オカルト伝奇系恋愛鬱ゲーに放り込まれました。 (氷桜)
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Chapter1/知らない場所と、良く知る世界
とある世界の片隅/或いはオープニング


なんとなく書きたくなったので書きました。
趣味を全力で練り込んでる小説です。


 

夜に、一人の女性が駆けていた。

 

その目的も、理由も知れず。

ただその手に小さく泣く赤子を抱き。

未だに整えられない、灯りさえも無い。

田の合間の畦道を駆けていた。

 

はぁ、はぁ。

 

足元は既に泥に塗れている。

時折転びそうになる程に全力を以て。

一度脚を折れば、その場で崩れてしまう事が容易に分かる程に疲弊して見えた。

 

……り。

 

見るものが見れば、その動きは何かから距離を取るようにも見えただろう。

唯の女性が往くには異常な時間帯。

傍目からしても荒すぎる程に息を吐き。

時折後ろを向いては顔を引き攣らせ。

それでも、手に抱く赤子を離すことは決して無く。

彼女の全身全霊を込めての逃走中と判断できただろう。

 

ばさり、と。

 

少しずつ聞こえ始めた不快な音が近付きつつあり。

互いの距離が確実に縮まっているのにも気付くことは出来ただろう。

ただ、この場には女性しかおらず。

彼女は唯の女性に過ぎず。

特異な何かを併せ持つことも、当然無く。

 

故に。

それが、彼女の不幸だった。

 

ばさり、ばさり。

 

その音が極短い間に、複数聞こえる程に近付かれ。

小さく笑う、追うナニカの吐く腐敗臭が鼻でも理解できる程になり。

弄ばれていると分かっていても、その脚を止めることは決して出来なかった。

 

そしてその距離が零となった時。

か細い悲鳴が夜の闇を裂いた。

 

ただ、それを聞く者はやはり一人を除いて誰もおらず。

悲鳴が途切れ、そしてもう一人(あかご)の泣き声も唐突に掻き消えた後。

ばさり、と飛ぶ音は夜の闇へと消えていく。

地に赤い液体を垂らしながら。

きひひ、と小さく笑い声を響かせながら。

 

その後に残されたのは、下腹部を裂かれた女性の姿。

抱いていた赤子の姿は何処にも見えず。

その顔は恐ろしいものでも見たように恐怖に歪んだままで。

生きたままに腹を割かれたような、奇妙な姿で転がっていた。

 

……彼女の遺骸が発見されたのはその翌日。

田に出てきた農民がその姿を見、警邏に届け出したという。

けれど、その赤子は永久に発見されることはなく。

恐らくは妖に襲われたのだろう、と人々は噂した。

 

或いは狼。

或いは鳥。

その正体が何も分からないからこそ、畏れを抱き噂した。

 

――――地方の瓦版に小さく乗った、そんな記事。

山を二つ程越えた先の未亡人が、不可思議な姿で死していた。

ただ掘り下げてしまえばそれだけの話。

詳細不詳の話が幾らでも転がる日ノ本の片隅で。

言ってしまえば、その程度で済んでしまう程に。

今では、有り触れてしまっていたのだ。



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001/スタート

 

【幽世の夢の果てで】と名付けられた、一つのゲームが有った。

コンピュータ向けの一人用ゲーム、ジャンルは和風伝奇恋愛系ハック&スラッシュ。

(あやかし)と呼ばれる怪異達に立ち向かい、幽世と呼ばれるダンジョンを制覇。

やがてその王を倒すまでの物語。

 

ジャンルごった煮に加えてイベントフラグもランダムに多数。

幼少期から育成出来、推定攻略時間50~80時間の大作。

文字通りに”1000時間遊べる!”と謳われ。

大々的に売りに出されたゲームだったが、一つ大きな問題があった。

 

『大事なことが書かれてねえじゃねえか!!!!』

 

と、買った人間達が怒り狂ったその原因。

そう。

ヒロイン達の末路(バッドエンド)がひたすらに鬱だったのである。

 

原作に登場するヒロインの中で例を上げれば。

幼い頃からの婚約者として出てくる「可能性のある」一つ年上の少女。

彼女の末路はその家の人間全てが妖に喰われるまで敢えて生き長らえさせられ。

その身体を妖に貪り尽くされ、最後は主人公に意識を保ったままで討たれるエンド。

或いはその前に敗北し、彼女に囚われて彼女と全く同じ結末を味わうエンド。

 

更に例を上げるなら。

主人公の分家に属する妹分として出てくる「可能性のある」二つ程年下の少女。

彼女の末路は依頼として出向いた先で妖と契約した住民に騙され、監禁からの汎ゆる暴行。

最後は主人公の名前を呟きながらの衰弱死までをやけに細かく描写。

ついでとばかりにその死体も手元には戻らない。

 

……まあ、そんなクソみたいな展開が山積みだったのである。

しかもそのイベントを通過し、末路を知ると主人公が強化されるおまけ付き。

だからこそ、怒り狂ったプレイヤー達が『絶対救ってやる』とのめり込んだ。

……のだが。

その展開を避けるための条件が大分酷かった、というのも拍車を掛けた。

 

幼少期から育成が始められる、ということは序盤は本当にクソ雑魚。

ハック&スラッシュを謳う癖に序盤は”幽世(ダンジョン)”に行けば即死する。

特にイベントが発生していない、通常時なら平和な場所で訓練から積む必要がある。

幽世で手に入る武器や防具、成長した能力を駆使して更に次のダンジョンへ……と進む形にも関わらずだ。

勿論それで成長する数値は微量でしかない。

 

きちんと強くなりたいならいつかは幽世(ダンジョン)に潜る必要がある。

どう考えても相反している状態にも関わらず、条件が突き詰めてギリギリ何とか()()()()ライン。

つまり。

()()()()()()()()()()()()()()()()クリア推奨ラインに辿り着ける前提で構築されていた訳だ。

 

故に、評判に釣られた一般プレイヤーはクソゲーとして叫び即座に値崩れ。

一部のやり込み勢(ドM達)は逆に歓喜し、物凄い狭い範囲で情報交換を繰り返し。

ついには『犠牲無しで○○のハッピーエンド達成したぞ!!!』と。

『どうやったんだ!』『リプレイ寄越せリプレイ!』と報告が出たり出なかったり。

そんな妙な狭い界隈で賑わっていた場所があったわけだ。

 

……で、なんでそんな事を思い出しているのかと言えば。

 

「おい、(はじめ)。」

 

目の前に立つ大柄の人物に見覚えがあったから。

やや白髪が混じった黒髪に、片目の眼帯。

左手の小指を欠けさせながらに鋭い眼光を光らせた人物。

より正確に言うのなら、今立っているこの場面に強い既視感を抱いていたから。

 

「今日からお前を鍛え始める。 予めどの方向を目指すかだけは決めてあるな?」

 

周囲は茅葺きの家々。

見慣れた瓦が敷かれた家なんて全く無い。

目に入る範囲を見渡しても、木々や山々に取り囲まれた数少ない集落。

文字通りの意味で()()()()()()()()()始まりの場面。

 

「? どうした?」

 

そして、呼ばれたその名前にも違和感と納得感が同時にあった。

普段そのゲームを遊ぶ際に使っていた名前。

そして自分の名前だという二重に感じる違和感。

 

「……いえ。 なんでもありません、()()。」

 

舌足らずの、発するのに慣れない幼い声で返答をしながら。

目の前の男性――――自分の父。

そんな筈はないのに、そうだと強く思う感覚。

自分が二人いるような、一人に固まったような錯覚。

ただ、その時思ったのは。

 

(…………これ、かくゆめ*1のキャラ作成シーンだよな!?)

 

そんな、希望と絶望を同時に合わせた感情だった。

*1
【幽世の夢の果てで】ファンからの愛称



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002/選択

 

「……まあ良いか。」

 

俺の明らかな変化というか、異常さを不審に思ったようだが。

未だに一度も幽世(ダンジョン)、どころかこの里の外に出して貰えたこともない俺を疑う理由も無く。

子供特有の癇癪か何かだと思ったようで、改めて問い直してきた。

 

「もう一度聞くが、どの方向を目指すかは決めているな?」

 

その目は偽りを許さない、という強い目線。

――――正確に言うなら、目の奥の【瘴気】(みあずま)を介して見つめている。

だからこそ、俺の言葉を俺自身が必ず実行しようとする強制効果を受けてしまう。

 

【瘴気】(みあずま)

一言で言うなら主人公達が成長する要因であり、武器や防具が生み出される元であり。

妖の元であり、全ての元凶でも有る。

専らプレイヤーからすれば”経験値”とも呼称される謎エネルギー。

主に幽世を満たす成分であり。

だからこそ其処に潜らなければ成長出来ない……と定義されている。

 

今回の場合で言うなら。

【瘴気】の影響を強く得た(レベルが上の)父上は、ほぼ影響を受けていない(レベルが下の)俺に対して命じる能力を持っている。

データ的に言うなら【魔眼】と呼ばれる類の能力を以て問い掛けてきているわけだ。

 

(…………えーっと……どうするべきなんだこれ。)

 

落ち着いている自分と混乱している自分がいる。

何がどうしてこうなった、と言わんばかりのこの状況。

大真面目に何も知らない場所なら大声を上げたりなにかしたり。

傍から見れば発狂でもしたのかと思われる行動を取っていたと思う。

偶然、良く知った場面だったからこそ多少は落ち着いて受け答えが出来たと言うだけ。

 

()()()()()()()()()()を口にしてしまって良いもんなのか?)

 

そして、今考えているこの体は主人公のものでいいのか?

少なくとも遊んでいた当時の『俺』のものではない。

性別は男で固定であるものの、ある程度は外見のカスタマイズが可能だったからこそ。

水面とかで自分の外見を確認しないと色々な不安が浮かんでは渦巻いていく。

 

……ただ、何も答えないわけにも行かない。

その目線が段々と鋭く、怒りを帯びていくのが分かったから。

 

「どうした、何も考えていないのか?」

 

恐らく、このまま何も答えなければ最悪の選択肢を選んだのと同じになってしまう。

流石にそれは不味い……頭を出来る限り回転させる。

 

(……絶対に損しない形で口にしとかないと不味いな。)

 

あー……ゲームだとどうだったか。

 

「かくゆめ」の場合、ゲーム自体に職業と呼ばれる大枠が存在しない。

代わりに存在したのは5つの大枠のスキル種別とその中の山程のスキルにスキルレベル。

それに(ほぼ)有限のスキルポイントを割り振るタイプだった。

ファンたちの中で「戦士型」とか呼ばれるある程度の推奨スキル群は無論あったけど。

 

その中で、最初のこの選択肢……『最初のスキル振り分け』に関しての選択肢は確か6つ。

『花』『鳥』『風』『月』『無』『選ばない』。

最初に得る初期ポイントだけは、此処で選んだ選択肢の大分類にしか割り振れない。

そんな初期の方向性決め。

 

因みにこの中で『選ばない』という選択肢を選ぶと後で地獄を見る。

具体的には『幽世』に潜れるようになるのが年単位で遅らされる。

その上でヒロインに変なフラグが立ち、誰かしら一人が必ずバッドエンドに突っ込むことになる。

何でそうなった、とファン全員が突っ込んだことでは有るが……。

確かに説明書には『必ずスキル種別を選びましょう!』とは書いてあったんだよな。

 

閑話休題(それはともかく)

 

(後半にまで引っ張れて、且つ今時点でも確実に役立つの……っていうと。)

 

せめて読んでいた本やゲームのように。

『転生した』とか、そういったのがはっきりしていれば別だった。

ただ、今は何も分からない。

時間を稼ぐことも出来ず、悩む時間も殆どない。

 

仮に、今見ているものが夢や幻だったとして。

『俺』が何故此処にいるのか良く分からないが、俺自身も困らないように選ぶとすれば。

普段から選び慣れているものを選ぶしか無く。

 

「父上。 俺は、『月』の技術を先ず身に付けたいです。」

 

その選択肢を、口にする他無かった。



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003/『月』

 

スキルの大分類。

ファンからは『無駄に拘り過ぎ』と苦笑され。

一般プレイヤーからは『分かり難い』と酷評され。

そして俺は『実質的に職業みたいなもんじゃん……』と思っていた幾つか。

その中で選んだのは、『月』。

 

「ほう。 『月』か。」

「はい。 ……まあ、色々と理由はありますけれど。」

 

眼帯を一度擦るように撫でた。

それだけで、目の奥に浮かんでいた虚ろな影のような物は掻き消え。

同時に強く感じていた圧力から解放される。

 

「分かった。 ならばその鍛錬から始めよう。」

 

父上が必要な道具を取りに戻る中で、深い深い溜息を吐く。

 

(やっぱり圧力ヤバいだろ……レベル差どんだけあるんだよ。)

 

ゲーム内でたまに出ていたレベル差が有りすぎる際の表記。

『恐ろしい圧力を感じる……。』という一文の意味を噛み締めた。

 

確か主人公基準で20以上離れてると出た表記の筈だから……最低で21以上。

時間さえ掛ければ(そしてイベントを無視さえすれば)レベルは青天井まで上げられるとは言え。

20代なら序盤の後半、或いは中盤の前半くらいまでは辿り着けるレベル帯。

そんな相手が自分(?)の父親というのは大きなアドバンテージでも有る。

 

(……とは言え、出てくる妖のレベル算出基準を考えれば嬉しいとも思わないが。)

 

基本は同行者の平均値から+-10レベルの範囲で現れる、幽世の妖(ダンジョンエネミー)

だからこそ、出来るならレベル差がない状態で潜るのが基本中の基本。

ただ万が一を考えれば同行者が強いほうが助かる確率が上がるのもまた必然。

そうなるとどっちのリスクを負うかという話ではあるんだが。

俺はある程度のリスクを飲んででも、同じレベル帯で揃える派閥に属していたと言うだけ。

 

(だからこそ、俺は序盤『月』を優先するタイプなんだしな。)

 

俺が『月』を選んだ大きな理由。

それは序盤から使用可能なスキル群の中で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

というのも。

スキル大別それぞれにはイメージ毎に良くある効果が割り振られている。

(これらはアイテムでスキルポイントをある程度リセットできるというのも理由の一つ。)

 

『花』(はな)は植物のような地面に根を張り耐えるイメージ。

【長期戦に有用なスキル】【防御面を強化するスキル】が該当する分類。

 

『鳥』(とり)は素早く舞う鳥のように確認し、隙を穿つイメージ。

【罠などを調べるスキル】【短期戦に有用なスキル】が該当する分類。

 

『風』(かぜ)は実物を掴むことが出来ない、周囲に影響を与えるイメージ。

【相手に直接攻撃する系列の呪法(まほう)】【味方を支援・治癒する系列の呪法(まほう)】が該当する分類。

 

『無』()はその他の該当しない一般的な変異・強化を詰め込んだ常時強化(パッシブ)の詰め合わせ。

【ステータスの恒常的な強化スキル】、

【防具装備枠を一つ武器装備枠に変更するスキル】なんかが該当する分類。

 

結局どの大分類も最低限は習得する(かじる)ことにはなるが、大体2~3種類に絞って取得するのが普通。

であるなら、俺が選んだ『月』(つき)と呼ばれる分類は何なのか。

ゲームでの説明をそのまま流用するなら。

 

妖の力を取り込み。 それを霊力と合わせることで蝕み、逆に利用するイメージ。

【妖を利用するスキル全般】【敵を弱体化・汚染する系列の呪法(まほう)】が該当する分類。

つまり――――。

 

「用意したぞ。」

 

父上が家から出てきた時に持っていたのは、何かが封印されたような形の呪符が二枚。*1

片手で空中を扇いでいるところから見て、倉庫かどこかに眠っていたものを発掘してきたらしい。

 

「この中には幽世で捕らえられた妖が封印されている。 屈服させるも良し、倒すも良し。

 ()()()()()()()()()()。」

「分かりました。 ……その前に、準備をさせて頂けませんか。」

「無論だ。その為の呪法は此方に封じてある。」

 

俺が好んだのは、()()()()()()()()()()()()()

これ以外の手段取ろうとしたらもう少し時間が掛かるってどうなってんだあのゲーム。*2

 

もう一枚の札を差し出す父上。

それを恭しく受け取りつつ。

楽しんでやってはいたゲームではあったが。

それはそれとして、内心で愚痴として吐き捨てた。

*1
呪法(まほう)の一部を使用する際に消耗する道具。また、下級の呪法(まほう)を封印してあるタイプのものも有る。

*2
無論経験値的な面を含めメリット・デメリットはどれを選んでも有る。但し【選ばない】は地雷。



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004/初イベント

 

父上から受け取った呪符を使おうとする。

ええっと……確か、ゲームだとこんな感じだっけ?

最初のイベントの時だけ表示される使用モーションを思い出そうとすれば。

身体が覚えているようにその方法が浮かぶ。

 

(……うん。 やっぱこの身体の持ち主は秘蔵っ子なんだよな。)

 

『この歳で呪符を扱える』という時点で極めて高い才能を秘めているとか。

ゲームでもそんな扱いをされていた。

 

いや、正確に言えば。

俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に当たる。

父上の弟の家系が妖に襲われ、主人公を残して全滅。

他に引き取る場所もなく、妖に対抗する力を秘めていたからこそ引き取られたとか。

そんな情報が出てくるサブイベントの一つを思い出しつつ。

利き手の人差し指と中指だけを真っ直ぐに伸ばし、呪符の封を裂く。

 

剣指と呼ばれる手の形の一種。

霊力を秘めた武具と同様に扱える技術の一つで開封すれば、内側から飛び出したのは液体。

それがするすると空中を這い、四角い鏡――――水鏡の形を取る。

 

(やっぱり()()()()()()か、これ。)

 

確か「かくゆめ」でも最初に受け取るのはこの効果が有る呪符だった。

具体的な効果はと言えば、使()()()()()()()()()()()()()()()呪法(まほう)

分類で言えば『無』に当たる基礎的な物の一つ。

 

このゲーム、プレイヤーにどれだけ負担を掛けたいのか知らないが。

スキルを取得したり自分のステータス基礎値を確認する為には()()()()この呪法が()()になる。

仲間や敵の生命力(HP)霊力(MP)を確認するにしてもまた別のスキルが必要だったりと。

主人公のスキルリソースをひたすらに削る事に躍起になっている節が散見されていた。

まあ実際遊ぶ上でほぼ必須になるから取らざるを得ないスキルでは有るが。

こうして何も覚えていない子供等に身に付けさせるため、安価で(使い捨てで)販売されているだけマシか。

それらを使用すれば仲間のスキルを確認することだって出来るし。*1

 

其処に映し出された自分の姿を改めて見る。

黒髪に少しだけ混じった白髪。

蒼く染まった瞳だが、その奥は暗く沈んだような色をしていて。

以前に――――このゲームを初めて買ってプレイした時に作った外見と酷似していた。

 

(……最近は色々変えてたのに、この姿なんだな。)

 

不思議なことに。

自分のその姿を見たことで、『俺』が俺である事を飲み込めた気がする。

何故こんな状態になっているのか理由は不明だが。

自分を理解したことで落ち着いた、という感じ。

その水鏡を前に、剣指で以て五芒星の形を持ったスキル取得画面を起動する。

この画面自体はゲームでのUIに過ぎなかったはずだが……それもそのまま流用されてるんだろうか。

 

すいすいと、初期割り振り……『月』に割り振られたモノを除いて残り『3』を割り振っていく。

『月』に追加で1点、『無』に2点。

そして更に深い階層のスキル選別画面にて欲しいスキルを見つけ。

強く押し込むように、二本の指で水鏡に触れる。

途端に身体の内側を巡る奇妙な感覚が、一つの方向へと走った。

 

(……こんな感じで身体に宿るんだな。)

 

()()()()()()()()()()()()()

奇妙なものを覚えながら、取得したスキルの一覧を上から確認する。

 

【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『狩る者の眼差し』1/1任意対象の生命力・霊力・状態を確認する眼差しを得る。
【月】『式王子の呪』1/1 式を扱う才能を目覚めさせる。強さは主と同等となる。
【月】『削減の法』1/5対象の肉体を脆弱化させる呪法。【物・魔】

 

(……よし。)

 

ある時から初期の割り振りは固定化していた。

普段通りなら、最初はこれでなんとかなるはずだ。

念の為近くに転がっている石ころを幾つか確保し、遠距離武器とする。

……この時点で【鳥】とかを選んでれば素手格闘出来る分楽なんだけどな。

問題が有るとすれば、「俺」自身に戦闘の経験なんて欠片もないこと。

 

「父上。 用意できました。」

「分かった。 ならば構えよ。」

 

はい、と傍目だけは元気な声を出す。

……実際どうなるのか、全く予想はできないが。

取り敢えずこのままでいれば俺は生きることさえ難しい。

――――やれるだけやるしかないよな。

 

ぴっ、と。

呪の封が切れる音が、耳に入った。

*1
逆に言うと使わない限り仲間のスキル振りや細かい数値すら確認できないということである。



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005/『式』

 

周囲に漂ったのは白い煙。

一瞬だけ周囲が塞がり、視界が消える――――【盲目】*1状態に陥る。

 

(……さて。)

 

出てくるのは何だ。

山犬か、大蜘蛛か。

 

(正直物理手段しか手立てがないから、

 煙々羅や影女みたいなの*2が出たらどうしようもないんだが……。)

 

右手に石を持ち、周囲の煙が晴れるのを刻一刻と待つ。

左手で剣指を保ったまま、体内の霊力に身を任せ印を刻む。

 

(直ぐに飛び出してこない……つまりは知能持ちタイプで確定。)

 

この開幕の【月】を選んだ際の開幕戦闘での不利であり、有利な条件。

それは此処で現れる妖……式に出来る特殊個体の中において。

このゲーム唯一()()()()()()()()()()ということに尽きる。

 

【瘴気】の深度(レベル)は飽く迄俺と同じ「1」。

但しそこで呼ばれる個体には妖の知名度による基礎のステータス差がある。

それに加え、妖の性別・性格・特徴と言った部分に至るまで完全にランダム。

故に楽をするのなら、此処で強い相手に勝てるまでやり直す(リセマラする)のが常套手段なわけだが。

そんな選択肢が今の俺に許されるわけもない。

 

(出来れば前衛で戦えるタイプ……!)

 

前衛タイプでも後衛タイプでも何方でも経験はある。

ただ、やり直しが効かない以上は可能ならば前衛を張れる式であって欲しい。

人である俺達はその場で蘇る事は難しくても。

式である妖は、特定の呪法を用いることでその場での蘇生も叶うから。

 

――――ひゅん。

 

そんな折だった。

煙の中を切り裂くような、鋭い羽根の音。

咄嗟に指をそちらに向けられたのは、恐らく身体が優れていたからだと思う。

相手が飛翔系だと、その音で判断し。

同時に、()()()と口元を歪めた。

 

『吾の名に於いて命ず――――外皮は崩れ去る!』

 

そして、体内から霊力を込めて言霊と為す。

 

分類:【月】。

呪法名:『削減の法』。

……効果は、()()()()()()()()()()()

 

確実に時間を必要とするし、それ程長持ちするようなものではない。

本来なら呪符を併用し、詠唱時間を短縮する(はつどうそくどをはやめる)ことでまともに用いることが出来る呪法(まほう)

それが今回、相手が煙の中で待っていたことで詠唱時間の完了に間に合ってくれた。

そして【月】の分類の呪法は『言霊』を主にする――――つまり、聞こえる範囲であれば対象を此方で選ぶ必要は薄い

 

普段であればコマンド選択のように流されている場面。

それが自分の身体で実行されていることにほんの少しの感動。

 

(……ただ、効果文の通り()()()()()()()()。)

 

最初から説明書を見ているか確認してきたり。

クソみたいな分岐を仕込んだりとプレイヤーを試す仕掛けだらけの「かくゆめ」。

それは当然、スキルにも仕込みが存在している。

今回の『削減の法』の説明文で示すなら『肉体を脆弱化させる』と、書かれているのはこれだけ。

ただ、この呪法(まほう)を「身体を硬さで補っている妖」や「飛翔機能を持つ妖」に使用した場合。

前者であれば文字通りに自重で潰れて即死する。

後者であれば――――。

 

――――キィッ!?

 

叫び声と同時に()()()()、と地面を滑る音が聞こえた。

翔ぶ為に【瘴気】で形作られた身体が崩れ、バランスを崩したと判断。

同時に手に持った小石に霊力を纏わせ、全力投擲(そうびしたこいしでつうじょうこうげき)

倒れるか、倒れないかは後回しだ。

此方が上だと奴に思わせる必要がある。

 

(ラッキー……!)

 

これがもし、牛鬼のような肉体派の妖であったら不味かった。

これがもし、磯女のような幻惑系の妖であったら不味かった。

煙が出なければ。 相手が飛翔していなければ。 相手が遠距離から攻撃出来ていれば。

そんな幾つかの幸運を乗り越え……こうして優位を取ったからこそ叩き続ける。

 

【盲目】状態は続いている。

だから数を持って当たる。

石がなくなれば即座に周囲から拾い、投げる。

 

少しずつ、少しずつ。

煙の中のそれへと近付いて。

悲鳴が薄れ始めた頃。

同時に、煙も薄れ始め。

式と為す呪法を唱えるために剣指を向けた、その先。

 

『…………ピ、ギィ……。』

 

言葉として聞こえない声を上げる、蝙蝠羽根を生やした幼い少女が。

それ以外に何も身に着けず、地面に転がるその妖が。

薄い目で、此方を見上げているのが分かった。

――――分かってしまった。

*1
物理分類の命中が半減する。

*2
何方も通常物理無効の妖。



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006/『少女』

お気に入りその他有難うございます~。
趣味ごった煮なので色々と筆も進む。


 

視界に入ったことで、その少女の形をした妖の情報が理解できる。

先程取得した『狩る者の眼差し』……視線を介して情報を得るスキルだからこそ。

「見る」事が出来なければ何の役にも立たないという欠点を思い出せた。

それが良かったのか悪かったのかは別として。

 

飛縁魔:【特殊個体】状態:【転倒・困惑】
生命力:【■■        】霊力:【■■■■■■■■■ 】

 

飛縁魔(ひえんま)…………!?)

 

冷や汗が零れ落ちた。

ふざけんな、と叫びたくもなるが……()()()()()()()()()()()()()()()()事が怖かった。

ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()存在。

 

飛縁魔。

本来なら登場し始めるのは中盤以降……一人か二人のヒロイン候補が末路を迎えて(しんで)から。

その頃には仲間メンバーも数人に増えている頃。

そして、初めて現れる種類の妖として最も注意しなければならない存在。

それだけに、序盤であれば頼りになり。

後半であっても使っていけるだろう種族であることは間違いない。

 

(……多分だが。 成長前だから助かったんだな、これ。)

 

()()()()()()()が煙で隠れていたとは言え。

この距離で使ってこないとも思えない。

普段であればもっとレベルが上の状態で遭遇する相手。

だからこそ、このレベルでは特性を身に着けていないのは知らなかった。

 

本来なら幽世(ダンジョン)で対策用の道具を用意して尚、暫くは運ゲーを強いられる相手。

直視しないように見る事に気をつけながら(無論、こんな事前はできなかった)。

身体の内側……契約を破棄しない限り一度しか使用できない、最も大きな流れに霊力を集中する。

 

(此処まで生命力を削ってるなら、先ず通るはずだ。)

 

本来。

この段階で式を取得しない場合。

その身一つで【特殊個体】と定義される妖を見つける必要があった。

だからこそ、かなりの無理を押し通してほぼ生身で押し通した。

 

その場合でも、今回でも。

契約する方法は全く同じ。

此方が上だと認めさせ、その上で調伏する(おしつぶす)

 

思い描くのは、人型に巨大化した白い式神の符。

それが実際に現れるように、空中へと刻んでいく。

霊力が体内から染み出し、周囲の空間を冒していく。

本来――――霊力なんて存在(モノ)は、この世界の大気中に存在しないのだから。

 

『起きよ、式王子。』

 

宙に浮く、白い人形符。

きぃ、きぃと鳴く少女は困惑に飲み込まれながらも飛び逃げようとし。

けれど肉体の脆弱化が続く限りはそれも能わない。

 

『妖を――――。』

 

この儀式の最中は、俺自身も動けない。

だからこそ、脆弱化が持つかどうかは運次第。

再度の上書きをしようにも、霊力が持つかどうかはギリギリで。

文字通りの綱渡りを要求され続けていた。

 

(……こんな幸運、本来長続きするはずがない。)

 

此処まで来れたから。

若干の冷静さを取り戻せたから気付いた事実。

 

最初の引きは恐らく幸運。

ただ、その後は上手く行き過ぎている。

心の何処かで、その事実を認めている俺がいる。

 

だからこそ、今動けないのは恐らく何らかの強制力が働いている。

そんな事を理解できてしまう、俺がいる。

 

それは、多分。

視線をそちらに向けることが出来てはいないから、恐らくに過ぎないけれど。

飛縁魔を越えた先、古びた藁葺の家の付近で佇んでいるであろう。

()()()()()と無関係ということはないのだと、察していた。

 

自分一人では、未だ。

何も出来ない一般人であると受け入れさせられながら。

 

『我が、式と為せ。』

 

霊力で以て、脆弱化した肉体を押し潰す。

本来討滅する時と手段は同じで。

用いる術式と方法、武具が違うだけ。

ただ、その結果も当然切り替わる。

 

――――キ、キィ!

 

圧迫されていく肉体。

幼子を潰しているような嫌悪感。

()()()()()()()()を消すような、絶望感。

 

幾つもの感情が生まれては消え。

実際の時間としてはほんの数秒だったとしても。

俺からすれば、数分にも感じながら。

 

何も遺すことはなく、ひらりと白い札だけが地面に落ちる。

 

妖を狩るモノ――――【霊能力者】(れいりょくをあやつるもの)

その本質は、一歩踏み外せば妖と何ら変わらない……()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎず。

瘴気に侵され、一瞬前と後で脅威度が跳ね上がってしまう嫌厭される人々でもある。

……その、仲間入りを果たした瞬間だった。



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007/父親

趣味出しまくりの小説なのに早速評価等々有難うございます。
色々と応援してもらえれば長続きすると思いますので今後も宜しくお願いします~


 

足元に落ちた式の符を拾い上げる。

はぁ、と出る深い溜め息と合わせて脚が崩れ掛かり。

肩を抑えられ、何とか倒れ込むのを防ぎ切った。

 

「……見届けた。 これでお前も()()()()だ、(はじめ)。」

 

気付けば父上が直ぐ傍まで近付いていたらしい。

その片目には、優しさに近い物を感じていた。

 

「……あ……とう……ご……。」

 

礼をしようにも言葉が言葉にならない。

口から発した言霊としての疲労が喉へ。

脆弱化の呪いの反動か、身体中への疲労が脚に一気に襲いかかったように。

 

「良い。 能力を行使し始めた最初はそうなるものだ。」

 

()()()()()()()()()、その行動を労ってくれた。

……なんとなく、「俺」とこの身体の持ち主。

自然と意識が一体化しているというか、記憶を継承しているというか。

本来有り得ない状態であるのは嫌でも知れた。

 

……公式は「かくゆめ」に周回プレイとかいう甘えたモノ仕込んでこなかったしな。

クリア後はクリア後で追加ダンジョンが山程出てきて幾らでも育成できたけど。

死んだヒロインは当然死んだままだから余計に酷い目見るんだよなぁ……。

だからこそまた初めからプレイして、その度に微妙に足りなくて絶叫して。

その繰り返しで泥沼に嵌っていくんだ。

 

「それで、瘴気の()()()()()はどうだ?」

 

深い深い、苦み走った声色の囁き声。

そう言われれば少しずつ集めているような気がする。

声を掛けられるまで気付けないだけ疲弊していると、改めて気付かされる。

 

瘴気の吸収(レベルアップ)

正確には、自身が使用した霊力で倒した妖を構成していた瘴気を集める。

自身の霊力と大気中に残る残滓が合わさることで、自身達にのみ集められる物へと変化する。

その混ざり合う許容限界があるから、一つの部隊としての上限が決まっている。

そんなどうでもいい細かい設定をふと思い出し。

 

息を吸う度に、()()()()()()()()()()()()()()のを理解する。

使った部分を癒やし、更に強化する。

筋肉の超回復にも似ている成長システムでもあり。

使わない限りは段階変化後の余り部分(フリーポイント)としての成長でしか望めないとも言える。

だから、最初からある程度の方向性は見据える必要性があり。

その変化を一つ踏み出したのだろう(レベルが上がったのだろう)、と無意識のところで確信していた。*1

 

「……はい。 すこ……け、よく………………ました。」

 

先程よりは伝えやすくなってき始めた喉。

実時間としても数分は掛かりそうだ。

……治癒呪法系ならこの辺りの時間を短縮できるんだろうけど。

その使い手なんて、始まったばかりじゃ……開始時点じゃ望めるものでもないだろう。

 

(……実際、最初は攻撃偏重の方が楽だもんなぁ。)

 

回復は道具でゴリ押しして、最低限の戦力と武具防具を確保する。

その上で仲間を集める際に必ずと言っていい程発生するやつ。

……悲惨な末路(バッドエンド)に結びつけてきやがるイベントを攻略する。

大体は負けイベントが起こったり、規定ターン以内の突破が必要だったり。

()()()()()()()()()()攻略条件を求めてくるから、事前に準備はしすぎて困らない。

開始時間の足切りも簡単に仕込んできやがるけど。

 

「そのようだ。 ……ところで、朔。」

「……い。」

「お前の式はいつ呼び出すつもりだ?」

 

手の内に有る人形符へ目線を落としながらの問い掛け。

……一度召喚してしまえばこの符は俺の霊力へと戻る。

そして次に見ることが出来るのは、契約を解除した時だけ。

だからこそ、少しだけ感慨が残っていたのもまた事実。

ただ、そんなことより。

 

「……今日の、夜。」

 

――――深夜帯。

今が……日が暮れ始めたくらいか。

改めて太陽すら確認できていなかったと思い。

流されすぎてるな、と自分を戒める。

 

茅葺屋根という事もあり、最初も最初は電気による灯りも無い。

確か都会では普及も大分進んでいたと記憶しているが。

こんな田舎。

『里』とだけ呼ばれる、最序盤にだけ拠点と出来る場所には存在しない。

 

だからこそ。

『月』の……妖の根源足る、夜の闇の中での召喚は俺の助けとなる筈だ。

 

(……飛縁魔。 俺の、式。)

 

ぎゅっと符を握りしめて。

内側から微かに感じる、何か言いたげな高い声と。

上から感じる、目線だけで分かる優しさの中に。

少しだけ、微睡んでいた。

*1
レベルが上がったかどうかは当人しか確かめられない。最終的には『写し鏡の呪法』で見るのが確実。



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008/飛縁魔

 

月が、中天に浮かぶ頃。

本来ならとうに寝ている――――或いは真逆に起きる訓練をしている時刻。

既に人の時間ではなく、妖の時間となっている世界。

 

(やっぱり、『月』の影響か?)

 

或いは霊能力者としての第一歩を踏み出したからか。

()()()()()……それこそ、日中よりも息がしやすい。

体の隅々にまで神経が行き渡り、細かい動作だって簡単に出来てしまいそう。

父上は僅かな筵の上で藁に包まれ目を閉じているはずだ。

これ以上は関与しない、とでも言いたげに。

 

家よりも倉庫の方が厳重に護られた、逆転した我が家へと一度目をやり。

改めて人の形を保った符を掌の上で見つめる。

 

(……俺の、初めての式。)

 

飛縁魔。

一言で説明してしまうなら、東洋……日ノ本に於ける吸血鬼の亜種。

本来は飛炎魔などとも言われるように、五行に於ける『火』の属性を強く持つ妖。

このゲームでは空を飛び、血や精気を吸い取る美少女の形をしていると定義される。

無論種族的に『火』……つまりは水系列の呪法を弱点とする妖ではあるが。

最も恐ろしいところは『魅了』*1に近い能力を種族特徴として持つ所にある。

『混乱』*2の上位であり、これを使用し始めるのが飛縁魔ということもあり。

使われていたら確実に俺は死んでいた、と思っている。

 

ただ、それが手元にいる。

少しだけ震えを感じ、それを抑え込む。

多分、これは。

今になって感じる強い達成感なのだと。

普段感じることのないモノに身を任せることはなく。

 

(――――よし、やるか。)

 

ちりちりと焼かれるような興奮が背筋を焼きながら。

右手で強く、符に触れて霊力を注ぎ込む。

 

『我が式よ。』

 

脳内に浮かぶ言葉。

何かが決定的に変わってしまった、俺の体内から。

必要なものだけを引き摺り出す。

 

『我が呼び声に答えよ。』

 

呼び出すのに必要な言霊。

符から呪法を放つのに必要な霊力。

そして、それらを扱うだけの器。

 

『――――契約を、執行する。』

 

それらを強く認識し、最後の言葉を口にすれば。

式神符が五つに千切れ飛ぶ。

 

木火土金水。

古くから伝わる五行思想を表すように、五芒星を宙に描く。

 

木生火。 木に当たる部分が強く輝き、火の力を増し。

水剋火。 水に当たる部分が光を弱め、火の力が更に増す。

火剋金。 金に当たる部分が姿を消し、火のみが周囲を一瞬埋め尽くす。

 

眼の前を覆い尽くす赤い光。

けれど、その奥に確実に何かがいるのを俺自身が認識している。

目を離さず。

脚元を緩めず。

()()()()()()()()()()小さい体で、その先を見据え続ける。

 

「…………まさかまさか、と言うべきなんじゃろうなぁ。」

 

とっ、と地面に降り立つ軽い音。

聞こえる声は幼いのに、口調はまるで老人で。

妖の成り立ちからして実際の歳(うまれてからのじかん)は関係ないというのに。

ちぐはぐとした違和感を小さく感じる。

 

「……話せるんだな。」

「こうして式と為ったから、の。」

 

少しだけ、影が映って見える。

俺よりも姿形は多少大きく。

けれど常に見上げる事を必要とするほどではない高さ。

そして、その言葉から感じる()()()()()()()

自分を鼓舞する意味を込めて、強い口調を心掛け。

 

「随分と……自分に自信がないんだな。」

「遥か昔に封じられ、解放されたと思えば相手は童に過ぎぬ。

 ――――(われ)自身を嘲りたくもなろう?」

 

眼光が、姿が、その姿が。

光の奥から差して見えた。

 

黄色の瞳。

白い呉服にワンポイントの蒼一筆。

背筋の中程から微かに見える、蝙蝠のような羽根が二つ。

そして、服にも負けない真白い、肩口程で整えられた髪。

それらを揃えて浮かんだのは、ゲームで好きだった一人のキャラクター。

 

出会う元は遊郭の禿。

水揚げ、身請け、そして拠点の管理へと。

霊能力を持たない存在だったからこそ、影に日向に主人公を支えることが出来たヒロインの一人。

――――そして、金銭が不足すれば夜の世界へと只管に転がり落ちていく少女。

 

「飛縁魔、此処に。 ――――汝が、吾の主じゃな?」

「……ああ、そうだ。」

 

話し方はまるきり別で。

けれど、その立ち居振る舞いと在り方はそっくりで。

存在を同一視するのは悪いと思っていながらも。

 

()()。」

 

飛縁魔は、種族の名前に過ぎない。

だからこそ、式となった妖は自己を求める。

けれど、それを行うかは主の判断に任せられる。

行えば、仲間として自己を確立し。

行わなければ、いつかは夜の世界に溶けていく。

 

陰陽師ビルド*3は好まなかった俺だから。

名付けは、極限られた数しか付けられないと分かっていながら。

行わない選択肢は、存在しない。

 

見下ろす視線に目線を合わせる。

一瞬だけ目を閉じて、彼女へと小さく頭を下げる。

名前を借りる、と。

自己満足に過ぎない、そして彼女に纏わる一幕を思い返しながら。

 

「『(ましろ)』。 ()()()()()()()()()()。」

 

俺の、生涯を共にするだろう式へ名を付けた。

*1
上位バッド・ステータス。 相手に有利な行動のみを取るようになる。

*2
下位バッド・ステータス。 行動がランダムに変化する。

*3
多数の式を使い捨て入れ替えていく構築(ビルド)



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009/『白』

 

(ましろ)……白か。」

 

ぽつりと、自分の名前を呟く飛縁魔――――白。

同時に身体の中、というよりは身体を構築する重要な何かが消え去る感覚。

名付けを行ったことで、自身の魂魄との結合が発生したからだ。

一体や二体程度なら兎も角、三体以上ともなれば多大な影響が起こり得る。

具体的には、()()()()()()()()

 

(……大したことないように思うが、これも罠なんだよなぁ。)

 

急に襲い来る吐き気と震え。

眠り、魂魄が安定するまで眠らなければこの症状は解消しないだろう。

けれど、弱さは見せないように脚を踏ん張り続ける。

 

「……気に入ったか?」

「ああ……吾には余程合うだろうよ。 感謝するぞ、()()()。」

 

黄色い目を細める白。

そうしていると何処か爬虫類のような感覚さえ覚える美少女、と言った趣。

まあ妖である以上は似たようなものだが。

 

「……一応聞くが、名前が合ってたって言うと?」

「単純じゃよ。 ()()()()()()()()()()()というのは吾に取っても好ましい。

 それに――――見る限り、ご主人も瘴気に蝕まれ始めたばかりじゃろ?」

 

()()()()()()()()()()

少なくともゲームでは、言霊という概念が採用されていた通りに意味を持つ。

 

そして、俺が彼女の名前を借りて付けた名前。

「白」という名前にどんな意味合いが付与されるのか。

 

始まり。無垢。可能性。

どれを取っても、「全てを一度無かったことにし」初めから作り直すという意味を持つ。

つまり――――『本来持っていた種族の特徴さえ白に塗り潰す』。

背中の羽根での飛翔は特徴というよりも存在そのものだろうから消せないにしても、それ以外の部分。

つまり、これからの画一的な成長に使用される筈だったポイントも任意に振り直せる事になる。

 

全く想定していなかったが、これはこれでかなり有用だろう。*1

……そんな融通が効かないから、初めから強い特徴を持つ式に乗り換える構築が提唱されていたのだし。

 

「改めて名乗っておく。 (はじめ)だ。」

 

朔日。始まりの日。

新月という意味合いも併せ持つ、幾つかの意味を重ねた名前(ダブルミーニング)

月齢に応じて能力値が変動する可能性を持つ妖に対し、最も有利で不利な名前。

 

「……人ならではの名じゃなぁ。」

「そうか?」

 

呆れがちな表情を浮かべているのが分かる。

まぁ、こんな名前を妖に付ければ大変なことになってしまうのは身体の知識からも分かる。

強化・変化することさえある式に対し、何もない「新月」なんて名付けてしまえば。

能力値が最低で固定される代わり、スキルを入れ替え割り振って対応することにでもなっていただろう。

……それはそれで面白そうだな。 ゲームの頃だったら面倒ではあるけど楽しそうだったかもしれない。

 

「まあ良い。 ……それでご主人。 吾をどのように用いるつもりなのだ?

 求めるのならば、夜の世話もしよう。

 或いは暗殺も、他者の隷属も。

 或いは、小さな王にだってしてやれるかもしれぬ。」

 

()()()()()()()、と。

そう、契約を済ませた上で問い掛ける。

 

それは、初めの試しに近いものかもしれない。

人の意思を持つほどの知能を持つ妖であるから、それを以て判断するつもりだったのかもしれない。

 

力では調伏された。

では、知恵は?

志は?

その魂の在り方は?

 

それらを確かめ、折り合いをつける――――好む好まざるを問わないと言っても。

自身の意志と、強制されて。

今後の態度には変異が出るだろう。

 

「……そうだな。 先ず、大前提になることなんだが。」

「ああ。」

 

だからこそ、当たり前の返事を。

 

()()()()()()()()()。 俺だけでなく、お前自身の魂を穢すぞ。」

 

飛縁魔としての、それが在り方なのかもしれないが。

元々は九尾の狐や傾国の美女に類する種族名という繋がりもあり。

男子を堕落させる事が染み付いて、剥がしきれていないのかもしれないが。

 

「俺は、お前に聞かれるまでもなく――――自分の望みを果たすだけだ。」

 

夜になるまでで、少し考えていたことだ。

そして、簡単に決めたこと。

 

何故この世界にいるのか。

何故こんな状態になっているのか。

その調査、可能であれば肉体の返還。

それが出来なければ平穏な生活を。

その為に……妖の「王」に関わることだって厭わない。

……十二分以上に。

お前に聞かれるまでもなく強欲だよ。 「俺」は。

 

「…………。」

 

ぽかん、とした表情を浮かべた直後。

くすくすと、面白いものを見たような表情を浮かべた彼女。

 

「そうか。」

「ああ、そうだ。」

「…………それでこそ、吾が主に相応しい。」

 

一歩、二歩。

歩み寄る彼女が手を伸ばし。

その手を取って。

 

月明かりの降り注ぐ晩。

俺と、彼女は。

互いの意思を、初めて知った。

*1
主人公は式の外見から名前を付けるタイプなので名付けの能力変更は然程気にしていなかったりする。



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010/方向性

 

翌日。

気付けば同じ寝床で横になっていた白と共に、荒屋の中で座り込んでいる。

目の前には昨日のように、瘴気を宿した目線で見つめる父上。

 

「…………。」

「……何だか擽ったいの。」

 

そんな事を呟きながら、身動きが取れない白へ気を配る。

どうやら父上の場合、【魔眼】を連打する形で自身を構成(ビルド)しているらしい。

一度スキル一覧を覗いた時、()()()()()()()()()()()()ので即刻切り捨てた構築。*1

……確か、『狩る者の眼差し』との相性が良いスキル(【盲目】無効や視界阻害対策)が幾つかあったはず。

多少でも齧れたら便利だったのだが。

 

「成程、飛縁魔か。 そして今は何も無い、幼子のような形で間違いないな。」

「でしょうね。」

 

何をどうやって確認したのか、目の瘴気を抑えつつに呟く。

俺自身は彼女と契約があるからある程度の情報が理解できる。

そして権限として、彼女の能力取得の画面(みずかがみ)を確認しながら取得を相談できる。

だけど、『月』の【魔眼】系列にそんな確認できる能力あったか……?

 

「それで、呪符がもう一枚欲しいとのことだったな?」

「はい。 白……俺の式に能力を定めたいので。」

 

問い掛けに慌てて思考を戻す。

これに関しては式でも仲間でも同じ。

最初は呪符、そして次からは呪法。

なので倉庫の枠を消費するとしても、何枚か溜め込んでおかないと面倒なんだよなぁ。

 

「分かった……が生憎在庫が残り少ない。 近々近隣の街まで出向いて貰うぞ。」

 

…………うん?

 

「俺がですか?」

「無論即座とは言わん。 最低限の修練を行った上でだがな。」

 

確か、この近隣への街のお使いは初めての必須攻略目標(ミッション)に当たる。

任意攻略目標(クエスト)とは違い、話を進めていけば自動的に受諾することにはなるんだが。

問題はこの必須攻略目標(ミッション)の発生は()()()()()()()()で出てくるものである、ということ。

ゲームの頃より三年も早い。 いや、助かるけど。

 

「……分かりました。」

「ならば式に渡してやれ。 本日中ならば修練に関する相談にも対応しよう。」

 

つまり、父上からではなく俺から渡すことで上下関係をしっかりさせろと。

……口にしないけど、これも多分修練なんだろうなぁ。

眼の前で恭しく受け取り、父上が一度荒屋の外へ出て。

ふはぁ、と二人で同時に息を吐く。

 

「なぁご主人。 ()()は本当に人か?」

「間違いなく人だよ。 瘴気に大分適合してるけど。」

 

というか人の父親にそんな言い方するんじゃない。

言いたいことは分かるが。

若干羽根が震えているが見なかったことにしてやろう。

 

「それで、白に目指してほしい形なんだが……。」

「ああ。」

 

基本的に今回俺が目指すのは()()

下手に前衛や後衛に特化してしまうと求めている人材が手に入らなかった場合が怖い。

なのである程度余裕を持たせながら……言ってしまえば便利屋のような立ち位置を作っていく。

 

その為に詠唱時間は掛かっても成功率が高い呪法。

【月】の対象の割合依存になる弱体化の呪法(デバフ)を基本に。

常時強化(パッシブ)系の、確実に効果がある【無】分類を多少多めに。

残りはある程度均等に【花】【鳥】【風】で割り振って。

自陣強化系列の強化呪法(バフ)と通常攻撃代わりに使える霊力消費が低い術技、自動回復を取る予定。

 

なので、白には俺とは違うタイプを目指して欲しい。

 

斥候系前衛(スカウト)のような立ち位置を目指して欲しい。」

「す……すか?」

 

……あ、ついつい構築用語で語ってしまった。

斥候系前衛。 【盗賊型】とも呼ばれる構築の形。

主に取って欲しいものは【鳥】【月】【無】。

【花】はある程度、【風】は一つ二つで良い。

 

「えーっと……幽世の中にはこう、瘴気で出来た武具防具が見つかったりするだろ。」

「ああ……あるな。 瘴気で封じられた箱の中身じゃろ?」

 

幽世の中で倒した妖は、倒した霊力と絡み合って経験値となるが。

それらに全てが使用されるわけではなく、ある程度の可能性で瘴気に満ちた箱を生み出す。

そのまま置いておかれれば、やがて溶け込み別の妖の材料へと変わっていくものではあるが。

中を確認さえ出来れば、周囲に残った霊力が流れ込み物質化する現象が発生する。

霊能力者が本来用いる武具防具はこれであり。

同時に世界から霊能力者が完全に排除されない要因の一つでもある。

 

……それもそうだ。 原料もなしに武具防具が生み出され、それを溶かせば原料と出来る。

一種の鉱山や畑として見られるのも仕方ないことだろう。

その脅威度をきちんと理解しているのかは兎も角として。

 

「白には、それを解錠する為の技術や幽世の中を安全に探索できる能力(トラップサーチ)を持って欲しい。」

「待て待て。 吾は攻撃系の能力も……。」

「無論そっちも取って貰う。 ただ、攻撃一辺倒にはしない。」

 

せっかく空を飛べるんだ。

速度重視の構築で、一撃の負担が重いが火力も相応に高くなる術技、

小回りの効く時間単位で削っていく手段(スリップダメージ)

そしてそれらを十二分に活かせるような装備……短剣や曲剣、刀を主に握って貰う。

後は自動回復と最低限の防御手段、種族特徴を活かす形を目指せれば理想……ってところだな。

 

「……ふぅむ。 きちんと考えはいるんじゃのう。」

「当たり前だろ。」

 

まあ、一つ問題があるとすれば。

俺が握る武器の系統が全く決まらない、ってくらいか。

 

「父上がくれた時間だ。 精々一覧を確認しながら決めることにしよう。」

 

……こういうの考えるのが好きだからやり込んでた、って部分大きいからなぁ。

多分、その顔を見られていたのだろう。

 

「そういう顔をしていると、童のようなんだがのぉ。」

「何だよ。」

「いや、愛しいと思っただけよ。」

 

……そんな言葉を投げられて。

少しだけ、目線を逸らしてしまった。

*1
取得可能スキルは基本的に「当人の才能で開花できるモノ」が表示される。

表示されていない場合は特定の道具を消費して開花出来るがコストが重くなる傾向にある。



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011/能力選定

*今話の最後に主人公の武器のアンケートをしています。
もし良ければ好きな方をお選びください。


 

「よーし…………。」

 

若干ぐったりするほどに話し合った。

俺の瘴気深度(レベル)が『2』に上がったことで、白の取得できる能力にも多少の余裕があった。*1

気付けば太陽の角度も少しだけ変わっており……一刻(2時間)くらいは話し合っていたのか、多分。

 

その結果を映し出した水鏡をぼうっと見つめている。

 

【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【鳥】『兄宇迦斯の指先』2/5解錠・解呪を可能とする。能力上昇に応じて補正。
【鳥】『鶺鴒の見通し』 2/5 幽世での発見行動を可能とする。能力上昇に応じて補正。
【鳥】『血飛沫月光』1/5血液を月光に晒す。【物】【刃】【出血発生】
【月】『月読ノ導き』1/5自身の種族特徴を取得する。能力上昇に応じて変化。

 

必須の呪法は考えないものとして。

『魅了』を発生させる【月】の種族特徴系能力を一つ。

俺の求めていたモノであり、正直手習い()では信用に於けないので取り敢えずの半人前()*2

そして白の強い希望だった攻撃系の術技の中で、消費霊力が軽いもの。

その中で今回は確実に有用だと思われる『出血』を発生させるモノを選んだ。

 

血が出る――――肉体を持つ妖であれば発生する確率を必ず持つ、汎用性のある持続火力。

毒の方が威力は上だが抵抗される確率もある。

その内取るにしても、今はこれで良しとした。

 

「……全く折れなかったの、ご主人。」

「当たり前だろ……俺の命だって掛かってんだぞ。」

 

隣で同じように伸びている白。

……式でも肉体を持つとこんな感じになるのか。

つついてみようかと思ったが、反撃が怖かったのでやめておく。

 

「…………で、ご主人。 お主の能力はどうするんじゃ?」

「あー……それなー……。」

 

取る候補は決めている。

と言うより、1ポイントは既に決定済み。

残り2ポイントをどうするかって感じになるんだが……。

 

「まず相手の攻撃の弱体化を取るのは確定してる。 能力的にはまだ齧る()だけだがその内限界まで上げる。」

 

減少量が増える呪法だからこそ、此方と比較して格上の相手に対して強い効果が出る。

攻撃と防御両面を一定時間でも下げられればその分戦闘時間は短縮されるし、危険度も減る。

特に回復担当を直ぐに仲間に出来ない以上、道具という上限が常に問題になる。

対策をするのはまあ当然。

 

「多分将来的にはこの辺も上位能力まで派生で取るとは思うが……。」

 

何故上位になると外つ国の神々の名前が混じってくるんだろうな。

いや今はどうでもいいか。

 

「問題は残り二つなんだよな……。」

「ご主人も吾と似たようにする……というのでは駄目なのか?」

「攻撃術技を取ったり、ってことだろ? 霊力の問題で最初に取るか悩むところ。」

 

正確に言うと生命力と霊力、どっちも削るから使い勝手が良いものを取るにしろ。

俺の場合は自動回復取ってからのほうが効率がいいんだよな。

 

「だからまあ、取るなら常時強化系列として……自動回復か割合増加か、或いは個体能力強化か。

 ついでに言ってしまうなら武具を扱う才能も何かしらに決めて取っておきたい。」

 

武具を扱う才能(ウェポンマスタリー)

武具の種別毎に存在するので他のものに応用が効かない、という欠点はあるが。

逆にその武器を使う限り命中への補正や常時攻撃力の増加、果ては武具の特性の強化にまで至る。

本来なら最初に手に入れる高位の加護を宿した(高レア/ハイエンチャント/ユニーク)武器から逆算したい。

ただそれが許されるのはセーブ&ロードが出来たゲーム時代。

最初から手に馴染む武器種を定めてしまう方が売却含め取り回しも良くなる筈。

 

「才能? 極めるのかや?」

「いや、そこまで余裕は無いと思う……他を削れば分からんが。」

 

だからこの時点で決めてしまいたい、というのはある。

まあ扱いやすい/扱いにくいは絶対あると思うので、父上に見て貰った方が良いのかもしれない。

 

「先ず射程が短い武器は俺の立ち位置・役割からして一旦外す。」

「そうじゃな。 仮に取るにしろ吾との連携も必要となるしの。」

 

……ああ、そこまで考えてなかった。

そうだな、同じような立ち位置で戦うなら慣熟訓練は必要か。

個別ではなく、二人で動けるように……無言でも対応が取れるように。

 

「だからまあ……取るなら長柄系の武器か投射系、弓系列だな。」

 

杖術としても使える場合の武器は長柄になるし。

槍や杖、或いは投げ物か弓。

どれも同じように負担が掛かるのは間違いない。

 

「吾としては長柄か弓が有り難いのぉ。」

「ん? 理由聞いてもいいか?」

「投げ物はどうしても使用できる数に制限が掛かるじゃろ?

 それを言うならば弓も同じだが、アレならば矢筒の運用手法次第でどうとでもなる。」

 

吾も封じられた時は弓で射られたんじゃよなぁ、と嫌なことを思い出す声。

……矢は矢で運用コストが重いんだよなぁ。

まあその分、瘴気深度では分からない火力が出せたりもするんだが。

 

「……多分倉庫に転がってるだろうし、一度触らせて貰ってから決めるか。」

「そうじゃな。 そうしよう。」

 

……その後数分ほど。

少しだけ疲労が抜け始めるまでゴロゴロとしてから。

互いに起き上がり、目配せをして。

同時に荒屋を後にした。

 

……遅れたほうが、父上に怒られるような錯覚がしていたので。

*1
レベルが『1』上がる毎にスキルポイントを『3』、フリーポイントを『2』取得する。

*2
手習い()半人前()一人前()熟練()達人()

基本的にスキルの上限は5であり、他のスキルを経由して基礎のスキルを強化する形になっているものが殆ど。



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012/倉庫

 

父上に相談したところ。

 

「先ずは手に持って馴染むかを見てからだ。」

 

と。

案内されたのは、厳重に封印されていた家の傍の倉庫だった。

 

「うおお…………!」

 

倉庫の中に積まれていたのは山にも見える武具防具。

一目で見て瘴気の濃度が強い……つまり高位のモノが散見される。

ある意味眼福だ。

……細かい武具の詳細を調べる能力を取っていないことを少しだけ後悔した。

 

「はー……主の父上殿。 これはお主が一人で?」

「いや、この里全てで集めてきたものが殆どだ。」

 

同じように、瘴気の濃度を見て驚いている白。

最早住まう人も、私達くらいだがな、と。

そんな事を呟きながら父上が脚を進める。

 

……昨日からの一日が激動過ぎて、問い掛ける事を忘れていたが。

確かに俺達を除いた住人の姿がまるで存在しない。

出ていったのか――――或いは()()()()()()のか。

何となく半々だろうな、と思ったが口にはしなかった。

 

……しかし、こうなると『婚約者』や『妹分』として存在していたあの子達はどうなるのだろう。

ふと気になったことではあるが、住んでいたのはこの里ではない。

もし出向く機会があれば合流出来る可能性は……まあ、あるか。

思い描くのと同時、浮かんでしまうのは一握の不安。

 

(多分、父上は俺を里の外に出そうとしてる。 ……それ自体は、問題ない。)

 

ただ。

ゲーム版では住人は数少なかったが、それでも生活が何とか回る程度には存在していた筈だ。

母親は主人公を産むのと引き換えに既に月夜に旅立っていた(しんでしまっていた)記憶がある。

恐らく、この世界でも同じなんだろうが。

色々と追い込まれている不安感が、心の中を蝕み。

 

「だから、必要な武具であるならば一つ二つならばお前等に渡すことは問題はない。」

「おお……。」

 

そして、倉庫の中に響く声と声に。

余計なことを考えている余裕はないな、と改めた。

 

「無論、装備できるものに限るがな。

 流石に何も渡さずに幽世に向かえ、とは言えぬ。」

 

あー……つまり、これが初期武具に相当するのか?

ゲームだと気付いたら幾つかの装備を所持していたから、その流れを踏襲している?

まあ何にしろ、貰えるのは有り難い。

 

「それで、朔。」

「はい。」

「先に式に武具を渡す。 何を持たせるつもりだ。」

 

生得武器*1を持っていれば少しは悩んだが。

白の持つのは羽根による飛翔能力。

そして、何を渡すかはある程度相談済み。

 

「父上。 刀か曲剣……それに()()()()()()()()()短剣類はあったりしますか?」

 

装備時に特殊能力を発揮する武具達の中で、割と良く見るタイプであり。

そして使い方を間違えなければ確実に仕事をするのが『副武器として装備できる』武具。

本来の『二刀流』に類する装備制限を無視する能力とは違う、扱い易さを突き詰めた装備。

俺が強請ったのは主武器としての攻撃手段と、盾を捨てる代わりに追撃を可能とする武器。

その二種類。

 

「無論だ。 ……だが、扱えるのか?」

 

片目を少しだけ見開くのが見て取れた。

良く知っていたな、とは聞かれなかった。

或いは式から聞いたのかと思ったのかもしれない。

……ただ、この知識の出処は俺自身も説明が出来ない。

まあ流してしまうのが良い、と思っておこう。

 

「逆だ、父上殿。 吾の場合、両手で持つような重量武器は合わないのでな。」

 

白の言う通り。 彼女自身も良く分かっている(と言うか教え込んだ)。

一撃の威力に特化するならば両手武器を持つ。

武器と盾、武器と武器、剣の両手持ち。

大きく分けてしまえば前衛の戦士に当たる存在はその三通りしかない。

そして斥候型を目指すのならば、一番噛み合うのが二刀流と言うだけの話。

……将来的には筋力も付いてきた辺りで()()()()()()()()して貰おう、と思っているのは黙っておく。

 

「……そうだな。 刀と短刀ならば転がっていたはずだ。」

 

指差した方向は入り口からやや奥に入った辺り。

金属製の武器が幾つも並んでいる棚の端、山のように積まれた鈍く光る金属の数々。

 

「合うものを選んで振ってみるが良い。 ああ、外でな。」

「分かっておる。 ……感謝するぞ。」

 

歩いて向かう白の呉服姿を見送りつつも。

改めて父上の眼をしっかりと見返す。

 

「……俺としては、長柄の武具か弓かで悩んでいます。」

「長柄……刃物の有無は?」

「未だ。 杖のように扱う事も多いでしょうが、それと同じだけ刃物を要する機会もあると思います。」

 

長柄。

歩く際に突き立てるモノであり。

呪法を唱える際に補助するモノであり。

妖を討滅する際に用いるモノでもある。

それだけに、刃物の有無は大事ではあるが必須でもない……というのが俺の今の考え方。

仮に折れた場合を考えれば打撃武具として修練しておいて損はしないだろうし。

 

弓。

高空の敵を撃ち落とす武具であり。

離れたところの敵を穿つ武具であり。

対象の内の臓腑を腐らせる武具でもある。

 

……結局、何処まで行っても武具なのかそうでないのかの違い。

成程な、と呟かれながら。

倉庫の中を彷徨い。

立てかけられた弓と、一本の棒を受け取るように命じられる。

 

「最終的にはお前が選ぶことだ。 好きな様に扱ってみろ。」

 

行くぞ、と倉庫の外へと連れ出される中。

再度、武具の山へと目を向ける。

 

――――ばさり、と。

何処かで、鳥の飛ぶような音が聞こえた気がした。

 

*1
生まれた時から持つ爪などの武器。瘴気深度の上昇に応じて強化されるが武具の方が最終的に強くなる。



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013/適正

アンケートありがとうございました。
長柄武器の方向性にします。


 

弓と長柄、両方に触れて大体7日程が過ぎ。

その頃には大体自分の適性が分かり始めていた。

 

「……白。」

「ん? どうしたんじゃ、ご主人よ。」

 

食事……恐らくは麓にあるという街で交換でもしているのか。

混じり物有りではあるが、白米に山の幸を適当に焼いただけの夕食中。

父上は用事があるとのことで今日は戻ってこないという。

……恐らく幽世の一つに潜ってるんだと思うが。

一人で大丈夫なんだろうか。

 

「暫く武具触れてみたが、決めた。 長柄にする。」

「ほう。 遂にか。」

 

互いの相対距離は意外と近い。

最近分かってきたことだが、白は暑さには強いが寒さに弱い。

故に、少しでも寒さを感じると俺に近付いて体温で熱を取ろうとする。

……まだ子供だからなんとも思わないけど。

成長したら色々と大変そうだよなー、と他人事のように感じている。

 

「白も近くにいたんだから知ってるだろうが……。」

 

弓を暫く扱ってみて感じたこと。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事実。

……より正確に言えば。

本来ならある程度感覚で補える、対象を穿つまでの数瞬の合間。

その間に考え込みすぎてしまい機会を逃してしまう、という俺の本質。

 

真逆に長柄の場合。

その術理……つまり、どう扱ってどのタイミングでこうすれば効果的、と。

基本的な技の存在する理由を先に噛み砕けるからこそ、色々と応用が効いた。

まあ妖の場合、姿形がたまに全然違うのもいるから常に有用とまでは言えないが。

 

「それでも人は適正を乗り越え、とかを求めるモノではないのか?」

「そんな物語の主人公みたいな努力、俺には出来ねーよ。」

 

()()()()に全力を振れるなら兎も角。

たった一人で動くのならば兎も角。

複数で動けるのだから、自分に完全に向かないものはバッサリ切り落とす。

代わりに対策……対遠距離系の術技か呪法を身につける必要性は出てきたが。

 

「しかし、そうなると……どうするんじゃ?」

「今日寝る前に能力は確定する。

 取ろうと思ってた補助能力も決めた。 『自動回復』にしておく。」

 

その中でも霊力の自動回復。

一人前()になるまでは戦闘中の自動回復への派生強化は取れないが。

幽世の中で歩いているだけで、多少なりとも呪法の回数が増える選択肢を選ぶ。

――――つまり、中を長く探索できる選択肢。

 

「まあその分次の深度上昇(レベルアップ)まで白には負担掛けることになるが……。」

「ああ、良い良い。 式となった以上その辺りは織り込み済みじゃ。」

 

手をひらひらとさせながらの返答。

 

「ただ、一つ頼んでもいいかの。」

「あん?」

 

既に互いの口調にも慣れてきた。

だから、ある程度いつもの話し方……()の話し方が出来る。

 

「ご主人が言っていた方針……立ち位置自体に否はない。

 じゃが、式を癒やす手法を早めに取得するのは難しいか?」

「それなぁ……。」

 

白の意見に、悩んでいることを明かす。

他者の回復を行う大分類、『風』。

ただ、()()()()()()()と限定し。

効果の増加や式の蘇生を行う分類は『月』に属している。

故に、当初からそれ自体を取得することは考慮済み。

問題となるのは取得するタイミング。

 

「分かってるとは思うが、癒やしを使ってればその部分の霊能力が上がるだろ?」

「そうじゃな。」

「問題はその部分の()()はあんまりしたくないってことなんだよな。」*1

 

『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』。

普段余り気にしない霊能力者の霊能力(ステータス)

レベルが上がる毎に最も使われていた部分三つに1ずつ、フリーで2ポイント。

合計5ポイントの成長が発生するわけだが、当然構築次第で求められる部分は違う。

俺の場合、最も必要になるのは『体』『渉』『速』。

絶対に死なないようにし(『体』)呪法の干渉効果を上げ(『渉』)術技を的確に当てる(『速』)

逆に言うなら威力は其処まで求めないし、回復効果の底上げや呪法の火力上げは最低限でいい。

だからこそ悩ましい。

 

「……この段階から其処まで見据えるのかや。」

 

若干呆れた顔。

 

「逆に何処から見据えるんだよ。」

「普通は”生き残る”事が優先で後から詰めるものじゃよ……?」

「後々を考えたらそんなこと言ってる余裕もないだろうに。」

 

表情の差からして、何かが食い違っている

……いや、見ている先の違いか。

俺はこれからどう変化していくのか、大雑把でも理解している。

色々とおかしい部分はあるが、ある程度の流れは変わらないのなら。

準備をしておいて損をするようなことにはならない筈。

 

「まあ、白の言うことも分かる。

 ……そうだなぁ。 一度幽世の中を見て決める、でいいか?」

 

……ゲームと変わっていないのなら。

街とこの里の間には幽世が存在し、行き来を妨げていたはず。

それも核となる妖が存在しない、干渉空間として。

 

そもそも幽世自体、一部の()()()()()()()()()を除き。

構築の中心となる瘴気の濃度に応じて難易度が変わる。

ゲーム的に言うなら『偶然発生の幽世(ランダムダンジョン)』的な要素が存在する。

だからこそ序盤でクソ難易度に遭遇し全滅することもあれば、その逆もある。

運良く『相性がいい』幽世に遭遇できれば序盤は余裕になる装備が整えられたりもする。

……まあ、放っておいても時間が経てば霧散することもあるしその逆もある。

発生も、消滅さえも。 人の手が入らなければ完全に偶然の発生。

――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

加速させる存在。

この世界全てを自身の幽世と定義し、幽世の中に幽世を生み出している存在。

故に、妖の王。

 

「遠目に見て不味ければ逃げるぞ?」

「そりゃそうだ。」

 

俺だって、死にたいわけじゃない。

食事を終え、寝る用意を整えながら。

『写し鏡の呪法』をそっと、展開した。

 

【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『狩る者の眼差し』1/1任意対象の生命力・霊力・状態を確認する眼差しを得る。
【無】『習熟:長柄』1/5長柄武器の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【花】『瘴気変換:霊力』1/5周囲の瘴気を霊力に変える体質へと変化する。
【月】『式王子の呪』1/1 式を扱う才能を目覚めさせる。強さは主と同等となる。
【月】『劣火の法』1/5対象の害する才能を劣化させる呪法。【物・魔】
【月】『削減の法』1/5対象の肉体を脆弱化させる呪法。【物・魔】

 

「……これで、良し。」

 

もう、後戻りは出来ない。

*1
構築上の問題。バフ/デバフ担当としては切り捨てたくなるステータス。



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014/数ヶ月

 

槍――――というには刃がない、杖を握る。

凡そ今の身長の1.5倍から2倍程。

余り見ない木目をしたそれは、今の歳で握るにはやや手より大きく。

けれど能力に任せることで手から零すことはない。

 

「シッ!」

 

両手で存在しない敵を突く。

()()()()()()()と考え、引き戻すのでなく左上空へと払う。

そのまま振り下ろし、地面に接する直前で止め一息。

三連撃、通常攻撃の組み合わせとしての1つ。

これが能力として得た術技の場合は、()()()()()()()()()()()()()()のだが。

 

「ご主人も大分慣れたのぉ。」

「嫌味か?」

 

眼の前で『血飛沫月光』……対象の臓腑を抉る術技の練習を重ねる白。

右手の次に左手が降りてくる、二連撃の動きに羽根の動きを合わせている。

微かにでも相手が『魅了』されてしまえば必中する程に熟れてきたそれは。

恐らく、『速効性』の方向へと派生し続けているように思う。

 

呪法と違い、術技は使い込めば使い込むほど。

修練を重ねる程に即応性や威力の強化、或いは霊力の低減などなど。

各個人の派生先が開けていく傾向にある。

ある程度そのままでも使用できるし、更に補助的な能力や知識を蓄えることで強化される呪法。

使い込むこと、修練を重ねることで自分好みの広がり方を見せる術技。

分かりやすいその二つで、霊能力者は成り立っている。

 

「何故そう取るのか。」

「そりゃまあ……白の今の動きを見ればそうもなるだろ。」

「それを言い出したら吾は武器の習熟能力が無い状態じゃぞ?」

 

呆れ顔をするな。

……既に、此奴を式として季節が一つ切り替わっていた。

恐らく初めが3月か4月。 今が7月か8月辺りに近い。

 

朝早く、夜も遅い。

明かりを使用できない俺達は、見える限りで互いを仮想の敵として訓練したり。

或いは父上の手が空いている時に変に染み付いた癖を修正したり。

或いは呪法の詠唱時間と動きを合わせるため、二人で話し合ったりと。

それなりに濃密な時間を過ごしていた。

 

「仕方ないだろ、幽世の中に入れたわけでもないんだし。」

「そうじゃなぁ……。 実際試しておきたいが、腕前を磨くのも大事じゃし。」

 

互いに語りながら、竹筒に入れた水を一口。

そして頭からそれを被る。

熱された身体が冷えていく感覚。

微笑ましそうな目で見られながらも、二人で並んで土の上へ腰掛けた。

 

自分で武器を握り、修練を始めて改めて理解したこと。

確かに潜る前に暫くの練習は必須だな、という当たり前の事実。

それを教えてくれたのも、隣の飛縁魔だった。

 

「何より、この訓練してなかったら多分直ぐに死んでた気がするぞ。」

 

白と戦った時、運が良かった要素はもう一つあった。

それは既に此奴が()()()()()()()()こと。

生命力を削り倒した、と思っていたがそれよりも根本的な。

在り方自体を保つ瘴気が薄くなっていたが為に、知性と動作が半分以下になっていた事実。

その状態から解放されたのが今の動き。

 

もし、「飛縁魔だってこの程度」と思いこんでいたら。

最下級……子鬼や餓鬼、地獄虫に人食い花と言った存在にだって対抗できていたか分からない。

それに気付けたからこそ、身体に動きを叩き込んでいた。

 

「あ~……。」

「おい、何だその言い方は。」

 

そうじゃなぁ、と了承するような言い方が引っ掛かる。

俺を見て何で納得みたいな口振りをしたのか言ってみろ。

 

「いやな。 頭に乗っている、とまでは言わんが。

 お主が()()()()()()()()、とは吾も気付いておった。」

「は?」

 

問い詰めようとして……口を抑える。

そうだ、俺自身も此奴から気付かされた。

ただ、指摘しなかったことに関しては問い詰めたい。

 

「何で言わなかった?」

「お主自身が気付いておろう?

 痛くなければ覚えぬ、と言うであろうよ。 幼子は特に。」

 

久しぶりに見る、細い目。

式ではなく妖の――――長くを生きた生命体の目。

 

「無論命を失わせるつもりなど無かった。

 ただ、何も知らぬのならば。

 煽て、下にも置かぬ態度を取り続ければ人はいつか腐り切る。」

 

違うか、と。

男を腐らせる妖は、そんな口調で語り続ける。

 

「吾が主であるならば、そうは落ち着いて欲しくなかった。

 ……助言できる時ならば良い。 だが、そう出来ない時のことを考えればな。」

 

……信用されていなかった?

いや、違うな。

白が言っているのは契約したばかりの頃の話だ。

互いに信用も信頼もない時、それでもこういう形になったのだからと。

敢えて恨まれようとも、そうしようとしていただけだ。

 

「……そうだな。 俺も、お前を見て気付かされた。」

「そうか。 ……目指すものは、変わらないのだな?」

 

目指すもの。

俺の強欲。

いつだか眠りの中で少しだけ語った、俺の夢。

 

「変わらない。」

「ならば良い。 それが続く限りは、吾はお主を支えよう。」

「当たり前だ。 俺が死ぬまでは一緒だ。」

 

そうか。

そうだ。

そんな事を、口にして。

……変な意味で取られないか、心配にはなったが。

 

ただ、空を見上げながら。

少しずつ紅く染まる日中の中。

気付けば、手と手を重ね合っていた。



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015/堕ち人

 

「そろそろいいだろう。」

 

そんな言葉を掛けられたのは、秋も終わりを迎えようとしている頃。

冬への準備を更にせねばな、と話をしている時だった。

 

「えっと……父上?」

 

冬の支度として魚や果物などを干したり。

或いは肉の塩漬けであったり、米の残りを確認したり。

山から出られなくなったときを考えて多めの食事の準備を整える中。

唐突に呟かれたその一言に、思わず聞き返す。

 

「お前も背丈は多少伸びたし腕も最低限は身に付けただろう?」

 

……どうなんだ?

特に身長は自分自身だとあんまり気付かない。

前世が165cmと小さめだったので出来れば170は欲しいんだが……。

栄養素の問題とか家系の影響もあるだろうしなぁ。

 

「確認じゃ、父上殿。」

「ああ、聞こう。」

 

一年にも満たない間ではあるが。

白が色々と家事の手伝いを始めたり、二人での連携に更に磨きを掛けたり。

踏み込めないながらにやれることを積み重ねていたから、父上も大分態度が柔らかい。

 

「今言ったのは……()()()()()()()()の許可と思って良いのじゃな?」

「そうだ。」

 

……()()()

ゲーム内で最短に突き詰めたとしてこの許可が出るのは開始から一年後。

必須攻略目標(ミッション)の発令が8歳前後だから、自由に幽世を探索できるのが約二年間。

この間にどれだけ積み重ねられるか。

或いは街へ出向き、仲間候補(ヒロインやゆうじん)達と遭遇できるか。

発生するかしないか不明の不定遭遇(ランダムイベント)を含み、事前準備次第で仲間の選択肢も切り替わる。

特に幼馴染ルートや妹分ルート。 それに良家の姫ルート辺りはかなり辛かった覚えしか無い。

 

「本来はもう少し先を予定していたが、今の朔ならば構うまい。」

「……ええっと、父上。 一応お聞きしても良いですか?」

 

時折修練を見てもらっていた程度で、他に何か見せたわけでもなく。

父上も大体が幽世に潜っていたのか、他で余り見ることもなく。

時折負傷だらけで戻ってきた際に、言われるがままに手伝ったりした程度。

それなのに認められる理由が分からない。

 

……ゲームなら、修練で磨いた術技や霊能力数値の合計で発生するイベントなんだが。

本来なら一年でこの了承を引き出すには、()()()()()()()()()()()()()()()()

許可を貰うために隠れて潜る、という逆転が発生してしまうわけだ。

その為の能力……『隠密』系列を取得もしていないわけで。

 

「何故、今なのですか?」

「潜りたくないわけではないのだな?」

「それは……はい。 勿論、霊能力者ですから。」

 

霊能力者が排他的な扱いをされている、という設定の中で。

最も大きな理由は『何かあれば簡単に殺される』危険を抱いているからだと言われる。

――――放置された幽世から抜け出し、人の中に住まう妖だって存在するのに。

 

そして、正体不明の死因で転がった死体を見た時。

()()()()()()()()()()()、それ自体を疑う程に一部では排他的な熱が上がっているらしい。

……無論、そう扇動するのも人か妖か。

探ること自体が難しい程に。

 

だからこそ、何かあったときに自身の疑いを晴らす為にも。

戦うことを選んだ霊能力者は、ある程度のペースで幽世へ潜り討滅する。

そんな設定が背景にある。

それを知っているからこそ、潜らないという選択肢は俺にはない。

 

「理由……そうだな、端的に言ってしまうのならば。」

「はい。」

「お前が()()()()()、と判断できたからだ。」

 

……血に?

 

「なぁ、父上殿。 ひょっとしてなんじゃが。」

「恐らく推定通りだ。 負傷を背負って戻ってきたのは朔の反応を見たかったのもある。」

 

それは、どういう。

 

「幽世では簡単に血を流す。

 それどころか自身も簡単に負傷する、体の一部を失うことも平気で存在する。

 痛みへの慣れと、血への耐性と忌避。 それらが確認できたからこそ、許可している。」

「血に酔う、というのは考えにくいと思うがなぁ。」

 

……身体の一部を失う。

霊力を以て復元することは出来るが、それも出来ない場合だってある。

それはよく理解している。

 

だが、血の耐性と忌避。

父上の手助けで散々に見たが。

それだけで判断できた、と――――?

 

「……まだ早いとは思うが、納得していないなら伝えておく。」

 

はぁ、と溜め息を吐き。

良いか、と俺達二人に対して改めて語り始めた。

 

「我が一族は『月』の能力に強い親和性を持つ。

 故に、根本的に――――()()()()()()なのだ。」

「……え?」

 

何だその設定。

俺は知らない。

イベントでも無かったし、示唆される内容もまるで無かった。

ただ、今父上が言ったことを考えるならば。

この里の人間が既にいないのは…………?

 

「人の血液に酔う、妖側に堕ちる霊能力者……『堕ち人』が常に絶えなかった。

 その特徴は、今も言った通り。 ()()()()()()()()()()()()人間だ。」

「あー……なんじゃ。 妖の血でも取り入れたか?」

「始祖の頃にあったかも知れぬな。 詳細は分からん。」

 

そういうこともあるだろう、と流す白。

だからこそ長い期間を置いて確認していた、と伝える父上。

 

「ただその反面、成長性は極めて優れている。

 可能ならば幼い頃から鍛錬を積ませる程度にな。」

「だからこそ、今か。」

「そうだ。 私だけならば別だが、今はお前もいるだろう。 式よ。」

 

進む話。

置いていかれてしまう話。

待ってくれ、と言おうとして。

言葉に詰まり、何も言えずに。

 

「故に。 朔よ。」

 

これが始まりの試練だ、と。

普段見たこともない眼光を持ち。

眼帯の下――――今まで見たことがなかったその場所を明かす。

 

()()()()、と四方八方を動く眼球。

眼差しは紅く、白目は黒く。 人のものではないそれを見せ。

 

()()()()()()()()。 お前は、忌避したそのままで進むが良い。」

 

頭へと手を伸ばし。

一度、撫でるように叩かれて。

その間――――混乱したままで、身動きが取れなかった。



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016/幽世

 

ちりちり、と奇妙な鳴き声が聞こえる。

かなかな、と聞こえるのは季節外れにも程がある蝉だろうか。

そして感じるのは、常に背筋を突き刺す濃い瘴気。

それらを吸収し、霊力に置き換えているからこそ大気に慣れることが出来ている。

 

「……酷いな。」

 

ポツリと漏らしてしまう言葉。

左手で支えとして持つ長柄……杖を地面に突き立てながら。

瘴気で満ちた空を見上げる。

 

……月齢は寝待月。

満月よりはマシだがなんとも言えない。

強さへの補正としては普通からやや強めくらいに落ち着くか。

 

幽世名(ダンジョンめい)『巡る参道、参る神道』。

 

()()()()()()()()()()()()()

そう、強く感じてしまう。

 

「そういう場所じゃからな。」

 

周囲を警戒しながら、彼女が持つ能力を働かせている。

罠の有無、敵の有無。

『玄室』……閉じられた部屋とは違い、妖との遭遇率は然程高くないだろうが。

それでも奇襲は普通にありえる。

 

「それでご主人。 目標は街へ最短で良いんじゃな?」

「ああ。 変に滞在しすぎて良いこともないだろ。」

 

――――結局、翌日にはこうして幽世へ潜ることを決意していた。

父上が言ったこと、あの目、そして堕ち人。

……ひょっとすれば、幽世の中で遭遇する『人族』分類の敵はそんな存在として定義されたのか。

今から確認しようにも、する方法も手段も必要性さえない。

先ずは、此処で死なないように用意を整えるだけだ。

 

「分かった。 ……父上殿から聞いた出入り口は確か南じゃったな。」

()()は当てにするなよ。」

 

幽世の中の世界設定……そしてその中の罠はその場所に応じて変わる。

 

迷わせるための立ち位置の変動。

別の階層へと落とす落とし穴。

周囲の空気を腐らせ、生命力を削ってくる沼地。

強制で何処かへ押し流す奔流。

 

そのどれもこの幽世……最初のお試し的な要素を持つ幽世では見掛けないそうだが。

代わりに、最も基礎的なことを叩き込んでくると助言を受けた。

 

「分かっておる。 ()()を常に確認しろ、というやつじゃろ。」

地図作製(マッピング)は此方でやる。 白は何かがあれば逐一教えてくれ。」

 

自分の体感での方向性を一切信じられない、という幽世の基本。

北を向いているはずが西、或いは西を突き抜けると空間が繰り返されているのか東へ。

ゲーム的な目線を理解しているからこそ、一つのマップ端でループして作られていると分かるが。

特にこの世界では、狩人等の『野外に慣れている人種』程迷い。

そして喰われるとのこと。

 

その対策として用いられるのが、磁石と呼ばれる探索道具。

通常の方位磁石とはまた別の仕様……周囲の瘴気を元に方角を導き出す特殊な()()()()

その発動条件上の問題で幽世でしか使えないが、間違った方向を差す事は決して無い命綱。

一人一個……では壊れる危険もあるので一人二個くらいは持ち込む場合さえあるという。

 

(これも普通に買えるけど、地味に金が掛かるんだよなぁ……。)

 

掌大の円形をした道具。

北方面を黒い矢印が、その逆を赤い矢印が示す通常のものとは逆の示し方。

傍から見て壊れて見えるように敢えてそうしているというのだから。

隠蔽に全力を掛けているという印象しかない。

 

父上から受け取ったそれを懐に仕舞い。

抜けるには西方面の出入り口へと進め、という助言を頼りにそちらへ向かう。

 

――――ちりちりちりちり。

不可思議な音色がまた一つ。

こんな鳴き声の存在を寡聞にして知らない俺だから。

恐怖と、警戒と。

それらを合わせて歩んでいく。

 

「ご主人。」

「……ん。」

 

三歩ほど先を進む白に手で動きを止められて。

足を止め、どうしたのかを囁き声で問い返す。

 

「前方左方向の曲がり角……何らかの声がする。 恐らくは妖じゃ。」

「数は?」

「分からん。 ただ、そう多くは無さそうだな。」

 

……全然聞こえない。

この辺りは斥候型特有の能力の補正もあるというところか。

 

「どうする?」

「逆に聞いておきたいが、やれるか?」

「消耗を考えねば造作もない……と言っておこう。」

 

逆に言うなら抑えるならどうなるか、ってところか。

……通路、数が不明、声がする。

つまりは最下級の鬼系だとは思うが。

 

「……少しだけ待とう。 もしそれが子鬼やら餓鬼なら分かれて行動するかも知れん。」

「分かった。 ならば壁際に近寄るぞ。」

 

二人で並び、壁に沿う。

背中を向け、息を整えながらに気配を伺う。

……現実とゲームとでは全然違う。

俺も気配を確認できる何かが必要だな……。

 

数秒、数十秒。

その場で佇み、もう一度白がそちらを伺った。

呼吸が自然と焦りを帯びる。

此程緊張するとも、考えていなかった。

 

「……一匹だけが此方に来そうじゃな。」

 

……なら、確実に倒して直ぐに次の玄室を目指したほうが良さそうか。

左手を二本、剣指を立てる。

 

「分かった……脆弱の呪法を使う。」

「ならば吾が其処に追撃だな。」

「いつも通りだな。」

「いつも通りじゃな。」

 

幾度も練習してきたこと。

実際に使えるかは分からないが、妖に使わなければ分からない。

白の両手に現れたのは、普段から見慣れた刀と短刀。

 

「五秒前で数えてくれ。」

「分かった。」

 

タイミングを早めることは出来なくても、集中することで遅らせるくらいは出来るようになった。

それを利用して――――確実に潰す。

集中、集中、集中。

…………。

 

「5。」

 

白の言葉が足音の近付きを知らせ。

その頃になって漸く、俺の耳にも敵の存在が聞こえ始めた。



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017/初陣

気付いたら総合評価300超えてる……ありがとうございます。


 

「4。」

 

足の向きを左方向へ。

 

「3。」

 

指を向け、同時に右手に持つ長柄武器の持つ位置を調整。

 

「2。」

 

一歩大きく踏み込み、白よりも先行して動き出す。

それに一歩遅れて動くが、移動距離と身の熟しは俺よりも大きく鋭い。

 

「1。」

 

横顔が少しだけ見えて。

言霊を、口から発する。

 

「0。」

『吾の名に於いて命ず――――外皮は崩れ去る!』

 

分類:【月】。

呪法名:『削減の法』。

効果:対象の防御値の割合減少。

 

脳内で処理されるように流れる(或いは、俺の脳が()()()()()動作の記録(バトルログ)を横目に。

言霊を用いた呪法と、月光の下で舞う白刃と、溢れる鮮血の結果が映る。

 

奇襲成功(ファストアタック)

不定称名:子鬼は驚き竦んでいる(こうどうできない)

『朔』の呪法:削減の法。発動成功。対象の防御値が減少した。

『白』の術技:血飛沫月光。2回命中。不定称名:子鬼の首が飛んだ(クリティカルヒット)

――――戦闘終了。

 

()()()、と地に落ちる子鬼の首。

何が起こったか分からないままに意識を絶たれたその存在は。

次の瞬間には霊力と混ざりあい、姿を消した。

瘴気箱(ドロップ)は無し……其処まで求めるのが贅沢すぎるか。

 

「――――ふぅ。」

 

目が爛々と輝いていた。

それこそが式の……妖の本性であるかのように。

精気を、血液を啜る本能が目覚めるように。

白は手元と空の月光で、輝いて見えた。

 

「……よし。」

 

ただ、重要な一本の糸。

俺との契約であり、信用であり、信頼である。

大事な部分からは決して抜け出さない、という意思を強く感じた。

此方に戻ってくる白は周囲をもう一度見回し、少しだけ気を緩めたように見えた。

 

「何となく上手く行ったかの。」

「いや、上手く行き過ぎた。 先制も取れたし一撃で首も飛ばしただろ。」

 

そして、妖を前にして立ち向かえることも再度認識できた。

幽世の中でも、ある程度普通に動けることも分かった。

 

周囲の、霊力と混ざった瘴気を吸い上げ一息。

自分の中の何かが大きく広がるような、喉元や脚などが作り変えられていくような。

確実な成長性の切っ先を感じながら、霊力が消え去った後の瘴気を吸い上げ。

自身の霊力へと変換――――再度の呪法詠唱用に準備する。

 

「怪我……というより消耗は?」

「生命力を多少失った程度じゃな。 吾の認識としては然程大したモノではないが。」

 

そして戦闘処理後の状態確認。

即座に動く必要性もあるだろうが、偶発的な戦闘に備える準備も必要になる。

……だからこそ部隊の人数を増やし、負担を軽減する。

当たり前といえば当たり前で、そして最も効果的な手段だった。

 

「いや、大事を取る。」

 

持ち出すことを許された塗り薬の蓋を開ける。

霊力と瘴気を用いて物質化された、霊能力者用の治癒薬。

飲み込むタイプの薬もあるが向こうはやや高価で、そして効果も強い。

肌の何処かに塗れば染み渡り、根本から癒やす薬

…………一般に出回らないのも当たり前で、そして幽世だからこそ時間短縮に有用だった。

 

「手を出せ。」

 

ん、と突き出された手の甲にべったりと塗る。

直ぐに広がり、浸透しながら体内へと溶けていく。

ん、ともう一言。

内側が癒やされる際に発する熱からか、言葉が漏れていた。

傍から見れば五歳児ともう少し年上の少女の一幕。

微笑ましいように見えるかも知れないが、実際には命を懸けたやり取りの最中。

 

「大丈夫だな?」

「ああ。」

「もう一度言っておく。 少なくとも今日は、消耗したら必ず万全まで癒やすぞ。」

 

俺の霊力に関しては出来るかどうかは別として。

呪法を必ず唱えられる状態まで戻すのは確定だ。

ゲームで覚えた消耗状態(リソース)管理。

その根底は恐らく、()()()()()()()()()()()()だと思っている。

 

中盤、後半と移行するに連れて道具の効果も上がり価格も上がる。

それに装備も整える為に金銭が吐き出されるが、その分売却価格も高くなる。

最も辛いのは序盤、仲間が少なく金銭的にも少ない時。

立て直すのが極めて難しい時。

だからこそ、探索で最終的に消費が赤字に為ったとしても序盤は注ぎ込む

これは俺の決めていたことで、信念でもあった。

 

「……どうした?」

 

塗った手の表と裏を眺める彼女に声を掛ける。

不可思議なものを見たような、或いは感覚を確かめるような。

 

「いや、人の技術は進んだのか劣ったのか良く分からなくての。」

「どっちもだろ。」

 

特に呪法や術技、道具に関する知識は失伝しているものが幾つも有ると言われている。

ゲーム内では『道具を使用しないと覚えられない』能力などとして表現されていた。

……使い勝手の良し悪しはまあ当然あるけど。

それを敵としてでも知っている式は、そういう意味合いでも大きな存在。

 

「少なくとも、塗るだけで済むんだからそれに関しては進歩してると思うぞ。」

 

怪我した部位に貼らないと意味がない薬草湿布とかが西洋だと存在してたりするらしいし。

外傷や生命力を癒やす技術は日ノ本が優れている。

その代わり向こうは毒なんかのスリップダメージ、DoT系に優れていると聞く。

最上位DoT(スリップダメージ)付与アイテムは西洋から流れてきた魔女の手掛けた道具、って解説にあったなぁ。

 

「……そういうことにしておこう。」

「何がだ?」

「気にするな。 童には分からぬよ。」

 

……余計に気になる、と口にして。

行くぞ、と先導する白に従いながら。

いつかは聞き出してやろう、と決意していた。



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018/変化

 

元々、多少の戦闘は予定していた。

一戦、二戦。

道中での遭遇戦であり、玄室内に潜んでいた妖であり。

どうしても進む上で――――地図を作る上で戦わなければ行けない敵は存在した。

 

その度に白と話し合い、どう戦うか。

或いは相手の情報からの推測を重ねたが。

やはり本来の思考担当……呪法師とは違いが出てくる。

 

戦う場所であり、疲労であり、人数不足であり。

原因を突き詰めれば、幾らでも答えが湧いて出てきそうな事。

 

――――キィ!

――――キィキィ!

 

「…………っち、失敗したな。」

 

例えばそう。

一度奇襲で上手く行った子鬼相手、但し複数との戦闘で。

残した相手が白の横を擦り抜け俺へと突撃。

受け切りはしたものの、腕を裂かれて負傷を受けた今のような失敗は起こってしまう。

 

「ご主人!」

「大丈夫だ!」

 

後ろを振り向こうとした白へ声を上げ。

同時に、時間がゆっくりと進むように見え始める。

……右目の奥。

異常な程に冷めた自分が、第三者のように動作の記録(バトルログ)を眺めている錯覚を見る。

 

1行動目
>>『白』の『血飛沫月光』。二回命中。子鬼Aは倒れた。
>>『朔』の『劣火の法』。干渉成功。『子鬼B~D』の攻撃力が減少。
>>子鬼Cの攻撃。攻撃が2回命中。『朔』の生命力が8減少。
>>子鬼Bの攻撃。攻撃が1回命中。防御成功。『朔』の生命力が2減少。
>>子鬼Dの攻撃。攻撃が0回命中。
>>行動待機中...

 

『人間』:【朔】『飛縁魔』:【白】
生命力:【■■■■■■■   】生命力:【■■■■■■■■  】
霊 力:【■■■■■■    】霊 力:【■■■■■■■■■ 】
状態:【なし】状態:【なし】

 

以前と違った数値画面。

この幽世に潜ってから見え始めた行動記録と。

そして、()()()()()()()()()()()

本来の能力で見えるものとはまた違う。

戦闘を俯瞰する上で必要になる、誰かが策定したような数値的な整理。

 

あれを見ているのは俺自身だ、というのは強い確信。

ただ、悪さをするわけでもなく。

同時に干渉するわけでもなく。

ただ、()()()()()()()()()()とでも言いたそうな状況下。

 

(…………まさか、な。)

 

一つだけ、思い当たる理由が浮かんでしまった。

父上が言っていたことと、今の脳内と。

それらを合わせて、結びついた答え。

 

……ただ、深く考えるのは後で良い。

 

不思議と痛みは薄く、それでいて寒気もしない。

死とは当分縁が無さそうで。

()()()()()()()()()()()()()()()

だからこそ、攻めに転じることだって出来る。

 

「白! どれでも良いから一体倒してくれ!」

「ご主人は!?」

「俺も殴る! 二~三回の攻防で全部潰すぞ!」

 

幸運があった可能性は否めないが。

白の攻撃……術技で子鬼を倒せるのは間違いない。

もし生き延びたとしても、俺の追撃が合わされば確実に数を減らせる。

問題はそれらが全て終わるまでに生命力が尽きないか、という問題だが。

 

(――――考えてる余裕はないな。)

 

何にしろ、相手は必ず此方を襲う。

折角の餌だ。

倒れれば骨まで喰われ、幽世の瘴気の元に溶け込むだろう。

だから、考えるだけ無駄だ。

生き残ってから全力で治療を施せば良い。

 

「…………っ! 自分を大事にせえよ!?」

 

今言うべきことじゃないだろ。

少しだけ、笑う余裕さえ出来てきた。

 

(……このタイミングで、不利に落ち入れてよかったかもな。)

 

例えば強敵。

例えば幽世の主。

そういったものに対して初めて攻撃を受ける、なんて機会じゃなくて良かった。

 

まだ周囲を見回す余裕がある。

まだ死ぬまでに余裕がある。

まだ、生きる為に全力を費やせる。

 

両手に杖を持ち、大きく踏み出す。

 

――――キィ!

 

互いに意思の疎通を図っているのか、武器を持たない指を俺へと向ける。

それに向かい飛び出した白が、首元目掛けて剣戟を二回。

右と左、それぞれから微かに吹き出た血液。

そして、一瞬だけ遅れて同じ場所から血潮が虹を描く。

 

――――右に踏み出す。

 

杖を押し付けるように、前で踏み出しながらに突く。

右脇を持ち上げ回避し、そのにちゃりと笑う顔と。

吐く腐臭が鼻にまで漂ってきそうな相対距離。

 

――――思い切り右上へ持ち上げる。

 

がつん、と手先に鈍い振動。

位置からして、避け方からして。

逃げるには後ろに抜けるしか無い状態だからこそ、全力で振り上げることで右腕を折る。

泣き叫ぶような声色を耳にし。

 

――――そのまま引っ掛けるようにして一回転。

 

遠心力と、めり込み続ける杖が胴体を潰す。

骨が内部に作られているのかどうなのか。

手に当たる感覚はそれに近いけれど、その全てを叩き折るように。

そのまま壁へと叩き付け。

 

「……良し。」

 

がつん、と手元に来る痛み。

眼の前から襲い掛かる、残った一体。

ただ、それを受けるだけの余裕が今はあった。

 

不思議なことに。

先程攻撃を受けた時と、殆ど同じような流れにも関わらず。

 

2行動目
>>『白』の『血飛沫月光』。二回命中。子鬼Cは倒れた。
>>『朔』の『通常攻撃』。二回命中。子鬼Dの生命力が12減少。
>>子鬼Bの攻撃。攻撃が0回命中。
>>子鬼Dの攻撃。壁に叩き付けられている(こうどうふのう)
>>行動待機中...

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……ぽかん、とする視線が一つ。

 

終わった後で話でもしないとな、と。

更に一歩踏み出しながらに、心の片隅にメモを残した。



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019/瘴気箱

ヒロイン……ヒロインとは……?


 

玄室を埋めるのは、吹き出した血潮。

ただそれらも霊力と混ざり、少しずつ消滅し。

互いの吐く息だけが室内を占め始めている。

 

「……なぁ、ご主人よ。」

「ああ。」

 

何とか生き残った俺達は、負傷と疲労を癒やすために休憩中。

持ち込んだ塗り薬は半分以上が消失し、霊力を賦活させる飲み薬も幾つかが消え。

その結果は、確かに一つ深度が上昇したという確信と目の前の()()()()()()()()

ただ、白が聞いているのはこれに関してではないのは俺も承知済み。

 

「先程のは何だ?」

 

明らかに途中から変わった動き方。

本来取得していた『狩る者の眼差し』で見えるものではない、動作の記録。

それも俺自身が捉えられていた流れだけでなく、白の行動や白への行動を含む。

戦闘全てを流し見したような、数値化した記録(ログ)

 

「……何となく、こうじゃねーかな……っていうのは思い当たらなくもない。」

 

それらを見ることで、全てを読み切ったように動くことが出来た。

変な癖もなく、自然にやるべきことをやれたと確信できる。

そして指示出しまでもする余裕だってあった、あの状態。

 

「ただ、幽世に入ってからなんだ。 この奇妙なものを見るの。」

「奇妙な?」

 

「飛縁魔」と戦った時には見えなかった。

一年の大半を修練に費やしていた間も見なかった。

こうして幽世に入ってから初めて見ている。

 

()()()()()

 ……というよりは、何をしようとしてその結果どうなったか、だな。」

「……は?」

 

何に繋がっているのか。

何を見ているのか。

父上の言っていたことから察する、俺の考え。

 

()()()()()()()()()()()()()に繋がってると思ってる。

 多分、そう考えるのが一番納得できる。」

 

多分、あんな綺麗に動けたのは。

以前に誰かが入った時の理想の動きを模倣(トレース)している。

俺単独なら、もっと色々と戸惑って変な動きに為っていた筈だ。

自分自身が今出来る最高の形を、誰かが教えてくれたような動き方。

 

「待て待て待て待て待て! お主、何言ってるか分かっておるのか!?」

 

当然のように叫ぶ白。

 

「分かってる。 明らかに異常ってことくらいはな。」

 

そして、俺もこう返すしか無い。

幽世に繋がる人間――――つまり、()()()()()()()()()()()()

 

父上が言っていたこと。

堕ち人……人の血潮に酔い、妖側に堕ちる人間。

それをそのまま読み取るなら唯の怪物。

ただ、少しでも見方を変えてしまえば。

幽世の中で、霊力を求めて人を襲う怪物。

 

『月』に親しい一族。

妖に近い一族。

其処から繋がるのは、この回答。

 

だから、恐らく。

あの時に見た『俺』は。

瘴気に全身を繋げた何処かの『俺』だ。

終わってしまって、堕ち切った『俺』だ。

 

「とは言え、今は目にしか影響はない。

 だから、強い影響を受けるようなことでもないと思う。」

「そうではない! そうではないだろう!?」

 

肩を捕まれ、揺さぶられる。

その目は妖と言うよりは人に近く。

強い感情を見せていた。

 

「お主は一人で何処に行く気なんじゃ!?」

 

()()()()()()()()()()()

その不安は、その未来は俺自身が見ていた。

――――だからこそ、白に言っておかなければならない。

 

「何処にも行かない、と言い切れれば良いんだけどな。

 ……多分だが、見るための条件は幽世に潜るだけじゃない。」

 

幽世は現世と違って区切られた場所。

だから見えている、といえば間違いはない。

ただ、それだけではない。

 

「……なら、何じゃ。

 このまま見続けるつもりならお主監禁するからな?」

 

普通に怖いことを口にする、目の前の()

その始まりの時点で見えていたことと見えていなかったこと。

其処から、ふと思考が広がる。

 

現世に漏れ出す妖。

大気中に漂う瘴気。

それらが指し示すように、()()()()()()()()()()()()も存在する。

 

ゲームでもそうだった。

幽世が崩壊し、溢れ出して同化した時であったり。

物語上の強敵(シナリオボス)と戦う時であったり。

現象自体は曖昧で、それを知る人が少なすぎると言うだけで。

存在する以上、そこで見えるかどうかは判断基準になる。

 

明確になっていないそれ。

恐らく。

それを導き出さなければ俺は堕ちる。

これは、確信だった。

 

「なぁ、白。」

「何じゃ。」

 

眼の前で、拗ねたような口調を続ける彼女に語りかける。

瘴気箱が未だに其処に残っていて、何だか少しおかしくなりつつ。

こんな場所でする会話ではない、と改めて気付かされながら。

 

「俺さ、霊能力者として当面の目標も何も考えてなかったんだわ。」

「そんなことはなかろう。

 言ったではないか、『平穏に暮らす』という大言壮語を。」

 

最終的な形だけは思い描きながら。

その道中どうしたいのか、という形を。

平穏に暮らす上で、障害が一つ生まれてしまったというだけ。

なら、どうするか。

 

「だから、先ずは条件を確定したい。

 その為に、必要な場所を巡ることにする。」

「それは……つまり、日ノ本中を旅すると?」

「そんなところかね。」

 

この世界でそれがどれだけ難しいか知りながら。

 

「勿論、成長して一人前になってからだけどな。」

「当たり前じゃ。

 さっき言った言葉の返事聞いておらんぞ。」

 

さっきの……ああ、俺一人でってやつか。

 

「はっきり答えよ。

 ()()()()()()()()()()()()()()か?」

「約束しただろうが。」

「忘れるなよ? 忘れたらお主喰うからな?」

 

……それは、流石に冗談にならないなぁ。

 

「取り敢えず瘴気箱開けようぜ。

 金銭的にマイナス割ってるからな、今回。」

「ごまかされんからな?」

 

……駄目かぁ。



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020/開錠

 

何とか宥め賺して、そして白からの()()()()()()()を受け入れて。

そして、俺自身の秘密を明かすことになって。

今日の晩には、今まで伏せていたもう一人の俺について。

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を付けられて。

 

瘴気箱が消え始めようかと心配になる頃、漸くそれは開かれ始めた。

 

「で、ご主人。 解錠に当って基準はあるか?」

「基準……なぁ。」

 

基本的に中に霊能力者が残っている限り、玄室の中に妖は再生成されない。

再生成という言葉が正しいのかは一旦置いておくにして。

その場で足踏みを続けたとしても無限に戦える訳ではないのだ。

戦いたいのなら一定以上の時間を空けるか、幽世と現世を出入りすること。

但し後者にもデメリットは有る――――というのは今は余計か。

 

「時間は幾らでも掛けていいし……罠の種類次第?」

「なんとも曖昧じゃのう。」

「最後は白頼りになっちゃうしな。」

 

瘴気で閉じられた箱。

中を開ければ霊力と結び付き何かしらを生み出すが、当然それ自体は人の敵。

つまり無防備に開けようとすれば物質化した罠として悪意を剥く。

 

例えばそれは負傷と同時に内部を蝕む毒であったり。

神経系を冒し、まともに術技が使えない状態に落とす神経系の毒(スタン)であったり。

或いは幽世内の妖を呼び寄せる何らかの匂いを漂わせたり。

幽世内の何処かに飛ばされる空間転移であったり。

 

ただ、俗に言う『壁の中』という現象は発生し得ない。

その存在が持つ霊力と瘴気が反発し、埋め込まれそうになれば最も近くの通路に飛ぶ。

ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

難易度(のうど)が高い幽世でなければ発生しないから心に留めておく程度でいいとして。

 

「ただ、此処で見つかる罠は多分『針』とか『毒噴射』とかの比較的対処が楽な罠だと思う。

 それ以上のモノに見えたら一旦控えておく……でどうだ?」

「分かった。 こればかりは吾も初めてじゃからのう。」

 

そして罠の解錠も特殊な能力。

瘴気という曖昧な状態に対し指先から微量な霊力を放出。

()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()、という手順がいる。

 

口にするだけならミニゲームのような雰囲気を漂わせるが。

それぞれの担当区分が変わってくる、というのが厄介なところ。

先ず求められるのが幽世内の濃度と深度の差(推奨レベルとの差)

それに加え罠の特定には『呪』の霊能力が、解錠には『速』の霊能力が必要になる。

つまり、今回の場合確率は良くて7割……を見積もれば良い方か。

 

がちゃりがちゃりとやる横で。

何かあった場合に直ぐ対応できるよう道具を整理する。

塗り薬、解毒の丸薬、そしてできれば飲みたくない薬包。

使う機会が無ければ良いのだが、と思いながらも今の内に地図を覗いておく。

 

地図上、現在埋まったのは紙面の4割程度。

但し目標方向へは7割程度埋まりつつ有る。

油断するにはまだまだ早いが、このまま進めばじきに出口が見え始めるはずだ。

……問題は、宿が取れるかどうかとかの方なんだけれども。

 

「ご主人よ。」

 

そうしている中。

視界の片隅で首を捻る白からの要請。

 

「どうした?」

「恐らく『針』だとは思うのじゃが……念の為にお主も確認してくれるか?」

「分かった。」

 

この辺り、真面目に対応できる人物がいないと辛いな……。

それぞれがそれぞれの理解で考えてしまうから、推測できる罠の種類も違って見える。

ある程度呪法火力役(マジックディーラー)一人に任せて、サブでもう一人。

意見が合致すれば理想だし、そうでなくてもメインの考えに従う。

早めにこの体制に移行したいところだ。

 

「どれどれ…………あー……。」

 

手元の箱を覗き込む。

指先では微かに物質化した罠の先が見え。

小さく丸い、金属で出来た穴……というよりは筒が此方を向いている。

 

「俺も『針』に見えるな……。 『毒噴射』はもう少し広範囲に広がる印象だ。」

「なら認識は同じでいいな?」

「だな。 少し後ろに下がっておく。」

 

被害を拡大させないため、という言い分が成り立ってしまうのは少し嫌だが。

実際失敗した時に式だけが負傷するのと俺も纏めてだと受ける被害が二倍。

後半の『転移』が混じり出すまではこれで良いはずだ。 多分。

 

少しの間、指先を手繰るような動作。

かちゃり、というこの世界では珍しい何かが外れる軽い音。

 

「上手く行ったぞ。 中身は先に見ても良いか?」

「まだ俺じゃ鑑定出来るか怪しいしな。 見ちゃってくれ。」

 

『渉』は呪法の干渉効果増加と合わせて、道具の鑑定成功率にも影響する。

つまり将来的には道具の鑑定役は俺になるわけだが……呪いの武具とかもあるからな。

やっぱり呪法担当後二人が早く欲しい。

 

白の肩越しに箱の中身を見る。

ただそれも少し難儀しながら。

 

……今の俺で分かるのが一つ二つ。

先程まで使っていたのと同じ塗り薬……を模倣したモノに煙玉か。

後は布鎧に刃物が二本。

……この刃物の片方、ちゃんと見えないが何らかの追加効果(エンチャント)が付いてるな。

この段階なら比較的当たりの部類。

白用に引き取るかもしれんな。

 

「……これでどれくらいで売れるんじゃ?」

「二~三泊は出来るくらいだと思うぞ。」

 

鑑定代で多少持っていかれるだろうし。

仲卸のがめつさにも依るが、其処は父上の紹介がある。

()()()良心的な店を教えて貰ったし其処に向かえば良い。

 

「後はお前が落ち着いたら動くからな。 良くなったら言ってくれ。」

「う、うむ。」

 

……自分の手と白との身長差を見て思う。

ああ、早く元服といえる年齢(15歳)になりたい。



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021/出口

 

背に負った荷物からはがちゃり、と金属音。

幾つかが触れ、同時に立てる音。

一度背負い直し、肩の位置などを調整する。

 

(子供向けの背負袋なんてねーもんな……。)

 

大人向けの大きいモノを無理やり縮める為に縫い合わせた。

だいぶ不格好で、そしてバランスも悪い。

本来こういうのは自分を合わせるか、自分専用にするかだけど。

……もう少ししたら自分専用も作りたいもんだ。

 

「白、ちょっと待て。」

「ああ。」

 

更に幾つかの戦い。

玄室を更に超えたことで荷物はもう少し増え。

減った道具と釣り合うかやや重いくらいの量へと変わっていた。

ただ、見えている光景はあの劣勢の時のまま。

行動の結果が数値で映り。

動き方だけは普段の俺のまま。

……これでいい、と漠然と思ったままの戦いだった。

 

そして、目指していた曲がり角らしき先を目視で発見。

地図を書いていた紙の切れ端を確認。

 

ちゃんとした真白い紙や皮紙に類するものはそれだけ高くなる。

父上から分けて貰った、宝箱から出てきた物品を覆っていたらしい紙で十分。

書くのは筆だからかなり最初は手こずったけども。

 

「……ええと、此処から登ってきて……磁石も目の前が北だから、と。」

「どうじゃ?」

「合ってる。 其処を曲がれば出口方向だな。」

 

やっと出口まで辿り着いた。

ゲームでも一人称と俯瞰と、難易度次第で選べたりもしたが。

一人称が好きでやってた俺でも、負担や緊張感が全然違った。

やっぱり自分なのか写身なのかってはかなり大きかったな。

 

「敵は?」

「おらんな。 恐らくさっきの通路でやり過ごしたのが巡回だったのじゃろ。」

「ああ……。」

 

あの金属鎧音を立てていた妖な。

錆びたような音もしてたから、霊能力者の遺骸から剥ぎ取りでもしたのか。

何にしろ会いたくない相手だったから助かった。

 

「なら早く抜けるか。 ただ、お前も良く分かってると思うが……。」

「ああ、()()()のことだな。

 寧ろ、それは経験していないご主人が言われる側だろうに。」

「ぐっ……。」

 

確かに知識だけの俺よりも経験者が言うべき言葉だった。

 

……幽世の中と外で流れる時間が違うのと同じように。

濃密な瘴気の空間から薄い所に急に向かうと、体を蝕む症状が発生する。

それを避けるには幽世から出た直後、出口付近での休息。

そして最低で12刻(24時間)の間は幽世に踏み込まないことが必要になる。

 

設定によると、これは人でも妖でも同様に発生する現象らしい。

なので、()()()()()()()()()()()()()()が急に街を襲ったりしない要因の一つ。

そして、霊能力者達が付近に拠点を築くのも同じ要因から。

 

街側に出たところで、小さな集落が有るというのは聞いている。

内部で拾った武具を一つでも渡せば休ませて貰える筈だから今日はそこで一泊。

明日は街で仕入れて明後日に再度突入という予定。

 

「ところでだな、知っていたら教えて欲しいんじゃが。」

「ん? 俺に?」

()()()()はありそうじゃからなぁ。」

 

余計な一言付けるんじゃねえよ、と思う余裕。

後暫く進むだけ。

緊張しながらもリラックスしている。

精神状態としてはかなり理想な状態にあると思う。

 

「街で仕入れるのは塩や幾つかの物品というのは分かる。」

「集落や里じゃどうしようもないもんなー。」

 

海が近いとか岩塩が取れるとか。

そういったある種理想的な場所に住めるかどうかはやはり運。

瘴気に依って変動した土地で取れる素材がそう変わってくれればいいが。

里で確実に確保できるものと言えば果実や茸、後は野生動物の肉魚に水か。

最も大事な塩が取れないのが致命的過ぎる。

 

「では、塗り薬なども街で仕入れる理由があるのか?

 集落のほうが色々と便利じゃろ?」

「ああ……その根本的なとこか。」

 

人に関わってないと分からんよなぁ。

とは言っても、俺もこの世界で気付いてから白と父上しか会ってないが。

 

「幾つか理由はあるが、先ず大きいのは買う霊能力者の数の差だな。」

 

それに付け加えるように説明を続ける。

 

「言った通り、集落は出入り口付近に必ずある。

 大きさは場所次第だし、不定期に湧いたタイプだと別だけどな。

 ただ、あちこちに存在する幽世に行くならその中央にあったほうが便()()だろ?」

 

無論、街の住人たちからどう見られるかという不安は残る。

同類だけが集まった場所なら、そういった目線からは逃れられる。

その上で、何を優先するかというだけの話。

 

「それに素材の問題も有るからなぁ……。」

「素材?」

「当然だが、その場所だけじゃ手に入らない場合もあるんだよ。

 幾つかの幽世を探索して素材を集めるとかでも中央のほうが便利だ。」

 

以上、理由の説明完了。

なので俺達が行く仲介は街にあるし、道具を手に入れるのも街。

ただ、場所しか教えて貰ってないんだよな。

『ちゃんと見てこい』としか聞いてないからどんな店なのか。

 

「で、それを作るにしろ能力がいると。」

「必要なのは主に手先の器用さとか知識、後は霊力の扱い方か?

 だから『速』『霊』『呪』だな。」

 

通称錬金術師構築。

道具を使って相手を爆殺したりする金で殴る構築。

 

「…………毎度思うが。」

「なんだよ。」

「吾以外にそのような知識広めるでないぞ?」

 

当たり前だろ、という目で見れば。

どうだか、という目で見返された。

 

……言い返して、勝てるか怪しくて。

その場では、言葉を抑えてしまった。

 

「……ダメダメじゃなぁ。」

 

段々口悪くなってないか、白。



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022/『集落』

 

ん、と突き出された腕。

もう片方の腕はなく、けれどその眼光は鳥類のように鋭い。

そして何より、漂う圧力。

少なくとも、俺達よりも遥かに上。

 

「……どうぞ。」

 

けれど、震えなどを見せればその時点で食い物にされる。

幽世の中で見つけた武具、そしてその中で余り価値の高く無さそうな一本の短剣を手渡す。

金銭の代わり。

何より分かりやすい代替基準。

()()()()()()()()()()()()()()()()()、という腕前の提示。

 

「……確かに。 右奥の仮設を使え。」

 

顎で示されたのは幾つか有るテントのような、皮で覆われたゲルのような一室。

詰めれば普通に数人以上で寝ることは出来るだろう。

一礼をし、その途中で此方まで脚を伸ばしていたらしい商人から食事を二人前購入。

また一本を失い、皿に注がれた米と何かのスープを受け取り足を伸ばす。

 

「……。」

 

その途中、白は一言も発しない。

幾つかの視線が向けられており、下手な動きをすれば狙われると分かっているからか。

……未だに、俺達はこの場所で最弱だから。

こうして密かに動くしか無い。

 

一室の中に入り、荷物を降ろし。

入り口を杭で打って止め、他から入られないように固定。

そうして漸く息を吐く。

 

「……あー、やっと休める……。」

 

外に出られてから歩いて四半刻(30分)程。

幽世よりは安全と気が緩んでいるところで浴びたあの圧力。

その差で余計に疲れた気がする。

 

……ざっと見た限りで数人の姿。

誰もが此処で生活しているわけではなく、ほぼ全員が稼ぎに来たような形だろう。

誰とも中で遭遇しなかったのは、運が良かったか。

或いは恐らく別の階層(レイヤー)だったからだと思う。

 

俺の記憶が正しければ、『巡る参道、参る神道』は全部で5階層。

始まりの幽世(ダンジョン)でありながら、後半にもう一度来る用事が生まれる場所。

一番表面の――――現世と繋がっている場所と。

一枚捲った二階層以降では難易度が最序盤と中盤以降と明らかな差が生まれる。

だからこそ、此処でずっと修行してるわけにも行かない……のが厄介なんだよな。

 

「ぁ~~~~。」

 

()()()、と荷物を投げ出し身を投げ出し。

恐らく休む為だろう、用意された筵と藁の上に身を投げだした白。

若干ではあるが震えが見えた。

それだけ緊張……いや、何方かと言うなら警戒か。

身を守るために気を張っていたのが開放され、普段とは違う態度になっている。

 

「……あのなぁ。 気持ちは分かるけどな。」

 

流石に嗜める。

外見だけは美少女なんだし。

それに折角の呉服が皺だらけになるぞ。

……いや、妖/式だから瘴気か霊力かを注ぎ込めば元には戻るけど。

一応女性らしく下の肌まである種族なのに。

 

「吾死ぬかと思ったぞ!? あの目線とかな!?」

「まあ分かるけどさぁ。」

 

その体勢で食って掛かるのはやめろ。

せめて起き上がって話してくれ。

 

「式として常に行使し続けるのが珍しいってのも分かるだろ?」

 

幾ら『月』の能力として存在しているとは言え、妖は霊能力者としての敵。

だからこそ、そもそもの話。

その場その場で使ったり、或いは使い捨てたりという「道具」として行使するなら兎も角。

俺のように純粋に相棒として使う人間が街中に降りていくのは極めて珍しい。

純粋に人として誤魔化せる……『変化』が可能とかでもないのなら。

羽根が隠せない彼女は、一見ただの幽世から抜け出した危険生物と思われる。

 

「色々言いたいことしか無いんじゃが……。」

「特にこういう場所だと気を張るだろうからな、あの管理者とかは。」

 

治癒が間に合わず、幽世に潜れず。

けれど街に溶け込むことさえ出来なくなった能力者が行き着いた果て。

以前よりも弱くなったそれでも、鎧袖一触出来る程の幽世周りの管理。

勿論錆びつかない程度に潜り、腕前は安定させているんだろう。

だからこそのあの圧力であり、目付き。

 

「まあとやかく言うつもりはあまり無い。」

(めっちゃ言ってただろ今……!)

