも同じようなことがあったから教室内の驚きはない。

 しかし、何かが引っかかった。

 

 

(……153番?)

 

 

 いや……ちょっと待て。

 受験者は150人とサイは言っていなかったか?そこにテストの答えを知っている中忍が2人───。

 

 

「おいっ!離せってばよ……っ!」

 

 

 『てばよ』?

 まさか、と思って扉の方を見たが───そこにいたのは明らかに俺たちより歳上の、見知らぬ木の葉の忍だった。思わず、唇が釣り上がる。

 

 

(そういうことかよ………まんまと一杯食わされたな)

 

 

 ちらりと頭を抱え悩んでいるナルトを見た。いや、正確には悩んでいるフリをしていたナルトをだ。

 暴れていた奴が観念したのか大人しく出ていって、そのすぐ後。ナルトの腕が動き出した。

 

 ナルトは影分身に変化をさせ、受験させていたのだろう。

 影分身は分身体の情報を蓄積し、解除と共に本体へと流れ込む。わざと何度もカンニングさせて退室になった後に術を解き、解答を得たというところか。

 試験開始から随分経っているのに、影分身に変化を混ぜ出しっぱなしでも顔色一つ変えていない。相変わらずデタラメなチャクラをしてやがる。

 

 心配する必要もなく、ナルトは一人で乗り越えたのだ。俺にすら気づかせずに。

 

 そうして、試験は終わりに近づく。

 試験開始から45分。イビキは第十問────覚悟を問う。

 

 

「オレは逃げねーぞ!受けてやる!もし一生下忍になったって……意地でも火影になってやるからいいってばよ!怖くなんかねーぞ!!」

 

 

 十問目の振るい落としにも欠片も揺らがず、バンと机を叩くナルトは相変わらずのウスラトンカチだ。

 だが、嘗てとは異なり、そこには自信が溢れている。絶対にその夢を叶える、その想いは以前よりも増しているようだ。

 

 はためく七代目の文字。それを背に、里を守る嘗ての“火影”。

 それが強い目で前を見据える今のナルトと重なった。

 

 

「ここに残った78名全員に……第一の試験合格を申し渡す!!」

 

 

 一次試験はこうして幕を閉じた。

 次は二次試験───まだ試験は始まったばかりだ。

 



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サバイバル編
28.死の森


 

 一次試験後に派手な登場をした試験官、みたらしアンコに連れられてサスケ達は第二試験の試験会場についた。

 

 会場、とは言ってもアカデミーのような屋内ではない。

 風と共にザワザワと揺れる木の枝。木の葉に阻まれて奥は薄暗く、先は見通せない。

 そんな相変わらずの薄気味悪さを放つ第二の試験会場、第四十四演習場───別名『死の森』。

 

 

 ここに来るのも六年ぶりだ。うちはを離れ、呪印を入れられた後連れてこられた場所。

 あの時は確か大熊に襲われた。熊だけじゃない、蛇やら猪やら虫やら………この森で育つと何故ああも巨大になるのか、つくづく不思議な地である。

 

 

「それじゃ、第二の試験を始める前にアンタらにこれを配っておくわね!同意書よ、これにサインしてもらうわ」

「同意書?」

「そ。こっから先は死人も出るから、それについて同意をとっとかないとね!私の責任になっちゃうからさ〜〜〜」

 

 

 さらりと死をほのめかし、試験官であるアンコはアハッと無邪気に笑う。

 配られた紙には婉曲されてはいるものの、簡単に言えば「試験中に死んでも自分の責任」というような旨が書かれている。更には必要な人には遺書を用意するそうなのだから用意がいい。

 

 

(………遺書、か)

 

 

 自ら死にに行くようなものだから、遺書という括りなのだろう。木の葉では任意であるが、いつでも里に無料で遺書を預けられる。中身は死後でなければ公開されることはない。

 忍は死に近い、いつ死ぬかもわからないからこそのシステムだ。

 

 ゆくゆくは遺言書という名に変わったこのシステムを、サスケも百を越えたあたりで利用したことがあった。

 

 孫のこと、曾孫のこと、訪れた先で会った学校の子供たちのこと、研究協力をした開発局の奴らのこと、財産のこと、術の開発権利のこと。それから、俺の葬儀のこと。

 そんな遺言通りになったのなら、死後、この身体は骨の一欠片も残すことなく燃やし尽くされた筈だ。

 それが火を操るうちはの伝統的な葬儀法だった。血継限界の情報の詰まった身体を、髪一筋残さぬようにという意図もあったのだろう。念の為に、目だけは死とともに封じるよう細工をしておいたけれど。

 

 しかし、今書くのだとすれば。逆に何を書けるだろう。書けるのはせいぜい七班くらいか。しかし、今や遺せるものなど何もない。

 そう考えると、嘗ては随分と色々なものを築いたと思う。

 

 

「じゃ!第二の試験の説明を始めるわ」

 

 

 過去に思いを馳せていれば、たっぷりとナルト達受験生を脅したアンコがようやく第二の試験の説明を始めた。

 

 アンコ曰く。

 第二試験はサバイバル戦である。

 地形としては、塔を中心とした半径10kmの円状。ゲートは44個、森に囲まれており、塔のすぐ側を北から南へ川が一本走っている。

 

 その中で行われるのは、“巻物争奪戦”だ。

 一次試験合格者は78人、26チーム。13チームは「天の書」を、残った13チームは「地の書」を渡される。

 その天地両方の書を持って三人で塔まで来いとのことだ。つまり、最低でも半数のチームが落とされることになる。

 

 制限時間は120時間、つまりは五日間。

 自給自足、敵だらけの中で生き抜くことになるのだ。敵に殺される以外にも疲労の蓄積での脱落者も出る。

 

 失格条件は3つ。

1、制限時間内に塔まで辿り着けなかったチーム。

2、班員を失ったチーム、又は再起不能者を出したチーム。

3、巻物を開いたチーム。

 

 途中のギブアップは一切無しだから、受験者は班員を失って失格となったとしても、五日間は森の中で生き抜かなくてはならない。

 巻物がどちらか。三人の内誰が持っているか。わからないからこそ全員が敵。

 

 

────命懸けで巻物を奪い合い、殺し合う。

 

 

 たかが試験。されど試験。まだ二十歳さえ迎えてもいない子供のうち、この中の一体何人が命を落とすのか。

 それを考えると、平和を知る身としては遣る瀬ないところだ。

 

 

「説明は以上。同意書三枚と巻物を交換するから、その後ゲート入口を決めて一斉スタートよ」

 

 

 そう言ったアンコは、ぐるりと俺たち受験生を見回す。いくつもの死を見届け、そして生き抜いてきた強い眼差しで。

 

 

 

「最後にアドバイスを一言─────死ぬな!」

 

 

 

 ここから先は一歩間違えれば死が待ち受ける。

 それでも、引くわけにはいかなかった。

 

 

───必ず、勝つ。

 

 

 受験者達の思いは一つ。

 

 そんな彼らの後ろで。一人の男が目を細め、ペロリと舌なめずりをした。

 

 

 

 

 ナルトの引いたゲートは12。

 試験官が鍵を回すと共に、カチリと乾いた音が落ちていく。天の書を片手に、サスケ、ナルト、サクラはざわめく森へと足を踏み入れた。

 

 

「これより中忍選抜第二の試験、開始!!」

 

 

 スタートの合図と共に、飛び出そうとしたナルトをサスケは止めた。

 サバイバルの基本、まず第一に行うべきこと。それは、“考える”ということだ。

 状況、情報、目的、資源。それらを統合して行動を決めなくてはならない。

 

 セオリーであるならば、腕に自信がある奴は一直線に塔へ向かっただろう。忍の足ならば走れば10kmくらい30分もあれば余裕だ。歩いてでも数時間程度。森という立地条件や戦闘時間を含めなければだが。

 そして、長期戦を覚悟している奴らは、まず安全な潜伏場所と水の確保を優先した筈だ。

 

 塔と川の周辺に人は集まる。つまりは“狩り場”だ。それくらいは誰だって考えるだろう。

 そう───大蛇丸だって。

 今、最優先すべきなのは潜伏場所でも水でもない。大蛇丸との接触を避けることだった。

 だから、大切なのは大蛇丸ならばどちらを選ぶか。

 

 

(…………塔、だな)

 

 

 奴は戦いを楽しむ傾向がある。それこそ自信をへし折り、捕食者と自身を称して甚振って殺す。そんな悪趣味な奴だ。

 だが、弱い奴は歯牙もかけない。それに、ああ見えて結構短気な奴だ。長期戦を好むようなチームは好きじゃないだろう。

 なら、俺たちが向かうべきは───。

 

 

「おい、サスケ!どこ行くんだってばよ!?」

「川だ」

「川目指すのは分かったけどよ……………じゃあ何でフェンス辿ってんだってばよ!」

 

 

 喚くナルトに大声を出すな、と睨みつけた。

 だが、ナルトの言う通り森の奥には入らず、フェンス沿いをひたすら歩いていた。

 そう、川を探す為に。

 

 

「サスケ君、確かにこのまま歩けば川に出るとは思うけど……でも、ナルトの言う通り回り道じゃない?直線距離のほうが早いわ」

 

 

 サクラも不安そうに俺を覗き見る。確かに、時間を考えれば森の中を突っ切って探す方が早い。

 しかし、安全性はこちらの方が断然上だ。森の中心部に受験生が集中してる今、フェンス沿いなど誰も見向きもしないだろう。

 

 まぁ、より正確に言えば、周囲を見回っている試験官達がギョッとしたようにガン見してくる位か。そんなものはこの際無視だ。

 

 

「それに、塔に集まった奴らはせっせと網を張っている頃だ。だが川はノーマークだろうからな。ナルト、サクラ。お前らの修行の成果を見せる時だ」

「成果って……まさか────水面歩行!?」

 

 

 サクラの問いにコクリとうなずく。

 サスケの立てた計画とは、水面歩行で塔まで一気に行くという単純なものだ。

 単純ではあるが、川岸に塔はあるし上流は枝分かれもしていないから迷うことはない。川幅も10メートル程はあった筈だ。熊やら蛇やら虫やらに襲われる心配もないし、川岸からクナイを投げられても避けきれるだろう。

 

 それに加えて、川下から進むつもりだから匂いやら気配やら声やら、せせらぎに消され川上の奴らには悟られまい。

 いやむしろ、そうしたものが川下にいるこちらへ流れてくる。

 

 

「巻物は、水分補給でもして油断してるところを奪えばいいしな」

「確かに……」

 

 

 納得したのか、ナルトもサクラも黙り込んだ。

 欠点としては遮蔽物がなく見つかりやすいことだが、薄暗くなってる時にでも狙えば問題はないだろう。

 それに、動物の雑多な気配のない川からなら、感知タイプではないサスケも敵を察知出来る。

 そんな考えに基づいて、第七班はフェンス沿いに進み、半刻程で川に行き着いた。

 

 

「まずは腹ごしらえだ。少し日が落ち始めたら他の奴らも休みだす。そこを狙っていくぞ」

 

 

 他の受験生との戦闘でヘトヘトになり、飯を食ってホッと一息ついている間を………というやつだ。

 顔色一つ変えずにそんな非道な事を言うサスケは、傍から見ればあの変な試験官よりも恐ろしく見える。

 

 

(サクラちゃん。サスケってさ、意外とえげつねえよな)

(まぁ……で、でも!そんなシビアなとこが素敵なのよっ)

 

 

 腹ごしらえの後、クナイやら起爆札やらの手入れを始めたサスケを見て、ナルトとサクラはなんとも言えぬ顔をしていたらしい。




※現在の位置関係の把握にお役立てください。よく分からない方はスルーでOK。

・演習場は円形である。
・北〜南東へ川が流れている。
・ゲートは44である。
・アンコ達に連れられてきた場所を南とし、そこがゲート1とする。
・反時計回りにゲート番号は等間隔で振られている。

南〜東→1から11ゲート
東〜北→12から22ゲート
北〜西→23から33ゲート
西〜南→34から44ゲート

ゲート6(南東)→我愛羅、カンクロウ、テマリ
巻物 : 地 
ゲート12(東)→うちはサスケ、春野サクラ、うずまきナルト
巻物 : 天(×6)
ゲート15(北東)→大蛇丸様
巻物 : 地    
ゲート16(北東)→日向ヒナタ、犬塚キバ、油目シノ
巻物 : 天
ゲート27(北西)→奈良シカマル、秋道チョウジ、山中いの
巻物 : 天
ゲート38(南西)→サイ
巻物 : 地   
ゲート41(南西)→日向ネジ、ロック・リー、テンテン
巻物 : 地

大蛇丸様が北東(鬼門)、サイが南西(裏鬼門)
サスケ達は東にいたのですが、フェンス沿いに南下。奇しくも大蛇丸様達と離れることに。


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29.治療

 

 

「クソ……またハズレだってばよ!」

「また!?もう……ウソでしょ……」

「これで三連続か……」

 

 

 サスケ達は巻物を見つめてがっくりと肩を落とした。

 巻物は四つ。三つは川辺で休んでいた奴らを奇襲し手に入れたもの、もう一つは元々俺たちが持っていたものだ。

 

 巻物は手に入れた。奇襲は上手く行き、それほど困難だった訳じゃない。

 しかし、書かれている字は全て───“天”。

 全部で巻物は26、天の書は13。そのうちの四つを持っているというのもすごい話だろうが、合格するためにはもう一つの巻物───“地”の書が必要となる。いくら天の書を集めても意味がないのだ。

 

 ルールで巻物を開いては失格となるから、中身を確認する事も出来ない。よって、本物と証明する手立てがないため、交換を申し出ても罠だろうと判断され、最終的には戦闘になり。やむなく巻物を奪ったはいいが、地の書はなかった。

 つまり、またチームを探すことから始めなくてはいけない訳で。

 

 

「「「はぁ……」」」

 

 

 運命とやらは、そう簡単にクリアさせてはくれないらしい。

 

 

 

 

 中忍試験の中で最も危険なのはと聞かれたなら、この二次試験と迷わず答えるだろう。

 

 何故か。それは、試験官の目が届かないからだ。だから、大蛇丸は接触出来た。

 その後の試合も危険といえば危険だが、火影や上忍やらが集まっている。大蛇丸も本戦までは表立って目立つ行動はしない為、ある意味安全といえた。

 

 そんな訳で、なるべく早くゴールしたいとサスケは考えていた。日は既に落ちてはいたが、他チームが活動を控えるこの時間帯は狙い目だ。

 休憩を挟んで身体も休まり、そろそろ出発しようかと考えていた、そんな時。

 

 ふと、サスケの第六感が警鐘を鳴らした。気持ちを素早く切り替え、意識を研ぎ澄ませる。

 一、二………いや、三人。チームで動いているところを見ると、恐らく大蛇丸ではない。

 しかし、様子がおかしい。

 

 

(追われているのか?)

 

 

 こちらに気づいている様子はなく、ただ、何かから逃げるように急ぎ足で近づいてきている。

 一人はやけにチャクラが希薄だ。怪我をしているのかもしれない。

 

 

「ナルト、サクラ。どこかのチームがこっちに来る。とりあえず隠れるぞ」

 

 

 サスケの顔色が変わったことに気づいていた二人は、コクリと神妙に頷く。

 木の影に身を潜めて一分。ガサリと草陰が揺れた。

 

 

(…………我愛羅?)

 

 

 現れたのは我愛羅だった。

 しかし、いつもの余裕のある風情ではない。一言でいうならば、満身創痍というやつだ。

 服はボロボロ、あちらこちらに血が滲んでいる。砂の絶対防御を誇る鎧がサラサラと剥がれかけ、顔色は悪い。

 

 何があったのか、と眉をひそめたサスケは直ぐに目を見張った。

 我愛羅の後ろからよろめきながら現れた、テマリとカンクロウ。正確に言えば、カンクロウに。

 濃い血臭が少し離れたこちらにまで漂ってきた。チャクラはかなり薄い。テマリが肩を貸して何とか歩いているものの、意識も朦朧としているのか、足取りはフラフラだった。

 

 まさに重症、このままでは────死ぬ。

 

 ゴクリとナルトとサクラが息を飲んだ。

 波の国任務がなかったものだから、死どころか血に対してもさほど耐性がない。動揺し、それと同時に気配が漏れたのも仕方がない反応だと言えた。

 

 

「誰だ……出てこい……!」

 

 

 だから、我愛羅が気づくのも当然のことだった。

 手負いの獣の如く、血走った薄緑の瞳が闇の中で爛々と輝く。殺気も普段より荒んでおり、ナルトとサクラの足が震えるのが分かった。

 

 相手は手負いでチャクラも消耗している。今ならば、逃げることなど容易い。巻物を奪う事も出来るかもしれない。

 

 しかし、ボロボロの我愛羅達を襲う気にはなれないし、今見捨ててはカンクロウの命が危ういだろう。

 サスケは一つため息をついて、木の影から姿を見せた。

 

 

「久しぶりだな、我愛羅」

「お前は……サスケ、だったか」

 

 

 我愛羅の目が一瞬だけ丸く見開かれ、殺気が僅かに緩んだ。

 どうやら覚えてくれていたようで、すぐさま砂で攻撃される事態にはならなかったことにホッとした。

 しかし、そんな我愛羅とは逆にテマリに睨みつけられる。抱えるカンクロウがいなければ臨戦態勢に入っていただろう、そんな気迫を感じた。

 

 

「で……何だい?私らの巻物を奪おうっていうなら、容赦しないよ!」

「そんな状態で言われもな。まぁ今のところ……お前らに害を加える気はない」

 

 

 今のところ、の下りでチラリとナルトとサクラに目配せすれば、コクリと頷かれた。戸惑うような視線からは任せる、そんな思いが透けて見えた。恐らくは我愛羅達と知り合いと悟ったからだろう。

 だから、サスケは自身の中で決定している事実を述べた。

 

 そう、心情云々を抜きにしても、この世界の未来にとってここで死んでもらっては困る。

 

 

「ナルト、サクラ。急いで止血草を採ってきてくれ。種類は任せる」

「え?お、おう!行こうぜ、サクラちゃん」

「止血草って……あんた分かるの!?」

「まぁ、少しだけどよ。あ、そういやさっき川辺に……」

 

 

 何やかんやと慌ただしく二人は駆けていった。

 本当にお人好しな奴らだ。会ったこともない、ライバルである我愛羅達を助ける、そのことに難色一つ示さずに走るのだから。

 

 だが、そんなあいつらだからこそ救われる奴がいる。

 呆れつつも眩しげに二人の背中を見送る。森の中に二人が消えるのを見届けて、サスケは表情を引き締めた。

 

 

「どこをやられた?」

「ハッ……お前らを信用出来る訳がないだろ……!」

 

 

 尤もなセリフだ。一度しか会ったこともない、しかも受験者同士。

 サバイバル戦のまっ最中なのだから、いい人ぶって近づいてグサリと殺られても文句はいえない。

 

 だが、こうして言い争っている間にもカンクロウの命は危うさを増していた。もう意識が途絶えたのかぐったりとしており、モタモタしている時間はなかった。

 テマリの鋭い視線にどうしたものかと頭を悩ませていると、それまで静かにサスケを観察していた我愛羅が口を開いた。

 

 

「………右脇腹だ」

「我愛羅!!」

「黙れ。これはサバイバル戦……俺たちに医術の心得がない以上、このままならカンクロウは死ぬ。そうなれば俺たちはどの道脱落だ。それでもいいのか?」

「そう、だけど………」

 

 

 テマリはチラリとこちらを伺う。信用に足るか見定める視線の奥に揺れる、不安。

 もはや試験など考えていなかったのだろう。何せ、テマリにとってはカンクロウは弟だ。ただ、死なせたくない、けれどよく知らない奴に預けるのも怖いというところか。

 しかし、やがて覚悟を決めたようで、そっと地面に青褪めたカンクロウを横たえた。

 

 

(毒はなさそうだな。内臓も無事、出血は続いているが主要血管じゃないのが救いか。焼く事も出来るが、この森の中じゃ感染を起こすリスクの方が高い)

 

 

 傷口を調べてそんなことを考えつつ、掌にチャクラを集める。

 傷はそこそこ深い。拙い医療忍術じゃ気休めにしかならないが、無いよりはマシというものだ。

 

 

「サスケ!採ってきたってばよ!」

 

 

 そんな所に、ナルト達が息を切らせて戻ってきた。

 ナルトの腕にはヒメガマの穂やヨモギ、ドクダミやらが抱えられている。サクラは水筒に水をくんできていた。教えた薬草の知識をどうやら忘れていなかったらしい。

 

 手早く傷口を洗い、止血草を塗り込める。造血草は後で丸薬か薬湯にでもするつもりだ。

 伊達に長年旅をしていない。僻地では病院などある訳もなく、自身で材料確保から全て行っていたものだ。

 

 そうして医療忍術を使い続けること数時間。真夜中となる頃にはカンクロウの浅かった呼吸は落ち着き、焚き火に照らされた顔色もだいぶ良くなっていた。

 

 

「あとは熱が引いて目を覚ませば……峠は越える」

 

 

 チャクラを送っていた両手を離し、ドサリと座り込んで凝った肩を回せばゴキゴキと嫌な音が鳴る。

 ここで誰かに襲われても対応出来るようチャクラ量は調節していたが、医療忍術はそもそも専門外の分野だ。

 慣れないチャクラコントロールをすると同時に周囲の警戒もしていたから、正直なところかなり疲弊していた。

 

 そんな疲れも、ホッとしたように薄っすらと涙を浮かべるテマリを見てしまえば、何だか軽くなってくるというもので。

 我愛羅は相変わらず何を考えているのか、その無表情からは読み取れないが………それでも、苛立つように舞っていた砂が落ち着きを見せたことに本人は気づいていないのだろう。

 それにしても。

 

 

「まさか、お前らがやられるとはな……相手は誰だ?」

 

 

 考えてみればおかしな話だった。

 何せ、この砂の三姉弟の実力はどう考えても下忍レベルじゃない。我愛羅に至っては、相性もあるだろうが上忍すら屠れるし、カンクロウやテマリもそこまではいかなくても十分強い。

 

 だからこそ、そんな彼らをボロボロにする相手は自ずと限られている。最悪の相手が頭に浮かんで、サスケはどうしても確かめずにはいられなかった。

 

 

「草隠れの忍だ。一人だったが……奴は化物だ!」

 

 

 憎々しげにテマリが吐き捨てる。

 “化物”という言葉にナルトと我愛羅がピクリと反応したが、テマリは気づかなかった様子で………というより、今この場にいない弟を殺しかけた敵のことしか頭にないのだろう。襲われた時のことを滔々と語った。

 

 テマリの説明をまとめると。

 

 オカマ口調の草隠れの忍だった。

 舌がやけに長く、巻物を飲み込んで見せた。

 殺気だけで動けなくなった。

 身体は骨など無いように木に巻き付いた。

 大蛇を操り、その身体から出てきた。

 我愛羅の絶対防御を簡単に破った。

 カンクロウの傀儡を壊した。

 巻物の代わりに見過ごすよう言ったが、興味がないと無視された。

 我愛羅が暴走しかけたが何らかの術で止めた。

 チャクラがうまく練れなくなった我愛羅を背に庇い、カンクロウが刺された。

 テマリが起こした暴風を目くらましに、命からがら逃げた。

 出血が止まらず、とりあえずは川辺に向かおうとしていた所にサスケたちがいた。

 

 そして、今に至ると。

 

 

(予想的中、か……当たって欲しくなかったが)

 

 

 最初の一行で正体が分かるというものだ。化物的強さをしたオカマ口調の大蛇使い。まず間違いなく大蛇丸だ、大蛇丸しかいない。

 そんな変態かつ変体じみた奴がそうそう居てたまるか。

 

 未だ大蛇丸を罵るテマリに適当に相槌を打ちながら、ズキズキと痛くなってきた頭を押さえたくなる。

 

 要するに、サスケ達が遭遇するはずだった大蛇丸を避けたことで、我愛羅達に矛先が向かったということだろう。本来ならゴールまで最短記録を打ち立てていた筈なのにな、と若干罪悪感を覚える。

 まぁ、治療もしたことだ。それでチャラにして貰おう。

 

 しかし。一つだけ、腑に落ちない点があった。

 

 

(砂は、大蛇丸と繋がっていないのか?)

 

 

 大蛇丸が砂を唆して加担していた筈の、木ノ葉崩し。

 なのに、何故大蛇丸は味方とも言うべき砂の忍を襲った?砂は無関係、木ノ葉崩しには参加しないのだろうか。

 

 考えを巡らせるが何かがおかしい。全体像が見えてこない。

 以前と似通うのに、違う。これも前の世界の共通点……補正、とでもいうのか?

 

 試験が始まってから今までのことを振り返った。

 何かを見逃している─────いや、見逃した。そんな気がしてならなかった。





【ドクダミ】(開花時期:6〜7月、この時期が薬効が高い)

・ハート型の葉をしており、白い花弁4枚の十字型の花を咲かせる。匂いは結構強く、青臭い感じの匂いがする。加熱すると匂いは軽減され、天ぷらなどにして食べることも出来る。
・ドクダミとは毒を矯める(収める)効果からの命名。別名『十薬』とも呼ばれ、十種の薬効があるとされる。
・生の葉は強い抗菌作用があり、止血や炎症予防が出来る。その他、茶では利尿作用、高血圧、動脈硬化の予防作用などがある。アレルギーや蓄膿、肌荒れにも効果があるという。
・副作用として高カリウム血症などが生じることがある。肝機能や腎機能が低下している場合は摂取は止めたほうがよい。


【蒲(ガマ)】(開花時期:6〜8月、水辺に自生)

・穂はフランクフルトみたいな独特な形をしている。穂も食べられるとは聞いたことがあるが、詳細は不明。地下茎は茹でることで食用にする事ができる。
・蒲には三種あり、ガマ→ヒメガマ→コガマの順に開花する。本編は7月設定であるためヒメガマとしている。
・花粉は『蒲黄』と呼ばれ、止血や傷薬となる。古事記にも登場。因幡の白兎が毛を毟られ、蒲黄に転がって治ったという。内服すると利尿作用や通経作用があるとされる。
・穂からは綿が取れ、昔は布団の材料となった。布団を『蒲団』と呼ぶことがあるのはこのため。
・かまぼこの語源となっている。
・妊婦さんは絶対使っちゃ駄目!


【ヨモギ】(旬:3〜5月、薬効高いのは旬が過ぎてからで9月くらいまで採取可能)

・日本全国、どこにでも自生。
・ハーブの王様と呼ばれ、様々な薬効があり多用できる。
・草餅などに使われ食用となる。
・止血作用や造血作用、他抗酸化作用、殺菌作用、鎮痛作用、美容など色々な薬効がある。かなり多いので詳細は省略。ご興味のある方はお調べください!
・お灸の材料(もぐさ)ともなる。
・有毒なトリカブトやニリンソウなどと間違える危険性がありますのでご注意ください。


【芍薬】(開花時期:5〜6月)

・「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」と称されるように、紅や白系統の綺麗な花を咲かせる。
・薬用には乾燥した根を使うが、本編ではサスケが火遁で乾燥させたとかいう無茶振り設定。
・薬効は鎮痛鎮静作用、補血作用や循環をよくする作用、整腸作用などがある。これにより古来から婦人病薬として使われてきたらしい。


【当帰】(開花時期:6〜8月)

・薬用には乾燥した根を使うが、本編ではサスケが火遁で乾燥させたとかいう無茶振り設定。
・薬効は芍薬とほぼ同じ。



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30.繋がり

暇なのでゲリラ投稿 (「・ω・)「


 

 昔から……いや、この時代に戻ってからだろうか。よく夢を見るようになった。

 

 場所だとか、誰がいただとか。そんな内容は翌朝にはほとんど覚えていないが、恐らく内容はまちまちだと思う。

 だが、共通していることがある。たった一つだけ記憶に残るものがある。

 いつだって、名を呼ぶ声があるということだ。

 

 だから、今も夢の中にいるのだろうと、光一つ見えない闇の中でサスケはぼんやり思った。

 いつもの声が聞こえるからだ。

 

 静かでどこか無機質なその声は、しかしどこか懐かしく感じる。聞き覚えはないものの、忘れてしまっただけなのかもしれないし、それとも本当に知らないのかもしれない。

 何かきっかけでもあれば思い出せるかもしれないが、名以外の言葉は何故かいつも聞き取れなかった。

 

 辺りは真っ暗。声は出ない。身体も動かない。

 だから、そいつの姿を見ることも、返事をすることも、探しに行くこともできない。

 

 ただ、聞いていた。

 飽きもせず、ただただ呼びかけ続けるその声を。

 

 

【うちはサスケ】

 

 

───そいつは俺を知っている。

 

 

 

 フ、と意識が浮上した。

 薄っすらと瞼を上げれば光が網膜に届く。朝の刺すような眩い光ではない。赤ともオレンジ色とも言えるような、仄かな灯火。

 

 

(………結構、寝ちまったみたいだな)

 

 

 暗闇の中で揺れる焚き火は、火をつけた時と比べてずっと小さくなっていた。

 水面歩行に医療忍術、それから敵対策に張った幻術結界。それでチャクラをほとんど持っていかれてしまっていたものの、寝たことで大分回復している。

 異常がないことを確かめ、手のひらを握り開いてホッと安堵に息を吐き出した。

 

 小さな炎が照らすのはその周囲のみで、辺りは先の見えない闇に包まれたままだ。夜明けはまだ遠い。

 もう一度寝なおそうかとも考えたが───先程からこちらをジッと見つめてくる視線が気になって、サスケは欠伸をこぼしつつ身体を起こした。

 

 

「おはよう、我愛羅」

「……まだ日は昇っていないぞ」

「フン、一日の中で一番最初に会ったら“おはよう”でいいだろ?」

「……そういうものか?」

「ああ」

「そうか」

 

 

 焚き火から少し離れたところ、木の幹へ背をもたれていた我愛羅が納得したようにコクリとうなずく気配がした。

 正直なところ定義など知らないし適当だ。根が素直なんだろうな、と内心でクスリと笑ったサスケは、消えかけの焚き火に枯れ木をくべて火を継ぎ足した。

 

 パチパチと乾いた薪が火をまとう。

 フ、と少し強めに息を吹きかければ火の粉が弾け、生まれたばかりの炎が揺らめき勢いが増した。

 

 火花の爆ぜる様は綺麗だ。そして、綺麗だからこそ目立つ。特に真っ暗な夜闇の中では尚更に。

 敵に見つかるリスクも高くなるが、血を失ったカンクロウにとっては夏の夜といえど油断は出来ない。毛布などない今、保温のためには火で暖をとるのが一番だった。

 

 炎の明かりを頼りにカンクロウの傷口を確認したが、化膿はしていないし、呼吸も落ちつきチャクラも安定している。熱もどうやら下がったようだった。

 

 もう峠は越えていたから、そのまま別れることだってできた。

 それでも、今こうして我愛羅たちと一緒にいるのは、今後───この二次試験終了まで共に行動することになったためだ。

 

 我愛羅達とは昨晩のうちに話し合い、契約を交わしていた。

 

一、サスケ達はゴールするまでカンクロウの治療を行う。

二、我愛羅達は所有する地の書を対価として払う。

三、ゴールまでは共に協力し塔へ行く。

四、対価である地の書はゴール後に渡す。

 

 簡単に言えば、巻物をもらう代わりに治療を続けるということだ。

 我愛羅達はやはりと言うべきか、大蛇丸と接触するまでに幾組かと戦っていたらしい。結果は圧勝、勝負にすらならなかったというのは想像に難くない。

 その過程で地の書も二つ所持していたのだ。組が揃ってからは巻物を奪うことなく戦闘不能にしていたそうだから、最初に被ったということだろう。

 

 確かに時間はかかるが、サスケ達は確実に巻物が揃う保証がある。塔付近には敵も多く、我愛羅やテマリの戦力があれば心強い。

 見つかるリスクは上がるにせよ、我愛羅やテマリ達としても戦闘不能となったカンクロウを庇いながら進むには人数が多いほうがいい。

 それに、峠は越えたとはいえど、今のギリギリ生きている状態では失格条件の2、再起不能者として失格にされる恐れがある。治療を続け、少しでも体力を戻さなくてはいけない。

 

 互いにメリット、デメリットがある。

 そんな、一時的な同盟のようなものを結んだのだ。

 

 

(それにしても……どういった心境の変化だろうな)

 

 

 提案したのはこちら、賛同したのは我愛羅だった。

 一度会ったことがあるとはいえ、まさかあの我愛羅が他者と協力関係を築くとは。

 断られることを予想していただけに驚きも大きく、ついつい聞き返してしまった程だ。

 

 今のところ殺人衝動も出ていないし、普通に会話もできている。

 いいこと、いい傾向だ。だが、前を知っている身としては何故とは思うのは仕方ないだろう。

 そうやって、疑問ついでについまじまじと我愛羅を見ていたのだが、当然ながら気付かれて鬱陶しそうにジロリと睨まれた。

 

 

「何を見ている」

「……別に、何でもない」

「嘘をつくな」

 

 

 我愛羅の苛立ちに呼応したように、砂が舞い始めるのがチャクラの流れでわかった。

 しかし、なんと言ったものか。

 苛立ってもいつものように殺気立たないのは何故か、とでも聞けばいいのか?それこそ藪蛇になりかねない。

 

 徐々にこちらへ流れてこようとする砂に冷や汗をかいていれば────唐突に、目前に迫っていた我愛羅の砂の一部がコントロールを失って地面にグシャリと崩れた。

 

 チッと舌打ちが聞こえて、同時に砂が我愛羅の元へ戻っていく。

 そういえば、テマリから聞いた話では、大蛇丸から何か術を食らったと言っていた。それに、服に……特に左腕に結構な量の血が付いている。我愛羅自身怪我をしているのかもしれない。

 

 気づいてしまえば放ってはおけず、サスケは我愛羅に近づいた。

 里内ならともかく、こんな衛生的とは言えない森の中では小さな傷だって命取りになりかねない。さっさと処置するに限るだろう。

 

 

「怪我、見せてみろ」

「必要ない」

「見せろ。小さな傷だろうが、菌が入ってたら取り返しがつかないぞ。中忍試験はまだ続く、少しでもいい状態にしておけ」

「お前には関係ない」

「……同盟結んでる以上、関係あるに決まってるだろウスラトンカチ。今、お前に倒れられたら困る。意地を張るのも………っ」

 

 

 頑固な我愛羅に焦れて、少しばかり強引に腕を引こうとしたが、その手は当然ながら砂で弾かれた。

 その砂の動きさえもどこか緩慢で常の勢いがない。それに眉を潜め、どうしたものかと考えを巡らせる。

 

 どの道、砂のガードを抜けなくては治療ができないし、それは我愛羅の意思外であっても成されるものだ。

 もし毒や化膿があれば傷口を切る必要だってある。そうなれば当然我愛羅を守ろうとこの砂は動くだろう。

 なにせ、この砂は───。

 

 

『母は、死んでもなお俺を守りたかったそうだ。その母の想いが砂に宿っていると………父は最後に言っていた』

『俺は、愛されていた』

『ずっと……生まれた時から。今だって、俺を守ってくれている』

 

 

 昔の会話が蘇り、そっと目を伏せる。

 歳を重ね、過去の過ちを笑い話に出来るようになった頃。酒の席で忍界大戦の話になった際、我愛羅から聞かされた話だ。

 

 

(……母の愛、か)

 

 

 チャクラは精神エネルギー、身体エネルギーの掛け合わせ。それを異国では魂と呼ぶ所もあるらしい。肉親の我愛羅に意志を持つチャクラが宿る、それはあり得ない話ではなかった。

 今も我愛羅を守るように舞う砂が、傷ついた我愛羅を抱きしめる腕のように見えて、サスケは目を眇めた。

 ゆっくりと砂へ手を伸ばす。ザラリとした感触が指先に触れて、静かにチャクラを送った。

 

 

(アンタの息子の治療をしたい。頼む、少しだけ、この腕を解いてくれ)

 

 

 砂は漂うばかり。

 駄目か、と落胆する。だが、我愛羅に害を与えようとしていると誤解されているかのようで、何だかそれは嫌だった。

 再び、想いを乗せてチャクラを流す。

 

 

(……害を与えるつもりはない。俺はサスケ。我愛羅の───友だ)

 

 

 砂は動かない。

 やはり無理かと手を離そうとした時だ。手のひらに当たっていた砂が崩れて大地へと落ちていった。

 もしかすると、大蛇丸の術でチャクラが上手く練れないだけかもしれない。

 だが、その攻撃的なチャクラが和らいだ、そんな気がした。ただの勘、いや妄言かもしれないが……それでも。

 

 

(……ありがとう)

 

 

 砂の返事はない。

 だが、伸ばした手はもう遮られることはなかった。

 

 我愛羅といえば砂が崩れたことにか、触られたことにか、唖然としている。

 為すがままなのをいいことに、二の腕の袖を捲ると抉れたような傷痕があった。

 まるで、クナイでも突き刺したかのような傷に、サスケの眉間の皺が一本増える。

 

 

「このウスラトンカチ……何でもっと早く言わねぇんだ……!」

 

 

 血は止まっているし、それほど深い訳でもない。

 だが、それは人柱力としての治癒力があるからだろう、今もじわじわと傷口が塞がろうとしているのが微かに感じられた。

 これほど時間が経って尚、この状態なら元は輪をかけて酷かった筈だ。

 

 呆れたため息を吐きながら、傷口を水で洗って薬草を塗っていく。

 真っ白な包帯を巻き付けていくと、それまで黙りこんでいた我愛羅がようやく口を開いた。

 

 

「……何故、助けた」

 

 

 いきなりの質問にサスケはつい手を止めた。

 困惑しただけなのだが、それをどう受け取ったのか、我愛羅の目が見透かすかのように細まる。誤魔化すことは許さないと語っている。

 

 何故か。

 そんなの、理由なんて一つに決まっている。

 

 

「死んでほしくなかった。ただ、それだけだ」

 

 

 この世界の未来のため。嘗て涙を流した友のため。そして、まだ愛を知らない子供のため。

 どうしても死なせたくはなかった。手を差し伸べたかった。

 そう───嘗ての俺が救われたように。

 

 目を見開く我愛羅に少し笑いかけて、止めていた手を動かした。

 くるり、くるり、と一巻きごとに傷が白に覆われていく。

 

 医療忍術は対象の治癒力を強めるもの、薬はそれ以上悪化させないためのもの、包帯は外部の刺激から保護し痛みを和らげるもの。

 出来ることはそのくらいで、俺に癒やしの力などはない。

 

 結局、治すのは自分自身の力だ。その外部の想いを、行動を、否定するも受け入れるも自分次第でしかない。

 否定し、拒絶し、いらないと剥ぎ取って。傷を深めるも。

 受け入れ、手を取り、それに支えられて。傷を癒やすも。

 

 決めるのは自分だ。

 だが、それがないというのなら渡そう。それに気がついていないなら、伝えたい。

 

 

「俺は───我愛羅、お前にも生きてほしい」

「………っ…!」

 

 

 まっすぐに、届くように。

 その薄緑の瞳を見つめた。

 

 お前の母を始めとして。サスケも、それにお前を庇ったというカンクロウも、きっとテマリだって、お前に生きてほしいと願っている。

 

 

(我愛羅。お前は愛されている)

 

 

 ただ、気づいていないだけだ。今は無理でもいつかは知るだろう。

 それまでは、せめて俺一つ分だけでも、伝わることを願った。

 

 

 

「これでよし、と。他に痛むところはあるか?」

「いや……もう無くなった。礼を言う」

 

 

 ボソリ、と最後に早口に告げられた言葉に、サスケはああ、と笑った。

 

 時間がだいぶ経っていたようで、再び消えかけていた火に火遁を継いで起こした。

 まだ夜明けまでは時間がある。もう一眠りするかと欠伸を零せば、我愛羅の視線がまたこちらに向けられているのがわかった。

 どうした、と聞こうとして気がつく。我愛羅の目は正確にはサスケに向いていなかった。

 

 

(………手?)

 

 

 サスケの手に我愛羅の目は注がれていた。

 試しに軽く動かしてみたら、それに合わせて我愛羅の目も動く。

 何だか面白い。うちによく来る猫。そいつの前で猫じゃらしを動かした時にそっくりだ。

 少しばかり遊んでしまったが、段々と眠気が襲ってきてサスケは我愛羅へ声をかけた。

 

 

「どうかしたか?」

「……っ!……何でもない」

 

 

 ビクリと肩を揺らした我愛羅に何でもないこととは思えず、サスケは我愛羅の目を覗き込む。

 そのままジーっと見てやれば、耐えきれなくなった様子でそっぽを向かれた。

 

 

「手を……」

「手を?」

「………握っても、いいか」

 

 

 一瞬きょとんと目を瞬かせたサスケだが、辿々しく眠りが夢がどうのと続ける我愛羅の言葉に、すぐにその意味を理解した。

 

 知ったのは最近だが、どうやらサスケのチャクラには尾獣をある程度抑える力があるらしい。

 大筒木の血を濃く残すうちは一族だからか、それとも、六道の力を長く所持していた影響からか。

 よくはわからないが、九尾に効果があるなら一尾にも効果があると踏んだのだが、予想は的中したようだ。

 

 

「じゃあ、改めて……よろしくな、我愛羅」

 

 

 差し伸ばした手に、恐る恐るといったようにゆっくり我愛羅の手が重なる。

 繋がれた手が、キュと小さく繰り返された。

 

 

 

 

 ずっと。ずっと、死を望まれていた。

 でも死にたくは無かった。生きていたかった。

 

 だからこそ、他者を殺していた。

 誰かを殺すために生み出されたなら、誰かを殺せば存在意義が、生きている意味が感じられるような、そんな気がして。

 

───けれど。

 

 

『俺は───我愛羅、お前にも生きてほしい』

 

 

 はじめてだった。生きることを望まれるのは。

 

 理由などない。ただ、生きてほしいのだとそのまっすぐな黒眼が告げる。

 自分を庇ったカンクロウの笑みが、そいつに被った。

 庇ったのは何故なのか。何故、庇ったくせに、死にかけたくせに笑えたのか。いつだって俺を恐れ、疎んでいたくせに。

 何故……俺の死を望まなかったのか。

 理由は分からない。分からない、けれど。

 

 ずっと。ずっと、生きることの、存在するための理由を探していた。

 

 

───生きることを望む、誰かがいる。

 

 

 ならば………俺は、生きていていいのだろうか。

 それは、生きる理由と成り得るだろうか。

 

 胸の痛みが、消えていくのがわかった。

 いや、痛みがあったことさえも随分昔からわからなくなっていたが、それがなくなってようやく、ずっとずっと痛かったことを思い出したんだ。

 

 

『他に痛むところはあるか?』

 

 

 腕は包帯を巻いたからか、随分と楽になっている。

 胸はもう痛まない。息苦しさが、和らいでいく。

 

 

───痛くない。

 

 

 繋いだ手を、もう振り払えなかった。






 そいつは一人ぼっちだった。
 気の遠くなる年月を、たった一人でここにいた。

 いや………最初から一人だった訳じゃない。自分から一人になったのだ。
 決めたのは己の意思であり、己の憎しみであり、己の欲だった。

 この両手は紅く染まっている。
 滴り落ちる赤い血から、声が聞こえる。
 悲しみと怒りに満ちた怨嗟の声が。


『■■■■』


 ああ、そうか。


───俺は今、夢を見ている。


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31.恐怖

カンクロウ視点


 

 

 数日前から我愛羅の様子がおかしい。

 例えば、いつも口出しすれば身の凍るような視線をよこすのに、珍しく言うことを聞いたり。狂気を孕んだようなチャクラが凪いでいたり。

 相変わらず化け物みたいに強くて、向かってくる敵には容赦がないが、それでも何かが違っていた。

 

 

(何があったんだ?)

 

 

 そんな我愛羅をカンクロウは訝しんでいた。いや、テマリもだろう。我愛羅の手前、声には出さないがチラチラと我愛羅をもの言いたげに伺っている。

 視線を交わせば困惑したように目を揺らして、それでもどこか嬉しそうにそんな我愛羅を見ていた。

 

 けれど、カンクロウは素直にその変化を嬉しいとは思えなかった。

 生まれてこの方、ずっとこの弟が恐ろしかった。自分の力は理解しているし、敵うはずもない。向こう見ずにも我愛羅を狙った奴が返り討ちにされ、顔の判別すら出来ない肉塊になったのを何度も何度も見せつけられている。

 文字通りに血の雨を降らせる、そんな姿を見慣れてしまったからだろう。

 

 

(………気味悪いじゃん)

 

 

 強い殺気に晒されている時よりも、不気味で仕方ない。

 だから、いつもより心持ち距離を置いて、カンクロウは我愛羅の後に続いて暗い森の中を歩いていた。

 

 試験開始からおよそ一時間半。

 日も落ち始める頃には既に塔は目前にあった。

 

 途中、戦闘を経て巻物は手の内にある。一本は天の書、もう一本は地の書。

 驚くべきことに、ここまで我愛羅が出した死者はゼロだった。

 

 理由は簡単で、単に命乞いする奴らを我愛羅が見逃したためだ。無論、無傷ではないし何人かは忍として生きていくのは不可能な状態になっただろうが。

 しかし、普段なら命があること事態有り得ない。『目があったら皆殺し』が常なのだから、今は異常とも言えた。

 

 だが、今は機嫌がよくても、いつまた豹変するかわかったものじゃない。

 だからこそ、早く離れたかった。だから、塔が見えた時はホッと息を吐き出して強がったのだ。

 

 

『あーあ、もう塔着いちゃったじゃん。中忍試験とか言ってもこの程度なんてな』

『御託はいい……行くぞ』

 

 

 そして、塔へと一歩踏み出した瞬間。

 突風、いや暴風が俺たちを襲った。

 

 

『………!?』

『なっ……!」

『カンクロウ!!』

 

 

 咄嗟にチャクラ吸引で地面に足を固定しようとしたが、塔に気を取られていた俺は一瞬、反応が遅れた。

 風が俺の身体を吹き飛ばし、テマリと我愛羅の姿が木々に隠されていく。全身に当たるそれはむしろ鈍器のように重い。宙に浮く身体は満足に体勢を立て直せなくて、掴まろうとした木の枝が手を打った。

 チャクラ吸引は早々に諦め、手の痛みに呻きながら必死にチャクラを練りあげる。指先から出したチャクラ糸を太い幹に伸ばして括りつけ、それ以上飛ばされぬように歯を食いしばり糸を引いた。

 

 

『はぁ……はぁ……』

 

 

 ようやく風の直撃を受けない木の影に隠れ、息を整える。

 その数秒後には暴風も収まり、明らかに何者かの意図を感じた攻撃に眉を潜めた。

 

 

(敵襲かよ……ったく、我愛羅が珍しく暴れなかったってのに。馬鹿な奴じゃん)

 

 

 なかなか強い風遁使いだが、テマリにだって出来る程度の術だ。その分、油断していた自分の未熟さが苛立たしい。

 我愛羅には睨まれそうだが、いずれにしてもきっと戻る頃には片付いているだろう。

 問題は、とカンクロウは目の前の巨大な影を睨みつけた。

 

 

『この森、何でこんなのばっかなんだよ』

 

 

 道中で見かけた巨大熊然り、巨大虎然り……この巨大蛇然り。

 一体どんな生態系を築いているのか気になるところだが、この大蛇もまた間違いなく上位には入っているのだろう。

 

 そんなことをつらつらと考えながら、カンクロウはその場を飛び退いた。

 直後、その地面にものすごい勢いで大蛇が大地に突進した。地面が抉れて冷や汗が流れる。

 この大蛇は俺を獲物と決めたようで丸呑みしようと動いていた。その毒牙を喰らうのも御免だが、蛇の晩飯になるのも嫌過ぎる。

 カンクロウはフウ、とため息を付きながら背の荷を下ろす。

 

 

『最近、色々ストレス溜まっててさァ。………ちょっと付き合ってもらうじゃん』

 

 

 シュルリと解けてゆく包帯の中、カタカタと傀儡が歯を鳴らした。

 

 

 

 

『ちょっと時間かかっちまったな………我愛羅にどやされそうじゃん』

 

 

 襲ってきた大蛇は傀儡でズタボロにし、二人の元へ戻るべく急ぎ足でカンクロウは塔を目指す。

 随分と飛ばされたな、と思いつつ駆けていたのだが、ふいに何かが意識を掠めた。

 

 

(……地震か……?)

 

 

 立ち止まり意識を足元に向ければ、確かに揺れを感じ取った。

 思い違いでなければ、震源の方向的には───塔。足を進める度に時々感じる揺れは、少しずつ大きくなった。

 まるで、何かが激しくぶつかり合うかのような。

 

 

(まさか……まだ戦ってんのか!?)

 

 

 二人と別れてから、少なくとも十分は経過していた。

 我愛羅相手に十分、いや現在進行形で戦闘がなされているとしたら。それは、相手の実力がカンクロウの手には負えないレベルの忍ということになる。

 途端、向かう足が重く感じた。ジトリとした汗が背を伝うのがわかった。

 

 

(我愛羅が、負けるはずが………!)

 

 

 無いと思いたかったし、ただの勘違いであればいい。

 けれど。何か、嫌な予感がしていた。

 そわそわと落ち着かぬ胸を抱え、カンクロウは木の枝をつたい駆ける。

 

 そして、カンクロウが見たものとは───木に叩きつけられようとする、テマリの姿だった。

 

 

『テマリッ……!』

 

 

 慌てて木とテマリの間に身体を滑り込ませ、テマリを受け止めた。それでも衝撃は逃せず息が詰まり、鈍い痛みが背に走る。

 だが、そんなものに関わっている隙もなく、テマリを抱きかかえカンクロウは木の葉の影に身を潜めた。

 

 掴まる幹が揺れる。

 そっと息を殺してその発生源に目を向け、カンクロウは絶句した。

 

 我愛羅は、異形の姿と化していた。

 まだ、全身という訳ではなく、片手のみではあるが、それでもその桁違いの強さを嫌というほど知っている。

 それなのに、我愛羅は明らかに押されていた。

 長い髪の、草隠れの忍に。

 

 

『フフ………そんな力任せじゃ、私を倒せっこないわよ』

『か、はっ……』

 

 

 我愛羅の攻撃を軽くいなし、奴はその細身の体躯に合わぬ力で我愛羅を地面へ打ちつけた。たった一撃で砂の鎧はほとんどが剥がれ落ちた。

 笑みすら浮かべるその不気味な白い顔には、焦りなど一つもない。

 いや………理解できてしまった。あれは圧倒的な強者であり、俺たちは敵ですらない。

 

 

────ただの、獲物に過ぎないのだと。

 

 

『カンクロウ……?』

 

 

 名を呼ばれ、ハッと我に返り腕の中の姉に目を戻す。

 どうやら深い傷はなさそうだと判断してゆっくりと降ろした。

 

 

『おい………アレ、何なんじゃん』

『早く……早く、逃げるんだ!あいつは戦えるような奴じゃない……!!』

『お、おい。落ち着けって』

『巻物をよこせ。両方だ!それと引き換えに見逃して───!』

『テマリッ!』

 

 

 引き留めようとした手をすり抜けて、カンクロウのポーチに入っていた巻物を奪い取り、テマリは木の影から姿を晒す。

 それに気づいた奴はこちらへと目を向けた。

 

 

『あら。あの大蛇を見事に倒してきたようね、カンクロウ君』

 

 

 身体を骨などないかのように木に巻き付けた奴は、そう言ってねっとりした視線を俺に浴びせる。蛇みたいな奴だ。

 その釣り上がった目に写っているというだけで、身体が縛られるかのような威圧を感じる。

 やばい奴だと一発でわかった。それこそ、我愛羅が可愛く思えて来るほどに。

 

 

(さっきの大蛇はこいつの仕業かよ……つーか、俺の名前知ってるってことは、最初っから目をつけられてたってことか)

 

 

 ギリ、と奥歯を噛み締めた。

 狙いは何か、考えればすぐに答えは出た。

 

 

『巻物ならお前にやる。頼む、これを持って引いてくれ……!』

 

 

 巻物を放り投げようとしたテマリを、寸でのところで押さえつけた。

 

 

『テマリ、何トチ狂ってんじゃん!』

『余計なことをするな、カンクロウ!この状況が分かっているのか!?』

『分かってねぇのはお前じゃん。こいつがどんだけ強えーのか知らねぇけど、巻物渡したってオレたちを見逃すって保証がどこにあんだよ!』

『……………!』

 

 

 ハッと目を見開いたテマリの目に、普段の理知的な光が戻る。

 きっと、我愛羅より強い奴に当てられて取り乱していたんだろう。普段ならオレよりもよっぽど頭の回る姉だ。冷静になれば、恐らく何かしら突破口を見つけてくれるはずだ。

 内心ホッとしていると、クツクツと笑う声が静まり返った空間に響いた。

 

 

『正解よ。─────私たちが欲しいのは巻物なんかじゃないもの』

 

 

 やはり、とカンクロウは身体に力を込めた。

 何故、俺たちを狙ったのか。ゴールを目指すなら、もっと弱い奴らがざらにいる。それなのに、名前まで調べてわざわざ俺たちを選んだ。

 こいつの狙いは、恐らく。

 

 

『私はあまり興味はないんだけど、まぁ……少しは楽しめそうだからいいわ。それに巻物だって、殺して奪えばいいんだからねぇ……!』

『!!』

 

 

 ガリ、と奴は親指を噛む。ぷつりと浮かぶ赤色に、何をする気か悟ったカンクロウは傀儡を操った。

 しかし、それは一瞬間に合わなかった。

 

 

『口寄せの術!』

 

 

 そいつを中心に、煙が渦を巻く。

 現れたのは蛇だった。しかも、さっきの奴よりもデカい。そんなのをうじゃうじゃと使役するような、チャクラも技術も途方もないものだと知らしめる。

 

 しかし。

 ちらりと背後を伺えば、未だダメージの抜け切れていないテマリ。それから、地面に叩きつけられてフラフラと身体を起こそうとしている我愛羅。

 

 汗がたらりと額を伝い落ちていく。我愛羅で多少慣れているとはいえ、向けられる殺気とすら言えないような威圧に足はガクガク震えている。

 我愛羅を圧倒するような化物に、俺が敵うはずもない。

 

 

────それでも。

 

 

『烏!』

 

 

 引けないものがあった。

 チャクラ糸を結びつけて、傀儡を操る。本来なら術者は隠れてひたすら攻撃、翻弄するのだが、こいつ相手にそんな小細工は通用しない。ただ、なりふり構わずってやつだ。

 案の定、その蛇の尾に叩き落とされ、“烏”は一瞬でバラバラになった。

 

 

『脆いものね………人形を失えば傀儡師にはもはや手はないわ。とりあえず、喰らっておきなさい』

 

 

 蛇が大口を開けて俺に迫る。

 そして俺は飲み込まれた────ように、見せかけた。

 

 

『…………?どうしたの?』

 

 

 突然のたうち回り出した大蛇に、奴は訝しげに木の上に飛び移る。

 やがて、大蛇は大口から紫の霧を吐き出し、息絶えた。

 

 

『なるほど、毒煙玉ね。でも、蛇をたった1匹倒したところで……』

 

 

 再び、奴が血を呼び出し印であろう腕の入れ墨に近づけ……俺は傀儡を操る。

 奴の背後にいる、“黒蟻”を。

 

 

『何っ!?』

 

 

 “黒蟻”の腹にやつを捕らえた。

 先程バラバラになった───いや。もともとそうあるべき姿の“烏”の刃を“黒蟻”に、そしてその中にいるやつに向ける。

 

 

『黒秘技機々一髪!!』

 

 

 突き刺さる何本もの刃は、そいつを串刺しにした。………そのはずだった。

 

 

『フフフ……なかなかやるじゃない』

 

 

 “黒蟻”が弾け飛んだ。バラバラに崩れ、もはや使いものにならない程に、砕かれる。

 内側にいたやつは、かすり傷一つなくそこに立っていた。

 

 

(クソッ………!)

 

 

 ならば“烏”を、と指を動かそうとしたが、固まったように動かない。

 そのチャクラ糸の先へと視線を動かせば、“烏”は何匹もの小さな蛇に絡みつかれていた。

 

 

(いつの間に……!)

 

 

 打つ手はなくなった。傀儡がなければ、戦う手はカンクロウにはほとんど残っていない。

 早くしろ、と姿を隠した姉を心の中で呼ぶが答えはなく。

 

 

『そろそろ飽きたわね。観念して………!』

 

 

 ぐぐ、と唸る獣の声。それと同時に、奴が吹っ飛んだ。

 

 

『我愛羅………!』

 

 

 とんでもないスピードでそれを成したのは、我愛羅だった。しかしその目は既に人の姿を留めていない。

 唸る姿は異形の獣そのものだった。

 

 

『暴走……まだ、本格的な覚醒はしていないけれど────尾獣化されると流石にバレてしまうかしらねぇ』

 

 

 我愛羅の突進に地面に埋まりこんだ奴は、そう言いながら何でもないかの如く立ち上がった。

 不死身なのかと口元が引きつる。

 

 そして、我愛羅も手応えのなさに気づいたのか、再びそいつに飛びかかっていく。

 それを避けず………奴が、我愛羅の腹へ何らかの術を施したのが見えた。

 

 

『五行封印!』

 

 

 途端に我愛羅の砂が崩れだし、化物の姿を形どっていた砂の中から、本来の我愛羅が呻きながら這い出てきた。

 

 

『随分と弱っているようだけれど……まぁ、人柱力は回復が早いものね』

 

 

 ズルリ、とそいつは口から剣を取り出した。

 あいつの身体はどうなっているのだろうか。同じ人とは到底思えず、カンクロウは息を飲む。

 しかし、そんなことを考える間もなく、その剣は我愛羅へと向けられた。

 

 我愛羅は避けられないだろう。暴走をむりやり解かれたダメージは大きすぎる。

 ただ、その翠の目が剣を見つめている。もはや諦めたような虚ろな我愛羅に、何かがカンクロウの中で切れた気がした。

 

 

『ぐっ……カハッ………』

 

 

 腹が、熱い。

 脇腹に刺さる剣が体内を焼いているかのようだ。いや、細胞を殺しているというのなら、焼いているのとそう変わらないだろう。

 コポリとこみ上げる血の鉄臭い味が気持ち悪い。

 

 

『何故……』

 

 

 我愛羅が呆然とつぶやく。

 後ろを目だけで振り返れば、大きく開いた瞳にかち合う。

 気づけば、俺は我愛羅を庇っていた。

 だが、意識してのことじゃない。

 

 

『知るかよ………身体が……勝手に、動いちまったんじゃん……』

 

 

 まるで、操られたかのように。

 ただ、考えるより先に身体は動いていた。“黒蟻”も“烏”も使えない今、操れるのは自分自身しかなかった。

 

 何故、と自分に問いかける。

 ずっと、この弟が恐ろしかった。向けられる殺気も、禍々しいチャクラも、降らせる血の雨も、それから濁った翠の目も。

 恐ろしかったはずなのに。

 

 

 

 

 始めて会ったのは我愛羅が三歳くらいだったと思う。

 それまで身体が弱かった我愛羅は隔離されていて、幼かった俺には突然告げられた弟という存在をよく理解できなくて。

 その目がキラキラと輝いているのが、綺麗だと思った。兄さま、と呼ぶ舌足らずな声に戸惑いつつも悪い気はしなかった。

 

 しかし、いつしか幼心に理解するようになったのだ。こいつは皆に嫌われているのだと。

 風影である父は、俺やテマリが我愛羅に近づくのにいい顔はしなかった。

 世話役や、里の民も、友人たちも。皆が皆、我愛羅を避けているのが分かっていった。

 

 だから、と責任転嫁するようだが、俺も周りに合わせて避けるようになった。

 空気を読んだといえば聞こえはいいが、ただその冷たい視線が次は俺に向けられるのではないかと恐ろしかった。そんな弱虫だった。

 

 やがて、我愛羅も物心がつき。里を歩き、誰かを傷つけた。

 俺は我愛羅が里の人たちに歩み寄ろうとしていたのを知っていた。けれど、受け入れられることはなかったことも。

 しかし、そんな過程など人は考えない。ただ、傷つけられたという噂が広まっていく。

 我愛羅は忌み子として避けられるばかりでなく、危険物として嫌われていった。

 

 

『“あの”我愛羅の兄』

 

 

 そんな立場が嫌でたまらなくなっていた。

 ある日のことだ。友人たちと立ち話をしている間に我愛羅の話になって。

 

 

『俺の弟じゃない。あいつはただの、バケモノじゃん』

 

 

 笑いながらそう言った。

 カタリと小さな音がして、赤い髪がちらりと見えた。

 その日から、我愛羅は俺を兄とは呼ばなくなった。

 

 

 ああそうだ。

 兄であることを捨てたのは───俺だ。

 

 

 腹に走る激痛に意識が戻る。まだ、我愛羅は俺を見ていた。

 走馬灯って言ったら幸せなもんだと思うが、どうやら埋もれさせていた後悔だって見せつけるらしい。

 それが何だか滑稽で自嘲がこぼれた。

 

 

 今更。ああそうだ、今更だ。

 今更、兄貴面して、あれこれ言って。

 最低としか言いようがない。

 

 

『今まで、悪かった………我愛羅、』

 

 

 それでも。

 何故、庇ったのかと訊かれたならば、答えはこれしかないのだろう。

 ニ、とカンクロウは口端を上げる。

 ただ、嬉しかった。はじめて自分を誇らしいと思えた。

 

 

『やっと………兄貴らしいこと、できたじゃん』

 

 

 怖かった。恐ろしかった。

 けれど、それでも。たった一人の弟を、守れたのだから。

 

 

 それを最後に、俺は崩れ落ちて────その後のことは何も分からない。

 身体は冷たくて熱かった。ここで死ぬのか、と漠然と感じていた。

 だが、どうやら悪運は強かったらしい。

 

 

「……生きてるじゃん」

 

 

 ゆっくりと目を開けて、目に入ってきた光と腹の痛みに顔を顰める。

 まばたきをして、ぐらぐらと揺れていた視界を少しづつ捉える。

 光は、どうやら焚き火のものだったらしい。パチパチと弾ける火花をぼんやり見つめ、辺りの暗闇から夜なのだと思い至る。

 

 

「目覚めたか。薬湯くらいは飲めるか?」

 

 

 突然、すぐ隣からかけられた声に、息が止まるかと思った。

 いくら怪我をしていても、気配に気づかないなんて致命的だ。

 むりやり身体を起こそうとしたが、寝ていろ、と呆れたように言うそいつに指一本で簡単に押さえ込まれた。

 

 

「お前……あの時のっ……!」

「覚えていたのか。まぁ、それはいい。今は敵じゃないから、大人しくこれを飲め」

 

 

 木の葉でチビに絡んでいたときの、ムカつく奴。

 そいつから渡された黒々とした液体の盛られた椀。その異臭にこの物体は何だ、いやそもそも何故こいつがと色々混乱する。

 とりあえず椀を突き返そうとしたのだが、むりやり口に押し流された。

 

 

「〜〜〜〜っ!!」

 

 

 苦い。なんとも言えないえぐみが口から鼻へ突き刺さる。酸味が絶妙に効いていて、とんでもない不味さを助長している。

 毒を盛られたかとも思った程だ。だが、こんな死にかけに毒を使う意味もないか。

 

 続いて渡された水を奪うように飲み干せば、くく、と笑うその男。

 何だか負けたようで苛立つが、次第に忘れかけていた痛みがじくじくと襲ってきて、瞼を上げているのすら億劫になってくる。

 

 

「疑問は色々あるだろうが、とりあえず今は寝ておけ。また起きたら説明してやる」

 

 

 そんな言葉がかけられる。

 そうだ、色々と知りたいことばかりだ。我愛羅やテマリはどうなった。あの草隠れの奴は。何故俺は生きてる。

 

 ぐるぐると疑問は巡る。

 けれど、ふと慣れた気配をすぐそばに感じホッとした。

 我愛羅とテマリがいる。チャクラも安定していて、ちゃんと生きている。

 それがわかっただけで、もういいかとすら思った。

 

 そっと目を閉じる寸前、我愛羅の安らかな寝顔が見えた気がしたが………きっと都合のいい夢だったのだろう。



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32.警告

心配性な彼らと、近づき始める真実


 

 ふわりふわりと浮かぶ白い雲。

 今日も木の葉は晴天なり。青空は澄んでいて、日差しは初夏の眩さと一緒に里へ降り注いでいる。

 

 その光をいつもの18禁愛読書で遮りつつ、木の幹へ身体を預けて眼下をチラリと見下ろせば、子供たち───いつの間にか食事会で見慣れるようになった火影の孫だ───がキャッキャッと追いかけっこをしているのがよく見えた。

 

 

「長閑だねぇ……」

 

 

 そんなことを呟きつつ、開いていたページをパラリとまた一枚めくる。

 

 

(『───本当に信じてる?私のこと───』……駄目だね。どうも頭に入ってこない)

 

 

 文字が頭を素通りしていく。

 読んでいるはずだが、どうも前のページの内容が思い出せない。そして、また一枚ページをめくる。後ろへと。

 

 そんなことを、さっきから何回も繰り返していた。

 どうせ、あと何時間読んだところで前へ進めはしないんだろう。そうわかっていて、それでも本を閉じられなかった。

 

 

(………アイツらは、俺の自慢のチームだ。負けるわけがない)

 

 

 信じている。しかし、信じてはいても、この職業柄だ。いつだって失う可能性を秘めている。

 それに、とカカシは目を細めて────彼らのいるはずの方角へ、意識を傾ける。

 

 何故か、嫌な予感がしていた。

 こんなにもいい天気なのに、それでもその明るさこそが何かを、夕立ちを連れてきやしないかと。雨雲も雨の匂いもしないのに、そんな不安だけが胸を覆っている。

 

 これじゃ、心配性の父親みたいじゃないか、なんて考えてしまう。きっと心情的にはきっとそれに近い。随分と深くまで潜り込まれてしまったものだ。

 

 

「はぁぁ……俺も焼きが回ったね……」

「そうみたいだなー」

 

 

 間延びした相づちに“ねー”と答えそうになって、ハッと慌てて身を起こした。

 

 

「ったく、どうしたんだよ?そんな腑抜けちまってさ」

 

 

 そんな俺を呆れたように半眼で見やる、いつの間にか隣の枝に腰掛けていた黒髪黒眼の青年───うちはシスイ。

 半袖の黒服といったラフな姿から察するに、休暇中なのだろう。

 パタパタと家紋と同じ色合いのうちわを扇ぎ、『おお、すっげぇ冷え冷え。あー、生き返るー』なんて、ラムネを傾けて惚けたようなことを言っている彼だが。

 その正体といえば、この数年で功績を積みあげあっという間に出世街道を駆け上がったエリート中のエリート、暗部総隊長様だ。

 彼とは暗部時代に知り合い、とある共通趣味があると知ってからそこそこ、いやカカシにしてはだいぶ付き合いが深い奴となっている。

 

 

「いつの間に来たのよ、お前」

「ん?“長閑だねぇ……”なんて年寄りくせぇことをお前が呟いてるころか?」

「あ、そ……」

 

 

 かなり前からいた事に、驚きと呆れでそれ以上言葉が続かなかった。

 まったくもって、やりにくい。何せ、実力差は明白。年下のくせに、その弟分も合わせて可愛くない奴らである。

 

 

「あ、お前も飲むか?」

「いいよ。甘いの駄目だし。……それで、お忙しい暗部総隊長サマが一体何しに来たのよ?」

「んー?どっかの誰かさんが本を返さねーから取り立てに」

「あ〜、あれならちょっと行方不明に」

「さり気なーく懐入れようとしたってバレバレだっての」

「ハハハ……あと一ヶ月待ってくれない?」

「ったく。後で酒奢れよ」

「りょーかい」

 

 

 ホッと懐に隠そうとしていたイチャパラを握りしめる。

 この第一刷(サイン入り)はとっくに売り切れてしまったし、次の仕入れがあるまではどうしても手放せない。

 一度は水没しそうになったことはイチャパラ仲間のシスイには内緒だ。

 

 

「んで、何をこんなとこで管巻いてんだよ?───お前んとこの班も、出てんだろ?」

 

 

 何に、とは言われない。けれど指し示すものはたった一つ。

 チラリと横目で伺うも、顔色一つ、声音一つ変わらない。噂なんかじゃなくそれを確信しているような口調だ。

 

 

「随分と詳しいね」

「ま、暗部総隊長サマだし。それに、猪鹿蝶の山中、奈良、秋道に加え、犬塚、油目、日向……今年は随分と粒ぞろいだ、警備も楽じゃないさ」

「確かに、あの年は随分と豊作だよね。名家七家揃うなんて歴代初じゃない?」

「名家七?おいおい、計算もできなくなったのか?」

「あれ?ひぃふぅみぃ……六か」

 

 

 シスイに笑われて指折り数えてみれば、なるほど。山中、奈良、秋道……全部合わせて六つだった。

 はて、と首を傾げる。数え間違いとかじゃない。ただ、知っていたかのように飛び出た言葉だったのだ。

 

 

「本当に大丈夫か?」

「うーん………なんでか、七って思い込んでたみたい」

「なんだそりゃ」

 

 

 そう。何故か、ずっとずっと、そう思っていたのだ。

 最近のことじゃない、もっと昔、誰かが────。

 

 

『今年は随分と豊作らしいぞ。あの■■■に日向、それに猪鹿蝶や犬塚、油目んとこもだろ?いやはや、将来が楽しみだ』

『戦争が終わったからなぁ。ベビーブームって感じか?』

『名家七家なんて、責任重大じゃないか。担当上忍は誰になることやら……』

 

 

 そうだ。誰かが言っていた。

 『名家七家』と、そう確かに言っていたのだ。

 いつもなら興味すらない、ただの通りすがりの雑談だったと思う。

 けれど、つい耳をそばだてていた。まだ『あの日』から一年も経っていなかったのに。オビトを、リンを、そして遂には師をも失って、そんな余裕、なかったはずなのに。

 

 

(……オビト?)

 

 

 ふと、何かが記憶に引っかかった。

 そうだ。そんな世間話に耳を傾けたのは───。

 

 

『リン、カカシっ!聞いて驚け、実はなぁ!』

『前置きが長い。俺は忙しいんだ、簡潔に話せ』

『なんだよ、せっかくめでたい話をしてやろーとしたのに!』

『オビト、そんなに急いでどうしたの?悪い知らせではなさそうだけど……』

『おうよ!俺にさあ、俺にさぁ、親戚ができるんだ!』

『わぁ、素敵じゃない!おめでとう、オビト!』

『へへへ……』

『親戚っていったって、お前の一族内ならみんな親戚じゃないか。実際は家族なわけじゃないんだろう』

『お前、わかってねぇな。■■■は全員家族なの!頭領の奥さんのお腹の中にいんだよ!名前、なんになんのかなぁ……』

『名前かぁ……楽しみだね』

『おう!俺はさ、柱間とか扉間とか、火影の名前がいいって思うんだけどな』

『まだ男だって決まってないだろ』

『いーや、男の子だ、俺の勘がそう言ってる!』

『どうだか。お前の勘はいっつも当てにならないからな』

『なんだとォ!』

『オビトは男の子、カカシは女の子に賭けるのね。負けた方が何か奢るとか、どう?』

『おい、リン。俺はそういうつもりじゃ……』

『おっし、乗った!!!どうしたよカカシ、負けんのが怖いのか?』

『ふん……まさか。そこまで言うなら乗ってやる』

『ふふ、決まり。じゃあ…………絶対、帰って来ないとね』

『おう!』

『当たり前だ』

 

 

 そうだ。あれは、あの日。

 あの任務の前に、“あいつ”が言っていた。

 少しでも明るい話題を、そんな意図があったんだろう。結局、あの後オビトは帰ってこなかったし、賭けは勝敗すらわからず仕舞いになっていたのだ。

 

 

(名家七家は………うちは、か)

 

 

 名家中の名家。オビトと同じ一族で、そして、目の前にいる男の一族でもある。

 ならば、知らぬはずもない。それなのに、存在しないものと振る舞っているのだ。つまり───既に亡き者と。

 生まれる前に流れたか、病気や事故で死んだのか。

 導きだされた答えを、カカシはそっと胸の奥に押しとどめた。

 

 カカシの思いを知ってか知らずか、シスイは「あー、うまかった」とラムネを飲み干している。

 表情は変わらない。

 けれど………どこか、遠い目をしているように見えた。

 もしかすると、その子供を思い出していたのかもしれない。別のことに思いを巡らしていたのかもしれない。

 けれど、どんなことがあってもこいつは表情を変えないのだろう。いや───変えることのできない立場に、こいつは辿り着いてしまったのだ。

 

 

 そんな姿に、何故だろうか。

 急に喉が乾いた気がした。

 

 

「シスイ!」

 

 

 ポツポツと近況やらイチャパラやら、雑談を続けていると木の下から相方の名が呼ばれた。

 下を見下ろせば、名を呼ばれた彼の弟分、親友と明言しているうちはイタチがいた。

 

 シスイと同じくラフな姿をしている。シスイとイタチ、二人揃って休日とは珍しい。

 直接聞いたことはないものの、数年前に流れてきた噂では、イタチは暗部総隊長補佐をしていた筈だ。暗部ツートップがいなければ、仕事が回らなそうなものだが。

 それとも、人事異動でもあったのだろうか。イタチならばどこでも引っ張りだこだろう。

 そんなことを思いつつ、シスイとともに木から飛び降りれば、パチリとその黒い目が瞬きする。

 

 

「カカシさん……お久しぶりです」

「久しぶり。あ、もしかして二人とも待ち合わせでもしてたの?」

「新しく出来た店の視察ですよ。里内のことはちゃんと把握しておく必要がありますから」

 

 

 イタチはそう人好きのする微笑みで答えたが、シスイがこっそりと『甘味処だ』と耳打ちする。

 よくよく見れば、イタチのどこか楽しげな様子……とは裏腹に、シスイの顔色はよくない。青ざめている。どんよりとした暗い雰囲気だ。

 

 イタチの甘味狂いは暗部内でも有名で、事実、俺も茶屋に一緒に行ったことがある。

 元々、甘いものは得意じゃなかったし、煎餅を齧っていたのだが……隣で黙々と団子を頬張るイタチにこちらの方が胸焼けしそうだった。やっと食べ終わったかと思ったのも束の間、二軒目に入ったのは若干トラウマになっている。以来、甘いものは余計に駄目になったのだ。

 

 シスイの気持ちが大いにわかって、ポン、と肩を叩けば恨めしげに睨まれた。

 替われ、と視線は訴えてくるが、諦めてくれ。それに男二人甘味処に入って何が嬉しいんだ。うちはのイケメン二人なら女性陣も大喜びだろう。

 

 

「………そういえば、カカシさん。今日は子供たちは一緒ではないんですね」

 

 

 ふと、そんなことを聞かれてカカシは眉を上げた。

 シスイが知っているのだからイタチも理解しているだろうに、随分と回りくどい真似をする。

 だが、思った以上にこいつらは中忍試験を気にかけているようだ。それに内心首を傾げながら、カカシはヘラリといつものように笑った。

 

 

「あいつらは中忍試験中。今頃は二次試験で、第四十四演習場かな」

「何故、出したんです?一年くらい様子見してもよかったはずだ」

「………随分と突っかかるね。それに、あいつら自身が決めたんだよ。お前が口を出すことじゃないし、そんな筋合いないでしょ。お前とは何も関係ない話だ」

「…………」

 

 

 そう、冷たいとさえ言える口調で突き放せば、イタチはぐっと黙り込んだ。表情はどこか、苦しそうで───傷ついたように見えた。

 初めて見るその表情に、カカシは何故か罪悪感を覚える。

 

 

(……罪悪感?俺は何も間違ったことを言っちゃいないでしょ)

 

 

 自分の思考に疑問を覚える。

 だが、何故か……禁句を言ってしまったような。そんなことを思ったのだ。

 

 

「イタチは心配性だよなぁ。大丈夫だって、あの子達なら」

「そうそう。何より……俺の自慢のチームだよ?絶対、勝ち抜いてくるから安心しな」

「そう、ですね……ただ───最近、砂隠れの動きがおかしい」

「おい、イタチ……」

「先日、里の守衛が二人殺されました。何者かが侵入した可能性があります。それこそ、里の内部に詳しい誰かが手を───」

「やめろ、イタチ!!」

「今の木ノ葉は水面下で揺らいでいる。面目上、公表はできませんが……この中忍試験、用心してください」

 

 

 そう言って、イタチは目を伏せた。シスイの表情は厳しい。

 おそらく、機密事項だったのだろう。口外すれば厳罰が待っている。

 だが、それを承知でイタチは俺に伝えたのだ。それは、信頼でもあるだろうが………きっと、それだけじゃない。

 

 言外に、守れと言われている気がした。

 イタチがあいつらを可愛がっていることはわかっている。けれど、生真面目で任務に忠実なこの男が、規則を破ってまで警告してきた。

 思う以上に、あいつらを大切にしていたのだと、カカシはようやく気づいた。

 

 

「了解。大丈夫、あいつらに手出しはさせないよ」

「はぁぁぁ……。イタチ、お前後で何か奢れよ。カカシも口外したら………わかっているだろ?」

「はいはい。暗部総隊長サマ」

 

 

 身内といえど、シスイは罰する。優しいが甘い男じゃない。

 先程の内容は黒にほど近いが、きっと核心は話していないのだろう。だからこそ報告はしないと言外に言っているのだ。

 

 最も強調された重要なキーワードは、『里の内部に詳しい誰か』。里抜けした者ということだろうか。

 そう考えて、真っ先に思い浮かぶのは、蛇のような不気味な瞳。

 

 

(…………まさかね)

 

 

 最悪の想像に頭を一つ振った。

 

 

「じゃあね」

「おう。サスケちゃんたちによろしくな」

「では………行くぞ、シスイ」

「わかってるって。逃げねーからその目はヤメロ」

「どうだか。さっき、お前待ち合わせ場所から逃げただろう?」

「いや、そのー、それは、カカシの姿がチラッと見えてな。返してもらいたいのがあっただけだって!」

「約束は約束だ。賭けた以上、きっちり払え」

「はいはい」

 

 

 どうやら、何かの賭けにイタチは勝ったようだ。そのためシスイは奢ることになったらしい。

 ご愁傷様、と心の中で呟きつつ、離れていく背を見送った。

 

 

(オビトが生きていれば────勝ったのはどっちだったろうな)

 

 

 影が、当時の俺とオビトの姿に重なろうとして、消えていく。

 たった一つ、消えずに残ったのはうちはの家紋だけ。

 

 その家紋を見つめていた時………ふと、オビトの言葉が蘇った。

 

 

────お前、わかってねぇな。“うちは”は全員家族なの!頭領(・・) の奥さんのお腹の中にいんだよ!

 

 

 

(頭領、当主の子供………ってことは)

 

 

 イタチだ。だが、歳が合わない。

 あれはそう、九尾が襲来する前の年で、生まれていればその子はナルトたちと同じ年齢。

 

 

(お前、お兄ちゃんだったんだ)

 

 

 辿り着いた答えは、ストンと胸に収まった。

 シスイと一緒にいる姿は確かに弟を思わせるが、しかしその前にイタチとシスイは親友だ。対等で、お互いの力量を認めあっている。

 それに、どこか違和感があった。

 あいつは俺のような一人っ子でも、弟でもない。

 

 

(………きっと、いいお兄ちゃんだったんだろうね)

 

 

 生きていたなら。

 不思議なものだ。どちらかがいなければ、“兄”でも“弟”や“妹”でもなくなってしまう。どちらかがいるからこそ、そう呼ぶことができる。

 そう考えるならばもはや、イタチは兄には戻れないのだ。

 

 今日はやけに喉が乾く。

 

 

「ラムネを一つ」

「はいよ」

 

 

 キンキンに冷えたラムネを呷った途端、その冷たさが一瞬頭を通りぬける。そしてそのまま身体の奥へと染み込み、それと乾きが満たされていった

 どうやら、随分と水分不足に陥っていたらしい。

 喉を潤すそれは、やはり甘くて。けれど、すぐに消え去る、そんな優しい甘さに思えた。

 

 

 飲み干した瓶の中で、ビー玉のカランと澄んだ音が響く。

 帰ってきたら、あいつらにも買ってやろうか。

 きっと、ナルトははしゃいで、サクラは嬉しそうに笑って、サスケは渋い顔で受け取るだろう。

 

 そんな姿が簡単に思い浮かんで、カカシはマスクの下でクスリと笑った。






「あっ!カカシの先生だこれ!」

 この後、先に木ノ葉丸たちに奢る羽目になったのは余談である。


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33.食事

 

 シン、と静まり返った川の中心にナルトは立っていた。

 水面歩行も慣れたもので、流れていく幅広い川の流れにピクリとも揺らぐことなく、ナルトはジッと目を瞑り意識を澄ませる。

 聞こえるのはせせらぎだけ。だが───ターゲットはそこに潜んでいる。

 ナルトはカッと目を見開くと、チャクラを瞬時に練り上げた。

 

 

「影分身の術!!」

 

 

 ナルトが印を結ぶと同時、五体の影分身が姿を表す。

 影分身達はすぐさま獲物目がけて水面を駆け出し、思い切り息を吸い込むと、派手な水飛沫を上げて水中へ飛び込んだ。

 

 

「うわっ!おい、もっと静かに暴れろってばよ!」

 

 

 飛沫を浴びたナルトは、飛び上がってきた魚をクナイで縫い止めつつ、水中で藻掻く分身体へと理不尽な文句を飛ばす。

 それを聞いた分身体達は、怒りも顕にザバリと水面から顔を出した。

 

 

「これってば、スッゲーしんでーんだぞ、本体のオレ!」

「つーか、代われ!本体だけズリーぞ!」

「ん?だけどよ、代わってもオレじゃねぇ?」

「本体だし、結局全員濡れておんなじか……。くっそー、仕方ねぇってばよぅ……」

「よーし、行くか!たくさん獲って、サスケ達を驚かせてやろうぜ!」

「「「「 おう!! 」」」」

 

 

 分身体達は本体抜きに自己完結したのか、一斉に再び水中へと消えた。

 それを眺めていた本体ナルトは『さすがオレ、賢いな』と一人頷いて再び作業へと戻る。

 やがて両手いっぱいに魚が捕れた頃、川岸で手を振るサクラに気が付き、ナルト達の腹がぐうと鳴った。

 

 

「ナルトーー、火の用意出来たわよーー!」

「「「「「今行くってばよーーー!」」」」」

 

 

 薄暗い森の中で唯一、光の差す川の上で。ナルト達はキラキラと蒼い瞳を輝かせた。

 

 

「んーうまぁ!」

 

 

 焚き火を皆で囲み、じっくりと炙ること30分。

 熾火による遠赤外線効果で焼きあがった魚は中までしっかりと火が通り、香ばしい匂いが嗅覚を擽る。歯を立てればジュワっと溢れた油が顎を滴たった。

 

 一仕事の後の飯はカクベツだってばよ、と消えた影分身達が聞けば怒り出しそうなことを思いつつ、ナルトは魚本来の味を噛み締める。

 少しばかり舌を火傷したが、それを上回る空腹が満たされていく幸福にぺろりと一匹目をたいらげ、二匹目へと手を伸ばした。

 

 

「あんたね、もう少し落ち着いて食べなさいよ。喉つまらせるわよ?」

「はいほーふはいほー……ぐっ!?」

「ちょっとナルト!?」

「ったく……ほら、水飲め」

 

 

 サスケに渡された水筒を急いで受け取り、喉に詰まっていた魚を水で何とか胃に流し込んだ。

 

 

「はあ……死ぬかと思ったってばよ……」

「馬鹿ね、だから言ったじゃないの」

 

 

 背中を擦ってくれていたサクラちゃんが、どこかホッとしたようにため息をついた。

 サスケは呆れ顔を隠さない。まあ、中忍試験中に窒息死とか洒落にならない話だ。

 若干バツが悪くなって頬をポリポリ掻いていると、サスケが空になった水筒を手に立ち上がった。

 

 

「水を汲んでくる」

「あ、なら俺が……」

「いい。それより、保存食にしておきたいからな、もう何本か焼いておけ」

 

 

 そう言って、サスケは川の方へと歩き出す。

 その足取りも、表情も、普段と何一つ変わらない。それでも、顔色が悪いのは誤魔化せない。

 それでも、俺が行くってばよ、といいかけた言葉は遮られ飲み込むしかなかった。

 

 もっと頼れって言いたかったけど、でも心配しているオレに気づいたら、きっとサスケはもっと強がってもっと無理するに決まっている。そのくらい簡単に予想できるくらいには、長く一緒に過ごしてきた。

 

 

「───意地っ張り」

「ナルト、何か言った?」

「……や、何でもねぇってばよサクラちゃん」

 

 

 新しく魚を焼き始めながら不思議そうに首を傾げるサクラちゃんを誤魔化して、視線をチラリと離れた場所で黙々と兵糧丸を食べている元凶に向けた。

 

 

 中忍試験は今日で三日目。

 一日目は巻物を狙って戦ったけど、全部ハズレ。二日目はこいつら、砂の奴らを拾ってその看病に追われていた。

 オレとサクラちゃんも少しは手伝ったけど、サスケはほとんど寝ていない。疲れるのも当たり前だ。

 

 思い返していれば、黒い血の色、金臭い血の臭いが蘇ってくる。

 初めて、人の死を目前にした。顔色は真っ青で、夜の闇にぽっかり浮かんでるみたいで、血は黒くてそこだけ欠けてるみたいだった。黒いのに、触った両手は血の赤色に染まって。

 

 ああやって人は死ぬのだと思ったら、酷く怖くなったんだ。

 オレたち忍は死と隣り合わせとよく教えられていたけれど、それが急に現実になって一歩も動けなくなった。

 

 だから。その後、サスケが助けると言い出してホッとしたんだ。

 同じ里のライバルならともかく、相手は他里の敵。見捨てて当然………だけど。自分が殺して、誰かが死んで。そんな人の死を背負えるだけの覚悟はまだなかったから、反対しなかった。

 自分のために、オレはこいつらを助けたいと思った。

 でも、サスケは違ったんだ。

 

『同盟を結びたい』

 

 昨夜のことだ。黒服は一命を取りとめ、そのまま別れるかと思ってたら、サスケから提案された同盟。

 メリットは大きい。だって、もう後はゴールするだけでいい。

 でも、巻物を実際に見せられたって、こいつらが本当に約束を守るのか。裏切られるんじゃないか、そんな思いもあった。

 だけど。

 

 

『同盟かぁ……なんか、カッコイイってばよ!』

 

 

 サスケを信じていたから。こいつらを信じてみようと思ったんだ。

 

 

『ちょっと、そういう問題じゃないわよナルト!』

『いいじゃん、いいじゃん!てきじょーしさつって奴?』

『違うわ!もうちょっとよく考えなさいよ!』

『えー?だって、サスケが考えたんだろ?なら、大丈夫だって!』

『そ、そりゃそうだけど……』

 

 

 少し考え込んでいたけど、結局サクラちゃんも頷いた。

 

 

『……ウスラトンカチ』

 

 

 その時のサスケの顔は忘れられない。驚きと、嬉しさと。それから安堵。

 

 サスケは試験のためだけにこの同盟を結んだ訳じゃない。

 聞いてはいないけど、答えくらい予想できる。予想できるからこそ、何だか今の状況が気に食わない。

 

 ナルトは無言で串を三つ地面から引き抜くと、『ちょっとナルト!?』と困惑するサクラを置いて、彼らへと近づいた。

 途端に警戒する二人。一人は眠ったままだ。

 

 

「あ、あのさぁ。俺いっぱい取りすぎたからさ、残っちまってももったいねーし?………分けてやってもいいってばよ」

 

 

 魚をずずい、と差し出す。

 共に行動するようになって丸一日たったが、未だに距離は遠かった。横目で伺うだけで、最初の自己紹介以来、話すこともない。誰が言い出したことでもないが、食事も別々で、サスケだけが行ったり来たりしてこいつらを気遣っている。

 それに胸の辺りがモヤモヤした。何でかはわからないけど。

 

 ちなみに、この三人組は料理のりの字もなく、三食兵糧丸。兵糧丸は非常食で、美味しくはないし、栄養もとれるか怪しい。

 『倒れられたら同盟組んでる俺らがめーわくするし……』と内心で言い訳しつつ、内心ドキドキと答えを待った。

 

 

「はっ!そんな得体の知れないものなんざ、食える筈がないだろ」

「っ!!」

 

 

 砂の女の冷たい声に言葉が詰まった。

 ドキドキと打っていた胸が、冷水をかけられたみたいに静かになっていく。

 差し出した魚の黒い焦げ目に目を落とせば、さっきまであんなに美味そうだったものが、急に貧相に見えてくる。

 悲しい。けど、それ以上に腹の奥から怒りが込み上げた。

 

 その向けられる背中が。

 その冷たい目が。

 その切り捨てる言葉が。

 その距離を置く心が。

 

 気に食わない───それが、サスケを傷つけるから。

 

 なんで、こんな奴らを。

 なんで、“友”だなんて。

 

 

「っお前……!人がせっかく……!」

 

 

 女を睨みつけたその時、不意に手から魚が引き抜かれた。

 

 

「ほう……なかなか美味いな」

 

 

 赤髪の男がムシャムシャと魚を頬張っていた。

 無表情の中に、小さな驚きと笑みをのせて。

 

 

「我愛羅!?おい、そんなよく分かりもしないものを食うんじゃ……っっ!?」

「うるさい」

 

 

 赤髪は女の口に問答無用で魚を突っ込んだ。

 女はえづいたけどオレの手前吐き出せないのか、苦渋の顔でゆっくりと魚を咀嚼している。

 

 

(大丈夫か?骨刺さったんじゃねえの……?つうか、そんなに魚嫌いだったのかよ……?)

 

 

 怒りもどこかに吹き飛び、呆気に取られていたナルトだが、何だかハラハラとした気分でそれを見詰めた。

 しかし、段々と女の顔が『おや?』と驚きの表情に変わっていった。

 

 

「……美味い……」

 

 

 思わず、といったように零れた言葉に知らずナルトの口角が上がっていく。

 それにハッとした女は頬を赤く染め、ふい、とそっぽを向いた。

 

 

「食えないことも、ない……」

 

 

 ボソリと呟かれた言葉に、ナルトはパッと顔を輝かせた。

 

 

 

 

(少し、手間取ったな……)

 

 

 水の並々入った水筒を片手に、そして先程捕らえた獲物をもう片手に抱え、森の中をサスケは引き返していた。

 サスケを狙った不運な獲物は一撃に沈み、その巨体はなかなか食いでがありそうだ。

 

 負傷者なのだから、精をつけなくては。

 そう思いながら足を早め、木々から顔を出したサスケはぱちりと目を瞬いた。

 

 

「へぇー、砂隠れは砂漠の中心にあんのかぁ。砂の海ってどんなんだろうな」

「私、海だって見たことないわ。任務もこの周辺ばかりだし、テマリさん達羨ましい…!!」

「そんないいものでもないさ。それより、こんなに木や水があるところは私らも初めて見たよ」

「……砂漠は雨がなかなか降らないからな」

 

 

 小さくなった火を囲むのは、ナルトとサクラ、そして砂の姉弟である。

 何があったのだろうかと頭を捻っていると、サスケに気づいた我愛羅と目が合う。それに続いてナルトがあっと声を上げて駆け寄ってきた。

 

 

「サスケ、遅かっ……」

「ああ、ちょっと食料を調達していてな」

 

 

 ナルトの声が不自然に途切れる。

 それに気付かず、サスケはほら、とナルトの腕に獲物を渡した。

 

 

「随分と大物だな」

「食べごたえがありそうじゃないか」

 

 

 嬉しげに声を弾ませる砂の姉弟だが、手渡されたナルトはもちろん、サクラも固まっていた。

 

 ナルトの腕から地面まで垂れる尾。毒々しい鮮やかな色。鋭い牙が残る、恨みつらみの篭っていそうな頭。

 

 

「今日の晩飯は蛇鍋だ」

 

 

 その夜、サスケ達が蛇鍋に舌鼓を打っている隣──否、少し離れた所で。

 ナルトとサクラは、保存食になった固い魚を黙々と齧っていたそうな。




副題はカルチャーショック(笑)

※風の国では魚を一般的には食べないという設定。
というか、そもそも川がほとんどなく、あっても生活排水で汚れているため、その魚を食べるのはごく貧困層。
将来的には輸送技術が発達して風の国でも食べられるようになるが、現在はあまり普及しておらず、我愛羅やテマリは見たこともないという。……我愛羅つよい。

実際に、アフリカの内陸部では魚を見たことがない部族もいるようです。文化の違いですね。


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34.敵襲


 蛇の目が爛々と輝く。
 その細い瞳孔は獲物をしかと見定め、逃がすつもりなどないことを如実に物語っていた。


────ミツケタ。


 長く赤い舌が唇を舐めた。


 

 中忍試験三日目の夜更け。

 カンクロウの体力も少しは戻り、肩を貸しつつ塔を目指し歩いていた時。先鋒を務めていたサスケは、ふと走った悪寒に足を止めた。

 

 

(幻術……トラップか)

 

 

 グニャリとその先の景色が微かに歪んでいる。しかし、よくよく注意していなければ、見過ごしてしまう程度の違和感だ。

 感覚としては一次試験の際の幻術と同系統のものだが、それに比べれば格段に上の術だろう。

 

 

「サスケ君、これって……」

「ああ。だが……ここを迂回したとしても、他のトラップにかかることはどの道避けられない。それに、仕掛けた奴ら以外、わざわざトラップとわかって近寄ろうとはしないだろうから隠れ蓑にはなる。───進むぞ」

 

 

 一早く気がついたサクラにそう答え、サスケはその幻術に一歩足を踏み入れる。

 途端に襲った微かな視覚の揺れもすぐさま収まり、先程までと寸分も変わらぬ景色が目の前に広がった。

 

 

(中枢系ではないな……視覚支配か)

 

 

 幻術は知覚を支配するものだ。だが、いくつかパターンもある。

 大きく分ければ、末梢系と中枢系。末梢系が視覚や聴覚を支配するならば、中枢系は思考や精神、身体の動きを支配するもの。無論、難易度・強度共に中枢系が勝る。

 

 この幻術は末梢系、視覚支配。最初は現実と同じものを見せ、徐々にズラし、感覚を狂わせていくタイプだ。

 恐らく、踏み入れば延々と同じ場所を歩かされる。

 

 乱れたチャクラの流れを変えて強引に幻術を解くことも可能ではあるが、術を解くということはかけた術が強ければ強いほど術者に返る。これはごく弱いタイプで、解いてもそうそうダメージは与えられない。

 つまり、術を解けば俺たちがここにいることが相手に悟られてしまうだけということだ。時間稼ぎや索敵の役割が大きい。 

 

 ならば、後はゴールするだけとなった今、それは得策ではない。

 敵に気づかれる前に距離を縮める方が優先的といえた。

 

 

「ふん、気に食わんな。トラップにわざわざかかりにいくとは」

「幻術なら惑わされなければ実害はない。それに、なるべく戦闘は避ける……最初にそう決めた筈だろ?」

「…………」

 

 

 そう、何しろ───奴に見つかるわけにはいかないのだから。

 警戒しつつ先を進むサスケの後を、サクラ、カンクロウと肩を貸すナルト、テマリが続く。そして不満げな我愛羅もまた、渋々ながら幻術の中に足を踏み入れた。

 

 そうして進み続けること、およそ一刻。

 手負いだったカンクロウの顔色が悪くなり、足元がもつれ始めた頃、サスケ達は一旦休憩を挟むことにした。

 

 

「大丈夫か?」

「はっ、大丈夫に見えるのかよ。くそ……身体が言うこときかねえじゃん」

 

 

 悔しげなカンクロウだが、それもその筈。昨日まで重症で死にかけていたんだ、すぐに動く方が間違っている。

 だが、悠長にはしていられなかった。既にゴールしている奴もいるだろう。そして、脱落者も同数以上は。

 そうなるとターゲットは絞られ、時間が経てば経つほどに見つかる確率が上がる。

 

 

「大分進んだ。もう少しの辛抱だ」

 

 

 歩くこと一刻、塔まで10kmであることを考えれば、あと1、2kmという所か。

 湿度の高さに滲んだ汗を拭いつつ、水筒を取り出しカンクロウに手渡していると、ナルトが不思議そうに頭を捻った。

 

 

「そうかぁ?何か、ちっとも進んでねえ……っていうより、遠ざかってる気がするってばよ」

「確かに……もうかなり歩いたのに、近づいた感じはしないわね……」

 

 

 ナルトとサクラが彼方に見える塔を仰ぎ見る。

 確かに、先程よりも塔の姿は小さいが、それこそが敵の罠だ。

 

 

「あれは幻術だ。視覚型だからな、目に頼ればそれだけ幻術に嵌まる」

「じゃあ、何で進めんの?本当にこっちで合ってんのかってばよ?」

 

 

 むう、と口を突き出すナルトに見ろ、とサスケは夜空を見上げた。隣にいたサクラが、あっ、と声を上げる。

 

 

「???何もねーってばよ?」

「お前な……アカデミーで何を学んでたんだ……」

「へ?」

 

 

 ナルトは本気でわからない、という面をしている。

 アカデミーのテストの詰め込みに付き合った過去を思い浮かべると、何だか切ない気分になってくる。イルカが泣くぞ。

 

 

「星で方角を見るのよ。アカデミーでも何回もテスト出たじゃない」

 

 

 サクラの言葉通り、何度も教えた筈なのだが。

 テヘへ、そうだっけ?と頭をかいているが、そんなことしたって誤魔化せねえぞ、ウスラトンカチ。

 

 サスケはため息を一つ吐いて、頭上を見上げた。木々の合間から満天の空が広がっている。その中に浮かぶ、決して動くことのない星───北極星を指さした。

 

 

「俺たちが出発したのは東、そこから南下して我愛羅達と接触したのが南東だ。そこから更に南下して、川を越え、今日出発した所が南。今は北側の塔……あの北極星に向かって歩いている訳だ」

 

 

 他にも方角を知るための方法はいくつかある。日の影、太陽や月の位置、年輪、羅針盤、苔。他にもあるが、今現在使えるもので最も信頼性の高いであろうものが北極星だった。

 とはいっても、星の見えにくくなった未来ではこんなことさえ難しくなるのだが。

 

 

「んっと……とりあえず、北に向かってるってことだろ。でもさ、でもさ!星だって目で見てるだろ、幻術かもしんねーじゃん」

「そこまで緻密な術じゃない。現に、星も月も動いている。違和感を与えないためでもあるだろうが………微細に動くものまで幻惑するのは、この程度の幻術では無理だろうな」

「ふーん……そんなものかぁ?」

 

 

 納得したような、納得してないような。

 そんな表情のナルトに、サスケは苦笑して───近づく気配にスッと視線を鋭くした。

 

 

(一、二……三人。気づかれたか)

 

 

 時間をかけすぎたのだろう。真っ直ぐにこちらへ向かってきている様子からすると、こちらの位置も既に把握されている。

 

 相手は三人。気づかれた以上、逃げるか戦闘かの二つに一つ。しかし、今のカンクロウの状態ではそう遠くまで逃げられない。

 ならば、選択肢は一つだ。

 

 

「───来るぞ。敵は三人、迎え撃つ」

 

 

 声を落として注意を促せば、すぐさま予定していたフォーメーションに移った。

 カンクロウをサクラ、テマリが囲み。我愛羅、ナルト、サスケがその前に立ちはだかる。

 サスケ達がクナイを構えた先、暗い森の中で何かが蠢いた。

 

 

「ククク……大漁、それも足手まといが一匹……ラッキー!!」

 

 

 ゾロリ、と地中から這い出るように姿を現したのは黒服の男。額宛てには雨隠れの印が刻まれていた。

 その数は十、いや二十を超える。姿形は同じ人物、本人でないことは明白だった。

 

 

「かなりの数……分身ね」

「へへっ!分身なら負けねーってばよ───影分身の術!!」

 

 

 白い煙と共にナルトの影分身が敵を囲み、一斉に敵に向かって飛びかかっていく。

 数は圧倒的にナルトの方が多い、が。

 

 

「……っ!!え……!?」

 

 

 ナルトの攻撃は当たった。だが、敵は攻撃を受けたにも消えることはなかった。

 手応えはなかったのだろう、ナルトが驚きの声を上げる。戸惑いに動きを止めたナルト目掛けて敵の一体がクナイを投げ、砂の壁がそれを阻んだ。

 

 

「砂瀑送葬!」

 

 

 砂の塊が敵をまとめて握りつぶすが、それさえも効果はないのか、新たに敵が増えるだけだった。

 サスケは砂に弾かれたクナイを手に取り、その刃をくるりと回す。

 

 

(クナイは本物か)

 

 

 硬質な、冷たい鋼。これは幻術ではない。

 

 

「こいつら何なの!?分身は攻撃できないし、影分身……?でも、影分身は直接攻撃受けたらやられて消えちゃう……消えないってことは、やっぱり幻術……?」

 

 

 カンクロウを庇いながら、サクラが混乱したように呟く。

 サスケも飛び交う手裏剣を躱し、ジッと敵を見据えた。

 

 

「いや……こいつらは幻影───敵の幻術だ。敵はどこかに身を隠し、攻撃動作に合わせて別の場所から攻撃しているんだろう」

 

 

 狙いは無駄に攻撃させ体力を奪うこと、そして惑わせ精神力を疲弊させること。

 ───だが、そう簡単に狙い通りになってなどやらない。

 

 サスケはスッと目を閉じた。

 ナルト、我愛羅、サクラ、テマリ、カンクロウ………幻術にかかり、乱れるチャクラ。

 そこに入り交じる、波のないチャクラが三つ。姿を消しながら動く、微かな綻び。

 

 

「……ここだ!!」

 

 

 サスケの投げたクナイは幻影を通り抜け、グサリと地中に埋まった。

 途端に顔を出したのは、肩から血を流した本体。

 

 

「ぐっ!!」

「あれが本体だ、地中にいるぞ!」

「……そうか。なら、話は早い」

 

 

 サスケの言葉に真っ先に反応したのは、我愛羅だった。

 

 

「砂縛柩!」

 

 

 地面が抉れた。砂は見る間に形を変えると、拘束した三人を地中から引きずり出していく。

 

 

「う……くそっ……!」

「アン、ラッキー………」

「くっ……こんなもの………!」

 

 

 敵は身体に力を込めるが、そんなもので解けるような拘束ではない。

 

 

「無駄だ」

 

 

 ビクともしない砂に、雨隠れの忍の顔が青ざめていくのがわかった。

 サラサラと砂が舞い、我愛羅は敵へ向かって手を伸ばす。捕らえられた本体がそれと共に身体を締め付けられ、敵は大きな悲鳴を上げた。

 

 

「死ね……!!」

 

 

 我愛羅はその悲鳴にも、嘆願にも耳を貸さず。

 薄い翠の瞳が歪な笑みに細められ。

 当然の如く、その手が閉じられて───。

 

 

「我愛羅、もういい」

 

 

 咄嗟にその手を掴んだ。ハッとしたようにサスケを見つめ返す我愛羅にホッと息を吐く。

 途端に砂がドシャリと崩れ、解放された雨隠れの忍は脇目もふらず、その場から逃げ去った。

 

 

(……やはりな。封印術が解けかかっている)

 

 

 雨隠れの忍に慈悲を与えたわけではない。命を狙うならば、奪う覚悟もあって然りだ。殺し方には若干、物言いたくもあるが。

 しかし、我愛羅のチャクラが一尾に支配されていくのがわかったからこそ止めたのだ。

 

 大蛇丸の封印術は一尾のチャクラを抑えている。

 それにより精神的に安定したかに思えたが、簡易的なもの故か、憑依型との相性故か、既に綻びが見える。

 恐らく今の不安定な状態では、血を見ればその凶暴性は増し封印はすぐに破れ、反動によりその手はこちらにも伸びるだろう。

 そうなれば、後々傷つくのは我愛羅だ。

 

 

「……っ離せ」

「我愛羅……」

 

 

 怯えるかのように、パシリ、と手を振りほどかれた。

 そんな行き場のなくなった手を下ろせなくなったサスケの隣。

 駆け寄ってきたナルトが、蒼い目をキラキラと輝かせた。

 

 

「何なに、今の術?お前、スゲー強いんだなっ!かっこよかったってばよ!!」

「!?」

 

 

 興奮冷めやらぬといった様子で迫るナルトと、その勢いにたじろぐ我愛羅。

 ブンブンと尻尾が振られているのが見えるほどだ。

 空気も何も、読んだもんじゃない。しかし、明らかに何かを吹き飛ばしたかのような。底抜けの明るさに、曇っていた心が軽くなっていた。

 

 

「あ、さっきさ、オレのこと助けてくれたよな!ありがとな、我愛羅!」

「………大したことはしていない」

 

 

 ふい、と視線を逸らす我愛羅だが、その頬は赤い。

 テマリとよく似た仕草に、何だか微笑ましくなってくる。

 

 

「そうだな……流石だ。助かっ────!!?」

 

 

 突然、ゾワリと肌が泡立った。

 迫る気配。向けられる冷たい視線。おぞましいチャクラ。

 

 

───もう、すぐそこに。

 

 

「塔まで走れ!!行け!!!」

 

 

 声の限り叫んだ。

 ハッとするナルト達。

 目にも止まらぬ速度で、クナイを振り上げた。

 

ザクリ。

 

 肉を断つ音。

 続いて、ドサリと───蛇の首が地面に落ちた。

 

 

「あら……なかなかいい動きをするわねぇ」

 

 

 蛇の頭を残して誰もいなくなったその場に、ねっとりとした声が響いた。

 暗闇の中に、真っ白い顔が浮かび上がる。

 

 

「さあ、“狩り”を始めましょうか」

 

 

 彼らの去った闇。

 それを追うのは、捕食者の眼。

 




豆知識:方角を知る方法

①日の影

 日の影は太陽の反対側に伸びます。その影の方向から方角を推定するものです。
 太陽は東→南→西へと進みますので、影はその反対、西→北→東へと伸びることになります。ただし、おおよその時間は把握しておくこと、また使えるのは日中のみという点にご注意ください。

 また、夏至(6月22日前後)は最も日が伸びます。日が伸びるというのも、太陽が昇る位置が高くなるということで、真東よりも北側から昇り、真西よりも北側に沈みます。その為、日の昇る頃、沈む頃の影はその反対、正確な方角より南側に伸びていくことになります。
 冬至(12月22日前後)は反対に、最も日が短くなる日です。日が短くなるということは、太陽が昇る位置が低くなるということで、真東よりも南側から昇り、真西よりも南側に沈みます。その為、日の昇る頃、沈む頃の影はその反対、正確な方角より北側に伸びていくことになります。
 春分(3月21日前後)、秋分(9月23日前後)では、太陽は真東から昇り真西に沈むので、影も真西から真東に伸びます。
 こうした季節による誤差は太陽を使って方角を知る場合、共通の問題点。

②腕時計

 腕時計の短針を太陽に合わせ、短針と文字盤の12との鋭角から方角を知る方法です。
 短針と文字盤12の間の鋭角を二等分した所が南、もしくは北です。例えば、10時の短針と太陽を合わせたとすると、12との二等分線上は11、その方角が南となります。
 ただし、時間によって北・南が変わるので注意してください。
 午前6時から午後6時では、鋭角の二等分線は南を指します。
 午後6時から午前6時では、鋭角の二等分線は北を指します。
 デジタル時計でも、時間さえわかっていればそれを地面や紙に書いて求めることができます。水平にしてくださいね。

③北極星(ニ等級星、別名ポラリス)

 皆さんご存知、北極星。これはかなり有名ですね。
 地球が西から東に自転しているため、星は東から西に動くように見えます。(自転と同じく24時間程度でもとの位置に戻る)その自転軸の延長に北極星は位置しているため、北極星はずっと同じ位置にいるように見えるということです。
 また、地球は太陽の周りを約一年かけて公転しています。そのため、地球が周り移動することによって、地球から見える星座は季節によって変わっているように見えるそう。

 さて、その北極星を探すためには、北斗七星、カシオペア座から探すというのが鉄板。
 北斗七星はひしゃくのような形をしている星座です。ひしゃくの先の部分を、その長さの5倍ほど延ばした先に北極星があります。
 カシオペア座はWのような形をしている星座です。Wの下の角二点を外線にそって結び、それをWの上に向かって5倍ほど延ばした先に北極星があります。……説明難しい(゜-゜)
 高度はだいたい、緯度と同じくらいの高さだそうです。一年中見ることはできますが、上空に位置するのが北斗七星は春、カシオペア座は秋となっています。見つけやすい方で考えてみてください。
 ちなみに、南半球では北極星は見つけられないようです。

※素人なので誤りがあるかもしれません。あくまで参考程度にし、興味を持たれた方は調べて見てください。
※これらは全て、その土地の地形や緯度・経度、季節などによって誤差があります。目安としてお考えください。


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35.指輪

 

 サスケ達は木の上を全力で駆けていた。

 途中かけられたトラップは先を走る我愛羅が絶対防御で防ぎつつ、片っ端から薙ぎ払っている。

 その後をサクラとテマリが並びトラップの発見と我愛羅への伝達を担い、続いてナルトと影分身がカンクロウを背負う。

 そして、最後尾。殿を務めるのはサスケだった。

 

 

「行け!塔まで絶対に、止まるな!!」

 

 

 背にひしひしと感じるプレッシャー。

 遊んでいるのか、俺たちのペースに合わせじわじわと距離を縮めてきている。

 

 

(くそ……こんなに早く接触するとはな)

 

 

 タイミングからすれば、恐らく一瞬洩れた一尾のチャクラを感知されたんだろう。

 あいつ───大蛇丸がこの森にいることはわかっていたし、どこかで鉢合わせする可能性はあった。

 だが、これ程にターゲットを絞っているとは思っていなかったのだ。

 

 しかし、これではっきりした。

 我愛羅達が大蛇丸と戦うことになったのは、俺達の代わりでも偶然でもない。最初から、狙われていたのだ。

 

 そもそも何故、奴がここにいるのか。

 一次試験の折に思い浮かんだのは木の葉崩し……砂隠れと大蛇丸が結託し、木の葉転覆を目論んだ事件だ。三代目や我愛羅達の父である風影を始めとして、何人もの忍が殉職した。

 

 それが、ここに来て我愛羅達が襲われたことでその考えが崩れた。カンクロウに至っては死にかけたのだ、わざわざ対木の葉の戦力を損なう必要はない。

 大蛇丸か、砂か。どちらかが木の葉崩しを計画している可能性はまだ残ってはいるが、この両者の繋がりはまずないだろう。

 

 しかし、大蛇丸が木の葉崩しを企んでいるとしても、この予選試験に何故出るのかが分からなかった。

 派手に動けばそれだけ警戒されるし、ましてや風影の息子が死んだとなれば大騒ぎだ。動機こそ不明だが、それを狙ったと考えればターゲットは砂の姉弟三人と言える。

 

 だが、カンクロウは現に死にかけた。大蛇丸なら怪我の程度くらい感覚で分かるはずだ。

 医療の発達が木の葉よりも遅れた砂、それも衛生的とは呼べない森の中、敵だらけの中にいるとあれば生存率はかなり低い。

 生きてるか死んでるかの確認なんて、何だかんだと詰めの甘いアイツはしない。精々が部下に確認させる位だ。

 

 そう考えるなら。こうして追ってきたということは、ターゲットは姉弟三人ではなく、その中の一人。

 可能性として高いのは───。

 

 

 

「………俺を置いていけ」

 

 

 思考を引き戻すように、サスケの目の前、ナルトに背負われていたカンクロウがポツリとそう呟いた。

 その顔は見えないが、苦しげな声に限界が近いことがわかった。傷が開いたのだろう。

 

 

「俺を置いていけって言ってんだろ!!」

 

 

 叫ぶような声に、今度は前を走っていた我愛羅達もハッと後ろを振り返る。

 走る速度が緩まったのがわかった。

 

 

「足手まといにしかなんねぇ。傷も開いた……これ以上はっ……!」

「無理だ。そういう、契約だからな」

 

 

 これ以上は、無理だ。

 続けようとするカンクロウの言葉を遮り、サスケは一つ息を吐いて、ゆっくりと足を止めた。

 振り返った五対の目が見開かれるのが、暗闇の中でも見てとれた。

 

 

「サスケ!!?おい、何して……」

「止まるなって言った筈だ、ウスラトンカチ。───行け。俺が食い止める」

 

 

 反論を眼差し一つで抑え込む。強い眼力にナルト達が息を呑んだ。かつて輪廻眼をも宿したその目は、逆らうことなど許さない。

 有無を言わせるつもりはない。何故、どうして、そんな問答をしている暇はなかった。

 

 

「我愛羅。こいつらを頼む」

 

 

 我愛羅を見詰めれば、一瞬瞳が揺れる。しかし、微かに頷くのを見届け、サスケは絶句するナルト達に背を向けて両手にクナイを携えた。

 

 

「早く行け。必ず、追いかける」

 

 

 切迫感のない、酷く静かな声が落ちた。

 ざり、と再び木を蹴る音がする。一人、また一人。最後の一人が、その場を去る。

 それを感じ、サスケは内心ホッと胸を撫で下ろした。

 

 

(せめて、塔まで保てばいい)

 

 

 相手は三忍の一人。その強さをサスケはよくよく知っていた。

 無論殺されてやる気はないが、写輪眼を使うならいざ知らず、チャクラの不足する今勝てると思うほど自惚れてはいない。

 

 だが、時間稼ぎくらいはできるだろう。

 この死の森は中忍であっても命を落とす危険を秘めている。つまり、塔周辺に監視員として配置されているのは上忍ということだ。

 それに、少なくとも試験官のみたらしアンコはいる筈。大蛇丸の侵入もそろそろ発覚してもいい頃だ、運が良ければ暗部も集まっているかもしれない。

 絶対とは言い切れないが、少なくとも森の中よりは安全なのは間違いない。

 

 そこまで、時間が稼げればいい。

 いや───必ず、守りきる。

 

 

ナルト達の気配が遠ざかる。

大蛇丸の姿が迫る。

 

 

 構えていたクナイを放った。

 それは真っ直ぐに宙を飛び、狙い違わず奴の足元へと突き刺さる。

 動きを止めた大蛇丸の前に、サスケは立った。

 蛇のように光る瞳がその姿を収め、三日月のように歪んだ。

 

 

「あら。誰かと思えば、サスケ君じゃない」

 

 

 ねっとりとした声に名を呼ばれ、サスケは微かに眉を顰める。“サスケ”、その名を知られている。

 つまり、大蛇丸のターゲットは我愛羅達だけじゃない。俺達もだったのだ。

 

 それならば。なおさら、ここを通すわけにはいかない。

 

 

「フフ……君一人なのね。置いていかれたの?」

「………」

「本能がいいわ。“獲物”が“捕食者”に期待できるのは、他の餌で自分自身を見逃してもらうことだけですものね」

「フン……馬鹿言うな、俺は俺の意志でここに立っている。それに、アンタの言う所の“獲物”は俺達じゃない───尾獣だろう?」

 

 

 瞬間、大蛇丸の顔がピクリと引き攣った。

 尾獣……ナルトの、そして我愛羅の腹の中に眠るチャクラの化生だ。

 こいつは尾獣に興味はない。一次試験の様子からも、それは分かっている。

 だが、最早考えられるのはそれしかなかった。

 

 

「……よく分かったわねぇ。その通りよ、私たちの獲物は君達や巻物じゃない。どう?二人の場所に案内すれば、君は見逃してあげてもいいわ」

 

 

 そう言って大蛇丸は不気味な笑みを深めた。

 途端に、本気の殺気がビリビリと皮膚を刺す。

 膝をつく、そう信じて疑わぬ大蛇丸に、サスケは口角を上げた。それに気づいた大蛇丸が訝しげにする様子に、堪えきれず笑みが零れる。

 

 

「断る」

「っ!?」

「断ると言ったんだ。ここは絶対に通させねぇ」

 

 

 一介の下忍はおろか上忍さえ竦ませる程の殺気を、サスケは軽く受け流した。

 それもその筈、大蛇丸よりも強い奴らと何度も戦ってきた。中には人在らざる者までいたし、膝を屈したこともあったが、それでもここまで生き残ってきた。

 そして。必ず後を追うと約束をした今、死を考える筈もない。例え勝ち目のない状況だとしても、それに怯える嘗てのサスケではなかった。

 

 

「……ただの獲物じゃなさそうね」

 

 

 面白い、というように大蛇丸はペロリと舌なめずりした。

 

 

「なら、始めましょうか。───殺し合いを」

 

 

 大蛇丸が動くよりも先、サスケは構えていたクナイを口に咥え走り出した。

 ポーチへと手を伸ばし、右手に新たにクナイを、左手に手裏剣を掴み取る。

 

 大蛇丸の風遁を跳んで躱し、チャクラ吸着で木の幹から幹へ飛び移りざま、大蛇丸を狙う。

 避けた拍子にわずかに体勢を崩した大蛇丸の頭上へ、踵を落とした。

 

 ニヤリ、と笑う唇が足の、そしてガードされた腕の隙間から覗く。

 それを認識すると同時に、繰り出された回し蹴りを避ける。

 そしてまた距離を縮め、脚を、拳を。躱し、躱され、ガードし、ガードされ。

 サスケの目には、その動きが全て映っていた。

 

 

(右、下、右、左、下、上───ここだ!!)

 

 

 大蛇丸の攻撃に空いた、僅かな隙間。

 そこにサスケは拳を振り上げた。顎を捉えた感触が、固く握り締めた指先に響く。

 

 

(……まだだ!)

 

 

 開いた距離を詰め、追撃を加える。

 ガードしようと動く腕を制し、その体に、顔に、足に。容赦なく攻撃を打ち込んだ。

 

 

「……!」

 

 

 しかし、ふと感じた違和感にその場を飛び退った。サスケの立っていた地面から大蛇丸の腕が覗く。

 倒れていた大蛇丸は泥のように溶けていった。

 

 

(変わり身か……!)

 

 

 地面を刳り、迫る大蛇丸の頭上を飛び越える。

 地面から顔を出そうとする大蛇丸に、サスケは宙で身体を捻り寅の印を結んだ。

 

 

「火遁!豪火球の術!!」

「っ……!」

 

 

 今度は手応えがあった。だが、それもほんの一瞬。

 すぐさまワイヤーを木に掛け、方向を変える。木の裏へ回り込めば、手傷を負い、半分面の皮が捲れた大蛇丸が目を見張った。

 

 

「アナタ、私の動きを……ぐっ…は…!!」

 

 

 遠心力を乗せた脚が、大蛇丸の腹にめり込んだ。

 ワイヤーから手を離し、地面に降り立つと同時。吹き飛ばされた大蛇丸が、グシャリと大地に投げ出された。

 

 大蛇丸は動かない。だが、サスケは構えを崩さなかった。

 仮にもサスケが師としたのだ、この程度で死ぬような奴ではない。

 

 

「……ふふっ、ハハハハハッッ………!!!」

 

 

 狂ったような笑い声が、森に響き渡った。

 倒れたまま、動くことなく笑い続けるその姿は不気味を通り越し、おぞましい。

 ゾワリとたった鳥肌に、思わず身体が固くなる。それを見ていたかのように、大蛇丸は人形のようにカクカクと立ち上がった。

 笑い声がぴたりと止まる。俯いたその顔は見えない。

 

 

「………!」

 

 

 唐突に伸ばされた大蛇丸の腕は無数の蛇へと変化し、牙を剥いたそれがまっすぐサスケに迫る。

 クナイを片手にくねる蛇の合間をすり抜ける。取り逃がして尚追いかけてくる蛇の頭を落とす。一瞬おいて舞い散る血の飛沫をかぶるよりも先に、サスケは大蛇丸の喉元にクナイを突きつけた。

 

 クナイがその喉を貫こうとした刹那、ギラギラと光る目がサスケに狙いを定めた。

 昏い瞳に浮かぶのは紛れもない、“欲”だった。

 

 

「サスケ君────アナタが、欲しい………!!!」

「……っ!何っ!!?」

 

 

 大蛇丸は、避けなかった。

 ズブリとその首筋にクナイが埋まっていく。だが、その首を落とすにはこの細い腕では力が足りない。

 大蛇丸はサスケの手首を掴むと、それを捻り、ガツリと木にサスケを押さえつける。その首にクナイを刺したままに。だらだらと流れ落ちた血が、サスケのサンダルを汚した。

 

 

「うっ……」

「その容姿、その力……尾獣に興味はなかったけれど、思わぬ発見をしたわね」

「クソッ、放せ!!」

「ふふ、威勢がいい所も気に入ったわ。……私の器に相応しい」

 

 

 ニイ、と釣り上がった唇。大きく開いた口に伸びる鋭い犬歯。

 何をされるか悟ったサスケは、最後の手段を用いるべく眼にチャクラを込めようとした───が。

 

 サスケの腕を掴む、その蒼白い左手。

 否。その小指に嵌った指輪に、サスケは抵抗を忘れた。

 

 “空”と書かれた指輪。

 それ自体は初めて見るものだ。しかし、それとよく似た、“朱”と刻まれたそれを、サスケは形見として長く所持していた。だから、見間違えるはずもない。

 

 

 大蛇丸は───暁を抜けていない。

 

 

 その導き出された答えに、ドクリと心臓がざわめいた。

 そして、動きを止めていたのはサスケだけではなかった。大蛇丸もまた剥き出した牙もそのままに、目を見開いていた。

 

 

「これは……」

 

 

 大蛇丸が凝視するそこにあるのは、かつて刻まれた呪印。

 未だくっきりと残るそれに、大蛇丸ははっきりと顔を歪ませた。

 

 

「このチャクラ……まさか……」

 

 

 苦々しげな声。

 それと共に、サスケの腕が放された。

 

 

「………いいわ。今回は見逃してあげる。私も知りたいことができたからねぇ……?」

 

 

 大蛇丸はそう言って、塔とは反対側、来た道へと足を進めた。

 未だ呆然としていたサスケを振り返り、ふと微笑む。

 

 

「私の名は大蛇丸。また会いましょう、サスケ君」

 

 

 そう言い残し、大蛇丸は闇の中にかき消えた。

 それをぼんやりと見送り、体力の尽きたサスケはばたりと地に背をつけた。

 

 見上げる空は白み始めている。

 中忍試験は、四日目を迎えた。





 サスケを解放した大蛇丸はその足で集合場所へと急いでいた。予想以上に時間が過ぎ、集合時刻はもう過ぎている。


(本当は今のうちに尾獣を、と思っていたけれど。まぁまだ急ぐ必要はないものね。それより……)


 大蛇丸達の任務は二つ。
 尾獣はそのうちの一つだったが、まだ時期尚早なためそれほど重要ではなかった。あわよくば弱いうちに、というようなもので、今の人柱力の所在を特定するだけで任務は完了していた。
 それよりも、あの呪印を刻まれた少年。その姿を思い浮かべ、大蛇丸の顔は上機嫌に緩む。
 普段なら、既に誰かの物であれば興味は失せている筈。だが、その信条さえ無視し、何故か何としても手に入れたいと思う自分に大蛇丸は驚いていた。


(あの少年……サスケ君に、何が隠されているのかしら?フフフ、面白いわねぇ)


 呪印から感じ取ったチャクラを思い返し、目を細める。
 何かを封じる力、そして支配する力を感じた。それも、相当強く、根深いもの。付けられてもう長いのか、顔を近づけるまで気が付かない程に馴染んでいた。解呪は相当困難だろう。

 そんな代物を抱えるのだ、何かがある。大蛇丸の殺気に顔色一つ変えなかったのだから唯の子供でないのは明白で、写輪眼を持たない分、素の能力はイタチ以上の逸材だった。
 その子供が持つ秘密を解き明かしたくて堪らない。
 逸る心を抑え、大蛇丸は森を駆け抜けた。


「おや、珍しいですねぇ。アナタが時間に遅れるとは」
「ふふ……面白いモノを見つけてね」
「そうですか。道理で上機嫌な筈だ。それで、任務の方はどうです?」
「完了よ。あなたこそ、どうだったの?」
「ええ……。完了しましたが、どうやらこちらも面白いことになっているようで───ああ、来たようですねぇ」


 黒い影が、三つ。
 木の葉の薄闇に佇んでいた。


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36.赤と黒



『うちはサスケ』


 呼ばれた名に、またか、とぼやけた思考の中に思った。
 あたりは暗く、声は出せず、身体は動かない。まるで深い海の底に沈んでいるような感覚は、最早馴染み深くなってしまった。
 いつからだったろう、この声を聞くようになったのは。目を覚ませば、どうしても覚えていない。ただ、己が己でなくなるような、そんな漠然とした不安だけが残っている。


『    』


 ほら、また。呼ばれている。
 なのに、見えない。応えられない。向こうに行けない。それがもどかしくて仕方ない。

 動かせない身体で、それでも藻掻こうとして。
 そして……ふと、気がついてしまった。

 動けないのではない。動かす身体がないのだ。

 悲鳴を上げたいのに。藻掻き出したいのに。手を伸ばしたいのに。助けを求めたいのに。
 悲鳴を上げる声も、藻掻き出す力も、伸ばそうとする腕も、助けを求める相手も。
 ここには、何もなかった。

 自覚すると同時に、途端に自分がどこにいるのか分からなくなった。
 境界線が溶けていく。何かが、流れ込んでくる。押しつぶされそうになる。
 凄まじい速度で移り変わる映像は捉えきれない。なのに、紅だけが残像に残る。

 これは、記憶だ。


───誰の?


『うちはサスケ』


お前は───誰だ?


『    』


俺は───誰だ?


 

 

「……っ!!」

 

 

 ヒュウ、と喉をか細い空気が通り抜け、サスケは胸を覆った苦しさにハッと目を覚ました。

 

 荒い呼吸。ドクドクと速く刻まれる鼓動。それが己のものであると瞬時に悟り、敵襲かと身構えるも視界には所々光が差し込む森が広がるばかりで人の気配はない。

 それを確認し、ホッと胸を撫で下ろしたサスケは身体を襲った気だるさに再び大地に背を付けた。

 

 

(……夢、か)

 

 

 ひんやりとした地面の冷たさに身体から力が抜けていく。落ち着いていく呼吸と鼓動に、珍しいものだとぼんやり思った。

 何の夢だったかは生憎記憶には残らなかったものの、胸を襲う空虚さと締め付けられるような苦しさには覚えがあった。

 

 誰かを失い、その度に何度も感じた。決して慣れることのできない痛みだ。誰の夢だろうかと思いを巡らせると同時に、首筋の呪印がズキリと痛んだ。

 まるで、思い出すなというかのように。

 

 

───思い出す……一体、何を?

 

 

 ぐるぐると巡る思考に、徐々に頭が痛くなってくる。つう、と額を伝った汗を拭って、微かに震える指先を握り込み、木の葉の合間から差し込む陽光を遮った。

 瞳を閉じるまでは透き通るようだった朝日は、今や陰りを帯び始めている。随分と長く眠ってしまったようだった。

 考えていても、一向に答えは浮かばない。徐々に夢に抱いていた感情も薄れてきていて、考えても答えは得られそうにないと早々判断したサスケは一つ息を吐き出して身を起こした。

 

 

(……早く、行かねぇとな)

 

 

 ホルダーには天の書が収まっている。これがなければ、そしてサスケ自身がいなければ、ナルトとサクラは塔に着いてもゴールできない。

 そして、今日は中忍試験四日目、試験のタイムリミットは明日。それまでにナルト達と合流しなくてはならない。それに、巻物を巡っての戦闘は激しさを増すだろうことを考えると、ここでぐずぐずしてはいられない。カンクロウの手当もしなくては。

 重い足を叱咤して立ち上がった瞬間、駆け抜けた痛みにサスケは顔を顰めた。

 

 

(クソ……しばらく走るのは厳しいか)

 

 

 昨晩の戦いで酷使した幼い身体は悲鳴を上げている。

 サスケは重いため息を吐き出し、痛む足を引きずりながら森の中を歩き始めた。

 

 塔へと歩みを進めて幾許か。途中、戦闘中のチームや敵索中の敵などとも鉢合わせしそうになったが、気配を消してやり過ごしたり、迂回したりで回避した。

 だから、サスケは再び近づいてくる気配にそっと気配を殺し、それまでと同じように敵が通り過ぎるのを待とうと木陰に身を潜めたのだ。

 

 しかし。ふと違和感に気が付いたサスケは枝を払い、森の奥へと目を凝らした。

 

 

(一人か……逸れたのか?)

 

 

 感じるチャクラは一つだ。しかし、後ろを追いかける大型の獣の気配。周囲に他のチャクラはなく、仲間の助けの入る様子もない。

 逸れたか、もしくは───遺されたか。

 

 過る推測に眉を顰める。

 他チーム間の戦闘に口を挟むのはフェアではないが、しかし相手はサスケから見ればまだまだ子供、見殺しにはできない。

 サスケは痛む足を堪え、そのチャクラの方向へと木を駆けた。

 

 

(……あそこか!)

 

 

 木々の狭間から薄茶色の熊の巨体が見えた。だが、その影に感じるチャクラは動かない。怪我をしたか、それとも───。

 チッと舌打ちをしたサスケは強く足場の枝を蹴り、その熊の頭を目掛け勢いよく跳び下りた。

 

 

「獅子連弾!!」

 

 

 熊の硬い頭蓋に打ち付けた衝撃と共に、足に激痛が走る。それに眉一つ動かさず、勢いを殺さぬままサスケは熊の顎を地面にめり込ませた。

 

 ピクピクと痙攣していた熊だが、やがて気を失ったのか静かになった。

 もう危険はないだろうとサスケは襲われ倒れ込んでいた子供を振り返り───懐かしい色に目を見開いた。

 

 その色は、鮮やかな赤。

 そしてその赤色の髪に覆われた顔に、唖然と息を呑む。

 

 

(……香燐?)

 

 

 その子供は紛れもなく、嘗て共に旅をした仲間、鷹のメンバー“香燐”の面影があった。

 

 

───何故、香燐が中忍試験にいる?

 

 

 疑問符が頭を埋め尽くす。

 しかし、子供のサスケを見上げる視線に気が付き、とりあえず疑問は後回しにしたサスケは熊の背から降りた。

 近くで見れば見るほど嘗ての姿が重なり、サスケは懐かしさに頬を緩める。

 

 

「無事か?」

 

 

 まだ怯えているのだろう、固まった子供の返事はない。それに焦らせないようにサスケはゆっくりとしゃがみ、未だ座り込む香燐へと目線を合わせた。

 

 

「怪我はなさそうだな。……立てるか?」

 

 

 そっと手を差し伸べると、そろそろとその小さな手が重ねられる。そして、立ち上がらせようとその手を握った瞬間、その眼鏡の奥の大きな瞳からぼろぼろと涙が溢れ出した。

 

 

「っ!?」

 

 

 慌てたのはサスケである。子供の涙には昔から弱い。孫の子守は笑顔の練習をしていたものだ。

 忍とはいえ香燐もまだ子供。死の恐怖に怯えていても仕方がないだろう。握られていない方の手でぽんぽんとその頭を撫でると、更に嗚咽は大きくなった。

 それに苦笑しながら、サスケはスッと香燐の姿に目を走らせる。

 

 嘗てより短く揃えられた、燃えるような赤い髪。

 涙でぐしゃぐしゃな顔。

 泥だらけで、ぼろぼろになった服。

 それから、白い腕と脚に残るおびただしい程の歯型。

 

 その腕に残る歯型の中の、真新しい輪が四つ。血がまだ滲んでいるということは、そう時間は経っていない。そして、香燐の治癒能力に頼ったということはそれなりのダメージを受けていたのだろう。それも、二回も噛むのだから劣勢だったようだ。

 しかし、周囲に他のチャクラはない。戦闘の気配もない。

 

 

「お前、仲間はどうした?」

 

 

 酷かもしれないが、それでもサスケは敢えて問いかける。

 案の定、咽び泣くばかりで返る言葉はない。しかし、翳った瞳に、耐えるように噛まれた唇に、生存は絶望的であることを悟った。

 いくら香燐が治癒能力に長けているとはいえ、死者は蘇らせることは不可能だ。

 それ以上は追求せず、サスケは黙ってその頭を撫で続けた。

 

 どうしたものか。

 今日は中忍試験、四日目。もうじき日も沈み、五日目の最終日に入る。

 試験終了時まで生き延びていれば、試験失格者も救助される。だがそれは逆に言えば、試験終了まではギブアップができないということだ。それ以外で助かるには、自力で塔にたどり着くしかない。

 

 香燐は優れた治癒能力を持ち、感知能力もずば抜けている。このまま別れても救助される確率は高いだろう。

 

 

───しかし。

 

 

 ぎゅうとサスケの手を両手で強く握り込み、たすけて、と嗚咽の中で繰り返す香燐を、どうしても見捨てることはできなかった。

 

 

 

 

『力を貸すのがこの里に置いてもらう条件だもの』

『すぐに戻るから。いい子にしていてね』

 

 

 やつれた母は、頭を撫でながらそう言った。

 いくら待っても、母は二度と戻ってこなかった。

 その日からうちの地獄は始まった。

 

 

『いやっ……!やだ、やめてっ……!』

 

 

 腕に、脚に、肩に、指先に。立てられた歯が肉を裂く。それもそれで痛かったけれど、苦しいのは、辛いのは、いつもその後だ。

 

 裂けた傷口から滴る紅い血が、傷だらけの奴らの口に入っていって。同時に、身のうちに蓄えていたチャクラがごっそりと奪われていく。

 まるで、生命を吸い付くすかのように。容赦なく、うちの意思すら関係なく、ただただ略取される。

 その度に、無力であることを、そして………いつか母と同じ運命を辿るであろうことを思い知らされる。

 

 それがたまらなく苦しくて、辛くて、怖かった。

 だけど、手を伸ばしたところで、救いなんてありやしない。

 

 

───助けて。

 

 

 泣き叫んでも、押さえつけられ。

 悲鳴をあげても、口を塞がれ。

 全てを呪っても、何も変わらない。

 

 どんなに抵抗しても無駄だと、繰り返されるうちにそう気づいた。

 

 やがて、うちは里のためだと自分自身すら騙すようになった。

 そう。うちはよそ者で、これは義務なのだと。………本当はこんな里、クソ喰らえと思っていたけど。

 おとなしくなったうちは、この身体と引き換えにある程度の自由を得た。いくら嫌だって言っても殴られるだけならさ、口答えせず引き受けて取り入って、ちょっとでも対価をもらえたほうがいいだろ?

