転生メジロと新人沖野Tによる楽しいトレセン協奏曲☆(なお第3者視点) (はめるん用)
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ほんへ。
いちわめ。


※本作を閲覧するときは、頭の中を明るくして現実から離れてお楽しみください。


 貴方の前世の性別は男性ですが、なんの因果かわかりませんが無事ウマ娘として生まれ変わることになりました。

 

 この世界で転生者として二度目の人生を歩むことになった貴方に与えられた名前は『メジロヴェンデッタ』です。メジロの冠に関しては前世でウマ娘という作品のファンだった貴方には説明の必要はないでしょう。

 ちなみにヴェンデッタとはイタリア語で『復讐』を意味します。自分の生活している空間が陰気で澱み母親の瞳に狂気しか見つけることが出来ず不思議に思っていた貴方が自分の名前の意味を知り「クッソ面倒なことになりそう」と嘆いたのも当然というものです。

 

 どうやら貴方の母親はメジロのウマ娘ではあるものの、性格に問題がありすぎて追放されてしまったとのこと。事実として、貴方から見てもこの女性をメジロ家から追放した当主の判断は完璧であると評価できます。

 とはいえ、母親は母親であり自分はその息子……ではなく娘です。ひとりぐらいは味方となる存在がいてもバチは当たらないだろうと、貴方は母親の復讐に付き合うことにしました。

 

 本家のウマ娘よりも先に、天皇賞を春秋連覇する。ぶっちゃけますと貴方はチート転生者なので片手間でも余裕で達成できる目標でしかありません。

 お情けで与えられた財産はありますが、それもいずれは消えてなくなるモノです。ここはひとつ、トゥインクル・シリーズを遠慮無く蹂躙して賞金をがっぽり頂いてしまおうと貴方もやる気は充分です。

 

 

 案外、復讐を完了したら母親も前向きに人生をやり直せるかもしれない。ダメならそのときはそのとき、ぶん殴ってでも矯正してやる。あとは賞金を切り崩しながらのんびり余生を楽しもう。

 

 

 こうして貴方は夢も希望も特に抱くこと無く中央トレセン学園に入学することを決めました。

 ちなみに中身が男性である貴方は化粧やお洒落の類いを一切嗜まずに中央へ向かうつもりでしたが、淑女としてあり得ないと母親にガッツリ説教されて渋々スキルを身に付けることになりました。どうやらメジロ家やレースさえ絡まなければわりと普通の母親として振る舞うことができるようで、とりあえず貴方も一安心といったところです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 中央トレセン学園で生活するために、そしてトゥインクル・シリーズを走るために貴方は「メジロルイヴュール」と名乗ることになりました。国際的競技であるウマ娘レースに元の名前で登場するのはさすがに不可能だったからです。

 本来であればその辺りのやり取りだけで視点別のワンセットぐらいの物語があるのかもしれませんが、本作は短編として投稿する予定のものを管理しやすく分割したものですので当然ながらカットします。

 

 

 そんなことよりも、いま、貴方の目の前で貴方の脚を真剣な表情で撫で回している男性のほうが何倍も重要です。

 

 

 中身が男性である貴方にとって、ウマ娘たちに常に囲まれた生活というものは想像を絶するストレスでした。親子ほど年の離れた学生たちに異性としての魅力を感じるようなことはありませんのでそちら方面のトラブルはありませんが、それでも性別と年齢が原因でとにかく価値観の共有ができないのは頂けません。

 そんな貴方がひとりで静かに過ごせる場所へ避難するようになったのは自然な流れでしょう。今日もいつものように交流を試みるクラスメイトに適当な返事だけを残して逃げてきた貴方はお気に入りのベンチでお日さまの光を浴びながらオレンジジュースを飲んでいたところ──どうにも記憶に存在する人物とそっくりな男性が堂々とセクハラを行い始めました。

 

「……コイツはまた、とんでもない脚をしてるなお前は。芝でもダートでも、短距離だろうと長距離だろうと通用する才能の塊としか言いようがない」

 

 その男性は棒付きキャンディーこそ咥えていませんが、貴方の記憶を頼りに判断するのであれば。

 

「っと、すまんすまん。あんまり見事な脚をしていたもんだから、つい。俺はここでトレーナーやってる()()ってモンだ。と言っても、まだひとりもウマ娘を担当したことがないペーペーだけどな!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「メジロルイヴュール、ね。はぁ~、メジロ。なるほど、そりゃ新入生にしちゃ見事な脚をしてるとは思ったが、メジロのウマ娘ってんなら納得だ。なぁ、次の模擬レース、もちろん出るんだろ? どんな走り方をするかは決めてるのか? 新人とはいえこれでもトレーナーだからな、優秀なウマ娘がどんなレースをするのかってのは興味が尽きなくてね」

 

 楽しそうにケラケラと笑う沖野トレーナーですが、貴方はそんな彼の様子を見て「これは……チャンスだな?」と考えました。

 トゥインクル・シリーズを走るためにはトレーナーとの担当契約が必要です。本来であれば才能を引き出してくれるような相性の良いトレーナーとの出会いを求めるところですが、チート転生者である貴方にはそのようなロマンスは必要ありません。

 

 貴方の知る“沖野トレーナー”と、目の前にいる“沖野トレーナー”が同じという保証はありませんが、もしも期待通りの人物であればこちらの意見を尊重して自由に走らせてくれるでしょう。

 あるいは、とことん指示に忠実に従って走るのも悪くはありません。どのようなトレーニング、どのような作戦だろうともチート能力を使えば完璧に遂行することが可能です。新人だろうともプロフェッショナルである以上、自分よりはレースについて詳しいはず。ならば、チートによるゴリ押しよりもスマートに勝利を掴むことも可能かもしれません。

 

 母親の復讐は、貴方がメジロのウマ娘として活躍することで完遂されます。ならば、天皇賞を走るときまでにはそれ相応の“王者の走り方”を身に付ける必要があるでしょう。

 

 貴方は沖野トレーナーに『取り引き』を持ちかけました。そんなに気になるなら次の模擬レースまで自分を指導してみればいい。それでお互いに納得のできる走りができたら、そのときは『担当契約』をしようじゃないか。

 まさかそのような提案をされるとは思ってもいなかったのでしょう。沖野トレーナーは一瞬だけ呆気にとられた表情になり、そして実に楽しそうに笑いだしました。

 

「ハハッ! こりゃまたなんとも面白いウマ娘に出会えたモンだな俺はッ! よぉ~し、いいだろう! その提案、ありがたく受けさせて貰う。と言っても、お前さんの脚は現状でもなかなかの仕上がり具合だし、模擬レースまで俺がしてやれることなんて限られてるけどなぁ~」

 

 若干気まずそうに話す沖野トレーナーに対し、こっちはその限られた部分を必要として取り引きを持ちかけたのだと貴方は言いました。

 それで多少は気が楽になったのか、沖野トレーナーは改めて名乗り貴方に握手を求めます。もちろん貴方がその手を拒むようなことはありません。



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にわめ。

下ネタは自重することにしました。

ちなみに試作の書き出しは「オレの股間の昇り竜が隠れ蓑してしまった」でした。


「俺がお前さんにできることはそれほど多くないと言ったな。スマン、ありゃウソだ。ハッキリ言ってお前の走りには問題しかない。……いや、だってまさかメジロのウマ娘が高い身体能力にモノを言わせた力任せの走りしかできないなんて思わないだろ!?」

 

 でもオレの走りは速かっただろう? 貴方がそう反論すると沖野トレーナーは「それはそうだけど、そういう問題じゃないんだって……」と肩を落としてしまいました。

 

 特殊な事情がミルフィーユのようにたっぷりと重なっている貴方はウマ娘として正しい走り方というものをあまり理解していません。レースの映像などを参考に見よう見まねで“それっぽく”走っているだけなのです。

 正しい知識を身に付けているトレーナーがじっくりと観察すれば、それが問題のある走り方であるとすぐに気が付くだろうという予想は貴方もしていました。だからこそ、こうして先手を取って指導を受けられる環境は渡りに船というワケだったのです。

 

「いや、ここは前向きに考えよう。本人に問題があると自覚があって、それを矯正するためにトレーナーの……俺の手助けが必要だと理解してるんだし。とりあえずしばらくコースは使わずに、ランニングマシンで走り方を覚えるところからだな」

 

 

 社会人経験者である貴方は“人に物を教える大変さ”というものを知っています。故に、チート能力があるからと自惚れることなく沖野トレーナーの指導には全力で従い努力するべきであると考えています。

 そこに前世から引き継いでいる貴方自身の性格と、そこにチート能力による補助が加わることにより、機械のプログラムの如く正確で精密な動きを繰り返すことでフォームの改善はスムーズに行われました。

 

 これにはさすがの沖野トレーナーも驚きを隠せない様子。貴方の走り方がどんどん改善していく姿を見て、途中からはすっかり言葉を失ってしまいました。

 とりあえず文句を言われない程度には成長できたな、ヨシ! と、貴方も大満足です。もちろん母親が望んでいるメジロのウマ娘としてのイメージを壊すワケにはいきませんので、貴方はしっかりと『おすまし顔』をキープしています。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 沖野トレーナーの指導によりウマ娘らしい走り方を身に付けることに成功し、模擬レース、選抜レース、そしてメイクデビューと貴方は問題なく勝ち抜くことができました。しかし、勝利という結果を手に入れたからといって課題が無いワケではありません。

 

 たとえば、本来であれば少しでも余分な距離を走らなくて済むようになるべく内ラチにそって走るべきなのですが、貴方にはそれができません。あくまで肉体がウマ娘というだけで中身はごく平凡な一般転生男性ですから、顔の横を自動車と同じ速度で物体がすれ違うのはとてつもない恐怖です。

