陰の右腕になりまして。 (スイートズッキー)
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1話 厨二は死んでも治らない

 

 

 

 

 

 ──『異世界』に転生した。

 

 

 赤ん坊の頃から前世の記憶があったので多分そういう事なのだろう。高校生で死んだ時の記憶はハッキリ残っているため、取り敢えず第二の人生が始まったことは間違いない。

 

 事の発端は友人達に連れて来られた肝試しだった。

 高校の中でも噂になっていた妖怪の噂に動かされ、深夜に男だけという悲しい肝試しが決行された。

 

 目的である妖怪の呼び名は──『妖怪・魔力男』。

 白装束で岩に頭をぶつけながら「魔力……魔力……」と叫んでいる、そんな目撃情報から噂は広がった。正直俺は信じていなかったが、その妖怪のせいで死ぬことになるとは夢にも思わなかった。

 

 一人はぐれた先で見つけた妖怪・魔力男。俺が持っていた懐中電灯の光に反応したのか、血まみれの顔を向けて悪魔のような笑みを浮かべた。俺は当然叫びながら逃げた。

 

 山道で転びそうになりながらも死に物狂いで逃げたのだが、妖怪・魔力男はめっちゃ足が速かった。普通に逃げきれず背中から悪質タックルを決められた瞬間、山から一緒に飛び出した。

 

 ──そこにトラック襲来。

 

 俺は轢かれて死んだ。

 妖怪・魔力男が死んだかは分からないが、妖怪だし生きているかもしれない。もし生きているなら殺してやりたいぐらい憎んでいるけどな。

 

「……はぁ、疲れた」

 

 死んだ時の事を思い出すと、どうにも気分が萎える。剣を振りながら考えることじゃないなと、俺は握っていた二本の剣を地面に刺して澄んだ青空を見上げた。良い天気だわ。

 

「ライ! 今日もやってるな!」

「父さん。はい、励んでます」

 

 一休みしていたところに話しかけてきた若々しい男。今世での父親であり、とても優しい。

 生まれた家は下級貴族らしく、俺はそこの長男として生を受けた。ライ・トーアム、それが俺のフルネームだ。

 

「もう岩を斬っているのか?」

「割と簡単でした」

 

 俺がサイコロステーキのように斬った岩を見て、父さんに頭を撫でられた。高校生で死んで今は九歳、精神年齢的には恥ずかしいが嬉しくないことはない。

 ちなみに俺に二刀流を教えてくれた師匠が父さんだ。ウチの当主は代々二刀流を扱うと決められているらしい。別になんでも良いんだけどな。

 

「そうかそうか! 自慢の息子を持てて私も嬉しいよ。我がトーアム家は安泰だな! ライ、夕食までには戻れよ?」

「はい。父さん」

 

 そんな言葉を残して父さんは家に戻って行った。俺と同じ異世界特有の元々白い髪を揺らして。毛髪量も多いので、遺伝でハゲることを心配する必要はなさそうだ。

 

「安泰、か」

 

 正直……面倒臭い。

 ただの高校生だった俺が跡継ぎの事とか真面目に考えられる訳ないじゃん。働かずに楽して生きたいっていう舐めたことを今でも本気で考えている男だぞ。あまり期待されても困る。

 

 ……けど、才能あるみたいなんだよなぁ。

 

 地面から抜いた剣を振ると、風圧が巻き起こる。明らかに九歳の子供の力ではない。理由は簡単──『魔力』だ。

 

 この世界では魔力というファンタジーな力が普通に存在する。魔力を扱って戦う剣士……通称『魔剣士』と呼ばれる者達も居る。他人事のように言っているが、多分俺も魔剣士になると思う。トーアム家は昔から魔剣士を輩出している家であり、俺はそこの跡取りなのだから。

 

 魔力量を調べた際に歴代でも最高だとか騒がれた。ビビりながらだったので()()()()()()()()()()()()()。これが転生特典というやつかと思う程に俺は魔力の才能に溢れていた。俺を殺した妖怪・魔力男があれ程までに求めていた魔力に恵まれたというのも、なんだか皮肉な話だ。

 

 まあやりたいこととかもないし、別にそんな人生も良いとは思う。適度に才能で楽して、裕福に暮らす。可愛い嫁さんとかもらえたら最高だ。

 

(……とは思ってるけど)

 

 人間という生き物は単純で、力があると使いたくなる。辛い鍛錬をして身に付けた力だからこそ、余計に奮いたくなってしまうのかもしれない。

 九歳にしてそんな危険思考はどうかと自分でも思うが、漫画やアニメでしかあり得なかった世界に居るという実感が俺を加速させた。

 

 まずは実戦経験を増やすため、盗賊と戦った。

 家族にバレると面倒なので、夜にこっそり襲撃を繰り返した。前世で妖怪に殺された経験からか、俺は何の罪もない人を殺すような奴らに対しての遠慮がなくなっていた。それこそ──命を奪っても後悔がない程に。

 

 白い髪は夜だと目立つので、フードを被って隠しながら盗賊を狩った。酒を飲みながら楽しそうに殺した人を語る奴ら、奪った金品を眺めて高笑いを上げるやつら、攫ってきた怯える女性達に手を出そうとする奴ら。目についたムカつく奴らは全員殺した。

 

 この世界は前世よりも技術が発達していない。監視カメラもないので、やりたい放題だ。人を殺すんだから当然、盗賊達も自分が殺される覚悟はあるよな。

 

 思えば、俺は少し楽しんでいた。

 

 もちろん、殺人を楽しんでいた訳ではない。自分の力で思い通りのことが出来ることに快感を覚えていた。

 助けた商人からは感謝され、金貨を貰ったこともある。攫われた女性達を無事に家に帰してやれば惚れられ、良い気分になった。

 

 自分が少しずつおかしくなっていることには気付いてた。いつの間にか殺人をしても手が震えなくなっていたのには流石に引いたけど。

 

 肝試しなんて行かなければ、平和な世界で平和に生きていけた。妖怪になんて出会わなければ、俺が死ぬこともなかった。

 

 ……なんなんだよ。理不尽だろ。

 

 家では期待に応える理想の長男を演じ、夜は正体を隠して悪人を殺す。そんな毎日を繰り返しても、胸に込み上げる気持ち悪さは変わらない。

 

 

 もう疲れた、旅にでも出ようか。

 

 

 本気でそう考え出した頃──()()()()()()()()()()

 

 俺の悩みなんて微塵も分からないであろうバカ。

 

 俺の孤独なんて意味が分からないであろうアホ。

 

 俺の気持ちなんて欠片も理解出来ないであろうボケ。

 

 俺の新しい人生を狂わせる、最悪の出会い。もしこの男に出会わなかったなら、俺はもっと落ち着いた人生を過ごせていただろうと確信出来る。

 人のことを考えず、後先を考えず、自分のやりたいことだけを貫く自分勝手が服着て歩いているようなやつ。

 

 俺は、そんな男に出会ったんだ。

 

 

 

「──君、僕の右腕にならない?」

 

 

 

 盗賊の血で染まる地面を無機質に見ていた俺へ、そいつはそう言った。同い年ぐらいの男、つまりはガキだ。普通のガキが大量殺人現場を見れば叫びながら逃げ出すか、気絶するかのどちらかだろう。

 

 でも、そいつは笑ってた。

 俺と同じように正体を隠すためか、顔はフードに覆われていたが間違いない。木の上から俺を見下ろし、心底楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 

「……右腕? 意味が分からないな」

 

 俺が剣を構えても戦闘体勢に入る様子はない。余裕の表れかと思ったがそういう感じでもない。

 

(なんだコイツ。厨二病か?)

 

 目は赤く光っており、着ている黒コートは風も吹いていないのにヒラヒラと靡いている。見るやつが見ればカッコいいと思うのかもしれない。

 

「最近盗賊の減りが早くてさ、何事かと思って調べに来たんだよね。僕の分が居なくなったら困るから。で、そしたら君が居たって訳」

「……それで? 何か用か?」

「まあまあ、そう警戒しないで。よっと」

 

 いや無理だろ。警戒するだろ。

 木の上から飛び降りてきたソイツに、俺は変わらず剣を向けた。

 

「君ってさ、前世の記憶とかあるのかな?」

 

 ……は? コイツ今なんて言った? 

 

「ははっ、良い顔するね。図星ってことかな」

「お前……何なんだ?」

 

 いや、なんとなく分かってはいる。自分と変わらない歳で同じようなことをやっている上に『前世の記憶』などという言葉。

 

「君と同じ──『転生者』さ」

 

 まあ……だろうな。予想した通りだ。

 

「で? その転生者が何の用だ? 喧嘩でもするか?」

「だから言ってるじゃん。僕の右腕にならないかってさ」

「なんで俺がお前の右腕にならなきゃいけないんだ? なる訳ないだろ」

「ふっふっふ、実力者には自分を支える右腕の存在が必要不可欠! ていうか居た方がカッコいい!」

 

 ビシッとポーズを決めながら言われても分からなかった。けど、なんとなく分かったこともある。

 

「お前……バカか?」

「ふっ、何を言われても構わないさ。僕はなりたい。主人公でもラスボスでもない、物語に陰ながら介入し実力を見せつける……そんな『陰の実力者』に」

 

 両手を広げながらキラキラした目で言われた。ダメだ、関わったらダメなタイプの人間だ。言ってること意味分からんし、人の話聞かなそうだし。

 

(……逃げるか)

 

 前世の頃から逃げ足の速さには自信があった、鬼ごっこでは負けたことがなかったぐらいだ。俺に唯一追い付けたのは妖怪・魔力男ぐらいのもの、こんなガキを振り切るぐらい朝飯前だ。

 

「逃げようとしてるね? 足に魔力を流してる」

「ッ!? ……お前」

「魔力コントロールに関しては僕の方が君より上だと思うよ? 前世で修行してたから」

「前世で魔力コントロールの修行って、どんな生き方したらそうなるんだよ」

「言ったろ? 陰の実力者になりたいって。そのために修行を怠った日はないからね」

 

 怖いよ、コイツ怖い。

 よく見たらなんか身体を巡ってる魔力が滑らか過ぎる。……えっ、キモ。

 

「見たところ、君も相当な実力者なんだろ? 右腕に欲しいなぁ」

「……断ったら?」

「どうもしないさ。受けてくれるまで付き纏うだけ」

「いやそれどうもしてるだろ。めちゃくちゃ迷惑掛けてるだろ」

 

 やべぇよ、コイツやっぱり人の話聞かないタイプだ。一番面倒なのは普通に強いってことだな、確実に今の俺よりは強い。戦っても勝てる気がしないぐらいだ。

 

「まさか自分以外にも転生者が居るなんてなぁ。これは運命の出会いってやつだよ!」

「……これが運命なら、俺は運命を呪う」

「おおっ、いいねその感じ。参考にするよ」

「やめろ! 俺は厨二病じゃない!」

 

 ケラケラと軽く笑っているコイツ……まだ名前聞いてなかったな。

 

「……俺はライ。ライ・トーアム。お前の名前は?」

「僕? 僕はシド。シド・カゲノー。田舎の下級貴族さ」

 

 カゲノーって聞いたことあるな。ウチと同じ魔剣士の家系だった気がする。色々なところで似た者同士って訳ね。

 

「ねぇ、ライ。僕の右腕になってよ」

「……」

 

 素直に頷きたくはないが、魔法少女になってよと言われるよりは良い。同じような毎日に飽きていたところだし、厨二バカに付き合うのも悪くはないかもしれない。

 

「……はぁ。……いいよ。分かったよ」

 

 やりたいことが見つかるまでの暇つぶし。そんな軽い感じでOKしたが、それが間違いだったと気付くのにそう時間は掛からなかった。

 

「やったね。じゃあこれからよろしく。右腕」

「せめて相棒とかにしてくんない?」

 

 こうして、俺はシド・カゲノーに出会った。

 俺がこの男から学んだことはただ一つ、これだけだ。

 

 

 

 ──厨二は死んでも治らない

 

 

 

 




 陰実のアニメが面白いので妄想が膨らみました!
 アプリも出て来て熱いですね!七陰の幼少期とか可愛過ぎます(笑)。

 マイペースに書いていくので、よろしくお願いします!


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2話 金髪美少女エルフ

 

 

 

 

 

 シドと出会ってから一年。俺達は揃って十歳になっていた。やはりと言うべきか同い年だったらしい。

 

 下級貴族同士なので話すことにも困らず、俺はシドとまあまあ順調に友好的な関係を築いていた。この世界に於いて唯一自分と同じ転生者であることも大きい。家族には見せられない本当の自分で居られるのは気楽だ。

 

 問題があるとすれば──。

 

 

 

「ヒャッハァァァァァッ!!!!」

 

 

 

 ……これぐらいのものだ。

 

「景気が良いねぇっ! 盗賊さん? じゃあ……金出そうか?」

 

 物語を陰からどうのこうの言ってたやつが、盗賊相手に派手な強盗してる。アイツの隣に居ると俺まで同類に思われるから嫌なんだよなぁ。シドの台詞だけ聞いたら完全にこっちが悪党だし。

 

「なんだてめぇらっ!?」

「ガキ二人で来るとは良い度胸じゃねぇか!」

「コイツらみてぇに死にたいらしいな!」

 

 いや、やっぱコイツらの方が悪党だわ。商人の馬車を襲ったな、全員死んでる。なら……お前らも容赦なく殺してやるよ。

 

「ライ。コイツらは僕がやるよ。新兵器の性能を試したいんだ」

 

 俺が二本の剣を掴んだ瞬間、シドからそんなことを言われた。まあ、あのゴミ共が死ぬなら誰がやっても変わらないか。

 

「……分かった。俺はあの人達の墓掘ってくる」

「ん、任せたよ」

 

 シドが作った新兵器『スライムソード』と『スライムスーツ』。この世界に於けるスライムは某RPGの雑魚とは違い、とても優秀な魔物だ。魔力によって形を変化させるという特性を活かし、好きな形に出来る武器と装備を作り出したらしい。

 

 俺の分も作ってきてくれたけど、確かに軽いし使いやすい。武器を抜くんじゃなく作り出すって感じだから、俺の二刀流とも相性が良い。シドのこういう発想に関しては全く勝てる気がしないな。勝ちたいとも思わんけど。

 

(おーおー、やってるやってる)

 

 盗賊達の悲鳴をBGMに、スライムスーツをシャベルへと変化させて穴を掘る。殺された人数は四人か、見た感じ親子っぽいな。……せめて安らかに眠ってくれ。

 

「いやー、我ながら中々良い物作ったなぁ! そっちも終わったみたいだね」

「まあな。……はぁ、また持ってくつもりか?」

「商人達の仇は取った。彼らの形見は僕達が有効活用してあげようじゃないか」

「陰の実力者になるための資金って言うんだろ。別に止めはしないけどさ。面倒だし」

 

 本当なら持ち主に返した方がいいのだろうが、商人達に生き残りはいない。他に返すべき人達が居たところで、それが誰なのかも分からない。わざわざ調べる義理もないし、シドの好きにさせよう。俺は決して根っからの『善人』という訳ではないのだから。

 

「さっ、今日は解散かな。また明日ね、ライ」

「おう。……いや待て」

「ぐえっ、何するのさ」

 

 身体の五倍ぐらいありそうな袋を担いで帰ろうとするシド。俺はその首根っこを掴み、帰宅を阻止した。気になる反応を感知したからだ。シドは手に入った金品に夢中で気付いていなかったようだけど。

 

「ほら、あれだ。いくぞ」

「んー? なんだろうね」

 

 シドが袋を落とすと、ドシンッという音と共に地面が揺れた。どんだけ詰め込んだんだよ。四次元ポケットじゃねぇんだぞ。

 

「……死体、か?」

 

 俺が気になったのは魔力だった。今までに感じたことのないような反応だったので分からなかったが、近付いてみるとよく分かる。檻に入れられた肉塊からは確かに魔力反応が感じ取れる。てか夜に見るとホラー過ぎる。

 

「いや、生きてるね。これは……『悪魔憑き』かな」

「それって突然肉体が腐り出して死ぬっていうやつか?」

「うん。教会が引き取っては裏で虐殺してるなんて噂も聞くね」

「……不運だな」

 

 病気に関して俺に出来ることはない。この状態で生きているとは思えないが、想像も出来ないような苦痛に襲われているだろう。ならせめて、楽に死なせてやりたい。

 

「ライ。殺さなくていいよ」

「は? なんで?」

「この波長は覚えがある。魔力暴走だ」

「……魔力暴走?」

「まあ僕に任せてよ。隠れ家に持っていこう」

 

 なにやら自信満々な様子だ。しかし俺はこの一年で学んだ。シドがこういう顔をしている時は絶対にろくでもないことを考えているのだと。

 

「お前……なに企んでる?」

「ええっ!? そ、そんなことないけど……?」

 

 もう一つ学んだ。コイツは嘘が下手だ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……嘘だろ」

 

 肉塊を隠れ家に持ち帰り、シドがあれやこれやと手を加え出してから一ヶ月。今日、俺は本当の意味で異世界ファンタジーを目にすることになった。

 

(金髪美少女エルフだ……!!)

 

 手品師(マジシャン)も度肝を抜かれる超絶奇跡。腐りきっていた醜い肉塊は耳の形から察するにエルフの少女へと姿を変えた。気を失っているらしく、近くで見ていた俺の腕へと倒れ込む。てか全裸じゃん。えっ、肌白ぉ。

 

「あんなに腐ってたのに元に戻るんだ」

 

 なんでコイツはこんな平常心なんだ? 性欲とか少年の心とか前世に置いてきたの? それとも初期設定でこうなの? だとしたらコイツは男として完全に終わってる。

 

「……ていうか、どうする?」

「そうだねぇ。肉塊じゃなくなったから実験も出来ないし、故郷にでも帰ってもらうかな」

「やっぱ実験とかしてたのな」

「……いやー、自分の身体じゃないから好き勝手出来るかなって」

 

 少し引いたような視線を向けると、シドは汗を流しながら正直に白状した。まあその実験のお陰でこの子は元の姿に戻れたみたいだし、結果オーライだな。

 

「……! やばいぞ、目を覚ます!」

「ええっ!? ど、どうしよっかな。……そうだ!」

「お、おい。何する気だ?」

「ここが陰の実力者の初舞台ってね」

 

 いきなり距離を取って木箱の上に片膝を立てて座ったシド。あれはなんかカッコいいとかいう理由で俺にも同じ座り方を強要してきた厨二座り。またアホなことやらかしそうだと考えていると、受け止めていたエルフの子が意識を取り戻した。

 

「……えっ

「……あっ、どうも」

 

 バッチリ目が合った。金色の髪に調和する綺麗な青い瞳。一言で言うとめっちゃ可愛い。俺の心が前世のままだったなら、一瞬で惚れていた。いや、今も惚れかけたんだけど。

 

「大丈夫か?」

「……私の身体が……元に戻ってる」

 

 貴方が助けてくれたの? と訊いてきたので、俺は後ろで不敵に笑っている厨二バカを指差した。

 

「君の身体を元に戻したのはアイツだよ」

「彼が……」

 

 エルフの子に視線を向けられると、シドはわざわざいつもより低い声を作って語り出した。

 

「君を蝕んでいた呪いは解けた。最早君は自由だ」

 

 おっ、珍しくなんの見返りも求めてない。……いや、実験に使えなくなったからもう帰っていいよ〜って感じだな。穏便に話を終わらせようとしているだけ成長はしてるか。

 

 俺がシドのことを少しだけ見直していると、エルフの子からとんでもないキラーパスが飛び出した。

 

「……『呪い』って?」

 

 設定を語るチャンス。シド・カゲノーは嘘をつくことが下手だ。しかし、命を懸けてまで目指す陰の実力者ごっこに関しては無駄に頭が回る。バカでもアホでもあるくせに、こういう所が本当に面倒だ。

 俺は一年もの付き合いから瞬時にシドの口を塞ごうと試みたが、それよりも先にボケナスは口を開いてしまった。

 

「ああ、呪いというのは……君達『英雄の子孫』にかけられた呪いのことだ」

 

 ……ん? 

 

「驚くのも無理はない。だが君も知ってるだろ? ……教典に記された三人の英雄が『魔神ディアボロス』を倒し、世界を救ったお伽噺(とぎばなし)を。──あれは本当にあったことさ」

 

 ……んん?? 

 

「魔神は死の間際に呪いをかけた……それが君を腐った肉塊へと変えたものの正体さ。だが何者かによって歴史は捻じ曲げられ、君達『英雄の子孫』は『悪魔憑き』などと呼ばれ蔑まれることになった」

 

 ……コイツは何を言ってるんだ? そんな訳──。

 

「はっ……!!」

 

 あれ? なんかこの子信じてない? 世界の真実に辿り着いちゃったみたいな顔したけど。

 

「その黒幕の正体は……そうだな。黒幕は……まだ教えることは出来ない。知れば君にも危険が及ぶ」

 

 ほら、設定の限界が来た。思いつかないんだろ、目があっちこっちに泳ぎまくってるぞ。

 

(はぁ、助け舟出してやるか。一応右腕な訳だし──)

「構わないわっ!!」

(あれぇ〜???)

 

 めっちゃ食いつくじゃん。シドも驚いてるよ、初めて見たよあんな顔。

 

「一体何者なのっ!?」

「そ、そうか……ならば教えよう」

 

 やめろ。こっち見んな。もう俺にはどうにも出来ねぇぞ。これはお前が始めた物語だろ。

 

 シドは俺からの手助けがないと理解したようで、時間を稼ぐためか前髪を弄りだした。そして数秒の静寂が流れた後、何かを思いついたように口を開いた。

 

 

「──……『ディアボロス教団』」

 

 

 また意味分からんこと言い出した。

 どうせ悪の組織とか適当にでっち上げたんだろうけど、そんな組織見たことも聞いたこともない。

 

「『魔神ディアボロス』の復活を目論む組織だ。奴らは決して表舞台には出て来ない」

 

 完全にシドが作った架空の組織だ。子供騙し過ぎるぞ、こんな話を信じるやつなんて──。

 

「くっ……!!」

 

 あれ? やっぱり信じてるぞ? 今この子めっちゃ歯を食いしばったもん。くっ殺って言う女騎士ばりの顔してるもん。

 

「お、おい、シド……」

 

 なんだか嫌な予感がしたので小声で話しかけるが、何故かシドに止められた。この野郎、俺が優しさでブレーキかけてやろうとしてんのに。

 

「我等の使命はその野望を陰ながら阻止すること……かな」

 

 おい待て、我等って言ったよな? それ俺のことも含めてるよな? しかも最後にかなって付けてるし、適当過ぎるだろ。

 

「我が名は──『シャドウ』。……陰に潜み陰を狩る者」

 

 行くところまで行ったな、もう知らね。てかなんだよシャドウって、名乗るのにビビったなコイツ。

 まあいいや、シドには後で事情を聞くとして俺はこっそり帰ろう。なんかシドはスライムスーツを起動させて黒コート姿になってるし、魔力を無駄に使って演出してるし、今ならバレねぇだろ。帰ろ帰ろ。

 

「……シャドウ。……そこの人は?」

「ああ、我の右腕だ」

 

 バレたわ。エルフの子目敏いな。足音消しながら動いたのに。

 

「右腕……?」

「そう、我を支える男──名は『ライト』だ」

 

 なんか勝手に名前付けられた。ライ・トーアムだからライトってか? それとも右腕だからライト()ってか? ぶっ飛ばすぞ。

 ……いやコイツの場合もっと厨二心溢れる名付けをしそうだな。……恥ずかしいから考えるのやめよ。

 

「『英雄の子』よ。我等と共に歩む覚悟はあるか?」

「病……いえ、呪いに侵されたあの日……私は全てを失いました。醜く腐り落ちるしかなかった私を、救ってくれたのは貴方です」

「君を見つけたのはライトさ。彼が居なかったら僕は君に気付くこともなかったよ」

「……ありがとう。ライト」

 

 めっちゃ可愛い。顔だけじゃなくて声まで可愛い。俺はただ見つけただけなのに良いことした気分だ。全裸だからあまり視線を向けられないけど。

 

「貴方達がそれを望むと言うなら、私はこの命を懸けましょう。──そして、罪人には死の制裁を」

 

 めちゃくちゃやる気なんですけど。いや、命の恩人が言ったことを信じちゃうのは分からんでもないけど。……どうすんだこれ。

 

「ライト。彼女に服を」

「えっ? あ、ああ」

 

 シドの言葉で彼女が全裸だったことを思い出し、慌ててスライムスーツを起動。彼女の肌を隠すために分け与えた。この一年間シドから魔力操作について教えられたので、俺の技術も格段に上がっている。

 

「立ち塞がる者に……容赦は出来ないわ」

「そうそう! そんな感じ!」

(完全に楽しんでるな、コイツ)

 

 俺以外にごっこ遊びの仲間が出来たとでも思ってるんだろうけど、間違いなく彼女はシドの設定を本気で信じてる。このすれ違いはマジで面倒なことになる気しかしない。

 

 俺がシドに注意を呼びかけようとする前に、立ち上がった彼女が俺達に言葉を浴びせかけた。

 

「他の『英雄の子孫』達を探し出して、保護する必要もあるわね?」

「「……えっ?」」

「組織の拡張と並行して、拠点を整備しないと」

「「……は、はあ」」

「そのための資金集めも」

「ほ、ほどほどにね」

(やべぇ。この子めっちゃ優秀だ)

 

 あまりの勢いにシドも押されている。そりゃそうだ、適当に言った設定にここまで熱意を持って返された経験などないだろう。

 

「どうする? シド」

「中々ノリが良いじゃない。良い拾い物したね」

 

 ダメだ。事の重大さが分かってない。お前はたった今、俺達より頭が良くて人並外れた膨大な魔力を持ったエルフを焚きつけたんだぞ。どうなるのかなんて想像も出来ん。

 

「じゃあ……僕らの組織は──【シャドウガーデン】

 

 前に聞いた話だが、シドの前世での苗字は影野だったらしい。組織名はそこから着想を得たんだろう。前から思ってたけど、ネーミングセンスがあるのかないのか分からんやつだ。

 

「それから君は『アルファ』と名乗れ」

 

 前言撤回、コイツにネーミングセンスなんてものはない。

 

「おい、適当過ぎだろ」

「本当は部下Aとかでも良かったんだけど。こっちの方が良いかなって」

「どっちにしろ適当だろ! 彼女だって……」

 

 嫌な筈だ、という俺の言葉は続かなかった。

 物凄く嬉しそうな顔をしている彼女──いや、アルファの顔を見てしまったから。

 

「アルファ……ふふっ、アルファ」

(良いんだ。気に入ったんだ)

「ねぇ……ライト?」

 

 小さく首を傾げながら呼ばれる。そこに計算されたあざとさは存在せず、天然物の可愛さ。破壊力は核兵器並みだ。

 

「な、なんだ?」

「アルファって……呼んでほしい」

「分かった。よろしくな、アルファ」

「ええ。よろしくね」

 

 アルファ、悪くない名前じゃないか。シドもたまには良い仕事をする。初めてコイツの右腕になって良かったと思った。陰の実力者万歳。

 

「ライトって……単純だね」

「お前にだけは言われたくない」

 

 いや、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、俺はアルファに呼び出されて一人で隠れ家にやって来た。

 これまでに見たことがないレベルの美少女に呼び出された。……テンションが上がるイベントの筈なのに、俺は何故か嫌な予感しかしなかった。

 

 そしてその嫌な予感は──見事的中した。

 

「シャドウの言っていた通りだった。……『ディアボロス教団』は実在していたわ」

「……へっ?」

「古文書の中に奴らのものと思われる記述があった。貴方達の使命を疑うような行動をして……ごめんなさい」

 

 形の良い眉毛を歪ませて謝ってくるアルファだが、俺はそんなこと気にしている場合じゃない。なんて言った? 『ディアボロス教団』が実在している? 

 

 そんな訳ないだろ。あれはシドが適当な設定を……待てよ。

 アルファの頭は良い。まず間違いなく俺やシドよりも。そんな彼女が本を漁り、『ディアボロス教団』は実在すると確定した。ならばそれは事実なのではないか? 

 

(シドは絶対に即興で語ってた)

 

 あり得ない話だが──()()()()()()()()()()()()

 

(……そんな偶然ありかよ)

 

 どうやら俺はとんでもない面倒事に巻き込まれたらしい。この事実をシドに話すべきか? いや、多分余程のことがないとアイツは信じない。アイツはバカだが、自分のやろうとしていることが馬鹿げていると理解はしている。

 

 俺がこんな事を言い出せば鼻で笑うか、俺を同類だと認識して仲間意識を持つかの二択になる。それだけは死んでも嫌だ。

 

「改めて、私は貴方達に命を預ける」

「えっ、あっ、そうだな」

 

 もう何を言っても怖い。取り敢えず……俺は考えるのをやめた。小難しいことは未来の俺がなんとかしてくれる筈だ。今は前世からの憧れだった金髪美少女エルフとの会話を楽しもうではないか。

 

 これは決して──現実逃避などではない。

 

 

 

 




 タグにも付いていますが、作者は七陰の中でアルファが一番好きです(笑)。漫画でも可愛いですし、アニメでも可愛い。シャドウを様付けしない所とかも好きです!


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3話 野球じゃなくて虐殺か

 

 

 

 

 

 俺の意見も聞かれずに【シャドウガーデン】という組織が結成されてから三年。俺とシド、そして最初の仲間となったアルファは十三歳になっていた。

 

 身体的成長から筋力も増え、剣の腕前も以前とは比べ物にならない程に上がった。魔力だけかと思っていたが、どうやら俺には剣の才能もあったらしい。それでも前世から修行していたとか言うボケナス主様には勝てていない。

 

 まあ、剣だけでなく色々なところで振り回されているのだが。やれ右腕だのなんだのと言ってこき使われ、組織のNo.2としての立場を任されている。

 

 ……というか、ただの遊び相手かもしれない。

 

 

「ライー! 盗賊殺しに行こうぜー!」

 

 

 神様、どうかこのバカに隕石を落としてください。

 これから寝ようとしていた俺に、シドは部屋の窓からやって来てこの台詞をとても良い笑顔で言ってきた。マジで殴りたい。

 

(野球じゃなくて虐殺か)

 

 この世界の中島は野球ではなく、虐殺に誘ってくるらしい。俺にため息が増えたのは全部コイツのせいだ。いつか絶対ボコボコにする、それが今の俺の夢だ。

 

「姉さんが攫われてさ〜。一応助けに行こうかなって」

 

 シドの姉、クレア・カゲノー。出来損ないを演じているシドとは違い、俺と同じで将来を期待されているカゲノー家の長女だ。黒髪ロングという正統派美少女だが重度のブラコンであり、シドの家へ遊びに行く度に俺は睨まれている。

 

「【七陰】も全員揃ってるし、後はライトだけなんだよ」

 

 ここでライからライトに切り替える辺り、本当に設定を重んじるやつだ。

 そしてシド……シャドウが言った【七陰】とは【シャドウガーデン】に入れるためにアルファがどんどん連れて来た『英雄の子孫』達のことだ。アルファを含めて合計七人、シャドウは何かとカッコよさげな名前を付けたがる。

 

 メンバー全員がアルファと同じく『悪魔憑き』だったため、シャドウによって命を救われている。俺に魔力暴走を治す技術はないので、精々戦い方を教えてやったぐらいだ。それでもそこそこ信頼され、好かれてはいると思う。

 

「リーダー直々に来てくれるとは光栄だ。ほら、帰れ」

「えー、行こうよー。姉さんを攫うぐらいだから、それなりに実力はあると思うんだ。いい経験値稼ぎだよ」

 

 盗賊をメタル系モンスターか何かと勘違いしてないか? 盗賊を経験値なんて言う十三歳はお前ぐらいなもんだよ。

 

「さっ、行こう!」

 

 こんな年相応の少年らしい笑顔で手を伸ばしてるのに、頭の中は盗賊相手に厨二ムーブすることしか考えてないとか本当に残念だ。

 もしも俺が屋敷に閉じ込められている可哀想なお嬢様とかだったら、シャドウはヒロインを助けに来たカッコいい主人公にでも見えていたのだろう。

 

「……はぁ、分かったよ。準備するから先行ってろ」

 

 もう断るのも面倒臭い。シャドウの傍若無人に対して、俺は抵抗より諦めを取るようになっていた。だって断れた事ないんだもん。

 

「よし。待ってるぞ、右腕」

「はいはい。シャドウ様〜」

 

 神様、本当に隕石を落としてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌々訪れることになった盗賊アジト。【シャドウガーデン】の『ライト』として来ることになったので、服装もちゃんとスライムスーツを変化させている。俺以外の全員が黒色の中に金色のラインが走っているにも関わらず、俺のやつは金色ではなく銀色のラインだ。シャドウ曰く、見分けやすくするためだとかなんとか。全く嬉しくない特別扱いだ。

 

「ライト、敵の人数はおよそ五十。リーダーは『ディアボロス教団』の幹部クラスよ」

「へぇ、そうなのか」

 

 無事に【七陰】達と合流し、アルファから状況の説明をされる。てか今『ディアボロス教団』って言った? 盗賊じゃないの? 

 

「教団が関わってるのか?」

「ええ、クレア・カゲノーに英雄の子の疑いをかけたようね」

 

 なるほど。だからシャドウは俺に盗賊だと説明した訳か。アイツの考えた設定を一番信じてないのが本人って笑えるな。笑えないけど。

 

「……そうか。分かった、ありがとう」

「良いのよ。貴方の役に立てて嬉しいわ」

 

 くっそ可愛いなぁ。夜だから光源は月だけ。月明かりに照らされる金髪美少女エルフとか最高以外の何者でもない。緩んだ表情を見せないよう、俺は手に持っていた仮面を顔に付ける。もちろん、デザインはシャドウが担当した。ダッセェ。

 

「ライト様。シャドウ様は……?」

 

 俺がどうやって潜入するかを考えていると、アルファの後ろから出てきた少女に声をかけられる。

 名前は『ベータ』。アルファと同じくエルフであり、負けず劣らずの銀髪美少女だ。そしてどこがとは言わないが年齢の割にとても発育が良い。

 

「シャドウなら……単独行動だな。()()()()()()()()()()。俺達が邪魔しちゃ悪いから放っておいてやれ」

 

 魔力を探知してみたところ、既にアジトの中へ入っていた。人を誘っておきながら自分は待つことも出来んのか。後で殴っとこう。

 説明するのも胃が痛いし面倒なので、シャドウを崇拝しているベータが納得しそうな言葉を適当に投げておいた。

 

「流石シャドウ様……!」

 

 ほらな。こうなるんだよ。

 なんならベータだけでなく、他のメンバーも似たような顔をして似たようなことを言っている。

 

「その知略……感服いたします」

 

 目を閉じながら感動しているのはまたまたエルフ。【七陰】三番目のメンバー、『ガンマ』。アルファ以上の頭脳を持っているが、戦闘能力は最弱。何も無い所で転ぶ天才だ。

 

「ボスは最強なのです!」

 

 フリフリと尻尾を振る狼の獣人、『デルタ』。頭の出来は一番貧弱だが近接戦闘なら【七陰】でもトップクラス。シャドウのことをボスと呼びめちゃくちゃ懐いている。

 

「主様なら当然のことですわ」

 

 胸を張りながらドヤ顔したのはまたまたまたエルフ、『イプシロン』。プライドの高い子だが、シャドウのことは皆と同じように慕っている。俺のことは……まあまあって感じかな。後どこがとは言わないが盛ってる。

 

「主の意図を瞬時に理解出来るのは、ライトだけ」

 

 シャドウではなく俺を褒めてくれたのは猫の獣人、『ゼータ』。隠密行動を得意としており、情報収集をさせれば右に出る者は居ない。俺が特に面倒を見てるからか、俺に懐いてくれてる。モフモフしてて可愛い。実家で飼ってた猫を思い出す。

 

「……うんうん」

 

 眠そうな顔で頷くのはやっぱりエルフ、『イータ』。どうやら魔力適正の高いエルフは『悪魔憑き』になりやすいらしい。この子は技術・研究担当であり、シャドウに色々と前世の知識を吹き込まれている。寝たまま歩き出す程に寝相が悪い。

 

(……女子ばっかなんだよなぁ)

 

 何か理由があるのかもしれないが、発見する『悪魔憑き』は女子ばかりだ。従ってメンバーは俺とシャドウ以外全員女子となっている。性欲が枯れているアホは良いかもしれないが、俺は至って健全な男子。ドキドキすることも多いので心臓に悪い。

 

「……やるか」

 

 アジトから爆発音が聞こえたので、シャドウが暴れ出したのだろう。俺はアホリーダーの代わりに【七陰】へ指示を出した。未だに命令とかするの慣れないんだけどな。

 

「デルタ、お前は正面から突っ込め。好きにやって良い」

「わかったのです!」

 

 デルタは勝手に暴れさせておく。それが一番本領を発揮させてやれるから。

 

「イプシロン、ゼータ、イータ、はデルタに続け」

「分かりましたわ」

「了解」

「……うん」

 

 ここの奴等がそこそこ出来るなら、デルタ対策で遠距離攻撃をしてくるかもしれない。それに加えてデルタが殺し損ねた連中を掃除してくれれば良いさ。

 

「アルファ、ベータ、ガンマは俺と来い」

「ええ」

「はい!」

「承知しました」

 

 さて……幹部クラスってのはどの程度かな。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……フン、小娘が」

 

 薄暗い牢屋の中で、男が気絶した少女を見下ろす。

 見た目は麗しい美少女だが、手に付けられていた拘束具を手の肉を削ぐことで外したイカれ少女だ。すぐに顔面へ拳を打ち込まれ、気絶させられてしまったが。

 

 少女の名はクレア・カゲノー。『ディアボロス教団』に攫われ、幽閉されている真っ最中だ。誘拐を命じた張本人である男・オルバは殴った手を見つめながら、忌々しそうにため息を吐いた。

 

「オルバ様! 侵入者ですッ!!」

「なんだとッ!?」

 

 静かだった牢屋に大声が響く。伝えられた内容は予想外の侵入者。このアジトを特定されただけでなく、真っ向から乗り込んでこようとは考えてもいなかった。

 

「て、敵は恐らく八人! 圧倒的な強さです! 我々では歯が立ちませんッ!」

 

 報告を受け、オルバが走る。この支部を任されている者として、自らが剣を振るうしかない状況になってしまった。

 

「あり得んッ! ここには王都の近衛に匹敵する騎士を……ッ!?」

 

 オルバの動揺を更に加速させたのは足元に転がって来た部下の死体。首元を一撃で仕留められており、相当な実力者の仕業であることが分かる。選りすぐりの部下達をこうも容易く屠る敵、オルバは警戒を最大に引き上げた。

 

「貴様ら何者だァァァッ!!」

 

 部下達の血で染められた地面に立つ八人の侵入者。全員が漆黒のスーツに身を包んでおり、異様な存在感を放っている。仮面を付けているため顔は確認出来ないが、年齢は自分よりも相当下であるとオルバは感じ取った。

 

 激昂するオルバに返答したのは、整列する七人の前にゆっくりと出て来た唯一フードを被っている者だった。

 

 

 

「──【シャドウガーデン】

 

 

 

 銀色の仮面で顔を隠した、声を聞く限り性別は男。

 後ろの七人が一歩下がって構えているところから察するに、この男がリーダー格なのだろう。オルバは鞘から剣を引き抜きながら、侵入者達へ怒声を浴びせかけた。

 

「此処がどういう場所か分かっていてこんな真似をしたのか!?」

「ああ、『ディアボロス教団』の支部だろ?」

「なっ……!」

 

 少しでも情報を引き出そうとしたオルバだが、強烈なカウンターを喰らう。表の人間はもちろんのこと、裏の人間でさえ知る者は少ない組織の名を間違えることなく口にしたのだ。

 

「『魔人ディアボロス』・『英雄の子孫』・『悪魔憑き』。やる事が多くて大変だな。ご苦労さん」

「き、貴様ッ! どこでその名をッ!? どこでその秘密を知ったァァァァ!!!」

 

 磨き上げられた剣術を持って、オルバが男へと斬りかかる。真っ直ぐに振り下ろされた剣は岩も切り裂く威力、丸腰で受ければ即死は免れない。

 

「グゥッ!?」

「……意外に基本的な剣だな。悪の組織には似合わない」

「こ、小僧ッ!!」

 

 オルバ自慢の一閃はいつの間にか現れた剣によって防がれ、ただの筋力によって軽々と押し返された。

 

「幹部クラスなんだろ? 油断はしないぞ」

「くっ! 生意気な!!」

 

 右手に握る剣と同じように左手にも剣が現れる。どういう原理か分からないが自由自在に武器の出し入れが可能なようだ。オルバは見たことのない技術に戸惑いつつも、勢いを落とすことなく再び剣を振るった。

 二刀流を相手にすると確実に手数で負ける。ならば狙いは一つ、込められるだけの魔力を込めた全身全霊の一撃で沈めることのみ。

 

「喰らえぇぇぇぇぇえッ!!!!」

 

 繰り出せる最高の一太刀。

 それは──呆気なく防がれた。

 

「……な、なんだと。──グハァッ!」

「良い太刀筋だ。やっぱりアンタ悪人らしくない」

 

 二本の剣で攻撃をクロスブロックし、男は呆れたようにオルバを評価する。その後すぐにガラ空きとなっている腹部へ蹴りを決め、オルバを吹き飛ばした。

 

(この力の差は……クソッ!)

