最近、妹の様子がおかしい (とりがら016)
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第1話 朝霧家長女・長男による緊急会議

 俺、朝霧(あさぎり)(そう)は社会人の姉と高校二年生の妹との三人暮らし。自由すぎる両親が世界へ旅に出かけてしまったが故、三人で暮らし始めたのが数年前。当時まだ高校生だった俺と中学生だった妹、朝霧(あかね)とともに姉、朝霧(みどり)の家へ転がり込んだ。

 

 自慢じゃないが、茜は大層可愛い。ふわふわしたショートボブにくりくりの大きなおめめ。は? お前それもの喋れんの? と思ってしまうくらい可愛らしい小さいお口(誇張)。思わず「この、可愛いやつめ!」とつんと指先で突きたくなるお鼻。それに加えてスタイルも完璧ときた。自慢じゃないって言ったけどやっぱり自慢。俺の妹は世界一可愛い。

 

 そんな妹の様子が、最近おかしい。

 

 時折まるで誰かに想いを馳せているかのようにぼーっとしだして、「どうした?」と聞けば慌てて「なんでもない!」と言って現実へ戻ってきたかと思えば、またぼーっとしだす。原因不明の病かと考えた俺は、同じくして妹を心配した姉ちゃんと緊急会議を開くことにした。姉ちゃんは有給を使って、俺は大学をサボって。

 

「さて、今から茜ちゃんの様子がおかしい件について会議を開きたいと思います」

「異議なし」

「よかった。これについて異議があったら可愛い弟を殺しちゃうところだった」

「本当に可愛いと思うなら殺害を考えないでくれ」

 

 どうやら俺は気づかないうちに命を散らす瀬戸際に立たされていたらしい。俺の茜に対する愛が本物でよかった。

 

 姉ちゃんは仕事を休んでいるのにも関わらずぴっちりとスーツを着て、普段かけていない眼鏡をかけてこの時のために購入したホワイトボードに『茜ちゃんの様子がおかしい件について』とペンを走らせる。この前、友だちが「お前の姉ちゃんって美人教師っぽくてなんか、イイよな」と言っていた気持ちが少しわかった瞬間だった。

 

「茜ちゃんに見られる症状としては、時折ぼーっとして可愛いこと」

「これ以上可愛すぎると犯罪になる可能性があるな……」

「確かに茜ちゃんの可愛さについては議論してしかるべきだけど、今回の論点はそこじゃないわ」

「失礼しました。姉ちゃん」

「いつも言ってるけど、私は弟と妹から呼ばれる『お姉ちゃん』という呼称にかなりの興奮を覚えるから、そうやって呼ぶように」

「失礼しました。姉ちゃん」

 

 俺がもう一度『姉ちゃん』と言うと、姉ちゃんはホワイトボードに正の字を二画目まで書いた。あの正の字が完成すると俺の命はないということだろう。俺のこと可愛いとか言いつつ容易く命を握ってくるのなんなんだ? 姉ちゃんの愛情表現特殊すぎんだろ。そんなんだから美人なのに彼氏いねぇんだよミス・行き遅れが。

 

 姉ちゃんが正の字を一画書き加えた。どうやら俺の心は覗かれているらしい。それなら、くらえ! 『大好きだよ、お姉ちゃん』。

 

 正の字が一画書き加えられた。

 

「なぜ?」

「解釈違い」

「解釈違いで命の散り際になる俺の気持ちにもなってみろよ」

 

 つまり、俺は姉ちゃんが満足する形で『お姉ちゃん』と呼ばなければならないということか。姉ちゃんの弟をやってきてもう20年は経つけど、いまだに姉ちゃんの性癖を掴み切れていない。せいぜいブラコンでシスコンで見た目と頭はいいくせに彼氏が一向にできない、いや、そもそも世の中の男が姉ちゃんに釣り合ってないだけだと思うんですけどね? 高嶺の花どころの騒ぎじゃないって言うか、多分恐れ多くて声もかけられないんじゃないかなって思うんだよ、俺は。

 

 思考の途中で正の字が完成しそうになったから急ハンドル切って褒めたことが功を奏したのか、正の字は四画目までで止まっている。危なかった。家族会議が一転して俺へ死刑判決をくらわせる裁判になるところだった。

 

「さて、そろそろ本題に入りましょうか。蒼は何だと思う? 今茜ちゃんの身に起きてること」

「風邪にしちゃ長いしな……症状が出始めてから3日と17時間37分だろ?」

「咳とかもないしね……。病院に連れて行こうとしても頑なに断ってくるし」

「参考として、ネットで調べてみるか」

「やめときなさい。なんか恋だとかなんだとか訳の分からない単語しか出てこないわ」

「なんだそれ、意味わかんねぇな」

 

 まさか茜に限って恋なんてありえない。なにせ茜には好きな人ができたら(俺と姉ちゃんが見定めて、もしろくでもないやつならぶっ殺すから)報告しろって言ってるしな。茜が俺たちとの約束を破るなんてこと、天地がひっくり返ってもあり得ないし、天地がひっくり返ることもあり得ない。

 

「……!!」

「どうした、姉ちゃん」

 

 正の字が一画書き加えられた。俺の命、ここまで!

