「チリさんチリさん」「何や言うてみぃ」 (フローライト)
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地面に宿り木の種ひとつ


支部にあげてるのをこっちにもドン
コガネ弁難しくない?


 

 チャンピオンランク。

 パルデア地方特有のバトルプロに与えられるランクだ。これの取得には、8つのジムバッジの入手、チャンピオンテストの合格が必須となる。

 これを取り仕切るのが、パルデアのポケモンリーグ。

 

 最近、そのチャンピオンランクに至った少年が一人。彼はパルデア地方に外からやってきた者であり、グレープアカデミーの転入生だ。

 彼が来て、アカデミーには良い変化に恵まれている。

 

 しかし、リーグの多忙さは変わらない。残酷な事実、仕事の量は減らないし、課外授業もあってさらに増量。

 此方にも良い変化が来てくれないものか、そんなことを四天王の一人───チリは考えていた。

 

「……だー、あかんあかん、今日はもうやめや」

 

 眼鏡を外し、眉間を揉む。

 アカデミーが課外授業に入ったこともあり、以前よりテスト受験者が増えた。

 記念にと思って来た者。強さだけはある者。単なる浮かれ馬鹿…どんな者であっても、受験者である以上リーグは誠実に対応しなければならない。

 

 かちゃり、とキーボードを押す。

 とりあえずの保存手順。

 眼鏡をしまい、席を立ち荷物をまとめる。

 時刻は夜7時、夕飯は外で済ませよう。

 

 一度伸びをする。長時間の座り仕事のせいで、体は最早楽器だ。バキバキと乾いた音を鳴らす。

 スマホを開き、タクシーを手配。

 行き先はチャンプルシティ。宝食堂で適当に食べよう。そう考えながら、タクシーに乗り込んだ。

 

「あ、チリさん」

「おおー、自分久しぶりやな」

 

 彼女は宝食堂で見知った顔と会う。

 アカデミーの制服に身を包んだ少年、ハルトは入店したチリに気付いて手を振る。

 チリも同じように手を振りかえし、彼の座る席へと足を進めた。

 

「せっかくやし、相席ええか?」

「大丈夫ですよー」

 

 少年の手元にはメニューが一枚。どうやら、注文はまだらしい。チリはもう一枚あったメニュー表を手に取り、しばしそれを眺める。

 宝食堂が取り扱う料理は、カントーやジョウトなど東側のものが多い。出汁を使うものが殆どで、薄味なものも珍しくない。とは言え、濃い味の料理もしっかりとある。

 

「自分、何頼むん?」

「天そば、ゴーヤチャンプルー、やきおにぎり、筍の煮付

 それで食後に最中入りぜんざい…かなぁ」

「よう食うなぁ…にしてもチョイス渋いやっちゃ、苦いの平気なん?」

「ゴーヤチャンプルーのほろにがなゴーヤと、ダシのしみた豆腐と卵のまろやかさの組み合わせが好きなので」

 

 饒舌に語る少年の目はキラキラとしていた。どうやら、年相応に食べることは好きらしい。

 空腹を感じていたチリにとって、具体的な食の言葉は食欲のスイッチを押すには十分だった。

 

「……あかん、食いたなって来たな。チリちゃんもゴーヤチャンプルーにしよかな〜、あとは…からしむすび」

「からしむすび…辛くないですかあれ」

「なんや辛いの苦手なんか! 自分ちゃんと子どもらしい舌しとって安心したわ」

 

 カラカラと笑うチリとは対象的に、ハルトは少し顔をむくれさせる。どうやら、気にはしていたらしい。

 むくれた顔のまま、ハルトは口を開く。

 

「辛いのは苦手じゃないです。

 ツンとするのが苦手なだけです」

「ああっと、笑ってもうて堪忍な。ちゃんとかわいいとこあって安心したもんでつい」

「わざと言ってませんかもう」

「あかんナシ! 今のナシ!」

 