 そう、賢くなったのさ。

 

 

───いやだ。

 

 

 まぶたの間から差し込む光に、まだ生きていると安堵した。ふかふか、とは間違っても言えないが、それなりに清潔なベッドから身体を起こす。

 このベッドも、この小さな部屋も、対価として手に入れたもの。この空間だけは、うちだけのもの。

 

 

「おはよ……母さん」

 

 

 大きなあくびをこぼしながら、窓辺で微笑む色褪せた母に語りかけた。

 写真立ての中の母も一人ぼっちだ。いや……うちを一人ぼっちにしたから、母も一人ぼっちにしてやったんだ。本当はその側に男がいた。知らない男だが、その髪は母やうちとは異なる、“黒”。写真は後生大事に母が身につけていたようで、一人になって初めてそれを見つけた。

 

 その男と母がどんな関係だったのかは知らない。でも、二人はとても幸せそうで。

 ……母は、一人ぼっちなんかじゃなかった。それが、羨ましくて。気づいたら破いていたんだ。

 母は責めない。ただ、ずっと微笑んでいる。側にいてはくれなかった人を、バカみたいに想い続けて。

 

 

───ごめんなさい。

 

 

 そっと写真から目を逸らし、ベッドから足をおろすといくつもの赤い輪っかが代わりに視界に入る。まるで、逃れることなど許さないとでも言うかのように、腕に、足に、絡みついて放してはくれない。

 今日はいくつ増えるだろう。いつまで、続くのだろう。

 

 

『来い、“うずまき”。長がお呼びだ』

『……はい』

 

 

 従順に。逆らうな。弱みを見せるな。

 そっと胸の中で唱える。そう。味方はいない。頼れるのも、信じられるのも、うち自身だけなんだから。

 

 

『上層部の話し合いで、お前を次の中忍試験に参加させることになった』

『ウチを?』

『この試験は参加した下忍の実力をもって各忍里の力を計る、代理戦争の側面を持つ。我々としては負けるわけにはいかんのだ。お前の役目は他の二人の徹底回復……よそ者の身で養われてきたのだ。そのことを肝に銘じて必ず結果を出せ』

 

 

 かかるプレッシャーに逆らうことも出来ず、静かに『はい』と頷いた。

 うちはいつまでもよそ者でしかない。それなのに、よそ者を里の代表にするなんて矛盾もいいところだ。

 そんな皮肉に笑おうとして、笑えなかった。足が震えているんだ。戦ったことなんて、一度もないのに。

 

 

───怖いよ。

 

 

 出発の日。クナイ、手裏剣、起爆札、それから母の写真。その他にも必要そうなものを詰めて、そっと息を吐き出す。がらんどうな、物がほとんど残らない部屋を見渡した。

 今度はもう帰って来れないかもしれない。そうしたらこの部屋は別の誰かが使うんだろう。結局、手に入れたものなんて一つもなかった、それが思い知らされるみたいだった。

 

 試験は木の葉隠れの里で行われた。うちらは手も足も出なくて、ただただ、巻物を守るだけで精一杯だった。

 里の威信を示す?馬鹿馬鹿しい。中忍試験の合格なんて端から期待なんてされてなかったんだ。木の葉と草の戦力差は明らかで、小国はそんな大国の華を映えさせるための雑草だ。

 

 かろうじて生き延びたと思った束の間、弱った隙を突かれ連戦になった。回復も間に合わなくて、あっという間に殺された他の二人。

 その死体が母の姿と重なった。

 

 

───死にたくない。

 

 

 がむしゃらに逃げた。

 敵は撒けた。でも、また追われている。

 大型の獣の牙が背中に迫る。生きたまま食べられる。きっとうちは、簡単に死ねない。

 

 頑張って走ったけど、足は限界だったんだろう。縺れて地面が近づいたのがやけにゆっくり見えた。

 眼鏡が転んだ拍子に跳ねていく。背中に獣臭い荒い息がかかるのがわかった。

 どうせ何も見えないのに、それでもほんの皮一枚でも逃げたくて、ギュッと瞼を閉じてその時を待った。

 

 

───誰か。

 

 

 暗闇の中で、何かがぶつかる大きな音がした。

 その牙が身体を引き裂いたのかと一瞬思ったけど、来ない痛みに恐る恐る目を開いて、視線を上へと向ける。

 

 誰かがいた。ぼやけたシルエットに急いで眼鏡をつければ、そこにいたのは嫌いな“黒”。

 なのに、どうしてだろう。その“黒”はキラキラ光って見えたんだ。

 

 

「怪我はなさそうだな」

「立てるか?」

 

 

 そっと伸ばされたのは、敵の手だ。

 取っちゃだめだ。誰の手も、取っちゃだめだ。うちの味方は誰もいない。自分自身だけ。

 

 そう思うのに。

 その黒い髪も瞳も綺麗で。

 その強く輝くチャクラが眩しくて。

 

 初めて伸ばされた手にそっと触れた。

 握られた手のひらが暖かかった。

 頭を撫でる仕草が、母さんと重なった。

 その優しすぎる眼差しに、涙が溢れた。

 

 

「たすけて」

 

 

 眼鏡をかけているのに、見えないよ。

 もっと、ずっと見ていたいのに。

 

 手に入らなくてもいい。見ているだけでいいから。

 だから、どうか。あと、少しだけ。

 

 どうか、うちの側にいて。





香燐ちゃん初登場!鷹メン大好きだったなぁ(*´艸`*)
そして超重い過去よ……。原作香燐ちゃんもサスケに助けられた、それが心の支えだったんじゃないかな、と。
ちなみに、サスケさんは香燐が前回も中忍試験に参加していたことを知りません。

そしてそして……!ついに明日、サスケ烈伝放送!!!これを盛り上げるためだけに投稿していたと言っても過言ではない(笑)録画準備ばっちりです!(〃∇〃)

烈伝放送を祝し、明日から主要キャラの誕生日にあわせて連投予定ですので、どうぞお楽しみくださいませ。最初はカカシ先生から行きますね〜( ´∀`)b


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37.名前


 目を落とせば、自分の両手が目についた。皺もなく、染みもなく、傷のほとんどない小さな手のひら。
 かつてカグヤやキンシキ、モモシキと命懸けで戦い勝利を掴んだ手ではない。
 振るえる筈の力は使えず、誰かを頼ることもできない、ただの名もない子供の手だ。

 大切な奴らを守りたかった。
 苦しむ奴らを救いたかった。

 けれど。このちっぽけな両手では、全てを守ることなんかできなくて。
 それなのに、大切なもの、助けたいものばかりが増えていく。いつかは溢れると知りながら、それでも見捨てることができなかった。

 全てを守れる力があればいいのに。
 そう夢現に、願っていた。



 

 

「……落ち着いたか?」

 

 

 大きな木の根元に空いた洞の中。

 トラップをかけ終わり戻ってきた男に小さくこくりと頷きながら、うちは内心で悲鳴をあげた。

 副音声をつけるなら、『キャー』とか可愛らしいものじゃない。とどめを刺される時の『ギャー!!』だ。

 

 男には何とか頷いたけど、実を言えばうちの心臓は全く落ち着いてなかった。

 洞は狭くはないけど、広くもなくて。そんな空間に男と二人っきりになるなんて初めてで、さっきから熊に襲われた時とは違う動悸で死にそうなくらい胸が苦しい。

 

 だからさ?

 うちの答えにホッとしたように微笑むのはやめて。心臓が壊れそうなんだよ。

 

 心の中で訴えるけど当然相手に届くはずもなく。隣に座り込んだ男から食うか?と魚の干物を渡されて、受け取る手がぶるぶる震えたのが伝わってないことを願うばかりだ。

 

 

「お前、名は?」

 

 

 意識しないように黙々と魚を囓っていると、ふとそう尋ねられ、名すら名乗っていなかったことに気がついてハッと頭を上げた。

 

 

「う、ウチは、香燐。ささ、さ、さっきは助けてくれて……あ、ありがと」

「香燐か……。偶然通りかかっただけだ、気にするな」

 

 

 頭を上げればそこにはイケメン。直視出来なくて若干目を逸らしながらの言葉だったが、しっかり噛みまくった。それも恥ずかしかったけど、それよりも、その呼ばれた名に心臓が一際大きくはねるのが分かった。

 

 今、『香燐』って。うちを呼んだ。うちの名前を。

 火照っていた顔が更に赤くなるのを感じて、耐えきれず顔を覆った。

 

 

(あああもう、何やってるんだよ。しっかりしろよ変な奴って思われちゃうじゃん……!)

 

 

 脳内で自分を罵倒しても、何故か身体が言うことを聞いてくれない。

 ぐるぐる巡る思考で泣きそうになりながら、それを誤魔化すように眼鏡を押し上げてちらっと横目で男を見やれば───平然と魚を食っていた。

 

 変に思われてないのはいいけど、それはそれで悔しい。意識しているのはうちだけで、一人舞い上がっていた自分が虚しくなってくる。

 こんなにも簡単に翻弄する無自覚男がほんの少し恨めしくって、ジトリと横顔をガン見した。

 

 流石はイケメン。横顔も素晴らしく整っていて、見てるだけで保養になる。

 髪の毛もつやつや、女子顔負けなほど睫毛は長いし綺麗に上を向いてる。羨ましい。肌も白くて、きっと触ったらすべすべしてるんだろうな……。

 あ、歯並びもいい。真っ白な歯と歯の間から覗く舌も、綺麗な赤色。白と赤………エロい。ヤバい。魚で頬が膨らむ。もぐもぐと咀嚼する様子は可愛くて、美味しそうだ。

 ああ、何だかよだれが……。

 

 

「香燐」

「はっ!うあああああああ!!!!ち、違う、そんなのこれっぽっちも思ってない!違うからっっ!!」

「………香燐?」

「そんな変態みたいなこと思ってない!思ってないんだからな……!?ただちょっと、ちょっぴり思い浮かんだだけで……!!言葉の綾って奴!?」

「……何の話だ」

「あああ嘘ごめんなさい思っちゃったんだもん!!だって、だってぇ……!!」

「はぁ……落ち着け、香燐」

「………!!?」

 

 

 戸惑ったようなイケメンに顔をのぞき込まれて、暴走していた思考が停止した。

 ついでに、身体も。息が止まった。

 

 

「顔が赤いな。熱があるのか?」

「え、あ」

「休んでろ、今……」

「ち、違うから!!平気だから!!」

 

 

 洞を出て行こうとする男を必死に引き留めれば、怪訝そうにしながらも座り直すのを見て胸をなで下ろす。

 助けてもらったうえに、看病まがいのことをさせる訳にはいかない。あ、でも、こいつに看てもらえるならずっと病気でも………。

 

 

「香燐」

「はいっ!?」

「これからのことなんだが、お前はどうする」

「え……」

 

 

 一人ニヤニヤとよこしまな思いを抱いていたのが申し訳なくなるほど、真摯な黒い瞳がうちを映していた。

 それに沸き立っていた感情が静まりかえっていく。

 

 ……そうだ。ずっとこのままなんて、無理なんだ。

 今は中忍試験の真っ只中、周りは敵だらけ、さっきなんて死にかけたじゃないか。試験終了までうちは一人で生き延びなきゃいけない。

 心細さに掌を重ねて握り混むと、サスケは大丈夫だ、とうちの頭を撫でて、選択肢を示した。どちらを選んでも、うちを守ってくれる。そんな選択肢だった。

 

 

「お前はどうしたい」

 

 

 どうしたい、なんて。うちに決めさせてくれる奴は初めてで、初めてだからこそ言葉に窮して俯く。

 

示された選択肢は二つ。

一つ、幻術で守られたこの洞で救助を待つ。

二つ、この男に塔まで送ってもらう。

一つ目は試験終了まで怯えて隠れていないといけない。二つ目は敵に襲われる危険がある。

 

 

───けど。

迷ったのは一瞬で、答えはすぐに出た。

 

 

「一緒に、いたい。……駄目か?」

 

 

 断られるのが怖くて、ギュ、と手を握った。

 恐る恐る男を見上げれば、男はパチパチと大きな目を瞬くと、分かった、と照れくさそうに笑った。

 

 それは紛れもなく、うちだけに向けられたもの。

 初めて貰ったその笑顔で、空っぽだったうちの中がいっぱいになっていく。顔も、心も、熱くて熱くて仕方なかった。

 

 

「あのさ………名前、聞いてもいい?」

「ああ……言ってなかったか。俺の名は、サスケだ」

「サスケ、君?」

「………サスケでいい」

 

 

 君付けに眉を顰めて本当に嫌そうな顔をするから、つい笑ってサスケ、と口の中で復唱した。

 そうか、こいつは『サスケ』って言うんだ。すんなりと頭に入ってきた名前に嬉しくなって、刻みつけるように何度も何度も心の中で呼びかけた。

 

 日が沈んだら動くというサスケとうちは、ぽつぽつと話をした。

 うちのことも少し喋って、代わりにサスケのことも少し知った。隠してることがあるのはお互い様で、当たり障りがないけれど、それでもサスケの話は何よりも宝物のように思えた。

 

 サスケは木の葉隠れの下忍だ。

 親はいなくて、兄弟のような親友と暮らしているらしい。

 メンバーはそいつと、あと同期の女、それから胡散臭い担当上忍。そいつらのことを話すサスケの顔は本当に優しくて、そんなにサスケに想われているメンバーが羨ましいと思った。

 

 二次試験では他のチームと合流したという話には驚かされた。でも、別にルールを破っている訳じゃないし、ゴールできる確率も上がる。

 木の葉のような参加者の多い大国ならともかく、草隠れみたいに小さな国は特に取り入れた方がいいんじゃないか?……絶対、教えないけど。

 

 その後、敵に襲われ、仲間とはぐれて塔で待ち合わせをしている途中でうちを見つけたんだそうだ。

 助けてくれた礼に巻物を渡そうとしたけど、もう揃っているらしくて断られた。貰うばかりで、何か返したかったから残念だ。

 

 そんな会話をしている間にいつの間にか日は傾いていて、そろそろ出発しようと準備をしていた時。うちは近づいてくるチャクラに眉をひそめた。

 

 チャクラが二つ。

 一つは少し朧気で、もう一つは無機質さを感じる。

 

 

(このチャクラ……まさか昨日の?)

 

 

 朧気な方は影分身。昨日から五体くらいがバラバラに動いているのを感じていた。チャクラ性質は同じで同一人物によるものだ。それから半日以上経つ中、消えたものもあったにせよまだ残っている者がいたとは。

 その途方もないチャクラ量に感心しながらも、トラップを解除していたサスケに慌てて声をかけた。

 

 

「サスケ。敵が二人、こっちに近づいてる。一人は影分身だ」

 

 

 サスケは少し驚いたようにその手を止めて森の奥に顔を向けた。その真剣な眼差しがかっこいい……じゃなくて。

 サスケも感知タイプなのかな、と思いながらその横顔を見つめていると、その気配に気づいたのか、ハッと目を見開いた。

 

 

「俺の仲間だ。先に合流するぞ」

 

 

 その言葉にドキリとした。仲間………決して、うちにはなれないもの。うちは他里の忍でしかないんだから。

 でも、サスケのことを考えれば、試験終了時間が迫る中、早めに合流したほうがいいことは明白だった。

 

 頷きながらも少し俯く。それはサスケといられる時間が短くなるということで、せめてサスケがゴールするまで一緒にいたかった。

 そんなうちの不安を感じ取られたのか、ジッと見つめられていることに気がついた。

 大丈夫、と笑顔を見せればサスケは安心したように息を吐いて、無理をするなと言いつつもトラップの解除を急いで進めていった。

 

 当たり前だけど、早く合流したいのが本音なんだろう。うちはついででしかない。だって、これは試験なんだから。

 それでも寂しいと思ってしまう、そんな我が儘な自分に自嘲しながら解除を手伝った。

 

 

「こっちだ」

 

 

 少しでも役に立ちたくて、サスケの手を引いてなるべくトラップや野生動物と合わないよう道を示す。

 サスケも気配は気づいているから道案内なんて本当はいらないだろうに、少し遠回りしても何も言わずついてきてくれる。その信頼が心地よかった。

 

 あと少し。

 木々の間から黄色が見えて、サスケは敵と誤解され逃げられないようにだろう、ぱっと足を早めた。

 

 

「ナルト!」

 

 

 ナルト、というのが一緒に暮らしているという親友の名前らしい。

 でも……どっちなんだろう。

 

 そこにいたのは男が二人。一人は金髪に蒼い目をしている影分身、もう一人は黒い髪と目の男。

 金髪の服は森の中でも目立つオレンジ色で、忍ぶ気なんて更々なさそうな奴だ。でも、うちを上回る途方もないチャクラ量にぶるりと肌が粟立った。

 黒髪はちょっぴりサスケに似ていて、笑顔を貼り付けてる。まあ、サスケの方がイケメンだけど。

 

 どっちがナルトなんだろうとサスケをちらりと伺う。でも、サスケは目を見開いて驚愕したような顔をしていた。

 視線の先は黒髪だ。つまり、黒髪はイレギュラーだってことだろう。

 

 ならこっちか、と思って派手な金髪を見たが……何故か臨戦状態に入っていて困惑した。

 あれ?と首を傾げて双方を見比べる。

 

 

「あ、サスケ君。久しぶりだね。流石、もう女の子を引っかけるなんて手が早いな」

「はっ、二度も同じ手食らうかよバーカ!かかってこいってばよォ!」

 

 

 ……何だコイツら。

 そう思ってしまったうちは悪くないと思う。

 どちらかがサスケの親友かと思うと何だか複雑だ。

 

 サスケの背中に隠れて見上げるも、サスケは二人を凝視するばかり。そっとサスケの服の裾を握ってみたけど、気付かれなくて口元が緩む。

 

 

「いざ、尋常に勝負だってばよ、偽者野郎!」

「……待て、ナルト。俺は偽者じゃねぇ」

「偽者はみんなそう言うんだってばよ。もう騙されねえかんな!」

「ふふ、ナルトはチョロいよね。兄さんとよく似てる。……あ、さっき雨隠れの忍がサスケ君に化けててさ。ナルトが捕まってたから助けたんだ。でも、復讐とか言ってたけど馬鹿だよね。ただの影分身なのに」

「おい、サイ!ただのとか言ってんじゃねぇよ!影分身だってなぁ、本体にこき使われて大変なんだぞ!」

「フン、我愛羅が怖くて分身を狙ったか。なるほどな」

 

 

 静かに話を聞いていれば、三人の会話からちょっと話が見えてきた。

 金髪がナルト、黒髪がサイって奴らしい。

 つまり、ナルトがサスケに化けた奴に騙されて捕まった所をサイって黒髪が助けた。だから、うちらも敵の変化だと思って、ナルトはこっちを威嚇してるんだろう。

 

 サスケも納得したみたいで、でもどうやって説明すべきかって悩んでるみたいだ。

 ナルトがクナイを構えて今にも飛びかかってきそうで、うちがぎゅうと裾を握る手の力を強めたら、サスケがちらりとこっちを見て、また戻される視線に少しがっかりした。

 

 

「分身だって馬鹿にしてると痛い目みるってばよ。ほら、かかってこいよ!」

「………ナルト。本当に、分からねぇのか?」

「え……?」

 

 

 サスケのちょっとだけ低くなった声に、ナルトが狼狽えて視線が彷徨う。だけど、ぶんぶんと頭を振って、騙されねぇ、なら証明してみろって叫んだ。

 

 

「サスケの口癖は何だってばよ?」

 

 

 何だそれ。

 合言葉を決めてると思ってたのに出てきたのはクイズ。拍子抜けで、がっくり肩の力が抜けた。いやでも、確かに共通して知ってることほど信憑性が高いから、いいのか……?

 

 頭を捻りつつ、それでも純粋にサスケの口癖は気になって答えを待っていたけど、サスケは難しい顔で唸っていた。まあ、口癖っていうのは自覚してないことも多い。心当たりがないみたいだった。

 

 

「やっぱ、お前偽者だろ!」

「待て。別のにしろ」

「え-……。仕方ねえ、あと一回だかんな」

「ねえ、ナルト。ちなみに答えは何なんだい?」

 

 

 グッジョブだ黒髪。

 変わらぬ笑みを浮かべながら他意なく尋ねた黒髪に、内心サムズアップを送った。

 

 

「そりゃ、ウスラトンカチに決まってるってばよ!」

「ウスラトンカチ?変な口癖だね」

「……黙れ。早く二問目を言え」

 

 

 ウスラトンカチ……どんな意味だろうと思いつつ、心のノートに書き記す。

 サスケの耳が赤く染まってるのが見えるのは、背中に隠れるうちだけの特権だ。

 

 

「第二問!サスケがこの前食事会で作ったのは───」

「お好み焼き。お前が焦がして真っ黒になった。木ノ葉丸はマズいって泣きながら食べて……」

「サスケぇぇぇ!!生きてたってば!!!お前、俺ってば滅茶苦茶心配したんだかんな!?サクラちゃんだって泣かせやがってこのやろー!!後で試験終わったら一楽のラーメン大盛りだかんな!!!」

「分かったから、耳元で喚くなウスラトンカチ……」

 

 

 現金にもがばっとサスケに抱きついてきたナルトに、サスケは例の口癖を言って、呆れながらも笑みを見せた。

 ウスラトンカチは呆れを意味してるんだろうか、何て思いながらそっとサスケの裾を離して一歩下がった。感動の再会って奴に水を差したくはなかったから。

 

 お好み焼きかぁ……うちの好物だ。

 サスケの作ったお好み焼き、食べてみたいなあ、と思いながらそれを眺めていると、ふと肩越しに蒼い目とぶつかった。

 

 

「サスケ、誰だってばよ?」

「ああ……途中で会ってな。塔に向かってたから一緒に行くことにしたんだ」

「へえ、そっか。……俺ってば、うずまきナルト。サスケの親友で、いつか火影になる男だ!よろしくな!」

 

 

 金髪男ことうずまきナルトは、ニッと爽やかに笑った。

 底抜けの明るさが眩しい。さっきの馬鹿発言は許してやろうと思うほどに。

 

 だけど、その名前にひっかかりを覚える。

 うずまきナルト………うずまき?

 まさか、と金髪男を上から下までジッと見た。一族の赤髪は受け継いでいない、と言うことは片親がうずまきの混血だ。

 

 躊躇いつつも差し出された手をそっと握ると、肉厚な掌に相当な努力の跡を感じて、きっとコイツなら火影になれるだろうと目を細めた。

 

 夢を追いかけるコイツがとても羨ましかった。

 だって、うちには夢なんてない。今を生きるだけで、乗り切るだけで精一杯なんだ。この試験が終わったら、あの空っぽの部屋に帰るだけ。

 同じうずまきの血を引いているのに、何故こんなに違うんだろう。生まれた里が違うだけなのに、どうして。

 溢れそうになる嫉妬心に蓋をして、歯形だらけの腕でその手を握り返した。

 うずまきの血は今、関係ない。ここにいるのはただの香燐だ。

 

 

「ウチは、香燐。よろしく」

「その赤髪とチャクラ……君、うずまき一族だよね。よかったね、ナルト。同族に会えたみたいだよ」

 

 

 こ・の・野・郎………!!

 

 一瞬であっさりバラした黒髪に顔が引き攣った。殴ってやろうかと拳を握り締めようとしたが、動かない。何だと思ったらぐっと強い力で手が握られていた。

 離して、と言おうとしたけど……そのキラキラと輝きを増した蒼い双眸に射すくめられ身動き出来なかった。

 

 

「うずまき………俺と同じだってば」

 

 

 本当に?と確認するナルトの青い目に、見抜かれるような心地がして嘘がつけない。

 パアッと明るさを増したナルトの笑顔が、チャクラが眩しすぎて辛かった。

 でもそいつの手は───サスケと同じで、暖かかった。

 




やっぱりHENTAIな香燐ちゃんが好き(笑)
子供だからまだツンデレ度が低いね!

ナルトとも親戚なんだから絡んじゃえよ〜仲良くわちゃわちゃしちゃえよ~と常々思ってたので満足(*´艸`*)

【烈伝記念投稿】
①9/15
②10/10


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38.仲間


 鳥を描いた。空を描いた。建物を描いて、木々を描いた。
 目的は特にない。ただ、この目に映ったものを描いていただけだ。

 意味のないことをしている。
 そう思っても、筆を置くことができなかった。


『お、次は風景画か。ちょうどよかった、よかったらこれ使ってみてくれ』
『絵の具?これどうしたの?』
『この前、街におりた時に買っておいたんだ。そろそろ無くなるって言ってただろ?』
『ありがとう、兄さん!この絵にピッタリの赤色だ。……でも、いっつも僕ばっかり……』
『気にするな。俺はお前の絵のファンだからな』
『じゃあ、この絵が完成したら兄さんにあげるよ!』
『そうか。楽しみにしておくよ』


 上手いでもなく、ただ好きだと。
 その優しい微笑みを忘れることができなかった。



 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 日もすっかり沈み、虫の鳴き声だけが暗闇に響いている。その中をサスケ達はただ黙々と歩いていた。

 

 先導する香燐がちらちらと戸惑うような視線をよこすのには気付いていたが、こういった状況下で解決できるだけのコミュ力を持っていない俺は、内心で詫びつつ隣を歩く男の横顔をそっと伺った。

 

 貼り付けた笑顔の奥、こいつは一体何を考えているのだろうか。読めないそれに、声をかけることが躊躇われる。

 こんな時にナルトがいてくれたなら、きっとこんな空気も何のその、この場を明るく照らしてくれていただろう。しかし、ここにその肝心のナルトはいなかった。

 

 

『塔のすぐ側、滝の裏側の洞窟に隠れてんだ。まあ、昨日の時点でだけどさ、あんま本体からのチャクラに変わりはねえから、戦闘とかで他に移ったとかはないと思うってばよ』

 

 

 その言葉通り、香燐の感知によれば川の辺りに五つチャクラがあるという。

 ナルトに道案内を頼むという手もあったが、しかし影分身にしても希薄過ぎるチャクラに違和感を感じた。

 

 よくよく話を聞くに、ナルトは俺と別れて早々、援護として数体の影分身を残していったらしい。しかし、件の雨隠れの幻術を解いていなかった影響から、影分身達も方向感覚を失い迷子になった挙げ句、他のチームと戦闘になって消えたそうだ。

 それでもナルトは諦めず、サスケを探すために影分身を作り続け……今や、流れてくる本体のチャクラが底を尽きかけてる、と。

 

 今一つ間の抜けた展開にため息をつき、諦めねえド根性に呆れ、幼いながらも膨大なチャクラに驚嘆し、垣間見えた絆に少しだけ頬が緩み。

 そして、最後の言葉を聞くと同時に、現状をあっけらかんと話す影分身を冷たい眼差しで睨み付けた。

 

 色々と言いたいことはあったが、中でも最後の言葉だけは聞き流せない。チャクラが足りないだけならまだいい。問題は、限界まで使い切ること───チャクラ枯渇にある。

 

 チャクラ枯渇とは簡潔に言うならばチャクラ、つまりスタミナ切れを指す。基本的にぶっ倒れて身体が動かなくなるというもので、ナルトとの戦闘を始め俺自身も何度かなったことがあった。

 しかし、大怪我を負っていたりチャクラ生成能力が未熟な子供の場合は、命の危険を伴う。多重影分身が封じられた理由もそこにあり、チャクラを継続的に流す影分身はその限界を越えてしまうリスクが高い術の最たるものだ。

 

 ナルトの場合は死ぬことはないだろうが、代わりに九尾の暴走の危険がある以上、暢気に道案内を任せている場合ではない。

 九尾の件は伏せつつも、手短に“死ぬぞ”と脅しつければ、影分身は真っ青になって慌てだした。

 

 

『ぜったい、話聞かせてくれってばよ!!』

 

 

 そう香燐に一方的に言い残して、ナルトは煙を残して消え失せた。

 しかし、そうナルトの都合だけで決めていいことでもない。香燐の立場としては、危険な森に何時までもいるより先にリタイアした方がいいだろうと思ったのだが………反対したのは当の香燐だった。

 

 

『し、仕方ないから、ウチも一緒に行ってやる。その方が一緒にいられるし……。そ、それに!ウチなら、ナルトがどこにいるか分かるんだから!だから、絶対に行くから!』

 

 

 その了承の言葉に、実を言えば内心少しホッとしていた。

 実際に血は繋がってないにしても、親のいないナルトにしてみれば姓が同じということは大きな意味を持つ。唯一の、他者との共通点。始めから持つ、決して変わることの無い繋がりだ。

 

 ナルトの親のことは俺には伝えられない。未来の知識に含まれるのか、話すことは出来なかった。

 アカデミーでそれをからかわれ、唇を噛んで俯く姿を何度も見ていた。だから、ほんの小さなことでも教えてやりたい、そう思っていた。

 そんな香燐を利用するような下心に罪悪感を抱きながらも、ナルト達と合流することがそうして決まった。

 

 そして。

 問題は残されたこいつ───サイだ。

 

 

『僕も途中まで一緒に行くよ』

 

 

 その言葉によって、サスケ、香燐、サイという摩訶不思議な組み合わせで共に塔に向かっていた。

 だが、サイとの接点もほぼなく、香燐に至っては初対面。紹介はしたが気まずい現状である。

 

 

(……どうしてこうなったんだ?)

 

 

 大蛇丸が暁を抜けておらず、中忍試験に香燐が参加しており、サイはカブトと入れ替わっている。

 度重なるイレギュラーに頭を抱えたくなった。たった一日で、考えなければならないことが積み重なっている。

 

 大蛇丸のことは、よくよく考えれば理解出来た。奴が暁を抜けたのはイタチが関わっていたとカブトから聞いた覚えがあった。

 しかし、イタチは今木の葉にいて暁には入隊さえしていないのだから、大蛇丸が暁を抜ける理由が無い。無論、留まるからには目的があるだろうが。

 

 しかし、香燐とサイ。この二人に関しては、どうしても分からない。

 

 似通いながらも、どこか異なる世界。多少誤差はあるにせよ、既に筋書きがあり、それをなぞっているかのようだと思っていた。

 しかし、そこに矛盾はなかった。必ず、原因があり結果があった。一人一人が悩み、考え、決断し、そして今に至っていた。

 

 ならば、何故この二人はここにいるのか。

 中忍試験に参加した目的は何だ?その背後にいるのは誰だ?

 

 俺は過去の全てを知っている訳じゃない。だから、こいつらが前も参加していたかどうかすら分からず、それ故に答えがでない。

 知ったところで、何も変えられないのかもしれない。

 それでも、時間は過ぎていく。後戻りはできないのだ。ならば、今出来ることをするだけだ。

 

 

「……サイ。ナルトを助けてくれたことだが、礼を言う」

「ああ、気にしないでいいよ。君のためにやったわけじゃないから」

 

 

 乏しいコミュ力を振り絞り、唯一の接点であるナルトを出汁に話しかけた。

 にこやかに、表情を変えずに答えるサイ。当たり障りがない答えの筈だが、どこか毒を感じるのは気のせいだろうか。

 そう思いながらも、サスケは会話を続けようと笑顔のサイを見つめて素直に頷いた。

 

 

「分かってる。だが、ナルトと俺は同じチームの仲間だ。仲間として礼を言う」

「仲間……」

 

 

 サイは少し思案すると、懐から取り出した巻物にさらさらと……いや、墨が切れたのか、掠れた“仲間”を書いた。

 

 

「“仲間とは、同じ目的を持ち共に行動する者である”……本にはそう書いてあったけど、別行動していても仲間って言うんだね」

「はぁ?」

 

 

 よく分からないことを言い出したサイに困惑したが、そんな俺には気付いてないのか、それとも気にしていないだけなのか。戸惑うサスケを置き去りに、サイは話を続けた。

 

 

「本で調べたんだ。他人とすぐに打ちとける方法とかね。それで、本には名前を呼び捨てにしたり、あだ名や愛称で呼べと……そうすれば親近感が出てすぐに仲良くなれるって」

 

 

 でも、とサイは巻物に目を落とす。

 

 

「一緒に行動していても、笑顔を作っても、あだ名や愛称で呼んでも……“仲間”にはなれないみたいでね。……仲間って何なのかなって、今考えているんだ」

 

 

 首を傾げて尋ねるその言葉に、一次試験前の混沌とした空気を思い出す。

 確かに向こうから話しかけてきた。笑顔だった。あだ名をつけてもいた。しかし……ぶっ飛びすぎだ。

 あれで仲間になりたかったとは、気付ける奴がいたら相当な捻くれ者だけだろう。

 

 

(仲間、か)

 

 

 何気なく使っていたから、意味といわれると答えが難しい。

 しかし。果たして、定義で括れるようなものだろうか。

 

 仲間と聞いて真っ先に思い浮かべたのは第七班だが───過去、敵対した事実もあった。

 

 嘗て、俺は復讐に囚われ大蛇丸の元へ自ら下った。止めるカカシやサクラ、ナルトを始めとして、木の葉の仲間を裏切って。そして、挙げ句には木の葉を潰そうとまでしたのだ。あの時の俺は間違いなく、ナルト達、木ノ葉隠れの敵だった。

 ナルトはそれでも俺を友と呼んだ。しかし、敵と友が両立出来たとしても、敵と仲間は相反するもの。どちらかでしかない。

 

 立場、目的、信念、損得、守りたいもの。

 敵か仲間か、それ以外か。その線はいくらでも左右され、変わり得る。決して一つとは限らないし、その規模も距離感も、それぞれ違うだろう。

 しかし、それを決めるのは己自身だ。

 

 

「共に在りたいと思える者───それが、俺の“仲間”だ」

 

 

 俺は木ノ葉のサスケ。そして、第七班のメンバーだ。

 そうあることを望み、選んできた。それが今の俺の全てだった。

 

 

「サイ、そういう奴はお前にはいないのか?」

「………いるよ」

 

 

 その問いに、一瞬、サイの笑顔が消えた。

 伏せられた瞳に、暗い何かが過ぎる。

 

 

「でも、もう少し増やしたくて。君も仲間になってくれないかな」

 

 

 瞬き一つで、その垣間見えた闇は消え失せていた。

 きっと前を知らなければ、気のせいだったと思ってしまうような、完璧すぎる笑顔で隠された。

 

 

(こいつは、“根”か)

 

 

 木の葉には光と闇がある。葉は鮮やかで、その根は暗い。今、こいつもまだ闇の中で苦しんでいる。

 そして、仲間がいる。それは救いか───それとも。

 

 浮かぶ思いを心の内に押し込めて、唇にほんの少し笑みを乗せた。

 今のこいつの立場は分からない。知れば、変わってしまうかもしれない。それでも、今だけは何も知らないフリをした。

 

 

「俺でよければな」

「いいの?ありがとう。君がお人好しでよかった」

 

 

 一言多いのは最早どうしようもないのだろう。聞かなかった振りをして、足を止めた香燐に倣って立ち止まった。

 

 森の中央にそびえ立つ塔を見上げる。

 二次試験のゴールだ。しかし、川はもう少し先にある。

 

 

「じゃあ、僕はここで。勉強になったよ、ウスラトンカチ」

「名前で呼べ。そう呼び続けるなら仲間は撤回だ」

「気に入らなかったかな?うーん……まあ、ならサスケでいいか」

「お前………いや、もういい」

 

 

 言葉に関しては諦めて別れようとしたが、『サスケ』と引き留められる。

 何だと振り向けば、サイは俺に手を差し出していた。

 

 

「仲間は、別れる時に手を握るって本に書いてあったんだ」

 

 

 伸ばされた手を、そして仮面のような笑顔を見つめる。その読めぬ黒眼に、表情の乏しい俺の姿が映っていた。

 その青白い手を握り返せば、ひんやりとした冷たさが伝わってくる。

 

 

「またな」

 

 

 今度こそ、サイに背を向ける。香燐も結局サイと一言も話さないまま、俺の隣に駆け寄ってきた。

 一人残されたサイの表情は予想できる。きっと、何もない。

 

 仲間になりたい、仲間を増やしたい。その思いが作り物のように思うのは、俺の邪推だろうか。

 背後に浮かびあがる老人の姿。俺たちの仲間にさせようとする、その真意は何だ。サイを、何に使ってる。

 

 募る苛立ちとも怒りともつかない感情を押さえつけ、思考を巡らせていると、ふと遠慮がちな手が俺の腕に触れて我に返った。

 不安そうな香燐に、知らず寄せられていた眉間の皺が緩んでいくのを自覚する。

 

 

「どうした?」

 

 

 努めて優しく声をかければ、香燐は躊躇うように視線を彷徨わせていたが、じっと見詰めていれば、思い切ったよう息を吸い込んだ。

 

 

「サスケ……ウチは、仲間か?」

 

 

 思いがけない質問に目を瞬かせて、一瞬の後、先ほどのサイとの会話のことだと思い至る。

 その揺れた赤髪が、“前”と重なった。

 

 

『よ、よう。久しぶりだな、サスケ』

『誰かと思ったら、君か。久しぶり。……あー、だからさっきから香燐が髪とかしたりそわそわして───』

『てめぇ、水月!』

『サスケ、久しぶりだな。今日はどうかしたのか?大蛇丸様なら今外に……』

『いや。通りがかっただけだ。すぐに出る』

『えっ……も、もうちょっといても、ウチは構わねえけど……』

『君、相変わらず素直じゃないよねぇ。ま、もう遅いし、今晩くらい泊まってけば?』

『部屋を用意してくる。奥で待っていてくれ』

『待て重吾、俺は………』

『そういや、サラダちゃんは今どうしてるんだよ?話聞かせてもらうからな!』

 

 

 騒がしい声が聞こえた気がした。

 

 そうだ、一つ抜けていた。不安そうに唇を噛む香燐に頬を緩め、その額をそっと小突いた。

 

 

「ああ」

「…………!!」

 

 

 仲間。その境界線は難しい。

 それでも、確かに絆があった。

 

 

「行くぞ、香燐。道案内を頼む」

「わ、分かってるよ!!集中できないじゃん、サスケの馬鹿ァ!!」

「……?」

 

 

 挙動不審な香燐にサスケは首をかしげながらも、二人は仲間の元へと歩き出した。





 塔に一人残された少年は、数日前に渡されたばかりの白い本を握り締めていた。真新しい表紙には何も書かれていない。


『───報告は以上です』
『フフ、ご苦労さま』
『……約束です。これを』
『分かっているわ。あら、綺麗な夕焼け。まるで───あの子の血みたい』
『………』
『ああそういえば……あの子からも、これをあなたにって頼まれていてねェ。開けてご覧なさい』
『これは───』


 不意にガサリと揺れた茂みに、少年は本をそっと仕舞い込む。


「遅いぞ」
「ちょっと、ゴタゴタに巻き込まれてしまって」
「それで?無事に終わっただろうな」
「……中で話すよ、ここは騒がしいから」
「チッ、かわいげのねぇ餓鬼だ」
「そう言わないでよ、ヨロイ。ちゃんと任務は果たしたよ」


 塔の扉が開かれる。ヨロイとミスミの背後からついてきていた気配は、いつの間にか消えている。
 それを確認し、先を行く二人に続いて塔へ足を踏み入れた少年は、ふとサスケ達の去った森を振り返った。


「またね───サスケ“君”」


 扉を閉めるその白い顔が、僅かに歪んでいたことを知る者は誰もいない。
 少年本人すらも、知り得ることはなかった。



 根には、名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。あるのは任務。
 そう教わってきた………その筈なのに。

 僕の名はサイ。
 兄さん。貴方に会いたい。
 ただ、それだけなんだ。


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39.分かれ道

もしかしなくても修羅場。注意。


 

 サイと別れて数分後。塔をぐるりと北側へ回ったサスケと香燐は、轟々と落ちていく滝を見上げていた。

 

 水の流れは途切れることなく、撥ねた飛沫が白い煙のように水面を隠している。

 その幅、おおよそ60メートル。里の水脈を担うこの川の支流を辿れば、木の葉の中心部やうちは地区付近を通る川へと続いている。更に上流へと遡れば、ナルトと戦った終末の谷へ行き着くだろう。

 

 その滝の一角。大岩が少し突き出て、水の流れがやや緩やかな所を香燐が指差した。

 

 

「あそこだ」

 

 

 その先へ目を向けるが、水の勢いにかき消されるのか気配はほとんど感じ取れない。

 上手い場所を見つけたものだ。そして、それをいとも容易く見つける香燐は流石というべきだろう。

 

 落差もそれなりにあり、辿り着くためには水面歩行は無論のこと、その流れや重力に逆うチャクラ吸着の精度が要されそうだ。

 時間はかかるものの、滝の上流へ回った方がいいだろうか。

 

 そんな分析をしていたサスケの隣。クイ、と眼鏡を押し上げた香燐はジッと滝を、そしてその奥を見詰めていた。

 

 

 

「奥にいるのは五人、ナルトもいる───けど一人、危ない。チャクラがかなり弱ってるみたいだ」

「……!!」

 

 

 ハッとサスケは滝を見上げた。

 心当たりは二人。しかし、香燐の口調からナルトでないことは察せられた。

 そして、もう一人だとするならば。

 

 

「急ぐぞ」

「へ?え、うわああっ!!?ちょ、サスケ!?」

「時間が惜しい、掴まっていろ!」

 

 

 サスケは香燐を担ぎ上げ、背後の悲鳴を無視して滝を駆け上った。

 

 

 

 

「サスケ!!」

「サスケ君!!」

 

 

 滝の裏側には、大人一人が楽に通れる程の空洞がぽっかり空いていた。

 水の覆いを隙間から潜り抜け、香燐を降ろし微かに残る狭い足場を辿って洞へ足を踏み入れると同時。二人分の重みが抱きついてきて、サスケは滝に落ちぬようにぐっと堪えた。

 

 

「サスケェ!お前、遅ぇってばよ!!俺ってば滅茶苦茶心配したんだかんな!?後で試験終わったら一楽のラーメン大盛りだってばよ!!!」

「サスケ君……よかった……」

 

 

 どこかで聞いた台詞を喚くナルトと、ほたほたと涙を流すサクラ。

 本当に心配をかけていたのだろう。ナルトの顔色は悪かったし、サクラの目など真っ赤に充血していた。

 それに罪悪感を抱くものの、その想いが嬉しく頬が緩む。二人に答えようと口を開きかけるが、ふと、洞窟の奥で身動いだ影に唇を引き結んだ。

 

 

「……サスケ」

 

 

 やや遠慮がちにかけられた暗い声に、ナルトとサクラの腕がそろりと外れた。

 サスケもまた意識を切り替え、奥へ足を進めれば血と肉の生臭さが鼻をつく。

 何を言われずともしゃがんでその巻き直された包帯を解くと、その臭いは更に色濃く洞窟内を満たした。

 

 

「これは……」

 

 

 痛々しい惨状にサスケは言葉を失った。

 血こそ止まってはいたものの、その開いた傷口は化膿し、その縁は赤黒く変色している。

 呼吸は浅く荒い。発熱しているのか、傷口に触れた痛みに顔を僅かにしかめたカンクロウの額から、濡れた手ぬぐいが落ちた。

 

 広がる死の臭いに鼻が麻痺していくのを感じながら、サスケは傷口に手を翳し、その状態に歯を噛み締める。

 送るチャクラが細胞を活性化させるよりも、死滅していくスピードが早い。毒素が回り、内臓まで動きを鈍らせている。

 

 ナルトの影分身はこのことを話していなかった。それはつまり、影分身が発動された後、この一日の間に急激な悪化があったということだろう。

 普通ならば、例え二日三日でもこれほど酷くはならない。

 ただ、この森が普通ではなかった。この森は未知数で、独特な生態系を築いている。これほどの悪化をみせるとは、菌もまた相当にたちが悪いらしい。

 

 あの場に残ったことに後悔はない。しかし、もっと早く着いていればと思わずにはいられない。

 そんな過ぎる思いを振り捨てて、サスケは翳していた手を離すと、黙り込んだまま虚ろに座るテマリと俯きがちで顔色の窺えない我愛羅へ真剣な顔を向けた。

 

 

「棄権しろ」

「なっ……!!?」

 

 

 静かに告げた言葉に、テマリが声を上げる。予想はしていたのだろうか、我愛羅は身じろぎ一つしなかった。

 テマリはしばし呆然としていたが、ハッと我に返るとサスケの胸ぐらを掴み上げた。

 

 

「ふ、ふざけるな!!お前、医療忍術が使えるんだろう!!?だったら……!!」

「……テマリ。お前も、気づいてるんだろう」

 

 

───手遅れだ。

 

 

 無情に告げられたその一言にテマリの瞳が見開かれていく。サスケの胸元を掴んでいた腕から力が抜けて、かろうじて引っかかった爪先から、震えが伝わってくる。

 それを知りながらも、サスケは言葉を続けた。

 

 

「感染を起こしている。悪化の速度が早すぎて、俺の力ではもうどうにもならない。だが、木の葉の医療班なら───」

「棄権はしない」

 

 

 もしかすると。

 その可能性を、我愛羅が遮った。

 

 

「我愛羅……」

 

 

 それは、カンクロウの命を切り捨てることと同義だった。テマリが信じられないと言うように、唇を戦慄かせる。

 どうして。そんな視線へ目を合わせないまま、我愛羅は低い声で答えた。

 

 

「棄権など、認められない」

「お前っ……!仲間が、兄弟が死にかけてんだぞ!!試験がどうのなんて言ってる場合かよ!!!」

「ナルト、やめろ」

「何だよサスケまで!!カンクロウ見捨てる気───!!」

「やめろ!!」

 

 

 たまらず口を出したのだろうナルトを遮り、軽く顎をしゃくった。

 

 

「お前や俺より………我愛羅の方が、苦しいに決まってるだろうが」

 

 

 我愛羅は俯いたまま。

 だが、その手はカンクロウの服の裾を固く握りしめていた。俺がこの洞窟に入ってきてから、ずっと。

 

 

「……木ノ葉に借りは、作れない」

 

 

 ぽつりと呟かれた言葉が、重く心に沈む。

 砂隠れの忍。それも、里長の子。だから、木の葉に借りは作れない。助けを求めるなど、あってはいけない。

 

 それをくだらないとは言えなかった。

 今の砂と木ノ葉の力関係は歴然だ。木ノ葉崩しもそれを覆さんと企てられた。足を引き合い、互いに生き残りを賭ける中、弱みにつけ込まれれば里が苦しむことになる。

 

 それを杞憂と一蹴できたなら良かったが、サスケ自身信じることが出来ないのだ。

 確かに、三代目はそうしないだろう。だが、上層部は───あの男は。

 

 

「わかんねぇよ……そんなのが、命より大切なのかよ……!!!」

 

 

 涙を溢れさせる、そんなナルトの純粋な言葉が痛かった。

 木ノ葉に助けを求めれば、必ず助かると言うなら、それも決断できたかもしれない。

 しかし、手遅れだった。ここから動かすだけでも体力の尽きた身体には毒で、例え医療班を呼びに行くにしてもあと半日はかかる。

 

 助かる可能性は低い。だからこそ、余計な借りは作らない。それが我愛羅の答えだった。

 

 

「……行け。契約は終わりだ」

 

 

 ぱしりと投げ渡されたものを咄嗟に受け取る。

 契約の対価である地の書。カンクロウを助ける、その対価として提示したものだった。

 

 

「蛇から逃がされた。お前の仲間も、カンクロウをここまで守り運んだ。あのままなら全滅だっただろう。だから……もう、いい」

 

 

 そう言って、我愛羅は目を閉じた。

 

 

「そんな訳にいくか。契約は───約束は、果たす」

 

 

 投げ返した書が絶対防御に弾かれ、洞窟の隅へ転がっていく。それに目を留めることもなく、サスケは再びカンクロウの傷口へ手をあてた。

 周辺の組織は壊死し始め、内臓までその毒素は及んでいる。

 助かる可能性は低い。だが、だからといって諦めはしない。見捨てるものか。例え僅かでも、可能性があるならば賭けるしかないだろう。

 

 

「ナルト、サクラ。水を汲んできてくれ。テマリ。諦めるな、声をかけ続けろ。我愛羅、お前は───」

「な、なあ……!!ウチ、ウチなら、そいつを助けられる!!!」

 

 

 か細くも、何かを決意した強い声が洞窟に響いた。

 その声の主、香燐をサスケは振り返った。

 

 そうだ、なぜ忘れていたのか。嘗て、幾度も死にかけたサスケを救ったのは。

 

 

「香燐……」

 

 

 思いがけぬ救いの手に、サスケの瞳に光が宿る。

 しかし、唐突にその視界を走った影に、サスケは香燐を地面に引き倒した。完全には避けきれず、擦った肩に痛みが駆け抜けると同じく、サクラの悲鳴が聞こえた。

 

 

「……なぜ、あの蛇の仲間がここにいる……!!まさか、裏切ったのか!!?」

 

 

 我愛羅が声を荒らげ、それに呼応するように砂が舞う。

 睨み付ける先には、香燐の額宛てがあった。額宛てに刻み込まれたのは、大蛇丸が化けた忍と同じ草隠れの紋。

 大蛇丸は一人だった。ならば仲間がもう二人。そう考えるのは、当然のことだった。

 

 

「違う!!こいつの仲間は、二人とも死んだ。それに、あいつは大蛇丸といって───」

 

 

 木の葉の抜け忍だ。

 

 その一言が、出てこない。息が詰まる。舌が動かない。

 何故。何故、伝えられない。何故、話せない。

 

 あいつは大蛇丸。木の葉の抜け忍で、かつて木の葉崩しを企み、三代目や我愛羅の父、風影を殺した奴で。知っているのに。否、知っているから。

 話せない───本来なら、知り得ない知識だったから。

 

 突然詰まった言葉に訝しげだった我愛羅だったが、その後ろ、テマリがその名にピクリと反応した。

 

 

「大蛇丸?そいつは……確か、木の葉の三忍の……?」

「フン……三忍がこの中忍試験に参加したとでもいうのか」

「お前も、あいつの化け物みたいな強さは知ってる筈だ!」

「……ならば、何故お前は五体満足で生きている。俺たちを餌に見逃されたか」

「ちょっと!サスケ君があんなに頑張ってくれたのに、それはないでしょ!!」

「そうだってばよ!!お前ら、ずっと───!」

 

 

 仲間が侮辱されては、サクラやナルトも黙ってはいない。疑心が疑心を、不信が不信を生む。

 

 何故、こうなってしまったのか。

 考えが至らなかった。俺のミスだった。

 しかし……この間にも命の灯は尽きていく。止まってなどくれない。尽きた命は、取り戻せない。

 

 

「サスケ……ウチ、何か……」

「お前のせいじゃない。……香燐。頼む、力を貸してくれ」

 

 

 サスケは、突如始まった喧騒におろおろと狼狽えていた香燐の手を取った。

 

 

「我愛羅!説明は後だ、これを見ろ」

 

 

 袖をめくり、先ほどの我愛羅の攻撃で抉られた傷を見せれば、サクラとナルトの顔が泣きそうに歪む。

 我愛羅も罰が悪そうに口篭もったのを確認し、サスケは香燐の腕に歯をたてた。

 

 香燐の小さな悲鳴が耳に届いた瞬間、濃いチャクラが一瞬で身体を巡り、傷ついていた筈の細胞が瞬く間に修復されていくのがわかる。

 そっと香燐の腕を放した時には、傷口の痕すら消え失せていた。唖然とする我愛羅の翠の瞳を、サスケは真っ直ぐに見詰めた。

 

 

「時間がない。敵であれ、味方であれ……カンクロウの命を助けられるのはこいつだけだ」

「……だが、そいつは……」

「誰だっていい!!誰だっていいから……カンクロウを助けてくれ……!」

 

 

 迷うような我愛羅の背を押すように、喧騒にすら加わっていなかったテマリの悲痛な声が洞窟に木霊した。

 

 

「我愛羅……信じてくれ」

「………わかった」

 

 

 ついに折れた我愛羅が足を引く。

 その前を恐る恐る通り抜け、カンクロウの傍らへ膝をつけた香燐は、慣れたようにそのぐったりした顎を開いて手のひらを噛ませた。

 

 

 

 

「───そうして、うずまき一族は各地へ散った。利用されないよう姓を捨てたり、国から国へと彷徨ったり。血のつながりもとうに薄れ、散り散りになった血族がどこでどうしているのかは……もう誰もわからない。ただ、この赤髪と膨大なチャクラが一族の証って言われてるんだ」

「じゃあ、ナルトは……」

「チャクラの質からすると、きっと母親がうずまき一族だと思う。父親は木ノ葉の忍だったんじゃないか?」

「へええ。俺、母ちゃんの名前貰ってたのかあ……」

「うずまき……確か、うちにもいたはずじゃん?」

「ああ、あいつか」

「えっ?砂にも?」

「忍ではないがな……」

 

 

 初めて知る己のルーツに、ナルトはきらきらと目を輝かせていた。

 先ほどから質問責めされている香燐はといえば、そんなことも知らないのか、と呆れながらも満更でもなさそうに答えており、何気にサクラやテマリ、そしてすっかり回復したカンクロウまで加わり、国際色豊かに盛り上がっている。

 

 それをサスケは岩壁へ背を預けながら、ぼんやりと眺めていた。

 香燐の力で大なり小なり負っていた傷は全て癒えたものの、疲労自体は抜けないものらしい。

 時間も残り少なく、すぐに出立しようとしていたのだが、ナルトに香燐から話を聞きたいと押し切られた。あれで意外と目敏いのだ、サスケの状態を見破っていたのだろう。

 

 

(まあ……半々ってとこか)

 

 

 だが、話を聞きたかったのも事実なようで。嬉しそうな横顔を見れば、仕方ないかと目を瞑るしかない。

 内心で苦笑しつつ賑やかな声に耳を傾けていると、紛れるように名を呼ぶ小さな声が聞こえて、サスケはそちらへと頭を向けた。

 

 

「……悪かった」

 

 

 洞窟の入口側、見張りをしていた我愛羅がぼそりと呟くように言った。

 じっと見詰めているのは俺の肩だ。もう傷一つないが、それでも罪悪感があったのだろう。

 ……罪悪感。かつての我愛羅にはなかった筈のそれ。芽生え始めた心の機微に、胸が温かくなってくる位だ。

 

 

「もう治ったんだ、気にするな」

 

 

 そう笑って肩をぐるりと回せば、ホッとしたように表情が柔らかくなった。

 一時はどうなることかと思ったが、香燐によってカンクロウの傷は完治。説明を重ね、大蛇丸と香燐の関係性も否定し、納得してもらうことができた。

 もはやゴールするのみなのだ、気負いすることもない。それに。

 

 

「ナルト達のことを、守ってくれたんだろう?」

「…………」

 

 

 照れたようにそっぽを向いた我愛羅にやはりな、と笑みを浮かべる。

 そう。あの時、香燐から最も近くにいたのはナルトとサクラだった。

 砂は俺の肩を抉ったが、その後我愛羅のもとに帰ることなく、ナルトとサクラを庇うように遮っていた。

 

 もしも、香燐が敵であれば。もしも、俺が変化であれば。

 我愛羅は最悪を想定し動いた。カンクロウやテマリだけでなく、ナルトとサクラまでも守ろうとしたのだ。

 大蛇丸を引き受けた時に二人を頼む、そう言った。契約ではない、ただの口約束にすぎなかったのに。

 

 

「我愛羅……ありがとう」

 

 

 我愛羅はそれに答えなかった。

 それでも、ちょうど水を通して差し込み始めた光が、赤く染まった頬を照らしていた。

 

 

 朝日が昇りきった頃、サスケ達は洞窟を出た。

 とはいえ、この七人に及ぶ大所帯を襲う気概のある敵はおらず、陽の下ではトラップを避けるのも訳はない。

 元々さほど距離もなかったものだから、すぐさま塔へ辿り着いてしまった。この濃密な五日間を思えば、酷く呆気ないゴールだ。

 そう思ったのはサスケだけではなかったのか、皆しばらく無言で塔を見上げていた。

 

 

「サスケ。約束のものだ」

「ああ、確かに」

「………世話になった」

 

 

 落ちた沈黙を破ったのは我愛羅だった。

 差し出されたその手には地の書が握られており、約束の果たされた今、サスケは今度こそしっかりと受け取る。

 そして、どちらともなく手を握った。

 それを見ていたサクラは、浮かない顔で眉を下げた。

 

 

「何だか……寂しくなっちゃうわね」

「馬鹿言うな、あたしらはライバルなんだぞ?これから嫌でも顔を合わせるだろうさ」

「そうだけど……でも、」

「………あんたらといるのは、中々悪くなかったよ」

 

 

 皮肉げに笑うテマリが最後にポツリと呟く。

 サクラはその言葉に嬉しそうに笑った。

 

 

「お前、これからどうするんじゃん?」

「ウチ?ウチは……不合格だし、明日には……」

「えええ!!行っちまうのかよ?つうか、そんな里やめてうちに……ってぇ!!」

「お前、里抜けさせる気かよ!ったく……中忍試験はさぁ、他国に力を示す……代理戦争ってのは知ってるだろ」

「……うん」

「え?え?どういうことだってばよ?」

「はあ……きっとこれから説明あんだろ。で、負けた里がそのまま帰っちまったら、その里の戦意を失わせられねぇじゃん。だから、申請さえあれば試験が終わるまでは観戦できんだよ。補助も降りる。そいつから里の戦力を伝えて……って訳だ。まあ、里のプライドがどうのってあんま使う奴はいないけどな」

「じゃあ……試験中は、ここに……?」

「ああ。お前の里から申請は来てねえだろうけど……親父にかけあってやってもいいじゃん。お前んとこには上手く言っておいてやるよ」

「ほんと!!?」

「やったってばよ!!お前、根暗そうとか思ってたけど、意外といい奴じゃん!!」

「あ゛ぁ!!?つうか、人の口癖真似すんじゃねえじゃん!!」

「サスケの試合観戦……むふふ」

 

 

 カンクロウとナルトの言い合いを始めたが、パアッと笑顔を浮かべた香燐には聞こえていないようだ。

 沈黙から一転、賑やかな空気になってきたが、それでも終了時刻は刻々と迫っていた。

 

 香燐は我愛羅達と共に行くことになった。残った時間で近くに落ちているだろう傀儡を探しに行くらしく、それを手伝うとのことだ。

 一足先にゴールすることになったサスケ達は、ついに扉の前に立つ。

 

 

「……行くか」

 

 

 錆びた扉に手をかける。

 ギ、ギ、と重い音を立てて扉が開いていく。

 その中へと足を踏み入れ、前を進んだ。

 

 

「同盟は終わった。次に会うときは───敵だ。それを忘れるな」

 

 

 扉の奥へ消える背に、どこか悲しげな声が届いた。

 





『”第二の試験”終了です。通過者、総勢十八名を確認。中忍試験規定により、”第三の試験”は五年ぶりに予選を予定いたします』


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予選試合編
40.里


 

 

 二次試験が終わり、一息つく間もなくサスケたち試験合格者は広間へ集められていた。

 広間には担当上忍が既に待機しており、カカシは入ってきたサスケ達を認めるとへらりと笑った。その変わらぬ胡散臭さに、悔しいが少しだけ安堵したのは墓まで持っていく秘密である。

 

 二次試験の受験者数は78名。ここに集まったのは僅か18名、6チームのみだった。

 合格したのは、サスケ・ナルト・サクラ、キバ・ヒナタ・シノ、シカマル・イノ・チョウジ、ネジ・リー・テンテン。それから砂隠れの我愛羅・テマリ・カンクロウ。

 そこまでは記憶通りだ。

 

 だが、前と異なっていたことが二つ。

 

 一つは───音忍がいないということ。

 これは予想通り。大蛇丸が暁に所属し続けている以上、音里も存在しなかったのだろう。一次試験でも二次試験でも、その姿を見なかったことを考えればそう驚くこともなかった。

 

 そして、もう一つ───カブトがいないということ。

 彼奴が立っていたはずのその場所には、サイがいた。その後ろには、俺がかつて予選で戦った奴が並んでいる。

 

 

(やはり……サイとカブトの立ち位置が入れ替わっているのか)

 

 

 これまでの接触でも、カブトを彷彿とさせる素振りはあったが、班員まで同一となれば最早疑う余地はない。

 しかし、重要なのはそれに何の意味があるのかということだ。

 

 カブトがいない───スパイとして潜入自体していないのか、中忍試験に参加しなかっただけなのか。それとも、音里がない今大蛇丸の部下ではないのか。

 

 サイがいる───暗部として何かの任務で参加したのか、大蛇丸の部下として潜入しているのか。それとも、暗部ですらなく、単に下忍として参加しているのか。

 

 全て推測ともいえない、唯の憶測にすぎない。

 余りに情報が少なく判断ができないのだ。だが、ここまで予想外のことが多々起きていることを思えば、何があっても不思議ではない。

 

 

(一体……今、何が起きている……?)

 

 

 大蛇丸。木の葉崩し。砂隠れ。香燐。カブト。サイ。

 尽きぬ謎に頭を悩ませるサスケの眉間に、自然皺が寄っていく。

 それに気づいたサクラが、心配そうに顔を覗き込んだ。

 

 

「サスケ君……大丈夫?」

「……問題ない。それより、始まるぞ」

 

 

 サスケの言葉が終わるか終わらぬか。

 かつり、かつりと、石畳を打つ硬質な音にその場の空気が張り詰めた。

 

 

「ふむ……今年は豊作じゃの。重畳、重畳!」

 

 

 杖をつきつつ現れた三代目火影は、例年より多い合格者にふぉっふぉと朗らかな笑みを浮かべた。

 三代目に続き入ってきたのは試験官達だった。二次試験を担当したアンコは、ぐるりと受験者を見渡して声を張った。

 

 

「まずは“第二の試験”通過おめでとう!!合格時にも説明があった通り、この五日間に渡るサバイバルは中忍としての基本能力を試すもの───」

 

 

 イルカからも伝えられた中忍の心得だ。

 それをもう一度繰り返したアンコが、厳しい口調で続ける。

 

 

「しかし、中忍となれる者はほんの一握り。ここから試験は更に難易度が上がる。サバイバルで学んだように、常に気を抜くことなく挑め!……私からは、以上だ。

───それでは、これから火影様より“第三の試験”の説明がある。各自、心して聞くように!!」

 

 

 ぱっと視線がアンコから、中央に立つ火影へと移った。

 

 

「では火影様、お願いします」

「うむ」

 

 

 三代目は笠をくい、と上げる。そこには先ほどの好好爺はおらず、鋭く底知れぬ目をたたえた火影がいた。

 特に威圧感があるわけでもないのに、それだけで受験者のみならず、試験官、担当上忍に至るまで背筋が伸びる。

 受験者を一人一人見詰めた火影は、静かに口を開いた。

 

 

「これより始める“第三の試験”……その説明の前に、はっきりお前たちに告げておきたいことがある。この試験の、真の目的についてじゃ」

 

 

 蕩々と告げられたのは、“前”と同じ内容だ。

 同盟国間の戦争の縮図。任務という市場の争奪。他国への外交的、政治的圧力。力のバランスと忍の世界の友好。

 

 

「これはただのテストではない……己の夢と里の威信をかけた、命懸けの戦いなのじゃ」

 

 

 そう結ばれた言葉に、その場にいる誰もが呑まれたように聞き入る。違和感すら、感じることなく。

 サスケは一人、そっと目を伏せた。

 

 

『里を守ることが、何より人を…忍を、子供を守ることになるとオレは今でも信じる』

『始まりに…マダラとオレが望んだ里とは、一族と一族を繋げるものだった。無秩序から秩序を形づくり、それを保つための大切な要だった。子供達を守り無駄な争いを避け───平和を実現するものだった』

 

 

 里とは何か。

 そう問いかけた俺に、木の葉の創始者はそう語った。

 確かに、戦乱の世と比較したなら遥かに平和な世となった。しかし、それは犠牲あってこその平和と言える。

 子供達を守りたいと願ったその想いを考えれば、この中忍試験は何とも皮肉なものに感じた。

 

 自分の里を大切に思うからこそ、その里が優位に立つことを望む。優位に立つために、他を陥れる。追い落とされぬよう、里を守るために命を懸けて戦う。

 

 表面的には平和に見えようとも、互いに相手の出方を窺い、勝機を狙っているのだ。それが今の里の在り方であり、平和の在り方だった。

 

 これは、正しいのだろうか。間違っているのだろうか。答えは出ない。

 それでも、その道の果てに───誰もが命を懸けることを当然とはしない、そんな“未来”があることをサスケは知っていた。

 

 だからこそ、進まなければならないのだ。今ではなくとも、未来へつなぐ為に。犠牲を積み重ねようとも、迷い、悩み苦しもうとも忍び耐える。

 そこに例え矛盾があろうとも、平和を願い礎となった者達の思いを無駄にはしないように。

 

 サスケは目を上げる。

 肌を刺すような緊張感を受け止め、それでも真っ直ぐ前を向いた。

 

 

「では、これより“第三の試験”の説明をしたい所なのじゃが……実はのォ」

「恐れながら火影様……ここからは“審判”を仰せつかった、この月光ハヤテから」

「……任せよう」

 

 

 話を続けようとした三代目は口篭もり、言いにくそうに一つ咳払いをした。

 そんな三代目の前に、スッと膝をついた忍。月光ハヤテと名乗った試験官は、了承を得てサスケ達を振り返った。

 

 

「皆さん、初めまして。ハヤテです。えー……皆さんには“第三の試験”前に、やってもらいたいことがあるんですね……ゴホッ」

 

 

 青ざめ真っ黒な隈を作ったその男は、言い終えると同時にゴホゴホと咳き込んだ。

 

 

「大丈夫かよ、こいつ……」

「体調悪そーだけど……」

 

 

 病人かと見紛うような審判と名乗ったハヤテに、受験者達の間でこそこそとそんな声が聞こえてくる。

 しかし、そんなささやき声に気づいているのかいないのか、ハヤテは咳き込みながらも説明を始めていった。

 

 

「えー……それは、本戦の出場を懸けた、“第三の試験”の予選です」

「予選!!?」

「予選って……どういうことだよ!!」

 

 

 その言葉にどよめきが生まれた。

 それもそうだろう。ようやく試験が終わったかと思えば、まだ難関が残っているとは。サバイバルを終えたばかり、気力も十分ではない受験者からすればすぐ受け入れられるほど余裕はない。

 しかし、そんな受験者の戸惑いと不安の声にも顔色一つ変えず──元から悪いのだが──ハヤテは淡々と答えた。

 

 

「えー……今回は第一・第二の試験が甘かったせいか……少々人数が残りすぎてしまいましてね……」

 

 

 曰く、ゲストが来るため時間をそんなに割けないと。

 要約すればそんなことを言って、唖然としている受験者へ無情に告げる。

 

 

「えーー、というわけで……体調の優れない方、これまでの説明でやめたくなった方、今すぐ申し出て下さい。これからすぐに予選が始まりますので」

「これからすぐだと!!?」

「そんな……」

 

 

 ざわざわと一際大きなざわめきが起き、ゴクリと息を呑む音がどこかから聞こえてくる。

 しかし、ここまで生き延びた者達だ。徐々に覚悟を決めたように、真剣な表情へと変わっていく。

 

 

───そんな中、上がった手があった。

 

 

「俺は、やめとくじゃん」

「僕もここまでにしておこうかな」

 

 

 カンクロウ、そしてサイだった。

 思いもよらぬ脱落者に目を見開いたサスケ達へ、カンクロウがニヤリと笑う。

 

 

「ま、忍具の修理さっさと終わらせなきゃなんねーし。体調も万全っつう訳にいかねえじゃん」

 

 

 我愛羅やテマリ、そして担当上忍すらも無言で前を向いている所を見ると、事前に打ち合わせていたのだろう。

 傀儡師であるカンクロウからすれば、下手に出場を続けて手の内を見せるよりは、といった所か。顔色は悪くなかったが、丸三日伏せっていた弊害もあるのかもしれない。

 

 

「えー……砂のカンクロウ君、それから木ノ葉のサイ君ですね。では、下がっていいですよ」

 

 

 そう言われると、カンクロウはひらひらと手を振って部屋を出て行った。

 

 

「待てよサイ!カンクロウはしゃーねぇけど……お前まで、何でやめちゃうんだってばよ!!?」

 

 

 カンクロウに続こうとしたサイを、ナルトが小声で引き留めた。

 特に怪我をしたわけでもなさそうで、むしろこの中では一番服の汚れもない。余力も余っていそうなのは見ただけで分かる。……ならば、何故。

 そんな疑問へサイはパチリと目を瞬かせたが、すぐさま読めぬ笑顔を貼り付けた。

 

 

「僕?僕は、ストックの墨が切れちゃったからね。特に中忍に思い入れもないし、いいかなって」

 

 

 軽い調子の口調からは、中忍になりたいという気持ちは欠片もないのだということがありありと伝わった。

 それは本音で悪気もないのだろうが、その中忍試験に命を懸けようとする者達にとっては侮辱のようなものだ。声の聞こえる範囲にいた者が殺気立つのが分かる。

 ナルトも青筋を立てて列を飛び出し、サイの胸ぐらを掴んだ。

 

 

「お前っ!!俺たちを馬鹿にしてんのかってばよ!!」

「そういうつもりじゃないけど……どうして怒るのかわからないな。ライバルが一人減って喜ぶ───それが忍だろう?」

 

 

 ニコリと笑うも、声は冷たい。いや、冷たさすらなく、温度そのものが感じられない。

 それに得体の知れなさが募った。

 

 

「はいはい、そこまでです。えー……ナルト君ですね。君も棄権を?」

「はっ!!?んな訳ねーってばよ!!」

「それなら……列に戻ってください。予選が始まりますので、君も……」

 

 

 見かねたハヤテがパンパンと手を叩く。

 ナルトは渋々列に戻ったが、サイはハヤテが何か言うよりも早く扉の方へと歩いて行った。

 

 その背が、やはりカブトと重なって。変わる未来の予感に、サスケは肌が粟立つのを感じていた。

 

 

 

 

 部屋を退室していくサイの横顔に、ふと何かがちらりと過ぎった三代目は首を傾げた。

 

 

「ふむ……どこかで見た顔じゃな」

「───“サイ”、年齢13。データでは4回連続不合格です」

「どういう経歴じゃ」

 

 

 ペラペラとファイルを捲ったアンコだが、すぐさまその手は止まった。

 異様に薄かったのだ。他の受験生が20から30枚以上に及ぶのに対し、サイのファイルは記述されたのはたったの数枚、あとは全て白紙だった。経歴には記載は無い。 

 そして、それとよく似た者達のファイルをアンコは覚えていた。最初のページへと戻り、日付を確認したアンコはやはりと内心で呟いた。

 

 

「この子は、“根”です」

「……!!そうか、あの時の……」

 

 

 アンコは声を潜め、たった一言耳元で囁く。

 その名に、三代目の脳裏に苦い記憶が蘇った。

 

 

 きっかけは───そう、“芽”が生まれたことだったか。

 

 木ノ葉内部監査部隊、通称“芽”。

 つい五年ほど前に新設された火影直轄独立組織である。その役割は木ノ葉の内部調査を行い、汚職や他国との密通者の摘発を担っている。

 

 これはうちはイタチの提言を採択したものだ。

 暗部として働きながらもよくぞ集めたと言うほどの証拠資料を山と積み上げられては、動かぬ訳にもいくまい。

 その資料を元に上層部の半数が取り調べを受け、火影邸勤務職員のおよそ三割が人事異動となったため、当時は大騒動となったものだ。

 この年ばかりは過労死するかと本気で思った。老骨はいたわって欲しいものじゃ。

 

 こうして、木ノ葉内部の腐敗が露わとなったことを受け、この組織が誕生せざるを得なかった。

 反対があるかと思いきや、事件の関係者と見られるのを恐れてか、先に根回しされていたのか、誰も何も言わなかったのが不気味な程だった。

 

 提言者のイタチは創設当初より総隊長を勤め上げ、その働きは今なお目覚ましい。

 汚職の取り締まりが始まってからというもの財政も黒字に転じ、イタチは敵も多いものの、若手の忍を中心に内政部より多大な信頼と尊敬を集めていると聞く。

 

 構成員は、一部役割の重複する警務部隊との連携の必要性やその独立性を鑑みて、うちは一族の者が約半数を占める。

 うちはの里外任務を渋る上層部も、こうなると文句はつけられなかった。

 うちは一族としても悲願であった中枢への参画が叶い、不満は今やほとんどないようで協力的な姿勢を取っている。

 

 

 この“芽”によって、更に内部の腐敗は露わとなっていき───三年前、ダンゾウが摘発されたのだ。

 

 

 容疑は他国との密通、うちは一族の拉致殺害及び眼の強奪、不正会計を始め多種多様なものであったが、何より物議を醸したのは………人身売買だった。

 

 里の孤児や他里よりの亡命者を、売り渡す。

 一部掴んだ情報によれば、実験や闘技場、大名の玩具、果ては風俗。売り渡された者の末路はいずれも悲惨で、資料に目を通せば数多の戦死者を見てきた儂でさえも吐き気がした。

 

 

『里の為にやったことだ。命一つで里同士、国同士の争いを防げるとあれば安かろう?』

 

 

 平然としたダンゾウの言葉に、怒りで目の前が赤く染まった。

 

───里の為。里の為。

 

 その言葉を出されては、いつも頷くしかなかった。だが、こんなものが里の為だと?里民を犠牲にする、これが?

 

 

『里の為ならば、何をしてもよい訳ではない!!!里は民を守るためにこそある!!民がいてこその里……お主がやっていることは、ただの裏切りにすぎぬ……!!』

 

 

 失望した。ダンゾウにも、それを受け入れ加担し続けた儂自身にも。

 

 ホムラ、コハルさえもダンゾウを庇うことはなく、ダンゾウは失脚、永続蟄居を申しつけそれ以降は姿を見ていない。

 この一連の出来事はあまりにも里の威信、そして他里からの信用を損なうため闇に葬るしかなく、ダンゾウの失脚はおろか芽の存在さえ公には知られていなかった。

 

 その際、ダンゾウの部下であった“根”も解体された。

 ダンゾウはどうやら部下を他国へ潜入させており、未だ行方のわからぬ者も多数いるものの、その繋がりは完全に絶った。

 

 物心ついた時から根として育てられてきた者達であり、身を犠牲に里へ尽くしてきた彼等だ。何かすることはできないかと、その後の希望を聞いていけば、ほとんどの者が忍を辞したが一部は忍としての道を選んだ。

 暗部として働き続ける者もいれば、一般の忍として再出発を希望する者もいた。しかし、一般の忍とするにも、根は階級がない所か忍者登録すらされていない。そのため、形式上一年間アカデミーを受講、卒業させることになったのだったか。

 ほとんどは卒業後に特例で上忍となったが、一人、最年少だった子供は下忍からとした筈……それがあの子か。

 

 

「ふむ。じゃが、実力としては、既に中忍となっていておかしくないがのぅ」

「それが……協調性に問題があるようで。過去三回共に、チームワークを要する二次試験にて単独行動等により失格。班も複数回変更がされています。今のメンバーとは、比較的長く続いていますが……あの二人には良くない噂が」

「良くない噂?」

「はい。先ほど、“芽”から寄せられた極秘情報によれば……大蛇丸との密通の疑惑があるそうです」

「大蛇丸じゃと……!?」

 

 

 三代目は目をカッと開いた。その名は先ほどアンコから聞いたばかりのもの。演習場の付近で殺された草隠れの忍。溶けた顔。

 それは、かつて目にした大蛇丸の術だった、と。

 

 

「まだ証拠が掴めておらず、飽くまでも憶測なので報告は控えていたとのことです。しかし、先日より密かに監視していたものの、試験中も特に問題となる行動は見られなかったようで……」

 

 

 その報告にホッと胸をなで下ろす。アンコの呪印は反応せず、森に捜索に入ったが大蛇丸を見つけることはできなかった。

 証拠がないのだ。侵入者がいるにしても大蛇丸ではないと、そう思いたい。楽観的な希望に縋りたくなってしまう。

 

 

「……まだ、わからぬか」

「はっ。申し訳ございません……」

「いや、お主を責めたのではない。己の不甲斐なさを感じたまでよ。……それにしても、今回は随分と問題児が揃ったものじゃ」

 

 

 ぐるりと改めて受験者を見渡す。元“根”の者に大蛇丸の密通疑惑者、風影の子息子女、忍の名家六家、内日向の宗家と分家、九尾の人柱力にうちはの人質。

 しがらみなく、ここに立っているのはリー、テンテン、春野サクラくらいのものか。その姿に安心感さえ覚える程だ。

 そのサクラと何事か話している……というより叱られている様子のナルトに目が留まり、三代目は眼を細めた。

 

 

(……まさか、あのナルトがここまで来るとはの。四代目も喜んでおろうな。しかし、やはりサスケも抜けてきたか……)

 

 

 ナルトとサクラの後ろ。二人を呆れたように眺めているサスケの姿に、三代目は顔を曇らせる。

 ナルトと同班である以上、必然とも言える……が、素直に祝福はできなかった。

 

 

(写輪眼はまだ発現しておらぬようだが……うちはの血は、いつか必ず目覚めよう)

 

 

 戦闘に身を置けば、遅かれ早かれそうなるだろう。

 だが、もうしばし、と願わずにいられない。

 

 サスケは写輪眼が発現し次第、暗部へ配属されることが決まっていた。写輪眼があってはその血を周囲に誤魔化すことができないためだ。

 それも、本来は人質として受け入れ次第となっていた所を、うちはの抗議と三代目の口添えによって譲歩させたものだった。

 

 現在の暗部総隊長はシスイが勤め上げてはいたが、公平性を保つため、サスケは上層部付きの暗部に配属されることだろう。そうなるとシスイも、この儂さえも早々口出しはできなくなる。

 暗部が例え中枢に近くエリートとして尊敬を集める部隊であったとしても、その任務はいずれも過酷なものだ。人質であることから死のリスクは低い任務となるだろうが、その分精神的には辛いものが宛がわれる筈だ。

 うちはの優秀な血を木の葉に使う、その上層部の方針そのものは変わっていない。だからこその期限だった。

 

 しかし、近年のうちはの功績は大きく、人質の返還も時間の問題であろう。

 そうなれば暗部入りは阻止できる。無理に七班を分かつこともない。

 

 

(……もうしばし、なのじゃが)

 

 

 額ずいたイタチの姿が頭を過ぎる。

 イタチはこのサスケの暗部入りを阻止せんと、死にもの狂いで働いている。二次試験中はそうそう大きな問題もあるまいと無理に休暇を取らせた位だが……大蛇丸のことを知り、もう仕事へ戻っていることだろう。

 

 そんなイタチからすれば、サスケがこの試験に参加すること自体反対だった。

 命の危険に晒されれば、その分その血の目覚めも早まるのだから。

 

 しかし、ルーキー全員が参加するにも関わらず、サスケ達のみ特別扱いする訳にもいかず。その晩頭を下げられたが、決まったことは最早覆せない。

 

 麗しい兄弟愛。それを守ってやりたいが、もう願うことしかできないのだ。

 

 

「どうなることかのぅ……」

 

 

 物憂げなため息に、それを一人聞いていたアンコは答えを返せなかった。





人生ハードモードなサスケさん……生きろ。
でも、イタチ兄さんは絶対的な味方です。カカシ先生への苦言の裏には色々あったことでしょう。
ちなみに、休暇もシスイさん(暗部総隊長)と情報交換をしたり書類仕事をしたりしてる。もはやワーカーホリック。

ちなみに、ダンゾウ様の腕ってもうクーデターの頃には包帯ぐるぐるになってましたよね。
上層部からの任務中に一族の者達が不審にも行方不明になる、遺体が見つかっても眼が抜かれてる。けど上層部は一向に取り合わないし、警務部隊には中枢の捜査権が与えられていない。
それがクーデターの理由(中枢の参画)とかだったら頷けるかな~と(゜-゜)

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41.潜入者

 

 

「えー……では、これより予選を始めます」

 

 

 サイとカンクロウが部屋を出て行ってすぐ、残った受験生16名に対し、審判を務めるハヤテはゴホッと咳をしつつ手短に予選の概要を説明し始めた。

 

予選は1対1の個人戦、つまり実践形式の対戦。

カンクロウとサイが棄権したため、16名、合計8回戦行われ、その勝者が“第三の試験”に進出できる。

 

 ルールは一切無い。どちらか一方が死ぬか倒れるか、あるいは負けを認めるまで戦うことになる。

 しかし、勝負がついたと審判のハヤテが判断すれば、止めに入ることもあるそうだ。

 

 かつての記憶をなぞるような説明を聞き流していれば、ガコリと音がして壁から掲示板が降りてくる。

 

 

「この電光掲示板に対戦者の名前を2名ずつ表示します。では……さっそくですが、第一回戦の2名を発表しますね」

 

 

 ピ、ピ、ピ、という電子音が鳴る。

 そして、そこに白い文字が浮かび上がった。

 

 

『サスケ』vs『アカドウ ヨロイ』

 

 

 表示された名は記憶通りのもので、初戦にも関わらずサスケはホッと息をついた。

 何せ、音忍がおらずサイもカンクロウもいない。7組あった筈が6組へと減少し、組み合わせも同じとは限らなかった。

 しかし、こうして同じ名が出てくるというのは“前”との共通点だ。突飛な変化ばかりに見舞われていた事を考えれば、完全に未来が分かたれた訳でない事を示しているかのようで安堵を覚えた。

 

 ハヤテに促され、サスケは静かに前へと進み出た。

 向かい合う忍は“赤銅ヨロイ”。木の葉の忍であり、サイと同じ班員だ。黒メガネと口元を覆うマスクによって表情は窺えない。

 しかし、ヨロイをじっと観察していたサスケは、ふと感じた違和感に眉を潜めた。

 

 

(こいつ……本当に、下忍か?)

 

 

 チャクラ量は平均より少し上くらいだろうか。サスケよりは少ない程度だ。

 用心深い性格なのか、足運びは一歩一歩が狭く、そして慎重である。視線はこちらから決して目を離さない。

 

 そこまでなら、ごく一般的な下忍や中忍の域だった。

 ただ、その気配だけがおかしい。

 

 薄くも濃くもなく、取り立てて目立つことも無い一定の気配。それは簡単なように見えて、実は気配を断つよりも酷く難しいことだ。

 加えて、試験が始まるというのに、その気配に揺らぎもむらもなく、間違いなく訓練されたものだろうことはすぐに分かった。

 

 

(しかし、下忍に潜入任務が振られることは滅多にない筈だ)

 

 

 下忍はスリーマンセル、そして必ず担当上忍がつく。任務と言えばランクこそ様々だが、雑務や護衛、調査が主だ。

 中にはチームでの潜入任務もあるが、それだけでこのレベルの気配コントロールが身につくとは思えなかった。

 

 一般的な力量に不釣り合いな気配───まるで、スパイのような。

 

 

「第一回戦対戦者は赤銅ヨロイ及びサスケ。両名に決定……異存ありませんね」

 

 

 物思いに耽りながらも、サスケはハヤテの言葉に頷きを返した。

 ヨロイもまたそれに諾と答える。マスクの上からも唯の子供と油断しているのか、ヨロイが笑うのが分かる。その気配は張り詰めたままに。

 

 

(……確かめる必要がありそうだな)

 

 

 もし予想が当たっていたとしたら、放置する訳にもいかないだろう。

 サスケはふ、と息を吐いてチャクラを練り上げた。

 

 

「それでは───始めて下さい!」

 

 

 ハヤテが合図をすると同時に、互いにホルダーへ手を伸ばした。

 サスケは指先へ当たった冷たい金属の柄を握る。ヨロイが掴んだのは3枚の手裏剣だ。一瞬早く投げられたそれを、サスケは手にしたクナイで力の限り弾き返した。

 

キィンと耳障りな金属音が鳴り響く。

 

 弾かれた手裏剣はヨロイへ向かうも、身体を捻り避けられるがそれは予想の範疇だ。

 すぐさまその体勢が整わぬ内に懐へ潜り込む。床へ手をつき蹴り上げようとしたが、すんでのところでガードされた。

 

 その時、ヨロイがふと覆面から覗く頬を緩め、蹴り出されたままのサスケの足を握った。

 

 

───来た。

 

 

 吸われていくチャクラに、身体の力が抜けていくのが分かった。

 それにがくりと身体を崩すも、すぐさまその手を振りほどき距離を取る。

 荒い息をつきながら膝をつくサスケへ、息が整うのを待つわけもなく容赦ない追撃が襲いかかった。

 

 クナイとクナイがぶつかり合う金属音が響き合う。

 しかし、吸われたチャクラの影響かサスケの動きは徐々に鈍り始める。動きが緩慢となった腕を掻い潜り、再びヨロイの手がサスケの胸ぐらを掴み上げた。

 指から滑り落ちたクナイが床へ落ち、硬質な音を奏でた。

 

 

「……お前、俺のチャクラを……」

「フフフ……今ごろ気がついたか。だが、もう遅い!!」

「うっ……ぐ、ぁ……!」

 

 

 ヨロイが手に力を込めると、チャクラを吸うスピードが上がる。

 かくりと腕を下ろしたサスケに、勝利を確信したヨロイは覆面の下で嘲笑を浮かべた。

 

 

「ふっ……何だ、もう終わりか?こんな奴が後輩とは……木ノ葉もレベルが落ちたものだな」

 

 

 サスケは首を落としたまま答えない。

 その姿に、たまらずナルトが声を張り上げた。

 

 

「サスケェ!!てめー、それでも俺のライバルかよ!!?お前を越えるって約束しただろーが!ダッセー姿見せてんじゃねェーってばよ!!」

「フフフ……無駄なことだ」

 

 

 必死に名を呼ぶナルトの声に嗜虐的な笑みを浮かべ、ヨロイはとどめとばかりにサスケの頭へ手を翳した。

 

 

(ここまでですかね……)

 

 

 ハヤテがそう内心で呟き、中断の手を上げようとした時。ヨロイの掌の裏で、ニイと口角が上がった。

 

 ぽん、とそんな軽い音を立て、捕らえられていたサスケの姿は煙となって消え失せた。

 

 

「!!?」

「まさかっ……影分身か!!?」

 

 

 ヨロイがぐるりと素早く会場を見回した瞬間、四方八方からクナイが、手裏剣が、雨のように降り注いだ。

 それを横へ飛んで躱しながら、ヨロイは先ほどまで立っていた場所を振り返る。数多の忍具が床へ散乱していった。

 

キィンと耳障りな金属音が鳴り響く。

 

 

「はっ……これが先輩とは、情けねェな」

 

 

 先ほどの、ヨロイの言葉へ被せるように告げられた声が降ってくる。

 ぱっとヨロイが、ハヤテが、ナルト達が。天井を仰いだ。

 

 かくして、傷一つ負っていないサスケがそこにいた。

 皆の唖然とした視線を受け、サスケは笑みを深めると床へ降り立った。

 

 

「貴様……何故動ける!?確かにチャクラは吸い尽くしたはず……」

 

 

 驚愕に先ほどの余裕は消え失せ、声を荒らげるヨロイへサスケはそんなに難しいことじゃない、と肩をすくめる。

 

 

「ほんの少し感覚を鈍らせただけだ。アンタ、チャクラを吸うことは出来るんだろうが……奪えないんだろ?」

 

 

 その言葉に、図星だったのかヨロイはたじろいだ。

 まあ、よく考えれば分かることだ。自身の許容量を超えたチャクラというのは毒にしかならず、経絡系そのものが押しつぶされる。その筆舌に尽くしがたい痛みによってショック死したものもいる程だ。

 サスケの方がチャクラ量は多く、それを吸い尽くしなどしたら自滅するしかない。

 

 確かに、自身の使った分だけ補充するという高等技術もあるにはあるだろうが、そんなリスクを犯してまでチャクラの蓄積などこの慎重な男はしないだろうとサスケは踏んだ。

 そして実際に天井から様子を伺っていた所、吸った側からチャクラを大気へ逃がしているのが分かった。

 

 つまり、ヨロイ自身、どれ程のチャクラを吸えたのか把握できない。吸い取る感覚の強弱によってのみ判断していたのだ。

 

 

「感覚を鈍らす……幻術か!!?しかし、そんな素振り……!」

 

 

 狼狽えるヨロイへ、サスケはクナイを両手に持つとそれを強く打ち鳴らした。

 

キィンと耳障りな金属音が鳴り響く。

 

 それにメガネの下でハッと目が見開かれる。

 その音は、戦闘中幾度も耳にしていたものだった。

 

 

「なるほど……音を使った幻術ね。初手、手裏剣を弾いた時に気づかれない程度の弱い術をかけ、その後の打ち合いで徐々に感覚支配を広げていった……」

 

 

 二階の観戦席、幻術のスペシャリストと名高い紅が感嘆の声を上げる。紅と同じ結論に至ったヨロイは、わなわなと掌を見詰めた。

 感覚支配。見知らぬうちに操られていたのだ。得体の知れないこの両手に、ヨロイの胸に切り落としてしまいたいほどの嫌悪感が募る。

 

 

「次はごく僅かにチャクラを取るつもりでも、チャクラを逃す限界量以上に吸うことになるかもな。そうしたら、分かるだろう?………あんたはもう、その術を使えない」

「くっ……!!」

「どうする、棄権するか?どう足掻いても───アンタは、俺に勝てない。まあ、どうせその術だけを頼りにここまで来たんだろうが、そんなもの一度見れば対策なんてすぐ出来る。その程度では中忍など夢のまた夢……諦めたほうがいいぜ」

「このっ……クソガキ!!こんな術が無くとも……!」

 

 

 普段ならかかる筈もない安い挑発に、自身の術を封じられ動揺していたヨロイの気配が激しく波立つ。

 なり振り構わずに突っ込んできたヨロイの拳を躱す。受け止めることなく、ただ躱し続けた。

 空振りで体力を消耗し、当たらぬ攻撃に苛立ったチャクラ。その気配は殺気立ち、最早始めの頃の凪は欠片もない。

 サスケは内心ほくそ笑むと、身を躱しながら呆れたように囁いた。

 

 

「フン、その程度か?接近戦一本、しかも体術はお粗末。それでよく生き残れたものだな。仲間に助けてもらったか」

「黙れッ!!」

「何だ、事実だろ。言うに事欠き、逆ギレとは程度が知れるぞ」

「っ!!」

「あいつも、お前みたいな奴が部下では浮かばれねぇな。いや……耄碌したか」

「このっ!!大蛇丸様を馬鹿にし……ッ!!」

 

 

───堕ちた。

 

 

 ハッとヨロイは口を閉ざしたが、もう遅い。

 

 

「今、何と言った!!?」

「大蛇丸だと?」

「まさか……!」

「大蛇丸“様”、ねぇ……。あいつ……」

 

 

 怒りと共に叫ばれた声は、二階へもしっかり届いていた。

 その名に担当上忍や試験官がどよめく。聞き覚えのある名に、受験生の中ナルト、サクラ、我愛羅、テマリだけが息を呑んだ。

 口走った言葉に顔を青ざめさせたヨロイはサスケへ背を向け、唯一の逃走経路である扉へすぐさま足を向けた。

 

 

「何処へ行くつもりだ?」

 

 

 しかし、その扉に手がかかるよりも早く、その襟首はがっちりとした手に捕まえられる。

 

 扉を塞ぐように立ちはだかったのは三人だ。

 ヨロイの腕を捻り、拘束した森野イビキ。腕を組むみたらしアンコ。そして、静かに佇む中忍ベストを纏った見知らぬ試験官。

 予想通りの展開に、サスケは追いかけようとしていた足を止めた。

 

 

 サスケは術のかかり具合を確認するため一度目のチャクラ吸引を受けた後、密かに影分身と入れ替わり天井へ潜んでいた。

 頭上からは全体がよく見渡せる。

 二階を伺えば、ハラハラといった様子で試合を見詰めるナルト達受験生、担当上忍、試験官ら、それから火影。それを見下ろしてじっとその一人一人を観察していたのだ。

 

 三代目は笠で見えなかったが、受験生らや担当上忍達の目はサスケとヨロイを交互に行き来している。どちらかといえば、押されているサスケを見ている時間の方が多い。

 だが……その中、ヨロイのみを注視している奴らがいた。それが、今ヨロイの前に立つ三人である。

 

 この三人だけは、サスケがどんなに攻撃を受けようと、一瞬ですぐにヨロイへ視線が戻っていた。

 ……いや、見知らぬ試験官に至っては、一度たりともサスケに目を向けなかった。恐らくは、暗部。監視役といったところだろう。

 

 泳がせているのか、それとも警戒しているのか。

 そこは若干迷うところだったが、泳がせているのだとすればアンコやイビキにまで知らせることもない。周知させ、その動きを妨げぬようにというなら、審判のハヤテが知らされていないことに説明がつかない。

 そして、その目つきが疑惑を湛えていることに気づけば、後はやることは決まった。動揺させ、鎌をかける。それだけだった。

 

 

「大蛇丸か……たっぷり話を聞く必要がありそうだな」

 

 

 イビキはヨロイの腕を締め上げ、凄惨に微笑む。

 それに身じろぎしたヨロイは舌を噛もうと顎を開くも、それは叶うことはなかった。

 

 

「自害など、許しませんよ」

 

 

 顔も名も知らぬ試験官の眼が赤く染まり、三つ巴の勾玉が浮かび上がる。

 それを目にしたヨロイの意識は遠のき、気を失って身体から完全に力が抜けた。

 アンコはシンと静まり返った受験生や担当上忍やらを見上げ、そして火影へ視線を送る。その頷きを確認し、成り行きを見守っていたハヤテを振り返った。

 

 

「この男は密通容疑で身柄を預かるわ。いい、ハヤテ?」

「はい。では……特例となりますが、審判権限にて赤銅ヨロイ失格と致します。よって、第一回戦……勝者はサスケ。予選通過です!!」

 

 

 凜と放たれた言葉に沸く声はない。

 余りの急展開に呆然としたギャラリーを余所に、サスケは僅かとはいえ強引に削られたチャクラによってだるさを覚えながら二階へと階段を上がる。

 

 

「───調査協力、感謝する」

 

 

 そう言い残し、イビキと試験官の男はヨロイと共に消えた。

 一人残ったアンコは、未だ衝撃から抜けきれぬギャラリーへパンと手を打つ。

 

 

「ま、イレギュラーはあったけど、予選は続くから!そんな腑抜けた顔続けるなら、あんたらも失格にするわよー?」

 

 

 明るい調子とは裏腹に、目は笑っていない。

 “ぼさっとしてんな、コラ”という副音声すら聞こえ、凍り付いていた空気が溶けていく。

 

 そんなアンコの声が響く前には七班の元へ戻っていたサスケは、何を言うでもなく、極々自然にナルトの隣の柵に寄りかかった。

 固まっていたナルトとサクラが、サスケをじっと見詰め───強ばっていた顔が徐々に喜びに染まっていった。

 

 

「……や……やったーってばよ!!」

「サスケ君凄い、予選通過よ!!」

「お前さ、お前さ!!よく分かんねーけど、格好つけやがって!途中、負けちまったのかと思ったじゃんか!よォーし、俺だって負けねーかんな!!」

「重い、抱きつくな……ったく、ウスラトンカチ」

 

 

 肩にがばりとかかる重みに苦言を呈しながらも、我がことのように喜ぶ二人にサスケは頬を緩める。

 だが、その脳裏は疑問で渦巻いていた。

 

 

 ヨロイが大蛇丸のスパイだったことが明らかとなったが、それはつまり、同班であるサイの疑惑も深まったということだ。

 

 大蛇丸。そして、サイの裏にいるダンゾウ。

 この両者が繋がっている可能性が高そうだ。“前”もそうだったのかは不明だが、これが過去を変えた影響を受けたものということも考えられる。

 だとすれば───木ノ葉崩しはどう転がることか。

 

 そして、先ほどの試験官の男。

 あれは間違いなく写輪眼だった。イタチやシスイの変化である可能性も考えたが、サスケを一瞬見たその眼差しから見ればどうも違う。

 向けられたのはマイナスの感情ではなかったが、どちらかといえば好奇や憐憫といった類いのもの。イタチやシスイは、いつも負い目のような痛みを感じるのだ。……そんなもの、望んでいないのだが。

 

 ともあれ、彼は新たにうちは一族から出た暗部なのだろう。

 うちはの悲願、中枢への参画が叶いつつある。それは喜ばしいことであるが、その存在自体、未来が変わった象徴とも言える。

 

 大蛇丸、サイ、カブト、ヨロイ、一族の男。

 ここにきて次々に現れるイレギュラーの多さに、サスケは柵へと爪を立てた。






(全く……とんでもないことになったね)


 ハヤテが三代目と共に一度その場を離れた小休止。
 わいわいと話に盛り上がる七班の後ろ、カカシは壁に寄りかかりつつ戻ってきたサスケを無言で見下ろした。

 気怠そうにしているものの、怪我一つ負っていない。そもそもの実力が違ったのだろう。
 その気になれば、勝負はすぐさまついていた筈だが、それをせず、相手を泳がして能力を見極め必要な情報を引き出した。

 任務中も冷静に物事を判別し、時折暴走するナルトや及び腰になりがちなサクラのフォローをする───そんな姿はこれまでずっと見てきており、この試験も難なく突破するだろうとは思っていたが……まさかこれほどとは。


(使ったのはクナイと影分身、幻術か。特段難易度の高い術ではないにも関わらず……何て奴だ)


 そして。下に恐ろしきは、サスケは一切攻撃を入れていないことだろう。
 一撃さえ当てることなく、サスケは勝った。それが異常であることは言うまでも無い。

 単に体力や術の問題ではなかった。
 ヨロイは心を折られたのだ。

 人の耳に不快な金属音を重ね、無意識下へプレッシャーを与え。
 影分身によって油断させ、突然覆された戦況で冷静さを奪い。
 幻術によって陽動し、己への不信感を抱かせ。
 そして、言葉によって心を折った。

 例え、あの場で口を滑らせずとも、万に一つも勝ち目はなかっただろう。
 最初から最後まで、哀れにもサスケの手の内で踊らされていたのだ。


(ナルトじゃないが、俺も負けちゃいられないね……)


 最近は鍛練も疎かになっている。鍛え直そうかと思いつつ、目の合ったサスケへカカシはへらりと笑った。


「ま、よくやったな。予選通過、おめでとう」
「フン……当たり前だ」


 憎まれ口を叩きながらも、その口元は照れくさげに緩んでいる。
 その普段と変わらぬ姿に、カカシは知らず胸をなで下ろした。

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⑥7/23

烈伝面白かった〜(*´艸`*)
ピンゾロでイカサマしたシーン好き♡
そして速攻潜入バレてる(笑)
来週も楽しみですね!!(⁠≧⁠▽⁠≦⁠)b


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42.ライバル

 

 

「お待たせしました。少々トラブルもありましたが、予選は続行となります。えー……では、さっそく次の試合を始めますね」

 

 

 ヨロイの件で何やら話し合っていたらしい火影、アンコ、ハヤテが戻り、予選試合が再開された。

 サスケは柵へ体重を預けつつ、電光掲示板を見詰める。その鼓動はといえば、自身の名が記された時以上に高鳴っていた。

 

 何しろかつては第一試合終了後、呪印を封じるためこの場から去らねばならず、試合結果は聞いていたもののこれが始めての観戦である。

 この目で見たかった───そんな過去の悔恨がこのような形で叶うとは。

 それに、今回は音忍がいない。組み合わせも必然的に変わるだろうことを思えば、期待半分、不安半分といった所だ。

 

 どうなることかと固唾を呑んで見守る中、電光掲示板は第二試合の2名を示した。

 

 

『ハルノ サクラ』vs『ヤマナカ イノ』

 

 

 その名に隣を振り返れば、当のサクラは呆然と掲示板を見上げていた。まさか、七班から連戦者が出るとは思わなかったのだろう。

 しかし、すぐさまその状況を理解したのか、ごくりとつばを飲み込む音が聞こえてくる。

 

 サクラといの。

 この二人は以前から競い合う姿を度々見かけていたが、一見犬猿の仲……のように見えて、実際には互いに認め合うライバルである。

 

 その実力はほぼ互角。

 いのは猪鹿蝶と呼ばれる忍御三家、山中家の一人娘。アカデミー入学前の幼い頃から、忍となるべく鍛えられており、一般家庭の出のサクラとはそもそもの出発点が違う。

 加えて山中家秘伝の忍術を継いでおり、忍術の扱いようも心得ている。術を実践の中でどう活用するか、どのような影響をもたらすか。それは戦況を大きく左右するものであり、手強い所だ。

 

 一方のサクラにおいては、チャクラコントロールはこの頃からピカイチ。木登り所か水面歩行までたった一度でマスターした。こればかりはサスケさえも上回っている。

 そして、その細やかなコントロールを活かした術の効率性は基礎体力の不足を十分に補うもので、体術もいのに負けず劣らずといったところか。

 

 

(長引きそうだな……)

 

 

 実力は拮抗しており、どちらも譲らぬ性格で負けず嫌い。恐らくギブアップだけはしないだろうことを考えれば、すぐに決着がつくとは思えなかった。

 自分が言えたことではないが、第一試合も思いの外時間が超過しており、中々重たい始まりとなりそうだ。

 つらつらとそんなことを考えつつ、サスケは緊張に胸の前で手を握ったサクラの顔を覗き込んだ。

 

 

「サクラ───頑張れよ」

「!!!??」

 

 

 ボン、とサクラの顔が一瞬で真っ赤に染まってくらりとよろめく。

 それに慌てて背を支えながら、体調が悪かったのか?などとトンチンカンなことをサスケが考えていると、サクラがよろりと幽鬼のごとく立ち上がった。

 

 

「もちろんよ。絶対に、負けないんだから。……サスケ君に格好悪いとこなんて見せるか、しゃーんなろーー!!!!」

 

 

 サクラの背に熱い炎のような幻影が見え、サスケは回していた手を引っ込めた。

 何はともあれ、緊張も吹き飛ばし、やる気が出たようで何よりだ。

 

 

「両者、前へお願いします」

「行ってくるわ!サスケ君、ちゃんと見ててね!」

「あ、ああ……」

「サクラちゃんならやれるってばよ!!」

「ふふん、当然よ!」

「恋の力は百人力か……ま、行ってこい」

「はい!!」

 

 

 ナルトやカカシの激励にも明るく答え、サクラは意気揚々と駆けていく。

 既に待機し2階のやりとりを見ていたいのは、満面の笑顔を浮かべ降りてきたサクラに苛々と歯を噛み締めた。

 そんないのへ、サクラはふん、と鼻で笑った。

 

 

「いの……今となっては、アンタとサスケ君を取り合うつもりもないわ」

「何ですって?」

「サスケ君とアンタじゃ釣り合わないし、もう私は完全にアンタより強いしね!さっきのも見てたでしょ?アンタなんか眼中ナシ!!」

「サクラ……アンタ、誰に向かって口きいてんのか分かってんの!!?ちょっとサスケ君に優しくされたからって、図に乗んなよ!泣き虫サクラが!!」

 

 

 いのの額に青筋が浮かび上がる。これは相当キレたようだ。

 それにしても、何故サクラはあれほど挑発するのだろう。その目は先ほどの浮かれようとは打って変わって真剣そのもの。いのが言うように図に乗っているとは到底思えない。

 だが本音でもないのだろう、そこに感情は乗せられず、わざとらしさが隠せていない。

 出汁に使われたらしいサスケは、サクラの狙いが分からず内心で首を傾げた。

 

 

「サクラちゃん言い過ぎだってばよ……いのの奴、すんげー目してコエーもん……」

 

 

 疑問を抱くサスケの背中へ、くノ一達のプレッシャーに怯えたナルトが隠れる。

 それをちらりと見やったカカシは、んー、としばし考え込んだ。

 

 

「サクラはいたずらに自分の力を誇示したり、人を傷つけるような子じゃない。……いのに容赦されたり手加減されるのが、イヤなんだよ」

「……なるほどな」

 

 

 熱く闘志を漲らせる二人の姿に、遠い日の己とナルトの姿が被さった。

 ライバルだからこそ。認め合うからこそ、虚偽や哀れみなど屈辱だった。

 例え勝てなくとも、その屈辱を受ける位なら徹底的にボロボロにされる方がマシとさえ思うのだから、ライバルとは難儀なものである。

 

 熱くなっているかと思いきや、ふと無言となった二人は見つめ合った。

 それだけで、何かが通じ合ったのだろう。

 

 サクラがしゅるりと額宛を髪から解く。それを受け、いのもまた腰にかけていた額宛を解いた。

 それを両者同時に、額へと結びつけた。

 

 

「それでは───第二試合、始めてください」

 

 

 ハヤテの言葉と同時に、サクラといのは床を蹴った。

 サクラは走りながら印を組む。分身の術だ。

 それにふん、と笑ったいのが動きを止めた。本体を見極めるつもりなのだろうが、実践では動きを止めることこそ命取りだ。

 案の定、サクラはそれに口角を上げると、足へチャクラを通し地面を弾いた。

 その速さに目を見開いたいのは、次の瞬間に吹き飛ばされる。サクラの拳が頬を捕らえたのだ。

 

 

「今までの泣き虫サクラだと思ってると痛い目見るわよ。本気で来てよ、いの!」

「そう言ってもらえると嬉しいわ……お望み通り、本気で行くわよ……!」

 

 

 こうして、互いに譲らない戦いが始まった。

 片方が一撃を入れるたび、もう片方が一撃を返す。

 つかみ合って膠着状態になったかと思えば、飛び退って手裏剣を放ち、同じ軌道上でぶつかり合って届くことはない。

 そして、拳と拳が交錯し合うと、両者共に頬へ拳がめり込んだ。

 

 

「うわぁ……」

「このままじゃキリが無いな……」

 

 

 およそ、10分。

 そんな殴り合いが続き、段々ボロボロになっていく二人へナルトがおののきの声を洩らす。

 カカシが呆れたように呟くが、本人達からすれば真剣そのもの、時間の感覚などもはや無いのだろう。

 

 このままどちらかが気絶するまで続くかと思われた戦いだったが、ついにこの果てのなさに我慢できなくなったのであろういのが、長く伸ばしていた髪をクナイで断ち切ったことで流れが変わった。

 

 

「邪魔よ、こんなもの……!!もう、さっさとケリつけてやるわ!すぐにアンタの口から参ったって言わせてやるんだから!!」

 

 

 そう叫んだいのは印を結んだ。

 その独特な印へサスケはまさか、と顔を曇らせる。

 

 

───山中家秘伝忍術、心転身の術。

 

 

 術者が自分の精神エネルギーを丸ごと放出し敵にぶつけることによって、相手の精神を数分間乗っ取りその体を奪い取る術である。

 使いようによっては非常に強力で、潜入や工作に適しているが、残念ながら戦闘向きとは言えないものだった。その術には幾つかの重大な欠点があるためだ。

 サクラもまたそれを知っていたのだろう、無駄よ、と不敵に微笑んだ。

 

 

「まず第一に、術者が放出した精神エネルギーは直線的かつ、ゆっくりとしたスピードでしか飛ばない。第二に、放出した精神エネルギーは相手にぶつかり損ねてそれてしまった場合でも、数分間は術者の体にも戻れない。さらに言うなら、その間術者……つまりあんたの本体は、ピクリとも動かない人形状態!!」

 

 

 サクラの言葉通りだ。そもそも、猪鹿蝶の秘伝忍術は連携術でもある。将来的には克服するものの、現段階ではいののみで成功する確率は低く、あまりにもリスクが高い。

 それを知るシカマルが、柵を乗り出しやめろと怒鳴っているのがその証拠だろう。

 

 だが、それをいのが知らぬはずもない。

 自暴自棄になったというのも否定は出来ないが、しかし、それを果たしてライバルに仕掛けるだろうか。自分は負けても、という前提での捨て身の攻撃を、まだ余力が残っているというのにやるだろうか。

 

 もしも俺がその立場にいたとしたら、絶対にそんなことはしない。

 何か企んでいるのか、とサスケはジッとその動きを見詰めた。

 

 

「忍法、心転身の術!!」

 

 

 ガクリといのの体から力が抜ける。

 サクラが俯いていた顔を上げた。

 

 

「フフ……残念だったわね、いの」

 

 

 術はかかっていなかった。だが、その時ピクリといのの指先が動く。

 その指先からチャクラが流れ───いのの髪を伝ったそれが、サクラの足に絡みついた。

 

 

「こ、これは……!」

「かかったわね、サクラ。ふぅ、やっとつかまえた……!」

 

 

 いのがスッと体を起こす。

 術ははったりだったのだ。別に印を組んだだけで術は発動する訳じゃない。忍術はそこにチャクラを練り込み、イメージし、形とする。

 いのの術は実体がない分、発動の有無は本人にしか分からない。そこが盲点だったと言える。

 

 サクラは縄を解こうと試みるも、元はいのの髪だ。いののチャクラを通しやすいのは無論、流せるチャクラ量も普通の縄とは桁違いというもの。

 動けないサクラへ、いのは再び印を向けた。

 

 

「心転身の術!!」

 

 

 正面から向けられる術を、今度は避けられない。

 

 

「フフ……残念だったわね、サクラ!」

 

 

 サクラが───いや、サクラの中に入ったいのが、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

 

「なあなあ……何か、サクラちゃん様子が変だってばよ?」

「サクラの精神は完全にいのに乗っ取られた。サクラの中には……今、いのがいる」

 

 

 心転身の術を知らないナルトの疑問へ、どこか悔しげにカカシが答えた。

 サクラの体にいるいのだが、しかし、自分へダメージを与えられる筈もない。と、すれば……いのの狙いは恐らく。

 

 

「私、春野サクラは……この試合、棄権───」

 

 

 そんなサスケの予想を辿るかのように、サクラの腕がおもむろに上げられ、操られた唇が負けを宣言しようとした時。

 サスケの隣にいたナルトが柵を強く握り締め、深く息を吸った。

 

 

「ダメだってばよ、サクラちゃん!!ここまで頑張ってきたのに、そんなバカ女なんかに負けたら女がすたるぞーー!!……おい、サスケ!!お前も何か言ってやれってばよ!!!」

 

 

 酷い言い草のナルトの叫びに目を瞬かせる。続いてがっしりと両肩を掴まれ、揺さぶられた。

 手助けはフェアじゃない。だが、声援くらいなら……いいだろう。

 サスケはナルトに倣い、静かに息を肺へと流す。

 

 

「負けるな、サクラ」

 

 

 ポツリと落ちた声。声量は決して大きくはなかった。だが、響いた。

 うめき声を上げ、サクラが頭を抱え始める。

 

 

「棄権なんかして、たまるもんですか!!しゃーんなろーー!!」

 

 

 それはいのではない、サクラだった。

 精神力だけで術を打ち破ったのだ。

 

 術を解かれたいのが、信じられないとばかりにサクラを凝視する。

 だが、サクラの負けん気の強さはナルトと同様に筋金入りだ。でなければ、とっくに里を抜けたサスケのことなど諦めていただろう。

 驚くでもなくニィと口角を上げたサスケに、やったってばよ、とはしゃぐナルトが肩を組む。

 

 しかし、勝負はまだ終わっていなかった。チャクラはもうほとんど残ってはいないだろうにも関わらず、二人はふらふらと立ち上がり───拳を構える。

 

 これが、最後。勝負が決まる。

 誰もがそう悟った。

 

 二人が走り出し、スピードを乗せた最後の一撃が振りかぶられる。それは重なることは無く、頬を抉り、額宛を弾き飛ばした。

 両者共に、倒れたまま動かない。

 

 

「両者続行不可能……ダブルノックダウンにより、予選第二回戦通過者無し!!」

 

 

 第二回戦はこうして終わった。

 通過者はいない。しかし、サクラは負けなかった。

 

 

「あの頼りなかったサクラまでが、こんなに成長しているとはな……。この中忍試験に出して良かったと、心から思ってるよ」

 

 

 気を失ったサクラを抱え、戻ってきたカカシがサクラを見下ろしにっこりと笑う。

 

 そう、成長しているのだ。一歩ずつでも、確実に。

 いのと共に横たえられたサクラの姿に、サスケは目を細めた。

 

 

「よくやった。流石───」

 

 

 俺の妻とは、まだ言えないけれど。

 いずれ、嘗てと同じ関係を築けることを。彼女が再び応えてくれることを、願っている。

 




【原作の予選対戦表】

第一回戦:うちはサスケ(木)VS 赤胴ヨロイ(木)
➡️うちはサスケ
第二回戦:ザク・アブミ(音)VS 油女シノ(木)
➡️油女シノ
第三回戦:剣ミスミ(木)VS カンクロウ(砂)
➡️カンクロウ
第四回戦:春野サクラ(木)VS 山中いの(木)
➡️引き分け
第五回戦:テンテン(木)VS テマリ(砂)
➡️テマリ
第六回戦:奈良シカマル(木)VS キン・ツチ(音)
➡️奈良シカマル
第七回戦:うずまきナルト(木)VS 犬塚キバ(木)
➡️うずまきナルト
第八回戦:日向ヒナタ(木)VS 日向ネジ(木)
➡️日向ネジ
第九回戦:我愛羅(砂)VS ロック・リー(木)
➡️我愛羅
第十回戦:秋道チョウジ(木)VS ドス・キヌタ(音)
➡️ドス・キヌタ

【予選通過者】
木の葉:うちはサスケ、油女シノ、奈良シカマル、うずまきナルト、日向ネジ
砂:カンクロウ、テマリ、我愛羅
音:ドス・キヌタ

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感謝〆!!(*´艸`*)


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43.証

※ナルト視点


 

 第二回戦、サクラちゃんはいのと引き分けになった。

 二人は相打ちでどっちも気絶している。まだ目は覚めていないけど、それでも予選は次の試合へ移っていった。

 

 続いて発表されるだろう掲示板を見詰める。

 次は第三回戦。心臓は発表の度にドキドキだ。次は誰だろう。オレはいつ、誰と当たるのかな。

 絶対に負けねぇって思うけど、緊張するもんは緊張するんだ。

 手に汗を握りながら、オレは浮かび上がった名前を辿る。

 

 

『テマリ』vs『テンテン』

 

 

 それが自分の名前ではなかったことに、ホッとしたような、残念なような、微妙な気持ちになる。

 それでも見知った名前にちらりと横を伺えば、大きな鉄扇を軽々肩に担ぎ上げて、テマリが一階に飛び降りていく所だった。

 その後ろ姿はもう見慣れたものだ。二次試験の途中で出会って、その後ゴールまでずっと一緒にいたんだから。

 

 最初は感じの悪い奴だったけど、一緒に過ごしてるうちにその印象はちょっと変わっていった。

 根は優しい。そんでもって、凄く弟思いな奴なんだ。つい昨日まで死にかけのカンクロウを前に、こっそり隠れて泣いていたのをオレは知ってる。顔を青ざめさせて、テマリだって今にも死にそうだった。

 今は余裕げで気の強そうな雰囲気だったけど、そんな奴だって知ってるからちょっと心配になっちまう位だ。

 

 木の葉と砂、お互い里は違う。これが代理戦争だって言うなら同じ木の葉のテンテンを応援するべきなんだろうけど、正直名前しか知らない先輩よりさ、そうやって一緒に過ごした奴の方が応援したい。

 だから、心の中でだったけど、負けんなよってエールを送ったんだ。

 

 

「第三回戦、テンテン対テマリ。前へ────開始!」

 

 

 でも、そんな心配なんていらなかった。

 試合はものの数分で終わった。結果は、テマリの圧勝。テンテンは頑張っていたけど、相手が悪すぎたんだろう。テンテンの忍具は風で全部吹き飛ばされちまって、一個もテマリに届かなかった。

 

 サスケも相性が悪すぎた、きっとオレとかサスケとかみたいに接近戦得意な奴だったら違っただろうな、って複雑そうなため息をついていた。

 でも、組み合わせはランダムだから仕方がない。そんな、相手が都合のいい奴ばっかじゃねえんだし。

 

 テンテンはテマリの鉄扇の上で気絶している。

 身体中切り傷だらけ、落ちてきた時に内臓もちょっとやられたのか口からは血が伝っていた。もう戦えないことは誰から見ても明らかだ。

 

 

「第三回戦───勝者、テマリ!」

 

 

 あの病人っぽい審判もそう判断したんだろう。ゴホゴホ咳しながら宣言すると、それを聞いたテマリが口端を上げて……何か、嫌な予感がしたんだ。

 だって、その笑顔はオレが二次試験で見たのとはまるで違ったから。

 

 テマリが鉄扇を掴みあげた。ぐっと鉄扇が浮いて、テンテンが高く跳ね上げられる。

 巻き上げられた風が空中に投げ出された身体を二階へと吹き飛ばして、ちょうどそこにいた同班の激眉が慌ててテンテンを受け止めるのを呆然と見てるしかなかった。

 

 

「何をするんです! それが、死力を尽くして戦った相手にすることですか!!」

「うるせーな……試合は終わったんだ、扇の上に乗られたままじゃ迷惑なんだよ」

 

 

 リーが叫んで、テマリはそれに鬱陶しそうに返している。まるで、人を何とも思ってないような口振り……テマリ、だよな。本当に?

 ほんの数時間前のあいつと同じ奴に思いたくなくて、目をこすったけど光景は何一つ変わらない。

 

 当のリーはその言葉にキレそうになったんだろう。

 テンテンをもう一人の仲間に預けて柵を乗り出そうとしてたけど、劇眉よりもっと劇眉な担当上忍に止められて渋々引いたみたいだった。

 

 

「勝ち名乗りは受けたんだ。テマリ、早く上がれ」

 

 

 そんなやりとりをどう思ったのか、表情一つ変えないで見下ろしていた我愛羅が冷たく告げ、それに肩をすくめてテマリが二階へと戻っていく。

 さすがにあれは無いんじゃねえの、そう思ってじっとり睨もうとしたんだけど、ちょっとそこで何だかテマリの様子がおかしいことに気がついてあれ?って首を捻った。

 何だか……ばつが悪そうな顔をしてる、ような。

 

 

「……素直じゃねえな」

 

 

 柵へ頬杖をついていたサスケが、呆れたように小さく呟く。どういう意味か聞こうとする前に、サスケは場内を顎でしゃくった。

 

 サスケが示した方、場内はテンテンが撒き散らした忍具でいっぱいになっている。足の踏み場もないって奴?

 それを片付けている試験官達も、中には隠しトラップのあるやつもあるみたいでかなり慎重そうだ。

 

 そこで、テマリは二階へとテンテンを飛ばしていたことを思い出した。それも、同じ班の奴らの所に。

 偶然って訳じゃないよな。もしかしたら、運んでやった……のかもしんねぇ。凄く暴力的っつうか、雑だけど。

 だとしたら、サスケが言うように本当に素直じゃない奴だ。

 でも、応援して良かったってばよ、そう思ってニマニマとにやけていたら、サスケに肘で小突かれて顔を上げる。

 

 

「次、お前だぞ」

 

 

 サスケが指差した方をパッと見れば、掲示板にはいつの間にか次の対戦者の名前が書かれていた。

 

 

『ウズマキ ナルト』vs『イヌヅカ キバ』

 

 

 オレの名前だ。

 反射的に感じた緊張に、ごくりとつばを飲み込む。それを誤魔化すみたいにその文字をじっと凝視していたら、ふと“ウズマキ”へ意識が吸い寄せられるのを感じた。

 

 “うずまき”……二次試験の香燐って奴と同じで、そんで母ちゃんからもらったもんかもしれねぇ一族の名前。

 何度も見て、書いてきた筈なのに、改めて自分の名前をこうして出されたら、何だか母ちゃんに見られてるような気がしてくるのが不思議だった。

 

 母ちゃんが見てる。そう思った途端にさっきまでの緊張が全部消えていった。

 

 

「よっしゃー! やっとオレの出番だってばよォ!」

 

 

 ぐっとガッツポーズを取って、気合いを入れる。相手が誰でも負ける気がしねェ。

 審判に名前を呼ばれて行こうとしたら、バン、と突然強く背を叩かれて体勢を崩した。この容赦のなさはサスケだ。

 いきなり何すんだって言おうとしたけど、黒い瞳がまっすぐオレを映していて出かかった文句を飲み込んだ。

 言葉にはしてなかったけど、行ってこい、そう言われた気がする。サスケなりの激励だったみたいだ。

 だからオレも何も言わないで、任せろってニヤリと笑い合った。

 

 

「行ってくるってばよォ!」

「頑張れ、ナルト! やっちゃいなさい!」

「頑張れー」

 

 

 テマリ達の試合が終わった頃にちょうど目を覚ましたらしいサクラちゃんと、気の抜けたようなカカシ先生の声援を受けながら柵を跳び越える。

 対戦相手のキバと向かい合えば、キバは馬鹿にしたようにオレを鼻で笑った。

 

 

「相手がお前じゃ、勝ったも同然! ラッキーだぜ、赤丸!」

 

 

 キバの言葉に答えるみたいに、犬っころが吠えた。なんつうか、ムカつく奴らだってばよ。

 でも……オレでラッキーとか言うけど、この後どうせ他の合格した奴と戦うんだろ?お前、そんなんじゃ勝ち上がっても負けそうじゃねぇ?

 ま、オレが負けるなんて事、ぜってー無いけどさ。

 

 そんな事を思いながら余裕綽々のキバを観察してたら、さっきからキャンキャン鳴く赤丸に目が止まる。

 アレ、いいの?そう審判に言ったけど、動物は忍具と同じ扱いらしい。何の問題もありません、そう答えられた。

 そういうもんなのか。相棒って言ってるのに、忍具ってみられるのはいいのか。

 よく分からないペットと飼い主の関係に疑問符が浮んだけど、元々ややこしいことを考えるのは苦手で、まあいっかと一人頷いた。

 別に子犬一匹増えたって、そんなに変わりはないしな。

 

 

「まあ、ちょうどいいハンデだってばよ」

「ハン、強がりやがって……ならこうしてやるよ! 赤丸、お前は手を出すな、俺だけでやる」

 

 

 どっちなんだよとつい心の中で突っ込む。さっきまで赤丸と戦うって言い張ってた癖に、とムッと口を尖らせる。

 でも、油断してくれるっていうなら文句はない。

 代わりにコテンパンにしてやればいいだけだ。後で吠え面かいたって知らねえぞって言おうとしたけど、審判が身動いだのを受けて口を噤んだ。

 

 

「では……始めてください!」

 

 

 審判の合図で、オレは床を蹴ってパッと距離を取った。最初は出方を伺って、相手がどんな奴か、どんな術使うか確かめろって試験前にサスケに口酸っぱく言われてたのを思い出しながら、キバの動きへ集中する。

 キバは警戒するオレを、さっきみたいに馬鹿にしたように笑いながら、ばっと見たことのない印を組んだ。

 

 

「擬獣忍法、四脚の術!」

 

 

 練り上げられたチャクラがキバの身体を覆っていく。

 四つん這いになった両手両足に急激にチャクラが集まったのを感じて、その場を急いで飛び退いた。

 速かったけど、ギリギリ躱せた。……でも、速い分急に止まれなかったのか、躱すとすら思っていなかったのか。

 

 キバは壁に頭から突っ込んでいった。

 ゴンって凄い音がする。壁にひびが入って、キバは倒れた。自爆したみたいだ。

 

 

「……え、終わり?」

「ん……なわけ、あるかァ……!」

 

 

 キバが吠えながらふらふら立ち上がったのを見て、ホッと胸をなで下ろした。

 よかったってばよ、試合数秒で自滅終了とか勝っても嫌すぎる。

 オレは中忍になることが目的じゃねえし、自分の力を試したいんだ。だから簡単に勝ったり、運で勝ったりなんてしちゃ、意味ねぇもんな。

 

 

「フッ……ナルトの癖に、中々やるようになったじゃねえか」

「何もしてねえってばよ?」

「うるせー!」

 

 

 キバがまた走ってくるのを感じて、オレも印を結んだ。二体の影分身が現れて、バラバラに散らせる。

 何でか本体が分かったみたいで向かってくるけど、影分身はがら空きだ。その攻撃が届く寸前に一体がオレとキバの間に割り入って、後の一体と本体のオレはその直線距離から左右に分かれてクナイを握った。

 

 

「ワン!」

「くそっ……! 邪魔すんなってばよ、この犬っころ!」

 

 

 クナイを投げようとした時、握った手にさっきまでキバの言うとおり待機していた赤丸が噛みついてきた。

 それを振り払おうとしていたら、腹に激痛と衝撃が走ってオレは思いっきり吹っ飛ばされた。

 

 

「ナイスだぜ赤丸!」

「アン!」

「ちょっと、卑怯よ! 犬は使わないって言ってたじゃない!」

「へっ!忍に卑怯もへったくれもあるかよ! 勝てばいいのさ、勝てば! ……試験官さんよ、もう当分目を開けることはねーぜ。俺の──」

 

 

 勝ち。

 その言葉を言う前に、キバはひくりと鼻を動かす。

 ハッと振り返り、むくりと起き上がった影に目を見開いた。

 

 

「キバ……オレを、ナメんなよ」

「何ィ!?」

「ハンデやるっつったろ。強がってねえで、犬でも何でも使いやがれ! てめぇがどんなやり方しようと──オレは正々堂々、お前に勝つ!」

 

 

 ビシッとキバを指差して、そう言い放った。

 やった、決まったってばよ!

 そんなことを思いながら、キバの顔が悔しげに歪んでいくのに満足していれば、ギリッと強く歯を噛み締める音が聞こえた。

 

 

「……後悔すんなよ! 行くぜ、赤丸!」

「ワン!」

 

 

 犬と一緒に駆けるキバ。その手がポーチへ伸びる。クナイかと身構えたけど、掴んでいたのは丸い玉だった。

 投げられたそれをとっさに躱したら、玉が床へ落ちると同時に白い煙が勢いよく吹き出した。

 

 何も見えねえ。まずい、そう思った時には、キバと赤丸の攻撃が身体を打ち付けていた。

 見えなきゃ躱そうにも躱せない。煙から出なきゃ一方的にやられるだけだ。

 そう考えて、攻撃の隙を縫って煙を飛び出した。

 

 

「ワン!」

「……っ! くそ!」

 

 

 でも、それは罠だった。待ち構えていた赤丸が、オレの腕に噛みついた。さっきの傷を抉るみたいに、同じ場所へ。

 ちっと舌打ちをしながら、その勢いに負けて煙の中へ倒れ込んだ。

 でも、やられてばっかじゃいられない。赤丸を引き剥がしながら印を組む。抵抗する赤丸を押さえ込みながら、引いていく煙の奥へと潜んだ。

 

 

「やったぜ! いいぞ、よくやったな赤……」

 

 

 赤丸に化けていたオレの影分身が、キバの腕に飛び込む、と見せかけて思いっきり噛みついた。

 キバは凄く動揺してたけど、変化してただけ。

 さっき本体が見破られたみたいにばれるかも、っていう賭けみたいなもんだったけど嵌まってくれたみたいで、捕まえた赤丸をプランと吊してニシシと笑う。

 

 

「くそ、油断しちまったぜ。……だが、もう終わりだ。次はマジでいく!」

「ふーん。負け犬の遠吠えにしか聞こえねえってばよ?」

「こっのォ……落ちこぼれがァ!」

 

 

 キバが拳を引く。でも、こっちにはキバの大切な赤丸がいんだ。盾にするように突き出したけど、キバは攻撃しなかった。何かを指で弾いたみたいだ。

 赤丸がその何かを飲み込んで、いきなり唸り出す。ガルル、と噛まれそうになって手を離せば、赤丸の毛が赤く染まっていた。その赤丸に続いて、キバも何かを口に放り込んだ。

 

 

「いくぜ赤丸! 擬獣忍法、獣人分身!」

 

 

 キバが二人になった。赤丸が化けたんだろうけどさ……何か、目がヤバい。瞳孔かっ開いてるってばよ。

 

 ドーピングじゃねえのって審判に抗議するけど、兵糧丸も忍具の一つだと……アンタ、そればっかじゃん!

 そんな突っ込みを入れていれば、ふとキバが動いて意識を戻す。

 二人になった位なら。そう思っていたんだけど明らかにさっきとは動きが違った。速すぎて、目で追えない。

 

 ……ヤバいかも。そう直感的に感じて、身体中のチャクラを足に集めた。

 すんでの所で避けたけど、腕をキバか赤丸の爪が切り裂いていった。でも、相手は二人だ。次々に攻撃が加えられて、逃げ回るのが精一杯、印を組む間もない。

 

 傷が確実に増えている。このままじゃ──やられる。

 

 そう分かって、背中に冷や汗が流れた。何発目かを躱した時、ついた腕に噛まれた時の傷へ痛みが走って動きが一瞬止まっちまった。

 本当にヤバい。そう思ったけど、キバだってその隙を見逃してくれる程甘くはない。

 

 

「くらえ、獣人体術奥義……牙通牙!」

 

 

 渦を巻いた二つのチャクラを、オレは避けられなかった。

 身体中が切り裂かれて、映った天井に自分の血が舞っていた。

 

 

「……この辺が実力の差ってやつだ」

 

 

 地面に叩きつけられ、その衝撃に呻く。

 全身が痛かった。血が流れてる。息がしづらくて咳き込んだら、そこでも真っ赤な血が吐き出された。

 

 だけど、起き上がらなきゃ。こんな所で立ち止まってられねぇ。だって、俺は火影になる。サスケを越える。そう約束したんだ。

 つい口から出ていた言葉を、耳聡く聞き取ったキバが嘲笑った。

 

 

「サスケなんて、俺様が本戦で伸してやるさァ! しかも……お前が火影? この俺より弱いのにかァ? お前、本心じゃ火影になれるなんて思ってもねーくせに、強がってんじゃねー! クク……火影ならなァ、俺がなってやるよ!」

 

 

 その言葉に、瞑りかけていた目をカッと開いた。腕に力を込める。全身痛くて、血があふれ出すけど、構わねえ。

 立ち上がれば頭がふらふらして転びそうになるのを耐えキバを睨み付けた。

 

 その言葉だけは、許せねーんだ。俺の夢を嗤う奴は、絶対に許さねぇ。

 オレはサスケを超す。火影になる。

 オレを認めてくれた仲間がいるから、オレは自分を信じるんだ。

 

 

「サスケにおめー如きが勝てるわけねえってばよ。オレと火影の名を取り合った……負け犬にはなァ!」

「はっ……何度も何度もしつけー野郎だな。赤丸、あれやんぞ!」

 

 

 まただ。あれが来る。その場を蹴って今度はちゃんと躱した。でも、さっき見たとはいえ、そう何度もよけれる技じゃねえ。

 やるにしても、キバをやらなきゃ意味がねえけど、どっちもそっくりだ。どっちがどっちだか───。

 その時、ピンと閃いた。それを、利用できるんじゃねえかって。

 

 

「変化!」

 

 

 キバの動きが止まる。三人のキバが互いに見つめ合った。

 一人は本物。もう一人は赤丸。それで最後の一人はオレだ。

 

 

「……一つ忠告しとく。前は油断して気づくのが少し遅れたが、もう変化の術は効かねー……どうしてかってぇと!」

 

 

 本物のキバが拳を迷いなく振りかぶり、キバの一人がその攻撃に床へ転がっていく。

 

 

「臭うんだよなぁ……オレ達の嗅覚をナメるなよ、ナルト」

 

 

 そして、転がっていった先でキバの変化が解けた。

 煙から現れたのは───赤丸。倒れた相棒の姿に、キバの余裕げな表情が一瞬で崩れた。

 

 

「赤丸!? くそっ……じゃあ、てめーがナルトかぁ! なめやがって……!!」

 

 

 キバが、残るもう一人のキバを殴りつけた。

 変化が解ける──それも、赤丸だった。

 

 

「何ィ!? どうなって……っ!」

 

 

 動揺に動きを止めたキバの腹へ、スピードを乗せて足をめり込ませた。

 腹を抱え蹲るキバにさっきのお返しだってばよ、とにんまりほくそ笑む。

 

 

「術はよく考えて使え! だから逆に利用されるんだってばよ、バーカ!」

 

 

 キバに化け、次に赤丸に化ける。ただの変化でも、使い方一つで変わるんだ。

 キバに殴り飛ばされた赤丸は、もう動けない。さっきの連携技っぽい牙通牙とかいう技はもう使えないんだ。

 それさえなければ、後はどうにでもなる。

 

 

「クソがァっ……!」

 

 

 キバは両手に手裏剣を構え、それを投げると同時に走り出して、こっちに向かってくる。さっきまでの速さはそこにない。

 飛んでくる手裏剣に、オレは嗤った。

 

 陽動のつもりだったんだろうけどさ……無駄な動きは利用されるだけなんだぜ、キバ。

 

 

──角度よぉし! 速さよぉし! んでもって、位置もよぉし!