 

 相手が格上であると理解したオルバ。懐から瓶を取り出し、中に入れていた赤色の錠剤を一つだけ噛み砕いた。それと同時に跳ね上がる魔力量、オルバは自身の限界を無理矢理突破した。

 

 これで優勢になった。オルバのそんな考えを嘲笑うかのように、対峙する男の魔力量が──()()()()()()()

 

「……そ、そんな。……あり得ん」

 

 視界で捉えられる程に濃密な銀色の魔力。自身の魔力とは比べることすら烏滸がましいレベルで差がある。

 

「大人しく降参した方が良いぞ」

 

 男はそう言うと剣に魔力を纏わせ、戦闘を開始してから初めて攻撃体制に入る。右の剣を肩に乗せ、左の剣を胴の横まで引き寄せた。あそこから二刀の剣を振り抜けば、考えるのも恐ろしい破壊力の斬撃が繰り出されることだろう。

 

 

 ──当たれば死ぬ。

 

 

 オルバの研ぎ澄まされた直感は、本能へ逃走の一手を激しく命じた。

 

「グゥオオオオッ!!!」

 

 立っていた地面を剣でくり抜き、下へと落下する。この支部の最高責任者なだけあり、隠し通路への入口はしっかりと記憶していたらしい。

 わざとらしく巻き上げられた土煙が消えると、オルバの姿も消えていた。思惑通り、見事逃走することに成功したのだ。

 

 逃げた先で──悪魔に出会うとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……逃げたか」

 

 今にも爆発しそうな魔力を押さえ込み、ライトが構えを解く。一つため息をついてから、両手に握る剣をスライムスーツへと収納した。

 

「すぐに追うわ」

「追わなくていいよ、アルファ」

「何故?」

「下には()()()()()()。追いかけても手遅れだ」

「……そう、だから彼は単独行動をしたのね」

 

 アルファの言葉に、周りの六人も声を上げる。尊敬している主の先を見通す力に感動しているのだ。実際にはそんな事実ありはしないのだが。

 

「流石ね、ライト。こうなると分かっていたんでしょう?」

「……どうだかな。……疲れた。クレアを助けて帰るぞ」

「ふふっ、素直じゃないんだから」

 

 ぐったりと疲労した様子のライトに笑いかけるアルファ。照れ隠しのつもりと思っているようだが、ライトは本当に疲れていた。恥ずかしい名乗りをしただけで精神的にかなり削られていたのだ。シャドウに見られていたらと考えるだけで鳥肌が立つ。

 

(……あのバカには神の加護でも付いてるのかね)

 

 シャドウがこの状況を読み、敢えて単独行動していたとライト以外の全員が確信している。実際にはただ待つことに飽きて一人で突撃し、下の方に居た敵達を片付けていただけの話だ。

 

(……絶対道に迷ったな)

 

 流石は右腕。正解だった。

 

(さっさと帰って寝よ……)

 

 どうせもう片付いていると決めつけたライトは【七陰】全員を引き上げさせ、シャドウを置き去りにして自分も帰宅したのだった。

 

 

 

 




 ゼータのモフモフ具合は猫派の作者に刺さりますねぇ。
 かげじつのお陰で原作にあまり出番の無いゼータとイータが出て来て嬉しいです(笑)。

 ちなみに主人公の名前は右腕→ライトアームから付けました(笑)。


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4話 光という名の隠れ蓑だろ

 

 

 

 

 

 貴族は十五歳になると、王都にある『ミドガル魔剣士学園』へ通うことになるらしい。俺とシドも例外ではなく、この度実家を出て王都へ行くことになった。

 

 本日は出発の日。駅で家族に見送られた俺達は、王都へと走る列車の中に居た。前世とは違ってそれなりの金がなければ利用出来ない交通機関だ。座ってる椅子も柔らかく、快適と言える。

 

「……いよいよだな」

「そうだねぇ」

 

 俺の隣に座っているのはシド。朝から上機嫌であり、珍しく裏のない笑顔をしている。前から王都に行きたいと言っていたし、今日を楽しみにしていたんだろう。二年ぐらい前にアルファ達【七陰】が世界中へ旅に出てからごっこ遊びも思う存分出来てなかったからな。その分余計に浮かれている。

 

 これからの敵となるであろう『ディアボロス教団』。どうやら世界規模の大組織だったらしく、アルファ達は仲間を集めるべく動いている。

 たまに俺だけに届く定期連絡を見て状況を把握してはいるが、リーダーの知らない所で組織が拡大ってどういうことだ。シャドウ様、アンタは何も言わなくても全てお見通しらしいですよ。

 

「ねぇ、ライ」

「なんだよ」

「王都になら絶対居るよね。主人公ポジションとかラスボスとか」

「……ブレないねぇお前は」

 

 シドと出会ってもう六年になるが、コイツは初めて会った時から何一つ変わっていない。戦闘力で言えば大きく成長しているが、精神的には全く変わっていない。俺を勧誘する際に言っていたバカみたいな野望もあの時のままだ。ここまでくると尊敬するよ。

 

「ふっふっふ、ライも狙い通り特待生になってくれたことだし、幸先良いなぁ」

「おい待て、狙い通りってなんだ? 俺はお前の役に立つ事が何よりも嫌なんだが?」

「まあまあ、学園でも仲良くしようね。ライ」

 

 ……またなんか企んでるよ。このボケ。

 と言うかこの言い方だと特待生になったのは俺だけでシドは違うってことか? なんで? 

 

「お前特待生じゃないの?」

「当たり前だろ? 陰の実力者は力を隠しているから陰なんだ。普段はどこにでもいるモブ、しかし戦えば実力者! それが良いんじゃないか。特待生なんて目立つ存在は論外だね」

「お前の頭が論外だわ」

 

 モブ道を極めるんだとかアホなこと抜かしてるシドを見て、俺は頭痛に襲われる。ここまでの付き合いで分かっていたつもりだが、俺はコイツのことをまだ理解出来ていなかったらしい。なんだよ、モブ道を極めるって。

 

「楽しみだなぁ」

「うるせーよ」

 

 行きの列車だけど……もう帰りたい。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 魔剣士学園へ入学して早一ヶ月。

 俺は魔剣士見習いとして平穏な日々を……送れなかった。

 

「見て、彼よ」

「特待生のライ君でしょ?」

「綺麗な白い髪〜、カッコ良いなぁ」

「てか一緒に歩いてる人達って誰? ライ君の友達?」

「ないない、あんな地味なの。ライ君に引っ付いてるだけのモブでしょ」

 

 廊下を歩いている俺を見て、女子生徒が好き放題言っている。向こうは聞こえてないつもりかもしれないが、耳は良いんでバッチリ聞こえる。そして俺以外にも聞こえてる奴が一人。一緒に歩いている地味なモブ野郎だ。

 

「……ご機嫌だな」

「いやぁ〜、我ながら完璧なモブ具合だと思ってね。ライの目立ちっぷりにも感謝してるよ」

「やかましい。お前このために俺だけを特待生にしただろ」

 

 手加減などしなければ、シドも間違いなく特待生になっていた。そうしなかったのはモブ道などというバカ丸出しの道を歩きやすくするためだろう。

 

(ライト)が無ければ(シャドウ)は無いってね。流石は僕の選んだ右腕」

「光という名の隠れ蓑だろ」

「その言い方は悪意を感じるなぁ」

「それは良かった。悪意しかねぇよ」

 

 俺の嫌味など効く筈もなく、シドはご満悦だ。俺を都合の良い身代わり、隠れ蓑にすることが出来たのだから当然だ。いつか絶対シバく。

 

「お、おいおい! なんか俺、女子に熱い視線を向けられてる気がする!」

「違いますよ! 僕! 僕を見ているんですよ!」

 

 満面の笑みを浮かべるシドへ周りに気付かれないよう肩をぶつけていると、俺達の前を歩いていた二人の男が騒ぎ出した。

 背の高い金髪の男がヒョロ・ガリ。小柄で坊主の男がジャガ・イモ。本当に貴族なのか疑いたくなる程の酷い名前であり、シドが自ら友達に選んだ二人だ。どうせ溢れ出すモブっぽさとかで選んだんだろう。なんとなく分かる。

 

「やべぇな! モテ期来たな!」

「困りましたねぇ! 坊主の魅力に気付かれるとは!」

 

 なんか盛り上がってるし、水を差すのも悪いな。性格はそこそこクズな奴等にも関わらず、どこか憎めない親しみやすさを感じる。まだ一ヶ月程の付き合いではあるが、一緒に居て居心地はそこまで悪くない。

 

「おいシド! モテ期! モテ期だぞ!」

「ライ君! 今がチャンスかもしれません!」

 

 鼻息を荒くしながら声をかけてくるヒョロとジャガ。呆れる俺と興味なさそうなシドに構わず、勘違い非モテ男達は興奮していた。

 

「「彼女を作るんだ!!!」」

「無理だと思うよ」

 

 拳を高く振り上げたバカ二人を、それ以上のバカが一刀両断。まさか俺がシドの意見に対して素直に頷く日が来るとは……恐るべしモブ達だ。

 

 そしてこの個性豊かな友人達のせいで、学園生活七ヶ月目にして厄介なイベントが発生した。ノリノリのシドを見れば分かる、ろくでもないことであると。

 

 内容を聞けば、やはり予想通りだ。シド曰く学園青春イベントのお約束、モブとして絶対にやりたいことの一つらしい。

 

 

 ──学園のアイドルに告白して()()()()()()

 

 

 いやあるよ? 青春アニメとかでよく見る光景だよ? でもよく考えてくれよ。仮にも自分の上に立っている男がそんな情けない役割に全力出して飛び込もうとしてるんだよ? 俺だっていくら何でも思う所はあるぞ。

 

 シドは徹夜で告白の台詞を考えてきたらしいが、本気で玉砕する気しかない。明らかに労力をかけるポイントが間違っているというツッコミはしていたらキリがないのでやめた。別に良いよ、好きにしてくれ。お前はそういう奴だから。

 

 更に学園のアイドル──つまり告白相手の女子は超大物。

 ここ『ミドガル王国』の第二王女、アレクシア・ミドガル。眉目秀麗・文武両道・品行方正と三拍子揃った女性であり、言うまでもなく学園内での人気はトップだ。狙った男は数知れず、散っていった男もまた数知れず。

 

 そして今日、シドもその仲間入りをしようとしていた。自ら、望んで、敗北者達の山に加わろうとしていた。

 

 ……なんか言ってて悲しくなってくるな。右腕やめよっかな。

 告白現場を覗き見するため草に隠れていると、少しだけ目から汗が出てきた。

 

「おい、来たぞ」

「アレクシア王女です」

「……ん? ……ああ、そう」

 

 俺とは違いテンションの高いヒョロとジャガ。

 シドがフラれる所を見られると楽しんでいるのだろう。そもそもこの告白自体が罰ゲームによるものらしい。そりゃあ悪ノリするよな。俺もシドがフラれるポジションに居なかったらゲスく笑ってたと思う。

 

「ア、ア、ア……アレクシア王にょ!!!」

 

 ……うわぁ。

 

 リーダーの演技力にドン引きだわ。何アレ、何あの表情、何あのテンパリ、やりたいことに関しては本当に突き抜けてる奴だな。演技ということが分かっているから最早感心してしまうレベルだ。賞でも取れるんじゃないか? 厨二卒業して俳優にでもなれ。

 

 このまま王女にシドがフラれる。ヒョロもジャガも、俺もそう思ってた。いや、一番そう考えていたのはシドの奴だろう。最終的な結果に最も呆然としていたのは当の本人だったから。

 

「分かりました。貴方のような方を待っていたの。──よろしくね」

 

 なんかよく分からんけど、告白が成功した。

 俺も一瞬混乱して思考が止まったけど、中々レアなシドのアホ面が見れて爆笑した。取り敢えずブラコン拗らせてるクレアにはこう報告しておこう。

 

 弟に彼女が出来たぞってな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園生活とは波瀾万丈なものらしく、退屈しない日々を送っている。

 同級生の女子から告白された、上級生の女子から告白された、教師の女性から告白された、男から告白──などと色々なイベントを経験してきた俺だが、今日はその中でも特に刺激的な一日となった

 

 この数日間、俺は王女と付き合うことになった主様の動向を腹抱えて笑いながら──ではなく、右腕として冷静に観察していた。するとどうだろう。不思議なことに王女は何者かに誘拐され、その容疑者としてシドが騎士団に身柄を拘束されたのだ。

 

 王女誘拐の犯人とされればまず極刑は免れない。

 モブを極めるとか言ってるボケは自力で脱出なんてしないだろうから、笑い事ではなくマジで命が危ない状況だ。

 

(……どれだけ迷惑をかけるんだ)

 

 椅子に縛り付けられ拷問をされるシドを見て、俺はため息を溢す。別に痛めつけられている知り合いを見て悲しんでいる訳じゃない。最初はそのつもりで来たのだが、シドを見てその必要がないと分かった。

 

「嫌ぁぁぁ!! 命だけはお助けをぉぉぉッ!!!」

(楽しんでやがる)

 

 涙目で必死に命乞いをするシド。間違いない、モブっぽくを求めて演技している。アイツのヤバさはここまでだったか、命懸けでモブになりきっていた。なんかすまんかった、お前のこと舐めてたわ。もう同じ人間とは思わない。お前はただの妖怪だ。

 

「……はぁ。これから面倒事が始まるな。準備しておいてくれ。【シャドウガーデン】の指揮はいつも通り頼んだ」

 

 俺の言葉を聞き、隣で身を潜めていた金髪碧眼美少女が頷く。夜に溶け込む漆黒のスライムスーツを着用しており、身体のラインが一目で分かるけしからん格好だ。目の保養ですありがとうございます。

 

 耳に届くリーダーの情けない悲鳴を聞き流すため、俺は美少女の可愛さに意識を全て持っていった。

 

 

 

 




 ちなみにオリ主の総合的な強さはシャドウを百とするなら八十五ってところです。魔力量自体は勝っていますが、前世から修行してた奴だからね。仕方ないですね。

 そしてたくさんのお気に入り登録・感想・高評価をありがとうございます!モチベーションになるので、これからも応援してやってください!!


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5話 親友じゃなくて腐れ縁だ

 

 

 

 

 

 我らのアホリーダーがアレクシア王女誘拐の容疑者になり、騎士団に拘束されてから五日。

 俺はこの期間中、どうにかシドを穏便に釈放してもらおうと努力したが、結論だけ言えば無駄な努力に終わった。

 

 アレクシア王女誘拐事件を担当している騎士団に掛け合ったり、アレクシア王女の姉である『ミドガル王国』の第一王女、アイリス・ミドガルに事情を説明したりもしたが、突っぱねられてしまった。

 俺は期待の特待生ということでアイリス王女とも面識があり、話をする機会は貰えたが願いは聞き入れてもらえなかった。妹であるアレクシア王女が誘拐されたのだから、まあ無理もないことだが。

 

 出来ることがなくなってから三日、シドが仮釈放されることになった。学園に属する生徒全員に外出禁止令が出されているが、俺はシドの友人ということで迎えに行くために特例の外出が認められた。アイリス王女が俺に向けた僅かばかりの温情と言ったところか。

 

(……優しいんだよなぁ。あの人)

 

 アイリス王女に感謝しながら、腕を組んで騎士団の本拠地を囲む塀にもたれかかる。夕暮れの空を見上げて待っていると、重々しい音が響いて門が開いた。そこから荒く放り投げられた男こそ、俺が迎えに来た男だった。

 

「オラよッ!」

「ヘヘッ、ささっと行け!!」

 

 騎士とは思えないゲスな顔でシドを捨てた騎士団の二人。俺は戻って行くソイツらの背中を横目で見ながら、パンツ一丁で放り出されたリーダーに声を掛けた。

 

「良い格好だな。シド」

「だよね。まさに王道のモブ」

「……ん。頭は異常だな。健康そうで安心した」

 

 縄でキツく縛られ、警棒で殴られ、挙げ句の果てには刃物に刺されていたというのに元気なことだ。コイツのアホっぷりはあの程度の拷問ではビクともしないらしい。

 

「ほら、剣は持っててやるから服を着ろ。帰るぞ」

「そうだねー。少し待ってて」

 

 シドと一緒に放り投げられた荷物と剣を拾い上げ、荷物の中から服を取り出して渡す。

 早く服を着てくれないとほぼ全裸の男と一緒に居る不審者扱いされるだろ。今だって通り過ぎて行く人達に視線を向けられてるんだから。てか何見てんだ? 見せ物じゃねぇぞ。

 

(……これが騎士団ね。盗賊と変わらねぇな)

 

 羞恥心を捨てているシドは良いが、俺は普通の人間。恥ずかしいものは恥ずかしいし、ムカつくものはムカつく。乱暴に放り出すだけならまだしも、パンツ一丁で外に出すことないだろ。

 

「ライ〜? 着替えたよ。帰ろっか」

「……ああ。そうだな」

「なに怖い顔してんの? 嫌なことでもあったのかい?」

「別に。とっとと帰るぞ。駅まで送ってやるから」

「悪いねぇ。迎えに来てもらったのに」

「思ってもないことは口にしない方が良いぞ」

 

 あれだけ好き放題されたのに、コイツは怒らない。どうせモブっぽいなぁとしか思っていないんだろう。なんなら拷問を担当した騎士達に感謝すらしているかもしれない。

 

「……お前って本当にうざいよな」

「突然の罵倒だ〜」

 

 やっぱり、俺はコイツが嫌いだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……はぁ。疲れた」

 

 シドを駅まで送り届け、学園の寮に戻って来た。王族や上位貴族の生徒達も住んでいるということで、学園の寮は国の中でも最高峰の高級感。特待生になって良かったと思えるポイントの一つだ。

 上着をハンガーに掛け、ふかふかのベッドへ背中からダイブ。身体全体が柔らかさに包まれ、一仕事終えた安心感から息が溢れた。

 

「……シドの奴。夜に部屋へ来いじゃねぇよ。この数日間、俺が誰のために頭を下げてたと思ってんだ。クソボケリーダー」

 

 列車に乗る直前に言われた言葉を思い出し、俺はイラついた。モブっぽくないからと傷を治すこともせず、笑顔でこき使われれば腹も立つ。別にアイツが怪我していようがどうでも良い。元々アイツの頭は怪我しているんだから。

 

「命を懸けるとこが……ズレてんだよなぁ」

 

 目を閉じてそう呟くと、なにやら言葉にし難いとても良い匂いが鼻をくすぐった。俺は身体を起こすこともせず、ゆっくりと目を開ける。

 

 そこには──。

 

「めっちゃ可愛い」

 

 天使が居た。

 

 雪のように白い肌を包むのはこれまた白い制服。金色に輝く髪とよく合っており、何時間でも見ていられる美しさを放っている。

 スカートが短いので足は太ももまで見えており、思わず視線を向けてしまう圧倒的な引力がある。これは男として健全な反応であって、決して俺だけが不純な訳ではない。ベッドに寝転がるすぐ上にこんな美少女が現れて冷静で居られる奴が居たら、それはもう男ではない。

 

「どうして制服を着てるんだ? アルファ」

 

 俺の言葉が恥ずかしいのか、少し頬を赤らめたアルファ。俺のことを揶揄おうとでもしていたんだろうけど、俺だってやられっぱなしじゃない。入学してから告白されまくったお陰で、少しは耐性が付いた。今までドキドキさせられてきた分をやり返させてもらおう。

 

「よく似合ってる。綺麗だよ、アルファ」

「なっ……その、お、降りるわ」

 

 俺の身体に跨っていたアルファだが、耳まで真っ赤にして俺から降りようとする。どうやら俺の攻撃は効いているらしい。畳み掛けるなら今だ。

 

「ダメだ。降りるな」

「──ッ! ……そ、その! 少し悪ふざけで……ごめんなさい」

 

 身体を起こしてアルファの腰に手を回す。これで俺から離れることは出来なくなった。肌が白いから赤くなったのがすぐに分かる。アルファが俺以上に恥ずかしがってくれてるからなんとか精神を保てるな。

 

「どうして制服着てるんだ? 教えてくれよ」

 

 顔を近付け、耳元で囁く。エルフは耳が弱点、男なら知っていて当然だ。

 こちらの世界に居るエルフにも効果抜群だったようで、俺の腕にすっぽりと入るアルファの身体はビクッと震えた。俺は確かな手応えを感じ、更なる追撃に入る。

 

「ほら、早く教えて」

「ちょっ、ちょっと……それやめ」

「教えないとやめないぞ」

 

 別に女子をイジメて楽しむ趣味は持っていないんだけど、こうなってくると話は別だ。昔からよく言うしな、好きな子には意地悪をしたくなるって。……俺は小学生か。

 

「わ、分かった! 分かったから耳は……んっ」

 

 押し殺すような声がアルファから溢れる。何その声、めちゃくちゃ色っぽいんですけど。普段澄まし顔の美人がここまで動揺すると虐めたくなるよな。そんなことを考えながら、俺はアルファの口から語られるであろう制服を着ている理由に耳を傾けた。

 

「……貴方が。……女子生徒に告白されていたから」

「えっ?」

「…………二度は言わないわよ」

 

 つまりは……嫉妬? 俺が女子生徒達に告白されたのを知り、嫉妬して制服姿で部屋に来たと。可愛過ぎませんかねこの子。恥ずかしそうに手で顔を隠してるのもギャップ萌えだし、なによりちゃんと理由を話してくれるのが可愛い。

 

「──……はぁ」

「……ライ? ……あっ」

 

 これ以上やると俺の理性がぶっ壊れそうなので、おふざけはここまでにする。アルファを身体の上から動かし、ベッドへと座らせる。短いスカートの女の子座りって破壊力ヤバいな。なんか息が荒いし、ちゃんと自分でストップ出来て偉いぞ俺。

 

「よ、予想外の反撃だったわ」

「これに懲りたら、俺を揶揄うのはやめるんだな」

「……昔は顔を赤くしてくれたのに」

 

 少し拗ねたように呟くアルファ。小さい頃からたまに見せるその顔の可愛さは何も変わらない。そして子供のような顔を見せてくれるのは俺が信頼されている証拠だ。普通に嬉しいし誇らしい。

 アルファの頭を撫でながら、俺の口元は緩みに緩む。

 

「……子供扱いしないで」

「拗ねた顔も可愛いな」

「──ッ! ……はぁ。もう降参よ。私の負け」

 

 観念したように手を上げるアルファ。完全勝利に満足したので、俺はアルファの頭を撫でる手を止めた。

 アルファさん、撫でるのをやめた時に少しだけ寂しそうな顔をするのは反則だと思うんです。

 

「ん、んん!! ……それで? 何の用だ?」

 

 咳払いした後の俺の言葉にアルファが表情を切り替える。この辺は流石アルファだ。【シャドウガーデン】の実質的なリーダーは伊達じゃない。

 

「アレクシア王女誘拐の件で、貴方に話をしておこうと思って」

「そうか、ありがとう。シドの方は?」

「ベータが行っているわ。彼のサポート当番、今はベータだから。横取りしたら後が怖いもの」

「ベータはシド大好きだからな」

「あら? 嫉妬かしら?」

「いや全然。俺はアルファが好きだから」

「……そ、そう。……ありがとう」

 

 くっそめっちゃ可愛い。

 

「実はシドから呼び出されてる。夜にアイツの部屋に集合だ」

「……流石ね。昔と同じで、貴方達は私達のずっと先を見てる。……いつも遠くに感じるわ」

 

 いや、呼び出し食らっただけなんだけど。

 

「買い被りだ。アルファ達【七陰】が頑張ってくれているから、【シャドウガーデン】はここまで大きくなったんだ」

「……ふふっ、ありがとう。嬉しいわ」

 

 多分半分はお世辞とでも思ってるんだろうな。全部丸ごと本音なのに。

 

「今回の事件は『教団』絡みか」

「ええ。アレクシア王女、つまり王族を誘拐した奴等の狙いは……濃度の高い『英雄の血』よ」

「なるほど。じゃあ殺されてはないか」

「そうね。死んだらそれ以上血を抜けないから」

 

 そうなると王女は監禁されているってことだ。誘拐目的から言って殺される可能性はかなり低い。別にアレクシア王女を助ける義理もないが、姉であるアイリス王女には借りがある。その借りを返すためなら、俺も動く気になるってもんだ。

 

「行くのか? アルファ」

「ええ。説明の必要もなさそうだし……貴方のせいで余計な時間を取られたもの」

 

 着崩れた制服を直し、アルファがベッドから降りる。ムスッとした表情も可愛い。口に出したら怒られそうなので言わないけど。

 

「お前に言う必要はないと思うけど、気を付けろよ」

「分かったわ。貴方とシャドウは……大丈夫よね」

「……まあな。お前達のリーダーと副リーダーはそんな柔じゃないさ」

「貴方が珍しく怒ってるみたいだから。やり過ぎないようにね」

 

 ……ん? 今、アルファはなんて言った? 

 

()()()()……? 俺がか?」

「ええ。かなりね」

 

 怒る、か。全くそんな意識はないんだけど、アルファが断言するならそうなのかもしれない。……怒る、ねぇ。

 

「親友が拷問にあったからかしらね」

「……おい待て、親友って誰のことだ?」

「さあ? 誰かしら」

 

 クスクスと見惚れそうな笑みを浮かべながら、アルファが制服から黒スーツへと服装を変化させる。

 

「この事件が終わったら、マグロナルドをご馳走してね。久しぶりに貴方と食事がしたいわ」

「……もちろん良いけど」

「ありがとう。じゃあね」

 

 断る筈がないデートの約束をし、アルファは窓から出て行った。厳重な警戒網が張られている学園内だが、アルファを見つけられるとは思えない。俺も日が落ちたら出て行くつもりだし、準備はしておかないとな。

 

「……ったく、誰が親友だっての」

 

 アルファが誰をその枠に当て嵌めていたのかは分かる。だからこそ、俺はそれに異議を唱えなければならない。あの死んでも治らない筋金入りの厨二病が親友だって? 冗談だろ。

 

 ──親友じゃなくて腐れ縁だ。

 

 

 

 




 アルファ推し歓喜!(自給自足)。


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6話 これもう労災だろ

 

 

 

 

 

 日が完全に落ち、辺りは暗闇に包まれた。良い子であれば家で寝ている時間だろう。

 

 そんな夜遅くにも関わらず、俺は学園の寮を抜け出して下町にあるボロい寮へと足を運んでいた。下級貴族の生徒達が住んでいる格安の寮であり、部屋のグレードは値段通りといった具合だ。

 

 しかし、そんな寮の一室には部屋に合わな過ぎる高級品の数々が運び込まれていた。

 

 ……俺はそれを手伝わされていた。

 

「あー、ライ。もうちょっと上かな。右の方ね」

「……このぐらいか?」

「上過ぎるよー、もうちょい下」

「……この辺?」

「オッケー! 完璧! うーん、良いなぁ! 偶然拾った幻の名画『モンクの叫び』!」

「拾ったか。物は言いようだな」

 

 盗賊が商人から奪った物を奪っただけだろ。俺の視線を気にすることなく、満足そうに絵を見ているシド。絵の良さなんて分りゃしないのに。

 

「……にしても、よく集めたもんだな」

「フッフッフ、これぞ陰の実力者に相応しい部屋さ。盗賊を狩ったのも、這いつくばって金貨を拾ったのも……全てはこの時のため!」

「王女様の犬だったからな。ポチ?」

「消し去りたい過去だから。やめてよ」

 

 珍しく心底屈辱そうな顔をするシド。俺が二人の交際を観察している時に爆笑していたのはこれが原因だ。政略結婚を無しにしたいアレクシア王女に彼氏のフリを頼まれ、金貨による買収でシドは犬に成り下がった。二度と忘れられない抱腹絶倒話だ。

 

「その絵で最後か?」

「うん。後は机にこれを置いて、部屋全体を柔らかく照らすアンティークランプを付けるだけっと」

 

 シドは金の装飾が施されたゴツイ椅子を部屋の真ん中に設置すると、側に置いたアンティークテーブルの上にワインとワイングラスを取り出した。

 

「それは?」

「フレンチ南西部『ボルドー』のヴィンテージワイン、90万ゼニー。グラスもフレンチ製、45万ゼニー」

「……酒の味も分からんくせに」

 

 俺は格安の部屋に運び込んだ多くのレア物を見回して、シドの熱意に呆れる。これらのコレクションを配置するためベッドや机などの元々あった家具を部屋の外に出したのだ。マジで面倒臭かった。

 

「最後に……これをSET(セェェェツ)

 

 アンティークテーブルに置いたワインボトルの下、そこへシドが滑り込ませるように入れたのは封筒。気になったのでパッと手で取り、中身を確認した。

 

「あっ、見て良いって言ってないのに」

「うるせぇ。……なるほど。呼び出しか。絶対罠だな」

 

 封筒の中に入っていた一枚の手紙を広げると、そこに書いてあったのは呼び出し場所と時間。差出人は書いていないが、十中八九味方ではないだろう。可能性として高いのは騎士団の奴等がシドを犯人に仕立て上げようとしている場合だ。

 

「面白いでしょ?」

「そうだな。……面白いことしてくれるじゃん」

「おっ、なんかノリノリだね。じゃあせっかくだから、ライもライトとして右腕っぽいことしなよ」

「は?」

 

 シドはそう言うと俺から手紙を奪い取り、封筒へ戻して再びワインボトルの下へセットした。

 

「そろそろベータが来る。チャンスはその時だ」

「ああ、お前の当番って今はベータらしいな」

「そう。だからベータに見せてやろうよ。君の右腕っぷりを」

「やだよ」

「刮目させよう。これが陰の実力者の……『右腕』の立ち振る舞いだと」

「聞けや」

 

 飾りか? やっぱりその耳は飾りか? 

 

「ほら、ベータが来るよ」

「お、おい! ……くそっ」

 

 キラキラした目でシドに立ち振る舞いを指示され、俺は右腕ムーブをすることになった。ドカッと椅子に腰を落とし、シドはシャドウに雰囲気を切り替える。俺はそんなアホの左側に立ち、腕を組んだ。……何してんだ俺は? 

 

 部屋の扉が静かに開き、ベータが入室してくる。美しい銀色の髪を夜風に靡かせながら俺達の側まで歩いてきた。なんで部屋に夜風が入ってるかって? 雰囲気作りの風を入れるためにシドが開けたんだよ。

 

「……わぁぁ」

 

 良かったなシド、いやシャドウ。ベータはお前が作り上げたこの部屋に感動しているみたいだぞ。まあ、ベータならたとえシャドウが町でティッシュ配りしてても感動するだろうけど。……ちょっと見てみたいじゃないか。

 

 俺がそんな少し面白そうな光景を想像していると、シャドウがワイングラスを回しながら口を開いた。

 

「……時は来た。今宵は陰の世界」

 

 ここで俺がベータを見ながら頷く。……俺、本当に何やってんだ? 

 

「準備が整いました。シャドウ様、ライト様」

「……そうか」

「ベータ、報告を」

 

 シャドウは当然として、俺も作戦のことなんて何も知らないのでちょうど良い。今ここで説明してもらおう。話さなくても分かる訳ないじゃん。言葉は交わさなきゃ意味ないんだぞ。

 

「アルファ様の指示により、動員可能なメンバーを王都に集結させました。その数──114人」

「……114人?」

「ッ! も、申し訳ありません!」

 

 シャドウがそう聞き返すと、ベータは慌てて頭を下げる。それだけの人数しか集められないのかと言われた気になったんだろう。違うんだけどなぁ。

 

 俺がベータを可哀想に思っていると、椅子に座るシャドウから服の袖をちょいちょいっと引かれる。

 

エキストラでも雇ったのかな?

そうだよ。黙って聞いてろ

 

 説明するのも手間なので強引に黙らせる。正式なメンバーが600人を超えていると知った時、コイツはどんな顔をするのだろうか。

 

「なんでもない。悪いな、ベータ。続きを頼む」

「は、はい。……んんっ。──今回の作戦は王都に点在する『ディアボロス教団』・フェンリル派アジトへの同時襲撃です。それと並行してアレクシア王女の魔力痕跡を探知、発見次第確保します。全体指揮をガンマが、現場指揮をアルファ様が取り、私はその補佐を。イプシロンは後方支援。デルタが先陣を切り、作戦開始の合図とします」

(ふーん、そうなんだ)

(へぇー、そうなんだ)

 

 ベータの説明で【シャドウガーデン】の動きは理解出来た。どうせシャドウは話を聞いてもすぐに忘れる。興味ないことはすぐに忘れるからな。俺だけでも作戦を覚えておけば良い。

 

「部隊構成は──」

「ライト」

 

 ベータの言葉を遮り、シャドウが俺に振る。アンティークテーブルの上から封筒を取ると、俺に手渡した。右腕の見せ所だと言わんばかりのニヤケ顔を見せながら。分かったよ、やれば良いんだろやれば。

 

「ベータ、これを」

 

 シュッと片手で封筒を開け、中に入っていた紙を取り出してベータに見せる。

 

 このスタイリッシュ開封はシャドウに何度も練習させられた苦い思い出がある。本当にしつこく練習させられたせいで、封筒を開ける際には手が勝手にこの開け方をするようになってしまった。学園からの郵便物、女子生徒からのラブレター、実家からの手紙。全てをスタイリッシュ開封だ。

 

(これもう労災だろ)

 

 俺の恨み言など知る訳もなく、シャドウはご満悦だ。右腕っぽいとでも思っているんだろうか。めっちゃムカつく。

 

「……これは」

「処刑台への招待状だ」

 

 厨二が好きそうな言い回しで説明を終えると、案の定口元を緩ませた男が椅子から腰を上げた。

 

「デルタには悪いが……前奏曲(プレリュード)は僕が──」

「俺がやる」

「えっ」

 

 シャドウの時からは出ないような声が出ているが、ここは譲れない。カッコつけようとしていたとこなのに悪いな。

 

「ベータ。お前はもうアルファの所へ行け。作戦開始の合図はデルタに任せる」

「え、ええっと……分かりました! 失礼します!」

 

 礼儀正しく頭を下げ、ベータは夜の闇に姿を消した。部屋は再び、俺とシャドウの二人のみとなった。

 

「……なんで?」

「リーダー格はお前にやる。前座は俺によこせ」

 

 文句を言いたそうな目で俺を見るシャドウ。俺はそんな視線から逃げるべくワインボトルを手に取り、容赦なく口を付けて一気飲みした。

 

「ああっ!!」

「…………まあまあだな」

「酷い! それ90万ゼニーもしたのに!!」

「9回ぐらいポチになればすぐ稼げるだろ?」

 

 空になったボトルを置き、フードを被る。夜に白い髪ってのは目立つからな。

 

「ほら、行くぞ。シャドウ」

「僕のコレクション……」

「元気出せって。これから楽しい陰の実力者ごっこだろ?」

 

 手始めに、ウチのリーダーを可愛がってくれた礼をしないとな。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「コイツらは『教団』のメンバーだ。引き出せるだけ情報を引き出しておいてくれ。後は頼む」

「了解しました。失礼します」

 

 俺の指示に従い、【シャドウガーデン】のメンバーである少女三人が二人の男を連れて姿を消す。本拠地に連行した後は、お返しの拷問コースだ。

 

「やっぱり罠だったな」

「そうだねー。田舎の下級貴族なんて、都合の良い犯人役だよ」

「やって来たお前にそのブーツを投げ付けて魔力痕跡を残す、か。……やり方が姑息と言うか小物というか」

 

 俺は足下に転がっているアレクシア王女のブーツを見ながら、罠を張ってシドを嵌めようとした奴等の単純さに呆れた。

 

 シドの拷問を担当していた騎士達が来るのは予想していたが、ソイツらの強さは予想を遥かに下回った。アルファから『教団』のメンバーであると後で聞かされ、拷問していた時は実力を隠しているのかと思ったのだが違ったらしい。説明する必要がない程の雑魚だった。

 

 仮釈放されたシドを尾行していた二人もベータが片付けたらしいし、下っ端からじゃ情報なんて取れないかもな。

 

(まあ良いか、騎士団が皆アイツらみたいなクソじゃないって分かったし)

 

 普通に考えて騎士が疑われてる段階の学生をパンツ一丁で外へ放り出したりしないよな。俺もそこそこ冷静じゃなかったわ。恥ずかしい。

 

「……よし。前座は終わった。本命に行くか」

「そうしよう。魔力は追えそうだ」

「流石。じゃあ案内頼むな、ポチ」

「それやめてくんない?」

 

 だってブーツの魔力痕跡を元にアレクシア王女を探知なんて前世で言うと警察犬みたいなもんだろ。良かったな犬になってて、どんな経験も活きる時は来るもんだ。

 

「ねぇねぇ、どうしてあの騎士達をすぐに気絶させなかったの?」

「なんだよ急に」

「いや、殺さないのは情報を手に入れたいからって言ったけど。なんか殴ったり足を刺したり、無駄な攻撃してたなって」

「……」

「なんで?」

 

 純粋な興味から聞いてるんだろうな。コイツ。それが分かるからこそ──絶対に答えたくない。

 

「……どうでも良いだろ。さっさと魔力を追えよ」

「えー、気になるなぁ」

「早くやれ」

「なんで殴るの。……ちょっ、やめっ、分かった、分かったよ!」

 

 数発背中を殴り、シャドウを諦めさせる。意識の切り替えは早い奴だ。もうアレクシア王女の居場所だって掴んだだろう。パパッと行ってさっさと終わらせよう。

 

「今宵──世界は我等を知る」

 

 仮面を顔に付け、大きく飛び上がったシャドウ。魔力を使っての空中飛行。シャドウと俺以外にやってる奴見たことないけど、他に出来る奴とか居ないのだろうか。難易度的には難しいけどさ。

 

「いくぞ、我が右腕」

「ああ」

 

 漆黒の空を飛びながら、俺とシャドウが並ぶ。

 

 さあ……『ごっこ遊び』に付き合ってやるか。

 

 

 




 アルファ推しですけどベータも可愛い。

 そしてお気に入り登録者が5000を超えました!日頃から応援してくださっている方々のお陰です!ありがとうございます!

 感想だけでなく高評価もたくさん貰ってて頭アトミックしそう(笑)。


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7話 アホも磨けば核になる

 

 

 

 

 

「……漆黒を纏いし者達」

 

 騎士団の制服を着る金髪の男、ゼノン・グリフィが呟いた。場所は薄暗い下水道、まず一般人は寄りつかない。この場に第三者が現れたということは──自身の敵であるということだ。

 

(王女を助けに来た奴等か?)

 

 ゼノンがチラッと視線を向けた先に居るのは下水の中で跪く銀髪の女性であり、誘拐されたと騒がれているアレクシア王女だった。監禁からの脱走を試みようとしていたので、ゼノンが殴り飛ばして無力化したばかり。その顔は絶望に満ちている。

 

 魔剣士学園に剣術指南役として勤めているゼノンだが、裏の顔は『ディアボロス教団』のメンバー。アレクシアを誘拐し、その英雄の血によって功績を挙げることで教団内での地位を向上させようと目論んでいた。

 そんな中で急に現れた不審な二人組。ゼノンは最近よく耳にする特徴とその姿が一致していることに気付いた。

 

「なるほど。君達が近頃『教団』に噛みついてくるという野良犬どもか」

 

 組織の恐ろしさも知らずに馬鹿な奴等だと、ゼノンは内心で二人を嘲笑う。狩られる立場にあるのが自分であるとも知らずに。

 

「──我が名はシャドウ。陰に潜み陰を狩る者」

「……ライト」

 

 黒髪と白髪。二人ともフードを被っている上に仮面を付けているので、顔自体は全く見えない。声に聞き覚えもなく、ゼノンは正体不明の敵を挑発して情報を引き出そうと考えた。

 

「フッ、小規模拠点をいくつか潰していい気になっているようだが……君達が潰した拠点の中に『教団』の主力は一人も──」

「アレクシア王女だな?」

「なにッ!?」

 

 一瞬。僅かに気を抜いた瞬間、ゼノンは背後を取られた。シャドウと名乗った男は一歩たりとも動いていない。アレクシアの側へ寄ったのはライトと名乗った男の方だ。

 

「……そ、そうだけど。貴方は?」

「言うつもりはない。お前を助けに来た。行くぞ」

「ちょっ、ちょっと!」

 

 問答無用と言わんばかりにアレクシアを自身の肩へ担ぎ上げたライト。下水に浸かった女は様々な感情から同時に襲われた。

 

「勝手な真似はさせないよ!!」

 

 そしてその救出を良しとしないのがゼノン。剣を振り下ろし、鋭く研ぎ澄まされた一閃を繰り出した。学園で見せている剣とは比べ物にならない一撃であり、並大抵の相手ならば瞬殺出来る。

 

「邪魔だ」

「なっ!? 防いだだと!? ──グハッ!!」

 

 ゼノン渾身の一撃を剣で軽く受け切ったライト。威力から火花が散り、下水道を一瞬だけ明るく照らした。

 ライトは驚愕するゼノンに構わず剣を滑らかに動かし、ゼノンの剣を真上へと移動させる。そしてガラ空きとなった腹部へ厳しい蹴りを叩き込んだ。

 

(この人……強い!)