 

「一つ、考えられることがあるわ」

「ちなみに俺の命が助かる道はありますか」

「今度一日中私のことを『お姉ちゃん』って呼ぶ縛りでデートして」

「自分で縛りっつってんじゃねぇか。いいよ」

 

 正の字が綺麗に消されて、俺の命は助かった。

 

 姉ちゃんはそのままホワイトボードにペンを走らせる。

 

『約束:好きな人ができたら私たちに報告』

『現状:好きな人ができたという報告はない』

 

「ここで、考えらえるのが二つ」

 

 ホワイトボードに向けていた体を俺の方へ向け、指を二本立てる姉ちゃんに首を傾げる。姉ちゃんの表情が『考えたくないことを考えてしまっている』ものだったからだ。よく見れば唇が震え、顔色も悪いように見える。一体何を書くんだと身構え始めると同時、姉ちゃんが再びホワイトボードにペンを走らせる。

 

 『可能性1:私たちとの約束を破って秘密にしている』

 

「これはないわね。茜ちゃんはいい子すぎてもはや天使なところがあるから、私たちとの約束を破るなんてありえない」

 

 やはり姉ちゃんも同じことを考えていたらしい。俺が神妙な面持ちで頷くと、姉ちゃんは笑いを堪えながらホワイトボードに向き直った。俺の面持ちが面白れぇって言いてぇのか?

 

 『可能性2:茜ちゃんが自分の恋心に気づいていない』

 

「自分が何書いてるのかわかってんのか!!」

「わかってるわよ!!」

「いいや、わかってねぇよ!! 姉ちゃん、それは茜が誰かに恋してるってことになるんだぞ!!!」

 

 正の字の一画目が登場した。今も判定生き残ってんのかよ!

 

「でも!! 乙女の私にはわかるの! あれは恋をしている女の子の目! 恋をしてなきゃあんな風にぼーっとしたりなんかしない!!」

「乙女の割には気づくのに3日かかってんじゃねぇか!!」

「彼氏がまったくできないわたしが3日目にしてようやく気付いたのが逆にリアルでしょ!!」

「くっ……!! なんて悲しい反論なんだ……!!」

 

 確かに、恋についてド素人でクソザコでどうしようもない姉ちゃんが3日目にしてやっと気づいたっていうのはリアルだ。こういう風に会議を開いて冷静になって考えてみてから、「あれ? そういえば私にも似たような経験があったような……」っていう風に気付いたんだろう。ちなみに俺は姉ちゃんのそんな場面一回も見たことないけど。乙女力低すぎねぇか姉ちゃん。

 

「……わかった、とりあえずその可能性は認めよう。それで、どうする?」

「どうする? っていうのはどうやって相手を抹殺するかってことでいいのよね」

「待て。まずは見定めることが必要だろ。悪いやつだったら茜に文句言われた時『いや、でもあいつ悪いやつだったんだよ』で切り抜けられるけど、いいやつだったら言い訳ができない」

「それもそうね……よく考えれば殺人は法律違反だし」

 

 相手を見定めるためには、まず相手が誰か知らないといけない。そのためには何をするべきか。

 茜に恋心を自覚させる? バカ言うな。そんなことしたら茜が相手にアタックをしかける。すると茜は完璧美少女だから相手がすぐにオチてカップルが出来上がる。つまり恋心を自覚させる前に俺たちが相手に近づいて見定めないといけない。

 

「……茜ちゃんの友だちに話を聞くのが一番ね」

「でもどうやって? なぜか茜は俺たちを友だちと会わせてくれないから、一人も知らねぇぞ」

「この前『翠ねぇと蒼にぃは人として恥ずかしいからいや』って言われたけど、あれは照れ隠しっていうことで私の中で決着がついたし。なんでかしらね」

「はっ! きっと俺たちがモテてしまうと嫉妬するからじゃないか!?」

「それよ!!」

 

 茜の可愛すぎる一面を知れて俺たちは満面の笑みを浮かべた。そうか、そういうことか。確かに俺はカッコいいし姉ちゃんは美人だからそう思うのも仕方ない。俺たちにとって一番大事なのは茜だって茜自身もわかってるだろうけど、嫉妬してしまうのも仕方ないしな。そういうもんだ、気持ちってのは。

 

 ただ、茜がそう思っていたとしても茜が好きな相手を知るためには茜の友だちと知り合わなきゃいけない。でも茜が『会ってほしくない』って思ってるのに勝手に知り合うのはどうだろう。茜が嫌がるようなことはしたくないし、非常に難しい問題だ。

 

「……いや待て。別に友だちじゃなくてもよくないか?」

「それはつまり?」

「ほら、あいつ。虎鉄(こてつ)って茜と同じ高校だったろ? 幼馴染だし、何か知ってんじゃねぇかなって」

 

 夕凪(ゆうなぎ)虎鉄(こてつ)。成績はそれほどでもないがスポーツ万能で、優しくていいやつ。いい人止まりになるかモテるかのギリギリのラインに立ってるやつ。茜と話していてもよく虎鉄の名前が出てくるし、虎鉄なら何か知ってるかもしれない。

 

「確かに! そうと決まればすぐに聞きに行きましょう!」

「今は学校だから、校門前で待っとくか?」

「当り前よ。善は急げ!」

 

 そして俺たちは家を飛び出し、バイクに跨って風になった。

 

 --自分と同じ血が流れている家族というのは可愛いもので、何にも代えがたい大切なものだ。そんな家族のことを想うのは当然のこと。

 これは、可愛すぎる妹を持つ俺と姉ちゃんが、妹のために人生を捧げる物語。

 



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第2話 朝霧家の末っ子を悩ませる大問題

 私には姉と兄がいて、二人ともイカレている。

 

 どこがイカレているかと述べようとするとキリがないが、代表例としてあげるとするなら私への異常なまでの愛……自分て言うのも気持ち悪いけど、本当にそう言うしかないから仕方ない。

 

