浮雲流れて (麒麟です)
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 朝。時間としては、まだまだ早く加えて今は学生のオアシス長期休暇中。

 この部屋の主もまた、その他の学生の例に漏れる事無く惰眠を貪っていた。

 だが、今日はとんと運が無い。

 

『いやぁあああああああああ!?ケダモノォおおおおおおおおお!!!!』

「ッ!?」

 

 つんざく悲鳴が響き渡る。

 目覚まし時計よりも刺激的な目覚ましに、布団を蹴り上げて起き上がるのはボサボサの白髪頭をした少年だった。

 きょろきょろと部屋を見渡して音の出所を探し、それが隣であると気付くと目元まで覆う前髪に隠された眉間に皺が寄る。

 

「一輝の阿呆め。女連れ込むなら、もっと静かにしろっての」

 

 ボリボリと顎の下を掻きながら、三舟鹿史郎(みふねかしろう)はぼやく。

 隣の部屋は、知り合いだ。ただ、その知り合いは尋常ではないほどにストイックで、呼吸するように努力をする一種の怪物。

 そんな男が、部屋に女性を招いた。それも、修羅場の気配。

 

「…………こいつを見逃す手はねぇよなぁ?」

 

 ニンマリと笑みを浮かべ、寝間着である着流しのままに部屋を出る。

 廊下に出て、向かうのは隣の部屋。拳を握って扉を叩く。

 

「おーい、一輝ぃ。女連れ込むのも良いが、もうちょい静かにしやがれー」

『っ!?か、鹿史郎!?た、助けて!』

「…………何でお前が助けを求めんだよ、一輝」

 

 思わぬ反応に首を傾げながら、鹿史郎はドアノブを捻る。

 開かれた扉、その先にあったのは上半身裸の友人と、それから下着姿の涙目の少女の姿があった。

 気まずい沈黙が流れ、そして鹿史郎は一言。

 

「……事案か?」

「待って、君の中で僕の遭遇した状況との差異があると思う!」

「大丈夫だ、一輝。差し入れ位はしてやらぁな」

「待って、本当に待ってくださいお願いします……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “伐刀者(ブレイザー)”。己の魂を武装である“固有霊操(デバイス)”として顕現、使役して魔力を用いて超常の力を振るう、千人に一人の特異存在。

 古来では、魔法使いや魔女と呼ばれ、排斥を受けた時代も確かに存在していた。

 だが、今日においては違う。その強力に過ぎる力は、例え最低ランクの評価を受けようとも超人のソレ。一般人の力等遠く及ばない存在となる。

 人でありながら、人を超える奇跡の存在。

 第二次世界大戦を経て、伐刀者の地位は更に上がっている。具体的には、彼らが居なければ軍隊も警察も真面に機能できないレベルだ。

 しかし、そんな彼らにも一切の柵が無いのかと問われれば、ソレは否だ。

 彼らを縛る鎖。“魔導騎士制度”もその一つとなる。

 これは、国際機関より認可された学園へと通い、見事卒業を果たした伐刀者たちへと免許という形で資格を与え、社会的立場とその力を振るう事を許可するというもの。

 そしてここ、“破軍学園”もその一つ。東京ドーム十個分という破格の敷地面積にの内側で、生徒たちは日々己の腕を磨くべく、切磋琢磨、自己研鑽へと励んでいた。

 

 時は、春休み。破軍学園の理事長室には、少女の悲鳴を聞いた警備員により連行された黒鉄一輝とそれから面白そうな気配を感じて首を突っ込んだ三舟鹿史郎。それから理事長の、新宮寺黒乃の姿があった。

 

「――――成程、下着を見てしまった事故から相殺しようと無い頭を捻った結果、自身も半裸になって上半身を見せつけた、と」

「まあ、はい……」

「アホだろ、お前」

「フィフティフィフティで紳士的な発想だと思ったんですけどね」

「……まあ、ある意味では紳士的だっただろうな。見ろ、お前のボケのせいで三舟が笑い潰れてしまったぞ」

 

 一通り話を一輝から聞き終えた黒乃は呆れた様なため息を吐き、その隣では鹿史郎が腹を抱えて笑い転げていた。

 裏切者め!とでも言わんばかりの目を向ける一輝だが、しかし話の内容だけ見れば、彼のやった行為は紛れもない変態紳士的なもの。

 改めて自身の行動を顧みて、一輝は後悔のため息を一つ。

 

「はぁ……何で、あんな事しちゃったんだ、僕は…………」

「ゲホッ!エホッ!……んんっ、はぁ……はぁ…………まあ、アレだろ。溜まってたんだろ、な?」

「ふむ、発散できなかった若さが、魅惑的な肢体を見て我慢できなくなった、と」

「「変態だな」」

「分かっちゃいるけど、何度も言わないでくれますかねぇ……」

 

 がっくりと項垂れた一輝。しかし、相手の立場になれば彼のやったことは立派な痴漢行為のソレ。大人しく裁きの沙汰を待つ外ない。

 ヘラヘラとしている鹿史郎は、そう言えば、と指を立てた。

 

「ヴァーミリオンの姫様が入学するってのは、ガセじゃなかったんすね」

「ん?珍しいな、三舟。お前が、他人を気に掛けるとは」

「気に掛けるってか……あそこまで大々的に報道されりゃ気にもなりますわ」

 

 彼の言うヴァーミリオンとは、一輝に痴漢被害を受けた女生徒の事。

 ステラ・ヴァーミリオン。ヴァーミリオン皇国の第二皇女であり、同時に十年に一人の天才と持て囃される既存の才能持ちの中でも取り分け優秀と名高い天才様だ。

 

「やっぱり、ステラさんだよね……ハァ、この事で日本を嫌いにならないでくれると良いけど」

「黒鉄も、知っていたのか」

「ついさっき思い出しました。鉢合わせした時に気付いていれば…………」

「まあ、いまさら言っても変わらねぇだろ……にしても、十年に一人の天才ねぇ。堅苦しい肩書もあったもんだ」

「それはお前もだろう?」

「何の事やら。俺はただ、平穏無事に学園卒業して、適当にすごせりゃ良いんで」

 

 肩を竦める鹿史郎に、黒乃はじろりと目を向けため息を吐く。

 “遊雲(ゆううん)”の二つ名を持つこの少年は、小学生の頃から知る人ぞ知る実力者でもあった…………のだが、本人の気質が二つ名に影響を受けているかのように、自由人。

 金銭も名誉も勝利も興味が薄く、やる気が無ければ例え試合の場に出たとしてものらりくらりと終了時間まで()()()()()()()

 昨年の七星剣武祭に出場していれば、“七星剣王”の称号を得ていたと言われるほど。

 もっとも、当人が()()である為にその実力を知らなければ単なる物臭太郎にしか見えないが。

 

「やれやれ、昨年度の首席様がこの有様か……もっとも、今年度は話題性で言えばお前の上を行くがな。全ての能力値が平均値を大幅に上回り、加えて伐刀者に重視される“総魔力量”に至っては、新入生平均の約三十倍という破格っぷりだ。正真正銘の“Aランク(バケモノ)”さ……能力値が低すぎて、一年をもう一度やっている“Fランク(落ちこぼれ)”の“落第騎士(ワーストワン)”や、“留年回避(サボり魔)”とはえらい違いだな」

「ほっといてください」

「別に、卒業できりゃあ良いんで」

 

 むすっと返答する一輝と、肩を竦めて口笛を吹く鹿史郎。

 否定の言葉が二人から出ないのは事実だから。

 黒鉄一輝の総魔力量は、平均値の十分の一ほど。魔導騎士として大成する事を目指すぐらいならば、一般人として普通に就職する方がマシなほどイバラの道を歩まねばならない。

 因みに鹿史郎は、単なるサボりだ。だが、その実進級に必要な程度の単位を本当にギリギリで習得して、一年次成績において黒鉄一輝を除いた最下位で進級を果たしていた。

 

「しかし、困った事になった。入学手続き諸々を考えての入学式前の前入りだったんだが……初日からここまでのハプニングに見舞われるとはな。黒鉄に非は無いが、責任は問ってもらうとしよう。下手を打てば国際問題になりかねん」

「…………男って、何でこんな都合よく利用されるんですかね」

「心配するな、黒鉄。そっちの馬鹿笑いしている阿呆も同罪だからね」

「…………へ?」

「お前も、ヴァーミリオンの裸を見たんだろう?黒鉄ほどガッツリではないとはいえ」

「ええー?別に俺は、一輝みたいに興奮して何すけどねぇ?俺としちゃ、年上が好みなんで」

 

 中々に失礼な事を宣う鹿史郎だが、咎められる前に理事長室にノックの音が転がった。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは緋色の髪を揺らし、破軍学園の制服に身を包んだ少女。

 シックな色合いの制服とは対比の関係にありそうなほどに鮮やかな髪だが、それだけではない。

 彼女自身の生まれながらの素養か、それとも育ってきた環境の賜物か、あるいは両方か。彼女の肢体は制服に包まれても、艶めかしい。

 思わず、その豊かに育った胸部へと視線が向きそうになった一輝は慌てて顔を上げ、そしてその表情を見る。

 

「ごめん」

 

 思わず零れた呟き。それは、その恨みがましく見てくる少し腫れた目元を見てしまったからか。

 男が女の子を泣かすものじゃない。そんな、昔からあるような沁みついた心からのものだったかもしれない。

 流石に、この状況で茶化す程黒乃も鹿史郎もふざけてはいない。大人しく動向を見守る。

 

「言い訳がましく聞こえるかもしれないけど、アレは本当に不幸な事故なんだ。僕自身、ステラさんの着替えを覗こうとした訳じゃない………でも、君があの瞬間感じた恐怖や羞恥の原因は、確かに僕だ。男としてのケジメを付けるために、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「……そう、潔いのね。コレが、日本のサムライの心意気って事かしら」

「単に口下手なだけさ」

 

 キリッと決める一輝に、口笛を吹いて茶化しそうになった鹿史郎だったが、寸前で黒乃に頭を叩かれて未遂に終わる。

 

「イッテェ……」

「ふざけるのも大概にしておけよ。お前の処遇もハッキリとは決まっていないんだ」

「へいへーい」

 

 小声でそんなやり取りをする一方で、ステラと一輝の方にも進展が。

 

「…………確かに、来日した即日に痴漢に遭うなんて、ホント最低な国なのかしらと思ったわ。よっぽど、国際問題にしてやろうか、とも。でも、貴方のお陰で少し気が変わったわ。アタシも皇族の一人として相応の立場ってものを示す必要もあるし」

 

 そこで一度言葉を切り、ステラの目が鹿史郎へと向けられた。

 

「そっちのキモノを着た貴方。貴方は、アタシの悲鳴を聞いて部屋に来ただけみたいだもの。今回は、不問に付します」

「おっ、良いのかい皇女殿下」

「ええ……その態度は宜しくないけど、撤回はしないから安心してくれていいわ」

「そりゃ、光栄なこって」

 

 冗談めかして大袈裟に頭を下げる鹿史郎に眉根を寄せるステラ。

 彼女の本題は、和装の彼ではなく黒髪の彼なのだから。

 

「イッキ、貴方の潔さに免じてこの一件、ハラキリで許してあげるわ」

「…………え゛」

 

 一輝が面食らうと同時に、噴き出す音が理事長室に弾けるのだった。



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 落とされた爆弾発言に、黒鉄一輝の思考が止まる。

 その一方で噴き出した三舟鹿史郎は、腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。

 

「カッカッカッカッ!こいつは、お笑い種だ。潔さに免じても、切腹か」

「当然でしょ。嫁入り前の皇女の裸を見たのよ?寧ろ、サムライとしての一つの名誉を守るんだから破格だわ。本当なら、丸太に縛り付けて国民の一人一人から、石を投げさせてる所よ」

「もうそれ、死刑というかユッケ作ってるだけじゃないかな?いや、何万と石を投げられたら絶命する事には違いないけど」

「因みにだがな、皇女殿下。切腹にも種類があるんだぜ?」

「そうなの?」

「ああ。ついでに、即死できないから介錯人が居なけりゃ、長く苦しむ事になる。まあ、自分で喉かっ切って死ぬ方法もあるんだが……まあ、首を落とす方が確実に即死できるだろうよ」

「…………仕方ないわね。介錯人は、私がしてあげる」

「待って?ナチュラルに、僕が死ぬ流れで話が纏まりそうなんだけど。というか、鹿史郎!僕の処刑を何で後押ししてるのさ!?」

「いやー、乗るべきかと思ってな」

「理事長!教育者として、校内殺人を止めようとは思わないんですか!?」

「黒鉄。お前の命一つで、日本とヴァーミリオン皇国の恒久的な平和が確保できるんだ。人一人の命が軽いのも政治というものだ」

「チクショウ!僕の周りは、敵ばかりか!?」

 

 嘆く一輝ではあるが、流石にそろそろ不憫というもの。

 一頻り笑った鹿史郎が左手を挙げる。

 

「なあ、皇女殿下。何でアンタ、あの部屋に居たんだ?」

「はあ?決まってるでしょ、理事長先生に鍵を貰って入ったからよ。寧ろ、アタシとしてはイッキが無作法に入ってきたのが問題だわ。ノックも無かったのよ?」

「ほーん………時に皇女殿下」

「なによ」

「自分の家で、自室に入る時にノックはするか?」

 

 鹿史郎の言葉に、ステラは首を傾げて眉間に皺を寄せた。そんな姿も絵になる辺り、美少女というのは得だろう。

 そして、彼の言葉を聞いた一輝はというと、錆の走ったブリキ人形のように黒乃へと顔を向けていた。

 