 

 運ばれる荷物状態だったアレクシアも、一連の攻防でライトの強さを瞬時に見抜いた。人一人を担ぎながらの動きとは思えない冷静さ、全くの無駄がない動き。間違いなく相当の手練れだ。

 

(それにこの剣……()()()()()

 

 幼い頃から見続けてきたアレクシアだからこそ、ほんの少し見ただけでライトの剣が姉と同じものであることを理解した。

 

 凡人の自分では努力しても届かない──『天才の剣』であるということを。

 

「……降ろして」

 

 気付けばアレクシアの口から低い声が出ていた。高圧的に命令する訳でもなく、情に訴えかける訳でもない。ただ淡々と、自分を降ろすように言葉を放った。

 

「……はぁ」

 

 当然それが聞こえない筈もなく、ライトは軽く息を吐いた。そして手から剣を離し、両手でアレクシアを抱えるとゆっくり地面へ降ろしたのだった。

 

「あ、ありがと……」

 

 まさか素直に降ろしてもらえるとは思っていなかったようで、アレクシアの表情は困惑気味だ。降ろされる時も身体は最小限しか触られず、紳士のような対応をされた。下水道でさえなければ様になる光景だっただろう。

 

「油断したなァッ!!!」

 

 そこに空気を読まない男、ゼノンが突進。再び剣を振り上げ、背を向けるライト目掛けて力任せに振り下ろした。

 

 しかし、今度は(シャドウ)によってそれを防がれる。

 

「ぐっ! お前も後ろにいた筈……!」

「軽いな。この程度か?」

 

 目を赤く光らせ、シャドウがゼノンの剣を軽く弾いた。ロングコートは揺らめき、身体全体から余裕の雰囲気が感じ取れる。

 

「……シャドウ。ここは任せる」

「いけ、我が右腕」

「くれぐれも()()は使うなよ」

「ああ、分かっている」

「本当に使うなよ」

「ああ、分かっている」

「…………」

 

 ライトはシャドウに念を押すように言葉をかけた後、アレクシアを一瞥してからその場を去った。

 やり取りの意味は全く分からないが、敵が一人消えたのは事実。ゼノンは強気を取り戻し、またも挑発から入った。

 

「おや、行ってしまうのかい? 怖気付いたのかな?」

「我が右腕はこの場に必要ない。それだけだ」

「右腕、ねぇ。敵前逃亡を選択しただけの腰抜けだろう? 野良犬ではなく負け犬だったか。フハハハハッ! これは失礼! 右腕殿を侮辱する発言になってしまったね!!」

 

 思わずアレクシアも嫌悪する程の安い挑発。反応することがゼノンの思う壺なのは分かっているが、憎らしい笑みと声が神経を逆撫でした。

 

「大体、一度剣を防いだだけのくせに調子に乗ってもらっては困るね。今までは教団の主力を相手にしてこなかったのが君達の幸運だ。しかしその幸運も今日で終わる。教団の主力は──ここに居るのだから!」

「……誰を狩ろうが関係ない」

「そうか。なら今度は君が狩られる番ということだね。安心すると良い、さっきの右腕君もすぐにあの世へ送ってやる。負け犬と一緒に仲良く散歩でもするんだね」

 

 ゼノンが剣を構え、魔力を高める。増幅していく魔力は下水道が細かく振動し始める程のものであり、対峙するシャドウへの明確な殺意も宿っていた。

 

「最強の力を……見せてあげよう」

「……最強だと?」

 

 シャドウの呟きを無視し、溢れ出る自信に身を任せてゼノンは更に魔力を上げていく。歴戦の剣士に相応しいプレッシャーと共に。

 

「なんて……魔力」

 

 身体を震わせながらアレクシアが呟く。目には恐怖、顔からは血の気が引き、完全に怯え切っている。ゼノンはそんなアレクシアの様子を見て口角を上げるが、それが全くの勘違いであるとすぐに気が付いた。

 

 怯えている対象が──()()()()()()()()()

 

 

「な、な、な……なんだその魔力はッ!?」

 

 

 ゼノンの視界に入ったのは、青紫色の魔力。

 濃密に練り上げられたそれは空間全てを支配し、見ているだけで息が止まりそうな美しさを放っていた。

 中心に居るのはシャドウ。仮面で表情が確認出来ないにも関わらず、何故か怒りの感情が溢れ出ているように感じた。

 

「……我が右腕を侮辱しただけに終わらず、最強まで騙るとは。少しは楽しませてくれるんだろうな?」

 

 赤い光を放つ目に貫かれ、ゼノンの動きが硬直する。これまでの人生で感じたことのないプレッシャーに襲われ、脳の処理が追いつかない。先程まで強気だったゼノンは肉食獣を前にした小動物に成り下がった。

 

「かかってこい。真の最強を──その身に刻め」

 

 そしてゼノンは理解する。

 野良犬──いや、竜の逆鱗に触れてしまったのだと。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

(怖えぇぇぇッ!!!)

 

 敵のリーダーっぽい奴とアレクシア王女をシャドウに丸投げして、俺は地上へと出て来ていた。

 本当はアレクシア王女と一緒に出る予定だったのだが、何か知らんけどめっちゃ睨まれたので逃げてきた。初対面の筈なのにあんなに嫌われるとか、俺なんかしたか? 助けようとしただけなんですけど。親の仇レベルで睨まれたぞ。

 

(敵は大したことなさそうだったし、シャドウなら余裕だろ。本気でやるなって言っといたし、大丈夫大丈夫)

 

 シャドウが本気で魔力ぶっ放したら王都が更地になりかねん。陰の実力者とか言う前にただの犯罪者になっちまうよ。

 

「ライト。こっちよ」

「おお、アルファ。お疲れ」

 

 住宅街の屋根を飛び跳ねていると、金色に輝く髪が目に入った。本来ならアレクシア王女を連れたまま合流するつもりだったアルファだ。現場指揮を任されているだけあって、全体が見回せる場所に立っていた。

 

「お願い。力を貸して」

「お、おお……どうした?」

「あれを見て」

「あれ? ……うわ、なんかめっちゃ暴れてるな」

 

 何故か辛そうな表情で指を差したアルファ。促されるままに視線を向けてみると、そこには明らかに化け物といった風貌の巨人が暴れていた。拳を振るえば地面が抉れ、建物は破壊される。久しぶりに見たな、ああいうの。

 

「あれは元々『悪魔憑き』の女の子よ。……教団による実験であんな姿に」

 

 アルファは歯を食いしばり、表情を歪める。なるほど、助けたいって訳ね。相変わらず優しいな。

 

「動いているのは騎士団か。住民の避難は済んでるみたいだな。──ってあれ? 誰か戦ってないか?」

 

 大暴れしている巨人を相手に剣を振る人影が見えた。赤い光を纏う剣は高速で巨人を切り刻み、体格差を物ともせずに圧倒していた。いや、強いな。

 

「……誰かと思ったらアイリス王女か。巨人は再生能力付きみたいだな。斬った腕が元に戻った」

「あれが傷付けるだけだと、何故分からないのかしら」

「まあそう言うな。分かったよ、あの子は俺が助ける。シャドウみたいにスマートには無理だけどな」

「……ありがとう。ライト」

 

 可愛いアルファからの頼みを断る訳ないだろ。それに理不尽で化け物にされた少女を見捨てるとか、寝覚めが悪いしな。

 

「アイリス王女の相手を頼む。万が一俺の正体に気付かれたらアウトだからな」

「分かったわ。……あの子を助けてあげて」

「任せろ」

 

 アイリス王女の所へジャンプしたアルファの背中を見送り、俺は二本の剣を握る。なんか二刀流って久しぶりだな。王都に来てから『ライ・トーアム』としても『ライト』としても使う機会なかったし、少し懐かしい感じだ。やっぱ手に馴染むな。

 

 久しぶりの感覚を確かめながら、屋根の上から標的である巨人を視界に入れる。アルファは上手いことアイリス王女を引き離してくれた。

 

 

「ガァァァァアアアアアッ!!!!」

 

 

 目的を持って暴れていると言うより、苦しくて暴れてるって感じだな。アルファの言う通りってことか。また一つ教団を潰す理由が出来た。

 

(待ってろよ。すぐ助けてやるからな)

 

 魔力を感知したところ、別の魔力を無理に身体へ注入されたのが化け物へと変化してしまった理由だと分かった。ならやることは単純、注入された魔力を()()()()()()()()()()()

 

「……少し我慢してくれ」

「ガァァァァッ!?」

 

 屋根から飛び降り、巨人の足元へ移動。剣を振り抜き、両足を切断した。

 アイリス王女から攻撃を受けた時の再生速度を見る限り、完全に再生するまで数秒の時間がかかる。それだけあれば隙としては十分だ。

 

「いくぞ」

 

 巨人の真上へ飛び上がり、魔力を解放。夜を彩る銀色の魔力が二本の剣に宿った。今から使う一撃こそ、俺にとって必殺技と呼べる唯一の剣技だ。

 

 核に勝ちたいと本気で思っている男の側に居続けた結果、俺も一つアホなことを思いついた。

 

 

 ──アホに隕石落としたい、と。

 

 

 子供の頃は神頼みするしかなかったが、今は自力でそれが出来る。これも辛い修行のお陰だ。修行に付き合ってくれた礼として、技の名前はシャドウが付けたものを採用した。ぶっちゃけダサいが、まあギリギリ許容範囲だ。

 

 左手の剣を胴体に引き寄せ、右手の剣を肩へと乗せる。宿らせた魔力を更に爆発させ、ゆっくりと左手の剣を横一閃に振るう。

 

 空間を切り裂いたような斬撃が俺の目の前に止まり、準備完了。反動で高く振り上げた右手の剣を垂直に振り下ろし、二つの斬撃が交差した十字の一撃をぶっ放した。

 

 

「──〝ソード・イズ・メテオ〟」

 

 

 ようやく足が再生し始めた巨人に回避出来る訳もなく、頭の上からまともに衝突。巨人は身体ごと銀色の光に包まれた。

 

「グアァァァァァアアアッ!!!」

 

 苦しみの声を上げる巨人。そりゃそうだ、身体を変化させている魔力を弾き出すためにそれ以上に濃い魔力をぶつけたんだから。死ぬ程痛いだろうけど、俺にはこれしか助ける方法ないんだ。シャドウなら普通に魔力操作して治せたかもしれないけど。

 

「……あ、ああ」

 

 巨人の身体が崩壊していき、中から本体と思われる少女が現れた。やべっ、裸じゃん。取り敢えずスライムスーツ巻いとこう。

 

「アルファ。頼む」

「ええ」

 

 アイリス王女を相手していたアルファに声をかけ、俺の側へと来てもらう。しっかり手加減はしていたらしく、アイリス王女に怪我らしい怪我はない。

 女の子を化け物から人間に戻しはしたが、『悪魔憑き』が治った訳じゃない。今俺が持ち上げているのは腐りかけた身体なので、アルファにパパッと治療してもらった。

 

「……んん」

「よし。元に戻ったな。サンキュー、アルファ」

「お礼を言うのは私よ。ありがとう、ライト」

 

 可愛い。この顔が見れるなら久しぶりに張り切った甲斐があった。

 

「お前は……何者だ!」

 

 俺がアルファに見惚れていると、アイリス王女が俺に向かって叫んだ。正体がわかってないとは言え、知り合いに睨まれるとキツいな。さっき妹にも睨まれたし、少し凹む。

 

(……まあ良いや)

 

 救出した少女を持ち上げたまま、アイリス王女へと近付く。警戒心丸出しで剣を向けられるが、俺が弱っている少女を運んでいると分かったらしく剣は下げられた。

 

「質問に答えろ!」

「……」

「な、なんだ!?」

「……」

 

 声を変えることも出来るが、なるべく喋らない方が良いんだろうな。俺は持ち上げていた少女を状況の理解が追いつかないアイリス王女へ無言で押し付けた。

 

「この子が……あの化け物だと言うのか」

 

 流石に目の前で見ていたからか、その辺の説明は必要ないみたいだ。頭が良くて助かる。

 

「その子を頼むぞ。お前が守れ」

 

 声と口調も変えたし大丈夫っぽいな。そもそも慎重に動いてるし、問題ないだろ。シャドウのごっこ遊びに付き合うのも楽じゃない。

 

「ま、待て! お前達は何者なんだ!?」

「我等は【シャドウガーデン】。……その子をこれ以上不幸にしたら、許さないわ」

(えっ、答えちゃうの?)

 

 しかもアルファさん組織名まで言っちゃった。うわ、陰の実力者みたい。

 

「……いくぞ」

「ええ」

 

 待てと叫ぶアイリス王女を無視して、俺とアルファは夜の闇に消える。あれだけ念を押せばあの女の子の安全は保証してくれるだろう。

 ある程度離れてから、再び屋根の上へ立つ。ようやく一息つけた。

 

「はぁ、疲れた。まさかアイリス王女が居るとはな」

「ねぇライト。どうしてあの子を王女に渡したの?」

「【シャドウガーデン】に入れなかったのかってこと?」

 

 こくりと頷くアルファ。

 まあ戦力を増やそうと頑張っているアルファからすれば当然の疑問だな。

 

「あの子は戦力にならないよ。魔力回路がズタボロだ。長い間実験されてただけじゃない。さっきの俺の一撃で完全に魔力を扱えない身体になった」

「……そう」

「アイリス王女に任せれば良い。これからは平和に生きてくれるだろ」

「……ふふっ、優しいのね」

 

 俺が? 冗談だろ。アルファが気付かなかったら、俺は巨人が女の子の変わり果てた姿であることも知らなかった。調べようとすらしなかったと思う。だから優しいのは俺じゃなくてアルファだ。そう正直に伝えても、アルファは俺を優しいと言う。

 

「私じゃあの子を助けてあげられなかった。貴方が居てくれたお陰よ」

「……そうかい。じゃあどういたしまして」

「ありがとう、ライト」

 

 ……なんか照れるな。まあ良いことかはともかく、悪いことはしてないし。アルファが満足そうならいいや。

 

(後は……シャドウか。もう終わってるだろ)

 

 シャドウが居る方向を見ながら、俺は気を抜いた。この件も無事に終わる。そう──思っていた。

 

 

「…………は?」

 

 

 自分でもマヌケな声が出たなと思う。隣に居たアルファも驚いているので、聞かれていない可能性が高いのが幸運だ。俺は自分の目を疑い、指で少し擦ってからもう一度目を最大まで見開いた。

 

 ──青紫色の魔力。

 

 それが柱となって天まで届いてた。王都の街を飲み込み、ムカつく程の美しさを放っていた。間違いない、シャドウの仕業だ。

 

(あの野郎ォォォォォォッ!!!!)

 

 アレは使うなって言ったのに! 言ったよな!? 話聞いてなかったのか! ふざけんな! 王都の街が消し飛んでんじゃん! 明らかに被害半端ないじゃん! 

 

「──は、はは」

「……ライト。……貴方」

 

 ほら見ろ。俺の引き攣った顔を見てアルファもドン引きしてるよ。せっかくカッコいいところを見せたのに、プラマイ遥かにマイナスだろ。

 

 核に勝ちたいなら、自分が核になればいい。

 

 アホな結論だ。

 もっとアホなのは、それを実現させた奴だけど。

 

(アホも磨けば核になる……か)

 

 こうして、アレクシア王女誘拐事件は幕を閉じた。

 

 ──王都にある多くの建物の消滅と共に。

 

 

 

 




 アトミィック♡(ねっとり)


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特別編 どうでもよくない大切なもの


 前書き失礼します!
 この話はクリスマス記念ということで本編とは関係ありません!
 時系列も無視しているので、特別編としてお楽しみください!


 

 

 

 

 

 季節は冬、息も白くなり出した寒い時期。

 その日、【シャドウガーデン】は慌ただしく活動していた。敵対組織である『ディアボロス教団』への対応に追われて──ではなかった。

 

「アルファ。会場の飾り付けはどうなってる?」

 

 数十枚の紙がセットされたバインダーを手に持ちながら、難しい表情を見せるライ。制服は着用しておらず、ラフな私服姿だ。

 

「八割程が終了よ。明日までには間に合うわ」

「よし。じゃあ参加メンバーへの最終確認も頼む」

「分かったわ」

 

 普段とは違い眼鏡をかけ、美しい髪を一本に纏めているアルファ。一言で表すなら美人秘書と言う他ない。

 

「ゼータから連絡はあったか?」

「少し手間取っているようね。攻撃的な魔物に妨害されているみたい」

「マジか……。ここは任せて良いよな?」

「ええ、大丈夫よ」

 

 服の袖を捲り、ライが身体を魔力で強化。部屋の窓を開け、飛び出す前準備のように足を掛けた。

 

「すぐ戻る」

「行ってらっしゃい」

 

 アルファの微笑みに見送られ、ライが外へ飛んだ。アルファは外から流れてきた冷えた空気に少し震えると、一息ついてから窓を閉めた。

 

「……張り切ってるわね」

 

 腕を組みながらクスッと笑うアルファ。全体に指示を出しながら面倒事の解決にも積極的に関与、頼もしい副リーダーだと口元が緩む。

 

「アルファ様。準備が出来ました」

 

 そんなアルファに声をかけたのはベータ。アルファと同じく眼鏡をかけているが、普段から使用しているためか全く違和感はない。

 

「ありがとう、ベータ。……私達も彼に負けていられない。ゼータは居ないけど、最後の仕上げをしましょうか」

「はい! シャドウ様とライト様に喜んで欲しいですからね!」

「ふふっ、そうね。──さあ、行きましょうか」

 

 明日は遂に作戦決行日。数週間前から準備してきた成果を発揮する日だ。ライだけではなく、【七陰】と【シャドウガーデン】メンバー全員が真剣に取り組んできた。

 

 ──明日は忘れられない日になる。

 

 そんな予感に少しだけ胸を躍らせながら、アルファはベータと共に笑顔で歩き出した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ほら、早く来い」

「なんなのさ〜、急について来いって」

 

 魔剣士学園に入学してから初めての冬休み。実家に帰るつもりのない僕は同じく帰省しなかったライに誘われて、全く記憶にない城へと来ていた。

 やけに霧が濃い森を抜けたり、山の上にある城なので険しい崖を登ってきたり。僕は何に誘われたんだ? 

 

「着いたな。入るぞ」

「ちょっと、説明は?」

「中に入れば分かる」

 

 どうやら事情を説明してくれる気はないらしい。僕は仕方なく、ライの背中を追って城の中へと入った。建物自体がそこそこ古いけど、どこも掃除が行き届いてて清潔感はある。

 

 僕がキョロキョロと辺りを見回していると、長い廊下を一緒に歩いていたライが立ち止まった。目の前には豪華な装飾が施された扉がある。売ったら良い値段しそうだ。

 

「ここだ」

「入れって言うんでしょ。ここ最近忙しそうにしてたことと関係あるのかな?」

「流石はシャドウ様。その通りでございます」

 

 わざとらしく様付けしてきたり、今日のライは少し機嫌が良いように見える。僕はそんな右腕に扉を開けるよう促されたので、大人しく従った。

 

 

 

 

 

「「「「「──メリークリスマース!!」」」」」

 

 

 

 

 

 ……えっ? 

 

 部屋に入った瞬間、あちこちからクラッカーが鳴らされる。僕は飛び出してきたカラフルなテープに襲われながら、少し思考が停止した。

 

「……えーっと。ライ? これは? なんかみんな揃ってるみたいだけど」

 

 アルファ達【七陰】全員に、それ以外の子達も居る。ていうかこの部屋広いなぁ、僕が使ってる寮の部屋とは比べ物にならないや。

 大きいテーブルの上には数多くの料理が並べられていて、高級ホテルのバイキングみたいだ。

 

「メリークリスマスって言われたろ? 【シャドウガーデン】全員で楽しむ、クリスマスパーティーの開催だ」

「クリスマス……パーティー?」

「最近はその準備をしてたんだ。お前をハブってな」

「笑顔で人を除け者宣言しないでよ」

「こういうパーティーとかしたことないだろ? 俺に感謝しろ」

「言葉にトゲを感じるんだけど?」

 

 頭に乗ったテープを取りながら文句を言ってみるけど、ライはそんなのどこ吹く風。気にした様子もなく、僕の肩に手を置いた。

 確かに前世ではこんなパーティーとかやったことはない。『陰の実力者』には余計なものだと切り捨てていたから。

 

「ほら、席に着くぞ。お前の席は……ふっ。あそこな」

「今笑ったよね? バカにしたよね?」

 

 小馬鹿にした笑みを浮かべてライが指差したのは、王様専用なんじゃないかと思う程に金ピカにゴツイ椅子だった。趣味悪いよ、成金じゃん。

 

「ボスー! メリクリなのですー!」

「わっ、デルタ」

 

 口を押さえて笑ってるライを睨んでいると、尻尾を振りまくりながらデルタが飛び付いてきた。本当に遠慮ないなぁ。

 

「デルタ。シャドウから離れなさい。これから食事よ」

 

 僕に助け舟を出してくれたのはアルファ。やっぱり頼りになるね。デルタはアルファには逆らえないので、耳をしょんぼりさせながらも離れてくれた。

 

「さっ、飯だ飯だ。席に着け……ふっ」

「やっぱりバカにしてるよね?」

 

 まあ良いさ。せっかく用意してくれたパーティーを断る程、僕は空気が読めない訳じゃない。ここまで来るのに割と本気ダッシュしてきたし、お腹も減ってる。大人しくライ達の厚意に甘えるとしよう。

 

「シャ、シャドウ様! そのローストビーフ、私が作ったんです! お味はどうでしょうか……」

「へー、これベータが作ったんだ。うん、美味しいよ」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 味の染みたローストビーフ。手間がかかってるなぁ。

 

「あ、主様! こちらのチキンは私が! ……召し上がってください!」

「ありがとー。うん、こっちも美味しいよ。イプシロン」

「も、勿体無いお言葉です!!」

 

 肉厚なチキン。香辛料も効いてて、スパイシーだね。

 

「ボスー! これはデルタが狩ってきた獲物なのです! 一緒に食べよー!」

「はいはい。……うーん。ボリュームあるなぁ」

「美味しい!?」

「うん、美味しい。ありがとう、デルタ」

 

 パァッと顔を輝かせるデルタ。僕からの感想を聞くと、嬉しそうに尻尾を振って残りの肉を食らい尽くした。ワイルドだねぇ。

 

「主様。こちらのワインは私が用意しました。お口に合えば」

「ありがとうガンマ。……うん。まろやかでコクがあるね。美味しいよ」

「……お褒めの言葉、光栄です」

 

 次から次に運ばれてくる料理や飲み物はどれも最高級と言って良い物ばかり。よくこんなにお金かけられたな。

 

「なんだよまろやかでコクがあるって。味も分からないくせに」

「うるさいなぁ。ライだってそうでしょ?」

「俺はお前みたいに見栄を張る必要はないからな。気楽な右腕なんで」

 

 そう言いながら、ライはオレンジジュースを飲んでいた。別に僕は無理をして見栄を張っているんじゃない。張りたくて見栄を張っているんだ。

 

「……にしても、あのクリスマスツリーなに? デカくない?」

「あれは私とライトで取ってきた。主、嬉しい?」

 

 部屋の天井にまで届きそうな巨大クリスマスツリー。色鮮やかな電飾が付けられたそれは、どうやらゼータとライトが用意した物らしい。

 

「ライトアップはイータが担当した」

「ぶいぶい」

「綺麗だねー。ありがとう、ゼータ、イータ」

 

 あまり顔を合わせる機会のない二人も、このパーティーのために尽力してくれたみたいだ。ここまで全員準備に関わってるのに僕だけ何もしてないと流石に少し申し訳ないな。

 

「シャドウ、ライト。貴方達に見せたいものがあるの。私達からのクリスマスプレゼントよ」

 

 バクバクと食事を進めていると、アルファから声をかけられる。準備していた側のライも驚いていることから、予定外のイベントみたいだ。

 アルファが手を叩くと、名前の分からない子達がテキパキと動き出す。すぐにテーブルが端に寄せられ、部屋の中心にスペースが出来た。

 

「何が始まるんだろうね」

「……いや、俺も分からん」

 

 椅子に座ったまま、僕とライは首を傾げる。空けられたスペースに運ばれてきたのは数々の楽器。どうやらこれから始まるのは演奏会のようだ。中心に立つのは【七陰】達。彼女達が歌うのかな? 

 

「シャドウとライト。私達のリーダーと副リーダーに日頃感謝を込めて、歌を届けるわ」

「この日のために練習してきました!」

「主様達に私達の気持ちを伝えさせて頂きます」

「デルタも練習したのです!!」

「音楽の力で、お二人の心を揺らしてみせます」

「……照れるけどね」

「うんうん」

 

 部屋の明かりが消え、上からアルファ達にライトが当たる。演奏は他の子達がするようで、それぞれの楽器をスタンバイした。

 

「──始めるわよ」

 

 アルファの合図で、【七陰】による合唱が開始。

 それは色々な感情を削ぎ落としてきた僕ですら感動出来るものであり、隣で聞いていたライは歌が終わった瞬間に号泣した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うっ、お……うぇ」

「はぁ。いい加減に泣き止みなよ」

「おまっ……だって……あんな……うぇ」

 

 副リーダーの情けない泣き顔をメンバー達に見せ続ける訳にもいかないので、僕はライを連れて外のバルコニーに出ていた。

 

「……成長したなぁ。アイツら」

「母親みたいなこと言ってるね」

 

 茶化すような発言をしたけど、ライの言うこともなんとなく分かる。小さい頃からの付き合いだし、彼女達は『悪魔憑き』だったんだから。あんな風に僕達への感謝を込めたような歌を披露してくれば、ライがこうなるのも無理はない。

 

「はぁー……落ち着いてきた」

「鼻水出てるよ。はい、ハンカチ」

「……サンキュ。お前は人の心無いんだったな。あれで泣かないとか可笑しいぞお前」

「感動してるよ? 本当に」

 

 正直自分でも驚いているぐらいには感動してる。僕は自分の中で大切なものとそうでないものをハッキリと区別している。好き嫌いというよりかは『どうでもいい好きなもの』・『どうでもいい嫌いなもの』という感じだ。

 

「お前はアホな目標以外興味ないからな。どうでもいいなんとか〜ってやつだろ?」

「ははっ、ちょうどそのことを考えてたよ。流石は我が右腕」

「そういう奴だよ、お前は。……けど、【シャドウガーデン】のことは好きなものの中に入ってんだろ?」

 

 呆れたように訊ねるライ。でもそれは違う。僕はしっかりと否定するため、首を左右に振った。

 

「どうでもいい好きなものじゃないよ」

「……じゃあ、なんだって言うんだ?」

 

 若干視線を鋭くしながら、再びライが僕に訊ねた。不機嫌ではないけど、ご機嫌でもない。普段クールなくせに、こういう時は熱い男だなぁ。

 

「どうでもよくないよ」

「はぁ?」

「僕にとって【シャドウガーデン】は──『どうでもよくない大切なもの』さ」

「…………」

 

 おっ、真顔で固まってる。久しぶりに見るなぁ、ライのこんな顔。

 

「……お前、そういうこと言える人の心とかあったんだな」

「失礼だな。君は」

 

 心の底から失礼な発言をされる。一番付き合いが長い君に言われたら、流石の僕も少し傷付くんだけど。

 

「……そうか。……まあ、俺も似たような感じだ」

「パクリは感心しないね」

「うるせぇ。お前より俺の方がよっぽど【シャドウガーデン】を大事にしてるわ。お飾りのリーダーめ」

 

 痛い所を突くなぁ。特に言い返す言葉も見つからず、僕は星の輝く夜空を見上げた。

 

「──じゃあ、僕達もお返ししようか。ねぇ? ライ」

「……お返し? ……なるほど。やるか」

 

 詳しい説明もない僕の提案をすぐに理解してくれる。口には出さないけど、君が居てくれて僕は嬉しいよ。この世界に来て初めての幸運が何かと訊かれたら、僕は間違いなく君に出会えたことだって言うね。君が居なかったら、僕はここまで自分を高められなかった。

 

「始めようか。我が右腕」

「そうだな」

 

 魔力を使い夜空へと飛び出す。手には魔力を集中させた魔力弾を用意し、パーティーへのお礼とする花火祭りを開幕した。

 

「いけいけいけ!!!」

「おらおらおら!!!」

 

 青紫色の魔力と銀色が弾け、夜空を煌びやかに彩る。爆裂音を聞き、バルコニーにアルファ達を始めとしたメンバーが次々に顔を出す。それを確認した僕とライは更に魔力の出力を上げ、花火の大きさを引き上げた。

 

「ライー!」

「なんだー!?」

「最っ高だよね!!」

「なにがー!?」

 

 ライの叫びに答えることなく、代わりに僕は特大の花火を打ち上げた。

 

 

 

 




 メリークリスマス!
 【七陰】が歌ったのはアニメのエンディング曲である『Darling in the Night』としてください!神曲です!

 そしていつもこの小説を読んで頂きありがとうございます。こうして隙を見つけては書けているのも、日頃から感想やお気に入り登録、そして高評価をしてくれた読者様方のお陰です!
 モチベーションが続く限り頑張るので、これからも応援よろしくお願いします!!


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8話 入団します

 

 

 

 

 

 アレクシア王女誘拐事件が解決(王都への被害は無視)してから一日、俺は学園の廊下を憂鬱に歩いていた。心臓は緊張からバックバク鳴っており、冷や汗も流れている。

 

 何故か俺は──アイリス王女に呼び出されていた。

 

 昨日派手にやらかした俺達を見ている数少ない人物というだけで、俺は呼び出されたことに対してめちゃくちゃビビっている。絶対にないとは思うが俺の正体がバレたなんてことになれば最悪だ。いや、ないとは思うんだけど。

 

「──ちょっと! 聞いてるの!?」

 

 そして俺と同じ場所を目指して隣を歩いている奴も最悪だ。耳がキンキンする怒声とクソな内容の話をされ続ければ誰だって勘弁して欲しいだろう。

 

「聞いてる聞いてる。シドが朝に食べるのはご飯かパンかって話だろ」

「違うわよ! シドの寝癖が傾くのは左か右かって話よ!!」

(……死ぬ程どうでもいい)

 

 俺の隣を歩く少女、クレア・カゲノー。俺と同じ特待生として入学したシドの姉を見て、俺は何度目か分からないため息をつく。どうやらこの女もアイリス王女に呼び出されているらしく、部屋へと向かう途中からこうして一緒に歩いている。

 

 昔からの顔馴染みではあるが、別に俺はクレアと仲が良い訳でもない。むしろ俺はコイツに心底嫌われている。理由は単純、シドのことだ。

 超が付く程のブラコンであるクレアがシドとよく関わっている俺を嫌うのは分かる。しかし昔から因縁をつけてきたので、俺もコイツが嫌いだ。

 

「ていうか、なんでお前も呼び出されてるんだ?」

「お前〜? 私は先輩よ。敬語を使いなさい、後輩」

「敬ってない奴に使うつもりはないな」

「相変わらずムカつく男ね。……話は部屋に来てからするって言ってたわ。アンタは?」

「同じだ」

 

 クレアの答えを聞き、俺は少しばかり安心した。俺と同じことをクレアも言われているなら、俺の正体に関して問い詰められる可能性が減る。……けど、じゃあ何で呼び出されたんだ? 

 

「……そういえばアンタ、シドを迎えに行ってくれたらしいわね」

「ああ? 騎士団から釈放された時のことか? ……まあ、一応知り合いだからな」

 

 クレアは俺の言葉にムスッとした表情を浮かべると、腕を組みながら文句を言い出した。

 

「私だって行こうとしたのに、どうしてアンタが」

「お前は迎えに行くっていうか騎士団へ殴り込みに行こうとしてただろ。あっ、ごめん、取り押さえられてたから無理か。ふっ」

「本当にムカつくわねっ!」

 

 肩を殴られるが痛くも痒くもない。暴れた挙句取り押さえられるブラコンとか面白過ぎる。

 

「私の方がシドと仲が良いのにっ!!」

「お前と初めて会った日から五千回は聞いた」

「シドだってアンタより私のことが好きなんだからっ!」

「それも五千回は聞いた」

 

 シドに同情出来る部分があるとするなら、この姉の弟になってしまったことだけだ。見た目は美少女と言って差し支えないのに中身が残念過ぎる。

 

「騒ぐのは終わりだお猿さん。部屋に着いたぞ」

「分かってるわよ。……お猿さんですってッ!?」

「だから騒ぐなよ」

 

 赤い瞳を怒りに震わせるお猿さんを黙らせ、俺は目的地である部屋の扉をノックした。流石のクレアも大人になったのか、静かに口を閉じた。

 中から届いた『どうぞ』という声を聞き、俺とクレアは同時に声を上げる。

 

「「失礼します」」

 

 扉を開けて部屋に入ると、椅子に座ったアイリス王女の顔が見えた。彼女以外にも二人の男が立っており、着ている制服から察するに騎士団の人間だろう。

 

「わざわざ呼び出して申し訳ありません。来てくれたことに感謝します」

 

 本当にこの人は真面目だな。その礼儀正しさを妹さんにも分けてやってください。助けに来た人間を視線で殺そうとするような人です。まあ、俺が怪しかったってのは認めるけどさ。

 

「早速ですが本題に入らせてもらいます。──先日起きた事件は知っていますね?」

「はい。もちろんです」

「その件で俺達を?」

 

 とっとと帰りたい俺は、なるべく早く話が終わるように動く。内容がどうであれ、俺にとって長居したい話でないことは確かだ。

 アイリス王女は俺の言葉に頷くと、真剣な表情で口を開いた。

 

「『ディアボロス教団』。そして【シャドウガーデン】。先日の事件はこの二つの組織によって引き起こされたと、私は考えています」

 

 へぇ、【シャドウガーデン】のことはアルファが言っちゃってたけど、教団の方も知ってるのか。アレクシア王女からの情報か? 

 

「貴方達も知っている剣術指南役のゼノン・グリフィ。彼は『ディアボロス教団』の信徒でした」

「ま、まさか! ゼノン先生が!?」

「そうだったのですかー」

 

 剣術指南役とかゼノン・グリフィとか言われても誰がそうなのか分からん。シャドウに任せた大したことないアイツのことかな。

 

「私の妹であるアレクシアを誘拐したのは『ディアボロス教団』とのことですが、【シャドウガーデン】も危険な組織である可能性は高いです。アレクシアの話によれば『シャドウ』、そして『ライト』という二人の男を見たといいます。その二人が事件の鍵を握っていることはまず間違いないでしょう」

 

 ──いいえ、間違いです。

 

「私達の与り知らぬところで、良くないことが起きようとしているのかもしれません」

 

 ──俺達も与り知りません。

 

(……取り敢えず俺の正体はバレてない、かな?)