 まず授業参観があれば絶対に二人ともこようとするし、私の感情の変化がすぐにわかって何も言ってないのに色々察するし、私が虎鉄以外の男の子と喋ってるところを見かけようものなら縛り上げて生まれてきたことを後悔させようとするし、色々無茶苦茶だ。

 

 そして私には最近、悩み事がある。それはもちろん姉と兄のことで、それが家庭内で済む話なら全然よかったんだけど、そうもいかない。

 

「ねぇー、お兄さん紹介してよ! 一生のお願い!」

「だめ」

 

 なんと友だちから、うちの兄を紹介してというトチ狂ったお願いをされているのだ。最初このお願いをされたとき精神科をお勧めしたが、何の異常もなかったらしい。こういうので精神科勧められて本当に行く人いないでしょ、普通。

 そう考えれば兄とお似合いな気がしなくもない。うちの兄は私が関わらなければバイト代を酒とパチンコスロットとタバコに溶かす大クソ野郎だから別に……だめだ、『私が関わらなければ普通にいい人』って言おうとしたのにダメな部分が目立ちすぎてフォローがまったくできない。

 

「というかそもそも、なんで蒼にぃ……兄貴を紹介してほしいの?」

「蒼にぃって呼んでるの? 茜可愛い!!」

「……バレたくないからあんまおっきな声出さないで」

 

 言いつつ、周りにいる何人かにはバレたことが視線でわかる。やっぱり教室でこんな話するんじゃなかった。蒼にぃに興味持たれたら終わりだって言うのに、なんて迂闊なことをしてしまったんだろう。あんなゴミが私の兄だと思われたくない。

 ……でも、この子なら蒼にぃと会ってもゴミだったって言いふらすことはないだろうし、蒼にぃを真人間にしてくれる可能性もあるからむしろ会わせてもいいかもしれない。

 

 十六夜(いざよい)龍奈(るな)。高校で出会って、席が前後だったからか話しかけてくれて、そのまま一緒にいる女の子。綺麗な長い髪と切れ長の目、すらっと高いお鼻とカッコいいクールな美人さんなのに、話してみると元気いっぱいですごく可愛い。きっと龍奈を嫌いになる人なんていないだろうし、龍奈も底抜けにいい子だから誰かを嫌いになることなんてないと思う。人の悪いところよりいいところに目が行く、そんな子だ。

 

「んー、なんで紹介してほしいって言われるとねぇ、この前ね、会っちゃったの」

「蒼にぃと!!?」

「バレたくない割にゲキ大声じゃん。ヤバ」

「取り乱したってことにしておいて」

「真実じゃん」

 

 てっきり虎鉄あたりから蒼にぃの顔はいいって聞いて、それで紹介してほしいのかと思った。そんな勘違いをしてたから最近虎鉄が話しかけようとしてきても「黙れ」って突き返しちゃってたから、虎鉄には悪いことをしたなと思う。

 

 もしかして私も異常者なのか? いや、そんなことはないはず。翠ねぇと蒼にぃがヤバすぎるから相対的に見て自分がまともだと思ってるなんてことないはず。

 

「会ったって、どこで?」

「この前ね、自転車停めるな! って書いてあるところに自転車停めてあったから、ムカついて蹴り倒したんだけど」

「これからの付き合い考えてもいい?」

「親がめちゃくちゃ喧嘩しててむしゃくしゃしてたんだよねー」

「え、ほんと? 大丈夫?」

「……はっ、ヤバ。心配してくれる茜が可愛すぎて妊娠したかと思った」

「大丈夫そうだね」

 

 顔の横でピースをしてウィンクする龍奈に内心ほっと胸を撫でおろす。まぁ、本人はこう言ってても心配かけないように明るくふるまってるだけかもしれないから、ちょっと気にしておこう。

 

「んで、運悪く自転車の持ち主の悪いあんちゃんたちに囲まれちゃって」

「そこで兄貴がきたってこと?」

「そう! マジでカッコよかった! 『チャリしか乗れねぇようなやつらが女の子囲って恥ずかしくねぇの? バイク乗ってからにしろよ、そういうことすんの』って割って入ってくれて!」

「すごい偏見……」

 

 不良を諫める言葉はともかく、蒼にぃそういうことするんだ。絶対そういう場面はスルーする人だと思ってた。もしかしたら龍奈が可愛いかったからかもしれないけど、それでもそういう場面で助けに入れる人ってそうはいないから、ちょっと見直したかも。

 

「その後、『でも、駐輪禁止のところに停めるのもよくねぇけど、それを蹴り倒すのもよくねぇよ。お互いごめんなさいして自分の悪かったところ受け止めて、喧嘩やめてすっきりした方が今日食う飯がうまくなるぜ。以上、朝霧蒼の名言』って言って、お互いごめんなさいしたの!」

「多分兄貴酔ってるね、それ」

「それでお礼を言う暇もなく倒れてた自転車起こして、それに乗って帰っていったの」

「停めちゃダメなとこに停めてた上に飲酒運転してるね、それ」

「かっこよかったー!」

 

 どうやら龍奈の感性はズレにズレているらしい。確かに不良から助けるところまではかっこいいって言っても……まぁ……なんとか言ってもいいかなって思うけど、二連続の細かい犯罪はまったくかっこよくない。ていうか龍奈が外に出られる時間ならまだ夜も深くないだろうし、そんな時間にお酒飲んでたんだ。帰ったら注意しないと。

 

「だから、仲良くなりたいけどお礼言いたいって言う方が本音かな。ね、いいでしょ?」

「だめ。あんなのに会って龍奈が変な影響受けるのよくないもん」

「教えてくれなかったら家までついていく!」

「だめったらだめ!」

「いんじゃね? 紹介してやってもさ」

「おー! いいぞ夕凪くん!」

 

