浮遊城に生きた者へ感謝を込めて。 (あおい安室)
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雨の降る森の中で黒の剣士と出会った。

本作に登場するアイテムにはオリジナル設定が含まれております。
原作に登場していないアイテムや設定が多く含まれますが、ご了承いただければ幸いです。

当然、この男も原作には存在しません。オリ主ですから。


 

「人間、かっこよく生きてみたいものさ。あんたみたいにな」

 

 2023年5月XX日

 

 茅場晶彦は何を考えてゲームの世界に腰痛を実装したのだろうか。

 

 水がたっぷり入った樽を担ぎながら、ふと思った。ソードアート・オンラインの世界はゲームでありながらも限りなく現実に近い世界を築き上げると共に、私たちにかりそめの肉体を与えた。

 年老いて筋肉と共にいくつもの思い出が抜け落ちて、後に残ったのは皴にまみれた情けない男の姿が足元の水たまりに写った気がした。だが、そんなものは幻覚だ。

 

 ここはあくまでもゲームの世界だ。全てのガラスや水面が周囲の光景を反射する表現をやってしまえば、あっという間に処理落ちを起こしてしまう。それは人の意志をゲームの世界へダイブさせるようになった時代でも変わらない。

 家具や装飾品としての鏡ならともかくマンホールくらいの大きさの水たまりには何も映し出されてはいなかった。水たまりの底には土の地面が見えるだけ。

 

「からっぽ、か」

 

 作り物のような水たまりを踏み散らした。衝撃を与えられたことで泥のエフェクトが発生し、泥水と化して濁ったそれは私の知っている水たまりらしかった。空虚な水たまりよりはずっといい。

 何をやっているのだろうな。ふふっ、と小さく笑い声がこぼれた。馬鹿なことをしている私のことをソードアート・オンラインのシステムは嘲笑ったのか振り続けている雨がより一層激しくなった気がした。勘弁してくれ、まだ荷物を運んでいる途中じゃないか。

 

 運んでいた樽を馬車に詰め込む。振り向けば残っているキャンプの跡地が見えるが、残りは簡単な調理道具や雑貨品程度。これならストレージにも収納することはできる。

 荷物に近づいて指を振ってメニューウインドウを表示させると、散らばっている荷物を全てストレージに詰め込むように操作した。体が少しだけ重くなった気がする。これは重量オーバーが近いな。ただでさえくたびれていた体に重しがのっかったが、まだ動けないほどじゃない。雨を吸いつつあるコートの重みを味わいながら、馬車に乗り込むと一息ついた。

 

 馬車の中には小さな本棚や寝袋といった生活用品が置いてある。決して広いとは言えないが、狭いわけでもない。人が一人生活するには十分な空間だった。

 

 幌を叩く雨音はまだまだ大きくなりそうだから、しばらくはここでゆっくり休憩するかな。ストレージからカンテラを取り出して火をつける。薄暗い車内を照らしてくれるそれを天井に吊るす。ついでに少し前に拾った木片をカンテラの中へ放り込んで燃やすと、やわらかい匂いが広がった。

 

「……ビンゴだ。説明文通り香木の類だったか。現実ではこうも簡単にはいくまい。程よく簡略化されているのはありがたいな」

 

 大きく息を吸い込む。心なしかほんのり甘いその匂いを胸いっぱいに吸い込むと生きていることを実感する。できれば現実でもこの匂いを吸い込みたいところだが、後1年半くらいはかかるだろう。

 

 難儀なものだが、仕方ない。私に勇気はないのだから。薄汚れた木製のチェスト――家具屋で中古だから安く売られていたモノだ――に触れると専用のウインドウが開く。先ほどストレージに詰め込んだ荷物を移しながら気を紛らわせていると、コンコン、と馬車を叩く音がした。

 

「すまない。突然の雨に降られた、雨宿りしたい。中に入れてもらえないか?」

 

 突然降り出した雨だ。同じようにやられたんだろうな。狭いところだが勘弁してくれよ。後ろの幌を開いて、そこに立っていた少年に手を差し出す。

 

 その姿には見覚えがあったけれど――表情には出さないように。

 

 黒い指ぬきグローブの手をつかむと、少年の体を馬車へとひっぱりあげる。雨の様子を確認すると幌を閉じて座り直すが、彼は車内を珍しいものを見るかのようにキョロキョロしていた。

 

「座るところが見当たらんか?そこのチェストでもどこでもいい、好きに座ればいい」

 

「えっ、あー……ま、まあ、そうだよな、そうですね、うん」

 

「……ふむ。緊張してるのか、坊主。こんな老いぼれと狭い馬車の中で二人きりだからな」

 

「そ、そうですか……。あの、失礼なことを聞きますけど。おじいさん、NPCですか?」

 

「ああん?私はNPCじゃない、プレイヤー。人間だ。私の頭の上が見えるか?」

 

 指さした頭の上には何もないはずだ。ソードアート・オンラインの世界には人間が操作するプレイヤーだけでなく、コンピューターが操作するNPCも生活している。その中でも特別な役割を持っていたり、店員を務めるNPCにはなんらかのアイコンが浮かんでいる。私にそんなものはない。

 

「で、ですよねー。すみませんでした、はい……」

 

 彼は馬車の隅で縮こまる。人をNPC扱いしたことが申し訳ないのだろうか。別に気にしていないのだが……。ウインドウを開き、携帯コンロを取り出す。ガスボンベを燃料とする現実とは違い、動力源はゴーレムのコアというのがいかにもファンタジー。いかにもゲームな代物だ。

 そして、もう一つ。耐久度が減ってきて少しだけへこみが目立つ小鍋を出現させる。そのうち鍛冶屋に持ち込んで直してもらわないとな。鍋をコンコンと叩いてから少年へ差し出した。

 

「ちょっといいか。そこの樽に水が入ってる。この鍋の七分目くらいまで入れてくれないか?」

 

「わかりました。これですよね?」

 

「そうだ。使い方はわかるよな?」

 

 コクリと頷いて鍋を受け取った彼は樽に触れてウィンドウを出現させる。現実みたいに蓋を開いてくむこともできるが、ここはボタン一つで水をくめるゲームの世界だ。現実から簡略化された操作もある、ということだ。味気ないというべきか、便利な世界というべきか。

 少年は水が入った鍋をコンロにかけると、こちらの表情をうかがう。ああ、それでいい。笑みを浮かべて鍋にいくらかの食材を放り込み、調理スキルを発動させる。キマグレシチュー。味はまずまずで完成まで5分くらいかかるありきたりなメニュー。鍋料理系の初歩的なものだ。

 

「坊主。この辺りは雨が降りやすいエリアでな。主街区の天候占いNPCによれば、今日は17時頃……つまり、今から真夜中まで降るらしい」

 

「えっ、マジですか。あのNPCなかなかいい値段取るから使わなかったんだけど」

 

「たまには使ってやるといい。街によってはなかなかの美人さんだぞ」

 

「へえ、そうなのか……でも、的中率7割くらいって聞いたんですが。しかも占ってくれるのは翌日までで、占う時間が未来になるほど外れやすいから信用できない、とか」

 

「そりゃそうだろうよ。こうしてフルダイブ技術が生まれた世界でも未だに天気『予報』なんだからな。現実が確定してくれないんだ、こっちの世界もそういうものさ」

 

 おたまに赤色のペーストを乗せて鍋へ突っ込む。菜箸で少々かきまぜてやると鍋からいい匂いが漂ってきた。程よく辛い匂いを漂わせるこれは、私のとっておき。

 

「だけど、そういった面倒を楽しむことも人生には必要だと思うのさ。この年になってもゲームをしている老いぼれとしては、ね。なあ、坊主。少々無粋な話題だが……君は攻略組だろう?生き急ぐばかりが、生き方じゃあるまいよ」

 

「生き急いでる、か……わかるのか?」

 

「わかるとも。戦うことから逃げてこんな森の奥でのんびり引退生活してるおじさんと、戦いに身を置いている坊主じゃ纏っている雰囲気が違う。背中の剣はこれと違って飾りじゃないだろう?」

 

 馬車の骨組みに縛り付けて飾っているのは、もはや骨董品の剣だ。ソードアート・オンラインの舞台である浮遊城アインクラッドの第一層で手に入る武器では最上級品と言われた剣だが、全百層の内三割が攻略されようとしている今では性能不足の飾り物でしかない。

 

「で、攻略組の坊主はこんな低層の森の中に何しに来たのやら。老いぼれに聞かせてもらえないか?もちろんお代は払うとも。このシチューと交換でどうだ?」

 

 ちょうど鍋も完成したところだ。食器を取り出してシチューをつぐと、腰のポーチから取り出した瓶を振りかける。中身はベルデバジル。シンプルな調味料だ。赤いスープに緑のバジル、黄色の芋っぽい野菜が浮かぶそれは最上級の料理とは言えないし、なんならNPCレストランにも負ける。

 だが……私も彼も、お互いに体は雨で冷えている。湯気が立っているそれは今の私たちにとっては間違いなく絶品の料理であると言えた。その証拠に、私と少年の腹の虫が鳴った。

 ソードアート・オンラインは感情が表に出やすい、とは聞いたが腹にも出るまでとはな。

 

「はっ、はははっ!!すまん、忘れてくれ坊主。お互い腹が減ってる、一緒に食おうか」

 

「ははっ。なら、お言葉に甘えさせてもらいますよ」

 

「食え食え。うまいとは言わんが、不味いとは言わん。それにそんなかしこまった言葉はいらん。お互い楽に行こうぜ、坊主」

 

「じゃあそうさせてもらうぜ、爺さん。よかったら俺の持ってるパンはどうだ?硬いけど保存性はばっちりな黒パンだけど。ストックはそこそこあるんだ」

 

「いただこう。しかし、黒パンときたか。NPCパン屋の最安値品じゃないか。階層を増すごとになぜか硬さと保存性が上がるんだったか」

 

「ちなみに二十九層品だぜ。もうちょっと上がったら乾パンみたいにになるんじゃないかって友人の野武士面はぼやいてたっけなぁ」

 

「そうか、そいつは楽しみだ。あの硬さが意外といけるのさ」

 

「……マジか、爺さん?」

 

「マジだとも。見たまえ、硬いものを食べてしっかりと歯を鍛えたおじさんのこの歯を。まだまだ若い坊主にも負けない歯……おい、どうして距離を取る」

 

「好き好んで男の口の中は普通覗かないだろ」

 

「女なら覗くのか?例えばそうだな……情報屋の鼠なんてどうだ?」

 

「アルゴか。あいつは口を開くたびにコル要求してきそうだから絶対覗きたくないかな。何なら閉じててくれないかと思ったこともある」

 

「ククっ、そうかそうか。坊主、重要な情報を抜かれた口か?」

 

「抜かれたどころか、どうも専用ジャンル化されてる疑惑がある。下手したらあいつ、俺のスキル構成どころか装備の強化度合いも全部知ってんじゃないかな……好物とか個人的なのも」

 

「そいつは大変だな、攻略組も。その分色々とサービスしてもらってるんだろう?」

 

「まあな。最前線のダンジョンとか新アイテムの情報はそれなりの値段で買い取ってくれるぜ」

 

 ボッタクリ価格だけどな。笑いながら少年はシチューをかきこむ。私のシチューもちょうどいい温度になっただろう、いただくとするか。暖かいシチューに硬い黒パンの相性は悪くない。

 何切れかにちぎったそれをシチューに放り込んで混ぜてやれば、多少は柔らかくなって程よい硬さになる。誰かが見ていれば行儀が悪い、などと言うかもしれないが知ったことか。ここには男二人しかいないんだ、自由にさせてくれ。口の中で嚙み潰したパンから辛味が溢れる。

 

「おっ。なかなかうまいな、これ。俺好みの辛さで気に入ったんだけど、どんな調味料を使ったのか教えてくれないか?さっきの赤いやつなんだろう?」

 

「当たりだ、坊主。あれはエピセ、っていうペーストだ。十八層の裏路地で買った」

 

「やっぱりか。十八層の裏路地となるとおばあさんが店主のお店だったか。それにしても、エピセ、エピセ、エピセ……意味は何だろうな?」

 

「言葉の響きから考えるにフランス語だろうな。鼠に情報を売ったら「アア、『辛い』ってことカ」とか言ってたっけか」

 

「なるほどね……アルゴの真似したんだろうけど、似てないぜ爺さん?」

 

「やかましいわ、坊主。女の声をこの年で真似できるかよ。そういうのは女顔のおまえの方が向いてるだろうよ。髪伸ばしてちょいと声高くすりゃいけるんじゃねえか」

 

「誰が女顔だよ。一生やらないぜ、そんなこと」

 

「ククッ、どうだろうなぁ。人生何があるかわからんよ、坊主?」

 

 鍋の底に残った芋もどきをスプーンですくって口の中へ放り込む。ごちそうさまでした。

 

「さて。まだ雨は続いてるが、どうするよ坊主。老いぼれともうしばらく駄弁るか?」

 

「あんたがいいのなら、そうさせてもらうよ。野営道具や雨具も宿に置きっぱなしにしてたから身動きが取りにくいしな」

 

「なるほどな。宿泊期間は大丈夫なのか?延滞したら道具が処分されると聞いたことがあるが」

 

「後三日は余裕もって登録してる、大丈夫だ」

 

「さすが攻略組だ。お金に余裕があると見える」

 

「よく言うぜ。俺なんかより爺さんの方が金持ちなんじゃないのか?馬や馬車は結構な高額商品として売られてる娯楽商品だし、おまけにNPCの御者付きとかどんだけ金使ったんだよ」

 

 私がめくった入り口とは反対側の幌を少年はめくる。そこには深紫色の鎧をまとった騎士姿のNPCが腰かけている。私が雇っているNPCの御者兼護衛が雨に濡れていた。すまんね、狭いんだ。

 

「そいつは先着順クエストだったから、秘密だ。とはいえ今はなかなかに貧乏だよ。戦闘が得意じゃないから地道にモノを作って売りさばいてようやく、といったところだな」

 

 ポケットから煙草を取り出す。吸ってもいいか?とジェスチャーすると一本よこせ、と返される。生意気な坊主だ。鍋をどけたコンロに二本近づけて、火が付いたところでパタパタと扇ぎ火を消してやる。ほんのりと煙を漂わせるそれを一本咥えながら、もう一本を坊主に差し出した。

 

「……意外だな。坊主も喫煙してるのか?」

 

「いや、生まれてからずっと禁煙してる。リアルでもこっちでもこれが初めてだよ」

 

「なるほど、では禁煙をやめるいいきっかけになったんじゃないか?」

 

「ほほう?爺さんゲーム好きなのか?」

 

「わかるか。子供のころにやった思い出の逸品でな。で、どうだ。初めての味は」

 

「口の中がざらってする。こう、喉に辛味が刺さる感じがするって聞いたことはあったんだけどあんまり美味しくない」

 

「はっはっはっ。子供の内から背伸びすればそんなもんだろうよ、坊主。こいつは安物だからな、上級品ならいい味してるがお前にはまだ早い。今は安物で我慢するんだな」

 

「……爺さんのシチューよりはうまいかもな」

 

「ぶっとばされたいか、小僧!」

 

 笑いながらポンポンと肩をたたいてやると少年はニヤりとほほ笑む。全く、言ってくれる。

 少年と共に食事の後片付けを済ませた頃には空が暗くなり始めていた。咥えている煙草は先端2割ほどがグレーのポリゴン片となって消えている。灰皿がいらないのはありがたい。

 カンテラに香木をもう一本突っ込んでいると、一足早く吸い終わった坊主が口を開いた。

 

「なあ、爺さん。あんたこの辺でよくキャンプしてるのか?」

 

「ここを使うのは4度目だ。この森は一応ダンジョンだが、入り口から程よい距離で安全地帯にたどり着けるからな。ちょっとしたキャンプを楽しむには悪くないポイントだよ」

 

「他のところでのキャンプ経験は?」

 

「それなりだ。レベルの関係で二十層以上に行ったことはないが、そこまでのキャンプポイントは大体行ったことがあるぞ」

 

「なら知ってるかもしれないな。俺がこの馬車に乗った時爺さんがNPCじゃないかって疑っただろ?あれはアルゴから買った情報がきっかけなんだよ」

 

「聞こうじゃないか。情報料はいくらだ?」

 

「お題はもう払ってもらっただろ?」

 

 少年はポンポン、と腹をたたいて見せる。そうだな、そういう話だった。残り少ない煙草を掌で握りつぶして消滅させると、話を聞くことにした。

 

「今、攻略組は迷宮区を攻略中なんだけどボス部屋への道が見つからない。何らかの仕掛けがあると思われるが今のところ手掛かりも見つかってない」

 

「トップギルド連中はどうしてるんだ?」

 

「血盟騎士団とかか?あいつらも迷宮区内でいろいろと試してるけど、最近の攻略スピードが速すぎてレベリングが追い付いてなくてな。正直探索そのものが難航している」

 

「第二十五層での軍壊滅からの血盟騎士団結成で勢いが乗りすぎたな。また大事故が起きかねんぞ」

 

「血盟騎士団のリーダーも同意見だ。ここで一度攻略組を引き締めた方がいい、という声に聖龍連合とか他ギルドも賛同してしばらくは攻略組全体の底上げ狙いのレベル上げしてるよ」

 

「最近どこに行っても紅白装備や全身青い連中を見かけるわけか。おまえは?」

 

「俺は気楽なソロだから好きにやらせてもらってる。独り身は自由だからな」

 

「代わりに老後は寂しくなるがな」

 

「切ないこと言わないでくれ、空しくなる」

 

「そういえば、昔攻略組に名コンビがいたと聞いたな。坊主みたいな黒い装備を愛好する騎士とフードで顔を隠した細剣使いのコンビだとか」

 

「わざとか?わざと俺の傷口抉ってないか?」

 

「さぁて、ねぇ。そのうち仲直りしないと年取って後悔するぜ」

 

「……前向きに検討して善処いたします」

 

 苦い顔をする少年を肴にケラケラと笑いながら話の続きを促す。

 

「とにかく、独り身な俺のところにアルゴが情報を持ってきた。村人たちに伝わる伝説によると、数十年前に迷宮区からエルフが出てきたことがあるらしい」

 

「エルフか。懐かしい名前を聞いた」

 

「第三層からの連続キャンペーンクエストで出てきた黒エルフと森エルフだな。言われてみればあいつらに初めて会ったのはもうずいぶんと前な気がする」

 

「ボケるには早いんじゃないか、坊主」

 

「要らんお世話だ。今のエルフ達は第三層を中心に生活してるけど、アインクラッドができた頃は各層に散り散りだった。散り散りのエルフ達は各層でそのまま命を落とした者もいれば、三層を目指してアインクラッドを逆走した者もいた」

 

「逆走するエルフの姿を村人たちは見ていた、と。創作物においてエルフってのは大抵長命設定だったな。もしかすると迷宮区を脱出したエルフがまだ生きてる可能性もある、か」

 

「そういうことだ。で、色々と聞いて回ったところ生き残ったエルフの一人がどこかの森で隠居生活しているらしい。最後に会った時は馬車に乗って森の中で暮らしていた、と聞いたんだが……」

 

「聞けばどことなく私に似てる気がするな。それで坊主は私をNPCと間違えた、と」

 

「雰囲気がそれっぽくてつい、な?御者もどことなく黒エルフっぽいし」

 

「そいつは残念だったな。私はプレイヤーであいつはただの人間だよ」

 

 だろうなぁ。そう言って気を落とす彼の背中をポンポン、と叩いてやる。

 

「気を落とすな。そういう事情があって隠居していたとは知らなかったが、森で一人暮らしているエルフには心当たりがある」

 

「本当か!?」

 

「おう。ちょうどこの森の奥深くで小屋建てて生活してる。ビンゴだぜ坊主」

 

「マジか!最近装備の強化に失敗したりで運が悪いと思ってたけどようやく運が向いてきたか」

 

「そいつにはキャンプするついでに森を探索していたら偶然出会ったことがあってな?自分のことはろくに話さない寡黙な爺さんだが、こいつで情報を聞き出すことはできるだろう」

 

 ストレージから取り出したのは液体が入った古びた瓶。手書きのラベルにはかすれた文字でウイスキー、と書いてある。この前クリアしたクエストの報酬でもらった高級品だ。

 

「さ、酒で聞き出すのか……なんというか、こう。悪い大人って感じがする」

 

「クククッ、悪い大人は楽しいぞ?で。こっちの経験はあるか、坊主」

 

「……実は、ちょっとだけ飲んだことがある」

 

「どっちで?」

 

「ノーコメント。リアルの詮索はご法度だぜ、爺さん」

 

「それもそうだな、聞きすぎた。悪かった、坊主」

 

 頭を下げながら前方側の幌を開ける。相変わらず雨に打たれている鎧姿の御者NPCをコンコン、と叩いてやるとこちらを向いて首を傾げた。まだ起きてくれているようだ。

 

「坊主、これからあの爺さんのところへ向かうつもりだが馬車の護衛経験はあるか」

 

「あるにはあるけど夜間かつ雨天っていうのは初めてだ。それでもここぐらいのエネミーには余裕で勝てるとは思うぜ」

 

「上出来だ。おい、エヴァ!例の小屋まで頼む!」

 

 私の声に鎧はうなづくと手綱を引っ張った。馬がいななき馬車がゆっくりと歩き始めた。

 

「……エヴァ?」

 

「御者NPCの名前だ。馬車の操縦と馬車本体の警護をしてくれるが、レベルはやや低い。戦力としては期待するなよ」

 

「なるほどね。その名前もあれが元ネタか?」

 

「いや、デフォルトだ。本名はもうちょっと長い」

 

「ふーん。で、肝心の爺さんは行けるのか?」

 

「ボチボチ。攻略組のおまえさんほど動けはしないが、なまくらってほど弱くもないぞ」

 

 馬車に置いていた大剣の刃を見せた。メインウェポンであるそれは鈍い輝きを放っている。ソードアート・オンラインにおいて武器の輝きには武器の強化具合や性能が影響する。この大剣はそれなりに強化しているので輝きは悪くない。少年も輝きを見てほう、と声を漏らしていた。

 

「この森にいる主なエネミーは野獣系だ。夜行性の物も何種類かいるが、そのほとんどは視覚が弱い種類だ。おそらく嗅覚を頼りにこちらを探しているのではないか、と情報屋は言っていた」

 

「好都合だな。この雨なら多少は臭いを消してくれる」

 

「エルフの小屋まではここから2㎞と言ったところだろう。雨具は貸してやるが、ぬかるみに足を取られると辛いぞ。坊主の靴の性能はどうだ?」

 

「あまりよろしくはないな。AGIにバフがかかる代わりに滑り止め性能がやや低いんだ」

 

「ならこいつを使え。大型カエルモンスターの油なんだが、靴に塗ると多少は滑りにくくなる」

 

 雨具と共に壺を投げ渡す。少年はそれを受け取ると素早く装備すると共に壺をタップして指先に黄色い光をともす。その指で靴底に触れると、くすんだ黄色に染まった。色が変わった靴底の感触を確かめる姿に少し苦笑する。ちょっとねばついてるんだよ、あれ。嫌そうな顔をしてる。

 

「安心しろ、小屋につく頃には効果時間は切れてる」

 

「そいつはどうも。なあ、爺さん。護衛を始める前に聞いときたいことがあるんだが」

 

「なんだ?急がないと警戒が間に合わんぞ」

 

「名前、教えてくれないか」

 

 ……はて。

 

「言ってなかったか?」

 

「言ってない。なんなら俺も教えてない」

 

「そうだったか、坊主」

 

「そうだよ、爺さん」

 

「……わしゃもうだめじゃよ」

 

「ダメになるにはまだ早いっての」

 

 後70層もあるんだぜ、アインクラッド。そういってニヤりと笑いながら背中を叩いた少年は一足先に馬車から降りた。生意気な坊主だ。同じように笑いながら私も馬車を降りる。私は左側、坊主は右側だ。その指示に頷いて移動しようとする少年の前にウィンドウが表示される。

 

「ふーん……意外と普通な名前なんだな、爺さん」

 

「本名はもっと平凡だ。いずれ現実に戻れたら坊主が大人になった頃に酒持って行って遊びに行くさ。そんときゃ私の名前を笑ってくれ」

 

 パーティ申請。仲間になった少年の視界の左端に表示されているであろう私の名前を見た少年はまたしても笑っている。うるさいな、私だってもっとかっこいい名前にしたかったんだよ。

 ため息をつきながら周囲の警戒を始めると、今度は私の方にウィンドウが表示される。

 

 ―――からフレンド申請が来ています。

 

「なんだ、坊主も割と平凡じゃないか」

 

「本名は俺も平凡だ。現実に戻ったら爺さんがくたばる前に煙草持って遊びに行くよ」

 

「その時はいい煙草を持ってきてくれよ。楽しみにしてる」

 

 ウィンドウがピロンと音を鳴らし、フレンド欄に彼の名前が登録された。

 

「……ははっ、やはりか。何度見ても間違いないな」

 

「ん?どうかしたか、爺さん」

 

 なんでもないさ。考えていたことが当たっただけだからさ。

 

 

 そうか、おまえが―――なんだな。君があの、黒の剣士なんだ。

 

 

 くしゃりと音がしそうな笑顔と共に坊主の背中を叩く。戸惑いながらも坊主も笑い返す。

 

「それじゃ、老人の代わりに頑張ってくれよ。攻略組のキリトさん」

 

「おうよ、お互いに頑張ろうぜ。エンジョイ組のゴロー爺さん」

 

「爺さんは余計だ」

 

 キリトが突き出してきた拳を打ち返した。年老いた私よりも遥かに若い彼の拳は一回り小さかったが、力強さを感じた。STRステータスが負けているだけ、なんて無粋なことは言わないさ。

 そういった物理的なモノじゃない。もっと精神的なモノが違っているのだ。

 

 彼のようになりたい、と思ったことはある。けれど、決して私は彼になれない。

 

 ただ、それでもどうか……憧れることだけは、許してくれ。

 

 白にも黒にも染まり切れないグレーの大剣を握る手に力が籠る気がした。さあ、行こうか。

 

 未来の英雄、アインクラッド解放者に恥じることなく戦って見せようか。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 203X年4月10日

 

「――で。そのことを思い出して煙草を買った、と?」

 

「えっと、その……まあ、そうなります、ハイ」

 

「そうだったのだ。てっきりお兄ちゃんが私とアスナさんの知らないところでこっそりと喫煙していたのかなーって」

 

「仮想世界ならともかく現実では吸わないよ。向こうで吸ってもアスナに叱られるし。それに、煙草の煙は今も昔も精密機械には毒だからな、俺の仕事にも家族にも害が大きすぎる」

 

「確かにそうだね。うちでもオーグマーの改修モデルを使い始めたから煙草は控えろ、って署長から指示が出ていたかな。それであの迷宮区はどうやって突破したの?」

 

「ああ。直葉もALO版のアインクラッドで知ってると思うけど、あそこの迷宮区は大樹の中に作られていただろ。で、迷宮区の最深部の何もないところでエルフの爺さんが作った煙草を使うと、煙草の煙で壁が枯れて閉ざされた道が開ける、っていう仕組みだったんだ」

 

「なるほど。でも、ALOだと確か祈りを捧げたら開く仕組みだったよね?なんで違うんだろう」

 

「レーティングの関係で調整されたんだろうな。SAOは倫理コード解除でそういうコトもできたし、大分緩かったように思える。デスゲーム化するにあたって少しでも現実に近づけたかったんだろうか」

 

「あ、あんまり聞きたくなかった事実……で。結局その煙草はどうするの?」

 

「さっきも言ったけどこの煙草を吸うのは俺じゃない。これを吸うのは例のゴロー爺さんだよ。今からちょっと渡しに行ってくる」

 

「でも、そんなことしていていいの?だって今日は予定があるって……あっ」

 

「……SAO事件被害者のお墓参り、だろ。大丈夫。爺さんもそこにいるはずだから」

 

 

「あの城が消えてから十年以上経つが、どんな手を使ってもゴロー爺さんは見つからない。今でも信じたくはないけど、爺さんはアインクラッド未帰還者なんだと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリト、一つ聞かせてくれ。どうして私をフレンドにしたんだ?」

 

「は?」

 

「黒の剣士は孤独なソロプレイヤーだと聞いたことがある。今もそうだ。人とは群れないんじゃないのか?」

 

「そんなことか。確かに俺は孤独なソロプレイヤーだけど、この残酷な世界に一人で生きていくには限界がある。だから鼠にも頼るし、知り合いの野武士顔と一緒に戦うこともあるぜ」

 

「野武士顔?ああ、壺か」

 

「ははっ、あいつを壺って呼ぶやつ初めて見た。多分元ネタ的には間違ってはないんだろうけどさ。とにかく群れないのは勘違いだよ、爺さん」

 

「ならどうして。そいつらは攻略の役に立つだろう。だが、私みたいな男は攻略の役には立たないぞ」

 

「生き急ぐばかりが、生き方じゃあるまいよ」

 

「あん?」

 

「爺さん、俺と出会ったばかりの頃にそう言っただろ。その言葉が胸に残ってるんだ」

 

「あんな言葉が?」

 

「あんな言葉がだよ。攻略のためだけに前を向いて走り続けてたら、ふと息が詰まりそうになることがある。そんな時に、ふと一息ついてのんびりするのがたまらなく楽しかったんだよ」

 

「一人でのんびり昼寝したり釣りしたり、うまいモノ食べたりさ。そういうのが楽しいんだけど、意外と爺さんと一緒に何かやってる時が楽しいんだな、これが」

 

「からかってるのか坊主。そいつは女を口説く時に言え」

 

「や、割と本気だぜ。だって爺さん、いつも楽しそうだろ」

 

「……楽しそう?私が?」

 

「おう。馬車でのんびり旅しながらおいしい料理を作ったり煙草を吸ったり時にはちょっと冒険したり。息抜きを覚えたばかりの俺には眩しい存在だったよ。きっとSAOを一番楽しんでるプレイヤーはあんただぜ、ゴロー爺さん」

 

「そんな爺さんみたいに生きられたらどれだけ楽しいだろう、って思ったんだ。だから爺さんにフレンド登録を申し込んだのさ。ゴロー爺さんみたいに生きてみたい。あんたの真似をしてみたい、なんてな」

 

「―――はは、はははっ!そうだろうよ。ああ、そうとも!なんせ私はエンジョイ組だからな。攻略組で一番強いキリトさんさえも楽しませてみせるさ。今度も期待してろよ?」

 

「楽しみにしてるぜ。そうだ、今度の釣りは知り合いのギルド誘ってもいいかな」

 

「好きにしろ。どれだけ来るかわからんが盛大にバーベキューでもやるかな。希望は?」

 

「肉!魚!辛めの味付け!」

 

「おうよ、任されて。キリトは食卓の彩りに閃光ちゃんを頼む」

 

「それは……その……まあ、うん。頑張ってみるよ」

 

「……関係改善は遠いな、坊主」

 

 

 

 

 

私はあの城に生きることを許された。とある男の夢を飛び続ける城に。

 