 

 的外れな推測をしているアイリス王女を見て、俺は内心でホッと一息。シャドウと俺が鍵を握っている? その鍵は俺達の知らないところにあります。

 

「そして私は暴れていた化け物と交戦中、【シャドウガーデン】のメンバーと思われる二人の人間に遭遇しました。アレクシアの言葉通りなら、片方の人物は『ライト』と呼ばれるリーダー格でしょう。私ですら手を焼いた化け物を一撃で倒したのですから」

(しゃあ! バレてないこと確定)

 

 俺がバレないようにグッと拳を握ると、アイリス王女は眉間にシワを寄せて不愉快そうな表情を見せた。

 

「……その化け物は『ディアボロス教団』によって姿を変えられていた少女でした。非人道的な行いを、私は絶対に許さない」

「その子は無事なんですか?」

「ええ。私が保護しています。命に別状はありません」

「そうですか。良かった」

 

 元気そうなら良いや。魔力回路ぶっ壊しちゃったけど、命があるなら許してくれるよな。

 

「その少女を助けた者が『ライト』と推測している人物です。少女に巻かれていた黒い布も証拠となる筈だったのですが、私が戻って来た時には煙のように消えていました」

(そりゃ俺が回収したからな)

 

 女の子を裸のままにしとく訳にもいかなかったので巻いといたスライムスーツ。騎士団に預かってもらった瞬間に、速攻で遠隔操作して証拠隠滅させてもらった。

 

「我が国が誇る剣術指南役が敵の組織に通じていた……私はこの事実を重く受け止め、新たに騎士団を設立することにしました。メンバーは全員、私が直接勧誘した信頼の置ける者達です」

 

 なるほど。俺達が呼び出された理由は大体分かった。クレアは未だに困惑気味だけど。

 

「『ミドガル魔剣士学園』の特待生、クレア・カゲノー。そして、ライ・トーアム。貴方達の実力を見込んで、是非私の騎士団に入団してもらいたいのです。──我が『紅の騎士団』に」

 

 やっぱりか。まあ、この流れなら勧誘するよな。昔からちょくちょく俺と剣を交えてたからか、クレアの実力は高い。アイリス王女は無理だろうけど、側に立ってる二人の騎士ぐらいなら普通に勝てる筈だ。

 

「で、でも……私達は学生ですし」

「クレアさんは既に騎士団で見習いをしていると聞いています。私は貴女を即戦力として考えている」

「こ、光栄ですが……」

 

 チラッと俺の方に視線を向けるクレア。やめろ、助け舟を求める時の目がアイツと一緒なのやめろ。

 

「……お話は分かりました。一つ質問してもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。ライ君」

 

 王女からのお許しも出たので、俺は断るための言い訳を通すため口を開いた。

 

「クレア先輩の入団は納得出来ますが、何故自分を? 特待生とは言え一年生、アイリス王女に勧誘されるだけの実力はないと考えます」

「謙虚ですね。貴方は入学してから公式戦、そして模擬戦に至るまで……()()()()()()()()()()()()とのことらしいですが」

 

 やべっ。もう言い負かされそう。

 

「それは……そうですが」

「恥ずかしい話、人手が足りないのは事実です。学生の身分である貴方達に頼らなければならないことも情けないと思っています。申し訳ありません」

 

 やはりどこまでも礼儀正しく、アイリス王女は俺達にしっかりと頭を下げた。リーダーっていうのは本来こういう人がなるもんなんだろうなぁ。どっかのアホも少しは見習って欲しいもんだ。

 

「頭を上げてくださいっ! ……分かりました。クレア・カゲノー、『紅の騎士団』に入団します」

「俺はお断りします」

「えっ?」

「えっ?」

 

 クレアは俺に信じられないものでも見るかのような目を向け、空気の抜けたような声を溢した。一瞬フリーズしたようだがすぐに回復して、俺の肩をガッと掴んで小声で猛抗議を始めた。

 

「何言ってんのよ! 王女から直接勧誘されるなんて光栄なことでしょ!? それを一言で断るなんて無礼極まりないわよ!!」

「いや、だって入る気ないし」

「はぁっ!?」

「声でけーよ」

 

 俺達のやり取りに苦笑いしながら、アイリス王女が声をかけてきた。何を言われようと入団する気はないんですけどね。

 

「ライ君、私は貴方を信頼しています。魔剣士としての実力だけじゃない、一人の人間として信頼しているんです」

「特待生として一度剣を交えただけでしょう? 自分はアイリス王女にそこまで言って頂けるような人間ではありません」

 

 ぶっちゃけ面倒臭い。クソ厨二の子守りだけで大変なのに、その上ボランティアなんてやってられるか。俺にとってのメリットが無さ過ぎる。

 

「自分はまだ、自分の剣に納得しておりません。騎士を名乗るなど烏滸がましい」

「……ライ君」

「……ライ」

 

 よし、良い雰囲気だ。断るためにはもう一押しかな。

 

「剣を磨き、己に満足出来るようになった時……もう一度誘って頂けますか? ──『紅の騎士団』に」

「……貴方の気持ちは分かりました。今回は大人しく引き下がることにします」

 

 残念そうな表情を浮かべて、アイリス王女が小さく笑う。そんな顔されると断った側として罪悪感出てくるのでやめて欲しい。

 

「少し卑怯な手を使おうと思いましたが……貴方の覚悟を揺らすことは出来ませんね」

「卑怯な手……ですか?」

 

 怖い、何されるところだったんだろう。

 

「入団してくれたなら、お給料を出す予定だったのです。それも特別手当付きで。……まあ、貴方を引き込むのには足りない──」

入団します

「えっ?」

「えっ?」

 

 さっきのクレアと同様に、アイリス王女の口から間の抜けた声が溢れた。普段凛々しい女性ともなるとギャップを感じる。

 

「……ええっと、ライ君? 今貴方は入団すると言いましたか?」

「入団します」

 

 アイリス王女は何を驚いているんだ? クレアも側に立ってる騎士さん達も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して。

 

「……では、これからよろしくお願いします」

「入団します」

 

 王女に腕前を買われたんだ、恥ずかしくない騎士として頑張ろう。アイリス王女にはシドを迎えに行く時の外出を認めてくれた恩もあるし、恩返しにもなるだろう。

 

(給料♪ 給料♪ 特別手当っ♪)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 最近王都で貴族達に高い評価を受けている『ミツゴシ商会』。見たこともないような商品が高い品質で販売されており、客足は増えていく一方だ。

 

 そんな売上右肩上がりの店の裏に居るのは──同じく王都を騒がせた【シャドウガーデン】。リーダーに認知すらされず、組織を回す資金集めのため商会を立ち上げていた。

 

 王都に於ける【シャドウガーデン】の拠点ともなっている『ミツゴシ商会』。建物の最上階には幹部である【七陰】の内、第一席であるアルファを始め五人のメンバーが集まっていた。

 

「アレクシア王女が捕えられていた教団施設はシャドウ様によって壊滅。ゼノン・グリフィは跡形もなく蒸発したとのことです」

 

 先日の事件について説明したのは第二席・ベータ。シャドウの活躍に頬を赤く染め、少しだけ息が上がっている。

 

「ボスは最強なのです〜」

「本当に……美しい光でした」

 

 第四席・デルタ、第五席・イプシロン。二人もシャドウに対して深く感動しているらしく、目を閉じて主の素晴らしさに浸っていた。

 

「奴等も思い知ったことでしょう。自分達が──『狩られる側の存在』であることを」

 

 第三席・ガンマ。【シャドウガーデン】一の頭脳を持つ彼女は、『ミツゴシ商会』の会長も務めている。戦闘に関して最弱と呼ばれるメンバーだが、頭を使わせれば右に出る者は居ない。

 

「いずれ敵の全てが……あの光に消える」

 

 美しくも悪い顔でアルファが笑った。王都での初陣に見事勝利したことで、組織の士気は高まっている。

 

「そしてライト様ですが、アイリス王女が設立した『紅の騎士団』への入団を決められました。アイリス王女直々の勧誘とのことですが、シャドウ様への報告もないために理由は分かっていません」

 

 ベータが不思議そうに報告した一件に、アルファは少し考えを巡らせた後、優しく微笑んだ。

 

「そう……流石ね。王女の騎士団に居れば有益で新鮮な情報が手に入る。彼はそのために誘いを受けたのでしょう」

「なるほど! 流石はライト様!」

「先を見据える一手、お見事です」

「主様の右腕ですもの。当然ですわ!」

「ライトも凄いのです〜!」

 

 その場に居る全員が副リーダーへ思いを馳せていると、唐突にアルファが口を動かした。表情は少しばかり悲しそうなものであり、【七陰】達は背筋を正した。

 

「けれど、ライトはそう思っていないでしょうね」

 

 アルファの言葉の意味が分からず、ベータが手を上げた。

 

「あ、あの、アルファ様。それはどういう……?」

「そのままの意味よ。私達がシャドウのしたこと、ライトのしたことに感動している中で、彼だけは全く別の感情を持っているの」

 

 ますます意味が分からないと言った具合のベータ。それ以外の【七陰】達も似たような反応を見せている。

 

「私はあの夜、ライトと一緒に居たわ。シャドウが放った一撃も、二人で見ていた」

「ライト様もさぞ喜んでいたことでしょう」

「いいえ。逆よ、イプシロン」

 

 プルンッとわざとらしい揺れと共に、イプシロンが首を傾げる。

 

「私は見た。彼の顔には……()()()()()()()()()()()()

「怒り、ですか?」

 

 イプシロンがわざとらしい揺れと共に顎へ手を当て思考すると、隣に座っていたデルタが元気よく声を上げた。

 

「デルタわかったのです! ライトはボスが街を壊したから怒ったんだと思うのです! ライトはよくボスを叱っているのです!」

「ふふっ、そうね。普段ならデルタの答えが正解だったかもしれないわね」

「やったのですっ!!」

 

 アルファに認められ、デルタが喜びのあまり尻尾を振る。しかし、アルファの言い方からデルタの言葉が真実ではないと、デルタ以外の全員が理解していた。

 

「私達はシャドウに救われた。それは【シャドウガーデン】に居る者なら全員がそう。……ライトも例外じゃないわ。だからこそ彼は、シャドウの右腕として尽力しているのだから」

「……『陰の右腕』。悔しいですが、シャドウ様を支えられるのはライト様だけだと思います」

 

 悔しそうに、そして羨ましそうに呟くベータ。彼女の言葉は聞いていた者全員が頷ける説得力があり、疑う余地のない真実であった。

 

「『陰の叡智』を一瞬で理解して支えるなど……私には到底真似出来ません」

 

 己の不甲斐なさを恥じるように、ガンマが肩を震わせた。数手先どころか数百手先を読むシャドウについていけるのはライトのみ。甘んじて受け入れていた事実が重くのしかかってきたのだ。

 

「ライトが居なければ、私達とシャドウの距離は今よりずっと遠いものになっていた。…… 私達はいつもライトに頼っている。──()()()()()()()()()()

 

 冷静な表情で熱い感情を曝け出すアルファ。話している内に昂ってきてしまったようだ。

 耳が痛いと言わんばかりに目を伏せる面々。ベータなど少し涙目になっている。

 

「けれど、ライトは違う。彼は自分に満足していない。シャドウの一撃を見て怒りを宿らせたのは──自分自身の『弱さ』によ」

「まさかっ! そんな!!」

「ありえないのですっ! ライトは群れのNo.2! ボスの次に強いのですっ!!」

 

 イプシロンとデルタを宥めながら、アルファが言葉を続ける。

 

「怒りを浮かべた後に、彼は静かに笑ったの」

 

 少しばかり呆れるような声音で呟くアルファ。震えを押さえ込むように腕を組み、昨日の夜のことを思い出した。

 

「シャドウを支えるためには、今の自分ではまだ足りない。……私には、ライトがそう言っているように感じたの」

 

 ついに泣き出したベータと、涙を浮かべるガンマ。イプシロンは険しい顔を見せ、デルタの耳はふにゃりと垂れ下がった。

 

「シャドウを支えるライトに支えられていたのでは、私達はただのお荷物よ。彼の覚悟に──置いていかれる訳にはいかない」

 

 アルファの言葉に強く頷いた【七陰】。自分達を救ってくれた恩人に報いるため、改めて覚悟を決める。

 

 ──遥か高みにある二人の背中に追いつくために。

 

 

 

 




 ー次の日ー

 ライ「シド〜、金貨やろうか? ポチなれ」
 シド「嫌だね」
 ライ「ほーれ、取ってこーい」
 シド「ワァンッ!!」


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9話 右腕やめてぇぇぇぇええ

 

 

 

 

 

「おお〜っ! すげぇ並んでる!」

「流石の人気ですねぇ! 『ミツゴシ商会』!!」

 

 放課後、俺とシドはヒョロとジャガに連れられ、最近人気の『ミツゴシ商会』に来ていた。ヒョロが言うには『チョコ』という菓子がバカ美味いらしい。……チョコって、まんまだな。

 

 そのチョコを使って女子生徒とお近付き、それがヒョロの考えた『プレゼント大作戦』とのことらしい。成功率0の作戦に付き合う気にはなれなかったが、行き先が『ミツゴシ商会』ということで顔を出すことにした。

 

「楽しみだねー」

「へぇ、珍しく興味が湧いてるのな」

「まあねー、この世界のチョコとやらも気になってるんだ」

 

 生み出されたきっかけが自分にあるなど欠片も思っていないシド。まあ、商品として確立出来たのはガンマが頑張ったからだけどさ。なんだよ、苦い豆を砕いて砂糖をぶっ込んだら美味いものが出来るぜーって。

 

「入店は八十分待ちでーす!」

 

 看板を持って声を張るお店の人。てか入店するだけで八十分って凄いな、人気アトラクション並みじゃん。

 

「ど、どうします? 寮の門限にはギリギリ間に合いますけど……最近は辻斬りも出るって噂ですし」

「バーカ! ジャガバーカ! こっちには魔剣士が四人も居るんだぞ。しかもその内一人は特待生様だ。いざって時にはライに守ってもらえば良いんだよ」

「なるほど! そうですね!」

 

 おいコラ。流れるように他力本願じゃねぇか。ジャガイモ小僧もそうですねじゃねぇわ。

 

「頼りになるなー」

 

 アホ、お前は守る必要ないだろ。

 

(……ん?)

 

 俺がため息をつきながら三人の背中に続き列に並ぶと、後ろからさっき呼びかけをしてた女性店員さんが声をかけてきた。

 

「お客様。失礼ですが、少しお時間よろしいでしょうか? アンケートへのご協力をお願いしたいのですが」

「分かりました。行くぞ、シド」

「えっ? なんで僕?」

「良いから来い。ヒョロ、ジャガ。お前達は中に入っててくれ」

 

 困惑するシドの首根っこを掴み、笑顔で建物内へ案内してくるお姉さんについていく。ヒョロとジャガも引っ付いてこようとしていたが、お姉さんの怖い笑顔で黙らされていた。

 

「……どういうこと?」

「ついていけば分かる」

 

 明らかに客が歩く用ではない階段を黙々と登り、扉を開けて最上階へとやって来た。状況が掴めていないシドは説明を求めてくるが、面倒なのでお断りする。

 

「こちらです」

 

 外の離れにある建物に案内され、中に入る。何人ものエルフ美少女達が美しく整列し、頭を下げていた。相変わらずな様子に少し引いている俺と、訳が分からず困惑しているシドを出迎えたのは──見知った顔の女性だった。

 

「ご来店を、お待ちしておりました。主様」

「ガンマじゃないか。あー、ここ君の店なんだ。ライは知ってたんだね」

「まあな。『ミツゴシ商会』は【シャドウガーデン】のフロント企業だ。なっ、ガンマ」

「はい。主様よりお聞きした叡智の一部を、微力ながら再現させて頂いております」

 

 黒いドレスを身に纏い、レッドカーペットの敷かれた階段の上から頭を下げるガンマ。【七陰】の第三席であり、【シャドウガーデン】最高の頭脳を持つ少女だ。この『ミツゴシ商会』でも会長を務めており、数多くの商品を開発している。

 

 そんな彼女の二つ名は──『最弱』。

 

 何故組織の幹部であるガンマがそう呼ばれるようになったのかを、俺とシドはすぐに再確認することになった。

 

「ぴゃっ! ぶじゃっ! あぁっ! ぐへぇっ!」

 

 階段をゆっくりと品のある歩き方で降りようとしたガンマ。三歩目までは最上位貴族の令嬢にも負けない美しさだったのだが、足を滑らせて落下。痛々しい4コンボを決め、レッドカーペットに顔面を思いっきり衝突させた。

 

「……お、お久しぶりでございます。主様、ライト様」

「鼻血出てるよ」

「ほら、動くな。ハンカチ」

「……申し訳ありません」

 

 何もないところで転ぶ天才、ガンマ。戦闘の最弱さに於いては右に出る者が居ない程だ。俺はハンカチでガンマの鼻血を拭きながら、顔に傷などが出来ていないかを調べる。まあ最弱と言っても【七陰】だから、頑丈さは飛び抜けて高いんだけど。

 

「お、お見苦しいところを……。それより、お二人ともこちらへどうぞ!」

 

 ガンマが服に付いた埃などを世話係のエルフ達に払ってもらうと、俺達に向かって階段の上へ上がるように言ってきた。見ればそこには無駄に豪華な椅子が置いてあり、王様ごっこでも出来そうなセットだ。

 

「おお〜、良いね。いくよ、ライ」

「……えっ、俺も?」

 

 ノリノリなシドに言われ、俺も階段へと足をかける。

 シドは躊躇うことなく椅子に腰を落としたので、俺は取り敢えず一定の距離を取って右側に立った。

 

「ああ……!」

「素晴らしいです……!」

「主様とライト様が……!」

 

 なんかめっちゃ感動されてる。すっげぇ恥ずかしいんだけど。

 

(シドは……満足そうな顔だな)

 

 どうやらアホはご満悦。足を組み、ニヤケ面を隠そうともしていない。楽しそうでなによりだ。褒美だとか言ってシャドウの口調で魔力をプレゼントしてるぐらいだし、思ったより嬉しかったんだろうな。

 

「ところでこの店……結構稼いでる感じ?」

(シャドウの声でそんなこと言うなよ)

 

 金貨のために犬になった男、金に関してはがめつい。

 シドの下心ある問いにもガンマは笑顔を絶やさず、片膝を付きながら商会の説明を始めた。

 

「はい、経営は順調でございます。活動資金も──10億ゼニー程なら即座に運用可能です」

「じゅ、じゅ、じゅ! イギッ!!」

「凄いなガンマ。シャドウも喜んでるぞ」

 

 見苦しい顔と声を晒しそうだったので、シドの足を遠慮なく踏みつけて黙らせる。10億分の金貨が目の前にサラッと出されたんだ。気持ちは分からなくもない。王女のポチ何回分だよ。

 

「ちょっ……ガンマ、少し待て」

「は、はい」

「ライト、話がある」

 

 冷や汗をダラダラ流したシドに呼ばれ、俺は椅子の後ろへと行く。そこでシドと共にしゃがみ込み、小声で会話を開始した。

 

「なにこれ? なんでこんなことになってるの? 僕の知らないところで」

「そうか、俺は知ってたぞ」

「なんで教えてくれないの!? 僕の知識を使ってぼろ儲けしてたってことじゃないか!」

「うっせーなー。こんな豪華な椅子に座らせてもらったんだから良いだろ」

「それはまあ……そうなんだけど」

 

 確かに知識を教えたのはお前かもしれないが、それを全て形にしたのはお前じゃない。諦めろ、陰のポチ。

 

「あ、あの……? 何か問題でもございましたか?」

「いや、何でもない。シド──シャドウはお前達の努力を誉めている。えーっと……『陰の叡智』を与えたことを喜んでらっしゃるのだよ」

 

 どう言い訳すれば良いか分からず、俺の口調もよく分からんことになった。

 

「ああ! もったいないお言葉です!」

(ちょろいなぁ〜)

 

 取り敢えず誤魔化せたようで一安心。本当はシャドウが金に反応しただけなんて絶対言えないよな。

 俺が隣に座り直したバカに白い目を向けていると、感動し終えたガンマが真剣な表情で口を開いた。

 

「主様達が来訪された理由は察しております。……例の事件についてですね?」

「えっ? ──ああ、そうだ」

(えっ? 何それ)

 

 シャドウが即答したので俺も思わず頷いたが、何のことだかさっぱり分からん。てかシャドウ、お前も分かってねぇだろ。

 

「最近王都に現れた人斬り。奴等は【シャドウガーデン】の名を騙り、犯行に及ぶ愚者共。現在捜査を続けていますが……未だ犯人は捕えられていません」

(あー、そういえばそんな話聞いたな。アイリス王女が言ってたっけ)

 

 俺がこの間入団した『紅の騎士団』での報告会。そこでガンマから言われた事件の情報を聞いていたと今思い出した。

 ……俺達の名を騙るか。良い度胸だな。

 

「必ず我等の手で仕留めて──ッ!!」

「ライト、魔力を抑えろ」

「……ああ。……悪い」

 

 少しイラついたから魔力が溢れたか。あっ、窓にヒビ入ってる。ごめん、給料貰ったら弁償するから。

 

「我が右腕がすまなかったな。その事件に関しては心当たりがある。一度我とライトで探ってみよう」

「ま、まさか! もう答えに辿り着かれたと言うのですか!?」

 

 え、そうなの? 人斬りなんてお前知らないだろ。

 

(……どうすんだ?)

(前に僕を斬った奴さ)

 

 口パクを読唇術で読み取り、声を発さずに短く意思疎通。これもカッコいいからとシャドウに無理矢理練習させられた技術だ。スタイリッシュ開封とは違って、割と役には立つ。

 

(……あれか。アレクシア王女にぶった斬られたやつ)

 

 あれは久しぶりにビビったな。シドが俺の肩を叩いてきて、振り返ったら殺人事件の被害者だ。あの下水道で大人しくアレクシア王女を降ろさなかったら同じ目に遭わされてたのかな。

 

「……まあ、その可能性は無い方が良いけどな」

 

 そもそも何故かアレクシア王女も『紅の騎士団』に入ってるんだよな。そしてまたまた何故か俺は嫌われている。接点とかも特に無いのに。一度だけしたアイリス王女との模擬戦を見られていたことぐらいだと思う。ライトの時といい、俺は無意識にあの子の地雷とかを踏んでるんだろうか。

 

「ライト様まで……もう主様の考えを理解されたのですね。……流石でごさいます」

 

 うわ、なんかガンマが悲しそうな顔してるよ。違うんだって、そんな大したことじゃないから。血塗れになったコイツの制服、一緒に洗ってやっただけだから。

 

「……来なさい。ニュー」

「は、はい」

 

 ガンマはどこか諦めにも似た笑みを浮かべた後、後ろに控えていた一人の女性を呼ぶ。見ればその女性は、俺とシドに声を掛けてきた案内係の女性店員さんだった。

 

「この子はニュー。新たな【ナンバーズ】です。まだ入った日は浅いですが、その実力はアルファ様も認めています。ご自由にお使いください」

「よ、よろしくお願いします」

「……用が出来たら呼ぶ」

 

 めちゃくちゃ美人な上にウチじゃ珍しい人間のメンバーだってのに、シャドウは相変わらずの薄っぺらい反応。男だったらガンマの言葉に過剰反応するところだぞ。

 

「あっ、そうだ。チョコを買いたいんだけど。一番安いのを四人分」

 

 そして呆れる程の切り替え速度。シャドウからシドに戻ると、ガンマへチョコを買いたいと言い放った。四人分と言ってることからヒョロとジャガの分も一応確保しておくようだ。

 

「チョコレート……? 最高級のチョコをご用意します! 10割引きで!」

「ええっ! つまりタダじゃん! ははっ! ラッキー!」

「まあ、ふふふっ」

 

 和やか……かどうかは分からないが、久しぶりの再会はこうして無事に終了。シドはチョコを受け取ると、ガンマへ礼を言いながら出口の方へと歩いて行った。

 

「あれ? どうしたの? 帰るよ?」

「先行ってろ。ちょっとガンマと話がある」

「ふーん、分かった。早くね」

 

 特に詮索されることもなく、シドは一人で建物を出て行った。こういう時、アイツの性格は楽だ。

 

「あの、ライト様? 私に何か?」

「ああ、言っておくことがな」

 

 シドだけじゃなく、ヒョロとジャガも待たせるとうるさい。手早く終わらせて、さっさと戻ろう。

 

()()()()()()

「……えっ?」

 

 ガンマの頭に手を置き、整えられた美しい黒髪を撫でる。知らない間柄であればセクハラ案件だが、俺からすれば妹みたいなものなのでセーフだろう。セーフってことにしよ。

 

「あ、あの、あのあの、どうして私はライト様に撫でられているのでしょうか……?」

「ガンマが頑張ったからだ。……ガンマじゃなかったら、『陰の叡智』をここまで組織に役立てられなかったと思う。流石はガンマだ」

 

 昔のガンマは戦闘で役に立たない自分を嫌っていた。どうすれば組織の役に、シャドウの役に立てるかを考え続け──出した答え(頭脳)が実を結んだのだ。見守ってきた身としては当然嬉しい。撫でてやりたくもなる。

 

「俺には出来ないシャドウの支え方だ。本当に頑張ったな」

「……もったいない、お言葉です」

「泣くなよ。美人さんが台無しだぞ」

 

 再びハンカチを取り出し、先程の鼻血が付いていない部分で涙を拭き取る。

 

「言いたかったのはそれだけだ。俺も行く。またな」

「はい! ありがとうございました!」

 

 良い笑顔。少しは元気になってくれたみたいだな。やっぱりガンマは表情豊かな方が可愛い。

 

「それからこれ、返すよ」

「これは……金貨ですか?」

「ああ。()()()()()()

「そ、そうでしたか。ありがとうございます」

「確かに返したからな。じゃあまた」

「はい! またのお越しをお待ちしております!」

 

 厚みがある一枚の金貨をガンマへと手渡し、シドを追うために走り出す。俺はエルフ美少女達に見送られながら、階段を駆け降りていった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「急げって!」

「門限に間に合わなくなりますよっ!」

「分かってるって〜!」

「結構ギリギリだな」

 

 ガンマの権限により無料でゲットしたチョコを抱え、俺達は寮に向かって走っていた。俺だけ寮は学園にあるが、途中までは道も一緒なので同じく慌てている。

 

「シド君とライ君が悪いんですよ! アンケートで美人のお姉様とイチャコラしてっ!」

「悪かったって〜、チョコあげたじゃん!」

 

 アンケートへの協力による報酬、それがチョコを無料でゲット出来た言い訳だ。シドの「なんかくれた」よりは遥かにマシな言い訳だろう。組織が大きくなってからというもの、言い訳が上手くなった気がする。嬉しくねぇ。

 

「も〜、なんで返しちゃうかな〜」

 

 人として悪い方向に成長したと悲しんでいると、シドが小声で未練がましく文句を言ってきた。

 

「アホ、当たり前だ。金貨をパクろうとしたんだ。立派な窃盗だぞ」

「……そうだけどさぁ」

 

 俺がガンマに返した一枚の金貨。床に落ちていたというのは俺の嘘であり、本当はシドがこっそり盗ってポケットに入れようとしていたのを俺が盗み返した物だった。

 

「でも僕の知識使って儲けてるし、一枚ぐらいさぁ」

「お前がバカなことやってる間にもガンマ達は努力してたんだ。働いてもないお前に金貨を受け取る資格はねーよ」

 

 まあシドが金をよこせと言えば、アイツらは心からの笑顔と共に金を差し出すのだろう。そうなることは分かっているが、俺は絶対にそれを阻止する。

 

「そもそもライさぁ、自分だけ騎士団に入って給料貰うとかズルくない? ていうか僕に相談すらせずに他の組織に入るってどういうことさ。君は僕の右腕なんだけど?」

「偉そうなことは給料払ってから言え。当然、特別手当付きでな」

 

 金に関する嫌味を金に関する嫌味でカウンターして黙らせる。シドは言い返したいが言い返せないという顔をしており、中々良い気分だ。

 

「まっ、お前にそんな甲斐性がないことぐらい──ん?」

 

 良い気分のままシドを煽ろうとした瞬間、俺の耳に剣と剣が交わる微かな剣戟が届いた。シドも気付いたらしく、表情を切り替えている。

 

「誰だ?」

「ライ、後は頼むね」

「は?」

 

 俺が声を溢すのと同時に、シドが腹を押さえて膝から崩れ落ちた。

 硬直する俺の代わりに声を上げてくれたのは、前を走っていたヒョロとジャガの二人だった。

 

「おい! どうした!? シド!!」

「間に合わなくなっちゃいますって!!」

 

 急に立ち止まったシドが焦る二人に返した言葉は、本当にため息しか出ないような──文字通りクソな言葉だった。

 

 

「──ウ○コ……してくる

 

 

 限界なんだ。そこまで来てる。今すぐしないと走りながら垂れ流すことになる。そんなシドの言葉を聞きながら、俺は思った。

 

(右腕やめてぇぇぇぇええ)

 

 一丁前に演技力だけはある男、ヒョロとジャガは簡単に騙された。

 

「それは……確かに大事だな」

「門限か尊厳かの問題です……」

 

 上手いこと言うな。ちょっと笑ったわ。

 

「僕を置いて、先に行け。……誰にも、見られたくないんだ」

 

 多分ヒョロとジャガを先に行かせたいんだろうけど、もうちょいマシな言い訳なかった? 野糞だったら門限どころか尊厳すら守れてないからな? 

 

「頼む……ライ」

「……ヒョロ、ジャガ。行くぞ」

「で、でも!」

「シドを置いていくってのか!?」

「早くしろっ! ……シドの覚悟を無駄にするな」

 

 とにかく早くこの場を離れたい。ヒョロとジャガとも別れて早く寮に帰りたい。俺はその一心で全力を以て演技した。

 

「……分かったよ。シド! お前が野糞したことは誰にも話さねぇ! 男と男の約束だ!!」

「シド君の選択は誰がなんと言おうと正しかった……そう思います!」

「二人とも。……行くぞ」

「お前のことは忘れねぇ!」

「たとえ野糞でも! ずっと友達です!」

 

 涙を流して走り出したヒョロとジャガ。俺もそれに続くが、涙なんて流せる筈もない。いや、あんな奴が自分の上に立っているという事実には泣けるけど。

 

「「うわぁぁぁァァッ!!!」」

(良い奴ら……なのか?)

 

 友達のために泣ける、という部分だけならそうなのだろう。コイツらが普通にクズであるにも関わらず憎めない理由が、なんとなく分かった。

 

(……やり過ぎんなよ)

 

 俺のアイコンタクトに小さくサムズアップしたシド。

 アホ、俺はお前の心配じゃなくて街への被害を心配しとるんじゃ。

 

(まあ、アイツも思うところぐらいあるか)

 

 シドが別行動を取った理由は十中八九【シャドウガーデン】の偽物に関してだろう。俺には分からないが、あの剣戟からアイツにしか分からなかったことがあるんだと思う。

 

(……また面倒事が始まりそうだな)

 

 次の日、シドが走りながらウ○コ垂れ流した男と噂されることになると──この時、俺はまだ知らなかった。

 

 

 

 




 新年、あけましておめでとうございます!!

 年が明けて最初の話がこれ(ウ○コ)って……なんかすみません。

 たくさんの感想とお気に入り、高評価を頂けてモチベーションも上がっております。一言評価をしてくださった読者様方には返信でお礼を伝えられないので、更新することでお返しとさせてください。

 一番嬉しいのは感想を頂けることなので、ぜひぜひ感想を書いてもらえると嬉しいです!!


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10話 モブ式奥義ってなに?

 

 

 

 

 

 ──『ブシン祭』

 

 それは二年に一度、国を挙げて行われる剣術大会の名前だ。国内外関係なく腕利きの魔剣士達が集まるらしい。

 

 魔剣士が戦う剣術大会ということで、『ミドガル魔剣士学園』からも数名の生徒が参加することになっている。今日はその参加枠を決めるため、学園で選抜大会が開かれていた。

 

 学年ごとに分かれていないトーナメント制の大会なので、下級生と上級生での対戦も珍しくないシビアな大会となっている。

 見事に『ブシン祭』への参加枠を獲得することが出来れば学園から高い評価を与えられ、卒業後の進路にも大きな影響を与えるらしい。

 

 面倒事が嫌いな俺にとっては参加するつもりのない大会だった。『ブシン祭』に参加したいとも思っていないし、無駄に目立つメリットも無いからだ。

 しかし、俺はそんな意思とは真逆に選抜大会の会場へと立ち、対戦相手へ向けてトドメとなる剣を振るっていた。

 

「──勝負あり!! 勝者! ライ・トーアム!」

 

 審判の高らかな声に合わせて、会場を震わせる程の歓声が上がる。俺はそれに耳を襲われながら、腰を地面に落としている対戦相手に嫌々手を伸ばした。

 

「……おい、泣くなって。ほら、立てるか?」

「……うるさい。泣いてないわよ。一人で立てるし」

 

 明らかに泣いている顔で強がったのは、前評判で優勝候補とも言われていたクレア。まさか一回戦で当たるとは思わなかった。くじ運ないな、俺。

 

「そうかい。そりゃ失礼しましたよ」

 

 真紅の瞳から涙が流れ、白い肌が赤く染まる。俺は空気を読んで茶化すこともせず、死ぬほど負けず嫌いである昔馴染みの手を取って無理矢理立ち上がらせた。

 

 現在クレアが着用している道着はチャイナ服のようなデザインであり、スリットから白い足が見えている。そのため、座らせたままだと男達からの視線が集まってしまうのだ。

 そんな俺の気遣いなど知る筈もなく、クレアは涙目で俺を睨んだ。別に良いんだけどさ、終わりの挨拶だけしてとっとと退場しよう。

 

「ありがとござぁしたっ〜」

「何その適当さ! この私に勝ったくせにっ!!」

「なんだよ、敗者が勝者に文句言うな」

「こ、今回は負けたけど! そこまで力の差は無いんだからねっ!!」

「俺は二刀流じゃなかったけどな」

「〜〜〜ッ!!! うるっさい! 次は絶対私が勝つんだから!! ……覚えてなさいよっ!!!」

 

 ビシッと俺に指を差した後、クレアは腕で目を擦りながら退場して行った。なんか懐かしい、昔から俺に負けるとすぐに泣いたっけ。それでシドに八つ当たりしてたわ。

 

(……参加するだけで良かったのになぁ)

 

 一応俺はこれでも貴族の長男であり特待生。更に言えば学生の身分で第一王女が騎士団長を務める『紅の騎士団』の団員でもある。複雑な立場と周りに優等生で通していることから、面倒を理由に大会へ参加しないというワガママを言い出す訳にもいかなかったのだ。

 

(……俺もガキだな)

 

 参加だけしてなんか良い感じに負けようかと思っていたのだが、まさかの初戦がクレア。学年以外の立場が完全に一致する者同士の対戦だ。勝った方が間違いなく格上だと認知される。俺は絶対に負けたくなくなった。

 

(クレアは負かしたけど、『ブシン祭』には出るだろうな。俺にも出ろって言ってきた時の言い訳考えとこ)

 

 選抜大会が行われてはいるが、『ブシン祭』は基本的に誰でも参加することが出来る。学園からの推薦枠という名誉がないだけで、選抜大会で敗北した生徒も参加すること自体は可能だ。

 そもそもクレア程の実力者であれば、『ブシン祭』に出場するように学園から勧められる可能性も高い。

 

(次は気合を入れて負けよう)

 

 思わぬ悪運で二回戦に勝ち上がってしまったが、次の試合で負ければいい。クレアとの試合で消耗したことにすれば違和感もない。残るのは俺がクレアより格上だという結果だけだ。

 

(さて、観客席行くか。シドの試合そろそろだろうし)

 

 モブの道を進むシドだが、今回の選抜大会には参加している。もちろん、シドが俺のように自分で応募した訳ではない。またも女子生徒とお近付きになりたいヒョロによる勝手なエントリーが原因だった。ジャガも便乗して女子女子言ってたので、流石のシドも腹にグーパンしていた。俺でなきゃ見逃しちゃう速度で。

 

 悪い奴等ではないと思うのだが、間違いなくクズではある。この間もシドとの約束を簡単に破り、シドがウ○コ垂れ流したとの噂が広がった。取り敢えずヒョロとジャガは俺が体育館裏で割と真面目にボコボコにしたが、その程度で矯正出来るレベルではなかったようだ。

 

 俺が悪友達の評価を改めようか悩みながら会場から出ると、観客席までの道で丁度考えていた男達の声を聞くことになった。

 

 

「ああァァァッ! ライが勝っちまったぁぁぁ!! クレア先輩に賭けてたのにぃぃぃぃッ!!」

「僕もですぅぅぅぅッ!! ライ君やる気ないって言ってたのにぃぃぃッ!!」

 

 

 自分でも冷たい目をしていると分かる。俺の視線の先に居たヒョロとジャガは膝から崩れ落ち、賭け事に敗北した事実に涙していた。クレアの涙と比べるのも失礼な程に濁っている。

 

(……類は友を呼ぶってやつか)

 

 最初にアイツらと友達になったのはシドだ。ベクトルは違うが、なんとなく性質は似ている気がした。

 

 俺は先人達の残した言葉の意味に頷かされながら、二人を無視して観客席へ登るための階段に足をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 シドの試合が始まってから、もう何度目かも分からないため息をつく。

 

「……あっ、また飛んだ」

 

 何が飛んだかは言うまでもない、ため息の原因であるシドだ。一人の人間とは思えない程あっさりと吹き飛ばされた。これでもう()()()()()

 対戦相手が実力者とは言え、よくあんなに高く飛ばされるもんだ。

 

 シドの対戦相手、ローズ・オリアナ先輩。

 芸術の国『オリアナ』の王女であり、魔剣士学園の生徒会長も務めている才女だ。剣の腕は学園最上位、更にはアレクシア王女にも劣らない美貌を持っているため、生徒全体からの人気は高い。

 

(モブっぽくか……。そりゃ絶好のチャンスだわな)

 

 何度も衝突し、呆気なく負ける。シドは試合開始からずっとそれを繰り返していた。まあそれに関しては納得出来ないこともない、モブとして優勝候補相手に一回戦で無様に敗北したいという感じだろう。知らんけど。

 

(……()()()()()()()()?)

 

 シドはただ手を抜いてぶっ飛ばされている訳じゃない。その事実が俺の頭を遠慮なく混乱させてきた。

 

 瞬間的に超加速し、目にも止まらぬ速さで血糊を口に仕込む。木剣が当たる瞬間に顔の角度をズラして相手により深い手応えを与える。空中を飛んでいる際に無駄な回転を加える。俺が確認出来た分だけでも、最低限これだけの要素を自分から加えてぶっ飛ばされていた。

 

「……そういえば」

 

 思い出すのは数日前、選抜大会への参加を決めたとシドに報告された時のことだった。俺が珍しいなと声を掛けると、シドはニヤリと笑ってこう返したのだ。

 

 

 ライにも見せてあげるよ。──()()()()()をね。

 

 

 半分ぐらい聞き流していたのでうろ覚えだが、今あるのは二十四だの、せめて倍は欲しいだの、よく分からんことを言っていた記憶が僅かにある。それら全てがあの無駄にハイクオリティな負け方に関することだったなら……今見せられているのがモブ式奥義ってやつなのではないか? 

 

(モブ式奥義ってなに?)

 

 ……今物凄くアホなこと考えた気がする。

 混乱した頭でシドのことを考えるとめっちゃ疲れるな。もう良いよ、思考放棄だ。アイツの奇行で悩まされるの飽きてんだよ。

 

「頑張れー!」

「根性あるなっ!!」

「生徒会長相手に粘ってるぞっ!!!」

 

 俺の周りからシドを応援する声が上がり出す。この人達の目にはシドが圧倒的な実力差に真正面から挑むようにでも見えているのだろうか。俺もそう思えたなら楽なんだよな。絶対無理なんだけど。

 

(はぁぁぁぁあ。……よし、ため息終わり)

 

 別に良いじゃないか、一回戦で負けるモブ。出来てると思うよ。モブはそんなに優勝候補からの攻撃を耐えられないだろってツッコミもしない。百点満点だ、ボケナス。

 

「まだだっ!! 僕はまだやれる! ──ぐべぇッ!!」

 

 十三回目。

 俺は死んだ目を向けた。

 

「まだだァッ! まだまだァッ! ──がばぁッ!!」

 

 十四回目。

 俺はこっそり手にスライム弾を構えた。

 

「まだだぁぁぁァァッ!!! ──ぶはぁ……ぎゃふっ」

 

 十五回目。

 俺は吹っ飛んだシドにスライム弾を撃った。弾は無防備な頬へと命中し、シドの身体を直角に舞台へと叩き付けた。普通ならあり得ない軌道だが、ここまで見せられ続けてきたモブ式奥義の方があり得ないので不審には思われない。ふぅ〜、スカッとした〜。

 

「勝者! ローズ・オリアナ!!」

 

 どうやら審判がこれ以上の試合続行は不可能と判断したらしい。有能審判さんだな。アホが迷惑をかけてすみませんでした。

 

「担架を持って来い! 重症だぞ!」

「待ってくれ! 僕のモブ式奥義はまだ後三十三も残ってッ!!」

「錯乱しているっ! 無理矢理で良い! 運べっ!!」

「ああァァァッ!! 僕の晴れ舞台がァァ!!」

 

 ……ウチのバカが本当にすみません。重症なのは頭だけなんです。

 

 知り合いの試合を観戦してこんなに後悔したのは、前世を含めても初めての経験だ。物凄く嫌な新鮮さだな。

 

 俺はどうにかシドの叫び声から意識を外し、次の試合でギリギリ良い勝負をした後に敗北するため、座席に立てかけていた剣を手に取った。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 手軽に食べられ、味も美味しく、値段も控えめ。そんな庶民に受ける三拍子が揃った最近人気の店──『マグロナルド』。

 

 名前から察することが出来るように、これも【シャドウガーデン】が運営する企業の一つだ。正直俺が一番通っている自信がある。美味しいからね、仕方ない。

 

「ライト。誘ってくれてありがとう。約束覚えててくれたのね」

「当然だろ。アルファとのデートを忘れる訳ない」

「ふふっ。乾杯しましょ」

 

 上からの照明で白い肌が更に白く見えるアルファ。そんな美少女がコーラを片手に乾杯を促してくるなど、中々体験することの出来ない貴重なものだろう。

 

 狙い通り惜しくも二回戦で敗北した俺は以前した約束を果たすため、アルファと共に『マグロナルド』へとディナーに来ていた。

 案内された席はVIP用である特別個室。見ただけで分かる程に高級感が溢れており、少し落ち着かない。

 

 目の前の皿には届いたばかりのテリヤキマグロ。アルファはオーソドックスなマグロバーガーだ。

 

「貴方はテリヤキばかりね。よっぽど好みなのかしら」

「まあな。アルファもそればっかりだろ」

「これが一番美味しいもの」

「テリヤキだって美味いぞ。ほら、少しやるよ」

「……え、ええ。……ありがとう」

 

 アルファは俺の差し出したバーガーへ少し恥ずかしそうにかぶり付いた。小さな口へそれなりに詰め込んだようで、もぐもぐとリスのようになっている。可愛い。

 

「……お返しよ。はい、どうぞ」

「サンキュー。……ん、美味い」

「ふふっ。そうでしょう?」

 

 金髪碧眼エルフ美少女とファストフードデート。異世界と前世が混ざった感じがして、なんとも言えない幸福を感じる。二次元が三次元になるってこういうことなんだろうな。

 あっという間にバーガーを食べ終わり、適度な満足感に一息。アルファも食べ終わったようで、口周りを綺麗にしている。一つ一つの動作が上品で、貴族のお嬢様にしか見えない。

 

「試合見たわ。貴方もシドも、上手く力を隠していたわね」

「えっ? ……あー、そうだな」

 

 俺が少しボーッとしていると、アルファから今日行った試合についての感想を語られた。ていうか見に来てたのかよ、優勝しとけば良かったか。

 

「シドは初戦で敗退していたけど、貴方は特待生という立場から一回戦だけは勝ったのでしょう?」

「……お、おう」

 

 言えない。本当は一回戦で負ける予定だったけど、相手がクレアだったから負けたくなくなったなんて。

 

「そ、そういえば偽物の件はどうなった? 何か情報は取れたか?」

 

 このまま話を続けるとボロが出そうなので、俺は現在【シャドウガーデン】が解決に動いている一件についてアルファに訊ねた。

 

 シドから聞いた話ではこの間の最悪な言い訳で単独行動をした際、奇跡的にターゲットであった偽物を捕らえたらしい。なにやらアレクシア王女が襲われている場面だったらしく、シドの彼女に対する辻斬り疑惑は無事に晴れることとなったようだ。

 

「いえ、残念だけど情報はないわ。捕らえた男は『教団』の使い捨て、『チルドレン・3rd』。精神は完全に破壊されていたわ、薬物と洗脳によるいつもの手口ね」

 

 ……相変わらずクソな奴等だな。ヒョロとジャガの方がずっとマシだ。

 

「ただ、先日王都で『教団』内でも戦力として数えられる『チルドレン・1st』が発見されたの」

「誰だ?」

「『叛逆遊戯(はんぎゃくゆうぎ)』レックス。1stの中でも実力は上位とのことよ」

 

 いや、ダッセェ。シドが考えた技名ぐらいダセェ。

 

「貴方の方はどう? 『紅の騎士団』から何か情報はあった?」

「それがこの後、アイリス王女に呼び出されてるんだ。多分そこで何か分かると思う」

「わざわざ入団した甲斐があったわね」

 

 なんかめっちゃ優しい顔で褒めてくれる。良かったぁ、給料と特別手当に釣られといて。今回は珍しくちゃんとアルファ達の役に立てそうだ。

 

「でも良かったの? 今回試合で負けたから、入学してからの連勝記録は終わってしまったようだけど」

「ん? あ〜、良いの良いの。もう十分だ」

 

 俺がこれまで黒星を付けてこなかったのは、シドからそうするように頼まれていたからだ。俺に引っ付いているモブを演じるためには、俺が目立ってなければならないと偉そうに言われた。

 

 別にアホの頼みを聞いてやることもなかったが、なんとなく俺は勝ち続けた。入学してから半年以上も付き合ってやったんだ、シドも文句は言わないだろ。

 

「そう……()()、ね」

 

 変に見栄を張ることなく素直に答えたつもりだったのだが、アルファは何故か口角を上げて、感心するような顔を見せた。

 

「さっきガンマが言っていたわよ。ライトは『紅の騎士団』のような組織が設立されることを予想して、そこへ勧誘されるように連勝を続けることで自分の価値を高めていたんだろうって。あの子の読みは当たっていたみたいね。後で教えてあげないと」

(……深読みの鬼か)

 

 速攻で首を横に振りたいのだが、とても良い笑顔で「きっと喜ぶわ」などと言われたら否定も出来ん。そんなこと俺に予想出来る訳ないだろ、明日の日替わりメニューすら当てられんわ。

 

「……それから、その時ガンマから聞いたんだけど」

 

 シドに頼まれたことで俺まで過大評価をされたと肩を落としていると、アルファが少し言い辛そうに言葉を続ける。どこかそわそわしているような感じだ。

 

「ガンマの頭を撫でたって……本当?」

「──ゴホッ」

 

 予想外の問いかけに息が詰まった。やばいな。セクハラだと訴えられることはないと思うけど、褒めてくれるような雰囲気でもない。

 

「あ、ああ。『ミツゴシ商会』も繁盛してるみたいだし、この『マグロナルド』だって特にガンマが頑張ってたしさ。……だからその、撫でました」

「……そう」

「嫌がってたとか? だとしたら本当にごめんなさい」

「……はぁ、そんな訳ないでしょ。とても喜んでいたわ」

「そ、そうか。なら良かった」

 

 なんか少しだけ呆れられたっぽいけど、嫌がられてなかったなら良いや。娘に嫌われたくない父親ってこういう気持ちなのかね。

 

「……嬉しそうね」

「まあ、そりゃあな。……なんか怒ってる?」

「別に、拗ねてるだけよ」

「なんだそれ。アルファも撫でて欲しいのか? ……なんて、そんな訳な──い?」

 

 冗談のつもりで言った言葉に耳を赤く染めたアルファ。手で口を隠しており、見るからに動揺している。マジか、嫉妬だったのか。

 

「あー、いや、その……アルファの頭も撫でたいなぁ、とか言ってみたりして」

「……ふふっ。なによそれ」

「……確かに変だな」

 

 クスクスと可愛らしくアルファに笑われ、俺まで頬が緩む。ここ最近胃が痛い場面が多かったからか、とても癒される。目の保養とストレス解消を同時に出来るとかアルファ最強じゃん。

 

「また今度、お願いするわね」

「ああ、分かった」

 

 至福の時間はすぐに過ぎていき、俺とアルファは互いに軽く手を振ってから解散。

 次のデートは何をしようかと考えながら、俺はアイリス王女が待つ部屋へと向かった。

 

 

 ──最悪な子守りを任されるなんて、考えもせずに。

 

 

 

 




 お気に入りが7000を超えました!ありがとうございます!