 頑なに拒否する私と縋る龍奈の間に割って入ったのは、幼馴染の虎鉄。唯一私が話していても翠ねぇと蒼にぃが殺さない男の子で、私に男の子が話しかけようとすると止めてくれるありがたい役割も担ってくれている。そのせいで、私と虎鉄が付き合ってるって噂が流れるのはもう仕方ないことだと受け入れた。

 

「別に、蒼にぃはクソだらしねぇけど悪い人じゃないんだしさ。あの人も流石に年下の女の子相手ならまともな対応するだろ」

「パチンコ打ちすぎて朝電気つけて起こしたら『激アツか……?』って言いながら起きるような人だよ?」

「かわいい……」

「ごめん、ほんとにどこが?」

 

 今のエピソードのどこに可愛さを見出したんだろう。私にはまったくわからない。もしかしたら龍奈と蒼にぃは本当にお似合いなのかもしれない。むしろ今龍奈を逃したら、蒼にぃはこの先一生彼女ができないのでは? あんなカスゴミを好きになってくれる人、龍奈以外現れないだろうし。

 ……でもこんなにいい子なのに犠牲者になるなんて、私はおかしいと思う。自分の兄の恋人になることが『犠牲』って思うことに抵抗がないくらい蒼にぃはダメな人だから、私がなんとかしてストッパーにならないと。

 

「あれじゃね? 蒼にぃがダメな人だから会わせないって言いつつ、朝起こしてる茜が可愛いとか」

「普通にお兄さんが可愛いって言ったんだけど」

「おい茜。お前に対して可愛いって言う恥ずかしい真似までしてフォローしただけで、俺はそう思ってねぇからな」

「好意を隠す思春期男子か。わかってるよ」

「仲いいねぇ」

「付き合ってないから」

「何も言ってないじゃん! それに夕凪くんは茜のお姉さんが好きなんだもんねー」

「おいバカ!!!」

「は?」

 

 今龍奈はなんて言った? 虎鉄が、翠ねぇのことが好き? あの翠ねぇ? 彼氏がまったくできなくて、この前やっと人生初デートができたと思ったら『君はパワフルで破天荒すぎる』って言ってフラれたあの翠ねぇのことが好き? パワフルか破天荒のどっちかならまだしもどっちもだよ? 見た目は完璧だから男が寄ってくるけど、数分後には一人になってるあの翠ねぇだよ?

 

 私には聞かれたくなかったのか、虎鉄が慌てて言い訳をしようと何か口を開く。すかさず「おいバカ!!! って反応したってことは本当ってことだよね」と攻撃すれば、口を閉じて渋々頷いた。

 

 マジかよ。

 

「そっか、だから龍奈の味方してたんだ。裏で協力して私の姉貴と兄貴と仲良くなろうっていうこと? 本当にやめといた方がいいよ」

「いじわるで言ってるんじゃなくて、100%善意で言ってるんだよなこれ……」

「えー、でも誰が誰を好きになってもいいじゃん。ね? 会うだけ! ほんとにお兄さんがヤバかったらすぐ離れるからさ!」

「……虎鉄は手助けしないから」

「お、なんで好きなのか追及されるかと思ってたわ」

「あとでね」

「あ、ハイ」

 

 こういうことはしっかり聞いておかないと、あとでもやもやして絶対翠ねぇと蒼にぃに勘づかれる。私の状態の変化にめちゃくちゃ鋭いから、常に平常心でいられるような状態にしておかないと本当にまずい。ただでさえ最近龍奈のことで悩んでて、それが勘づかれてそうなのに。

 

 ポケットからスマホを取り出して、蒼にぃにメッセージを送る。『この前不良から助けた子いるでしょ? その子私の友だちで、お礼したいって言ってるんだけど』と簡潔に。蒼にぃのことだから『覚えてねぇや』とか言ってくれないかな。それならなんとか龍奈にダメだったって言えるかもしれないから、そう返ってきてほしい。

 

 そんな私の願いは、教室にやってきた生活指導の先生によって打ち砕かれた。

 

「朝霧、夕凪!! 姉と兄が校門前でバイクに乗りながら『夕凪虎鉄を出せ』って書かれた旗を掲げてるぞ!! なんとかしろ!!」

「二人とも、考え直さない?」

「直さない!!」

「ははは……」

 

 龍奈は目を輝かせ、虎鉄は「仕方ないなぁ」と笑った。あんたらおかしいよ。



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第3話 朝霧家長男、大立ち回り

 校門前で自作の旗を掲げ、姉ちゃんと一緒に待機する。最初にこういうことした時は先生たちが慌てて出てきたものだったが、俺たちがここの卒業生であり『朝霧姉弟をどうにかできるのは朝霧茜か夕凪虎鉄』だという答えがでてからは先生は出てこずに、茜と虎鉄が一緒に出てくるのがお決まりになっている。

 

 でもよく考えたら茜が隠してることを虎鉄に聞くのに、茜も出てきたら意味なくね?