 子どもらしい、かわいい。年頃の男であれば、それなりに気にするワードだ。危うく拗ねるところではあったが、慌てて撤回されたせいか、そこまでには至らなかった。

 疲労のせいか、失言が多い。そう自覚してから、チリはため息を吐く。不甲斐なさ半分、後悔半分だ。

 

「…やっぱりリーグって大変なんですか?」

「んぁ、ああ。せやなぁ、この時期はどうにもなぁ。チリちゃんは普段の事務に追加で面接と実技が入るやさかい、忙しくて叶わんわ…。

 …もしリーグに興味あるなら慎重に選びぃ、知っとるやろうけどウチのトップええ人やけど容赦ないでホンマ」

「目が濁ってますよチリさん」

 

 どよん、とした赤混じりの瞳。少年はそれを気の毒そうに見る。同時に、言い淀むように口を閉口する。餌を出されたコイキングのようにはくはくと。

 何処となく愛嬌を感じるが、何か言いたいことがあるのだろうとチリは察っし、彼女は少年に「どうしたん?」とさり気なく言葉を促す。

 

「…いや、ちょっと言おうか迷ってて」

「なんや言うてみぃ」

「今のチリさんの顔色フリージオみたいで死にそう」

「いてこますぞ」

「あたっ」

 

 ぴん、とチリの指がハルトの額で弾かれた。

 ちなみに、チリの顔色は本当に蒼白かった。

 


 

 しばらく話してる中、二人が頼んだ料理が来た。箸をそれぞれ手に取り、二人揃って手を合わせて礼をする。

 湯気立つ品々は、食欲を刺激する香りを放つ。互いに腹の虫を鳴らしたが、指摘する間もなく、二人は揃って料理を口に運んだ。

 

 しばらく、無音の食事が続く。

 皿と皿がぶつかる音。箸がガラスに擦れる音。時折漏れる息の音は、満足げなくもの。

 そんな調子で食事が進む中、はたと気付いたようにチリは独り言をこぼした。

 

「…人と夕飯食うのは、久しぶりやな」

 

 忙しいとポケモン達と食べる時間もない。夜も深ければ、彼らもボールの中やベッドの上で穏やかに眠る。

 必然、一人で食事を済ませる機会も多くなる。

 こうして誰かと向かい合って食事を取るなんて久しぶりだ…他地方の四天王もこれほど多忙なのだろうか、恐らく湯気のせいで滲んだ視界のままに彼女は思考する。

 

「…ちゃんとご飯食べてます?」

 

 ハルトがそう尋ねる。あどけない顔立ちは、怪訝に歪んでいた。自分はオカンか、と内心で突っ込みつつチリは返す。

 

「時間帯はさておき、3食きっちり摂っとるで」

「…うーん」

 

 煮え切らない返事のまま、食事が進む。

 しかし何やら考え込むハルトを見て、気を使わせてしまっただろうかとチリは思う。

 そうこうしてるうちに、運ばれた皿が空になった。それでも少年の顔は悩んだままだったが、ともかく二人は会計を済ませる。

 そして店から出た時、チリのスマロトムが震え出す。画面に映るメッセージには「申請が来ています」とだけ書かれていた。

 

「自分これ…」

「ん、僕の連絡先とアカウントです…一人で食べるより、二人で食べた方が美味しいですし! ちゃんとした時間に食べないと体を壊すって習いましたし…迷惑じゃなかったら、誘ったりとか…したりされたり…」

 

 遠慮がちな声色。迷惑でないかどうか。それを伺うようなぎこちなさ。可愛げのあるそれに、一切の邪な気持ちは感じられない。

 一人より二人。体を壊さないかどうか。

 飾り気のない優しさと、拙い知識から出された行動。なんとも微笑ましいが、同時に弱ったなと。

 多忙で弱り目、疲れ切った時にこれはダメだ。顔を手のひらで隠しながら、長く息を吐く。

 

「…子どもは夜ちゃんと寝ないと大きくなれへんで?」

「あ、それはやだ」

 

 チリは膝をかすかに折り、幼い目を見る。

 急なことに驚いたのか、少年は固まる。

 