 たくさんの感想も頂けて嬉しいです。笑える感想もあって、最近の楽しみの一つになってます(笑)。


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11話 バカと煙はなんとやらってな

 

 

 

 

 

(……はぁ)

 

 精神的なストレスから出るため息。決して口から出してはいけない、出して良いような状況ではないからだ。

 

 シド以外が原因の胃痛に苦しめられている俺が座るのは厳選された素材で出来ている座席、揺れの少ない高級馬車の中だ。上流階級でなければ乗ることすら出来ない快適な移動を体験している。

 

 ならば何故こんなにも疲れているのか、理由は単純。

 

 

 真正面に座っている──()()()()()()()()()

 

 

(空気が……重い)

 

 アイリス王女にスカウトされ、『紅の騎士団』に入団してから数週間。俺は今日ほど給料と特別手当に釣られたことを後悔した日はない。

 

 事の発端はアイリス王女からアレクシア王女の子守り──ではなく護衛を任されたことにあった。

 この間起きた『ディアボロス教団』による誘拐事件でアレクシア王女は腕に怪我を負った。その傷の治療のため学園外に出ることになったのだが、その護衛を何故か俺に任せてきたのだ。

 

 アレクシア王女に嫌われている身としては断りたい案件だったのだが、雇い主から直接頼まれてしまえばそういう訳にもいかなかった。公休扱いで授業をサボれるのは嬉しいが、メリットと合わないデメリットに現在進行形で苦しめられている。

 

(無言空間が……辛い)

 

 病院から学園への帰り道、俺と王女の間には一つの会話も生まれていない。良い天気ですね、怪我はどうですか。そんな適当な言葉を投げようともしたが、アレクシア王女が放つ話しかけんなオーラに負けて、俺は静かに沈黙した。

 

(……早く着かねぇかな)

 

 先程から俺の顔は窓の方に固定されており、外の景色しか見ていない。そもそもどうして同じ馬車なんだ。……いや、護衛だからそれは当然なんだけどさ。こんな目に遭うなら外を走らされた方がずっとマシだ。

 

 俺が寝たフリでも決めてやろうかと考え出した頃、この空間に流れる静寂は突如として打ち破られた。──アレクシア王女によって。

 

「…………ねぇ。一つ聞いても良いかしら?」

「へぇ? あっ、えっと……どうぞ」

 

 マジでビビった。向こうから話しかけてくると思わないじゃん。何を訊ねられるのか分からないが、ともかく無言タイムは終わった。学園到着までそう時間も掛からない。ここが踏ん張り所だ。

 

「……貴方、その……シド・カゲノーと仲が良いのよね?」

──はい?

「えっ」

 

 やべっ、条件反射で低い声が出た。

 

「失礼しました、アレクシア王女。シド・カゲノーは確かに私の知り合いです。それがどうかなさいましたか?」

「えっ、えーっと。親友だとか聞いたのだけれど」

「違います」

「……ヒョロとジャガっていうお友達から聞いたのよ?」

「違います」

 

 しつけぇな。違うって言ってんだろ。誰があんな頭のおかしい厨二バカの親友だ。王女相手でもキレることにはキレるぞ。

 俺の怒りが伝わったのか、アレクシア王女は申し訳なそうな表情を浮かべる。腕に付けられている包帯を撫でながら、少し怯えたように口を開いた。

 

「ご、ごめんなさい。勘違いだったようね」

「いえ、謝罪の必要はありません。悪いのはヒョロとジャガです。今度罰を与えておくのでご安心を」

「……友達、なのよね?」

「要検討です」

 

 せっかく望んでいた会話が生まれたのに、俺自身でトドメを刺してしまった。すみません、アレクシア王女。もう俺は貴女から嫌われたままで良いです。置物だとでも思ってください。

 

「……ふっ、ふふっ」

「???」

 

 なんか急に笑い出した。王族の考えることは分からん。

 

「貴方って、意外と不良なのね」

「……おっしゃってる意味が分かりません」

「良いのよ、分からなくて。……今度、シド君も呼んで三人で剣術の稽古でもしない?」

 

 これは……どうなんだ? 断るという選択肢は不敬に当たるだろうし、受けることは受けるんだけどさ。

 

「もちろんお受けしますが……シドの奴もですか?」

「べ、別に深い意味は無いわよ!? 彼も私と同じ『凡人』だし、貴方のような『天才』から剣を学びたいでしょうから!」

 

 天才か。まあそう言われること自体は悪い気がしない。事実ではあるし。

 それより気になるのは、アレクシア王女がシドに意識を向けている点だ。確かシドの奴、前に斬り殺されかけたとか言ってなかったか? 

 

「アレクシア王女。一つ訊いてもよろしいでしょうか?」

「ええ。何かしら?」

「シドに惚れたんですか?」

「ごめんなさい。よく聞こえなかったわ。……もう一度言ってみて?」

「いえ、なんでもありません」

 

 瞬間的に喉元へ突きつけられた剣が、これ以上ふざけた事を言えば殺すと語っている。俺は即座に発言を撤回し、アレクシア王女へ頭を下げた。こういう時は無理に言葉を続けても良いことはない。ただ自分の非を受け入れて、感情を無にするだけだ。

 

「そう、勘違いが解けて良かったわ。私、貴方のことを誤解していたみたい。これから仲良くしましょうね? 同じ『紅の騎士団』所属でもあるんだから」

「ソウデスネ」

「あっ、そろそろ学園に着くみたいよ」

「ソウデスネ」

 

 さて、最後まで気を抜かずに仕事するぞ。アイリス王女からも頼まれてるし、給料も貰ってるし、これでも騎士だし。

 

「どうぞ、アレクシア王女」

 

 扉を開けて外に出ると、見慣れた学園が視界に入る。俺はアレクシア王女へと手を伸ばし、馬車から降りる補助をした。

 

「ありがとう。自由への道は遠そうね」

 

 大人しく手を取ってくれたので、少しは嫌われ具合も落ち着いたと信じたい。それにしても何で嫌われてたんだろ。質問したところで答えてくれなさそうだし、訊かないけど。

 

「安静にしていればすぐですよ。……安静にしていれば、ですがね」

「あら? 私が落ち着きのない女のように言うじゃない」

 

 勘だけど、多分それは間違ってないと思う。姉妹ではあるが、アイリス王女とはタイプが違う女性だ。活発で好奇心旺盛、敵に回すと面倒な相手かもしれないな。

 

(……敵と言えば『教団』か。いつ動くことやら)

 

 現在、『紅の騎士団』の最優先事項──それは『シェリー・バーネット』という女子生徒の護衛だ。

 

 王国随一と名高い頭脳を有しているシェリー。そんな彼女に、アイリス王女はとある『アーティファクト』の解析を依頼したらしい。その『アーティファクト』はアレクシア王女誘拐事件の際に、『教団』の施設から押収した物という話だ。

 

 そのため、シェリー・バーネットには副団長である『獅子髭』のグレンさん。そして若いながらも優秀なマルコ・グレンジャーさんの二人が護衛に付いている。アレクシア王女からも目が離せないとのことで、アイリス王女は手が空いている俺に護衛を担当してもらいたかったってことらしい。

 

 腕を買われているのは分かるんだけど、クレアでも良かったんじゃないかな。

 ……いや、万が一シドの話でも出たら終わるな。あのシスコンは王族相手でも剣を抜きかねない。

 

「──あら? 閉まってるわよ?」

「えっ?」

 

 俺がブラコン女の危険性について再認識していると、アレクシア王女が疑問の声を上げた。見れば彼女の言葉通り、学園の門は鋼鉄の柵で封鎖されていた。

 

「まだ授業中……よね?」

「その筈ですけど……おかしいですね」

 

 嫌な感じだ。直感としか言えないが、そんな胸騒ぎがする。

 俺は状況を理解するために、門の管理事務所を目指して駆け出した。

 

「……マジか」

「どうしたのよ!? ……えっ」

 

 俺について走ってきたアレクシア王女も管理事務所の様子を確認。青くなった顔を見せ、一歩後退りをした。

 無理もない。事務所内は斬り殺されたであろう死体と血飛沫で──()()()()()()()()()()()()

 

「な、なんなのよ……」

「アレクシア王女、馬車にお戻りを。それからアイリス王女に連絡して、騎士団も動かしてください」

「えっ……ちょっ、ちょっと! どこ行くのよ!?」

 

 壁を蹴り、門の上へと登る。学園の敷地を見回すが、人の姿も確認出来なければ気配も感じられない。生徒は授業中と考えても、用務員すら見当たらないのは不自然だ。

 

「緊急事態です。アレクシア王女は決して馬車から出ないように。それでは」

 

 おてんば王女に釘を刺し、俺は門から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(襲撃でもされたな。……『教団』なのか?)

 

 校舎の陰を移動しながら少しばかり調査した結果、学園がなんらかの勢力に襲撃されていることが分かった。殺されている用務員さんの代わりに徘徊していたのは黒ずくめの怪しい奴等であり、間違いなく襲撃した側の連中だろう。

 

(それに加えて……魔力が練れないときた)

 

 掌に魔力を集めようとするが、すぐに散ってしまう。魔力封じというよりは何かに吸収されたような感覚だ。

 どういう原理かは分からないが、魔剣士から魔力を取り上げられたのなら学園を制圧出来たことにも納得がいく。

 

(取り敢えず……あのバカと合流するのが先か)

 

 学園がテロリストに襲撃されたなんて状況、シドがはしゃいでいない訳がない。モブでいる状態なら派手なことはしていないと思うが、大人しく捕まっているとも思えない。

 

(居るとしたら……上だろうな)

 

 予想を立てて行動開始。魔力を使わない分労力は増すが、筋力に物を言わせて校舎をクライミング。窓や凹凸に手と足をかけて、手早く登る。魔力が無くともこれぐらいは出来る。

 

「……はぁ。本当に居たよ」

 

 当たり前のように屋上に立つ男を見ても、予想が当たったと喜びすら湧いてこない。むしろ何でお前が血まみれなんだと胸ぐらを掴みたい。

 

「あれ? ライじゃない。どしたの?」

「どしたの? じゃねぇ! テメェ何でそんな重症なんだ!? 明らかに真正面からの剣だろ!!」

 

 シドの肩から腰にかけて入った深々と痛々しい一本傷。制服と身体は切り裂かれ、容赦ない出血が目に見える。

 油断したということは絶対にない。そしてこのアホがこんな攻撃を受けてしまうような相手が居るのであれば、間違いなくこの学園は終わりだ。

 

 よって考えられるのは──。

 

「お前……わざと斬られたな?」

「え、えーっと……あはは!」

 

 ブチッと何か切れた気がした。

 

「お前ふざけんじゃねぇぞッ!! いくらお前が痛みに鈍い変態野郎でも血を流し過ぎれば死ぬんだぞッ!?」

「そ、そうだね。で、でもさ! モブ式奥義が役に立ってさ! 結構ハイリスクではある『十分間の心臓停止(ハートブレイク)』って言うんだけど──」

「あ゛あ゛!!?」

 

 その後シドの頭へ本気の拳骨を落とし、五分間説教。

 何が最初に殺されるのはモブの役目だ。テンション上がっちゃって〜じゃねぇわ。少年達が一度は妄想した夢の舞台だってのは少し分かる。

 

「そのクソみたいなモブ式奥義は二度と使うな。今度使ったら俺がお前を殺す。──返事は?」

「……はい。すみませんでした」

「お前がアホやって死のうが俺には関係ないけどな、アルファ達が悲しむってことを忘れんな」

「はい、わすれません」

 

 デカいたんこぶが出来るぐらいに殴ったので、少しは反省したようだ。心臓停止とか一歩間違えたら普通に死んでんだぞ。奥義にも程があるわ、ボケ。

 

「……ったく。……それで? 状況は?」

「それがさー! テロリストの奴等、中々テンプレが分かってるんだよ!! いやぁー、これは陰の実力者ムーブのし甲斐があるよ!!」

(……この野郎)

 

 いや、説教は今終わった。最早何も言うまい。コイツのキラキラした目を見たら力も抜ける。本当にどこまでもブレない男だな。

 

「生徒は全員人質として大講堂に集められてるみたいだね。警備は全滅だ」

「アレクシア王女に騎士団へ連絡してもらうように頼んできた。そろそろ到着するだろ」

「あー、護衛してたんだっけ?」

「子守りは慣れてるんでな」

「あはは」

「なに笑ってんだ?」

 

 悪気があるからこそ更にムカつく。屋上から突き落としたら少しはマシにならんかな。いや、多分歓喜の叫び声上げて華麗に着地するんだろうな。

 

「……襲撃から何分だ?」

「大体三十分かな。手際が良いよ」

「魔力が練れない理由は?」

「不明だねぇ。細く加工すれば何とかって感じ」

「傷はそうやって塞いだのか」

 

 相変わらず器用な奴だ。そこまで細く魔力を加工しなければならないとなると、吸収されずに使用するのは俺の技術的に無理だな。お構いなしにゴリ押しすれば何の問題もないが、その状態を続けるのは敵に魔力をプレゼントするようで面白くない。まあ一応剣は二本あるし、戦力的には問題ないだろ。

 

「そういえば、よく僕の居る場所が分かったね」

「バカと煙はなんとやらってな」

「あー、なるほど」

 

 軽口を交わしながら魔力を探知しようと試みる。やはり何かの力で阻害されてはいるが、予想通り魔力量でゴリ押しすれば探知は可能だった。数秒間の索敵で分かったことと言えば──すぐに向かわなければならない場所が出来たということだけだ。

 

「……やべぇ、忘れてた」

 

 シドとの合流を優先してる場合じゃなかった。最優先事項である護衛対象のこと忘れてた。魔力が使えないんじゃ、グレンさんとマルコさんもヤバいことになってる可能性が高い。

 

「何か分かった?」

「シド、行くぞ」

「ん、了解」

 

 こういう時は話が早くて助かる。俺とシドは屋上から飛び降りて校舎を駆け渡り、既に何者かによってぶち破られたとある部屋の窓へ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「副団長ォォォッ!!!」

 

 顔に鮮血を付けた騎士、マルコ・グレンジャーが叫ぶ。若くしてアイリス王女に信頼される優秀な騎士も、尊敬する先輩が斬られたことには動揺を隠せなかった。

 

 副団長であるグレンを斬り捨てた赤いバンダナを巻いた男は、『紅の騎士団』の護衛対象であるシェリー・バーネットを狙ってきた刺客だった。魔力が封じられていたとはいえ、グレンを瞬殺したことから絶対的な格上だ。

 

「ケッ、この程度か。……次はテメェだ」

「よくも副団長をッ!! ──ガハッ!!」

 

 マルコは怒りのままに剣を振るったが、敵との実力差は激しく、一瞬で剣を折られ首を斬られる。そのまま壁に叩き付けられるが即死してはいなかった。剣が無ければ、頭と胴体はお別れしていたことだろう。

 

「……ふ、副団……長」

「なんだぁ? 浅かったか? まあいいか、どうせ死ぬんだ」

 

 愉快そうに笑うのは『ディアボロス教団』に属する『チルドレン・1st』──『叛逆遊戯』のレックスだった。

 シェリーが解析を任された『アーティファクト』の回収に来たのだが、たった今片付けた騎士二人に邪魔され逃げられてしまった。

 

「あーあ、さっさと追わねぇとな」

 

 自分へ指示を出した者に逃げられたなどと知られれば後が怖い。自分を殺すなど訳もない程の男なのだ。

 聞いた話では『教団』最高位である十二人の幹部──『ナイツ・オブ・ラウンズ』だった過去もあるとのこと。逆らわない方が身のためだ。

 

「さーて、クソガキを追うか。我等は【シャドウガーディアン】っと」

「──【シャドウガーデン】だ」

 

 次の瞬間、レックスの首は──()()()()()()

 

 

「…………あぁ?」

 

 

 自分が攻撃されたと気付くのに数秒の時間を有したレックス。それ程までに自身の身体への衝撃は無いに等しく、頭が床へ落ちるまで身体は普通に立っていた。

 

 状況が理解出来ずにいると、いつの間にか部屋に二人の人間が侵入していたことに気付く。滑らかに殺され過ぎたせいで、レックスの意識はまだ消えてはいなかった。

 

「……遅かったか」

「いや、まだ二人とも息はあるよ」

「シド、治療してくれ」

「うん。ライと同じ騎士団の人だよね?」

「ああ。この人達が死ぬと、アイリス王女も『紅の騎士団』も困る。つまり俺の給料と特別手当も困る」

「僕も大概だけど、君も大概だよね」

 

 何を話しているのかは分からないが、自分を殺したのは間違いなくこの二人の内のどちらかだ。

 ぶさけるな、不意打ちだ、卑怯者。そう罵りたかったが、口は言うことを聞かず動いてくれない。当然だ、こうして意識が残っているだけでおかしい状態なのだから。

 

「シェリーは居ないか。魔力残滓は……追えるな」

「治療終わったよ。これで多分大丈夫」

「サンキュー」

 

 殺したと思っていた二人が治療され、一命を取り留めたらしい。遠くなってきた耳に届いた声で、レックスは更に怒りを倍増させた。

 

「シド、悪いけどシェリーって女子生徒を守ってくれ。まだそんなに遠くへは行ってない。特徴はピンクの髪で」

「小柄、でしょ?」

「知ってたのか」

「チョコあげたんだ。それから友達になってくださいって言われてね」

「へぇ、まあ分かるなら良い。俺はここで少しやることがあるから、そっちは頼むぞ」

「あの娘が今回のイベントの主役キャラかな。任せてよ」

 

 血だらけの部屋に相応しくない会話を繰り返し、二人の男は役割分担を終える。

 

「そうだ。アルファから聞いたんだけど、『教団』の主力が関わっているかもしれない。一応用心しとけよ」

「ふーん、誰? ライが倒したそこの人よりは強いのかな」

「なんか『チルドレン・1st』とか言ってた気がする。確か名前は……はん、はん」

 

 自分のことだと、レックスは停止寸前の脳で理解した。こんな呆気なく敗北した後では無様だが、敵に名前を覚えられているなら悪くない。クソみたいな己の人生を振り返りつつ、レックスは静かに死を受け入れた。

 

 

「──半袖(はんそで)勇気(ゆうき)』のソックス……だったかな」

「なにそれ。勇気出して半袖になった靴下?」

 

 

 幸運なことに、レックスがそれを聞くことはなかった。

 

 

 

 




 リアクションが良いことでシドに褒められたレックスくん退場です(笑)。

 オリ主が居ることで変わったのはグレンさん生存ですね。
 アニメでの即死副団長ォォォは申し訳ないが笑いました。


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12話 こうして勘違いは加速するのか

 

 

 

 

 

「さて……どうするかな」

 

 シェリーを護衛しに行ったシドを見送り、俺は部屋を見回す。至る所が血で汚れており、完全に殺人現場にしか見えない。

 俺がここに残った理由は一つ、ギリギリで治療が間に合ったグレンさんとマルコさんを避難させるためだ。

 

「──ニュー、居るか?」

「はい。ここに」

 

 俺が誰もいない空間に向かって声を掛けると、俺とシドが侵入した窓から一人の女性が飛び込んで来た。

 茶色の髪を団子状にまとめ、眼鏡で制服のいかにも大人しそうな女子生徒だ。しかしその正体は【シャドウガーデン】の新たな戦力であり、頼りになる仲間だ。

 

「お呼びでしょうか? ライト様」

「ああ、少し頼みたいことがある。平気か?」

「もちろんです。そのために待機していたのですから」

 

 俺の言葉に軽く微笑んだニュー。美人さんだな、こんな子が拷問得意とか誰も思わんだろう。

 

「そこで倒れてる二人を外に運びたい。手伝ってくれ」

「……了解しました」

「ん? どうした? 知り合いでも居たか?」

 

 グレンさんとマルコさんを見て、表情を強張らせたニュー。面識でもあったのかと訊ねれば、その予想は当たっていた。

 

「……マルコ・グレンジャー。私の婚約者だった人です」

「えっ、マジか」

「はい。私が『悪魔憑き』となる前の話ですが」

 

 うわ、呼ぶ人間違えたな。わざわざトラウマを刺激してしまった。

 

「すまん。知らなかった」

「あ、頭を上げてください! ライト様が謝罪されることなど何もありません!」

「別の人に頼む。ニューはまた待機しててくれ」

「いえ、私にお手伝いさせてください。それが今の私に与えられた役目であり、生きている理由なんです」

 

 相変わらずウチの子達は重いわぁ。別にその在り方を否定する気はないし、矯正しようとかも思わないけど、やっぱり俺は慣れない。ただ『教団』がクソだって事を再認識するだけだ。

 

「分かった。じゃあ頼むな」

「はい! お任せください!」

 

 マルコさんを運ばせるのはどうかと思ったが、グレンさんを担がせるのも何か頼み辛い。ニューへの配慮は足りないが、軽い方であるマルコさんを担当してもらった。

 

 流石に大男を背負ったまま高速で移動するのに魔力無しは厳しいので、吸収される量を上回る魔力を展開。筋力を底上げし、グレンさんを運んだ。

 

「……敵の気配はないな」

「はい。問題ありません」

 

 移動中で何人か黒ずくめを背後から始末したので、敵に見つかることはなく無事に門の近くまで辿り着くことが出来た。外からは何やら多くの声が聞こえてくる。どうやらアレクシア王女はしっかりと騎士団を呼んでくれたらしい。

 

「ニュー、頼む」

「はい」

 

 移動中に説明した通り、ニューが行動を起こす。スライムに魔力を通し、それを自分の顔へとくっ付けた。拷問と同じくニューの得意分野──『変装』だ。

 

「も、申し訳ありません。ライト様。やはり……崩れます」

 

 どうやら魔力阻害の影響で、スライムが上手く操れないようだ。顔の形が安定せず、液体に戻りかけてしまっている。顔を作るという繊細な作業が求められる以上、吸収される魔力も多いようだ。

 

「すまん、ニュー。少し触るぞ」

「えっ、ラ、ライト様……!」

 

 顔を触られるとか嫌だろうけど、少しだけ我慢してもらう。俺はニューの顔に付いているスライムへ手を当てると、魔力を少しばかり過剰に注入。これだけ魔力を使えば、吸収されたとしても数分は形を維持出来る筈だ。

 

 アレクシア王女と居た時には魔力阻害は起きていなかった。つまり効果範囲は学園の敷地内ということだ。後は門から外に出るだけだし、数分待てば十分だろ。

 

「これで良い。……ニュー?」

「あっ、いえっ、ありがとうございます……」

「よし、ちゃんと()()()()()()()()()。流石だ」

 

 ニューに変装してもらったのは俺の顔だ。これで俺の身代わりとして『紅の騎士団』に保護されてもらう。制服は男物に変えたし、体格もスライム盛って俺と揃えた。これで準備万端だ。

 

「マルコさんを頼む。外に出たら声は出さなくて良い、そのまま倒れて誤魔化しときな」

 

 変装してもニューは声が変えられる訳じゃない。倒れ込んでおけば、グレンさんとマルコさんを助けるために力を使い切ったとでも思われるだろう。

 

「分かりました。お任せください」

「任せる。じゃあいくぞ。……んんっ」

 

 喉を整え、外に居るであろう雇い主に向かって叫んだ。

 

 

──アイリス王女! 聞こえますかっ!?

 

 

 振り絞るような声を、門の外にギリギリ聞こえる音量で。シドと関わってからというもの、演技力が身に付いてしまった。流石にあのアホほど上手くはないけど。

 

「その声はライ君ですね!? 無事なのですか!?」

「一緒に居るグレンさんとマルコさんが瀕死の重体です! 今から残りの力を使ってグレンさんをそちらへ投げます! どうにか人数を集めて受け止めてください!!」

「わ、分かりました!! いつでもどうぞ!!」

「いきますよ!! ……オラァッ!!」

 

 宣言通りグレンさんを、門を越える高さでぶん投げる。死にかけた人間にする仕打ちじゃないけど、緊急事態だし許してくれるよな。

 

「──受け止めました!」

 

 よーし、オッケー。上手くいったみたいだ。

 

「ニュー、後は頼む」

「了解しました。ライト様」

 

 ニューが居てくれて助かった。アレクシア王女に学園へ入る所を見られている以上、シドと一緒に行動するためにはこうしておかないとな。

 

「アイリス王女! 自分もマルコさんを担いでそちらへ行きます!」

「分かりました! 手当の用意は出来ています!」

「……行ってくれ

 

 俺の小声に頷き、マルコさんを抱えて門の上へ飛び上がったニュー。無事に学園の外へと脱出完了だ。

 

「ライ君! よく無事で……ライ君? ──グレンとマルコを治療室へ運びなさい! ライ君も意識が安定していないわ! 急いで!!」

(おっし、狙い通り。悪いなニュー、後はゆっくり休んでてくれ)

 

 ドキドキしながら壁に耳を当てていたが、作戦通りにいったようだ。これで俺は自由の身となった。どこで何をしていても、顔さえ見られなければ『ライ・トーアム』であるとは思われない。『ライト』となっても問題無しだ。

 

(さて、戻るか)

 

 縛られていた行動制限を無事解放し、俺はシドの魔力を強引に探知しながら学園へと戻った。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……派手にやったな。シド」

「あっ、ライ。おかえり〜」

 

 徘徊していた『教団』の奴等を片付けながらシドの魔力を追って来た結果、辿り着いたのは副学園長の部屋だった。

 確かシェリーの父親である『ルスラン・バーネット』という人が副学園長だった筈だ。

 

 俺はそんな部屋のソファーで脱力しているシドを見て、呆れているのを隠すこともなく声をかけた。

 

「なんだよ外のやつ。てるてるボウズかよ」

 

 俺と同じく『教団』の奴等を片付けてたんだろうけど、死体を吊るしておくのはやめとけよ。あんなに怖いてるてるボウズ初めて見たわ。

 

「シェリーが警戒心0でさ。ガードするの大変だったんだよ」

「それはお疲れさん。手間かけたな」

「いいよ。彼女が今回のメインキャラってのは確定っぽいし。ただ相棒キャラが居ないのは不満点だね。シェリーだけで乗り切れるイベントじゃない」

 

 そんなもん居ねぇよ。

 俺が相変わらず能天気なシドにため息を溢すと、床の方から小さく可愛らしい悲鳴が上がった。

 

「えっ!! だ、誰ですか……?」

 

 怯えた表情を見せたのは、何やら熱心に分厚い本を漁っていたシェリー。どうやら俺が部屋に来たことだけじゃなく、シドと会話していたことにすら気付いていなかったらしい。

 なるほど、これは護衛するのも大変だ。まさかその足元にあるペタペタうるさそうなスリッパ履いて逃げてたんじゃないだろうな? 

 

「初めまして。『紅の騎士団』所属、ライ・トーアムといいます。シェリーさんの護衛を引き継ぎました」

「あっ……でも、私さっき……」

「ご安心を。グレンさんとマルコさんは生きています。ここからは自分が二人の代わりに、貴女を護ります」

 

 こういう時、顔合わせをしてなかったのが面倒だな。シェリーにアーティファクトの解析を頼んだ段階じゃ、俺はまだ入団してなかったからな。

 

「シ、シド君……」

「平気だよ。ライは僕の親友でもあるから」

「あっ、そうなんですね! よ、よろしくお願いします!」

(シドの言う通り、警戒心0だな)

 

 シドの言葉を聞いた瞬間、シェリーはパァッと顔を輝かせた。どういう経緯かは知らないがシドと知り合っていたらしいし、彼女から信用はされているみたいだ。

 

「親友ではありませんが、知り合いではあります」

「シド君の親友なら……わ、私ともお友達になってもらえ……ますか?」

「いや、だから親友じゃ……まあ、友達は別に良いですけど」

「わわっ! や、やりました! シド君! お友達がまた出来ました!」

「そだねー、よかったねー」

 

 なんだこの空気、すげぇ緩いじゃん。やっぱ類は友を呼ぶか。シェリーも大分変人寄りだな。ペースが乱されるって意味でも少し似ている。

 

「それで、今は何を?」

「そ、そうでした! 現在学園全体にとあるアーティファクトの効果が発動しています」

「それは魔力阻害に関してのことですか?」

「はい。その通りです」

 

 流石は国一番の頭脳を持つとも言われる少女。ぽわぽわふにゃふにゃしていても、やるべき事はやっていてくれたらしい。

 

「使われているアーティファクトの名前は──『強欲の瞳』です」

「……聞いたことないな」

「僕も」

 

 まあ、俺達が知ってる訳もないけど。

 

「『強欲の瞳』は効果範囲にある魔剣士や魔力体から魔力を吸収して、一時的に溜め込むことが出来るんです」

「そうか、やっぱり吸収されてるって感覚は間違ってなかったか」

「でも黒ずくめの奴等は普通に魔力を使ってたよね?」

「ああ、そうだったな」

 

 魔力使われる前に殺してたから気にならなかったけど、言われてみればそうだよな。効果範囲に居るのにおかしな話だ。

 

「吸収させたくない魔力の波長を記憶させることも出来るんです。そうでなくては『強欲の瞳』を使用している本人の魔力まで吸収されてしまいますから」

「「あ〜、なるほど〜」」

 

 簡潔で分かりやすい説明。顔も声も可愛いし、シェリーが塾とか開いたら人気出そうだな。

 

「面白いねぇ。じゃあ覚えさせてない魔力は何でも吸収しちゃうんだ」

「どうでしょう……感知出来ない程の微細な魔力や、容量を超える強大な魔力なんかは吸収出来ないと思います。まあ、普通の人間にそんな魔力は使えないんですけどね」

「……だよねぇ。ライ」

「……そうだな。シド」

 

 シドに任せると『強欲の瞳』どころか学園が吹き飛ぶから、いざって時は俺が爆発させるか。いや、爆発させたらさせたでヤバいのか? 分からん。

 

「『強欲の瞳』の厄介なところは、魔力を溜め込むだけ溜め込むと一気に解放してしまう点にあるんです。膨大な魔力は爆弾と同じ、解放されてしまえばこの学園は跡形も無く消えてしまうでしょう」

 

 うん、やっぱゴリ押しはやめよ。流石に魔剣士学園を消し飛ばす訳にはいかん。

 

「そんな危険性を考慮したからこそ、お父様は『強欲の瞳』を国に預けて管理を依頼したんです。……それなのに」

「盗まれたか。もう一つあったとか?」

「……まあ、今は考えても意味の無いことだ。魔力を吸収することが敵の狙いだとすると、『強欲の瞳』が置いてあるのは──」

「生徒の皆さんが集められている『大講堂』ということになります」

 

 ……なんか納得出来ないな。学園を吹き飛ばすために襲って来たんだとしたら、どうにも大掛かり過ぎる。わざわざ『強欲の瞳』を爆発させる意味はない筈だ。

 

「シェリーさん、対処方法はありますか?」

「は、はい! これです!」

 

 小さな手を前に差し出すシェリー。その掌の上には銀色のアクセサリーのような物が乗っていた。

 

「これは?」

「『強欲の瞳』の制御装置です。解析した事で分かったんですが、本来『強欲の瞳』はこのアーティファクトを使い、魔力を長期保存するための物だったんです」

「「長期保存?」」

「魔力の解放を止められるってことです。凄いんですよ! この性能が実用化されれば、現存する様々な技術の発展に繋がって──」

「つまりそれが今回の事件を解決するための切り札ってことですね?」

「あぅ……そ、そうです」

 

 ごめんね。気持ち良く話してたのに。

 その話はまた今度どこかの機会でちゃんと聞かせてもらうから。

 

「やることは決まったな。その制御装置を使って、『強欲の瞳』の効力を封印。魔力阻害を解除してから、敵の排除だ」

「す、すみません! まだ完全に解析が終わってないんです……」

「いえ、俺の方こそ焦りました。何か俺達に手伝えることはありますか?」

「……あの、実は制御装置の調整に必要な道具を研究室に置いて来てしまって……」

 

 急に襲撃を受けたんだ、無理もない。シェリーを護ってくれたグレンさんとマルコさんには感謝だな。

 

「分かりました。俺とシドで取って来ます」

「えっ? シド君もですか……?」

 

 ああ、そうか。シェリーはシドのこと普通の一般学生だと思ってるのか。俺はシドにアイコンタクトし、上手いこと言い訳しろと促した。

 

「大丈夫だよ、トイレ行きたかったし。ついでさ」

「……シド君」

 

 なんかシェリーの頬が赤い気がするけど、まさかシドのやつシェリーにもフラグ立てたのか? 誰が誰を好きになろうと自由なんだが、この男だけはやめておいた方が良いと思う。アレクシア王女にも言えることだけど。

 

「シド。シェリーさんに魔力糸を付けとけ」

「うん。手を出してもらえる?」

「は、はい!」

 

 シドによって細く加工された魔力糸がシェリーの手へと付着。こうしておけばシェリーに危険が迫った時、すぐに駆けつけることが出来る。

 本当なら一人は部屋に残って護衛していた方が安心なのだが、【シャドウガーデン】としての事情があるためこういう形を取らせてもらう。

 

「周りに敵の反応は無いので大丈夫だと思いますが、念のため静かに作業していてください。危なくなったら叫んでください、それで俺達に伝わります。──行くぞ。シド」

「へーい」

 

 俺とシドによって赤く染まってしまった廊下を走り、二人でシェリーの研究室へと向かった。

 

「お前、本当にトイレ行きたいんだろ?」

「あははっ、バレた?」

 

 本当に緊張感のない奴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは?」

「それは『海竜の骨の粉末』だ。必要なのは『地竜の骨の粉末』。おいシド、そこにある『ミスリルのピンセット』取ってくれ」

「これ? はい」

「ん、サンキュー」

 

 二人でしゃがみ込みながら、シェリーの研究室で物を漁る。小さな棚の中を探しているので、肩がぶつかって鬱陶しい。

 

「ほれ、『灰の魔石』。これで全部だ」

「よし、じゃあ戻ろうか」

「ちょっと待て。──『オメガ』か?」

 

 いつの間にか時間が経っていたらしく、俺が声を向けた窓からはオレンジ色の夕日が差し込んでいる。

 そんな穏やかな光を切り裂き、窓から部屋に漆黒のスーツを纏った女性が音もなく侵入して来た。

 

「はい、ライト様」

 

 黒髪に褐色の肌をしたエルフ──『ナンバーズ』のオメガ。【七陰】第五席・イプシロン直属の部下であり、実力は折り紙つきだ。

 そろそろ状況報告に来る頃合いかと予想してシドと二人だけになっていたのだが、見事に当たったらしい。

 

「遅くなって申し訳ありません」

「謝らなくて良い。ニューには俺が別の頼み事をしちゃったからな。来てくれてありがとう、オメガ」

「も、もったいないお言葉です……!」

 

 オメガは強気で男勝りな性格だけど、喜んでる顔は年相応に可愛らしい。髪を伸ばしてみたらどうかと言ってみたこともあるが、速攻で断られた。

 

「……報告します。現在【シャドウガーデン】は学園の周囲に潜伏して待機。シャドウ様とライト様からのご指示があれば、いつでも動けます」

 

 全体指揮はガンマだったな。流石に準備が早い。

 

「『教団』側に動きはありません。魔力を使えるという有利を活用し、防衛体制を構築しています。恐らく、籠城しようとしているのかと」

「外に居る騎士団の動きは分かるか?」

「はい。戦力になりそうなのはアイリス王女と増援の部隊長ぐらいでしょう。指揮官の問題で口論しているらしく、役には立たないでしょうね」

 

 おお、言うなオメガ。ウチの子達の特徴の一つに、他所への当たりが強いってのもあるんだよな。

 アイリス王女達には悪いけど、事件の解決は俺達でやらせてもらう。『紅の騎士団』には後処理を頼むさ。

 

「よく分かった。ありがとう、オメガ。指示があるまで、お前達も待機していてくれ」

「了解です。……ところで、シャドウ様が持っていらっしゃる箱に入っている物は何ですか?」

「ああ、これは──」

アーティファクトの調整をしているんだ

 

 軽く省いて説明しようかと思った瞬間、今まで口を開かなかったシドが意気揚々に答えを返した。

 俺はすぐに補足しようとしたが、オメガの驚いた顔を見て手遅れであると諦めた。

 

「アーティファクト!? そのような知識まで……」

 

 案の定オメガはシドに向かってキラキラとした視線を向けた。違うよ、ソイツにそんな知識ないよ。海竜の素材と地竜の素材を間違えるぐらいだから。

 

「今魔力を阻害しているのは『強欲の瞳』というアーティファクトでね。それを無効化するアーティファクトのサイシュウチョーセー段階なんだ」

(シェリーがな)

「国家最高峰の知識が求められる作業では……?」

「そうだねー。夜になる頃には完成すると思うよ」

(シェリーがな)

 

 凄いな。ここまで悪意なく自分のことのように語れるって。言葉足らずってレベルじゃねぇぞ。

 

「わ、我々もそれなら合わせて動けるように準備しておきます!」

「よろしくね。楽しみだなぁ。戻ろうか、ライ」

「……そうだな。オメガ、ありがとう」

「はっ! 失礼します!」

 

 こうして勘違いは加速するのか。

 

 止める暇もないし、訂正する気も起きなかった。流れるようなすれ違い、コントであればさぞ優秀なネタになるんだろう。まあシド自体がネタみたいなもんだし、別に良いか。気にするだけ損だ。

 

「……はぁ。話は聞いてたな? シド」

「うん。面白くなりそうだ」

 

 多分数分後には大して覚えてないんだろうな。頭は悪くないのに自分の興味が無いことにはとことん無頓着。ここまで力を持たせてはいけないバカも珍しい。

 

「陰の実力者〜♪ 颯爽登場〜♪」

「どっかに足の小指ぶつけるか、突き指すればいいのに」

「いきなり酷くない?」

 

 酷いのはお前だ、アホ。

 

 

 

 




 【事件の関係者】

 『シド・カゲノー』
 ・学園がテロリストに占拠されるという状況にウキウキが止まらない。

 『ライ・トーアム』
 ・ウキウキしているリーダーにストレスを溜める副リーダー。【シャドウガーデン】と『紅の騎士団』の二つの立場に挟まれているが、こうなったのは普通に自業自得。

 『シェリー・バーネット』
・父親を助けるために頑張る良い子。二人目の友達が出来て嬉しい。

 『事件の首謀者』
 ・アーティファクトの回収に向かわせた半袖勇気のソックス……ではなく叛逆遊戯のレックスが戻って来ないことに苛立っている。
 ・アニメではボイスチェンジャーを貫通して、視聴者に呆気なく正体はバレた。

 モチベーションに繋がるので、ぜひ感想を送って頂けると嬉しいです!