 

「姉ちゃん」

「私も同じこと考えたけど、茜ちゃんがいる高校にきて茜ちゃんと会わないなんていう選択考えられないわ」

「じゃあ俺たち無駄に後輩をビビらせてるだけじゃん」

「茜ちゃん以外に気を遣う必要、あると思う?」

「見た目がリンゴに似てる果物」

「なし」

 

 まぁ虎鉄なら後で連絡すればいいだけだしな。つまり俺たちは茜を迎えに来ただけだ。あんなに可愛い茜ならきっとストーカーが100人くらいいるはずだし、危険から守るために俺たちがついていないと。この前警察に「うちの妹が100人くらいにストーカーされてるんです」って言ったらいい病院を紹介されたから、警察は頼りにならないし。

 

 なんてことを考えていると、スマホから『蒼にぃ、見て!』という茜から連絡がきたことを報せる通知音。通知音に使うから録音させてくれと言って一度断られ、録音させてくれなきゃ悪い形で歴史の教科書に載ってやると言ったら録音させてくれた。やはり俺の妹は天使だ。

 

「茜ちゃんから? なんて?」

「んー、なんかこの前俺が助けた女の子が友だちらしくて、お礼したいって言ってるらしい」

「あら、そんなことしてたの? 帰ったら一緒にお風呂入っていい子いい子してあげる」

「身の危険を感じるから遠慮しとくわ」

「どうすればお姉ちゃんである私に性的興奮を覚えてくれるのかしら……」

 

 一生答えが見つからないことを祈りつつ茜に返信しようとした時、姉ちゃんと同時に校舎へと目を向けた。この溢れ出んばかりの可愛さオーラは、茜!!

 

 やはり俺たちの感覚は正しかった。校舎から少し恥ずかしそうに歩いてきている愛しの茜と、その隣に並ぶ虎鉄。二人に隠れて姿がよく見えないが、もう一人女の子もいるからその子がお礼したいって言ってる子だろうか。

 

「姉さん、兄さん! いっつも学校にこないでって言ってるじゃん!」

「うっ、ぐっ……茜ちゃんの『外だし翠ねぇと蒼にぃって呼ぶの恥ずかしいから、姉さん兄さんって呼んでるけど絶妙に言い慣れてない感じ』が可愛すぎて、私は一度死んだ。しかし可愛さとは攻撃力と癒しの力を兼ね備えており、あの世へ行くはずだった魂は再び私の体へと舞い戻ってきたのである」

「そんなんだから彼氏できねぇんだよ」

「蒼。私のどこが悪くて彼氏ができないか教えてもらえる?」

「それがわからないところ」

 

 もうここまでおかしいとまともになったら姉ちゃんじゃないって思っちゃうからこのままでいいけど、このままだと朝霧家の遺伝子は根絶する可能性がある。姉ちゃんはこんなのだし、俺は彼女が出来たら姉ちゃんが殺害しにくるし、茜はそもそも彼氏ができる前に俺と姉ちゃんが殺害する。終わったな、朝霧家の遺伝子。

 

 そもそも茜はともかく俺と姉ちゃんは後世に残すほど立派な遺伝子でもないから別にいいか。ごめんご先祖様。朝霧家はここで終わりました。

 

「翠ねぇ、蒼にぃ。俺の名前をそんな旗に書かれると、これからの高校生活がヤバくなるからやめてほしいんだけど……」

「おい!! 姉ちゃんが頑張って作った旗に『そんな旗』ってどういうことだ!!!」

「お姉ちゃんと呼びなさい」

「俺のフォローよりそっちのが気になるのかよ」

 

 そんなことを言いつつも、確かに茜の隣にいる虎鉄が変な目で見られたら茜にもマイナスになるなと考え直し、旗をしまうことにした。こんなに妹のことを考えている兄と姉は世界で俺たちだけだろうな。誇らしいぜ。

 

 さて、と一息ついて、二人の後ろに隠れている女の子に目を向ける。さっきは遠目だったからはっきりとわからなかったが、こうして近くで見てみると確かにこの前助けた女の子だ。美人な女の子がチャリを蹴り倒してたから、人の顔を覚えるのが苦手な俺でもちゃんと覚えている。ちなみにその光景を見て仲良くなれそうだなとも思った。

 

「茜。後ろの子がさっき言ってた子?」

「うん。十六夜龍奈って言うの」

 

 茜がキュートに体を逸らし、十六夜ちゃんの背中を軽く押す。顔が赤い。視線を俺から逸らしている。何か言おうとしては口を閉ざす。

 

 ……なるほどな。

 

「あっ、あのっ! 私、十六夜龍奈って言います! あの時はありがとうございました!」

「いいよいいよ。むしろ、カッコつけさせてくれてありがとう。俺もまだ男らしく振舞えるんだなって自信ついたわ」

「えっ、優しい……。え、えと、何かお礼させてほしいです!」

「じゃあこれからも茜と仲良くしてやってほしいかな。つか俺自己紹介してねぇじゃん。茜の兄の朝霧蒼って言います、よろしく。えーっと、十六夜ちゃんって呼んでもいい?」

「犬とお呼びください!!」

「オッケー犬。隣にいるのは姉ちゃんで、朝霧翠」

「途中まで完璧で流石私の弟と思ったのに、犬呼びで台無しになったわね」

 

 え、だって向こうから犬って呼んでくださいって言ってたから、その通りにした方がいいかなって思って……。なんか動物に例えたら犬っぽいって言われてそうだし、そういうことかなって思ったんだけど違ったか?