 ───打算とか、ホントにないんやろなぁ。

 

「…顔近くないです?」

「なんや照れとんの?」

「べっつにぃ…」

 

 ───ま、リーグ関係者ってことで…。

 

 細い指が液晶を走り、申請を受諾する。

 少年のバッグからも電子音が鳴った。

 同時に、彼の顔は晴れやかなものに。

 

「ありがたくもらっとくわ、おおきに」

 

 しかし、チリは苦く笑った。

 不甲斐ないと思ったのだ。自分よりも年下の男の子にこうも気を使われてしまうとは、と。

 彼女は小さく口の中で「気ぃつけんとなぁ」と呟く。今日の夕餉で心が休まったのも事実だったからだ。

 

「どうしました?」

「ん?……ああ、なんでもあらへんよ」

 

 不思議そうな様子の少年に笑いかけながら、彼女はスマホの画面を見つめていた。

 新たにリストへ登録された『ハルト』の文字を指でかすかに撫でてから、彼女はスマホをしまう。

 

「自分、これからどないするんや?」

「今日はもう寮に帰ろうかと。明日もやりたいことは沢山あるので!」

「ほぉん、そらええことやな……ほんなら途中まで送ってくわ。夜も遅いし」

「え、大丈夫ですよ! 僕女の子じゃないんですから!」

「幾らチャンピオンでもこんな暗い中一人で帰らせたらトレーナー以前に大人失格やっちゅうねん。まぁタクシーでひとっ飛びやし、別にええやろ」

「うぇ、は、はい……」

「よし決まりや。ほな行こか」

 

 ハルトは気恥ずかしさと申し訳なさで縮こまっていたが、チリは構わず歩き出す。

 その背中はどこか楽しげにも見えた。

 

「あ、ちょっと思ったんですけど」

「なんや?」

「もしかしたらチリさんって〝これ終わったら食べよう〟を何回も繰り返したりとかしてますか?」

「おっかしいな自分エスパータイプなん?」

 

 





ハルト…デフォルトネーム主人公。セルクルジムの写真とかで食べるの好きそうだなぁって思った。というか甘いのが好きなのかも?学生らしいね。

チリ…あらゆる者を夢勢にはたきおとす、割と主人公のことを買ってるよね私そういう(年上が年下に「やるやん」してるの)だいすき


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出会い頭にりんごさん

CP要素あるかも?
タグあとで追加せにゃ


 グレープ・アカデミー校内。

 学生寮廊下。

 

 今は早朝故に、人の出入りも極端に少ない。今や在りし日の、古城としての姿だ。

 穏やかな静謐。爽やかな時間。そんな厳かな雰囲気を、明朗な笑い声が吹っ飛ばした。

 

「〜〜〜〜〜ッ!!」

「なはははっ! 今自分すごい顔しとるで!」

 

 笑い声と同時に、笑い声の元であるチリの緑髪も揺れた。そんな彼女の側には、リンゴが満載のカゴを背負うドンファンがいる。

 ドンファンの目は呆れたようなものであり、それはチリに向けられていた。

 

「なん、なんっ、ですか、ぁ! これぇ!!」

 

 ぎゅう、と目を瞑って少年ことハルトは言う。いかにチャンピオンといえども、子どもらしい反応はしっかり存在するらしい。

 彼の手には一口齧られたリンゴがあった。どうやら酸味がかなり強かったのか、ハルトは若干むせてすらいた。

 そんな彼においしいみずを渡しつつ、チリは笑いを噛み殺しながら説明する。

 

「ハッサクさんが実家からもろたらしくてな、そのお裾分けにもろたんや。どうにも、酸っぱいのと甘いのが混ざっとるみたいでなぁ」

「…っ、…っ…で、僕は大当たりを引いた?」

「堪忍な。綺麗な流れやったからつい笑てもうた」

「…もう!」

 

 少年はボトルを片手に、拗ね顔を披露する。

 流石にまずいと思ったのか、苦笑しつつチリは両手を合わせて片目を瞑る。

 割とあっさり拗ね顔は治った。

 