 同じ理由でほかのウマ娘たちの側を走るのも貴方としては全力で拒否したい案件です。チート転生者である貴方がレース中に転倒する確率はゼロですが、ほかのウマ娘たちのほうから倒れ込んでくる可能性があるだけで血の気が引くような事故を想像するには充分です。

 

 さて、こうした悩みを自力で解決しようとするウマ娘はアプリでも何名かいましたが、もちろん貴方はそのような回りくどい真似は選びません。

 何故なら沖野トレーナーは共にトゥインクル・シリーズを駆け抜ける大事な相棒であり、レースに関係することはしっかりと相談することこそが信頼の証であると考えているからです。むしろ、トレーニングや出走の計画を管理してくれている相手にこうした情報を出し渋る理由が理解できないぐらいでしょう。

 

 

 貴方はできるだけ簡潔に沖野トレーナーに自分の考えを伝えることにしました。走っている最中に邪魔な物体が周囲にあると鬱陶しいので、逃げか追い込みで走れるようにしてほしいと頼みました。

 

 

 さすがにワガママな要求だったのか、沖野トレーナーの表情はお世辞にも明るいものとは言えません。ただ、それでも貴方の希望にそったトレーニングプランを提供してくれたのですから感謝しかありません。

 もちろんその気持ちはしっかり相手に伝えなければ意味がありません。貴方はちゃんと沖野トレーナーに対し、与えられた計画は完璧に遂行してみせるから安心して欲しいとお礼を述べました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 走り方を改善しながら順調に勝利を重ねた貴方は、ついにジュニア王者を決める年末のGⅠレース『ホープフルステークス』に出走することになりました。

 普段のレースは実験的な意味合いもあり加減しながら走っていましたが、今回ばかりは貴方は本気で勝ちを狙いにいくつもりです。何故なら、貴方の母親がトロフィーを飾るための棚を自作してしまっているからです。

 

 基本的に貴方は賞金のほぼ全額を母親へ仕送りとしています。復讐心に取り憑かれていてもストレスの発散は必要だろうと考え、ならば散財することで多少の気晴らしになれば良いとの気遣いでした。

 そうしてしばらくしたころ、貴方に写真が添付されたメールが届きます。そこにはホームセンターで購入したであろう資材を背景に、つなぎ姿の母親がサムズアップしている姿が写っていました。

 

 

『アンタが勝ち取ったトロフィーを飾る場所は任せろd(`・∀・)b』

 

 

 貴方はかつて、母親はメジロ家とレースさえ関わらなければ比較的まともであると評価しましたがそれは間違いだったかもしれません。メジロ家さえ関わらなければわりと親バカなのではないかと考えを改める必要がありそうです。

 期待されているならそれ相応の態度を見せておくのも親孝行というもの。貴方は「年末の休みにはホープフルステークスのトロフィーを持って帰る」と返信しましたので、このレースは絶対に負けるワケにはいかないのです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あー、ルイ。その、なんだ。──ジュニア王者おめでとう! 見事な走りだったぞ! 追い込みウマ娘たちの手本にしてもいいぐらいの末脚だったな! ウイニングライブも盛り上がってたし、お前さんのファンも大喜びで……だから……」

 

 お祝いの言葉にしては歯切れがよろしくありません。これはなにか言いたいことがあるのに遠慮しているのだなと察した貴方は、沖野トレーナーに言いたいことはハッキリ言ってくれたほうがいいと催促しました。

 

 心底気まずそうに語り始めた内容は、どうやらウイニングライブで貴方が『作り笑い』をしていることを彼は見事に見抜いていたようです。アニメではライブ関係のアレコレをトウカイテイオーに頼っていた印象がありましたが、やはり優秀なトレーナーということなのでしょう。

 貴方にしてみれば外見こそ美人の部類でも中身は中年男性なものですから、大衆に向けて笑顔を振り撒くという行為には頭痛がするほど抵抗感があります。なんなら頭の中ではオジサンが勝負服を着てステージの上で美少女ボイスで歌っている光景が浮かんで胃袋がポロロッカするんじゃないかと思うぐらいです。

 

 さすがに転生者であることを打ち明けるワケにはいきませんが、話せる部分だけでもしっかり相談しよう。そう考えた貴方はなるべく言葉を選びつつ、高貴なイメージを崩さないよう毅然とした態度で沖野トレーナーへ伝えました。

 

 

「ウイニングライブで笑う自分を想像するだけで吐き気がする。そもそもオレはああいう笑い方を必要としていないし求めていないから、笑顔で人前に立つ方法を知らない。だが安心してほしい、役目は問題なく果たして見せる」



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さんわめ。

 年が明けてすぐ。中央トレセン学園に戻ってきた貴方は早朝からひとり黙々とダートコースを周回しています。

 

 鬼気迫る勢いで、まるで最終直線のラストスパートのような速度で貴方が走り続ける理由はただひとつ。年末からお正月にかけての食べ過ぎによって育まれた贅沢なお肉たちを残らず処すためです。

 

 我が子が無敗のジュニア王者になったことを喜んだ母親が気合いをいれて大量に作った料理を前に、貴方は自ら後退のネジを破壊して本能のままに挑みました。

 特別なごちそうではなく、トレセン学園に来る前は日常的に食べていた品々ですが、それでも込められた想いはまさに世界最強の調味料でしょう。結果、貴方の体重は無事スペシャルな数値へと到達することになりました。

 

 

 ちょっとくらい大丈夫、などと甘えた考えのままだらしない身体をファンに見せるなど言語道断。エンターテイメントは観客の皆様の支えがあって成立する商売である以上、常にベストコンディションかつパーフェクトボディの自分で舞台に立たねばなりません。

 

 

 余剰に蓄えられたカロリーどもを悉く殲滅すべし。慈悲は無い。とにかく水分だけはタップリと補給しつつ、休息も食事も一切拒絶の心構えで貴方は走り続けました。

 なにやらコースの外からウマ娘たちの視線を感じますが、いまの貴方にはそのような些事に構っている余裕などありません。明日から始まる沖野トレーナーのトレーニングメニューに万全の状態で取り組むためにも、今日中にベストな体重まで絞らなければならないからです。

 

 本気の仕事には本気で応えるのがプロフェッショナルとしての義務。それは誇りでも名誉でもなく最低限のスタートライン。瞳に蒼い炎を幻視するほどの覚悟で貴方は砂塵の中を駆け抜けました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「さて、いよいよクラシック級が始まるワケだが……ルイ、三冠路線とティアラ路線、どっちを走りたい? 春の天皇賞を目標にするなら菊花賞は経験しておきたいところだが、お前さんの場合はまだまだ走り方に改善の余地があるからな。恐ろしいことに。中距離でじっくり慣らしてから、ってのもアリっちゃアリだ。ま、ようはお前の好みで選んで問題ないってことだ」

 

 好みで選んでかまわない。レースの予定は沖野トレーナーに丸投げするつもりであった貴方は微妙に困ってしまいました。

 何故なら三冠ウマ娘を達成したときに得られる報酬も魅力的ですが、ウマ娘的にはトリプルティアラという響きもなんとなく高貴な感じがして“メジロっぽい”からです。

 

 脚質的にはどちらも問題ありません。短距離とマイルは勢い任せに逃げ切るスタイルで、中距離と長距離は追い込みで最後にまとめてブチ抜くと戦術は決めてあるのでトレーニングの方針で迷うことはないでしょう。

 

 

「あー、これはトレーナーとしてというより、俺の個人的な考えなんだが……なんというか、作戦とか、適性とかはもちろん大事だけど、どうせならお前が()()()()()と思えるほうを選んで欲しいってのが本音だ」

 

 面白そうだと思える選択を。その提案を聞いた貴方は驚きとも感動とも似ているモノを感じてついつい黙ってしまいました。どうやらこの世界でもチームスピカの土台はちゃんと存在するのだな……と、ウマ娘ファンとして感慨深いものがあるのでしょう。

 いずれ現れるであろうクセが強くとも魅力的なスターウマ娘たちが自分の後輩になるかもしれないのだと不思議な感覚にソワソワしつつ、クラシック路線とティアラ路線のどちらを選ぶのかという問い掛けにどんな答えを出すべきか貴方は考えました。

 

 直感で、貴方が面白そうだと思ったのは──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「メジロの栄光再び、無敗のジュニア王者が狙うは“無敗の三冠ウマ娘”に決定! 雑誌もテレビもお前さんの話題で持ちきりだな。しかしまぁ、世間が賑わいそうだからって理由でクラシック路線を選ぶとは。ルイ、お前けっこう愉快な性格してたんだな。──あぁ、いや。別にダメだって言いたいんじゃない。むしろ安心したぐらいだ」

 

 最近なにか悩み事でもあったのか、どうも元気が不足していた沖野トレーナーが楽しそうに笑っている姿を見て、貴方は自分の選択は正解だったなと自画自賛しています。

 ちなみに貴方の母親も雑誌を大量購入してアパートの住民の皆さんや大家さんにまで配ったらしく、タブレット端末には沢山の応援メッセージが届きました。メジロ家を追放されたのは単純に気質が合わなかっただけで本人の性格は実は問題ないのではないかと貴方は疑い始めているようです。楽しそうなのでヨシ! 