 茜が咎めるように俺を睨んでいる。どうやら違ったらしい。

 

「蒼にぃってそんな風にできるんだな……」

「年下の女の子が相手で、しかも茜の前なら見栄くらい張るだろ」

「見栄を張ってるのに女の子に対して『犬』は相当やばいよ」

「あ、茜! 私は嬉しいから大丈夫だって!」

「姉ちゃん、十六夜ちゃんは嬉しいらしいぞ。間違ってたのは姉ちゃんだから謝ってくれ」

「私のことはお姉ちゃんって呼んでくれないのに、龍奈ちゃんのことは犬って呼ぶの!!? 信じらんない!! サイテー!!」

「彼女の温度感でブチギレてくんな」

 

 あまりにも恥ずかしい身内の恥を隠すために校門前から移動する。三人とも荷物を持ってきてたし、そのまま下校するつもりだっただろうからちょうどいい。茜も俺と姉ちゃんといるところを見られるのが恥ずかしいからか、しきりに移動したそうにしてたし。茜の考えていることが手に取るようにわかる俺、兄の鑑。

 

「つか、俺に用あったんだろ?」

「あぁ、別になくなった」

「その程度で済まされるのに、あんな旗用意されたのかよ……」

「細かいこといちいちうっさいわね。モテないわよ?」

「蒼にぃ、何か言いたそうだね」

「翠ねぇのが死ぬほどモテねぇだろとか言ったらひどい目に遭わされるだろ。触れないでくれ」

「今日は一緒に寝ましょうか」

 

 どうやら俺は今日ひどい目に遭わされるらしい。クソ、茜が余計なこと言わなかったら切り抜けられたのに、愛しいやつめ。

 別に、姉ちゃんと風呂に入ったり一緒に寝たりするのが死ぬほど嫌なわけじゃない。お互い社会人と大学生で流石にきついだろと思うことはありつつ、こういう時の姉ちゃんの誘いを断るとそっちの方がきついことになるから甘んじて受け入れられる。こういう時に姉ちゃんが姉ちゃんじゃなかったらなと思ってから、でも性格終わってるからどっちにしろ無理だわと考え直すのがお約束だ。

 

 ただこんな会話を今日あったばかりの十六夜ちゃんに聞かせるのは忍びないにもほどがあるから、話題を逸らす。基本的に他人の前で姉ちゃんと話すと次の日から避けられ始めるから、そうならないうちにカバーしておかないと。

 

「うちと虎鉄の家近いし、せっかくだから十六夜ちゃん送っていこうか?」

「えっ!? いや、えっ、そんな、いいです! お礼したいって言ってるのに、またお世話になるなんてだめです!!」

「まぁいいんじゃね? お言葉に甘えれば。つか蒼にぃ十六夜が可愛いからって狙ってんの? 大学生にもなると手が早いんだなぁ」

「虎鉄。蒼が私以外の女の子を狙うはずないじゃない。おかしなこと言うわね」

「おかしなこと言ってるの翠ねぇだよ」

「?」

 

 茜に注意された姉ちゃんは首を恐ろしいくらい曲げて不思議がった。その角度バトルマンガでしか見たことねぇよ。十六夜ちゃんも怖がってるかと思いきや「お姉さんすごーい!!」って喜んでるじゃねぇか。じゃあいいや。

 

「送っていくのはいいけど、女の子なんだから丁寧にしなさいよ? 傷の一つでも付けたら私にも傷つけてもらうから」

「まさか下ネタじゃねぇよな?」

「ちなみに私は処女よ」

「行こう十六夜ちゃん。ごめんな、うちの姉ちゃんが化け物で」

「えっ、あっ、構いません!」

 

 姉ちゃんが化け物であることは否定しないようだ。ウケる。

 

 姉ちゃんたちと別れ、十六夜ちゃんの家へと向かう。そういや年上の男が年下の女の子の家を知るって世間的にまずくねぇかと思ったが、別に大丈夫か。十六夜ちゃんは同じ高校の生徒に知られるのは嫌だろうけど、俺が茜の兄だって説明すれば『朝霧茜は可愛すぎるから、その兄なら他に愛を注ぐなんてことありえないか』って思ってくれるだろうし。

 

 さて、ここまでくれば茜には聞かれないだろう。一応後ろを見て十分離れたことを確認し、十六夜ちゃんに声をかける。

 

「十六夜ちゃん」

「はっ、はい!!」

 

 俺が声をかけるとピシっ、と固まって目を泳がせる。やはり顔が赤く挙動不審で、どう見てもまともな状態じゃない。

 

 俺はかなり察しがいい方だ。十六夜ちゃんは会ってからずっとこんな調子。そして、俺の知る限りこの状態の女の子が何を考えているか、それくらい簡単に理解できる。

 

 恋。それしかないだろう。

 

「十六夜ちゃんって、茜のこと好きなんだろ?」

「……? 好き、ですけど」

 

 ビンゴだ。十六夜ちゃんが挙動不審だったのは、『大好きな茜のお姉さんとお兄さんに挨拶!? そ、そんな、変な子だって思われちゃったらどうしよう、しっかりしないと! でもやっぱり緊張する……』って思っていたからだと踏んでいたが、やはり正解だったらしい。いやぁよかった。茜の相手が男ならすぐに殺すところだったが、女の子なら応援できる。恋愛に関して男を信用できることなんて一ミリもないけど、女の子なら信用できるからな。

 

「よし、連絡先交換しよう」

 

 茜とのこと応援したいしな。

 

「!!!?? い、いいんですか!!? え、ほんとに!?」

「姉ちゃんも俺が説得しておくよ」

「お姉さんを説得!!!??」

 

 自分にとっていいことが起こりすぎてびっくりしている十六夜ちゃんと連絡先を交換し、困惑している十六夜ちゃんを無事家まで送り届けた。帰ったら姉ちゃんに報告しよう。きっと、茜の悩みもこのことについてだったんだろうしな。

 