 

ぐちぐちと呟くこと数分。

それを聞き流しつつ、周りに聞こえていないことを祈りつつ。

空腹なことに気付いたのか、目の前に置いていた食事に手を伸ばした。

……勝手に俺だけ食い始めていたら、また文句言ってただろうから黙っておく。

 

「それよりじゃ、ご主人。

 約束したんじゃから分かっとるよな?」

「食いながらする話じゃねーだろ……。 後じゃ駄目なのか腹ペコ。」

 

此方も手を合わせて、口に入れようとした瞬間にそんな言葉。

流石にタイミングが悪すぎたのもあり、()()()()()()

あ、やっべと思ったが間に合わない。

 

「ほぉう? ()()食事を終えた後に気不味い話を持ち出すのは良くないだろうと。

 ()()気を使ってやったのにか?」

 

まだ諸々の溜まった気持ちが発散しきれてない状態だったか。

迂闊だった。

 

笑顔で圧が増した。

手に持つ食器が少しだけミシミシと鳴っている。

……ミスったなぁ。

 

「吾は今話をすることにする。 疾く答えよ、ご主人。」

 

折角、飯を食った後寝る前にでもするもんだと思ってたのに。

どうせ寝床に潜り込んでくるんだから、そこでこっそり話が出来ると思ってたのに。

俺のミスで全部駄目……仕方ない。 俺が言ったことだもんな。

深く溜息を吐いて。

 

「多分不味い飯になるけど覚悟しろよ?」

「安心せよ。 今より不味い飯になることはない故にな。」

 

ニコニコとした笑顔を継続している。

一切崩さない。

……いや、本気で怒ってるじゃねーか。



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023/共有

 

「ふぅむ……。」

 

本来は話すつもりもなかった、俺の事情。

色々な出来事や謎が積み重なり、結局は明かすことになったけれど。

これはこれで良かったのかもしれない……特に、白相手には。

 

「そんな事が有り得るのか?」

 

話始めの時の本気の怒りは何処かに行っていた。

話す毎に表情が変わり、食事も段々と冷め。

結局冷え切ったことで不味さの方が際立つ汁物と化してしまい。

眉の辺りを多少反応させながらの食事を取りながらの会話。

 

「俺としては起こった、としか言えないな。」

「……狐憑きか何かかと疑ったぞ。」

 

……ああ、確かにそう言われればそうだな。

()()()宿()()()、って意味合いでは狐憑きとか犬神憑きに近い。

差があるとすれば、それらだったら俺は獣側だってことだが。

 

「ただまあ、納得した。

 納得はできぬが、納得しなければならないことは分かった。」

「良かった。 全部跳ね除けられれば言い返す手段無いしな。」

 

そう安心した顔を向ければ、返るのは苦笑。

 

「その年頃でその口調。

 当初は父上殿か誰かでも真似ているのかとは思っておったよ。」

「そんな事言われてもなぁ……。」

「だが、それにしては知識の深みが異常じゃ。

 じゃから、いつかは聞こうと思っておったが……これだけ早くなるとはの。」

 

口調、知識、そして態度。

どれもが()()にしすぎた。

以前の俺と、今の俺。

それらが混ざりあったからこそ感じた違和感。

 

()()()()、で申し訳ないがの。

 ご主人はあの里で、父上と二人で暮らしておって良かったと思うぞ。」

「…………それは、何となく思う。」

 

もし街で生まれていたら。

或いは、小説のように赤ん坊の頃から記憶があればまた別かもしれない。

()()()()()()()()のと()()()()()()()()()()()

大した差ではないと思われがちだが、見るものが見れば気付く範疇なのだから。

 

「恐らく気付いている上でああやって受け入れてくれたんじゃろうからな。」

「……直接は言わないけど、感謝はしてる。」

 

ゲームの頃と、今の現実。

その差異は多少でも、実際に自分の身に置き換えれば大きい。

もっと幼い頃に問うたらしい、母親に関して。

それ自体の真偽も最早分からない。

今分かるのは、こうして生きていること。

夢ではなく、今が現実であること。

 

「さて。 重い話は終わりにするか。」

 

ぱん、と一度柏手を打つ白。

 

いつの間にか皿の中の食事は消え。

細々と話しているだけになっていた。

 

「そうだな……いつまでも引きずっても仕方ない。」

「だが、聞けて良かった。

 ご主人。今後暫く、何かの知識を口にする際は吾からのモノとせよ。」

 

それは、忠告というよりは親切に近い言葉。

俺自身の言葉でなく、妖からの言葉とする理由。

 

「あー……それなら()()疑われる事は先ず無いからか?」

 

妖からの知識。

もう少し正確に言い直すなら、年上からの助言。

式を持つからこそ手に入る別視点からの意見であり。

故に、最悪は式に誑かされていると判断されるだけで済むと。

白はそう言っている。

 

「少なくともその齢では関心を引くだけでなく、忌避される。

 吾はこの通り、身を隠せんからな。 言うだけタダじゃ。」

「って言ってもな……。」

 

飛縁魔である証とも言える、背中の羽根。

其処以外は普通の(普通と纏めていいかは不明として)美少女。

だが、服の上から見えているように隠すのは難しい。

だからいっそ利用してしまうつもりで提案をしている。

 

「心配してくれるのか?」

「当たり前だろ。」

 

何を当然のこと言ってるんだ。

そうはっきり言えば、少しだけ目を泳がせて視線を逸らした。

奇妙な行動に、自分でも良く分からない衝動が沸き起こり。

互いに少しだけ沈黙。

 

「ま、まあ、そうだな……。情報を広めるつもりもないし。

 何か疑われたら、でいいな?」

「う、うむ。」

 

この奇妙な沈黙に耐えきれず、この話を一度切り上げる。

近隣の川で汲んできた清水(きよみず)で喉を潤す。

そうして少しだけ落ち着いた状態で、もう一度目線を合わせた。

 

「さて、どうする? 寝るかや?」

「いや、眠気が吹っ飛んだ。 明日の予定についてもう少し詰めよう。」

「分かった。 ……とは言うても、幽世の中で話した内容と代わりないよな?」

 

ああ、と頷く。

 

「ただ、街までは結構歩くことになると思う。

 近い、と聞いてた集落まででも四半刻掛かったし……半日は見積もるべきかな。」

 

この場合の半日は早朝、日が出る前から頂点に登るくらいまでを指す。

明かりという概念が薄い俺達の場合はこのほうが意思疎通がしやすかった。

実際の時間で言えば三刻から四刻を見積もれば大体合ってると思う。

 

「どうしても歩幅の差もあるからな。」

「途中途中で休憩は挟むとしても歩き詰めになる。まあ慣れてるとは思うが。」

 

向かう先は今いるこの集落――――山の中合い辺りから麓まで降りて更に道に沿った先。

山の上り下りは散々やってきてるから、疲労とかにも慣れているが。

平坦な道に関してはなんとも言い難い。

 

「なぁに、いつまでに戻ると言うても一日二日ならば遅れも有る。

 ある程度ゆるゆると進めば良いのよ。」

 

からから、と笑う彼女に笑いを返した。

 

……それもそうだな。

現状、時間に其処まで縛られるわけでもない。

ヒロイン達のイベントの前兆も見えず、不幸な結末に巻き込まれる恐れは多分低い。

目標を一つ一つ達成していけばいいだけだ。

 

「安心したら眠くなってきた。」

「そうかそうか。 ならば眠るか。」

 

……当然のように、同じ寝床に潜り込まれて。

いい加減慣れてきたけど、慣れてはいけないような気がして。

どうするべきなんだろうと考えている間に――――意識を手放していた。



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024/街

 

『はいはい、いらっしゃい! 北から届いたばかりの魚が安いよ!』

『奥さん奥さん! この水分たっぷりの白根どうだい!』

 

あちこちから響く客引きの声。

今世で初めて見る人、人、人。

行き来する流れはこの背丈では圧倒されるばかり。

 

「おぉ…………!」

 

それに圧倒され、立ち尽くす白。

その隣で手を掴み、流されないように見守る俺。

一見すれば俺が彼女に護られているようで。

正しく見れば、危険ではない証明として手を握っているという逆転状態。

 

「これがお主等が言っておった街とやらか!?」

「そう。 確か……『北麗(ほくれい)』とか言ったかな。」

 

北麗。

位置としては東都……元の世界で言う東京の北西辺り。

関東平野一帯の中で上野国と下野国の間辺りに属する。

山々が周囲を覆う中、その合間に作られたこの街は。

当然の如く、更に北や西等とも繋がる大きな血管とも言える。

 

……そしてその分、確立された固定の幽世が幾つも有り。

不定期に発生する物も周囲のあちこちに発生するが故。

能力者達にとっても大きな拠点の一角と成っている、そんな街。

 

「……んん?」

 

人並みに流されないように道端へと彼女を引っ張っていく。

その途中。

くいくい、と手を引かれる。

 

「どうかしたのか?」

 

叫び声などで、普通にしていては全く聞こえない。

だから顔を近づけて、耳元で話してもらう。

 

「いやな、ご主人。

 見られる視線が何だか……こう、()()のような感じがしないか?」

「んん……?」

 

はっきり目を合わせないように。

飽く迄子供の取る行動のように、建物を眺めるように人を見る。

その中で感じるのは。

 

「……確かにそんな感じだな。」

 

隠そうともしない、珍しいものを見ているといった視線

 

「ひょっとすると……。」

「何だ、分かるのか?」

「勘に近いが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、じゃないか?」

 

だからこそだろうか。

予想していたよりも人々の見る視線は優しく。

けれども自分達とは違うと……はっきりと区別しているような感覚を受けた。

 

「……おお。 成程のぉ。」

「納得出来たのか?」

「ああ。 集落で感じておったモノとは違い過ぎて気になってたのでな。」

「それは重畳。 ただ分かってるとは思うが、個別で動こうとするなよ?」

 

物珍しい、で済んでいると言っても裏を見れば恐ろしい内容は幾つも有る。

誘拐からの奴隷としての売却。

何かあった時の責任転嫁。

ざっと浮かぶだけでもこれだけ有る。

 

……特に弱い間はそうやって責任を押し付けられて借金、からの遊郭送りコースとか。

見目麗しい、というのはそれだけで利点であり。

同時に不利益にもなるってのを嫌って程教えてくる街でもある。

村娘ヒロインがその流れで遊郭に連れて行かれて永久離脱からのバッドエンドとか放心したし。

 

「分かっておる分かっておる。 ご主人から離れなければ良いのだろう?」

 

くすくす、と笑う声は御機嫌な証拠。

不機嫌よりは全然良いし、寧ろ今のほうが好きだし。

人を誂うような態度と、従順さと。

その辺りをこの外見でやってくるから此奴はズルいんだ。

 

「じゃ、まずは仲買のとこ行くか。」

 

勿論そんな内心を感じ取られないように注意して。

少しだけ冷たい体温を感じながら、腕を引いて進んでいく。

横に並ぶか、或いは少しだけ後ろか。

そんな位置関係を変えるつもりは無いようだった。

 

(……えーと、此処の塩は小壺一つで200(ごう)ね。)

 

通っている場所が恐らく自由市……フリーマーケットに近い通りだからだろう。

色々な商品が並べられ、中には大きな店が路上販売を行っている場所も見える。

その中で今回の目的の値段だけを確認していく。

 

(ごう)

()()()()()()()()、という一種のブラックジョークを込めて付けられた金銭単位。

説明書によれば大体元の世界で言う10円が1業に当たるらしい。

そして比較的食事は安く、住居や嗜好品が高いのはどの世界も同じ。

とは言え、場所に応じて金銭価格が変わるのもまた当然で。

 

(もう少し海に近ければ塩も安いんだろうが……。)

 

海に行くには西か東か。

十日前後掛ければ移動できる場所に海沿いの大きな街があったはずだから其処からの輸入だろう。

特に西は西洋からの輸入品を取り扱う港がある場所だ。

金に余裕が出来れば一度は足を運んで色々と仕入れたいところ。

 

「おーい、其処の嬢ちゃん坊っちゃん!」

 

そんな声を途中で幾つか掛けられて。

品物を覗いては断ってその場を立ち去り。

街中を歩くだけでもそこそこ時間を費やした後。

 

「やっと見つけた……此処か。」

 

疲弊した脚を引きずってやってきた場所。

『質屋やって(ます)』とだけ書かれた、一見普通の民家のような店。

此処が武器なんかを買い取ってくれる父上の紹介してくれた仲買。

 

「……何だか、想定していた外見と違うの。」

「ま、考えるだけ無駄だろ。 行くぞ。」

 

見上げ、視線を降ろし。

ぼそりと呟いた言葉に深く同意しながら、扉へと手を掛け。

開けようとした時――――内側からも誰かが戸を開けて。

 

「ん?」

「きゃっ。」

 

足元に躓いたのか、前傾姿勢。

避けるのも不味いと、胸元にぽすりと。

抱き抱えるような形で、受け止める羽目になった。



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025/仲買

 

受け止めたのは、俺の今の身長からみても同じくらい。

一番最初に目に入ってくるのは長い長い、陽に透けるような蒼い髪。

恐らくは切っていないのだろう、年齢は伺えないが相当に長く。

既に背中の中程から腰程まで伸ばしたままの姿。

右手には小さな袋、腰には頑丈そうな……木箱のようなものが目に入る。

黒いマントのようなものを身に着け、何処となく内向的な雰囲気。

 

「はぶ。」

 

ちょっとだけ面白い口調を漏らす。

聞こえる声は小さく、けれど何処か(りん)とした声色。

受け止めた時の感触が柔らかく、鍛えているようではなく。

何となく男ではなく女なんだろうな、と。

顔を持ち上げ――――朱い眼差しを受けるまでそんな事を思っていた。

 

「大丈夫?」

 

何かで見たようなその顔が、脳裏に引っ掛かったまま。

口調は出来る限り子供らしく装った。

ただ、その状況は傍から見れば彼女を胸で抱き抱えているモノ。

自分がどうしてそうなっているのか、気付くのに何秒か遅れたように。

その目にも負けないくらいに、真っ赤に顔を変えていく。

 

「あ、わ、わ……。」

「はい落ち着いて。 転びそうになったから支えただけ。 分かる?」

 

叫びそう……というよりは直ぐにでも駆け出していきそうな雰囲気。

落ち着かせようと、改めて現状を口にして。

感情的にも、動作的にも咄嗟の行動を防ごうとする。

特に人混みだらけのこの街で、下手に走ればトラブルに巻き込まれるだろうし。

 

「……なぁにしとるんじゃご主人。」

「何って見れば分かるだろ。 転びそうになったから助けた(?)だけ。」

 

呆れた声。 顔はどうにも見えない。

 

いや、本当なら腕を押さえるとか出来れば良かったけど。

ただ位置関係と流れから、それをするのはどうにも難しく。

更に言えば腕を掴んでいたら()()()()()()()()()()()()()()

それだけ細くも見える外観を有する相手。

ひょっとすれば、マントの内側は全然違っているのかもしれないけれど。

 

「は、は、ふぅ。 ……だ、大丈夫、です。」

 

本当に大丈夫か疑わしい声で。

けれど、少しだけ見える顔色は朱から白へと戻っていく。

本当に大丈夫かな、と思いながらに。

近場の柱を支えに自分の体勢を整えて、一礼。

 

「ご、ご迷惑……お掛け、しました。 助けてくれて、その……有難う、ございました。」

 

単語単語を区切る癖でもあるのか。

或いはどうにも()()()()()()()()()()()()()ような。

ぺこり、ともう一度頭を下げ。

その場を去っていく背中を見送りながら、ポツリと零す。

 

西洋人形(アンティーク)みたいな子だったな……。」

 

時折流れてくる西洋の出来物。

幽世の中で何故か見つかり、それなりの高値で売れる『換金品』と呼ばれる部類の道具。

そんなモノを思い出す程に細く、雰囲気もそれに似ている。

西洋の血でも流れているのか、或いは当人自体がそうなのか。

少なくとも、俺が知るヒロイン候補の中では見ない顔。

西洋系だと……固有の修道女(シスター)貴族(ノーブル)系の汎用キャラくらいだったしなぁ。

 

「……どうした? 惚れでもしたか?」

 

声は飽く迄平坦で。

ただ、受け答えに失敗すればなんだか機嫌を損ねそうな。

そんな不穏感を感じさせる空気を滲ませている白。

 

「しないよ。 ただ、目線が引っ張られる子ではあったなぁって。」

 

公言する気もないし、堂々と言えることでもないが。

どうにも性分的に一目惚れというのが苦手だったりする。

それなりに長く付き合っていくことで内面を知って……みたいなのが夢。

その点、あのゲームの恋愛の進み方は本当に好きだった。

このご時世、そんな事を言ってられる余裕なんて余り無いんだけど。

 

「むむむ……。」

「?」

 

何かを言いたそうな、それでいて言っては不味そうな。

ある種芸術的に、そんな感情が混ざった顔を浮かべていて首を捻る。

まあ、深く問うのはやめておく。

 

「取り敢えず中入るか。 このままも不味そうだし。」

 

気付けば扉は開いたまま。

本来先程の彼女が閉めるつもりだったのかもしれないが。

俺がいたのとトラブルで色々と吹き飛んでしまった。

まあ、俺自身も少し移動すれば良かったと気付いたが後の祭り。

 

「……そうだな。 時間を無駄にする程しょうもない事もない。」

 

はぁ、と息を零したのを見届けて。

先に中へと踏み込めば、内部から漂う色々な物品から漂う匂い。

そして、肌にぴりっとした感覚……恐らくは結界系。

 

(……多分盗み対策だな、これ。)

 

特定の条件……多分、商品の保有権を店が握ったままでは出られないようにする条件付き結界。

行使する能力者の腕が立つなら、人の目よりも余程確実性が高い。

……まあ、それを指先で解除できる達人には意味がないのと表裏だが。

 

(しっかし……。)

 

壁沿いに並べられた武具。

刀剣類、長柄、投擲具、弓、防具一式。

端の方に並んでみるのは瓶に入れられた薬のようだがその数は少なく見える。

恐らくほぼ全てが付与能力(エンチャント)付き。

余計な、一般の武具は投げ売りされている分を除けば溶かして材料へと変えられるはずなので。

 

うお、と俺と同じように肌で感じたのだろう。

白の言葉が店の中に響くが、奥から誰も顔を見せることもない。

どうしたものか、と思いもう一度見回せば。

会計を行うのだろう奥に、小さな鈴が一つ。

 

……鳴らせば多分来るのだろう。

早く済ませてしまおう、と。

色々と見回している白を置いて、奥へと一歩踏み出した。



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026/宿の一室

 

布袋に詰められた硬貨――――(ごう)

ちゃりちゃりと鳴る音は、当初よりも遥かに寂しく。

今後を考えて小さく溜息を吐く。

 

(本当に入っては直ぐ出ていくな……最初は。)

 

持ち込んだ武具防具、道具の各種を売り払う前に鑑定を依頼した。

それを引き受けたのは何年生きているのかも分からない、剃髪した老人だった。

 

鑑定代、そして売却費。

それらを合わせて受け取ったのは5000業。

鑑定代として持っていかれた費用が1000業程度で済んだのは良かったのか悪かったのか。

 

その後に先に霊能力者用の宿へと足を運び、一泊二日の予定で先に取る。

食事込みで二人一室、合わせて1000業。

 

塩など必須品を買う費用は父上から別口で預かっているとは言え。

道具に費やす金額と、今後を考えれば今回使えるのは精々半分といった所か。

しかも独り立ちすればそういった費用も当然自分持ち。

中々自立までが遠く、吐く息は異様に重い。

 

(何か加工系の能力に手を伸ばすのも有りなのかねえ……。)

 

中身は綿などでなく、もっと簡易で量を集められる加工された葉ではあるが。

普段寝ている場所よりも遥かにマシな布団の上で転がる白を横目に。

少しだけ能力構築を考えようと呪法を立ち上げる。

 

「白ー、ちょっと能力決めで時間掛けていいか?」

「構わんがー。 買い物は明日か?」

「ああ。 父上から紹介された薬屋にも行きたいし。」

 

念の為に声を掛ければ問題無しとの返事。

まあ白は暫く術技底上げよりは『無』の常時効果系を上げていく時間だし。

余り悩む必要がないのは助かるところ。

 

(さて。)

 

今回の幽世で上がった深度は『2』。

最初は『3』だと思っていたが、写し鏡で見る限り何処かで上がっていたらしい。

合計深度で『4』……つまり自由に使える能力上昇が6、霊能力が4。

この内霊能力に関しては何も考えなくていい。

取り敢えず振っておくステータスが決まっている。

 

(……取り敢えず実数値で10までは『渉』『速』『体』振りでいいな。)

 

『朔/深度4』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』

 

深度1では全て1スタート。

其処から3上がっているわけだが、最初の上昇で上がったのが『速』『霊』『渉』。

途中途中で負傷したのが影響したのか。

今回上がっていたのは『力』が1に『体』が2、『速』が2と『渉』が1。

そして手に入ったフリーを必要部分に2ずつ振り分けて完成。

 

(流石に10まで行ったら威力とかが不足し始めるし。

 『霊』と『力』に多少振って……『呪』は取り敢えず常時効果(パッシブ)で対応っと。)

 

出来ればどの霊能力も『10』は欲しい。

ただ主に使う物はガンガン上げていって最低で『50以上』は目指したい。

『無』の常時効果(パッシブ)で霊能力を底上げるものもあるが、余り補完にばかり割いていられない。

というのも、一部幽世内の仕掛けとして霊能力数値(ステータス)を要求されるものがあるから。

それも部隊員全員がそれぞれ判定されるので、完全に切り捨てていると開発側の罠に引っ掛かる。

……ランダムに現れる街人の、ランダム会話でしかヒント貰えないってどうなってんだ。

 

(さて、問題は能力側なんだが……どうしたもんかね本当に。)

 

実際、加工系――――或いは金銭を稼ぐ為に多少振る事自体は多分問題ない。

後半店販売系のアイテムの上位互換を確実に入手する場合、必要なのはコネか腕。

確実性を取るのなら仲間内で抱えておくのが理想なのは間違いない。

ただ、それを活かすには当然霊能力数値が必要になる。

 

今一番掛かり、そして今後も掛かることから鑑定補助系をこの段階で齧る?

……或いは白に加工系の能力を取って貰い、手慰みと物品調達に活かす?

何も考えずに戦闘継続系を取ってもいいが、身体への疲労は別問題だと分かったし。

 

「ううん…………。」

 

頭を抑えて考えつつ、適当に写し鏡を覗いていれば。

肩を叩く見知った手の先。

 

「……どうした?」

「いや、悩んでいるようだったのでな。」

「あー……。」

 

……相談するか?

と悩むのも今更だよな。

 

「……ならちょっと話聞いてもらっていいか?」

「ああ。 何に悩んでおる?」

「能力の取得先。」

 

あー、と口にする。

彼女自身も妖の時との違いを体感した筈だから。

なんとなく俺の言いたいことが分かっての発言だろう。

 

「当初は戦闘系にするつもりだったが、身体が出来てないのもあるんだろうなー。」

「幽世でのことじゃな?」

「ああ。 それに迂闊に新しい()()()を取れば……分かるだろ?」

 

感覚系、なんて分類が有るわけではない。

ただ迂闊に目と同じように耳や鼻、そういった部分の拡張をしてしまえば。

同じような現象が起こった場合対応が出来ない、という問題が有る。

 

「ならどうする?」

「今悩んでるのは幾つか。 鑑定補助を取るか、加工系を取るか、戦闘継続系を取るか。」

「……ふぅむ。 取り敢えずご主人、悩むくらいじゃったら一つ頼んでも良いか?」

「頼み?」

 

ああ、と一言。

 

「ご主人も術技系……前衛を張れる、とは言わなくても当てに出来るモノを早めに取っては?」

「ああ……。」

 

確かにいつかは取らなきゃだし……。

身体が出来る前から腕に馴染ませておく、というのは全然有りか。

 

「だったら――――。」

「であるなら吾も――――。」

 

侃侃諤々。

二人での相談は、予想よりも長く。

そして予想よりも良い形で進んでいく気がした。



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027/再会

*12/16 感想での質問に合わせて若干加筆修正。


 

「……取り敢えずこんなところでいいか?」

「そうじゃなぁ……吾も振らねば。」

「だったら……。」

 

結局そのままの流れで白の霊能力数値・能力の割り振りも実行。

話・食事・話・汗を流す・話・寝る。

そんな折角の街中なのにずっと話をして、漸くある程度決まった。

……前回もこんな感じだったな。

 

出立前に見ていた水鏡を最後に一瞥。

 

未取得/2点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『狩る者の眼差し』1/1任意対象の生命力・霊力・状態を確認する眼差しを得る。
【無】『習熟:長柄』2/5長柄武器の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【無】『徒人の慧眼』1/3鑑定に習熟する。能力上昇で補正。
【花】『瘴気変換:霊力』2/5周囲の瘴気を霊力に変える体質へと変化する。
【鳥】『迫撃』1/5対象の内部を貫く一撃。【物】【格・長】【麻痺発生】
【月】『式王子の呪』1/1 式を扱う才能を目覚めさせる。強さは主と同等となる。
【月】『劣火の法』1/5対象の害する才能を劣化させる呪法。【物・魔】
【月】『削減の法』1/5対象の肉体を脆弱化させる呪法。【物・魔】

 

新規の能力を二つ、既存の能力強化を二つ。

 

『慧眼』系列は更に派生として二種類ある道具鑑定系能力。

現状では道具の価値や詳細が欠けていることもあるが、派生すればそれらの穴が消える。

それだけでなく店先などでの道具の詳細なども見えるようになる、という今後を考えた一手。

 

『迫撃』は白から言われた術技系列を受け入れた結果。

元からいつかは取る予定だった消耗が軽く、使い勝手が良い術技。

大きな特徴としては火力が一切増えない分、「防御無視」「麻痺」の付与が狙えるといったところか。

 

それ以外は霊力の補完と基礎の才能の底上げ。

長柄使いとして割り切っている以上、幼い時から馴染ませる選択肢を選んだ結果だ。

 

残り2ポイントに関しては……他に困った時のために残すことにした。

取るとしても常時効果系以外なら慣れるまでに時間を費やすことになるし。

それに、他の仲間が見つかった際に振り分け先を変更する可能性も考慮して。

 

(……金を稼げる、という意味合いでは白に任せちゃったからなぁ。)

 

立ち上がると同時に鏡は消えて。

俺と同じように、出立前に。

いや、だからこそか。

隣で水鏡を覗いている白の画面が視界に入る。

 

『白/深度4』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』

 

未取得/2点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『染者/花鳥風月』1/5布製品の作成能力を取得する。能力上昇で補正。
【無】『習熟:刀剣』1/5刀剣類の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【花】『瘴気変換:生命』1/5周囲の瘴気を生命力に変える体質へと変化する。
【鳥】『兄宇迦斯の指先』2/5解錠・解呪を可能とする。能力上昇に応じて補正。
【鳥】『鶺鴒の見通し』 2/5 幽世での発見行動を可能とする。能力上昇に応じて補正。
【鳥】『血飛沫月光』1/5血液を月光に晒す。【物】【刃】【出血発生】
【月】『月読ノ導き』2/5自身の種族特徴を取得する。能力上昇に応じて変化。

 

結局白は新規能力を優先する形になった。

 

『染者/花鳥風月』は布製品作成能力のうち、能力への付与能力を発生させやすい加工能力。

今の所俺達は一部に金属を使用する鎧なら兎も角、全身金属鎧を使うつもりがない。

最終的に前衛だと布鎧は耐久値が怖いことになるが、その分回避型として割り切れば良い。

何より、金属系は両手武器などの重量武器への補正が大きく掛かる防具だ。

だったら布でいい。 素材を突き詰めると金属鎧より高く付くが。

 

『習熟:刀剣』は俺の持つ長柄武器の刀剣版。

「下手に後で才能に目覚めるよりは今の内から慣れておきたい」とのことで。

今使っている武器……刀系に特化する形になった。

 

『瘴気変換:生命』に関しては現状戦闘後に自動回復用と割り切る程度。

派生になってからが本番だが、現状でも毒沼などの一部地形と打ち消し合う程度の効果は合ったはず。

 

そして最後は種族特徴の底上げ。

恐らく魅了成功率の増加程度に落ち着いているはずだが、『3』になってから色々と変わるはず。

 

白も同様に2ポイント残し。

加工・作成能力を半人前(『2』)で取っても良かったが、まずは『1』から基礎を積み重ねた方がいい。

素材費≒加工後売却費用、位に落ち着くと思うのでこれもまぁ暫くは金食い虫だな。

 

(……習熟どうするかー、とか。

 防御系列も上げるかー、とかで物凄い悩んだんだよなぁ。)

 

水鏡を見て若干目を輝かせているのは今も変わらない。

昨晩決めたばかりだから早速試したいという思いもあるんだろう。

その気持はよくよく分かる。

最後の方は若干言い合いになりそうだったし、テンションも跳ね上がってた。

 

「白、そろそろ出るぞ。」

「ああ、そういえばもうそんな時間か。」

「薬屋はある程度早くからやってるはずだしな……。」

 

流石に常に営業してるとかはない。

というよりも大分前に偏った時間帯営業とか。

具体的には朝の寅の刻(午前3時~5時)くらいから、終わりは午後の申の刻(午後3時~午後5時)くらいまで。

色々と調合を考えればその辺りに落ち着くんだろうなぁ。

 

「分かった、少々待て。」

「いやいや、先に準備しといてくれよ……。」

 

呆れつつも少し待ち。

荷物を持った彼女と共に宿を出て。

『またのご利用を』と背中越しに聞きながら、街の人混みの中へと潜り込んでいく。

 

「それで、薬屋は?」

 

相変わらず手は握ったままで。

……昨日に比べ、その感触は柔らかく変わっていて。

同時に、周囲からの視線が少しだけ粘っこいものに変わっている気がする。

 

(……ちょっと不味いか?)

 

ひょっとすると、白の魅了効果が悪い方向に働いている可能性がある。

この辺の体質を抑える道具・装備も作れなくはないはずだし、ちょっと薬屋にも相談だな。

 

「白。」

「ああ。 左背後の視線じゃろ?」

 

やっぱり気付くよな。

そういう類の妖なんだ、目線には目端が利く。

唯でさえ盗賊というのもあり、俺以上に色々と気付いていることは多い筈。

 

「ちょっと急ぐぞ。 其処の路地裏を入って二本曲がった店が薬屋らしい。」

「分かった。 では若干引っ張る形になるが許せ。」

 

歩幅を少しだけ開く。

遅れがちな分は、俺が引き摺られるような形で相殺する。

……路地に折れた辺りで、少しだけ足早な足音が一つ。

 

けれど、事前に予定していた動きだからか。

或いはただ単純に運が良かったのか。

それに追いつかれる前に、目的の店前へと辿り着く。

 

()()()、と漂う独特の香りを店前で漂わせた店。

NEPO(オープン)』と、明らかに異常な書かれ方で。

そして、西洋から流れ着いたような看板をぶら下げた店。

 

迷うこと無く、扉を押して。

ちりん、と鈴の音が鳴った。

 

「あ、い、いらっしゃ……い、ませ。」

 

そして。

何処かで聞いたような、(りん)とした声が奥から聞こえた。



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028/薬屋

 

店内も店先と似たような雰囲気。

ただ、草木の匂いが更に増し。

瓶に詰められた多量の薬に恐らく塗り薬を一回分で纏めた葉っぱの束。

それに素材そのままで並んでいたりする。

想像しやすい”魔女の工房”に近いものだった。

 

「あ。」

「…………ぁ。」

 

そして、先程聞こえた声の主。

昨日偶然に遭遇した少女がカウンターに腰掛けている。

ただ、内側は淡い蒼で染められた服装を纏って黒い外装と。

見えなかった部分が見える、という意味合いで違ったけれど。

 

「この店の子だったのか?」

「……き、昨日は……ありがとう、ございます?」

「良いよ、怪我がなくてよかった……店主はいる?」

 

こくり、と小さく頷いて。

立ち上がり、奥側……恐らくは住居と一体の構造なのだろう。

廊下のような場所へ、小さな声で『お婆ちゃん』と呼び掛けた。

……そのまま戻ってきて、また椅子へ戻る。

 

「……ちょっと、時間、掛かる、かも。」

 

そんな言葉を口にして、目線を伏せた。

……まるで、目を合わせるのが苦手なように。

 

「なぁ、ご主人よ。」

「ん?」

 

耳元で小さく呟く声。

それに応じて俺の声も小さくなる。

 

「表側から足音がするが入ってきそうにない。

 何にしろ暫くは此処で待機になりそうじゃ。」

「そうか、分かった。」

 

……入ってこないのか、来れないのか。

ひょっとすると何かしらの結界にも似た効果が張り巡らされているのやも。

あの姿と、この店と。

雰囲気を考えるに、『魔女』に親しいものを感じたから。

 

魔女(ウィッチ)

 

その名前が出るのは西洋出身のヒロインルートに入った時。

主に修道女系のイベントで出る名前だが、この場合は攻略目標として『黒魔女』。

つまり、悪意を以て人を害す魔女が敵として現れる。

色々な情報を集めて、倒す鍵があれば無事戦闘に突入。

時間制限に間に合わないか、鍵が足りなければ修道女が闇落ちして色々と酷いことになる。

割と外見も人気なタイプ(金髪碧眼貧乳清楚)だったからバッドエンドもねっとりしてた。

うん。 いつも通り悲鳴と怨嗟の声が広がってた。

 

(敵として戦っても強いんだよな……。

 見る限り多分『白』も『黒』も混じってそうだが。)

 

そして其処から派生した構築が『白魔女』『黒魔女』型。

白魔女は主に回復系列と道具・薬の調合や補助に能力を振ったタイプ。

黒魔女はその逆、相手に魔法火力を叩き出すことに特化したタイプ。

大体は極端に割り振らず、ある程度のバランスで組むのが推奨されてたわけだが。

少なくとも、この店の店主は白に重点を置いてるタイプの方らしい。

 

「どうしたんだぃ、リーフ……おや、お客さんかな?」

 

そんな事を思い出していれば、奥から嗄れた声。

()()、と床を軋ませながら歩いてくるその姿。

白、というよりは透明な髪を纏う老婆。

黒い外套は其処の少女と似たような形。

 

にも関わらず、()()()、と。

背中を襲ったのは普段通りの圧力に加え。

もっと根本的な、恐怖心を揺さぶられるような悪寒だった。

 

「……ご主人、ご主人。」

「あ、ああ。 ……失礼。

 父上から紹介されたので顔合わせと、一つ探している薬がありまして。」

 

じっ、と見られているのは分かっていても動けず。

隣で軽く手を握られたことで我に返る。

一度こほんと咳をして、目上の相手に挨拶を。

 

「……父?」

「はい。 手紙を預かっています。」

 

手紙、というにも見窄らしい紙ではあるが。

中身は筆で書かれており、内容は達筆すぎて読めなかった。

いつかは読めるようになれ、と言われたが出来るんだろうか。

 

「どぉれ。」

 

手渡した際に震えに気付かれていただろうか。

……多分、『恐怖』*1に近い何かを身に付けている。

日ノ本の生まれではない……と思う。

ぺらりぺらりと捲るそれを、緊張しながら見届ける。

 

「……ああ、あ奴の息子かぃ。」

 

ふっ、と圧力と悪寒が消える。

それだけ警戒していたということか、或いは見定めていたのか。

それを直接問い掛ける勇気は俺にはなく。

 

「あー……どのような知り合いなんですか?」

「あ奴専用の薬を調合したり、代わりの素材を調達して貰ったり。

 後は此処に住む際に保証して貰ったり……持ちつ持たれつ、と言うんだったかね?」

 

代わりに聞いたのは父との関係。

そうして返ってきた言葉でなんとなく彼女達の立ち位置を察する。

父が保証……つまり、他所から流れてきた人物ということで間違いないらしい。

 

「あたしゃ『ルイス=クライエント』。 まぁ見て分かるだろうが、流れもんさ。」

「『朔』です。 此方は俺の式の『白』。」

「どうも、ご老人。」

 

互いに挨拶。

奥の方で目線を合わせないようにしていた少女が、少しだけ顔を上げるのが見えた。

 

「……人の形を取った使い魔、というのも珍しいものだが。

 言葉を解すのもまた珍しいもんだ。」

 

じろじろ、と見つめる顔。

だが、不思議と不快感はなかった。

恐らくは研究者というか……そういった目線だったからかもしれない。

 

「そういうものなんですか?」

「そうさ。 何方かと言うならば戦力として見る場合が多いのもあるかもしれんがねぇ。」

 

そんな事を言いながら、奥へと手招きする老婆……ルイスさん。

恐らくは少女を招くためで、彼女が恐る恐る此方に近付いてくる。

 

「一応紹介しておくよ。 あたしの孫で『リーフ=クライエント』。 さ、リーフ。」

「……り、リーフです。 ……よろしく、おねがい、します?」

「うん、宜しく。」

 

……年下、なのかどうかも分からないが。

友好的な形で落ち着けそうで、ホッとした。

*1
行動が確率で失敗する精神系バッド・ステータス。



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029/不穏

※12/17 誤字修正。


 

ほんの少しの歓談。

挨拶後に行われたそれで、幾らか緊張していた彼女の表情も解れ始めた。

 

「しかし朔と言ったかぃ。 お前さん幾つだぃ?」

「今年で五つ……の筈です。」

 

どうにも自分の中で誕生日、という概念が結び付かない。

というのも、だ。

この世界で具体的に日で管理するものとして、誕生日が設定されていないのもある。

『春の初めの月の中旬』や『夏の終わりの月の終わり』など。

幅が10日前後あるものとして捉えられているからだろう。

(実際、ゲーム内の主人公の設定画面では誕生日は季節のみの設定で残りはランダムだった)

 

その中で俺の産まれたのは『冬の終わりの月の初め』の頃。

暦の上の設定より二月程ズレがあるからか、前の感覚で捉えるなら師走の頭辺りか。

なのでもう少し、2~3週間もすれば齢を一つ重ねる事になっていただろう。

 

「それでもう幽世に?」

「はい。 父上から許可が出まして……。」

 

若干呆れた顔をしているのは、中をよく知るからか。

或いは父上自身に対して呆れているのか。

多分どっちもどっちだろうな。

 

「……大変だねぇ。」

「思ったよりも大変じゃったなぁ……。」

「あぁ、でも一人ではなかったのか。 それならまだ……?」

 

いや、それにしてもなぁ、と。

憐れまれているような、頑張ったと見られているような。

この世界で大人から初めて可愛がられている感覚にむずむずする。

 

「あ、あの……お婆ちゃん?」

 

だからこそ、なのか。

彼女――――リーフが会話に混ざってきた時。

そうだよな、という感情が先に立った。

 

「どうかしたのかぃ、リーフ?」

 

そして、それに対して目線をきっちり合わせて話をする。

……両親の姿が見えない、というのは恐らく()()()()()()なんだろうし。

迂闊に口に出さないように注意しないと。

白は話自体というよりは周囲の薬品とかに興味が向いているようだし。

 

「幽世……って、私達の、呼んでた『魔界(クリフォト)』、だよね?」

「ああ……。 気になるのかぃ?」

 

途切れ途切れ、というよりはひょっとすると癖になっているのかもしれない。

店先であった時よりも若干聞き取りづらい訛りがあり。

しかし言葉自体は早く放たれる。

 

そして『魔界』……ねえ。

やっぱり西洋出身……或いはそっちに縁がある一家って所か。

そんな呼び方するのは『西洋』『華陽』『日ノ本』のうち西洋だけだったはず。

 

「……聞いても、怒らない?」

「そうだねぇ……。 お前さんと近い歳の子がこうして行っているんだしねぇ。」

 

……あの。

一応俺達は例外くらいに考えて貰えると助かるんですけど。

けれど、そんな口を挟める程親しい間柄では無いので。

当然押し黙っていたけれど。

 

「朔、と言ったかぃ。」

「あ、はい。」

 

話を此方に向けられるなら対応するしか無い。

無論、相手が嫌な人物というわけではなく。

何方かと言うなら好ましい二人だから、というのがあるかもしれない。

……ヒロイン達なら多分、仲良くしたい気持ちと恐れる気持ち半々になってたと思う。

 

「悪いけど、この子に少し話ししてやってくれないかねぇ?」

「はぁ……それ自体は構わないんですけど。」

 

必需品の買い物どうするかな。

先に頼んでおかないと帰る際に受け取れないよな。

業に余裕があるわけでもないし。

店先には……まだいるんだろうか。

 

「……どうしたんだぃ? 百面相して。」

「……あー、とですね?」

 

嘘だろ。 顔に浮かんでたのか?

……でも白とかに指摘されたことないしな。

特別鋭いとか?

まあ何かあったら怖いから気をつけよう。

 

そんな事を思いつつの事情説明。

塩などの買い物も進めたいこと。

ただ、何か怪しい人物に追跡されていたこと。

迂闊に外に出るのも少し怖いことなどを。

 

「……成程。 だったら、あたしが代わりにやっとこう。

 どうせ、あ奴のいつもの店だろう?」

「良いんですか?」

「あぁ……ま、今回は特別さ。 それに、()()()()()()()()()()もあるしねぇ。」

 

ふぇっふぇっふぇっ、と。

笑い方が格好と合いすぎて童話の魔女にしか見えない。

はは、と苦笑いで返すくらいしか出来なかったが。

 

(今の話で気になること…………?)

 

ただ、妙にその言葉が気になった。

それでも、今聞き返すわけにもいかない。

 

「……分かりました。 リーフ、だっけ。」

「ぁ。 は、はい。」

「俺が話すけどそれでいい?」

 

少しの間沈黙。

 

……独特の会話のリズムを持っている気がする。

怒ったりする相手なら中々相手しづらいだろうなぁ。

特に子供とかならせっかちになりがちだし。

 

……ああ、もしかして試されてる?

試す理由とかまるで分からんけど。

 

「お、おねがい、しますっ。」

「そんな頑張るようなことじゃないから大丈夫。」

 

そして、彼女にしては少しだけ大きな声で。

頼み込む様子に、安心していいと伝えて。

 

「そうだなぁ……何から聴きたい?

 正直、俺自身もどう説明していいか分からなくてね。」

「だ、だったら……。 その、『幽世』のこと、を。」

「分かった。 じゃあそっちの知ってる『魔界』について教えて。

 これで対等……ってことでいい?」

 

こくり、と頷き。

俺も頷く。

 

「なら、任せるよ。 ちょっと留守番も込で頼んだよぉ。」

 

そんな言葉を言い残し、店の戸を開くルイスさん。

内側から見える景色は――――不思議と、少しだけ()()

おや、と思う間もなく閉まる。

 

……後で聞いてみるかな。

まずは、目の前の少女の期待に応えるところからだ。



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030/『風』

※一部数値は誤字ではありません。繰り返します。誤字ではありません。


 

話した内容は殆ど基本的なこと。

どんな構造なのか。

雰囲気はどんなものなのか。

妖とはどんなものだったのか。

 

一つを聞けば更に一つ。

次々に来る質問に、大概話した気がする。

 

(好奇心……いや、知識欲?)

 

多分その何方か。

子供ならではのもっと、という事を更に一歩踏み込ませたような。

なんとなく思ったのは、この付近から外には中々出られないのだろうな、ということ。

知っていても当然の事を知らない。

一度見たことがあれば判断できる事を勘違いしている。

 

つまり、()()()()()の少女。

 

「そ、そうなん……です、ね。」

「そうだね……。 ……えーっと、そろそろ聞いても良い?」

「ぁ。 は、はいっ!」

 

此方ばかりの話ではなく。

そろそろ聞かせて貰おうと話を持ちかけると、椅子の上で姿勢を正した。

態々そんな事しなくてもいいのに、と思いつつも。

横目で店内を一度見回した。

 

……ルイスさんはまだ戻らない。

白は段々飽き始めたのか、品物を持ち上げては自分の服装に押し当てている。

何やってんだあれ。

自分の瘴気/霊力で作ってるし、衣装替えの色合いでも見てるのか?

……まあいいか。 話は続けられそうだ。

 

「さっき言ってたけど、『魔界(クリフォト)』って?」

「……()()が、出る、場所……です。」

「悪魔。」

「……はい。」

 

問い掛けたこと。

それはゲームの中では名前と、一部の特殊なイベントでしか入ることの出来なかった場所。

売れ行きが良ければ追加版として西洋編を出す予定だったと噂されている、ほぼ未実装な場所。

俺が知るのも、『妖』の代わりに『悪魔』が出ること。

そして属性も五行のうち(とくしゅ)を除いた4つのみで構築された場所で。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という情報を理解させる場所という程度。

 

「ええ、っと。 『黒猫』や、『大蝙蝠』。 『吸血鬼』……とか、だったかな。」

 

一生懸命思い出しながら語ってくれるのを聞きながら。

やはり最下級の種別がそれらなら、ある程度は記憶と照合できそうだと理解する。

実際に西洋に行こうと思う訳では無いが、何があるか分からないので。

知識だけは蓄えておいて損はない。

 

「入ったことは?」

「無い、です。 お婆ちゃんから、聞いた話、で。」

 

そして、ある程度想定通りに。

中に踏み込んだ経験はないという。

ただ、それでも、と。

彼女は付け加えるように言った。

 

「……()()()()()()()こと……なら、あります。」

「え? それは……その、『魔界』以外でってこと?」

 

一度、確かに頷いた。

 

「この街……の、外で。」

「……街の外に悪魔!?」

「多分……私達を、追って。」

 

その時に初めて悪魔を祓い。

それ以降は外に出ることもなく、同年代と関わることもなく。

時折お使いに出るくらいでこの薬屋に籠もっていたと。

ぽつりぽつりと口にする。

 

…………悪魔が追ってくる、ってなんだ?

妖にしろ怪異*1にしろ、追ってくることは殆ど無い。

あるとすれば特別しつこい性質を持つか、()()()()()()()妖か、或いはもう一つの三択。

特に意志を持つ存在の場合は性格が腐ってる類の妖がちょいちょいいるので最初の割合が増える。

 

……失礼だと分かった上で、聞いてみるか。

 

「ごめん。 答え難かったら黙ってて良いんだけど。」

「……はい。」

「何か……特殊な素質とか持ってたりする?」

 

()()()、と露骨なまでに反応を見せた。

 

ただ、それで終わらずに。

上目遣いで俺を見つめた後。

人差し指で以て宙に長方形を描く。

一つ、二つ――――三つ。

そして、浮かび上がったのはカードを寓意化(モチーフに)したような画面。

 

「『ヴィスコンティ()スフォルツァ()・タロット』。」

 

初めて、彼女が引っ掛からずに発したのを聞いた。

そして、其処に映っているのは俺達が昨日も見た。

能力を定める、構築画面。

 

「ばっ、リーフ!」

 

咄嗟に発してしまったのはそんな声。

びくぅ、と白が羽根を毛羽立てて此方を見ている。

能力を明かす、つまり何が出来て何が出来ないかを詳らかにする行為。

本当に信頼する相手か、或いは何かを証明する時でもなければ見せてはいけないモノ。

つまり――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……良い、です。」

 

ただ、それを分かって見せていると彼女は答えた。

 

()()()()()()()()。 私を、変に見なかった……普通に、見てくれた人、なら。」

 

映るカードの一枚を反転させる。

 

()()()()()()()()()()()()()()なら。 ……私は、それで。」

 

其処に映るのは、能力を示す。

()()()()()の表示。

 

リーフ=クライエント/深度1
【無】『V・S・タロット』1/1自身をカードに映し出す簡易呪法。
【無】『運命神の導き』5/5任意の事象を占う天性の才。
【無】『夢幻の泉』1/1霊力を何処かから供給され続ける才能。
【風】『太陽神の裁き』1/5陽光を以て敵を討つ。【魔】【木・風】【敵全体】

 

()()()()()()()()()()()()

 

「……一人じゃ、外にも出られない、ですから。」

 

その笑みは。

色々なものを得ることが出来ないという。

諦観の表情に満ちているように、()()()には映った。

*1
基本的に日本の妖と中国妖怪は呼び名が混同されているが、特別分けて呼ぶ場合は妖/怪異と呼ばれる。



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031/過去

 

一つ、思い出したことがある。

俺も遭遇したことのないイベント。

やり込んでいたプレイヤーが掲示板で書き込んでいた内容だ。

 

『そういえば、西洋出身のヒロインが漏らしてた内容なんだけど。

 なんか、西洋の方限定の能力が幾つかあるらしくてさ。

 その中に、占術(タロット)ってのがあるらしいんだわ。』

『kwsk』

『情報はよ。』

『普通に使うだけなら戦闘中にランダム効果が出るお祈りスキル。

 ただ、そういうのを無視して……()()()()()()()()()()()()()があるとか。』

 

確か、そんな書き込みで。

俺も当時は符術士構築(魔法キャラ)で育成してる頃だったから流し見程度で済ませて。

そして結局その後、誰も発見できなかった曰く付きの話。

 

そして、()()()()

 

彼女の現状に良く似た背景を持つ西洋のヒロイン。

貴族(ノーブル)という背景を持つ、爵位継承権を持つ亡家の末裔。

屋敷の中に閉じ込められ続け、家の為だけにその身を捧げることを強要される姫。

名前さえも誰からも呼ばれずに、救い出した時に初めて名を告げる彼女。

その彼女が浮かべていた視線と、瓜二つ。

 

「やっぱり……おかしい、ですよね?」

 

薄らと、空間に溶けそうな言葉。

咄嗟に身体が動き、彼女の腕を取っていた。

 

「いや、おかしくはない。 珍しくはあるけど。」

 

同一視するのは何方にも失礼だと分かっている。

ただ、貴族の少女と同じような状態であるとするなら。

彼女の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな脳裏に残った知識と。

悲しそうな表情を前に、見ているだけなんて出来なかった。

 

「わ、わっ。」

 

そうした結果は劇的で。

目の前の、薄い肌は紅色に染まり。

けれど腕を振り解こうとはせずに。

そして、俺の背後から見知った妙な気配が強くなった。

 

「……そんなこと言えば、霊能力者は誰も同じなわけないんだから。

 全員がおかしいってことにならないか?」

 

彼女がそうしたように。

俺自身も、腰の水筒の口元を緩め。

一滴の水が浮かび上がり、俺自身を写したかと思えば能力画面へと切り替わる。

別に必要はないが、大気中のモノを使用するよりは負担が軽く済む方法で。

 

「俺だってこんなだ。 目がおかしい能力者、って言われれば否定できないし。」

 

そして、画面を反転させる。

 

触ることは出来ずとも視界に入れることは出来る。

だから、『狩る者の眼差し』や『徒人の慧眼』……()()()()()()()()という真実は見て取れる。

更に言えば家系で引き摺っている堕ち人関係に数値異常。

見えていない部分にこそ、俺の危険度は潜んでいるのだがそれは置いといて。

 

「…………で、でも。」

 

完全には言い負かせられない。

けれど、心に罅は入れられたように思う。

それはそうだ。 まだ知り合ってほんの少し。

その程度で変わりきってしまうのなら、あんな表情は浮かべない。

 

「リーフがそう思うんだったら、それでもいいよ。」

 

ただ、それを知った上でも。

 

「俺はそう思い続けるってだけだから。

 君がどう思おうと、唯の女の子ってだけだから。」

 

恐らく、彼女を狙ったという悪魔は彼女の霊力のことを知っていたのだろう。

文面をそのまま読めば『尽きることの無い霊力』。

そんなもの、一度捕らえられれば死んだほうがマシの状態が永遠に続く。

 

だから、彼女は本来は選ぶべきなんだ。

それを強要すること自体が俺の我儘でも。

自分の手で道を切り開くか。 誰かに庇護されて生涯を終えるか。

その二択を。

 

「ぁ、ぁぅ……。」

 

顔の赤みが更に増していた。

後ろからの圧力が更に増していた。

手を離しても、彼女の手は空中を漂っていた。

 

「……まあ、俺としてはそんなところかなぁ。」

 

いい加減面倒になってきたので後ろを向く。

殺気、なんて言葉で済まないような笑顔を浮かべていた。

 

「白。」

「何じゃ、ご主人?」

 

ニコニコと。

ただ、今手を取ったりすれば多分握り潰される気がする。

少しずつ解きほぐす必要はありそうだ。

……後で二人きりの時に説明しないとな。

 

()()()()()()()()()()()()()()()子が悩んでるんだぞ?」

 

だが、今はストレートに伝えるのが先。

ぐっ、とあからさまに怯む様子を見せた白。

ともだち? という声が、後ろから聞こえた。

 

「そんな事を言ってもだな?」

「俺に対しては後で幾らでも言えばいいが……。

 見た目同年代の、同性別の、同じ立場の子(れいのうりょくしゃ)だぞ?」

 

それがどれだけ珍しいのか、此奴にはまだ分かるまい。

主人公だからこそ、仲間として加えられる人物がそれなりに見つかるが。

それにしても日ノ本北から南まで全て行ったり来たりすることでやっとだ。

多分、この規模の街で今直ぐ見つかるのは……後一人いれば良い方だろう。

 

田舎に行けば尚の事。

自分達とは違うのだから、と。

殺されて終わる能力者がどれだけいるのか、態々作り込んでくるスタッフの悪意を知らない。

 

「だから、俺に反発するのは構わんが。

 彼女とはちゃんと向き合え。」

 

多分、俺だけじゃどうしようもないだろうし。

 

「…………分かった。 が、ご主人。」

「うん?」

 

笑顔で手を握ってきた――――あっ、やば痛たたたたたたたたた!?

めっちゃミシミシ言ってる!

 

()()()()()()()() ()()()()()

 

そんな言葉を耳元で呟いて。

手を離し、彼女からすれば目前のリーフへと目線を向ける。

 

今の言葉と。

先程までの台詞と。

後は、色々な痛みとで。

俺自身、今どんな顔をしているのかは分からないが。

……多分、全員が顔を赤くしているような気がしていた。



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032/不定期

 

「それでだな~。」

「……ぁ。 や、やっぱり、匂いとか、も?」

 

その後少し。

どことなく距離を保っての話始めだったが、気付けば二人きり。

今は幽世の中での『匂い』の話をしているらしい。

実際、何とも言えない自然に混じる血の匂いが濃いんだよな。

最下級の妖の場合は其処に腐臭とか体臭が混じる。

 

(……まあ、考えてたって言えば考えてたが。)

 

ちらりと覗いたのは白の顔。

ある意味予想通りに、最初の何処か嫌厭していた表情は消え。

俺と話している時と似た、コロコロと変わる顔でリーフと雑談をしている。

 

…俺以外、父上以外とも話す必要性は時々考えていた。

折角話せるのだから、という理由だけではなく。

将来的な問題、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()為。

 

(実際大体一緒に動くつもりだが……なぁ。)

 

例えば手分けした買い物。

例えば俺が拘束された時。

後者は考えたくもないが、何も出来ないよりは出来るけどしない方がよっぽどいい。

 

そして、若干ではあるが彼女自身が抱いている恐怖心に折り合いをつけてほしいから。

 

俺達の歳故に仕方ないことだし、立場……役割からどうしてもそうなってしまうのだが。

出会う人物達ほぼ全てが圧力を感じる――――高位の能力者達ばかり。

本来なら同年代とは言わなくても同程度の知り合いから作れればいいのだろうが。

自由に動けるようになるまでに数年を要す事もあり。

最低でも対等な立場を作っておいて欲しかった。

 

「……ほう。 花の匂いかや?」

「……お婆ちゃん、が、焚きしめて、くれて。」

 

まあ、こうして見れば必要なかったかもしれんが。

寧ろ俺が取った行動が余計だったか? とも思うレベルで。

 

そんな折に、()()と扉が開く音。

やはりその隙間から見えたのは紅色。

見間違いというわけでは当然のようになく。

ちりんちりんと鈴の音が響く。

 

「今戻ったよぉ。」

 

黒い外套を翻しながら、足腰がしっかりとした歩き方で。

けれど、顔色が少しだけ暗い。

いや、何かを訝しんでいるような。

 

「お婆ちゃん。 おかえり、なさい!」

「はいただいま。 お前さん等も有り難うね。」

「いえいえ、お願いしてた立場ですから。」

 

それに少しだけでも仲良くなれた、という気分もある。

何方かというと秘密を共有できた、に近いのか。

初めての人間の友達……というと途端に悲しくなるのは何故だろう。

 

「あぁ、それに関してなんだけどね……朔、今日の宿は?」

「え? 宿?」

 

どういうことだ?

元々今日帰ろうと思ってたわけで。

 

「業に余裕もないですし、元々今日帰ろうと思ってたので……。」

「そうかぃ。 ……なら、今日は泊まっていきな。」

「!?」

 

……どういうこと!?

俺が口を開く前に、白が先に。

 

「ご老婦よ。 すまぬが、きちんと説明してもらえぬか?

 吾等も然程自由が許された身では無いのでな。」

「当然さ。 ……なんというかねぇ。

 運が悪いことに、西の街との間に()()()()()()()()が産まれちまったらしい。」

 

……は!?

このタイミングで不定期発生の幽世(ランダムダンジョン)発生とか嘘だろ。

いや確かにそういう理由で街移動が一手間掛かったり道具とかが値上がりすることはあったが!

あったけども!

 

「そのせいで色々な商品が滞ってるらしくてねぇ。

 塩なんかも暫くはかなり値段も上がるだろうさ。 少しだけ待った方がいい。」

「うわぁ……。」

 

確かにそんな場所に出来たなら能力者が消滅させに動くだろう。

とはいえ、難度も階層も分からない。

時間が掛かるのは確実だな。

 

「ご主人、里の塩の在庫は?」

「一応二月くらいはあったはず。 三月分を下回ったら買うようにしてたはずだし。」

 

何方かというと問題は父上か。

どうやって連絡を付ければ良いのか検討もつかないのだが。

 

「安心おし。

 恐らく半月もすれば正常に戻るから、それでから買いに来ればいいさ。」

「そうなると……大分無駄骨ってことになりますね。」

「ひゃっひゃっひゃっ。 人生そんなもんさ。」

 

どこか愉快そうにルイスさんが笑う。

まあ、二人と知り合えたという意味では無駄骨とは言い難いが。

 

「ま、今日はゆっくりしてきな。

 こんなババアの手料理で良ければ腹いっぱい食べさせてやるからねぇ。」

 

頭にぽん、と手を置かれて。

奥へと一度脚を向けていく。

 

「……白、どうする?」

 

念の為、相棒へと声を掛ける。

肩を竦めながらに呟くのは、どうしようもないという意思表示。

 

「どうするもこうするも、こうなれば従う他あるまい?」

「……だよなぁ。 このタイミングかよ。」

 

……そういえば、頼もうと思ってた薬も頼んでないな。

後で時間を見つけて色々聞いてみるか。

 

「ぁ、あのっ。」

「ん?」

 

そんな折に、リーフが再び声を挙げる。

 

「……今日、泊まっていく……ん、ですよ、ね?」

「そうだね……というかそういう流れになっちゃった。」

 

だったら、と勇気を出したかのように一言。

 

「もっと……お話、しても?」

 

多分、精一杯の勇気。

 

「俺は別に幾らでも。 白は?」

「ま、時間つぶしにはなるじゃろーしなー。」

 

そんな彼女に返す言葉も、ある意味分かりきったもので。

 

「……良かった。」

 

けれど。

そんな当然の言葉に、彼女は。

儚げに、嬉しげに。

心の底からの笑みを、浮かべていた。



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033/薬

 

「此方、です。」

 

少しして、奥から声を掛けられて。

リーフに付き従って進んだ先は、木で作られた西洋仕立ての家の中。

その中のキッチンの隣、空いている一室を()()として開けるという。

 

「……吾は?」

「白さんは……その、私と同じ部屋……じゃ、駄目、ですか?」

 

そして当然俺と同じ部屋で眠ろうとしていた白を止めたのも彼女。

まあ俺自身は別にどっちでも良いし、彼女の自由でいいと思うのだが。

家の住人からの頼み込みには中々逆らうのも難しい。

 

「……ご主人?」

「今日は一緒にいてやってくれ……今日だけの話だろ?」

 

うぐぐ、と声を漏らしつつ。

というか何故其処まで俺の部屋で寝ようとするのかを考えないようにしつつ。

荷物を置き、久々に一人という状況。

小さく小さく息を吐く。

 

(ほぼ常に白がいたからなー……。)

 

苦手とかそういうつもりはまるでない。

と言うより、俺自身も色々と……雑というか、どう言葉にしていいのか。

ある程度生活できればそれで良い、と思ってしまう節がある。

そういった部分を補ってくれてるし、そうでない部分としても既にいない生活は考えにくい。

ただ、という相反した考え方。

口にしたら多分殴るか泣かれるな。

 

「さぁて……。」

 

久々に、というのも変な話だが。

口に出してどうするかを簡単に考える。

先ず現状、必需品を買って帰れないのは確定してる。

それ自体は手紙にでも書いて貰えばいいとして。

 

「やっぱり優先すべきは……薬か。」

 

立ち上がり、部屋を出る。

隙間風が入らず、きちんと防音がしている家って素晴らしい。

というか今更だが、あの里で冬を乗り越えられるのか心配になってきた。

父上は『大丈夫だ』とは言ってたが。

サーマルマント*1でも引っ張り出すのだろうか。

 

微かに鳴る音と共に歩いていけば、何かを擦るような音。

場所としては店先の二つ程手前の部屋だろうか。

近付く程に大きくなる物音、そして何かの草の香り。

その時点で、なんとなくピンと来た。

 

とん、とん。

一度二度戸を叩き。

 

「すいません、ルイスさん此処にいますか?」

 

そう声を掛ければ、内側から鍵を開けるような鈍い音が響く。

開いた扉の奥からは、予想していた通りに老婆の姿。

そして隙間から漏れる、想像以上の薬草の香り。

 

「何か用かぃ? 細かいことならリーフに言って貰いたいところなんだがねぇ。」

 

じろり、と眺める目。

先程までの微かな好々婆としていた雰囲気は消え。

職人としての表情を浮かべた彼女。

 

「いえ、家のことではなくて……。

 そもそも取り扱ってるものなのか、から確認したいんですけど。」

「? それは、つまり……()、ということかねぇ?」

「です。」

 

一度頷く。

無理に子供ぶるよりも、この人には等身大のまま見せたほうが良さそう。

恐らく、俺の浅知恵の幾らかは見抜いた上で会話を進めてくれているだろうから。

 

「……少し待ってな。 これだけ仕上げちまうからさぁ。」

 

そう言って、部屋の中へ案内され。

視界に映るのは、幾つもの棚を埋め尽くす薬草や鉢植え。

乾燥されているものや既に丸薬状になったもの。

何かしらの水に浮いているものさえ並んでいる。

 

(……店先に出てるのは、()()()()()()()()()みたいなもんか。)

 

噎せ返るほどの香り。

価値が分かるようになった今だから分かる、此処に並んでいる品々の値段。

名前からして見知らぬものも、知ってしまって真顔になるようなレア品も。

恐らく一財産……どころでなく、二財産三財産のようなものだろう。

そんな言葉が無いと分かっていても、そうとしか言いようがない。

 

「凄いな……。」

「価値が分かるのかぃ?」

「ぁー……はい、多少は。」

 

驚いた、というような声色。

ただ、その中に態とらしさが混ざっているように感じるのは俺の気の所為か。

ごりごり、と鳴る音が収まったのはそれから数分後。

 

「悪いねぇ、待たせた。」

 

両手に染み付いたのだろう、薬研から手を離し近くの皿で手を洗い。

それでも尚微かに漂う匂いの中で、ルイスさんは小さく笑う。

 

「それで、どんな薬を?」

「式の……白の()()()()()()()()()()()を。」

 

存在するかしないか、で言えば確実に存在する。

 

例えば『獣の特性を強く発する能力者』。

余りに能力を使いすぎれば引っ張られ、生の血肉を求めてしまうという病を背負うモノ。

データ的に言うならば『能力自体は強力だがデメリットを負う』種類の存在。

そういったデメリットを抑える薬は、ゲーム上にも存在していた。

 

デメリットを抑える代わりに、一時的にメリットを失う薬。

父上の話から考えるに――――堕ち人には効果を発揮しない薬。

それをこの人なら知らない筈がない、と確信したのはついさっき。

この部屋の種々を見た時だった。

 

「……あぁ、あの薬かぃ。」

「少々、種族の特徴……『魅了』が悪さしているようで。

 此処に来る前にも多分一人引っ掛けてしまいました。」

 

だろうね、と頷いたのは。

多分つい先程老婆が目撃したからなのだろう、と察した。

互いに口には出さずに、それを前提として話を続ける。

 

「ま、どんどん強くなるなら必須だろうねぇ。

 必要な量は?」

「取り敢えず街に出入りするのに必要なだけ……。

 実際どのくらいが必要なんですかね?」

「そりゃお前さん、能力の強さにもよるよぉ。」

 

からからからから、笑う声。

 

「それで――――()()()()()()()()()

 

なんとなく、それは試しているように思えた。

だから。

 

「最高強度になっても打ち消せるだけ。

 用意は――――ああ、()()()()()()()()()

 

敢えて、堂々と言い放つ。

それだけ強くなるつもりだと、暗に言い放てば。

老婆の笑みは、更に強く。

 

そうでなくては、と。

三日月のような口角が、更に持ち上がって見えた。

*1
耐寒・耐熱仕様の外套。 通常のレア装備。



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034/性質

 

「お前さん、将来はどうするつもりだぃ?」

 

帰る時に持っていきな、と話が纏まり。

部屋を去ろうとした時に。

背中越しに問い掛けられたのはそんな質問だった。

 

「と、言いますと?」

 

くるりと振り返り、視線を向ければ。

いつの間にか用意されていた椅子が二つ。

何処から出したのかさえも分からない、木で作られた作り込まれた椅子。

座って話さないか、という意思表示だと察して。

話に付き合うのも悪くないかぁ、と席に座る。

 

「そのままの意味さ。 自分で気付いてるかは知らんけどねぇ。

 ()()()()()()()()()。 たまぁに()()()でも見た類だ。」

 

向こう……西洋か。

ただ、向こうでも見た?

 

「……すいません、もう少し詳しく。」

()を乗り越えていく強者の方ってことさぁ。 言わせんじゃないよ。」

 

……壁。

それは能力者としての通称の意味での『成長の壁(レベルキャップ)』でいいのか。

 

深度上昇(レベルアップ)を重ねていくと、ある程度のところで深度上昇が止まる。

経験値だけが溜まっていき、それ以上に変化が起こらなくなる。

その壁を超えるには、自身の壁……「想い」と「瘴気の蓄積」、そして「器」が必要となる。

 

強くなりたい、という壁を超えるだけの感情。

瘴気の蓄積、というその為の足掛かり。

器、という最も普遍的で最も手に入らない『人のまま変わらない』性質。

 

それらはゲームでは特定のボスを撃破だったり、撃破数・攻略幽世数で管理されていたモノ。

日数だけでは決して超えられない壁。

世界の能力者……NPCが時折漏らす情報を繋ぎ合わせることで導かれる設定。

それがそのまま、この世界の法則として適応されているのだろうか。

 

「俺が、ですか?」

「あぁ、気を悪くしないでほしいんだけどねぇ。」

 

彼奴の息子って話だし、リーフと仲良くしてくれてるようだし。

そんな言葉を口遊みながら。

 

「年寄りの助言と思って聞いてほしいが、聞くかぃ?」

「是非。」

 

返した言葉は当然に是。

余り聞ける機会の無い助言だ。

無視するような選択肢は存在しない。

 

「まぁ……一言で言っちまうなら、『異常を異常のまま受け入れる』才能……になるのかねぇ。」

「…………?」

 

異常を、異常のまま?

 

「あぁ、よく分かっていない表情だ。」

「あー……いえ、なんとなく言葉自体が持つ意味はわかります。」

 

一瞬理解まで遅れたが、なんとなく理解できる。

否定したりしない才能。

遠巻きにでも、拒否でも、阿る(おもね)でもなく。

ただ、あるがままに受け入れる性格。

……俺が?

 

「ただ、そんなつもりは全く無いんですけど。」

「そらそうさ。 自分のことが分かるのはこぉんな婆になっても難しいもんさね。」

 

かんらからから、笑う声。

……この人の事が少しだけ分かってきた。

よく笑う、よく話す、そして色々なことを知っている。

文字通りの意味で、田舎に住まう古き良き薬師……『魔女』か。

 

「だからこそ、生きるってのは面白いもんだよぉ。」

「そうですかね……?」

「そうさ。 ……まぁ、その意味も知らずにあのバカ達は先に逝っちまったがねぇ。」

 

あのバカ達。

先に。

浮かんだのは、この店で二人以外に見掛けない人物達。

本来なら存在しなければいけない――――リーフにとっての両親。

 

「まぁ、うちの孫娘もその意味を知らずに生きるのかと思ってたけどねぇ。」

 

じろり、と向けられる目線が『俺』を捉えた。

今までは何処か、肉の器としての俺を見ていて。

今は、精神としての『俺』を見られているような。

目線も雰囲気も変わらないのに、見られるものだけが変わったような感覚。

 

「だから、お前さんには言っておきたいのさ。

 この婆に言い放つくらいに勇気のある若造なんだしねぇ。」

「……何を?」

 

()()()

多分、ルイスさんが伝えておきたかったことは。

そんな直感。

 

()()()()()()()()()()()()

 だから――――何かがあったら、あの子を世界に連れて行ってやっとくれ。」

「…………は!?」

 

けれど、口から出たのは全く以て想定外の事。

自分の死を予感している、という事実と。

その先を任せる、という頼み事。

 

叫んだのは、どっちの意味に対しても。

長くない、ということにでもあり。

任せる、ということにでもある。

いや、最悪前者は分からないでもない。

ただ後者はまだ出会って2日の男に任せることか!?

父上にでも頼んでくれ!

 

「そう叫ぶんじゃぁ無いよ。 あの子に聞かれちまう。」

「いや、叫びますよ!?」

 

聞かれちゃ不味いって……知っておくのとじゃ全然違うだろ!?

心構えとか、これからのこととか。

考える時間は絶対に……。

 

「逆だよ、逆ぅ。」

「逆……?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

じっ、と見る目線が強くなった。

 

「だからまだ言えないのさぁ。 あの子が、あたし以外に頼れる誰かを見つけて。

 他の人生を見つける勇気を持てるまではねぇ。」

「いや、だからって……。」

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それは、確信を持った上で放たれた言葉。

小さく頷き、だろうと思ったと呆れた口調。

 

「多分、色々言葉も足りてないだろうし……。

 婆の懺悔もある。 聞いてってくれると助かるがねぇ。」

 

断る選択肢は――――今に至っては、無くなっていた。



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035/将来

 

ことり、と湯気を立てながら置かれた湯呑。

中に漂う緑と、香る匂い。

 

「薬湯、ですか?」

「そんなに大したものでもないさね。 喉も渇くだろうからねぇ。」

 

話を続けよう、と言われながら用意されたモノ。

確かに喉は(緊張もあって)乾いてきていたが、それも見通して……というのは考え過ぎか。

何方かというのなら、客に出す飲み物といった意味合いが強そうに思える。

一口含み、意外な程に口の中で花開く()()に驚いた。

 

「……甘いですね。」

「花から作ってるもんだからねぇ。

 まぁ、この辺じゃうちくらいしか作ってないもんだけども。」

 

もう一口飲みながら。

しつこくない甘さを飲み干して、心の苦さを押し流す。

話の続き……こうなれば踏み込めるだけ踏み込むと覚悟を決める。

 

「……それで。 懺悔、と言いましたが。」

「ああ……()()()()()()()()()()()()()()()()んだろうけども。」

 

少しばかり、見る目が遠くなる。

見ている先は恐らく、月夜の果て(しごのせかい)

 

「あの子のカードを見たなら分かるとは思うけど、かなり特殊だろぉ?」

「まあ……はい、そうっすね。」

 

占いに関しての才能。

霊力の底が見えない存在。

神々が持つ権能を再現するような呪法。

そのどれを見ても霊能力者として目覚めたばかりとは思えないラインナップ。

 

「あれもまぁ、少しばかり特殊でね。

 取り替えっ子(チェンジリング)と一部の”神”からの加護を受けた結果なのさね。」

「……それ、少しじゃなくて全部じゃないですかね……。」

 

呆れる、を越えて少し震えが出てきた。

 

取り替えっ子(チェンジリング)

日ノ本だと『金太郎』や『かぐや姫』に類する貴種流離譚や異類婚姻譚(おとぎばなし)の成分が混じった存在。

『本来産まれるべきところで産まれず、人とは違った能力を持つ』能力者の総称。

 

霊力の底が見えない……つまり、霊力を気にしたことのない存在が人として産まれた結果。

そして、だからこそ”神”と呼ばれる超高位の存在に見つかって。

祝福と言う名の固定化された呪いを受けたと彼女は言っている。

 

……まあ、だよなぁ。

妖/悪魔と戦ったことが有るとは言っても、一度戦った程度であの能力は流石におかしい。

最初から取得可能になっていた、というよりは()()()()()()()()()()()()()()……そんな感じか。

 

「だからこそ、あの子は狙われ続けてた。 ……って言って通じるかい?」

 

まあそうだよなぁ。

基本的に取り替えっ子は能力的に何かしら特異な存在。

組織にしろ個人にしろ、手元において損はないと考えるバカが大量に出てくる。

 

あの雑魚ラッシュ地味に面倒なんだよなぁ……。

一定ターン以内に一定数以上倒すの必須だし、失敗するとバッドエンド直行だし。

しかも態々ねっとり()()()の描写入れてくるとか何だ。 画像はないのに。

 

「まぁ、なんとなくは。」

「やっぱりお前さん、年齢の割におかしいさね。」

 

そうは言われても、と苦笑いが浮かぶ。

知らなくて良いことばっかり知ってしまっているのが今の俺です、と。

そう言ったとして信じて貰えるかどうか。

知識は父上辺りから教え込まれていると考えて貰った方が楽かもなぁ。

 

「まぁ、西洋の……その”神”を崇めてる組織はもう追っかけては来ないだろうけどねぇ。

 悪魔はどうか、ちょっとあたしでも読み切れないってところ。」

「追っかけてこない?」

 

何故に?

神からの加護を与えられている子なら、どんな犠牲を払ってでも奪いに来そうなもんだが。

 

「あの子の両親……あたしのバカ娘とその旦那が命を擲ってその糞を破壊したからだよ。」

「それは……。」

「あぁ、良い良い。 その辺は生きてた頃にあたしとバカ娘で散々やりあったからね。」

 

どっちが犠牲になるか。

どうやって破壊するか。

何処に逃げるか。

それを前提としなくてはならない程に組織は根を張っていた、と彼女は嗤う。

 

「ま、最後の最後でバカ娘がバカやらかしてね。

 何故いなくなるのか、リーフ自身に知られちまったのさ。」

 

其処から逃げて逃げて、華陽を経て日ノ本へ流れ着き。

当時薬師を探していた父上と巡り合い、今のような感じに落ち着いたらしい。

そして、その頃には彼女は籠もる今の性格を形成しきっていたらしい。

 

「それが……そうさね、二年程前の話か。」

「……あの、リーフって今何歳なんです?」

「あの子? 今で……6歳になったばかりかね。」

 

そうだとすると、ほぼ俺と同い年。

その年齢で自我を持ち。

何故、という部分を理解していたということになる。

 

「だから、あの子はあたし達を世界の全てとして置いてる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ってる。」

 

それは、と言おうとして。

それを言うのなら、彼女当人へだと思い直した。

 

「今は、あたしが生きていてほしいと願っているから生きている。

 もしいなくなってしまえば。 あの子は生きる理由そのものを無くす。」

 

だから、只管に言葉を聞く。

心に刻む。

幾度も言葉を重ねても、伝わらなかったその気持を。

 

「そんな折に、あんた達。

 ……あたしが頼めることじゃないけどね。 もし万が一があれば――――。」

 

あの子の世界の一欠片になって欲しい、と。

それは、魔女からの言葉ではなく。

恐らくは一人の祖母からのものだと思った。

 

――――だから。

 

「リーフが望む通りに。 これで、良いですか?」

 

俺の本心でそう返し。

先程の、三人で話していた時のような思いを胸の中に抱きながら。

 

「……あぁ、今はそれでいい。」

 

きっと若い頃は相当に声を掛けられたんだろう。

十分に魅力的な、彼女と良く似た微笑を浮かべていた。



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036/月夜

 

話を終え、部屋を出て。

食事を終え、部屋に戻る。

そんな日常生活ではあるけれど。

普段と場所が違えば、流れる時間も変わって見える。

 

気付けば宵の夜。

しかし普段と違って、外の景色は引かれた電気で明るく光る。

……この電気を発生させる大元も、特定の妖の残滓(ドロップアイテム)なのだけど。

それらを意図せず無かったことにし、世界は今日も回っている。

 

(……なんて、俺も疲れてるのかね。)

 

幽世の中とは違い、外の月は三日月で。

案内された部屋の窓から眺めるそれは、普通のものとは違って見えた。

 

(普段なら寝てるか起きてるか、中途半端な時間では有るんだが……。)

 

どうしたものかね。

便所で用だけでも済ませて考えるかな、と扉に手を掛ければ。

近くから小さく軋む音が、扉越しに聞こえる。

 

かたり、かたり。

直ぐ側の階段をゆっくりと、誰にも気付かれないように昇る音。

()()()()()()()()()()()()

 

(リーフ……?)

 

その後姿は、食事時に着ていた衣装と酷似はしていても色合いが違う。

黒い外套を取り外し、何にも染められていない白い衣装で。

 

(確か、二階って荷物置き場くらいにしか使ってないって話だよな?)

 

中程か、もう少し上か。

その程度まで移動するのを確認してから、気付かれないように部屋を出る。

 

かた、かた。

ゆっくり、差足、忍び足。

自然とそんな歩き方に慣れてしまっているからか、或いは向こうが集中しすぎているからか。

此方は上を見上げ、けれど向こうは俺には気付かない。

そのまま、二階の何処かへ姿を消していく。

 

その時に身体が動いたのは、本当に自分でも分からない。

好奇心なのか。

老婆の依頼からなのか。

或いは、この身体の持ち主の意思からなのか。

ただ導かれるように、気付けば俺自身も階段を登り始めていた。

 

かた、かた、かた、かた。

軋む音は変わらずに。

上と下とを注視して、誰も来ないことを密かに祈って。

やがてその祈りが通じたのか。

異常が見当たることもなく上へ――――その曲がり角へと移動する。

 

そっと、顔だけを覗かせれば。

屋根から微かに入る月光の下で。

ぶつぶつと何かを呟きながら、手元のカードを開く少女の姿。

 

「今日は、大丈夫だった。」

 

手元のカードを開いて、再び元へ戻している。

 

「明日は、どうかな。」

 

一度束をシャッフルし、もう一度上を開いて戻す。

 

「明後日は、どうかな。」

 

更に一回。

 

「その次の。」

 

更に。

 

「その次。」

 

繰り返す。

 

「次。」

 

夢幻に。

 

「――――。」

 

身体が一瞬、濃く薄くと点滅して見えた。

同じ動作を無限に繰り返す。

ぶつぶつと、何かを呟きながら。

()()()()()()()()()()()()、次へ次へと繰り返す。

 

「…………リーフ?」

 

声を掛けたのは、その姿が余りに曖昧過ぎたから。

人ではなく、或いはまた別の何かではなく。

昼間の姿とは全く違い、何処か神秘的な気配が浮かんで消えている。

 

「…………朔、くん?」

 

下を向いていた顔が起き上がる。

その眼だけが曖昧に、何処か遠くを見つめている。

 

取り替えっ子(チェンジリング)

『運命神の導き』。

彼女の性格の出来た時と、彼女自身の背景。

 

彼女達の話から聞いていた内容で、浮かび上がるのはたった一つ。

 

「……()()()()()()()()()?」

()()()()()()、だよ?」

 

自身が得てしまった能力で。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実。

 

変だなぁ、とほにゃりと嗤う。

当たり前のことじゃない、と小さく微笑む。

 

「……ルイスさんは知ってるのか?」

「知らないと思う、よ? これ……私の、我儘、だもの。」

 

何があっても失いたくない。

そう思い込んだが故に、その能力を暴走させ。

そして彼女の中のナニカが、正しくその力を発揮させている。

 

占い。

或いは占術。

()()と同じ言葉だからこそ、言霊として仙人の持つ力という意味を併せてしまう。

 

人が至ったその先。

『神』と似た意味を持つ存在。

未来を見通す、運命神の権能。

 

危機を避けたいという心からの感情。

足りない瘴気は無限に汲み上げられる霊力が補って。

『人のままでいなくては、意味がない』――――そんな心が結晶化してしまう。

 

(……此奴、()()()()()()()()()()()()()()()。)

 

人が人のまま、その存在だけを変質させる。

それ自体が壁を超える理由であるのなら。

元々が違う存在が、変質化する理由を求めてしまえば。

 

(……こうなる、ってことか。)

 

納得したくはないが納得してしまった。

そして恐らく、()()()()()()()()()()()()()

 

絶対に彼女には気付かれたくない、という思いがあって変わったことだから。

俺自身がもう少し近付いていれば或いは、気付く機会も無かったかもしれない。

 

「ああ、そうだ。」

 

ぽん、と手を叩いて何かを思いついたように。

そして、俺を見て小さく微笑む。

()()()()()()()()と、信じ込んでいるように。

 

「朔くん……も、先のこと、知りたくない、かな。」

 

未来が見えていれば安心だ。

全ての道程が作られていれば、危機が分かっていれば。

()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はじめての、お友達。」

 

>>だから、私が護る。

 

「……はじめて、引かないでくれた。」

 

>>だから、私が導く。

 

「……だから、特別。」

 

>>だから――――。

 

何かを、言いかける前に。

今ならまだ、止められると心の何処かが叫んでいる。

 

「……リーフ。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

>>行動を待機しています...

 

だから。

その言葉を断ち切るために。

必要なものは、なんだろう。



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037/夜月

 

仮に想像する。

もし、俺が彼女の立場になったら。

同じようなことを思わなかったのかどうか。

 

()()()()()()だろう。

多分、俺は自分のせいだと責め続けると思う。

ただ、同じように籠もるかと言われればそれはない。

 

それは、性質の違いで。

生まれの違いで。

考え方の違いで。

 

「リーフ。 ……それは、違う。」

 

()()()()()()()だと、そう思う。

 

「……違う、です、か?」

 

彼女の問いに、肯定でも否定でもなく。

その考え方自体を、拒絶する。

他でもない、『受け入れる性質』と言われた俺自身が。

 

「……何が?」

 

私には、分からない。

 

彼女の言葉は、純粋な疑問。

 

枠の色が安定しない。

もし、見えているものが彼女の内心だとするのなら。

これは、幽世で見えていたモノと同一なのではないだろうか。

 

「安全、なんです、よ?」

 

死なないで済むというのに。

 

一歩、詰め寄られて。

目線は、外さない。

 

あの時見えていたもの。

今見えているもの。

その差異は、何だ。

同じものは、何だ。

 

「誰も、悩まなくて……済むん、ですよ?」

 

苦しませずに済むというのに。

 

一歩、歩み寄られて。

身体は、動かさず。

少しずつ濃くなる霊力(くうき)を吸い上げ、吐き。

息を落ち着かせる。

 

今の彼女は、全てが本心ではないと判断できる。

なら、今こうして見える枠の色が寸を刻む毎に切り替わる理由は。

移り変わる理由は。

それを、求めて、求めて、求める。

()()()()()()()()()()()()()

 

「何が、違う……と?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

気付けば、眼前に彼女がいた。

その目は、何処か透明で。

何も映さないように、()()()()()()()()()()()()にも思えた。

 

――――何が違うのか。

それを追い求めれば。

自然と、思い当たる事が一つだけ。

……だから、彼女の内側の誰かに告げる。

 

これが間違っていれば、終わりだろうな、と。

もう一人の、あの背中だけの自分が呟いているように思えた。

 

それは、君だけの視点から見た『平穏』だから。

 

ぱきん、と。

心の内側の何かが罅割れ、砕けるのが分かった。

そして、何故分からなかったのか。

今見えているものの正体に、思い当たる。

 

見えているものは、隠しているもの

 

幽世であれば、隠れている実際の行動の流れと動作。

現世であれば、隠している相手の内心を。

今の俺は、文字として認識している。

 

だから多分、枠は……安定していないことの証左。

確定している事と、揺れ動いている事の差異。

 

『神』の視点と、『人』の視点の差。

 

「言ったね。 安全を知りたくないかって。」

 

きっと、それを求める人間は幾らだっている。

俺だって、本質的には――――将来的にはそれを求めている。

 

「ただ、その安全は()()()()()()()()なのかな。」

 

例えば、今『明日は危険だからこれをやめよう』と決めたとして。

その失敗で得られるはずだった知識や経験は消失する。

『安全なことだけ』を積み重ねれば、見える範疇は安全として。

 

それがその時点で確定してしまう事象なのか。

ほんの少しの蝶の羽搏き(バタフライエフェクト)で変わってしまうことなのか。

それ自体さえも、占わなければいけなくなる。

 

「飽く迄、俺の想像だけど。

 ……このまま行けば、近い将来行き詰まるよ。」

 

そして、これは確度の高い想像だ。

全てを捨て、『安全』に籠もっている今は良くても。

近い将来、『どうやっても逃れられない危険』は襲い来る。

そして、それから逃れる手段を彼女は持たない――――持っていない。

 

だから。

俺が、そう指摘してやるしかなかった。

 

ほんの少しの、空白の後。

 

――――なら、どうすれば良かったの。

 

目の色が、少しずつあの綺麗だった赤色へと戻りながら。

それでも、何かに抵抗するように残り続ける。

 

私のせいで、皆が皆死んでいく。
パパも、ママも。 お祖父ちゃんだってそうだった。
でも、()()()()()()()()()()()

 

言葉にならない、抵抗をしていると読み取れた。

……目に、微かな痛みが走り。

けれど、周囲の空気(れいりょく)がそれを癒やす。

 

誰も、私は悪くないとしか、言ってくれなかった。
責めて欲しかった。
それだけで、多分。 少しだけでも、救われたのに。

 

「……リーフ。 自分でも気付いてるんだろ?」

「……何を、です、か?」

「何も言わなかったのは、君の事を慮ってだってこと。」

 

こんな能力、要らなかった。
こんな呪い、要らなかった。
……だから。 せめて、私達だけは――――。

 

浮かぶ感傷。

今まで口に出せなかった、内心に秘め続けていた言葉。

他に漏らせなかった、彼女自身が抱えてしまった枷。

それを読み取れてしまう俺だから。

 

「それは、君の我儘で。 君が、自分から言い出せばそれで済んでいたことだ。」

 

そう、言葉で断ち切る。

 

壁を超える執念を。

抱え込んだ怨念を。

能力に対する、嫌悪を。

 

……なら。 どうすれば良かったのか……教えてよ。 ……朔くん。

 

最後に見えた言葉。

目前の、彼女の目と同じ朱。

言葉にできない、最後に頼る先として俺を求めた。

なら。

 

「ルイスさんに話して。 全てを占うのをやめて。 自分で物事を決めて。

 ……それでも、今後も生きていきたいなら。 俺と白が、助けになるよ。」

 

――――こう、言ってやるしか無い。

 

これが、どれだけの救いになるかも分からないけれど。

()()()()()()()()()()()()、と。

とさり、と倒れ込んだ彼女を胸に抱きながら。

奇妙な達成感を感じ……深く深く息を漏らした。



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038/主従

 

浅く、深く。

確かに呼吸をしているのは確認できるが、彼女は動く気配がない。

それに合わせ、周囲の空気の重さも消えて。

俺の目にも、元の――というのが正しいのかは分からないが――景色が映り出す。

 

「…………リーフ?」

 

軽く揺さぶっても気配はない。

恐らく、神降ろしかそれに近い状態だったと思われる彼女。

その代償に意識を失っているのだろう、と何となく考える。

……普段は占った後に部屋に戻り、倒れるように意識を手放していたのだろうとも。

 

(……駄目だな、こりゃ。)

 

そのまま変に動くわけにも行かず、その場に腰を下ろす。

倒れ込むようにした彼女の顔は何処か安らかで。

部屋に戻すにも筋力が足りるか分からず、目が覚めるまで待つしか無い。

 

(疲れたが……収穫はあった。)

 

俺の言葉が何処まで有効だったのかは分からない。

ただ、確実に俺自身にも何かしらの影響はあった。

 

内側に罅が入り、砕ける感覚。

確かに一歩、越えなければいけない何かを乗り越えた感覚。

もしかすると、アレは()()()()()時に感じるものだったのやも。

 

(そうなると……父上が言っていた堕ち人ってのは。

 もしかするなら、取り替えっ子に近い性質もあったのかもな。)

 

そう考えると、幾つか納得がいくこともあるのだ。

俺自身に起こったこと。

俺の家系に起こること。

『月』の、妖に近い性質と掛け合わせれば。

 

きっとその本質は。

()()()()()宿()()()()()()()()()()()()

 

妖に負ければ血に酔い溺れる。

妖に打ち勝てば、その力を存分に発揮する。

妖と同化すれば――――多分、その結果が俺だ。

 

人の形を為し、人の記憶を引き継ぎ、()()に接続する権利を得た能力者。

それが何故ゲームの記憶を持っていたのか。

何故この世界に来てしまったのか。

そんなことまでは、今の現状では分からないけれど。

 

「多分、リーフに言ってやれるのが似たような存在の俺だった……ってことかね。」

 

そんな風に、ぽつりと呟けば。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

階段側から聞き慣れた、呆れた声。

そちらに目線を向ければ、柱に腕を組みながら押し付けて。

その場で妙な表情を浮かべた白。

 

そうして腕を組んでいても、悲しいかな。

一部分は全く浮かび上がらないが。

 

「小娘が姿を消しておるし、ご主人も部屋にいない。

 何か聞こえると思えば上で密会か?」

 

……妙な、というよりは怒っている様子。

多分俺がまた声を掛けなかったからだろうけど。

 

「そういう風に見えるか?」

「見えぬ。 が、それくらい言わせろ。」

 

柱を蹴ろうとして、途中で止める。

全く、と呟きながら此方に近付いてくる。

そういう細かいところで自分を制御できるから、全面的に信用出来るんだけどなぁ。

 

「途中から見ておったからある程度は分かっている。」

 

……あの位置から?

確かに気を張り続けていたから視線には反応鈍くなっていたが。

リーフからは白見えていたはずだよな、その場合。

 

「なら声掛けてくれても良かっただろ。」

「阿呆。 この娘が落ち着いたのは()()()()()()じゃよ。」

 

愚痴を呟けば軽い蹴りを肩に浴びる。

これで勘弁しておいてやる、とはどの立場から言っているんだこの蝙蝠娘。

 

「俺だから?」

「ああ。 人だから、ではないぞ?

 ()()()()()()()()だと。 あの内側が認めていたご主人だから落ち着いたんじゃ。」

 

…………は?

いや待て、落ち着こう。

そうだ、落ち着いて聞かなければ。

 

「何でそれが分かる?」

「そりゃお主。 小娘……()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

……ふぅ。

落ち着け。

今足元で眠っているんだから起こさないように言わなくては。

 

「何でそれ黙ってるんだよ!?」

「ある程度確信したのが食事が終わった後じゃったしな。

 それに、話そうとしてもご主人が捕まらんし?

 小娘に一日付き合ってやれって言われてたし?」

 

声色は普通。

ただ、その内容と顔色がじっとりとしている。

そして半目で俺を見ている。

……うん。

 

「……ごめんなさい。」

「うむ。 吾は心が広いから許そう。」

 

頭を下げれば、若干ドヤッとした顔で見返してくる。

 

広いってなんだっけ。

多分そう言えばまた怒り出すから黙っておく。

 

「……それで?」

「単純な話よ。

 あの娘は自分に対しての自信が欠片もない。 それは話して思った事じゃろ?」

「まあ……そうだな。」

 

自分を責めて欲しかった、と。

内心でずっと抱えていたリーフ。

全てを許されて、自分のせいではなく。

代わりに家族だけが犠牲になっていく。

 

言い換えればそれは、彼女が生まれた時から負った能力と向き合う機会を奪っていた。

だから、その能力に自身の意思と存在意義を依存しきっていた。

その部分を俺は言葉で突いただけだ。

 

「それに対し、ご主人は徹頭徹尾自分しか考えておらん。

 ……いや、正確に言えば周囲も考えてはおるな。

 だが、最後は全て自分と自分の縁に殉じるじゃろ。」

 

……うん、まあ多分そうだが。

 

「なんか見透かされてると気持ち悪いな。」

「うっさい、黙って聞け。」

 

ぽ、と少しだけ頬を染める。

 

「そして、あの娘は占い故か、同類故かは知らぬが。

 ご主人自身の抱えたモノを捉えていた節があった。」

「……ひょっとして。」

 

あのタイミングで自分の能力を見せたのも、それが原因か?

そう問い掛ければ。

 

「関係ないとは言えんじゃろうな。

 ひょっとすれば反応が見たかっただけやも知れぬが。」

 

小さく頷きつつ。

 

「同類と認めた存在からの言葉だからこそ落ち着いた。

 今後は……まあ、悪い方向へは進まぬとは思うが。」

 

吾にだけ答えよ、と声を更に小さく。

耳元、息と息が届く程度の距離まで近付かれる。

 

「今がおそらく最後の機会じゃぞ。()()()()面倒を見る気かや?」

 

……まあ、そうだなぁ。

 

「約束もしちまったし。 ……なんだかんだ、お前も見捨てられないんだろ?」

「うっさいわ。」

 

多分、答えが分かっている質問。

だからこそ、そう切り返せば。

照れ隠しか、図星を突かれたのか。

背の羽根が、俺の肩を一度叩いた。

 

――――将来の仲間候補として内定だなぁ。

 



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039/明け

 

翌日。

何とか二階から(白の力を借りて)彼女を降ろし。

自分の部屋で僅かなりとも睡眠を取った朝のこと。

 

朝食を頂き、そろそろ出るか、と。

準備をしていた時。

部屋の戸を叩く音と共に声がする。

 

「朔。」

 

そう声を掛けて来たのはルイスさん。

準備を止めて、扉を開いた。

 

「どうかしました?」

「どうしたもこうしたもあるかぃ。 ほれ。」

 

手元に持っていた瓶を見せるように渡される。

透明なそれの中には、褐色に染まった丸薬が複数個。

 

「昨日言ってたやつだよ。 それで50個入ってる。」

「え……もう準備できたんですか?」

 

あれ、()()()()()()()()って効果が強く見られて派生一個目(いちにんまえ)くらいの作成難易度の筈。

作れるものの範囲が広い作成系能力は派生数も多いから、色々取ると能力ポイントも喰うんだよなぁ。

 

「あぁ、と言っても在庫があったってだけさね。 基本的に能力深度に対して一個の割合だ。

 大体太陽が上る前に飲めば翌日の……日が変わるくらいまでは持続する筈だよ。」

 

……となると、白は今能力深度(スキルレベル)2だから一回で二個、と。

レベル上げるにしても在庫数と相談して、だな。

変に端数が余ると収まりが悪い。

 

「すいません、助かります。 それで、値段は……。」

「ああ、良い良い。 今回は無料にしておくよ。」

 

値段を聞こうとすれば手の前でひらひらと。

……いや、昨日聞こうと思ってたけど結局忘れていて。

今こうして渡されれば、払わないわけには行かないんだが。

 

「ええ……?」

「あぁ、ちゃんと理由はあるんだよ?」

 

それも多分、()()()()()()でって言えることが。

へ、と気の抜けた言葉が漏れた。

 

「自分で分かってないのかぃ?」

「まぁ……はい。 すいません、何が?」

 

若干呆れた顔をされた。

そして同時に誰かを心配するような声色で独り言を漏らしている。

『苦労しそうだ』ってなんのことだ。

 

「リーフのことさ。」

「……ああ。」

 

そう言われて思い至る。

……というよりも。

想定していなかった事を指摘された、という感覚が強い。

 

昨晩話をしていたのはリーフ当人でもあり、内側の誰かで。

当人からすれば夢か、或いは夢見心地に感じる現実程度の認識だと思っていた。

だからもうちょっと忠告はしておこうと考えていたのだけど。

 

「あの子から色々言われたよ。 多分、お前さん等が何かしたんだろ?」

「いや、殆ど何もしてませんよ。」

 

精々口で色々言ったくらい。

俺としては間違って見えたことを指摘したくらい。

とは言え、そうやって介入した以上は今後も付き合っていこうとは思っていたけど。

 

「……ま、これは婆からの礼ってことさ。 次からは業も頂くけどねぇ。」

「……なら、もっと稼がないと怖いですね。」

 

互いに小さく笑う。

それでちゃんとやり取りが出来て、仲良くしていけると確信できた。

 

「あぁ、そうそう。 内緒にして欲しいとは言われたが、リーフから一つ頼まれてねぇ。」

「?」

 

何故それを俺に明かす?

面白そうだ、と思っている感情が見え見えなんだけど。

そして多分、それで苦労するのは俺になるんだけど。

 

「あの子に薬の作り方を教えることにしたよ。」

「……へぇ。」

「元々引き継がせようとは思ってたんだけど、あの子から言い出すとはねぇ。」

 

……成程ね。

自分の意志で最初に選んだのは、自分の家系の技術か。

まあ、彼女らしい。

 

「……ま、あたしから言えることは一つだけさ。」

「今まで色々言ってましたけど。」

「うっさいね。 あと一つってことだよ。」

 

途中で茶々を入れれば当然に反論。

 

「お前さん等、帰るのは良いけれど気をつけなよ?

 そして、()()()()()()()()

 

……そう言われて、思い出すのは二人の話。

世界の一欠片になって欲しい、と頼まれた内緒の話。

 

「まあ、命大事に。 そんな精神で帰りますんで。」

「もし危ないと思ったら一回帰ってきな。 部屋くらいなら貸してやるからさ。」

 

そうならないことが理想なんだが。

これで必須攻略目標的には回復地点が入れ替わった……って感じなんだろうな。

親切で言ってくれているのだから、もしもということで答えておく。

 

「戻ることになったらそうします。」

 

じゃあね、と立ち去る彼女に再度挨拶し。

部屋の中へ戻ろうとしたタイミングで、二人の部屋の扉が開く。

 

「ご主人。」

 

ひょっこりと頭だけを覗かせて。

左右を向き、誰もいなくなっているのを確認した上で此方に近付く。

何かから隠れているようで、少しだけおかしく見えた。

 

「……何してんだ?」

「いやな、ちょっと色々あってな。」

「は?」

 

何故に?

……ああ、いや。 昨晩の記憶の影響か?

 

「大体何考えてるか分かるがその通りじゃ。」

「さっきルイスさんと話してたが、俺のことも覚えてたっぽいしなぁ。」

 

まあ、当然のことしか言ってないから落ち着いた後の謝罪とかそのくらいはあるかも。

ただ、彼女の考え全部を読み切れないからなぁ。

 

「なんか重い話じゃなきゃ良いんだが。」

「十分重いものを背負うって話、昨日したばかりじゃろーが。」

 

細い目で俺を見るのはどういうことだ。

また俺には別の理由ってことか? それは。

 

「ま、リーフから伝言じゃ。

 帰る前に、言いたいことが有る、と。」

 

……まあ、俺も言っておきたいことが有るからいいんだけど。

 

「いや何処にいるんだよ。」

「分かるじゃろ?」

 

白は上を見上げて。

それだけで、何となく何処だかが分かった。

 

「……もう一人の彼女と同じ場所、ってか。」

「そのくらい常に気が回ればなぁ。」

 

うっせえ。

 

戯言を口走り。

文句を言い合い。

それが俺達の対話だと言わんばかりの行動を取りながら。

 

昨晩と同じ場所へ――――階段へ脚を掛けた。



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040/朱け

 

階段を登った先。

幾つかの荷物が壁沿いに置かれた一室。

少しだけ広げられた、部屋の中央。

 

「……ぁ。」

 

静かに佇む。

昨晩と同じカードを握る、蒼髪の少女がそこにいた。

 

「そろそろ帰るから挨拶しに来たよ、リーフ。」

「そういう訳だ。」

 

まずは用件を先に伝える。

言っておかなければ、昨日と同じように大事なことだけを伝え忘れそうで怖くて。

 

「色々ルイスさんにも、リーフにも世話になった。」

「…………いえ、それは、私の……方、です。」

 

話し方まではどうにもならなかったようで。

けれど、目に宿る力が何処か違う。

諦観的な色は姿を消して。

どこか真っ直ぐに物事を見ている、そんな色合い。

 

「……もし、二人に会えて、無かったら……って、思うと。

 ちょっと、怖いです。」

 

小さく微笑みながら、口遊む。

 

やはり、彼女は覚えている。

その上で、自分なりに結論を導き出している。

だから、一回誤魔化すように言葉を挟んでみることにした。

 

「いやぁ……それは言いすぎじゃないか?」

「……忘れません。 昨日……言って、くれたこと。」

 

けれど、返る言葉はそのまま。

誤魔化せない、というのは少しだけ恥ずかしいんだが。

唯、これ以上話をまともにしないのは彼女にとって失礼だとも思った。

 

白は、何も言わない。

 

「……だから、聞いて……くれます、か?」

「何を?」

 

そうして問われたのは、彼女自身の覚悟を聞いて欲しいとの言葉。

だから、それは何かと聞き返し。

 

「……私、もっと……強く、なります。

 自分で、自分を……他の誰かを、助けられる、くらいに。」

「……ああ。」

「……でも。 今、一人じゃ……何も、出来ません。」

 

それもまた、事実。

占いの有効度自体がどれ程かは分からないが、戦闘中に使えばランダム要素しか引き起こさず。

それ以外で使った時の信頼を、今の俺は持っていない。

恐らく彼女自身はそれに対し、ある種の確信を持って実行できているのだろうけど。

 

そして――――あの時は()()()()を見ていたが。

神々の名の付いた、西洋由来の特殊呪法。

威力はお墨付きで、恐らくは範囲全体に被害を及ぼす最終兵器。

ただ問題は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点。

短縮詠唱*1などを組み込むのかどうなのか。

周辺被害などを考えれば、彼女自身の認識は間違っていない。

 

「私は、私の……出来ることを、します。」

 

ただ。

 

「直ぐには……難しいかも、しれません。」

 

その程度で諦めるなら、彼女は此処に立っていない。

自分と折り合いをつけ、能力に折り合いを付け。

へし折られ、それでも立つからこそ霊能力者。

月夜の果てに消えるまでは――――何があっても、負けではないのだから。

それが救いとなってしまう事象を、除けば。

 

「でも――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それが、彼女の願いだった。

 

その場にいたのはたったの三人。

けれど、何かを為すには十分な数。

 

「それが、どういうことか分かってるんだよね。」

「……分かっている、つもり、です。」

 

――――その意思を、確認する。

 

ただそうしなければいけない、という義務感だけでは何処かで折れる。

苦しみ、迷い、力及ばず。

そういった苦難さえも楽しめるからこそ、能力者は部隊として共に在る事が出来る。

 

「……まだ、俺も自由に何かが出来るわけじゃない。」

「……はい。」

 

許可を出されなければ何も出来ない、一人の子供に過ぎない。

力を持ち、それを管理出来るとしても。

感情任せになってしまう子供に過ぎない。

 

「……だけど、出来る限り会いに来る。」

「……はい。」

 

其処から逃れるまでに必要なものは、未だ分からない。

ゲームの時と今の状態。

前提条件さえも変わっていそうな、そんな謎に包まれている。

 

「だから……俺からも言う。 待ってて、くれるのか?」

「……お婆ちゃんに、なるまでに。 迎えに来て、下さいね。」

 

ただ。

「仲間」を得てしまった以上は。

こうして、俺自身から言い出すはずだった言葉を口にされてしまったのなら。

 

「……なんだか、告白みたいだな。」

「そう取ってもらって、良い、ですよ?」

 

俺の知識と、経験と、縁と。

全てを以て――――頑張るしか、無くなるじゃないか。

 

その笑みは。

この数日見てきた、彼女の中で。

最も綺麗な、笑い顔だった。

 

 

 

 

 

 

それは誓いで。

それは願いで。

それは幻想(ゆめ)に過ぎない。

今はまだ、何も為せない少女が一人。

 

それは確信で。

それは偶然で。

それは想像(りそう)でしかない。

今はまだ、動くに足りない少年が一人。

 

それは願いで。

それは目的で。

それは生涯(えいえん)を賭けるに値する。

今既に、自身の在り方を定めている式が一人。

 

 

三人が揃い。

偶然とは言え、感情を交わしあった少し後。

 

 

それから。

本編の物語は、幕を上げる。

 

 

 

 

<Chapter1/知らない場所と、良く知る世界>:End

 

          ↓

 

Next:<Chapter2/宵の明星、刀刃振るう黒き修羅>

*1
威力を落とす代わりに詠唱速度を短縮・早期発動できるようにする派生能力。



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CCC/一章終了時パラメータ

なんか日刊乗ったりなんだり色々凄いことになっとる……。
応援ありがとうございます。改めて御礼申し上げます。

※2023/1/2 固有名詞解説追加

※2023/11/30
読み返してたら超能力者、霊能力者で地味に表記ブレしてたので解説追加。
基本は同じものを指しますが以降は再度霊能力者で統一します。


 

*以下は一章時点でのパラメータや若干のネタバレを含みます。

見たくない人は飛ばしてください。

 

 

■固有名詞

 

*霊能力者、超能力者:

人とは違う妖などと戦う力を持つ総称。

基本的に日ノ本版(通常盤)は霊能力者。

追加版は超能力者と呼ぶが本質は同じ。

 

主な役割は

『幽世内でのみ手に入る物品の入手』

『街々を行く商人の護衛』

『妖や同類などの悪意を持つモノの撃退・抹殺・祓う』事。

 

命名理由は『一般的な能力とは隔絶した力を持つモノ』から。

退魔師とか陰陽術師と呼ばれない理由は

『一概にその能力を持つわけではない』

『魔を祓うことのみが役割ではない』から……という設定。

 

*霊能力、超能力:

霊能力者、超能力者が持つ特異性を数値に表したもの。ステータス。

それぞれ以下のような意味・効果を持つ。

 

『力』:物理攻撃・所持重量に影響を与える。

『霊』:霊力(MP)・回復呪法・被攻撃呪法軽減に影響を与える。

『体』:生命力(HP)・被物理攻撃軽減・所持重量に影響を与える。

『速』:回避率・命中率・行動順・罠探索率・罠解除率・手先を用いる生産物成功率判定等に影響を与える。

『渉』:干渉効果(デバフや状態異常)・霊力(MP)・対物品鑑定率に影響を与える。

『呪』:攻撃呪法効果・霊力(MP)・対罠鑑定率・その他物品に対して影響を与える。

 

*能力:

霊能力者、超能力者が持つ特異性を個別の名称で取得する為の一覧。スキル。

『花・鳥・風・月・無』の大分類が存在する。

各分類がどんな効果を持つのかは一章本文参照。

 

*瘴気:

世界に漂っている悪意などの感情や自然に発生する様々な思念などが吹き溜まり、漂うナニカ。

完全に消滅させることは出来ない。 陰陽術の『陰』に当たる。

普通の状態であれば均等にバランスが保たれる筈だが、そのバランスが偏り始めている。

その原因が一章で名前だけ語られた『妖の王』、つまりラスボス。

 

*幽世:

瘴気が吹き溜まったことで世界に影響を与え、空間が汚染されネジ曲がった結果。

要するに瘴気で満たされた別世界。ダンジョンと言い換えても良い。

その構成上、現世に存在しない物質などが採取可能。

また、生まれた場所次第で永久に根付くパターンと幽世の主……ボスを倒せば消失するパターン。

二つが存在するが、実際に倒すまでは何方かは分からない。

 

*装備品名称:

大きく分けて『通常』『付与効果付き』『銘有り』『固有銘』。

『通常』:何のエンチャントもない装備。ノーマル。

『付与効果付き』:何かしらの汎用能力が付いた装備。エンチャント。

複数能力がついている場合は『ハイエンチャント』と呼ばれる。

『銘有り』:少しだけ特殊な効果が付いた装備。レア。

『固有銘』:それ専用の効果が付いた装備。ユニーク。

 

ただ、エンチャントの個数によってはユニークを超える効果を持つ時もある。

なのでノーマル以外の装備品三つは以下のような感じの扱いを受ける。

 

『希少度』

ユニーク>レア>エンチャント>ノーマル

『売却価格』

ユニーク>レア>ノーマル

(エンチャント個数や能力次第でユニークを超える場合もあるので除外)

『強さ』

(ハイエンチャント)≧ユニーク≧レア≧(通常エンチャント)>ノーマル

 

*成長ルール:

基礎値は全て1、スキルポイント4で作成。

深度が高まる毎に「使用していたステータス」にランダム3ポイント、フリーで2ポイント獲得。

またスキルポイントを3ポイント獲得。

 

■ステータス

 

【主人公】

 

(はじめ)

 

霊能力(ステータス)

 

『朔/深度4』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』

 

能力(スキル)

 

未取得/2点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『狩る者の眼差し』1/1任意対象の生命力・霊力・状態を確認する眼差しを得る。
【無】『習熟:長柄』2/5長柄武器の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【無】『徒人の慧眼』1/3鑑定に習熟する。能力上昇で補正。
【花】『瘴気変換:霊力』2/5周囲の瘴気を霊力に変える体質へと変化する。
【鳥】『迫撃』1/5対象の内部を貫く一撃。【物】【格・長】【麻痺発生】
【月】『式王子の呪』1/1 式を扱う才能を目覚めさせる。強さは主と同等となる。
【月】『劣火の法』1/5対象の害する才能を劣化させる呪法。【物・魔】
【月】『削減の法』1/5対象の肉体を脆弱化させる呪法。【物・魔】

 

【設定】

 

◆年齢:五歳

◆髪色:黒髪/白髪交じり、乱雑に伸ばしている

◆外見:そのまま成長すれば普通に見られる位。

    100人いれば外見が好みの女性が何人かいるかも、位の埋没した姿。

    蒼眼、但しその奥は暗い。

   『本来見えないモノ』を見る時だけ、その暗闇は透き通るように色が変わる。

◆身長:110cm

◆体重:測ったことがない

◆Cvイメージ:特になし

 

◆特徴:【月】の一族の末裔であり、何故かこの世界をゲームとして遊んでいた記憶を持つ少年。

    幽世や周囲の霊力が極めて濃い場合のみ、『本来見えないモノ』を見る能力を持つ。

    当人はそれを家系が持つ『堕ち人=妖の側に落ちた能力者』からの由来だと考えている。

    将来の夢は平穏な生活を送ること。

    但しその為の難易度は把握しているので鍛えようとしている。

    基本的に『拒絶しない』人間。

 

◆イメージ曲:

羽ノ亡キ蝶/霜月はるか

 

 

【ヒロイン】

 

(ましろ)

 

霊能力(ステータス)

 

『白/深度4』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』

 

能力(スキル)

 

未取得/2点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『染者/花鳥風月』1/5布製品の作成能力を取得する。能力上昇で補正。
【無】『習熟:刀剣』1/5刀剣類の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【花】『瘴気変換:生命』1/5周囲の瘴気を生命力に変える体質へと変化する。
【鳥】『兄宇迦斯の指先』2/5解錠・解呪を可能とする。能力上昇に応じて補正。
【鳥】『鶺鴒の見通し』 2/5 幽世での発見行動を可能とする。能力上昇に応じて補正。
【鳥】『血飛沫月光』1/5血液を月光に晒す。【物】【刃】【出血発生】
【月】『月読ノ導き』2/5自身の種族特徴を取得する。能力上昇に応じて変化。

 

 

【設定】

 

◆年齢:十~十二程度に見える

◆髪色:白/当初は肩口ほどまでのミドルウェーブ、現在は伸びて脇下程度

◆外見:黄色の瞳。

    白い呉服にワンポイントの蒼一筆。

    背中中程から蝙蝠羽根を二つ。 自由に飛ぶのは未だ難しいらしい。

◆身長:129cm

◆体重:(設定上)31kg

◆体格:ロリ。ぺたん。

◆Cvイメージ:山本希望

◆対主人公呼び方:「主」「ご主人」など。

 

◆特徴:蝙蝠羽根を生やした美少女、種族『飛縁魔』。

    種族として魅了出来るように個体毎に特徴が違い、この外見は白だけが持つ。

    当初は唯の式神として付き従っていたが、色々と主が抱えてる謎や扱いに絆されている。

    生涯を共にするのは前提として、その中で()()()()()まですることを夢見て活動中。

    基本的に寒がりで、夏などの蒸し暑い時でも大体は主の布団に潜り込んでいる。

 

◆イメージ曲:

Rendezvous/原田ひとみ

十六夜涙/吉岡亜衣加

 

 

『リーフ=クライエント』

 

霊能力(ステータス)

 

『リーフ=クライエント/深度1』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』

 

能力(スキル)

 

未取得/0点
【無】『V・S・タロット』1/1自身をカードに映し出す簡易呪法。
【無】『運命神の導き』5/5任意の事象を占う天性の才。
【無】『夢幻の泉』1/1霊力を何処かから供給され続ける才能。
【風】『太陽神の裁き』1/5陽光を以て敵を討つ。【魔】【木・風】【敵全体】

 

 

【設定】

 

◆年齢:六歳(年度計算で言うと朔と同じ)

◆髪色:蒼/魔女の家系らしく、髪の毛は基本的に整える程度で伸ばし続ける。現在腰辺り。

◆外見:朱い瞳。 若干目に掛かる前髪。

    ほぼ常に黒い外套。腰に付けた木箱には薬が幾つかと占い用のカードが入っている。

    その内側はその日によって変わるが、個人的には緑や青などの暗めの色が好き。

◆身長:107cm

◆体重:(設定上)25kg

◆体格:年に見合わない豊満。

◆Cvイメージ:能登麻美子

◆対主人公呼び方:「朔くん」。 平仮名。

 

◆特徴:取り替えっ子(チェンジリング)。 そして『神』からの加護持ち。

    その由来で霊力が枯渇することはない。 但し一度に使える量には制限がある。

    自身が生まれ落ちたことで両親と祖父を失って日ノ本へと流れ着いている。

    その関係で『誰かを失うこと』を強く忌避する余り、知り合いなどを作れていない。

    祖母との二人暮らしで静かに消えていく……筈だったが助け出された少女。

    その関係で、朔と白に対しては親愛を越えた強い感情を抱いている。

    朔と同じく、内面に何かを持つ。

 

    ……当初のプロットをぶち抜いて、他のヒロイン一人の設定を取り込んで合体している。

    

◆イメージ曲:

アズライトの棺/アヤネ

 

 

【その他】

 

『父上』

 

◆本名『(よい)』。

主人公の父親。 ゲーム上では養父――――実際には不明。

片目が【魔眼】と呼ばれる能力で変質している。

隠していることだが、この能力に覚醒めた際に『妖に打ち勝った』タイプ。

但し一方的に支配する形となったため、片目だけに異常が起こっている。

 

 

『ルイス=クライエント』

 

◆リーフの祖母。

『白魔女』と呼ばれる実在した薬師の総称としての一人。

戦闘能力としては中位前後程度だが、薬師としては達人クラス。

 

余談だが、彼女達が日ノ本語を話せているのはルイスの場合は『言語:日ノ本』を取得したから。

リーフは西洋語が話せない代わりに日ノ本語を聞いて理解している。

雑に言って天才なのだが自分ではその凄さに全く気付いていない。

 

 



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Chapter2/宵の明星、刀刃振るう黒き修羅
とある世界の片隅/嘆きと共に


 

奇声が空に舞っていた。

悲鳴が地に転がっていた。

何も話さない亡骸が、世界に溶けて消えていた。

 

一つ、二つ、三つ。

近付く度に増える亡骸。

何を狙っての行動か。

何も考えずの行動か。

 

その中心に佇むのは、故も知らない男一人。

腰に佩くのは大刀二本。

腕に持つのは大刀一本。

予備としてなのか、或いは。

この程度の相手にならば、抜くことすら必要としないからなのか。

 

血が地面を染めていく。

やがて、周囲の気配が掻き消えて。

小さく小さく息を吐き。

その場に残った――――残ってしまった血と肉を。

そのまま喰らい、飲み干した。

 

やがてゆっくりと立ち上がり。

口元からだらりと流すそれを、腕で拭い。

刀を仕舞うことさえ無く、奥へ奥へと進んでいく。

足元に残された、瘴気の欠片に見向きもせずに。

 

何かを求めているように。

何かを失ったかのように。

その目だけは爛々と輝き。

 

何者かの吐く息と。

小さく聞こえる、人の物ではない声を聞きつけ。

次の獲物と見定めて、その中心へと飛び込んで。

一振り、大刀を振り回した。

 

――――刃から放たれたのは、嵐。

 

術技由来か、或いはその手に持つ大刀の付与効果由来なのか。

それを問い掛ける物は誰もおらず。

ただ、それを警戒していた人面獣身の妖は次の瞬間に血飛沫と化した。

 

警戒するだけ無駄で。

戦い続けるだけ無為で。

逃げることさえ無理で。

恐らく数分も経たない間に再び、沈黙が世界を支配した。

 

先程まで聞こえていた声は既に無く。

ただ中心に立つ男の静かな呼吸音だけが、その場に残り続けている。

 

周囲を見回し。

何かを探し続け。

何も見つからないことを理解し。

胸元に唯一揺れた、金の首飾りを手に取った。

 

それそのモノを大事そうに握り。

戦っていた時とは正反対に、愛おしそうに。

傷付いた一筋の跡をなぞり、手を離す。

 

次の瞬間には、再び獣のような匂いを嗅ぎ付けて。

そちらに向けて、歩みを向けた。

影へとその姿は消えて。

その奥で、再び悲鳴と血飛沫の朱が飛び散った。

 

 

――――人々は噂する。

狂ってしまった怪物が住む場所があると。

愛した誰かを探し続ける、悲しい怪物が住んでいると。

 

元は人で、けれど既に人ではなく。

人の身の内側に怪物を飼う、また別の怪物であると。

 

既に散ってしまった誰かの面影を追い続け。

陽の当たる場所へ戻ることを諦めた、哀れな操霊術師が住まうと。

 

 

きっとどれもが正しく、間違って。

その『誰か』のみが、目的を知り得ているというだけ。

 

 

――――いや。

その『誰か』を追い求める、また誰かも、また。

知り得ることを、知っている。

 

……ただ、それだけの話だ。



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001/三人

 

空に輝く白い月。

雲も何もなく、ただ見上げるだけならば季節外れの月見も出来たのかもしれない。

 

ただ、その場所が幽世でなく。

その周囲に血飛沫が存在せず。

身体を侵す瘴気の中で無ければ、の話だが。

 

きぃ、ぎぃと騒がしい玄室の一角。

慣れながらも、油断はせずに敵に向かって武器を構える。

 

「白! 目の前の動き潰せ!」

「応!」

 

飛び掛かった白の刃が、相手の振るう鈍器の力の向きを明後日へと振り回し。

伸ばした白い髪が、左右に振られ視界を塞ぐ。

同時に鼻先に放たれた『種族特徴』……【魅了】は生憎効果を発揮させなかったが。

 

両手に握った杖――三代目――を握り、空いた隙間に一歩踏み込む。

以前よりは踏み込む距離は大きく、深く。

それでいて周囲を見回す余裕さえもある。

 

――――キィ!