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13話 こういうのに弱いんだよな

 

 

 

 

「おお〜、凄いね」

「……確かに」

 

 シェリーから頼まれたおつかいを無事に済ませ、外が夜に包まれた頃。『強欲の瞳』の制御装置であるアーティファクトの調整が終わり、俺達は次の行動を開始することになった。

 

 敵側に見つからずに移動する策としてシェリーが提案したのは、副学園長の部屋に作られている隠し通路の使用だった。本棚の本を奥へ押し込むと、地下通路への隠し扉が出てくるというロマンの塊を見ることが出来た。

 

「こういうの大好き」

(分かる)

 

 男でこういうの嫌いな奴はそうそう居ないんじゃないか。普段ならシドに共感するなんてのは嫌だが、こればかりは頷くしかない。

 

「……お父様、必ず助けます」

 

 そんなアホ二人とは違って真剣な表情を浮かべるシェリー。ごめんなさい。空気読めなくて。

 

「お父さん、無事だと良いね」

「シド君……。本当にありがとう」

「ほんの少し助けただけさ。もう僕に手伝えることはない。ここからは君の力で、世界を救ってくれ」

(なんか規模デカくなってねぇか?)

 

 学園の危機から世界の危機へ拡大。特に意味も無く言いたいから言っただけだろう。状況が状況なだけに、それっぽいと感じるのが腹立つ。

 

「ご安心を。この先も俺が護衛します。行きましょう」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「シド、お前はこの部屋に隠れてろ」

「うん。そうさせてもらうよ」

 

 明かりとなるランタンをシェリーが持っているので、先に隠し通路へと入ってもらう。俺は暗闇でもそれなりに視えるし、ランタンがなくても問題はない。

 

 シェリーがある程度離れたことを確認し、俺はこれからシドが起こすバカ騒ぎに対して釘を刺した。

 

「シド。俺が居ないからってはしゃぐなよ?」

「分かってるよ。ライはシェリーを護ってあげて」

「……後で行く」

 

 サッと会話を切り上げ、シェリーの背中を追って隠し通路へと入る。この後シドは敵が籠城している大講堂へ行くのだろう。【シャドウガーデン】のみんなも居るし、心配は要らないと思うが。

 

(……あっ、思ったより暗い)

 

 俺は少し焦りながらシェリーを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠し通路を進み始めて数分。足場が悪いのでコケそうになったシェリーを五回ほど助けたこと以外、俺達は順調に歩みを進めていた。

 

「す、すみません。ご迷惑を……」

「いえ、仕事ですから」

 

 言い方はアレかもしれないが、こう言っておけばシェリーが気にすることもないだろ。仕事でやってるってのは事実だしな。

 

「そうだシェリーさん。一つお願いがあります」

「はい? なんでしょう?」

「俺と一緒に行動していたということを、シド以外には秘密にしてもらいたいんです。特に『紅の騎士団』には」

「な、何故ですか?」

 

 本来俺はここに居たら物理的におかしい人間だからです、とは言えん。俺は不本意ながらお得意となった言い訳を考え、親しみやすそうな声音でシェリーへ返した。

 

「……実は、今回の護衛は俺の独断行動でして。『紅の騎士団』に知られれば厳罰、最悪の場合退団させられるかもしれません。身勝手な言い分だとは思いますが、どうかお願いします」

「……それでも私を助けに来てくれたんですね。……ライ君もシド君と同じで優しいです」

 

 アイツと同じとか俺にとっては侮辱に当たるんだけど、今は我慢だ。

 

「分かりました。ライ君に護ってもらったことは誰にも言いません。──お友達としてお約束します!」

「……助かります」

 

 セーフ。これで事件解決後の事情聴取でドッペルゲンガー扱いされることはなくなった。そんなことになったら誤魔化す方法なんてないし、『紅の騎士団』も学園も辞めて、【シャドウガーデン】一本でいくしか無くなるもんな。……いや、それはそれで良いんだけどさ。

 

(まあ俺も、お飾りの副リーダーだけどな)

 

 シドのことをお飾りのリーダーと言っているが、実質俺もお飾りだ。組織を大きくしてきたのはアルファを始めとした【七陰】達。俺が何か貢献したのかと言われれば、返す答えは特に無い。

 

 俺がシドの子守り以外にやってきたことなんて、シドの代わりにメンバーを鍛えたり、シドの代わりに組織からの定期報告に目を通したり、シドの代わりに本拠地に顔を出したり……あれ? 俺はそんなにお飾りじゃなくね? 

 

「あの……ライ君」

「は、はい? なんですか?」

 

 やっぱりシドの方がお飾りじゃねぇかとムカつき出していると、後ろを歩いているシェリーが声をかけてきた。顔は見えないが、どこか緊張しているようだ。

 

「シ、シド君とは……その、昔から親友なんですか?」

「……それなりに付き合いは長いですね」

 

 かれこれ七年ぐらいは付き合いがあるか。我ながらよくやるよ。

 

「どうしてそんなことを?」

「い、いえ。私は小さい頃からお友達が居なくて……その、シド君が初めてのお友達だったんです」

 

 初めての友達がアレとかお気の毒だな。……ん? これってブーメランなのか? いや、別にアイツを友達とは思ってないけど。

 

「だから、その、普通のお友達同士が何をして遊んだりするのか分からなくて……。あはは、お父様にも研究ばかりではダメだと言われてしまいました」

 

 乾いたように笑うシェリー。申し訳ないが、俺とシドの関係は貴女が思っているようなほのぼのとした関係じゃないです。俺達を基準に考えるなんて『友達』の定義に失礼だ。

 

「良かったら聞かせてもらえませんか? 二人のお話を」

 

 こんな状況からくる緊張を紛らわせたい意図もあるんだろうが、こうも期待するように訊ねられては断り辛い。

 

 望みは薄いが、俺はシェリーが満足しそうな記憶を探してみた。

 

「お友達とはピクニックに行ったりするんですよね?」

(……ピクニック)

 

『ライ〜、盗賊狩りに行こうよ〜』

 

 ──却下。

 

「普通のことで笑い合ったり!」

(……普通のこと)

 

『見てよライ、この仮面のデザインカッコ良くない?』

 

 ──却下。

 

「一緒に何かへ取り組むのも憧れなんです!」

(……取り組む)

 

『違うって! 手紙の開き方はこう! 出来るまでやるからね!』

 

 ──却下。

 

「お友達同士の秘密というのもありますよね!」

(……秘密)

 

『ライは僕の右腕だから立ち位置は僕の右側だよね。いや、敵の方から見た右側のが良いのかな? そう考えると……僕の左側?』

 

 ──却下。

 

(……ろくな思い出がねぇ)

 

 キラキラと憧れを語っているシェリーに合わせて記憶を呼び起こしてはみたものの、話せそうな内容が一つも出て来なかった。逆に清々しいまである。

 

「シド君とライ君も、そういうことをしてきたんでしょうか?」

「……え? ……あー、まあ、はい」

「わぁ! 良いですね! ……私もいつかやってみたいなぁ」

 

 これで良い。俺が大人になりさえすれば、彼女の理想を護れるのだから。ウキウキと楽しそうな声を聞けば、シドへのムカつきも少しは落ち着く。

 

「──お母様が亡くなって一人になった私を……引き取ってくれたのがお父様でした。本当の娘のように愛情を注いでくれて、私は幸せ者です」

 

 引き取ってくれたってことは、父親であるルスラン副学園長とは血の繋がりがないってことか。……この子も色々複雑なんだな。

 

「『強欲の瞳』の研究も、最初はお母様がやっていたんです。……だからこそ、私が『強欲の瞳』をなんとかしないと」

 

 改めて気を引き締めるようにシェリーは自身の過去を語った。めちゃくちゃ重い部類だったので、俺は特に言葉を返せなかった。

 

「ごめんなさい。急にこんな話をして……。ライ君は聞き上手ですね」

「……いや、全然」

 

 俺が返す言葉を探していると、それより先にシェリーが強い気持ちを宿した声音で口を開いた。

 

「──私はお父様を助けたい。私を助けてくれたように、今度は私がお父様を助けたいんです」

「……大丈夫。俺も居ますから」

「はい! ありがとう! ライ君!」

 

 顔を見なくても笑顔だと分かる喜びの声を聞き、俺は少しだけ口元を緩めた。そして同時に、シェリーには気付かれないように目元を指で押さえた。

 

(……こういう話に弱いんだよな)

 

 シドが居なくて良かった。アイツがこの場に居たら間違いなくからかわれていた筈だ。アイツは人の心なんて捨ててるから、シェリーの話を聞いたとしてもいつも通りの無反応なんだろう。

 

 シェリーにも言ったが、俺が彼女を護るのは仕事だからだ。しかし、今の話を聞いて私情を挟まないほど俺は薄情な男じゃない。面倒なことであっても、出来る限りシェリーを手伝ってあげよう。

 

(……けど)

 

 一つだけ気になることがある。国に管理されていたという『強欲の瞳』を──()()()()()()()()()

 

 様々な組織に根を張る『教団』が相手となれば、盗まれたとも考えられる。しかしそうならば国の方から盗まれたとの報告がされている筈だ。

 

 アイリス王女は第一王女であると同時に『紅の騎士団』の団長。危険なアーティファクトが盗まれたというなら、事件として彼女の耳に届いていなければおかしい。だがアイリス王女からそんな話は聞いていない、つまり盗まれたというのは考えにくい。

 

(国の組織に『教団』が関わっていて、バレないよう隠蔽工作をした……? それとも……いや、これはないな)

 

 とある可能性を考えはしたが、すぐに否定。

 あり得ないというより、()()()()()()()()()()()()()

 

 もしもこの予想が当たっているのなら──あまりにも世界が厳し過ぎる。

 

「ライ君、もうすぐ大講堂へ出られる筈です」

「……油断せずに行きましょう。シェリーさん」

 

 結末がどうであれ、俺のやるべきことは変わらない。

 シェリーを護衛し、シャドウの様子を見に行き、身代わりをしてくれているニューと周りにバレないように入れ替わる。……やること多いな。

 

 俺が静かにため息をつくと同時に、シェリーが石造りの隠しスイッチをガコンと押し込む。すると石の壁がゆっくりと動き出し、大講堂への抜け道が姿を見せたのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「シェリーさん。体勢を低くして」

「は、はい」

 

 無事に大講堂へ入ることに成功したシェリーとライ。大講堂内を上から覗き込める場所に出た二人は、敵に見つからないように移動を開始した。

 

「……なるほど。アイツか」

「はい。あれが『強欲の瞳』です」

 

 ライが目星を付けたとある男に、シェリーも同意の頷きを見せた。二人が注目したのは大講堂内で唯一身体に鎧を付けている人物であり、ライは感知出来た魔力量から、シェリーはその人物が手に持っているアーティファクトから、その人物が事件の首謀者であると理解した。

 

「ルスラン副学園長は……居ないか。シェリーさん、まずは『強欲の瞳』の魔力阻害を解除しましょう」

「は、はい。……いきます」

 

 父親を見つけたい気持ちを我慢し、シェリーはライの言葉に従う。解析の終わった制御装置を指でワンタップし起動させた後、手に構えて逆転の一手を投じたのだ。

 

「……えいっ!」

 

 シェリーによって『強欲の瞳』へ向かって投げられた制御装置。空中で金色の光を放つと効力を発揮、魔力阻害を起こしていた『強欲の瞳』を停止させることに成功した。

 

「よし。ナイスです。シェリーさん」

「は、はぁ……ドキドキしました」

「まさかぶん投げるとは思いませんでしたけどね」

「あはは、上手くいって良かったです」

 

 狙い通りに事が運んだので、シェリーとライの表情も和らぐ。そしてそんな二人の耳に届いたのは、魔力が解放された生徒達による反撃の雄叫びだった。

 

 先陣を切ったのは生徒会長であるローズ・オリアナ。敵一人を蹴り飛ばして剣を奪い取ると、瞬く間に数人の敵を切り捨てた。

 

「シェリーさん。撤退しましょう」

「で、でも……」

「ルスラン副学園長は居ません。他の場所を探しに行きましょう。──それに」

 

 血生臭い殺し合いの始まった大講堂だったが、天井のガラスが割られると同時に飛び込んできた一人の男によって状況は一変した。

 漆黒のロングコートを纏ったその男はローズの近くへと降り立つと、真紅の瞳を光らせながら剣を天に向かって掲げた。

 

 

「我等は──【シャドウガーデン】

 

 

 いつのまにやら大講堂は黒コートに身を包んだ者達によって包囲されており、敵側に明らかな動揺が見受けられる。

 

「「「「「陰に潜み……陰を狩る者」」」」」

 

 綺麗に揃えられた声で告げられる言葉。それを聞いた者達は動揺し、本能的に恐れを抱いた。表の世界に生きる人間からすれば、裏の世界で生きる人間など恐怖する対象でしかないのだから。

 

 そして、一方的な虐殺が始まった。

 

 圧倒的な実力差で【シャドウガーデン】側が次々と『教団』を斬り捨てる。粘る者も中には居たが、数回剣を交わす内に命を散らした。

 

「……凄い」

「今の内にここを離れましょう」

「は、はい!」

 

 自分とは違い驚くほど冷静なライへ頼もしさを感じながら、シェリーは意識を切り替える。ここに父親が居ないと言うのなら別の場所を探すだけ。諦めるという選択肢は持ち合わせていないのだ。

 

「……雑な奴だ」

「ふぇっ?」

「逃げますよ」

「ラ、ライ君!?」

 

 突然ライに抱えられたシェリー。走り出したライの表情には焦りが浮かんでおり、早くこの場を離れようとする意思が感じ取れる。

 

「どうしたんで──ッ!!」

 

 荷物のように抱えられながらシェリーが訊ねようとする。しかし、それはどこからか巻き上がった爆発と燃え上がる赤い炎によって止められた。

 

 数秒とかからずに炎で包まれる大講堂。生徒達は急いで脱出を試み、ローズの指示によって退路を確保している。

 そんな生徒達とは裏腹に【シャドウガーデン】は冷静そのもの。敵を残らず殲滅した後、天井近くの窓から幻のように姿を消した。

 

「た、助かりました……」

 

 出て来た隠し通路へと滑り込み、炎から逃れたライとシェリー。危機一髪だったこともあり、シェリーは安堵の一息を溢した。

 

「ありがとうございます、ライ君。……ライ君?」

 

 朗らかな笑顔で礼をするシェリーだったが、ライからの反応は無い。隠し通路の奥を睨みつけ、深刻な表情を浮かべている。

 

「……シェリーさん。お父さんを見つけました」

「ほ、本当ですか!?」

「まず間違いありません」

「行きましょう! 案内してください!」

 

 詰め寄るシェリーへ、こくんと頷きを返したライ。

 

「お父様……今行きます!」

 

 そんな決意に満ちたシェリーに視線を向けるライ。何か言葉を告げる訳でもなく、ただただ無表情だ。

 

「行きましょう! ライ君!」

「……そうですね」

 

 歩き出したシェリーを追うライの目には──陰が落ちていた。

 

 

 

 




 最近はオリ主が好きと言ったコメントをちょくちょく貰えて喜んでます。やはり自分で考えたキャラが好かれるというのは嬉しいものですね。

 見事なファンアートのお陰でライの姿も明確に想像出来ますし、本当に助かってます(笑)。
 技名も……ダサいと言われますが好かれていると信じたい!当分出す機会無いとは思いますが。


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14話 ムカつくことは邪魔するぞ

 

 

 

 

 

「あ、あの……ライ君?」

「はい、なんですか?」

 

 火が広がり出した廊下を歩いていると、俺の後ろをついてきているシェリーが少し怯えるように声をかけてきた。

 俺は無機質な声で反応するが、シェリーに対しては全くの逆効果。それが分かっていながらも、俺はそう返すことしか出来なかった。

 

「あぅ……いえ、その、どうしたんですか?」

 

 炎で支配された大講堂を脱出し、俺の案内で歩き始めて数十分。俺の様子がさっきまでとは変わっていることに気付いたんだろう。ダメだな、こんな状況でこんな風に感情を出すなんて。そうするべきなのは、俺ではないのに。

 

「……ルスラン副学園長の居場所が分かったと、俺は言いましたね」

「は、はい! 今はそこへ向かっているんですよね?」

「そうです、もうすぐ着きます。──()()()()()に」

「えっ? でもそこはさっき私達が……」

 

 シェリーが首を傾げた瞬間、耳を襲う激しい爆音が鳴り響いた。俺は反射的にシェリーの身体を包み込み、巻き起こった爆風から彼女を庇った。

 魔力阻害が無くなったので、身体強化は普段通り。無数に飛んで来る瓦礫の破片が当たっても傷一つ付かない。

 

「──怪我は?」

「だ、大丈夫です。ありがとう、ライ君。……今のはなんだったんでしょう? 爆発音とは違った感じだと思いますけど」

(……意外と勘が良いな)

 

 シェリーの言う通り、今の爆音は何かが爆発したことによって発生したものではない。剣と剣がぶつかり合った際に生まれた剣戟の音だ。部屋に入るのは──()()()()()

 

「……少し、休みましょう」

「わ、わわっ、ライ君今ので怪我をしたんですか!?」

「そう、ですね。少し身体が痛い」

「分かりました! さぁ、座ってください!」

 

 早く父親に会いたいだろうに、優しい子だ。俺はシェリーに肩を貸してもらいながら、廊下の壁に背を預け、ゆっくりと腰を落とした。別に痛みなんて微塵も感じてはいないが、シェリーは俺のことを全く疑ってはいない。

 

「ごめんなさい。私のせいで……」

「それは違います。俺は貴女の護衛ですから。当然のことをしたまでです」

「で、でも、顔色が悪いですよ? やっぱり痛むんじゃ……」

 

 心配そうに俺の顔を覗き込むシェリー。泣きそうなのか、その瞳は僅かに潤んでいる。

 

 ──ダメだ、考えがまとまらない。

 

 これから先をどうするか。大講堂を出た瞬間から、俺の頭はその考えで埋め尽くされていた。考えても考えても、納得のいく答えは出ない。臨機応変さはアホのお陰で磨いてきたつもりだったが、こんな事態に遭遇したことはない。

 

(……どうすりゃいいんだよ)

 

 今ここでこうしている間にも、最悪の結末に向かっている。副学園長室はもう目と鼻の先。そこで行われている戦闘はもうすぐ終わる──終わってしまう。

 

(……ったく。この世界は本当にクソだな。転生先を間違えた。こんなクソな世界に来ることになったのも、全部あの妖怪・魔力男のせいだ)

 

 ふと思い返しても腹が立つ理不尽。たった一度の悪質タックルが俺の全てを狂わせた。俺にやりたいことがあるとするならば、いつか妖怪・魔力男をぶん殴ることだ。

 

 命の軽さが前世と今世で違い過ぎる。何の罪もない人間は理不尽に殺され、幸せを奪われ、尊厳を踏み躙られる。シドと出会う前の俺が……いや、シドと出会ってからも見続けてきた光景だ。

 

「痛いところはどこですか!? ……あっ、絆創膏持ってない。……役立たずでごめんなさい」

(……ふっ)

 

 本当に腐ってるよ。こんなに優しくて良い子が……どうして不幸な目に遭わなければいけないんだ。

 

「シェリーさん。俺の背中に」

「ふぇっ? ──きゃあっ!!」

 

 またも巻き起こった爆音により、瓦礫の破片が勢いよく飛んでくる。俺はすぐに立ち上がり、シェリーを背中へ移動させると対処を開始。腰からぶら下げていた二本の剣の内一本を引き抜き、五十ほどの数で向かってきた破片を粒になるまで斬り刻んだ。

 

「す、凄い……!」

「……はぁ。もうどうにでもなれだ」

「ライ君! 凄いです!」

 

 子供のようにはしゃぐシェリーを見て、俺も覚悟を決める。他のやり方を考える時間も無ければ、俺にそんな精神的余裕も無い。

 

「シェリーさん」

「はい?」

「貴女はこれから辛い思いをすることになる。それでも、前に進みますか?」

「……えっ。それはどういう意味──」

「進みますか?」

 

 シェリーの言葉を遮り、俺は彼女の目を見て再度訊ねる。雰囲気の変化を察したのか、シェリーは少しだけ後退りをした。何度も怯えさせてしまって申し訳ないが、俺にはこうすることしか出来ない。

 

「シドは貴女の友達で、俺も貴女の友達だ。──断言する。俺達は何があってもシェリーの味方だ」

「……ラ、ライ君?」

「どれだけ辛い現実に襲われても、シェリーは一人じゃない。シドが、俺が、必ず支える。約束する」

 

 月並みな言葉しか言ってやれない自分の語彙力が憎い。それでも、出来る限りの覚悟を込めて、俺はシェリーにそう告げた。

 

「……辛い思いを、することになるんですか?」

「ああ」

「……それは、お父様に関係することですか?」

「ああ」

「……私は、また一人になるんですか?」

「違う」

 

 俺なんかよりもずっと頭が良い子だ。俺の言葉の意味なんて、とっくに理解しているだろう。もう涙も堪えられなくなっており、ボロボロと溢れ出している。小さな手は固く握りしめられ、震えていた。それが怒りによるものなのか、悲しみによるものなのか、俺には分からなかった。

 

(……名前を使わせてもらうぞ)

 

 ダメ押し、そして覚悟を形とするために──俺は姿を変えた。

 

 スライムスーツを起動させ、流れるように形状を変化。学園指定の制服は瞬く間に銀色のラインが入った漆黒のコートへと変わり、俺の頭はフードによって完全に覆われた。

 

「ラ、ライ君……なの?」

「それも違うな。()()()()()()()()

 

 なんだろうな。この世界に来て初めて堂々と名乗る気がする。悪い気分じゃない。こんなことシドには話せないな。

 

 

──『ライト』()()()()()()()()

 

 

 フードを片手で外し、シェリーに変化していない白い髪を見せる。それだけで少しは安心感があったのか、シェリーの震えが止まった。

 

「ライ……ト?」

「驚かせてごめん。俺はライ・トーアムであると同時に、【シャドウガーデン】のライトでもあるんだ」

「シャドウ、ガーデン……」

 

 これまで関係者以外には隠し通してきたことを暴露、中々に怖いものだ。だが、だからこそ良い。そうでなきゃ意味が無い。俺がこの姿になり、この名前を名乗った。これ以上の覚悟を見せる方法など、俺は持ち合わせていないのだから。

 

「これから君は、見たくないものを見ることになる。受け入れたくない現実を受け入れなくてはいけなくなる。悲しさを全て抱えて、生きていかなければならなくなる」

「…………」

 

 シェリーは、ただ黙って俺の言葉に耳を傾けている。俺はそんな彼女の手を引き、副学園長室へと入った。

 

 そこにあった光景は、予想通りの『最悪』だった。

 

 

「──……ッ!!!」

 

 

 俺が引いていたシェリーの手に力が宿る。細い腕からは考えられないほどの力で握りしめられており、俺は思わず目を閉じた。

 

「……昔、お母様が亡くなったと言いましたよね」

「……ああ」

「お母様は、殺されたんです。小さかった私は……その日の夜を忘れませんでした」

 

 俺の手を離し、シェリーが血で汚れたカーペットを歩く。

 右へ左へとフラフラ身体を揺らしながらも、シェリーはしっかりと視線の先に横たわっている遺体(父親)に辿り着いた。

 

「……同じ傷です。お母様と」

「……そうか」

「ライ君は……いえ、ライト君は……()()()()()()()()()?」

 

 具体性のない曖昧な問いだが、十分過ぎるほどの言葉だ。隣に立って顔を見れば、シェリーが本当に強い子だと分かる。大粒の涙を流しながら、血が出そうなほどに口を力強く噛み締めていた。

 

 俺は下手に誤魔化すこともせず、ただ真実を伝えた。

 

「俺は何も知らない。けど、俺達となら知ることが出来る。それだけは確かだ」

「……俺達?」

「【シャドウガーデン】のことさ。シドも俺と同じくそこに居る。……シェリーが知りたいことは、そこで必ず分かるよ」

「シド君も……」

「言っただろ。何があっても、俺とシドはシェリーの味方だってな」

 

 シェリーへ身体を向け、俺は手を伸ばした。

 

 

「──()()()()()。『シェリー・バーネット』」

 

 

 彼女(シェリー)は、強く頷いた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 テロリスト襲撃により、学園が半壊してから一夜明けた。多くの生徒が負傷し、魔剣士学園が大打撃を受けた事件も無事に終了。俺もニューと入れ替わるという最後の仕事を成功させたので、ドッペルゲンガー説が流れることはなかった。

 瀕死の重症だったグレンさんとマルコさんを助けたとのことで俺の評価は爆上がり、それに伴って給料の方も爆上がり。最高だね。

 

 この事件発生でそれ以外に俺に影響することと言えば、授業を行える状況じゃなくなったので夏休みが前倒しになったことぐらいだ。夏休みは好きだが、こんな前倒しを求めてた訳じゃないんだけどな。

 

「いやぁ、派手に校舎が壊れたね」

「……そうだな。お前がやるよりはマシだけど」

 

 遠い目をしながら力の抜ける会話をする俺とシド。壊された校舎を見回せる屋上にて、快晴による太陽と吹き抜ける風に身を委ねていた。

 

「シェリーを仲間にしたんだってね」

「騒ぎを起こしたくないから、生徒としての生活も送ってもらうけどな。文句ないだろ? あっても無視するけどな」

「うん。別にないよ。君が決めたことならね」

 

 これはシェリーに興味が無いから言っている訳じゃない。本当に文句がないのだろう。コイツはコイツなりに、シェリーのことを気に入っていたのかもしれない。

 

「そういえば、ローズ会長にもフラグ立てたらしいな。お前が起きるまでずっと側で看病してたって聞いたぞ。アレクシア王女といい、お前は王女キラーか」

「何言ってるのか分からないね」

 

 心底どうでも良さそうな様子で息を吐いたシド。モブっぽい生活から離れつつあるようでなにより。お前の不幸で食う飯は美味いぞ。

 

「──にしても、今回の事件は及第点だったよ。陰の実力者的に」

「……そうか。……お前も珍しく、怒ってたからな」

「怒る? 僕が?」

「ああ、お前がだ」

 

 きょとんとした顔を見せるシド。どうやら怒りに任せて剣を振るっていたことに気付いていなかったらしい。自分のことになると鈍感なのは、お互い様ってことなのかもな。

 

「シェリーの母親は立派な人だった。お前は努力している人間が好きだからな」

「……そうかもね」

 

 ああ、空が青い。こんなに良い天気なのも久しぶりだ。なのに何故だろう、こんなにも気持ちが良い空の下なのに──無性に腹が立つ。

 

「アルファに聞いた。国際指名手配されたぞ、シャドウ(お前)

「ふーん」

「ルスランの小細工だろうな。お前も、なんとなく予想はしてたんだろ?」

「どーかな。お前達に罪を被せるとかなんとか、そんな感じのことを言ってた記憶はあるけど」

「無差別殺人・監禁・放火・強盗。よかったな。犯罪者コース豪華盛り合わせだ」

「ははっ、そだねー」

 

 手配書のビラも国中にばら撒かれているというのに、当の本人がこの調子。手配書を作った役人も、犯人がこれじゃあ仕事した甲斐がないだろう。

 

 まあ別にその件に関してはどうでもいい。周りを敵に回すだの、国を敵に回すだの、世界を敵に回すだの──今更だ。

 

 そんなことより、俺はコイツに対して言わなければならないことがある。場合によってはぶん殴ることも視野に入れるレベルのことだ。

 

「シド。だから……()()()()()()()()()()?」

「なんのことだい?」

「とぼけんな。シェリーの母親と同じ殺し方をしただろ。ルスランにでも聞かされたのか?」

「うん。そうだよ」

 

 あっさりと認めるシド。そこに躊躇いなど一瞬もなく、後悔すら微塵も感じ取れない。そうさ、コイツはこういう奴だ。分かってたよ、伊達に長い付き合いじゃない。

 

 ──ああ、やっぱり腹が立つ。

 

「俺がシェリーを勧誘しなかったら、どうした?」

「別に。シェリーに僕の姿を見せてから逃げたよ」

「その場合、シェリーはお前を両親の仇だと思うだろうな。わざわざ同じ殺し方をしたんだ。人生を懸けて殺しにくるかもしれない」

「だろうね。そうしようと思ってたんだ」

「…………はぁ」

 

 深くため息を溢す。それと同時に新鮮な空気が肺に取り込まれ、身体が喜んでいた。俺はそのまま隣でボーッとしているシドの方を向き、言葉を投げる。

 

「シド」

「なーに?」

「お前はお前のやりたいようにすれば良い。元から俺達の関係はそういうもんだ」

「急にどうしたのさ」

「黙って聞け」

 

 ヘラヘラとした笑顔を向けてきたので、シドの胸ぐらを右手で掴み上げる。それでもシドの表情に変化はない。それでいい、だからこそ俺がこうして怒る必要性がある。

 

「俺がお前の右腕でいてやる限り、お前に協力してやる」

「……」

「でもな、俺も俺のやりたいようにやらせてもらう。それがたとえお前の考えに合わないことでも、お構いなしに貫く」

「……」

「つまりだ」

 

 バッと手を離し、シドの目を見た。

 

 

「──ムカつくことは邪魔するぞ

 

 

 右腕として、俺の行動は相応しくないんだろう。でもそうでなければならない。俺はコイツの右腕だが、それ以前にただの知り合い。同級生。転生者同士。腐れ縁。それだけの関係だ。

 

 全てを肯定してやる気はないし、される気もない。腹が立つものは立つ、ムカつくものはムカつく。ならどうするか、邪魔をする。俺はこのクソ厨二病野郎に、そう言い続けてやるだけだ。

 

「ふ、ふふっ……」

「なに笑ってんだ?」

「いや、ライを右腕にして良かったと思ってね」

「……ハッ、いい迷惑だ」

 

 シドが押し殺すように笑い終えると、一息ついた後にゆっくりと口を開いた。

 

「それでいいよ。その方が楽しい」

「本気でムカついたら容赦なく斬るぞ」

「それは困るなぁ。ライが相手だと、僕も命懸けだ」

「お前には負け越してるからな」

「魔力有りなら……でしょ?」

「関係ねぇよ。お前に負けてるってだけで嫌なんだよ」

 

 またも笑うシド。一体何が面白いのやら。

 

「……もう夏休みだねぇ。ライはどうするの?」

「仕事だ。『紅の騎士団』でな。お前は?」

「姉さんから一緒に実家へ帰ろうって言われなかったからね。どうしよっかなって」

「アイツも俺と同じ仕事を任されてたからな。悔し涙で騒いでたのはそういう理由か」

「ははっ、姉さんらしいや」

 

 感情をあまり感じない笑顔で笑うシドを見て、俺は何度目かも分からないため息を溢す。俺が一方的にイラつき、ムカつき、そして疲れる。本当に、よくも付き合い続けてるな。自分の付き合いの良さには驚かされてばかりだ。

 

「……まあ、お前と別行動ってのも珍しいからな。アホの子守りを休む良い機会だ」

「んー、言い返せないなぁ。ゆっくり休んでよ」

「言われなくてもそうさせてもらうさ」

 

 そこで会話を切り上げ、俺は柵に立て掛けていた二本の剣を手に取って出口へと歩き出す。キッチリとした制服はこの日差しの中で着るのは厳しく、腕に抱えている状態だ。

 

「またね。ライ」

「……ああ」

 

 夏休み、俺達は別々の予定を過ごす。

 ひょっとしたら新学期まで顔を合わせることはないかもしれない。それならそれで良い。子守りを休めるならそれに越したことはない。年中無休を約七年だ、少しばかり休日を貰っても文句は無いだろ。まあ仕事をしに行く訳だから、完全に休みって訳でもないんだけど。

 

「シド」

 

 俺はふと立ち止まり、振り返らずに口を開いた。

 

 人生がそんなに上手くいく筈はない。きっとこの夏休みも、俺はアイツに振り回されることになる。確信とも言える予感が、俺にはあった。

 

 だからこそ、こう言うべきなのだろう。

 

 

「──またな」

 

 

 夏休みの幕が、上がった。

 

 

 

 




 この話を書いてて思ったことは、最終回かな?です(笑)。

 アニメももう終わりますし、寂しいですね。二期に期待したいところです。


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15話 良いコンビなのかもな


 前書き失礼します!
 今回の話には『TS』要素が含まれています!苦手な方は

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 ↓
 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 まで読み飛ばすことを推奨致します。


 

 

 

 

 

 敵である『ディアボロス教団』によって魔剣士学園が襲われてから二日。

 授業が行える状態ではないと夏休みが前倒しになったので、俺達学園の生徒はみんながそれぞれの過ごし方へと分かれていった。

 

 実家に帰る者も居れば、寮に残る者も居る。剣の修行のために遠出する者も居るらしい。

 

 そんな生徒が多い中、俺はどれにも当てはまらず、俺だけの過ごし方をしていた。訪れている場所は王都での評判も盤石なものとなってきた『ミツゴシ商会』。つまりライ・トーアムとしてではなく、()()()としての過ごし方だ。

 

「ラ、ライト君! 凄いんですよ! イータさんの考え方!」

「ライト。シェリーは良い子。最高」

 

 ピンク髪のちびっ子とワインレッド髪のちびっ子に勢いよく迫られる。幼女趣味の奴が今の俺を見れば、血の涙でも流して羨ましがるかもしれない。

 俺からすれば二人とも精神年齢差から妹のようにしか見えず、無条件で保護欲を掻き立てられてしまう存在だ。

 

「わ、分かった分かった。落ち着けよ二人とも、ちゃんと聞くから」

 

 シェリーを【シャドウガーデン】にスカウトした手前、様子を見に行かないという選択肢は存在しない。『紅の騎士団』の仕事始めは明日からなので、今日は取り敢えず朝からここへ来たという訳だ。

 

(……にしても、仲良くなったなぁ。いや、なんとなくそんな予感はしてたけどさ)

 

 俺の前でわいわいと笑顔で会話するちびっ子コンビ。王国随一と名高い頭脳を持つシェリーと【シャドウガーデン】随一の発明家、【七陰】第七席・イータ。組み合わせてみたら面白そうとは思ったが、まさか現実になるとは。相変わらず人生って予想出来ないもんだ。

 

「今からイータさんとこのアーティファクトの解析をするんです! 成功すれば魔力をストックしておける魔力保存装置を作ることが出来て、戦闘だけでなくあらゆる技術の発展に繋がると思うんです!」

「……お、おう。そうか」

 

 前は時間が無かったから遮ったけど、その時に今度ちゃんと聞くって言ったしな。いや、言ってはないな。心で思っただけか。

 

「ライト」

「ん?」

「シェリーは……良い子」

「そ、そうだな」

「ライト。グッジョブ」

「グ、グッジョブ」

 

 あまり口数が多くないイータがよく喋る。サムズアップしているのは珍しくないが、表情がいつもより柔らかい気がする。

 

「でも、打ち解けられてるみたいで良かったよ。何か不自由があれば遠慮なく言ってくれ。俺じゃなくても、周りが必ず助けてくれる」

「はい! ありがとう! ライト君!」

 

 幸せそうな笑顔を見せるシェリー。もちろん完全に元気を取り戻したとは思えないが、最悪の状態に陥ることは回避出来たようだ。親を失っても、前に進む。本当に強い子だ。

 

「そうだ! ライト君! 昨日イータさんと共同開発したものがあるんです! 見てもらえませんか!?」

「えっ、もうなんか開発したの?」

「ぶいぶい」

 

 いや、早くね? この子達会って一日も経たずになんか共同開発しちゃったの? マジかよ。超相性が良かったのか、それとも混ぜるな危険だったのか。

 

「それで? 何を開発したんだ?」

「こっちです! 来てください!」

「きてきて」

「お、おいおい、引っ張るなって」

 

 二人に腕を引かれ、部屋を移動。連れて来られた場所にあったのは、割とデカくゴツイ機械だった。小さな煙を上げながら振動する様は明らかなヤバさを感じさせる。

 

「……爆発とかしないよね?」

「しない」

「しません!」

 

 ぬぼーっとした眠たい目と、キラキラとした明るい目。真反対の視線に貫かれてしまい、俺はただ頷くことしか出来なかった。

 

「これは何をする機械なんだ?」

「名付けて……『性・別・逆・転・装置〜』

「です!」

「ちょっと待って」

「「……??」」

 

 この子達はなんで首を傾げてるんだ? とんでもないものを作ったという自覚がないのか? イータはサラッと言ったけど、名前だけでもえげつないんだが? 

 

(まさかのTS製造機……)

 

 俺は無理に笑顔を作りながら、煙を上げ続けている装置を見る。名前からは全く想像のつかない見た目だ。いや、この名前で想像がつく装置なんて存在しないとは思うが。

 

「……えーっと、つまりこの装置を使うと男が女になって女が男に……んん? ははっ、そんな訳ないよな」

「あってます」

「あってる」

「あってたわ」

 

 やっぱり間違いじゃなかったみたいだ。このちびっ子コンビ、結成一日目でなんてやべぇもん作ったんだ。こんなん兵器じゃん。

 

「【シャドウガーデン】が保管してたアーティファクト、シェリーが解析した。これが出来た」

「省くな」

「そのアーティファクトの力を完璧に制御する装置をイータさんが開発したんです! これが出来ました!」

「省くなって」

 

 俺の言葉も届かず、ちびっ子達の微笑ましい雰囲気は崩れない。

 

「ぶいぶい」

「ぶいぶい、です!」

 

 仲良く揃ってダブルピースしているヤベェ奴ら。間違いない、混ぜるな危険の方だった。うわぁ、ミスったぁ。

 

「け、けど、完成してるのか? 流石に信じ難いんだが……」

「もちろんです! ねっ! イータさん!」

「うんうん。完璧、万全、100%」

 

 聞きたくなかった自信満々発言。どこか嫌な流れを感じ取ったので、俺はそろそろ退散しようかと別れの言葉を開始した。

 

「さ、さーて、シェリーも良い感じみたいだし……俺はそろそろ」

「でもまだ使ったことはない」

「へ?」

「ライト。……実験体になって?」

「普通に嫌だわ」

 

 こうなると予測出来たからこそ、さっさと退散しようとしたのに。可愛らしく首を傾げ、ピタッと密着してくるイータ。小さく寝癖のついた髪に、眠そうな瞳。ふわふわとした声は聞いているだけで睡魔がやってくる。

 

 昔から発明が好きだったイータ。俺はそんな彼女に付き合って……と言うよりは付き合わされてよく実験の手伝いをしていた。まあ手伝いと言っても、ほぼ実験体だったけど。

 

 ほぼ並ぶ者が居ないレベルの魔力量を持つ俺は、イータ曰く最高の実験材料らしい。魔力を原動力としている装置を使う時であれば、充電の無くならないバッテリー扱いすることが出来るんだ。そりゃあ最高の実験材料だろう。

 

「そ、そうですよ、イータさん! ……実験体なんて、嫌ですよね?」

「ライト。……ダメ?」

(ぐっ……)

 

 まさにこの二人、光と闇。

 正反対の性質を持ちながら、やってることは揃っている。

 

(……良いコンビなのかもな)

 

 片方は『悪魔憑き』として蔑まれ、奇跡的に命を拾った少女。そしてもう片方は二日前に最愛の父親を亡くし、天涯孤独となった少女。

 そんな二人から上目遣いでお願いされて断れるやつが居るだろうか。いや、居ない。

 

「……ちゃんと元に戻れるんだろうな?」

 

 満面の笑みで頷くシェリーと得意気な顔で頷くイータ。俺は覚悟を決め、大人しく実験に付き合うことにしたのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 王都で流行を作ってしまうほどに人気が出ている『ミツゴシ商会』。服に化粧に下着と、女性用品には特に力を入れている。貴族は着飾りたい欲求が強い傾向にあるため、独身から夫婦まで見事に足を運んでくれているという訳だ。

 

 そんな『ミツゴシ商会』の一室にて、俺は着せ替え人形にされていた。

 

「ライト。かわいい」

「こっちも似合うんじゃないでしょうか!」

「シェリー、こっちも」

「ああ! それも良いですね!」

 

 なんとも楽しそうだと、俺は死んだ目でため息を溢した。いや、今の状況からすれば一人称は『』ではなく『』の方が適切なのかもしれないが。

 

(……マジで性転換しちゃったよ)

 

 目の前にある大きな鏡に映るのは──白髪の美少女。

 肩を少し超える長さの髪には艶があり、全体的に肌も白い。それらの要素から漆黒の瞳がよく目立っている。自画自賛になりはするが、美少女だった。死んだ目でさえなければ。

 

「ライト。こっちも着てみて」

「ライト君! こ、これもどうですか……?」

「ハイハイ、キルヨー」

 

 俺は先程から機械的に服を着替え続けていた。もう抵抗なんて諦めた。女の子にされたし(事実)。

 

(……まあ、別に良いか)

 

 楽しそうに服を選んでいるシェリーとイータを見ると、僅かだが気も晴れる。特にシェリーが笑顔でいることは良いことだ。少しでも彼女のメンタルを回復させることに成功しているのなら、この辱めも甘んじて受け入れるさ。

 

「そうだ! イータさん! あれを忘れてました!」

「失念。私達としたことが」

 

 髪を一本に纏められてポニーテールにされた所で、シェリーとイータが何か閃いたように騒ぎ出した。これ以上何をしようってんだよ。死体蹴りだぞ。

 

「お化粧道具を取りに行きましょう!」

「うんうん。きっとライトに似合う」

「ライトさん! 少し待っててくださいね!」

「待ってて」

 

 そう言い残し、二人は部屋を出て行った。どうやら俺に化粧をするための道具を取りに行ったらしい。本当に死体蹴りだった。

 

「……これが、俺か」

 

 再び鏡を見ても、そこには美少女。夏休みは成長の機会と言うが、性転換した男は魔剣士学園の中でも俺だけだろう。貴重な経験と言えばその通りなんだが。

 

(にしても、スカートってヒラヒラしてて落ち着かないんだな)

 

 今着せられているのは『ミツゴシ商会』の女性店員用制服。黒をメインとした地味めなデザインではあるが、キッチリとした上半身と柔らかくふんわりとしたスカートが合わさり高級感を出している。まあ、ウチの子達の素材が良いっていうのは大前提なんだけどな。

 

 俺が興味本位でクルッと一回転したり、低くなった身長を面白がったり、実験の結果を程々に楽しんでいると──部屋の扉が開いた。

 

 シェリーとイータが戻って来たのかと視線を向けてみれば、そこには全く予想していなかった人物が立っていた。

 

「失礼します。……あっ、従業員さんですか?」

 

 ──クレア・カゲノー、出現

 

(はぁぁぁぁァァァア!?!?)