 

 

 こっちも距離を詰めながら、同じく手裏剣を取り出す。ジッと見極めながら、キバの手裏剣へとぶつけた。真正面からじゃない、少し当たる角度を変えて。

 ぶつかり合った手裏剣が、本来なら描かないはずの軌道で狙い通りキバをめがけて襲いかかる。

 

 それを慌てて避けようとスピードを緩めたキバの懐へ入り込み、その顎へ渾身の一撃を加えた。

 キバが宙に浮き上がる。そして、落ちた時には、その目は固く閉ざされていた。

 

 

「キバ。オレは確かに忍術は下手くそだったけどさァ……これだけは、お前よりすっげー上手かったの忘れたのかってばよ? つっても……もう聞こえてねぇか」

 

 

 得意げに話すけど、キバは起き上がらない。

 その様子を確認していた審判のハヤテが一つ頷いた。

 

 

「犬塚キバ戦闘不能。勝者、うずまきナルト!!」

 

 

 わっと二階から歓声が聞こえてきて、それにやっと実感がじわじわ湧いてくる。

 荒くなった息を整えながら、豆だらけ、傷だらけの手を見詰めた。

 

 

───勝った。

 

 

 オレってば、強くなってる。

 その確信にぐっと手のひらを握って、そのまま二階へ──サスケへと向けた。

 それに気がついたサスケは、ふっと笑うと同じように拳を軽く突き出した。

 

 

 喜びでもなく、安堵でもなく。

 好戦的な視線が交わされる。

 

 これは勝利の証じゃない。

 いつかお前を越す、その証だ。

 




ナルトは体術や手裏剣術が得意。実は卒業試験や鈴取り合戦でも少し触れてるんですけど、覚えてた方はいらっしゃるかしら(゜-゜)


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44.一族



「ヘヘッ、よゆーよゆー!見たか、オレ様の勇姿!」
「ナルト、スゴイじゃない!あんたのこと見直したわ!」
「ま、頑張ったね。いい試合だったよ……おめでとう」


 第四回戦はナルトの勝利で幕を閉じた。
 途中ヒナタから薬を受け取り、意気揚々と戻ってきたナルトへサクラとカカシが祝いを告げる。サスケは当然とばかりに鼻を鳴らしつつも、口元には隠せぬ笑みが浮かんでいた。


「七班はこれで全員終わったね。みんなお疲れさま」
「はーい、カカシ先生!オレ一楽のラーメン大盛り、トッピングは全乗せだってばよ!」
「私は焼肉ね!」
「んじゃ、今日の夜はラーメンで明日の昼は焼肉にしようぜ、サクラちゃん」
「いいわね賛成!サスケ君は?」
「高い寿司」
「ハハ……一応聞くけど、俺の奢り確定、だよね?」
「「「当然!」」」


 息ぴったりな三人へカカシはわざとらしいため息をつきながらも、満更でもなさそうにヘラリと笑う。
 班員全員の試合が終わり解けた緊張にわいわいと騒いでいた第七班だったが、大番狂わせとなった結末にざわめいていた場内の空気が、ふと凍りついたことに気が付き口を閉ざした。


『ヒュウガ ヒナタ』VS『ヒュウガ ネジ』


 見上げた電光掲示板には、いつの間にやら第五回戦の対戦者が映し出されていた。



 

 

「まさかあなたと戦うことになるとはね……ヒナタ様」

「ネジ兄さん……」

 

 

 向かい合った二人は、同じ姓もさることながら艷やかな黒髪も色素の薄い瞳もよく似ている。

 しかし、ネジの刺々しい視線と、それを避けるように目を伏せるヒナタ。纏う空気は対極的なものだった。

 

 

「兄さんって……」

「えっ、あの二人兄妹なのか!?」

「あいつらは木の葉で最も古い流れを汲む名門、日向一族だ。だが兄妹じゃないよ」

 

 

 驚くサクラとナルトへ事情を知るカカシが答える。

 同じ姓、似た相貌。そう取られてもおかしくないが、けれどそれは真実ではない。

 その関係性を問うサクラへ、カカシは二人を見下ろして慎重に言葉を撰ぶ。

 

 

「うーん……ま、日向家の宗家と分家の関係、っていやいいのかな」

「宗家と分家?」

「一族の長となる家と、それ以外の家のことですよ」

 

 

 聞き慣れない語句に首を傾げるナルトに、隣で観戦していたリーが説明を継いだ。

 

 

「ヒナタさんは日向流の宗家、つまり本家に当たる人で、ネジはその流れを汲む分家の人間です」

「つまり、親戚同士の戦いってことね……やりにくいわね、あの二人」

「はい、でも……」

 

 

 仄暗い事情には疎そうなリーだが、流石に同班のライバルとなると違うのか、言い淀み、同じ姓を背負う二人をジッと見つめながら複雑そうに続ける。

 

 

「……宗家と分家の間には昔から色々あったらしく、今はあまり仲の良い間柄ではありません」

「ふーん、なんで?」

「僕も詳しくは知りません。ただ、うちはや日向など、名門と呼ばれる古い忍の家には、一族特有の技や能力があります。その技を伝えていくために、日向家では掟を定めているらしいんですが、宗家に有利な掟が多いそうで。その掟のせいで分家の人間は肩身の狭い思いをしてきたらしいんです」

「因縁対決ってやつね……」

「うちはって、じゃあイタチの兄ちゃんのとこも?」

「ああ。イタチもいうなれば、ヒナタと同じ立場──名門うちは本家の長子で、次代の族長だ。多かれ少なかれ、そういうお家問題は抱えてるだろうな」

 

 

 かつてナルトから伝え聞いた、ネジの父の話を思い返しながら黙って耳を傾けていたサスケは、会話の流れに乗って現れた名にピクリと口端を動かした。

 

 

(“うちは”のお家問題か……縁がなかったな)

 

 

 カカシの言うようにしがらみというのは名家について回るものだが、本家も分家も関係なく絶たれた過去を思い返し、サスケは内心で苦く笑った。

 

 だが、日向程の拘りはないが、うちはにも確かに本家、分家の括りは存在する。その理由の最たるものが族長の選出であり、本家筋のみがその資格を有している。   

 血継限界を身に宿す以上、最も血の濃い者をという所は日向一族とそう変わらないのは仕方がないのだろう。

 

 とはいえ、マダラの里抜けの際に正当な本家筋は一度絶たれており、分家が本家に移り変わったためその垣根は非常に低いものだった。

 分家も元を辿れば本家の血を引いているのだから、もし本家に何かあれば分家が成り代わるだけのことだ。

 

 それに、族長の選出も生まれの順ではなく、力の強さで決められる点も日向一族とは異なる。聞くところによれば、ヒナタとネジの父親は双子だったそうだ。

 もしうちはだったなら、父親の実力の方が優れていれば、ネジが本家筋となっていたかもしれない。

 

 うちはの次の族長はイタチであり、一族で最も優秀なイタチに反対する者も、資格のある者もいない。名実共に本家を継ぐことが決まっていた。

 だが、先日のイタチの言葉がふと脳裏に響いてサスケは眉を潜めた。

 

 

『俺も火影を目指している』

 

 

 イタチが火影になる。

 それはとてもしっくり胸に落ちた。その志も、その力量も、里への想いも、火影として申し分ないばかりかお釣りが来る。歴代火影なんぞ目じゃないだろう。

 

 だが、一族の長と火影の兼任はできない。それは己の一族を贔屓しかねないと、初代火影が決めたことらしい。

 後々、一族の境界が曖昧になりサラダが廃止するに至った訳だが、現状として火影になるためには、例え族長であっても別の者へ地位を譲る必要があった。

 

 その点、もしもイタチが長になったならば、そしてそこから火影を目指すとするならば───まずは後釜が必要だ。子が生まれ一族を背負える年頃まで育つのを待つとなれば、何とも気の長い話になる。

 それに、たとえ他者へその地位を譲れたとしても、うちはの進出を恐れる上層部は、よほどの功績や一族との距離を空けない限り、決してうちはの元族長を火影にはさせないだろう。

 

 可能性があるとすれば、長であるフガクが健在の今しかない。だが、それもまた困難な道のりだ。上層部の信用を得るには、一族の未来の長の座は捨て、場合によっては一族そのものを出ることになる。

 次代族長という地位を捨てるにもうちはの長老方が煩い。例え上手く説得しようとも、代わりの次代を探す必要も出てくる。

 

 そう考えれば、皮肉にもネジとは異なり、本家というのはイタチにとって煩わしい足枷以外の何物でもなかった。

 そして唯一その枷を外せたであろう『うちはサスケ』はもういない。

 

 スペアでよかった。イタチの力になれるのならば、しがらみだって喜んで受け入れられた。

 でももう、それはかなわない。もうスペアにすらなれやしない、ただの役立たずだ。

 

 

「サスケ?どうかしたのかってばよ?」

「……何でもない」

 

 

 沈んだ思考をナルトの声が現実へ引き上げる。

 サスケはそれに緩く首を振り、物思いに耽ったためかズキリと痛んだ蟀谷を軽く抑えながら、暗い思考を振り払った。

 

 

「では、試合を始めてください!」

 

 

 階下へと視線を戻すと、タイミングよく審判が試合開始を宣言する。

 だが、開始後もどちらも動かず。ネジはヒナタへ棄権を勧め始めた。

 

 

「あなたは優しすぎる。調和を望み、葛藤を避け、他人の考えに合わせることに抵抗がない」

「そして、自分に自信がない……いつも劣等感を感じている。だから下忍のままでいいと思っていた」

「しかし、中忍試験は3人でなければ登録できない。同チームのキバたちの誘いを断れず……この試験を嫌々受験しているのが事実だ。───違うか?」

 

 

 怯えるヒナタを洗脳するかのように、ネジは淡々とそう続けた。

 審判は止めない。これは立派な精神的攻撃。言葉で相手の心を折ろうとしているのだ。心が折られてしまえば、どんなに技が優れていようとも負ける。

 

 だが───その考えは甘い。

 なにせ、あのナルトを追いかけたヒナタなのだから。

 

 

「ち…違う、違うよ。私はただ……そんな自分を変えたくて自分から……」

 

 

 おどおどとか細い声ながら、ヒナタはその言葉を否定した。

 

 

「ヒナタ様…アナタはやっぱり宗家の甘ちゃんだ。人は決して変わることなど出来ない!落ちこぼれは落ちこぼれだ……その性格も力も変わりはしない」

 

 

 語りながら、睨むネジの眉間の皺は深くなっていく。

 

 

「人は変わりようがないからこそ差が生れ、エリートや落ちこぼれなどといった表現が生れる。誰でも顔や頭、能力や体型、性格の善し悪しで価値を判断し判断される。変えようのない要素によって人は差別し差別され、分相応にその中で苦しみ生きる。

オレが分家で……アナタが宗家の人間であることは変えようがないようにね」

 

 そう続けるネジは気づいていない。

 落ちこぼれとエリート、本家と分家。

 似て非なるものへ投影している己の言葉に、感情が、弱さが、苦しみが、滲んでいることに。

 

 

「うちは一族も元をたどれば、日向一族にその源流があると言われている。『白眼』ってのは日向家の受け継いできた血継限界の一つで、写輪眼に似た瞳術だが……洞察眼の能力だけなら写輪眼をもしのぐ代物だ」

 

 

 カカシが発動された白眼をそう評価する。

 確かに『白眼』を持つカグヤから『写輪眼』を持つうちはの祖が生まれているのは事実で、その伝承はある意味正しいと言える。

 しかし、洞察眼の能力の高さという点では同意はできない。『白眼』も『写輪眼』も、所詮は道具だ。

 

 

「つまり、アナタは…本当は気付いてるんじゃないのか?『自分を変えるなんてこと絶対に出来……』」

「出来る!!!人のこと勝手に決めつけんなバーーーーカ!!!───ンな奴、やってやれヒナタァ!!」

 

 

 ネジを遮ったナルトの声が会場中に響き渡り、サスケはニヤリと口角を上げた。

 あれこれと言動へ難癖をつけようと、いくら心理論を並び立てようとも。先入観に目の眩んでいる奴に、人の本質を見抜くことなどできやしないのだ。

 

 そんなナルトの声援にヒナタの顔つきが変わった。

 

 

「私はもう……逃げたくない!」

 

 

 ヒナタの瞳に力が宿る。そこにはもう怯えはなく、しっかりとネジの姿を映し出している。そんなヒナタにネジも何かしらの変化を感じ取ったのだろう、視線は一層厳しいものになった。

 ついに日向一族の血継限界、『白眼』と『白眼』が睨み合った。

 

 

「ネジ兄さん、勝負です!」

「……いいだろう」

 

 

 二人は鏡合わせのように同じ構えを取ると、どちらともなく動き出した。

 チャクラを纏わせた掌底と掌底がぶつかり合う。日向に伝わる特異体術、柔拳だ。体内に流れるチャクラの経絡系にダメージを与え、内面を壊す拳法。かすっただけでもダメージは蓄積され、まともに喰らえば致命傷を与える。

 互いに譲らぬ応酬に、一撃が勝負を分ける緊張感に、ゴクリと観衆は息を呑む。常の内気さをかき消すように攻めるヒナタは、ネジを押しているように見えた───が。

 

 

「やはりこの程度か……宗家の力は」

 

 

 互いの胸に致命傷となる一撃が入った……そう見えた。

 しかし、口から血を流したのはヒナタだけ。共に柔拳を受けたはずのネジの表情は変わらず、嘲るようにそうつぶやくと、追撃しようと動いたヒナタの腕へとどめを刺すかのように指を突き刺した。

 

 

「な、何でだってばよ!?ヒナタの攻撃だってカンペキ入ったのに!」

「『点穴』だ。経絡系上にはチャクラ穴と言われる361のツボ───点穴がある。そのツボを正確に突くと、相手のチャクラの流れを止めたり増幅させたり……思いのままコントロールできるとされている」

 

 

 騒ぐナルトへサスケは静かに答えた。

 戦闘中にも関わらず、点穴を見極め、的確に突く。それは相当な集中力、そして紛れもなく両者の圧倒的な力量の差を現していた。

 

 

「ヒナタ様。これが変えようのない力の差、エリートと落ちこぼれを分ける差だ。これが変えようのない現実……『逃げたくない』と言った時点でアナタは後悔することになっていたんだ。今アナタは絶望しているハズだ」

 

 

 棄権しろ、とネジは再度冷たく告げた。

 だが、負けを認めさせたい、その思いの源にネジは気づいていない。

 それは、ヒナタと同じ。変えたいと、そう思っているからだ。

 

 

「私は、まっすぐ……自分の言葉は曲げない!私も、それが忍道だから……!」

 

 

 ふらふらと立ち上がったヒナタは、血を吐きながらも再び構える。ネジの攻撃はヒナタのチャクラの流れを完全に止めてしまった。柔拳は使えず、その身体も限界だ。やがて白眼すら、保つことができなくなった。

 勝ち目はもはや一筋もないことは誰の目にも明らかだというのに───その瞳から光は消えていない。

 

 

「ヒナタァ!ガンバレーー!!!」

 

 

 ヒナタの攻撃は一撃どころか掠りすらしないというのに、柵から身を乗り出して応援するナルトへ微笑みすら浮かべ、ヒナタは再度ネジへと立ち向かう。

 

 

「アナタも分からない人だ……最初からアナタの攻撃など効いていない!」

 

 

 決して諦めないヒナタに苛立ったネジは、その腕を軽く躱し、その心臓へ決定打を打ち込んだ。

 がくりと倒れたヒナタにサクラが小さな悲鳴を上げる。それに目を向けることなく、ネジは終わりだと身を翻す。審判のハヤテもこれまでと考えたのか、試合を止めようと手を上げた。

 

 

「これ以上の試合は不可能と見なし───」

「止めるな!!」

 

 

 それを遮ったのは、ナルトだった。

 明らかに、もう戦えない。それでも、ナルトはヒナタから受け取った傷薬を固く握りしめて、止めるなと重ねて叫ぶ。

 

 

「ちょっとナルト!何言ってんのよバカ、もう限界よ!気絶して………っ!?」

 

 

 批難しようとしたサクラも、サスケも、ネジも。全員が、ハッと目を見開いた。

 振り返ったネジの目の前で、ヒナタが立ち上がった。

 

 

「何故立ってくる……無理をすれば本当に死ぬぞ……!?」

 

 

 ネジは信じられないとばかりに呆然と呟く。それは見ている者全員にとっての代弁だっただろう。

 ……否、ナルトだけは驚くこともなく、ジッとボロボロになっても立ち上がったヒナタを見つめていた。

 

 

───やっと私を見てくれてる、憧れの人の目の前で……格好悪いところは、見せられないもの……!!

 

 そんなナルトを見上げて、傷だらけで微笑むヒナタ。

 よろめきながら辛うじて構えたくノ一を睨みつけ、ネジは浮かべた白眼を歪める。

 

 

「強がっても無駄だ、立っているのがやっとだろう……この眼でわかる。──アナタは生まれながらに日向宗家という宿命を背負った。力の無い自分を呪い責め続けた。……けれど人は変わることなど出来ない、これが運命だ!もう苦しむ必要は無い、楽になれ!!」

 

 

 声を荒らげるネジは、悲鳴を上げているかのようだった。優勢なのはネジの筈なのに、まるで追い詰められているかのように。

 色味の薄い透明な瞳のまま、ヒナタは息を切らしながらも穏やかとさえ言える口調で語る。

 

 

「それは違うわ、ネジ兄さん。だって私には見えるもの……私なんかよりずっと、宗家と分家という運命の中で……迷い苦しんでるのは、あなたの方」

「っ!!」

「ネジくん、もう試合は終了です!!」

 

 

 そのヒナタの言葉は的確にネジの心を突いたのだろう。ネジは憎々しげに唸り、焦った審判の静止の声も聞かず駆け出した。激情に駆られたその眼には、もはや殺意が宿っていた。

 ネジの柔拳がヒナタへ届く寸前、四つの腕───ハヤテと共に担当上忍らがガシリと掴み止めた。

 

 

「ネジ、いい加減にしろ!宗家のことで揉めるなと、私と熱い約束をしたはずだ!」

「………なんで他の上忍たちまで出しゃばる!宗家は特別扱いか……!」

 

 

 ネジを止めたのは審判のハヤテ、担当上忍の紅、ガイ、そしてカカシ。

 上忍らの姿に気が緩んだのか、ヒナタの膝が崩れ落ちる。床に打ち付けられる寸前で、瞬時に現れたサスケがその身体を支えた。

 

 

「ヒナタ!」

「やばいわよ、この顔色…!」

「分かってる。医療班を早く呼べ!」

 

 

 心配するナルトやサクラ、リーもサスケを追いかけ階下へ飛び降りてくる。ヒナタをそっと横たえる間にも、その顔からは徐々に色が抜け落ちていった。

 その胸へ手を置き、サスケは拙い医療忍術を使うが弱った心臓には慰め程度にしかならない。だが、サスケに重ねるように手をおいて共にチャクラを送り始めた紅に、やらないよりはマシかと頷きあう。

 上忍らを振り払ったネジは、忌々しげにヒナタを見下ろしていたが、その傍にいたナルトに気がつくと『そこの落ちこぼれ』と呼びかけた。

 

 

「お前に二つほど注意しておく。忍なら見苦しい他人の応援などやめろ!そしてもう一つ………しょせん落ちこぼれは落ちこぼれだ、変われなど───」

「変われるさ」

「っ!」

「変われる」

 

 

 ライバルであるナルトを落ちこぼれ呼ばわりされ、もはや黙っていられなかった。

 そう断言したサスケは、ヒナタへチャクラを流す手を止めることなく、ちらりと横目をネジへと流す。

 ネジは横槍をさした人物が華々しい初戦の勝利を飾ったサスケであると認めると、少しの困惑を滲ませつつ不機嫌そうに眉を顰めた。

 

 

「ハッ、第七班は出しゃばりばかりか。まあいい……サスケと言ったな、何故そう言い切れる?情けのつもりならやめておけ、お前も俺と同じくエリート……庇ったところで偽善でしかない」

「───俺がエリート?笑わせる」

 

 

 その言葉に、顔を上げたサスケは暗く嗤う。

 確かにそう呼ばれた時もあったかもしれない。だが、それは遠い過去のことだ。

 人は変わる───いい方向にも、悪い方向にも。

 

 

「俺はお前と違って姓のない里の孤児。まともに授業を受けた試しもない、アカデミー1の問題児だった。それにな、俺は変化を恐れ迷ってばかりの臆病者だ……ナルトやヒナタの方が俺の何倍も強い」

「何……?」

「驚くことなんて何もないだろう。お前は、俺のことを何も知らない」

 

 

 うちはの生き残り、ナンバーワンルーキー、抜け忍、復讐者、大逆人、英雄、放浪者、最後の忍、里の孤児、問題児………サスケにはかつて様々な名がつけられた。いいものもあれば悪いものもあった。

 だが、それは全て紛れもない自分自身だ。

 

 

「『人は誰もが己の知識や認識に頼り、縛られ生きている。しかし知識や認識とは曖昧なモノ、その現実は幻かもしれない………人は皆、思い込みの中で生きている』」

 

 

 サスケは淡々と言葉をなぞる。その抽象的な言葉を当時は理解できなかった。

 でも今なら、その言葉の意味が分かる気がした。

 

 

「エリートや落ちこぼれなんて肩書き、所詮は他者が思い込みでつけた評価にすぎない。認識が変われば、良くも悪くもいくらでも変わる───要はソイツの言動次第だ」

 

 

 サスケはヒナタに目を戻す。

 血を吐いて、ボロボロの身体を引きずって、適うはずもないと分かっていながら、それでもヒナタは立ち上がった。自分自身を変えたいと立ち向かった。

 かつてとは違うその姿に、見ていた誰もがヒナタへの認識を改めただろう。

 

 

「血筋のように変えようのないものは確かにある。だが全てを変えられる筈がないと、『運命』だからと諦める───それはただの逃げだ。自分を変えようと立ち向かったヒナタは………俺やお前より、ずっと強い心を持っている」

 

 

 サスケはかつて、憎しみに囚われ盲目となった。悪い方向へと歩み続け、その挙げ句取り返しのつかない過ちを犯した。だからこそ、今尚己の選択を信じることができず、“前”との変化を恐れ迷ってばかりだ。良くも悪くも、そう変わった。

 サスケはきっと、これからもそうあり続ける。自問自答を繰り返し、悩み迷いながら選んでいくだろう。もう、無謀に進める時期はとうに過ぎていた。

 

 だからこそ、自分を真っ直ぐ信じ立ち向かえる姿は純粋で。これまでの道の正しさを現している。揺るぎないそれは眩しくて、羨ましくて。

 憧れていた。もう持つことのできない、その強さに。

 

 

「ネジ、俺もお前に一つ問う。───何故お前は戦った?」

 

 

 言葉の意味を咀嚼し沈黙するネジへ、サスケは静かに問いかける。

 落ちこぼれは落ちこぼれ、エリートはエリート。変えられないと言いながら、分家のネジが宗家であるヒナタを屈服させようと躍起になった。それは矛盾だ。

 

 本当は、ネジだって変えたいと足掻いているのだろう。

 だが、罪のないヒナタに宗家を映し、傷つけることに正しさはない。

 

 

(……ネジ、お前ならできるさ。だから、間違えるな)

 

 

 確かに血筋は変えられない。だが、それに対する自分の認識は変えられる。

 ネジの父が、宗家を守るために殺されたのではなく、ネジや兄弟、家族、そして里を守るために自らの意志で身代わりになったように。

 

 

「俺は……」

 

 

 何かを言おうとしたネジだったが、サスケはそれを聞く前にハッと表情険しくヒナタへと目を戻した。

 

 

「ガハッ……ぅ…ッ…」

 

 

 ヒナタが血を大きく吐き出した。溢れるように吐き出される血は鮮やかな赤色で。苦しげに呻いていたヒナタの身からかくりと力が抜ける。

 サスケは送るチャクラの甲斐もなく、やがて小さな心臓が痙攣しだすのを掌に感じた。

 

 

「まずいな……心室細動を起こしている」

 

 

 痙攣とはいえど、それは心停止に他ならない。やがて喘ぐような呼吸音すら消え、もはや猶予もない状況にサスケは舌を打つ。

 紅もそれを知り、ネジを険しい形相で睨みあげた。

 

 

「……オレを睨む間があったら、彼女を見たほうがいい」

「チッ……!医療班は何をしてる!?」

 

 

 紅はそう宣うネジから目を離し、まだ姿のない医療班へ悪態をつく。

 そもそもこの予選はイレギュラー。人数調整のために突発的に始められたのだから、ただでさえ数の少ない医療忍者を確保することは大変だったことだろう。その人員も僅かな筈だ。

 死の森の中、塔の地下深くのこの演習場にまともな医療設備は望めない。今から急いで里の病院に運ぶとしても、1分ごとに生存率は10%下がる。猶予はあっても10分。

 

 それを越えれば、生存率はほぼ0───二度と心臓は動かない。

 

 “前”は死ななかった。

 だが、“今”はどうなるか分からない。

 心臓が止まっている。

 息を吹き返す保証はどこにもなかった。

 

 

(……いや。可能性はある)

 

 

 ふと頭を過った思考に逡巡する。理論的には可能だろう。だが、危険な賭けだ。助けられるという確信がある訳でもない。

 迷いと共に、土気色の顔に目を落とす。

 

 

『私は、まっすぐ……自分の言葉は曲げない!私も、それが忍道だから…!』

 

 

 ヒナタの言葉が蘇る。

 ヒナタは強い。きっとどうあっても、生きることを諦めない。

 迷いも覚悟も、その逡巡は瞬きと共に終えた。一秒だって無駄にできない中、小さく息を吐き出したサスケは、その紅の手をヒナタから無理矢理剥がし、強く押しのけた。

 

 

「少し離れてろ」

 

 

 驚く紅を余所に、サスケはすぐさま左手に雷遁のチャクラを練り上げた。

 高い電圧を帯びたチャクラに、経絡系も皮膚も焼き焦げるのを感じながら一瞬で手のひらに集める。バチバチと火花が散ったそれを、痛みを感じるより早く、躊躇いなくヒナタの胸へ振り落とした。

 

 眩いばかりの雷光に包まれ、ヒナタの身体が魚のように跳ねる。

 その輝きが霧散しないうちに、担当上忍の腕によってサスケはヒナタから引き剥がされ、床上に押さえつけられていた。

 

 

「何してるサスケ!!お前、ヒナタを殺す気か!!?」

 

 

 誤解だと言いたかったサスケだが、術の反動で左腕は燃えるように熱く、押さえつけられた場所を中心に激痛が全体に走り、悲鳴を堪え呻くことしかできなかった。

 そんなサスケに混乱しながらカカシが更に言葉を重ねようとした時、ヒナタの様子を確認していた紅が『待って!』と叫んだ。

 

 

「ヒナタの心臓が……動いてる……」

 

 

 トクリ、トクリと本来の拍動を取り戻した心臓の鼓動が、呆然とする紅の手に伝わっていた。青褪めていたヒナタの顔色は、流れ出した血の循環にほんの少し色づき始める。か細いが、穏やかな呼吸音が空気を揺らしていた。

 

 小さく上下する胸にホッと息をつく間もなく、サスケの意識は暗闇に呑まれた。

 




人間AEDになったサスケェ……。


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45.揺らぐ心



『同盟は終わった。次に会うときは───敵だ。それを忘れるな』


 扉の奥へ消えていく背にかけられた弟の言葉、その悲しげな声の意味を私は知っていた。
 それを彼らへ伝えることのできないやるせなさを、姉として慰め一つかけられない無力さを噛み締めながら、テマリは軋んだ音をたてて閉じていく扉を見つめていた。



 

 

『よし、開くぞ』

『ああ』

『……』

 

 

 カンクロウの傀儡を回収したテマリ達は、塔の中、互いの顔を見合わせてコクリと頷く。

 テマリとカンクロウが同時に天と地の書を広げ、煙と共に現れた試験官に合格を告げられて、長く波乱に満ちた二次試験がようやく終わった。

 

 

『タイムリミットぎりぎりだな。……お前達にしては随分と手間取ったようだ』

 

 

 合流した砂隠れの担当上忍バキは、一行の血や泥でボロボロな姿に訝しげに眉を潜める。

 説明しようにも、この濃密としか言いようのない五日間を思い返せば一言で済むはずもなく、テマリは無言でそっと目を伏せた。

 

 中忍選抜試験、第二次試験。

 試験如き、そう侮っていたことは否めない。なにせ、うちには最強の我愛羅がいる、こんなところで負ける筈がない……そんな他力本願とも言える自信は、開始たった数時間で打ち砕かれた。

 

 圧倒的な強者から狙われる恐怖、弟の死への怯え、敵たる者から差し伸ばされた希望に縋るしかない屈辱、そして、触れた優しさへの嫉妬と羨望、罪悪感。

 揺さぶられ続けた感情に、弟達へは随分と醜態を晒してしまったように思う。

 身体も心もどこもかしこもボロボロだ。それを報告するにはプライドが憚られ、黙り込んでいれば諦めたのかバキはため息を一つ落とした。

 

 

『まあいい、合格は合格だ。それより……そこにいる奴はいったい誰だ?』

 

 

 追求は免れた。しかし、新たな追求が先程とは比べ物にならないほどのプレッシャーを生じさせる。

 最初から誤魔化しや隠し立てをするつもりはなかったし、応答も考えてもいた。それでもその一瞬で張りつめた空気に、思わず唾を飲み込んだ。

 バキの鋭い目はただまっすぐ、背後の壁際で佇む香燐へと向けられている。

 この場で殺されていてもおかしくない程の視線の強さに、香燐の身体がビクリと震えたのが見えた。

 

 

『ふむ……?あの赤髪とチャクラ……うずまき一族か』

 

 

 里の上役も兼ねるバキが、うずまき一族を知らぬはずもなくあっさり香燐の出自はバレた。

 声は聞こえないだろうに、バキの顔が興味深そうなものに変わったからか、それを悟ったらしい香燐はうつむき髪を隠すように手を当てる。

 その無遠慮な視線を遮るようにカンクロウが一歩前に進み出た。

 

 

『アイツは草隠れのうずまき香燐。試験中に助けられた』

『……油断でもしたのか?慢心するな、そう言ったはずだが』

『ま、それは否定しねえじゃん。けどそのおかげで収穫もあった』

『収穫………あの女がそうだという気か?』

 

 

 バキのその問いにカンクロウは深く頷いた。

 遠く離れて立つ香燐には、その声は届かない。聞こえていたなら、この場から逃げてくれていただろうか、なんて考えて、その思考に自嘲をこぼした。

 あいつも、私らも。逃げ場なんてどこにもない。利用し利用される、それが忍だった。

 

 

『アイツは医療忍者だ。瀕死の重傷だって治せる。………これからの任務に役立つじゃん。試験は不合格だったが、里に戻しちまうのは惜しいだろ』

『ほう?医療忍者とは珍しい……宿に戻ったら話を聞こう』

 

 

 監視カメラがあるため言葉は濁され、意味深にカンクロウはニヤリと笑った。バキが興味を示すのがわかって、もう後戻りできないことに目を伏せる。

 

 

───命を救ってもらったことは感謝してるじゃん。けどな、俺らが木の葉に来た目的を忘れんな。

───一番に狙われるのは主力の我愛羅だ。いくら絶対防御があったって、全部防げるとは限らねェ……あいつがいれば、何かあっても安心じゃん。

 

 

 塔に入る前のカンクロウの言葉が胸を刺す。

 傀儡を探しながら、小国とはいえ他里の事情に口を挟むのはおせっかいがすぎるんじゃないか、そう宣った私の言葉は的外れも甚だしかった。

 

 分かっていたことだ。いずれ敵対することを知っていた。だから関わるべきじゃない、懐に入れるべきじゃない、そう分かっていた。だから我愛羅には距離を取らせようとしたし、同盟にも反対した。

 でも、あのときはその手を取るしか道はなかったんだ。でなければ、カンクロウは死んでいて、私達はここにいなかったし、計画そのものが頓挫していただろう。

 

 それでも、と同盟を組んでからも言葉や態度で足掻いてみたけれど、それも長くは続かなかった。

 だって、あいつらといると我愛羅が笑う。枯れた筈の心が再び芽生えたのを知った。だから、距離を取らせようとしていた腕が緩んでしまった。

 

 そうして気づけば、もう自分も毒され過ぎていた。こうやって、香燐に後ろめたさを覚える程度には。

 苦々しさを押し殺し、そっと二人から、そして私らを呼びに来た試験官にどこかへ連れていかれる心細げな香燐から目をそらした。

 

 代わりに視界に映る我愛羅は離れた所で壁に寄りかかって、目を瞑りただ沈黙している。我愛羅はサスケ達と別れて以来、一言も喋らない。

 作戦の中心に立たされている我愛羅だって、きっと最初からわかっていた筈だ。この先にあるのが敵対しかないのだと分かっていても、傷つくと分かっていても、その心の渇きの前に奴らに縋るしかなかったんだろう。

 それは姉である自分の責任でもあって、もはやため息すらも出やしない。

 

 

(どうしてこうなったんだかね……)

 

 

 砂隠れと木ノ葉隠れ、その同盟はもう途絶えた。

 所詮、忍は争いの道具だ。同盟を機に依頼は木の葉に流れ、里はバカ大名により軍事縮小を余儀なくされ、財政は厳しく、もはや風の国の存在すらも危うくなっている。

 うちの里を苦しめる木ノ葉が憎かったけれど、でもそれはあいつらのせいじゃないと言葉を交わして気付いてしまった。

 

 私らと何も変わらない人間で、大切な奴らがいて、感情があって、生きていた。そんなこと、気づかなければこんなに苦しまなかった。気づかなければよかったけど、もう遅すぎる。

 

 共に笑いあった記憶はまだ鮮やかなままで、だからこそ胸が重苦しくて息がしにくい。

 いずれ殺し合う敵だと、予選中はずっと自分に言い聞かせていたけど、あいつらが戦闘で追い込まれそうになる度に、握りしめた手のひらに汗が滲んだ。自分の順番が来ても、対戦する女の額当てにチリリと胸に走る痛みがあった。どうしようもなかった。

 

 そして、今。

 眩いばかりの光に一瞬目が眩み、それが収まったかと思った時には既にサスケがマスクの上忍に押さえられていて。

 ここまで顔色一つ変えずに、無感情に試合を見下ろしていた我愛羅さえ柵から身を乗り出す。

 何が起きたのか分からないまま、意識がないのかぐったりしたサスケが慌ただしく担架で運ばれていく。    

 床にはあの女のものか、それともサスケのものか、もしくはそのどちらもか。決して少なくない量の血が落ちている。

 

 翠の目は階下からナルト達が戻ってきてからも、じっと扉を見つめたままだった。

 その奥で揺れる瞳に気がついて、ジワリと胸の奥に熱い何かが滲む。

 

 あの二次試験を経て我愛羅は変わった。私達が殺した心がまた生まれた、それを誰が成したかなんて聞くまでもない。

 無表情も無言も、あの忠告も。その心を我愛羅なりに守ろうとしたのかもしれない。私と同じく……いや、それ以上に、板挟みとなって苦しんでいるんだ。

 かつてならあり得ない心の機微。それが嬉しく、そして酷く悲しかった。

 

 

「テマリ?」

「……ちょっとね。情報収集に行ってくるよ」

 

 

 気づけば歩き出していた。背に我愛羅の視線を感じながら、バキに言い訳を残す。

 その足が向かうのは、仲間から少し離れた所にぽつんと立つ、見慣れてしまったたんぽぽ頭だ。

 

 

(まったく……何をしてるんだかな)

 

 

 情報収集をするんだったら、最初から他の奴を選んでいただろう。そのくらいわかるほどには話を交わしていた。

 それでも、そのナルトに話しかけている自分に呆れ内心で自嘲する。

 

 聞いたところで意味なんてない。

 知ったところで状況や立場が変わる訳でもない。

 伝えたところでその心を揺らし傷つけるだけだ。

 

 わかっている。わかっているんだ。 

 それでも、何かしてやりたかった。何かを変えたくて、失いたくなくて。

 無駄な足掻きをしている、そんな滑稽な自分を嗤った。

 

 

 

 

(……どういうことだってばよ?)

 

 

 受験者二人が消えた会場には、困惑と共に重苦しい沈黙が残されていた。

 

 ヒナタの息が止まって、その傍らに膝をついていたサスケが何か考え込んでいたかと思ったら、突然その手が光って。

 眩いばかりの光に咄嗟に目を瞑ってしまったナルトが恐る恐る目を開けて見たのは、カカシに取り押さえられたサスケの姿だった。

 

 その左手は焼け爛れていて、無残な状態に声も出なかった。その代わりに、と言っていいのかは分からないけれど、ヒナタは息を吹き返していた。

 ちょうどそこに到着した医療忍者達が、意識のないサスケとヒナタに駆け寄った。

 

 

『命に別状はありませんが、内臓へのダメージに、酷い熱傷……治療が必要です。恐らくはお二人とも入院になるでしょう。後は私たちにお任せください』

 

 

 担当上忍達へそう伝えて、命に別状はないという言葉に安堵する間もなく、医療忍者達は二人を連れて行ってしまった。

 

 

『サスケ君……』

『……心配いらないよ。あいつなら大丈夫だ』

『カカシ先生、何が起きたんですか!?サスケ君、なんで怪我してっ……!』

『落ち着けサクラ。医療班も言っていただろう、命に別状はないよ』

 

 

 泣き出しそうなサクラへ、カカシ先生がそう慰めるけど答えになっていないその言葉は空っぽだ。

 でも、マスクから覗くその顔色は悪い。カカシ先生だって困惑していて……どこか、後悔しているような目を閉じた扉へ向けていた。

 

 

『……心配いらないよ』

 

 

 繰り返す言葉は、まるで自分に言い聞かせるみたいで。きっとあの瞬間もちゃんと見ていて何かを察しているんだろうけど、そんなカカシ先生に問い詰めるようなことはできなかった。

 

 

『えー……とりあえず、皆さん上階へ戻ってください』

 

 

 咳き込む試験官の促しで観戦席に戻ってきたナルトとサクラ、カカシだったが、その心ここにあらず。

 何やら火影と審判の話し合う様子をぼんやりと見つめていれば、ふと近づく足音にナルトははっと我に返った。

 

 

「おい。仲間の所に行かなくていいのか?」

「……別にいいだろ。わざわざ何しに来たんだってばよ」

 

 

 少し一人になりたくて離れたのに、と顔を上げないまま小さく口を尖らせる。

 隣にやってきたテマリは、知ったことじゃないとでも言うかのようにふん、と鼻を鳴らした。

 それにカッとなってつい声を荒らげようとしたナルトだったが、顔を上げてしまえばその言葉は喉の奥に小さく消えた。

 

 

「……あいつは、無事なのか?」

 

 

 躊躇いがちに尋ねるテマリの顔はどこか暗くて、どこか悲しそうだった。

 怒りはしゅるしゅると萎んで、もう一度扉をちらりとみながら素直にコクリと頷きを返す。

 

 

「医療班の人は入院するだろうけど、命に別状はねえって」

「そうか。なら、良かった」

 

 

 そう言って緩む顔は、前の試合で冷たく笑っていた奴とは同じ奴に見えないほどに柔らかい。

 やっぱし、変わった訳じゃない。あの冷たいテマリもきっと一部だけど、あの森の中で泣いていたテマリだってまだテマリの中にいるんだ。

 そう考えると、波立っていた心が凪いでいった。里に残れるようになった香燐のこととか、さっきの試合で出ていたネジのこととか、ポツポツと取り留めのない話をしていたら、あの幽霊みたいな試験官が咳払いと共に次の試合の始まりを知らせた。

 

 

『ガアラ』VS『ロック・リー』

 

 

「早く降りてこい」

 

 

 電光掲示板の文字が浮かんですぐ、我愛羅が印を組んだと思ったら、砂が集まりだして一瞬で我愛羅を下に移動させていた。

 放たれる荒れた殺気にナルトはゴクリと息をのむ。

 その視線の向かう先。もう一方のリー達へ自然と注目が集まった。

 

 

「引っかかりましたね!最後がいいと言ったのならそうならない、電柱に当てるつもりで投げた石は当たらず外すつもりで投げた石は当たってしまう。その法則の応用です!」

「おお、さすが俺の教え子!」

「僕はトリなんて真っ平ごめんです。見事にひっかけることが出来ました!」

「そんなお前に一つナイスなアドバイスをしてやろう───まだ誰も気づいていないかもしれんが、あの瓢箪が怪しいぞ……!」

「なるほど……!」

「メモはよせ、戦闘中にそんなものを見ている暇があろう筈がないぞたわけがァ!」

「なるほど……」

「よぉっしゃ―――!いけ、リー!!」

「オッス!!」

 

 

 勢いだけのよい力の抜けるような会話が終わり、ビシッと階下を指さしたガイに応え、燃えているリーは柵を飛び降りた。

 

 

(大丈夫かってばよ、ゲジ眉……)

 

 

 ……何とも不安のある始まりだったが、少なくとも我愛羅の放つプレッシャーは屁にも感じてなさそうだった。ある意味スゲェ奴だ。

 

 

「早々にあなたとやれるなんて、嬉しい限りです」

 

 

 我愛羅と向かいあったリーが構える。先程の会話などなかったかのように、張りつめた緊張感が走った。

 我愛羅はピクリとも表情を動かさず、じっとただ始まりを待っていた。

 我愛羅の強さの片鱗はあの森の中でも感じていた。土に隠れていた雨隠れの奴らなんて瞬殺だった。

 そして──一瞬感じた、強いチャクラ。背がゾワッとするような感覚を思い出すと、今でもブルリと身体が震える。

 

 

「あのオカッパがどんな攻撃をするか知らないが、我愛羅には勝てないよ。確かにスピードはあったけど、蹴りはたいしたレベルじゃなかったからな」

「いや……」

 

 

 確かに我愛羅は強い。でもどこでリーの戦闘を見たかはわからないけど、その言葉には違和感を覚えた。

 思い返すのは試験前のサスケとの一騎打ち。結果としては負けたものの、その動きは目で追えなかったし、スピードも威力も戦う内にどんどん上がっていた。

 

 

「アイツも、強ぇ」

 

 

 ナルトの断言にテマリが片眉を上げると同時に、我愛羅の瓢箪の栓が弾け飛ぶ。

 

 

「それでは第六回戦───はじめ!」

 

 

合図と共にリーが駆けた。

 

 

「木の葉旋風!」

 

 

 リーの蹴りは瓢箪から出てきた大量の砂に阻まれる。

 砂を操る我愛羅の術は前にも見ていた。周りの奴らが驚きの声を上げるのを聞いて、スゲーだろ、と内心でニマニマ笑う。

 

 リーは次々と蹴り、殴りかかるが尽く砂に防がれていた。その間、我愛羅はピクリとも動いていない、指一本どころか視線すらもだ。

 

 

「我愛羅にはどんな物理攻撃も通用しない。我愛羅の意思に関係なく、砂が盾となって身を守るからな。……まあ、基本的には、だが」

 

 

 テマリは得意げに話していたが、最後に気まずげにそう付け足した。確かに森ではボロボロになってたしな。

 でも、今見ていて思う。それこそが想定外、あのガードを抜けられる奴は早々いないだろう。

 

 

「それだけか?アイツには到底及ばない……」

 

 

 我愛羅はそう言って目を細めた。

 アイツ……我愛羅達をコテンパンにした大蛇丸ってやつかな。

 あのサスケだって一目散に逃げろと言った。直接その姿を見ていないけど、きっと相当に規格外な奴だったんだろう。

 

 砂が手のように形をもって動き出し、リーの足を掴んで壁に叩きつけた。

 すぐに立ち上がったリーだが、その後の追撃でも通じない体術を使い続ける。

 

 

「どうしてリーさん、体術しか使わないの?あれじゃあ接近戦は厳しいわ。少しは距離を置いて忍術でも使わないと!」

「使わないんじゃない……使えないんだ。リーには忍術、幻術のスキルが殆ど無い。俺がリーにあった時には完璧ノーセンス、何の才能もなかった」

「そんな……信じられない……」

 

 

 視線は目の前の戦いに集中したまま、離れた場所でのサクラとガイの会話にナルトは耳をそばだてる。

 忍術、幻術が使えない。才能がない。

 その言葉には覚えがある。才能なんて自分じゃどうしようもない、そんな理不尽さに何度も歯を食いしばった。挫けそうになったことなんて数え切れなかった。

 

 

(あいつも俺と同じ……)

 

 

 サスケとの試合で包帯が解けて、ちらりと覗いたリーの腕を思い出す。

 その腕は傷だらけを通り越して、ボロボロになっていた。盛り上がった傷の上に更に傷があって、それを繰り返した証拠に浅黒く皮膚の色が変わっていた。

 

 

(あのゲジ眉はすっげー特訓したんだろうな、毎日、毎日……俺よりもずっと)

 

 

 リーが砂に足を取られて倒れて、あっと声を上げる。

 砂が襲いかかってやられるかとも一瞬思ったけど、クルクルと回転しながら無事に空中に逃れたリーは、会場に設置されていた大きな印を組んだ像の上に着地した。

 

 

「確かに、忍術も幻術も使えない忍者なんてそうはいない。だが、忍者として生きていく為にリーに残された道は体術しかなかった──だが、だからこそ勝てる!リー、外せ!!」

「で、でもガイ先生。それはたくさんの大切な人を守る時じゃないとダメだって……」

「構わん、俺が許す!」

 

 

 ビシッとサムズアップしたガイの歯がきらりと光る。

 それに顔を輝かせたリーは座り込み、足のカバーを外す。そこには『根性』と書かれた重りが連なって両足に巻き付けられていた。

 

 

「あれって……重しか?」

「なんてベタな修業だ……」

「くだらんな」

 

 

 ギャラリーは三者三様の反応だが、どうにも全員不評だったらしい。

 実はやったことがあるのは秘密だ。つけ過ぎてずりずり足を引きずって転びまくっていたら、身長が伸びにくくなるぞって言われて一日でやめたけど。

 そんな周囲の反応には気づいていないリーは、ニコニコと上機嫌にジャラジャラ音をたてながら重りを外していく。

 

 

「よォーし、これで楽に動けるぞ!」

 

 

 リーの両手から下げられた重りが離れ、落ちていく。テマリがふん、と鼻を鳴らす。

 

 

「少しくらいの重りを外したくらいで、我愛羅の砂に付いていける訳が───」

 

 

───テマリの言葉をかき消す程の、轟音が響き渡った。

 

 

 硬い床が砕かれ、重りが地面にめり込む。

 観戦席が地震のようにぐらぐら揺れて、パラパラと天井から塵が舞い落ちてくる。

 

 

「身長……伸びんじゃん」

 

 

 余りの現実感の無さに、思わずそんな言葉がこぼれ落ちた。ちなみにナルトよりも、10cm以上リーの背のほうが高い。

 

 

「行けェ、リー!!!」

「押忍!」

 

 

 唖然とするナルト達ににんまりと笑ったガイの合図と共に、リーの姿がかき消えた。

 

 

「ッ……!?」

 

 

 パン、と鳴り響く衝撃音。

 砂がかろうじて防いだ攻撃だったが、そちらへ目をやる前に別の方向からまた音が、それを視認する前に更に別の方向に砂が動く。

 我愛羅の頬を風圧が掠め、初めてその顔色が変わった。

 

 

「すげェ……!」

 

 

 ナルトは思わず感嘆の声を上げる。

 尋常じゃなく、速い。上からでさえ目で追えない、かろうじて残像を捉えられるくらいだった。あの我愛羅もたじろぎ防戦するばかりだ。

 ガイは誇らしげにリーを見て口角を上げた。

 

 

「忍術や幻術が使えない……だからこそ体術のために時間を費し、体術のために努力し、全てを体術だけに注いできた。たとえ他の術ができずとも、アイツは誰にも負けない体術のスペシャリストだ!」

 

 

 リーのかかと落としが、ついに我愛羅の頭を強打した。

 その勢いに我愛羅の身体がぐらりと傾く。倒れこそしなかったものの、その頬に一筋の赤い血が伝った。

 それを見た木の葉の面々が喝采を上げる。

 

 

「信じられない……あの我愛羅がまた傷を……」

 

 

 呆然と呟くテマリに、やっぱし俺の目は間違ってなかったってばよ、と内心ニヤリとナルトはほくそ笑む。

 そうして───ふと気がつく。

 

 

(俺ってば、どっちを応援してるんだ?)

 

 

 湧いた疑問に、試合が一時意識から遠のく。

 先立っての試合では、名前くらいしか知らない先輩であるテンテンよりも、短い間だが共に過ごしたテマリを応援できた。

 でも今は?どちらもが言葉を交わした知り合いで、どちらも嫌いになれねえ奴だ。

 中忍試験の本当の目的を考えると、同じ木の葉の忍であるリーを応援するべきだ。だけど、何か、何処かがモヤモヤした。

 

 

「青春は、爆発だァァァ!!!」

 

 

 そのモヤモヤを解決できないまま、ガイの雄叫びにハッと意識を目の前の戦闘に戻す。

 それに応えるリーの拳が砂をくぐり抜け、我愛羅の頬にめり込んでその身体を思いっきり殴り飛ばした。

 

 

「凄い、早い!砂のガードが完全に追いついてない、直撃ね!」

「すっげぇ……」

「攻撃が早すぎる…!」

「目で追うことができないよ……」

 

 

 一度考えてしまったら、もう木ノ葉の歓声に交じることができなかった。

 口を噤んだまま、攻撃を喰らって倒れた我愛羅に目を向ける。伏せていた我愛羅は、やがてゆらりと立ち上がった。背負った瓢箪から水のように大量の砂が流れ落ちていた。

 

 

「やばいな」

「ああ。我愛羅……けっこう重いの食らったってばよ」

「……そっちの“やばい”じゃないよ」

「え?」

 

 

 テマリの硬い声に首を傾げる。

 その時、ふと覚えのあるチャクラを感じて鳥肌がたった。慌てて発生源に目を凝らせば、我愛羅の顔にヒビが入りボロボロに崩れ出した。落ちた欠片は床に落ちると共に砂となって形を失う。

 異様なその姿に息を飲む音が、あちこちから聞こえてくる。そんな中、テマリも別の意味で顔を曇らせる。

 

 

「やっぱり砂を纏っていたか……」

 

 

 その呟きを気にすることもなく、ナルトはただ我愛羅から視線を逸らせなかった。

 血走った目が、純粋な殺意を灯してジッと敵を睨みつけている。その瞳は冷たく底冷えのするもので───我愛羅のものじゃなかった。

 

 

「あれ……何だってばよ……」

「あれは砂の鎧だ。さっきのオカッパの攻撃もあれでガードしたのさ。普段は砂の盾がオートで我愛羅を守り、万が一砂の盾が破られたとしても砂の鎧が攻撃を──」

「ちげーってばよ。砂の下………あの目!あれ、何なんだよ」

 

 的外れな答えを遮ってテマリに詰め寄れば、その深緑の目が見開かれた。

 やっぱり。そう思って、歯をぎりりと噛み締めた。

 

 

「お前……気づいて……!?」

「舐めんじゃねェ!少しだったけど一緒にいたんだ、わかるってばよ」

「そうか……そうだな。お前達はあたしらよりもよっぽどよく“我愛羅”を見ていた……」

 

 

 テマリが自嘲するかのように悲しげな笑みを落として我愛羅へ、その荒立つ砂に目を向けた。

 

 

「我愛羅は、母の命と引き換えに生まれた。父……風影の忍術で砂の化身を身に取り憑かせてな。風影の子として、里の最高傑作として生み出された」

 

 

 潜めた声で語られたその過去は、暗く、痛みに満ちていた。

 俺と同じ、腹の中に化物を飼っている我愛羅は、里の皆から危険物として恐れられ、何度も父親に暗殺されかけたという。その話に胸がズキズキと痛みだす。

 

 

(わかるってばよ……)

 

 

 俺も一人ぼっちだった。だからわかる。

 みんなから除け者にされて、何もしてないのに憎まれて、死を願われて。生きてる理由が分からなくて、苦しくて。

 けど、サスケが俺の存在を認めてくれて、初めて生きてることを実感できた。イルカ先生、サクラちゃん、カカシ先生───認めてくれる人が一人ずつ増える度、埋められていく何かがあった。

 

 

「奴らにとって我愛羅は過去の消し去りたい遺物───でも私にとっては、血の繋がった弟だ。……気付くのが遅すぎたがな」

 

 

 でも、もうそれは過去の話だ。俺も、我愛羅も、一人ぼっちなんかじゃない。

 遅くなんてねェ、そう言いたかったけど、視界の片隅で動いたリーにハッとして戦う二人に目を戻した。

 しゅるりと解けた包帯、追撃に浮かぶ身体。見覚えのあるその技が我愛羅を襲う。

 

 

「表蓮華!」

 

 

 回転と共に叩きつけられたその身体は、指一本動かない。

 木の葉の皆が喜びの声を上げる中、ナルトは身を乗り出してその名を叫ぶ。

 さっきまでリーを応援していたサクラも思うところがあったのか、歓声には加わることなく口元を押さえて心配げに眉を下げていた。

 

 

(死んじまったんじゃ………)

 

 

 その考えにゾッとする。

 とっさに駆け寄ろうとしたその時、我愛羅の指先がボロリと欠けた。

 

 

「くく……」

 

 

 リーの背後に砂が集まっていく。傷一つ負っていない我愛羅が現れる。

 その血走った目は酷薄に歪められ、あの森で見せた穏やかさは欠片も残っていなかった。

 

 

───我愛羅の中の、『化物』が目覚めた。

 

 

 そこからは一方的な蹂躙だった。

 攻撃的な砂がリーに襲いかかる。リーはそれを避けられない。高速体術を使った反動で体中が痛み、動き回るどころじゃない筈だ、とカカシ先生の言葉が聞こえた。

 避けることもできないリーに我愛羅は笑いながら砂を操る。傷つけ、いたぶって、それを楽しんでいる。化物のせいだと思いたかった。

 

 

「もう……やめてくれってばよ……!」

 

 

 堪らず絞り出した声に我愛羅がピクリと反応し動きを止めた。

 見上げる翠の目は化物じゃない、我愛羅だった。一瞬傷ついたように揺れ、その眼が冷えていく。冷たい刃のような殺気が、俺にも向けられている。

 

 

「これでわかっただろう。同盟は終わった………俺は砂の我愛羅───お前達(木ノ葉)の敵だ」

 

 

 その言葉に胸がズキリと痛んだ。

 でも、それはまるで自分に言い聞かせるかのようで。そして、その言葉に、誰よりも我愛羅自身が傷ついているように見えた。

 

 

 

 

「裏蓮華!!!」

 

 

 木の葉の蓮華が二度咲いた。

 

 身体のリミッターが外れた残像すらも残らない高速体術に、為す術もなく叩きつけられる。人間の動きとは思えない程のスピードと威力。先程のように、砂の鎧による変わり身の術を使う間もなかった。

 胸の空気が衝撃に全て吐き出され、一瞬意識が霞む。身体中が痛い。額を流れる血を感じた。

 咄嗟に背の瓢箪を砂に変え衝撃を和らげたが、もしもそれがなければ骨が砕けていただろう。

 

 痛みに呻きながらうっすらと瞼を開けば、先程くらった裏蓮華という技の反動か、ロック・リーが息を切らして倒れ込んでいる。

 

 

(俺は、負ける訳にはいかない……!!)

 

 

 震える手をかざす。その男も気付いて這って逃げようとするが、逃しはしない。

 砂がその左手足を絡め取ったのを確認し、その掌を固く握りしめた。

 

 

「砂縛柩!」

 

 

 骨と肉を粉々に潰す感覚が砂を通して伝わってくる。上がる悲鳴は耳ざわりだ。

 もう意識がないことはわかっていたが、この男は強い───ここで、潰す。

 

 死ね、そう言ってとどめを刺そうと更に伸ばした砂を払う手があった。ロック・リーとよく似た相貌の忍は、奴の担当上忍だ。

 『こいつは愛すべき俺の大切な部下だ』そう言ってロック・リーを庇い立ちはだかるその姿が………ふとカンクロウに重なった。重なる記憶と現実にズキリと鈍く頭が痛む。

 

 

「やめだ……」

 

 

 湧き上がっていた殺意が霧散していく。どの道、担当上忍が割入った時点で奴の負けだ。

 そう思い背を向けようとしたが、ふらりと立ち上がって構えた男に動きを止める。

 その肉も骨もばらばらにした筈、立ち上がれる訳がない。内心で驚きながら、迎え打とうと砂を操ろうとして………手を止める。

 奴は、立ち上がった。けれど、もう動けない。

 いや、逆なのか。もう動けない。それでも、奴は立ち上がった。

 

 

「リー……お前って奴は……!」

 

 

 担当上忍はそう涙を流して、気を失っていながらなお立つロック・リーを抱きしめた。

 

 

「勝者、我愛羅」

 

 

 審判の宣言が静かに響く。今度こそ背を向ける。

 愛だとか、涙だとか。それは弱さの証だ。役に立たない、くだらない感情だ。それで結果が覆る訳でもない。

 

 

「我愛羅……」

 

 

 呟かれた名にそちらを見上げれば、ナルトとその隣にテマリがいた。

 木の葉の額当てと砂の額当て。それが並ぶ嫌悪。吐き気がした。

 

 

「テマリ、行くぞ。敵と馴れ合うな」

「ああ……わかってる」

 

 

 印を組み砂と共に二人の元に現れた我愛羅は、テマリにそう告げ身を翻す。テマリはそっと目を伏せて、その後を追った。

 

 

「俺たちってば敵かもしんねェ───けど、友達だ」

 

 

 置き去りにした声が追いかけてくる。

 揺らぎのないその声に、振り返ることはしない。それでも、足が知らず止まってしまった。

 

 二次試験での差し伸ばされた手が、脳裏を過ぎる。

 温かな声で呼ばれることはもう、無い。

 

 

「…………くだらん。俺には、必要ない」

 

 

 迷いを断ち切るように言いおいて、足をまた進める。何故か、その歩みは先程よりも重く感じた。

 ナルトの気配が遠ざかり、もうすぐバキの元につこうかという時。ふと、ぶらりと下げていた手が掴まれた。

 

 

「サスケは命に別状はないそうだ。でも腕の火傷が酷くて……木ノ葉病院に入院したらしい」

 

 

 意を決したように、テマリはまっすぐに俺を見つめる。嘗ては怯えたように逸らされた目が、しっかりと俺を映し出していた。

 その眼差しが重なる。直視ができなくなって、視線を足元へと落とした。

 

 

「………それがどうした。俺には関係ない」

 

 

 揺らぎそうになる声を抑えたが、自分でも気付くほど低く苦々しげに聞こえた。

 ナルトの近くに留まることも、バキの元に行くこともできずに、中途半端に二人で立ちすくむ。

 テマリはそれ以上は何も言わず、ただ静かに俺の隣に立っていた。むき出しの肌にその体温を感じた。

 

 

───何故だ。何故、止める。

 

 

 友であれ何であろうと、所詮敵は敵。だから断ち切りたかった。断ち切らなければならなかった。

 遠くないいつか、俺はあいつらを殺すだろう。それが俺の役目だ。そのために俺は生み出されたのだから。

 

 

『俺は────我愛羅、お前にも生きてほしい』

『俺たちってば敵かもしんねェ───けど、友達だ』

 

 

 声が響く。温もりを感じる。その柔らかな眼差しを思い出す。

 その全てを消したいのに消えてくれない。胸の奥へと落ちて、重なっていく。

 

 何故だ。何故こんなに息が吸えない。何故こんなに、胸が潰されるように重く、苦しい。

 痛みには慣れていた筈だ。だが、こんな苦しさは知らなかった。

 

 縋るように、唯一繋がる掌を握り返す。

 それは解かれることなく、その力を強めた。

 

 

「我愛羅、お前は化物なんかじゃない。人間で、私の弟だ。だから……泣きたければ、泣いたっていい」

 

 

 心を殺すなと引き止められる。

 何かを言おうと、口を開いて、でも結局何も言葉にならなくて。

 その頬に一筋の透明な涙が伝った。その傍らにただ黙って寄り添う姉だけが、それを知っていた。

 





 変えられぬしがらみに抗って、足掻いている。もがいている。
 その苦しみが、生きていることを実感させた。


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46.火ノ意志



「おい、チョウジ。俺たちやべーぞ、残っちまった」


 やべー奴らの戦いが終わって、ズタボロになった会場を試験官らが総出で片付けるのを眺めながら、ため息混じりにちらりと横を見やる。
 同じタイミングでこちらへ視線をよこしたチョウジと顔を見合わせながら、めんどくせぇ、とシカマルはもう一度大きなため息を吐き出した。



 

 ここまでで終わった試合は6組。

 第一回戦からはサスケ、第二回戦は引き分け、第三回戦はテマリ、第四回戦はナルト、第五回戦はネジ、第六回戦から我愛羅。概ね予想通りというべきか、めぼしい奴らが予選を勝ち上がった。

 

 残るは2組、四人の受験者だ。

 同期のシノ、丸メガネに口元を隠したおっさん、そして俺とチョウジだ。強そうな奴らは既に終わっていてラッキーではあるが、俺と一緒にチョウジも残っている。

 

 詰まる所、同じ班員同士で戦うことになる可能性が33.333……%、おおよそ三つに一つっつぅことで。

 いくらランダムでも、これでもしチョウジと組まされようものなら、これまで散々協力しあえだのと言ってただろうよ、とブーイング必須だ。

 しかし『めんどくせぇ』とぼやくシカマルとは対照的に、チョウジはのんびりとポテチを頬張りながら首を傾げる。

 

 

「えー。でも僕、シカマルとがいいなぁ」

「はぁ?」

 

 

 期待するかのような声音は本心からのものとわかって、穏健派筆頭のチョウジの予想外の言葉に耳を疑った。

 だが、続けられたその理由はまさにチョウジらしいものだ。

 

 

「シカマルとなら怪我しないもんね」

「おい。喧嘩売ってんのか」

「だってもしそうなったらシカマル棄権するでしょ?だから僕もシカマルも怪我しない、それで僕は焼肉食べ放題!!」

「………」

 

 

 猪鹿蝶の一族は術の特性上交流が深く、当然三人共に幼い頃から面識がある、いわゆる幼なじみって奴になる。それ故に、相手の術はもちろん、癖も弱点も思考回路も知り尽くしていた。

 

 もしここでやり合うことになって勝ち上がったとしても、後味悪ぃだろう。

 ナルトやらサスケやらは血気盛んに戦い合うことが出来るだろうが、こちとら平和主義なんだ。仲間を傷つけるなんざ御免こうむる。

 

 昔からめんどくせぇことは嫌いだった。

 そんなめんどくせぇことになるくらいなら棄権するし、それはそれでいい───という、シカマルの雑な考えすらも見抜かれていたらしく、言い返せずに黙り込む。これだから幼なじみというのは厄介だ。

 

 

「まったく、お前らな……棄権だけは勘弁してくれよ……」

 

 

 やる気ゼロの俺と、のんきなチョウジ。そんな俺たちに流石に危機感を感じたらしい担当上忍のアスマは苦々しげにそう呟いていたが、ふと何か思いついたかのようにチョウジの肩に手を置いた。

 

 

「……よーし。もし全力で戦って勝ったら、勝った方に特上カルビってのはどうだ?」

「!」

「木ノ葉黒毛、バキバキに霜降りが入っていてなぁ。したたる脂さえも甘くて濃厚、肉なんてトロットロに舌で溶けちまう……」

「シカマル、僕は君であっても手は抜かない。棄権なんかしちゃだめだ、僕は正々堂々君に勝つ!!」

 

 

 特上カルビの為に!!

 言葉だけならキリッと、けれど最後の最後で本音がだだ漏れなチョウジはあっさり掌を返したようにそう宣言した。

 

 

「食いものなんかでつるなよ……」

 

 

 つられる方もつられる方だが。呆れた目で『行くぞ焼肉ーー!食うぞ特上ーー!』と拳を上げるチョウジを見やる。つーか食ってやるぞコノヤロウ。

 その意気よ!とイノがバシバシとチョウジの背を叩きながら激を入れていると、アスマが不意にニヤリと笑った。

 

 

「ま、物事そう思い通りにはいかねえのさ」

 

 

『アキミチ・チョウジ』 VS 『アブラメ・シノ』

 

 

 良かったのか悪かったのか、表示された電光掲示板に俺の名前はなかった。つまり、俺はトリって訳だ。それもそれでめんどくせぇ気がする。

 一方肩を落とすチョウジだったが、行って来い焼肉食べ放題が待ってるぞとアスマがその背を押した途端、目が燃えだし意気揚々と階段を降りていった。

 

 

「頑張れよー、デブーー!」

「いっけー、デブーー!」

 

 

 あえてチョウジの禁句で声援を送る俺とイノに、チョウジの目が吊り上がる。

 そんなチョウジに対し、シノは黙って何を考えているかわからねえ、いつも通りのツラでチョウジの前に立つ。

 

 

「両者前へ。……それでは、第七回戦を始めます」

 

 

 

 さて………結論から言おう。

 チョウジは焼肉を勝ち取った。まじかよ。

 

 

「うおぉぉぉ!焼肉ーーとったどーー!!」

「コノハ、コグレ、ココノカ、コノエ、コメコ……俺の虫達が……」

 

 

 拳を掲げるチョウジの隣では、膝をついたシノが押しつぶされた虫達ヘ震えながら手を伸ばしている。

 その悲壮な様子からはもはや戦意が感じられず、審判は勝負ありとしたのだ。

 

 シノは強い。あのチャクラを吸う寄壊蟲とかいう虫は性能を聞くにもはや反則みたいなもんだったが、しかし今回は相性が悪すぎたとしか言いようがない。

 チョウジの忍術は身体の組織を倍化させるという単純な技で、その質量や重量にはしっかりとした実体がある。肉弾戦車の前に、群がろうとした虫達はすぐさま蹴散らされ、押し潰された。

 

 大切に飼っていた虫達が無惨に散っていくことに耐えられなかったのだろう。半分以上が散った所でついにシノは崩れ落ちたのだ。

 つうか、あいつ虫に名前つけてんのかよ。何万もいるだろうに、どうやって見分けているのか謎だ。

 

 

「まさかチョウジが勝ちあがるとはな……こりゃあ負けてらんねぇなぁ、シカマル?」

「チッ……うっせーな」

「さて。次が最後……お前の相手は、奴だな」

 

 

『ツルギ・ミスミ』VS『ナラ・シカマル』

 

 

 電光掲示板には俺の名前と、聞き覚えの無い名前が既に上がっていた。

 ちらりと二人共に横目で丸メガネを見やる。アスマは笑みを消しスッと目を細めた。瞬間変わったひりつくような空気に身体が固まる。

 低く、俺だけに聞こえる声でアスマが耳打ちした。

 

 

「……いいか、シカマル。棄権だけはするなよ」

「はぁ?」

「最終第八回戦、両者前へお願いします」

 

 

 どういう意味だと聞くより先に、審判に呼び出される。後ろ髪を引かれるような思いはしたが、それでも既に相手は階下で待ち構えており、行って来い、と背を押されてしまえばそれ以上尋ねることもできず。

 シカマルはけだるげに頭をかきながら、階段を一段一段降りていった。

 

 

「なーに勿体ぶってんだってばよシカマル!最後なんだからビシッと決めろってばよ!」

 

 

 ナルトの野次にうるせーとだけ適当に返す。

 その頭の中ではアスマの言葉が回り続けていた。

 

 

(棄権“だけは”?まるで、勝ち負けなんてどうでもいいみてえな言い口じゃねえか。それでも担当上忍かっつうの)

 

 

 ちくりと嫌味を思いつつ、そっと相手を伺いながらゆっくりと足を進める。

 じっとこちらを見る奴は、腕を組み指をトントン動かしている。どこか苛立つような様子。まるで急げとでもいいたげだ。

 ようやく審判の前についた俺に、遅い、と唸られるが、コホンと咳払いした審判にそれ以上は言い募らなかった。

 

 

「えー……では最終第八回戦、始めてください!」

 

 

 開始の合図にその場を飛び退き、一度距離を取った。しかしミスミはその場を動かず、じろりとシカマルを睨みつけた。

 

 

「チッ、やはりトリになったか。……始めに言っておく。俺が技をかけたら最後、必ずギブアップしろ。速攻でケリをつけてやる」

 

 

 丸メガネこと、剣ミスミ。

 その額当てには同じ木ノ葉の紋様が刻まれている。

 ふと、そいつと同じ格好をした同班の男───最初の試合を思い出した。

 

 

考えろ。『大蛇丸様』───同じ額当てをした奴の反応を。

考えろ。『調査協力』───予選に乱入した上忍達の目的を。

考えろ。『棄権だけは』───俺にかけられたアスマの言葉を。

考えろ。『やはり』───奴が最後の対戦となった意味を。

 

 脳内を映像が、思考が駆け巡った。

 幾通りかの推論は立てたが、その中で、最も濃い可能性に舌打ちする。

 もしそうなら、めんどくせぇ。本当にめんどくせぇが、そうも言ってらんねぇ事態だった。

 

 近接タイプなのだろう、奴が駆け出してくる。先程の『術』ではなく『技』という言葉を考えるに、体術使いなのかクナイを構えることもない。畜生、相性もバッチリだ。

 考えれば考える程に、そこに浮かぶ作為の疑惑に舌打ちしながら印を組んだ。

 

 

「忍法、影真似の術!」

「何……!?身体が……!」

 

 

 自分から近づいてくるんなら、術にはめるのに訳はない。特に奴にとってこの術は初見のもの、一発でその影を捉えることができた。

 

 問題はここからだ。

 一歩、また一歩と奴へ近づく。その足もまた同じように一歩、また一歩と俺に向かって動き出す。近づけば近づくほど、影は濃くなり術の強度も増す。

 ぎりぎり、奴の手が俺に届かない程度の距離で足を止めた。

 

 

「クソ……!」

 

 

 悔しげに呻く奴だが、その抵抗は形ばかりだ。本気で振りほどこうという気概はさほど感じなかった。

 しばらく身体のコントロールを戻そうと藻掻いていたが、やがて力尽きたかのように、その形ばかりの抵抗さえもなくなり、わざとらしいため息を吐き出した。

 

 

「油断したか。術にかけられては仕方があるまい……俺は棄───」

「影首縛りの術!」

「っ!」

 

 

 影の手がミスミの身体を這い上がり、その首ではなく、口を塞いだ。

 窒息させるためじゃない、ただ何も言えないよう口を塞いだだけだ。

 

 

「棄権なんかさせねーよ。そんじゃ、ま……俺と我慢比べといこうや」

 

 

───たっぷり、時間をかけてな。

 

 

 その言葉に、丸メガネの奥の瞳が見開かれる。

 先程とはうって変わり激しい抵抗が影に伝わるが、この近距離、そしてチャクラも大して消費していない状態だ、ちょっとやそっとじゃ綻ぶことはない。

 

 長丁場になるだろうな、と覚悟を決めて腰を下ろす。二人して座禅を組み向き合う姿は、対戦とは到底呼べないものだ。

 だが、審判は止めない。片目を開けて見上げたアスマはにんまりと笑っていて、選択が誤っていなかったことを理解すると同時に利用されている不快感に舌打ちを落とす。

 だが、始まってしまったことをとやかく言った所で、何か状況が変わるわけもねぇ。早々に諦めて、術に専念するべく目を閉ざした。

 

 

「なんだぁ?二人して座ってるだけじゃねえか」

「くぅん…」

「シカマルーー!何やってんのよ!そんな奴ボコボコにしちゃいなさいよ!」

「モグモグ……きっと何か、シカマルの考えがあるんだよ」

「もー、ホント二人してマイペースなんだから……!」

「なーアイツら、何やってんだってばよ?腹でも痛ぇのかな?」

「ま、“時間がきたら”術も解けるでしょ、黙って見てなさいよ」

 

 

 奴の死ぬ物狂いな抵抗を押さえつけ続けて、体感的には数十分間経ったような気がする。

 その頃になると流石にチャクラもだいぶ削られ、ギャラリーのざわめきや野次にうるせーと返す余裕さえ無かった。

 

 

(クソ、そろそろ限界か……)

 

 

 やがて影の手がじわじわと口から首へと引き始め、にんまりと奴の目が弧を描く。

 だがまだだと歯を噛み締め、残り僅かなチャクラを振り絞る。たらりと垂れた汗が頬を伝って床へぽたりと一粒落ちた、その瞬間だった。

 ポン、と白煙がミスミの背後に立ち上り、低くドスの利いた声が響いた。

 

 

「そこまでだ。剣ミスミ、残念だが時間切れだ。貴様の片割れが吐いたぞ。証拠は上がってる、観念するんだな」

 

 

 煙の中から現れたのは、一次試験の試験官───森野イビキ。

 待ち望んだタイムリミットにホッと気が緩み、糸が切れたように術が解けたものの、ミスミはすぐ背後の鋭い視線に震え指先一つ動かさなかった。

 

 ゴキゴキと指を鳴らしながらニヤリと獰猛な笑みを浮かべる試験官に、そしてその見せつけるような黒い染みのある手袋に。

 自分に向けられているわけではないとわかっていながらも、背筋に先程とは異なる冷たい汗が伝う。

 イビキは一瞬でミスミを昏倒させ縛り上げると、未だ荒く息をついて座り込むシカマルを見下ろした。

 

 

「確か、奈良シカマルと言ったな。……お前、こいつの正体にいつ気がついた?」

 

 

 探るような目には先程までの鋭さはなく、どこか面白そうに細められている。

 大きな息を吐き出し、身体から力を抜いてバタリと床へ背をつければ、疲労感が一気に押し寄せた。

 

 剣ミスミ──その正体が、“間諜だったとしたら”。

 そんな疑惑ともいえないような憶測だったが、どうやら当たってしまったらしい。

 

 

「いつって言われても………正体なんざ知るわけねえッスよ。ほんの数時間前に初めて顔を合わせたばかりですし。───ただ、アスマの忠告をきっかけに、第一回戦のあんた達の乱入、同班の奴の言葉、こいつの反応………あとはただの勘で、もしかしたらって思っただけッス」

 

 

 もしかしたら。

 そんな薄っぺらい不確かさでも、もしその可能性があるならば、まだ下忍といえど木ノ葉の忍として放って置くわけにいかなかった。

 

 ここで最悪のパターンは、棄権なり何なりして奴が大したダメージのないまま野放しになり、おそらくまだいる他の仲間に危機を知らせ、他の奴らと一緒になって情報を持って逃げられることだ。

 疑いのある時点でさっさと連れていけばよかっただろうにとは思うものの、上からすりゃ砂隠れの奴らの手前、同班というだけでの試験中断は避けたかったんだろう。

 

 そんでもって、次点で死なれることもやべぇ。

 気を失うなり、ダメージを受けるなりしたならば多少時間は稼げるが、もしもあの瓢箪みてえなやべー奴と組んで万一戦闘で死んじまったら、自死でもされたら、それもそれで情報源が一つ潰れる。片割れが知っている情報とのすり合わせだって必要だった。

 

 だからこそ、俺を選んだんだろうな、とシカマルは己の術を思い起こす。

 影真似の術は使い方にもよるっちゃよるが、基本的には戦闘向きの術じゃねぇし、もともと足止めが目的として作られたもんだ。お誂え向きってやつだったろう。

 まあ外傷を与えないって点じゃイノの心転身も可能性があったろうが、乗っ取って棄権されたら元も子もない。

 組み合わせはランダムというが、電光掲示板なんて裏で操作した所で分かりやしねぇ。少なくとも、ミスミを最後に回したのは恣意的なもんがあった筈だ。 

 

 

「ほほう?では、もしこれがスカで、奴が無関係、俺が現れなかったらどうした?」

「別にどうもしませんよ。チャクラ切れで俺が降参するだけだ。ま、同じ木ノ葉の忍で、本戦に俺が出ようが奴が出ようが、観戦する大名達からすりゃ大して変わりゃしないでしょ」

「フッ……自分が試験に落ちても、か。ほぼ情報のない中、まさかそこまで考えていたとは恐れ入る」

 

 

 イビキはニッと笑って手袋をとると、シカマルへ片手を差し伸ばした。

 素肌に残る、酷い拷問の傷跡にハッとする。この男もまた、どこかの間諜だったんだろう。しかし、イビキはそれにも堪え忍び、そして今ここにいた。

 その手を大人しく取れば、力強い腕に引かれて立ち上がる。

 

 

「ご苦労だった。お前たちのような次世代がいることを誇りに思う。………本戦も楽しみにしているぞ」

 

 

 そう言って手を離したイビキは、床に転がされていたミスミを担ぎ上げ姿を消した。

 静まり返った会場に、コホンと審判が咳払いした。

 

 

「審判権限により……最終第八回戦、勝者───奈良シカマル!」

 

 

 シカマルはけだるげに頭をかきながら、階段を一段一段登っていく。

 よくわからないながら歓声を上げるいの、ニコニコ笑うチョウジ、満足げなアスマ、駆け寄ってくる同期。

 そのどれもを、どこか遠くに感じていた。

 

『勝者』

 

 その華々しい言葉はどうにも今の俺には不似合で、何とも言い難い気分になる。

 木ノ葉の忍として、するべきことをした。それだけだ。

 

 同期の祝いの言葉や質問に曖昧に返しながらすり抜ける。アスマ達の待つ元の観戦席ヘ歩いていると、その道途中、ここにいない筈のサスケの姿を見て目を見開いた。

 

 一歩、また一歩と近づく。近づけば近づくほどに奴の幻影は確かな形を取っていく。

 

 すれ違いざま、その手と手を叩いた。

 

 当たり前だが俺の手は空をかく。

 それでも、パシリと軽い音が確かに響いた気がした。

 



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木ノ葉病院編
47.歪む運命




『まったくもー、サスケ君ったら!また怪我をほったらかしにしたでしょ!』


 消毒液の臭いが鼻腔を刺激する。
 怪我を軽視し放置するほど幼くはない。最低限の治療はした、ただそれよりも大切なことがあったから忘れていただけだ。
 そんな言い訳を制すかのように、傷口が熱く滲んだ。消毒綿の触れる刺すような痛みに呻きながら、何故医療忍術を使わない、そんな恨み言を言った。


『ダメよ。細胞にだってダメージは蓄積される。そんな何度も無理に再生させるべきじゃないわ』


 きっぱりとそれにNoを返した妻に、専門的知識を知らぬ俺は黙り込むしかない。せめてもの反抗にふいと顔を背ける。それでも腕を引くことはしないのは、痛みはあろうとその手に委ねたほうが早く治るとそう知っているからだ。
 そんな俺にクスリと微笑んで、妻は包帯に覆われた傷をそっとなでた。


『それに痛みはね、手遅れにならないように危険を知らせてくれてるのよ』


 目を伏せたその顔を、そっと横目に見やった。
 その傷をジッと見つめる眼差しは何度も見たものだ。きっと俺はこれからも懲りずに繰り返す。そしてまたこいつに同じ顔をさせるだろう。そんな方法でしか、守り方を知らなかった。
 一言ぽつりと謝罪を告げるも、それに返る言葉はない。ただ、触れられた傷口の痛みがどこか鈍く感じた。感覚を確かめるように、掌を握り、開く。


 まだ手遅れではない。そう信じたかった。



 

 

 誰かの話し声がぼんやりと耳に入ってくる。

 疲労でまだ身体は休息を欲していたが、それを堪えて薄っすらと重い瞼を開けば、白い天井とカーテンが視界に映る。照明の眩しさが目に刺さり左手を目の上に翳そうと持ち上げた途端、カッと神経を焼かれるような痛みに襲われうめき声がこぼれた。

 

 

「あっ!お兄ちゃん目が覚めた!」

 

 

 とたとたと軽い音がしたかと思えば腹に一気にかかる重みに息が詰まる。

 ひょっこりとサスケの顔を覗き込んだのは、数ヶ月前にうちはの集落で出会った、兄に水風船を強請って泣いていた子供だった。黒い瞳にはあの時のような涙はなく、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら人の腹の上でキャッキャとはしゃいでいる。

 無邪気なその様子に、そして理解の至らぬ現状に目を瞬かせていれば、半分ほど開かれたカーテンからその兄がちらりと顔を覗かせていることに気がつく。目があったかと思えば、途端にカーテンに身を隠す様子につい笑みが溢れた。

 

 

「何故隠れる、入ってこい」

 

 

 サスケの言葉に、点滴台を押しながらその子供の兄はおずおずと入ってきた。

 思わぬ再会に思考から飛んでいたが、その姿にようやく今の状況に思い至る。

 

 

(木ノ葉病院か……)

 

 

 その兄と同じく、サスケの右腕には点滴の管が繋がり、左腕は白い包帯に丁寧に覆われている。

 雷遁によりヒナタを蘇生した所で記憶は途切れていた。意識を飛ばす刹那の、筆舌に尽くしがたい痛みを思い出す。高電圧の雷遁にまだ貧弱な経絡系が耐えきれず焼かれたのだろう。火傷も負ったのか、左腕は動かしてさえいないのにヒリヒリと痛んだ。

 あの後、医療班に運ばれそのまま入院したのか。続く予選を見れなかったのは残念だが致し方ない。

 

 

「お前たちも入院しているのか?」

「俺だけです。風邪を拗らせてしまって」

「僕は兄ちゃんにお花持ってきたんだ。祭りのお兄ちゃんにもいっこあげる!」

 

 

 その小さな手に持っていた野花はしばらく握り込んでいたのか少し草臥れている。それでもその屈託のない笑顔と共に差し出されたその小さな花は、今まで見たどんな花よりも輝いて見えた。

 ふっと頬を緩め、動かせる右腕でそっとその白い花弁を撫でる。

 

 

「綺麗だな」

「でしょ〜!」

「すみません。あなたが病室に運ばれていくのが見えて、弟が追いかけて……」

「そうか。……それで、お前らの親は?」

「「あ」」

 

 

 しまった、とありありとかいたよく似た二つの顔に答えを悟ったサスケは、ため息を一つつくとその額を二つ続けて小突いた。

 

 重い身体を起こし、通路を通りがかった医療忍者を呼び止め事情を説明すればすぐに院内のアナウンスが流れた。

 その間、やってきた医療忍者の軽い診察を受け三日の入院を申し渡される。火傷は医療忍術により数日で治るようだが、経絡系のダメージは治癒までに半月はかかるらしい。

 前と比べれば格段に短い入院期間、そして本戦の準備期間内に治癒できる知りホッと胸を撫で下ろしていれば、唐突にバン、と勢いよく病室の扉が開いた。

 

 二人の母親か、と振り返ったサスケは見覚えのある女性に目を見開いた。

 その女性もまた、サスケを認めると怒りに吊り上がっていた眦がゆるりと下がり、そのハシバミ色の瞳が大きく開かれる。

 

 

「サスケ君……?」

 

 

 あの兄弟が、母さん、と呼びながら駆け寄っていく姿を呆然と眺めた。

 その三人の背には、うちはの紋が染められていた。

 

 

 

 

『さっき九尾の子供がぶつかって来たの。この子を殺そうとしたのよ。里に野放しにするなんて、三代目は何をお考えなのかしら……』

『あの子は九尾のバケモノなの!あなたは知らないだろうけどね、あれに私の息子は殺されたのよ!そんなものとこの子を一緒にするなんて……!』

『あの………私ね、一週間後に入院することになったの。ああ、病気とかじゃないわ。この子が産まれるのよ』

『ふふ、まだ早いわ。無事に産まれてくれるといいのだけれど』

『赤ちゃんのこと、見に来てちょうだい───あの子も、もし良ければ』

『あの時は……ごめんなさい、酷い事を言ったわ。それから、教えてくれてありがとう』

 

 

 出合いはアパートの近くのスーパーだ。

 最初の印象といえば最悪としか言いようのないものだったが、しかしその後の再会と小さな命の誕生をきっかけにその関係性は和らいだ。夫を亡くし荒れていた彼女も、その存在に癒され角がとれていった。

 特売日に見かければ声をかけあう程度の、小さな小さな交流。それも、ある日突然終わりを告げた。

 

 

『私ね、再婚するの』

 

 

 そう言って、彼女は幸せそうにはにかんだ。

 再婚に伴い引っ越した彼女達を、そのスーパーで見かけることはなくなった。

 ほんの少しの寂しさはあれど、それでも、日常は変わらない。やがて記憶からも薄れていった。

 

 

そんな彼女が、今目の前にいる。

俺が失ったうちはの家紋を背負って。

 

 

「久しぶりね。まさか、こんな所でまた会えるなんて。……ほらあなたも挨拶して。あなたが生まれたばっかりの時にも会ってるのよ」

 

 

 澄んだ瞳に青ざめた顔が映り込んでいた。

 繋がる点と点に吐き気がした。

 俺は運命を決定的に変えたのだと知った。彼女も、その子供も。

 

 それからの応答は朧気だ。顔色悪く生返事ばかり返す俺に体調が優れないのかと気遣って、彼女は子供達を連れて部屋を出ていった。

 

 静かな病室でただ白い天井を見上げていた。思考は鈍い。三人の親子の姿だけが頭に浮かんでいる。

 うちはに嫁ぐことになった彼女、うちはの血が一滴も流れないままその名を背負った兄、うちはの血を繋いだ存在しなかった弟。

 

 後悔するには、その弟の存在は尊すぎる。だからといって、その決断が正当なものとするには、彼らが背負った名は余りに重かった。

 運命を変える、その覚悟はした……そう思っていた。それでも、目の前に突きつけられた現実に己の甘さを痛感した。

 それでも、もう二度と時は巻き戻せない。

 

 身体も心も重く沈んでいく。日もいつしか傾始めていて、少し開いた病室の窓から吹き込む夏風は生暖かさを孕む。

 ふと感じた悪寒にサスケは息を止めた。

 

 

「あら、汚い雑草ね」

 

 

 ビリビリと走った身体の痛みに無視をしてその場を飛び退いた。点滴の管を無理やり引き抜いた腕から赤い血が散る。

 

 萎れた一輪の花を片手に腕を組み、窓際の壁に背をもたれた大蛇丸は、片膝をつき構えるサスケにニイと歪な笑みを浮かべた。



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48.染まる紅



「これにて第三の試験、予選全て終わります」


 審判ハヤテの宣言をもって予選は終了した。合格者が呼ばれ、ナルト、テマリ、ネジ、我愛羅、チョウジ、シカマルが階下へぞろぞろ降りていく。この場にいない、たった一人を除いて。
 複雑な心境に歪みそうになる口元をマスクで覆い隠したカカシだったが、不意にくい、と引かれた隊服へ目をちらりと落とした。


「先生……私、聞きたいことが……」
「……サスケのことか」


 躊躇いがちにかけられた言葉にあたりをつけてみればコクリと頷かれる。合格者達と並んで本戦の説明を受けているナルトも、きっとその胸中には同じ人物の姿があるのだろう。


「あの時は俺の誤解だった。俺の判断ミスだ。それ以上のことは……悪いが、俺にもまだよく分からん」


 眉を下げて俯くサクラの頭をクシャリと撫でながら、『ま、あまり心配するな』と気休めでしかない慰めを口にする。
 だが、何より、誰よりも。予選中でさえも気がかりにしていたのは、当の己自身だと気がついていた。


『何してるサスケ!!お前、ヒナタを殺す気か!!?』


 あの閃光の中、雷遁に慣れ親しんだカカシだけはサスケのその動きを誰よりも捉えていた。
 その光がヒナタの胸に振り降ろされ、瞬間的にリンを貫いた自分の姿が重なってしまったのだ。咄嗟にサスケを乱暴に取り押さえたものの、真実はといえばヒナタの救助で。あの苦痛に満ちた、噛み殺された悲鳴が耳に残って消えない。

 会場ではハヤテに続いて三代目の本戦説明が始まっている。だがその言葉もなかなか頭に入ってこない。何故か、先程から言いしれぬ不安が胸を占めていた。
 

「……サクラ。俺はちょっと席を外すから、本選の内容を聞いといてくれ 」


 パッと顔を上げたサクラにヘラリと笑い、カカシは手をひらひら振って背を向ける。
 杞憂であればいいが、忍の直感は馬鹿にできないものだ。
 カカシはサスケの運ばれた木ノ葉病院を目指し、死の森を駆けぬけた。



 

 

「サスケ君。また会えたわね」

 

 

 その声はとても嬉しげなものだったが、そこに滲むのは好意とはとても言えないような代物だ。狂気にも似た欲望、或いは執着か。かつてよりも尚濃い泥のような視線に吐き気を覚える。

 大蛇丸から決して目を離さず、すぐに攻撃できる体勢を崩さずに、サスケは大蛇丸を睨みつけた。

 

 

「……何をしにきた。目的を言え」

「フフ……そんなに怯えなくても取って喰いやしないわ。ただ君が運ばれたって聞いてね、お見舞いに来ただけよ」

「ハッ!そんな目ェしてねーだろ、アンタ」

「酷いわねェ、ちゃんとお見舞いの花も持ってきたのに。こんな雑草よりずっと綺麗よ」

 

 

 善意なんぞ欠片もない顔ではぐらかす大蛇丸は、あの弟から受け取った小さな花を興味を失ったかのように手放す。

 床に舞う白い花弁にサスケの眉間に皺が寄るが、それでも動かずじっと耐えた。

 

 どくりどくりと己の心音が聞こえる位には身振り一つ見逃せぬようなプレッシャーはあったが、今の所奴は攻撃を加えるような素振りは見せていない。しかし、里の中心にあるこの病院にわざわざ現れたのだ、唯のお見舞いが目的とは到底思えなかった。

 再度問おうと口を開こうとしたその時、背後の扉の外、廊下を通る二つの靴音に身を強張らせた。

 

 

『ママー、ねえまだ退院できないのかな?もう元気になったのに!』

『そうねえ……先生がもういいよって言ってからだから。きっともうちょっとの辛抱よ』

 

 

 足音を立てるその時点で、民間人であることが伺い知れる。まさかこの病室にS級犯罪者がいるとも思わず、薄い扉から漏れ聞こえる親子の会話。やがて声は遠のくが、緊張感は張り詰めたままだった。

 一方の大蛇丸といえば、サスケの反応をニヤニヤと面白そうに眺めているばかりだ。

 

 

「あら、どうしたの?前みたいに一目散に逃げてもいいわよ」

 

 

 逃げられない。それどころか、戦えない。

 それを分かっていながらそう宣う大蛇丸に、無表情を装いながら内心で舌打ちする。

 

 まだ夕方にもなってやしない頃合いで、ここは隔離された個室でさえなく、ごく普通の大部屋だ。幸いにも他のベッドは空いていたが、扉のすぐ向こうにも大蛇丸のすぐ側の窓の外にも、雑多な人の気配がしている。そのうちの一つ、あの子供のチャクラを感じて握る拳に力がこもった。

 

 もしもここで戦闘などあれば、巻き込まれるのは戦闘経験のない民間人や子供、逃げる力のない病人だ。被害は相当なものになるだろう。

 しかもこちらはヒナタの蘇生によってチャクラは尽き片手が使えない、奴の出方を伺うしかできない不利な状況だった。

 苛立つサスケとは裏腹に、逃れられぬ獲物を嬲るかの如く大蛇丸は笑みを深めた。

 

 

「賢明ね。まあ、外野なんて気にする必要はないわ───私の目的は貴方だもの」

 

 

 ひたりと視点を合わせ、ゆっくりとその影が動けぬサスケへと伸びてくる。

 

 

「貴方のこと調べさせて貰ったわ。あの死の森で“偶然”木ノ葉の忍に拾われた迷い子……それもそれまでの記憶を一切無くして、ね」

 

 

 大蛇丸は一歩一歩近づいてくる足を止めることなく、つらつらと俺の経歴を諳んじる。その詳細すぎる情報は、アカデミーから始まり任務内容から使用忍術、ナルトとの暮らしぶりにさえ及び、眉間の皺が深まるのを感じた。

 

 

「フフ……驚いたようねェ」

「どうやって……」

「木ノ葉上層部に上げられた、貴方の報告書を読ませてもらったのよ。わかったでしょう?貴方は最初から木ノ葉に監視されていたのよ、危険人物としてね」

 

 

 大蛇丸の影がサスケを覆う。何を勘違いしたのか、大蛇丸は勝ち誇ったようにそう続けた。

 しかし確かに悍ましさは感じたが、その内容そのものには驚きはなかった。何せ人質という身の上だ。アカデミー卒業あたりには暗部の監視も解けていたものの、当時は私生活などあってないようなものだったし、その視線も常に把握していた。だからこそ下手な術は扱えず、アカデミーをサボり体術を磨くのが関の山だった訳だが。

 サスケの内心を知ることもない大蛇丸は、その冷たい指先でサスケの首筋───六年前に刻まれた呪印を撫でる。

 

 

「ねえ、サスケ君。貴方、自分が本当は何者か知りたくはない?」

 

 

 甘く、どす黒い悪意が身に纏わりつくような心地がして背筋が寒くなる。

 嫌悪感のままその手を跳ね除けることは容易い。だが、動けぬ理由があることも然ることながら、その頭に渦巻く疑惑にその手を振り切ることができなかった。

 

 

───いったい、“誰が” “その情報”を大蛇丸に与えたのか。

 

 

 報告書だけなら暗部も盗み出せるかもしれない。人質のこともうちは一族なら知っている。しかし、この呪印のことまで知り得るのは、火影と上層部のみだ。

 そう考えた時、脳裏によぎった姿があった。

 

 

「……俺の記憶を戻せるのか?」

 

 

 それは一種の賭けだった。

 六年もの歳月、身を巣食った呪印だ。記憶を損なうことなくその解呪ができるとすれば───それは唯一人。

 ニタリと笑った大蛇丸は、それに答えた。

 

 

「できるわ」

 

 

 どくんと一際大きく鼓動が跳ね、目を見開く。何分長い付き合いだ、その声音に確信する。大蛇丸は嘘を吐いていない、そうわかった。

 所々で潜むその影を感じていた。ここに来て伝えられた決定打に、血の気の引いた唇が震えた。

 

 

「ふふ、興味が湧いたようね。………待っていなさい、もうすぐ木ノ葉で面白いことが起きるから」

 

 

 呪印に触れていた手が首に、頬に、そしてその両眼へと伝う。

 その青白い掌の下、血走った瞳を睨み上げた。

 

 

 

「『うちはサスケ君』───貴方は必ず私を求める」

 

 

 

 

 

「お邪魔するよー」

 

 

 靴音もノックもなく、唐突にガラリと病室の扉が開かれた。

 ひょっこりと横開きの扉から顔を覗かせたカカシは、教え子の姿を探してぐるりと室内を見渡し、夕焼けの差し込む窓辺に立ち尽くす背中を見つけて、よっと片手をあげる。

 

 

「もう起きてたか、サス……ッ!?」

 

 

 ヘラリと笑って近づいたまではいい。だが、開け放たれた窓から吹き込む生暖かな夏風にのって、ふと鼻をついた血臭にカカシは目を見張った。

 

 サスケの影に隠れた足元をよくよく見やれば、倒れた点滴台と、引きちぎられたその管、細い腕から伝った血溜まり、そして今まさにその指先からぽたりとこぼれ落ちた赤黒い小さな花。

 慌てて駆け寄りその肩を掴む。触れた瞬間にぐらりと揺れた小さな身体を、カカシは咄嗟に両腕で支え顔を覗きこんだ。

 

 

「おい、サスケ!?サスケ、おい、返事をしろ!クソッ、誰か!誰か来てくれ!」

 

 

 固く閉じられた双眸は、その日、カカシの呼びかけに開かれることはなかった。

 

 

 慌ただしく集まりはじめる医療忍者達の隣。

 ベッドの上には、歪な花弁を持つ黒薔薇が一輪横たわっている。

 





黒薔薇/開花時期:5月〜6月、10月〜11月・四季咲き・返り咲き6月~7月

「愛情」「情熱」「美貌」「憎しみ」「恨み」「永遠」「貴方はあくまで私のもの」

※返り咲き(狂い咲き)……季節外れで咲く花。薔薇は基本夏場は咲かないが、春に咲いた花がら切りを行い人為的に夏場に咲かせること。必ず咲くという保証はない。
※黒薔薇は実在しない。正確には濃い赤色であり、黒みがかって見えるのものを黒薔薇と呼んでいる。しかし青薔薇のように今後遺伝子操作により生まれる可能性はある。


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49.誓い


 闇の中に一人佇む男がいた。足元に広がる黒い水が両足を絡め取り、彼の歩みを妨げている。

 たとえ動かせたにせよ、どこまでも続くこの闇に果てなどなく、行きつく宛もない。
 途方も無い年月をただただ立ち竦み、終わらぬ因果を眺めていた。


───たったの一石が、そこに波紋を描くまでは。


【……あと少しか】


 ちりりとひりついた左腕を見下ろした彼は、動きを確かめるようにその掌を開き、握った。久方ぶりに感じる痛みにその薄い唇が弧を描く。
 黒い水面に浮かぶ赤い瞳が、さざ波に消えていった。


【もう手遅れだ】




 

 

「……ケ、サスケ!おい、サスケってば、起きろよ!」

「サスケ君、ただの夢よ。ねえ起きて!」

 

 

 身体が、視界が揺れる。その振動に膜がかったような意識がおぼろげに浮き上がり、揺れる視界の中で覗き込む心配そうな碧眼と翠眼をぼんやり見詰めた。

 

 

「サスケェ!」

「サスケ君!」

 

 

 名を呼ばれ急速に思考が覚醒し、身体を跳ね起こす。両肩に触れている手に一瞬固まった身体だったが、それが誰のものか認識して力を抜いた。

 

 

「…………なんだ、お前らか」

 

 

 あの冷たい死人のような手ではなく、温もりのある小さな掌に安堵して、知らず固く握り込んでいた拳をゆるりと開く。

 感じた違和感に目を落とすと、左腕のみならず右腕までもが白い包帯で覆われていた。室内の惨状が脳裏をよぎり、医療忍者達には迷惑をかけたろうなと小さなため息を吐き出す。

 しかし、そんなサスケの反応が気に食わなかったのだろうナルトは、その泣きそうに歪んだ目を吊り上げた。

 

 

「なんだってなんだってばよ!こっちはなあ、お前がまた倒れたって聞いてすっげー心配したんだぞ!昨日は治療中だから面会できねーって追い返されて、そんで今日ようやく入れたかと思ったらお前すっげー魘されてるし……!」

 

 

 ナルトは怒鳴りながらもぐずぐずと鼻をすすっている。目元にはうっすら隈が浮かんでいた。

 反対側を見れば、嗚咽を堪え唇を噛みしめるサクラの頬に、ほろりと流れ落ちた透明な涙がじわじわとその量を増していく。

 随分と心配をかけたのだろう。たかだか半日のことではあるが、波の国任務もなく実戦経験は“前”より格段に乏しい。それに俺がここまでの怪我、それも入院となると初めてのことだった。

 

 不安になるのも仕方がないか、と二人に甘い自覚をしつつ、包帯で覆われた両腕を持ち上げる。ぐい、と二人の首に引っ掛けて、ベッドへボフリと沈めば二人もバランスを崩して俺の上に伸し掛かってくる。

 重いし、両腕は酷く痛む。それでも、潤みながらもきょとんと丸くなった翠と碧をまっすぐ見つめると、自然と口元が緩んでいた。

 

 

「泣くんじゃねェよ、ウスラトンカチ」

 

 

 回した腕からどくり、どくり、と一定に刻む二つの心音を感じる。ナルトもサクラも同じように聞こえている筈だ。

 ずれ、重なり、溶けていくその音にしばし耳を傾けていたが、小さなベッドに三人で折り重なっている現状に、なんだかふと可笑しくなってふは、と吹き出すと二人もつられたようにクスクス笑い出した。

 

 

───生きている。

 

 

 その実感にささくれだっていた心が凪いでいくのを感じていれば、不意にからりと病室の扉が開かれた。

 

 

「やー諸君、オハヨウ。……サスケもようやく目覚めたか」

 

 

 そう言ってどこか疲れたような気だるい足取りで部屋へ入ってきたカカシは、静かにベッドに近づいてくる。

 唯一覗く右眼の奥に、冷たい怒りが見えて頬が引き攣った。身体をもう一度起こし居住まいを正せば、両隣の二人も何か察したのか一歩下がる。

 ふと、こいつらしくもない、余裕のない焦った声が耳に木霊した。

 

 

『サスケ!』

 

 

 記憶を辿れば意識を失う前に見たのは二度ともカカシの焦った顔だ。

 ナルトとサクラ以上に心配させた自覚はあったから、振り上げられた拳を避けず頭上に受け入れた。加減されてはいたものの、それなりの衝撃と鈍痛が頭に走る。

 

 

「ってェ!」

「これはみんなを心配させた罰。それでこれは───」

 

 

 もう一発くるかと身構えたが、ふと暖かな手が拳骨を食らったその場所にそっと乗せられる。予想打にしなかった温もりに目を瞬かせると、カカシの冷たい眼差しがゆるりと溶けた。

 

 

「ヒナタを助けた、そのご褒美ってトコロかな。お前が何の術を使ったかは分からないが───おかげで助かったよ、あの子」

 

 

 カカシは目元を和らげて、サスケのはねた黒髪をそっと撫でた。

 あの兄弟の真実や突然の大蛇丸の来訪に強張っていた何かが解かれ、じわりと胸に温かな何かが染みていった。

 

 

「心配かけて……悪かった」

 

 

 いつものように変な意地を張ることもなく、すんなり謝罪の言葉が口をついて出てきて、途端に左右から抱きついてきた二人分の体重を支えた。

 その温もりと重みに、二次試験から続いていた吐き気のするような緊張が和らいで、ようやく息が吸えたような気がした。

 

 

 

 

 中忍選抜試験、第三次試験───通称、本戦。

 

 最後まで観戦していたサクラによれば、その本戦に進出を決めたのは俺を含め七人。テマリ、ナルト、ネジ、我愛羅、シカマル、そして何とチョウジの奴が勝ち上がったらしい。何があったか気になるところだが、未来を変えてしまった身とすれば、シノには詫びるしかないだろう。

 

 本戦は一ヶ月後。記憶通りくじ引きで決められたトーナメントでは俺は第二回戦───対戦者は我愛羅だ。

 次こそは遅刻しないようにしねぇとな、と修行をねだるナルトをのらりくらりと躱しているカカシへちらりと目を向ける。

 

 

『待っていなさい、もうすぐ木ノ葉で面白いことが起きるから』

 

 

 ねっとりした不気味な声が暗示したのは、ほぼ間違いなく木ノ葉崩しだろう。

 砂と大蛇丸は繋がっていないが、ここにきて大蛇丸とダンゾウの繋がりが判明した。その狙いが分からない所だが、里の警備体制も結界情報も全てを握っているだろうダンゾウが加担したとなると、砂の関与よりも事は深刻だ。

 大蛇丸との対峙でなおさら現状の己の力量を思い知らされた。力がなくては守りたいものも守れやしない。

 

 

(せめて、千鳥は使えるようにしておきたい所だが……)

 

 

 片手でさえ使い慣れた千鳥はもはや印も結ぶことなく発動できるが、それでもカカシの固有忍術であり公に使えなければ意味がない。

 だからこそ、カカシからの伝授を受けた、その事実が必要だった。

 

 

「あーー!お前はぁ───むっつりスケベ!!」

「失敬な……!」

 

 

 何やら言い合っていたカカシとナルトだったが、規則正しいノック3回と共に病室に入ってきたエビスに皆目を向ける。どうやらカカシがナルトの修行を見てもらうよう頼んだらしい。

 ハーレムの術がどうたらと言いかけたナルトの口を押さえ、エビスはズルズルとナルトを引きずって出ていった。

 存在感も声も賑やかな黄色がドアの向こうから遠ざかる。やがて完全にその気配がなくなると、病室の静けさが身にしみた。

 ドタバタ忍者の名はだてではない。ため息まじりにサクラと苦笑していると、ふとカカシがパタリとイチャイチャパラダイスを閉じてサクラへと視線を流した。

 

 

「……サクラ。悪いが、サスケと二人で話したいことがある」

 

 

───来たか。

 

 

 カカシと視線を合わせれば読めない瞳が細められる。同時に胸中に湧いたのは諦念にも似た思いだった。

 

 

「ああ……俺もアンタに話がある」

「え?う、うん……じゃあまた来るね、サスケ君!」

 

 

 名残惜しそうに手を振って、サクラも病室を出ていった。

 残されたサスケとカカシは暫し無言で見つめ合う。最初に口火を切ったのは、カカシだった。

 

 

「さて。お前のことだから、先生が何言いたいか分かってるでしょ?」

「………あの時、使った忍術のことか」

 

 

 そう答えれば頷きが返される。

 なにせ火影も同席するあの場で雷遁も医療忍術も使ってしまったのだ。後悔はないものの、担当上忍としてカカシには報告義務があるため聞かれることは覚悟していた。

 バカ正直に全て話してしまいたかったが、それは口に出せないし伝える術がない。黙り込んで邪推されても困る。だからこそ、最初から答えは用意していた。

 

 

「書で読んだ。アンタの術を真似た。以上だ」

「ちょっと待って、簡潔すぎでしょ」

 

 

 カカシの突っ込みにも何がだ、としらばっくれる。

 本当のことが言えないなら、この嘘を突き通すしかない。いつから、何の術か、どの書か等々、色々と聞かれたが適当に返しておく。

 それがたとえ嘘八百とバレようと、サスケの監視をしていた上層部としてもそれ以外の説明がつかないのだし納得せざるを得ない。もしも更に追求しようとするなら、自分達の無能さを噛みしめることになるだろう。

 一貫した主張に疑いの目を向けつつも、カカシは諦めたようにわざとらしいため息を吐き出した。

 

 

「はぁ……ま、上にはうまく言っておくよ。………それで、本当の所どうなの?」

「想像に任せる」

「まったく。かわいくないねー、お前は」

 

 

 やれやれと首を振るカカシだったがとりあえずは終いにすることにしたんだろう。それでお前の話は?と真面目に話す気がなくなったようにイチャイチャパラダイスを取り出した。

 ムカつかない訳ではないが、それでもそのページが捲られることがないのを知っている。だからサスケもそんなカカシに頓着せず、要件をまっすぐ伝えることにした。

 

 

「アンタの千鳥、俺に寄こせ」

 

 

 その言葉にちらりとカカシが目を上げる。頼む態度じゃあないでしょー、と言いながらもその表情は柔らかい。これはいけるか、そう思っていた矢先。

 

 

「無理」

 

 

 同じく端的にバッサリと切られ、断られると想定していなかったサスケは大きく目を見開いた。

 “前”は俺に雷遁の適正があるとわかった時点で、自分から勧めてきただろアンタ。そう詰め寄りたくなったサスケを制すかのように、カカシは淡々と続けた。

 

 

「修行は見てやる。だが、あの術───千鳥は教えられない」

「……何故だ」

「千鳥ってのは、目に見える程の膨大なチャクラを片腕に溜め、肉体活性による超スピードをもって対象を貫く“ただの突き”。早い分、相手のカウンターを見切れずに終わる……俺は写輪眼があるからこそ使えるが、お前には無理だ。だから、やめておけ」

「わからねーだろ、動体視力を上げれば……!」

「駄目だ。動体視力云々でどうにかなるものじゃない。後先考えず突っ込んでカウンターの拳を自分からくらうほど、お前は馬鹿じゃないでしょ」

 

 

 その言葉に、ふとあの終末の谷でナルトからくらったアッパーを思い出す。確かにあのときも千鳥を使って、チャクラ切れで写輪眼が一瞬途絶えた隙を刺された。

 写輪眼が使えないのだから、千鳥も使えない。その現実に愕然と息を呑む。

 

 そうは言っても、百年以上に及ぶ戦闘スタイルを変えるというのは一ヶ月でどうこうできるようなものではなく、それこそ現実的とは言えなかった。

 反論できず眉を顰め黙り込んでいると、イチャパラを持ちつつポンと頭を撫でられる。まだカカシの腰程度にしかならない身長が恨めしく感じ、じとりと睨み上げればカカシは苦笑した。

 

 

「ま、雷遁の術は千鳥だけじゃない。基本忍術は教えてやれるよ。まだ先がある、そんなに焦らないでいいでしょ」

 

 

───俺の修行はキツいぞ。火傷が治るまで療養専念、10日後里外れの渓谷に来い。

 

 

 そう言い残して、カカシも部屋を去った。

 一人取り残された室内でサスケは俯き、震える唇を噛みしめた。

 

 焦るな、なんて無理だった。本戦はあと僅か一ヶ月後に迫る。中忍に上がることは最早どうだっていい。

 

 木ノ葉崩しが起きるのだと、大蛇丸が、ダンゾウが関与しているのだと。全てを打ち明けられたならどんなによかっただろう。

 だが告げられなかった。未来は伝えられない。それはおろか、昨日のことさえも。

 

 もし話せば、カカシをうちはの根深い確執に巻き込みかねない。名の件を伏せるにしても、何故俺に執着しているのかその原因を問われる。上層部に知れ記憶を覗かれ、記憶が消えてないことがバレれば今度こそ消されてしまう危険がある。あの鎌かけにしても、里抜けの危険があるとして警戒される可能性もあった。

 

 言いたかった。もう時間がないのだと。それでも、言えなかった。

 秘密ばかりが、抱えるものばかりが増えていく。その重さに押し潰されそうだった。

 

 湿り気を帯びた夏風が白いカーテンをどこか重く揺らしている。

 窓辺の小さな花瓶にいつの間にか飾られていた黒薔薇を見つめ、やるせのない思いにサスケは包帯に覆われた拳を固く握りしめた。

 

 

 

 

『少し、外に出て息抜きをしたらどう?』

 

 

 診察に回ってきた医療班のくノ一は、俺の表情が暗いことに気がついたのか、そう言って朗らかに微笑んだ。

 その言葉に素直に従い、サスケは病院の外壁を沿うようにをぶらぶらと目的もなく歩いていた。

 一人静かな病室にいては、要らぬことまで考えてしまう。それよりは、暑いとはいえ外の空気を吸ったほうが冷静になれた。

 

 流石に里一番の病院というべきか、病室数も多くその敷地は広大だ。

 外壁と共に続く花壇をぼんやり見ながら歩いているだけでも、強い陽光と高い湿度に額には汗が滲む。少し休憩しようかとあたりを見回せば、ちょうど良さそうな木陰とお誂え向きなベンチが遠く目に入った。

 

 そちらへ急ぎ足で進んでいくと、ふと小さなチャクラを感じ近づこうとした歩みを止めた。ベンチにはどうやら先客がいるようだ。

 その気配には覚えがある。どこか目を逸したいような、逃げ出したいような、そんな逃避する内心を叱咤しその足を再び動かした。

 

 木漏れ日が照らすその黒髪は、光に透かされると少し茶色がかって艷やかに光る。あの母親と似た色あいに目を細め、何やら書を読み耽っていた子供を背後から覗き込んだ。

 

 

「随分と熱心だな」

「っ!?」

 

 

 突然かけられた声に文字通りに跳び上がった子供は、慌てて書を胸に抱きしめて振り返る。

 昨日ぶりか、と微笑むサスケの姿に目を丸くしていたが、ハッと我にかえるとその頬をほのかに赤く染め上げた。

 

 

「隣、邪魔するぞ」

「えっ……は、はい!どうぞ……!」

 

 

 慌てて立ち上がろうとする肩を抑えて、その空いたスペースに腰掛ける。漂う湿度は変わりないが、直射日光が遮られるだけでも随分涼しく感じる。  

 背もたれに身を預け伸びる木の枝を見上げれば、ジジ、と一つ鳴いた蝉が飛び立つのが見えた。

 

 

「弟や母親はどうした。来ていないのか?」

「は、はい……今日はお父さんに用事があって、警務部の詰所に行ってからくるって」

「木ノ葉警務部隊か」

「お父さんは部隊長なんです。とっても強いんですよ!」

 

 

 その名に目を輝かせる子供は、嘗ての己自身と重なってどこか懐かしい心地がした。イタチにおぶわれて警務部隊本部の前を通った俺も、何も知らず無邪気に夢を語ったものだったが、その言葉を否定することなく兄は微笑んだ。

 

 

『昔からうちは一族はこの里の治安をずっと預かり守ってきた。うちはの家紋は、その誇り高き一族の証でもあるんだよ』

 

 

 里とうちはの間で板挟みとなり苦しんでいたイタチは、どんな思いでそう語ったのだろう。思い返す度に憎しみが、やがては痛みが募ったが、ずっとわからないままだった。しかし、今こうしてこの子供の澄んだ瞳を見ていると、ほんの少し答えが見えた気がした。

 

 

「ああ……凄いな。忍の起こす犯罪を取り締まれるのは、更に優秀な忍だけだ」

「うん!だから俺も、いつか………いつか……」

 

 

 ふと尻すぼみに消えていった言葉。俯く顔を覗き込めば、暗く沈んだその表情に目を瞬かせた。何か落ち込ませるようなことを言ったか、と自分の言葉を反芻するが思い至らない。

 黙り込んだ子供に、待っていても埒があかないと悟り、そっとその頭を撫でればようやく顔を上げた。

 

 

「………サスケさんは……俺が生まれた時、会っているって母から聞きました」

 

 

 その言葉にああと頷く。生まれた時はもちろんだが、腹の中にいる時も知っていたしその力強い胎動だって覚えている。

 それがどうかしたのかと首を捻りつつ言葉を待っていれば、意を決したように揺れる黒い瞳がサスケに向けられた。

 

 

「じゃあ……俺が、うちはの血を引いていないことも知っていますよね」

 

 

 その言葉に息を呑んだ。

 こんなに年端のいかない子供にまさか知らされていたとは思わず、動揺に答えに窮したサスケへ子供はやっぱり、と小さく笑った。

 

 

「物心ついて間もない頃……弟が生まれる前に、母から聞きました。血は隠せないからって……そう言って」

「………」

「いいんです。隠されて辛い思いをするより、ずっとよかった。……そのほうがまだ諦めもつくでしょう」

 

 

 そう言って、抱えた本───火遁の忍術書へ目を落とす。

 

 

「この前お父さんが豪火球の術を教えてくれたんです。でも、何度やってもうまくできなかった」

 

 

 うちはでは豪火球の術が使えて初めて一人前と認められる。大抵はアカデミー入学後、忍としての自立を促す為に教えられるらしい。

 この子も年齢からしてアカデミーに入学して間もない頃だ。うちはの因習に則ったのだろう。だが、その年でできる奴は限られる、落ち込むことでもない筈だった。

 

 

「あれはチャクラを球状に形態変化させ、火遁の性質変化も必要とする。難易度は中忍クラス以上の術だぞ?」

「……父さんもそう言ってくれました。できなくて当たり前だって。でも……弟は、俺の真似をしただけで小さな火を噴けた。蝋燭みたいな火でも、完全ではなかったとしても、何回練習しても何も出なかった俺とは違う。………チャクラ切れで倒れて風邪を引いて、挙げ句にこうやって入院したんです。バカみたいでしょう?」

 

 

 もう諦めたくて。でも、中々できなくて。

 そう締めくくる言葉と共に、再び下を向こうとした頭をぐりぐり強くかき混ぜた。

 

 

「……ウスラトンカチが。豪火球の術は元はうちは一族が編み出したものだ。それを教えられたんだから、お前も一族と認められてるってことだろ。それに───」

 

 

 言葉を切って地面に落ちていた礫を拾い上げ、頭上へと投げる。枝先を掠めるとハラハラと数枚の葉が舞い落ちてきて、それを掌へと受け止めた。

 

 

「よく見てろ」

 

 

 チャクラを流せば、その葉は縮れ、やがて炎に包まれ塵となり消えた。雷遁と火遁、その適正がサスケにはあった。

 その小さな手をとり、もう一枚の葉を乗せる。そっと手を添えてチャクラを足してやりながら、お前もやってみろ、と促せばゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 チャクラが流れると同時に、その木の葉からじわりと露が滲み、やがて茶色の枯れ葉へと変わると崩れていく。水と土のチャクラ適正だ。あの母親は千手一族の血を薄く引いているとそう聞いたのを思い出す。

 その子供の額をトン、と軽く小突いた。

 

 

「適正ってのは人によって違う。お前には、お前の才能がある」

 

 

 きょとんと目を瞬かせ額を抑える子供に、娘の、孫の、曾孫の顔が重なった。

 血は繋がらない。それでも愛しいと、そう思えた。

 

 

「それにな、適正が低いからといって術が使えないとは限らないぞ。時間はかかるだろうが、努力次第でお前も火遁を使えるようになる」

「……本当に?俺にも、できる?」

「ああ。お前も頑張れば、いつかうちはの一人前として認められる。警務部隊にだって入れるさ」

「……ッ、……俺、頑張ります!頑張って、いつか警務部隊に入ります!お父さんみたいな……あなたみたいな、強い忍者になりたい!」

 

 

 憧れを隠さないキラキラとした眼差しが戻る。面映いながら、その輝きに目を細めてサスケは微笑んだ。

 

 

「そうか……いい夢だ」

 

 

 うちはのしがらみを知らぬ純真さ。

 それは無知とも言えた。その無知を愚かと断じた。罪であるとさえ、思っていた。

 

 

『やっぱり父さんはすごいや!ねえ、兄さんも警務部隊に入るの?』

『さぁ、どうかな……』

『そうしなよ、大きくなったら俺も警務部隊に入るからさ!』

 

 

 ずっと、後悔していたんだ。無邪気な言葉が、知らず兄を傷つけていたのではないかと。

 だけど、もしかすると違ったのかもしれない。この世界では存在しない筈の記憶だから、もう聞くことはできないし、唯の都合の良い思い込みかもしれないが。

 それでも嘗ての幼い己を少しだけ許せた、そんな気がした。

 

 

「兄ちゃんみっけ!……あっ、祭りのお兄ちゃんもいる!」

 

 

 とたとたとした足音に振り返ると、小さな手をいっぱいに振って、あの弟が駆け寄ってくる。

 短い足で急いだからだろう。途中石ころに躓いて転びかけたその小さな身体を、サスケは瞬身の術を使って支えた。

 慌てて追いかけてきた兄が腕から弟を奪う。心配そうに下がった眉は、先程泣き出しそうに歪んでいたことを露ほども感じさせない、兄のものだった。

 

 

「大丈夫か!?怪我は……!」

「大丈夫だよ、祭りのお兄ちゃんが助けてくれたもん!」

「……ったく、気をつけろ」

「ヘヘ……あっ、祭りのお兄ちゃんにね、これもってきたの!」

 

 

 そう言って、振っていた手とは反対の手を差し出される。

 昨日と同じ、白い花が何本も握られていた。

 

 

「一本じゃさみしいでしょ?だから、たくさん持ってきたんだ!」

 

 

 にぱっと陰り一つない笑顔と共に差し出された花束をそっと受け取る。

 林檎に似た甘さと、鼻に抜けるようなハーブ特有の精悍な香りに自然と顔が綻んだ。

 

 

「そうか……ありがとう」

「うん!」

 

 

 照れたようにはにかむ弟の頭を撫でていれば、兄弟の名を呼ぶ声が遠く聞こえた。あの母親のものだろう。また何も言わずに飛び出して来たらしい。

 こら、と叱ろうとするとスルリと逃げ出して、先程転びかけたことはもう頭にないのかキャアキャア笑いながら母親の元へと駆けていった。

 弟がすみません、そう言いおいてその後に続こうとする兄を引き止める。

 ずっと、どうしても、聞きたいことがあった。

 

 

「一つだけ聞かせてくれ。お前は……うちはにいて、辛くはないか?」

 

 

 俺は運命を変えた。この子供は、うちはの名を背負わざるを得なくなった。その名の重みを知っていたからこそ、ただただ気がかりだった。

 その問いへ暫し考えこんでいたが、やがて揺らがぬ黒い瞳がまっすぐサスケに向けられた。

 

 

「……確かに辛い時はあります。血は変えられないし、俺はどんなに憧れたって写輪眼を絶対に開眼できない。一人、疎外感を感じることだってある。でも……」

 

 

 その子供。その兄は、あの弟とよく似た太陽のような笑顔を浮かべた。

 

 

「かわいい弟が生まれて、強くて優しいお父さんもできた───だから、俺は幸せです」

 

 

 うちはの家紋と共に駆けていく小さな背を止めることなく見送ると、サスケは踵を返す。

 その足取りは軽くなっていた。励ましたつもりが、励まされたのはこちらの方だったようだ。

 

 

「……まだまだ、頑張らねェとな」

 

 

 あの子供に言った癖に、自分がやらずにどうする。

 きっと何度も悩み、迷うだろう。立ち止まってしまうことだってあるかもしれない。

 それでも足掻いてみせる。たとえそこに希望がなかったとしても、諦めたりはしない、そう心に誓った。

 

 

 日も高く昇り、うだるような熱は更に増している。  

 それでも、夏の青空は深く染まり、一時暑さを忘れるほどに美しく澄んでいた。

 





カモミール(加密列)/開花時期:ジャーマンカモミール3〜5月、ローマンカモミール6〜7月、ダイヤーズカモミール5〜10月

「清楚」「仲直り」「親交」「生命力」「精神力」「逆境で生まれる力」「苦難に耐える」「希望」「あなたを癒す」

※カモミール(Chamomile)は「khamai(大地の)」と「melo(リンゴ)」というギリシャ語が由来。和名「加密列(カミツレ)」 という名前は、オランダ語名のカーミレ(kamille)のあて字。
※抗炎症作用のあるアズレンという成分が含まれ、4千年以上前の古代バビロニアから民間薬として重宝されていた。安眠、疲労回復、腹痛、痙攣、婦人病、肌荒れ、花粉症などに効果的とされる。花を摘んで乾燥させて利用する。
※花を摘めば摘むほど、枝分かれして次々と多くの花を咲かせる。花が枯れてもこぼれた種が自然実生でまた生えてくる。踏まれても立ち上がる。生命力がとても強い。

【本戦トーナメント表】
第一試合:うずまきナルト VS 日向ネジ
第二試合:我愛羅     VS サスケ
第三試合:テマリ     VS 奈良シカマル
第四試合:第三試合勝者  VS 秋道チョウジ


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50.絡み合う意図



あなたがつけてくれた名前。
あなたが教えてくれた感情。
あなたと共に過ごした過去。
あなたと一緒に描いた未来。


あなたがいなくなって、僕は全てを失った。




 

 

『予選は終わり、本戦に入るようです。貴方の手の者二人は捕らえられましたよ』

 

 

 片膝をつき頭を下げる僕には目もくれず、大蛇丸様はピチチ、と囀りながら飛び立つ小鳥を目で追った。その表情に動揺は欠片も浮かばず、それどころか、面白そうにくつくつと笑う。

 

 

『あら。平和ボケしたかと思ったけど、なかなかやるじゃない』

『よろしいのですか?』

『最初から捨て駒に大した情報なんて与えてないわ。でもまあ……もう用済みね』

 

 

 パチリ。指を軽く鳴らす。

 たったそれだけの動作がたやすく二つの命を刈り取ったのだと知れて、面の下に隠れた頬に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

 

『……呪印、ですか』

『フフ……貴方も身に覚えがあるようね』

『………』

 

 

 向けられた視線に面さえも見透かされるような心地がし、頭をさらに深く下げる。舌先が痺れるかのように疼いた。

 実力差は明白。ここで気まぐれに僕の命をとることだって、この三忍の一人には訳はない。だが、幸いにも機嫌は損ねなかったのだろう。大蛇丸様は何も気にしていないかのように、それで、と続けた。

 

 

『頼んでいたコトはどうなったのかしら』

 

 

 それこそが本題だとでもいうかのように、言葉に潜められた鋭さにゴクリと息を飲む。身体の震えを抑え込み、何でもないように平坦な声を作ってローブの袖から預かったものを取り出した。

 

 

『はい。こちらに』

 

 

 書簡を受け取った大蛇丸様は、食い入るようにその字を追う。読み進める小さな紙音だけがその場の空気を震わせる。小鳥も流れる緊張感を悟ったのか、去ったまま戻ってくることはなかった。

 

 

『…………フフフ、ハハハハハハッ!!まさか、彼が…!フフフ……素晴らしい……!!』

 

 

 何やら仕掛けがされていたのか、読み終えたと見えるや否や書簡は炎にのまれる。しかしそれには目もくれず、焼けた掌の痛みすら感じていないのか、興奮を隠しもせずに大蛇丸様は狂ったように笑い始めた。

 やがてその笑い声もピタリと止まる。吊り上がった唇はそのままに、ドロドロした欲がその目に浮かんでいた。

 

 

『あの男に伝えなさい。アナタ達の計画に協力するわ。組織の方もいい返事が貰えそうよ』

 

 

 一つ礼をして身を翻す。望む答えは得られ、これ以上その場に留まる理由もなかった。

 

 

『待ちなさい───カブト』

 

 

 だが、その足は名を呼ばれピタリと止まった。名乗った覚えはなかった。面を取った覚えもない。きっと最初から知られていたのだろう。

 それを悟り、観念して面を僅かにずらし背後の大蛇丸様をちらりと振り返った。上機嫌に弧を描く目の奥、蛇のような鋭い瞳孔に見つめられていた。

 

 

『残念ね、アナタも目をつけてはいたのだけど』

『それは光栄ではありますが、こちらも人手不足なので……。僕の後輩で我慢してくれません?』

『一人は死にかけ、もう一人はしばらく表立って使えないんじゃねぇ……釣り合いは取れないでしょう』

『“彼”も入れればどうです?………うちはサスケ君、でしたっけ。彼も予選通過したんですけどね、どうやら怪我をして先程木ノ葉病院に運ばれたようですよ』

 

 

 その名に大蛇丸様の目がギラリと光った。

 視線が向かう先には、木ノ葉病院───彼がいる。

 

 

『………その情報を足しておまけでトントンってことにしてあげる。フフ、お前は察しがよすぎて気味が悪いわ』

『買い被りすぎですよ』

 

 

 にっこり笑いつつ、資料にあった写真の彼へ思いを馳せる。

 彼の生い立ちは既に聞いていた。身を売られ、記憶を消され、名を奪われ、里の道具となった子供。その姿に、ふと自身の姿がどこか重なった。

 

 

『大蛇丸様……あなたは、彼をどうするおつもりですか?』

『あら、気になるの?』

『………少し聞いてみただけです』

『知りたいことがあるというのはいいことよ。まぁ………今すぐ攫って、私色に染めたい所だけど───まだ足りないわ』

『足りないというと……写輪眼、ですか』

『フフ。まったく、鋭い子ね』

 

 

 どんなに存在を消そうとも、流れる血は変わらない。暗部の任務でもうちはの者と組む機会が何度かあったから、その名高さに恥じぬ血継限界の力を知っていた。

 すぐにでも欲しい、その欲求を伏せる価値は確かにあるだろう。

 

 

『うちはの者が大きな愛の喪失や自分自身の失意にもがき苦しむ時、脳内に特殊なチャクラが吹きだし視神経に反応して眼に変化が現れる。それが、心を写す瞳───写輪眼』

『大きな愛の喪失や自分自身の失意……』

『そう……まだ彼には絶望が足りないのよ』

 

 

 大蛇丸様はニィと口角を上げる。背筋にゾッとするような怖気が走った。

 愛の喪失にせよ、自身への失意にせよ、苦しみが伴うことは避けられない。その苦しみの対価が心を写す力だというなら、うちはも難儀な一族だと言えた。

 

 

(優秀すぎるってのも考えものだ。君は目立ちすぎた……大蛇丸様の目に留まってしまったのは不幸だったね)

 

 

 その名を捨てても、その血から逃れることができない彼を憐れむも、そこに情報を売った罪悪感なんてものは欠片もなく。大蛇丸様に背を向けると同時に、その砂粒程の憐憫さえも頭から捨てた。

 

 

『そういうアナタはどうなの。何の為にこんなことをしているのかしら』

『“僕達”は、ただ木ノ葉の行く末を憂いているだけですよ』

『木ノ葉の行く末、ねェ……。でも、“お前自身は”そんなこと露ほども思っていないでしょう?』

『………任務ですから。それに理由が必要ですか?』

 

 

 いけしゃあしゃあと宣う僕の背後で、大蛇丸様はくつくつと嘲笑う。  

 再度面を深く被り、僕も嘲笑った。

 

 

『全ては、木ノ葉の為に』

 

 

それが本心か、偽りか。

そんなことどうだってよかった。

 

 

 

 

 煌々とした満月が木ノ葉隠れの里を照らしている。

 木ノ葉郊外、廃墟となった真夜中の桔梗城にわざわざ訪れる者もおらず、周辺に人の気配はほとんどない。

 ───そう、ほとんど。薄闇に紛れるように、数名のチャクラがそこにはあった。

 

 

「ううぅぅ……」

 

 

 桔梗城、天守閣。そこに佇む月光を背にした小さな影が、ふと身じろぎと共に呻き出す。自身での制御を超えたチャクラがざわめき、砂がうっすらと霧のように舞い月光をかげらせている。

 ひときわ強く吹いた風が、風鈴を奏でた瞬間。その砂がはっきりとした実体と化し、並ぶ屋根瓦を抉りとった。

 

 

「……凄いですね。あれが彼の正体ですか」

 

 

 その様子を少し離れた所で静観しながら、淡々とそう評する。あの破壊力。あの途方ないチャクラ。敵としては厄介だが、味方……否、協力者となれば大きな戦力だ。

 

 

「でも大丈夫なんですか?あんなに制御がきかないとなると、暴走の可能性もある。計画の妨げになりかねないのでは?」

 

 

 面にあけられた両眼の穴から、隣に立つ男をちらりと横目に見やれば、彼は腕を組みながらフン、と鼻を鳴らした。

 

 

「満月の夜は奴との同調が高まり、コントロールが甘くなるのでな。まあ、本戦では問題なかろう。それにそもそもが暴走を引き起こす前提にある。多少の狂いはあってもカバーは可能だ」

「まあ、そうですね。その辺りのタイミングはそちらにお任せしていますし。よろしく頼みますよ?」

「貴様に言われるまでもない。……お前達こそ、大丈夫なんだろうな?」

「さて、何の話でしょう?」

「……あの伝説の三忍の一人、大蛇丸が里に戻ってきたそうだが」

 

 

 探るような視線が向けられる。その目をまっすぐ見つめ返す。

 何故、砂隠れがそれを知っている?まだ暗部でさえも、その事実を事実として確信している訳でもないのに。

 内心は押し殺し、目を細めてジッと注意深く彼を観察する。疑惑ではなかった。確信している、そんな言葉だ。とすれば、どこかで接触したのか。余計なことを、と内心苦々しく思うもそれを表に出すことなく淡々と返した。

 

 

「何故、それを?」

「二次試験中、うちのチームが接触したらしい。まさか、奴もこの件に絡んでいるのか?」

「……いいえ。こちらとしても大蛇丸がここで里に戻ってきたのはイレギュラー……でも、ラッキーですよ。そちらに目がいく分、だいぶ動きやすくなりましたから」

「ラッキーだと?うちの我愛羅が狙われたんだぞ!」

「おや、それは失礼。……ご安心を、既に大蛇丸はこの里を去りました。それにしても、あの大蛇丸を退けるとは。頼もしい限りですね」

 

 

 にこやかに微笑んではぐらかせば、額当ての下の眉間に皺が寄る。蚊帳の外、というのは気に食わないのだろうが、馬鹿正直に言う義理もない。

 暫し無言で視線を交わしていたが、それ以上の追求を諦めたのか、彼は舌打ちしつつ目を逸らした。

 

 

「……あんたらがしくじるようならすぐに手を引く。元々、お前達が持ちかけてきた計画だ……これが砂隠れを陥れる罠の可能性もあるしな」

「あれ、まだ信じてくれてないんですか?」

「当然だろう。あのダンゾウが失脚し、木ノ葉を崩す計画を企てるとは……今でも信じられん」

 

 

 疑いの声に、面の下でほくそ笑む。

 木ノ葉上層部はダンゾウ様の失脚を徹底的に隠蔽した。しかし隠蔽はしても、事実までは覆すことができない。

 数十年に渡りダンゾウ様が今まで裏で築き上げたネットワークは今尚生きている。お互い心配はするはずもないが、裏での取引が途絶えれば訝しがるものもいる。いずれはどこかから漏れ、利を貪っていた奴らは不満を訴える。

 金で釣れるような奴らも、情報で操れる者達も、心当たりは山程あった。そうして準備を整えてきた。これも三代目の詰めの甘さが招いたことだ。

 

 

「モノは考えようですよ。一時的な痛手はあっても、長い目でみればメリットがある。甘い夢を見ている風の大名達も、火影達上層部も……この辺りで目を醒まさせてあげないと」

「フッ、それには同感だ。木ノ葉の勢力争いに興味はないが、今回の件はこちらとしても好都合………しかし、砂はギリギリまで表に出ない。これは風影様のご意志だ」

「それで結構です。……これがこちらの決行計画書です。それと、彼らにもこの計画を伝えておいてください」

 

 

 書簡を渡し、そう言って月光を背負い立つ少年を見上げる。

 既にその砂の化生は姿を消していたが、その爪痕ははっきりとその場に刻まれていた。俯きがちなその顔は少年自身の影に呑まれ見えなかった。

 

 

「では、これで。………ああ、あと。後片付けは私がしておきます」

「いや、私がやろう。砂としても、同士のために一肌脱ぐくらいせんとな。それに……」

 

 

 ジリ、と背後で砂を踏みしめる音がする。よく消されてはいたが、動揺に揺れたチャクラの波は隠せなかった。

 

 

「ネズミはたった一匹───軽いもんだ」

 

 

 砂隠れの実力を図るいい機会になる、そう思って放っておいたが、やはり彼もわかっていたらしい。

 二人の忍が月光の元で繰り広げる死闘を眺める。冷たい光を放つ刃も、舞い踊る血飛沫も、月光の元ではモノクロにしか見えない。

 

 

(木ノ葉も砂も、暁も、あの方も………欲深いものだね)

 

 

 それぞれの欲という糸は、縺れ始めている。知らぬ間に絡まって、絡まって、絡まって、絡まって───それぞれの望む結果が得られるという保証もなく。

 

 ただ、切られるのは決まって末端ばかりだ。

 それを知ってはいたけれど、解くつもりは僕にはなかった。

 

 

 最初から、僕には何もない。

 あるのは任務。ただ、それだけだ。

 

 

 死闘の果て、ついた決着に背を向ける。

 去り際に見上げた先に少年の姿はなく、ただ大きく丸い満月だけが変わらず空に浮かんでいた。

 






「そっちは誰かいたか?」
「いや……おかしいな、こっちの方に逃げた筈なんだが」
「猫じゃないのか?近頃野良が増えているらしいぞ」
「この俺が見間違えるものか!確かに怪しげな人影がこっちに……!」
「イナビ、テッカ。夜中なんだぞ、少しは静かにしろ」
「ヤシロさん、こんな辺鄙な所誰も───ん?あれ……おい、来てくれ!あそこに誰か倒れているぞ!」
「これは……酷い傷だ……」
「まだ息はあるが……チッ、血が止まらん。焼くぞ、抑えていろ!」
「「はっ!」」


 この日、桔梗城の傍らで、巡回中の木ノ葉警務部隊により瀕死の月光ハヤテが発見された。
 意識不明の重態な彼が運ばれたのは、木ノ葉病院である。


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51.家族

 

 入院初日をあわせ、三日間の入院生活はあっと言う間に過ぎ去った。

 病院とは身体を休める場であり、隠れて修行しようにも医療忍者やサクラを筆頭に修行中のナルト、一足先に退院したあの兄弟やら、同期やらの来訪により阻まれる。

 できることといえばベッドで横になることくらいだ。何もなく穏やかな空間にいると二次試験の疲れが一度に襲い、ただ泥沼のような抗いがたい眠気に襲われる。そうして目を開ければ日は既に跨ぎ朝日が昇っていた。

 

 退院まではまだ時間がある。欠伸をかみ殺しながらも散歩にでも出るかと病室を出た瞬間、ふと感じたヒリつくような空気に眉をひそめた。

 

 

(朝っぱらから何だ……?)