「……あの、理事長」

「フフフフ……」

「ステラさんは、さっき鍵を貰って入ったと言いましたよね?それで、鍵を開けて部屋に入ったと」

「もう少し場が荒れるかと思ったが、存外早かったな。三舟に感謝しておけよ、黒鉄」

 

 理事長室に設えられた机に頬杖をついて、黒乃は笑みを浮かべた。

 

「面白い事になっていたからつい、意地悪をしてしまったな。まずは、黒鉄。この破軍学園の学生寮が基本的に二人一部屋である事は知っているだろう?つまり、そう言う事さ。黒鉄も、そしてヴァーミリオンも自分の部屋を間違えてはいない。無論、私からの悪戯という事も無い。正真正銘、君たち二人があの部屋に割り振られた生徒という事さ」

「「えええええええええええええええええええ!?!?!」」

 

 二人の絶叫が響き、それに混じって呵々大笑が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計の針が僅かに進み、衝撃から戻ってきたステラは黒乃へと詰め寄る。

 

「ど、どう言う事ですか理事長先生!アタシのルームメイトが、この変態だなんて!?」

「どういう事も何も、私は事実しか言っていないぞ」

「ですけど、理事長。破軍学園の学生寮は確かに二人一部屋ですけど、全員に適用されている訳じゃないですよね?現に、鹿史郎は一人部屋の筈」

「ああ、確かにそうだ。だが、私は何も性差やくじ引きで部屋割りを選んだ訳じゃない。黒鉄、私は既に私の方針を伝えたはずだが?」

「…………“完全な実力主義”そして、“徹底した実戦主義”でしたっけ」

「そう、それが私の方針だ。ここ数年、破軍学園は良いところが無い。年に一度七校合同によって開催される武の祭典“七星剣武祭”においても負け続きだ。そんな現状のテコ入れのために招かれたのが私だ。この部屋割りは、その第一歩。性別、出席番号、その他諸々を問わずに実力の近いもの同士を同じ部屋に入れている。その方が、切磋琢磨出来るだろうからな。例外は、そこのサボり魔位だ」

 

 黒乃が顎をしゃくれば、二人の視線が鹿史郎へと向けられる。

 だが、解せないと一輝は眉根を寄せた。

 

「だったら猶の事……ステラさんは、ぶっちぎりのナンバーワンじゃないんですか?僕は、最下位の留年生ですよ?」

「りゅ、留年!?アンタ、留年してんの!?」

「お恥ずかしながら…………総合ランクも“F”だよ」

「Fランク……!?どういう事ですか!だったら、そっちの男はどうなんです!?」

「ん、俺?Bランク」

「~~~~ッ!理事長先生!」

 

 気炎を上げるステラ。彼女の荒れる内心に合わせるように、その緋色の髪が炎のように揺れる。

 

「そう、カッカするもんじゃない。何より、ヴァーミリオン。お前は、新入生のトップであるだけで()()()()()()()()()()()()。言っている意味が分かるか?」

「ッ、じゃあ……」

「そう。そこに居る三舟が、()()この学園の序列一位だ」

 

 黒乃に示され、ステラの射貫かんばかりの目が鹿史郎へと向けられた。

 もっとも、見られた彼は肩を竦めるが。

 

「理事長も、そう俺を持ち上げないでくれますかね?第一、俺の序列は圏外の筈なんですけど?」

「くくっ、非公式戦とはいえ、あの“雷切”に勝ったじゃないか。もっとも、お前が負けていれば七星剣王になっていたのはお前かもしれないが」

「嫌っすよ、面倒くさい」

 

 皆の憧れ(七星剣王)の称号も、鹿史郎にとってみれば煩わしいものでしかない。

 一つ補足をすると、彼は別に自身が最強であるなど欠片も思ってはいない。そう易々と負けるつもりも無いが、だからといって直ぐにでもその称号に手が届くのかと問われれば、ソレは否だ。

 持たざる者である一輝としては、複雑な所だ。

 彼にしてみれば、三舟鹿史郎は自分の欲しい才能を持ち合わせている。

 だが、その当人は上がり下がりの激しい性格をしており、尚且つ魔導騎士を目指す理由もこれと言って強いものは無かったりする。

 本来ならば繋がりが切れてしまいそうなものだが、一輝は知っている。

 存外このサボり魔は面倒見がいい。進級に障らない程度には、一輝の鍛錬に一年間なんだかんだと付き合ってくれたのだから。

 そして、

 

「…………おいおい、何のつもりだい皇女殿下。固有霊操(デバイス)まで持ち出して」

「分かってるでしょ。部屋、私と変わりなさい」

 

 自身の周囲の空間を熱気で揺らめかせながら、ステラ・ヴァーミリオンはその手に握った炎を纏う大剣の切っ先を鹿史郎へと突きつけていた。

 その魔力量も相まって、まるで燃え滾る業火が目の前に顕現したかのような圧力がある。

 だが、切っ先を向けられる鹿史郎はといえば、柳に風。への字口をしてはいるものの、一切の緊張などは感じられなかった。

 

「嫌なこった。俺ァ、一人で寝るのが好きなんだ。壁隔ててないと人のいる空間じゃ寝づらくて仕方ねぇよ」

「アンタの睡眠より、皇女のアタシが変態と同じ空間に居続ける方が問題でしょう!?」

「文句は、理事長に言えって」

「~~~~ッ!理事長先生!」

「決まった事だ」

「なら、アタシとコイツで決闘させてください!勝ったら、アタシが一人部屋で良いですよね!?」

 

 それは、当然の帰結といえば当然だった。というか、学生騎士たちは、皆少なからず“武”を収めており、破軍学園にも決闘の為の施設が確保されているのだから。

 故に、ステラの提案は特に奇をてらった様なものではない。

 

「ふむ……まあ、確かに。お前が勝てば、部屋の交換も認めるとしようか」

「言質取りましたからね!」

「えぇー……メンドクセェ」

 

 気を昂らせるステラとは対照的に、鹿史郎は露骨に嫌そうな顔を浮かべる。

 彼にしてみれば一人の空間が折角確保できたのだから、ソレを手放すなど絶対にしたくない。だが、同時に決闘そのものを面倒くさいと感じてもいた。

 相手が弱いのならば、瞬殺できる。だが、一定以上の力量ともなればそうもいかない。

 彼の見立てだが、ステラは一定以上の力量どころか並大抵の実力者など一蹴する実力を有している。そして、そんな相手と戦う事を望むほど鹿史郎に戦闘狂の嫌いは無かった。

 しかし話は彼の意向を無視して進む。と思いきや、そこで待ったの声。

 

「あの!僕もその話噛ませてもらえるかな」

「はあ?アンタも?」

「うん。ただ、僕は部屋に関してじゃなくて純粋に鹿史郎と戦いたいと思ってね」

「はあ?一輝も来るってのか?」

「本気の君と立ち会えるのは、稀だからね。本気で相手をしてほしいな、鹿史郎」

 

 そう言う一輝の目には、隠し切れない闘気が燻っていた。

 戦闘狂ではないが、しかし彼もまた“武”に生きる事を決めた男の一人。強い相手との立ち合いは望む所であるし、何より三舟鹿史郎という男の剣は一輝にとって学ぶことの多いものであるから。

 鹿史郎は、天井を仰いだ。だが、後悔しようとも後の祭り。

 既に、一輝とステラはどちらが先に戦うかで揉めているし、黒乃に至っては既に闘技場の一つにも用いられる、第三訓練場の予約を取ってしまっていた。

 

「……はぁ………クソッタレめ」

「そう嘆くものじゃないぞ、三舟。何より、今回の件は私の方針から逸脱してもいない」

「は?」

「能力が足りず、結果的に実力が発揮できない者への、実力主義。そして、形だけの実績ではなく、その中身を積み立てる実戦主義。黒鉄もその恩恵を受ける事が出来るかもしれないが、三舟。これは、お前の様なタイプにも当て嵌まる」

「…………?」

「要は実力があるにも関わらず、その実力を見せつけようとしない者にも相応の場を与えるという事だ」

「ええー、良いっすよ、俺は。別に目立ちたくない」

「そうも言ってられまい。既に、小学生の頃頭角を現していたお前は、連盟の方からも目を付けられている。前理事長も、昨年の七星剣武祭にお前が出なかった点を随分と突かれたようだしな」

「アレは……」

「ああ、仔細は聞いている。お前が代表の枠を蹴って辞退。無理矢理にでも出そうとする面々を、条件を付けて認めさせたというものだろう?」

「だって、メンドクセェっすもん。一輝には悪いっすけど、俺は七星剣王の称号に興味ないんで」

「だが、力には責任が伴う。強者には制限が纏わりつく。有名税とでも思っておけ」

 

 その力を振るうかどうかを決めるのは、当人次第だ。

 だが、世の中はそう甘くない。特にこの、伐刀者という存在が居る世界においては、国の保有する伐刀者の数によって軍事力に直結する側面もある。

 そんな世界だからこそ、強力な伐刀者は幼少の折より目を付けられていた。

 

 三舟鹿史郎は、運命からは逃げられない。



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 国家における軍事力の一つとして数えられる伐刀者。

 戦力であるのだから、その実力を伸ばすべく戦闘行為が可能な場所というものが設けられるのは当然の事でもあった。

 破軍学園にも、いくつか存在する闘技場。その一つ、第三訓練場にて突発的な決闘が行われようとしていた。

 

「…………メンドクセェ」

 

 戦闘用のフィールドである直径百メートルほどの空間にて、寝間着の着流しから制服へと着替えた三舟鹿史郎はぼやく。

 彼から二十メートルほど離れた地点には、初戦を勝ち取ったステラが意気込み十分に腰に手を当て仁王立ちしていた。

 フィールドを囲む様に設けられた観客席には、総勢で二十人弱の観客が居る。

 春休みであるから、観ているのは二年生、三年生が基本だ。

 彼らが注目するのは話題の新入生、ステラ・ヴァーミリオン……だけではない。

 

「イヤー、ラッキーだったな。あのヴァーミリオンの“紅蓮の皇女”だけじゃなくて、“遊雲”まで見れるんだし」

「でも、実際どうなんだ?三舟だっけ?アイツが真面に戦った所、オレ見た事ねぇんだけど」

「知らないの?小学生の頃には、“風の剣帝”と並ぶって言われてたんだよ」

「小学校かよ」

「それよりも、“紅蓮の皇女”だろ!Aランクの騎士で、国でも屈指の実力者らしいぜ?」

「あの髪、炎みたいで綺麗……」

 

 人が少ない為、大した声量でなくとも声は響く。

 その中から拾った情報に、ステラは鼻を鳴らす。

 

「アンタ、有名人ね」

「皇女殿下程じゃねぇさ」

「“風の剣帝”と戦った事もあるの?」

「昔、な。まあ、今じゃあっちも公式の舞台にゃ出てこない。去年も確か、七星剣武祭には出て無かった」

「アンタはどうなのよ。そもそも、そこまでやる気がないのに何で魔導騎士養成の学校に居る訳?」

「あ?あー……まあ、高校卒業資格が欲しいから?」

「は?」

「後は、魔導騎士免許だな。こいつは、他の身元証明書と比べても前提条件さえクリアすれば取りやすい。ま、そんな所だな」

「…………不純ね」

「カカッ!まあな、自覚はあるさ。でもよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 見下すようなステラに、鹿史郎はハッキリとNOを突き返す。

 高尚な理由はない。尊い夢は無い。胸を張れる目標でもない。

 

 ()()()()()()()

 

 三舟鹿史郎は、鼻で嗤う。

 他人にとやかく言われて主義を変える気は無いのだ。この辺りは、彼もまた“武”の道を行く武人の一人であるという証左だろう。

 とはいえ、現状ステラから見て鹿史郎への評価を上方修正するような点はない。

 二人の会話が途切れた所で、レフェリーとしてこの場に立ち会った黒乃が右手を挙げる。

 

「話は終わったな?それではこれより、模擬戦を始める。双方、“幻想形態”で固有霊装(デバイス)を展開しろ」

「傅きなさい“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”!」

「はぁ……流れ行け“瑞煙(ずいえん)”」

 

 ステラの手に現れるのは業火を纏う大剣。

 対する鹿史郎の左手に現れたのは鞘入りの反りの浅い太刀だった。

 豪華にしかし下品さはなく洗練された実用性と華美さを合わせた大剣に対して、太刀はシンプル。

 花の花弁の様な形状の鍔と、柄頭に設けられた朱色の飾り紐が印象的なだけで後は極々一般的なもの。

 

「準備は良いな?では…………LET's GO AHEAD(試合開始)!」

 

 試合開始、と同時にステラが駆ける。

 

「ハァアアアアッ!!」

 

 大上段からの振り下ろし。大振りだ。普通ならばこんな隙だらけの攻撃、防ぐか或いは躱せと言わんばかりのものだが、鹿史郎は違う。

 

「…………」

 

 腰の左側に鞘入りの太刀を握った左手を添えての棒立ちのまま、突っ込んでくるステラを見るばかり。

 怪訝に思えども、今の固有霊装は幻想形態。この状態ならば、人体を切り裂いたとしても傷一つ付ける事無く、体力のみを削る。

 仮に、頭の先から股下まで一刀両断されれば、一発で昏倒する事になるだろう。

 振り下ろされる一撃。このたった一発がフィールドにぶつかった瞬間、第三訓練場そのものが揺れる。

 尋常ではない破壊力に観客にも動揺が走るが、しかし当のステラの表情は晴れない。

 

(手応えが無い?あの状態の相手に外したって言うの?)