「…でも、これだけ酸っぱいりんご、どうするんですか? 全部カジッチュに食べてもらうのは無理でしょうし」

「せやなぁ、見分け方くらい聞いとくべき───っと、渡りに船やな。ハッサクさんから見分け方来よったわ」

 

 鳴ったスマホロトムを見るチリ。

 気になるのかハルトもその画面を覗き込み、それを察してかチリは若干膝を折った。

 二人の頭は同じ高さで、同じ画面を見る。

 ハッサクから来たメッセージは、やたらと感嘆符が多く、ハルトの頭の中では「アヴァンギャルド!!!!!」なジムリーダーがよぎる。

 朝に思い出すには濃いので、すぐド忘れした。

 

「すっぱいりんごは、あまいりんごと比べて青い…、確かに自分が持っとるの青いやんな」

「なるほど…あの、結構多くないです?」

「半分近うあんねんでこれ、どうしたらええかなぁ」

 

 先の反応からして、そのまま食べるのは難しい。

 すっぱいものが好きなポケモンにあげるのもいいが、量がどうにも多い。酸味に飽きられてしまいそうだ。

 貰った手前、腐らせてしまうのも申し訳ない。

 どうしたものか、と悩むチリとハルト。

 

 しばし悩む時間があったが、先に案を思いついたのはハルトの方だったらしい。

 少年は自室の扉を開く。

 そして自分の寮部屋を指差して、妙案とばかりに明るい声で言った。

 

「料理教室の時間です!」

「はい?」

 

 


 

 

 ハルトの部屋、台所。

 

「つじぎり!」

「───ッ!」

 

 持ち主の要望通り、スパパパパァ!! と三つほどあったリンゴが一瞬で小分けにされた。

 その早業は、一対の腕によるもの。

 刃の様な緑色のそれは、エルレイドというポケモンの代表的な特徴だろう。

 

 無邪気に「イェーイ!」とハイタッチをするエルレイドとハルト。その光景を尻目に、チリは切り分けられたリンゴを見て、目を見開いた。

 りんごは皮剥きまでしっかり行われていた。あのエルレイドはどんな素早さをしているのか、感心すら覚える。

 

「ありがと、早くに起こしちゃってごめんね」

 

 少年は、エルレイドの腕を拭いてからボールに戻す。そして棚から道具や材料を取り出した。

 りんご。砂糖。水。鍋。レモン。思いの外、簡単な準備にチリはやや面食らう。

 

「何作るん?」

「コンポート! です!」

 

 こんぽぉと、と反芻での返答。

 エプロンを身につけ、これから作るものの軽い説明をする。

 

「ようは砂糖水煮です。瓶詰めにすれば一週間は保ちますし、アイスクリームとか、生クリームとかと合わせると美味しいんですよ?」

「はぁー…今そんなおしゃれなもん習うん? チリちゃんの時とは大違いやなぁ」

「チリさんの時だと何習ったんです?」

「シンオウのイモモチ」

「あ、教科書に載ってました」

 

 切れたリンゴが水に浸るよう鍋へ。

 砂糖とレモン汁も加えて、何度か混ぜる。

 そこに弱火をかけて、透き通るまで待つ。

 

「これで、20分も経てば完成です」

「意外と簡単なもんやな。これなら忙しい時でも作れそうやわ。覚えやすいのも助かるでほんま」

「アレンジも豊富ですしね!」

 

 ふふん、得意げに笑うあどけない顔。

 お菓子作りは、彼の数少ない趣味の一つか。

 それとも料理自体が好きなのか。

 ともかく、楽しげに鼻歌を歌う少年の横顔に、チリは微笑ましさを覚える。

 

 くつくつと温かな音がする。

 透き通り始める黄色い果肉。朝日を浴びる砂糖の溶けた水は湖面のように。

 ひどく優しい時間。テラスタルのように光を通したリンゴ。微かに揺れゆく鍋を、木のヘラで二度三度回す少年。

 その光景を目にしながら、良い朝だなとぼんやりし出した頭でチリは思考する。

 