 

 驚きのあまり、喉からキュッと音が鳴った。黒い髪、真紅の瞳、魔剣士学園の制服。どこからどう見てもクレアだ。そっくりさんではない、超ブラコン(天敵)だった。

 

 そんなパニックになりそうな俺へ不幸は続く。冷静になる前に、困難が畳み掛けられたのだ。

 

「失礼します。どうしました? クレアさん」

「姉様。姉様も流行りぐらいは知っておいた方が……あら? 可愛い従業員さんね。初めて見たわ」

 

 ──第一王女(アイリス)第二王女(アレクシア)、出現

 

(うえぇぇぇぇェェェエ!?!?)

 

 ダメだ。状況が理解出来ない。なんでよりもよってこんな状態の時に会いたくない人ランキング上位勢が押しかけてくるんだ。ていうかここ客を通す部屋なのかよ、イータのやつ許さん。

 

「どうなされました? ……まさか!」

(ガンマァァァァァァア!!!)

 

 救世主登場。黒いドレスに身を包んだ女神が顔を覗かせる。恐らく三人(来客)の接客をするためだろう。この状況から助かる光明が見えた。

 

「し、失礼。……ライト様なのですか? 

 

 クレア達の間をすり抜けて、ガンマが俺の側へと寄ってくる。流石は【シャドウガーデン】の頭脳、女体化しても俺だということを瞬時に見抜いてくれたらしい。

 

「ど、どうされたのですか? このようなお姿……かわいい」

「実はイータの発明した機械の実験でな。めちゃくちゃ情けないんだが助けて欲しい」

 

 王女&ブラコンに聞かれないよう小声で説明を済ますと、ガンマが小さく頷き笑顔を作った。

 

「こちら教育中の従業員でして。失礼致しました。さあ、椅子の方へお掛けください。今回は旅支度の準備でご来店されたと伺っております。我が『ミツゴシ商会』の商品を存分にご覧くださいませ」

(ナイス!)

 

 サラッと俺のことを流し、椅子の方へ誘導させることに成功。流石はガンマ、『ミツゴシ商会』会長としての風格も出てる。

 

「ライト様、今の内に」

 

 ありがとうガンマ。この恩は忘れない。

 チャンスを逃さないため、三人が椅子へ腰掛けた瞬間に行動開始。お淑やかそうな歩き方で必死に扉まで足を動かした。

 

 ……のだが。

 

「ちょっと待って」

 

 逃げ去ろうとしていた俺の手をバシッと掴んだのはクレア。椅子に座ったまま、横を通り過ぎようとした俺の動きを完全に止めた。

 

「な、なんでございましょう……? 私は教育中の新人、皆様のお相手を出来る立場ではございません」

 

 声を女性のものへと変え、必死に対応する。女性の声は苦手だが、違和感は持たれていないようだ。

 クレアは緊張で汗が流れ出した俺に、鬼のような言葉を言い放った。

 

「確かに王女様の相手はさせられないけど、私なら良いでしょう? 貴族と言っても下級貴族だから、そんなに気を遣わないでも平気よ」

 

 何を言ってんだコイツ、ふざけんじゃねぇよ。万が一正体がバレないにしても、お前の相手なんてしたら俺のストレスがとんでもないことになるわ。

 そんな感情を顔に出す訳にもいかず、俺は精一杯の愛想と共に口を開いた。

 

「い、いえ、私などまだまだで。クレア様のお相手をさせて頂くなんてとても──」

「ん? 私、貴女に名乗ったかしら?」

 

 や ら か し た。

 

「あっ、えっと、その……そう! 先程アイリス王女が名前を呼んでいらっしゃったので! それで!」

「ああ、そうだった。記憶力良いわね」

「は、はい。……ありがとうごぜぇます」

 

 危ねぇ。第二の人生で一番焦った。今の返しはマジでナイスだ。自分で自分を褒めてあげたい。俺がホッと一息ついていると、クレアはまたも朗らかに提案を繰り返す。

 

「私ならいくらでも練習台にしていいから。ねっ?」

 

 ねっ? じゃない。全然ねっ? じゃない。

 

「その白い髪と黒い目はムカつくやつを思い出すけど、貴女はアイツと違って愛想も良さそうだし、ちゃんと出来るわよ」

「そうですね。何事も経験です」

「可愛い顔してるじゃない。名前はなんて言うの?」

 

 王女姉妹もクレアの提案に乗ってしまった。これではガンマが助け舟を出すことも難しい。つまり、逃げ場が無くなった。

 

 人間諦めが肝心。俺は乾いた笑みを顔に貼り付け、止まりかけの思考で言葉を振り絞った。

 

「──レ……レフ・トーアと申します」

 

 この後めちゃくちゃ接客した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……酷い目に遭った」

「ご、ごめんなさい! ライト君!」

 

 ある意味での地獄を乗り越え、俺は無事に男へと戻った。時刻は夕方、あの人達どんだけ長居してたんだ。

 

 明日から『紅の騎士団』として国を出る予定なので、俺もそろそろ帰らなければならない。見送りはシェリーがしてくれるようだ。イータは悪びれもなくいつの間にかベッドで寝ていたが、寝顔が可愛いから許す。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ」

「はい。今日はありがとうございました。こんな風にお友達と遊べて……楽しかったです」

「……そうかい。そりゃ良かった」

 

 これからイータだけじゃなく、【シャドウガーデン】全員と仲良くやってくれたら嬉しい。シェリーの頭脳は間違いなく役に立つし、戦力的にも彼女の加入は大きな意味を持つ筈だ。

 

「当分会えなくなると思うけど、元気でな。今度来る時はシドも引っ張ってくるから」

「はい! 楽しみにしてます! ……ところで、ライト君は明日からどこへ行くんですか?」

「ん? ああ、『リンドブルム』だよ。アレクシア王女の護衛でな」

 

 これがクレアと共に俺が任された夏休み最初の仕事だ。カゲノーって付くやつは俺にストレスをかける運命でも背負ってんのかな。

 

「気をつけて。ライト君」

「ありがとう。じゃあな、シェリー」

 

 これから明日の準備して、早く寝る。列車で向かうことになるから、駅に集合だったな。朝早いんだよなぁ、遅刻したらクレアに殺されそうだ。

 

「──ライト君!」

「ん?」

 

 夕暮れの空を見上げながら歩き出した俺に、シェリーが声を上げる。振り返ってみると、そこに見えたのは夕日に照らされながら涙する一人の少女だった。

 

 

「私を助けてくれて……『ありがとう』

 

 

 泣きながら笑っている。そんなシェリーの顔を見て、俺は複雑な感情に襲われた。

 もっと良い解決方法があったのではないか、彼女から親を奪わない道があったのではないか、組織に誘ったのは本当に正しかったのか、などと考えていたからだ。

 

 だが、彼女はハッキリと感謝の言葉を口にした。ならば俺が返すべき言葉はきっと──これしかない。

 

 

「……『どういたしまして』。……またな」

 

 

 長く顔を合わせることもせず、俺は再び歩き出した。気の利いたことも言えないが、それでも良いと思う。俺はシェリーの気持ちを分かっているし、シェリーも俺の気持ちを分かってくれていることだろう。

 

 言葉足らずと言われてしまえばそれまでだが、俺は根っからの善人という訳じゃない。

 だから良いことをしたとは思えないが、シェリーのためになることをしたとは思っても良いかもしれない。それぐらいの自己満足になら浸っても文句は言われない筈だ。

 

(……さて、明日からも頑張りますか)

 

 言葉では表せない達成感に背中を押され、俺は一つ大きな伸びをした。

 

 

 

 




 アニメ終わっちゃいましたね……。
 正直大きなモチベーションの一つだったので寂しいです。二期に期待!

 モチベアップのためにも、ぜひお気に入り登録・高評価・感想の方をよろしくお願いします!


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16話 久しぶりに癒されてる気がする

 

 

 

 

 

 ──聖地・『リンドブルム』。

 

 この世界で最も信仰されている宗教である『聖教』。その聖地とされているのが今回訪れたこのリンドブルムだ。

 伝説に記されている三人の英雄に力を授けるため、女神が降臨した地とされているらしい。

 

 そんなリンドブルムでは年に一度、『女神の試練』と呼ばれる祭典が開かれている。聖域と呼ばれる遺跡の扉を開く唯一の機会であり、挑戦する者の声に反応した過去の英雄達が姿を現すとのことだ。

 英雄達と勝負をして勝利することが出来たなら、どこの国の騎士団からもスカウトされるようになり、一生安定した生活を送れることだろう。

 

 そのため『女神の試練』が開かれる時期には世界中から魔剣士達がリンドブルムへと集まる。俺が『紅の騎士団』としてこの国へ来たのも、ミドガル王国からの来賓として招かれたアレクシア王女の護衛をするためだ。

 

 中々ない国外への遠出、普通であればテンションの上がる行事だ。事実、二日間の列車旅を終えて聖地へ足を付けた際には旅行に来たような高揚感もあった。すぐに消えてしまったけどな。

 

「ちょっと! ちゃんと考えてるの!?」

「……これさえなかったらなぁ」

「なんか言った?」

「いや、別に」

 

 最近では聞き慣れてきた怒声。形の良い眉を歪めながら、俺を睨みつけるクレアによるものだ。どうしてこう怒りっぽいんだろうか、昔から成長のないやつだ。

 

「シドにあげるお土産を決めるんだから、ちゃんと考えなさいよね」

「なんで俺がお前の土産探しに付き合わなきゃいけないんだよ。しかもシドに渡すやつとか、やる気出る訳ねぇだろ」

 

 現在、俺とクレアはリンドブルムの街をブラブラしていた。『女神の試練』が開かれるのは明日ということで、今日だけ俺達は自由行動と決まっていたからだ。

 アレクシア王女は長い列車移動で乗り物酔いしたらしく、部屋で寝ている。俺達以外に連れて来た騎士が護衛についているので、特に心配は要らないだろう。

 

「ああ、それにしろよ。なんか腕に剣が刺さってるアクセサリー」

 

 俺が指を差したのは、旅行先でよく見かける小学生や中学生が好きそうな銀色の厨二アクセサリー。よくあるタイプはドラゴンなのだが、今回は腕ときた。まさかこの世界でもお目にかかれるとは。

 

「えっ? ……これのこと?」

「そうそう。シドは喜ぶと思うぞ」

「……本当でしょうね?」

「割と真面目に言ってるぞ」

 

 高確率でシドなら喜ぶ筈だ。アイツは多分修学旅行とかでそういうアクセサリーとか、後先考えずに木刀を買うタイプだから。

 

「……じゃあ、これにしようかしら」

 

 おっ、珍しい。いつもこれぐらい素直だったら可愛らしいんだけどな。見た目が良いだけに中身が残念過ぎる。

 

「はい。これアンタの分」

「は? なんで俺の分も?」

「一応手伝ってもらったから、お礼よ。ありがたく受け取りなさい」

「別に要らな──」

「ど・う・ぞ?」

「……はぁ。くれるなら貰っとく」

 

 正直マジで要らないが、こんなことで口論するのも馬鹿らしい。俺は差し出されたアクセサリーを手に取り、そのままポケットへと突っ込む。これを所有する日が来るなんて夢にも思わなかったわ。

 

「……にしても、流石に賑わってるな」

 

 周りを見回せば多くの人が視界に入る。貴族と思われる夫婦、一般家庭であろう親子連れの家族、俺達のような護衛を任されたであろう騎士と、種類はそれぞれ分かれているが。

 

「年に一度の『女神の試練』だもの。当然でしょ」

「観光的にも目玉って訳か。良いご身分ってやつだ」

「なによ、アンタだって昔『ベガルタ』の方に行ったじゃない」

「ああ、三日で帰って来たやつな」

 

 剣の国と呼ばれる『ベガルタ』。魔剣士のレベルで言えば最強クラスの国であり、圧倒的な武力によってその名を広く轟かせている。俺が十歳の頃、家の提案でそのベガルタに武者修行もどきに行った。クレアが言っているのはその時のことだろう。

 

「移動で丸二日。ベガルタに居たのは一日だけだったし、観光とかは出来なかったぞ」

「目的は修行でしょ? ……そういえばあの時のことはあまり聞いてなかったわね」

「特に話すこともないからな。あんまり覚えてないし」

 

 大人達数人と手合わせし、程よく手加減することで負けて終わった。目立って吸収したい技術も見つからなかったので、得られるものはなかった修行だ。

 

 幼い記憶をすぐに流し、どこかやる気に満ちた顔をするクレアに声をかけた。

 

「気合い入ってるな」

「それも当然。──『女神の試練』、絶対合格してやるんだから」

 

 この会話からも分かるように、クレアは今回の『女神の試練』に参加する予定だ。アイリス王女からの推薦らしいし、やる気は十分と見える。

 俺に参加の話を持ちかけなかったのは断られると予想したからだろう。少しずつ俺の性格が分かってもらえてきたようでなによりだ。

 

「……ていうか、アンタ何か言うことはないの?」

「は? 何が?」

「だから! 私のこの格好を見て言うことはないのかって聞いてるの!!」

 

 またも怒りながらクレアが俺に見せつけてきたのは、自身の服装だった。

 両肩の部分が見える女性らしい白色のニットに、シンプルな黒色のズボンといった格好だ。白色はクレアの黒い髪を引き立たせる意味では良く似合っており、ズボンも足の細さを更に強調させていた。先程も思ったが、怒ってなければ文句なしに美少女だ。

 

「あー、似合ってると思うぞ」

「棒読み! 少しは感情を込められないの?」

 

 不満そうに腕を組むクレアだが、これに関して俺は絶対に悪くない。

 

(だってその服を選んだの……俺じゃん)

 

 三日前の話にはなるが、俺は女体化していた。何を言っているのか分からねぇと思うが俺もよく分からん。その場しのぎに名乗ったレフ・トーアという名前で、俺は『ミツゴシ商会』に来たクレアの接客をさせられたのだ。

 

 三日後に『リンドブルム』へ行くの、という分かりきった言葉を聞きながら、俺はクレアの服選びに付き合わされた。自分の意見が取り入れられたファッションなのだから、今更感想なんて出てこない。まあ、クレアからしたらそんなこと知る筈もないけど。

 

「つまんない男。そんなんじゃ結婚出来ないわよ」

「お前にだけは言われたくない」

「なんですって!?」

「嫁の貰い手がなくなったらシドで良いだろ。安心しろ、俺はそういうのも良いと思うよ。知らんけど」

「はぁ!? シシシシ……シドと結婚なんてする訳ないでしょ!!」

 

 いや、お前に関してはそう言い切れない怖さがある。言葉では否定しているが嫌そうな顔はしていない。ブラコンもここまでくると極まってるって感じだな。

 

「そうかい。そりゃ失礼しました。……お前この後どうするんだ?」

「……剣を振れる場所へ行くわよ。明日のために調整しておきたいし」

 

 興奮が落ち着いてきたのか、クレアは髪を手で払いながら返答。ならここからは別行動が取れるって訳だ。ありがとうクレア、その言葉を待っていた。

 

「そうか。ならここを真っ直ぐ行った所に騎士団の訓練場があるから、そこを使わせてもらえよ。『女神の試練』に挑戦するためって言えば貸してくれるだろ」

「なんでアンタがそんなこと知ってるのよ」

「お前が剣を振りたいって言い出した時のためだ。お前はこういうこと調べたりしないだろ」

「あっそ。……一応お礼は言っとくわね。……ありがと」

 

 いやいや、礼を言いたいのはこっちの方だって。どうやって解散する方に持っていこうかと考えてたら、そっちの方から切り出してくれたんだから。

 

「じゃあここで一旦解散だな。また夜に」

「ええ。……アンタはどうするの? 何か予定でもあるのかしら?」

「まあな。死んでも外せない用がある」

 

 時間が惜しいので早速歩き出す。土産探しに付き合わされたが、待ち合わせ時間までまだ余裕はある。小走りで行けば確実に間に合う筈だ。

 

「ちょっとライ! 用って何よ!?」

「デートだデート! じゃあな! 頑張れよ!」

 

 クレアの方を振り返ることもなく、俺は背中越しに手を振る。そして俺の中に溢れ出してきたのは旅行に来た時のような高揚感ではなく、全く別の感情による胸の高鳴りだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 その日、アルファには珍しく余裕がなかった。

 

 まだ日も昇っていない時刻に目覚めると、朝からシャワーを浴びて念入りに髪の手入れをする。一時間かけて服を選び、更にそこから一時間かけて化粧をする様子は、普段の効率的な彼女からは想像も出来ない姿であった。

 

 朝からとんでもない労力を使い、無事に完成した自分を鏡に映す。

 

(……これで良い、かしら)

 

 黒色をメインとした服にはレースがデザインされており、白い肌がより美しく見えて言葉に出来ない色気を漂わせていた。合わせたスカートは膝下ほどの長さで、全体的に綺麗に纏まったフォルムをしている。そこから覗かせる足は白く細く、周りから注目されること間違いなしだ。

 

 髪型も迷いそうになったが、手頃なハーフアップに落ち着いた。以前可愛いと言われたことを思い出した瞬間、割と即決だった。変化のついた金色の髪はふわふわと揺れ、可愛らしい動作を繰り返すことだろう。

 

「アルファ様! とてもお綺麗ですっ!」

「そ、そうかしら……?」

「はい!」

 

 鏡に映るアルファを褒めたのはイプシロン。意見を聞かせて欲しいというアルファの願いを聞き入れ、様子を見に来ていた。

 

「で、でも……」

「大丈夫です! 今のアルファ様は女神にも勝る美しさ! これで自信を持たないのは世の女性に対する侮辱になってしまいますわ!!」

 

 そこまで言うのかとアルファは不思議に思ったが、美に関してイプシロンより気合の入った者は【シャドウガーデン】に居ない。素直に彼女の言葉を信じ、出かける準備を済ませた。

 

 現在居るのはリンドブルムの仮拠点。土地勘のない場所なので、早めに待ち合わせ場所に向かいたいのだ。絶対に遅刻したくないという気持ちの表れだった。

 

「行ってらっしゃいませ、アルファ様」

「え、ええ。……行ってきます」

 

 本当にレアな緊張気味のアルファを見て、イプシロンでさえも胸の鼓動が加速する。わざとらしい揺れを起こしながら、イプシロンは外へ出て行ったアルファの可愛いさに膝から崩れ落ちたのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 アルファが待ち合わせ場所に到着したのは、約束していた時刻の約三十分前。あれだけ慌てて準備をしたというのに、意外と余裕が残っていたものだ。

 

(……少し、早かったかしら)

 

 日傘を差し、木陰に立つアルファ。エルフであることが目立たないよう帽子もしっかりとかぶっている。傘を持つ手とは反対の手で少し大きめのバッグを持っており、アルファはそれを大事そうに見つめていた。

 

「…………」

 

 日傘と帽子を僅かに上に向け、アルファの視線が空を捉える。そこに見えたのは澄み渡るような青空と、それを彩る白い雲。アルファは自覚のない優しい笑みを浮かべ、日傘をゆっくりと回転させた。

 

 本当ならばそこらにある店の鏡で身だしなみの最終チェックをしたいのだが、万が一そんな姿を待ち人に見られでもすればアウト。羞恥心のあまり、アルファは喋れなくなる自信しかなかった。

 

 時間が進むに連れて緊張が高まっていく。何も考えずに空を見上げていると心地良い風が吹き抜け、アルファの髪が靡いた。一瞬閉じた目を開けてみれば──そこには待ち人の姿があった。

 

「わ、悪い! ……遅かったか?」

 

 水色の上着に白色のシャツ、茶色のズボンという服装。焦って来たのか表情は強張っており、それさえもアルファは愛おしく感じてしまう。

 

 待ち合わせ時刻の三分前、アルファの待ち人であるライ・トーアムは現れたのだった。

 

「ふふっ、遅刻はしていないわよ」

「そ、そうか。……けど、アルファを待たせたんじゃないか?」

「えっ? ……いいえ。私も、さっき来たところだから」

「ふぅ、なら良かった」

 

 本当は三十分前から待っていたのだが、そんなことを言える筈もない。むしろ心の準備をする時間が出来たと、アルファは待ち時間に感謝すらしていた。

 

「じゃあ、行くか」

「……ええ。行きましょう」

 

 こうして、約束していたデートが開始された。他に知っているのがイプシロンのみの、秘密のデートだ。場所も観光地として最上級であり、デートをするには申し分ない街だ。

 アルファは緩む口元を押さえながら、歩き出したライの隣へピッタリと並んだのだった。

 

「走って来てくれたのね」

「予想外のアクシデントがあってな。間に合って良かったよ」

 

 日傘をたたみながらアルファが笑う。隠されていた金色の髪が太陽の光に当たり、キラキラと輝きを放った。

 

「え、えーっと……似合ってるな、その服。髪型も、可愛い」

「……あ、ありがとう。……嬉しいわ」

 

 いきなりの褒め言葉を受け、アルファが帽子で顔を隠した。しっかりと褒められたことに喜びつつ、ライからは見えない位置で小さくガッツポーズを決めた。

 

「貴方も……素敵よ。制服以外の服、久しぶりに見たわ」

「ははっ、それもそうだな。夏休みって感じするよ」

 

 艶のある白色の髪を揺らしながら微笑むライ。表情は穏やかであり、横目で見ていたアルファは僅かに頬を染めた。

 

「今日はお互いお休みだ。ゆっくりしようぜ」

「そうね。エスコートは任せても?」

「任せろ。調べは完璧だ」

「ふふっ、頼もしいわね」

 

 自然な流れで手を繋ぎ、ライはアルファの日傘を預かった。快晴による暖かな日差しに当たりながら、心地良い風を受ける。ただ歩いているだけにも関わらず、二人とも気分が高揚していた。歴史を感じさせるリンドブルムの街並みも散歩するには楽しい場所であった。

 

 談笑しながら気になった店に入るというのを繰り返して数店舗。ライに案内されたカフェで紅茶を飲み、たわいもない会話を続けた。

 その後またもライに案内された本屋でお互いに一冊ずつの本を買い、綺麗で広い公園へと足を運んだのだった。

 

「──良い天気だなぁ」

「そうね。……気持ち良いわ」

 

 辿り着いた公園のベンチに腰を落とすと、ライは未だに澄んでいる青空へと伸びをした。アルファもライの言葉に頷きながら、持っていたバッグを自身の膝の上へと移動させた。

 

「腹減ったな。そこにある店でパスタでも食べようかと思ってたけど、他に食べたいものとかあるか? この辺は店が多いから、大体のリクエストには応えられると思うけど」

「ありがとう。けど……」

「ん? どうした?」

 

 どこか歯切れの悪いアルファ。ライがそんな彼女の顔を不思議そうに覗き込むと、アルファは覚悟を決めたようにバッグの中から木製のバスケットを取り出した。

 

「こ、これ……良かったら食べて」

 

 アルファが少し緊張気味にバスケットを開くと、中から出て来たのは大量のサンドイッチだった。白いパンに色とりどりの具材が挟まれており、ライには宝石箱のようにすら見えた。閉じ込められていた香りが外へ飛び出すと、空腹は更に刺激されてしまった。

 

「も、もしかして……手作りですか?」

 

 ライの問いかけに小さく頷いたアルファ。それを見たライは見えないようにガッツポーズを決め、喜びのあまり表情をだらしなく緩めた。

 

「い、いただきます!」

「早起きして作ったから、その、不恰好なものもあるかもしれないけど」

「──美味い!!」

「……もう。……ふふっ」

 

 緊張したのがバカらしくなる程の即答に、アルファも表情を緩めた。ライが手に取ったのはベーコン&タマゴサンド。使っているソースも全て手作りしており、一番の自信作であった。

 

「コーヒーもあるわよ?」

「ありがたく頂きます」

 

 味の感想もそこそこに二人で食べ進めると、多めに作って来たサンドイッチはあっという間に消滅。あれだけ労力をかけた割に呆気ないものだと、アルファは少しばかり苦笑いした。

 

「……ふわぁ。幸せだなぁ」

「どうしたの? おじいさんみたいよ?」

 

 欠伸をしながらベンチに背中を預けるライを見て、クスクスと愉快そうなアルファ。普段頼りになる人物が自分の前では自然体であるという優越感にも浸っていた。

 

「久しぶりに癒されてる気がする」

 

 ライにとって最近は胃を痛めることが多かった。アレクシア王女の子守り、心臓を止めてまでモブになりきろうとするバカ、親を失った少女、自分一人で背負い込もうとするアホなどなど。癒しと呼べるものなど存在していなかった。

 

「……私も、癒されてるわよ?」

 

 隣に座るライの肩に身体を寄せ、アルファも小さく欠伸をした。ライの体温を感じた途端、睡魔に襲われてしまったようだ。

 

「眠いか?」

「……少しだけ」

「寝てもいいぞ。肩は貸してやる」

「ふふっ、ありがとう。……でも、それは少し──」

 

 もったいない、という言葉は続かず、アルファは眠りについた。この天気に合わせて食後、そして隣には安心感の塊。アルファにとっては昼寝をするのにこれ以上の場所はなかった。

 

「……寝顔も、可愛いよな」

 

 規則的な寝息を立て始めたアルファを起こさないよう、慎重に体勢を整えたライ。しっかり寝顔を見た後、先程購入したばかりの本を読み始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

「気にすんなって。アルファの寝顔も見れたことだしな」

「〜〜〜ッ!! ……はぁ、油断したわ」

 

 結局日が落ちるまで爆睡したアルファ。枕の役割を果たしたライは固まった身体をほぐしながら笑った。

 

「疲れてたんだろ。アルファは頑張り過ぎるからな」

「……貴方は、いつも優しいわね」

「いや、頑張り過ぎてんのは事実だろ」

 

 アルファの頭を撫でながら、苦笑いするライ。【シャドウガーデン】の実質的なまとめ役であるアルファの負担は大きい。リーダーはポンコツ、そして副リーダーもポンコツ。ライはアルファに対して申し訳なさをずっと感じていた。

 

「ありがとうな。アルファ」

「……」

 

 夕日に照らされるライの顔に、アルファが見惚れる。そして同時に自身の顔の熱が上がったことも自覚した。分かりやすい自分を、アルファは少しばかり疎ましく思った。

 

「ははっ、それにしてもよく寝てたな」

「……貴方のせいよ」

「ええっ? 俺のせいなのかよ」

 

 恥ずかしいのか、アルファはライと顔を合わさずに口を開いた。ここまで無防備に睡眠をしたことなど、何年ぶりのことだろうか。

 

「でも……ありがとう。また明日から頑張れるわ」

「無理はするなよ。俺ならいつでも手伝うから」

「ふふっ、シャドウが嫉妬するわよ?」

「アイツよりアルファ達の方が大事だからな。……リンドブルムに行くってことを聞いた時は驚いたけどさ。偶然って怖いもんだ」

 

 ライの言う通り、彼がアルファとリンドブルムで会うことになったのは本当に偶然だった。ライがシドの代わりに目を通している定期連絡で【シャドウガーデン】がリンドブルムを訪れると知り、良い機会だとアルファをデートに誘ったのだった。

 

「本当に偶然かしら?」

「当たり前だろ。アルファが思ってるような先読みはしてないぞ。ていうか出来ないぞ」

「ふふっ、そういうことにしておくわ」

 

 ライは全て事実しか言っていないのだが、アルファがそれを信じる訳もない。いつもの謙遜としか思われず、ライの評価に変動はなかった。

 

「……まあ、無理はするなよ。手伝うってのは本当だし、頼って欲しいしな」

「ええ、もちろんよ。貴方は頼れる副リーダー様だから」

 

 笑顔のままアルファがベンチから腰を上げる。夕日がアルファを照らす様は、絵画のような美しさを放っていた。

 

「……そうだな。リーダーよりは役に立つ自信があるぞ」

「本当、仲良しね」

「違うから」

 

 親友同士の関係性に微笑むアルファだが、ライは真顔で否定。そんなやりとりをしていても幸せだと、アルファはこの時間が終わることに寂しさを感じた。

 

「……そろそろ、解散かしらね」

「……そうだな。俺も戻らないと」

 

 ライは『紅の騎士団』、アルファは【シャドウガーデン】へと戻る時がやってきた。昼寝をしたことは後悔していないが、やはりもったいなく感じてしまったアルファだった。

 

 これ以上一緒に居ると離れたくなくなると、アルファが先に動いた。

 

「今日は楽しかったわ。……本当に」

「俺もだ」

「また……デートしてくれる?」

「当然。──また誘うから」

 

 その言葉に、アルファの心が踊る。

 少し言葉を交わしただけで、寂しさは和らいだ。やはり自分は単純なのではないかと、アルファは口元を手で隠した。

 

「そ、それじゃあ……また」

「ああ、またな」

 

 別れの言葉はシンプルに、二人の男女は背を向けて歩き出した。

 今日与えてもらった癒しを原動力にし、明日からのやるべき事に備えるのだ。

 

 

 夏休み最初の試練が──()()()

 

 

 

 




 二期にテンション上がって長くなってしまった。
 胃の痛い日々が続いたオリ主への癒し回となりました(笑)。


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17話 流石に少し同情した

 

 

 

 

 

「……本当に居るのかよ」

 

 無事に『女神の試練』が開催されてから約三時間が経過した頃、俺はアレクシア王女の護衛を交代し、観客席へと足を運んでいた。

 空はすっかり暗いというのに、会場の熱気はまだまだ冷めていない。流石は年に一度の大イベントだ。

 

 そんな中、どうして俺が観客席に来たかと言えば──目の前に座っている黒髪のアホに会うためだった。

 

「あっ、ライ。遅かったね。待ってたよ」

「……はぁ。やっぱりこうなるのか」

 

 ヘラヘラした顔で俺に手を振ったのはシド。会いたくなかった見間違える筈もない男の登場に、俺のテンションは急降下。大きなため息を溢しながら、シドの隣の席へと腰を落とした。

 

「久しぶりだね」

「一週間も経ってねぇよ」

「それはそうだけど、ライとこんなに離れたの久しぶりだからさ」

「……短い休日だった」

 

 肩を落とす勢いの俺を見て、シドが残念だったね〜などと軽口を叩く。なんだろう、もう顔面に一発入れてやりたい。簡単に躱されると予想出来るのが余計に腹立つ。

 

「……お前、どうしてリンドブルムに?」

「アルファに呼ばれたんだ。聞かされてなかった?」

「お前のことで時間を取るなんてもったいないことする訳ないだろ」

 

 デートでそれどころじゃなかったわ、とは流石に言えないが。

 

「じゃあなんで僕が居るって分かったのさ」

「アレクシア王女から聞いたんだ。朝方、露天風呂でシドに会ったってな。近くで聞いてたクレアも荒ぶり出して、朝からダブルで絶望した」

「あはは」

「笑ってんじゃねぇよ」

 

 アレクシア王女からシドが居ると聞いた時はめちゃくちゃに萎えた。異性の王族と混浴したとか、『紅の騎士団』への勧誘を断られたとか、そんなもんどうだっていい。

 

 

 一番の問題は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(……絶対なんか起こるじゃん)

 

 アルファ達が来ているのに加えて、シドが呼び出されている。もう嫌だ、考えるまでもなく面倒事に襲われる未来が見える。

 早い、早いって。確かに夏休みだろうと関係なく振り回されるんだろうなって予感はしてたよ? でもまだ夏休み始まって一週間も経ってねぇぞ。もう少し休ませてくれたって良いだろうが。

 

「まあまあ、そんな顔しないで。はい、飲み物買っといたから」

 

 シドはポンポンと俺の肩を軽く叩き、売店で購入したであろうドリンクを差し出してきた。俺がこんな風になっている元凶とは思えない態度だ。コイツの場合、分かっててそういう態度なのだからタチが悪い。

 

「……ん、サンキュー。いくらだった?」

「いいよ別に。それより次が姉さんの番みたいだよ。古代の戦士は出てくるかな」

「さあな。出て来なかったら後で笑ってやるさ」

 

 ストローに口を付けながらコロシアムへと視線を向ける。そこには俺と同じように護衛を交代してもらっていたクレアの姿があり、戦闘準備万端といった感じだ。シドが見ていると分かったからか気合も半端なく入っているようだし、コンディションも悪くないと見える。

 

「やめてよ。八つ当たりされるのは僕なんだから」

「それはなにより。出て来ないことを祈るわ」

 

 この『女神の試練』で登場する古代の戦士達は挑戦者達の呼びかけによってその姿を現す。しかし絶対に出てくるという訳ではなく、挑戦者自体に実力がなければ呼びかけには応えてくれない。

 毎年多くの挑戦者達が試練に挑むが、古代の戦士を呼び出せるのは多くて三人といったところらしい。噂通りの厳しい試練だ。

 

 クレアの呼びかけで誰も出て来なかったら笑えるなと思っていたが、そんな俺の期待はアッサリと打ち砕かれることとなった。

 

「おっ、ちゃんと出て来たね」

「……つまんね」

 

 クレアの声へ反応するように飛び出して来た一人の男。鎧に身を包んだ豪快な風貌をしている反面、頭皮は寂しいことになっており、どこかの父親を思い出してしまった。

 

「今、我が家の大黒柱に対して失礼なこと考えなかった?」

「そう思うってことはお前も考えたんだろ」

「まあね〜。多分姉さんもだと思うよ」

「相変わらず容赦ないな。オトンさんが可哀想だ」

 

 シドとクレアの父、オトン・カゲノー。

 カゲノー家の当主であり、魔剣士としての実力もそれなりにある人物だ。温厚な性格の持ち主だが、何故か家族全員からの当たりは強い。後ハゲている。

 

「……始まるな」

「良いよね。この演出」

 

 クレアの前へ古代の戦士が登場したことにより、二人を中心として光のドームが発生した。この中が戦士達の闘いの舞台となり、同時に観客達を攻撃の余波から守る盾となるのだ。

 

「あっ、姉さんが斬りかかった」

「顔怖くねぇか?」

「意気込んできた試練で父さんみたいな頭が出て来たからね〜。剣に強い怒りを感じるよ」

「……本当、オトンさんに優しくしてやれよ」

 

 俺が悲しき父親へ同情していると、クレアの猛攻により呆気なく試練は終了。古代の戦士の実力も低いとは思わなかったが、クレアの攻撃に反応出来ず瞬殺されてしまった。そんなにイラついたのか、思春期の娘って怖いな。

 

 

『──勝者! クレア・カゲノー!!』

 

 

 司会のアナウンスで会場のテンションは更に引き上げられる。何百人と挑戦者が居た中で、古代の戦士を呼び出せたのはクレアを合わせて二人だけ。そりゃテンションも上がるよな。

 

「勝ったね」

「そうだな。まあこうなるだろ」

 

 相手の戦士もそこそこ強かったが、クレアの方が上なのはすぐに分かった。昔から剣に対しては真面目な奴だ、また腕を上げたな。

 

「……それにしても、ここまでやって合格出来たのは姉さんとアンネローゼって人だけか。意外と厳しいんだね」

「割と正確に挑戦者の実力に合わせた相手が出て来てる。……クレアは圧勝だったけどな」

「姉さんがキレてなかったら、もう少し良い勝負になったかもね」

「まあ、何はともあれ合格だ。おめでとさん」

 

 これでクレアは将来安泰か。前に聞いた話じゃ将来は当主になるって言ってたから、カゲノー家も成長するかもな。下級貴族から上級貴族になるのも夢じゃないかもしれない。

 

「弟はボンクラだし」

「あれ? 突然の罵倒?」

 

 当然の評価だろ。家のために働かないどころか、『陰の実力者』なんてふわふわした存在を目指してるんだから。その点で言えばクレアの方がずっとまともでしっかりしている。どうにかシドを押し付けられねぇかな。カゲノー家発展のために死ぬ程こき使って欲しい。

 

「そろそろ終わりみたいだね」

「だな」

「そういえばライは参加しなかったんだね」

「する訳ないだろ、面倒くさい。……それに、さっきも言ったけど挑戦者の実力に合った相手が出て来てる。英雄クラスに出て来られたら目立つどころの話じゃないからな」

「あー、それもそうだね」

 

 自画自賛にしか聞こえないだろうが、多分俺がやったらそれぐらいの戦士が出てくると思う。戦いだけなら負ければ良いが、そんな戦士を出したっていう事実だけで目立つのは避けられないだろう。

 

「お前が調子乗って参加してなくて安心したよ」

「そりゃね。陰に潜まないと」

「国際指名手配犯がなんか言ってる」

 

 陰に潜むだの、裏で暗躍するだの、言ってることとやってることが真逆なんだよな。ただの実力者じゃん、頭にすげぇアホって付く。

 

「さて、これからどうしよっかな。アルファ達も動いてないみたいだし」

「取り敢えず腹減った。飯でも──」

 

 食いに行こうぜ、という俺の言葉は次なる挑戦者を叫んだ司会の声によって掻き消されることになった。

 

 

『次ッ! ミドガル魔剣士学園生徒から! ──シド・カゲノーッ!!』

 

 

 コロシアムに響く声に、観客達も騒ぎ出す。それも当然だろう、たった今『女神の試練』をクリアしたばかりであるクレアと同じ苗字である者の名前が呼ばれたのだから。

 

 当然、観客達はこう思った筈だ。次も面白い試合が見られるぞと。

 

「ははっ、シド・カゲノーだって。モブっぽい名前だね」

「この世界にも居るもんだな。同じ名前の奴って」

 

「「──……はぁ?」」

 

 いやいやいや、そういう話じゃないよな。ミドガル魔剣士学園に在籍してるシド・カゲノーなんて、俺の隣に座ってる男以外に存在しねぇぞ。コイツじゃん、陰に潜むとか抜かしたばかりのコイツじゃん。

 

「……シド。……お前」

「ち、違うって! 僕がエントリーする訳ないだろ?」

 

 ここまで頭が残念だったのかと少し引きながら視線を向けると、シドは慌てて否定に入った。

 

「……」

「んー、その目は全く信じてないね」

「お前ならやりかねん」

「ははっ、わかる」

 

 わかってんじゃねぇよ、このバカ。

 

「……にしてもどういうことだ? 『女神の試練』は事前に申し込みをしておかなきゃ参加出来ない決まりだ。たった今決まった出場じゃないぞ」

「だよね。僕がしてないってことは誰かが勝手に……あっ」

「なんだよ? 心当たりでもあるのか?」

 

 シドは珍しく渋い表情を見せると、犯人である可能性が高いと思われる人物の名前を静かに告げた。

 

「……ローズ先輩、かな」

「は? なんであの人が?」

「いやぁ、実はリンドブルムに来る時の列車で捕まっちゃってさ。同じ部屋になっただけじゃなくて、粘り強い宗教の勧誘を受けたんだよね。話半分で聞いてたけど、確か『女神の試練』がどうたらって言ってた気がしなくもないっていうか……」

「話が全く見えん。……で? どうする? 名前呼ばれまくってるぞ。シド・カゲノーくん」

 

 シドがローズ会長にフラグを立てていたことは覚えているが、まさかこんな事態を引き起こすとは。アレクシア王女の殺人未遂だったり、恋する王女様ってのは予想外の行動をするもんだな。

 

 ひとまず犯人のことは保留し、状況の解決に知恵を絞った方が良いだろう。観客達もシドの登場を今か今かと待ち侘びているようだ。こんなにデカい会場なのにクレアの叫び声が聞こえるのは、気のせいだと思いたい。

 

「……選択肢その1、大人しく試合に出る」

「却下だな。実力バレるぞ」

 

 もう二度とモブ道などというふざけた道は歩けないだろう。俺にとってはどうでもいいが、コイツにとっては死活問題な筈だ。一応親切心で止めておこう。

 

「……その2、こっそり逃げる」

「却下だな。クレアに殺されるぞ」

 

 これは説明の必要もない。シドも素直に頷いている。

 

「……その3、体調不良を訴える」

「良いんじゃないか? クレアに殺されそうだけどな」

「詰んでない?」

「そうかもな」

 

 人の不幸は蜜の味と言うが、中々その通りだ。シドの不幸を見ていると心が安らぐ。飲み物が美味いこと美味いこと。

 

「ライ、他人事だからって酷くない?」

「はぁ、面倒くせぇな。いつものやつで良いだろ」

「いつものやつ?」

「お前お得意の誤魔化す方法だよ」

 

 その言葉で納得したのか、シドは笑顔を浮かべた。ある意味では目立つことになるのだが、この場合他に良い対処法も思いつかない。全ての状況をひっくり返すため、歩く核兵器にご登場頂こう。

 

「ライ、よろしく」

「……ん、分かった」

 

 掌に魔力光弾を作り出し、超高速で空へ向かって撃ち出す。一瞬にして夜空は明るく銀色に光り、俺とシド以外の視線を釘付けにした。

 

 そして光が消えた瞬間、コロシアムに一人の男が降り立った。

 

 漆黒のコートに身を包み、フードを被った真紅の瞳をした男だ。腕を組みながら仁王立ちしている様子は、その姿を捉えた者に根源的な恐怖を与えた。

 

「……行ってら」

 

 流石に少し同情した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

(……へぇ、強いな)

 

 シドがシャドウとして『女神の試練』に参加してから数分。俺はシャドウの対戦相手として出て来た女性を見て、素直にその実力を賞賛していた。

 足元にまで伸びる黒色の長髪を揺らしながらステップする様子は、まるでダンスでも踊っているかのような可憐さだ。シャドウに対して行っている攻撃は普通にえげつないのだが。

 

 他に見守っている観客達もその壮絶な戦いから目が離せないようで、呼吸するのも忘れているかのような硬直を見せている。シドのことなんてもう頭には残っていないだろう。『よりインパクトのある登場で全てを誤魔化そう作戦』は無事に成功したようだ。

 

(魔力……いや、血液か?)