 

振り下ろされた一撃を受け、斜めに立てた杖を持って地面に逃がす。

真正面から受ければ両腕に少なからず振動が来ていただろうが。

こいつら相手であれば、二体同時までなら対処もできる。

 

以前と同じ子鬼、以前よりも遥かに多い頭数。

但しその身に宿った瘴気の濃さは明らかに上で。

瘴気深度(レベル)に関しては、昔に比べて確実に上。

 

だからこそ。

その腕力も、速度も、狡猾さも上だというのに。

 

「大体読み切ってるんだよ――――起動せよ!

 

どん、と地面を一度叩く。

地面に図形――――五芒星を象った奇妙な形が、俺達と敵を含んで持ち上がり。

()()()が、その円に縛られ硬直する。

 

二回りも三回りも強く、修練を積んだ結果。

その動きがはっきりと目で追える。

動きに対処できる。

それを読んだ上で、嵌めることだって出来てしまう。

 

1行動目
>>子鬼Dの攻撃。攻撃が0回命中。
>>子鬼Eの攻撃。攻撃が0回命中。
>>『朔』の『封縛の陣:地』。干渉成功。子鬼A~Gまでの行動停止。
>>行動待機中...

 

見えてしまう数値を確認し、誰も攻撃を受けていないのを確認。

全員が引っ掛かっているのを確かめて。

 

()()()!」

「……はい!」

 

背後にいる筈の少女に対して大きく叫び、後ろに三歩ほど距離を取る。

当然の如く、白は俺が叫ぶ一手前に飛び退っていて。

 

万が一、発動前に呪法が解けても届かない位置へ。

暴れまわるその攻撃が、被害を及ぼさないその位置で。

 

――――ズン。

 

一度、空間自体が揺れるような音が響き渡る。

 

加護を与えし神よ。 全てを司る、名すらも伝わらぬ秘されし神よ。

 

――――ズン。

 

その速度が、更に増していき。

周囲の瘴気が霊力に塗り潰され。

直上の月が、彼女の髪色の――――蒼へと塗り替えられていく。

 

()()()()()その光景。

初めに見た時は敵味方含め、全員が見上げているなんて間抜けな光景になってしまったが。

慣れてきた今では、その振動音自体が頼もしさを伝えてくる。

 

贄を捧げる。 神力(しんりょく)を以て、全てを祓うその意志を。

 

リーフの持つ『太陽神の裁き』。

超長時間詠唱、且つ火力も異常さ極まる最上位呪法の更に上。 遺失級呪法(レリック)

取得するには通常の手段ではない、幽世内の瘴気箱から見つけるしかない希少さ故に。

実際に使われている現場を確認して初めて詳細を理解した、俺自身も知らなかった呪法。

 

それを惜しげもなく使わせているのは、当人の希望が一番強いのは間違いない。

ただそれと別に、純粋に「使い慣れさせておきたい」という部隊全体の意志に基づいて。

 

どの位置なら安全なのか。

補助系列の能力を使用した場合、どれくらい時間が短縮/延長されるのか。

使用後の疲労や負担は、連続して使った場合でどの程度影響するのか。

普段は使わない奥の手だからこそ、その熟練度は可能な限り上げておく必要があった。

……ただ、こいつら程度に使う呪法じゃないんだよなぁ確実に。

 

堕ちよ神罰。 私の父と母と、始まりの存在に於いて命ず。

 

ふっ、と。

周囲に漂う風の流れが留まった。

 

……それは、これから起こる被害の中心点。

台風の目にも近い、使用者たちを護るための無風点。

 

刻め――――『太陽神の裁き:(■■■■■■■)

 

閃光。

暴風。

 

周囲に存在していた妖と、玄室の壁沿いに生えていた木々と。

それらを包み込む壁自体が刻まれ、一部分は砕け散っている。

 

死骸なんてものは何処にも見えず。

ただ、元いただろう場所に転がる瘴気の塊。

 

「……ふうっ。」

 

それを為した張本人はいつものことだと、息を吐き。

それを見ている俺達も、また別の理由(あんしんかん)から息を吐く。

 

「……なぁリーフ。

 今回はいいんだけど、次回は敵に応じて使う呪法調整の練習しような。」

 

恐る恐る、というか。

少しだけ恐怖心を感じつつそう伝える。

巻き込まれたら死ぬもん、俺達。

 

「……やっぱり、そうです?」

「あったりまえじゃろぉ!?」

 

火力馬鹿、とまでは言わないが火力偏重気味の性格が見え隠れし始めた少女。

それに対し、一番巻き込まれる可能性が高い俺の式。

そんな二人に指示を出したり、色々便利に動き回っている俺。

 

そんな三人で組み始めて。

出会って、色々あって。

幽世に潜り始めて――――三年程が過ぎようとしていた。



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002/三年

 

「……でも、大分……慣れました、よね。」

「そろそろこの幽世も卒業……というよりは主に挑戦も考えて良いかの?」

 

帰宅際。

近くの集落、三人で一つの部屋で過ごす。

この周囲は瘴気が溜まりやすく、結果幽世が発生する事も多く。

集落というよりは村、と言った具合に多少発展しているのも特徴だった。

 

「まぁ……地図も7割は埋まったしな。 多分別階層も無い平たい幽世だし。」

「実際どうなのじゃ?」

「聞いてる話だと、この辺りに出来るのは全部似たような形状に落ち着くらしい。」

 

話を此方に振りながら、地図を見ている俺を左右から覗き込む二人。

 

白は見た目上は其処まで変わっていない。

ただ、能力上【魅了】出来る対象を増やすためなのか。

或いはさせたい対象の好みに合わせるためなのか。

『月神ノ導き』の能力深度上昇に合わせ。

ほんの少しだけ齢を重ね、髪も背の中程までに達し。

 

そしてそれらを利用し、視界を阻害するように舞い闘う技術を実践の中で磨き上げ。

傍目からすると『目を惹かれる』、美少女と美女の合間へと変化を遂げ始めていた。

 

「……研究してる人、いるんですか?」

「そりゃまあ。 とは言っても俺が持ってるのは其処から溢れた情報程度だけど。」

 

より正確に言い直すなら、仲買で買うことが出来る情報。

前の世界で近い概念を持ち出すなら『冒険者の宿』に近い場所だからこそ。

然程希少性を持たない内容だからこそ捨て値で売られている話。

 

ただ、能力者側とすればそういった情報を拾い集め。

自分達にあった狩り場を探すのも良くすること。

そういった関係性が成り立つからこそ、情報が流れてくるのだけど。

 

「何にしろ荷物が一杯だし、ルイスさんの薬ももう少し足しておきたいし。

 それに頼まれていた素材も集まった。

 一度街に戻ってからどうするかは決めるけど……それでいいよね?」

 

はい、と頷く少女――――リーフも大分成長した。

 

蒼い髪は更に長く、足元付近まで。

最近では邪魔になったとかで折り畳んだり、纏めたりと色々な方法を取り始めている。

陽に当たらないからこそ細く、白かった肌はそのままに。

色々と動いたりすることで体力を身に着け、少しだけ活発性も見え始め。

西洋人形のような外見を保ったまま、女性らしく変身を遂げていた。

 

(……それに対して俺は良く分からないからなぁ。)

 

潜っている時に男女だの考えるだけ苦労するから、意識して無視しているが。

少しずつ成長し始めている情緒や身体に困ることも少しずつ出始めている。

 

ちらり、と素材が詰め込まれた荷物を覗き込む。

あの頃から比べて、一回り程大きくなった背負い鞄。

もう少し量を増やすには業を掛けるか、成長するしか無く。

何方にしても時間が掛かると溜息を漏らす。

 

(……そういや、仲間に出来そうな相手一人も見つからなかったな。)

 

約束(あの)後、帰宅してから父上へと相談し。

『物品を手に入れる』という目的を果たした後なら、という約束を取り付けた。

何となく。

必須攻略目標(ミッション)の要素が生きている気はしつつ。

 

その後二週間程を待ち再度『北麗』へと向かい入手、即座に帰還。

報酬として二代目の杖を貰い、好きに動く許可を貰った上で。

()()()()()()()()()()()()()()()に費やす事を決定した。

 

そして各々の得意不得意を補いながら探しているのだが……。

前者は行えても後者で足踏みを続けている。

理由は単純。

俺達が若すぎるのと、求める人材の性格面が噛み合わなさ過ぎる事。

 

未だ二桁に満たない齢故に、正式な『成人』には遠い。

つまりそれは、世界中の能力者達で判別し合うために作り上げた機構の一つ。

『能力者組合』が設定した、年若い同類達を護るための仕組み。

能力深度(レベル)』に於ける判別基準の下限を割っている。

 

だからこそ。

『組合』が発行し、『仲買』などが経由する『依頼』を受けられないから業が稼げず。

認められないからこそ有能な人材と巡り合うことが出来ない。

こうした集落で出会う単独(ソロ)の相手は、大概が求道者かクズの二択。

 

実際問題、白の『魅了』に引っ掛かる相手が「俺が護ってやるからそんな子供と別れて~」とか。

そんな言い草で近寄ってきてどうしろというのだ。

真顔と極寒と、後は色々籠もった酷い目線と。

若干の肉体言語でお帰り頂くことになったのは少々の思い出。

 

「何か……悩んでるん、ですか?」

「ん?」

 

目線を伏せていれば、心配そうな声色。

 

「言える内容じゃったら聞くぞ?」

 

左右からそれぞれに聞こえる言葉。

内包する感情は何方も同じ。

 

「ぁー……いや、ままならないなって思っただけ。」

 

男でも女でも良い。

部隊の最大人数が5人か6人ということを考えれば、後欲しいのは前衛と治癒役。

そちらに才能がある相手なら、どんなに幼くても未熟でも構わないんだが。

 

「……それより、今日の反省会。 やっちゃうか?」

 

今出来ないことは後で考えよう。

三人で話して決めた、連携を鍛えるために始めた行為……反省会。

その日の良かったこと、悪かったこと。

深度の上昇なんかの情報共有などを全て内包した、部隊での秘密事を提案し。

 

「……逃げたか?」

「……どう、でしょう?」

 

二人から、妙な目線で見られてしまった。

俺の扱いも大分軽くと言うか……変に見られるようになったもんだ。



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003/成長

 

「さぁて……。」

 

簡単な話し合いは終わり、各々の成長の確認に入る。

 

反省会で言っておくべきこととしては敵に応じて補助能力を使い分ける事くらいで。

今日に限っては三文、ほぼ通常詠唱での発動。

 

恐らくあの相手なら今のリーフなら短縮版、二文で殲滅できたはず。

ただ確実とは言えなかったから間違いでもなく。

次回同数の時は短縮してみよう、程度で終わる話。

 

……正しく使用できる呪符なら、発動時の言葉だけで起動できるんだからその差は明確だよな。

まあこの部隊、俺を含めて正しく使える人材一人もいないけど。*1

 

「あ、やった。 深度上がって、ます。」

「おお、これでまた一歩成長じゃの。」

 

横で普段より少しだけ高いはしゃぎ声。

まあそれもそうか、深度(レベル)が上がれば出来ることが増える。

画面を通してでさえ次の幽世(ダンジョン)で武具掘り出来るのは楽しかったのだ。

それが現実味を帯びていれば、成長することにさえ意識を向けているのなら喜ぶに決まってる。

 

「やったなリーフ。 何処かで感覚あったか?」

「……ええと。 多分、最後の。 子鬼……の時、かも?」

 

俺と白は分かるので良く知らなかったことなのだが。

深度上昇(レベルアップ)時に感じる不思議な感覚は、分かる側と分からない側に別れるらしい。

とは言え写し鏡の呪法に類する物を使用すれば確実なので、然程影響があるわけではないのだが。

()()()()()()、と言うのは能力を選ぶ上である程度選択先を絞るのに応用できる、とか。

因みに教えてくれたのはルイスさん。

 

「このままじゃとリーフに追いつかれそうじゃな?」

「まあ今回で差が1まで縮まったもんなぁ。」

 

指を立て、周囲の空気から水滴を生成する。

 

俗に『簡易呪法』と呼ばれる便利な部類の能力。

物理的な損傷が発生しないから戦闘では使用できないが、能力点を使用せずに扱える道具という認識。

西洋の方では普通に使われているそうで、日ノ本では知る人ぞ知る……くらいではないかと聞いた。

これを利用すれば何もなく『写し鏡の呪法』を使用する際の負担を軽減できる。

それに霊力で水や火を生み出せる、というのはその量を扠置いてもこうした集落生活で助かるもんだし。

 

「俺達は感覚無かったから成長してるとは思わないけど……。」

 

そう呟きながら、映る水鏡に目を凝らす。

 

『朔/深度9』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』
1112

 

未取得/0点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『狩る者の眼差し』1/1任意対象の生命力・霊力・状態を確認する眼差しを得る。
【無】『習熟:長柄』3/5長柄武器の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【無】『徒人の慧眼』3/3鑑定に習熟する。能力上昇で補正。
【花】『瘴気変換:霊力』3/5周囲の瘴気を霊力に変える体質へと変化する。
『瘴気吸収:霊力』2/5瘴気を吸収し、常時霊力を賦活する体質。
【鳥】『迫撃』2/5対象の内部を貫く一撃。【物】【格・長】【麻痺発生】
【月】『式王子の呪』1/1 式を扱う才能を目覚めさせる。強さは主と同等となる。
【月】『劣火の法』3/5対象の害する才能を劣化させる呪法。【物・魔】
『法則干渉・低』5/5他者に影響を与える呪法の効果量増加。能力上昇で補正。
【月】『削減の法』3/5対象の肉体を脆弱化させる呪法。【物・魔】
【月】『封縛の陣:地』1/5対象の行動を阻害する陣を刻む。【物】【半減/魔】

 

「……うん、変わってないな。」

 

当然3年前からは大きく変わっている。

最も大きい部分といえば戦闘中に霊力を余り気にしなくても良くなったこと。

そして西洋からの知識で、『陣』系列の呪法に手を出したこと。

これに関しては全くと言っていい程無知だったので一から学び直した形だ。

 

何でも、戦闘に用いる『陣』は()()()()()()()に近いらしい。

 

付与効果に近い、後天的に刻み込む能力。

発動自体は足元なり使用する場所に武具を押し付けて詠唱。

利点は極めて短時間で、且つ広範囲に発動する事。

欠点は武具に刻み込む関係で付与効果枠を消費する事と、()()()()()()()で刻めるかが変わる事。

 

その結果、鉄製だった二代目の長柄武器は木製の三代目に生まれ変わった。

そして何より、この『陣』発動時にのみ使える回復系があるという事実。

当初の予定だった『月』系列の回復魔法を取得しなくなったのはこれが原因。

なので少し力を入れていきたい能力系統だな、これは。

 

「変わらんなぁ……。」

「ただ、リーフが上がったんだろ? 多分俺等もそろそろだと思う。」

 

今までの上昇時の時間感覚からすると、後一度か二度潜れば上がると思う。

必要な瘴気/霊力量も増えているが、それに合わせて潜る場所も調整してるし。

 

「ならばいいのだがのぉ。」

「そんなに心配しねーでも、俺が頼りにしてるのは変わらないって。」

 

頭を一度二度叩けば。

それを当然のように腕にこすりつけてくる。

 

「当たり前じゃろ。 ご主人の式は、吾一人で十分じゃ。」

「……そうだな。」

 

……大分変わったよなぁ。

成長に合わせて、感情表現が豊かになったというか。

大人の女に近付いている気がする。

 

「……むぅ。」

 

反対側のリーフが、頬を膨らませ。

同じように近付いてきて、慌てて。

 

その日の晩、寝るのは結局いつも通りに。

川の字に近い、並んでということに落ち着いてしまった。

 

――――どうしてこうなった?

*1
呪符補助系能力を取得する必要がある。




※「好き」の感情はまだ子供同士レベルです。


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004/帰路

 

『北麗』から歩いて約数刻の南側。

俺達が出向いていた集落はその辺りに存在していた。

もう2刻も進めば山にぶつかり、登る羽目になるギリギリの平原地帯。

だからこそ、なのだろう――――瘴気が溜まってしまうのは。

 

(やっぱり西か東……少し離れた場所にも行きたいんだが。)

 

ただ行ったとしても所持金が稼げない。

今回手に入れた武具や道具を売り捌けばそれなりにはなるが。

逆に言うなら()()()()()()()()()()()のだ。

もう少し高価に売れる道具が拾えていれば別なんだがなぁ。

 

「~♪」

 

少しだけ先を、鼻歌交じりに歩く白。

聞き覚えがない音程は自分で作ったものなのか。

左右を見て、木々に隠されている辺りに何か落ちてたりしないかを確認しつつ。

年齢に不釣り合いな装備を持って、只管歩いていくしか無い。

 

「……楽しそう、です、ね?」

「まあ……自由に歩き回れるってのは特にな。」

 

俺達の中で一番年上に見えるのが白。

しかも唯でさえ美少女/美女として見られる種族。

いつぞやみたいに声を掛けられる機会は減ったけれど。

視線で追い掛けられるのは増えてきている。

特に”妖”だからこそ、何か言いがかりを付ければ――――なんて。

そんな馬鹿げた考えの奴らは、流れ者にこそ多かった。

 

「……でも。 朔くんと、一緒なら……楽しそう、です、よね?」

「まあ、一緒にいるときなら自由にさせるようにしてるのもあるしなぁ。」

 

街では必ず手を握り合って。

一般人からすれば姉弟に見えるように。

能力者であっても、深い関係であるように。

 

街に長く住んでいる面々からは漸く”安全”だと見られるようになってきたが。

余所者がそれをすぐに受け入れるのかはやはり別問題。

その為もあり、早く『深度証明』を済ませて安全性を確保させたいんだけど。

最低でまだ6年掛かるしな……。

 

「……良いなぁ。」

 

ぽつりと呟く言葉が耳に入る。

というか、態と入るように言った気がする。

それ程に近く、隣り合って歩いていたから。

 

「……そんなに?」

「……私に、してみれば。 ですけど、ね。」

 

小さく微笑むのが目に入り、少しだけ目線を逸らす。

そのまま視界に入れていると、なんだか胸の辺りがどうしようもなくなりそうで。

その状態を、感情の名前を知っていても。

まだ子供の肉体が納得して落ち着くかはまた別問題。

……成人するくらいには、何かしらの結論用意しないと。

 

そんな事を考えながらの帰途中に。

 

「……ご主人。」

「ん?」

 

突然に鼻歌を止め、足を止め。

自分達から見て右側……茂みのようになっている位置を見て、訝しげな表情を浮かべる白。

 

「どうした?」

「あぁ、吾の勘違いの可能性は十分にあるのだが……。」

 

その辺りから、少しだけ声を潜める。

なんだろう、と眺めていたリーフも近寄ってきて俺達へ耳を傾ける。

 

「あの辺り……()()()()()()()

「は?」

 

指差したのも同じ場所……茂みの辺り。

 

「誰かって……盗賊とかか?」

 

この辺りは治安良い方だからないとは思うが。

少し田舎に行くと『能力者の盗賊・山賊』が湧いてくることがある。

そいつらのせいで風評被害を受けてる側面は結構あるので。

見つかり次第根切りにされる傾向にある奴等。

 

「いや……ううん……?」

「珍しいな、煮え切らない意見なんて。」

 

白はうちの部隊のメイン斥候。

だから気配探知系も(頭を下げて)一人前(それなり)に修めている。

にも関わらず断定できない、ということは。

 

「……隠れる……道具、とか?」

「道具だとしたら相当高位の消耗品のはず。

 基本能力者には役に立たない道具だからねあの辺。」

 

正確に言うと深度を深めた能力者に働かせるには、道具の効能を上げる系列の能力が必要。

ただそれらも最低で深度10以上でないと取得できない、とか制限があったはずなので。

そこまで行くなら素直に自分で気配を消す系列の能力を覚えた方が手っ取り早いという。

 

(にしても、基本探知系有利のはずだから誰かいるとして……最低で気配抹消系の……Lv2以上か?)

 

対抗ロールの存在を考えれば同能力レベルでも運次第で変わるし。

狩人とか弓使い系なら有効なのは間違いない。

後は良くいる全身クリティカル装備変態野郎(全裸二刀忍者マン)辺りは覚えるとして。

……一体何がいるんだ?

 

「考えても仕方ない……か。 白、警戒して踏み込んでくれるか?」

「若干()()()()いいかや?」

「任せる。」

 

どう飛び込むかは一番危険性が高い白の自由に。

これが街中なら間違いなく禁止だったが、今は別に問題ない。

俺達も最低限武器を構えて、警戒の体勢を取る。

 

()()、でいいな?」

「ああ、指で頼む。」

 

飛び込むまでの猶予。

三カウントで突撃する、という普段から幽世でやっている連携の延長線上。

 

後ろ手で、指を三本立て。

一つずつ折って、カウントとする。

 

二、一、零……。

着々と減り、零になった瞬間に少しだけ浮いて茂みに飛び込み。

一秒か二秒か、その程度の短時間が経過した後。

 

(……さて、何事だ?)

 

ご主人、と茂みの奥から声がして。

顔だけを此方に突き出した白が、理解が追いついていない顔で悩みを浮かべていた。

 

「どうした?」

「どうしたというか…………。」

 

行き倒れが寝てるんじゃが、との返答。

はぁ?と。

それに対し聞き直してしまった俺は、間違っていないと思う。



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005/行き倒れ

 

俺達の部隊拠点として利用させて貰っている薬屋。

以前は使われていなかった二階を片付け、使用料を支払って借り切っている一室。

 

「……ふぅむ。」

「どうです?」

「過度な疲労と栄養失調……それに怪我が酷かったねぇ。」

 

その片隅に、軽く敷かれた布の上で薬その他を塗りたくられ。

ほぼ半裸のような状態で、適度に育った胸を上下させている少女が眠っている。

少しだけ清められた顔は、恐らく俺達と同い年くらい。

成人まではしていないように見受けられる。

 

西洋(じもと)ではたまぁに見たけれど、何処で拾ってきたんだぃ?」

 

手を拭いつつ、一息つくルイスさん。

彼女も3年経ったからか、少しだけ皺が目立つようになってきた。

けれども、リーフに教え込んでいるという生き甲斐があるからか。

精神的には初めて会った時よりも強く、逞しくなっていたりする。

 

「いえ、なんというか……帰路の途中で茂みの中に倒れてまして。」

 

そう、ボロボロの――――既に役割を果たしているかも曖昧な服装で。

腰に佩いていたのだろう刀は途中で折れ、柄と中程までだけが残り。

顔や肌も土塗れで綺麗な姿もほぼ見えず。

長い髪も途中で斜めに裂かれ、肩甲骨辺りで途切れてしまっている。

そして何より。

肩筋からの大きな切傷が目立ち、血が流れている姿。

 

気配を消したままで倒れ伏しているその状態こそ異様で。

甘いと言われようと、どうしたものかと話したのはほんの少しだけ。

残していたリーフ特製の(効果量も低い)塗り薬を塗りたくり。

本来売るつもりだった、水属性に対する軽い付与効果が付いた外套で身を包み。

背負って急いで帰ってきて、と。

後はルイスさんにお願いしてしまって今に至る。

 

流石にその場で脱がして塗れる程、俺達は割り切れていなかったし。

見捨てられる程、心が死んでもいなかったというだけの話。

 

「ふぅん。」

「大丈夫なんですか?」

「まぁ見たところ、死ぬような状態からは脱したよ。 後はこの子の気力次第かねぇ。」

 

そうですか、と口にする。

白とリーフは下の調合場を借りてゴリゴリと勉強兼薬の生成。

彼女に使った分を含め、今日一杯は手を離せないだろう。

 

「ところで、ちょっと聞いてもいいですかね?」

「あぁ、なんとなくは分かるよ。 この子についてだろぉ?」

 

二人がいる状態なら……いや、正確に言うならリーフがいるところなら聞き難い事。

酸いも甘いも噛み分けてきた人にだからこそ聞けることがある。

 

「傷以外に目立った何かありましたか?」

「いんや。 治療に必要だから軽く身体は綺麗にしたけど、()()()()()()()()()()ね。

 あー…………襲われた時のような体液とかがない、って意味だけどさぁ。」

 

意味分かる? と暗に聞かれ。

小さく頷き、ちょっとだけ思考に浸る。

 

つまり、あの状態でも見つかることより隠れることを優先した?

治す手段があったのか。

或いは自分が見つかればどうなるかという自覚があったのか。

その辺は起きてから聞くしかないか。

 

「一般的な意見なんですけど、あの子ってどうなんですかね?」

「どう、って言うとぉ?」

「いえ……行き倒れを日ノ本で見ない、っていうのは何となく分かるんですよ。」

 

普通に働いてさえいれば食うこと自体は出来る。

それより稼ごうとすれば失敗もあるから野たれ死ぬ事もある。

ただ、それでも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が普通だ。

 

それは子供から老人まで理解している筈のこと。

だから、他にどうしようもないという場合を除けば見るはずもない。

 

「ただ、俺達が見る限り警戒するほどの深度ではなかった。」

 

それも助けようと思った理由の一つ。

もし助け起こして恩を仇で返されたら堪らない。

倒れているのが罠の可能性だってあった。

その辺を踏まえ、何があっても大丈夫なラインだと判断したから助けたという思惑もある。

 

「それがたった一人で。

 加えて、あの感じだと村生まれとしても追い出されるには遅すぎるでしょうし。」

 

大体物心がついた頃……或いはもう少ししてしまえば追い出される。

能力者を受け入れる村ならば可能性は別だが、大体はその場所場所でルールが違う。

便利に使い潰されるか、排除されるか。 それくらいしか思い浮かばないんだが。

 

「多分だけど、自分で出てきたんだろうねぇ。」

 

俺が聴きたいことを理解してくれて、そう答える。

 

「ボロボロだったあの上着、破れてはいるけど付与効果もついてる。

 あの刀も恐らくはそうだけど……確実なのは持ってた薬、かねぇ。」

「薬?」

 

何か持ってたのか?

 

「ああ。 霊力を生命力に変える緊急薬の類さ。

 ただ、あの調子だと回復し切るまでに霊力が尽きてそのまま……ってところじゃないかね?」

 

それで道端ではなくあんな場所に潜んでたと。

……しかし、そうなると。

 

「ただ、無謀なのは変わらないね。 相当運が良かっただけだろうさ。

 あたしの田舎だったら山賊にでも連れて行かれて人生おしまい、そんな感じさね。」

 

命を無駄にしている、と判断したのか。

事情を知らないから、というのもあるのだろうが見る目は何処か冷たい。

 

「……まあ、事情を聞いて。 払うものさえ払って貰えばそこでおしまいにしますんで。」

「そうしな。 あんまり深く関わって良いことがあるかは微妙だと思うよぉ?」

 

……後から考えると。

多分、最後のこの会話がフラグだったのだと思ってしまう。

良くも悪くも――――彼女との出会いは、そんな形で始まった。



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006/目覚め

 

結局、彼女が起きるまでにはその後丸一日と少しを要した。

翌々日の朝、いつものように二階の部屋を覗き込んだところ。

周囲を警戒しながら見ている彼女を最初に見つけたのが俺で。

互いに目が合って、奇妙な警戒と言うか空白を空けて。

 

「起きた?」

「……此処は?」

 

そんな声を掛け合いながら。

手元で何かを探すように動く手を視界に捉える中。

ぐう、という腹から鳴る音が邪魔してしまい。

恥ずかしそうに目線を伏せる姿に気が削がれてしまった。

 

「食事取れる?」

「……多分。」

 

片方はがくりと肩を落として。

もう片方は顔を真っ赤に染めて。

布で覆われた肢体が寝床から見える中で。

 

「……一応話聞くまでは移動しないで欲しいから、仲間呼んでくる。

 悪いけど其処で待っててくれる?」

「……閑処*1だけ借りても大丈夫ですか?」

 

多分気を張っても仕方ない、と同時に思ったような気がする。

口調を緩めるのに合わせ、女性らしい(と考えるのもどうかと思うけど)口調に切り替わる。

 

案内するだけなら……とは思うが。

しなきゃいけないことを考えると――――。

 

色々と貼り付けられている肌に目線を向けて。

 

「ええっと……ちょっと仲間呼んでくる。 同性の方が良いだろ。」

 

頭を下げるのを背に受けて、下の階……二人の部屋へと向かって戸を叩く。

内側でバタバタと音がして。

若干髪を崩した状態で顔を見せたのはリーフ。

 

「……ど、どうかしました……か?」

 

幽世突入前とかで良く見る光景ではあるが。

何度見ても髪の綺麗さに目を奪われそうになる。

ただ、今は気にしてる余裕はない。

 

「上の病人が起きたんだけど……閑処に行きたいらしい。 俺が案内するのもアレだし。

 食事の準備も俺がするから任せて良い?」

「……ぁ。 起きたん、ですね?」

「そう。 薬も変えたほうが良いだろ?」

 

そうですね、と頷くのを見る。

流石に異性の着替え現場まで俺がいるわけにはいかないし。

リーフに改めて頼んでから、台所へと顔を出す。

普段の当番通りで言うなら、恐らくは……。

 

「お、ご主人?」

「ああ、いたいた。」

 

普段の呉服の上からエプロンに似た前垂れを身に着けた白。

青色に染められたそれは、普段のワンポイントに良く似た色で。

無地よりも、と彼女自身が望んだ色だった。

 

「白、準備中に悪いが少し場所借りていいか?」

 

此処に間借りする上で俺達が決めたルール。

自分達の出来る範囲……家事やら生活面は手分けして行うこと。

だから定期的に食材を買ってきては台所の片隅に置くようにして。

且つ、交代交代で食事の準備をすることにしていた。

 

昨日は俺で今日は白、明日はリーフ。 その次があればルイスさん。

大体3~4日ペースで遠征……幽世に出ることにしていたから。

俺達の順番だけで終わることも、そうでないことも半々と言ったところ。

 

「そりゃまあ、後は温めるだけじゃから構わんが……。」

 

今から完全に用意する時間もないし、恐らく重いものを口にするのも難しい。

麦粥か粥……確か冷や飯と卵の残りあったよな。

そう思いつつ、食材を纏めた場所を覗き込む。

 

「いや待て待て。 急にどうしたんじゃ。 空腹か?」

 

そんな背中を引っ張られ、心配そうな顔で見られる。

……まあ、黙っておく理由があるわけでもないから良いんだが。

 

「いや、上の……病人が起きてな。」

「ほ? あ奴が?」

「そうそう。 で、最低でも2日は何も口にしてないわけだろ?」

 

納得した、と手を離される。

改めて昨晩使った米櫃の中を確認……うん、一人分くらいはある。

 

「で、粥でも作ろうと思うんだが……なんか使えるのあるか?」

「そうじゃなぁ……。 野菜刻んだのでも入れるか?

 微量に残っていて何とも言えなかったところではある。」

 

どれどれ、と見てみれば……確かに微妙。

一人分には満たない割に使える部分として大きく切るのも難しい端じゃん。

……っていうか、昨日俺が残した部分だった。

 

「……すまん。 これ俺だ。」

「やはりか。 まぁ、全く使い道がないわけでもないから構わんが。」

 

変に捨てたら捨てたで怒るだろお前。

端の端、本来捨てる皮まで使い尽くすのが白。

若干不器用ながら、その料理に必要な分量を細かく考えその通りに作るリーフ。

ある程度大雑把な男料理になる俺。

多分、この辺も性格故だと思う。

 

「じゃあこれ使っちゃうか……。」

「なら鍋の方の準備を進めよ。 刻むのは吾がしておく。」

「分かった。 頼む。」

 

念の為軽く洗ってからだな。

簡易呪法を利用して水を用意して、と。

本来なら井戸とか川から汲んでくる必要があるが、こういう時には便利。

 

「しかし。」

「ん?」

「ご主人の主観でいいが、()()()()?」

 

一度二度水を変え、粘り気を落とす。

改めて調理に入るために瓶から水を掬って。

未だに弱火が残っている竃の火を強める。

沸騰直前まで待つ、という時になって。

背中越しに問われた、第一印象。

 

「やっぱり俺達よりは深度は下だろうな。

 ただ、呪法師じゃない。多分だが白に似てる。」

 

あの刀と、起きた直後に武器を探す真似。

武器を握り戦う剣士や侍に近いように思う。

あの筋肉の付き方からしてもそうだろうし……。

 

「ということは、前衛かや?」

「だろーな。」

 

俺は女じゃないから良く分からんが。

胸元潰さないと動きにくいんじゃないか? アレだと。

 

「信頼できるかは?」

「これから。 お前も来るだろ?」

「無論じゃ。」

 

ご主人は何だかんだ甘いからのう、と嘆かれて。

……言い返す言葉が浮かばずに、押し黙った。

*1
トイレのこと。



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007/対話

※誤字指摘ありがとうございます。
速度優先で書いてるとどうしても見逃すな……。


 

準備を済ませ、食事を取って。

その後で二階へと向かい。

 

「……ふぅ。」

 

木匙がかつん、と音を鳴らす。

少しだけ熱いかな、と思わないでもない粥の提供。

ただそれがほんの一瞬で無くなるとは思わなかった。

それだけ空腹だったということなのか、早喰いが習慣付いているのか。

 

「いや、早いの。」

 

ついつい白が口にしてしまう程で。

リーフが少しだけ驚きに目を開いて。

俺は……表面には出さなかったと思いたい。

 

足元、寝床から少しだけ離れた場所に食器を置き。

身体毎向き直った上で、丁寧なお辞儀……土下座に近い体勢を取って一礼。

 

「……改めて。 先ずは感謝を。」

 

ある程度想定はしていたし、白にも伝えていたが。

動作一つ一つが綺麗に見える。

身体を使うのに慣れているようには思える、そんな少女。

未だ汚れが付いた部分が多少無くもないが、それでもこうして落ち着けば輝きは見える。

 

白が妖しさを混ぜた少女、リーフが保護欲を感じさせる少女とするなら。

目の前の彼女は、一振りの刀……弱さと強さを併せ持っているように()()()

 

「いや、それに関しては何らかの形で返してもらえば良い。

 それより……事情を聞いても良いか?」

 

礼だけでは済まさない、という此方の意見を提示して。

当然ですね、と頷いた上で。

 

「現状助けられた身で言うのもなんですが……個人的な部分もあります。

 言える範囲で、という形でも宜しいですか?」

「今はそれでも。 信用出来たら教えてくれ。」

 

当然です、と頷き合う。

二人に目線を向ければ、どちらも微かに頷く。

俺が表立って進めて良い、と判断する。

 

「では……ああ、先ずは自己紹介からですね。

 (わたくし)伽月(かづき)と申します。」

「伽月……ね。 俺は朔。 此方が白で此方がリーフ。」

 

左右に並ぶ彼女達と俺自身の名前も続けて紹介する。

取り敢えずこれで”何と呼んで良いのか問題”は解決した。

今まであの病人、とか拾ってきたの、とかだったし。

 

「宜しくの。」

「……宜しく。」

「はい、宜しくお願いします。 それと……色々と有難うございました。」

 

同性故、というのは絶対あると思うが。

俺に対してよりも少しだけ柔らかく見える。

別にどうこうというつもりはないが、少しだけ嫌な気分になるのは否めない。

 

「それで伽月とやら。 聞かせて貰えるかの?」

「はい。」

 

改めて姿勢を正した。

きちんとした正座……とでも言えば良いのか。

足を崩すことはなく、ぴんと背筋が立った状態。

俺が胡座だったりする中で、そんな姿勢を取るのは彼女と白だけ。

少しだけ恥ずかしくなったが……足痛くなるから苦手だし、やらないでいいか。

 

「とは言っても……大凡予想は出来ていると思われますが。

 村から出て此方に向かう途中、少々……不覚を取りました。」

「何と戦った?」

「妖です。 ……こう、羽根があって。 鳥系の。」

 

それだけだと幾らでも候補がいるんだが。

以津真天とか姑獲鳥とかか……?

でもそんなの近くの幽世にいなかったはず。

 

「幽世の外で?」

「はい。」

 

……何処かから流れてきたか?

目を見ても嘘には思えない。

つまり交戦したのは間違いない、としておこう。

そして打ち漏らした、というのも真実としておく。

 

「……分かった、気をつけよう。」

「あの場所に隠れていたのは薬が効くまでの避難場所的に、ですね。

 その……万が一を考えて、ですけれど。」

 

最低限の知識はある。

つまり村から追い出されたり自分を特別だと思い込んでるタイプではない。

 

……となると、一つ疑問がある。

そいつ等の場合、彼女が負っていた大きな傷の理由が付かない。

きちんと見た訳では無いが、アレは()()()()()()()の部類だ。

つまり相手は人型か、或いは人そのものの筈。

それを伏せる?

 

「…………。」

「……あの、えっと。 朔様?」

 

少しだけ思考に浸ってしまえば。

訝しんだのか、或いは居心地が悪かっただけか。

俺には相応しくない敬称付きでそう呼ばれる。

 

「あ、すまん。」

「いえ……。」

 

どうする? もう少し追求するか?

ただ、何をするにしても現状の彼女では何も出来ないはずだ。

刀も無い、体術のみで突き進むにも不安が残る。

恐らくその辺りが分かっていて街を目指していた?

 

……駄目だな、答えが結び付かない。

そもそも何処出身なのかも分からない以上、解答も出せないか。

山の中を放浪していた、というのなら迷って変な場所に出た結果も考えられるし。

 

普段は使わない、使わせていないリーフの占術に頼る必要も出てくるが。

3人に相談して決めるとしよう。

 

「……まあ分かった。 今後はどうするつもりだ?」

「先ずは仲間を探そうとは思っています。」

 

……ふぅむ。

上から下まで一回眺めて。

 

「失礼とは思うが教えてくれ。 成人してるか?」

「? いえ……そう見えますか?」

「逆だ。 見えないから言ってる。」

 

どういうことでしょう、と首を捻っている。

まさか知らない?

……知識が中途半端なのか?

 

「多分仲間を探すって事は組合所属の何処かに出向くと思うが。」

「はい。」

 

頷いてる。

組合の存在は知ってるんだな。

 

「成人してなきゃまともに相手されないぞ。」

「えっ。」

 

いや、えっと言われても。

急に真顔に。

 

「……そうなんですか?」

「何でその知識が抜けてるんだよ!?」

 

……これ、俺が教えるのか?

なし崩しに色々事情に巻きこまれそうなんだが。



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008/悩み

 

「で――――。」

 

もう少し寝ると良い、と話を終えて。

彼女が再び眠った後のこと。

買い出しに出る前に意識を統一したく、集まった先はリーフの部屋。

 

()()()()()?」

 

中にこうして踏み込むのも何度目か。

恐らく両手の指で数えられる程度ではあるが、その度に色々と気になってしまう。

なし崩しに俺の部屋となっている客室とはまた違う、色々と女性っぽい飾りだったり。

少しだけ香る、薬草の残り香とか。

 

「なんじゃろうなぁ……大枠では嘘は無いと思う。」

「……です、ね。 話していない……話せない、というだけ、で。」

 

ただ、今はそんな事を気にしてる余裕はない。

俺自身、どうにも判断しにくいからこそ意見を聞きたいのもある。

だが二人も俺と似たような考えのようで。

 

「ただ、リーフは怪我見て貰ったから分かると思うが……あの傷と矛盾してるよな?」

「……そう、ですね。 妖から、受けた傷は。

 どんなに小さく、ても……瘴気を、帯びます。

 でも……。」

「瘴気が一切無かった?」

 

白の問いにはいえ、と首を横に振った。

 

怪我を受けた直後だったら兎も角。

時間が経つに連れて、能力者は無意識に肌の瘴気に霊力で対抗する。

これは放っておけば肌を蝕み、その部位が汚染され……悪影響が発生するのを防ぐ為。

だからこそ、怪我を与えたのが人か妖かは普通であれば判別可能な筈なのだ。

 

今回の場合は時間が経っているのにそれを嗅ぎ分けたリーフが優れている、という事。

 

「あの……鋼傷、と呼びますが。 其処以外、には微かに残って、いました。

 ですから……戦っていない、ということは。 無いはず、です。」

「時間の経過幅までは分かるのかの?」

 

そう言われて、あの時の感覚を思い出すように目を伏せる。

霊力量が常に最大だからこそ、自身の減る霊力の量から概算化出来る。

十二分以上に特殊な能力に近い。

多分組合に漏らしたら連れて行かれるだろうな。

 

「細かくは、分かりませんが。

 ……ただ、今日見た限りでは……数日以内ではある、かと。」

「成程、なぁ。」

 

今日から数日前。

彼女を見つけた日数を考えると。

 

「ってことは倒れてから直ぐに俺達が見つけた……ってことだよな?

 ……そうなると、あの鋼傷をいつ付けられたのかが問題か。」

 

恐らく妖と人、どちらが先かは余り考えなくて良い。

最終的に倒れ伏したという結果のみが重要で、それ以外の部分であれば。

()()()()()()()()()()、という前提の共有は必要と言ったくらいか。

……にしては、道中で誰かを見掛けた覚えもないんだが。

 

「……まあ現状は良いとしよう。 それで?」

「放流するかどうか、って意味でいいか?」

「うむ。 吾としてはこのまま手綱を離してしまうのは危険だと思うが。」

 

……まあ、俺等に迷惑を掛けるようなタイプじゃなさそうなんだけどなぁ。

事情を知るためだけに同行させるか?

にしては何が出来るかを確認できなきゃ怖くて仕方ない。

こういう時、写し鏡で見せるかどうかはある種の基準に出来るから便利だよな。

 

「俺としては、向こうが素直に能力を見せるなら暫く同行させて良いと思う。

 まあ、伽月が求めた上で……って前提だけどな。」

「……私は……そう、ですね。 あまり怖い人では、無い、ので。」

 

基本は問題なし、と。

なら、此処からは何もなければ。

俺の警戒しすぎとして笑い話で済むライン。

 

「なら、リーフ。」

「は、はい。」

()()()()()()()()()()()を占ってくれるか?」

 

え、と言葉が二つ。

白とリーフとで、ほぼ同時に言葉が漏れる。

 

「占いを……です、か?」

「ご主人。 良いのか?」

 

使用を可能な限り封じよう、と提案したのは俺から。

そしてそれを受け入れたのはリーフ。

全ての場所で同席していた白も当然、その言葉を知っている。

今までの3年間で、これを解禁したのはたったの3回。

 

山賊に襲われた時。

幽世の中が変異し、内部で記録が役に立たなくなった時。

そして、ルイスさんが酷い流行病に掛かった時。

 

それに類する状態だと判断した、ということ。

 

「完全に頼り切るのは不味いだろうが、今回は特殊過ぎる。

 ある程度の方針……大まかな影響だけでも判断基準にしたい。」

 

仲間を探すにしろ、本来は『ゲームに存在したキャラ』を探そうとしていて。

けれど誰も発見できず、父上に聞いた所『紹介できる相手はいない』とも言われ。

どうしたものか、と悩んでいた矢先にこの遭遇。

 

……道端で見つける、拾うヒロインとか覚えがないからなぁ。

知識優先で考えると失敗する、というのは経験してきていても。

仲間に関しては、警戒しすぎるくらいで丁度いいと俺は思ってる。

 

「……分かりました。 少し、待ってください。」

「……悪いな。」

「いえ。 ……頼まれるのも、嬉しいん、ですよ?」

 

小さく微笑んだ上で。

腰からカード……占いに用いるらしい束を引き出し手元に置く。

大アルカナ――但し絵柄はゲーム仕様に変わっている――のみを用いる占い。

小アルカナのような細かいものまで採用しなかったのは、戦闘時の効果を考えてだろうか。

 

目を瞑り。

大きく、深い深呼吸を繰り返し内面へ沈む。

内側の『だれか』に切り替わる時に行う儀式のような形。

夢を見るように、意識を切り替える。

 

「――――。」

 

がくり、と。

急に顔を上へと上げる。

 

「……入った。」

 

言葉として、漏れた。

けれど今回は俺へは一切反応しない。

 

目の前の束の、裏返しにされた中から一枚を選び出し。

指でくるくると回転させ――――ある程度のところで表裏を入れ替える。

そして、それに合わせて彼女の意識も元へ戻る。

 

たったこれだけの占い。

けれど、短期間に繰り返す程に”戻る”までに時間が掛かるのだという。

それもあって普段は使わせないようにしているのだが……。

 

「……出ました。 ”正義の正位置”、です。」

「……結果は?」

 

捲られたのは、天秤のような形が象られたカード。

俺の曖昧な知識だと、良い効果だったことくらいしか覚えてない。

だから専門家にこそ尋ねれば。

 

「”正しい判断””正しい終着点”。 ……間違い、では無い……みたい、です、ね?」

「……拾って正解ではあった、ってことか。」

 

三者三様に。

息が、漏れた。



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009/目的

ちょっと体調崩して昼間投稿できなかった……。


 

翌日。

念の為普段用意する量に加え、少しだけ追加で仕入れたことで懐が寂しくなりつつも。

 

「身体の方は?」

「大分良くなりました。 改めて感謝を。」

 

日が出る前に、俺と伽月は一対一で向かい合っていた。

 

「そうなると近いうちに出ることになるよな?」

「そう……ですね。」

 

少しだけ歯切れが悪い会話。

何となく彼女が何を求めているのかは分かっている。

 

伽月当人が言っていた通り、組合関係に向かおうと思っていた理由。

それは俺自身も少しだけ期待していた、『仲間探し』という側面が大きいはずだ。

無論金銭的……目的のために一切業を使用しないというのも考え難いと思うからそれもある。

ただそれらが出来ない以上、彼女はどうするのか。

いや、()()()()()()()

 

「……あの。」

 

少しだけ間が空き。

恐らくは頼み込もうとでもした彼女の行動を、平手を向けることで静止する。

 

「まぁ、待ってくれ。 それを聞く前に、確認しておきたい。」

「確認……ですか?」

 

そうだ、と首肯する。

その為に俺は二人に声を掛けなかった。

俺だけでも確認しておきたいことがあったから。

 

「話せる範囲でいい、と最初の時点では言ったが……。

 出来るなら途中でさよなら、みたいなのは避けたいわけだ。」

 

彼女がこうして旅に出た目的。

もう少し言うなら、()()()()()()()()()()()()()()という部分。

唯でさえ能力者同士の修練には時間を費やすものなのだから。

その時間を”勿体ない”と思ってしまうのは。

恐らく、変わった視点故なのかもしれない。

 

「だから、たった1つだけでいい。 教えてくれ。」

「……はい。」

 

一拍開ける。

最近になって、こうした奇妙な空白を利用できると気付いてしまった。

タイミングを変える。

相手に考えさせる。

昔は全く気にしてなかったのに、妙なことばかり身についていく。

 

「伽月が求める最終目的は――――そして、終わった後はどうするつもりだ?」

 

現状、俺達は兎角人手が足りない。

信用出来て、長期で動ける仲間が足りない。

それがある程度以上に折り合いが付くのなら、俺は受け入れるつもりだった。

 

二人には、其処まで細かい話はしていなかったけれど。

部隊の長として、その辺りの対応は俺に任せられていると言って良い。

だからこその昨日の、体感上で合うか合わないか。

仲間云々の話を持ち出し、確認しているのだから。

 

「……ですよね。 話さないのは不誠実ですか。」

「先に言っておくと、俺達は『平穏な生活』が送れるまでは動き続けるつもりだ。」

 

暗にほぼ終わりは見えない、と告げる。

其処まで付き従うかどうかは別だが、此方の都合で打ち切りというのは無いと教えた形。

少しだけ奇妙な顔をしたが……それも一瞬で。

 

「……また、奇妙な目的ですね。」

 

くすり、と小さく笑う。

手元に握り拳を当てるような、不思議な動作をしながら。

それが奇妙に似合って見えて。

少しだけ、内心に触れた気がする。

 

「私は…………私の目的は。 今の所、人探しです。」

「今の所?」

 

……つまり、これから先で変異するかもしれないということか。

その会う人物次第で対応を変える、と言い換えて良いかもしれない。

 

「はい。 そして、それが終わったら……そこは特に考えてません。

 少なくとも……元の場所に戻ることだけは有り得ませんけれど。」

 

その言葉に混じったのは……多分嫌悪感と敵意。

つまり、生まれ育った時に対してそれ相応に何かがあったということか。

……何となく、大枠では見えてきた。

 

「ですから。」

 

改めて、と一度区切る。

恐らくそれは、彼女なりの礼儀だから。

 

「……同行させて貰えませんか? これでも、多少は剣技に覚えがあります。」

 

だろうなぁ、と。

他に選択肢がない以上、近寄っては来ると思った。

そしてその選択は、占い結果としては間違った方向へは進んでいない。

俺達にとっては、という前提が付いてしまうけど。

 

「結局、直ぐに別れることは考えなくて良いんだよな?」

「それは……はい。 恐らく、今の私ではどうしようもないでしょうから。」

「?」

 

少しばかり寂しそうで。

ただ、その目に宿った炎は只事ではないモノ。

 

……人探しなのに、今じゃどうしようもない?

 

「もう一歩踏み込んでいいか? ああ、能力の見せ合いは二人も交えてからで。」

「はい、事情までは話せませんけど。」

「分かってる。 ……探してる相手って、誰だ?」

 

首筋と背筋にちりちりとした悪寒。

以前にも感じた、嫌な予感の時特有の覚え。

それを発しているのは俺自身の肉体というよりは精神……だと思う。

 

「兄弟子……私にとって、追わねばならない人です。」

 

情念、というよりは執念に近い気がした。

深度で差があるというのに、俺を見つめるその光は酷い重圧を帯びていて。

様々な感情が入り混じった結果産まれてしまった、重力だとも思った。

 

(……怖っ!?)

 

重い女、というのが多分近い。

現在は余り突かないようにしよう。

 

「……分かった。 まぁ、何にしろ合わせるところからだな。」

「それで……申し訳ありませんが、少しばかり金銭に都合を付けて頂けませんか?」

 

そうして話が落ち着いたところで。

恐らくはもう一つ切り出そうと思っていたのだろう、業の融通を依頼される。

 

「武具防具か?」

「はい。 ……刀だけでも、身に付けていないと不安ですから。」

 

普段から身につけるやつは早々いないぞ、と。

言うべきか少しだけ悩んだ。



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010/流派

※ちょっと能力レベルミスがあったので訂正。


 

結局教えるか教えないか悩む事少し。

その間に二人が起き出してきて、今朝方の会話を簡単に説明することに。

ただ、目的の部分を伏せて。

 

俺が聞けたのは目的の不一致を避けるためであり。

飽く迄『信頼したから明かした』と言う形ではなかったからだ。

 

「ええっと……こんな感じです。」

 

但し、能力に限っては全員で見せ合う。

手札がどうなのか、何が出来るのか。

最低限知っておかなければフォローも指示も出来たものじゃない。

 

なので、”仲間になる”と宣言した時点で此処までは既定路線だったわけだが。

幸いなことに、この部分の常識は欠けていなかったらしい。

しずしずと差し出したそれを、四人で頭を突き合わせて見る。

少しばかり狭い。

 

『伽月/深度5』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』

 

未取得/0点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『無銘流派:水』3/5特定の能力使用時に消費軽減。
【無】『習熟:刀剣』2/5刀剣類の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【無】『一刀無尽』3/5両手で握った武器の火力上昇。能力上昇で補正。
【花】『瘴気変換:生命』1/5周囲の瘴気を生命力に変える体質へと変化する。
【鳥】『乱撃』3/5複数を刻む連撃。【物】【能力回攻撃】【不定対象】
【鳥】『気配干渉』3/5 自身の気配を増減させる。能力上昇で操作量変化。

 

…………。

 

「凄い脳筋だな……?」

「の、のうき……?」

 

え、本気でこれで一人旅してたの?

 

よく生きてたな、という気分と。

それ以外出来ないってのは他に考えなくて良い分楽なのか?と。

部隊編成時ならまだ分からなくもない能力一覧に言葉が漏れる。

 

「なんだこの真っ直ぐ行って叩き切るしか考えてねえの!?」

「わ、悪いんですか!?」

「いや悪くはない……と言うか、その辺を強く言えるような立場じゃないけどさぁ……。」

 

修羅型*1じゃねえか、というのは口に出さない。

『無銘流派:水』で能力消費量を下げ、『一刀無尽』に類する火力パッシブで固め、『乱撃』で複数体と単体どちらにも対応。

確かに傍目から見ればよく出来ている。

 

……ただ、『流派』の中でそれを選ぶのか。

他にも『蜻蛉』『居合』とかの火力特化や状態異常特化の構えがあるのに汎用向け。

つまり、一対多数を見据えた上での構築と言う事。

 

多分彼女一人で決めたわけじゃない。

指導者がいたはずだ。

 

「のうご主人。 この『気配干渉』とやらは何じゃ?」

「白のほうが詳しいとは思うんだが……。」

「名前だけは見掛けたがイマイチ効果が分かっておらんでの。」

 

目の前に使い手がいるならそっちに聞けよ、と思わんでもない。

ただ彼女は何も言わず俺を見ている。

――――試されているのかな、とそう感じた。

 

「使い方は幾つかあるが……伽月みたいなのが覚えてる理由は多分二つかなぁ。」

「二つ……です、か?」

 

そう、二つ。

単純に気配を消すだけがこれの本領ではない。

 

「一つはまあ後方からの奇襲(バックアタック)。 特に単独で動くタイプだし狙いやすかっただろ。」

「……え、ええ。」

 

能力一覧を見られただけで得意な内容……というか戦法とかその辺全部だな。

それらを全部抜かれているのに追いついてない。

隠さなければいけない、というのは知っていても。

何故なのか、というのを追求して考えたことがないように思える。

……一人で放流するの怖いなぁ。

 

「もう一つは……戦闘中に気配を拡大化する、って使い方の筈。」

「……ん? 戦闘中に?」

「ああ。」

 

そう。

言葉でいうだけだと大したことが無さそうに思えるけど。

前衛で警戒していないと確実に引っ掛かる罠みたいな方法。

 

()()()()()()()()()()()()()()んだよ。 そんで誤認させる。」

 

ゲーム的な表現をするなら『回避率増加/スタン発生付与/先制率増加/遭遇率増減』。

普段の気配を唐突に拡大させることで一瞬だけ麻痺させたり、或いは間合いを見誤らせる。

言うなら裏の使い方、か。

派生を伸ばせば伸ばすほど”剣圧”に近いプレッシャーを浴びせられるようになるやつ。

 

「…………あ、あの。 朔、様?」

「うん?」

「何故、それを……あ、もしかして貴方も……。」

 

あわあわしてる。

自分の処理できる上限を越えたか。

 

「いや、俺は覚えてない。 便利だよなぁと言うのは知ってるけど。」

 

正直取る余裕が無さ過ぎるのもある。

回避率増加の恩恵があるから便利だけど、使い過ぎると周囲の妖呼び寄せるしなぁ。

『鳥』で取るなら純粋に行動の隙を潰せるやつとかのほうが小回り利くはずだし。

 

「では何故!? それはある種の流派の秘技の筈です!」

「何故、と言っても……。」

 

隠すようなことか?

術技を身に着けていないとしても、近接戦闘を学んでいれば意識を感じる事はそこそこある。

それを増減させる、というのは発想としては普通にありそうなもんだが。

 

「伽月とやら。 ご主人はまあ、そういった部分について詳しいんじゃよ。」

「……何故です?」

()()殿()()()()()()()よ。」

 

そして目線を向けられた。

そういうことにしておけ、ってことだな。 今は。

 

「……まあ、今後何か取るならそういう訳で相談できるし。

 適当に武具だけ調達したら外で合わせて、幽世行く……でいいか?」

 

話をそう纏めて、小さく息を吐く。

……変に知識を撒きすぎるのも大変だ。

でもこれ、最初に聞いてきたのは白だから……結局白が原因じゃねえか?

目線を向ければ、にやりと笑われた。

 

……後でちょっと仕返ししよう。

*1
単体で敵を皆殺しにする攻撃特化型ビルド。



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011/模擬戦

 

「実際体感してみんと分からんの」と。

一度白と伽月で戦ってみることにした。

 

取り敢えず手に入れた、付与効果が何もない両手で握る大型の刀。

()()()()()()()()大柄な刀ではあるが。

恐らく大人からすれば握るのに丁度良い、手頃な刀に近いものだと思う。

 

(……地味に業が痛い。)

 

貯蓄が吹き飛んだりという事は流石にないが。

稼ぐ手段が固定化されている今はとにかく出費が大きい。

本来なら宿代でもっと吐き出している部分を節約できていてこれなのだから。

食い物にされる未成人能力者達はまあ悲惨と言うに尽きる。

 

ぶんぶん刀を振って感触を確かめている新入り。

その顔は……というよりその目は何だか輝いて見える。

唯の刀だぞ?

 

「おお……!」

「なぁご主人。 あの刀付与効果とかは?」

「なにもないぞ。」

「呪われてたりは?」

「しない。」

 

上に持ち上げ、全ての方向から見つめている。

放っておいたら頬擦りさえ始めそうだ。

若干怪しくさえ見える光景に白が一歩引いた。

まぁ、うん。 その気持は分かる。

俺も少しだけ距離を取りたい。

 

「となると、これが本質ということじゃよなぁ。」

「だなぁ。」

 

或いは趣味か。

人形趣味とまでは言わないが、この年頃の子だともう少し趣味あるんじゃないか?

と思いつつ横目で彼女(リーフ)を見るが、そういや彼女も彼女だった。

 

能力を用いない占いは半分趣味化しているし。

薬の調合から派生した、香り袋のような小物作り辺りも趣味。

何も知らないやつから見ればそれはそれで内向的、地味なタイプだな。

 

(俺は俺で一覧(リスト)埋めとか色々貯めるのが好きだったりもするしなぁ。)

 

ハック&スラッシュ(アイテム集め)が念頭に置かれているだけあって。

素体の武具防具道具はかなりの数が用意されていたゲーム版。

それに加えてランダム性で加わる付与効果の山々。

欲しいのを求め始めれば、幾ら掘っても無限に終わらなくなる類のゲームだけあった。

 

(そう考えると俺等って大分濃いな……。)

 

ならあの程度も受け流すべきだろうか。

素振りを始め、快音を立てている彼女を見つつちょっと考え。

いやそれにしては独特過ぎるな、と脇に置いた。

 

「まあ、新しい武具を手に入れればああなる気持ちも分からんではないが。」

「分かるのか白。」

「というかご主人もたまに表情が嬉しそうになっとるぞ。」

 

え、それマジでか。

今までに手に入れた銘付き武具(ネームド)とか白が持っている双刀しかないんだが。

そう思いつつ、腰に佩いたその武器に目が行く。

 

銘を『白鳥/黒鳥』。

二対で一つの武器で、その名前の通り柄が白と黒で彩られているのが特徴の刀。

持つ効果は『二刀流時に利き手でないほうの武具攻撃力増加』。

本来二刀流時に受ける攻撃力減少を補助するようなモノ。

とは言え、将来的にはその辺のペナルティを越えて二刀流時の方が攻撃力が上になる。

言ってしまえば、大器晩成の構成だから序盤補助用。

 

「……なんじゃ、急に目線を向けてきて。」

「いや、武具って言われて最初に浮かんだのがそれでな……。」

 

頬を染めてもじもじとされても困る。

実際俺の武具は付与効果枠が多いだけの()()()()()()()だしな。

 

「俺も固有武器(ユニーク)とか欲しいな……。」

「今は唯の贅沢じゃろうに。」

 

まあな。

で、いい加減止めるか。

今度は地面に叩き付け始めそうに見えるし。

というよりは刀で地面を掘り起こそうとしている、か。

 

……アレも、『地雪崩』とかの通常攻撃+範囲攻撃の術技だっけかなぁ。

 

「良いか、武具叩き折っても知らないからな。 全力で加減しろよ。」

 

念の為に念押し。

俺の根本が戦士と言うか、剣士に向いていないからなのか。

修練は大事だし、その間熱中するという考えは分からないでもないんだが。

相手と戦い続けたい、強い相手と戦いたい……そんな気持ちは未だに分からん。

 

自分と向き合うもんだろ基本。

そうすりゃ能力も手に入るんだから目に見えて強くなるの分かるし楽しいじゃん。

 

「分かっておる。 ……念の為に以前使っていたのも取ってあるしの。」

「あ、ずるい!」

「ズルいじゃねーんだよ!?」

 

ボソリと呟く白に大きく反応。

それを見せてほしいとかワイワイギャアギャアと。

なんか一気に打ち解けてる感がある。

 

背中の羽……妖に対して何も感じないのか分からんが。

ひょっとすると()()()()()という方が大きいのかこの娘。

 

「……大変……です、ね?」

「いや、突き詰めた求道者とかよりは遥かにマシなんだけどさぁ。」

 

苦笑いを浮かべる此方側(リーフ)

まあ白からすれば、本能的なところで能力者と戦えるのはもしかすると幸福なのかもしれんけど。

伽月は……戦えるのが嬉しいというよりは競い合えるのが嬉しい、か?

 

「じゃあまあ始めるぞ……この小石が地面に落ちたら開始な。」

 

へし折ったらこいつらの食費から払わせてやる。

その辺に落ちていた小石を持ち。

二人が確かに頷いたのを確認して、宙に放り投げれば。

 

――――瞬間。

二人の気配が、『剣士』へと切り替わった。

 

(普段からそうしてろよ。)

 

多分、冷めた目で見ている俺がおかしいんだろうな。

今だけは。



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012/感想戦

 

ガキン

 

刃と刃が衝突する。

同時に、二人が共に距離を取った。

片方は飛び跳ね、もう片方は地面を滑り。

そして離れたところで刃を収め。

 

「……此処までじゃな。」

「此処まで、ですね。」

 

全く同時に、集中を解く。

始めてから数分程度の、それでいて濃密な時間。

疲労が目に見えて現れたのか。

溜息が普段に比べて長く、深い。

 

「お疲れ。」

「……どう、でし……た?」

 

完全に観客の目線で眺めていた。

前衛に特化するとこの段階の深度でも此処までやれるもんだなぁ、という感想。

まあ俺の場合は何らかの別の役割を担わせる方が好きだから戦闘特化は苦手なんだが。

 

「確かに若干混乱するの。 特に吾は肌感覚を頼りにしている部分もあるが……。

 その感覚がブレると回避が難しい。」

 

そう漏らす白の左袖には一筋の切断跡。

服として構築されている、その中でも弛んでいる部分を切り裂くだけの速度と威力か。

うむむ、と集中しながら修復するのを眺めつつ、評価を少し上向きに。

 

「双刀の相手をするのは初めてでしたが……そうですね、動きが対妖に偏重してるかと。

 もう少し頭が回る相手ですと多分……利用されますよ?」

 

とは言え、今回私が拮抗できたのは運が良かっただけだと伽月は漏らす。

取り敢えずで渡した女性用の和服、その背中部分が汗でびっしょりになっている。

 

「ただ、目で追うのは途中から諦めました。 無理です。 なんですアレ。」

「吾としてはお主のほうが理不尽なんじゃが……。」

「動きが云々言えるってことはある程度は理解したってことじゃないのか……?」

 

いいなー、と羨ましそうに見つめる彼女。

若干引いている白に、純粋な疑問を抱く俺。

ぱたぱたと、戦闘後に汗拭き用の布などを渡しているリーフが視界に映る中で。

 

「ええっとですね……私の流派は『相手の動きを見切る』事を重視してまして。

 刀を起点に相手の動きの癖とかを自分なりに噛み砕いて。

 それに対して合わせられるようにする事ばっかり練習してました。」

 

何故出来たのか、というのを噛み砕いて説明される。

うん、原理は分かる。

分かるけど……。

 

「それが出来るだけ恐ろしい才能だと思うんだけど俺の気のせいかなぁ……!」

 

常に見て対応された、って言われたほうがまだ納得できる。

法則性を導き出した?

あの短時間で?

 

白を見る。

彼女も俺を見ていた。

目と目で会話。

 

――――癖とか気付いてたか?

――――動きやすい組み合わせ自体はご主人とも連携していたであろ?

――――その程度だよな? 繰り返し使ったのは?

――――精々1~2。

 

だよな。

俺も見ててその程度だと思った。

頷いて返事とする。

 

「あのぉ……?」

「ああ、すまん。 ただ何にしろおかしいってのは意識の統一が出来たぞ。」

「目が良いのか悪いのかどっちなんじゃお主……。」

 

あはは、と苦笑しているリーフはさておいて。

おかしいおかしくないの話は多分平行線だと思う。

となると、一つ気になることがある。

 

「仮におかしくないとして、基準はどーなんだよ。」

「……基準?」

「自分一人を見ておかしくない、って言い張るのはどうなんだってこと。」

 

()()()()()()()()()()()()

この言い方をするのは少し卑怯だとは思うが。

もし引っ掛かるのなら、過去が少しばかりは読めてしまう。

 

「私一番出来が悪かったんですけど!?」

「その動きが出来てか!?」

「兄弟子やら師匠……父はもっと凄かったんですよ!」

 

……えーっと。

師匠=父、だろうから道場か流派かは分からないがその娘、か。

兄、で区切らないってことは一番弟子はまた別にいると。

 

「信じたくないんじゃが……。」

「実際本当ですし……。」

「それ、見切るために能力使ってたとかって話じゃなくて、だよな?」

 

『見る』事に特化してるとすれば、魔眼とはまた別の……動体視力への干渉能力とかはどうだ?

俺が見知らぬ能力が存在するとすれば、あってもおかしくはないと思う。

多分単純に『鳥の目』とかの視界延長・俯瞰能力とはまた別種のだろうし。

近接戦闘時にのみ多大な効果がある、とかの前提が付くならまあ有り得るよな。

 

「……ちょっと、分かりません。」

「分からない?」

 

基本、常時効果(パッシブ)は使う使わないを選ぶこと無く使()()()()()()()

その反面、起動効果(アクティブ)なら任意で起動できるが起動しなければいけない。

何方も一長一短の側面を持つわけだ。

 

とは言え、感覚に干渉する能力は記憶が正しければ一律()()()()()()()()

ただ俺自身の目は変質化しているせいか、色々と濃い場所でなければ仕事しなくなってしまったが。

 

「師匠は私に能力を見せてくれませんでしたし……とても敵わなかったので。」

「あー……。」

 

まあ流派を共に学んだのなら、経験の長さの差は決定的だよなぁ。

 

「……まあうん、深度を上げれば十二分に働けるのは分かった。」

 

その分を俺達でフォローする必要はあるけど。

深度が上がったら何かしらの役割を見つけて担当して貰おう。

……武器制作とかだろうか。

 

「ご主人! もう一回!」

「いやなんでだよ。 疲労残してどうする。」

 

そうして引き上げようと思えば、白が珍しく我儘を口にする。

実際幽世に潜る時には疲労完全に抜いて欲しいんだが。

 

「……吾はご主人の式じゃ。 だからこそ、負けてられん。」

「…………。」

 

そう吐き捨てて、伽月を睨む。

彼女自身は構いませんよ、と口にして。

武器を構えて……ちらちらと此方を見つめてくる。

 

……はぁ。

 

「後一回だけな。 ……無理はするなよ。」

 

そう言われれば、流石に拒否出来るわけがないだろうに。

白も言い方を学んできたなぁ、と。

空を少し、見上げてしまった。



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013/実戦

ちょっと年末バタバタしてて遅くなりました。


 

束縛。

惨殺。

焼殺。

沈黙。

 

幽世の中で唐突に起こった遭遇戦。

訓練を終え、実際に上手く連携できるかを試しにやってきた前回と同じ場所。

実入り的にはなんとも言えないが、安全性をある程度保証できる場所として選んだ場所。

其処にあったのは。

 

「――――ふぅ。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()少女の姿。

最前列に立ち、全ての攻撃を受けつつ執拗に斬り刻む姿。

つい数年前にも見掛けた、特殊な状態に陥っているような顔。

ただ、彼女自身に感じる物は今の所見当たらず。

つまりは後天的に何かがあった、と考えるのが一番適当で。

 

(またかよ!!!!!)

 

内心でそう叫んだのは悪くないと思う。

出会い方といい、能力的に優秀なことといい。

恐らくはヒロイン方面のキャラだとは思ってたけど!

知らねえぞこんなパターンで出会える美人寄りのヒロインキャラ!

原作にいたキャラ何処だよ!

 

「……終わったかの。」

「……です、ね。」

 

まあ、心の中で叫ぶだけで実際には顔には出さないように努力したが。

ただ、二人も呆然としてる。

 

(……二人も何だかんだ動いてはいるんだけどな。)

 

周囲に木々が生えているのもあって、それを利用して飛び跳ねて首を狙った白。

対象が弱い……余り警戒する必要もない妖だったのもあって。

軽い呪法のみで焼き払ったリーフ。

誰が一番仕事をしていないか、と言われれば多分俺か。

……束縛陣ばっかり多用しちゃってるな。

デバフ入れる相手じゃないのは分かってるが。

 

「……ただ、あそこまで暴れられると連携も何もないな。」

 

俺達の連携は前提として一人が全員を薙ぎ倒す、というモノではない。

無論それを根底に置く部隊もあるだろうし、そう構築するプレイヤーも居る。

ただそれが許されるのは『やり直し(リセット)』が許容される場合だと今は思う。

誰かという起点が倒れたら終わり、という編成が許されるわけではない。

特に今は『復活』という手札が取れない。

それが開放されたからと言って、起き上がり小法師のような戦闘が許容されるかは別として。

 

それを強く体感して、二人にはそれを強く頼み込んで数年間鍛え上げてきた。

だからこその感想。

 

「へ。」

 

その言葉を聞きつけてか。

当人がとてとてと近寄ってくる。

 

「な、何か間違ってました!?」

「間違ってたっていうか……なぁ。」

 

あ、棘の罠です。

みたいじゃの。

 

そんな会話が少し離れた場所で行われ。

瘴気箱の解錠が進んでいく中だと。

俺と伽月だけがやることがなく、話を出来るのも俺達だけという状態。

……彼奴等、俺に任せて逃げただろ?

まあ、致し方ない部分もある。

その辺りを担当するのが俺の役割でもある。

 

だから、少しだけ話をする。

本格的な話は後回しにするしかないけれど。

今言って、少しでも変化があるのかの確認をする。

 

()()()()()()()()()()?」

「へ?」

 

先ずはリーフと同種でないことを確定させる。

少なくともあんな変化は幽世に入ってから。

妖を相手にしているから発生した、という線はこないだの白の件で消える。

だとすると、考えられるのは……瘴気に対して反応してしまうのか。

或いは、()()()()()()()()()()()()()()の何方かだと思う。

 

「戦闘中、何を考えて動いてたか……と言い換えてもいい。」

「な、何を……ですか。」

 

これも隠すとは言わないでくれよ。

そうなるとちょっとどころじゃなく面倒になる。

 

「はっきり言っちゃえば、俺達の部隊の連携が完全に消える。」

 

伽月が正式に入ることになれば幾つかは消えるのは覚悟していたが。

あの動きをされると、二人で動くやり方でさえ横入りされてそこで脚が止まる。

戦闘中に行動を失敗する、というのは許容できることと出来ないことがあって。

回避された、という事と――――仲間の行動で動けなかった、では天地の差が生じる。

其処を治せるのかどうなのか。

その第一歩となるわけだが。

 

「一人で戦ってる時の動きに身を任せていたのか?

 或いは俺達の動きを見間違えて動いたのか?

 それとも……気付いたら戦闘が終わっていたのか?」

 

先ず二番目の選択肢は無いと分かっていて、口にする。

そして最後の場合はもう少しイベントを……彼女の内心を深掘りしないと信用できない。

何となくではあるが、最初の選択肢と最後の選択肢が混ざっている予感がした。

 

「…………すいません。 あの程度なら真正面から一人で対応できたので。」

「幽世に踏み込んだ事はあるんだよな?」

「はい。 ……その、一人でですけど。」

 

まあそれは想定してた。

聞く限り、兄弟子やら師匠とは差が凄そうだし。

どっちに付き従ってもバランスが取れていないようだったし。

……ああいや、師匠は兄弟子に付きっきりだったと考えたほうが良いか?

実際詳しい事情を全く知らんから想像に過ぎないけど。

 

「……ならまあ、次の時は声を出して動いてくれるか?

 それなら多分俺も対応できる。 指示に徹する事にはなるが。」

「わ、分かりました!」

 

俺が言える立場でもないんだけどなぁ。

 

「改めて言うけど、戦力としては期待してる。

 俺じゃ前衛として色々足りてないしな。」

「はい……。」

 

しょんぼりとした顔を見て、何とも言えずに顔を逸らす。

二人へ目線をやれば、肩を竦める白が映った。

リーフは申し訳無さそうな表情を浮かべている。

……あの式、絶対後でしばき倒す。



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014/疑問

 

幽世――――『螺旋の森』と呼ばれる、似たような光景が続く幽世。

内部の特徴は妖の種族が上がらず、個体のみが強化されている場所。

そして地図作製が非常に面倒なことで知られている。

が。

 

「……これで二部隊だよな?」

「…………他は……来てない、です、ね。」

「私が此方は見ておきますー。」

 

内部の移動先の癖を何となくでも覚えていた俺からすれば、大分楽な場所。

恐らく指導者や先導者がいる部隊なら当然知っている内容だろうけれど。

俺達のような単独だと先ず切り捨てる場所だからこそ。

殆ど他の部隊とも出会わず、連戦を繰り返すことが出来ている。

 

(玄室の度に、前の玄室から時計に置き換えて3時間進んだ角を曲がれば良し。)

 

時計回りのように進んでいけば、ある程度の場所で瘴気の影響で別の場所に繋がる。

言ってしまえば特殊な構造に対する勉強をさせる為に設けられたダンジョン。

 

(だからこそ、新しい仲間込みで来る気になったんだが……。)

 

なんというか。

他の道を確認している伽月の背中を視線で追いながら。

凛としていれば和服美人として文句なしのようなのに。

戦闘中の光景を思い出すとそんな感想が、血塗れ姿に上書きされてしまう。

 

(……()()、ってどうなんだろうな。)

 

恐らくは自分でも理解していない――――或いはある程度で意識が切り替わっている。

基本的には指示する通りに動いてくれるし、白と模擬戦を行ったことでその場の連携も取れる。

俺やリーフの呪法のタイミングが読み切れていないのはあるが、こればっかりは経験だし。

ただそれらを踏まえた上でも、時折中心に飛び込んで惨殺を繰り返す。

血を浴びる、と言うよりは()()()()()()()()()()()を目的とするように。

 

「……うむむ。」

 

複数の部隊を倒したことで瘴気箱を形取る瘴気濃度が高まり、レアな物品が出やすくなる。

但しその分箱に仕掛けられた害意……罠の難易度も上がる。

だからこそこの手を取るなら安全マージンが取れる場所でやるべき行動。

そして他の場所から集める関係上、出来るなら別の部隊がいない場所で行うべき行動。

それらを行った後の対応として、二人が苦しむのを眺めてちょっとだけ心を落ち着かせて。

 

恐らく当人の意識と周囲の意識が違っている、伽月に対して思考を巡らす。

……今日こんなことばっかりだな。

もう少し戦闘したいんだが。

 

(普通に考えて、経験値を吸い上げようと思う理由は単純だよな。)

 

自分を強くすること。

深掘りするなら、今の自分では為したいことが為せないという直感。

或いは危機感。

部隊で戦う以上、どんなに前線で戦っても手に入る経験値の量は部隊内で変わらない。

それはどんなに遠ざけても混ざり合ってしまう霊力の影響で、薄まってしまうから。

 

恐らく理性ではそれを理解し。

恐らく感情……或いは別の何かが理解できていない。

どの程度まで『師匠』から聞いているのか、それを把握する必要性は更に高まった。

 

「……とは言ってもなぁ。」

 

ついつい言葉が漏れる。

それに合わせて溜息と、問題になっている彼女へと視線が向いてしまう。

 

「大丈夫そうですねー?」

 

門番のように陣取らなくても、やってくるとしたら次の玄室へ通じる道からのみ。

まあしたいならそうさせておく、と言うだけで警戒しておくのは損はない。

変動があれば別だが、こうして()()()()()()が内部にいる以上。

そちらに注意が向き、変異化……新たな妖が生み出されることは無いはず。

 

(俺自身も色々と変な事ばっかり身に付くしな。)

 

吸って、吐く。

能力に依って変化した体質。

周囲の瘴気を自身の力に変える体質。

それは一部の能力者からすれば『悪魔に近付く』として忌避されるのだとか。

少なくとも日ノ本では聞いたことがない理由なので、西洋の方の文化なのかもしれない。

 

……まあ、元の世界でも一神教とかあったしな。

それに対して基本的には多神教をベースにした世界観設定だし、中々浸透もしないか。

ああ、そう考えてみると気にしたことなかったが中々面白い着眼点かも。

 

「ご主人ご主人。」

「んー?」

 

白の声で我に返る。

気付けば目の前で下から覗き込むように目線を合わせてきていて、慌てて一歩下がった。

 

額に掠り傷。

肩口から出血し、棘が刺さったような跡。

上からベタベタと塗られているのは恐らく塗り薬。

……棘の罠で解錠失敗したな此奴。

 

「中から何やら服が見つかったんじゃが、見てくれるか?」

「服? ……分かった、見せてくれ。」

 

これじゃ、と差し出されたのは確かに服としか言えない構造。

呉服でなく洋服の紺の上着に近いモノ。

日ノ本だと中々見ないような高級品にも見え、肌触りも滑らか。

先ず間違いなく何かしらの効果が載っている。

 

「……ええっと。」

 

『絶水の絹着』装備制限:女性価格:■■■■
効果:【水属性無効】【高級品】【布】

 

「銘有り防具……に何でか知らんが付与効果付いてるな。」

 

()()()()()()()

何でか知らんが運が上向いてきたな。

【高級品】属性だから普通に売るよりも倍近く高く売れる。

普段は麻とかそっちだろうに、態々絹で作る必要性あったのか? これ。

 

「とりあえず俺向きじゃないから3人で決めてくれ。

 水属性無効だから装備しておいて損はしない類だぞ。」

 

そう言って白へと渡し。

もう少しだけ、思考に浸る。

 

……このまま悩んでいても無駄、かな。

二人を集め、誰が着るのかをやや大きな声で相談する姿を見つつ。

はぁ、ともう一度息を吐いた。



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015/異変

 

「…………。」

「…………。」

 

沈黙の中で、中心に焚かれた火が揺らめく。

幽世の中で簡易の休息(キャンプ)をするのは何度目か。

妖避けの薬が周囲に漂う中で、全員が見詰めているのは今現在での入手物。

 

長柄、刀、布、杖、数多の武具防具、そして幾つかの道具。

普段から使っているものにも関わらず、()()()()()()()()()()()

 

「悪運、って言葉じゃ済まないんだが……なんだコレ。」

 

連戦が多重に発生して。

その結果得た物品が異常な程に希少品で。

その内の幾つかが、今の俺達の装備を更新するに値するモノ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そんな中で、唯一平然としているのが伽月だった。

 

「え、これくらい普通じゃないんですか?」

「普通では、絶対に、無い。」

 

態々区切って、強い意思を示す。

そして今の発言で、これが当たり前のことだと認識していると分かった。

異常を常識だと思い込んでいる――――これもか。

 

「……あの、伽月、さん。」

「はい?」

「……似たような、経験が……お有り、で?」

 

最早何が正常で何が異常なのかが分からない。

全ての情報を一から伝える……いや、流石に誰でも怒るよな。

どう答えれば良いのか悩んでいる際に、リーフが一人斬り込んだ。

 

「あると言いますか……結構な割合でこういう事起きてたんです、けど……?」

「……昔、から?」

「そうですね……初めて潜った時からです。」

 

()()()()()

恐らく共通認識として、そんな言葉が脳裏に浮かんでいるだろう。

 

このゲーム的に考えても有り得ない状況。

能力にも表示されない隠し要素か何かを疑いたくなる。

乱数、という名前で作られていた様々な『運』としての表示。

それらの基準が明らかに狂った、異常な変動量のみを指し示す状況。

言葉にするなら――――恐らくは奇運。

 

「なぁ伽月。 今の話を聞いて疑問に思ったんだが。」

「はい?」

 

純粋な疑問。

割合がどんなものかは分からないけれど、発生していたとするのなら。

 

「瘴気箱は誰が開けてたんだ?」

 

恐らく、その人物は異常なのを分かった上で連れて歩いていたのだろう。

だとすれば。

彼女の求められていた役割は、そもそもこの状態を引き起こし続けること。

他のゲームでなら恐らくは『宝探し特化(トレジャーハンター)』とか呼ばれるような役割。

戦闘など一切させるつもりのない、補助特化の筈の役割。

そして、今まで聞いていた話の中で最も分かりやすい”連れ歩いていた人物”。

 

「師匠……父です。」

 

実のかどうかは置いておく。

娘を利用して幽世を探索していた、という結果だけがこれで分かる。

……ああした”暴走”も、ひょっとすれば生存本能の暴走によるものやも、と。

更に考える理由が増えてしまって、どんどんごちゃごちゃしていく。

いい加減何らかに纏めさせて欲しい。 切実に。

 

「……つまり、纏めると。 伽月の父親は剣術を用い。 目が良くて。

 且つ瘴気箱を開けられる人間ってことだよな?」

「……そう、ですね。 呪法などには手を出していなかった、と思います。」

 

詳細が分からずに、此方だけ知られている。

師匠と弟子、という関係性。

父と娘、という関係性。

その何方も相手が上位なのだから仕方ないとしても。

 

「……つまり、役割としては白に近い訳だ。」

「んむ?」

 

自分に関係ないとばかりに飲み物……薬湯を人数分煮出していた白が反応する。

全く発言しないとしてもせめて話くらいは聞いとけ。

 

「その上で戦力的にも上だとするなら。

 解錠系能力も派生1つ目……2つ目くらいまで伸びてるかもしれないよな。」

 

未だ必要ない、という判断で罠探知系は派生一段目まで取って貰ってはいるが。

解錠系は初期のを最大まで程度で止めていて俺と同深度。

 

ゲーム上での知識を引っ張り出せば、それらが必須になるのは序盤最終編前後。

幽世で言えば3~5個程度、時間で言うなら13~15歳になるくらいに取り始めるくらい。

その程度であれば狩りの仕方次第にはなるが、深度としては18~20くらいを鑑みて良い。

今までの話を聞く限り、『恐怖した』と言った言葉が出て来ない以上20以上差は開いてない。

なら大凡で考えれば、その「父」も高くても深度21~23程度……だよな。

 

ただ、其処まで上り詰める事ができたのなら。

連戦のメリットデメリットを知らないはずがない。

 

「……どれだけ考えてもやっぱり異常だな。」

 

結局結論はこうなる。

考えられる可能性は幾つかあるが。

娘のことを思って、という楽観的な考えは先ず無いだろうな。

 

「あの……朔さん。」

「ああ。」

 

ぶつぶつと考え続けていれば。

恐る恐るに言葉が聞こえる。

 

「色々とおかしい、と言って頂いていますが……。

 何がおかしいのか、頭から教えて貰うことは出来ますか?」

 

もしかすれば、と言わんばかりの裏の言葉が聞こえる。

確かに俺の常識は他の誰かの非常識。

その可能性は無いとは言えない。

……本来は、誰か中立の人物がいれば良いのだが。

 

(……仕方ない。 踏み込むか。)

 

そう割り切るまでには数秒。

対話が必須だとは思っていた。

既に外は陽も落ちているはずで、今から出てもどうしようもない。

寝るまでの話としては、丁度良いかは別として。

 

「……そうだな。 摺合せをしよう。」

 

可能なら、彼女の秘密を何枚か捲れれば理想か。



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016/指摘

暫く会話パートが続くかと思います。すまねえ。


 

「先ず、俺達の前提として。

 ()()()が能力の指導を一切しない、というのは先ず無い。」

 

ぱちぱちと飛び散る火の粉が辺りへ舞う。

人数分用意された湯呑――持ち運びやすいように金属製、高い――が置かれ。

話をする準備が整ったと判断して、口を開く。

 

「一番最初……覚醒時から先導者が付くまでの間の事は置いておいて。」

 

先導者。

文字通りの意味で、”先達”。

この業界で生きていく限り、同業者は三つにしか分類されない。

即ち。 先達、同期、後輩。

 

年齢とかそういうのは関係ない。

文字通りに入ってから生きてきた年月だけを見る。

一切活動していなかったとか、そう言ったのは何となくの霊力の濃度で分かる。

だからこそ、年下であっても警戒を怠れないというのは当然のこと。

――――と、ゲーム内で偉そうなおっさんが言っていたのを覚えている。

 

「伽月の話を聞く限り、当初から先導者がいたのなら何かしら教えるのが基本だ。

 俺だって父上から知識を教わった上で、最後は自分で決めた形だったからな。」

 

実の肉体と精神とは別だが、口にする必要はない。

それを共有するのは白だけで、リーフにすら明かしてはいない。

何となく察されている部分はあるが……口にしていない以上、そういうもの。

 

「それで、もう一度確認の意味で聞く。

 伽月の能力方針に関して何も聞いてないんだよな?」

「……そう、ですね。」

 

だからこそ、その時点でおかしい。

何も教えないにしろ、大分類くらいは教えても良い筈だ。

それに『写し鏡の呪法』の重要性もそう。

逆に言うなら、()()()()()()()()()()が疑問になる程だ。

道具で代用できる、と考えるのは一部の突き詰めすぎたタイムアタック勢くらい。

『自身の内側の情報を水鏡に映し出す』、と書かれただけで必要性が――――。

 

「……いや、待てよ。

 なあ伽月。 お前()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そうだ、そもそもの大前提。

取得するにしろ、最初だけは呪符を使用しなければならない。

それさえも教わっていないと判断しているが、その手の知識は何処で得た?

 

「ああ、それは……姉と、兄弟子からです。」

 

そういえば言ってませんでしたね、と漏らした。

但し、その顔は思い出したくないものを思い出すように沈痛に。

 

……一家全員が能力者、ってことか。

確かに俺みたいに一族全てがそういうモノ、という事もあるだろうし。

劣性遺伝にはなるんだろうが子孫にも才能は伝わっていくもんなんだろうな。

 

「姉?」

「はい。 私と……父と。 そして姉と兄弟子の四人で暮らしていました。」

 

勿論他にも住人は住み着いている、排他的な村だったらしい。

二度と戻ることは有りませんけどね、と。

嫌悪感を隠すつもりもなく吐き出すその顔で、何となく察するが。

彼女自身が言い出すまでは何も聞かなかったことにして先を促す。

 

「ってことは……実質的に先導者はその姉と兄弟子の方になるのか?」

 

少しだけ考えるように。

顎に手を置いて目を瞑り、そして開いた彼女は答える。

 

「……先導者、というのは能力なども指導してくれる人……という意味でいいですか?」

「そうだな。 大枠でも、どういう能力があるかを教える人物と言い換えても良い。」

 

間違ってないですね、と呟きつつ。

 

「『写し鏡の呪法』……自分で能力を決めることの重要性と、初めの一枚は姉から貰いました。

 それからは……誰にも相談せずに、使えそうなものを自分で選んだのが答えです。」

 

姉から聞いたのは、正確には以下の通りだという。

 

()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()

 

「そう言われ、大分迷いながらではありますが……能力を決めたんです。」

 

何故そんな事を言うのか、という根本的な理由さえも分からないままに。

二年程前に言われた通り、自分で自分を決めて生きてきたと。

刀の技術……後から考えれば本当に基礎の基礎だけを教え込まれ。

そうして幽世に同行させられていた、と。

 

「死にたくはなかったので、生命力と書かれた能力と刀に関するものを。

 それと……万が一を考えて、複数体を相手にできるらしいものを選んだんです。」

 

成程な、と言葉にした。

 

「こういう言い方はあんまり良くはないが、間違ってはない。

 実際その最初の一手を掴めずに能力者として発展出来ない場合もあるらしいからな。」

 

自分が能力者だ、というのは何となくでも分かるもの。

そして他者も『自分と違う雰囲気』から察されるもの。

だからこそ追い出されるし、その場にはいられない。

けれど、『能力を取得する手段』を知らないという格差が発生する。

 

言い換えるなら、元の世界での創作にあった幻想世界の魔法使いと平民の差か。

魔法を使う才能があっても、それを使う最初の切掛を知らなければそもそも使えない。

だからこそ、今生きている霊能力者は幸運か。 或いは先導者が必ずいることになる。

 

「ならもう少し深掘りするぞ。 姉から最初は聞いたとして……能力者としての常識は?」

 

それは、と口を開こうとして。

少し押し黙り――――結局、決意して口にする。

 

「全員から聞きました。 その……組合? に関しては父から。

 幽世については姉からで。 兄弟子からは……寧ろ普通の生活の知恵を教わりました。」

 

…………ふぅむ。

そう考えると。

 

「知識が入り混じってるのは、それが原因か?」

 

そう、ポツリと漏らした。



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017/敵味方

 

「……と、言いますと?」

 

気付けば薬湯も冷め始めていたので、一気に飲み干す。

緑臭さと共に湧き上がる”活力”。

 

緑茶に比べて少しだけ高いそれは、幽世での休息でこそ飲まれる薬。

霊能力として表示されない『活力』……疲労を拭い去る効果を持つ。

ルイスさんが細々と受け継いだものとはまた違い、日ノ本全体で飲まれているモノで。

ふぅ、と息を落ち着かせるに足る飲み物だった。

 

「あぁ……何と言えばいいか。 絶対に気分悪くなると思うし、予想に過ぎん。

 何が理由で、とか聞かれても答えられないからな。」

 

どの部分を説明しようか切り分けようと始めた会話ではあったが。

予想外に情報が漏れ、そして胃の奥が凭れてくる。

流石にそれらを全て口にするのは誰のためにもならないから伏せるけど。

改めて前置きを用意したくなってしまった。

 

こくり、と頷く彼女に話をすべく口を開く。

唯聞いているだけ……というよりは自分なりに噛み砕く二人は口を出さない。

それが良いのか悪いのかは、別として。

 

「多分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分で責任が取れないから最初の最初だけは手を出した、ってのはまあ分かる範囲だ。」

 

実際、こうした連戦に関する知識はある程度経験を積んだ上で身に付くこと。

伽月の話を聞く限り、幽世に向かう際の同行者は大体が父と……という話だったし。

そういった内部での異常に遭遇し、『姉が間違ってる』と言われればそのまま頷くだろう。

そうすれば自然と関係性も離れていく。

ただ、その場合は一つ確実に問題になる事実が生まれる。

 

「兄弟子に関しては分からん。 もしかすれば自分で思いこんでた可能性もある。

 ただ……父親に関しては()()()()()()()()()()って考えるほうが自然……だよなぁ。」

 

まあ、そうしたくなる理由も分かる。

彼女の体質なのか才能なのか、色々と特殊なことが発生する存在。

自分だけが独占すれば、希少品を手に入れる可能性が異様に高まるのだ。

周囲に対して嘘を付き、彼女が自分から自分で外に出ないように仕向ける。

或いは出たとしても野たれ死ぬようにしていた、と考えれば幾つかの疑問に答えが結び付く。

 

(……ただ、それを自分の娘にやるやつがいるのか? 普通。)

 

クズだな、と言いそうになって押し黙る。

伽月は――――眼が、あの戦闘中のように。

少し淀み、暗い瞳を映し出そうとしていて。

慌てて話をそのまま進める。

 

「だから、幽世の中での行動は一応初めから教えていく。

 それに日常でのことも……多分普通に分かることはあるとは思うが、一から全部教える。

 俺が入れないところでの細々としたことは白かリーフに頼む。 これでいいな?」

 

風呂とか細々としたところは俺が入るわけにも行かないし。

確かトイレに行った時もリーフに質問が飛んで戸惑ったとか言ってたもんな。

 

「…………はい。」

 

それ以上濃くも薄くもならず。

その場でじっと、押し黙りながら焚き火の火花を眺めている。

それだけでも恐ろしく感じるのは――――何でだろうなぁ。

 

「良し、じゃあ先ずこの薬湯に関してから行くか。」

 

少しばかり、自分でも無理をして話す。

こういう時に無理をするくらいならまあ問題はない。

 

「基本的に幽世の中で休息するなら必ず一杯は飲んどけ。」

「……必ず、ですか?」

「そう、必ず。 味が合わないなら個人で変えればいいが絶対。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というのは内部の一つの特徴。

ゲーム的に言うなら周囲の瘴気と霊力が眠りながらに相殺し続けているから、の筈。

外……集落なら問題がないのは例え微かであっても霊力のほうが量が多いから。

ほんの少しでも回復を取ると取らないでは大きな差が生まれる。

何しろ、命は金で買おうとすれば釣り合わない程なのだから。

 

「のうご主人。」

「なんだよ。」

 

今まで押し黙っていた白が漸く言葉を発する。

そうだ、お前等も入ってこい。

 

「いまいちよく分からんのじゃが、この薬湯は混ぜ物をしても問題ないのか?」

「それか。 いや、俺は特に問題はないが子供舌とかだと苦いのが苦手だったりするだろ。」

「うむ。」

「そこでなんか試した暇人がいたらしい。 問題ないとさ。」

 

薬師ロールをしていた一人の廃人曰く。

時間があったので仲間になる可能性があるキャラ数十人に呑ませて確認した、と。

その結果、なんだか味の好み次第で回復量が違うんじゃないかと推測出来るデータが出たらしい。

なので砂糖や乳……要は『割って』好みに近付けた所その効果量が若干上がったと報告してた。

本来はそのままが最適らしいが、元となるのがこの薬湯なら若干の減少程度で済むとか。

後は好感度の変動が云々書かれていたが流石にそこまで覚えてねえ。

 

「結局精神に作用する薬だからな、当人の好みが一番。」

「成程のう……。 伽月、お主はそのままで良いか?」

「え、えっと……とりあえずは、このままで。」

 

無理はするなよ、と面倒を見始める白。

姉貴分と言うには少しばかり背丈が足りていないが。

ただそれでも、おっかなびっくり伽月も対応してる。

 

「……朔、さん。」

「ん?」

 

リーフの言葉。

混ざっているのは……心配のような色合いの感情?

 

「…………普段、は。 私達も、見るように、するので。

 無理は――――しないで、下さいね。」

「分かってるよ。」

 

……そう、言われるまでもない。

出来るかどうかは別として、だけどな。



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018/相談

今年後一話行けるか曖昧なので先に。
今年はお世話になりました。
また来年以降も宜しくお願いします。


 

「…………はぁ。」

 

一人頭三時間、合計で六時間。

此方の世界で言うなら三刻程の休息を挟む交代制の見張りの最中。

既に仮眠を取った後で、少しばかり浮かび上がる眠気を噛み殺す。

 

「…………疲れて、ます、か?」

「まあ……精神的にかなぁ。」

 

肉体的な負荷は覚悟してる分だいぶマシ。

だから実際には精神的な……伽月との話が結構な負担になっていたらしい。

同じく見張り番のリーフと、そんな雑談を交わしていく。

 

「疲労……だけ、は。 抜けません……もん、ね。」

「外でちゃんと休まないとねえ……。 休息でもきっちり休む手段は無くもないんだけど。」

 

肉体的な睡眠時間を実際の倍~三倍相当に押し上げる希少物とか。

或いは能力として取るかは別として、『花』や『風』にも似た効果があったはず。

アレ取ると活動時間は伸びるけど……全員取らなきゃいけないからそういうコンセプト必須なんだよなぁ。

 

「……用意、は?」

「しない。 道具で補えなくもないし、常時それで動きたくない。」

 

ですよね、と小さく笑い。

目の前にカードを取り出し、小さく呟く。

 

「……それと、朔くん。 少し、相談に……乗って貰えます、か?」

「良いけど……警戒のほうが優先だから雑になるのは勘弁してよ?」

 

まあ基本、リーフが起きてれば妖は此方に近付けないとは思うが。

根本的に火――――というよりは『光』を嫌う何かが妖だし。

超濃密な霊力が周囲を漂ってるから迂闊に近寄れないし。

そしてその影響で、俺の眼も変に活性化してるし。

 

「……能力に、関してなんです……けど。」

 

そう言って、差し出すカードを横目で眺める。

 

『リーフ=クライエント/深度8』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』
15

 

未取得/1点
【無】『V・S・タロット』1/1自身をカードに映し出す簡易呪法。
【無】『運命神の導き』5/5任意の事象を占う天性の才。
【無】『夢幻の泉』1/1霊力を何処かから供給され続ける才能。
【無】『徒人の薬学』1/3初歩の初歩である薬を生成出来る。
【花】『霊力防護』5/5自身が受ける損傷を霊力で軽減する。
『霊力防壁』1/5部隊が受ける損傷を霊力の壁で軽減する。
【風】『詠唱短縮』5/5威力を減少させ、呪法の詠唱時間を短縮する。
【風】『追加詠唱』5/5詠唱時間を延長させ、呪法の威力を増す。
『風』『呪法:火球』1/5火の球を相手に投げつける。【魔】【火】
【風】『太陽神の裁き』3/5陽光を以て敵を討つ。【魔】【木・風】【敵全体】

 

なんというか、分かりやすく特化しているというか。

祖母から教わっている、という前提はある。

だから派生能力の条件……薬学の特異スキルへの道が見えているとか言ってたな。

 

それで……漸く短縮/延長の能力カンストか。

その派生まで手を伸ばせば詠唱するタイミングは自由自在に近付く。

だから早めに取ってもらうか悩むけれど。

 

「この余ってる能力分、ってことか?」

「……はい。」

 

んんん……。

特にリーフの場合、深度制限以外を考えなくて良いのは大きいんだよな。

『壁』が実質的にないようなもんだし。

 

「家で……聞こうと思った……んです、けど。」

「あぁ、バタバタしてたもんな……。」

 

言い出しにくかった、というのは反省する。

そういう時間をちゃんと作ったつもりだったが、彼女に取っては足りなかったか。

そうだなぁ。

 

「提示できるのはまあ二通り。 もうちょっと強さを優先するか、薬学を伸ばすか。」

 

指を二本立てる。

データ上だったら此方の好きに決められたけど、生きている人間なんだ。

最後は己の意思で決めて欲しい。

 

「一つは今回で最大まで上げた詠唱系の派生、『詠唱操作』を取るって選択肢。」

 

これは『詠唱破棄』や『重複詠唱』と並ぶ3つ目の派生。

()()()()()()()()()()()()()()()、というだけの能力。

 

「三通り、超短文/普通/長文で決めておいてそれを『短縮』や『追加』すれば便利。

 まあその為には能力深度3まで必要なんだけど。」

 

それだけで一つの呪法に対して9通りが生まれる。

今まで使用していたモノより『簡易に扱う手段』を手に入れる能力。

 

もう一つあるデメリットとしては、何方かに偏ることでの倍率増加が見込めないこと。

破棄もカンストまで上げれば実質デメリット無しで無詠唱連打出来る小技もあるし。

 

「もう一つはまあ言うまでもないよね。」

 

『魔女の薬学』を開放できれば、DoTの手段が手に入る。

対ボス、対強敵に便利な道具を全員が持つことが出来るという意味で超有用。

 

「まあどっちを選んでも問題ないと思うし、好きでいいよ?」

「ぁ…………はい。」

 

ちょっとした相談、と言ったのにガッツリ説明してしまった。

どうにも彼女には踏み込んでしまう……というか面倒を見たくなるんだよな。

良く分からないけど。

 

「……ちょっと、考えて、みます。」

「うん。」

「……お茶、どうします?」

「貰おうかなー。」

 

疲労抜きでなく、いつもの……家庭の味と言った方の。

霊力を底上げする効果のある薬湯を差し出され。

起きるまで、幽世の中で。

奇妙な程に、のんびりとしていた。



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019/指導

新年あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします~


 

探索二日目。

 

部隊の全員の疲労は然程ではない。

恐らくはあの薬湯と、リーフが吐き出している霊力の影響か。

疲労が溜まりすぎて目に見えないところで霊能力が下がってる、なんて事態は不味い。

だからある程度のペースで意思疎通と状態確認。

若干面倒ではあるがこまめにする必要があるからな。

 

「せぇい!」

 

――――ギッ!?

 

最初の遭遇での羽虫と子鬼の編成を切り裂いて。

手を握っては平手にし、状態を確認したりする伽月。

それは俺達も同じで、武器を握ったり足の状態を確認したり。

最初の戦闘後こそ確認するにはうってつけ。

 

「どうだ?」

 

俺自身の影響も確かめながら。

手首や足首と言った起点になる関節部位を特に確認して、今日は問題ないと判断した。

今までの経験上、このどっちかに()()()()()を感じた時は大抵良い結果にならなかったし。

 

「吾は問題なし。」

「…………私も、です。」

「この確認って大事なんですよね?」

 

三者三様の確認模様。

 

白は特に脚と羽根……機動力の起点になる場所を確認する傾向にある。

たまに調子が悪い時は萎れて見えなくもないから若干分かりやすい。

 

リーフは腕と眼……というよりは感覚器を重視して見える。

自分の感覚と霊力を通して感じる感覚のズレが酷い時がある、と前に聞いた。

 

それに対して伽月は頭以外の全身というのが正しいのか。

刀を両腕で振る都合上、全身の違和感を特に気にしているように見えた。

 

「当たり前だろ。 鍛錬するときだって調子は確かめるだろ?」

「確かに!」

 

確かに、じゃねーんだよ。

何処かアホの子というか全てを受け入れる状態になってるのはちょっと不味そうだが。

確かに色々教えこんでいる立場だから楽なのは間違いない……んだけども。

……依存先が変わっただけ、とかいうオチはやめろよ?

 

「特に幽世の中に潜った日の初戦は状態確認必須だな。

 潜る日の朝と初戦後、二つを確認しとけば7割方は問題ないと思う。」

 

実際調子が良いと思っても熱が出ているだけ、とか。

成長痛で身体が痛み動けない、とか。

特に俺達の年齢だとその日その日で動けるかどうかがかなりブレる。

抑える薬が無くもないが、後遺症が辛い筈だから出来れば使いたくない。

 

「……残りの三割は?」

「運。」

「ぇぇ……。」

 

そんな引くような事を言っただろうか。

大事だぞ運。

俺達に操作出来ないものだからな運。

 

「まだこの程度の()()()()()……浅い階層だから出てこない筈だが。

 強敵とか希少な敵が乱入してきたり遭遇する危険だってあるんだからな。」

 

だから安全マージンを多めに取っているというのはある。

大部分は徘徊する強敵(ワンダリング)とか別ゲーから取ってF.O.Eとか言われる類の奴に会いたくないから。

その幽世の難易度と比較して+5~10くらい深度があれば安定する、と言われる強さで。

そいつが落とす瘴気箱は希少品が出やすかったり、そいつを模倣した装備が出たり。

最終的にはそれを狙ったりすることにもなるが、今は絶対に会いたくない。

 

「……あ、ひょっとしてああいうやつですか?」

「ああいう?」

「1~2回くらい? 遭遇したことがあるんですけど。」

 

ぶるり、と何かを思い出しているようで。

同時に彼女の周りが暗く見える。

……これも何か関わってるのか。

 

「一番危なかったのは……熊みたいな、腕が四つある妖でした。

 それが襲ってきて、()()()()()()()()()()()()()()()

 丁度戦っていた妖を襲わなかったら、今こうしてここにいないと思います。」

 

そりゃそうなるわ。

呆れた顔と、怒る顔と。

性格次第でくっきり分かれた俺達にも、その当時の気持ちは分かる。

 

「というか、それで疑わなかったのか……?」

「その時は声で指示された後で土下座されまして……。」

 

それで流すってのは物知らずにも程がある。

……ああ、いや違うな。

物知らずになるように育てられてきてるのか。

ある程度自分たちの都合がいいように。

 

「確かそれが……父と行った最後の探索だったと思います。」

「え、どれくらい前だ?」

「半年……くらいでしょうか。 地元を出たのが二月は経ってない筈ですので。」

 

……何処に住んでいたんだろう。

地図を差し出してもわからないよなぁ。

ただ住人も大分限られてるって話だし、隠れ里みたいな場所だとは思う。

 

「そうか……。」

 

なんか白が酷く同情的になってる。

そんなに心揺さぶられたのかお前。

その気持は嫌ってほど分かるが。

 

「……白。 そんで、箱はどうだ?」

「あ、ああ。 麻痺薬の散布のように見えたから開けずとも良いかと思うのじゃが。」

「麻痺……かぁ。」

 

連戦というわけでもないし、出てくるのは確かに重要度は高くない。

精々あって付与効果付きが一つあるかどうかで……失敗した際の影響を考えると。

 

「そうだな。 ただ連戦後に麻痺薬が出たらその時は開けてくれ。」

「うむ。 最悪は薬を使うんじゃな?」

「使用期限を考えると残しておいても仕方ないし。」

 

今の場合は費用対効果に見合っていないのでスルー。

麻痺解除薬、原料が海辺じゃないと手に入らないせいでちょっと高いんだよなぁ。

作って貰える分、普通に買うよりは安く済むんだが使用期限がちょっと短いのも欠点。

 

「準備整えたらもうちょっと進んで帰るぞ。

 この階層の最奥までは進んで稼いでおきたい。」

 

はい、とか。

ああ、とか。

異口同音に声がして。

あんまりこういう命令する立場得意じゃないんだがなぁ、と。

小さく息を漏らした。



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020/付与

 

最奥まで辿り着くのに12戦。

その内乱入……連戦が発生したのが()()

どうなってんだおかしいだろ今回の幽世。

出現しないんじゃなかったのか?

 

「いや普通にヤバい。 深度上昇したけど。」

「なんじゃあれは。 特に最後じゃ最後。」

「…………死ぬかと思いました。」

「……危なかった、です……ね。」

 

以上、全員の感想。

ぐったりとした中、最奥で再び休息を挟む必要性に駆られていた。

これ以上動いたら多分途中で誰かが死にそう。

 

「……あれなぁ。」

 

特に不味かったのは白も言及した最終戦。

刃を持ち、顔を伏せて乱雑な髪型をした()()()()

 

それを見て顔を引き攣らせ、最大火力で抹殺するように叫んでしまった。

何とか足止めは成功したが、一体だけは拘束から逃れ。

前衛を飛び越えて後衛に突撃しそうになったところを前衛二人で何とか抑えた。

時々姿が見えなくなり、その度に探して足止めが必要になるとかいう仕様も相まって。

刃と見えない体を警戒しなければいけない、という状態にぐったりしたのは言うまでもない。

 

「多分悪婆(あくばあ)だと思う。 何で群れてんだよあんなのが……。」

 

通常一戦闘に一体ずつしか登場しないやつだろ。

複数部隊の中で抽出したとか言い出したらキレるぞ。

 

「悪……?」

「簡単に言うと子供とか赤子を喰らう妖。 特徴なのは『姿を隠す』事。

 後は()()()()()()()()()()()、ってことか。」

 

何方かと言えば出典が新しい妖だっただろうか、アレは。

江戸時代くらいの何らかの書物から作り出され、別の都市伝説と習合されて形成された敵。

街中で赤子や子供を浚い、喰らう老婆の妖。

街中では姿を透明にするとされ、誰もそれには気付けないという能力を持つ。

 

ゲーム的な特徴は三つ。

『奇数ターンには単体攻撃対象に選べなくなる』

『必ず一体でしか登場しない』

そして『一撃必殺(クリティカルヒット)』持ち。

首刈り兎や忍者に似た存在としてデザインしたんだろうが、複数体はおかしすぎるだろ。

 

「だから危なかった。 もし誰かが首を狙われてたら()()()()かも。」

 

それが実際にはどういう意味かは明言しなかったが。

他ならぬ戦闘で刃を振るう二人には殊更良く伝わったらしい。

ガタガタと今になって震えている。

 

「…………対応……手段、は?」

「無いこともない……けど、その為に取らなきゃいけない前提が重いんだよなぁ。」

 

多分西洋、華陽だとまた別の名前な気はする日ノ本での能力の一つ。

【花】系の派生、『武士の一念』。

確か重防具か何らかの耐性系の派生から伸びる能力だった記憶がある。

効果は『行動不能・即死に対する絶対耐性』。

 

前衛盾型(タンク)なら先ず真っ先に目指すべき能力ではあるんだが……。

 

「俺等だと多分攻撃系に偏重した方が行き詰まりを避けられるからな。」

 

変にバランス成長すると後半で中途半端になって役立たずになる。

だからある程度偏って育成したほうが良いのは間違いない。

実際それで一回詰まってやり直したし。

ただ、即死を避けたいって気持ちも分かる。

 

「……まぁ、避ける手段ならもう一つある。 此方のほうが俺等向けだな。」

 

だからもう一つを選ぶ。

本来は絶対耐性を取ったほうが変えが利くんだが……まあ仕方ない。

どっちにしろいつかはするつもりだったし。

 

「あるのか!?」

「うぉ、急に叫ぶな飛び付くな!?」

 

ブツブツ言ってた白が急に飛び掛かってきた。

やめろ首が苦しい。

体格的にまだそっちが上なんだから動かせない、タップタップ。

 

「……っと、すまぬ。」

「ったく……体格考えろよ。 えーと、何だっけ。 避ける方法だったか?」

「それじゃそれ。」

 

全く、話そうと思った内容が飛ぶかと思った。

とは言え、目指すべき手段はお前等でも知ってておかしくないんだが、と。

言おうとして、そもそもこの考えも秘匿されるものなのかと思い直した。

 

「付与効果を付けられる道具か、付与効果がついてる防具を探す。

 俺達みたいなタイプ向きだろ?」

 

そして、それを落とすのは丁度その能力を持つ妖が混じった編成のみ。

クソかよと思わなくもないが、実際分からんでもない。

生まれる経緯が「妖の瘴気と混ざり合う」事を挟む以上。

それに対する対抗物が出現する、という結果に結び付くのは何となく理解できるので。

 

「で、其処に丁度一個あるな。

 あんだけの群れを潰したんだから一個は出ると思ったが。」

 

古く、かさかさとした布の破片のような物を指差す。

傍目からすれば唯のゴミにしか見えないだろう。

 

「……これがかや?」

「そ。 皮鎧か布系防具専用の付与効果付属道具、『鬼婆の慈悲』。」

 

道具の名前違うじゃねえか、とか思ってはいけない。

多分山姥とかの成分が流入した結果だと思われるので。

実際、妖として現れる山姥は細々としたところで違うが似た種族として扱われているし。

 

「まあ使うにはその防具を作れる職人の手がいるんだが。」

 

向かう目線は当然、その能力を持たせた白。

 

「吾か?」

「当たり前だろ。 どう使うかは教えるから今度やってみてくれ。」

 

能力だけ上げても実際の腕前次第じゃボーナス数値が変動するしな。

出来れば高ボーナス防具……防御数値が高いモノを作って欲しい。

失敗してもまあそれはそれで売れるけど。

 

「…………う、うむ。」

 

少しばかり照れたように、視線を背けて。

 

「次、もう少し分配するぞー。」

 

そんな彼女を見ないようにして、他の二人に声を掛けた。

今は見られたくないだろう、と思ったので。



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021/分配

※CCC/一章ステータスに若干加筆修正しました。
具体的には一章時点で出した固有名詞の解説。


 

じゃらじゃら、と鞄から転がり落とした取得物。

半数くらいは俺が、残りは伽月とリーフで手分けして持っていた。

理由は単純、機動力を最優先にするタイプじゃなかったから。

 

「今の内に各人に向いた武具防具だけ引き渡しとく。

 自分に合う合わないを込で選んでおいてくれ。」

 

そう言って引き渡すのは能力面だけを確認した武具防具。

 

「……いつも通り……です、ね?」

 

何度か経験しているリーフは頷き。

良く分かっていない伽月は頭に疑問符を浮かべている。

 

「まあ俺が鑑定する、その上で各人向けは自分で持てってことだ。

 此処まではある程度適当で良かったけど。」

 

まあそう言っても薬とかは全員で手分けするし。

白向け、となると軽い装備ばかりになってしまうのは仕方ない。

そういう意味で忖度……気を配りすぎている、と言われればそれまでだが。

 

「……全部を、ですか?」

「ある程度の値段が分かれば安い物は打ち捨てていくのも有りなんだけどなぁ。」

 

だからこそ、今は自分のものは自分で持てとなるわけだ。

実際にそれらの装備を気に入るかどうかは別だし。

値段が分かれば不要なものなら打ち捨て、瘴気に還す選択肢も取れる。

 

「白やリーフは知ってるけど。

 まあ今の俺に見えるのは……と。」

 

例えば、と手元に転がる武具を拾い上げる。

 

『重硬の木杖』装備制限:なし価格:■■■■
効果:【力+1】【速-1】【杖】【】【】

 

「これは木杖……俺向きだけど力が上がって速度が落ちる。

 俺にとって悪影響すぎるから要らん。売却。」

 

左手側、売却用とする場所に置く。

 

『鉄杖』装備制限:なし価格:■■■■
効果:【杖】

 

「これは鉄杖……ノーマル。 要らんな、売却。」

 

これも左手行き。

 

「と、こんな感じで幾つか渡していくから身体に合うかどうかとかも考えてくれ。

 合うかもしれない、位の大雑把な感覚でいい。 後で現世で試せばいいからな。」

 

防具とかの合わせも必要になるだろうし。

俺の場合は身長も関係してくるし、女性陣なら色んな部分への干渉とかも考える。

だから此処での仕分けは最も大雑把に。

所持重量に余裕があるなら持っていけばいいだけなんだが……。

そうでないなら此処で廃棄できるだけしておきたい。

 

「……全然違いますね。」

「伽月の場合はどうしてた?」

「私の場合は全部持ち帰ってました。 大体は私が背負いましたけど。」

 

その後で行商人に売って生活必需品を手に入れていた、と。

 

……大体、って言ってるところから考えると必要不必要を見比べてるよな?

多分固有銘(ユニーク)とかは自分で持ち帰って高く売却したりしてそう。

そう考えてしまう程、その父親に関しては信用が掻き消えていた。

 

「俺達の場合も出来れば持ち帰ったほうが金になるんだけどな……。」

 

一番大きいのはまだ身体が出来上がっていないこと。

ゲームではこれくらい持てた、というものだって難しかったり。

或いは装備重量の上限になれば当然戦闘がし難くなる。

実際に霊能力に割合減少での悪影響を受けていた覚えは合ったが。

こうまで面倒なのか、と思ったのは思い出の一つだ。

 

「身体が出来上がるまでは切り捨てるしか無い。

 いや出来上がった後でも捨てる時は捨てるんだけど。」

 

身体作り、を意識し始めてからは食事の内容とかも気をつけ始めた。

実際ゲーム内での『身長』の概念は良く覚えてないが、小さくはなかった筈。

自分で自分を育てられる唯一の機会だからこそ、今を逃したくはない。

……もしかすると、こんなことせずとも将来の形は変わらないかも知れないが。

 

「身体作り……良く運動したりとか?」

「走ったりとかは勿論するけど、どっちかというと食事の内容とか?」

 

スタミナが尽きれば死ぬだけだし。

だから『走る』『歩く』事を最重視して約三年。

多少はマシかな、と思えるようになってきた。

その成果の一つが、彼女を抱えて街まで戻れた事だったりする。

 

「食事の……。」

「ま、それは帰った後で。 今は先に配分からな。」

 

何やら考え込み始めた伽月を一旦放置し。

ちゃんと休息できるように先に確認を済ませよう。

 

ええっと、この剣は片手用……盾と合わせること前提か。 使わない。

これは下着(インナー)……うわ、生命力自動回復効果付いてるじゃん。

男女専用とか付いてないタイプだし、前衛向けかな。

 

「この下着は白か伽月向け。 合わないならリーフでも良い。」

 

三人の前にそれを置く。

手が伸びないことから考えて、恐らく誰が取るか悩んでいるんだと思う。

 

……白が縫直しまで出来るようになれば違うんだが。

失敗すると廃棄しなきゃいけなくなるから予備幾つか欲しくなるんだよな。

 

「これとこれは兄弟刀。 両手装備で体が上がる付与効果付き。」

「これは霊刀。 肉体を持たないやつでも斬れる様になる効果。」

「こーれーはー……リーフ次第だな。

 『木』属性が強化されるけど『火』属性が弱化する。」

 

次、次、次。

色々仕分けていると何やら視線を感じて前を向く。

 

「…………。」

「…………。」

「…………。」

 

何だお前等。

無言で三人が三人共見詰めてくると流石に怖いんだが。

 

「……え、何?」

「あ、いやなんでも無いぞ?」

「……そ、そうです、よ?」

 

怪し過ぎる態度をとる二人。

 

「……。」

 

聞いても反応せずに、ジーっと見つめてくる一人。

 

「あの、動きにくいんだけど……。」

 

そう言っても、その場から視線を動かさずに。

凄いやりづらい状態のまま、作業を続けることになってしまった。

 

……唯でさえ頭使うってのに、余計に疲弊しそうだなぁ……。

そっと、溜息を漏らしながら。



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022/帰還

 

「ぁ~。」

 

幽世の奥から戻って三日。

出るまでに一日、其処から街に戻るまでで一日、休息と装備確認で一日。

若干強行軍じみたところはあったが、無理にでも出ないと不味そうなので強引に抜けて。

朝からばきばきと音さえも鳴りそうな身体を解しつつ。

前日に受け取っていた武具防具なんかを整理していれば、目の前に影が差す。

 

「朔、さん?」

 

あ? と思いつつ顔を見上げれば不安そうな表情の伽月。

 

「何だ、どーした?」

 

そう言いつつも手を止めることはせずに。

ええっと、鞘がついてないのはいつも通りに布で巻くとして。

今回は切れ味が鋭すぎるのが混じってないから良いものの。

……その内持ち運びに良さそうなのを()()に聞くか。

 

「あの、何処かに出るんですか?」

「何で?」

「いえ……荷物を纏めてるじゃないですか。」

 

……ああ、そりゃそうか。

そういや伽月には一切説明してないもんな。

これに関しては完全に抜け落ちてた。

 

「知り合いの店に持ち込んで買い取ってもらうからな。

 もう少ししたら出ると思う。」

 

ついさっき鐘が鳴ったし、今が巳の刻(10時頃)くらいか?