 

 

 寝起きでぼやけた思考も、冷水をかけられたように冴える。受付のあるホールへ通路を進んでいれば、常ならまだ誰もいない時間にも関わらず人の気配がしていた。

 廊下の角から気配を消してそっと様子を伺うと、数人の男達が何やら気難しい顔で佇んでいることに気がつく。

 背負うのは木ノ葉の忍のベスト、そしてその両肩には手裏剣とうちはの家紋──木ノ葉警務部隊だ。

 そのうちの一人、腕を組み何やら話しあっていた人物にサスケは息を呑んだ。

 

 

(……父さん?)

 

 

 その横顔を見間違える筈もない。

 うちはフガク。うちはの頭領であり、警務部隊を束ねる総隊長であり、そしてサスケの実の父だった。

 

 頭領という立場柄、フガクは滅多に南賀ノ区外に出ることはなく警務部隊本署につめていることが多い。

 それが何故、こんな里の中心部、それも早朝の病院になどいるのか。怪我をしている様子もなく、サスケはフガクが出ざるを得ないほどのただならぬ事態を悟った。

 

 声は遠く、口の動きも角度からしてよく見えず。立ち竦んでいても何も始まらないかと廊下から出れば、一斉に血のように赤い瞳が向けられた。

 

 

「子供……?」

「おい、あれって……」

「ああ、頭領の……」

 

 

 サスケの姿に写輪眼が一対一対消えていく。口々に囁かれる声は好奇心を隠さず、そしてその視線はサスケとフガクを行き来する。

 そんなギャラリーに目をやることなく、フガクとサスケ───父と子は、六年ぶりの再会にただ見つめ合っていた。

 

 六年という歳月を超え、サスケの記憶の中のフガクより口元の皺はやや掘りが深くなり、髪が伸びている。数本交じる白い髪は少しの老けを感じさせ、貫禄と重厚感は更に増していた。

 足先から頭までサスケをジッと眺めるフガクの視線も感じる。それでも、お互いに表情を変えるような失態はしない。

 ここにいるのは父であり、父ではない。戸籍上は赤の他人だ。

 

 

「……おはようございます……?」

 

 

 何と声をかけるべきかと考えに考えあぐね、挙げ句に出てきたのはそんな何の変哲もない挨拶だった。口を噤むももう遅く、軽く頭を下げながらも上目にフガクの反応を伺う。

 それに目を瞬かせたフガクは、フ、と薄く笑みを浮かべた。

 

 

「ああ……おはよう」

 

 

 そんな何気ない一言が酷く懐かしい。

 まるで止まっていたままの記憶が、動き出したかのような。そんな思いに胸の奥が熱く滲んだ。

 

 

 

 

「昨晩、木ノ葉の忍が襲われてな……」

 

 

 何かあったのかと尋ねたところ、はぐらかされるかと思いきや、予想外にもフガクは経緯や現場調査の結果も含めた仔細を話してくれた。

 襲われたのは木ノ葉の忍───一昨日顔を合わせていたあの病人のような顔色をした試験官、月光ハヤテだという。

 事件現場は桔梗城。その傷跡は刃より鋭く、風遁の術によるものと見ているそうだ。

 

 フガクと共に集中治療室のガラス越しに奴を見る。 

 酸素マスクの下の頬は元々青褪めていたのが真っ白になり、血が足りないのかその腕からは輸血が施されていた。ピ、ピピ、ピ、と鳴る心臓の拍動は素人にもわかるほど不規則で、モニターに映るその波は酷く小さい。命がまだあるのが奇跡、予断を許さない意識不明の重態だという。

 

 

(風遁か……まさか、な)

 

 

 ナルトを始めとして木ノ葉にも風遁使いはいるが、その数は少ない。風遁の扱いにおいて、またその数において特化しているのは───砂隠れの里だ。

 

 ダンゾウと大蛇丸が繋がり木ノ葉崩しを企んでいるのはほぼ確定的だが、砂隠れの立ち位置はまだ読めない。木ノ葉崩しに加わるのか、否か。大蛇丸と砂隠れの共謀はないにせよ、ダンゾウが絡んでいることも考えると否定できるだけの要素もなく。

 

 いずれにせよ、ハヤテは何かを掴み口封じされたのだ。少なくともその下手人さえわかれば繋がりも見えてくる筈だが、命が風前の灯火である以上聞き出すことも難しい。

 どうやらフガクも幻術で記憶を引き出せないかと試みたそうだが、その意識は深く眠り、無理にやれば命が危ういため断念したとのことだった。

 

 治せるとすれば、心当たりは現状二人。

 一人は香燐だが、あいつを木ノ葉の問題に利用させたくはなかった。そしてもう一人は三忍の、ゆくゆくは五代目火影となるくノ一。しかし各国を渡り歩くあの女傑の所在は不明だった。

 

 

「ハヤテ!ハヤテ、何があったの……!?どうしてこんな……!」

 

 

 暫しその場でハヤテを見つめていると、紫の髪を振り乱した暗部装束のくノ一がやってきた。集中治療室を隔てるガラスへと縋り付く彼女は、年齢からしておそらくハヤテとは親しい間柄なのだろう。何度もハヤテの名を呼ぶその顔には幾筋もの涙が伝っていた。

 

 その場に居続けるのは無粋にも程がある。どちらともなく顔を見合わせ、フガクとサスケはその場から去った。

 それでも先程の悲痛な声は耳から離れない。これは“前”と同じか、それとも過去を変えた影響か。分からないが、防げた可能性を否定はできなかった。

 拳を握りしめる。意を決し、前を歩く背を呼び止めた。

 

 

「話したいことがある。………俺は一昨日……いや、二次試験中にも、大蛇丸と名乗る忍に会ったんだが───」

「今、大蛇丸と言ったか……!?まさか、奴がこの里に来ているのか!?」

 

 

 その名に、パッと振り返ったフガクの顔は驚愕もあらわに、サスケの両肩を強く握った。

 余りに大きいその反応に目を丸くする。確かに驚かせるとは思っていたが、大蛇丸が中忍試験に潜りこんでいたんだ、おかしなことでもないだろう。

 だが………この反応はまるで、その存在を知らなかったかのような。そこまで考えて、まさか、と思い至った。

 

 

(大蛇丸が来ていること自体、把握できていなかった……?)

 

 

 里の守護を任せられる警務部隊に、その情報がふせられるというのは考えにくい。だとすれば、知らなかったのはうちはだけでなく、木ノ葉全体だ。 

 余りの衝撃に言葉を返せないサスケの姿に、一つ深呼吸をしたフガクは冷静に、しかしその瞳の鋭さは消さぬまま告げた。

 

 

「怒鳴って悪かった。しかし………話を聞きたい。場所を変えよう」

 

 

 そう言って、フガクは何事かと様子を見にやってきた医療忍者に声をかける。

 時間外とはいえ警務部隊を前にしては彼らは首をコクコクと縦に振るしかなく。医療忍者の診察もそこそこに、フガクはサスケの退院手続きをあっという間に終わらせてしまった。

 

 サスケの荷物を部下達に預けて、フガクと二人で朝のまだ閑散とした大通りを歩く。まだ早いがもう少しすれば、きっと勤務に赴く忍や商店を開く店主、アカデミーに通う子供達、行き交う人々で賑わい始めるだろう。

 

 方向から考えるに、向かうのはどうやら南賀ノ区のようだった。警務部隊本署に行くのだろうか。

 どちらもあまり自分から喋るような性格ではなく、何を話せばいいのかも分からない。沈黙のまま、ただその背を追う。

 

 それでも、その一時は決して苦とは感じなかった。昔よりは成長したとはいえ、まだその身長差は大きいにも関わらず、置いていかれることがないのは歩幅を合わせてくれているからだ。そんなわかりにくい、不器用な愛情を知っていた。

 

 木ノ葉中心部を出て、住宅街を過ぎ、土手を越え、長い道の両脇に立ち並ぶ嘗てはなかった店や家を抜ける。やがてうちはの家紋を構える門が見えてきた。

 ここに来るのは数ヶ月前の祭りの時以来だったが、朝日に照らされている飾り気のないその門に、懐かしさがこみ上げた。

 

 祭りの時の暗闇では気づかなかったものの、うちは地区の内部は大きく様変わりしていた。空き地だった筈の場所には新しい店が、古びていた屋敷は建て直されて新築同様の家が。やや荒れていた道の石畳は整備され、区画も見直されたのか道も少し変わっている。

 知っている筈なのに違う、その差に戸惑いながらも、進む時計とその変化は喜ばしいものだった。

 

 

「おはようございます、頭領!」

「朝から巡回ご苦労様です。……あら?あなたは……」

「ねェあんた…あの子何だか見覚えがないかい?」

「んん?まさか……」

 

 

 もう日も昇り皆起き出してきたのだろう。ちらほらと通りがかる人々は一族の頭であるフガクに頭を下げ、そしてその後ろに続くサスケに気がつくと、ヒソヒソと声を潜め囁きあう。

 向けられる視線に棘はなく、好意が滲んでいたから居心地の悪さはない。

 ただ、なんとなく気恥ずかしくて少し足を早めフガクの影に隠れようとしたのだが……そのフガクの横顔に浮かんでいた誇らしげな笑みに気付いてしまうと並ぶこともできず、耳を仄かに染め上げたサスケは俯き耐え忍んだ。

 

 

「ついたぞ」

 

 

 フガクの足が止まる。その声にホッとしながら顔を上げて───啞然とした。

 そこにあったのは警務部隊本部ではなかった。いや、その道向かいには警務部隊のマークが掲げられているやや古ぼけた懐かしい詰所も確かにある。

 だが、今サスケの目の前の二階建ての建物は真新しく、明らかに異なるシンボルが掲げられていた。

 

 

「木ノ葉内部監査部隊、南賀ノ区詰所だ」

 

 

 写輪眼を模したような赤円に黒い三つ葉の芽。

 聞き慣れぬ組織の名に、サスケは呆然とそれを見上げた。

 

 

 

 

 木ノ葉内部監査部隊、通称“芽”。

 この部隊はつい五年ほど前に新設された火影直轄独立組織である。その役割は木ノ葉の内部調査を行い、汚職や他国との密通者の摘発を担っている。

 火影邸の地下に本署は構えているものの、設立の経緯から隊員はうちは一族の者が大半を占めており、また警務部隊との連携の必要性を鑑みてここにも支所が建てられている………と建物に入りつつ簡単に説明を受けたが、脳内は容量オーバーだ。質問も疑問も湧く余地はなく、やはりここでも向けられた視線さえも気にはならなかった。

 建物の二階。その最奥の扉で足を止めたフガクが軽くノックをすると、何やら覚えのある声がどうぞ、と答えた。まさかと思う間もなく、扉が開かれる。

 

 

「入るぞ」

「父さん?ああ、ちょうどよかった。そちらに行こうと思っていた所です。ハヤテの件ですが、何か進展、は………」

 

 

 重厚な机の上。山のように、だが綺麗に揃えて積まれた書類を数枚捲っていたのは眼鏡をかけたイタチ。

 目を上げたイタチは、サスケの姿を認めて絶句する。サスケ自身も顔が強張っている自覚があった。

 

 

「イタチ……あんた、何でここに……」

「ん?ああ、言ってなかったか……イタチはこの組織の設立者、木ノ葉内部監査部隊総隊長だ」

 

 

 イタチは休暇中は専らここで仕事を持ち込んでいてな、というフガクの声もどこか遠い。

 ふらりと揺れた視界にまずいと受け身を取るより先に、サスケの身体は力強い腕に支えられていた。

 

 

「父さん……確かサスケは今日が退院日だった筈ですが?」

「ああ、院内で偶然会ってな。話したいことがあると言うからここに……」

「退院したその足で?病み上がりのサスケを連れてきたんですか?」

「いやしかしな……大蛇丸の件だぞ」

「だからといって、ここまで連れてくることはなかった筈だ。火影邸のうちの部署でも使えばいい」

「……他の者に聞かれるのも……」

「舐めないでください。うちにそんな情報を漏らすような馬鹿はいません。それに機密を扱う部署ですよ、そんな杜撰な結界を張るわけないでしょう」

「だが……」

「だいたい父さんは───」

 

 

 一を言うと十が返る、そんな応答にたじろぐフガク。さらに言えば、直接向けられていないにも関わらず、眼鏡越しのイタチの無表情にも圧がある。キラリと光る高級感のあるフレームも何だか鋭さを感じた。フガクは更に重いプレッシャーに晒されていることだろう。

 だが、すれ違っていた思いもどこかで溶けたのか、嘗てのよそよそしさも、険悪さもそこにはなく。少々力関係が歪ながらも一般的な親子の枠に収まる、そんな会話に頬が緩んだ。

 

 しばらくそのやり取りを眺めていたが、ついに黙り込んでしまった父に憐れみを感じ、もう大丈夫だから離してくれと支える腕を軽く引く。途端に先程と180度異なる、気遣わしげな柔らかい目が向けられた。

 

 

「カカシさんから話は聞いている。退院おめでとう。腕は大丈夫か?」

「ああ……問題ない」

「予選も突破したそうだな。次は本戦か……」

「一ヶ月後だ」

「焦る気持ちもあるだろうが、まだ無理はしないほうがいい。経絡系のダメージは甘く見るなよ、後遺症が残ることも──」

「………イタチ。大切な話があるんだ」

 

 

 長くなりそうなイタチの話を遮り、その腕を逃れてまっすぐその黒い瞳を見つめた。

 サスケの真剣さが伝わったのか、イタチは一度口を噤むと、眼鏡を外してこっちへ、とサスケとフガクを本棚の下、写輪眼でしか開けられぬ地下扉を開き隠し通路へと案内した。

 

 階段を降りると内部は広く、幾つか部屋がある様子だったが、イタチが連れてきたのは机と数脚の椅子しかないベタな尋問室だった。

 シンプルながらも、その部屋にかけられた複雑な防音の忍術式に感嘆の声をこぼしていれば、それで、と尋問には優しい声でイタチは話を切り出した。

 それでもその目には、何やら得体の知れぬ組織のトップに相応しく、甘さは欠片もない。写輪眼でもないのに全てを見透かされそうな、そんな漆黒の瞳を見つめ返した。

 

 

「………二次試験中に、大蛇丸と名乗る忍に追われた」

 

 

 多少の誤魔化しを入れながらも、ほぼ全てを伝える。未来は話せない。しかし、経験した事実は話すことができた。

 

 目の前で両手を組みながら口元を隠すイタチの眉間の皺は、話が進むにつれ深くなっていった。一昨日のことを話し終える頃には、俯きがちなその顔に黒い影がかかっている幻影が見えた程だ。

 ただ、大蛇丸の言った『うちはサスケ』の名には、一瞬ピクリと肩が揺れていた。

 

 

「………この話、カカシさんには?」

「いや。奴がS級犯罪者とは知らなかったからな……わざわざ報告する必要性を感じなかった。奴からうちはの名が出たから、戯言にせよあんた達には話しておいたほうがいいかと判断したんだ」

「……そうか。情報提供、感謝する。この件はこちらで追う、カカシさんを含め誰にも言わないでくれ。どこから誰に話が漏れるか分からないからな。───必ず、奴の尻尾を捕まえてやる」

 

 

 ギラリと光る眼光は獲物を定めた狩人の如く、強い決意と執念を滲ませている。

 あのイタチが言うのだ。遠からず、ダンゾウも大蛇丸も追い詰められることだろう。だが、それが一ヶ月後に迫る木ノ葉崩しに間に合うか、それはまた別の話だ。

 

 

「もし奴が、何かことを起こすとすれば……」

 

 

 最後まで言い切る前に、聡いイタチは分かっていると頷いた。

 

 

「大名達が一同に会す、本戦中が最も木ノ葉の守りが手薄になる。狙われるとしたらそこだろうな」

「………それなら、警務部隊の巡回を増やそう。里民を害させはしない」

 

 

 壁によりかかり、腕を組み黙って話を聞いていたフガクが、目を開きつつそう続けた。

 その言葉にホッと胸を撫で下ろす。万一奴を追い詰められなかったとしても、警務部隊がいれば里の被害はかなり抑えられる筈だ。

 

 その後の質問にも答えてゆけばそこそこの時間が経過していた。もう十分だと、事情聴取がようやく終わる。疲労感はあれども、両肩に抱えていた重荷も減った、そんな心地がしていた。

 足取りもどこか軽く通路の階段を登っていれば、ふと隣にいたイタチが足を止めたことに気が付いてサスケも立ち止まった。

 

 

「イタチ?どうしたんだ、遅れるぞ」

 

 

 先に進んでいたフガクとの差は広まるばかりで、急かすように促すもイタチは俯いたままその場から動かない。

 余りの様子のおかしさにフガクを呼び止めようとした時、サスケ、とどこか低い声音で名が呼ばれた。

 

 

「お前は……お前が、もしも『うちは』だったとしたら───」

 

 

 言葉が途切れた。続くはずだった言葉は何だろう。

 顔を上げたイタチは、まるで全ての感情を押し殺したかのような無表情で、その意図は読めなかった。

 

 

「………ただの戯言だ。忘れてくれ」

 

 

 目が逸らされ、その足がサスケを追い越す。すれ違いざまにその手を掴んだ。

 六年前よりも大きく、厚い掌。それでも繋いだ手と手は幼い頃と変わらず暖かいままで、あの時の凍えるような冷たさはもうなかった。

 その続く言葉は分からない。聞くこともできない。ただ、一つ言えることがある。

 

 

「もしも俺が『うちはサスケ』だったら───里を守る一族を……あんた達を、誇りに思う」

 

 

 イタチの双眸が大きく開かれる。

 フガクの声が隠し扉の上から降ってきて、薄暗かった通路が淡く照らされた。

 

 

「早く行こう。遅くなると叱られる」

「ああ。……まぁでも、母さんよりは怖くはないな」

「聞こえてるぞイタチ。母さんにはちゃんと伝えておいてやる」

「……チッ」

 

 

 イタチとフガクのやり取りにクスリと笑いながら、渋るイタチの手を軽く引いて、出口へと二人で進んだ。

 

 

 この手をもうすぐ離さなければならないと分かっている。

 でもあと少しだけ、家族のままでいたかった。



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52.末路



『……サスケだ』
『……はじめまして。うちはイタチだ』


 成長したサスケは、記憶がなくとも幸せそうに笑っていた。
 ナルトとはまるで実の兄弟のようで、サクラには素直に自分の弱みを見せていて、カカシはサスケの保護者的立場にあって。
 人に囲まれたサスケの姿に安堵すると同時に、もう俺の居場所はないのだと、そう突きつけられた気がした。


───うちはに戻る。それがサスケにとって最善なのか?


 そう考えてしまえば、答えは自ずと出ていた。
 里との仲は改善されたとはいえ、血継限界を持つ一族の末路はいずれも碌なものではない。このまま、うちはとは関係のない、木ノ葉の忍として生きるほうが良いのだろう。

 そう、分かっている。分かっているんだ。
 お前の幸せを願っている、そのはずなのに。それでも、どうしても心が叫ぶ。


───繋がりを断ちたくない。もう一度、兄と、そう呼んでほしい。


 諦められず、しかし決断もできないままでいる。
 そんな迷う心を置き去りに、時だけが進んでいた。


 

 サスケが木ノ葉病院に入院した。命に別状はないが、安静のため三日の入院となるという。

 その知らせは試験終了後、予選中判明した大蛇丸の密偵の件で呼ばれた折に三代目から伝えられた。

 

 イタチはその後すぐ尋問に向かうことになり、密偵と顔を合わせるや否や同時に息絶えた二人の調査に加わった為、詳しい話を聞ける余裕もなく。

 目まぐるしく部下へ指示を出しながら、ただ胸の内、心のどこかは常にそのことを考えていたような気がする。

 

 命に別状はないと言われても、一抹の不安があったイタチは、仕事終わりのその足で木ノ葉中央病院へと向かった。

 その頃にはもう夜も更けていて、面会時間はとうに過ぎていた。無理に入るつもりもなく、ただそのチャクラを感じられたら、そう思っていただけだったのだが。

 

 

「あれ、イタチじゃないの。今帰り?」

 

 

 大通りを歩いていると、その病院からちょうど出てきた嘗ての同僚であるカカシと偶然行き合った。

 サスケの担当上忍であるカカシは仮の保護者と見なされているからか、時間外にも関わらず面会を許されており、それに追従する形でイタチも病室に入る事ができた。

 

 

「病院で目を醒ました後、また倒れちゃってね」

 

 

 潜めた、けれどどこか物憂げな声が囁く。

 サスケは昔から努力家で、転んでも痛みを耐えて無理に動こうとするような、そんな無茶をすることがよくあった。

 問題はそれを本人が自覚していない所だ。耐えて耐えて、いつしか本人すら気づかぬまま限界を越え、プツリと糸が切れたように倒れる。そうやって修行から帰ってこないサスケをイタチやミコトが迎えに行った回数は、両手の数では足りない。

 

 良くも悪くも、きっとそういう所は変わっていないのだろう。その癖のある柔らかな黒髪に手を伸ばそうとして、けれど、起こしてしまうかもしれないと思い到り、結局触れることなく行き場のない手を握り下ろした。

 余り長居をするのも良くないかと病院を出た時、ふと何か思いついたように前を歩いていたカカシが振り返った。

 

 

「お前、明日は?」

「……非番ですが」

「じゃあさ、一杯やらない?お前ももう飲める年でしょ」

「忍の三禁はご存知ですか?」

「まーまー、かたいこと言わないの」

 

 

 イタチは先月の誕生日で十八歳になり、飲酒可能年齢は問題ない。仕事も詰めていたため、いまだ酒を飲んだことはなく多少の興味は持っていた。

 それに、あの大蛇丸の手の者達の最後が頭にチラついて消えなかった。二人も捕らえていながら聞き出せた情報は僅かなもの。更に大蛇丸と接触した可能性のある同班の少年は行方知れずだ。

 ただ、余りに早い失踪に、暗部にも内通者がいる可能性が浮上したことが一番の収穫だったかもしれない。

 

 一刻も早く調べ上げたい所だったが、そんな肝心な時に限って、三代目からは数日間の欲しくもない休暇を与えられていた。

 “芽”では忍の待遇改善、業務内容の見直しも看板に掲げている。休暇中の総隊長である自身が表立って捜査に加わることはできず、一度決まった休暇の取り消しは手続きも時間がかかる。

 指示を出し終え、不承不承に明後日までの休暇を受け入れた訳だがやりたいこともなく。密かにできるのは書類仕事くらいだ。

 

 好奇心と、苛立ちと、鬱憤と。

 酒で曇る心が晴れるはずもないが紛らわせる事くらいならできるだろうか、そんな思いでついて行き───翌日、イタチはカカシのアパートで目を醒ました。

 

 

「お前とはもう当分飲まないよ……」

 

 

 先に起きて散らかった空き缶等の片付けをしていたカカシは、何故か随分とげんなりしていて首を傾げる。

 どうやらイタチは父に似て酒には弱いようだが、幸い記憶は飛ぶことはなかった。それを辿るに、機密を漏らすリスクを減らす為、某24時間営業の店で酒と甘味を買い込み宅飲みをしただけだ。

 

 

『カカシさん糖分は脳の働きに欠かせませんよ人間一日に使用するエネルギーの60%は糖分からなるんです甘味が嫌いなんて人生の半分を損していますさあこれをどうぞこのロールケーキは起源を渦の国建国当初に遡り───』

『わかった、わかったから息継ぎして。はぁ……ぅぇぇ、あっま……』

『さあ次はこちらですつい先日木ノ葉に新しくオープンした甘味処は大福の中に苺を入れるという画期的な発明を───』

『………勘弁してちょうだい……』

 

 

 ……とまあ、終盤にはそんな具合だったか。

 多少強引だったかもしれないが、飲み始めのさほど酒の回っていない頃には、カカシから予選中の話を聞いていた。その際、自身の対応への後悔を非常に遠回しに聞かされていたのだからおあいこと言える。

 

 

『俺、担当上忍って向いてないのかもね』

『……危険な術を使おうとしたんですし、止めたこと自体は間違っていなかったのでは?』

『そうかなぁ……でもさ、もっと他にやりようがなかったかなって、さ』

『少なくとも怪我は自分の限界を超えた術を使おうとした反動で、貴方は取り押さえただけだ。貴方が傷つけた訳じゃない、サスケも気にしてないと思います。何も気に留めることもないでしょう』

『まぁ、そりゃ正論なんだけど……』

『ええ、客観的な事実です。……貴方らしくもないですね』

『……そうだね。らしくないことしてるって自覚はあるよ』

『……嘗ての貴方が担当上忍に向いていないというなら、今のらしくない貴方は案外向いているのかもしれませんよ』

 

 

 素直に思ったことを伝えると、カカシは目を彷徨わせ、目元をほんのり赤く染めた。本当にらしくない、そう思った。それはきっと変わったという事なんだろう。

 そんな昨晩の記憶を引っ張り出したイタチは、片付けも終えた去り際、『あー胸焼けが』と青い顔で口元を押さえているカカシに問いかける。

 

 

「気は晴れましたか?」 

「ん……まぁ、俺なりの“先生”をやってみるよ」

 

 

 担当上忍の経験もなく、我ながら相談役は身に余る。しかし、幸いにもカカシは何やら吹っ切れたようだった。

 なんだかんだ言って、この人も正式に担当上忍を務めるのは初めての経験だった筈だ。そうやって悩むだけ、それだけ真剣に向き合おうとしているのだろう。

 

 

(変わった貴方になら……サスケを任せられる)

 

 

 胸中でそう呟く。ふと感じた空虚さには蓋をして、部屋を出た。

 扉が閉まる前に聞こえた『またね』という声には返事をしなかった。

 

 

 

 

 持て余す心境を誤魔化すように、部下に休暇中であることを暗黙に示す伊達眼鏡をかけながら、本署から持ち込めるだけ持ち込んだ仕事を捌き続け───イタチはドアをノックする音に顔を上げた。

 

 

「もう、やっぱりここにいたのねイタチ。あなた、いったい今何時か分かってる?」

 

 

 ドアを開けて入ってきたのは母、ミコトだった。ため息混じりのその言葉に時計を見れば、既に時計の針は日付けをまたぐどころか、翌朝となる時刻を示している。

 

 『いつか倒れちゃうわよ』と呆れながら渡された弁当をありがたく受け取った。休暇中にも関わらず、出かけたきり帰ってこないイタチを見兼ね、こうしてミコトがやってくるのは初めてのことではない。

 だが、その服は普段着ているワンピースではなく余所行きの軽装をしていた。

 

 

「ああ、これ?これから父さんの代理で空区に行くのよ」

 

 

 イタチの物言いたげな視線を察し、お弁当とは別に持っていたバスケットを軽く振ってミコトは答える。きっと中身は手土産のマタタビだろう。

 空区はうちは御用達の闇商人、猫バアが頭目を務める一族が住む国や里に属さない廃墟群だ。彼らの扱う物はいずれも質が良く、イタチ自身任務で必要なものがあれば密かにそこで仕入れている。

 情報屋でもある彼らには、最近砂隠れの動きが気がかりで、武器の流れを調べてほしいと個人的にも依頼をしてあった。

 

 父の代理ということは何か急を要する仕事が入ったのだろうか。尋ねてみれば『そのうちあなたにも報告があるでしょうけど』と前置きして、ミコトは話し出した。

 曰く、昨夜遅く、木ノ葉の忍が襲われた所を警務部隊が発見したという。襲われた忍は特別上忍の月光ハヤテ。影が薄いながら、その実力は暗部にも引けを取らない。

 

 発見した隊員は危篤となった彼を病院に運び込むとフガクに報告し、フガクから上に報告した結果、警務部隊にこの件を任されることになったらしい。

 風遁使いとなると、今訪れている砂隠れの者が咄嗟に思い浮かぶ。しかし、大蛇丸の手の者や、恨みを買いやすい職務のため個人的怨恨の線も捨てきれない。

 

 他里の絡む可能性のある案件をうちはが任せられた事は今までなく、ようやくそれだけの信頼を勝ち得たと言える。それだけに父の張り切りようが容易に想像できた。

 しかし、他里が絡むとなると“芽”の協力も必要不可欠、早い内に話し合っておくべきだろう。

 

 

(どの道、敵はあのハヤテ以上……気を引き締めねばな)

 

 

 ミコトが去り、書類を捲りながら思案をしていると再度ノックがあった。

 力強い音と断りを入れる聞き慣れた声に当たりをつけつつ入室を促す。

 

 

「父さん?ああ、ちょうどよかった。そちらに行こうと思っていた所です。ハヤテの件ですが、何か進展、は………」

 

 

 書類から目を上げた先。想定通りにいたフガクの背後から室内を覗き込んでいたのは、思いもよらぬサスケだった。

 何故サスケがここに、しかもフガクと共にいるのか。驚愕に思考が一瞬停止しかけたが、ぐらりと揺れたそのまだ小さな体躯に、勝手に身体が動いていた。

 支えたサスケは照れたように頬を染め、それに和むより先に腕の包帯に目が留まる。まだ入院していた筈……いや、今日が退院だったか。しかし、まだ日は昇ったばかり。元凶をじろりと睨みつけ問い詰めていたが、サスケから話があると止められた。

 

 

「……二次試験中に、大蛇丸と名乗る忍に追われた」

 

 

 隠し部屋で語られた情報は、この数ヶ月で得た情報量を遥かに凌駕していた。

 大蛇丸の実際の目撃証言、その手の指輪、狙いとなる尾獣、同じく襲われた砂隠れの下忍、再度病院に現れた大蛇丸、握られていた情報、ダンゾウの影、本戦での波乱の予告、そして新たに狙われた『うちはサスケ』。

 

 どれもこれも、機密に触れるような案件ばかり。

 そしてその最後の名に動揺を隠すことができなかった。

 

 サスケの正体がよりによって大蛇丸にバレ、狙われている。いや、大蛇丸と対面し今ここに生きて立っていることさえ奇跡的だ。それを自覚していないのか、落ち着き払ったサスケになんて馬鹿なことをと叱りつけたかったが、その権利はもうない。

 

 言葉を飲み込み、現在その情報を知る人物を探れば、幸い他には伝えていないようでホッと安堵する。そしてその情報を渡したであろう内通者へ殺意を抱いた。

 もしもカカシを通して上層部にその話が伝わっていたなら、身元がバレたサスケは現時点で暗部配属となっていただろう。本当に危うい所だった。

 

 それにうちはのクーデターもたち消え人質が不要となった現状、上層部にとっては写輪眼を開眼していないサスケの価値はほぼないに等しい。サスケと尾獣、あるいはサスケと大蛇丸を天秤にすれば圧倒的に尾獣や大蛇丸に傾く筈だ。

 

 サスケが狙われているとしれた時点で奴をおびき寄せる餌とされるか、写輪眼を開眼しないよう封じ取引の道具にされるか、最悪奴に取られる前に密かに始末するか……いずれにしてもその末路に先はない。ナルトとサクラにも口止めは必要となるだろう。

 

 

(しかし……砂隠れもその情報を得ているとはな)

 

 

 何故か狙われた砂隠れの下忍達。大蛇丸が現在ある犯罪組織に入っていることは情報を得ていたが、奴らの狙いが尾獣ならば、まさかその下忍達のいずれかが人柱力ということか?

 ただの偶然ならばいいが、もし人柱力を送り込んでいたとしたら、それに何か意味があるとしたら、大蛇丸の言う『面白いこと』と何か関連があるとしたなら。

 得た情報を次々と処理、推測し、その対策を練りあげる。

 

 

「もし奴が、何かことを起こすとすれば……」

「大名達が一同に会す、本戦中が最も木ノ葉の守りが手薄になる。狙われるとしたらそこだ」

「………それなら、警務部隊の巡回を増やそう。里民を害させはしない」

 

 

 サスケの言葉に頷き言葉を継げば、フガクもその後に続いた。

 ちらりと鋭く視線を交わせば、想いは通じる。

 

 

(分かっています。この情報は火影以外には話さない)

(ああ、この事情聴取は存在しなかった)

(だがある程度の工作は必要だろう)

(ええ、協力しましょう)

 

 

 調書は取らなかった。火影邸での尋問も避けた。

 情報源は決して明かしてはならない───サスケを守る為に。

 

 その後、時間帯やその前後での接触人物等、詳しい内容も聞き終える。たった一つ聞けなかったことを残して、事情聴取は終了とした。

 隣を歩くサスケに密かに歩調を合わせながら、その薄暗い中でもどこか晴れたような横顔を隠し見る。

 

 

(サスケ……お前は何を思った?)

 

 

 サスケには記憶がない。ここで自分がうちは一族の可能性を明かされ、取り戻せる可能性を知って、記憶のないお前はどう思った?

 

 でも、それを聞いてもしも『俺はうちは一族か、大蛇丸の言っていた話は事実なのか』と尋ねられてしまったら。否と言うしかない。元よりそういう契約だった。

 しかし、もしも自身の口で否定したならば、それが現実になってしまう気がした。

 

 

(いや……その方が、いいのかもしれない)

 

 

 情報が漏れた以上、サスケを人質から一刻も早く開放させる必要があった。

 もう答えを出さなくてはならない。決めろ。その先を考えろ。サスケの幸せを願え。自分の願望など、ここで消してしまえばいい。そんな暗い考えにとらわれる。

 

 

「イタチ?どうしたんだ、遅れるぞ」

 

 

 気がつけば足が止まっていた。

 俯いたまま、薄暗い空間に溶け込むような自分の影を見つめていた。

 

 

「お前は……お前が、もしも『うちは』だったとしたら───」

 

 

 目を上げれば、黒い瞳がまっすぐイタチを写していた。

 こちらを気遣うようなその目は酷く柔らかい。同じ目を、そう、あの日も見た。

 

 

『兄さん、今までありがとう……俺は幸せだったよ』

『だからさ、今度は……兄さん達が、幸せになってくれ』

『自由に生きろよ、兄さん』

『兄さんが、これからどんな道を歩んだとしても……俺も、兄さんを愛している』

『いってきます』

 

 

 兄さん、兄さんといつも後を追ってきていたサスケが唯一見せた背。

 さよならなんて言わなかった。まだ、おかえりとさえ言えていない。

 

 

───無理だ。俺は弟を、『うちはサスケ』を殺せない。

 

 

 それを悟って、溢れそうな感情を押し殺し言葉を切る。

 お前を否定したら、きっと自分は自分でいられなくなるだろう。守ると誓っておきながら、俺の心を支えていたのはいつもお前だったのだから。

 

 

「………ただの戯言だ。忘れてくれ」

 

 

 目を逸して、足早にサスケの横を通り過ぎようとした瞬間。

 手が、つかまれた。

 

 

「もしも俺が『うちはサスケ』だったら───里を守る一族を……あんた達を、誇りに思う」

 

 

 六年前よりも大きく、しかし未だイタチよりも薄い掌。それでも繋いだ手と手は幼い頃と変わらず暖かいままで、あの日感じた仄かな温もりがそこに残っていた。

 

 あの日も今も。短い言葉に込められた想いは、まるで祈りのように深く、真綿のように柔らかい。

 だから、自分の我がままを赦された、そんな都合のよい解釈をしてしまった。

 

 フガクが隠し扉を開けたのだろう。降ってきた光が、薄暗かった通路を淡く照らし出していく。まっすぐ俺を見上げる弟の顔がよく見えて、その眩しさに目を細めた。

 

 

「早く行こう。遅くなると叱られる」

「ああ。……まぁでも、母さんよりは怖くはないな」

「聞こえてるぞイタチ。母さんにはちゃんと伝えておいてやる」

「……チッ」

 

 

 引かれる小さな手を離し難くて、渋るふりをしながらゆっくりと、それでも出口へと二人で進んだ。

 

 

───サスケ。お前は、今も昔も俺にとっての光だ。

 

 

 今は離さなければならないとしても、いつか必ず、繋ぎ直そう。お前を決して諦めない。それがお前が望んだ、俺の幸せだからだ。

 その行く末が、お前にとっても幸せであることを願っている。

 

 

 

 

 隠し扉を出てみれば、すっかり日も昇り、朝食の時間もとうに過ぎる頃だった。

 クウ、と腹の虫が鳴る。その虫のいるらしいサスケは気まずげにそっぽを向いていて、クスリと笑いながら母の置いていった弁当を差し出した。

 

 

「食べていいぞ。母さんが作ってくれたんだ」

「……アンタは」

「俺は大丈夫だ。気にするな」

 

 

 しかし眉を潜めて一向に手を付けようとしないものだから、二つ入っていたおにぎりの内の一つもらうとようやく食べ始めた。

 それに頬を緩め、自身も一口かぶりつく。中身はもちろん昆布だ。もう一つにはおかかが入っているだろう。自分でも握ったことはあるが、母の握ったおにぎりは何故か優しい味がした。

 そんなサスケとイタチの傍ら、何とも言えない顔で腕を組む父をちらりと見やる。

 

 

「母さんが台所に作り置きしてくれていますよ」

「む……」

「これからもっと暑くなりますし、早く食べないと悪くなってしまいますね」

「………わかった。サスケのことは頼んだぞ、イタチ」

 

 

 そう言い置いたフガクは、『流石───木ノ葉の立派な忍だ』とサスケの頭を一度撫でてうちは邸に帰っていった。頼まれなくても、と心の内で呟きながら見送る。

 サスケといえば、撫でられた頭を押さえて固まっていて、食べないのか、と促せばハッと我に返る。照れ隠しか、慌てて弁当をかき込むサスケの頬はほんのり赤みを帯びていて、そんな姿に苦笑しながらイタチもおにぎりをもう一口頬張った。

 

 朝食を食べ終えたサスケとイタチは再度並んでうちはの通りを歩いていた。

 サスケの向かう先は木ノ葉病院。何でもハヤテを護衛している警務部隊員に入院時の荷物を預けたらしく、それを取りに戻るそうだ。非番であることを心から三代目に感謝しつつ、火影邸に行くから一緒に、と誘えばサスケも素直に頷いた。

 

 遠巻きに、けれどヒソヒソと囁きあう通行人はいつもより多く、既に一族中に話が伝わっているようだ。きっと唯一不在の母ミコトは心の底から悔しがるだろう。

 母が帰ってきた時にどう機嫌を直してもらおうかと考えながらも、周囲の視線を遮るように道端を歩き影を作ってやるとサスケはあからさまにほっとしたような顔をしていた。

 サスケに甘い自覚はある。ちなみに直す気は更々ない。

 

 もうすぐ門が見えるという頃。

 サスケとイタチの足元に、突然白い小さな影が飛び込んできた。

 

 

「お前は……」

 

 

 サスケの足元に絡みつく小さな白い猫には見覚えがあった。

 戦時中に父が拾い、猫バアの元に預けていた忍猫だ。その後旅をしていたと聞くが父の元に戻ってきたらしく、南賀ノ区どころか里内のちょっとした美猫アイドルだ。

 

 何が目的か知らないがチャクラは自分で封じたようで、服も着ておらず仕草までも完璧に普通の猫と化している。その正体を知るのはフガク、ミコト、イタチの三人だけで、『好きにやらせてやれ』という父の言葉通り、まさに里内を自由に闊歩し野良猫を纏め上げていた。

 そう、確か名は──。

 

 

「アナゴ」

 

 

 名前を呼んでやれば、嬉しげにニャア、と答える。

 不思議そうな顔をしたサスケはそんなイタチとアナゴを交互に見ていた。

 

 

「イタチ、こいつを知っているのか?」

「ああ。昔、野良だったのを父さんが拾ってな。一時は猫バア……知人に預けていたんだが、最近戻ってきたらしい。名前はアナゴだ」

「……そうか、アナゴか」

 

 

 アナゴはフガクの好物。適当な、と思わないでもないが、当のアナゴ自身が父が大好きなので不満はないらしい。現に今も、誇らしげに尾をピンとさせている。

 アナゴは暫しサスケに頭を撫でさせていたが、髭をピクリと揺らし門を見つめた。

 

 

「あっ、祭りのお兄ちゃん!イタチさまもいる!」

 

 

 数匹の色とりどりな猫達が門から飛び込んできたかと思えば、その後ろからアカデミーにも満たない小さな幼子が手を振って猫達を追いかけて来る。

 サスケの後にようやく生まれた、うちはの最年少の子供であり、イタチとも多少面識はあった。

 

 一方猫たちはといえば、アナゴに縋るようにわらわら集まって何やらニャーニャーにゃんにゃんと話し合っている。流石に猫語はマスターしていないから内容は不明だ。猫バアの持つ猫耳翻訳機があればわかっただろう。

 アナゴを撫でていたため、必然的に猫達に囲まれることになったサスケはじっと彼らを見つめていた………が、真顔で『にゃあ』と猫談義に参加しはじめて凍りつく。

 アナゴがぱかっと口を開けて呆けている姿を見るに、ちゃんと意志が通わっているようだった。

 

 

───サスケ、お前猫語を……!?

 

 

 いつの間に……まるで猫博士だ。

 まさか、あの肉球集めの時か?いや記憶はないはず。ならばいったいどこで……?

 唖然と見守っていると猫達と話終えたらしいサスケが、子供に軽くデコピンした。

 

 

「ったく……お前、こいつらを虐めるのはやめてやれ」

「僕、虐めてないもん!抱っこしたかっただけだもん!」

「だったらそう頼め。尻尾は猫の弱点だ、強く握るな」

「え……そうなの?」

 

 

 サスケの言葉に子供の目が不安げに潤みだす。『ごめんね、痛かった?』と猫達に謝る子供の言葉が通じているのかいないのか、猫達はめいめい残る奴も、好きな方向へと去っていく奴もいた。最後にその場にいたのはアナゴと黒猫、三毛猫の三匹だ。もしかすると先程の猫談義でサスケが交渉したのかもしれない。

 

 

「抱かせてくれるらしいぞ」

「いいの!?」

「ああ……アンタも、ほら」

「え……」

 

 

 足元を撫でていく、ふわりとした尻尾に目を瞬く。目をおろしてみると黒猫のつぶらな瞳がじっとイタチを見上げていた。

 手に染み込んだ血が臭うのか、威嚇されるか逃げられるかで、生き物には今まで余り好かれてこなかった。こんな風に自分から触れてくるのは、言葉を交わせる忍獣くらいだったから、若干驚きながらも決して悪い気はしなかった。

 

 片膝をついてそっと手を差し出せば、すんすんと鼻を動かしていた黒猫が、ぺろりとピンク色の舌で指先を舐める。手も、そして何故か胸の奥も、まるでふわふわの尻尾でなぞられたような擽ったい心地がした。

 

 慣れない手付きで猫を抱きしめる三人の姿を、通りがかったうちは一族はほのぼのと見守っていたそうな。

 

 

 後日、この時密かに撮られていた写真が高額で取引され、“芽”によって不正取引として回収されたのだが───最終的にとあるくノ一の手に一枚渡ったのは余談である。




百年も生きてれば猫語の一つや二つ覚えられるよね!(無茶振り)

ついでのおまけ小話


「二人ともずるいわ!」


 うちは一族内ではサスケの話題がそこかしこで囁かれており、当然ながら日が暮れて帰宅したミコトの耳にもしっかりと届いていた。
 口を尖らせるミコトの姿はサスケとよく似ている。いや、サスケがミコトに似たのだろう。消えない面影にイタチは頬を緩めたが、笑っていられたのもその時だけだった。

 その日の夜。うちは本家の食卓には、イタチの苦手な肉とフガクの苦手なきのこを中心にした料理が並んでいた。


「召し上がれ?」
「「いただきます……」」


 顔を引き攣らせた二人は、にっこりと綺麗に微笑んだミコトに何か言えよう筈もなく両手を合わせる。
 箸を持つ寸前、父と子は任務さながらに鬼気迫った鋭い視線を交わした。


(肉を差し上げます。代わりに……)
(わかった。きのこはやろう)
「あらあら、何をこそこそ話しているの?……ちゃんとお肉もきのこも、両方食べなきゃだめですからね?」
「「………!」」


 父と子は視線を交わしただけで通じ合う。
 しかし、それさえ内容含め見抜いたミコトは、驚愕に顔を染めるよく似た二人へ微笑みながら、小皿に添えられていた小さなトマトを摘んだ。


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53.展望

今後に繋がる小話。短いです。


 

 

「またね、祭りのお兄ちゃん!イタチさま!」

「ああ。またな」

「アナゴ、その子を頼むぞ」

「ニャ」

 

 

 子供と猫達に別れを告げ、サスケとイタチは居住区の門戸をくぐり抜ける。

 里の中心街ヘ数時間前に通った道を遡ろうとして、ふと振り返れば、陽光に照らされた一族の紋とその下に揺れる小さな腕と尾が見えた。

 それに手を振り返そうとした時、横から吹きぬけた湿り気を帯びた強い風に阻まれる。

 

 

「………」

「サスケ、どうした?」

「……いや。何でもない」

 

 

 訝しげなイタチにゆるく首を振る。

 舞い上がった木の葉を追っているうちに、子供達の姿は消えていた。何故かざわめいた心に蓋をして、返し損ねた手を下ろし今度こそ木ノ葉の中心街ヘと歩き出す。

 

 二人を見下ろす青空には、遠く大きな入道雲が高く伸びていた。

 

 

「本戦は一ヶ月後か……修行はカカシさんにつけてもらうのか?」

「ああ。明日からちょうど一週間後に修行を始める。それまでは療養しろと言われた」

「一週間後……お前、守る気がないだろう?」

「………」

「まったく、経絡系のダメージを甘く見るなと言った筈だ。焦る気持ちはわかるが、無理はするなよ」

 

 

 人気のない土手を歩きがてらそんな話になって、図星を刺されたサスケは口籠った。そんなサスケに苦笑したイタチは、忠告めいたことを言いつつも、カカシに告げ口をする気はないようでホッと胸をなでおろす。

 だが、カカシの言葉がふと蘇り、久方ぶりのイタチとの会話に弾んでいた気持ちも沈んでいく。

 

 

『修行は見てやる。だが、あの術───千鳥は教えられない』

 

 

 存外、千鳥伝授をばっさり断られたことが尾を引いているらしい。その理由は理解できるものの、納得はまだできていなかった。いや、諦められない、と言った方が正しいだろうか。

 

 なにせ百年以上に渡り愛用していた術で、未だに咄嗟に使いそうになるのを堪えている現状だ。しかし、カカシの開発した固有忍術でもあり、書で学んだだの見て覚えただのと誤魔化しは効かない。

 大手を振って使うには、カカシから伝授された、その事実こそが必要だった。

 

 

(いっそ……アンタが修業をつけてくれれば今回くらいは諦めもつくんだがな)

 

 

 こうして並んで歩いていると、昔イタチにつけてもらった修業の道中を思い出し、そんな願望が浮かび上がる。

 戦闘スタイルを大きく変えることは今更難しいが、火遁や手裏剣術、幻術、剣術……イタチから学べることは未知数だ。それと引き換えであれば、とは思うものの明日からイタチも芽の総隊長としての任務があるそうだし、先程明かした情報の件でも苦労をかけることだろうから口には出せない。

 

 

───いっそ、写輪眼を見せるか?

 

 

 ふとそんな思考がよぎる。呪印を入れられてからは使ってはいないが、使おうと思えば使えることは分かっていた。

 千鳥を伝授される為に必須であれば、それも致し方ないのかもしれないが……上層部に利用されないとも限らず。眼を取られたとしても文句をつけられない立場で、それがダンゾウの手に渡り使い捨てにされる位なら潰した方がマシとさえ思えた。

 

 

「サスケ?浮かない顔だが……何かカカシさんに言われたか」

 

 

 突然黙り込んだサスケを訝しんだイタチは、やはり何でもお見通しなのだろう、足を止め顔を覗き込んでくる。

 純粋に案じている、そうありありと伝わる眼差しに噤んでいた口も緩んだ。

 

 

「……千鳥は……写輪眼がなければ教えられない、そう言われた」

「……ッ!」

 

 

 イタチが息をのんだ。その目が見張られている。それほど驚くことだろうか。

 そんな疑問が浮かぶと共に、どこか青ざめた顔でイタチに両肩をつかまれていた。

 

 

「写輪眼は、使うな」

「……?そもそも俺は使えないぞ」

「ッ、ああ……そうか、そうだったな……」

 

 

 イタチはかがんで視線を合わせていた為、俯いたその表情は伺えない。ただその開いては閉じる口元だけが見えて、何と言えばいいのかと言いあぐねているようだった。

 

 

(大蛇丸に狙われているからか?それとも……何か約定があるのか?)

 

 

 うちはと里で結ばれた契約の内容は知らない。きっとクーデターのことを教えたくなかったのだろうし、当事者とはいえ子供に話すようなことでもない。記憶を消す予定だったなら尚更だ。

 だが、その態度で、写輪眼を見せれば碌な結果とならないことが察せられた。

 

 

「……頼む……」

 

 

 掠れた懇願に込められた、その思いの深さは底知れない。頷きたくても、それに答える術はない。

 どう伝えれば良いだろうかと、言葉を選びながら掴まれていた肩を解くよう一歩下がる。一瞬ビクリと震えた腕は、呆気ないほど簡単に外れた。

 

 

「……俺は写輪眼を使えない」

「………」

「でも、何年かかったとしても、千鳥を諦める気は無い」

「…………」

「だから、他の方法を考えているんだ」

 

 

 イタチがようやく顔を上げ黒い瞳が瞬く。それが紅に染まる様を思い出していると、ふと同じ紅の、けれど写輪眼とは異なる眼が重なった。

 

 

「イタチ。時空間忍術に心当たりはあるか?」

「時空間忍術……?」

「ああ。例えば───人や物を瞬時に入れ替えるような、そんな術だ」

 

 

 

 

 写輪眼無しに千鳥を使う。そんな機会が、かつてたった一度だけあった。

 遠い昔、それこそ百年以上前のことだ。贖罪の旅を始めて間もない頃、忍が失踪するという事件が起きた。それに重なるように、起爆人間が各国を襲撃し、独自に調査を進める内に御屋城エンという人物が絡んでいるという情報を掴んだ。

 彼と接触するべく忍び込んだのは、忍達が玩具のように戦わせられていた胸糞悪い闘技場。

 血継限界コレクターだという御屋城と対面するため大蛇丸に嵌められるような形で参加したが、気づけば自身を餌にその場にいた全ての忍達を解放するため戦っていた。

 

 写輪眼を使わなかったのはただの意地ではあったが、それを可能にしたのは『天手力』──相手との場所を強制的に入れ替える、その能力による所が大きい。

 あの力があれば、相手のカウンターを見極める必要が無い。だが、今輪廻写輪眼を欲した所で無いものねだりというものだ。

 天手力の代替………そう考えた時、ふと浮かんだ術があった。

 

 

『いいよな~お前のその能力。なんか父ちゃんの術に似てかっけェしな!』

 

 

 あのウスラトンカチがそう評したのは───飛雷神の術。

 ナルトの父、四代目の代名詞とさえ言える術だ。黄色い閃光という異名はこの術から取られたという。もとは二代目扉間が考案したもので、強力ながらその使い手は少ない。

 今や実質失われたような術だったが、流石にもイタチは思い至ったらしく、険しい顔で考え込むように顎に指をかけた。

 

 

「……心当たりはある。だが……時空間忍術は才能が無ければできないし、あれは習得難度S級。数日でモノにできるような術ではないぞ」

 

 

 難色を示されるも、既に思いは決まっていた。写輪眼、千鳥、天手力───この三術を基盤とした戦い方をしてきたのだ。この中忍試験だけのためではなく、今後の戦闘を左右することになるだろう。千鳥同様、たとえ何年かかろうとも諦めるつもりはなかった。

 

 

「写輪眼なしに千鳥を使うには、それくらいしか思い浮かばない。少しでも、手がかりがほしい………頼む」

 

 

 じっとイタチの眼を見つめる。

 そんなサスケにイタチはため息混じりに笑うと、ちょいちょいとこまねきした。その仕草は、昔修業を強請るサスケの我がままを諌めた時を彷彿とさせる。やはり駄目かと少し肩を落としながら一歩近づけば、あの頃と同じように、その指が額へと伸びてきてギュッと目を瞑った。

 

 

「わかった……お前がそこまで本気なら、かけ合ってみよう。明日朝、火影邸前に来い」

 

 

 コツリと額を突かれ告げられた言葉に、パッと目を開く。

 あの頃よりも強さを増した、柔らかな目がサスケを写している。突然曇っていた視界が晴れたような心地がして、サスケはくしゃりと泣きそうに、或いは笑い出しそうに目を細めた。

 

 

「ありがとう───」

 

 

 兄さん、と口の中だけで呟いた。

 




今回短いのでおまけを置いておきます~

チャクラ属性について
【】内は、基礎事項・豆知識。(wiki・他参照) 映画、アニオリなどは省いています。

【血継限界での性質変化】
血継限界によって2つの性質変化を一度に合わせ新たな性質を作り出す能力が存在する。3つを合わせる場合は血継淘汰と呼ばれる。
【チャクラ属性(推測含む)】 
 土⇒水⇒火⇒風⇒雷⇒土 
※炎遁は火遁の上位置換と考える
※デイダラの爆発術は禁術で得たものなので土遁と考える

・風遁+土遁+火遁=塵遁(土影オオノキ、土影ムウ)公式
・土遁+水遁+陽遁=木遁(火影柱間、ヤマト)公式※ヤマト解説
・土遁+水遁=泥遁(飴雪)※暁秘伝
・水遁+火遁=沸遁(水影メイ、人柱力ハン)公式※水影解説
・火遁+風遁=灼遁(パクラ、ナルト+サスケ)公式※ミナト解説
・雷遁+土遁=鋼遁※我愛羅秘伝
・土遁+火遁=熔遁or溶遁(水影メイ)公式※水影解説
・土遁+風遁=磁遁(トロイ、風影羅砂)
・水遁+風遁=氷遁(白)公式※カカシ解説
・水遁+雷遁=嵐遁(ダルイ)公式※腕の入れ墨より
・火遁+雷遁=?
・風遁+雷遁=?

公式情報で、追加修正ありましたら教えて頂ければ嬉しいです〜(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)


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54.仮面

 

「次の方どうぞ〜」

「○○号室の………」

「ママー、絵本よんで!」

「だめよ、病院なんだから静かにしないと」

「今日も暑いわねえ……」

「でも、どうやら夕立が来るそうよ」

「あらやだ。洗濯物早めに取り込んでおかなくちゃ」

「───!」

 

 

 木ノ葉病院。

 朝方の静まりかえった院内とはうって変わり、受付のあるロビーには患者やその家族が集まり人の雑多な気配が満ちていた。

 受け付け嬢のテキパキとした案内、順番待ちに飽きた子供とそれを嗜める母親、老人方の井戸端会議───そして、そこに異質に交じる微かな喧騒を拾い上げ、サスケとイタチはちらりと曇る顔を見合わせた。

 

 

「どういうことだ!この件はうちはに任された、お前達が出しゃばる幕はないぞ!」

「おい、落ち着け。まずは頭領に………」

 

 

 案の定というべきか。背をつけた壁からイタチとそっと顔を覗かせれば、人気の少ない廊下の先、集中治療室の前には数人の人影と共に只事ならぬ空気が漂っていた。

 特にヒートアップしているのは朝方フガクと共にいた警務部隊の若い男で、暗部装束の男に掴みかかるのを残る二人の警務部隊が押し留めている。

 

 

「おや、火影様のご命令に逆らうつもりで?警務部隊も随分と偉くなったものですね。……ま、自分達で考える脳もないようですし、底が知れているというものですけどね」

「貴様ァ……!!」

 

 

 その当の暗部の男といえば、仮面の下、くぐもった声で激昂する彼をせせら笑っている。毒舌さで言えばサイといい勝負だが、そこにはあいつにはない黒々とした悪意が滲んでいた。

 

 

「ねえあれ……止めたほうが……」

「シッ!奴らは暗部と警務部隊だぞ」

「でも……」

「あんたね。下手に首突っ込んで睨まれてみなさいよ、只じゃ済まないわよ!」

 

 

 明らかに剣呑な様子に、背後を通りがかろうとした医療忍者達がそう小さな声で話しながら足早に去っていくのを横目に追いかける。

 医療忍者達の邪魔となっていることは勿論だが、暗部と警務部隊の対立の噂はあっという間に院内に広まるだろうことは容易く予想ができる。院内だけに留まればまだ良いが、それが人づてに里に広まる可能性もある……そう思えば自然と顔が強ばった。

 

 

「─────?」

「っ!!もう我慢ならん!!」

 

 

 今後への憂いに気を取られていれば、その合間にも奴が更に何事か耳打ちする。ついに静止する仲間をも振り切った男が、暗部の襟首を掴み上げ拳を握った。

 まずいと飛び出そうとしたサスケだったが、それは片手で制された。イタチの顔を見上げようとした時には、既にその姿はその場になかった。

 

 

「何をしている?」

「っ!?」

 

 

 パシリ、とその拳が受け止められたかと思えば、そのうちはの男はあっという間に床に押さえつけられていた。

 取り押さえられた彼は、腕を絞めるイタチの姿を認めると同時にさっと顔を青ざめさせ、残る二人はあからさまに安堵の表情を浮かべている。

 

 

「さぁて?それでお前は、いったい何をしてるんだ?」

「……怖いなぁ。そんなに怒らないでくださいよ総隊長。少しからかっただけですよ」

 

 

 そして。一方の挑発していた暗部の男はといえば、いつの間にか現れたもう一人の暗部に背後から肩を組まれていた。

 軽い口調ながらも、もしその手がクナイを握っていれば、確実に喉元に刃が突きつけられていただろう。総隊長というのも頷ける身のこなしで、肩を組まれた奴も実力差を自覚しているのか先程の達者な口も言葉少なに閉ざされた。

 イタチは男を解放し立ち上がると、その現れた暗部総隊長と仮面越しに視線を交わした。

 

 

「悪かったな。こいつがどういったかはわからんが、火影様の命は“警務部隊と暗部の協力”だ。あなた方がこの件を任されていることはわかっているが、共に木ノ葉を守る為、協力をさせてほしい」

「いえ……こちらも一族の者が失礼を。申し出感謝します──が、警務部隊の長は父フガク。まずはそちらに話を通すのが筋というものでしょう?」

「……そのつもりだった。だが、フガク隊長が不在とは思わず、な」

「父は別件で警務部隊詰所に戻ったようですよ。行くならそちらへ」

 

 

 フガクが不在だったのはサスケの事情聴取をしていた為だ。しかしそれを一切伝えることなく冷たく返すイタチに、総隊長は苦笑しながらも受け入れたようで、その部下の暗部を連れ立って姿を消した。

 

 

(………?)

 

 

 その刹那───仮面の奥の瞳がこちらを見た。そんな気がした。

 

 

「若頭!助かりました!」

「すみません……つい頭に血が……」

「聞いてくださいよ、奴ら───!」

 

 

 二人が去ると同時にその場の空気が緩み、途端に一族の者達はイタチに駆け寄って口々に話しかけている。

 そのやり取りにイタチの一族での立ち位置も変わり、次代頭目として認められているのだと感じ頬を緩める───間もなく、サスケは背後を振り返った。

 

 気配を消して背後に現れた彼は、まさか下忍に気取られるとは思ってもいなかったのだろう。触れる寸前でピタリと止められた手がうろうろと彷徨う。先程イタチとやり取りしていた威厳は影も形もない。

 その様子はどこかのいたずら好きなウスラトンカチを彷彿とさせ、サスケはため息を一つ吐き出しジトリと睨みあげた。

 

 

「ったく。何してるんだ、シスイさん」

「………ちぇ、バレちゃったかー」

 

 

 観念したように仮面をずらした暗部総隊長───うちはシスイの影分身は、ウインクを一つ飛ばして爽やかに笑った。

 

 

「久しぶりだな、サスケちゃん」

 

 

 

 

「どういうつもりだ」

 

 

 一族と話し終えて戻ってきたイタチだったが、どうやら示し合わせていたのかシスイの姿に驚くことはなかった。

 少し待っていろと言いおいて───そんな言いつけを守れるはずもなく、警務部隊に先に帰ると誤魔化したサスケはその後を追った。

 人気のない更に奥の小さな通路。イタチは声を潜めつつ、怒りの滲む低い声で口火を切った。

 

 

「……さっきも言ったが。暗部もこの件に協力することになったんだよ」

「具体的には?」

「……容疑者の探索、現場調査、ハヤテの護衛に身辺調査」

「要は全てということだろう、協力とは笑わせる。あいつらが激昂する訳だ」

「まぁ、な」

 

 

 気配を消して覗き込めば、怒気も顕に迫るイタチに、シスイがフッと皮肉げに笑うのが見えた。

 ……要は、うちはに一任された任務が暗部に奪われるということだ。一族の高いプライドを傷つけたいのか。

 暗部総隊長であるシスイといえど、上の命令に逆らうことはできないのだろう。そして同胞である一族へそれを突きつけるという汚れ役まで背負わせられた、そう思えば不憫でならない。

 

 

「……なぜ火影様は心変わりを?」

「上層部が騒いだのさ。祭りで他里の商人達を招いただろう?内、一人が消息を断った。どうやら元忍で、風遁使いだったらしいな」

 

 

 その言葉に、端午の節句に開かれた祭りを思い出す。うちはの伝手を使い、他里から呼び寄せた、そう聞いた。

 そこまでの信頼を得たと当時は喜ばしく思ったが、消息を断ったとなるときな臭いものを感じる。罠という可能性も考えられるだろう。

 

 

「風遁使いなどいくらでもいる。それに彼らが確実に各国に戻っていることは確認した……消息を断ったのはその後だろう」

「昨夜さ」

「フン……タイミングの良いことだ」

 

 

 馬鹿馬鹿しい、とイタチは鼻白む。その元忍とやらも、今やこの世にいないに違いない。

 それがハヤテがやられる前なら罠だったろうし、その後であれば罪を着せようとしているのか。どちらにせよ、うちはに嫌疑をかけられる謂れはない。

 

 

「ならば何故、警務部隊はハヤテを助けた……!!」

 

 

 ピ、ピピ、と不規則な電子音を思い出す。死人のような顔色を。泣き縋る暗部のくノ一を。

 あと数分遅ければ手遅れだったという。それを懸命に助けたのは紛れもなく先程の警務部隊達であり、それを容疑者の如く悪し様に言われては、彼らの怒りも最もだった。

 

 

「わかってるさ、いつもの嫌がらせだ。後ろ暗い所が無いなら問題なかろうってな」

「……まだそんなことを」

 

 

 シスイのその苦い口調だけで、これが初めてのことではないとありありとわかる。

 その立場を誰より理解しているだろうイタチも悔しげに拳を握っていた。

 

 

(……上層部、か)

 

 

 うちはと木ノ葉の確執は埋まりつつあるのは確かだ。しかし、歩み寄ろうとする一族とは裏腹に、未だ上層部はうちはを嫌っているらしい。芽という組織を考えるに、うちはの地位向上への反発ややっかみもありそうだ。

 

 以前は意固地な一族へ怒りを見せたイタチだったが、今また、頑迷な上層部へ憤っている。その心労はいかばかりかと思えば、胸が重苦しく締め付けられる。

 上層部と聞いて咄嗟に浮かぶ姿は三人。うたたねコハル、水戸門ホムラ、そして───志村ダンゾウ。

 

 

(だが………本当に、ただの嫌がらせか?)

 

 

 記憶の件でダンゾウと大蛇丸がこの数日以内に接触したのは間違いなく、その大蛇丸は木ノ葉崩しを示唆した。その大蛇丸はまだ暁に属しており、尾獣を狙っている。

 

 ハヤテに傷を負わせた風遁だが、風遁と聞いてまず思い浮かぶのは砂隠れ。しかし、その砂隠れである我愛羅達は大蛇丸により瀕死の重傷を負っており、風遁使いというだけではハヤテを殺そうとした証拠にはならない。

 

 ハヤテを助けた警務部隊に、彼らに任せられた件に口出しする上層部と両者の確執。大蛇丸のスパイ二人と同班にいたサイ、代わりに消えたカブト。

 繋がりがあるのか、ないのか。見えそうで見えない真実に頭が痛い。

 

 

(伝えられることは伝えた。現状は……ハヤテの目が醒めるのを待つしかないか)

 

 

 もどかしさに歯を噛み締めつつ、二人に気取られる前にとサスケはその場を去った。

 

 

 

 

(やれやれ………任務失敗、かな)

 

 

 上官と共に木々の合間を駆ける彼は、他里で広く伝わる言葉を苦くなぞる。

 

 

(“一対一なら必ず逃げろ、二対一なら後ろを取れ”でしたっけ。流石に三対一ともなると分が悪すぎる……まあ、面白い余興ではあったけどね)

 

 

 あのまま殴ってくれていたならそれを口実に厄介払いできたが、止められてしまっては仕方がない。他の手を考えるまでだ。

 しかし、先程のうちはの男を思い出せば、全くの無駄とも思わなかった。

 

 

『可哀想に。無駄な努力でしょう?』

 

 

 そう囁いた時の彼の表情は見物だった。ハヤテの生存は予想外ではあったが、今後もしばらく彼らと顔を合わせることを思えば退屈はしなさそうだ。

 

 それに───彼も来てくれるなら、尚のこと良いのだが。

 先程ちらりと目を合わせた子供を思い出し、ついクスリと笑みが零れれば、途端に警戒していたのだろう上官の視線を感じた。

 

 

「……やけに機嫌がいいな?」

「いえ?ただ、土砂降りになりそうだなって」

「へぇ、お前が雨が好きとは知らなかった」

「好きな訳じゃないんですけどね。ただ───」

 

 

 走る足は止めないまま、鈍色の空を見上げる。

 

 

「徐々に黒く染まり……いつ耐えきれずに降り出すかと眺めているのは、中々面白いものですよ」

「ハッ……いい性格をしているな」

「それはどうも」

 

 

 舌打ちする上官に、カブトは仮面の下で歪に唇をつり上げる。

 一族を捨てきれず、さりとて里への忠義も尽くすこの男。どちらかを選ばなければならない時、彼はどんな顔を浮かべるだろうか。

 その結末に興味はないが、その時揺れる心を思えば小さな楽しみが増えたようなものだった。

 

 

(……ま、任務を終わらせてから、ですけどね。さて───“彼”にはどう近づこうか)

 

 

 下された任務を思い返しながら、カブトの瞳が鋭さを増した。

 






『どんな手を使っても構わん。───月光ハヤテを、殺せ』


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55.花に心を

 

 

「ん、上出来だね」

 

 

 ゆっくり外された蓋の隙間から、もわりとした水蒸気が立ち昇り換気扇へと吸い込まれ消えていく。

 フライパンの上、じゅうじゅうと綺麗に焼き上がった三つの目玉焼き。春野メブキは満足げに口角を上げると一つずつ丁寧に皿へと移し替えた。

 最後の一つを皿に乗せようとした所で、ふと壁に掛けられた時計に目を止め、台所からヒョイと顔を出す。

 

 

「サクラー!いつまでも寝てないで朝ご飯の準備を───」

「おはよママ。そんな大声出さなくても、もう起きてるわよ」

「ッサクラ!驚かすんじゃないの、まったく!ああ、もう目玉焼きが崩れちゃったじゃないか!」

「ごめんごめん、私食べるから!」

 

 

 背後からの声にメブキは文字通り飛び上がった。

 忍になってからというもの、気配を消すことが上手くなった娘サクラは、してやったりとクスクス笑っている。

 最近やけにイタズラ好きになったもんだねぇ、とため息を吐きながら、どうやら洗面台で髪を整えていたらしい娘にメブキは片眉を上げた。

 

 

「おや、今日も行くのかい?」

 

 

 呆れたようなメブキを鏡越しに見て、途端に目を据わらせたサクラは、バッチリセットした長髪をさらりと流すと固く拳を握りしめた。

 

 

「恋に休みなんてないのよ、しゃーんなろー!」

 

 

 今日こそは負けないと朝食もそこそこに飛び出していった連敗続きの娘に、やれやれと再度ため息を吐きつつテーブルの花瓶にちらりと目をやる。

 現在、花は三輪。四輪に増えないことを願いながら、寝室でよだれを垂らしながら眠る夫キザシを起こすべく、メブキもまた台所を後にした。

 

 

 

 

「あーら、また来たのデコリンちゃん。諦め悪いわねー。せっかくうちが育てた花を無駄にされちゃ困るんだけど?」

「お客様に向かって言う言葉じゃないわよ、イノブタ。店番なんだからちゃんと接客くらいしたらどう?」

 

 

 睨み合い、どちらからともなくフン、と顔を逸らす。

 花屋やまなか店先。待ち構えていた店番のいのと火花を散らせるのもかれこれ四度目になる。

 

 

(今日こそは負けないんだから!しゃーんなろー!!)

 

 

 内なるサクラが拳を掲げる先にいるのは、いの───だけではない。

 脳裏に浮かぶ黒薔薇と白い花束。そしてその先にいる人影へ、サクラは闘志を漲らせていた。

 

 遡ること三日。予選も本戦説明も終わり、一度帰宅したサクラはすぐにナルトと共に病院へ向かっていた。

 心配で仕方なかったけれど、しかし何も持たずにというのも気が引けて、途中にあった花屋へ駆け込んだ所で帰宅していたいのと鉢合わせてしまった、それが一度目。

 

 

『サクラに、ナルト?アンタ達がウチの花買いに来るなんて珍しいわね』

『べ、別に……何だっていいじゃない』

『これからお見舞いに……あでっ!』

『こんの馬鹿ナルトォ!何でバラすのよ!』

『ははーん。アンタ達、サスケ君のとこ行く気ね。抜けがけは許さないわよ、私も一緒に行くわ!お・み・ま・い!』

『チッ、イノブタめ……』

『あたしはこの花にしよ、愛の薔薇一本!』

『フン、ベタねぇ。じゃあ私はこの花、水仙───凛々しい姿で冬の寒さにも負けず、春を希望して待ち続けるけなげな花……』

『けなげ?サクラちゃんが?』

『何か言ったかしら、ナルト』

『ナンデモゴザイマセン……』

 

 

 そんなこんなで、ナルトと不本意ながらいの。三人連れ立って病院に行ったはいいけれど、面会謝絶と言われて花は持ち帰るしかなかった。

 二度目はその翌日。何となくまたここで同じ花を買った。ちょうどいのは十班の焼肉に行く所で、悔しげないのを後目に病院へと急いだ。先に来ていたナルトと面会開始時間ぴったりに病室に入って、魘されていたサスケ君を起こしていざ花を渡そうとした時。

 病室備え付けの花瓶。そこには既に、立派な大輪の黒薔薇があった。

 

 

(いのじゃない……ナルトでもないし、カカシ先生が渡すとも思えないわ───なら、いったい誰?)

 

 

 思わず手に力を込めてしまっていたようで、気づけば持っていた茎は折れてしまって。そうなると渡すにも渡せず、そっと後手に隠すしかなかった。

 家に帰る道すがら。最悪にも、いのとまた鉢合わせした。

 

 

『薔薇が?しかも黒?病院に?』

『うん……』

『どこの馬鹿よ!もー、聞いちゃえばよかったのに!』

『だったらアンタが聞きなさいよ!』

『望むところよ!』

『あっ、待ちなさいよイノブタ!抜けがけは許さないんだから!』

 

 

 結局もう一度いのと一緒に病室に戻った。それが三度目。けれど、花瓶には黒薔薇の代わりに、既に白い小さな花束が入っていて、それ以上一本も入る隙間なんかなかった。

 

 

『ね、ねえサスケ君!あの花って───』

『ああ……貰いもんだ』

 

 

 私の剝いた林檎を受け取りながら、サスケ君はいのにそう答えた。その白い花に視線を移し柔らかく微笑むサスケ君に、いのも私も花は渡せず、相手を問うこともできないままに面会時間が終わった。

 

 

『……あれさァ、買った花じゃないよ。花屋とは切り口が違ったし。でも、茎がまっすぐなのって、見つけるの結構大変なのよ。それにあんなに欠けなく綺麗に咲いてるのも、野生じゃそうそうないわ』

『………』

『あーあ、黒薔薇なんて病人に贈る奴だったら、絶対許せなかったんだけどなぁ……』

『……何よ。諦めるの?』

『まぁ今回は、ね。仮にもウチさ、花屋だもん』

 

 

 そう言ったいのが、薔薇の花をくるりと回すと、真っ赤な花弁が一枚ヒラリと落ちていく。

 その色に、ふと赤い髪が頭によぎった。

 

 

(あの花を渡したのって……もしかして……)

 

 

 親しげに、サスケ、と呼び捨てにする声。その眼鏡の奥にちらつく恋心。サスケ君があの花を見つめる目とあの人を見つめる目が重なって、ぎゅう、と締め付けられるような胸の痛みを感じた。

 いのと分かれて、家に持ち帰った花にママはまたかい、という顔をしていたけれど、それでも何も言わずに花瓶に生けてくれる。でもそれを見ていられなくて、夕食も食べないまま逃げるように自分の部屋に閉じこもった。

 

 

(サスケ君……)

 

 

 脳裏に描くのは、優しくて、格好良くて、強くて、実は繊細で、とっても不器用な人。

 

 アカデミーでは、不在がちでもテストの日は必ずやって来て毎回一番をかっさらっていった。それだけなら近づきにくかっただろうけれど、ナルトと話しながらふと見せる笑顔に落ちた乙女は数しれない。

 けれど、サスケ君は案外わかりやすい人で。アカデミーの中でも、サスケ君が名前を呼ぶ人間は限られていた。

 男子達は何人かいたけれど、くの一の中では何故か私といの、それからヒナタだけだった。あからさま過ぎるその区別に、いつしか近づけるくノ一は私といのだけになっていた。

 

 強くて格好いい、そんなサスケ君の『特別』に入っている事が誇らしかった。どうしようもなく惹かれていった。

 

 同じ班になれた時には、本当に舞い上がるくらい嬉しくて。でも、ほんの少し苦い思いもある。だって、サスケ君を身近に知って、恋心は冷めるどころか膨らんでしまって、片思いの苦しさは日々積み重なっていくばかりだから。

 

 

(どんな『特別』……?ううん……ただの私の勘違い?)

 

 

 赤髪の少女。彼女もサスケ君の『特別』。中忍試験中に急に現れたライバルに、それまで持っていた自信は簡単に崩れてしまった。

 熊に襲われていた所を助けられたそうだけど、私達と逸れていたあの状況で、塔までわざわざ送っていくなんてサスケ君らしくない。つまりはそれだけ気にかけているということ。

 彼女はナルトの親戚で、凄い治癒能力を持っていて。その悲惨な過去を知ってしまえば、嫉妬心さえも萎んでいった。

 

 

(サスケ君は……私のこと、どう思ってるんだろ)

 

 

 ずっといのと張り合うように追いかけていた。サスケ君が困ったように眉を潜めているのも、何度も見ていた。

 ウザいとか思われてるかもとベッドの上で立てた膝に顔を埋めようとして。ふと、勉強机の上の写真立てに目が止まった。

 

 

 一番真ん中にある写真。

 両手を口元にあててポーズを決める私、両隣に腕を組んで笑うサスケ君とナルト、二人の頭上にそれぞれの手を置くカカシ先生───鈴取り合戦の後に撮ったものだ。

 その右隣の写真。

 サスケ君がフライパンでハンバーグを焼いていて、カカシ先生は椅子に座ってイチャイチャパラダイスを読んでいて、私はお皿を運んでいた。みんなカメラに気づいていなくて、イタズラっぽい笑顔を浮かべている顔右半分が写ったナルト───初めての食事会の写真だ。

 その左隣の写真。

 ナルトとサスケ君、私が大きな木に寄りかかって眠っていて。カカシ先生はその木の後ろに寄りかかりながら後ろ手にピースしている───木ノ葉丸がこっそり修業についてきていて、休憩時間にうたた寝していた所を撮られていた。

 

 机の引き出しに仕舞っているアルバムの中には、まだまだたくさんの写真が入っている。(ナルトが撮ったサスケ君のお風呂上がりの写真もあるのはナイショだ)

 大切な思い出を閉じ込めているそれは、私の宝物だった。

 

 

(……そうよ。ぽっと出の女なんか、どうってことないわよ……!)

 

 

 どれもこれも、写真に映るサスケ君の眼差しは優しい。あの女やあの花に向ける目よりも、ずっとずっと。

 片思いは苦しいけど、一方的なんかじゃない。同じではなくても、確かに返ってくる心がある。その『特別』の形はまだわからなくても、それをみすみす譲るような春野サクラじゃないのだ。

 

 

(絶対諦めないんだから!しゃーんなろー!)

 

 

 その翌朝。予選から三日目、四度目のリベンジの日───冒頭に戻るのである。

 

 

 いのと取っ組み合い寸前に額を突き合わせて、バチバチ火花を散らしていた時だ。不意にからん、と店の扉が控えめに開かれた。

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

 

 鬼のような顔を一転、営業スマイル全開にしたいのは元気よく客を迎える。一応、店番の仕事はするようで、こちらも営業妨害をするつもりはなかった。

 さっさと買ってしまおうと水仙に伸ばした時、ふと聞こえた声に手を止めた。

 

 

「どんな花をお探しですかぁ?」

「あの……お見舞いの花をあげたくて……。でもどういうのがいいか、よく分からなくて……」

「はは〜ん?わかった、じゃあ………私のおすすめはこの赤い薔薇かな〜。あなたの髪の色と一緒だし、その人もきっとコレを見てあなたを思い出すわよ!」

「えっ、そ、そうか……?じゃあ、それください!」

「まいどあり〜!」

 

 

 聞き覚えのある声。赤い薔薇。髪の色。心当たりがありすぎて、ギギ、とブリキのように首だけで振り返る。

 頬を緩めて薔薇を受け取っていた彼女も、店内にいたサクラに気がつくと、メガネの奥の瞳を丸くした。

 

 

「あなた……」

「……どうも」

「あら?知り合いなの?」

 

 

 いのの疑問に答える余裕はなかった。

 だって、その花を誰にあげるのか。きっとお互いに、わかってしまったから。



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56.誘う声


 利用し、利用される。それが忍だ。
 上っ面の甘い言葉の裏には思惑が潜んでいる。善意なんてまやかしを信じちゃいけない。いつしか必ず対価を払うことになるのだから。


 でも、それでお前とまた会えるなら───利用されたっていい。そう思ったんだ。


 

 

 木ノ葉病院、院内。

 その中庭に面したベンチでは、桃色と赤色の髪をした少女二人が並んで肩を落としていた。

 

 

「……サスケくん、大丈夫かな……」

 

 

 心配そうに呟くサクラの横顔からそっと目を逸らし、香燐は渡しそびれてしまった一輪の薔薇を手持ち無沙汰にゆらりと揺らした。

 

 

『サスケさんですか?ああ、彼なら警務部隊の方と今朝早くに退院されましたよ』

 

 

 思いがけず花屋で会ったサクラと近況を話しながら病院に着いてみれば、サスケの病室は既に空っぽで。

 受け付け嬢の答えに青褪めたサクラを訝しく思って詳しく聞いてみれば、警務部隊というのは木ノ葉の治安維持を担う部隊だそうだ。

 写輪眼という血継限界を身に宿すうちは一族が中核を成しており、総じて眉目秀麗で優秀な忍が多い───が、その取り調べは非常に厳しいという。

 治安維持。取り調べ。そんな物々しい言葉の羅列に、自然と二人共に口数が減った。

 

 

(サスケ……どこに行ったんだよ……)

 

 

 一度気配を探ったものの既に近辺にはおらず、木ノ葉の中心部であるここは人が多すぎてそれ以上探ることができなかった。

 言いしれぬ不安にぎゅ、と薔薇を握りしめた───そんな時。背後からの甲高い悲鳴に、ハッと背後を振り返った。

 

 

「ダメです!何をしているんですか!?」

 

 

 医療忍者だろうくノ一が駆け寄る中庭には、右腕だけで腕立て伏せをしている同世代と見える少年がいた。

 

 

「片手腕立て二百回……できなかったら、片足スクワット、百回っ……!!」

「リーくん、やめなさい!アナタは動ける体じゃ……」

「触らないで……!修行の邪魔をしないでください!!」

 

 

 その剣幕に止めようとしていた女性が言葉を無くし、リーと呼ばれた少年は腕立てを続けた。

 その身体中に包帯が巻かれており、傷も塞がっていないのか腕からは血が滴っている。怪我でもしているのかと、ふとそのチャクラを探った香燐は愕然と息を呑んだ。

 

 

(嘘だろ……!?こいつ……こんな身体で……!)

 

 

 チャクラの流れは滅茶苦茶で、左足と左腕に限ってはまさに粉々と言っても過言じゃない。

 見た目を上回る怪我の惨状にも関わらず、震える身体で修行を続けるその姿は痛々しく、そしてその執念めいた気力に背筋が寒くなる程だった。

 

 

「リーさん……」

「……知り合いか?」

「ええ、ちょっとね。予選で我愛……、………病院に運ばれたのは知ってたけど、ずっと面会謝絶だったのよ。まだ会えると思ってなかったけど……」

 

 

 言いかけた名に目を瞑りつつ、続いた話にだろうなと頷く。抜け出して来たことはひと目でわかったが、まだまだ安静にしていなければならない状態だ。

 間違っても、あんな風に動ける体じゃない。それどころか───。

 

 

「………あいつ、もう二度と忍としてはやってけない体だぞ」

「え!?」

「体の組織はボロボロ、経絡系に至ってはズタズタだ。チャクラを練ること自体、もう難しいだろうな」

「そんな……!」

 

 

 淡々と告げた言葉に、サクラは震える手で口元を抑える。血と汗を文字通り流しながら修行を続ける男を見詰め、じわ、と潤んだ翠の瞳が、ハッとしたように香燐を振り返った。

 

 

「ねえ、香燐……香燐なら、治せるんじゃないの?カンクロウだって助けられたじゃない!」

「…………」

 

 

 そのサクラの言葉に、どくりと心臓が一つ音を立てた。

 可能か不可能か。それなら、可能ではあった。友人を助けたい、そのサクラの想いもわかる。でも───。

 

 

「───できない」

 

 

 その期待するような眼差しから目を逸らす。ズキリと痛んだ胸に蓋をして真っ赤な嘘を吐き出せば、口の中にはただただ苦々しさが残る。

 それでも、自分と、顔も知らない他国の忍と。天秤にはかけられなかった。

 

 

「そんな……」

「百九十九……、っ!」

「っ、リーさん!リーさん、しっかりして!!」

「担架を持ってきます、見ててください!」

 

 

 力尽きたように意識を失ったリーへ駆け寄るサクラとは裏腹に、香燐は血溜まりをジッと見つめ立ち尽くしていた。

 

 

(………同じ色)

 

 

 そう思うと同時に込み上げた吐き気に、香燐は赤髪を翻しその場から走り去った。

 

 

『分かっているな?もし裏切れば────』

 

 

 ずっと、あの夜の暗闇が追いかけてくる。脳裏に響く声から、あの赤い血から、流れた涙から。全てを振り払うようにただ逃げた。

 走って走って辿り着いた、人気のない奥まった通路。元々ない体力を使いきったのか、足が縺れてべしゃりと倒れこんでしまって、硬い床に打ち付けた膝が鈍く痛んだ。

 

 

(受け身も取れないとか、本当に忍かよ)

 

 

 情けなさに自嘲しつつ身体を起こした香燐は、ハッと我に返り恐る恐る指を開く。

 美しかった花弁は無惨に散り、転んだ時に押し潰してしまったのか形も歪んでいる。強く握りしめていたためか、茎も折れてくたりと傷んでいた。

 

 

(初めて買った花……無駄になっちゃった……)

 

 

 立ち上がることも忘れ、ボロボロになった花をぼんやり見詰めた。

 渡すことなどできないまま、誰の目にも触れずに捨てられるのをただ待っている。

 そんな花に『同じだな』と小さく笑いかけた。

 

 

「何が同じなんだ?」

「そりゃ、ウチが………!?」

 

 

 独り言の筈だった。

 しかし、今一番会いたくて会いたくなかった男が、不思議そうに首を傾げながら香燐のすぐ隣から覗き込んでいた。どうやらばっちりと独り言さえも聞かれていたらしく、顔が火が出そうな程に熱くなる。

 

 

「さささささ、さ、サス、サスケ!?ど、どうして、ここ、退院……!」

「荷物を取りに来た」

 

 

 その言葉通り、サスケの手には幾ばくかの私物が詰められたバックが握られている。なるほど……じゃなくて!!

 

 

「サスケ、怪我は?大丈夫か?警務部隊に連れていかれたって……!」

「怪我はあと数日で完治する。警務部隊にもただの情報提供をしただけだ」

「そっか……」

 

 

 ホッと胸を撫で下ろしていると、サスケの視線がちらりと落ちる。

 その先にある自分が握っている薔薇に行き着いて、先程の独り言に加えみすぼらしくなった花が見つかったことが途端に恥ずかしくなって後手に隠した。

 

 

「どうして隠す?」

「……だって、汚れちゃってるし……捨てようと……」

「捨てる?……捨てるには勿体ねェだろ」

「え」

 

 

 もごもごと言い訳のように口籠る香燐をジッと見つめていたサスケはふと腕を動かす。気づいた時には、その薔薇はサスケの手の中にあって。あまりの早業に言葉も出せずにいれば、少し待てと言いおいて、サスケは花へ軽く手を翳した。

 流れ始めたチャクラに医療忍術と悟った。しかし、一瞬、その眉が僅かに潜められたのを香燐は見逃さなかった。

 

 

「サスケ!いいから!やめろって!」

 

 

 見た目にはわかりにくいが、その経絡系はまだ治りきっていない。無理にチャクラを流せば激痛が走る筈だ。

 たかが花のためにと、必死に止める香燐に渋々サスケは手を離す。そうして現れたそれに、香燐は目を見開いた。

 

 

「あ……」

 

 

 元通りには至らなかったものの、捨てられるのを待つだけだったその薔薇は、明らかに生気を取り戻していた。

 サスケは少し考え込んでいたかと思うと、不意に香燐の頭にそっと触れる。髪に乗せられた柔らかな重みを感じた。

 

 

「ああ……お前と同じ色だな」

 

 

 納得したように頷いて、サスケはフッと笑った。

 呆然としていた香燐は、やがてわなわなと唇を震わせると、その眼差しから逃れるように顔を俯かせた。

 

 

「………どうして」

 

 

 空っぽだった胸の奥がいつの間にか満ちていく。でも与えられるそれが、今はただ苦しい。

 溢れていく汚い心を隠したくて、両手で目を抑える。それでも指の隙間から、ポタポタと零れ落ちていった。

 

 

「どうして、そんな優しくするんだよ!!!ウチ、ウチはっ……もう、何もできないのに………!!」

 

 

 覆われた視界はあの夜のように真っ暗だ。

 それでも、傍らに感じる暖かなチャクラに、ずっと聞こえていた声への恐怖が薄らいでいった。

 

 

 その安堵が。その優しさが。その暖かさが───罪悪感という鎖となって心を締め付けた。



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57.友達

 

 

『はぁ……よかったぁ……!』

 

 

 畳敷きの六畳間。その部屋の中央に敷かれた真っ白な布団に、安堵の声と共に赤い髪が散る。

 和紙を通した柔らかな光を放つ照明に翳した巻物には、確かに木ノ葉滞在を許可する旨が記されていた。

 

 第二試験が終了し、丸三日。その間は砂の担当上忍の指示に従って里へ書簡を書き、部屋に閉じこもっていた。

 今日ようやく伝達鳥が運んで来た返信には、嫌味も勿論書かれてはいたが、よくよく学び見聞を深めるように、砂隠れの指示に従うようにと記されていた。

 木ノ葉ではなく砂隠れ預かりとなったことに少し違和感はあったけど、それも滞在許可という言葉にかき消されていった。事務手続きも厄介ながら済ませ、これで正式に滞在が許されたのだ。

 

 

『ずっといたいくらいだもんなぁ……』

 

 

 滞在先にと案内されたのは清潔で落ち着く雰囲気の館だった。部屋は小さいが文机や洗面台、小型テレビに冷蔵庫と必要な備品は全て揃っている。草隠れの自室よりよほど居心地の良い部屋だ。

 布団もふかふかだし、と微笑みつつごろりと寝返りをうって、ふと掛け時計の針がもう夕食時になろうとしていることに気がついた。意識してしまえばぐう、と腹の虫までが鳴き始める。

 

 

(お昼のオムライス美味しかったな〜。夜は何にしよ………うん?)

 

 

 浮かれ足で食堂に向かう道すがら、ふと近くに感じた気配に香燐は目を輝かせた。

 

 

『我愛羅!』

 

 

 駆け寄る香燐に、我愛羅が足を止め振り返った。

 この宿は他国の忍を一纏めに監視している。我愛羅やテマリ、カンクロウ、あの砂の担当上忍もここに滞在していた。

 とはいえ、表向きは友好を謳っている以上、流石に内部までは入り込んで来ないため、常に視線に晒され能力を使わされていた草隠れと比べれば、まるで天国のような環境だ。

 

 

『我愛羅も夕飯か?』

『…………』

『もう食べたのか?』

『…………』

『食べてないな。お前、食堂で滅多に見かけないし。そんなんじゃ背が伸びないぞ?』

『…………伸びる』

『うちよりチビじゃん。ほら、一緒に食べよ!』

『チビじゃない』

 

 

 むっとした口調ながら、普段は話しかけても無視されほぼ返ってこない返事があったことに驚きつつ、唇がにまにまと緩んだ。

 

 

(友達って、こんななのかな)

 

 

 そう思えば嬉しくて、ついつい顔を見れば話しかけてしまうのだ。特に今夜は待ちに待った滞在許可にはしゃいでいる自覚はあったが、どうしようもない。

 眉を潜める我愛羅に、それが照れかくしと既に知っている香燐は怖気づくこともなくその手を取る。ビクリと肩が跳ねたが、振り払われることはなかった。

 

 

『急ごう、食堂閉まっちゃうぞ!』

『…………』

『なあ、お前は何食べるんだ?』

『…………』

『決まってないのか?だったら、おすすめはオムライス!卵とろっとろでさ……!』

『…………』

『あ、ごめん……里の滞在許可が下りてつい……』

『………別にいい』

 

 

 一方的と言ってもいいような会話に、煩くし過ぎたかとしゅんとした香燐だったが、良かったな、と我愛羅の小さな言葉が耳に届いて顔を上げた。

 暖かくなる胸を誤魔化すように、肌見離さず持ち歩いていた書簡を取り出す。

 

 

『じゃん!ほら、ここにちゃーんと許可するって───我愛羅?』

 

 

 子供っぽいとは思うが、ただ見せびらかしたかっただけだった。一緒にいられると喜んでくれたら、そんな願望もあった。

 しかし、その書簡を見せた途端に、我愛羅の表情が明らかに強張った。

 

 

『我愛羅……?どうかしたのか……?』

『………帰れ』

『え?』

『今すぐ帰れ、この里から出ていけ!!』

 

 

 突然態度を豹変させた我愛羅は、ギロリと視線を尖らせると書簡を叩き落した。

 向けられる怒気に禍々しいチャクラが混ざり込み、その恐ろしさに体が震えた。立っているのがやっとで、頭が少しも回らず、どうしたらよいのかも分からなかった。

 

 

『我愛羅!何をしてるんだ!』

『おいおい、暴走じゃん……!?』

 

 

 チャクラを感じ取ったのか、テマリとカンクロウが駆け寄ってくる。本能的に二人の元に逃げようとした香燐の手を、我愛羅が掴んだ。

 

 

『嫌っ……!』

『───』

 

 

 その手を恐怖のまま振り払う。ズタズタに裂かれた書簡が目に入り、先程温もりに満たされていた胸も引き裂かれるような痛みを感じた。

 じわじわと視界が潤むのがわかって、書簡もそのままにテマリとカンクロウの間をすり抜ける。後ろから『どういうことだ』と争うような声が聞こえたが、耳を塞いで暗い部屋へと駆け戻った。

 

 閉ざした襖に背を預ける。足から力が抜けて、ずるずると滑るように座り込んだ。

 友だなんて思っていたのは、自分だけだったのかもしれない。そんなよぎる思いが、ただ悲しかった。

 

 

 それからどれくらい経ったのか、涙も枯れ果てた頃。

 気配を押し殺しながら、砂隠れの上忍、バキがやってきた。襖が開くと同時に、吐き気のするような濃い血臭が部屋を満たした。

 

 

『お前の力、確かめさせて貰おうか』

 

 

 咄嗟に逃げようとすれば、布団に押さえつけられる。袖を引き上げられ、腕に容赦のない痛みを覚える。その迷いのない動作に胸の奥が冷えていった。

 

 

(誰がウチの力のこと、教えたの?)

 

 

 ごっそりと奪われたチャクラにもう何も感じなかった。涙と一緒に心の中も乾いてしまったのかもしれない。

 バキは塞がっていく傷跡に目を瞠り、ニヤリと笑う。月光に照らされた瞳が冷たく光っていた。

 

 

『ほう……いい能力だ。これなら───』

 

 

 その後に続く言葉は何?誰と戦い、誰を殺したの?何故、ウチを木ノ葉に留め置いたの?いったい、何をしようとしているの?

 

 聞くこともできないまま、ただ、何か得たいの知れぬ怖気が走る。

 今になって、我愛羅の言葉が思い返された。あれは警告だったのかもしれない───でも、と身体を起こせぬまま乾いた笑いが零れた。

 どこにいても変わらない。ただ奪われ、使われる。そんな運命を痛烈に感じていた。

 

 

『今夜のことは誰にも言うな。この力も許可なく使うことは許さん。分かっているな?もし裏切れば────お前を殺す』

 

 

 上忍の殺気にただ震える。抗う術はない。

 砂隠れの忍が去った部屋で、ぼんやりと赤い輪の増えた腕を窓へと伸ばした。

 

 

『……サスケ………会いたいよ……』

 

 

 届かぬ空には、大きな満月が昇っていた。

 

 

 

 

 どんなに苦しくても日は昇る。浮上する意識に嫌々ながら目を開けてみれば、月は既に姿を隠し、窓の外には憎らしいほど蒼く澄んだ青空が映っていた。

 

 

『朝食……食べそこねた……』

 

 

 ギュウ、ぐるぐると腹の虫が鳴り続けていたが、時計は既に九時。食堂は既に閉まっている時間だ。

 水でも飲んでガラガラの喉でも潤そうかと立ち上がろうとしたとき、すぐ近くにあった気配に体をガバリと起こした。 

 

 

『起きたか』

 

 

 襖の向こう側に、我愛羅がいる。けれどそのチャクラは昨日の殺気だったものではなく、ホッと体から力を抜いた。

 安心した途端にぐるぎゅーと鳴り出す腹が憎らしく、我愛羅の耳にも届いたかと思うと顔が熱くなって腹を抑えた。

 

 

『………聞こえた?』

『………。……いや』

『嘘つくなよお前その間!絶対聞こえて───!!』

 

 

 拳を握りしめ問い詰める前に、襖がそっと開いた。

 開いた隙間から入れられた盆に乗せられていたのは、昨日食べたのと同じオムライスだった。

 

 

『う、うちは怒ってるんだ!まあ……話くらい聞いてやってもいいかなって……べ、別に食い物で釣られたとかじゃないからな……!』

 

 

 そんなことを言いつつも綺麗に完食した。冷めていても美味かった、流石シェフ。

 渋々招き入れた我愛羅にジト目で催促してみれば、我愛羅は暫し逡巡していたが、やがて小さく口を開いた。

 

 

『………サスケは木ノ葉病院に入院したらしい』

『え……?』

 

 

 突然の情報に目を瞬かせていると、ボン、と煙が上がる。煙が消えていき、現れたのは自分自身だった。

 自分───香燐に変化した我愛羅。綻び一つない変化で、擦り切れた服の小さなほつれまで完璧に再現されていた。

 

 

『昼までには戻れ。それまでならバキを誤魔化せるだろう』

『………!!』

 

 

 その言葉の意味を理解し息を呑む。

 そんなうちにくるりと背を向け、もうひとりの自分はボソリと呟いた。

 

 

『………逃げることも、一つの選択肢だがな』

 



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58.四叉路

 

 うちはシスイは二十歳からかれこれ三年以上に渡り暗部総隊長を勤めあげている。

 暗部総隊長に最年少で就任してからというもの、里外部への工作や密偵といった、暗部の任務らしい任務からは遠ざかっていた。

 かわりに増えたのは上層部との厭味ったらしい会話と、書面に残せないような任務の指示、暗部の顔としての他部との折衝。いわゆるデスクワークというやつに最初は苦戦していたが、頭の痛くなるそんな仕事もいつしか慣れていった。

 

 

(……つっても、修行は欠かしてない筈だが。さっきはサスケちゃんにもバレたし……やっぱ実戦なくて勘が鈍ったか?)

 

 

 先程イタチと話をしていた時、ほんの僅かに気配を感じた気がした。すぐさまイタチに合図し切り上げたものの、そこには誰の姿もなく。

 影分身とはいえど、チャクラ量はともかく本体の力量に劣る訳ではない。とすれば、シスイ自身の戦闘能力そのものが落ちているのかもしれなかった。

 

 

(目だけではなく勘まで鈍ったか……それも見越して三代目は俺を任命したのかもしれないな)

 

 

 近頃、かなり衰え始めた視力、取れぬ倦怠感と節々の痛み───万華鏡写輪眼を開眼した代償だ。

 

 別天神自体は能力の制限条件故に多用できない。だが、両眼の万華鏡に宿った須佐之男は精神的、身体的負荷は大きいものの使い勝手が非常によかった。

 そのため、戦闘中には落ちた視力や体力を補おうとしてつい須佐之男を発動させ、更に損なってしまう、そんな負のスパイラルに陥っていたのだ。

 それを思えば、実戦から遠ざかるようにした三代目には感謝するばかりだ。

 

 

「シスイ……?」

「……何でもないさ。ほら、早く行こうぜ。俺もサスケちゃんに挨拶したらさっさと消えるからさ!」

「ああ……」

 

 

 影分身にも関わらず歪み始めた視界に、軽く苛立ちながら目を擦る。光を失う日はそう遠くない。いつしか全てが暗闇に覆われるだろう。

 どこか心配そうに眉を潜めるイタチを笑って誤魔化しながら、シスイはこの親友が同じ苦しみを味わう日が来ないことを願っていた。

 

 

「サスケが……?」

「はい。荷物を持って先に帰りました」

「若頭達によろしく伝えてくれ、と」

 

 

 ハヤテの護衛を続けていた警務部隊、うちは一族の幼馴染であるイナビとテッカ、叔父のヤシロ。そこに一緒にいたはずのサスケはどこにも見当たらなかった。

 話していた時間は十分にも満たないが、サスケにとっては試験後に続いての入院だった筈だ。早く帰りたかったのかもしれないなと微笑ましく思いつつ、口を尖らせる。

 

 

「帰っちまったのか~。あーあ、もうちょっと話したかったんだけどなぁ」

「シスイ、お前は何をしてる?頭領の所に行った筈だろう?」

「俺は気楽な影分身!今頃本体が頑張ってるさ、お気の毒さま〜」

「それもお前自身だろうに………」

「まあ、気持ちは分からんでもない」

「用が済んだなら早く戻れよ。暗部総隊長様がこんな所で油売ってちゃ示しがつかないぞ」

「ハイハイ。それじゃ、……イタチ?」

 

 

 サスケと碌に話ができなかったことを残念に思いながらも、真面目なテッカに渋々術を解こうとして。ふと、イタチの眉間に微かに皺が寄っていることに気がついた。

 それを不思議に思いながらも軽く肘で小突けば、イタチはハッと我に返り、彼らへ人好きのする穏やかな微笑みを浮かべた。

 

 

「警備ご苦労。重要な任務だからな、頼んだぞ。後で差し入れを持ってこさせよう」

 

 

 喜ぶ三人を軽くあしらい、イタチは踵を返し───途端に、笑顔を消した。

 シスイは術を解こうとしていた指を下ろす。警務部隊への挨拶もそこそこに、足早に歩き出すイタチの背を追いかけその肩を掴んだ。

 

 

「おい、どうしたんだよ。いくらサスケちゃんと一緒に帰りたかったってさ……」

 

 

 無表情ながら、その瞳には隠しきれぬ焦燥が滲んでいる。

 止めるシスイを苛立たしげに払ったイタチは、しかし諦めの悪いシスイの性格はよくわかっている為かそのまま去ろうとはしなかった。

 説明しろと更に無言の圧力を目に込めれば、ようやく観念したのか口を開いた。

 

 

「………サスケは大蛇丸に狙われている」

「は?」

「サスケがうちは一族というのも知られた。第二試験と入院時に接触されたらしい、まだ里内にいるかもしれない。暗部にもスパイがいる可能性が高い」

「は???」

 

 

 その言葉に一瞬思考が止まった。

 それを理解すると同時。コンマ3秒で思考が駆け巡り、現状の危うさに顔がザッと音をたてて青褪めていくのが分かった。

 

 

「おま、そういうことは先に言え!!」

「三代目に報告してから言うつもりだった」

「火影様も知らないのか!?」

「朝から上層部と会議中だ。午後、時間を取ってもらった。………奴らに、悟られる訳にはいかないだろう」

「う……まぁ、そりゃ分かるけどさ……!」

 

 

 声を落とし、唇を動かさぬままイタチと言葉を交わす。急いで暗部装束を変化で目立たぬ服へと変え、その隣を同じく早足で歩きつつあたりを見回した。

 すれ違う患者、面会人、医療忍者。眼を左右上下に動かして探すが目当ての姿はない。受け付け嬢に尋ねるも、黒髪の少年が病院を出ていく所は見ていないという。

 

 

(院内にいればいいが……)

 

 

 もしいなかったら───。

 最悪の想像がよぎり舌を打つ。ハヤテの護衛であるテッカ達の手は借りられない。イタチはともかく、影分身である自分は術を多用すればすぐに消えてしまう身だ。

 もし見つからなければ、上層部がどうのと四の五の言っている場合ではなかった。影分身を解き、本体に伝えて捜索隊を組ませなければ。

 

 サスケを大蛇丸に渡すことは何としても阻止せねばならない。名を捨てた所で、その身に流れるのはうちはの正当血統だ。例え上層部に知られ、未来が闇に閉ざされると知っていても、それが暗部総隊長としての判断だった。

 

 

「俺は1階を探す。イタチ、お前は2階だ。一時間以内に見つからない場合……いいな?」

「………わかっている」

 

 

 そう言ってイタチと頷き合い別れる。人目を忍びながら広い院内を隈なく探し………そうして間もなく、小さな通路に艶めく黒髪を見つけた時には、がっくりと力が抜けへたり込みたくなった。

 

 

「サスケちゃん……!」

「シスイさん?そんなに慌てて……何かあったのか?」

 

 

 こちらの心情を露ほども知らず、不思議そうな様子についデコピンを食らわせる。

 本当は拳骨と共に説教もしたいくらいだが、それをするには、里の事情を優先させたシスイにその権利はない。ないけれども。このくらいは許せよ、イタチ。

 何すんだと額を抑えるサスケの両肩を掴んで、はーと長い安堵の息を吐き出した。

 

 

「先に帰っちゃうなんて冷たいデショ〜お兄さんともうちょっとお話しましょ!」

「キメぇ」

「酷い!」

 

 

 カカシの口調を真似てみたが、不評だったのかバッサリ切り捨てられた。

 カカシに懐いているという噂は眉唾だったか?おのれカカシめ、イチャパラ返せ。

 少しばかり年上の元同僚へ内心で八つ当たりしつつ、それで、とサスケの背に隠れている少女を覗き込む。

 真っ先に目についた赤い髪。赤枠のメガネ。蟀谷に添えられた、小さな赤い薔薇。額当てはしていないが、先日特別滞在が受理された草隠れの下忍の写真と符合した。

 

 

「こちらのお嬢さんは?」

 

 

 その怯えて俯く頬に涙の跡が残っていた。

 背にしがみつく様子からしてサスケが泣かせたという訳ではないだろうが、草隠れからの客人だ。国交に響く事態は避けたい。

 

 

(草隠れか……そういや有耶無耶になってしまったが、死の森付近で殺された忍も………)

 

 

 そんな記憶も重なりスッと目を細め、にっこりと笑って少女に手を差し出した。

 

 

「はじめまして。俺はうちはシスイだ。君の名前は?」

「……香燐」

「そうか。香燐、よろしくな」

 

 

 恐る恐る取られた手に素早く目を走らせる。

 手には傷や武器の扱いによるタコもなく滑らかだ。その手足は細く、くノ一ということを差し引いても戦う筋力が足りていない。

 ただ裾から覗いた腕に赤く滲んだ大きな歯型が見えた。その下にも、その下にも、大小様々な歯型がいくつも重なっている。

 申請書類には手裏剣術を扱うとあったが出鱈目だろう。恐らくは腕を噛むことで相手に何らかの術をかけることができるサポーター。

 

 

(うずまき一族は封印術に長けていたが、この子もその系統か?生命力も強い……戦闘経験も少なそうだ、医療忍者かもしれないな)

 

 

 そんなあたりをつけつつ、それを少しも顔に出さずに手を離す。警戒は緩めないものの、戦闘能力が低いのであればサスケの側にいても大丈夫だろうと判断したのだ。

 再度サスケの背に隠れてしまった香燐から、シスイはサスケへ視線を移す。読めぬ表情で向けられる黒い瞳は、少し翳りを帯びながらも嘗てと変わらずまっすぐで、あの時のように心まで見通されるような気分がした。

 その双眸に目線を合わせて、ぴっと二階を指さす。

 

 

「取り敢えずイタチを探しに行こう。今頃、血眼でサスケちゃんを探してるぞ」

「イタチが?」

「ああ。すご~〜く、心配していたよ。あーあ、あいつが泣きそうになってる所なんて久しぶりに見たな〜。や、今頃ホントに泣いちゃってるかも……?」

「嘘をつくな、イタチがそんなことで泣くわけねェだろ」

「……さてね。どうかなぁ」

 

 

 目を吊り上げるサスケの頭にぽんと手を乗せる。完璧な親友の、唯一の泣き所だ。

 何はともあれ、見つかってよかった。そう心から思った。

 

 

 

 

(やってしまったな……)

 

 

 スパイやらハヤテの暗殺未遂、砂隠れの動き、芽の存在……様々な事案に埋もれ、自分が大蛇丸から狙われていることはすっかり頭から抜け落ちていた。

 

 ターゲットがふらふらと一人で行動するなど、危機意識が足りないにも程がある。

 だが、過去百年に渡り単独行動が身にしみており、常に唯一の忍として民を守る立場にあった為か、守られることに慣れていないのだ。

 とはいえど、今やひよっこに逆戻りしている身。嘗ての戦闘能力を失っている以上、大蛇丸に抵抗する為には誰かからの庇護が必要な状況だった。

 

 

(以前はカカシがいたが………修行は七日後と言われている。それまでは暗部の監視がつけられるだろう)

 

 

 香燐や嘗てのナルトの仙術には遠く及ばずとも、旅を続けるうちに並の忍よりも気配には敏くなったと自負している。今後の煩わしさを思えば気分も沈むというものだ。

 深くため息を吐き出すと、何故かついてきた香燐が心配そうに覗き込んでくる。

 

 

「……大丈夫か?」

「いや。何でもない」

 

 

 ゆるく首を振れば、ホッとしたように香燐は顔を緩めた。その目の縁は赤い。

 

 

(草隠れに戻るよりもいいかと思ったが……却って、巻き込んでしまったか)

 

 

 先程少し落ち着いてから香燐に話を聞いた所、無事に木ノ葉の滞在許可を得たものの、その身柄は砂隠れ預かりになったという。

 嫌な予感がしてその腕をそれとなく確認してみれば、真新しい大きな歯型が一つくっきりと跡を残していた。その歯型のことを尋ねようかとも思ったが、慌ててその腕を隠し、震えだす香燐を見れば追及はできず。

 

 それでもその反応に凡その状況は把握できた。

 タイミングを考えるに、ハヤテを襲ったのは砂隠れで間違いない。しかし、その証拠となりえる傷は香燐が消してしまった。他里の忍相手に、証拠もないまま捜査はできないだろう。

 気は進まずともハヤテを目覚めさせるため香燐の力を借りれないかとも思っていたが、それも香燐の身柄が砂隠れに抑えられていては無理だ。万一、それが砂隠れに伝わった場合、香燐の身が危うくなる。

 

 

(そうなると、ハヤテが自力で目覚めるのを待つか、或いは───)

 

 

 不敵に笑う女傑の姿を思い返すもその居所はしれず。捜し出すには相応の労力と時間がかかる。サスケ一人でどうにか見つけられる訳もなく、更に今後監視がつけられることを思えば不可能と言えた。

 

 

「サスケちゃん」

「………」

「おーい、サスケちゃんってば」

「………、なんだ?」 

「なぁ、本当に大丈夫なのか?サスケ、さっきから生返事しかしてないぞ」

「……少し考え事をしていただけだ」

 

 

 シスイばかりか、後ろを歩いていた香燐までが怪訝そうにしているあたり、相当様子がおかしかったらしい。これではいけないと緩く首を振り、サスケはぐるりと二階のフロアを見回した。

 二階は入院病棟になっている為、包帯や点滴台と共に白い病着を着た入院患者ばかり。サスケ自身も今朝まではここの住人だったため見慣れた光景だった。そんな中イタチの黒髪黒服は目立つ筈だが、サスケやシスイ以外にそうした姿はない。

 

 それにしても……こうしてイタチを探す、という状況はどうにも落ち着かなかった。ちょうど同じ年、時期としても過去に重なるからだろう。

 

 

───愚かなる弟よ。

 

 

 よぎった苦い記憶に頭を振り、サスケはシスイを見上げた。

 

 

「イタチは本当に俺を捜しているのか?諦めて先に……」

「それはあり得ない。だけど……うーん、行き違いになったか?」

 

 

 ポリポリと頬をかくシスイがちらりと壁にかけられた時計に目を向ける。イタチを捜し始めてから、かれこれ30分が経過していた。

 シスイは護衛も兼ねている為、サスケから離れる訳にもいかず、香燐はイタチの顔を知らない。手分けして探すにも探せない状況だ。

 

 

「頼むから早まった真似するなよ、イタチ………」

「もしかして、捜してるのってあいつじゃないか?」

 

 

 シスイが祈るように呟いた時、ジッと窓の外を見つめていた香燐が、ほらあいつ、と中庭を指差した。

 シスイと共に急いで窓から顔を出せば、かくしてそこにいたイタチもこちらに気がついて、木を足がかりに窓まで一足跳びに上がってきた。

 

 

「………よかった、サスケ、ここにいたのか」

 

 

 らしくもなく、軽く息を乱していたイタチは、サスケの姿を認めると、ホッと胸を撫で下ろし微笑んだ。怒ればいいものを、そんな素振り一つ見せないイタチにサスケの胸にちくちくと罪悪感が募る。

 

 

「その……悪かった」

 

 

 口籠りつつ謝れば、イタチは窓枠に足をかけ入ってくると、とん、と額を突いた。

 

 

「お前が無事ならいい」

 

 

 開いた窓から吹き込んだ一筋の風に、イタチの長い髪がたなびく。

 見上げた視線はあの時と同じ高さで。けれどもその額当てに傷はなく、羽織っていた暁装束の代わりに、昔と同じうちはの紋が染め抜かれた黒い衣を纏っている。

 

 見下ろす冷たい視線を、陽だまりのように暖かな眼差しが上書きしていく。

 ずっと一方通行に、イタチを捜し追いかけていた嘗ての心がようやく交われた。そんな心地がした。

 







「うわ、イケメン……さすがサスケの兄貴だな!」


 イタチの姿に目を輝かせた香燐がそう無邪気に呟いた瞬間。
 それまで和やかに流れていた空気が、ピシリと凍りついた。


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59.隠した真実


 チャクラとは人のもつ精神・身体エネルギーの掛け合わせである。色が、波長が、強さが、温度があり、人それぞれ微妙に異なっている。
 同じチャクラを持つものは誰一人いない。けれど、血族での特徴というのも確かにあった。血縁関係が深い程、その傾向は如実に現れる。


(あれ?)


 香燐は窓の外に感じとった、サスケとよく似通ったチャクラに目を瞬かせた。
 そうして間近にやってきたのは、長い髪を緩く結わえた穏やかな顔つきの美青年で。予想通りサスケ達の捜し人だったらしい。
 サスケと並ぶとよく似ていることがわかる。その二人の整った顔立ちに見惚れ、香燐はほんのりと頬を染めた。


「うわ、イケメン……さすがサスケの兄貴だな!」


 そんな何気なく放った一言が。まさか自身やサスケを含め数多の人々の、里の運命を大きく左右することになろうとは。
 香燐は露ほども思っていなかったのである。



 

 

(………何故、それを香燐が?いや、今の問題はそこじゃない)

 

 

 一瞬にして凍りついた空気だったが、一早く我に返ったサスケは内心で舌を打つ。

 記憶があることを悟られる訳にはいかない。シスイとイタチの視線がこちらへ向く前にと、強張っていた表情を消して軽く首を傾げた。

 

 

「……何の話だ」

「え?サスケの兄貴かっこいいなぁって……あ、もちろんサスケには負けるけど!!」

 

 

 そんなことを聞いたわけじゃない、とサスケは眉を潜める。

 イタチが里一番に優秀で、外見のみならず内面も素晴らしいことは認める。だが、今はそんなことを話している場合では無かった。

 

 

「それ以前の問題だ───イタチは俺の兄じゃない」

 

 

 吐き出した言葉は苦く、ズキリと胸が痛む。

 けれど、ここで認める訳にはいかなかった。窓から入ってきたイタチの姿は目立ったのか、通り過ぎる奴らの目がチラチラとこちらに向いているのを先程からずっと感じていた。その中には、サスケのように怪我をして入院中の忍の姿もある。

 イタチとシスイの背に染め抜かれた家紋も話題を呼ぶには十分すぎるほどで、何気ない風を装いながら聞き耳を立てられている。彼らが面白おかしく口にした噂が、どこにどう伝わるかと思えば、ここで火種は消しておくべきだろう。

 

 誰かが否定しなければならない。信憑性を増すには、当事者であるイタチかサスケのどちらかだ。

 そして、記憶のない筈のサスケより本来ならイタチが適任だと、そう分かっていた。

 

 

(だが……イタチに否定させては駄目だ)

 

 

 どちらにしても傷つける。それでもサスケの嘘以上に、イタチを自責で苦しめることになると分かっていた。それだけは避けたかった。

 そう思えば、この息のしにくくなるような、潰れるような胸の痛みも耐えられる。

 

 

「俺はイタチの弟じゃない。ただの、他人だ」

 

 

 傍らから痛いほどの視線を受けながらも、そちらをあえて無視して嘘を重ねた。

 香燐は怪訝そうにイタチとサスケを交互に見比べている。その目に写っているのが顔かたちならば、他人の空似で誤魔化せるだろう。

 しかし───。

 

 

「え?でもさ、二人のチャクラ……っ!!」

「っ、香燐!」

 

 

 続いた言葉に嫌な予感が的中したことを感じ取りながらも、突然ふらりと揺れた身体に手をのばす。だが、サスケが支えるよりも先、香燐の背後に現れたイタチがその華奢な肩に手を置いた。

 

 

「彼女はどうやら気分が悪いようだ。俺が送っていこう。君もそれでいいかい?」

「うん……」

 

 

 先程の柔らかな視線が幻だったかのように、香燐へ向けられた瞳には温度が無い。

 そして当の香燐はといえば、イタチの幻術にかけられたのかその視点はぐらぐらと揺れて定まらず、イタチの促しにぼんやりと頷いている。そんな人形のような姿にゾクリと肌が泡立った。

 絶句するサスケの隣を二人が通り過ぎようとして、慌ててイタチの腕を掴んだ。

 

 

「待て、イタチ!……香燐をどうするつもりだ」

 

 

 かろうじて声は抑えたが、この後もしも香燐が拷問にでもかけられでもしたらと思うと、籠もる緊迫感は隠せなかった。

 焦るサスケをイタチは一瞥すると、ふいと顔を背けた。

 

 

「お前には関係のない話だ。下忍が口を挟むな」

「っ!」

 

 

 腕を解かれ、突き離すような冷たい声音に顔が歪む。

 確かに芽の総隊長に対して、一介の下忍は口出しできる立場じゃない。それでも引けないと、拳を固く握りしめる。

 香燐に罪はない。罪があるとすれば、それは過去を変えた自身に他ならなかった。 

 キッとイタチを睨みつけ声を荒らげようとした唇を、間に割入ってきた人差し指がむに、と軽く押し潰した。

 

 

「こらこら。二人とも、落ち着けって」

 

 

 困ったように眉を下げて、はあ~とわざとらしいため息をつくシスイ。

 やれやれ、なんて首を振る仕草がどこかの担当上忍を彷彿とさせ、その飄々とした態度を思い出せば更に苛立ちが増した。イタチへの怒りは途端にシスイへと矛先を変え、その指をベシリとはたき落とす。

 そんなサスケに苦笑しながら、シスイはそっとサスケの耳元に口を寄せた。

 

 

「……大丈夫だよ、サスケちゃん。彼女は草隠れからの客人、危害を加えることはあり得ない。少し話を聞くだけだからさ」

 

 

 囁かれた言葉に目を瞠る。

 それでも、強制的に幻術をかけた様子を目にしては、完全に信用はできなかった。探るようにそのニコニコと屈託のない笑みを浮かべる顔を伺う。

 

 

「………本当か?」

「勿論。木ノ葉にかけて誓うよ。な、イタチ?」

「………ああ」

「ま〜、こういうのは俺らの仕事さ。サスケちゃんは中忍試験に集中しろってイタチは言いたかったんだろ」

「………そう言った」

「言ってないからな?」

「言った」

「言ってない!言葉足らずにも程があるだろ!」

 

 

 今でこそ漫才みたいなやり取りをする二人だが、過去は里のために文字通り命を捨てたシスイ、そして里のために大罪人という汚名を被ったイタチだ。その二人の言葉だからこそその重みが分かって、小さくこくりと頷いた。

 それに満足そうに笑ったシスイは、続いてぼんやりしたままそのやり取りを眺めていた香燐を覗き込む。

 シスイは少しばかり悲しげに目を伏せて、その赤い髪を軽く撫でた。

 

 

「このお嬢さんはサスケちゃんがイタチと兄弟みたいに仲がいいって言いたかったんじゃないか?……な、サスケちゃんはさ、イタチと兄弟みたいって言われて嫌かい?」

「そんな訳ないだろ!そりゃ……嬉しい、けど……」

「だってさ。イタチ、よかったなぁ?」

「…………」

 

 

 イタチは何も答えない。

 けれど無表情な横顔から、ちらりと赤く染まった耳が見えて目を瞬かせた。

 

 

───二人とも、そんな所ばっかり父さんに似るんだから。

 

 

 懐かしい声が聞こえた気がした。

 こんな些細なことで心がすれ違ってしまう。イタチもサスケも、本当に誰かに似て不器用だった。

 何だか可笑しくなってしまって、プッと吹き出すと、無表情だったイタチの顔もついに和らいだ。

 

 

「俺は彼女を送っていく。シスイ、サスケを任せたぞ」

「おう、任された!影分身だが、本体よりしっかり守ってやるからさ!」

 

 

 ぐっと親指を立てるシスイにイタチは苦々しげにしつつ、次いでちらりとサスケを振り向く。

 

 

「……またな。サスケ」

「ああ。香燐を頼む。……また明日」

 

 

 その眼差しは暖かい。

 明日を約束できるその奇跡を噛み締めながら、廊下の先へと消えていく二人の背を見送った。

 

 

 

 

(やれやれ。一件落着、かな)

 

 

 先程の香燐の言葉に肝を冷やし、更に続いたサスケの言葉に嫌な汗が流れ、イタチの顔は恐ろしくて見れなかった。

 どうなることかと思ったが、なんとか丸く収まったと言えるだろうか。

 

 

(まさか、草隠れの彼女にいきなり幻術をかけるとは思わなかったが……きっと、あれ以上は耐えられなかったんだろうな)

 

 

 香燐の言葉に、シスイは咄嗟にその情報の出処を思案した。最も懸念したのは、“うちはサスケ”を知る大蛇丸との関連性。しかし、どう情報を引き出そうかと考えるよりも先に、サスケがそれを否定していた。

 “他人”はイタチの禁句、トラウマと言ってもいい。それを当のサスケに言われたのだ、親友の心境を思えば仕方がない。

 

 だが、却ってよかったのかもしれないな、とシスイは独りごちる。

 先程の発言から予想するに、うずまき香燐は初代火影である柱間の妻、うずまきミト様と同じ感知タイプ。それもチャクラ性質だけで血筋が分かるというのだから、その能力は非常に高いと予想できる。

 大蛇丸との関係がなかったにせよ、あれ以上話を続ければ、更にボロが出ていたかもしれない。見たところ幻術に長けているという訳でもない、記憶も問題なく消すことができるだろう。

 

 

(それにしても……何だ?何かが、引っかかる)

 

 

 イタチと香燐の背をじっと見つめ続けるサスケに目をやる。

 正直、助かった。周囲の目を誤魔化せ、親友自身が否定するような事態にもならなかった。

 だが、生じた問題に対し、うまく行き過ぎた、そんな思いがよぎる。ざわめく忍としての直感は無視できなかった。

 

 

『ったく。何してるんだ、シスイさん』

『それ以前の問題だ。───イタチは俺の兄じゃない』

『俺はイタチの弟じゃない。ただの、他人だ』

『待て、イタチ!香燐をどうするつもりだ』

『そんな訳ないだろ!そりゃ……嬉しい、けど……』

 

 

 言葉、表情、仕草を一つ一つ振り返りながら、ちりりとした違和感をどこに感じているのかと思いを巡らす。

 そもそも、何故サスケは否定できたのだろう。記憶のない状態、生い立ちを知らない子供。ならば過去を知りたいと多少なりとも思う筈だ。

 だが、サスケは一切の迷いなく断言した。まるで周囲に言い聞かせるように、はっきりと。

 

 その瞬間の翳った顔。対して嬉しい、と言った時の、苦しげな、後ろめたさの滲む瞳。昔と同じ大人びた悲しげな微笑み。嘗てと変わらぬ兄弟の空気。

 それらを順々に脳裏に浮かべていれば、どこか既視感を感じた。そう、その口振りも、どこか悲しげな眼差しも、微笑む時のイタチによく似た目尻も。見たことがあった。

 

 

『シスイさん、水もってきたぞ』

『何で俺に聞くんだよ。まあ、少なくとも……おばさん達と話している時は楽しそうだったぜ、アンタ』

『俺は行くから。人質になる』

『俺はみんなを守りたい。兄さんや母さん、父さん、それに一族も……この里も。だから父さんの息子として、うちは本家の次男として───行かせてください』

『シスイさん……ごめんって、伝えてくれ』

『兄さんが、これからどんな道を歩んだとしても……俺も、兄さんを愛している』

『いってきます』

 

 

 全てを背負ったその小さな姿を覚えていた。忘れられる筈がなかった。

 それが重なって───ふと浮かんだ考えに、シスイの息が止まった。

 欠けたピースがぱちりと嵌る、そんな感覚を覚えた。

 

 

「サスケちゃん。聞きたいことがある」

「……何だ、急に改まって」

 

 

 訝しむサスケと膝をついて視線を合わせる。

 肩に添えた手からとくりとくりと流れる拍動を感じながら、シスイはゴクリと唾を飲みこむ。震えそうになる喉を御し、告げた。

 

 

「記憶、あるだろ」

 

 

 鎌をかけたその瞬間、サスケから表情が抜け落ちた。否定にしろ肯定にしろ、多少なりとも揺れる筈の心音は一定を保っている。心を制する術を知っている。

 それが答えだった。

 喜ばしい筈なのに、目の前が暗くなる。これまで全てを知りながら、知らぬふりをしていたなら。

 

 

「どうして……!」

 

 

 何故、記憶がある。何故、言わなかった。何故、苦しいのだろう。何故、こんなに悲しいのだろう。

 何故、何故、何故、何故……。

 湧き上がる思いを、周囲の目に気づき、かろうじてその一言に閉じ込めた。サスケの黒い瞳に、泣きそうに歪んだ顔の自分が映っていた。

 

 

「………あったとしたら、何かが変わるのか?」

「……それは、」

 

 

 淡々とした言葉に反論はできなかった。

 どの道隠さねばならない。或いは、火影に告げ再度の封印か。人質という契約は生きており、それを解決しない限り“うちはサスケ”と再会できる日は来ない。

 

 

「今のままでいい。これ以上を求めるつもりはない」

「サスケちゃん……」

「………頼む。イタチには言わないでくれ」

 

 

 その秘められた嘆願に、シスイはただ頷くしかできなかった。

 見て見ぬふりをすることが、今できる全てだった。暗部総隊長という立場にまで登りつめながら、守りたいもの一つ守れぬ無力さを呪うばかりだ。

 

 

「ありがとう、シスイさん」

 

 

 それでも、そんなちっぽけなことで嬉しそうに笑う子供に。

 必ず“うちはサスケ”を取り戻すと、シスイは新たに心に誓った。

 





※次話で定時投稿ラストです。
※シスイさんの中で、里>サスケ→里≦サスケになった瞬間。


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60.愛情と恋心

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 重苦しい沈黙が落ちていた。その空気に、横を通り過ぎていく通行人すらそそくさと去っていく始末だ。

 何か言おうとして言いあぐねているシスイと、そして、未だ内心の動揺を顔に出さぬように努めているサスケ自身、膠着状態が先程から続いていた。

 

 

(まさか、こんな所でバレるとはな……)

 

 

 一族から出て以来、うちは地区の祭りと合わせてシスイと出会うのはまだ二度目。それほど言葉を交わした訳でもなかったが、もしかすると行動の端々に過去を滲ませてしまっていたのかもしれないな、と内心で苦く呟く。

 イタチには教えないと約束したはいいが、シスイは暗部総隊長という立場がある。火影に報告するかもしれない、そう思うと奇跡的に残った記憶さえ再度消されるか、更に監視が強まるか。記憶をなくして使えないとしていた写輪眼も、隠していたと必然的に知られることになるだろう。

 

 

(クソッ……こんな時に……!)

 

 

 迫りくる木ノ葉崩しを前に、こんな所で立ち止まってる暇などない。しかし今後を思えばこそ、互いの出方を探るような緊張感にどうにも双方身動きが取れずにいた。

 だから、不意にそんな空気を裂くような、廊下に響き渡った怒鳴り声にどこか救われたような気分がしたのだ───それはまあ、幻想に過ぎなかった訳だが。

 

 

「離せッ!ワシは……ワシは、行かねばならんのじゃあ!!」

 

 

 サスケ達の現在いる2階は入院病棟。入院中にも運ばれてきた奴らの動転というのは何度か目にしたことがあった為、それほど驚きはなかった。

 だが、その声の方向へ逸れたシスイの意識に胸を撫で下ろした時、続いた医療忍者の言葉に目を見開いた。

 

 

「落ち着いてください、タズナさん!」

 

(タズナ……?)