 

 

 口もと寂しい沖野トレーナーに代わり蹄鉄を型どった棒つきキャンディーをカラカラと転がしながら、貴方は皐月賞の攻略について作戦会議を始めようと持ちかけました。

 真剣勝負に貴賤無し、道穢れなく夢険し。どのようなレースであろうとも油断など許されませんが、クラシック級独特の熱狂ぶりはやはり特別なものです。もしかしたら熱血硬派な運動会のように、レースの途中で旋風脚や奥義ウマ娘の術などで妨害される可能性も考慮しなければなりません。

 

「いやお前、メジロの令嬢がなんであのシリーズなんか知って……いや、そういえばお前は──あぁ~ッ! うん、なんでもない! ただの独り言だ、気にしないでくれ。ま、さすがにそんな極端なことは起きないだろうが、垂れウマ娘には警戒してて損はない」

 

 表面上は冷静でも事故にビビりまくりでバ群に近付きたくない貴方は、最終コーナー手前で加速を始めて大外から差しきる走り方を好んでいます。と、いうよりも中距離から先はそれしか基本的にできません。

 なのでいままでは垂れウマ回避はほとんど考えたことはありませんが、沖野トレーナーが言うには加速のタイミングが知られている以上、そこに合わせて誘導してくる技巧派な走りをしてくるウマ娘が出てこないとも限らないとのこと。

 

 それならそれで結構なことだと貴方は余裕の態度を崩しません。正道だろうと王道だろうと邪道だろうとも全て正面から受けて立つ。売られた喧嘩は高値で買い、そして勝つ。

 それが強者としての義務であり、メジロの名を持つ己にとってのノブレス・オブリージュであると笑って見せました。これが貴方なりに考えたメジロっぽさを全面に押し出したウマ娘の姿のようです。

 

 

「義務、義務か。なぁルイ、お前が母親の期待に……天皇賞を連覇しようって頑張ってるのは知ってるが、そこにお前自身の気持ちはちゃんと入ってるのか? もちろん期待に応えたいって気持ちを否定するつもりはない。俺だって同じだからな。だが──いや、だからこそ。トレーナーとして、担当するウマ娘の夢を叶えてやりたいんだ。なぁ、ルイ。お前自身の夢は……どこにある?」

 

 

 レースを片っ端から無礼して賞金ガッポガッポでさっさと引退して悠々自適に暮らすこと。この場面で正直にそんな夢を語るには、いまの貴方には勇気が足りていないようです。

 

 もしも貴方が守銭奴などのお金に意地汚いキャラクターとしてトレセン学園で生活してやろうなどと考えていたのであれば別ですが、いまの貴方はおちぶれようともメジロのウマ娘。復讐はそれとして、メジロ家の名誉を傷付けるような言動をするワケにはいきません。

 だからと言って心にもないウソを並べるのも沖野トレーナーの信頼を裏切る行為。どうしたものかと悩む貴方でしたが、そこは流石のチート転生者。とてもグッディストなアイディアが天から降り注いできたのです。

 

 貴方は沖野トレーナーに向き直り言いました。皐月賞の勝利は社会的にも名誉なことなのだから、自分が勝つことができたらご褒美のひとつくらい担当トレーナーからあってもいいだろう、と。

 

 まぁ、それぐらいは……と貴方の意図が読めず困惑した様子の沖野トレーナーですが、どんな状態だろうと言質を手に入れたことには変わりません。

 相手が正気を取り戻す前に畳み掛けるべし。貴方は沖野トレーナーに対し、もしも皐月賞を勝つことができたら、メジロルイヴュールというウマ娘の夢を探すのを手伝ってもらうと要求しました。

 

「────ッ!? は、はは……ッ! よしッ!! いいぞ、その賭けのったッ! お前の走りにオールインしてやるッ! だがなルイ、一方的な賭けってのは普通に考えたら成立しないよな? だから俺からもお前にひとつ、要求させてもらう。……ルイ。次の皐月賞、余計なことは考えないで心のままに走ってこい。それでもお前なら必ず勝てる。前評判なんか気にしないでとことん大舞台を楽しんでこいッ!!」

 

 なにやら不思議な賭けの形が成立したような気がしますが、とにかく誤魔化すことには成功しました。残る課題は皐月賞という舞台を如何にして楽しむかということだけですが……あえてチートのアシスト無し、自分の真の実力がどの程度のモノなのか試してみようかと貴方は考えているようです。




トレセン学園の関係者だけを曇らせてもいいし、母親も曇らせてもいい。

あるいは、メジロ本家やネームドウマ娘たちを曇らせてもいい。

自由とは、そういうものだ。
(書くとは言ってない)


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よんわめ。

 娘がまるでメジロ本家のウマ娘のようにメディアで扱われることに対して異常な狂気を見せる母親に「楽しそうにしてるけどメジロ家への復讐心はちゃんと忘れていないんだな……」と斜め方向に感心しつつ、当人である貴方は日本ダービーを走るために控え室でのんびりタブレット端末で自分に関する記事を読んでいます。

 

 ほかのウマ娘たちの交流をほぼほぼ無視してまで常に全力かつ本気でトレーニングを続けていた効果は抜群だったらしく、皐月賞ではチート能力に一切頼ること無く勝利を掴むことができました。

 当然ながらスマートやエレガントといった言葉とはかけ離れた“力こそパワー”のお手本のような走りしかできませんでしたが、その荒々しさと剥き出しの闘争本能は新規のファンを開拓することに成功したようです。

 

 

 無敗の皐月賞ウマ娘が日本ダービーを走る。その事実が日本中を盛り上げていることは理解できているのですが、どこまでいっても貴方の目的はあくまで賞金でしかありません。

 

 

 自分の走りを見て他人がなにを感じるかなど自由ですし口出しするつもりはありませんが、偶像崇拝の類いは本気で迷惑ですし鬱陶しいと感じているようです。特に、後輩たちのキラキラした眼差しは勘弁して欲しいと本気で思っています。

 なので貴方は安らぎを求めてひとりで過ごせる場所へ避難しているのですが、それが孤高に生きるウマ娘として憧れの的になっていることを知る日が来るかはわかりません。何故ならこの物語は短編として書かれた物なので続きが存在しないからです。

 

 

「出走前のウマ娘は、それが大きなレースであればあるほど緊張と不安が~、なーんて教えられたモンだが……お前さんは清々しいほど普段通りだな。むしろこう、俺のほうが()()()()が悪いぐらいだ。──いや、なんだよその“アンタ緊張なんてするのか”みたいな顔は! いや、お前、ダービーなんだぞ!? 俺だって緊張ぐらいするっての! 新人トレーナーが! 初の担当ウマ娘が! ダービー出るんだぞ! しかも無敗で二冠目とか……あ、冷静に考えたらまたハラ痛くなってきた……」

 

 将来的に大勢のGⅠウマ娘を抱えることになるのに、二冠ぐらいで胃痛になるとは情けない。日本ダービーの話題で世間が熱狂していることは理解できても、無敗の皐月賞ウマ娘が日本ダービーに出走する意味をあまり理解していない貴方は沖野トレーナーを慈しみの目で見ています。

 貴方にしてみれば、日本ダービーに向けてしっかり準備してきた以上どのような結末になろうとも“そういうもの”と受け止めるだけです。勝てれば賞金タップリで嬉しいだけで、じゃあ負けたらどうなるかと言えば特にペナルティはありません。GⅠレースに対して切実な想いが無い貴方のコンディションが乱れる理由は無いのです。

 

「いや、ここは前向きに考えよう。精神的に安定してるってのはお前の強みだからな。興奮状態のほうが限界を超えた走りができるウマ娘もいるが、お前はそういうタイプじゃないし、過不足無く実力を発揮できるってのはアスリートとしては理想的だ。……ルイ、お前なら必ず勝てる。クラシックの二冠目、遠慮なく勝ち取ってこい!」

 

 ふむ。勝ってこいとな。やはり日本ダービーはトレーナーにとっても特別なのでしょう。となれば、念のため確認しておくべきだと貴方は沖野トレーナーに質問をしました。

 

「ん? お前がダービー勝てたら嬉しいかって? そりゃあお前、担当ウマ娘がレースに勝って嬉しくないトレーナーなんているワケないだろ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 これから始まる日本ダービー、現在ゲートの中で貴方はチート能力を発動するために精神を研ぎ澄ませています。

 

 皐月賞と同じように走りたいように走るつもりの貴方でしたが、お世話になっている沖野トレーナーへのささやかな恩返しとして『ダービートレーナー』の称号をプレゼントするのも悪くないと考えている様子。

 なるほど、後々にスペシャルウィークを担当するであろうことを考えると、このタイミングで彼にダービーウマ娘を育てたという実績が得られるのは大きな追い風となるかもしれません。

 

 この世界がアニメと同じようなストーリー展開になるとは限りません。むしろ、自分というイレギュラーが存在する影響は必ず何処かに表れるだろうと貴方は確信めいたものを感じているぐらいです。

 ですが、それはそれ。賞金が魅力的なことはもちろんですが、担当トレーナーから“勝ってこい”と指示をされたからには期待に応えるのがウマ娘としての役目でしょう。ここは遊び心は封印し、出し惜しみ無しで完璧な走りをもって勝利する場面だと珍しく張り切っています。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 大歓声で始まったスタート、貴方はあえてゆっくりと上体を倒すことで意図的にタイミングを遅らせます。張り切ったところで自身の近くを自動車並みの速度で走る少女が大勢いるという状況への恐怖は簡単には消えませんので、今回も得意な作戦……ということになっている追い込みで勝負をすることに決めました。

 チキンハートの奥底にあらゆる感情を押し込めて、冷静に周囲を観察し、ウマ娘たちの動きをデータ化して頭の中で整理しつつ、今日まで沖野トレーナーに鍛えてもらった走りを機械の如く正確無比に再現する。周囲のウマ娘たちはタダの障害物と無理やり思い込むという無礼でありながらも本人にとっては切実な手段でじっくり脚をためています。