 

 振り下ろした大剣の刃は斬る対象を捉えていなかった。斬ったというか、砕いたのはフィールドの床のみ。

 疑問は残る。だが、今は模擬戦とはいえ戦いの最中。

 

「そこ、間合いだぜ?」

「ッ!」

 

 ほとんど反射的に顔を上げれば、ステラの顔の前に右手が迫って来ていた。

 ただ、拳でもなければ貫手でも、掌底でもない。

 デコピン。掌を天井へと向けて、親指で中指を押さえ力を溜めるアレ。

 バカにしているのかとも、思う。現にステラは自身の頭に血が昇る感覚を覚えていたのだから。

 だが、

 

「ガッ――――!?」

 

 放たれた一撃は従来のデコピンとは訳が違う。

 大きく仰け反った体がもんどりうって後方へと転がっていた。

 その様子を観客席から見ていた一輝は苦笑いを零す。

 

「相変わらずの威力だね、鹿史郎のデコピンは」

 

 思わず、一輝は己の額を撫でる。

 手加減しても額を割る。それが、鹿史郎の使うデコピンの破壊力だ。

 一輝が戦慄する中、ステラがこの間に立ち上がる。

 ただ、その額は赤くなっており僅かに涙目だ。

 

「な、何なのよ……!」

「何って、デコピン?」

「そんな威力な訳無いでしょ!?」

「魔力使えば、この程度出来るようになるさ」

 

 ヘラヘラと笑う鹿史郎は、未だにその場から一歩も動いてはいない。

 彼の足元では砕かれたフィールドの有様が広がっているのだが、何故だか彼はその中心に立ったままなのだから。

 何をしたのか。ステラの脳内ではその事で一杯になる、がしかしこのまま立ち尽くす訳にもいかない。

 未だに揺れる頭を振って、揺れを払い再び前へ。

 “皇室剣技(インペリアルアーツ)”。それが、ステラ・ヴァーミリオンの扱う剣術だ。

 特徴的なのは、その日輪の如し剣の軌道。王道を行く正統派の剣術であり、彼女のその技量は並みを遥かに上回る。

 だがしかし、相対するのは学園最強(仮)。

 

「ッ!?どういう事……?!」

 

 剛剣は、その悉くが空を切る。

 異様な光景だ。一斬必殺とでも言わんばかりの破壊力を秘めた一撃を、鹿史郎はまるで()()()()()()()躱していた。

 あり得ない!と叫びそうになるが、現実問題当たらない。

 

「ふんっ……!」

 

 埒が開かない、とステラは全身より突然炎を発する。その熱波は、観客席を舐めるほどに広がりその威力と出力を物語ってもいた。

 改めて距離を空けての相対。しかし、状況は最初よりも悪いと言わざるを得ない。

 

「…………それが、アンタの伐刀絶技(ノウブルアーツ)って事?」

「あ?何が?」

「惚けるんじゃないわよ。さっきのアタシが魔力放出をした時、アンタはアタシが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、ステラは見ていた。

 全て躱されたとはいえ、一方的に攻めていたのだ。自然と、相手の一挙手一投足が視界に移り込むというもの。

 そして彼女が炎を出す直前、いや出す素振りを見せる前から彼は回避のために後方へと下がり始めていたのだから。

 故に、ステラは当たりを付けた。

 

「アンタ、限定的な未来視が出来るんじゃないかしら?」

「残念ながら、外れだ」

「は?」

「そもそも、俺はさっきまで一回も伐刀絶技を使ってないぞ」

 

 アッサリと言ってのけた鹿史郎は肩を竦める。

 

「まあ、俺はちょいとばかし目が良いのさ」

「そんな事で、納得できるとでも?」

「別に納得させたい訳じゃねぇから、どうでも良いがな……さて、そろそろ終わらせて良いか?」

「ッ!舐めんじゃないわよッ!!」

 

 ステラの気迫がそのままに炎となる。

 象られるのは、竜の頭部。炎という不定形の存在を自身の思うがままに変形させ、形成する能力もまたステラの力の一端であった。

 

「食い尽くしてあげるわ!“妃竜の大顎(ドラゴンファング)”!!」

 

 放たれるは炎の竜頭。

 のたうつように主の敵を食い殺さんと突き進む。

 だが、

 

「――――フッ」

 

 甲高い鳥の鳴き声の様な音と共に、その巨大な頭部は上下真っ二つに切り分けられる。

 

「なっ!?――――ッ!」

 

 それを受け止められたのは、本当に偶然だった。

 巨大な炎の龍を切り裂いて迫ってくる、不可視の刃。

 盾のようにした大剣に何かがぶつかり、その体が僅かに後方へと押される。

 何が起きたのか。それを目撃したのは、観客たちだろうか。

 

「出たよ、三舟の出鱈目技」

「アレって、伐刀絶技って事?」

「いや、確か理論上は誰でもできる方法だった筈」

 

 彼らが見たのは、炎の竜が迫ってくる中で鹿史郎の右手がブレたという事と、それからいつの間にか抜刀していた所か。

 

「ッ、何をしたわけ……?」

「ん?抜いただけさ。その切っ先は、音速を超えて鋭い衝撃波を放てる。名前は――――」

 

 言いながら腰を僅かに落とす鹿史郎。その右手は鞘へと納められた太刀の柄に添えられている。

 そして、抜刀。

 

「“鳴雲雀(なきひばり)”」

「ッ!」

 

 魔力の防御すらも切り裂いてくる、()()()()()()

 仕組みとしては、百足砲だろうか。鞘を砲身として抜刀と同時に切っ先部で小さな魔力を炸裂させ抜刀速度を加速。これを鞘から抜けるまでのコンマ以下の時間で行い、文字通りの爆発的な加速と共に抜き放たれる切っ先が生む鋭い衝撃波。

 遠方、と言ってもその射程はそこまで広くはない。だが、その鋭さは相手の遠距離魔法を切り裂いてしまう程には鋭い。

 何より、ステラの攻撃とは相性がいい。炎は、真空状態では燃えないのだから。

 無論、魔力を燃料とする炎に一般的な常識を当てはめる事は間違いだろうが。

 

「…………バケモノね」

「アンタに言われたくないなぁ、皇女殿下。幾ら加減してるとはいえ、鳴雲雀はただ剣を盾にする程度じゃ防げねぇんだがな」

「馬鹿ね、()()()()()()()()()()()。単に、私の魔力防御を抜き切れなかっただけでしょ」

「十分イカレてるぜ……」

 

 やれやれ、と頭を掻いた鹿史郎は、次いで何を思ったのかゆっくりと足を進める。

 

「どういうつもり?」

「まあ、癪だが俺も剣士なんでな。近づかなきゃ、斬れないだろ?」

 

 ゆったりとした足取りだ。

 だが、ステラは何故だか奇妙なまでの威圧感をその歩みに感じ取った。

 アレは、近付けてはいけないもの。

 故に、切る手札は己の最強の一手。

 

「――――蒼天を穿て、煉獄の焔」

 

 掲げられた大剣より炎が渦巻き、極光の柱となって顕現する。

 驚くべきは、その長さ。はるか先の訓練場の天井を突き破って余りあるほどに長大だ。

 百メートルを超える超巨大な光の剣。最早その存在そのものが、暴力の化身。最早、人の身で受けるには過分が過ぎる破壊力を内包している。

 その暴力を前に、鹿史郎は鯉口を切っていた。

 ゆったりと、それこそ緩慢とでも取れるほどにゆっくりと一歩一歩進み続ける。

 いっそ不気味さを覚える相手に、しかしステラは敬意を表する。

 

(剣の腕じゃ、遥かに先を行かれてるわね………イッキは、こんな相手と本気で戦いたかったの?)

 

 一瞬過った疑問。

 才能に恵まれ、同時に努力してきたと自負するAランク騎士のステラを一蹴するような相手が三舟鹿史郎という男だ。

 やる気の無さに反した実力。加えて、彼の自己申告を信じるならば一度も伐刀絶技を使っていないと言う。

 まだまだ鍛えていかなければないけない。そこまで考えた所で、ステラは己の思考を打ち切った。

 

「“天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)”ッッッ!!!」

 

 振り下ろす。ただその単純な動作が必殺となる。

 文字通り、訓練場を真っ二つに割りながら突き進んでくる光の柱。最早防ぐだとか、逃げるだとかそんな選択肢を選ばせる気も無い一撃。

 破壊の極光を前にして、しかし鹿史郎の周囲の空気は寧ろ静謐と言っても良いほどに静まりかえっていた。

 ただ響くのは、彼の歩く音だけ。

 そして、

 

「――――“瞬花終刀(しゅんかしゅうとう)”」

 

 光の柱が鹿史郎を飲み込もうとした瞬間、その体は霞と消え、次の瞬間には()()()()()()へと現れていた。

 既に、彼の左手の刀は鞘入りのままそこにあるだけ。柄に添えられていた右手も下された。

 同時に、ステラの体が前のめりに崩れ落ちた。

 

「そこまで!勝者、三舟鹿史郎!」

 

 黒乃の宣言により、この勝負の決着がつく。

 終わりは何とも静かなものだ。

 後に残るのは、半壊した訓練場と焦げ臭いニオイだけ。








ステータス

三舟鹿史郎

伐刀者ランク:B

攻撃力:B 防御力:C 魔力量:B 魔力制御:B+ 身体能力:A 運:D

二つ名:“遊雲”

固有霊装名:瑞煙

伐刀絶技:???


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「…………ッ、ん……」

 

 意識が覚醒し、目を覚ましたステラ・ヴァーミリオンが最初に見たのは無機質な白い天井だった。

 鼻腔を擽る消毒液のニオイ。

 なぜ自分は、こんな所で寝ているのか。考え――――

 

「目が覚めたか、ヴァーミリオン」

「……理事長先生……?ここは………」

「訓練場に設けられた医務室だ。医者やiPS再生槽(カプセル)を使う必要はなかったが………少し野暮用でここに寝かせていた」

「私…………ッ!」

 

 頭の中がハッキリし始めた所で、ステラは跳ね起きる。

 彼女が寝ていたのは、どこぞの医務室の粗末なベッドだった。その体には、特別傷などは見受けられない。

 

「そこまで動けるのなら、十分か。気絶に関しても、幻想形態から受けたダメージによるものだが………三舟の加減が上手かったな」

「ッ、やっぱり、手加減されてたのね……」

「アレでも、学園最強だからな」

 

 布団を握る手に力が籠る。

 一方的だった。こちらの攻撃は、その悉くが当たらず対する相手の攻撃は直撃こそ最後の一発だけだが、それは相手が本気で攻めて来なかったから。

 

「………ハァ………負けるって、こんな気分だったのね。あの、理事長先生」

「ん?」

「結局、アイツの伐刀絶技は何だったんですか?それとも、アタシの予想が当たってはぐらかされただけ?」

「ふむ………確かに、お前との戦いで三舟は伐刀絶技を使っていない。魔力放出を用いてはいたが、それだけだな」

「ッ、なら――――ッ!」

「そう猛るな。ちょうど良い、そこまで元気なら表に出るとしようか」

「え?」

「少し整備に手間取ったようだが、三舟と黒鉄が模擬戦を行う。見に行かないか?」

 

 黒乃の提案を受け、ステラは目を見開いて、そして頷いた。

 自身(Aランク)を倒した三舟を相手に、黒鉄一輝(Fランク)が如何にして活路を見出すのか興味が引かれたからだ。

 医務室を出て、向かうフィールド。

 観客は減ったが、しかしそれでも数人が残り、そして目を剥いていた。

 

「ハァアアアアッ!!」

「…………」

 

 Fランクの騎士である一輝の、魔導騎士としてのステータスは限りなく低い。適切な数値が出る項目なら、魔力制御がE。それから、身体能力がAであることくらいか。

 前者は兎も角、後者は軽視する者も珍しくない項目だ。

 というのも、ステラを見れば分かるがフィジカル面の大抵は、魔力で補う事が出来るのだから。

 ただ、この身体能力には載らない項目がある。

 一つは、技術。もう一つが、身体操作。

 片手平突きからの、横薙ぎ。切り上げ、切り返し。そこに関する踏み込みや、回避に至るまで。

 その一挙手一投足に隙が無い。

 

「黒鉄も三舟も、目が良いんだ」

「目、ですか?」

「ああ。黒鉄は、ただ見ただけで相手の剣技を模倣する事が出来る。宛ら照魔鏡のようにな。一方で、三舟の目は、超高性能なハイスピードカメラの様なものだ」

「…………その目で、アタシの剣を見切ったって言うんですか?」

「三舟か。アイツの場合は、優れた目と同時にその視力に対応できる反射神経と加えて天賦の才がある。今もそうだが、あの数ミリを残しての回避はその目の良さと、尋常じゃない勘の良さが合わさり、加えて膝の入り抜きによって為されるものだ」

 

 黒乃が説明する先では、固有霊装をズボンの左側、ベルトに捻じ込む様にして差した鹿史郎が薄皮を辛うじて切らない程度のすり抜ける回避を持って一輝の攻撃を捌いていた。

 目の良さと勘の良さ。特に後者に関しては、剣の達人ともいえる一輝でも真似る事のできない、一種の未来予知染みた能力でもあった。

 一瞬の隙、刀が抜かれようとしたところで、一輝は大きく距離を取る。

 

「千日手、だな。終わんねぇよ、このままだと」

「そうだね。なら、今日の分を()()()()()()()

 

 元より、一輝は素の状態で鹿史郎に勝ち越せるとは思っていない。

 故の奥の手。そして同時に、一輝の全てであり、彼の努力の結晶がそこにはある。

 

 荒れ狂う魔力。全身に収まり切れなくなったそれらが吹き上がる。

 

 その光景に、ステラは目を見開いた。

 