 そういえば虎鉄もなんか変な感じしたから、また話聞いてみるか。ふっ、頼れる大人を演じるのも楽じゃないぜ。



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第4話 朝霧家長男、デートの約束

 朝霧翠。幼馴染の姉ちゃんで、俺自身も翠ねぇって呼ぶくらいには距離の近い女の人。そして俺の好きな人だ。

 翠ねぇのことが好きになったのはなぜか。見た目はかなりいいけど性格が終わってるから好きになる要素あんまりないって言われても無理もない。ただ、小さい頃から弟みたいに扱われつつしっかり異性としての距離を保たれて、それでも他の男に比べて無防備になってくれる面白い美人なお姉さんが身近にいたら、そりゃ好きになるのも無理もないって思わないか? 茜のこと好きになったら厄介な姉と兄に殺されるし。

 

「連絡先を交換した!!!??」

「う、うん」

 

 そんな厄介な姉と兄を持つ茜は、十六夜からの「お兄さんと連絡先交換しちゃった」という恥ずかしがりながらの報告に目をひん剥いて驚いていた。あまりにもびっくりしすぎて昼休みの食堂に茜の声が響き渡り、「あぁ、噂のやばいやつらの妹か」と一瞬集まった視線がすぐさま散っていく。そろそろあの二人に妹離れしてもらわないと、茜がどんどん孤立しそうなんだよな……。

 

「冗談で言ったつもりだったけどよ、マジで狙ってんのかもな」

「そ、そうかな? えへへ……」

「いや、それはない。私の友だちに手を出すなんてこと、蒼にぃなら絶対しないもん」

「一歩間違えりゃ友だち関係終わらせちまうかもしんねぇしなぁ。でもさ、それすら飛び越えて十六夜がタイプだった……ごめん、ありえねぇわ。蒼にぃが茜中心でものを考えないなんてありえねぇ」

「でも! いきなり連絡先交換してくれたってことは少し期待してもいいんじゃないですか!」

 

 蒼にぃと連絡先を交換できたのがよっぽど嬉しかったのか、前のめりになって同意を求めてくる十六夜を茜が鬱陶しそうに押さえつけ、うーんと唸り始める。

 

 実際、蒼にぃに恋人ができたことはなさそうだった。別に言うほどのことでもないからって理由で俺たちに言ってなかっただけかもしれないけど、少なくとも俺たち側から見て恋人がいそうな雰囲気は一切なかった。それは多分、茜のことが大事で茜のための時間を取っておきたいからで、茜中心に物事を考える人だからだと思う。茜茜うっせぇな俺が茜に恋してるみたいじゃねぇか。

 

「しかも、お姉さんも説得してくれるって言ってたし!」

「翠ねぇを? あの人のブラコンすげぇから、確かにそういう色恋的な意味っぽいな……」

「……まぁ、もしそうなら応援するけど、やめといた方がいいと思う」

 

 言って、ぶすーっと茜がわかりやすく機嫌を損ねる。こういうの見ると、いっつも翠ねぇと蒼にぃがシスコンだ鬱陶しいだ言ってるけど、茜も大概だよなと思わされる。だってこれって友だちに蒼にぃが取られるのが嫌って言ってるようにしか見えねぇし。

 

 同じことを感じたのか、十六夜はにまーっと憎たらしく笑みを深めて、茜をいじり始めた。

 

「あれー? 私にお兄さん取られるのが嫌なんだ? 茜ちゃんお兄ちゃんのことが大好きなんだねー?」

「いや、普通に蒼にぃがカスだからやめといた方がいいって思っただけだけど」

「夕凪。こういうので慌てて否定してこない子っているんだね」

「『なっ、そ、そんなことないもん!』っていう反応期待してたならご生憎様。蒼にぃがカスなのは事実だからな」

 

 あの人普段大学サボってバイトしてるかパチンコスロット打ってるか、パチンコスロットで負けて日雇いのバイト増やしてるかしかしてないからな。昨日の十六夜への対応見てそんな人だとは誰も思わないだろうなぁ。完璧な時は外面完璧だし。

 

「でもいい人だったよ? あれっしょ? 身内のことは悪く言っちゃうみたいな」

「むしろ身内だから優しく言ってる方だと思う」

「俺も身内みたいなもんだから優しく言ってるけど、他人なら話題に出さないレベルでゴミだって思うぜ」

「……そうは見えなかったけどなぁ」

 

 根っからの極悪人ってわけじゃない。ただゴミなんだよあの人。いい人ではあるけど一緒にいて幸せになれる未来が見えない。酒とパチンコスロットとタバコっていう成人後は待ったら終わりのもの全部やってるからな。蒼にぃの友だちに会った時、「俺らもそうだけど、こいつが特に終わってるゴミだよな」って言ってたし。ゴミの上に終わってるって底辺どころの騒ぎじゃないだろ。

 

「本当にやめといた方がいいよ。まーじでカスなんだから! タバコは吸うしパチンコスロット打つしお酒は飲むし!」

「んー、私は別に嫌だって感じないけど。全部完璧な人っていないと思うし、それにそれくらい依存してるものがあるなら、私に依存してくれるかもって思っちゃったり?」

「クソ可愛いな十六夜。茜、女の子として負けてるぞ」

「翠ねぇと蒼にぃに言った」

「待て、言ったって言ったか? 言うっていう脅しじゃなくて?」

 

 茜が見せてきたスマホの画面には、翠ねぇと蒼にぃに『虎鉄から女の子らしくないって言われた』とチクっている証拠画面が映し出されており、すぐに俺のスマホが俺の今の心を表すかのごとく震えた。見れば、要約すると『殺す』というメッセージが翠ねぇと蒼にぃの両方から飛んできていた。

 

「お前、俺にまったく遠慮ねぇよな……」

「虎鉄相手なら翠ねぇも蒼にぃも手加減してくれるし。っていうか虎鉄が悪いんでしょ」

「言いにくいが、こういう系で俺に飛んでくる罰は、茜の可愛いところを延々教えこまれて、更に俺が茜の可愛いところ100個くらい言わないと解放されないみたいな罰だぞ」

「さっきのは冗談って言ってくる」

 