 

 貴方が狙う勝ち筋に奇抜な作戦など必要ありません。由来不明のチート能力があることもそうですが、そもそも皐月賞で勝てるだけの身体能力がしっかりと身に付いているからです。

 貴方がトレーニングに励む姿は母親にとって数少ない楽しみであったこと、そして担当である沖野トレーナーがこれからゴールドシップに振り回される可能性を考慮し自分ぐらいは真面目に彼の指導を受けようと研鑽を重ねたことが功を奏しているのでしょう。

 

 

 新人とはいえ一流の素質を持つ沖野トレーナーが貴方のために考えた追い込みの走り。臆病であるが故に全くブレのない重心。まるで絵画か彫刻か、メジロの名を掲げる貴方のあまりにも完成された走りは大勢のファンに熱狂と興奮を届けているようです。

 

 

 もちろん貴方にそのような周囲の様子を楽しむ余裕などありません。チート能力がどれだけ万能でも、それを扱う貴方は何処までいっても凡人。油断をした()()がどれほどの損害をもたらすかなど想像もできません。

 ただただ集中力を切らさぬようにとゴール板を駆け抜けた貴方にほかのウマ娘たちを労う余裕などあるはずもなく、とにかく電光掲示板の1着が自分のナンバーであることに安堵するばかり。すでに塩対応が知られている貴方は振り返ることもなければ観客席に手を振ることもなく、ターフの上から静かに堂々と去りました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ルイ……お前……なん、で……」

 

 はて? 自分はなにかしただろうか? 

 

 指示通り無事レースに勝利してダービートレーナーの称号をプレゼント出来たはずですが、沖野トレーナーは顔色が悪くなるほど動揺しています。

 やはりあらゆるレース関係者にとって特別である東京優駿でサービス無しは不味かったか。冷静に考えてみれば自分の不手際は大人であり担当である沖野トレーナーの責任になるワケですから、さすがの貴方も反省することにしたようです。

 

 

 悪いことをした自覚があるならまずは謝罪を。貴方は沖野トレーナーに「すまない、勝てという指示通りダービーに勝利したが、オレはなにかを間違ったらしい。ミスがあったなら遠慮無く指摘してくれ、今度こそ完璧にアンタの指示を遂行してみせる」と頭を下げました。

 

 

「指示……俺の……俺が勝てと言ったから……お前は……ッ! ──あぁ、いや。なんでもない。いやぁ~ッ! まさかのダービーウマ娘だぜお前! しかも無敗の二冠ときたもんだ! コイツぁ秋の菊花賞に向けて気合い入れてトレーニング考える必要があるな! はっはっはッ!」

 

 なにやら呟いていたような気がしますが、とにかく沖野トレーナーが喜んでくれたことで貴方はようやく安心することができました。

 

 あとは母親への報告ですが、メディアがネームバリューを利用するためにメジロのウマ娘と騒ぎ立てることは簡単に予測できます。

 もちろん母親がそうとう不機嫌になることは間違いありませんが、そこは自分はメジロだが貴女の娘だとハッキリ宣言して落ち着きを取り戻してもらいましょう。自分で自分のことを女性扱いするのは相変わらず背筋がゾワゾワしますが、これも親孝行だと思い耐えるだけです。

 

 

 残る仕事はウイニングライブのみ。今日はいつも以上に疲弊していますが、ここで失敗してしまえばダービーに夢を見ている者たちをガッカリさせてしまうでしょう。最後の気力を振り絞り、貴方は鏡の前で最高の笑顔作りを始めることにしました。

 

 

「なぁ、ルイ。皐月賞、楽しかったって言ってたよな? なら、今日は……今日のレースはお前にとって、楽しかった……のか?」

 

 

 笑顔の構築作業中に不意打ちのように問われたということもありますが、沖野トレーナーの質問に対して貴方は咄嗟に答えることができません。

 

 

 そりゃ皐月賞は楽しんでこいと言われたから好き勝手走ったし、それで勝てたのだから楽しかったに決まっている。

 だが今回の日本ダービーはそうではない。やはり無敗の皐月賞ウマ娘としての注目度は別格だ。それに沖野トレーナーにしては珍しく勝ってこいと力強い言葉で送り出してくれたのだから、自分はちゃんと真剣かつ全力で……それこそチート能力すらも出し惜しみすることは侮辱であると考え勝利してきたのだが。

 

 楽しかった……まぁ、楽しかったか? 勝てたし、賞金も貰えるし、母親も沖野トレーナーも喜んでくれるのだから楽しいのは確かだが。

 

 

 そこまで考えた貴方ですが、すでに何かしらやらかしていることは確実ですのであまり不真面目な回答はするべきではないと判断しました。

 しかしどうしても質問の意図がいまひとつ理解できていません。ここは無駄なすれ違いや勘違いが起きないよう、おバカ扱いされるのを承知の上で沖野トレーナーに確認することにしました。

 

 

 すまない、なにを聞きたいのかわからない。レースが楽しかったかどうかという確認に、いったいなんの意味がある? 

 

 

 素直に頭を下げると決めたことは悪くない判断なのでしょうが、どうやらよほど間抜けな質問をしてしまったようです。沖野トレーナーはすっかり呆れて言葉を失っている様子。

 あぁ、またやってしまったらしい。沈黙が気まずくなってしまった貴方は鏡に向き直り、せめてウイニングライブぐらいは沖野トレーナーに満足してもらおうと一生懸命指先で顔の筋肉を動かして笑顔の練習を再開しました。




次回は沖野トレーナー側の視点になります。


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『沖T視点と言ったな? スマンありゃ嘘だ』

新年初投稿がコレってどうなのよ。


 無敗の皐月賞ウマ娘が日本ダービーに出走する。その事実は日本中のレースファンたちを興奮させるには充分すぎるほどの効果があった。

 ホープフルステークスで見せた美術品のように美しい走りをするのか、それとも皐月賞で見せた野生の獣のように荒々しい走りをするのか。あるいは、日本ダービーという特別な舞台に相応しい新しい走りを見せてくれるのか。期待を胸に誰もがメジロルイヴュールというウマ娘に夢を見ているのだ。

 

 

 だが、彼女の抱える事情を知る数少ない関係者にとってはそうではない。東京レース場の喧騒の中を歩く中央トレセン学園に所属するトレーナー・六平銀次郎は、純粋に日本ダービーを楽しみにしている人々の流れを少しだけ羨ましく思いながら眺めていた。

 

 

(あれだけ無愛想だってのにこれだけのファンがいるってのは……本来なら喜ばしいことなんだろうがなぁ。それだけあのルームメイトのお嬢ちゃんのお節介が効果的だったってことだが)

 

 メイクデビューからずっと塩対応を続けているにも関わらずメジロルイヴュールがこれほどまで人気を獲得した理由はふたつある。

 

 ひとつはもちろんレースでの圧倒的な強さ。常に先頭を、後続に一度たりとも影を踏むことを許さない唯一無二のスピードで逃げきる姿は子どもたちにも分かりやすく憧れを抱かせた。

 そして、デビューからの彼女のファンたちは追い込みこそがメジロルイヴュールの真価であると盛り上がっている。バ群に近付くことを嫌う彼女はコースの中央側を走るのだが、それがあらゆる作戦も駆け引きも踏み砕く威風堂々たる走り──実際にはトレーナーである沖野がライバルとなるウマ娘たちの情報を集め仕掛けるタイミングなどを見極め、それをルイヴュールが丁寧過ぎるほど反復練習をしているのだが──に、見えているのだろう。

 

 

 強いウマ娘はそれだけで人々を魅了する。それは2つ目の理由、ルームメイトである後輩ウマ娘がSNSに投稿したルイヴュールの日常生活のギャップが知られることでさらに加速した。

 

 彼女のトレードマークである蹄鉄を模した棒つきキャンディーを机に並べてどれを食べるか真剣な表情で選んでいる写真や、カフェテリアでなにを食べるかアミダくじで決めている場面でハンバーグやナポリタンなど料理名の中に紛れ込んでいる『ターフに反省を促すダンス』という謎のワードが見える動画など、本気なのかネタなのか分かりにくい行動は彼女の冷たい印象を“独自の世界観で生きている面倒くさがりの不思議系”と好意的なモノへと変化させたのだ。

 メジロ本家がそれをどう受け止めているのかは知る由もないが、少なくとも中央トレセンの理事長である秋川やよいはもちろん、六平もひとまず良い兆しであると判断している。完全に他者との関わりを拒絶しているワケではなく、とりあえずルームメイトである後輩のウマ娘とはそれなりに上手に生活できているというだけでも安心できる。

 

 あるいは、担当トレーナーである沖野との出会いが彼女の心が閉ざされることを防いだ可能性もあるかもしれない。

 情報を絞ったのが仇となり気がついたときには契約は完了してしまっていたが、新人故にメジロ家のような名門のウマ娘を担当することに気後れを感じていなかったのは幸いだった。これでもしも沖野が“メジロ家のウマ娘を担当する”という名誉に眼が眩む青年であったなら……あまり想像したくないようなことになっていた可能性もある。

 

(アイツに任せても大丈夫だと言い切ったやよいちゃんの判断は大当たりだったか。ウマ娘のために、ってときの直感と行動力だけはもう母親と比べても見劣りしねぇな。……親の想い、ねぇ)

 

 幸いにしてお家騒動にて()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは違ったのだろう、メジロルイヴュールというウマ娘に分かりにくいが茶目っ気のある部分が見えるあたり母親は比較的まともなのかもしれない。

 それはそれで面倒な話でもあるのだが。親の妄執を受け止めながら我が子をどうにか陽の当たる場所で走れるように、そこにどれだけの苦労があったのか。あるいは、その心の強さ故にメジロを名乗ることを黙認されているのかもしれない。