「な、あ……魔力の増幅…………!?」

「いいや、違う。アレこそが、黒鉄が組み上げた伐刀絶技。そもそも、奴の本来の能力は身体能力の倍加だ」

「それは……」

「ああ、外れだ。伐刀者が持ちうる基本能力が、伐刀絶技など話にならない。ヴァーミリオン含めて、魔力による身体能力の強化は二倍程度の倍率には収まらないからな」

「で、でも、それじゃあアレは何なんですか!?明らかに、二倍なんて――――」

「奴曰く、百メートルを全力で走って余力が残る事はおかしい、ということらしい」

「は?」

「生来人間に備わっている安全装置(リミッター)を無理矢理に外し、時間にして僅か一分。己の全魔力を使い尽くす伐刀絶技。名を――――」

 

「――――“一刀修羅”」

 

 黒乃の言葉と共に、一輝の姿が掻き消える。その速度は、ステラの目にも留まらないほどに速い。

 縦横無尽とでも言わんばかりにフィールドを駆ける一輝が刃を振るう。

 ソレは後方。鹿史郎の斜め後ろからの不意打ち。

 だが、

 

「なっ……!アイツ、見えてるって言うの!?」

 

 いつの間にか鞘より抜かれた白刃が、カラスのように黒い刃と噛み合い火花を散らす。

 鍔迫り合いには持ち込ませず、直ぐに離れる一輝。続いて更に別の角度からの攻撃に移る、がコレもまた止められた。

 

「…………」

 

 鹿史郎は腰を僅かに落として鞘に納めた太刀を構えて居合の構え。

 その目は、一輝の動きを追ってはいない。ただ真っすぐに前に向けられており、微動だにしない。

 にもかかわらず、文字通り彼は見もせずに一輝の猛攻を防いでいるのだ。

 それどころか、僅かにでも隙があれば反撃を返している。

 

「――――“天×(テンバツ)”」

 

 神速の抜き。ほとんど同時に対象へと叩き付けられる×印を描いた斬撃を前に、ガードする一輝だが後ろへと弾かれていた。

 だが、ただ弾かれただけではない。

 切っ先をしたに向け、刀を立てるように受け止めた彼はその勢いのままに縦後方へと向けて右腕を回しながら体ごと回転。

 右腕が前へと来たところで、前方へとダッシュ。放つのは渾身の突きだ。

 迫る一輝を前に、振り切った刀を戻して鹿史郎はその柄頭を突っ込んでくるその鋭い切っ先へと向けた。

 柄頭と切っ先。ぶつかり合うには余りにも小さな互いの的は、しかしその標的を外すことなくど真ん中でぶつかり合う。

 ただ、この押し合いで勝ちを拾うのは、一輝の方だ。

 今の彼は、身体能力が数十倍にまで引き上げられている。加えて、元の身体能力にしても常人を遥かに上回る。

 渾身の突きに押される柄頭での打突。

 しかし押される力を逆に利用し、ベルトから抜いた鞘を左手に構えてそのまま納刀。反時計回りに回転して沈み込みながら逆に前へと踏み込む。

 狙うは鳩尾、鞘での打突。

 硬質な音が響く。

 なんと一輝は鞘による一撃を柄で受け、逸らしていたのだ。これによって直撃は無い。が、鹿史郎の攻撃はここで終わりではない。

 回転して踏み込んだ左足に力を込めてさらに踏み、その反動で鞘を受け止める一輝の体を上へと持ち上げる。

 これによって両足がフィールドから離れた一輝は動けない。

 この間に、鹿史郎は右手で刀を鞘より引き抜く。

 放つのは、体の捻りをバネにした右手一本による突き。

 狙うは、顔面。

 これを、体を捩って一輝は躱した。

 

「…………」

「三舟自身は、黒鉄の動き自体を追っていない。いや、追えるかもしれないがそれをすれば無駄に疲弊すると奴自身がよく知っているのさ。故に、勘だけで見て無い範囲をカバーしている」

「そ、そんな事が可能なんですか?異能でもなく……?」

「ふむ……一応のメカニズムとしては、奴自身の伐刀絶技に由来している部分があるな。滅多に使いはしないが」

「何か理由があるんですか?」

「奴曰く、威力が過剰すぎる、と。まあ、面倒くさいという理由もあるだろうがな」

 

 つくづく、勿体ない。黒乃はため息を吐く。

 黒鉄一輝は、ハンデ戦ではあるが元世界三位の“世界時計(ワールドクロック)”の二つ名を持つ黒乃にすら勝ち星を拾えるほどなのだ。

 そんな男を相手に、伐刀絶技を無しに正面から張り合っている。

 目や勘の鋭さだけではない。確かな剣士としての実力がそこにはある。

 だが、それだけのものを持ちながら、三舟鹿史郎はやる気がない。熱意が無い。今回の件も、黒乃が背を押さなければのらりくらりとステラからの押し込みも無視していた事だろう。

 

「…………どうして、そこまで」

「さて、な。詳しい事は当人に聞け。もっとも、答えるかどうかは別だがな」

 

 今まさに、一輝の渾身の振り下ろしと鹿史郎の居合がかち合う所。

 互いの一秒間に出せるであろう最善手の全てを互いに潰した上で残る、最後の一閃。

 

「…………ハァ」

「今回は、僕の負け、か……」

 

 鹿史郎の口から息が漏れて、体から力が抜ける。

 ふらつくほどの疲労感を覚えながら、一輝は人知れず、自身の左頬を撫でた。

 走る一筋の赤い線。血が滲むほどではないが、ソレは確かに鹿史郎から受けた傷だった。

 

(鳴雲雀……居合にまで限定させても、鹿史郎にはコレがあるから厄介だ……)

 

 一輝と違って、鹿史郎の剣には遠距離攻撃の手段がある。射程距離はどうあれ、剣の間合いの外から攻撃されるというのは、彼にとっては致命的だ。

 それらも踏まえた、一刀修羅。

 だが、発動すれば絶対に勝てるかと問われれば、ソレは否。今回のような負け方も少なくない。

 どれだけ速度を上げても、力を増しても、不意打ちは基本的に彼の勘によって阻まれてしまう。では正攻法で真正面から挑むとしたらどうだろうか。これは、一輝をしてその突破は難しいと言わざるを得ない。

 黒乃が現状の学園最強であると称した事には、誤りは無いのだから。というか、一輝は昨年度その場に一応立ち会っている。

 

「お前とやると疲れるな」

「ははは……伐刀絶技も使ってないのに、そう言われてもね…………」

「それは…………まあ、その内な」

 

 苦笑いしてへたり込む一輝に、鹿史郎は頭を掻いて目を逸らした。

 剣士としては、本気で相手している。iPS再生槽のお世話にならない程度には。

 だが、異能を扱う魔導騎士として見るならば、今の彼は片手落ちと言わざるを得ないだろう。

 面倒くさい、という気持ちも確かにある。疲れたくない、というのも。

 ただ同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()というのもあるのだ。誰にも言う気は無いし、口に出す気も無いが。

 一輝が、ステラが、その胸の内に抱えているものがある様に、鹿史郎もまた一人の人間であるという事。

 彼はまだまだ、成人もしていない子供だった。



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 大きな欠伸が一つ零れる。

 三舟鹿史郎は、窓際の床に座り込みぼんやりと天井を眺めていた。

 ここは自室、ではない。その隣である一輝とステラの部屋だ。

 何故彼がここに居るのかといえば、ぶっ倒れた一輝を部屋へと運び、その後に部屋に戻ろうとしたところでステラに呼び止められたから。

 そのままぼんやりと過ごしてれば、意を決したようにステラが口を開いた。

 

「ねぇ、カシロウ」

「ん?」

「アンタが、伐刀絶技を使わない理由って、なんなの?」

「………いきなり、ぶっこんでくるな」

 

 ()()()()()()()だが、視線を前へと向けた鹿史郎にガーネットの様な瞳が向けられていた。

 その瞳に宿る意思の強さの様なものを読み取り、彼は気まずそうに頭を掻く。

 

「…………単に、面倒ってだけさ」

「使えない訳じゃないのよね?」

「その辺は、キッチリしているさ。何より、使うべき場面なら流石に使う」

「じゃあ、イッキやアタシには使う場面じゃない、の?」

「あー、皇女殿下は兎も角一輝に関してはちょいと違う」

「アタシは兎も角って……あと、その皇女殿下ってのは止めて頂戴。ステラで良いわよ」

「え、だって現状のあー……ステラには明確な弱点があるからな」

「弱点?」

 

 首を傾げるステラ。

 潤沢すぎる魔力。強力な異能と伐刀絶技。あらゆる面が高水準で纏まり、強いて挙げればまだまだ彼女を上回る剣術家が少なくないという点か。少なくとも、一輝と鹿史郎は彼女以上の使い手であるだろう。

 だが、裏を返せばそれ位しかない。そもそも、並みの伐刀者では近付いて切りつける事すら真面に出来ないだろう。

 分かっていない彼女に、鹿史郎はひらりと手を振った。

 

「メンタルさ」

「メ、メンタル?」

「ああ。皇……ステラは、俺がアンタの攻撃を切り裂いた時、動揺しただろ?」

「………そうね」

「そこから、精彩を欠いてた。なまじ強い分、一度崩されると脆いのさ」

 

 胡坐をかいて、その上で頬杖をついた鹿史郎はあっけらかんとそう言った。

 どれだけ剣の腕が上でも、魔導騎士としての強みは魔力の運用なども含まれる。

 模擬戦でも、ステラの動揺が無かったならば、結果は違っていたかもしれない。仮に、行きつく先が変わらなかったとしても、その道筋は違っただろう。

 指摘を受けて、ステラは考える。

 頷けるところはあった。確かに自身は、自分の攻撃を突破された事に動揺していた、と。

 いや、そもそも、

 

「それ以前に、カシロウにアタシの剣は当たらなかったわよね」

「そりゃ、見えてるんだから躱せるだろ?」

 

 これまたあっけらかんと言うが、事はそう簡単な話ではない。

 どれだけ見えていても、躱せると分かっていても自分に向かって武器を振るわれるという恐怖は拭い去れないものだ。心のどこかで、基本的に燻っている。

 単純な防御よりも回避の難易度が高いのは、そう言う面があるからだ。

 だが、鹿史郎は防御よりも回避を優先する。

 受けが出来ない訳では無い。一刀修羅を発動した一輝を捌ける程度にはその辺りも習熟している。

 

「それも、面倒だから?」

「それもある」

「あるのね…………」

「でも、それ以上に鍔迫り合いのメリットが無いからだな」

「メリット?」

「ステラみたいな相手と押し合いになれば、潰されるのが落ちだ。それに魔導騎士なら、固有霊装に触れた事をトリガーにして能力が発動する場合もある」

「成程……ソレは確かに、一理あるわね」

「ま、悪癖でもある。見た目との誤差を起こさせるようなタイプには意味がない。勘である程度は躱せるけど」

「それも、アンタの異能じゃない訳ね?」

「一応……副産物って所か。ただ、日常的に使い勝手が良いモノじゃない。身の回り程度にしか役に立たねぇよ」

 

 ケッ、と顔を顰める鹿史郎は再び天井へと視線を向けてしまった。

 それから、一輝が起きるまで適当な会話が交わされる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて四月。まだまだ肌寒い春の朝。

 破軍学園の正門前には三つの人影があった。

 

「お疲れー」

「ハァ……ハァ……タイムは?」

「最初の遅れを加味しても、昨日と同じだな」

 

 門に繋がる壁に凭れかかって座り込んだ鹿史郎は、そう言ってスポーツドリンクの入った水筒を一輝へと投げ渡す。

 本当ならば、惰眠を貪っていた所の彼だが、既に理事長である黒乃に釘を刺されていた。

 

――――曰く、サボり過ぎれば容赦なく留年させる。寝坊は論外

 

 これが単なる脅しではない事は、抜本的改革として教師陣を大幅解雇&雇用を行った事からも明らか。

 流石に面倒だから、という理由は通る筈なく、鹿史郎自身もその辺りは弁えている。

 一輝が息を整え、のどを潤している頃ふらふらになりながら、汗だくのステラがやって来る。

 

「ご、ゴール……!」

 

 両手を挙げた彼女は、正しく疲労困憊のお手本の様な有様だが、しかし彼女は走り始めて三日ほどしか経っていない。

 一日目、ステラは途中で倒れ、ため息を吐く鹿史郎に担がれて戻ってきた。

 二日目、ステラは吐いた。

 そして三日目、彼女はふらふらになりながらも、それでも一輝が日課にしている二十キロの超高負荷ランニングを走破した。因みに、内容はランニングとダッシュを交互に行う地獄を心肺機能に強いるというもの。

 才能に欠けるからこそ、伸ばせる身体能力の項目。その基礎としてのスタミナ増強並びに心肺機能の強化。

 その面で言えば、彼は学生騎士の誰よりも優れているかもしれない。

 へたり込んで荒く息を吐くステラ。そんな彼女の下に、冷えたスポーツドリンクのボトルが一輝から差し出された。

 

「お疲れ様、ステラ。はいこれ、スポーツドリンク」

「あ、ありがと………ん」

 

 火照った体にスポーツドリンクが染み渡る。

 半分ほど飲み干して、ふと彼女はここ数日よく行動を共にする鹿史郎へと目を向けた。

 