作業に集中して見ていなかったが時計を見れば、大凡予想通り。

だったら今から準備するくらいで丁度いい筈。

 

「知り合いの……?」

「そう。 あー、ただ。 今日はお前連れていけないからな?」

 

その視線が明らかに熱を帯びていたので先に断る。

ちゃんと理由はあるんだが、出来ればちゃんと紹介した後のが伝わると思うんだよな。

だから何故、という答えは伏せつつも。

 

「えっ。」

「次の機会なら構わんが、今日は駄目だ。」

 

断られると思ってなかった気がする。

目に見えて落ち込んだ表情へと移り変わる……当初のクール然とした表情は何処行った。

はぁ、と溜め息を吐きつつも作業を継続。

 

「な、なら何をしてれば良いんです?」

「いや自由でいいと思うぞ。 一人で街に出るのは流石に認められんが。」

 

流石に非常識なまま放流はさせられん。

何を仕出かすか分からなすぎる。

 

「それじゃ何も出来ないんですけど……。」

「……あー、そっか。 そういやそうだな。」

 

落ち込んだ表情を見て、俺の発言に無理があったことを思い出す。

 

昨日の時点で『布防具への付与効果の付け方』を教えた白は勿論。

リーフはいつも通り調合手順や薬草の扱いに関して学んでいるだろうし。

唯一そういった分野に手を付けてない此奴はやれることがないのか。

 

「なら家の中で鍛錬でもしててくれ。 今日だけは本当に無理。」

 

ええっと、と唯の布製の下着を鞄の奥底へ詰めれば。

その手をガッと掴まれ、自分の方を向くように引っ張ってくる。

 

「……なら、せめてその理由教えてください。」

「知りたがりすぎないか……?」

 

いや、子供っぽいと言い直したほうが正しいのか?

元々の性質がそうなのか、或いは俺がおかしすぎるだけなのか。

良くは分からないが、言わない限りは離そうとせず。

あからさまに――彼女に通じるように――息を漏らした。

 

()()()()()()()()()危険があるから。」

「え?」

「ちょっと特殊な相手でな。」

 

言葉尻一つを拾い上げる危険がある相手達。

そして、紹介せねば入れない場所に入らなければ行けない関係性。

若くなるにつれて有能度が上がり、同時に知らない相手への扱いが冷める。

今の彼女を連れ込むにはリスクが大きすぎた。

 

「普段ならある程度は織り込んでも良いんだが、ちょっと今はその少しが怖い。」

 

出立前に伽月の装備を整えたからな。

 

恐らくそれを補填して余りあるくらいに稼げたとは思うが。

たった一言漏らしただけで引っ張られてしまうことが怖い。

一応それらを甘く見てくれる相手ではあるが、一見客にはほんっとに怖い。

後契約を破る相手。

 

「だからまた今度。」

「えぇ……じゃあ何すれば良いんですか……?」

「さっき言ったろ。 訓練でもしろよ。」

 

或いは深度も上がっただろうから手慰みになる制作系能力を覚えるか。

若干突き放すような形にはなってしまったが、多分これは彼女の為。

 

周囲を警戒していた時はまた違ったが、今の彼女に見える特徴が一つある。

恐らくは生まれ育った経験からなんだとは思うんだが……。

頼れる時は誰かに頼ってしまう、というのが習慣付いてるように思える。

 

逆に言えば頼れず、自分でやらねばいけない場所。

つまりは幽世の中などで見せるあの視線は吹っ切れすぎた状態なのやもしれない。

内側に何かを抱える人間がそんなに増えて欲しくない、という俺の願望込みだが。

 

「本気でやることがないならルイスさんに聞くのでも本でも良い。

 何かしらやりたい事を見つけるのも勉強だぞ?」

「そ、そんなこと言われても……。」

 

手を振り払う。

若干強引にでもしないと多分いつまでも独立しきれない。

今はこうして『仲間』として同行しているが。

本質的には超能力者は『一人』で完結する存在なのだから。

 

同種はいても、全く同一の存在は生まれようがない。

その基本から教え込まれていない相手はやはり厄介だ。

 

「やりたいことが見つかったら言え。

 出来る範囲だったら手伝ってやる。」

 

だから、俺が彼女に今言えるのはこの程度。

早く済ませて此処から抜け出そう。

今は明らかに落ち込んで見えるが。

 

多分、またその内頼ってくる気がするから。



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023/売却

本日二話目です。


 

刃を持って薙ぎ払う。

木製の杖で弾き飛ばす。

炎弾を以て焼き浄滅する。

 

結局どの選択肢を取ったとしても、俺達に出来ることは戦闘に偏っている。

ただ、『超能力者』という可能性はそれだけで収まらないという事実を俺達は知っている。

 

(――――さて。)

 

ふぅ、と一つ息を付いて。

目の前の、看板すら掛かっていない店舗の扉を開いた。

きぃ、と普段の通りに軋む扉の音。

内側には様々な物品が立ち並ぶ、幾度も見た光景。

ふわり、と漂う空気は相変わらず甘ったるい成分を含んでいる。

 

「いる?」

 

扉が開いているし、いるのは間違いないんだが。

そんな挨拶が常態化しているのは、この店の主との奇妙な関係故だと思う。

 

予想通り張り付いて付いてきたがる伽月を無理矢理引き剥がし。

自分で考えるのが無理なら二人から色々学べ、と言い残して薬屋を出た。

その際、取り敢えず要らない付与効果付きや銘付きの装備を一式集める事は忘れず。

普段からの……以前よりは一回り程大きくなった背負袋に纏めて背負ってきた。

 

(一応武具店を冷やかしてきたが……情報足りるかね。)

 

本来顔合わせを兼ねて伽月も連れてきたかった、というのも事実。

ただ、『勝負』ともなるとタイミングが悪い。

他の二人ならまだ別なんだが、薬作りと服作りに集中して欲しいから無理だったし。

ただ紹介しない理由も無いから、何処かで機会を伺ってになるだろう。

 

「……。」

 

反応はない。

またいつも通りに寝てるのか。

昼夜逆転はやめろと散々言ってるんだが。

 

「おい。」

 

ちりんちりんと何度も店員を呼ぶ鈴を鳴らす。

そんなぶっきらぼうな話し方が許されるのも、多分に知り合いだからという面が強い。

 

「ふぁぃ……。」

 

そんな寝惚けた声が奥から聞こえ、安堵する。

荷物を足下に降ろし、腕を組みながら待てば。

ずずり、と何かを引き摺るような音と共に奥から顔を覗かせる。

 

「何方さ……ぁぁ、朔君じゃん。」

「まーた徹夜でもしたのかよ、紫雨(しう)。」

 

にへら、とした笑みを浮かべる俺達と同い年の少女。

モノクルに近い、片眼鏡を付けて名前の通りの紫の髪をした。

けれどこうして店の中にいる時は外見に一切気を使わない乱雑とした髪に、適当な服装。

唯の駄目な一般人にしか見えない彼女が、実は商才に特化した超能力者と言って誰が信じるのか。

一番酷い時で下着の上に白衣を羽織っただけ、とかいう痴女じみた格好をしていた。

あの時は泡を食った。

 

「紫苑さんとかは?」

「……姉上とかお父さんなら、()()()。」

「また仕入れか。」

 

彼女にとっての姉の名前を挙げれば少しばかり機嫌を悪くする。

これもまあいつも通り。

あの人のほうが色々と打算でやり取りできるから楽なんだけどな。

 

「じゃあお前でいいか……。」

「なぁに、その言い方。」

「眠そうだからってだけだよ。」

 

若干ごまかしを混ぜて心配心を伝えれば。

それだけで少しだけふにゃりと態度を和らげる。

 

こんなので大丈夫なのか、と時々思わなくもないが――――。

真実、この彼女は見知らぬ相手に対しては極寒のように対応を一変する。

それを避けるには、知り合いからの紹介が必須。

ただ、女性陣には妙な敵対心を持っているようでたまに威嚇している。

白を連れてくると猫と猫のようにしているから、それはそれで面白いんだけど。

 

「で、買い取りして貰いたいんだが大丈夫か?」

「……だいじょーぶ。 ボクに一任されてる。」

 

父上から紹介された商店の、更に上位に位置する店。

幾つかの店から買い取り、その店が持つ強みを生かせるように売り渡す。

自身達のみで超能力者向けの市場を形成する、若くして”株仲間(商人ギルド)”の一員。

その性質上、拠点をあちこちの街に持つ勝ち組一家の一人……の筈なんだが。

傍目から見てるだけだと疑ってしまうのは何度目だろうか。

 

「取り敢えず俺等で使わない分を一式持ってきた。

 後で新しく手に入れた一覧見せてくれ。」

「はいはい。 一応見るから貸して。」

 

ほい、と背負い袋ごと渡せば。

少し待っててね、と片眼鏡越しの眼を輝かせた。

いつも通り、何となしにそれを眺めて待つ。

 

鑑定を任せる時、或いは売却が成立した時以外で物品を引き渡すのは普通の店では先ず無い。

見ていないところで入れ替えられたりする恐れだってあるのだから、一見の店では絶対に。

ただ、俺達の場合は二つの理由からそれを簡単に行う。

一つは互いに鑑定能力を持つから。 入れ替えが起きても直ぐに気付く。

もう一つは、そんな事を互いにしないという信頼が既に結ばれているから。

 

「これ、どこで手に入れたの?」

 

いつも通り、何処か舌っ足らずな声での。

けれど真実を貫くような言葉。

 

「こないだと同じ場所。」

「うっそだぁ。 あきらかに品質上じゃん。」

「連戦が多発してなぁ。」

 

疑う、というよりは冗談めかした話し方。

それに対して返す言葉も、いつも通りに普通に。

 

「え、連戦が?」

「そうそう。 運が良かったのか悪かったのか。」

「……だいじょーぶ?」

「大丈夫じゃなきゃこうして顔見せられてねーよ。」

 

確かに、と笑う顔を見て思い出す。

 

(……あれからもう一年くらいだっけ?)

 

ふと浮かぶのは、彼女達と知り合った時のこと。

 

ほんの一年程前。

大雨の中で。

困った表情をして佇んだ彼女と、出会したのが始まりだった。



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024/記憶

大体のヒロインが趣味で埋まっていくPT。


 

ぽたぽたと髪の端から雨粒を垂らしながら。

何かを呟きながら、佇む少女。

幽世帰りにそんな光景を見て少しだけ引きながら。

脳裏に浮かんだ、と言うよりは思い出していたのはイベントの一部。

 

(……んー、あー……ひょっとして……?)

 

戦闘向けではない(ほじょようそがつよい)ヒロインの一人で発生する不定期の最終攻略条件の一つ。

”相手が求めるものを手に入れる”というだけの簡単なモノ。

 

但し、その時間制限がえげつなく。

もし発生したら、という前提で先に準備しておかなければ先ず間違いなく間に合わない。

何しろ、それに遭遇してから翌日の朝までに渡さなければアウト。

もし渡せなければ約定不履行で即バッドエンド行き。

 

その後の末路は……どうだったか。

確か華陽とのやり取りをしている交易船に叩き売られて死ぬまでそこで飼われるんだったか?

或いは田舎や()()()()()()()()()()()で似たような目に遭うんだったか?

微妙に差異があった気がする。

 

ただ、声を掛けるかは自由。

声を掛けてから一日、という前提があるので若干の猶予が無くもない初見殺しの罠。

 

(って言ってもなぁ。 現実とじゃ当然差異もあるだろうし。)

 

だが、それが許されるのはゲームの中だけで。

……現実世界に置き換えるとどうなるんだろう。

そう考えると、そのまま放置するのもちょっと忍びなく。

二人に目線をやれば、致し方ないと言った表情を浮かべていたのを覚えている。

 

『どうした?』

 

――――確か、そんな声を掛けたはずだ。

他に誰も声を掛けなかったのか、という感情を抱きつつ。

そして一悶着を挟みつつも。

彼女は、若干投げ遣りに成りながらも事情を口にした。

 

『初めは、良くあることからだったんだよねー。』

 

初めは、西の都から流れてきた商人との契約から始まったと言っていた。

 

とある効果が付いた武具を高値で引き渡さないか、という契約を父が持ち掛けられた。

在庫一覧を見ても下に位置する武具店に在庫が残っているのを確認していた。

 

だから契約をして、その在庫を引き上げに行った所『無い』と。

そんな筈はないと、自分込みで帳簿込で確認をしたがやはり無いと言われたと。

顔を青くしながら約定を解約しようとしたが、向こうが一向にそれを受けようとしないと。

約定は破った際に高額の――――それこそ身売りが必要な程の罰金が仕掛けられていた、と。

 

その際、相手が明らかに分かるように厭らしい目でボクを見た事で引っ掛けられたと気付いたと。

それから方々手を尽くしたがその物品が手に入らず、その引き渡し期限が明日だと。

 

『……だから、きょーはボクが自由でいられる最後の日ってわけ。』

 

其処までを一気に語り。

もう諦めたような、死んだ眼を浮かべた少女を見て。

 

(…………思い出したイベントと内容ほぼ被ってるなぁ。)

 

前提条件の筈の『出会い』とか『交流』とか全部すっ飛ばしていきなり最後かよ、とか。

なんでこうも重い事情抱えてる奴ばっかと会うんだよ、とか。

半分以上他人事のように思いつつ。

背中の袋の中身に確か入っていた……既に確保していた事を思い出しつつ。

念の為にその内容を問い掛けて。

 

『何を? …………『護身』が付いた、軽量の武具。』

 

やっぱりな、と思って背負袋から――――。

 

「朔君?」

「んあ?」

 

そんな過去に浸っていれば、カウンター越しに怪訝な表情を浮かべた紫雨の顔。

間に仕切りがあるから一般的な距離だが、もしなければ目前まで近付いていただろう。

というかそんな経験が複数回あるからカウンターを挟んだ、と言い換えても良いんだが。

 

「……どーかした? なんだかぼーっとしてるけど。

 熱でもある? あるんだったら……。」

「近い近い近い近い!」

 

色々呟きながら乗り出してくるのをやめろ!

相変わらず適当な服だから着崩れて内側見えてるし!

白い下着とか明らかに見せてねえよな!?

 

少しばかりパニックに陥りそうに成りつつも。

人一人、二人分程距離を離せば目線を伏せて元の位置に戻る。

 

……こういう事するから白がめっちゃ睨み付けるんだけども。

分かっててやってる節を所々で感じるんだが、気の所為だと信じていいよな?

 

「何度か言ってるよな?」

「……ぶー。」

「ぶーじゃないんだが?」

 

片眼鏡を額辺りまで持ち上げながら頬を膨らませる。

殆ど見せない姿をあからさまにする、最終イベントから始まった推定ヒロインとの付き合い。

……こんなのでも、親父さんと幽世に潜れる超能力者の家系ってのもあって今では俺より上。

今の深度幾つだっけ……此処一年で急激に上げたはずだし13とか14とか言ってたか?

戦闘面だと弓系の後衛射撃を身に着けてはいるらしいが、メインは道具の使用だとか言ってた。

 

「で、鑑定は終わったんだよな?」

「おわってるよー。」

 

だいたいこれくらいだけどー、と差し出された引取価格の書かれた紙に目を通し。

頬を引き攣らせる。

 

「いや、これマジで言ってるのか?」

「まじ……ああ、朔君用語だっけ。 うんうん、まじまじ。」

 

おいおい、6桁業って……。

ゲームだと行ったとしてこの半分くらいだろ……?

 

「最近なんかあったのか?」

「あー、ほら。 そろそろ新人が辿り着けるかもしれないじゃん?」

 

相変わらずの笑み。

ただ、その奥には商人故の冷酷さが隠れている。

実際、自分の身を狙った流れ商人と裏切った下部の店は酷い目にあったらしいしな。

何をしたのかまでは教えてくれなかったが、元あった店前を通ると何も無かったのを覚えてる。

 

「……まさか、その為にか?」

「腐るわけじゃないしねー。」

 

それに、と嫌な一言を付け加える。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

「お前それ何度も否定してるよな!?」

「しらなーい。」

 

けらけら笑い声が響く店の中で。

 

(伽月連れてこなくて本当に良かった……!)

 

紹介を先延ばしにしたことで防がれた取り敢えずの危機。

そんな思考に至った自分を自分で内心、褒め称えていた。



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025/交渉

 

そんなじゃれ合い(と言うには冷や汗塗れだが)を経て。

こほん、と一つ咳をして見せる。

 

話を変えたい、という意味だが……それを正しく汲み取ったように。

ただそれでも相変わらずの笑みを浮かべたままで紫雨は態勢を立て直す。

これ以上踏み込めば嫌われる、というラインを分かってやってる節が見え隠れする。

こういう所絶対勝てないと思う。

 

「それでー?」

 

分かっていて、同じ言葉を口にする。

此処からは、ある程度商人として対応するという彼女特有の癖。

 

「新しい商品入ってるんだろ?」

 

だから、態々それに乗ってやる。

そうするだけで相手の機嫌が良くなる、というのなら付き合うのも吝かじゃない。

打算混じりまくりだが、それくらいのほうが彼女としては好みらしいのはよく分からん。

 

勿論、と弾むように声を上げ。

立ち上がり、背後……大量に並んでいる棚の中からリストを探し始める。

 

「欲しいのは?」

「いつも通り……に加えてもうちょい長めの刀とかだな。 半分くらいまでは出す。」

 

今回の探索で幾つか装備品の更新は出来た。

ただ販売している中でもっと合うのがあるかもしれない。

ゲームでは『掘り出し物』として扱われる、ランダムで商品が変わるシステム。

勿論エンチャントも完全ランダムなので、金銭に余裕があるなら覗いておきたい所。

 

「刀?」

「出来れば杖優先して欲しいんだが。」

 

ぴくり、と身体の動きが止まった。

え、まさかこの程度で何か嗅ぎ付けた?

 

とりあえず俺の希望を先に伝える。

白の胴体防具と下着、後はリーフの頭防具と杖は更新できたが俺のは出来なかったし。

伽月は取り敢えず今の無銘のをメインで、霊刀をサブで持たせた。

本来メインサブが逆なんだが、折らないか凄まじく不安だったので。

なので常に二本は持たせたい。

 

「なぁに、ボクは入れないのに新しい子でもいれたー?」

 

ギギギギギ、と軋む音が聞こえてきそうな遅さで首が回る。

顔は笑ってるが眼が全く笑っていない。

多分今まで生きてきた中で五指に入る程の恐怖を感じる。

 

……彼女を部隊に入れない理由はまあ幾つかある。

 

まだ早い、というのと。

親父さんがもう少し仕込みたい、というのと。

後は彼女の姉……紫苑さんとの関係性と。

こればっかりは当人に未だ話していない秘密の内容。

だから、今変に明かす訳にも行かない。

 

「……其処までの顔する事か?」

「うん。」

 

背中にわかりやすい程の冷や汗。

 

基本的に俺を除けば家族と……後一応白とリーフ。

これらは彼女が最も危険だった時に手助けした、という前提がある。

なので認識としては最も身近な立ち位置として扱っている筈。

 

其処から一歩外れると、彼女の世界はとても狭くなってしまっている。

『敵』という認識ではないのだろうが、『身内』と『それ以外』で区分してしまっている。

どういう基準でそれを認めてるのかは知らないが。

恐らく『身内』に『見知らぬ相手』が纏わり付いてるのが気に入らないんだとは思う、が。

 

(それはそれとして苦手なんだよこういう顔されると!)

 

いっそ喜怒哀楽が分かりやすい方が対応しやすい。

対応手段がはっきりしていないからこそ、どうして良いのか分からずに混乱する。

 

「……ちょっと色々あってな。」

「色々ってー?」

 

だから、余計なことさえ言ってしまう。

そして、それを彼女は見逃すわけがない。

先程までの談笑と似た空気。

けれど決定的に何かがズレた会話が狭い空間を支配し始める。

 

話すまで逃さない、という気配。

早々に折れたほうが楽だな……どっちにしろ近々そうするつもりではいたし。

息を漏らしながら、心の中で両手を上げた。

 

「その内当人連れてくるよ……。」

「……わかった、今はそれで聞かなかったことにしてあげる。」

 

少しだけ、空気が和らぐ。

お前はどの立場からそんな事言ってるんだ……?

そんな疑問が喉まで浮かび、腹の中まで押し戻す。

 

こういう所々、白に似てる。

だから良く小動物の争いみたいなことになってるんだろうな。

一般人から見ると超能力者同士の争いとかいう厄ネタでしかないが。

 

「ただ、先にきいていい?」

「もう好きにしてくれ。」

 

これだけは絶対に聞く、と顔に書いてある。

また空気が重苦しくなるのを避けたくて、若干投げ遣りになりつつもそう返す。

 

「新しい人って朔君からさそった相手?」

「…………アレは、いや、違うなぁ……?」

 

伽月は何と言えば良いんだアレ。

放っておけない?

ある種の師弟関係?

少なくとも男女のあれそれがあるとかじゃないし。

俺から誘ったわけでも無い、よなぁ……?

拾ったのは間違いないし、彼女から言い出したんだし。

 

「大別するなら向こうからの頼みこみ、か……?」

「へんなの。」

「お前が言う!?」

 

そうだよ、と。

 

彼女が求めていた物を彼女の持っていた程度の額で売却して。

特になんでもなく、困っているからと偽って。

対応して、次に遭遇して以降。

ずっと『部隊に入れて』(おなじことば)を繰り返す彼女は。

 

既に癖となっているのか、幾度となく見た。

上げていた片眼鏡を自分の眼に当て、硝子越しの眼で俺を見詰めながら。

髪の色と似た、淡い紫色の眼で見られながら。

 

「朔君のまわりって、なんだか人が集まるよね。」

 

ボクにはあんまりいい事じゃないけど、と。

くしゃりとした笑顔で、俺に対して告げた。



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026/話題

ちょっとだけ進む。

*2023/1/5
ヒロインアンケートを入れてみました。(取り敢えず1/7まで予定)
今後の執筆の参考にしたりしなかったりします。


 

「じゃ、あらためて。 武具と防具だよねー?」

「そう。」

 

多分、見詰め合っていたのはそう長くはない。

ただ、今までを含めて。

こうして二人で話した数少ない会話の中で。

それなりの回数発生して、そのまま流されている。

 

分かってる。

彼女が何を求めてるかは何となく分かってる。

ただ、今は何も言えずに伏せておくだけ。

罪悪感が塵のように積もるのを見なかったことにして。

二転三転している話を、元の形に戻そうと二人で努力する。

 

「とりあえずー、今ボク等が把握してる限りではこんな感じかな?」

 

ぽいっと投げ渡されるのは丸められた紙の束。

とは言っても唯の紙というわけではなく、態々道具作りに長けた人物が作ったもの。

虚偽を記す事は決して許されない呪法が制作段階で織り込まれた契約紙。

羊皮紙みたいなものは日ノ本だと輸入に成り、特に高くなるので普通は使わない。

 

結ばれた紐を解き、内側を見る。

記されているのは名前と形状、武器種に効果。

そして()()()()

 

実際に幾らになるかは積み重ね……と言うよりは普通なら店主とのやり取りの結果次第。

この中身自体を見せるはずもなく、何かしらの別の紙に書き写した上で最低額以上を提示され。

やり取りした上で最終的な価格が決まるような、そんなシステム。

だからこそ、自分が主とする街の店員との仲というのも地味に大事にしないといけなかった。

本来なら。

 

「まぁた増えたな在庫……。」

「これでも入れ替わりははげしいんだけどねー。」

 

右上から目を通している間に次、その次と投げつけられる。

何故かカウンターの下に落ちることはなく、それら全てが並んでいく光景が視界の端に。

『力』……実際に攻撃を与える力自体は然程ではないが、命中精度だけは異様に高いのが紫雨。

だから普段から使うのも矢に色々と塗布して使うとか言ってた。

戦闘時に良く迷わないな、と少しだけ感心する所。

 

「さっき言ってたが新人に売る分確保した上で、か?」

 

読みながらの雑談、も熟れてきた。

慣れて良いのかどうかはまた別問題ではあるが。

この店だけでなら先ず問題ない。

 

「んー、それがさー。」

 

その理由も、彼女に渡したあの短剣の影響。

この店……というか紫雨親子が係る店の場合は最低価格に近い額でやり取りさせて貰える。

これ自体はゲーム版でも商人ヒロインイベントを完走した場合に似た特典があった。

欲しい道具を優先的に手配して貰えたり。

色々な商品をほぼ原価……利益を無視した額で手に入れたり。

それにしたって此処まで歓待されるほどではなかったけれど。

だから行き過ぎてる感も強く有り、何度か直接言ったがこれに関しては固辞された。

何でも『末娘の品格を保ってくれた恩人にはこれでも足りない』とか。

 

高値で買い取って貰ってほぼ原価で買う、とか大分申し訳ないんだが……。

それだけ、あの一件で上がった好感度の量が異常だったのが分かるというもの。

 

「ちょっと前に通りの店でいっぱい売っていった人がいたみたいでさ。」

 

一枚それを読み終えて、紐で括りつつ。

へえ……と言い掛けて、引っ掛かるものを感じた。

それは彼女の言い方であり。

俺自身の直感でもある。

 

「一杯?」

「そー。 それも付与効果付きとか銘有り品ばっかね。 」

 

物凄い聞き覚えがある。

というか()()()()()()()()()()()じゃないか。

 

幾ら運が偏っていても普通はそんな連戦は発生しない。

あるとすれば、特殊な罠を設置して連戦を強要するか。

溜め込んでおいて、一気に売るか。

同類か、くらいしか浮かばない。

 

ばっ、と視線を持ち上げれば。

掛かった、とばかりににっこり笑みを浮かべられた。

 

「……姉上様……お姉ちゃんが回収担当したから詳しくは知らないけどね~。

 なんて言ってたっけかなー。」

 

もはや隠すつもりもないらしい。

チラチラと此方を見ながら言っているし。

何かしらを譲れ、と暗に……どころか思いっきり言ってるのと同じだ。

当人がいるならこの場で聞いて終わりなのに、いないからな……。

 

「……望みは?」

「貸し一つ?」

「分かったそれで良い。」

 

どうせ一回ついてくるとか言ってなし崩しを狙うパターンだろ……。

絶対にそうはならないだろうからまぁ、今はこれで我慢するしか無い。

二束目に手を掛け、開きながら先を促す。

 

「お父さんくらいの年齢の……男の人って言ってたかなー?」

「他には?」

「んー……なんか焦ってた、とは言ってた。」

 

だから安く買い叩けたんだってー、と。

思い出せない、とは一体何だったのか分からない変わり身の速さ。

ただそれにツッコミを入れる余裕もない。

何方かに絞るべきなんだろうが、もう既に文面を追うのと話を聞く事。

それら二つが平行に走っていて、何方かを止めれば多分ぐちゃぐちゃになってしまう。

 

「……その人は何処に?」

「一応きいたみたいだけど、西に行くって言ってた感じ?」

 

……多分、それ伽月の父親だよな。

それが今までとは違う売り方をするためにやってきた。

追うように現れた伽月。

……足りないピースは二つ。 兄弟子と姉か。

 

「紫雨、三本目と最後の見せてくれ。」

「杖の?」

「そう、杖の。」

 

分かった、待っててーと言い残し奥へと消えて。

 

……何となくだが、一歩進んだ感触を得つつも。

今日のやり取りで何か大事な物をやり取りしてしまったような悪寒が、ずっとしていた。

 

(……気の所為だと良いんだが。)

 

大概、俺の願いは叶わないけれど。



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027/事情

 

手に入れていいやら悪いやらの情報を抱え。

ついでに新しく購入した四代目の杖……いや昆なのか?

まあいいや、杖を右手に店を出る。

 

背中越しに。

 

「じゃあ()()()()ね~。」

 

とかいう邪悪な声が聞こえるが気にしない。

貸しの代償としてこの一件に関わる権利を要求されたりしたが流石に俺の判断じゃ無理。

だから別のものを、と言えばやはり幽世への同行を求められ。

親父さんの許可が得られたらな、と言い返したんだが聞くつもり無いのか此奴。

 

(めんどくせえ……。)

 

一つの事情に踏み込めば、其処から派生してまた別の事情に絡み取られる。

生きていく以上、投げ出せないのは分かっているが。

時折イベントを放り投げたくなる感情が浮かんでは消える。

 

(人間的に嫌いだったらそもそも付き合ってないしな……。)

 

純粋にアクが強い、というだけ。

見た目は元より、それぞれの個性と内面と。

そういった部分でお互いに好ましいと思っているから付き合いが長引いている。

まあ、こんな考え方をする枯れた子供なんて他にいるとも思えないが。

 

(ま、悪いことがあれば良いこともある。)

 

右手の杖……未だ陣を刻んでいないから束縛陣は使用できないものの、俺に合った掘り出し物。

銘は削り取られているが、恐らくは銘有りに付与効果(レアにエンチャント)を付属した結果だと思う。

本来の性能より若干減少してしまってはいるが。

『干渉効果増大』『状態異常抵抗率増加』が付いているのは十分当たり。

性能が見劣りするか、破損するまでは大事にしていこう。

 

うん、と一歩頷いて裏道を通る。

何年も暮らしていれば裏道の三つや四つは把握する。

単純に人通りが少ない、という気楽さが俺には合っていた。

無論トラブルに巻き込まれるかもしれない、というデメリットと表裏一体ではあるが。

……その辺は色々あって新しく見るチンピラくらいしか関わってこないもんな、もう。

 

「ん?」

「む?」

 

かつりかつりと杖を突きつつ、薬屋へと戻る道程を辿っていれば。

振り分けた防具……の中でも性能面で負けたもの。

但し見た目は気に入ったのか、白が自分のものとした。

蒼い羽織るタイプの上着を身に着けて、曲がり角で出会した。

 

……白だったり蒼だったり、こういう色ばかりを好んで着る。

やはり思い出すのは禿から羽ばたこうとし始めた、遊郭の彼女。

楽器等の技能は無論だが、美しい少女達の中で殊更に輝いていたように見えた少女。

彼女も確か、この年代であればこんな外見をしていた。

どうにも悪いと思いながら、重なる部分が多くて時々浮かび上がってしまう。

 

「あれ、縫い物はどうしたんだ?」

「材料が足りんくなっての。 それに、少しばかり気晴らしじゃ。」

 

気晴らし? と首を捻っていれば。

当然のように傍に近寄り、空いている側の腕に寄り添う。

片手が杖で塞がり、片手を伸ばせば白へと届く。

 

昔……と言っても三年前であれば何度も合った光景。

今では若干その数は減ったものの、二人で出る時は彼女はこうした位置を好む。

手を繋いだり、腕を組んだりと。

流石に其処まではしなくはなったけれど、今でも機会があれば狙っていると俺は知っていた。

 

「何処出る気だったんだ?」

「自由市の方かの。 ご主人の方はどうじゃった? あの雌猫とのやり取りは。」

「あー……。」

 

戻ろうかと思っていたが、まあ彼女に付き合うのも一興か。

何があったかを一通り説明していく。

 

たった二人で活動していた頃から立場と在り方は変わったが。

それでも、俺が知る事の大半を知る唯一の人物が相方である白。

無論、回りの人物に抱く感情面も違うから。

 

「な~にが貸しじゃぁ!」

 

大方の予想通り激高する(こうなる)

でもお前も当たり前に取る行動は近いし大差ないぞ?

いや多分、白の中では違うんだろうけど。

 

「はいはい、どうどう。」

「うぐ。」

 

頬を片手で押し潰す。

膨れ上がっていた空気が口から漏れ、元の形に戻す。

このままだとまた何やら騒ぎ出すし、先に幾つか抑えておかないと。

 

「そんな文句言ってる顔は似合わんぞ。」

「しかしのう、ご主人。」

「ほれ、気分転換しに来たんだろ?」

 

……何で俺が対応してるんだろうな、と思わんでもないが。

相方の精神的な安定くらいは俺がやるべきなんだろうな、とも思う。

まあ『俺』が目覚めてから一番長い付き合いなんだし、苦というわけでもないんだが。

 

空いた手で頭を撫でてやれば、それで良いと気分を持ち直す。

手を離そうとすれば、両手で手を抑えて離そうとしない。

……身長差も合って、年下が年上を慰めてるような光景になるんだけども。

まあ今更か、と思考を戻した。

 

「そういや渡してたアレは上手く使えたか?」

「ああ、アレか。 確かにちょっと戸惑ったが次からは大丈夫だと思う。」

 

例の即死を避けるためのエンチャント用アイテム。

使い方としては服の内側に織り込んでいく、という形になる。

だから服の方が成功率は高いし、皮鎧の方が成功率は低い。

使用する素材に依っても変動があるんだから細かいよな、この辺。

 

「まあこれからも色々と頼むことになるからなぁ。」

「そうかそうか。 精々吾に頼るが良いぞ。」

 

便利に扱うぞ、と口にしたのに。

何処か上機嫌で返してこられて。

 

ぐむ、と口を噤みながらも。

一歩、自由市の方へと歩みを向けた。

 



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028/買物

 

「それで?」

「ん?」

 

時間としてはほんの数分程で表通りに当たるような位置。

現代社会よりも入り組んでいるとは言え、歩いて抜け出せる範疇。

迷路のように敢えて作られた地形とは違い、飽く迄生きていく上でこうなった形状故に。

然程時間が掛かる訳でもないから、実際の時間としてはもう少し短かったかもしれない。

 

そんな街中……人目が増える頃には手の位置が少しだけ変わっていた。

以前と同じ様に、手を掴まれて。

それでいてどこか上機嫌だからこそ否定しきれない俺もいる。

 

「自由市まで出るってことは足りない素材とかも買うんだろ? どうせ。」

「うむ。 と言っても然程業が掛かるわけでもなし。

 後で請求する程度で対応できるつもりだったんじゃが。」

 

俺達の部隊の場合、という前提は付くが。

ゲームの頃とは当然違い、稼いだ金銭()の分割はシステマチックに定めている。

 

先ず各個人向き、として分けた物品以外は全て叩き売る。

その後店を回り、仲間向けの物品があればその場で合わせて買えるなら購入。

何もなければその総額を十分割。 

各1割ずつを当人へ、1割を消耗品へ、残りを部隊用として貯蓄。

現状だと伽月が入ったことで4割が各個人へ、1割が薬など。

残りの内ルイスさんへ支払う分が大体1割の生活費で2割……貯蓄できていたのが2割。

 

だから武具として吐き出した額は結構痛かったりしたが、その分リターンで返ってきた形。

もう少し総額が増えてれば楽だったんだが、余り考えず良くなったのは功罪半々といった具合。

いや、今後を考えれば先行投資と考えたほうが正しいか。

 

「それで何を?」

「針と布、後は……幾つか残留物としての皮が出回ってたら買っておきたいの。」

「あー……。」

 

針は鍛冶屋、布は呉服屋か単純な布屋で良いとして……。

残留物(ドロップ)、となるとちょっと特殊だしなぁ。

 

実際、残留物は別の街のほうが売れたりする可能性が高い。

無論一定数は蓄積されるのだが、ある程度増減はするが定期的に入手可能なだけに積み重なる。

なので街にある超能力者向けの店、というよりは。

あちこちを行き来して入手する可能性のある、流れの行商人の方が面白い素材を持ってたりする。

 

「その辺りのコネは親父さんとか経由だもんなー。」

「そうじゃのう。」

 

無論、流れは流れだけに街で大きく商売をするなら知り合いの店持ちに持ち掛けたりする。

なのでコネを頼りに直接行くか、或いはこういった自由市で掘り出し物を探す位しか無く。

白はその後者を選んだ、と言うだけの話。

……紫雨絡みで頼りたくなかった、という感情が絶対混じってそうだが。

 

(……父上ももう少し、売買関係に手を出していてほしかった。)

 

父上とかは凄い雑。

本当に見知った店で全部売却して終わり、位のはず。

まあそういう人だからあの店主も苦笑しながら長く付き合えているんだろうが。

 

「じゃあまずは鍛冶屋から回るか。 いつものとこで良いんだろ?」

 

武器などを打つ鍛冶屋と、一般的な調理器具などを打つ鍛冶屋。

鍛造と鋳造、のように明らかに分かれていることはあまり無く。

何方かと言えば『重い武具を作る』『軽量化に自信がある』等の特色に分かれている。

 

その中で向かっているのは、『小さいけれど頑丈さに自信がある』鍛冶屋。

斬れ味そのものよりも丈夫さに重きを置いた、やや新興寄りの店。

俺達の小刃(ナイフ)や細々とした調理器具、後は針などはそこで揃えている。

ここからだと……俺達の足で八半刻といったくらいか。

 

「うむ。 幾つか試したがあそこのが最も使いやすいしの。」

「そこそこ距離があるから途中で色々冷やかしていけるもんな。」

 

紫雨のとこに行く時にも見るだけ見たが、特に良さそうなのなかったしなぁ。

ひょっとすると職人と俺のような鑑定人だと見方が違う恐れもあるが。

まあ先ず、白と俺とじゃ根本的な部分でのズレは無い。

それが主と式という関係であり、三年間の積み重ねでもある。

 

「そういえばご主人よ。 今日の稼ぎはどのような感じじゃった?」

 

何やら武具が更新されておるが、と向けられるのは杖。

戻った後で三人に言おうと思ってたが、今口にされるなら答えておくか。

 

「四代目買ったから多少は目減りしたが、それでも驚け。

 まだ六桁ある。」

 

具体的には十万前半。

 

「ほ。 それはそれは。」

 

ただ。

白からすればそれくらい当然の額だ、という態度。

想定外の反応だな……俺だけなのか?

こんだけ稼げた、と喜ぶの。

 

「……何じゃ、その表情。」

「驚かなくてつまらねーなーって顔。」

「当たり前じゃろ。」

 

何がだよ、と口にしようとして。

彼女の空いた手……左手が気付けば唇の前に差し出されている。

静かに、とでも言いたげに。

 

「ご主人なら……いや。 吾輩達ならその十倍、百倍。

 それくらい目指して当然――――じゃろう?」

 

七桁、八桁。

つまりそれは超能力者としてもかなり上澄み。

妖の王の存在が明らかになり始める辺りで出入りし始める位の額。

少なくとも、今の俺の周りにはそんな知り合いは一人もいない。

日ノ本全体で……どうだろう。 どれ程いるのだろうか。

だが、()()()()()と彼女は口にした。

以前に俺が言った通りに。

 

「……そうだな。」

「そうじゃそうじゃ。」

 

表通りが見えてきた。

 

手を握る力がほんの少し強くなり。

それに対して、返すように握り。

人混みの中へと、飛び込んでいった。



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029/定点

 

それから三日後。

 

「さて、今日の目的は分かってるな?」

 

俺達は少しだけ場所を変えた幽世へと足を運んでいた。

武具防具は新しく整え。

道具も多めに、数日くらいは平気で過ごせる量を。

 

正直、所持重量上限加算系の能力に目が行くくらいに万全の用意を整えた理由。

それはある種の実験――――そして、本来の形とは違う”個人依頼”の為。

 

「ああ、繰り返さずとも分かっとるわ。」

「……遺留品…………と、武具集め、ですよ、ね?」

 

こくり、と頷く。

持ち掛けてきたのは紫雨……というより親父さん。

やはり現状は同行を許されなかったが、今の腕前を試すためという名目で。

取ってこれる量と質とを鑑みて判断する、と娘に泣きつかれた結果。

当然、それらは商人の嗅覚という面が混じっているが。

 

「通常よりも高く買い取る、って話だ。

 それに白には無理を言うことになるが、悪婆から遺留品を多めに確保したい。」

 

背後からの強襲を避けるため、入った直後の壁に背をつけて。

玄室を利用しなかったのは、先ずは意思疎通を優先するためで。

入る前に言わなかったのは、周囲の超能力者に目的を悟られないため。

出る前に話した内容ではあったが、幾つか抜け落ちていた部分を補完しておく。

 

「……んお、あの素材をか?」

「あの、即死を避けるっていう素材……ですよね?」

 

今は前衛で最も攻撃を受ける可能性のある人物。

伽月の防具として使われているが、今回で最低でも人数分。

欲を言えば予備も含めて十枚程確保しておきたい。

 

「装備を変える度に何処かしらの部位には付与しておきたいからな。

 付与枠を一つ使うとは言え、誰かが死ぬ所なんて俺は見たくないぞ。」

 

全ての部位を纏めて変えたくない理由の一つがこれ。

正直な話、この辺りはプレイヤーの趣味の範囲を出ないのだが……。

武具防具の実数値で余りに酷い差が開かない限りは、俺は付与能力を優先する。

全てを同じ付与で固めるのは出来なくとも、必須とも言える部分だけは継続して更新する。

 

この場合のデメリットとしては文字通りに物理・呪法の何方でも被害が嵩むこと。

だからこそ、ある程度安定して狩れる場所を見つけて定点狩りに近い行為を取っていく。

その切っ掛けとなる場所が此処。

今まで選ばなかったのは、前衛が三人揃ってから来る場所として考えていたから。

 

此処を卒業したら、次に安定して狩りたい場所は(この世界にもあるとしたら)中部の辺り。

しっかり深度と業、後は装備品を整えておきたい。

 

「……はい。」

「無論、先々のことも考えて貯蓄にも回したい。

 今回はそこそこ粘るつもりだが、来る回数は多分増えると思う。」

 

正直此処、此方の世界だと若干穴場らしいんだよな。

 

幾つか部隊を見てるから何とも思ってなかったんだが。

『命を大事にするのが多いからねえ。』なんて紫雨が言ってた。

ただ――――何処か、その言葉は嘲るような色を帯びていて。

頷くかどうかは悩みつつも、何となくその感情の理由だけを理解していたけれど。

 

「だから……。」

 

少しだけ、嫌な予感を覚えて。

右へ左へ目を向ける。

暗闇――――何もいないように見えてしまう。

けれど。

 

小豆洗い状態:【隠密中】
生命力:【■■■■■■■■■■】霊力:【■■■■■■■■■■】

 

見える数値だけは、そんな隠密を無視して映る。

玄室のような直接の遭遇。

或いは連戦のようなそのままの流れでの戦闘。

それらを除いた、通路での――――こうした隠れた相手に対しては、俺の目は応用出来る。

 

左手、人差し指を立てて唇の前へ。

それだけで三人の持つ空気が戦闘向けへ切り替わる。

指を暗闇に向け、どの辺りにいるのかを指し示してから。

杖を両手に、不自然と思われない程度に持ち上げた。

 

(……物音だけの妖。 転じて、特殊な能力を持たなければ必ず奇襲してくる妖。)

 

そして定点狩りの場所として選ぶ理由。

下級ではあるが、様々な能力を持つ妖が尽きないということ。

成長したことで新たな能力を得て、それを以て駆け出しを喰らう場所。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を身につけるのに最適な場所。

 

(ただ、先に見つけてしまえば唯の美味しい餌に過ぎない。)

 

くるくると杖を回し、地面に叩きつけ。

今の行動そのものが陣を描く基点――――外周を描く陣として。

地面にどん、と押し付けることで普段と同じ束縛の呪法が起動する。

 

ばちり。

 

隠れていたものに干渉した時特有の異音。

瘴気で出来た物体に霊力が触れ、反発した時に立てる物音。

 

その音を切っ掛けに、刃を持った二人が飛び掛かり。

人のような姿を闇が象ったような、暗い影だけが陣を頼りに浮かび上がり。

次の瞬間には十字に、袈裟に切り裂かれ散っていく。

 

「……と、まあ特殊な妖が大量にいるわけだ。

 多分こういう類の索敵の中心になるのは俺とリーフ。

 基本的な部分は白に頼ることになる。」

 

目と、そもそもの霊力による探知との両輪。

罠などは白にいつも通りに頼り。

伽月は背後からの強襲などに備えた全周警戒。

後二人いればもう少し余裕もできるんだが――――まあ、無い物ねだりだな。

 

「取り敢えず今日は慣らしから。 良いな?」

 

とてとて、と瘴気箱を目掛けて向かっていった白以外の二人に声を掛け。

異口同音にはい、と。

返事を聞きながら――――俺自身も意識を切り替えた。



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030/多種

ちょっと忙しくなってきたので休日以外は一日一話ペースくらいに落ち込むかも。
と言っても今月後半くらいからだとは思いますが。


 

小豆洗い。

赤坊主。

磯女。

 

音だけを持ち、姿を隠す妖。

炎に包まれ、鬼のような力を持つ妖。

人とは違う爬虫類の動き方を持ち、出血効果を持つ髪を振り翳す妖。

 

今までの、主に最下級の妖が強化されてきた姿とは違う。

それぞれが逸話に関係する、或いは作り上げられた能力を持ち。

それぞれの身体が持つ特異性を生かして攻撃を繰り出し、防御する。

 

「白さん!」

「分かっておる! お主はそれを潰せ!」

「その後は後ろ側に回ります!」

 

慣れと、基本的な対処を身に着けた後の戦い。

謂わば、何処か”駆除”に近かった作業と違い。

”戦闘”がきちんと成立する相手との戦いの数々。

 

「リーフ! 奥の集団に落とせ!」

「……はい!」

 

俺が持つ束縛、或いは攻防の減少による遅延策。

白が持つ速度、そして出血の付与による生命力の消失。

リーフが持つ対多数への殲滅力と、小回りが利く強弱を変えた呪法。

伽月が持つ斬り込み能力の高さと、一対一を任せられる確実な火力。

 

それらが漸く噛み合い始め、『連戦があること前提』の心構えも成立し。

疲労しているところを狙う敵をリーフが殲滅する、などの部隊独自の流れも芽生え始めた。

 

「白!」

「ああ!」

 

とは言え、敵の集団が断続的に襲いすぎだ。

これで4連戦……何処から湧いたんだよ。

恐らくは伽月の体質の何らかが反応して強弱を決めてるんだろうけども。

 

目の前に近寄ってきた悪婆の頭部を【迫撃】で吹き飛ばし。

宙を舞っているところを白が首を刎ねて一段落。

玄室に繋がる各通路の扉を見、違和感がないことを確認して大きく息を吐く。

 

「一段落だな……少し休むか。」

 

どさり、と腰を下ろす。

それに続いて各人も腰を降ろしつつ、白だけが這うようにして現れた瘴気箱に向かう。

 

「…………む?」

 

ただ、この世界ではじめて見る形。

箱が二つ。

 

「のうご主人。」

「ああ……ちょっと瘴気濃度が行き過ぎたか。」

「は?」

 

ゲーム時代、レア掘りをする際に苦しめられた要素の一つ。

『レア品が入っているかは外から見たのでは分からない』。

箱の色が変わる、とかの分かりやすい変化があれば良かったのだがそんなものはない。

その代わりにゲーム上で判断する基準として用意されたのは、箱の数。

 

「連戦し過ぎで一つの箱の形に収まりきらなくなったんだよ。

 つまり、どっちかは難易度クソ高いけど中身良いのが入ってると思う。」

 

発生条件は至ってシンプル。

 

連戦が起こっていること。

仲間に死者が存在しないこと。

そして、一定の条件が満たされていること。

 

箱の内部の質をポイントとして計算し、それが一定数以上で箱が別れる。

質が普通の場合は……どうだったか、中身が10個以上で分割だっけ?

細かい数までは覚えてないが、基本そのどっちか。

 

ただ、この場合問題になるのが解錠難易度と識別難易度も馬鹿みたいに上がること。

能力を極めていて、超能力もほぼ特化のような形に伸ばせていれば別なんだが……。

 

「一応どんな罠かだけ確認してみろ。 今日は秘密兵器も持ってきてるし。」

「ほ? 秘密兵器?」

「ああ。 だからまぁ、挑戦?」

 

分かった、と口にしてリーフを手招きしている。

同じ様に這うようにして近付いている。

 

……立ち上がりたくない程疲れてる、というのは分からんでもないが。

膝とか痛めるし、何よりその方向だと下着が見えるんだが。

 

(その辺無自覚なのは今更か……ええっと。)

 

背負袋から休息用の一式を取り出すついでに、箱に入ったそれを地面に並べる。

 

親父さんから譲られた幾つかの、折れ曲がった針金のような形状の道具。

余り使いたくは無いが死蔵してても仕方ないし。

何より、これは作ろうと思えば作れる道具だ。

前提になる能力が七面倒というだけで。

 

(入手経路さえ確保してるなら幾らでも買えるからな……。)

 

お得意様であったり。

仲間であったり。

その関係性次第で値段や入手量は様々だろうが、『買える』という事実は変わらない。

ある程度貯蔵はしておきたいな、と思いつつ視線を再度箱の方へ向ける。

 

「うおお……どうなっとるんじゃこれ……!?」

「……多分…………ですけど、転移…………?

 呪法……みたいな、道が……。」

 

下着が見えるか見えないか、という体勢で普段と違いすぎる形状の罠に苦しむ二人。

 

ああ、この段階でのレア箱*1の罠でもう出てくるのか……。

普通にしてればこの段階でこんな数の連戦なんてしねえもんなぁ。

俺も知らなかった、純粋なミスだな。

 

「解除は無理そうか?」

「無理じゃ無理! というか根本的な知識が足りんわ!」

「だよな。 それ解錠するなら最低でも派生一個目の能力深度3くらいいる筈だし。」

 

は!?とか叫んでる白がいるが、距離があるから耳を塞ぐ程じゃない。

伽月に点火と茶の用意を頼み、道具を手に箱に近付く。

 

「これ使え。」

 

ほい、と彼女の手に道具を渡す。

即座に中身を見て、空に翳す。

純粋に疑問に思ってだろうとはすぐに分かった。

 

「……なんじゃ、これは。」

「『盗賊神の悪戯』って通称の道具。 効能は確実に罠の解錠を成功させる。」

「は!?」

 

うるさ。

今度は距離が近いからか、耳がきんきんする。

 

「普段遣いするには勿体ない位の価値があるんだよ。

 ただ、箱が増えたんだったら使う価値がある。」

 

装備が更新できれば良し。

無理でも売れば、この程度の幽世の武具防具でも同価格くらいにはなる筈だ。

どう転んでも損だけはしない。

 

同時に出た箱が消える(1戦闘分)までは消耗せずに使えるはずだ。

 それを使って……こう、普段通りに罠を解錠するようにやってみてくれ。」

 

ふぅむ、と口にして。

眼の前で、そんな事を実行し。

数秒後に、また叫ばれることになる。

 

人の耳を壊すつもりか…………!?

*1
箱が増えた時の呼び方。別名は増殖箱。



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031/宝物

 

「ご主人!」

「聞こえてるから叫ぶな!」

 

スタミナとか付けられる範囲で付けてるけどこちとら身体が出来上がっていない。

腰掛けて少しでも休みたくなる自分を何とか叱咤しつつ。

引き渡して戻ろうとした背後にもう一度向き直る。

 

「どうなんじゃこれ!?」

「……それより、その道具の使い勝手はどうだった?」

「勝手に開いて変な感じじゃったの。 それよりほれ。」

 

どんだけ期待してるんだ。

目を輝かせる白の手元を覗き込む。

 

「…………うわ。」

 

口が開いた瘴気箱の片割れには、何処まで深いのか良く分からない暗闇。

幾つかの武具と、恐らく頭部用の防具が見える。

そしてもう一つ、早く見ろとばかりに押し付ける中身。

此方は底が浅く、手を伸ばせば届く距離。

そして内側に転がっているのは唯の石のような形をした物体が7,8個。

 

――――そして、その物質が目に入った時。

全身が硬直したような錯覚を受けた。

 

(……嘘だろ。)

 

まだ伝手も何も無いのに手に入るのか?

豪運にも程がある――――いや、いっそ売ってしまえば。

いやいや、売ったら次いつ手に入るかすら分からないのに。

ただ準備を整えるには余裕なだけの業が手に入る。

 

「ご主人。」

「うお。」

 

没頭していた目の前に白の顔が映る。

……駄目だなぁ、悪い癖だと分かっていても中々直らん。

 

「また何やら考え事か?」

「あー……だな。 悪い。」

「今更じゃろ。 それで?」

 

三度目かよ。

まあ、俺が考え込んだってことから何か感じたんだろうが。

 

「あー……大当たりも大当たり。

 唯、俺等向きかどうかは分からない、って答えでいいか?」

「…………?」

 

あ、白とリーフが全く同じ様に首を傾げてる。

多分これの価値が分かるのは……知り合いだと紫雨くらいか。

後は純粋な呪法師、神職。 そういった存在くらいだろうけど。

 

「説明するから焚き火の近くに行くぞ。

 少しでも休まないとやってられねえ。」

 

行くぞ、と足を若干引きずるようにしながら戻る。

二人に箱を任せる形になってしまったが、その分先に戻って休める用意を。

思いっきり寛げるように、敷き布持ってきておいて正解だったな……。

荒れ地とかじゃ使えない安物でも、あるとないとじゃ全然違うだろうし。

 

「朔さん。 勝手に用意しちゃいましたけど……。」

 

と、そんなつもりだったが。

伽月が先んじて準備をしてくれていたらしい。

助かった、と告げて思い切り腰を落ち着ける。

一度小さく痛みが走るが、そんなことより足の関節と張った脚を休めるのが先だ。

 

「はぁ……。」

 

可能なら湯とかに浸かって解したいんだが。

街中だと銭湯のような広い湯はあるけど個人湯は殆どないんだよな。

その内、この世界にもあるようなら『秘湯』とかに行きたい。

こっそり生命力とか霊力とかに補正掛かるはずだし、あの辺。

 

まあ当然無理なので、薬湯を入れて貰っている間に脚を強く揉み解していれば。

 

「…………ごーしゅーじーんー。」

「…………あ、っと、っと!」

 

多分白は態と。

リーフはその流れに押し負けて。

 

数秒後、二人も同じ様に倒れ込み。

身体が崩れるように俺に接触。

ほんの少しだけ柔らかいような感触がしつつも、防具の硬質な部分が接触。

そのまま倒れ込みそうになるのを何とか気合で堪える。

地味な痛みがやってきたが、言葉に出なかっただけ良しとしたい。

 

「……皆、似たような感じですね。」

「緊張感が違いすぎるからな……。」

 

何かしら言うか、とも思ったが……伽月が笑っているのを見たらなんか気が抜けた。

俺が持ってこなかったのも悪いんだし、仕方ないから黙っておいてやろう。

珍しく傲慢な感情を覚えつつも。

背中からずり落ちた箱の中身……石を横目で眺める。

 

「……で、これに関してだったよな。」

「うむ。 早く言わんと投げつけるぞ。」

「やめろ馬鹿。」

 

価値が分かってないから言えるんだろうが、超高額の銭投げと同じなんだぞ。

……やらせるわけにも行かないし、早く説明してしまおう。

 

「瘴気が凝縮して塊に()()()()()物質……『宝珠』の原石だぞ。」

 

地面だったり火山近くだったり。

或いは珍しいタイプの幽世で発見される宝石とはまた別物。

瘴気が凝縮しないと出来ない宝石のような物質、故に宝珠。

 

希少度で言えばレアの中でも高めではあるが、最高レアまでは行かない。

ただ、今の深度では到底入手できない物質。

使い方は幾らでも。

例えば、これを消費しないと使えないような最上位呪法があるような始末。

ただ、今の俺達向けで言うなら――――。

 

「ほう……?」

「その内側を開けてみないと当たりかははっきりしねーけど。

 簡単に言うなら増幅剤にして御守だよ。」

 

内側の色次第。

確か五行思想に則って赤青黄緑金に黒白、後は紫の8種類だっけか。

その属性の加速器であり、軽減するための盾であり。

回復/阻害の為の増幅器(アンプリファイア)であり。

純粋に呪法の身代わりになる使い捨ての無効用の道具でもある。

 

「……聞いた、こと……無い、です。」

「私は――――父が一度漏らしていたのを聞いた覚えが。」

「俺も街だと殆ど聞いた覚えない。

 ……まあ、先導者との付き合いが薄いのも原因だろうけど。」

 

仲介所いっても何の意味も無いしなぁ。

ただ、そうか。 これが手に入るなら……。

 

「最初に向かう場所、変えても良いかもな。」

「ほ?」

 

何となく考えていたのは西へ、という曖昧な考え。

その方向を正しく決めても良いのかもしれない。

まだまだ、先の話ではあるが。

 

「これをちゃんとした効果のある装飾品にするのに必要なのは二つ。

 一つは宝飾師(ジュエラー)……装飾品を作る能力持ちに削って貰うこと。」

 

そして。

 

「もう一つは巫女か神主系……それも可能なら神職の血を受け継いだ能力者の儀式。」

 

回復役を探すこと。

その、探す場所。

 

「巫女の住まう地を目指す、ってのはどうだ?」

 

いまいち、決まらない状態ではあるが。

三人に、そう提案を投げた。



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032/利益

 

狩って。

狩って。

休み。

また狩って。

 

「…………ちょいやり過ぎたな、うん。」

 

宝珠を手に入れてから少しテンションが狂ってた自覚はある。

 

潜り始めて多分三日目。

持ち込んでいた道具(貴重品以外)を廃棄……も勿体無いので強引に使い。

薬の悪影響の確認とかも済ませ、普段通りに分配し。

要らないものをその場に残して帰宅。

 

普段通りに数日後、落ち着いた頃。

全員の意識を共有する場にて、そんな言葉を口にしていた。

 

「……ちょっと、で済むのか? これが?」

 

手元には特性の薬湯が湯気を立て。

煙の奥には、ちょっとした小山のようになった武具防具。

目当てだった『悪婆』素材に関しても必要十二分、と言った具合。

 

大量過ぎる。

伽月加入前の三倍近くに匹敵するくらいだよな? この量。

 

「…………昔に比べれば、まだ量は少なかったですけど。」

「……つか、れ、ました。」

 

目が死んでいるように見える伽月。

足腰が震えているリーフ。

何方かと言えば思い出したことに依る悪影響だろうから一旦無視。

 

「一箇所に最適化した部隊とかだと3~4人で回して残りは荷物持ち(ポーター)とかもあるらしいぞ。」

「それとこれとは話が別じゃろうが、阿呆。」

 

『力』を伸ばしていない、という理由もあるんだろうが。

リーフの持てる量が少なかったから伽月に変わって持って貰ったり。

恐らく限界一杯まで担いだせいで明らかに動きが鈍った俺達を妖が襲ったり。

色々と濃厚過ぎる時間ではあった。

 

「……取り敢えず、前衛の意識は統一出来たと思うがどうだ?」

 

これを行ったのは、単純に言えば業の都合。

どれを売っても一定額以上になりそうな複数付与が幾つも見つかったから。

俺等向けではなかったが、付与効果が二つとかになれば倍率計算が更に掛け合わされる。

単純に言ってしまえば懐が更に暖かくなるから、という事。

 

(それに、自分の限界を確かめるのにも定期的にやっておきたいしな。)

 

そして、今回これを強行した裏の理由が二つ。

一つは荷物を限界まで持った場合の能力減少具合を再体感。

そして今後もこれが続くことを考えると後衛にドロップ対応を任せる事の通達。

……つまりは、紫雨を加入させるための前振り。

 

もう一つは超能力(ステータス)が上がったことでの肉体への影響確認。

成長期による身体の変化と超能力の成長による変化。

何方も増加するのは間違いないので基本的には良いことなのだが。

その跳ね上がり具合は定期的に何らかの形で確認するしか無い。

 

(俺も其処まで重視してないが背負袋一杯になるまで持てたし……。

 もう一回り大きい、成人後でも普通の背丈が持てるような奴に買い替えるか。)

 

身長は……まあ、平均的くらいで落ち着いてくれるのが理想なんだが。

 

「……そうですね。 後ろの方に持って頂けるのなら助かります。」

 

伽月はまあ予想通り。

この中だと一番この辛さを知ってるもんな。

 

「ただのう……。」

 

だが、白には半目でジトっと見透かされている。

多分内心では間違ってない、という感情と戦ってると思う。

……でも向こうも似たようなこと思ってるだろうし、似たもん同士なんだけどなぁ。

どっちが近くに寄るか、みたいな部分で喧嘩されても困るだけなんだが。

 

「白ー。」

「うぐ。」

 

はぁ、と分かるように息を吐く。

いい加減にしろ、と意味を込めての行動ではあるのだがちゃんと伝わったらしい。

少しだけダメージを受けたように押し黙る。

 

「当然向こうにもそれは言い聞かせる。

 立場だけで言えば此方に選択権があるんだ。」

 

まあ、フォローもする。

この辺りは言わなくても向こうも分かっているだろうが。

 

「だから摺り合せた末だ。改めて条件提示とかがあるなら考えとけ。

 ただ、個人間の事情を持ち出すんじゃねえぞ?」

 

……この後の売却は全員で行くことにする。

その際に親父さんには話をもう一度通しておこう。

 

「……で、話をちょっと変えるが。」

 

一旦話を切り替える。

幽世の中でした話をもう一度伝えておきたかったから。

 

「宝珠にも関することなんだが……今後は巫女探しを優先する、でいいよな?」

 

今の俺達の部隊の人員。

斥候型軽量前衛。

対多数併用純前衛。

干渉特化型中衛。

対多数魔法特化純後衛。

 

此処に商人兼用弓手兼道具使用者が増えるとして。

後一枠を埋めるなら回復役、ということは常々伝えていたから恐らくはこれは問題ない。

 

「……はい。」

「私は言える立場ではないので……。」

「それは良いが、ご主人の言う”巫女”は条件があるんじゃったよな?」

「ああ。」

 

出来るだけ濃い……とまでは言わない。

神職の血を受け継いだ超能力者を探したい。

 

「それ即ち、何処ぞの派閥に近付くということか?」

 

日ノ本の中で――――もう少し正しく呼ぶなら、超能力者の中での神職の派閥は二つ。

崇める神々は八百万だから、何を根幹に据えているかの差と言い換えても良い。

 

一般人にも使用できる妖避けなどの道具作成を根幹に置いた『神具派』。

妖を狩る事を根幹に据え、衆生を護ることを第一に置く『対峙派』。

 

仲が悪いといったことは無いのだが、人が集まれば派閥が出来るとは良く言ったもので。

何方も派閥の長を置き、その二人の上に初代からの血脈を受け継ぐ一族が統べる形。

その何方を探すのか、と言われて。

 

ちょっとだけきょとん、とした後で……。

相違や伝えてないことに思い当たって謝罪。

 

「あ、すまん。 俺が最初に目指すのはどっちでもない。」

「は?」

 

そもそもその場にいるかすら分からんが。

もしいるのなら、加入させる……いや。

立ち直らせてやりたい子が一人いる。

 

「先ず行く場所は既に廃れた神社だよ。 其処で見つかるかどうか次第になる。」

「は!?」

 

もし捕まるなら、捕まえたいよな。

隠しキャラ。



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033/落子

古戦場が中止になったのでちょっと書きました。


 

『幽世の夢の果てで』には隠し要素がそれはもうごった煮のようにある。

 

システムなら、ステータスが1上昇すればどの程度ダメージに影響が出るのか。

スキルなら、どういう組み合わせで能力を取れば派生能力が出てくるのか。

イベントなら、どの条件を満たせばヒロイン/仲間キャラが現れるのか。

 

一つ一つを掘り下げていけば、”推測”は出来上がるが答えではない。

公式が攻略本でも出してくれれば良かったのだが。

生憎、クソゲーと定められて暴落が起こったことで会社が倒産。

実際のプログラム部分もブラックボックスが多く、確定まで持っていくのは出来なかった。

 

その中で、ある意味最も(ディープに浸かっている奴等の中では)有名なキャラ。

”神職”系の中で、通常にやっていては絶対に出会えないキャラクター。

 

先ず出会えるかどうかがゲーム開始時点でランダム。

次に性別もランダム。

超能力者としての全ての基準も出会った時点で最低値。

 

そんな彼/彼女が発見された当時、一躍有名になった理由。

その存在が持つ特異性は、『先天的な才能による取得制限の全撤廃』。

恐らくは血の影響に拠るものなんだろうが……これがどれだけ壊れてるかは言うまでもない。

 

その為に、最初に満たさなければいけない条件は――――『最低で一回以上クリアする』事。

出現確率は暇な奴等の情報集計が正しいのなら、出現開始時で1%。

その後クリアした回数分だけ加算され、最大で50%だった筈。

 

つまり、本来なら出会えるはずもないんだが……この世界は()()()()()()()()()()()()()()

であるなら、出現しているのかどうかの確認に時間を費やしても問題はない筈だ。

寧ろ仲間達にどう説明するか、と言う方が余程難しいんだが……。

 

(……夢で見た、とでも言っとくか。)

 

何言ってるか分からない、と言った表情をしたままの白が目の前にいる。

リーフも、伽月もそうだ。

廃れた神社ということは、荒れ果てた霊地。

……つまり、這い出てきた妖が拠点にする場所。

幽世から抜け出たことで知識を蓄え、人を喰らう存在の巣へ自分から向かうと言ってるのと同じ。

 

仲介所を経由した、討伐依頼ならまだしも……ってところだよな。

俺も普通に考えればそう思う。

 

ただ、そこに向かうのが最初の条件。

正しく言えば、存在していることを知らなければ『その人物』と誰も気付けない。

血縁上の父親……日ノ本が産まれ、神々が消え去った頃より続く()()()()の末。

存在自体が認められない、秘された人物は。

許されない愛の先に生まれ落ちた子だから。

 

(先ずはいるかどうかを確定させたい。 ……その前に説得から始めるか。)

 

乾き始めた唇を舐め、口を開く。

 

以前の――――当初の話からして。

俺と白は常に同じ目標を抱いている。

俺の特異性に関しても伝えている。

けれど、こうした唐突な内容まで全てを伝えるのは無理だ。

何とか向こうに気付いて貰えるように話を持っていく必要がある。

 

「一応理由がないでもないんだぞ。」

「と、言うと?」

 

そう問い掛けたのは、不思議なことに最前列にいる白ではなく伽月。

おずおずと手を上げながらではあるが、知りたがりの癖が出たのか。

 

「基本的に俺達が探したい神職の家系……本物の血筋ってのは隠れて生きてる。

 そりゃそうだな。 妖からすれば自分を簡単に成長させる生贄だからな。」

 

”神職”の家系の特徴。

それは、目覚める超能力者の家系を辿ればどんなに傍系であっても血が混じっていること。

その血が濃ければ濃いほど、使用できる派生能力が初期から多い。

俺達が探す存在……『始祖』の家系から血を分けられた末裔であれば、誰でも神職となる。

 

だからこそ。

表に出てくる超能力者は兎に角血が薄い傍系の鍛え上げた存在、という側面がある。

血を薄めない為に、けれど病を引き起こさない為に。

婚姻関係さえも管理されているという噂さえ存在する。(そしてそれは凡そ正しい。)

 

「だからこそ、普通に発展した神社なんざ行っても深度差が酷い相手しか見つからない。

 どころか多分二人は嫁候補として見られるかもな。」

 

何方も相当にレアな存在だ。

口にさえしなければ大丈夫だとは思うが、勘が鋭い相手ならリーフの違和感には気付くだろう。

だから、少しばかり脅しを挟む。

 

「翻って廃れた神社。 此処を制圧すると、一つだけ確実な利点がある。」

「……利点。 霊脈……いや、龍脈のことでも言っておるのか?」

「ああ、それだ。」

 

霊地、である以上存在するモノ。

そしてこのゲームにおける三つの舞台として設定された三箇所。

それぞれで恐らく名前は違うのだろうが、大地の真下に走る力の陣。

 

グネグネとしつつも、円を保っているとされるその上にこそ。

神社は必ず設立されている。

何しろ、将来的に調べれば分かることではあるが……龍脈を抑え込む役割もあるのだから。

 

「龍脈の上で力の線の存在が分かれば、俺かリーフなら追える。

 隠された神社を調べる時の正攻法を使うだけだから、問題にもならない。」

 

廃れた神社の清浄化依頼……から発展する神職を仲間にできるイベント。

条件は五感の何れかを発展させる能力を持ち、それの使用回数が一定以上であること。

 

「逆に言うと、これ以外を利用するほうが面倒になるから一回だけでいい。

 俺に付き合ってくれないか?」

 

頭を下げ、頼み込む。

認められるかはまた別問題ではあるが――――。

それでも押し通そうとして。

 

そこから、少しだけ。

記憶が、曖昧に塗り潰されている。

 

視線を、上へと持ち上げた筈だ。

 

――――だぁめ。

――――ゆるさない。

 

ふと。

不快な声を、聞いた気がした。

 

ぴぃん、と。

張った糸を幻視したような気がした。

 

何となく、絶対に許さないような。

そんな誰かの思惑を、幻視したような気がして。

 

無意識のまま、指を右から左へ。

その糸を、断ち切るように動かした。

 

「…………仕方ないのう。」

 

――――恐らく、それは俺の空想の中だけで。

実際には何の動きもせずに、目線を伏せたままだった。

 

頭の上から聞こえた白の言葉で、我に返る。

 

「……助かる。」

 

不自然にならないよう。

そんな言葉だけを、発するのが精一杯だった。

 

それを聞いていたのは。

恐らく見ていたのは、感じていたのは俺だけだったのだろう。

 

――――今のは、何だ?

 

ばくんばくん、と跳ねる心の音。

恐らく、唯の幻視。

幾度となく見てきた、見えてしまう何かの断片。

 

(そうだ。 ……その筈だ。)

 

けれど、不思議と薄れることのない強い敵意。

 

不思議にも程がある事に。

それに対しては、絶対に立ち向かわなければいけないような。

そんな予感を、強く抱いていた。



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034/親子

 

「へえぇ……また珍しいのを拾ってきたね。」

「だな。 彼処で落ちるとは聞いたことがない。」

 

二人二対の目線が、持ち込んだ石ころ……宝珠の原石を見詰めている。

 

一つは紫雨、もう一つはつい先日に戻ったばかりの親父さん。

元はあちこちを渡り歩く行商人から、株仲間へと上り詰めたある種の成功者。

紫龍(しりゅう)という名前に相応しい眼光の鋭さと、身体中の怪我。

商人でありながら、居合系……カウンター系列の剣術の一つを修めている人。

その腰には今日も、刀身を眺めたことさえない二本の刀を佩いている。

 

「やっぱりそうなんですか?」

 

念の為懐に戻せば、その瞬間まで目線は付いてくる。

多分脳内では算盤を叩いているんだろうなぁ、と。

たった一年の付き合いではあるが、考えていることは何となく分かってしまう。

 

「ああ。 ……とは言っても、あの幽世を狩りの基点にする部隊はすぐにいなくなるんだが。」

 

……多分二つの意味を持ってそうだな。

一つは幽世の養分を化す――――つまりは死に至る場合と。

もう一つはこの地から旅立つ……踏み台程度にする場合と。

 

「色々勉強にはなりますけど、疲れますね。 ああいった幽世は。」

「そらそうだ。 一分一秒でも気を抜けば死ぬような事をして、初めて成長するってもんさ。」

 

愚痴を漏らせば、そういうもんだと頭を撫でられる。

娘ばかり二人だったから息子が欲しかった、とかで。

知り合ってからはそれなりに良くさせて貰っている。

父上とは違うもう一人の年上の男性……親類の小父さん、くらいの間柄。

 

「言いたいことは分かりますけどね……。」

「はっは、実体験だからな。」

 

ぐりぐりと頭を撫でくり回される。

こんな事も大分慣れてきたし、別段不快に思うようなことでもない。

好きにさせていれば、横で話す紫雨のほうが表情を変える。

 

「全く、お父さんは……。」

 

”ボク不機嫌です”と表情全てが物語り。

口では決して言わないが、まだ父親に対して甘えたい気配を漂わせている。

商人、という区切りの内側だからこそ。

この二人は親子関係が成立しているのだろうし。

それに気付けてしまうくらい、以前から達観している俺もどうかと思うが。

 

「あ、綺麗な刀。」

「…………髪、飾り。」

 

同行している内、二人はふらふらと商品に近寄っては眺め。

また別の物を手に取って、馴染むかを確かめているように見える。

で、残りもう一人は何処にいるのかと言えば。

 

「おい雌猫店員。」

「なぁにかおっしゃいましたか、蝙蝠娘様。」

 

さっきから店のカウンターの()()に入り込んで武具の在庫を見ている。

苦笑しながらそれを許可している時点で、親父さんも相当に懐が深いと思う。

と言うかお前等、互いの呼び方少しくらい落ち着かせろ。

 

「他に双刀は無いのかや。」

「お客様にみせられるのは無いですかねぇ。」

 

なんじゃとー、と叫ぶ白に。

なんですかぁー、と叫び返す紫雨。

相対距離はジリジリと近付いている。

……。

 

「アレ放っといていいですかね?」

「好きにさせとけ。 姉妹喧嘩みたいなもんだろ。」

 

二人に聞こえないように小声で呟けば。

それに乗って、親父さんも小声で応じる。

今変に介入すると面倒になる、というのは多分何方も同じ認識らしい。

これ幸いと、聞けば不機嫌になるようなことに関しても相談してみる。

 

「そういえば紫苑さんはどうしたんですか?」

「紫苑か? 彼奴なら仲介所に出向いてる。」

 

……あっちゃぁ、またすれ違いか。

 

「なんだ、紫雨より紫苑のほうが好みか?」

「そういう下世話な話じゃなくてですね……。」

 

というか自分の娘をそういう扱いするってのも凄いな。

至極真面目な顔で阿呆な事を聞いてきたので軽く返す。

……いや、どっちが好みかって言えば現時点で綺麗に成長してる紫苑さんだけど。

 

「もう少ししたら紫雨も似たように成長しはじめるさ。 蓮月もそうだった。」

「ああもう、話戻しますよ?」

 

蓮月、というのが旦那さんの奥さんに当たる人。

手紙でしかやり取りをしたことがないが、今は霊峰の麓の街で店を切り盛りしているらしい。

日ノ本の中央に位置するだけあって、かなり活発とした街だからかなり気にはなってる場所。

 

「実は、紫苑さんに相談したいことがあるんですよね……。」

「……紫苑に、か?」

 

紫苑さん。

紫雨の姉だが……全体的に出ているところが出ていて、それでいて引き締まっている人。

今はこの家業を継ぐために彼方此方に挨拶回りを兼ねた勉強中とか。

親父さんから居合も学んでいる、色んな意味で旦那さんが苦労しそうな女傑。

そして、奇妙な程に鋭い勘を持ち合わせる人。

 

大雑把な方向性しか分からないらしいが、その正解率は驚異の百パーセント。

それを知る俺からの、彼女への相談……眉を顰めるには十二分な内容だろう。

 

「ええ。 ……ちょっと俺一人で抱えるには難しいんですけど、どうしたものかと。」

 

つい一刻程前に見たような気がする、アレに関して。

今日此処に来るつもりだった時に見えたのは、何らかの繋がりが見える気がする。

 

「ふぅむ。 まあ、俺を同席させてくれるなら構わんぞ。」

「へ?」

 

親父さんを?

一度見上げれば、何を当たり前のことを……と、見返してくる。

唯でさえ忙しい人に迷惑は、と言いかけて。

 

「あの時に娘を助けられた恩はそれこそ山のように積もってる。

 その寸分の一くらいは返させてくれや。」

 

な、と肩を一度強く叩かれ。

 

――――はい、としか。

返せなくなっていた。



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035/因果

忘れてましたが今日で連載開始一ヶ月でした。
これからもぼちぼち続けていくつもりですのでよろしくお願いします~


 

それから少し。

リーフと伽月が拠点に戻る時と同じくして。

 

「へ、あたしに相談?」

「はい。 親父さんには先に話通してます。」

 

外套を脱ぎ捨て、内側から馬の尾のような髪(ポニーテール)を振る美女。

恐らくは遺伝なのだろう、紫の髪に和服を着崩したような。

一瞬だけ見たのでは、花魁か何かのような雰囲気を漂わせる。

俺からして8つ程年上の……既に成人済みの紫苑さんが姿を見せた。

 

他の三人に伝えるのは後回し。

ついでに言うなら紫雨にも暫くは黙っておいて貰う。

 

(……本来ならリーフに占って貰うところなんだが。)

 

()()()()()()()()()()

 

その為のモノで。

道先が見えないからこそ道標を求めるモノなのに。

当人が持ち合わせる能力ではないからか。

間に何かが入り込む余地がある行為だからか。

今直ぐに占えば致命的なような――――勘がずっと警鐘を鳴らしていたから。

少しだけ外部の彼女に相談しよう、と思い至った。

 

ただ、それだけのことなのだが。

 

「えぇ……紫雨に悪くない?」

「何考えてるか分かるけど、分かりたくないんですが……。」

 

妙にくねくねしているのを無視して話を進める。

この歳で年下好きなのは致命的じゃないですかね紫苑さん。

それを家族が分かってるから妙に警戒するんですよ二人共。

目線的には同い年くらいに感じるから、凄い話しやすいのは間違いないんですけど。

 

「客室使って良いらしいので……もう親父さんは行ってる筈です。」

「そっか。 分かった、じゃあ行こ?」

 

手を伸ばされ、黙って受けるしかない。

複雑な内心を抱えながら店の奥……彼女達の家へと繋がる道の手前。

商談などを纏めるための客室へと向かう。

 

途中、紫雨には留守番を任せるのを聞き。

白にも自由にするように伝えたが……。

まあ問題は起こさないはずだ。 二人共に。

嫌な雰囲気が二つ紫苑さんに向いてたけど。 うん。

 

障子戸を引き、内側へ。

布団机越しに置かれた座布団が二枚。

片側に俺が、親父さんが座る隣に紫苑さんが腰掛けて。

一息。

 

「――――さて。」

 

その言葉だけで。

少しだけ、世界が軋んだ気がした。

 

恐らくは単純に圧力の差。

久しく感じる、深度の差の極端な違い。

普段は……それを感じさせない、という程度に過ぎないのだろう。

 

「紫苑への相談、と言っていたな。 紫雨を除外するような事、という意味で良いか?」

「はい。」

 

この人とは色々と話し合ってきた。

娘の『部隊に参加したい』という気持ちも汲み取っている。

だからこそ、今彼女達を会話に参加させない理由を考えていてくれるはずだ。

恐らくは、全面的に協力することを前提に。

 

だからこそ、こうして普段は伏せているモノを公にしながら。

圧力を掛けられた上からでも言えるのか、と問うていてくれているわけだ。

 

「何処まで口にして良いのかが分からないので、先ずは半分だけ身内の彼女に。」

 

無論、この場合の半分とは紫雨を挟んだ、という意味合い。

彼女自身をどうこうしようとは考えてない。

いや美人だし、ゲームの頃に出会えていたらもしかしたら姉妹ルート行ってたかもしれんけど。

今はそんな事をどうこう考えてる年齢じゃない。

 

「やだもう、身内だって。」

「紫苑……。」

 

普段よりもおちゃらけている格好に、呆れている親父さん。

俺もどう反応していいか固まるから辞めて欲しいんだが……無視して進めるか。

実際聞いた上で判断して貰うしか無い訳だし。

 

「つい先程、部隊で今後の方針を決めてる時の事です。

 変な幻覚……幻視、或いは白昼夢を見まして。」

 

信じて良いのかすら分からない、ということを前置きに。

あの時見たものを備に説明する。

 

見た時の身体の動作であり。

我に返った時には変化していなかったことであり。

他には誰も気付いていなかった事。

 

つまり、俺の脳が誤認した可能性は極めて高いのに。

身体の何処かがそう思うことを否定している、と。

 

「と、まあそんな感じなんですけど……。」

 

ちらり、と見上げればどう判断して良いのか迷う親父さんが見える。

 

まあ分かる。

幽世の中なら瘴気の影響で少しだけ先を見る能力者だっているんだ。

ただ、この街の中で見た……というのはちょっと想像できないだろう。

俺だって自分のことじゃなければ勘違いで済ませていたと思う。

或いは狂人として排除だって考えるかもしれない。

 

ただ。

 

「ああ、うん。 そりゃ紫雨とかに()()()()()()()だね。」

 

あっけらかんと、当たり前に返した彼女の言葉。

俺達の視線が彼女に向かう。

 

「紫苑、どういう意味だ?」

「どういう意味もこういう意味も……ああ、お父さんには多分分かんないと思う。」

 

説明しようとして、言葉を途切れさせる。

 

分からないとは、と口を開きかけた親父さんの前で。

多分、口にしてはいけないという意味を込めて。

唇の前で人差し指を立て、自分の言葉を聞け、と。

目線だけで強く語りかける。

 

「多分だけど、その事実をちゃんと伝えられて認識できるのは朔だけなんだと思う。

 もしかすると他にもいるかもしれないけど、今あたしが分かるのは朔だけ。」

「……事実を?」

「そう。 何と言えば良いのかな……。」

 

ちょっとだけ考え込むようにして、思い当たる言葉が浮かんだようで。

手を叩くようにしてぽん、と音を立てた。

 

「少しでも朔の考えを変える余地がある相手に干渉してる、みたいな。」

「なら、なんで紫苑さんは?」

「あたしはほら。 おかしく聞こえても勘が違和感を感じたからさ。」

 

一応あたしに聞こえたままで言うとね。

そう付け加えるようにして。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()、って話をされて。

 それに反発したら、()()()()()()()()()()()――――みたいな捉え方をしそうになった。」

 

……それは。

確かに一側面だけを切り取ればそうも思える。

けれど。

 

「だから……うん。 朔。」

「……はい。」

「多分、あんたが目指す道中でそうさせるだけの何かがある。 そう思っておきな。」

 

混乱に、混乱を重ねる言葉を投げられて。

それ以上に言葉を考えられずに。

無言で頭を伏せて――――話は、其処で途切れてしまった。



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036/困惑

ちょっと体調崩してしまった……。


 

奥の部屋から出た時には、既に白の姿はなかった。

カウンターでだらけている紫雨の姿だけが残っている。

 

「あ、話おわったー?」

「終わった終わった。」

 

此方を見つければ、そのままの姿勢で声を掛けてくる。

……まあ、何方かと言えば此処は卸売に近いから客足も少ない。

留守番がそんな態度を取っていても許される……のか?

親父さんが何を言うか知らないが、無視しておくことにした。

 

「白は?」

「蝙蝠娘ならかえったよー。

 二人を送った後で買い物して回るってー。」

 

売却した業幾らか渡したけどいいよね~、と言われて頷く。

まあ本来の分割分より多かったら後で対応すればいいし。

若干足が出たくらいなら俺の分から出す。

 

……俺の分、使い道がそんなに無いから溜まってるんだよな。

精々飲み物食い物くらいしかこの身体が求めないってのはありそうだが。

 

「何の話してたのぉ?」

「いや、ちょっと言えない。 色々と事情が複雑でな。」

 

そして当然――――いや、想定通りに問い掛けてくる。

彼女からすれば自分だけ外された、と考えるのが普通だ。

ただ今回に関しては口にすること自体が不味い、という話。

押し黙っておくしかなくなる。

 

えー、と当然言い出すのを傍目に少しだけ考える。

 

……あの糸は、誰に対しての干渉だったのだろう。

いや、何かしらの条件を踏んだから起動した、と考えるほうが妥当か。

 

今までは見えなかったものが見えるようになる。

それ自体は幽世の中での数値と同じ。

ただ、今回に至っては謎も謎。

 

(元々見えていなかったのが見えるようになった……って感じじゃないんだよな。)

 

あの時が初めてだった、という強い確信もある。

ひょっとすれば――――これも壁を破ったことによる恩恵なんだろうか。

にしては数年間が空いているわけで。

 

(……分からん。」

「なにが?」

「うぉっ!?」

 

目の前、数センチの距離に紫雨の顔がある。

睫毛だったり唇だったりの細かいところが普段よりも更に良く見えてしまった。

ちょっとだけ目線を逸らす。

 

「な、何してんだよ。」

「何、っていうか。 一人でぶつぶついいだしたからさー。」

 

何言ってるのかなー、と思って。

そんな風に笑みを浮かべながら呟く言葉に一瞬硬直した。

 

……口に出していた?

聞かれた?

 

「でも何言ってたかぜーんぜん。 まぁ仕方ないけどさー。

 口に出す癖はなおしたほうがいいよー?」

「あ、ああ。 気をつけてるつもりなんだが。」

「だめだめじゃーん。」

 

そうして、その言葉で少しだけ落ち着きを取り戻す。

 

それでも。

内容が聞かれていなかった、という安心感と。

自分に対しての叱咤と。

二つが綯い交ぜになりつつの感情の落ち着け先が分からない。

 

(……今までなら、どうしてたかねえ。)

 

誰かに相談するなり、自然に落ち着くのを待つなり。

結局は何かしらの手段を持っていた。

 

けれど、相談という手は取れず。

待つ、という手段も先程の相談後からは否定的な考えに移ってしまった。

「何か」という存在を知ったからこそ、向こうからも気付かれたように。

嫌な予感が心臓の鼓動のように不定期に鳴り響く。

 

多分、今直ぐに影響が襲いかかってくるわけではない。

それだけは確かに分かる。

分かるのだが。

 

(……影響を与えてるのは、一体何なんだ?)

 

ゲームの頃の記憶を思い浮かべても、繋がりがない。

必須攻略目標(ミッション)にしても、『何々を突破しろ』などと言ったものが多く。

四天王のような分かりやすい存在がいた覚えもない。

 

何しろ、妖の王は殆どの場合。

自身が生存する為に幽世を広げて瘴気で満たそうとする存在なのだから。

悪意を以て、と言うよりは生存競争が行き着いた結果。

 

(……あれ、いや。)

 

そう考えて、何かが引っかかった気がした。

勘違い、間違えた記憶。

確か、特定のルートだと――――。

引っ掛かるようで、指が外れ続ける感覚。

何か大事なことを忘れてしまっているような。

 

「朔君?」

 

紫雨の言葉が聞こえるが、今は右から左。

 

俺自身が見たわけじゃないからはっきりしない記憶。

確かリプレイだか動画で作業用の音楽にしていた時にポロッと溢れた情報。

開発側が一度だけ顔を見せた時に零した情報とゲームの情報を繋げたんだったか?

公式が裏に仕込んだストーリーを読み解こうとするプレイヤーが何か言ってた覚えがある。

確か……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「人の話はききなさーい。」

 

頬を引っ張られる。

ぐにぃ、と摘むその力は常人の……この年頃の女の子のものではない。

超能力が影響しているのだろう――――普段なら痛みにも感じなくなりつつある筈なのに。

明らかに痛み……を超え、千切れそうな激痛。

 

「痛てててててて!?」

 

痛みで考えが何処かに飛んでいった。

白黒のように見え始めていた世界に色が戻ってくる。

 

「やーっと帰ってきた。」

「何がだよ!?」

 

痛みのせいで情報が消えたからか。

余計なことを考えなくなったからか。

不安感は消えたけれども。

 

「額に皺寄せっぱなし。 にあわないよ?」

「……まさか、その為だけに引っ張ったのか?」

「わるい?」

 

悪いっていうか……駄目だ、何か言う気力さえ消えた。

 

「……いや、良いわ。」

「そ。 それくらいふてくされてる方が似合ってるよー。」

「あっそ。」

 

……奇妙な方法で元気付けられてしまった、と思っておこう。

そう考えないと、やってられない。

 

小さく溜息と。

それを見て、にひひと笑う声。

不思議と、小さな店内に響き渡った。



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037/異変

 

店内から外へ出る。

『またね~』なんて声が背中から聞こえながら、扉を超えれば。

憎らしい程に外は雲ひとつ無いほどの晴天。

 

(そろそろ暑くなり始める時期かぁ。)

 

薬屋から出た時はそんなに感じなかったが、少し外にいれば汗ばみそうな気温。

この外気に気付かない、というのもおかしな話なので。

ひょっとすると感覚が麻痺していただけなのかもしれない。

 

(……考えすぎても仕方ない、って言われりゃそれまでなんだけどな。)

 

戦闘中の咄嗟の閃きや運に全てを賭ける……なんてことは出来ない。

世界の基準、超能力者の予め定める『自身の進む先』。

それらの積み重ねと連携、後は動き方で全てが決まる。

 

数値が見えても、それは相手に騙されないというだけの話で――――。

結局は自力こそが全て、という意味ではこの世界は弱者に只管に冷たい。

だから、結局出来ることは積み重ねる事。

 

深度を深める。

連携を深める。

仲間を増やす。

 

総数を増やし、取れる対応を増やし、予め何が起きても良いようにする。

超贅沢を言えば蘇生手段も確保したいが、あんなものは超高位でやっと叶う呪法。

或いは希少な素材を用いて作り上げる霊薬くらいなもんだ。

そう考えれば……。

 

(陣を用いた回復手段と、式の蘇生手段……最悪は白に頼る手法も持ち合わせるべき。)

 

それは分かる。

ただ、彼女を最後に残して……という手段を取れない俺自身もいる。

それでも、深度基準の壁を一つ越えたら取得できる能力なんだし優先度を上げよう。

”万が一”にばかり備えていても仕方ないが、それでも持ち合わせることに意味がある。

 

(……ま、唐突な奇襲よりは数億倍マシか。 うん。)

 

ぐぅ、と小腹が音を立てる。

何か食べてから帰るか、と。

足を街中……というよりは西寄りの入り口へと向ける。

そちらでは他の場所から持ち込まれた魚系が並ぶ店がある。

 

何となく肉系ではなく魚系の口。

端飯(魚の端だけを集めた丼飯)でも食えば腹も満ちるだろう、と。

足を向ければ――――。

 

『………………しゃ!』

『…………で来い!』

 

「……ん?」

 

なにやらザワつく声と叫び声。

そして人々が集まっている。

半数ほどが武器などを背負う……超能力者。

それを遠巻きに見つつ、何処か恐れている街の住人。

 

(なんかあったのか?)

 

見ている方角は丁度西の入口側。

そちらを警戒する理由なんてあるのか、と思いながら集団に近付き。

人々の隙間から覗き込めば。

 

『……っ!』

『おい、回復呪法師は!?』

『走って向かって来てます!』

 

肩口から大きく切り裂かれ、片腕だけになった剣士。

ぷらり、と裂かれた皮鎧が揺れている。

背中には恐らくは幽世で手に入れたのだろう、武具が見え。

それらで防がれたから即時致命に至る負傷を免れたように感じる。

 

ある程度の距離を歩いてきたのか、道々に血痕が垂れ落ちた。

普通の人であれば既に死んでいるのが明白な、半死半生の存在が座り込んでいる。

 

(いや…………は?)

 

ある程度戦ってきたから分かる。

自分なりに道筋を立ててきたから分かる。

 

あの怪我は、妖によるモノではない。

そして、幽世で受けた傷でもない。

幽世からこの街の何処かで負った、刀傷。

 

『…………! …………。』

『おい、しっかりしろ!』

 

『怖いわね、あんな怪我をさせるのがまた現れたのかしら。』

『早く何とかして貰いたいもんだね。』

 

聞こえる二種類の声色。

仲間を助けようとする超能力者。

その恩恵を受け、街で暮らす住人。

 

何方が大事とか、そういう問題ではなく。

俺は今、何方にも属していない。

それが浮き出ている――――眺めているだけの光景。

 

『…………おい! 此方だ!』

『助けが間に合ったぞ!』

 

遠くから駆け寄ってくる足音。

視線がそちらに向くのに合わせて、通り過ぎる人混みに紛れて姿を消す。

そのまま歩くペースを落としながら……少しだけ、考える。

 

(恐らく、山賊とかの強奪目的じゃない。)

 

もしそうなら、武具毎切り裂こうとは思わないはずだし。

一人でも逃せば死ぬまで――それこそ()()()()――追い回され続けることになる。

だから証人を絶対に残さないことが先ず絶対条件。

 

ついで言えば商人などを護衛してきた……というわけでもないと思う。

その場合であっても、護衛だけが逃げればその時点で街に滞在は難しくなる。

逃げろ、と命じた証拠でもなければ株仲間はそうした存在を絶対に許さない。

念の為後で親父さんにも確認はしてみるが、飽く迄念の為。

 

そうなると、最も可能性が高い目的は――――狂人。

ただ立会を、斬る事だけを求めてしまった超能力者。

堕ち人よりも更に罪深い存在。

 

(……ただ、それにしても疑問は幾つも浮かぶんだよな。)

 

何故こんな場所に唐突に現れたのか。

ゲームでもランダムで発生することがなかったとは言わない。

ただ、その場合にしても予兆……住人の会話や同業者が噂するものだった。

 

”危なそうな顔をしたやつが流れてきたらしい”。

”最近外から旅人が来ない”。

 

少なくとも親父さんとかが行ったり来たりしてる以上、予兆が一切無かったのはおかしい。

完全に同じじゃないにしろ、人である以上食事や武具防具の整備は必要になる。

今回が初めてにしろ――――。

 

「…………待てよ。」

 

考えて、考えて、考えて。

何かに指が触れ、引っ張る。

 

予兆が本当に無かったのか?

ひょっとして、俺達だけがそれを知っていたんじゃないのか?

伽月は――――何を探していた?

 

……足を、薬屋に戻す。

話をしなければいけない人物が、出てしまった。



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038/探し人

 

途中までは徒歩だった移動。

気付けば速歩に変わり、駆け足になり。

薬屋に着いた時には息を切らす程になりつつも扉を強く開く。

 

がちゃりがちゃり、と異音を立てながら開いた扉の奥へ身体を滑らせる。

おっかなびっくりとした表情で、留守番を変わっていたのかリーフが見詰めてくる。

 

「…………え、朔……く……?」

「悪いリーフ。 伽月は何処だ?」

 

彼女からの質問を先に叩き切る。

当人への確認その他諸々を優先する。

悪いが後回しだ。

 

「……上、部屋……だと、思う、よ。」

「分かった。 すまん、後で話す。」

 

肩をぽん、と叩いて奥へと進む。

大きく吸って、吐く。

それだけで大分呼吸は楽になる。

 

特にリーフの周囲は普通では気付かない程度には幽世の気配を漂わせる。

意識して取り込めば、俺のような変質した体質持ちには有効。

疲労も多少紛れたところで、階段を強引に進んでいく。

数段飛ばしなんてことはせずに、けれど急ぎ足で。

 

「伽月。」

 

一番上へ辿り着き、身体の向きを滑らせるように変える。

以前――リーフの時――のような立ち位置で。

 

「へ……は、はい。」

 

伽月がびくん、と跳ねる姿が視界に映った。

何をしているのかと思えば、刀に粉打ち。

斬れ味を保つための手入れの最中。

 

……まあ、それなら良い。

座って話をする余裕が幾らでもある。

()()()()()()()()()

 

「今から時間貰っていいか。 ちょっと緊急も緊急だ。」

「へ、は……いえ、私にですか?」

 

ああそうだ、と頷いて返す。

目の前に座り、彼女を真正面から見据える。

 

今まで余り優先されていなかった、という自覚はあるのだろう。

そして俺自身も無意識のままに、彼女が話すまでは一段階下とした態度を取っていたと思う。

 

優先度を下げ、相談対象としても中々選ばない。

……「仲間」ではあるが「身内」とは違う。

そんな状態で折り合いをつけていたが、仮に予想が正しかった場合は色々不味い事になる。

 

少なくとも、俺の認識では。

”事前に情報(ヒント)を公開した上で対応出来なかった”と言う形で責任を押し付けるのが世界の基準(ルール)

この場合の責任――――伽月を主題とした事象(イベント)に拠る結果。

俺も詳細を知らない、恐らくは『ヒロイン』としての一人のイベント。

当人だけに影響が出る流れでないのなら。

 

「単刀直入に言うぞ。 刀を使った超能力者斬りが出た。」

「…………!」

 

これだけでどう反応するのか、を含めての質問だったんだが。

急に変わった顔色の時点で察してしまった。

 

……彼女が、真っ先に街に現れなかった理由もこれだな?

 

言ってたな。 『兄弟子を探している』と。

そして彼女が負った刀傷……そしてその後で妖と。

流れで考えるなら。

一度は捉えて――――けれど刀は折られた、か?

 

「何か覚えがあるんだな? 一度しか聞かない。

 仲間だと思ってくれるなら、話してくれ。」

 

――――純粋な好感度問題だとすると、ちょっと危うい。

ただ、ゲーム的に考えてしまうのなら。

 

(多分、どっかで好感度に上限設定(キャップ)が仕込まれてたとは思うんだよな。)

 

現実に適した言い方をするなら、”罪悪感”。

それを抱え続けた上でどれだけ仲良く出来るのか、という話。

だから、問題はないとは思うが。

言わずに飛び出すようなら……強引にでも止めようと身体に力を入れる。

 

「……そう、ですね。 事、こうなってしまったなら説明しないほうが不義理です。」

 

はぁ、と吐き出しながら。

硬直していた全身の力を抜いていく姿を見て、少しだけ此方も力を緩める。

ただ、動けるように警戒だけは続けたままで。

 

「ただ、念の為に前置きだけさせて頂けますか?」

「前置き?」

 

はい、と言葉にして。

一度目を閉じる。

 

次に開いた時。

内側の感情……恐らくは殺意などの負の感情か。

それが、目の奥に燃え盛っているのが見て取れた。

 

「これは私の一族の恥。 そして、復讐でもあります。

 だから……聞き終えた後で、無理だと思えばお教えください。」

 

今までの礼をした後で、私一人で向かいます、と。

それこそ何でも――――望むのならば全てを捧げましょう、と言いながら。

 

呟く言葉に交じる思いは、年不相応にも程がある敵意。

 

「これより語るは、我が一族の恥。

 俗世に溺れた父と、それを討ち果たす為に自ら()へと化した兄弟子の話です。」

 

ずん、と少しだけ空気が重みを増す。

――――そして、合わせて視界の外に浮かび上がる画面。

 

>>行動を待機しています...

 

以前の……リーフの時にも見た内容。

 

(……何で?)

 

けれど、今見える理由は不透明過ぎる。

 

あの時は彼女の持つ特異性故だとはっきりしている。

霊力が満ち過ぎて、世界が歪んだ結果なのだろうと納得できる。

……今回はその理由付けがない。

 

それが見えているということだけが先にある。

彼女の能力を一度見ている以上、隠された何かを持っているというのも考え難い。

 

(理論を考えるな。 結論から理論へと繋げろ。 もう結果はあるんだ。)

 

混乱する中で、自分を落ち着かせるために考える。

そうして――――聞き逃しそうになった言葉が耳に残った。

 

もしかすると、今彼女が呟いた言葉がその理由なのかもしれない。

 

()()()()()()()

それをそのまま捉えるのなら。

 

後天的に、人の身のままで狂った人間ではない。

人間の精神を保ちながら、妖の側へと堕ちたと捉えるのなら。

 

俺は、その状態の名前を知っている。

 



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039/堕ちた人

なんか10万UA越えてる……有難うございます~


 

「そうですね……何処から話せば良いんでしょうか。」

 

そんな切り口から始まった独白。

 

けれど、俺自身の内心は何割かは別方向へ。

彼女自身が呟いた、変貌した……という事象へ向いていた。

 

恐らく一族間の関係性は無いか、あっても薄いとは思う。

けれど、『それ』の有無を何処まで知るのか。

無性に父上に確認したくなった、がこれも後回しだ。

 

「先ず、今までに語った事は全て事実です。

 ただ、一族の恥になる部分は伏せていた所もありますが。」

「……そうだな。 まず、その”恥”について教えてくれるか?」

 

分かりました、と頷く。

 

「私が育った里は……簡単に言ってしまえば、()()()

 或いは逃亡者たちが住まう隠れ里みたいなところでした。」

 

伽月が語る所に拠れば。

彼女の里は敗北者……つまり、『妖達との戦いに心が折れた超能力者の里』。

或いは『仲間を見捨て、逃げた超能力者達の最後の居場所』としての役割があったらしい。

 

前者は……まあ、そういうものだというのは分かる。

理想と現実の差に屈し、自ら幽世に潜ることを放棄する超能力者。

身体能力の低下に伴い、街などでの支援に回るのとは違う。

純粋な『心』の問題――――或いは、自身の才能と取得能力の不適合(ミスマッチ)で行き詰まる。

数値としてだけ、ではあるが俺自身にも経験はある。

 

それでも、後者は意味が分からない。

 

「……仲間を見捨ててどうするんだ?」

「どうも。 自分が死なないことを優先したんだと思いますよ?

 そして……私の家系は、その逃亡者の一族でした。」

 

父が仲間を捨て、村へ逃げてきた。

先に住んでいた心が折れた母を強引に身籠らせ、私が産まれた。

姉は正確には義理の姉。 母の連れ子だった。

産後の肥立ちが悪く、私と引き換えに母は亡くなり。

そうして、姉の婚約者として同じ里に住んでいた兄弟子が婿入りし。

超能力者として旅立つまでの間修練を重ねていた。

 

淡々と語られる彼女自身の経歴。

何処か自分事ではないように感じるのは、過去という物を切り捨てているからか。

或いは、関わること事態を恥だと感じているからなのか。

 

>>選択:話を聞く
>>実行中...

 

視界の画面の文面も少しだけ移り変わっている。

俺が選んだ行動が映っているだけ、という意味ではリーフの時とは違う。

ただ、これは明らかな異常だと認識し続ける必要はある。

 

「今になって思えば、あの男は私を切り捨てようとしていた側面もあったと思います。」

 

その途中から、伽月は父親のことをこう呼ぶようになっていた。

微かに残っていた情さえも切り捨てたような、そんな錯覚。

この世に留める為の糸が一本切れたような、そんな感覚。

 

「そして、決定的になったのは――――。」

 

思い出したくもない光景を思い出すように。

目の奥の炎が更に増す。

 

多分、俺だから何となく分かってしまう。

この炎のような、規定を踏み越えたから堕ちたのだろうと。

 

自身の中の妖に敗北する。

自身の中の妖に勝利する。

恐らく、その何方に傾きすぎても五体満足には居られない。

これは外部から何を言っても無理な問題で……最後の一線は自分で選ぶ必要があるのだと。

 

()()()()()()()()()()()()()()でした。

 そして、その残滓を私と兄弟子が見てしまったこと。」

 

その時には既にあの男は住居から姿を消していて。

あちこちを死にもの狂いで探していた伽月は、二人でどんな話がされたのかを知らないのだと。

 

ただ、その結果として。

彼女にとっての姉は、兄弟子――――婚約者の手によって生命を落とし。

兄弟子は鬼へと変貌し、立ち塞がった村人を斬り伏せて父親を殺す旅に出たらしい。

 

「私もその直後に旅に出ました。

 村の連中は私を『村を護るための戦士の母』にでもするつもりだったようですけれど。」

 

ああ、吐き捨てる内容には心当たりがある。

所々が明らかに狂っているけれど。

幾つかの大切な破片が欠けてしまっているけれど。

複合しすぎているけれど、その断片一つ一つのイベントには心当たりが思い浮かぶ。

 

(だからか、伽月の存在に全く思い当たらなかったのは。)

 

ランダムヒロインとして登場する中での、有り得ない形で継ぎ接ぎに構成された過去。

固有名を持つヒロインとして登場する、その中での継ぎ接ぎの最悪の結末を迎えた母や姉に対し。

ただ一人残された、名前さえも話としても語られることのない末裔。

復讐するモノとして用意された、処刑人。

 

彼女に用意された立ち位置は。

主人公がヒロインの末路を知った後。

主人公が自身の成長のために――――或いは手が届かずに救えなかった後。

『当然の流れ』として首謀者を抹殺する為だけに生み出される掃除屋か。

 

「なら、伽月が兄弟子を探していたってのは。」

「はい。 可能なら元に戻し。 無理なら……私が命脈を絶ち。

 その後であの男をこの世から消す為です。」

 

其処までは、もうやるものとして決めているらしい。

ただ、井の中の蛙とまでは言わずとも。

実際に外などに出たことがある兄弟子には一度勝てず、その後で妖に襲撃され。

俺達に拾われた、というのが経緯だということ。

 

「私が立ち塞がった時……兄弟子は私を殺せたのに殺しませんでした。

 一太刀で済ませただけかもしれませんが……それを、未だ残る慈悲だと信じたい。」

 

いや、信じたかったというのが本当ですか。

そう、彼女は呟いて口を閉ざした。

 

目線は、改めて。

俺を見つめ直して。

 

――――答えを、求めていた。

 

彼女をどうするのか。

俺達は、どうするのか。

その決定権を握る、俺へ。



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040/願い

 

まず、と。

乾いた唇に罅が入るのを感じながら、言葉にした。

 

「今の時点では勝ちようがない……っていうのは伽月も分かってるんだよな。」

「そう……でしょうね。」

 

自身で一度刃を交えたからか。

それとも今までに俺が取ってきた態度からか。

認めるまでに少しばかり間はあったものの、それでも自分自身で認めた。

 

「その上で、お前は彼を止めたいってことでいいんだよな。」

「はい。」

 

諦めろ、とは決して言えない。

恐らくそれは禁忌の言葉……言ってしまえば終わりだというのは俺にも分かる。

無理でも動く、というのはもう彼女としての根幹に成り果ててしまっている。

 

だから、俺が選べる選択肢は。

彼女を仲間とした時点で、既にどうするかを選んでいる俺は。

 

「……分かった。 ただ、直ぐに行っても同じことの繰り返しだっていうのは分かるな?」

 

受け入れつつも、それに対応するための行動を取る。

直行すれば即座に死ぬ、と互いが分かっているからこその対応。

但し、これにも問題はある。

 

「分かりますが、このままにすればまた手掛かりを失います。」

 

今すべきなのは、伽月を納得させること。

してはいけないのは、考え全てを否定すること。

 

此方が切れる手札は『仲間が同行することでの有利性』。

伽月に対して納得させるには、今直ぐ向かわないにしろ手掛かりを得続ける手段。

言い換えれば、その情報を得た上で可及的速やかに対応出来るまで深度を底上げる方法。

その内片方に関しては、俺だけは対応が出来る。

支払う代償の重さを考えなければ、だが。

 

(……予定が前倒しになるだけか。 親父さんに恨まれそうだが。)

 

あの人も何だかんだ成人前から活動してた人だ。

納得して貰う……しか、無いか。

例の『糸』の件が、何処に繋がっているのかさえも分からないのだから。

 

「紫雨に頼む。 実際に動いて貰うのは他の二人になるが。」

 

もし、その人斬りが兄弟子だった場合。

その場合は圧力を掛け逃さないようにして貰う。

 

もしそうでなかった場合。

それなら純粋に片付けて貰えばいいだけであり。

そして、頼んだ場合には父親の足取りを追える可能性がある。

 

西へ向かった、という情報がある以上。

商人同士の繋がりや売却歴等を追い掛ければ、人の数が殆どない辺境でもなければ捕まえられる。

兄弟子と父、何方を優先するのかは伽月に任せれば良い。

 

「これで動きを見張ってて貰う間に俺達は出来ることをする。

 ……お前が追ってる二人、知る範囲でいいが何かしら病とか背負ってたりしたか?」

「……いえ。 何方も五体満足でしたが、恐らく刀傷などは負ってるかと。」

 

時間制限があるのかどうかを確認する。

追い込み側が潰すまでの、ではなく。

その身体側が持つかどうか、という意味で。

 

「本来ならリーフにも頼るところなんだが……一応聞くが、探し人に縁深い持ち物とかあるか?」

「いえ。 精々折れてしまった刀ですが……これも大分私が使い込んでいますから。」

 

縁、という言葉単体は超能力者としての俗語に近い意味合いがあるのだが。

幸いなことにそれは通じたらしい。

 

長く使い込んでいる道具である程縁深い。

付喪神へと変質し、魔剣とさえ化して持ち主に付き従う武具……なんて言い伝えが残るほどに。

つまり、この場合は二人の何方かが長く所持していた物品の破片の有無を問い掛けた訳だ。

 

リーフの占いも、当人がその場にいないか関係しない場合。

結果を出すにはある程度の縁が存在する物品が必要となるらしい。

それでも”ある程度”で済む分、才能の基準が異常なのは変わらないのだが。

 

「ならやっぱり売却歴から追い掛けた方がいいな……。」

 

それを紫雨経由で依頼する。

その代償は……まあ、彼奴のことだから一歩踏み込む事への許可だよな。

実際他の街までの行商経験は浅いって言ってたし、いつかは経験すること。

 

恐らく親父さんはもっと深度が上の相手と組んで慣れさせたかったとは思うが……当人の意思だ。

幾ら言っても変わらなかった以上、勝手に着いてこられるよりは許可したほうがマシだな。

 

「……あの。」

 

どうするか、と対応準備を考えれば。

恐らく断られることを視野に入れていたのだろう彼女がぽかん、と変な顔をしている。

 

「何だよ。」

「……否定とか、しないんですか?」

 

否定?

……あー、親族が堕ちたからとか?

田舎ならありそうだなそういう排斥文化。

 

「する理由、あるのか?」

 

まあ、俺自身の家系のことを伝えていないというのもあるが。

……丁度良い、一応伝えておくか。

 

「それにな、俺の一族もそういった……堕ち人に縁深かったらしい。

 だから、もしかすると程度なんだが。」

 

こればっかりは父上に聞かないとわからないし。

もしかするとそういう一族が山程いたのかもしれないが。

少しでも彼女の意識を此方側に向けておこうと口にする。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから――――まあ、あんまり気にしないで良い。」

 

仲間の目的のために動く。

それもまぁ、この世界に産まれ落ちたならやっても良いはずだ。

無論、その為には出来る限り短時間で戦力を増やす必要があるが。

 

……やっぱり、無理にでも巫女を仲間に加えたほうが良いよな。

糸の件から繋がるように発生する事象。

まるで、その人物から距離を置かせるように起こっている。

それ自体にも、不信感はあるのだし。

 

「…………。」

 

気付けば、彼女の表情は呆けていて。

目の端から、水滴がポロポロと溢れていた。

 

特に、何かを言うでもなく。

動かずに、その場で少しだけ待ってやった。

 

一杯一杯だった彼女が、少しだけ落ち着くくらいの時間を。



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041/共有

 

実際に二人でいた時間の総数は分からない。

ただ、気付いたら見えていた画面は何処かへ消えており。

目の奥の炎は一時的に治まったように見える。

 

ただ――――飽く迄一時的。

もし俺が動けないと分かれば、またすぐに燃え上がるだろう。

 

善は急げとばかりにルイスさんと留守番を交代したリーフを捕まえ。

白が戻るまでの間で三人で話し合う。

引き籠もっていたとは言え、街で暮らしていた時間が最も長いのは彼女だ。

雰囲気の違いや噂話の一つくらいは拾えている……と信じた。

 

「ぁ。 ……だから、です、か。 お婆ちゃん……が。 ぴりぴり、してたの。」

 

……まあ、その入手先がルイスさんだってのは大体の想定通りで。

そしてピリピリする……警戒するような状態であるのは間違いないらしい。

そりゃそうだ、白昼堂々に大通りで起こった騒動。

一瞬で噂として広まるよな。

 

「白が来る前に最低限詰める。 一度四人で話した内容を繰り返すようだけどな。」

 

取り敢えず、推定人斬り≒伽月の探している相手として前提にする。

もし間違っているなら準備に余裕ができるだけだし問題はない。

 

「……はい。」

「それで、どうするんですか? 朔()。」

 

まあ問題があるとすれば。

話し終わった後で伽月からの扱いがなんか一段上げられた気がするところか。

まあ今考えることじゃないから後回し。

 

「あんまり頼りたくはなかったんだが、紫雨の血縁とコネを利用させて貰う。

 恐らくその代わりに部隊に入ることになる。 白と喧嘩するようなら言え。」

「大丈夫…………だと、思う、よ?」

 

こてん、と首を傾げながらの反応に頭を押さえる。

……おい、白。

リーフにさえお前等の争いは問題ないって思われてるんだが?

 

「……まあ、リーフがそう判断するならそれでいい。

 で、こっからが俺達の問題だ。」

 

伽月の目的を果たす為、と。

目的意識をすり替えたことに拠る影響がどれだけ出るか分からないが。

恐らく純粋に巫女を探す、と言った時よりはマシになったと考えつつ。

そんなに甘くない、と判断を下す別の思考もある。

警戒し続けることは必須、というのは内心に留めた。

 

「伽月が一太刀で敗れ、次いで深度なんかの情報は無いが超能力者も恐らく一太刀。

 しかも武具防具の上から、だから相当な剛剣の持ち主だ。

 その相手と対峙するなら、純粋に戦力の増加と修練が必要になる。」

 

短期間での深度の増加。

それは魂にも、身体にも負担を掛けることになる。

落ち着いたら何処かで休息が必要になるだろう。

 

……温泉でも行きたいなぁ。

後で提案してみよう。

 

「兄弟子に関しての情報は後で親父さんにも渡す。 覚えてる内容を纏めておけよ?」

「分かりました。 方向性だけ、になってしまうとは思いますが。」

 

ああ、言ってたもんな。

能力とかは一切確認させて貰えなかった、と。

ただまぁ……あの時は明確に言わなかったが。

 

「それだけでも抜き取れる内容は結構あるんだぞ?」

「え?」

 

能力に対しての知見が深い、という大前提の下になるが。

武具と防具のタイプと、一刀/二刀流なのか。

剛剣/柔剣なのか。

これだけ分かれば、幾つかのパターン分けくらいは出来なくはない。

 

剛剣系の特徴は高火力で、且つ行動が遅くなること。

にも関わらず一刀で切り裂かれてる所と、防具が破損しているところから思いつく能力。

多分『疾風』系の【先制】が付く能力と『刃断ち』とかの防具破損・貫通能力はありそう。

だから重戦士だと明らかに不利相性だろうし……。

 

「まあ今の状態で分かるのは、『機先を制する能力』と『防具性能を無視する能力』。

 後は両手(2H)型ってことだし伽月の能力を純粋に上位互換に置き換えて……。」

「……朔、くん。 話が、逸れて、る。」

「おっと。」

 

駄目だな、能力について考えてたら話が明後日に飛んでしまう。

一つ二つ能力の根底を弄るだけでも使い勝手が変わるっていうのもあるが。

色々考え組み合わせる『コンボ』みたいなのを考えるのが楽しすぎて駄目だ。

 

「まあ……どう足掻こうとも取れる選択肢は二つ。

 それをどっちも並行して進めるわけだが、時間制限はそう長くはない。」

 

こほん、と一度咳をしてみせる。

自分なりに落ち着くための動作みたいになってるのはどうかと思う。

 

「どれくらい抑えられるか……或いは何処に向かうか、にもよるけど。

 二三日で出るのは確定だと思ってくれ。 その前までに準備を頼む。」

「……遠出?」

「そうだな――――。」

 

ここからだと……と脳裏に地図を思い描く。

この世界でも地図は相当重要。

幽世の中、というだけではなく外のものであっても商人は死ぬ気で守り抜く。

だから、脳裏に描ける……というだけでも相当なアドバンテージだったりする。

 

「南の街道を進んで山間を抜けて一泊、そこから街沿いで一泊。

 目的にしてる場所は森の中だから……大体片道三日か?」

 

まず最初の条件を確かめるだけでそれだけ掛かる。

実際には2~3週程は費やすと思って良いはずだ。

それでも普通に考えれば仲間探しにしては短すぎる日数。

 

「……超能力者基準、ですよね?」

「だな。」

 

尚、一般人の護衛込なら2倍は見込む必要がある。

どれだけ俺達のような存在が異常に見られるかの一つの基準になってしまう。

 

「だから悪いが、リーフは伽月に色々と教えてやってくれ。

 空いてる時間は薬作成に回して。」

「……朔、くん……は?」

 

俺は……まあ、死ぬ程面倒だが。

 

「色々と責任と対応と、後は()()()の対策をしてくる。」

 

幸い、業だけは溜まり始めてたしな。



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042/血盟

 

白が戻るまでそれなりの時間が必要で。

その間に用意するもの――――特に重要視する物品を話し合い。

戻ると同時に動き始めた。

 

『お、おい?』

『今直ぐ荷物置いてお前も来い。 行きながら話す。』

 

一人だけ話においていかれた彼女を引き摺るように連れ出す。

……何だかんだ言って、彼女はこの部隊を作った時の最古参。

そして俺と意志を共有する、現状唯一の存在。

完全に蚊帳の外にするつもりは欠片もなく。

本日二度目の店に向かい、扉を開くまでに話は済んでいた。

 

『むうう……。』

 

ただ、認めたりしているかは別問題。

必要、とは分かっているのだろうが個人感情が認めない、に近い。

 

……まあ、今回に限っては俺の意志を突き通させて貰うが。

何かしらで機嫌を取る必要性はありそうだ。

数年の間に慣れた対処を思い浮かべながら、店の戸を開く。

内側から聞こえる、やや高い声二つと低い声一つ。

 

「どーする、お父さん。 西側の街へは実質的に封鎖みたいなもんだけど。」

「仕方ねーだろ。 幽世が出た時と同じような対応を進めつつ、だ。」

「ボクは留守番のペース落とす方向でいいんだよねー?」

 

どうやら当然のように現状について話していたようで。

情報入手速度としては……まあ、株仲間なら普通なのか?