 

 

「っと、いけねぇ。せっかく無敗の二冠がどうなるかって面白ェレースがこれから始まるってときに……年ィ取ると余計なこと考えすぎちまうな」

 

 実力はあるが厄介な運命に巻き込まれたウマ娘と、実力はあるが厄介な癖を持つトレーナー。心配ごとは尽きないが、それでもいまのところ上手いこと機能している。

 

 皐月賞のあとにルイヴュールの希望ですき焼きを食べに行ったが嬉しさのあまり食べさせ過ぎて金欠になったと大真面目に助けを求めてきたときはつい拳骨を落としてしまったが、金勘定ができない代わりにウマ娘と絆を育む能力に秀でているならそれはそれでトレーナーとしては充分“アリ”だろう。

 偶然でも構わない、期待したくなるときぐらいある。レース関係者から『フェアリー・ゴッドファーザー』と呼ばれている(本人はその呼び名を嫌っているが)六平であっても、メジロルイヴュールというウマ娘の特殊な環境を思えばそうもなるというもの。

 

 だからこそ、スタートの直前で。ルイヴュールの表情がやけにハッキリと視認()()()()()()()瞬間、六平は背筋が凍り付くような感覚に襲われたのかもしれない。

 いつでもマイペースな彼女らしくもない、静かに目を閉じて集中力を高めている姿。さすがに日本ダービーともなれば多少は緊張もするか……などという安心は、ルイヴュールの瞳が“ナニも映していない”ことに気がついた瞬間に消し飛んでしまった。

 

 

 

 

 馬鹿野郎。なんて眼ェしてやがる。

 

 

 皐月賞のときはあんなに楽しそうにギラついてたじゃねぇか。

 

 

 それじゃあ、まるで──。

 

 

 

 

 異変に気づきはしたものの、冷静な部分で六平は己が出来ることなどなにも無いことを理解していた。トレーナーとして積み上げてきた実績が崩れることなど一向に構わないが、中央トレセン学園に所属するトレーナーが日本ダービーを中断させたという事実は自分ひとりの責任で終わるほど軽い問題では済まされない。

 それに、ルイヴュールひとりの都合のためにほかのウマ娘たちの努力を台無しにするワケにはいかない。彼女たちも皆、担当トレーナーと共に一生に一度の大舞台での勝負のために厳しいトレーニングを続けてきたのだ。真剣勝負に横槍を入れるなどあり得ないし、あってはならない。

 

 

 そんな葛藤とは無関係に、大歓声の中ゲートは開きレースが始まった。追い込みの位置取りのため、意図的にスタートのタイミングを遅らせるためにゆっくりと上体を倒すルイヴュールの姿が、いまの六平には朽ちて崩れる彫刻のように見えた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……あぁ、誰かと思えばろっぺいさんか」

 

「ムサカだ。んなことより沖野、オマエ」

 

 大丈夫か。そのひと言が出てこない。

 

 若手のトレーナーたちが親しみを込めて呼ぶ『ろっぺいさん』に対して『ムサカだ』と訂正するいつものやり取り。それができるだけの正気は保てているようだが、その表情は誰がどう見ても担当ウマ娘がGⅠレースで、日本ダービーで1着となったトレーナーのモノではない。

 せめてもの救いは、あの走りは沖野が望んだものではないと確信を得られたことだろうか。疑っていたワケではないが、それでもレースが終わってから控え室へたどり着くまでの焦燥感はベテラントレーナーである六平であっても出来れば2度と経験したくはないだろう。

 

「それで、わざわざ控え室までお祝いに来てくれたんですか? ろっぺいさんにしては珍しいですね。まぁ……ダービーだからな。日本中のファンが注目しているダービーを勝ったんだ。アイツはこれで無敗の二冠ウマ娘、そして俺はめでたくダービートレーナーですよ、ハハッ……。クソォッ!!」

 

「沖野ッ! 落ち着けッ!」

 

「落ち着けッ!? これが落ち着いていられますかッ!! ろっぺいさん、アンタも見てたんでしょうッ!? ルイの走りをッ!! 強かった……そして、完璧な追い込みの走りでしたよ……俺が教えた、俺がルイに頼まれて、アイツが速く走れるようにって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言われて考えた走りだったんですよ……」

 

「知ってるよ。中央に来たばかりのルイヴュールの走り方はお世辞にも褒められたモンじゃなかったからな。それが真っ当な競技者としての走りを出来るようになったのは沖野、オマエの支えがあったからだろうが」

 

 忘れたくても忘れることなどできない。初めて見たルイヴュールの、高い身体能力だけが頼りの暴力的な走り方。多少は()()()部分もあったのだが、そんな些細なことは全て塗り潰すほどに強すぎた。

 しかもそれを本人が自覚しており、その上で勝てるのだから問題ないだろうという態度を崩さないのだ。大半のトレーナーたちがスカウトを躊躇っていたのも無理はない。ここまで気性難のウマ娘では、こちらの指示を素直に聞き入れてくれるかどうかでまず頭を抱えることになる。

 

 メジロの事情などなにも知らないところからのスタート、少し変わったウマ娘という認識だけしか持っていなかったからこそ築くことができた信頼関係。もしかしたら、沖野の砕けた態度がなんだかんだで気に入ったのかもしれない。

 

 だからこそ。

 

「沖野、いったいルイヴュールになにがあった? アイツが二冠にそれほど興味が無いのはわかるが、最近はレースそのものに無関心ってほど退屈そうにはしてなかっただろうが」

 

「……勝ってこい、って」

 

「なに?」

 

「レースが始まる前、ルイに勝ってこいって言ったんですよ。俺が。アイツならダービーだってきっと勝てると思ったから、遠慮なくダービーウマ娘の称号を勝ち取ってこいって、言っちまったんです」

 

「そりゃオマエ、担当の背中押してやるなんてトレーナーなら誰だって」

 

「違う、違うんですよろっぺいさん。少なくともルイにとっては違うんです。アイツ、ターフに向かう前に俺に聞いてきたんです。自分がダービー勝てたら嬉しいかって。もちろん答えましたよ、嬉しいって。自分が担当するウマ娘がレース勝って嬉しくないトレーナーなんているワケないじゃないですか。だけど、違うんです。俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あのとき、アイツの問いかけを否定しなきゃいけなかったんだ……ッ! 『そんなことよりせっかくのダービーを思いっきり楽しんでこい』ってッ!!」

 

「それは」

 

「皐月賞までは上手くいってたんですよッ!! 前評判でも、騒いでいるメディアを相手に上等だって少しだけ笑ってみせて……せっかくトゥインクル・シリーズを走るなら()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて話をしたりもしてッ! ファンへの対応が雑なのは変わらないけれど、それでもアイツなりに……少しずつレースを楽しんでくれるようになっていたのに……俺のせいで、俺の余計なひと言が、アイツの中に眠っていたメジロヴェンデッタの存在を起こしちまったんだ……ッ!! 俺はアイツのトレーナーなのに、一緒に夢を追いかけようって、アイツと、約束、したのにッ! チクショウッ!! ……ちぐしょぉ」

 

 

(まいったな、俺もそれなりにトレーナーやって勝負の世界の厳しさってヤツを知ってるつもりだったンだがなぁ。お天道様は乗り越えられる試練しか与えない、なんて話は聞くがな三女神さまよ。さすがに新人のトレーナーを試すにしちゃあ……ちと大げさ過ぎるだろコイツぁよ)

 

 

 きっと。いや、間違いなく。メジロルイヴュールは沖野トレーナーに感謝をしている。

 

 だから確認した、自分が日本ダービーを勝てたら嬉しいのかどうか。

 

 故に、彼女は勝利した。それが自分を育ててくれたトレーナーへの恩返しになると想いを込めて、教えてくれた走りを完璧な形で。

 

 だが、それは沖野がルイヴュールに求めている走りではなかった。彼はただレースを楽しんで欲しかった。当たり前のように勝利を喜んでくれる姿を見たかっただけなのに。

 

 

 ウマ娘はトレーナーの幸せを想った。

 

 トレーナーはウマ娘の幸せを願った。

 

 

 ただそれだけのことなのに、トレーナーの決意に背を向けるようにウマ娘は全ての感情を邪魔なモノとして切り捨て、ほかのウマ娘たちをただの障害物として扱い、日本中のファンが、そしてウマ娘たちが夢を見る日本ダービーをただの作業として勝利した。

 

 

 ふと、気がつけば。どうやら日本ダービーのウイニングライブが始まったらしく、無敗の二冠ウマ娘が誕生したことを祝福する大歓声が控え室まで届いていた。

 中央トレセン学園に所属する現役トレーナーの中でも屈指のベテラントレーナーである六平だが、ライブで盛り上がるファンの歓声を耳にして苦虫を噛み潰したような気分になるのは初めての体験であった。




くぅ疲。

とりあえず六平トレーナーは理事長のことをやよいちゃんと呼びそうだし、アニトレ組では沖野Tだけろっぺいさんと呼びそうだなと想像。
あと、作中のウイニングライブの表現に関して細かい設定について「全てのレースが終わって夕方に開催されるのに控え室に……?」とか気にしてはいけない。いいね?


そんなことより、誰かこんな感じでウマ娘の曇らせ二次創作書いてくださいオナシャス!