「カシロウも、結構体力あるわよね?」

「ん?何だよ、急に」

「初めて走った時、アタシを回収しに来たでしょ?アレって、アタシを背負って二十キロ走った事と変わらないんじゃないかしら?」

「んー……そもそも、俺と一輝じゃ求めるものが違う」

「そうだね。鹿史郎も確かに鍛えてるけど、多分僕ほど体を鍛える事に執心してる事はないんじゃないかな」

「それって、面倒だから、かしら?」

「これに関しちゃ、ちと違うな。一輝の場合は、伐刀絶技に素の状態のフィジカルがダイレクトに響く。どれだけ高倍率の身体強化も、元の体がヘボじゃ話にならねぇしな」

「逆に、鹿史郎は基本戦術が待ちのカウンターだからね。僕ほど動かなくていいし、そもそも魔力で強化しても良いんだから、寧ろ逆に鍛えすぎると動きに支障が出る可能性があるんだ」

「筋肉の付き過ぎって事?」

「過ぎたるは猶及ばざるが如し、って奴さ。筋肉ってのは重い。あんまり付いても、俺としちゃ荷物が増えるだけなのさ」

「…………アタシも、止めた方が良いかしらね」

「いや、ステラの剣は剛剣だから、筋力の強化は寧ろ攻撃力へのプラスになるよ。気を付けるべきは、強くなった筋力の結果、剣筋が歪まないようにする点じゃないかな」

 

 アスファルトに座り込んだまま、ステラはしきりに頷いていた。

 一輝も鹿史郎も、剣の腕前は自分よりも上なのだ。同時に、彼らからの指摘や指南は自身が強くなるうえでも有用な点が多い。

 特にここ数日、彼女は痛感していた。

 

(最低でも、カシロウに勝てる程度のスタミナは欲しいわね。相手より先にバテたら勝てるものも、勝てない)

 

 異能や魔法に特化する魔導騎士は多いが、しかし本当の強者は近接戦闘にも力を入れている。

 気合い新たに覚悟するステラ。その一方で、一輝は改めて校門、正確にはその脇の壁に設けられた看板へと目を向けた。

 本日、破軍学園は始業式を迎える。

 

「………漸く、かな」

 

 ポツリと呟く一輝。その言葉には、この一年間で積もった思いが籠っている。

 昨年度は、チャンスの一つも与えられなかった。それでも腐らずに剣を振っては来たものの、それでも澱のように燻るものがある。

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、しかし鹿史郎は放っておいた。

 熱意に足りない彼だが、それでも一輝がこの一年、いやこれまでの人生でどれ程の不当な扱いを受けてきたのかは昨年一部垣間見たので。その上でかけられる生半可な言葉など無い。

 

 とにかく始まる新年度。その初日は、彼の血縁によって何とも慌ただしく始まる事になる。



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 教壇では、二年一組を担当する男性教諭が今年度より決まった七星剣武祭における代表選抜戦の説明を行っていた。

 その話を聞き流しながら、三舟鹿史郎は机に頬杖をついて窓から空を見上げる。

 再三再四とはなるが、彼に戦いに対するモチベーションは無い。

 一輝は己の夢の為に、ステラは国の為に、それぞれがそれぞれに目標を持ち努力を重ね、そして遥かなる高みを目指している。

 それが、鹿史郎には無い。やる気も、熱意も、信念も、無い。

 ここまでないない尽くしで強いのだから、理不尽だ。

 うとうととしながら舟を漕いでいれば、今日の分は終了らしい。元より、始業式だけで授業は明日以降となる。

 

「くあ…………あふ」

 

 大きな欠伸を一つ零して、この後の事を考える。

 一輝たちならば、この空き時間にも鍛錬を行い自己研鑽を欠かさないのかもしれないが、生憎と鹿史郎にはその手のモチベーションは無い。

 とりあえず、部屋へと戻ろう。そう決めて席を立ちあがり、

 

「カッシロウーーーーーーーーッ!!!」

 

 爆音が横から殴り掛かってきた。

 思わず横に傾いた体を立て直して、音の出所である教室後方の扉へと目を向ければ、そこに居たのは体操着姿のボーイッシュな少女の姿があった。

 

「兎丸」

「お、居た居た!かいちょーが呼んでるよ!」

 

 少女、兎丸恋々にそう言われ、鹿史郎の眉間に皺が寄る。

 彼女はこう見えても生徒会役員を務めている。そして、そんな彼女がメッセンジャー兼案内人として迎えに来たという事は逃げられないという事でもある。

 何せ、彼女の二つ名は“速度中毒(ランナーズハイ)”。走力という点では学園で勝る者はまず居ない。

 逃げる事は実質不可能。鹿史郎はため息を吐きだした。

 

「ハァ…………何でまた、急に?」

「生徒手帳にメッセージ送っても無視するからじゃない?」

「あの人苦手なんだよ……毎度狙われる側の身になれっての」

「仕方ないじゃん。去年カシロウが勝っちゃうからそうなるんだよ」

「…………ここでやる話じゃあねぇな」

 

 周りが揺らいだことを感じ取り、鹿史郎は席を立つと兎丸を引き連れて教室の外へ。

 廊下を生徒会室へと進みながら、彼は隣を歩く少女を見下ろした。

 

「お前、ああいう所で言うもんじゃねぇだろ」

「そうかな?でも、カシロウが勝ったのは事実じゃん。何で隠す訳?」

「やっかみやら何やらが煩わしい」

 

 破軍学園のみならず、魔導騎士養成学校としてやはり注目されるのはその強さだ。

 強ければそれだけ注目を集め、何かと周りの視線に晒される事になるだろう。

 良くも悪くも。

 十人十色という言葉がある様に、一様に好意的な目を向けられる訳では無い。

 そんな目に遭うぐらいならば、注目などされたくない。序列も、名誉も何もいらないと鹿史郎は考えてしまっていた。

 同時に、嫌でも目立ちかねない現状にげんなりとして、目が死んで来る。

 そんな隣の様子など知らない兎丸はにんまり笑う。

 

「アタシとしては、楽しみだなー。選抜戦ってランダムでしょ?それじゃあ、鹿史郎とも当たるって訳だし」

「俺は嫌だ。代表になるって言うなら楽になった方が良い」

「あれ?代表には成るんだ」

「手ぇ抜けねぇんだよ」

 

 意外そうな兎丸だが、鹿史郎とてなりたくてなる訳では無い。

 無論、楽に勝てるとも思っていない。ステラや一輝、そして件の生徒会長などが本気で向かってくるのならば苦戦は必至なのだから。

 この辺りは、彼自身も自覚していない、無意識の傲慢さというものが滲み出ているとも言えた。

 そうこうしている間に、辿り着いた生徒会室。

 ノックもせずに、兎丸がその扉を開け放つ。

 

「かいちょー!カシロウ連れてきたよー!」

「ノック位しろよお前……」

 

 ずかずかと入って行く背中を追って、鹿史郎も生徒会室へ。

 待っていたのは、四名。

 生徒会書記、砕城雷。生徒会会計、貴徳原カナタ。生徒会副会長、御祓泡沫。

 そして、破軍学園序列第一位にして生徒会長を務める東堂刀華。これに、生徒会庶務の兎丸恋々を加えて生徒会メンバーという事になる。

 

「よく来てくれましたね、三舟君」

「どーも」

 

 にこやかに出迎えた刀華に対して、しかし鹿史郎は露骨に目を逸らす。

 子供っぽい反応ではあるが、それだけ彼はメガネの彼女を苦手としていた。ぶっちゃけ、今すぐにでもこの場から逃げ出したい。

 

「そこまで嫌わなくても、良いのでは?」

「…………だったら、顔合わせる度にその目を向けて来ないでほしいんですけど?」

 

 そう、鹿史郎自身何の意味も理由も無く東堂刀華という女性を苦手としている訳では無い。

 普段はポヤンとした感じの女性なのだが、しかし戦場に一度立てばその姿は宛ら雷人の如し。同時に、雰囲気と共にその目は鋭くなる。

 戦闘狂、では無いがしかしそんな剣呑な視線を向けられて穏やかで居られる者などそうは居ない。

 刀華としては、そこまで気配をとがらせているつもりはないのだが、無意識な面が出てしまっているのだろうか。

 

「あはは☆言われてるよ、刀華。そうギロギロと目を尖らせてると、最後には泣かれちゃうかもね」

「…………御祓先輩も割と視線鋭いっすけどねぇ」

「何か言った☆?」

「…………」

 

 チラリと泡沫の視線が向けられ、鹿史郎は肩を竦める。

 破軍学園生徒会は、泡沫を除いて全員が序列持ち。それも一位から四位までという全員が上位の伐刀者。

 そして泡沫の方も、珍しい因果干渉系の能力持ちである。

 何より、全員が全員大なり小なり、三舟鹿史郎という男に注目していた。

 

 だから嫌なのだ。

 

「コホンッ…………三舟君」

「はい?」

「今回呼んだのは、七星剣武祭代表選別戦についてです」

「あー、出ますよ?一応。というか、既に理事長に釘刺されてんですけど」

「なら、良いんです…………ここだけの話、学内からは貴方が昨年の七星剣武祭に出なかった事が少なからず噂となって広がっています」

「はあ?何でまた急に」

「貴方のせいですわよ、三舟君」

 

 カナタの指摘が飛ぶ。

 

「数日前に行われた模擬戦。春休み中という事もあり、それほど多くの観客はいなかったと聞いていますの。しかしながら、片や昨年度の首席入学生、片や一国の姫君であり、尚且つ世界有数の魔力量に加えての首席入学。そんな二人の決闘が噂にならないとでも?」

「……まあ、なるわな」

「加えて、三舟君。貴方、()()伐刀絶技を使わずに戦いましたね?そんな戦い方をすれば、注目を集めてもおかしくはないでしょう?」

 

 カナタの言葉を引きついだ刀華に指摘されて、鹿史郎は顔をそむけた。

 魔導騎士にとっての伐刀絶技は、必殺技。決め技であり、勝敗の有無を分ける。

 黒鉄一輝の“一刀修羅”然り。

 ステラ・ヴァーミリオンの“妃竜の息吹(ドラゴンブレス)”然り。

 そんな中で、三舟鹿史郎は伐刀絶技を使わない。使えないのではなく、使わない。というか、この学園に彼の異能の中身を知るものがいったいどれほど居るだろうか。

 当然目立つ。悪い意味で。

 

「私との決闘でも使わなかったんですから、よっぽどの理由があるのは分かります。ですが――――」

「はいはい、分かってますって……」

 

 お説教へと移行しようとする刀華の言葉を遮って、鹿史郎は首を振る。

 どうにも彼女と話していると、こうしてお説教のような流れになってしまうために苦手だった。

 

 零れるため息のままに、思い出すのは去年の事。

 

(でもなぁ…………)

 

 後悔はすれども、しかし出たくはなかったのもまた事実。

 結局のところ、自分自身の我儘が回りまわって自分の首を絞める事に繋がっているだけという事だった。



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 時計の針は巻き戻って、昨年の事。

 七星剣武祭に向けての代表が選別され、公示の前に生徒六名へとその通知が生徒手帳へと飛ぶ。

 能力値で選ばれるとはいえ、学校そのものから目を掛けられている証左でもある。

 

「………つまり、代表を辞退すると?」

「まあ、そっすね」

 

 だからこそ、この手の選手は珍しい。

 理事長黒鉄厳の前で、うなじを撫でながら三舟鹿史郎は頷いた。

 代表公示の数日前の事だ。突然彼は理事長室を訪れて、代表辞退を申し出てきた。

 一応、居ない訳では無い。代表を辞退する生徒というのも。だが、高ランクの学生騎士たちは幼少期より戦いの場に身を置いている場合が多く、箔をつける為にも寧ろ七星剣武祭の代表に自らを売り込もうとする場合の方が多い。

 だが、今黒鉄理事長の前に立つ少年はその逆の道を行こうとしていた。

 

「理由を聞こう。相応のものであるならば、特例として認可する」

「あー……面倒だから?」

「なに?」

「いや、俺は七星剣武祭に興味ないんで。七星剣王の称号とかも」

 

 厳めしい眉間に皺を寄せる理事長に対して、ボサボサの白髪頭はヘラリと笑う。

 

「俺みたいなやる気のない人間よりも、やる気のある代表漏れした奴を出した方が建設的って事です、はい」

「ならば、許可はできんな」

「は?」

「近年の破軍学園は、七星剣武祭においても成績を残せていない。学園として有力候補を遊ばせておく余裕は無い」

 

 七校対抗の七星剣武祭による影響力というものは馬鹿に出来ない。それも、その頂の称号である七星剣王ともなれば、猶の事。

 首席入学に加えて、リトルリーグにおける成績を加味すれば三舟鹿史郎の申し出は突っぱねられて然るべきこと。

 話は終わったと言わんばかりの黒鉄理事長の姿に、鹿史郎は肩を落とす。

 そしてポツリと一言。

 

「…………仕方ねぇ、転校するか」

 

 資料を整理していた理事長の手が止まる。

 学校が合わずに転校する、というのはままある事だ。寧ろ、完全な不登校になるよりも手間がかかっても環境を変える事は決して間違いではない。

 しかし、こと伐刀者養成学校では意味合いが違う。

 在籍する生徒の一人一人が、戦力だ。学園にとっても、国家にとっても。

 そして、学園にとっては強力な伐刀者を世に排出する事は、そのまま自校のブランドを高める事にも繋がっていた。

 やる気は無いが、しかし三舟鹿史郎は二つ名を持つBランク伐刀者。そんな彼が、他所の門を叩けば受け入れる所も少なくは無いだろう。彼自身、まだ一年生であるのだから。

 顔を上げた黒鉄理事長の視線と、長い前髪の隙間から覗く瞳がかち合う。

 

「なんです?俺は別に、高校の卒業資格が取れればそれで良いんです。別に破軍じゃなくても、貪狼なんかに転校しても良い。おっと、なら何で魔導騎士育成のこの学校に居るのかって質問は飽きてるんで。単純に学費の為っすよ。伐刀者は国が支援してる。奨学金に関しても手続しやすいんで」