専門の斥候……忍者みたいな人員を裏で飼ってるとか言っても不思議ではないけど。

 

ドアに付けられた鈴が鳴ったことで、視線が全て此方に集中するのを感じる。

だから、開きながらに全員に伝える。

 

「その件に関して情報提供、及び相談と依頼があります。 お時間貰って良いですか?」

 

ぎぃ、と音がして。

内側に白と共に踏み込む。

紫雨がいる現場だからだろう。

表情を無へと切り替えて、付き従う形を取っている。

 

「朔……情報提供、だと?」

「はい。 まだ確証はないので売買と言った話でもないです。」

 

そうなれば成人にして商人、株仲間の一員と言った面が強くなる。

どれを取っても俺なんざ指先で潰されるだけだし、何より確証がない。

偽報を彼に伝えるほど、俺は死んだ人間になりたくない。

 

「ですが、今日紹介した俺の部隊員……伽月に関係している可能性があります。

 一旦お話をさせて貰えますか?」

 

今は対等な立場ではない。

此方から頼み込む場面。

大きな借りを作るような、普通なら跳ね除けられるのも当たり前の行動だ。

 

事実。

一度大きくふぅ、と息を吸って自分を落ち着かせている紫龍さんの眼光が鋭い。

普段の何処か好々爺とした、年上の男性ではなく……純粋な先導者としての側面。

 

「二人は排除したほうがいいか?」

「いえ。 全部聞いて貰ったほうが助かります。」

 

分かった、と案内されたのはやはり本日二度目の客室。

対話室、と言い換えてもいいその部屋に五人が座り。

他に話が漏れない事を確認した上で、全てを打ち明ける。

 

推定探している相手。

相手の腕前。

此方の目的。

その為に取りたい行動。

 

基本的に、超能力者の組合側では今回の騒動の犯人を特定に動くはずだ。

その腕前と、後は運次第で時間制限が決まると思っていい。

 

「……成程、な。 念の為に確認するが、お前も今日まで知らなかったんだな?」

「ええ。 人を探してる、ってのだけは聞いてましたが……。」

 

此処までの行動を短絡的に取る状態になっているとまでは想定外。

伽月が対峙し、斬られたのは当人同士の話だから関係はない。

今回の場合は”不特定多数”を狙う可能性があるが故、の話だ。

 

ふぅ、と一度溜め息を漏らすのを見て。

良し、と自分の頬を叩いた後。

元の……普段の親父さんの雰囲気へと移り変わる。

 

「おとーさん?」

「大凡朔の考えで間違いはないが、幾つか追加しておくぞ。」

 

俺の視点から足りていない部分の補足、ということで。

姿勢を正してお願いする形へ。

 

「先ず時間制限云々と言ってたが、恐らく最長で次の季節に移り変わるくらいまでだと思え。」

 

この世界、通信技術が全くと言っていい程成長していない。

だから遠くに連絡する際も手紙や護衛を雇った上で自分で向かうのが普通。

 

だとしても、今回の場合は面子という問題がある。

”被害者に理由がない場合”で、最長として三月程。

理由がある場合はまた変わってくるそうだが、それでも半年程度が限度。

それまでには捕捉し、捕らえるなり斬り伏せるなりの末路が待っているのは確実だと。

 

「次に……お前南に行くと言っていたな?」

「そうですね。 ”央麗”に立ち寄れるかまではちょっと分かりませんが。」

 

北麗、東麗、西麗、南麗、央麗。

昔でいうところの関東平野一帯辺りを占める、”五麗”と呼ばれる一帯。

この辺りは初心者向け、余り恐ろしい妖が現れない傾向にある。

成人まではこの辺で鍛えておこうと思っており、それに賛成したのも親父さんだ。

 

そして、俺が目指そうとしている場所は央麗と西麗の間辺りに存在する廃神社。

この詳細な位置までは、まだ誰にも明かしていない。

……此処でなければいけない理由も、同じく。

 

「大分無理な道程で行く……のも変わらないか。」

「はい。 途中までは楽しますけどね。」

 

商人が通る道は、細いながらも通れるくらいにはなっているはずだ。

仮にいなかったとしても、超能力者が通った道中を途中までは利用すればいい。

そして、此処に来た真の目的。

 

「紫雨。 お前が望むなら、今回の依頼に対する謝礼として部隊に迎え入れることも構わない。

 詳しいところは親父さんとかと相談した上にはなるが……。」

 

一息、挟んで。

彼女に対しての、命を懸けさえする契約の名前を発する。

 

「『血盟(けつめい)』を部隊員全てに行うつもりだ。 お前がそれを受け入れるのなら、だけど。」

 

――――さて。

どうなるかな。



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043/五人目

 

”血盟”とは何か。

 

一言で言ってしまえば、部隊全体で共有する霊力の形を用いた儀式呪法。

データで言ってしまえば、『その部隊だけが持つ固有の能力』。

 

その部隊に属する人物達が持つそれぞれの形を利用したモノの為、効果は未知数。

そして、常時効果と発動人員に応じた起動効果のそれぞれを持つ。

 

パッと聞くだけならば利点しか無いが、勿論こんな強力な効果に制限を掛けない開発ではない。

とは言っても他のものよりも単純な話。

『生涯を通して血盟を結ぶ行為に回数が存在する』というだけの話。

そして最大で血盟を結ぶことの出来る同時人数制限は能力に比例し、最低で7人、最大で10名。

システム的にパーティーの控え要員の人数を削ってくるという悪行。

 

何より、血盟を結ぶ為に必要な行為。

相手の血液なり体液を体内に取り込むこと。

普通であれば選ばれるのはまず前者。

故に血で結ぶ連盟。

 

つまり。

強力な効果を求めて、何度も結んでは解除なんてことは許されるはずがなく。

事実上、これを実行する部隊は『生涯その部隊として活動する』意思表示として扱われる。

 

それを知る相手の前で言えばどうなるのか。

 

「…………良いの?」

 

()()()()()()()()()()()、という誓いを立てたような扱いを受ける。

頷きながら答える。

 

「元々考えていたことではある。 散々にお前自身から言ってたのもあるしな。」

 

余談ではあるが、今まで俺達三人でこれを血盟を起動しなかったのも理由がある。

起動時の効果……呪法としての効果を成り立たせる際の問題。

それは、最小でも2~3人の行動を必要とするから。

 

当時、実質的に結んでも常時効果しか期待できず。

また現状で起動してしまえば後衛に特化しそうという問題。

無論それでも問題はないのだろうが、出来るならバランスが整った上で結びたい。

 

(……組み合わせとランダム要素が交じるから真面目に想像できない効果なんだよな。)

 

なんて、その当時は思いつつ二人に説明し納得して貰った覚えがある。

まあ白は当然のような顔をして。

リーフは嬉しそうに微笑んでいたが。

 

「ただ、出来ればこれは一度外に出てから。

 つまり戻ってきてから行う形にしたいと思っている。」

 

儀式陣とかは必須ではないと言え、初めての起動時にはあったほうが色々と便利。

何より、その方が全員の意志の確認がし易い。

複数人での血盟ともなるとお猪口、或いは醤油皿位の小さめの器が必要になる。

人数が不明だったからまだ準備してなかったが、手配して貰ったほうが良さそう。

 

「……此方としちゃ直ぐにでもしてほしいんだがな。」

「口約束、程度には思ってませんから……。」

 

やれやれ、といった顔を浮かべる親父さん。

約定として提示したものを切り捨てるつもりはない、と明言した俺。

紫苑さんは面白そうに眺めているし、白は不機嫌さが気配に滲み出始めている。

 

まあ、親としては当然だろう。

結んでしまえば確実。

安心……とは言わなくても、途中で捨てられたりする可能性は排除できる。

 

ただ、超能力者としての視点だと少しだけ変わる。

合う合わないを実際に試した上でないと怖くて実行なんて出来ない、となる。

それは性格面であり、腕前の面であり。

その人物の背景を全て無視して、個人単体で見詰めた結果を踏まえてするかを決める。

 

そんな前提を無視して俺が口にしたのだからその位は妥協して貰える筈だ。

親父さんと話していた内容では暗に前提となっていたように思うが。

今回、自分から切り出したことでこの件に関してのみは主導権を握れた。

向こうから言われていたら……まあ、この場とは言わずとも。

出るまでに実行は必要不可欠になっていただろう。

 

順番が前後するだけ、とは言え。

何となくではあるが、戻ってから――――巫女関係者を仲間に加えてからにしたかった。

そんな内心は、彼女達を含め誰にも言えない真実。

 

「それで、紫雨。 お前の答えを聞かせてくれ。」

「……今?」

 

不思議なことに。

彼女はその言葉を発することを恐れているようにも思えた。

今まで散々言っていた事を前言撤回……というわけでは無さそうだが。

 

「嫌なら無理とは――――。」

「いやじゃ、ない。 でも。」

 

おや、とは思いつつも。

口にしようとした言葉に被せるように返るのは反論。

……んん?

 

「ボクでも、良いの?」

 

瞳に映っていたのは、恐らく怖れ。

あの雨の日に見たような、自分では何も出来ないことを知った時のような目。

 

「何が出来るかもわからない。」

 

意識してか、無意識だったのか。

それは分からないにしても。

多分、彼女は俺に寄り掛かっていた面は大いにある。

 

「それでも、良いの?」

 

だから口にして。

行動を取って。

 

そうして今、彼女が恐れているのは多分。

自分のせいで、俺達に何かが起こる事へのモノ。

 

「今更過ぎるだろ。 それでも俺はいいんだよ。」

 

そうして、それさえも受け入れると改めて告げた。

青臭いなぁ、と笑いつつも怒りが隠れていない親父さんとは目線を合わせないようにしつつ。

まあ今言ったこと、口説いてるようなもんだしな……そうもなるよなぁ。

俺、まだ年齢二桁にも達してないんだけど。

 

「……うん。 よろしく、お願いします。」

 

目の前で、頭を下げる彼女と。

妙な気配を漂わせる一人と。

面白そうなものを見る女性と。

ずっと俺の背中を、引き千切りそうな勢いで抓り続ける式の中。

 

痛みに耐えつつも、これで五人目が確定した。



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044/悪夢

 

明らかに不機嫌なままの白を引き摺り退出。

 

次に会うのは準備を整えた後、出発の朝。

その時も恐らく、親父さんや紫苑さんとは顔を合わせられない。

俺の情報の裏を取ったり、西側の街に向かう際のリスク計算などで忙しくなるから。

だから必要と思われる消耗品などを書いた紙とある程度の業を紫雨に渡した上で任せた。

向こうは向こう、此方は此方でやっておくことがあったから。

 

「いつまでもふてくされるなよ。」

 

結局、白と話せたのは夕食の後。

やるべきことを済ませて布団に潜った()

最近はリーフと寝ていたりしたのに、今日は当然のように俺の布団に侵入してきた。

 

「そうもなるわ。 吾の立場を狙う雌猫相手に。」

 

……いや、それもどうなんだ?

少なくとも今みたいなことはしないと信じたいんだが。

 

そんな事を思いつつ、布団の中で向きを変える。

背中を向けていた状態から見つめるように。

もぞもぞと手足を絡めて蓑虫のようになろうとするので手で押しやる。

 

「安心しろ、多分そうそうないから。」

「いざとなったらご主人押し倒されそうだと思うんじゃが。」

 

言わないでくれ。

それに関しては真面目に怖い。

その影響で修練を白兵戦寄りに変えるか真面目に検討中なんだから。

 

「……気をつける。」

「まぁ、あの雌猫はご主人を絶対に裏切らんだろうし……その点は安心かや。」

 

そうだな、と呟きつつ欠伸が出る。

若干適当な返事に対して猫パンチのような攻撃。

じゃれ合いを混ぜつつも、少しずつ夢の微睡みに落ちていく。

何方ともなく、おやすみと呟いたはずで。

意識を落とした――――筈だ。

 

 

……じゃり。

 

(ん?)

 

砂を踏むような物音に気付いて目を覚ました。

……いや、目を覚ましたというのもおかしな表現だった。

 

「……此処は?」

 

気付けば二本の足で見覚えのない場所に立っていた。

 

足下に転がるのは、元が何なのかさえ分からない程に散らばった血痕と肉片。

着ていた覚えの無い服装で。

手には四代目とも違う古びた長柄……杖を握り。

彼方此方に痛みが走るけれど、五体満足。

にも関わらず、感じ続ける絶望。

 

失敗した。

失敗した。

初めから、俺は間違えた。

 

奥から奥から湧き出てくる、そんな後悔に戸惑いつつも。

視界の奥に、見覚えのある背中が見えていた。

 

『久しぶりだな。』

 

聞き覚えがないはずなのに、誰なのかをその声で判断できた。

……三年前に見た、俺自身の後ろ姿。

 

一歩、近づこうとして。

けれど、脚が動かなかった。

 

「此処は?」

 

だから、せめて口だけを動かす。

同じ質問を、繰り返す。

 

見覚えのない装備。

見覚えのない姿。

肉片。

何故か、脳裏に浮かんでしまう一つの答え。

 

『お前自身が一番分かってるんじゃないのか?』

 

混乱に混乱を重ねる中で。

脳裏に浮かぶ答えが一つ。

今散らばっているのは失敗した後の俺達だ、という奇妙な確信と。

失敗した後だからこそ、こうして呼ばれたのだろうという相反する感覚。

 

俺だけが残された、という末路(バッドエンド)の末。

 

答えを導き出しようがない問いだけを投げつけられているような状況。

恐らく、目の前の『俺』は答えを与えようとしないだろうという諦観。

そんな入り混じった精神が、頭の中で堂々巡りを続けている。

 

『まあ……お前を呼んだのはな、()()()だからだ。』

 

俺の混乱を無視して。

目の前の『俺』は語り続ける。

独り言のようで。

何かを教えようとしているように。

 

『お前が見えなければ。 気付かなければ『俺』はただ見ていただけだった。

 ただ、お前は気付いてしまった。』

 

一体何を言っているのか。

何に対してそんな事を言っているのか。

その疑問を口にしようとすれば。

先程までは自由に動いていた口が張り付いたように動かない。

 

『お前が選んだのは自らの目で見ることのみ。 だからこそ、かもしれんけどな。』

 

ずっと、背中が語っている。

口元が見えず、話していると錯覚しているだけなのかもしれない。

けれど、脳裏はそれを理解している。

見ること……選んだ? 最初の能力決定を言ってるのか?

 

『感覚の拡張を一つに絞った影響。 お前と同一になった存在。

 お前はもう『俺』とは別の可能性へと向かっている。 だから、助言できる。』

 

じじり、とノイズが走るように姿がブレた。

その時に、背中の奥に何かが見えた。

 

アレは――――パソコン、だろうか。

薄暗く、なにかの画面がちらちらと点滅しながら映っているのだけは分かる。

 

()()()()()()()()()()()()。 最後の最後まで可能性を残せ。』

 

大事なことを言っているはずなのに。

ノイズによってか、或いは聞く権限が無いとでも跳ね除けるためなのか。

聞こえる言葉が途切れ途切れで。

 

『奴等はお前を消そうとする。

 お前さえ消えれば他に誰も対応出来ず、ひっそりと終わるからだ。』

 

お前は狙われている、という言葉の重みを押し付けていく。

何に、という部分に関しては何も言わずに。

狙う理由に関してだけを告げる。

 

『立ち向かう最低の条件は満たしている。 後は――――。』

 

何かを囁こうとして。

やはり、ノイズ塗れの声だけが遠く。

少しずつ、意識と距離が遠くなっていく。

 

『仲間に身を任せろ。 最期の最期まで信じられれば、良いな?』

 

待て。

だから何を言っているんだ。

もう少し分かりやすく――――。

そんな幾つもの考えが浮かんでは泡に消えていく。

 

餞別だ、と声がした。

 

ぷつん。

そんな小さな音がして。

頭の上に張っていたのだろう、糸が切れるような感覚を覚えながら後ろへ。

引き摺られるように、跳ね飛ばされるように何処かへ飛んでいく。

 

肉体でなく、恐らく精神だけが。

俺が抜け落ちた後の『俺』が、その場に崩れ落ちるのが見えて。

 

ぷつん、と。

意識の糸も合わせて切られるように。

目の前が暗闇に包まれて。

意識さえも、闇に沈んだ。



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045/”もしも”

二章終了!
Chapter2終了時のデータは明日辺りに出します。


 

悪夢(ゆめ)を見た。

目の前で部隊の仲間達が裂かれていく姿を。

見知らぬ友人が、見知らぬ恋人が散っていく姿を。

 

淫夢(ゆめ)を見た。

見知らぬ誰かが、見知った誰かが覆い被さる。

重なり、溶け合い。 けれど精神だけは溶かさないように。

 

可能性(ゆめ)を見た。

探索技術に重点を置き、聴覚拡張する場面。

白ではなく、竜種のような西洋の妖として分類されるような少女を呼んだ。

里で鍛えている際に、幼馴染と出会った。

親友だと思える同性に出会えた。

 

夢を、夢を、夢を。

普段見るものと違い、視覚だけで見る夢。

声は聞こえない。

触感も無い。

ただ、見ることが出来るだけ。

 

幾つも幾つも。

流されて、食い止めようとして。

けれど何をしても決められたように話が進んでいく。

 

見覚えのある事象(イベント)

見知らぬ事象。

 

干渉しようとしても、結局無駄で。

幾つも見る内に目覚め。

予定されたように準備を整え。

再び眠っては、同じ様に夢を見る。

 

起きている間の行動に違和感は抱かれていないようで。

ただ、俺自身の意志と身体の動作が別に動いているような感覚だけを覚えて。

再び夢を見る中で――――何千個目かの夢を見ている時に、ふと気付いたこと。

 

”頭の上に糸が見える時と、見えない時がある”。

 

何故見えるのか、いつ見えるのか。

そういった差異を追いかけられる程頭が回っているわけではないが。

そんな中で、特に気になった夢は三つ。

 

『伽月と思われる女性が、男性を斬り伏せ。

 死骸を前に口元を歪め、幽世に消えていく夢』。

『死んだ目をした紫雨と思われる女性が、もう一人と共に鎖に繋がれる夢』。

『何かに操られるようにして動く俺達を見て、唯一人微笑む女性が暗室に佇む夢』。

 

そのどれも、頭上に吊るされた糸に操られるようにしていた。

そして気になった理由は――――まあ、全員が知り合いだからなのだとは思うけれど。

()()()()()()()()()()ような、そんな悪影響を感じたから。

そうなってしまった原因はお前だ、と責め立てられている気がしたから。

 

目を覚まし、寝て。

寝ては夢を見て、馴染ませ。

何かが浸透するような感覚を覚えながら、また目を覚ます。

 

見てはいけないものを見ている、そんな感じもする。

見なければいけないものを見ている、そんな感じさえする。

 

最後の方には、寝ているのか起きているのかさえ曖昧になりつつも。

そもそも、起きているような夢を見ているのではないか。

そんな事に気付いてから少しして。

見ているものが何なのか、朧気に理解が進んだ頃になって。

 

半ば唐突に、強い衝撃を頭部に受けた気がした。

 

 

「んむぅ……。」

 

ちゅん、ちゅん。

 

鳥の鳴き声。

俺の腕に抱きつくように、薄い胸を擦り付けている白を寝惚け眼で認識する。

その片手が俺の頭上へと伸びており、寝惚けながら叩いたらしい。

追いやろうとするけれど、どうにも力が入らずにそのまま室内を見回す。

 

(…………眠った翌日。 ……やっぱり、混乱させるための夢か?)

 

壁に掛けられた出立予定日までのカレンダーもどきを見れば、夢で見た日数と一致しない。

脳裏を辿れば、眠る前に見た日時と一致するところから見て。

あの夢……の中に混じっていたのだろう何かの悪意なんだろうなぁと納得した。

 

ずきり、と頭痛が走る。

何方かと言えば目の奥、脳に直結しているだろう部分。

思わず空いた片手で目を押さえながら、深く深く息を吐いた。

 

(――――多分、最初に見た『俺』の夢で最後に受けた何か。 アレが主因だよなぁ。)

 

俺の頭に結ばれた、糸を切断するような行為。

ふと気になって白を見てみれば、誰かに切られたような糸の残滓が少しだけ残っていて。

そのまま空気に溶けるように消えていくのを見てしまう。

 

は、と思わず口を開きながらそれを見据え。

……必要なことだったんだろう、と考えるのをやめて。

おそらく変わってしまった自分自身を『写し鏡』越しに確認する。

 

深度に変化はない。

超能力に変動はない。

能力に変化は――――。

 

未取得/0点
【無】『狩る者の眼差し』1/1任意対象の生命力・霊力・状態を確認する眼差しを得る。
『彼方ノ幻想視』■/■あり得ざる世界を見つめる目。【禁忌】【干渉:五感】

 

「…………ナニコレ。」

 

見覚えのない能力。

見知らぬ修飾子、見知らぬ権限、見知らぬ派生。

 

そんな言葉を、ついつい漏らしてしまった。

 

 

 

得たモノは大きく。

本来得る筈もないモノ。

 

失うだけの筈のモノを抱え続けることを許された、干渉権限。

それを認めるか認めないかは別として。

五感の一つを選んだことで――――覚醒めてしまったのは、変わりようのない事実。

 

五つの存在を手に入れて。

欠けた一つに手を伸ばし。

それでも尚、と得ようとするのは。

 

人として。

いや、全てを失ったからこその、権利なのだろう。

 

これより三幕。

 

”失い続ける”事を決められ続けた誰かと。

異邦人との出会いと。

反抗を始める、序幕。

 

 

 

<Chapter2/宵の明星、刀刃振るう黒き修羅>:End

 

          ↓

 

Next:<Chapter3/因果は巡る、幻夢と巫女と>

 



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CCC/二章終了時パラメータ

描写してませんでしたが多数戦で深度が1増えてます。


 

*以下は二章時点でのパラメータや若干のネタバレを含みます。

見たくない人は飛ばしてください。

 

 

■ステータス

 

【主人公】

 

(はじめ)

 

霊能力(ステータス)

 

『朔/深度10』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』
101213

 

能力(スキル)

 

未取得/0点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『狩る者の眼差し』1/1任意対象の生命力・霊力・状態を確認する眼差しを得る。
『彼方ノ幻想視』■/■あり得ざる世界を見つめる目。【禁忌】【干渉:五感】
【無】『習熟:長柄』3/5長柄武器の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【無】『徒人の慧眼』3/3鑑定に習熟する。能力上昇で補正。
【花】『瘴気変換:霊力』3/5周囲の瘴気を霊力に変える体質へと変化する。
『瘴気吸収:霊力』2/5瘴気を吸収し、常時霊力を賦活する体質。
【鳥】『迫撃』2/5対象の内部を貫く一撃。【物】【格・長】【麻痺発生】
【月】『式王子の呪』1/1 式を扱う才能を目覚めさせる。強さは主と同等となる。
『比翼の交わり』1/3死した式に今一度の生を。【蘇生:式】
【月】『劣火の法』3/5対象の害する才能を劣化させる呪法。【物・魔】
『法則干渉・低』5/5他者に影響を与える呪法の効果量増加。能力上昇で補正。
【月】『削減の法』3/5対象の肉体を脆弱化させる呪法。【物・魔】
【月】『封縛の陣:地』2/5対象の行動を阻害する陣を刻む。【物】【半減/魔】
【月】『治癒の円』1/5呪法陣を利用し、部隊を治癒する。【全体】【呪法陣】

 

【設定】

 

◆年齢:九歳

◆髪色:黒髪/白髪交じり、最近は手入れされている

◆外見:外見を気にするようになってきた事で見られる姿になりつつある。

    世界設定上、身体がしっかりしている方が好まれる傾向にある。

    その為口には出さないが狙う少女が近所に数人いるが気付いていない。

◆身長:131cm前後

◆体重:測ったことがない

◆Cvイメージ:特になし

 

◆特徴:【月】の一族の末裔であり、何故かこの世界をゲームとして遊んでいた記憶を持つ少年。

    見えなかったもの、触れられないものに気付いてしまった。

    ただ、現段階で気付けて良かったとも言える。

    最近部隊員が自分を見る目が怪しいことに薄々気付き始めている。

    出来れば目を逸らしていたいらしい。

 

◆イメージ曲:

羽ノ亡キ蝶/霜月はるか

 

 

【ヒロイン】

 

(ましろ)

 

霊能力(ステータス)

 

『白/深度10』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』
131218

 

能力(スキル)

 

未取得/0点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『染者/花鳥風月』3/5布製品の作成能力を取得する。能力上昇で補正。
【無】『習熟:刀剣』5/5刀剣類の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【花】『瘴気変換:生命』3/5周囲の瘴気を生命力に変える体質へと変化する。
【鳥】『兄宇迦斯の指先』5/5解錠・解呪を可能とする。能力上昇に応じて補正。
【鳥】『鶺鴒の見通し』 5/5 幽世での発見行動を可能とする。能力上昇に応じて補正。
『鶺鴒の眼光』 1/5 現世・幽世での発見行動を強化。
【鳥】『血飛沫月光』5/5血液を月光に晒す。【物】【刃】【出血発生】
『血染月扇』0/5その速度は全てを裂く。【物】【防御貫通】【範囲】
【月】『月読ノ導き』3/5自身の種族特徴を取得する。能力上昇に応じて変化。

 

 

【設定】

 

◆年齢:十三前後に見える

◆髪色:白/伸ばし続け腰程度まで。 これは主人の好みに合わせたらしい。

◆外見:黄色の瞳。

    白い呉服にワンポイントの蒼一筆。

    背中中程から蝙蝠羽根を二つ。 最近空中制御が出来るようになった。

◆身長:138cm

◆体重:(設定上)39kg

◆体格:ロリ。すれんだぁ。

◆Cvイメージ:山本希望

◆対主人公呼び方:「主」「ご主人」など。

 

◆特徴:蝙蝠羽根を生やした美少女、種族『飛縁魔』。

    周囲に女性が増えてるので警戒中。

    当人たちは絶対に認めようとしないが某商人系少女とは同族嫌悪。

    理由としては仮に主人公がいなかったら自分がいない、という事実を認識している為。

    最近主人にマーキングをするのが趣味。

 

◆イメージ曲:

Rendezvous/原田ひとみ

十六夜涙/吉岡亜衣加

 

 

『リーフ=クライエント』

 

霊能力(ステータス)

 

『リーフ=クライエント/深度9』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』
17

 

能力(スキル)

 

未取得/0点
【無】『V・S・タロット』1/1自身をカードに映し出す簡易呪法。
【無】『運命神の導き』5/5任意の事象を占う天性の才。
【無】『夢幻の泉』1/1霊力を何処かから供給され続ける才能。
【無】『徒人の薬学』3/3初歩の初歩である薬を生成出来る。
『魔女の薬学』1/5相手を害する薬を生成できる。【魔女】
【花】『霊力防護』5/5自身が受ける損傷を霊力で軽減する。
『霊力防壁』1/5部隊が受ける損傷を霊力の壁で軽減する。
【風】『詠唱短縮』5/5威力を減少させ、呪法の詠唱時間を短縮する。
『詠唱操作』1/5任意詠唱を定め、それに応じた呪法を放つ。
【風】『追加詠唱』5/5詠唱時間を延長させ、呪法の威力を増す。
『風』『呪法:火球』1/5火の球を相手に投げつける。【魔】【火】
【風】『太陽神の裁き』3/5陽光を以て敵を討つ。【魔】【木・風】【敵全体】

 

 

【設定】

 

◆年齢:九歳

◆髪色:蒼/魔女の家系らしく、髪の毛は基本的に整える程度で伸ばし続ける。現在腰辺りで折り返し背筋辺りまで。

◆外見:朱い瞳。 若干目に掛かる前髪。

    ほぼ常に黒い外套。腰に付けた木箱には薬が幾つかと占い用のカードが入っている。

    その内側はその日によって変わるが、個人的には緑や青などの暗めの色が好き。

    最近女性らしく育ってきている。

◆身長:130cm

◆体重:(設定上)32kg

◆体格:年に見合わない豊満。

◆Cvイメージ:能登麻美子

◆対主人公呼び方:「朔くん」。 平仮名。

 

◆特徴:取り替えっ子(チェンジリング)。 そして『神』からの加護持ち。

    最近成長した影響で服を脱ぐと男性に見られるのが苦手。

    なので主人公と行動する時は影に潜むか、腕を取ろうとする。

    幼いながらの自己主張であり、防衛手段でもある。

    内面の何かと最近は対話するようになった。

 

    

◆イメージ曲:

アズライトの棺/アヤネ

Re:TrymenT/紫咲ほたる

 

 

伽月(かづき)

 

霊能力(ステータス)

 

『伽月/深度6』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』

 

能力(スキル)

 

未取得/0点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『無銘流派:水』3/5特定の能力使用時に消費軽減。
【無】『習熟:刀剣』3/5刀剣類の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【無】『一刀無尽』3/5両手で握った武器の火力上昇。能力上昇で補正。
【無】『鍛造:金属』1/5金属を鍛造する為の技術に補正。
【花】『瘴気変換:生命』2/5周囲の瘴気を生命力に変える体質へと変化する。
【鳥】『乱撃』3/5複数を刻む連撃。【物】【能力回攻撃】【不定対象】
【鳥】『気配干渉』3/5 自身の気配を増減させる。能力上昇で操作量変化。

 

【設定】

 

◆年齢:九歳

◆髪色:黒/切り裂かれたので短く整え直した。現在首元くらいまで。

◆外見:茶眼、黒髪。

    元はポニーテール気味だったが組紐毎切り裂かれたのでショート。

    若干栄養失調気味だったが最近はモリモリ食事を摂ることで成長中。

◆身長:125cm

◆体重:(設定上)27kg

◆体格:ガリガリ気味。

◆Cvイメージ:野々村紗夜/高森奈津美

◆対主人公呼び方:「朔様」。 敬語化した。

 

◆特徴:復讐者。 兄弟子と実の父を終わらせる為に存在する少女。

    本編でも一部解説したが、その本質は『悲惨な末路のその後の掃除人』。

    当人も、そして主人公も知り得ない情報としてだが。

    『とある世界の片隅/嘆きと共に』の男性は彼女を完全に殺せた場合の兄弟子。

    或いは彼女自身が胸を押し潰して『兄弟子』をトレースしている状態。

 

    そして、彼女の父の出身は主人公の里と同じ。

    なので『もしかして』と思っている部分は実は的中している。

    兄弟子が堕ち人になれてしまったのは、師の精神修練不足が大きい。

    後純粋に師匠がクソ。

 

◆イメージ曲:

MURAMASA/小野正利

可憐雪月花/KEiNA

 

 

紫雨(しう)

 

霊能力(ステータス)

 

『紫雨/深度13』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』
13131320

 

能力(スキル)

 

未取得/0点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『徒人の慧眼』3/3鑑定に習熟する。能力上昇で補正。
『熟練した慧眼』3/3一部鑑定不可品の鑑定可能化。
【無】『習熟:軽鎧』5/5軽鎧の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【無】『習熟:弓』3/5弓系列の扱いに習熟する。能力上昇で補正。
【無】『重量制限超過』5/5所持可能重量を【深度】倍化する。
【無】『多重道具使用』5/5道具を【深度】個まで多重に使用できる。
【無】『道具強化:攻』3/5相手に傷を負わせる道具威力を増加する。
【無】『道具強化:癒』3/5傷を癒やす道具威力を増加する。
【花】『継続毒強化』5/5継続して傷を負わせる道具威力を増加する。
【鳥】『乱射』1/5同時に矢を放つ。【能力回攻撃】【不定対象】
【鳥】『精密射撃』3/5相手の急所を穿つ精密射撃。【即死】【必殺率増加】

 

 

【設定】

 

◆年齢:九歳

◆髪色:薄紫/普段は”敢えて”乱雑。 現状肩甲骨程度までの長さ。

◆外見:普段は外見を一切整えていない。

    一年より前は人形のようにしっかりと整えていた。

    普段から片眼鏡を愛用し、首から紐で繋げ胸元に入れている。

◆身長:133cm

◆体重:(設定上)33kg

◆体格:リーフ以下、伽月以上。 サイズで言うとD~E。

◆Cvイメージ:大橋歩夕

◆対主人公呼び方:「朔君」。 漢字。

 

◆特徴:イベント完遂後に仲良くなりだした逆転ヒロイン。

    普段からだらしない姿をしているのは『どんな服が好きかを確かめている』から。

    下着を見せたりさえもするのは反応チェック。

    表には出さないけれど相当肉食。 執着心は思い切り表に出ている。

    そしてそれらを察知しているからこそ白と同族嫌悪で争う。

 

    余談だが、仮に出会っていなかった場合は相当に悲惨な末路を迎える予定だった一人。

    出会うかどうかはダイスに頼りました。

 

◆イメージ曲:

藤の帳と夜の歌/WHITE-LIPS

Distance/佐咲紗花

 

 

【その他】

 

『ルイス=クライエント』

 

◆リーフの祖母。

体調を崩し気味だったが、リーフが立ち直ったことで復活した。

今章では余り出番がなかった。

 

 

紫苑(しおん)

 

◆紫雨の姉。

妹の好きな相手と言うのは分かっている。

が年下好きなのも相まって私も行けないかなーとか思ってる。

彼女の”勘”はシステム上保証されたもので、好感度が高い相手だけが聞ける助言としての一つ。

 

 

紫龍(しりゅう)

 

◆紫苑・紫雨の父親。

娘たち二人の感情が分かっているからこそ凄い悩んでいる中間にいる人。

主人公自体は既に義息子くらいの認識でいる。

主人公視点はそんな感じだが、他の超能力者から見ると恐れ続ける街の権力者の一人。

 

余談だが、世界観上複数の妻/夫を娶る事は黙認されている。

超能力者という存在上、そうしないと一定数あぶれるから。

ただそんな”上がり”まで辿り着ける数はそう多くはない。



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『白』/主を見て

以前に取ってたアンケートで一位だった白の短編です。
こっそり妖、短め。


 

うつらうつらとする主の姿を横目に。

少しばかりの欠伸を友に。

同じ布団の中で、種族故に余り眠れない夜を過ごす。

 

(主は……恐らく気付いておらんのじゃろうなぁ。)

 

飛縁魔は血を吸う妖だ。

正確に言えば血を経由した霊力であったり、そういった物を取り込む存在。

だからこそ常は主から供給される霊力を芯に据えているが。

月が一度満ち欠けする位には、血を吸わねば存在の根幹がブレてしまう。

眠り続ける主の首筋を眺め、眠る体勢を一度見て。

もう少し寝静まるまで待とう、と寝顔を見続ける。

 

(口で言わずとも、分かっているとは思うんじゃがなぁ。)

 

式となってからの習慣。

にも関わらず、主は一度もそれに対して言及したことがない。

 

見ているようで抜けている。

抜けているようで見ている。

吾からすれば主はそんな矛盾を体現したような存在だ。

 

リーフの時だってそうだったし。

雌猫の時だってそうだった。

伽月を拾った時といい、決定的な時を見逃さない。

普通であれば恐れ、近寄らない場合であっても。

当然の如くその基準を踏み越えていく。

 

(だからこそ心配じゃし、身を大事にして欲しいのだが。)

 

直接言ったところで流されるのがのぉ。

若干強引に眠らせたりするようにはしておるが。

 

恐らく隠し切れているのだと思っておるのじゃろうが。

時折、奇妙なものを見ているようだし。

 

(式と主の繋がりを最も甘く見ておるのがご主人。

 ほんに何の冗談じゃ。)

 

――――もしかすれば。

吾の考えの一部も流れているのやも知れぬが。

()()()()()、と言い返せてしまうから吾へは影響もない。

 

幼子の頃からずっと共におったのがこの吾。

 

当初は唯の小僧かと思えば、何もさせずに調伏し。

擦り切れるまで使われるのかと思えば、大事に大事に扱われる。

普通の超能力者……道士とも違うし、名も知らぬ戦士とも違う。

あれよあれよと流されて、気付けば本心から主へ仕えていた。

そして、それを嫌っていない自分がいる。

 

(永き生……とも言えぬか。 意識があった間を考えれば刹那よの。)

 

符に封じられた合間は何とも言えぬ。

こうして『白』と名付けられてからこそが、本当の生。

それまでは暴れ散らかすだけの瘴気の塊に過ぎなかった。

そうした意味もあり、主には感謝の意を示したいのだが。

眠りながらの男子の証を見、小さく息を吐く。

 

(まだまだ先は長い……とは言え、主と共に死せるかどうかも曖昧じゃからなぁ。)

 

妖の生は消滅するまで。

だが、式としての生は?

主に解除して貰うなり、手段は幾つかあるとは言え。

どうするか、どうなるかも曖昧なまま。

 

ただ、それでも。

共に逝ければ幸福だとは、思い続けているのは事実ではある。

 

「……そろそろ、かのぉ。」

 

ぼそりと、言葉にならない程度に言葉を漏らす。

空を見れば月は満ち。

中天に輝く明かりが窓を通して部屋に差し。

奥底の、本性が少しだけ目を覚ます。

 

ぺろりと唇を舐めながら。

首元の服をそっと捲り。

顔を、其処へと近付けて――――。

 

今宵もまた、白い呉服に朱が一輪。



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Chapter3/因果は巡る、幻夢と巫女と
とある世界の片隅/たった二人


三章おーぷにんぐー。


 

はぁ、と吐く息を手に当てて熱を取っている。

寒くなる季節。

例年よりも更に酷い冷え込み模様。

隙間風が入り込み、身体を震わせて寒さを紛らわせている。

 

ぎしりと音を立てながら、その部屋から一つの影が起き上がる。

壁は穴だらけ、床にさえも穴……どころか侵入さえ容易な大きな穴。

その中へと影は身を投じ、光の差す方ではなく暗闇へと身を進めた。

 

こほんこほんと咳が聞こえ始める。

目を伏せつつも……更に足を早め始めた。

 

暗闇を進んで少し。

同じ様に空いた穴から顔を覗かせ。

その先に、寝所に身を伏せたままの影がもう一つ転がっている。

 

少しだけ様子を見るように動かずに。

咳をし続けているだけの背中を見詰めた後で、持ち出していたモノをその場に置いた。

 

半分に割られた、萎びた果実。

幾日か経ったと思われる干飯。

使い古された皮の水筒。

 

それらをじっと眺めた上で、半ば無理矢理視界を外した。

浅ましいと思ったのか。

目を惹かれる自分を恥じたのか。

その理由までは分からずに、再び闇の中に身を投じる。

 

一言だけ、その背中に投げかけて。

けれど、その声が届いたのかどうかまでは分からず。

やや急いでいるように思えるのは、影の動きが少しだけ忙しなくなったからだろう。

 

起きた部屋に戻り、真っ先に行ったのは服の脱着。

着ている服――擦り切れ、破れている部分が目立つが元は高級品に見えるもの――を脱ぎ折り畳む。

代わりに手に取ったのは、下人でも着るのを躊躇うような雑な衣装。

肌を傷付けるような作り、最低限を隠すのが精一杯な。

子供の駄賃で買えるような程度のそれを、辛そうな表情で着込み。

 

何かを感じたかのように。

三度、穴の中へと身を投じれば。

部屋の中を覗き込むような、濃密な瘴気が部屋の中を冒し込んだ。

 

 

――――これよりは死地。

 

既に終わってしまった場所。

微かに残る祝福を頼りに生きる場所。

 

そんな場所に住まう、誰かと誰か。

何を命じられたのか。

誰に命じられたのか。

 

 

――――これよりは厭離穢土。

 

人の住まう地ではない。

妖が支配し続ける、終わってしまった土地。

 

全てが瘴気の中に呑まれる中。

手を伸ばす先も、伸ばす相手もいないまま。

今日もまた、■■される日々を過ごすだけ。

 

 

――――それこそが貴様等に相応しい。

 

聞こえない、誰かの声が宙に四散する。

 

――――禁忌を犯せし罰に相応しい。

 

聞こえない、何かの声が空に舞う。

 

――――末裔如きが、我の示した規範を崩すなど。

 

傲慢な、何かの声が全てを嘲笑う。

 

我の定めた通りでこそ。

我の軛より出し者へは誅罰を。

貴様等にはそれこそが相応しい、と嘲笑い続ける。

浅ましい、影が一つ。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

そんな言葉を発しながら。

ぐりん、と影の顔が此方に向いた。

 

恐らくは。

その見えないはずの表情に映し出されていたのは。

紛れもない、悪意。



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001/問題

 

見えない筈のものを見る。

 

今までに何度もあったこと。

夢でも、現実でも。

現世でも、幽世でも。

能力に依って感覚を拡張し。

それ以外は特に何も対応していない筈なのに。

 

(……いや。 全く何もしてない、ってわけでもないんだよな。)

 

俺の意識の大本。

肉体が持っていたものなのか、別の意識が塗り潰したのか。

種族的に「妖」と定義されてしまう何かの影響なのか。

それらを調べようとしても、答えなんて出ない。

ただ、ふとした時に答えを求めてしまうのは悪い癖。

 

「……遅いのう。」

 

数日が経ち。

俺の認識上ではどれだけの期間が経ったのかさえ曖昧な日にちの後。

正しく目覚め、妙な能力が『写し鏡』に映るようになって数日後。

当初の予定通りに出立出来る、ということになり。

紫雨が合流するのを待つ、朝日が昇る前。

 

「遅いって言ってもまだ余裕あるだろ。」

「少し早く来るもんじゃろぉ?」

「…………どう、なの、かな?」

 

文句を言い始める白を宥めつつの待機時間。

恐らく、普段は時間管理を厳密にしてる相手からすれば曖昧なのは逆に難しいと思う。

 

朝日が昇る頃、という曖昧な時間帯での合流予定。

正確に鐘を利用する方法がなくもなかったが、それは成人後の超能力者達も利用する方法。

変に見咎められたり声を掛けられるのは出来れば避けたかったので、この時間帯。

 

一番最初……特にそういった事を考えていなかった時期。

白とリーフの外見に釣られたのか、少しだけ年上の少年が二人を誘い出した事があって。

その時から時間帯を変えて今に至る。

 

……そういえば、あの時の奴最近見ないな。

別の場所に旅立ったのか、或いは月夜に旅立った(しんでしまった)のか。

まあ外見にだけ釣られた、良くいそうな奴だったしなぁ。

 

「あの……。」

「ん?」

「気を抜き過ぎでは……?」

 

新しい鎧と増えた刀を一本。

毎回の如く、というのもアレだが装備を更新し続ける伽月。

それだけ武具防具が見つかる、ということなのだが。

 

「逆、其処まで緊張し続ける必要もない……って言っても難しいか。」

「……緊張、というよりは考え込みすぎてしまうんですけれどね。」

 

こうして旅立つ回数が極端に少ないのが伽月。

逆に旅に出る回数が最も多いのは俺達……よりも紫雨かもしれない。

定期的に親父さんや紫苑さんと行商してた筈だし。

 

ただ、幽世に潜る回数だけなら多分俺達。

休息日程加味しても、多ければ月に4~5回だったからなぁ。

持ち帰れる量が少ない分、数を増やすしか無かったのが実情ではあるんだが。

 

「今までよりは安心感あるだろ? それでも。」

 

一人で出立した時。

信頼もなく四人で出向いた時。

そして今。

 

少しずつ人数は増し、どんな行動を取れるのかを知った。

本来なら紫雨も交えて修練を重ねたいところなんだが、そんな余裕もなく。

彼奴が何を出来るのか、を知る面々で少しずつフォローするしか無い。

 

「それは……はい。 信用してるからこそですよっ。」

 

口の端だけが小さく上がる。

 

今はこうした表情を浮かべているが、いざとなったらまた眼が落ち込むんだろうなぁ。

その根幹にはまだ対応できていないから、不安定さが見え隠れする。

それでも以前に比べれば大分マシ。

前衛として信用できるから、俺みたいな中衛でも余裕を持って対応できる場面が増える筈だ。

 

「おいご主人。」

「今度は何だよ。」

 

そんな会話をしていれば。

”不機嫌です”とばかりの態度を示して横から割ってくる白。

珍しいな此処まで長続きするの。

 

「あの雌猫じゃが、大通りで何やら捕まってるようだぞ。」

「は?」

 

白の服装……普段から着込んでいる呉服と耳が少しだけ変わっていた。

呉服の端の辺りに椿の花が咲き。

片耳には耳飾りが巻かれている。

 

『火』属性に対応した布装備を纏ったことで外見に影響が出た、というのと。

純粋に聴力に影響を与え、奇襲などへの足音に気付きやすくなる呪法道具。

前者は以前の幽世で拾った素材を使用し、後者は白向きということで振り分けた道具。

少しずつ見た目も変わっていく辺り、成長しているのが見て取れる……のだが。

 

「捕まってるってなんだよ。」

 

冷や汗が一滴、頬へと流れた。

今はそっちが問題だ。

誰に捕まる理由があるんだ今。

 

「あー……ほれ。 今唯でさえ厳重な状況じゃろ?」

「らしいな。」

 

例の人斬りのせい……と言うよりはあの被害者の状態を見たせいで、か。

色々と重苦しい雰囲気を漂わせるこの街は、特に今厳重な警備を行っている。

そのせいで色んな店も売上が悪くなっている、とか所々で聞こえてきていた。

この辺りは白やリーフのような他店とも付き合いがある相手の方が詳しいんだが。

それが?

 

「そのせいで情報を掴めている側とそうじゃないのが生まれる……のは分かるな?」

「ああ……うん。 待て、ちょっと待て。」

 

凄い嫌な予感がする。

頭を抑えながら口にするが、白は待つことをしなかった。

 

「で、どこぞの阿呆な子供が雌猫を見咎めてな? あの外見もあってな?」

「大通りの何処だ!?」

 

どっちも不味いだろ!?

紫雨を下手に傷つけでもしたら親父さんが冷静に怒り狂う。

いや理由ありきならともかくとしても、今回は明らかに言いがかりな面が目立つ。

特に()()()()()に、ってのは只管に不味い。

地雷踏みつけてるじゃねえか!

 

「此処から数分――――。」

 

気付いたら白の片手を持って走り出していた。

 

引きずられるような形の式。

取り残される二人。

 

何で出立前からこんなトラブル起きてるんだよ!

この時間帯、普通は人なんていたことねえぞ!?

 

そんな内心を抱えながら。



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002/疲労

 

無駄に出立前から疲れてしまった。

両手に白と紫雨を掴んで引き摺ってきたからか。

相手から逃げてきたからか。

 

……これが反映されて超能力(ステータス)伸びたら嫌だなおい。

 

「…………疲れた。」

「な、何だったんじゃあ奴は……。」

「出入り禁止、で対応出来るかなぁ~……?」

 

多分最も疲れたのが俺で。

途中で()()()()し、俺の後ろに隠れる珍事と。

紫雨にしては物珍しく、顔色を青くしつつも冷や汗をかく状況。

 

「…………お、おつかれ、さま?」

「何があったんですか……?」

 

俺達が戻る頃には、朝日が既に山間から覗き始めていた。

ずっと立っているよりは……ということで腰掛けていたらしい二人は。

俺達の突然の逃走に眼を白黒させていた。

 

「何がと言うか……誰がと言うか……なぁ?」

「……ちょーっと、ボクが見たことがない人種、かなぁ……?」

 

二人が特に争うこと無く普通に話す光景。

疲労ありきだというのは分かっているが、それなりに珍しい。

そして、彼処までこう……愚かな人種は昔に読んだ小説のモブとかそのくらいしか浮かばない。

 

「ちょっとだけ休ませてくれ……その間に説明するから……。」

 

荒い呼吸は少しずつ落ち着いてくる。

本来ならとっくに出立していたはずなのに、その前段階からこんなに消耗するとは。

それも精神的な部分を含むのはやめてくれ。

 

ふぅ、と一度大きく息を吐いた。

 

「俺が出ていく前に零した言葉聞いてたよな?」

「…………不味い、って、話?」

「そう。 リーフはよーく知ってると思うけど。」

 

ちらり、と目線をやった先は紫雨。

それだけで何となく頷いてくれてはいるが、説明を続ける。

 

「行った時に最初に浮かんだ感想は『逢引でも持ち掛けてるのか?』だったんだよなぁ……。」

 

浮かばせたくもない、先程の出来事を想起する。

 

『色々と騒々しいけど何も知らないのか?』

『これから幽世に? こんなに可愛いのに傷でも受けたら大変だろ。』

『俺が護ってやるから……。』

 

金髪、大型の大剣を二本に金属鎧。

年齢としては成人に足りるか足りないか。

身体付きからして筋肉質というよりは痩せ型、只管にアンマッチ。

そんな相手が紫雨に粉を掛けていて。

紫雨の表情が嫌悪から以前と同じく無表情、怒りを通り越した人形状態に変動していて。

 

(うわぁ。)

 

言葉を思い返すだけで……朝から何を抜かしてるんだ、という気分と。

初対面の相手に言う言葉じゃねーだろ、という感情。

総じてアホらしい、という答えに行き着いていた。

 

ちょっと相手するのも馬鹿らしかったので、紫雨に言葉を掛けて。

そのまま連れて行こうとすれば、俺に対して明らかに嫌悪感。

そして白を見てまた顔がにやけて、駄目だこれと速攻で判断。

 

『何か用かよ?』

『あ、ひょっとしてそっちの子の弟とか?』

『部隊全員美人とかそういう奴!?』

 

……多分だが、俺達の考えは一致していたと思う。

紫雨から視線が白に移った隙を狙い、こっそり取り出した煙玉。

全員が微かに頷いて、周囲に他に誰もいないのを確認して。

一方的に話し続けるやつの顔面に叩き込み、腕を掴んで離脱。

 

『げほっ!?』

『は、煙玉!?』

 

後ろで叫ぶ声に、街の人々も何事かと騒ぎ始め。

そんな姿を背に走り、何とか裏路地……店前まで逃げてきたという感じ。

途中幾つか普通じゃ曲がらない道を進んだので、純粋に追われても何とかなると思う。

何より、”誰も名前で呼ばなかった”から顔しか知らない訳だしな、相手。

 

「……と、まあそんな感じ。」

 

話す内に大分落ち着いてきた。

肉体的には、というだけで精神的には摩耗する一方ではあるのだが。

二人を見れば、朝の元気っぷりとは比べ物にならないくらいに疲れている。

 

……まあ、普段からああいうの無視してるからな。

直接相手するとやっぱり疲労が酷いんだろう。

 

「……どこでもそういう方はいるものですねえ。」

「伽月がしみじみ言うってのも変な話だな……。」

「いえ、私の村の若い男性と言えばそういうのが多かったので。」

 

そして私に声を掛けてくるけれど、決まって弱い人ばかりで、と。

……ほぼ独力で何とかしてた伽月より弱いってどうなってんだろ。

まぁ……先ず先導者はいなかったんだろうなぁ。

いたとしても碌なやつじゃなかったのは間違い無さそうだが。

 

「って、こんな話してる場合じゃねえ。」

「……そう、です、ね。」

「……ごめん、ちょっと嫌なこと思い出したのもあって動悸が収まらない……かなぁ。」

 

ああ……まあ、紫雨ならそうなっちゃうか。

ただ此処で待ってたらいつかは見つかるし、動けなくなる。

一月は離れる都合上、それだけあれば多少は落ち着くだろうし……。

 

「ちょっと無理して貰うことになるが、大丈夫か?」

「ぇ、何を……?」

 

余りこういう事したくはないんだけど。

紫雨の片腕を首に回し、肩を貸す形で立ち上がらせる。

あわわ、と口走る声が耳の傍で聞こえた。

……普段は自分から色々して来る癖になぁ。

 

「落ち着くまではこうして連れてく。 白も良いな?」

「むぅ…………ま、致し方あるまい。」

 

じーっと目線を向けていたが。

唯一動けない一人を連れて行くのなら、という目線か。

それとも抱えた過去を知っているからか。

今は譲ってやる、という態度で了承する返事。

 

……俺はお前のものじゃないんだが。

それを今言っても仕方ないか。

 

「リーフに伽月、ちょっと急ぎ目で街から抜けるぞ。 出来れば見られたくない。」

 

恥ずかしいし。

はい、という異口同音の声。

荷物を担ぎ始める二人を背に。

普段より顔を赤くした紫雨と二人、裏路地を進み始めた。



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003/道中

 

街を何とか脱出して半日。

体勢であったり、疲労であったり。

或いは周囲の警戒であったりと普段よりも時間を掛け。

初日の目的地まで漸く半分と言った所。

 

「……予定より時間掛かってるな。」

「そーなのー?」

 

肩を貸すのを途中でやめて、その分やや急ぎ気味。

漸く山間の境……旅人向けの茶屋で一休みをし始めた所。

 

「日が暮れるまでに宿場町までは行きたいところだな。」

「……行けます?」

「幽世を進むよりは断然楽だろ。」

 

不安そうな伽月には、そう答えるしか無い。

まあ何にしろ一休みしてからだ。

 

「すいません、これとこれ五つずつで。」

 

はいよー、と返事をして奥へと移動する店長。

隠すつもりもない、漂わせる圧力。

 

普通の人間ならば俺達を訝しむところだろうが、そこはそれ。

まあこんな場所にあるだけあり、普通に高いし店員も超能力者。

こんなところに作るのはどうかと思っていたが。

実際使うようになると精神の休養、という意味では地味に欠かせなかったりもする。

甘い蜜が掛かった団子と緑茶、五人分で四桁業。

街中で食べるのと比べて約二倍……まあ仕方ないよな。

 

「……はぁ。」

「…………どう、しました、か?」

 

伽月とリーフの二人は落ち着いて話を続けている。

足を伸ばして、脹脛を何度か揉んだり足首を回したりと。

休める時に休む、というのが習慣づいているのが見て取れる。

 

「いえ、脚の長さとか色々不足しているなぁ……と。」

「あんまり無理するものでもないよー?」

 

じーっと白を見詰めながらボヤいているが。

その当人と、周囲が上しかいなかった紫雨からすれば当然の要求に過ぎない。

それに、いくら願っても成長が促進されるような手段等存在しない。

 

「……多分、お主等が吾と同じくらいになったら大変じゃろうなぁ。」

「何がだ?」

女子(おなご)特有の月の物に今の外見。 ご主人も舐められぬようにしろ?」

「うっせ。 年齢とか貫禄が足りてねえのは俺が一番分かってんだよ。」

 

文句を漏らしつつ、同じ様に靴を脱いで内側の確認を進める。

途中道が荒れている場所があり、足の裏に痛みが走ったことがあったが。

靴の内側まで貫通とかは特に無いらしい。

 

一応予備は持ってきてるが、足装備は呪法道具が欲しくなる。

……呪法道具であれば、幽世内の罠でもなければ基本的に防げるし。

 

「全員、靴とかに変な影響が出てないかは確認しとけよ。」

 

分かっている、という旨の異口同音が隣と机を介した向かい側から聞こえる。

言わずとも忘れるとは思えないが、口にしたくなってしまうというのはあると思う。

 

(……まだ痛みが来る程じゃないが、近々来そうだもんなぁ。)

 

見つめる先は関節。

能力が補助してくれているから何とかなっているとは言え、まだ年齢が全然足りてない。

成人になってからでは遅い、というのが経験則上分かっている側ではあるのだが。

早く大きくなりたいと思うのは全員の共通したところだと思う。

 

もう少しすれば成長痛で関節が痛み始める。

そうすれば今のように動き回るのも難しくなるだろうし、それまでに貯蓄はしっかりしないと。

……唯でさえ、肉体面では本来の性能を発揮できているわけじゃないのだから。

 

「はいよ、五人分ね。」

 

脚や身体の不調を確かめていれば、横から声。

少しだけ身体を傾け、その隙間から頼んだ五人分の軽食が並べられる。

……声を掛けられるまで気付けなかった、って時点で色々失格……判定でいいのか悩むな。

 

「えーっと……朔君、どーするの? どれくらい休んでく?」

「休憩終わった後早めに移動するし……今の内に休めるだけ休んでおきたいよな。」

「今後の予定次第かなぁ。」

 

軽食を取り始める前にそんな質問。

急いで食べるかどうするか、その時間が分からなければ……という恐らくは手助けでもある。

 

……ああ、まあそうだよな、と頷きつつ。

今の内に場所だけ教えておくか。

 

「全員傾聴。 一応今回の最初の目的地だけ説明する。」

 

がさごそと手書きの地図を取り出せば。

全員の視線が中央に向く。

隙間からも覗き込まれないように、白には警戒を目線で告げれば小さく頷かれた。

 

「今いるのがこの辺……丁度この山と山の間のところだな。」

 

自分でもあまり上手くはないと思っている地図(直線が多い)でも意図は通じる。

幽世だとこれくらい直線とかで書いたほうが伝わりやすいからいいんだが。

 

「で、今日の目標はこの宿場町。 出来れば一泊の余裕を取りたい。」

「無理なら?」

「街の傍で一泊。 何にしろその辺りで一日を終える。」

 

つつ、と道の先を滑らせて目的地を指で叩く。

地図の縮尺的に通じるか分からないが、大雑把に5里も行けば見えてくる筈。

直線距離ならもっと短いんだが、途中で山沿いにうねり道があったはず。

場合によってはその辺に盗賊が潜んでる時もあったから、少人数で行く時はセーブ必須だった。

 

「で、次は街道じゃなく獣道を進む。」

「……言ってたやつか。」

 

当初説明していたプランとは道を変える。

そうした理由は――――見た夢の影響。

道中をただ進んだ結果、遭遇する悪党に散らされた生命の事を目の奥で反芻して。

 

「この森の中を南西方面に進めば途中で……()()の付近だな。」

 

龍脈、とは口にしない。

それが分かる、というのを明言するリスクが大き過ぎる。

感覚が鋭いかどうか、程度の差ではあるが――――これを感じ取れない部隊は行き詰まるしな。

 

「其処からは着いてから説明する。

 重ねて言っておくが、危険だと判断したら一度引くからな。」

「……のう、ご主人。 今の内に教えてくれ。」

「ああ、何だ?」

 

恐らくは全員が気になっていると思うが、と前置き。

 

()()()()()()()()()()()()

 

…………全員の頭上を見る。

 

ぷらん、と糸が再び伸びるような幻覚。

それが、再び頭上に張り付く前に一度立ち上がり。

虫でも払うように、二度三度と手を払った。

不思議とそれが出来るという確信の下で。

 

そうして、張り付くことが出来ずに宙に消えるのを見た上で。

小さく、全員にだけ聞こえるような声色で絞り出した。

 

「痕跡を確かめる。」

 

その場所に、今もいるのかどうなのか。

 

――――いや。

その場所で。

今も生きているのかどうなのか、か。



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004/幻想視

 

「はぁ……。」

 

やや急ぎ足で移動して、漸く着いた宿場町。

立地上、どうしても超能力者と一般人が混合する場所。

故に治安が良い、とは言い切れない場所。

 

(此処も下手に出歩くと罠だらけだからなー……まだ未成人だから起動しない筈だけど。)

 

全員個別の部屋を借りる程余裕があるわけでもなく。

そして湯女なんかを利用するわけもない。

唯でさえ人数を絞っているのか、店員の数も店主程度しかおらず。

そちらも俺達が宿に入ってからは姿を見せなくなっていた。

 

(忙しいんだろうな、多分。)

 

ただ、お湯を利用して汗を流すくらいは出来るので女子は全員でそちらに向かい。

俺は桶に貰った湯で身体を拭く程度で済ませた。

 

本来なら(簡易呪法とかを利用して)ゆっくり浸かりたいところだが……。

 

(多分、今その辺利用すると面倒事になるからなぁ。)

 

俺も俺もと他の超能力者が寄ってくる。

便利に使い倒そう、と考える奴等が現れる。

そんな面倒事な不定期事象(ランダムイベント)を思い出す。

 

発動条件は……あー、なんだっけ。

血盟結んでない状態で部隊に一人以上の空きがある、だったような気がする。

 

それを防ぐ意味でも、実行してしまうのは考慮の一つだったが……。

リスクとメリットの可能性を考えて、此方の天秤に重しが乗ったと言うだけの話。

そして、それがまず発生するだろうという確信……いや、()()()()()()からこそ言えること。

 

(便利ではあるけどまともに使えるもんでもない……確率頼りの能力は好きじゃないんだがな。)

 

はぁ、と息を吐きながら片目を手で覆いつつ目を瞑る。

 

あの日、あの変な夢と共に急に生えてきた【禁忌】指定の派生能力……『彼方ノ幻想視』。

それを手に入れてから数日、大雑把というよりは推測ではあるがこの能力についての知見を深めていた。

 

発生基点は夢の中。

俺が眠っている間、意識を失っている間に勝手に発動する。

発動回数は複数回で消耗は無いが、夢と現実を混同しかねないというのは確かに禁忌と言う名に相応しいと思う。

 

そして、この能力の効果……『あり得ざる世界』と言うのは、恐らく『発生する可能性のある世界』を指している。

必ず発生する、だとか変更しなければこうなる、では無いのが厄介な点。

 

喩えるなら、明日の当初の予定……普通に進もうと思っていた街道を進んでいた場合。

幾つか見たモノの中で、山賊に襲われた夢の回数は()()()()()()

残りの三回は問題なく通過出来、その先でトラブルに巻き込まれる可能性が2/3回。

 

(実際、妙なイベントが発生するってのは俺自身が良く知ってる事なんだが……。

 発生頻度も、巻き込まれる回数も多すぎるんだよな。)

 

一人も大人がいないから発生頻度が増える、のは分かってる。

システム的にも発生率が上がる、って処理をされるのも分かる。

ただ、それにしても巻き込まれる可能性が高すぎる。

 

それを夢で察知できる――――先のイベントを見知れる、という意味では極大に有利で。

見れる時間が、出来事が不明瞭に飛んだりする、という意味では役に立たない。

恐らくは慣れるなり制御出来れば更に優位性は上がるんだろうが……。

問題は、これを与えた『俺』の意図か。

 

(……確か、餞別とか言ってたよな? 後は見えてしまった、とか。)

 

言葉が足りないのは俺も彼奴も同じこと。

其処から拾い上げ、足りない情報の部分は開けたままで考えを纏める。

 

……先ず、『見えてしまった』ってのは多分あの糸に関してだと思う。

夢のことを指しているのかとも思ったが、それにしては順番が前後している。

未来のことを夢で見る、だなんて下手に口走ったら笑われるもんな……。

『巫女』とか、その手の血を継いでいて能力が目覚めてるなら兎も角として。

 

(そうだ、あの糸に関しても――――。)

 

あの茶屋で見たモノ。

巫女に関して話した時に、白に見えていたモノ。

恐らく、アレは何方も同じモノだと直感が囁いている。

ただ、払ってもまた繋がっているという疑問と。

何故払えているのか、という部分に関しては疑問のまま。

 

俺以外の誰にも見えていない、という時点で何かが異常。

『狩る者の眼差し』にしても、能力としては取得しやすい範囲内。

取ることが基点で発生するイベントにも思い当たらない、純戦闘向けの能力の筈。

 

『五感の拡張』だからこそ――――そんな事を、『俺』も言っていたが。

 

(幽世の中で見える画面もそうだが、全く答えに繋がらないんだよな。)

 

唯一他と違うと言い切れるのは、俺が持つ良く分からない知識。

この世界の内側として生きているこの目線と。

この世界を外から眺めていた、別の視点と。

それらを共有して、混同して持っているという位。

 

「別の意識、ねえ。」

 

思考がついつい言葉として漏れる。

 

俺の一族に発生していたらしい、妖との関わり。

何となく俺はそれを突破した、と思っているし今のところ異常も起こっていないが。

やっぱり視点を二つ持つ、ってのが理由なのかね。

元々そうして分けて考えられるから、夢で色々見ても狂うほどには疲労しない……みたいな。

 

(ま、これも落ち着かせる手段……制御できる外付け手段は考えないとな。)

 

今までのような短時間睡眠だと肉体は兎も角、精神的にはあまり休めない。

夕食は戻ってきてから全員で……ってなるだろうし。

今の内に少しでも寝ておくべきか、と。

布団に倒れ込んで――――少し。

 

冷や汗と共に飛び起きる羽目になった。



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005/襲撃

*前話に不足している部分があったので追記。
『店員の姿が見えない』旨を理解していればOKです。


 

「宿場町にしては施設がしっかりしてたの。」

「…………だ、ね。」

 

警戒を緩める(リラックスする)くらいにはゆっくりしてきたのか。

四人は互いに顔を見合わせながら、宿内の入り口に入り始めたところだった。

 

汗を流す、という意味に相応しく。

掛け湯とかの湯を浴びる、浸かるようなタイプではなく。

箱を用意して蒸し、そして後で冷水で汗を流しながら垢を削り落とすような形の風呂。

余り好きではない……というのは今はどうでもいい。

 

「皆!」

「ん? 朔君?」

「どうかしましたか?」

 

風呂上がりだから、というのもあるんだろう。

普段と同じ衣装なのに顔が赤く、映る若干の肌が艶めかしい。

 

――――これが理由か!

チッ、と舌打ちが出てしまうのが止められない。

 

周囲に目を配る。

誰もいないという大前提を確認して、つかつかと入口側へ。

焦った表情を浮かべながら。

緊急事態だ、と当人にも理解させながらに行動を続ける。

 

「急いで部屋に戻って荷物確認しろ。」

「へ?」

「どうした急に。」

 

その場で立ち止まって意味が分からない、と首を捻るだけ。

……それもそうだよな、意味分からないよな。

ただ、それを説明する時間が残っているのかが曖昧な以上。

動いてから説明するしかない――――この能力に関しても。

 

出来れば、こんな能力を取得できる相手を見つけてから口にしたかった。

そうすれば俺の理解に間違いがないか、知識を持つ相手なら分かっただろうから。

 

「頼む、後で説明する。 急いで。」

 

強引に腕を掴み、引き寄せる。

抱き寄せるわけではないから、その力は全て彼女達へ向いてしまう。

痛っ、と言葉が漏れて聞こえてくる……申し訳ないが、謝る時間も惜しい。

 

白以外の三人を手前へと引き込む。

背中に刺さる、理解できないとでも言いたげな視線が三つ。

 

「……準備、しよ。」

「そうですね。」

「朔君だもんにぇ~。」

 

そして、背中越しに聞こえる溜息三つと言葉。

それを残して直ぐに部屋へと消えていき。

残りの一人……白の腕ではなく肩を掴んで周囲を見ながら囁く。

外から見れば、苛立って見えるように顔色を顰めながら。

 

「狙われてる。 逃げるぞ。」

「は? 誰からじゃ。」

「この街の住人……山賊と繋がってる奴等と()()()()()。」

 

は、と呟く言葉がもう一つ。

 

先程寝ていた時に見たのは、珍しく全て同じ夢。

直近に迫っている悪意を教える、とでも言いたげに圧縮された夢。

あの短時間で恐らく百は見ただろう風景で、それのほぼどれでも見せられたもの。

 

白が、リーフが、伽月が、紫雨が。

その誰もが悪意に肢体を穢される夢。

体を壊され、精神的に摩耗し。

それを見せつけた上で、売り捌かれる末路。

 

ゲームの頃では普通にやっている限り発生する条件が満たされないような行為の数々。

CGを埋める、という前提でもなければしたくもなく。

俺の好みでも当然に無かったから、細かい条件までは覚えていないのが悔やまれる。

 

ただ単純に、唐突にそれを見せられただけだったら恐らくは脳が煮えていただろう。

それを見た上で落ち着きを取り戻せたのは、一枚挟んだ別の視点があったからで。

同時にこうして焦り、動けているのは一枚挟んだ内側の俺自身が存在しているから。

冷静なままでは駄目、焦りすぎても駄目。

気付かれていない、と相手に錯覚させたままで逃げる必要がある。

 

「……吾には何も聞こえぬが。」

 

耳を欹てる……能力の応用で周囲の音を拾う白。

白の優秀さを疑う訳では無いが、今こうして動いているのは万が一が怖すぎるから。

疑い続ければ何もできなくなる――――それが分かっていても、疑うしかない。

 

「多分、声や音を消す能力なり場所で相談してるんだと思う。」

 

その辺りまで警戒心が不足していた、というのは俺の落ち度。

初対面、一期一会の店にも関わらず。

誰も店員が存在しないような状況を作るはずがない、という盲点。

 

この世界と元の世界での基準が違う、というのは数年生きてきて分かっていたはずなのに。

旅慣れていた紫雨だっているのに、当然のように見逃していた()()

 

「幸いといえば幸いだが、宿泊料の半分は払ってる。

 受付に残り半分、ついでにもう少し増しておけば店側は何も言えなくなる。」

 

見た夢の始まりは、どれも食事を取り終えて戻ってきてから。

この店の主に勧められた店で食事を取った上で、部屋に鍵を掛けていたのに発生していた。

 

手先が動かなくなるような動き方をした上で、急に眠ったように動かなくなっていた。

声が聞こえない、という欠点はあるが……幾度も同じ内容を見れば、切っ掛けくらいは掴める。

つまり、食事に薬が混ぜられている――――そんな風に考えるのが一番妥当な筈だ。

 

「白。 お前は先に部屋に戻って俺の荷物も纏めておいてくれ。」

「ご主人は?」

「戻ってこないか見ておく。

 可能な限りでいいが、お前から説明して荷物だけでも用意しておいてくれ。」

 

恐らくこの店を調べても証拠は出ない。

店主が戻って来るまでがタイムリミット。

逃げ出す道は……成人であれば通れない程度に小さな窓が俺達の部屋にあった。

開くことは確認済み、最悪は其処から抜ける。

どうしようもなければ手持ちの荷物は幾らか置いていくしか無い。

 

「分かった。」

「悪い、細かい部分は任せる。」

 

そう言葉を交わし合い、距離を離す。

受付に向かい、じゃらじゃらと残りの業を積み上げて。

何喰わぬ顔で、店の外へ。

不自然にならない程度に周囲を見回しながら、俺達の部屋の窓沿いへ。

 

一週、二週。

宿の周りを歩き回って、逃げ出す方向性を確定。

見られている、という感覚はどうにも薄い。

……気付かれていない、と甘く見積もってくれていることを願う。

 

……何してるんだろうな、俺達は。

そんな自嘲が、脳裏に過りつつも。

 

ほんの少しの時間の後。

夢で見た、店主が戻るまでのギリギリの時間帯。

それ以上誰かに説明していたら、戻ってきて感づかれていたと思われる時間帯。

 

街から抜け出すことに、成功していた。



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006/異常

 

街から離れ、森の中に入り込む。

途中途中で背後を確認し、追跡されていないことを確かめ。

それでいて不機嫌そうな全員が離れてしまっていないことを目視しながら。

確実に、後を追われない道を選んで進んでいく。

 

「……ご主人。」

「何だ。」

「宿場町側が少し騒がしくなった。 ひょっとすると探してるやも知れぬ。」

 

そうか、と告げて更に南西へ。

全員がその頃になれば異常に気付き、表情を一変させつつ。

地上で使用できる磁石を頼りに進むこと半刻程。

 

「……流石にこの辺りなら大丈夫か?」

「念の為仮眠程度で済ませた方がいいやも知れぬな。」

 

周囲を確認し、互いに意見を交わし合い。

少しだけ開けた森の一角で、全員が腰掛けた。

 

「…………何事……です、か?」

「どうなっているんです? あの宿場町全てが罠だと?」

「……流石に、それはないかなぁ~?

 あの街は何度か利用したことはあったんだけどさぁ。」

 

事情を全て分かっていた俺と白は兎も角、他三人の精神的な消耗が酷いという理由もあって。

火を起こすかどうか少しばかり悩んだが、明かりが無いのも不味いと判断。

周囲の落ち葉や枯れ枝を使って火を起こし、湯を沸かす。

 

「で、大体何が起こってたか分かってるとは思うが……一応説明しとくぞ。」

 

ぱちぱち、と火花の音が響く中で。

本来取る予定だった食事よりも簡素な……干飯を戻した粥のようなモノを全員で取りつつ。

先程までの出来事を簡単に説明しようとして。

 

「いや、何事かは別にいい。」

「……だね。 ボクも気を抜いてたってのはあるし、助けてもらったっていうのは分かる。」

 

それを発する前に止められる。

片目を瞑って目線を向ければ、他の二人も同じ様に頷いている。

ただ、と何かを言いたそうな表情のまま。

 

誰が聞くのか、と言った様子で全員が顔を見回した後。

代表して――――なのだろうか、白が口を開いた。

 

「何故分かったのじゃ? 吾達としては、その方が余程気になる。」

「……だよな。」

 

小さく息を吐く。

一度目線を伏せてから、もう一度全員を見据えるように顔を持ち上げた。

 

「予め言っておくが、別に隠そうと思ってたわけじゃない。

 不明瞭過ぎるから何かしら分かってから説明しようと思ってたことだ。」

「…………分からない、です、か?」

「ああ。 多分一番近いのは……リーフか。」

 

私?と指を向ける彼女に頷く。

何と言えば分かるんだろうか……。

 

「こないだ、変な夢を見てな。 朝起きたら妙な能力を取得してた。」

 

細かい内容……そして俺のもう一つの思考に関しては取り敢えず伏せておく。

正直言って、それを聞いて良い気分になるとも思えなかったし。

余計な情報が多すぎれば思考が混乱して当然だ、という判断でもあった。

 

「妙な?」

「見て貰ったほうが早いな。」

 

水滴を浮かべ、『写し鏡』を展開する。

画面を全員に見えるように回転させて、そのうちの一点を指す。

上から下まで眺めようとして、途中に見える明らかに異常な存在に目が留まるのが分かった。

 

「【禁忌】……?」

「干渉……っていうのは、この能力自体が特殊ってことですか?」

「その辺が全く分からなくてな。 多少分かってから言おうと思ってたんだよ。」

 

多分だが、この【干渉:五感】は五感を拡張するという意味合いではない。

これを持つからこそ、五感で認識し何かに干渉できる……という権限的な意味合いだと思う。

まあ、それに関しては一旦置いておく。

 

「これな、夢の世界で”もしも”の出来事が見れる能力っぽいんだ。」

「”もしも”……ひょっとして、そういうことかの?」

「ああ。 あのまま俺が声を掛けなければ、って先の出来事が見えた。」

 

成程な、と唯一詳しく知る白は頷き。

 

「ええっと~……。 これ、信頼度は?」

「幾つも見た夢の中だとほぼ確実に発生してたからな。

 あの宿関係だと九割九分起こったと思って良いと思う。」

 

真逆に疑問に思い続けているらしい、紫雨が質問を投げかけてくる。

それに答えれば、なにそれ、と。

冗談めかして返答するけれど。

その眼は一切笑っていなかった。

 

「で、だ。 紫雨に白。 ちょっと相談なんだが。」

 

有り得ないことが起こっている。

今までに経験したことがないことが起きている。

それらを全員で共有しながら、更に理由を深掘りしようと声を掛ける。

 

「相談?」

「……また何か面倒事、とか~?」

 

面倒事が起こる、というよりは起きている、に近いんだがな。

リーフと伽月には火の番を任せ、少しだけ距離を取る。

 

鳥の鳴き声や虫の声が響く森の中。

月明かりが空から降り注ぐ中、他に足音が無いかを常に確認してもらいつつ。

まず、極めて当然のことを問い掛ける。

 

「当然のことを聞くようだが……こんな事普通には起きないよな?」

 

常識の摺合せ。

俺個人としては起こる可能性があることを知っている。

ただ、旅慣れている……或いはそういった人物と親しい側からすればどうか。

 

「こんな事……と言うと、どの範疇でだ?」

「そうだな……人斬り騒動からさっきの面倒事まで。」

 

先ず無いな。

先ず無いねえ。

 

異口同音に、ほぼ同時に発せられた声。

そして互いを見て、じっと睨み合う。

 

……別にいいだろ同時に言うくらい。

俺も同じように二人を睨めば、空の咳をしながらも答えを返す。

 

「起こるやも知れぬ、というのはまぁ納得できる。」

「警戒しなきゃいけない、ってのは事実だから……でも。」

 

「「()()()()()()と思うぞ」よ~?」

 

運。

少しだけ言葉を入れ替える……確率。

普通に生きていて起こらない事ばかりが起こる。

 

糸。

操られる。

自身の意志とは別物……操り人形。

操作。

 

――――つまり、そういう事なのか?

 

「……助かった。 ちょっと一晩考えさせてくれ。」

 

何となく脳裏に走る悪寒を背中に。

二人には、改めてそう告げた。



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007/推測

 

「…………。」

 

ぱちりぱちりと着いたままの焚き火。

地面に文字を描いては、時々に枝を放り込む。

火が完全に消えないように継続しつつ、只管に考える。

 

(……何となくだが、見えてきたか。)

 

地面に書き殴っていたのは覚えている限りの事々。

既に何年もデータの補填を行っていないから若干曖昧になりつつもあるが。

文字通りに攻略勢の一人としてやり込み過ぎていた以上、忘れないことはある。

 

(とは言っても、此方方面の確率はあんまり追い掛けてた訳じゃねえのがな……。)

 

俺が特に突き詰めていたのは能力の発現に係わる部分。

そしてそれらを組み合わせた際のコンボ的な応用部分と、武具防具のドロップ掘り。

もうちょい言ってしまうなら()()()()の攻略勢だった。

 

ヒロインや友人攻略、と言った部分のランダム性は飽く迄副産物として覚えた身。

だから必要になる道具とかの大雑把な知識はあるけれど、確率までは曖昧で。

自分で思い出せない部分は投げ捨てて、変な固定観念は放り捨て。

今起こっている事だけを考え続ける。

 

「…………朔、くん。」

「ぉ?」

 

ただ、そんな思考も。

目の前で声を掛けられれば一旦止めることくらいは出来る。

 

「……これ。 温かい、の。」

 

がちがりと頭を掻いていれば、目の前にことんと置かれた湯呑。

湯気が漂う内側からは嗅ぎ慣れた、彼女の……リーフの家特有の薬湯。

 

「悪い、助かる。」

「…………うぅん。 また、助けて……貰っちゃった。」

 

夜番として、先に俺とリーフ。

もう半分を残り三人として振り分けた。

普段であれば白と紫雨を同じにするのは危険だと思ったのだが。

『二人で話したい』と直談判されればそういう訳にも行かない。

 

「いや……それを言い出せば、俺が危険な事に直面させたようなもんだろ。」

「…………それでも、だよ。」

 

彼女も同じように隣に座る。

そして俺が書いていた地面のそれに目を向けるが……理解できてるかは微妙な所。

 

彼女自身には説明していないが、同じく三年過ごしてきた身だ。

何となく俺が特殊だ、という認識は持っているはず。

そしてそれに対し何も言わず、仲間として動いてくれていた事には頭が上がらない。

 

今も同じく。

俺自身の思考を整理する事を優先しているから、何も説明できないのがもどかしい。

仮に説明したとして――――理解して貰えるかは、完全に別物だろうが。

ただ、俺とリーフにも奇妙な繋がりがあることは否定できない。

内側に何かを宿している、という意味合いで。

 

目の前の湯呑に手を伸ばし、口に含む。

清涼な中に少しだけの甘み。

脳の疲労が和らいでいくような、飲み慣れた味。

 

「……今までが、運が良すぎた…………だけ、だから。』

 

一口二口を飲み込んでいれば、リーフが再び口を開いた。

彼女らしい声色で。

 

「え?」

 

けれど、その発言内容。

そして声から感じる圧力が、話の途中で急激に増した。

 

『…………気付いてる、でしょ?』

「……何に、だ?」

 

それを感じたのは、三年前。

リーフを口説き落とし、落ち着かせ。

仲間にしたあの時の、二階以来。

 

ただ、それは周囲を威圧するというよりは滲み出てしまうモノ。

以前のような何かを押し付けるようなものではなく。

話がしたいから、伝えたいから現れただけにも感じる。

 

ただ――――何故今?

そう思った矢先の言葉。

 

『…………何が起きてるか、だよ。』

 

え、という言葉が同時に聞こえた。

俺と、そしてリーフの口からも。

 

……ほぼ確実だとは思っていたが、内側の『何か』はリーフと別の意識を持つらしい。

俺のものとは、また別に。

 

「……知ってるのか?」

『直接は。 …………言えない、けど、ね。』

 

恐らく、地面に書いていたモノを見て判断された。

頭文字と、其処から派生する幾つかの確率。

それが意味するのはイベントの発生確率と、派生した結果の落書きだ。

 

少し前に白と紫雨から言われた言葉でほぼ確実視できたこと。

ただ、これを迂闊に口にして良いのかは悩んでいた。

そう結び付けられたのも俺だけが見えている糸があったからだし。

そして、夢で見てしまった幾つもの派生があったから。

 

然し……その答えを知っているのなら。

 

「……低確率の、不幸になる事象(マイナスイベント)の発生確率を引き上げられている。」

 

答え合わせをするには、丁度いいかもしれない。

実際に出来たとしても対応は出来ない。

ただ、警戒だけは出来る……そんな事を。

 

『…………やっぱり、凄いね。』

 

感心した口調。

それだけでほぼ正答だと判断する、が。

確証にまでは至らない。

 

「良いから教えてくれ。 ……どうなんだ?」

『……余り。 ワタシが言えることは、無いんだけど。』

 

これだけは、と。

重い、粘ついた言葉を動かすように言葉が届く。

 

『……()()()()()()()()()()だよ。』

 

その言葉だけで。

干渉。

糸。

断ち切ったこと。

それらが一つに結びついた。

 

俺達が切っ掛けではなく、他人が起因点。

恐らくは完全に完遂させるような何かではなく、『起こす』のみ。

そうでないのなら、俺達はあの街でとっくに捕まっていたはずだ。

 

つまり、あの糸は断ち切ることこそ正解で。

故に、周囲の起こす騒動に巻き込む形で処理しようとしてきた、という事。

……上手く言語化出来ないが。

明日、説明の時までに文章化しておこう。

 

「……分かった。 最後にだが。」

 

そうして、深い息を吐きながら。

最後の破片を与えてくれた、”それ”に語り掛ける。

本来は、こんな事をするつもりもなかったのだが。

 

『?』

「お前の、名前は?」

 

礼を告げるには、名前くらいは知っておきたい。

そう伝えれば。

普段のリーフとも違う、少しばかり年上の妖艶な表情で。

 

『…………次に会う時に、ね。』

 

くすくす、と超越者が告げるように。

するり、と手先から何かが逃げていく。

また会う、という。

約束だけを、向こうに握られた状態で。



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008/打明け

 

仮眠の交代時刻まで、只管に地面に書きながら呟き続け。

そんな俺を隣で眺めているリーフ、なんて光景が続いて暫し。

脳裏が活発になっているせいか、交代後に目を瞑っても中々に寝付けず。

漸く眠り、気付けば翌日になっていて――――少しばかり不思議なことに気がついた。

 

(……夢、見なかったよな?)

 

今までは散々見せられてきたそれ。

一切それを見なかったことに首を捻り。

そして、其処から昨晩からの答えを結びつけた。

 

突発的な考え。

ただ、”これ”なら全てに納得がいく。

糸の件に関してだけは伏せつつも、話の筋が通るように構築していく。

 

少しばかり寝たふりをしてから、欠伸混じりに起床の挨拶。

そしてすぐに用意された、人数分の皿と湯呑。

朝食は昨晩と同じような粥ではあったが、全員黙って口に運んでいた。

 

但し、その表情は苛立ちなどを混ぜているというわけではなく。

寧ろ周囲に目をやり、怯えているといった表現が適当なように。

 

(……話すなら今、か。)

 

昨晩の助言。

そして、今朝方の夢を見なかった理由。

それらを合わせた結果、暫くの方針を固めた。

 

「ちょっといいか。 少し話しておきたいことがある。」

 

そう告げれば、全員の視線が俺へと向く。

疑心、混乱、戸惑い、信用。

そんな幾つもの感情が容易に理解できた。

 

「……話、とは?」

「昨晩からの事……次いで、それに対応する方法について推測だが纏めた。」

「もう、ですか?」

 

疑問が出るのは当然のこと。

それを発した伽月に頷きを返し。

昨晩を知っているリーフは続きを聞こうと、珍しく前のめりになっているのが伺える。

 

「色々と意見を貰った結果、って形になるし直接的に解決する方法はまだ分からん。

 ただ、存在しないとは思ってないから後々で自分達でも考えて欲しい。」

 

考えが正しければ、関係しているのは()()()()()

リーフの内側にいるような何か。

俺が見る『俺』。

妖、神々、或いはそれに親しい存在。

その辺りが正解だと、俺は考えている。

 

「御託は良い。 それで?」

「分かってる。 対応策としては……。」

 

余りこれは取りたくないが。

ただ確実策でもある。

 

「暫くの間、人に接する機会を限りなく減らす。

 少なくとも、街々とかにはほぼ踏み入らずに進めることになる。」

 

そう伝えながら、色々と考えたことを口にしていく。

 

恐らく、干渉している何かは人にのみ対応している。

そしてその手段があの糸。

 

それに気付いたのは今朝方夢を見なかったことと、以前の夢の差異から。

以前は幽世の中で倒れるような光景だって流れたというのに。

今……少なくとも今日中は幽世に潜る可能性がない現状は夢を見ていないこと。

そして、昨日に仲間の頭上の糸を払った事で今は見えず。

干渉する手段を今は持たない、というのが俺の想定。

 

「……それは、無理があるのではないか?」

 

怪訝そうな、けれど幾つかの理を感じてだろう。

何とも言えなそうに言葉を選び、白が呟く。

 

「分かってる。 だから食事やそういった部分は出来る限り手早く済ます。

 ついでに夢を当てにする機会が増えるかもしれん。」

「其処の蝙蝠娘が言ってるのはそうじゃないと思うよ~?」

 

それに対し説明をしようとして。

紫雨が呟いた言葉に途中で止めることになった。

 

「どういうことだ?」

「いつまでも続けるのは無理、って話。

 短期的な話は多分朔君の方法でなんとかなるとしても、ねぇ。」

 

……ああ、長期的な部分か。

そもそも何故こうなっているのか、という細かい部分が一切分かってないものな。

それに対して、対応する手段が今あるわけではないのが苦しいところではあるのだが。

 

「……少し、良いですか?」

 

そんな言葉で話し合いが止まってしまい。

伽月が恐る恐るに手を上げた。

全員が微かに頷くのを見た後で、口にする。

 

「朔様としては今回の目的……廃れた神社に出向くのを取りやめるつもりは無いのですよね?」

「そう……だな。 何にしろ、今の内に一度は出向いておきたい。」

「それは……その痕跡を辿る、というのは余程大事なことなのですか?」

 

焦っている様子が見て取れる。

彼女としては、兄弟子かもしれない相手のことが重要なのは分かっている。

ただ――――そうだな、どう説明するべきか。

 

「以前の宝珠のことは覚えてるよな?」

「はい。 ですが、それが生命と釣り合うと?」

「そうじゃなくてだな……あー、いや、そうだな。」

 

多分、これははっきり伝える他無いか。

ずっと昔に白と話し合ったことを活かす機会が仲間内とは、と内心で苦笑する。

 

「はっきり言おう。 これは以前に白から聞いていたことと夢で見てたことの複合だ。」

 

じっ、と……特に白を見て告げる。

最初は怪訝そうな、何を言っているのかといった表情だったが直ぐに取り繕った。

自分で昔言ったことを思い出してくれたのだと判断する。

 

「白さんから?」

「と言っても白も断片的にしか知らないらしい。

 だから、俺も幾つか強引に結び付けた。」

 

探す痕跡の正体。

唯知るだけでも恐らくは危険なこと。

薄ぼんやりと告げるのが、恐らくは精一杯。

 

「廃れた神社に隠れ住む神職の痕跡の有無を調べる。 これが、俺の今回の目的だ。」

 

多分、その言葉だけでは悪い意味にしか捉えられない。

必然、仲間の内で紫雨が声を挙げた。

 

「……ねぇ朔君。 隠れ住む、ってそれ相応に理由あるんでしょぉ?」

「……今は知らん方がいい。

 ただ、仲間に出来れば相当助かる相手だってのは事実だ。」

 

もしかするとその前提さえも変わっているかもしれないが。

其処までは口にせず。

 

「だから、存在の有無を先ず知りたい。

 ……これが俺の無理強いってのも分かってる。

 ただ直感的に囁いてるのがもう一つあるんだ。」

 

この出来事を解決するには、神職の関わりが必要不可欠だ、と。

正確には、龍脈に関わる知識が必要になるだろう――――と。

そんな、不確かな直感を。

彼女達に、告げた。

 



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009/龍脈

 

結局最後は俺の勘。

にも関わらず、今までの出来事の事を考えると頭ごなしに否定は出来ず。

四人で話し合った結論は、『確認だけは済ます』。

 

あの時……相談するに至った際とは受け止められ方が明らかに違う。

やはりあの時から何かが明確に変わったのだろうと、そんな事を思う。

ただその前に確認しておきたいと、リーフが小さく手を上げていた。

 

「…………その。 龍脈、で何が……出来るん、ですか?」

 

ああ、と口にしたのは俺と白。

伽月は寧ろリーフ側で、紫雨はちょっと目を細めている。

何言ってんだろう、とか思ってそうだな。

 

「向こうにもあった筈だが知識の前提が違うのかもな。」

 

追加データ的な部分を調べられればよかったんだがなぁ。

そもそも発売してないんじゃどうしようもない。

 

「……神殿、とか。 そんなの、が、独占、してて。」

「だよなぁ。 大きい部分は日ノ本でも同じだ。」

 

西洋……だと伝え聞くのは何だっけ。

確か日ノ本よりも攻撃的な運用らしい、って話を何かで見たんだが……。

まあ、リーフの場合はその神殿側……神官が敵対してたような身。

余り知る機会が無かった、ってのは納得がいく話。

 

「俺も細かく何が出来るのか、までは知らないけど一般的に言われてることはある。」

 

嘘を交える。

どういった能力が取得できるのか、に関しては俺の脳裏にきちんと残ってる。

一番参考にしやすかったのが隠しキャラだったし、その基準にはなってしまうが。

何より、イベントの時と実際の能力で明らかに補正値が違ってたりするからなぁ。

 

「主にその上にいることで神の力を借りられる、って話。」

 

データ的に言うと、幽世の中で使えない能力。

その時点で色々と役に立たないが、自身の立つ場所を龍脈と誤認させる能力とかと併用して使う。

ただ、周囲の瘴気を龍脈から発せられる力と変換する関係上使用回数制限があった筈。

 

主に治癒系の能力が多かったが、それ以外でも対象の罪に応じた火力を出すのだったり。

或いは妖を消滅させる能力だったりと細々した違いがあった記憶。

……たった一つ、例外的な能力を除いては。

 

「……神。」

「ま、リーフは気に入らないよな。」

 

多分信用出来るのはあの内側の……良く分からない奴。

彼女と繋がってるんだか同居してる何かくらいだろう。

簡単な事情だけは全員共有しているが、深い部分まで知るのは多分俺くらいだもんな。

全部終わったら一度全部ぶちまける会合でもやろうか。

 

「そ~なの?」

「そうじゃなぁ。」

 

まあ、生まれも育ちも普通だと余り分からない感覚だとは思う。

……いや、アレを普通と呼んで良いのかは分からんが。

 

「朔様。」

「ん?」

 

そろそろ行くか、と立ち上がった矢先に。

目を伏せながら考え込んでいた、伽月が目を向けずに言葉を発する。

 

「先程龍脈の力がいる、と仰っていましたが……神の力が必要、と?」

「あー……いや、違うな。 もうちょい説明しとくか?」

 

お願いします、と言われればまあ仕方ない。

準備しながら、にはなるけれど。

先程リーフに聞かれた『龍脈の上で何が出来るのか』とはまた別。

これは一般知識なのか知らんが、『龍脈の上での変化』について説明しておくことにする。

知識の出どころは父上にしておこう。

 

「片付けしながらな。

 えーっと……確か、神職の中でも上位の存在。

 血の濃い神職のみが取得できる能力があるらしい。」

「……限定された条件、ですか。」

「お前の流派みたいなもんだよな。」

 

取得前提がある、という意味では似たりよったり。

父上の魔眼もそうだった。

 

……基本的な部分は大体修める見通しが立ったし。

俺も前提ありきの能力取った方が幅が広がるだろうか、と思いつつ。

生えてきた『禁忌』能力がそれに値するんじゃないかと気付いてしまって渋い顔。

 

「?」

「ああ、なんでも無い。」

 

変な顔をしたのを見て首を傾げられ。

ちょっとごまかしながらに話を続ける。

 

「龍脈の上の……霊力とも瘴気とも違う『力』による支援能力。」

 

フィールドバフ、と呼ぶのが多分一番近い。

龍脈の上でのみ、自陣を強化、敵陣を弱体化する強大な結界。

その度合は深度にも比例するが、血の濃さ……干渉権限の大きさに応じて変動する。

無論その強さは見逃せないが、一番大きい部分は『結界』であるということ。

 

「自分達を強く、敵を弱くする……ってのはまあ便利なんだが。

 俺が今回利用したいのは『逃さない』って部分なんだよな。」

「……逃さない、ですか。」

 

より正しく言い直すなら、相手の自発的な逃走を否定する。

ボスからは逃げられない、みたいな圧力によるものではなく。

完全に区切ることで逃走ルートを消してしまう、という意味合いでの逃走禁止。

問題は自分達も転移系でないと即時離脱不可能になる、って欠点があるくらいか。

 

「多分だが、今回の……干渉してるやつは『手が出せない』ところから見てる気がする。」

 

分かりやすい例なら”糸”か。

人を離れたところで操って嘲笑う。

下手に近付けば、即座に逃げてその対象を更に玩具にする。

それが誰なのかは分からないが、気付かれていない今の内に準備を進めたい。

 

(……多分、神職に近付けさせない為に色々やらかしてるんだろうしな。)

 

このまま舐められたままではいられない。

血の気が多い、と言われればそれまでだが未成年だからこそ舐められてはいけない。

せめて、抗う気概だけは見せ続けなければ。

 

「だから、封殺したい。 その為の神職で、龍脈の上な訳だ。」

 

力に紛れれば多分少しはごまかせる、というのもあるが……。

ま、言わなくていいだろ。

 

「……色々考えてるんですね。」

「当たり前だろ。 これでも部隊長だぞ。」

 

心外だなぁ、といえば良いのか。

呆れた口で言えば、小さく口元を歪めて見えた。

……冗談にしては、笑えないぞ。



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010/探索中

 

森の中を隊列を組んで進む。

あの場所からの追撃は見当たらず、同じように山賊の類も見えず。

所々で立ち止まっては方向を確かめ、休憩を挟みつつの進行。

普段のような道があるわけではないので、また違った疲労が伸し掛かってくる。

 

「……此方で良いんですか?」

「方向自体は間違いないはずだ。」

 

迷った経験がある伽月が疑問に思うのも当然。

それに対し、ある程度は堂々とする必要があるので俺はそう返す。

 

まあ、正しい位置を把握する方法がないからな……。

大まかな地図程度は記憶してるが細かい地図まで覚えてないし、覚えてても使えない。

唯一頼れるのは自分で実際に行った場合の経験くらいだし。

 

「リーフ、どうだ?」

「…………多分、近付いて、る?」

 

途中立ち止まり、リーフに確認する。

目を瞑り、何やら奇妙な踊りのような格好を取りながらそんな事を呟く。

いや、良く分からんがこうすると分かるような気がするらしい。

 

実際、龍脈に近付いたことなんて無いので確実視する手段はちょっと悩んでいた。

ゲームだと感覚が優れた……もうちょっと言うなら『条件を満たしている』場合。

独白のような形で会話イベントが挟まり、その場所への道が拓ける形だった。

 

ただ、その条件が変動している可能性は否定しきれない。

まあ目的地が神社だし、ある程度は道が残っているだろうと予想はしていたが。

近付く度に奇妙な肌感覚を感じ、それについて話題に出した所最も反応したのが彼女。

 

そういえば、深度が増加した際の感覚が分かる側だったもんな。

もしかするとアレも龍脈に限らず、『力』への感覚を表す基準だったのかもしれない。

一切説明もなかったから、裏設定とかで設けられている可能性は十二分にありそうだ。

 

「態々聞かんでも、吾等なら分かるだろう?」

「細かい変動まで読み取れねーんだよ俺は。」

 

近づいてる、とか離れてる、とか。

凄い大雑把な区分での、力の強度っぽい違和感は理解できるが細かい距離まで掴み取れない。

極端な話、その場所を中心に円を描くように移動してしまう可能性だってあった。

 

「……それが分かるだけでもおかしくないです?」

「だよねぇ。」

 

尚、それが分からない側の二人……伽月と紫雨はジトっとした目を向けている。

本当にこの辺りは先天的な……生まれ持った感覚がベースになるから仲間外れも何も無いが。

それでも、過半数が分かるという状態には余り良い感じはしないらしい。

 

「俺からすればどっちかに絞って欲しいんだが……。」

 

嫌だぞ、鳥肌が皮膚の内側でするようなゾゾッとした感触が増したりするの。

鈍感な方が助かる、って場所の方がそこそこあると思う。

感覚が鋭くて助かるのなんて、呪法を他者から学ぶ際や罠の調査時くらいのもんだし。

……あぁ、でも神職関係者は必然的に感覚鋭くなりそうだな。

 

「隣の庭のなんとやら、じゃろ。」

 

呆れた様子で口を出された。

ちょいちょい気になってたし、聞いてみるか。

 

「毎度思うが何処からそんな言葉覚えるんだ白。」

「近所付き合いしてればまぁ普通に覚えると思うのじゃが……。」

 

ジトっとした目線が増えた。

いや待て、それに関しては色々と言いたいことがある。

 

「俺だって普通に対応してるはずだぞ……?」

「そうじゃな。 何故か知らんが女子(おなご)ばかりだがな。」

「それを俺に振るの何か間違ってねえか!?」

 

確かに同年代との付き合いがあまり多くないのは事実。

というのも、俺自身に街で出来ることが余り多くないから。

 

今では白は防具作りや縫い物、リーフは薬作りと手隙があればやれることが出来た。

それに対し俺は幽世や道具屋等の半ダンジョン、半街での仕事みたいなもん。

なのでどうしても時間に空きが出来てしまうわけだ。

それの対策もあり、出来る限り色々な店に顔を出して掘り出し物何かを探すわけだが……。

 

店主がどうしても年上になり。

ある程度話す相手になれば自然と家族と顔見知りになり。

紹介されるのが女子がかなり多い、と繋がっていく。

 

「断ればいいだろうに。」

「…………です。」

 

うわ、この件に味方が見当たらねえ。

全員から呆れたようなジトっとした目線向けられてる。

 

「いや……紹介を断るってどうなんだよ……。」

「どういう意味で紹介してるのか、位はご主人でも分かっておるだろう?」

 

いや、そりゃ俺だって鈍感じゃないから理解はする。

既に成人している超能力者から見れば俺達は弱者だったり後輩の認識でも。

同い年だったり、一般の人々からすれば十分エリート……というよりは将来が楽しみな存在。

そんな相手に自分達が近付ければ多少なりとも恩恵を……みたいな考えは過るだろうさ。

自分では全く認識してないが、外見見られるようになりつつあるらしいし。

 

「ただ、全くそんなつもりはないし普通に付き合ってるだけだぞ。」

 

特にお前等も流通に関わる以上、変に跳ね除ければ迷惑するだろ。

ルイスさんにも面倒を掛けたくない。

 

「……だったらなぁ。」

「あ、私が言いましょうか?」

「…………私?」

「いやボクが言おう。 多分色んな話聞いてるのがボクだから。」

 

何故全員で圧を掛けるのか。

一歩下がろうとしてしまい、木に背中をぶつけた。

これ以上下がれねえ。

 

「……期待させるようなこと言うのはやめようね?」

 

にっこりと笑みを浮かべつつ、代表して紫雨が口にした。

目が全く笑ってない。

どころか下手な返事をしたら不味い、と直感が囁いてる。

 

「…………出来る限りな。」

 

そんな風に逃げるような言葉を口にしたが。

結局、多数決に負けました。

 



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011/変化

 

更に半日。

奇妙な圧力を受けたりしながらの探索行で、精神的な疲労が更に増していた頃。

一歩足を踏み込んだ時に感じたのは、今までの感覚を倍加したような寒気だった。

 

「…………ん?」

「どうしたごしゅじ……んん?」

 

鳥肌が肌の内側から浮かび上がるような違和感。

皮膚がもう一枚存在し、そこが逆立つような錯覚。

否定されている、とまでは感じないが……慣れるまでに時間が掛かりそうな感覚。

 

だからこそ、その場で立ち止まり。

それに疑問を抱いた白も同じ辺りまで駆け寄り似たような感覚を受ける。

……妖が否定されている、というわけではないようだ。

 

「なんじゃこれは……瘴気、か?」

「え?」

 

だからこそ。

ぽつり、と零した白の言葉を疑って口にする。

この時点で気付ける程度に濃いのか、と。

 

「リーフ、すまぬが此方へ。 感じたままを教えてくれぬか。」

「…………ぇ、ぁ、はい?」

 

ただ、そんな俺を気にする余裕もないように。

幽世に潜っている時と同様の――――或いはそれ以上に警戒心を強く抱いている。

だからこそ、確証が持てるまでははっきりとした答えは返さず。

俺達の中で最も感覚に優れているリーフへ声を掛けた。

 

とてとて、と数歩だけ離れた場所から此方へと。

最後の一歩で、普段は隠れている眼が大きく開くのが隙間から見え。

きょろきょろと周囲を見ているのが印象的だった。

 

「どうだ?」

「…………そう、ですね。 多分……瘴気が、混じって、ます。」

 

龍脈の力に、瘴気が混じっている?

龍脈の前で幽世が成立している、と考えるのが多分普通。

ただ、それは成り立ち的に()()()()()()

飽く迄幽世の入り口というのは、周囲の力が存在しない場所にこそ作られるのが基本。

……いや、正確に言えば『内部の力が周囲よりも強い』場合にのみ存在出来る、か。

 

普通に考えれば強い力に流され呑まれるから、何方かが目立ち続けるというのは有り得ない。

にも関わらず、式と感覚が鋭い超能力者。

二人が全く同じ言葉を口にしている。

……だと、するとだ。

 

「可能性が二つある。」

「二つ?」

 

小声でボソリと呟いて。

周囲の目線が一気に俺へと向く。

 

「一つは……まあ、此方は考えたくもないが幽世が成立してる。」

「そんなに怖いことなの~?」

「龍脈の……大陸の力より強い何かが内側にいる幽世とか見たくもないわ。」

 

いや、ラスボスとかのイベントボスの一部はそうやって逃走するんだけども。

これが『転移系』に当たる、というのは……まあ良いか。

絶対に逃げられない、という意味合いでは変わらないし。

仕切り直す代わりにその場所に封じられ続ける、という選択肢を取るやつがどれだけいるのか。

 

「それでも実際存在するんじゃろ?」

「あるにはあるが……俺達じゃ一歩踏み込む前に死ぬぞ。」

 

推奨深度50~とかだぞあの辺。

確か元の世界で言うと恐山とか九州の辺りに封印されてるんだっけかな。

ラスボス関係が富士山辺り……だった筈だが多分変動とかしてるだろうし。

 

できれば行きたくねえなぁ、と思いつつ指をピースの形へ。

 

「で、もう一つの可能性……俺としては此方を疑ってるんだが。」

「……はい。」

「廃れた神社を住処にしてる妖がそれなりに強大な場合、だな。」

 

この場合の”強大”とは個体自体の深度を指していない。

種族として強大……つまり知名度が高い高位な妖。

俺達が戦ったことのない存在。

もっと難度の高い幽世に現れる”逸れ”が住み着いているのでは、という事。

 

「……実際、そういったのが暮らして行けるものなのか?」

「こればっかりは種族によるな。 ただ、龍脈を住処にするなら幾らかは無視できる。」

 

瘴気の代わりに力を吸って生き延びる。

その存在理由に矛盾が生じないのなら、暮らす事自体は出来なくはない。

……ただ、内側にいる存在のことを考え。

そして今までの糸のことを考えると、何となくだが妖が存在する理由は異なっている気がする。

 

「矢、通るかなぁ……。」

「お前の矢が通らなければ色々不味いんだが?」

 

先ず紫雨の超能力の値は俺達の中で一番上。

その攻撃が一切通らなければその時点で色々危険。

更に言えば、彼女の握る武器種は色々と特殊だ。

特に大型の妖……古い伝承を持つ存在の内で刀や鈍器を通さない例はそこそこに伝え聞く。

それを打ち払う武器が弓であり矢。

 

つまり、『刃耐性』等で弱体化させられる近接アタッカーとは違い。

『弓弱点』などで寧ろ優位を取れる場合はそこそこ見られるわけだ。

まあその代わりの代償……といえば良いのか。

矢という消耗する道具なんかが必要になるので手数自体は減ってしまったりするが。

 

「ただ、気配を漂わせてる……ってことは其処まで危険な相手ではないと思うんだよな。」

 

こればっかりは俺の勘。

妖気を伏せることをしない、というのは自信の現れかもしれないが。

その分奇襲等の戦術・戦略的に有利な行動を捨てているということにもなる。

まあこのへんは俺の好み、と言ってしまえばそれで終わりなんだけども。

 

「どうじゃろうなぁ。」

「…………無理、なら。 引く、よ?」

「分かってる。」

 

当初の予定通りだし、当然の考え。

相手が隠れるつもりがないのなら、此方は身を隠して移動できる。

そのためのセンサー……と言うほど頼り切りも出来ない。

ただ、確認するには本殿の内側……部屋の中の痕跡を確かめたい。

 

「可能なら妖の討伐まで行きたいけどな……。」

 

そう漏らせば、少しばかり伽月のやる気が満ちた気がした。

もし成功すれば、新たな拠点の一つとして有効活用だって出来る。

態々神職に返してやる必要性もない。

言われれば当然対応はするが……恐らく、対応するにしろ相当遅れるはずだ。

 

「此処からは更にゆっくり行くぞ。 喉とかは今の内に潤しとけ。」

 

全員に告げ、表情の変化を見。

……さて、潜入開始だ。

そんな心持へと、切り替えた。



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012/観測

 

進む度に違和感は強くなる。

粘度が上がる、という言い方が正しいのか。

肌に張り付くような違和感が酷く増していく。

 

(……一体、何がいるってんだよ。)

 

視界の端にいつもの数値が見え始めた。

つまり、この周囲が見える程度にまで瘴気か霊力に満ちているらしい。

龍脈の力は……どうなんだろうか。

方向性が定まっていれば見えてもおかしくはないと思うが。

 

「……ご主人。」

 

前方向を警戒していた白が袖を引き。

ああ、と乾いた返事をする。

 

現状、何かを感じられるのは三人というのもあり。

普段取る隊列とはまた別の手段を取っている。

 

即ち、俺と白が最前列。

中程にリーフと彼女を護衛するような形の紫雨。

最後に伽月、と言った感じ。

 

何かがあれば即座に駆け寄れる程度の距離感覚ではある。

ただ、戦闘ともなればこそ、その一瞬の重大さは理解せざるを得ない。

だからこその、その一瞬を稼げるだけの編成。

……俺と白でやっと伽月一人分くらい、っていうのもどうかと思ったが。

 

()()()。」

 

その発想は多分に間違っていたと思う。

目前に見える存在を捉えながら、ふざけんなと心の中で吐き捨てる。

 

猿、虎、蛇が混ぜ合わされたような生命体。

吐く息が黒ずむ、恐らくは木々の合間を獣道のように成り立たせている張本()

種族名『魔獣』、分類名『鵺』。

中級幽世から終盤に掛けて見掛けたりするような種族を持つ存在。

そんな一匹が、眠そうに大きく口を開けている。

 

(……生き殺しじゃねえか。)

 

相手の特徴を踏まえているなら兎も角として。

そんな知識を持たない相手を捕らえておくには十二分過ぎる。

何しろ、相手は妖と言えど獣の要素を強く持つ存在。

普通であれば五感が強く利く、放し飼いにされた番犬のようなもの。

 

未だに神社の建物は見えていないが、彼奴がいるということはかなり近付いていると思う。

ゲームの頃だと、その建物に『未だに生きている誰かが住んでいる』と発覚するのが最初の条件。

 

見つけるものは食事の残骸や未だ残る体温、或いはその当事者まで。

彼(或いは彼女)は見つけられない事こそが末路、としているのか。

死ぬような処理を挟まないと言うのは少しばかり特殊か。

結果、踏み込んだ時間帯や乱数次第で微妙にその後の行動が変異する。

 

だから、先々を考えれば確実に倒さないと行けないわけだが――――。

 

「…………。」

 

見るからに白の顔も真っ青に染まっており、背後は何事かと覗き込もうとしている。

種族的に差が明確で、且つ種族の特徴も通るか分からない相手。

言ってしまえば彼女にとっての天敵の一体に当たるわけだからそれも分かる。

 

動くな、と手での合図(ハンドサイン)を後ろに回しつつ。

ただ、それでもまだマシだったと安堵している自分もいたりする。

 

(まだ鵺で良かった、と思って良いんだろうな。)

 

はっきり言って、この世界の難易度を底上げている要因の一つは情報不足にあると思っている。

 

妖がどんな能力を持つのか。

幽世にどんな罠があるのか。

どんな事をしてしまえば深度上限の削減に当たるのか。

そういった蓄積されるべき知識が秘匿され、師弟や一族でのみ引き継がれる。

 

能力者組合で手に入るのは飽く迄一般的な知識。

それより深い情報を得る手段が限られすぎているから、その身を以て理解するしか無いという事。

前世に比べ情報を得る手段が少ないことが、死傷率へと関わっていると思われる。

……それが、この世界に落ちてから伝え聞く話で判断した基準。

 

けれど、その前提を覆す知識を俺は持っている。

だからこそ、まだ対処出来る相手であるのはそれだけで難易度を下げる理由へと繋がる。

 

「白、後ろの三人に伝えてくれ。」

「…………おい、ご主人?」

 

小声よりも更に小さく、囁く程度。

ほぼほぼ言葉として成り立たない程度に小さい声。

この話し方で互いの意思を理解できるようになるまでそこそこ時間が掛かった。

だから、入ったばかりの二人はまだ未習得。

 

「妖名『鵺』。 特徴は尾が持つ毒と複数回の攻撃、火炎の吐息。

 ただ、見る限りかなり若い個体。」

 

嘗ての鵺――――古代の、言い伝えとして残る鵺の話。

 

空を飛び回る能力を持ち合わせていた妖は、雷上動(らいしょうどう)と呼ばれる弓により撃ち落とされたという。

但し、他にも幾つかある伝承と複合されてからか。

深度の高さに応じ、『飛行』能力。

システム的には近接攻撃に対する確率自動回避能力を保有する、と定義されていた。

 

此処で見る限り、目の前の鵺には翼が生え切っていない。

つまり飛行能力を持たない、単純に複数回の攻撃を持つ強大な敵程度。

そして何より、『弓』により落とされた伝承を持つが故に決定的な弱点を抱えている。

 

「紫雨が彼奴の胴体に矢を叩き込めれば、伝承通りに()()()()()()

 奇襲を掛ければ倒せない相手じゃない。」

 

より正確に言うなら、成長後ならば『飛行能力』の消滅、及び地面に落下することでの大打撃。

成長前ならば受けた後多少の間行動自体の停止。

何方が楽なのか、と言われると……部隊次第、としか言えない。

 

「それまでは俺が監視しておく。 伝えたら全員に一度確認させてから作戦を立てるぞ。」

 

大物食い。

妖退治。

しなくてもいい行為であるとは言え。

 

「お前のほうが上だと。 そう、示してみせろ……飛縁魔。」

 

――――深度を上げるには、壁を超えるには恐らく。

いい機会だと、そう判断した。



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013/狩り

 

白の表情が一瞬で塗り替わり、一度姿を消し。

全員が交互に覗き込んでは表情を一変させる中。

ずっと鵺の様子を眺めつつ息を殺す。

 

『――――。』

 

くあぁ、と口を大きく開くその姿。

野生動物が身を伏せて寝込むような姿から動かない。

 

……普通なら、とっくに見つかっていてもおかしくはないが。

恐らくは今まで「敵として認識できる外敵」と出会ったことがないのだろう。

龍脈の力の奔流による感覚の低下と、自身の経験不足。

その二点を合わせてしまい、身動きを取っていない状態と考える。

 

(……そういう意味では、幽世の中じゃなくて良かったわ。)

 

先ず間違いなく幽世の中なら見つかっていた。

外だからこそ助かった事案。

そして、此方だけが気付けたのは……常に警戒していたことと。

俺の視界拡張、そして()()()()()()に依るものなんだろうな、多分。

 

「……さて。」

 

口をほんの少しだけ開いた、見ように寄ってはだらしなくも見える状態。

ただ、この状態こそが口元を余り変化させずに話せる状態として慣れてしまった。

 

目線を左右に向ければ、本当にやるのかと問うような目線が返る。

前衛二人は柄に手をやり動ける状態へ。

……居合のような、若干特殊な対奇襲能力もその内修めたいところだ。

 

「伽月、少し見ていてくれ。」

 

こくり、と頷くのを見ながらゆっくりと後ろへ下がる。

金属音がすれば先ず気付かれる。

そういった意味では、皮鎧系の装備で揃えているのは間違ってなかったはずだ。

 

五歩、十歩程を下がるまでにゆっくりと数分。

しゃがみ歩きでゆっくりと移動する、というのが地味に足に負担をかける。

 

背中に手が触れ、軽く押される。

それでリーフと紫雨が待っている場所まで近付いたのを理解。

くるりと向きを入れ替えて、顔を突き合わせて話し始める。

 

「どうするの?」

 

最も重要になる立ち位置の紫雨が、少しばかり震えている。

緊張故……というよりは、自分が最も強いという状態に慣れていないからか。

とは言っても、彼女にしてもらうことは決まっている。

 

「周囲の確認は済んでるか?」

「……一応。 ボクが射つとしたら直ぐ其処の茂みの奥……のつもり。」

 

だろうな、と頷き返す。

正直、樹の上等の頭上を取れるならばその方がいい。

見下ろす形になり、その分対応が可能という利点は明らかにある。

 

ただ、今回の場合は別。

周囲が森で、火炎の吐息を持つという事。

燃やされれば逃げる他なく、そしてその隙を見逃すとは思えない。

そして何より、鵺の攻撃を受けて無事でいられる保証が何処にもない。

同じことはリーフにも言えた。

 

「分かった。 分かってるとは思うが……リーフには今回、防御寄りに回って欲しい。」

 

こくり、と頷きを返す。

 

今回の場合、リーフの使える呪法はどれも相性が悪すぎた。

もし目の前にいる鵺以外にも個体がいる場合を考えれば、下手に広範囲の呪法は使えず。

そして周囲が木々に覆われているからこそ、普段遣いの火炎系列も使えない。

では何をするのか、と言えば……普段は自分を守るために使わせている『霊力防壁』。

 

これは文字通り、受けるダメージや損害を使用者か当人の霊力で軽減する能力。

専らリーフ当人のものを利用し、その効果は下手な近接攻撃ならば弾き返す程。

少なくとも尾の毒撃に関しては被害を抑えられるし、火炎もかなりの部分を軽減できるはずだ。

問題は肉体から振るわれる爪だったが……其処は俺達が後ろに通さなければ良い。

 

「俺も今回は少し受け気味に能力を使ってく。

 回復系もあるから、重症でなければある程度治癒は出来ると思うが……無理だけはするなよ。」

 

まだ覚えたてであり、同時に【霊】の値もお世辞にも高いとは言い張れない。

そして回復系の呪法の基本として、完全治癒系列でもなければ範囲化している以上効力は下がる。

まあ使用条件付きだから多少はマシとは言え、これを頼りには決して出来ない。

 

「最初に白と伽月が突っ込む、それに合わせて射撃を頼んだ。」

 

そのことを再度共有し、二人が動き始めるのを見送って元いた場所へと足を進める。

 

どうだ、と伽月の肩を叩けば指を向け。

その先で、野生動物としての本能が強く目立っているように横になっている。

但し、ばちりばちりと周囲の空気が帯電しているようにも見えた。

 

(……あのままほっとくと不味いな。)

 

帯電、落雷。

周囲の天気が崩れる所に鵺が現れた、という伝承の通りに現世が動いているのだろう。

このまま放っておけば周囲の天気が急に崩れてもおかしくない。

二人の肩を叩き、耳元に呟く。

 

「10数えたら行くぞ。 肩を叩いたら撹乱するように動いてくれ。」

 

そう呟いて、『劣火の法』……相手の『攻撃』という根本の才能を澱ませる詠唱を口にする。

 

通らないということはない。

但し、効果時間がどの程度続くかは不明。

その間に呪法陣を展開し、治癒も使用できるように構える必要性がある。

 

(俺の判断一つで生死が決まる――――絶対、死なせねえ。)

 

子供の頃から動けた、というのが良かったのかもしれない。

俺自身が持っていたはずの戦闘を忌避する感情も、既にどこかに溶けて消えている。

残ったのは、この世界で生き残る覚悟だけ。

 

すう、と一度大きく息を吸い。

()()、と二人を後ろから押し出すように肩を叩いた。

同時に口ずさんでいた詠唱を完成させ、相手を睨みつける。

 

『腐り落ちろ、貴様の根幹!』

 

形となった呪いの言葉。

立ち向かう二人の剣士。

狙撃手と、その護衛。

本来では、未だ届かない先だとしても。

 

さぁ――――怪物退治を始めよう。



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014/視線

 

かつん、かつん、かつん。

ざっ、ざっ、ざっ。

 

木々に乱反射しながら飛び掛かる白。

歩法なのか、一歩の踏み込みで数歩分を詰める伽月。

 

立体的と直線的。

直接的に相手を切り払う。

撹乱し、相手の隙を貫く。

 

得意とする行動が違うからこそ、行動する順序が噛み合っていく。

幾度となく模擬戦を行い、実戦の中でああだこうだと言い合った分。

『何がしたいのか』という根底部分の共有がある分、連携が噛み合っていく。

 

『――――Ahalaxaxaq!?』

 

言葉として認識できない、叫び声が響く。

 

『劣火の法』……相手の才能を腐らせ、澱ませる呪法。

それは本来自分の体が持つ、極当たり前の動作の根底を狂わせる弱体化呪法。

だからこそ物理も、呪法も、それこそ能力さえも正しい効果を発動できない。

初めてこれを受けると、大抵の相手は混乱に陥る。

それもそうだ、動こうと思っても思ったように動くことが出来ないのだから。

 

「伽月!」

「はい!」

 

白が枝の上から飛び掛かる。

俺の行動が起因となって、何かに襲われているという事実は把握できたのだろう。

身を捩って回避しようとし、けれど動き出しが鈍ったことで左の刃が軽く体毛を抉る。

地面に落ちれば、その衝撃を利用して体の下を潜り抜け反対側へ。

伽月もその行動、そして声に合わせて鵺の真正面へと飛び掛かる。

 

「行くよ~!」

「白! 伽月!」

 

紫雨の声が何処かから響き。

そして視界の端に高速で動くものを捕らえると同時に叫び、杖を地面へと叩き付け。

呪法とともに、周囲に光の円が走り始める。

 

『okfodiasji!!!!』

 

自身に傷を負わせた張本人を狙おうと、尾と右爪が小さく揺れる。

しかし、その合間を貫くように。

後から続き、天から矢が降り注ぐ。

 

恐らくは一撃で当てることを狙わずに、複数の矢をバラ撒いている。

威力ではなく阻害こそを目的として、能力さえも使わずに。

自身の努力のみで行う、可能な限りの速度の射撃。

 

ひょろひょろ、とでも言ってしまえそうな威力の攻撃。

けれど、そのどれもが弓から放たれた攻撃であることは間違いなく。

触れた時点で尾は萎れ、爪の動きも散漫に。

 

伝承通りに、討ち取られる直前を再現するように。

本来の動き全てを麻痺させられ、足を止められる。

 

奇襲成立。0行動目
>>『朔』の『劣火の法』。干渉成功。対象の攻撃低下。
>>『白』の『血飛沫月光』。攻撃が1回命中。『鵺』の生命力が15点減少。
>>『紫雨』の攻撃。3回命中。『鵺』の生命力が7点減少。
>>弱点成立。伝承誘発。 『鵺』の次回行動は自動失敗。
>>行動待機中...

 

目線の端で移り変わる記録事項。

 

その中で気になったのは、弱点を突いた時の表示の一文。

……弱点成立、は分かるが「伝承誘発」?