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こ↑こ↓からオマケ。
いち。


「うーん、まさか我が娘にこんな才能が隠れていたとはねぇ。案外、バアさんの主張は妄想じゃなくてマジだったのか? ……さすがにそれはないか」

 

「有名人と名前が同じ、なんて話はヒトもウマもいくらでも聞く話だからね。僕としては、こんなことになるならサークルでもスクールでも通わせてあげればよかったなって少し後悔してるけど」

 

 中央トレセン学園に合格した愛娘のために各種手続きを処理しながら、とある一組の夫婦がそれぞれの想いを語り合っていた。

 

 母親はとある名門ウマ娘と同じ名前、というか冠を持つウマ娘として産まれてきた。正直本人にしてみれば「だからなに?」という程度の認識なのだが、祖母が「その家は、当主の座は本当なら自分のモノになるはずだったのだ」という主張を繰り返すモノだからそれはもうウンザリとしていた。

 どうにも自分が産まれる前からそういう拗らせ方をしていたらしく、近所の方々が白い目ではなくなにやら温かい目で見守ってくれていたぐらいだ。幸いにして祖父のほうは至ってまともで苦笑いをしつつも常に祖母に寄り添っていたので大きな事故や事件は起きていない。

 

 ついでに言うなら、その名門ウマ娘の名前に狂気的な妄執を抱いている以外はそこまで酷い親ではなかった。無理やりレース系イベントに参加させられたことは数えきれないほどあるが、結果が奮わなくても出てくる言葉はいつでも前向きな物ばかりであったからだ。

 入着を逃したときでさえ褒め言葉が出てくるし、対戦相手にも「私の娘に先着するとは、あの娘の将来はダービーかオークスの勝利ウマ娘に間違いないわね……ッ!」と大絶賛である。おかげで周囲からは変わり者だけどいいお母さんとして認識されており友人たちとの関係が悪化するようなことはなかったが、思春期で多感な時期の女の子にとっては普通に恥ずかしいのである。

 

 さて、こうしてイマイチ走りの才能に乏しい娘にでさえこれだけ大袈裟に喜ぶ祖母である。孫娘が中央トレセン学園に合格したという報せにはそれはもう狂喜乱舞の大騒ぎであった。

 

 草レースで小遣い稼ぎをしていたのは知っているし、走ることそのものを嫌っているワケでもない。なら試すだけならまぁいいかと軽い気持ちで受験を許したが、まさか本当に合格するとは思っていなかった。

 なにせ中央トレセン学園である。我流の走り方でアマチュア相手に勝負するのとは違う、ライバルは全員学生でもプロフェッショナルなのだ。当然受験する側も粒揃いとなるはずで専門家の指導など一度も受けたことのない我が子の走りが認められるなどとは想像すらしていなかったのだ。

 

「お義母さんだけはあの子が合格すると本気で信じていたみたいだけど、まさか本当に合格してしまうとは思わなかったね。ただ……」

 

「本人の意識がなぁ。アイツ、レースのことを収入源ぐらいにしか考えてないみたいなのがちょっとなぁ。まぁ、オープンクラスをぼちぼち勝てればそれだけでもまとまった稼ぎにはなるからいいとして、万が一よ? それこそなにかの間違いでG1レースになんか出走するようなことになったりしたら……大丈夫かねぇ」

 

 夫婦が懸念しているのはレースの勝ち負けなどではない。価値観の違いによる周囲との衝突を心配しているのだ。

 

 ダービーという世界規模で通用する名誉あるレースですらそれほど興味を示さず、年末に家族で有マ記念でも見に行こうかと誘ってもコタツでゴロゴロしながらテレビで見れば充分だと返されてしまった。

 ウマ娘だからといってレースに強い憧憬を抱かねばならないなどという決まりはないが、それにしても娘の反応はなんというか……冷めているというか、枯れているというか、とにかく熱量が感じられない。

 

「確かに心配だけれど、せっかく合格したんだし前向きに考えようよ。ほかの学生さんたちには申し訳ない言い方になるけれど、僕たちの娘は気軽にレースを楽しめる心の余裕があるんだって」

 

「そうかな……そうかも……? うん、まぁ、気負い過ぎてメンタルがブッ壊れるよりは全然マシかぁ。よし、そうと決まればチャチャッと書類を仕上げてやるとしますか!」

 

 我が子は無事デビューできるだろうか、もしも重賞レースを走ることになったらご近所さんも誘ってレース場まで応援しに行こうか。

 そんな他愛もない話題で盛り上がる夫婦であったが──彼らは知らない。祖母の言葉には真実が含まれており、事実としてとある名門ウマ娘の血が愛娘に受け継がれていることを。愛娘には唯一無二の特殊な力が宿っており、重賞どころか全ての距離でG1レースを勝利など息をするように容易いことを。

 

 

 

 

 そして、母から受け継いだ冠と祖母から与えられた名前『メジロヴェンデッタ』が原因で多方面に無意味な勘違いをばらまくことになり、それに巻き込まれた担当トレーナーまでもが周囲から誤解されてしまうことを。




本編の続きを書いてくれる方は現在も募集中です。


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に。

「……やべぇ。想像より何倍もハードだぞコレは。将来のためにもカネ稼がんと思ってトレセン来たけど、フツーにしんどいな……イロイロと……」

 

 見た目は美少女、中身は男。そんな複雑で面倒な事情を抱えたチート転生ウマ娘・メジロヴェンデッタは人通りの少ないベンチで棒付きの蹄鉄キャンディーを咥えてグッタリとしていた。

 理由は単純明快、周囲が女性だらけの環境というものが思っていたよりずっとストレスとなっているからだ。男女共学の中学校生活ではそこまで深刻ではなかった価値観の違いが、ウマ娘だけが机を並べるトレセン学園に通うようになって浮き彫りになったのである。

 

 せめてもの救いは名前が『メジロ』であるため周囲がそこまでグイグイとコミュニケーションを踏み込んでこないことだろう。ヴェンデッタ自身は祖母が本当にメジロ家出身のウマ娘であり、身内贔屓と自尊心が強すぎたという理由で追放されていることは祖父から聞かされているのでその勘違いを利用することに抵抗は無い。

 ただ、勘違いされているが故に下手に無様な姿を見せてしまうと『これから入学してくるであろう本物のメジロのウマ娘たちまで軽く見られてしまうのでは?』と気付いてしまったものだから余計な気苦労が増えているのだ。

 

 

(メイクデビューも問題だな。トレーナーとの担当契約が必要なのは仕方ないとしても、考え方が合わない相手と組んでも互いのためにならん。せめてオレが賞金目的だってことを肯定してくれるヤツを見付けないことには、なぁ)

 

 チート能力を持つヴェンデッタにとって担当トレーナーなどレースに参加するためのライセンスとして機能すれば充分なのだが、彼ら彼女らも必死に努力をして中央トレセン学園のトレーナーとなったと思うと道具扱いするのも気が引けてしまう。

 だが基本的にウマ娘にとってもトレーナーにとってもレースの勝利とは名誉なことであり、お金が欲しいだの有名になりたいだの俗物的なことを公言するモノはひとりとして存在しない。なので目的となるトレーナーを獲得するためには腹の探り合いも必要になるのだが、チート能力があろうとも本人は至って凡人である。そんな腹芸を転生したからといっていきなり使えるようになるワケがない。

 

 

 コチラの意見を押し通そうとするなら、狙い目があるとすれば新人トレーナー辺りか。しかしそうなるとメジロの名が枷となる。

 さて、ルーキーでありながら名門の肩書きに臆しないだけの胆力を持つトレーナーなどという都合の良い存在が果たして見付かるものか。

 

 

 最悪の場合、意志力の低いトレーナーを逆スカウトで利用することも選択肢に含める必要があるかもしれない。そんなことを考えながらキャンディーをガリッと噛み砕いたヴェンデッタの前に、いつの間にやらひとりの男性が立っていた──と認識すると同時に男は跪いて、なんとヴェンデッタの脚を断りもなくペタペタと触り始めたではないか。

 普通のウマ娘であれば、いやウマ娘でなくとも見ず知らずの男にいきなりセクハラされたのなら顔面に蹴りのひとつでも叩き込む場面だろうがヴェンデッタの中身は転生者でありオッサンである。驚きはしたものの疲れていることもあり不審者の行動を止めることなく好きにさせていた。しかし。

 

「……コイツは驚いたな。初めて見るタイプの脚質だ。ターフもダートも選ばない、その気になればスプリンターにもステイヤーにもなれる──いや、どちらかを選ぶ必要すらないかもしれんぞ、これは……ッ! だいぶ、いや、かなり荒削りな印象だが、いまからでも基礎をしっかり身に付ければ三冠路線でもティアラ路線でも充分狙える脚だ……ッ!」

 

 スラスラと流れるように出てくる分析を聞いて、それまで半分ほど寝惚けていたヴェンデッタの頭は完全に覚醒してしまった。

 髪型も普通で服装も大多数のトレーナーと同じようなスーツ姿、なによりもトレードマークである咥えたキャンディーが無いことで気付くのが遅れたのだろう。だがデリカシーが欠如した無遠慮な脚タッチでウマ娘の脚質を見抜くことができるトレーナーなど、ヴェンデッタにはひとりだけしか心当たりが存在しない。

 

 雰囲気からして新人トレーナーではある。

 

 コチラの意見を聞いてくれることにも期待できる。

 

 メジロの名前に怯まない可能性もあり得る。

 

 だが、今後のことを考えると──ヴェンデッタが黙っているのをいいことに目の前でセクハラを続行している男性トレーナーが結成するであろう、中央トレセン学園の強豪チーム『スピカ』に自分のせいで変な風評被害が纏わり付くようなことになれば目も当てられない。

 ここは思い切って顔面に蹄跡を付けて立ち去るのが正解だろうか……などとヴェンデッタが悩んでいるうちに満足したのか、若い男性トレーナーは視線を合わせて楽しそうに微笑んでみせた。