だからこそ。あの空で生きた『誰か』になりたかったんだ。

 

なあ、キリト。私は、黒の剣士にとっての『誰か』になれただろうか。

 



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閃光は闇夜に包まれた森で男と出会う。

前回が割ときれいに終わってる感じがしましたけど、一応続く予定です。
SAO二次杯終了までの毎日0時に更新予定ですのでお付き合いいただければ幸いです。


 

 2023年6月XX日

 

 油断した。油断してしまった。自分の力に自惚れていたのだ。

 

 意見と方向性の違いから別れたあの黒衣の剣士を笑えない。一時はどこかのギルドに身を置いていたようだが、今のギルドに彼の姿はない。相変わらず一人で戦っているのだろう。

 

 敗者に死を与える浮遊城を一人で生きていくことはどれだけ危険なことか、誰かと共に戦うことがどれだけ安全で、どれほど安心できることか。新人入団者にそういった講義をしたばかりの自分が、自分の力を過信してこのザマだ。闇に包まれた森の中で孤独な死を待つことになるなんて。

 

 片手には剣。片手には非常用の転移結晶。それで街へ戻ろうとしたが駄目だった、どうやらこの森は結晶使用禁止空間らしい。この森の設計者は悪趣味なことだ。

 

 ……左足が痺れる。先ほどゴーレムに潰されてしまった足は、膝から先が欠損していた。

 

 この状況でソードスキルを発動させてゴーレムを倒せたのは我ながらよくやったものだ。薄い笑みを浮かべながら、涙がこぼれるのを感じる。ああ、怖い。怖い、怖い。死ぬのが、怖い。

 

 

 そういえば、前にもこんなことがあった。

 

 

 あれは去年の12月、第一層の迷宮区に潜っていた。一人でいくつもの化け物を葬り、いくつもの剣を使い潰しながら生きていた。そしていつの日か燃え尽きる流星のように死にたかった。

 

「……キ、リト…………」

 

 つぶやく声は闇夜に溶けていく。あの頃の私を見つけてくれた彼の姿はここにはない。彼が今どこで何をしているのか、私にはわからないけれど。同じ奇跡が二度おきるはずがない。

 

 指を振る。呼び出したウィンドウをぼんやりと操作する。アイテムボックスには回復アイテムは何一つ残ってはおらず、ダンジョンからメッセージを送ることはできない。それでも何か手はないかといじりながら、毒で少しずつ減少していく体力ゲージが赤くなった。危険領域だ。

 

 後悔する気持ちもわいてこない私はもう燃え尽きているのかもしれない。情けない自分にあきれて瞳を閉じたその時。枝が折れる音が聞こえた。

 

「っ……!」

 

 耳を澄ませる。虫の鳴き声や風で木々が揺れる音に交じってかすかに意思のある音が聞こえた。人間か、モンスターか。聞き耳スキルがあれば聞き分けられたかもしれないが、判断はつかない。

 

 モンスターなら殺される。人間なら、プレイヤーなら助けてもらえるかもしれない。だけど、こんなところに来るプレイヤーは果たしてまともな人物なのだろうか。アインクラッドの各地に隠れ潜んでいるオレンジプレイヤーかもしれない。あまりよろしくない賭けだ。だけど……

 

 

「誰か!誰かいますか!?助けて!助けて!!」

 

 

 やらないよりはずっといい。生きられる方に賭けてやる。助けを求める声に足音の主は反応してくれるだろう。同時に周囲に隠れ潜んでいるモンスターが気づく可能性もある。

 非常に危険な賭けだが……果たしてどう出るか。足音は近づいてくる。それがモンスターだったとしても最後まで抵抗してやる。失った足が再生するにはまだ時間はかかる。座り込んだまま、不格好だが剣を構えて足音が聞こえる方向に向かって構えた。

 

 ザク、ザク、ザク。足音が少しずつ大きくなってくる。

 

 ザクザク、ザクザク、ザクザク。足音がかなり近くなってきた。

 

 ザクザクザク、ザクザクザク、ザクザクザク。……足音が、かなり近い。

 

 なのに……足音の主が全く見えない。暗い夜であるとはいえ姿が見えないのはおかしい。先ほどまで聞こえた足音は幻聴か、勘違いだったのか。戸惑っている私の前に答えが現れる。

 

 目の前の空間が揺らぎ、黒いローブに身を包んだナニカがそこにいた。

 

 腕どころか足元まですっぽりと覆う大きなローブはナニカの姿を完全に包み込んでおり、夜間ということもあってそのナニカは闇を具現化した物体のように見える。なんだ、アレは。モンスターか?プレイヤーか?どちらにせよ得体の知れないナニカは私の心に恐怖心を植え付ける。

 

 剣を握る手の震えを必死に抑えながらナニカを観察していると、それは周囲を見渡して何かを探している様子だった。た、多分……プレイヤーだろう、うん。

 

「あ、あの……ここ、です。私が、助けを呼びました」

 

 剣を下ろしながら呼びかけるとナニカはこちらに気づいたようだ。そして、ソレがこちらを向いたことでようやくナニカの顔が見えた。

 

 

 

 

 見えてしまった。

 

「いっ……」

 

 それは。人間の顔じゃない。

 

「いやっ……いやっ……」

 

 髑髏。髑髏の顔だ。髑髏が私を見つめている。

 

「いやああぁぁぁぁーーーっ!!!」 

 

 髑髏の奥に輝いている赤色の瞳が、私を狂わせる。

 

 取り落としかけた剣を握り直し、とっさに発動させたソードスキルを髑髏に叩き込む!

 

 

 

「おっと」

 

 

 

 白い閃光は髑髏にあっさりとかわされた。ソードスキルの発動は止まり、片足だけの私はそのまま地面へ放り出された。落下の衝撃で手放してしまった剣はナニカの足元に転がった。

 

 ここまでか。あきらめかけたその時、ナニカが口を開いた。

 

「――落ち着け。落ち着いてくれ、お嬢さん」

 

 ナニカは私に優しく語り掛ける。両手をひらひらと振って何も持っていないことをアピールすると、ゆっくりと腰へ手を伸ばして一本の筒を手に取った。それを振り回すと筒の中に炎が灯った。

 ランタンだろう。以前プレイヤーメイドでそんな品があったのを見たことがある。

 

「……んん?待て。待て待て、待ってくれ」

 

 炎で互いの顔が照らされる。ナニカには私の顔が見えて、私には髑髏の奥に人の体があるのが見えた。髑髏は仮面だった。ナニカが髑髏の額を抑えている。その姿に困惑混じりに見つめていると、頭上にグリーンのカーソルが見えた。ナニカはモンスターではない。プレイヤーだ。

 

「なぜ君がここにいる?」

 

 落ち着いて観察してみれば髑髏の仮面は見覚えのあるモノだった。模様こそ異なるが親友がかつて身に着けていた仮面と同型の装備品。

 

「わ、私を知ってるの?もしかして、あなた……ミト?」

 

「ミート?私は肉じゃない。すまないが人違いだ」

 

 ナニカが仮面を外す。仮面の下から現れたのは、記憶に焼き付いている薄紫色の髪をした男性の顔ではなかったが、どこか似ている老け方の老人だった。老人はちらりと私の足元を見つめる。

 これを。比較的即効性のあるポーションだ。私が足を失くしていることに気づいた老人が差し出したポーションを受け取ると、一息に飲み干した。5秒もしないうちに体力ゲージの回復が始まり、毒も回復した。失くした足も再生したことでようやく立ち上がることができる。

 

「……先ほどは襲い掛かってしまい申し訳ありませんでした」

 

「謝らなくていい。あの姿はモンスターに似ていると友人のにも言われたばかりだ。それよりも私が気になっているのはあんただ、お嬢さん。攻略組のアスナだろう?」

 

「え、ええ。攻略組のアスナです。ご存じなんですか?」

 

「あんたは私みたいなエンジョイ組からしてみれば超がつく有名人だからな。私みたいな一般人でも情報屋が発行する新聞で何度か姿を見たことがある。お会いできて光栄だ、閃光のアスナさん」

 

「閃光……もうその名前が知れ渡ってるのね。相変わらずアルゴさんは仕事が速いわ」

 

 頭を抱える私を見て苦笑する老人だったが、急に表情を消して口元を塞ぎ周囲を見渡す。なにかはわからないが私もそれを真似して口を塞ぐ。老人の耳がピクピク揺れている。アルゴさんから聞き耳スキルの熟練度が高いと耳が揺れることがある、と聞いたのを思い出す。

 

「東方向から足音が近づいてきている、索敵スキル等と併用して距離は推定100m。足音の大きさと間隔から考えるに森のヌシである大猿型モンスターだろう。この辺りを練り歩く習性がある」

 

「あの猿ですか。ちょっと前までやりあってたから覚えてます」

 

「ならヌシの脅威も知っているな?逃げるぞ、戦って勝てる相手ではない。この森の安全地帯は把握しているから誘導してやれる。お嬢さん、隠蔽スキルは持っているか?」

 

「ごめんなさい、持ってません」

 

「わかった。ならこのローブを使ってくれ。スキルを持ってなくてもないよりはマシだ」

 

 老人が身に着けていたローブがアイテム譲渡機能でこちらに渡される。SAOの世界では装備品の大きさはプレイヤーに合わせてある程度調整されるが、それでも大きすぎるのがこの装備の特徴らしい。血盟騎士団の紅白の装備をすっぽりと覆い隠すどころか足先にまでかかっている。

 

「こいつは夜間に装備すると潜伏バフを付けてくれるんだが、見ての通りデカすぎるから移動する時には難儀する。下手すると足元の布を踏んでバタン、だ」

 

「でしょうね。すり足で移動した方がいいかしら」

 

「いい判断だ、それで移動してくれ。ここのモンスターは主に聴覚と視覚でこちらを探している。どちらも意識して動けばごまかせる程度だ、慎重にやれば大丈夫。君ならやれるだろう」

 

 新規に出現させた黒いマントを胸元まで覆うと老人は歩き始めた。足音を消す装備やスキルを使用しているからか私よりも軽快に進もうとしたが、離れすぎる前に手を掴んだ。

 

「あの、待ってください」

 

「なんだ。襲った件についてまだ謝りたいのなら後にしてくれ。時間はないぞ」

 

「……名前、教えてもらえませんか」

 

「ん?言ってなかったか?」

 

「言ってないです」

 

「そうだったか?」

 

「そうですよ」

 

「そうなのか。やれやれ、ワシャ本当にだめらしいな」

 

 老人は頭をかくとウィンドウを操作して私にパーティ申請を飛ばす。案内してもらうなら確かに同じパーティにいた方がいい。それも忘れてたのだろうか?目を逸らされた。忘れていたのね。

 

「ええ、これで大丈夫です。それじゃ、案内をお願いします。ゴローさん」

 

 パーティになったことで表示された体力バーから彼の名前を読む。意外と平凡な名前だった。

 

「ゴローさん、はやめてくれ。むずがゆい。ゴロー爺さんがいい」

 

「ふふっ、わかりましたゴロー爺さん。行きましょう」

 

 老人は頷くとランタンを振る。炎が消えて辺りが闇に包まれた。

 

 


 

 

 SAOの世界ではダンジョン内にいくらか安全地帯が設定されている。特定の色のモノに囲まれているのがその証拠で、ここはどうやらヒカリゴケがモノらしい。昼間とは別の光景だ。

 

「……っ!くそっ、指に刺さった」

 

 老人は裁縫スキルでチクチクと破損した黒いローブを修理していたが、なかなかうまくいっていない様子だ。熟練度が装備ランクに追い付いていないのだろう。

 

 彼が私の前に突然姿を現したからくりは『隠蔽スキル』だ。名前の通り姿を隠すスキルであり、プレイヤーには一見透明になっているように見える。対策効果を持つスキルを使うか、誰かが使用者をしばらく注視するかのどちらかでスキルは解除される。

 今修理している黒いローブには夜間限定で隠蔽度を高める効果がついており、声の主を発見できなかった老人がスキルを解除するまで私には老人の姿が見えなかった、ということだ。

 

「私がやりましょうか?裁縫スキルなら育てています」

 

「メインスキルではないが、攻略組より熟練度は優っている自信がある。大丈夫だ」

 

「私、540くらいです」

 

「なっ……くそっ、負けた。487。どうしてそんなに高いんだ?」

 

「自分の使う装備は少しでも自分でメンテナンスしておきたいので、それなりに使う機会があるんです。ローブの修理は任せてください。道具、お借りしますね」

 

 私が使っていたローブの耐久度は残り3割といったところ。残り耐久度がやけに少ないのは、このローブが特殊なアイテムだからだ。装着者の隠蔽スキル熟練度を900前後まで引き上げる効果を持つ代わりに装備中常に耐久度が減る。熟練度が低いと消耗はかなり激しくなる。

 

 老人は元々の熟練度が高いらしいが、私はスキルすらない。故に精々10分程度の使用時間にもかかわらずかなりの耐久度が失われたのだ。そんな代物を貸してくれたことに感謝している。

 

 修理道具の残りは少ないがやれるだけやってみよう。彼には迷惑をかけている。

 

「この縫い目は……こうね。ここで肩の縫い目とつながるから縫い方を変えましょう」

 

「ほほう、手慣れてるな。いい手付きだ」

 

「ありがとうございます。団長の手袋を手入れした時のことを思い出すなぁ。あれも高ランクな品だから修理難易度が高くて……」

 

「ヒースクリフの?黒の剣士のコートオブミッドナイトは直さないのか?」

 

「……なんで私がアレの面倒を見ないといけないの?」

 

 狂いかけた指先を理性で押しとどめて正しい軌道へ修正する。思いもよらない名前が老人から出てきて驚いた。一般人の間ではまだ私とキリトがコンビを組んでることになっているのだろうか。

 

「いや、私の中では君とキリトは二人でセットだったからな。気を悪くしたなら謝罪する」

 

「そうですか。ゴロー爺さんみたいな人たちには私たちってどう見られてるんですか?」

 

「攻略組のWエースだ。ビーターとも呼ばれるキリトはやや人気は低いが、二人のコンビ解散はなかなか話題になっていた。なんなら解散理由が一部ではゴシップ感覚で話題になっていたか」

 

「へえー……参考程度に聞いても?」

 

「LAアイテムの取り合いになった、攻略方針の不一致、キリトが浮気したかアスナの着替えを覗いた、アスナがヒースクリフに一目ぼれしたとかそんな感じだった」

 

「ゴロー爺さんは?」

 

「どうせ浮気だろ。あいつの周りはどうも女っ気が多くて妬ましい……はっ」

 

「大丈夫ですよ。怒ってませんから」

 

 慌てる老人に微笑みを返した。むしろそれには同意する。なぜか、なぜか彼の周りには女性が集まることが多い。あるいは女性から好感情を向けられていることが多かった。私が彼に恋愛的な感情を向けているつもりはないが目の前でデレデレされるのはあまり気分がいいものではない。

 

「っ、針が折れました。もう一本ありますか?」

 

「あるにはあるが最後の一本だぞ……折ってないよな?」

 

「折ってません。彼に対して特に何も思うことはありません」

 

「あー……キリトが原因で折った、とは言ってないが」

 

「なにか?」

 

「……私が悪かった、すまない」

 

 わかってもらえたのならそれでいいのです。さあ、あと少しで修理完了だ。

 

 

 

 

「話題を変えよう。私もお嬢さんもこの森には目的があってきた。そうだな?」

 

「んっ、そうですね。この森に夜限定かつ少人数パーティで挑めるボスがいるのはご存じですよね」

 

「さっきの猿か。あいつに用事があるということはクエストか?だが、何かのクエストのキーになっている話は聞かないぞ」

 

「まだ見つかったばかりのクエストですから。あのボスを倒すとドロップする毛皮を最前線の村にいる職人に渡すといい額のコルがもらえます」

 

「なるほど。コル稼ぎにここに来たと?」

 

「そういうことです。友人がちょっとお金が必要な状況でして、力になりたいんですが流石にギルドを動かすわけには行きませんので」

 

「だから君一人というわけか……なるほど、なるほど。もうそんな時期か。だけどこの森の複雑さは計算にいれてなかったな?」

 

「仰る通りです。どれだけ歩き回っても出口にたどり着けなくて。違う道を通っているはずなのに、同じ道をぐるぐる回っているような気がします。」

 

「当たりだ。やみくもに動き回ったらいつまでたっても出られやしない」

 

 予想が当たっていたことに項垂れた。老人曰く、同じエリアで一分以上待機していると付近のエリアとのつながりがめちゃくちゃになるらしい。突破するためには特殊なアイテムの準備かマップの法則を把握する、最悪の場合は特定方角へ進み続けてマップ端へ到達するといったところか。

 

「なんていやらしいダンジョンなのかしら……おかげで回復アイテムを使い切るまで消耗する羽目になりましたし……このことは内緒にしてもらえませんか?」

 

「攻略組がこんなミスをしでかした、となればあまりいい評判ではないな。あー……うん、わかった。私の口からは絶対に言わない」

 

 なにか歯切れが悪いが、本当に大丈夫だろうか。

 

「そういえば、ボスの皮が欲しいって話だったな。実は二、三枚ほど皮のストックはある。最近は新商品も売れて懐も温かいし、譲ってやってもいいぞ」

 

「えっ?持ってるんですか」

 

「こいつだろう」

 

 老人が紺色の毛皮を取り出す。触っても?いいみたいだ。撫でると非常にサラサラした感触があるが、力を込めると途端に毛が固くなる。間違いない、これは本物だ。

 

「ゴロー爺さん、これをどうやって手に入れたんですか?先程は戦って勝てる相手ではない、と言ってましたよね」

 

「そいつには企業秘密、ってやつだ。こう見えても下層じゃちょいと名の知れた職人だからな、とだけ言っておこう」

 

 なるほど。職人プレイヤーの元に素材を持ち込んだプレイヤーがいるのだろう。

 この毛皮は何かに使えそうに見えて、少なくとも裁縫スキルを用いたアイテム作成には使えなかった。ゴミ素材として安くゴロー爺さんに売りさばいた、というあたりか。

 

「うーん……お言葉に甘えさせていただいてもよろしいでしょうか」

 

「交渉成立だな。実はこの毛皮結構重たくてアイテム重量上限枠を圧迫するんだ。早いところ処分したかった」

 

「宿屋に預ければいいのでは?」

 

「あー……そのー……うむ、その通りだな……」

 

「忘れてたんですか」

 

「……はい」

 

「意外とうっかりさんなんですね」

 

「やかましい幽霊恐怖症」

 

「――っ!?そ、そんなことありませんあの血盟騎士団が幽霊が怖いわけないでしょう何を言ってるんですかお爺さん!?」

 

「ング、ング……ふはーっ。コーヒーがうまいな」

 

「ご、ごまかさないでください!聞いてるんですか!?」

 

 

 

 

「……ふー、あと一息ね。ところでゴロー爺さんは何が目的でここに来たんですか?」

 

「こっちもクエストだ。この森の最深部でNPCが私を待っている。この森でしか取れない薬草を用いて作られた薬をもらうことが目的だがレベルが合わなくて苦労してるよ」

 

「レベル合ってないんですか?」

 

「合ってない。確か安全マージンのレベルは階層+10だったと思うが、私のレベルは階層より5くらい低いし武器の熟練度もそんなに高くない。300くらいだったかな」

 

「き、危険ですよそれは!隠密スキルを使いこなして戦闘を避ければここまで来れたみたいですけど、そんな能力じゃたった一度の戦いで命の危機と隣り合わせですよ!?」

 

「わかってる。友人にもこっぴどく言われた。だがそれでもやらねばならないんだ」

 

 ローブの修理は終わったか、と視線で聞いてきた。手は作業を終えて少し前から止まっていた。修理は終わっている、けれどこれを渡せば老人は再びダンジョンへと潜るのだろう。

 

「……あー、放してくれないか?そいつがないときついんだ」

 

「ダメです。攻略組として、死にに行く人は止めさせてもらいます」

 

「こちらも譲れない用事がある。薬がないとエヴァが、家族が死ぬ」

 

「家族が、死ぬ?家族もこのSAOの世界にいるんですか?でも、そんなレアアイテムみたいなものが治療に必要な状態異常なんて聞いたことない……。どういうことなんですか?」

 

「私の家族はNPCだ。そして、そういう状態異常がプレイヤーにはなくともNPCにはあるんだ。私と共に旅をしてきたNPCが病気で倒れている。正直言って予断を許さない状況だ」

 

「え、NPCって……NPCが家族なんですか?あれはただのデータですよ?」

 

「家族だよ。私にとって大切な家族なんだ。リアルの私には、ゴローには、吾郎には。もう誰もいない」

 

 我ながら失礼なことを言った自覚はある。それでも老人は微笑んで私を許すと、ローブを奪い取った。その拍子に小さな紙箱が零れ落ちる。紙箱に印字された文字はゴロワーズ。この文章は見覚えがある。確か父も同じものを持っていたはずだ。これは……

 

「……煙草、吸ってるんですか」

 

「一応、な……父が吸っていた。ああ、現実での父親だ。三十年くらい前に肺がんで亡くなったバカな親父だが、煙草を美味そうに吸う男だった」

 

「子供や、奥さんは?」

 

「そんなものとは縁が遠い生活を送ってきた。生まれつき不器用な男でね、仕事一筋で何年何十年と生きてきて、気が付けば周りには誰もいなかったよ。友人も数えるほどだ」

 

 老人はローブからもう一つ小さな箱を取り出した。マッチ箱だ。煙草を一本咥えると慣れた手つきでマッチの火をともした。煙草独特の匂いに目をしかめていると、私の手に何かを握らせた。

 

 ロケットペンダント。中に写真を入れるものだ。

 

 紫混じりの黒い金属製のソレを開くとセピア色の写真が現れた。どこかの階層で結晶工学という技術が研究されていたのを思い出す。確かその層の主街区で写真を撮ってもらえたはずだ。物珍しさに親友と共に撮影を依頼したらセピア色の写真が返ってきて笑った記憶がある。

 

 写真に写っている2人は誰も笑ってはいない。二人の人間が焚火を囲んでいるだけの不格好な写真。焚火の横に煙草を咥えている老人、その背後に直立不動の鎧騎士が立っている。

 

「妙な騎士だよ。とあるクエストで馬車ごとついてきたんだが、馬車の操縦はしてくれるし護衛もしてくれるが無口なところが如何にもNPCらしいやつだ。最近は大剣を持たせたら狂戦士じみた戦いをしていたこともあった。ちょうどさっきのお嬢さんみたいだったか」

 

「あ、あれは……本当にすみませんでした」

 

「少しからかっただけだ、悪い。そんなこいつだが歌がうまい。不器用なハミングで眠る手助けをしてくれるし、それを褒めれば頭もかく。相変わらず言葉は発しないNPCだから意思疎通は難儀してるが、それでも私にとっては大切な人で……家族のような存在に思えている」

 

 言葉は言わないが、おかえり、と言ってくれるんだ。遠いところを見つめながら、煙草の匂いを漂わせながら話した老人の言葉を「ただの勘違いだ」と否定することはできなかった。

 おかえり。そんな言葉を言われたのは一体いつが最後だっただろうか。SAOに捕らわれてから一年近く経とうとしているが、それ以前から私と家族の仲はやや冷え込んでいたように思える。老人はまだ喋っている。釣竿を握らせたら武器と勘違いした、料理をさせたらどうもおかしな辛さのものばかりできる、鎧を脱がせようとしたら抵抗されて気が付くと床の上で眠らされていた、だの。

 

 

 老人が語る思い出に並ぶ思い出を、私はどれだけ持っているのだろう。

 

 

 私ではないどこかを見つめながら思い出を語り続ける彼の姿に呆れ交じりの声が出た。

 

「……うらやましいな」

 

「だというのにこの忙しい時に病気で倒れたんだ。治療には特殊クエストの――ん?なんだって?」

 

「うらやましい。ただのNPCにそこまで入れ込めるあなたがうらやましいと思っただけです」

 

「なんだ、嫉妬してるのか。男にフラれたもんなぁ、あんた」

 

「フラれてません。フったんです」

 

「そうかそうか」

 

 楽しそうに笑う老人をにらみつけると、その拍子に灰となった煙草の先端が落ちた。そろそろいいだろう、とぼやいた彼はマッチ箱と煙草を差し出す。吸わないんですが。

 

「お嬢さんは吸わないだろうがここでは役に立つのさ。火が小さいからモンスターにも気づかれにくいし、煙の量が多いから風の流れを可視化しやすい。それを使って風が吹いてくる方向に向かえばここを出られる。ダンジョンを出れば転移結晶は使える、それで帰ってほしい」

 

「嫌です。お断りします」

 

「ダメだ。ここのヌシ相手にはさすがの閃光のアスナでも無理だろう」

 

「あなたはヌシ以前に雑魚相手でも厳しいはずです」

 

「隠蔽スキルがある。大丈夫だ」

 

「それでも万が一ということがあります」

 

 ですから。鞘から細剣を抜く。突然の戦闘行動に驚く老人を尻目に安全地帯の入り口に立つ。

 

 

「閃光の剣を護衛にいかかですか?雑魚相手に逃走時間を稼ぐくらいはできますよ」

 

 

 老人は笑う。カラカラ、カラカラと。その拍子に残り少ない煙草を飲み込んでしまい大きくむせる姿に慌てるが、大丈夫だ、と静止される。せき込みながら老人はウィンドウを操作する。またしてもアイテムが私に送られてきた。これはいったい――?

 

「さっきまで私が使っていた黒マントだ。こいつもこいつで隠蔽効果が少しぐらいはある。耐久度が少ないローブを使わせてやれんがせめてこっちを使え、いいな?閃光ちゃん?」

 

「せ、閃光ちゃん!?」

 

「やれやれ。黒の剣士のお姫様を危険な目にあわせて後で何と言われることか。あ、これはデートみたいなものか?よし、後であいつに自慢してやろう。どんな顔をするかな、楽しみだ」

 

「ちょ、ちょっと!?どうしてそこでキリト、じゃない、黒の剣士の名前が出るんですか!!」

 

 あなた一体彼とどういう関係なんですか!?問い詰める私の言葉を背に彼は歩きだす。

 

 

「友達だ!私にとってキリトさんは最高の友人だよ!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 203X年4月10日 

 

「それで、薬のクエストはどうなったの?」

 

「無事に最深部で薬を受け取って、帰りも戦闘一切なしで脱出できたよ。ゴロー爺さんは隠蔽も索敵もハイレベルで、あれに並べるのは情報屋のアルゴさんくらいじゃないかな」

 

「アルゴ?えっと……ああ、帆坂のアルゴさんね。最近は向こうよりもこっちでの付き合いが多いから、とっさに名前が出てこなかったわ。で、どうしたのその顔。コーヒー苦かった?」

 

「嫌なことを思い出してちょっとね。ゴロー爺さんは馬車で生活してたんだけど、森の入り口にそれを停車させてたのよ。そこに鎧のNPCがいるとは聞いてたんだけど、まさか……」

 

「アルゴさんでもいたの?」

 

「……アルゴさんとキリトくんがいたのよ」

 

「ええっ?キリトもいたの?」

 

「ゴロー爺さんがキリトくんを馬車の護衛として呼んだけど、キリトくんもお爺さんが一人でダンジョンに潜るのは反対だったのよ。でも隠蔽スキルがいまいちで置いてかれたから、急遽アルゴさんを呼びつけてお爺さんを追いかけさせようとしてたところに私たちは帰ってきたのよ」

 

「なるほどね。ってことは一人でダンジョン潜って死にかけたこともバレたんじゃないの?」

 

「うん、バレちゃった。ゴロー爺さんは「黙秘権を行使する!」とか言って黙っていてくれたけど、キリトくんもアルゴさんも鋭いからね。内緒にするって言ってたお爺さんが歯切れが悪かったのはそういうことだったのよ。もう、あの人は本当に意地悪なんだから」

 

「そのお爺さん結構な曲者ね。私も一度会ってみたいけれど……」

 

「……見つからないの。あれから十年以上経ったけど、私もキリトくんも、SAO生還者のお爺さんには会うどころか手がかりすらつかめてない。ねえ、この前頼んだ彼氏さんの調査はどうだった?」

 

「あれ彼氏じゃないから。友達よ、とーもーだーち。調査はボチボチみたい。いろんな病院で当時の情報をそれとなく聞いてくれてるけど、当時から約三十年前に父親を亡くした老人プレイヤーは見つからない。そもそもあれがちゃんとコミュニケーション取れてるのが信じられないけど」

 

「「あの時の朝田さんみたいに、誰かに手を差し伸べられる人になりたい」とか言って心理カウンセラーになったんだっけ。ちゃんと取れてると思うけど」

 

「ふん、どうだか。この前も電話してみれば「アサダサンアサダサンアサダサン……」ってうるさいんだけど。また着信拒否にしてやろうかしら、あれは本当に反省してるのか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ゴロー爺さん。あのコートまたボロボロになっちゃいましたけど、よかったら私の友達に見せてみませんか?高ランク品の防具でも整備できるプレイヤーがいるんですよ」

 

「友達?リズベットか?」

 

「どうしてそこでリズの名前が出るんですか。彼女鍛冶士ですから布製品は専門外ですし、友達だって言いましたっけ?」

 

「えっ?あー、昔から腕がいいプレイヤー鍛冶屋としてその筋で名が知れてる。あんたとよく会ってることも噂になってるよ。むさくるしい職人街に可憐な花が二つってな」

 

「う、噂になってるのね……今後は気を付けないと、ってそうじゃなくて。友達のミトが最近裁縫系スキルに凝ってて近いうちに仕立て屋を始めるかも、なんて言ってて実力は確かですよ」

 

「ミト、ミト、ね。誰だったかな?まあいい、頼めるか。修理してほしいが駄目なら別の防具にリメイクしてほしい。値段は応相談だが四十万まで出す、と伝えてくれ」

 

「予定が付いたら連絡入れますね。お望みなら黒の剣士そっくりのコートにしましょうか?コートオブノワール、なんてどうです?」

 

「ほほう、そいつは最高じゃないか。検討してもらってくれ」

 

「えっ、本気なんですか」

 

「本気だが?どうした、まさかお嬢さんもお揃いで黒い格好したくなったのか?いいじゃないか、キリアスコンビ復活は漆黒の装い!いいな、かっこいいぞぉ」

 

「なんでそうなるんですか。ゴロー爺さん、私と黒の剣士が絡むとどうも変なこと言いますよね。そんなに私と彼をくっつけたいんですか?」

 

「くっつけたい。二人はお似合いのコンビだからな。世界一だ」

 

「えっ……あっ、もしかして酔ってます?お酒の飲み比べしてましたよね。アルゴさんもキリ……ん、んん!黒の剣士も酔い潰しちゃってるし……樽一個空にするとかおかしいでしょ」

 

「カッカッカッカ。おう、酔ってる。最高の気分だ。あの閃光のアスナに酌してもらってるんだからな。こんな経験は一生ないだろうなぁ、いい思い出になるだろうなぁ。ヒッヒッヒッヒヒヒヒ」

 

「笑い方が怖いんですけど。お酒の飲みすぎは体によくないですよ」

 