 

 

 どこかで聞いた名に、ぞわりとした胸騒ぎが身体を駆け抜ける。記憶のことさえ一時忘れる程のそれに、シスイの手を逃れ、ふらりとその声の方へ足を向けていた。

 確認しなければならない、そんな予感がして逸る心に急かされながら足を進める。

 ちらりと顔を覗き込ませた病室には、ベッドから立ち上がろうとする老人とそれを宥める医療忍者の姿があった。

 

 

「頼む、退院させてくれ!今年10歳になるかわいい孫が、ワシの帰りを待っとるんじゃぞ……!」

「そうは言いますが……まだ腕も足もあと一ヶ月は安静にしないと。波の国まで帰れませんよ?」

「くっ……!ワシの橋を、皆が待っておるというのに……こんなことになるとはのぅ……木ノ葉の忍には超がっかりじゃわい」

 

 

 白髪交じりの灰色の髪。日に焼け黒々した、皺のよる肌。少し歪んだ古びたフレームのメガネ。額には使い古したようなねじり鉢巻き。恐らくは三代目と同年代くらいかという年嵩だ。

 彼の右腕と右足は大きなギプスで固定されており、身動きすらままならないような状態になっていた。そして、常なら気難しげに吊り上がっているだろう眉は、今や弱々しく垂れ下がっている。

 

 

(あいつは……確か、波の国任務で護衛した……)

 

 

 橋作りの名人、タズナ。本来ならここにいるはずのない人物だった。

 “前”の中忍試験の一ヶ月前、高ランク任務を受けたいと駄々をこねたナルトに折れた三代目が初めて与えたCランク任務。その護衛対象であるタズナはガトーという悪党から命を狙われており、実質的BどころかAランクにまで発展することになった覚えの深い任務だ。

 

 だが“前”とは異なり、イタチとの会話で態度が変わったナルトは低ランク任務にも文句を言いつつも真面目にこなしていた為、その任務が振られることは終ぞなかった。

 日々数多の依頼が舞い込むのだから、タイミングがずれたなら他の班が受けたのだろうと、それほど気には止めなかったのだが。

 

 

(それが、怪我で入院したということは………今回も襲撃されたようだな)

 

 

 Cランク任務は基本、身辺護衛・素行調査・猛獣の捕獲などの対忍以外の戦闘を想定し、中忍や下忍が割り振られる。

 下忍チームなら担当上忍がつきそれなりに対処できたろうが、中忍チームが請け負ったのであれば任務失敗も当然の成り行きといえるだろう。

 

 

「サスケちゃんの知り合いかい?」

 

 

 サスケの後をついてきたシスイも、共に病室をこっそり覗き込む。さめざめと泣いているタズナを認め、少しばかり気の毒そうにするあたり人の良い男だ。

 しかし、事情があるにせよ忍も命懸け。間違った情報を流したのだから自業自得な面も多分にある、と冷ややかに判じつつ首を横に振った。

 

 

「………いや。忍に何か恨み言を言っているから気になっただけだ。任務が失敗したらしいな」

「ふうん?あ、そういや………少し前にCランク任務が失敗してたっけか。補償がどうので揉めてるとか言ってたが……多分あの爺さんかもなぁ」

 

 

 いけしゃあしゃあと補償金を要求する姿が容易く想像できる。そういえば中々図太い爺さんだったな、とどこか懐かしく感じて、ため息混じりに苦笑した。

 しかし、そんなサスケとは対照的に、記憶を辿っていたシスイの顔つきは徐々に厳しいものへと変わっていった。

 

 

「なんでも霧隠れの忍が、護衛をしていた中忍───日向の傍系を狙ったらしい」

「……は?」

「戦闘の末、敵は逃亡。命は無事だったが護衛対象も中忍も大怪我をしたって話だ。気の毒にも巻き込んでしまったから、補償は仕方がない。慰謝料諸々考えれば中々の額になるだろうな」

 

 

 何だそれは。そもそも狙われたのは、日向の傍系ではなくタズナ本人の筈、と古びた記憶を引っ張り出す。

 そうしてふと、カカシの声を思い出した。

 

 

『私には知る必要があったのですよ。この敵のターゲットが誰であるかを』

『つまり、狙われているのはあなたなのか、それとも我々忍のうちの誰かなのか……ということです』

 

 

 カカシが変わり身の術を使ってまで、敵の攻撃を受けたように見せかけた理由だ。

 しかし、今回任務に当たった忍はそこまでの余裕がなかったのだろう。完全に不意打ちされ、かろうじて勝利したものの、敵を逃し追及もできなかったということだ。振り分けられた奴らにとってはとんだ災難といえる。

 未来を変えた影響がこんなことにまで及ぶとは。益々頭が痛くなるばかりだ。

 

 

「ま、そこは上で話し合ってる。気にすることはないさ」

「………」

 

 

 そうはいえど裏事情を知る身からすれば、後ろめたさを覚えずにはいられない。

 シスイは返事のないサスケに気を悪くするでもなく、けれど何か感じ取ったのか、癖のある頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。 

 

 

「んじゃ、そろそろ帰………」

「サスケ君!よかった、無事に戻ってこれたのね!」

 

 

 シスイの促しを遮った聞き慣れた声に顔を上げれば、サクラが駆け寄ってくるのが見えた。

 その翠の瞳が、サスケからシスイに移ると同時に驚きと共にきらきらと輝きを増した、そんな気がした。

 

 

「シスイさん……!?」

「サクラちゃんか。久しぶり、元気にしていたかい?」

「は、はいっ!お久しぶりです!」

 

 

───探したい人がいます。その人にお礼を言いたいです。

 

 

 どもりつつも満面の笑みを浮かべるサクラに、過去の記憶がよぎる。

 サスケは六年前、シスイに変化し木ノ葉神社に行き、そこで迷子になっていた幼いサクラを助けた。

 サクラからすればシスイは長年探していた恩人で、班分けでの言葉を思い返すに憧れを抱いていることは間違いない。

 

 

(……憧れ、だけではなさそうだがな)

 

 

 真実を告げられる筈もなく、自業自得とさえ言える状況を苦く思う。もじもじと頬を赤らめるサクラに、胸にもやっとした霧がかかっていくような気がした。

 

 

「ねえあなた、リーくんとの面会はどうするの?」

「あ……、すみません!」

 

 

 少し離れた病室の扉が開き、医療忍者が顔を覗かせる。病室の小窓から、白く青褪めた顔で眠るリーが見えた。サクラはどうやらリーの面会に来ていたらしい。

 

 

「リーは確かまだ面会謝絶だった筈だが……怪我は良くなったのか?」

「うん、落ち着いてはきたみたい。でも、忍としてもうやっていけない身体だって……香燐が言っていたわ」

「そうか」

 

 

 以前もリーは命懸けの手術を受け、その結果忍として生還した筈だ。しかし、今回も成功するかといわれればそんな確証はどこにもない。

 第六回戦、我愛羅とリーが戦ったその経緯はナルトやサクラから既に聞いていた。友が仲間を傷つける、それはこれ程やるせない気持ちになるのかと気づかされた。

 同じことを過去の己がしていたかと思えば、尚の事我愛羅をどうにか止めたいが、里同士の確執が絡む以上は一筋縄ではいかないだろう。

 

 

「あ、でも、本当か分からないし……!」

「いや。あいつが言うなら間違いない」

「───、そう……よね。香燐、凄い医療忍者だもんね」

 

 

 俯くサクラに首を傾げたサスケは、ふとその手に握られていた花に目が止まった。

 均等に広がる、ハート型のピンクの花弁。

 サクラの髪と同じ色だな、とぼんやり思って、その揺れる髪先をジッと見つめた。死の森で音忍と遭遇しなかったものだから、サクラの髪は長いままだ。

 

 

(リーへの見舞いか……)

 

 

 サクラは優しい。入院する、それも忍としてもうやっていけないかもしれない、というリーを放ってはおけなかったのだろう。それでも、リーへの贈り物と思えば、素直に褒める言葉は出てこなかった。

 そんなサスケとサクラを交互に見ていたシスイが、何やらにんまりと笑いながらその花をちょんと突いた。

 

 

「綺麗なコスモスだね。彼のお見舞い?」

「え?……その、これは……違くて………」

 

 

 うん?と口籠りながらのサクラの返事に、何やら誤解していたことを察すると同時。

 その花が両手で差し出された。

 

 

「退院おめでとう、サスケくん!」

 

 

 リーの病室に駆け込んで行くサクラの背。押し付けられるように渡されたコスモスに視線を落とす。

 サスケはその花弁をそっと撫でた。綺麗だと、そう思った。

 

 

「あなた方もリー君の面会を?」

「……俺はいい」

「それじゃ、俺も行くかな。サクラちゃんによろしく伝えておいてくれるかい?」

「は、はい……!」

 

 

 親切にも尋ねてきた医療忍者に断り、くるりと背を向ける。シスイもまた、ぱちりと飛ばしたウインクに頬を染めたくノ一を残してサスケの後に続いた。

 院外へと出た瞬間、堪えきれなかったようにククッと笑みを零したシスイをじろりと睨み上げれば、誤魔化すようにわざとらしい咳払いをした。

 

 

「……何を笑ってる」

「いや〜?サスケちゃんはモテモテだなって思ってさ?青春っていいなーってね」

「……チャクラが足りなくて、頭が働いてないのか?どうせ襲われたって使い物にならないなら、今すぐ本体に返してやるが」

「不機嫌だなぁ、サスケちゃん。な・に・が・あったのか、さっきまで機嫌よかったのにな〜?」

「ウザイ。それに、いい加減“ちゃん”はやめろ!!」

「サスケちゃんはサスケちゃんだし無理」

「ふざけるな、ウスラトンカチ!」

「うーん。そうだな、サスケちゃんが中忍になれたら考えてもいいかなぁ?」

「フン、上等だ……!」

 

 

 先程の迷いも緊張感も馬鹿馬鹿しく感じる程、くだらない会話をしながら帰路についた。

 ボロボロなアパートが見えてくる。一週間ぶりのその姿に目を眇める。六年も住んでいれば見慣れ、今やここが帰る家だった。

 

 

(……一、二……五人か。思ったより多いな)

 

 

 そんなアパートの周囲に潜んでいる気配は、恐らくイタチが手配した奴らだろう。必要な事とわかっているが、感じる視線に気は重くなるばかりで足が止まっていた。

 

 

「さて……これで、俺もお役御免だね」

 

 

 寂しげに呟かれた言葉に顔を上げれば、シスイも俺を見つめ目を細めた。

 

 

「サスケちゃん……“眼”は絶対に使うなよ。バレた時点で、暗部の即時入隊が決定する」

「暗部……?里一のエリートだろ。あんたが総隊長じゃないのか」

 

 

 暗部────正式名称、暗殺戦術特殊部隊。

 この男、シスイが総隊長を努め、過去イタチやカカシも名を連ねていた。火影直轄の組織であり、里内選りすぐりの忍で構成されている。正式部隊とは異なり、暗殺や火影の護衛といった特殊任務をこなす影の部隊だ。

 

 任務内容は過酷ではあるものの、暗部は“里随一のエリート集団“という肩書きがある。下忍である今より格段に情報も手に入るだろうことも考えると、配属はマイナスばかりとは思えなかった。

 だが、シスイは苦々しげに首を振った。

 

 

「“芽”の設立を切欠に色々とあってね、暗部も一枚岩じゃない。俺の部下ならともかく、上層部付きとなった場合は……死ぬまで、里の道具として消耗されるだろう」

 

 

 だから、使うな。そう重々しく締めくくったシスイにこくりと頷く。イタチも写輪眼を使うなとあれ程言っていたのは、この約定があったためかと納得した。

 暗部所属は得るものもあるが、対して自身の動きを縛る枷ともなる。一度足を踏み入れれば、もう後戻りできない部隊だ。そう思うと止めるシスイやイタチにあえて逆らうつもりもなかった。

 だが、納得すると同時にふと疑問が浮かび首を傾げた。

 

 

「あんたは、俺のことを報告しないのか……?」

 

 

 それは写輪眼を、言い換えれば記憶を隠せと言われたように聞こえた。

 暗部総隊長という立場があるシスイだ。これはうちはと里で結ばれた契約で、火影に報告されることは覚悟していた。イタチにさえ伏せてくれるなら、と受け入れようとしていたのに。

 そんなサスケにきょとんと目を瞬かせたシスイは、ああ、と今思い至ったかのように苦笑した。

 

 

「さて、何のことだかな?俺はどんな記憶かなんて言ってないし、サスケちゃんも明言した訳じゃない。証拠もないのにそんな当てずっぽう、火影様に報告できないよ」

「屁理屈だろ」

「ハハッ、そうだな!でもな───サスケちゃんが俺達を守ってくれたように、俺達もサスケちゃんを守りたいのさ。……ちなみに、まだ火影様の指示が出てないから芽も暗部も動かせなくてな、護衛の奴らは非番の警務部隊だ。志願してくれたらしいぞ」

「何……?」

「愛されてるねぇ、サスケちゃん?」

 

 

 驚いて監視の奴らの方につい目を向ける。ジッと注がれる視線は感じるが、その姿は見えない。

 ただ、感じていた不快感が、じわりと溶けていくのが分かった。

 

 

「心配なら俺の記憶を消してもいいぞ?所詮、俺は影分身、ただの情報体だ。俺から記憶を消せば本体に知られずにすむ。術の痕跡も残らないだろうし………どうする?」

 

 

 何でもないことのように言うシスイに眉を潜める。

 暗部総隊長としての危機感がないのか。情報を抜き取られたらどうするんだ。

 言いたいことはあった。だが、そこにある揺るぎない愛情に、もう目を背けられなかった。

 

 

「その必要はない。……あんたを信じる」

 

 

 ボソリと早口で告げた言葉に、シスイは“そっか”と照れくさそうに笑った。

 

 煙と共に消えた姿に、ほんの少し寂しくなった、なんて。

 気の所為ではない。けれど、絶対に言ってはやらない。

 

 

 

 

 宿の看板が見えてくる。

 木ノ葉の通りを歩いていた香燐は、そこでハッと我に返った。

 

 

「あれ?うち、いつの間に……?」

 

 

 きょろきょろと戸惑いつつ辺りを見回した。

 立ち止まる香燐を流れるように追い抜いていく往来。昼時を過ぎ朝よりも更に賑やかさを増したそれは、先程の病院の静けさをかき消していく。

 

 そうだ、病院。木ノ葉病院にサクラと行ったんだ。既に退院し空っぽになった病室を思い出す。

 それからリーとかいう奴がいて、サクラから逃げて、サスケと会って……と順々に記憶を辿っていれば、近くにあった店内から柱時計の鐘が聞こえた。

 

 

「やば………!もうとっくに時間過ぎてる!」

 

 

 時計の針はとうに昼時を超えていた。我愛羅を待たせてしまっているかと慌てて駆け出す。

 しかし、宿の扉を開こうとした時、ふと蘇った声に動きを止めた。

 

 

───逃げることも、一つの選択肢だがな。

 

 

(………逃げる、か)

 

 

 その言葉を告げた我愛羅が、いったい何を意図したのかは分からない。

 草隠れからか、あの上忍からか、木ノ葉からか、それとも渦巻く策謀からか。

 滞在許可証と一緒に渡された通行証は持っている。顔写真と共にうずまき香燐と印字されたそれを見せれば、里の出入りは可能だ。入るならともかく、出ていく分にはチェックも緩い。

 

 

(今なら、逃げられる)

 

 

 里抜けを考えたことが無かったわけじゃない。ただ、タイミングがなかっただけだ。草隠れでは常に監視の目があったから。

 それに、草隠れ、それから草隠れと犯罪忍者引渡し条約を結んでいる同盟国。木ノ葉、砂………それらから逃げ続ける覚悟も必要だった。

 

 今なら、逃げられる。タイミングとしては最高で、木ノ葉を出たからといって追手を向けられることもないし、草隠れは一ヶ月先の本戦が終わるまで里に戻ってこないと思っている。痕跡を消して身を隠す時間は十分に確保できるだろう。

 裏切ったと見なされる可能性がある、唯一不安要素である砂の上忍も、我愛羅が足止めしてくれていた。

 全てから逃げるチャンスだった。

 

 

(……でも、もうちょっとだけ………ここにいたい)

 

 

 最初で最後の絶好の機会かもしれない。そう思いながらも、手は扉を開いていた。

 浮かべる姿は、嫌いだった筈の、今や何より大好きな黒髪黒目。ここにいれば、きっとまた会える。

 その一瞬のために全てを投げ出しても、それでもいいかと思えた。そんな自分に驚くばかりだったが、嫌な気分はしなかった。

 空っぽだったうちに、大切な宝物をくれたのだから。

 

 

「……遅せーじゃん」

 

 

 宿を入ってすぐ、壁に背を預けていたカンクロウがちらりと片目を開く。

 射抜くような視線にビクリと肩を震わせる。勝手に出ていったことを責めにきたのかと怯える香燐に、カンクロウはチッと舌打ちをした。

 

 

「早く行ってやれ。お前に変化してたって笑顔がぎこちなさすぎる。砂分身使っても、バレるのは時間の問題じゃん」

「………?我愛羅から、聞いてたのか?」

「気づくっての。あたりまえだろ、兄弟なんだから。さっきなんかテマリのフォロー無かったらヤバかったぞ。ま……バキには何とかまだバレてねーじゃん」

 

 

 ぶっきらぼうな物言いだが、テマリは我愛羅と共に香燐の抜け出しを隠蔽してくれていた。カンクロウはバキと鉢合わせしないように出入り口を見張ってくれていたのかもしれない。

 

 ついてこい、と部屋までは遠回りになる通路に歩き出したカンクロウの背中を追いかけた。誰ともすれ違うことのないまま、程なくして割り当てられた部屋にたどり着く。

 じゃあな、と言って去ろうとしたカンクロウだったが、香燐が部屋に戻ろうとした所で足を止めた。

 

 

「……バキに、お前の能力のこと教えたのは俺だ。俺よりバキから言ったほうが親父を説得できると思った。……我愛羅は何も知らなかった」

 

 

 懺悔のような小さな独白が一度途切れる。

 カンクロウは躊躇いつつ、口を開いた。

 

 

「ここまで巻き込んじまうとは思ってなかった────ごめん」

 

 

 逃げるように走り去ったカンクロウを、香燐は呆然と見ていた。

 利用し、利用される。それが忍の筈だろ。

 なんで、謝るんだ。ただの任務。ただの対価。そう割り切れたのに。

 

 

(ずるい……謝られたら、許すしかないじゃないか)

 

 

 それでも、緩む頬はどうにも戻せなくて。

 どこか浮ついた気分で襖を開けば、畳に座って静かに巻物を開いていた香燐───に化けた我愛羅が、ついと目を上げる。

 

 

「逃げなかったのか……」

 

 

 ぽん、と軽い音と共に元の姿に戻った我愛羅は、ほんの少し目を翳らせ、けれどその声に安堵を滲ませるという器用なことをやってのけた。

 

 

「………うちが戻ってきて嬉しいか?」

「ああ。お前は───友、だからな」

「っ!」

 

 

 ついそんな我愛羅をからかうつもりだったのに、返ってきたのはそんな真面目くさった肯定で。

 顔がほんのり熱く感じた。そんな香燐と同じように頬を染めた我愛羅は、立ち上がると部屋を出ていく。

 なんとなく気恥ずかしくて、何も言えずに襖を閉めようとした刹那、小さな声が狭い隙間から滑り込んできた。

 

 

「その髪………似合ってる」

「え?」

 

 

 聞き返すも答えはなく、我愛羅はその場から気配を消す。

 髪?と疑問に思いながら部屋の姿見に顔を写し、香燐は大きく目を見開いた。

 

 

「これ……」

 

 

 美しく咲き誇る、赤い薔薇が髪に添えられていた。

 意識を向ければ、薔薇に残る暖かなチャクラを感じる。

 

 

『お前と同じ色だな』

 

 

 赤い髪に赤い薔薇。

 大嫌いな血の色が、その薔薇の赤に塗り替わっていく。

 同じ色でありながらも、決して埋没することはなく。渡すことはできず、想いを告げることもできないまま返されてしまったけれど。

 

 

───綺麗だ。

 

 

 自分の髪の色を、初めてそう思えた。

 





※定時更新は今話で終了となります。
ご覧くださった皆さま、ありがとうございました!まだまだ続きますが(笑)
どうぞ気長にお待ちくださいませm(_ _)m


【忍の任務ランク】
・難易度の高い順にS・A・B・C・Dの5つに分類される。
・S・A→上忍、B→中忍、C→中忍・下忍、D→下忍で振り分けられる。

【Sランク】国家レベルの機密事項に関する任務
報酬:百万両以上
例:他国からの要請による戦争参加・要人暗殺・機密文書の運搬 etc

【Aランク】里や国家レベルの動向に関する任務
報酬:十五~百万両
例:他国からの要請による戦争参加・要人護衛・忍者部隊討伐 etc

【Bランク】忍者同士の戦闘が予想される任務
報酬:八~二十万両
例:他国からの要請による戦争参加・身辺護衛・諜報活動・忍者殺害 etc

【Cランク】任務遂行者の負傷が予想される任務
報酬:三~十万両
例:他国からの要請による戦争参加・身辺護衛・素行調査・猛獣の捕獲、討伐 etc

【Dランク】直接的戦闘や生命の危機を伴わない、軽度の任務
報酬:五千~五万両
例:他国からの要請による戦争参加・ペットの所在調査・芋堀りの手伝い・子守り etc


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綱手捜索編
61.蛙鳴く


※蛙(かわず)とお読みください


 

 

「何もねぇな……」

 

 

 サスケは肩を落としつつ、空っぽの冷蔵庫をパタリと閉める。

 それもそのはず。サバイバル演習によって数日間家を空けることになると分かっていたため、家を出る前に全て綺麗に片付けてしまっていた。

 

 水の一本すらない状況にため息をつき、窓越しに空を見上げた。天高く伸びていた入道雲は少しづつこちらへ近づいていて、遠くに黒々とした影とちらつく光が見える。今頃あちらは土砂降りに違いない。

 ぽちっとつけたテレビの天気予報によれば、このあたりは夕立ちになるそうだ。今の時刻は15時、予報通りであればまだ時間はある。

 

 

「おい、晩飯は──」

 

 

 ゴン、と隣の薄い壁を叩きながらそう言いかけて、ハッと口を噤む。ついつい癖になってしまっていたが、今、隣の部屋には誰の気配もなかった。

 

 

『今、すんげー師匠に修行つけて貰ってんだってばよ!』

 

 

 エビスに引きずられていったナルトは、その翌日、面会時間ぎりぎりに病室に駆け込んでくるとそう言ってニシシと笑った。

 あれ以降、ナルトは病院を訪れることはなく。きっとあのウスラトンカチのことだから、修行に打ち込んでいて、今日が退院日ということもさっぱり忘れているに違いない。

 

 

(………確か、温泉街で修行していると言っていたか)

 

 

 少し驚かせてやろう。そう決めたサスケは、折りたたみ傘を二つ手に取った。

 

 

「じ、ら、い、や、さ、ま♡これでいーい?」

「むふふ……ええのうええのう、ただあともちっと屈んでの」

「こう……?」

「そうそう、その角度じゃ!!」

「自来也様のエッチ♡」

「ぬほほー!!」

 

 

 金髪美女がセクシーポーズらしきもので投げキッスを送る。それをデレデレと顔を赤くして、その胸元をジーッと凝視している中年男。

 

 

(何してんだ、ウスラトンカチ……)

 

 

 訪れた温泉街近く、川辺でのあまりなやり取りにサスケは目を覆った。真面目に修行しているのだろうから今日は一楽でも、とか考えていたのがアホらしく感じる光景である。

 サスケが若干本気で帰るかと考え始めた時、その金髪美女こと、お色気ナルトがサスケの姿に気がつき顔を輝かせた。

 

 

「サスケェ!退院したんだな!」

「ああ。じゃあな」

「ええっ!?待ってよ~サスケく〜ん♡」

「寄るな、バカが移る!」

「ひっど〜い!こーんなナイスバディなねーちゃんに冷たいってばよ!」

 

 

 お色気の術も解かぬまま駆け寄ってきたナルトは、サスケをその豊満な胸で押しつぶすようにガバリと抱きついた。

 引っ剥がそうと顔を押しのけようとするサスケと、剥がされまいとしがみつくナルト。それを羨ましげに見つめていた自来也は、ぽつりと呟く。

 

 

「ナルトよ、ワシの胸なら空いておるぞ」

「誰が行くかァ!!俺ってば、お色気の術の修行してんじゃねーんだぞエロ仙人!!」

「だったら術を解けドベ!!」

「それができねーんだってばよぉ……!」

 

 

 ナルトはビシッと自来也を指差しキッと睨みつけると、もう一方で拳を握りしめて切々と語った。

 

 

「聞いてくれってばよ!このエロ仙人、ぜーんぜん俺の修行見てくんねーの!んでさ、お色気の術15分で1分だけ見てやるっていうんだぜ……!」

 

 

 よく見れば自来也の背後には時計が置かれている。随分と放任主義らしく、どうやらナルトも苦労をしているようだ。つい修行と称して趣味追求に走ったかと思ってしまったが誤解だったらしい。

 早合点にすまん、と内心で謝っていればちょうど時間がきたのかジリリと時計が鳴る。

 ぽんと解かれたお色気の術に自来也はあからさまにがっかりし、興味をさっぱり失ったのか茂みから水着の女性達を盗み見し始めた。

 

 

「やっと鳴ったってばよ……おいエロ仙人!修行見るって約束だろ、何ねーちゃん見てんのさ!!!」

「こら、静かにしろ!ったく、しゃーねえのぅ」

 

 

 渋々ながらも修行を見る気になったのか、自来也はやってみろと顎をしゃくる。

 ナルトはそれにはしゃぐと、意気揚々と印と共にチャクラを練り上げた。

 

 

「見てろよサスケェ!───口寄せの術!」

 

 

 親指をかり、と噛んだナルトは滲む血を大地に叩きつけた。

 ボン、と白い煙がたつ。

 

 

「「「……………」」」

 

 

 ぴちち、と跳ねるおたまじゃくしに一同は沈黙した。 

 

 

「ちがーうっ!!何度言ったら解る、このドアホウ!死ぬつもりで全身のチャクラを捻り出してみろってェのォ!!」

「るっせぇなもう!!こっちは本気でやってんだってばよ!つーかホントに俺に二種類のチャクラなんてあんのかよ!!?」

「…………わしは仙人だぞ!そんなことくらいお見通しだってぇの!」

「仙人は仙人でもエロ仙人じゃねーか!!」

「ちがーうっ!エロ仙人エロ仙人って呼ぶんじゃねぇ。ワシこそはァ、妙木山蝦蟇の精霊仙素道人、通称・ガマ仙人!」

「自称だってばよ!このエロエロエロ仙人!」

「何だとォ!」

 

 

 喧々囂々と頭に響く大声にサスケは顔を顰めた。

 だが、言い合う話を聞くに、どうやら自来也はナルトの二種類目のチャクラ、九尾の力をコントロールさせたい様子が伺い知れた。

 ただナルトはそれにピンと来ていないようだ。DやCランクばかりをこなしていたため、これまで任務中に危険な状況に陥るようなことはなかった。

 あってもカカシやサスケで対処しており、ナルトが九尾のチャクラを使う機会は今まで目にしたことがない。せいぜいが封印の巻物を盗んだ折に多重影分身を使った時、わずかに九尾のチャクラが混じった程度だろうか。

 

 

(寧ろ、使わないようにさせていたからな……)

 

 

 九尾のチャクラは確かに強力だ。その強すぎる力故に毒ともなり得て術者の寿命を削っていくため、できれば使わせたくはなかった。

 だが、と暁としてナルトを狙った大蛇丸を思い出す。弱くては身を守ることもできやしない。今後を考えれば、ナルトが強くなるためには、その力の扱いを知る必要があった。

 

 

「おい、ナルト」

「なんだってばよ、俺ってば修行で───」

 

 

 

 振り返ったナルトは、目を大きく見開いた。いつの間にか、あたりは全てが暗闇に覆われていた。空もなく、大地もなく、光の一筋もない。

 そんな光景には見覚えがあった。

(幻術……?サスケのヤロー、いきなり何だってば……っ!?)

 背後でぴしゃり、と何かが滴る音がして肩が跳ねる。

 何度か幻術耐性を上げるためにと仕掛けられたことがあったから、これが幻術とは分かっている。だが、分かっていても暗闇は恐怖を助長させるもので、ナルトはゴクリと唾を飲み込んだ。

(俺ってば火影になる男だぞ!こんなんで怖がってる訳にいかねーんだってばよ!)

 覚悟を決めて振り返る。闇に沈むような黒い塊があった。震えそうになる足を叱咤し恐る恐る近づいていく。

 見下ろしたそこには───。

 

「サ、スケ……?」

 

 

 

(こんなものか。しかし……傷は治ったっていうのに、経絡系の損傷は厄介極まりないな……)

 

 

 ナルトに幻術をかけた途端、激痛と共に痺れた左腕をちらりと見下ろす。指先はかじかんだように強張って曲げることもままならない。

 それほど強い幻術ではなかったのに、しばらくは使い物にならないだろう。

 

 

「ほう、幻術か。一瞬とは見事なもんじゃのう」

「こいつの幻術耐性は紙っぺらだからな……出たか」

 

 

 俯いていたナルトが顔を上げた瞬間、赤く禍々しいチャクラがその身体から迸る。その空のように蒼い瞳は紅に染まり、瞳孔が鋭く縦に割れ始めている。

 サスケは幻術をすぐに解くと、ナルトのひよこ頭を正気に戻すべく右手でベシリと叩いた。

 

 

「……サスケ?」

「戻ったかよ、ウスラトンカチ。分かったか?今のが、お前の二種類目のチャクラで───」

「サスケ………サスケぇぇぇ!!」

 

 

 九尾のチャクラを説明する間もなくボロボロと泣き出したナルトが飛びついてきて、流石のサスケもたじろぐ。

 左腕は酷く痛んだものの、必死な程しがみついてくるナルトに振り払うことは躊躇われた。その頭を仕方なく撫でていれば、自来也から若干引いた眼差しが向けられていた。

 

 

「いったいどんな幻術を見せたんだ……?」

「……一番手っ取り早い方法だ」

 

 

 九尾のチャクラのトリガーは、ナルトの感情の高ぶりや身の危険、そういった状況だろう。

 “前”の波の国任務で死にかけたサスケにより、ナルトは初めて九尾の力を自覚したと聞いたことがあった。だからあの状況を再現してみるかとやってみた訳だが、思ったよりも効果が大きかったらしい。

 

 

「もういい加減泣き止め、ただの幻覚だ。今夜は一楽連れてってやるから」

「……ハンバーグ」

「あ?」

「サスケの作ったハンバーグが食べたいってばよ……」

「……仕方ねぇな。お前も手伝えよ」

 

 

 ぐずぐずと鼻を啜りながらも、やっと泣き止んだナルトにサスケは胸を撫で下ろした。

 何はともあれ、ナルトは九尾の力を自覚できたようだ。感覚を掴むため、もう一度幻術をかけられてみるかとからかう自来也にはブンブン顔を横に振っていたが。

 

 

「いくってばよ……口寄せの術!!」

 

 

 涙のうっすら残る目で必死に練り上げたチャクラに、一筋の赤色が交じった。

 口寄せの白煙と共に現れた、手のひら程のカエルがゲコリと鳴いた。

 

 

「カエルだ……尻尾がないってばよ!ねね、見た見た??俺のカエルちゃん!」

「……小さいな」

「うっせー!カエル呼び出すのって大変なんだぞ!」

「ちっせえが……ま、三日でこれなら及第点ってとこかのぅ」

 

 

 自来也が顎を撫でつつ告げた言葉に、ナルトはパァッと顔を明るくし、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「……それで、お前さんは?」

 

 

 浮かれ調子で延々と蛙を呼んでは戻し、戻しては呼びを繰り返すナルトを眺めつつ、川辺に座って欠伸を零していれば、ふいに近づいてきた自来也がそう話しかけてきた。

 水遊びをしていた水着姿の女達は、ワイワイと帰り支度を始めていた。雲行きが怪しくなってきたことに気がついたのだろう。

 そうしてようやくこちらに意識が向いたらしい自来也は、隣に座ったかと思えばしげしげと眺めてくる。そういえば自己紹介もしていなかったな、と思い至った。

 

 

「サスケだ。ナルトと同じ、下忍第七班に所属している」

「サスケか……お前ねーちゃんとかいるか?」

「いねェ」

「なーんじゃ。お前のねーちゃんなら別嬪だったろうにの〜」

 

 

 軽口をたたきながらも、左腕に、肩の呪印に、素早く視線が流される。それに素知らぬフリをしつつ、サスケもまたそんな自来也に改めて目を走らせた。

 

 長い白髪。油と書かれた額当て。目尻から顎まで伸びる赤い隈取り。若草色の甚平に、忍ぶことを忘れたかのような真っ赤な羽織り。

 大蛇丸と同じ三忍の一人にして、ナルトの師匠。嘗てイタチを追いかけた時、薄れる意識の中ちらりと見たのが最後で、直接話をする機会もなく大戦の折には既に命を落としていた男だ。

 

 

(まさかとは思ったが、やはり来ていたか)

 

 

 ナルトは“前”にも我愛羅との戦いで大蝦蟇を口寄せしていたため、ナルトの言う新しい師匠がこの男というのは半ば予想できていた。

 この男を本戦まで留め置きたい所だが、そうはいっても風来坊。作家と称して諸国漫遊をしている自来也は一所に留まることを良しとしない。きっとナルトが九尾のチャクラを使っての口寄せに成功すれば、さっさと去ってしまうだろう。

 

 だったら───、とサスケは目を伏せる。

 今は時間がない。断られると予想はできたが、ここで遠回しに駆け引きしている暇はなかった。

 

 

「自来也と言ったが……あの?」

「ほう、ワシを知っているとは感心じゃが……あの、というとこっちかの?」

 

 

 懐から取りだした18禁本に首を振れば、三忍のほうかとつまらなそうに鼻を鳴らす。それにああ、と頷いて自来也をまっすぐ見詰めた。

 今やそれぞれ別々の道を歩む三忍だ。自来也にとっての三忍がどういう意味を持っているのかは分からないが、良いとは言い難い、複雑な心境を抱いていることはその反応からも見えた。

 しかし、大蛇丸が関わっている以上は同じ三忍であるこの男、そしてそれ以上に、かの女傑の力が必要だった。

 

 

「三忍であるアンタに頼みがある───アンタの知る、一番腕利きの医療忍者を紹介してほしい」

 

 

 ぴくりと自来也の眉が動く。わざわざ三忍を強調し、そして一番腕利きのと念押しした。

 自来也の頭によぎったのは間違いなく、かの三忍の一人、嘗ての五代目火影の姿だろう。

 

 

「ほう、“一番腕利き”とは……そりゃあ難しいのぅ」

「心当たりがないとでもいうのか?」

「ま……あるにせよ、いったいどこにいるのやら、のぅ。ワシには皆目見当もつかんわい」

 

 

 すっとぼけようとする自来也に、そう簡単にはいかないと覚悟していたサスケは食い下がる。諦める訳にはいかなかった。

 今、木ノ葉崩しの証人となれるのはハヤテのみだ。そのハヤテもこのままでは本戦までに目を覚ますどころか、いまだ余談を許さない状況で、いつ容態が変わるかしれない。それにハヤテが生き残ったことも、もう既に敵に知られている事だろう。命を狙われる可能性も非常に高かった。

 香燐を頼れない現状、助けられるのは唯一人。そしてそのくノ一を見つけられるのは、この男を置いて他にない。

 

 

「見つけられる筈だ。他でもない───同じ三忍である自来也、アンタにならな」

「…………」

 

 

 自来也は無表情にサスケを見つめていたかと思うと、不意ににやりと底意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「タダで、とはいかんのう……それで?お前は何を出す?」

 

 

 その言葉に目を瞬いた。確かに、ただ頼むだけというのは虫が良すぎる。対価か、としばし考え込んだ。

 一般的に忍の任務の対価は金。しかし、自来也は元々三忍で数多くの高難易度任務をこなしてきている。本の印税でも儲けているらしい。対して下忍の給料などたかが知れたもので、この男からすれば雀の涙程にもならないだろう。

 

 他に何を?

 そう考えて、何もないことに気がついた。

 

 

「───命以外なら」

 

 

 そうして口にした答えは酷く曖昧で、けれどその一線だけはどうしても譲れなかった。

 うちはの権利と引き換えにこの命は捧げられた。今こそ自由が許されてはいるものの、写輪眼を開眼させるさせないに関わらず、いずれはこの里のために費やされる駒の一つにすぎない。

 最終的な決定権は里にあり、生死さえ今や己のものではない。偶発的なものならばともかく、自死やら他殺やらではうちはと里に軋轢をうみかねないだろう。

 

 

(それに……泣かせることになるからな)

 

 

 ナルト、サクラ、カカシ、それにイタチやシスイ、両親に一族。

 残される悲しみなら百年で嫌という程経験している。彼らに同じ苦しみを与えたくはなかった。

 

 

「フン、いきがりおって。命は惜しむか」

「そうじゃない。ただ、この命は既に木ノ葉にやった。だから悪いがアンタにはやれない」

「何……?」

「だからそれ以外で頼む」

 

 

 淡々と告げる。それに自来也は眉間に皺を寄せて黙り込んだかと思えば、やがてよっこいせとかけていた岩から腰を上げ、腕を組みつつ天を仰いだ。

 

 

「なぜ探す必要がある?木ノ葉の医療忍者も他里と比べりゃ腕がいい。お前さんの左腕だって数日もすりゃ良くなろう。あいつに頼む程じゃあねェのぅ」

「腕?……俺じゃない。助けたい奴がいる、いつ命を落とすか知れない。猶予は遅くとも一ヶ月だ」

「……ふん、あ奴は血液恐怖症(トラウマ)があるからのぅ。見つけたところで、治してくれるとは限らんぞ」

「それでいい。会わせてくれれば、自分で交渉する」

「しかしの〜」

 

 

 う~むとわざとらしく唸る自来也は、乗り気がない表れなのか口元を手で抑えて目を合わせない。

 身長差故にその表情を伺うこともできず、チッと舌打ちして更に言葉を重ねようとしたとき。

 

 

「サスケ、そーんな頼み方じゃ駄目だってばよ」

 

 

 いつの間にか修行を中断していたナルトが、肩口からひょっこり顔を出した。

 ニシシと笑いながらこしょこしょと耳打ちされたその内容に、サスケはカッと耳まで赤く染め上げた。

 

 

「バッ、んなことできるか!!」

「命以外なら何でもって言ってたろ」

「それは!そう、だが……」

「……そういうとこ、危機感ねえっつうかチョロいよなお前。だからからかわれるんだってばよ」

「あ?どういう意味だ」

「べっつにぃ〜。それで、どうすんだよ?」

 

 

───やるか、やらないか。

 

 

 答えは決まっていた。

 

 

「「お色気の術!!」」

 

 

 ぼふん、とナルトとサスケが白煙に包まれる。

 薄れる煙から現れたツインテールの二人を自来也は凝視した。

 

 

「お願い、自来也様……あなたしかいないの……!」

「いいでしょ?……ね?じ・ら・い・や・さ・ま……?」

 

 

 黒髪黒目の美女が、うるうると大きな目に涙を浮かべつつ自来也の左腕に縋る。

 金髪碧眼の美女が、その弾力ある胸を右腕に押し付けつつ自来也の耳元にフウっと息を吹きかける。

 

 

「任せろぃ!必ずワシが見つけてやるからのぅ!!」

 

 

 鼻血を噴き出しながら、グッと両手の親指をたてて快諾した三忍。それでいいのか三忍。

 結果オーライではあるがどこか釈然としない思いに渋面を作るサスケに、ナルトは自来也に見えない位置でニッと自信満々に笑いかけた。

 

 

「やったな、サスケ!エロ仙人にはやっぱしこの術だってばよ!」

『お前ってば頭いいのかもしんねぇけど、色々考えすぎなの!案外さ、何とかなるもんだって!』

 

 

 ふと重なった、瞬きと共に消えたその面影に、サスケはフッ、と表情を緩める。

 

 

「……そうかもな」

「だろ!?ふふーん、サスケもついにお色気の術の素晴らしさに気付いたかってばよ。今俺ってば新・お色気の術に取り組んでてさ、サスケも一緒に」

「やるわけねーだろ。修行しろドベ」

「これもちゃんとした修行だってばよ!」

「んな訳あるか!」

 

 

 口喧嘩から次第に取っ組み合いを始めた美女二人に、自来也は眼福とばかりにデレデレと相好を崩していたそうな。

 

 

 

 

「しゃあねぇ、一週間だ。一週間あいつを探してやる。もしそれで見つからんかったら諦めるんだのぅ」

 

 

 何はともあれ。無事に約束を取り付けた訳だが、流石に期限なしにという訳にはいかなかった。

 最初は三日というのを引き伸ばした結果、一週間に落ち着いた。些か短いとも感じたが、碌な対価もないままおねだりに屈しただけにしては破格の対応と言える。

 戻ってきたらきたで、色じかけでもして引き止めればいいか、等と考えるサスケは既にウスラトンカチ共に毒されていることに気付いていない。

 

 

「出発は明日だ。準備しておけよ」

「出発……?」

「えっ、エロ仙人!俺は!?俺はどうすんのさ!?修行見てくれるって言ったじゃねーか!!」

「うっせえのぅ。……そんなに言うなら、ついてくりゃえーだろうが。探しながらでも修行くらい見れるわい」

「おい待て!俺は……!」

「どうせお前さんの腕はあと一週間は術を使えんだろう。だったら探すのくらい手伝わんか」

「え、じゃあさじゃあさ!俺たち里の外出られんの!?やったってばよ!」

 

 

 自来也の言い分は尤もで言葉に詰まる。しかし、人質であることに加え、今は大蛇丸に狙われている状況に里の許可がおりるだろうかと一抹の不安もあった。

 しかし無邪気に喜び、肩に腕を回してくるナルトを見ていると、不思議とそんな悩みが馬鹿馬鹿しく思えてくるのは今に始まったことじゃない。

 

 

「何持ってけばいいんだってばよ?おやつとー、カップラーメンとー、着替えとー……あ、カップラーメン作んのに湯が必要だし、鍋もだよな!あとは───」

「鍋なんざ持っていける筈ねェだろ」

「気合い入りすぎだのォ、お前……山に籠もって修行するんじゃねーんだぞ」

「だってさだってさ!なんかあった時に………あ、雨?そうだ、傘も持ってかねーと!」

 

 

 ぽつりと頭上に当たる雫。三人ともに見上げた空はいつの間にやらどす黒い雲で覆われていた。どうやら天気予報が当たったらしい。

 ゴロゴロと雷鳴が微かに聞こえたと思えば、途端に雨足は強まって木の下に退避した。静かだった川の流れも勢いを増し、その表面は波立っている。このまま川辺にいるのは危険だろう。

 

 

「うっわぁ、土砂降りだってばよ……」

「天気予報くらい見ておけ」

「おお!傘じゃん、さっすがサスケェ!」

「フン……」

 

 

 パン、と青い傘を開いたサスケは、感覚の戻ってきた左手でもう一つの黄色い傘を背後に放る。

 そこにいた自来也は危なげなくそれを受け止めた。

 

 

「エロ仙人、俺のカエルちゃん傘絶対返してくれよ!お気に入りなんだってばよ!」

 

 

 ナルトは自来也に手を振ると、サスケの傘に身体を割り込ませ傘の柄を掴んだ。

 

 

「急ぐぞナルト、夕方のセールが始まる」

「ハンバーグ!牛肉たっぷりな!」

「味の違いも碌に分からねぇのに贅沢言うな。おい、もっとこっち傾けろ。肩が濡れるだろ」

「これ以上やったら俺が濡れるってばよ!」

「おい、引っつくな!」

「こうすりゃ二人とも濡れねーじゃん!」

 

 

 押し合いながら帰っていくその後ろ姿を見送っていた自来也は、手にある小さな傘を見下ろした。ぽん、と開いてみればなるほど、カエルらしい目が二つ、まるで耳のようにちょこんとくっついている。

 傘を雨雲に翳してみれば子供用の傘は自来也にはどうにも小さすぎて、両肩が濡れそぼっていった。それに苦笑しながらも、カツンカツンと下駄を鳴らし雨道を歩き出す。

 

 

(ちっせぇのぅ。まだまだガキンチョだってのに……)

 

 

 二人と一緒に消えた複数の気配を思う。

 今朝からナルトについていた気配と、サスケとともにやってきた気配。害意はなかったため放置したものの、何かがあったと悟るには十分だった。

 

 

(やはり、大蛇丸が動いていたか……)

 

 

 大蛇丸が里を抜けてから奴をずっと監視してきた。奴がいずれこの里に戻ってくるのは明白だったからだ。初めは大蛇丸だけを警戒していたが、奴がある組織に入ったことでその考えも変わる。

 “暁”という名の小組織。最近まで大して派手な動きはなく諜報活動のようなことをしていたが、問題はその面子。そいつらのほとんどが手配書に載っている、一癖も二癖もあるS級犯罪者ばかり。

 

 そんな奴らが集ってボランティアもないだろう。何か目的があって動いている。最近組織の奴らがツーマンセルで各地へ動き出し、術やら何やら集め始めていた。そんな中、大蛇丸の足取りを追いかけ、そして今回この中忍試験の開催されている木ノ葉に辿り着いたのだ。

 

 その目的は、恐らく───。

 そこまで考え、自来也は小さな路地へ入り込むとその歩みをぴたりと止めた。

 

 

「お久しぶりですね、自来也様。里に戻ってこられたのは何年ぶりです?」

 

 

 雨に紛れ軒先にひっそりと姿を見せた男を見やる。

 口元を隠したマスクに白い髪。

 

 

「久しいのぅ、カカシ。ちょうどいい、話をしたかった所でな」

 

 

 はたけカカシはそんな自来也の言葉に驚くこともなく笑った。

 

 

「それはよかった。ところで可愛らしい傘ですね」

「これか。借り物でな」

「似合いますよ」

「フン、御託はいい。本題に入るとするかのぅ……」

 

 

 自来也はカカシと同じ軒先に入ると、傘をくるりと回しぱちりと閉じようとして───その手をカカシに止められた。

 

 

「俺もあなたと個人的に話をしたいところではありますが……まずは、火影邸へ。三代目があなたをお呼びです」




サスケ烈伝に感謝!(⁠ ⁠;⁠∀⁠;⁠)
ちなみに、ナルト君のハンバーグだけ牛肉100%だったそうな。案の定気づかなかったナルト君です。


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62.出立



「待たせたのぅイタチ、会議が長引いてしまってな。おお、シスイもいたか……顔色が悪いが大丈夫かの?」
「ハハ、ちょっと情報過多で……ご心配はありません」
「ふむ?まあよい、無理をするでないぞ。さて、ではイタチよ、話を聞こう」


 三代目の視線が、頭を垂れ傅くイタチへと向けられる。ここにいるのは彼らのみ。それがイタチの要望だった。


「はい。サスケのことでお話を────と思いましたが、先に至急、ご報告申し上げたいことが」
「ほう?」


 イタチは一つ息を吸い込み、顔を上げる。向けられたその眼光の鋭さに、三代目は事態の険しさを悟った。


「中忍試験で木ノ葉に滞在している───砂隠れの上忍が、ハヤテを襲った可能性が高いものと」




 

 

 夏至はとうに過ぎたものの、夏の日の出はまだ早い。

 時刻は朝5時。人っ子一人いない通りから見上げた火影邸は、眩いばかりの朝日に照らされている。

 まだ早すぎるとはわかっていたが、つい目が冴えてしまったサスケは、早々にこの待ち合わせ場所へと来ていた。

 

 

「サスケェ、まだ集合には早すぎんじゃねーの?いっつも任務の時はカカシ先生とおんなじくらい遅刻する癖に……また雨でも降りそうだってばよ……」

 

 

 近くの木陰に荷物を下ろしていると、物音を聞きつけてサスケの後からついてきたらしいナルトがあくび混じりにぼやいた。

 眠そうな目を擦ってジトリと睨んでくるナルトに、低血圧ぎみのサスケはため息を吐き出した。

 

 

「俺には先約がある。お前が後から来ればいいだけだ」

「エロ仙人に先に修行つけてもらう気だろ!抜け駆けは許さねーってばよ!」

「先約っていうのはイタチとだぞ」

「え?イタチの兄ちゃん?」

「……調べ物を頼んでいる」

 

 

 突然のイタチの名に、ナルトがきょとんと首を傾げた。

 なんでなんでとその視線は煩い程に訴えているが、ハヤテやら大蛇丸やらが絡む経緯を話すわけにもいかず視線をそらしつつ告げるも、それは決して嘘ではない。

 基本朝に弱いサスケがこんな早朝に火影邸に来ている理由、それはただ昨日のイタチの一言にある。

 

 

『わかった……お前がそこまで本気なら、かけ合ってみよう。明日朝、火影邸前に来い』

『また明日』

 

 

 そんな約束を忘れる筈もなく。大蛇丸の件で多忙を極めているだろうイタチを待たせる訳にもいかない、そう思えば気が急いていたのだ。

 ナルトはふーんと相槌を打つと、それ以上は追及せずにサスケの隣へパンパンに膨らんだ荷物を下ろした。

 

 

(イタチは……きっとまだ火影邸にいる)

 

 

 見上げる火影邸の窓からは、消されないままの電光がちらりと伺える。道通りとは裏腹に、火影邸内からは少なくない人の気配がしていた。

 大蛇丸の襲来、ダンゾウの関与、本戦での企み……サスケから伝えられた情報に、きっと火影邸は大騒ぎになったことだろう。

 色々と対策を講じているとは思うが、下忍のサスケにその詳細が伝えられることはない。そんな立場がもどかしく感じるが、今はイタチやシスイ、この里を信じる他になかった。

 

 

(そんな中、俺はともかくナルトが里を離れる……その許可がすんなり下りるかどうかも怪しいな……)

 

 

 少しばかりの不安を抱え、その場で待つこと一時間。うつらうつらと船をこぐナルトに肩を貸してやっていたサスケは、ふと火影邸から出てきた人物に目を瞬かせた。

 

 

「アンタ……」

「ん?もう来ておったのか、気が早いのう」

 

 

 こちらに気づき下駄を鳴らして歩いてくるのは、昨日別れたはずの自来也だった。

 確かに自来也ともこの火影邸前で、と約束をしていたがまだ予定の時間よりも早すぎる。

 入った所は目撃していない。だとすれば、それよりも前に火影邸にいたということ。火影に呼び出されていたのか、大蛇丸の件か、それとも───サスケとナルトの出立を止められたか。

 もの言いたげなサスケの視線に気づいたのだろう、自来也はニッと口角を上げると懐へ手を伸ばした。

 

 

「そういやのぅ……イタチからこれをお前さんに渡すように頼まれてな」

「イタチから?」

 

 

 自来也の口から出るとは思わなかった名に少々驚きながら、差し出された巻物を受け取る。まだ墨の匂いがかすかに漂うその封を開けると、まず目に入ったのは見覚えのある筆跡だった。

 手本通りの流れるような綺麗な字───イタチの筆跡だ。まさか、そう思いながら巻物を開いていく。ざっと目を通したサスケは目を見開いた。

 

 そこに書かれていたのはサスケの欲していた情報そのもの、全てと言ってもいい。それは紛うことなく『飛雷神の術』の忍術書だった。

 火影邸に保管されているその書は、一般の忍、それも下忍が見れるようなものではなく。イタチならばと期待はあったが、手がかりが掴めればと思っていただけだった。

 それが、恐らくは一言一句違わずに書き写され、サスケの手の中にある。その貴重さを理解すると共に書を握る手が汗ばんだ。

 

 

「どうやら忙しいようでな。『見送りはできない、許せ、サスケ』と言伝を頼まれておる」

 

 

 火影邸前に出て来れないほど忙しい身でありながら、そんなとんでもないことをするイタチ。その労力を思えば、許せとはサスケの言うべき言葉だろう。

 探す情報が与えられた喜び以上に、イタチに負担をかけたくはなかった、そんな後悔が頭をよぎった。

 

 

「イタチは……他に、何か言っていたか?」

 

 

 複雑な内心を抑えて告げたその問いに、自来也は少し驚いたような表情を見せた後、ニヤリと笑った。

 

 

「さて、直接の伝言じゃねえが……下忍のガキにこの術が習得できるはずがないとワシが言ったらの、イタチの奴」

 

 

───できますよ。あいつは俺の、自慢の弟分ですから。

 

 

「『きっと俺以上の忍になりますよ』なんて、笑っておったのぅ?」

 

 

 その言葉にハッと顔を上げた。

 それは与えられるだけの義務でも、受けるだけの愛でもなかった。握る巻物が途端にずしりと重く感じるも、そこに込められた想いは決して息苦しくはなく。

 

 

(必ず……イタチの期待を、無にはさせない)

 

 

 サスケは不敵に微笑んで、新たな決意と共にその巻物を固く握りしめた。

 

 

 

 

「さて、ちいと早いがそろそろ門も開く頃だ。さっそく、出るとするかのう」

 

 

 眠り続けていたナルトを揺り起こし、自来也の先導で向かった先は阿吽の門。里の出入り口であり、里外任務に向かう者、里内に入る者が必ず通らなければならない場所だ。

 そこにはすでに多くの人間が列を成している。その最後尾に並びながら前を伺えば、門番が二人、通行者をチェックしていた。

 

 

(警備が厳しくなったのか?)

 

 

 列の進みは緩やかだ。中忍試験が始まる前には任務を滞らせないようにか、額当てをしている者は止められることなど早々なかったものだ。

 それがどうやら、今は忍の方が厳しく検問されているように思える。

 

 

「なーなー、何でこんなに進むのおせーんだってばよ?早くさ、早くさ!俺ってば修行したいのに!」

「そう言うな。ここ最近、中忍試験に紛れて不正に里へ入ろうとする人間が増えているからのぅ。今年からは特に厳重になり、こうして常に見張りを立たせるようになっておるのだ」

「ふーん?」

「なあに、待ちながらでも修行なんぞできる。ほれ、昨日の復習だ。口寄せをやってみろ」

「オッス!」

 

 

 さっそく口寄せ蝦蟇を出しているナルトを横目に、サスケは自来也の説明に当然だな、と内心で頷いた。むしろ今までの警備が手薄過ぎたと言える。

 

 

(しかし、それでも大蛇丸には通用しなかったということだ。ダンゾウの手引きもあっては無理もない。それにしても………奴は一体どこへ消えた?)

 

 

 大蛇丸は里にまだ潜伏しているのか、それとも既に出ているのか。暁がツーマンセルで動くことを考えると、侵入者は大蛇丸だけとも考えにくい。

 サスケが大蛇丸に狙われている件は上層部に伏せられているにせよ、暁に狙われた人柱力であるナルトをこのタイミングで自来也に託して里外へ出す。

 その意図を考えるに、まだ里も大蛇丸の足取りを把握できていない可能性が高いと言える。

 

 

(里内にいる方が危険だと判断された、ということか……)

 

 

 そんなことをつらつら考えていれば、サスケ達の順番が回ってきていた。

 自来也が懐から通行手形を取り出して門番の男に差し出す。男はそれを黙って受け取ると、ハッとしたように目を見開き、慌てて姿勢を正した。

 

 

「し、失礼しました。どうぞお通りください!」

 

 

 そんな尊敬の念がこもる態度に自来也は苦笑しながら、身辺チェックもそこそこにその横を通り過ぎる。

 その後に続いてナルトが門を出る。更にその後にサスケが門を通り抜けようとして───足を止めた。

 

 

(何だ……?)

 

 

 振り向きざまに背後を窺うも、そこには長く続く順番待ちをしている者達の列と、次なる通行者にかかりきりになっている門番らだけ。自来也と合流以来、護衛をしてくれていたうちはの者達も消えていた。

 

 けれど何故か。

 一瞬、視線を感じた気がした。

 

 

「サスケー、何してんだってばよ?置いてっちまうぞー!」

「ゲコゲコ」

 

 

 先を行くナルトとその頭上の蝦蟇の声に急かされ、里の外へと目を向けたサスケの肩口。

 刻まれた呪印が禍々しい紅に染まっていたことに、サスケが気づくことはなかった。

 

 

 

 

 火影邸、地下。

 窓一つないその空間を、たった一つの電灯が照らしている。使われなくなって久しいそれももう寿命が近いのか、チカチカと点滅しはじめていた。

 

 

「終わったか」

「フン……久々に呼び出されたかと思えば、こんな下らない用事だとはな」

 

 

 そんな薄明るい部屋の中心に佇む人影があった。

 足元にびっしりと広がる陣の上、つまらなさそうに息をつく老人。五年前より長くなった前髪から覗く昏い片瞳が、電灯の瞬きと共に妖しく光る。その瞳の奥で渦巻いているものは憎悪や怒りなどではなく、もっと暗く、冷たいものだった。

 そしてそんな視線を向けられたイタチもまた、鋭い眼差しを老人へと返す。

 

 

「質問に答えろ。終わったか、そう聞いたんだ」

 

 

 その声には隠しきれない苛立ちが滲んでいた。しかしそんなものには目もくれず、老人───ダンゾウは鼻先で笑った。

 

 

「ヒルゼンの命では仕方あるまい、要望通り“追尾は”解呪してやった。いっそのこと全てを解いて、暗部に召し抱えてしまえば良いものを……相変わらず甘い奴だ」

「………」

「尤も……あのような出来損ないを暗部に入れた所で、長続きはしないだろうがな」

「黙れ!お前が、サスケを語るな……!」

「事実にすぎん。記憶を失った程度で未だ写輪眼を開眼しないばかりか、たかだか予選如きで入院するようなゴミ……本当にお前の弟かも怪しい位ではないか」

 

 

 途端、イタチの雰囲気が変わった。纏う空気が一気に冷たくなり、室温までが下がっていく。

 向けられる殺気にダンゾウは表情一つ変えず、まるでそんなイタチの反応すら楽しむかのように、その隻眼が細められた。

 

 

「ゴミとはいえまだ使いようがあるようだ……イタチよ、忘れるな───お前の弟の命は、儂の手の内にあるということをな」

 

 

 かつりかつりと杖を突きながら歩き出すダンゾウの背を憎々しげに睨み付け、イタチは固く拳を握りしめた。




サスケ烈伝に感謝!(⁠ ⁠;⁠∀⁠;⁠)


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63.世界のカタチ

 

 

「サスケ、歩きながら読んだりしてると転ぶ……あでッ!」

「ちゃんと前見て歩け、ウスラトンカチ」

「お前に言われたくねーってばよ!……つうかサスケ、さっきから何読んでるんだよ?」

 

 

 電柱に思い切り頭をぶつけたナルトは涙目でサスケを睨みつけていたが、やがてサスケの読み進めていた書に目を留めて首を傾げた。

 手元を覗き込んだナルトは、難解な術式の羅列にうげ、とげんなりした顔をしながらも冒頭の記述をたどたどしく読み上げる。

 

 

「えーっと……飛ぶカミナリ……それすな?」

「変な所で切るな。『飛雷神の術、それすなわち雷神の如く時空を飛び駆ける力なり』だ」

「ヒライシン?なーんか変な名前」

「まったく……ナルト、お前罰当たりだのぅ。飛雷神の術はあの四代目火影の代名詞とまで呼ばれた術だぞ?」

「え!?」

 

 

 呆れつつも訂正したサスケにむうっと膨れっ面をしていたナルトだったが、自来也の言葉にパッと表情を変える。

 その変わりように憧れが透けて見えるようで、サスケはフッと小さく笑った。

 

 それに、ナルトが食いつくのも無理はないかもしれない。

 九尾襲来時に木ノ葉の里を救い命を落とした英雄、四代目火影・波風ミナト。秘されているものの、彼はナルトの実の父親だ。

 

 

『オレってば父ちゃんを超す火影になる!!ぜってーなるからな!!あっちで母ちゃんにも伝えてくれ、オレのことは全然心配なんかすんなって……しっかりやってんだって……!!』

 

 

 ボロボロと崩れていく穢土転生の依代。空へと消えていった、黄色い髪の優しげな顔だちをした男の魂。泣きじゃくるナルトの姿が脳裏に浮かぶ。

 嘗ての奇跡的な親子の再会を思い返しながら、知らないとはいえ惹かれるものがあるのかもしれないな、とそっとかの男とよく似たナルトの横顔を見つめた。

 

 

「なあなあ!オレも!オレもそのヒライシンっていうのやりたい!」

「お前は口寄せの術が先だのぅ。………ま、心配せんでも、それが習得できたら次の術を教えてやるわい。お前さんにピッタリな、四代目の残した特別な術をな」

 

 

 自来也もまた、そんなナルトに四代目を重ね見ているのか、懐かしげな眼差しでナルトを見下ろす。

 だが、ふいに自来也はニヤリと唇の端を上げた。

 

 

「しかし……この調子では本戦には間に合わんかもしれんの〜?」

 

 

 自来也のからかいを多分に含んだ、けれどもあながち間違っているとも言えぬ指摘にナルトはハッとして再び口寄せの印を結んだ。

 

 

「って、またお前かよガマ吉〜……」

「またとは何じゃ、またとは!このガマ吉様がわざわざ来てやったんじゃぞ、遊ばんかナルト」

「お前はお呼びじゃないの!オレってば、もっとでっけースッゲー蛙出さなきゃなんねぇの!こっちは急いでんだ、一緒に遊んでる場合じゃねーんだよチビ坊!」

「ワシは暇じゃけん。おやつは特別にナシでもいいぞ?」

「人の話聞けってばよ!」

 

 

 ぎゃーぎゃーと言い争う一人と一匹。

 残念ながら性格は父親に似なかったらしいお騒がせ忍者ナルトに、サスケと自来也は揃ってため息をついた。

 

 飛雷神の術───それは自来也の言う通り、四代目火影の十八番といえる時空間忍術だ。しかし、それも元はといえば二代目火影が考案した忍術である。

 紙面につらつらと綴られる理路整然とした術式の説明、堅苦しい語調を見るに、イタチが写したのはどうやら原本。つまりは二代目火影の残した書のようだった。

 

 マーキングした場所に瞬時に移動することができるこの術。使い勝手の良さそうな術だが、現在木ノ葉で実戦に使用している忍者はいない。

 

 それもその筈だな、と書の隅々まで読み果たしたサスケは内心で苦くひとりごちた。

 書には術の発動機序から注意事項に至るまでが詳細に記述されていたが、簡単に纏めるならば、術の発動に欠かせない五つの条件があった。

 

 

一、発動できるチャクラがあること

二、時空間忍術の適正があること

三、一定以上の適正のあるチャクラ属性を二つ以上持つこと

四、二つのチャクラ属性を同量、同時に流せること

五、時空間のルートを正確に辿れること

 

 

 言ってしまえばそれを満たせば術を使える。だが、その一つ一つの条件が、使用できる者を限局していた。

 

 

(……S級忍術と呼ばれる訳だな)

 

 

 一から三は大前提、四五は血反吐を吐くような努力が必要になることだろう。

 

 一のチャクラ量はぎりぎり。過去より増えたとはいえ、千鳥と合わせて使用することを考えるに限界は2発程度といった所だ。

 二の適性は、過去カグヤの調査で時空移動をしていたことを考えれば問題はないだろう。それに口寄せの術の応用らしく、蛇や鷹との契約もできていた。適性はクリアできている筈だ。

 三は異なるチャクラ属性の波長摩擦により道を作るようだった。サスケは火遁・雷遁の適正が高いため、条件に当てはまる。

 四は非常に高いチャクラコントロールが必要になる。やった試しがないため、できるかどうかは未知数だ。現在は経絡系の損傷により確かめることができなかったが、片手印を使い慣れていることも考えればどうにか克服できそうではあった。

 

 しかし、最も厄介な条件が五───時空間のルートを辿る、すなわち感知能力にある。これは勘でどうこうできるものじゃない。

 

 そもそもサスケは感知タイプではなく、どちらかといえば攻撃特化型だ。前は時空間そのものを見通せる、輪廻写輪眼があったからこそ時空間移動が可能だったといえる。

 

 

(時空間の道を踏み外せば、一生空間の狭間に閉じ込められる。どうにか道を辿れたにしても、少しでも座標がズレれば土の中、木の中……どこに出るか知れたものじゃない。必要不可欠な条件というのも当然か)

 

 

 サスケは眉間にシワを寄せて考えこむも、打開策がどうにも見つけられない。集中に疲れた目頭を解しながら書をバックへとしまおうとした時、自来也が不意にくるりとサスケを振り返った。

 

 

「どうやら読み終えたようだな」

「ッ!?」

 

 

 視線が合った刹那、走った悪寒にサスケはその場から飛び退った。その直後、サスケのいた一歩先の地面が爆発した。起爆札だ。

 未だ状況が理解できずにポカンと呆けるナルトと子蝦蟇を背に庇い、クナイを構える。その元凶である自来也を、翳す刃よりも鋭く睨みつけた。

 

 

「………どういうつもりだ」

 

 

 殺気はなかった。だが、幻術の可能性、里の意向。何があったのかと思考を巡らせながら低く問いかけたサスケに、自来也はニィと笑った。

 

 

「野生動物並の勘だのう。だが───分かっているだろうが、その程度ではあの術は扱えん」

 

 

 その言葉にサスケは目を瞬かせた。どうやらサスケの感知力を試しただけらしい。

 自来也も飛雷神の術をよく知っているようだ。それもそうか、この男はあの四代目火影の師匠………サスケはハッとし、まさか、と期待を込めて自来也を見上げた。

 

 

「ワシは飛雷神の術は使えん……が、四代目から相談は受けておったんでな────四代目の修行法、試してみるか?」

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

 つま先に当たる硬い感触。歩調の乱れにバランスが崩れた身体を、すんでのところで立て直したサスケはカラン、コロコロと道を転がっていく空き缶の軽い音に盛大な舌打ちをした。

 

 

(クソ、こんな道の中心にゴミなんか捨てるんじゃねェよ……!)

 

 

 顔も知らぬマナー違反者に心の内で悪態を付きながらも、遠ざかっていく前方の気配に歩みを早める。

 そうして追いつこうと焦っていた事が仇となったのだろう。続いて道中にあった標識にぶつかり頭に大きなコブを作ったサスケに、流石に不憫に思ったらしいナルトが道を戻ってくる気配がした。

 

 

「サスケ、俺の手貸すってばよ?」

 

 

 きっとナルトは眉をへの字にしながら手を差し出しているんだろう。それでも、そんな申し出に首を横に振った。

 

 

「いや……これは、俺の修行だ」

 

 

 ナルトの心配そうな視線を感じ取りながらも、光の明暗すらない暗闇の中をサスケは再び歩き出した。

 

 人の知覚は八割が視覚から得ている、とはどこで聞いた話だったか。研究職についていた孫だった気もするし、テレビのちょっとした話題だったかもしれない。

 そんな記憶の片隅に残っていた話を、今、サスケはまざまざと実感していた。

 

 四代目の修行法。それは単に視覚を封じるというもので、聞いた時には酷く呆気なく思ったものだった。

 気配には聡い方だし、たとえ巻物を読みながらでも何かに躓くようなヘマはしない。目を瞑り眠っていようと、死角から攻撃されようと避けられる。

 四代目の修行といっても大したことがないな、と高をくくっていたサスケだったが。しかし、いざ自来也に視覚を封じられると世界が一変した。

 

 目を瞑る、目隠しをされる……そんなものとは全く異なる完全なる暗闇だ。上下左右、自分がどこにいるかさえも分からなくなる感覚を覚えた。

 何より今まで写輪眼という眼での戦いをしていたのだ。身を守る手段を失った、そんな漠然とした喪失感と抗えない不安に襲われる。

 

 確かにそのおかげで、やけに他の感覚全てが敏感になったように思う。他の器官が研ぎ澄まされ、耳をすませば木々の葉擦れの音や遠くを走る鳥の声まで聞こえてくる。

 それでも、視覚を補うには到底足りなかった。生物のような気配のあるものは察知できるものの、無生物に至ってはどうにもならず転びぶつかり……そうして歩くこと、およそ三時間。目的地である阿多福街に辿りついた頃には、サスケの身体はボロボロになっていた。

 

 

「なーんか怪しい町だよな」

「……あんまり彷徨くんじゃねぇぞ」

 

 

 耳打ちするナルトの言葉通り、雑多な人波はどこか寂れた雰囲気を纏っている。

 嘗てイタチを追いかけ辿りついたこの宿場町は、歓楽街を中心に栄えているらしく、通りには女の甘い匂いと客引きの声があちこちからしていた。

 ナルトに注意を促していれば、自来也が足を止める気配がした。

 

 

「ナルト、サスケ。今日はここに泊まるぞ」

「オッス!」

「俺はまだ歩ける」

「無茶言うなってばよ、サスケ!」

「弟子は師匠に従えっつうの!それにお前は眼に頼りすぎておったようだな。この先は山道が続く、明日に備えてその状態に慣れておけ」

 

 

 気遣われていることに強がるサスケだったが、ナルトと自来也の言葉に口を噤む。

 視界を封じられたストレス、痛む身体。誤魔化しようのない消耗に、サスケは渋々頷いた。

 

 

「だああ!またガマ吉……ってあれ?もう一匹?」

「こんにちはです〜」

「こりゃガマ竜!なんでおめーも出てくるんじゃ!」

「ガマ吉兄ちゃんが楽しそうだから、ボクもついてきちゃったよ、えへへ〜」

「仕方ない奴じゃ……まあおやつは期待できんが、なかなか娑婆もいい所じゃけえ」

「えーおやつもらえないの?」

「またチビ蛙が増えたー!?」

「……口寄せの発動はまでわかるが、まだ道は見えねぇな……」

 

 

 自来也がどこぞへと遊びに行き、残されたナルトとサスケは言いつけ通りそれぞれの修行に取り組んでいた。

 

 ナルトは九尾のチャクラを練るということに苦戦しているようだったが、それでもガマ二匹を口寄せできる程にはチャクラを込められるようになっている。

 ジッと座禅を組みその口寄せのチャクラを探っていたサスケも、時空間の認識までは至らないものの、発動の一瞬前に二種類のチャクラを感じ取れる位には視界のない状況に慣れてきていた。

 

 

(だが……これじゃ、駄目だ)

 

 

 本戦まであと一ヶ月を切っている。まず優先したい綱手捜索も、自来也が不在の今一人ふらふら出歩く訳にもいかずこうして修行をするしかない状況だ。

 しかし、その感知もただ当てずっぽうに気配を探るだけでは時空間の認識には到底及ばない。何か、代替手段が必要であることは明白だった。

 

 

「おやつはねぇの!チビガエルは早く帰れってばよ!」

「なんじゃ、懐のちっせえ奴じゃ」

「ねえねえお兄ちゃんはおやつ持ってない?」

「悪いが持っていないな」

「え〜ボクお腹空いちゃった……あ、おいしそーなハエみっけ〜!いっただきま〜す!」

 

 

 ぴょんぴょんと近づいてきたガマ竜がサスケにお菓子をせがむも、バックの中には兵糧丸くらいしかない。そもそも甘いもんはダメだ。

 首を振るサスケに明らかにがっかりしたようなガマ竜だったが、ふとそう言って長い舌を伸ばした。ハエまでは認識できなかったものの、むしゃむしゃという咀嚼音を聞くに無事に捕らえられたのだろう。

 そこでふと、気になることがあった。

 

 

「お前たち、蝦蟇の目はいいのか?」

「んー?どうだろう〜」

「人間と比べたことなんぞないからな……じゃが、動いているものの方が見やすいっつうのはあるのう」

「あ〜確かに!止まってると目を凝らさないと見えないよねぇ」

「つまりは動体視力がいいってことか……」

 

 

 動物の視力は人間に劣ると聞くが、それも一概には言えないらしい。

 それもそうだ、嘗て口寄せ契約をしていた鷹は人間の数倍の視力を持っていたし、蛇も舌で体温感知と嗅覚感知をしていた。犬は嗅覚感知に優れ、昼より夜が見えやすい動物もいる。

 生き物それぞれが独自の感知能力を持つのだろう。

 

 

「へえ~、色んな見え方があんだなぁ。俺も見てみてえってばよ!そういや、影分身も解いたら別の奴から色々情報入ってきておもしれーんだよなぁ……」

 

 

 そのナルトの言葉に、ふと何かが意識を掠めた。

 

 

(影分身………情報……?)

 

 

 この糸口を離すなと、何か直観のようなものが働きかける。影分身の術自体は感知能力は大して関係はしない。せいぜい、影分身に偵察をさせその後に術を解き情報を得るくらいか。

 そう───中忍試験の時のように。

 

 

(……!!)

 

 

 サスケはまだ記憶に新しい一次試験を思い出す。

 あの時ナルトは影分身を使い情報を得た。

 そして俺は───写輪眼を、眼を、使わなかった。

 

 思い浮かんだ考えに、左手を軽く握る。経絡系はまだ完全には治癒していない、が、随分と良くなってきてはいた。

 ベッドの上に手を置き、微弱な雷遁を流しながら意識を気配からその電子の動きへと切り替えた瞬間───世界が変わった。

 

 

 

 

「ほほう?どうやら何か掴めたようだな」

 

 

 翌朝になってようやく戻ってきた自来也は、身支度を整えていたサスケを一目見るなりニヤリと笑う。

 昨日まで見えぬ不安から動きにぎこちなさのあったサスケは、今や全て見えているのではないかと思う程に自然体な振る舞いをしていた。

 

 

「まだ不完全ではあるがな」

 

 

 サスケはまっすぐに自来也を見つめ返す。正確に言えば、流れる電子の流れが人の形に歪んでいるものをだ。

 

 物体には、電気を通す導体、通しにくい絶縁体、その中間の半導体がある。

 電気を通す導体は有名なのは銅や銀、金を始めとした金属、そしてあとは黒鉛など。絶縁体はゴムやプラスチックや木、そして木を原料としたパルプから作られた紙、それから空気などが該当する。

 言い換えるならば、それらが世界を形作っているといっても過言ではない。

 

 サスケは微弱な雷遁を足元から流し、その流れを辿ることで世界を『知る』ことに成功したのだ。

 ただし、まだ精度は低く、今は流せるチャクラも僅かのためせいぜい自分の周囲を知覚できる程度だ。時空間感知となると先は長い。

 

 

「恐ろしきは───の血、というわけか……」

「……?何か言ったか?」

 

 

 何か呟いたような自来也に首を傾げた時。うーんと唸りながら目を醒ましたナルトが、自来也の姿にパッと飛び起きた。

 

 

「あーー!エロ仙人!今までどこに行ってたんだってばよ!ちゃんとオレの修行見る気あんのか、コラァ!!」 

「うっせーのぅ。お前は早く九尾のチャクラを使えるようにならんか!サスケに先を越されまくっとるぞ!」

「お、オレだって……オレだって、頑張ってるんだってばよ……!」

 

 

 ナルトの視線がこちらに向く気配がした。表情はわからない。だが、声、気配、動きに隠しきれぬ負の感情が滲んでいた。恐らくはサスケの成長と自身のそれを見比べているのだろう。

 意味はないと分かってはいても、比べずにはいられない。それがライバルだった。

 

 

「オレってば、顔洗ってくる……」

 

 

 しゅんとしょげたように肩を落として、部屋を駆け出していくナルト。その背を追うに追えず、サスケは傍らの自来也へ恨みがましい視線を向けた。

 発破をかけるにしてもやり過ぎだ。

 

 

「そう睨むな。………ま、こればっかりはあやつ自身がどうにかするしかないからのォ」

 

 

 自来也はため息をつきながら、ナルトの消えた扉を振り返った。

 

 

「身の危険や感情の高ぶりが、九尾のチャクラを引き出す鍵なら───悪く思うなよ、四代目」

 

 

 そんな独白を聞き取ったサスケは眉間のシワを増やす。何か、嫌な予感がした。





【補足という名の言い訳】
※飛雷神の術は原作で深く語られなかったため独自設定となっております。ですが、何も考えなしに適当にという訳じゃないのでちょっと言い訳を(笑)

 原作で飛雷神の術を使ってたのは、二代目火影、四代目火影だけではありません。
 四代目火影の護衛小隊である、不知火ゲンマ、並足ライドウ、たたみイワシ。この三人も大戦の折に照美メイを飛雷神の術で戦場へ移動させていました。
 三人がかりでないと使えない。つまりは三つの役割があったと考えました。

 不知火ゲンマは感知能力者。二代目火影も四代目火影も地面に手をつけて敵を探っていました。ゲンマさんもどこか忘れましたが確か手を地面につけて感知してましたし、これはほぼ間違いないと思います。
 また、ゲンマ達は三人で手を繋いで円(ゲート)を作っていました。四代目も術の発動前にクナイと両手で輪っかを作っています。恐らくはそれが時空間忍術の入口、マーキングがその出口。入ってから出るまでの道を辿れるのがゲンマさんだったのかなと。

 そして並足ライドウ、たたみイワシはその名前を考えるに、雷遁・水遁の使い手。
 しかし、単に雷遁・水遁の複合忍術と考えるには、四代目は火遁・風遁・雷遁の適性であり当てはまりません。二代目火影はさすがの全属性持ちですが……※陣の書より
 それに火遁・雷遁、もしくは雷遁による術だった場合は、時空間忍術ではなく属性忍術とされるかな、と。

 また、飛雷神の術は口寄せの術の応用とされています。口寄せとは自分の血(チャクラ)を媒介に忍獣を呼び出すもの。つまりは引っ張る力が必要なのかな〜と。忍獣はチャクラを持ってるから、術者と忍獣のチャクラの波長差が生まれると仮定。
 そこで、二種類のチャクラを流し、そのチャクラの波長差による摩擦エネルギーを移動の動力に、という捏造設定に(笑)


 あくまでも!!
 捏造設定ですので、あしからず。


 深く考えるな、感じるんだ……!( ー`дー´)


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64.不協和音

活動報告、よろしければご意見よろしくお願いいたします!m(_ _)m


 

 蝉の鳴き声があちらこちらから聞こえてくる。視界が封じられ見えないものの、きっと木々は青々と茂っているのだろう。

 7月ももうすぐ半ば。炎天下とまではいかずとも陽光は強く、忍として過酷な環境に慣れているとはいえ暑いもんは暑い。

 勾配のある坂の途中で足を止め、瞼に感じる木漏れ日の熱を片手で遮りながら、サスケは額に滲んだ汗を拭った。

 

 今、サスケ達は阿多福町を出て、次の目的地である火の国と湯の国の狭間にある宿場町へと向かっている。歩き出して一刻もしないうちに坂道に入り、やがて舗装もろくにされていない山道を登っていた。

 

 雷遁を応用した感知により地面から突き出た根っこや窪み、道端から伸びた枝を避け。ここまでかすり傷一つなく歩くことができていたが、平地とは比べ物にならない程の障害物の多さに、もしも昨日の時点で進んでいたらと思えばゾッとする。

 ただし、その知覚範囲は数メートル程度といった所で、それ以上先は以前と変わらぬ闇が広がるばかり。そして何より常に微弱な雷遁を流している状態であり、それなりにチャクラを消費していた。

 

 

(術を使う時だけならともかく、常日頃使うには消耗が大きいか………シスイさんにはまだ教えられないな)

 

 

 感知の手段を見つけたサスケが、まだ視力の封印を解いていない理由。それは更なる能力の向上という意味合いもあったが、一昨日出会った暗部総隊長の姿がよぎったというのが一番の理由だった。

 

 万華鏡は光を失う運命にある。シスイはうまく隠してはいたが、時折目を気にする素振りをしていたことにサスケは気づいていた。万華鏡を持つ者が他にいない現状、このままシスイが失明するだろうことは自然の成り行きといえる。

 

 万華鏡写輪眼を持つ者は、瞳の交換により永遠の光を手に入れることができる。だが、万華鏡写輪眼の強さは身をもって知ってはいたが、心を写す瞳である写輪眼、心の歪んだ成れの果てだ。

 シスイには悪く思うが、たとえどんなに力を得るとしてもその対価を思えば開眼したいとは思えないし、イタチにだって開眼してほしくはない。

 だからせめて視力の代替手段としてこの術を使えないかと考えていたが、まだ改良していく必要があるだろう。

 

 

「サスケ!早く来いって、すげーってばよ!」

 

 

 遠くの方からナルトの歓声が聞こえてきた。どうやら立ち止まっている間に、随分先に進んでしまったらしい。

 サスケは一度息を大きく吐いて思考を中断させ、再び山道を歩き始めた。

 

 ナルト達に追いつくと、ふと道の両端のチャクラの流れがぷっつりと途切れた。一歩踏み出せば足元がぎしりと揺れる。どうやら山頂から長い吊り橋がかかっているようだ。

 

 

「すっげー深い……底が見えねーってばよ……!」

「この谷は地獄に続いているという話だ。落ちたらまず助からんぞ」

 

 

 ゴクリとつばを飲むナルトに並んで橋の下を覗き込む。見ることはできずとも、谷間から吹き上げる風にその深さを感じ取れた。

 そこに僅かに混じる異臭。鼻腔を刺すような独特な臭いは硫黄のものだろう。湯の国はその国名にもなっている通り、温泉が国のあちこちから湧き出ており、目指す国境の宿場町もそう遠くないことの証と言える。

 

 だが、それよりも橋の先から届いた自来也の言葉、この硫黄の臭いに。呼び覚まされる記憶があった。

 

 

(もしかするとこの谷は、地獄谷に繋がっているのかもしれないな……)

 

 

 贖罪の旅を始めて間もない頃、各国で起きた忍失踪事件。その真相といえば、血の池一族の末裔であるチノがうちは一族である俺へ、そして世界への恨みと孤独へ復讐を企てたものだった。

 

 戦いの最後に透明な涙を流したチノは、今どこにいるのだろう。雷光団を打ち立てているのか、それともまだあの暗い闘技場に囚われているのか。それともこの先に続く地獄谷で一人朽ちようとしているのか。

 

 分からない。知る術を持っていない。

 そう言い訳をしようとした内心に響く声があった。

 

 

『被害者からしたら、加害者も第三者も同じ……自分を救ってくれなかった人たち、それで一括』

 

 

 俺にできることはないのか?───本当に?ただ、この安寧を手放したくないだけではないのか?

 

 橋の欄干から見下ろす先には闇だけで。気づきたくない答えから顔を背けるように、足早に前を進んだ。

 

 

「ナルト。口寄せの術のコツを教えてやる」

「え!?そんなのあるんだったらもっと早く教えてくれってばよ!!」

「それはの───命を懸けることだ」

 

 

 そんな思考に耽っていたからだろう。いつの間にか、自来也とナルトを追い越して少し距離がひらいていたことに意識が向いていなかったのだ。

 数歩後ろから聞こえた不穏な会話に、背筋にゾワリとした寒気が走った。

 

 

「死にたくなかったら自分で何とかしろ、のォ」

「え?」

 

 

 途轍もなく嫌な予感に二人を振り返ると同時。トン、と何かを突く音がして、ナルトのチャクラが宙を舞った。

 すぐさまその場へと駆け寄り、欄干から身を乗り出して手を伸ばす。ちりりとナルトの伸ばした指先が掠めて、あっという間に離れていく。

 

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 

 一拍遅れでナルトの悲鳴が、奈落のような闇に落ちる。それを認識し、考えるよりも先に身体が動いた。

 

 

「───!?」

 

 

 耳元を風が吹き抜けて、何かを叫ぶ自来也の声もかき消される。落下しながら印を結ぶ。左腕に激痛が走ると同時に視界が開けた。

 眩しさとかかる風圧に一瞬目を眩ませるも、すぐさま真っ暗な谷間に落ちていくナルトを捉えて手を伸ばす。

 

 

「ナルトォ!!」

「……!?」

 

 

 驚愕もあらわにこちらを凝視するナルトを何とか空中で捕まえ、サスケは痺れかけた左手を気力だけで動かし、後手に力いっぱいクナイを投げた。

 雷遁を纏わせたそれは橋の支木を杭のように貫く。

 

 

「しっかり掴まってろ!!」

 

 

 ガクンと引かれる左腕。かかる重力。何より経絡系の焼けるような痛み。

 溢れかけたうめき声を噛み殺して、ナルトを掴む右腕に力を込める。

 

 

「サスケ……お前……何してんだってばよ!?」

「煩い、ウスラトンカチ……早く、登れ!!」

 

 

 徐々に衝撃と揺れは収まったものの、二人の身体を支えているのは、橋を貫いたクナイから伸びた一本のワイヤーだけ。蜘蛛の糸のようなそれが、宙に浮くナルトとサスケの命綱となっている。

 腕にかかる負荷に顔を歪めながら、ナルトを急かす。指に絡ませたワイヤーも血でぬめっている。糸か、指か、この細い命綱もいつ切れるか知れなかった。

 

 

(こいつだけは……!)

 

 

 たとえ片腕を失ったとしても、ナルトだけは助けなければ。その一心で、サスケはナルトを支える手に力を込めた。

 

 

「サスケ……」

 

 

 ポタポタと頬に落ちる血痕にナルトも気づいたのか、一瞬泣きそうに歯を食い縛ると、顔を俯けた。

 早くしろ、と再度急かそうとした時、ナルトがふと顔をあげた。

 

 

 その縦に割れた瞳孔と、視線が重なった瞬間。意識が切り離されたかのように、サスケの身体から痛みが消えた。

 

 

 

 どこか覚えのある感覚を思い出すよりも先に、ピチャリと足元の水面が揺れて、サスケはハッと我に返り辺りを見回した。

 先程まで眼下に広がっていた大自然はそこにない。人工的な光に照らされた薄暗い廊下、天井には何処かへと幾筋も伸びるパイプが走り、漏れ出た水滴が踝まで覆う水面を規則的に打っている。

 

 

(ここは……ナルトの精神世界か?)

 

 

 大蛇丸のアジトでナルトと再会した、その遠い記憶と視界が一致する。しかし、写輪眼の瞳力を今は使っていない、まるで何かに引きずり込まれたかのようだ。

 そうしてふと通路の奥、獣の唸り声のする方向へと向かう背に気付いて呼び止めた。

 

 

(……ナルト!!)

 

 

 だがナルトはサスケの声が聞こえていないのか、何かに惹かれるように奥へ奥へと消えていく。

 サスケは急いでその後を追いかけ、開けた部屋の入口で立ち止まった。

 

 見上げる程の巨大な檻。封じの札が貼られたその奥には、暗闇の中に光る両眼、悍ましい程強力で肌が総毛立つような冷たいチャクラがある。

 

 

───九尾の妖狐が、そこにいた。

 

 

「アホギツネ!俺の体に泊めてやってんだから、家賃としてお前のチャクラ貸しやがれ!!」

 

 

 九尾相手に一歩も怯むことなく啖呵を切ったナルトを、ジッと睨みつけていた九尾がふと笑いだす。

 

 

【フフ、ハハハハハハ……!どの道お前が死ねば、わしも死ぬというかァ……わしを脅すとは、大した度胸だ……!】

 

 

 哄笑と同時に赤いチャクラがナルトを縛り付ける。咄嗟に駆け寄ろうとするも、何故か泥沼に沈んでいるかのように身動きができなかった。

 

 声は出ない。身体も動かない。そんな歯痒い状況なのに、得も言われぬ既視感を感じた。

 どこかで。同じことを、思ったことがある。そんな気がした。

 

 

【よかろう、ここまで来た褒美だ───くれてやる!】

 

 

 その九尾の言葉と共にナルトの姿がかき消えた。現実世界に戻ったのだろう。通常であれば精神世界の持ち主であるナルトと共に、異物たるサスケは排除される筈だ。

 それなのに、サスケは戻れなかった。

 一体、何が起きているのか。動けず、話せず、戻ることさえもできないまま立ち尽くしていると、不意に九尾がその鼻をひくつかせ唸りだす。

 

 

【誰だ………いるのは分かっている、出てこい】

 

 

 その言葉に従うように檻へと歩き出す。

 何かに操られているかのような、けれど自分の意思でもあるかのような、奇妙な感覚だった。

 

 

【そのチャクラ……ジジイの……いや、そんな筈がない!!!】

 

 

 怯えるかの如く後ずさる九尾に、檻さえも何もないかのようにすり抜けて近づいていく。

 嘗てと同じように鼻先へ手を伸ばせば、九尾の瞳が驚愕に見開かれた。

 

 

【貴様────!!?】

 

 

 九尾の吠える言葉に、唇がゆるりと弧を描く。

 九尾の瞳に映る俺は、俺の知らない顔で嗤っていた。

 

 

【    】

 

 

 聞き取れぬ音と共に、その巨躯が泡のように弾け飛んだ。

 

 

 

 

「お前がうずまきナルト……ウチの倅共が世話になっちょるようじゃのぅ」

「え?え?セガレ?」

「ガマ吉とガマ竜じゃア」

「セガレ……って、まさかあいつらのオヤジ!?蝦蟇一つえぇっていう自慢の父ちゃん!?」

「フッフ、ワシを呼び出すちゅうとったガキじゃろう。大した奴じゃ……ワシの頭に乗ったのは、四代目以来じゃけんのォ……よっしゃ、ガキぃ、お前を子分として認めちゃろう!それが仁義っちゅうもんじゃ!」

「オ、オッス!ガマオヤビン!!」

 

 

 そんな響く会話にうっすらと目を開ける。視界には大自然もあの部屋もない。ただゴツゴツしたぶ厚い皮膚のような茶色の地面だけだった。

 軽くかろうじて動く右手を握り開いて、途端に走る腕の痛みに安堵すら覚えた。どうやらナルトのあの世界から抜け出せたようだ。

 

 

「サスケ?おい、サスケってば!ガマオヤビン、ガマオヤビン!!サスケが……!!」

「んん?こいつがサスケか。熱が出とるな、随分弱っちょる……」

「………!」

「………」

「……」

「…」

 

 

 意識が急激に落ちていく。痛みすら溶けていくのに、首筋の呪印だけが火で炙られているかのように熱い。

 抗えぬ暗闇に引きずり込まれ、サスケの意識は途絶えた。

 

 

【    】

 

 

 その音を。その名を。

 俺は、確かに知っていた。





 呪印に記憶に夢。開く手と握る手。呼ばれる名前。
 ここまで色々散りばめてきた伏線に気づいた方、いらっしゃるかしら?(゜-゜)

以下おまけ
〜蝦蟇親子の食卓 in 妙木山〜

「「ただいま」」
「おかえり二人とも。ガマ竜がお夕飯に遅れたことなんてなかったのに、今日は随分遅かったわねぇ。どこかに行っていたの?」
「お母さん、僕ね!今日はじめて口寄せされたんだよ!」
「あらまあ凄い、怖くはなかった?」
「うん!兄ちゃんと一緒だったから、全然怖くなかったよ!」
「ふふふ、さすがお兄ちゃんねぇ?」
「ベ、別にわしは何も……(照)」
「ほっほう。お前らを呼ぶとは中々見どころのある奴じゃ……名前は何という?」
「黄色い髪の毛で、空みたいな青い眼をしてて……名前はえっーと……」
「───うずまきナルト。火影になるっちゅうとるガキじゃ。親父を呼び出そうって飽きもせず毎日口寄せしとるから、暇つぶしに遊びに行ってるんじゃ」
「黄色い髪に青い目……うずまきナルト、か」
「それとね、お菓子くれたお兄ちゃんもいるんだよ!サスケのお兄ちゃんって言ってね───」
「ほらほら、話を聞く前に水を浴びてらっしゃい。もうお夕飯よ」

 妙木山の一角。
 笑い合う蝦蟇達の姿があったとか、なかったとか。


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65.封じられた記憶

活動報告、ご協力ありがとうございます!(`・ω・´)ゞ


 

 一歩、また一歩。誰かに背負われているのか、規則正しい歩調が腹に伝わってくる。うっすらと瞼を開けば、青々と茂った木々と乾いた地面、揺れる影が視界に映った。

 どうやら山道を登っているらしい。そうぼんやり認識したサスケが預けていた身体を起こした瞬間、腕も、指先も、肩も、頭も、どこもかしこもが悲鳴を上げた。

 痛みに反射的に身体を強張らせれば、サスケを背負っていた自来也がちらりと首だけで振り返る。

 

 

「ん、目が覚めたか。お前さん、見かけによらず無茶する奴じゃのォ」

「サスケ……!」

 

 

 呆れたように自来也がため息をついていると、サスケの荷を重ねて運んでいたナルトが慌ただしく駆け寄ってくる。

 ナルトは心配そうに眉をヘの字に曲げて、その潤んだ目はどこか後ろめたそうに歪んでいる。そのあからさまにしょげた姿にサスケは首を傾げた。

 

 

(ああ……そういや、橋から落ちたんだったな)

 

 

 見上げられた視線があの空中でのやり取りと重なる。そうして気を失うまでの一連の状況を思い出したサスケは、自身を背負う人物に目を据わらせた。

 

 

「まったく、あ奴に知れたら何と言われるか……だっ!」

「フン、自業自得だ」

 

 

 身体はどこもかしこも痛んだが、歩けない程ではない。

 そう判断したサスケはブツブツと何やら呟いていた自来也に思いきり頭突きを食らわせて、ふらつきながらもその背から飛び降りた。

 

 ナルトを橋から突き落とした人物は他でもないこの自来也だった。自来也は九尾のチャクラを一向に練れないナルトに業を煮やし、あえて命の危機に晒すことでその力を引き出そうとしたのだ。

 その結果として、ナルトは大蝦蟇の召喚に成功した。自来也の思惑通りではあったが、一歩間違えば大惨事になっていただろうその行動を許せるかといえば否である。

 

 再び包帯でぐるぐる巻きになった両腕の恨みも込めた一撃に、地面に沈んだ自来也へ冷たい一瞥を投げていれば、ナルトが恐る恐るといったように近寄ってきた。

 

 

「手……大丈夫かってばよ……?」

 

 

 じいっとナルトが見つめているのは、今や感覚すら乏しい左手だった。

 心配ないと手でも握ってやりたいものの、二人分の重力に食い込んだワイヤーで神経が傷ついたのか、指先さえピクリとも動かない。元々の経絡系の損傷も加えて、果たして本戦までに治せるかどうかと言ったところだ。

 しかし、確かに後遺症が残ってもおかしくない深手ではあったが、過去にはナルトは文字通り片腕を失ってまでサスケを救った。それを思えば安いものだろう。

 

 

「気にするな。俺が勝手にやったことだ」

「でもっ……なんで……!」

「ほっとけるわけねーだろ。お前は……昔から、俺の最も親しい友だ」

「………!」

 

 

 目を見開くナルトにどこか気恥ずかしい気持ちがして、既に歩き出していた自来也の後に続いて先を進む。

 少しして追いついてきたナルトが横に並んだ。

 ヘヘっと鼻をかくナルトのいつも通りの晴れやかな笑顔に、サスケはフッと口角を上げた。

 

 

「サスケ、俺さ俺さ!ガマオヤビンを口寄せできたんだぜ!」

「ああ、知ってる」

「ガマオヤビンって里一番につえーの!そんで、俺とサスケにもちょっとチャクラ分けてくれたんだってばよ」

「何?……カエルになったりしねぇだろうな」

「まっさか〜、人間がカエルになるわけねーってばよ!」

「…………」

「え……?ならねーよな、エロ仙人!?」

「どうかのぅ?ああそういや、蝦蟇の里にはカエルの像が山程並んでおってな、修行者の成れの果てという話も───」

「「!?」」

 

 

 悲鳴を上げるナルトと共に自来也を問い詰め、冗談だとわかった時には心底ホッとした。自然エネルギーの取り込み方によってはそうした副作用が現れるらしいが。

 仙術に興味津々なナルトを中心に、わいわいと賑やかな会話が交わしながら一向は歩き続け、ようやく山道を抜けた先には青空が広がっていた。

 

 

「なーエロ仙人!口寄せも習得できたんだし、早く新術教えてくれってばよ!その仙術っての俺もやってみたい!」

「まあ、そう焦るなっての。仙術なんぞ、それこそ今のお前じゃカエルになるだけだわい」

「げ……そ、それはノーサンキュー……」

「心配せんでもお前にピッタリの術を考えてある、そう言った筈だ。だが、綱手の情報収集をしながらの修行になるからのォ……」

「ツナデ?誰だってばよ?」

「ワシの知る最も腕のいい医療忍者、ワシと同じ三忍の一人だ。医療スペシャリストの奴ならば、サスケの怪我も一瞬で治せるだろうからのォ───ついたぞ」

 

 

 地中をぽっかりくり抜いたような盆地を三人で覗き込み、そこに広がる町並みを見下ろせば思わず感嘆の息が漏れる。

 火の国と湯の国の国境を跨ぐこの町は観光地としても名高く、昨晩泊まった宿場町よりも更に大きく活気づいていた。人通りもそれなりで、人が集まるからこそ得られる情報も多い、情報収集にはうってつけの町だった。

 

 

「サスケの怪我治せんのか!?そのツナデってどんな人?」

「そうだのォ……一言でいうと嫌な奴じゃ。あと賭け事が死ぬほど好きで、顔は国々に知れ渡っとる」

「じゃあすぐ見つかるってばよ、そんな有名人ならさ!」

「確かにアイツは有名だのォ。なんせ、伝説の──カモだ」

「カモ???」

「賭け事に死ぬ程弱いってことだ」

「綱手はガキの頃から何よりもギャンブルが好きでの。けど、運も実力も最悪でのォ……」

 

 

 その話は里を抜けた後、どこぞからサスケの耳にも入ってきた程に有名だ。

 色狂いの自来也、金遣いの荒い綱手、悦楽に生きる大蛇丸。忍の三禁をことごとく破っている三忍達である。後にはナルト、サクラと共に新三忍と呼ばれたが同じにはしてほしくない所だ。

 

 

「ま、情報収集をする間はこの町で泊まる。修行もここでやるぞ」

「……んでも、なんかこの町慌ただしいってばよ?」

「あと数日で祭りだ。その準備に追われてるんだろ」

「祭り?」

 

 

 無言で顎でしゃくった先には、街角にちょうど一枚一枚貼り付けられていくポスター。

 そこには“祭”とでかでかと書かれ、その隣に猫と犬のロゴマークが記されている。町中に入ってみれば、中央通りでは屋台の組み立て作業に勤しむ作業者達の姿がちらほら伺えた。

 遥か先の未来では、『ネヌ様祭り』として名高いこの祭りへ五大国から猫好き犬好きの人々が殺到している中継を毎年眺めたものだ。どこかで見たような眉の太い濃ゆい男の像に、何故か猫耳と犬の尻尾が生えていたのが衝撃的で記憶に残っていた。

 

 

(まだあの像は建ってないようだが………ッ!!)

 

 

 遠い記憶に遠い目をしつつ像のあった中央通りを見つめていると、前方から酒を片手に千鳥足で歩いてきた男が左手にぶつかって痛みに呻く。

 激痛にギロリと中年の小太り男を睨みつければ、そいつもぶつかった拍子で落ち割れた酒瓶に青筋を立てていた。

 

 

「俺の酒が……!何してくれとんじゃ、ガキィ!!この酒がいくらするか知っとんのか!弁償じゃ、10万両出さんかい!!」

「お前がぶつかって来たんだろう。俺が謝る道理はないし、金も出すつもりはない」

 

 

 というか、酒一つで10万両とはぼったくりもいいところだ。面倒な酔っ払いに絡まれたな、とため息をつきながら襟首を掴もうとする手を軽く避けた。

 続く拳も突進してくる巨体も、ひらりひらりと交わし続け、終いには勢い余って地面に転がった男をただ静かに見下ろす。

 両腕が使えないどころか、チャクラも練れない。それでもゴロツキ程度では到底サスケの相手にはならなかった。

 

 

「おい、何してる?」

 

 

 その声と共に飛んできたクナイ。牽制するようなそれが足元に刺さった。

 目を上げればそこそこチャクラ量のあるガタイのいい男が立っていた。額当てはしていないがその立ち振舞いからして恐らく忍だろう。抜け忍がこうして闇社会に身を堕とすことはそう珍しくもない。

 

 

「兄貴……!へっ、観念するんだな!兄貴は元岩隠れの中忍で、伝説の暗忍と恐れられたスゴ腕忍者だぜェ!」

「ほう、このチビ……ボロボロだが綺麗な顔をしてるじゃねぇか。良い値で売れそうだな」

 

 

 頭から足先まで値踏みする視線が絡みついてくる。その嫌悪感に『下衆が』と低く吐き捨てた。

 どうやらこの忍崩れは人身売買に手を染めているらしい。この時代でも人身売買は忌避されているが、それでも裏世界では肥え太った大名を中心に市場が作り上げられていることをサスケは知っていた。

 

 

(忍五大国は見て見ぬふり……飼い主の大名が黒幕では、それも当然か)

 

 

 道行く人々はサスケから目を逸らして去っていく。誰しも自らがかわいいものだ、余所者の子供を身を挺してまで庇おうとする者などいなかった。

 そうして攫われた子供は、これまで一体何人いたのだろうか。

 

 

 無知は罪だと人は言う。

 だが、知っていながら何もしないことは───それ以上の罪だ。

 

 

 そう思った瞬間、痺れていた筈の指先がピクリと動き、全身をじくじくと蝕んでいた痛みが薄れて消えた。

 

 

【        、          】

 

 

 霞がかった頭に響く声があった。聞き取れずとも、その意図はわかる。

 己の心の底にあった本音でもあったからだ。

 

 

【  】

 

 

 ああ、それもいいか。

 唇が吊り上がる。伸びてくる腕を映す黒い瞳が、どろりと渦巻き赤く染まろうとした瞬間。サスケを捕らえようとしていた二人が、回転とともに吹っ飛んでいく。

 その見覚えのありすぎる術、高圧縮された蒼いチャクラが乱回転する塊───螺旋丸。

 それを瞳に映した瞬間、サスケはハッと我に返った。

 

 

(俺は、何をしようとした?)

 

 

 まるで白昼夢でも見ていたかのようだった。上げようとしていた手が痛みを訴えていて、その感覚に安堵する。

 何をしようとしていたのか、そう思いを巡らせると同時に首筋の呪印がズキリとうずく。まるで、思い出すなというかのように。

 

 

───思い出す……?一体、何を?

 

 

 巡る思考に頭痛がして、つう、と額に汗が伝っていった。

 それでも、何か。大切なことを忘れている。そんな怖気が背を走り抜けた。

 

 

「す……すっげー!」

「かなりセーブしたんだがのォ……お前ら弱いのォ」

「お、お前さん、まさか伝説の……」

「悪いのォ、屋台を滅茶苦茶にして。オヤジ、ついでに水風船と風船全部もらってくがいいか?」

「別に構わんが……」

 

 

 男二人が吹っ飛ばされた先、水風船屋の主人が札束を受け取ってぎこちなく頷く。水風船の浮かんでいた桶は駄目になったようだが、屋台は立て直せば祭りにも間に合うだろう。

 そんな現実を認識すると同時に、身体の痛みも浮かんでいた筈の疑惑さえもが薄れて消えていく。

 そしてサスケの胸に残ったのはただただ、虚ろな喪失感だけだった。

 

 

「ナルト!ついてこい、修行だ!」

「お、オッス!」

「サスケ、お前は適当に宿を取って先に休んでおれ。ワシの荷物を持ってけ、追跡用の口寄せ蝦蟇がその臭いを辿ってくれる」

「………わかった」

 

 

 言い返す気力もなく、むしろありがたいとさえ思い目を伏せて頷いた。

 自来也が水風船を軽く投げる。放物線をかいたそれに咄嗟に掌で受け止めると、中で揺れた水がパシャリと音を鳴らした。ひんやりとした冷たさが伝わってきて、熱の上がった手に心地よかった。

 

 

「その眼───お前はどこまで見えている?」

 

 

 自来也の探るような瞳に、ああ、と理解した。この男は三代目の、上層部らの信頼する里の英雄だ。あの時、火影邸から出てきた時には既に、全てが聞かされていたのだろう。

 雲ひとつない青空を仰げば、強い夏日に視界は白く染まった。あの日の暗闇はない筈なのに、逃げ場のない空間に囲まれている、そんな錯覚を覚えて目を瞑った。

 

 

「……分からない」

 

 

 苦しみも絶望も痛みも、全て飲み込み、過去を受け入れた未来の死。

 それなのに戻った俺は、過去を変えるという禁忌を犯した。そして人質やしがらみという過去に、親しい者達との今に、苦酸の末に得た平和な未来に、縛られて身動き一つ取れやしない。

 

 

───俺は、何のために生きている?

 

 

「………何も、見えない」

 

 

 そう言って誤魔化せるのは、もうあと僅かなのだと。

 心の底で、誰かが嘲笑ったような気がした。 

 




湯煙忍法帖が好きなので、ついネタを入れちゃいました(*ノω・*)

でもでも、カカシ&ガイ&ミライはイチャパラ聖地巡礼とか言ってましたし、ナルト&自来也様が旅した道中を知らず辿ってたとかいいなって思うんですよねぇ。
何せイチャパラ作者ですしその旅路で筆をすすめたと。
そして今、ナルト&サスケ&自来也様でその道を……って思うと何だか嬉しいというか。

原作でもお祭りありましたし、想像するのは自由ってことで(笑)


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66.蠢動


蠢動【しゅんどう】

①虫が蠢くこと。また、物がむくむくと動くこと。生きとし生けるものすべての意でも用いることがある。
②つまらないもの、無知な者などが蠢き騒ぐこと。
③反乱が計画・準備されること。



 

 中央通りを抜けた先、猫と犬の二つの文字がきれいに二つに分かれて立ち並ぶ宿屋の一室。

 唸り声を上げ水風船にチャクラを込めるナルトを、朝っぱらから修行を見てくれと叩き起こされたサスケは眉間にシワを寄せながら眺めていた。

 

 

「見たやつをよく思い出せ。お前のみたいに平べったくなってたのか?」

「うーん、平べったいっつーか。何か、ボコボコってしてたような……?」

「学ぶにはまず真似ることだ。形が違うってことはやり方がそもそも間違ってるんだろ、同じ形になるよう意識してみろ」

 

 

 期待にキラキラ輝く瞳に負け、あくび混じりに助言してやれば、ナルトは少し考えていた後に再度チャクラを練りだした。

 先程までは同一方向に流れていたチャクラが乱れ、ボコボコと泡立つように乱回転している。まだチャクラコントロールが甘いが、この調子ならすぐに水風船を割れるだろう。

 そんなことを思いながら、包帯だらけの手の上で水風船を軽く転がす。チャポチャポと揺れる水音に耳を傾けて、サスケはそっとため息を落とした。

 

 

(全く……何をしてるんだかな)

 

 

 里を出てから早くも三日目。綱手捜索の期限のおおよそ半分がすぎるのに、情報収集をすると昨夜出ていった自来也はそれきり一晩帰ってこなかった。おおよそ碌でもない店に足を運んでいるだろうことは想像に難くない。

 そして飛雷神の術も、昨日の怪我で修行禁止が言い渡された。これ以上無理をすれば本当に後に響くため、サスケ自身もしばらくは控えるつもりだ。

 しかし、忍術書も隅から隅まで何度も読み覚えてしまった今、こうしてナルトの修行を見るくらいしかやれることがなかった。

 

 そうして無為に時間を潰している間にも、木ノ葉崩しの計画が進んでいる。イタチやシスイら、警務部隊もハヤテの調査や里内防衛についての話し合いを進めている筈だ。

 つい握りしめた水風船がグニャリと歪む。やがて、ナルトの水風船がパンと弾けたと同時、サスケの中でも何かがプツリと切れる音がした。

 

 

「やったってばよ!な、サス───サスケさん……?顔がこえーってばよ……?」

「……ナルト、俺は出かけてくる。留守は任せるぞ」

「へ?どこに?つぅか、エロ仙人は待ってろって……!」

 

 

 慌てて引き留めるナルトを横目に、自来也の置いていった荷物を背負ったサスケは、立て付けの悪い扉をギイと開いた。

 大蛇丸に狙われていることは分かっている。ターゲットが一人でふらふら出歩くなど論外、そうよくよく分かっている。

 だが、修行やら自分の身などよりも、優先させなければならないことがあった。

 

 

「綱手を探し、連れ帰る。その為に俺はここに来たんだ」

 

 

 猫犬祭り、或いは犬猫祭り。将来的にはネヌ様祭りと呼ばれるこの祭りも、今夜が前夜祭だ。

 数十件並ぶ屋台の間を縫うように、誰も彼もが忙しそうに準備に追われている。昨日、自来也が壊した水風船屋も既に建て直され、新しい水風船が水桶にプカプカ浮かんでいた。

 

 

「豚を連れた女二人?ここらじゃ見かけないわねぇ」

「さあな。ほらそこに立ってると危ねえぞ坊主」

「忙しいんだから邪魔をしないでおくれ」

「知らないなぁ……でも、この祭りには火の国、湯の国、他国からも色んな人らが集まってくる。もしかすると君の探し人もそのうち来るかもしれないよ」

 

 

 人波の中を自来也の荷物に入っていた写真を見せながら尋ねて歩くも、子供の人探しにそんな多忙な中でまともに取り合ってくれる奴など少なく。その親切に答えてくれた人達にも、綱手達一行の手がかりを持つものは一人もおらず、そうして気付けば既に日が傾き始めていた。

 徐々に賑やかさを増していく人通りを避けたサスケは、点々と続く提灯の明かりを道外れからぼんやりと眺めた。

 

 

(やはり、そう簡単には見つからないか……)

 

 

 何せ探している相手は、姿さえ変えて金貸しから身を隠す三忍の一人だ。そう運良く居所を知るやつに出会えるとは思っていなかったものの、丸一日を棒に振ったと思うとため息すら出やしない。

 

 朝も昼も抜かした腹がくうと鳴って、そろそろ宿に一度戻るかと考えた時、ふと足元にすり寄る温もりを感じた。

 視線を落とせば闇を溶かしたような毛並みの黒猫が足に尾を絡ませていた。遠くで犬の吠え声がしており、そいつはどうやら逃げてきたらしい。

 抱き上げてやればゴロゴロと喉を鳴らすそいつに、小さく笑いながらその背を撫でた。

 

 

「お前は……知る筈もないよな」

「何をだフニィ?」

「何って、綱手の居場所───ッ!」

 

 

 背後からかけられた特徴的なその声音に、思わず黒猫を取り落としかけた。

 まさか、そう思いながら振り返ると、タタッと身軽に走り寄ってくる忍猫二匹。

 思いもよらぬ邂逅に目を瞬いたサスケを見上げ、やってきた彼らは嬉しそうに声を弾ませた。

 

 

「やっぱりサスケのボーヤか!」

「生きてたんだフニィ?」

 

 

 うちは一族や里上層部以外に、唯一サスケの出自を知る者がいる。それが、幼少期から両親のお使いで連れて行かれた空区に住む、猫バアの一族とその契約下にあった忍猫達。

 特に世話になっていたのが、猫バアの片腕として猫達をまとめる忍猫、このデンカとヒナだった。

 

 対外的には、『うちはサスケ』は死亡とされている。だが、すっとぼけるにも忍猫の鼻を誤魔化せるとも思えず黙り込んでいると、商売柄そんな空気を感じ取ったらしいデンカとヒナは首を傾げた。

 

 

「フム……色々と事情がありそうだな?」

「探しものをしてるなら、猫バアにあわせてやってもいいいフニィ。でも、その蛙臭い荷物は置いてくフニィ」

 

 

 ついておいで、と尾を揺らす二匹にほんの一瞬躊躇い、ちらりとナルトのいる宿屋の方向に目を向ける。

 だが、偶然舞い込んだこの好機を逃すわけにもいかないだろう。

 サスケは迷いを断ち切るように頭を一つふって物陰に荷を下ろすと、裏通りへと先導する忍猫達の後を追った。

 

 

「毎年この祭りには、町長から賓客として猫バアが招待されてるんだフニィ。確か犬塚一族も招かれてるらしいフニィ」

「いつもは来ないんだが、今年はタマキがどうしてもとごねてなぁ」

 

 

 細い路地をいくつも抜けた先、やがて“猫の湯”とでかでかと暖簾の掲げられた旅館の前に辿り着く。

 ナルト達と泊まっている宿とは比べ物にならないほどに大きく、上品な雰囲気の漂う佇まいだ。ヒナ曰く、この町で一二を争う高級旅館というのも頷ける。

 突然入ってきたサスケにも出迎えた女将は微笑み一つ崩さず、デンカと目配せをして離れの間へと通された。

 

 

「猫バア、懐かしいお客がきたフニィ」

「んん?せっかくの旅行だってのに何だい、営業はして───」

 

 

 開かれた襖の奥。猫を撫でながら寛いでいた老婆が顔をあげた。サスケの姿に、その細目が信じがたいというように見開かれる。

 

 空区を束ねる頭目にして、うちは一族が代々懇意にしている質の良い忍具と情報を扱う闇商人、猫バアだ。

 物心がつくより前に顔通しがされていたのだ、六年で成長したとはいえ一目でサスケとわかったのだろう。

 

 

(知らぬ存ぜぬ……は、もう通じないな)

 

 

 付いてきた時点で自ら正体を明かしたようなものだが、綱手の手がかりをこの短時間で捜し出すには、情報屋である彼らに頼る以外に道はない。

 しかし、猫バアは商売人、何の対価もなく依頼を引き受けはしないだろうし、その対価自体も有り金全て叩いた所で到底足りないだろう。

 だとすれば、取れる手段は限られる。サスケは内心の葛藤を押し殺して座敷へと足を踏み入れた。

 

 

「久しぶりだな、猫バア」

「まさか、サスケかい!?お前さんは死んだって……!」

「その事だが───俺と取引をしてほしい」

 

 

 その一言で、一瞬で動揺を消した猫バアは流石の商売人と言えるだろう。

 そんな警戒する猫バアの前に座り込み、サスケは口角をあげた。

 

 

「探してほしい奴がいる。その対価として、アンタの知りたいことを全て教えてやる……俺が誰か、知りたいんだろう?」

 

 

 嘗ての面影を残しながらも、まるで知らぬ者のような顔で笑うサスケに。猫バアは身体を強張らせ、デンカとヒナはゾワリと毛を逆立てた。

 

 

 

 

「なるほどねぇ……事情はわかったよ、情報を集めてみよう。少し時間をおくれ。何かつかめ次第、使いをやろう」

「ああ。それから、情報源は明かさないでくれ」

「記憶があると知られると厄介ということかい。安心おし、私らは客の個人情報は決して口外しない……お前の家族にもね」

「恩に着るよ、猫バア」

 

 

 猫バアとの取り引きを終えたサスケは、忍猫達の見送りを断って元の通りへと戻っていた。

 既に日はとっぷり沈みきり、提灯の赤い光があたりを煌々と照らしている。その逆光により黒く浮かび上がるシルエットにサスケは立ち止まった。

 

 

「随分と遅かったのォ」

 

 

 片目を開いてジロリと見つめる、鋭い視線に唾を飲み込む。その足元には隠してあった自来也の荷があった。

 デンカとヒナに指示され荷物を下ろした、それはすなわち自来也の追跡を撒いたということに他ならない。

 

 自来也はサスケの監視兼護衛。うちはとの契約についても知られているだろうことには昨日気がついた。この三忍は、姿を消したサスケに何を思っただろう。

 影分身でも使えればそいつに預けて誤魔化しようもあったが、今の腕では術なんて使える筈もなく、こうして疑われることは予想していた。

 

 

「……アンタの荷物を探してる間に迷ったんだ」

「ほー?偶然落としたにしちゃあ、随分うまく隠されてたがのォ……」

 

 

 言い訳をするもまったく信じていない自来也に内心で舌を打つ。だが、里の機密を一部とはいえ漏らしているのだから、馬鹿正直に話せる内容でもない。

 黙り込んだサスケに、自来也が壁から背を離して近づいてくる。ポンと肩に手が置かれると同時に、重い殺気が肌を刺した。

 それでも逃げることも身じろぎもせず、顔色を変えることさえなく留まるサスケの耳元に、自来也は低い声で囁いた。

 

 

「もし木ノ葉の里を裏切るようなマネをしてみろ……その時、お前を殺すのはワシじゃねぇ───イタチらだぞ」

「………!!」

 

 

 予想だにしなかった言葉に息を呑む。監視と制約、そして抱える秘密に、どこか辟易していた胸中を言い当てられたような気がした。いっそのこと……そう胸の片隅にあった思いを気取られ、釘を差されたのだろう。

 

 里とうちはの関係が改善された今、サスケに人質価値はない。だからといって無関係とは言えず、サスケが問題を起こせば一族に責任が問われる。

 万一、過去のようにサスケが里抜けなんてしようものなら、ナルト達のように里に連れ帰るなんて甘いことはしない。血の繋がりがあるからこそ、その対応は一層厳しいものとなる筈だ。

 

 

(里を抜けた俺を、イタチが殺しに追いかけてくる、か………過去と反対だな)

 

 

 それを想像すると何とも皮肉に思える。

 だが、愛憎に囚われ道を踏み外した愚かなサスケとは違って、きっと賢いイタチは間違えない。里の為に、一族の為に、己の心と共にサスケを殺す。殺せる筈だ。

 もしもイタチがやらなければ、フガクが、シスイが、他の一族がその手を下すことになる。ならば苦しまぬようにと、優しい兄はきっとそう考えるだろうから。

 

 

(……だが、それだけは駄目だ)

 

 

 その愛も、その苦しみもよく知っていた。兄弟殺しの荷を負わせ、イタチを生涯苦しめることになる、それは嫌だった。

 唇を噛みしめ項垂れたサスケに、自来也が目を細めたその時、バタバタと慌ただしい足音が路地裏に駆け込んできた。

 

 

「エロ仙人!こんなとこに……って、サスケェ!お前どこ行ってたんだってばよ!」

 

 

 やってきたのは提灯の赤色にも、薄闇の黒さにも負けずに輝く金髪馬鹿だった。

 心配してたんだぞと喚いているものの、その頭には狐のお面、両手にはりんご飴やらイカ焼きやら。心配とは口先だけで、屋台を随分と満喫していたらしいことは明白である。

 

 

「あっちにさ、金魚すくいあんだって!お前得意じゃん!」

「もう家にいるだろ。カカシに預けてきたのを忘れたのか?」

「だーかーらー、寂しくねーようにもっと仲間をさ〜〜?」

「駄目だ。お前水槽の掃除もサボってばかりだろ」

「べー、サスケのケチんぼ!!」

「ちゃんと面倒見てから言え、このウスラトンカチ!」

 

 

 ぎゃーぎゃーと言い合うナルトとのいつものやり取りに、強張っていた口元が緩むのを自覚する。

 そんな二人にため息を吐き出した自来也は、しゃーねえのォ、と頭をボリボリかいて路地を抜け出した。

 ナルトにぐいぐい手を引かれてその後に続き、人で溢れ返る本通りに出れば、うちはの祭りとはまるで規模が違う眩いばかりの綺羅びやかさが目を刺した。祭囃子の笛の音がひゅるりと風に乗るようにして耳に届く。

 

 

「ほら、早く行こうぜサスケ!」

 

 

 それでも、そんな光に囲まれて前を進む金色が、何故だか一番に輝いて見えた。

 

 

 

 

「あっ!あれ、でっけー猫と犬の神輿!」

「神輿じゃねェ、人が乗ってるのは山車だ」

「え、違うの??」

「神輿は神様を乗せる乗り物、山車はてっぺんの神様をもてなす為に人が乗ってるもんだ」

「ふうん?じゃー、あそこに神様ってのがいるのか?」

「さあな」

「神様ーー!!オレってば、絶対火影になるからなーーー!!!」

「宣言してどうすんだ、馬鹿!」

 

 

 山車の上の神様とやらに手をふって、祈るでもなく宣言したナルトの耳を軽くひっぱる。

 幸いにも祭りの喧騒にかき消されたのか、周囲の奴らには聞こえなかったようでホッとしていると、ふらりと消えていた自来也がいつの間にか目の前に立っていた。

 

 

「まさか、たった一日でナルトが水風船を割るとは思わなかった。サスケ、お前がアドバイスしてやったそうだな?」

「……別に。大したことは言ってない」

「この修行は自力でどうにかする他ない……が、サスケ、お前の存在がナルトを急成長させとるんだろうのォ」

「………」

「人間っつうのは、一人でできることなんぞたかが知れとる───あまり抱え込むな」

 

 

 木ノ葉でも定番のパキリと二つに折られた氷菓が、ほれ、とナルトとサスケにそれぞれ差し出された。

 ニッと笑う自来也に先程の鋭い眼差しはない。もしかすると鎌をかけられたのか、そう思い至って半眼になりつつ首を振った。

 

 

「……俺は甘いもんは駄目だ。アンタが食え」 

「ん?そうか、そりゃ悪かったのォ」

 

 

 笑って手を引っ込める自来也は、遠慮なくサスケの代わりにそれを頬張る。

 美味そうに食べる自来也に、朝から何も食べていない腹が思い出したようにくうと鳴った。

 

 

「なー、サスケ」

「何……ッ!」

「ヘヘ、ちょっとくらいならお前だって食べれんの、オレってば知ってるんだもんね〜」

 

 

 いたずらっぽく笑うナルトに、渋い顔をしつつ半ばむりやり口に突っ込まれた氷菓を咀嚼した。

 甘ったるいそれは一口で十分で、残りをナルトに返すも、水分を欲していた身体には普段よりも美味い、そう思えるのが不思議だ。

 

 

「お、始まったぞ」

「すっげー!でっけー花火だってばよ……!!あ、木ノ葉マーク!あ、あれってば何?」

「雲隠れだろ。あっちは湯隠れか」

 

 

 遠くで腹に響くような、ドン、という音が次々に上がって、見上げた黒い空に綺麗な花火が咲いていく。

 各隠れ里の形を模したそれは未来でも変わらない。中立国として五大国の平和を願う、そんな意味が込められているそうだ。

 

 

「あんなにでっかいならさ、サクラちゃんとかカカシ先生とかにも見えてるかな?」

「さすがに遠いから無理だのォ」

「えー、そっかぁ……」

「……また来年があるだろ。次はあいつらも連れてくればいい」

 

 

 百年以上も前から続き、百年以上先も続く伝統ある祭りだ。今年はだめでも来年がある。来年がだめでもその次が。

 しょぼくれたナルトにそう言ってやれば、そうだな、と笑顔が戻る。それにフッと微笑んで、再び色鮮やかな空を見上げた。

 

 

 そんな他愛のない約束を叶えられると。

 この時は未来があるのだと、そう信じていた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 降りしきる雨が水面を叩く。

 季節は夏だというのに、分厚い雲で遮られた陽光は大地へと届くことはなく。ただ、常よりも高い気温はフードの下に汗を滲ませ、道行く人々の肌をジトリと湿らせる。

 余所者には不快に思えるそれも、長年を過ごせば日常の一部と化すものだ。人々は常と変わらず、喜び、怒り、悲しみ、笑い、そして神へと祈りを捧げる。

 

 

『今日も我らをお守りください』

 

 

 神はその願いを聞き届け───その手を敵の血で染め上げた。

 魂を抜き取られ倒れ伏す忍達。その四本線の刻まれた額当てに、濡れそぼる己の分身の姿が映った。

 

 

「やはりな……半蔵は木ノ葉に支援を求めていたようだ」

 

 

 瞬きと共に共有する視界を戻せば、常と変わらぬ曇天と雨粒を遮る屋根。そしてその言葉に、傍らにいた小南が鼻を鳴らした。

 雨隠れの里長としてのプライドをも捨て、他里に内情を明かしてまで保身に走る姿。もはや彼らの憧れた忍はそこにはいない。

 

 

「無駄な足掻きね。もうアジトの場所は突き止めたわ。木ノ葉の出張る前に片が付く」

「とはいえ、ここで奴らに出てこられては厄介だ……早めに動く必要があるだろう」

「───それが、どうやら向こうも随分面白いことになっているようだよ」

 

 

 ピクリ、と感知したチャクラに振り返れば、床から生えるように上半身を現した人物がいた。

 真っ白に塗り込められたような肌を持つ左半身が、楽しげに語りだす。

 

 

「その助けを求めたダンゾウは既に三年前に失脚。半蔵の最後の頼みの綱はとっくに切れてる」

「ソレモ知ラズニトハ……滑稽ダナ」

「まあでも、木ノ葉もよくここまで隠していたよ。なかなかやるねぇ?」

 

 

 嘲る黒い右半身に白い左半身がケラケラと笑った。ハエトリソウのようなその殻に包まれた一つの身体に二つの人格を持つ男、暁のメンバーであるゼツだ。そんな異形のような彼に驚くこともなく、ただその齎された情報に目を細めた。

 

 

「ダンゾウ……確か、大蛇丸と鬼鮫らが接触していた男だったな」

「そうそう。あの後もう一度報告が来てさ───」

 

 

 ぺらぺらと饒舌に語られた話に、薄紫の瞳が徐々に見開かれていく。

 

 

「ね?面白そうでしょ?」

「オ前達ハ、ドウオモウ」

 

 

 ゼツからは軽く告げられたものの、内容が内容だ。その提案に暫し目を閉じ、瞼の裏で思考を巡らせた。

 

 

「……私は反対よ。半蔵の始末まであと少し、ようやくここまで追い詰めたのにそんなことをしている暇はないわ。第一、まだ時期尚早でしょう?」

 

 

 小南の言い分は尤もだ。メリットはある、だがそれ以上のリスクを孕んでいる。

 計画まであと三年。それを短いと見るか、長いと見るか。現状に、そのリスクを背負う程の切迫性があるのか。

 

 

「今、我らが優先すべきは欠員の補充。よって───」

「そうか?俺は賛成だ」

 

 

 遮った声にハッと瞼を上げた。気取ることもできなかった気配が、空間を歪ませてそこに降り立った。 

 ぐるりと渦巻く仮面に一つ穴。その断固とした言葉には、譲る心など欠片も混じっていない。尋ねておきながらも結論は既にこの男が握っていたのだろう。

 

 

「………決めていたならば、何故問う?」

「“俺は”この話に乗るが、大蛇丸の奴も欲しいモノができたようでな。お前の意に反したとしても行くだろうさ」

「了承済みみたいだよ。きっと今頃、もう動いてるんじゃない?」

「勝手ナコトヲスル奴ダ……」

 

 

 その言葉を吟味する。暁のリーダー、ペインの命令に反する……それはメンバーの離反を意味していた。

 元より大蛇丸は組織への帰属意識も薄い奴だった。そしてメンバーの誰よりも己の欲に忠実だ。今留まっているのも、ただこの目の前にいる男が欠員の一時的な穴埋めをし、その眼に興味が引かれた。一重にそれだけだろう。

 メンバーの脱退は死を意味するが、奴ならばメンバー全員に命を狙われることになったとしても、己の欲を優先させることは容易く予想ができる。

 

 

「枇杷十蔵がやられて数年。どうやら岩隠れの小僧にも逃げられたらしいな?空席はまだ埋まらないまま、ここで大蛇丸の脱退は痛手……そうだろう?」

 

 

 ぽっかり空いた穴。その闇の中に、心の内を見透かすような赤い瞳が光る。

 口を噤んでいた小南が眉根を寄せ、ペインを庇うように一歩前に進み出た。

 

 

「……それは認めるわ。でも、本当に大丈夫なの?成功する確証がある?」

「確証、か。それはまだ分からんが……仕込みは既に終えた。うまくいけば近々席も埋まるだろうさ」

「……いったい、誰のこと?」

「それはお楽しみだ。行き場がなくなれば奴は自らここに来る。それを、うまく利用することだ」

 

 

 既に事は動き出しているのだと、そう男は仄めかした。

 ならば反対するだけ無駄なのだろうとため息を吐き出して迷いを振り切った。

 

 

「わかった、好きにしろ。ただし、大蛇丸には“木ノ葉の抜け忍”として動いてもらう。大名連中に睨まれては動きにくくなる。こちらはこちらで計画を進める……その邪魔はするな」

 

 

 既に動き出した歯車を止めることは労力を要する。

 半蔵の息の根を止め、その残党を根絶やしにし、この雨隠れを統一する。一仕事が待ち受けているのだから、無駄なことに時間を費やす暇はない。

 

 

「それでいい……元よりお前達の力を借りるつもりは毛頭ない。こちらはこちらで、お前達はお前達で動けばいい」

 

 

 読めぬ仮面の奥の男は、満足そうにそう言って身を挺した。

 来たときと同じく、空間に吸い込まれるかのようにその姿が薄れていく。

 

 

「待て、最後に一つ聞く……何が目的だ?」

 

 

 その背に投げかけた疑問は最初から頭に浮かんでいたものだった。常に偽りの仮面に身を潜め、表立って動くことのない男。その彼が、何故、この計画に乗るつもりになったのか。

 大切なのは結論であり、理由を求めることに意味はない。ただ、長年の接触を持ちながら未だその素顔も真意も晒さぬ彼だ、それにほんの少し興味がわいた。

 ジッと見つめる先、消えゆく真紅の視線が重なった。

 

 

「大蛇丸と同じさ。あの里には───俺の欲しいモノがある」

 

 

 そう言い置いて、ゼツ共々仮面の男は消え失せる。虚ろな答えに思考をやめた。所詮、人は決して理解し合うことの出来ない生き物、考えるだけ無駄なことだった。

 

 

「ほしいモノ……いったい何かしら」

「さあな……だが、そんな事はどうでもいい。俺達の最終的なゴールは同じだ」

 

 

 誰もいなくなった空間から目を逸らせば、いつの間にか雨が上がっていた。

 まだ天を支配しきれていない。この地さえも。

 ……だが、いずれは全てを手に入れる。

 

 神と呼ばれたその男は、緩やかに曇天へと手を伸ばし、輪廻を宿す瞳で世界を見つめた。

 

 

───世界に、平和(痛み)を。

 

 





山椒魚の半蔵に関する補足&雑考察

・雨隠れの里長。若き日の自来也、綱手、大蛇丸以上の力を持ち、忍で知らぬ者はいないと恐れられた実力者。三忍の名は彼がつけた。
・半蔵はその実力もさることながら、とても用心深く その側に近づくことすら困難を極めた。二十四時間交替で身辺に護衛を付け、近付く者には子供であっても身体検査を行う徹底ぶり。
・元々は弥彦や長門、小南からも尊敬されていた人物。しかし終わりのない戦いにすり減り、やがて自己保身や主権を守ることに固執するようになった。
・暁の勢力拡大に危機感を覚えた彼は、ダンゾウと組んで暁を陥れる。三大国への平和交渉のためにと騙して弥彦と長門を誘き出す。小南を人質に取り長門に弥彦を殺害するよう命令する。弥彦は長門が構えたクナイに自ら飛び込んで自決、それをきっかけに長門は輪廻眼を覚醒させた。
※アニナルでは当初は暁の理想に共感していた。しかし、雨隠れを騙って暁を襲撃する、半蔵の部下を暗殺した上でその罪を暁に擦り付ける等の志村ダンゾウの暗躍があったとされている。
・ナルト達が16歳の時に長門・小南は35歳。現在はナルト達が12歳なので長門・小南は31歳となる。弥彦の享年は15歳であり16年が経過。九尾事件の数年前にこの半蔵との仲違いがあったとされる。

 ⇨中忍試験では、原作では我愛羅に殺されたシグレ、バイウ、ミダレ、また七班を襲撃したアンラッキーの朧、夢火、篝が雨隠れの忍として登場している。
 その額当ては四本線。ペインを神と崇める者達は四本線に横線を引いている為、彼らは半蔵の部下 ≒ 中忍試験時点ではまだ半蔵は死んでいない、内戦時期。
 暁が本格的に動き出した時期がNARUTO第一部終盤であり、恐らくはその辺りで統一を成し遂げたと考えられる。


 まあ確かに雨隠れが内部分裂したほうが、木ノ葉としては良いのでしょうけどもねぇ……。
 ダンゾウ様の悪役っぷりに脱帽!((((;゚Д゚))))

 ここまで読んでくださってありがとうございました!m(_ _)m


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木ノ葉動乱編
67.道しるべ


久しぶりに開いたら、まだ見ていてくださる方がいてびっくり……!慌てて投稿……!((((;゚Д゚))))
月1くらいは投稿頑張ります〜>⁠.⁠<


 

 

「サスケのボーヤ、開けるフニィ」

 

 

 猫バアからの返信が来たのは、里を出てから五日めの真夜中のことだ。

 修行で草臥れたナルトはグースカいびきをかいて眠っていて、自来也はいつもの如く夜遊びで戻っておらず。躊躇いなくサスケは窓から忍猫達を部屋に招き入れ、猫バアからの書簡を受け取ることができた。

 

 しかし、急いで読み進めるも書かれていた内容に顔を顰め、用意していたマタタビボトルをさっそく味見しているデンカとヒナへと目を移す。

 不機嫌というよりも不可解、そんな表情を隠すことなく二匹へと向けた。

 

 

「どういうことだ?」

「書いてある通り、ここ一ヶ月の綱手の目撃情報をまとめ上げたものだ」

「信憑性は?」

「どれも確かな情報筋だフニィ」

「フン……だったら、綱手は複数人存在することになるな」

 

 

 書簡には幾つもの街名が記されていた。その時期、その距離、その証言、いずれも一つ一つの情報は確かに詳細なものであるにも関わらず、それらを列挙してみればその異常さが浮き彫りとなる。

 内一つを例に取るならば、雷と霜の国境での目撃情報と風の国での目撃情報のあった日付が一日差であるなど。時空間移動でもしたのでなければ、忍の足でさえ一週間はかかる距離だった。

 綱手がそうした移動術を使うなど聞いたこともなく、他の足取りもバラバラで一貫性がまるでない。そして特筆すべきは、目撃情報が数日前を境に急増していることだろう。

 

 

(俺が木ノ葉病院を退院した日───ハヤテの襲撃された翌日から、か……)

 

 

 決して見間違いなどとは言えない明らかな人為的工作の跡に、サスケはチッと舌を打ち紙面を睨みつけた。

 目撃談全てを確認して回る頃には、本戦どころか夏さえもが終わっている事だろう。

 

 

「情報筋が確かなら変化か。それも複数人が動いてるようだな」

「ウム、誰かが意図的に情報を撹乱させておる。一見すると規則性は無いように見えるが、何れか一つの情報を鵜呑みにした場合、違和感もなく各地を歩き回らせる。随分と周到にゃやり口だ」

「サスケのボーヤ。相手は間違いなく忍、どこかに潜んでいる可能性も高いから用心するフニィ」

 

 

 居住まいを正したデンカとヒナの言葉に頷く。ハヤテを狙った敵は、既に医療スペシャリストである綱手の捜索を踏んでいたのだ。

 ただ、ハヤテが救助された情報を手に入れてから、こうして偽情報を拡散するまでの期間がどうにも短い。それを考えるに、木ノ葉内部の犯行である可能性が高かった。

 それも、この五大国に及ぶ規模を考えるに単独ではなく複数人。それほどの人員を人知れず動かすなど、一介の忍には不可能なことだ。

 

 

(できるとすれば、それこそ砂隠れか暁、或いは……)

 

 

 浮かび上がったシルエットに、肩口の呪印を押さえつける。

 中忍試験が始まってからというものその影を端々に感じ取ってはいたが、しかし、奴が木ノ葉崩しに加担する意図が見えない。

 何しろ里への思いは奴の最後の瞬間を思い出しても明らかだ。今更心変わりでもした、そういうのだろうか。

 ズキズキと痛みだす頭を押さえて黙り込んでいれば、スッと一枚の紙面が広げられた。

 

 

「───けどにゃ、我らの情報網を甘く見てもらっては困る」

 

 

 誇らしげに尾をピンとたて、デンカとヒナは同時に肉球をバンと置いた。

 

 

「空区は忍のような追跡はしないフニィ」

「我ら商人が辿るのは、金の流れ。金は嘘も偽りも言わんからな」

 

 

 その言葉に目を瞬かせる。畳の上に広げられたのはこの時代には珍しい五大国の詳細な地図だった。そこに乗せられた二匹の爪先が、それぞれ二つの街名を示していた。

 

 

「あの蛞蝓姫は方方から金を借りてるから、その流れを辿ってみたフニィ」

「綱手は賭け事に弱い。その動く金も毎回膨大なものだ。それを考えるに───このどちらかの街に、本物の綱手がおる」

「空区の名をかけるフニィ」

 

 

 自信たっぷりな二匹の言葉に頷いて、その離れた街名に目を落とした。

 綱手探索の期限まであと二日。正反対の方向にあるその二つを巡る時間は残っていない。

 

 どちらか、二つに一つ。過去には忍術を使いチンチロに勝利したこともあったが、そんなイカサマは通用しない。サクラのように記憶力を使っての攻略も不可能だ。だからといって当てずっぽうに選ぶにはハヤテの命が、そして里の行末がかかっていた。

 

 

「もう猫バアは空区に帰った。できることはここまで、地図は餞別にやるにゃ」

「後悔しない方を選ぶフニィ」

「「また遊びにおいで、サスケのボーヤ」」

 

 

 そう言って、マタタビボトルを咥えてデンカとヒナは夜闇に去っていった。

 残された地図に目を凝らすも、答えが乗っている筈もない。

 一睡もせず───日の出と共に、サスケは決断を下した。既に日を跨いだ、六日目の朝のことだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あ〜〜!かってーってばよ……!なーサスケ、またコツなんかさ……?」

「やり方は水風船と変わっていない。お前のチャクラコントロールの問題だ、集中しろ」

「集中しろって言ってもよ~」

「……チャクラを練る所から流れを作ってみろ」

 

 

 螺旋丸の修行も第二段階に入り、室内では危険である為に町外れの雑木林に来ていた。ゴムボールを手に息を切らすナルトに何だかんだとアドバイスをしてやっていたサスケは、ふと視線を町内に続く道先へと向けた。

 やっとるのォ、と片手をあげて現れたのは予想通り自来也だ。その手につままれた綱手の写真が、風にひらりと揺れていた。

 

 

「綱手の情報が手に入った。出発するぞ!」

「やった!これでサスケの腕、治してもらえんだな……!よかったってばよサスケェ!」

 

 

 ナルトと共にその言葉に喜色を浮かべる、そのフリをしながらも、サスケは細めた目でジッと自来也を見つめる。

 決断してすぐにサスケは行動した。つまりは、自来也の通い詰めている夜の店に行って店員に頼み、酔っ払った自来也へ囁いてもらったのだ。

 

 

『綱手姫の所在は───という話よ』

 

 

 ベロベロに酔い潰れていた自来也はその情報にすぐさま目を覚まし、気づかれる前にその場を去った。

 それから既に数時間。ようやく現れた自来也に胸を撫で下ろすも不安は拭えない。

 

 

「なーエロ仙人、ゴムボール全然割れねぇんだってばよ。サスケもお手上げみたいだし?ちょっとくらいさぁ、アドバイスとかさぁ〜?」

「ったく、誰かさんは随分お前を甘やかしておるようだのォ……ワシは術は教えるとは言ったが、手取り足取り教える義理はない!一人でできなきゃそれまでだ。いつまでもガキみたいに……もっと忍らしく居ろ!!」

「……橋」

「ッ!?」

「誰かに言っちゃおーかなぁ、三代目の爺ちゃんとかーカカシ先生とかーイルカ先生とかーイタチの兄ちゃ」

「祭りの小遣い三百両、口止め料として払ったろうが!!」

「あれはサスケの分じゃん、オレってば言わねーとは約束してねーもん」

「うぐッ……!」

 

 

 三代目に知れてみろ、九尾の人柱力を橋から突き落としたなど大問題になることは明白。そして、カカシやイルカに知られたら何と嫌味を言われるか。イタチに知れたら………?