少なくともこの三年間で一度も見たことがない文面。

 

これが、書かれた通りの意味を持つのなら。

高名な妖で有れば有る程、知識を持てば有利な面を持つことに繋がる。

ゲーム版では見たことのない特徴。

この世界の根底に関わる内容であるのなら。

俺が今の状態になってしまった、始まりへと繋がるのかもしれない。

 

(細かく考えるのは後……!)

 

両手で長柄……杖を握り締めぶつぶつと言葉を紡ぐ先。

伽月の刃が鵺の右目を上から下へと裂き潰す。

 

『――――――――!』

 

悲鳴にさえならない声。

吹き出る体液に触れるのを恐れ、その場で飛び退って回避する。

リーフは行動する分を紫雨へと回しているはずだ。

此処までで体感約30秒程。

 

恐らく、行動処理が『○行動目』と記載されているのは。

取った行動に応じて実際の時間経過が異なるから……()()()()()()()()()()()()

だからこそ、呪法を放つタイミングは経験を重ねなければ安定させられないのだろう。

 

(とは言っても……此処からはほぼ固定行動。)

 

呪法陣の場合、詠唱は必要ではない。

唯それでも唱え続けるのは、そうすることで集中できると俺自身が理解してしまっているから。

言葉と思考を分離する訓練を重ねたことで、俺の特異性を活かせる形に成長したから。

 

今は速効性を必要としない。

必要なのは、確実性。

呪法陣自体の発動に失敗しないのなら、相手の行動停止に失敗したところで影響は其処まで無い。

だからこそ、再度発動しようとして――――。

 

じっ、と。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(…………は?)

 

目線だけを視線の元、木々の中へやるが何も見えない。

立ち位置の問題も有るのだろうが、肉体が見えないから感覚拡張も効果を発揮しない。

思わずそっちに身体を向けてしまいそうになるのを止め、握力を更に込めることで意識を戻す。

 

「ご主人!」

「ああ!」

 

羽根を用いて上下左右、空中での姿勢制御や自身の身軽さを利用した空中殺法。

皮膚を少しずつ削り、体液を零しながら相手の動きを止める白ではあるが。

体重差もあってか、完全な無傷とは言えずに彼方此方に損傷が見える。

 

数値に現れない生命力の減少。

或いはこれから減る予兆とも取れる状態。

ただ、それを見るのは今までも何度も有る。

足止めに成功している以上――――。

 

「呪法陣行くぞ!」

 

一度杖を持ち上げ、地面に埋まる程に叩き付ける。

振動、地面を這っていた霊力の円。

形作られ、けれど中心の鵺は縛られるのを嫌がり霊力の鎖を引き裂いている。

 

「朔君! 一歩左!」

 

言われるがままに左に飛び。

俺が一瞬前にいた場所を、今度は力を込められた矢が貫いていく。

瞬間、首元にめり込む白木の矢。

 

「伽月!」

 

相手の生命力は確実に、そして大幅に減りつつ有る。

終わらせるまで、視界の主が残っていれば良いのだが――――。

 

そんな期待を、思考の果てに追いやって。

更に詰めを掛けようと、普段とは違う治癒の為の霊力を練り始めた。



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015/追跡

 

『――――ywakf』

 

ずん、と周囲に響くような音。

生命を失い、本来ならば瘴気に分解される筈の鵺の姿。

場所が場所故からか、即座に消えることはなく。

端の方から微かに分解されていく光景が視界に映った。

 

戦闘時間、凡そ四半刻程。

本来はもっと深度を上げた状態で戦うような妖だからだろう。

明らかに普段よりも時間が掛かり、与える損害も薄皮を削いでいくような戦い。

ハリネズミのように矢が複数刺さり、地面にも幾つもの外れた矢が転がっている。

 

「……結構使っちゃったなぁ。」

「まだ矢の在庫有るのか?」

「再利用できるからまだ……でも、こんなのを何度も繰り返すなら無理だよ。」

 

白は周囲の警戒。

伽月は途中で刃から聞こえた異音を確認し。

リーフはその辺りに生えている薬草を拾い集め。

俺と紫雨は再利用できる矢弾の回収・確認中。

先に視線の元を探りたかったが、紫雨の戦力回復を優先した形。

 

(……根本の疲労は抜け切れてないだろうしなぁ。)

 

全員が全員、昨晩からの対応で疲労は確実に蓄積されている。

外傷という意味合いでは俺の能力で治癒も済み。

霊力という意味合いでは周囲から吸い上げ回復したが。

持ち込んだ道具、という目線からすれば確実に減っている。

 

「そういや、何本か違う矢使ってたよな?」

 

ふと思い出したこと。

戦闘中に見えた何本かの矢を脳裏に浮かべ、聞いてみる。

 

「白木のこと?」

「そう、それ。」

 

白木。

この世界ではそれらは普通よりも高い、若干特殊な矢として扱われる。

元々生える場所が幽世の近く、瘴気が濃い場所という条件も勿論ながら。

それらを加工した矢は、神職や呪法師等の手により属性を付与出来るからだ。

 

恐らく、あの時飛んでいたのは『清める』系列の神職の付与効果。

五行属性とは違い、純粋に威力を高める目的で使われることが多い。

素材自体を清める事で、複数回利用可能。

つまり使い捨て、というものではないのでやはりお高め。

 

「ちょっと試しておきたくてさ~。

 間違いなく効果はあるけど、目に見えて変動が有るわけでもない……のかなぁ?」

「まあ相手が相手だったしな。」

 

これがもし、使うことで時短になるのなら紫雨は容赦無く使用したと思う。

此奴は単純に節約が好きとかそういう類ではなく、合理的・効率的かどうかで考える節がある。

彼女の腕の内側……家族認識した相手なら別っぽいんだが、それは今は置いとく。

そして今回の場合、使用前後での比較をする為に何本か試しに使ったということらしい。

 

「ん~……回収系の能力優先したほうが良かったのかなぁ?」

「どーだろうな。 後回しにしてた理由もあるんだろ?」

「朔君の部隊、物理系で一撃に重みを置いた人いなかったじゃん。」

 

……伽月が加入するまでは確かにそうだな。

ジトっとした眼で見られて、苦笑で返す。

 

彼女の言う『回収系』というのは、使い回しが利く道具を消費する場合。

例えば矢であったり呪法が込められた回数制限がある杖、毒を消費した後。

使用後に一定確率で再度手元に呼び戻す、という能力。

何でも自身の霊力を元に複製したものを使用した、と誤認させる能力らしい。

それが上手くいくかどうかで戻ってくるかどうかが決まるとかなんとか。

 

「その前提の派生が重いんじゃなかったか。」

「だから何でそれを知ってるのか疑問なんだけどねぇ~。」

 

大体半数より少し多いくらいは回収できた。

これを彼女が修復して再度使い回す、と。

其処までは俺は手は出せないので、引き渡すまでだが……。

 

「…………朔、くん。」

 

どうだろう、と周囲に眼をやろうとした時だ。

茂みの辺りで真顔になったリーフから声が掛かった。

 

「どうした?」

「…………これ。」

 

近くで白も同じように地面に目線をやり。

どういうことだとばかりに顎に手をやっている。

指差されたのは、やはり地面。

近付き、目を向け。

 

()()()()()()()に眼を少しばかり開く。

 

「…………誰も、此処には。 入って、無いよ。」

「付け加えるなら、誰の足の形にも合わぬ。

 長旅用の靴ではなく、足袋に近いの。 これは。」

 

地面にめり込んだような跡。

体重がその分掛かっているのは、恐らく其処に潜んでいたからだろうと。

ただ姿が既に無いということは戦闘中……つまり意識が逸れた所で逃げたか。

 

「白、追えるか?」

「多少心得があるならば誰でも追えると思うがな。」

 

そっちじゃ、と指を向けた方向。

木々や石などが転がり、獣道とも言えない場所ではあるが。

誰かが無理に通ったような細い隙間と所々に薄っすらと残る足跡。

 

「多少は痕跡を消してはいるが……素人が出来る限り対応した、と言った感じかの。」

「随分と経験者みたいなことを言うようになったなぁ、白。」

「誰のせいだと思っとるんじゃご主人。」

 

茶化すようなことは言うな、と目線で言われて頭を下げる。

全く、と口走るが怒っているというよりは言わねばならないと判断した感じか。

 

「で?」

「全員の戦闘後対応が終わったら跡を追う。」

 

一番気になるのは伽月か。

下手に刀が折れ曲がりでもすれば戦力が極端に減る。

それに此処は幽世の中ではないから、武具などを補給する手段もほぼ無い。

……自然発生した瘴気箱のようなモノなら何処かに転がっているかもしれんが。

 

「二人は大丈夫か?」

「…………私、は。 ほぼ、見てた……だけ、だから。」

「吾は……そうじゃなぁ。 数分で構わん、休んでおいていいか?」

「ああ、その分の見張りは変わる。」

 

本来は交代交代で休む筈だったが、妙なものを見つけたとなれば早めに追いたい。

恐らくはこの先に何かがある。

人影か、或いは建物か――――それ以外か。

何にしろ、先に進んでいるという認識は持てる。

 

人知れず、手に力を込めながら。

座ったままで手入れを続けている二人へ、足を向けた。



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016/遺骸

 

移動開始までに多少の時間を要し、足跡を追い始める。

 

「……やっぱり相対的な存在の差異って大事なんだねぇ。」

「ですね……。」

 

ぽつりと零し、それに対して応対するもう一人。

 

最も時間が掛かったのは予想通り紫雨。

ただ、伽月もほぼ変わらない程度に手入れを施していた。

 

「伽月ちゃんの方はどう~?」

「私は……そうですね、折れ曲がったりまではしていませんが。

 その分芯が歪んでしまった感じ、でしょうか。」

 

その理由は極めて単純。

何方も鵺に対して真正面から挑むことになったから。

紫雨の場合は皮膚に対して点で当たる武器だから兎も角。

伽月の場合は線で立ち向かわなければいけなかった、というのもあると思う。

 

……この辺はゲームじゃ無かった要素だな。

単純に付与効果や攻撃力だけで見ていたが、その武具防具の根底次第で破損しやすくもなるか。

もう少しでも弱い幽世産の武具だったら途中で折れてたかもしれん。

 

「大丈夫なのか? それ。」

「同じような相手には使えませんね。 格下や普段くらいの相手なら何戦かは。」

 

その時点で大丈夫とは言えないんだが。

何本か予備を持たせておいて良かったのは間違いない。

 

……龍脈内で刀でも見つかると良いんだが。

誰も使わないし使えないから太刀はやめてくれよ。

そんな事を考えつつ、もう一人の直接戦闘していた人物――――白に声を掛けようとして。

彼女が足を止め、少し顔を顰めながら上と下を見つめ始めた。

 

「白?」

「ご主人……は別に構わぬか。 残りは其処で待っておれ。」

 

何事か、と問い掛けて。

あー……と言いづらそうな何かを抱えてしまったような顔を向けつつにそんな言葉。

 

何か今雑な扱いしなかったか?

手招きされる中でちょっとだけ扱いに疑問を抱き。

白の間近まで近付けば……まあ、言いたいことは十二分に分かった。

 

「あー…………。」

「言いたいことは通じたか?」

「確かに見るもんじゃねえもんな、普通。」

 

木々の下に見えているのは頭蓋骨や腕の骨。

埋められていたのを乱雑に掘り起こされたような形で地面から見えている。

そして、頭上……ほんの少し離れた木々には果実が幾つか生っている。

但し、幾つかはもぎ取られたように枝が折れているのが印象に残る。

 

(誰が埋めた……って考えるまでもないか。)

 

本来、幽世で散った場合。

妖の臓腑の内側に収められた後に白骨は大気に消える。

つまり普通にしている限りは死骸や白骨などを見る機会は殆どないと言って良い。

 

ただ、それに対し多少なりとも慣れる程度に見慣れてしまっているのは。

街道沿いで山賊に殺された末路なのか、木々の下に乱雑に撒かれているのを見たことがあるから。

その際もリーフに見せることなく、俺と白で対応した。

 

あの時は……まだ部隊として活動したてで、リーフも慣れるまでに時間を用していた時期だった。

そして今は、男女の差というつもりは更々無い。

ただ……変に見せて歪んだ感情を抱いてほしくない。

特に今のような、ギリギリの場所では。

 

「ご主人はどう思う?」

「そうだな……埋めたのは恐らく足跡の主だと思う。」

 

掘り起こしたのは恐らくあの鵺……か、或いは別の妖か。

いや、鵺なら道中の木々に跡が付くから別物の可能性のほうが高そうだな。

 

頭上の果実からして、恐らくはアレを主食とでもしているような気がする。

転がっている白骨の数は十では効かず、此処だけでなく彼方此方に転がっていると思う。

……つまり、迂闊に踏み込んだ超能力者の幾らかや旅人が犠牲になったということ。

悼む気持ちは当然にあるが、それよりも気になったのはゲーム版との大きな差異。

 

(……()()()()()()()()()()()()()()()()なんだが。)

 

隠しキャラが設置されている神社は、古びているとは言え守護の役割も担っていた。

当然妖が住まい、危険であることは変わりない。

 

それでも、生活する上で最低限の暮らしをする為。

そして生まれの点からしても、完全に放置するのも難しいのだろう。

最悪でも、限られた超能力者が近隣の村辺りから荷を運び込める程度には余裕があった筈だ。

ただ、見る限りそういった人物達も纏めて殺される程に危険度が増している。

最良の場合なら、自らあちこちに出歩く事さえ実行していたはずなのに。

 

どうやって生活しているのか。

何故逃げ出さないのか。

そういった謎がまた一つ積み重なる。

 

(超能力者の持ち込んだモノを利用するにしても、不定期だから頼りには出来ない筈。)

 

果実だけを食べているにしろ、栄養素的に枯渇するものが多すぎる。

となれば、何らかの形で手に入れていると考えるのが妥当。

 

……いや、ひょっとすれば逆か?

定期的に何も知らない超能力者が依頼を受け、荷物を持って。

この空間に足を踏み入れる。

 

――――其処まで考えて。

ふと浮かんでしまった、残酷な発想を頭を振って無かったことにする。

幾ら神職の家系とは言え、()()を許可するのなら。

それはもう、妖と然程変わらない存在だと俺は断ずる。

 

「……じん。」

「……ん?」

 

と、なれば……。

身を屈めて骨を確認しようとし、肩を掴まれ我に返る。

 

「ご主人。 また考え込んでおったのか。」

 

呆れ顔を浮かべつつ、俺を見つめる相棒の目線。

 

「ぁー……すまん。 またやってたか。」

「やってたの。 それで?」

 

だが、こうして考えること自体を否定するわけではない。

知識と現場の状況、それらを鑑みて行動を決めていると良く知っているから。

 

「目標……って言い方も悪いな。 神職の末裔は兎も角としてだが。」

 

言ってしまうか、どうするか。

悩むのはほんの数瞬。

 

「神職自体は信用しちゃいけないかもしれんな。」

 

それは派閥単位かもしれないし、誰か個人の独断かもしれない。

俺が知らない何かを利用して出入りしているのかもしれない。

 

ただ、この白骨を見て。

良い感情を抱けるような事は――――現時点では。

何も、無かった。



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017/廃屋

 

白骨死体が埋まった場所……墓所を少し遠回り。

獣道から道なき道へ、その後に再度獣道。

明らかにおかしい行動ではあったものの、恐らくは薄々感じ取っているからか。

口では何も言わずに、寧ろ生暖かい目線が増えた気がする。

 

(……なんかすっげえ違和感。)

 

直接的に言ってくれる方が楽なんだが。

警戒しながらも気を緩めている――――とでも言えば良いのか。

そんな矛盾を身に纏いながらの移動だから、背筋が奇妙な感覚を覚えている。

 

「……はぁ。」

 

溜息を傍目からしても分かる程に漏らしながら、木々の合間……葉を手で避けた。

身長が中途半端というのもあって、本来なら胴や腰程度の高さでも視界を遮る邪魔になる。

 

……現時点で一番身長が高いのが白、というのがなんだか凄いモヤモヤする。

高すぎても邪魔だが、低すぎれば色々と戦闘面でも不利になるしなぁ。

 

「本当こういう所だよねえ。」

「……何となく分かります。」

 

背後から聞こえる声を無視して、目を凝らして更に一歩進んだその奥。

ずっと追い掛けていた足跡の先。

古びた、建物自体から落ちたような瓦が地面に幾つも転がっているのが目に入る。

 

白塗された、漆喰のような壁。

その中で一部が大分黄ばんだように見えるのは、日で焼けたからなのか。

 

白より先に気付いたのは、単純な視力に依る差だとは思い込みつつも。

ほんの少しの身長差による視界の高低差のせい、と言う正答からは目を逸らした。

 

「見えてきたな。」

「……何処じゃ?」

「向こうの方向。 白なら直ぐ気付くだろ。」

 

そちらの方向……進んでいた方向から15度程逸れた先を指差す。

足跡は直進していることから、敢えて大回りしているのか何なのか。

このまま突き進むのも有りだが、先に落下物を確認するのも選択肢の一つ。

 

「ん~…………あ、アレか。」

「見えたか?」

「うむ。 あの壁のようなのは……何じゃろうなぁ。」

 

どれどれ、と見ようとするので位置を変わる。

少しばかり屈んで同じ目線になって気付く、というのがちょっとイラッとする。

 

「…………屋根、からの……落下物、でしょう、か?」

「瓦だねぇ。 でも、あの量はちょっとおかしくないかなぁ?」

「何かを隠している、とかの可能性はありませんか?」

 

後ろの三人も同じように近付き、見ようとし。

思い思いに予想を口にする。

どうやら三人はあの場所が気になっているようだが。

 

「白、どう思う?」

 

相棒にも意見を聞いてみる。

現時点で気になるのは大きく分けて二つ。

足跡を追いかけるか、或いはあの転がっている瓦付近を調べるか。

 

「吾は足跡を追うべきだと思う。 ご主人は?」

「俺は……何方かと言うならあの壁が気になってる。」

 

何方を重視するのか、と言うだけの話に過ぎないのだが。

足跡を追えば、見えている建物付近の……言ってしまえば住処までは辿り着けるだろう。

それに対し、あの瓦付近ということは『神社としての正しい出入り口付近』を確実に調べられる。

その中で、気になったのはあの()()()

 

「あの壁がか?」

「正確に言うなら色が変わってる方角とか材質とかその辺も含めて、だな。」

 

何を言っているのか、と目線で聞かれれば答えを返す。

 

太陽が当たる方角で、少しずつ色が黄ばんでいくというのはまあ分かる。

それにしては周囲が木々で覆われ、太陽光が隠れているのに色が変わるものか。

そしてついでに周囲を一廻りし、他の妖の痕跡がないかを確認しておきたい。

 

「……は? 色が変わっている?」

「いや、変わってるだろ。

 白い壁なら当たり前だし、それより――――。」

「いやいや、ご主人。 ちょっと待て。」

 

そんな、一目で分かる違和感とはまた別の視点からの言葉のつもりで。

実際には足跡を優先したほうが良いだろうな、と続けるつもりだったのだが。

白が途中で話を止めて。

じっと見つめる眼力を更に強くしつつ、問い掛けられる。

 

()()()()()

「は?」

「少なくとも吾には見えぬ。」

 

……見えていない?

いや、隠し扉やら隠し通路が設置されている事自体はまあ分かる。

幽世内部にそういった要素を仕込む、という事自体は幾つもあった事だし。

それを発見するにも特殊な能力が必要、というのも同じ理論で分からないでもない。

 

ただ、幽世の探索に特化した能力を持つ彼女が気付かない。

探索系の能力等、精々が奇妙なこの眼くらいしかない俺が気付く。

そんな事あるのか?

 

疑問が複数浮かびつつも、三人に確認する。

流石に俺にだけ見える異常ではないことを信じつつではあったのだが――――。

 

「……色?」

「え、そんな場所あるぅ?」

「……何処です? え? あの壁に?」

 

三人からの答えも、白と同じく。

寧ろ俺がおかしいのでは、という心配もあってか。

状態異常解除系の薬を渡され、服用してもやはり消えない。

 

「どうなってる?」

「それは吾のほうが聞きたいのだが……。」

 

だよなぁ。

 

……後々で確認する必要性がある事がまた増えた。

逆説的に、今すぐに調べなければいけない、という必要はない。

ならば、最初に挙げていた二択の何方かを選べばそれで良さそう。

 

「……先に足跡を潰すか。」

 

なので、気になった壁を無視するなら。

当初の予定……辿った足跡を優先することにした。

 

「良いのか?」

「どっちにしろ順番が前後するだけだしな。

 それに、見ていた当人を捕まえられるならそれを優先したい。」

 

鵺クラスの妖が住まう場所なんざ長居はしたくない。

後々で再度侵入する、という選択肢がある以上第一目標を優先しよう。

 

多分、間違いはない。

……結局、どっちを選んでも先が暗闇なのだから。

良いよな、と三人に念の為確認しつつも……足跡の方向へ。

 

掻き消さないように気をつけつつ。

草の上を辿るように、また一歩歩き始めた。



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018/二択

 

足跡の先。

此処まで来てしまえばもう直ぐだ、と思う心を戒めながら。

俺にだけ見えるらしい、色の変わった壁を横目に回り込む。

ある程度予想していた通りではあるのだが……この壁はどうやら建物を囲むモノではなく。

建物の敷地範囲を定める塀や仕切り、と呼ぶほうが適切に思う。

 

「……うわ」

 

きちんと手入れされていれば価値は数百倍に跳ね上がっただろうに。

紫雨が言葉を漏らすのも納得できる。

 

無惨にも放置されているそれは、塀の頭上……本来張られていただろう瓦は全て落ち。

地面の彼方此方に点在するように撒き散らかされ、微かに残骸が残るのみ。

文字通りに”捨てられた場所”。

こんな場所に住もうとは、普通の人間では考えもしないだろう。

 

(……()()()()()()、ってところが厄介だよなぁ。)

 

この場合の封じられる、というのは二つの意味を持っている。

 

一つは与えられた場所、という意味。

生まれが生まれだけに民衆の中に放つのは不安だったのかもしれないが……。

少なくとも成人になるまではその場所で生活できるように面倒を見られていたはずだ。

その後は拾いに行く場合場合によるが、大抵は身分を隠して客商売に手を付けたりしている。

だからこそ、存在を確認した上で近くの街や宿場町を探そうと思っていた。

 

だがもう一つ、今回の場合は文字通りに『封印』されている、という意味合い。

周囲を妖が漂い、迂闊に出れば喰われる居場所。

食料なども当然無く、自らの危険を考えながら動く必要がある場所。

恐らく、今回の場合は「死んでしまっても構わない」という意思を感じる。

存在する価値観がゲーム版より更に低い……というには何らかの理由が関わっていると思う。

 

(……とは言え、当人がそれを知ってるかが分からんのだが)

 

どうしたものかね、と思いつつに壁沿いを歩いていれば。

 

「……彼処のようだのう」

「みたいだな」

 

白が口にし、そして俺も同じ場所を見ながら口にする。

一箇所崩れ、その破片が坂のように内側へ踏み込みやすいように均されている。

そして足跡はその内側へ向かっている様子。

 

「境内の中に何があるのかね……」

 

誰から行くか、と一度目線をやった上で最初に足を踏み入れる。

ほんの少しだけ悪化する、更に濃くなる張り付く空気。

既に粘度は非常に高く、肌から穴から体内に入ろうとしてはその場で止まる。

……何らかの基準でもあるんだろうか、この奇妙な粘度は。

 

肌感覚がおかしい以外は何もない、と告げて恐る恐るに入る四人。

おお、と口にするのは同じように感覚を理解できる二人。

ただ、残りの二人……伽月と紫雨も何らかの異常は感じるようになったらしい。

 

「…………こんなところに。妖、いるもの……なんです、か?」

「あー……普通なら存在しないはず」

 

境内を初めて見たようで、周囲をキョロキョロと見つめるリーフを他所に。

両手を握っては開き、何やら麻痺でも受けたかのような形で自分を確かめている。

 

「……どう思う~?」

「何でしょうね、この感覚は」

 

普段感じるものではない、と言った具合で。

手足、互いに見合って背中や武具を軽く引いたり飛び跳ねたりと確認中。

ふわりと浮かび上がる服から目線を離してちょっとだけ考え込む。

 

(濃度が上がったことで気付いた、にしては幾つか疑問があるんだよな)

 

はっきり言って、その差で気付けるならどの超能力者も自然と気付けるようになると思う。

 

なら、考えられる理由は二つ。

薄い場所と濃い場所、その両方を感じられる程の場所に踏み込む数が少なすぎるか。

或いはその肉体に影響があるからこそ、どんな相手でも気付ける代償を背負うか。

どっちも否定しづらいから……危険度を考えるなら後者を前提としておこう。

 

俺達全員が何らかの影響を受けている。

但し能力面や超能力面、つまり戦闘に於いて不利になる影響は特になし。

あるとして何らかが張り付いている違和感で感覚が微量に狂うくらいか。

その為だけに何かを仕込むとも考え難いし。

 

「……んんむ」

 

足下の破片を蹴り飛ばす。

からころと転がり、塀と古びた建物沿いに弾かれていく。

その方向に眼をやれば、建物自体も大分古く。

刻まれているだろう呪法術式は勿論、普通に生活さえも難しいというのを再認識できる。

 

「ほれご主人、とっとと行くぞ」

「あー、はいはい」

 

此処からは足跡は何方にも繋がっている。

曲がり角に残った枯れ木の方に進むか、或いは微かに明かりが差し込む方へ向かうか。

何方に行こうとも回るのは同じ。

だから、どっちに進むかを決めるのは唯の二択。

その、筈なのに。

 

足を踏み込もうとしていた四人に白いモノが()()()

頭の上に見えたのは、再び伸びようとする白く細い糸の束。

そちらに向かえば、何かを確定させられると。

一瞬だけ見え、消え。

再び理解する、謎の光景。

 

「此方からだ」

 

自然と進もうとしていた四人へ声を掛ける。

え、と聞こえる声を他所に。

既に此方……暗がりへと足を進め始めた。

 

「…………朔、くん?」

「ちょ、ちょっと待ってよ~!?」

 

無視して向こうに回るのかどうなのか。

恐らく、頭に張り付く手前だからこそ何とかなった。

そもそも何故見え、何故干渉出来るのかが分からないままのあの糸。

 

ただ――――。

 

「チッ」

 

そんな舌打ちのような音が。

この空間に踏み込んで初めて聞こえ。

先程と同じように、空を見上げる。

 

何も見えない雲と天。

天候が移り変わる手前とばかりに、黒く塗られた雲の数々。

それよりも手前で――――何かが、一瞬見えた気がした。

 

見てはいけない何かを。

吐き出す吐息の断片を。

見たくもない、悪意に包まれた嘲笑を。

 

「…………」

 

くるり、と背中を向き直れば。

太陽が差し込むように見えたもう片割れの道の奥。

其処が、ぬるりと黒く塗り潰されるのが見え。

走れ、と声を挙げていた。



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019/逃走

 

え、と再び声が聞こえ。

けれど走り始めた俺へと慌てて追従を始める。

 

走る限りは追いつかれない。

けれど歩けば追いつかれる。

そんな何とも言えない速度の、黒い何か。

 

「一体何g……なんじゃアレ!?」

「俺が知るかぁ!!」

 

若干キレそう……いや、キレながら叫ぶ。

俺に理解できないものが幾らでもあるのはもういい。

ただ、こうも畳み掛けるようにやってくるのはどうなってるのか。

 

「なら誰が知ってるんじゃ!?」

「知らねーよ!?」

 

絶対後で追求されそうな言葉。

聞いていないで欲しい、と願うがどうなることか。

 

「何にしろ走れ! 全力な!」

 

一度立ち止まっていた、というのが功を奏した。

全員が一塊で、変に隊列を組んでいなかったこと。

そのほんの少しの差で、最前衛……白の生死に関わったのだろうとそう思う。

 

【速】の差もあり、追い付き追い越すのは手慣れている彼女。

だから一度後ろを向いてしまい。

そして向き直った時には顔を引きつらせ、理解できないと更に足を早める。

叫ぶ余裕すらも無くなりつつある。

俺も白も、何方も。

 

「俺が指示する! 白は他の三人の補助を頼んだ!」

「わ、分かった!」

 

ちらちらと後ろを向いていては対応もできない。

そもそも背後のそれに知識や意識があるのかさえも分からない。

ただ、あの影に追いつかれたら不味いと全身が囁いている。

そんな、生理的な恐怖を感じながらの逃走。

 

「…………凄い、寒気、が」

「良いから走ろうよリーフちゃぁん!?」

「何事なんですかこの場所!?」

 

最も【速】が低い(あしがおそい)リーフ、そしてそれに並ぶ伽月。

二人を引っ張るようにして、大慌てで走ってくる紫雨から目線を外し。

最初に曲がり角を折れれば、古びた建物の側面へと出る。

 

どうやら最初に入った場所は裏側に当たる場所だったらしく、入り口らしき場所は見えず。

壁に穴が空いた場所が幾つも目に入るが、俺達が入るには余りにも小さい。

 

(一度彼奴から目線切らなきゃどうしようもない!)

 

目、があるのかは分からないが。

何にしろ一度振り切らないといけないのは間違いない。

単純に逃げているだけでは何処かで体力が尽きて追いつかれる。

焦っているからなのかもしれないが、そんな考えが浮かび続けて離れない。

 

更に一歩、足を早める。

白に全面的に任せ、建物の表側……普通であれば入り口に当たる場所が開いていることを祈る。

最悪は蹴破ってでも中に入る。

そんな嫌な覚悟を決め、大きさだけは金持ちの屋敷を遥かに超えていそうな一角を走り抜け。

脚を地面に擦るようにしながら押し留め、身体の向きだけを90度回転。

一気に表側の戸を視界に入れる。

 

(入り口……は見えん!)

 

何というんだったか……対称的な構造、とか言うんだったか。

入り口部分だけが少しだけ突出した構造。

だから其処に遮られて向こう側も見えないし、入り口も同様。

寧ろ右側、手水鉢(ちょうずばち)の一部が破損し地面を走る細い水の道。

或いは正面口、鳥居のある場所に大きな足跡何かのほうが余っ程よく見える。

 

それでも、何も理解できなかった訳ではない。

入り口で遮られる場所に一瞬だけ、人影のようなものが見えた。

だからもう、その場所に賭けるしか無い。

 

「次左折、入口部分が突出してるからその反対側!」

 

そう後ろに叫びながらに向かう。

肯定を意味する言葉が四つ、背後からバラバラに聞こえ。

そして、同時に。

こっち、と掠れた声が人影の消えた場所から微かに聞こえた。

 

従うか、微かに悩む自分がいるが。

次の瞬間には駆け出していた。

恐らく俺のことだ、背後のナニカよりも前のほうがまだ何とかなるとでも考えたのだろう。

そして同時に、その声の持ち主に対しても考えを働かせる。

 

(やや高い声、男の物とは少し違う……!)

 

声変わり前、と言う可能性はままあるが。

普段から聞き慣れている女性陣の声に近い物。

俺自身が発する声と周囲の捕らえ方が違うというのは分かっているが、俺よりの声ではない。

男子か女子か、その二択でまた女子かよ……と思ってしまう心は抑えきれずに走った先。

 

人一人分程が通れる程度に開いた壁。

光を背負う形だからか、近付く程に内側の光景が目に入り始める。

 

ボロボロの物入れ。

綺麗に折り畳まれた、それだけが特殊に見える服か何か。

穴だらけの寝巻き……の残骸。

そして、床に大きく空いた穴。

その奥から。

 

――――こっちです。

 

再び、彼方此方から反射する声。

その時に思ったのは若い、というよりは幼い声だな、という事。

俺が言えることでは決して無いが、それでも更に年下だと思う。

 

「誰だか分からんけど……ちょっと信じるぞ!」

 

全面を信じる、と言い切れない自分が恥ずかしいが。

俺だけではなく、他の仲間の生命を同じように賭け金に上げるには情報が足りなさ過ぎる。

だからこそ、そんな中途半端な言葉が口から漏れた。

 

「折れ曲がった先、部屋の中! 穴に飛び込め!」

 

それだけで通じると信じる。

半ば投げやりに身をその穴の中に放り込む。

少しばかり浮く感覚、からの地面の冷たさと硬性。

強く打った時特有の痛みが脳を貫くが、このまま同じ場所にいれば降ってきた重量に潰される。

 

這うように少しだけ、穴の中から床下へと移動して。

その手を誰かに取られて、初めて顔を持ち上げた。

 

黒ずんだ肌。

恐らくそれは全て汚れ、洗い落とせばその下はまた別の肌が見えるだろう。

大事な部分だけを隠すようにした下着に、明らかに大きさの合わない穴の開いた服を身に着け。

深緑を更に濃く、黒に近しい髪色を持った橙色の眼を持った誰かが俺を見つめている。

 

――――。

 

不思議と、何かを共有するような気がした。

眼と眼が合っている、というだけなのに。

言葉以上の何かを伝え合うような、錯覚を覚え。

自然と。

 

「「君(あなた)は?」」

 

同じ質問を、別の言葉で。

見知らぬ相手に、知らず知らずの内に……投げ掛けていた。



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020/少女

 

どたどたと鳴り響く落下音。

恐らくは目の前の彼女と同じようにそちらを見れば、積み重なるようにする四人の姿。

いてて、とかそんな苦痛に耐える声がする中で。

 

「はやく、此方へ!」

 

掠れた声、喉の使いすぎ、というよりは……使わなさすぎてのものだろうか。

言葉を忘れる、と言う程ではないのだろうが。

喉の乾きに耐えた結果とはまた違う、聞き取り難い声が隣から響く。

 

四人もその場に佇み続けるつもりは無いようで、上から少しずつ移動を始め。

全員が穴からほんの少し距離を取った、そんな時。

 

()()()

 

そんな擬音が正しいように、何かが上から覗き込んでいる。

いや、眼や鼻が見えるわけではないからそう表現するのは間違いかもしれないが。

ただ、俺達を追い掛けてきたというのだけは分かる。

 

何かを嗅いでいる。

何かを見ている。

何かを聞いている。

 

五感に当たる部位など何処にも見えないのに。

それは確実に追いかけ回している、と判断できた。

がちがちと歯の根が揺れて。

幾つかの声と、恐怖を根底とした寒気を今になって感じる。

近いからか、或いは理解できないからなのか。

 

一秒、二秒。

何秒かの時間が経過して、それが姿を消した時。

気付けば全員がその場にへたり込んでいた。

 

「……今の、は?」

 

吐く息が白くさえ見えた。

根本的な恐怖。

恐らく、俺と白にリーフ。

感覚が鋭い人間程に、その影響は大きくさえ感じる。

 

全く以て理解が及ばない。

生命力も、霊力も見えない何か。

名前さえも――――それを表す画面さえも発生せず。

けれど確実に狙われていた何か。

 

考えが及ばないモノへの恐怖。

極当たり前のものを、今更ながらに強く認識して口にした言葉。

 

「りゅうみゃく、に住まう抹消者らしい……です。」

 

その答えを口にしたのもまた、見知らぬ少女。

 

「龍脈の……?」

「はい。 お母様から聞いた程度ですが……。」

 

自然と全員の視線が少女に向く。

それにビクッと反応しつつ、知っていることを教えるのが当然のように。

共有するのが当たり前と思っているように口にする。

 

「しぜんの、森の中に住まう昆虫のようなものだ、と。」

 

若干辿々しく、聞いたままの言葉を口にしている感じを受けつつも。

彼女の言葉を噛み砕けば……そう。

アレは、文字通りの掃除人に似た存在らしい。

 

龍脈は文字通りに大きな力を発揮させる場所の上。

知ってか知らずか、妖だけでなくかつては人なども当然に其処に住み着いたと言う。

神職という意味合いだけでなく、自身の身に余る力を求めるモノ。

或いは悪意を持つ者や住まうことで何かしらの変異を狙う者。

気付けば自然と広まっていたそんな話の上で、その力を護る為に龍脈自体が遣わした掃除人。

邪魔な存在を、その場所から排除するためだけにいつしか生まれた謎のモノ。

 

呑まれればどうなってしまうのか分からない。

どこかに飛ばされるのか、そのまま消失してしまうのか。

『呑まれた』と証言する人間はいても、その答えは千差万別。

 

だからこそ、幾百年も前にその上で暮らすことそのものを自然と禁忌として認識し。

その影響から逃れる手段を握った神職を除き、人は干渉することを辞めたのだとか。

 

……直感的に感じた恐怖はやはり間違ってなかった、ってことか。

少なくとも知らない、という俺の考えは間違ってなかった。

そんな過去に関する事情は聞いた覚えも無かったし、人がいない理由も一応の納得がいく。

 

(対応手段を持ってないのならそりゃ住むわけもないよな……建物毎呑まれなかったのが不思議だ。)

 

神職だけが龍脈の上にいる……というよりは逆か。

龍脈の上でしか神職を仲間に出来ない、というのはこれに繋がっている一部なんだろうな。

実質的に『その上に閉じ込められている』ような状態から離れる蜘蛛の糸。

それを望むような人間だっている、って話だろうし。

 

ただ、この話を聞いて更に深く疑問が浮かんだ。

 

「改めて聞く。 君は、誰だ?」

 

何となく、その答えを俺は知っている気がする。

 

今回の目的。

目指してきていたもの。

それに触れたような、指先を掛けたような感覚。

 

ただ――――俺が見知った人物像とはとても掛け離れた口調と言葉。

もっと浮き世離れしたような、必要な言葉だけを話していたような気がする。

 

「……それをはなす前に、一つ伺ってもいいですか?」

 

そして、先程の目が合った時の感覚。

他の誰と出会った時とも違う、共有できる感じ。

互いの意思を無意識の内に、脳裏でやり取りする感じ。

 

それは自然と喜びに似た感情を与え。

そして内心、恐怖を受けた。

 

「何を?」

 

全てを抜き取られているような気がしたから。

人から忌み嫌われるだろう、という感覚を理解したから。

()()()()()()()()、と。

言外に、言葉にせずに突き付けられている気がしたから。

 

乾いた唇に罅が入った。

けれど、誰も答えようとしないだろうから。

俺自身が代表して、口にした。

 

「あなた達の中に……薬を作れる人は、いますか?」

 

だからこそ、そんな質問に少しばかり話のテンポを外された気がした。

目線を向けるより先に、おずおずとリーフが手を挙げる。

 

「…………最低限、の、もの、なら?」

 

その言葉を聞いて。

少女の顔に浮かんだのは、喜色。

先が少しばかり見えた、と言わんばかりの救いを差し伸べられた側の顔。

 

「……なら、お願いです。」

 

頭を伏して。

俺の言葉に答えるよりも先に、彼女は再び口にする。

 

「おかあさまを、見てください……薬師様。」

 

そんな、懇願を。

そんな、何も持たない身分の祈りを。

 

「とうかは、灯花(とうか)と申します。 ――――それ以上は、今は言えません。」

 

それでも、お願いできませんか。

そんな、救いの手を差し伸べた誰かは。

同じように、助けて欲しいと。

たった一人を助けて欲しい、と……口にしたのだ。



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021/母御

 

混乱が続く中ではあるが。

彼女の潤んだ眼に、何人かが根負けした。

案内されるままに床下を這って進めば、奥の方に若干の光が見えた。

 

そちらに顔を覗かせ、薄い煎餅布団のようなものの上に横になる影を見つける。

上の掛け布団に当たる物体は俺達にも見覚えがある、休憩用の羽織るやや厚い布。

ごほん、と咳をして上半分が飛び跳ねるのが見え。

慌ててリーフが上へと上がり、その影へと近付くのを眺めていた。

 

(……体調不良、って言葉で片付けていいのかね?)

 

目が慣れてくればその影が人の――――女性の形を取っているのにも気付く。

明らかに呼吸器系が不調の時の、何か水っぽい咳も混じっている。

咳をし続けては呼吸が不安定に揺れたり、落ち着いたり。

病人というのは、そんな呼吸音を聞いているだけでも分かった。

 

「………………ええっと、ええっと」

 

混乱しながらも、能力に依る副産物……薬を作る前提の、状態を確かめる知識を掘り返している。

正しい意味での「病を治す」能力ではないから、完全ではないのだろうが。

それでもルイスさんからの指導も相まってか、薬師見習いとしては十分に名乗れそうな行動を取る。

 

鼓動の確認や上着を脱がそうとするのを眺めているわけにも行かない。

横から湿った目線を向けられ、慌てて目を逸らす。

 

「……全く」

「もう少し気を使わないと駄目だよ~?」

 

だったら口で言えよ、と反論しようとしたが。

目線が二つから四つに増えたことで押し黙る他無くなる。

せめてあと一人は男の知り合いが欲しいってのは贅沢なんだろうか。

女だらけって最近ちょっと苦しくなってきた。

 

目線を逸らしながらそんなことを考えているだけ、というのも時間が勿体なく感じて。

少しばかり落ち着き、他三人が休み始めた中で。

検診しているのを見ている少女の横顔を見つめてみた。

 

(少なくとも、彼女には病気の兆候は見えない。)

 

精々で飢え、飢餓。

頬がこけ、肌が黒ずんでいる汚れだらけというのはあるが病の兆候はまるで見えない。

正直、こんな場所で腹一杯の状態とかだったら正直恐ろしくて直ぐに距離を取っていたと思う。

空腹を抱えてはいるようだが……餓鬼のように腹部だけが出ている、と言った状態ではないのは救い。

 

ただ、被せられている布からして超能力者の遺品を拾い集めているのは間違い無さそうで。

聞くことばかりが積み重なって、何度目かの溜息を漏らした。

 

少なくとも彼女……灯花と名乗った少女と、目の前の寝込んでいる女性。

この二人に関する背景と、あの掃除人という良く分からない闇。

この辺りに関しては、俺はもう何も知らない。

 

何とはなしに、彼女の背景に関しては思い当たる節がある。

俺達が求めてやってきた神職の末裔、最も血の濃い存在。

 

先程の説明の上でも『龍脈の上に住まうもの』の話があったように。

自分でも気付かない内に、自分の正体に近い言葉を口にしていた。

つまり、今寝込んでいるのはその母親に当たる人物ということになるが。

 

(問題は……。)

 

俺が知る限り、どんな行動を取った所で彼/彼女は一人で廃れた神社に住んでいたという事。

父親母親に関する話題は全て好感度的な意味合いでの地雷。

 

たった一人で捨てられて、最低限成人するまでは面倒をみるがそれを過ぎれば完全放置され。

故に他者への信用/信頼など当初は欠片も持たない。

何方かというのなら、内面は人ではなく動物に近い存在が隠しキャラとしての設定だった。

 

そんな前提の最初の最初がひっくり返っている。

だから、どう話しかければ良いのかという迷いが少しばかりあったのだが――――。

 

「…………もう少し、時間が……掛かると、思います」

 

簡単に見ていたリーフのそんな言葉で、一時的に部隊で別の行動を取ることにした。

リーフと紫雨、後は伽月の三人で少し面倒を見て。

俺と白、そして少女の三人で色々と質問……そして神社内で休める場所を案内して貰う事に。

 

ただ。

そんな提言をする上で、リーフは前髪の下でぱちりと片目を瞑ったことからして。

本来は其処まで必要無いことなのだろう。

それを読み取り、小さく頭を下げて一度別れた。

色々と気を使わせてしまっているし、全部が終わった後で何か彼女に返せることを探さないとな。

 

再び床下に頭を沈める。

こうしていると……というよりは夜目が少しばかり利き始めると多少見える光景が変わってくる。

土も外とは違い、何処かふんわりとした感触。

四隅に当たる部分……と思われる場所には杭のようなものが刺さっている。

一箇所には恐らく廃棄物などを纏めているようで、少しばかり盛り上がって見えた。

彼女達がいつからこうしているのかは分からないが、それにしたって量が少なく見える。

 

先程までの混乱していた状態では気付けなかったこと。

そういう意味では、何も考えずに灯花と名乗る彼女に着いてきたのは間違ってなかった、か。

 

「ええっと……灯花でいいんだよな?」

「……はい。」

 

先を這う彼女の背中に声を掛ける。

俺の背中に張り付くように動く白は特に言葉を発しない。

ただ、背中から感じる圧力で大体言いたい事は伝わるので気にしない。

 

「落ち着いた先で、少し時間をくれ」

「? 時間……です、か?」

 

ああ、と言葉を放った後に。

彼女の背中に向けて、引き続き。

 

「俺達とお前達、お互いの事情を擦り合わせたい。」

 

慈善事業ではなく、此方も理由があってこそ。

彼女の側も、それは同じく何かしら求めるものがあると判断する。

恐らくは……あの女性絡みだとは思うのだが。

 

「何故こんなところにいるのか。 何故出ていかないのか。 話せる範囲で、教えて欲しい。」

 

それを、彼女を見る代償の代わりにするつもりで。

這い進む背中に投げ掛けた言葉には。

ほんの少しの間、返事は無く。

 

……微かに、顔が動いたのは。

入ってきた時とはまた別の穴へと、手を掛けた時だった。



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022/封

 

「ここ、です。」

 

二つ並んだ穴の内右側を案内され。

再び穴から頭を覗かせる。

 

部屋の隅に整理された幾つもの荷物袋。

同種同士で並べられた武具防具の数々。

そして札が張られた、明らかに別分けされた箱が一つ。

見る限り、倉庫として用いている部屋のようだった。

 

隣の部屋や外周沿いへの扉はぴったりと閉じたまま。

開くのかどうなのかを後で確かめよう、と思いつつ彼方此方に眼をやっていれば。

どうぞ、と部屋の奥側……穴が空いていない方を手でやり。

自らは綺麗な正座で座り込む。

 

一度白と目を合わせた上で、彼女と向かい合う形で座り。

その隣に白が座る。

 

一心同体、或いは護衛。

傍から見れば式として扱うには相応しくないような扱いをしているわけだが。

特に指摘も気にもならないようで、一呼吸置くのが胸の前後移動で分かった。

 

……そういえば仲間のモノに見慣れていて余り気にしてなかったが。

和服を着るには少し不釣り合いな体型だな。

その、外見年齢と不釣り合いな胸の大きさ的な意味で。

詳しく知る訳では無いが、傍目で見る限りリーフと同じかもう少し大きくなるのか?

 

彼方此方がガリガリなのに其処だけ出ているのは明らかに変。

これも理由があったりするんだろうか、と思うだけ思った。

口にしたら白に殴られそうだから黙っておく。

 

「……さて、今さっき言ったことの続きになるんだが」

「はい。」

 

意味合いの違う視線が二つ向けられたからこそ。

改めて、という形で俺から話を切り出すことにした。

 

目線を其処に向けていても、気にした様子の無い目前の薄着の少女。

全く警戒していない、というその在り方に此方が心配になってくる程で。

そんな視線の先を理解しているから、段々と圧が増している白。

こういう時は変に口に出すより流してしまった方がいい。

 

自分が女性的に魅力的に成長しないから、って思いこんでるのもあるみたいだが。

こういう所は物凄い圧が強いんだよなぁ。

十二分にお前は注目されてるし美人だと思うが、絶対に言ってやらない。

 

「まずは此方から説明する。 何でこんな場所に来たか、ってことをな」

 

当初、実際の所……どう説明するかという問題があった。

 

今回だって、はっきりとした理由や情報……例えば噂話なり組合から情報を買うなり。

信用できる相手からの情報、と言った裏付けが無い状態でやってきている。

そんな本来有り得ない形でも着いてきてくれたのは、偏に『今までの言動』があったから。

近々……というよりももう今回の途中か帰宅後に部隊内の秘密として話す事も考えてる。

方針を立てる上での事前情報、として役に立たないということは先ず無いだろうから。

 

そんな、白以外には誰にも話していない事を全て打ち明けるのはどうかと思ってしまったのだ。

だからこそ、其処だけを一度誤魔化して説明しようと思ったのだが。

 

彼女と眼を合わせてから、そういったことはしないほうが良いのではないか――――と。

そんな直感がずっと囁きかけている。

バカバカしい、と思って切り捨てることは非常に容易く。

ただ、それをしてしまえば信用されなくなるという感覚が背筋を冷やしている。

 

なので。

 

「信じるか信じないかは好きでいいが。 俺には物心付いた頃から妙な知識を持ってる」

 

向こうがどう受け取るか次第に任せ、全部公開することにした。

当然、白が思いっきり首を此方に向け、驚愕の表情を浮かべている。

 

「ご主人……!?」

「多分……誤魔化しとかそういうのは通じない」

 

それを言ってしまって良いのか、という俺のことを思っての忠告。

全ての根底に俺がある以上、此奴にも嘘なんかは出来る限り付きたくない。

だから傍目から見ればバッサリと斬り伏せるような言葉で、以後の言動を封じる。

 

「まあ色んな知識があるんだが……その中の一つが、廃れた神社に住まう人物のことだった」

 

その人物が俺達に有用な役割を果たしてくれるはずで。

だから来た、と。

ごく端的に自分達の都合だけを述べれば、小さく頷くのが分かった。

 

その時点で俺も察する。

恐らく、この灯花と名乗る少女も五感に関わる何らかの能力を備えている。

或いは直感を働かせやすくするものやもしれないが。

嘘や誤魔化し、真実とそうでないものを見分ける力に近い何か……と言った所か。

当然、俺には全く覚えのない能力。

 

「それは……灯花のことですか?」

「そういうことになるんだろうが、色々と食い違ってる所もあるって感じだな」

 

何処が、という部分に関してまで説明はしない。

俺だって出会ってまだ一刻経つかどうかの少女のことを知っている、とも思えないし。

彼女だってどの程度なのか、ということに関してまでは知る由もないだろうから。

 

「今度は此方からいいか?」

「はい。 正直にお話下さった、方ですから。」

 

……やっぱりどうやってかは知らんが、真偽を見分けてるな。

一旦それを横に置いて、その上で聞いておきたかったことを一つ問い掛ける。

 

「……何でこんな場所にずっと留まってるんだ?」

 

神職である以上、龍脈の上に住む権利は持つ。

とは言っても、こんな地獄みたいな場所でずっと暮らす理由が分からない。

ゲームの頃であればそう定められていたから、で済むにしても。

今こうして変化した世界で暮らし続ける必要性があるのか?

 

それに、餓鬼のような身体に似合わない肢体。

色々と矛盾する点が多すぎる。

 

「とうかも、実際に試したことはないのですが……。」

 

極めて軽く。

もう諦めている、と言った口調で。

以前に何度も見たような態度で。

 

「せいじんになるまで。 灯花は、外に出られないらしいのです。」

 

それは――――どういうことだ?

成人になるまで出られない?

誰に命じられて?

 

疑問が顔に浮かんでいたのだろう。

もうすこし詳しく説明しても良いですか、と聞かれて。

当然の如く、頷いて返した。



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023/禁忌

 

「とうかも、一度しか行ったことはないのですが。」

 

出られないとはどういう状態だったのか。

彼女の目線でしか分からないが……周囲を彷徨う怪物(恐らく鵺だろう)を通り抜け。

目で分かる境目に触れた所で、弾かれるように衝撃が走ったのだと。

不思議に思い、その周囲で何度繰り返しても同じで。

 

何故なのか、母上に確認しても返る言葉は『私達が禁忌を冒したから』と泣くだけで。

その呪いか何かは、最低でも親の元から巣立つまでは続くのだろう、と聞いたという。

だからこその『成人』判断。

 

以後、そんな話を持ち出せば必ず泣き出すし体調を崩す。

口には出せず、生活しながら――――飢えながら暮らしていくのが精一杯だった、と。

手を振り身振り、行動で大変さをアピールしているのを何処か冷めた目で見ていた。

 

(二重に伝聞だからはっきりしないが……ええっと?)

 

話が彼方此方に飛んだりで把握するのが難しい。

話し慣れていない人間特有の、終着点が見えずに兎に角話しまくる状態に近いのを何とか解読。

少女……一人称もその通りだし、『灯花』と呼ぶとして。

彼女が口にする話を整理すると以下の通りになる。

 

・何らかの理由があって出ようと、あの森の中……もう少し言うなら龍脈の外に出ようとした。

・ただ弾かれ、外に出ることは出来なかった。 周囲も同様。

・何かを知っていると思われる母親に確認した所、『禁忌を冒したから』封じられてると説明。

・その期限は『はっきりしてはいないが親元から巣立つ妥当年齢まで続く』らしい。

・以後は聞けば泣く・体調を崩したりすることもあり不明。

 

……こう、か?

まあ出られなくなっていた、というのはいい。

条件付で出入りを禁じるなんてのは結界系列で良く有るもんだし。

問題はその条件の解除が曖昧なことと、当人が冒したわけでもない禁忌についてか。

 

「その……母上様が何をしたのか、は教えられてないんだよな?」

「はい。 まだダメ、の一言で。」

 

しゅん、とするその姿は年頃のというよりは幼すぎる。

ある意味で伽月と同じように、周囲との出会いが無さすぎる影響なのだろうけど。

喜怒哀楽が非常にはっきりしているのに、自分の「女」を守ろうとしない。

本来周囲の大人が教え込んで然るべき、それか周囲から勝手に学ぶ部分。

だからこそこんなに無防備なんだろうなぁ。

 

「……実際、その弾かれるっていうのはお前だけなのか?」

「わかりません。 でも、多分……お母様は間違いなくそうなると思います。」

 

だよな。

……禁忌、俺が知るままの背景を持つのならまあ理由は分かる。

半分ずつとは言え、同じ血を持つ兄妹の間の子供。

つまりその実行者と、血を引いた人物。

何方もそう呼ばれてもおかしくはないはずなんだが、純粋に疑問が更に二つ。

 

誰がその行為を禁忌と定めて、判断したのか。

そして俺にも禁忌と名付けられた能力が存在すること。

その理論で行くなら父上か実の親が似たような行為に及び、その結果俺が生まれたことになる。

……敢えて伏せてるのか? 分からん。

 

(後で直接父上に聞こう。 話して下さるかは微妙だが。)

 

下手すると俺も直ぐには出られないかも、という覚悟を決めながら。

質問を重ねることにする。

 

「なら出る手段を知ってるのは灯花の御母上くらい、ってことか」

「そう、なりますね。 灯花も暮らすので精一杯だったので……。」

 

飢餓と豊満。

明らかな矛盾について自分から口にした。

なら、次は其処か。

 

「なら次だ。 ……その、はっきり言うのも変な話なんだが。

 今の灯花は胸とかのしっかりしてる部分と腹部のように若干飢餓が見えるのと。

 普通じゃ有り得ない状態に見受けられる。 これについては何でだ?」

 

これですか、と自分の腹……隠れていない、臍の辺りと胸を無意識に両手で覆いながら。

笑っていない笑顔で、言葉を発する。

 

()()()()()結果、らしいです。」

「は? 呪われた?」

 

……こんな場所で?

何に、と言われて浮かぶものは……。

 

「さっきの話とも繋がるんですけど……成人になるまでは閉じ込められ。

 その後でどう生きて行くのか、って話ですね。

 何の訓練も、何の知識も持たないままで放り出されるのを面白おかしく見るための味付とか。」

 

灯花は良く分かっていませんけれど、と言っているが……無意識下に察してはいそうな言葉。

 

見た目だけは美人で、その他の技術や知識を何も持たない人間をたった一人放流すればどうなるか。

運が良かろうと悪かろうと、客商売……()()()()()()()()()()()()()しかなくなる。

 

尊ばれる血縁なんて存在は無視されて。

唯の一個人として、世界に広められるための母体として放流する。

その為に意図して外見を良く調整された――――ということか。

出来るか出来ないのかを問い掛けるのは無駄だな、もう出来てしまっている。

 

「救い出しに超能力者達とか来なかったのか?」

 

思い浮かべるのは、転がっていた骨。

ただ、その救い出す当人が抜け出せないのなら文字通りの無駄骨だが。

 

「……こなかった、訳じゃないです。」

 

でも。

一度、小さく溜めた。

 

「だれも、嘘を付いていました。

 灯花達を、玩具にしようとしていたと思います。

 そもそも、辿り着ける人もそう多くはありませんでしたし。

 ……それに。」

 

彼女の横に置かれた背負袋の内、封じられた一つを取り目の前に置いた。

そしてその中身を見せるように口を切れば、何かが発酵した時のような異臭が微かに漂う。

思わず鼻を抑え、匂いを飛ばす。

 

「……これは、十日程前に見つけた物品です。」

「……十日?」

 

俺も、白も。

袋の中身を見て疑問を浮かべる。

旅をする上での食料や薬などが詰まっているのは見える。

だが、これらは基本的に消費期限も月単位で持つ。

こんな異臭を漂わせ始めるのは……それこそ何ヶ月か経った後でもなければ有り得ない。

 

「どういう基準なのかはわからないんですけど。」

 

ここでは。

灯花達の持ち物以外は、奇妙な程に早く風化してしまうんです、と。

だから、嫌でも早く行動することを強いられて。

行動の選択を間違えて、躯を土に返していった、と。

乾いた言葉を口にして、その内容に頬を引き攣らせるように見せる他無かった。

 

――――風化の、呪い?

――――美化の、呪い?

 

そんなもん。

彼女に干渉している相手は、人ではない。



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024/対策

 

すこし席を外します、と穴の中に姿を消して。

その場に残されたのは俺と白だけ。

そうなれば、引き攣らせていた顔を元に戻しても良くなる。

 

何方も目線を伏せて、深く考え込みつつも。

浮かべている感情は恐らく正反対だと思う。

 

白は深く沈痛な、どうしようもなさそうな暗闇で。

俺は少しだけ光が見えた、少しだけ明るい表情で。

 

そんな差があるからこそ、気付けば互いの顔を覗き込み。

自身と明らかに違う状態に違和感を覚えるもの。

 

「……ご主人?」

「なんだ?」

 

その時……と言うよりは今回は白が覗き込む側。

何らかの助けでも求めての無意識の発露からだろうか。

しおらしさが前面に出ているその表情は、普段の彼女よりも魅力的に見える。

とは言え、こういう顔をさせたくて黙っていたわけでもない。

 

「……何かしら、方策が有るんじゃな?」

 

それなりに長い付き合いだ。

俺の考えの端っこくらいは好きに読めるようになったらしい。

隣り合う空白を零にして、そっと身体を傾けながら見上げてくる。

 

「何で、そう思う?」

「そういう時の顔をしておるよ。 自信を体内に満ちさせた時特有のな」

「今回ばかりは自信なんて欠片もねえよ」

 

まあ確かにこんな表情になった理由はある。

それに灯花に教えなかった理由も当然に有る。

 

……俺の知る範疇で、種族:神に対抗する手段は限られ。

そして、その少ない手数の一つが「神職」か「修道士/修道女」の力を借りるというもの。

他にも特殊な道具を用いたり、それ専用の呪法を唱えるなんて方法もあるけれど。

どれにも共通するのは()()()()()()()()()()()という事。

 

妖の中でも若干特殊な、それこそ都市伝説の要素でも取り込んだのか聞きたくなる「霊体」。

物理手段を完全に無効化する奴等の中でも更に特殊、通常の呪法が刻まれた武具でも届かない輩。

今伽月がサブとして持つ「霊刀」では格が足りずに無理。

通すにはもっと上位の、伝説に謳われる名刀か何かが必要になるのだが――――。

それらの必要な武具を無視して、相手の「霊体」特徴を一旦消し去るという手段を用いる。

 

「ただ、やらなきゃいけないなら手を伸ばすしか無いだろ……。

 下手にこんなところで足踏み出来ないし」

 

彼女の肩を抱きつつも、他には余り漏らせない弱音を口にする。

そもそも、此処にやってきたのは俺の我儘。

それが切っ掛けで他の全員を危機に巻き込むのは流石に気が引ける。

口にすれば多分四方八方から叩かれそうだが。

 

「そんな大変なのかや?」

「俺自身が関われる範囲が狭いんだよな……」

 

そんな手法を知っていて、灯花に教えなかった理由は一つ。

この方法は原作ではイベント進行上で発動する能力だったから。

つまり、普通に写し鏡で会得するようなものとはまた別。

 

恐らく必要になってくるのは当人の意志と、その能力の存在……と言った所か。

血の濃さなんて部分に関しては言うに及ばず、彼女が無理なら他の誰にも無理だしな。

だから、俺は上手く誘導するなりして彼女の意志をそちらに向ける必要がある。

……言葉にすると最低だなおい。

 

「そうじゃ、一つ聞いても良いか?」

「何をだ?」

 

はぁ、ともう一度溜息。

外を見ようにも戸は閉まったまま。

開くか手を伸ばして引いてみてもびくともしない。

恐らく、外周自体を呪法陣として成立させるために固定化しているのだと思われる。

だからこそ、この中は安全なんだろうな……まだギリギリのところで。

 

「このような機会だから、というのも有るのだがな。

 吾のような式が行える行動の中で……上位種族を引きずり下ろす手段は他に有るのかや?」

 

猫がするように頭を押し付けてくる……というよりは顔を見せないように押し付けてくる。

他に誰もいないからと、それを手で抱えつつ少し思い出すように視線を持ち上げた。

……あー、式が対抗する手段……。

 

「無くはない」

 

引きずり降ろす、という行為とはまた別物になるが。

対抗する手段が無いわけではない。

 

「あるのか」

「今すぐに手を付けられるわけじゃないけどな」

 

【月】としての分類の能力。

式関係の能力の中に、主と式とが共に取ることで効果を発揮する能力が存在する。

取得した相手との数値的な好感度に応じて変異する能力。

数値が最大値に近い付近でそれを発動すれば、()()()()()()()()()()()

 

喩えるならば妖狐の尾が増えるような感覚。

白の場合は……どうなるんだろう。

純粋に成長するのか、或いは羽根でも増えるんだろうか。

実際に見てみないと分からん。

こうだ、と思い込んでると後でしっぺ返し食らうし。

 

「多分二つ目の壁を超えて……それでも取りたいなら応相談、ってことじゃねえかなぁ」

「大分先が長いのう」

「そりゃ普段は使わない必殺技みたいなもんだし」

 

いや、パワーアップ技か?

まあ変わらんからいいか。

 

「話を戻すが……今回の最低目標だけは共有しておくぞ」

「聞きたくはないがな、何じゃ?」

「あの三人だけはなんとしてでも生きて帰す」

 

リーフ、伽月、紫雨。

まあ……うん、俺も死ぬ気は更々ないが。

それでも、ということになったら俺は多分躊躇わない。

俺自身が決めたことから始まっているのだから、そう責任を背負ってしまう。

 

「……ご主人、一応忠告しておいてやろう」

 

そう呟けば、何度も見ているような呆れ顔。

さっきまでの暗い表情は何処に消えたのやら。

 

「何をだよ」

「そんな事口にしたら恐らく酷い目に遭うぞ。 女子を余り甘く見んほうがいい」

「分かってるつもりなんだがなぁ」

「まっっっったく分かってないから言っとるんじゃが」

 

喧々囂々。

そんな雑談をしていれば――――ほんの少し、気が紛れた。

悩んでいても仕方ない、と割り切れたとも言う。

結局、俺に出来るのは前に進むことだけだ、と割り切れた。

 

白も引き摺って、他の足を止めた連中も引き摺って。

無理矢理にでも、動き始める時間か。



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025/必要

 

そうとなれば足を止めている訳にも行かない。

二の足を踏む白の腕を掴み、無理矢理に下へと沈む。

「お、おい」なんて声も聞こえるが無視。

 

無理に無理を重ねて神を倒すにしろ、超えねばならないハードルは幾つも有る。

 

達成しなければいけない条件。

暴かなければいけない神名。

決めさせなければ行けない決意。

通さなければいけない刃。

 

そのどれを取ったとしても、俺一人では到底無理で。

他の誰にしてみても、恐らく一人では達成不可能。

或いは幾つもの壁を超えた、人を超えて成り果てた存在ならば別かもしれない。

 

ゲームの頃にしてみれば、ずっとずっとやり込んだ先の話。

やり込み過ぎて、他の誰をも犠牲にした上で。

その全てを自分の身に宿した、単独プレイの果ての果てならば。

ただ、今こうして思えば――――それは、既に人ではない。

 

犠牲を知らずに後から知る。

犠牲を知った上で許容する。

……それを受け入れられる程、俺は強くはなかったと。

それだけの話なのだけれど。

 

「先ずは灯花の御母上様の状態を確認するところから始める」

 

目の前の蜘蛛の巣を払い除けつつ、背中に声を投げ掛ける。

半ば無理に白を連れてきたのも、俺の我儘というだけではない。

先程から色々と言動や行動が安定しないように。

今までの経験上、白一人で放っておくと妙なことを考え始めるから。

目の前が行き詰まっているときこそ、無理に引き回したほうが互いのためになったりする。

 

それを身を以て知るのも、俺と……リーフくらいか。

多分自分自身では理解できていない、少しだけ人らしい情緒の欠片とも思う。

 

「……まぁ、それは良い。 それから?」

「その状態次第で分けるが……色々手分けして準備する必要があるだろーな」

 

各々得意分野もやれることも違う。

正直言って幾つかの幸運に見舞われないとどうしようもないというのは秘密の事象。

ただそれでも動かなければ始まりすらもしない。

 

「と言うと?」

「先ず御母上様が話せるようになるかどうか、無理なら俺の負担が増える」

 

話せるようになったとして、知識があるかどうか。

もし無いのなら最悪呪法陣を()()()()()()()()()()()必要性が生まれる。

実際問題能力を生み出す、なんて無茶苦茶が通せるのは全てに才能を持つからこそ通せることだ。

出来ればやりたくない。 それだけに労力を相当費やすことになりかねないし。

 

「で、白に頼みたいことは別にあるんだが」

「何じゃ、先程言っていた立ち向かう手段の構築か?」

 

それが今の時点で取得できたら怖いが、やりかねないんだよなぁ……。

二つ目の壁を越えて、という前提を踏まえて先程は白に説明したが正確に言えば正しくはない。

其処まで行けば幾つかのイベントを経て好感度が一定値に達するから取るに値する、という意味。

好感度が低すぎれば不利事象さえ発生するから、公式が許してるところがある能力だろうし。

 

少しくらいは遊び手に有利な事仕込めよ。

そんな事を幾度思ったことやら。

 

(……まだ教えるのは早かった……いやいや、今教えないでどうするよ。)

 

ちょっとだけ首を振って、更に一歩足を進める。

 

「灯花と協力して、この神殿内に残されてる建物とか配置とかを調べてくれ。

 それに、拾い集めて来てほしいものも有る」

 

恐らくそれを頼むのは紫雨か伽月も加わって、になると思う。

ある程度筋力を持つ人物も加わった上で、幾つか集めて欲しい物品も有る。

無論、この廃神社を管理する人物の許可が得られるのなら……という前提だが。

 

「……配置を? それに物品を、じゃと?」

「そうだ。 細かくは全員の前で説明するつもりだから待っててくれ」

 

絶対に二度手間になるからなぁ。

それに集めて欲しい物品、というのも鑑定の手間が必要になるモノばかり。

一目で見て分からない、龍脈の中で一定期間を過ごすことで変異化した素材ばかりだからだ。

ただ、そればかりにかまけてもいられないというのも面倒臭い。

 

(「神」と言っても……その名前が分からなきゃ対応しようがないからな。)

 

八百万の神々、という設定が不利に働くのはこういう所だ。

 

修道士関係の場合は「自らの奉じる神の力を用いて強引に呼び出す」関係上。

深度やその神との信頼性の高さ、呼び出す相手との格差などで成功率が増減する。

それに対し神職関係は「相手を特定さえすれば確実に呼び出す」ことが出来る。

反面、特定の難易度が高かったり事前の準備が厳しかったりと面倒臭い。

どっちが楽なのか……と言われると俺自身首を傾げる。

 

なので、特定に繋がる情報を集めつつ事前準備の為の準備を行う……というのが暫くの作戦。

まあ何にせよ、切っ掛けになる巫女がやる気になってくれなければどうしようもないが。

 

「…………お?」

 

先程の……女性が寝込んでいる部屋に通じる穴に近付いた時。

とん、と上から降りてきた影。

 

「………………ぁ」

「リーフ。 どうだった?」

 

少しばかり青い顔を浮かべた、良く見知った少女。

先程まで病態を見ていたリーフに、そんな言葉を投げ掛けた。

 

「…………一段落……は、しまし、た。 でも……こんな、場所、だと」

「……永くは持たない、か?」

 

見るからに全身から疲労を吹き出している。

そんな質問に小さく頷きながら、少し休みたいとその顔が訴えていた。

……ただ、それを一旦意識して無視し答える。

 

「……すまん、リーフ。 ちょっとだけ我慢して貰えるか?」

「?」

 

上へ、と行動で彼女へ伝える。

他の仲間達も恐らくは同じ場所にいるはずだ。

 

……時間がないというのなら。

お互いの考えは、一致するはずだからと。

いっそ偽悪的な言葉を考えつつに。



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026/分担

 

這い上がった上の部屋。

寝息が一つ、横になり。

それを見守る影に、部屋の隅で背を壁に傾ける二人。

 

「…………」

 

二人の横顔を見る限り、やはり良い流れでは無いのが見て取れる。

その視線に反応し、横目で此方を見つめる紫雨。

伽月は何かを思い起こすかのように眼を伏せて座り込み。

灯花は横になった顔を不安そうに眺め、此方に気付いて身体の向きを修正した。

 

「落ち着いたか?」

 

そんな言葉を、先程まで話し合っていた灯花に向けた。

 

全員が全員疲労を背負っている。

実際俺だって見せてはいないが、根本の部分は引き摺ったまま。

本来はこんな状態を避けるために宿に泊まりたかったんだが……。

それを口にすると色々問題が再発する。

 

「……まぁ、落ち着きはしましたけど」

「もう少し人の気持ち考えない?」

 

今はお前等に言ってないんだが、と思いつつ口にはしない。

俺が言われる側に留まっておけば、精神的な面では多少マシになる。

代わりに色々と不満だとかは貯まるが……まあうん、その内仕返しさせて貰おう。

 

「落ち着いてると判断するぞー?」

 

二人に言い返していれば、背後から手が伸びる。

肩に触れたのはやや小さめの、言葉を押し留めるような白の者。

 

「……ご主人。 良いから話を進めぬか?」

「…………お願い、しま、す」

 

またか、とでも言いたそうに呆れの声が混じっていて。

そして先程の話を早くしろ、と力が指先に入っている。

このまま放っておけばミシミシ言い出しそうなので、意識を切り替え。

出来る限り短く、意識の統一化を図ることにした。

 

「あー……無論休憩した後で構わないんだが、協力してほしいことが有る」

 

ちらり、と目線をやった先。

灯花(かのじょ)自身も、話を聞いてくれる気くらいは有るようで。

その眼の奥に映っていたのは、同じことを繰り返すことで微かに宿る退屈ではなく。

何かが変わるかもしれない、と期待するような正の方向性への光。

 

「また~?」

「それ自体は構いませんけど……」

 

それに対して二人は文句たらたら。

 

……この約定はしたくなかったんだがなぁ。

一度口にしたら多分全員にすることになるし。

さっき白が言っていた警告が本気だとすると沼に踏み込む一歩になりかねないし。

 

ただ、どうしようもなくなるよりはマシか。

恐らく神の側も、俺の事は幾らか把握してきているはずだし。

このまま放っておけばそれこそ詰む。

物品の風化・腐敗の原理も分かっていないのだから、早急に動く必要性を共有しないとだし。

 

深い深い溜息を吐き出し、その言葉を音に乗せる。

 

「全部が全部片付いたら頼み事聞くから、今は黙って手伝ってくれ。

 このままだと俺達全員が詰むかもしれねえ」

 

は、とかえ、とか。

二人が当然の如くに聞き返してくるが一旦放置し。

一番の鍵になる巫女と互いに視線を合わせる。

 

再び感じる奇妙な共有感。

一体これが何なのか、聞きたい所ではあるが後回し。

そもそも彼女が知ってるとも限らないし。

 

「灯花。 協力して欲しいことがある」

「……それは、先程の話の続きですか?」

 

そう切り出せば、分かっていたかのように会話が成り立つ。

()()()()()()()()、という話だったからというのもあるだろうが。

恐らくは彼女自身も、嘘を付かなかった俺とならば。

話をしても良いのかもしれない、と思うが故の流れなのかもしれない。

 

「無論それもある……んだが、何と言えばいいのかね」

 

目線を寝込んだままの女性に向けた後、背中の二人の内の片方。

先程まで対応していたリーフに向けてから、再度少女へ向き直る。

これだけで察知できたら、思考を読む超能力者……と疑いたくもなるけれど。

言葉を選ぶように少し視線を持ち上げて、また降ろした。

 

「互いに取って利点がある協力関係、という一点で互いに手助け出来ると思うんだが」

「……そう、ですね。 灯花の望みは言うまでもないと思うのですが……。」

 

そちらは、と。

目線を更に強く、睨みつけるように向けてくる。

 

他人に対して――――いや、何方かというのなら。

自身達に対して何かを求める相手に対して、信用を欠片も持ち合わせていないのだろう。

先程までの話で何となくそう察すると同時。

 

(……何でこうも超能力者共は何か抱えてるんだろうなぁ。)

 

と、自身のことを捨て置いて考えてしまう位にはちょっとアレ。

ゲームと食い違う部分が発生するのなら、その辺も何とかしてほしかった。

 

「先ずは無事に脱出すること。

 それと……干渉してきているであろう神を打ち払うこと、だな」

 

灯花に対し干渉している神とほぼ同一視出来ている……のは、恐らく俺だけ。

糸を実際に目視し、今までの行動を外部目線から確認できる相手でもいるなら兎も角。

今できるのは俺の望みとして行う行動が、彼女と偶然に一致するということだけだろう。

ただ。

 

「かみを?」

「そう、神を」

 

不思議な言葉を耳にした、とばかりに聞き返される。

ほんの数瞬前まで抱えていた雰囲気は何処かに霧散し。

其処に残ったのは……ええと、何と表現して良いのやら。

俺より年下の、本当にちっぽけな少女一人。

 

……いや、其処で聞き返されるのは想定外なんだが。

 

「そうしない限りは俺も灯花も抜け出せない。

 だから打ち払う、薙ぎ倒す、何とかする。

 考え自体は単純だろ?」

「……できるんですか?」

 

その発言でちょっとダメージが来た。

何とかする手段を知らない、というのを暗に理解させられてしまったので。

 

「何とかするんだよ。 ……お前の御母上様が起きたら、少し話をさせてくれ」

 

知ってるかどうか聞かなきゃならん。

……問題は、それまで合計五種類の感情を込めた視線に耐えなきゃならないこと。

なんだコレ、精神修練か?

 



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027/伝達

 

「…………多分、もう直ぐ……起きると、思う」

 

そんなリーフの言葉に従って。

針の筵に包まれること、体内時間で約八半刻。

 

こういう体内時計の管理に関しては人によって得意不得意があるのだが……。

色々見えるようになり、それを活かすようになってから。

つまり一年程前くらいから誤差数分程度まで安定して分かるようになってきていた。

なのでそれに匹敵する時間帯の間は誰も、何も言わずに。

寧ろ言わないのが俺に対する苦痛を増すと分かっているように、目線のみで責められ続けた。

 

その感情の大半は「またか」というモノであるのでもう諦めるが。

もっとねっとりとした、黒い感情が幾分か混じってるのが凄い恐怖を煽ってきた。

 

(多分紫雨……だよな? これ。)

 

何度か経験済みではあるものの、慣れるものでもない。

背中の見えない部分が汗で湿り始め。

そろそろ精神的に摩耗が見え始めてきたりした頃。

 

「……ん、ん」

「!」

 

口元が微かに動き、薄く目を開いて行くのが遠目からでも認識できる。

無論真っ先に反応したのは隣に座る実の娘(とうか)で。

眼を覚ました事自体にホッとした雰囲気を見せたのはリーフ。

 

「と、うか?」

「おかあさま!」

 

最初に発したのは娘の声。

すぐ顔の横、見上げた所にいるのだからそれも当然。

少しばかり離れたところだったり、物理的に視界の外だったりと。

若干俺達が距離を取った場所にいたというのも関係していたと思われる。

 

「…………どれくら、い」

 

ゲホッゲホッと咳を繰り返す。

意識を保てていなかったからこそ、彼女が全ての面倒を見る必要があったのだろう。

手慣れている様子で彼女自身が水を含ませていく。

 

皮の……恐らくは超能力者の遺品に水を汲んだもの。

何処に水場が残っているのか、それも後で聞いておかねば水分不足という未来もあり得る。

一口、二口。

 

「おかあさま、無理をなさらないでください。」

 

そうしている姿はどう見ても親を心配する一人の娘。

何かを抱えるような能力者……いや、拒絶する様子を見せる一人の人間には見えず。

ただ、自身の辿ってきた経緯から……というのもあるのだろう。

伽月は何とも言えない顔を浮かべているのだろう、というのが容易に想像できた。

 

「……ごめんなさい、ね」

「いえ。 寝ていて下さい、まだ万全ではないでしょうから。」

 

……おい、と言い掛けるが思わず押し留めた。

 

それを言われてしまうと此処で耐えてた多少の時間が無駄になるんだが。

あの針の筵に耐える必要なかったじゃないか、と。

浮かぶ言葉を胸の内に留めたのは。

彼女が横目で鋭く此方を見つめたのが分かったから。

 

ただ、彼女自身にも伝えたように。

出来る限り早急に、親御さんからの確認は必須になる。

それをどうするんだ、という謎は残ったまま。

ただ、彼女がそうする理由も納得がいく。

何方を優先したものか、と少しだけ悩んでしまったのは仕方のないこと。

 

「……そうするわ」

 

ごめんなさい、と弱った腕を無理に動かし、頭に載せて。

微かに撫でた後に戻すまでに、言葉は特に必要なかった。

そうして再び目を閉じて、少しの後には寝息に変わる。

 

今更によくよく見れば口元の端に残った、緑色の一筋の雫跡。

リーフが先程まで対応し、飲ませた何らかの薬品なのだろう。

ただ……病状に関しても細かくは聞いてないんだよな。

早く対応しなければ、としか確認していない。

そしてそれ自体も、リーフから伝えていないとは考え難い。

 

「ん」

 

はぁ、と一度溜息を漏らす。

はらはら、と汚れた顔に涙が流れる彼女に意思を伝える。

泣き止むのを少しだけ待った上で、先程の部屋で、と。

肩越しに親指を背後に向けて、場所を変えようと提案を伝え。

それを確認したのを見た上で、他の四人も引き連れ穴の中へ。

 

本来は無理にでも動いた方がいい、とは分かってる。

ただああして泣いていると少しくらいは大事にしなければ、と思ってしまい。

そして同時に面倒臭いお使い系のサブイベントを思い出してしまう。

 

あっちに行って、此方に行って。

それを熟さなければそもそも発生しない……というより進行しない類のやつ。

自分でいけよ、と何百回思ったことか分からない例のアレ。

 

(……まぁ、協力相手の機嫌を伺うのは大事だもんな。 そういう事にしとこう。)

 

考えるだけ内心が黒く染まってしまうので一度顔を振って考えを消す。

背後から突き刺さりっぱなしの視線もいい加減鬱陶しい。

もう協力して貰えることを大前提として、動き出して貰った方が良いかもしれない。

身動きが取れなくなって破れかぶれになる前に。

 

「……さて、全員に指示を出す。 聞くつもりがないなら反論してくれ」

 

本来は顔を向かい合わせてするべき会話。

ただ……少し、考えるのも面倒で。

緊急時特有の言い放つような話し方で、全員に言葉を投げ掛けた。

 

反論は無い。

ただ、ジーッと目線の力が増すのは分かった。

もうこれに関しては先程の約束を盾にゴリ押す。

 

「白。 さっき頼んだ通りに神社の建物とかを探ってきてくれ。

 一人か二人、これに同行する形で」

 

無言。

目線の力が増す。

 

「リーフ、悪いがお前の力が必要になると思う。

 出来れば使わせたくは無いし、見せたくもないが……全力で頼む」

 

無言。

目線の色が変わる。

 

「もし誰かが余るようなら物品の消耗具合とかの確認を頼む。

 それらが全部終わった後でまた追加で指示を出す」

 

無言。

何かを頷きあうような空気の流れ。

 

「……何か言えよ!?」

 

最も前を進んでいたから、後ろの動きが見える筈もなく。

ただ奇妙な同意を四人が四人とも抱えているのだけは分かった。

 

「ご主人」

「お、おう」

 

……そんな中で、代表して白が口を出す。

なんだろう、反論だろうか。

言い返す準備はあるし、白には十二分に説明したつもりだが。

 

「普段からそうやって導いてくれる方が断然良いぞ?」

「余計なお世話だよ!」

 

一瞬で、真剣な空気が霧散した。



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028/分担

 

休憩するならこの場所で、と。

指定された穴の位置を示した後で、外の探索に出たのは結局三人。

白のことだから紫雨を置いていくんじゃないか、と半々で考えていたが。

今はそんな事を言ってる場合じゃないと判断したのかもしれない。

 

「…………それ、で?」

 

奥側、壁に背を向けながら荷物を探す俺。

それに対し、その近くの片隅に座り込んでその手の先を見つめるリーフ。

何かを探しているのは目に見えて分かるだろうが、それが何かが分からない。

そんな事を思っているのだろう、少しだけ顔を傾けつつに問い掛けを発する。

 

「ああ……本来は来てから準備しようと思ってたけど」

 

内側から取り出したのは塩漬けの干し肉(二人分一週間でお値段1200業)。

ぽろり、と転げ落ちた塩を指先で軽く擦り、舌先に乗せる。

強い塩分、そして肉から微かに移った肉の味を確かめ。

目を通して確認しても、『腐敗』に似た表示は発生していない。

 

……ただ、表示されていないからと言って食えるかどうかは別というのは良く知ってる。

一々全部確認するのも手間ではあるけど大事だよな。

 

「……取り敢えず肉類は大丈夫、と」

「…………朔、くん?」

 

目をぱちくり。

前髪の奥で、分かりやすい程に瞳が動揺するのも珍しい。

まあ、今やってること考えるとリーフ呼ぶ必要ないように見えるもんな。

 

「誰かが残ったんだったらこの辺の確認任せちゃったんだけどね」

 

苦笑しつつ、少しだけ除けて纏めておく。

目線が干し肉に向いているのは分かったから、お互いの分から一枚抜き取って差し出す。

本来は汁物とかに入れる用途の干し肉だが、直接噛み続けられないことはない。

変に気を利かせて俺の分から、とかは彼女自身が嫌うことだし。

それにこうして補給もはっきりしない場合なら、無理をし合うのも不味いこと。

 

恐る恐るにそれを摘み、お互いに噛み続けることで若干の空腹と喉の乾きを紛らわす。

塩っ気が強いから水が欲しくなるのも間違いないが、行軍に近い行動で塩分が不足もしているし。

早めに水を汲める場所だけは確認したい。

 

「それに……何だかんだ言って、()()()()()なのは俺か紫雨だろ?」

 

まあ何だかんだ人に依って食える/食えないのラインも違う。

 

こう言っては何だが、伽月は食事も普通に作れるんだが食える最低ラインが相当低い。

それが良いか悪いかで言うと……今みたいな場合は士気も下がるし難しいよなぁ。

それに反しリーフは細かく計算して作る分、自分で作る料理の許容幅が余り広くない。

白は式というのもあって、割と何でも食えることを考えると。

 

生まれが生まれだけに美食と粗食、何方も経験している俺。

彼方此方に商売に出向く分、様々な味に慣れている紫雨。

この二人が安定するのは言うまでもないことでもある。

 

「…………それは、そう、ですけ、ど」

「……んー?」

 

気付いてください、とばかりに。

少しだけとぼけた返事をすれば、むぅ、と口元を歪める。

口元は未だに辿々しいままだが、それでも感情を出せるだけまだ彼女は大丈夫だと思う。

疲れていたようだが、それも一時的なものだったのか――――それとも、無理してるのか。

まあ何処かで仮眠をとる必要性はありそうだし、早めに寝て貰う方向で調整しよう。

 

「まあ本命は此方」

 

そんな食料の奥底から引っ張り出したのは、予備として何人かで分けて持っている探索道具。

その中でも地図記述に用いる紙と筆の一式だった。

 

今は紫雨が記述役として動いているので、使う機会も中々無いとは分かっていても。

何だかこの三年で身に付いてしまった予備の所持、という行為が役に立ったという感じ。

まあ普段遣いのを何枚か分けて貰えばそれで済む話ではあるんだが……。

使って慣らしておかないとこの手の筆記用具は色々面倒なんだよな。

 

「……筆?」

「呪法陣を書く。 それも今回の目的……神を呼び出し、拘束できるような複雑なやつ」

 

え、と口にしながら呆然とするのを見て。

一本取ってやった、と少しだけ愉快な気持ちになってしまう。

 

それもそうだ。

こんなもん、超々高等技術で秘匿されて当然の技法。

もしそこそこの確率で出来る超能力者が外野にいれば、どんな小さな組織だって狙ってくる。

と言うより、ある程度の――神社に入れるような――部隊であれば。

どんな犠牲を、何を費やしても捕まえようとする。

 

「…………そんな。 いつの、間……」

 

そして、リーフであればこそ。

この技術の危険度が嫌というほど理解できる。

宿している神秘に、内側にいるナニカ。

それらは今回呼ぼうとする神々と同じ呼称で呼ばれるモノ。

発展させていけば、彼女を捕らえることだって可能な――――そんな、外道の手法。

 

「ああ、勿論出来るとは言わないぞ。 何となくそれっぽい図形を知ってる、ってだけだ」

 

そして、そんなもんを俺が自分で作れるとは言わない。

何となく画面に映っていた図形の形を覚えていて。

そして最低限記入しなければいけない部分を理解しているだけ。

 

どう配置しなければ行けないか、どんな記号が必要なのか。

その辺りを詰めるには、呪法のセンスや感じる才能が必要になる。

だからこそのリーフであり、灯花。

俺は飽く迄サポート程度に過ぎない……と後から付け加え。

 

ふと、頭上に感じた影に顔を持ち上げ引き攣らせた。

 

「だか……ちょっ、リーフ!? やめろ!?」

 

無言で立ち上がった彼女が。

ぷるぷると両腕を持ち上げて、無言で執拗に殴り掛かって来た。

そう叫びながら腕を取ろうとしても、不思議な事に押し負ける。

 

ぽこぽこ。

ぽこぽこ。

痛いのは間違いないがそれより長い!

 

そうしたくなる気持ちは分かるけど!

俺が悪かったけど!

無言でぽこぽこ殴り掛かるな!

 

(……これ、リーフだけの行動じゃねえな!?)

 

そう思いつつも。

口には出さずに――――何をやっているのか、と。

穴の底から、灯花が呆れながらに止めに掛かるまで。

延々と、叩かれ続けていた。



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029/驚愕

 

「おどろくのももう疲れました……。」

 

もぐもぐ、と口を動かしながらに語る三人。

 

「いや、俺らからするとその基準が分からないんだが」

「…………です」

 

灯花が顔を出して漸く現状がどんな形なのかに目をやって。

茹で顔を浮かべ、咄嗟に距離を取って顔を伏せたリーフ。

俺も呼吸を整えたあとで苦笑を浮かべたが、「何してるんですか?」の一言で全部無駄。

変な空気の中で三人が漸く同じ部屋に集まり、質問が矢継ぎ早に飛んだ。

 

曰く。

 

『かみを打ち払うってどうするんですか?』

『いま準備していることと、灯花がやれることとは?』

『その食べ物、傷んでいないんですか!?』

 

全て気になる……と言うのは間違いない。

ただ、正確に言うなら最も驚愕を含んでいたのは食料に関して。

 

『……どういうことだ?』

()()()()()()()()()()()……いえ。 食べられるんですか?』

 

思わず口にして、それに関する説明に二人で顔を見合わせた。

 

食べられるって言ったよな?

…………言いました、ね。

そんな意思を伝え合い。

 

『当たり前じゃないのか?』

 

と。

返せば混乱した様子を浮かべて悩み始めたので。

ちょっと悩みつつ、取り敢えず俺の分から一枚渡して干し肉を齧らせた。

これも結構お高いやつなんだが半ばヤケになってるのが見て取れ。

勿体無い、と思いつつ少しばかり待って。

 

そうしてもぐもぐ齧り、今に至る。

 

「腐敗するってのは聞いた。 ただ、()()――――って言ったよな?」

「いいました。」

 

つまり、本来ならば状態が悪化している。

風化・腐敗していて当然だと理解して言っているだろうし、それを疑っていない。

今までの経験上そうなっているだろうから、と諦めの気分も混じっていたのやも。

ただ、今の現実はそんなことはないと否定する。

きちんと食べられる食料の山々。

 

「どうなってんだ……?」

「……さあ?」

 

とうかにも分かりません、と疑問だらけの顔。

ただ……その上で。

これで食事には困りませんね、と口にした。

 

それで良い、と判断しての言葉なのかもしれないが。

俺とリーフはそれで納得出来るほど、真っ直ぐに生きてこられたわけじゃない。

 

「どう思う?」

「…………条件、でしょう、か?」

「何に引っ掛かって何に引っ掛からなかったか、だよな。」

 

俺とリーフの共通点。

と言うよりは先程の会話を交えた上での、お互いの抱えているものを分かった上での会話。

 

俺はもう一つの(メタ)視点から。

リーフは内側の(りかいしている)相手から知っている。

 

神々は強大で、権能の内側ではどうしようもないけれど。

それぞれが持つ許容幅を超えてしまえば。

普通でない手段を取るのならば、立ち向かう事は出来る。

 

例えその末路がどうなるとしても、その権利だけは。

知識を持つ者達なら、その手の内側に鈍く輝き続ける。

 

「えっと、あの?」

 

一人置いていかれている灯花に説明するより、先にある程度の共有を進める。

方向性だけでも掴んだ上で質問する、その形式に自然と切り替えた。

 

「少なくとも俺達と……他の超能力者には違いがある」

「…………深度……能力? ……或いは、なんだろ」

 

恐らく腐敗云々、風化云々は権能自体ではない。

この空間に入り込んだ時点で発動し始める、厭らしい結界に付与されていると考える。

もしそれを権能として持つのならば住まう妖にもそんな特徴が見えてもおかしくない。

 

幽世……そうだな。

冥界、黄泉平坂。

そういった特徴を持つ場所の妖が現れる筈。

 

だから、もっと人それぞれに干渉する何かが権能に当たる。

それを前提として思考を回す。

 

深度的な差……は有り得るかもしれない。

最初に見掛けた鵺とかいう存在。

アレに親しい妖が住まう領域だとするなら、踏み入るのも一苦労な筈。

 

能力的な面ではどうだろうか。

少なくともやってくる上で必要になる龍脈を辿る感覚。

それを俺達の中で持ち合わせる/持ち合わせないの差がある以上。

これを原因と考えるのは少々無理があると思う。

 

「もっと根本的な部分、とかか?」

「…………根本?」

「俺達が特殊な状態で活動してるから……ああ、いやこれも違うな。」

 

自分で言っておいて自分で否定する。

 

これは、最初に浮かんだのが三年間共に過ごしてきた三人だったから。

初期の三人(二人と一匹)が特殊過ぎただけ、とも言える。

他の二人は存在や扱いこそ特殊だが、生まれや能力に特殊性が見えるわけではない。

各人がそれぞれ違う、という意味合いでこそ超能力者は超人ではあるが。

それならば引っ掛かる基準/引っ掛からない基準がまた別物だろうと考えた。

 

「あの。 勝手に話を進めるの、辞めて貰えますでしょうか?」

 

あれやこれや、と互いに言葉を投げつつ思考。

そうしていれば、ぐいぐいと頭を押し込むように話題に割り込んできた。

 

……いや、それ自体は構わないしそういう意図もあってやってる所あるけれど。

俺に頭押し付ける理由にはなってないよな?

 

「……なら、灯花。 お前が知る限りで今までの訪問者の特徴教えてくれ」

 

まあ最後はこうして聞くしか無かったのは間違いないから良いんだが。

俺達のはどうせ仮説だ。

そこから正しい答えに繋げるにはどっちにしろ情報が足りない。

 

「とくちょう……と言われても、難しいんですけど。」

 

この場で話を聞いていたのなら、何を求めてるのかは分かるはず。

逆に言えば、此処でもし求める特徴が挙げられないのだったら。

 

「何でもいい。 逆に言うなら俺達で初めて見たモノとかでも構わん。」

 

俺達だからこそ、結界の対象から外れていて。

俺達だからこそ、権能を無視……乃至は対応出来ている。

何の情報も掴めないことを前提とする無茶を熟す必要性が出る。

 

だから、ほんの少しばかり。

見知らぬ、幸運の持ち主に祈りを捧げそうになり――――首を振った。

 

祈るだけでは何も変わらないと。

別の、以前の俺自身が強く知っていることだったから。

 

「…………そう、ですね。」

 

だから。

唇が、形を変えたその答えは。

 

「とうかと同じくらいの年の人達は、初めて見たかもしれません。」

 

思考を巡らせる、新たな蜘蛛の糸とも感じ取れた。



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030/推察

 

「…………私達、みたい、なのを。 見たこと、が、無い?」

「――――そうか。 其処が区分点か」

 

疑問と気付き。

発せられた声は全く同じタイミング。

 

「……? おかしいこと、なのですか?」

「…………言われて、みれば、かな?」

「いやリーフ、その認識はおかしい」

 

実際問題俺達のような年齢で追い出された文字通りの『初代』達。

それらはどうしても経験の寡多により淘汰され、先導者に導かれるかどうか次第になる。

周囲と連携が取れない、というのはそれ程重く。

『先輩』との連携なしに生き残れている俺達こそが異常極まる。

 

その認識が甘いというか……うん、まあ。

俺が彼方此方で拾い上げてるせいかもしれんけど。

 

「話を戻して。 恐らく結界の効果の基点は『年齢』……正確には『成人しているかどうか』だな」

 

成人は自由に外に出られる、代わりに所有権を持つ物品が高速で風化する。

未成人は外に出ることが出来ない、代わりに物品に対して影響されない。

 

この前提で考えた場合、どうなるか。

成人という基準が異なる、ということは先ず無い。

この世界として定められたルールが『15歳』。

具体的な日にちとして管理されているわけではないので前後はあるが。

それにしたってズレは前後十日間程、閉じ込めておくという意味では見逃して良い範囲の誤差だろう。

 

何よりこの前提の場合で、閉じ込める相手が親子の場合。

子が外に出ることが出来ない以上、常に餓死と親への不信を抱え続け。

親が持つのは心理的な負担、外に出て食料を手に入れ子に渡さねばならないが。

()()()()()()()()()()()()()()()()、という甘い囁きが心に残り続けること。

 

心理的に責め苦を与え続ける……クソみたいな神の仕掛けだと唾棄してしまいそうだ。

 

「…………それ、って」

「俺の事前想定が間違ってた、ってことだな……。

 灯花に対しての御母上様の言葉を真に受けるなら、だが」

 

俺だけが閉じ込められている、ではなく。

仲間達を含めて全員が脱出できなくなっているだろう、という推測。

ただ、正直個人指定で出入りを禁じるよりもある程度の集団を指定する方が楽なのは間違いない。

それを前提とする場合、問題となるのは……やはり時間と食糧問題か。

 

「当初の予定よりも余裕はできたが、完全とまでは行かないだろうしな……」

「よてい、ですか?」

「言っただろ、灯花を誘いに来るのが目的だったって」

 

万が一の事態を考え、普段から余裕を持った準備を整えていたからまだ問題はない。

とは言え、身体が動かなくなるような食料の消費も難しい。

実際問題二人増えた、と考えて再分配を済ますとなれば……。

紫雨にも確認がいるが、凡そ二週が限度。

実際には更に移動やら準備がいるし、戦闘後も見込むとなれば準備に費やせる時間は最大十日。

 

「……まあ、無理は利くようになっただけマシだな」

 

頭の中の算盤を弾いて出た数字。

足りない、と心の何処かが呟く言葉を意図して無視する。

 

そして。

先程の御母上様との会話を踏まえて、やらなければならないことが一つ二つ増えている。

 

「まだ、諦めないんですね。」

「当たり前だろ。 諦めて何が変わるんだ」

 

その中で相変わらず一番動いて貰う必要のある人物……灯花は、積極的というより受動的。

 

……彼女の場合は、将来性が何も見えていないのも理由の一つなんだろうな。

受けた恩の分は、位には考えているのだろうけれど。

生まれた時から同年代と関われない、という意味合いではリーフと同じ。

違ったのは、話せる同じような立場の相手がいたかどうかの差。

 

「これで情報の鍵は一つ……もう少し詰められるか」

 

今こうして情報を必死で集めているのは、最期の最期の詰めの為。

俺自身も色々と知識はあるものの、『これ』という世界側からの(システムてきな)保証はなく。

それを得る為には『神々に親しい存在』という特殊な在り方(ラベル)が必要になる。

 

つまり、最後の答えは恐らく。

リーフか灯花に頼る他無くなる。

それも深度が足りないだろうから、何かしらの妖を見つけ。

狩ることで瘴気の蓄積までを熟す必要性さえある。

 

だからこその周囲の探索、だからこその物品の把握。

恐らくは情報の断片に当たるものを探していては足りなくなる。

ただ、それだけを追い掛けていても準備に時間が足りなくなる。

 

……何とか短縮できる所は進めないと。

 

「もうすこし……?」

「そうだ。 結界に付与した能力じゃなく、権能として定められた”在り方”の特定」

 

主神、戦神、冥界神、運命神、女神、貧乏神、福の神に海神。

その神話に応じて配置される神々。

この世界でも、元ネタと同じように設定だけはされている。

だからこそ同様に、その役割を導き出せれば対応手段だって考え付く筈。

 

――――そして、最初に浮かぶものと言えば。

俺にだけ見えた、行動方針や言動を操っていたと思われる見えない糸。

 

(……命じる権限を持つ、つまりはそれなり以上に力が強い存在。

 そして俺に干渉していた相手と同じなら……()()()()()()()()()()()を持つ神)

 

先ず絶対に無い、と言い切れるのは海神と冥界神。

腐敗という能力だけを考えれば後者もあり得るが、周囲の感覚などからして除外する。

 

次に外すとすれば戦神や主神……か。

此方は単純に介入する理由が思い当たらない、という可能性の低さから外したというだけ。

 

なら……。

人に関わり、その不幸を楽しむと考えるのなら。

その二つ、或いは何方かの権能を持ち得る可能性のある相手。

その答え合わせとして――――。

 

「運命神、運に干渉する神、或いは裁定神」

「え?」

「人に強く干渉する権限を持つ神。

 恐らく、俺達の敵……この神社を封鎖してるのはそんな相手だ」

 

権能を推測し。

幾許かの選択肢へと絞り込み。

最後は仲間に任せるしか無い。

 

考え込むのは此処まで。

残るは、それらに通用するであろう呪法陣の生成法則を突き止めること。

そんな考えに、自然に移り変わっていたから。

 

向けられた、奇妙なモノを見る目線が……少しばかり移り変わったことには気付けても。

その理由にまでは、気付けることはなかった。



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031/用意

 

少しだけ休みを挟みながら、次の準備。

つまり今回の場合で呪法陣に必要となる図柄の絞り込みに移る。

 

(問題はこの辺をプレイヤー目線で書くことはなかった、ってとこなんだよな……。)

 

鳥居、岩戸、そして神々の持つ権能を意匠化した形。

日ノ本だから、というのもあるのだろうが幾つかの象徴としての物品達。

最低限これらは刻み込まれ、後はどう言う風に纏めていくのかという素材と配置の違い。

そしてその神が好むものを書き込めば書き込む程に成功率が上がった記憶。

 

ゲームではそれらは『神々への知識』という能力で表されていた。

だからこそ、『こう』と正しい記述方法も何も分かっていない。

大雑把に絞り込めたとしても、まだまだ不足しているというのが個人的な感想だ。

 

「…………ええ、っと。 こう?」

「あー……すまん、利くかどうかに関しては真面目に俺は対応できないからな……」

 

必要なものを口にして、こんな感じ……と見た記憶を再現するように書く。

とは言っても書くにしろ、本来は神職のやる仕事。

何となくで書くことは出来るけれど、効果が出るとはとても思えない。

 

(だからこそ、なんだがなぁ。)

 

取引、という形を介したことで少しだけ柔らかくなったらしい灯花。

頼らざるを得ない彼女にも同じように教えたが、書いた経験が無いようで。

どうにも手先が震えている様子が見て取れる。

後は二人の感覚に任せて好きに書かせている中で、少し外を見てくると告げ席を外す。

 

(……神に対応できる人員が二人。 十二分に贅沢だってのは分かってるんだが。)

 

一応主人公にも取得できる可能性がある能力の一つ。

それを知っているから確認はついさっきも行ったが、この方向は取得制限が掛かったまま。

その代わりとばかりに、違和感を感じる能力の取得制限が解除されていた。

 

「……これ以上取るわけねーだろ」

 

冷たい地面を這い進みつつ。

たった一人だからこそ、誰にも見られていないからこそ出来ること。

愚痴を漏らして地面を叩く。

 

脳裏に浮かべ、吐き捨てるように消したモノ。

()()()()()()()の選択肢が更に増え。

其処から派生した能力が幾つか取得可能となっていた。

 

最初に取ることが出来なかった、父上の持つ『邪眼』であったり。

『聴覚拡張』能力、『飛耳長目』から派生するソナーのようなものであったり。

 

そして。

手を拱いて誘うその先に、幾つかの見てはいけないものが見えてしまったり。

 

(明らかな強効果……のように見せかけた罠能力の取得制限解除とか舐めてるのか?)

 

不利な効果を踏み倒せない。

人として生きていく上で大きく不利になる能力が見えた時点で取る気は欠片もなくなった。

そしてこれ等が解除されたのは、恐らくこの場所に踏み込んだ事と無関係ではない。

 

(多分だが、先に踏み込んだ先輩達の何人かはこの罠に引っ掛かってると思って良い)

 

普段は取れないものが解除された。

立ち塞がる存在を、今のままでは打ち払えない。

そんな認識をしてしまえば、何を犠牲にしてでも手を伸ばしてしまうと思う。

 

……恐らくは、そんな『逃げる先』を作るための妖でもあるはずだ。

ただ、存在種別が偏っているという可能性は否定しきれない。

情報が足りなければ……と言うよりは明日か明後日には一度出たほうが良いのかもしれない。

 

一歩、手を先に伸ばす。

もう少しで外に通じる穴へと辿り着く。

念のためここで少しだけ待機することにはするが、三人が先に出ている以上。

あの追い掛けていた存在は既にどこかに立ち去っていると判断して良いはずだ。

 

(あの糸……俺にはそう見える、ってだけな気がするんだよな)

 

結界に入ってからふと思い始めたそんな考え。

先程の話し合いと、脳裏の適当な考えが結び付く。

 

そんな事を考えつつに、地面を抉るように文字を書く。

思考を整理する上で、大事と思われる物事を抉っては消していく。

 

結局あの糸が見えた始まりはよく分からず。

夢で見たままに従い、けれども疑いながらに此処まで辿り着いた。

その上で考えるべきは、()()()()()()()()()()()が誰もいないという事実。

 

『糸』。

何故そう見えたのか、その理由で浮かぶのは二つ。

 

一つは神の権能がそれを利用する介入能力だから。

もう一つは、『糸』ならば断ち切れるものだと俺自身が認識しているから。

 

正直に言えば、俺の考えは後者に大きく傾いている。

理由も単純。

日ノ本……或いは以前の例で言えば日本に置いて、それを利用する神が余り浮かばないから。

西洋における運命の三女神、或いは同一視される三体の女神。

大物主大神の恋物語は浮かぶにしろ、今回の場合は『操る』事に該当しない。

 

なら、考えるべきはまた別の特徴だろう。

定期的に介入してきており、且つ太さに応じてその力の込め方が変わるというのなら。

全てに関して介入する――――と言うよりは一個人に宿る、と考えたほうが納得がいく。

 

一個人に憑いているからこそ、見続けているからこそ。

其処から開放しようとする存在を認めず、即座に否定する。

但し、一度それを無効化すれば次の誘導までには時間が空く訳だ。

その対象として最も分かり易いのは……。

 

「やっぱり灯花、だよなぁ」

 

あの変なものが見え始めたのは彼女の話題を出した後。

要するに外部要因を含めて外へ出そうとすること全てを否定している、と考えて良い。

 

……問題はなんでそんな事するのか、なんだが。

神の考えなんて分からない。

どうせ考えるだけ無駄だから無視しよう。

 

頭をガリガリと削るように掻き毟る。

根の辺りに付いていた土……砂が爪に引っかかり地面に落ちて。

そのまま地面の跡を脚で踏み消す。

 

「…………なんでこうなってるのかねえ」

 

自分のせいだ、と嘯く自分を無視しつつも。

蠢く音も聞こえない、穴から外へと身を乗り出した。



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032/発見

 

つい先程――――とは言ってもほんの数刻前。

踏み込んだ神社には何があるのか、全くと言っていいほど分かっていない。

 

既に日は沈みかけ、森の中に朱と黒が交わる時間帯。

神社の中では中々時間を把握することは難しくとも。

こうしてみれば、はっきりと貴重な時間の消費が感じ取れてしまう。

 

(余り時間に余裕があるわけでもなし……白達も恐らく戻り始めてるはず。)

 

何も分かっていない場所での夜間行動が下策というのは誰でも分かる。

だからこそ、森の中を調べるにしろ余裕を持って戻るはず。

本格的に行動を開始するのなら、近隣に詳しい灯花を引き連れる。

恐らくは今日取るとして……薪として用いられる枯れ木の回収と周囲の調査くらいか。

何処まで行うのか、それはもう本人達にしか分からない。

 

(とっとと動き出すか。)

 

はぁ、と息を吐いて周囲を再度見回す。

音がしないことからある程度予想はしていたが、追い掛けられた影……抹消者は見当たらず。

出現条件等もなにかあるのかね、と検討するだけに留める。

 

(……取り急ぎ気になるのは、あの辺か?)

 

右手側、回ってきた方向……出っ張りが視界を阻害するのでその正面から改めて入り口を見る。

 

壊れた手水鉢からは濁った水が時々垂れ落ち、小さな水溜りを入口側に作っている。

左手側には掲示板のような、何も存在しない樹の板が数枚立ち。

 

更にその奥側には小さな建物……本来ならば本殿に立ち入る前に客が寄る場所。

元の世界ならば御守りや御神籤等を販売する場所。

そしてこの世界では、本殿に立ち寄る相手を確認する受付のような役割を持つ場所が静かに佇む。

 

その対称側の建物には、特に目立つものもない。

倉庫……或いは保管庫に近いものなのだろうか。

 

何処から進むか、とほんの少しだけ考え。

何かが残されている可能性が高そうな受付側へ回ることにした。

もう片方の建物は明日にでも灯花に聞くことにする。

 

ざくり、がさり。

落ちた葉が積もり、枯れ葉と化した参道沿い。

元は何かが掲示されていたのだろう木の板へと目線を向ければ。

日によって掻き消え、けれども微かに残ったのか。

右端には黒ずんだ点のようなものが幾らか残っている。

 

「…………ん、ん……『周知』、か?」

 

指先で残った跡を追い掛け、恐らくはそう書かれた文面を読む。

最初は紙でも張ってあったのかと思ったがそうでもなし。

板に直接殴り書きをしたような形だからこそ、こうして読み取れるのだろうと考え直す。

 

ただそれ以上は何も読み取れない。

いや、正確に言えば塗り潰されてしまっている。

それは立板にこびりついてしまった赤褐色が原因で。

見るからに飛び散った跡と、擦り付けるように上から下へと引かれ落ちた形跡が見える。

 

(……この目の前で誰かが死んだ? 何かを伝えようとしたのか?)

 

ただ、足下には何も残っていない。

地面に残滓が全て吸われた結果なのか。

それとも何かが掃除した結果なのか。

 

幾つも考えは浮かぶが、そんな中で唯一確実な事象。

神社という本来清められて当然の場所で出血沙汰が過去にも起きていたという事。

 

他に何かが残っていないか、と改めて受付の建物へと向かいぐるりと一周。

裏側に扉が見えるが、鍵が掛かっているのか内側から何かが引っ掛かっているのか開かず。

表側、顔を合わせる場所から身を乗り出して確認できる範囲を確かめる。

 

「……うっへ」

 

そして、その場所を確かめて声を漏らす。

 

大人ならば先ず引っ掛かり、子供でも本来なら担当者がそんな事を阻害するから普通はしない。

だからこそ、本来なら最初に実行するのは灯花だった筈だ。

()()()()()を残しておいたのが意図的ならば、という話の上でだが。

 

内側に残ったのは、建物の土台に染み込んだような赤褐色。

それも明らかに一人二人のモノでなく、複数人のものが染み込んでいる。

書類なんかを仕舞っていたのだろう、収納箱も散り散りに砕かれ。

唯一残って見えたのは、口が開いたままの引き出しのような場所の奥に置かれた金属製の箱。

 

(……嫌な予感はする。 が、調べないわけにもいかない、か。)

 

べちゃり、と落下しながら侵入。

箱を手元に引き寄せ、奥側の……扉へ手を掛け中に入る。

此方は特に封鎖などされておらず、普通に開き。

だからこそに警戒を強めたまま、滑り込んで再度閉め周囲を確認。

 

(……怪しい。 いや、怪しすぎるだろ。)

 

もしかするとそう感じてしまうのは俺がネジ曲がっているからかもしれないが。

外側があんな状態なのに、この部屋の状態がおかしすぎる。

 

特に何もなく、綺麗なまま。

本来なら休憩室のように扱われていたのだろう部屋の中は特に汚れた様子もなし。

外へ通じる扉には、一本の枕木のようなものが立て掛けられたことで封鎖されている。

 

先ずは、とそれを外して出入りを自由にした上で。

このまま此処に居続けるのを脳裏の何処かが拒否し、一度入口側へと戻ることにする。

 

ばたん、と扉の開閉音を耳に。

地面に染み込んだ跡を見て、無事に残った箱を見る。

何かしら罠は絶対にある。

が、現状放置するような選択肢を取れない。

 

瘴気箱の類ではない。

だからこそ、物理的な罠が無いのは一目で把握できた。

 

「……色々とちぐはぐ過ぎて困る」

 

ぼそり、と言葉を漏らしつつ。

すう、と呼吸を大きく吸い込み。

 

いざ。

そんな覚悟を小さく抱き、たった一人でその謎へと手を掛けた。



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033/遺品

 

ぎしり、と変形した箱が引っ掛かり。

無理矢理に開けた中から何かが宙を舞う。

 

「ゲホ、ゴッホ!?」

 

鼻に漂う嫌な匂い。

埃というよりは黴に近い気がする、特有の悪臭と漂う粉。

慌てて箱を近くに置いて、片手で扇ぐように追い払った。

 

(箱の中に埃と黴ってなんだよ!? 湿ってんのか!?)

 

埃だけ、或いは黴だけならまだ分かる。

が、閉めたままその何方もが襲いかかってくるのはちょっと想定してなかった。

家探しに慣れていない、というのもあるのかもしれない。

慣れるものか、慣れて良いものなのかはまた別問題として。

 

顔を少しだけ背けながら箱の中へと視線を向ける。

噎せすぎて少しだけ涙が浮かびつつ、視界に入ったのは。

 

「……んだこれ、日誌?」

 

紙を組紐で束ねたような、凸凹とした表面が特徴の紙束。

雑多とした印象を受けるそれの表面に大きく筆で描かれた『神社日誌』と書かれたそれ。

崩されすぎて、というよりは書いた人物の癖が強すぎて神社名までは読み取れない。

 

(……そうか、そういや神社名から追っ掛けるって手もあったんだな。

 焦って抜け落ちてた、か?)

 

それを見て思い出したのは、神社で祀る神々。

 

昔、神社関係を調べた時に知った事ではあるのだが……。

祭神として神社に祀られる神々の中でも主に扱われるのが主神、それ以外は配神。

そういった基本知識をゲーム内にも転用していると思われるシステム的な効果。

 

どの場所でも、同じ神職が同じ力を発揮できるとは限らない。

『結界』のような基本的な……塗り潰してしまうものとはまた別の、相性の問題。

自らが奉じる神々との相性問題で出力に強弱が出てしまうというだけの事。

 

つまり、神職系列を使うのならその神社での変動を加味して『均す』かどうかを決めるモノ。

その基準となるのが主神・配神との相性になる事を考えれば……。

と、其処まで思い当たり。

自分で自分に疑問が浮かぶ。

 

「……いや、気付かないというか忘れてるのもおかしい話だよ、な?」

 

()()()()()()、と言い切って良いような設定。

少なくとも俺が入り浸っていた掲示板とかでは基本設定として頭に叩き込むような内容。

関係性を知るには呪法陣と同様に知識が必要になるとは言え、複数に応用が利く事。

こんな大事な状況下で、完全に抜け落ちてしまうものか?

 

(……この場所に入る際に干渉された? いや、そもそも最初の最初に忘れさせられていた?)

 

何となく思うのは俺自身の欠点を突かれたのかな、という感想。

自分自身の状態を姿見や水面でしか確認できない以上、夢で断たれるまでは付いていたという事。

ならば、その頃から……と考えると今まで浮かばなかったのは辻褄が合う。

 

(ただ恐らく、この考えは有効って考えて良い。 分かる範囲で資料漁って……持ち帰るか。)

 

一つ一つ情報を手に入れ、相手の考えを潰していく。

そう思考を変えるのなら悪くはない。

考えを自分の内から目の前の紙束へと向け直し、一枚ずつ捲っていく。

 

『■月■日:本日参拝数3。 本社から通達あり。』

『■月■日:本日参拝数2。 特段異常無し。』

『■月■日:本日――――。』

 

凡そ一日に一枚を使う形で書いていったのかと思う。

変わらない出来事のように思える内容、けれどそれを積み重ねていったのだろう記録。

この一冊だけ、というわけではなく更に別の書類は何処かに眠っているのやもしれない。

そんな数々を追う中で、ふと目についた伝言が一つ。

 

『■月■日:本日参拝数9。 禁忌と指定された()の移送完了。』

 

「……娘?」

 

女と書かない違和感。

母親に関しては……確かに彼女の設定を掘り起こす限り、深く定められているとも言い切れない。

この時点で全ての権限を取り上げられていたのか?

そして、此処に来る前に産んでおいて……取り上げられなかったのか?

それくらいは簡単にやる、というのがサブイベントなんかを含めた上での俺の認識なんだが。

 

いや、それより問題になるのは……この時点では人がまだ残っていた、ということ。

書かれた日時を見る限り、凡そ記録されたのは8年程前。

つまり灯花のことを指すとすれば、産まれたての時点で移送されてきたという事自体は正しく。

その後に急速に神社が廃れていった、ということになる。

 

少しだけ考えを変えるのなら、輸送を担当した神職が記録として残した可能性は無くもないが。

それならばこの記述より前に撤退の旨を記した文面が無くてはおかしい。

 

一度頭に戻り、斜め読みをしてみるが特に記載はなく淡々と進み。

元あった場所まで戻り、もう少しだけ話を進めた先。

 

『■月■日:』

 

凡そ記述が続くこと一年。

唐突に記述が途切れ、それ以降は記載が無くなっている。

その前日には、目立つ内容は…………。

 

『■月■日:本日参拝数0。 森の中で奇妙な鳴き声が聞こえるとの報告あり。』

 

……いや、あったな。

つまり妖、或いはあの影がこの神社で暮らしていた監視者(か神職)を襲ったという事か。

多分監視、ということは定期的に連絡を本社側に送っていたはず。

それが途切れたのを契機に……そう考えれば割と納得がいく。

 

「結構大事になりそうか……」

 

これは持ち込むことにする。

御母上様に聞きたいことがまた一つ増えた。

まぁ、まず九割九分無いとは思うんだが……御母上様に憑依している可能性も捨てきれない。

正直こんな場所でたった一人生活できていると考えるほうが奇跡なんだし。

 

そうぶつぶつと呟きながらに、日が完全に森の影に沈んだ神社を見回す。

そろそろ本殿側に戻ることにしよう。

入ってきたときと同様に、受付側から無理矢理身体を滑らす。

 

……休憩室側に向かわなかったのは、単純な話で。

日が沈んだ後、どんどんと寒気と吐き気が増してきたから。

 

(呪われてるじゃねーかよ……)

 

もう踏み込みたくない。

霊能力者とも呼ばれることがある俺達ではあるが――――得意不得意はまあ、あることなので。



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034/知見

 

「お。 ご主人」

「お疲れ、どうだった?」

 

戻る最中……という言い方は正しくないか。

三人が戻るまでは息を潜めつつ考え続け、背後の状態がどう変わるか確認し。

鳥居側から顔を見せたタイミングで正面から抜け出し、三人と合流。

裏側と鳥居側、どっちから戻るかは不明瞭ではあったが……。

まあ、両方を確認できる位置という意味合いでは間違ってない。

 

「枝はそれなりに回収できたかなぁ~……って感じ?」

「それと……ううむ、一つ怪しいモノは転がっておった。」

「朔様は……何を?」

 

ちょっとした物を詰められる、という意味で重宝している手提げ袋。

紫雨が吊るしたその中には枝が幾本も目立って見える。

 

……正直、神社の中で火を使う危険性は十二分以上に分かっていることではあるのだが。

真逆に火を用いることで出来ることも増えるし、周囲に延焼しない対策が無くもない。

『簡易呪法』を用いて床下から土を集め、竈のようにしてしまえば済むことではある。

まあアレだけあれば二、三日は持ちそうだな、と簡単に概算を立てていた。

 

「ちょい単独で調査」

「また無茶をしおって……」

 

蓋をし直して脇に挟んだ箱を軽く振って見せる。

がたがた、と中に何かが入っているのを示す音に三人は意識を向け。

そして同時に周囲の変化がないかを警戒……特に異常の発生は見えず。

 

「……ご主人?」

「気にするな……って言うよりは予想してた通りだった、と言い直したほうが良いな」

 

何してくれてるんだ、という目線に対して若干の釈明。

ただ、今口にしたことはまかり間違っても嘘でも無く、誤魔化しでもない。

 

「さっき俺がいた建物あったろ」

「あ~……あの裏側に扉がある場所だよね?」

「そうだ。 で、あの扉の奥では日が暮れると同時に()()が起こった」

 

この場合の”何か”は直接確認しようが無かった、という意味も含む。

恐らく踏み込めば誰であろうと無差別に対象にし、呪いを振りまくだろう。

寒気と吐き気、そして嫌な直感。

こればかりはもう感覚の問題なので、鋭いかどうかは各個人の資質による。

 

「つまり……昼と夜とで姿が違う場所、ということかや? この神社は」

「はっきりそうとも言い切れないが……そういう側面はありそうだな」

 

俺の伏せた言葉を汲み取って、白が後を継いで口にする。

本殿内に直ぐに戻らないのは、人数を掛けて周囲の確認を兼ねているから。

今のうちに確かめて、明日の朝一に再度確認する。

見える範疇、という前提はあるものの……違和感の有無を確かめるには丁度良い。

 

そもそもの話、神社内で霊障……呪いが発現する時点で色々とおかしい。

龍脈の内側というのもあって、二重に。

普通に考えれば浄化されるなり、力に溶け込むなりしてしまう筈。

それが為されない空間としての意味合いもある、ということになる。

 

「それで、さっき口籠ってた怪しいものって?」

 

各々が少しずつ悩み始め、言葉が減って。

ただ黙るだけにならないよう、先程口にした”何か”に対し言及する。

初日の、それもほんの少しの探索で見つかったのだから隠されているようなものではなく。

探そうと思えば誰でも見つかっただろう、というのは口にしなかったけれど。

その程度の認識は全員が共有しているものだろう。

 

「……何と言えば良いんでしょうか」

「ぁ~……先ず一言で言うなら遺言、かなぁ」

「遺言」

 

つまり死体の傍に落ちてたとか、か?