 

 千人に一人の特異存在。加えて、軍事力の要となるかもしれない伐刀者へは支援が何かと充実していた。

 利用する学生騎士は珍しくない。鹿史郎もその一人であるというだけ。

 

「…………良いだろう。理事会に掛け合うとしよう」

「どーも。良い返事を期待してます」

 

 押し負けた黒鉄理事長の言質を取って、鹿史郎は一つ頭を下げた。

 

 二日後、非公式戦として彼は、“雷切”と相対する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二訓練場。この日、ここでは人払いが行われ関係者のみの出入りが許されていた。

 

「めんどくせぇな…………ま、仕方ねぇか」

 

 柔軟をしながら、鹿史郎は控室で一人ぼやく。

 面倒くさがりの彼だが、この辺りが落としどころであると判断したのだ。

 この一戦で勝てば代表辞退。その後の、撤回は無し。負ければ、大人しく代表として出場して七星剣王となるべく尽力する。

 念書も書いた。後は事を終わらせるだけ。

 程々に体を解して鹿史郎は立ち上がる。すると、控室にノックの音が転がった。

 時間かと返事をしようとするが、その前に入ってきたのは小柄な人物。

 異質なものを感じるが、しかし武人としては脅威足りえない。それが初対面で鹿史郎の抱いた印象だった。

 小柄な彼、御祓泡沫はにこやかに笑みを浮かべる。

 

「やあ、三舟鹿史郎君」

「………どーも?案内人、じゃないっすよね」

「うん。ボクは御祓泡沫。二年生だよ」

「…………それでその、御祓先輩が何の用っすか?」

「恐れ知らずの後輩を見に来たんだよ」

 

 さらりと言ってのける泡沫。しかしその目は表情のようには笑っていない。

 

「恐れ知らず?」

「これは老婆心で言うけど、降参する事を進めるよ」

「やる前からっすか?」

「相手が、刀華じゃ、万が一にも君には勝ち目が無いだろう?」

「……ハッ、随分と相手の肩を持つんすね」

「純粋な事実さ。刀華の背負ってる重みは、君には無いんだから」

 

 ハッキリと言いきられ、ここで初めて鹿史郎と泡沫の目が正面からかち合った。

 沈黙が流れる。

 

「…………重み、ね」

 

 頭を掻く鹿史郎がポツリと呟いた。

 

「まあ、言いたいことは分かりますけどね…………ソレは所詮、アンタの自論だろ?」

「そうだね。でも、事実でもある。この学園で、最強は刀華だしね」

「背負ってるから、強いってか?……ま、俺には関係ないんで」

 

 何かを言おうとしたのかもしれないが、しかし適当に濁した鹿史郎は、そのまま泡沫の脇を通って控室を出る。

 泡沫は、その後を追って来なかった。通路に響くのは一人分の足音だけ。

 薄暗い中に浮かぶその表情は、完全な無。内心は読み取れない。

 そして辿り着くフィールド。

 閑散とした観客席は薄暗く、その一方で戦いの場である舞台は煌々と照らされていた。

 ゆったりとした足取りで前へと進み、舞台の縁へと腰かけて一つ息を吐き出した。

 程なくして観客席に数人が入って来る。同時に、舞台へと上がるための通路にも気配が一つ。

 

「……早いですね」

「どーも」

 

 ()()()()()()()東堂刀華の鋭い目が、頬杖をつく鹿史郎へと向けられる。

 

「今回の件、私としても承服しかねる部分があります。三舟君、貴方の実力があれば七星剣武祭でも良い成績が残せるでしょう?」

「俺は別に、名誉とか評価とか興味ないんで。とっとと始めましょうや」

 

 立ち上がって尻を叩いた鹿史郎は、さっさと舞台の中央辺りにまで歩を進めた。

 その背を見送りながら、刀華は眉根を寄せた。

 今日の模擬戦は唐突だった。理事会からの指示として生徒手帳へと通知が飛び、あれよあれよという間に場が整えられて今に至る。

 発端が舞台に立つ少年にある。その理由も聞き及んだ。

 

(……ほとんどが、怠惰。というよりも、惰性?)

 

 自分よりも年下でありながら、まるで定年後の独居老人の様な有様。

 刀華としても数は少ないが、しかし彼女の境遇の中で何度か見た事のある目をした少年。

 気にはなる、なるがしかし学園の為にも戦力を手放すような事にはなってほしくない。となれば、勝つしかないというのが実情だ。

 果たして、両雄相対する。

 

『それでは、これより非公式戦を開始します。両名は、固有霊装を実像形態にて呼び出してください』

 

 機械音声がスピーカーで流される。

 それぞれの手に現れる固有霊装。くしくも、同型。鞘に入った刀という形状のそれらを左手に携え、両者は睨み合い。

 

『準備は宜しいでしょうか?では、3……2……1――――LET's GO AHEAD(試合開始)

 

 ついに始まる非公式戦。ただ、両者初手は共に様子見を選択していた。

 鹿史郎は兎も角として、刀華が得た彼に関する戦闘情報といえば、入試の際の模擬戦と、それから小学生の頃に行われた“風の剣帝”との一戦プラスその前の数戦といった所。

 何かしらの異能を用いたのでは、というシーンは多かったが何れも伐刀絶技は無し。入試に至っては、相手を一刀で切り伏せてしまっていた。

 剣を振るう者からすれば、嫉妬を覚えさせるほどの技のキレ。特に“鋭さ”という点においては刀華自身後塵を拝しているだろうと、思っている。

 しかし、このまま睨み合っても時間は無為に過ぎるばかり。

 

「…………ッ!」

 

 距離、凡そ二十メートル。刀華にしてみれば、踏み潰すまでに一秒とかからない。

 彼女の二つ名であると同時に、伐刀絶技でもある“雷切”。

 その術理は、レールガン。電磁加速を利用し、刀を鞘より射出、その勢いのままに切り裂く雷速の一刀である。

 傍から見れば、今の刀華は黄金に輝く弾丸と化していた。その勢いのままに一刀両d――――

 

「ッ……!」

「まあ、そう来るよな」

 

 刀華の抜き放った一刀に伝わったのは、肉断つ感触ではなく硬質な手応え。

 命断つ一刀は、しかしその前に差し込まれた鞘入りの太刀によって阻まれていた。

 突進と“雷切”の衝撃によって後ろへと弾かれた鹿史郎はしかしながら全くの無傷でフィールドに着地し鍔元を握っていた瑞煙(太刀)を右手から左手へと移し、右手を衝撃を逃がすように振っていた。

 初見でこの男、相手の代名詞(雷切)を見切りやがったのだ。いや、彼の視力をもってしても黄金の弾丸と化した刀華を捉える事は難しい。

 その答えに気付いたのは、観客席に居た一人の老人。

 “闘神”南郷寅次郎。九十を過ぎた国内最高齢の魔導騎士であるが、その実力はまだまだ生半可なものでは傷一つ付けられないかもしれない。

 今回は、弟子である東堂刀華が戦うという事で顔を見に来た次第。

 

「成程……あの小僧、剣の腕じゃあ刀華よりも上か」

「おいおい、じじいどういう事だ?」

 

 問うのは、隣に座る西京寧音。“夜叉姫”の異名をとるAランクの騎士であり、KOKにおける世界ランキング第三位の実力者。

 

「あの小僧、“直観”を持っておる。それも、尋常ではない研ぎ澄まされた」

「直観…?それで、刀華の“雷切”を防げるか?」

「無理じゃろうな。しかし、小僧はやった。その直感、コンマ数秒以下の時間で行わなければならない動作を()()()で熟した」

 

 思考を挟む事のない最善手を打つ直観力。

 その下地には、膨大な経験と訓練が必要となる。それを実戦で用いるならば、猶の事。

 三舟鹿史郎にこの下地は無い。彼の場合は、生来持ち合わせたセンスと勘を組み合わせた、言ってしまえば心眼とでも称せる先見の明。

 “雷切”が来る事を無意識に察知した体は、その対処のために動いた。一秒未満で。

 高速戦闘を行う場合、鹿史郎は思考を挟まない。

 

――――“鳴雲雀”

「ッ!?」(斬撃!?)

 

 甲高い鳥の声の様な音が響き、同時に鋭すぎる衝撃波が刀華を襲う。

 反射的に挟まれた固有霊装“鳴神”によって致命傷こそ避けるが、その体に赤が走った。

 両者の距離は五メートル程だった。十分に、“鳴雲雀”の射程圏内だ。

 目を見開く刀華。そこに、抜刀したままの鹿史郎が駆ける。

 ただ、彼女がクロスレンジで強いのは、何も“雷切”があるからだけではない。いや、要因の一つではあるだろうが。

 

「!」

 

 見開かれる刀華の目。

 彼女の目は伐刀絶技“閃理眼(リバースサイト)”によって相手の伝達信号を読み取る事が出来る。

 人間の動作は、その伝達に僅かな電気が用いられている。その信号を読み取る事で次の動きを察知。狙いに加えて、カウンターも取りやすい。

 だが、

 

(これは………)

 

 迫る刃と鞘による変則的な二刀流を捌きながら、刀華は内心で驚嘆する事になる。

 視線が一切動かない。寧ろ、何処を見ているのか分からない。強いて挙げれば、虚空その物だろうか。

 対処できるのは、電気信号そのものには異常が無いから。

 ただ、空っぽなだけ。精神がごっそり無くなってしまったかのように、刀華には彼の中身がサッパリ読み取れてはいなかった。

 

「くっ……!」

 

 鞘での強打を受けて刀華は後退。距離が開いた。

 

「あらら………仕留める気だったんだが」

「ふぅ……その割には、致命傷が全て鞘だったみたいですけど?」

「偶々でしょうよ」

 

 肩を竦め、鹿史郎は右手の太刀を鞘へと納めた。

 落としていた腰を上げ、限りなく脱力しながら太刀を左側の腰のベルトへとねじ込む。

 そして、鯉口を切った。

 

「長引かせるのも面倒なんで、次は本気で抜きますね」

 

 棒立ちのままに鯉口を切った鍔へと左親指を掛けるその立ち姿は、端的に言って隙だらけ。

 だが、気配が変わった事を刀華は感じ取る。

 先程までの事が、本気ではなかったという事。スロースターター、なのだろう。エンジンがかかるまでに遅い。

 その一方で、一度でも本気になるのならそこに立つのは悪鬼羅刹のソレだと思え。

 ユラリ、と彼の体が左右に風に揺られる柳のように揺れる。

 

「ッ!」

 

 響く、金属音。

 揺れたかと思った鹿史郎は、次の瞬間には刀華から見て右側より斬りかかっていた。

 ぶつかり合う白刃。

 

「ぐっ………!?」

 

 刀華の左二の腕に赤が走った。

 先ほど見た技(鳴雲雀)かとも思う刀華だが、先程の一撃には甲高い音は無かった。

 にもかかわらず、受け太刀の度にその体には傷が刻まれていく。

 状況の打開のために、刀華は雷電をその刀身へと纏わせる。接触する事で、相手の固有霊装を伝って痺れさせることが出来るのだ。

 だがその目論見は、鹿史郎の振るう太刀の刀身に灰色の魔力が纏わりつく事によって阻まれてしまっていた。

 魔力は、その伐刀者の性質を如実に表す。鹿史郎の場合もその例に漏れず、絶縁体の如くその雷電の進行を阻んだ上で刀華に出血を強い続けていた。

 

 三舟鹿史郎の剣は、決して重くはない。

 ただ、只管に、

 

「――――鋭い」

 

 南郷寅次郎は唸り、顎を扱く。

 剣を振るうには、重視すべき刃筋というものがある。剣士にとっては、永遠の命題の一つでもあるだろう。

 どれだけ垂直に振るったつもりでも、人間は機械ではない。どれだけの達人でも、そこには僅かなブレの様なものが存在する。

 “闘神”の二つ名を有する彼をして、唸る鋭さ。三舟鹿史郎の太刀筋は、どの角度からの打ち込みも限りなく垂直で鋭すぎるほどに。

 

「アレが、あのガキの異能って事か?」

「いや、違う。アレはあくまでも、あの小僧の技術の上で成り立つものよ」

「………さっきの居合か?」

「そうじゃの。アレは鞘の中で加速させた切っ先で衝撃波を生んで対象を切り裂いておる。助走があってこその切れ味じゃろう。じゃが、射程を無視すれば小僧の斬撃全てに副次効果的にあの鎌鼬は乗るらしい」

 

 寅次郎の言葉に、寧音は絶句する。

 異能を有する魔導騎士にとって異常は日常であると言える。千差万別の力があるのだから、今フィールドで起きているような光景を再現することも出来るだろう。

 だが、ソレを独力で。異能など無しに起こそうと思えば、いったいどれほどの修練が必要になるというのだろうか。

 

「じじいは、出来るか?」

「さてな……じゃが、教えられるような人間をワシは知らん」

 

 彼のその言葉は、つまり三舟鹿史郎という男はある意味で剣の極致へと一人で至ったという事に他ならない。

 今も、雷速で距離を取って遠距離攻撃を行う刀華からの雷の斬撃を魔力を纏わせた太刀一振りで全て切り伏せながら前進し続けていた。

 

(ここまで、差が…………!)