「……チリさん?」

 

 しかし、ハルトの声で我に帰る。どうやら、思いの外呆然としていた時間は長かったらしい。

 

「っ、えっと、なんやったっけ?」

「もうすぐ出来ますよ。もう朝は食べました? まだなら、味見がてら朝ごはんにしようかと」

「ええの? まだ食べてへんし、折角やからお言葉に甘えて頂こかなぁ」

「じゃあ、少し待っていてください。先に食器だけ出してもらっていいですか?」

「あいさー」

 

 言われた通りに皿を出していく。

 その間もハルトは手際よく朝食の支度を進める。てきぱきとした動きからして、料理はよくするのだろう。

 そしてさほど時間はかからず、あっという間にテーブルの上に朝食が並んだ。

 パンケーキと焼きベーコン、サラダに加えて、先に作ったコンポートだ。

 

 コンポートは円形に並んでいる。

 皮と果実の色で、りんごが再現されていた。

 トッピングのホイップクリームは目のように。添えられたミントからして、何のポケモンがモチーフになったのかわかりやすい。

 

「凝ってみました、カジッチュ風盛り付け」

「おおぉ……めっちゃおしゃれやんかこれ……わざわざ作ってもろて悪いなぁ」

「一人で食べるより、皆で食べた方が楽しいですし全然問題なしです! 一人で食べたいときもまぁまぁありますけど、テスト明けとか」

「目ぇ濁っとるで」

 

 


 

 

 

 チリはりんごのコンポートを舌に乗せる。

 瞬間、口の中に広がる甘味と酸味。みずみずしく、サクリとした柔らかな歯ごたえ。

 しっとりとした果物の風味と香りと甘みがたまらない。

 

「んん~…! うまい……!」

「良かった、ちょっと不安だっので」

 

 ハルトもまた、コンポートを口に運ぶ。

 あのりんご特有の酸っぱさが、砂糖のおかげで緩和され、上品な味わいになっている。

 この分なら、あの大量のリンゴを使い切ることも夢じゃないだろう。

 そう思えば、少年は内心で安堵した。

 

「…そういや自分、ガラル地方の話しっとる?」

 

 カジッチュを模したコンポートを食べ進める中で、ふと思い出したかのようにチリが言った。

 唐突な話題に一瞬きょとんとするも、すぐに少年は反応する。

 

「…あまり」

「さよか、いやちょっとおもろい話があってな」

 

 チリはそこで悪戯っ子のように笑う。少年はすぐに「ああ、揶揄う時の笑顔だこれ」と気づいた。

 ただ───、

 

「向こうじゃ好きな人にカジッチュ送ると、その人と結ばれるらしいって噂があるらしいで」

「ッ、えほっ、ごほっ!?」

 

 彼の予想外の方向から来たせいで、少年は盛大にむせたのだが。

 口の中に何もないのが幸いだろう。

 しかし、それを見越して、彼女はこんなことを言ってきたのかもしれないが。

 

「いきなり変なこと言わないでくださいよ!!」

「なははは! 何やかわいい反応するやん!」

「あー!もー! 何か今日チリさん意地悪!」

「すまんすまん! 朝からええ反応するからついなぁ」

 

 カラカラと笑い声が響く。賑やかな朝だ。味わうのは、生クリームと合わさった上等な甘味。

 カジッチュの目を模したミントの葉もあって、後味も爽やかだ。

 その賑やかさが〝悪うないな〟という、小さ言葉が隠した。

 それが、噂か(まこと)か、どちらに向けられたものか定かではないのだけれど。

 

「…そういやチリちゃん、普通に自分の寮部屋に上がっとるけど大丈夫なん?」

「オモダカさん普通に入ってたので多分」

「何しとんねんトップ」

 





エルレイド…A252、S252・とくせい:きれあじ。テラスタイプはあくで持ち物はこだわりスカーフ。ドラパルトを逃さない。


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地面に芽生えた悪だくみ

 アカデミー学生寮 ハルトの部屋。

 