 途端によぎる怖気に、後ろめたさのある自来也はガックリと肩を落とした。完敗である。

 

 

「わかったわい……。しゃあねえ、ヒントをやる。お前、どっちをイメージしてチャクラを回しておる?」

「え?うーんと……左?ただ、色んな方向からやらねーと割れねぇってばよ」

「フッ、やっぱりのォ。しかしそれで水風船を割ったか……」

「???」

「お前は右回転型だ。チャクラを練るには精神エネルギーと肉体エネルギーを混ぜ合わせる……その回転の向きが右か左かは、人によって異なる。自分の回転型と逆のイメージでは、チャクラの流れが分断・反発しあってうまく勢いに乗らんのだ」

「へえ~。何でオレが右タイプって分かったの?」

「頭のつむじ!髪の生え方ですぐわかる、右巻きならなら右回転、左巻きなら左回転」

「へえ~、じゃあオレってば右巻きなんだな!」

「ああ。だから回すんなら右回転をイメージしなきゃのォ。ま、飽くまでも意識の問題だからな、乱回転は続けねばならんぞ」

 

 

 ナルトと話しつつ、のんびりとペース変わらず進む男をサスケは背後からこっそり見上げた。

 チャクラの回転方向とは頭になかった。腐っても三忍ということだろう。

 決断は間違っていなかったようだと安堵していれば、続く道先に二股の分かれ道が見えてくる。

 

 

(アンタは、どちらを選んだ?)

 

 

 昨夜、考えに考えを重ねた末、サスケは自来也に選択を委ねた。

 サスケ自身は過去を含めて綱手の人となりに詳しくもないし強運がある訳でもない。そんな危険な賭けよりは、綱手をよく知っている自来也が選ぶ方がまだ可能性があるからだ。

 

 左の道はデンカが示した街に、右の道はヒナが示した街に繋がっている。

 万一辿り着いた先に綱手がいなかったとしたら、自来也に止められようと単身でもう一つの街に戻るつもりだが、その後の諸々を思えば正解を選んでほしい所ではあった。

 左か右か、自来也はどちらを選んだのか。ギュと掌を握った時、自来也がピタリと足を止めた。

 

 

「さて……ナルト!」

「……?何だってばよ、エロ仙人。早く行こーぜ!」

「ナルト、お前───どちらの道を選ぶ?」

「あ゛?」

「え?んなこと言ったってさ、どっちがどこに続いてんのか知らねーってばよ?」

 

 

 サスケの口元が引き攣った。自来也は何処吹く風で耳をほじっている。

 ナルトはそんな二人に首を傾げながら、うーんと両方の道を見比べた。

 

 

「おいアンタ……まさか道を決めてなかった、とか言うんじゃねェだろうな!?」

「まあそう言うな。勝算がない訳じゃねぇ、ナルトの奴あっちの才能はあるんでのォ……?」

 

 

 写輪眼がうっかり出てしまいそうになるのを堪えてギロリと自来也を睨みあげれば、流石に自来也もたじろいだのか人差し指をあわせそう口籠る。いい年したおっさんがやっても欠片も可愛くない。

 確かに二つに一つ。どちらを選んでも責めはしないと決めたが、まさかナルトに選択権を譲るとは考えもしなかった。

 

 

(だが、納得できるか………!!)

 

 

 昨夜の決断は間違っていたのか。やはり自分で───と後悔の念に襲われていたサスケの手が、不意にくいと引かれた。

 体勢を崩したサスケの頭上を、背伸びをして覗き込んでくるナルトに虚をつかれる。

 

 

「サスケのつむじ、左向きなんだな!」

「……それがどうした」

「オレ決めた。左の道行くってばよ!」

 

 

 そんなナルトの答えに目を見開く。お前もか、と眉を潜めてその肩を掴んだ。

 この間にも、ダンゾウは動いている。ハヤテの命も狙われている可能性が高い。あと二日しかないのに、どうしてそう楽観的に考えられるのか、理解ができなかった。

 

 

「ばッ……わかってるのか?人の命がかかってるんだぞ!?」

「───じゃあさ、もしいなかったら右の道に戻ろうぜ!」

「だが……探索の期間はあと二日だろ……」

「んじゃ、一緒にエロ仙人にお色気の術で頼むってばよ!あとちょっとくらい、一日二日伸びたっていいじゃん!」

 

 

 間違えたなら、途中からでもやり直せばいいのだと。

そう言ってニッと笑うナルトの言葉にぐうの音も出なかった。

 ちらりと自来也を伺えば、彼は面白げに口角を上げていた。

 

 

「ま。ナイスバディなねーちゃんに頼まれたら、考えてやらんこともねーのォ?」

『人間っつうのは、一人でできることなんぞたかが知れとる───あまり抱え込むな』

 

 

 巫山戯た物言いでありながらも、その声音にかの日の言葉が思い起こされる。

 どこかこの男を信じきれなかった。だが、同じ木ノ葉の忍であり今や仮にも師───頼っていいのだと、そう言われた気がした。

 

 溜め込んでいた息を吐き出せば、夏日に温められた熱気が肺に届いた。

 決して清々しいとは言えないのに、肩が軽くなって───そうしてようやく、視野が狭まっていたことに気が付かされる。

 

 

(余裕がなかった?いや……そういう訳でもなかった筈だが……)

 

 

 飛雷神の術の巻物も、その術に至る視界も手に入れた。命の危機も乗り越えてナルトは螺旋丸の修行に入り、猫バアに奇跡的に遭遇して綱手の情報を得た。

 こうして順に並び立ててみれば、幸運といって差し支えないだろう。

 

 

 だが、なぜ、いつから───?

 

 

 

【   】

 

 

 視界を、白い手が真っ黒に塗りつぶした。

 その手を、その声を、俺は知っていた。

 まるで、自分が自分でないような。自分の体が自分のものでなくなったかのような、奇妙な感覚。

 

 

 そう、それはまるで、あの───六年前の───。

 

 

 

 

 

「あっち〜!ちょっと休憩しようってばよ……!」

「大暑も近いからのォ、だから夏旅は嫌なんじゃ……干からびる……水着のおなごをくれ……」

「エロ仙人、またそれかってばよ……。おい、サスケ?サスケってば!」

「目を開けて寝るとは。熱にやられちまったかのォ?」

「……煩い。暑い。離れろ」

「あああ!!オレの水筒空っぽ……水入れてくんの忘れたーー!!」

「ウスラトンカチが」

 

 

 木陰に倒れ込むナルトに分けてやりながらも、サスケもその隣に座って一口水を含んだ。こくりと飲み込んだそれが、どこか石のように重く身体に落ちていくような心地がした。

 

 しかし、サスケがそれを意識することは、もうなかった。

 






【……  。       】


 焼け爛れた掌を抑え、彼は毒づき舌を打った。
 指先を伝い落ちて水面に滴る、ぴしゃりと音を立て底なしの闇に沈む赤を、同じ色の瞳がただ静かに見下ろした。
 そこに映された相貌は見慣れぬ者で。その空間には温度が無い筈なのに、額には汗が滲んでいる。


【     】


 残された時間は───あと、僅かなのだと。
 『うちはサスケ』は、まだ知らない。


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68.命の賭け

 

 古ぼけた壺皿に一対の賽子が振り込まれ、ぶつかり合ってはカラカラと音を立てる。張った張ったと胴元が声を上げるも、誰一人として口を出すものはいない。

 その肝心の壺皿には誰もが視線一つ向けやせず、衆目はただ一点に集まっていた。静まり返る周囲の注目を一手に集めていたその人物は、不意に瞑っていた瞼をカッと見開いた。

 

 

「───丁!!」

「「「「半!」」」」

 

 

 その言葉を待っていたとばかりに声を揃える賭客達。そして壺皿がゆっくりと上げられ、並ぶ出目は“二”と“五”───案の定というべきか、半である。

 

 

「いやあ、悪いねえ~!!」

「姐さんご馳走さまッス〜!」

「クッ……!もう一回だもう一回!!」

「綱手様ぁぁぁ……!もうすっからかんですよ、もうやめましょうよ、もう早く逃げましょうよ!!!」

「ごちゃごちゃ煩いぞシズネ!!ここまで来て引き下がれると思ってるのかい!?」

「今夜の宿代どうするんですかぁぁぁぁ!?」

「勝てばいいんだろう勝てば!ほら、次だ次!!」

「その意気だよ姐さん!!」

「いやー、まいどあり〜〜!」

「あひぃぃぃぃ……!!」

 

 

 伝説のカモを前に、もはや本音を隠そうともしない賭客達だ。

 そんな奴らに気づいているのかいないのか。ジェラルミンケースから最後の札束を取り出そうとしているのは、この数日間探し続けていたかの三忍の一人、綱手姫だった。その傍らでは涙ながらに必死で止める側近のシズネと子豚の姿もある。

 相変わらずだのォ、とため息をつく自来也に見物客の一人、博徒らしき男が物珍しそうに首を傾げた。

 

 

「おや、アンタ見ない顔だな。まあいいさ、アンタも賭けてみるかい?」

「いや遠慮しておくのォ、結果の分かりきった賭け程つまらねぇもんはない」

「ハハハ!言ってくれるねぇ!!坊主はどうだい?賽の目を足して偶数になれば“丁”、奇数になれば“半”だ」

「うっさいな、オレってば修行してんだってばよ!邪魔すんな!」

 

 

 ゴムボールを手にしたナルトは、そう言ってすぐに修行に戻る。二人続いてすげなく振られ、肩を竦めた男の目が次いでサスケに向けられた。

 ちらりと横目で賭場を見れば、既に壺皿は伏せられ綱手が唸り声を上げていた。

 

 

「───丁!!」

「「「「半!」」」」

 

 

 先程と同じ流れが辿られる。

 綱手は死ぬほど賭け事に弱い。その中の目は決まり切っている。そうわかっていた。

 

 

「丁」

 

 

 サスケの声が静まり返った部屋に響く。綱手と同じ方に賭ける者がいるとは誰も思わなかったのか、皆、驚愕の眼差しでサスケを見つめていた。

 その内の一つ。ギョッとする自来也にかサスケ達の木ノ葉の額当てにか、揺れた薄茶色の瞳をサスケはまっすぐに見つめ返した。

 

 

(俺は、アンタに賭ける)

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

「惜しかったの〜。あれで賭け金を決めておけばのォ……」

 

 

 心底残念そうに呟きながら自来也が酒を煽った。

 一悶着を経て賭場を出たときには既に真夜中に近く、綱手ら含めた一行は居酒屋にいた。歩き通しの空きっ腹に焼き鳥をペロリと平らげたサスケは、茶を啜りながら先程の大番狂わせを思い返す。

 

 賽の目は“半”だった。

 しかし、壺皿を上げる寸前でちょうどナルトのゴムボールが破裂し、その風圧により出目は変わり───結果は“丁”。綱手とサスケの勝利となった。

 しかし、サスケは賭けに勝ったものの、掛け金を出していなかった為に無効とされたのだ。

 よって、綱手の一人勝ち。それもすぐさま、泡の如く消えていたが。

 

 

「も〜〜!綱手様、あそこでやめておけばよかったのに!!ガッポリだったのに〜〜!!また借金取りから逃げないと……!!!」

「ったく、終わった事をグダグダ言うんじゃないよ」

「何も終わってません!!前の借金だって返しきれなくて夜逃げしてるんですよ!!今回の賭け金だって借りたお金じゃないですか、今夜の宿代だってないのにぃぃぃ!!」

「……シズネ、お前飲み過ぎだぞ」

 

 

 酒瓶をバンと机に叩きつけるシズネの涙目は完全に据わり切っている。借金返済の希望がたった数分で消え、一度夢を見た分その心境は絶望的なのだろう。

 そんなシズネを憐れむように、自来也がその肩にぽんと手を置く。

 

 

「まあまあ、ここはワシの奢りだ。親父、もう一本!」

「自来也様ぁ……!」

「さあ呑め呑め!」

 

 

 店主の持ってきた徳利からとぽとぽと注がれる、度数の高い酒にシズネはやがて沈んでいった。

 潰れたシズネに笑いながら尚、自来也は綱手の猪口に酒を注ぐ。随分と景気の良い自来也に、綱手が不審げに目を細めた。

 

 

「それで……まさか、偶然って訳じゃないだろう。アタシを探していたのかい?」

「それがのォ……」

 

 

 船を漕ぎだしたナルトに肩を貸してやっていたサスケは、向けられた自来也の目配せにこくりと頷いて湯呑みを置いた。

 

 

「アンタを探していたのは俺だ」

「……このガキは?」

「サスケだ。隣の黄色いのはうずまきナルト。ワシの新しい弟子共だ」

 

 

 綱手がハッとしたように眠るナルトを見つめる。どうやら九尾の人柱力として名前は知っていたのだろう。

 自来也に弟子として認識されていたことをほんの少し嬉しく思いながらも、次いで向けられる視線に口元を引き締めた。

 

 

「ん……?お前の顔……どこかで……」

「?」

 

 

 サスケの顔をまじまじと眺めながら綱手が訝しげに首をひねるも、当然ながらこの時代に綱手との面識はない。

 もしかするとうちはに知り合いでもいるのかもしれないな、と思いつつも黙っていれば、思い出すことを諦めゆるく首を振った綱手は、酒を継ぎ足しながら続けた。

 

 

「まあいい……弟子の趣味は変わってないようだね。それで、そんな自来也の弟子がアタシに何の用だい」

「率直に言う。アンタの力を借りたい」

「アタシが誰だか分かって言ってるのかい?」

「三忍の一人、蛞蝓姫こと千手綱手。医療忍者においてアンタの右に出る者はない」

「ふうん……その腕を治してほしいって所か」

 

 

 綱手がちらりと左手を見る。包帯で隠されているとはいえど、医療スペシャリストの彼女には傷の具合もお見通しとばかりだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。首を横に振ったサスケは、脳裏に青白い顔を、泣き縋るくノ一を思い浮かべた。

 

 

「治してもらいたい奴がいる。一週間前、賊に襲われて意識不明の重体となった。救えるのはアンタだけだ……頼む」

 

 

 ナルトを起こさぬようにしながらも、サスケはその頭を下げた。

 綱手を説得し、里に連れ帰る。その手段なんて最初から持っていない。だが、ハヤテを救い、里を守る為には彼女の協力が不可欠だった。

 

 

「友人、恋人、家族、部下……そうやってお前のように頼みに来る奴が、今までいなかったと思うかい?」

 

 

 静かな声音に思わず顔を上げる。彼女はまるで過去を見つめるような遠い眼差しで、酒に写った自身の姿に目を落としていた。

 サスケが言葉を発するより早く、彼女はフッと口元を緩めると猪口を傾ける。一気に中身を飲み干すと同時に、指先に込められた力にパキリと器が砕けた。

 

 

「なッ!?」

「……これをご覧」

 

 

 破片が掌に食い込み、握った拳から赤い血がたらりと流れた。慌てるサスケを制し、綱手は自嘲気味に笑みを浮かべた。

 その指先がガクガクと震え始めたかと思えば、次第に震えは綱手の全身へと広がっていく。青褪めた顔で歯を食い縛る姿は明らかに尋常ではない。

 

 

「やはり、血液恐怖症はまだ治っていないか……」

 

 

 静観していた自来也がため息混じりにポツリと呟く。

 里を出る前、自来也の言っていた綱手の『トラウマ』───それがまさか、血液恐怖症とは。

 医療忍者として、忍として致命的な欠陥だ。それも自来也の口ぶりからして、それなりに長いことが伺い知れた。

 

 

(……あの五代目火影が?)

 

 

 サスケの記憶にある女傑は、第四次忍界大戦の折も最前線で血を纏いながら戦っていた火影だ。まさかそんな過去があったとは予想だにしなかった。

 

 “前”は克服できていたのだろう。だが、今は?

 自来也達による綱手の捜索は本来、木ノ葉崩しの後だ。時期として早すぎたのか。克服のきっかけが、サスケが過去に戻った影響により消えてしまった可能性もあった。

 

 

「……分かっただろ。血一滴で動けない、医療忍術どころかチャクラを練ることもままならないんだ。アタシは力になれないよ」

 

 

 苦々しげに唇を噛んだ綱手は、かすれ声を絞り出すように言った。

 その言い分は尤もで、確かに医療忍術は繊細なチャクラコントロールを必要とし、一つでも間違えれば却って身体を害することになる。

 ましてやハヤテは出血多量で輸血までしていて、その命は風前の灯だ。リーの手術なんて言うまでもない。

 

 今の綱手に治療を頼んだとして、万が一失敗したら?里の為とはいえ、命を賭ける、その責任を取れるのか?

 自然に目覚める可能性を無視し、リスクを冒してまで綱手に治療を急がせる必要性はあるか?

 

 様々な考えが頭を過り、奥歯を噛みしめた時だ。

 そのサスケの肩に、そっと大きな手が添えられた。

 

 

「言った筈だ……一人で背負うな。お前さんの味方は存外多いぞ。このワシも含めて、な」

 

 

 サスケが驚いてパッと自来也を見上げれば、自来也は懐を弄り一つの書簡を取り出す。

 赤地に封の印が押されたそれは、過去、旅の最中にも受け取ったことのある火影の密書だった。

 

 

「言い忘れておったのォ……この自来也、三代目火影より勅命を受けて参った。綱手───お前の即時帰還命令だ」

 

 

 自来也の強い眼光が、信じられないとばかりに硬直する綱手を貫く。

 サスケは広げられたその書状を、ただ呆然と見つめていた。

 

 

 

【三代目火影、猿飛ヒルゼンがここに命ずる。三忍が一人 千手綱手、直ちに自来也と共に里に帰還し、重要参考人の回復にあたれ。治療に付随する全ての責任は、里が負うものとする】

 

 



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69.芽吹き

 

 火影邸、その最奥にある隠し部屋には限られた忍のみが立ち入りを許される。

 普段は火影と上層部での会議が行われる場であるが、緊急時には上忍以上の忍が集められ話し合いをすることもあった。

 

 そして、今。その部屋には上座に三代目、その両隣に相談役のうたたねコハルと水戸門ホムラが座り、その前に数十名の上忍がズラリと並んで膝をつく。担当上忍である、アスマ、紅、そして中忍試験を担当したイビキやアンコらも参列していた。

 招集をかけて一刻、最後の一人がようやく姿を現した。

 

 

『やー遅れてすみません』

『遅いぞカカシ。早く座らんか』

『そう責めるでない。カカシにはちと用事を言いつけてあったのでな』

 

 

 睨むコハルにへらりと笑いながら、カカシは三代目にちらりと視線をやり小さく頷いた。

 それに一瞬頬を緩めた三代目だったが、集まる視線に表情を引き締めると、咳払いを一つして重々しく口を開いた。

 

 

『既に聞いておる者もおろうが……今朝、桔梗城の傍らで月光ハヤテが襲撃された』

『えっ、ハヤテが……!?』

『馬鹿な……!』

『無事なのか……?』

 

 

 ざわりと動揺の波がたつ。それもその筈、ハヤテの実力は上忍の名に恥じぬものであり、ゴロツキ等の格下であれば奇襲をかけられたとしても容易く避けられただろう。

 つまり、襲撃者はハヤテと同等の上忍か、それ以上の戦闘力を持つことを意味した。

 

 

『警務部隊の迅速な手当てにより、一時は命を取り留めたのじゃがな……数刻前───ハヤテは死んだ』

 

 

 シン、とその場が静まり返った。沈痛に目を伏せる者、怒りに歯を噛みしめる者。ただ一人恐怖を眼差しに灯したアンコは、ゴクリと唾を飲み込んで震える唇を開く。

 

 

『まさか相手は、大蛇丸ですか?』

『何ィ!?大蛇丸だと!!?』

『あの三忍のか!?』

『まさか……!いったい今ごろ何故、奴が……!?』

 

 

 アンコの告げた名に、紛れもない恐怖とどよめきが一瞬で部屋を駆け巡った。

 溶けた顔の草隠れの忍、予選で明らかとなったスパイ。大蛇丸の影を感じながらも、皆、その可能性から目を背けていたのだ。

 

 三代目が静粛に、と片手を上げると皆口を噤むが、その揺れる瞳は隠せない。三忍は里の英雄として名高い反面、その強さを理解しているが故に、こちらに向けられた刃の鋭さに怯えずにはいられないのだろう。

 ため息を付きながら、三代目は首肯した。

 

 

『残念じゃが大蛇丸の目撃証言が入った。その可能性はある……が、必ずしもそう判断はできん』

『では、中忍試験は中止して………!』

 

 

 ライドウの言に上忍一同が顔を見合わせる。大蛇丸の画策があるとなれば、同盟国の安全も保証はできない。ましてや大名達が各国から集まるのだから、不安要素のある中で開催を続けることはリスクが高かった。

 しかし、茶を啜りながら相談役のコハルはゆっくりと首を横に振った。

 

 

『打診したとて恐らく反対されるじゃろう。特に砂隠れは、今回の中忍試験にやけに気合いを入れておったようじゃしの』

『ではまさか……砂隠れが大蛇丸と手を組んで、木ノ葉を裏切ると!?』

『ま、同盟条約なんてのは口約束と同じレベルだよ。……嘗ての忍界大戦がそうだったように』

 

 

 至って冷静なカカシの言葉に、三代目は静かに目を伏せた。

 嘗ての凄惨な光景が一同の脳裏によぎる。最初こそ互いの戦力を削ぐための小さな小競り合いだったが、その火種がやがて大きな戦火へと発展していった。それがこの忍界の常であり、歴史でもある。

 またその悲劇を繰り返すことになるかもしれないと思うと、戦場を経験する会議場の全員は押し黙る他なかった。

 

 

『……とにかく今は情報が少なすぎる』

『既に各国へ情報収集に暗部を走らせてある。迂闊に動くと危険じゃ、そこに敵の狙いがあるやもしれん』

『それに、儂は貴様らを信用しておる。いざの際には木ノ葉の力総結集して───戦うのみよ』

 

 

 コハル、ホムラに続けてそう締め括った三代目に、一同は再び姿勢を正した。

 その後いくつかの伝達をして解散となり、一人また一人と会議場を立ち去っていった。

 

 

『まさか、ハヤテが死ぬとは……警務部隊を護衛につけておった筈だが』

『いったい奴らは何をしておったのだ!?だから暗部との合同任務にしたというのに……!』

『何も殺されたとは言っておらん。残念じゃが容態が急変したと報告を受けておる。もとより傷は深かったのだ、警務部隊を責めるではないぞ』

 

 

 上忍達がいなくなると、彼らの手前抑えていたのだろう怒りも顕に、コハルとホムラは三代目を睨みつける。

 宥める三代目だったが、そんなうちは一族を庇う三代目の姿に更に怒りを増した二人は、眼差しを尖らせて椅子を立った。

 

 

『急変?フン、どうだか。警務部隊の巡回ルートを外れた所で、偶然にも虫の息のハヤテを見つけたと本気で思うのか?』

『ハヤテ以上の手練れが、敵の只中でそんな凡ミスをするはずがあるまい。風隠れの商人の失踪といい……うちはを信じるな、ヒルゼン』

『いずれ、後悔することになるぞ』

『…………』

 

 

 捨て台詞を残して退室していく二人を見送ると、三代目は大きく溜息をついた。

 その疑念は三代目の胸中にもあった。だからこそ、暗部との合同調査を命じたのだ。だが───今となっては、その決断そのものも後悔していた。

 

 

『全く、老いたものじゃのォ……お主もそう思うだろう───自来也よ』

 

 

 その言葉と同時、三代目を残して誰もいなくなった筈のその部屋に、どこからともなく自来也が姿を現した。

 その自来也の瞳に形容しがたい複雑な想いを見て取って、三代目はフッと自嘲げに壁にかけられた代々の火影の額縁へと視線を流す。

 

 

『四代目が生きておったならば、な……』

 

 

 ポツリと力なく呟く三代目に、自来也が何か言いかけたその時、三つの影が自来也の背後に降り立った。

 

 

『もう四代目はいない。しかし、例え四代目がいなくなろうとも、火の意志は絶えません』

『歴代の火影様達は、木ノ葉の里とそこに生きる者たちを守り乱世を収め里を繁栄させる……その夢に命をかけた。その火の意志は、俺たちに継がれていますからね』

『そうでしょう、自来也様?』

 

 

 不敵に微笑むカカシと見知らぬ黒髪黒目の二人の忍に、自来也は暫し目を見張っていたが、やがてその口元にも同じような笑みを浮かべ三代目に向けて力強くうなずいて見せた。

 

 

『そんなしょぼくれてるとジジイが更にジジイになるわい。確かに面倒事は御免だが……ま、ここまで話を聞かされちゃしゃあねぇのォ───詳しく話を聞かせてみろ、ジジイ』

 

 

 そう言った自来也に。俯けた傘の下、三代目がしてやったりとニンマリ笑みを浮かべていたとは。

 この時の自来也には、知る由もなかったのである。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

(全く。大蛇丸の後を追って木ノ葉に舞い戻ったかと思えば、こんな厄介なことになっていたとはのォ……)

 

 

 手元にある報告書を眺めながら、自来也は深く眉間にシワを寄せた。

 うちはイタチ、うちはシスイから軽く紹介を受けた後の情報開示。初っ端から聞かされたダンゾウの失脚というだけでも驚愕だというのに、開催された中忍試験に乱入した大蛇丸、狙われた砂隠れと木ノ葉の下忍共、予選中に捕縛されたスパイ達とその直後の死、ハヤテの暗殺未遂と生存の隠蔽、その夜の砂隠れの上忍の負傷。

 

 告げられていく機密情報は膨大なものだった。同じく何も聞かされていなかったカカシと共に、目を白黒させながら顔を見合わせてしまったものだ。

 どこから話をするかと数十枚に及ぶ紙面に整理された情報を流し見ていけば、“暁”という字に目が留まった。

 

 

『“暁”……奴らがどんな奴らか、知っておるのか?』

『詳しくは分かりません。大蛇丸が近年入った犯罪組織としか……ただ、対面した際に大蛇丸は言ったそうです。“狙いは巻物ではなく尾獣だ”と』

『やはり。では木ノ葉に来たのは、九尾を狙ってということか!』

『九尾というと……ナルトですか。まさか大蛇丸と接触していたとは……無事でよかった……』

 

 

 カカシが隠しきれない苦々しさと安堵を滲ませて息を吐く。

 同じく思い浮かべたのは、半日前に別れたばかりの金髪頭の無邪気な子供の姿だ。やはりあの護衛達は、大蛇丸を警戒してのものだったのだろう。

 四代目の遺児であるナルトに封じられているのは、チャクラの化身、天災と恐れられた九尾の妖狐だ。そのチャクラを引き出すべく口寄せの修行を見ているが、たった三日でそのチャクラを利用しての口寄せを習得しつつあるのだから、流石ミナトの子だといえる。

 

 

『ええ、うずまきナルト、それから砂隠れの下忍を狙ったようですね』

『とすると、その砂隠れの子も……』

『老僧の生霊とも伝えられた───一尾の人柱力で間違いないな』

 

 

 シスイが一枚の写真をひらりと取り出す。そこには、砂がおどろおどろしく纏わりつく赤髪の少年の姿があった。

 木ノ葉隠れの額当てに緑のダサいタイツを着た子供と戦っている所を見るに、件の予選試合でのものと伺えた。

 

 

『まさか、人柱力が二人もいる中忍試験とはのォ……それにしても、S級犯罪者二人に狙われてよくぞ無事だったものだ』

『二人?大蛇丸だけでは?』

『今、奴は霧隠れの怪人、干柿鬼鮫とコンビを組んでおる。暁は基本ツーマンセルで動く。別行動をしていた、その可能性もあるがな』

『確かに侵入者の形跡は複数名ありました。しかし、元忍刀七人衆まで来ていたとは……』

『大蛇丸はともかく、霧隠れの忍まで警備をすり抜けるとは思えないな。時空間忍術の類か……最悪、結界情報が漏れているかだ。新たに張りなおすとなったら、早くても一ヶ月はかかるぞ』

『シスイ、今すぐ術に長けた忍を選出し結界の張り直しに向かえ。今の結界術より多少レベルを落としても構わん、ザルよりマシじゃ。暗部達には可能な限り内密に動くのじゃぞ』

『はっ!』

 

 

 三代目の命を受け瞬身の異名違わずすぐさま消え失せたシスイ。だが、彼は暗部総隊長と言っていた筈だ。そんなシスイに対し、部下である暗部に情報を伏せろとは?

 頭をもたげた疑問を目に乗せ向けると、三代目は頭が痛い問題だとでもいうかのように蟀谷に指を押し当てた。

 

 

『信じたくはない話じゃがな……暗部に内通者がおる可能性が高い』

『『!!?』』

『大蛇丸の部下二人が死亡したタイミング、それに暗部の監視下にあるダンゾウしか知らぬ情報の漏洩……もはやそれしか考えられぬ。コハル、ホムラには常に護衛として専属暗部がついておるからのぅ、ハヤテの件も伏せるしかなかった』

『カカシさんを呼んだのもその為です。カカシさんは現役暗部の一人一人をよくご存知の筈』

『……ま、そりゃ古参の方だからね』

 

 

 生き残ってる奴の中では、という声が言葉なく付け足される。

 だが、カカシが感傷に浸る隙も与えず、イタチは容赦なく爆弾を落とした。

 

 

『カカシさん、あなたには暗部に潜入してもらいます』

『え?』

 

 

 カカシの目が珍しく点になっている。それだけ予想外だったのだろう。

 そんなカカシを無視、もとい、頓着せずにイタチは淡々と続けた。

 

 

『疑わしい暗部の行動を見張ってほしいんです。これがリストで……』

『ちょ、ちょっと待ってよ。さっき言ってた、お前の所の“芽”とかいう部下を使えばいいじゃない』

『数日でいいんです。ああ、金魚は芽で預かりますので心配なく。それに……リストをよく見てください』

『ねぇ、俺の癒しを取らないでほしいんだけど?……って、これ……テンゾウ?』

『正確に言えば、暗部養成機関“根”の出身者兼暗部達、です』

『……アイツは内通なんかしない』

『分かりませんよ。失脚したとはいえダンゾウのことですから、何か弱みを握られていた可能性だってある』

『…………』

 

 

 カカシもダンゾウの人となりは知っているのか、それとも思い当たる節でもあるのか。ジッとリストの写真を表情険しく見つめていたが、ややあって小さく頷いた。

 そして、クルリと三代目とイタチの顔がカカシからこちらへと揃って向けられ、自来也はギクリと肩を揺らした。

 

 

『自来也。お主には───綱手の捜索を頼みたい』

『……は?』

『聞こえませんでしたか?あなたと元同班、かの伝説の三忍である綱手様を探し、連れ帰ってほしい』

『……何?』

 

 

 どんな難題が言われるかと思えば、既に取り決められていた約束事を持ち出されて自来也は呆けたように聞き返してしまった。

 

 

───三忍であるアンタに頼みがある。アンタの知る、一番腕利きの医療忍者を紹介してほしい。

───見つけられる筈だ。他でもない……同じ三忍である自来也、アンタにならな。

───この命は既に木ノ葉にやった。だから悪いがアンタにはやれない。

───助けたい奴がいる、いつ命を落とすか知れない。猶予は遅くとも一ヶ月だ。

 

 

 この男とよく似た、黒い瞳を思い出す。

 これは、偶然か?

 

 

『先程言ったでしょう。ハヤテは生きています』

『内部におる敵の目を欺くために死を偽装した。本物のハヤテは様体も安定し、別所に匿っておる。だが、未だ目を醒まさず昏睡状態……綱手以外に助けられる輩はおらん』

『敵も愚かではない。恐らく死が偽装というのは分かっている筈、時間稼ぎでしかないでしょう……現に、ハヤテのいた部屋からは毒が検出されましたからね』

『綱手の血液恐怖症はまだ治ってはおらんだろうが、今はそうも言ってられん。例え、幻術をかけてでも綱手には治療に当たってもらう。火影としての命令じゃ、これを持っていけ』

 

 

 頭の中が一瞬白くなっている所に、次々と情報が積み重ねられていく。予め用意していたらしい書簡を持たせられ、あれよあれよと話が纏まっていった。

 そこでようやく自分が嵌められたのだと気がついた。わざわざ四代目の名と共に珍しく弱音を吐いたかと思えば、この狸ジジイは最初から巻き込む腹づもりだったのだろう。

 

 

『しかし……カカシには暗部の潜入を任せたからのォ。はてさて、ナルトを誰に預けたものか』

『あ、そういえば……自来也様はナルトを弟子にしたそうですね。あいつ凄い師匠に見てもらってるって喜んでましたよ』

『それはちょうど良い、ナルトも連れて行け。そうそう、サスケも寂しがるじゃろう……もう一人、ナルトと同班の子供も一緒にな』

『サスケを?まぁ、サスケも一緒ならナルトのいい刺激になりそうですね。アイツも数日は修行もできませんし、俺も見てやれませんから気晴らしになる』

『なら……自来也様、これをサスケに渡してくれませんか?見送りはできない、許せ、サスケ──そう言伝を頼みます』

 

 

 いつの間にか復活したカカシも、そんな予定調和のようなやり取りにうんうんと話に乗る。

 大方、狙われているナルトを敵が潜む里内に置くよりも、大蛇丸に対抗できるワシと共に里外に、という所か。

 別に異論はないが、こちらから言い出そうと思っていた話が、全て準備万端とばかりに押し出されていることが心底不気味である。

 そう思いながらも、もはや断ることのできない雰囲気のままイタチの書を預かるしか道はなかった。

 

 

『へえ、何の忍術書?』

『───飛雷神の術。正確には写しです。ちゃんと許可は貰ってます』

『飛雷神って……ミナト先生の……』

『ええ。写輪眼なしでの千鳥運用を考えた結果だそうですよ』

『!!』

 

 

 その言葉に、白く染まっていた思考がようやく動き出す。

 習得難度で言えば、千鳥はA級、飛雷神の術はS級だ。千鳥のために飛雷神の術を、など有り得ない話だった。

 確かに幻術はなかなかの腕だったが、四代目とは比べるべくもないだろう。忍としての器は歴代一、術の才に溢れ頭脳明晰、人望に満ち、ワシ並みに男前……まぁ、顔は勝てるかもしれんが。

 そんな嘗ての四代目を思い出せばこそ。その四代目さえも修行に難航した姿を知っているからこそ、黙ってはいられなかった。

 

 

『ハッ、下忍のガキにこの術が習得できるはずがねぇのォ。千鳥さえも怪しい所だ』

『それは……分かりませんよ。何せ今のアイツらは伸び代がある。はじめから無理って決めつけてちゃ、アイツらの可能性を潰すってことでしょう』

『そうは言ってもな……あの四代目でさえ習得に何年もかかった術だ。そう簡単に習得できるもんなら、既に里の皆が手を出しておるのォ。カカシ、ミナトの弟子であったお前もその術をよく知っておる筈だ』

『………』

 

 

 教え子だからかやけに肩を持っていたカカシも、四代目の姿を思い出してか口籠る。

 最盛期に側で教えを受けた分、幼少期の師である自来也よりもその才をまざまざと見てきたカカシだ。修行が必ずしも実を結ぶとは限らない、忍の世界はそう甘くはないのだ。

 

 

『できますよ。あいつは俺の、自慢の弟分ですから』

 

 

 そんな会話に割り込んだのは、静かにやり取りを眺めていたイタチだった。

 その氷のようだった無表情がふと和らぐ。

 

 

『きっと俺以上の忍になりますよ。もしかすると……四代目以上にも』

 

 

 四代目を知らぬ癖に、いけしゃあしゃあとイタチは断言した。

 しかし、その瞳には欠片も揺るぎがない。戯言と一笑にできぬ何かがイタチにはあった。

 

 

『自来也よ。ミナトは偉大な火影じゃった。その意志は火となって繋がれていく。だがな───既に次世代は芽吹いておる。その成長の糧たる光を、先達は遮ってはならぬ』

 

 

 四代目波風ミナト。アイツは十年に一度の天才だった。

 だが、ジジイの言葉に思い出す。九尾事件からは、もうその十年以上が経つのだと。

 その面影をナルトに探していたのは、代名詞たる術を何の繫がりもない下忍が習得することに心がざわついたのは───若葉のまま散ったミナトを、忘れ難かったのかもしれなかった。

 

 

『自来也様。サスケの修行もナルトと一緒に見てやってくれませんか』

『……見込みがなさそうならば、書は燃やしてしまうぞ』

『ええ。よろしくお願いします』

 

 

 写しとはいえ貴重な代物だというのに躊躇いなくイタチは頷くと、さっそく暗部潜入の件でかカカシを引きずって部屋を出ていった。

 そうして残されたのは、ジジイとワシの二人だけだった。

 

 

『さて……話が終わったならば、ワシも綺麗な姉ちゃんの取材に行くとするかのォ』

『まぁ待て、自来也』

『フン、これ以上の厄介事を背負わされては堪らんわい。じゃあな、ジジイ』

『待て。最後にもう一つだけ……伝えねばならんことがある』

 

 

 ジジイにひらひらと手を振って出ていこうとしたが、ドアノブに手をかけた所で真剣な声音に引き留められた。

 

 

『ナルトばかりではなく、サスケもまた、大蛇丸から個人的に狙われておる』

『大蛇丸が?』

『サスケはうちは一族でな。訳あって、幼少期より里で預かっておる……目を離すな。ナルトと同様、必ず守れ。万一何かあれば諍いの元となろう』

『ジジイ、それは───』

 

 

 どういう事だと問い詰めようと振り向くが、そこには空席だけがあった。

 そういえば、四代目の術に気を取られてしまったが、綱手捜索を先にサスケと約束していたことを伝え損ねてしまった。そこに加えて何やら裏がありそうなうちは一族とは、また厄介事を背負わされてしまったらしい。

 

 

(全く、抜け目ないジジイになったものだの……)

 

 

 ため息を吐き出しながら扉を開けば、来たときには降り続いていた雨はすっかり上がり、窓から差し込んだ眩いばかりの朝日が目を焼く。

 手を翳して見上げて見れば、少しばかり残った露を弾いて、青々とした木の葉達が風に揺れていた。

 

 

『次世代、か。ミナト……お前の守ったこの里も、まだまだ育っておるようだ』

 

 

 一見変わらぬように見えながら、木ノ葉の内情はだいぶ様変わりし、新たな世代が台頭していた。それはどこか寂しくも、若々しい彼らは未来への希望や力強さを感じさせる。

 

 カカシを始めに、シスイにイタチ。

 そして───窓の外、木漏れ日に照らされた黒と黄色の小さな頭にふっと柔らかな笑みを浮かべた自来也は、下駄を鳴らして彼らの元へと歩いていった。




おまけ その後の雑談

『三代目、結界の張り直しの手筈は整えました。それから……呪印も解除が進み、もうじき終わるとイタチの分身から情報がきています。あの男から面会希望が出ていますがお会いになりますか?』
『そうか、ご苦労じゃったなシスイ。いや……会わんでおこう。影を負ってこそ火影だというのに、あやつには暗い役回りばかりを押し付けた。その負い目は消えぬ以上、会えば判断を鈍らせる……いつかは相対することになろうがな』
『……何故、自来也様に全てお伝えしなかったのですか?』
『うむ……あやつは四代目を息子のように思っていたからの。人質の件を話せば、うちはとの確執───四代目やクシナを失った、九尾襲撃の疑惑まで話さねばならん……わざわざ過去の傷を抉ることはなかろう』
『なるほど。ですが……自来也様は鋭い方ですから、隠し続けることは不可能かと』
『そうじゃのぅ。あやつが火影を継いでくれたならば、悠々自適な隠居がようやくできるというものなんじゃがなぁ』
『ハハ、自来也様は引き受けてはくれなさそうですね』
『全くな……しかし、万一のことも考えておかねば。シスイはどうじゃ?』
『ご冗談を。現状ではうちはからの選出は厳しい、そうでしょう?まぁ、だとしても俺はイタチを推しますが』
『素質は十分なのだが。まぁ、イタチはまだ十代、カカシも含めお主らはまだ若すぎるかの……現実的には、やはり───』


 そうして告げられた名にシスイは素直に同意するも、財政部の嘆きを予感せざるを得なかった。


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70.傷と幻

読みきり外伝が楽しみですね(*´艸`*)


 

 居酒屋の賑わいがどこか遠くに聞こえる程、その一角だけが静まり返っていた。

 目を見開いて固まった綱手とサスケ、それから熟睡しているナルト、最後にうつ伏せになっているシズネへと視線を流した自来也は、一つため息を付きながら密書を懐に戻した。

 

 

「綱手、少しワシと飲み直さないか。久しぶりの再会だしのォ……おいシズネ、とっくに起きておるんだろう?お前はガキ二人を連れて今晩の宿でも探してくれ」

「……はい」

 

 

 顔を上げるタイミングを失っていたらしいシズネが肩を揺らしてのろのろと顔を起こすと、自来也は財布から無造作に金を取り出してシズネへと手渡した。

 三忍同士、積もる話があるのか、それとも暗に下忍達には聞かせられないような話があるのか。

 呆然としていたサスケも、その厄介払いに我に返ると自来也を睨みつけた。

 

 

「待て!アンタ、いったいどういう事だ!?三代目から……最初から全部……!!」

 

 

 うちはの件が知られているのだから、ハヤテの事だって知らぬ筈はない。責める資格はないと分かっていても、道中の思わせぶりな言葉、焦りの一つもない様子を思い返せば怒りも込み上げるというものだ。

 そんな眼尻を吊り上げるサスケを、自来也は茶化すこともなく静かに見つめていた。

 

 

「そうだのォ……悪いが、お前さんを試させて貰った」

「試す……?」

「飛び抜けた術のセンス、子供らしくない胆力、誰も頼らず何を考えておるかも読めん性格、そしてその眼の危うさ……お前は、道を外れ里抜けした、ワシの友によく似ておった」

 

 

 自来也の友。その言葉に一瞬首を傾げるも、綱手の強張った顔を見れば思い当たる人物が浮かぶ。残る三忍の一人、今尚転生体として狙ってくる大蛇丸のことだろう。

 道中を思い返せば、ゴロツキに危害を加えようとしたり一人でふらりと消えたりと、疑わしい行動をしたのは確かにサスケ自身。この道中は何故だか気分が沈み気が立っていた、そんな所に大蛇丸の影を重ねられたのかもしれなかった。

 

 だが、変態と似ていると言われては到底喜べない。渋面を作ったサスケに、自来也はプッと吹き出すとガシガシとサスケの頭をかき混ぜた。

 

 

「と、思ったがのォ?お前さんは見かけによらず、友のため崖に飛び込む向こう見ずで、顔にすぐに出る癖に口下手で、どこまでもまっすぐな───ワシの弟子だ!あ奴とは全く違うのォ!」

 

 

 目を見開いたサスケは、ぐしゃぐしゃに乱された髪を直すフリで顔を俯けた。きっと顔も耳も赤くなっているだろうからだ。

 自来也はそんなサスケに笑いながら、酒を飲み干してひらひらと手を振った。

 

 

「ほれ、後は大人の会話だ。ナルト、お前も起きろ!」

「うーん……一楽のおっちゃん、もう一杯……」

「ナルト君、起きてください。この町で一番いい宿を取っちゃいましょう、そうすれば朝ご飯も豪華ですよ〜」

「え、朝飯!?」

「程々にしてくれのォ……」

 

 

 顔を引き攣らせる自来也にいい笑顔を向けたシズネと共に、サスケは夢半ばのナルトを連れ居酒屋を出た。

 扉を閉める刹那に振り返れば、酒を交わす三忍の二人。垣間見えたその横顔は、どこか寂しげな気配がした。

 

 

 

 

「火影なんてクソよ。馬鹿以外やりゃしない」

 

 

 翌朝になって自来也と共に宿へやってきた綱手は、一言で言えばやさぐれていた。

 昨晩、道すがらシズネから聞いた綱手の過去。それを思えば、『火影』は綱手にとって聞きたくもない名なのだろう。

 トラウマも癒えぬままの強制帰還には同情ができたし、その態度も仕方がないのかもしれない。

 ……が、同情はできても受け入れられない、そんな火影馬鹿がここに一人いた。

 

 

「おい、落ち着けナルト!」

「離せってばよサスケェ!!オレの前で爺ちゃんや四代目をバカにするような奴、女だからって関係ねェ!過去なんて知るかってばよ!このオレが力いっぱいぶん殴ってやる!」

「へえ、いい度胸じゃないかガキ。この私に向かって……」

 

 

 挑発する綱手に飛びかかろうとするナルト。そんなナルトを羽交い締めにして抑えるサスケ。何とか険悪な空気を取り持とうとするシズネとトントン。我関せずと先を歩く自来也。

 そんな騒がしい一行が歩き続けること二日、日が沈みきった頃。およそ10日間に渡る捜索を終えて、サスケ達は木ノ葉の里へと帰還した。

 

 

 日向一族による白眼でのチャクラ確認に荷物検査、そうした里を出たときよりも更に厳重なチェックを通過して阿吽の門を潜る。

 月明かりに照らされた火影邸では、あいも変わらず煌々と電灯の光が点り、忙しなく行き交う影が窓に写っている。

 

 その一番上、里を一望できるほどに大きなはめ殺しの窓から、火影のシルエットが見えた。恐らくは自来也が先に帰還を知らせていたのだろう。

 

 

「ナルト、サスケ。お前らはもう帰れ、こっからは子供の出る幕じゃねェ」

「断る。綱手の捜索を依頼したのは俺だ。最後まで、見届けたい」

「オレもこのまま帰れねーってばよ!よく分かんねーけどさ、サスケの腕治してもらわねーとじゃん!」

「全く……好きにしろ、つまみ出されても知らんぞ。行くぞ綱手、三代目がお前を待っておる」

「……」

「綱手様……」

 

 

 綱手は自来也に答えることなく、固く拳を握りしめ俯いている。

 震えるその体にチリリと胸の片隅が擦れるように痛み、サスケは口を引き結んだ。

 

 

「……あたしが今まで、幻術を試したことがないと思うのかい」

「………」

 

 

 自来也は一瞬歩みを止めたが、振り返ることなく火影邸に入っていった。できる、できないではなく、綱手を連れ帰ることこそが彼の任務だからだろう。

 

 

「医療忍者にとって致命的な、血液恐怖症なんて!乗り越えようとしたさ!けどね、そんなもの一時しのぎだ……幻術が解けた時、あたしの手も、身体もっ……全部、血塗れだった!!」

 

 

 一度トラウマは改善したように見えても、所詮は偽り。幻術が解けた後のフラッシュバックは、綱手を更に苦しめたことだろう。

 だが、その血を吐くような慟哭に、下手な慰めはできなかった。

 無理せずともいいと、そう言えるほどの優しさを向けるには、現状の里の危機が重すぎる。個人の感情なんてものはその大義の前には余りに無力だ。

 

 自来也は既に扉に消えていた。やるせなさに一度目を瞑ったサスケも、その後に続いて歩き出す。

 ナルトもその隣をついてくる。シズネも躊躇っていたが、やがて諦念が勝ったのか、砂利を踏む足音が聞こえた。

 

 

「嫌だ……あたしは弱い……あたしには、克服なんてできやしな───」

 

 

 置き去りにされた綱手のか細い声が聞こえた時、ふと隣を歩いていたナルトがキッと彼女を振り返った。

 

 

「オレってば、火影を馬鹿にする奴は、オレの夢を笑う奴は誰であっても許せねぇ。ここに来るまでずっと、本気で殴ろうとしてた」

 

 

 ナルトにつられてサスケも、シズネも立ち止まる。

 道中のナルトといえば、確かにことあるごとに綱手に突っかかっていた。サスケも次第に止めることはしなくなったが、それでも例え精神的に弱っていようと三忍の一人、下忍に遅れを取るはずもなく軽くあしらわれていたことを思い出す。

 

 

「……けど、拳一発も入れられなかった!婆ちゃん、すんげー強いじゃん!そんな婆ちゃんが、そんなつまらねー過去なんかに負けねぇってばよ!」

 

 

 その自信に満ちた言葉に、揺るぎのない瞳に、綱手の目が見開かれていく。

 そこには理屈もへったくれもありゃしない。

 けれど、未来を信じるナルトの言葉は人の心を動かすのだと、サスケは身をもって知っていた。きっと過去の綱手も、そんな馬鹿に救われたのだろう。

 

 

「婆ちゃんは克服できる!オレは本戦までに螺旋丸をマスターする!そんでもって、オレはぜってーに火影になる!───オレの命を賭けてやる」

「何で、そこまで……」

「火影はオレの夢だから!」

 

 

 そういって笑ったナルトは、くるりと綱手に背を向けて火影邸に入っていった。扉の向こうに黄色頭が消えて、サスケもフッと微笑むとその後を追った。

 扉を閉める前に、呆然と立ちすくむ綱手を横目で伺う。

 

 

「アンタは、賭けないのか?」

「何?」

「勝敗が決まりきっているなんだと、勝負師のアンタが賭けに乗らないとは……ハッ、伝説のカモの名が泣くな」

「ガキ……調子に乗るんじゃないよ」

「そんなガキとの勝負に、アンタは負けるからって逃げるのか?」

「そんな訳ないだろう……!いいさ、アイツがさっきの内一つでも叶ったら、この首飾りをくれてやる。もしアイツが負ければ……命を賭けたんだ、それ相応の報いは覚悟してもらうよ!」

 

 

 いつしか震えも止まり、普段の不敵な眼に戻った綱手に笑みを深めたサスケは、光の溢れる隙間から見えた先に目を細めた。

 自分の立場はよく分かっている。だが、勝敗が分かりきった賭けに使うこと位は許してほしい。

 

 

「なら俺も───“うずまきナルト”に、この命を賭ける」

 

 

 綱手の答えを待つことなく、サスケは扉を潜り抜けた。

 エントランスを進んでゆけば、そこで待ち構えていたのは「おせーってばよ」と口を尖らすナルト、壁に背をつけ腕組みする自来也。サスケもその二人の隣に並んでジッと扉を見つめていた。

 シズネに引きづられるようにして綱手がやってくるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 火影邸執務室で五人を待ち受けていたのは、山のような書類に囲まれた三代目とうちはシスイだった。

 二人の目の下にくっきり浮かんだ隈を見るに、どうやら自来也の知らせで待機していた訳ではなかったらしい。

 恐らくは防衛体制の見直しや中忍試験の確認事項、大名の観戦に対する護衛配置、加えて普段の依頼受付も重なって地獄の如く多忙を極めているだろうことが予想できる。

 

 書類を捲くり筆を走らせる音だけが延々と続く、異様な空気に自来也さえも声をかけあぐねる。

 幸いにもそんな一行にすぐ気がついた三代目は、ふうと一息つくと目元を軽く揉みほぐした。

 

 

「おお自来也、ご苦労じゃった。……よく戻ってきたのぅ、綱手よ」

「よく言うわ。火影命令じゃ逆らいようがないっていうのに」

「まあそう言うな。正式な火影からの個人依頼じゃからの、報酬は弾むぞ」

 

 

 そんなトゲのある嫌味を気にするでもなく、三代目は綱手の弱味をさらりと告げる。つい数日前に借金を倍増させている綱手は痛い所を突かれたのか押し黙った。

 どうやら三代目の狸ジジイぶりには磨きがかかっているらしい、そんなことを思いながらサスケはシスイへと視線を流した。

 

 

(てっきりイタチが呼ばれるものと思っていたが……シスイ、か)

 

 

 室内にイタチの気配はなく、身を潜めているという線は薄い。とすれば、幻術による綱手のトラウマ克服を任されたのはシスイだろう。

 予想はできていた。シスイの幻術練度がどの程度なのかは分からないが、少なくとも彼はイタチにない眼を持っているからだ。

 

 

(だが、まさか───アレを使う気か?)

 

 

 通常の幻術を容易く凌駕する写輪眼。更にその上位に位置する瞳の開眼者は、その力故に大きな代償を伴う。

 欠伸を噛み殺すフリをしながら焦点の定まらぬ瞳を擦るシスイに、サスケは一抹の不安を感じた。

 

 

「幻術をかける前に……綱手、お主に決めてもらわねばならんことがある」

 

 

 互いの挨拶もそこそこに本題が切り出される。

 幻術は術式や術者の力量、発想力等に左右され千差万別と言っていい。今回は特に記憶や精神といった内面的な部分に対する幻術で、慎重に事を進めていくようだ。

 

 提案された方法は二つ。

 一つ目───血液への恐怖心を忘れる幻術。

 二つ目───心の傷を消す幻術。

 

 その提案をされた直後、正確には二つ目の提案に。医療忍術のエキスパートである綱手は、さっと顔を青褪めさせた。

 サスケもその意味する所に気が付くと同時、こみ上げた苦々しさに顔を顰めた。自来也、シズネも遅れて気がついたのか表情に沈痛な影がうまれる。

 両者は似ているようで、その内容といえば全く異なるものだ。

 重苦しい空気の中、今ひとつ理解が出来なかったらしいナルトだけが首を傾げた。

 

 

「え?どんな違いがあるんだってばよ?」

「一つ目の恐怖心だけを抑える方法を取った場合、医療忍術で手が震える、身体が動かなくなる、そういったことはなくなる筈だ。ただし、血液恐怖症というのは綱手様の心の傷をもとしたもの……心の傷は、消すか、癒えるか。そのどちらかしかないんだよ」

「根本的な心の傷がそのままだ。血への恐怖心が消えても、次は別の形で……血やそれ以外の恐怖症として再発するリスクがある、ということだ。その場合は今より更に悪化する可能性がある」

「……じゃあ二つ目は?」

 

 

 シスイの言葉を継いで補足してやれば、ナルトは分かったような分かってないような顔で頷いた。そして当然ながら二つ目を尋ねられるが、隣で顔色がどんどん悪くなっている綱手に言葉にすることが憚られる。

 だが術者となるシスイは既に覚悟を決めていたのか、無表情のまま淡々とそれに答えた。

 

 

「二つ目の心の傷を消す、その方法を取った場合はもう恐怖症を繰り返すことはなくなる。忍界大戦の時のように、三忍の一人として胸を張って医療忍者に復帰できるでしょう」

「え、じゃあそのほうがいいんじゃねーの?」

「……心の傷。そのきっかけが何かは綱手様、あなたが最もよくご存知の筈だ」

 

 

 そういったシスイはまっすぐに綱手を見据えた。

 ビクリと揺れた肩に、俯いた顔に。我慢できなくなったらしいシズネが綱手を背に庇うように前に出ると、歯を噛み締めて火影の執務机に両手を叩きつけた。

 

 

「ナルト君。彼らは心の傷───すなわち、綱手様から弟と恋人の記憶を奪うと言っているんです!!」

「え!!?」

「大切な人の記憶を奪うなんてあんまりです!人でなしがすることでしょう!?」

「……確かにのぅ。じゃが、そうやってこの木ノ葉はこれまで成り立ってきたのだ。里を守る、その為であれば儂は躊躇わん」

 

 

 目深に被さった笠の下から、鋭く光る視線がちらりと覗く。

 一瞬だけその目がサスケに向けられた。その瞳が痛みを堪えるようにふと歪んで、ため息と共に再び笠の下に沈んだ。

 

 

「……だからこその選択肢じゃ。トラウマを繰り返すリスクを取り、血への恐怖心のみを消すか。それとも、心の傷を消し去り、過去に怯えることなく生きるか」

「綱手様!あなたの弟を、私の兄を……消すなんて、しませんよね!?」

「シズネよ、よく考えるのじゃ。このまま綱手が過去に囚われ、苦しみ続けることが本当に綱手のためになるか?お主も分かっておろう……綱手が完全に医療忍者として復帰すれば、どれ程の命が救えることか。それに全ての記憶を消すとは言っておらん」

「二人の死に付随する記憶は消えますが、それも全てではないかと。ただし、どこまで残るかは分かりません」

「……」

「シズネ、お前の気持ちもわかる。だが、決めるのは綱手だ。口を挟むな」

 

 

 今までずっと沈黙していた自来也がシズネを制する。そのピシャリとした厳しい物言いに、シズネは何か言い募ろうとするも、暫しの躊躇いの後にやがて口を噤んだ。

 

 十年以上にわたり苦しんできた心の傷が今後癒える保証はあるか。酒にひたり、ギャンブルに溺れ、傷を忘れようと藻掻く綱手は、果たしてこのままでよいのか。

 このまま死ぬまで苦しみ続けるのではないのか。辛い記憶を消してしまった方が、楽になれるのではないか。

 

 その泣きそうに歪んだ表情からはありありと葛藤が伝わってきた。

 最も近くで綱手を支えていたシズネだ、その葛藤はそのまま綱手の葛藤でもあるのだろう。だからこそ、選択権がありながら綱手は即答ができないのだ。

 

 何が正しい答えなのか。きっと誰にも分からなかった。

 

 

「……解術はできるのか?」

「強い術ですので……少なくとも俺はその方法を知りません。もとより多用できる代物ではないし、過去にその術をかけた敵は既に殺されていて試しようもない。使えるチャンスは一度きり、重ねがければ脳が耐えきれず発狂することになる……よく考えて決めてください」

 

 

 涙をうっすら浮かべたシズネの背後、俯いていた綱手はペンダントを握りしめると顔を上げた。

 その顔色はまだ青い。けれど、その薄茶の瞳はどこか覚悟を決めたようだった。

 

 

「あたしは───」

 

 

 

 

 シスイの両眼が形を変えていく。虹彩が赤く染まり三つ巴が浮かび上がったかと思えば、更にその写輪眼が歪んだ。

 この世界でははじめて見るその目は、写輪眼の上位形態である万華鏡写輪眼。そこに浮かぶ模様も、そこに宿る能力も、全ては千差万別だ。

 

 だが、数多の強力な瞳術の中でも抜きん出たその術の名は───最強幻術『別天神』。

 その術は穢土転生の呪縛からさえもイタチを開放したという程に強力だ。ただしその使用は年単位でのクールタイムが生じるもので、今片目を使えば残るはあと一回。木ノ葉崩し、ひいては忍界大戦が引き起こされる可能性のある今使うには、些か性急な気もする。

 

 

(いや……シスイさんもイタチも三代目も、そんなことは分っている筈だ。となると……ハヤテの治療の為だけに呼び出した訳ではなさそうだな)

 

 

 つうっと滴る血の涙にサスケは邪推をやめて術を見守った。何れにせよ、サスケが口を挟めることではない。

 幻術というのは傍から見れば非常に静かなものだ。覗き込まれた綱手が一瞬ふらついてたたらを踏み、再びまっすぐに立った時には全てが終わっていた。

 

 

「終わったのか?幻術にかかったような気配はないが……」

「ええ、間違いなく。自分では決して自覚できませんから」

「ふうん?何にも変わらないように感じるけどねぇ」

 

 

 シスイが血の涙の跡が残る写輪眼でチャクラの流れを見ながら答える。自覚はできずとも、他者から見れば多少は判別が可能なのかもしれない。

 不思議そうな顔で自分の掌をみつめる綱手に、自来也がゴホンとわざとらしい咳払いをした。

 

 

「さて?重要参考人とやらに試す前に、まずは実験が必要だが……ん?ここにちょうどよい実験体がおるのォ!」

「おい、手ェ離せ!!」

「あ!そうだ婆ちゃん、サスケの手治してくれってばよ!約束だろ!」

 

 

 自来也に遠慮なく掴み上げられた手を引き戻すと、傷口が開いたのかじわりと包帯に血が滲んでいた。

 そんなやり取りを、その腕を、その血を見つめた綱手は。面倒くさそうな顔をしながらもサスケの腕に手を当てた。じんわりとした温もりが腕を包んでいく。経絡系が繋ぎ直され、指先までチャクラが流れていくのが感じられた。

 瞬く間に治療が終わり、礼を言おうとサスケは綱手を見上げたが───綱手は難しい顔でジッと考え込んでいた。

 

 

「どうかしたか?」

「……いや……まだ確証は……しかし、これは」

 

 

 ブツブツ呟く綱手に首を傾げるも、ようやく自由に動くようになった腕に口元が緩む。

 これで飛雷神の術の修行ができる。あとはどうにかカカシを説得して千鳥を伝授して貰えば。

 そこまで考えて、サスケははたと思い至った。

 

 

『俺の修行はキツいぞ。火傷が治るまで療養専念、10日後里外れの渓谷に来い』

 

 

(そういや……カカシの修行……)

 

 

 入院3日、捜索に10日。本戦まであと僅か半月だ。

 大幅な遅刻の言い訳を考えているサスケの後ろでは、三代目とシスイにサスケの怪我の原因を尋ねられた自来也が「取材に行く!」と言い残し、煙とともに姿を消していた。

 

 

「螺旋丸の修行どうすんだってばよーー!エロ仙人!!待てってばよーー!!」

「おい待て!ナルト、お前の家の鍵は俺が預かって……!」

 

 

 ドタバタと自来也を追って部屋を出ていくナルトを引き留めようとすると、肩を強く掴まれた。

 これでも怪力の彼女にしては加減してるのだろうと思いつつ、止める綱手を見上げると綱手は酷く深刻そうな顔でサスケに耳打ちした。

 

 

「……サスケ。お前、後で必ず木ノ葉病院においで」

「は……?」

「綱手様、術も問題ないようですのでこちらへ。……サスケちゃんはもう帰るんだ。ここからは俺たちが引き継ぐよ」

「もう子供は寝る時間じゃ。ほれ、ナルトも野宿になってしまうぞ?」

「俺たちを信じてくれって。絶対に、命に替えたってこの里を守るからさ!な?」

「……後で必ず、どうなったか教えてくれるか」

「ふむ……よかろう。全てが終わったら、のぅ」

 

 

 綱手に理由を問う前に執務室を押し出される。

 ハヤテの治療やその証言を見届けたい半面、駆け出していったナルトも気がかりだった。そして何より、これ以上は下忍に情報を漏らすことができないのか、シスイも三代目も譲る様子は全く無かった。

 それも仕方がないかと肩を落としたサスケは、アパートに戻ろうと踵を返そうとしてふと立ち止まる。

 

 

「綱手、アンタは……どうして第一の選択肢を選んだ?」

 

 

 綱手が選択したのは、第一の選択肢───根本的な解決とはならない、血液への恐怖心を忘れる幻術だった。

 いつ恐怖心が別の形で現れるか分からない。そんな不安に晒されて尚、辛い過去を抱えて生きることを選んだのだ。

 その疑問に綱手はフッと悲しい微笑みを浮かべると、二人の姿を思い浮かべるかのように瞼を閉ざす。

 

 

「確かに……苦しい。思い出すだけで息ができなくなる、そんな記憶だ。何度も夢に見て、消えてくれと何度も思ったものだよ。でも……そんな記憶でもね、あたしの大切な二人の一部だ。消せるわけがない」

 

 

 そう言った綱手は、首にかけられたペンダントを握りしめてニッと笑った。

 強く美しく。凛と戦場に立っていた、嘗ての女傑───五代目火影がそこにいた。

 

 

「あたしも、あの子に賭けてみたくなった。自分の力で過去を乗り越えたい───そうできるって、自分を信じてみたくなったのさ」

 



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71.蠱毒

岸影様によるミナト外伝は明日掲載!
めちゃくちゃ楽しみです!(⁠≧⁠▽⁠≦⁠)

お祝いの気持ちを込めて、支部版を大幅加筆してお届けします。カブトさんばかりの超ヘビー&シリアス&オリジナル展開なのでご注意下さい。
お祝いの気持ちはあるんだよ……ほんとだよ……!

カブトさんの真心は捨てられていない。最後の最後に希望が残っているかも?


 

 

 月明かりに照らされた木ノ葉の慰霊碑。英雄達の名が刻まれたそこへ、カブトはそっと一輪の花を添えた。

 小さな笠のような花弁が夜風に乗ってゆらゆらと揺れる。

 いったい何度その花を手向けただろう。もう思い出せない程度には通い詰めた道だったが、それでもその花弁をみればいつだって懐かしい記憶が蘇った。

 

 

『マザー、これ……』

『あら鈴蘭ね。こんな時期に珍しいわ』

『カブト!お前な、仕事サボって花摘みなんてくだらねーことしてやがったのかよ!』

『ご、ごめん……』

『そろそろ休憩時間にしましょうか。それにウルシ、救護院で使ってる薬は全部、草や花から作られているの。人を助ける大切なものだもの、くだらなくなんてないわ。そうねぇ、ちょうど薬も足りないし、明日は薬草摘みを手伝ってもらおうかしら』

『うげ〜こんなあっついのに!ちぇっ……』

『これ……マザーに摘んできたんだ。真っ白で、マザーのベールみたいだから』

『私に?嬉しいわ、ありがとう』

 

 

 そう言って微笑んだマザーのどこか切なげに細められた眼差しを、僕はメガネ越しに見上げていた。

 その花は孤児院に飾られることはなかった。きっと捨てられたのだろう。

 鈴蘭は確かに薬になる。だが、その美しいベールの下には、薬効をも上回る程に強い毒性があるということを今の僕はよく知っていた。

 

 

「マザー……この花を贈るのも最後になるね」

 

 

 そっと無数に刻まれた文字の一つ、【薬師ノノウ】の名を指先でなぞる。

 あの日から月日が流れ、はじめは滑らかだったその窪みは経年劣化にざらついていた。夏夜の空気は生温いのに、その冷たさだけは嘗てと変わらず温もりなんて欠片もくれやしなかった。

 

 命が宿る訳でもないモノに話しかけるなんて滑稽だと思っていた僕が、それでも、そんな唯の石に面影を探して縋っている。

 その為だけに命を捨てたのだとマザーが知ったら、こんな馬鹿な僕を叱ってくれるだろうか。

 

 

「……いや。マザーはきっと天国だから、もう会えないか」

 

 

 それで良かったのかもしれないと自嘲が溢れる。マザーはもう僕だと分からないかもしれないから。

 

 根には、名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。命はない。

 あるのは任務、今の僕はただそれだけの操り人形だ。

 

 

(さようなら、マザー)

 

 

 石碑に背を向けて夜闇を駆け出した。

 行く先を照らす三日月は刃の形をしている。振り下ろすその瞬間を待ち構えているかのように、その月光は冴え冴えと輝いていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「交代の時間です。何か変わりは?」

「特には……夕顔が眠ってしまった位かな」

「任務中に?まったく、暗部に辞表を出したのは正解でしたね」

「そういうな。そもそも彼女は本来非番の筈だし、四六時中付き添っていれば無理もないさ」

「任務を請け負った以上はそんな事は関係ないでしょ。自分の体調管理すらできないようなら暗部は務まりませんよ」

 

 

 数時間前に遅効性の睡眠薬を盛った事は露ほども匂わせず、室内を一瞥したカブトは仮面の裏で冷笑を浮かべた。

 簡易的な医療器具の揃えられた部屋の中央には、眠り続けるハヤテの姿がある。その顔色は相変わらず白いが、峠はとうに越えたのか心臓の波形は規則正しく呼吸も穏やかだ。傍目にも目覚めるのは時間の問題とわかる。

 

 そんな彼の枕元で眠っているのは、ハヤテの恋人であり、暗部の同僚でもある夕顔だった。警務部隊との合同調査に真っ先に手を挙げた彼女は、もはや任務であることも忘れているのか、交代時間になっても一時も離れず献身的な世話をしている。

 それに苦言を呈した者もいたが、ハヤテの生存を知る者は少ない方が良い、世話人を呼ぶくらいなら彼女が適任だろうと火影が許可したのだ。

 

 

(護衛はスリーマンセルが基本。彼女がその一席を掴んでくれたおかげで随分とやりやすくなった。問題は……)

 

 

 出入り口の右手に佇む眼鏡をかけた警務部隊の男へチラリと視線を向ける。カブトと同年代程だが、一部の隙もない佇まいにその力量が垣間見える。

 交代の暗部が立ち去って護衛はカブト、夕顔、その警務部隊の男の三人だ。夕顔が眠っている今は一対一。同じ護衛と油断しているなら勝機は十分にある……と言いたい所だが。

 この暗殺計画の最大の問題は戦力ではなく、その後の脱出ルートが確保できていないことにあった。

 

 

 暗部と警務部隊の合同調査についてはかなり揉めたようだが、その結果として護衛の人員を減らすことには成功したものの、かわりに今いるのは警務部隊詰所の地下にあるこの医務室。上の階には一人二人なんてものじゃなく、十数人に及ぶうちは一族が常駐している。

 例え運良くそこを突破できたとしてもすぐ隣は“芽”の本署までもが睨みを利かせており、直接の護衛は減らせても敵陣真っ只中といった具合だ。

 

 

(おまけに地区の結界術で血族以外の侵入者はすぐにバレる。火影邸以上に忍び込むことも逃れることも困難……まさか合同調査を受け入れる条件に、移送先をここに指定されるとはね)

 

 

 この半月、脱出ルートを模索していたが突破口はどうにも見つからなかった。

 建物ごとハヤテを葬るような広範囲術、或いは毒殺を考えていたところで、綱手が発見されたことを知らされたのが数時間前。時間稼ぎは全く役に立たなかったらしい。

 湯隠れにいる彼らが里に戻るまで多く見積もっても二日、早ければ今日にでも帰還するだろう。そして護衛役のスパンは三日に一度。大掛かりな術も毒も準備している時間はなかった。

 

 

───やるならば、今しかない。

 

 

 ギラリと仮面の奥でカブトの瞳が光る。

 勝負は一瞬だ。唯ならぬ殺気に警務部隊の男がこちらに目を向けるより早く、カブトは閃光弾を投げつけた。

 

 

(一対一なら後ろを───つまりうちは一族の弱点は、その優れた瞳術故の視力!)

 

 

 薄暗い地下室を閃光が満たした。眩い光に目を瞑った男を尻目に、仮面で光を遮ったカブトはハヤテの元に駆け出した。夕顔もハッと目を醒ますが、もう遅い。

 背後から飛んできたクナイを紙一重で避けながら、カブトはハヤテの首に刃を振り下ろした。

 

 血飛沫が舞う。

 誰の邪魔もされなかった。脱出は難しいとはいえ、あっけないほど簡単に任務は達成された。捕らえられようとも呪印によって情報は漏れることはないし、自害でもすれば完遂だ。

 勝利を確信して口角を上げた時───ハヤテの瞳が、僕を写した。

 

 

「なッ!?」

 

 

 クナイは受け止められていた。それも、他でもないハヤテ自身の手によって。

 

 

(まさか……自力で覚醒していたというのか!?)

 

 

 最悪の予想にクナイをハヤテの手に突き刺したまま、その場を飛び退いて部屋の隅へと身を屈める。

 攻撃は来ない。ただ、その入口には既に人影が立ちはだかっていた。

 暗部総隊長、うちはシスイ。その後ろには警務部隊、暗部がずらりと控えている。

 仮面を外しても動揺する様子なんて微塵もない彼に、すぐに嵌められたのだと気がついた。

 

 

「なるほど、最初から僕は泳がされていたようですね。いつからです?」

「中忍試験の予選中……大蛇丸のスパイについて情報を渡すことができた人間は、スパイの移送に関わった者か、途中で受験者二人の救助及び搬送に当たった奴らだけだ。運ばれた受験者二人の行き先を知っていたのは後者だけ。そこからは消去法だ」

「全く、あの方には困ったものですよ。おかげで計画がことごとく狂ってしまった」

「ほー?誰が、誰と、どんな計画をした?」

「もう粗方そこの彼から聞いてるのでは?あなたの片割れも、火影様も、責任者である警務部隊隊長すらいない……ということは、既に他の大ネズミを狩りに行っているんでしょうし」

 

 

 この部屋は最初からネズミ捕りの罠だった。この周到さは恐らく切れ者と名高いうちはイタチの策だ。今頃、砂隠れも、ダンゾウ様も、追い詰められているに違いない。

 そんな手遅れな状況も知らずに、ハヤテという餌につられノコノコと罠に自ら飛び込んだのかと思うとなんだか笑える。

 狂ったようにクツクツと笑う僕に、仮にも現上司である彼が、何故だか痛ましげに眉を顰める。憐れむようなその眼がなんだか気に食わなくて、笑い声もぷつりと途絶えた。

 

 

「薬師カブト、ハヤテの暗殺未遂及び反逆罪容疑でお前を拘束する」

「ふうん……“未遂”ね。それはどうかな?」

「う゛ッ……い、きが……!」

「ハヤテ、どうしたの!?」

「特製の神経毒さ。毒性は青酸カリの15倍……たっぷりクナイに塗り込めておいたんだ。腹痛に嘔気嘔吐、呼吸ができなくなり、そのうち身体が痙攣を始める」

「ハヤテ!!」

 

 

 クナイに塗り込めた毒は、傷口から血管に入り、肺に、そして心臓に達していることだろう。

 ベットの上で苦しみだしたハヤテにほくそ笑んでいると、いつの間にか僕に近づいてきていたシスイに襟首を掴み上げられた。

 

 

「カブト、解毒剤をよこせ!」

「そんなもの、最初から作っていませんよ。それにそんなに焦らなくたって、もう彼から情報は聞き出したんでしょう?だったらいいじゃないですか」

「この馬鹿野郎……!罪を重ねる必要なんてもうないだろう!?」

「───罪?違いますよ、これは僕の任務だ」

 

 

 根には、名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。命はない。

 何度も何度も、呪詛のように綴った言葉をなぞれば、彼も聞き覚えがあるのかくしゃりと顔を歪めた。

 

 

「僕に残っているのは任務だけ。それ以外は、どうだっていいんです。あの方が勝とうがあなた達が勝とうが、両者共に里もろとも朽ち果てようが。僕には、どうだっていい」

「カブト、お前……ッ!」

 

 

 絶句したシスイを突き飛ばす。懐から取り出した小瓶のコルクを指先ではね上げ、中にたっぷりと入っていた透明な液体を一息に呷った。苦味と痺れるような酸味が舌を焦がす。ハヤテに使ったものと同じ、その鈴蘭から抽出した猛毒だ。

 

 最後に与えられた任務。

 それは、全てが明るみに出た場合の“僕の死”だ。

 

 

(もう……とっくに、寝る時間だったんだ)

 

 

 手足が痺れぐしゃりと膝を折る。取り押さえられながらもふと壁がけの時計を見上げれば、その針は21時をとうに過ぎていた。

 

 走馬灯というやつなのか、温もりと痛みに溢れた記憶が巡る。

 激痛と共に急激に遠のいていく意識の片隅で、マザーの優しい声がどこか遠く聞こえた気がした。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 里の中央部から随分と離れた雑木林の中に、一軒の家屋がひっそりと建っている。

 朝日に照らされたその変わらぬ光景に目を細めていれば、頭上を掠めるように飛んできた小鳥がその戸口へと吸い込まれるようにして消えていった。

 その後を追ってよくよく見ると、木の梁に隠れるようにして小鳥の雛が親鳥から餌を啄んでいる所だった。

 

 

『早く起きなさい!!何時だと思っているの!?』

 

 

 そんなピイピイと鳴く囀りよりも更に甲高い声が扉の外まで漏れてきて、小鳥が驚いて飛び去っていった。

 それからドタバタと駆ける足音、言い返す減らず口が続く。

 まだ早朝であるにもかかわらず賑やかなその空気に、フハ、と漏れそうになる笑みをかみ殺しながら、木造のドアを手の甲で二度叩いた。

 

 

『ハイハイ、今出ますよ!全く、こんな忙しい朝っぱらから……!』

 

 

 文句を言いながら扉から顔を出したシスターは、不機嫌な顔から一転、目を丸くして僕の顔をまじまじと見詰めている。

 

 

『お前さんは……』

『シスターお腹すいたよ〜早く〜』

『誰かきたの?』

『こら、お前らお客さんだぞ。先に食べてろって』

『はーい!』

 

 

 シスターの後ろ、開いた扉の奥から子供達が顔を覗かせる。そんなチビ達を抑えて出てきたのは随分と成長した兄貴分で。

 気づけば二人に抱きしめられていた。張り詰めていた何かが、その途端に解けていく、そんな心地がした。

 

 

『……ただいま、みんな』

 

 

 院を出て五年。長期任務を終えた僕は、懐かしい我が家へと帰った。

 お互いに涙を浮かべながらの再会をはたし、チビ達を交えて食事をし、一息ついてからそれまでのことを報告し合った。

 任務のことは話せないにしても、他里で見た珍しい食べ物、動物、景色。その場に溶け込む為に必死に覚えた知識は豊富で、語れることは山程ある。チビ達はそんな話を目を輝かせて聞いていた。

 

 院の話もあの時いた、そして今いる子供達の数だけあった。昔の仲間はほとんどが養子に引き取られ、残った子供は忍となって院を支えているらしい。

 そう話すウルシも中忍、今は上忍昇格試験の勉強をしているそうだ。“ウルシ兄ちゃん、もう何度も落ちちゃってるんだぜ”とは、いたずら好きな院のガキ大将にこっそり聞いた。

 不貞腐れたウルシの顔は昔マザーに叱られた時と同じで、つい声を出して笑ってしまった。

 作りものではなく、心から笑って笑って、子供達が寝静まった頃。

 

 

『マザーは……あれから何か知らせは?』

 

 

 ずっと聞きたかった言葉がポツリと零れる。けれど、同じように任務に付いていた僕には、問いかけながらもその答えが分かっていた。

 任務の内容も、その場所も、名前も、生死さえも。潜入任務につく忍にはどうしたって明かせない。

 暗い顔で首を横に振るシスターに気落ちしながら、それでも訃報が届いていないだけ救いがあった。

 

 

『マザーなら大丈夫だって。だって俺達のマザーだぜ?絶対に帰ってくるさ!』

『うん……そうだね』

 

 

 ウルシの言葉にぎこちなく頷きながら、胸に渦巻く不安に蓋をして微笑んだ。

 

 長期任務の骨休めにと長期休暇が与えられていた為、暫く孤児院に滞在した。

 命のやり取りのないその生活は確かに心穏やかでいられたけれど。マザーはあの時こうしてたっけ、とチビ達の世話をしながら思い出すのはマザーの姿ばかりだった。

 

 ぬるま湯のような日常に浸っていたある日、夢を見た。

 マザーが血だらけで倒れている。僕はマザーを必死に呼びながら医療忍術を使っていた。

 

 

“誰、なの……?”

 

 

 治療をする手が止まる。心音が消えたその瞬間、布団の上でハッと目が醒めた。

 夢というにはあまりにリアルで。それはまるで、何かの前兆のように思えた。

 

 

『マザーが……死ぬ……?』

 

 

 岩隠れの潜入任務についているマザーは、その正体がバレればすぐにでも命を落とす。

 マザーがいるはずのこの家に、僕だけが戻ってきていて。僕がこうして笑っている間にも、マザーは一人で任務をこなしている。

 そう思ってしまえば顔が強張った。子供達に心配されてしまわないように、慣れた笑顔の仮面を貼り付けながら、日に日に罪悪感のようなその思いは強くなっていった。

 

 

『カブト……本当に行くのか?』

『うん。次の任務があるからね』

『ええ〜カブトの兄ちゃん、行っちゃうの?』

『……皆、院でのルールを忘れたのかい?』

 

 

 もうとっくに、寝る時間だよ。

 

 そう笑顔で孤児院のみんなに嘘をついて再び院を出た。嘗てと同じ道を辿った先は、志村ダンゾウの手中だ。マザーの情報と引き換えに、僕は暗い根の下に戻った。

 

 

『ノノウは一年後に潜入任務を終え、部下の手引きで脱出予定となっておる……が、ワシの地位も今や危うい。そうなればノノウの帰る術は無くなろう』

 

 

 うちは一族と上層部、そしてダンゾウの確執を知ったのはその時だ。正直どうでもよかった。ただ、ダンゾウの失脚がマザーの生存率を下げることになる、そう考えればうちは一族は敵でしかない。

 僕は根として働き続けた。同じ木ノ葉の忍を手に掛けることだって、その眼を抉ることだって躊躇わなかった。全てはマザーの為。その為ならなんだって出来た。

 

 そうして一年が経ち、待ちに待った日。ダンゾウに志願し、根の者達と共にマザーを迎えに行った。

 合流地点は土の国と雨の国境だ。元々紛争が多い地域だったが、近年は雨隠れの里の内乱が激しくなり、忍同士の戦争に巻き込まれた人々が土の国へと押し寄せている。難民達を抑える為に岩隠れの忍も駆り出され、そんな混乱に乗じて落ち合う手筈となっていた。

 フードを目深に被って避難民に混じり、野営をすること三日。その合流地点にマザーは現れなかった。

 

 

『やむを得ん。刻限は過ぎた、撤退するぞ』

『そんな……!』

『我々木ノ葉の忍がここにいることが悟られれば、里に不利益となることくらいお前も分かっている筈だ。掟に従え』

『お願いします……あと一日、一日だけ待って下さい!僕が必ず、マザーを探し出して来ます!』

『……一日だ。俺の蟲をつける。それが条件だぞ』

 

 

 リーダーの言葉に一も二も無く頷き、土砂降りの中を駆け回る。

 行き倒れている者達の中にマザーに似た姿がないかと目を凝らし、物陰で雨を凌ぐガリガリに痩せ細った人々の顔を覗き込み、時には今にも息絶えそうな子供に偽善と知りながら医療忍術を施した。

 

 雨は時間の感覚を鈍らせる。探し始めてまだ数時間だったかもしれないし、既に半日以上が経っていたかもしれない。ただ息がきれ始めたそんな頃に、幾つめかの小さな村に行き着いた。

 村の入口で物乞いをしていた子供に孤児院の皆が重なって、最後になった乾飯をあげながら、何気なく医療忍術で傷だらけの両手を治してやろうとした。

 

 その途端、驚いたように子供は目を見開いて逃げていった。子供ばかりではない、村人達もが後退る。僕が医療忍術を使おうとしたその瞬間に、はっきりと村全体の空気が変わったのを感じ取った。

 医療忍者が避けられることはそうあることじゃない。ここには何かがある。敵襲かと警戒しながらぐるりと注意深く辺りを見回して、ふと吸い込まれるように道の片隅に光った何かを見つけた。

 

 

『これ……!』

 

 

 それはヒビの入った黒縁の眼鏡だった。マザーにあげたものとよく似たそれを、震える手で拾い上げる。

 汚れ具合からして捨てられて数日。雨と泥で分かりにくくはあったが、その歪んだフレームに乾いた血痕が僅かにこびり付いていた。

 

 ただ、似ているだけかもしれない。眼鏡なんてどこにでもあるもので、これがマザーのいた証拠になんてならない。

 

 

『マザー……!助けに来たんだ!僕だ、カブトだよ!マザー!!』

 

 

 そう頭では分かっていても、叫ばずにはいられなかった。

 そして門の外、あばら家の中から視線を感じて振り返ると、みすぼらしい服装の老婆がジッと底光りする瞳で僕を見詰めていた。

 

 

『そいつの持ち主なら───もういないよ』

 

 

 嗄れた声が鼓膜を叩く。降りしきる雨音すらも遠のいて、その言葉だけが世界に落ちた。

 考えるよりも先にその老婆に掴みかかっていた。引き倒したあばら家の中は、湿り腐った木の臭いがした。

 

 

『いないって……どういうことだ』

『……』

『言え!何を見た!?』

『……死んだんだよ。それを持ってた女は殺されたのさ、村人達にね』

 

 

 震えた手から力が抜けていく。

 そんな筈がない。マザーは強い人だった。忍である彼女が、こんな骨と皮しかないような村人達に負ける筈がない。それに眼鏡だって、マザーのものかどうかもわからないじゃないか。

 そう自分に言い聞かせるのに、老婆は勝手に話を続けた。

 

 

 一週間前、榛色の髪の毛に緑の瞳をした医者がふらりとやってきた。死にかけの子供に、枝のようになった老人に、優しく言葉をかけては励まし、お前のように自らの食料を分け与え医療忍術で人々を助けた。

 そんな彼女を殺したのは、村一番の破落戸だった。忍崩れであったその男は病を患っており、彼女に余命を宣告され激昂のまま彼女を刺した。息絶えた彼女を川へと流し、そして数日後に男もまた病によりこの世を去った。

 

 

 嘘だ。反射的にそう思った。

 けれど、眼鏡は今僕の手の中にあって。榛色の髪も、緑の瞳も、ありありとその色を思い出せる。それに加えて医療忍術。否定できるだけの要素はなかった。

 

 

『逆怨みじゃないか……どうして……どうして、誰も助けない!マザーに助けられたんだろ!?』

『ハッ……あんたらみたいな忍に、あたしら凡人が適うはずがない。誰だって我が身が一番───』

 

 

 もう何も、聞きたくなかった。

 そこからの記憶は朧げだ。いつまでも戻ってこない僕を探しに来た根の者達に取り押さえられ、血だらけのまま木ノ葉の牢獄に収監された自分をどこか他人事のように眺めていた。

 茫洋と両手に嵌められた枷を見つめていると、カツン、カツン、と聞き慣れた音が近づいてくる。

 

 

『復讐とは、愚かな選択をしたものだ。お前はそんな男ではないと思っていたが』

『ダンゾウ……!お前が……お前が、マザーを潜入任務に付けなければ……!!』

『村人達の次はワシ、ワシの次は木ノ葉か?フン……ノノウが里に命をかけたというのに、お前はそれを無にするというのか』

『孤児院を人質に、お前がそうさせた!!』

 

 

 ガシャンと柵を揺らし叫ぶ僕を、ダンゾウは冷たく一瞥した。

 

 

『そのノノウが何より大切に思っていた院が、今も成り立っているのは、里の、そしてワシの支援があってこそ……お前は恨みをぶつける相手を履き違えている』

 

 

 ノノウを殺した男は、元は雨隠れの忍だった。

 里の為に命をかけた忍が、何故身を落とし、まともな医療を受けることもなく死に体となり、己を助けてくれないノノウを、世界を憎んだのか?

 

 

『全ては里の弱体化、内戦による混乱が招いたこと。うちは一族ののさばるこの木ノ葉も、いずれは二の舞いとなろう。そうなった時……最初に切り捨てられるのは身寄りのない孤児達だ』

『……』

 

 

 里外れの我が家が脳裏に過ぎる。“カブト”、“カブトちゃん”、“カブト兄ちゃん”───そう呼ぶ声が聞こえた気がした。

 だけど、もう今の僕には、その名前すらもがただの記号にしか思えないんだ。

 マザーからもらった全てが、マザーと一緒に壊れてしまったみたいだった。

 

 

『もう……僕には何もない。最初から、何もなかったんだ』

 

 

 怒りも憎しみも冷めてしまえば、ただ絶望的に空虚な心の穴に気がついてしまう。

 静かに涙を流す僕に、ダンゾウが柵の合間から差し出したのはマザーの眼鏡だった。

 

 

『お前に任務を与えてやる。ノノウのこれまでの功績が、今の木ノ葉の平和と繁栄に繋がり、それがお前たち孤児院の子供の命を繋いだのだ。ノノウの意志を継ぐことこそが、お前にできる最後の恩返しとなろう』

 

 

 修復された眼鏡を受け取る。その透明なレンズには血塗れの僕が映っていた。

 かけてみれば度数は合わずに視界が歪んで見えた。そんな世界が、今の僕には似合いだと思った。

 

 

 マザーの名が英雄の慰霊碑に刻まれた日、ダンゾウ様の呪印を受け入れた。

 ダンゾウ様の手足となって働くも、その翌年、うちは一族の次期頭領が設立した“芽”によって、ダンゾウ様は失脚することになる。

 孤児院はダンゾウ様の横領等の汚職に関与していた罪を問われ閉鎖された。シスター達、そして一部関わっていたらしいウルシも罪を認めた。マザーがいなくなった院を守ろうとした彼らの苦渋の決断だったそうだ。

 子供達は里親に引き取られ、そうして静まり返った孤児院には、今やもう誰の姿もない。

 

 

 失脚しながらもうちはが里を滅ぼす、己こそが真の火影となるべきだと息巻くダンゾウ様も。

 不正を一切許さず、何かに焦るかのように性急に事を進めるうちは一族も。

 火影の顔色を伺い、罪を着せあって保身に走る上層部達も。

 根を解体し、謝罪によってそれまでの全ての功績を否定した火影も。

 身を売った挙げ句に、全てを壊した愚かな自分自身さえも。

 

 

 嫌悪感と共に、更に世界は歪んでいく。

 根には名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。命はない。

 

 失うと分かっているなら、最初から何もいらない。

 あるのは任務、ただそれだけでよかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「───フン、残念だったね。アタシがいるからには、自殺だろうが暗殺だろうが、未遂になるしかないのさ」

「ハヤテ……!」

「大丈夫ですよ、夕顔。もう何ともありません……心配をかけましたね」

「お熱いことだねぇ。安心おし、毒はもう綺麗さっぱり抜き終えたよ。ほら、そのガキもさっさと毒を吐かせるんだ!毒抜きは時間との勝負、ボサッとしてるんじゃないよ!」

「ったく、カブト、死ぬんじゃねぇぞ!!あのジジイを追い詰めるには、お前の証言が必要なんだ!それに、お前の義母は───!」

 




おまけ①カブト年表ダイジェスト

【4〜6歳頃】一部時点で19歳のため13〜15年前
・戦時中に薬師ノノウ(マザー)に助けられる。
・記憶を全て失っており、孤児院で育つ。「カブト」という名は同じ孤児院の兄貴分であるウルシが被せた紙兜よりノノウが名付けた。
・元はよい出身だったのか文字や時計も簡単に読めている。その際眼鏡をマザーから譲られ、後にマザーへ眼鏡を贈っている。
・ノノウから医療忍術を学び、野戦病院などで手伝いをして孤児院の資金繰りに貢献していた。その折に大蛇丸と接触している。
【7〜9歳頃】10〜12年前
・孤児院にきて3年後、ダンゾウがやってくる。
・ダンゾウから子供達や資金面での脅しを受け、元木ノ葉のスパイ「歩き巫女・薬師ノノウ」として岩隠れの里へ長期派遣されることに。孤児院から一人根の人員補填として差し出すようにという話を隠れ聞き、カブトは自ら志願する。
【12〜14歳頃】5〜7年前
・孤児院を出て5年後に桔梗峠でマザーを殺す………予定だったがここで逆行バタフライ効果発生。◀
・この頃、サスケが人質となり、うちは一族は中枢捜査権を手に入れた。うちは一族がやたらと嗅ぎ回っていることを知り、ダンゾウは証拠をもみ消す等で奔走。根の育成に制限がかかり、人手が不足した。
・人手不足からダンゾウはノノウかカブト、どちらかを里に呼び戻すことに。大蛇丸がカブトに目をつけていることを知り、カブトが選ばれる。
【14歳】5年前
・カブトは里に帰還し孤児院に戻る。しかしノノウは帰ってこない。“根”として再び働くことを条件に、ダンゾウに情報を要求。
・他里に潜入しているノノウは、一年後にダンゾウの手引きで脱出予定となっていた。その時間、場所を知るのはダンゾウのみ。
・ダンゾウの言葉を信じたわけではなくとも、マザーを助けるため情報を集めるにはダンゾウの部下として里内で働き続けるしか道はない。ダンゾウの手足として後ろ暗い仕事を請け負う。その任務の中にはうちは一族の殺害及び眼の奪取もあった。
【15歳】4年前
・ダンゾウの元で働き一年後、合流地点にカブトは赴くがマザーは現れなかった。周囲を探し歩き、雨隠れの村にたどり着く。
・マザーの眼鏡を見つけ、老婆からマザーの死を知る。
その日マザーを見殺しにした村人を全員殺し、カブトは取り押さえられ投獄。雨隠れは木ノ葉の同盟国であり真相はダンゾウによって揉み消され解放される。
・公にはできない潜入任務をしていたノノウは、同盟国の草隠れの元忍に殺された等とは公表はできず。遺体もないため失踪扱いで処理される予定だった。だが、カブトはノノウの名を英雄の碑に刻むことを条件に、命を縛る呪印を舌に刻まれダンゾウの部下として働き続ける。
【16歳】3年前
・ダンゾウが摘発され根が解体。ダンゾウの支援を受けていた孤児院も、これまでのダンゾウとの共謀が疑われ閉鎖。(実際にやむなく横領等に協力していた)子供達は里親に引き取られバラバラになる。
・失脚しながらもうちはが里を滅ぼす、己こそが真の火影となるべきだと息巻くダンゾウ。不正を一切許さず、何かに焦るかのように性急に事を進めるうちは。火影の顔色を伺い、罪を着せあって保身に走る上層部。根を解体し、謝罪によってそれまでの全ての功績を否定した火影。身を売った挙げ句に全てを失った愚かな自分自身。全てに嫌悪感を抱いたカブトの心は歪んでいく。
・名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。あるのは任務、ただそれだけになった空虚な青年がそうして生まれた。

※ちなみにダンゾウ様はカブトの偽写真をノノウさんに渡していたので、最初から二人を会わせるつもりはなかった。カブトさんの悪夢、老婆の証言、追跡の蟲。最初から全て仕組まれていたのかもしれない。


おまけ②花言葉
鈴蘭(谷間の姫百合、君影草)/開花時期:5月〜6月
「謙虚」「純粋」「希望」「再び幸せが訪れる」


おまけ③一欠片の救済


「くしゅん!」
「あら、アンタが夏風邪とはねぇ。薬膳料理の腕はピカ一だっていうのに。医者の不養生とはよく言ったものさ。まあ、大方夜遅くまで本を読み耽っていたんだろ?」
「えっと、その……ちょっと素敵な本を見つけてしまって……」
「何で背中に隠す?………“毒草のレシピ”!?アンタ、何考えているんだい!?」
「個人的な興味です!本当です!毒のある草や花をどうにか食用にできないかという本で……!」
「やれやれ。変な子だとは思っていたけど、頭を打った拍子に記憶もネジもどこかに落としちまったのかねぇ」
「ハハハ……」
「ん?栞が落ちたよ。ふうん、鈴蘭の押し花とは洒落てるじゃないか」
「ありがとうございます。思い出せないんですけど……大切な人から貰ったものだった気がするんです」
「ほー……さては恋人だね?」
「ち、違いますよ女将さん!」
「まぁ、夜更かしも程々におし。明日から町を挙げての祭りだ、大忙しだよ!なんたって空区の太客も来る。あんたももう立派な若女将だ、どんどん働いてもらうからね!」
「若女将なんて早すぎますよ。それに私は、そんな資格なんて……」
「ハッ、このアタシが死んだ娘にそっくりっていうだけで、大切な旅館の跡を継がせるとでも思うのかい?あたしの目は誤魔化せないよ。飲み込みは早すぎる位だし、それにアンタの胆力は並外れてる。うちには訳ありの客も多いからね、それくらいじゃなきゃ務まらないのさ」
「女将さん……」
「ほら、もう寝る時間だ。旅館の顔の若女将が寝坊なんてしたらはっ倒してやるからね!」
「は、はい!」


 榛色の長髪をさらりと流し名残り惜しそうに鈴蘭の花弁を撫でた彼女は、新緑を思わせる翠眼を柔らかく細めてそっと書を閉じた。


「いらっしゃいませ、ご予約は……あら、デンカ様、ヒナ様」
「こいつは猫バアの客だ。通してくれ」
「猫バア様の……わかりました。こちらへどうぞ」


 湯隠れの里、“猫の湯”と暖簾の掲げられた由緒正しき旅館に働く若女将は、今日も訪れた小さな客人に微笑みかけている。


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72.砕けた鏡

 

 

 執務室から出ていったナルトとサスケを見送ってすぐ、綱手を連れた三代目らはうちは地区へと向かった。言わずもがな、その目的は月光ハヤテの治療である。

 

 監視役ばかりでなく、その傍らに常に寄り添う夕顔をも下がらせる。

 精神系の治癒は繊細なチャクラコントロールが必要とされるもの。特に綱手は幻術で無理にトラウマを克服させている以上、恋人同士である二人の姿が悪影響を及ぼす可能性があったためだ。

 

 待機していたフガクとイタチも合流し、皆が固唾をのんで見つめる中で治療は行われた。

 綱手がチャクラを送りはじめて幾許か、ハヤテの瞼が震えた。

 

 

「目覚めたか、ハヤテ」

「火影、様……?ここは………っ!!至急、ご報告、が……!」

「動くでない、そのままで良いぞ。だが、冥途の淵から戻ったばかりのそなたには悪いが、事は一刻を争う───話せるな?」

「はッ!」

 

 

 咳き込むハヤテにシズネが枕元の吸い飲みから水を含ませる。それをコクリと一口嚥下したハヤテは、掠れた声で訥々と襲撃の夜のことを語った。

 襲撃犯はイタチの推測通り砂隠れの上忍。その上忍と密会していたという暗部装束の男。その会話の最中で聞き取った、木ノ葉崩しとダンゾウの関与。一尾の人柱力である砂隠れの下忍受験者。

 その内容一つ一つが重い石のようにヒルゼンの胸に押し込まれていった。

 

 

(やはり……ダンゾウが関与しておったか)

 

 

 砂隠れの上忍の捕縛と対処、暗部装束の男の特定等、考えねばならない事は多岐に渡るというのに真っ先に心に浮かんだその悲哀に苦く笑う。

 

 ダンゾウの関与の可能性はイタチから進言されていた。ハヤテの襲撃との関連性は不明でも、サスケの呪印について知る者はごく僅か、解呪が可能な者は唯一人。大蛇丸に情報を漏らしたことには間違いなく、監視下にあるダンゾウと大蛇丸を繋げる暗部の存在が露呈していた。

 とはいえ、サスケの情報が漏れたことは内密にせねばならないし、元相談役であるダンゾウも、里のエリートである暗部も証拠がなければ手が出せなかった。

 その膠着状態もこのハヤテの証言によって覆されるだろう。

 話を聞くやいなや、部下に指示を出すイタチらに頷き許可を出すも、彼らのように敵の尻尾を捉えたとは到底喜べぬ、苦い心の内を吐き出す息にのせるばかりだ。

 

 忍も所詮は人、数十年を共に過ごせば情は湧く。

 こうして証言を前にしながらも、あり得ない、何か誤解があるのでは、そうダンゾウを信じたいという思いが心の底にこびりついていた。

 

 

(……相対せねばならん時が、来てしまったようじゃのぅ)

 

 

 いずれはと思いながらも先延ばしにしたツケが来たかのような重石に目を伏せつつ、ヒルゼンはハヤテの肩を労るように叩いた。

 

 

「報告ご苦労、あとは儂らに任せゆっくり休め」

「火影様……実は……気になる点が」

 

 

 歯切れ悪くそう言ったハヤテはちらりとイタチらを見やる。どうやら人払いを求めているようだった。

 片手を上げ彼らを部屋から出し、浮かない表情で俯くハヤテにそっと耳を寄せた。

 

 

「して……気になる点とは何じゃ?」

「私は───あの夜、自分の心臓が止まる音を聞きました」

「何?」

「止めを刺された瞬間も覚えています。無念を胸に抱えながら……間違いなく、死んだ筈なのです」

 

 

 なぜ、私は生きているのでしょう。

 

 

 ポツリと落とされたその言葉は、疑問というよりも頑是ない子供の問いのようだ。

 茫洋とした眼差しで自分の掌を見つめるハヤテ。その実力をよく知るからこそ、それが勘違いだと笑えなかった。

 

 

(死者が生き返る?……まさかのぅ)

 

 

 とある禁術が咄嗟に思い浮かぶも、目の前にいるハヤテは決して死者には見えない。

 これほど完全な状態で蘇らせる術など聞いたことがないが、未知の術が無いとも言い切ることはできなかった。

 もし蘇生されたのだとすれば、誰が、何のためにハヤテを蘇らせた?それも、完全な復活とは言い難い、半死半生の状態のままで?

 かける言葉が見つからずに思案していれば、ふとハヤテが顔をあげる。

 

 

「それから……死ぬ間際に見た紅い瞳───あれは、写輪眼でした」

 

 

 どくんと心臓が音をたてた。

 

 

「それは、お主を助けたのが警務部隊で……」

 

 

『急変?フン、どうだか……警務部隊の巡回ルートを外れた所で、偶然にも虫の息のハヤテを見つけたと本気で思うのか?』

『ハヤテ以上の手練れが、敵の只中でそんな凡ミスをするはずがあるまい。風隠れの商人の失踪といい……うちはを信じるな、ヒルゼン』

『いずれ、後悔することになるぞ』

 

 

 相談役の声がふと反響して続けようとした言葉が途切れる。

 胸に芽吹いてしまった疑惑を、否定する者も肯定する者もいない。

 判じるのは、火影という荷を背負った、己の心唯一つだけだった。

 

◆ ◆ ◆

 

 

「三代目、あの男は危険です。どうか護衛を……」

「最後のけじめだからのぅ。二人で話をさせてくれぬか」

「ですが!」

「イタチよ、“猿飛ヒルゼン”としての頼みじゃ」

「……わかりました。せめて、白眼は宜しいでしょうか」

「ほう、そ奴が近年“芽”に入ったという日向の者か……良かろう。何かあった場合はすぐに踏み込め」

「「はっ!」」

 

 

 膝をつくイタチと“芽”の部下にコクリと頷き、ヒルゼンは笠を目深に被りなおした。

 幾重にも封じの術をかけた鋼の扉が、門番二人の手で重い音をたてながら開かれる。扉の先、底が見えぬ程に長く続く階段を、剥き出しの岩肌に片手を付きながら仄かな明かりを頼りに一段一段降りていった。

 

 途中の階層から漏れ聞こえる呻き叫び。それらにも顔色を変えることなく歩き続け、ようやくその最下層へと辿り着く。

 夏場であることなど露ほども感じさせぬ冷気に肌がブルリと粟立つのを感じながら、ヒルゼンは牢の中に座る友をしかと見据えた。

 

 

「こりゃ老骨には堪えるのぅ。三十年前、霜隠れで遭難した時のようじゃ───そうは思わんか、ダンゾウ」

「フン……あれは四十年前、第二次忍界大戦の始まる少し前だろう」

「おお、そうだったそうだった。まあ、こうして振り返ってみれば、十年程度大した違いはあるまいよ」

「この十年余りの変化を目にしていながら呑気なことだ。だからお前は甘い」

 

 

 岩肌からピシャリと滴る雫を凌ぐ振りをして、笠の下でその懐かしいやり取りに頬を緩める。

 ヒルゼンの言葉に視線を上げた男は、元相談役、同じ師に仕えた兄弟弟子でもある志村ダンゾウだ。

 松明のぼんやりした赤光に照らされ三年ぶりに見るその姿は痩せこけ、皺や白髪が増えたのか随分と老けたように感じる。

 けれど、闇の中で爛々とした瞳だけは嘗てと同じ、否、それ以上に強く暗い光をたたえていた。

 

 

「それで……何をしにきたヒルゼン。まさか、くだらん昔話をする為に来た訳では無かろう」

「……そうじゃの」

 

 

 ここは木ノ葉の重罪人を収容する獄屋の一つ。

 ハヤテの証言により反逆罪容疑で囚われたダンゾウは、イビキの拷問にさえ口を割ることなく沈黙していると聞く。その証言も会話の中でダンゾウの名が出たに過ぎず、件の暗部を捕らえて口を割らせねば証拠とは言い難い。

 こうして顔を合わせてしまえば迷いが生まれると分かっていて尚、イタチらの反対意見を退けてまでここに赴いたのは、はたして尋問か、けじめか、決別か、心の弱さ故か。或いは嘗ての友情を信じたかったのか。

 実際に相対してしまえば、儂自身にすら己の心が分からなかった。

 

 

「今さら何を聞く事がある?もう全て調べがついているだろうに」

「報告は受けておる。だが……お主から直接聞きたい。ダンゾウ、お主は考え方は異なれど、里の為に尽くしておったことを儂は知っておる。それが何故、このような裏切りをした?何故、木ノ葉を害そうなどと変わって……」

「───裏切る?それを、貴様が言うのか」

 

 

 途端にダンゾウの纏う気配が一変する。嘲笑のような、自嘲のような、乾いた笑い声が牢奥から低く響く。

 座していた影がゆっくりと立ち上がり、ジャラリとチャクラ封じの施された枷が重い音をたてた。

 

 

「お前は何も分かっておらん。個も集団も、里も国も……互いに相手を追い落とす。同盟にせよ戦争にせよ、所詮は戦略の一つにすぎん。昨年の旱魃から砂隠れは多額の負債を抱え、里の困窮からこのまま消えるか生き延びるかの勝負に打って出た。ワシが口を出そうが出すまいが、何れは同じことが起きていただろう」

 

 

 鎖を鳴らしながら一歩一歩近づいてくるその様は、まるで幽鬼のように覚束ない足取りだというのに、その言葉は酷く力強い。

 光の加減だろうか、クツクツと歪んだ笑みを浮かべる口元の皺が濃く映る。

 

 

「少しばかり助力を匂わせれば、奴らはすぐに食らいついた。ワシは奴らに情報を流し、奴らは木ノ葉崩しを企てる……ワシはそれを機に復権し砂隠れとの停戦協定を結び、和睦に際して奴らに便宜を図る。そう───奴らは簡単に騙された」

 

 

 その言葉にハッと目を見張る。やはりと、胸の奥で何かが歓喜に囁く。

 いつの間にかダンゾウは柵を隔てた向かいに辿り着き、松明の灯りが揺らめきながらダンゾウの顔を煌々と照らしている。

 間近で見つめる怒りに燃えた瞳には、顔を複雑に歪める儂の姿が映っていた。

 

 

「これを機に風影を、一尾を押さえれば……もはや砂隠れは何もできぬ。企てなど考えることもできない程に木ノ葉に従属させれば、二度とこのようなことは起こるまい」

「ダンゾウ、お主……」

「お前はいつもの如く、見て見ぬふりをしておればよかったものを。変わったのは、裏切ったのは───貴様だ、猿飛ヒルゼン!!」

 

 

 ガシャンッと柵を軋ませる衝撃に、思わず一歩後退る。

 憎悪と怒りに燃える瞳に、囚われたように目が離せなかった。

 

 

『里の為にやったことだ。命一つで里同士、国同士の争いを防げるとあれば安かろう?』

『里の為ならば、何をしてもよい訳ではない!!!里は民を守るためにこそある!!民がいてこその里……お主がやっていることは、ただの裏切りにすぎぬ……!!』

 

 

 三年前に交わした、似ているかのようで決して相容れぬその心情を思い返す。

 イルカが儂を褒めそやし、アカデミー生らに教えているその場から逃げ出すように去った理由。それは、あの日からずっと、この心に巣食う罪悪感の故だった。

 

 本当は分かっていた。

 ダンゾウの行動に目を瞑っていたのではない。名声を、徳を、光ばかりを手にし、そんな自分の手を汚すことを厭うた。

 後ろ暗い闇を押し付け、己のすべきことを彼に背負わせた。本当は己に責があると分かっていながら、その重荷を負う覚悟がなかった。

 あの日、儂にはダンゾウを責める資格はなかったのだ。

 

 

「すまぬ」

「……」

「四代目が死に、九尾襲来により壊滅状態に陥ったこの里を……守ってきたのは、お前だった。あの日、責められるべきはお主ではなく、お主に全てを託したこの儂だ」

「……」

「すまなかった、ダンゾウ」

 

 

 頭を下げた儂をダンゾウは何も言わずジッと見下ろしていたが、やがて『過ぎたことだ』と逸らされる視線を感じて身体を起こした。

 腕を組みつつ片手で顎を撫でるダンゾウのその仕草は戸惑った時の奴の癖だ。過去の思い出が頭に過ぎ去って歯を噛みしめる。

 そう、ダンゾウは過去と何一つ変わらない。変わったのは、その闇を背負うと決めた己自身だ。

 

 

「しかし───ダンゾウよ。此度の計画は、本当に、木ノ葉の為だったのか?」

「……何が言いたい」

 

 

 過去も今も揺るぎないその暗い眼差しを正面から見つめ返し、拳を固く握りしめたヒルゼンは後ずさった以上にその距離を詰める。

 

 

「南加ノ区の祭りに参加しハヤテ襲撃の晩に消息を断ったという風遁使いの元忍が、妻子ともに遺体で発見された」

「……」

「その襲撃犯は忍を辞め市井に降りていた、元“根”の者。そ奴は自白したぞ、お主の指示であったとな」

「馬鹿な……!?」

 

 

 動揺を隠しきれない様子で目を見開くダンゾウ。その目に浮かぶ驚愕の色を冷徹に見据える。

 暴けばもう後戻りはできない、そう知りながら続けた。

 

 

「呪印で口を封じている筈か?確かに呪印は術者が死ぬか術者が解くか、その二択……じゃが、お主は半月前にサスケの呪印を一部解呪させただろう。その時に誰がおったか、忘れたか」

「イタチ……まさか……」

「そう、写輪眼のコピー能力じゃ。他の商人らも、お主が使っていた元“根”の忍も……呪印は全て解呪した。みな、自ら告白してくれおった」

「───呪われた一族がッ!!ヒルゼン、分からんのか!うちはをのさばらせれば、必ず里は滅びる!根絶やしにすることが木ノ葉の為なのだ!!」

 

 

 声を荒らげるダンゾウをジッと見つめる。

 その瞳に宿るそれは、紛れもない憎悪だった。

 

 呪印を刻まれた商人らは脅されていた。うちは一族が砂隠れとの密通に助力したと証言するようにと。

 木ノ葉崩しのことまでは知らされていなかったようだが、未遂とは言え木ノ葉崩しの計画が明るみに出た後、その情報が出れば彼らに疑惑が向くことは避けられない。砂隠れも裏切られたとは言え、うちはに与するより一尾を手中に収め復権したダンゾウへと口裏を合わせることだろう。或いは既に手を回している可能性もあった。

 

 指し示す答えは一つ。

 ダンゾウはうちはに、木ノ葉崩しの共謀という濡れ衣を着せるつもりだったのだ。

 

 

「『木ノ葉の為』?違うじゃろう。お主が成そうとしたのは復讐──『己の為』だ」

「……ッ!」 

「うちは一族もまた、儂の守るべき木ノ葉の民。里には毎年、多くの忍が生まれ育ち、生き、戦い、里を守るため……そして大切な者を守るため死んでいく。そんな里の者達は、たとえ血の繋がりがなくとも……儂にとって大切な家族!」

 

 

 イタチ、シスイ、フガク。ハヤテの証言を聞いた彼らが真っ先に部下に指示したのはダンゾウの捕縛などではなく、砂隠れの忍の捕縛及び周辺の里民の避難指示だった。

 他里の迎賓館は木ノ葉の中央部、人通りの最も多い通りにほど近い。砂隠れの忍と交戦になった場合、その被害は里民に及ぶ。

 うちはにどんな疑惑があろうと、民を思う心は同じ。それを儂が信じずにどうする。

 

 

『木ノ葉の同胞はオレの体の一部一部だ。里の者はオレを信じ、オレは皆を信じる……それが火影だ!』

『サルよ。里を慕い、貴様を信じる者達を守れ。そして育てるのだ、次の時代を託す事のできる者を……明日からは、貴様が火影だ!』

 

 

 初代様の声が、二代目様の声が、不甲斐ない儂の背を押す。

 お二人の言葉が心に灯っている。光も闇も全てを含み、燃えたたせる火の意志が。

 

 

「儂は初代様、二代目様の木ノ葉の意志を受け継いだ男───三代目火影じゃ!!儂は儂のやり方で木ノ葉を、民を守る!根が腐れば木ノ葉は枯れよう……たとえ木ノ葉の為であろうとも、お主のやり方を(火影)は認めぬ!」

 

 

 ダンゾウの目の奥で、ぴしりと何かが砕ける。

 『木ノ葉の闇』は、ダンゾウの心をも歪めたのだろう。それはもうお主の役目ではないのだと、そう伝わることを願った。

 

 

「沙汰を待ち、内省せよ。お主は私情で里を危険に晒せたのだ、然るべき処罰が下ろう」

「……」

「お主の意図も隠さず伝える……命までは取られまい」

 

 

 俯くダンゾウに背を向けたヒルゼンは、笠を目深に被り直し、壁にかけていた松明を取った。

 牢を後にするその背に、掠れた声が届く。

 

 

「その甘さ……変わらんなヒルゼン。もしあの時、お前が面会に応じておれば……違う未来があったのかもしれん」

 

 

 扉を潜る刹那───ガチャンと鎖の落ちる音がした。

 

 

「フン……何れにせよ、もう手遅れさ」

「───ッ!?」

 

 

 柵を隔てることなく、すぐ後ろで聞こえた見知らぬ声。

 振り返った牢の中には、虚しく残った枷だけが落ちていた。松明の灯火は己の影だけを地面に照らし出す。

 

 

「火影様!!」

「三代目、そこから離れてください!」

 

 

 異変を感じ現れたイタチらが儂を背に守る。

 だが、そこには敵の姿はない。友の姿もまた、忽然と消え失せていた。

 もう二度と重なることのない未来を悟り、笠先を握る指に力が籠もった。

 

 

「ダンゾウが脱獄した。S級犯罪忍として疾く、追い忍を向かわせるのじゃ。抵抗するようであれば───殺せ」

 





『惨めな姿だな、ダンゾウ』
『何、里を守らんとした英雄の末路を嘆いているだけだ』
『五年前、お前が俺と交わした木ノ葉との不戦協定……お前が処刑されれば当然無効となる、そうだろう?』
『だが───俺に一つ、提案がある』
『どうする?俺はこのまま木ノ葉を滅ぼすこともできる。だが、お前が手を取るならば、木ノ葉を救うことができるかもしれん。ただし……失敗すれば、お前はただの大罪人。生涯追われ続けることとなる』
『死ぬまでこの檻の中にいるか。それとも、俺の手を取るかだ』

 ダンゾウは男の手を取った。
 ヒルゼンがその場を訪れる、僅か数分前のことだった。


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73.死線に立つ

※視点はサスケ→綱手様
※オリジナル設定があります。
※名前さえ出てきてませんが、+αに気が付かれた方は天才。ヒントはもうずっと出てる。


 

 

「火影様に会いたいだって?そりゃあ無理だ、火影様は火の国の大大名様とお話があるとかで今朝早くに里を出ちまってる。いつ戻るかって言われてもなぁ……俺らみたいな下っ端には予想もつかねぇし……」

「暗部?芽の総隊長?ハハッ、里のエリート中のエリートだろ!顔を拝むことだって早々できやしないよ。第一、中忍試験のトラブルで対応に追われてるって聞いたぞ。火影邸にいるかどうかも怪しいな」

「ほら仕事の邪魔だ、子供はもう帰った帰った。ん……?坊主、確か中忍試験を受験するナンバーワンルーキーの『サスケ』だろ?こんなとこで油売ってないで修行しろ!じゃないと、コイツみたいに下っ端止まりになっちまうぞ」

「お前だって似たようなもんだろ?」

「そうそう、俺らみたいにのんびり内勤やりてえなら別だがね。ああ、本戦は俺らも休み取って観戦する。木ノ葉の看板背負ってんだ、負けたら承知しねーからな!」

 

 

 そう言ってサスケの背をバンバン叩いた中忍二人は、笑いながら火影邸の通路を歩き去った。

 火影邸内を行き交う者に声をかける度、同じようなやり取りを何度か繰り返している。強すぎる激励に痛む背に、そして真面目に取り合ってすらもらえない己の年嵩に苛立ちは増すばかりだ。

 

 

(これじゃ埒が明かん。無駄足だったか……)

 

 

 昨夜、綱手を送り届けたサスケは、一度ナルトと共にアパートに帰宅した。一週間に渡る旅は子供の身体には負担がかかったのか、それなりに疲労は感じていた。

 しかし、綱手が別天神によってトラウマを克服したとはいえ、果たしてハヤテは無事に目覚めたのか。何より、ハヤテはどんな証言をして、その襲撃犯は誰か、そいつはどうなったのか。

 考え出せばきりもなく、結局一睡もできず一夜が過ぎた。

 泥のように寝こけているナルトはそのままに、早朝から一人火影邸を訪れたものの、こうして火影邸の入口から先へ進ませてはもらえないままだ。

 

 

『後で必ず、どうなったか教えてくれ』

『ふむ……よかろう。全てが終わったら、のぅ』

 

 

 そう約束を取り付けてはいるが、三代目のいう『全て』とはどこまでを指していたのか。まさかとは思うが、中忍試験の終了後とは考えたくもない。

 無事に木ノ葉崩しが防げたならともかく、その確証もないままに修行に打ち込むこともできず、こうして火影邸に来たものの収穫はほんの僅かばかりだ。

 

 

(三代目が大名の所に行ったなら、中忍試験の中止もあり得るか?うちは地区に行った所で、警務部隊やイタチ達も悠長に話せるとは思えない……)

 

 

 頭を悩ませていたサスケは、ふと感じとった気配にハッと頭を上げた。

 サスケと視線を合わせ、通路の奥からズンズンと歩いてくるのは三忍が一人、千手綱手だった。

 その後ろにいつも付き従っているシズネは、別用でもあったのか姿はない。

 

 もはや唯一と言っても過言ではない情報源の出現に頬を緩める───間もなく、挨拶も言葉も何一つ交わさぬ内に、サスケは首根っこをひょいと掴み上げられていた。

 

 

「ッ、おい!何してんだ、下ろせ!」

 

 

 唐突な暴挙に呆気にとられていたサスケも、掴み上げられたまま火影邸の外、早朝で人通りも少ないとはいえ大通りへと連れてこられては暴れるというものだ。

 しかし、綱手の怪力の前にはどんなに暴れようとビクともしない。

 

 いっそ変わり身の術を使うかと印を組もうとした所で、ピタリと綱手の足が止まって手が離された。

 朝からの苛立ちや鬱憤、疲労に不眠も重なり何かが切れそうになったサスケだったが、その目の前に掲げられていた看板に目を瞬く。

 

 

「ここは……」

「後で必ずおいでって言ったろう?使用許可は降りてる、ボサっとしてないでさっさと始めるよ」

「始める?」

「ああ───診察をね」

 

 

 綱手は顎をしゃくって院内へと入っていった。

 立ち竦むサスケの横を老若男女が通り過ぎていく。

 

 ここはそう、里の医療・健康を支える、木ノ葉病院である。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「穴の空いている方向を指で指してくださいね。右眼からいきますよ」

「ヘッドホンから音が出ますので、聞こえたら手元のボタンを押してください」

「この紙を嗅いで、どんな匂いがするか…………」

「次は隣の部屋で………」

「………」

「……」

「…」

 

 

 血を抜かれる所から始まり、次から次へと目まぐるしく行われる検査は、やったことのある検査もあれば初めてのものまで多岐にわたる。

 

 いったい俺は何をしているのだろう。

 何故大人しく修行に行かなかったのか。せめてナルトと朝食くらい食べてから火影邸に出向いていれば……。

 そんな後悔をしながらも、一つ一つ指示に従い検査をこなすこと数時間。ぐったりと机に突っ伏したサスケの前で、綱手が検査データを記したカルテを一枚ずつ捲っていた。

 

 文句も疑問も山程あったが、綱手が真剣な眼差しで紙面に時折書き込みを入れていくものだから、どうにも口を挟めない。

 突っ伏している机から、コツコツと小さな音が響いてくる。ちらりと目だけを上げれば、綱手は難しい顔でペン先で机を叩いていた。

 

 

(アイツも集中する時によくやってたな……師匠譲りの癖だったか)

 

 

 嘗ての妻の姿が重なる。

 妻の横顔をジッと見つめていれば、気がついたアイツは何が恥ずかしいのか頬を染めはにかんでいたものだ。

 そんな真剣な、懸命な姿は嫌いじゃない。むしろ好きだった……とは生涯言えなかったけれど。

 蘇ったおぼろげな記憶に目を眇めた時、綱手が書類から顔を上げた。

 

 

「サスケ───お前、忍を辞めろ」

「!?」

 

 

 静かに、けれどはっきり告げられた言葉に弾かれたように立ち上がった。聞き間違いか、なんて問うこともできない真剣な眼差しに息を呑む。

 過去を含め付き合いは浅いものだが、それでもそんな嘘や冗談を言うような人物でもないと知っている。何か理由がある筈だった。

 

 真意を見定めるように押し黙るサスケに、綱手は小さく嘆息してカルテをバサリと机に広げる。

 その一番上の余白に、大きく書かれていた病名は聞き慣れないものだった。

 

 

「『チャクラ不均衡症候群』───精神エネルギーと身体エネルギーの解離により、死に至る病だ。治癒例はない。発症者は一人の例外もなく死亡している」

 

 

 誤魔化しも濁しも一切なく、そう言い切った綱手は、表情を変えぬまま説明を続けた。

 

 チャクラというのは精神エネルギーと身体エネルギーをかけあわせて練り上げるものである。

 そこまではアカデミーでも習うことだが、専門的観点から言えば更にその続きがあるらしい。

 

 人体を構成する膨大な数の細胞一つ一つから取り出す『身体エネルギー』と、修行や経験によって蓄積した『精神エネルギー』。

 当然といえば当然だが、そこには優劣、得手不得手というものが存在する。半々が理想的でコントロールもしやすいが、40%/60%の奴もいれば20%/80%と極端な奴もいるそうだ。

 

 それが10%/90%以上に傾いた瞬間に発症するのが、『チャクラ不均衡症候群』。

 均衡が保てなくなり過多となったエネルギーが、劣勢であるエネルギーを徐々に削っていく。精神と身体、どちらに偏るかでその症状は異なるという。

 

 

「お前は精神エネルギー過多のタイプだ。発症すれば精神エネルギーに身体エネルギーが侵され、徐々に五感を失っていき……最終的に身体エネルギーが食い尽くされてチャクラ枯渇を引き起こす」

 

 

 対する身体エネルギー過多は、身体は成長しても精神がいつまでも幼いままであったり、身体の機能は維持されていても目覚めることがなくなる、喜怒哀楽が乏しくなる等の症状が出るらしい。

 

 割合としては9割が身体エネルギー過多、それも生まれながらのものが多い。

 精神エネルギー過多の数少ない事例も大抵が幼少期に命を落としているという。身体エネルギーが足りない場合は、そもそもが生まれてこられないのではないか、というのが綱手の見解だった。

 

 当然ながら、サスケは前の生ではそんな病の指摘をされた覚えはないし、最終的に天寿を全うできたことからも先天的なものでないことは明らかである。

 となると、この病はこうして過去に戻った影響だと考えられた。百十数年に及ぶ記憶や経験が、精神エネルギーとして余剰してしまったという所だろうか。

 

 

「お前は現状は予備軍に当たる。比率は精神エネルギー88%、身体エネルギー12%。発症ギリギリのラインだな。この段階ともなれば、負荷がかかった時に一時的な兆候があったはずだ」

「兆候?」

「発熱、易疲労、治癒遅延、意識消失、五感の一時的欠損……今までに見受けられたものはそんな所だ。何か心当たりはあるか?」

 

 

 これまでを振り返ると───全てではないが、無いとは断言できなかった。

 大蛇丸との戦闘、ヒナタの蘇生、谷から落ちたナルトの救助。気がつけば意識を失っていたことを思い出す。

 単に子供の身体だから無理が祟った、そう言われればそうだと思える。だが、それが当てはまるかと言われれば頷けてしまう。

 

 

「……その影響とは断言ができない。少なくとも、五感の欠損はなかった」

「そうか。まあ、内部エネルギー比率なんてそうそう感じ取れることでもないからな、仕方あるまい。だが、忍はチャクラ生成頻度が最も高い職だ。その均衡を保ち続けることは非常に困難だろう。サスケ、悪いことは言わない……忍を辞めろ」

 

 

 綱手のそのきっぱりした言葉は厳しいが、サスケの身を案じていることは分かる。

 忍を辞めれば寿命一杯まで生きることができるかもしれない。だが、忍を続けるのであれば、いつ何時、病が牙を剥いてもおかしくはない。

 それでも、最初から答えは出ていた。

 

 

「断る。俺は死ぬまで───死んだとしても、忍だ」

 

 

 苦しみもある。悲しみもある。

 痛み合い、耐え忍び、それら全てを凌駕するほどの幸福と喜びを得た、最後の忍の人生を思った。

 明日をも知れぬ身というのは誰しもに言えることだ。そんな危険性やらリスクやら、そんな言葉で己の道を外れ、後悔を残すことだけはしたくなかった。

 

 その選択が大切な者達を苦しめることは分かっている。きっと皆怒るだろう。悲しむだろう。残される者の気持ちはきっと誰よりも理解していた。

 それでも、己の既に終えた人生を安穏と延ばすより、家族の、友の、仲間達の、この忍世界の行く末を、未来を、より良いものへと変えるチャンスがあるならば。耐え忍んだその先に、光があるのならば。

 選ぶものは既に決まっている。

 

 

「この世界が忍を必要としなくなる日まで……どんなに困難な道であろうと、俺は忍として在り続ける」

「世界が忍を必要としなくなる日だって?ハッ、馬鹿言うんじゃない、あんたの子供、孫、ひ孫の代でだって叶うかどうか!」

「来る。それまで俺は、何があっても諦めねェ。死ぬつもりだってない」

「……なら、アンタは随分と大往生しなきゃならないねぇ。全く、馬鹿な奴だ……でも───そういう馬鹿は嫌いじゃないよ」

 

 

 呆れたように笑った綱手は懐から小さな紙袋を取り出した。

 受け取って中を確認すると、カプセル状の薬のシートがいくつか入っていた。

 

 

「内部エネルギーを安定させる薬さ。そうだね、お前の場合は身体エネルギーが弱まった時……例えば怪我や病気なんかした時に飲むといい。身体エネルギーを補おうと増長する精神エネルギーを抑える。1日2回まで、3時間以上は間隔をあけるんだよ」

「副作用はあるのか?」

「大きなものは報告されてないが、多少チャクラが練りにくくなるかもしれない。ただし過剰に投与した場合は効力がなくなるばかりか、反動で精神エネルギーが上がり、あっという間に均衡を崩すことになる。気をつけな」

 

 

 こんなちっぽけなモノがこの命を左右させるのか、そう思うと袋を握る手に力が籠もった。

 他にも細々とした注意点が並べられる。何があっても心を乱さず平静を保て、精神エネルギーを増強させるな。怪我、特に出血は身体エネルギーを弱らせるから避けろ、バランスの良い食生活に睡眠時間の確保を……等。

 忍として、そして今の現状を鑑みるに、随分と難易度の高い話だと思いつつも神妙に頷く。

 

 

「大した症状がないからと油断するなよ。覚えておけ───あと2%だ。そのラインを超えれば間違いなく発症する。そうなれば最後、数年以内に……お前がどう足搔こうが、忍を続けることは不可能になるぞ」

 

 

 忠告を頭に書き留めるも、自覚に乏しいからか今ひとつ現実味を欠いている。

 何とはなしに綱手の隙をついて薬を一粒飲み込んだ。カプセルとなったそれは苦さも甘さも何もないが、その人工物めいた匂いが鼻についた。

 鬼のように目を吊り上げる綱手の説教をどこか遠く聞きながら、薬を飲んでも何一つ変わりのない自分の身体に、ほんの少しの安堵を覚えた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「───とまあ、そんな具合だ。スパイだったカブトっていうガキは捕まえたし、砂隠れの忍、ダンゾウも捕縛の手配がされていたよ。その後のことはアタシは知らされてない。中忍試験の中止は前代未聞、どうなるかは大大名様次第さ」

「そうか……礼を言う」

 

 

 請われるまま昨夜の知りえる出来事を伝えてやれば、サスケは何か気がかりなことでもあったのか一目散に去っていった。

 その家紋を持たない小さな背を見送り、綱手は手元の紙面へと目を落とす。

 

 

(天才は早逝するなんて迷信と思ってたが、あながち間違じゃないかもしれないね)

 

 

 先程、サスケには言わなかった事がある。それは、これまで予備軍として診断された者達が、一人の例外もなく10年以内に発症していることだった。

 

 症例自体も少なく、あの年頃の精神エネルギー過多タイプはそもそも前例すらない。サスケがそれに当てはまるかは不明だ。

 そんな不確かな情報で、命の刻限を若人に突きつけるのは流石の綱手も憚られた。

 それに、信じたかったのかもしれない。現実を知らない馬鹿な子供の戯言、そう言えぬ何かがあの子にはあったから。

 

 

(全く、木ノ葉に着いた途端にこれなんてね……借金の四分の一肩代わりじゃ割に合わないよ)

 

 

 そう内心独り言ち、ふと借金を全額肩代わりする条件を思い出してしまった綱手は、冗談じゃないと頭をふって再度ペンを握った。

 事のあらまし、現状、予後を簡単に紙にまとめると、病院専用の伝達鳥へ手紙を託す。

 屋上から雲ひとつない青空のもとへ、力強く飛び去っていくその姿に目を細めた。

 

 

「さて、一杯飲みにでもいくか……ん?」

 

 

 久方ぶりに木ノ葉の飲み屋にでも顔を出そうかと思案していた綱手は、何やら猛スピードで近づいてくる気配を感じて屋上のドアを振り返った。

 

 

「綱手さまぁぁぁーーーー!!!」

「シズネか、どうしたそんなに慌てて……ッ!?」

「それがっっ………あひぃぃぃぃ!!」

 

 

 屋上へ涙目のシズネが飛び込んでくる。

 その後ろ、シズネが鍵を閉めた筈の重い扉が、轟音をたてて吹っ飛んだ。

 敵襲かと身構える。なぜだか屋上でもうもうと舞う砂埃に目を凝らし、その中に人影を一つ捉えた。

 

 

「綱手さまあ゛ぁぁぁ……!よくぞ!よくぞ、木ノ葉にい゛ぃぃ……!」

 

 

 木ノ葉の蒼き猛獣マイト・ガイのガチ泣きに、綱手は顔を引き攣らせ後ずさった。

 その後、前途ある若者へ本日二度目の最後通牒を突きつける羽目になるのだが───それはまた別の話である。

 




ガイ先生のBGMはデデンデンデデンで(笑)

補足※オリジナル設定です
【チャクラ不均衡症候群】
・人体を構成する膨大な数の細胞一つ一つから取り出す「身体エネルギー」と、修行や経験によって蓄積した「精神エネルギー」。双方のエネルギーを練り合わせる=「チャクラを練る」。得手不得手はあるものの通常は双方のエネルギーは内部で均衡を保っている。
・精神エネルギーと身体エネルギーの解離(10%/90%以上)により発症。劣勢エネルギーが過剰エネルギーに耐えきれずに侵食されていく。15%以上で兆候が現れてくる。
・精神エネルギー過多→五感欠損(兆候:発熱、易疲労、治癒遅延、意識消失など)
※全体の1割。そのほぼ全てが0〜6歳までの幼少期に命を落としている。
・身体エネルギー過多→感情欠損/植物人間(兆候:言葉が話せない、記憶力低下、発達遅延など)
※全体の9割。3〜6歳頃に発見されることが多いが年代は様々。
・予備軍(15%以上)は何れのケースも発見後10年以内に発症している。
・発症後は例外なく数年で死亡する。
・チャクラ安定剤によりある程度発症を遅らせられる。だが、過剰内服により抑制されたエネルギーが反発、一気に悪化&発症することがあるため注意が必要。
・発症機序は不明。サスケさんの場合は確実に逆行(百二十数年+α)の副作用。
・実はだいぶ前から兆候が出てた。多重影分身の術の開発での不摂生・ミズキ事件での精神的負荷や出血がトリガーとなって予備軍入り、それにより発熱をきたす。
 その後、出血や精神的負荷時(大蛇丸戦や予選、大蛇丸お見舞い、谷落下等)に気を失っていたのもその影響による。
・ちなみにネタバレとなるが、サスケさんに入れられた呪印は件の精神エネルギー(+α)を抑制している。綱手捜索編では呪印が一部解除されたことにより15%→12%になり心身不調が強く出ていた。

 もし呪印がなかったら原作開始前に発症していた可能性が非常に高く、もし呪印が正しく機能し百二十数年の記憶を封じられていたら病とは無関係でいられた。
 そのあたり+αの干渉があったとかなかったとか。

逆行人生ハードモードは続く。
頑張れ、サスケさん……!


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74.絆

NARUTO新作アニメ、延期……。だけどクオリティ向上のためってところに制作陣のNARUTO愛を感じた(⁠ ⁠;⁠∀⁠;⁠)
放送日に合わせて連投してくので、よろしくお願いします!


 

 火影邸や木ノ葉病院のある大通りから、幾ばくか道を外れた先。

 そこには他里の忍らが滞在する迎賓館がある。

 監視の目が光っていることは里民の誰もが察しており、普段ならば近寄りがたい空気に一般人らは避けて通る───その筈が、今朝は早くから野次馬で通りは溢れかえっていた。

 

 

「昨日の晩にあった抜き打ちの避難訓練、ありゃあ嘘だったみたいだな」

「今いるのは……砂隠れの代表者達だろ?」

「どうやら殺害容疑で一人しょっぴかれたって話だよ」

「そう言えば、近頃門の出入りもやけに厳しくなったよなぁ……」

「噂じゃ結界が破壊されたそうよ。徹夜で修復に当たってるって」

「そんな……また戦が……」

「シッ!滅多なことを言うんじゃないよ!」

 

 

 立ち入り禁止と書かれたテープが通りを横切り、その外側ではヒソヒソと小声が交わされる。

 その様子を眺めていたサスケは、迎賓館の門の両脇に立つ警務部隊らへと視線を移した。

 

 ジッと佇む二人は外野の視線に顔色一つ変えないが、その一角の空気は随分と張り詰めている。敵の尻尾を掴み、里の脅威を除いたというにはあまりに険しい顔つきだ。

 もしや取り逃がしたか。或いは、捕縛にあたって戦闘にでもなったのだろうか。

 

 

(いや……たとえ証言や証拠が出揃った所で、他里の代表者をそう簡単には裁けない)

 

 

 加えて、元上層部ダンゾウの関与という木ノ葉の落ち度も大きい。

 砂隠れの上忍もそれを重々承知の筈、ダンゾウに全ての罪を着せて計画を中止すればそれで仕舞いだ。あえて事を荒立てる必要はない。

 

 そうなると、事情聴取などの名目で一時的な捕縛はしても、里としては穏便に事を収めるだろうと考えていた。

 だが万一、戦闘になっていたとしたら───?