 

 “鳴神”を鞘へと収め、刀華は荒く息を吐く。

 初手の“雷切”を防がれた時点で、鹿史郎の技量に関しては警戒していたつもりだった。だったが、その認識は甘かったとしか言えない。

 御祓泡沫は、東堂刀華の背負う重さを語ったが、鹿史郎にしてみればそんな物あろうと無かろうと勝敗には関係ないと考えていた。

 

 勝った方が強く、負けた方が弱い。そこに、背負ったものの軽重は無い。

 

 自論、という程でもないが反論しなかったのは水掛け論を嫌ったから。

 相手の論に興味が無いのに、態々バチバチとやり合うなど()()()()()()()()()()()

 

 覚醒の間隙を縫う“抜き足”という技法がある。

 特殊な呼吸法と足運びによって相手の意識の隙間へと潜り込む幻惑の技。

 だが、これは試す間もなく鹿史郎には通用しない。

 彼の目は、東堂刀華を含めた視界の全てを見ているのだから。

 視界による注目を行わず、直感と直観の合わせ技である心眼を持って敵を切る。

 苦し紛れの“雷切”は、しかし出血も相まってキレも何もかもが足りない。

 

――――銀風浪月(ぎんぷうろうげつ)

 

 すり抜ける様に“雷切”を躱し、すれ違いざまに幾筋もの銀閃が刀華の体を切り刻む。

 ただ、不思議な事にその体には先程までの受け太刀の過程でついた傷ばかりであり、切り刻まれた傷は見受けられなかった。

 交差の直前、鹿史郎は固有霊装を幻想形態へと切り替えていた。

 甘いが、しかし両者の間にはその選択を通せるだけの実力差が横たわっていたのだから。

 一度太刀を振るって、鞘へと納める鹿史郎。

 

 因縁の一戦は、こうして幕を下ろした。新たな火種を携えて。



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 時計の針が戻って現在。入学式が終わって暫く経った頃。

 

「くぁ…………眠ぃ」

 

 大きな欠伸を隠そうともせず、三舟鹿史郎は大きく伸びをする。

 身に纏うのは寝間着の着流し、ではなく黒のサルエルパンツに灰色のシャツというラフな格好だ。

 場所は校門。共に居るのは一輝とステラの二人。

 

「なあ、良かったのか?」

「ん?なにが?」

「いや、折角再会した妹に遊びに誘われたんだろ?俺も、呼ぶ意味あるか?」

「まあ、ステラもついてきてるし…………それに、珠雫も僕がお世話になった人に会いたいって言ってたからさ」

 

 一輝の言葉を受けて、鹿史郎は変な顔をする。

 スタンス的にも、鹿史郎は何かと学園では避けられがちな生徒の一人だ。特段気にしていないが、しかしそれでも好意的に接してくる相手と言うのは邪険にしづらいものがあった。

 バリバリと頭を掻く鹿史郎に、ステラは首を傾げる。

 

「そう言えば、アンタってあんまり剣を振るってる所見ないわよね。イッキのランニングにも付いてこないし」

「まあ、そうだな。ランニングの時にも言ったが、俺にとっちゃスタミナの強化はそこまで旨味が無い。まあ、面倒だってのもあるけどな」

「それでも強いんだから、理不尽だわ」

「お前がそれ言うか?世界屈指の魔力量持ちのお前が?」

「僕からすれば、どっちもどっちだよ」

 

 魔導騎士ランクAと、そんな騎士に勝てる学園最強。

 一応、一輝も後日ステラとの決闘で勝利してはいる。だが、それだけで自身が学園最強(三舟鹿史郎)と同格であるなど考えてはいなかった。

 

(ステラも鹿史郎も、ほぼ確実に代表に選ばれる。というか、二人が負ける所を想像できないよね)

 

 一刀修羅を用いて勝てたステラも、次からはそう簡単にはいかないだろう。鹿史郎に至っては、そもそも伐刀絶技を使って来ないのだから底が知れない。

 自分には無い(才能)を持つ彼らを前に、しかし一輝は項垂れない。

 才能の無さなど今更の話なのだから。

 ポツポツと言葉を交わしながら、しかして待ち人は現れず。

 

「それにしても、遅いわね」

「同じ寮なら同時に出て来れるんだけどね。まあ、もう直ぐじゃないかな」

 

 破軍学園の学生寮の内、第一学生寮が一輝たちの部屋がある。その一方で、彼の妹である黒鉄珠雫の部屋は第二学生寮であり、その位置は校舎を挟んで反対側。

 だからこそ、こうして学園の出入り口である校門の辺りで待ち合わせをする事になっていた。

 

「それにしても、ステラがそこまで映画に興味があるとは思わなかったよ」

「…………だって、あんな薄暗いところに、イッキとシズクを二人きりに何て出来るはずないでしょ。危なすぎるわ」

「え?何が危ないのさ」

「アンタのその、ライオンの隣を歩くみたいな危機感の無さが危ないって言ってるの!初日の事を、もう忘れたの?」

「うっ…………」

「何の話だ?」

「イッキたらシズクに、ちゅ、チューされてまんざらでもない顔してたのよ!?」

「ほほーう」

 

 ステラからの糾弾に加えての、面白いものが好きな鹿史郎からの好奇の目。

 完全に劣勢な一輝だが、彼にだって言い分はあるし、この件に関してはその件の妹からも謝罪をいただいていた。

 

「あ、あれは久しぶりの再会で感極まっただけで反省してるって珠雫も言ってたし…………そもそも、僕は珠雫の兄だよ?そんなパックリ食べられたりしないって」

「…………それって、マジ引きされたから引き下がっただけでしょ」

「なかなか愉快な事になってるじゃねぇのよ、一輝。そこまで見境なしか」

「ステラが何て言ったのかも気になるけど、鹿史郎!君の言い方は、結構な悪意が無いかな!?」

「シスコンって言ったのよ」

「嫌々、そんな事ねぇぜ?うん、ないない」

 

 不名誉な称号と、ニヤニヤ笑いが向けられ一輝は頭を抱えた。

 ステラは不機嫌であるし、鹿史郎はこの状況を面白がって助けてくれないのだから。

 

「はぁ………確かに、珠雫は大切な妹で大好きだけど、それでもやっぱり兄妹だよ。妹をそんな目で見たりしないってば。血縁だってちゃんとつながってるし、そりゃあ四年ぶりで綺麗になったな、とは思ったけど、それでも女の子として意識することは無いから!」

「本当に?もう、シズクに見蕩れたりしない?」

「当然だよッ!」

「どうだかなぁ。存外、一輝も男だしな。案外、コロッと行っちまうかもしれねぇぞ?」

「行かないから!…………そう言う鹿史郎はどうなのさ」

「俺か?…………ねぇな。ぶっちゃけ、どこぞの山で隠居でもしたいところだ」

「カシロウってお爺ちゃんみたいよね」

「ふぉっふぉっふぉ……ワシも歳でなぁ…………」

 

 態々腰を叩いて老人アピールをする鹿史郎。

 一見ふざけているようにしか見えないし、ステラも少し機嫌が直ったのか噴き出していた。

 だが、一輝は見ていた。その目に過った翳りの様なものを。

 

 黒鉄一輝は、三舟鹿史郎の事をほとんど知らない。気安い間柄ではあるが、ソレは昨年からの付き合いであり、それ以上前の事は良く知らない。

 強いて挙げれば、このやる気のない友人が過去に己の兄と戦った事がある、という事位か。

 鹿史郎自身も語らないし、一輝も尋ねない。

 

 良い機会かもしれない。ちょっとした雑談の延長線上としての話をしようか。そう、一輝が考えていたところで、待ち人来る。

 シリアスは、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破軍学園の近くに展開する大型ショッピングモール。

 ここの四階にある映画館が彼らの目的地、なのだが折角の外出だ。目的地へと向かうための道すがらも楽しんで何ぼというもの。

 

「ん~~!このクレープ美味しぃ~~!」

 

 クリームを食みながら、ステラの声も大きくなるというもの。

 場所は一階フードコート。ここで一行はクレープに舌鼓を打っていた。

 

「女の子って、甘いもの好きだよね」

「全員が全員じゃねぇだろ……まあ、一人男が混じってるけどな」

 

 少し離れてコーヒーを啜る野郎二人。

 甘いものがそこまで好きではない一輝と、元々食欲の低い鹿史郎。

 姦しい会話に入る気も無く、時間を潰す。

 

「今更だけど、意外だったよ」

「あん?何がだ?」

「鹿史郎が僕らの誘いに乗る事が。てっきり、今日は一日寝て過ごすのかと思ってたからさ」

「あー……まあ、一輝の妹にも興味あったからな。まあ、似てるっちゃ似てるが、似てないっちゃ似てないな」

「そうかな?……でも、珠雫は確かに、妹だよ」

「その割には、さっき見蕩れてたけどな」

「そ、それは、その…………」

 

 しどろもどろになる一輝。

 事実、彼は校門で待ち合わせた自身の妹である黒鉄珠雫に見蕩れてしまっていた。

 言い訳をするなら、四年ぶりの妹は実に綺麗に成長していた。その結果、初日の騒動に繋がったのだが、今回はまた別の要因。

 化粧という魔法によるもの。結果、彼の目は珠雫へと向けられ、そしてステラにひっ叩かれていた。

 

「そ、それにしても、鹿史郎はアリスに関してビックリしてなかったよね?」

「ん?まあな。ああいう奴も世の中居るもんだろ。自分と違うからって避ける奴も多いが……気の良い連中のほうが多い印象だ」

「鹿史郎の知り合いにそういう人が?」

「……いや?単純に俺の考えだ」

 

 不自然な間。観察眼に優れる一輝が見逃すはずも無いが、しかし突っ込んで良いモノだろうか。

 先の通り、黒鉄一輝は友人を知っているようで、知らない。もっとも、その友人は学内で親しい相手など一輝とステラ位のもので何かと気に掛けてくる生徒会に関しても逃げる始末。捕まる時は、捕まるが。

 

「鹿史郎は、」

「何だよ」

「好きな子とか、居ない訳?」

 

 姦しいやり取りを見ながらの問い。しかし直ぐには返答は返ってこなかった。

 隣を見ればカップに口元を隠しながら、少し驚いたように目を開いた鹿史郎が見つめてくる。

 

「な、なに?」

「いや、意外だと思ってな。一輝は()()()()()に興味はないもんだと思ってたぜ」

「僕だって、健全な男子高校生だからね?そりゃあ、そう言う事にもその…………うん」

「まあ、ステラの大胸筋見て大興奮してたしな」

「ぶっ!?……い、いいいいきなり何言うのさ!?」

「事実だろ?」

「そ、それは!その……」

「カッカッカ!まあ、健全な男子高校生らしい反応じゃねぇか?それに、あの皇女殿下はスタイル良いしな。血筋もあるだろうが、生育環境も一流なんだろうさ」

 

 そう言って、グイッとコーヒーを飲み干した鹿史郎は立ち上がると、一輝へとポケットティッシュを差し出していた。

 そして視線で示す先では、めかし込んだ珠雫の姿がある。

 その頬に、白いクリームが付いていた。拭ってやれ、という事らしい。

 一瞬呆けていた一輝だが、ポケットティッシュを受け取ると立ち上がって三人の元へと歩いて行く。

 その背を見送り、鹿史郎は一つ息を吐き出した。

 一輝の問いを煙に巻いて、彼はボンヤリと一人佇む。

 

 雲は何処へも行けず、ただそこに立ち止まるばかり。



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 伐刀者が台頭し、世界は常に火種を抱えて燻っている。

 その一つ“解放軍(リベリオン)”。

 この組織は、伐刀者を選ばれた人類として賛美し、割とありふれた選民思想の下で新秩序を築かんとする要はテロ組織だ。

 この組織の厄介な点が世界規模で展開されており、尚且つ国境を問わずに活動している点だろう。

 要するに、日常を過ごしていてもその傍らには常にテロに巻き込まれるかもしれないという可能性が付きまとっていた。

 

 ステラ・ヴァーミリオンが日本へとやって来て、深いかかわりがある者といえば、やはり同室の黒鉄一輝が一番に挙げられるだろう。

 では、二番目はどうか。こちらで上がるのは、三舟鹿史郎だろう。

 前者に対しては、淡い羨望と甘酸っぱい気持ちを。後者に対しては、友情を。それぞれに抱いていると言って良い。

 だが同時に、彼女は知らない事も多々あった。特に後者(三舟鹿史郎)に関しては。

 知っているとすれば、やる気の無さ、面倒くさがり、そして圧倒的な剣術の腕だろうか。眠るのが好きで、怠惰で、退廃的。相手を揶揄うのも好きで、しかし同時に相談を持ち掛ければ嫌そうな顔を隠さないが面と向かって断る事も無い。

 スタンスが変わらないのだ。平坦で、そして一歩引いたような立ち位置を崩さない。

 

 だからこそ、その光景には目を剥いた。心の底から、驚愕した。

 事の発端は、訪れていたショッピングモールでのテロ。

 紆余曲折から選んだアクション映画。一階から四階へと移動するところで、一輝とそれから有栖院凪がお手洗いで離脱して待つ事になった、のだがここでテロが発生。

 人質たちは一階に集められ、その周りを銃火器で武装した十人程の男たちが取り囲む。

 その中に混じる様にステラ、珠雫、鹿史郎の三人はいた。

 彼らだけならば、たかだか数十人程度のテロリスト物の数ではない。“使徒”と呼ばれる解放軍の伐刀者も数で圧倒出来る事だろう。

 しかし、この場には五十人程の人質が居る。迂闊に動けば流れ弾が後方へと抜けて、誰かしら傷つくかもしれない。

 そして、事態は混沌へと転がり落ちていく。

 

「お母さんをいじめるなぁーーーーー!」

 

 幼い声と共に、小学生ぐらいの子供が解放軍の一人へと襲い掛かったのだ。

 その手に持っていたアイスクリームを投げつける。が、そんなもの相手のダメージになる筈もなく。寧ろ、火に油を注ぐだけ。

 元より血の気の多い男なのだろう。アイスで汚されたズボンを見た瞬間に容易く激昂した。

 