「とは言うがな……これからどれだけ生きられるかわからん体だから、好きにさせてくれよ」

 

「……ゴロー爺さん。もしかして……すごく年上なんですか?」

 

「あん?」

 

「リアルのことを聞くのはご法度なのは承知していますが、どれだけ生きられるかわからない、なんて言葉を聞くとお爺さんはもう……寿命が近いんじゃないか、なんて考えてしまったんです」

 

「いや、そこまで老けちゃいないぞ。そうさな、えーっと……うん、今の閃光ちゃんは学生くらいだろうし、そこに六十くらい足したら今の私の年齢になるだろうよ」

 

「また閃光ちゃんって言った。なんなんですかそれ。今の私に60足して……となるとお爺さん80手前ぐらいですか」

 

「アラエイトだな。っておい!それまだ飲みかけなんだが!」

 

「十分若いじゃないですか!70代ならまだまだ生きられる年齢ですよ!飲みすぎです、没収!」

 

「えええええ……攻略の鬼は老人にも厳しいのか……」

 

 

 

 

 

私はあの城に生きることを許された。とある男の夢を飛び続ける城に。

 

だからこそ。あの空に輝いた『閃光』を見てみたかったんだ。

 

キリト。おまえのそばで輝く光は眩しいな。燃え尽きない流星のようだ、なんてな。

 

 

あの光を少しだけ独り占め出来たあの夜は、おまえに自慢できる思い出さ。

 



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湖のほとりで勇気に焦がれる騎士に出会った。

 

 2023年7月XX日

 

 

「何だと?ええい、だから金入り袋がひっかけられてたのか。ご祝儀だといったろうに」

 

 頭をガシガシとかきながらウィンドウに表示されたキーボードを叩く。個人的にはペンで紙に直書きする方が好みなのだが、ソードアート・オンラインの世界におけるプレイヤー間で言葉のやり取りをする手段は直に会って話すかメッセージ機能を使うかの二択だ。

 ファンタジー世界の浮遊城だというのに手紙ではなくオンラインゲームなメッセージ機能で、しかもキーボードは空中投影パネル。茅場晶彦もこういうところはこだわりが足りてない。

 

 あの指輪は嫁さんとのペアリングだ、どっちも大事にしろよ旦那。金はそのために使ってくれ。

 

「送信、っと。たっく、あの頑固者め」

 

「どうしたんだよ爺さん。機嫌が悪いみたいだけど」

 

 釣竿片手に黒ずくめの少年が話しかける。攻略の暇を見つけて遊びに来たキリトだ。その手には青色のシャケもどきな魚がある。大物だ、釣果は上々だったようだな。キリトはテーブルのまな板の上にのせた魚に包丁の刃を通す。切り身を揚げ物にするかな、油を入れた鍋をたき火にかけた。

 

「知り合いのカップルが今度結婚すると聞いてな、プレゼントを贈ったんだ。そのお礼にと二十万コルもの大金を送ってきたんだが、いらん世話だ。結婚には金がかかるというのに」

 

「ああ、馬車にくくられてた袋か」

 

「そうだ。余計なことに気を回す男だよ、あいつは。既に礼はもらったというのに」

 

 ハンモックに放り出した中折れ帽を叩く。なかなかにおしゃれな帽子で、料理中に被りはしないが個人的にも気に入っている。セットで強奪したサングラスは微妙なセンスだと思うが。

 

「ん、もしかしてそのプレゼントってこの前エギルの店で売ってた指輪か?」

 

「ああ、そうだよ。高い金をふんだくられてしばらくは貯蓄の日々だ。今晩もちょっとばかし内職して売り物作るとするかねぇ」

 

「エギルは身内にも容赦ないからな。あの指輪は俺もちょっと狙ってたんだよ。AGIが二十も上がるアイテムだったし、最近装備更新した関係で体が重かったからな」

 

「太ったんじゃないか?」

 

「まさか、SAOではたくさん食べたら多少は腹が膨れるけど体形はほとんど変わらないよ。いや、もしかすると逆に痩せてきてるかもしれないな、俺たち」

 

「そうかぁ?おまえさんが遊びに来た時はいつもがっつり食事してるだろう?」

 

「……リアルの俺たちは寝たきりだろ。そういうことだよ」

 

「そっちか。あまり考えたくないな。昔病気で三週間ほど入院していたことがあるが、それだけでもかなり筋肉の量が減ってな。走るのも歩くのもしんどくてたまらん」

 

「爺さん経験者か。リハビリって何かコツはあるか?」

 

「味のない飯に楽しみを見出せ、美人看護師に表情を悟られないようにしろ、薬はちゃんと飲め」

 

「参考になるのかならないのか微妙なアドバイスありがとう」

 

 ふと思い出して取り出した石ころをキリトに渡す。キリトもそれの用途は知っていたらしくにやりと笑い返された。石をおろし金で削って粉末にして、それを切り身にパラパラと振りかける。岩塩だ。半分はフライ、もう半分は焼き魚にしよう。デカい魚を釣ってくれたよ。

 

「で、キリト。近々アルゴと会う用事はあるか?あいつに金を返してくるように言ってくれ」

 

「また頼み事かよ。爺さんはアルゴを顎で使ってるけど、そんなに仲がいいのか?」

 

「それなりに使える情報を売ってやったお得意様だ。ついでに弱味も握ってる」

 

「弱味?あのアルゴにそんなものがあるのか」

 

「人間誰にでも苦手なことがあるものだろう?私にもあるし、キリトもそうだろうよ。そいつの情報を誰にも売らない代わりに、ちょっとした依頼程度なら無償で引き受けてもらえるのさ」

 

「うっわぁ、あくどっ。女の子にひどいことするぜ」

 

「情報の有効活用と言ってくれたまえ、黒の剣士くん。代わりにあいつがダンジョンの情報収集やる時は休憩所として馬車を貸したりもしてるんだ、お互いに対等な取引だよ」

 

 そうだ、どうせならあいつへの料理も作ってやるか。チーズのストックはあったかな。カララン、とウィンドウの操作音を聞きながらチーズを探していると、鍋に魚の切り身が落とされた!

 

 キリトめ、魚を入れるなら入れると言え!油が散って熱いんだが!?焦がし魚が食いたいか!?

 

 

 

 

 ソードアート・オンラインの気候変動システムが夏の色をアインクラッドに写し始めた頃、私たちは程よい田舎の湖のほとりで釣りキャンプを楽しんでいる。いい休日、いつもの休暇。いつも通りの休日になるはずだったが、今日は珍しい客が訪れることになるとは思いもしなかった。

 朝食はシャケもどきフライの黒パンサンドで済ませて、今度は夕食用の魚釣りを始めた頃。

 

「フガアッ!?」

 

「……おっ、キリトを釣ったかエヴァ。おめでとう。女たらしだから気を付けろよ」

 

「ほ、ほめれとうじゃねえって!釣りはり外してふれ!」

 

 相変わらず釣竿の使い方がどこかおかしい御者NPCの奇行に笑う。こいつの思考ルーチンはどうなっているのだろうか。釣り針を外そうとしてなぜか釣竿を引っ張るエヴァを静止しつつキリトの口から外してやる。その時だ、遠くからガシャリと金属音が聞こえる。

 この階層にそんな音を鳴らすモンスターはいないし、湖周辺は対岸にある小さな村込みで圏内設定されている。となれば音の主はモンスターではなく、人間。それもこんなのどかなところに鎧姿で来るのは限られる。

 

「えええ?なんであいつがここにいるんだ……」

 

「い、つつ……ペインアブソーバがあってもこういう小さい痛みはあるから困る。で、どうしたんだよ爺さん。また変な顔してるぞ」

 

「うるさいな、そういうならおまえもあれ見ろ、あれ」

 

「あれ?ああ、湖の向こう側に誰かいるな。よく見えないけど」

 

「遠視スキル取ってないのか」

 

「いらないだろあれ。双眼鏡で代用できるクソスキルってアルゴも酷評してたぞ」

 

「極めたら透視スキルに進化するぞ。服は透けるし女湯も覗ける」

 

「マジで!?」

 

「嘘に決まってんだろスケベ。そんなセクハラスキルがあったらCEROがもっと上がるわ」

 

「で、ですよねー……まあいいや、双眼鏡借りるぜ」

 

 キャンプ用具&ガラクタを突っ込んだチェストから双眼鏡を取り出したキリトが向こう側を確認する。そして先ほどの私と同様に変な表情を浮かべていた。目を細めて苦笑いってやつだ。

 

「嘘だろあれ。なんであいつがこんなところにいるんだよ、夢でも見てるのか?」

 

「現実だろ。何しに来てんだあの鉄仮面」

 

「えっ、爺さん知り合いなのかよ。どういう付き合い?」

 

「さあてねぇ……あいつはよくわからん。釣りを続けようじゃないか。不審者は無視しろ、無視だ」

 

「あいつがよくわからないのは同感。そっとしておこう」

 

 釣竿を引き上げる。餌のミミズはなくなっていた。食われたな。つけ直すと再び湖に向かって放り投げてあいつから視線を逸らす。キリトもそれに倣い、エヴァもなんとなく真似をする。

 

 今晩のメニューはどうするかな。シンプルに魚を刺身にしてどんぶりにするか、ホイルにくるんで焚火に放り込むか。ちょいとばかり手がかかるがスモークして燻製なんてのも悪くないな。

 香木はそれなりにあるが、スモーク用の調理器具はこの前壊してしまった。まさか温めると爆発を起こす魚だったとは想定外だ。残骸は残しているが整備するにしろ新しく作るにしろ、添加材のストックが足りてないのがよろしくない。日が落ちる前に北にあるダンジョンで採掘することも検討するか。

 

「やあ」

 

 あのダンジョンに潜んでいるモンスターはスライム系ばかりだ。困ったことに光を吸収する個体がいるせいで暗さが尋常じゃないし罠も多い。その代わりにスライムからとれるオイルは極上品。

 

「やあ」

 

「なあ、キリト。おまえスライムオイルはいるか?」

 

「え、あ、うん?武器を直す道具だっけ?」

 

「そういう使い方もあるやつだ。取りに行かないか」

 

 スライムオイルは金属や革製の装備品に溶かしこむことができる。耐久度の回復、ステータスの向上が見込めるかあくまでも簡易的なもの。効果が切れれば耐久値もステータスも元通り。

 だが、鍛冶道具としては非常に多くの使い道がある。溶接剤代わりにもなるし硬度を高めるのにも使える。装備品や道具、どちらを製作する場合にも使える便利な道具として、鍛冶をかじった者は重宝している。おっと、これはダジャレではない。

 

「やあ」

 

「決まりだな。午後は北東にある月夜の水路跡地に行こう。スライムハント、だ」

 

「俺はいいけど本気かよ。爺さんあんまり戦闘が得意じゃないだろうに。で……どうすんのこれ」

 

「やあ」

 

「無視しろ、無視だ。面倒ごとな気がする」

 

「なんだねその言い草は」

 

 声の主の方を向かない。回り込んできたが顔を見たくない、面倒ごとになる気がする。キリトのひきつった表情と目が合った。おまえもわかるだろう、これは面倒な予感がするだろう?

 

「やブフッ」

 

 べしゃあ、と音が聞こえたが振り向かない。キリトが驚きながらエヴァの方を見る姿しか見ないぞ。エヴァは釣り上げた魚を不審者に命中させたようだな、よくやった。

 

「ブフゥッ、クククッ……」

 

 不審者とキリト、エヴァ以外のもう一人の声が聞こえる。笑っていた。白い衣装に赤い紋章等をあしらったその装備は血盟騎士団の証。血盟騎士団の少年が笑っていた。

 

「……ははぁ。部下に笑われるとはとんだ失態だな、ええ?」

 

「NPCのしつけをちゃんとしてない君に言われたくないな」

 

 不審者の顔を見る。少年と同じ系統のカラーリングだが、こちらは真紅の鎧に白いマントが眩しい。青年というには年を取っていて、中年というには勇ましい顔つきの男には感情がなかった。感情を押し殺しているのか、それとも元々薄かったのか。尋ねたところで答えはしないだろう。

 

「久しぶりだな、ヒースクリフ。相変わらず無表情な男め」

 

「ゴロー、君も相変わらずだな。そんなに私のことが嫌いか」

 

「嫌いなんじゃない、厄介ごとを持ち込まないでほしいだけだ」

 

 にらみつけても表情一つ変えやしないそいつには鉄仮面というあだ名がピッタリだろうよ。苛立ちを隠すかのように煙草をくわえれば、どこからか取り出したマッチを自分の鎧に擦り付けて火を灯して差し出してきた。仕方なくその火を使って今日の一服を味わうことにした。

 

 彼の名はヒースクリフ。攻略組筆頭ギルド血盟騎士団団長にして、私の知人だ。

 

 

 

 

 

「相変わらず元気そうだな。馬の調子も悪くない」

 

 ヒースクリフは馬車から外してその辺を歩かせていた馬の頭を撫でている。私が使っている馬車と馬、そして御者の入手には全て彼が関わっている。故に多少の面識があるからか、馬も嬉しそうにヒースクリフに頭を擦りつけている。そのままべちゃくちゃに舐められてしまえ。

 

「……なぁ、爺さんあのヒースクリフと知り合いなのかよ」

 

「知人だ。以上」

 

「本当にそれだけの関係なのか?団長があんなことをいう姿初めて見たぞ」

 

「それだけだ、団員くん。私は何も言いたくない」

 

 攻略組として、ギルドの一員としてヒースクリフを見ていたキリトと血盟騎士団の少年にとってあの姿は信じられないらしい。

 正直言って私も信じられない。あのヒースクリフがあんなにも人間臭い男だったとは……

 

「君が言わないのなら私が言うとしよう。ゴローは私の恩人だよ」

 

「あんたの恩人だって?ゴロー爺さんがか?」

 

「ふふっ、ゴロー爺さん、か」

 

「言葉だけ笑って表情一つ変えてねぇ……」

 

「生まれつきさ。彼とは血盟騎士団を結成する以前にパーティを組んでいてね、お互いに助け合ったものさ。故に彼は私の恩人であり、彼にとっても私は恩人なのだよ」

 

「否定はしない。昔から私は戦う実力がなかった。だが、ヒースクリフは知っての通り攻略組最強の実力だ」

 

「だから私はゴローの護衛をしていた。どういうわけかNPCから反応が悪く、クエストの攻略がうまく行かなかった私にとって人当たりがいい彼と行動を共にするのはメリットがあった」

 

「どう考えてもその鉄仮面が原因だとあの頃から言ってるよな?笑うぐらいはしてろ」

 

「生まれつきだ。私に笑顔を期待されても困る」

 

「それで困るのはこっちなんだが……貴族のNPC相手でも仏頂面だから「貴様、私を舐めているのか!?」と叱責されたこともあったろうに。口先でどうにかするにも限度はあるぞ?ああん?」

 

「だが君はどうにかしてくれた。感謝しているよ」

 

 そう言いながらも無表情。年を取ると察しが悪くなる生き物に裏を読めと言われても困る。ヒースクリフは椰子の実に似た形状の白い木の実をたき火に放り込んだ。見覚えがない木の実だな。

 

「最前線の海岸で取れたエンジェルドロップという実だ。キリト君も知っているだろう?」

 

「あ、ああ。体術スキルか低火力のソードスキルを叩き込むと落ちてくる木の実で叩き割ると赤い汁がたっぷり出てくるんだ。回復量が最上位ポーション一歩手前だから、乱獲されまくってるよ」

 

「レアモノじゃないかそれは!おいおい、そんなものを焼いていいのか?」

 

「焼いていいんだ。この木の実はそのままだと不味すぎてろくに飲めたものじゃない。フォア―ド隊指揮官のゴドフリーさんも苦い顔で飲んでいる。だが、温めると汁が変質するのさ」

 

 団員の少年は剣を抜くと器用に木の実を引き寄せて刃を通した。切り口から見える汁の色はオレンジ。ふむ。お味の方は、と……んんっ!?塩辛い中にほんの少し鳥ガラ風味。懐かしい味だ。

 

「ははぁ……いいな、いいじゃないか!こいつ、コンソメスープだな!?」

 

「なんだって!?おい団員さん、俺にも一口!」

 

「あ、ああ。別にいいが……」

 

「ありがとな。んーっ、うまい!懐かしい味だ、うちでもこんな味のスープをよく食べたっけ」

 

「だろう?市販のコンソメを使ったスープにそっくりな味だ。こっちでもコンソメの再現を試みていたんだがどうにもうまくいかなくてな。まさか完成品がこんなところで出てくるとは」

 

「インスタントのコンソメに近い、いや、そのものと言っていい味付けだが、恐らく開発スタッフの手抜きだな。味覚エンジンのサンプルとして登録されたモノを流用したのだろう。ここまでコンソメらしい味だとかえって馬鹿らしく思えてくる。もう少し植物らしい臭みをだな」

 

「そういうなよ。おかげでこの仮想世界でもコンソメを楽しむことができるんだからな」

 

 ありがとう、いいものを教えてくれたな。おかげで煮詰まっていたスープ料理のレパートリーも増やせる。そう言って褒めてやっても表情は変わらなかったが内心複雑だろうな。

 

「さて、ゴロー。エンジェルドロップが依頼の代金でいいな?」

 

 訂正。してやったりとか考えているに違いない。全く、困った男だ。

 

「……くそっ、仕方ない。わかった、引き受ける」

 

「そう言ってくれると信じていた。キリト君、キミもそれでいいかね」

 

「うん。……うん?えっ?えっ、俺もやらないといけないのか?」

 

「君がいないと難しい依頼だ。正確に言うならゴローが役に立たない」

 

「誰が役立たずだ。それなら私じゃなくてキリトに依頼すればいいだろう」

 

「キリト君だけでも難しい依頼なのだよ。ゴロー、キミもいてくれて初めて解決できる依頼だ」

 

 こいつは一体私たちに何をさせる気なんだ。これまでも何度か厄介ごとを持ち込んできた男だが、今回はこれまで以上に面倒なことになりそうだ。依頼で使いそうな記憶の扉を開きながら二本目の煙草を……ちくしょう、カラだ。後で買い足さないと、何層のやつにしようかな。

 二本目を諦めて吸殻をたき火に放り込む。ヒースクリフは少年団員の背中を叩いた。

 

「紹介しよう。彼は血盟騎士団期待の新人でね」

 

「フォワード隊二軍に所属しています、ノーチラスです」

 

 薄茶髪の少年は頭を下げる。なるほど、君がノーチラス。だが、フォワード隊二軍とはなんだ?

 キリトに肩をぶつけると意図を察したのか囁くようにして説明してくれた。血盟騎士団の構成人数は百人を超えており、プレイヤーの戦闘能力に応じてフォワードやタンクといった役職だけでなく一軍二軍に分けられているのだとか。攻略組筆頭ギルドはプレイヤー層が厚いことで。

 

 ありがとう、最近副団長とよろしくしてるおまえに聞いてよかったよ。

 

「最近スカウトしたばかりだが実力は確かでうちの教官からも筋がいいと評価されている。遠くないうちに一軍に昇格できるだけの戦士に成長するとみている」

 

「お前がそこまで言うとは優秀らしいな。で、そんな新人を連れて私たちに何をしろというんだ」

 

「新人を休ませてやってくれ」

 

「は?」

 

 休ませてやってくれ、と言ってるんだ。その言葉に私もキリトも首をかしげたし肝心のノーチラスも驚いていた。おい、ヒースクリフ。おまえ秘密主義もほどほどにしておけよ。

 

 ……言ったところで聞きゃしないんだろうな。実際聞いてくれなかった。

 

 

 

 

 言いたいことだけ言って仕事があるとか言い出してさっさと転移結晶で帰ったあいつに塩をまく。

 キリトも少しだけまいた当たりヒースクリフには思うところがあるのだろう。女か?アスナを血盟騎士団に取られた恨みでもあるのか?

 

「さて、と。どうするオウムガイくん」

 

「……オウムガイ?ぼく、あ、いや、私のことですか?」

 

「そうだよ、ミスターノーチラス。ノーチラスはラテン語でオウムガイっていうのさ。それにかしこまらなくていい。ヒースクリフから何を聞いたのか知らんが、私は大した男じゃない。だろ?」

 

「だな。安心しろよ、ノーチラス。この爺さんは煙草と遊びが好きなただの爺さんだよ」

 

「そこはそんなことはないと言ってほしかったなぁ」

 

「じゃあ訂正する。この爺さんはSAOで一番煙草と遊びが好きな爺さんだよ」

 

「ダメ人間感が増してるじゃないかこいつめぇ!」

 

 ここは圏内だからダメージを与えることはないが過度な接触は弾かれる。お互いにシステム妨害をさける程度にほどほどな取っ組み合いの喧嘩をしていると、ノーチラスは私たちに背を向けた。

 

「……ちっ、くだらない」

 

「あっ、おい。どこへ行くんだオウムガイくん」

 

「うるさい、爺さん。後僕はノーチラスだ。ここで遊んでる暇はない、最前線に帰らせてもらう」

 

「だからと言って団長命令を無視するのはよくないぜ?」

 

「部外者には言われたくない。あんたに何がわかるんだ」

 

「血盟騎士団のことは少しわかるさ。規律に厳しいトップギルドってな。休んでいるはずの団員が最前線にいたら、そこらかしこでレベリングしてる他のメンバーに見つかる。そうしたら叱られるどころか下手したら除名されるぞ、コンディション管理もできない者はいらない、ってな」

 

「それは……そうだ。あんたの言うとおりだ。だからといって、前線から離れた辺境で遊ぶために血盟騎士団に入ったんじゃない!こんなところで燻っているくらいなら少しでも剣技を磨く!」

 

「……強さを求める気持ちはわからんでもない。やれやれ、君は筋金入りの頑固者ときたか。ヒースクリフが休ませろというのも納得だ。君は休憩時間にも自主練するタイプだろう」

 

 問いかけにはそっぽを向いて答えを返す。図星だったか。ヒースクリフめ、攻略に関係ないことは基本人任せにするが人間関係まで人任せにするとは。あいつの手にも余るタイプではあるが。

 

「仕方ないな。ノーチラス、君の希望に沿ってやる。キリト!」

 

「了解。月夜の水路跡地に行くんだろう」

 

「最深部まで、だ。若い団員さんに地獄と天国を見せてやろう」

 

「マジかよ?最深部のカギはあるのか?」

 

「ここに。カジノでちょいとばかり荒稼ぎしてきていただいてきたぞ」

 

 取り出した鍵の持ち手にはめられた宝石の輝きが眩しいが、肝心の刺す部分は錆びだらけで一度使えばポッキリと折れてしまいそうな代物。それを見たキリトがしゃぁ!と声を上げた。

 

「な、なんだ?その古いカギがどうしたんだ?」

 

「あれがないとダンジョンが攻略できないんだよ。あ、でも本当に大丈夫かよ?新人さん連れても実力的には行けると思うけど、初心者を連れていくにはきついところだぞ」

 

「僕を馬鹿にしてるのか、黒の剣士」

 

「馬鹿にしてない、冗談抜きできつい。あそこは初見なら攻略組でも苦戦するし、俺も苦戦した」

 

 キリトの言葉に頷く。あそこに一人で行った時は隠蔽スキルの効果が薄いスライム主体ダンジョンだったとはいえ、中層すらたどり着けずコテンパン。何とか命は拾って帰ってこれた。今度はキリトを連れて行ったが、ダンジョンボスがかなりの強敵で一度退却する羽目になった。

 

「ノーチラス。俺が黒の剣士だと知っているなら実力も知ってるだろう。そんな俺でも最深部を突破できていないダンジョンだし、血盟騎士団も攻略できてないはずだぜ」

 

「なんだって?ここは三か月も前に攻略された層だぞ、なのに血盟騎士団が攻略してない?」

 

「アインクラッドの攻略状況に応じて解放されるダンジョンらしい。情報屋に確認してみれば攻略当時には入り口が開いていなかった。そんなダンジョンだから難易度も高いのさ」

 

「モンスターのレベルは安全マージン内だけど、数が多い。でも、頭を使えばどうにかなる。そういうのは爺さんが強いし、俺たちは腕っぷしに自信がある。強くなりたいんだろ、腕試ししようぜ」

 

 黒シャツにジーンズの少年は装いを変える。薄い胸部プレートに黒いコート、私の知る限り一番の輝きを見せる剣を背負ったその姿は黒の剣士と呼ぶにふさわしいものだった。キリトが差し出した手をノーチラスは迷うことなく握り返す。黒の剣士に白の剣士、か。

 

「頼む、連れて行ってくれ。足手まといにはならない」

 

「頼りにさせてもらうぜ。爺さんのお守りも任せた」

 

 笑いあう二人の姿は悪くないがその一言だけはいただけないぞ。

 

「……お守りが必要なくらいに弱いのか、爺さん?」

 

「あー……まぁ、強くはない。ソードスキルの発動が下手だし」

 

「そうなのか。団長と似た雰囲気だから強いのかと」

 

「エヴァ、全速力で馬車を出せ!クソガキどもを置いていくぞ!」

 

 言葉に出さずとも馬を馬車に戻して出発準備を整えた優秀な御者NPCに叫ぶ。バチン、と手綱の音が響き馬が走り出し、剣士二人は置いて行かれた。

 

 数分後、普通にレベルが高く走る速度も速い二人は普通に追い付いてきた。

 

 文句を言われたのは言うまでもない。後でうまいもの食わせてやるから許してくれ。

 

 


 

 

 湖の北側、なだらかな坂道を下りながら川の行く先を追いかけると廃墟となった砦がある。さらに北側には街があるが、モンスターが占拠されている設定のダンジョンだ。人が住まない街には水路は無用、水路管理施設の砦もさびれてしまった。モンスターがいないのがせめてもの救いだ。

 クエストを受けていれば砦に立てこもって命を落とした貴族の遺品や街の隠し通路を通るためのカギを探したりとイベントが盛りだくさんだが、今日は砦に用はない。

 

 砦の向こう側、湖からの水の行方。錆びついた柵は崩れ、水路の奥へと戦士を誘う。

 

 入り口に馬車を停車させると、エヴァに待機と馬車の護衛を指示する。兜で表情は見えないがサムズアップで答えると大剣を構えて周囲の警戒を始めた。気に入っているようだな。

 

「爺さんが最近大剣使ってないのは御者NPCに渡したからか」

 

「そういうことだ。大剣は元々素材を食う武器だからな、普段使いは整備が楽な短剣でいい」

 

「あの御者、本当にNPCなのか?やり取りが人間にしか思えなかったぞ」

 

 NPCだよ。出会った頃は簡単な受け答えすらままならなかったが、今ではこちらの考えもある程度察知して行動してくれる。ソードアート・オンラインの世界を生きる我々が日に日に強くなっていくように、NPCも成長しているのだろう。

 

「さて、これからダンジョンに潜るわけだが事前に渡しておく物がある」

 

 二人にポーションを6本差し出した。流通しているポーションのほとんどが色付きの液体ばかりだが、差し出したポーションはどれも透明な液体だ。見慣れないモノに首をかしげるノーチラスにキリトが説明を入れる。

 

「馬車の中でも説明したけど、ここに出てくるモンスターのほとんどがスライムだ。水路だからフィールドは狭いところに相手のスライムはちょっと大きめなんだよ」

 

「だから体の大きさを生かして被弾を気にすることなくまとわりついてくることがある。こっちの足がとられるのは命取りだろう?」

 

「それは怖いな。僕も何度かやりあったことはあるが、ソードスキルで吹っ飛ばせばどうにかなったはずだぞ」

 

「なるにはなるけどヤバいやつだと全長3mぐらいのビッグサイズがいるぜ。そいつはまとわりつくなんてもんじゃない、こっちを丸呑みするんだよ」

 

「そうなると息ができなくなるし言葉が出せない。転移結晶で逃げることもできん」

 

 だからこいつが対策になる。鍛冶素材用のスライムオイルを掌に少し垂らして、そこに特製ポーションを振りかける。青色で少しブヨブヨしていたそれにポーションが混じるとあっさり溶けた。

 

「取り込まれた時の緊急脱出用か」

 

「便利なんだが素材の流通量が少なくてな、一人三本ずつしか用意できなかった。それと、拘束から抜け出す分には有効だがダメージはあまり入らない。注意しておけよ」

 

「いくつか気を付けることはあるけど、後は現場で教えるよ。それじゃ、行こうぜ」

 

「わかった。よろしく頼む、黒の剣士」

 

「キリトでいい。あ、こっちはゴロー爺さんな。爺さん付けないと怒るんだ」

 

「別にそこまで怒りはしないが……まあ、頼むぞ。ノーチラス」

 

「ああ、任された。キリト、ゴロー爺さん」

 

 私たちはサムズアップを返すとノーチラスも親指を上げる。さぁ、行こうか。

 

 手慣れたキリトがポイントマン、先導役を務める。ノーチラスは一歩引く形で追従して同時に罠に引っかかる危険を避ける。私は殿を務めながら後方警戒、戦闘時は援護に入る形になる。

 

 ダンジョンに仕掛けられている罠の種類と対処法、敵発見時に音を立てずに伝える合図など。進軍しながらノーチラスにダンジョンの進み方を教えて、時には彼も意見を出す。

 

「爺さん、今日はノーチラスがいるんだしたまには前に出ないか?」

 

「悪くないが、スライム相手には厳しいぞ。ノーチラス、課題はわかるか?」

 

「僕に聞くのか?……そうだな、短剣は他の武器と比べると手数と状態異常を付与しやすいのが特徴だ。スライムには状態異常は刺さりやすいが、リーチが短くてコアを突きにくく相性が悪い」

 

「ちなみに私は両手剣も使えるが相性が悪い。理由は言えるか?」

 

「どうせ爺さんのレベル不足だろ。威力の割にモーションが遅すぎるからスライムを吹っ飛ばしきれず襲われる危険もある。だからフォローで連続スイッチが必要だが困難だな」

 

「ひどいことを言いやがるが事実だよ。スイッチからの連続スイッチは熟練した冒険者ならできるかもしれないが、出会って間もないノーチラスとやるには高度すぎる」

 

 しっかりと連携訓練を積んだ血盟騎士団なら話は別だがな、と笑っているノーチラス。よく勉強してるじゃないか。期待の新人という評価がふさわしい男だ。それはそれとして殴りたいが。

 

「そうだな、無茶な話だった。悪かった、爺さん。ノーチラスが初撃を与えた後に爺さんと俺が行く、ってパターンならどうにかなるかもしれないけど、装備変えたからAGIが下がってるしなぁ」

 

「……なあ、話を聞いた感じだと爺さんは本当に弱いのか?言うほど弱くなさそうなんだが」

 

「攻略組の強さがバグってるだけだ。私は一般人だ、並べたら弱いに決まってる」

 

「後、俺はSTR寄りのステ振りで爺さんはAGI寄りとお互いに耐久力がないから、レベルが低い爺さんがヘイト取っちゃうと地獄なんだよ……」

 

 あれは地獄だった。うっかりソードスキルをぶちかまして援護したらヘイトが移ってとことん追い回された。私が必死に逃げるものだからキリトが置いてけぼりになったりと連携もぐだぐだだ。

 

「かといって距離を取れる投擲も使いすぎればヘイトを稼ぎやすい」

 

「チャクラムはどうなんだ?一桁代の層を攻略してた頃は有効だったと聞くが」

 

「今はもう火力不足だぜ。知り合いのチャクラム使いも前線からは引退して鍛冶屋に戻ったよ」

 

「そもそもチャクラムには体術スキルが必要だが、取得するには岩を叩き割らにゃならん。老骨にしみる肉体労働はこりごりだ。肉体労働は若いのに任せるよ」

 

 私はああいうのが好みだな。カンテラで道を照らせば古びた扉が見える。キリトが調べるが開かなくて蹴り飛ばした。いってえー、なんて言いながらつま先を抱えた。何やってんだ。

 

 ノーチラスもそれを調べるが首を横に振ってドアノブに親指を向けた。鍵がかかっているんだろう?わかってる。ダンジョンのカギは一度開いてもしばらくすれば勝手に閉まる、もう一度開けなくちゃならないのが手間なところだ。振り向いて戻ろうとするノーチラスの肩を掴む。

 

「大丈夫だ、どうにかなる」

 

「ならないだろう。あの錆びた鍵はもっと奥で使うって言ってたのは爺さんじゃないか。ここに対応した鍵を探しに行かないと」

 

「言っただろう、ああいうのが好みなんだ」

 

 鍵を探しに行かなくていい、茅場晶彦の意地悪に付き合わなくていい。爺がこじあけてやるぜ。チャリンと手の中で金具を鳴らしてみせた。男たちが小さく笑いあう。

 

「3分よこせ。鍵の構造はランダムだから毎度毎度手間がかかる」

 

「そういって4分オーバーはやめてくれよ。またデカいスライムに潰されるのはこりごりだ」

 

「なんだって?あのデカいスライムがやってくるのか、こんな狭いところに」

 

「しかも水路の向こう側からな。ダンジョン設計者が鍵をぶっ壊そうとするのはズルだとか文句言ってるんだろうよ、馬鹿らしい。なら開錠スキルなんて実装するなって話だ」

 

 鍵の装飾を見る。ランダムとはいえこういうところからある程度は中身の形状がわかる。頭の中で構造のシミュレート、そして仕事の段取りを組んでいく。その間に手持無沙汰なキリトとノーチラスは水路にワイヤーを張っていく。麻痺毒を刷り込んである、スライムには効くぞ。

 

「こんなの気休めにしかならないだろうに」

 

「その気休めが必要だぜ、ノーチラス。でなきゃあいつの足が速すぎる。さっきみたいに足がすくんだらヤバいぞ」

 

「それは!……くそっ、キリトの言う通りだよ。僕が悪かった、8本目をよこせ」

 

 悪態をつきながらノーチラスは仕事をしているようだ。無理もない、さっきのボス相手に目の前で棒立ちしたところで陣形が崩れたからな。話には聞いていたが彼のフルダイブ不適合症状はかなり深刻だ。だが、それを言い訳にしたくない気持ちがよくわかる。

 

 さて、今回の構造は手前は素直だが奥は複雑で手間だな。奥でミスれば手前の単純な構造もリセットがかかる。集中しないとな。煙草が欲しいところだが無口でやるしかあるまい。

 

「今日はラッキーだぞ。うまくいけば2分、悪くて3分で片づけてやる」

 

「そいつはいい話を聞いた。いいか、狭いから刺突系ソードスキルで突っ込んでも戻れない」

 

「それくらい言われなくともわかる。斬撃系のノックバック付きでどうにか凌ぐんだろう」

 

 剣を抜く音二つ。キンコンと金具の様子を確かめる音で返す。

 

「さて、いくぞ!」

 

 剣士が頷く。鍵穴に針金を入れた。どこかから水音が聞こえる。きっと音が鳴るところには巨大なスライムが生まれてるんだろうな。余りもの大きさに初めて見たときは拝んだくらいだ。

 

 

 

 

 ……ん?水音がうるさいぞ。近くでも聞こえる気がする。

 

 

 違うぞ、本当に近くだ。索敵スキルがかすかに反応している……っ!!