 サスケは沈黙したままの館を見上げ、よぎる胸騒ぎに急かされるように雑踏から抜け出した。

 

 気配を消しながら館を囲む塀に沿って外周を回れば、ある程度館の内部構造が予想できる。

 出入り口は南の門戸一つ、そこから東棟と西棟に客室が分けられている。宿泊者の少ない今は東棟は封鎖でもしているのか人気がほぼなく、気配は全て西棟に集まっていた。

 

 監視役は門前二人に加え、姿を隠して四方に一人づつの計六名。それぞれが場所を移動し巡回している。

 それなりに広い敷地を考えれば些か少ない気もするが、計画が発覚した以上は砂隠れも迂闊に動くことはないと踏んでのことだろう。

 

 監視役が場所を移動したタイミングを見計らい、塀に軽く両手を付けてみれば、ビリビリと拒絶の気配が掌に伝わった。

 入るも出るも、相当に困難だろう強固な結界が張り巡らされている。まるで目に見えぬ檻のようだ。

 

 

(素直に会わせてくれる筈もない、か)

 

 

 苛立った様子の警務部隊を見れば、たとえサスケを知っていたとしても通してくれる可能性は低い。

 だからといって、忍びこむことも結界に阻まれ、その結界を壊すなどという暴挙は監視役である一族らの面子を潰すようなもの。

 ならばと小さく息を吐いたサスケは、コツリと堀に額をつけ目を閉じた。

 

 

───集中しろ。修行を思い出せ。

 

 

 結界を巡るチャクラに微弱な雷遁を少しづつ流し込んでいく。壊すためじゃない、探るためのそれは、弾かれることなく結界のチャクラに乗って館全体へと巡った。

 閉じた視界の裏側にチャクラが形を作り、小さな四つの人影が見えた。

 

 

「無事だったか……」

 

 

 我愛羅、テマリ、カンクロウ、香燐。

 彼らの欠けない気配に胸を撫で下ろす。

 安定したチャクラを見るに、杞憂だったのか戦闘沙汰にはならなかったらしいことが知れる。

 

 だが一歩間違えていれば我愛羅達の、或いは木ノ葉の忍達の命はなかっただろう。

 その犠牲者の一人となる筈だったハヤテの青白い顔とその恋人の泣き縋る姿が蘇り、胸を締め付けるような痛みに思わず額を離せば、四つのシルエットは途端に形を崩して消えた。

 

 

『同盟は終わった。次に会うときは───敵だ。それを忘れるな』

 

 

 死の森での別れ。そしてナルトから伝え聞いた予選試合。

 そこから考えられるのは、我愛羅達は既に木ノ葉崩しの計画を知っていたという事だ。

 あの砂隠れの上忍だけでなく、我愛羅達の誰かがハヤテの暗殺に加担していた可能性だって否定できない。

 

 敵である砂隠れの忍の無事を喜ぶ、それは木ノ葉への裏切りではないのか?

 そんな自問に罪悪感を感じながらも、それでも憎むことができなかった。その痛みを知るからこそ、助けたい、そう願ってしまう。

 

 

(まさか……今になって、あいつの心を知ろうとはな)

 

 

 嘗て世界の敵となった自分を、必死になって止めようとした友を思い出して自嘲が溢れる。

 ナルトはおくびにも出さずに笑っていたが、過去にはサスケの預かり知らぬ所で苦しんでいたのかもしれない。

 

 里か友か、一族か。ナルトのように天秤そのものを壊せる強さはなく。

 それでも無情にはなりきれぬ中途半端さに、己の弱さ、無力さが突きつけられる。

 苛立ちのまま拳を壁に叩きつけようとした瞬間───振り上げた左手が、誰かに強く押さえつけられた。

 

 

「君、何をしているのかな」

 

 

 掴まれている手からその先を辿れば、暗部の面をした男がすぐ隣に立っていた。

 監視役は警務部隊だけかと思っていたが、どうやら暗部も一枚噛んでいたらしい。結界内を探っている間に間を詰められたのだろう。

 

 

「……離せ」

「君が話してくれるならね。こんな所でいったい何をしていたんだい?」

「……」

「だんまりか……答えないなら仕方がない。ボクと一緒に来てもらおうか」

 

 

 男はくぐもった声でそう言うと、サスケの腕を引っ張りどこかへ連れて行こうとする。

 砂隠れとのスパイを疑われているのだろう。このままではまずい、そう抵抗しようと身構えた時、背後から聞き覚えのある声がした。

 

 

「サスケ?……と、テンゾウじゃない。二人とも何してるの?」

 

 

 暗部の男と共に声の方向へと振り返れば、曲がり角からのんびりと歩いてくるカカシの姿があった。

 

 テンゾウという名には聞き覚えがある。カカシの代わりに七班を連れて音里へとやってきた男、ゆくゆくは大蛇丸の監視役として時折顔を合わせていた彼のことだ。暗部時代の既知らしくカカシはそいつをそう呼んでいた。

 暗部の面の男───テンゾウことヤマトは、カカシの登場に動揺したのか声を揺らした。

 

 

「カカシ先輩?どうしてこちらに……あの青年の監視役についてた筈では?」

「んー、色々あってね。俺はお役御免だって。それで、そいつを迎えにきたってワケ」

 

 

 ちらりとカカシの視線がサスケを捉え、次いで掴まれた腕に流れる。

 それに気が付いたヤマトが手を緩めた隙に、拘束を逃れカカシの背後へと隠れれば、その様子を眺めていたカカシの目がすっと細められた。

 

 

「それで、うちの子がどうかしたの」

「子……子供!?カカシ先輩に……!?」

「そうそう。俺の担当の子」

「ゲホッ、ゴホン、ああそうでしたか……。何やら結界に手を出そうとしていたようですので少し話を聞かせてもらおうかと」

「結界?ああ、ここって砂隠れの忍が泊まってるんだっけ。中忍試験の本戦、コイツは砂隠れの子とだからね。敵情視察ってやつじゃない?」

 

 

 カカシからの目配せを受けて黙ったままコクリと頷くと、『可愛い所もあるじゃないの』と軽口が叩かれる。睨みあげてもどこ吹く風だ。

 そんなやり取りを眺めていたヤマトの肩から力が抜ける。

 

 

「ま、そういうわけなんでね。こいつは見逃してもらえない?ほら、本戦の出場とかに影響しちゃったら困るし。本戦に向けての修行もつけなきゃならないし忙しいんだよね、どこかの誰かにこき使われたせいで本戦まであと半月しかなくなっちゃってさ〜」

「はぁ……はいはい、分かりましたよ。報告書にはあげないでおきます。君、ここにはもう近づかないようにね」

 

 

 カカシに軽く会釈したヤマトはそう言うと踵を返し、そのまま姿を消した。監視任務に戻ったのだろう。

 正直なところ助かった。カカシがいなければ暗部に捕らえられて尋問を受けていただろう。

 旅を終えて間もなく、昨夜も眠れなかった事に加えて病院での検査の数々に疲れていた。それに一族に迷惑をかけるようなことにもならずに済んだのは幸いだ。

 

 

「カカシ、助かっ───」

 

 

 素直に礼を言おうとしたサスケは、振り返ったカカシの暗黒微笑に言葉を失う。

 咄嗟に後ずさろうとするも、それより先にガシリと両肩を掴まれていた。

 

 

「ちょっと先生と一緒に来てくれるかな、サスケくん?」

 

 

 一難去ってまた一難。

 いやむしろ、万事休すというやつか。

 有無を言わせぬその笑みに抗う術はなく、サスケは諦めと共に大人しく連行されるしかなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 場所を変えるというカカシに連れてこられたのは、拍子抜けにも勝手知ったるカカシのアパートだった。

 同じ賃貸アパートでもサスケやナルトのボロ屋とは全く異なり、真新しい壁や透き通った窓から差し込む光が眩しい築数年の人気アパートだ。

 七班が発足されてからは月一で開かれる食事会ももっぱらここが会場となっている。

 

 お邪魔します、と小さく呟いて靴を脱いでいれば、パシャンと跳ねた水音がした。出窓から少し遠ざけられた小棚の上、スイスイと気持ちよさげに泳いでいる黒とオレンジの金魚に目を細めた。

 中忍試験中はカカシに預かってもらっていたが、買った覚えのない空気ポンプやら水草、高そうな餌が揃っているあたり随分と可愛がられているらしい。

 そんな玄関で立ち止まっているサスケに構わず、カカシは扇風機をパチリとつけると冷蔵庫を開けて中を確認していた。

 

 

「ラムネしかないんだけど、いい?」

「いらねェ。俺は甘いもんは駄目だ……アンタもだろ」

「まあ夏だしね、たまにはいいかなってさ」

 

 

 甘味の好きなナルトやサクラなら喜んで受け取っていただろうな、とぼんやり思いながらも軽く頭をふって思考を切り替える。

 慣れた空間につい緊張感が緩んでしまったが、カカシが団欒のためにサスケを招いたわけではないことは明白だ。

 

 

「カカシ……アンタ、どこまで知ってる?」

 

 

 パタンと冷蔵庫の扉を閉めたカカシへ、サスケは鋭い眼光を隠そうともせずにそう切り出した。

 

 

『カカシ先輩?どうしてこちらに……あの青年の監視役についてた筈では?』

『んー、色々あってね。俺はお役御免だって。それで、そいつを迎えにきたってワケ』

『どこかの誰かにこき使われたせいで本戦まであと半月しかなくなっちゃってさ〜』

 

 

 先程のヤマトとカカシの会話を思い返す。サスケが綱手の捜索をしている間、カカシは何をしていたというのか。

 それにヤマトはカカシの登場に驚いてはいたものの、久しぶりに会う既知との再会という様子ではなかった。暗部として働く彼とそう頻繁に会える筈もない。

 それらが指し示すものに、サスケはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「アンタは───暗部に戻ったのか?」

「……そうだって言ったら?」

 

 

 その答えに唇が震えた。堪えるようにポケットの鈴を握りしめれば、その冷たさに指先から温度が消えていくような気がした。

 

 ダンゾウの裏切りや砂隠れとの交渉等、木ノ葉の裏では問題が山積みとなっている。

 暗部や芽、警務部隊らの人手は足りていない筈で、カカシは暗部を退いたとはいえその実力は折り紙付きだ。七班の担当上忍から外れて暗部に復帰する、そう告げられたらサスケに止める手立てはない。

 

 チームの再編など忍にとってはよくあることだ。

 それでも代わりの人材を宛てがわれたとしても、一人でも欠けては第七班とは言えない。

 

 班分け、鈴取り、食事会、任務。

 “前”の空白を埋めるように、その一コマ一コマを目に焼き付けていた。

 あと少し。もう少し。そう、ほんの一瞬でも長く。いつかは終わると知りながら、あの微睡みに浸っていたかった。

 

 ぴしりと足元が崩れるような心地がする。過去には己自身で壊しておきながら、『第七班』は自身が考える以上に、未来の記憶により孤立した心の拠り所となっていたのだと気付かされた気がした。

 

 

「そんな顔、しないでよ」

 

 

 頭上に温もりを感じ、見上げればいつものようにヘラリと笑うカカシがいた。

 その手がチリンと揺らしているのは、サスケの手にあるものと同じ銀の鈴だ。

 ナルトもサクラも一つずつ持っているそれは、鈴取り合戦の後に皆で分けたもの。

 “前”にはなかった、新たな『第七班』の絆の形だった。

 

 

「暗部には一時出張してただけ。俺は第七班だからね」

「ウスラトンカチ……!思わせぶりなこと言うんじゃねェ!!」

「いやーお前がこんな純粋だったなんてねぇ。サクラに言ったら感激で泣いちゃうだろうなー」

「っっ……!!」

 

 

 『サクラに言っちゃおうかな?☆』という副音声が聞こえてきて、サスケは罵詈雑言をあびせようとしていた口を噤んだ。

 幻術で記憶を……と物騒な事を考え始めていれば、ふとカカシが微笑みを消してサスケの顔を覗き込んだ。

 

 

「お前が欠けたって第七班は第七班じゃなくなる……それを忘れるなよ、サスケ」

 

 

 ハッと顔を上げれば、カカシの歪んだ眼差しには悲哀が宿っていた。

 ああ、と思い至る。担当上忍であり、現在の保護者でもあるカカシに綱手が伝えぬ筈もない。

 目を逸らしたサスケに、カカシは黙ったまま肩を握る力を強めるだけだった。その沈黙が、何故だか耐えがたかった。

 

 

「アンタも、忍を辞めろって言うのか」

「……言わないよ。お前はお前が選んだ道を行けばいい。それを後押ししてやるのが先生ってもんでしょ」

 

 

 予想だにしなかった言葉に目を見張る。

 そろりと逸した視線を戻せば、『なんて、本の受け売りなんだけど』とカカシは笑っていた。

 そんな笑顔に隠されたカカシの迷いと葛藤に、幼き日のサスケは気がつくことができなかった。

 

 

『型通りの、一般論なんかがお前に響かないのも当たり前だ。師匠として、お前に向き合っていればと……今になって思うよ』

『あの時、俺はお前に……なんて伝えてやればよかったんだろうね』

 

 

 苦しげな呼吸の合間に告げられた言葉を思い出して、歯を食いしばる。

 そうしなければ、何かが溢れてしまいそうだった。

 

 

「どんなに苦しくたって、最後まで生きることを諦めるな。そうだね、ガイ風に言うなら──お前は、愛すべき俺の部下で、何があっても第七班の一人なんだから」

「……アンタに似合わないクサイ台詞だな」

「あ、やっぱり?」

「フン───」

 

 

 サスケが早口でボソリと呟いた言葉に、カカシがうん?と首を傾げる。

 何でもない、と誤魔化しがてらカカシの口止めをしていると、いつの間にやら日は頂点に達していた。

 

 熱気の籠り始めた部屋に音を上げて、軽口を言い合いながら冷えたラムネを煽る。

 シュワリと口に広がる甘さはやはり好きにはなれないけれど、茹だるような熱を冷ましてくれたその温度は酷く心地よかった。







「ねー、サスケ何か作ってよ」
「冷蔵庫ラムネしかないだろうが」
「スーパーすぐ向かいにあるじゃない。お金は出すからさ」
「アンタが買ってこい」
「えー、俺じゃ何が安いかとか分からないし。それに外、炎天下だよ?見てよ気温40度だって」
「……行くならアンタも道連れだ」


 何のかんのと言い合いながら、結局二人で買い出しに行くことになったのだが。
 トマトを厳選していたサスケの隣、カートを押していたカカシがふと思い出したように『あ』と声を上げた。


「そうそう。言い忘れてたんだけど、帰ったらお前の呪印を封じるからね」
「……!?」


 思わず熟したトマトを取り落とす。
 それを危なげなくキャッチしたカカシは、『先生、冷たい茄子のお味噌汁も飲みたいなぁ』とへらりと笑った。


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75.狼煙

カカシ先生視点。



 

 

『捕まえた、と』

 

 

 月明かりのない新月の夜、黒々とした闇に紛れて森を蠢く影があった。地を這っていたその尻尾をつかみ上げたカカシは、キイキイと鳴くソレを物珍しげにしげしげと眺める。

 どこをどう見ても黒い鼠だが生物の気配は一切しない。口寄せの類ではなく、おそらくは何らかの術によって作られたものだろう。これが情報体であるとすれば随分と便利な忍術だ。

 

 

(暗部のリストにはなかった術だね……砂隠れか、或いは他にも協力者がいるのか)

 

 

 鼠に軽い幻術をかけて大人しくさせつつ思案にふけっていると、鼠の這い出てきた洞窟の奥から小さな足音がしてそちらへ目を移した。

 岩肌から顔を覗かせたのは鼠の痕跡を辿らせていたパックンだった。その耳は気落ちしたように垂れている。

 

 

『カカシ、こっちは駄目だ。湯隠れとの国境あたりで匂いが途切れておる。空を移動したか、時空間忍術の類だろうな』

『ま、そんなに簡単にはいかないか……こいつを見つけただけでも十分お手柄だよ。お疲れさま』

『褒美は骨付き肉で頼むぞ』

『はいはい』

 

 

 どろんと煙と共にパックンの姿が消える。

 戻った静けさを感じ取ったか、やがて梟の声や虫の音が再び夜闇を震わせ始めた。

 

 

『さて……どうしたもんかね』

 

 

 くたりと力の抜けた鼠を軽く揺らす。幻術にかけられたところを見ると、それなりの思考力があるようだ。下手に情報を抜こうとすれば術そのものが解けかねないし、おそらくは術者にバレてしまうだろう。

 洞窟の奥、先の見えぬ暗闇を見つめる。

 パックンが足取りを見失ったという湯隠れとの国境。確か、数日前に届いた自来也からの知らせによれば、湯隠れの祭りで綱手の情報を集めていた筈だ。それが偶然の一致とは考えにくい。

 もしかすると───。

 

 カカシは踵を返して暗い森を駆けぬけた。

 自来也から綱手の発見を知らせる報が届いたのは、カカシが里に帰還した僅か半日後のことだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 目を覚ましたハヤテの証言により、事態は大きく動いた。

 懸案事項は多岐にわたるが、まずは砂隠れの上忍、志村ダンゾウ、薬師カブト。木ノ葉崩しに大きく携わっているとされるこの三人の捕縛と住民保護が最優先される。

 まだ内部にスパイが残っている可能性も鑑みて暗部、警務部隊、芽は合同で人員が配置され、砂隠れの上忍は警務部隊長のフガク、志村ダンゾウは芽の総隊長イタチが指揮を取った。

 そして暗部総隊長であるシスイと共にカカシが配置されたのは、ダンゾウに代わって砂や大蛇丸とのパイプ役をしていたと目される“薬師カブト”だ。

 

 

(まだ成人してなかったっけ……哀れな子供だ)

 

 

 カチリ、カチリと、秒針を刻む音に時折混じる呼吸を聞きながら、天井裏から青年の寝顔に目を落とす。

 自ら煽った毒により一時は生死を彷徨ったカブトだが、同席していた綱手様の迅速な処置によって一命を取り留めていた。しかし寝台に眠ったまま一向に目覚める気配がない。

 

 綱手曰く、生きる気力がないのだから医療忍術の効きも悪い、毒抜きのダメージも大きいだろうから休ませろとのことだ。

 カブトのことばかりに構ってもいられず、シスイは他のダンゾウやカブトの居宅捜査に向かった。

 後を任されたカカシは残る部下、警務部隊、芽、暗部ら各二人の計六人と共にそんなカブトの監視の任に当たっていた。

 

 

───根には、名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。命はない。

───僕に残っているのは任務だけ。それ以外は、どうだっていいんです。

 

 

 疲れたように微笑んだカブトの言葉が蘇る。

 呪印によって止むなく従っていた、それも確かにあるかもしれない。

 だが、暗部時代にカブトと同じ目をしていた者、心を失って脱落していった者達を何度も見送ってきた。木ノ葉を裏切った折にはこの手に掛けたこともある。

 

 里の為だ。仕方がない。

 そう割り切ってきた筈なのに、救う術が本当に無かったのかと苦い思いが胸を占めている。

 この世の不条理は変わらない。変わったのは俺自身なのだと、自分が一番よく分かっていた。

 

 

(イタチに知れたら……らしくないって笑われるだろうね)

 

 

 自嘲というには痛みを宿した瞳でカブトを見詰めていた、その時。背に走った悪寒に、カカシは瞬時に階下へと降り立ち額当てをずらした。

 着地と同時にぐにゃりと空間が歪む。そこから伸びた手がカブトに触れる刹那、カカシの放ったクナイが掠めてその動きが止まった。

 

 

『雷切!!』

 

 

 カブトを後ろに庇いながら雷遁を右手に纏わせ、手に続いて現れたその胸を貫く。

 雷切は確かにその身体を貫通した。だが、全くと言っていいほどに手応えがない。

 

 カブトをつかもうとしていた手が、カカシの腕へとターゲットを変えた。こいつに触られてはまずい。そんな忍の勘に従って、舌打ちしながらカブトを抱えて後ろへと下がる。

 一拍遅れて暗部や警務部隊達がカカシ達を守るように身構え、そうしてやっと襲撃犯をまじまじと眺めた。

 

 

『あっちゃ〜、惜しい!逃げられちゃったか〜!』

 

 

 場にそぐわないひょうきんな物言いで、『ガーン!』とわざとらしく頭を抱える男に眉を潜める。

 黒いゆったりとした服。背負った芭蕉扇と鎖で繋がった首切り鎌。ぐるりと渦を巻く仮面と、その中央にぽっかりと空いた一つ穴。

 

 ざっと記憶内のビンゴブックを捲るが、こんな道化のような男に見覚えは無かった。額当てすらもしていない。他に何か特徴はないかと視線を走らせていると、芽と警務部隊ら……うちは一族の者達が、何かに気付いた様子で互いに耳打ちをしていた。

 

 

『なあ、おい……あの扇……』

『は?嘘だろ!?』

『馬鹿言うな、アレが持ち去られたのは八十年以上も前のことだぞ!あの方、が……』

『……まさか……』

 

 

(扇……?)

 

 

 彼らの会話に襲撃犯の背負う芭蕉扇へと目を向ける。瓢箪のような形をしたそれは、繋がった鎌と共にあまり見かけるような代物ではない。左目を凝らせばそこに宿るチャクラも膨大なものだ。一級品の忍具だろう。

 見定めようとするカカシ達ヘまるでひけらかすかのように、仮面の男が身体の角度を変えた。

 

 

『えへへ~、かっこいいでしょ。ボクのとっておきの忍具なんですよ~久しぶりなんで特別に持ってきちゃいました!』

 

 

 背負われた芭蕉扇の表面には朱色の三つ巴が刻印されていた。

 それを目にしたうちは一族が顔色を失っていく。

 “うちは一族”、“持ち去られた”、“八十年以上前”、“あの方”。その言葉一つ一つを頭に反芻する。

 

 

『クソッ……!貴様、それを離せ!』

『やめろ、迂闊な動きはするな。まずは様子見だ。数では圧倒的にこちらが有利なんだからな』

『あらら……なめちゃってます?ボクのこと?』

 

 

 額に青筋を立てる若い警務部隊の男を諌めながら、先程投げたクナイを、この手で貫いた雷切を思い浮かべる。

 

 

『俺の雷切は当たっていたハズ……それを、すり抜けた。分身か、それとも映像や幻影を見せる幻術の類か……』

『私もそう思い周囲のチャクラを感知していましたが、あの男のチャクラは一つです』

『なら、あれは奴だけの何か特別な術だろう。こうなると厄介だが……』

 

 

 感知タイプである芽の男の言葉に軽く頷き、その隣の暗部へ目配せする。カカシの指示を読み取って、全身から数十万の寄壊蟲を纏わせた。

 

 

『うわぁ、君、油女一族かぁ。うじゃうじゃキモいなぁもう!』

 

 

 夥しい数の蟲が仮面の男に群がる。寄壊蟲が仮面の男のチャクラを吸い取っていく様子が左目に写っていた。

 やったか、そう思ったのも束の間、人形に集まっていた蟲がぐしゃりと形を崩した。

 

 

『何!?』

『瞬身の術か!?』

『いや、瞬身なら蟲達も奴が飛んだ方向に反応して動く。見失ったということは、その場から消えたということ……時空間忍術だろう』

 

 

 時空間忍術───あの状態から印も結ばず、マーキングも口寄せもなしに空間を飛んだ?

 

 

『ありえない……それじゃ、四代目以上の……ッ!』

 

 

 カブトを掴む腕に力を込める。飛び退ったと同時に、ズズ、と空間が再び歪んだ。

 ひょっこりと何もない筈の空間から現れた仮面の男は、ダメージ一つ負うことなくそこに立っていた。

 

 

『いやー、危なかったぁ───なんてね』

 

 

 ゾッと背筋が寒くなる程に、仮面の男の纏う空気が一変した。

 空いた風穴の奥。カカシの左目と同じ、赤い瞳がそこにあった。

 

 

『俺にはお前達の攻撃は効かない。お遊びはこのくらいにしよう……さあ、ソイツを渡してもらおうか』

『そんなにカンタンにカブトは渡さないよ───“うちはマダラ”!』

 

 

 その名にざわりと動揺の波がたつ。

 うちはマダラ。かつてのうちは一族の長であり、木ノ葉隠れの里の創始者の一人。その名は今なお、畏怖と共に記憶されていた。

 万が一その予想が当たっていれば、そんな男相手に誰かを庇いながら戦うなんて不可能だ。ましてや写輪眼なしに相対すれば幻術にはめられるのが落ちだろう。

 

 暗部達に下がれと命じてカブトを預けると、カカシはうちは一族と共に仮面の男マダラと対峙した。

 その腕でパチリと弾ける雷光にマダラはすっと目を細める。

 

 

『さっきの俺のセリフを聞いただろう。この“うちはマダラ”には、一切の攻撃は通用しないとな』

『やはり……うちはマダラか……!?』

『今更何をしにきた、この裏切り者が!!』

『ハッ、裏切ったのは千手であり、そして貴様ら一族だ。歴史というのは時の主権者によって都合よく改変される。お前達世代にはどう伝わっているかは知らんが、俺の予見した通りにうちはは里の隅へと追いやられた……俺に従わなかったことを後悔した筈だ』

『……』

『全く、嘆かわしい。かの誇り高きうちは一族が、千手の犬へと成り下がったとはな』

『千手もうちはも関係ありませんよ。千手の血は薄れ、うちは一族の垣根もあなたの時代より低くなっている。私達は里に忠誠を誓った、木ノ葉の忍というだけです』

『フン、欺瞞だな……子供を犠牲にして得た仮初めの平和がそれほど楽しいか?』

『ッ!!』

 

 

 何かが逆鱗に触れたか、うちは一族らがせせら笑うマダラに殺気立つ。

 怒りに燃える写輪眼が並ぶ様子は圧巻の一言に尽きる。元は一族の長とはいえど、その様子を見る限りうちはが彼に靡く事はないだろう。

 “犠牲”という言葉に引っかかるものがあったが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

 

『一族、一族って、うるさいのよオマエ』

 

 

 背後から芭蕉扇ごとマダラを貫いた。やはり手応えはなくすり抜けたまま、肩越しに片目の写輪眼と睨み合う。

 

 

『言ったはずだ。俺には一切の攻撃は……!!』

 

 

 仮面の奥の瞳がようやく気付いたのか目を見張る。

 貫くマダラが指先からどろどろに溶けていくのと同じように、マダラにも俺の姿が溶けているように見えるのだろう。

 

 

『あなたが何者であろうが、写輪眼は左右が揃って本来の力を発揮する。片目のあなたに幻術をかけることなど造作もない』

 

 

 電光の光が遠のき、暗闇に染まった世界で幾対もの写輪眼がカカシ達を取り囲んでいた。天から降ってくるような声が頭に反響して、割れるように頭が痛んだ。

 俺ごと幻術をかけろと命じたのはカカシだが、優男のような形をしてながら仲間にもこの容赦のなさ。イタチの血縁者であることは間違いない。

 

 

『“うちはマダラ”……お前を捕縛する。洗いざらい吐いてもらうぞ』

 

 

 あとはもう一人の暗部、山中一族の彼が心転身をすれば終わる。手ごたえの無かった腕が徐々に実感を伴っていった。指先へと伝う血の感触にマスクの下、口角を上げた時。

 俯いていたマダラが顔を擡げた。

 半分溶けた仮面の下、覗いた素顔に記憶が揺さぶられるよりも先、形を変えていく写輪眼に目を見開いた。

 

 

『時とは記憶を風化させる……お前達は忘れているようだが───ただの写輪眼しか持っていない奴が、この万華鏡写輪眼に勝てる筈がないのさ』

 

 

 指先から伝った血が地面に触れると、そこから全てが赤く染め上げられていく。

 周りを囲っていた暗闇も写輪眼も、溶けていた俺の身体も。全てが赤く染まり、残っていたのは赤色に囲まれたその男ただ一人。

 俺の雷切が貫いていた胸だけが、黒々とした風穴を空けている。三枚刃の手裏剣のように変化した写輪眼が、俺をジッと見下ろしていた。

 

 

『見てみろ。オレの心には何もありやしない。今はもう、痛みさえも感じやしないのさ。オレ達は、地獄にいる。カカシ……それをお前にも教えてやろう』

 

 

 水底から沈んでいた意識が浮上していくような感覚がした。酸欠で鈍っていた頭が、上がった悲鳴にハッと鮮明さを取り戻した時、俺は血に染まった床に倒れていた。

 四肢は指先一つ動かせない。まだ幻術の中にいるのか。そんな錯覚、いや現実逃避が胸を掠めた。

 

 

『どうして……』

 

 

 俺が目にしたのは、暗部の男が次々と仲間であるうちは一族へ刃を突き立てている、そんな地獄のような光景だった。

 ぐちゃりと死体から眼球を抉ったマダラは、意識を取り戻した俺に気がつくと一歩づつ近づいてくる。ピシャリピシャリと歩調と共に波紋を描くその赤に、写輪眼を宿したその眼球から滴るその赤に。呼吸が浅く早くなっていくのを自覚した。

 

 

『お前は何も知らない……この里の真なる歴史も、お前の部下の正体も、木ノ葉のとうに腐りきった根のこともな』

『……何が、言いたい』

『俺はカブトだけじゃない、コイツも迎えに来た───ダンゾウからの依頼でな』

 

 

 そう言って示したのは、返り血に染まった仮面を外した暗部、油女一族の男だった。

 出身は孤児だが、アカデミーを経て下忍へ、数年前に暗部に配属されたと聞く。彼が根のスパイだとすれば、いったいいつから。暗部だけじゃない、上忍や中忍の中にもその手が伸びていたならば。

 最悪の想像に青ざめるカカシを覗き込み、マダラは笑った。

 

 

『教えてやる……木ノ葉の闇に葬られた“真実の歴史”を、な』

 

 

 そうして滔々と語られた話は、俄には信じがたいものだった。

 千手一族にうちは一族。里の成り立ちとその因縁。俺の心を動揺させる、それだけのために作ったにしてはやけに具体的で、言い知れない忍の無情さがそこにあった。

 

 

『そして……うちは一族は、クーデターを目論んだ』

『やめろ!嘘だ、そんなもの、全て……!』

『嘘?違うな、分かっているんだろう。お前は真実から目を背けているだけだ』

 

 

 口では否定しながら、過去のうちは地区の監視任務を思い出していた。

 その役について間もなく暗部に入隊した、うちはイタチの何かを決意したような昏い瞳も。

 

 

『……結局の所、クーデターは実現しなかった。それどころか、うちは一族の待遇は良くなり、先程あのうちはの男が言ったように一族よりも里を優先する、そんな奴らも増えた。それが何故か、分かるか?』

『“犠牲”って、まさか……』

『ああ。里はうちは一族から人質を取った。謂わば、和解の為の人身御供さ。そしてそれを対価として、うちはの待遇は改善されクーデターは有耶無耶にされた』

『……』

『そして三年前、うちは一族は“芽”という組織を作りダンゾウら千手派を追い込んだ。そして今や、ダンゾウ達こそがクーデターを計画した大罪人となった!素晴らしい、見事な逆転劇だ!』

 

 

 マダラは声高に嘲笑する。

 この里をか、この忍の世をか。或いは、地獄のような世界で無知のまま生きる、俺のようなちっぽけな人間をか。

 

 里の為。仕方がない。そう思い込んで手を汚してきた。それは本当に正しかったのだろうかと、そんな疑念が胸の奥底に生まれている。

 何が正義なのか。里の為なのか。里とはいったい何か。答えは闇の中に沈んだまま見えない、けれど。

 

 

 やっと動かせるようになった指先が腰を掠め、チリンと小さな音をたてた。その音にナルトの、サクラの、サスケの顔が過ぎった。

 血溜まりに震える手をつく。歯を食いしばり、重い鉛のような身体を起こした。

 

 

『……言った筈だ。一族、一族って、うるさいんだよ。血なんて関係ない。里がどんなに闇や矛盾を抱えていたって構わない。俺には守りたいものがある、それだけだ!』

『ッ!!』

 

 

 目の前の仮面へ思い切り頭突きをかました。

 ぴしりとマダラの仮面にヒビが入る。

 

 

『さらにもう一発!』

 

 

 思いきり入れた拳がその割れ目を広げる。

 ヒビ割れは仮面から広がって、空間全体を崩していった。

 

 呼んでいた増援がこんなにも遅い筈がない。そしてこの男は焦る様子一つ見せやしない。

 そして何より、壁にかけられた時計の針は止まったまま動きを見せなかった。

 

 

『これは幻術……そうだろう?』

『気がついたか。まあ、いいさ。目的は果たしたからな』

 

 

 視界が拓ける。

 荒くなった息を整えながら状況を確認する。部下達の亡骸は皆足元に転がっていた。遺体は五人。そこにあの油女一族の男はいない。

 幻術の中とそう大差はなかった。寝ても覚めても最悪な状況下に気が狂いそうだ。

 ただズキズキと痛む目が、鼻につく金臭さが、これが現実なのだと教えてくれた。

 

 

『里が……仲間が、お前の大切なものを壊す時───カカシ、お前もこの地獄に絶望するだろう』

 

 

 左目を抑えて立ち尽くすカカシを嗤いながら、彼は渦の中に消えていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 その後はただ怒涛のように時が過ぎた。

 駆けつけたシスイへ全てを話して他隊の状況を聞いてみれば、この夜には最悪な状況しかなかった。

 

 ダンゾウもカブトも取り逃がし、有能な部下達を複数失った。油女一族の暗部に関しては、幻術か現実かさえ判断がつかない。あの男が本当にうちはマダラである確証もない。

 

 そしてこの一連の事案、特にダンゾウとカブトの里抜けに対する責任を負ったのは、警務部隊隊長のうちはフガクだった。

 上層部の“うちはマダラ”に対する恐怖は相当なもので、その溜飲を下げる為にと自ら名乗り出たそうだ。おそらくは、三代目やイタチ、シスイを慮ってのことだろうと予想ができた。

 

 しかしその謹慎処分にうちは一族らが反発したことは言うべくもなく。一族数名を失ったことも加え、彼らの怒号は室外で待機していたカカシの耳にも届いた程だ。

 当のフガクが彼らを抑えて何とか場は収まったそうだが、これにより上層部とうちはの溝は浮き彫りとなった。

 

 

『今は内輪で揉めてる場合じゃないってのに……』

 

 

 暗部の待機室へ戻ってきたシスイは、備え付けのベンチに腰掛けると“臭いがつく”といつも避けてるタバコなんて吸い始めた。

 随分と憔悴しているが、ここ数日の不眠不休、そしてその結果を思えば仕方ないだろう。

 そんな項垂れるシスイを横目に、隣の壁に背をつけて天井のシミを意味もなく見上げた。

 

 

『ま……不安の裏返しでしょ。身内に裏切り者がいるかもしれない、そう考えたくないからこそ他者を攻撃しようとするんだよ』

『全く慰めになってないぞ』

『慰めてないから。ただの現状把握……きっと俺を生かしたのは、互いへの猜疑心を抱かせる為だ。まんまと敵の術中に嵌ってるってワケ』

『……抜け出す術があるか?』

『んー、中忍試験を中止して内部を徹底的に洗い出すとか』

『洗い出しはもうやってる……が、本戦はあと半月だ。火影様が大大名様に直談判に行ったが、難しいだろうな。違約金も相当な額になる』

『世知辛いねぇ。それで、俺は何すればいいの』

『いや……お前は担当上忍に戻れ』

『うちは一族の……死んだあいつらの親族から、睨まれないようにって?』

『……すまない』

『何でお前が謝るのよ。部下達を守れなかったのは俺の責任でしょ』

 

 

 何故、俺が生かされたのだろう。

 胸に潜めていたやる瀬のない思いが再び浮かび上がる。友の、仲間の死を経るたびに、そんな疑問を何度も抱いている。

 忍犬使いにはご法度のソレを俺も一本もらおうかと思案していると、シスイがふとタバコを灰皿に押し付けた。火の潰える音がした。それでも揺蕩う臭いは消えないままで、血の臭いが染み込んだ鼻腔を焦がしてくれた。

 

 

『カカシ……最後に頼みを聞いてくれるか』

 

 

 ちらりと見下ろしたシスイは、何やら思い詰めたような顔でまっすぐ俺を見詰めていた。

 その目尻に涙の痕が残っている事に気がついてしまう。もしかすると、亡くなった彼らの中にシスイに親しい人間がいたのだろうか、そんな事を考えてしまって目を背ける。

 

 だが、いくらシスイの心からの頼みでも、内容も聞かずには頷けないのが忍の性だ。

 無言で先を促せば、躊躇いがちにシスイは続けた。

 

 

『サスケちゃんの呪印を、封じてくれ』

 

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった。意味を咀嚼するごとに理解ができなかった。

 呪印と聞けば、咄嗟に思いつくのは根の奴らを縛っていたというダンゾウの術だ。しかし、サスケと呪印、その二つが結びつかない。何故ここでサスケの名が出るのか。

 そう考えようとして、吐き気のするような重苦しさを喉元に感じた。それを誤魔化すように深呼吸をしたけれど、絞り出した声は自分でも驚くほどに低く聞こえた。

 

 

『どういうこと?』

『それは……言えない』

『ハ……馬鹿にしてるの?』

『していない。ただ、俺の口からは言えない』

 

 

 カッと頭に血が登り、気づけばシスイの襟首をつかみ上げていた。

 問い詰めようとシスイの苦しげな顔を覗き込んで、そしてその焦点の合わぬ濁った眼に気がついてしまった。左目に至っては、もう俺の影すら映らない。

 

 

『お前……その眼』

 

 

 シスイはそれには答えないまま、襟首を掴む俺の手にその傷だらけの手を添えた。

 

 

『カカシ……“言えない”んだ。俺にはその権限がない。それには、火影様、上層部、それからうちはの族長の承認がいる』

『何が……』

『こう言えばいいか?お前が幻術の中で聞いた話は───全て真実だ』

 

 

 脳を揺さぶられるような、そんな衝撃に手から力が抜けた。

 

 

『俺もイタチも……“うちは一族”である俺達は動けない。今、上層部を刺激すれば人質の身が危うい。だからといって、呪印を放置することもできない』

 

 

 “犠牲”、“和解の為の人身御供”、“うちは一族”、“人質”、“呪印”。

 切れ切れの断片を脳は繋ぎ合わせようとする。それを必死に否定しながら、記憶は七班の結成時へと遡っていた。“要注意人物”、そう記された報告書を思い出した。

 

 

『お前が仮面の男から聞いた話は、上には報告していない。これは、俺の独断だ。全ての責任は俺が取る。だから……何も聞かないでくれ。頼めるのは、友人であるお前だけなんだ』

 

 

 その人懐っこい笑みを描いた両目から、血の涙が流れている、そんな幻影が重なった。

 言いたい言葉を全て飲み込んで、すう、と息を吸った。タバコの煙たい臭いが混じっていた。

 

 

『……いつから友達になんてなったのよ』

『ん?イチャパラ仲間の友人』

『安い友人だね』

『ほー。こいつをやろうと思ったが、いらないなら……』

『!!』

 

 

 先日、泣く泣くシスイに返したプレミア版イチャパラに反射的に手が伸びる。

 こいつは最後まで読めたのだろうか、なんて、ふと胸を刺した痛みには蓋をした。大の男相手に、それも曲がりなりにも18禁本の読み聞かせなんて真っ平御免だ。

 本を片手に踵を返す。呼び止める不安げな声に、振り返らぬままひらひらと片手を振った。

 

 

『分かってるよ……俺は何も知らない。詮索しない。俺は、俺の守りたいものを守る、それだけだ。だって俺は───先生だからね』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「おい。おい、カカシ!」

 

 

 んん、と本の下で閉じていた瞼を上げる。長い長い、悪夢を見ていたようだった。

 本をずらせば、木陰から覗き込むようにして可愛くないようで可愛い子供が目を吊り上げている。『アンタ本当に修行を見る気があるのか』なんて怒る子供は、やっぱり可愛くないかもしれない。

 

 

「見てる見てる。それで……あー、どこまで出来たんだっけ」

「見てねーじゃねぇか、ウスラトンカチ!」

 

 

 訂正。そうむくれながらももう一度やってくれるのだから、やっぱり可愛いものである。

 あの後すぐに受け取った綱手様からの書簡に何もかもが頭から抜けて、里中サスケを探し回った。迎賓館の前で見つけてホッとしながら、自分らしくもなく熱くなった気がする。そしてようやく呪印の事を思い出し、シスイの頼み通り無事に封じる事に成功したのだったか。

 

 あの夜から既に三日、木ノ葉が一望できる里外れの渓谷へと連れてきたサスケは、飛雷神の術の習得に励んでいた。

 印を結ぶと同時にその姿がかき消え、マーキングした場所から一歩外れた場所にサスケが現れる。

 

 

「座標がズレてる。これじゃ、ターゲットに当たらないよ」

「……さっきは上手くいった」

「百回やって、たまたま一回できなかったとして……任務じゃその一回で命を落とす。言い訳なんてしてるようじゃ千鳥なんて教えられないね」

「くっ……」

「ま、それもこれまで術を使えなかったことを考えれば、よくやってるよ」

 

 

 本当を言えば、たった数日でここまでとは予想だにしなかった。欲目を抜いても、よくやってるどころか天才と言うのも生温い。だが、まだまだ飛距離は短く、実践で使えるレベルじゃないのは事実だ。

 舌打ちをしながらも、先程よりマーキングの距離を縮めて反復練習へと戻るサスケ。炎天下の中で汗だくになったその首筋からは、ちらりと封邪法印の施された呪印が覗いていた。今まではあえて襟を詰めて隠していたようだが、それももう辞めたらしい。

 

 

『カカシ……アンタ、どこまで知ってる?』

(サスケ……お前は、どこまで知っている?)

 

 

 きっとお互いに聞きたいことが沢山ある筈なのに、口に出せずにいる。

 闇なんて知らないままでいてほしい、そんなささやかな願望だった。知れば無関係ではいられない。きっとシスイも、俺を巻き込まないが為に詮索をさせなかったのだろう。

 

 

(詮索はしないとは言ったけど……一度知ってしまえば、無関係でなんていられる筈ないよ)

 

 

 イチャパラを一枚捲る。ぽとりと落ちてきた潰れた一本のタバコに、そんな思考さえ見透かされているような気がして苦く笑った。

 ライターなんて持っていないから雷遁で火をつけて、慣れない呼吸に息が苦しくなってむせ返った。

 

 

「……?アンタが吸うなんて珍し───」

 

 

 首を傾げたサスケの言葉が不自然に途切れる。

 そのサスケの視線を辿って、青い空を切り裂くように立ち昇る一筋の狼煙を目にした。南加ノ区の方向だった。

 

 

「あれは……うちはの火葬だね。うちはは火を扱うからこそ、火をもって天へと送るそうだよ」

 

 

 そんな話をしていたのは、確か本当に可愛くない後輩だった気がする。血継限界を継ぐ一族で火葬はそう珍しくはない。身体の細胞一つ、髪の毛一筋たりとも敵の手には渡せない為だ。

 アイツに似合わず、子供らしい綺麗事だとそう思っていた。けれど今はそんな綺麗事を信じたい、そう思って受け売り通りに言葉を紡いだ。

 

 

「───」

 

 

 サスケの静かな横顔からは何を考えているのかなんて分かりやしないけれど、何故だか一瞬ひどく大人びて見えた。

 そんな事を思った自分を誤魔化すようにもう一度息を吸って、その苦さに再びむせ返れば『大丈夫かよ』なんて眉を潜める見慣れたサスケに『大丈夫』なんていつものようにへらりと返す。

 背にそっと当たる小さな手の温もりがジワリと広がって、息苦しさが和らいだ気がした。

 

 それから二人並んで、虚空に流れていく白煙を眺めていた。

 

 

「……先生、お腹すいちゃったな~」

「アンタは寝てただけだろ」

「そりゃあ生きてるからね。寝てたって、生きてりゃ自然と腹は減るでしょ」

「だったら自分で作れ、ウスラトンカチ」

「えーでもさ?お前のご飯美味しいから。何だかんだ……生きててよかったって、そう思っちゃったのよ。何でだろうね?」

「フン……食い意地が張ってるんだろ」

「本当に可愛くないね、お前は」

 

 

 俺が生きているから、第七班が、第七班でいられるのだと。

 そう思えば、俺にも生きる意味があった。そんならしくないことを思ったなんて、どうにも言えなかった。

 

 素直じゃないのはお互い様だ。

 言い合いながら帰路につく頃には、手にしていた煙草はとうに消えていたけれど。代わりにその火が燃え移ったかのように赤く染まる夕焼け空があった。

 

 血の臭いは、もう感じなかった。

 





ちなみに、砂隠れに一度やられたハヤテさんを生き返らせたのはあの方だったりして……|д゚)

油女スガルさんはイタチ真伝の小説版のみご登場。
シスイさんを殺してイタチ兄さんに殺された方です。原作やアニナルではいなかったことも踏まえ、いたかもしれない忍ということで、幻術か現実かは皆様にお任せします。


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76.刻限

投稿遅刻、すみませんでした汗
視点がころころ変わります。ご了承ください。


 

 火の国大名領、大大名邸。

 豪奢な椅子に腰掛ける大名らを前に、ヒルゼンは表情を変えぬまま内心で嘆息していた。

 

 

「木ノ葉で左様な動きがあったとは……しかし、あのダンゾウがなぁ」

「だが中止というのは些か性急ではないか?なにせ木ノ葉主催の3年ぶりの大規模中忍試験だ、既に大名中でも話題になっておる。観戦席もとうに埋まったと聞くぞ」

「そもそも、生き残りも幻術にかけられ『うちはマダラ』が本物かどうかも定かではないのだろう?ならば、中忍試験を中止させることで、他国との軋轢を生むことこそが敵の狙いという可能性もある」

「砂隠れの上忍も捕らえたのだし、計画が露呈しながらあえて事を進めるとも考えにくい。砂隠れとの戦力差も考えれば奴らがこれでも尚動くという可能性は低いのではないか?」

「本戦にのぞむ下忍達は昇進の機会を逃すことになろう。今後を思えばこそ、次世代の若人を育てねばなるまい」

「やはり中忍試験は継続として───」

 

 

 口々に示される難色は、木ノ葉中忍試験の中止を求める嘆願への答えである。

 ダンゾウの里抜けに、砂隠れの裏切り、クーデター計画の露呈、『うちはマダラ』と目される忍、大蛇丸の関与。現に死者も多数出ている中で中忍試験を続けるにはリスクが高すぎる、そう強く訴えたものの予想通り芳しくない結果となった。

 

 

(しかし、誰一人ことを重く見る者がいないとはのぅ……)

 

 

 第四次忍界大戦の終結から十数年あまり、平和への慣れとは恐ろしいものだ。

 とはいえど、中忍試験の開催には会場準備から人員配置まで莫大な費用がかかっており、そのスポンサーとなっているのが彼ら大名連である。

 中忍試験中止の違約金は相当な額になる。大名連の理解が得られない現状、火影とはいえど強硬な姿勢を取ることはできない。

 最終決定権をもつ大大名様がパチリと扇を閉じ、口々に反対意見を述べていた大名達も口を閉ざした。

 

 

「うむ、皆もこう言っていることだえ。中忍試験は続行とすることにするかえ」

「……わかりました」

 

 

 半ば予想できていたその結論に頷くも、失望の声音は隠せなかった。

 そう、最初から分かっていたのだ。既に木ノ葉に滞在する大名もいれば、賭けられたトーナメントの賭け金は里の予算に匹敵する。

 本戦まであと半月足らず、今さら中止などできないだろうことは里を出る前から分かっていた。

 平和な世に浸っていたのは儂自身に他ならず。大蛇丸の痕跡に目を瞑り、中忍試験の中止を先送りにした。そのツケが回ってきたのであろう。

 

 

「ただ、万一ということも考えられましょう───この場をかり、次代火影の推挙をさせて頂きたいが如何か?」

 

 

 だが、過ぎた後悔に立ち止まる訳にはいかない。木ノ葉を離れてまでここに来たのは、決して無駄な足掻きをするためなどではなく。

 五代目火影の推挙、それこそがこの訪問の本当の目的だ。

 大名連がざわつく中で、大大名様の目が僅かに瞠られ面白そうにきらりと光る。

 

 

「ほほう!次代火影とな?今度こそ自来也で決まりじゃないのかえ」

「儂もそう思うのですがのぅ、残念ながら自来也には前回同様に断固拒否され……」

「なんじゃ、残念だえ。余はあ奴が好きなのじゃが……して、他に誰かおるのかぇ?」

「本人の了承はまだ得られておりませんが、一人、適役がおります」

 

 

 警戒すべきは砂隠れのみに非ず。里の混乱に乗じて、隣国のいずれかが大胆な行動に出るかも分からない状況だ。

 さらなる危機を想定した準備が必要というのは、うちは一族も相談役も、共々一致した意見であった。

 この窮状において最も重視すべきは、里を守れる力量と皆を纏める求心力に名声。

 様々な点を踏まえ最有力として挙がった名、それは奇しくも証人たるハヤテの治癒の為には欠かせぬ人材だった。

 

 

「自来也と同じく三忍の一人にして初代火影の孫───綱手を次代火影として推薦致したい」

「ほう、綱手かえ。確かに賭け事狂いはあるが、あの乳……ゴホン、血筋も申し分ないの。しかし行方を眩ませておると聞いておったが?」

「数日前、自来也が見つけ出しました。現在は借金の肩代わりを条件に木ノ葉に留め置いております」

「綱手姫は血液恐怖症を患っていると耳にしたが、大丈夫なのか?」

「……既に病は克服しております。ご安心くだされ」

 

 

 大名の指摘ににこやかに返しながらも、代償として左目の光を失ったシスイを思う。

 シスイは木ノ葉で五指に入る実力の持ち主だ。その力を失わせるには惜しく、命令を躊躇っていた折にシスイの父が写輪眼の提供に名乗りを上げた。

 移植により万華鏡が使えなくなるにしても光は取り戻せる。シスイは随分と迷っていたが、里の為だと父親に諭されその話を受け入れた。

 そう、そうなる筈だったのだ。

 

 

(まさか……あんなことになるとはのぅ)

 

 

 苦々しい記憶を噛みしめる。

 ダンゾウが里抜けした夜。シスイの父は『マダラ』と目される人物により身罷り、その両眼をも奪われ、計画は白紙に返った。

 

 うちはの誇りである瞳の提供者自体がほぼいないことに加え、相性によっては適合できない事、写輪眼が使えなくなる可能性もあり、提供者探しは随分と難航していると聞く。

 シスイという大きな戦力を失う事も視野に入れなければならない現状に、尚の事先行きが思いやられるばかりだった。

 

 そんな事情を知らぬ大名連は、綱手の病の克服に歓声を上げる。先程とはうって変わり、概ね好意的な意見が続いた。

 

 

「うむ、決めた。綱手を次代火影として認める!」

 

 

 決定付けられた大大名様の言葉に胸を撫で下ろす。

 綱手の説得は骨が折れそうだが、それでも懸念事項が一つばかり減ったようだ。

 

 

(これで心置きなく───命をかけられるというもの。初代様、二代目様、ミナト……どうか見守っていてくだされ)

 

 

 

 来るべき決戦をどこかで予感している。

 大名方へ深々と頭を下げながら、三代目火影は己亡き後の木ノ葉の未来を願った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 砂隠れの里、風影邸。

 一人の忍がその頭を上げ、御簾越しの影を見つめていた。

 

 

「風影様……今、何と……」

 

 

 砂隠れの担当上忍であるバキは、唇を震わせ呆然とそう呟いた。

 ハヤテの証言により一時拘束されたバキではあったが、砂隠れからの抗議によりその身は釈放された。他里の忍の傷害の罪は重いが、相談役であるダンゾウの指示であったと訴えれば落ち度のある木ノ葉はそれ以上に責められない。ましてや死亡することもなく現在は完治しているとなれば尚更である。

 

 そして火影よりの書簡を携えて戻った自里の長、風影へと経緯を報告したのが数分前のこと。

 ダンゾウの逃亡もあり当然ながら計画は頓挫。クーデターは白紙に戻る、そう疑わなかったバキの思考は風影のその一言によって否定された。

 

 

「聞こえなかったのか?───計画の変更はない、そう言ったのだ」

 

 

 聞き間違いであってほしいと願ったが、無常にもそんな願望はあっさりと潰える。

 だが、木ノ葉との戦力差は歴然としている。失脚しながらも里に根を張るダンゾウの手引きがあってこその木ノ葉崩し、木ノ葉の隙をつくからこそ可能な計画だった。

 それをクーデターがほぼ明るみに出ていながら、敵の激しい警戒の中で続けるというのだ。

 待ち受けるのは計画の失敗。すなわち己や部下、そして数多くの同胞達の犬死である。

 

 

「お待ち下さい!書簡に目を通して頂いた筈、火影は中忍試験の際に砂隠れとの話し合いを望むと……砂の困窮に対する支援及び同盟内容の見直しを約束している!ならば、我らが木ノ葉崩しをするメリットは何一つ……!」

「口を慎め。お前達は、私の決定に従えばよい」

「ですが……!」

「そもそも、木ノ葉に借りを作る現状を生み出したのはどこぞの無能が敵を仕留め損なった為……この場で斬り殺してもよいのだ。里に命をかける、その機会を与えてやるというのに何を拒む?」

 

 

 冷徹な眼光に見据えられ、身に覚えのある負い目に口籠る。

 しかし、バキとて無駄にこの上忍という地位に就いている訳では無い。

 

 

(クッ……!私は、確かに奴を殺した!)

 

 

 あの月光ハヤテという忍の息の根は、完全に止まっていた。敵陣の只中、死亡の確認を怠るようなミスをする筈がない。

 だというのに、木ノ葉の取調室で現れたのは、確かにとどめを刺した筈の奴だった。

 亡霊かと疑うもそれは確かに生きた人間の息遣いであり、もはや死人が生き返ったとしか思えない。木ノ葉の禁術には死者を蘇らせるという術があると聞いたことはあったが、あれ程完全な形で蘇るものなのかと心底慄いたのは記憶に新しい。

 

 だが、いずれにせよ自身の落ち度であることは間違いなく、処刑も覚悟で里に戻ったのだ。

 既に里に命を捧げている身、どんな処罰が降ろうと甘んじて受けるつもりだった。

 

 

(だが、これは違う……!里を潰すおつもりか!?)

 

 

 砂隠れは軍縮により国力の維持が難しく、量の確保ができない分、質を高めるしか道がなかった。

 そして木ノ葉崩しで投入される予定の戦力は、我愛羅や風影を含め里の戦力のおよそ八割。それもダンゾウによる脱出経路の確保があってこその計画であった。

 

 木ノ葉崩しを知りながら何も対策を取らないほど木ノ葉は馬鹿ではない。厳戒態勢が敷かれる中で半分以上の戦力を投入し、もしも全滅などという事態にでもなれば───砂隠れは木ノ葉ないしは隣国に蹂躙され、五大国の末席から消えることになるだろう。

 そんな火の海になる里の未来を想像し、額に嫌な汗が流れた。

 

 

「命は惜しくありません!しかし里の未来のため、どうか……どうか、お考え直しを……!」

「くどい!決定は覆らぬ。木ノ葉へ戻りその時を待て───里のため、命を捨てよ」

 

 

 頭を床に擦り付けるバキに目もくれず、風影はそう一喝し去っていった。

 その体勢のまま、バキは流れる汗もそのままに唇を噛み締めた。

 

 砂隠れの忍の一人として、風影の決定した命令に背くという選択肢はない。それでも、胸を覆う迷いと底知れぬ不安に噛み締めた唇から血が滴った。

 それでも、思い返すのは乏しい里を支え続けたかの方。強引な所もあれど、家族を犠牲にしてまで里のために尽力してきたその姿を思い浮かべる。

 

 

(いや……あの風影様が何の考えもなしにこんな決断をする訳がない。私に教えてくださらないのは信用を失ったからか……何か勝算があるのだろう)

 

 

 そう無理矢理に自分を納得させて顔を上げる。

 もう誰もいない御簾の向かいを暫し見つめていたバキは、やがて傀儡の如くふらりと立ち上がる。

 

 

───これが、本当に砂隠れのためなのか?

 

 

 そう悩む心には蓋を閉じ、バキは覚悟を決めた瞳を敵国木ノ葉へと向けた。

 

 

 

◆ ◆

 

 

 

「フフ……馬鹿な男。忠誠心に命をかけるなんて……そんなモノ、何の役にもたたないっていうのにねェ。そうは思わない?」

 

 

 その一方。砂埃の舞う道、木ノ葉へと戻っていくバキの後ろ姿を丸窓から眺めていた風影は、そう嗤って背後に控えた部下を振り返る。

 呼びかけられたその部下は、にこりと作りものめいた笑みを浮かべた。

 

 

「さあ、僕にはそういう心は分からないので。ただ、忠誠心は人の思考を止め愚かさを生む。権力者にとってこれほど扱いやすい事はない……本にはそう書いてありました」

「言い得て妙ね。盲目に従う愚かさは罪───お前はどちらかしら」

「僕は、視力はいい方ですが」

「そう?私からすれば、他者に固執しそのためなら何でもする……愛も忠誠心も似たようなものよ」

「愛?───違います。きっと兄さんはこんなこと望まない。これは僕の初めての自由……ただのエゴイズムなんです」

「あら、私は『シン』のことだなんて一言も言ってないけれど。でもまあ……お前がそう言うなら、そういう事にしておいてあげる」

 

 

 常日頃、表情の変わらぬ彼だが、たった一つその仮面が崩れる瞬間がある。

 それは五年前に根からパイプ役として遣わされ、今はかろうじて病と戦いながら命を永らえている『シン』の存在だった。

 

 数年前から根との連絡が取れなくなり、里に戻ることもできずにいた彼を助けたのはただの気まぐれに過ぎない。

 だが、そんな義兄弟である彼に一目会いたい、その執念をもってサイは根の解体後に下忍班を転々とし、大蛇丸の部下であるヨロイ達を突き止めた。

 そして、彼の安全の保証と引き換えに自ら配下に下ったのが数年前のことである。

 

 

(何の利もないそれが『自己利益』だとは、随分と歪んだ子……自覚なんて無いんでしょうけれど)

 

 

 実力はカブトとは比べるべくもないが、なかなかに面白い子供だ。

 気にでも触ったか眉根を潜めた彼の姿にほくそ笑んでいると、二人の間の空間がぐにゃりと黒く渦巻いた。

 

 

「首尾はどうだ、大蛇丸」

 

 

 空中から現れた人物に驚くこともなく、風影───扮する大蛇丸は、ニイと口角を上げた。

 

 

「上々ってところかしら。そっちはどう?」

「こちらも順調だ。俺のシナリオ通りに事が運んだ。近々組織から呼び出しがかかるだろう」

「そう」

「元は部下だったお前は驚くかと思ったが。そうでもないようだな」

「人は変わるもの、それかその前に死ぬかの二つ……ダンゾウは変わった、それだけのこと。まあ正確には変えられたんでしょうけれど……アナタでしょ?月光ハヤテを生き返らせたのは。わざわざ警務部隊をおびき寄せてまで、ねェ」

「フン……俺は後押ししてやっただけさ。お前の部下の情報も奴らを嵌めるのに役立った。お前の術か?潜入にはお誂え向きのいい術だ」

「ありがとうございます」

「それにしても……死者の蘇生もできるなんてね。やはり素晴らしい眼……!」

 

 

 陶然と見つめる大蛇丸の眼差しに、仮面の奥の赤い瞳が不機嫌そうに細められる。

 けれどそんな空気などものともせず、大蛇丸は暁の指輪をつけた左手を伸ばす。

 

 

「もう少し待て。お前が欲しいのは、俺の瞳じゃないだろう?」

「……ええ、そうね」

 

 

 仮面に触れる寸前、その言葉に手を止めた。

 死の森、間近で覗き込んだ子供の黒眼。あの双眸が真紅に染まる瞬間を思うだけで唾が溢れる。

 それもあと少し。あと少しで、この手に入る。

 ペロリと赤い舌で唇を舐め、欲望を握り堪えた大蛇丸はその手を引き戻した。

 

 

「フフ、私の手でできないのは残念だけれど……綺麗に染めてあげてちょうだい」

「計画の遂行次第だ。しっかりやれ、『風影』」

「分かっている」

 

 

 ガラリと声音を変えた大蛇丸に満足そうに頷き、仮面の男は渦に吸い込まれるようにして姿を消した。

 

 窓の外へと目をやれば、遠く駆けていたバキの姿が砂埃に包まれ消えていく。

 舞う砂は次第に量を増し、やがて砂嵐となって窓に映る世界全てを覆い隠した。

 

 

 

 

『封印術は成功したよ。けど覚えておけ、この術はお前の意思の力を礎にしたものだ。己の力を信じずその意志が揺らぐようなことがあれば、その封じの効力は無くなる』

 

 

 そう白髪の忍から告げられた忠告に、『彼』はフンと鼻を鳴らす。

 

 

【無駄なことだ……が、        】

 

 

 チャクラの流れが堰き止められて数日。ついに限界を迎えたのか、音のない声が溶けて消え視界が狭まり始めた。

 自分が手を握っているのか、開いているのかさえももう分からない。そんな慣れ親しんだ感覚のない世界に目を閉ざせば、変わらぬ黒い視界が広がっている。

 

 

【うちはサスケ───   、     】

 

 

 名と想いだけが反響する中、薄れゆく意識に身を委ねて底なしの微睡みに沈んでいく。 

 いずれ目覚めるその刻限を待ちながら、『彼』は静寂の中へと消えていった。

 




 それぞれが想いを抱えながら時は進み続け───そして、ついに本戦の日を迎える。


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本戦 開幕編
77.開戦


いよいよ本戦開幕です!(⁠≧⁠▽⁠≦⁠)

トーナメント表
第一試合:うずまきナルト VS 日向ネジ
第二試合:我愛羅     VS サスケ
第三試合:テマリ     VS 奈良シカマル
第四試合:第三試合勝者  VS 秋道チョウジ

支部ストックたまってきたので、月2回投稿頑張ります(`・ω・´)ゞ


 

 

「これより予選を通過した七名の『本戦』試合を始めたいと思います。どうぞ最後までご覧下さい!」

 

 

 中忍選抜試験、第三試合───通称、本戦。

 三代目火影がその開幕を高らかに宣言するとともに、取り囲む壁の上から爆発的な拍手と歓声が降り注ぐ。

 一つ一つの言葉までは聞き取れずとも、受験者らへ否応なくプレッシャーを与える期待と熱気。

 そんな歓声の中に、チラホラと困惑の声が混じり始めていた。

 

 

「なあ、なんか一人足りなくないか?」

「棄権かしら……」

「火影も七人って言ってたけどなぁ」

 

 

 現在、闘技場内に集まった受験者の数は六人。耳打ちし合うサスケとナルト、眉をひそめるテマリ。そして、面倒くさげなシカマルとポテチを貪り食うチョウジ、我関せずといった具合のネジ。

 そこに、我愛羅の姿だけがなかった。

 

 

「なー、我愛羅ってばどこ行ったんだってばよ?」

 

 

 キョロキョロと辺りを見回しているナルトの疑問は、今回は間に合ったサスケを含めて受験者ら全員に共通したものだった。それも、最も行き先を知り得るだろうテマリを含めてである。

 

 

「そんなこと、アタシの方が聞きたいよ……!さっきまで控室にいたのに、一瞬目を離したらいなくなってたんだ!」

 

 

 サスケとナルトが揃って目を向ければ、テマリはどこか焦ったように苛々と爪をかみしめた。

 砂隠れの作戦かという考えも浮かんだが、そんなテマリの様子はどうにも嘘をついているようには見えない。過去にはなかったこの流れに、答えの見つからぬサスケは押し黙るのみだった。

 

 

(まさか俺が遅刻しなかった影響なのか?しかし、控室で急に消えたとすれば……単なる遅刻とは考えにくい)

 

 

 ちらりとテマリの見つめる先を追うと、カンクロウと香凛が座っている観戦席の隣に一つ空席が見えた。

 少し焦点をずらせば砂の担当上忍が闘技場を出ていく所で、痺れを切らして我愛羅を探しに出たのだろうとわかった。

 そしてその後を追っていくのは、会場中に散って警備をしていた暗部装束の者達である。迎賓館の結界も考えるに砂隠れに対する監視の目はそう簡単には外れない筈……とすれば、何か偶発的なものではなく、我愛羅の確信犯的行動という線が濃厚か。

 

 

(……?)

 

 

 そんな観戦席に何か言いしれぬ違和感を感じてもう一度そちらを見上げるも、カンクロウと香凛が何食わぬ顔で並んでいるだけだった。

 だが、変わり映えのない光景が何か酷くおかしく思えるのは何故だろう。そんな妙な胸騒ぎに首を傾げていれば、審判である不知火ゲンマが軽く咳ばらいをして受験者らの注目を集めた。

 

 

「トーナメント表に変更点はないが、それぞれ自分が誰と当たるのか、もう一度確認しておけ」

「あのさ、あのさ!我愛羅の奴がまだ来てねーけど、どうすんの?」

「自分の試合までに到着しない場合は、不戦敗とする!」

 

 

 ひらりと掲げられたトーナメント表。第一試合はナルト対ネジ、第二試合は俺と我愛羅、第三試合はテマリとシカマル、第四試合はチョウジと第三試合の合格者。サクラから聞き及んでいた通りである。

 ゲンマは不戦敗とは言うものの、うちは一族という肩書きのないサスケに変わり、今回の試合の目玉である我愛羅と日向の傍系であるネジにギャラリーの関心は向いている。過去サスケ自身が遅れながらも参戦できた例を考えると、延期される可能性が高いだろう。

 

 そして、勝ち抜き戦とはいえ、この本戦は諸国の大名や忍び頭といった審査員らが対戦を通して中忍としての資質を評価するものだ。以前は一回戦でリタイアしたというシカマルのみが上格したのだったか。

 遅刻により実際にナルト達の試合を見ることは叶わなかったそれが、こうして新たに観戦できる。木ノ葉崩しの可能性という非常時ではあれど、予選試合の時のような高揚感が込み上げるのは隠せなかった。

 

 ゲンマが本戦の注意事項を述べていく。

 地形は違うが、ルールは予選と同じで一切無し。どちらか一方が死ぬか負けを認めるまで、或いは審判が勝負ありと判断するまで試合は続く。

 

 

「一回戦うずまきナルト、日向ネジ。その二人を残して、他は会場外の控室まで下がれ!」

 

 

 そんなゲンマの言葉に受験者らが会場を立ち去っていく。

 ゴクリと唾を飲んでいるナルトにフッと口角を上げ、その肩を軽く拳で叩いた。

 

 

「ナルト───俺は、お前と戦いたい」

「……!!」

 

 

 チョウジが本戦に出場したように、過去と同じ流れになるとは限らない。

 それでも。たとえ会場中が日向一族であるネジに期待しようとも、ナルトが勝つ、そう俺は確信していた。

 

 

「ヘマするなよ、ウスラトンカチ」

「へへッ、当然だってばよ!」

 

 

 ニッと笑うナルトに笑みを深めて背を向ける。

 皆の視線を一手に浴びながら、本戦第一試合が始まった。

 

 

 

「白眼!」

「影分身の術!」

 

 

 開始の合図と共に、ナルトとネジは互いに十八番の術を繰り出した。

 ナルトは一度ネジとヒナタの試合を目にしている。柔拳を使いこなすばかりか点穴さえも突けるネジ相手に接近戦は不利、影分身で距離をとりつつ戦うという戦法か。加えて、影分身はチャクラを均等に分配するものであり、白眼による本体の看破は不可能……だが、ネジの体術はそう甘くはなかった。

 

 四方八方から拳を構えて一斉に襲い掛かるナルトの影分身達。

 しかし、その拳も足も全ていなされ掠りもしない。それどころか、その大振りの拳を躱して懐に強烈な一撃を、挟み打ちしようとした二体の頭上を押さえ付けて引き倒し、クナイを構えた腕を捻り上げて顎を砕く。

 その全ての動作に澱みがなく、影分身達はものの数秒でネジのカウンターの前に消え失せた。

 

 

「火影になる、か……これじゃ無理だな。生まれつき才能は決まっている。言うなれば、人は生まれながらに全てが決まっているんだよ」

「なんでいつも、そうやって勝手に決めつけんだってばよ!テメーは!!」

「では、誰でも努力すれば火影になれるとでもいうのか?火影に選ばれるのはほんの一握りの忍だけ。もっと現実を見ろ!火影になる者はそういう運命で生まれてくる。なろうとしてなれるものではなく、運命でそう決められているんだよ」

 

 

 激昂したナルトをそう嘲笑するネジだったが、かくいうナルトも体術はアカデミーでも上位の成績であったし、下忍となってからも任務や修行を共にする中で更に磨かれていた。才能の有無で言えば間違いなく『有』とされる。

 そんなナルトを一笑できる体術が、ただ才能だけで身に付いたとは考えられない。その圧倒的な体術の差が示すのは、ナルトと同じく、否、それ以上に修行に取り組んだ証でもあった。

 

 

「人はそれぞれ違う逆らえない流れの中で生きるしかない……ただ一つ、誰もが等しく持っている運命とは、死だけだ」

 

 

 諦念の中にも消えることなく宿った、恨みと憎しみ、痛みを垣間見る。きっとその拘泥した思いが、今のネジを強くしたのだろう。

 だがそんな諦念なんぞクソ喰らえとばかりに鼻で笑ったナルトは、再び影分身の印を組んだ。

 

 

「だから何だってんだ!オレは諦めがわりーんだってばよ!」

 

 

 先程の数倍に及ぶ影分身体がネジへと押し寄せる。

 雄叫びを上げながら突っ込んでくる分身達をギロリと睥睨した白眼は、その全ての攻撃を潜り抜けて最奥にいた一人に狙いを定めた。

 

 

「点穴を突かれることを恐れて、攻撃頻度が最も少ない一体。お前が攻撃すればするほど、その一体が明白になる……本体は、お前だ!!」

「ッ!!」

 

 

 ネジの指先がナルトの肩、その点穴へと突き刺さる。

 影分身は本体がダメージを受けるとチャクラ供給が絶たれ術が解除される。血を吐くそのナルトに、周囲の影分身達が次々と音をたてて消えていった。

 白煙の漂う中、ネジは勝ち誇った嘲笑を浮かべた。

 

 

「だから無駄だと……」

「だから、勝手に決めんなって……言ってんだろーが!!」

 

 

 点穴を突かれた筈のナルトの本体、否、分身が煙と化す。ネジの思考の裏をかいて、分身の一体にわざと引かせていたのだ。

 目を見開くネジの背後、漂っていた煙がギュルリと吸い込まれていく先で皆が目にしたものは───蒼く光り輝いたチャクラの球体だった。

 

 

「螺旋丸!」

「ッ、回天!!」

 

 

 あれを正面から食らったら……!

 ゾクリと悪寒を覚えたネジは、急いでチャクラを練り上げると全身からチャクラを放出する。

 日向一族に口伝により伝えられる秘術『回天』。自身の身体をコマのように円運動させ、敵の攻撃をいなして弾き返すその術は物理的攻撃を完封するもう一つの絶対防御………その筈だった。

 

 

「いっけェ!!」

「ば、馬鹿な……!?」

 

 

 ナルトの高密度に渦巻くチャクラの塊に、速度と回転を纏うネジのチャクラ。

 その双方がぶつかり合い、ギャギャ、と耳障りな軋みを生み出した。反発するその二つのチャクラは互いに譲らず、削り合う膠着状態が続いた。

 均衡が破られたのは一瞬。螺旋丸が不意に形を崩した隙をネジは見逃さなかった。

 

 

「八卦六十四掌……!!」

「ガハッ!」

 

 

 弾き飛ばされたナルトが地面を転がり、続くネジの追撃がナルトを襲った。

 全身の点穴をつかれて蹲るナルト。しかし、全身からチャクラを放出させる回天のチャクラ消費は大きく、それを数十秒に渡って使い続けたネジの消耗も激しいのか、膝をついて荒い息を整えている。

 

 

(チャクラコントロールが甘かったか。あと少し時間があれば……完成していれば、ナルトが押し勝っただろうな)

 

 

 ナルトが螺旋丸の修行を始めたのは、綱手の捜索に出た後のことであり、修行期間は一ヶ月にも満たない。そんな短期間であれ程形になったのだから、きっと数日もあれば完成までこぎつけた筈だ。

 考えれば考える程に、その口惜しさにサスケはチッと舌打ちをする。

 

 

「何だ……今の術は……」

 

 

 そんな分析をしていたのはサスケだけではなく。

 術を受け止めていたネジもまた、己が真正面から負けていた可能性の高さを理解し呆然とナルトを見詰めていた。

 

 

「ヘッ、才能なんて人それぞれだってばよ。オレにはオレの強さがある、それだけだ」

「………」

「お前は思い込みで人を決めつけるけどな……人は、いくらだって変われんだ!!」

 

 

 ヒナタに言い捨てた言葉を思い返したのか、ネジは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

 

 

「だとしても、全身64の点穴を突いた。お前はもう立てもしない」

「言っただろ……オレは諦めが悪いんだって……!」

 

 

 点穴を突かれチャクラが通らない身体でありながら、ナルトは再び立ち上がる。

 口の中の血をペッと吐き出し、ネジを鋭く睨みつけた。

 

 

「ヒナタを馬鹿にして落ちこぼれだと決めつけやがって……分家だか宗家だか、何があったのか知らねーけどなァ、他人を落ちこぼれ呼ばわりするクソヤローはオレが許さねェ!!」

「……いいだろう、そこまで言うなら教えてやる───日向の憎しみの運命を」

 

 

 啖呵を切ったナルトにネジはその額当てを外した。

 額に刻まれた呪印。それは、日向一族に伝わる分家の烙印だった。

 

 

「それって……」

「日向宗家に代々伝わる呪印術。その呪いの印は『籠の中の鳥』を意味し、逃れられない運命に縛られた者の証!」

「呪い……?」

 

 

 その時、ナルトがサスケを見上げた。

 当然ながらナルトと生活を共にする中、どんなに隠そうとしてもダンゾウの呪印はバレてしまっていた。ただの入れ墨だと誤魔化していたが、それも通じなくなる予感がして目を逸らさずにはいられなかった。

 

 そんなナルトの視線を感じながらも、ネジの過去に耳を傾ける。

 ヒナタの誘拐未遂に里同士の交渉、そして父親の身代わりの死。ナルトから過去に聞き及んでいた話ではあったが、当事者の口から語られるその内容はまるで違って聞こえた。

 

 

「そして……戦争は無事、回避された。宗家を守るため日向ヒアシの影武者として殺された、オレの父親のおかげでな!」

 

 

 大切な家族を理不尽に奪われる、その苦しみは痛い程によく分かる。

 共感はできる。それでも、同意はできなかった。

 

 

「そしてこの試合、お前の運命もオレが相手になった時点で決まっている。お前はオレに負ける運命だ」

「そんなもんやってみねーと分かんねーだろ!お前が昔、父ちゃん殺されてどんだけ辛い思いしたかは知んねーけど……それで、運命全部決まってるって思うのはスゲー勘違いだってばよ!お前みたいな運命だなんだ、逃げ腰ヤローにゃオレはぜってー負けねェ!」

 

 

 ナルトは印を結んだ。点穴を閉じられた身体にはもうチャクラが尽きているのが傍目にも分かる。

 それでも、ナルトの意志は誰にも折られはしない。

 

 

「どうしてそこまで……何故、自分の運命に逆らおうとする!?」

「お前に───落ちこぼれだと、言われたからだ!」

 

 

 ナルトの閉じられた点穴からチャクラが少しづつ漏れ出していた。

 その赤いチャクラは次第に全身を巡り、形となってナルトの背後に現れる。揺蕩う尾のようなチャクラは間違いなく、九尾の妖狐のものだ。

 

 

「日向の憎しみの運命だか何だか知らねーけどな!お前がムリだっつーならもう何もしなくていい!オレが火影になってから、日向を変えてやる!!」

 

 

 赤いチャクラの衣を身に纏ったナルトは弾丸のように駆け出し、その拳がネジの回転と激しくぶつかり合った。

 互いに弾かれたその先、ネジだけがよろよろと立ち上がる。

 倒れ伏したままのナルトを見下ろし、これが現実だとせせら笑った瞬間。その足元から飛び出したナルトがその顎に強烈な一撃を入れた。影分身を隠れ蓑にして、ナルトは地面の中を掘り進んだのだ。

 

 

「運命がどーとか、変われないとか……そんなつまんねーこと、めそめそ言ってんじゃねェよ!お前はオレと違って、落ちこぼれなんかじゃねーんだから」

 

 

 倒れたままのネジは何も言わず、空の鳥を眺めていた。

 傍目にも、もはや勝敗は明らかだ。

 

 

「勝者、うずまきナルト!」

 

 

 ゲンマが判定を下し、前のめりになって固唾を飲んで見守っていた観客らが興奮したように立ち上がる。

 会場中がわっと歓声に沸き立った。

 

 

「すごかったぞー!!」

「良くやったァ!!いい戦いだった!!」

「あれって螺旋丸だろ?黄色い閃光の再来か!?」

「やるわね、あの子……!」

「ええ、これからが楽しみね!」

 

 最初こそ退屈げに欠伸をしていたものだが、現金なものだ。まあ里民の娯楽でもあると考えればそんなものかと苦笑する。

 鳴り止まぬ拍手の中、ナルトと視線がパチリと合った。 

 声は歓声にかき消され聞こえなかったが、その唇の動きだけははっきりと読めた。

 

 

───オレも、お前と戦いたい。

 

 

 ドクリと心臓が高鳴る。

 ボロボロな身体で拳を向けてくるナルトに、サスケも拳を同じように返して目を細めた。

 

 

 どんなにやられても、勝つことを信じ続け、次を考えて動く。そんなナルトの自分を信じる力が、運命を変える力となったのだ。

 そんなお前の強さが、いつだって酷く眩しかった。

 




第一試合 勝者:うずまきナルト


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78.影鬼

三代目→テマリ視点


 

 数多の予想を覆した第一試合。勝者へ惜しみない拍手が続く中、ナルトは跳ね上がって観客らへアピールをしている。

 子供らしいその行動は変わらずとも目を見張るばかりの成長に、猿飛ヒルゼンは満足気に微笑んでいた。

 

 

(螺旋丸に九尾のチャクラとは、いつの間に……教えたのは自来也か)

 

 

 『螺旋丸』───それは四代目火影にしてナルトの実の父、波風ミナトが開発した習得難易度Aランクの超高等忍術だ。

 金髪碧眼というミナトの血を引く容貌も相まって、『四代目火影の再来』という言葉がそこかしこから聞こえてくる。現にヒルゼンまでもが、螺旋丸を使ったナルトにミナトの姿を重ねてしまった程である。

 そして何より、あの九尾のチャクラをコントロールしてみせたのには驚かされた。まだまだ完全な制御には至らないものの、ナルトの母であるうずまきクシナ以上の可能性を感じさせる。

 

 

(ミナト、クシナ……そなた達の血は確実に受け継がれておるぞ)

 

 

 試験官に促されて退場していくナルトの背を拍手をもって見送る。胸の内でそう呟きながら、さて、と視線を隣の席へと移した。

 風と書かれた編笠に口元を覆うベール。そこから覗く切れ長の双眸は、何を考えているのか読めぬ暗い光を宿している。

 そんな風影の様子を伺うヒルゼンに、シスイと共に背後で護衛をしていた並足ライドウがそっと小声で耳打ちした。

 

 

「まだ、彼の消息は掴めておりません」

「そうか……」

 

 

 捜索に当たらせているのは、受験者達の一人にして風影の子息。人柱力と予想されている『我愛羅』という少年であった。

 砂隠れ及び中忍試験の監視役として常に暗部が配置されていたが、友好を謳う手前、流石に選手控室までは立ち入れず。次にその扉が開いた時には、我愛羅の姿は既に消え失せていたという。

 

 

(これが砂隠れの策、というのも否定できぬ)

 

 

 万一、人柱力が里内で暴走したとしても、里内随所に待機している警務部隊がその暴走を抑える手筈となっている。

 しかし、それを陽動として砂隠れが攻め込んで来たなら、尾獣と忍双方を相手取れば多数の犠牲者が出ることは容易く予想ができた。

 また、警務部隊隊長フガクは南加ノ区での謹慎処分、その副隊長を含めた数名も先日殉職している。警務部隊らの指揮の乱れは確実に悪影響を及ぼすだろう。

 

 

(だが先程の風影の反応からして、イレギュラーというのもあり得ぬ話ではない)

 

 

 受験者が一人足りぬことに気がついた際、一瞬だが風影の発した殺気は我が子へ向けるようなものではなかった。青ざめた砂隠れの上忍が席をたったのも、彼を探しに行くためだろう。

 敵陣において戦力の分散は得策とは言えぬ。そう考えるに、砂隠れとしても今回の事態は予想外の出来事であったのかもしれないが……どうしたものか。

 考えれば考える程に真実が見えなくなるような心地がして、ヒルゼンはふう、と小さな溜息を吐き出した。

 

 

「うちの我愛羅がまだ来ていないようですね」

「……そうですな。今、全力で探させている所で───」

「何、簡単な事ですよ。ルール通り、うちの我愛羅を失格にすればいい」

「!?」

 

 

 そうさらりと告げる風影にヒルゼンは言葉を失い、背後の二人も息を呑んだ。

 しかし、風影とその護衛達は顔色を変えないままだ。まるでどうでもよい、と言わんばかりの態度につい眉間に皺が寄る。

 そんな物言いたげなヒルゼンを風影は鼻で笑うと、その視線を観衆へと流した。

 

 

「ご覧なさい。既に観客は騒ぎ始めている。忍において時を軽んじる者はどんなに優秀とて、中忍の資格はない……そうでしょう?」

 

 

 風影の言うように、既に観客席からは『いつまで待たせるんだ!』『何モタモタしてる、早く次の試合を始めろ!!』等と野次が飛び始めていた。

 中忍の選抜条件を考えれば風影に一理ある。確かに、ここで失格にすべきなのだろうが、それを誰でもなく、風影が言うことに警戒心を覚える。

 

 

(手札を明かしたくないと?だが、それならば棄権させればよいこと。『テマリ』を残す理由もない。それに……此度の試合、最も注目が集まっているのは風影の子息である『我愛羅』)

 

 

 大名連中の間、裏側で盛んに行われている賭け事では間違いなく彼が最有力。二番手であった『日向ネジ』の脱落も考えれば、ここで『我愛羅』を失格にさせれば大名達の反感を買うことになろう。

 そして、風影の子息という肩書き。自里の忍ならばともかく、ここで彼を失格にさせることは砂隠れの面子を潰すことになる。中忍試験が滞りなく終わったとして、その後に行われる予定の同盟内容の見直しを考えれば、関係性の悪化は避けたい所だ。

 

 恣意なのか、偶然なのか。何が最善か、何が悪手か。

 たっぷり数十秒考え込んだヒルゼンは、決意をもって瞼を上げると、にこやかな好々爺の下に本音を仕舞い込む。

 

 

「儂を含め、ここにいるほとんどの忍頭や大名は彼……『我愛羅』君の試合を楽しみにしております。何せ風影殿の子息ですからなぁ!」

「……」

「そう焦らずともよいでしょう。この試合を一つ後回しにし、もう暫し彼を待ちませぬか?」

「まぁ、火影様がそういうのであれば……お言葉に甘えさせて頂きましょうか」

 

 

 風影の頷きを確認し、緊張した面持ちのライドウへと目配せする。

 その視線を受けたライドウは、審判であるハヤテへその決定事項を伝えに行った。

 

 

(本当にそれでよろしいのですか?)

(分からぬ。が、ここで失格にした所でのぅ……)

(そうですね……手札は確認しておきたい、削れれば尚良し、ですか)

 

 

 背後に残るシスイと目だけで意見を交わす。

 そんなやり取りに気づいているのかいないのか。次戦を告げる審判の声に、風影はベールの下に悪鬼の如き笑みを隠していた。

 

 

「さあ、早く試合を進めましょう。私としては───後の試合が気になりますから」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「よっしゃー!シカマル、頑張れってばよ!!」

「っ!!?」

 

 

 初勝利に浮かれ調子のナルトに背を押され、控室のデッキから落ちてきた男。

 背を地面に打ち付けたまま、ぼーっと空を見上げているぼんやり男こと『奈良シカマル』がアタシの対戦相手だった。

 

 

(チッ、呑気なもんだ。こっちはそれどころじゃないってのに……!!)

 

 

 悠長なそんな姿がひたすら気に食わないのは、八つ当たりだということくらい分かっている。

 だけど、その木ノ葉の紋が額にある限り、彼らはアタシ達の敵。そう何度も何度も繰り返した言葉は、やがて自分の感情も憎しみに染め上げていた。

 

 

『何だって!?計画を続ける!?』

『そうだ』

『馬鹿言うな、現に計画は悟られてアタシらは満足に外にも出られやしない!こんな雁字搦めの状態で、どうやって……!』

『俺らに死ねって言うのかよ!?』

『そうだ……風影様の決定だ。里の為、命を捨てろ』

 

 

 この試合が始まるおよそ半月前のこと、木ノ葉に計画が洩れバキが捕らえられた。

 その時に感じたのは紛れもなく安堵だ。これで、アイツ達と敵対することはなくなる、それに喜びさえ感じた。

 けれど、計画が中止されるなんて甘い幻想で。蓋を開けてみれば、アタシら姉弟にとっては絶望しかなかった。

 

 

(奴らは敵……殺さなければ、殺される)

 

 

 控室に入ってすぐ、振り返った先に我愛羅はいなくなっていて。

 それが木ノ葉の仕業じゃないなんて誰が言える?

 

 我愛羅が簡単に捕まる筈がないとは分かっていたけど、それは絶対じゃないということをあの蛇みたいな化物に思い知らされている。我愛羅が捕まることで、計画が白紙に戻るだなんて幻想も抱けない。

 そんな不安と衆目、何より父である風影に晒されるプレッシャーが重なって、鉄扇を握る指先に力が籠った。

 

 

「来ないんなら……こっちから行くぞ!!」

「おい、まだ開始とは……!」

 

 

 一秒でも早くその視線から逃れたかった。

 こんなショボい脇役男、速攻で片付けてやる。そう息巻いて、試験官の制止する声を無視して走り出した。

 

 

「中忍なんてのはなれなきゃなれないで別にいいんだけどよ。男が女に負けるわけにゃいかねーしなぁ……ま、やるか!」

「ッ!」

 

 

 やる気のない言葉とは裏腹に、奴はアタシの振り下ろした鉄扇を難なく躱した。舞い上がる風と共に姿を消し、森に逃げ込んだようだ。

 逃げ足の早いやつ。そう思いながら深く息を吐き出せば、ほんの少し冷静さが戻る。

 

 

(アイツの術がまだ良くわかってないんだ。無鉄砲に突っ込めば痛い目をみる)

 

 

 思い返すのは予選の最後を締め括った地味な戦闘。

 何か術を使ったかと思えば、一時間近くも互いに座禅を組んでいるだけだった。そして乱入した第一の試験の試験官に相手が連行され、サスケと同じく審判権限で勝利と判定された。

 確か、奴の使った術は『影真似の術』『影首縛りの術』だったか。術名と奴の影が伸びていた様子からして影を媒体にすることは間違いない。影で捉えた相手の行動を制限するもので、一度相手を捕まえれば影首縛りの術とやらで相手を窒息死に至らしめることが可能なのだろう。

 

 

(操れる影は自分のものだけか?それとも他者、或いは物、全ての影に適応されるのか……後者なら、影の多い木の中へ誘い込まれればおしまいだね)

 

 

 だけど、そうはいかない。

 木々の合間から相変わらず空をぼーっと眺めているアホ面が見えて、舐めているのかと青筋がたつ。

 その怒りも、鬱憤も、全てを込めて扇を振り上げた。

 

 

「忍法、カマイタチ!」

 

 

 風が奴の隠れている木々を切り刻み、薙ぎ倒す。

 地面からぎゅるりと伸びてくる影の手を後ろに退いて避けた。途中で止まったそれを見逃さずに扇で線を引く。

 

 

「影真似の術、正体見たり!どうやらお前は影を伸ばしたり縮めたり形を変えられるようだが、それも限界があるようだな」

 

 

 扇を使って距離を測る。15メートル、32センチ。それが奴の限界距離だ。

 接近戦では分が悪いが、アタシが得意なのはむしろ遠距離攻撃。勝負はあったようなものだった。

 分析を続けながらニイ、と口元が綻ぶ。やはり勝負というのは楽しいものだ。

 こうして戦いに頭を回していれば、不安も視線も重圧も、雑念全てが消えていく。

 

 

(次はどう出る?)

 

 

 何やら目を閉じて印を組んでいた奴の顔つきが、その時ふと変わった。

 脇役なんかじゃない、木ノ葉の忍という肩書きでもない、初めて『奈良シカマル』という奴の顔を見たような気さえした。

 

 アホ面を辞めれば案外いい男じゃないか。

 そんな軽口が頭に浮かぶくらいには高揚していた。

 

 

「どうやら少しはやる気になったようだな!」

 

 

 木々の後ろを逃げ続けるシカマルへ、カマイタチを連続で繰り出す。

 もはや暴風となったそれが木の葉を舞い上げ、少しばかり調子に乗ってしまったか風塵に視界が狭まった。

 それを好機と取ったか、クナイが砂埃を突き破り飛来する。それを飛んで躱すも、反対側からもう一本、更に正面からもう一本。

 

 

(トラップか……!)

 

 

 風は対象を絞るには不向きだ。逃げる合間に風圧を利用した罠を仕掛けたらしい。

 舌打ちしながら扇を盾に凌いだ瞬間、足元から黒い影が伸びてくる。

 

 

(この線より内側にいる限り、捉まることは………いや、待て!ヤバイ!)

 

 

 急いでその場を跳躍する。予想通り、伸びてきた奴の影は線を軽々と踏み越えた。

 間一髪で逃れたそれが再び静止して奴へと戻っていく。

 

 

「なるほど……時間稼ぎは太陽が低くなるのを待ってたのか」

 

 

 陽が落ちると影は伸びる。中天にあった太陽は時間経過と共に少し傾き、奴のテリトリーである会場の影が気づかぬ間にその領土を広げていたのだ。

 しかし、現在の日の高さと先程の攻撃限界距離を考えてもこの距離に誤魔化しは───。

 

 

「テマリ!上だ!!」

 

 

 カンクロウの声にハッと上を見上げれば、何かがゆっくりと落ちてくる。

 そして上へと注意が逸れたその隙をついて、影の手がその限界距離を超えた。

 

 

(まさか上着をパラシュートにして、足りない影を作るとは……!)

 

 

 奴の手を辛くも逃れる。カンクロウの助言がなければやられていただろう。

 大した奴だ。影攻撃で下に注意を引き付けて上のパラシュートを気づかせにくくし、上のパラシュートに気づけば今度は下への注意が散漫になる。

 

 

(隙を付くいやらしい手だ……だが!)

 

 

 逃げ続けていれば、パラシュートが落ちると同時に影の手が引いていった。

 ちんたらしてれば奴のテリトリーが増えていくだけ。

 ならここは短期決戦、次で決める。分身の術で陽動をして……そう作戦を練りながら、印を結ぼうとした瞬間。

 

 

「!?」

 

 

 身体の動きが奪われた。何故、そんな思考が頭を占めた。

 

 

「フー……ようやく、影真似の術、成功!」

「何故……身体が動かない!?ここまで影は届かない筈……!!」

「後ろを見せてやるよ」

 

 

 ここに来て初めて奴の声を知ると共に、首が勝手に後ろを振り返る。

 前の試合、ナルトが掘り進めた穴から伸びた影がアタシを捉えていた。

 

 

(限界距離も、パラシュートも……全て伏線!?)

 

 

 この男……何手先を読んでやがる。

 絶句するまま、シカマルの動きに合わせて身体が勝手に前に動いていた。

 身動き一つできないアタシは袋の鼠だ。あの影で首を絞められるのか。無様な悲鳴を上げることになるのか。

 ギュッと目を瞑った瞬間、奴はアタシと共に片手を上げた。

 

 

「まいった、ギブアップ!」

 

 

 思いもよらなかったその言葉に、アタシは勿論、会場の全員が目を見開いた。

 どよめきの広がる中、ただ啞然と男を見詰めた。

 

 

「な、何だと……!?」

「影真似の連発でチャクラ使いすぎてもう十秒も捕まえとけねー。で、次の手を200手くらい考えてたんだけどよ、どうも時間切れくせー……それにこの試合終わっても次やんのはチョウジ、泥仕合にしかなんねーから棄権一択。だったらここでギブアップしたほうが試合数が増えんだろーし……もうめんどくさくなっちまった、一試合やりゃいいや」

 

 

 つらつらと欠伸をしながら語る奴は、先程までの切れ者具合はどこへやら。

 一生の不覚である。

 そんなやる気があるのかないのか読めない『奈良シカマル』という男に───ほんの少しだけ、ときめいてしまったなんて。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「バカ!お前なんでギブアップなんかしたんだってばよ!?」

「うるせー超バカ!もういいだろ、そんなことは───見ろ、お出ましのようだぜ」

 

 

 シカマルの言葉に顔を上げれば、どこからか流れてきた砂が形を取っていく。

 

 

「下がれテマリ……次は俺の戦いだ」

 

 

 現れた我愛羅は観戦席にいるサスケを睨み上げた。

 その無事な姿にホッとする間もなく、滲み出るどす黒い殺気に身体が震えた。

 こんな我愛羅は久しぶりだ。いや、今までの穏やかさこそが異常であって、この十数年の見慣れた姿といえるだろうか。

 

 嘗てなら余りの恐怖に後退っていただろうに、アタシはただそこに立ち竦むばかりで。

 その殺気も、その瞳も、酷く恐ろしい。なのにどうしてか、泣きたくなるような悲しみが胸に湧く。

 

 

「降りてこい。サスケ───俺は、お前の死を望む」

 

 

 高空にあった太陽は既に傾き始めている。

 逆光で翳る瞳の奥に、孤独な鬼の姿が見えた気がした。

 




第二試合 勝者:奈良シカマル


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79.覚悟

第三回戦:サスケvs我愛羅
解説員はカカシ先生&サスケさん

1月の投稿を逃してしまいました、大変申し訳ありません(汗)
支部の佳境も越えたので、2月は週一投稿をさせていただく予定です。どうぞお楽しみ頂ければ嬉しいです(*´ω`*)

NARUTO新作の情報がほしい……待つ時間も楽しみにできるので、せめて進捗だけでも……!
飢える前に頼みます(・人・)


 

 

「キャー!サスケくん、頑張って〜〜!!」

「……」

「あら?どうしたのよ、サクラ。サスケくんのこと応援するんじゃないの?」

「あ……うん」

 

 

 我愛羅の登場を受けて、控室から降り立ったサスケ。その姿に黄色い声を上げていたイノは、隣に座るやけに静かなサクラに首を傾げた。

 対戦者二人を見詰めたまま生返事を返すサクラの表情は、イノの言葉通りどこか浮かないもので。

 そんな彼らを横目で見ていたカカシは、ぽん、とその肩を軽く叩いた。

 

 

「サスケは心配ないよ」

「カカシ先生……」

 

 

 にっこりと笑ってやれば、サクラの祈るように組まれた両手から力が緩む。

 その憂いを完全に晴らせた訳じゃなくとも、少しは緊張が解けただろうか。

 

 

(サスケへの心配ってだけじゃなさそうだね……ま、この会場の空気を感じ取ってるのかもしれないけど)

 

 

 微笑みを浮かべる傍らでちらりと背後を伺えば、ちょうど砂隠れの担当上忍が出入り口から顔を覗かせる所だった。

 その後ろから距離をおいて、監視役の暗部も観戦席へと戻ってくる。

 

 

(一、二……配置された暗部は二十人、五小隊。戦力としては十分すぎる位かな)

 

 

 観客らに紛れている暗部装束を、目だけで見回して数え上げる。

 里の主要部の防衛は警務部隊に任せて、こちらに暗部の戦力を集中させたのだろう。

 それに加えVIPである大名達には“芽”が護衛についており、その徹底ぶりに舌を巻くばかりである。

 

 

(芽に警務部隊、うちはの主力総動員って所か。彼らの全面的協力があってこその厳戒態勢……相手の出方が分からない以上、警戒はしすぎたって足りない)

 

 

 つい先日、極秘で打ち合わせされた里の防衛体制をつらつらと思い返していると、砂の上忍に続いて会場に入ってくるガイとリー君に気がついた。

 軽く片手を上げれば、杖を付くリー君に合わせてゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 

 

「カカシ!お前が遅刻していないなんて珍しいな、空からクナイが振ってきたって俺は驚かんぞ!」

「あー……今日はサスケに叩き起こされちゃったからさ、仕方なくね」

 

 

 いつものように英雄碑へと向かう間もなく、サスケに引きづられるようにしてここへ来た訳だが、サクラ達にも同じような反応をされたのが数時間前のことだ。

 ちなみにカカシの髪先が少しばかり焦げているのは察して欲しい。目覚めの千鳥は効いたとだけ言っておこう。

 そんな今朝のアレコレを、頭を振り記憶から追い払ったカカシは、快活に笑うガイに次いでリーへと視線を移した。

 

 

「やあ、リー君。手術はうまくいったようだね」

「……!どうしてそれを……」

「んー、ちょっと小耳に挟んでさ。おめでとう」

 

 

 そう心から祝いを伝えれば、リーは少しばかり怪訝そうにしながらも『ありがとうございます』とはにかんだ。

 全身を包帯で覆われ杖をつくその姿は重症者そのものだ。しかし、復帰をかけ死のリスクを負ってまで手術を受けたリーがこの場にいる、それこそが成功の裏返しでもあった。

 

 

「なんだカカシ、お前知ってたのか?フハハ、当然の結果だ!」

「その節はご心配をおかけしました。ナルト君は勝ったようですね。本戦に出られなかったことは残念ですが、僕だってすぐに追いつきますよ!」

 

 

 まだまだ完治には遠いものの、瞳に闘志の炎を燃やすその顔は晴れやかだった。

 ライバル達に置いていかれる失念も呑み込み、既に再起を志しているのだろう。

 

 

「手術って……」

「リーさん、大丈夫なんですか!?」

「あ……ハイ。一週間前に、忍として復帰できるかもしれないと綱手様から手術を受けて。まだリハビリ中ですが、もう少しで軽い修行くらいならできるようになります」

「そっか……よかったぁ……!」

「ところで、綱手様って?」

「伝説の三忍の一人、里に並ぶ者無しと言われたくノ一ですよ。どんな傷も立ちどころに治してしまう凄い医療忍者です!」

 

 

 初耳だとばかりに目を見開き心配する彼女らに、照れたリーは頬をかく。

 手術に命をかけたということは伏せられながらも、簡単に語られた経緯にサクラ達の目がキラキラと輝いた。

 くノ一達の憧れを欲しいままにしていたあの女傑は、どうやら世代を超えても健在らしい。

 

 

(しかし綱手様をもってして成功率五割……他の医療忍者ではまず命は無かっただろうな)

 

 

 内心でそう独り言ちるカカシが、手術を含めそうした事情を知っているのは、リーとガイの会話を偶然にも聞いてしまったが為だ。

 

 

『万が一……いや、一兆分の一、失敗するようなことがあったら───オレが一緒に死んでやる』

 

 

 サスケとの修行の帰り道、聞こえてきたそんなガイの言葉に目を瞠った。

 ガイ程の上忍が、弟子とはいえ下忍のために命をかける。

 里に属する者としてはそんな馬鹿なことを言うなと止めるべきだったのかもしれないけど、同じ弟子をもった師匠としてその思いが分かってしまったから見て見ぬふりをした。 

 綱手様は少年の未来だけでなく、カカシの友の命も救ったのだ。改めて無事に手術が成功してよかったと、そう心から安堵した。

 

 

「カカシ、お前が彼にどんな修行をしてきたのかバッチリとチェックさせてもらうぞ……永遠のライバルとしてな!」

「……ん?なんか言った?」

 

 

 何か言っていたようだが聞き逃し、キランと歯を輝かせたガイに首を傾げる。

 そんなカカシの反応にがっくりと膝を付いたガイの奇行はさておき、一際大きく沸いた声援に会場へとカカシは視線を戻した。

 

 

「さて……いよいよか」

 

 

 対峙する二人に、開戦を待ち侘びた観衆の期待が注がれる。

 やけにゆっくりとした歩調にアイツも緊張してるのかと思いきや、予想外にも険しい顔つきのサスケにカカシは目を瞬いた。

 その中にはサクラのものと似た、どこか痛みのような眼差しが混じっていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ルールは───」

「もう聞いた、『予選と同じ』だろう。早く始めろ」

「……へいへい。両者、前へ」

 

 

 開幕時の不在へ配慮してか、再度のルール説明を当の我愛羅が遮る。

 渋い顔で促すゲンマに従い歩みを進めながらも、その言葉にどこか違和感を感じたサスケは眉間に皺を寄せた。

 

 

(『聞いた』……あの砂の上忍からか?)

 

 

 だが、行方知れずの奴を急いで会場に連れてこようという時に、そんな呑気に説明が出来るものだろうか。

 些細な疑問にちらりと観戦席へと目を凝らせば、件の担当上忍はカンクロウと何やら言い争っているようだった。

 彼らの口の動きへと集中すれば、『どこへいった』『わからない』『きえた』、そんな会話が読み取れる。

 何の話なのかという思考は一瞬だった。

 カンクロウの隣、ぽっかり空いた空席に話の焦点を悟った。

 

 

(香燐が、いない?)

 

 

 急いで観客席をぐるりと見回すがそれらしい姿は見当たらない。彼らの監視に付いていた暗部達も、突然消えた香燐に動揺しているようだった。

 いったい何が起きたのかと思考するよりも先、『始め!』と開戦が告げられる。

 咄嗟に飛び退くと同時に、先程まで立っていた地面が砂によって抉られていた。

 

 

「フフ……そんなに怒らないでよ。さっきは不味い血を吸わせたねぇ……ごめんよ……でも、今度はきっと美味しいから……!」

 

 

 額を抑えながらくつくつと不気味に笑う我愛羅には、同盟を組んでいた時のような穏やかさは微塵も感じられない。

 目があったら皆殺し。そんな憎悪に生きていた過去とまるで同じ姿に身構えながらも、サスケはジッと我愛羅を見据えた。

 

 

「我愛羅……香燐は、どうした」

 

 

 消えた我愛羅が戻ってきたかと思えば、それと代わるように香燐がいなくなった。これがただの無関係とは思えない。

 問いかけたその名に、我愛羅の歪な笑みが抜け落ちるように消えた。

 

 

「あの女なら死んだ」

「何……?」

「大方、何か感じ取ったんだろう。影分身を置いて逃げ出した奴を追い───俺が殺した」

 

 

 感情の籠もらない淡々とした言葉に息を呑む。

 木ノ葉病院で出会った折り、『我愛羅が抜け出すの手伝ってくれてさ』と照れたように話していた香燐を思い出す。

 あの香燐が死んだ?我愛羅に殺された?

 まさか。そんな筈がない。そう否定したいのに、我愛羅が投げ捨てるように地面に放ったのは、真新しい血が染み込んだ草隠れの額当てだった。

 

 

「裏切り者は殺さねばならない。そして、敵であるお前も……殺す!」

 

 

 我愛羅が手を振るうと同時に砂が畝り、サスケへと押し寄せる。

 波のようなそれを躱すも、次から次へと襲いくる砂から本気の殺意が感じられた。

 

 里の為に友を殺す。

 我愛羅はその覚悟を決めていたのだ。

 

 ギリ、と歯を噛みしめたサスケは、攻撃を避けざま、チャクラを脚へと集めた。

 地面を蹴ると同時に我愛羅の後ろを取る。

 我愛羅はサスケが背後にいることも、消えたことにさえもまだ気づいていない。砂もサスケの鍛え上げられた体術と雷遁による肉体活性には反応できず、そのガードを軽々と抜けた。

 

 そして、その無防備な背を千鳥で貫く、ことはせず。

 サスケは固く握りしめた拳を、砂の鎧をも砕いて我愛羅の頬へとめり込ませた。

 殴り飛ばされた先、何が起こったか分からぬまま呆然と頬を押さえた我愛羅を置いて、サスケは額当てを拾い上げてそっと瞼を閉じた。

 

 

(香燐……俺は、お前を救いたかった)

 

 

 そもそも香燐はこんな所で殺される筈ではなかったし、我愛羅が友を殺すことも無かった。

 これは、俺が過去を変えたその結果でしかない。

 

 里と里の軋轢、香燐を利用した上忍、そいつに情報を与えたカンクロウ達、香燐を我愛羅達の所へ連れて行った俺の判断。

 因果を辿れば果てがなく、己の無力さに矛先が向くばかりだ。

 

 俺は、救えなかった。

 だが、憎しみも復讐心も、その虚しさも。とうに捨て去ったものだ。俺はそんなことの為に、過去に戻った訳じゃない。

 彼奴を救えなかったからといって、我愛羅、お前を救わない理由にはならないんだ。

 

 

「言った筈だ、俺はお前に生きてほしい。……たとえお前が俺の死を望もうともな」

 

 

 お前が殺す覚悟を決めたというなら、俺は救う覚悟を決めてやる。

 

 目を上げて我愛羅をまっすぐに見つめれば、瞼から頬へと流れた涙がぽたりと額当てに落ちていった。

 弾けた雫の小さな音にバツの悪そうに顔をそらした我愛羅は、そんな己の行動に苛立ったように舌を打つ。

 

 

「綺麗事を……!香燐を殺した俺にそんなことを言うとはな、奴の想いも浮かばれん……!」

「復讐をすれば香燐は報われるのか?たとえお前が死んだところで何も変わらない。それどころか、カンクロウやテマリ、お前を愛する奴らが悲しみ恨むだろう。新たな憎しみの連鎖が生まれるだけだ」

「フン……俺がここにいる奴らを皆殺しにしたとしても、お前はまだそんな戯れ言を言うつもりか?」

「殺させない。お前を止める。だが……俺は口下手だからな、説教なんてガラじゃない」

 

 

 フ、と息を吐き出してチャクラを全身へと巡らせる。

 パチリと青い雷光がサスケの身体から弾けた瞬間、サスケは我愛羅の視界からかき消えた。

 

 

「今も昔も、拳で分かり合うしかねェんだよ!」

「っ!」

 

 

 反対の頬を殴られて尚、我愛羅に捉えられたのはサスケの残した残像だけだった。

 重りを外したリーと同等か、それ以上の速さをもってサスケは高速体術を打ち込み、我愛羅を空中へと蹴り上げる。

 

 

「獅子多重連弾!」

 

 

 最後に我愛羅の鳩尾へ踵落としを叩きつけ、その強打に我愛羅を打ち付けた地面がヒビ割れる。

 痛烈な連打に誰の目にも勝負はついたとそう見えた。

 審判であるゲンマが勝敗を宣告する寸前、倒れ伏した我愛羅の身体がさらさらと砂と化すまでは。

 

 

「砂分身……!?いつの間に……!」

 

 

 地表を割るようにして生えた砂が蔦のようにサスケの足を絡め取る。

 返答は地面の中から響いてきた。ハッと足元を見やれば、蟻地獄のように細かな砂が両足を飲み込んでいく。

 砂へと沈み込んでいくサスケとは反対に、背後で盛り上がった砂から我愛羅の姿が現れた。

 

 

「お前は強い。あの蛇と戦って生きて戻った程だ。最初から、一瞬たりとも油断する気はなかった」

 

 

 砂に全身を捕らえられ藻掻くサスケを、冷たい眼差しで見下ろしていた我愛羅は。

 ほんの一瞬、くしゃりと泣き出しそうに顔を歪めた。

 

 

「俺は砂瀑の我愛羅……所詮、殺す為に生まれた存在だ」

 

 

 差し伸ばされた手を、巻かれていく包帯を、向けられた微笑みを。

 全ての迷いを断ち切るように、我愛羅の掌が一息に閉じられた。

 

 

 

 

 我愛羅の手が握られ、静まり返っていた観客らが勝負の結末に歓声を上げる。

 その狂わんばかりの熱気に、サクラ達の悲鳴が飲み込まれていく。

 

 

「そんな……嘘よ、サスケ君!」

「ま、落ち着け」

「カカシ先生!でも、このままじゃサスケ君が!」

 

 

 駆けつけようと立ち上がりかけたサクラをカカシが抑える。

 微塵も動じた様子のないカカシを涙目で睨み上げたサクラの肩に、そっと置かれる傷だらけの手があった。

 

 

「大丈夫ですよ、サクラさん」

「リーさん……」

「大丈夫です。だってサスケ君は───」

 

 

 聞こえていた歓声がどよめきへ変わっていく。

 異変を感じとって会場内を再度見つめたサクラとイノの瞳がハッと瞠られた。

 そこに傷一つないまま立つサスケの姿に、驚くこともなくリーは口角を上げた。

 

 

「彼は───強者(天才)ですから」

 

 



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80.暴走

サスケvs我愛羅➁
我愛羅→カカシ先生視点

こたつから出られぬ……。


 

 

『ヒッ!やめろ、やめてくれ……!!』

『くっ……同盟国を裏切るというのか!?』

 

 

 中忍選抜試験、本戦開始から少し時は遡り───選手控室からも観客席からも離れた人気のない暗い回廊に、怯えきった悲鳴と哀願が響いていた。

 

 

『黙れ。裏切ったのがどちらか、お前達はよく知っているだろう』

『そ、それは……』

 

 

 我愛羅の冷たい眼差しに見据えられ、砂に全身を絡め取られた男達は口籠る。

 その額当てに刻まれているのは草隠れの紋様だ。大方、観戦に来ている大名の護衛という名目で入り込んだのだろう。

 

 ダンゾウの里抜けは緘口令を引いた所で、裏の者達から外部へと情報が流れている。木ノ葉崩しに一枚噛んでいた草隠れは、砂の勝機が薄いと悟るや否やすぐさまこの件から手を引いた。

 そして、奴らが“証拠”の隠滅を図りにくるだろうことは簡単に予想がついた。迎賓館は結界で閉ざされていた為に、こうして監視が緩む本戦の日を待っていたのだ。

 

 

『どのみち、ソレは我が里の物だ!砂隠れが口出しすることではないだろう!?』

『どうして貴様が庇い立てをする……!』

『我らは木ノ葉に組みした訳では無いが、砂がそう出るのであれば明確な敵対行為とみなし───』

『黙れと、言った筈だ』

 

 

 聞くに堪えない喚き声にすぐさま掌を握り潰した。

 静まり返った通路に血の匂いが満ちていく。もはや肉塊と化したソレを眉一つ動かすことなく打ち捨て、我愛羅は後ろに蹲っていた影を振り返った。

 

 

『……行くぞ』

 

 

 ブルブルと震える体に手を差し出そうとして、止めた。

 己の掌には汚れ一つ無いというのに、べったりと黒い血がこびりついている、そんな幻影が見えた気がした。

 

 

『失せろ。俺の前に、二度と顔を見せるな。次に会うときは───お前を殺す』

 

 

 壁の向こうへと、振り向くこともなく走り去っていく背。それをぎゅうと胸を抑えながら見送った我愛羅は、近づいてくるバキの気配にそっとその場を離れた。

 

 

『身体が……勝手に、動いちまったんじゃん……』

『やっと兄貴らしいこと、できたじゃん』

『俺はお前にも生きてほしい』

『信じてくれ、我愛羅』

『わかんねぇよ……そんなのが、命より大切なのかよ……!!!』

『俺たちってば敵かもしんねェ───けど、友達だ』

『我愛羅、お前は化物なんかじゃない。人間で、私の弟だ。だから……泣きたければ、泣いたっていい』

『お前は───友、だからな』

 

 

 このたった一ヶ月の記憶が頭を駆け巡る。

 砂に染み込んだ血の生臭さは消えることはない。どんなに人の温もりを求めようとも、はじめから母の命を糧に生まれ落ちた化物なのだと俺に知らしめる。

 それでいいとそう思っていた筈なのに、俺は変わってしまった。

 

 繋がりが俺を変えたのだ。ならば、この繋がりを断ち切れば、俺は俺に戻れるだろうか。

 この胸の痛みを。心臓が握り潰されるような苦しみを、消せるだろうか。

 

 

『降りてこい、サスケ───俺は、お前の死を望む』

 

 

 恨めばいい。憎めばいい。

 そして、俺の心を殺してくれ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 迷いと共に握り潰した砂から、確かにあった筈のサスケの身体の感触が消え去った。

 動揺に目を見開き、思わず手を開いた我愛羅の視界に、黒い衣と青白い雷光を纏う姿が映る。パチリと光が弾けた音を我愛羅の耳が拾った時には、サスケは目と鼻の先に居た。

 

 

(砂は間に合わん……!)

 

 

 瞬時にそう理解した我愛羅は、振り下ろされた拳に咄嗟に腕を交差させた。

 受け止めた腕から、ミシリと嫌な音が鳴る。砂で固定しようとする前にサスケは拳を引き、今度はその鳩尾を蹴り飛ばした。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 地面を抉りながら飛ばされ、会場の壁へと叩きつけられて息が詰まる。

 砂が背後から衝撃を和らげなければ意識が刈り取られていただろう重い蹴りに、全身を覆っていた鎧は一溜まりもなく崩れ、呻きながら何とか立ち上がる。

 

 対するサスケの眼には先程殺しかけたというのに怒りも憎しみも、殺気の欠片すらもがない。ただ静謐な光を宿した黒い双眸に、己の心の内を見透かされるような気がして、ギリ、と歯を噛み締める。

 

 

「何故だ……何故、憎まない!断ち切らせてくれない……!俺は、お前達を裏切った敵だぞ……!」

 

 

 殺す覚悟も、死ぬ覚悟もした筈なのに、胸を押し潰すような痛みは増すばかりだ。

 我愛羅の悲鳴じみた叫びに、黒い瞳がゆっくりと瞬く。暫しの逡巡を終え、サスケはフッと何かを懐かしむように小さく微笑んだ。

 

 

「お前が苦しんでいる姿を見て、俺も痛くなった。理由なんてそれだけでいい……そう俺に教えてくれた友がいたからだ」

 

 

 理解と憐憫の入り混じった眼差しが、我愛羅の脳裏で誰かと重なる。

 それが誰かは分からなかった。ただ、胸が詰まってどうしようもなく苦しい。

 

 

「だから、もう誰も。お前の心だって殺させない」

「黙れ……黙れッッ!!お前に俺の何がわかる!?繋がりこそが俺を苦しめる!お前と俺の目は違う、憎しみ一つないお前に俺の何がわかるというんだ!!」

「確かに……俺は人柱力じゃないからな。お前の苦しみ全ては、俺には解らない。それでも……憎しみも、その果ての孤独も、俺はよく知っている」

 

 

 だからこそ、俺はお前を───。

 

 その音が紡がれるよりも先に耳を塞ぐ。これ以上、サスケの言葉を聞くわけにはいかなかった。

 我愛羅の眼から、音もなく涙が零れ落ちる。それが落ちるより早く砂が舞い、我愛羅を全てから守るように殻の中に覆い隠した。

 

 

【そんなに苦しいのなら、変わってやろうか】

【全てを忘れて眠ってしまえ……幸せな夢に浸っていれば、もう苦しむこともない……】

 

 

 閉ざされた闇の中で、囁く声がする。

 ただ、この苦しみから逃れたくて、目を瞑った。

 

 

◆ ◆

 

 

 卵のような砂の殻にピシリと亀裂が走った。割れた狭間から、背がゾクリとするほどに膨大なチャクラが洩れ始めていた。

 そのヒビを中心に暴風が吹き荒れる。間近にいるサスケは顔を手で庇い飛ばされぬように足を踏みしめるも、全てを拒絶するようなそれに近づけないようだった。

 

 

「あれは……まさか、人柱力の暴走か!?まずいぞ、観客達を避難させねば……!」

「待ちなよ。もう暗部達が結界を張っている。下手に動けば、一般人がチャクラにあてられて危険だ」

 

 

 駆け出していきそうなガイを引き止めたカカシは、しかし、厳しい顔つきで暴れるチャクラを見詰めた。

 砂隠れの忍らの焦った様子を見るに、彼らにとってもイレギュラーな事態なのだろう。

 

 

(確か、一尾こと“守鶴”の人柱力は精神を檻として尾獣を封じている、だっけ)

 

 

 暗部の調査情報を記憶から引き出す。

 各里によって尾獣の封印術は異なるが、砂隠れはその力を最大限に引き出すため、最も人柱へ負担のかかる憑依という形を取っていた筈だ。

 故に、守鶴に取り憑かれたものは不眠症を患う。あの我愛羅も例外ではなく、目の周りを囲む隈はその現れだった。

 

 

(もし、あの我愛羅という子がその手綱を離したら……)

 

 

 十数年前、九尾の妖狐が襲撃した際に半壊した里を思い返す。

 もし完全に暴走した尾獣が暴れたなら、そんな簡易の結界程度では防ぎきれない。特にこの会場は里の中枢に近く、その近辺には家屋や商店街が並んでいる。里の被害は甚大なものになりかねなかった。

 

 最悪の予想に、カカシの額にじわりと汗が滲んだその時。

 霧が晴れるように風がぴたりと止まった。

 殻を割り開くように現れた砂で覆われた両腕は、人のものではなかった。

 

 

「グァァァアアアア…!」

 

 

 異形と化した我愛羅……否、我愛羅ではなく、厄災と恐れられた尾獣が一柱“守鶴”だ。

 不幸中の幸いにもまだ完全体という訳ではないのか、会場の十分の一程度を占める体躯しかない。だがその尾が地中を削るにつれて、砂がその量を増し、少しづつ質量を増しているのが遠目にも分かる程だった。

 

 

「カカシ先生、あれって……!!」

「砂隠れの老僧の生霊と恐れられた……正真正銘の、化物だよ」

 

 

 理性もないのか、手当たり次第に会場の木々を破壊している。まさに暴走状態だ。

 その爪による攻撃が結界を打ち叩き、ギシギシと軋む音が聞こえた。何とか持ちこたえてはいるがそう長くは保たないだろう。

 

 

「キャアアア!」

「ヒッ!化物、化物だ……!」

「早く逃げろ!」

「おい押すな!俺が先に行く!」

「いや、俺が先だ!」

「落ち着いて、席へ戻ってください!順番に誘導をしますから……!」

「出られないぞ、この結界を解いてくれ!俺たちを殺す気か!?」

「お願い、子供がいるの……!」

 

 

 興奮したように観戦していた観客らも、ついに様子のおかしさに気がついたのか、最前列にいた女性の悲鳴を皮切りに我先にと逃げ出し始めた。

 パニックが人から人へ広まっていく中、結界を張る暗部達に恐慌の矛先が向き始めていた。

 

 

(まずい……このままでは結界も維持が……!)

 

 

 暗部へと人波が詰め寄る。その間も絶え間なく、結界は一尾に揺さぶられ続けている。その両面からの攻撃に結界が綻びかける。

 だが、結界が解かれればチャクラ耐性のない一般人達は一溜まりもなく昏倒するか、悪ければ即死だ。決して、結界を破られる訳にはいかなかった。

 

 この混乱にか、それとも一尾のチャクラを感じ取ってか、震えるサクラ達をちらりと見下ろす。

 子供達の前ではあるが仕方がない、武力制圧しか道はないかとカカシが覚悟した時、会場に響き渡るような一喝が轟いた。

 

 

「皆、落ち着くのじゃ!」

 

 

 各々の脳裏に響く声は三代目のものだった。恐らくは山中家の秘伝忍術を使っているのだろう。

 決して大きくはなくとも、重厚な声に皆が動きを止めざわめきが静まっていく。

 

 

「出入り口に一度に多くの人が殺到すれば危険よ」

「俺は火影の息子、猿飛アスマだ。俺達が必ず貴方がたを守る。今は誘導に従ってくれ!」

 

 

 アスマと紅が会場2箇所の出入り口からそう声をかける。

 次第に落ち着きを取り戻したのか、皆誘導に耳を傾け、数列づつ結界の穴を抜けて会場から避難していく姿にホッと息をつく。

 

 

「流石は火影様だな……」

「数十年に渡り里を守ってきた三代目への信頼が、里の住民達を落ち着かせたんだろう。あっちはアスマと紅に任せよう。俺達はこの混乱に乗じて動こうとする奴らの警戒だ」

「しかし……アレはどうする。避難が終わる前に奴が完全体になるぞ」

 

 

 そう言ってガイが視線を投げる先を見た。

 確かに、その体躯は大きさを増し、既に会場の四分の一を占めるほどに肥大化していた。その分、攻撃も威力を増しているのか地面には巨大なクレーターが幾つもできている。

 放っておけば間違いなく、この会場全体を押し潰すほどの大きさになるだろう。

 けれど、結界はある程度避難が終わるまでは解けない。つまりは、誰も入れないということだ。

 

 そう───既に、その中にいる者以外は。

 

 

「大丈夫。アイツがいるからね」

「アイツ?ゲンマは感知タイプだ、対人ならまだしもああいう巨体相手の大技は……」

「違うよ、もう一人いるでしょ?」

「……!」

 

 

 カカシの意図する所に気がついたガイが、ハッと会場に目を凝らす。

 先程から結界への攻撃が止んでいた。

 砂ぼこりに霞みながらも、化物の間を縫い、その注意を逸らしている残像にガイは目を見開いた。

 

 

「サスケ君……!」

「ダメ、早く逃げて!!」

 

 

 一同が息を呑む先、化物の元へと駆け出していくのはサスケだった。

 その砂でできた巨大な腕がサスケへと伸びる。

 サクラ達が悲鳴を上げた時、スパン、と光を纏った一閃が迸った。

 

 

「大丈夫って言ったでしょ。だってアイツは、俺の一番弟子なんだから」

 

 

 叩き切られた右腕に、化物が怒りに満ちた咆哮を放つ。

 崩れていく砂塵の合間から出てきたサスケの手には、蒼白い輝きを放つ一振りの長剣が握られていた。

 

 

「な、何だ?あの剣は……」

「あれって、チャクラ……!?」

 

 

 サスケの手に握られた剣には刃がなかった。揺らめくチャクラの流れに合わせ、その刀身が波打つかの如く明滅している。

 チッチッと鳥の囀りの如き音に、その正体を悟ったガイが目を見開いた。

 

 

「アレは……まさか、雷切か!?」

 

 

 雷切、またの名を千鳥。

 カカシのオリジナル忍術であり、雷を斬ったという事実に由来する異名である。その極意は肉体活性による突きのスピードと腕に一点集中させたチャクラ。

 初めてその術を目にしただろうサクラ達へ説明を加えたガイは、「だが……」と言い淀む。

 

 

「俺もあんな形は初めて見る。剣状に形態変化させたのか?」

「そ。雷切、つまり千鳥の形態変化を限界まで高めてる。千鳥光剣って名付けたそうだよ」

「名付けた?」

「俺が教えたのは飽くまでも千鳥なんだけど……教えた途端に、アイツが色々付け加えだしてねぇ……」

 

 

 カカシはガイの胡乱げな視線に肩を竦める。千鳥を教えたのが三日前、一度教えただけで容易く発動した術に感心できた日が懐かしい。

 そこから千鳥光剣に始まり、サスケは大義名分を得たとばかりに応用技を次から次へと編み出し始めた。その多彩さに驚かされると共に、その術の練度がカカシと同等かそれ以上と知れては何とも言えない気持ちになったものだ。

 終いにはカカシも諦めと好奇心が勝って、千鳥の応用技について開発談義するに至る。

 

 

『お前、どうして千鳥使えるの?』

『アンタが教えたからだろ』

 

 

 そんなやり取りをいったい何度交わしたことか。

 遠い目でこの三日間を回想するカカシの心情を他所に、ガイはふむ、と顎に手を当ててその雷剣を眺めていた。

 

 

「確かにアレならリーチが長い分、敵の間合いに入りにくい……しかし、伸ばした分だけチャクラが分散し、攻撃力が落ちるのではないか?雷遁が土遁に有利とはいえ、硬度において土遁に及ぶものはない」

 

 

 そんなガイの懸念に答えるかの如く、一尾は身体を肥大化させるのを止めると、砂を圧縮して身に纏わせ始めた。

 つまりは、あの分厚い砂の鎧に加えて、化物を構成する大量の砂までもを貫かなければならないということだ。

 

 

「確かにそれはあるけどね……まぁ、見てなよ」

 

 

 巨大な腕を、振り抜かれる砂の尾を躱し、雷光の如き光を帯びて駆け抜けるサスケをジッと見つめたカカシは、含みのある笑みを浮かべた。

 



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81.残り火

サスケvs我愛羅③
サスケ&ゲンマさん視点


 

 チチチ、と囀る雷光を手に、サスケは何本も伸びてくる砂の手を掻い潜り、足元が崩れるより早くその先へと駆け抜けた。

 近づくサスケに身の脅威を感じたのだろう砂の化身は、その巨体に大量の砂を圧縮させ身に纏い始める。九尾がスサノオの鎧を纏うが如く、一尾が砂の鎧を纏ったようなものである。

 

 それに一歩もたじろぐ事なく、サスケは千鳥光剣で斬り込んだ。先程の数倍は硬かったが、鎧の狭間へとそのチャクラの刃を差し込み、砂の結合の弱い関節部位を見極めて切り落とす。まさに神業に等しい百年の剣技と言えるだろう。

 

 しかし、削られる身に砂の化身が耳を劈くように吠えたけ、次の瞬間には砂と礫石を含んだ暴風が容赦なくサスケの身体へ襲いかかってきた。

 会場を覆いつくすようなその広範な攻撃は避けきれず、頬から流れていく血を拭いながらサスケは舌を打つ。

 その間にも、切り落とした筈の腕は既に再生が終わっていた。

 

 

(チッ……これじゃ、埒が明かない)

 

 

 斬っては再生され、再生されては切り落とし、先程からその繰り返しだ。

 再生に砂を使っている為か更なる巨大化は防げているものの、肝心の我愛羅は砂の中に閉じ籠もったまま姿を見せない。

 そしてその均衡さえも、幼い体を考えればそう長続きはしないだろう。現に上がりはじめた心拍と荒れる息の根に、サスケは歯を噛みしめた。

 

 

(持久戦は不利になるばかりか……確か、“前”ではナルトが頭突きをかまして暴走が解けていたが、我愛羅が顔を見せない以上はその手も通じない)

 

 

 朧気な記憶を辿り、化狸と化狐扮する大蝦蟇の悪夢のような戦闘を思い返す。

 こんな所で大妖怪戦モドキをすれば会場も観客らも潰されるだろうし、第一、大蝦蟇を口寄せできるナルトは結界の外側にいる。

 そもそも、何が影響したのか我愛羅本体は外に出てすらおらず、過去の記憶は全く当てにはならなかった。

 

 暴走を止めるには我愛羅の目を覚まさせるしかないが、砂の鎧を剥がし、大量の砂の中から我愛羅を引っ張り出す。言うには容易いものの、あの再生力を考えれば並大抵にはいかないことだ。

 絶え間なく続く攻撃を避けながら思案していれば、勝機の無さを見て取ったらしい試験官の不知火ゲンマが声を張り上げた。

 

 

「下忍のお前が敵う相手じゃねえ、止めるなんてバカなこと考えねぇで逃げろ!時間を稼げ、それで十分だ!」

 

 

 ゲンマの放った千本が絶対防御に弾かれる。

 攻撃は通らなかったものの、理性を失い本能のままに動く我愛羅とも尾獣とも言えぬソレは、サスケからゲンマへと容易くターゲットを変えた。

 一度動きを止めれば、雷遁による活性で超スピードを維持していた身体が悲鳴を上げる。片膝をついて息を整えながらも、サスケは逃げるゲンマと砂の化身をジッと見つめた。

 

 

(考えろ───どうすれば、我愛羅を砂から引き出せる?) 

 

 

 ジリジリと焼けるような夏日が皮膚を焦がし、刻一刻と体力が削られている。

 今はかろうじて逃げられているが、ゲンマのスピードでは長くは保たない。早く参戦しなければ彼が命を落とすのが目に見えている。

 汗を拭い、再び千鳥を使おうと左手にチャクラを集めようとした時だ。

 

 その掌に、ふと木の葉が舞い込んできた。流したチャクラに反応したか、その葉は縮れ、やがて炎に包まれ塵となり消えた。

 雷遁と火遁、その適正がサスケにはあった。

 

 

(理性のない奴なら───)

 

 

 強い輝きを放つ太陽を見上げ、ゴクリとつばを飲み込む。

 一か八か、下手すれば自滅を招くことだろう。それでも今できる方法は、他に浮かばなかった。

 

 砂の尾が掠め、ゲンマが壁に叩きつけられる。

 一刻の猶予もないことを悟り、サスケは覚悟と共に印を結んだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

(一瞬意識が飛んだ……なんて攻撃力だ……!)

 

 

 叩きつけられた拍子に、肺の空気全てが押し出されてゲホゲホと咳き込む。

 砂という重量を纏った攻撃は掠めただけでも致命傷もので、内臓にまでダメージがいったのか咳に混じって込み上げた血をゲンマはぺっと吐き出した。

 

 止まる訳にはいかない───俺の次は、あの子供だ。

 そう自分に言い聞かせ意識をかろうじて繋ぎ止めたゲンマは、続く攻撃を躱そうと震える足に力を込めて立ち上がる。

 そうして揺れる視界を開くと、そこは赤色に染まっていた。もしや血が目に入ったかと擦れば、視界が徐々に定まってくる。

 それでもなお、ゲンマの視界は一面の赤───文字通りの、火の海が広がっていた。

 

 

「は……?」

 

 

 結んだ焦点に呆けたような息が漏れる。

 そしてそれを成しただろう下忍らしくない下忍は、化物の攻撃を躱しながら、虎の印を結んでいた。

 

 

「火遁、豪火球の術!」

 

 

 その窄めた口から吐き出される火炎は、やはり下忍レベルなんてものじゃない。

 いや、今はそれは置いておくとして。

 その火炎は砂の腕に払い除けられて火の粉が飛散し、地面や倒された木々に着火して燃え盛っている。化物の風遁も合わさって火力は勢いを増し続けており、離れていて尚感じる熱気に、唖然としていたゲンマは我に返った。

 

 

「おい……何してる!?」

 

 

 必死に呼びかけるがサスケは一瞬こちらに目を向けただけで、再度化物へ火遁術を放っていた。

 やはり術は容易く弾かれる。攻撃が通るどころか、自分達を焼き殺す自殺行為に等しいように思えた。

 

 

(頭でも打ったのか!?無駄だ、アイツに火は……!)

 

 

 止めようと再び声を上げようとした時、ゲンマは化物の様子に気付いてハッと口を噤んだ。

 化物の動きが、確かに鈍り始めていた。

 サスケを攻撃する様子には、どこか切羽詰まった、まるで生命の危機に直面しているかのような切迫さが感じられる。

 やがて化物がその動きを完全に止めるのが見えて、ふらつきながらサスケの所へと歩み寄る頃にはその状況が理解できていた。

 

 

「まったく……まさか、化物を蒸し焼きにするとはな。良くもまあ、考えついたもんだ」

 

 

 真夏の陽射しに加えて火の熱による砂の温度上昇、延焼反応による二酸化炭素の増加に酸素の減少。

 要は、あの砂をサウナにした訳だ。砂の中にいた人柱力の少年は一溜まりもない。酸欠、そこまではならずとも体力はかなり削られただろう。

 

 

「二人の忍が競い合ったという、他国の寓話だ。引っ張り出すより、出て来させる方が楽だろ」

「ほー、化物を焼き殺すなんて大した物語だな。一辺読んでみたいもんだが」

「フン……子供向けの本だ。孫でもできたら読んでやれ」

「まだ子供もいねーっつうの。勝手にジジイにすんな、まだお前んとこの担当上忍とそう年は変わらねーんだぞ」

 

 

 サスケと肩を並べて軽口を叩きながら、さらさらと崩れていく砂を見つめていた。

 その他国の寓話とやらは知らないが、発想を得たとはいえそんな夢物語を現実化させるだけの実力は本物だ。

 口端を釣り上げ、審判であるゲンマは片手を軽く挙げた。

 

 

「第三回戦、勝者サス───」

 

 

 宣言をしかけたその瞬間、ドン、と背が押し出された。

 よろめいて蹈鞴を踏みながら振り返れば、俺を庇った子供の血で視界は赤く染まっていた。

 

 

◆ ◆

 

 

 倒れた我愛羅に気を取られ、背後に集まった砂への反応が一瞬遅れた。

 巨大な槍の如く尖った先端がゲンマに迫る。

 咄嗟に押し出した背に共倒れは防げたかと安堵するより早く、貫かれた横腹に激痛が走った。

 

 

「おい!しっかりしろ!!」

「……少し掠めただけだ。それより、来るぞ!」

 

 

 ゲンマへ注意を促すと同時、咆哮が轟いた。

 断末魔のようなその音に鼓膜が軋む。耳を抑えるが遮断して尚も頭蓋へ木霊している。

 歯を食いしばりながら薄っすらと片目を開けば、崩れかけた砂の顎がかぱりと開き、その中に真っ黒いチャクラが収束していくのが目に映った。

 

 

(まずい、尾獣玉か……!)