……そういえば、死体も下手すると『モノ』扱いされるのだろうか。

そうなると大人のそれも、見た目と実際の時間の経過が当てにならなくなるんだが。

 

「白骨化した死骸の傍……それも背の高い叢沿いに転がっておったものでの」

 

これじゃ、と渡されたのは一枚の紙切れの端。

何故無事のままでいたのか、それは今は気にせず。

表と裏を確認してみれば、書かれていたのは単語。

 

『醜悪』

『闇』

『■』

 

最後の部分はまるで読み取れないにしろ、何かを遺そうと書かれたそれ。

何を示しているのか、直ぐに思い付くわけではなかったが……。

 

「……これ、何かを見た結果……だよな?」

「だと思う。 ボク達はこんなの見てないし」

 

だよなぁ、と同じく頷く。

つまりそれを目撃した上で敗北した……或いは戦闘にさえならずに殺された。

何方にしろ、”何か”危険なものが一つ増えた、という認識は共有できる。

 

「一応意見聞いていいか? どう思った?」

 

俺一人の考えでは行き詰まる。

そんな直感の下、三人にも考えを聞く。

 

「あの追い掛けてきた変なモノとかでは?」

「そうじゃなぁ。 吾としてはまた特殊な妖という線も推したい所だが」

「ボクは……そうだなぁ。 ”見てはいけないもの”を見た、って意見?」

 

三人の考えはやはりそれぞれ違う。

ただ、その中で最も気になったのは紫雨の考え方。

 

「いけないもの?」

「ボク達が狙ってる……うん、()()()姿()()()()()()()()、とか?」

 

直接的に名前を書かなかったのではなく、書けなかった。

知識を持たず、名前を知らず。

その結果致し方無しに何かを遺そうとした結果がこの記載なのでは、という感じか。

 

「……何にせよ、何も分からないモノを見た――――というのは一致するんだな」

 

考え方の基本。

というよりは超能力者、霊能力者としての基礎の基礎。

端的に記せるモノをそのまま記す、という形では長くなってしまうための共通知識。

それを『名前』で定義し、各員が学ぶ事で直ぐに引っ張り出せるようにするのが当たり前。

 

俺達はその当然が出来ていない、というのもあるが……。

それにしても『名前』を記さない、それそのままを受け止めるなら。

彼女達の意見にも大きく頷けるものがあった。

 

「……中の二人にも共有するか。

 ああそうだ、食い物は普段通りの対応で何とかなりそうだぞ」

「傷んでおらんかったのか?」

「あー……実はな?」

 

内側での発見と、外側での発見。

その日に見つけたものの共有を行いつつ。

少しだけ時間を掛け、無事に合流を果たすことに成功した。

意味深な発見を幾つも残しながら。



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035/朝日

 

各々の分から切り分け、食事を作った。

軽食分類の干し肉ではなく、人数分として用意している別口の食料。

二人分を追加して作る以上、当初の予定より量が減るのはもう諦める。

灯花と御母上様にも差し上げて、翌朝話そうと相談して就寝。

 

「……ん」

 

早朝。

最初に聞こえたのは、奇妙な物音。

周囲から鳥の鳴き声も葉の音もせず。

ただ、何かが蠢くような音が切っ掛けだった。

 

がさ、がさ、がさ、がさ。

動物だろうか――――それとも、妖だろうか。

寝惚けた頭で思考を回す内に、寒気と共に。

すぐに違うことに気付く。

 

()()()()()()()()()

遠くから少しずつ近付き、また少しだけ離れて完全に掻き消えた。

 

其処から思い出すのは、抹消者。

……それも追うのではなく、単純に移動する音。

 

「…………」

 

朝から嫌なモノを感じ取り、冷や汗が背中を冷たく濡らす中。

周囲の、同じ部屋で眠ることになった女性陣を見る。

 

薄くでも目を開けているのは伽月とリーフ。

恐らくは同じく、物音が切っ掛けで目覚めたのだと思しき二人。

ただその表情は、昨日のことを思い出したのもあるのか。

微かに震えているようにさえも見え、声を掛けようかと思った矢先。

 

目線に入る、平然とした様子で穴の内側から此方を覗き込む灯花の姿。

 

「おはよう、ございます?」

「……おはよう」

 

何とも言えない雰囲気。

ただ彼女は気にもせずに上がってくる……いや、こういった空気を知らないのか。

今までに母親以外との接触機会がほぼ皆無だったのだし、学びようもない。

俺はまあ……うん、最低限『溶け込む』くらいは昔の知識で出来るからなぁ……。

 

「さっきの音は?」

 

こほん、と無かったことにするように咳をした伽月。

それに俺を含めた二人で乗っかり、同じように流そうとし。

 

「きのうも言いましたけど……抹消者、だと思います。」

 

特に気にすること無く話が進んだので、内心でちょっとだけ安堵を浮かべた。

 

「毎朝こうなのか?」

「いえ……普段はもう少し静かなんですけど。」

 

なんででしょう、と疑問符を浮かべているのを細目で見てしまう。

つまり俺達がいるから奇妙に動いてる……何かしら判断する基準があるのか?

にしても早朝際と昼……はっきりした時間帯が特定できるならしときたいが。

 

「後でいいか。 灯花、昨日出来なかった話をしておきたいんだが」

「ぁ、はい。」

 

独り言として口に出しつつ、今起きている面子だけでも相談をする。

伽月には火起こしを頼みながら、内側と外側での意見の摺合せ。

 

……しかし、こうしてみると。

頭を使える人間が相当数いる、というのは多分結構な強みな気がする。

そうでなくとも、戦場の勘に近い物を持つ仲間達ばかりだし……というのは置いといて。

 

「先ず内側……つーか呪法陣の方はどうだった?」

「………………色々、やっては、みました」

 

これです、と提示されたのは様々な形で書いたのだろう。

一枚を細くし、丁度二本の指で挟むのに丁度良さそうな長さの束。

呪符のような形となった、絵柄の書かれた紙の数々。

 

「切ったのか?」

「…………使いやすく、したくて」

「おかあさまが、一枚だけ持ってた形を真似ました。」

 

……いや、まぁ。

確かに持っててもおかしくはないんだろうけどさ。

聞かなかった俺等も悪いんだろうけどさ。

 

「それ見れば、色々と特定できるんじゃないのか……?」

 

そんな言葉がついつい漏れてしまう。

 

「いえ……お母様が言うには、身を守る護符程度の効果しかない……とか?」

「あー、そっちの用途」

 

無論、そんなに甘いわけがなく。

一周回って安心感さえ覚えながら頷いた。

 

「なら消耗品というよりは装飾品か。 体弱いのか? 御母上様は」

「いえ……此処一年程になって急に寝込むようになった感じです。」

 

そういえば、とばかりに聞きそびれていたことを確認する。

灯花が言うには、咳が酷くなり寝込み始め。

今までは御母上様が買い出しに行けていたのも無理になり。

森の中の果実や霊能力者の遺品……腐る寸前のもの等に手を出して命を継いできたとか。

 

ふぅむ。

だからか、昨晩の食事の時に掻き込むように食べていたのは。

そんな納得と、一つの想定。

その呪符の効果にもよるが、もしかすると。

 

「……なぁ、灯花。 一つ頼んでもいいか?」

「たのみごと、ですか?」

「ああ。 紫雨が起きた後の話になるが、その呪符を一度見せて欲しい」

 

もしかしたら、程度の可能性ではあるのだが。

その護符の状態を確認できる俺達で一度見ておきたい。

作成方法までは不明としても、効果は確実に理解できる俺達だからこそ。

消耗しきって、効果を為さなくなっている可能性を知っておきたい。

 

元々そんなシステムがあるはずもない。

現実に落とし込まれたことで破損する事象を見たからこそ、何となく思ったこと。

作る際に込める霊力が尽き、周囲からの攻撃に打ち負けた結果が今ではないのか。

もしそうなると、此処にいるだけで消耗するのは物品だけではないということになるが。

 

(……ん?)

 

何かが、琴線に触れた。

物品だけでなく、何かが減っていく。

今、俺はそう考えた。

 

…………推定、此処の主というか邪魔をし続けている神を考えると。

 

「んんん?」

「あの……どうかしました?」

「………………ぁ。 何か、思い、当たった、かも?」

 

周囲の声が聞こえるようで聞こえない。

裁定神……或いは運命神の類と想定したよな。

仮に裁定神だとして、何を以て罪と断じる?

真逆に、運命神だとすれば何を削っていく?

 

そう考えてしまう方向に誘導されている気がしないでもないが。

 

「……根本的な”運”を削ってるのか?」

 

だから、”運悪く”妖がこんな場所に巣食う。

だから、”運悪く”病を患う。

だから、”運悪く”抹消者に真正面から遭遇しそうになる。

 

全ての判定値を狂わせる(らんすうをれつあくにする)神、と考えれば。

 

「そうなると……。」

 

もしかすれば、必要になる知識は最低限で済むやもしれない。

 

「ぁ。」

「…………どう、します、か?」

 

奇妙なものを見る目で見つめる、神に類する二人の少女。

 

考えから起き上がり、そんな二人を見つめ。

どう説明するか、と思考をぐるりとかき回した。



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036/交渉

 

「………………『神々の知識』の、能力を、取得する?」

「きのう、言っていたことですよね?」

 

結局切り出したのはその話題が始まり。

元々説明していた……というよりは大前提になる、というのは共通認識。

だからこそ繰り返して説明すると言った意味合いが大きい。

 

「ああ。 何となく揃った情報で幾つか答えは絞れると思う……んだが。

 問題が無いわけではないんだよな」

 

他の『物品作成』系列の知識と純粋な『知識全般』能力の最も分かりやすい違い。

それは前者は言ってしまえばレシピの一覧とそれに付随する物品の詳細、という内容と。

後者は深度を高めることで索引引きや検索機能が詳細になっていく、という差だと思う。

 

そんな違いを教わったのはルイスさんと親父さん。

つまりは俺の知る目上の超能力者二人。

何方も同様に前者と後者の能力を取得しているからこそ、自身の体験として理解していること。

 

「もんだい?」

 

きょとん、というよりは理解できていないド素人(とうか)

噛み砕くように説明する中で、俺自身も見逃しがないかを詰めていく。

 

「多分答えは大部分絞り込める所までは来てる。

 ただ、その名前を口にしてしまうと何があるか分からん。」

 

普通の場所なら問題はない。

きちんと管理されている神社……龍脈ならそれも問題はないと思う。

ただ、今のこの場所。

つまり、神に支配されている場所。

下手に『正しい名前』を言ってしまうのは不味い……と感じてしまうのは俺だけだろうか。

 

(……役割名とか通称名なら兎も角、『名前を特定された』と向こうに知られたくない。)

 

つまり……まあ、単純に言ってしまうのなら。

俺は()()()()()()()()でいてほしいのだ。

 

その方が楽になるし、下手に本気にさせれば勝てるかが怪しくなる。

足掻いている、と思わせたままにさせておきたい。

少なくとも、準備が整いきるまでは。

 

「………………考え、過ぎ……とも、言えません、よね?」

「とうかには……何とも言えません。」

 

俺の考え過ぎ、位で済むならその方がいい。

ただ、格が違う存在と相対するのは今回が初めて。

 

臆病、と捉えられるのか。

慎重、と捉えられるのか。

 

人によるだろうな、と。

何となく、そんな事を考えてしまった。

 

「だから、深度を高める前に最低限でどう見えるかを教えて欲しい。

 それも、出来れば灯花に」

「……それは、構いませんが。」

 

神職関係者だから、と言うのは先ず間違いなくある。

ただ、それよりも今はお互いにこの場所から出る……という目的がある。

だからこそ、一定の理があることを彼女なりに納得した後でなら。

今後を考えると非常に大事な、能力点を今費やすという選択肢を選んでくれる。

 

仲間に出来るかどうか、という部分に関してはもう半々くらいかなぁと思いつつ。

それでもこんなところで屍を晒したい訳では無い。

優先順位の変更を余儀なくされつつも、忘れるつもりは毛頭ない。

 

「おかあさまが、言っていましたが。 何か、道具が必要なんですよね?」

「ああ、『写し鏡の呪法』が込められたやつだな」

 

それは後程渡すとして。

その前に、後幾つか決めておきたいことがある。

特に未だ深度(レベル)が1の彼女だからこそ、方向性だけは無限にある状態。

 

――――そして今、神職の彼女が手に入る可能性がある以上。

結ぶ、と決めて実行を控えていた『血盟』も可能なら行ってしまいたい。

干渉を避けるため、此処から抜け出した後にはなるだろうけれど。

 

「朝食の後で渡すつもりだ。 それと、残り二点をどう割り振るかも先に決めておきたい」

「どう……?」

「得意な武器、呪法、技術、その他。

 俺で例えるなら中衛で長柄武器を握りつつ鑑定、指揮と弱体役を担当してる」

 

……こうしてみると、やっぱり俺が戦闘中にやること多くないか?

いや最初に自分で選んだことだし、こういう人物がいれば確実に潰しが利くし。

そして何より、高速戦闘とか真正面からの剣戟とか向いてないから今更なんだが。

 

「本来だったら色々と武器を持ったりしたほうが良いんだろうけど……」

 

そっと彼女に目をやる。

ガリガリの身体、此処から出たことのないという状況。

どれを取っても一番最初の俺……それよりも尚悪い。

 

「確実に潰しが利く……専門能力から修めた方が良いだろうなぁ」

 

神々系列、龍脈……結界系列、回復系列。

誘導というわけではないが、それぞれの利点を挙げて選んで貰う。

今の状態を考えれば回復系が一番妥当とは思うが、考えが違う可能性もあるし。

 

「つぶし、ですか?」

「取りたくても取れない能力ってのがあるんだよ」

 

そう考えてしまえば、俺の写し鏡に映るあの魔の手を思い出してしまう。

やめろ、邪眼系欲しくないって言えば嘘になるがそれに手を出せば多分俺は堕ちるぞ。

 

「まあ細かくは後で教えてやるが……」

 

どうしたものかな、と少しだけ悩む。

彼女を含めて探索と深度上げで一日……じゃないにしろ半日費やすか?

どうせどこかしらで踏み込まねば行けない事を考えれば、早めに決断した方がいいか。

 

「代わりに、今日一日付き合ってくれ」

「……きのうから、付き合っておりますが。」

 

呆れた表情。

……まあ、それも間違ってないんだが。

 

「一応主目的が二つあるんだよ、今日は」

「はぁ。」

 

純粋な深度上げ、探索。

彼女が俺達とやっていけるかの確認。

その最初の一歩の懐柔策、とでも言おうか。

 

「というわけでとっとと起こして朝飯にするか。

 リーフ、朝食の準備任せて良いか?」

「…………ぁ。 はい」

 

裏の理由は口にしない。

薄々気付いている気はするが、()()()()()()()()()()()

其処は最低ラインだと互いに理解しているから、彼女も乗ってきてくれる。

 

きちんと口にするのは、多分。

此処を出る最終行動……決戦前とかかなぁ。



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037/設定

UA20万届いてました。ありがとうございます~


 

『灯花/深度1』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』
111

 

能力(スキル)

 

未取得/0点
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『知識:神々』1/3神々への知識・索引機能を得る。
【風】『陽月の癒』1/3任意対象の生命力を癒やす。【単体】【回復】
【風】『新月の帳』1/3任意対象の肉体的異常を治癒する。【単体】【深度個数】

 

 

「……これで、良いんですか?」

「ああ、先ず間違いなく潰しは利くと思う」

 

食事の後で、おっかなびっくりしながらの初振り分け。

超能力自体はほぼ確定の割り振りに落ち着く。

基本的に回復担当は中途半端な速度よりも最速か最遅か、そんな形に落ち着くのはいつでも同じ。

 

最速ならば速度に割り振って初手を能力上昇などに費やすタイプ。

最遅ならば体力に割り振って耐える形を取り、初手は持続系の何かに費やすタイプ。

装備に自由度が増すのは何方かと言えば後者。

そして知識が薄く、堅実性を取るならやはり後者。

 

そういった部分もあり、武具を持たせる余地もなかったこともあり。

彼女が選んだのは身軽さよりも『周囲を見る』事を重視する最遅行動タイプ。

 

……同時に、この選択肢を取るということは幾つかの育成方針を捨てることと同義ではあるのだが。

それはまあどっちも同じ、何時かは切り捨てる内容でもあったのだから考えない。

 

(何より、回復型は龍脈誤認……結界型とも共有して能力を割り振れるしな。)

 

彼女にしか出来ないことを優先する。

本来の目的、当初の予定だった『宝珠』の加工に用いる浄化能力。

事此処に至っては、もう少し彼女自身の格を上げてから振って貰うことにする。

 

それ以外にも龍脈を素とする結界を軸とした戦場干渉能力。

或いは神々の力を借りる、リーフにも似た大規模呪法。

何を取り、何を削るかは彼女次第ではあるが……何となく後衛特化型として収まる予感。

……本来の彼女の立ち位置から考えれば、戦闘能力なんて最低限で良いんだがなぁ。

 

「こればっかりは実際にやってみないと分からんが、御母上様にも効果はあると思うぞ」

「そうなんですか!?」

「あ~……そうだね、一応、って言い方にはなっちゃうけど」

 

ついでに俺が勧めた理由も伝え。

それを補強するように紫雨も答える。

 

各々が武器を確かめる中、俺や紫雨は所持する能力の応用で斜め見程度で済んでしまう。

無論普段ならもう少しきちんと確かめている所ではあるが、昨日特に酷使している以上。

念入りに手入れを行った彼女はそれでいい、と判断したらしい。

 

「………………薬が、色々と……作れれば、別、なんですが」

「満足に手を出せる設備も足りてないからな、仕方ないさ」

 

ぽつりと呟くリーフに同意を込めて頷いておく。

実際、任意目標(クエスト)の中には「家族を癒やして欲しい」なんて用件が入ることもある。

この達成手段は二つ、道具か呪法か。

だからどの程度効果があるのか、と言われると疑問だが全く意味がないとは思えない。

 

「病、って言い変えれば生命力の低下と状態異常の合せ技だからな。

 流石に完治は出来ない筈だが」

 

曖昧な言い方になってしまうのはゲーム時代の知識しかないから。

と言うより、それが出来れば今世での薬師や医師の存在価値が消失しかねない。

 

だからか。

『戦闘中に負った状態異常』でなければ一時的な治療にしかならない、という制約がある。

身体自体を癒やさなければまた再発してしまう状態にある、という原理。

まあ逆に言えば、一時的にでも苦しみから逃れられる意味合いはある。

彼女達と共にこの龍脈から抜け出るときには役に立つ筈だ。

 

「……なら、お母様に直ぐ使って差し上げないと。」

「試すのは良いが……すぐに出るぞ?」

 

立ち上がろうとした彼女を押し留める意味も込めて、強く声を掛ける。

実際試したい気持ちも分かるし、少しでも和らげたい気持ちも分かる。

それでも、これから出ることを考えれば霊力の消耗させたままに動かしたくない。

特に、今回今日こそが初めてだからこそ余計に。

 

「? それが?」

 

だが、まあ。

そんな俺等の当然が通じるはずもない。

 

「あー、俺の言葉が足りなかった。

 御母上様に掛けてやるのは帰ってきてからにしてやれ」

 

もう少しはっきり言わなきゃ駄目だな、と。

多少なりとも知識を持ち合わせていた他三人と同じで考えると失敗する、と学習した。

 

「いまは、駄目なんですか?」

「幾つかの理由があって推奨できん」

 

お前等も言えよ、と二人に目をやれば顔を伏せてしまう。

変に口出しをしたくない、という感情からなんだよな?

何かしらの反抗故じゃないんだよな?

そんな渦巻く感情を抱いて細目を向け、溜息を吐いた。

 

「まず、灯花は今回が初めて。

 それも普通の幽世とは違う場所で、真正面から立ち向かうのも初めてだよな?」

「はい。」

「なら、体力と霊力……つまりは万全で動ける状態で動くべきだ、というのが一つ」

 

これがもう少し経験を積んだ後とかならまた別。

感覚的にどの程度消耗しているのか、自分自身で把握できるのなら全然構わない。

その経験を積ませるためというのが一つ。

 

「もう一つは、先ず間違いなく戻ってきた後の方が効果が上になってるから」

 

つまり、最低でも戦闘一回を挟めば深度(レベル)が変動するから。

どう変わるかまでははっきり言えんが、効果時間に影響は出ると思う。

 

「? 二つ目は理由関係なくありませんか?」

「術者側の負担はな。 受ける側が多分苦しむことになるからやめとけ」

 

今使用したとして、戻ってきたら効果が切れている。

安定したと思ったら再度繰り返し、その落差で身体に疲労が蓄積される。

それなら今のままで耐えて貰い、比較的合間を開けずに繰り返せるようにした方がいい。

その為に霊力自動回復能力も必要になるが……ま、それは自分から考えるだろ。

 

「そんなわけで、楽にしたいならお前さんが強くなるのが一番だな」

「……なるほど。 分かりませんけど分かりました。」

 

どっちだよ。

 

口に出すことはなかったが……。

多分、顔に呆れた表情が浮かんでしまったのは。

仕方ないことなのだと、思って貰えると思いたい。



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038/退治

 

『――――』

 

腐り落ちる頭の水。

本来ならば鋭利な筈の水掻きの先の爪は崩れそうで。

吐き出す声色自体も何処か狂っているような色合いを含んでいる。

 

介錯という意味合いを多分に含んだ打撃を以て、地面に叩き付けられた妖。

意思を持たない――或いは薄い――筈にも関わらず。

何処かその瞳には感謝の意味合いが含まれていたのは、俺自身の思い込みか。

 

「全員無事か?」

 

深く呼吸をし、少しずつ通常のリズムに戻しながら。

背後を向く前に、各々の自発的な返答を待つ。

 

「………………はい」

「灯花が凄い疲れてるよ~」

「もう少し運動させたほうが良いと思います」

 

順にリーフ、紫雨、伽月の声。

白は返答をせず、俺の隣に近付いてきて消えていく妖を見送り。

後ろの方で咳をし、噎せるような様子を見せているのが恐らく灯花だろう。

 

まぁ周囲を歩き回ったり、という意味合いで長期的な行軍系の体力はあるんだろうが。

突発的に動き続けたり、或いはその数十秒に命を賭すような瞬発系は足りてない。

こればっかりは訓練……或いは実戦で磨いていくしかない部分だからこそ。

仲間達も注意して見てくれているんだろうけれども。

 

「……生きながらに腐り落ちていた、のか?」

「アレを生きている、と定義して良いのか悩むがな」

 

ぽつりと零す言葉に反応する。

 

河童のようで何処か違う、獣のような鋭さを秘めたはずの【水棲】種の妖。

通常であれば『水虎』と呼ばれるに相応しいだけの強さを持つ存在にも関わらず。

その群れともなれば、幾らかの切り札や消耗を覚悟して然るべき相手なのに。

どれもが、生きながらに死を望んでいるようにも見えた。

 

「ご主人、どういうことなのだ? アレは」

「例外に例外を重ねたような状態だから何とも言えんが……推測でいいよな?」

 

無論だ、と告げる彼女の言葉には奇妙な程の重みがあった。

恐らく言葉として定義するならば『殺意』、或いは『怨恨』。

人としてならば浮かぶことさえあっても、妖としては不釣り合いな感情表現。

ただ――――それを否定する気にもなれなかった。

 

「お前等にも言ったが、この結界の基準に引っ掛かったせいで腐敗し始めた。

 ただ、本来は物品で済む筈なのにあちこち……身体自体が腐敗しているのはまた別途。

 頭の水が腐敗したことで身体に悪影響が出た……のと、長期間此処に住んだ影響かね」

 

ひょっとすると、成人以後も年齢を積み重ねていればそれに応じて速度が上がるのかも。

妖の『成人』の定義が分からんが……まあ、産まれ落ちた後の歳月で考えるべきか。

 

そして水虎は、また別種の河童とも同一視されることがある。

正直河童はゲーム本編で見掛けたことさえない希少種なので何とも言えないが。

頭の水が完全に腐敗し、それに依って身体中が生きながらに腐り落ちたと見るのが妥当か。

 

……此処まで進むと、最早『死』に親しい何かを持っているのもほぼ確実。

即死に対しての対策も必要になりそうで溜息を漏らす。

 

「……やはり、此処の主の仕業かの」

「と言うより他にないだろ。

 やろうと思って主体的に実行、では無いと思うけどな」

 

言ってしまえば、神々の目線からすれば()()()妖風情。

それも固有名を持つような上位種、変化種でさえない群れ。

単純に引っ掛かったから吸い上げてそのまま、と考えるほうが余程分かりやすい。

 

ざっ、ざっ、ざっ、がっ。

話をしながらに地面を蹴る音が強くなる。

最初は土を蹴り飛ばしていただけなのに、気付けば地面を強く蹴るように。

余りやり過ぎると怪我しかねないし、本来なら止めるべきなんだろうけど……。

少しでも怒りを外に向けられるのなら、とそのままにしてしまう。

 

(しかし。)

 

屈み込み、妖が元々存在していた辺りに触れる。

既に何も残らず、故に存在していたことを知るのも既に俺達だけ。

ほんの少しでもいいから情報を掻き集め、準備も進めたいのだが……。

何を優先するのか、と悩み始めてしまえば永遠に続いてしまうだろう。

 

(ちゃんと知能がある妖……特殊な奴等なら一時的に協力も結べるか?)

 

そんな相手がいるのか、という問題は扠置いて。

俺もあと一匹までなら問題なく式として扱うことが出来る以上。

何をさせたいのか、を考慮に入れてそろそろ考えて良いかもしれない。

 

名付けを行う、という手札が切れるか切れないか。

それは相手との交渉難易度にも関わってくるだろうし。

 

(移動短縮用途にも使える妖いたかなぁ……?)

 

パッと考えて浮かぶのは馬や牛、或いは飛翔系の生命体だが。

天馬みたいなのは西洋出身だから普通にやっては仲間にしようもないし。

どうしたもんだろうな、と目線を少しだけ持ち上げた先。

 

「……ん?」

 

生えたままの、枯れ草の根の辺り。

何か……そう、文字通りの意味合いで()()が転がっているのが視界に入った。

 

「白」

「ん? ああ、何じゃご主人」

 

手を伸ばそうかちょっとだけ悩み。

何かあったら怖いので探索担当に声を掛ける。

俺の視界上では、この距離では靄がかかったように見通せない何か。

 

「あの草の下、何か転がってるんだが」

「転がっている?」

 

何処だ、と進もうとするので一度屈ませ、先程と同じ視線の高さに。

アレだ、と指を向ければ。

 

「お? おおお!?」

「何だ、どうした」

「いや、言われるまで何も気付かなくての」

 

…………んー?

 

「白がか?」

「吾がだな」

 

いや、色々とおかしいというか。

俺が気付かずに彼女が気付く、なら能力的にも不信感はないが。

その真逆ともなると……ふぅむ。

 

「ちょっと警戒しながら取ってきてくれるか」

「分かった、少し念入りに探索する」

 

その場を白に任せ、後ろを振り向き。

 

「灯花、ちょっと来てくれ」

「……ちょっとだけ、待って貰えますか?」

 

涙目を少しだけ浮かべつつ、自身に呪法を唱えていた灯花へ声を掛けた。

生命力回復するにはちょうどいいだろうが……攻撃喰らったわけでもないだろうに。

こう考えてしまうのも、多分悪いことだろうけどさ。



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039/封印

 

結局、彼女が近付いてきたのは白が戻ってくるのと同時。

後ろの方で待ち惚けを食らっている三人は焦れているようで。

自ずから周囲の調査――或いは獲物探し――を続けているらしい。

 

まあ、他からすれば”負担が軽い”と思わんでもないのは認めるし。

誰の為に、と考えれば善意で動いてしまうのもまた認める。

俺自身もやってしまうことだろうし、色々と探してしまうだろうし。

とは言え、だ。

 

(……『水虎』らしくないとは言え、紫雨が気付かないとも思えないんだが。)

 

深く突っ込むと色々面倒事が起き上がってきそうなので胸の内だけで。

分かりやすく疲労の毛色を見せ、それでも自己治癒で多少はマシになった彼女へ。

アレ、と白の手の内を指差し、示す。

 

「ごしゅじーん」

「おう。 罠とかはなかったか?」

「無かった。 然し、何故吾に見えんかったのかの……?」

 

恐らく、拾い上げる前だったら灯花にも見て貰うことで確定出来たとは思うが。

深くは言わずに、取ってきて貰った黒い物体を受け取り。

くるくると回転させながら目を介して見る。

 

大きさとしてはバスケットボール……或いはサッカーなどに用いる球くらいか。

今の俺からするとかなりの大きさではあるが、重みも其処まであるように感じない。

ただ、()()()()()()()()()()()()()

触覚でも駄目、視覚でも駄目。

誰かが相応の力……或いは怨念でも込めて覆い隠したかのように。

 

(……ま、やってもらって損はない筈だ。)

 

内側はなんだろう、と考えた所で。

幾らでも浮かぶし、同時に何にでも結び付けられてしまうのが現状。

だからこそ、実物を見てから考える方向に切り替える。

 

「灯花、深度上がったか?」

「……えっと……多分? 何だか、震える感じはしました、けど。」

 

それを彼女に手渡しながら、小さく頷く。

 

深度を上げるとしても、1から2に上げるには其処まで負担ではない。

俺も白……『飛縁魔』を一人で打倒したことで上がる程。

『水虎』を複数人で、とは言っても相手も複数体。

俺達は早々上がる訳では無いが、彼女一人くらいなら問題なく上がる基準には達する。

 

「なら後で写し鏡で確認してくれ。

 それと、これは神社に戻った後での頼み事なんだが……」

「ここじゃなくて、でしょうか?」

 

ああ、と再び頷いた。

正直な話、こればっかりは実験に過ぎない。

朝から考えが二転三転し続けているが、封印されていると考えるなら。

それを解決するために取って貰う手段は現状一つしか無い。

 

「多分、これは封印されてる。」

「ふういん?」

 

相変わらずの言葉。

話が進めば普通に会話できるのに、最初の部分が舌足らずのように感じる声。

妹弟子……とでも見るべきなのか。

或いは純粋に俺の弟子みたいなものと見るべきなのか。

 

「なんつーかな……普通にやっては絶対に開かない瘴気の箱、か?」

 

単純に罠が仕掛けられている。

或いは鍵が掛けられている。

 

そういったモノとは違い、幽世に固定で配置された箱。

一つの部隊に付き、入手する機会は最大で一回。

そもそも出現するかどうかも不明で、出たとしても開封に条件がいる。

 

『部隊合計で深度が一定値以下』。

『幽世の主を一定数以上撃破』。

『特定の目標を受諾中でなければ解除が出来ない』。

 

ランダムで発生する瘴気箱とはまた別口。

連戦を行うことで発生する希少箱ともまた別。

存在そのものが特異性を秘める、分かりやすく言うならRPGに於ける重要品。

 

「はぁ……?」

「多分此処で見つかったのも偶然じゃない……んだろうなぁ」

 

白へと目線を向けた。

 

開封条件の調査、文面で表示されるそれ。

本来ならば画面上に浮かび上がるはずの情報は、この世界ではまた別で。

罠を調べる能力持ちが調べた際に、脳内に文章として提示される、と言ったものらしい。

つまり、だ。

 

「白」

 

それを知るのも、先程調査して貰った彼女だけということになる。

 

「ああ。 『浄化』そのものが条件だの」

 

小さく頷いて、そう伝え。

どうせいつかは、と半分取って貰う理由付けにしようと思っていたそのものを口にされ。

後方の三人の方へと向かっていく背中を追いながら、一つの疑問を脳裏で巡らせた。

 

気になるのは、あんなところに隠されるように置かれていたこと。

本来なら目立つように、もっと別の場所に設置されるのが普通なんだが。

何しろ、普通にしていては絶対に開かない物体。

それを知らない相手を引き込む為の罠にだって用いられてしまう物品だ。

 

それをひっくり返して考えれば――――。

隠した相手は誰にも知られたくなかった、ということになるのだが。

或いは、()()()()()()()()()()()()()()()、か。

ゲームであれば普通、けれど現実からすれば異常。

この隙間をどう埋めるべきなのか。

 

「――――の。」

「ん?」

「あの……?」

 

ブツブツと考え事をしながら独り言を呟いていたらしい。

気付けば黒い物体を両手に抱えながら、目前で俺を見上げている。

そうしていれば、単純に年下の女の子に見えなくもないんだが。

 

「すまん、ちょっと考え過ぎてた」

 

謝りつつ、自分に対しても警告を促す。

どうにも引っ張られすぎるんだよな……。

もっと単純に、分かりやすく考えて良い気がする。

多分その鍵が、目の前の変な物体。

 

「いえ。 ただ、一つ聞いてもいいですか?」

「答えられる内容なら構わんぞ」

「そとのひとって、皆……貴方のような感じなんですか?」

 

一瞬ぽかんと表情に出たと思う。

そして即座に首を横に振った。

 

「ないない」

 

異常集団、というのは年齢だけじゃなく性格にも掛かってくると自覚してる。

まあ他のメンバーに正面切って言うようなら相応のお返しはさせて貰うが。

自虐するなら……良いかなぁ。

 

「俺達と同じだと思ってると色々苦労すると思うぞ」

「そうですか……分かりました、()()()。」

「おう。 ――――ん?」

 

あれ、今なんて呼んだ此奴。

 

問い掛けようとしたが、背を向けてしまい。

どうにも一瞬動けないところで……背後から、改めて。

警戒を知らせる声が響いた。



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040/浄化

 

戦闘、休息、移動、戦闘、探索、戦闘、逃走。

そんな幾つかを経て、普段よりもボロボロの形で本殿へと帰還する。

 

当初の予定だった半日、なんて時間はとうに過ぎ。

昨晩と同じく、日が完全に沈み切る直前。

やや欠けた石造りの階段を昇りながら、各々が態度と言葉で今日の有様を示している。

 

「…………つかれました。」

 

霊力を使い過ぎ、若干言葉が棒読みに変化している灯花とかもいたりするが。

全員口に出すかどうか程度の違いしかなく、疲弊は目に見えて酷かった。

 

(……薬湯で治るのか? これ。)

 

ちらり、と手元の紙……書き記した地図やボロボロに風化した紙の断片を見つめる。

道中、妖を倒したり白骨死体の傍に落ちていたりした遺品。

予想よりもこの内側が広く感じるのは、迷わされたりしたせいなのだろうか。

 

(まあ、何も手に入らなかった訳じゃないだけマシなんだろうけど。)

 

普段と違い、地図作製(マッピング)の難易度も大きく変動している。

普段であれば階段や通路、その際の距離などを書き込めば良い幽世の中と違い。

ある種の基準になる壁や曲がり角が存在しないから、実際の徒歩距離数で書くしか無い。

それも中心点が神社で、その周囲を円状に埋めるような形。

慣れるまでに時間は掛かりそうだし、これも特殊技能だよなぁと思わざるを得ない。

 

「まあ……水が補給できたから良かったな……」

 

ちゃぷん、と揺れる皮袋。

 

北西から南西へ、俺達がやってきた方向から西に向かった場所。

灯花に確認しながら向かった先にあったのは、細い細い小川。

水虎がその辺りに存在したのは水辺があったからなのかも、と感じつつ。

かなり多めに水を汲んだのも、それなりの理由がある。

 

「身体くらい拭きたいからさぁ~……」

 

あはは、と口元は笑って見えていても。

紫雨のその目は全く以て笑っておらず。

何よりも大事だ、と強く強く訴えているからこそ俺も否定しなかった。

 

飲む用途以外にも、身体を拭くくらいは出来る分量の水。

普段は折り畳んでいるだけで余り使う機会もないが。

一人に付き二つ三つくらいは多めに用意していて正解だったんだろう。

 

何しろ、この世界に『水道』なんて便利なものはないし。

井戸はあっても、蛇口を捻れば飲める水が~なんて。

どんだけ楽だったのかを今更ながらに感じてしまう部分まであったりする。

 

「じゃあ、ボク等はお湯沸かして身体拭くから……」

「おう、お前等が終わった後で良いから灯花にも頼む」

 

そそくさと立ち去る四人を穴の中まで見送り。

幾つか見つけた遺品の内、本来あんな場所にあってはおかしい物品。

油紙に包まれ、厳重に保管されていたであろう一本の金属――――錠前の鍵。

 

「ぁの、おにいさま……。」

「分かってる……が、その前に御母上様に呪法掛けるんだろ」

 

()()()()()、とでも恐らくは口走ってしまうだろう。

それ程までに彼女は疲れていて、頭が回っていない様子で。

そして俺への呼称も何だか変な方向に向いていた。

 

懐かれた、とでも評すのが近いのかもしれんが……何故その呼び方?

聞いて、はっきりと答えるか分からないから後回しにし続けているが。

 

「ただ、その前に開くかどうかだけ確認したいところがある。

 俺一人だと何かしらあったら不味い、ちょっと付き合ってくれ」

 

それと、アレも持って。

そう付け加えるように指差したのは、今日拾ってきた黒い物体。

 

「これを、ですか?」

「浄化するにしろ呪法陣刻むにしろ、ちょっと広い場所が必要になるんでな」

 

それと時間か。

普通に外でやっても良いんだが、その場合は多分”運悪く”アレが走ってくる。

と言うより俺ならそうする。

対策を取ろうとしたその間際で失敗させることとか、楽しんでやるだろうと。

そんな悪い信用を更新し続けている。

 

「はぁ……?」

 

多分認識しきれてないんだろう。

俺も正しいのかは分からないし、そもそもあの場所用なのかも分からんのだが。

 

てくてくと向かった先は受付の対面側、恐らく倉庫になっている建物。

はっきりと確認した訳ではなかったが、この場所で見つかるとすれば此処くらい。

他に思いつかないし、むしろ他の……外の鍵の可能性が高いとは思うんだが。

なんとなく、何かに引っ張られるようにその場所が気になっていた。

 

「ここ……ですか?」

「そう。 御母上様から何か聞いてるか?」

「……きづいたら、鍵が無くなってた……とか?」

 

詳しくは知らない、と言いつつ。

今まで生活を整えるのが優先で、開かなかった場所には興味を向けなかったとのこと。

まあそれもそうだよな、と口にしてゆっくりと移動を再開し。

 

若干フラフラしてるので彼女の肩を支えつつ。

別に明日でも良いと言えば良いのだが……正直、この物体を本殿内に放置したくなかった。

やれるのなら浄化の陣を刻んで貰った上で安置し、明日回収すれば済むんだが。

実際に活動を行うのは明日朝一からで考える必要がありそう。

 

昔に塗られたのだろう油は殆ど乾き、錆びついた感触を指先に覚えつつ。

そこそこ重量があるそれを、門状になっている鍵口へとゆっくり差し込む。

引っ掛かるのかどうなのか、それが一番の問題点ではあったのだが。

無事に奥まで進み、捻ればがちゃりと鈍い音。

 

「……開いたか」

「……あき、ましたね。」

 

何故鍵を外に持ち出したのか。

何故此処を閉じる必要があったのか。

その理由の断片でも、この中に転がっているのかどうなのか。

 

ぎぎぎ、と軋む扉を強引に開く。

腕と肩に地味な痛み……筋肉痛になることはないだろうが、幽世に潜る時並の疲労感。

早めに要件を済ませよう、と彼女を先に入らせて。

後から俺が滑り込み――――簡易呪法で明かりを灯せば。

 

「……うへ」

 

ついつい言葉が漏れて、倉庫の内部で響いて反射した。

 

山と積み上げられた書物の数々。

箱に納められた幾つもの物品。

そして――――。

 

目に見えて分かる、明らかな異常性が突き刺さる。

文机と筆と……其処に座り込んだままの、閉じ込められた白骨死体。

 



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041/白骨

 

「……ほね?」

「閉じ込められてた……のか?」

 

同時に、同じものを指しての言葉。

ほんの少しだけ、思考が停止し。

ごとん、と持っていた黒い物体が床に落ち。

そのままの勢いで端の方に転がっていき、壁で停止した。

 

(……いや、考えるより先に対策だけしないと。)

 

外から出来るだけ覗き込まれないように、そして閉じ込められないように。

扉の間に枝と細い金属の縄のような装備品……『鞭』に近い装備品を挟み込む。

 

くに、と折れ曲がりつつも切れず、完全に扉が閉まり切らない状態に頷く。

装備はしないし、まともに扱えない特殊武器ではあるのだが。

こうして『外と内を完全に遮らない』用途としては地味に便利。

こうした応用ができるのも、この世界に降り立ってから考えついたことではある。

 

『道具』として使用できるものでなくても、形状を利用出来るんじゃないのか。

ある意味当たり前の発想ではあったが、俺も考えが凝り固まっていたと気付いた要因の一つ。

 

「細かい物品の調査は明日やるとして……だ」

 

周囲の様々な物品や情報に目が行きそうになる。

出られるヒントが眠っているかもしれない。

ただ、ふらふらとし続ける彼女を完全に置き去りには出来ず。

そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

この扉を見る限り、内側から開けられるような機構は見当たらない。

つまり、牢獄と倉庫を兼ねたような作りとも言えるわけだ。

下手に一人で調べていれば、外から何らかの手段で塞がれてしまえば終わり。

そういう意味でも鍵を外に出しっぱなしにするのも怖いので、外で警戒しながら……が理想か。

 

誰に聞かせる訳でもなく。

目の前にいるのは灯花しかいないけれど、自分に言い聞かせるように口にする。

 

「文机の上の書物だけ確認したら、本殿に戻って能力取得して御母上様に回復呪法試して……。

 そんで飯食ったら早めに寝る、でいいか?」

 

明日は朝から此処の調査を進めよう、と脳内記録に記す。

余裕が見えるのは後長くて2~3日。

その間に最低限の方向性を固めて、準備期間に移行しないと不味い。

 

「……わかりました、おにいさま。」

「その呼び方辞めない?」

 

そう口にしても無視される。

……そう呼ばれる理由もないよな?

アレだけ警戒してた相手なんだし、精々互いに利がある協力相手位の筈なのにな。

 

(……刷り込みみたいなもんだと割り切るか。)

 

鳥の雛が最初に孵った時に見たものを云々、というやつ。

アレに近いものだと割り切って、思考をどうでもいいことから書物へと移す。

 

どうやら、目の前の骨は座り込んだままで死んだらしい。

机の上にも指骨らしき破片が幾つか見える。

筆も何かを書きかけていたかのように変に転がりながら完全に固形化し。

座り込んでいた場所と机は少しだけ変色している……恐らくは腐乱死体の体液か。

 

完全に乾き切っているのがまだ救いか、と指先で書物を摘み。

机から距離を取り、扉の隙間の光がギリギリ差し込める場所に置いてから一枚捲る。

 

「……なんの、ほん?」

 

後ろに付き従うように張り付く彼女も、隣にへたり込むように座り。

首だけを真下に向けつつ、目線を同じく書物に向ける。

言葉遣いがどんどん幼くなってきているのはもう知らん。 無視だ無視。

 

「読めるのか?」

「……かんたんな、かなだけなら。」

 

じゃあほぼ読めないと思っていいか。

こういった部分は本来彼女が受け継がなければ行けない知識だと思うんだが。

もし出られたら御母上様が勉強でもさせるだろう、と切って捨てる。

ただ、『本』という存在を知っているのと、それを結び付けられることは理解した。

ひょっとすれば彼女の部屋か、或いは遺品として見掛けたことがあるのかもな。

 

「じゃあ一応読み上げる。 気になるところとか聞き覚えがある内容があったら言ってくれ」

 

まあ、二度も三度も此処で読み返すつもりはない。

もし何かしら該当する部分があるのなら其処で一旦止め、本殿内に持ち込むつもり。

既に日は沈みかけている以上、残された時間はそう長くもない。

 

こくり、と頷く彼女を見た上で手元の書物に目をやって。

出来る限り小さく、囁くような音量で読み始める。

 

「えーっと……『我が復讐のためにこれを綴る』……?」

 

最初の2頁に渡るように大きく、筆で記された文字。

基準は日本語に近く、幾つかの漢字が旧語だったり特殊な単語が用いられていたり。

そのまま読み取るのはちょっと苦労するけれど、脳内で置き換えるには問題ないレベル。

 

「『許さない、あの者達に死の先までの怨嗟を。 七代先の、更にその先までの苦痛を望む。』」

 

――――基本的には、やりきれない怒りが主体。

此処に閉じ込められた白骨死体の主は、どうやら御母上様の従者に近い人物だったらしい。

先に封じられた主を訪ねた際、門番や受付達に騙され閉じ込められ。

内側からどれだけ叫ぼうとも声が聞こえず、音も届いたものか分からず。

飢えて乾いて、死に至るまでの様子が描かれている。

 

倉庫の天井を見れば、汚れて隠れているその端に微かに刻まれた円状の部分。

防音や耐震など、そういった成分が刻まれた倉庫だからこそ。

封じるには容易く、此処を永久に閉じることを実行できたらしい。

そしてそれらを理解できるほどに、呪法に関して長けた人物でもあったようだった。

 

「『い識が霞む。 身だもまとむにうこかない。』」

 

以前読んだ記憶が正しければ、水分が不足して三日もすればどうしようもなくなるという。

仮に簡易呪法が使用できたとして一週間。

食料も何もない、唯の道具のみが置かれたこの場所で。

最後を待つ感情はどうだったのだろう。

 

「『――――だから。 最ごに、おじょうさまえとおんをかへす。』」

 

文字も乱れ、言葉も色々と狂う中で。

大きく筆を滑らせて書いたような、その言葉。

 

「『()()()()()()()()()()』――――後は、良く分からんな」

 

多分筆で書いたから、塗り潰されてしまっているのだろう。

大きな円と幾つかの記号、これは恐らく呪方陣の記号か。

……こんな優秀な人を何故閉じ込めたのか。

それを知るのも、恐らくは既に骨と化している。

 

「ただ……」

 

ちらり、とぼうっとした表情の灯花を眺めた。

意識がどこかに飛んでいるような。

不可思議なものを見つめている、聞いている。

いつぞやの俺を見ているような錯覚を、再び味わい。

 

(――――答えは、見えたか。)

 

肩に触れ、起こすまで。

数秒の間、灯花は文机の上をただ。

物言わぬ誰かと語るように、見つめていた。



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042/晃月

 

眠ったような、眠らないような。

曖昧な微睡みと思考の中で、得た情報を整理する。

 

目を瞑ったまま、身動ぎを取りながら。

頭の中で殴り書きをしては塗り潰し、方向性を複数に作っていく。

 

(――――俺の曖昧な知識じゃ、特定までには至らない。)

 

画面を介した世界と、こうして降り立った世界。

その差は微かでも確実に広がり、掴み取れるだろう知識が指先から離れていく。

 

当人の目線として、俺が知る限りの情報からしか話が広がらない今。

プレイヤーに微かな慈悲を与える、周囲の情報を含めて得られた過去。

そんな小さな差が積み重なり、『特定』という答えから遠ざかって行く。

 

(分かってはいるんだ。 それをするのは俺の役割じゃない。)

 

総てにおいて中途半端。

総てにおいて手を出せる構築。

それを求め、そしてその通りに弄っていった結果。

 

他の……特化型の仲間達に出来ない部分を補う中衛。

それで満足し、だからこそ他の仲間達に相談・指示を出せる立ち位置を作り上げた。

こうして欲しい、ああして欲しい。

方向性を指示できるのは、色々と知識を統合できるからだというのも分かっている。

 

とは言え……こうして、たった一人で眠れない夜くらいは。

間違っていたんじゃないか、と悩む時位ある。

……いや、ある意味毎日悩んでいるようなものでもあるけれど。

 

(それでも……もう少しくらいは呪法陣に付いての能力習得しとくべきだったかもなぁ。)

 

存在を知ったのがこの世界に来てから、という大前提があるにしろ。

呪符に書き込むモノを大きく反映させる、そんな存在を知っていたのだから。

役割の一つとして知識をもう少し蓄えておくべきだった、と自己反省を繰り返す。

 

奇妙な程に執拗に。

この場所にやってきて何十回目かの――――。

自分で数えるのも馬鹿らしい程に、間違っていたのではないのかという自己言及。

 

(ま、()()()()()()()から気にするだけ損なんだけど。)

 

ただ、()()()()()()()()()()()()()

そもそものこの意識自体が間違ってるんだから、何をどうしようと間違ってるに決まってる。

それでも、間違ったままに突き進み。

やれる範囲でやる、といつもの答えへと回帰する。

 

(……然し駄目だな、ちょっとでも弱気になると直ぐに引っ張られる。)

 

此処まで来ると、この状態の異常さにも自分で気付く。

……いや、多分。

自分で気付けないまま、考え込んでいく事自体が仕掛けなのだろう。

 

特に、霊能力者という在り方は『一個人』が全ての根底にある。

誰かに相談するよりも先に、自分一人で何とかするのが当たり前。

 

だからこそ、この場所。

特に部隊というそれぞれの仕事が決まっている集団だからこそ。

本来の役割から逸れた思考へと自然と向いてしまう、()()()()が覿面に効く。

 

運命操作、思考操作。

定められた道程を変えるためには、当人の考えを変えればいい。

恐らくはそんな発展から続く権能の扱い方。

 

(……灯花にはああ言ったし、今の状況を見るに先ず大丈夫。

 白もそもそもの出立点からして大丈夫だろうな。

 リーフは護られているとして……伽月と紫雨は他の三人から切り離しては不味い、と。)

 

そして、それに対抗する手段。

真っ先に思い付くものとして、そして中々実行できないものとして。

()()()()()()()()、という方策がある。

 

誰かに付き従う。

意思を全て誰かに委ねる。

在り方に反する行動だからこそ、今の狂ったこの場所では有効な札となる。

 

故に、何故か懐いてる灯花やそもそもの式である白。

この二人をきちんと見てさえいれば、俺の意思を代行してくれる立ち位置として考えられ。

真逆に、本来は一個人として別の考え方を示してくれる伽月と紫雨。

この二人は、今のこの場所に限り二人きりにしてはいけない相手として考えていい。

 

(相手が相手だけに、見る視点を変えないといけないんだろうなぁ……。)

 

名前も知らぬ運命神。

相手は現状盤面に立たず、ならば俺も立ち位置を変える。

駒ではなくて、指し手として得た情報を噛み砕き。

行わせたい道先、仕掛けた罠を理解しては利用する。

 

そして、最後の一手を詰めるのは……恐らく、灯花ではなくリーフ。

全ての神々に適正を持つ彼女ではなく、既に宿しているが故に否定できる立場を持つ彼女。

 

(最もダメージを出せるのは多分リーフ。

 持ってる能力の差もあるが、相性の問題が強いと見た。)

 

『太陽神の裁き』――――幾つかの神話で主神と謳われる立場の神による裁き。

 

八百万の神、と言われる日ノ本の神々にも格の差は無論存在する。

ただ、その上でも”八百万”と一纏めにされる言葉がある以上。

その方向性で幾らかが軽減され、特攻として叩くことは難しい。

 

だが、正直不利な点やら悪い点ばかりが目立つと思っていた異国の神々。

それらが生きる機会が来るとは、昔の俺に言って信じるのかどうなのか。

 

(だから……相手の能力面を引き下げ、此方の能力を底上げる。

 前者は元々考えてる結界でいいとして、後者どうするかなぁ……。)

 

無論俺も回復効果のために呪法陣を使うつもりだが、行動停止系列が通るとは思えない。

まぁ先ず間違いなく【行動停止耐性】はあると見た上で、どう動くべきなのか。

常に攻防のデバフは大前提、出来ればもう一二枚手札が欲しい。

 

結界で戦場効果が出ていると考えるなら……俺に有利な方法は…………。

俺の霊能力的に、何らかの低下・干渉系の方が効果は大きいんだし…………。

 

(あ。)

 

…………一つ、思いついてしまった。

ただ、こればっかりは事前に説明すればバレる。

 

本来は取るつもりもなかった能力ではあるが……。

今後の部隊での活動上。

そして、本命の火力を増大させる手法として確実に効果が出る能力ではある。

問題は此方にも被害が出る可能性があるってことだが……考えるだけ無駄だろ。

 

(うし。)

 

目を開ける。

部屋の中にはみっちりと、部隊の仲間達が寝転ぶ姿。

壁を向き、こっそり唱える『写し鏡』。

 

……能力点はどうだったかな、と。



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043/実験

 

普段なら最も気にしている深度上昇を後回しにしていた。

いや、意図して無視していたような気さえする。

多分それは、冷静でない時に気付いてしまえば悪手を取る事への警戒と。

次から次へと増えていく、新たな情報の波に溺れていたかったからかもしれない。

 

(ま、今更だな。)

 

目の前の光景を眺めつつ。

 

「………………え、と。 紫雨、ちゃん?」

「あ~……付与効果付きだねぇ」

 

倉庫の中、白骨死体を一旦部屋の隅へと移動させてから手を合わせ。

書類を調べる担当と、仕舞われていた箱の内部を調べる担当。

前者が俺と灯花、後者がリーフと紫雨。

残りの前衛二人、白と伽月は外での警戒。

 

勿論、内部を調べることは改めて灯花を介して相談済み。

朝方に呪法を試し、効果は大きく持ち直したようだったが。

体力が回復したからこそ、弱っていた身体は睡眠を求めたらしく再び就寝。

夕方、再度実行する際に同席させて貰えるように手筈は整えた。

 

(伽月の時も思ったが、やっぱり初めの頃は成長早いんだよなー。)

 

全員で食事を取った後、各々の状況を口頭で確認しておいた。

 

俺自身は既に割り振った、と口にするだけで細かくは聞かれず。

聞く範囲だと紫雨と灯花以外の全員が1増加、灯花は2増えていたらしい。

まあ昨日やらかしたこと、実質的にパワーレベリングだもんなぁ。

あんまり宜しくはないが、その内霊力の調整とかは叩き込んでおきたい。

 

灯花の回復呪法と精神面の状態異常治癒、それに結界作成と浄化、呪符を扱う能力と。

専門的な部分ばかりで、継戦能力に乏しい状態になっているのはまあ致し方ない。

実際問題、霊力なんかの自己治癒よりも消費量が少なければ無駄になるし。

理想は均等で釣り合うか、若干消費量が多くなることなんだが……まあ無理は言えない。

 

「あの……お兄様?」

「ぁー、うん悪い。 何かあったか?」

「いえ、先程と同じような感じで。」

 

早朝際、月の淡い光を浴びているようなそうでもないような中。

こっそりと()()()を取得したことを思い出しつつ。

書物の内側を見ては顰め面をし、不必要な物入れに移す灯花に声を掛けられた。

 

今探しているのは、文面と言うよりは呪法陣に利用できる情報。

文字を読むのではなく、記号や図を探している……というのが正しいか。

 

どうしても陣を描く場合は配置表を示す関係上、それそのものを書くことが多い。

ただ、神を固定する場合は完全に描いてしまえば発動してしまう危険もある。

その対策として幾つかの頁に分け、或いは記号単体をのみ記し汎用性を持たせ。

何も起こらない、という対策を取って保管するものだと推測した。

 

果たして、その答えは半分正解で半分間違い。

そのまま書いていても発動していないらしいものもあれば、対策されているのもある。

意図して知識だけを身に着け、能力を取得しないことで発動させないようにしたモノ。

幾つかの知っていた知識と、全く知らなかった内容を覚える勉強にもなっている。

 

「良さそうなのが見つかればいいんだが……」

「良さそうな防具ならあったよ~?」

「…………探さないと、駄目、だよ?」

「道理だわなぁ」

 

零した言葉に反応し、向こうの二人が口を開く。

何かしらの発見報告、そして嗜める言葉。

それに形ばかりの謝罪を返し、幾つかの視線を受けながら。

サボってばかりもいられずに、手元の何冊かをパラパラと流し読む。

 

んー、これは文字だけ。 単純に記録だけ。

此方は……詩文の試し書きか? 個人のも紛れてるんだな。

これは書の試し書き用か。 ノートに纏める必要あったのか?

そんで……。

 

「お?」

 

ちょっとしたアドバイスや『鳥居』の寓意化が描かれた頁が目に入り。

一から読み直すことにした。

 

ええっと、題は『式神に関しての研究日誌』……?

 

……『式』じゃなく、『式神』?

少しばかり嫌な予感を感じながら、やや禁忌とも思える内容を読み解き始める。

 

『神を招き入れるには何よりも入り口、そして座する場所が必要となる。』

『去らぬように、神そのものが好むものを配置するのが最も効果的。』

『陣を人の肌に刻むことで、その神を人に宿せる可能性がある。』

 

それぞれに付いて線が伸び、細々とした補足が付け加えられている。

どうやら誰かに報告するためのものではなく、自分だけが理解できれば良い類のもの。

そして、その内容の幾らかは予想していた通り。

一部の研究者が持つ特有の、邪悪な成分が漏れ出ていた。

 

(……いやいや、おいおい。)

 

招く、という思考は分かる。

そして去らぬようにする、というのも分かる。

実際、神々の力を借り受ける武具はいつしかその効果を薄れさせることだってある。

それを防ぐため、そして最大効果を発揮できるように護符や呪符を作る上で試行錯誤もする。

ただ、一番最後のものは――――何だ?

 

()()()()()()()()宿()()()()()()?)

 

その発想自体は理解できてしまう。

古代から謳われる意味合いでの『巫女』。

神を降ろす才を持つ人物からの神託を受け、或いは人以上の力を発揮して貰う。

そういった能力がないとは言わないし、負担や消費を度外視するなら霊能力者だって取れるモノ。

ただ、これを見る限りでは――――その存在を人と成り変わらせるモノ、と読み取れる。

 

(リーフみたいな天然物じゃなく、人工的に行おうとしていた記録。)

 

周囲に疑われないように、使えそうな部分だけを手元の紙に書き写す。

そうしながら、内容をさらに掘り進める。

 

『神職の才を持つモノ程、より良い【宿り木】になるという想定は間違っているらしい。』

『実験体の消耗率が4割を突破。 より長く持つ方向性へと研究を移すべき?』

 

……ひょっとすると、あの受付の奥の気配はこの犠牲になった人物達のものか?

俺ではどうしようもないと思ったのも、それなら納得がいく範疇。

 

そして、途中で途切れた内容分。

最期の最期に書かれた言葉。

 

『常世の神を降ろすことに成功。 以降は()()にて研究を続行する。』

 

……………。

………………………。

 

はぁ、と溜息を吐いて天井を見上げ。

口に出せない答えを大きく発する。

 

……こうなった原因の片割れ、こいつらのせいじゃねえか!?

 



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044/常世

 

結局、約半日を掛けた成果が出たと言って良いのか。

”何か”を見つけたという意味では成果だろうけど。

”知りたくなかったこと”を見てしまった、という意味では大失敗。

 

「………………これ、が、長柄の……杖、です」

「って言っても【土属性強化】【水属性強化】が付いてるだけなんだけどね~」

 

各々が見つけた情報・道具の情報交換。

そして延々と見張りを続けているのも疲れるし、実質的な探索終了と休憩を兼ね。

本殿の地下、床下にて六人で色々と話し合いを続けている。

 

「その二つでは……確かにリーフにも意味を為さぬのぉ」

「こう言ってはなんですが、外れということでしょうか」

 

自分が扱う武具ではないから、其処まで注意を向けているわけではないが。

それでも仲間が扱う種別のものは特別のようで。

前衛二人も次から次へと見せられるモノを確認しては自分の感想を述べつつ。

薬湯を口に運び、無理にでも水分を多く摂取するようにしている。

 

「……はぁ」

 

まあ、得た物自体は大きいが。

その分抱えなきゃいけない情報が多く、気疲れが出る。

余り口にしないようにはしているのだが……ついつい、溜息が出そうになっては留め続ける。

 

「……まあそうなる気持ちも分かるがのぉ」

 

ただ、その程度で隠せているなら今までも苦労してない。

顔に出やすいからなのか、或いは特別鋭いのかは分からんが。

あまり良い状態でないのは全員が簡単に見抜いてきていた。

 

「地下室の中に更に情報がありそうで、次いで言えばその上には怨霊……かぁ」

 

新たに情報が入ったとは言え、今の大問題は紫雨が述べた通り。

 

どういう経緯で地下室の情報を得たのか。

どういう資料を見つけてしまったのか。

それらだけは何とか隠し通せたものの、地下の話だけは隠し通せるものでもなく。

同時に言えば隠す理由もそれほどない、というのは俺個人の問題点。

 

()()()()()、ってところがネック何だよなぁ……。)

 

恐らく灯花自身に宿る神の力の理由の一つ。

この周囲を覆っている結界……或いは封印、牢獄の元々の切っ掛け。

あの世を支配する、とされる権能を持つ存在。

そんなのが此処にいたせいで、と言うには余りに責任転嫁過ぎるか。

ただ、そうなると問題がまた幾つか。

 

「で、誰と行くんじゃ?」

 

じろり、と俺を横目で舐めつけるように見る。

当然吾は連れて行くよな、と言いたげな白が問題提起した通り。

 

地下の現状が分からない状態で突撃せざるを得ない、というのが一つ。

これは周囲の風化現象とかそういった事を纏めて考えた結果浮かび上がるもの。

何らかの手段で封じられた地下の神々を開放できれば、決戦時は此方に一手有利になる。

周囲の『常世』という地形効果(ラベル)を剥がすことが出来る、という意味合いで。

 

一つは上の怨霊の浄化……鎮魂が必須となるということ。

これが実行できるのは、この面子だと灯花のみ。

つまり何かしらがあったことを考えると、上と下でまた割り振りが必要になる。

 

そしてもう一つは、実行してしまえばそのまま決戦に移行するのが必要になる事。

周囲の状態が若干なりとも薄れるのなら、相手に準備をさせる理由もない。

 

これらを複合すると、俺達がやるべき事は以下のことを連続で対応する必要がある。

 

・(事前準備:呪符の作成・結界構築準備・呪法陣準備・戦闘用意)

・受付奥にて怨霊の浄化、及び地下の神の開放

・間を可能な限り空けず神社内で召喚・結界展開

・戦闘・撃退(或いは討滅)

・この場所からの速やかな撤退

 

……無理じゃないか?

強大過ぎる敵と実質二連戦みたいになりそうで怖いんだが。

 

「どうするかねえ……何にしろ昼間の内に片付けないと不味いんだよな」

 

ただ、そんな言葉を口に出来るはずもない。

士気を落とさず、可能な限り勝率を引き上げる。

俺がやるべきことは結局其処に尽きる。

 

「…………その。 陣の方、は、どうです、か?」

「一応使えそうな情報は幾らかあったから二人も後で見てくれ」

 

それを判断できるのは二人だけだから、また負担を掛けることになるが。

二人は午後をそれに費やして貰い、使えそうなものを探して貰うとして。

俺達はもう一回森の外でも……。

 

「ね~、朔君」

「ん?」

 

ただ、どの方向に向かうにしろ火力担当と回復担当がいないとなると。

無理はできないよなぁ、と皮算用を浮かべる中で、手を上げ提案するのは紫雨。

 

「誰が行けるか分からないけどさ、一回地下を探してみるってのは駄目なの?」

「ああ……それはそれで良いんだろうが、怨念の()()()次第かなぁ……と思ってる」

 

方向性?と首を傾げる彼女に。

飽く迄一例だけどな?と前置きを挟みながら、説明を続ける。

 

「怨霊が動き出す切っ掛けが『地下に踏み込む』だと面倒そうだよなぁ、ってのがあってな」

 

可能性としては……精々半々くらいだろうか。

 

『研究者』を呪ったまま、あの場から身動きが取れなくなっているタイプが一番安心。

最悪なのは全てを呪い続けるタイプの暴走状態なんだが……。

俺達の今の運を考えるとそれを引き当てそうだとも、神社だからとも分からない。

 

「なら、最初から浄化しておくのは?」

「準備に時間が掛かるから今日は無理だろうなー」

 

いや、もっと深度を深めた(ちからをもつ)霊能力者なら多分出来るんだろうが。

今の灯花だと……御神酒とか沐浴だとか、外部からのバフが必要だと思うんだよなぁ。

下手に実行して怒らせた時が怖いっちゃ怖い。

 

「……なら、決まっておるようなもんじゃろ」

「へ?」

 

だから、と続けようとして。

それを遮られながら、白は全員に頷きを向けつつ口にする。

 

「吾とご主人、或いは雌猫と伽月。 三人でこっそり向かえば良い」

「いやいや、気付かれるだろ」

「それこそ何を言っておる?」

 

え、と。

噛み合わない会話の中で。

やれやれ、と肩を竦めながらに白は偉そうにした。

 

「伽月一人で問題ないかを試し、問題ないのなら気配を増大させ一人と誤認させる。

 ……出来るはずよな?」

 

――――ぁ。

理論上は、通る……のか?

こればっかりは、試してみないと分からない。

 

不安そうな伽月に、全員の視線が向かった。



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045/地下

 

かつん、かつん。

 

石で出来た階段は所々に苔が生え、足下が不安定になりつつ。

地面の下、という立地上もあり涼しさというよりは寒さの方が先に立つ。

 

手元の明かりのみが唯一の頼りではあるが……。

恐ろしさを感じる場所としては、寧ろ頭上の方が余程だとも感じるくらい。

 

「……しっかし、案外問題なく行けたのう」

「何でだったんでしょうかね?」

 

あれ程警戒していた怨霊だったが、昼間だからか或いは伽月だからか。

あの部屋の中に長時間踏み込んでいても、特に影響を受けず。

『気配干渉』を使用し俺達を塗り潰しながらに三人で進んでも同様。

ただ、少しだけ俺が距離を置こうとした時に反応したのは……そういう事か?

 

「性別……と言うよりは此処を管理してたのが全員男とかじゃないか?」

 

恐らく、此処を知る人数は多すぎず少なすぎない。

受付に出入り出来る人数の半数を超えるとは思うが、全員ではないだろう。

神職の性別比率が狂っている、とかの設定情報は見た覚えもないし。

 

「だから、朔様に大きく反応したと?」

「かもな。

 ただ、そうなるとこの地下に俺が踏み込んで良いものかってのも出てくるんだよな」

 

強く固められた周囲の土。

階段の一段一段は浅く、けれど段が多く壁に沿って螺旋状に降りている。

恐らく中央が開いているのは……足下に転がっている縄と、吊るされた寝台が理由だろう。

 

「そんなこと言ってもの。 ご主人の方がいい、と言ったのはあ奴じゃし」

「ん、まぁ……そうなんだよな」

 

当初、紫雨が二人とともに踏み込む予定として纏まりそうだった。

ただ、彼女自身が『物品以外を見つけた時を考えたらね~』と拒否。

結局俺達三人でやってくることになったわけだが。

 

「まあ、何事もなく終わらせるのが一番だ……床に降りるぞ」

 

普段ならば最前線に立つ白は、俺の後ろに回っていた。

理由は割と単純で、明かりを最前線と最後尾で二つ抱えていたかったから。

呪法での明かりと道具の明かり、二種類を抱えたのは多分変な癖からか。

まあ実際、幽世の中での『魔法無効領域』などを考えればこれは理に適っているんだが。

 

「ああ」

「はい」

 

そんな二人の声を聞きながら、運びやすいように敷き詰められたように見える石畳へ降りる。

……地下だというのに、これほどまでに弄られた空間。

明らかに短期間で仕上げたようなものではない、というのは共通認識化出来たと思う。

 

「うわ……」

 

呪法での明かりを浮かせながら周囲を見回す。

各々が似たような思いを浮かべたのは、変化した顔色ですぐに分かった。

 

「何というんじゃったかの、こういうのは」

「座敷牢……かね」

 

白の疑問に答えつつ、どうにも近付く気になれず。

その場で仕切りの奥を見透かす。

 

木で出来た柵、小さく開く扉に外からの鍵。

部屋の隅には汚れ切った布が纏められ、携帯型の便器のようなものがその対角上に置かれている。

よくよく見れば、布の上に転がっているのは何かで色が変わった骨だろうか。

 

そんな現場が通路の両端にそれぞれ三つずつ、北と南で計十二。

通路の最奥には更に扉があるが、俺の眼には何やら酷い気配が見え隠れしているように思えた。

 

「あれ、骨……ですよね?」

「そうだな……何のためにこんな場所を作り上げたんだか」

 

俺だけが知る情報を胸に秘めたまま。

そして、神職という存在の内側で何が研究されているのか。

それを認めたのは誰なのか。

知ってしまうほどに沼に堕ちる錯覚を感じつつも、足を踏み込まないという選択肢はなく。

見えている先、取り敢えず北側の扉の先へと進もうと足を進める。

 

(……こっからは俺の持ってる情報もほぼ無い。 間違ってしまえばそれまでだ。)

 

改めて、もう一度決意を固めながら。

取っ手に手を掛け、二人に頷きながらに大きく引っ張り扉を開ける。

 

「う゛っ゛!?」

 

――――途端に溢れるように流れてくる、異臭。

いや、これは()()と呼ぶべきか。

 

目に刺さり、鼻に刺さり。

慌てて両目を閉じ、片腕で鼻を塞ぎながら扉を閉め。

ばたん、と響く大きな音。

 

けれど、体に染み付いたような気さえしてしまう腐臭は周囲を漂い続けているよう。

げほごほ、と繰り返す咳は俺だけでなく。

二人も同じように咳を繰り返し、異物が目に入ったかのように涙がずっと止まらない。

 

「な、なんじゃぁこれは!」

「臭い……じゃなくて痛いんですけど……」

「うえ、頭痛してきた……」

 

閉じたからこそ口を開いてはっきり話せる。

そうでもなければ口の中まで侵されるような恐怖を感じてしまったかもしれない。

ただ、問題は其処ではない。

 

「何で未だに匂いが残ってんだ……!?」

 

他の場所……同じように閉じられた倉庫であったりこの座敷牢であったり。

白骨死体が転がっている場所は幾つもあり、同じである筈なのに。

濃厚な……それこそ今も腐り落ち続けているような匂いだった。

 

「こんな事、普通あるんですか?」

「あるわけ無いだろ」

 

……可能性は思い付く。

あの奥にこそ、神が封じられた誰かがいるのではないのか。

そして、それは常世の存在。

生きながらに死に近付き、死に触れつつも生き続ける。

決して楽になれない結果、永遠に死に続けているのでは――――という推測。

 

「どうする、ご主人」

「どうするもこうするも……一度あの奥には行かないとだが、普通じゃ無理だよな」

 

開けただけでああなったんだ、踏み込めば五感が死に続ける。

となれば、顔を覆うガスマスクのようなものを探す必要があるわけだ。

だったら、こういう事態に備えた何かがあるはず。

 

「先に南を探すぞ。 北が保管庫なら、南が研究室だと思うしな」

 

現段階で開放できなくとも、こうなりゃ北側の奥くらいは確かめたい。

……夜になるまでに片付けよう。

 

うぇ、と吐き気を催しながらなので。

少しばかり、格好がつかないけれど。



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046/研究

 

ぎぎぃ、と響く音は北側よりも響く。

同じ過ちは繰り返さないように鼻と口は覆いながらの行動だったが、必要なく。

精々埃臭さと黴臭さが異様に漂っている程度に思える。

 

「此方は……」

「ご主人、蝋燭じゃ」

 

上下左右に目を配っていれば。

いつの間にか部屋の中に入り込んでいた白が指差す先に残った蝋燭。

壁沿いを眺めれば、点々と壁掛け用の明かりと蝋燭が混在している。

 

「取り敢えず付けていくか。 白は其処で見ていてくれ」

「私は?」

「気になるものがないか確認を頼む。 俺も灯し終えたらそっちに回る」

 

火を少し上へと持ち上げれば、部屋全体の様子が薄ぼんやりと見えてくる。

幾つも立ち並ぶ本棚……に空いた幾つものスペース。

卓袱台のような机に埃塗れの平たい座布団が幾つか、そして布団が二組程。

壁に掛かっているのは……皮かなにかで出来た被り物だろうか。

 

(……ん? 被り物?)

 

何故それが気になったのかは分からない。

ただ、手前から順に火を灯していく中で気を引かれたのは間違いなく。

周囲を明るくした後で其処に真っ直ぐ向かったのは、それが原因なんだと思う。

 

(んー……?)

 

何製の皮なのだろうか。

何枚かの素材を縫い合わせたように厚く、ごわごわしている。

少なくともすっぽりと被るような形で、目の当たりには透明の保護が装着され。

口元は汚れているが、何らかの呪法が刻み込まれた部品が付け替え可能で嵌められて。

物品の鑑定をしようにも()()()()、名前さえも理解が出来ない。

 

指先でその跡を探りつつ、何のためのものか――――と。

悩みそうにもなったが、此処に置かれている以上は考えるまでもなかった。

 

「これか」

 

ぼそり、と呟いた言葉に反応し。

棚を見ていた白と隅の荷物をひっくり返していた伽月が近寄ってくる。

 

「何か見つけたのかや?」

「……えーっと、被り物、ですか?」

 

俺の手の内、皮製のそれを上から下から確認していく。

壁に掛かっているのは合計二つ。

恐らくはそれ以上必要なかったから、二つしかないのだろうが。

今の俺達からすると厄介なことこの上ない。

 

「情報が何も見えん。 多分対策してるんだろうな」

 

そうなると、この材料も引っ掛かる。

座敷牢などの存在を考えれば、普通に素材として見ていた可能性だってある。

此処に来てからというもの、前世で言うところの霊感に障りそうな事ばかりでくらくらしてくる。

余り考えすぎないようにしよう、と思う毎に引っ張られるのも祟りなんだろうか。

 

「対策……見られても良いように、か?」

「実際、鑑定系の能力は汎用的……軽く齧る程度でも覚える数は少なくないからな」

 

外に持ち出した時対策、と考えるのがまぁ自然か。

まあ細かくは後で良い。

 

「取り敢えず、これと同じか同じような効果があるのが後一個必要だ。

 それが見つからないなら一旦引き上げることにする」

「あー……二人で行くのが不味いからかや?」

 

不味い、の意味合いが幾つかあるのが面倒だな。

ただ、さっきのを浴びているならこう言えば通じるだろ。

 

「後は被ってないやつが一人だけ、さっきのをもっかい浴びる事になるからだな」

「探しましょう、はい」

「そうじゃな、探さねば」

 

二人共顔が一変した。

先程までを怠けていた、というつもりは更々無いが……なんというか。

二度とごめんだ、という気持ちがありありと伝わってくる。

 

(まぁ俺も絶対嫌だしな、あんなの……。)

 

特に白は恐怖を一番感じたと思う。

あの瞬間だけでなく、数十秒近くは五感のどれもまともに働かなかった。

特に目を扱う俺でさえ、俺の有利な点が潰されたという無意識の恐怖を感じたのだ。

探索役として能力を伸ばしている彼女からすればどれ程のことか。

 

(最悪、作り方の資料だけでも良いわ。)

 

実物の一つは最終的には持ち出したい。

恐らく防具ではなく、分類上は装飾品に当たると思うあの被り物。

俺達の中で一番作れる可能性があるとすれば白で、入手できるとすれば紫雨。

普通に”非売品”として存在している可能性のほうが高い以上、実物は握っておきたかったりする。

 

近くの棚の資料を流し見し、関係なければまた次へ。

慌てさせる気配と残り香に苛まれながら、上で調べていた時よりも速度を上げて確認する。

ちょっとでも気になる文面があれば”必要”なものとして、上で改めて見直せば良い。

 

「……白。 そっちはどうだ?」

 

一列、二列。

少しずつ崩す中でこれは、と思われる文面と。

倉庫にあったものより更に細かい研究結果を見つけては抱え込む中。

一冊に目を通し始めてから動きが止まった白へ声を掛ける。

 

「あぁ……いや。 ご主人、これを」

 

一瞬どうするか迷ったようにも見えた彼女。

それでも、と此方に改めて声を掛けたのでそちらに向かう。

伽月は木箱の中から勾玉やら符のようなものとかを見つけ、纏めているように見えた。

 

「どうした」

「これは……本当に、人がやったのかや?」

 

若干声が震え、手も震えながらの紙束を後ろから読んでいく。

目を通していたのは()()()()

何を見ていたのか、それ自体は共通認識なのか省かれているが。

面白おかしく弄んだような内容が、見ている頁に事細かに記載されている。

 

「……人、っていうか。 狂人とでも言って欲しいところだけどな」

 

ただ、残虐行為を毎日実行しているにも関わらず。

決して死に至る事は無かった、と常に〆られている。

つまり、あの奥の腐臭は先ず間違いなく死ねないこの被験者と考えて良い。

 

……常世の神、本来ならば慈悲深き神。

そんな相手をこうして閉じ込める欲望とは一体何なのか、と。

当然の疑問の答えは、最初の頁にこそ刻まれている。

 

『不死の探究記録』と。

 

気分が悪くなったなら変わるぞ、と声を掛けるが。

これは吾が、と譲らずに再度読み始める。

 

その光景は、何かに取り憑かれたというよりは寧ろ――――。

妖本来の、人に敵対するような殺意を秘めているようにも感じて。

 

「……後四半刻で一度戻るぞ」

 

それだけを伝えるだけに留め。

地上の三人に有用な何かを見つけようと、狂った知識に再度飛び込んだ。



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047/浄化

章終了へと加速開始。
今までのが全部積み上げるパーツだったので思ったより長引きました……


 

「それで~……結局他には無かったってこと?」

「なんだよなぁ……だから地下に潜るのは二人が限度になりそうだわ」

 

調べ、漁り、分別し。

気付けば四半刻なんて時間は瞬く間に過ぎ去って。

やはりというかなんというか、他に予備も見つからず……。

 

代わりに見つかったのは作り上げるための手順書、【レシピ】と呼ばれる貴重品。

普通では作ることが出来ない物品を作れるようになる道具ではあるのだが、素材も不足。

結局此処では二つで対応することになりそうだ、と相談し一度上へと戻ってきた。

 

上の怨霊……塊?はやはり伽月の気配を増大することで現状は対応できているのだが。

ああいった物はやはり夜に動く、という共通認識があるから本番は夜だろう。

それを加味すれば昼間は余り動かない、というのが本当のところなのかもしれない。

 

「それで、そっちはどうだ?」

「あ、えっと。 『浄化』の呪法陣は完成して……あの倉庫に刻んで待っているところです。」

 

今は全員のやったことの確認中。

リーフと紫雨はどうやら幾らかの神の『役割』に適した記号を見つけ出したらしい。

今までの情報を含めて考えれば、何割かはその能力を低下させられるとの予測を立てていた。

 

俺達も無論報告――――と言うか、言わざるを得ない理由が生まれてしまった。

故に、地下の惨劇も若干誤魔化しながらではあるが現状報告と再度潜る事が必要になる連絡。

というのも、あの短時間の発露で服に染み付いてしまったから。

お陰で着替えだけを残し、後は布を身体に巻いて寒さを耐え凌ぐ選択肢以外が消えてしまった。

 

……多分、当人等は全く想定してないんだろーけど。

あの結果が一番足止めになってるって事実こそに殺意が湧く。

もう死んでるだろうが。

 

「掛かる時間は?」

「……とうかのしんどだと、明日の朝には終わってると思います。」

 

この辺は術者じゃないと分からない感覚の筈。

経過時間がタイマーとかで出るわけでもない以上、大雑把な時間間隔で理解するしか無い。

しかし……龍脈の上でもそんなに掛かるもんか。

間違いなく、外よりも強化されてる筈なんだが。

 

「意外と掛かるんじゃのう」

「あ、でも。 それは全てが終わる時間であって……少しだけなら、内側は見えました。」

 

ぼそり、と呟いた白。

羽根の影響で布が捲れ上がる上、唯でさえ寒さに弱い彼女は若干震えながら火に当たっている。

最悪は誰かに抱き着くことも視野に入れていたようで少し怖かった。

 

そんな彼女の言葉に、ちゃんと見えてから報告するつもりだったと付け加え。

灯花がその物体に関して追加報告。

 

「たぶん……此処を閉ざしている()()()()()()()()、です。」

「ぶっ!?」

「は…………はぁ!?」

 

ただ、その内容が余りに突飛すぎたのも有り。

口に含もうとしていた薬湯を吹き出しかけ、手持ちの湯呑が揺れる。

 

それは全員が同じようであり。

俺に遅れてどういうことだ、と問い掛けていく。

その様子からして、どうやら同じように調べていた二人にさえ教えていなかったらしい。

 

「ちゃんとかくていしてから、言おうと思ってたんですけど……。」

 

しゅん、と顔を下に向け落ち込む様子を見せる。

責められているようにも感じてしまう、というのは分からんでもない。

だが、今はそんな余裕な時間は残されていないとも感じている。

 

「いやまぁ、それは後で良い。 それで?」

「……あたまのほね、ですかね? 丸っこくて、あの倉庫にあったような感じの。」

 

だからどっちにもフォローする感じで話を進める。

正直どっちの感情も理解できてしまうからこそ、仲立ちみたいなことが出来ているんだろうが。

しかし。

 

「頭の骨……頭蓋骨、かぁ」

「…………それ、が、持ち物、です?」

「……はい、変な力? みたいなのが宿っていて。

 多分、浄化の陣の上じゃなかったら見ただけで危なかったかもしれません。」

 

何でそんな物が、と疑問を抱く紫雨。

純粋に疑問として抱いている様子のリーフ。

そんな二人に出来る限り伝えるように言葉を尽くす。

 

「見ただけで、ってことは相当な呪物ってことだよな」

「……とうかは、経験が浅いのでなんとも。

 ただ、危ない……というのは何となく分かりましたから。」

 

神職が持ち合わせる直感、というところか。

しかしまあ、実物でそんな物が見つかったとすればほぼ確定して良い筈だ。

”神”の名前、役割、必要な情報。

覚悟を決めるには丁度良い。

 

「……成程」

「何か思い当たるものでもあるのかや?」

「いや、俺じゃない。 それを知るのは灯花の役割、其処はブレちゃ駄目だ」

 

それに俺の担当を他が対応できるわけでもない。

無論、その逆も当然。

誰か一人でも欠ければ即詰みが見え始める。

 

「……明後日、或いは三日後」

「うん?」

「決戦の予定日程を其処に定める」

 

明日、実物の浄化完了後に確認。

問題がなければもうこの時点で名前を確定させてしまう。

大体の役割、象徴物、そして名前。

これらが揃ったならば対応した準備、封殺の用意を整える。

 

「全員、自分の出来ることを全力で頼む。

 対応できないことがあれば逐次俺か白に報告を」

 

その間に俺と後誰かが再度地下にアタック。

あの奥の確認を完了させた上で戻って準備。

用意に半日から一日半、完全とはいえないが其処で成立するはずだ。

 

だから、その前に今日残っている内容を詰める。

 

「灯花、御母上様のところに向かうぞ」

「あ、朝言ってた?」

「そうだ。 護符に付いての知識と……後は色々と裏事情の確認。

 お前には大分負担を掛けることになるが、出るためだ。」

 

この内側でだけの協力関係。

一方的に押し付けてしまうのは不味いと理解していても。

 

――――彼女は、コクリと頷いた。



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048/母親

 

手元が少しだけ明るくなり。

合わせて表情も少しだけ和らぎ、笑みを浮かべる。

効果時間内であっても、同じ深度であっても。

繰り返し行うことで術部を特定することくらいは出来る。

 

そういった意味での”経験”はやはり重要で。

恐らくは単純な深度を上げる以外での回復量の違いは、こういった知識から生まれている。

 

「……ぁぁ、楽になった」

 

ほ、っと口から漏れた感情。

具体的に何処が悪いのか、その辺の知識は医師か薬師でもなければ持ち合わせず。

リーフが相当悪い、と告げている時点で長期の療養は確実に必要な現状。

娘には言えないだけで、かなりの部分を我慢しているものと見受けられる。

 

「だいじょうぶ? お母様。」

「ええ、灯花のお陰で」

 

綺麗、というよりは元は可愛らしい寄りの女性に見えた。

今は頬も大分窶れ、身体も細く色々な病を背負っていても不思議ではなく。

けれどその眼光と、目元の辺りが確かに灯花との血の繋がりを感じさせる人。

 

「ええっと……すいません、話をしても?」

 

そんな親子の会話に割り込んでしまう。

これが末期の会話であるのならそのままにさせたが。

それを防ぐための行動である以上は、後回しにして此方の都合を通させて貰う。

 

「ええ……勿論です」

 

そして、その都合は彼女達も理解している。

いや、というよりも彼女達のほうが余程羨望している、という方が正しいか。

故に、その瞳に映っているのは親子共々同じ。

何が何でも抜け出る、という決意の炎に親しい何か。

 

「その前に、改めて。 灯花の母、怜花(れいか)と申します」

「朔です。 ええっと、今は娘さんと協力関係にある駆け出しの霊能力者です」

 

布団を纏いながらではあるが深々と一礼。

こんな格好で失礼します、と言いつつも姿勢は一本筋が通っている。

生まれた時から礼儀作法を叩き込まれ続けてきた結果、と察することくらいは出来た。

 

「それで、早速ですが……灯花さんからお話は?」

 

本来ならば向き合うのも難しい身分の相手。

ゲームでは既に死去していたから、存在が薄ぼんやりと語られるだけの相手。

しかしこうして相対してみると、纏う雰囲気からして一般人とは異なる何かを持っている。

その一部が娘に引き継がれた……というのもあながち間違っていないはずだ。

 

「はい、幾らかは。 この御守りと……色々と情報を、でしたよね」

 

差し出された護符。

受け取り、表裏を確認してから右手側に一度置かせて貰う。

筆で描かれた印も大分擦り切れ、手に持っても目で見ても何も感じない。

ただ、嘗ては強力な効果を持っていたのだと。

確かに感じさせる霊的な重みがあった。

 

「確かに。 灯花、後でこの意匠をどうにか織り込めないか検討しよう」

「……この、護符のですか?」

 

ああ、と再度告げる。

 

「一度言ったと思うが、この護符は御母上様の持ち物であると同時。

 お前の本来の血脈を護る守護神としての意味もあると思う。

 今回のやることを考えれば、有利になりこそすれ不利には絶対ならんと思う」

 

今こうして改めて分かったことも付け加える。

個人を守護する神なのか、或いは血族を護るような神なのか。

そんな知識は全く足りていないが、親子何方にも影響を与えている以上。

動ける状態を作り上げることが出来れば、多少は足止めにもなるだろう。

 

「そう……ですか。」

「随分とお詳しいんです、ね?」

 

そんな指摘に一瞬身体が固まる。

あ、と言葉が漏れそうになった。

 

……そうだよな、親からすれば普通に怪しむのが当然だよな。

今までが特殊すぎただけに普通に話してしまっていた。

 

「色々と俺にも事情がありまして。

 此処から出られたら……話す機会があるかもしれません」

「……そうですね。 今はそちらが先ですね」

 

御母上様……怜花さんに話すかどうか。

その時は仲間全員に告げるのと同じにしたい。

まあ後回しだ後回し、考えるな今はそんな事。

 

「では、改めて。

 ……色々と、この中を調べた結果と灯花からの情報を取り纏めました。

 貴女だけなら、この空間から脱出も出来るんですよね?」

「はい。 ……とは言っても、今はこんな身体ですが」

 

まず第一の確認。

灯花の言っていたことが間違っていたとは思わないが、改めて二人から確証が取れた。

つまり『条件が二つある』で確定。

 

「次は、話せる内容か分からないのですけど。

 此処に閉じ込められた……やってきた理由に関しては、教えて頂けますか?」

 

血脈の高貴さに関しての情報を知っているから遠回しに。

そして、この事態が『事故』なのかの確認も含めて。

 

「……」

 

一度、ちらりと灯花を見つめ。

 

「私は……いえ、私と兄が禁忌を侵したから。

 けれど、兄は護ってくれようとしていました。」

 

語られるのは、ゲームでも説明されていなかった裏事情。

ただ、娘に話すには結構きつい内容というのも有り……若干誤魔化しながらではあった。

 

此処に追い払われたのは兄の命令、というわけでもなく。

神職の二大派閥の片割れ、『神具派』の画策に依るものだという。

 

まあ言いたいことは分かる。

もし仮に、最も濃い血を自分の派閥に取り入れようと動いてでもいたのなら。

兄妹間の蜜事の結果、それが台無しにでもなったのなら。

()()()()()()()()()()、と考えるバカが出てもおかしくはない。

 

果たして、それが成功してしまった結果が今。

その全てを告げるのに、たっぷり五分ほどは語り続け。

――――けれどやはり、灯花自身には何のことだか分かっていない様子だった。

 

「話しにくい事を……有難う御座います」

「いえ。 どうせ他には漏らせないことですから」

 

……まあ、そうだよな。

漏らせば普通に刺客とか放たれるようなことだから俺も漏らすわけがない。

此方の命を天秤に強制的に載せながらの会話。

只の一個人でしかないのだし、会話術で敵うとは到底思えない。

 

「では、この廃神社はその……『神具派』の拠点、と考えても?」

「だと思います。 此処に来る上で、傍仕えも殆どが切り離されましたから」

 

と、なると……此処までの騒動に発展()()()()()()のか。

或いは()()()のかまでは決定視出来ないか。

何処かからじっとこの周囲を見張っている、というのは考えられる範囲だ。

 

「……そして、一つ。

 今も灯花と私、そして貴方達を蝕むこの場所を司る神について。

 私なりの推測があります――――お聞きに、なられますか?」

「無論」

 

そんな俺達の会話の横で。

灯花が、話について来れずに涙目になっているのを見逃す俺でもなかったが。

 

悪い、後回しだ。



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049/守護

 

「……聞くまでも無いことでしたね」

 

怜花さんの言葉に覆い被さるようにして答えたからか。

若干の苦笑いを浮かべ、そしてすぐに元の顔へと戻る。

俺自身も恥ずかしさを纏いながら、けれど情報を求めて先を促し。

灯花は俺達の顔を交互に見ては、反応を待つように座り込んだまま。

 

「まあ……良いんじゃないですかね?」

 

無駄な時間はお互い省くが。

それは言い換えれば、必要がある時間は当たり前に取り合う、ということだ。

目線の端の少女を、親の目線で見つめるくらいは別に大したことじゃない。

そして、それを待てる……理解できる人間として認識させるにも丁度良い。

 

「そう言ってくれますか?」

「当然でしょう?」

 

……腹の探り合いに慣れてしまっているのが、こうも役に立つとは。

嘗ては嫌で嫌で仕方なかったことだったが、まあ使えるなら使うだけか。

 

お互い目で笑っているような、そうでもないような。

生半可な相手じゃない、という理解と。

ある程度以上の信用が置ける相手、というのは恐らく互いの認識として認めつつある。

 

「話、戻しませんか?」

「そうですね」

 

この短時間で、と疑われればそれも分かる。

 

ただ、似た相手だとこんな少しの会話で認めてしまったから。

言葉が足りなければ視線の違いから答えはブレても。

事前の認識が同じなら、恐らく似たような推測まで導き出せる人。

そんな相手だと、俺は彼女を認識した。

 

「それで……私の推測ですが」

 

こほんと一度敢えて咳をし。

灯花が佇まいを整え直すのを確認してから、彼女は再度話し始める。

 

「恐らくこの騒動の全ての大元には、『神具派』が関わっています」

 

……………………ん?

 

「それは……」

「此処に私達が閉じ込められたのも。

 何かが暴走し、妙な効果の檻に閉じられたのも。

 …………そして、()()()()()()()()()()()()のもそうでしょう。」

 

酷く当たり前のことでは、と言おうとした言葉に被せられ。

凛とした、部屋の中全てに響くような声色に声を押し留め。

そして、最後の一文に目を見開く。

 

「守護神を弄った……?」

「おかあさま、それは一体?」

 

自分自身の名前が出たからか。

思わず灯花も口を出し、けれど目線で押し黙らせられてしまう。

 

待て待て、落ち着け。

そもそもの話、此処にやってくる切掛になったのが灯花を妊娠したからだよな。

それ自体は別に男女間の話だし、何も口出すつもりはない。

ただ。

 

()()()()()から、ということですよね?」

「ええ。 元々、幹部以上の神職には一人に付き一柱の守護神が宿る取り決めがあります。

 元々宿していなかった場合――――或いは悪神だった場合。

 それらを入れ替える呪法、儀式の知識を持っているのがあの派閥ですから」

 

……次から次に出る新事実。

 

とは言え、今直ぐ知らなければならない知識は然程多いわけではない。

ほぼ確定したのは、二大派閥の片割れは俺の目線からしても『敵』だということ。

そして、守護する神を入れ替える方法がこの世界にも存在する、という確かな証明。

 

ゲームの頃なら、特定の場所でのみ行えた方法。

後天的に霊能力の才能なんかを弄くる、エンドコンテンツとしての役割を担った設定。

それが今、はっきりと口に出された。

 

「……此処までは分かりました。 ただ、疑問が幾つか」

「どうぞ」

 

――――ただ、話を聞く中で明らかな疑問。

そして、『ある程度任意に入れ替えられる』という。

リーフともまた違う、恐らくは彼女の血筋だけが持つ特性に関しても確認する。

 

「灯花が生まれる前からそのような儀式をして、気付かなかったので?」

「正確に言うならば陣を描くような儀式でなく、室内に閉じ籠もり行う祈祷です。

 必要なモノは『器の名』『呪文』『神の名前』『呼び寄せる媒介』……辺りだった筈です」

 

……ああ、加持祈祷という意味合いの儀式か。

そう考えると、あの地下のあの部屋はその儀式室を模している可能性もありそうだ。

器として不相応な部分を他の部分で補う、というイメージ。

 

「邪法については余り聞かずにおきます。

 ……では、次。 神を複数その身体に収められますかね?」

 

もしこれが通るなら、少しだけ方向を変えられる可能性が生まれる。

そして、この言葉だけで何をしようとしているのか薄っすらとでも判断してくれたと思いたい。

『神を入れ替えられる』という情報を、たった今自分で吐き出したのだから。

 

「……灯花ならば、一時は恐らく大丈夫だと思います。

 この子は私達に分けられた血を更に濃くした、体質としての天才です。

 ただ……それでも、力を使おうとすれば先に使ったほうが優先されるでしょうね」

 

……目線が、少し重力を増したのが分かった。

 

若干の願望を込めているような声色。

ただ、それでも自分の事を俯瞰した上で口にした、と判断する。

なら。

やれるかどうかは別として、先に意思確認だけは済ませておく。

 

「灯花、恐らく結構な負担を掛けることになる。

 それでも、今後を考えれば出来れば今済ませておいた方がいい事だと俺は判断する。

 今と先、何方を取る」

 

今度は目線を彼女へ。

刺さるように向けられた冷たい目線が頬に。

そして、それを意識して無視する。

 

「え、えっと……何を?」

 

この中で、唯一理解していない少女。

彼女に噛み砕くように、どう説明するかだが……。

 

「今呪法陣の準備してるよな?」

「はい。」

「これは、『お前の身体に宿っている』って縁も集めることで効果を発揮する。

 言い換えると、お前を護る……守護神は一時的にいなくなる、ってことだ。」

「……そう、です、ね?」

 

おっと、この辺から付いてこれなくなったか。

まあ後ちょっとだから頑張れ。

 

「これを利用して、結界に閉じ込めてる間にお前の守護神を別の神に切り替える。

 しつこく粘ろうとするのを断ち切る、ってことだ」

 

無論断って貰っても構わない。

それなら一時的に守り神がいない状態が出来るだけ。

一部の能力や回復呪法の効き目が落ちるくらいで済む筈……多分。

 




※ちょっと分かりにくい部分があるかもしれないので後々で修正するかも。


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050/確認

 

ずるり、ずるりと音がする。

昨日と同じ物音で目が覚める。

 

「ふぁぁ……」

 

少しずつ覚める頭と思考。

妙に張り付いた目やにを拭い、少なくなった水を飲み干した。

 

(……疲れる程活動してもないのに、異様に疲れてる気がする。)

 

話し合い、というよりは突き詰め合いか。

お互いが握った情報、考え方、見逃しがないか。

そういった物を只管に話し合う事約一刻。

 

結局食事を告げる連絡が来るまで延々と話し続け。

途中から完全に置いていかれていた灯花だが、離れることも出来ず。

全てが終わって一段落……とする余裕もなく。

そのまま眠って気付けば翌日今の時間。

 

仲間内の中で誰よりも早く。

正確に言うなら灯花と共に眠りについていたから、恐らく起きるのも彼女と同じ。

 

他の四人はもう少し起きていて何かをやっていたようで。

その痕跡が彼方此方に残ったままに、全員が眠ったままの様子というのもあって。

上に羽織った布を畳み、もう一度欠伸を浮かべてから穴へと飛び込む。

 

「お」

「あ……おはよう、ございます。 お兄様。」

「その呼び方は変わらないんだな……?」

 

御母上様の部屋の方を向けば、ほぼ同時のタイミングで降りる彼女と目が合った。

どうやら少し早く起き、その分を治療に回していたらしい。

 

……ひょっとすると眠れなかった、という可能性だってあるが。

あまり気にしないことにする。

 

「……だめ、です?」

「いやもう諦めたって言ったろ。 ああ、朝食はまだ先だからな?」

「わかってます!」

 

一瞬ふにゃり、と表情が和らいだが直ぐに怒り始める。

やっぱり朝飯の話題いきなり出したのが悪かったか?

 

「で、灯花。 外の音が消えたら浄化してるアレ確認しに行きたいんだが」

「あ、そうです、よね。」

「結局昨日確認できなかったからな……彼処まで話がし易いと思ってなかった」

 

予定がブレた、という意味では間違いなく痛手。

ただ得た情報の重要度を鑑みるとなんとも言い難い。

 

灯花に宿る守護神を切り替える、という新たな方針が見えた以上。

地下の……恐らくは暴走し続けている神と話が可能ならば。

彼女に宿すに相応しい存在なんじゃないだろうか、という考え。

 

(……回復キャラ、として考えるならこれほど有用な神もいないしなぁ。)

 

常世に関係する相手である以上、反魂や現世に留まる為の手札にも長けている。

怜花さんにも(若干ボカして)聞いてみたところ。

今の状態は器が暴走しているのだろう、という知見も貰った。

 

抑え込めるだけの力が足りていない存在を降ろした事による弊害。

悪神ならば既に神社を破壊していただろう、という意見に俺も賛同できる。

今もこうしてあの場に留まり続けるのも、結界に似た効果と後は神自身が持つ善性から。

交渉の難易度は相応に高いが、最悪でも帰って貰えば済むこと……ではあるんだよな。

出来るかどうかじゃなく、もうそれはやるしか無いことなんだけど。

 

「……とうかも、お母様とお兄様があんなになるとは思いませんでしたから。」

「言ってること色々おかしいけど実情は正しいんだよなぁ」

 

生まれた時からずっと一緒の母親と、出会って数日の兄。

色々おかしすぎるが、義兄と考えれば普通なのか?

考えれば混乱してくる。

 

「まあ、動けるなら良い。 倉庫まで行くぞ」

「はい。」

 

頭を振って、その場で一回転。

もうこんな行動にも慣れてきてしまっているし、早く脱出したい。

その為に決行するのは明日か明後日。

今日はその為に最終チェックを行う大事な日。

なにか一つであっても見逃す訳にはいかない。

 

ずるり、という物音はいつの間にか消えて。

来る時にあれ程目の邪魔になっていた糸も見えなくなっていた。

それは俺の眼の異常……というわけでは当然なく。

今までに取ってきた行動一つ一つが小さくとも積み重なった結果だと、俺は信じている。

 

頭だけを穴から突き出し、淡い朝日に包まれ始めた神社の中を確認できる限りで見回す。

妖やら阻害やら、邪魔するような相手は誰一人として見えず。

ただ、倉庫の上……上空辺りに奇妙な煙のようなモノが立ち上っているように見受けられる。

 

「灯花。 あの煙っぽいの、浄化してるからか?」

「……たぶん、そうです。 昨日は気付きませんでしたけど。」

 

後ろからひょっこりと顔を覗かせたので、指を向け同じ方向を確認させる。

彼女となら同じ光景を共有できる、と思っての問い掛けだったが。

やはり実行者だからなのか、或いは”禁忌”を共有するからなのか。

見えているものは同じらしい。

 

「朝だから……ってわけじゃないよな?」

「はい。 多分、色々と剥がせた……浄化出来たから見えてるんだと。」

 

ああ、成程。

あの黒いのは発見されないようにするだけじゃなく。

周囲に悪影響を及ばさないように封印していたんだと解釈している。

 

その悪影響の部分が全て溶けて消えたからこそ、本質部分が浄化されているのが見える、と。

ってことはゲーム版でも呪われた装備の浄化の時はこういうの見えてたのかもな。

 

「なら安心した」

「なにをおそれてたんですか?」

「倉庫の中が呪詛でいっぱいいっぱいになってる光景」

 

浄化されたものが消え切らずに残ってる、だなんて馬鹿げた光景。

()()()()()()()()()()()()()があればあったかもしれない。

 

「……やめてください。」

「すまん、俺も言ってて嫌になってきた」

 

顔を顰めた灯花。

それに釣られるように俺も浮かべながら、やや早足で倉庫前へ。

閉じられた扉を頷き合い、開く。

 

少しだけ警戒していた、内側から溢れる妖気はまるでなく。

地面に白墨で描かれた浄化の陣の上に、昨日彼女が言っていた白い物体が一つ置かれている。

 

「…………ああ、うん」

「でしょう?」

 

確かに。

こりゃ白骨……頭蓋骨だわな。

それも、材料として扱えるように弄くられた。

誰か、人間のモノ。



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051/対応

ちょっとだけ短め。


 

顎が下、頭が上。

通常時……と呼んで良いのかわからないが、普通に安置している状態。

白墨の上にぽつん、とそれだけが置かれた光景。

 

何も知らない誰かが見れば、寧ろ呪術でも執り行っているように見えるかもしれない。

そんな状況下で、陣を消さないように足の位置を確認しながら眺める。

 

「……骨、だよな」

「ほね、ですね。」

 

ごく当たり前のことを繰り返す。

何の変哲もないモノになった、というその事実自体が異様な状況。

全てが浄化された、とそのまま受け取って良いのか。

 

(少なくとも、俺の目には呪い効果は映ってないんだよな……。)

 

実際には『素材』分類……武具や道具になる前の状態の物体。

それ以上でもそれ以下でもない物体へと変質した、誰かの遺骨。

ただ。

 

「あの……なんていうか、嫌な感覚は消えたな」

 

目でも見た通り。

宙に掻き消えた、龍脈に呑まれたように重苦しい雰囲気も消えている。

周囲の資料に残るドス黒い内容さえなければ、神社として名乗っても不思議ではない。

何処か清浄とさえ感じる透き通った感覚。

 

「じょうかせいこう、と思って良いんでしょうか……?」

「こういう変化した例を知らないからはっきりとは言い切れないんだが……」

 

先ず間違いないと思う、と頷く。

ただ何かが起こってしまう可能性を含め、もう暫くはこの場で様子を見ようと提案し。

二人で頷き合って、部屋の片隅……壁を背に腰掛け、白骨を眺める奇妙な光景が完成する。

 

(……精々四半刻、ってとこだな。 念の為に明日までこの場で浄化は継続するとして。)

 

これで相手に打撃を与えると同時、此方も不利になるであろう要素を一つ潰せたと判断する。

その上で。

更に手を尽くして、相手の取れる手札を押し潰してしまいたい。

 

”高難易度向け任意目標(クエスト)”を攻略する上で。

最も必要になるのは臆病さだと、俺は経験上判断していたから。

 

「灯花」

「はい?」

 

今日にするか明日にするか。

少しだけ悩んでいたが、こうして無事に済んだ(と判断する)以上。

相手方、神の側にも影響が起きていると考えて良い筈だ。

 

つまり、何をしようと向こう側には既に気付かれている。

どの程度かまでは予想は付かないにしろ。

相手の――――”神”に関係する物品の浄化の直後に行うなら。

少しでも目眩ましになるかもしれない。

 

「行う時間帯は任せるが、可能なら今日中……それも午前中くらいまでだな。

 神の名前の確定を進めてくれるか」

「え。」

 

その言葉は、本当に良いのかという意味での確認だと思う。

アレだけグダグダと考え続けていたのに、此処で決定してしまって良いのか。

……大体俺のせいだというのは分かっているので、謝罪の言葉が先に立つ。

 

「……いや、まあ。 条件が曖昧過ぎて俺も迷ってはいたんだが」

 

何処が切掛なのか、と言われるとちょっと分からない。

ただ最初の頃は足止めと喰らい続けているような感覚を受けていて。

気付けばその状態が反転していた、という当たり前の変化。

その相手が神である、とかいう例外を除けば普通に詰められる盤面だったという事なのか。

余りに足踏みし過ぎたな、と説明も出来ずに及び腰だったのは間違いないので反省。

 

「名前が特定できてる方が結界構築上も間違いないんだよな?」

「それは……はい。 『何』を指定するかどうかでも条件が変わるみたい……なので。」

 

お母様から習ったことなので自分では良く分かってないんですけど、と。

少しずつ差す日差しが増していく中で、顔を下に向けながらに呟く。

 

「そういうもんだろ。 俺も全てが分かってるとは死んでも言えないし」

「…………あるていどは、知ってそうですけど。 お兄様なら。」

 

常識的なことはそこそこすっぽ抜けてるぞ、と笑って言えれば良いのだが。

それが冗談にならないので口に出す事なく、胸の内に留めておく。

 

「そうでもないさ。 それで……呪符とかの完成度はどんなもんなんだ?」

 

そして話の方向性を少しだけ捻じ曲げ。

聞いても当然のような、疑問に思われにくい内容を確認すれば。

彼女はそれに素直に反応して口を開く。

 

……更に申し訳無さが増した。

 

「きのう、三人が集めてくれた内容を多少取り纏めた……と言ったくらいです。

 主にリーフさんが担当してくれて。」

「ああ……」

 

だよな、とまでは言わない。

リーフも薬関係で資料を纏める以上、色々な情報を整理することには長けている。

最も慣れているのは俺達の中では紫雨になるんだが、今回の場合は不適当。

それを行うにしろ、最も基礎になる知識が欠けている。

 

「そういや、リーフに対して何か感じるものはあるのか?」

 

ふとそんな事を口にする。

何故そんな事を聞いたのか、と聞かれれば俺も分からない。

ただ、感覚で分かるものなのか――――と。

そんな疑問を抱いたからなのかもしれない。

 

或いは。

自然とずっと、彼女と組ませて活動させ続けていたからなのか。

 

「……リーフさんに、ついてですか?」

「そう」

 

実際、灯花とリーフの内側の存在も真逆だ。

入れ替えを行ったから、という結論有りきではあるが。

宿る相手に対して(神なりの)好意と悪意。

感じるものも何か変化があったのか、と思って聞いてみれば。

 

「……そう、です、ね。」

 

ちょっとだけ悩むような仕草をし。

少しだけ緊張を抱えながら、次の言葉を待っていれば。

 

「……とうかも、リーフさんくらいにはなりたいなぁ、って。」

 

がくり、と。

足場を外されたような、緊張感のない言葉に姿勢を崩し。

それを見て、くすくすと彼女に笑われてしまった。



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052/再訪

 

がさりがさりと鳴る物音。

昨日よりも気配は薄く、けれど感情は色濃く漂う怨霊の住処。

昼間にも関わらず薄暗さを思わせる其処で、隣の少女の呼吸に合わせてまた一歩。

 

「朔様」

「分かってる、急ぐぞ」

 

耳元で囁かれ少しだけ身体が驚き、けれどそれを抑え込んでまた一歩。

部屋の片隅、葛籠のような形の箱が幾つも重ねられた場所の板を外した更に下。

昨日も潜った研究室のようなクソッタレは、そんな雑な隠し方で用意されており。

そして、怨霊は決してこの床上側には近寄ろうとしなかった。

 

(此方の依頼に応えてくれれば理想なんだが……。)

 

朝食後。

廃棄しても構わない、若干古い……というか穴が開いた服装を一着ずつ貰い。

地上で再度研究の続行と名称の特定を進めている間、俺と伽月は地下に潜ることを決めていた。

 

紫雨と白、という相性最悪の二人の手が空くのが少しだけ怖かったのだが。

其処はまあ、リーフが二人の手綱を握ってくれるということなので任せてしまう。

若干顔が引き攣っていた気はするので、後で機嫌を取るのは忘れないことにする。

 

(……ふぅ。)

 

そんな積み重ねがこの短期間で山積み。

まあ、俺の我儘が切っ掛けでこうなっている以上。

責任は取らなければいけないと分かっていても、気が重くなるのは止められない。

 

気持ちが足取りに影響し、そのまた逆も影響しながら。

心なしか警戒度合いが増している彼女と共に階段へと足を進め。

ふぅ、と吐く溜息は緊張と焦り……だけではなく。

多分に気を紛らわせるための意味を合わせるモノ。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、心配されるほどじゃない。 伽月は?」

 

ただ、そんな感情を傍から見て即座に認識できるかと言えば難しい。

元々が元々だけに、彼女は特に……そういった人の心の機微に対して細かく伺う癖がある。

心配させるのも悪いよな、と心で謝りつつも態度を元へと戻し。

能力を行使し続けていた彼女の方こそを心配する。

 

「気配に関しては戦闘でも多用していましたから……慣れてはいますね」

「慣れ……ああ、使い慣れてる?」

「です」

 

確かに普段から使い倒してる能力……ただ、何方かと言えば常に最大にする方法は例外。

小さくしたり大きくしたりでほんの少しの誤差を生み出し、其処を突くのが彼女流。

操作、という意味合いでは変わらないのだろうけれど……。

 

「それに、勘に過ぎないんですが……操作、という手札だけでは通用しない気もしていて」

「あー……予定してる相手にか?」

「はい。 寧ろ常に気勢を張り、相手に呑まれないようにするのが優先かと」

 

……それはまた別の能力でやれる行為のはずなんだが。

まあそれはゲームの頃だからで、今となっては可能ならば出来るんだろう。

もし能力としても取得すれば、その効果幅は大きく広がるのは間違いない。

 

「唯でさえ、私がいることで奇妙な状態になりますし」

「俺等からすれば結構利点なんだぞ、それ」

 

幽世の中の連続多発戦。

それが龍脈の中では発動しない……と判断するにはまだ早い。

現在のこの場所は龍脈の上とも、腹の中とも言えない混ざりあった場所故に。

伽月の特性が打ち消されているかも、というのはあながち間違っていない気もする。

 

「まあ、誰もが迷惑掛けてるし助け合ってるし……と思っておこうかね」

 

正直そう思わなければやってられない。

やっと階段を降り切って、先ずは例のマスクのようなアレを取りに行く。

あっても嫌だが、なければ踏み込むのは絶対御免だ。

多分それは、隣で真顔になりながら匂いのする扉を見ている彼女も同じこと。

 

「そうですね……」

「睨むな睨むな、気持ちは良く分かるが」

 

同じ気持ちを共有できるのは後白だけだろう。

正直着替えてきたとしても、そのままの格好で上に戻らなければいけないこと。

誰かしらがやらないといけないこと、と分かっているし覚悟は決めたけれど。

あの匂いを思い出すと一周回って怒りを覚えるのは俺も良く分かる。

 

「……むう」

「早く済ませようか、俺も思い出したくない」

 

そして出来れば内側も想像したくはない。

神を開放するために相手が何を求めてくるか、それ次第ではもう一度が必要になる。

本気も本気でそれは勘弁して欲しい。

ので、考えないようにしつつ壁の例の装備を取って即座に被る。

 

(……何製なのかは考えたくもないが、有用なのは間違いないんだよなぁ。)

 

上の惨劇を考えると嫌な予感がプンプンするが。

匂いとどっちを取るのか、と問われれば仕方ない。

 

若干曇っていながらも外の光景が見えるのを確認。

伽月もちゃんと被ったのを見、俺が先に動き出す。

本来ならば下策も下策だが、こういった……言ってしまえばギミックダンジョンの場合。

下手に警戒させてしまう、という可能性を考えると悪くもなかったりする。

 

(自衛が出来ないわけでもないしな。)

 

再度戻って扉前。

口を開こうとすれば引っ掛かり、会話するのは難しそう。

だから指で意思を表す。

 

開ける。

扉。

大丈夫か。

 

大丈夫。

後から付いていく。

 

散々行ってきた行動のまま。

口を開かずとも可能な意思疎通を行い、覚悟を決めて扉を開く。

 

途端に押し寄せてくる()()

空気の壁……悪臭が満ち満ちていた場所からこの場所全てを埋め尽くすように流れ出す匂い。

昨日よりも、明らかに力が増している。

 

(……一度開いて、それで俺達が閉めたからか?)

 

助けがやってきて、けれどすぐに去ってしまった。

その感情変動で変わってしまった可能性は無くもないが、下手に考えるより今は動く。

強風に向かうように一歩、もう一歩と進んで壁を背に一度落ち着く。

少しだけ目線を横に向け、彼女も内側に踏み込んだのを確認。

 

(しかし、悪趣味にも程があるな……。)

 

研究所、というよりは医療室と言った方が良いだろうか。

手術台のような寝転ぶ台の上は真っ赤に染まり。

恐らくは幾度の怨嗟を飲み込んだ、そんな部屋の奥。

 

――――吊り下げられたような、肉塊が一つ。

前に左右に、蠢いて。

未だに死ねないでいる、という意味を。

……否が応にも叩き込んでくる光景が、目の前にあった。



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053/善神

 

う、とうめき声がした気がするのは幻聴か。

或いは俺自身が気付かずに吐き出していたのか。

突き詰めるだけ無駄な内容に、意識が自然と向いてしまうのは。

少しでも目の前の光景から目を逸らしたいから、と考えるのが一番妥当。

 

『――――!』

 

声にならない声と身動ぎ。

びくん、と動いては反動で元の位置へ。

その行動に縛られているのは……天井から伸ばされた、呪符が編み込まれたような縄の影響。

 

(……あの縄が、縛り付けてる大元なのか?)

 

一歩近付き、また動き。

周囲に転がる腐り落ちた木の桶や立板が嫌な音を立てては足場を変える。

ほんの数歩を進むだけで、どれだけの神経をすり減らす必要があるというのか。

 

吐く息が直ぐ側で返ってくるというのも大きいのかもしれない。

圧迫されている、という心理的な感情。

普段は感じる事も少ないそれが今牙を向いている、とするのなら。

慣れるか耐えるか、何方かを実行するくらいしか選択肢は見当たらない。

 

ただ。

今実行するべきなのは、そんな受け身の行動ではない。

 

(縄から切り離せば、行けるか?)

 

一歩、更に滑るように足を進めて。

 

『――――人の子か』

 

突如、脳裏に見知らぬ声が響き渡った。

 

(……は!?)

 

きょろきょろと左右を向いてしまった。

 

普段の、声を出さない会話よりも更に上。

脳裏に直接語りかけられる、見知らぬ男とも女とも分からない声色。

そんな行動ができるのなら俺はとっくに実行しようと動いているだろうし。

設定も、そして能力としても欠片も知らない超常的な何か。

 

伽月を見ても理解できていないようで、首を傾げて疑問を表している。

 

『そのように慌てなくても良い』

(いや、慌てるに決まってんだろ!?)

 

これで会話が成り立つのか――――という実験を兼ねての脳内での応答。

もし成立するのなら、俺からも何かを発信していると判断するのだが。

 

『頭は回るか』

(いや、問題なく話進めるのかよ)

 

じろり、と向けた具体的にどう言い表すか悩んだ被害者(ナニカ)への視線。

その内側にいる神は、今こうしていても理知的な様相が見え隠れしている。

少なくとも悪神ではなく善神寄りの存在だろう、という想定がまず一つ。

 

……まあ、元々。

冥界に携わる神々というのは理知的で温厚な、善神よりの存在が明らかに多いんだが。

”そうあって欲しい”と思われた結果広まった伝承。

元の世界での切っ掛けがそれなら、作り出されたこの世界も似た結果に落ち着くのはまあ分かる。

悪意しか無い製作者が、こっそり悪神を潜ませてた記憶があるような気もするが。

 

『ならば、ワタシが望む事も分かるだろう?』

(正確に言えよ。 お前さんとその器と、二人分の願いだろ)

 

傍から見れば何も話していない、奇妙な状況。

けれど何かを察したのか。

伽月も、少しずつ近付く俺と目の前のナニカへ視線を行ったり来たりさせて見つめている。

 

相手に媚び諂うわけでもなく。

上から、相手を見下すわけでもなく。

互いが互いに対等に取引しようとする場面。

 

相手の声を聞いた時からか。

或いは俺の感情を相手が読んだからなのか。

細かい理由は知らないが、理知的にやり取りが出来る相手ならばそれに越したことはない。

 

(……俺達の目的の為にも、開放することは吝かじゃないしやろうとも思う。 ただ)

『分かっている。 その手段が不明で、そして目的までに足りない鍵を探しているのだな』

 

何方も自身の願いを叶えようとするなら、必然的に相手の願いを叶える必要が生まれている。

ただ単純に開放しても、器の魂が救われるとは思えないという状況。

そもそもそれを行う為の資格に道具。

結局は此処が解放されなければ何も終わらない、というのは互いの考えの一致を見る。

 

『ただ……少なくとも、ワタシを()から解き放つ資格ならば。

 汝ならば所有しているようだがな』

(は?)

 

それは、どういう……。

――――いや、思い当たるのが一つあるか。

 

『本来は見えないモノを見る目。 別世界を渡る視点を、その起点を見通す目。

 それを用い、儀式を施した刃で穿けばそれで済む』

(その儀式の刃とやらは?)

『上で行っただろう。 懐刀辺りを浄化の儀に晒せば、ワタシが介入しよう』

 

そう言われて、改めてナニカを見る。

縄、綱、或いは封印。

その辺りを傍観視するようにふわっと眺めれば、気持ち悪い流れが一点に集まっている。

 

……呪符の内の一枚に偽装している、のか?