 

 

 メジロヴェンデッタ、まさかのSSR級トレーナー『沖野』と無事邂逅である。




オマケと本編の違いに戸惑っている方もいるようですが、オマケと本編の内容は似て非なるものです。何故ならオマケとは本編ではないからです。

ちゃんとした本編の続きを書いてみたいという方は恥ずかしがらずに名乗り出てください。心から歓迎いたします。


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さん。

 自然と離れるタイミングは完全に逃した。

 

 セクハラを理由に張り手のひとつでも顔に見舞ってやれば追い払うこともできるかもしれない。だがヴェンデッタにそのつもりはなかった。何故なら塩対応することすらなんだか面倒になってしまったからだ。

 

「初犯ということでオレの脚を撫で回した無礼は特別に赦してやろう。それで? オレに近付いた目的はなんだ? まさかオマエの特殊性癖を満たすためではないだろう。下心が無いことぐらいはわかるからな」

 

「っと、悪い悪い! いや~、ここまでレースの才能が……いや、なにも知らずに才能の一言で括るのはお前さんに失礼だったな。とにかく、まぁ、なんだ。トレーナーとしてはあまりにも魅力的だったもんで、つい。これぞまさに原石って感じだよ」

 

「ほぅ? 原石ときたか。これでも学園の模擬レースでは無敗なんだがな」

 

「知ってるよ。だが走り方が荒すぎる。新人の俺から見ても、な。()()()()()()()()()()()()ずいぶんと我流なレースをするじゃないか。なんだ、その辺りのトレーニングとかはサボりの常習犯だったのか?」

 

「物怖じせずハッキリと言う。気に入らんな」

 

「そりゃどうも」

 

 盛大に勘違いされているのはともかく、それなりに“記憶にある”沖野トレーナーらしさに近い雰囲気の言い方にはヴェンデッタもニッコリである。やはり沖野Tはこうではなくては。まだ自己紹介すらされてないけど。

 対する沖野(新)もヴェンデッタが怒っていないことに内心では胸を撫で下ろしていた。割と本気でアウトな行為だと自覚しているが、何故こんなことをしてしまったのか自分でもわからなかったのだ。

 

(いやいやいや、どう考えてもいきなり脚に触るとかダメだろ俺ッ!? マジでこの子が大声で悲鳴とかあげてたら、トレーナーをクビどころか社会的に終わるっての!)

 

 別に大声でなくとも泣きながら誰かに報告された時点で沖野の物語は早くも終了である。

 

「どうした急に黙り込んで。なにか重要な用事でも忘れていたのか?」

 

「いや、少しだけ未来を憂いてた」

 

「……? よくわからんが……まぁいい。どうやらオレのことは知っているようだが一応自己紹介ぐらいはしておこう。高等部1年のメジロ()()()()()()だ。今年からトレセン学園に通うピカピカの1年生だ、眩しいだろう?」

 

「目立つ、っていう意味じゃいま学園に在籍してるウマ娘の中でもトップクラスだろうな。沖野だ。俺もお前さんと同じ、トレーナーとしてはピカピカの1年生だよ。よろしくな」

 

「ふむ、なるほど……。それで、新人なら有望なウマ娘を探すのに忙しくてオレのようなサボり魔に声をかけてるヒマなどないハズだが」

 

「そのサボり魔に聞きたいことがあったもんでな。お前さん、ベテランのトレーナーからのスカウトも断ってるそうじゃないか。中には『天皇賞ウマ娘』を育てたトレーナーだっていただろうに、なんで受けなかったんだろうと思ってな」

 

 やはり来たかその質問。学園側からの提案で物騒な本名の『ヴェンデッタ』ではなくリングネーム的扱いとして『ルイヴュール』で登録したものの、冠となる『メジロ』はそのままであるため天皇賞の話題がトレーナー側から出てくることは想定済である。というかスカウトの誘い文句としてすでに何度も言われていた。

 だがヴェンデッタ──改めルイヴュールに天皇賞に対する拘りなど存在しない。なんなら祖母の憎悪に付き合うつもりもない。祖父から聞かされた話が真実であるなら追放されたのは祖母自身の人間性……ウマ娘性? に問題があるが故の自業自得だからだ。

 

 そもそも現在の祖母はメジロ憎しを拗らせ過ぎた結果“メジロ以外ならオールオッケー! ”という、ある意味超ポジティブライフを満喫しているようにしか見えない。

 辛いこと、悲しいことがあって落ち込んだときもメジロさん家に相談に行けば立ち直れるとご近所さんでも評判の全肯定おばさんとして有名なのだ。

 

 ちなみに『お婆さん』じゃないのは祖母の見た目がバリバリに若いのが理由である。常に憎しみの炎が内側で燃え盛っているため新陳代謝が良好なのか、母娘の3人で歩いていると『母・姉・妹』の組み合わせに間違えられるぐらい若い。

 なので、少なくともアンチエイジングの分野では圧倒的に復讐は成功しているな……とルイヴュールは確信していた。

 

 さて、そんな家庭の事情をわざわざ初対面のトレーナーに話す必要などない。というかいきなりそんなこと言われても沖野だって困るだろう。ならば素直に目的を話してしまったほうが面倒が少ない、そうルイヴュールは判断した。

 

「オレの目的はなぁ……金、だよ」

 

「かね?」

 

「そう。お金、日本円、マネー賞金袖の下。いや、最後のは意味が変わってしまうが……ともかく、オレは名誉だの使命だのには興味が無いんだよ。だがオマエたちトレーナーはそうではない。ウマ娘のレースに金では買えない価値を求めているハズだ。否定はできまい?」

 

「それは……そうだが……」

 

「だから断ってるのさ。オレが望むのはレースに勝利すること、対価として得た賞金を糧として生きること。それだけが望みなのさ。メジロ家の事情など知ったことではないな」

 

 血は繋がっていてもほぼ他人なのでウソではない。母親だって自分や娘が事実ガチ名門の血統だとは知らないし、それどころか本物のメジロのウマ娘と会ったら感想を聞かせてくれと言ってくるぐらいだ。

 あとはこの話を聞いた沖野トレーナーがどう反応するのか、ルイヴュールは少しだけ楽しみながら待っていた。こんなのでもウマ娘の価値観を尊重するのか、それともレースに対して誠実ではないと失望するのか。果たして。

 

 

 

 

 

 

(メジロ家とは関係なく、自分で稼いだ賞金で生活したい。……つまりメジロ家の、実家の資産に頼らない自立した暮らしができるようになりたい、ってコトか? 言動のわりに考え方は堅実というか真面目というか、なんだか想像よりもずっと()()()()()()かもしれないな、コイツは)

 

 沖野の受け取り方は当たっているようで微妙に外れている、そしてルイヴュールにとって良いのか悪いのかすらも判断に困る内容であった。




もしかしなくてもワイ(登場人物の賢さが下がるという意味で)頭の悪い作品しか書けへんかもしれんな……。


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よん。

 沖野は考えた。

 

 メジロの名前を持ちながらメジロのウマ娘として甘えた生き方を望まないストイックさは好ましいが、レース業界に強い影響力を持つメジロの名を無視できるトレーナーなどそういるワケがない。

 実際は甘えがどうだというレベルを遥かに超えた問題が上のほうで起こっているのだが、そんなことを新人トレーナーでしかない沖野が知っているハズもない。そもそもルイヴュール自身が、入学前の身辺調査でURAの偉い人たちが「やべぇよ……やべぇよ……」となっていたなどと夢にも思っていない。

 

 

 ともかく。このままだとメジロルイヴュールというウマ娘がデビューするのは難儀である。それは実に勿体ない話だ。となれば──。

 

 

「なぁルイヴュール。もしよければ俺に少しだけチャンスをくれないか?」

 

「チャンスだと?」

 

「次の選抜レースまで俺がお前さんの走りを磨いてみせる。それでもし俺のやり方を気に入ったのなら、担当契約について考えてみてほしい」

 

「……正気か? オレはレースに青春とやらは求めていない。言ってしまえば収入を得るための仕事として走るつもりなんだぞ?」

 

 否定はされないにしても、まさかスカウトされるとは思ってもいなかったルイヴュール。もしかして変な解釈をされているのではないかと確認の意味で金銭目的だということを強調して聞き返す。

 

「ま、ウマ娘同士が本気で勝負する姿に憧れてトレーナーになったていうのは確かにある。だが生きるためには先立つモノが必要だってのも理解できるし、なにより──仕事だって楽しみながらのほうがいいだろう?」

 

「クク……ハハハハッ! オマエ、オレに()()()()()()()()()()()()()()()()()なのかッ! 金儲けが目的でトレセン学園に来たオレにッ! そりゃまた傑作だなァッ!!」

 

 これにはルイヴュールも膝を叩いての大笑いである。なるほど、どうせ働くなら楽しいほうがいいに決まっている。

 こういう切り口でスカウトしてきたトレーナーは当然ながら誰もおらず、実に沖野Tらしい考え方だろう。そりゃあ、これなら未来でゴールドシップに懐かれるのも納得するしかない。

 

 

(渡りに船とはこのことか? 沖野さんなら窮屈な思いを抱えて走らされる心配はないだろうし、いい加減我流の走り方を続けるのもみっともないと思ってたところだ。問題があるとすれば……マックイーンと出会うリスクが高まることか)

 

 千載一遇の申し出ではあるが、転生者特有の前世知識が決断を迷わせる。未だルイヴュールが知るネームドウマ娘は中等部にすら在籍していないが、稼げるうちはガンガン稼ぎたいのでいずれは顔を合わせることになるかもしれない。