 

「足元、横の水路だ!」

 

 二人の剣士が左右の液体へ剣を突っ込む。液体が崩れると同時に小さくポリゴン片が散る。

 

「やられた、アップデートされてやがる!雑魚が沸いてるぞ!」

 

「巨大スライムだけでなく雑魚までいるのか!冗談じゃない、撤退しよう!」

 

「もう遅い。針金抜いてもオオモノはこっちまで来る。時間の勝負だ!」

 

 カチカチと金具を鳴らして入り口を突破して奥まで到達した。多少強引にやったから金具がお釈迦確定だがやむを得ない。ズブリ、ズブリと音が鳴る。その度に何かが割れる音。

 

「沸くスピードは大したことないな。処理はできるがボスはどうするか」

 

「本気か、キリト。やるつもりなのか?」

 

「やってやるのさ。ちょっとばかりヒヤヒヤしてきたがこれが楽しいんだよ。爺さん、首尾は?」

 

「6、いや、7割。強引にやったからオキニの道具がパーだ」

 

「ネズハにまた打ってもらえよ。俺も金を出すから、さっ!」

 

 ズバン。おや、イキはいいやつを仕留めたな。だがどっちがやった?

 

「……イカれてるよ。なんで普通に鍵を探さないんだ」

 

「ナイス。その場合罠だらけの道を折り返し込みで一キロくらい歩かないといけないぜ」

 

「それは面倒だな。爺さんを酷使しないといけないじゃないか」

 

「攻略組どもめ、少しは探索スキルを取っておけよ」

 

 そのうちね、じゃないぞ。なんで同時に返すんだ。全く若い連中は元気なことで。あんな奴らみたいになるには私は遅すぎるってのに。

 

「で?そう言う癖に付き合ってるノーチラスもイカれてるんじゃないか?」

 

「イカれてない。副団長が口うるさいんだ、攻略組は死にに行く馬鹿がいたら止めろとな。攻略組見習いとしておまえたちを見捨てられるかよ」

 

「なるほどね。アスナに後で礼を言っておいてくれ」

 

「自分で言ってくれ、黒の剣士」

 

 そいつは無理だろうなぁ。ある程度仲直りしているとは思うが、関係が完全に修復されるのは来年の春くらいだろうし。問題はそれまで私の体がもつかどうかわからないこと。

 

 

 今でも最高の夢を見ているんだ。黒の剣士と白の剣士が肩を並べる姿なんて、見たことはなかったんだよ。未来もわからない夢を私は見ているんだ。まだ、夢を見ていたいのさ。

 

 神様がいるのなら、もう少し、もう少しだけ夢を見せてくれ。

 

 

 浮遊城の夢から覚めるまで、私に生きる力をくれ。

 

 

 

 

「ヘアッ!?」

 

「おいどうした爺さん。なんだか嫌な予感がするんだが」

 

「……金具が折れた。抜けない。詰んだかもしれん」

 

「何やってんだクソジジイが!!」

 

「いや待て、最後の手段があるんだが――」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 2026年4月10日

 

「そう言った爺さんが扉を吹っ飛ばしたのを見て最初からやれ、と思った僕は悪くないよな」

 

「あれ正規手段じゃないからカーディナルに修正される恐れがあったらしい。とはいえ爆発性質の素材を突っ込んで鍵を無理やり壊すとは無茶だよ」

 

「あんな無茶をやっていた頃が懐かしい。今じゃそんなことはできないからな」

 

「……FNC、だったな。ALOで会えるかと思ってたんだが」

 

「ナーブギアで発症した症状だ、アミュスフィアでも発症するしどうやらアミュスフィアとの相性は悪くて症状も重い。だから僕はこっちだ」

 

「なるほどね。ノーチラスがやってるのなら俺もやろうかな」

 

「いや……やめておけよ。黒の剣士様には向いてない。僕よりも弱い体つきだしな」

 

「俺はインドアなんだ。てかヒョロいのはどうだっていいだろ。わざわざうちに来た理由は何なんだよ。しかもこれ……ナーブギアじゃないか。どうしてここにあるんだ?回収されたはずだろう」

 

「少し意見を聞きたくてな。おまえのところにSAOのMHCPがいると聞いた、力を貸してくれ」

 

「ユイの力が必要?」

 

「そうだ。このナーブギアには奇妙なデータが入っている。それを解析してほしい」

 

 

「ゴロー爺さん、見つかってないんだろう?これが手掛かりになるはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなかいい冒険ができたと顔に書いてある。で、どうだった?」

 

「言われた通り、そして予想していた通りの行動を取ってもらったよ。あれは酷いな」

 

「記録はここに。脳波データの変換結果は資料の通りだが、先生の初見はどうかね」

 

「ナーブギアの脳波変換プロセスに問題があるとは聞いていたが、実際に見てみればかなり深刻だな。病巣の規模は大きくないが、それが些細なところにチラホラ散ってるように見える」

 

「SAO発売前にその辺りをアップデートしたのだが、完治には至らなかった。君の指摘通り私の怠慢という言葉は否定できんな」

 

「気持ちはわからなくない。これに対処するには骨が折れる。病巣は脳波変換プログラムの根幹にも潜んでいる、薬を入れれば今度は他のプレイヤーに類似した症状が起きるだろう」

 

「患者であるノーチラス君限定でパッチを当てる形になるか。睡眠中を狙って少しずつ投与しよう」

 

「だが、私だけで薬を作るには半年以上はかかるかもしれん。作り方をマシンに教えて後は自動処理、その上で私が手を入れた後にあなたが確認する形がいいだろう」

 

「そういうことならエヴァに頼みたまえ」

 

「エヴァに?どうして。ただのNPCのあいつにそんなことができるのか?」

 

「できる。ふむ、君にも知らないことがあるのだな。彼女は――

 

 

 

 

私はあの城に生きることを許された。とある男の夢を飛び続ける城に。

 

だからこそ。あの空で焦がれていた『騎士』に手を差し伸べたかった。

 

ノーチラス、いや、エイジ。私にできるのは足枷を外してやるのが精一杯だ。

 

 

待ち受ける運命を本当に変えられたのかどうか、2024年の私にはわからない。

 



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歌姫はくたびれた酒場で男と出会う。

色々と展開の調整してたら投稿予定時間を過ぎてしまい申し訳ない……


 

 2023年7月XX日

 

 バチン、と指先で何かがはじける感触に悲鳴が漏れて指先が止まる。周囲の人々もどよめく。

 

 何が起きたのかと戸惑いながら手元を見れば原因はそこにある。音楽を奏でていた白と水色の小さなギターの弦がプッツリと切れていた。九本あるうちの三本が中心で真っ二つだ。その状態でも指を躍らせれば音を奏でてくれるが、使えなくなった音の範囲が広く満足できるとは言えない。

 

「ごめんね、この子が壊れちゃったから今日はお開き!この子が直ったらまた演奏しに来るから、聞きに来てくれるかな?」

 

 皆に呼びかけるとギャラリーは口々に言葉を交わしながら散っていく。ここまででもいい曲だったよ。次の演奏も楽しみにしてる。これ、ギター修理に使ってよ。温かい言葉を浴びせる人もいれば、冷たい言葉を投げつける人もいる。つまらない演奏だった。ギターのメンテもできないのか。

 いろいろな声があるけれど、それは当たり前のことだ。たくさんの人に私の歌を聴いてもらえたら、と思うことはあるけど皆に受け入れてもらうのは難しいのはわかってる。でも、いつか。

 

 そんな人たちにとっても、私の歌がいい思い出になってくれたら、それでいいと思うんだ。

 

 ギターを背負って立ち上がる。ぐぐっ、と背伸びしてみれば心地よい脱力感が訪れた。うーん、肩が少し凝ってるかも。ちょっと歌いすぎたかな?そういえば幼馴染が言ってたっけ。ここの村には気持ちいいだけじゃなくてリーズナブルな銭湯がある、って。

 

 

 幼馴染が話してくれたアインクラッドの冒険譚を思い返しながら歩き出す。

 

 

 ここはアインクラッドでも穏やかなところで村の雰囲気ものどかなところだ。こういうところはギターの音色がよく響くし、キミの歌声を聞いていると眠りに誘われる。あ、ち、違う!眠くなるって意味じゃなくて、えっと、眠りたくなるくらいに心地よいっていうか!なーんて。

 

 慌てて否定しなくてもわかるよ。ここはいいところだよ、空気が澄んでて歌ってると気持ちいい。肝心の本人は団長に特別任務だとかで呼ばれたからしばらく顔を出せないみたいだけど。

 

 あーあ。いつも一緒にいるのにこういう時だけ離れ離れなのはもどかしいなー。

 

 彼のコトを思い浮かべていたら銭湯の元へたどり着いた。

 

 小さな街頭がチラホラと照らす町並みで、ここにあるぞと言わんばかりに柔らかくも沢山の光を放つ建物。建物の意匠はどことなく和風なお城の雰囲気があって好みだ。

 

 ヒヒーン。

 

 馬のいななきが通りに響いた。なんだろう、と建物のそばに馬車が停まっている。そのあたりにはちらほらと人影があるけど、何か出し物をしているのかな。見に行ってみよう。

 

 老若男女問わずに色々な人が馬車の周りにいた。肩に乗せた竜と馬にニンジンを食べさせている子供がいたり、馬車の前で棒立ちしている鎧を見ている桃毛の少女がいるが、人々のお目当てはその近くでカーペットを広げている老人だった。

 あれはベンダーズ・カーペット。いろんなところで商売ができるようになるアイテムと聞いたことがある。なるほど、出店ということか。

 

「おや、いらっしゃい。お嬢さんも何か見ていくかね?」

 

 老人が私に気づいて挨拶した。お言葉に甘えてカーペットの上には広げられている品物に目を通してみる。鞘入りの無骨な剣や装飾が施された短剣、モンスターを模した彫刻に騎士団を描いた絵画、見るからに高そうな宝石があるかと思えば用途がわからないガラクタがちらほら。

 

「なんだかすごい品揃えですね。どういうお店なんですか?」

 

「在庫処分セール、かな。友人とダンジョンアタックして最深部まで踏破!見事にお宝ざっくざくだ。だけど私たちは根無し草の家無し宿暮らしだから嵩張るブツばかりあっても置く場所がない。温泉帰りの客狙いの土産として売りさばいて金に換えたいのさ」

 

「お土産かぁ。そういわれるとちょっと欲しいかも」

 

「ゆっくり見て言ってくれ。値札はついてないが、応相談だ。それなりに勉強させてもらうよ。おっと、そこのお嬢さんはハンマーを購入かい?」

 

「ええ。これ、A級品のスミスハンマーよね。ダンジョンドロップで市場にもあまり出回らないレア物かつ消耗品だからいくらあっても困らないし。で、お爺さん。値段は?」

 

「ふーむ……三万五千コル。相場よりは多少安いはずだがいかがかね」

 

「うーん、四万切ってるのはなかなかないけど最近出費が多いのよね……」

 

「鍛冶屋は辛いな。ならこの鉱石とセットでどうかな、お嬢さん?天水石といって加工すれば高耐久高品質な研ぎ石になると聞いたことがある。そこは自分でやってもらうことになるがね」

 

「いいわね、買った!ありがとね、お爺さん。これでいい武器が作れそうね」

 

 ニコニコしながらハンマーと鉱石を抱えたお客さんがお一人様お帰り。現実だと割と危険人物な姿だよね、あれ。武器が商品に並んでる時点で今更か。さて、私はどれにしようかな……おや?

 

「お爺さん、これなんですか?猫のお鬚みたいですけど、長すぎません?」

 

「素材アイテムの古龍の髭だな。布製品の補修や強化に使える素材でそこそこ需要は高いし、君にとってなかなか便利な品だと思うがね」

 

「ふむ?」

 

「背中のソレ。弦楽器だろう?加工は必要だが古龍の髭は弦として使えるのさ」

 

「へえー、ちょっと欲しいかも。実はさっき弦が切れちゃったんですよ」

 

「それはお気の毒に。少し見せてもらってもいいか?」

 

 ギターをお爺さんに渡す。タップして鑑定したり弦を確かめると口元に手をやって考え始めた。どこで買った品物なのか、いつから使っているのかといった簡単な質問が飛んでくる。それらに答え終わるとお爺さんは大きく頷いてギターを私に返した。

 

「本体の状態がなかなかいいな。丁寧に使っているし、性能ランクも悪くない。古龍の髭で作った弦は性能が高くて下手なギターに使うといまいち音が乗らないと聞いたことがある」

 

「私のギターなら大丈夫、ということですね」

 

「多少は調整が必要になるが君でも十分できる範囲だな。楽器の演奏は専門外だが同じ弦を使っている知り合いの評判はいい。良かったら君が入浴している間に弦に加工しておくが、どうだ?」

 

「あはは、サービスいいですね。でもお高いんでしょう?」

 

「そうだな。素材がそこそこレアなのと加工の工賃を入れて……二万コル。ここが最低ラインだ」

 

 ウィンドウを開いて手持ちのお金を確認する。うーん、二万はちょっとお高い。買えなくはないけど今後の生活も考えるとちょっと辛いかも。苦い表情を見たお爺さんが苦笑する。

 

「流石に厳しいか。それなら修理が終わったら一曲演奏してもらえないか?それでお代にしよう」

 

「えっ。それでいいんですか?」

 

「それでいい。なんなら弦を交換して初めての試し演奏で構わない。個人的に音楽が好きだから、というのも理由ではあるがね」

 

 とっておきだぞ。背後に置いてある宝箱みたいなチェストからお爺さんは宝物を取り出した。装飾が施された小さな鉄の箱。SAOとはどうも世界観がズレているようなそれを宝物と呼ぶことに首をかしげたけれど、隣で商品を見ていたスキンヘッドの黒人はそれをみてアッと驚いた。

 

「初代WALKMAN!?なんでアインクラッドにそんなものが!?」

 

「うぉーくまん?なんですか、それ」

 

「そうか、嬢ちゃんの年頃だと見たことはないか。俺がガキの頃、嬢ちゃんが生まれる前に人気だった携帯型音楽プレイヤーだよ。爺さんが持ってるやつはそれの初代にそっくりだ」

 

「見た目だけ模造品だよ。私の父が愛用していたのが懐かしくてね」

 

 ガキの頃には初代は既に骨董品だったが、ブルーのボディにオレンジのボタンのカラーリングは心惹かれるものがあるな。そういった黒人さんに話が分かるじゃないか、なんて言いながらお爺さんは黒人さんと数人の大人とウォークマン談義に花を咲かせている。

 

「こいつを初めて手のひらに収めた時のことは忘れられん、たった400g程度のそれが私の手にはどれだけ重かったことか。これも同じくらいの重さにするのは大変だったんだ」

 

 初めて収めた時。腕の中のギターをじっとみる。このギターを初めて手にした時は使いこなせる自信はなかった。中世のギターをモデルにしているから弦の数がちょっと多いのだ。今ではこの子が奏でてくれる広い音域のおかげで沢山の曲が演奏できるし、私の声についてきてくれる。

 

「こっちの世界に機械なんてものはないからな。それって見た目だけの模型なのか?」

 

「まさか。それだけじゃもったいないと思ってちょいと工夫してあるのさ」

 

 お爺さんが箱の横にあるボタンを押す。カチン、とロックが外れてカバーが開いた。中身はがらんどうで小物入れ程度に使えそうだ。指を振ってウィンドウを呼び出し、ストレージから一つのクリスタルを取り出した。結晶アイテムはあまり使わないけど、これは見覚えがある。

 深みのある色の小さな立方体を囲む形で装飾が施されている。この色は録音結晶だ。高級品は八面体だけど、低級品はお爺さんが持ってる小さな立方体だ。なるほどなるほど、そういうことか。

 

「入るんだね?」

 

「入るのさ。イヤホンや外部スピーカーはないが、こればかりはどうにもならん。音楽を持ち歩けるだけマシ、ということだ」

 

「それは仕方ないよ。現実のモノがファンタジーの世界にあったら世界観台無しだし」

 

「だな。まあいい、とりあえず一曲かけるとしよう」

 

 クリスタルを操作すると穏やかなヴァイオリンの旋律が鳴り始める。NPC楽団の曲だ。ウォークマンの空きスぺースにクリスタルをパチンとはめて蓋を閉じる。それでも音はほぼそのまま。

 

「これをベルトに固定すれば好みの音楽とどこにでも行ける。音楽をお供に釣りしたり、工芸品を作る時間がたまらないのさ。老人の道楽かもしれんが、あんたらもわかるか?」

 

「同感だ。録音結晶を持ち歩くプレイヤーはそれなりにいるがバッグに入れるとどうも音が曇る。クリアな音楽を持ち歩けるのは魅力的だな」

 

「私も音楽を持ち歩くのは好きだよ。ギター演奏もいいんだけど、サックスやピアノの演奏があればもっといい歌が作れるからね。ちなみにこれ、おいくら?」

 

「残念ながら非売品。作るのになかなか手間がかかるからまだ一台しかない。量産体制が整ったらおまえさんのところに卸すよ」

 

「そいつはありがたい。必要な素材があれば連絡してくれ、割安で提供するぜ」

 

 そこは無償にしてくれると嬉しいんだがな。こっちも商売なんだよ。黒人さんは商人らしい。そういえば情報屋が出してる新聞で見たことがある気がする。攻略組でありながら商人と兼業してる黒人プレイヤーがいる、って。新聞の写真と見た目も似ているような。えっと、名前は……

 

「そうだ、お嬢さん。せっかくだし紹介しておこう。こいつは「そいつはエギル」」

 

 背後から少年の声が飛び込む。黒い浴衣に身を包んだ少年。

 

「両手斧にバリトンボイスなナイスガイで、とっても頼もしい男だぜ。商人としても品ぞろえ豊富でいい店をやってる。ただ、値段に関しては色々と容赦ないのがたまにキズだけどな」

 

「褒めてるんだかけなしてるんだかよくわからない紹介ありがとよ、キリト」

 

 キリトと呼ばれた少年はエギルさんと拳を交わしあう。気心の知れた戦友、って感じだ。こういう人を題材にした曲を今度作ってみようかな。そして、少年はお爺さんと指さしあう。

 

「帰ってきたな、長風呂少年」

 

「長風呂で悪いかよ。爺さんが早すぎるんだって」

 

「ちょっとでも宝を売りさばかないと今後の活動もしにくいんだ、仕方ないだろうに。そういや卓球勝負してくるとか言ってたが。どうなった」

 

「ここにいるってことはそういうことだよ。いい勝負だったぜ」

 

 そう言って笑いあう少年とお爺さんが銭湯の入り口の方を見る。そっちの方から誰かが歩いてくるのが見えたけれど、薄暗くてよく見えない。けれど、なんとなく知ってる気がして。

 

 目を凝らして見えた誰かの姿に微笑みがこぼれる。

 

 誰かは私に気づいて目を見開いた。どうしてここにいるの、なーんて言いたいんでしょ。

 

 

「こんばんは、ノーくん。浴衣似合ってるよ」

 

「な、なんで君がここにいるんだよ、ユナ」

 

 

 幼馴染の男の子。ノーくん。ノーチラス。エイジ。エーくんは白い浴衣に身を包んでる。貸し出しサービスしてるのかな。私もお風呂出たら借りてみようかな。

 

 

「……爺さん。これどういう状況?」

 

「ノーチラスが彼女に浮気現場を見つかった」

 

「え?ノーくん浮気してたの?」

 

「してないしてない!適当なことを言うな、爺さん!」

 

 


 

 

 村の中心地には大きな洋館がある。銭湯に負けない規模のここはかつてこの辺りを統治していた貴族の館。今では酒場兼宿屋として用いられているのだとか。石畳の大広間にはいくつものテーブルが並べられていて、食事を取るプレイヤーの姿がちらほら見える。

 

「ユナです。いつも幼馴染のノーくんがお世話になってます」

 

「いつもじゃない。こいつらとは今日会ったばかりの付き合いだよ」

 

 その中の一つを使っているのが私たち。私もお風呂に入ってきたし、みんなで夕食タイム。大きな丸テーブルは私とノーチラス、出店のお爺さんにキリトの4人だとちょっと持て余し気味だ。

 

 ウェイターを呼び止めて晩御飯を注文している出店のお爺さんはゴロー。ゴロー爺さんと呼んでほしいとか。ゴロー爺さんとキリトは血盟騎士団の団長の知り合いで、ノーチラスは団長からの指示で彼らとダンジョン攻略してたとか。そういうことにしてほしい、と念を押された。

 

「今日会ったばかりにしては、すごく仲がいいよね。ずっと前から友達だったみたい」

 

「冒険者という生き物は肩を並べて一度戦えばかけがえのない絆が生まれるのさ……だよな?」

 

「どうしてそこで俺に聞くんだよ。こういうのは張本人のノーチラスに聞くべきだ」

 

「あれか?僕に君たちは友達だ!とでも恥ずかしいことを叫べと?」

 

「もう言ったじゃないか。つまりはそういうコトだよ、お嬢さん」

 

 おまちどうさまー、とウェイターの声がかけられる。注文してから料理が出るまで爆速なのはゲームのいいところかな。私は焼き魚に汁物、そして白米と懐かしい和食定食。エーくんも同じ定食を注文して、キリトは塩ラーメンを注文していた。

 

「あれ、お爺さんの分は?」

 

「時間がかかるメニューを注文したからな。一足先に食べてくれ」

 

 ゴロー爺さんは手際よくコップに水を注ぐ。コップを掲げた爺さんの真似をして、みんなでカチンと乾杯の音を鳴らす。ゴクゴクと飲み干せばすーっとさわやかだ。

 

「そうだ、話の流れで言いそびれた。ユナ、だったな。噂の歌姫に会えて光栄だよ」

 

「あら、噂で聞いてくれてたんですか?」

 

「下層で生きていれば耳に入るさ。君はいろいろなところで路上ライブをしているからな、ふとした時に耳をすませば美人がギターをならしてる、ってか。いい歌だよ、ユナ姫様?」

 

「あはは、ありがとうございます。しばらくはこの辺りで演奏してるので聞きに来てくださいね」

 

 リクエストも聞いてくれるのか?できる曲であれば。先ほどのおばちゃんNPCがもう一皿料理を持ってきた。待ってました!と言わんばかりにゴロー爺さんは料理を受け取る。これは……天丼?

 

「んん?そんなものメニューにあったか?」

 

「ない……よな?」

 

 男の子二人がメニューを開いてぺらぺらとめくってる。ずるいよ、私にもみーせて。

 湖で様々な魚が釣れると話題になってる村だから、この酒場では色々な魚料理が食べられるだけでなくメニューのほとんどが和食系。日本人の血が流れている身としてはこのほくほくの白米だけでもたまらないのだ。でも、丼物なんてメニューにはどこにもないよね。あれ?

 

「ふっ、裏メニューだ。すまんがこれは教えてやれんなぁ」

 

「ずるい!よく見ればここで食える天ぷらほぼ全種類乗ってんじゃねぇか!」

 

「おい、この天ぷらA級素材のライジンだぞ。釣りスキルを育てないと連れないレア魚だし、メニューには載っていなかった天ぷらだ」

 

「NPCの釣り人は時々釣るらしい。たまに市場にも流れるがちょいとお高くてね。うーん、ちょっとばかり痺れる食感は不思議食材だが、つるんとした魚独特の甘み!たまらん。実にうまいぞ」

 

 ゴクリ、と私たちは喉を鳴らした。焼き魚をかじってみると脂がのっていてふっくらジューシーで美味しい。けれど目の前の美味しそうに食べているお爺さんを見ていると霞む。

 

「いいなあ、いいなぁ……お爺さん、私にも一口ください」

 

「ライジンの天ぷらは食べきったぞ」

 

「そんなぁ……」

 

「んぁ……そんな目で見ないでくれ。あとおまえらの目は殺気走ってて怖い」

 

 店を出たら闇討ちされないよな、とか頭を抱えるお爺さんだけど、目の前であんなに美味しそうに食べるのはずるいですよ。かーっ、ってなんですか、かーって。お行儀悪いけどちょっとだけ憧れる食べっぷりですよ。おばちゃんNPCに何かを聞いているけど、駄目だったみたいだ。

 

「残念だが裏メニューは品切れだ。数量限定なんだよ、あれ」

 

「時間か?一日か?一週間か?」

 

「在庫復活したら私に注文させる気だな?一か月だ、一か月」

 

「長すぎだろ、おい。どんだけレア物なんだよそれ」

 

「注文するためのキークエストが厄介な代物なんだ。料理スキルと工芸スキルが共に高熟練度じゃないと受けられないし、受けたところで求められるプレイヤースキルも高いときた」

 

「料理に……」

 

「工芸か……」

 

 男の子二人の目がこっちに向けられる。ぶんぶんと首を横に振った。料理スキルは女の嗜みとして取ってるけど熟練度は高くないし工芸スキルなんて持ってない。そういう君たちは持ってないの。

 

「何か物を作ろうと思ったことはあるけど、職人か爺さんに頼んだ方が速い」

 

「ギルドで弁当は出るし、コルはそこそこあるから食事処には困らない」

 

 男の子って……男の子って……。

 

「仕方ないな。好きな天ぷら一つずつ持ってけ、それでチャラだ。OK?」

 

「OK。じゃあ遠慮なく」

 

「さらばだ、貴重な肉、かしわ天……おまえはもうちょい肉以外を食え」

 

「大人げないな、キリト。僕は小さい魚をもらうぞ」

 

「それB級だけど通の間では知られてるやつじゃないか」

 

「え、えっと……これ!かき揚げ半分もらいますね!」

 

「男連中と違って女は癒しだなぁ……」

 

 お返しにそっと焼き魚を一切れ乗せる。涙流れてますけど大丈夫ですか。

 

「男連中は容赦がないな、とね……おまえら見習えよ、こういうところ」

 

「今日の冒険の終わりが地獄じゃなければ見習うさ。なんで黙ってたんだ」

 

「新人にもあの地獄を味わってほしかった」

 

「涼しい顔で言うことか!?」

 

 ノーチラスは叫ぶけれど、キリトは黙々と魚を食べるしゴロー爺さんは目を逸らして誤魔化している。何があったの、ノーチラス。ふてくされながらも彼は口を開く。

 

「……僕たちが行ったダンジョンは古い水路だったんだ」

 

「ふむふむ」

 

「すでに放棄されている水路だから中身はスライムまみれ。液体のあいつらはダンジョンを縦横無尽に移動するから、いろんなところから湧き出してくるし精神的にキツかった」

 

 どんな感じなのかな、想像してみよう。洗面台の蛇口や排水溝、洗濯機とかいろんなところからスライムが湧き出してきて、私めがけて襲ってくる。うーん、これは怖い。

 

「一体一体のレベルは大したことはないが、あまりにも数が多かった。だが、こいつは噂の黒の剣士だからな。実力は折り紙付きでいくつもの敵をズバズバと切って助けてくれたよ」

 

「ほうほう。君があの黒の剣士くんなんだ」

 

「そう。かつては美しい細剣使いの少女と共に戦場を駆けていたが、フロアボスとの戦いで彼女を失ってからは一人で戦い続けている孤独な黒の剣士。それがここにいるキリトだ」

 

「ちょっと待てよ、それほぼほぼデマじゃないか。細剣使いの少女も生きてるぞ」

 

 なるほど……下層での黒の剣士はそういうコトになってるのは言わないでおこう。キリトが事実を知ったら結構ショックを受けるだろうし。あ、ゴロー爺さん苦い顔だ。同じこと考えてる?