「チリさんチリさん」

 

 耳に幾つものピアス、結んだ緑の長髪、ホルスターサスペンダー、赤混じりの瞳、凛々しい顔立ち。

 特長に事欠かない女性ことチリは、困り顔を浮かべて額に手をやっていた。

 

 彼女の目の前には、あどけない少年がいる。

 髪も染めず、刺青もしていない。普通を絵に描いたような彼は、可愛げのある顔を真剣にして、チリを見ている。

 チリは困ったように一度〝ハルト〟と名前を呼ぶが、それでも彼の目は変わらない。

 

「空けてください」

「勘弁してくれへん…?」

 

 少年の手には、ピアッサーが握られていた。

 薬局ならばどこでも手に入るものだ。人の体に穴を開けるそれは、とっくに開封済みである。

 ピアッサーの持ち手を突き出されたチリは、手で顔を覆いながら疑問をぶつける。

 

「そもそも何で急にピアスなん? お洒落するにしても段階刻むもんやろ、ピアスやでピアス」

「チリさんのピアスがかっこいいと思ったからです」

「普段なら嬉しいねんけどな〜〜…」

 

 ひとつ、重たいため息。

 別にピアスを悪く言っているわけではない。ただ、体に治らない穴を開ける───傷をつけることが前提のアクセサリーだ。軽々しく耳にズドンとやってしまうのはいかがなものか、というのがチリの考えである。

 ただまぁ、開けたなら開けたで楽しんでほしくもあるのだが。

 

「…親御さんはこのこと知っとる?」

「〝開けるなら経験があって、信頼出来る人に開けてもらいなさい〟って言われました」

「それで選んでもろたのは素直に喜んでええんかこれ…」

 

 チリは苦く笑って、ピアッサーを受け取る。

 そして手の中で一度回した。

 

「…一回、空撃ちすんで」

「へ?」

 

 ばちん! と乾いた音が鳴る。それとほぼ同時に、ころりと落ちる銀の塊。本来なら耳を貫いて固定されるもの。

 今回は通すものがなかったため、その役目を果たすことはなかったが、しかし目の当たりにする少年を驚かすには十分だったらしい。

 

「うわぁっ!?」

「えらい音鳴るな最近のは…でもこれで分かるやろ? 割と痛いし危ないねん。自分、それでも開けるか?」

「〜〜〜〜…ッ…あけ、ま、す…!」

「…ほんまに大丈夫なんかそれは」

 

 怯えてはいるが、引きはしない。この辺り、エリアゼロに突っ込めたメンタルの原型なのかもしれない。

 怯えながらも、はっきりと「開ける」という少年の顔は、少し面白いくらいに表情が滅茶苦茶だ。

 つい笑ってしまう口元を抑えつつ、チリはハルトの額を軽く押す。咄嗟のことでバランスを崩した矮躯は、呆気なく寝台に座らせられた。

 

 からから、と机前の椅子を引く音。チリはベッド前まで動かしたそれに座り、左手で少年の顔を軽く抑える。

 少年が震えているのはその時に分かった。彼女はそれに気づき、椅子から身を起こして寝台の方へ身を乗り出す。

 頬に置いていた手は肩へ。カウントダウンを口ずさむ。

 

「行くで? さぁん、にぃ───」

 

 不意打ちのために。

 ばちん!と乾いた音が鳴る。消えない穴が開く。

 びくり、と少年の体が揺れた。

 

「い゛ッ…………っ」

 

 涙と冷汗が滲む。両手がシーツをぎゅうと掴む。息が荒くなる。ほう、と大きな息をひとつ吐いて倒れ込む体を、チリは分かっていたかのように抱きとめた。

 そのまま背を手のひらで、何度か落ち着かせるように、優しくぽんぽんと一定のリズムで叩き始める。

 そして荒く短く呼吸する少年の耳に、穏やかな声色で彼女は囁く。

 