 おそらくメジロ家は自分の存在を把握しているし、何かしら思うところがあるのは確実だ。そうでなければわざわざ名前を変えて登録するように、なんて面倒な手続きをさせられることもなかったとルイヴュールは睨んでいる。

 

 となれば、果たしてマックイーンとの──いや、メジロのウマ娘たちとの出会いは吉と出るか凶と出るか。前世も今世も一般家庭育ちのルイヴュールでは名門が抱える諸事情など想像もつかない。

 

(まぁ、この世界でも沖野さんがネームドウマ娘と担当契約するとは限らないし……そもそもチーム・スピカを結成するかもわからないよな……。となると、余計な気遣いをするよりも素直にメイクデビューを助けてもらったほうがいいかな? 多少のトラブルならチート能力でいくらでもリカバリーは利くし)

 

 

「それで、どうだ。選抜レースまでの間、お前さんの脚を俺に預けてみる気はあるか?」

 

「いいだろう。オレもいつまでもだらしない走り方を続けるワケにいかないからな。だが、そうだな。トレーニングの指導について、先に注文したいことがある」

 

「無理難題は勘弁してくれよ、こちとらルーキーなんだから」

 

「簡単なことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからオマエは遠慮なく自由にプランを組み立てろ。机上でどれだけ綿密にデータを並べたところで実際に走ってみなければワカランことのほうが多いからな。無駄に悩むくらいなら片っ端から挑戦して試したほうが早い」

 

「それは……そうだが。しかしお前さんの言うことはわかるけど、もう少し言い方はなんとかならないか? 命令って表現は正直好きになれそうにない。トレーナーだからってウマ娘に偉そうにする、ってのは俺の趣味に合わないんでな」

 

「仕方ないだろう? オレたちはこれからお互いに信用できるかどうか確かめようって段階なんだから。いきなり和気藹々と、とはならんさ。メジロの名を持つウマ娘のオレがヘラヘラ笑いながらトレーニングするのも世間体がよろしくないんでね」

 

 どちらの言葉もルイヴュールの本音である。アプリなら「そして数ヵ月後」というセリフを一回タップする間に絆も深まっているが、残念ながらこの世界では地道にコツコツと歩み寄る必要があるのだ。

 

「ま、あくまで外向けの配慮だよ。ストイックな姿を見せるのは。ルームの中でまでピリピリするつもりはないさ。コーヒーでも飲みながらのんびり打ち合わせしようぜ、そこは」

 

「うーん……いまさら怖じ気付くワケじゃないが、名門ってのはやっぱり大変なんだな。わかった、俺もお前さんに恥をかかせないようにしっかりとトレーニングのメニューを考えるようにしよう。ついでにコーヒーも美味いヤツを仕入れておく。好みはあるか?」

 

「砂糖は少な目、ミルクも控え目、驚きとワクワクはコップから溢れるほどタップリで頼む」

 

「──ハハッ! わかったわかった、任せておけ! 俺とお前さんで、レースを見た人たちがビックリするような走りを作り上げようッ!」

 

 

 

 

 

 

 勝負の世界に『もしも』は禁句である。

 

 だが、それでも。もしもこの光景を見ていた者がひとりでもいたのであれば──トレセンの、レースの、そしてメジロの関係者たちは心の安寧を乱されることはなかったのかもしれない。




前回の後書きは『やっぱり読んでて賢さの下がる作品は……最高やなッ!』という自画自賛です。なにやら勘違いをさせてしまったこと、深く御詫びいたします。

しかしこの、下手で伝わらなかったネタを不特定多数に向けて説明するという辱しめはコメディ系二次創作者としては興奮するシチュエーションですね。


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ご。

 メジロルイヴュールは転生者、それもチート能力の持ち主である。

 

 全知全能には程遠いが、少なくともレースで勝つだけならば小学生の時点でギリ世界最強である。脚の長さが充分に育ったいまならば余裕の世界最強ウマ娘だろう。

 だが悲しいかな、中身がヒト族の男であるが故にルイヴュールは致命的な弱点を抱えていた。生身で自動車並みの速度で走ることへの恐怖心をどうしても克服できずにいるのだ。

 

 ほかのウマ娘にとっては当たり前の光景でも、ルイヴュールにとっては常に「これコケたら死ぬなぁ……」という感覚が付きまとう。走ることそのものは嫌いではないが、勝負となるとチート能力により恐怖心を封じ込めなければハルウララにすら完敗するだろう。

 

 

 さて。つい先日の出会いから仮契約とはいえ沖野と担当契約して二人三脚で選抜レースに挑むことになったワケだが、全ての事情は話せなくともスピードにビビってしまう悪癖については話さなければなるまい。

 

「……ってコトでな。衝撃の瞬間とかテレビでやってんの見ると、どうにもイヤな未来が見えるワケだ。まったく、想像力が豊かなのも考えものだな」

 

「まさかお前さんにそんな弱点があったとはな。それで模擬レースで圧勝してるんだから大したもんだが」

 

 事故や怪我が原因で走れなくなるウマ娘のことは沖野も知っている。そうしたメンタルケアもトレーナーが学ぶべき知識としてしっかりと叩き込まれているが、まさかあれだけ唯我独尊風味の態度を続けているルイヴュールがそれに近い現象で悩んでいたとは思わなかったらしい。

 

 沖野個人としては好ましいとは思えた。メジロのウマ娘として恐怖に立ち向かいながら走っていると考えれば立派なものである。その実態が賞金目的なのは名族の令嬢にしては俗物的だなとは思うが、それもまた愛嬌だと好意的に受け止めている。というか、あまりにも崇高な志を抱くウマ娘はさすがに新人には荷が勝ちすぎているので遠慮したい。

 しかしトレーナーとしては走りに恐怖を感じるという状態は決して軽視できない真面目な問題である。経験によるトラウマの類いでないだけマシではあるが、精神を鍛えるのは身体を鍛えるよりも何倍も時間が必要だし難易度もまるで違うからだ。

 

「ルイ、お前さん模擬レースで『逃げ』と『追い込み』ばっかりやってたのは……もしかして、ほかのウマ娘との接触を警戒してたのか?」

 

「ほぅ、白状するよりも先に気が付いたか。オマエも知ってのとおり、オレの走り方は乱暴そのものだからな。バランスを崩さない自信はあるが、どんな外的要因で事故が起きるとも限らん。自爆でオレが怪我をするのには耐えられるが、ほかのウマ娘たちに怪我をさせてしまうのだけは絶対に許容できん」

 

 これはルイヴュールの紛れもない本音である。事故を起こしたことなど1度も無いが、これからもそうだとは限らない。草レースと公式レースではウマ娘たちの想いは全くの別物だと想定するべきだ。

 それに多少のラフプレーも醍醐味であった野良試合と違い、トゥインクル・シリーズを走るウマ娘たちが突発的なトラブルに臨機応変に対応できるとは思えない。厳格なルールに()()()()()()走っている彼女たちにその手の期待は無意味だと考えているのだ。

 

「感情を完璧に抑え込めばどうということはないが……それはオマエが望む走りではあるまい? まだ仮契約とはいえ担当トレーナーの意向を無視するのはルールで禁止だろう」

 

「そう言われちまうと仮契約とはいえ担当ウマ娘のためにも知恵を限界まで振り絞りたくなるところだが……。いや、ルイ。案外なんとかなるんじゃないか?」

 

「ずいぶん簡単に言ってくれるな」

 

「そりゃ思い付いた方法が簡単だからな」

 

 

 ○□○ー

 

 

 困難に立ち向かうとき、最後まで頼りになるのはそれまで積み上げた基礎である。

 

「……、……ッ!」

 

(バランス感覚、そしてスタミナは正真正銘の化物レベルだな。そして命令は忠実に遂行する、ってのは伊達じゃなかった。教えた走りを完璧にモノにしている。──まぁ、見掛け倒しでもあるんだが……)

 

 沖野が思い付いた指導は実にシンプルな方法である。走り方を整えるための反復練習のついでに練習場のコースの外ラチ近くをひたすら周回して、障害物が側にあるというシチュエーションに気合いで慣れるというものだ。

 

 少なくとも見た目だけならば完璧に近いと言っていい。規格外のスタミナで一定のペースとフォームで延々と周回を重ねており、気紛れに計測してみたタイムは誤差が殆どない。

 が、表情を見れば内心が穏やかでないのは沖野にはお見通しである。まるで氷かガラスの彫刻のように、一切の感情が失われていた。耳が絞られていないのは流石はメジロの令嬢なのかもしれないが。

 

 

 

 

「お疲れさん。走りは悪くなかったぞ。走りは」

 

「……糖分が足りん」

 

 ルームとは比べ物にならない声色から、外ラチの側を走るだけでも相当なストレスになったことがわかってしまった沖野は苦笑いでルイヴュールを労った。

 ルイヴュール本人もまさかここまで消耗するとは思っていなかったのか、入学前の草レースや昨日までの模擬レースは相当適当に走っていたのだと反省しているらしい。

 

「ハハ……。ルームの冷蔵庫にココア冷やしてあるから。ジョッキに注いで好きなだけ飲んでいいぞ」

 

「オレ、このトレーニングを極める頃には糖分の取りすぎで肥えるかもしれん」

 

「お前さんの場合、消費してるカロリーもほかのウマ娘とは比べ物にならんから大丈夫だろ。──うん?」

 

「どうした沖野、急にふしぎなおどりを踊り始めて。いまのオレなら確実にMPはゼロだぞ」

 

「いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。別に必要なモンでもないが……さすがにトレーナーがターフにゴミ落としてたらマズいよなぁ……」

 

「……仕方ないヤツだな。先にそっちを回収に戻るか」




自分、そろそろ第3者視点いいッスかね?


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