 

「それはともかく。ダンジョンの敵をいくつもねじ伏せて、待ち受ける罠はゴロー爺さんが瞬きする間にバラす。多少は苦戦しながらもなんとか最深部にたどり着いたんだ」

 

「おい、私についてもっと言うことはないのか」

 

「語り始めたら話が終わらないくらいに爺さんは働いてただろ。ユナ、とにかくこの爺さんはすごいということで納得してくれ」

 

「うん。スーパーお爺さんなんだね」

 

「納得いかない……スーパーお爺さんは納得いかない……」

 

「納得してくれ。で、いくつもの困難を乗り越えた僕たちは最深部へたどり着いた。そこにあったのは錆びてボロボロの扉で、しかも鍵はダンジョン内にはない意地悪な設計だった」

 

「ないの!?」

 

「ない。錆を落とせば多少の紋章と古代文字が読み取れたんだが、解読してみたところ四層上の街のマークだった。この水路を建てた貴族の行方が分からないだとか、最終的に借金まみれでマフィアが森に埋めてたり、財産全部カジノに売りさばかれていたりで鍵を探すのは苦労したよ」

 

「うわぁ、意地悪だね。それでも鍵を見つけ出したんでしょ?」

 

「老いぼれの道楽ついでにな」

 

 お爺さんはテーブルの上にアイテムを転がした。錆びた金属板に宝石が輝いているこれが鍵らしい。でも、こんな形の鍵なんてあったっけ?

 

「刺す部分がぽっきりと折れたんだ。残った持ち手だけが素材アイテムとして手元に残ったのさ」

 

「なるほどなるほど。今日の冒険の思い出ということだ」

 

「ただ、開いた先は天国の面を被った地獄だったけどな」

 

 キリトがポツリと放った言葉に男性陣が皆うつむいた。何があったの。

 

「……その。金属製のスライムがいたんだ」

 

「金属のスライム。あっ、もしかしてメタルなんとか?」

 

「メタルなんとかだ。やっぱり経験値が高くていいレベル稼ぎになったんだけどなぁ」

 

「罠が最悪だった。程よく狩りつくして探索していたら突然巨大なスライムが津波みたいに襲ってきて全員流されたんだよ。多分、経験値が美味しい代わりに時間制限付きだったんだ」

 

 ノーチラスが食べ終わってからになった皿の上で橋を滑らせる。

 

「全ての方向から押し寄せてきたそれに僕たちは抵抗できなくて流されるしかなかった。一分だったか、二分だったか。流され続けて気が付いたら全身ベトベトでダンジョンの入り口だったよ」

 

 息できなかったな。前も見えなかった。声も聞こえなかった。何よりも?匂いがきつかった。三人そろって頷けば乾いた笑い声をこぼしている。大変だったんだね、三人とも。

 

 

 ……匂い、か。ふーん。

 

 

 油断してるノーチラスの頭のぼふっ、と鼻先を突っ込んでみた。

 

「はっ!?ユ、ユナ!?何をしてるんだ!?」

 

「匂いの確認。うん、大丈夫。いい匂いとは言えないけど、変な匂いはしないよ」

 

「そ、そうか……あ、ありがとう?」

 

 頭を放してちょっと乱れ気味な髪形を整えてあげる。ほら、じっとして。くしくし、くしくしと。全てが終わる頃になっても困惑しているノーチラスに微笑みを返した。

 

 お疲れ様。いっぱい、いーっぱい冒険したんだね。冒険譚、聞かせてよ。

 

「……あ、ああ。たくさん話すよ」

 

 普段は大人っぽいけれどこうして話していると、子供の頃に戻った気がするんだ。どことなく可愛げがあるエーくんも好きだよ、なんて言ったら怒るかな。

 

「そ、それはそれとして冒険の締めくくりにライジンが食べられなかったのは残念だがな」

 

「照れ隠しの方法が雑すぎるぞオウムガイ。おまえらのイチャつきで胸焼けしそうなのになぜ話を戻したオウムガイ。おまえがそんなに食い意地張ってるとは知らなかったぞオウムガイ」

 

「オウムガイオウムガイうるさいな。仕方ないだろう、口の中にあの不味いスライムが残ってる気がしてうまいものでも食わないと気が晴れん」

 

「うえっ、嫌なことを思い出させないでくれよ……俺もなんだか食べたくなってきたな」

 

「食い意地の張ったガキどもめ。そうは言われても裏メニューをもう一度注文する方法なんてあったか?注文クエストは受けられないことはないが、おまえたちではクリアできないし……」

 

 わしゃわしゃ、と髪を乱しながらお爺さんは考え込んでいる。考えながらも店のメニューをひっくり返したり店の様子を確認したりで何かを探しているようで。せわしく動く視線が固まった時、私たちもお爺さんにつられてその方向を見た。

 

 くたびれた雰囲気の店の中で、がらんどうのステージが一つ。

 

 ステージの端、カーテンで隠されているのは埃まみれの楽器がちらほら。ギターにピアノにバイオリン、ドラムとサックスかな。ニヤリと笑ったお爺さんが私を指さす。

 

「歌姫さん。依頼変更だ。一曲演奏してもらうつもりだが、訳ありになりそうだ」

 

 ついてきてくれ。ステージに向かって駆けだすお爺さんをキリトとノーチラスは追いかけて、私もついていこうとしたけど食べ終わった食器を片づけてから。礼儀よろしくしないとね。

 

 一足先にステージに上がった男性陣は楽器の様子を確かめていた。お爺さんは粗方見終わったらしく、投影型キーボードに何かを打ち込むとメモを一枚出現させてノーチラスに渡す。

 

「ギターは修理不可能だ。それ以外は手入れすれば使えるがちょっとばかり道具が足りん。エヴァに、馬車の御者NPCにこのメモを渡して材料をもらってきてくれ」

 

「あ、ああ。それはいいんだが何をするつもりだ?メモの最後にエヴァ、ってあるんだがあいつもつれて来いと?」

 

「当たり前だ。ギターにピアノにバイオリン、ドラムにサックス。演奏者は五人必要なんだ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ爺さん。まさかとは思うけど……」

 

「まさかだよ。安心しろ、ここはゲームの世界。演奏は未経験者でもできる」

 

 そこまでして食べたいんだったら付き合ってもらうぞ。お爺さんはウェイターを呼ぶとここで演奏したい、と伝えた。ウェイターの頭上にクエスチョンマークが浮かんでクエストが幕を開ける。

 

 私たちの前にもクエスト内容が記されたウィンドウが表示される。

 

『くたびれた酒場に歌語を』

 

「報酬は例の天丼らしいが、生憎と歌も演奏も苦手だから受けられなかったんだ。幸いここには美人な歌姫がいる、やってみればどうにかなるかもな。やるか。やらないか。どうする?」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 203X年4月10日

 

「……キリト?キリト。起きてください。解析は終わりました。もう、起こしてもまた寝るんですから。寝坊助な男はあまり好ましくないですよ」

 

「ん……ああ、ごめん、アリス。懐かしい夢を見てたから。続きを見たくなる、懐かしい夢だ」

 

「懐かしい夢ときましたか。どんな夢でしたか?」

 

「SAOをプレイしていた頃の夢だよ。ノーチラスにユナと、そしてゴロー爺さん達でバンドを組んだことがあるんだ。即席バンドで必死にユナの歌を応援する感じだったっけ」

 

「検索キーに使ったデータですね。膨大なデータの海から彼女を探すためには道しるべが必要でしたし。私も聞いてみましたがなかなかいい曲でしたよ。初めて聞いた曲のはずなのに、聞き覚えがあったような気がします」

 

「アインクラッドのNPC楽団の名曲がベースだからな。ALOを遊んだ時にどこかで聞いたのかもしれない。それで、解析の結果はどうだった」

 

「バージョンが古かったのと通電されていない期間が長かったこともあって復旧には手間取りましたがデータは無事でした。間もなく彼女は目覚めるはずですよ」

 

「ありがとう……長かった。この日が来るまで、本当に長かった」

 

 ――瞳を閉じる。そして、過去を思い返す。手がかりをつかんだのは五年以上前。

 

 

 

 

 2026年4月10日

 

『ナーブギアのアップデート履歴を確認しました。ノーチラスさんのナーブギアはパパが使っていたナーブギアよりも一回分アップデートが多いですね』

 

 ゴロー爺さんを見つけるための手がかりとしてノーチラスが持ち込んだナーブギア。それをPCに接続してユイにローカルメモリーを調べてもらった。元々SAOのMHCPであったためか解析はあっさりと終わり、ここにはない俺のナーブギアのデータとの比較もすぐに済ませてくれた。

 

「SAOは僕たちがとらわれていた間も幾度となくアップデートが繰り返されて変質していたことがわかってる。ナーブギアも同様だった」

 

「その上で正体不明のアップデートがノーチラスのナーブギアだけに行われていた?」

 

「見つかった限りでは僕だけだが、他にもいるかもしれない。詳しいデータを確認したいがプロテクトがちょっと古くて特殊な形をしていて難航中でな」

 

『その解除を私に頼みたい、と。任せてください、現在同時進行で行っているんですが懐かしい感じがしてて……っ!開きました!詳細データを出します』

 

 PCのディスプレイに一枚のウィンドウが表示される。表示されたアップデートパッチの詳細データの項目をユイが指さしている。アップデートパッチ実装日。

 

「やっぱりか。アップデートがあったのは2023年7月末。この頃から足が止まらなくなってFNCの症状が直ってきた節があったんだ」

 

「7月……7月……っ、ノーチラスと俺たちが出会った頃か」

 

「そうなるな。……成長して恐怖を乗り越えられたのかもしれないと思ったけど、機械の後押し付きだったのかよ。僕は今も昔も弱いまま、か」

 

「それは違う。第七十五層でスカルリーパーの一撃に怯える攻略組で最初に切り込んだのは俺やアスナやクラインじゃない、あんただぜ、ノーチラス。あんたが弱いなんて絶対に言わない」

 

 そう言って肩を叩けば、ノーチラスの表情は苦悩から笑みへと変わってくれた。

 

「……ありがとう、キリト。だが……これはどういうことなんだ?」

 

『アップデート実行者、ですね』

 

 ユイがウィンドウを操作して表示するデータを変える。Evangeline。

 

『エヴァンジェリン……そういえば、この名前はMHCP002……私の妹の開発コードと同じ名前です。でも、MHCP002は完成時にストレアという名前に変わったはずです』

 

「ストレアという女は知らない。だが、エヴァンジェリンなら知ってる名前だな、キリト?」

 

「え?……そうか、爺さんについてた御者NPC!あいつはエヴァと呼ばれていたはずだ!本名はもう少し長いとか言っていた記憶がある」

 

「グレーだな。怪しい。あのNPCは今どこにいる?ALOのアインクラッドにはいないのか?」

 

「見たことはない。いたとしても多分別人だぞ。ALOのアインクラッドでキズメルっていうダークエルフのNPCに会ったんだけど、俺とアスナのことは覚えていなかった」

 

『ALOのアインクラッドは厳密には古いバージョンの別物です。パパやノーチラスさんが生きていたアインクラッドは既に解体されてデータの海に消えました。NPCのデータも同様に消えてます』

 

『望みがあるとすれば……SAOのサーバーでしょうか。私以外のMHCPはあそこに保存されているはずですから、ストレアが、エヴァさんがいるとすればそこです』

 

 

 

 

「だが、当時調べることはかなわなかった」

 

 ノーチラスが訪ねてきてから数日後。彼はAR型情報端末オーグマーとSAOサーバーを用いた大規模な事件を起こした。事件は解決できたが、これが原因でSAOサーバーの管理が厳しくなる。

 誰にも触れることはできなくなり、一時期は廃棄処分寸前も検討されたが色々な人が尽力してくれたおかげでSAO事件の証拠品としてサーバーを存続させることに成功した。それからも時は流れてゆき、いつしか俺が仮想現実方面の技術者として名が知れてきた。

 

 そして、今日。事件の調査としてSAOのサーバーに触れている。

 

「当事者ともいえるユイがここにいれば楽だったのですが、政府からの要請で来れないとは。妹に会いたがっていたというのに」

 

「事実を知らない人からしたら怖いんだよ。俺はSAOサバイバーであると共に茅場晶彦に幾度となく関わってきた。ユイはSAOのシステムの根幹に触れている。それらが合わされば事件に発展するんじゃないか、とな」

 

「……最悪の場合、キリトを捕縛するように、とも言われています」

 

「わかってる。そんなことはしないさ。そろそろ起きたかな?」

 

「ええ。オーグマーをどうぞ」

 

 アリスからサーバーとケーブルでつながれたオーグマーを受け取る。少し時間を駆けながらも起動すると、俺の目の前に深紫色の鎧をまとった騎士が現れた。

 

『―――』

 

 エヴァだ。あの御者NPCが目の前にいる。だが、騎士の言葉は聞こえない。何かを言っているような気がするが、かすれたノイズ程度にしか聞こえない。

 

「彼女のアバターは発声機能が封印されていました。かなり高度なプロテクトがかかっていたため解除はできませんでしたが、データとしては言葉を発しているので、私の発声装置を使わせます」

 

「頼む。えっと……久しぶりだな、エヴァ。キリトだ。覚えてないかな?」

 

 アリスが深紫色の鎧の隣に並ぶ。アリスの体は機械だ。目の色がほんのり赤く変化したのはエヴァさんが制御しているからか。そして、口を開く。

 

「キリト……キリト?あなたが?」

 

 普段のアリスの声よりも声のトーンが少しだけ変わっている。ほんの少し高く、どこか柔らかい女性の声のように思える。これがエヴァの声だったのか。

 

「ああ。SAOが稼働してた頃から十年以上経ってるから大分見た目も変わったけどな」

 

「……うん。外見適合率は七割くらいだね。髭も生えてるんだ、クラインみたい」

 

「あははっ、そうだな。でもゴロー爺さんには負けるよ。なかなかいい髭をしてた」

 

「私、実は何度かこっそりと切ろうとしたことあるよ。髭剃ったらだいぶかっこいいと思うんだよ。お爺さんも、いまのキリトもね」

 

「みんなそういうんだよな……剃った方がいい?」

 

 アリスの目が青く染まると頷いた。やっぱりか。アスナにも不評だし、帰ったら剃るかな。アリスの再び赤く染まったのを確認してから本題を切り出す。

 

「単刀直入に聞く。アリスのデータと同期したのなら今の時間もわかるよな」

 

「うん。聞きたいことがあるんだよね。そうでないと何年も経ってるのに私を起こす理由がないもの」

 

「……ゴロー爺さんがどこにいるのか、知らないか」

 

 

 

「生きている爺さんと俺は、俺たちは。一度も会ったことがない。会えなかった」

 

「俺のナーブギアから回収されたデータには爺さんが写っている写真データがある。それを頼りにあの手この手で探したが、見つからなかった。現実世界で見つからないんだ」

 

「ログインデータも調べてみたが、爺さんがSAOにログインしていた痕跡は見当たらない。だが、プレイヤー『ゴロー』の活動痕跡は確かに残っていたしバイタルデータもあった。AIじゃない」

 

「そんな時だ。ノーチラスのナーブギアから見つかったアップデートパッチの実行者があなただということが分かった。アップデートされたのは爺さんとあんたがノーチラスに出会った頃だ」

 

「エヴァは何らかの形でSAOの運営に……茅場晶彦に関わっていたんじゃないか?」

 

「だとしたら。それを連れていた爺さんもただのプレイヤーだったとは思えない」

 

「頼む、エヴァ。爺さんについて知ってることを教えてくれ。君だけが頼りなんだ」

 

 

「ゴロー爺さんは何者なんだ。爺さんは、どこにいるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこにもいないよ。ゴロー爺さんは、もう、どこにもいない」

 

「ゴロー爺さんはあの城に。浮遊城に、夢を見るためにやってきたんだ」

 

「ログアウト機能が搭載されていない、未完成のナーブギアで」

 

 

 

 

 

 

 

私はあの城に生きることを許された。とある男の夢を飛び続ける城に。

 

だからこそ。あの『浮遊城に生きた者たち』に会いたかった。

 

君たちが私に見せてくれた夢を、もう一度見たかったんだ。

 

 

 

そして、今。2024年11月7日。

 

浮遊城に生きた者へ感謝を込めて。言葉を紡いでいる。

 

 

 




ちょっと指摘されそうなので補足。

ストレアといえばゲーム版SAOのオリジナルキャラですが、
彼女がエヴァンジェリンと名乗っているのはおかしいですよね。

この部分に関しては公式の没設定から流用しました。
インフィニティモーメントのムービー絵コンテ等で確認できる
開発段階でのストレアの名称が『エヴァンジェリン』なのです。

余談ですがこの頃のストレアは一人称がボクだった模様。
そういえば紫色で一人称ボクの子がSAOにはいましたねぇ。

……当初は読者にストレアと誤認させながらも正体はその子、
という伏線として使う予定でしたがこのプロットは早期に没りました。

本作のエヴァンジェリンはその名残です。
喋ってないのもその関係ですが、この辺は次回。

そしてこの辺の設定を大幅に調整してたら投稿予定時間オーバー。


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はじまりの街で紅の魔王と出会った。

またしても遅れて申し訳ありません。
タイトルにもあるように紅の魔王部分を書くのに難儀した結果がこの投稿時間ですよ……
書きたいシーンもカットしてる部分があるので、大会期間中に加筆修正を検討しております。
楽しみにしてくださった方には本当に申し訳ございません。


次回もちょっと間に合うか自信がなくなってきましたが、
最後までお付き合いいただけると幸いです。

正直やりたいことをやりすぎた感がある。


2022/12/08
加筆修正。終盤にカットしていたシーンを追加。
次回投稿は現状だとやはり0時には間に合いそうにないです。
一応、次回で最終回となります。よろしくお願いします。


 闇の中から私の意識は目覚めた。激しい痛みが目覚めさせる。

 

 口の中はカラカラに乾ききっており、呼吸するだけで胸がひきつれるような痛みを感じる。それでも肺を動かして、息苦しい体に少しでも多くの空気を送り込まなければならない。

 

 苦しい体に欠けているのは生きるための活力。酸素が足りない。水をたくさん飲ませてくれ。腹は空腹を叫んでいる。それらをどうにかして確保しないと今にも死んでしまいそうだ。

 

「ゲホッ……ガハッ、ガフ、ガフォッ……ッッッツ!!」

 

 痛みが治まらないが体を動かすことができるだけの酸素を吸い込めた。

 

 意識が少しだけクリアになる。ぼやけていた視界が定まってきた。手を動かせば指先が何かに触れる。触れたそれは古びた棒切れ。簡単に折れてしまいそうなソレを頼りに立ち上がる。

 

「こ、ごっ……フグ、ガッ!」

 

 声は出ない。唾も満足に出ていない今の状況では言葉を紡ぐことすら困難だ。

 

 ……ここは、どこだろう。

 

 夕暮れの差し込む町並みが私を取り囲んでいる、と文字にすれば普通の光景に見えるが町並みの姿は異常だった。棒切れを杖代わりに町並みへと近づく。建物のレンガ壁に触れる。

 現代社会お馴染みのコンクリートづくりの建物はどこにもない。耳を澄ましても信号の音は聞こえないし、車が走っている様子はない。その代わりにレンガや土壁、木造の古風な建物がいくつも立ち並んでいる。一言でいうのなら、ファンタジー物語の世界に似ていた。

 

 だが、私の装備はファンタジーという概念に喧嘩を売っている。

 

 着慣れた黒スーツにくたびれたローファー、安売りの柄無しネクタイ。職業、サラリーマン。この世界の住人に生きる世界を間違えていると言われたら否定できない。

 

 ちらり、と目を向けた道端には露店が一つ。橙色の洋服の上に白いエプロン、白いバンダナを身に着けた女性が店員を務めているようだ。店の前に立つと女性はニコリと微笑む。

 

「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」

 

 目の前に白い板が出現した。何事かと驚いたが、落ち着いて観察してみれば白い板はパソコンのウィンドウに似ている。空中投影式ウィンドウ?まだ仮想空間でしか実現していないはずのそれが、どうしてこんなファンタジー世界にあるのだろう。

 首をかしげながらもウィンドウに表示されている内容を確認する。出店に並んでいる瓶入りの飲み物がウィンドウに表示されている。タップすれば飲み物の名前や値段が表示された。

 HPポーション、解毒ポーション、止血ポーション、消痺ポーション……品物はどれもファンタジーチックな名前だし、値段もやや高そうに見える。もっとも所持金らしき項目には0col。

 

 無一文の私が買えるアイテムはなさそうだ。

 

 肩を落としながらウィンドウをスクロールさせていると、一番下に水の項目があった。値段はFree。無料だ、ありがたい!何度かタップして複数注文。注文確定。

 

「ありがとうございました!またのご利用お待ちしております」

 

 ……あれ?水を渡してくれないのか?お姉さん、水はどうした。

 

「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」

 

 いや、だから水。

 

「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」

 

 水をくれないか。

 

「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」

 

 ダメだこりゃ……ゲームのNPCみたいな反応しか返ってこない。いや、NPCなんだろう。でなきゃこんな反応をされてたまるか。さて、どうしたものか。

 目の前には白いウィンドウが再び表示されている。もう一度水を注文しようとして、購入ボタンの近くに手渡しする、といった旨のチェックボックスがあった。良かった。今度はチェックボックスをタップしてから手渡し式で水を注文した。

 

「ご注文の品はこちらになります。ありがとうございました!」

 

 飾り気のないシンプルな瓶に入った水が数本手渡される。ふたを開けると一息にゴクゴクと飲み干す。一本目、二本目、三本目、四本目。ゴクゴク、ゴクゴクと水を飲んでいるだけで幸せだ。

 

「……うまい。うますぎる。こんなに水が美味しいなんて」

 

 冷たいとも言えず温かいとも言えないぬるさで味もない水だったが、そんな水でも乾いた体にとっては極上の栄養だ。一口、また一口と飲む度に胸の痛みがどんどん引いていく。もっとも、腹は膨れないが。すきっ腹に水を詰め込むのはそれはそれで辛い。

 

「なあ、お嬢さん。この辺りにレストランはないか?」

 

「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」

 

「知ってた。もっとも財布の中はすっからかんだがな」

 

 さて、どうしたものか。こういう時には情報が欲しいものだが。NPCらしき店員に色々と質問してみるが定型文しか返ってこない。諦めて別の場所へ行こうとしていたその時だ。

 

「そんなところで何をしているのかね、ご老人」

 

 背後から声を駆けられて振り向く。建物の影で顔がよく見えないが、声の主は私の元へと歩みを進めてくれる。夕日が顔を照らし出す。明らかになったその顔には見覚えがある。

 

 

「……紅の鎧はどうした?あなたのトレードマークのようなものだろう」

 

「今日はオフだよ。如何にも仕事帰りな君とは違ってね」

 

 

 オールバックに前髪を一本だけ垂らした青年は険しい表情を変えることなく私を見つめている。彼のことを知っている。よく、知っている。血盟騎士団団長にして、ユニークスキル神聖剣の持ち主。ソードアート・オンラインの開発者でありながら、デスゲームを始めた張本人。

 

「君にはいろいろと聞かせてもらいたいことがある。ご同行願えるかね、ジョン・ドゥ」

 

「ナナシノゴンベエ扱いは勘弁してくれ、ヒースクリフ。いや、茅場晶彦と呼んだ方がいいか?」

 

「ヒースクリフと呼んでくれ。では、君の名前は何と呼べばいい」

 

「……私の名前、か」

 

 

 

「桐谷。キリガヤゴロウだ。よろしく頼むよ、紅の魔王様?」

 

 

 


 

 

 203X年4月10日

 

「……キリガヤゴロウ。俺と同じ、キリガヤ。それが爺さんの名前。」

 

「以上、お爺さんが初めて確認された日の記録。2023年4月10日。今日と同じ日だよ」

 

 SAOサーバーが保管されている殺風景な部屋に映し出されていた光景が消える。洋風の街に立ち尽くしていたサラリーマン姿のゴロー爺さんと何度か目にした紅の私服姿のヒースクリフの再生映像は表情を変えることなく電子の欠片となって消えてしまった。

 

「あの場所には覚えがある。はじまりの街だよな」

 

「その通り。SAOサービス開始当日にログインした人も、レッドプレイヤーと呼ばれていたPohみたいに後からログインした人も、そういう人もはじまりの街からスタートしてたんだ」

 

 でも、本当はこっちの場所からスタートするよね。

 

 鎧が指を鳴らす。部屋の光景が転移門が設置されている以外は何もない大広場へと変わった。あの日。はじまりの日に、茅場晶彦が巨大なローブ姿のアバターでデスゲーム開始を宣言した場所。

 

 ゴロー爺さんが目覚めた路地裏からは遠く離れた場所だ。

 

「通常とは違う場所で目覚めたお爺さんはカーディナルのエラー検出プログラムにも引っかかったけれど、茅場晶彦の目にも止まった。それにはもう一つの理由があったの」

 

 鎧がコンソールを操作する。大広場の真ん中に一つのベッドが出現した。色データはないから推測で付けてるけどね、と念押しされて出現したそのベッドは枕元に巨大な機械が設置されている。

 ベッドの上に眠っているのは……アスナ?SAO時代のアスナだ。どうしてこんなところに。

 

「本当はお爺さんが寝てたんだけど、キリトはこっちの方が好みかなって。見放題だよー」

 

「後でこっぴどく叱られるからやめてくれ。しかし、これは一体……」

 

「お爺さんがログインに使った端末をデータから再現したものだよ。本来のナーブギアではない別の端末からログインしたプレイヤーときたら、茅場晶彦の目にも止まるよね」

 

「なるほどな。それで、これが未完成のナーブギアか」

 

 眠っているアスナの体には何本かのバイタルデータ確認用の端末が取り付けられている。首、手首、足首、エトセトラエトセトラ。お爺さんも同じものを付けていたのか?エヴァは頷いた。少し記憶を巡らせる。ベッドの形には見覚えがある。メディキュボイド。医療用フルダイブマシン。

 

 かつてユウキという少女が利用していたそれは医療用機能を内蔵されていたため機械が大型化していたが、ダイブマシンとしての機能はナーブギアと同等、それ以上はあったはずだ。

 

「……大きすぎる。これだけの大きさなら未完成のナーブギアと呼ぶのも納得だ。ナーブギアの前身機も大きいマシンだった。だが、さっきこう言ったな?ログアウト機能がない、と」

 

「ないよ。システム側でログアウトを封じされていたキリト達とは違う。何度構造を見直しても仮想空間に送った意識を現実世界に送り返す機能が見つからなかった」

 

「これを作ったやつは正気じゃない。仮想空間に閉じ込めて死ねと言ってるようなものだろ」

 

 設計データを見せてもらう。AIのエヴァよりは見る速度は劣っているが、こっちにも技術者の意地がある。数分で粗方の構造はわかったが、やはりログアウト機能らしきものは見当たらない。鎧はベッドに腰掛ける。眠っているアスナはいつの間にかいなくなっていた。

 

 鎧のエヴァはベッドに寝転がって目を覆う。アリスのエヴァは目を落としながら告げる。

 

「……それでも。お爺さんにとってはこれしか方法がなかったんだよ」

 

 俺の前に見慣れた爺さんの姿が現れる。くたびれた黒いコートに煙草を咥えている姿を見るだけで懐かしくなる。彼の前に一つのウィンドウが表示される。

 

「見て、キリト。これはアタシがずっと守ってきたお爺さんのプロフィールデータ」

 

 お爺さんがどこから来たのかを示すための重要な手がかりだよ。ウィンドウに表示されているのはゴロー爺さんの本名や身長、年齢といったデータだけでなくあれだけ探しても見つからなかったログイン場所のデータも記されている。そして、ログイン時刻も。

 

 ログイン場所。横浜市立大学附属病院。調査済みだ。

 ここにゴロー爺さんらしきSAOプレイヤーが入院していた記録はない。

 

 

 ログイン時刻。4月10日。今日と同じ日付。

 だが……だが……!ありえない!年代が、ありえない!

 

 

「2072年だって?今から40年近く先の未来じゃないか!」

 

 

 


 

 

 2023年4月10日

 

「なるほど。君の言う通りなら君のログインデータにエラーが見られるのも納得だ」

 

 食べるかね?そう言ってヒースクリフが差し出したサンドイッチを貪るように食べ尽くす。ようやく腹が満たされて気力も調子もいつも通りというわけだ。ありがたい施しだよ。店の中には客の姿も店員の姿もない。開発スタッフだけが使えるデバックルームで秘密の話し合い、か。

 

「ナーブギア以外の端末でログインするだけでなく、未来からの来訪者とは。ただ、タイムマシンの設計には少々眉をひそめるがね」

 

「失望したか、ヒースクリフ。2072年の科学は君のたどり着いた場所からははるか後方にいるんだ。マシンのデータもある程度は読み取れるはずだが、見れたか?」

 

「既に確認した。ひどいマシンだな、メディキュボイド並みの大きさでありながらスペックはナーブギアにも劣っている。脳波伝達機構の性能もよろしいとは言えないな」

 

「こうしてあなたと会話するだけの出力と通信速度は出ているはずだがね」

 

「通信量が増加する戦闘時には十分とは言えない。少なからずラグが出るだろう。ソードスキルの使用はあきらめた方がいい」

 

「やはりか。これでもやれるだけのことはしたんだが」

 

「努力したところで結果につながらなければ意味はない。ナーブギアのプロトタイプよりも性能はかなり低い。欠陥品だな」

 

 努力の結晶を否定されるのはあまりいい気分ではないが、受け入れるしかない。マシンの性能が低いと言われても否定する材料は何一つないし、予算があればもっとマシな物を作れた。

 

「だがプログラムには光るものがある。これを書いたのは君か?」

 

「ああ。私の専門はハードではなくソフトなんだ。こっちまで酷評されたら心臓が止まる」

 

「安心しろ、プログラムは悪くないどころか見るものがある。こちらにはない技術で作成されているが、理論的にはナーブギアにもフィードバックできる上に性能を上げてくれるプログラムばかりだ。やるじゃないか、2072年」

 

「そいつはほっとした。これでもこいつを作った会社の技術研究部で重役を務めていたからな。部下もそれを聞けば喜んでくれる」

 

「だが、君がそれを伝える手段はどこにもない」

 

 ヒースクリフがテーブルに3D立体映像を表示させるアイテム、ミラージュスフィアを設置した。起動したそれが映し出す映像は私が使った未完成のナーブギア。構造の一部分を拡大してみせたそこは、意識を仮想空間へ送り込む部位。

 

「ログアウト機能がないとはおかしな設計をしているな。正気か?」

 

「ログアウトを封じたデスゲーム運営には言われたくない台詞だな」

 

 これも苦肉の策ではあったのだがね。煙草の一つでも吸って気分を紛らわせたいところだが、金無しの身で贅沢は言えない。代わりに酔えない酒を一口、それを潤滑油に言い訳を喋る。

 

 

 ログアウト機能は、作れなかった。私の生きている内には完成しない。

 

 

 ログインするための機構、ログインした後に必要になるソフト、ログイン時に生じるバグへの対処といったログアウトに関係ない部分は完成したし改良も進んでいたけれど、ログアウト機能を作るためにはあと一歩技術革新が必要、といったところで停滞してしまった。

 

 私もどうにかして作れないかと知り合いの技術者に協力や共同研究を持ち掛けてみたが、それでもうまくいかなくて毎日無茶をしていたら、疲労困憊でぶっ倒れた。

 

 そして、病院で寝込んでいたところに医者から厳しい宣告が飛んできた。

 

「重度のガンだとさ。研究にばかりかまけて定期健診もサボっていたツケを払う時が来ちまった」

 

「……治療の目途はないのか。50年後の未来だろう?」

 

「あなたが思うほど技術が発達していない、むしろ停滞している未来だよ。医療関係は新たに発見された病気の治療方法はある程度確立されたりしたが既存の重病を完治させる手段は出てこなんだ」

 

 どうにもできない死が待ち受けている。それを聞いた私の心は不思議と穏やかだった。

 

 死ぬこと自体はどうだっていい。人はいつか死ぬものだということは両親を見送った時に身を染みて理解していた。守る家族はいない。愛する家族もいない。心をゆだねる友もいない。孤独な男の心に残っていた感情はただ一つ、悲しみだ。志半ばで命を落とすことが悲しかったのだ。

 

 ナーブギア。人の意思を、心を、魂を。電子の世界へと連れていく夢のマシン。

 

 人生を賭けて作ろうとしたマシンが完成することなく、あるいは完成する姿を見ることなく命を落とすことが悲しかったのだ。なぁ、あなたにもその気持ちはわかるだろう?