 

 

 避ければ結界に当たる。結界を壊すだけで尾獣チャクラの塊が止まる筈もない。

 ちらりと背後へと視線を向ければ、サクラ達が、そして数百数千の群衆が、祈るように、縋るようにこの戦いを見つめていた。

 避けるという選択肢はなかった。

 

 飛雷神の術はまだ自分を任意の地点に飛ばすのが精々だ。千鳥で相殺できるほどのチャクラは残っていないが、チャクラをこの命の限界まで込めれば、幾分か威力を減らせるだろうか。

 

 駆け巡った思考の中で、左手にありったけのチャクラを込めようとした刹那。

 ふと、その黄色く光る眼光と視線が絡む。理性が宿った瞳に、咆哮にかき消されながらサスケは友の名を呟くように呼んだ。

 

 

「───」

 

 

 その時、我愛羅は何を思ったのだろう。揺れた瞳の奥の感情は混沌としていて、読み取れなかった。

 ただ、尾獣玉が放たれたその矛先。

 それはサスケを、木ノ葉の住民を、大名達をも越え───ただまっすぐ『風影』へと向けられていた。

 

 

『俺は父さまに六度殺されかけ……その度に恐れ、恨んできた』

『だが影を継ぎ、歳を重ねるうちに父さまの考えも理解できるようになった。里と妻子を秤にかけ、そして里を取る……こうして子を持つ親となって、改めて父さまの痛みも分かるようになった気がする』

『俺は父さまから最後に(愛情)をもらったが……俺は、父さまに何も返せなかった……』

『……違うな、親は子の成長を何よりも喜ぶもんだ。風影となったお前を見て、お前の父が最後に何を思ったか……親になったからこそ、お前も分かる筈だろ』

『……そうか。そうだな』

 

 

 俯きがちに微笑んだ横顔に、流れた涙を。

 縁の欠けた猪口のざらついた感触を。

 その酌み交わした酒の味を。

 

 何故だか、鮮明に思い出した。

 

 

「駄目だ……やめろ、我愛羅ァァァ!!」

 

 

 風影の正体も、木ノ葉崩しも、砂も木ノ葉もその確執も。何もかもが頭から消え失せ、考えるより先に身体が動いていた。

 

 放たれた尾獣玉の先に、飛雷神の術で飛ぶ。

 黒い光に呑まれる瞬間。砂から完全に開放された我愛羅が目を見開いて、俺へと手を伸ばすのが最後に見えた。

 

 

 

 

「サ、スケ……?」

 

 

 静まり返った会場に一筋の風が吹き込んだ。

 砂埃を孕んだその冷ややかな風が、残火を消し飛ばしながら木の葉を攫っていく。

 まるで最初から何もなかったかのように、跡形もなく。

 

 

「ぅ……ぁ゙あ゙あ゙あああああ!!!」

 

 

 



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木ノ葉崩し編
82.木ノ葉崩し、始動


シスイさん→カンクロウ視点

ここから死ネタありの超シリアス&ダーク展開となります。今までもそうだったって?いやいや、序の口です。
どうぞ心のご準備を〜。


 

 うっすらとした陰影に、暗部として鍛え上げた勘、チャクラの気配と音の波。

 それが光を失いつつある、うちはシスイの世界だった。

 

 そんな暗闇の中にあって尚、尾獣のチャクラというのは余りに強大であり、その存在感と気配からはっきりと形まで脳裏に描けた程である。

 しかしその分、そのチャクラの前には唯人のチャクラはかき消される。

 感知タイプではないシスイは微かなサスケのチャクラに意識を凝らして、ようやく感じ取れるかどうかという所だった。

 

 

(クソ、まだ避難は終わらないのか……!?)

 

 

 通信機から入る情報を聞くに、避難が終わったのはまだほんの十分の一程度だ。

 暴走状態とはいえ、尾獣は尾獣、厄災そのもの。

 その力を抑えられる可能性のある写輪眼も、会場外からでは無力に等しく、ただ見守ることしかできなかった。

 

 

『尾獣が!尾獣が、倒れました!』

『結界を解除し───』

「いや……ちょっと待て!結界を解くな、何かおかしいぞ!」

 

 

 そんな折り、通信機から聞こえた歓声にすぐさまシスイは警告を発した。

 視覚を失い、人一倍気配に敏感になっていたからだろう。

 崩れていく人柱力の姿形とは裏腹に、その強大なチャクラが一点に収束されていく。皆が気を緩めた刹那の合間、その鮮烈な殺気が矛先を変えたことにシスイは誰より早く気がついた。

 

 

「火影様、風影様!お下がりください!!」

 

 

 すぐに影達を背に庇って、チャクラを瞳に集める。

 スサノオを発動させると同時に、両目に、細胞の一つ一つに負荷がかかった。陰影すらもが幅を狭め、黒一色に塗り潰されていく。

 そんな全身を蝕む痛みに、歯を食いしばろうとした時だった。

 

 放たれた筈の強大なチャクラが、唐突に消え失せた。

 何があったのか、見えぬ俺には何も分からなかった。

 

 

「ぅ……ぁ゙あ゙あ゙あああああ………!!!」

 

 

 少年の絶叫にハッと我に返る。戸惑いながらも気配を探れば、人柱力の暴走は止まっていた。

 そして、その代わりとでもいうかのように、会場内にあった筈のチャクラが一つ減っている。

 

 

「いったい、何が……ッ!!」

 

 

 状況を把握できぬまま、茫然とスサノオを解いて───最初に感じたのは、背から腹へと走る熱さにも似た刺激だった。

 

 次いで、激痛と共にコポリと喉の奥から込み上げた鉄の味。震える手で胸を辿り、行き着いた刃の切っ先を握りしめた。

 顔だけで背後を振り返る。淀んだ泥のような重い気配にその正体を悟った。

 

 

(ダンゾウ……!!)

 

 

 その名は音にならず、血の唾を飛ばしただけだった。

 ダンゾウはそんな俺に小さく鼻を鳴らすと刃を無造作に引き抜く。その後ろからは風影、否、クツクツと嗤う大蛇丸の声が聞こえた。

 崩れた身体から吹き出る血の飛沫と共に、何かがこぼれ落ちていく。そんな心地がした。

 

 

「無駄に酷使をしたようだな。右はかろうじて光が残っているか……まあよい。いずれ使い道はあろう」

 

 

 眼窩に指先が押し込まれる。抉り取られた右目に、もはや悲鳴すらも上げられない。

 意識が遠ざかる。視界も、指先の感覚もない。

 用済みだとばかりに宙に蹴り出された身体が、最後にその言葉を聞いた。

 

 

「恨むならば親を恨め。うちはに生まれ落ちたこと───それこそが罪だ」

 

 

 怒りが湧くよりも早く、暗闇へと落ちていく。

 絶望はまだ、始まったばかりだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 我愛羅の悲鳴が会場に響くと同時に、視界に白い羽が舞い始めた。一般人や下忍程度ならば訳なくかかる、広範囲型の高度幻術だ。

 それに気付いたカンクロウは、テマリと瞬時に視線を交わし頷き合った。

 

 

((合図……!!))

 

 

 会場に降り立って、蹲る我愛羅を庇うようにテマリと共に立つ。

 既に影達のいる天守閣は結界で覆われ、そこかしこで激しい切り合いが始まっていた。

 木ノ葉の忍達と、他里の忍に紛れて潜入した砂隠れの忍達。その人数には数倍近くの差があったが、結界の維持によるチャクラ消費や避難誘導による戦力の拡散が、一時的にだとしても双方の勝負を拮抗させている。

 

 我愛羅の思わぬ暴走によって俺達の勝機、すなわち生存の可能性が上がったと言えるだろう。

 それでも、喜ぶことなんて到底できない。

 ちらりと見下ろした我愛羅は、頭を抑えてブツブツと呟いていた。

 

 

「違う……俺は……違う、違う!!俺は、殺したくなかった……!!」

 

 

 耳を傾けてみればソレは化物との対話なんかじゃなく、悲鳴のような懺悔だった。

 その理由が分かるだけに、ただ聞いているだけで息が吸いにくくなる。

 

 

(俺は……俺らは、どこで間違った?)

 

 

 我愛羅が香燐に化けていることに素知らぬフリをした時から、我愛羅には友を殺せないと分かっていた。

 あの時点で止めるべきだったのだろうか。

 それとも、いっそのことあの女を殺してしまえばよかったのか。そもそも、利用しようとしたこと自体が間違っていたのか。

 

 木ノ葉の忍に縋らなければ、俺があの蛇に殺されかけたりなんかしなければ、アイツらと出会うこともなかった。

 いや……それよりももっと、ずっと昔から。

 俺が我愛羅の兄で居てやれたなら、何かが変わっていたのだろうか。

 

 

「お前達、何をしている!もう作戦は始まっているんだぞ!?」

 

 

 尽きることのない後悔に拳を固く握りしめていると、俺達を追いかけてきたバキがそう叱責する。

 確かに本来なら自分達も戦闘に加わるべきなのだろう。それでも、こんな状態の弟を放っておける訳がなかった。

 

 

「こんな状態で戦わせるってのかよ!?無理に暴走を解かれてる、もう体力は限界じゃん!」

「それに、チャクラを相当消耗している!もう一度アレを使うのは、すぐには無理だ!」

「バカめ、合図を待たず勝手に完全体になろうとするからだ……!」

 

 

 バキの目にも今の我愛羅に戦闘は不可能と見たか、舌打ちが落とされる。

 その間にも、砂と木ノ葉の均衡は徐々に崩れていた。木ノ葉はすぐに指揮を立て直したのか隊列を組んでおり、同朋達は一人、また一人と倒れている。

 傍目にも砂隠れの劣勢は明らかだった。

 

 

「なあ……先生!俺達は……この戦いは、本当に正しいのかよ!?」

 

 

 もとより勝ち目のない戦いで、その末路は容易に予想がつく。里の未来はそこに見えなかった。

 潰えていく命と意味の見いだせない戦いに、襟首を掴み上げればバキの視線も揺らいだ。

 

 

「答えてくれ、先生!」

 

 

 そう詰め寄れば、バキは暫しの瞑目の後、風影のいるだろう結界を見上げた。

 バキが担当上忍となって数年。それ以上の年数、親父の懐刀としてバキは任務を熟してきた。

 担当上忍だからって、お互い全てを知っている訳じゃない。それでも、バキの根底に紛れもない里への思いがあることを俺は知っていた。

 

 暫しの沈黙が落ちる。

 試験官の男が構えるのを見て、クナイを懐から取り出したバキは意を決したように叫んだ。

 

 

「……我愛羅は砂の切り札だ。ここで失う訳にはいかん───逃げろ!お前達がいれば、砂隠れは再び立て直せる」

「!」

「里を、頼むぞ」

 

 

 その決断に驚きながらも頷き、テマリと共に我愛羅の肩を支えた。

 くるりと向けられた背にテマリが不安げに振り返る。

 

 

「先生は……?」

「俺は、コイツらを食い止める」

 

 

 バキの視線の先。試験官の隣には、サスケの同班員であるうずまきナルトがいた。

 

 

「待てよ……サスケをどこにやったんだってばよ!!」

 

 

 その問いに答えられる筈もない。

 目を逸らして立ち去ろうとした時、我愛羅が虚ろな視線をナルトへと向けた。

 

 

「俺が、殺した」

「ッ!!」

「俺が……殺したんだ」

 

 

 我愛羅の掠れた声に、背後でナルトのチャクラが跳ね上がる。

 その悍ましい程のチャクラに身体が凍りつくよりも先、バキの「行け!!」という命令に従って、俺達は駆け出した。

 

 

 会場の壁を蹴り、煙の上がる市街地を抜けて森の中に紛れる。

 抱える我愛羅からは、もう呻き声一つ聞こえなかった。力の入らぬその腕をもう一度背負い直して、じわりと滲んだ視界を乱暴に擦った。

 

 どこで、誰が、何を間違えた?

 そんなこと分かりやしない。きっと誰にも分からない。

 

 

「違う……!違う、お前じゃねえじゃん!アイツを、お前の心を殺したのは───バケモノだ……!」

 

 

 バケモノ。

 それは尾獣でも、我愛羅でもなく。

 人の悪意の織り成す、因果と呼ぶべき何かなのかもしれない。

 

 

◆ ◆

 

 

 ヒュウヒュウと吹き荒ぶ、風の音が聞こえる。

 遠くでキーと鳴く鳥の声に重い瞼をこじ開ければ、強い日差しに目がくらんだ。小さな点のような鳥が、蒼天を悠々と旋回しているのをサスケは茫洋と眺める。

 

 

(……成功は、したか)

 

 

 咄嗟に放った千鳥は尾獣玉の相殺など到底できなかったが、それでもほんの数秒の時間稼ぎはできた。

 その千鳥を起点として自分の身体ごと飛雷神の術で飛ばした先は、何千回と修行を繰り返した里外れの渓谷だ。

 

 だが、尾獣のエネルギーを一時とはいえ受け止めたのだから、無事で済む筈もなく。

 指先一つ動かない身体は、真夏日だというのに寒気すらも感じる。恐らくは相当に出血しているのだろう。

 

 

───どんなに苦しくたって、最後まで生きることを諦めるな。

 

 

 薄れゆく意識の中に、ふとカカシの言葉が蘇って、閉じかけていた瞼をかろうじて持ち直した時だ。

 ふと茂みがガサリと鳴る音がした。

 日差しを遮って視界に入ってきた赤髪に、サスケは目を瞠った。

 





「サスケ……!?おい、しっかりしろ!!早くうちの腕を噛め!!」


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83.囮

シカマル視点


 

 めんどくせー試合が終わったと思いきや、更にめんどくせー展開になりやがった。

 咄嗟に幻術返しをしてしまったシカマルは、眠ったフリをしながら、そんなぼやきを内心でこぼしていた。

 

 

『おい、どこ行くつもりだよ!』

『カカシ先生のとこ行くってばよ!この試合を止める!!』

『待てって!この馬鹿!』

『え、シカマルまで行っちゃうの?んー、だったら僕も行こうかな……』

 

 

 そもそもは、試合中に狸の化物になった我愛羅を見た瞬間、控室を飛び出したナルトに付いていったのが運の尽きだったのだろう。俺らしくもなく、おせっかいが過ぎた気もする。

 チョウジと一緒にナルトの後を追いかけ、避難誘導中だとかで散々足止めを食らった挙げ句にカカシ先生やいの、サクラ、それから何故か激眉の師弟、彼らの所にやっと辿り着いた時には試合は既に終盤で。

 

 通路から出てきた瞬間に俺達が目にしたのは、巨大な黒いチャクラに呑まれゆくサスケの姿だった。

 

 その消えた姿に俺もチョウジも、ナルト達も。ただポカンと口を開けてその何もなくなった空間をただ見つめていた。

 その直後、幻術がかけられた訳だが……ナルトはどういう訳だか幻術にかかった様子すらなく、カカシ先生の制止も聞かず結界の解かれた会場内に飛び降りていった。

 

 

「ナルトの奴……砂の我愛羅達を追いかけたか」

「カカシ先生、サスケくんが……!」

「ん?アイツは……ま、そう簡単にやられる奴じゃないよ。それよりも、問題はナルトだ」

 

 

 目を瞑ったまま聞き耳を立てる。その会話やあちこちから聞こえてくる戦闘音を考えるに、どこかの里が襲撃をしてきたのだろう。

 状況や戦力を考えれば、最有力は砂隠れか。

 だが、控室にいた砂隠れのテマリが相当焦っていた様子だったことを考えれば、あの砂の化物は敵にとってもイレギュラー。逃げたってことは、それ相応のダメージを負っている筈だ。

 

 それでも『我愛羅達』ってことは敵は複数、ナルトの馬鹿が一人で行って敵うような相手じゃねぇだろう。

 だからといって準戦時下にあるこの状況で、上忍達が大名や観客達をほっぽり出せるかといえば、否。

 

 こうなると、後は読めたようなもんだ。

 本当にめんどくせー展開である。

 

 

「サクラ!お前は、シカマルとチョウジの幻術を解いてナルトの後を追跡しろ。ナルトを止めるんだ」

 

 

 やっぱりか。そんな予想してた通りの言葉に、そして出された自分の名前にギクリと額に汗が流れる。

 いのも起こせばと言うサクラに、敵から身を隠すには基本小隊であるフォーマンセルが最適だろうと諭すカカシ先生の言葉を聞きながら、梃子でも起きるものかと目を瞑り続けた。

 

 ……が、そんな努力も虚しく。

 ガブリと音を立てて忍犬の牙が足に食い込み、俺は激痛に悲鳴を上げて飛び起きた。

 

 

「シカマル!アンタ、幻術返しできたのね!?何で寝たフリなんかしてんのよ!!」

「フン、巻き添えなんざごめんだ。俺はやだぜ、ナルトなんて知ったこっちゃな、い゛ってェ!!」

「まったくアンタって……シカマル!後ろ!!」

 

 

 噛みついてくる忍犬の首根っこを抑えながら遠ざけようとしていると、背後に濃密な殺気を感じて振り返る。そうして見たのは、額当てのない忍が俺にクナイを振り下ろそうとしている所だった。

 

 

(避けられねェ……!)

 

 

 気が抜けていただとか、油断していただとかは言い訳にならない。ただ、圧倒的に相手の力が勝っていて、俺はサクラの警告がなけりゃやられたことも気づかないまま死んでいただろう。

 

 そう、今は戦時。

 弱肉強食、それが戦争のルールだ。

 

 目を瞑ることもできずに迫る刃を見つめていた。

 だが、その次の瞬間にはその忍が吹っ飛んで会場の壁に叩きつけられる。その力に耐えきれなかったらしい壁に穴が空いていた。

 傍らを見上げれば信じられない程のスピードでそれを成した、激眉の師匠マイト・ガイがキランと白い歯で親指を立てている。

 次いで、カカシ先生が俺達に飛んできたクナイを弾きながら背に庇った。

 

 

「では任務を言い渡す!聞き次第、その穴から行け───ナルトの後を追い、合流してナルトを止めろ!そして別命があるまで安全な所で待機!」

 

 

 そこまで言われれば、もう分かった。俺達はこの戦場で足手まといだ。

 広範囲にかけられた幻術は敵の振るいで、奴らの目的は水準以上の忍を消すこと。サクラが、俺が、幻術返しをしなければきっとそのままにされていた。

 だが一人でも起きてしまった以上は、守りながらなんて戦えない。少しでも生存率を上げる為にフォーマンセルを組ませてフル活用する、確かに状況に応じた最善策だった。

 

 

『お前たちのような次世代がいることを、誇りに思う』

 

 

 何で俺がと、そんな文句を言いたいのは山々だったのに。

 その先生達の額当てに、予選で触れた傷跡を思い出して掌を握りしめた。

 

 

「チッ!仕方ねェ……チョウジ、起きろ!」

「むにゃ……んん、何があったの?」

「理由は行きながら話すわ!行くわよ!」

「あ!僕のポテチがぁぁぁぁ!!」

「んなこと言ってる場合かよ!」

 

 

 暴れるチョウジの奴をサクラと両脇から抱えて、壁の穴から外へと出る。

 パックンとかいう忍犬の鼻だよりに、俺達は任務の名の下にナルトを追いかけた。

 

 

「お前ら、もっとスピードを上げろ!後ろから2小隊、8人……いや、もう一人、9人が追ってきとる」

「チッ、もうかよ!冗談じゃねえぞ……!」

「まだワシらの正確な位置までは掴んでいないようだが、待ち伏せを警戒しながらも確実に迫ってきておるな」

 

 

 走りながら告げられたパックンの警告に歯噛みして、駆けるスピードを上げた。

 いずれは追手がくるとわかっていたが、まだ会場を出て数分だってのに早すぎる。

 会場にいた奴らのスピード、気配、チャクラ。おそらくは中忍以上の忍ばかりだ。追いつかれたら、まず全滅だろう。

 

 

(クソ……どうする……!?)

 

 

 戦力差がある以上、正面切っての戦闘は不可能。

 次なる策は、基本戦術に則れば待ち伏せだ。しかしながら、それにも欠かせない必要条件がある。

 

 一、逃げ手は決して音を立てずに行動し、先に敵を発見する。

 二、追手の不意を狙え、確実なダメージを与えられる場所と位置を獲得してすばやく潜伏する。

 

 一は忍犬の鼻があれば問題はないが、二に関しては不確定要素が多すぎる。

 第一、あの額当てのない忍が他里の奴らである保証すらなかった。数週間前に親父が溢していた愚痴から察するに、上層部に近い奴が里抜けしたって話だ。

 詳しくは知らないが、この木ノ葉崩しにそいつが加担している可能性だって否定できない以上、地の利は無きに等しいと考えるべきだろう。

 

 それに加えて、とチラと隣を見やる。

 ここにいるのは、デブに、大した取り柄のないくノ一に、犬一匹、そして逃げ腰ナンバーワンの俺。

 サスケやネジみたいに、状況をひっくり返せるような天才がいればまた話は変わっただろうが、この状況じゃどう考えたって戦力差、人数差がありすぎる。

 

 

「ねえ、シカマル。どうするの?」

 

 

 説明はしたはずなのに、状況を理解しているのかしていないのか。どこかに隠し持っていたらしいポテチを頬張りながら、チョウジはのんびりとそう俺に問いかけた。

 

 

「お前な……いい加減食うのをやめろ、臭いでバレるだろうが!だいたい、もうちょっと緊張感を───」

「だってシカマルがいるし。何とかできる、そうでしょ?」

「……!」

 

 

 苛立つ俺に、チョウジは全く疑ってすらいない眼で俺を見ていた。

 幼馴染みの欲目というには余りに揺るぎないその眼差しに、俺は言葉を失った。

 

 

「オレは分かってんだ……サスケやネジって人なんかより、シカマルはずっとずっとスゴい奴だってね」

 

 

 そんな訳あるかよ、とは声にならない。

 ただ、いつもの逃げ腰な思考が、その時どこか切り替わる音を聞いた気がした。

 

 

「何ですって!サスケくんのほうが、ずっとずっとずっと凄いんだから!」

「……そんなの考えたことねェな、俺は俺だかんな」

 

 

 聞き捨てならないと目を吊り上げるサクラに、めんどくせえと曖昧に返しながらも、シカマルの頭の中では幾通りもの戦術が練り上げられていく。

 任務の放棄も不可。全滅は却下。被害を最低限に抑える為に、今の俺達が打てる最善手はただ一つ。

 

 

 陽動、すなわち───囮である。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

「ほう。二手に別れたか」

 

 方や、忍犬の足跡と共に左へ。方や、菓子の臭いと共に右へと進んだ痕跡がある。左へ進んだのは数名に対して、右へと進んだのは一人だけのようだ。

 仲間割れか、それとも戦力の分散を図ったか、囮役か。

 立ち止まったリーダーに、部下である追跡者達は無言でその顔を伺った。

 

 

「フン、小賢しい」

 

 

 確かに忍犬は厄介で、まず優先して追跡すべきはそちらだ。

 しかし、万一に右に別れた奴が大切な情報を握っていたら。同盟国への応援要請や、里外の忍───それこそ、伝説の三忍でも呼ばれたならば?

 

 

「……仕方あるまい。奴に追わせるか」

 

 

 暫しの思案の後、後ろから来ているだろう9人目に右に進むように指示を出したリーダーは、残る部下達を連れて左へと進んだ。

 木々を駆け抜け、僅かな痕跡に五感を凝らし。徐々に不規則になる歩幅に焦りと疲労を見て取って、男はほくそ笑んだ。

 

 

「足跡が途切れたか……探せ!この辺りに潜んでいる筈だ!」

 

 

 忍犬と忍達の足跡を追いかけて幾許か。

 切り立った岩壁の近くで途切れた痕跡に、彼はそう部下達へ声を張り上げた。

 その時だった。カサリと揺れた木陰から───9人目が出てきたのは。

 

 

「何ッ……!?」

「隊長!?」

「これは───罠だ!」

 

 

 それを悟るより先に、9人目を含む全員の身体の動きが止まった。

 眼球だけで足元を見下ろせば、地面を這うように黒い影が蠢いている。

 

 

「わりーな。逃げ腰ナンバーワンの筈だったんだけどなァ……ちっとキャラ変わったみたいでね」

「貴様……!」

 

 

 木の上から、ニイと口角を上げながら見下ろす子供に男の額に青筋が立つ。

 だが、ふと思い直したのか余裕げにニヤリと笑う。

 

 

「これが噂に聞く、木ノ葉の影縛りの術か。俺達全員……まさか9人目まで捕まえるとは」

「言い方が古いぜ、それ。時代は流れてんだ。今は影真似って言うんだよ、オッサン!つーか、その言い方するってことは、アンタらやっぱり木ノ葉の忍じゃねェ……砂隠れか?」

「ハッ、我らがあの愚かな砂隠れの忍だと?笑わせるな!」

「悪かったな、額当てもしてねーからよ。だったらどこのモンか教えてくれるかい?」

「貴様に教える義理はない……が、どうやら限界のようだな。この影真似とやらもすぐに解ける、冥土の土産に教えてやろう。我らは国や里などという小さな枠組みの中になどいない」

「何……?だったら……何で、木ノ葉を襲う?」

「こんな古ぼけた里など興味はない。だが、ここには我らの欲するものがある」

 

 

 チャクラの限界か。術が弱まるのを感じ取り、男はざり、と一歩を踏み出した。

 

 

「話は終わりだ───死ね!」

 

 

 小生意気なガキを甚振り殺してやろうとクナイを取り出そうとした瞬間だ。

 その拘束が、一段と強まったのは。

 

 

「教えてくれてありがとよ。……チョウジ、もういいぞ!」

「!?」

「情報の礼だ、上を見せてやるよ」

 

 

 そう言ってシカマルが上空へと首を傾けた。

 崖の上から地響きと共に転がり落ちてくる巨大な塊を、彼らは見た。

 

 

「囮が待ち伏せしちゃいけねェ理由(ルール)なんざないだろ。───じゃあな。たっぷり食らっとけ」

「肉弾戦車!!!」

 

 

 重力により超速と化したチョウジの術が、男達に襲い掛かった。

 圧死寸前に白目を向いてピクリとも動かない彼らに、術を解いたシカマルとチョウジはニッと顔を見合わせる。

 手と手を叩くパシリと軽い音が、森の中に響き渡った。

 

 

◆ ◆

 

 

「もぐもぐ……ねぇシカマル。サクラ達、大丈夫かな」

「さあな……まぁ、俺達にできることはここまでだ」

 

 

 再びポテチを貪り食うチョウジを横目に、シカマルはチャクラが尽きて気怠い身体をどさりと地面に横たえ、ぼんやりと空を仰ぐ。

 本戦の時には晴天だった筈の空に、ぽつぽつと雲が浮かび始めている。その流れは随分と早い。

 ずっと空を見上げていた。だから知っている、こんな日は天気が崩れやすいのだと。

 

 

(ナルト……早まった真似、するんじゃねェぞ)

 

 

 願うようにそう内心で呟きながら、会場へ飛び出していった横顔を思い返した。

 

 見間違いだろうか。

 怒りに染まったその瞳が───獣のように尖り、赤く光って見えたのは。

 



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84.獣の咆哮

テマリさん視点


 

 

「……ッ?」

「どうしたんじゃん、テマリ」

「いや……何だか寒気がしてな」

 

 

 訝しげに眉を上げたカンクロウへ歯切れ悪くそう答えながら、テマリはあたりを見回した。

 木ノ葉の外壁を越えた先、鬱蒼と広がる森の中を我愛羅を抱えて駆けている。緑と茶色ばかりの景色はどこも代わり映えなく、光をも遮る森は延々と続いていた。

 耳を澄ましてみても、木を蹴る音、息遣い、それは全て自分たちのものだけ……そう考えて、その違和感にゾッとした。

 

 

(生き物の気配が、ない)

 

 

 あの死の森でさえ鳥や虫の鳴き声に満ちていたというのに、今や羽ばたきの音ひとつ聞こえてこなかった。

 まるで何かを気取ったかのように、森全体が沈黙している。

 嫌な汗が背中を伝う。肌がひりついている。何かが、おかしい。

 無意識に我愛羅を支える腕に力をいれたとき、テマリの耳が僅かな音を捉え、ハッと背後を振り返った。

 

 

「誰───」

 

 

 三人の頭上を、影が通り過ぎた。

 

 

「え……?」

 

 

 視線を上げるのと、カンクロウが崩れ落ちるのは、ほぼ同時だった。

 ガクンと我愛羅の身体の重みが急に増して、よろめいた体勢を戻そうと木の上で足を止める。

 そしてテマリは、落ちていったカンクロウの安否を確認する余裕もなく、ただソレから目を離すことができなくなった。

 

 ソレは、獣だった。

 こちらを睨む両眼は怒りと憎しみに赤く染まり、瞳孔は縦に割れている。指先からは鋭い爪が伸び、唸り声を上げる口元には牙が覗く。身体を覆う禍々しいチャクラは、ぐつぐつと煮えたぎるマグマの如く熱気を放っていた。

 ゆらりと揺れる尾の数は、三本。

 

 

(聞いたことがある……砂の老僧と同じく、木ノ葉にも古くから封じられてきた化物がいると……確か、名は)

 

 

───九尾の妖狐。

 

 

 その化物の名が頭に浮かんだけれど、口には出せなかった。

 

 

【……セ……エ、セ……カエセ!!!】

 

 

 咆哮と共にその両眼からボロボロ落ちていくのは、透明な涙で。

 

 

『あ、あのさぁ。俺いっぱい取りすぎたからさ、残っちまってももったいねーし?………分けてやってもいいってばよ』

『お前っ……!仲間が、兄弟が死にかけてんだぞ!!試験がどうのなんて言ってる場合かよ!!!』

『わかんねぇよ……そんなのが、命より大切なのかよ……!!!』

『俺たちってば敵かもしんねェ───けど、友達だ』

 

 

 その空より澄んだ蒼を知っている。陽光を浴びて輝く金髪も、底抜けに明るく眩しい笑顔も。

 自分たちとは違う、恵まれた奴なんだろうと羨んでいた程だった。

 

 なのに、これは何だ?

 

 

「……ナルト」

 

 

 茫然と友の名を呼んだ。

 それに答えるのは、獣の唸り声だけだった。

 

 ジトリと額に滲んだ汗が顎から滴り落ちていく。

 対峙してどれほど経ったのだろう。数秒だった気もするし、もう数分が経っていたような気もする。

 我愛羅を容易く凌駕する程の禍々しいチャクラに、足が震えて逃げることすらできやしない。

 目を離せば、食われる。ただそれだけを本能的に察していた。

 

 

「ぅ……」

 

 

 その膠着状態を崩したのは、腕の中で身じろぎした我愛羅だった。九尾のチャクラに当てられたショック故か、光の無かった瞳が瞬いてテマリを写している。

 けれど、それを喜べるような状況じゃなかった。

 

 

(しまった……!)

 

 

 ナルトに視線を戻した時には、既に膨大なチャクラの込められた爪が振り上げられていた。

 自身の血の気が引く音に我に返って、咄嗟に我愛羅を木の上から押し出した。

 

 

「テマリ……!?」

 

 

 落ちながらも目を見開いて、手を伸ばす我愛羅を振り払う。

 視界の端ではカンクロウが必死に何かを叫んでいる。肩から切り裂かれた傷跡が痛々しいが、致命傷には到らなかったようだ。

 弟達二人の無事に、場違いにも微笑みが浮かんでいた。

 

 

(……すまない)

 

 

 不甲斐ない姉として、そして友を裏切った忍として。

 そう心の中で呟き───突然、身体が横に突き飛ばされ、気づけば地面へと転がっていた。

 

 何事かと起き上がる暇もなく、先ほどまで立っていた木が倒れていくのを茫然と見送った。

 そうして、アタシに覆いかぶさるようにしている重みにようやく気がつく。

 

 

「テマリさん……大丈夫、ですか……?」

 

 

 桜色の髪が揺れ、長い睫毛に縁取られた瞼が持ち上がる。そうして現れた翠緑の瞳に目を見開いた。

 

 

「アンタ……どうして……」

 

 

 サスケやナルトと同じく死の森で言葉を交わし、行動を共にした木ノ葉の忍───春野サクラがそこにいた。

 サクラは焦点の合わぬ瞳でアタシを見ると、安堵したかのようにその身体がグラリと傾いていく。とっさに抱き留めれば、その掌にべたりと濡れた感触がした。

 その細い左腕には、無惨な爪痕が残っている。

 

 

「どうして、敵なんか庇うんだ……!」

 

 

 罪悪感なんてものじゃない。心臓が軋む。

 アタシが傷を受けた訳でもないのに、ただ痛い。

 声を上げて泣き出したくなるくらいに、自分が傷を受ける方がマシだったと思うくらいに。

 

 そんな裂けるような胸の苦しみを堪えて、唇を噛み締めて立ち上がった。

 敵だの味方だのは、もうどうだっていい。ただ絶対に、ナルトにサクラを殺させる訳にはいかない。気を失ったサクラを抱え、漠然とそう決意していた。

 

 一方のナルトは、自身の血の付いた爪をジッと見つめていたが、やがてその頬からペリペリと皮膚が剥がれだす。

 咆哮と共に尾が膨れ上がり、その数を増やそうとしていた。

 

 その瞳に涙の痕はもうない。ただ底しれぬ怒りと憎悪が満ちていた。

 アタシ達のことも、サクラのことすら、きっともう分かっていない。

 

 

「砂の!こっちだ、ボサッとするな!」

 

 

 いつの間にか足元にいた忍犬の言葉に、考える間もなくサクラを背負ってその後を追いかける。

 木の裏へ身を潜めて一息つき、ようやく忍犬を眺めてみればその頭上には木ノ葉の額当てが光っていた。

 

 

「お前は……木ノ葉の忍犬か。アタシ達を追ってきたんじゃないのか?」

「お前達ではない、ワシらはナルトを止めにきたのだ。まぁ……時既に遅し、じゃったが」

 

 

 忍犬が枝葉の合間から鼻先で示した先を見て、息をのむ。

 赤黒い身体がナルトの半分を覆っていた。尾は四本目が伸びかけている。

 ナルトの面影など一つも残っていない姿に悲鳴を上げそうになって、震える手で口もとを抑えた。

 

 

「アレを前に敵もヘチマもありゃせんだろう。ワシには小娘を背負えんからな……不本意だが、今は協力するしか生き延びる道はない」

「……分かった」

「それで、お前さんだけか?あと二人の臭いがあった筈だが」

「ああ、弟達だ。アイツらもきっとこの辺りに身を潜めて───」

 

 

 小声でそう言い交わしながら、弟達の姿がないかと視線を巡らせようとして。

 ナルトへとまっすぐに飛び出していく、我愛羅の姿を見た。

 

 

「我愛羅、やめろ!!」

「馬鹿もん!行くな、死ぬぞ!」

「離せッ!我愛羅が……ッ!!」

 

 

 追いかけようとしたアタシの服を忍犬がガブリと噛んで引き止める。

 そんな忍犬を振り切る前に、何かがはげしくぶつかり合う音と共に爆風が生じた。

 

 

「我愛羅……」

 

 

 森に響き渡る咆哮が重なる。

 

 殺意に溢れ、赤いチャクラの衣を纏うナルト。

 本戦の暴走を彷彿とさせる、砂を纏う我愛羅。

 

 化狐と化狸、獣の殺し合いが始まった。

 





オマケ:ナルトの暴走段階と身体的特徴

0本 ※暴走というよりもチャクラを引き出した状態
・赤いチャクラが身体を覆う。描写によっては背後に九尾の顔や尾が描かれることもある。
・瞳が赤く染まり瞳孔が獣のように縦に割れる。
・三本髭が濃くなり、爪や牙が伸びる。
原作での初登場は4巻、白vsサスケ戦。サスケがナルトを庇い死にかけた際に覚醒した。

1本
・九尾のチャクラがボコボコと溢れ出し、衣のように纏い始める。
・尾が生える。
・爪や牙が更に伸びる。
・二足+四足歩行が見られる。
・少年編のナルトvsサスケ戦で初使用(26巻)良く生きてたなサスケ……。

2〜3本
・尾が増える。
・爪や牙が更に伸び、目と口のラインが太くなる。
・虹彩が大きくなり白目が少なくなる。
・四足歩行になる。
・九尾のチャクラに耐えきれず、皮膚が爛れ血が滲み出す。
・意思が希薄になり、人語をほぼ話さない。
・ナルトvs大蛇丸戦で使用(33巻)。それ以前にも自来也との修行の中で発現したとされる。

4本
・ここから人から大きく解離。
・赤黒い皮膚に覆われ、瞳は瞳孔を失って白く光る。
・口はギザギザに裂け口腔内は白く光る。
・洋服はチャクラに覆われて消える。
・ナルトの意識がなくなり、破壊衝動に支配される。
・戦い方も肩から腕が映えたり伸びたりと自由自在。人外感溢れる。
・ナルトvs大蛇丸戦で使用。アニナル疾風伝262話を見よ。

6本目
・九尾の形状がより濃くなる。
・骨格が形成され始める。
・ナルトvsペイン戦で初使用(47巻)

8本目
・眼球、筋肉、血管など九尾の肉体が形成される。
・ほぼ九尾そのもの。
・ナルトvsペイン戦で初使用。
・八本目が解放されると、ミナトパパが召喚される。

9本目
・九尾復活か。ただし、陰と陽のチャクラに分割されてる筈なので、完全復活とはならないと予想される。ちなみに、陰のチャクラはミナトパパと共に屍鬼封尽の中にいる。


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85.共闘

副題:ナルトを救え!共闘・サスケと我愛羅
まんまです(笑)逆だったかもしれねェでお送りします。

※アニナル疾風伝262話あたり(大蛇丸VS人柱力)を視聴してからの読了をオススメ。腕が伸びて伸びて伸びて、こういう人外の戦闘って描写が難しい……。

ちなみに香燐ちゃんはサスケの噛み跡が消えて残念そうにしてたとか。
HENTAI香燐ちゃんが大好きです( ー`дー´)キリッ


 

 

「サスケ……!?おい、しっかりしろ!!早くうちの腕を噛め!!」

「香、燐……?」

 

 

 意識の薄れゆくサスケの前に現れたのは、我愛羅に殺された筈の香燐だった。

 呆然としながらも促されるまま腕を噛めば、尾獣玉によって負った瀕死の重傷が急激に癒えていく。どんなに信じ難くとも、この能力だけは香燐本人でなければあり得ないものだ。

 香燐が、生きている。その事実をじわじわと理解すると共に、安堵が胸の内に広がってフッと口角が上がった。

 

 

(そういう事か……我愛羅)

 

 

 考え出される答えは一つ、我愛羅が香燐を逃がしたということだ。

 観戦席で見た香燐も恐らくは我愛羅の影分身だったのだろう。感じた違和感にも納得がいく。考えてみれば、香燐があんなに表情乏しく静かに観戦席に座っていられる筈もない。

 

 

『あの女なら死んだ』

『大方、何か感じ取ったんだろう。影分身を置いて逃げ出した奴を追い───俺が殺した』

 

 

 会場での我愛羅の言葉を思い返す。

 しかし、我愛羅の心の内を思えば胸が暖かくなるが、影分身や変化、草隠れの額当て、そしてあの宣言だ。

 ただ砂の上忍から逃すにしては、随分と手が込んでいる。

 

 

(いや……むしろ、証拠を揃えていた、のか?)

 

 

 念入りに、周到に。誰から見ても、我愛羅が殺したと、そう納得ができるように───香燐の死を偽装した。

 そうしなければならない、理由があったのだ。

 

 

「……草隠れの忍が、うちを殺しにきた」

 

 

 サスケの予想を裏付けるように、香燐は目を伏せ、ぽつぽつと今朝の出来事を語った。

 草隠れの忍に、香燐を連れ出した我愛羅。そして彼らの会話と最後の別れ。

 

 我愛羅から、里から、逃げた所で行く宛もなかったのだろう。森の中を彷徨っていたところにチャクラを感じ取り、こうして俺は命拾いをしたという訳だ。

 話される情報は辿々しく、余りにも少なかった。木ノ葉崩しのことさえ知らされていないようだ。それだけに、香燐の混乱も恐怖も尚の事増したと知れる。

 

 

(伝えるべきか?しかし……)

 

 

 砂隠れと手を組んでいた草隠れは、ダンゾウの捕縛によって風向きが悪いと砂隠れを裏切った。香燐は草隠れからすれば加担の証拠でしかなく、木ノ葉崩しが起きる前にと命を狙われた。

 つまりは、己の里から切り捨てられたということだ。

 

 このまま木ノ葉にいても利用された挙げ句、砂隠れもろともに殺されるだけ。

 たとえ運良く生き延びたとしても、草隠れから犯罪忍者として手配された以上はこれからも命を狙われ続ける。

 

 だから、我愛羅は死んだと偽ったのだろう。

 あの額当ては会場にいた草隠れの忍への証拠であり、宣言でもあった。

 全ては香燐を守る為の、優しい嘘だった。

 

 

『失せろ。俺の前に、二度と顔を見せるな。次に会うときは───お前を殺す』

 

 

 伝え聞いた、我愛羅の突き離すような言葉に。その痛みと葛藤へ思いを馳せながらそっと歯を離す。

 自分のつけた赤黒い歯型に顔を顰めて、なけなしのチャクラで医療忍術を施せば傷が薄れていった。それを確認して、ふらふらと立ち上がる。

 

 この戦いを止めなければならない。

 その方法も分からぬまま、ただ強くそう思った。

 

 

「サスケ、まだ休んでおけって!」

「そんな暇はない。香燐……ここから更に北、湯隠れとの狭間にどの国や里にも属さない空区という場所がある。そこにいる忍猫達に俺の名を伝えるんだ。頭目である猫バアに会って事情を話し、情報を対価に匿ってもらうように頼め」

「え……?」

「砂が木ノ葉を裏切り、同盟はもはや意味を為していない。五大国のバランスが崩れ、他里にも攻め込まれる可能性が高い。中立地帯であるあそこなら、草隠れの追手も来れない筈だ。大戦の前触れなら、情報料としても十分だろう」

 

 

 香燐の目が丸くなる。

 やがてその言葉の意味を理解したのか、ザッと顔が青褪めた。

 

 

「大戦って……じゃあサスケは……我愛羅達は、どうなるんだよ!?」

「お前が我愛羅につくなら俺と、俺につくなら我愛羅と敵対する。……我愛羅はお前をこれ以上巻き込みたくなかったんだろう。そして友だからこそ、味方としても利用することを拒んだ」

「……」

「あいつの想いを無駄にするな」

 

 

 デンカとヒナから餞別に貰った地図を香燐の手に握らせた。命の対価としてはちっぽけなものだが、それでも無いよりは役立つだろう。

 そうして、戦禍にあるだろう木ノ葉へと戻ろうと香燐に背を向けようとして。

 くい、と握り締められた裾に引き止められた。

 

 

「うちも行く」

「……!?」

「うちも行くから、連れてってくれ!……我愛羅にもう一回会いたい。あんな別れ方、嫌なんだ!!」

 

 

 ジッと見上げてくる赤い瞳の強さに、そして何よりそこに写る後悔の色に、危険だと止めようとした口を噤んでしまった。

 

 もう一度、もう一度でいいから話をしたいと。

 自身の言葉と態度を恥じ、後悔に何度も過去を振り返った。そんな切実な願いには覚えがあったからだ。

 

 我愛羅は生きていて、まだやり直せる。いつか再び機会があるかどうかなど、誰にも保証できはしない。

 そう思えば、そんな香燐の思いを切り捨てる事ができなかった。

 

 

「……好きにしろ」

「っ!うん!」

 

 

 そんな香燐の手を取った、その時だ。

 突然、香燐がハッと森の奥を見詰めた。何かに怯えるかのように、その身体がガタガタと震えだす。

 

 

「これってナルトの……いや、でも」

「どうした、香燐」

「……ナルトのチャクラが、どんどん大きくなってる。チャクラの気配も獣みたいに荒々しくて……」

「何?」

 

 

 まさか。そんな嫌な予感を肯定するかの如く、地響きに森が揺れた。

 鳥が群れをなして飛び去っていく。それはまるで黒黒とした雷雲の如く、空を埋め尽くしていった。

 

 

「ナルトが、何かに喰われてくみたいだ。でもあんなチャクラ、人間が耐えられる筈ないぞ……!」

「あの、ウスラトンカチ……ッ!!」

 

 

 その言葉に駆け出す。ナルトの居場所は、香燐の感知能力を頼るまでもなかった。少し高い木の上から見下ろせば一目瞭然だ。

 その場所を中心に森が吹き飛んで、クレーターの如く、すり鉢状の更地になっているのだから。

 

 

「ナルト……」

 

 

 その中心にナルトがいた。

 禍々しいチャクラに四本の尾。もはやナルトの身体をした、小さな九尾といった方が正しいだろう。

 遠目に見ても皮膚は全て溶け、爛れた血に塗れている。親友の変わり果てた姿にサスケはくしゃりと顔を歪めた。

 

 そして、そんなナルトに立ち向かっているのは、半尾獣化した我愛羅だった。

 その瞳は一尾のものでありながら、確かな理性と決意が見て取れた。

 

 けれど、力の差は歴然としている。無尽蔵な九尾のチャクラの前に叩きのめされる我愛羅は、それでも決して逃げようとはせずに食らいついていた。

 攻撃を避けることもできるだろうに、どうしてか全てを受け止め、その行く手を阻んで押し止めている。

 

 

「サスケ!あっちだ、テマリ達がいるぞ!」

 

 

 今すぐ加勢したい気持ちを押し殺す。我愛羅が守ろうとしているのは彼らだろう。

 香燐の先導した先には、死の森で身を潜めていた頃を彷彿とさせる洞穴があった。

 

 

「サスケに……香燐!?生きていたのか……!」

 

 

 洞穴を覗き込んだサスケ達に、テマリが驚いたように目を見開く。

 その傍らにはカカシの忍犬であるパックンが、そして地面には伏せているサクラとカンクロウがいた。呼吸は安定しており軽症のようだが、爪痕が深々と残る傷に誰にやられたのか簡単に予想がついた。

 駆け寄った香燐がすぐに二人の治療に取り掛かるのを横目に、テマリ達へと向き直る。

 

 

「状況は?」

「……砂隠れは木ノ葉崩しを始めた。でも、最初から戦力差は明らかだ。アタシ達は逃げ出したんだが、ナルトが追いかけてきたんだ」

「拙者は小娘と共に、ナルトを止めにきた。……が、小娘もこの通りだ。一時休戦という所だな」

 

 

 テマリから一連の経緯を聞きつつ、パックンから里内の状況なども含め確認したサスケはすぐに身を翻した。

 どこに行く、と呼び止めたのはパックンだ。

 テマリも香燐も、行き先が分かっているのか不安げに黙り込んだまま、けれど縋るような視線を背に感じた。

 

 

「ナルトは俺が連れ戻す……必ずな」

 

 

 サスケはチャクラを両眼へと集中させた。

 閉じた瞼の裏側で、悲しげに微笑んだシスイの、イタチの顔が過った。

 

 

『サスケちゃん……“眼”は絶対に使うなよ。バレた時点で暗部の即時入隊が決定する』

『写輪眼は、使うな』

『頼む……』

 

 

 懇願するような声音が耳に蘇って、すまないと小さく呟いて目を開いた。

 瞳が紅に染まり、黒い瞳孔が渦を巻いて巴を形作っていく。

 

 暗く淀む己の心とは裏腹に、久方ぶりに発動する写輪眼は、まるで使われることを心待ちにしていたかのように煌々と赤く輝いていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 一歩近づくごとに増していく、轟音と爆風。

 小さいものとはいえ、ゆうに数百メートルを吹き飛ばす尾獣玉モドキが飛んできては地形を変える。立ち込める煙に視界は悪く、無造作に飛んでくる飛礫は人の拳程もある。何より厄介なのは、近づく敵を排除しようと地面を伝って無数に伸びてくるチャクラの腕だ。

 まるで戦場のようなその地を、写輪眼の動体視力を使って躱し潜り抜け、サスケは前へと進んだ。

 

 

「サ……スケ……!?」

「馬鹿、そいつから目を離すな!」

「ぐっ!」

 

 

 最初に気がついたのは我愛羅だった。

 ボロボロな化狸扮する我愛羅は、近づくサスケの姿に溢れんばかりに目を見開く。

 だが、その隙をナルトが見逃してくれる訳もない。瞬く間に取り押さえられた我愛羅にサスケは舌打ちを落として、千鳥光剣を振りかざした。

 

 

(ッ!?なんて再生力してやがる……!)

 

 

 ナルトの片腕が落ちた。が、それも一瞬で、再び生えた腕がゴキリと関節を回して方向を変えると、サスケへと襲いかかってくる。

 叩き切っても、次の腕が、それを叩き切っても次の腕が。本戦での暴走した我愛羅以上の再生力だった。

 それに加えて九尾のチャクラは猛毒そのもの、触れるだけで致命的だろう。

 

 しかし、それはナルトも同じだ。うずまき一族とはいえ子供のあいつが、九尾の毒にどこまで耐えきれるだろう。

 きっと長くはもたない。その前にどうにかして暴走を止めなければならないのに、これでは近づくこともままならなかった。

 我愛羅との戦いによるダメージも蓄積しており、身体活性化による高速移動も今の身体じゃ使えない。

 

 

(クソッ、どうすれば……!)

 

 

 そんな焦りが隙を生んだのか、背後から伸びたチャクラの腕に気がつくのが一瞬遅れた。

 

 

「砂漠大葬!」

 

 

 振り返るよりも先、その腕を阻んだのは砂だった。

 ナルトがサスケに気を引かれている間に、拘束を逃れた我愛羅が砂の大波でナルトを押し流し、巨大なチャクラが砂の下に沈んだ。

 荒くなった息を整えるサスケの傍らに、本来の姿をした我愛羅がどこか躊躇いがちに歩み寄ってくる。

 

 

「サスケ……生きていたのか」

 

 

 見つめる視線には一切の敵意がない。

 むしろ驚愕の中に悔いるような、喜ぶような、複雑な色合いを宿した瞳に苦笑した。

 

 

「お陰さまでな。それに言っただろ、俺は俺自身もお前の心も殺させねェ」

「……そうか。そうだったな」

 

 

 我愛羅の眼差しが緩まって、スッと差し出された掌を取って立ち上がる。

 互いの口端には小さな笑みが浮かんでいた。交わした言葉は少なくとも、それで充分だった。

 それを嬉しく思いながらも、盛り上がってくる砂に視線を戻す。

 

 

「とりあえず、今は共闘ということでいいか?」

「異論はない。その眼は……写輪眼か?」

「ああ。色々と事情があってな」

「ほう、本物を見るのは初めてだが綺麗なものだ。それで、ナルトはどう助ける」

「……十秒でいい。動きを止められるか?」

「俺を誰だと思ってる。数分でも作ってやろう」

「そりゃあ頼もしい……!」

 

 

 コツリと拳を合わせると同時に、砂の海が真っ二つに割れた。

 現れたナルトの尾は、五本に増えていた。

 

 

「ナルト……」

 

 

 ひたりと瞳の無い双眸を見つめる。ナルトの弱点は幻術だが、どうやら九尾のチャクラの衣によって術が跳ね返されてしまっている。

 ならば、そのチャクラの衣を貫いて直接幻術をかけるしか道はない。

 

 

「来るぞ!」

 

 

 ナルトが軽く腕を振り下ろしただけで、地面が割れて先程の足場を砕いていく。

 飛び退いたサスケは、警告にも動かぬままナルトを見据える我愛羅に目を瞠った。

 

 

「ナルト……今のお前を見ていると、何故だかここが酷く痛む」

 

 

 我愛羅はそう呟いて、胸に手を置いた。

 理由なんてそれだけでいいとそう語った友の言葉を思い出しながら、我愛羅は一筋の透明な涙を流した。

 

 

「だからこそ……俺は友として、お前を止めよう」

「我愛羅……!?何してる、逃げろ!!」

「グオオオオオ!!!」

 

 

 咆哮したナルトは駆け出し、我愛羅へとその爪を振り下ろす。

 自動防御の砂が切り裂かれても、我愛羅は逃げなかった。堪らず叫んだサスケの声をかき消すように、ナルトの咆哮が轟いた。

 

 

「……!」

 

 

 我愛羅の身体に纏った煌めく砂が、先程とは打って変わってその攻撃を易易と受け止めていた。

 そこから這うようにナルトの腕へ、身体へと伝い流れていく砂が、やがて全身を絡めとりながら巨大な狸の如き形を成していく。

 

 

───最硬絶対防御『守鶴の盾』。

 

 

「地中にある硬度の高い鉱物を集め、チャクラで圧力をかけ砂に混ぜ込んだ。お前が地面を割り砕いてくれたからな、手間が省けた」

 

 

 這い出そうとナルトは藻掻くが、九尾のチャクラでさえも容易くは破れない、まさに最強の盾だった。

 

 

「今だ、やれ!」

「わかってる───千鳥!!」

 

 

 身動きの取れないナルトのチャクラの衣を貫き、その胸を拳で叩いた。

 ありったけのチャクラを瞳に込めてナルトの両眼を、その更に奥を覗き込む。

 

 

「戻って来い、ナルトォ!」

 

 

 ぐるりと巴が回って───世界から色が消えた。

 

 





 自分の身体と意識が切り離され、瞳の奥に吸い込まれていく。
 そんな覚えのある感覚を思い出すよりも先に、ピチャリと足元の水面が揺れてサスケは目を瞬いた。

『ここは……』

 我愛羅の姿も、滅茶苦茶に荒れていた森もそこにはなく。
 人工的な光に照らされた薄暗い廊下、天井には何処かへと幾筋も伸びるパイプが走り、漏れ出た水滴が踝まで覆う水面を規則的に打つ。


 以前と寸分違わない、ナルトの精神世界がそこに広がっていた。


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86.言霊

 

 歩調に合わせ、波紋が広がっては消えていく。薄暗く似たような光景ばかりが続く回廊を、右へ左へ、更に奥へと。

 何かに引き寄せられるかのように、サスケは複雑に入り組んだ精神世界を迷いなく進んだ。

 

 

『ッ、ナルト!!』

 

 

 一時間か数分か、ほんの刹那か。精神世界での時間は定かではないが、直感は正しかったようでやがて開けた部屋に出た。

 見上げる程もある巨大な檻の中、侵入者に気づいた九尾が唸り声を上げる。しかしそんな九尾の威嚇すら眼中になく、サスケはその檻の前に蹲るナルトに駆け寄った。

 

 

『ナルト!おい、しっかりしろ!』

『………』

『ナルト……』

 

 

 ポコポコと泡立つ九尾のチャクラを纏ったナルトの瞳は黒く、瞳孔だけが赤色に染まっている。呼びかけにも僅かにも反応がない。

 そんなナルトの姿に唇を噛み締め、サスケはキッと檻の中に黄色く光る双眸を睨みあげた。

 

 

『九尾……テメェ、ナルトに何をした!?』

 

 

 サスケの怒声に警戒心を宿していた瞳が瞬く。

 鼻先がひくりと動いたかと思えば、九尾は小馬鹿にするように口端を捲り上げた。

 

 

【違うな、お前は……そうか、うちはの者だったか。ナルトの中のワシが見える程とは。その瞳力とワシ以上に禍々しいチャクラ……嘗ての■■■■と同じ……】

『煩い、質問に答えろ!』

【クク……ワシは何もしておらん。ワシの中に渦巻く憎しみ、その怨嗟に小僧が耐えきれなかったまでよ】

『何……?』

【お前がワシの力を抑えた所でもう手遅れだ。ナルトの暴走は止まらん。そら……六本目だ!】

 

 

 九尾の言葉を肯定するかの如く、ナルトの背後に六本目の尾が生えていく。

 写輪眼はチャクラを見る瞳だ。サスケの目には、ナルトのチャクラが九尾のチャクラに侵食されていく様がはっきりと見えていた。

 

 ただの写輪眼では、ここまで暴走した九尾を制御できない、そう悟る。それこそ木遁や封印術に長けた者、あるいは万華鏡写輪眼でもなければ。

 しかし、自来也やヤマトを連れてくるような時間はない。

 サスケは精神世界に入る前のナルトを思い出して顔を歪めた。五本でさえも全身血塗れだったのに、六本。現実世界での今の状態など考えたくもなかった。

 

 

『ナルト!もうやめろ、これ以上はお前の身体が……!!』

 

 

 両肩を掴んで揺すぶろうと、その瞳を正面から覗き込もうと、ナルトは為されるがままで。こんなに近くにいるのに、声すらもが届かない。

 掌がジュウと焼けただれていく。写輪眼を解いてチャクラを絞り出して両手から注ぐも、そのそばから九尾のチャクラに弾かれる。それでも諦めることなんてできなかった。

 

 

『頼む……ナルト……』

 

 

 両の目尻には涙の痕が残っている。暴走のきっかけはこの俺自身だ。

 あの河原で口寄せの修行をした時から、こうなることは予想できた筈だ。

 

 ここまで六年という月日、寝食をともにした。一人きりだったナルトにとって、俺は始めてできた繋がりとなった。

 孤独を知る分、それが断たれる恐怖は尚の事強くなったのだろう。

 

 そして、それは俺自身にも同じことが言える。

 夢を叶えたナルトの姿を、七代目火影を知っている。病に臥せながらも里を案じ、それでもその笑顔を曇らせることのなかった親友を。アイツを見送った、その時の埋まりようのない喪失感を。

 俺が過去を変えた結果が、ナルトの未来を絶とうとしていた。

 

 視界がぼやける。ナルトが死ぬ、そう思えばもう耐えきれなかった。

 ぽたりと頬から顎へ伝い落ちた涙が水面を叩いた。

 

 

【フン、無駄なこと………ッ!!】

【───無駄なんかじゃないよ】

 

 

 ナルトの肩に置いていた手に、柔らかな温もりを感じた。

 ハッと視線を上げれば、空より澄んだ蒼眼が優しげにサスケとナルトを見詰めていた。色の乏しいこの世界で、その色だけが輝いて見えた。

 

 

『四代目、火影……』

【やあ。久しぶりだね、サスケ君。あの大戦以来かな?】

 

 

 四代目火影にして、ナルトの父である波風ミナト。

 彼は、“うちはサスケ”を知っている。その意味する所に、ゴクリと息を呑んだ。

 過去に戻ってきたのは、俺だけなのだと思っていた。けれど、もしかすると───。そんな淡い期待が芽生えかける。

 

 場所を変えよう、そう言った四代目の言葉とともに九尾の檻が消え、何もない白い空間にサスケは立っていた。

 そして四代目が何か術を施したのか、隣では目覚めたナルトが寝ぼけ眼に辺りを見回している。

 ふと視線がかち合うと、ボロボロと泣き出したナルトが飛びついてきた。デジャウである。

 

 

『サスケェ!生きてたってばよ……!俺ってば……俺ってばァ……!』

『……悪かった。だが四代目の前だ、泣くのはやめろ』

『四代目?』

 

 

 号泣するナルトにも二度目となれば慣れたものだ。

 ひっついてくるナルトの頬を掴んで無情に引っ剥がしたサスケは、ニコニコとこちらを見ている四代目ミナトに視線を戻す。

 ナルトもずびずびと鼻を啜りながらも、目の前の人物にようやく気づいたのかよく似た青い目を瞬いた。

 

 

『へ?四代目って……四代目火影!?』

【ナルト……本当は八本目の尾まで封印が解放してしまうと、俺がお前の意識の中に出てくるよう封印式に細工しておいたんだけどね。お前はまだ子供だからこれ以上は身体がもちそうにない。だからどうにか出られないかと思ってた所だったんだ。君のチャクラが呼び水になってくれてね、助かったよサスケ君】

『……』

『四代目火影が、俺達の名前をどうして知ってんだってばよ?ってか、ここってどこ?』

【だってお前の名前は俺がつけたんだから。倅なんだし……サスケ君とはちょっとした縁ってとこかな。ここは、お前本来の精神世界で───】

『倅って……俺の父ちゃん?』

【うん……言ったろ、お前は俺の息子だよ】

 

 

 恐る恐る尋ねるナルトに、ミナトは目を細めてしっかりと頷いた。

 しかしナルトは先日ようやく九尾を認識したばかり。九尾のことも、四代目火影のことも、まだよく分かっていないからか半信半疑といった具合だ。

 サスケの裾を軽く握ってちらりと伺ってくるナルトに、サスケもフッと口角を上げて“行って来い”とその肩を押した。

 

 四代目に聴きたいことは無論ある。だが、たとえ精神世界といえど時間は有限だ。

 過去を知るミナトはともかく、ようやく父と会えたナルトの時間を奪うことはできなかった。

 

 

【ナルト。何歳になる?】

『十二歳……』

【そうか。まさか、こんな小さい君とも話せる日が来るなんてね、クシナに焼かれちゃうな】

『ホントに、ホントのホントに、四代目が俺の父ちゃん?』

【本当の本当だよ。ほら、目の色も髪の色も、一緒だろう?】

『そっか……へへ……俺の父ちゃんってば、四代目だったんだ。母ちゃんは香燐と同じうずまき一族って奴なんだよな?』

【うん。うずまきクシナといってね、君と性格がそっくりなんだ。でも忍術は……僕の開発した螺旋丸を習得したからね。僕似かな?】

『父ちゃんなんで知って……』

【君の中からずっと見ていたから。四代目火影の再来ってね】

『……おう、俺様にかかればチョチョイのチョイだってばよ!なんたって、四代目の……火影の息子だから!』

 

 ナルトはそう言って照れたように鼻をかいた。

 和やかな会話が続いた。二人の過去のやり取りがどんなものだったかは定かではない。だが、きっとこの穏やかな空気だけは変わらぬものだったのだろう。

 しばらく親子のやり取りを一歩下がって見守っていると、ふいに四代目がこちらをくるりと振り返る。

 

 

【さて……サスケ君。君に伝えたいことがある】

 

 

 来たか。そう思いながら重い足を進めナルトの隣へと進む。

 四代目は間違いなく過去の記憶を持っている。

 いつからなのかは分からない。ただ、こうしてナルトを命の危機に晒したばかりか、過去を変えるという禁忌を犯したのだ。断罪されても仕方がない。

 そんなサスケの後ろめたさを知らず、ナルトがニシシと笑ってサスケの肩を組んだ。

 

 

『父ちゃん、サスケのことも見てたろ?俺の兄弟弟子だってばよ!』

『……は』

『俺のほうが兄弟子な!』

『んなわけあるか。俺が兄弟子だろ』

『だって俺ってば先にエロ仙人に弟子入りしたもん』

『年は俺のほうが上だろ、ウスラトンカチ』

『年とかずりぃ、二ヶ月ぽっちじゃん!俺だってあと少しで追いつく!』

 

 

 ぶーぶーと文句を言うナルトと暫し口論していたが、やがてくすくすと笑う声にハッと我に返る。

 そろりと視線を上げて瞑目する。ミナトの瞳には責める色は一つもなく、変わらぬ凪のような穏やかさばかりがそこにあった。

 

 

【サスケ君。ナルトを救ってくれて、ありがとう】

『……別に、救ってなんか……』

【いいや。たしかに、救ってくれていたよ。……君がナルトの友達でよかった】

『……!』

 

 

 過去を知るミナトの言葉だからこそ、その重みが分かった。

 里を裏切り大罪を犯し、何度もナルトを傷つけてきた。きっと親である四代目からすれば、否、他の奴らからしてみても良い友ではなかっただろう。

 ようやく、ナルトに恥じぬ友となれたのかと。そんな思いが胸を熱くする。

 

 無意識ながら耳まで赤く染めたサスケに頬を緩めていたミナトだったが、ふと真剣な眼差しへと切り替えナルトの両耳を塞いだ。

 ピリリとした緊張感にナルトも何かを感じ取ったのか、大人しくその腕の中に収まっている。

 微笑ましい光景ではありながら、そのただ事ならぬミナトの雰囲気にサスケも顔を引き締めた。

 

 

【サスケ君。君は飛雷神の術を習得したんだったね】

『……?ああ』

【なら分かる筈だね。時空間移動に最も難しく、最も重要なのは、座標なんだ】

『それが……ッ!』

【ここは恐らく未来と並行世界の狭間……気づいていただろう?未来と似通った出来事が起きていると】

 

 

 ミナトの言わんとすることを悟り、サスケの顔から血の気が引いた。

 過去へ戻る。それは紛れもなく、時空間移動の類いだった。

 

 

(俺は……何故、過去に戻った?いや……何故、“戻れた”……?)

 

 

 生前所持していた輪廻眼の能力によるものだろうと、そう思っていた。

 だが、時空間移動に欠かせぬ座標。それは針の穴を通すような繊細な感知能力を要する。

 もしも一つでも間違えれば時空の狭間に閉じ込められ、永久に戻っては来れない。それも死後の魂だ。もしも器であるこの時代のうちはサスケへ辿り着けなければ消え失せていた筈だ。

 

 これは奇跡なんてものじゃない。俺が、この時代、この木ノ葉にうちはの虐殺が起きるよりも先に、こんなにピンポイントで偶然返ってこれるほど時空間忍術は甘くない。

 誰かが、何らかの意図を持って、俺の魂をこの時代のうちはサスケへと飛ばした。

 そう思い至った瞬間、得体の知れぬ怖気が走った。

 

 

【僕は君とナルトが出会った瞬間に、未来を思い出した。ナルト達が思い出していない所を見ると、僕が既に死んでいることも影響しているかもしれない。ただ、この世界は間違いなく君を支点に未来から分かれている】

『……狭間というのはどういう意味だ?』

【完全には分かれていないからこそ、未来を彷彿とさせる出来事が起きているんだ。引き寄せられていると言ってもいい。君の選択によっては、未来の世界に上書きされる可能性だってある】

『上書き……?』

【そう……生まれなかった筈の命は生きられないし、生きる筈の命は生き、死ぬ筈だった命は死ぬ。分かたれた事自体が、無かったことになるだろうね】

『………』

【何れにせよ……君は決断することになる】

 

 

 その言葉を反芻する。

 うちはの子供達が、一族達が、ハヤテが。彼らの笑顔が、墓標が、浮かんだ。

 家紋一つ持たぬ背が、急に重くなったように感じた。

 

 

【記憶は話さない方がいい。言霊っていうのがあるからね、未来に引き寄せられることになる。さて……俺もそろそろ行かなくちゃならない】

 

 

 ナルトの耳から離したミナトの手は、向こう側が見える程に透けていた。

 

 

『えっ……じゃあ……』

【封印を組み直す。大丈夫、また会えるよ。ナルト、君が火影になって、父親になって、お爺さんになって、いつかその時が来たら……また、ゆっくり話をしよう】

 

 

 目を潤ませるナルトの頭に手を置いたミナトは、そう言って微笑んだ。

 それは一度経験したかのような物言いで。

 もし過去に戻らなかったならば、俺も兄や両親、一族達とも語り合うことができたのだろうか。今を生きる彼らを望みながらも、一瞬だけそんな羨望を抱いた。

 ナルトの腹にある綻んだ封印をかけ直したミナトは、立ち竦むサスケの複雑な心境を読み取ってか苦笑をこぼした。

 

 

『父ちゃん……!』

【ナルト……お前に九尾のチャクラを残して封印したのは、この力を使いこなすと信じていたからだ。俺の息子なら、と。きっとお前なら、九尾の憎しみもどうにかしてやれる】

『俺にそんなこと……』

【俺はお前を信じている。どこまでいっても子供を信じてるのが親ってもんだからね】

 

 

 ミナトの姿が遠ざかる。意識が現実世界へと浮かび上がろうとしているのを感じる。

 真っ白に塗りつぶされた視界に、ミナトの声が遠く聞こえた。

 

 

【サスケ君。最後に一つだけ───名を呼んではいけないよ】

 

 

【“彼”が目覚めてしまうから】

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 目が覚めたと、そう自覚した。

 瞬きを繰り返すごとに少しずつ視界が鮮明になっていく。隣で身じろぐ気配がして、こちらを覗き込む我愛羅やテマリ、香燐、パックンに気がついた。

 

 身体を起こして周囲へと目を走らせれば、ナルト、サクラ、カンクロウが順に眠っている。身を隠していた洞穴にいるようだ。我愛羅が運んでくれたか、パックンらが迎えに来てくれたのだろう。

 香燐の能力によってか傷は全て癒えていたが、そんな些細なことを問う余力すらもない。

 ただ、最後のミナトの声だけが頭に木霊していた。

 

 

 ナルト達の胸がゆっくりと上下する。

 その流れるような呼吸の音を聞きながら、サスケは再び瞼を閉ざした。

 









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87.一欠片の希望

我愛羅視点


 

 九尾の赤いチャクラが、光の粒となって空中へと消えていく。

 その中から開放されたナルト、そして同時に力尽きて倒れたサスケ。その二人を咄嗟に砂で受け止めた我愛羅は、光の溶けていった青い空を見上げた。

 

 

「終わった、のか……?」

 

 

 張り詰めていた息を吐き出せば、狭まっていた視界が開ける。

 周辺の木々は全てなぎ倒され、幾つものクレーターが地表を抉り、惨憺たる光景となっていた。

 一帯が更地となったために見通しもよく、森の奥から駆けよってきた人影に、その時になって我愛羅はようやく気がついた。

 

 

「お前は……!」

「歯ァ、食いしばれよ我愛羅!!」

 

 

 身構えたのも一瞬。その赤い髪を認めると同時、頬に拳が叩き込まれた。

 避けることは容易い程の速度に威力だ。それでも、どうしてか避けてはならないと感じて甘んじて受ける。

 ただし、纏っていた砂の鎧がその攻撃を阻み、さして痛みはなかった。

 

 

「いったぁ……!この馬鹿、ちゃんと殴らせろコノヤロー!!」

 

 

 却ってその小さな拳にダメージが入ったらしく、手を抑えながら涙目で睨んでくる香燐の剣幕に、我愛羅は一歩たじろいだ。

 

 

「……すまん。鎧を解いた、もう一度殴れ」

「そんな殊勝なこと言ったってな、ウチは許したりなんか……サスケ!?」

 

 

 視界の端にサスケを目に入れた途端、こちらには目もくれず駆け寄っていく所も相変わらずだ。

 しかし、どうして香燐がここにいるのか。

 ここにいては危険だと逃がした筈なのに……次に会った時には殺すと、そう脅した筈なのに。

 そんな思考が過った頭がくらりと目眩に揺れた。

 

 

「もういい……終わったんだ。終わったんだよ、我愛羅」

 

 

 ふらついた身体を支えたのは、香燐と共に追いかけてきたテマリだった。

 木ノ葉崩しはまだ続いており、状況はそう変わってはいない。

 ただ、香燐やサスケ、ナルト、サクラ、彼らとの間にあった憎しみもわだかまりも、罪悪感も。先程の赤いチャクラと一緒に消えてしまったかのように胸が清々しい。

 

 

「そうだな……もう、痛くない」

 

 

 フッと微笑んだ我愛羅にテマリが驚いたように目を丸くして、やがて優しく頬を緩める。

 テマリのその笑みは、夜叉丸と、きっと母にもよく似ていた。

 

 

「感動の再会に水をさして悪いがな。こっちに誰か向かって来ておる……知らん臭いだ。敵かもしれん」

「まだ遠いけど……あのチャクラ、ヤバいぞ」

 

 

 遠目にも明らかな戦闘に、いくら離れているとはいえ木ノ葉も砂も気がついたことだろう。

 その相手が誰だとしても、戦う余力は残っていない。木ノ葉の忍犬と香燐の言葉に従い、カンクロウやサクラ達のいる洞穴へとサスケらを担ぎ込んで身を潜めた。

 

 そのまま彼らを置いて去ることもできたが、何も言わずにはどうにも別れ難く。サスケの目が覚めるまでの間、香燐には当初の計画から現状に至るまでの全てを説明した。

 最初は利用しようとしていたこと、砂の計画が漏れて状況が変わったこと、そして風影の命令と俺たちの裏切りを。

 

 隣でパックンとかいう忍犬がピクピクと耳を動かしている。木ノ葉崩しの、そして大戦の火蓋が切られた今ではバレた所で何の意味もない。

 香燐はじっと黙って話を聞いていた。最初から突き放すよりも、こうして向き合うべきだったのだろうとそう思う。

 

 

「よかったら……アタシ達と一緒に、来るか?」

 

 

 テマリの誘いに香燐は暫し躊躇っていたが、やがて首を横に振った。

 ここで別れれば、もう会うことはない。そう思って咄嗟に引き止めようと開きかけた口を、何も言わないまま閉ざした。

 

 俺たちの側にいては再び里同士、或いは里内部でのいざこざに巻き込むことになる。それに今の俺たちは裏切り者でしかなく、里に受け入れられるかも怪しいのだから当然の選択だろう。

 

 

「だけど……香燐、お前どこに行くつもりだ?草隠れからは恐らく手配書が出てる。同盟国は抜忍の引き渡し条約があるから逃げられないぞ」

「それは……」

「───当てがある。心配するな」

「!!」

「……そうか。ならいい」

 

 

 会話に割って入ってきたのは、ゆっくりと身を起こしたサスケだった。いつの間にか目覚めていたらしい。

 その行先をぼかすような言い口に、テマリが追及しようとするのを手で制す。香燐を案じるが故に不安はぬぐえないが、それでもその言葉は信じることができて胸を撫で下ろした。

 だが、ふらふらと立ち上がったサスケにそんな不安も吹き飛ばされる。

 

 

「サスケ?おい、どこに行くつもりだよ!まだ動いちゃ……!」

「休息は取った、俺は戻る……木ノ葉を、守る。ナルトかサクラが目を覚ますまででいい、そいつらを頼むぞ」

「……拙者もカカシに報告せねばな」

 

 

 サスケの言葉に、どくりと心臓が音を立てた。

 木ノ葉に戻る。それは、再び戦闘に身を置くということだ。そしてサスケが戦うのは、俺と同じ砂隠れの忍で。  

 いくらサスケが強くとも、連戦によってボロボロでチャクラも底をついた状態の今、満足に戦えるとは思えない。サスケが消えた瞬間がよぎって背筋が寒くなった。

 

 加勢はできない。だが、そのまま行かせたくもない。

 そんな我愛羅の心情を読み取ったのか、無意識に動いた砂がサスケと忍犬の行く手を阻む。

 だが、止める資格などないとわかっていた。

 ジッと見詰める黒い瞳に耐えきれず、我愛羅は目を伏せ砂を解いた。

 

 

「なあ……でも、計画って一回バレたんだろ?警戒されてるってわかってるのに、どうして風影は強行したんだ?」

「それは……アタシ達にも分からない。ハッ、血の繋がった親子だっていうのに……情けない限りだけどね」

「───え?親子?」

 

 

 テマリの自嘲するような呟きを聞いて、香燐がきょとんと首を傾げた。

 洞穴から一歩外へと出ていたサスケがふと足を止めて振り返る。驚きに見開かれた瞳が、何かを探るかのように細められた。

 

 

「香燐……それは、どういう意味だ?」

「え?いや、その……血は、繋がってなさそうだから」

 

 

 言いにくそうに告げられた言葉に、動揺と疑念が胸に忍び込む。

 俺と血が繋がっていない?

 いや、あり得ない。守鶴を宿す器を作った父だ。そしてその父に、我愛羅は憎らしい程によく似た相貌をしていた。

 ……では、テマリとカンクロウがか?

 そんな父への疑惑に、狼狽えたテマリが身を乗り出した。

 

 

「何言ってるんだい!アタシ達は正真正銘、砂の三姉弟だよ!」

「うん。テマリもカンクロウも我愛羅も、チャクラがよく似てるよな」

「わ、わかってればいいんだよ……!」

 

 

 そこじゃないだろう、と思ったがやけに嬉しそうに腕を組んだテマリに何も言えなかった。たしかに似てると言われることは少ないから、多少気持ちは分からなくもない。

 だが、そこじゃない。テマリ達と血の繋がりが確かなのであれば、では血が繋がっていないのは───?

 

 

「香燐、お前は風影と会ったのか?」

「ああ……一回だけ。宿が同じだったから挨拶だけさせられたんだ。蛇みたいな奴で滅茶苦茶おっかなくってさ……絶対、我愛羅達とは血なんか繋がってないぞ!」

 

 

 サスケの問いに、香燐はそう言い切った。

 だが、俺達に聞こえていたのは『蛇』というたった一言だった。

 ザッと顔が青褪めていくのが分かって、同じく酷い顔色をしたテマリと顔を見合わせる。

 あの悍ましさを、あの恐怖を、忘れる筈がなかった。

 

 

「俺たちは……砂隠れは、騙されていたのか……?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「香燐、すまなかった。二度にわたり救われたこと、アタシ達は決して忘れないよ」

「巻き込んだ俺達が言えることではないが……生きろ」

「うん。我愛羅達も、気をつけて」

「……またな」

「サスケほんとに大丈夫なのか?もう一回くらいうちの腕噛んでおいたほうがいいんじゃないか?サスケの試合写真とかでも……ハッ!そういやうちサスケの試合見れなかったぁぁぁ!!?サスケの応援用にうちわまで作ったのに……!!そういやアレ宿に隠したまんまじゃん……ほとぼり冷めたら絶対に戻ってくるぞ!そ、そしたら……うちと、付き合って……ぁ゙ああああ、やっぱりなんでもない!!なんでもないからな!?調子に乗るなよ馬鹿ァァァ!!!」

 

 

 サスケにズラズラと捲し立て、香燐は脱兎のごとく森の奥に消えていった。相変わらず、素直じゃない奴だ。

 

 目を白黒させているサスケの肩を叩き、俺はカンクロウを、サスケがナルトを、テマリはサクラを背負う。

 三人共にまだ意識はないが香燐曰く命に別状はなく、その内目覚めるだろうとのことだ。

 忍犬の先導の元、俺達が向かうのは木ノ葉隠れの里である。

 

 

『これを先生に伝えれば……砂隠れを、この戦いを、止められるかもしれない……!』

 

 

 もしも、本当に蛇こと大蛇丸が風影を操っていた、もしくは乗っ取っていたなら?

 そんな可能性でしかなかったが、一筋の希望が見えた気がした。

 たとえ僅かでもそこに里の未来があるなら、命をかける覚悟くらいできている。

 

 

 俺は砂の我愛羅───風影の息子なのだから。

 

 





「おやおや。尾獣同士で削り合って弱った所を、と思ったのですが……取り逃がしてしまいましたか。まさか暴走が収まるとは、なかなかやりますねェ」


 荒れ果てた大地を踏みしめ、大刀を肩にかけた異形の男は楽しげにニイと口角を上げた。
 一尾と九尾の姿はそこにない。チャクラの痕跡がそこかしこに残りすぎて、遠くには行っていないにしても行方を追うのは骨が折れそうだ。

 だが、外道魔像の準備にもあと数年はかかるとはいえ、尾獣二匹を手元に置けば手間が省ける。今回の第一目標は異なるが、あわよくば、そんな命を受けていた。


「二兎ならず三兎……欲をかきすぎて、逃げられたのかもしれませんがね」


 クツクツと笑いながら、開けた大空を見上げ思案する。
 南の空を細切れに切り裂くように、幾筋もの黒い煙が立ち昇っているのが見えた。


「あの方も始めたようですね。さて……どうしましょうか」


 追いかけるべきか、去るべきか。それとも。



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落日編
88.人柱力


新章開幕、落日編です。
サスケさん視点。

今話で2月連投は終了です。次話より月1〜2回投稿となります。どうぞ気長にお楽しみ頂ければ幸いです。
NARUTO新作情報を願いつつ、完結まで頑張ります(・人・)


 

 

(やはり……大蛇丸だったか)

 

 

 この無意味な戦いを一刻も早く終わらせる為、サスケは我愛羅達と共に木ノ葉への道を急いでいた。

 その道すがらに思うのは、尾獣玉の前に飛び出した折にチラリと見えた風影の姿である。

 

 顔は覆面で隠されていたものの、そのドロドロとした執着を隠さぬ眼差しは確かに奴のもので。

 そして、成り済まされた風影の安否は知れず。我愛羅達は言及しなかったが、きっと既に亡きものと悟っていただろう。

 

 

(助けられる道は、本当になかったのか?)

 

 

 意識のないカンクロウを背負いながら、ただ前を見据える我愛羅を窺い見る。

 未来で和解が叶うとはいえ、現状として我愛羅の命を狙っていた風影だ。生存していた場合、次代の風影に我愛羅が選ばれる可能性は低くなる。

 世界の行く末を思えばこれでよかったのだと、そう自分を納得させようとする傍らで、曇るテマリの眼差しにそんな取り留めのない思いが浮かんでは消えていった。

 

 

───君は決断することになるだろう。

 

 

 ミナトはそう言ったが、俺は自分の無力さを知っている。風影と接触する手は最初からなく、置かれた立場は俺を雁字搦めに縛りつけていた。

 過去を救うか、未来を壊すか。

 選べるようでいて選べない。それが今の現実だ。

 

 背負うナルトを、眠るサクラを後ろ目に見やる。

 守りたいものを取りこぼさぬようにと掌を握りしめた。その手のちっぽけさを、ただ苦く思った。

 

 

「待て、誰か来るぞ」

 

 

 もう少しで里の市街地へと出る所で、前方を走っていたパックンが足を止めた。

 砂か、木ノ葉か、ダンゾウや大蛇丸の手の者か。何れにせよ我愛羅達と行動を共にしているのだから、誰だとしても敵になる可能性がある。

 我愛羅も俺もチャクラが回復していない今、ナルト達を庇いながらでは分が悪い。なるべく戦闘は避けたい所だ。

 

 目配せ一つで各々が散り、身を潜めたサスケは葉の合間から目を凝らす。

 カラン、と木の枝を打つ軽やかな下駄の音がした。

 

 

(あれは……!)

 

 

 長い白髪。油と書かれた額当て。目尻から顎まで伸びる赤い隈取り。若草色の甚平に、忍ぶことを忘れたかのような真っ赤な羽織り。

 女相手にいつもデレデレと崩していた相貌は、今や笑み一つ浮かべぬ冷徹さを宿している。

 足を止めた彼───三忍の一人、自来也は隠れているサスケ達を順に見回した。

 

 

「出てこい、そこにいることは分かっておるぞ」

 

 

 意識のないナルト達は気配を隠せず、元より三忍を相手に逃げ隠れなど不可能だった。

 九尾の暴走を知り駆けつけたという所だろう。そう当たりをつけて、ナルトを背負い直して茂みから進み出た。

 

 

「……サスケか?」

 

 

 険しい眼差しがサスケとナルトを捉えると同時、重苦しい殺気が溶けていった。

 けれど、その場に漂う緊張感はそのままだ。姿を現した我愛羅達と俺達とを、細められた目が行き来している。

 自来也の出方が分からない以上、隙を見せる訳にはいかないと距離を保った。

 

 

「ふむ、どうやら九尾の暴走は解けたようだな。サスケ、お前か?」

「俺じゃない。四代目火影だ」

「四代目が?そうか……あ奴のやりそうなことだのォ」

 

 

 懐かしげに細められた瞳がナルトを見つめる。

 嘘は言っていない。確かに封印をかけ直したのは四代目であり、彼がいなければ九尾を抑えられなかったのだから。

 ただ、暗部入隊の契約を思えば、写輪眼のことはあえて触れたくはない。

 写輪眼を直接目にしたのは我愛羅だけだ。後で口止めが必要になるだろう。

 

 

「それで……砂隠れの人柱力とお前らが、何故行動を共にしている?今の状況を知らぬ訳ではないだろう」

 

 

 そんな考えを見透かされるかのような言葉に、内心ぎくりと冷汗が流れる。

 うっすらと砂を纏い始めた我愛羅を制するより早く、その足元にいたパックンが一つ吠えた。

 

 

「それは拙者から説明した方がよかろう」

「お主は確か……」

「うむ。カカシと契約しておる忍犬だ。ナルトを止める為に追ってきたのだがな……」

 

 

 パックンがかい摘んで状況を語る。九尾の暴走のことから、我愛羅達との共闘、大蛇丸の陰謀、この戦争を止める為に手を組んだこと。

 傍から聞けば、その情報量にげんなりする程の濃密さである。

 

 

「大蛇丸か……確かに、あ奴ならばやりかねん」

 

 

 そんな説明を聞き終えた自来也は目を伏せ、何やら考え込んでいるようだった。

 火影や大蛇丸、砂隠れの上忍らがいる会場へはまだ距離がある。この先で他の忍と遭遇し交戦になる可能性はまだ高く、三忍の協力があれば無駄な戦闘も減る。

 

 しかし、もし協力を得られず我愛羅達を殺そうとするならば───。

 期待と一抹の不安を隠せぬまま、落ちた沈黙にサスケはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「話は分かった。力を貸してやっても良い、が……」

 

 

 自来也の言葉に安堵する間もなく。

 その節くれ立った指が我愛羅をビシリと指差した。

 

 

「お前は駄目だ」

 

 

 自来也の言わんとすることを瞬時に悟ったテマリが、その視線を遮るように我愛羅を背に庇った。

 

 

「これがもし嘘だったとして、里の中心部で暴走なんぞされては堪らん」

「違う、嘘なんかじゃない!」

「伝えるだけであれば、女、お前が一人おれば解決するだろう。一尾の人柱力、お前はその黒服とここに残れ」

「……そんな……」

 

 

 砂隠れは元々、里内での我愛羅の尾獣化を企てていた。それに意図したものではなくとも、我愛羅は一度会場内で暴走し影達へと明確な殺意を向けている。

 自来也の考えは理解できた。だが、俯く我愛羅を見てしまえば、その言葉にどうしたって納得はできなかった。

 

 

「なあ、エロ仙人。それならさ、俺も……木ノ葉には戻らねェ」

「ナルト……?」

 

 

 耳元からの声に振り返れば、金色の睫毛が震えて持ち上がる。

 いつの間にか起きていたらしいナルトは、今にも泣き出しそうな顔でギュウ、と拳を握りしめていた。

 

 

「うっすらだけど覚えてる。サクラちゃんもカンクロウも、我愛羅もサスケも……俺が暴走して傷つけた」

「……」

「俺も我愛羅と一緒だ。もし我愛羅が駄目だってなら、俺も戻らねェ。だって俺がまた暴走して、木ノ葉を滅茶苦茶にするかもしんねーだろ」

「……馬鹿を言うな。お前は木ノ葉の忍で、ワシの弟子だ。ワシは……ナルト、お前を信じておる」

「だったら!人柱力だからって関係ねェ、もう我愛羅は木ノ葉を傷つけたりなんかしねェ!俺だって、我愛羅を信じてる!」

 

 

 強い決意を宿した蒼眼が自来也を睨みつける。

 そんなナルトの言葉に、我愛羅は呆然と顔を上げた。

 

 

「どうして……どうして、俺を信じられる……。俺はサスケを、お前達を、殺そうとしたんだぞ!?」

「───友達だからだ」

「……!」

「それに……なんでかなぁ……お前の気持ちは、痛いほど分かるんだってばよ」

 

 

 同じ人柱力である、ナルトと我愛羅。

 まっすぐに見詰め合う二人には、彼らにしか分からぬ孤独と痛みが垣間見えた。

 人柱力というだけで危険視され、忌み嫌われる。本人達が望んで得た力でもないのにだ。そしてその力が意図せずに身近な者たちを傷つけ、その力に飲まれる恐怖。

 

 人柱力でない俺には、どうしたって全ては分からない。

 お前に俺の何が分かる、そう宣った過去の己の言葉が聞こえた気がした。

 

 

「でも……俺達ってば、もう一人ぼっちなんかじゃねェ。お前だって分かってる筈だろ」

 

 

 我愛羅が目をゆるりと横へ向けた。そこには我愛羅を庇うテマリの姿があった。

 次いで絡んだ視線にフッと口角を上げてやれば、その目が揺れてジワリと潤んでいく。

 そんなやり取りを静かに眺めていた自来也は頭をかくと、ひたりと我愛羅と目を合わせた。

 

 

「馬鹿弟子共がそこまで言うとはな……。我愛羅といったか。お前は、こいつらに応えられるか?」

 

 

 信頼への応え。その意図は戦争を止める、それだけではないと察する。

 自来也を見つめ返した我愛羅は、やがて力強く頷いた。

 

 

「ああ、約束する。俺は砂隠れの我愛羅───風影になる男だ」 

「風影……ククッ、そうか次期風影か、そりゃあ信じねぇわけにいかねーのォ!」

 

 

 我愛羅の言葉に自来也は大笑いしていたが、期待しておるぞ、と肩を叩く様子からして、どうやら我愛羅のことが気に入ったようだった。

 

 

「やったな、我愛羅!」

「ああ……ありがとう」

「我愛羅、アタシも応援するからな……!」

 

 

 照れたように鼻をかくナルトを眩しげに見詰めながら、我愛羅は穏やかな微笑みを浮かべていた。テマリが感涙を浮かべながら力説するのにクスリと笑う。

 そんな人間同士の一悶着を静観していたパックンが、ようやく終わったかと欠伸混じりに起き上がった。

 

 

「まったく……笑ってる場合ではないぞ。もう時間を随分と使った、急いで戻った方が良い。もし砂隠れの上忍や火影が命を落とせば、更に事がややこしくなろう」

 

 

 確かにパックンの言う通り時間を費やしはしたが、大蝦蟇の背にでも乗れば一飛びで会場まで行ける。

 それに下忍の言葉より三忍の言葉のほうが格段に説得力があるものだ。砂と木ノ葉、双方の和解は我愛羅と自来也がいれば問題なく成せるだろう。

 だが、時間がないのも事実。それに大蛇丸と交戦している三代目も気がかりだ。

 

 

「そうだの。よし、ジジイがぽっくり逝っちまう前に戻ると───!」

「ッ!」

 

 

 口寄せの印を結ぼうとした自来也が言葉を切ると同時。サスケも掌にクナイを忍ばせ、森の奥をジッと見詰めた。

 ほんの一瞬、確かに視線を感じた。敵意はないが、恐らくは味方でもない。

 次第に増していくプレッシャーに観念したのか、そいつはスッと木の影から姿を現した。

 

 

「すごいな、気配は完璧に消したつもりだったのに」

 

 

 動物を模した仮面に、肩に炎の入れ墨、闇に紛れるような黒い装束───暗部だ。

 しかし、その淡々とした声にはどうしてか聞き覚えがあった。

 まさか。そんな嫌な予感に、じとりとした汗が滲んだ。

 

 

「里の大事に、暗部がこんな所で何をしている?」

「僕は戦闘向きではないので、砂隠れの人柱力の追跡を命じられたんですが……でもそちらも話がついたようですし、自来也様にお任せしますよ。僕は、『彼』を連れて行かないといけませんから」

 

 

 怪訝そうな自来也へそう答えながら、暗部の少年はゆっくりと歩いてくる。やがて眼の前で立ち止まると、あの別れの時と同じように片手を差し出す。

 どこか無機質めいた黒目が、愕然とするサスケを写していた。

 

 

「上層部からの命令なんだ。サスケ君、僕と一緒にきてくれるかな」

 

 

───写輪眼の開眼、おめでとう。

 

 

 仮面を外したサイは、そう言ってにっこりと微笑んだ。

 



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89.罠

ダークシリアス超特急へようこそ。
R-15タグを追加しました。主要人物の死ネタも今後入りますので、どうぞ心のご準備をお願いします。

ちなみに、ミスリードに気づかれてた方はいらっしゃるかしら……(゜゜)


 

 

───写輪眼の開眼、おめでとう。

 

 

 告げられたその言葉に、ただ漠然と七班の終わりを悟った。

 思考の止まった頭に過ったのは、川原で見上げた夜空で。今が続くように。そんな叶わぬ願い事を、瞬きと共に消えた流れ星を思い出す。

 差し出された手を取ることも体の良い言い訳もできぬまま、俺はその場に立ち尽くしていた。

 

 

「何だか、顔色が悪いようだけど……大丈夫?」

「ッ!」

 

 

 心配そうな台詞に似合わぬその無感情な眼差しに、ひやりとした悪寒が背に走って大袈裟な程に身体が揺れた。

 そんなサスケに構わず、サイは笑みを崩さぬまま更に一歩近づいてくる。伸ばされた青白い手から逃れなければ、そう思うのに身体は凍りついたまま動いてくれない。

 

 その指先が腕を掠めた刹那。

 ぐい、と思わぬ方向から肩を押された。

 

 

「サイ、お前どうしてこんなとこに……っつうか、お前暗部だったのか!?」

 

 

 サスケを押しやるように間に割り込んできたのはナルトだった。

 サイはパチパチと瞬きすると、サスケからナルトへと視線を移して小首を傾げた。

 

 

「なんだナルト、君もいたんだね。チビだから気づかなかったよ」

「うるせー、最初からいたってばよ!……つーかお前、暗部なんてすげーじゃん!なのになんで中忍試験に出てたんだ?」

「……任務でね」

「ナルト。こ奴は知り合いか?」

「おう!中忍試験の予選、死の森っつうとこで影分身が助けられてさ」

 

 

 警戒を解かず距離を置く自来也に、ナルトがつらつらと二次試験でのサイとの出会いを語り始めた。

 ナルトの素か意図してのものか、話の流れは明らかに写輪眼から遠ざかっている。

 そんな緩んだ空気に、張り詰めていた緊張感が解けて目眩がした。

 

 

「大丈夫か?まったく、こんな時に限って邪魔ばっかり入るもんだね」

「……行くな、サスケ」

 

 

 よろめいた身体が支えられる。いつの間にか傍らに、苛立ったようにため息を吐き出すテマリと気遣わしげに顔を曇らせる我愛羅がいた。

 彼らに庇われた、そう理解すると同時に視界が晴れていく。

 そっと浅く息を吐き出して、呼吸の仕方をようやく思い出せたような気がした。

 

 

(落ち着け……冷静に考えろ)

 

 

 そう自分に言い聞かせながら、思考を再び駆け巡らせサイの言葉を反芻する。

 ナルトの暴走を止める為、写輪眼を使ったのは事実だ。我愛羅との共闘の際に見られていたのだろう。

 シスイやイタチの警告から、里とうちはの契約に写輪眼開眼による即時暗部入隊が決定付けられていることも知っている。これが上層部の命令ならば従わねばならない。

 

 だが、そこにたった一つ違和感があった。 

 

 

(サイは、本当に暗部なのか?)

 

 

 確かに“前”においては、彼は『根』に所属する暗部だった。

 しかし現状として、その根を率いるダンゾウが失脚・里抜けをしており、サイが所属していた下忍班の二人は大蛇丸の部下と発覚していた。姿形だけで暗部と判断するには怪しすぎる。

 二重スパイをしていた可能性もゼロではないが、この木ノ葉崩しという緊急時に、あの上層部が今さら人質一人ごときを気にかけるとも思えない。

 

 断じるには情報が足りないが、もしも。

 もしも、サイがダンゾウや大蛇丸側の人間だとすれば、これは───罠だ。

 

 そう思考が行き着くと同時、グルル、と唸り声が足元から聞こえた。

 

 

「ナルト、すぐに離れろ!そいつは『敵』だ!」

「へ?」

 

 

 パックンの言葉が終わるよりも先、自来也のクナイがサイの喉元に突きつけられていた。三忍の名は伊達ではない、そう素直に思える身のこなしだ。

 だが、サイはクナイなど微塵も気にしてないかのように、平然と笑みを浮かべている。そんな姿にナルトも何かを感じとったのかジリジリと後ずさった。

 

 

「拙者の鼻を舐めるでない。体に染み付いた墨の匂いは隠せんかったようだな」

「……」

「敵って、どういうことだってばよ!?」

「そやつは木ノ葉崩しの首謀者、ダンゾウの部下である薬師カブトと密通をしておった輩だ。その術の匂いがぷんぷんしおる」

 

 

 思いがけぬ名とその繋がりに息を呑む。ここでまさか、カブトの名を聞こうとは。

 試験会場での出会いに続き、死の森での遭遇を振り返る。確かにこの中忍試験中、カブトとサイの立ち位置は嘗てとまるっきり入れ替わっていた。

 だとすれば。カブトがダンゾウの部下ならば、サイは。

 

 

『うちはサスケ君───貴方は必ず私を求める』

 

 

 過去も今も、ドス黒い執着を隠さぬ血走った瞳。

 瞼に触れた死人のように冷たい手が、サイのそれと重なった。

 

 

「ああ、バレちゃいましたか」

 

 

 呆気なく疑惑を認めたサイは、そう言って肩を竦めた。

 後ろめたさどころか危機感一つ覚えていない、そんな様子に自来也の眉間の皺が深まってクナイが肌に食い込んでいく。

 

 

「何が目的だ。お前の後ろにいるのは───大蛇丸か?」

 

 

 自来也も俺が大蛇丸に狙われていることを知っていたのだろう、半ば確信しているような問いだった。

 我愛羅達がビクリと身体を強張らせるのを横目に、サイは今さら隠すつもりもないのかあっさりと頷きそれを肯定した。

 

 

「ええ。サスケ君の身体を次の魂の器にと、大蛇丸様のご所望があって。彼を勧誘に来たんですが、どうも素直には来てくれなさそうだったので」

「一芝居打った訳か。フン、甘いわ。洗いざらい情報を吐いてもらう、覚悟しろのォ」

「……ああ、それは無理ですよ。僕はただの分身体にすぎませんから」

 

 

 首筋からたらりと流れたそれは赤色ではなく。サイの瞳と同じ漆黒をしていた。自来也が舌打ちと共に力を緩めるも、流れる黒は量を増して全身が泥のように崩れていく。

 鼻をつく独特のそれは墨の匂いだ。戦闘能力はないと言っていたのは嘘ではなかったらしい。三忍を相手にするつもりは最初からなかったのだろう。

 そんな溶けかけたサイの分身は、サスケへと形を失いつつある手を差し出した。

 

 

「サスケ君。君は、“仲間”の所へ早く帰ったほうがいいよ。誰も傷つけたくないなら、一人で来るんだ」

「仲間……?」

「早くしないと手遅れに───」

 

 

 そんな意味深な言葉を残して、パシャン、とサイの分身は墨となって弾けた。

 酷く呆気のないその終わりに、自来也が相手を失ったクナイを懐へ戻す。

 

 

「なあ……今のってどういう意味?」

 

 

 疑問符を浮かべるナルトに答えられる者はいなかった。

 俺の仲間、それは木ノ葉の忍であり第七班だ。一人で来いといっても、自来也にナルト、我愛羅達の居合わせた以上は不可能。罠とわかっていながら自ら飛び込む真似をするつもりもない。

 

 だが、手遅れという言葉に何かが引っかかる。

 言い知れぬ焦燥感に拳を握りしめた時。

 溶けた手から零れ落ちた何かに気づいた自来也が、身を屈めて首を捻る。

 

 

「何かあるのォ……こりゃ、花か?」

 

 

 呟やかれた言葉に、ドクン、と心臓が音をたてる。

 テマリを、我愛羅を、ナルトをかき分け、その手元を覗き込んだサスケの瞳が見開かれていく。

 

 黒い墨の中に、一輪の小さな白い花が浮かんでいた。

 

 それは何の変哲もない、ただの野の花だ。

 けれどそこに込められた本当のメッセージを、サスケだけが正しく理解した。

 

 

『俺、頑張ります!頑張って、いつか警務部隊に入ります!お父さんみたいな……あなたみたいな、強い忍者になりたい!』

『 一本じゃさみしいでしょ?だから、たくさん持ってきたんだ!』

 

 

 忘れられる筈がない。

 あの木漏れ日も、あの青い空も、あの笑顔も。

 

 

『あら、汚い雑草ね』

 

 

 踏みにじられた花も、大蛇丸の冷たい手の感触すらもが鮮明に蘇る。

 

 ぎり、と固く拳を握りしめた。

 何故、思い至らなかったのだろう。あの時から、うちはの幼い兄弟が大蛇丸に目をつけられていたということに。

 あの兄弟は人質だ。従わねば、彼らの身が危うくなる。

 そして俺の帰るべき場所は、この世界にはまだもう一つ残っていた。

 

 

(これは、罠だ。行くべきじゃない)

 

 

 そう分かっている。それでも。

 ナルト、我愛羅、テマリ、自来也、パックン。そしてまだ目を覚まさぬサクラ、カンクロウ。彼らを順に見回しながら、既に思考はこの場をどう抜け出すかを考えていた。

 体力もチャクラもまだ回復していない。飛雷神の術を使えるのは、あと一度だ。

 

 

「ったく……意味のわからん伝言に花とは、何がしたかったのやら。時間を無駄にしたわい」

 

 

 よっこいせと覗き込んでいた腰をあげた自来也が印を結ぶ。亥、戌、酉、申、未と結ばれたそれは、予想通り口寄せの術印だった。

 煙が立ちのぼったその一瞬、辺り一帯の視界が覆われる。自来也は現れた大蝦蟇の背の上、我愛羅達も巨大な大蝦蟇の出現に距離を取った気配を感じ取る。

 

 チャンスは今しかない。

 そう瞬時に理解して、煙に紛れて飛雷神の印を結んだ。

 だが、最後の印を組むより先、サスケの肩はがっしりと掴まれていた。

 

 

「サスケ!?」

「ッ、このウスラトンカチ……!」

 

 

 背後のナルトを振り返るも、術を止めるには遅すぎた。

 我愛羅達の叫ぶ声も、大蝦蟇も、煙も、全てが遠のく。

 一瞬で切り替わった視界にも慣れたもので、呆然とするナルトを突き飛ばして辺りを確認する。

 

 

(チッ……座標がズレた……!しかも風上だ、忍犬に嗅ぎつけられるのも時間の問題か)

 

 

 森の中、遠目にも大蝦蟇の姿が見える。時空間に閉じ込められなかっただけマシではあるが、もっと距離を取るはずがナルトの乱入により計算が狂った。

 

 自来也に取り押さえられれば全て終わりだ。どんなに説得しようとも、サスケが大蛇丸の罠に飛び込むのを許してくれる筈もない。

 戦争を止めるか、見知らぬ兄弟の命か。自来也の天秤がどちらに傾くかなど分かりきっている。

 

 

「サスケ!何してんだよ!?」

 

 

 今すぐにこの場を離れなければならなかった。

 なのに、そんな必死に呼び止める声に駆け出そうとした足が止まっていた。

 

 

「……行く所ができた。邪魔をするな」

「もしかして……お前、大蛇丸って奴の所に行くつもりなのか!?サイも言ってただろ、大蛇丸はお前の身体を容れ物として欲しがってるって……!」

「お前には、関係ない話だ。他人が首を突っ込むな」

「ッ!」

 

 

 痛む心を押し殺して、冷たくそう突き放した。傷ついたようなナルトを見ていられず顔を俯ける。

 大蛇丸の属する暁は九尾を狙っている。

 罠と分かっていながら連れていくことはできないし、もし再び暴走しようものなら今度こそナルトの命はないだろう。そして何より、ナルトをうちはの因縁に巻き込みたくなかった。

 

 

(だが……コイツは言って引くような奴じゃない)

 

 

 指先に触れた鈴を取り出そうとして、ふと躊躇いに手が止まる。

 鈴の音でナルトに幻術をかければ、この場から簡単に逃れることができるだろう。けれど、七班の絆の象徴ともいえるこの鈴を、ナルトに使いたくはなかった。

 

 そんな僅かな逡巡の間にナルトに間を詰められ、思いきり頬を殴られる。口の端を切ったのか、鉄の味がした。

 襟首を掴まれながら、ころころと転がっていく鈴をぼんやりと目で追いかけた。

 ポタポタと水滴が乾いた地面に落ちる音がして、顔を上げられなかった。

 

 

「……確かにオレってば、血なんか繋がってねぇし。写輪眼とか上層部とか……その呪印のこととか。お前のこと何も知らねぇ」

「……」

「けどお前と一緒に暮らし始めて、兄弟ってこんな感じかなぁって……オレにとっては、はじめてできた繋がりなんだ……!」

 

 

 この六年間の思い出が頭を駆け巡る。

 ナルトが拙い言葉で身振り手振り話すのをよく眺めた。ただ相槌しかしていないのに、何が嬉しいのかお前は笑っていた。

 何の変哲もない日常の中には、微睡みのようなただ穏やかな記憶だけがある。

 それがどんなに救いとなったかお前は知らない。その日々がずっと続くようにと、そう願っていたけれど。

 

 

「人質が取られた」

「……!」

「お前も会ったことがある子供だ。木ノ葉病院に行ったことを覚えているか?」

 

 

 ポツリ、ポツリと零れるままに語る。

 そんなことをしている場合じゃないと分かっているのに、言葉を吐き出すたびに胸の重石がほんの少し軽くなっていく気がした。

 

 

「大蛇丸に目を付けられたのは俺の責任だ。だから俺は、行かなきゃならない」

「だったら!俺も一緒に……!」

「駄目だ」

 

 

 九尾にのまれたナルトの姿はまだ記憶に新しく、思い出すだけで背筋が寒くなる。連れて行くという選択肢は最初から無かった。

 

 きっぱりとそう告げ顔を上げれば、予想通りナルトの顔はぐちゃぐちゃに濡れていて。

 過去も今もお前の手を掴めない。それが何だか息苦しくて、それでもそれを見せないようにと笑みを浮かべた。

 

 

「お前は里を守れ───火影になるんだろ?」

 

 

 潤んだ蒼眼に赤色が灯ると同時、ぐらついた身体を支える。

 サスケの紅に染まった瞳から、一粒の涙が落ちていった。

 






『すまない……ありがとう』


 薄れていく意識の中、そんな朧げな声を聞いた。
 日が暮れ始め薄暗くなった森の奥へ、サスケの背が消えていく。必死で伸ばしたこの手は、いつだってあいつに届かない。

          
(どうして……何で、またこうなっちまうんだよ!!)


 無意識に心の中でそう叫んでいた。そんな覚えのない痛みの記憶に疑問を抱くより先、力尽きた腕がパタリと落ちていく。
 それでもどうにか意識を繋ごうと藻掻こうとして、その指先に固い何かが触れた。チリン、と音をたてたそれをぎゅっと握りしめた。


(オレは、諦めねェ……!まっすぐ自分の言葉は曲げねェ、それがオレの忍道だ!)


 戦争を止める。
 そんでもって───必ずお前を、追いかける。

 だから……死ぬな、サスケ。

 その祈りと共にナルトの意識は途絶えた。
 数分後、駆けつけた自来也達が鈴を強く握りしめたナルトを発見する。
 その伸ばされた手の先には、誰の姿もなかった。


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90.闇と光

ヒルゼン視点


 

 ヒュルリと吹き抜ける風が無数の木の葉を舞い上げていく。

 彼方へと散る小さな影に目を細め、ヒルゼンは吐息のようなため息を一つ落とした。

 

 

「やはり手を組んでいたか……いつからじゃ?」

「フフ、利害の一致がありましてね。しかし、いつからと言われても……ねぇ?」

 

 

 首元に押し付けられたクナイがクツクツとした嘲笑とともに揺れる。

 風影の面を剥ぎ取って正体を表した大蛇丸は、そう言って傍らのダンゾウへと意味深な視線を向けた。

 

 

「そうか……最初から、ということか」

 

 

 ダンゾウは答えずとも、その意味をすぐさま察して苦々しく呟く。

 十数年前、大蛇丸が里を抜けた時から何かしらの繋がりを保っていたに違いない。

 

 片や禁術を開発し、部下すらも手にかけた大蛇丸。片や復権のためうちはを陥れ、数多の死者を生みだしたダンゾウ。その両者の関係性が後ろ暗いものであることは言わずとも知れる。

 厳しい眼差しでダンゾウを睨み据えるも何故とは問わぬ。

 その答えは容易く予想ができていた。

 

 

「ダンゾウよ、ではこの木ノ葉崩しもまた『木ノ葉の為』と言うつもりか?」

「そうだ。これは、お前の甘さが招いたこと……その甘さが里を滅ぼすのだ。もはや、お前にこの木ノ葉を任せてはおけぬ」

「詭弁を言うでない!!ならば儂だけを狙えばよかろう!木ノ葉は疎か、砂隠れまでも巻き込み大戦を繰り返すつもりか!?」

 

 

 躊躇い一つない肯定に、カッと頭に血が上る。

 奥歯を噛み締めダンゾウを睨み付けたヒルゼンは、怒りのままに声を張り上げた。

 

 その手にこびりつく血が、眼下に広がる戦いの最中に一人また一人と潰える命が。

 それが、お主には見えぬのか?

 これが、木ノ葉の為だと?

 

 

「多少の死傷者は出るであろうが、ワシにとっては必要な犠牲だ───ワシが火影になるためのな」

「ダンゾウよ……そこまで落ちたか……!」

 

 

 そう言い切ったダンゾウの瞳は、仄暗い悪意と野望に爛々と光っている。

 もはや相容れることはない、そう悟った。

 

 

「下がれ、大蛇丸。ヒルゼンはワシが殺る」

「好きにしたらいいわ。既に回り始めている風車を、敢えて止める理由もない……」

 

 

 ヒルゼンの首からクナイが離れていく。

 退いた大蛇丸に代わって、殺気を放つダンゾウと対峙した。

 火影の衣と笠を投げ捨て戦装束を身に纏えば、肩を並べ戦った日々が蘇る。

 

 

『火影には選ばれたが、俺はまだまだ未熟者だ。ダンゾウ、頼む!力を貸してくれ』

『俺とお前で、この木ノ葉を守るんだ』

 

 

 瞑目と共に過ぎ去った過去を消し去り、嘗て握りあった手と手に刃を掴む。

 その鋼の冷たさをやけに鮮烈に感じながら、ヒルゼンは決然と目を開いた。

 

 

「たとえ儂を排そうとも、木ノ葉の民はお主を認めぬ。お主が火影になる日は決して訪れんぞダンゾウ!」

「フン……認めぬと言うならば、殺すまでよ」

 

 

 重いチャクラが大気を震わせ、殺気と共に風が吹き荒ぶ。

 ひらりと舞いこんだ一枚の葉の柄を掴んだ大蛇丸は、それをクルリと指先で回す。

 

 

(フフ……木ノ葉の光と闇、表裏一体だった彼らが戦うなんてねぇ?どんな戦いが見られるか、楽しみね)

 

 

───たとえ、その結末はたった一つだとしても。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 ハラリと葉の落ちる微かな音と共に、ヒルゼンとダンゾウは同時に印を組んだ。

 

 

「忍法・手裏剣影分身の術!!」

「風遁・真空玉!!」

 

 

 煙と共に分裂した数多の手裏剣が、ダンゾウの繰り出した風の刃とぶつかり合う。

 甲高い金属音と共に弾かれ、足元へ突き刺さっていくそれらをヒルゼンはチラリと目で追った。

 

 

(くっ……!やはり、威力は劣るか)

 

 

 互いに相殺し合ったかに見えながらも、力なく消える手裏剣とは対象的に、威力を殺しきれなかった風の刃は屋根瓦に深々と傷跡を残していた。

 里随一の風遁遣いであるダンゾウだ。その風遁の切れ味は腕も首も容易く飛ばすものであることを、ヒルゼンはよくよく知っていた。

 

 

「余所見とは、余裕だなヒルゼン!」

 

 

 掠める手裏剣の波を掻い潜り、ダンゾウが眼前に迫る。

 咄嗟に構えたクナイが火花を散らし、間近で交差する鋭利な音が鼓膜を震わせた。

 

 

(奴の風遁は危険じゃ……ならば!)

 

 

 一瞬の鍔迫り合いの後、弾き合うようにして飛びずさり、着地すると同時に再び地を蹴るダンゾウ。

 その手にある風遁を纏わせた刃を一瞥し、ヒルゼンはグッと身をかがめた。

 

 

「土遁・土流壁!」

 

 

 隆起した岩壁が、ダンゾウの刃を受け止める。

 そびえ立つ壁の上、ヒルゼンはすぐさま次なる印を組み上げた。

 

 

「火遁・火龍炎弾!」

 

 

 放たれた業火がうねりを上げ、壁下のダンゾウへ襲いかかる。火遁は相性が悪いと瞬時に判断したダンゾウは、風遁の刃を消し水遁の印を組む。

 炎と水がぶつかり合い、濛々と激しい水蒸気が上がった。

 だが、風遁に特化したダンゾウだ。得意性質ではない水遁では威力は削がれども完全にはヒルゼンの火遁術を無効化できず、水の壁を叩き割った炎は勢いのままにダンゾウへと襲いかかった。

 

 

「チッ……」

 

 

 咄嗟に身を躱すが間に合わず、爆炎によって後方へと吹き飛ばされたダンゾウは結界の壁に叩き付けられ───煙となって消え失せた。

 

 

「ッ!?」

「何を驚くヒルゼン。影分身も使わずに突っ込んでいくなど愚か……もっとも、貴様はその括りに入るようだがな」

「馬鹿な……!」

 

 

 咄嗟に振り返れば、無傷で佇むダンゾウの姿が目に入った。

 驚愕に目を見開くヒルゼンに、観戦していた大蛇丸が堪えきれぬといった風にククッと笑い声を上げた。

 

 

「猿飛先生。あなたは影分身を使わないのではなく、使えないんじゃないですか?」

「……」

「哀れですねぇ。かつて忍の神と謳われたアナタですら、老いには敵わぬとは!ハハハハ!!」

 

 

 大蛇丸の嘲笑に眉を顰めながらもヒルゼンは沈黙する。

 その言葉は事実であった。現存するチャクラを均等に分散してしまう影分身は、下手をすればチャクラを捨てるようなものだ。

 全盛期の頃より随分と衰えた体力にチャクラ、十全に使いこなすことの叶わぬ忍術……よる年波には勝てぬものと、ヒルゼンは己の衰えを自覚していた。

 

 

(しかし……おかしい。それは奴とて同じ筈じゃ)

 

 

 共に里の創設と同じ年に生まれ、互いに切磋琢磨し合った。

 チャクラ量はほぼ互角、否、ヒルゼンの方が僅かに上回っていた筈だった。衰えを自覚しているからこそ、ダンゾウもまた影分身を使えぬものとそう思っていた。

 だが、そんな思考を読み取ったかのように、ダンゾウは影分身の印を結ぶ。現れた影分身と、それに大して驚くでもない大蛇丸を交互に見やった。

 

 

「そういうことか……ダンゾウ。大蛇丸と、随分と深く接触しておったようだな」

「当たらずとも遠からず、とでも言っておきましょうか。副産物のようなものですがね」

「……大蛇丸、無駄口を叩くな」

「知ったところでこんな老いぼれに何も出来やしないわ。どうせ彼はここで死ぬのだし……冥土の土産に、アレを見せてあげてもいいんじゃない?」

 

 

 大蛇丸の言に暫し逡巡していたダンゾウは、やがて無言で右腕の包帯を解いた。

 右腕に埋め込まれた赤い瞳。そして見覚えのある人面が、肩口から覗いていた。

 

 

「初代様……」

 

 

 尊敬する初代火影・千手柱間の植え付けられた顔に、愕然としたヒルゼンは言葉を失った。

 追い打ちをかけるように、大蛇丸がその顔面を剥がす。その下から現れたのは見知らぬ若者だった。

 

 

「どうです、素晴らしい研究でしょう?初代の細胞を埋め込んだ特製の義手ですよ。驚異的な自然治癒力、チャクラ量の大幅増加、身体エネルギーによる身体能力向上……その恩恵は数え切れない。里を出て十数年苦労しましたが、その細胞を元に、ようやく私は不老不死の術を完成させた……!」

 

 

 嘗て大蛇丸の里抜けのきっかけとなった禁術を思い出す。そしてその人体実験に主に使われたのは、ダンゾウが関与した人身売買によって得た実験体と後に知った。

 繋がっていく点と点に、こみ上げる吐き気を抑えきれず膝をつき嘔吐いた。

 

 

「アナタはここで死に、私は更に若く美しく強い体を手に入れる。そう……里の平和のため、アナタが犠牲にした子供───うちはサスケ君ですよ。まあ、彼はもう少し私好みに育ててから乗っ取るつもりですがねぇ?」

「諦めろヒルゼン。もう何をやっても遅い……ワシはとうにお前を超えた。このワシこそ里に蔓延るうちはを排し、忍の世界に変革を成し、忍の掟を徹底させる───希代の火影となるのだ!」

 

 

 ドス黒い欲望を隠そうともせぬ音が、その狂気さえも感じる歪さにぐわんと反響して聞こえる。

 胃液を拭いながらふらりと立ち上がったヒルゼンの額に、ビキリと青筋が浮かび上がった。

 

 

「黙れ……その腕と術を手に入れる為に、何人の里民を手に掛けた!!」

 

 

 ヒルゼンの怒号が轟き、ビリビリと四方を囲む結界が震えた。

 数多の死者を生んだ千手細胞の研究。それを何年にも渡り続けていたのだ、それが何の犠牲もなしになどあり得ない。そしてその犠牲を、その腕の幾つもの写輪眼こそが証明していた。

 

 その右目が、その右腕が、何にも見えぬよう覆われ始めてから数十年が経つ。大蛇丸の里抜けよりも、更に前のことだった。

 蠢く瞳は三つ。少なくとも二人の忍の死があったと知れる。その中に、シスイの父の瞳もあるのだろう。

 

 一族の誇りたる瞳を息子へと譲らんとしていた覚悟を。瞳のない遺体を前に、シスイの流した涙を思い出す。

 そんな犠牲を当人らが望んでいた筈がない。他者へ犠牲を押し付ける、それは自己犠牲などではなくただの人殺しにすぎぬ。

 

 

『木ノ葉の同胞はオレの体の一部一部だ。里の者はオレを信じ、オレは皆を信じる……それが火影だ!』

『サルよ。里を慕い、貴様を信じる者達を守れ。そして育てるのだ、次の時代を託す事のできる者を……明日からは、貴様が火影だ!』

 

 

 初代様の声が、二代目様の声が、この胸を締め付ける。

 眦に浮かんだ涙がつうっと顎を伝った。

 全て、見て見ぬふりをしていた───それこそが、儂の罪だった。

 

 

「貴様らを葬り、嘗ての過ちを今正そう……その為ならばこの命、欠片とて惜しくはない!!」

 

 

 ダンゾウと大蛇丸を相手どる老いた我が身を顧みる。この絶望的な戦力差を覆す術はただ一つ。

 闇を照らす火の意志を胸に、ヒルゼンは躊躇いなく印を組んだ。

 死への覚悟は、とうに決まっていた。



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91.新たな風

イタチ兄さん視点。
少し時は遡り、本戦終了間際から始まります。どうぞお楽しみいただければ幸いです(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)


 

 

『報告致します。一班、避難完了しました!』

『二班、問題発生!子供が一人倒れ心停止、応急処置で対応が遅れます!』

『分かった、救命を優先しろ。第三班は先に避難を始めてくれ』

『三班、誘導を開始します!』

『至急報告!八班、誘導人員を補填しましたが結界が保ちません……!』

『九班は至急援護に───』

 

 

 一尾の暴走によって緊迫した空気を割り裂くように、通信機からは怒号のような部下達の報告が飛びかっていた。

 会場の民らは大名達を含めて数万に及ぶ。三代目の一声でひとまずの落ち着きをみせたものの、続発するトラブルに避難誘導は遅々として進んでいない。

 

 そんな突発的なトラブルに対し、暗部総隊長であるうちはシスイと共に指揮を取っていたのは、芽の総隊長であるうちはイタチだ。

 冷静に指示を出すその姿は泰然としており、動揺の欠片すらもが見受けられない。

 だが、その内心では、今にも結界を壊してしまいたい程の激情が駆け巡っていた。

 

 

(まだ、終わらないのか……!!)

 

 

 結界の中は縦横無尽に舞う砂によって視界が悪いが、その合間から覗くのは、唯一無二の弟の姿だった。

 サスケは無事に千鳥を習得できたのか、空間を断ち切るような光の一閃が迸る。下忍とは思えぬ程の立ち回りではあったが、あの巨体相手の大技がない以上、その勝敗がつくのは時間の問題だろう。

 

 募る焦燥感を封じ込めて固く拳を握りしめる。

 避難を進めるべく追加の指示を出そうとした時、不意にぴたりと動きを止めた尾獣にイタチはハッと口を噤んだ。

 地響きを上げてその巨体が崩れ落ちた瞬間、胸に歓喜が渦巻いた。

 

 

『尾獣が!尾獣が、倒れました!』

 

 

 部下たちの、そして観客達の興奮したような歓声が湧き上がる。

 これでやっと───そう、そんな淡い希望に縋りたかったのだ。

 

 

『いや……ちょっと待て!結界を解くな、何かおかしいぞ!』

 

 

 結界を解くよう指示しようとした時、シスイが発した警告からコンマ数秒で放たれた巨大な尾獣玉。

 火影達を庇ったシスイのスサノオに胸を撫で下ろす間もなく、その尾獣玉の前に飛び出した小さな影を見た。

 

 その横顔を、見間違う筈もない。

 咄嗟に飛び出そうとした身体は結界に阻まれる。叫び声すらも届くことなく、その二つはぶつかり合い、閃光と共に消え失せた。

 

 

『───』

 

 

 キン、と響く耳鳴りに思考がぼやける。部下の声もどこか遠く聞こえる。

 ほんの一瞬の出来事だった。情報を瞬時に把握しようとする頭が、その理解を拒んでいるかのように鈍く感じた。

 

 状況を飲み下せぬまま、縋るように相方へと目をやったイタチが次いで見たものは、血飛沫と共に観覧席から落ちていくシスイの姿だった。

 

 

『シスイ!!!』

 

 

 思考が止まっていたことが幸いし、すぐさまこの足は動いた。

 いや、もし思考が働いていたならば、きっとシスイを助けることはなく火影の元へと向かっていただろうか。

 

 宙で受け止めた衝撃に、貫かれたらしき傷が響いたかシスイが呻く。命があることを安堵するよりも先、その落ち窪んだ片眼窩に息を飲んだ。

 

 まさかとシスイのいた観覧席を見上げる。

 そこにいた人物は三人。

 喉元にクナイを突き付けられる三代目、突き付ける風影。そして、血の滴るシスイの眼を手にしたダンゾウ。

 彼らを囲むように禍々しい気配を宿した結界が張られていく刹那、三代目と視線が交差した。

 

 

『イタチよ、分かっておるな……    』

 

 

 結界が完全に閉ざされる。

 三代目の言葉は途中で途切れたが、その唇の動きが読めぬイタチではない。

 

 

(余計なことは考えるな。今、すべきことは何だ?)

 

 

 恐怖も動揺も後悔も、弟のことも親友のことも。感情の一切を凍りつかせてそう己に言い聞かせた。

 一呼吸で耳鳴りが止まり、思考が晴れていく。

 イタチは傍らの部下へシスイの身を預けると、通信機へ声を張り上げた。

 

 

『砂隠れの離反が認められた。三代目からの最後の命令だ───里を守れ!!』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 開戦から数時間、いったい幾度切り結んだだろうか。

 民や大名達を守りながらの戦いは、圧倒的な数の有利を以てしても決して容易なものではなかった。

 

 それでもイタチの指揮の元、隊を組んでの戦闘により犠牲を抑えながら敵勢力を削いでいく。確実に戦況は木ノ葉へ傾いていたが、投降を呼びかけようとも応じる忍は誰一人いない。

 そんな決死の覚悟で襲い来る忍達を、一人また一人と、的確に急所を仕留め行動不能へと追いやった。

 血塗れになったクナイを払い、その返す刃で再び骨と肉を断ち切る。鉄錆の匂いに募った嫌悪感すらもが、疾うの昔に麻痺していた。

 

 いったい、あと幾度繰り返せばよいのだろう。

 転がる死体をどこか遠く見つめながら、イタチは滑るクナイを握り直した。

 

 

「……?」

 

 

 背後から襲撃してきた何人めかの忍を切り伏せると同時、ふと陰った地面に空を振り仰いだ。

 空から墜ちてくる赤みがかった巨体に、イタチは目を見開いた。

 

 

「総員、退避しろ!!」

 

 

 反射的にそう叫び後方へと下がる。落下地点から飛び退いた瞬間、地響きと衝撃が里を揺らした。

 敵味方共に動きを止め、忍たちの目がただ一点へと注がれる。

 赤い巨躯の大蝦蟇、その上に仁王立ちする伝説の三忍が一人自来也へと。

 

 

「木ノ葉の衆、砂隠れの衆よ、双方聞け───この戦いに意味はない!!砂隠れは大蛇丸の奴に騙されておったのだ。結界の中を見てみろ、ジジイと戦っている奴を!大蛇丸は風影を殺し、其奴に成り済ましていたのだ!」

 

 

 朗々と声を張り上げる自来也の言葉が、静まり返った会場に響き渡る。

 忍たちはその言葉を咀嚼し飲み込むと、動揺と共にざわめきが広がった。

 木ノ葉の忍はまだ半信半疑ながらも、自来也の言ということもあり無意識にかクナイの切っ先を僅かに下げる。

 

 

「嘘だ!風影様が殺される訳が無いだろう!」

「皆、騙されるんじゃない。罠に違いないぞ!」

 

 

 だが、砂隠れの忍が敵である自来也を信じられる訳もなく、警戒心も露わに再度身構える。

 濁った結界の中はここからでは見えず、たとえそこに大蛇丸がいるからといって風影の死と直結はしない。それが例え真実だとしても、既に始まった戦闘を止められる筈もなかった。

 

 

「───その証拠は?」

 

 

 そんな砂隠れの忍達の中、そう問う男がいた。砂隠れの担当上忍、確か名をバキと言っただろうか。

 ハヤテを害したと目される彼は、砂隠れの中でも上位の実力者と予想される。砂隠れの忍達が黙り込む所を見るに、地位や人望もあるようだった。

 

 

「それは……」

「証拠は、ある」

 

 

 立ち上がった何者かが自来也を遮り、その隣へと進み出る。

 一尾の人柱力と目される、我愛羅という少年だ。

 本戦での暴走が、そして消えたサスケの姿が頭によぎってクナイを握る手に力が籠もった。

 だが、己の手を見つめる静謐な翠の瞳に、どうしてか憎しみが抱けなかった。

 

 

 

「砂隠れの忍達……俺のことは皆よく知っているだろう。母親の命を糧として生み出された殺す為の兵器であり、里の最高傑作、忌み疎まれる化物……そう作られた。俺は、俺以外の全ての人間を殺すために存在している。それが俺の生きる理由だった」

 

 

 フッと顔が上げられ、バキを、砂隠れの民を、木ノ葉の民を順に見回した。

 まっすぐな、強い眼をしている。それはまるで、あの別離の日に見たサスケと同じ───覚悟を秘めた、忍の瞳だった。

 

 

「そんな俺が、人を救えるのだと教えてくれた友らがいた。こんな俺が、助けられる命があると知った。奪った命への償いじゃない。ただ、俺がそう在りたいと……そう生きたいと思った」

「我愛羅……」

「もう、やめにしよう。この戦争の行く末に待つものは、数多の死と滅びのみ……俺は、皆に生きてほしい」

 

 

 我愛羅は掌を握りしめると高く天へと掲げる。

 これが、生まれ持った器というべきものなのだろうか。

 夕日に照らされた嘘偽りのない眼差しが、敵味方の心を捉えたのが分かった。

 

 

「里を何よりも大切に思っていた我が父が、こんな命令を下す筈がない。証拠は必ず見つかる。だがもしも万一、証拠がなければ───俺の首をはね、木ノ葉に差し出して始末をつけよう。俺は砂隠れの我愛羅、風影になる男だ。俺を、信じろ!!!」

 

 

 高らかにそう言い放った我愛羅に、その場がしんと静まり返る。

 小声一つない会場内に、カラン、と硬質な音が落ちた。

 クナイを地面に投げ捨て投降の構えを見せるバキの姿に、他の砂隠れの忍達もそれに続いた。木ノ葉の忍達すらもが各々その手にあった武器をしまった。

 

 日の暮れに橙色に染まった陽光が、落ちた刃を照らしている。

 吹いた一筋の涼やかな風に目を細め、イタチもまた、クナイから手を離す。

 

 次代の風影が生まれた瞬間だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 蝦蟇の姿が煙と共に消え、イタチは降り立った人影に目を凝らした。

 感じ取った気配は七つ。

 晴れていく煙の中から現れた自来也。カカシの所へと去る忍犬。砂隠れの上忍らに駆け寄っていく我愛羅と金髪の少女。そして意識を失っているらしいナルトにサクラ、黒衣の少年へと順に視線を流す。

 そこに期待した姿はなかった。

 

 

(サスケ……)

 

 

 体の奥が軋むような焦燥と恐怖がじわじわと胸を占める。

 過去の傷をなぞるかのようなその感情を伏せた瞼の下に押し隠し、イタチは自来也の元へと歩み寄った。

 

 

「自来也様」

「イタチか。今の状況はどうなっている?」

「砂隠れの総戦力の内、およそ五割がこの会場に集中していました。彼らが投降した以上、木ノ葉の勝利と言えるでしょう……が、戦いはまだ終わっていない」

 

 

 木ノ葉の会場外、主要部の防衛は警務部隊らが担っていた。各地に戦力が分散されている分、数の利は敵にこそある。

 既に暗部を援護に行かせてはいるが、通信機から入る報告を聞けば犠牲者の数は決して少なくなかった。

 そして、続いている戦いはもう一つ。イタチは禍々しいチャクラを放つ結界を鋭く睨み据えた。

 

 

「三代目が結界に閉じ込められています。……ダンゾウと大蛇丸も、その中に」

「!!」

 

 

 自来也の顔つきが一気に険しさを増した。

 伝説の三忍が一人、大蛇丸。その強さを同じ三忍である自来也こそが知っている。

 そして、三代目と長きに渡り張り合ってきたダンゾウもまた、表立たずとも紛うことなき実力者だ。

 

 或いは、もう既に……その最悪な可能性すらもが、イタチと自来也の頭を掠めた。

 沈黙が場を満たした、そんな時、うめき声が耳に届いた。

 

 

「ッ……サスケ!!行くなってばよ!!!」

 

 

 目を醒ましたナルトは、起き上がるなり必死な顔つきでイタチの腕を掴んだ。

 その余りの強さに骨が軋む。だが、そんな痛みすら感じる余裕もない。

 

 

「サスケはッ……サスケは、生きているのか!?」

 

 

 ナルトの両肩を揺するイタチの手には、ナルト以上の力が込められていた。その余りに必死な声音に自来也が眉を跳ね上げる。

 だが、そんな外聞も衆目も、今のイタチには心底どうだってよかった。

 

 

「イ、イタチ兄ちゃ……!?ま、待ってくれってばよ!」

「イタチ、落ち着け。サスケは生きておるわい」

「……!そうか……そうか」

 

 

 青ざめたナルトを見かねた自来也の言葉に、安堵のあまりイタチの手から力が抜ける。

 俯くイタチに首を傾げながらも、辺りをキョロキョロと見回してたナルトはその青い瞳をふと曇らせた。

 

 

「エロ仙人。サスケの奴……」

「行っちまったようだのォ。ワシが見つけたのはお前だけだ……あんの馬鹿弟子が」

「……どういうことですか?」

 

 

 サスケが生きているという事実に浮かれたのも束の間、その二人のやり取りに一気に疑念と不安がイタチの胸に湧き上がる。

 顔をあげてみれば、目の前のナルトの蒼い瞳は潤み、自来也は酷く苦々しい表情をしていた。

 

 

「サスケは大蛇丸の元に向かった。それから……どうやら、写輪眼を開眼したようだ」

 

 

 淡々とした自来也の返答に、イタチの呼吸が止まった。ドクドクと鼓動が早鐘を打つ音がやけに大きく耳に聞こえる。

 

 

「待て!イタチ……お前がやるべきことは、何だ」

 

 

 ほとんど無意識のうちに身を翻していたイタチは、自来也の制止に足を止めた。

 

 

 やるべきこと。成すべきこと。

 それは、今サスケを追いかけることではなく。

 それは、この木ノ葉を守るために戦うことだ。

 シスイも三代目もいない今、うちはイタチが指揮を取らねばならない。戦禍にあるこの里を離れる訳にはいかない。

 

 

───だが、俺は、何の為に?

 

 

 張り裂けそうな心臓の痛みが、叫び出したくなる衝動が。それを訴え続けている。

 一度綻んでしまえば、その全てを投げ出したくなるような仄暗い感情を、もう自覚せざるを得なかった。

 

 

「……追いかけるにしても、どこを探すつもりだ?すぐ目の前に手がかりがあるだろう」

 

 

 震える拳を握り締めて立ち尽くすイタチに、自来也はその肩を叩いてまっすぐ指差した。

 

 

「大蛇丸は、あそこにおる」

 

 

 その言葉にイタチは目を瞬いた。

 サスケが大蛇丸の元に向かったというのであれば、その居場所を知るのは。

 瞬時に赤く染め上がったイタチの瞳に、自来也は満足げに口角を上げた。

 

 

「ようやくやる気になったようだのォ。……ナルト!お前は、綱手をここに連れてこい」

「へ?婆ちゃんを……?」

「そうだ、木ノ葉病院にいるだろう。サクラ達がここまで目覚めんのは、恐らく九尾の毒が体内に巡っておるからだ。毒抜きができる医療忍者はこの里に一人だけ……早くせんと取り返しのつかん事態になるぞ。引きずってでも連れてこい!」

「お、オッス!」

 

 

 ナルトが慌てて駆け出していく。

 その背を見送る自来也は、にやりと悪どい笑みを浮かべていた。

 

 

「意地の悪いことを……」

「なに、嘘も方便だろう。こと、今の状況に於いてはのォ……それよりも問題は、どうあの結界を破るかだ。行くぞ!」

 

 

 自来也に続いて屋根から屋根へと飛び移りながら、高くそびえる結界を見上げた。

 チャクラの流れで、里に張られた結界の数倍の強度だろうことがわかる。術者は四人、相当な使い手だろう。

 

 

 しかし、どんな強者であれ、どんな術であれ。

 弱点となる穴は必ずある。

 

 

「この術の弱点とリスクは───自来也様、貴方の存在だ」

 

 




兄さんの弱点は今も昔もサスケだったんだろうなぁ……。


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