「この、ガキがぁあああああ!」

「あぐっ!?」

 

 腰ほども無い子供を容赦なく蹴る。

 ここで割って入ったのが、子供の母親であろう若い女性。よくよく見れば、その腹部は膨らんでおりどうやら妊娠している事が分かった。

 それでも、選民思想に憑りつかれた男の怒りは収まらない。

 仲間の制止も聞かずにライフルの銃口が向けられ、その引き金が――――

 

「ぶひゃあ!?!?!」

「…………」

 

 引き金が引かれる瞬間に、男の顔面に拳が突き刺さりその体は勢いよく後方へと吹っ飛ぶと強かに柱の一本へとめり込む勢いで叩き付けられていた。

 あまりの光景に、解放軍のメンバーも目を剥いて動けない。彼らの大部分は武装したチンピラ同然。訓練を受けた兵士には劣る。

 ただ茫然と、男を殴った気怠そうな少年を見るばかり。

 そして彼、三舟鹿史郎は解放軍を一瞥する事も無く、振り返って膝を付くとポケットに突っ込んでいたハンカチを取り出して子供の滲んだ血を拭う。

 

「良い勇気だぜ、ボウズ。でもな、蛮勇は自分だけじゃなく周りを傷つける。忘れるな?」

「う、うん…………」

「今は、分からなくてもいい。最初に助けてやれなくて悪かったな」

 

 子供の頭を一撫でして、呆然とする母親に一礼して鹿史郎は立ち上がる。

 当然ながら、呆然自失から戻ってきた解放軍たちは銃を人質へと構えた。

 何であれ、この身の程知らずのガキに思い知らせる。だが、生憎とだが彼らは余りにも()()()()

 

――――鳴雲雀

 

 甲高い鳥の鳴き声の様な音共に、血飛沫が舞う。

 いつの間にか固有霊装を取り出していた鹿史郎の目も止まらぬ抜刀からの、その切っ先から発生する()()()衝撃波。

 それは、凪いだ湖面に水滴を落とすが如し。人質たちの頭上を駆け抜けた鋭い衝撃波は容易に防弾チョッキを切り裂き戦意を削ぐには十分すぎる重傷を負わせて見張り一同を沈黙させてしまった。

 左手に逆手の鞘。右手に順手の刀を握って、鹿史郎は前を見る。

 

「おいおいおいおい、コイツはどういうこった。なぁんで、伐刀者が混じってやがる?」

 

 顔に刺青のある黒地に金刺繍のある外套を着た若い男と、それからその男に付き従うようについてくる十人程の武装した男たちがそこには居た。

 

「俺のカワイイカワイイ部下たちが、世話になったみたいだなぁ?」

「猿山の猿より煩くてムサイ奴らが可愛いとは、目玉腐ってるんじゃないか?」

「ヒヒヒヒ……まあ、確かに。でもまあ、落とし前ってのはつけなくちゃならねぇんでなァ」

 

 言うなり、男が横目に確認するのは柱に凭れかかって沈黙している部下の一人。妙にズボンが汚れており、ついでにこの部下の気性から何かが起きたのだろうと逆算していく。

 

「ヒーロー気取りか?まあ、ガキにはよくあるこったな。世界の広さを知らねぇ」

「…………」

「今もそうさ。御大層な得物を持っちゃいるが、状況は何も好転しちゃいない。寧ろ、悪化させちまってるんじゃあねぇかあ?」

「…………」

 

 ペラペラと語る男に、しかし鹿史郎は何も言わない。

 ただぼーっと虚空を眺めて、見るからに男の話を聞いていなかった。

 当然と言うべきか、男の蟀谷に青筋が浮かんだ。元より、精神面の発達が低く悪ガキがそのまま凶悪に救いようのない成長を遂げた様な彼にとって許せるものではない。

 懐から取り出すのは、黒光りする拳銃(ガバメント)

 伐刀者を殺す、ないしは傷つけるには無力な代物だが、しかしその一方で人一人の命を奪うには余りにも簡単に追行できる物。

 

「テメーのその舐め腐った態度で死人が出るんだよォッ!」

 

 引かれる引き金。空中を突き進む弾丸。

 ()()()が響いて、

 

「ぎゃ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 硝煙を上げる拳銃を片手に、男は目を見開く。

 

「テメー……!」

「どうしたよ、猿山の大将。幽霊でも見た様な面をしているぞ?」

 

 鹿史郎は、鼻で嗤う。

 彼が何をしたのか。それをハッキリと見たのは、同じ伐刀者である者達位だろう。

 

「……やっぱり、化物染みた技量よね。あそこ迄繊細な技、イッキなら出来るかしら」

「お兄様なら可能でしょう…………ですが、実用性には欠けますね」

 

 ステラと珠雫が見たのは、ある意味で人類の極致の様な技だった。

 拳銃から放たれた弾丸を前に、鹿史郎はその射線へと刀を添えたのだ。

 伐刀者の中には、弾丸を見切って切り払う事が出来る者も居るだろう。現に、鹿史郎もやろうと思えば出来る。

 だが、彼は敢えてそれをしなかった。

 迫りくる弾丸。射線に添えた刀に当然ぶつかるがここから、絶技。

 なんと、その刀身に刻まれた溝、“樋”や“血流し”と呼ばれるここに弾丸を添え、その場で回転。

 弾丸の勢いを殺すことなく再び前を向くと同時に刀を振れば、溝に沿っていた弾丸がUターン。そのまま武装した男たちの一人に当たっていた。

 弾返し。息をするように、彼はアッサリと事を成した。

 

「…………そろそろか?」

 

 注目を集めるようにボケっとしているのも、ちゃんと理由があっての事。

 欠伸ついでに後ろを確認すれば、強い瞳が返ってきた。

 それを確認し、鹿史郎は一歩前へと踏み出していく。

 

「ヒヒヒ……良いのかぁ?壁役のテメーが離れてもよォ?」

「お前らこそ、そこから集中砲火すれば、仲間に弾丸が当たるぞ?」

「新たな世界の礎になれるんだ、“名誉市民”も本望だろうよ!」

「…………だから、お前らみたいなのは嫌いなんだよ」

 

 選民思想は、一種の宗教だと鹿史郎は思っている。無論、そんな事言った暁には色々とぶっ叩かれるために、聞かれるへまはしない。

 そもそも、一番注目を集めている彼だが、既に作戦は進行中なのだ。それも、もう終わった。後は発動するだけ。

 

「――――んじゃ、始めようか」

「“障波水蓮”!!」

 

 鹿史郎が刀を右へと振り、その合図とともに人質の周りに逆巻く水の壁が現れる。

 こんな事を行えるのは伐刀者だけ。

 

「テメェの仕業か!?」

「さあてなぁ?」

「チッ!そんなに死にたきゃ、くたばりやがれ!お前らァ!人質に向かって、ぶっ放せェ!!!!」

 

 マズルフラッシュと共に吐き出される弾丸たち。

 元々制度の宜しくないアサルトライフルである点と、練度不足かブレる銃口のせいで弾が大きくブレて宛ら制圧射撃だ。

 自身に当たりそうな物だけを斬り飛ばす鹿史郎。残りが水の壁へと迫り、

 

「なっ!?」

 

 紅蓮の業火が瞬く間に弾丸を焼き払ってしまった。

 男は悟る。目の前の厄介な子供だけではない。この場にはまだ伐刀者がいる。それも、迫ってくるライフル弾を一瞬で焼き払ってしまうような強者が。

 そして、戦いの場において動揺は大きな隙となる。

 

「ッ!?なんだ、体が!?」

「か、影が変に……!」

 

 動揺した武装した男たちの体が、その場に縫い止められる。その直後には頭上からの急襲によって叩きのめされていた。

 一対一。

 

「クソが……!テメーら、どれだけ仕込んでやがった!?」

「勝手にそっちが襲撃してきただけだろ」

 

 軽い口調のままに前に出る鹿史郎。

 右手の刀が振るわれ、最低限の抵抗のように男の左手が前に出る。

 

(馬鹿が!)

 

 内心で男は、嘲う。

 彼の固有霊装は、二つで一つ揃えの指輪型。名を、“大法官の指輪(ジャッジメントリング)”。

 その特性は、左手であらゆる危害を“罪”として吸収し、右手のリングより“罰”として放出するというもの。

 単純故に、強力。何より、相手が強ければ強いほどにその反撃は強力となる。

 

(ヒヒヒ、死ねッ!)

「――――考えが浅い」

 

 しかし、想定通りに事は運ばない。

 左手のリングと触れあう寸前で、鹿史郎の右手がピタリと止まる。

 嫌な予感がした、というものとそれから目の前の男の余裕な態度を見たからだ。

 そこから、相手が反応するよりも早く、左手を動かしていた。

 

「ぶげっ!?」

 

 逆手の鞘。その先端が男の右頬に叩き込まれる。

 最初に殴り飛ばされた男以上の速度と威力で吹っ飛び、その体は近くの壁へと叩きつけられていた。

 大法官の指輪は強力だが、攻撃の吸収はあくまでもその右手の範囲だけに限られている。防げるかどうかも、当人次第。

 つまり、認識外の攻撃に関しては無力でしかないのだ。そして、吸収が出来なければ攻撃力も当人の実力異存。

 壁に叩き付けられる男。肺の空気と共に血が口から溢れる。

 

「カハッ…………おげっ!?」

 

 その無防備な胴体へと追撃が突き刺さる。

 殴り飛ばした鹿史郎が駆ける勢いのままに跳び蹴りを敢行していたのだ。

 蜘蛛の巣上に亀裂の走る壁。硬い石材や鉄板などが用いられているだろう壁が、まるで飴細工も同然だ。

 男が気絶した事を確認し、鹿史郎の右手がブレる。

 

「念入りだね」

「この手の輩を止めるなら、これが一番早い。出血も少ないしな」

 

 近付いてきた一輝が見るのは、壁にめり込んで気絶する男だ。その両手足の一部から僅かに出血が見られる。

 鹿史郎が切ったのだ。男の腱を。

 容赦ないが、四肢の一部を斬り飛ばすよりはよっぽどマシ。

 ジッと気絶した男を見る鹿史郎の背に、一輝が声を掛ける。

 

「それにしても、珍しいね鹿史郎」

「……うーん?何がだ?」

「怒ってる所さ。少なくとも、僕は初めて見たよ」

「…………怒ってたか?」

「僕が見た範囲じゃ、ね。勿論、見間違いかもしれないけど」

 

 そう、黒鉄一輝は彼が激情にも似た感情を抱いている姿を初めて見た。少なくとも、一輝には、鹿史郎が怒りを湛えているように見えたのだ。

 実際、らしくは無いだろう。いつもの彼なら、人質に混じったままうたた寝してしまいそうなものだ。

 だが現実問題、一番最初に飛び出したのは彼だった。

 事を終結させようとする、というよりも感情のままに飛び出してしまった様な、そんな感じ。

 言われて自覚したのか、鹿史郎は己の頭を掻いた。

 

「んー……まあ、そんな時もあるだろ。敢えて理由を付けるなら、俺はこの手の輩が嫌いってだけだな」

 

 未だに固有霊装を消そうとしない鹿史郎はそう言って、気絶する男を見る。

 前髪で隠れた目元のせいか、その瞳に宿る感情は一輝からはうかがえない。ただ、言葉の通りならば決して良い色ではないのだろう。

 兎にも角にも、一件落着。そんな空気に充てられてか雰囲気も弛緩していく。

 気の緩みは、隙でしかない。

 

「う、ううう動くんじゃねぇ!!!」

 

 響いた声にこの場の全員の目が集まる。

 見れば、人質の中に目を血走らせた男が居た。その足元には、少しふくよかな中年の女性が居り。その女性へと向けて拳銃を突きつけている。

 

「人質の中に……!」

「知恵の回る馬鹿ってのは、相手するの面倒だな」

 

 今の所“一刀修羅”の状態である一輝にしてみれば、距離を詰めて制圧するなど容易だ。

 だが、銃口が余りにも近すぎた。妙な動きをすれば、その時点で引き金が引かれ鉛玉が命を刈り取る。

 比較的人質に近いステラと珠雫も動けない。状況終了と見て、気を抜いてしまっていたからだ。

 

「妙な動きするんじゃねぇぞ!?このババアの頭ぶち抜いてやるからな!?」

「た、助けて………」

「分かったか!?分かったら、ビショウさんを――――」

「――――お前が、少しでも指を動かしたら、この男を殺す」

 

 叫ぶ男の声に対して、静かなしかし芯のある声が響く。

 見れば、鹿史郎が気絶した男、ビショウの額に切っ先を突きつけていた。

 隙間は毛筋一本ほど。少しでもその手を動かせば、容易くその切っ先は額を貫き脳梁をぶち撒く事になるだろう。

 

「お前の一挙手一投足が、お前たちの崇める伐刀者の命に直結する。言ってる意味、分かるか?」

 

 淡々と、それこそ聞いている側が寒気がするほどにその言葉には人としての温かみとも言うべき温度が感じ取れなかった。

 人質を取って優勢に立ったかと思われたが、その人質としての有用性という面でそこには天地の差があった。

 殺る気だ。一切の手心も無く、あの男は自分たちの信奉者を惨殺する。銃を突きつける男は理解してしまい、頭に上っていた高揚の血も一気に引き抜かれる思いだ。

 その後は、語るべくもない。戦意を喪失した男を、ステラが叩きのめして事態終結。鹿史郎もビショウにこれ以上傷をつける事無く固有霊装を収めた。

 

「はぁー…………」

 

 その溜息は重さを孕む。



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