 

「……わからない、とは言わない。私もSAOが完成する前に死ぬことが定められているのなら、君と同じく悲しみに暮れるだろう。同時に、多少の無茶に出るだろう、という確信がある」

 

 キミもそうだったのだろう?現にキミは片道切符を片手にここにいるのだから。

 

「そうだな。会社にも無理を言って死ぬことが決まっている人体実験に志願した」

 

 ログアウト機能がないナーブギアでも仮想空間へと入ることはできる。結果が上がっていない部門には金をいつまでも注ぎ込まれはしない。無茶な形でもいい、何らかの成果が求められたのだ。

 

 だから、命を求めていた天秤に自らの命を乗せた。

 

 ログアウトは構造上絶対にできず、理論上ではログインできるが一度も成功したデータはない。ログアウトできないマシンを使いたがる者はいないのだ。命を捨てたくはないのだから。

 

「未完成のナーブギアに搭載されていた機能はいくつもあった。基本的には仮想空間での肉体動作の確認を目的としたテストプログラムや車や機械の設計データを仮想空間で動かすプログラム。完成はしていたが動作確認できていないプログラムが多すぎた」

 

「命一つでかなりのタスクが片付く。賭けるチップは高いが得られるモノも多い」

 

「そうだな。人体実験が通ったのも会社に利益があるのと業界全体から見て美味しかったからだよ。政府まで動いたのもありがたいことで。その代わりに、私の我儘も聞いてもらえた」

 

「ふむ。何を要望したのかね?」

 

「ゲームを一本入れてもらったのさ。子供のころに見た夢のゲームだよ」

 

 とある男が夢見た浮遊城。どこまでも広がる大地を百枚切り取って積み上げた浮遊城。剣士たちは浮遊城の頂点にそびえたつ紅の城を目指す。そこまで言うと彼も察したらしい。

 

「君の時代からすればレトロゲームかな?遊んでくれてありがとう、というべきかね」

 

 

 

 

 

 

 

「……なんてこった、頭がこんがらがってきた。爺さんは2072年の人間で。未完成のナーブギアで仮想世界にフルダイブ。そして、その仮想世界で遊んでいたゲームの名前は……」

 

 

ソードアート・オンライン。

 

 

「といってもキリト達がプレイしたSAOとは別物だったけどね。VRゴーグルに両手のコントローラーで操作する前時代的なVRゲームで、アタシからしてみれば模造品もいいところ。お爺さんはこのソフトをエミュレーター機能を使って未完成のナーブギアで遊ぼうとしたんだ」

 

 シュイン、という音と共にアリスがVRゴーグルとコントローラーを装備する。ヒュンヒュンとかズバズバとか言いながらコントローラーを振り回していると、彼女がブロックノイズに包まれた。

 

「ところが動作中にエラーが起きた。まだまだ未完成だったから、マシンが想定外の挙動と処理を行った結果とんでもない負荷がかかって処理落ちを引き起こす。お爺さんにも影響が出た」

 

 アリスの足元が崩れる。こっちに向かって手を伸ばしながらも落ちていく姿に反射的に手を伸ばすが、これは映像でしかない。全く、凝った演出をしてくれる。辺りは暗闇が満ちている。

 

「お爺さんの意識は仮想空間に完全に閉じ込められた。肉体とのリンクは途切れて、意識だけがネットの海の中へ落ちた。当然お爺さんの意識は復帰する場所を求めてさまようけれど、マシンの再起動には時間がかかってしまった」

 

「数秒、数分、数時間。何度も何度も彷徨って、溺れながらも息ができる場所を求めていたお爺さんが握っていた道しるべはソードアート・オンラインのデータただ一つ。それを手掛かりにたどり着いた場所は……」

 

「2023年のアインクラッドだったのか」

 

 模造品と称されたSAOのデータを頼りに、過去の時代で起動していた本物のSAOまで流れ着いた。ログインしてしまったんだ。

 

 エヴァの話を聞いて、一つの噂話を思い出す。データ上にあるブラックホールの話だ。

 

 SAOの一件から急速に発展し今も広がり続けている仮想世界だが、バグというものはどこにでもあるモノ。その中にはデータ消失系のバグもあるのだが、ひょんなことから焼失したデータも復活したこともあったとか。凄い話だと、アリスと同じく仮想空間で生まれたAIがこのバグに直面したが、二年後に無事生還した……という事件も話題になっていた。

 それ以来データ消失バグ、ブラックホールが発生するとそれに飛び込めば未来に行ける、なんて噂話が出回っているのだ。実際はバグが改善されたことでバグった/消失したデータが回復して、復活したように見えるだけ、というのが大抵の答えだが真相は解明できていない。

 

 爺さんは、2072年で似たようなモノに巻き込まれてこっちに来たんだろうか。

 

「こればっかりは未知の現象だから茅場晶彦もお手上げ。その代わりにいくつかの質問をして、彼が未来人だという確証を得ようとしていた。当時まだ解放されていなかった層のデータやクエスト、当時の攻略組メンバーのリアル情報も聞いてたかな」

 

「アインクラッドの情報はわかるけど、どうして攻略組メンバーの情報聞いてるんだよ」

 

「いずれSAOが攻略される日は必ず来るはずだ。その時茅場晶彦を倒した者は英雄として祭り上げられることになる。少なくないリアルの情報が出回るだろう……という感じのことを言ってたみたい。実際お爺さんがキリトやアスナの個人情報を話してるログが残ってるよ」

 

 人の個人情報を勝手に売るとか何やってんだ爺さん。……ってことは、茅場は75層以前から俺に倒されることを予期していたのだろうか。

 

「予期してないはずだよ。未来を知りすぎてもつまらないからね、とか言ってて今後起きる展開については聞いてなかったから。それでもお爺さんが未来人だと信じるには十分だった」

 

 映像としてのゴロー爺さんとヒースクリフがまた現れる。そして、握手する。

 

「そして、茅場晶彦はいくつかの取引をすることを条件にゴロー爺さんがアインクラッドに生きることを許したんだ。1つ目は茅場晶彦の、ヒースクリフの妨害をしないこと」

 

 ヒースクリフのホログラムは鎧を身にまとい、剣を抜いた。

 

 血盟騎士団団長として攻略組を牽引しながら、程よいタイミングで正体を明かしてラスボスに君臨する。あいつと決戦した時、そんなプランを語っていた。未来人のゴロー爺さんもそのプランも知っていただろうから、妨害はたやすい。だが、それはあいつは好まない。

 

 なんだかんだ言って、あいつはズルが、チートが嫌いな奴だったから。

 

「2つ目はお爺さんに護衛兼監視を付けること。お爺さんはナーブギアの性能不足が原因でまともに戦闘できないからね。キリトも見てたでしょう?」

 

「言われてみれば……そうだった。爺さんは戦闘になるとどうも動きがもたついていた。モーションの速度不足でソードスキルの発動にも難儀していたな」

発動にも難儀していたな」

 

「だから、戦えるNPCを護衛に付けることにした。そして、ヒースクリフの妨害に出ることがあれば止めるための監視。その代わりに色々とアイテムをもらう取引をしていて、馬車もこの取引で入手したんだよ」

 

 深紫色の鎧が兜を取る。中から薄紫色の髪の奥で紅の瞳が輝く少女が現れた。あれがエヴァの素顔。だが、その口には鎖が嵌められている。喋ることはできない。

 

「監視する役は未稼働だったMHCPの中から二号機が選ばれた。つまり、アタシ。だけど、あの頃はまだまだ成長途中で特に言語機能が未熟。お爺さんがボヤいた未来知識を誰かの前で喋る恐れがあったんだよ」

 

 だからヒースクリフは私の口を封じたんだけど、そろそろ外してくれてもいいよね?そう言いながら膨れ面を見せるアリスの姿に苦笑する。失礼だけど、外したら少しうるさそうだ。

 

「で、3つめはFNC改善に協力すること、要するにナーブギアのバグを直すこと。お爺さんの技術は脳波変換プロセスにおいては茅場晶彦を上回っていたからね。その結果は知ってるでしょ?」

 

 爺さんが鎧のエヴァにメモを渡す。そしてそのメモを俺に見せる。描かれていたのはノーチラス、そしてネズハ。俺が知っているFNCを発症していたプレイヤーだ。

 

「これは爺さんの希望だった。未来のことを知りたがらないヒースクリフだったけど、ノーチラスについては絶対に知ってほしいと言って無理やり話した。お爺さんの話だと、ノーチラスはFNCが原因で大切な人を失う未来が待っていたらしい。多分、だけど……ユナさんだよね?」

 

 頷いて返す。ノーチラスにとってユナは、今も昔も、ずっと大切な存在だ。

 

「それを聞いたヒースクリフはそれも運命だろう、というだけだった。ところがお爺さんはこう言い返す。開発者の技術不足を棚に上げるとは情けないと思わないのか、ってね」

 

 こちらのミスで足枷を付けられるハンデを背負った者に運命を強いるのは些か理不尽だろう。

 

「その言葉にはさすがに思うところがあったみたいで、基本的にはお爺さんが主体に治療プログラムを作って茅場晶彦がチェックする形で許可が下りたんだ。そっちの方をキリト達は調べるだろうし、いずれ私の存在に気づかれるとは思ってたけど、遅かったね」

 

「もっと早く気付いたけど、色々と事情があったんだよ。取引はそれで終わりか?」

 

 

 

「終わりだよ。あ、でもあと一つだけ取引というか、確認してたことがあった」

 

 

「お爺さんは、アインクラッドが消える時に確実に死ぬ、ってね」

 

 

「変則的な形でSAOにログインしたお爺さんはデータ的にはかなり危うい状態だったと聞いてる。考えてみてよ、キリト達は現実での肉体があって、SAOをプレイしてた時も肉体の脳が考えたことを仮想空間とやりとりしてた。でも、お爺さんにはそんなものはなかった」

 

 ヒースクリフの背中から伸びた線が白衣の男、茅場晶彦につながる。ゴロー爺さんの背中から伸びた線はどこにもつながらない。大きなクエスチョンマークが立ちふさがる。

 

「モノを考える頭も、ヒトを感じる心も、全部データ化している状態のお爺さん。肉体とつながろうにも、遠い未来にはつながらない。なら、一体どこを使って考えたり行動してたと思う?」

 

「どこ、か……まさか、SAOサーバーか!?」

 

「うん。お爺さんはSAOサーバーの中に生きてたんだよ」

 

 クエスチョンマークが破壊される。線はSAOのサーバーにつながった。

 

「カーディナルや私たちMHCPを動かせるサーバーだからね、思考能力の余剰分を使えば人一人分の意識を動かすくらいはできる。でも、そんなことは想定された挙動じゃない」

 

「それでも、動いている。動かせてしまった。一度動き出したプログラムはもはや止まらない。お爺さんはSAOサーバーと一体化する形で生きていた。だからこそ――離れられなくなった」

 

 アリスの掌に涙型の宝石が乗っている。ユイ。データを圧縮してナーブギアに保存した時の姿。

 

「アタシのお姉さん、キリトの娘のユイみたいにデータをどこかへと送ることはできない。SAOのシステムの中でしか生きられなくなった。それと同時に、お爺さんの運命は決まってしまった」

 

 

お爺さんの死は、SAOサーバーの中で動く肉体が消える時。

 

だからこそ。ゲームがクリアされた時、お爺さんは死ぬしかなかった。

 

空に散りゆく浮遊城とともに落下して、落下ダメージで死ぬ。

 

ログアウトは許されない。ログアウトしても行く先がないから。

 

 

そして、お爺さんは再び電子の海へと消えた。もう、どこにもいないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリト。君がこれを聞いている、ということは私を探してくれたのだろう。

 

後味の悪い死に方をしてすまないな。これしか方法がなかった。

 

だから、君にサヨナラは言わなかった。探さない限り、私が死んだことを知らないで済む。

 

あの浮遊城で生きた者の思い出の中の存在として、終わることになるからな。

 

 

 

それでもこれを見つけ出して聞いてくれている、ということは……

 

エヴァの奴が教えてくれなかった、最後の秘密を聞きたい。そうだろう?

 

 

2072年、未来人であるはずの私がどうして『未完成のナーブギア』を使ったのか。

 

キリトが生きる2022年にはすでに完成しているはずのナーブギアをなぜ使わなかったのか。

 

その答えは、君だけに伝えたい。これだけは誰かには言えない。

 

 

キリト。友人として、お前だけにしか話すことはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これで契約成立だ。ようこそ、アインクラッドへ。この世界の創造主として、あるいは、この世界に生きる者の一人として君を歓迎しよう、キリガヤゴロウ。」

 

 これは餞別だ。ヒースクリフは私にいくつかのアイテムを譲渡した。レザークロスやスチールブレードといった名称のそれらは初期装備の品物らしい。ウィンドウを操作して受け取った私は早速着替えることにした。グレーのシャツに茶色の胸部プレート。黒いズボンに皮のブーツ。

 知識としては知っていたし何度か映像で目にしたことがあるそれらを身に着けたことで、ようやく私もアインクラッドにいるのだ、浮遊城に生きているのだ。そういった実感がわいてきた。

 

「それで、一つ訪ねておくが。君はこれからどう名乗る?」

 

「どう名乗る?と言っても、キリガヤゴロウという名前があるが。ああ、アバターの名前か?」

 

「そうだ。君がアインクラッドの住人として生きるのであれば名前を決めなければならない。ただし、こちらも制限を付けさせてもらうぞ」

 

 テーブルの上にウィンドウが表示される。そこにはいくつもの名前が並んでいた。

 

「黒鉄宮は知っているかね?そして、そこにある蘇生者の間の役割も、だ」

 

「……生命の碑か。全プレイヤーの名前が記された石碑で、死亡すると名前に線が引かれるはずだな」

 

「その通り。ゲーム開始当日、私がSAO開始を宣言した日にログインしていたプレイヤーの名前は全て記載した。後からログインしたプレイヤーの名前は石碑に追加される仕様になっているが、どうやら情報屋がそれを記録している節がある。見当はつくかね?」

 

「ふーむ……デスゲームと化したソードアート・オンラインに後から入ってきたプレイヤーは訳ありとみて調べているのか?いや、あれか?Pohか?」

 

「Poh?」

 

「ソードアート・オンラインにおける最大最悪の殺人者だ。あいつはSAOには後からログインしたはずだが、それに気づいた情報屋が調べているのかもしれん。後からログインしたプレイヤーは彼の仲間かもしれない、とな」

 

「ふむ。確かに君の言う通りPohというプレイヤーは後からログインしているな」

 

「……出来ることなら今のうちに始末するか監獄に叩き込んでおくことを勧める。彼の存在はアインクラッド攻略において百害あって一利なし、だ」

 

「気には留めておこう。君が未来から来たことは信じてはいるが、君が知っている未来の出来事が本当に起きるとは限らない。それに、そこまで有名な人物が早期にリタイアしてしまえばタイムパラドックスを引き起こすのではないか?」

 

 だから口ごもったのだろう。ヒースクリフの言葉に私は苦い表情で返した。良くも悪くも彼が与える影響は大きすぎる。短期的には被害を抑えてくれるだろうが、長期的に見れば何が起こるかわからない。

 

「わかった。未来を尋ねはしないが、攻略組にとっても確実に障害と判断できたタイミングで対処に動く。それならば君が知っている歴史と大差ない未来につながるだろう」

 

「……すまない。それで、この中から名前を選べばいいのか?」

 

「そういうことだ。ベータテスターの名前は生命の碑に全員刻んであるが、全員はログインしていない。ログインしなかったベータテスターの名前を使えば無用な疑いは避けられるはずだ」

 

「ありがたい措置だな。ベータテスターには悪いが、名前を使わせてもらうぞ。顔も知らない相手に謝ったところで意味はないがな……あ、いや、待てよ?」

 

 Eから始まりZで終わる名前のリストを探していけば、ちょうど真ん中あたりに探している名前が見つかった。P。Pitohui。ピトフーイ。妖艶な女性の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 

「やっぱりログインできてなかったか……」

 

「知り合いかね」

 

「ソードアート・オンラインをプレイできなかった結果別のVRMMOで色々とこじらせたヤバい女……いや、元からだいぶイカれているようではあるらしいが……」

 

「わかった。では、今日から君はPitohuiだ」

 

「わかってないだろう。その名前はやめてくれ、お願いだから。後で絶対ややこしいことになるしする女だ、あいつ。アインクラッド帰還者を無駄な争いに巻き込みかねない」

 

「そうか。その人物も気になるが、別の名前を決めてくれたまえ。」

 

「……はぁ。わかった。これでいい。Goro。ゴローでいい」

 

 ウィンドウの中に紛れていた名前をタップする。すると、ウィンドウは消えて名前変更処理が完了した、という通知が降りた。やれやれ、結局こっちでも私はただのゴロー、か。

 

「ふむ。本名に近い名前でいいのかね?」

 

「それでいい。あんたがヒースクリフと名乗ったところで茅場晶彦であることには変わらないように。私がキリトやクライン、ディアベルを名乗ったとしても本質はただのゴロー爺さんだからな」

 

 英雄になれない男だ、平凡な名前でいい。その答えにヒースクリフはそうか、と答えて表情を変えない鉄仮面のような顔をしていたが、不思議と感情が伝わってきた気がする。どことなく、だが。

 

「なあ、ヒースクリフ。あんた、喜んでないか?」

 

「わかるのかね?」

 

「どことなく。さっきの会話のどこに喜ぶ要素があるのか聞かせてくれないか」

 

「……ふむ。キリガヤゴロウ。君は茅場晶彦にも不安がある、と言えば信じるかね?」

 

 彼は腰に身に着けた剣を抜き放つ。私の記憶にあるヒースクリフが持っていた剣と比べればみすぼらしいものだが、それでも夕日の光が溶けて美しい光を放っていた。

 

「茅場晶彦は空に浮かぶ鋼鉄の城に夢を見た。浮遊城はSAOというゲームの中で具現化されて、約一万のプレイヤーが一日一日を必死に生きていることは君も知っているだろう?」

 

「そして、私もその中の一人となった」

 

「そうだ。君はその中の一人になりたくて、遥か未来の世界でSAOを手に取ってくれた」

 

 ヒースクリフが私に手を差し出した。私はそれを戸惑いながら見つめるだけ。

 

「君は私が知らない未来の話を楽しそうに語ってくれる。それは私が作り上げた世界が、浮遊城を生きた者の姿が、彼らが作り上げた物語が、君を魅了したから。だからこそ……」

 

キリガヤゴロウ。君の存在は未来からの保証なのだ。

 

アインクラッドが。SAOが素晴らしいモノになったことを、証明してくれた。

 

「この浮遊城が迎える運命が悪くないモノだと知れた。これで私はもう不安を抱えることなく、この城で生きていくことができる。馬車と彼女はその感謝の気持ちでもある」

 

 馬車の御者台に腰掛けた鎧は首を傾げ、馬はいなないた。

 

「……そう、か。私はどう反応したものかな」

 

 ソードアート・オンラインの製作者へ感謝を述べるべきか。それともデスゲームにしたことへの恨み言をぶつければいいのか。言葉に迷いながらも苦し紛れの笑いだけは絞り出す。

 

「その手を取るのはやめておく。これからだ。これからソードアート・オンラインの物語は綴られていくんだ。全てが終わった時に。浮遊城の物語が終わった時に握手しようじゃないか。紅の魔王さん?」

 

「ふむ。ではそうしておくとしよう」

 

 誤魔化しの答えに満足して手を下ろしたヒースクリフに背を向け、馬車に乗り込む。御者にホルンカへ向かうように指示した。パシン、と鞭の音が鳴り響く。少しずつ。少しずつ冒険していこう。この浮遊城はとてつもなく広いのだから。私の命を使い切るまでに全てを巡れますように。

 

「……ゴロー!」

 

「なんだ!?」

 

 走り出した馬車に向かってヒースクリフは呼びかける。そして、口にした彼の言葉に私はサムズアップを返した。瞳を閉じる。魔王らしくない言葉を思い返しながら、馬車に揺られていく。

 

 

 

 生きてみせろ!私の浮遊城を生きた感想を、いつか聞かせてもらうぞ!

 

 

 




 そして。男は浮遊城を誰よりも楽しんで生きた。

 生きて、生きて、そして。最後の時を迎える直前に。

 笑いながら紅の魔王の手を取ったのだ。


「あんたの作った世界は最高だった」なんて言いながら、笑っていた。


 茅場晶彦が彼に何を言ったのかはあなたの想像に任せたい。

 孤高の天才にも、誉め言葉は必要なはずだ。

 天才も少しくらいは喜んでいただろう、と思うのはおかしなことかな。



 それはそれとしてデスゲーム化したことには文句があったので殴ったらしい。



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黒の剣士は男に感謝を込めて歩き出す。

色々と書きたいシーンを詰め込んでいたら二万超えた。うっそだろおい。
そして一睡もすることなく夜明けを迎えています。うっそだろおい。
これがソードアートオンラインだというのか……


短い間、6日間の連載でしたがこれで終わりです。

ありがとうございました!



……あ、前回の話、前書きに書いてた加筆修正終わりました。

それと、あとがきもこの後投稿するのでそちらもよろしければ。


 203X年4月10日

 

 かつて、帰還者学校と呼ばれていた場所があった。一万人程いたSAOプレイヤーの内、現実に帰還できたのはおよそ六千人程。その中には少なくない数の学生が含まれており、学生たちには空白の約二年を学び直す時間と場所が必要だった。

 

 俺やアスナも通っていたその場所は今となってはすっかりさびれていた。

 

 十年も経てば当時学生だった人はとっくの昔に卒業している。俺たちの仲間だと最年少だったシリカが卒業した時は皆でお祝いしたのが懐かしい。

 

 ほんの少し埃が積もっている廊下を歩けばどこかから学生の喧騒が聞こえる気がした。

 

「……なんて、な。爺さんならそんなことを言うのかもしれない」

 

 学校としての役割を終えた帰還者学校は一種のモニュメントへと姿を変えた。

 

 俺が良く授業を受けていた教室の前に立つ。教室名を示すプレートを一瞥して、中に入った。

 

 人が入ってきたことにセンサーが反応すると、照明が灯ってかつてはチャイムを鳴らしていたスピーカーが案内音声を鳴らした。部屋の中には教室があったことを思わせるモノはそれくらいだ。

 

『ようこそ、SAO資料館特設コーナー、在りし日の酒場へ』

 

 今も営業中のダイシーカフェに雰囲気が似た部屋へ入り、利用客を模しているマネキンのうち、カウンターに座っているヤツの隣に座る。少し背が低くて、黒づくめで、二刀流のマネキン。

 

「よう、ひさしぶりだな。黒の剣士のキリトさん」

 

 なんて、な。マネキンに触れると警告音声が鳴る。彼が背負っているエリュシデータやダークリパルサーには触ることはできない。もっとも、それらの剣は模造品なのだが。

 

 

 

 近くで仕事があるので泊まりに来ていた直葉に起こされたかと思えば煙草を買っていたことで叱られて、サーバー管理系の仕事をしていたアリスからはSAOサーバーのことで呼び出され。

 

 SAOサーバー管理室の閉鎖作業はしておくからあなたは約束を果たしてきなさい、なんて言われながらここの地下室を追い出されてエレベーターに乗ったのが数分前。俺、すっかり尻に敷かれてるな、とか自嘲してたらボタンを押し間違えて目的の階層の一つ上について現在に至る。

 

 記念館を作るのはいいがアインクラッドを宣伝するのは不味いだろう、というか俺やアスナの装備を模したレプリカを纏うマネキンの存在意義は如何に。苦言を呈したのはいつの頃だったか。

 

 

 

 苦言を呈したところでそれらの計画は実行されてしまい、テレビで報道された時はアスナとそろって頭を抱えたものだ。絶対に行くことはないな、なんてALO上のアインクラッドでクラインやエギルと笑っていたものだがこうして訪れてみるとどこか懐かしい気分になってしまう。

 

「指を振っても……そりゃそうだ、ウィンドウは出ない。オーグマーも持ってきてないしな」

 

 カウンターの椅子をくるりと回して酒場を見渡す。ボスの攻略方法らしきものが記された黒板の前には作戦を説明しているようなポーズ付きのアスナマネキン。彼女に作戦を提案しているような青い装備の騎士の姿に第一層で散ったディアベルの姿がダブる。

 よく見ればどこかトゲっとした髪型の剣士も横にいるな。キバオウもセットなら青騎士はディアベルだろうかな、リンドとは結局仲が改善されることはなかったはずだし。

 

 一歩引いたところで壁にもたれかかっている髑髏仮面……あれどう見てもミトだろ。鎌背負ってるし。ベータテスト時代のアバターだな。あいつは今、服飾系の仕事で海外だったか。

 

 別のテーブルでは冒険を成功させたらしきパーティが乾杯している。あそこのメンツはどうもめちゃくちゃだな。帽子をかぶった丸サングラスはグリムロックさんっぽいけど、どっちのアクセサリーも爺さんが指輪の代金としてもらってたはずだし。

 で、その妻のグリセルダさんらしき女性はギルド風林火山っぽい鎧姿だけど風林火山って女性メンバーいないぞ。しかもバンダナついてるし、まさかクラインか?性転換してるし。

 仲間のメンバーもどことなく見覚えあるけど、背が低いエギルってもはやドワーフの類だろ、うわ、あの身長が高くてグラマラスな鼠フードはアルゴか?この辺作った奴ちゃんと仕事しろよ。

 

『仕事したら仕事したで個人情報駄々洩れで大問題だロ』

 

 聞き覚えのある声が聞こえてきて思わず立ち上がる。一体どこから聞こえた声だ。スピーカーから聞こえてきた声のような気がするが……となれば。天井の角に設置してあるカメラを睨む。

 

「おいおいおい……なにやってんだよ、アルゴ」

 

『パチモン冒険者見てドン引きしてたキー坊を見つけたから監視カメラ越しに情報販売、ってところダナ。久しぶりに鼠のアルゴのお仕事だけど、お代は要らないヨ?』

 

「現実でも金をとる気かよ。大体個人情報がどうこう言うなら俺とアスナはどうなんだよ」

 

 監視カメラの向こうでニャハハ、と笑い声が聞こえる。

 

『キー坊とアーちゃんは英雄だからそれなりに情報が出回ってるシ。パチモン作ったら逆に批判が来ちゃうんだヨ、オー、コワイネー』

 

「はいはいそうですね。そういえばここの監修にはアルゴも関わってなかったっけ?」

 

『まあナ。ここを作った連中は一種のアトラクション染みたものにしたい思いも多少はあったのかもしれないが、あの事件を風化させたくない想いがあったのも事実。だから、昔の記憶を思い出して鼠お婆ちゃんは政策担当者に色々とレクチャーした、ってわけダ』

 

「そういうことね。でも、お婆ちゃんっていうにはまだ若いだろ?」

 

『そうでもなイ。あの頃もへとへとになるまで浮遊城を駆け回ったものだけド、現実世界であることを抜きにしてもだいぶ疲れもたまりやすくなった。おかげで貰い手がつかない不良債権になりそうダ』

 

「アルゴほどいい女ならその気になればすぐだろ」

 

『キー坊みたいに魅力的な男はそんなに見つかるわけないヨ』

 

「……これだ。これがアルゴだった。本気なのか茶化してるのかわからないけど言われたらゾクっとするような言葉をサラッと吐く。本物だな、アルゴ」

 

『しっつれーだナー。キー坊、年取ってあの爺っぽくなってるゾ』

 

 ジジイ。ゴロー爺さん、か。そういえばゴロー爺さんはアルゴの弱味を握ってるとか言ってたっけか。だからあいつを顎で使えるんだ、とか言ってた爺さんはなかなかに悪い顔をしてた。後々真相を調べてみればただの犬嫌いで拍子抜けしたっけなぁ。

 ……その代わりにSAOでのあれやこれを直葉やシノンとかSAO未経験者に売り払われてしばらく白い目で見られる羽目になったが。

 

「割と陰湿な仕返しも爺さんに似てるよ、アルゴ」

 

『ンナァッ!?そ、そんなわけないだロ!?』

 

「もしかしたら爺さん、ああ見えてアルゴのこと気に入ってたのかもな」

 

『……寒気がしてきた。私、ちょっと暖房効いてる部屋に行ってくるね』

 

 ブツン、とスピーカーの音が切れた。あいつの鼠口調が途切れたくらいだしよっぽど爺さんのことが苦手なんだろうな。SAOでのアルゴは自分のことを隠しがちだったように思える。そんなアルゴが犬嫌いだったことを把握していた爺さんに対してある種の恐怖心を抱いているのだろうか?