 

(これか)

『見えたか』

 

ああ、と内心で一言。

奇妙な会話ではあるが、あの夢の事を思い出せば似たようなもんだった。

少しだけ混乱もしていたが、そもそもこうしている俺自身が変だもんな。

 

(なら、明日まで待て。 明日の早朝に開放する、でいいか)

『感謝する。 礼は……汝に宿ることで構わぬか?』

 

構うわ。

何で俺なんだよ。

そんな意味を込めて睨みつければ、少しばかりの苦笑のような感情も漂ってくる。

 

『恐らく、汝等の中で最もワタシと相性が噛み合うのが汝だからだ』

(知らねえよ!? またなんか増えるのかよ!?)

 

え、神を宿す原理ってこういうことなの!?

本当に相性だけで分け御霊を決めてる感じなの!?

 

『知恵者にして、複数の視点を持つモノ。 ワタシの司るモノに近いしな』

 

否定しようと思えば多分出来る。

ただ、いい機会だとも感じてしまう。

色々と勘違いしている事象を整理するには、確かに相談できる相手が増えるのは助かるが。

灯花用の神のつもりなんですけど?

 

(…………そんな事を仰る、貴方様はどなたで?)

 

若干卑屈になりつつ、投げやりになりながら名前を問うて。

当たり前のように、簡単に聞こえたその名前。

 

『ワタシか? ……人の子からは、八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)と呼ばれていたが』

 

それが聞こえ、派手に内側で吹き出した。



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054/思兼

 

末広がり、無数を意味する”八”。

意識、考えを意味する”意”。

それらの思いを兼ねる、転じて多数の知識を持つ存在として名付けられた神。

 

けれど、その有名過ぎる側面とは裏腹に冥府の一柱としては殆ど知られていない。

海の果て、見知らぬ場所にあると信じられた常世の国。

不老不死を願う人々の思いが重なった、死者達の国に存在する神として。

長寿や幸福を招くと崇められたのがオモイカネ。

 

そんな一般常識……と呼ぶにはやや深い知識を思い出しつつ。

想像するのは、『馬鹿じゃないのか!?』という感想。

 

神々の知識を持たない存在が間違えて呼んでしまった、ならまぁまだ分かる。

ただ今回はある程度狙って神を降ろしているはずだ。

知識を優先したのか、不老不死という言葉に惹かれたのかはもう今となっては知らない。

だが、常世に住まう存在が現世の人間を苦しめる相手に幸福を与えるのだろうか。

 

完全に支配している、立ち位置が上からの命令ならば兎も角。

そもそも器としても不適応な相手を用いた上でこうなっているのだから。

もう自業自得以外の言葉が浮かばない。

 

(……ただ。 そんな相手が俺の契約する神として名乗り出る、ってどうなってんだ。)

 

いや、まあ。

そう考える理由も、そう落ち着く理由も分かる。

それに何方にも利が生まれる答え。

相談役としては満額の回答なのは間違いない。

 

にも関わらず引っ掛かっているのは、俺が今契約をすると決めた場合の()()

もう少し正しく言葉にするなら、灯花に神を宿すことが出来ない場合の影響。

今朝方彼女にはああ言ったが、若干無理してでも強引に契約させるつもりでいた。

それが可能な余地はあるようだったし、よっぽど相性が悪い相手でなければ……と思っていた。

 

『どうかしたのか?』

 

それがこの神の思い付き一つでパァだよ。

もう少しマイナーな神様のほうが良かったわ……悩まなくて済んだ……!

 

(あー、えー……。 取り敢えず、こう。 開放すること自体には同意した)

『そうだな』

 

こんな奇妙な会話手段にも慣れた。

ひょっとするとこういう能力の基礎も得られるかもしれない……うん、それはいい。

でもなぁ。

 

(その流れで一つ。

 色々な思惑の被害を受けて、一人。 守護神を失う神職の濃い少女がいる。 何とかなるのか?)

 

下手に悩むより、もう投げてしまうことにした。

 

本来ならこんな事を聞く相手じゃない。

と言うより聞けるような相手じゃない。

ただ、相手が興味を示してるなら聞いたほうがいいかもしれない、と思った故。

 

『何とか、の方向性次第だな』

(と、言うと?)

『ワタシの知る相手ならば仲介しても良い。

 或いは呼び出すための準備も構わない……が、それを為すためにも。 分かるだろう?』

 

……こいつ。

このタイミングでも当然のように交渉を重ねてきやがった。

 

(それは、保証できるんだな?)

『しない理由こそ無い。 ……それが、汝の望みなのだろう? 宿主』

 

既にそういうものとして扱われている。

何でだ、俺の周りはこうも圧が強い。

 

がくり、と頭を下げた所で肩を叩かれそちらを向く。

伽月が入口側を指差し、向かおうと合図。

……確かに、余り此処に長居しても体調的に良いとはとても思えない。

可能なら離れてしまった方がいい、か。

 

(……明日、解放しに来る。 その時には決定的な情報をくれるんだろうな?)

『参考にはなると判断しているよ? ワタシの見立てが間違っていなければ、だが』

 

今、ひょっとして煽られたのか?

もしそうだとするなら相当に高度……と言うよりは余計な知識も身に着けてることになるが。

もしかすると、この世界の”神”とやらは――――。

 

(いや、余計なことか)

 

頭を振り、この異臭空間から脱出を開始する。

先に伽月、後に俺。

じっと、オモイカネが俺を見ているような気もしたが無視して扉へ。

 

出来る限り短時間で開け、閉め。

そしてそのまま階段まで移動する。

 

(ちょっと長く扉を開け過ぎた、多分この辺一帯も汚染されてるだろうな)

 

普通の空気と混ざり合い、薄まっていたとしても。

吐き気を催す状態異常的な香りは間違いなく漂っている。

それを一度まともに受けてしまっている以上、絶対に受け止めたくはなく。

合わせて地上にも若干量が流出してしまうことを恐れないわけではない。

 

(服も脱ぎ捨てて……どっかで身体洗わなきゃ匂い落ちねえよなぁ)

 

川辺まで行くべきか。

ただ浴びるのが俺と伽月、という男女一人ずつ。

下手に目を離したり仕切りを作ればそれはそれで問題になるし。

対策用の消臭剤でも誰かに作って貰おうか。

 

(ってそうだ、それこそオモイカネに聞けばよかったじゃねえか!)

 

やはり混乱していたのだろう。

後は焦っていた、というのも多分ある。

こうして落ち着いてみれば、ぽろぽろと見落としていたことが浮かび上がり。

頭を掻き毟りたくなるが、そんな事を出来る状態でもない。

 

多分、彼奴……オモイカネはその辺り一通りに気付いていた。

ただ、それを口にせず。

敢えて奇妙な会話だったり内容に意識を向かせて、考えさせないようにしていた。

 

理由は単純。

自身の有用さを理解させるため――――そう考えるのが最も適当。

 

(……間違いなく助かる存在、それは分かるが)

 

何故か宿す……契約を拒もうとする理由の一つは。

この辺も無意識に否定してるからじゃなかろうか、と思わなくもなく。

 

再び、被り物の中で溜息を吐いて。

地上の明かりが頭上に見え始めたことに、少しだけ安堵を浮かべた。



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055/空白

 

死んだような顔をしながら倉庫へ顔だけを出し、四人に声を掛け。

その匂いに顔を顰められて、紫雨とリーフに何かを投げ渡された。

 

転がってきた物を見れば消臭剤……をかなり強めに仕込んだ消耗品。

本来なら獣系の妖の鼻を一時的に潰すための物品。

普通の使い方ではなく、専ら霊能力者が外部で活動する時に使われる緊急道具。

俺が先程作り方を聞けば良かった、と後悔したそれそのもの。

 

(いつの間にこんなもん仕入れてたんだ……?)

 

昨日の時点で使わせて欲しかったと思いつつ、伽月にもそれを一つ渡し。

服を脱ぎ捨て、消臭を完了した状態で普段服へと着替え。

地面に深く埋め終えて、それでから漸く話が始められる。

 

……本来なら温泉とか入ってゆっくり匂い消したいんだがなぁ。

或いは水浴び、行水。

その代替行為として見る、時間効率としてなら悪くはない。

だからこそ今でも売られ、使われているんだと思うが。

 

「……幾分かマシになったの」

 

くん、と鼻を立てて服の袖で顔を隠し。

少しだけ嫌な表情を浮かび上がらせるのは、昨日同行した張本人(しろ)

 

「完全に消えてないのか……?」

 

自分ではどうなのか、鼻が死んでいる気がして分からない。

特に自分の体臭として染み付いてしまったものなら余計に。

……伽月の方から漂う気がするものに関しては、男女差もあるから黙っておくが。

 

「…………白、ちゃんも、少しだけ……消え、ました、ね?」

「吾にも残っておるのか!?」

「気にしなければ大丈夫なくらいだけどね~」

 

若干投げやり、というよりは適当?

確認できるものに関して色々と印を付けたり、メモに纏めたり。

そういった整理的な業務に今日も励んでいた紫雨が顔も上げずに答えを返し。

思わず言葉を返そうとするが押し黙り、ぐぬぬと声を出していた。

 

「……それで、お兄様。 下の方は……?」

 

そして文机の上から目線を此方へ向けた灯花。

 

筆で書き記していたのは、恐らく能力で引き出した神々の特徴とその名前。

今までに出揃っている情報から名前を幾つも浮かび上がらせ。

条件を変えてはまた該当するものを絞り込み。

最終的にほぼ全てが当て嵌まる存在こそ、俺達が立ち向かう相手ということになる。

 

「あー……いや、こう、なんだろうなぁ」

 

オモイカネに関して説明はしていいもんだろうか。

いや、しない理由もないんだが明日正式に通ってしまってからのほうが理解されやすい気もする。

ある程度の情報を伝えるだけに留めておくとするか。

 

「一応下にいる相手と交渉……というか話は成立した。

 ただ、当初の予定から変わりそうってことは謝っておく」

「かわる……ですか?」

「ああ。 それと小刀を一本、浄化しておいてくれるか?」

 

それは構いませんが、と話を促す彼女。

気付けば周囲の目線は俺へと集まっている。

特に同行していた伽月に関しては特に視線の圧が強い。

まあ……そうだよな、自分ひとりだけ置いておかれた訳だし。

 

「端的に言うなら、下にいた神と交渉……交渉?が成立した」

「……上から目線で言われたとかじゃなく?」

「ご主人と交渉……?」

 

おう、紫雨はまあ分かるが。

白はどういう意味を込めた言葉だそれは。

 

「向こうも解放を前提としてくれたお陰で案外すんなり会話は成立したな。

 ただ、解放時の報酬……と言うより、向こうの望みで俺の守護神というか。

 契約先? 相談役、協力者になる方向になりそうだ」

「……あ、それで予定から変わる?」

 

そうだ、と一度頷く。

そして、とばかりに伝えないとか。

 

「で、その神の知り合いか縁のある相手を呼ぶ手段を教えて貰えることになった。

 灯花に噛み合う神々ってのが変わってくるだろうから、考えてくれると助かる」

「……は、はい。」

 

と言ってもなぁ。

攻撃系の逸話……何かを攻め滅ぼしたり、或いは武器を生み出す系列は合わないと思う。

守り、慈しむ。 結局は守護系列か治癒系列、俗に浮かぶ女神やら治癒神辺りいるのか?

 

「まあそれは分かった。 では、明日決行ということで方針は変わらんのじゃな?」

 

意見を取り纏め、白が呟く。

こうした時に最初の仲間という立場はかなり強い。

気付けば取り纏め役としても動けるようになっているのだから。

 

「そうだな。 まぁ地上に戻った際に着替える時間とかくらいは欲しいが」

 

そんな余裕あるのだろうか。

最悪は装備を着たままあの空間に突っ込むことになるんだが。

そうなれば二度と着れなくなるどころか、戦闘時にまで影響しかねない。

身体に染み付く、というのはそれ程に厄介なことであるのは誰もが知るところ。

 

「それは……大丈夫、だと思います。」

「と言うと?」

 

悲壮な決意を固めていれば、小さく手を上げ灯花が答える。

彼女が口を出す、ということはほぼほぼ成立する何かがあるのだろうが。

俺達が見逃しているのか?

 

「さきほどまで、呪符……そして結界の用意を整えておりました。 その上での結論です。」

「ええと……つまり、何だ。 ()()()()()()()()()()()()、ってことか?」

 

今この場面をも見られているのかは分からないが。

今、それを誤魔化す為の方便ということもあるまい。

ならば、何だ?

 

「いえ。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という感じ……でしょうか?」

 

灯花が言う分には。

本来なら……と言うか最初から全てを呼び出すことは基礎らしい。

ただ、それをしてしまえばちょっとした穴から其処を付かれる。

だからこそ、神職が研究した手順の一つが分割に依る降臨。

神を権能毎に分割し、それを結界……呪法陣の上にて再度混ぜ合わせて完成させる。

 

本来なら難しい所だが、今回は既に自分に宿った存在を引きずり出す手法。

既に此処にいる、という最も難しい部分を突破しているからこそ。

御母上様からの助言を含めれば何とかなりそうだ、と提言した。

 

「ですから……始めたとしても、少しばかりは猶予はあります。」

「ただ、始めてしまえば止められないのは変わらないんだよな?」

 

はい、と口にし。

それ以上は何も言わずに押し黙る。

 

……まあ。

それで行くしかないんだが。

 

「それで……神の名前は特定できたか?」

 

最も大切な部分を確認し。

はい、と。

繰り返すように、口にした。



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056/言霊

 

「…………特定、出来たん、ですか?」

「はい。 ……条件を整理していった結果、ですけど。」

 

再度の疑問に彼女は頷く。

条件面からの特定だから確実かは分からない。

それでも、その全てに該当するのは今得ている条件からは一柱だと。

 

少しばかり疼くような様子で、身体の震えを覚えている様子のリーフ。

神の加護を得ている身とすれば、何かしら感じるものがあるのだろうか。

 

「それで、名前は?」

 

直接的に聞いても良いものか、という意味で問い。

もう一度頷いた上で、何かを書いていた文机の上から持ち出してきたのは折った紙。

その内側に名前を記しているらしい。

 

「こちらに。」

「…………口には出さないのか?」

「いまは。」

 

特に灯花やリーフ姉様の場合は、口に出しては駄目ですと。

……いつの間にリーフまで取り込まれているのかは他所に。

その二人の共通点を考えれば、何となく言いたいことは分からないでもない。

 

「それだけ不味いのか?」

 

言霊、と呼ばれる実在してしまう影響力。

特に神に深く関わる存在である二人が口にしてしまうことで起きる悪影響。

元から俺が恐れていたもので、そしてある程度のリスクを覚悟した上で対応して貰おうとして。

そして其処まで以てしても、当人達の危機感は上回ったという状況のよう。

 

「……たぶん。」

 

直感に過ぎない、何か口に出して説明できるような概念ではない。

普段から接してきた二人だからこそ感じるモノ、に近いのだろう。

 

どう説明してよいのか分からないように首を捻り。

普段よりも更に言葉が途切れ途切れになりつつ、言語になっていないリーフを見て。

何となくにそんな事を理解する。

 

俺も先程の()()との遭遇でどういったものなのかは薄々気付いている。

確かに人とは違うし、経験しなければ口にしにくい感覚だ。

他のモノよりも引き寄せられる、集中してしまう。

存在感が強い……重力が強い、俺が言葉にできるのはそんな程度。

 

「分かった、後で見ておく。 ただ、何をしてくるかは教えてくれよ?」

「それは……はい。」

 

多分に推測は入りますけれど、と前置きし。

それでも灯花が口にした神の持つ権能……から劣化した能力。

 

「……まず、毒や病気。 或いは石化や麻痺。

 そういった、灯花達の身体を蝕む行動は一通り扱うと思います。」

「状態異常系……かの」

「でも、本来よりは弱くなっているはず……です。

 浄化したあの白骨は、そんな能力を……えーっと、上げる? 持ち物の一部みたいです。」

 

ちらり、と彼女が見たのは俺とリーフの持ち得る武器。

つまりは増幅器……杖の一部だった、と見ていいだろう。

ということは何方かと言えば前衛型ではなく後衛型、役割としては俺に近い?

 

「あとは……普通に、武器で攻撃もすると思います。

 回復呪法とかまでは……ちょっと。」

 

要するに普通のボスとしての形状を理解すればいい、と。

変に特化型よりはマシだが、明らかに格上なので安堵しようもない。

 

「なら、事前の準備はどうする。 お前等も意見言ってくれ」

 

得られた情報は少なくとも、得意とする行動は分かった。

ゲームで、ある程度の情報を踏まえた上で初見ボス討伐をするような感覚。

あの時は画面外から、今は実際に体を動かして。

緊張の度合いが遥かに違うが、やる準備としては何も変わらない。

 

意見を聞き。

用意できるものを用意して。

対策を積めるだけ積み。

順当に圧殺――――出来なくとも、潰す。

 

戦場での覚醒など見込めるはずもない、この世界において。

最も重要なのは、この事前での話し合いと準備に他ならない。

 

「まず全員に治療薬は配布しておくべきじゃろうな」

「一応動きを止められるような系列は対策してるけど……ボクだけだしねぇ」

「雌猫が気絶でもすれば一気に崩されるじゃろうしなぁ」

 

最初の白の提案。

それに頷きつつも、道具使いとしての側面を持つ紫雨が答え。

そして混ぜっ返しつつ了承の意を伝える。

 

「私はどのようにするべきでしょうかね……?」

「伽月……ちゃんは、倒れない、でね?」

「成る程、防御を優先すると」

 

今回の場合、最も火力となるのはリーフだろう。

それは灯花を除いた全員が無意識にも理解していること。

 

紫雨も同行経験自体は今回が初だが、二度程本気の呪法を見ているのもあってか。

或いは()()()()()()()()()の意味を親父さんから聞かされているのか。

何の口も出さず、全面的に信用を向けている。

 

だからこそ、前衛が最後に取らなければいけない手法は後衛を庇うこと。

無論そうしてしまえば対応出来る手数が一つ減ることに直結するし。

俺自身もそんな事を認めないが、誰もが薄々分かってはいること。

 

故に、白の蘇生札を切る用意はしているし。

彼女も何も言わずに、それを認めている。

 

「……多分俺は指揮と攻撃の減少、持続回復に付きっ切りになる。

 だからこそ、崩されないように見て貰うのは灯花に任せることになる」

「……はい。」

「幾らか深度が上がったとは言っても限度があるが。

 それでも、俺が知り得る手段は全て伝える。 自分なりに噛み砕いてくれ」

 

地下のオモイカネ。

多分だが、彼(彼女か?)に頼れば死して間も無い人物の蘇生くらいは可能だろう。

ただ、それをしてしまえば多分決定的に何かが崩れる。

 

神からの知恵により、人の身で天命に抗うのか。

神たる身で、人の願いに答え天命を覆すのか。

立場と状況と、それだけの違いではあるが――――多分。

絶対に取ってはいけない最後の手段。

 

ちらちらと映るのは、あの夢での末路の欠片。

背中から……或いは書かれた名前から。

けたけたと嘲るような声さえ聞こえる気がする。

 

黙れ、とは決して言わない。

 

ただ。

お前の操る手繰り糸、全てを斬って終わらせてやる。

そんな悲壮な決意を胸に秘め。

 

持ち込んでいた道具を全て広げて、各員に配るバランスを考えながら。

地下から、じっと見られている気がしていた。



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057/仮契約

暫く疲れとその他諸々があって延々と死にゲー書きつつ別作品書いてました。そろそろ再開します。
完全別サイトなので暇人がいるならTwitterの方で。

戦闘前にやれることは全部やろうね、というやつです。


 

さて、と。

互いに互いの打ち合わせを済ませた上で。

はっきりしたことは一つある。

 

敢えて言わなかったこと。

黙っておこうと思ったけれど――――言わずにはいられなかったこと。

 

「……んで。 ちょっといいか、全員」

「んお?」

 

おそらくは薄々と気付いていること。

漂っている雰囲気の重さや何処か沈痛とした表情。

真剣、と言うだけでは諸々足りていない状況。

それらを組み合わせた上で、実戦経験が深いならば誰でも気付くこと。

 

そして幾人かは敢えて口にせず。

そして幾人かは経験不足により()()()()()気付いていない、現実を見据える言霊。

 

「対応策に関しては取り敢えず一旦置く。

 その上で、率直に確認するが……現状で突破できる可能性はどの程度と見積もってる?」

 

その為に、今更ではあることを問い掛ける。

()()()()()()()()()

 

やれ、やると決まればそうするのは当たり前の職業として。

それでも対応策、対応できる可能性に関しては各々自身の力量と照らし合わせるはずだ。

特に、俺達は無理をして突破してきたようなタイプじゃない。

自分に出来ることを当たり前に熟し続けてきた、何方かと言えば安定型だからこそ。

今の内に意識の摺合せが必須だと、そう思うのは多分俺が考えすぎる性質だからだろうと。

そう思いつつも、全員の顔色を確認した。

 

「現状見えている情報だけで言うならば、一割は切るじゃろうな」

 

それがどうかしたのか、と答えたのは白。

 

「…………上がるか、どうか、は……私達次第、ですよ、ね」

 

唯でさえ抱え込む性質のリーフは、胸元で小さく力を入れて手を握る。

 

「本来なら、私が断ち切れるのが理想なんでしょうけれど」

 

自分の力を求める伽月は、一歩踏み間違えれば闇へと転がり落ちる思想を口にする。

 

「相手が相手なんだし~。

 ……まあ、ボクも何時かはこういうことになるんじゃないかって心配はしてたけどさ」

 

それでも終わりが決まったわけじゃないし、と最初の出会いを思い出すように呟く紫雨に。

 

「もとはといえば……灯花の問題、でしたから。」

 

そして、ある意味諦観。 ある意味では前向きな色合いを滲ませた灯花。

 

五人が五人共に、各々の考えを浮かべながら。

『そんな当たり前のことがどうしたのか』と伺ってくる。

其処に混じる感情は今までの経験を積み重ねてきた成果で。

同時に感じるのは地下から届く混線したような意識と視線。

どう対応するのか、と確かめるような雰囲気。

 

これだから神と名の付くやつは、と思ってしまうのは。

……多分、この世界に来る前の自意識が強いからかもしれない。

 

『神』と呼ばれる存在は人が作り出すか信じるモノのみで。

身近に感じることも、実感として感じることもなかった故の存在。

人が用いるモノとして確立してしまっているからこそ、遊戯や空想として利用できる情報。

こうあるべき、と決められているからこそそれを鵜呑みにできてしまう情報体。

 

特に、俺のような。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()都市に住んでいたのなら明白で。

だからこそ空想の世界として構築されたゲームの世界にのめり込んだ一面は確かにあったし。

普通では触れることさえ出来ない情報だからこそ、好んで調べ始めた一面も確実にあった。

 

(とは言え……今此処に至っては他人事どころの騒ぎじゃないもんな。)

 

気付いた時から『この状況はいつまで続くのか』と心配し。

それから数年間が経過して、情報を知り得た上での行動を取り続けた今。

急に『俺』の前の……何も知らない主人公として戻ったとして。

的確な行動が取れるのか、と聞かれれば決して首を縦には振れない。

 

そもそも『何が切っ掛けなのか』という情報には一切触れることさえ無く。

それを知るには、恐らく霊能力者から一歩踏み外したような存在から聞くくらいしか思い付かず。

誰が――――何が思い付くかと言えば、やはりそれも『神』なのだろうか。

 

(……こんな悩みも楽しみながら見てる気がするんだよな。)

 

別世界、別の視点。

本来持ち得ない別の階層(レイヤー)からの思考を持つことの差異。

知りたくもなかったことを知ってしまう、という意味では不幸で。

知らなければ終わっていた事を知れる、という意味では必要不可欠。

 

……つまり、何かしらの役割を担わされていると考えるのならば。

それを踏まえた上で、俺が取っておくべき行動。

 

後回しにできる、という甘い考えを切り捨ててしまうべき行為。

正式に儀式として行うのは後でとしても……実際に勝率を1%でも上げられる可能性のある行為。

他の全員から、他の可能性を奪い取る許しを確認する行為。

それを、もう一度確かめる。

 

「なら――――」

 

きっと、それを口にするのを期待されている。

そう感じてしまう自分もいて、自分自身を嫌になりつつも。

 

「その勝率を少しでも高めることにする。

 お前等から選択肢をまた一つ奪うことになるが……許してくれるよな?」

 

敢えて自虐的に、自罰的に。

この世界に敷かれた、理の一つ。

 

血盟を結ぼう、と投げ掛けた。



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058/誓い

暫くはこんな感じで不定期更新になると思います。
疲労が……疲労がっ……!


 

ゆらりゆらりと灯りが揺れる。

 

「さて」

 

暗闇――――本来は安全性確保のために閉ざすつもりもなかった倉庫の内側。

万が一の為にも内側から破壊できる用意を整え、扉を一度閉ざした上で準備する。

儀式の関係上、周囲から切り離された空間が必要で。

同時に、真っ暗闇……少なくとも陽光を浴びない場所で行う必要があったから。

 

「それで?」

「やるべきこと自体は単純だ。 少なくとも、俺が知る限りでは」

 

持ち込んでいた、若干獣特有の匂いが漂う蝋燭。

それらが人数分、円を描くように等間隔に並び。

それらを前に各人が座り、ただそれを見つめる。

 

いや、正確に言えば。

蝋燭の隣に置かれた、神聖な儀式には似付かわしくない古びた盃を見ていた。

 

縁が欠け、本来は正しく漆で整えられていたであろう部分も所々が剥げた中古品。

瘴気箱の中から発見された物品。

ゲーム版(ぜんせちしき)で言ってしまうなら、『この儀式』を起こす為の素材の入手法の一つ。

 

もう一つの入手法が正当方法、つまりは店などで買い求めることを考えれば。

誰かが使ったのかも分からない、これを使うのは少しだけ気が引けるのだが……。

 

(実際、他に手段がないっていうか……高いんだよなぁ。)

 

親父さんが気を張って用意する、と言い出した時に遠慮しようとしたのはこれが大きい。

幾ら霊能力者とは言え――――。

普通に購入しようとすれば……稼ぎにも依るが俺達の探索十数回分で足りるかどうか。

それだけの価値を見出し、そしてそれだけの保証がされる理由は他でもなく。

()()()()()()()()()()()()()()()()からに他ならない。

 

『血盟の杯』。

システム的に保証された――――言い換えてしまうなら世界の理として敷かれた設定の一部。

霊能力者達の持つ特異性をそれぞれに掛け合わせることで理自体を歪める、という設定上。

それ相応の出力に耐えられる物品が必要になる、と言うだけの話。

ただ……本来なら最低人数の問題で引っ掛かっていた。

 

(いや、完全に頭からすっぽ抜けてた。 ちょっと前までは覚えてたのにな。)

 

儀式が実行できるかはその意志を持って杯を持つことで判別ができる。

無理だった場合は道具が手から滑り落ち、上手く持つことさえ出来なくなるという雑な仕様。

それを思い出したのが準備をしようとしたその時で。

あっ、と声を漏らしそうになったが無事に握れたことで逆に設定を深く思い出すことが出来た。

 

(都合が良すぎる……ああいや、そうでもないか? 特に、この世界だと)

 

恐らくだが、俺が思っている以上にこの世界における『血の濃さ』は重要視されている。

最低人数がゲームシステム上定義されていたのは、そう処理してしまうのが簡単だからであり。

現実世界としての『今』であれば、設定のほうが強く働いているのだと思われる。

 

そもそも『七人』と言うのは、その数字が持つ強い意味の他にもう一つ。

『世界に影響を与えられる最低人数で、世界が許容出来る最大限界』という理由が存在する。

血盟の最低人数が七人以上、最大人数が十人以下というのもそれが理由。

 

つまり。

その問題を解決出来た……出来てしまったのも、また灯花によるもの。

隠しキャラとして扱われているのは伊達ではなく、その血脈もまた言葉だけのものではない。

一人で二人分……或いはそれ以上に干渉する力を秘めているらしい。

全ての能力を身につけられる素養も、ひょっとすれば其処からの副産物に過ぎないのかも。

 

「全員の血を杯に垂らして、右回りで回していってくれ」

 

まあ、結局は――――実行できているというのが全て、というだけで。

 

どうしたんだ、という複数の目線と。

またなにやら考え込んでいるな、という冷めた目線が一つを浴びつつ。

動かないでいた俺も、ゆっくりと動き出す。

 

各人が持った刃物……武具なのか小刀なのか、或いは鋭利なモノなのか。

それぞれ握るものは違っていても、自身の身体を傷付けることくらいは可能なそれらを見。

こうだ、とばかりに指先に刃を滑らせ。

冷たさの後にやってくる、微かな……もう慣れてしまった痛みを前に、杯に鮮血を滴らせる。

 

微かな傷程度ならば治癒出来る、というのもあってこの程度はもう各員慣れたものかも知れない。

誰一人として……いや、一人を除いてか。

それぞれが目の前に行えば、何の変哲もなかった杯が鈍く光を放ち始める。

 

右隣の(その場所を譲ろうとしなかった)白に杯を渡し。

回ってきたリーフからのものを受け取り。

同じように、計六回。

少しずつ光量を増す物品を他人事のような目で眺めながら、回り切るのを確認する。

 

「……儀式だから、仕方ない、ん、でしょう、けど」

「ちょっと、抵抗感ありますね……?」

 

まあ、気持ちは分かる。

 

目の前の、血液のみが溜まったそれを見ての二人の呟きに内心で同意する。

例えば……『吸血鬼』のようなメリット/デメリットのある能力でも取っていたら。

一日に最低一度はこんなものを取るのが必須になっていたと考えると怖すぎる。

 

「後はそれを飲めば良い……筈」

 

ただ、能力に変化を与える以上。

何かしらの異変が身体に起こるのは間違いない。

実際にどういった状態になるのかはよく分かってはいないが……。

一部バッドエンドというか、ヒロインのルート次第では()()()()()()()()()()があった筈。

恐らくは深度不足……後は前提条件の不足の上で強引に推し進めるとそうなるんだとは思うが。

 

(それを知った上でやるのもちょっと勇気いるよな。)

 

まあ、言い出した張本人である俺がやらない訳にも行かない。

一度全員の顔を見回し。

誰から行くか、と伺っているような様子を踏まえた上で――――小さく息を吸い。

 

「始めるぞ」

 

それだけを口にして。

他者の、仲間の血液を口に含み。

 

鉄臭いような、微かに甘いような気がする液体を……嚥下した。



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059/発現

久々更新。


 

体内でどくん、と何かが弾けた気がする。

 

目の奥、脳の中心。

肉体と言うよりは霊体……霊能力者としてのもう一つの存在。

触れられないものに触れる為に存在する物質。

仮の死から蘇ることが出来る最も有力な説。

ある一定以上の階位を重ねることで、その片鱗に触れることが出来る存在へ。

 

――――世界から、何かが与えられ。

――――世界へと、何かを刻み付けた気がする。

 

その一瞬だけは、『世界』と『俺達』が同じような。

比較さえもするものではなく。

当然出来るはずもない存在と、並び立った気がする。

 

(これ…………が、『血盟』か?)

 

ちかりちかりと光が明滅する。

落ち着こうと息をしようにも、どうにも息苦しくさえ感じて胸へ手を伸ばし。

けれど()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

正しく、周りを見れているのか。

正しく、俺は其処に存在するのか。

 

本来抱く筈もない疑問と、幾度か見てしまった有り得ない光景が重なって見える。

 

……ああ、もしかすれば。

あの背だけが見えた『俺』は、こんな事を繰り返したから。

肉体では耐えきれない何かを背負い過ぎた故に――――。

 

「…………っは!?」

 

唐突に、意識が再動する。

気付けば身体が横倒しになっているし。

全員同じように倒れ伏し、目覚めたのもほぼ同時に思える。

 

「……今のは、何じゃ?」

 

「…………夢?」

 

「ではない…………悟りの前にあるという世界、でしょうか?」

 

「いやぁ……ボク達がそんなモノ見られるとも思えなくない?

 悟りの真反対、どっぷり俗世に浸った先の強欲なら分かるけどさぁ」

 

「……たぶん。 母様達が見ていた、モノ?」

 

めいめい、見ていたものを口にする。

幾人か……というか全員だろうか。

見ていた光景が違う気がするのは気のせいなのだろうか。

 

(……ああ、こんなもん見るんだったら制限も必要だよな)

 

多分下手に手を伸ばせば二度と目が醒めなくなる

それをシステム的に再現したのが様々な制限、であるとするのなら。

ふと思うことが一つある。

 

(ひょっとして、()()()()()なのか?)

 

ゲームの世界に降り立ったのではなく。

元々あった世界から干渉を受け、ゲームを作り上げた。

卵が先か鶏が先か、という逆転問題にしか成らず。

同時に答えを持つ相手もいないだろうから、重い頭を振って考えを追い払う。

 

「で、だ。 ご主人よ」

 

「ああ……手に入った能力に関してだよな」

 

求めていたもの。

対応するために、立ち向かうために得た無作為に選ばれる能力。

無論幾らかの効果は覚えているから、その中でも有用なモノを引いてくれることを祈る訳で。

 

(【窮地逆転】とかだと助かるんだがな……)

 

その能力名は常に四文字の漢字で表される。

例えば……相手と此方の階位差、能力値差に応じて補正が掛かるタイムアタック勢のお祈り能力、【窮地逆転】。

例えば……自身が使う道具の効果量・範囲・所持上限を常に倍増化・拡大・増大化する【倍倍倍化】。

有用なものしか発現せず、但し確実にこの舞台に有用と言い切れるかは未知数。

 

だから、少しだけ緊張しながらその能力へと目を通し。

 

「………………は?」

 

少しだけ固まった。

 

「どうした?」

 

「いや…………なんつーか……」

 

其処に記されていたのは、見覚えのない名前。

それ自体は良い、俺だって全部覚えてるわけじゃない。

関連性を付けて引っ張り出せることはあっても、そうじゃないものもある。

だから、忘れただけだろうと思うことだって出来る。

 

けれど。

 

【血】『洽覧深識』1/1相手ヲ知リ、己ヲ知レ。

 

「説明文が短すぎる……」

 

というよりも説明にさえなっていない。

少なくとも俺はこんな四文字の漢字の意味は知らんのだが。

知識を武器にしろ……って意味でいいのか?

にしては何も分かってないんだが。

 

「はくらん……しんしき? でいいのか?」

 

読み方さえも分かってないから、能力としてさえ成り立ってないのだが。

各々が自分の写し鏡を見て、それに思いを馳せる中。

一つの声が対面上から挙がる。

 

「……あー。 これで多分『こうらん』だと思うよ~?

 確か、『知識が深い人』みたいな意味だったと思う……?」

 

「……洽覧深識(こうらんしんしき)ねえ」

 

ぼそり、と呟いたつもりだった。

 

特に何の理由もなく、もっと分かりやすくしろよと。

対策を練る根幹に据えるに相応しい能力なんだろうな、と。

幾つもの文句を込めた呟きのつもりだった。

 

「多分ご主人に引っ張られたんじゃろうなー」

 

「そんな気はする……が、白。 余計なこ、と……」

 

言葉を言い切る前に。

瞳に映ったのは、()()()()()()()

 

「ご主人?」

 

心配そうに投げられた言葉に反応する余裕が消えていた。

 

左上から右下へ。

右上から左下へ。

幾度も移動する瞳に気付き、余計に心配そうな表情へと変わるのを認識しながら。

 

「……行ける」

 

「は?」

 

「発動条件を突き止められれば、対応できる。

 理論上用意出来るものを全て準備できれば、多分一矢報いることは出来る」

 

地下のオモイカネに頼ることもなく。

――――神を、引き摺り落とせる。

 

「…………ご主人、何が見えた?」

 

「白の全て」

 

「は?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

状態異常への耐性率。

生命力・霊力の数値化された値。

武具に宿る特殊効果の、本来切り捨てられる小数点以下の割合まで。

 

――――()()()()()()()()()()()()()()

 

「……成る程な、こういう名前になるわけだ」

 

「それは良いが」

 

「んあ?」

 

「いつまで見てるんじゃ戯けぇ!?」

 

顔を真っ赤にして、殴り掛かられる光景まで後一秒未満。

……余計なものまで見えたんだが、どうなってんだこの血盟能力。



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060/検証

 

「まぁた……奇妙なものが見えるのう」

 

「…………え、っと。 これ、が……朔……くん、の?」

 

自分の式にぶん殴られ。

全員が当然だ、という目線で一度見た後でおずおずと治療しに来た灯花。

ただ、その片腕が胸やらを隠してるように見えるのは少し泣ける。

 

一応見たくもない実数値を含め、個人情報まで記載されているのは事実だが。

親切心からか、或いはそれを発現したことへの()()()()なのか。

見ようとしている画面の更に横へ指をスライドするようにしなければ見えない仕様。

地味にこれを説明し、冷たすぎる視線から解放されるのに時間を食った。

 

……閑話休題。

 

()()()()()(ということにしておく。互いの為に)の後。

この血盟能力が俺以外にはどのように使えるのかを実験してみた所。

ほんの少しだが、俺自身と他の部隊員に違いが見つかった

 

「白は()()()()()()()()()()()

 

「じゃなぁ。 他の妖やら敵対存在に有用なのかは分からぬが……」

 

「…………私、は。 霊力、まで……見える、よ?」

 

現状、俺に見えているのは各人の細かい基本情報から小数点以下の数値まで。

後は現在のスリーサイズとかも見ようと思えば見えてしまうのは先程殴られた通りで。

それに対し、部隊員毎に見えるものに格差があるというのは……。

見るために条件がある、としか思えないのだが。

 

「だが、吾自身を見ようと思えば見えるんじゃよなぁ」

 

「ぁ。 それ……は、私も……同じ、です」

 

「ボクもそうだねぇ。 因みにボクは色んな耐性が見えるのと生命力かな?」

 

「私は……白と似たようなものです」

 

「…………灯花は……お兄様と、同じ……かなぁ?」

 

一旦整理する。

俺と灯花は同じもの……つまり細かい内容まで全てを見通せている。

伽月と白はその逆、俺が持つ『狩る者の眼差し』に近い能力としてのみ得て。

リーフはそれに加え霊力、状態……要するに後付で能力を一つ得ただけのようなモノ。

紫雨に関してはもう自分に役立つ部分のみ見えている、という有様に近い。

 

此処から考えると……前衛適性よりも後衛適性の有無?

いや、それにしても此処まで極端に見えるものが違ってくるのも変な話。

つまり霊能力の実数値、或いは――――。

 

「【禁忌】分類への適性の有無……か?」

 

「……え?」

 

「見えてるものの違いについてだよ。

 最初は【呪】とかの実数値の差異かと思ったが、灯花が見えてるのはそれはそれでおかしいだろ」

 

俺と彼女とでは深度の差もあり、一概に一纏めにもしにくい。

故に次に候補に上がったのは適性……後天的に対応がしにくいことでは合った。

【禁忌】に分類される能力を持つからこそ、別世界の画面が見えている。

そう考えてしまえば、割り切れてしまうと思ったのだが。

 

「……それ……も、ある……気はする、んだけ、ど……ね?」

 

「リーフ?」

 

其処にリーフが待ったを掛ける。

 

……何故、と思いつつその理由に直ぐに思い至る。

リーフの内側の存在だって属性分類的には存在してはいけない側に近い。

にも関わらず、彼女と俺とでも格差が生じている。

その理由を言葉に出来るのだろうか。

 

「…………()()()()に、ついて。 知ってることの……差、とか?」

 

後は、ともう一つ付け加える。

 

「……私達……を、どれだけ……知ってるか、かな?」

 

「ぁ」

 

その言葉が、腑に落ちる感覚がした。

 

未だに建物の奥に閉じ籠もり、検証を進めているだけの時間。

ただ、発動条件がある程度明確になるのだとすれば。

この能力は、先ほど考えた通りに運用できる。

 

()()()自分の事だけはきちんと見えてる、か?」

 

「多分、其処が最初の壁なんじゃろうな……その上で適性の有無で左右される、と」

 

()()()()()

恐らくそれは霊能力、という観点ではなく人間性という意味で。

或いは妖……神に類する存在であるならその逸話。

そういった複合的な、伝えられる情報をどれだけ得ているかで開示される範疇が変わってくる。

 

(要するに、知識が武器になるしそういった事を調べるのが必須になるってことだな?)

 

それなら……幾らか以前の知識を応用できることも増えると思う。

 

元々のゲーム時代、やはりデータの基礎となる部分は逸話から引っ張られることが多く。

逆算するならば逸話を知ればどんな事をしてくるのかの予想も付けられた。

元々趣味で調べていた事も、この世界ならば秘奥や失伝した情報の可能性だって出てくる。

 

だからこそ、この血盟能力か。

 

「分かった分かった、取り敢えず条件の仮定は出来た。

 後は明日本番前に実験材料を視て確認すればいいな」

 

地下の思兼神。

俺が幾らか握っている神話知識で何処までの情報が出てくるのか。

 

まず間違いなく、相手の名前を知ることは必須事項だろうから……呪った神を特定していたことも正解だったわけで。

ちょっとだけ運が向いた、と考えてしまいそうになるけれど。

それこそが罠ではないか、と二重に疑いながらに考えて損することはない筈。

 

「実験材料……ですか」

 

「一体ボク等に何隠してるのやら」

 

「お主には知られたくないことだろうよ、雌猫」

 

アレをそう言えるのは貴方くらいです、と苦笑しながらに伽月が漏らし。

紫雨がそれを視て邪推し、白がそれに噛み付いて。

あわあわとしながらリーフが介入し、灯花がそれを視て変な学習しながら。

 

その晩は、ゆっくりと。

時間が過ぎ去っていくことと相成った。



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061/新日

単語にブレが出てたのでCCCを更新しました。
時間があれば本文も修正掛けます。


 

鳥の声すら聞こえず。

周囲を徘徊している怪物の動きも消え去った後。

 

「……ん、んん?」

 

顔の辺りにまで伸びている誰かの足を手で払いながら。

目脂で張り付いた睫毛を無理に剥がすように、ゆっくりと起き上がる。

 

くあ、と大きな口を開けながらの欠伸。

 

外から差す日差し……昇り始めたばかりの朝日が恐らく外に明るさを齎す中。

昨晩と同じく、倉庫の中での目覚め。

快適とまではいかないが、隙間風が吹き荒ぶ神社の内側とでは然程変化はない。

 

(……夢……は、まぁそりゃそうだよな)

 

圧縮された夢、別の可能性。

それらで見るのは、糸が伸び切ったことで()()()()()()()()俺達の末路。

そしてその遺骸の前で怯え竦み。

碌な末路を迎えなかったのだろうことを示唆させる灯花の姿。

 

……慣れてはいけないモノに慣れつつある。

【禁忌】の名前の理由に相応しいだけの理由を感じながら、見たものを噛み砕く。

 

恐らくは与えてくる不運が起因なのか。

それとも、特殊行動としての『行動封印』なのか。

 

(普通の俺だったら使ってる呪法を使ってなかった。

 事前に決めていた通りの手順で行動していなかった)

 

たったそれだけの差。

けれど地力自体に大きな差がある以上は決定的な差。

『劣火の法』や『削減の法』……割合減衰に大きく頼る形を取る以上。

()()()()()()()それらを使わない筈がない。

 

ただ、それを使用しなかった理由がはっきりとしない……という大きな問題。

 

純粋に周囲の空間から発生する、互いに干渉する類の空間呪詛とも思えない。

もしそれが発生しているなら目で捉えていた筈。

それに……俺以外が呪法を行使していたことから考えてもこれはない。

 

(……実際、術技封印とか呪法封印の幽世も後半は普通に出てくるからな)

 

嘗ての知識の幾らかを引っ張り出すように、脳裏で想起する。

 

状態異常としてのそれら……【沈黙】や【麻痺】ではなく。

空間自体が汚染されていることで、自身の霊力と周囲の瘴気が反発する状態。

濃度が低ければ、消費する生命力や霊力が増大化する程度で済むけれど。

濃度が一定を超えれば、自身も妖もそれらを行使できない絶死の空間へと変わる。

 

本来のゲームの頃だったら、その状態を確認した上でそれ専用のパーティで対応出来たが。

今この世界ともなれば……恐らくはそれの専門家に任せることになるのだろう。

 

特に俺達で考えれば、当然にどちらも行使することで格上を喰う事に特化している節がある。

故に、その対策として――――。

 

(いやいや違う違う。 考えが引っ張られてるじゃねえか)

 

危うく変な方向へと突っ走りそうになった自分を一発引っ叩き。

痛みで思考がはっきりしているうちに、夢の出来事と今日の予定を噛み合わせる。

 

(まず大前提はあの地下に一度向かうこと。

 それに全員の道具の再分配と、可能だったら行動阻害に対する対策)

 

そもそも出来るかどうか、という前提を無視して考える。

昨日の内に紫雨に依頼していたことに加え、夢で見たことへの対応を加える。

 

……実際のところ、そういった状態異常への対応のみに関しては依頼済み。

であるなら、あの時のあの状態はどういう状態が考えられるのか。

 

恐らく、鍵となるのは……幾度となく払った覚えのある、頭の上の糸。

 

操作する、操作される。

運命自体に干渉する、というのは……純粋に状態異常に掛かった時を除けば。

その一瞬の混乱……いや、違う。

 

()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()

 

「……()()()()、か?」

 

迂闊にも呟いてしまった言葉。

何かに答えを導き出されたように浮かんだ答え。

 

改めて言葉にすれば、何処か納得するものが浮かぶのに。

無理矢理に理解させられたようなそれに浮かぶのは冷や汗だけ。

ただ……今は、そんな答えでも先への道標になるのは確か。

後に仲間へと相談することは確実とし、自分の中で一旦の結末まで導き出す。

それを、再びの前提と置いた。

 

(……コマンド入力の概念。

 俺は、幽世の中で散々に見て来たはずだ)

 

正確には戦闘の記録として、だが。

何をしたのかが刻まれるのならば、その逆。

何をしようとするのかを脳裏、或いは無意識に選別し選択している筈。

其処に介入――――有り得ないとは決して言えない。

 

何しろ、不運な現象の発生確率という運命への干渉と理解している連鎖。

そんな微小なもの、本来なら触れられないモノへの干渉権限。

 

つまり……ある意味で。

【禁忌】分類の干渉権限と【神】のそれは同位なのか?

 

そう考えると……そう考えてしまうと。

大分無理がある答えで、答え在りきの当て嵌めだと分かっているのに。

しっくりと来る部分が強く脳裏を刺激する。

 

(つまり……通常の術技や呪法の制限に当たるものじゃなく。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 ――――実際の戦闘では無意識に選択から外す、ってとこか?)

 

ゲーム画面で言う『選択できるけど使用できない』ではなく。

『そもそも選択できない』の差。

……ただ、この論理で行くなら俺は抵抗できるはずだが使っていなかった。

 

(要するに、これも理解してないと駄目な類ってことかよ)

 

思兼神と契約は……していたのかまでは分からないが。

正しい意味での共闘、契約までは至っていなかったと読んでいる。

向こうの立場が上、此方が下。

……絶対に、そんな形で結びはしない。

 

「……うし」

 

やるべきことと、教えることは纏まった。

常に自分が扱えるものを脳裏に並べて、反射じゃなく理性的に使うことを前提とする。

恐怖心に立ち向かう……基礎の基礎か。

 

「起きろー、みんなー」

 

それが出来れば、苦労はしていないのだが。



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062/前提

色々読み返してると途中で用語ミスとかが散見されたので取り敢えず時間がある時に直せたら直します。
なんであんな勘違いしたまま書いてたのかが自分でも不明。

*暫くは不定期更新のままです。


 

朝食……最初に持ち込んでいた食料は既に大部分が消え去って。

このまま長く滞在するのは、消耗的にも精神的にも不味いということを改めて浮き彫りにした。

 

「……塩っ気ばっかりでいい加減飽きたのう」

 

「食えるだけ良いだろ……いや、俺も飽きてきたけど」

 

目の前の、塩味しかしない薄粥を見て溢れた言葉。

白の感情も分からなくはないが、大分それも贅沢寄りの発言だと分かっているのか。

そして何より、言いたかったけれど我慢していることを言われたのがイラッとする。

 

「……工夫の、仕様も……無い、ですから、ね」

 

「まぁ、もっとひもじい感じのは経験しておいて損しないと思うけどねー」

 

其処の蝙蝠娘はどうか分からないけど、とか。

余計な一言を付けたことでまた視線での争いが発生しているが無視する。

 

「実際、身体を作る……若しくは癒やすって意味でも長くは持たないだろうしなぁ」

 

「……おにいさま?」

 

「朔様、それは?」

 

木っ端の……その辺に生えてた野草を態々浄化して追加しているが。

まず間違いなく栄養的なバランスは保てるはずもなく。

本来『宿』に泊まって回復するはずの……根本的な部分での生命力や霊力。

其れ等が上限まで癒やしきれるとは到底思えない、というのも理由の一つ。

 

ただ、こんな知識自体も研究されてはいないのが今のこの世界だ。

 

何となくの経験則上で……というのは雑談会話で覗かせることもあるし。

それなりの身分以上を持つ人物であれば、家での言い伝えとして知る奴がいても良い筈なのだが。

生憎とそれに該当する仲間が一人もいないのが今の現状。

 

……いや、正確に言えば一人はいるか。

ただ、身分だけであって実質的に棄民みたいなもんなんだけど。

視線を向けた灯花は当然考えを理解せず、首を傾げている。

 

「栄養バランス……あー、()()()()()()()()()()とかそういう感じで捉えて貰って良いんだが。

 塩だけだとそれが偏りすぎて、体の調子を崩すんだよ」

 

だから本来は塩だらけの保存食も身体に良い訳がない。

香辛料をまぶしまくる、という超贅沢な品であるのも間違いないのだが。

ある程度の移動用、と割り切っているからこそ誰もが買い求める品として落ち着いているだけ。

 

……だからこそ、灯花と怜花さんが今まで生き延びてこれたのも違和感の一つな訳だ。

寧ろ、良く此処まで成長できた――――そして息を繋げてこれた、と言って良いレベル。

 

特に今が成長期に当たるのだろう、幼い少女が死に至らなかったのは。

そうしてしまうのが面白くないから、とかそういう単純な理由なのだろうし。

 

「それも……お父様から?」

 

「間違ってはないな。

 里に伝わってる伝承じゃないが……あー、知識の伝達って意味では間違ってない」

 

正確には俺の別の知識から引き出した、ってだけ。

なので大元が違うという些細な嘘だが、この程度ならまぁ許してくれるだろう。

 

「…………それ、で。 今日は、どうする、の?」

 

ずず、と汁を啜れば舌に刺さる塩っぱさ。

定期的に舌の先を唇から突き出し、手元に置いていた水を混ぜて薄めることで何とか煽り。

軽い空腹を残したままで、食事を終えれば――――リーフからの問い掛け。

 

段々と問題が迫っているのは全員が共通して理解している。

だから、誰かに頼る……のではなく。

全員で相談し、結論を導き出す。

その程度の理性が未だに残せているのは、色々と調べてきた結果なのだと思い込みたい。

 

「一応夢で見たことは共有しとく」

 

「……またですか?」

 

「そう、またなんだ」

 

はぁ、と息を零して意識を切り替える。

 

恐らく、半分程度は伽月も同じ感情を理解してくれている。

何しろ、俺が『夢』と零した時。

それは決まって碌でも無いことを感知した時なのだと、此処最近で思い知っている筈なので。

 

「……って言っても、今回は知っておいて正解な知識だと思うけどな」

 

「…………って、言う、と?」

 

「何をするのか、っていう戦闘時での瞬間の行動忘却……だと思う。

 少なくとも、『こうしなければいけない』って反射で動くと詰む印象は受けた」

 

そんな前提を起きつつも、先程思考していた謎についての大部分を明かす。

 

まぁ、俺個人の謎とか……秘密とか。

そういう思考に至るまでの謎、という部分で引っ掛かりは発生してしまうだろうけど。

今は全員が全員、それを置いて考えてくれている……筈。

 

「反射、ですかぁ」

 

「前衛は特にキツイよなぁ……ただ、『こうする』って意識があれば。

 仮に瞬時忘れたとしても違和感には気付ける……とは思う」

 

「推測でしか成立しない考えですけど……本当に厄介ですね」

 

そうだなぁ、と。

全員が全員思う答えを口にしつつ、木皿と木匙を床に置く。

 

かたり、と小さく音が鳴って。

その音を以てして、取っ組み合いの一歩手前になっていた()()()()()が此方を向く。

 

「気分転換は出来たか?」

 

にこり、と。

連鎖するように、連動するように。

流れるように、出来る限りの満面の笑みを作って二人へ向ければ。

静かに一度頷いて、互いを掴んでいた手をゆっくりと離すのが視界に映る。

 

(……ったく)

 

まあ、喧嘩するほどなんとやら……なんだろうけれど。

今言い出すと余計に噴出するだろうから、終わった後で煽ってやろう。

そう心に決めて。

 

「食事が終わったら呪法陣を刻むぞ。

 先ずは浄化の陣をもう一度……対象は短刀。

 清めが終わったら今度こそ、捕らえる儀式の陣を描く」

 

それが済めば――――地下か。

はてさて……対等にやり取りできるのか。

 

すっげえ不安。



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063/変化

評価がめっちゃ増えてる……ありがとうございます……


 

「それで……灯花。 前に言ってた浄化を含めた能力調整どうなってる?」

 

「あ……はい。 こんな感じ、です」

 

全員が食事を終えた後。

念の為に倉庫の入口を大きく開いたままで、其処に描かれたままの呪法陣を前に。

一度執り行いはした……けれど以降に確認していなかった能力の状況を確認し直せば。

特に警戒することもなく【写し鏡の呪法】を展開し、此方に向けてきた。

 

……余り見せるものでもない、というのをどれだけ理解しているのか。

 

言動でなく行動(ぶつり)で理解させるのが一番手っ取り早い気がしないでもないのだが。

それだけ信頼して貰えている……或いは頼られている、と思えば悪い気はしない。

 

ただ、外に出ても同じ状況を繰り返さないように後でもう一度言い直そう。

そう心に決めて、水鏡の画面を覗き込む。

 

 

『灯花/深度4』
『力』『霊』『体』『速』『渉』『呪』

 

能力(スキル)

 

未取得/0点
【血】『洽覧深識』1/1相手ヲ知リ、己ヲ知レ。
【無】『写し鏡の呪法』1/1自身の内側の情報を水鏡に映し出す簡易呪法。
【無】『知識:神々』1/3神々への知識・索引機能を得る。
【無】『龍ノ威光』1/5特定能力の制限解除。【領域変換】
【無】『清めの燈火』1/5物質・肉体を清める祈り。【呪詛無効】【浄化】
【風】『陽月の癒』3/3任意対象の生命力を癒やす。【単体】【回復】
 ┣『陰陽の灯』2/5生命回復量の増加。能力値増加に応じて増大。【回復】
【風】『陰月の光』1/5任意対象の生命力を癒やす。【全体】【回復】
【風】『新月の帳』2/3任意対象の肉体的異常を治癒する。【単体】【深度個数】
【風】『龍ノ加護:威風』1/5自陣への攻守加護を与える。【物理攻防】【龍脈】

 

 

「…………ほぅむ」

 

「え……な、なにか間違いました、か?」

 

「いや、俺の希望通りまんまにしたんだなぁ、って」

 

初期も初期、最初の割り振りのときに比べて深度も急激に増加している。

それだけあの戦闘連打が強制的な成長(パワーレベリング)に繋がったんだろう、という理解を浮かべ。

そして、その能力も極めて支援・回復役として特化……を通り越し。

恐らくはこの世界基準だと、いきなり一流に近い存在として名乗り出ていることに苦笑が浮かぶ。

 

その理由……その大きな理由はまぁ当然、彼女の持つ特異性。

前提条件を無視した能力取得により、()()()()()()()()()()()()()()()()()()部分にある。

 

例えば、【巫女】などの神職の家系でなければ取得できない【清めの燈火】。

彼女自身の名前とも被る部分が存在する浄化用の能力ではあるが、これの本質はもう一つある。

それは取得した時点で発動し、そして能力値を増加することでその数を増加させる【呪詛無効】という効果。

 

つまり、呪われる反面……効果量や特殊な効果を持つ装備を()()()()()()()()()、というぶっ壊れ。

デメリットだけを受けず、メリットのみを受ける装備を最大五箇所に装備できると言えばヤバさが分かる。

この能力があるお陰で、先天的に物理攻撃職には適正の薄い神職が前衛を張れる側面がある。

 

例えば、本来であれば【陽月】【陰月】共に最大まで取得した上で取得可能になる【陰陽の灯】。

どのゲームにも、そしてどの能力系列にも存在する指定された分類の常時効果底上げ系列ではあるのだが。

問題は、この世界では細かい回復量まで具体的に理解出来る人員がどれだけいるのか、という話。

 

正直な所、突き詰めていった場合。

この手の回復能力は単体下級カンスト、上級の全回復を1止め。

それに加えて範囲下級・中級カンスト。

そして、【陰陽の灯】があれば()()()()()()()()()()()()なのだが……。

その数値を具体的に観測出来る訳では無い。

 

故に、明らかに余分な部分が発生している――――というのが俺の読み。

少なくとも、今現在で進められる最大の方針を取っているのは間違いない。

 

そして、俺達が欲し。

彼女自身も半ば導かれるように選んだ、【結界】型支援(バフ)能力。

【龍脈】と付いた其れ等は、指定された場所でしか使えない名称で。

 

それを誤認させる能力もまた。

前提条件を無視して取得したことで問題なくどこでも使用できる。

 

それらを重ねての評価は『評価規格外』。

嘗ての画面越しであればそういうものだと飲み込めはしても。

今のこの身体からしてみれば、少しばかり苦味が浮かばないでもない。

 

(……はっきり言えば、俺達には勿体ないくらいなんだよなぁ)

 

首を傾げるのが半分。

少しだけ怯えるのが半分。

 

やはり、何処か小動物じみた反応を示す彼女を近くに寄せ。

事前に用意していた……俺の愛用品()()()()短刀を彼女に手渡す。

 

やだよ、結構金が掛かってる特注品でアレをぶっ刺すとか。

絶対呪いが短刀の方に移ってくるだろ。

 

「あの、なにか……?」

 

「いや……俺もまだまだだなぁ、ってさ」

 

はぁ、と理解していない言葉が聞こえてくるが。

肉体年齢で未だ齢二桁に達していない現状、未熟と言えば返るのは『当然』の言葉だろう。

 

「それより、それを浄化したら呪法陣を書ける範囲まで手直ししてくれ。

 その準備が終わり次第全員の確認。

 今日中に下の解放から灯花の守り神の入れ替えまで済ませたい」

 

実質的に、決戦を挑むのは明日早朝になるだろう。

それを言外に告げながら、確かに頷いた少女が陣の中央に刃を置き。

手を組み合わせながら、微かな言葉と共に祈りの言葉を唱え始める。

 

きちんとした場面なら、映像にでもなっているのかもしれない。

もしかすれば、この場に閉じられた従者の魂までもが浄化されているのかもしれない。

そんな益体もないことを幾らか想像しながら、彼女が汗びっしょりになるのを見届け。

ふらり、と倒れそうになった身体を後ろから支える形で終わりを告げる。

 

陣の中央。

介入する、と告げていた証なのか何なのか。

緑色に彩られた、刃一つをその場に残して。



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064/静謐

 

「……うし、っと」

 

清められた短刀。

腰の背側、普段扱う側とは逆……左側へと取り付ける。

理由は単純、咄嗟の時に取り違えない為。

 

「にほん、ですか?」

 

「白のやつの物真似みたいになってるけどな、一応理由はあるんだよ」

 

一度向かった場所で、そして対応する相手がいないというのは理解してる。

それはそれとしても、何かあった時に対応するように長年掛けて習慣付けた。

 

これが対人なんかだったら、ある意味弱点にもなるような行為ではあるのだが……。

 

(長柄とか弓だと、咄嗟の小回りも大事になるからなぁ)

 

柄で殴り飛ばせば良い、と考えるタイプの……【力】重視型ならばそれでも良い。

実際、中衛という立ち位置ながらに武器専門の型を作る仲間も幾人か思い出せる。

 

ただ、俺はそうではなく……どちらかと言えば相手に干渉しながらに立ち回る型。

故に、一番面倒な相手は突撃一本の脳筋型が真っ直ぐに狙ってくる場合で。

そうされた場合の時間稼ぎと、妖としての手足や弱点を抉る為に保持している武具。

 

(……あー、嫌なこと思い出した。 そういやそんなイベントもあったわ)

 

幾らかの説明を挟む中で、脳裏に浮かんだ末路の一つ。

 

確か……あれは【武士】系の仲間だっただろうか。

男女それぞれの双子で、どちらを仲間として引き込むかは主人公の選択に応じて変化。

旅する理由は家の復興……家の家業として伝えられる【居合】系の道場の再興。

仲良くなれば話してくれることではあるのだが……商売敵の流言か何かで潰されたのだったか。

 

そして、その末路はまぁ想像できる通り。

ある種紫雨とも被る部分があるが、商売敵の雇った傭兵に囚われての闇へと消えるオチ。

 

……ただ。

其処から助け上げる為のフラグ自体は単純で、そして時間が掛かるという両面があるので。

最終的には好みで助けるかどうか、程度に落ち着いてしまうキャラに落ち着いてもいたのだが。

 

(純粋に戦闘に同行させ続ける事でしか上がらない好感度を上げ。

 その上で発生する会話を経て、副武器(たんとう)を装備させる()()

 それすら拒絶するってどれだけ潔癖だったんだろうなぁ……今から考えると)

 

まあ、今手元にも――――そして近くにもいない相手。

考えるだけどうでも良く、覚えているだけ覚えておくのは変わらないけれど。

万が一の時を警戒し続ける……という反面教師としては丁度良い存在とも言えた。

 

「警戒に警戒は重ねて損はしないから。

 特に俺達みたいな霊能力者は消えても同業くらいしかまともに探そうとしないし」

 

「……は、はぁ」

 

「だからこそ、仲間とか交友関係は大事なんだ。

 何か不味い事態に陥る前に、その前触れを掴んで対応も出来るわけで」

 

「おにいさま、意外と顔が広かったり……?」

 

「拠点の街だけ、に限れば……権力者の幾人かには、かな」

 

無論、その切っ掛けは父上であり紫雨の父親様の援護ありき。

身分としては未だに霊能力者見習い、或いは未満に過ぎず。

それを証明する資格も持たない以上、最初に接するコネとしての紹介状を介するのみ。

 

それでも……三年間を経て。

有望な三人組であり、求める物品を集めてこれるだけの才があることは認めて貰えている。

 

そもそも、その切っ掛けを作ることが難しいという大前提がある以上。

最初で下駄を履かせて貰えただけ大感謝だし、一生頭が上がらないのも間違いなかったり。

 

(だから、持ちつ持たれつに過ぎないんだよなぁ……本来だったら)

 

少し前に会った筈なのに、かなり遠い場所にいる気がする相手を考え。

恩を返さないとなぁ、と新たに心を入れ替えながら……筆を握る。

 

「で、此処には何を書けば?」

 

「あ、えっと…………こんな感じ、の」

 

「ああ、梵字っぽいアレか。 了解了解」

 

本来なら俺ではなく、呪法担当が行う作業。

それを手伝っている理由もまた別個に在る。

 

(俺が出来るなら手伝ったけど……こればっかりは己の調整だからなぁ)

 

つまりは、()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()

 

実際、今まで()()……或いは()()()()としての『太陽神の裁き』は使用経験がある。

 

使用感覚を掴み、効果範囲を把握し。

敵を撃滅する必殺技としての側面を多く秘めた俺達にとっての切り札故に、多数の敵を屠ってきた。

 

ただ、最長詠唱を経てのそれは明らかに無駄な部分が多く。

また、彼女自身がどの程度ならば対応できるか掴めていない部分も有り。

実戦において一度たりとも使用出来たことがない、という問題点が存在していた。

 

嘗てのデータ上だけで言うなら。

例えば、「詠唱開始→詠唱完了を二行動を経て行う」、などの調整は出来たとしても。

それを今行うのは生きた人。

 

大雑把な感覚は掴めているから、然程時間は掛からないとしても。

相対する上でほぼ必須になるだろうそれに取り掛かって貰う必然性は最も高かった。

 

(――――まだ誰にも言ってないが。

 ()()が有効に働けば良いんだが、どうだろうね)

 

いつかは取得するつもりで、そして大分前倒しにして取得した新たな能力。

使える機会が今回あるかは分からないにしろ……役立てたいと思うのは誰もが同じ。

だからこそ、全員が己の出来る形で戦闘準備に取り掛かっているのだから。

 

「……こんなところ、でしょうか」

 

「分かった、リーフも呼んでくる」

 

疲弊してか、或いは握力が抜け落ちたのか。

深い溜め息と、荒い呼吸を行いながら霊力を周囲から補給しつつ。

終わりを告げて、手元に握っていた筆を板張りの上へと転がしたのを目視した。

 

それだけ本腰入れていた……と捉えるべきか。

或いは俺が脅しすぎた、と反省するべきかちょっと悩む。

 

ただ、何方にしろ。

完成しているのならば……休んで貰っている間に。

あの地下から、解放しに行く時が訪れた――――そういうことだ。



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065/解放

諸々の誤字報告等々有難う御座いますー。
一体何があってこんなに数値跳ねてるんだ……?


 

「…………うん」

 

リーフから満足げな声が漏れたのは、結局それから約半刻後。

ああでもないこうでもない、と微調整を繰り返した後で。

作業担当だった俺と灯花は疲弊に肩で息を繰り返してしまう程だった。

 

「これで、良いのか……?」

 

「…………あの、おねえ、さま?」

 

「…………引っ張ら、れる……感じ、だけど。

 私は……途中で、止まる……うん」

 

大丈夫、というだけで途中途中を区切るようにしながら。

ぐるぐるとその周りを回って確認しながら、幾度か頷いているのは確か。

 

今回の『陣』の特徴は、灯花の内側の神……要するに俺達の敵を閉じ込めるためのモノ。

つまりは対象が固定化されているから、その分強度を上げる調整を施せる。

代わりに、内側に対して徹底的な補強や検査を行いつつ基礎を崩してはいけない。

 

要するに、通常に行う儀式の発展版に当たる以上。

本来の――――と言うよりは。

()()()()()()()では完成させることも難しい物品であったのは間違いない。

 

その前提を踏み越えたのは目の前の二人の手腕。

 

神に近い何かを宿すことで、肌感覚として成立しているか否かを判別できるリーフ。

神を複数宿す器としての才覚を用い、『なんとなく』喜ぶ/封じる方向を感じる灯花。

 

それに比べれば俺は唯の一般霊能力者に過ぎず。

才能の差って残酷だよなー、と変な笑いが浮かび上がってくる始末ではある。

多分疲れているから余計に変な方向に思考が巡ってると思われる。

 

「ぁー、なら取り敢えずは大丈夫か……また襤褸切れと消臭剤用意して貰わないと」

 

湯屋でも行って風呂入りたいなぁ、と叶うはずもない願いを想像し。

身を清めなくても大丈夫だろうか、と一周回って思い直り。

()()()()()()()()()、くらいの雑な感想に落ち着く。

 

なんとなく、そう本当になんとなくなのだが。

腰裏に構えた短刀を身に着けてから、彼奴についての理解が深まっている気がする。

 

引っ張られている、と断じるべきか。

或いはこれを神の授けた神具、と取るべきか。

絶対後者としては受け取りたくないので、多分面白半分で前者だろうなぁ、と感じる。

 

……何というか。

真面目な神、と言うよりは()()()()()()

 

元々(嘗ての世界での)古事記やら日本書紀にも記載されている内容を紐解けば。

引き籠もった神を外に引っ張り出す為に色々と策を練り。

そして天孫降臨に付き合うなどの描写が多々見られる存在。

 

その役割は軍師や神官と言った、()()()()()()()()としての印象が強いからなのか。

初対面の時に比べ、夢を経て。

幾らか考えを深め、なんとなく存在を慣らした結果。

今はこうして『へんなやつ』くらいの印象でいいんじゃねーかなーと思う次第。

 

(真面目に信仰してる相手にでも言ったら……殺されそうだけどな)

 

この世界で、明確に信仰してるのがどれだけいるのかは疑問が湧くところ。

 

世界観設定上、正しい意味での『神社』は常に龍脈の上に存在する。

但し分社と呼ばれる小さい存在は大きな街であれば設けられているし。

灯花・怜花さんから聞いた派閥の存在も、一般人が関わる事を暗に示していた。

 

但し――――この世界に於いての『古事記』や『日本書紀』のような文献資料。

其れ等は()()()()()()()()()()()、という大前提を抜きにすればの話。

少なくとも俺は一般側に属さない以上、誰かに確認しておいたほうが良いかもしれない。

 

……ただ。

オモイカネは、少なからず俺の知識を面白がっていた反応があった。

神側からの視点もその内聞こう、と思うくらいに。

既に受け入れることを確実視している俺が此処にいるのは確か。

 

「…………朔くん?」

 

「おおっと悪い。 どうした?」

 

「……また、()()……気付いた、気が、して」

 

何に、の部分に少しだけ重みがあった気がする。

彼女の言葉だけでなく、内側から滲み出るような気配と共に。

 

「気付きはしてない……とは思う、うん」

 

それを聞いて。

内側のが反応しているのか、と考察材料に含めてしまう以上。

俺は根っからそういうことを考えるのが好きらしい、と自分で自分に呆れてしまう。

 

「…………怪しい」

 

じーっと見られても咳くらいしか返さないぞ。

灯花はそんな俺達を往復するように見てるし。

 

……ああ、そういやそうだ。

リーフが近くにいるなら聞いとかないといけないこともある。

 

「そういやリーフ、最大詠唱時間どれくらい掛かりそうだ?」

 

「…………多分、今までの……に、二倍、かな?」

 

「それくらいが今の限界、って考えて良いのか?」

 

こくり、と頷かれたのを含めて思考材料に回す。

 

『追加詠唱』を含めた上での『詠唱操作』。

単純に文字数を増やせばそれだけで火力が増すが、その分行動出来ないのは当人が良く知る所。

故に、威力を増す文面を練り込みつつ、噛まないような文面で調整して今までの二倍。

純粋に効果範囲が最大である以上、それを狭めでもするのだろうか。

 

一度本来なら確認したいが……そうすれば見られてしまう、という不都合も起こってしまう。

此処は強気に我慢するしか無い、と。

 

「……んー、よし」

 

最悪でも……まあ、俺が死ぬくらいか。

其処は織り込み済みだし、決して口に出すつもりはないが覚悟だけはしておこう。

 

「伽月捕まえて地下行ってくる。

 戻ったら多分悪臭塗れだから気をつけてくれ」

 

出来れば行きたくないんだけどなー、あの悪臭。

神にも付与されるのかなー、あの汚臭。

そんなことでも考えないとやってられずに。

 

若干誤魔化したところがある会話の内容に、今更に気付き。

頬を膨らませて、此方を見ているリーフの姿が横目に入る中。

少しだけ足早に、逃げるようにしてその場を去ることにした。



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066/守護神

 

そうしてやってきました地下研究所。

 

何度見てもやばそうな気配漂ってるし。

多分冥府との繋がり……要するに下賜されてしまった短刀の影響だろう。

焼き付いたような怨嗟と恨みの声が聞こえてくる。

 

(…………聴覚関係の禁忌能力じゃなくて良かった!)

 

見てしまえば、見られている……気付かれている、と知られてしまえば憑いてくる。

前世で怪談を語る際に付け加えられた言葉だが、このゲームでもある意味同じことが言える。

 

本来、霊体を目視する……『霊視』に類する能力は父上の持つ『魔眼』系列の下位に近い。

仏教に於ける『淨眼』、或いは『見鬼』や『心眼』、オカルト作品に於ける『特異な目』。

 

其れ等の流れを汲む『かくゆめ』の場合。

一部の敵は、そもそも()()()()()()()()()()属性が付与される。

 

今隣を歩く伽月がサブの武器として持つ、霊刀などに付与される『非物質の敵への特攻』。

これは、正しくゲーム的な処理……システム的な処理的な観点から見た場合。

「霊体属性を持つ相手は物質攻撃で受ける生命力減少を最低値に固定する」効果を無視する。

こんな形で迂遠にタグ付けされて処理されているらしい。

 

それと同様、普通であれば触れられない、見えない存在を見ることが出来る目。

透明状態の相手を見る能力と合わせ、特定のクエストを達成する条件として指定される反面。

見られた相手に気付かれれば付き纏われるデメリットを同時に背負う、という裏設定がある。

 

俺の目は――――正確にはその空間の残滓を見ている(と思ってる)ので問題はないだろうが。

声が聞こえている、と気付かれると不味いので……可能な限り無視をしている状態を保っている。

実際、隣で少しばかり震えている少女がいるのなら余り関係なかった気がしないでもない。

 

「大丈夫か……?」

 

「いえ……あの……この間より、何だか冷えませんか?」

 

武器から手を離すこともなく。

二度目だからか、ちょっとだけ話す事もできるようになってしまった被り物越しに。

様子を窺う言葉を投げれば、無意識に肌を擦る彼女の姿がある。

 

臭いが染み付きそう、という感想は置いといて。

多分――――怨嗟の声を肌感覚で聞いているからなのだろう。

そういった霊的な感覚には優れているんだな、とまた一つ知識を修めながら。

かもな、とだけ告げて意図して声から目を背ける。

 

一歩、二歩。

近付く度に感じる、何処か地の深くに繋がるような感覚。

幽世のような別空間ではなく、地続きの何処か……そう思った時。

日本神話上の冥府……()()()()()()()()()()()()()を思い出した。

 

(黄泉平坂……裏ダンジョン、()()()()()()幽世か)

 

実際に冥府に通じているかは不明だが、それ程に人を飲み込んだ記録を持つ幽世。

とある連続任意目標(クエスト)を達成することで位置を知ることが出来る場所。

天之尾羽張とか名付けられた武具を最も入手しやすい場所……気付けばずっと潜る場所。

 

そんな名付けをされた場所があるのだから。

実際に冥府へと地続きで、だからこそ呼ばれた可能性を思って深い溜息を零しながら。

再びに、内心にも似た重さを誇る扉を開き……内側へと滑り込むように侵入する。

 

其処に見えるのは、以前と何ら変わらない肉塊。

びくんびくんと奇妙に動き。

見続けているだけで吐き気と頭痛、そして何より憐憫を感じさせる素体。

永遠に死ぬことを拒絶されたに近しい、実験台の末路としての一つ。

 

『――――来たか』

 

扉の前で足を止めた伽月より更に一歩、足を進め。

俺が最も前に出る形になったところで、以前と同じく声が響く。

 

待ち望んでいたものが漸く。

そんな心中が溢れるように、僅かに喜びの感情を見せた声色で。

 

(来たぞ……お前、妙な思念とか短刀に込めてないよな?)

 

『妙な、と言うな。 ワタシを知らしめる為の幾分かは混ぜたが』

 

(十分妙な思念なんだが、こちとら唯の一般人間だぞ)

 

念の為に問えば、極自然にそれを認める発言が届く。

 

……神の思念、って聞くといい感じもあるけれど。

明らかに引き摺られている、と感じてしまう部分もある。

 

今回の場合は他に選択肢自体がないし、互いに利を提示してのやり取りの後。

どうしても警戒する部分は残るが……まあ、細かい所は後の俺に投げる。

要するにリーフと同じ、これからどうしていくかを考えれば良いと言うだけ。

 

『唯の人、ね』

 

(どういう意味だお前)

 

微かに笑う声。

少しずつ近寄る度に腐臭は増し、肉塊に浮かぶ泡が弾けて周囲に撒き散らされる。

 

生きながらに死に、死にながらに生きる。

不死者にも近い存在として在り続けてしまうその宿主には憐憫にも似た感情を抱く。

 

そしてそれは、今も尚目の前の『神』が抱く感情に近いのも間違いない。

 

そんな、僅かな繋がり。

そんな、幾らかの接点。

 

其れ等を以て、俺は目の前の神の加護を受けようとしている。

 

『ワタシの在り方に引き摺られないヒトが、唯の人とは』

 

苦笑、嘲笑、笑み。

どれが正しいのかは分からない。

 

(禅問答してる場合じゃねえんだよ。

 まだまだやらなきゃいけないことは山程あるんだ)

 

ただ、抱く一つの感情が同じならば。

 

左手越しに、短刀を引き抜く。

緑色の刃筋が、蝋燭に照らされた室内に反射する。

 

光を纏う、或いは引き摺る。

慈悲であり、同時に殺意の固まりとしての存在を否定しない刃。

 

それを掲げ、心の内で一つ問う。

 

(お前を開放したら、それが契約……加護の結びの切っ掛けとする。

 それで良いんだな?)

 

『そうだな――――葦原中国の荒れ模様も気になっているところだ』

 

宿()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()

 

そんな、奇妙なやり取りは実時間にして一瞬を更に割る時間。

振り下ろし、呪符を貫き。

一瞬だけの抵抗の果てに……。

 

薄暗闇を裂く光が、目の前で爆発した。



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067/継承

 

『――――』

 

白い光の中で、見知らぬ声を聞いた気がした。

 

『――――、――――』

 

画面越しに見た、幾つかの稚拙な文章で。

けれど、聞き覚えのあるような声が耳に届いた気がした。

 

『――――ね』

 

『――――だな』

 

良く聞き慣れた声。

()()()()()()()()()()()()()

 

幾度も聞いてしまった声。

失い、最後までを共にし、力を貸し与え合った相手の声。

 

そんな矛盾する二つが共存する中で。

確かに、何かが近くで話をしている気がした。

 

『――――んね』

 

『――――った』

 

その内容へと耳を向け、けれど極端な程に遠ざかり。

()()()()()()と、()()()()()()()は。

最後に、何かを伝え合った……そんな気がして。

手を伸ばした其れ等が、微かに触れ合ったのを見た気がした。

 

 

 

 

「…………っは!?」

 

唐突に、瞼の向こう側を焼いていた白い光は消え去り。

再びに暗闇が周囲を支配し、蝋燭の灯りだけを頼りとする世界に引き戻される。

 

(今のは……幻覚? にしては、妙に現実感しか……)

 

ゆっくりと瞼を持ち上げ、瞳を開く。

つい先程まで目の前で蠢いていた肉塊の姿は何処にもなく。

片手に握った短刀も、薄く光を反射したままで……けれど刃には何も残っていない。

 

但し、その代わりに。

つい先程までには存在しなかった、人影が一つ。

 

『ほう……こうなるか』

 

鈍色にも似た、くすんだ銀に近い髪の毛を乱雑に散らし。

左側、腰の辺りに巨大な辞書にも似た革製の本を握る女。

その瞳は、鼻先近くまで垂れ落ちた髪に隠れ……奥までを明かすことはなく。

けれど、確かに光り輝いているのを理解できる姿。

 

「な」

 

つい、口からそんな言葉が漏れ落ちた。

 

『どうした、宿主……いや、契約者とでも呼んだほうが良いか?』

 

確かに、頬に笑みを浮かべ。

但しそれは笑みというよりは引き攣りにも近い、一見すれば嘲りにも見える表情。

髪色と同じらしい、その瞳と。

そして何よりその全身。

 

(――――『調(しらべ)』?)

 

画面越しに、その姿を見知っている動揺。

以前に、白を召喚したときにも感じたのと同じ違和感。

 

俺は、その姿を持つ人物を知っていて。

そしてだからこそ今、奇妙な程に冷えた背筋と。

確信した何かを感じ取っている。

 

「朔様? 一体、何を……?」

 

動きが止まった俺の事を心配し。

そして周囲に警戒心を向けたまま問い掛ける、背後の伽月。

 

何度も何度も室内に向けられる目線からして。

目の前にいる明らかな異物の存在は……認知も理解も、目視さえもしてはいない。

 

(その、姿は?)

 

ただ、そちらに対して強い意識を向けることは出来なかった。

確認して、知っておかなければ成らないことがあったから。

 

それは、目の前の誰かが『誰』なのかであり。

それは、目の前の姿が『何故』なのかであり。

それは、感じている感覚が『正しいのか』であり。

 

言葉にせずとも先程までは理解していたことだから。

心の中で――――呟いて。

 

『ワタシはワタシよ、宿主。

 そしてこの姿は……恐らく、お主自身が理解しておると思うがな』

 

確かに。

人ではない笑みを浮かべながらも。

何処か悲しむ、悼むような感情が混じっていたのは気の所為か。

 

『先程の肉塊、そうなる前の姿。

 ――――()()()()()宿()()の姿を借り受けた、分け御霊と言ったところよな』

 

守護神の設定、加護を与える神に関しての言葉。

半ば強制的に、そして同意を経て契約を行った末の相手の言動。

ただ、それが右から左に流れて消える。

 

()()()

 

その言葉一つ一つが大事なのは、確かに内心で感じていて。

灯花に対しても実行する上で参考になる、そんな手助けのような意味合いを秘めているのに。

けれど、それよりも尚。

 

()()()()()()()

 

心の内側、更に奥。

霊力を汲み出す魂に刻まれている筈の、見知らぬ/見知った相手。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

『……宿主?』

 

俺の変化を見咎めて。

目の前の少女(かみ)が、画面越しに主人公の様子を窺っていたような表情をし。

けれど、決定的に違うそれを以て……終わりを見届けたことで、身体に刻まれた■■が起動する。

 

(調……主人公からすれば同い年の、同じ里に生まれ落ちる()()()()()()幼馴染の一人)

 

出会えなかったこと。

何故こんな場所で、あんな結果に至っているのか。

その断片的な理由は……既に、上に残されていた書物から理解している。

 

ヒロインの、仲間の末路を見届けることで起こり得る変化。

救済措置として、けれど必須要素として仕掛けられたそれが起動する条件は。

正確に言えば『遺品/遺骸に触れ』『どういう状態だったかを知る』ことで発現する。

 

名前(ことだま)を知り』『残されたものから継承し』『その苦痛と末路を引き受ける』。

 

そんな伝達経路を以て、残された物品に刻まれた霊力を汲み出し、自身の魂に刻み込まれる。

本来は起こり得るはずもない、他の誰もが持たない……主人公のみが所持しているそんな能力。

それを持つ理由に関してまでは、ゲームの中で深く語られることはなかったけれど。

それが起こった後にどういう状況になるのかは、嫌という程に理解している。

 

力を受け継ぐ。

各キャラクターに固有として設定された能力(スキル)の劣化したものとして、所持能力(スキルリスト)に刻み込まれる。

 

私の分まで。

俺の分まで。

 

一方的に背負わされる、そんな想いを黙って継いで。

それを――――分不相応な頃に行使することで、前提条件が狂った幾つもの壁を超えていく。

そうして設定されている、世界の理の断片を。

心の……魂の何処かに刻み込まれたような熱を以て理解する。

 

(…………不幸な末路のその先が、此処だった……ってことかね)

 

確か彼女の固有能力、そして在り方は。

脳裏に浮かべ、決して忘れないように改めて刻み込む。

 

『おい宿主、何を言っている?』

 

(お前には分からんよ、思兼)

 

多分、この感情と現象の一片でも理解できるのは。

俺自身の魂と繋がった白と、何処か別の繋がりを持つリーフと灯花くらいなものだろうから。

 

少なくとも。

今契約を果たした知恵者には分からない。

不思議と、そんな事が確信できた。

 

「……行くぞ」

 

そう、正しく口にする。

もう、此処には何も残っていないから。

 

「朔様、一体何を?」

 

「……そうだな、伽月にも分かるように言うなら」

 

一拍。

 

「多分、此処に来るのはある意味必然だった」

 

――――招かれていたのかもしれない。

 

俺のこの肉体の持ち主と。

先程慈悲の一撃を与えた、少女に。

 

託されなければならないモノがあった。

多分、そういうことだと理解していた。




*思兼は伽月には見えていません


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068/地上

そりゃ迷うよね、っていう話。


 

降りてきた時に対し、もう一人……もう一柱を加えて来た道を戻る。

不思議と慣れたのか、或いは実際に薄れたのか。

鼻を刺すような悪臭、腐臭は何処かに少しずつ薄れていった気がし。

そして何より、地上との接続部を覆っていた奇妙な重圧は少しずつ周囲へと散っている。

 

(…………これは)

 

『ワタシが縛られていたことで、地上でも縛られていたのだろうな。

 悪いことをした』

 

思わず脳裏で考えてしまった違和感。

それに対し、即座に反応を示した思兼。

知恵者、という古来より伝わる呼ばれ方に差異はなく。

純粋な疑問を問い掛けるくらいには役に立ちそうか、と新たに得てしまったものを刻み込む。

 

入ってきた時に感じていた負の想念の吹き溜まり。

その片隅に目を向けること無く、消臭剤の置かれた側……受付側への扉を開け。

外の光と、空気に当たるのを感じて被り物を外せば――――服に染み付いた匂いに顔を顰める。

 

ただ、それこそ不思議なことに。

前回、つい先日。 と言うより昨日。

潜った後に感じていたものよりも明らかに匂いが薄れている、と強く感じ取りもした。

 

「伽月」

 

「はい、昨日と同じように……ですね」

 

未だに成人を迎えていないからか。

それとも()()()()()()()()条件が満たされていないからか。

同じようなことだが絶対的な基準が違う……まあ、今の俺達の部隊にはまだ早い警戒を他所に。

けれど、羞恥心という感情は残っているから互いに見ないように気をつけながらに。

 

背を向け、けれど意識だけは互いに向き合いつつに。

手早く襤褸切れを脱ぎ捨て、消臭剤を頭から浴びる。

 

使い捨ての、何方かと言えば煙幕球に似たモノとして。

主に獣型の妖との接敵前に使用することで優位に立ちやすくなる消耗品。

これで紫雨への貸しは何個になったのか、それを考えると少しばかり気が重い。

 

「……死ぬよりはマシか」

 

ただ、そんなどうでもいいことを考えられるのも今生きているから。

何にしろ、飢えて死ぬよりは前倒れに突撃した方が幾分かはマシ。

二度ほど見てしまった……死さえも奪われる光景よりは絶対にマシ。

 

『気付いているのかは知らぬが、下手をすれば宿主も同じ末路を迎えるがの』

 

うるさい、と言いながら近くの小石を代わりに蹴飛ばし。

けらけらと笑う『カミ』へと睨みを効かせながら、元の戦闘衣装へと手早く着替えていく。

 

「え?」

 

「何でも無い。 着替え終わった?」

 

「あ、はい」

 

そんな言葉に反応し、手を止める少女の動きを止める。

時間を無駄にしている俺が言うのも何だが、一分一秒が惜しいのもまた確か。

特に、地下の報告――――そして灯花への守護神の移し替え。

その対象が無限にあるとするのなら、絞り込むだけで相応に時間が掛かるだろうし。

 

(……とは言っても、相手と部隊の切り札のことを考えると。

 二柱宿せるとは言っても、()()()()()()()()()()()()()なんだよなぁ)

 

問題は直接的な繋がりは欠片も無さそう、というところか。

器としての才能は最高級、最大級。

故に後は呼べるか否かに掛かっているからこそ。

それが出来ないなら、即座に加護を打ち切って欲しい。

 

『嫌だが?』

 

……まぁ、コレがそんな簡単に頷くはずもなく。

溜息を交えながらに掘ってあった穴へと襤褸切れを投下。

上から土を被せて抹消処分する。

 

本来だったら燃やすなり何なりして清めるべきではあるのだろうが。

この場所は龍脈で、自然と在るだけで周囲は清められていく。

故に、その内風化し消え去るまでの間には浄化も完了しているはずだ。

……迂闊に外で火を使えない、という理由が無いわけでもないのだが。

 

腰回り、腕周り。

特に運動する際に起点となる部分の締めなどの漏れがないかを確認し。

二人で一度見合い、頷き合って。

現在は荷物整理か、或いは何かの打ち合わせでもしているはずの仲間の所へ向かう。

 

「……しなけりゃいけない前提の何割かは終わったな」

 

「全部終えられますか?」

 

「終わらせなきゃ戦いの前提条件も成り立たねーよ」

 

ぼそり、と言葉を漏らしたのは。

多分だが、俺自身も胸の内側に納めて置ける感情が一杯一杯になりつつあったから。

 

ぐちゃぐちゃになりつつある思考、感情、理解できない思念。

本来だったら一日二日程部屋にでも籠もっていたい。

 

今までに得てしまった情報と、最初から持っていた幾つかのそれと食い違う部分。

きっとそれは、いつか俺自身の生命に関わる致命的な罠が潜んでいるのだろう。

そんな恐れを抑えるために、少しでも自分なりの『納得』を見つけたい。

 

けれど、そんな余裕は今欠片もない。

 

()()姿()()()()()()()()()()()()()

 指示をするもの、知識を与えるもの。

 内心ではどう思っていようと、表面上だけは常に全てへと目を向けていなければならない』

 

基本中の基本だもんな、と。

飽く迄気安く、奇妙な程に近い距離感を保つ思兼。

 

……そして、この飄々としたような。

けれど、その内心は非常に粘着質な部分を秘めたような口調は。

俺の知る『調』が持つものと瓜二つだ、というのも問題の一つ。

 

白、思兼。

たった二つの例ではあるが、ゲーム上に登場するヒロインの格好を象った人物が二人。

そして、その何方も本質はヒトではない。

 

(――――まだ、他にもいるんじゃないのか?)

 

人ではない、霊能力者ではない。

姿のみを保った、仲間としての末路を如実に示してくる何らかの化身。

 

そんな思考を取り払うことは結局出来ず。

穴の空いた障子越しに、複数人で話し合う声が聞こえる……穴を越えた更に奥の一室。

その入口に手を掛けるまで、俺の精神は安定することは決して無かった。



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069/配分

 

障子戸の、半ば腐った木々のところを叩いて自分の存在を示し。

一拍の合間を開けて部屋の内側へと滑り込んでいく。

 

空いた穴から見えていた光景ではあったが。

床には辺り一面に持ち込まれていた呪法道具やら一般品。

幾らかには小さな紙片(タグ)が結び付いていることからして売却品も混ざっている。

 

其れ等全てを当たり前のように運び、管理している紫雨。

幾ら所持重量加算系能力を保持しているとは言え、どう持っているのか。

それもまぁ……幻想(ファンタジー)系の小説なんかで有りがちな『道具袋(アイテムボックス)』に似た感じらしい。

 

使用者の付近、霊力で作り上げる空間の()()()()()

表面の強化、自身の肉体への影響ではなく。

アキレスの亀のように、内側への距離倍率を無限倍に拡張することでの空間作成。

ある程度は似たようなことが出来ても、それが完全にできるのもまた才覚。

 

少なくとも俺の取得可能能力には記載もなく。

今の俺は、そういった便利能力には恵まれていない肉体らしい。

 

……そして、そんな若干逃げるような思考に陥っているのもまた。

 

「それで、ご主人。 ()()()()()()()()()?」

 

『見えるようにしてるんだねえ。 式使いなんて普通は使い捨てるモノだろうに』

 

室内に入った時から表情が一気に急落下した白。

そうなった理由もまた、背後に付き纏っている思兼。

 

此処が外ならまず間違いなく武器を構えているだろう殺気。

それに対し、唯見るだけで様々な情報を抜いているように見える眼力。

 

ある程度予想はしていたが、仲が悪すぎると言うか。

白が一方的に相性が悪い相手、という感じが極めて強い。

感性型と理性型の違い……とまで言ってしまえば多分問題になるし、怒り狂うとは思うが。

表現するにはそれが不思議とぴったりなような気がしている。

 

「言ってただろ、地下にいた神だよ。

 ……で、ここから抜け出るための致し方ない契約の末に憑いてきてる」

 

「浄化できんのかや」

 

『霊じゃないからねえ、残念だけども』

 

指を向ける先は眼前。

普通なら辞めさせる、或いは失礼だと理解しているからしないところを無視して実行中。

そしてそれを辞めさせようともしない俺の内心をも察してけらけら笑っている。

 

……こういうところ、()()()()()()だから余計にイライラしてくる。

 

そして何より。

ある程度予想はしていた範疇ではあるのだが、紫雨には一切見えていない。

部屋の隅の方で色々と話し合っていたリーフは、『何かがいる』のは捉えているようで首を傾げ。

そして灯花はと言えば、当然のように気付いているのだが恐れて近付こうとしない。

 

色々と、ある程度構築できていた関係性というかバランスと言うか。

そういったものがたった一柱が混じっただけで混乱し、崩壊しつつある。

 

「おまけは無視して良い。 準備はどうなった?」

 

なので、無視することにする。

元々時間を浪費できる程余裕もなし、病人だっているこの現状。

序でに言えば問い掛ければ何らかの答えは出すだろうが、それは今必要としていない。

要するに、大真面目な意味で邪魔にしかなってないのだから。 この背後霊は。

 

『ひどくない?』

 

「全員分の配分は済んだ。 だが、雌猫の比重は上げる形で考えておるが」

 

「だろうな、能力的にもそうなるのは間違いないだろうし」

 

基本的に道具を使用する担当、としての今回の立ち回り。

攻撃する暇は恐らく無いだろうが、道具を使用できない状態に陥る可能性は十二分にある。

それを防ぐためにも全員に最低一つずつの配分、という考え方だったのだし。

ずっと昔から話し合っているからこそ、その基本的な部分は白と俺で常に合致している筈。

 

「そうなると……万が一の際の回復配分をどうするか、で悩んでおってな」

 

「単体重視か列重視か、って意味でいいか?」

 

「そうじゃな。 後は純粋な霊力補充に関しての傾斜に関してもだが」

 

道具としての回復手段。

本来は灯花も踏まえなければ行けない、けれど彼女の才に依って踏み越えた一つ。

 

俺達の部隊として考えた場合、そしてこの世界の基本的な理として考えた場合。

本来あと一人配置できる前衛枠を開けている関係上、どうしても優先順位が落ちる『範囲』単位。

それが単体→列→全体、という丁度真ん中に在る部分。

 

特に、今回の相手が相手である以上生命力は常に維持しなければ不味いという問題もあり。

悩んでいるのは間違いないのだろうが……此処ははっきり割り切って考えたほうが良いと思う。

 

「霊力補充は灯花を最上位に、次は白でいい。 俺は不味くなれば適時声を掛ける」

 

一番悩ましい呪法特化、攻撃役の霊力消耗を考えなくて良いのは非常に助かる。

特にこういったギリギリを詰めていくことを考えた場合だが。

 

「回復は?」

 

「前衛が抜かれたら俺達は死ぬだけだ。

 列回復は前衛重視、灯花は全体回復と単体を回して貰いつつ指示を出す。

 一応俺の陣回復手段があるんだ、気休め程度にはなるだろうしな」

 

回復に作用する霊能力を伸ばしてない、という欠点がなくはないが。

前衛が術技を回す程度には回復する筈なのでその辺用のコスト回復用と割り切る。

……雑魚相手だったらこれだけでぶん回せるんだけどな。

 

「分かった、それで詰めよう」

 

「ああ、それが終わったらとっとと抜き取る儀式始めるぞ」

 

一度頷くのを確認後。

次の手順への声をかければ、少しだけ訝しむ顔色を見せた。

 

「……もうかや?」

 

「その後で守護神を降ろす儀式だってあるんだぞ。

 後ろの背後霊を働かせる必要だってあるんだ、早くやるに越したことはない」

 

『ひどくない?』

 

同じことを繰り返してる機械か、お前は。

多分、呆れたような表情を浮かべているそれに対して。

俺は改めて、無視することで答えとした。

 

……時間がないって言ってんだよ!



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070/分離

ちょっと長引いてるけど三章は100話は掛からない、筈。


 

各個人に道具を分配した後。

特に霊力を消費することになる灯花が落ち着くのを待ち、全員で呪法陣へと移動する。

特に此処は倉庫という立地である他に、『閉じられていた』経歴を持つ。

色々と弄った事で、召喚した後……暫しの時間的猶予を設定できている筈。

 

言霊、という理論を相手が用いる――――神である以上。

此方も同様に、相手に対して有効な部分は活かさせて貰う。

 

『ふむ、ほぅむ』

 

特に、背後霊(オモイカネ)が指摘するようなことを言ってこない以上。

記す方法としても問題なく成立している、と考えて良い。

 

”知識を与える”という名目の元に憑いてきている、と判断するのなら。

此方から問わなければ……という危険自体は常に付き纏うが。

ここはもうそういうリスクなのだと考え、踏み潰して処理する。

 

「灯花、準備は?」

 

「……は、はい。」

 

何より、この後に彼女は再度別の存在(かみ)の召喚も必要となる。

 

その為の呪法陣自体は外に刻まれているし、その媒介となる存在も一応いるが。

俺が望む相手を降ろせるかどうか。

それ自体は実際の所、運頼りと言うか挑戦してみた結果を待つ他無い。

 

(……この部隊で確実に有効に働くのは俺くらいだろうが。

 逆に言うなら、()()()()()()()()()()()だろうし)

 

裏に伏せた札は何枚用意しておいても良い。

 

そして、思い出すのはほんの数日前。

俺だけが見える視点で見えてしまった、一つの文章。

アレが再度実行できるのだったら、仮に能力として取得していなくても再現は出来る。

後はもう信じるしか無いが……最後の手段として構える覚悟だけは出来ている。

 

すぅ、はぁと呼吸を繰り返し。

見るからに緊張している、最も幼い少女頼りというのは正直申し訳ないが。

今現在……いや、下手をすればこの世界中。

彼女以上に、この儀式に相応しい人物を探す方が難しいという事実がある以上。

背中を押し、守りつつも頼らざるを得ない事実は続いていく。

 

「全員、一応陣は機能してるとは思うが……。

 周囲に衝撃が来ないとも限らん、その時はなんとか踏み止まってくれ」

 

それぞれが武具に手を掛け。

万が一の場合にはいきなりの戦い……()()()()()()()になることを伝えながら。

頷くのを見た上で、灯花の呼吸が整うのを確認した。

 

「……いきます。」

 

微かに声が震えているのが分かった。

とは言え、それ以上に何かが出来るわけではなく。

 

「――――天地(あまつち)司る数多の神々よ」

 

画面越しには一瞬で済んでいた。

実時間ともすれば、体感時間と実時間の差が確実に発生するだろう一幕。

その開幕は、小さな請願から始まった。

 

「――――我が身に宿る神よ、我が身と繋がる数多の神よ」

 

ずしん、と周囲が揺れたような気がし。

思わず周りを見回す伽月に紫雨、そして正面から目を離さない白にリーフ。

そんな全員を目線に捉えながら、後ろからも聞こえる声に耳を欹てる。

 

『もう入ったか。 この辺りはやはり血筋かね』

 

表情、外見とは裏腹に何処か老成とした声色。

女でありながら男、男でありながら女。

本来性別という観念からすれば、恐らく男の筈の知恵の神。

ただ、今だけは物珍しいものを見た時の少女のような色合いを含めていた。

 

「――――その在り方を私は否定し。

 ――――その在り方を私は受け入れる」

 

矛盾するような内容。

神を否定し、同時に肯定する。

それは、自身の内側の存在と外側の存在に向けての言霊。

不思議と、その内容に関して知識が深まっていく。

 

(……お前の影響か?)

 

『言ったろう、知恵を与えると。

 切っ掛けさえあれば、宿主はワタシが持つ知識に接続する権限を得た』

 

ふとした疑問。

そしてそれに対しての返答。

やはり、聞けば答える……そんな単純な部分での契約は成立していると思って良い。

 

口約束程度で、と思う部分もあるが。

嘗ての世界、約定を交わすとしても当然に。

口頭で、言葉を介していたのは間違いなく。

故に、名を名乗った上での口約束はそのまま基礎原則として契約となった。

そう考えるのが多分正しく、故に言霊の内容も当然に理解していく。

 

「――――他と新たな契約を。 内と、契約の断絶を」

 

今口にしているのは、守護神との契約の基本部分を用いた神降ろし。

 

基本的に神とは一人一柱しか契約できず、その相手も選べない。

唯、それを選ぶ技術を持ち合わせるからこそ。

内側に潜んだ、彼女を蝕む神との契約を切る事を理由に目の前に呼び出し。

本来ならその上で互いに納得させることで成立する、加護破りの儀式。

 

その前提をひっくり返し。

陣の内に閉じ込め、『断絶』することで結ばれた契約の線を一時的に断ち切り。

新たな神を降ろしてしまうことで、戻る場所さえも奪い去る行動。

 

太陽神、天照大御神を呼び出した儀式とはまた別。

この世界だからこそ成立する、人が神を騙してしまう……そんな反逆論理。

それが成立するのもまた、この場所……龍脈の上だからに他ならない。

 

「――――故に。 今此処に降りよ、我が加護神」

 

普段の口調よりも大人びた雰囲気。

漂わせる気配は肉体年齢をゆうに倍はしたような濃密さ。

彼女が降ろし(トランスし)ているのは、きっと……未来の可能性。

 

「名を、()()()

 

そんな彼女が口にしたのは。

己自身で調べ上げたのだろう、そんな名前の神だった。



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071/顕現

 

僅かに、生温い風が頬を撫でたような気がした。

周囲の物音が、少しだけ止まったような気がした。

 

生物の声も。

葉の立てる音も。

呼吸音さえ。

 

視線の先に、吸収されていくような錯覚を覚えた。

 

――――――――けひっ

 

奇妙な声……声、でいいのか?

そんなものが周囲に響き。

唐突に……空気に重さと匂いが入り混じり始めた。

 

呪法陣の中心。

そこに向けて何かが漂っていく。

 

先程、灯花が呼んだ()()()()

彼女の背筋、首元辺りから何かが抜けていくように霧が移動し。

陣の一番中央部分の縁が鈍く輝き、脈動し始めた。

 

(…………動かなきゃいけないのは、分かるのに)

 

指の先、或いは呼吸そのもの。

行動、生存本能、活動の全て。

意識しながらも一切に意識と肉体の活動が分割されている。

 

ゲームで見ている動画場面(ムービーシーン)

一切動くことが禁じられながらも、目の前で広がっていくそれ。

 

否が応にも視界に叩き込まれるような感覚と。

目の奥、普段から感じる異常なモノを見る視界が強く働くような感覚が同時に起こる。

 

周囲が揺れる。

風が集まっていく。

糸が寄り固まり、何らかの形を形成していく。

 

――――――――けひっ、へひっ

 

聞こえる声色は確かに定まっていき。

老若男女が不透明な存在だったのが、明らかに一つの方向性へと近付いていく。

 

少しばかり意識して若作りしたような。

明らかな老婆のような、弄ぶような甲高い嘲笑い声。

 

耳の奥から脳裏を犯すような、耳障りを通り越して洗脳していくかのような色合いを秘め。

同時に……俺を除いた全員へと、頭上の糸の量が加速度的に増していく。

 

にも関わらず、手を伸ばすことが出来ない。

行動自体を封じられ、その上で操られようとしている。

それを認識しながらも何も出来ない――――微かな暗闇が心の中に浮かびそうになる、その寸前。

 

『…………ふん』

 

背後から、不愉快そうな声色と共に。

其れ等が全て切り落とされ、地へと落ちて宙に溶ける錯覚を捉える。

 

『穢らわしい……と呼ぶだけでは済まないか。

 契約者よ、最低限の干渉はしたぞ』

 

そんな背中からの声を、奇妙にゆっくりと感じる時間軸の中で耳にし。

同時に、手先足先へと熱が走っていくのを体感した次の瞬間。

 

「……ゲホッ!?」

 

唐突に呼吸が楽になり、地に伏せそうになりながらも咳と奇妙な痺れを覚え。

揺れる脚をしっかりと立て直しながらも、目線を再び陣の内側へと向け直す。

 

(なんだ、何をされた…………格上相手への不利なペナルティか!?)

 

相手が圧倒する時。

相手が明確な殺意を見せてくる時。

余りに格差があるのなら、それは霊能力そのものや行動自体の失敗(ファンブル)という形で返ってくる。

 

 

けれど、それは父上で体感している。

何かしらが本質的に違う、と霊的な奥底で叫んでいる声を聞きつつ。

意識して、常時効果……その中でも呼吸を介する幾つかの能力を起動しながらも安定させていく。

 

視界に入る仲間達の内、俺と同じような状態に陥っているのはリーフを除いたほぼ全て。

 

白は俺と同じく、呼吸を繰り返しながらも震える手で刃を握り直し。

伽月は特に脚をブレさせながらも、見つめる目線だけは一向に変えず。

紫雨は当初握っていた弓から手を離しながらも、格納した道具に手を伸ばし始めている。

灯花は自分の意志から掛け離れたような、半ば浮いているような状況を保ち。

 

そして、リーフは。

 

「…………()()()()()()()()()()ですか」

 

普段の、何処かオドオドしたような……単語単位の話し方と違う流暢な言葉遣い。

その瞳に宿しているのは明確な敵意、そして殺意にも似たような怒り。

 

よくよく見れば、彼女の周りだけは俺達に降り注いだ糸よりも遥かに数が多い状態で。

雪だるま、蜘蛛に捕らえられた哀れな生贄と言った幾つかのものを彷彿とさせるような違和感。

 

(リーフの周りだけ、糸が未だに張られてる……?)

 

恐らく、最も気になったのはその点だろう。

 

今までは操るような頭上に垂れ落ちるような数本程度だったというのに。

その姿を表したからなのか、その数は明らかに増している。

 

黒闇天。

或いはアラクシュミー。

吉祥天の妹として、そして負の役割を押し付けられた神にして共にある存在。

日ノ本では明確に貧乏神として恐れられ、けれどその役割を反転させ福の神としても崇められる神。

運命自体を操作し、そしてその名前から――――恐らくは()()()()()()()()()()()()()()存在。

 

知らなかったはずの存在、けれど脳裏に刻まれていく存在。

検索することは叶わなくとも、その正体の名を知ってしまえば引き出せてしまう。

ある意味反則で……そして、常に絶望の淵に立たされることを理解する、意地が悪い契約で得た権能は。

世界に刻まれて得た、知識を大元とする血盟能力と誘発して見えるものだけを無制限に拡大していく。

 

「その程度でしょうね、唯弄んでいるお人形遊びしか出来ないのなら」

 

明確な挑発。

そして、彼女がするはずもない行動。

その時点で……漸くに理解する、内側から顔を覗かせているもう一人のダレカの存在。

 

降り注ぐ糸は、彼女の周りへと逸れて散っていく。

直接的に向けられた指から放たれた暗闇は、陣の側面へと当たって軋んだ音を立てている。

 

「そこで見ていなさい――――自分が消される最後の時間を」

 

侮蔑、嘲笑、そして憎悪。

恐らく、其処までするのは外の……リーフ自体に危害を及ぼそうとしたから。

 

そして、だからこそ。

その悪感情は、敵だけでなく俺たちへも波及する。

 

「話は聞いていました。 幼子、直ぐに自身に神を降ろしなさい」

 

明らかな違和感と共に、断じるような口調のそれは。

 

()()()()

 

その目的意識だけは、今の俺達と重なり続けていた。



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072/焦り

 

ちらり、と向けられた俺達への目線。

その瞳に宿す力強さ、意志の強さは以前にも受けたもの。

 

但し、目の前の陣の内側に閉じ込められた存在。

つまりは今の俺達に対しての”敵”へと放った言葉は、ある意味ではそのまま当人に返るモノ。

それを知ってか知らずか……もしかすればそれは、同族嫌悪に似たモノだったのかもしれない。

 

(下手をすれば、リーフ自身も同じような形になってたかもしれないしな……)

 

それを今知るのは、当人を除けば俺と白くらい。

但し、俺達の考えに比べれば。

リーフ自身が、自分自身へと向ける感情の重みは比ではなく。

故に、自分が陥っていた可能性を見て否定しているような気さえする。

 

全員で足早に、後衛側から倉庫から飛び出す中。

視界に映る各種の耐性値を可能な限り見詰めながらに、思考を出来る限り回していく。

 

幾らかぼやける視界。

具体的な数値……それこそ下一桁まで判別することは難しく。

けれど()()()は見通すこと自体は可能だったからこそ、細かい各種の数値を見ていく。

 

(精神系は完全に無効(たいせいち200)、肉体異常はまちまち……)

 

目に入る数値そのものは、前世で見覚えがある表記方法。

恐らくは俺の意識そのものがそう読み取っている、というだけなのだろうが。

それにしても完全耐性が幾つも見えるのは流石は神、と言ったところか。

 

最も重要視していた幾つか、特に即死系列のは完全に無効という部分に舌打ちしつつ。

それ以上を見通すには時間が足りず、背後から聞こえる壁を叩くような音から急いで距離を取る。

 

視線の先には手水舎や古びた石畳……の上に描かれた新たな呪法陣。

その陣に乗ろうとはせず、不満そうな表情を浮かべて俺を睨みつける背後霊。

 

(何だよ)

 

じっと倉庫側を見詰め続けているリーフ、陣へと目線を向けている虚ろな灯花。

各々がその内側に秘めたモノを顕にする中で、その目線が妙に気になった。

再びに幾度か深呼吸を繰り返す幼子を他所に、内心で問い掛けて。

 

()()()()で身動きが取れなくなる程度の器か、お前が』

 

返ってきたのは……煽りと言うか、純粋に目線の高さと言うか。

俺自身でも上手く受け止められない奇妙な言葉。

 

単純に駄目出しされるのではなく、何かを確信したような物言い。

それ自体に意味があるようにも感じてしまう何かの言霊。

 

目の色、意識。

そういった言語以外の部分でも、繋がっている相手だからなのか。

自分自身で未だに理解できていない、この身体に宿す何かを理解したような言い方。

 

(……何が言いたい)

 

『自分で気付け、でなければ意味もない』

 

教えて貰えないだろうな、と半ば確信しつつの問い掛け。

それに対しては吐き捨てるような言い方で返しながら。

見る目は何処か信用するようなものを見る目。

 

つい先程まで浮かべていた色合いとは僅かに何かが異なる。

恐らくは俺自身も……父上も知らない何かが残っている、とでも言いたそうな言動。

気になることがどんどん積み重なるが、今はそのような場合でもなく。

舌打ちをしながら目線を切れば、口元を歪める奇妙な笑みを浮かべていた。

 

「ご主人、アレは……」

 

干渉するだけ無駄だ、と今は切り捨てておくことにする。

同じように深呼吸を繰り返し、生命力や霊力を最大値まで回復しようと心掛けていれば。

唯一人ではない生身を持つ……妖としての恐怖心を揺り動かされたのか。

震えを隠そうともせずに聞いてくる。

 

それは――――正体を知ることで恐れを紛らわせようとしようとしたのか。

それとも、僅かにでも甘く見ていた結果なのか。

今の俺には何方とも判断できない様子を持ちながらの疑問。

 

「さっき灯花が言っただろ、黒闇天。

 疫病神にして運命神……恐らくは本来の力を全く発揮できていない。

 それでも、俺達にしてみれば格上の存在だ」

 

吐き捨てるような言葉とほぼ同時。

息を整えた灯花が再びに祝詞を唱え始め、合わせて思兼が手を持ち上げ陣に干渉を始める。

 

リーフも、普段は浅い呼吸を基本とするにも関わらず今は大きく呼吸を行い。

その姿を守るように……事前に言っていたように、彼女を守ろうと目前に立ち塞がる伽月の姿。

事前に行える準備――幾らかの呪法防御――を行いつつも、焦りを隠さない紫雨の背中。

 

各々が各々なりに準備や行動を取る中で、俺は呼び寄せる神……そして白へと意識を寄せる。

 

(……これであの神を呼び寄せられるのなら、僅かにでも戦力は上がる。

 それはもう出来るものとして……伝えておかないといけない事は)

 

「白」

 

もう失敗した後は考えず。

最も長い間共にいた相棒に、出来得る限りの情報を提示する。

 

「んむ」

 

「さっき見た限り、お前の【出血】系状態異常はそれなりの確率で通る。

 相手に攻撃を通すことよりも発生確率……要するに血が吹き出しやすそうな場所を狙え」

 

()()()()()()()()、という違和感。

 

神はそれを持たないからこそ加護を与える、人に宿る存在の筈なのに。

当初からそれを持って陣の内側に存在したからこそ有効な、肉体系の状態異常。

その中でも幾らか通しやすい可能性を持つそれを操る彼女へ、それを提示する。

 

「出血が?」

 

「ああ、毒は無理。 麻痺は一応半々で……石化は完全に無駄だな」

 

恐らく紫雨に使って貰うのは多分、もっと防御的に優位になる状態異常になるだろう。

それに対し、時間を経過するごとに有利な面に立つことが可能な面を彼女に託す。

 

「術技の進化方向性の調整、って形にはなってしまうが。

 ぶっつけ本番でなんとか合わせてくれ」

 

「……そう言われれば、なんとかするしか無いからズルいのじゃよ。 ご主人は」

 

やれやれ、と。

そんな呟く言葉は……何処か、嬉しさを隠さないような声だった。



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073/開戦

 

高く、低く。

述べられる祝詞が終わりを告げる間際。

何となく冷静な脳内の片隅、以前の記憶を持つ魂の断片が小さく囁いた。

 

『これ多分、映画とかだったら戦いの前の一(クライマックス)シーンだよな』

 

そんな、自分毎ではなく他人毎としての感想。

だからこそ――――冷静に状況を俯瞰できているのかもしれない。

 

倉庫の側。

ばきり、と空間に響くような砕ける異音と嗤い声。

 

庭の側……目の前。

ふぅ、と落ち着くような一呼吸。

合わせて彼女の内側に宿るような白い布の棚引きと、合わせて二つの気配が増える。

 

(……前提条件は、一応成立)

 

戦いになるかどうか、その分岐点は超えたと判断。

汗で湿り始め、けれど木製故に内側に染み込む武器をもう一度握り直し。

小さく深く、呪言を口内で練っては吐き出す寸前で留めて重ねる。

 

以前に行ったことの焼き直し。

一番最初……そして今までで一番死を覚悟した戦い。

何の準備もなく、白を己の元に下す為に行った『武器』と呼べるものすら無かった原初の争い。

その時と同じく、成功させることを大前提とした――――長時間に及ぶ詠唱。

 

これが成立するのも、成立する猶予が有るのもまた。

前衛として壁となる覚悟を決めてくれた二人がいるからに他ならない。

 

(……立ち位置だけで考えれば、俺も()()()()ことにはなるんだけどな)

 

ただ、それは飽く迄システム上の話。

この世界全てが同様の形で進んでいる……とは到底言えず。

中衛、という立場を未だに保持し続けていられるからの考え方。

同様の知識でも持っていなければ、そもそもが浮かび上がらない考え方。

 

『前衛の間を抜かれさえしなければ大丈夫ではないかな?』

 

くすくす、と響く笑い声。

背後霊と化した少女は口を出すのみでそれ以上の干渉を控え。

此方の考えと同期するように浮かばせる答えは……恐らく、此方の知識も同様に理解されている。

 

にも関わらず。

此方を糾弾、或いは恐れるような……有り得ない知識に関して一切触れることはないのは。

恐らくは彼女(でいいのか未だに悩んでいる)自身も面白がっていることだからなのだろう。

 

知恵の神が持たない知識。

其処から発生する考え方。

自ら達を打倒しようという発想、それに行き着くまでの準備諸々。

 

これらを見る目は――――多分。

俺自身が抱いている、別視点と何ら変わらないからこそ。

面白がり、今こうして此処にいるのだろうと何となくに理解する。

 

(意見は出せよ、そういう契約なんだからな)

 

『ああそうだ、思案は出そう。

 それに引き摺られるか選ぶか、その選択も宿主の自由だからな』

 

クソ野郎、と心の内で吐き捨て。

その言葉に、笑みにも似た口元を歪めるような顔の幻影を見。

それと同時に、()()()()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

顔を覗かせたのは。

どうやって倉庫に……いや、小さい灯花の身体に入っていたのか分からない。

見上げなければその全身を伺うことさえも難しい、木々に並ぶ大きさの巨体。

システム面だけで言えば、一体で複数の配置枠を喰うであろう怪物。

 

()()()()()()()

二足二腕、人としての形を取りつつも。

根本的な何かがズレている、根幹が腐った怪物。

 

「来るぞ……『腐――――』」

 

きひひひひひひひひぃ!

 

ぎょっとした顔をした紫雨からは目線を一度切り。

【劣火の法】……その中でも強めの言霊を練り上げ口にし。

けれどその言葉は相手の奇妙な叫び声……精神自体を犯すような言語に遮られる。

 

(これ、は……混乱、いや精神汚染の類か!?)

 

恐らくは呪いの一種。

正しい意味で神格が持つ能力の一。

不幸を齎す、というそれの拡大解釈。

ただ――――戦闘自体は始まっていると判断して良いのか。

 

咄嗟に耳を塞ぐ/一瞬目の前が暗く落ち込み。

脚を一歩前へ/伝わる振動を以て脳裏を晴らし。

周囲に声を上げる/「全員、前を向け!」

 

幾つかの答えが脳裏に過りながら。

ひょっとすれば俺が動いたことでそう読み取られた可能性を考えながら。

比較的に対処がし易い、けれど危険度が高い行動を取ってくれた事に半々の感情を。

 

その声に真っ先に反応を示したのは白。

一度地面の感覚を確かめながら、その場を蹴って刃を向ける。

 

それに対し対抗しようと、無意識の内に空の腕を持ち上げ。

一瞬の間が空くように、動きがほんの少しだけ鈍ったように俺の目には見えた。

腕の合間を縫うように刃を突き立て。

けれど硬質な何かに弾かれるように僅かな手傷のみを与える。

 

「白、どうだ!?」

 

「硬いにも程がある……主、支援がなければどうしようもないぞ!?」

 

「分かってる、暫くは耐えろ!」

 

視界の後方で動き出すのが見え。

同時に、歪な視界が動き出す。

 

世界に刻まれた記録であろう断片。

そう示されてしまった、行動の結末。

 

1行動目
>>『黒闇天』の『歪な叫び』。全体スタン……一部成功。
>>『朔』の『劣火の法』。干渉成功。『黒闇天』の攻撃力が減少。
>>『白』の『血飛沫月光』。二回命中。【出血】付与判定失敗。
>>『灯花』の行動。『歪な叫び』による行動失敗。
>>『紫雨』の行動。『歪な叫び』による行動失敗。
>>『伽月』の行動。『歪な叫び』による行動失敗。
>>『リーフ』の行動。詠唱開始。
>>行動待機中...

 

半数以上が初手の行動に失敗した、という事実。

舌打ちをして巻き戻せるのなら……そうしたかった。



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