「痛いなぁ、ようわかる。でも泣き出さんかったのは意外やった。かっこええで」

「あ、はは…ッ…ありがとう、ござ、ます…っ」

 

 チリに抱かれたままで、苦しそうな息をしていた少年だったが、やがて落ち着いたのか顔を上げる。

 彼女の微笑みを見て、少年も笑う。痛みを残したまま笑顔を浮かべて、若干の震えと共にこう言った。

 

「チリさんからかっこいいって言われるの、とっても嬉しいです」

「……このまま撫で回してええ?」

 

 どうしようもなく、いじらしい。少年の髪を既に撫で回しながら、緑髪の女性は笑みを深くした。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「おおー…ばっちりピアス…」

 

 寝台に座るハルトの両耳で、銀色が揺れる。

 小さなファーストピアス。別段、お洒落さもない無機質なものだが、それでも雰囲気は大いに変わるものだ。

 未だ微かに痛むのか、それとも耳への違和感か、時折顔を顰めながらもテンションは上がっている。

 

「ほんとに穴空いてるんですね!」

「そういうもんやしなぁ。

 にしても二回目は平気そうで安心したで」

「一回目は痛いというか、怖いとかの方がおっきかったので…腰が抜けたの、意外と初めてでした」

「ほんま、よう頑張ったな」

 

 褒められて笑うハルトの髪を、ぐりぐりと撫で回すチリは、はたと気付いたような顔をする。

 空いた手がポケットの中を探る。

 そんなに時間がかからない内に、小さなポーチのようなものが出てきた。さらにそのポーチの中には、プラスチックのケースが一つ。

 

 留め具に親指を立てて弾く。それだけで簡単に開いたケースの中には、一対のピアスが収まっている。

 撫でる手を止め、ケースの中身を取り出した。

 そしてハルトの手を取り、手のひらにそれを握らせる。

 

「はい、ご褒美と記念を兼ねてチリちゃんからのプレゼント〜。穴が安定してからつけなあかんで?」

 

 三角形のピアス。

 チリがつけているものと同じものだ。

 それに気づいた少年は、顔を明るくする。

 

「いいんですか?」

「そんな嬉しそうな顔せんといてや。後でまたちゃんとしたもん贈るさかい、今はそれで堪忍な」

「でも嬉しいです、お揃いですし」

 

 少年は受け取ったピアスを眺めながら笑う。

 それが少し意外なのか、チリは少々面くらいながらスマホロトムを起動する。

 開いたページはアクセサリー関係のサイト、その中のピアス一覧が載ったものだ。

 彼女はハルトの隣に座り、ページを見せた。

 

「でも他のやつも付けるやろ?

 今度買いに行かん? 色々教えたるわ」

「良いの? …あっ」

 

 気の緩みか、ハルトの敬語が崩れた。彼自身もそれに後から気づき、慌てて両手で口を抑える。

 チリはこれを見て、好機だと思った。

 前から気づいていたが、油断したら敬語を忘れるほどには会話に気軽さができた。それが少し嬉しいし、どうせなら取っ払って欲しい。

 

 …なるほど、どうやら思いの外、自身は少年との距離感を気にしていたようだ。

 確かに礼儀は大事だが、いつまでも畏まられても肩が凝る。とは言っても、思ったことをそのまま馬鹿正直に言っても、遠慮されそうなことである。

 この少年は、どうにも人が良すぎるのだから。

 そう思った彼女は、カラカラと笑いながらこう言った。

 

「そんな気にせんでもええよ。むしろそっちの方が気楽でええ。よーし、今決めたわ、自分はこれからチリちゃんと話すんなら敬語禁止や」

「うぇえ!? そんな、急に言われましても!」

「はい早速マイナス1点やな」

「何の!?」

 

 自分が一方的に決めたルール。狼狽える少年の姿が、どうにも面白おかしくてたまらない。つい揶揄いたくなってしまうし、事実揶揄っている。

 ほどほどにしなくては、と思うが───どうにも〝彼〟の色んな顔が見てみたいと思うチリがいた。

 

 





アギャッス(気さくな挨拶)


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