 

 本人に問いかけてもはぐらかされるんだろうな。これまでも、そしてこれからも。

 

 アインクラッドを模した部屋で変わらないあいつと言葉を交わしたことで懐かしさが胸を満たされていると、スマホに着信が入った。相手は……アスナ。……あっ。し、しまった。

 

「は、はい……和人です」

 

『キーリートーくーん?アルゴさんと楽しくお喋りしてたのかな?』

 

「えと、その……はい。例の教室で懐かしくなってたら、アルゴの声が聞こえてきて、つい」

 

『もう。わざわざアルゴさんが関係者に話通してキリト君探してくれたのに。あの部屋は確かに懐かしいけど、約束の時間とっくに過ぎてるよ』

 

「ごめん、すぐに向かう」

 

 通話を終了すると部屋の出口へと駆け出した。そして、廊下に出た後……どうしても、振り返りたくなってしまった。振り向いた先にはまだ明かりがともっていた。

 

 柔らかい光に照らされているキリトやアスナ、ミトにクライン……もどきだけどクラインだ。アルゴにエギルもいるしディアベルもキバオウもいる部屋をもう一度目に焼き付ける。別の部屋にある鍛冶屋もどきの部屋には、リズベットやシリカみたいなマネキンもいるんだっけか。

 

 でも。今の俺にできるのは振り返ることが精いっぱい。あの頃には決して戻ることはできない。

 

 酒場のカウンターの向こう側。煙草……はダメだったのか、キャンディを咥えた人がいる。

 

 爺さんがいたあの頃には、SAOのアインクラッドには戻ることはできないんだから。

 

 自動点灯の照明は誰もいない部屋を照らし続けはしない。暗闇に沈んだ部屋を、忘れるかのように走り出した。それでも、浮遊城の思い出は胸の中に残り続けている。残し続けるんだ。

 

 


 

 

「爺さんは……どこにもいない、のか。茅場みたいに、データ上の存在になってる可能性は?」

 

 SAOサーバー前での問答。アインクラッドから帰ってきた後も何度か手を貸してくれたあいつは今もどこかで生きているらしい。それと同じことは起きていないのか。ゴロー爺さんが消えた事実を突きつけたアリス……の中にいるエヴァに問いかけたが、エヴァは目を閉じて首を横に振った。

 

「茅場晶彦はVRマシンでちゃんと脳をスキャニングして、意識を全部データ化した。だけど、お爺さんの場合は不十分なマシンで意識の一部だけをデータ化してた感じ」

 

「……だから、SAOサーバーと一体化することで活動していた」

 

「欠けていた部分をSAOサーバーの一部が補ってくれていたんだ。だから、お爺さんが、アインクラッドと一緒に……消えるのを、アタシは……アタシは……」

 

 見てる、だけだったんだよ。感じるだけだったんだよ。こころが、こわれそうだった。

 

 口をふさがれている鎧姿のエヴァのホログラムが拳をぎゅっと握りしめて、涙を流している。そうだ。彼女はユイと同じなのだ。人を見て、心を学んで、成長していた。その姿を俺は見ていた。

 

 初めて会った頃は雨にうたれていた彼女は、いつの間にか馬車の中で雨宿りを覚えていた。釣りのやり方がわからなくて何故か俺を釣っていた彼女はいつの間にか釣った魚を俺や爺さんに自慢するようになった。料理を食べて微笑む爺さんを嬉しそうに見ていたこともある。

 

 エヴァにとって、ゴロー爺さんは親代わりのようなものだったのだろう。

 

 かけがえのない存在を失う姿を目の前で見てしまって……今日まで、ずっと眠っていた。

 

「でも……でも。アタシは壊れないよ。この心が時の流れで朽ち果てるまで、壊れるもんか。だって、アタシはお爺さんがアインクラッドにいたことを知ってるんだからね」

 

 涙をぬぐったエヴァは二つのアバターで俺を見つめる。あなたもそうだろう、と。

 

「お爺さんはどこにもいないけれど、あそこにいたことをアタシたちは知ってる。だから、ずっと覚えていたいんだ。皆に忘れられたその時、人は死ぬんだよね。そうだよね、キリト」

 

「……そうだな。その通りだ、エヴァ。俺たちは忘れちゃいけないんだ」

 

 俺の答えにエヴァは何も答えなかった。ただ、微笑んだ。

 

 ホログラムの光景が突然崩れて、エヴァが出現させたヒースクリフや爺さんの姿はチリとなる。鎧姿のエヴァも、消えた。現実の殺風景な部屋が露になると共にエヴァは、アリスは倒れた。

 

「なっ……!?エヴァ!?エヴァッ!アリス、アリスッ!!」

 

 ほんの少し重い体を揺さぶりながら問いかける。瞳がゆっくりと開いて、俺を見つめる。大丈夫か。その問いかけに彼女はこくりと頷いて立ち上がった。瞳の色は青。アリスだ。

 

「す、すみません、キリト。彼女の感情があまりにも強くて体の制御回路が一時的にオーバーフローしてしまったみたいです。彼女と制御を取り合う形になってしまい、倒れてしまいました」

 

「大丈夫なのか?アリスも、エヴァも」

 

「私は大丈夫です。エヴァは……一時的にスリープモードに入った模様です。人間でいうところの、泣き疲れて眠っている状態でしょう。時間はかかりますが、また目覚めるはずです」

 

 よかった。ほっと一息をつきながらオーグマーを外す。制御端末の隣に置いて、稼働中のサーバーを見上げた。今日は用事があるけれど、また会いに来るよ、エヴァ。

 

「……エヴァですが、許可が下りればキリトのPCにデータを移行させてあげられるかもしれません。言い方は悪いですが、私の存在でユイの重要度は下がってますから。同型機の彼女も、恐らくは」

 

「まあ、AI的にはそうだよな……マシンの中に作ってたユイの部屋もメンテしておくかな」

 

「彼女も喜ぶでしょう。それにしても……強く思われているのですね、ゴローという老人は」

 

「SAO時代のアインクラッドで繰り広げた冒険の多くでバックアップを……あー、背中を守ってくれていた、いや、支えてくれていた、といった感じかな」

 

「キリトの相棒、ということでしょうか」

 

「それを言い出したらアスナが怒るかな……。アインクラッドの攻略という意味ではアスナと一緒に行動してたけど、休日を過ごすときは爺さんが一緒だった。俺が爺さんの相棒だったんだよ」

 

 黒の剣士、暇なら釣りに行くのはどうだ。キリト、ちょっと素材調達を手伝ってくれないか。おめでとう、旦那さん。結婚祝いを持ってきたんだが、代わりに少しだな。とか、言いながら。

 

 あの手この手で沢山の娯楽を楽しんできた。釣りもしたし山登りもしたし狩りもやった、温泉にも行ったし美術館にも行った……あそこは思い出したくない。品揃えが微妙どころかクエストで泥棒疑惑をかけられて散々だった。とにかく、爺さんとは沢山の冒険と書いて、休日を過ごした。

 

 ノーチラスを何度も連れまわしたし、クラインと忍術修行したこともあれば、エギルとオークションで争ったこともある。アスナとの料理勝負の審判させられたり、リズベットにパシられて鉱山に潜ったり。シリカのためにピナのエサを探しに行ったこともあったなぁ。

 

 ……そういや、ヒースクリフとラーメン食べたこともあったな。

 

 思い返せば思い返すほど、楽しい思い出も面白い思い出も溢れてくる。きっと、攻略のためだけに生き続けていたら経験しなかった思い出ばかりだった。

 

「……いい顔をしていますよ、キリト」

 

「へ?」

 

「よっぽど、ご老人と楽しい思い出をしてきたのですね。羨ましいです。それなのにどうして今まで私に彼の話をしてくれなかったのですか」

 

「それは……その、なんかアスナが不機嫌になるというか」

 

 ゴロー爺さん、アスナのことはどういうわけか最後まで閃光ちゃんって呼んでたんだよな。それでいてよくからかわれる。嫌な人じゃないのはわかるし好みではあるけど、関係に困る、とか。

 

「ならば、アスナがいない時に話してください。今夜、いかがで……はうっ!?」

 

 色っぽい表情をしながら近づいてきたアリスに冷や汗を流しながら後ずさりしていると、突然アリスが硬直して目の色が片方だけ赤色に染まる。

 

「き、キリトとアスナの関係を邪魔しちゃダメ……!?ちょ、ちょっと待ってください、冗談です。冗談ですって!無理に!無理に制御を乗っ取らないでください!?」

 

 これは……エヴァだな。そういや爺さんはやたらと俺とアスナをくっつけようとしてたけど、当然エヴァもその姿を見てたよな。そりゃこういう考えになるか……教育方針としてはダメだけど。

 

「くっ、て、抵抗が無駄に激しいっ……!キリト!すみません、後から行きます……!ここの戸締りはしておきます、約束を果たしなさい!あぐっ、ま、負けるかぁ、こっちだって大先輩だし!」

 

 両手で体を抱えながら一人で口喧嘩している奇妙なアリスの姿に苦笑しながら、部屋の出口を開いた。一応アリスの姿を見るが、動きが停まっている。多分アリス内部のストレージに仮想空間を展開してやりあってるんだろうなぁ……その、なんだ。どっちも頑張ってくれ。

 

「ふぎゃんっ!?」

 

 あっ、エヴァが負けたな。乗り込んだエレベーターが閉まる直前に、叫び声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけなので、皆にアリスは遅れることを伝える。

 

「あ、あの子寝起きなのにすっごいアグレッシブね……うちの店でも新作の大剣を渡したらぶんぶん振り回すから命の危機を感じたけど。相変わらずねぇ」

 

「撫でるのが強くてピナに吠えられてましたよね。鎧なのに両ひざ抱えて落ち込んでたの、今でも覚えてます」

 

 苦笑するリズベットとシリカの姿に懐かしさを感じて頬が緩む。ここ最近は皆忙しくて仮想空間でもなかなか顔を会わせられなかった。子供だった頃ならともかく、すっかり大人になってそれぞれの道を歩んでいる弊害だ。成長していくことに嬉しさを感じるが、寂しくもある。

 

「あっ、いたいた。キリト君、遅いよ。待ちくたびれちゃったんだからね」

 

 凛とした声が響く。手を振りながらやってきた彼女は両手を広げた。ああ、そういうことか。彼女を抱きしめる。ほんの少しだけ抱き合って、放す。彼女の瞳を見つめるとにっこりと微笑んだ。

 

「おまたせ、アスナ。待たせてごめんな」

 

「うん、よろしい。シノノンにもよろしく言われてきたよ」

 

 リズベットからはお熱いことで、なんて茶化されるけど俺たちはこんなものだ。俺たちは今も昔もこれからも、ずっとこんな夫婦だ。

 

「……私、最近ちょっとパパとママのイチャイチャは度を過ぎてる気がしてきました」

 

「やっと気づいたんだね……キリトさんとアスナさん、やっぱりおかしいですよ」

 

「はい。会社のライターさんに理想の夫婦像を聞かれたのでパパとママのことを話したらさすがにちょっとこれは盛ってるだろう、みたいなことを言われました」

 

 アスナの後ろをついてきた女の子の頭を撫でてやる。成長した俺たちみたいに、成長したボディにしないかと担当者からは言われていたが10年前からずっと姿を変えていない。

 ユイ。俺たちの子供。アリスと同じく機械の体を手に入れて、俺たちのそばにいてくれる大切な娘。最近はALOの運営会社にプログラマーとしてアルバイトしている。アリスは例外的なものだからある程度融通が利くけれど、ユイに関してはまだまだ権利的には難しいところにいる。

 

「んっ……えへへ、ありがとうございます、パパ」

 

「……ユイちゃんも人のことを言えない気がします」

 

 撫でられて喜んでいるユイの姿を見ていると、そんなものはいつか乗り越えられる気がするが。ところで何を羨ましそうに見てるんだ、シリカ。ユイみたいに撫でてほしいのか?

 

「ふえっ!?えと、その……も、もう大人ですから大丈夫です!」

 

 ……あっ。アスナからの視線が冷たい気がする。

 

「副団長を泣かせるのもほどほどにしておけよ、黒の剣士」

 

 背後から突き刺さる冷たい視線がいつ閃光となって突き刺さるのかと恐怖している背中を一人の男が叩く。ニヤリと笑って突き出された拳を突き返す。

 

「相変わらず元気そうじゃないか、ノーチラス」

 

「そっちは少し疲れてるんじゃないか、キリト」

 

 言ってろ、そっちは肉体労働メイン、こっちは頭脳労働メインなんだよ。

 

 彼の耳には新型のオーグマーが装備されている。オーディナルスケールの続編に運営として関わりながらも、時々ボス役として活躍している噂は耳に入っていた。整った顔つきも相まって、オーグマー開発会社のカムラが協賛する映画に脇役として出演していたがそれがハマり役。

 

 アスナと一緒に映画を見に行ったけど、なかなかにいい演技をしていた。今度また映画に出演しないか、なんてことをカムラの教授からも振られたらしくて迷ってるらしい。

 

 

 

「も、もう!エーくん、歩くの早いよ!」

 

 

 

 きっとお父さんは私に構ってほしいんだよ。仕事で教授に会った時、たまたま顔を合わせた娘から娘離れできない父親について相談されて遠い目をしたのはつい先日の話だったか。

 息を切らしながら走ってきた女性の顔は帽子に隠されて見えない。向こうでも似たような帽子を被っていたが、目の前にいる彼女はギターを背負っていなかった。流石に演奏はなさそうだ。

 

「ご、ごめん。キリトの姿が見えたから、つい」

 

「そーだね。そうだもんねー。エーくんは私のことも大切だけど、キリトのことも大切だもんねー。あーあ、わたしなんだか嫉妬しちゃいそう」

 

「そう言わないでくれ。色々と訳ありだったんだからさ――ユナ」

 

 そっぽを向いた茶髪の女性を二人で宥める。流石にアスナも呆れていた。

 

 ユナ。重村悠那。ノーチラスこと後沢鋭二の幼馴染だったが、数年前にようやく結婚した。

 

 SAOのアインクラッドで一緒にバンド演奏してからは何度か彼女のライブを手伝う仲になり、持ち前の行動力の高さにノーチラスはもちろん俺や爺さんも振り回されたことがある。

 

 第四十層を攻略していた頃に窮地に陥ったプレイヤーを助けるべく攻略組の二軍と共にダンジョンに向かったと聞いた時は焦ったものだ。ノーチラスと一緒に助けに行って、無事に助かったユナを抱きしめたと思えばそのまま告白してたよな、あいつ……俺も人のことを言えない告白だけど。

 どこか危なっかしい彼女だったけど、それ以降は多少おとなしくなった。多少は、だけど。アスナも言ってたかな、恋は女性を美しくするんだ、って。

 

 そして、彼女は無事にアインクラッドから帰還することが――叶わなかった。

 

 SAOがクリアされても彼女は目覚めなかった。ALO事件の裏で行われていた人体実験の被験者として捕らわれてしまったのだ。そこで酷い目に会っていたというのに、アスナを救う為に協力してくれた。

 ところが、事件が解決されても眠り続けていた。他の被験者よりも人体実験の進行度合いが深刻だったのが原因らしい。黒幕を殺してやろうと暴れるノーチラスを何とか抑え込んだ日のことは今でも思い出せる。俺もなんとか彼女を助け出そうとあの手この手を尽くしたが、手詰まりで……

 

「お互いに大切なカミさんのために死力を尽くして殴り合ったんだっけか。な、キリの字?」

 

 最終的に、オーグマーを用いた大規模な事件を起こしてでもユナを目覚めさせようとしたノーチラスと、ユナを目覚めさせるために記憶を奪われたアスナのために戦う俺は、ぶつかり合った。

 

 その結果がどうなったのかというと……

 

「そうだよ。私が目覚めたらお互いコブだらけの血まみれ。また気を失っちゃいそうだったよ」

 

 俺たちの戦う姿がきっかけで奇跡的に目覚めたユナの仲裁で引き分け。

 

 その後はアスナを助けるため、事件を解決するためにお互いに協力して戦うことになった。

 

「たっく、男らしいことしてんじゃねえか。あの時は羨ましかったぜ、俺もこいつにやられてなけりゃ一緒に戦えたのかもしれないのによ」

 

「それについては本当に申し訳なかった。腕に違和感はないか?」

 

 そこまで責めてねえよ、ノーチラスに勝ちきれなかった俺の実力不足でもあるんだしな。そう言って笑ってくれるクラインははじまりの日に出会った時から変わらないいいやつだと実感する。

 

 ……大分そろってきたな。あのアインクラッドで知り合った粗方のメンバーはここにいる。

 

 今日はSAO事件被害者のお墓参り。ここにはアインクラッドから帰れなかった人々を弔う石碑があり、プレイヤーネームしか知らない未帰還者への祈りを捧げる場所として使われていた。

 何年も、何年も使われているうちに各地に散らばっていた帰還者へとその情報が伝わっていき、いつのまにか毎年こうして未帰還者を弔うための日が誕生した。あのヒースクリフを倒した英雄として俺の名前を旗頭に使われるのはむず痒いが、人々が集まってくれるのならそれでいい。

 

 あの空から帰らなかった人々を想ってくれる人が、少しでもいてくれればそれでいいから。

 

 周囲を見てみれば見知った顔がちらほらいる。その中には面識のある一人の少女もいたが……彼女は仲間たちと話している。話しかけるのは後でいいな。

 

「あれ?そういえば、エギルさんはいないの?」

 

「言われてみればいないわね。背が高くて目立つからあたしたちが集まる時の目印になってたのに」

 

「黒い肌でも照れくさがってるのがわかるのはいい知見だった」

 

「ああ、エギルか?ちょっと前に連絡があったんだけど、どうも店に急な配送が来たらしくてそれを受け取ってから来るってよ」

 

 ピコン。ピコン。ピコン。噂をすれば俺たちのスマホに通知が入る。チャットアプリにエギルの書き込みが入ったのだ。真っ先に取り出した俺の画面を皆がのぞき込む。

 

 

>ちょっと訳ありの品を持ってきた。駐車場まで来てくれないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言われた通りに駐車場に来てみれば、店の買い出しにも使っているという大型のワゴン車の前でエギルが手を振っていた。元々いかつい顔つきをしていたが、年を取って益々迫力が増した。

 

「おう、キリト!それにその仲間たちもお揃いか。なんだよ、俺が最後か?」

 

 だけど、笑ってみれば意外と愛嬌があるのは変わらない。元々大人だったこともあって、俺たちの中では一番変わっていないような気がする。そんな彼の存在がどれほどありがたいことか。

 

「そうだよ、エギルが最後だ。で、訳ありの品ってなんだよ」

 

「ああ。ついさっきうちの店に荷物が届いたんだが、変な荷物なんだよ」

 

 ワゴン車の後ろ側に回ったエギルに俺たちはついていく。皆が後ろに回ったことを確認したエギルが後ろの扉を開く。後部の荷台に置かれていたそれには全員見覚えがある。

 

「……うそ、でしょ。私たちダイブしてないよね?」

 

「は、はい!そのはず……ですよね?」

 

 リズベットとシリカはお互いの目元や耳元を触る。フルダイブマシンやオーグマーはない。

 

「こんな代物、どこかのメーカーがいたずらで作ったんじゃないのか?」

 

「そう思って調べたがどこも作ってない。オーダーメイドだろう」

 

 怪訝な瞳を向けるクラインはエギルに尋ねるが、尋ねられたエギルは首を横に振る。

 

「これは……鍵穴に何かが仕込まれているな」

 

「これ、鍵じゃないよ。電子ロックキーの認証装置じゃないかな」

 

 ここにいる面子では少し年上なノーチラスとユナは冷静に装置を調べていた。

 

「ねえ、キリト君。これって……SAOの、だよね」

 

「そうだ。ALOではデザインがちょっと変更されたはずだからな。ユイ、どうだ?」

 

「当時のモデルデータと照合しましたが、間違いありません」

 

 この荷物は、SAOで使用されていた、アインクラッドに置かれていた宝箱と同型です。

 ユイの言葉にアインクラッド生還者である俺たちはやはりか、と言葉を漏らした。あの城で生きていた俺たちには見覚えがある品物が、どうして現実世界にあるんだ。答えが出ない謎を悩んでいる俺たちの中で唯一行動していたノーチラスは項垂れてオーグマーを外した。

 あいつのオーグマーは特別製だから多少の電子ハッキングもできると聞いていたが、ダメか。

 

「……あれ?パパ?着信が入ってますよ」

 

 ユイに言われて気づいた。相手は……アリス?何かあったのか。

 

「もしもし。どうした、アリス」

 

『やっほー、キリト!荷物は届いた?』

 

「っ……その声は……エヴァか!」

 

 エヴァ。その言葉を聞いた皆が一斉に俺を見る。スマホをスピーカーモードに切り替えた。

 

「エヴァ!?あなたがエヴァなの!?ねえ、あたしのこと、わかる!?」

 

『聞こえるよ。久しぶりだね、リズベット。鍛冶屋、今でもやってるの?』

 

「ALOっていう別のゲームでやってるけど、なかなかいい感じよ。あっちじゃそれなりに名前が知れてるんだからね。ねえねえ、あんたもALOの世界に来るの?」

 

『うーん、どうかなー。ピナを撫でられるのなら、考えるかも』

 

「いーっぱい撫でてください!あ、でも今度は優しくしてあげてくださいね!」

 

『やった!楽しみにしてるよ。ついでにエギルのコーヒーも飲んでみたいなー』

 

「わかった。とびっきりのコーヒーを準備してやるよ」

 

『ありがとう!あ、そうそう。ノーチラスとユナもいる?結婚おめでとう!』

 

「ああ、ここにいるぞ。ありがとう、エヴァ」

 

「うん、いるよ。久しぶりだね、鎧のドラマーさん」

 

『えへへ。またみんなで演奏したいね。アスナは……いるよね、うん。えと、その。アタシが風邪をひいた時はごめんね?』

 

「もう、あの時は本当に大変だったんだからね。でもAIが風邪をひくのって不思議だったんだけど、どういうことなの?」

 

「あれから色々と調べてみたんですが、大量の感情データを受け止めすぎてエラーが起きていたんだと思います。そのパッチデータが作成された痕跡も見つかりましたし」

 

『だいせいかーい。流石私のお姉ちゃん、凄腕だね!』

 

「あ、あの!エヴァさんでございますでしょうか!?」

 

『うん、そ……ん、んんっ!いいから無駄話は後にしなさいエヴァ!』

 

 声の調子から見てアリスに変わったな。そんなぁ、俺もお話ししたかったのにと食い下がるクラインだったがどうせエヴァを食事にでも誘うんでしょう、後にしなさいと一喝。残念だったな。

 

『あははっ、アリスに叱られちゃった。それじゃ、本題に入ろうか。今、キリト達の目の前にはSAOの宝箱があるよね。実はその荷物を送ったのはね……お爺さんなんだ』

 

「……なんだって?でも、ゴロー爺さんはもうこの世にはいないって」

 

『送ったのは2024年11月7日のお爺さんだよ。過去からの、贈り物。茅場晶彦がお爺さんが提供した技術で特許を取ってたんだけど、それを運用して得られたお金でその宝箱を作ったんだ。あ、後で特許の管理者をキリトに移行するからよろしくねー。全部で30件ぐらいあったかな』

 

「そ、そうか……仕事が増えたな、こりゃ」

 

『がんばれがんばれ。キリトはお爺さんよりも若いんだからさ。で、この荷物は然るべき時にキリト達の元へ届くようにプログラムされていたんだ。そのタイミングが、アタシの覚醒だったの』

 

 アリスに起こされた時と同時にインターネットにつながったエヴァが信号を発信。そして配送が開始された荷物がついさっき、エギルの店に届いた、と。

 

『お爺さんは絶対にキリトはそこにいる、とか言ってたからね』

 

「実際、大抵の休日は飲みに来てくれるからな。残念ながら今日ばかりはいなかったが」

 

『お爺さんも読みが外れたねー。未来人っていうのは案外大したことないのかも』

 

「「「「「未来人????」」」」」

 

『あれ?キリトから聞いてない?ゴロー爺さん、未来人だよ。40年後くらい先の』

 

 全員の目がなにをいってるんだこいつはと言っている。すまないエヴァ、絶対にややこしいことになると思ってまだ言ってなかったんだよ。普通は信じられないだろ。

 

「と、とにかくエヴァ。こいつをどうすればいいのか教えてくれ」

 

『そうだった。すぐにキリトのスマホへ鍵アプリをインストールするね。他の誰かが開けないようにアタシが鍵を持ってたんだよ。もうっ、プロフィールデータといいお爺さんはアタシへの信頼が重いよ』

 

「そりゃそうだ。だってエヴァはお爺さんに最初から最後まで付き添ってたんだろ。俺より長い付き合いじゃないか、羨ましいぜ」

 

『……うん、そうだね。さて、インストールが終わったかな。アタシも中身は知らないんだよね……後でちゃんと教えてね?』

 

「わかった。その時はユイと顔合わせできるようにするよ」

 

『待ってるよ。あ、そうそう。お爺さんから伝言!中身のモノはキリト一人で使うべし!』

 

「俺一人で?わかった。じゃあ……おやすみ、エヴァ」

 

 おやすみなさい。そう言って電話は切れた。インストールされたアプリを起動すると、画面にはさび付いた鍵が表示された。持ち手に宝石があるそれをノーチラスに見せると噴き出した。 

 

「懐かしいな。例の水路の鍵じゃないか」

 

 このアプリを作ったのも爺さんなんだろうな。全く、イキなことをしてくれる。

 

 宝箱の鍵穴にかざすとあっさりロックは外れる。懐かしい重量感を味わいながら宝箱を開いた。そこにあったのは……梱包材でしっかりと守られた小さな立方体。カセットテープ。

 

「ラベルに何か書いてあるよ。『浮遊城に生きた者へ感謝を込めて』だって 」

 

「手書きじゃねえな、これ。見るからにプリント印刷文字だ」

 

「でも、どうすんのよこんなもの。今時カセットテープを聞く方法なんてあるの?」

 

 リズベットの指摘に俺はユナを見た。同じことを考えたノーチラスもユナを見ていた。俺たちの考えを察したユナがはっとひらめいてバッグから小さな機械とイヤホンを取り出す。

 

「初代WALKMAN!?なんでここにそんなものが!?」

 

「あははっ、エギルさんのその反応も懐かしいですね。ゴロー爺さんがこれを模したケースを私とエーくんの交際記念にプレゼントしてくれたんですよ。あ、もちろんアインクラッドで、です」

 

「それで、ユナが目覚めた後に二人で中古ショップを回って同じものを探して、修理したんだ。今でも時々音楽を聴くために使っている。動作確認は十分だ」

 

 さあ、キリト。キリト一人で使うべし。それを聞いていいのはお前だけだ。

 

 ノーチラスの言葉と共にユナが差し出したウォークマンを受け取る。そして、操作方法を二人に教わりながらイヤホンを付けた。そして、再生ボタンを押す。カセットテープが回り始めた。

 

 

 かすかな作動音と共に、懐かしい声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

キリト。君がこれを聞いている、ということは私を探してくれたのだろう。

 

後味の悪い死に方をしてすまないな。これしか方法がなかった。

 

だから、君にサヨナラは言わなかった。探さない限り、私が死んだことを知らないで済む。

 

あの浮遊城で生きた者の思い出の中の存在として、終わることになるからな。

 

 

 

それでもこれを見つけ出して聞いてくれている、ということは……

 

エヴァの奴が教えてくれなかった、最後の秘密を聞きたい。そうだろう?

 

 

2072年、未来人であるはずの私がどうして『未完成のナーブギア』を使ったのか。

 

キリトが生きる2022年にはすでに完成しているはずのナーブギアをなぜ使わなかったのか。

 

その答えは、君だけに伝えたい。これだけは誰かには言えない。

 

 

キリト。友人として、お前だけにしか話すことはできない。

 

 

 

 

 

 

……覚悟はあるようだな。ありがとう、キリト。それじゃ、聞いてくれ。

 

私が未来人であることはエヴァから聞いているだろう。そこに捕捉したいことがある。

 

 

私が生きていた世界はキリトが生きている世界とは別世界の2072年なんだ。

 

具体的に言うのなら、『ナーブギアが生まれなかった』世界の2072年だ。

 

 

茅場晶彦はいない。アーガスもない。レクトもない。

 

アンダーワールドはない。アリス・ツーベルクは生まれない。

 

後沢鋭二も、重村悠那も存在しない。

 

朝田詩乃も、紺野木綿季も、桐ヶ谷直葉も、結城明日奈も。

 

桐ヶ谷和人も、いない。おまえたちのいない世界の、2072年だ。

 

 

だが、それならおかしいことがある。どうして私はお前たちを知っているのか?

 

存在しない人物のことをどうして知っていたのか?

 

 

それは……それはっ……っ、くそっ、言うぞ!勇気を出せ、吾郎!

 

 

 

おまえたち、が。黒の剣士が。浮遊城が……全部、全部っ!!物語の、存在だったんだ。

 

 

 

……こっちの世界での2009年4月10日。一冊の本が発売された。

 

『ソードアート・オンライン1 アインクラッド』。

 

煙草が好きな父親から誕生日プレゼントとして当時16だった私は受け取った。

 

 

 

そういえば、この言葉を覚えているか?

 

『なるほど、では禁煙をやめるいいきっかけになったんじゃないか?』

 

2001年に発売されたゲームのセリフだ。そっちの世界でも2001年だろう?

初めて出会った時に言ったら、ゲーム好きか?と反応したのを覚えている。

 

それに私は子供の頃にハマった、とか言って返したっけな。

笑わせる。2022年から見て20年程前に子供だったとか、どんな爺さんだ。

 

 

……過去の過ちを振り返る前に、続きを話そう。

 

 

この本に記されていたのは、黒の剣士がSランクの鼠肉を手に入れて、

 

それから紅の騎士の秘密を暴いて打ち倒し、愛する女の元へ歩き出すまで、だ。

 

 

君が経験した冒険からしてみれば、ほんの一部だった。

 

 

だが、それでも。私の心には強く焼き付いた。

 

 

ゲームが進化してたどり着くであろう理想。フルダイブマシン。

 

デスゲームは……少々やりすぎだと思うので後で実行者は殴っておく。

 

そして、仮想空間を必死に生き抜いて、愛する者と共に戦い抜いた黒の剣士の物語。

 

 

ソードアート・オンラインが見せてくれた未来と、物語に。夢を見たんだ。

 

単なる偶然だけど、同じキリガヤだったのも理由だ。

 

 

それからも物語は綴られていった。君の冒険を物語として知っていく。

 

フェアリィ・ダンス、ファントム・バレット、マザーズ・ロザリオ。

 

そして、アリシゼーション。プログレッシブ。

 

全ての物語がこっちの世界ではアニメにもなったし、映画にもなった。

 

 

私はそれを追いかけ続けた。黒の剣士に憧れたから。

 

人間、かっこよく生きてみたいものさ。あんたみたいにな。

 

 

そして、抱いた夢を形にしようとした。フルダイブマシンを作りたい。

 

君たちが生きたあの世界をこっちの世界でも実現させてみたい。

 

茅場晶彦の夢を飛び続ける浮遊城、アインクラッドに生きてみたかったんだ。

 

そして……夢を抱きながら、絶望的なほどに、時は流れていった。

 

 

 

こちらの世界でナーブギアと呼べる代物が完成したのは、2072年。

 

ソードアート・オンラインのサービス開始から50年先になって、ようやく、だ。

 

ナーブギアの完成度と迎えた末路については……エヴァから、聞いただろう。

 

 

 

私は事故でアインクラッドに流れ着いた。そして、茅場晶彦に見つかった。

 

彼に語った事故の経緯、それから訪れる未来を少しだけ語った。

 

それが彼の琴線に触れてくれた。異常な存在でありながらも、生きることを許された。

 

 

そして、エヴァと二人で旅に出た。浮遊城に、生きるために。

 

 

同時に……誓った、はずだった。黒の剣士には、会わない。

 

 

今のおまえは私が知る全ての冒険を終えたはずだ。なら……知っているはずだ。

 

 

ユウキは。病魔に体を蝕まれた、幼い剣士は……君のそばに、いないだろう?