 茜がスマホを片手に立ち上がり、厄介な化け物を宥めにどこかへと去っていった。俺がそんなこと言わされてるって思ったら気持ち悪いもんな。さっきめちゃくちゃ嫌そうな顔してたし。俺と茜は周りから仲がいいだの本当は付き合ってるだの言われることが多いけど、マジでそんなことが考えられないくらい小さい頃から一緒にいたから、感覚的には妹に近い。

 

「夕凪。お姉さんと喋れるチャンスだったんじゃない? よかったの?」

「俺へ罰を与える時の翠ねぇと会話なんて成立するはずねぇだろ」

「やっぱお姉さんそういう人なんだ。なんでそんな人好きになったん?」

「俺が男だから。小さい頃から綺麗なお姉さんに適切な距離感で甘やかされたらそりゃそうなる」

「茜は?」

「妹みたいなもん。距離が近すぎて考えらんねぇ」

「ふーん」

 

 翠ねぇはシスコンでありブラコンであり性格もまぁまぁ終わってるけど、それでも翠ねぇをフる男は見る目がないと思う。翠ねぇは美人だし頭いいしシスコンでありブラコンであるってのは愛情深いことの表れだし、ちゃんと付き合えればめちゃくちゃいい人だと思うんだけどなぁ。その『ちゃんと付き合えれば』がめちゃくちゃ難しいんだけどさ。

 

「それよりさ、お兄さんとデートしたいんだけど、どうすればいいと思う?」

「蒼にぃなら、『どうしてもこの前のお礼したいんですけど、今度のお休み空いてますか?』って聞けばデートしてくれんじゃね?」

「でもお礼お礼って鬱陶しいって思われない?」

「思われない。蒼にぃそのあたり寛容だし、人の厚意を鬱陶しいなんて絶対思わねぇよ」

「……いい人じゃん」

「そうだよ。いい人なんだけどなぁ」

 

 それを超えてくるカス要素を持ってるからなぁ。緊張しながら蒼にぃに連絡を送っている十六夜を横目で見ながら、どうか夢を壊さないでやってくれと蒼にぃに静かに祈ってみた。

 

 

 

 

 

「おい蒼。いつになったら可愛い女の子が俺の目の前に現れて、一目惚れしましたって言ってくれると思う?」

「お前に協力的な催眠術師が現れたら」

「俺の実力じゃ無理みたいな言い方するなよ」

「そう言っただろ」

「蒼ちゃんだけに??? ッシャア!!」

 

 大学構内喫煙所。俺は今、入学してから授業をサボってたらいつの間にかつるむようになっていた、この世のカップルが心底恨めしい男東雲(しののめ)|スバルと、クソ下らない死んだ方がマシなギャグを放った海藤(かいどう)誠一(せいいち)とヤニを吸いながら、この後の授業に出るかどうかの相談をしていたかと思いきやいつも通りスバルが恨み言を言い始めた。

 

 スバルは顔が悪いわけじゃない。この世の男をイケメンかブスかに分けるならまぁブスかなっていうレベルの顔で、酒とパチンコスロットとタバコ三昧の日々を送ってるだけだ。なんだそりゃモテねぇわ。

 

「んでもさー、そうやって恨み言ばっか言ってるうちは一生できなさそうじゃね? 『女の子が目の前に現れて、一目惚れしましたって言ってくれる』って言ってる時点で受けに回ってる思考が見え見えだし、自分から行かねぇとできるもんもできねぇんじゃね?」

「ふっ、俺みたいなタイプに正論が効くと思うか?」

「だから彼女できねぇんだろ」

「うっせぇ蒼! お前も彼女いねぇだろうが!」

 

 彼女作ったら姉ちゃんが修羅と化すからなぁ……。それに茜がピンチになったとき彼女がいたらすぐに駆け付けられないし。大事な人を増やしすぎると茜のための時間がどんどん削れて行くから、今は彼女がどうとかは考えられない。ありがたいことになぜか俺が普段通りに行動したら周りから女の子いなくなってくし。

 

「蒼ちゃんはちゃんとすりゃあモテそうなんだけどなぁ」

「俺を省いた理由を教えろ!」

「顔」

「なんてこと言いやがんだテメェ!! 喧嘩売ってんのか!!」

「スバルが教えろって言ったんじゃん!」

「誠一の勝ちに1万な」

 

 始まった喧嘩に金を賭け、何の気なしにスマホを見てみると十六夜ちゃんから連絡がきていた。『すみません、十六夜です! あの、もしご迷惑じゃなければどうしてもお礼がしたいので、今度のお休み会えたりしませんか……?』と控えめで可愛らしいメッセージ。どうやら茜の前に周りから崩していこうという腹積もりらしい。いや、俺はこの前はっきり協力するって言ったし、もしかしたら作戦会議か?

 

 それなら断る理由もない。『いいよ。土日のどっちか、十六夜ちゃんの都合つく方にしようか』と返して、さぁどっちが勝ったかと視線をバカ二人に戻せば二人が目の前におらず、もしかしてと隣を見ればバカ二人が俺を挟んでスマホを覗き込んでいた。

 

「おい蒼。十六夜ちゃんって誰だ?」

「妹の友だち」

「妹ちゃんって高校生じゃん? ヒュー!! やるじゃん蒼ちゃん!」

「蒼。少し話がある。もちろん聞いてくれるよなぁ?」

「アデュー」

 

 スバルから明確な殺意を感じ取った俺は、すぐに逃げ出した。



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