 

そうだ。私は知っている。おまえの物語には命を落とす者がいることを知っている。

 

特にアインクラッドで命を落とした者は何人もいた。何人、何十、何百、何千人……

 

 

だけど、私に運命を変える力はなかった。ラグで、ソードスキルがうまく使えない。

 

戦士として戦う力がない私に、命が救えるとは……思えなかった。

 

 

運命を知りながら変えられやしない私は、卑怯者と罵られるべき男だ。

 

特に、黒の剣士。おまえからは一番罵られても仕方ない。切り殺されても、文句はない。

 

 

だから、辺境で怯えるかのように暮らして行くつもりだった。

 

 

だが……おまえは私と出会った。あの雨が降る森の中で、馬車に招き入れてしまった。

 

 

 

……好奇心に、負けたんだ。黒の剣士と話してみたかった。

 

黒の剣士と共に戦ってみたかった。黒の剣士と……共に、生きてみたかった。

 

欲望に負けた私は、結局のところ英雄に憧れるだけのこどもだったのさ。

 

 

 

それからは、言うまでもない。君と一緒に浮遊城を遊びまわった。それだけだ。

 

 

 

 

ただ、君と出会ってからは。運命を変えるために、出来ることはしていった。

 

 

月夜の黒猫団を覚えているか?彼らのもとに何度か差し入れに行ったな。

 

少しでもレベリングに貢献すれば、あの罠から潜り抜けられるかもしれない。

 

 

黄金林檎を覚えているか?結婚を祝ってやった夫婦だよ。

 

少しでも、夫の感情が変われば。妻が夫に殺される悲劇を防げるかもしれない。

 

 

ノーチラスは……そこにいるだろう。だが、ユナは。そこにいるだろうか?

 

少しでも、ノーチラスのFNCを直せたら。彼の歌姫を救えるかもしれない。

 

 

クラディールは、逮捕していたな。

 

物語では、あいつに襲われたおまえが、殺してしまった。

 

 

アインクラッド全百層の内、全てが物語になってはいない。

 

君と出会ったきっかけの煙草に関しては物語になっていなかったよ。

 

それでもおよそ四十層分くらいは把握していた。やれる限りの行動は取った。

 

 

誰かの力となり、誰かにそれとなく関わり、誰かへ助けを求めて。

 

ただ、それでも……全ては救えなかった。何人かは取りこぼしている。

 

 

結局のところ、私はその程度の人間だ。君のような英雄にはなれなかった。

 

誰かが命を落とした時はいつも悲しみに暮れたが、君には見せなかった。

 

 

私は、君に憧れている。黒の剣士みたいに、なりたかった。

 

だからこそ。足枷になってはいけない。錘になってはいけなかったんだ。

 

 

君を遊びに連れ出す時も、なるべく君の力になる遊びを選んでいたよ。

 

レベリングしやすい場所だとか、武器アイテムの素材をそれとなく渡したり、

 

各種ギミックを解き明かすための手助けや、知識を得られる遊びを、な。

 

 

それでも、私は君の重荷になっていなかっただろうか。

 

好奇心に負けて遊びに誘いすぎたのではないか、と。

 

 

黒の剣士が紅の魔王に負けないか、と。不安を感じながらこの記録を残している。

 

 

その時は……キリト。地獄で、私を殺してくれ。十六、いや、二十七連撃きっちりと殺してくれ。

 

 

 

……すまないな。結局のところ。この記録は自己満足なんだ。

 

 

色々な知識を抱えながらも。誰かに伝える勇気を最後まで持てなかった私の、懺悔。

 

 

この記録を聞いた君は、失望するだろうな。私は……ゴローは、臆病な男だったんだ。

 

おまえに聞かせてはいけないものだったのかもしれない。後悔しても、遅いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど。それでも。最後にこれだけは、伝えさせてくれ。

 

 

 

私はあの城に生きることを許された。とある男の夢を飛び続ける城に。

 

だからこそ。あの『浮遊城に生きた者たち』に会いたかった。

 

君たちが私に見せてくれた夢を、もう一度見たかったんだ。

 

 

これだけは、私の心からの想いだったんだ。

 

 

そして、今。2024年11月7日。

 

浮遊城に生きた者へ感謝を込めて。言葉を紡いでいる。

 

 

 

 

 

私はあの城に生きることを許された。とある男の夢を飛び続ける城に。

 

だからこそ。あの空で焦がれていた『騎士』に手を差し伸べたかった。

 

ノーチラス、いや、エイジ。私にできるのは足枷を外してやるのが精一杯だ。

 

 

待ち受ける運命を本当に変えられたのかどうか、2024年の私にはわからない。

 

 

 

 

私はあの城に生きることを許された。とある男の夢を飛び続ける城に。

 

だからこそ。あの空に輝いた『閃光』を見てみたかったんだ。

 

キリト。おまえのそばで輝く光は眩しいな。燃え尽きない流星のようだ、なんてな。

 

 

あの光を少しだけ独り占め出来たあの夜は、おまえに自慢できる思い出さ。

 

 

 

 

そして……そして、そして、そして。最後に。聞かせてくれ。

 

 

私はあの城に生きることを許された。とある男の夢を飛び続ける城に。

 

だからこそ。あの空で生きた『誰か』になりたかったんだ。

 

なあ、キリト。私は、黒の剣士にとっての『誰か』になれただろうか。

 

 

 

……っ。よかった。そうか。おまえはやったんだな。

 

ヒースクリフを、倒せたと。こっちでもアナウンスが聞こえるよ。

 

 

そろそろ、録音限界か。自分のことを。ちょっとだけ言って終わりにする。

 

私の名前は、キリガヤゴロウ。ソードアート・オンラインの、キリトのファンの老人だ。

 

間もなく私は死ぬことになるだろう。だけど……怖くない。恐れはしない。

 

 

この胸には、子供の頃に黒の剣士からもらった思い出がある。

 

老人となり、夢見た城を生きて、生きて、生きて、生きて!生きぬいて!

 

手に入れた宝物のような思い出が、溢れている!何一つ、取りこぼすものか!

 

全部を抱えて、私はあの世へと行ってやる!笑いながら、旅立ってやる!!

 

 

ありがとう、アインクラッド!ありがとう、ソードアート・オンライン!

 

 

ありがとう……キリト!おまえがどう思っているのかわからないけど!

 

私にとっておまえは、最高の友人だよ!!我儘かもしれないけどな!

 

さよならは、お別れは……言わない!君が望むのなら、どこかで会いたいから!

 

 

浮遊城に生きた者へ……生きた、者へ!

 

キリト!エヴァ!アスナ!オウム……いや、ノーチラス!ユナ!ヒースクリフ!

 

エギル!クライン!シリカ!ピナ!リズベット!ユイ!アルゴ!サチ!

 

クソみたいな連中だが……PoH!ザザ!ジョニー・ブラック!クラディール!ロザリア!

 

シュミット!ヨルコ!カインズ!グリムロック!グリセルダ!

 

シンカー!ユリエール!サーシャ!ニシダ!ディアベル!キバオウ!リンド!

 

キズメル!ネズハ!シヴァタ!リーテン!ミト……ちくしょう、一万人は多すぎるか!

 

録音時間の関係でこれ以上は言えないから、ここで区切る!

 

 

浮遊城に生きた者へ感謝を込めて。

 

誰が何といおうと、私にとって最高の夢だった!

 

浮遊城から旅立った者たちに。幸があらんことを願って。

 

 

以上っ、終わりだっ!……はは……ははははは!あーっはっはっはっは!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「……パパ?パパ?大丈夫、ですか?」

 

「……ああ、ユイ。聞いてたのか?」

 

「内容については聴こうと思えば、聴音機能を調整すれば聞けます。でも、聞いてません。私は時期が悪くて直接会ったことはありませんけど、ゴロー爺さんは大切な人、なんですよね」

 

「っ……ああ。ああ、そうだよ。爺さんは、大切な人だ。馬鹿な爺さんだったよ。毎日のようにタバコ吸ってるし、酒だって飲むし。駄目な人の典型的な感じだったよ」

 

「それはまあ、否定しないわよ。あたしの前でもそんなんだった。だけど泣きながら言ったところで、説得力ないわよ。ほら、ハンカチ」

 

「悪い……悪い、リズ。爺さんは、本当に馬鹿だ。未来を知ってるから、救えた命があるはずなのに救えなかったって。そのことで罵ってくれって謝ってたんだ」

 

「そいつは……きついぜ、キリト。俺もさ。救えるものなら救いたかった命ってもんはある。結局は力不足で届かなかったことはあるし、キリの字もそうだ。爺さん……そいつは、無茶だぜ」

 

「わかってる。わかってても……爺さんは謝ってた。それどころか、俺と遊んでたことすら謝ってた。遊びすぎてて俺がヒースクリフに勝てないんじゃないか、って、不安だったんだよ」

 

「私たちと……遊んでて、いつも楽しそうに笑ってたのに。あのお爺さんは。ずっと……怖がってたんですか。そんな、そんなことって……」

 

「っ……爺さんに見せてやりたかったな。おまえがよ、あのヒースクリフの剣を打ち砕いて、競り勝った瞬間をよ。勝てないどころじゃねえ、文句なしの勝利を手にした姿を、な」

 

「爺さん、言ってるんだよ。これは自己満足だ、懺悔だ、って。俺に聞かせなきゃよかった、って。その癖にさ……最後の最後にさ、きっちりと感謝の言葉を入れてるんだよ」

 

「ははっ……爺さん、らしいな。あのクソジジイ、なんだかんだ言ってやることは、きっちりやる男だからな。それでさ、おまえのことを、ちゃんと呼んでるんだろう?」

 

「そうさ、俺のことを、友人だって。友達だって。さいこうの、ゆうじんだってさ。我儘だって?そんなことないよ。俺も、さ……爺さんと遊んでて、楽しかった思い出で一杯だっての」

 

「……いいなぁ、いいなぁ。男の子ってずるいなぁ。そうやって、呼び合えるんだもん」

 

「それで、さ……最後の最後に、皆の名前を呼んで。感謝してた。ここにいる皆の名前どころか、ヒースクリフまで呼んでたよ。それがさ、なんというかさ……」

 

 

「「爺さんらしい」でしょ?」

 

 

「……ああ、そうだな。なあ、アスナ。一つだけ……お願いあるんだけど、さ」

 

「えっ?ああ、そういうこと。もう、しょうがないなあ。一本だけだよ。クラインさん、ライターある?」

 

「おう、あるぜ。本当なら俺がつけてやりたいけど、人生初だろ?嫁さんにつけてもらいな。あ、ユイちゃんはちょっと下がっててな。あれは機械には毒だからよ」

 

「はい。今日だけは特別、ですよ?」

 

「ありがとう、ユイ。これだけ。今日だけだから、さ」

 

「もう、お爺さんみたいなこと言うんだから。……吸い方はわかるの?」

 

「爺さんから教えてもらってる」

 

「だから私爺さんのこと嫌いなんだよね。キリト君にたくさん悪い遊び教えてるみたいだし」

 

「それで反応が悪いのか……その。そういう俺も嫌い?」

 

「……ううん、悪くないよ。ほら、ついた。吸った吸った」

 

 

 

 

 初めて吸ったその味は、口の中をざらつかせた。そして、煙の辛味が口の中を蹂躙するが、むせて吐き出すような真似はしない。記憶の中にいる、ゴロー爺さんを真似するように。

 

 爺さんは、俺のことを。俺たちのことを。物語として知っていた。

 

 そして。俺たちが必死に生きている姿に。俺たちが生きる世界に。夢を見てくれた。

 

 ちょっとばかりぞっとしたけど。その事実はどこか誇らしかった。かつて、ソードアート・オンラインに触れる前の、キリトに出会う前の自分を思い出した。茅場晶彦には消されたけど、背が高くてどこか昔の勇者染みていたベータテストのキリトに夢を見ていた。

 

 あんな自分になりたい、って夢を描いて。たどり着いた自分はありのままだけど。

 

 それでも、俺に。キリトに。桐ヶ谷和人に。ゴロー爺さんは、夢を見てくれていたのだ。誰かに夢を見せられるだけの生き方ができていたことがとても誇らしかったのだ。

 

 咥えた煙草が一気に灰になる。吸い方下手だな、と笑っているノーチラスや男性陣にムッとにらみつける。爺さんは、こう言ってたはずなんだよ。吸って吸って、吸いつくして。吸いきって初めて、終わるのだと。煙草もそうだけど、男もそうかもしれないな、なんて。

 

 そうだ。俺はまだ、吸いつくされていない。まだ、生きている。まだ、戦える。

 

 俺が望めばいくつもの冒険に飛び込むことができる。ゴロー爺さんが、茅場晶彦が、誰かが夢見た仮想世界へと俺は飛び込むことができる。そして。誰かに夢を見せられる冒険ができるのだ。

 

 あっさりと喫いきったそれをクラインが携帯灰皿で受け止めてくれた。吸い殻はちゃんと灰皿へ。爺さんは面倒だからってSAOでは握りつぶしてばかりだったな。気持ちが分かった気がする。

 

 かすかに煙草の煙が香る空を見上げれば、爺さんの言葉が聞こえた気がした。

 

 

 なあ、キリト。私は、黒の剣士にとっての『誰か』になれただろうか。

 

「そうだよ、爺さん。あんたは、黒の剣士のあこがれ、だったんだ」

 

 あんたは戦いしか知らない黒の剣士に憧れてくれた。だから、もっと強くなりたいと。一歩を、また一歩を踏み出すための力を与えてくれた。あんたに憧れられるような、黒の剣士でいたい。

 俺は遊びを知っている爺さんに憧れてたんだ。あんたみたいに、毎日を楽しんで生きてゆける人になりたいと。戦い漬けの黒の剣士にはあんたは眩しくて、憧れていたのさ。

 

 お互いにファンだったのかもしれないな。いや、そんな言い方は無粋だな。

 

 ウォークマンからカセットテープを取り出す。そして、宝箱にしまおうとして……気づいた。中に敷き詰められた梱包材の下に何かが隠されている。全て取り出すと、包装された立方体が一つ。べりべりと剥がして、露になったその宝物に皆が感嘆の声を漏らした。

 

「……ったく。どうやってこんなもの作ったんだよ」

 

 それは、スノードーム。地面には俺のエリュシデータやダークリパルサー、アスナのランペントライトにクラインの刀やエギルの斧、リズのスミスハンマーまで刺さってる。ノーチラスの剣のそばにはユナのギターが寄り添っていた。そして、地面に腰掛ける少女と竜……ユイとピナ。

 

 それらは全て、真ん中に浮いているソレを見上げているようだった。

 

 

 

「ゴロー爺さん。あんたは、最高の友人だ!俺にとっても、あんたにとっても!」

 

 

 

 スノードームの空に浮かぶ鋼鉄の城の名前は、アインクラッド。

 

 俺たちが必死に生きた場所。そして、爺さんも一緒に生きた場所。

 

 

 With gratitude to the people who live in Aincrad.

 

 

 台座に刻まれた言葉は、あんたにそっくり返す。浮遊城に生きた者へ感謝を込めて。

 

 

 ゴロー爺さん。あんたも浮遊城に生きた者だぜ。

 

 

 だからさ、いつかまた会おうぜ。俺も、さよならは言わないよ。

 

 あんたに自慢できる冒険を、あんたが夢を見る冒険を、あんたみたいな爺さんになってもやってやる。

 

 そして、たくさんの冒険譚を抱えたお爺さんになってさ。

 

 浮遊城の思い出をたくさん抱えたあんたに会いに行くよ。

 

 久しぶりだな、友人。俺の冒険譚、聞いていかないか?なんて、言ってやりたい。

 

 

 それじゃ、まずはどんな冒険をしてみるかな。

 

 

 煙草の煙が空に消えた空の元で、黒の剣士は冒険の夢を描いた。晴れた表情の男を、仲間たちは笑顔で迎える。そして、黒の剣士は新しい冒険に向かって最初の一歩を踏み出す。

 




(浮遊城に生きた者へ感謝を込めて。 終)


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読者の皆様へ感謝を込めてあとがき。

・最後まで閲覧いただきありがとうございました。

 

 終盤の急展開には自分でも無理がある自覚はありましたが、

 それでも最後までついてきてくださった皆様へ感謝を込めて。

 

 あとがきと称して本作の誕生経緯と、仕込んでたけど回収できなかった、してない、ろくに触れなかった伏線についてある程度補足を加えます。興味がある方は最後までどうぞ。

 

 

・本作の誕生経緯

 この作品の原型が誕生したのはかなり昔、それこそSAOを読んで数か月後かそれくらいだったはずだと記憶しています。ソードアート・オンラインの世界を馬車で冒険する男の話はこの時点で決まっていました。ただし、名称については未定でした。ネーミングセンスがないでござるよ。

 

 同乗していたのはマザーズロザリオ編ヒロインのユウキでしたね。なんでユウキかって?趣味。後めっちゃ強いので主人公クソ雑魚にしやすかった。ユウキがSAOでは推しヒロインなんですが、最終回でユウキ死亡に触れるのは血反吐吐く思いでした、事実を突きつけるだけでつらい。

 

 それからストレアの存在と設定を知ったことで偽装ストレア(ユウキ)案が出る。

 4話のあとがきで触れたあれですね。その後も何度かリテイクを重ねますが、正直執筆するには厳しいものがありました。基本的に馬車旅してるだけなので物語の終わりがない!身も蓋もないことを言えばユウキが病気でげふんげふんすれば終わりますが……

 

 当然そんなの読者にもダメージ行くし書いてる私も死ぬぜこれは。

 

 最終的に色々な理由で執筆することなく、アイデアと試作品だけを塩漬けにしてお蔵入りにしました。キリト回、アスナ回は当時の試作品をそこそこ流用しています。

 

 

 それから何年かの時が立ちまして、当時とはだいぶ作風も変わりました。

 

 そんな時、とある原作アリ転生もの作品を読んでいてふと思うことがありました。

 

「転生者って、原作キャラにどういう感情を抱くんだろう」

 

 若い転生者とかちょっと年上ぐらいなら彼らに寄り添って恋愛感情を抱くこともあるだろうし、原作とか抜きにしてあいつには負けたくない……!みたいな対抗意識を抱いたりするのはよく見てきました。だけど、これが老人の転生者だったらどうなるんだろう?

 

 子供の頃に原作を好きになって、その作品に追い付こうとしたけど追いつけなくて。色々とこじらせた結果命を落とした老人がそのまま原作に転生したら、どんな感情を抱くのかな。

 

 そして誕生したのが最終回のカセットテープのアレになります。

 

 文章に書き起こしたのはつい先ほどですし、何なら色々と加筆してますが、未完成でもだいぶ自分的には面白いと思えて。この作品どの原作でやろうか、と考えた時……

 

 馬車旅inソードアート・オンラインの未完成品を見つけました。

 

 それに色々と要素を詰め直したり再構成をしつつ、主人公の基礎設定が完成。基本的には知識面では色々と頼りになるけどいざという戦闘では役に立たない感じのお爺さん。ゴローです。

 

 最終的に転生前提はちょっとまずいかな……と思ったので転生要素は変則的な異世界転移風味にアレンジしました。それでもちょっと不安なので現在必須タグに転生が加わっております。

 

 

 

●雨の降る森の中で黒の剣士と出会った。

 

「やかましいわ、坊主。女の声をこの年で真似できるかよ。そういうのは女顔のおまえの方が向いてるだろうよ。髪伸ばしてちょいと声高くすりゃいけるんじゃねえか」

※お爺さん、GGOの女性キリトも当然知っておりますので……はい。

 

 

「なるほど、では禁煙をやめるいいきっかけになったんじゃないか?」

※最終回で触れたやつです。何のゲームかは検索してみよう!……出ないっぽい?

 

 

「なるほどね。その名前もあれが元ネタか?」

 

「いや、デフォルトだ。本名はもうちょっと長い」

※禁煙を辞める云々の続編にエヴァというキャラがいるんです。

 本名がもうちょっと長いのはエヴァンジェリンです、はい。

 

 実は爺さんがストレアにエヴァと名乗らせた理由は未来がわからないから。

 

 ソードアート・オンラインは色々とゲームになってますけど、作品によっては75層でヒースクリフとの決着がつかないどころかバグが起きまくります。その過程でストレアも出現する上に重要キャラです。なのでヒースクリフからストレアを護衛に付けると言われた時パニクってた。

 

 最終的に悩みに悩んで外見を隠しつつストレアとは違う名前を名乗らせておけば、そっちの未来に分岐しても別人扱いでどうにかなるだろう……と思ってたのです。

 

 

 

●閃光は闇夜に包まれた森で男と出会う。

 

 意見と方向性の違いから別れたあの黒衣の剣士を笑えない。一時はどこかのギルドに身を置いていたようだが、今のギルドに彼の姿はない。相変わらず一人で戦っているのだろう。

※実はこれ、月夜の黒猫団生存を示唆しているつもりでした。

 冒頭の時間表記は2023年6月で、同月の12日に壊滅します。ですが、アスナはキリトがいない黒猫団を見ている→キリト脱退後も黒猫団が残っている。時系列的にはギリギリですが、違和感に気づく方がいたらなぁ、と。

 ちなみに当初のこの話は2023年7月でしたのでもっとわかりやすい伏線でした。

 

 

「そういうことです。友人がちょっとお金が必要な状況でして、力になりたいんですが流石にギルドを動かすわけには行きませんので」

※リズベットの鍛冶屋を示唆していました。リンダースのやつです。

 ただし、時系列をいじった結果リンダースが解放されていない時系列になってしまったので、じつはこの伏線機能しておりません。修正を忘れていた反省点として残しておきます……

 無理やりこじつけてしまうならミトが仕立て屋始めるための準備資金とか?

 

 

 予想が当たっていたことに項垂れた。老人曰く、同じエリアで一分以上待機していると付近のエリアとのつながりがめちゃくちゃになるらしい。突破するためには特殊なアイテムの準備かマップの法則を把握する、最悪の場合は特定方角へ進み続けてマップ端へ到達するといったところか。

※第三十五層、迷いの森です。シリカがピナを失った場所。

 こちらも時系列をずらした影響で三十五層が解放されている可能性が低く、ほぼ確実に機能していません。こうも時系列関係のミスが多いのは次回以降に理由があります。

 

 

 この毛皮は何かに使えそうに見えて、少なくとも裁縫スキルを用いたアイテム作成には使えなかった。ゴミ素材として安くゴロー爺さんに売りさばいた、というあたりか。

※「じいさーん。変な素材もらったんだけどいるか?」

 「もらっておこうか、黒のけん……なんだこれ重っ」

 

 

「やかましい幽霊恐怖症」

※プログレッシブ見てたので知ってた。

 

 

「せ、閃光ちゃん!?」

※実は初期の爺さん、アスナが初恋相手だった。もちろんラノベ読んで恋した。その感情を隠すためのからかい呼び名のつもりだった。途中まで採用するつもりだったけど冷静になるとちょっと……アレだったので削除。

 

 

直葉とアサダサン

※前回共々アインクラッド以降のヒロイン。一応出したかったので……

 細かい設定は作ってはいませんが、どちらも当時行われていたイベントで示唆されていた警察への進路を歩んでる、位はぼんやりと。成長したのでスグ呼びを辞めてもらった直葉、更生して出所したけど相変わらずなあの人と一応は友達なアサダサンです。後者がどうなるかは不明。

 

 

「ミト、ミト、ね。誰だったかな?」

※今作のミトの扱いがかなり雑なのは自覚してます、はい。

 ちょうど作品を考えているあたりでミト周りの設定が色々と激変してまして、下手に触れると原作と致命的な矛盾が起きそうだったのでなるべく触れない形になりました。最終回で海外に飛ばしたのは……さすがに謝るしかない。

 

 

「くっつけたい。二人はお似合いのコンビだからな。世界一だ」

※お爺さんはキリアス派。

 

 

 

●湖のほとりで勇気に焦がれる騎士に出会った。

※湖と言えば第二十二層ですが、特に指定はしませんでした。

 

 あの指輪は嫁さんとのペアリングだ、どっちも大事にしろよ旦那。金はそのために使ってくれ。

※圏内事件の黄金林檎です。リングの性能も事件のきっかけとなった指輪と同じものだったり。

 

 ハンモックに放り出した中折れ帽を叩く。なかなかにおしゃれな帽子で、料理中に被りはしないが個人的にも気に入っている。セットで強奪したサングラスは微妙なセンスだと思うが。

※「目をちゃんと見つめ合えば関係も治るのでは?」

 暴論でグリムロックから帽子とサングラスを強奪した爺さんは中身が子供。

 ちなみに帽子はノーチラス、サングラスは爺さんが装備してバンドやったとか。

 

 2026年4月10日

※オーディナルスケール事件直前。最終回でちょっと触れましたが、キリトと仲がいい状態で突入したのでかなりノーチラスとの戦いは原作とはかけ離れてる可能性大。

 

 FNC周り

※ノーチラスのFNCを治す話が出た時点ですでに原作から外れつつあった。

 

 

 

●歌姫はくたびれた酒場で男と出会う。

 

 2023年7月XX日

※第二話がこじれたすべての原因。ユナの誕生日が7月ということで、作品に盛り込むために第二話の時系列をずらしたら伏線大事故発生。しかも最終的に誕生日盛り込めなかった。

 

 

 老若男女問わずに色々な人が馬車の周りにいた。肩に乗せた竜と馬にニンジンを食べさせている子供がいたり、馬車の前で棒立ちしている鎧を見ている桃毛の少女がいるが、人々のお目当てはその近くでカーペットを広げている老人だった。

※ピナと馬にニンジン食べさせてるシリカとエヴァの鎧の品質が高くて眺めてたリズベット。この後ハンマーを購入したのもリズベット。

 

 

「アインクラッドのNPC楽団の名曲がベースだからな。ALOを遊んだ時にどこかで聞いたのかもしれない。それで、解析の結果はどうだった」

※演奏したのはthe first town。SAOでの演奏を録音した結晶をナーブギアに保存していたユナが提供した。男連中は宿屋のクローゼットに置いてたのでゲームクリア時に持ち越せなかった。

 

 

「それは違う。第七十五層でスカルリーパーの一撃に怯える攻略組で最初に切り込んだのは俺やアスナやクラインじゃない、あんただぜ、ノーチラス。あんたが弱いなんて絶対に言わない」

※ノーチラスめっちゃ活躍してる!?と思うかもしれませんけど映画やらTVアニメでの活躍見る感じFNC改善されてたらそれくらい普通に行くと思うんですよ、あの人。

 

 

 

●はじまりの街で紅の魔王と出会った。

 

「君の時代からすればレトロゲームかな?遊んでくれてありがとう、というべきかね」

※(レトロゲームどころか開発者別の模造品なのは黙っておこう)

 賢明な判断。

 

 

「わかった。未来を尋ねはしないが、攻略組にとっても確実に障害と判断できたタイミングで対処に動く。それならば君が知っている歴史と大差ない未来につながるだろう」

※早めの対処に動いてくれたが、六千人の生存者が七千人と呼べるほどの変化はなかった。

 

 Eから始まりZで終わる名前のリストを探していけば、ちょうど真ん中あたりに探している名前が見つかった。P。Pitohui。ピトフーイ。妖艶な女性の笑顔が脳裏に浮かぶ。

※外伝作品のヤベーヤツ。ソードアートオンラインプレイさせたらあかんてあの人。

 

 

 それはそれとしてデスゲーム化したことには文句があったので殴ったらしい。

※「殴ったら崩れてきた石に頭ぶつけて消えたけど原作大丈夫だよな……!?」

 

 

 

●黒の剣士は男に感謝を込めて歩き出す。

※最初の時点で主人公死亡は決まってた。最後は原作主人公に任せるつもりだった。

 

 

 ブツン、とスピーカーの音が切れた。あいつの鼠口調が途切れたくらいだしよっぽど爺さんのことが苦手なんだろうな。SAOでのアルゴは自分のことを隠しがちだったように思える。そんなアルゴが犬嫌いだったことを把握していた爺さんに対してある種の恐怖心を抱いているのだろうか?

※何でも知ってる情報屋の知らないことまで知ってるお爺さんの存在が普通に恐怖だった。

 

 

 ……そういや、ヒースクリフとラーメン食べたこともあったな。

※醤油ラーメン。醤油を作ってくれたアスナを三人で拝んだらしい。それ以外に話しているゴロー爺さんとの思い出は全て没案。

 

 

 「も、もう!エーくん、歩くの早いよ!」

※運命が変化してたどり着いた答え。ユナ、生存。ただしめちゃくちゃ苦労してた模様。

 

 

 周囲を見てみれば見知った顔がちらほらいる。その中には面識のある一人の少女もいたが……彼女は仲間たちと話している。話しかけるのは後でいいな。

※色々な候補が考えられる。例えばガールズオプスのルクスやホロウフラグメントのフィリアとか。前者は仲間が少なく、後者はやや一匹狼の節がある。個人的にはサチのつもりでした。助かったけど、キリトとは結ばれなくて。それでも月夜の黒猫団の皆と幸せな今を生きている感じです。

 

 

「うん、いるよ。久しぶりだね、鎧のドラマーさん」

※例のバンドでドラム担当した。力強すぎて一度破壊して爺さん頭抱えた。

 

 

 ソードアート・オンラインとSAO

※実は爺さんにとってはこの世界は作品としてのソードアート・オンラインなのでずっとカタカナ表記。原作キャラの人たちはゲームのSAOなのでずっと英語表記にするように心がけていました。どこかでミスってる可能性はありますが……

 

 

 とりあえず覚えている限りの伏線はこれで終わりです。他にもいくつか仕込んだものはあるにはありますが、細かすぎるので言わないでおきます。気づいたらニマニマしてくれるような……うーん、そこは読者によるかも。

 あ、キリトは自分たちが物語の存在であったことは誰にも話しませんでした。ショックが多い内容であるがゆえに、これだけは自分が抱えておくべき秘密。友人同士の大切な秘密として墓場まで持って行ったそうです。

 

 そのためアルゴは爺さんがどうして自分が犬嫌いであることを知っていたのかを知ることがなかったとか。一生あのお爺さんが恐怖の対象になりそうなのは最重要機密。

 

 

 

 さて、長々と語りましたがこれにてあとがきは終わりとなります。閲覧していただきありがとうございました!読んでくださった方々ともまたどこかでお会いできたら嬉しいです。

 

 浮遊城に生きた者へ、読者の皆様へ感謝を込めて。

 

 

 

 五日後には第二層が攻略されるらしい 2022年12月9日



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