 

 光のドーム内を縦横無尽に飛び回るシャドウへ襲いかかるのは──自由自在に操られる赤い物体だった。

 

 当たれば串刺しは免れないであろう鋭利なトゲが次々とシャドウに迫る。魔力を変化させているのかと思ったが、見た感じ血液に魔力を流しているというのが正解だろう。血液は水のような液体よりも魔力を通しやすく、あのような芸当が出来ると話には聞いたことがある。吸血鬼が得意とする技だった筈なので、人間が容易に操れる技ではない。

 

(まあ、ただの人間じゃないよな)

 

 シャドウの呼びかけに応えて出て来た以上、あの女性も歴史に名を残した超人なのだろう。魔力の量も質も、他に出て来た二人の古代の戦士とは比べ物にならない。大抵の魔剣士が彼女の相手をしていれば、間違いなく勝負は一瞬でついていた。

 

(……けど、残念だったな。シャドウ)

 

 僅かに口角を上げて楽しそうな表情をするシャドウを視界から外し、俺は席を立ち上がって歩き出す。

 

 

 ──()()()()()()()

 

 

(まるで、鎖に縛られてるみたいだな)

 

 これは単なる予想だが、あの魔女は本来の力の一割も出せてはいないだろう。感じられる魔力と繰り出している攻撃に差が有り過ぎる。あそこまで弱体化させられてしまえば、シャドウの相手にはなれない。

 

 俺がそんなことを考えていると、会場から悲鳴にも似た声が上がった。どうやらシャドウの一撃によって勝負が決したらしい。意外と楽しんだみたいだが、それだけにアイツは残念がっている筈だ。不完全燃焼だろうし、後で少し付き合ってやるか。

 

 名前も知らない魔女に勝利したシャドウは光のドームから解放されると、コートを風に靡かせてコロシアムからあっという間に飛び去った。

 

(はぁ、追うか)

 

 人目につかないようコロシアムの上へと登り、シャドウが飛んで行った方向を確認する。面倒だが追わない訳にもいかんと、俺も続いて飛び出そうとした時──すぐ隣に人影が現れた。

 

「ライト。来てくれたのね」

「……アルファじゃないか」

 

 夜でも輝きを放つ金髪を揺らしながら、アルファが柔らかい笑みを浮かべていた。漆黒のスライムスーツに身を包んでおり、【シャドウガーデン】として動いているのは確定だ。

 

 そしてもう一人、アルファ以外に現れた人影。その子はブンブンと尻尾を振りながら、俺に思いっきり飛びついてきた。

 

「ライトー! 久しぶりなのですー!!」

「ちょっ! デルタ! 飛びついてくんなって!」

 

 脳筋戦闘娘・デルタ。【七陰】第四席であり、接近戦での戦闘力は組織でもトップクラスの実力者だ。知能が低いことだけが唯一にして最大の弱点と言える。

 

「お前達がここにいるってことは……」

「ええ、これから動くわ。──シャドウが『扉』を開いてくれた。やはり貴方達は全てを知っているようね」

「ボスとライトは凄いのです!!」

 

 ……へっ? 何が? 

 

「今からイプシロン達と合流するの。手伝ってもらえる?」

「ええっと、その」

「頼らせてくれるんでしょう?」

 

 昨日のデートで言った言葉のことだろう。アルファが期待と信頼を込めた目で、俺に視線を向けてくる。可愛い。どこか子供っぽい表情なのも可愛い。

 

(──じゃねぇよ。『扉』って何? アルファは何を言ってるんだ……?)

 

 全く状況が掴めないと頭を悩ませた瞬間、会場の方から原因不明の赤い光が発生。反射的に横目で確認してみると、そこには赤い光で構成された大きな扉のようなモノが出現していた。間違いない、アルファが言っている扉とはアレのことだ。

 

「ふふっ、貴方が居れば心強いわ」

「わーい! ライトと一緒なのです!!」

 

 一応右腕としてシャドウを追いかけておきたい所ではあるのだが、アルファ達を無視する訳にもいかない。なによりアルファからの『貴方達は全てを理解しているわよね』攻撃が辛い。ごめんなさい、何一つ分かりません。

 

(シド……すまん)

 

 飛び去って行ったシドへ心で謝罪した後、俺は静かにアルファへと身体を向けた。

 

「さあ、行きましょう」

 

 妖艶な顔で手を差し出してくるアルファ。

 俺が彼女に返す言葉など決まっている。たとえ事情を知らずとも、状況が掴めずとも、何をすればいいのか分からずとも。

 

 俺は出来る限りの良い笑顔で、こう返すだけだ。

 

 

「──ああ、行こうか」

 

 

 俺は考えるのをやめた。

 

 

 

 




 オリ主の休息終了のお知らせ(無慈悲)。

『オリ主に対する好感度の数値』

・アルファ 【100】
・ベータ  【77】
・ガンマ  【89】
・デルタ  【83】
・イプシロン【86】
・ゼータ  【97】
・イータ  【84】

・シド   【???】


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18話 俺は聖剣を信じてる

 

 

 

 

 

(……もう疲れた)

 

 薄暗い通路を歩きながら、周りに気付かれないようため息を溢す。全ての思考を放棄し、『ライト』としてアルファ達の手伝いをすることにした。そこまでは良い。

 しかし、まだ数十分も経っていないのに疲れることの連続。既に俺の胃にはストレスによるダメージが蓄積されていた。

 

 今はライトの姿になっているため、情けない姿を見せることも出来ない。姿勢を正し、凛とした振る舞いをしなければならないのだ。アルファとデルタだけじゃなく、イプシロンや他の子達まで居るのだから。

 今回の作戦はそれなりに人員を使った大規模なものらしい。余計に作戦の詳細を聞いておけば良かったと、俺は遅過ぎる後悔をした。

 

「ライト? どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

「そう、何かあったら教えて。貴方の考えを理解出来るのも、シャドウしか居ないんだから」

 

 隣を歩くアルファからそんなことを言われる。相変わらず買い被られてるようだ。誤解だと説明したところで無駄なのは、これまでの経験で学習済みだ。

 

(……はぁ、めっちゃ視線を感じる)

 

 俺が疲れている要因の一つ。それはこの『聖域』に入ってからずっと俺の背中に視線を向けている人物──アレクシア王女の存在だ。

 

(一度会ってるからな。バレないようにしないと)

 

 以前にライトの姿を見せている分、警戒はし過ぎるレベルで丁度良い。取り敢えず声音を変え、持っていた『紅の騎士団』の剣にはスライムを纏わせた。極力顔を合わせないことを心掛けているが、居心地の悪さだけはどうにもならなかった。

 

(まあ、これは自業自得か……)

 

 特別VIP席にて大司教を襲うということから始まった今回の作戦。どうやらあの大司教──ネルソンとか言ったかな。『ディアボロス教団』のメンバーだったらしい。教会の最高責任者まで教団員とは、マジで世界に根深い存在なんだなと再認識させられた。

 

 教団が深く関わっている『聖域』の調査。そのための案内役にネルソンも同行させる狙いだったらしいが、俺にとってはそんなことより重大な面倒事があった。

 

 それは──アレクシア王女を抑えることだ。

 

 特別VIP席にアレクシア王女が居ることは当然知っていた。俺は彼女の護衛としてこの国に来たのだから。

 あの猪突猛進娘が【シャドウガーデン】の作戦に首を突っ込まずにいられるだろうか? いや、突っ込んで来るに決まっている。

 

 だからこそ俺はアルファ達を先に『聖域』へ行かせ、自分が最後まで残った。間違ってもアレクシア王女が扉へ飛び込むなんてことがないように。

 だが彼女はここに居る。つまり俺の防衛は普通に失敗したということだ。おまけにローズ会長まで来てしまっている。残った意味が全くなかった。

 

(……まさかあんなのに気を取られるとは)

 

 もちろん、俺だって何もせずに突っ立っていた訳ではない。王女達を止められなかったのには理由がある。あまり思い出したくはないのだが。

 

 ネルソンを連れてウチの子達が『聖域』へ無事に侵入、そして扉が閉じようとしたところまでは上手くガード出来ていた。しかし、俺の意識を逸らそうと慌てふためいていたアレクシア王女のポケットからある物が床へと落ち、俺の意識を奪い取ると同時に決定的な隙を作り出したのだ。

 

 

 ──()()()()()

 

 

 ガキーンという重厚な音が響くと同時に、俺の身体は金貨へ吸い寄せられるように滑らかに動いた。無駄のない動作でしゃがみ、手を伸ばし、無防備な姿を晒してしまったのだ。

 そんな隙をアレクシア王女が逃す筈もなく、さっさと扉へダイブ。俺の防衛はあっさり突破されたという訳だ。それに続いてローズ会長もジャンプ。金貨に敗北した俺に、二連続シュートを止める手段はなかった。

 

(……だっせぇ。シドには絶対言えないな)

 

 散々シドのことをポチだの金の亡者だのとバカにしてきた身としては、こんな失態を知られる訳にはいかない。この話は墓場まで持って行こう。

 

 俺が遠い目をしながらそんなことを考えていると、団体の一番前を歩く俺に近付いて来る人影が見えた。

 まさかのアレクシア王女襲撃かと一瞬だけ身構えたが、捉えた姿は漆黒のローブ。濃い水色の髪が見えるので、相手はイプシロンだと分かった。

 

「あ、あの……ライト様」

「……どうした? イプシロン」

 

 小声で話しかけてきたので、俺もそれに合わせて返す。どこか言葉にし辛い様子から、俺もなんとなくイプシロンの言いたいことを察した。

 

「そ、その……先程はありがとうございました」

 

 小さく頭を下げて礼を言ってきたイプシロン。何に対しての礼なのかは分かる、特別VIP席で起こった一件についてだろう。

 

 ネルソンを連れて行こうとした際、イプシロンが刺客に襲われそうになった。処刑人ヴェノムとか呼ばれていた奴だ。

 実力的に心配する必要は無かったが、不意打ちの一撃でイプシロンに攻撃が当たることが分かった。彼女ならそれでも紙一重で躱わせただろう、しかしそれではイプシロンの()()()()()に繋がってしまう恐れもあった。

 

 俺はイプシロンがわざとらしい胸部の揺れを作るためにどれだけ努力したかを知っている。なんなら俺はイプシロンの秘密について【シャドウガーデン】で唯一本人から相談された立場だ。助けてやりたいと思うのは親心のような兄心のような、そんな感情だ。

 

 だからこそ俺は、イプシロンに剣が振るわれる前にヴェノムを横から切り刻んだ。割とギリギリだったが、乙女の抱えるトップシークレットは無事に護ることが出来たという訳だ。

 

「気にするな。無事で良かった」

 

 何が無事だったかは敢えて言わない。俺はシドと違ってデリカシー無し男ではないからな。

 俺の言葉を聞いたイプシロンは嬉しそうに微笑むと、もう一度小さく頭を下げてから離れていった。律儀なところも可愛い。【七陰】の中で妹感が強いのは、やっぱりガンマとイプシロンなんだよなぁ。

 

(こんな考えを知られたら、ゼータの奴がうるさいかもな)

 

 不機嫌そうな顔と声で文句を言ってくる姿が容易に想像出来ると、俺は中々会えていない弟子を思って口元を緩めた。あのモフモフの柔らかい毛並みがそろそろ恋しい。

 どこで何やってんのかゼータだけはあんまり把握出来てないんだよな。今度理由を付けて呼びつけるか、俺の方からでも会いに行ってみるかな。

 

「……ライト。着いたわ」

 

 ボーッと考え事をしていると、アルファから声をかけられる。どうやら目的地に着いたらしく、周りの風景がさっきまでと違っていた。通路の最奥、つまり行き止まりだ。

 

「この地は『英雄』オリヴィエが討ち倒した『魔神』ディアボロスの残骸……その左腕を封印した場所とされている」

「それがどうした!? 御伽話を頼りに腕でも探すつもりか!?」

 

 急に怒声を発したのはネルソン。ウチの子達に拘束されながら随分と強気だ。余程この場所を調べられるのは教団にとって都合が悪いみたいだな。

 

「それも楽しそうだけれど、私達が知りたいのは『ディアボロス教団』のことよ」

「ぐっ……!!」

 

 あっ、黙った。このオッサン意外と口喧嘩とか弱いタイプか? 

 

「貴方が答えられないのは分かっているわ。だからここへ見に来たの。歴史の闇に葬られた……本当の真実をね」

(アルファかっけぇー。……シドも見習えよ)

 

 常に相手の先を取り、余裕を崩さない立ち振る舞い。全てを見透かすような声音と言葉は、まさしく強者のそれだ。陰の実力者ってアルファのためにある言葉なんじゃないか? 右腕乗り換えようかな。

 

 俺がアルファに惚れ直していると、通路の行き止まりに置いてある一体の石像についてアルファが口を開いた。

 

「これが──『英雄』オリヴィエの像」

「……えっ? オリヴィエは男性の筈では?」

 

 疑問を投げかけたのはローズ会長。それも当然のことだろう、一般常識として習ってきたオリヴィエは全て男性。しかし、俺達の目の前にある石像はどう見ても女性なのだから。

 

「それも教団によって捻じ曲げられた偽りの真実よ。……まあ、我々はおおよそのことは理解している。ここへ来たのは、様々な物的証拠を回収するためよ」

(すみません。隣に全く理解していないバカが居ます)

 

 アルファが話を進める度に帰りたくなってくる。なんで俺ここに居るんだろう。アルファだけで良いじゃん。俺絶対要らない子じゃん。

 

 自分の存在意義を考えて情けなくなっていると、いつの間にかアルファが何かしたらしく、通路の最奥から白い光が放たれていた。入り口のようにも見えるので、間違いなく先へ進むパターンだ。

 やっべぇ、全然見てなかった。ついでに話も聞いてなかった。授業に一瞬でついていけなくなった時の懐かしい感覚だ。

 

(とか言ってる場合じゃねぇ! ど、どうしよう……)

「ライト」

「……ッ!!!」

 

 ビビった。心臓止まるかと思った。叫び声を上げなかった俺ナイス。声変えてないとまんまライ・トーアムだしな。アレクシア王女にライトの正体がバレる訳にはいかん。

 

「……な、なんだ?」

「言うまでもないでしょうけど、進めるわ。許可を頂戴」

「そ、そうか。そんな段階か」

「ええ。──始めましょう」

 

 だから何を? 何を始めるの? 

 

 ……うわぁ、デルタとかイプシロンもやる気満々な顔してるよ。デルタはともかく、イプシロンは絶対全部理解してるじゃん。さっきこっそり聞いときゃ良かったかな。

 

「さあ……御伽話の世界に旅立ちましょう?」

 

 この『聖域』に入る前にしたやり取りと同じだ。早過ぎるデジャブを感じながらも、やはり俺が返せる行動なんて肯定を表す頷きしかない。

 

「──ああ。そうしよう」

 

 うん。やっぱり俺要らない子だな。

 放たれる白い光に包まれながら──少し泣いた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……えっ? あれ?」

 

 ライトであることも忘れて、間の抜けた声を出す。アレクシア王女に聞かれる心配はない。それどころか、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なんでぇ? なんで俺だけ?」

 

 白い光から解放され、目を開けてみればあら不思議。何故か俺一人だけよく分からん場所に飛ばされてしまっていた。これが差別か、要らない子に対する差別なのか。

 

「……どこだよ。ここ」

 

 フードを外しながら辺りを見回してみる。シンプルながらも清潔感のある広場であり、白をメインとしたデザインはどこか近未来的なものを感じさせた。

 

「ん?」

 

 取り敢えず散策してみるかと歩き出してみれば、ふと気になるものが視界に入る。それは数十段の階段を登った先にある空間に存在しており、男であればテンションが上がること間違いなしの光景だった。

 

(マス○ーソードみてぇだな)

 

 台座に突き刺さる青と金で装飾された一本の剣、見るからに伝説な雰囲気を出している。某ゲームでよく見た光景にそっくりだったため、そんな感想が口から溢れた。

 更にその剣の奥には見上げる程にデカい扉。何本もの太い鎖で封じられている様子は絶対に開けてはならないという意志を感じた。

 

「ていうか、また魔力が練れん」

 

 学園が襲撃された時と同様に、魔力が上手く操れない。これが『聖域』の特性なのかは分からないが、面倒な場所に来てしまったのは確定だ。

 維持するのが面倒なので、スライムスーツを解いた。これで見た目は普通の学生。怪しまれることは……いや、怪しまれるか。

 

「さて、どうしたもんかな」

 

 俺は剣が刺さる台座の隣に腰を落とし、軽く息を吐いた。シドの出現からアルファ達の付き添いまで怒涛の展開。短い時間に随分と疲労したものだ。

 

(俺だけ別の場所に移動した……のか? まあ、大丈夫だと思うけど)

 

 アルファにデルタ、イプシロンと、今回の作戦には【七陰】が三人も来ているのだ。身の安全を心配する必要は無いだろう。アレクシア王女達のこともついでに守ってくれるとは思うし、俺はここで大人しくしてよう。

 

「そういえばアルファが物的証拠とか言ってたな。……この聖剣とか持って帰ったら喜ぶかな」

 

 アホなことを考えながら完全に脱力していると、危険予知の信号が頭を走った。自分の直感は信じることにしているので、すぐ立ち上がりその場を動く。すると俺が座っていた場所へ、ぐへぇっという情けない声と共に何かが落下してきた。

 

 

 ──()()()()()()()()()()

 

 

「……シド。何やってんだよ」

「やあ、ライ。さっきぶりだね」

「そんなこと言ってる場合か。なんでお前が上から降って……っと」

 

 床に転がるシドに呆れていると、またもや上から何かが降ってきた。反射的に腕で受け止めれば、そこには予想外の人物が驚きの表情をしていた。

 

「アンタは……さっきシドと戦ってた古代の戦士か」

 

 濃い紫の長髪に、アメジストのような瞳をした女性。綺麗な顔をしてえげつない攻撃をしていた彼女に間違いない。

 遠目で見ていた時には正確に測れなかったが、間近で感知すると魔力の質がやはり異常だ。名前は知らないが、シドや俺に迫る実力者なのは間違いないだろう。

 

「あら、受け止めてくれてありがとう」

「どういたしまして。女性には優しくしろと教えられてるんでね」

「そう、素敵な教えね」

「父親からさ。尊敬してるよ」

 

 美女をゆっくりと降ろし、突然現れたシドへ視線を向ける。コロシアムから飛んで行ったのは分かっているが、どうしてこんな所へやって来たのやら。

 

「シド。なんでお前がここに?」

「いやぁ、色々あってさ。ヴァイオレットさんと遊んでたんだ」

「ヴァイオレットさん?」

 

 俺が首を傾げていると、謎の美女が小さく手を上げた。

 

「私のことらしいわ。ちなみに名前はアウロラよ」

「アセロラ?」

「……やっと常識人に会えたと思ったのに」

 

 残念そうにため息を溢すアウロラさん。ごめんて、マジでそう聞こえたんだもん。

 

「悪い悪い、アウロラさんね」

「ふふん。分かれば良いのよ」

「ライの方こそ、どうしてここに?」

「俺は……まあ、色々あった」

「僕と同じこと言ってるじゃん」

「う、うるせぇ。だ、駄目リーダーの代わりに働いてたんだろうが」

 

 俺の色々については、あまり深く掘り下げられると不利になる。適当に誤魔化すため、この話は流すことにした。シドが神出鬼没なことなんて今に始まったことじゃないしな。

 

「……取り敢えず、ここは敵の拠点らしい。俺はアルファ達と来たんだが、よく分からん内に一人にされた」

「へー、災難だったね」

「ここでお前に会うよりはマシだったけどな」

「ははっ、またまた」

「いや、割とマジ」

 

 敵の拠点で一番会いたくない男に出会ってしまったんだぞ。しかも上から降ってくるとか避けようがねぇじゃん。ホラーじゃん。

 

「それにしても、なんか凄い場所に出たね」

「……ここは『聖域』の中心よ。最も力が集まっている場所でもあるから、魔力の類は全く扱えない筈よ」

 

 俺が非情過ぎる運命を呪っていると、シドとアウロラさんが辺りの確認を始めた。どうやらアウロラさんには『聖域』についての知識があるらしい。……ていうか俺、いきなり中心に飛ばされたのかよ。えっ? いじめ? 

 

「ねぇライ、アレって何?」

「……ん? ……ああ、見ての通りだろ」

「伝説の聖剣的なアレか。まさか実物を見られるなんてなぁ。後ろの扉は?」

「俺が知る訳ないだろ」

 

 面倒臭くなり始めながらこの場で唯一知ってそうなアウロラさんに視線を向けると、彼女は表情を険しくした後、深刻そうな声音で語り出した。

 

「……その扉の中に、この『聖域』を維持している魔力の核があるの。それを壊せばここから出られるわ」

「そっか、じゃあ話は早いね」

「壊すにしたって……鎖はどうすんだよ?」

 

 シドは軽いノリで言うが、扉を開けるのは簡単じゃなさそうだ。少なくとも、今持っている剣では僅かなヒビすら入れられないだろう。

 

「この剣じゃ無理かな。ライでも無理?」

「無理だ。魔力も使えないしな」

 

 俺の剣はシドのやつに比べると上等な代物だが、流石にこの鎖相手だと切れ味が足りないと思う。使い手の腕次第とか言える次元じゃない。

 

「そっかー。じゃあ明らかに使ってくださいっていう感じで刺さってるこれを使うしかないのかな」

「抜けないと思うけどな」

「僕もそう思う」

 

 俺達の会話を聞いて首を傾げるアセロラさん。まあ、前世とかでゲームやってないとこのノリは分からないよな。

 

「どうして抜けないの? この剣なら鎖が切れるってここに書いてあるけど……」

「僕達には分かるんだよ。この剣は……選ばれし者にしか抜けない」

 

 シドが短く言葉を返しながら、聖剣を両手で掴む。そのまま力を込めて抜きにかかったが、ビキビキという音を立てただけで剣は抜けなかった。

 

「やはり……剣が拒絶している」

「あっ! 台座の部分に『聖剣は勇者の直系の子孫にしか抜けない』と書いてあるわ!」

 

 うん、知ってた。

 それよりアウロラさん博識だな。書かれてるのは古代文字っぽいのに、普通に読めるなんて。

 

「即座にそれを理解するなんて……貴方達、何者?」

「ただの陰の実力者さ」

「普通の一般人」

 

 シドの馬鹿力なら無理矢理抜ける可能性もあると思ったんだが、やっぱり無理なものは無理か。

 

「ん?」

 

 しゃがみ込んでじっくり台座を見てみると、そこには少しばかりのヒビが入っていた。どうやらシドの挑戦は完全に意味が無かった訳ではないらしい。

 

 ……これなら、いけるか? 

 

「シド、これ見ろ」

「なに? ……んー、可能性はあるかもね」

「二人で同時にやればな」

「こういうの、ゲームで言うところのバグってやつだよね」

 

 この世界のバグがなんか言ってる。

 

「俺が右側、お前は左側だ」

「オッケー」

 

 聖剣の持ち手部分をそれぞれ掴み、全力で踏ん張る体勢を作った。アウロラさんは俺達が何をしようとしているのか察したらしく、小走りで距離を取った。

 

「準備良い?」

「ああ。──せーのっ!!!」

 

 

「「ふんッ!!!!」」

 

 

 その瞬間、聖剣から危険信号のような音が大音量で発生。ガキンガキンという剣と台座が擦れるような音も鳴り響いた。

 俺とシドは構わずに力を込め続ける。ゴリ押し以外の何でもない力技を押し通すために。

 

「シド、力を入れ直すぞ」

「うん。いけそうだね」

 

 汗で手が滑ってきたので、一度手を離してからやり直す。聖剣がビクッと揺れた気がしたが、多分気のせいだろう。

 

「ちょっ、ちょっと、壊れちゃうんじゃ……」

「大丈夫。──俺は聖剣を信じてる」

「貴方何も知らないでしょう!?」

 

 アウロラさんの言葉を無視して、シドと共に再び聖剣へと手を付けた。きっと耐えてくれるさ、俺達の聖剣なら。

 

「「せーのっ!!!」」

 

 どうやら二度目の挑戦で、ようやく限界を迎えたらしい。

 

 ──()()()()()

 

「……抜けたね」

「……抜けたな」

 

 俺とシドの視線の先にあるのは、聖剣の哀れな姿だった。引きちぎられた台座に刺さったまま転がる様子は、勇者以外には絶対に抜かせないという強い意志を感じさせた。

 

「強情だねぇ」

「根性あるな、この聖剣」

「貴方達……両方ゴリラだったのね」

 

 なにやらアウロラさんに不本意なことを言われている。俺のゴリラ具合なんてシドと比べれば可愛いものだ。リンゴを握り潰す程度の話じゃない、シドなら木材とかだって爪楊枝みたいにへし折れる。

 

「まあ、取り敢えず……剣だけ抜くか」

「そうだね。ライ、台座押さえてくれる?」

「分かった。剣は任せる」

 

 またも聖剣がビクッと震えた気がしたが、多分気のせいだろう。

 

「次はいけそうだね」

「さっさと終わらせるぞ」

 

 早く済ませてアルファ達と合流したい。聖剣を手土産にすれば、ガッカリされることもないだろ。

 

 そんなことを考えながら、シドと俺が聖剣と台座に手を伸ばした瞬間──新たな登場人物がこの広場にやって来た。

 

 

「何をしておるのだァァァァッ!?!?」

 

 

 俺達の耳に、聞き覚えのある怒号が響いた。

 

 

 

 




聖剣「えっ!? 今からでも入れる保険があるんですかっ!?」


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19話 倒しちまっても良いんだろ?

 

 

 

 

 

「──アルファ様。全員の脱出を確認しました」

「そう、ありがとう。イプシロン」

 

 手短に報告を済ませ、イプシロンがアルファへ軽く頭を下げる。『聖域』への突入任務が無事に終了し、【シャドウガーデン】と飛び込み王女二人は外の世界へと脱出していた。

 一人を除いて『聖域』に取り残された者は居ないようなので、取り敢えず一安心だろう。

 

 そう、()()()()()()

 

「撤収するわ」

「ま、待ちなさい!!」

 

 引き上げようとしたアルファに待ったをかけたのは、飛び込み王女組の一人であるアレクシアだった。銀色の髪は所々ボサボサになっており、『聖域』内での扱いが雑だったと分かる。

 

「アイツは……置いていくの?」

「誰のことかしら?」

「は、はぁ? あのライトとかいう人のことよ!」

 

 不思議そうな顔で小首を傾げるアルファに、アレクシアが再度叫んだ。天と地程の実力差がある相手にもこの強気、伊達に王女を務めていない。

 

「置いていく、ね。──()()()()()

「……えっ?」

 

 予想外の返しに、アレクシアは困惑した。『聖域』に入った後、彼女はライトと呼ばれる人物と並んで歩いていたからだ。間違いなく仲間意識は強い筈であり、急に居なくなったことを心配していない訳がないと思っていた。

 

「ぎゃ、逆って……どういう意味よ?」

「そのままの意味よ。私達が彼を置いて行ったんじゃない。()()()()()()()()()()()()

 

 ますます意味が分からないと、腕を組んだアレクシア。隣に居るローズも似たような反応を見せていることから、同じように困惑しているようだ。

 

 説明する義務も義理もないアルファだが、ライトのことを誤解されたくないと口を開く。教えねばなるまい、その義務ならばあるのだから、と。

 

「彼の行動には必ず意味がある。シャドウと同じようにね」

「シャドウ……」

 

 アルファの口から出た名前に反応するアレクシア。それも無理はない、僅かな遭遇で自身の価値観を大きく変えた存在なのだから。

 

「ライトはシャドウの右腕。あの二人のことは、あの二人にしか分からないわ」

「あ、貴女達でも分からないの?」

「……そうね。努力はしているけど……遠いわね」

 

 アルファの言葉に、【シャドウガーデン】全員が表情を変えた。恩人であるシャドウ達の背中が遥か先にあるという事実。それに直面した時、いつだって彼女達はどうしようもない無力感に襲われるのだ。

 

「──『光が無ければ陰は無い』。シャドウはよくそう言っていたわ」

 

 余計なことまで話し過ぎたと、アルファがため息を溢す。問答を断ち切るように髪を手で払うと、アレクシアに背を向けて歩き出した。

 

「……話は終わりよ。気を付けて帰りなさい」

「あっ! ちょ、ちょっと! 待ちなさいよっ!!」

 

 今度はアレクシアの声を無視し、アルファ達はその場から去った。残されたのはローズと、小説家ナツメの姿をしたベータだけだった。

 アレクシアは結局重要な情報を得られなかったと落胆。それなりに覚悟して首を突っ込んだというのに、割に合わない話だ。

 

「……ライト。……シャドウの右腕」

 

 姉と同じ『天才の剣』を振るった人物。

 下水道で一度会っただけの関係だが──シャドウと【シャドウガーデン】、この二つの存在を知ろうとすればする程、ライトという人物が深く関わってくる。

 

「…………」

 

 ポケットから取り出したのは極厚の金貨。アレクシアはそれを掌に置き、しばらく無言で見つめた。『聖域』に飛び込むチャンスを作ってくれた物であり、拾ってくれたのは話題の中心であったライト。その後しっかりと返却してきたことを考えると、それほど悪い奴ではないのかもしれない。

 

「……一体、何者なの?」

 

 見上げた夜空には──白く美しい月が光り輝いていた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「何をしておるのだァァァァッ!?!?」

 

 多くの血管が浮かび上がる程の怒りと共に、大司教兼『ディアボロス教団』のメンバーであるネルソンが吠えた。

 アルファ達との戦闘を終えたばかりであり、憤慨するだけでも一苦労だ。

 

「誰? あのハゲた人?」

「ん? そりゃ、あれだよ……誰だっけ」

 

 ネルソンが叫ぶ原因となった二人、シドとライ。聖剣を台座ごとぶち抜くという意味不明なことをしたばかりにも関わらず、自分達が怒られているとは微塵も思っていなかった。

 

「ああ、そうそう。敵だよ、敵」

「ふーん。隣に居るエルフの女の子は? アルファに似てるみたいだけど」

「そっちは知らん。ていうか似てないだろ。アルファの方が可愛い」

「……そうだね。ごめん」

 

 のんびりマイペースに状況を確認する二人へ、ネルソンは更に怒りを引き上げる。護衛として連れて来た『英雄・オリヴィエ』のコピー体を自身の前へと出し、盾がある状況を作ってから再び声を張り上げた。

 

「貴様ら何者だッ! ここがどういう場所か分かって侵入したのか!! ……ん? 白髪の貴様の顔には見覚えがあるぞ……アレクシア王女の護衛をしていた『紅の騎士団』かっ!?」

 

 やべっとライが表情を歪めるが、今更バレたところでもう遅いとすぐに開き直った。

 

「ただの騎士ではないということか。どうやってここへ来た!」

「……知らないな。こっちの二人もよく分からんけど、俺はいきなり飛ばされて来ただけだ。むしろ俺は被害者だ」

「な、なんだと?」

 

 聖剣の台座に伸ばしていた手を引っ込め、ライが不満顔を隠そうともせずに答える。事実、彼は何故ここに飛ばされたのか分かっていない。

 

(飛ばされただと? ……ありえん。ここは『聖域』の中心地だぞ)

 

 ネルソンがチラリと向けた視線の先にあるのは巨大な門。『教団』内でもトップシークレットとされている『とある物』が封印されている場所だ。その影響で魔力阻害は最高レベル、簡単に侵入出来る場所ではない。

 そしてネルソンが気になった"飛ばされた"という言葉。すなわち、『聖域』が呼び寄せたということになる。

 

(やはりありえん! 膨大な魔力を呼び寄せたと考えれば可能性はあるが……そんなもの()()()()()()()()()()()()()()()()()()──ふっ、そんな訳がない)

 

 馬鹿げた思考を振り払うように、ネルソンが首を動かす。一人の人間にそこまでの魔力が宿る筈もないのだ。どうせ『聖域』の誤作動か何かだろうと結論付けた。

 

「ふん! まあいい。この場所を知られたからには生きて帰れると……ちょっと待て! お前達何をしている!?」

「「えっ?」」

 

 ネルソンの悪役台詞を完全に無視し、聖剣を持ち上げ出したシドとライ。どうやら話が長かったので、飽きてしまったようだ。聖剣はガタッと震えた。

 

「なんなのさー、邪魔しないでもらえるかな?」

「今忙しいんだ。後にしてもらって良いか?」

「その剣に触れるでないわ!! 台座ごと引き抜きおって!! バカかお前達!!」

 

 ここまでのやり取りを無言で眺めていたアウロラが、ネルソンの言葉にゆっくりと頷いた。ようやく会えた常識人が敵側であることに悲しさを覚えながら。

 

「すぐ終わるって。ハゲの人」

「おい、シド。それは流石に失礼だろ。えーっと、名前は確か……『ダイソン』」

「吸引力変わらなそうだね」

「ネルソンだぁぁぁぁァァァッ!!!」

 

 相変わらず人の名前を覚えるのは苦手らしく、しっかりと間違えたライ。転生者ならではのツッコミを入れたシドと合わせて、ネルソンは完全にブチギレ。流石にアウロラも少しばかり同情した。

 

「──ッ!? 貴様ら、アウロラまで連れ出したのか!?」

 

 真面目に気が付いていなかったのか、ネルソンの顔が驚愕に染まる。『災厄の魔女』とも呼ばれる彼女に意識が向かない程、シドとライのインパクトは強かったようだ。

 

「ふっふっふ!! どうやらお前達は魔女に(たぶら)かされたようだな! お前達ではその扉は開けられん! ましてや鍵となる聖剣も……」

 

 抜けはしない、と続けようとしたネルソンだったが、シド達の足元に転がる無惨な姿の聖剣を見て口を閉ざした。

 

「も、もう良い!! 無駄なお喋りは終わりだ!」

「いや、喋ってたのほとんどお前じゃん」

「うるさいっ! オリヴィエ! アイツらを始末しろ!!」

 

 ライに事実を言われてムカついたのか、ネルソンがオリヴィエへと指示を飛ばす。内容はシンプル、侵入者達の殲滅だ。

 無感情に歩き始めたオリヴィエを見て、ライがシドへと言葉を投げる。

 

「どうする?」

「そうだねー、魔力はすぐに使えないしなぁ」

 

 魔力操作に秀でたシドでも『聖域』の中心では魔力を自由に操れないらしく、顎に手を当てて思考する様子を見せた。

 ライはそんなシドにため息を溢すと、腰に携えていた剣を引き抜き、ゆっくりと向かってくるオリヴィエへ身体を向けた。

 

「時間は?」

「今から始めると……五分ってところかな」

「ん、分かった」

「どうするの? 強いよ、相手」

「魔力を目と耳に集中させて、無理矢理強化するさ。それで十分だ」

「そっか。頼むよ、我が右腕」

「うるせぇよ。黙って魔力練ってろ」

 

 何らかのやり取りを終えると、ライもオリヴィエに向かって歩き出す。その身体に無駄な力は入っておらず、僅かな緊張すら感じさせない。

 

「ちょっ、ちょっと! 貴方何をする気なの!?」

「アウロラさんはそのバカの背中にでも隠れてなよ。攻撃が飛んできたら危ないからね」

「あ、ありがと……じゃなくって! 戦う気!?」

 

 そんなアウロラの言葉にライからの返答はなく、ただ軽く左手を上げて応えられただけであった。すかさず止めようとしたアウロラだったが、飛び出そうとする前にシドによって肩を掴まれた。

 

「やめときなって。危ないよ」

「危ないのは彼の方でしょ!! 貴方の知り合い殺されるわよ!?」

「大丈夫だって」

「大丈夫な訳ないでしょ!? アレは人間が勝てる相手じゃ──」

「ヴァイオレットさん。()()()()()

「……えっ?」

 

 宥めるように、ではなく、単なる事実を口にしているといった様子のシド。あまりにも落ち着いているため、アウロラの頭は逆に冷静になってしまった。

 

「安心して良いよ。面白いものが見られるから」

「面白い……もの?」

 

 何故か片目を閉じ始めたシドに言われるがまま、アウロラは遠ざかっていくライの背中に視線を向けた。どこにでも居そうな普通の体型、とびきり身長が高い訳でもなく、見ただけで分かるような筋肉が付いている訳でもない。

 

(何故……そんな風に歩けるの?)

 

 相手の力量が測れていないのか、はたまた自分の力を過信しているのか。そのどちらなのかは分からないが、アウロラからすれば正気の沙汰ではない。

 対峙するのは伝説の英雄オリヴィエ。間違っても人間が勝てるような存在ではない。自殺行為でしかないのだ。

 

「フハハハハッ!! どうやら命知らずの馬鹿のようだな! オリヴィエ! 構わん! 殺せぇッ!!」

 

 ネルソンの言葉へ反応するように、オリヴィエが動く。華奢な身体からは想像出来ないほど軽々と剣を構え、ライヘ向かって疾風の如く駆け出した。

 

「──シド」

 

 命を狙われている立場とは思えない態度で、ライが振り返りながら口を開いた。悪戯っ子のような顔をしており、どこか楽しんでいるような雰囲気すら感じ取れる。

 

 美しい()()()()を輝かせながら、ライは不敵な笑みと共に言葉を投げた。

 

 

 

「──別に……倒しちまっても良いんだろ?」

 

 

 

 




 オリ主が魔力解放モードになると、目の色が黄色に変わります。
 黄色にした理由は単純で

 シド→赤
 ライ→黄
 アルファ→青

 信号機カラーにしたかったからです(笑)。


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20話 負ける気はねぇよ

 

 

 

 

 

 ──余所見(よそみ)

 

 日常生活の中でならば、誰しもが経験のあることだろう。しかし、命を取り合う戦いの最中にしてしまえば、その者には『死』が待っている。たった一瞬の隙が勝負を決め、呆気なく命を散らしてしまうことになるのだ。

 

「危ないッ!!!」

 

 オリヴィエの振るう剣へ見向きもしないライに、アウロラが鬼気迫る表情で叫んだ。やはりしがみついてでも止めるべきだった、彼女のそんな遅過ぎる後悔は悲鳴にも似た声となって辺りに響いた。

 

 殺された。見たくない現実から逃げるように、アウロラが反射的に強く目を閉じる。

 だが次の瞬間、彼女の耳に届いた音は肉が切り裂かれる嫌な音──ではなかった。

 

「…………えっ?」

 

 ギャリンッという鋭い金属音を聞き、アウロラが恐る恐る目を開けた。視界に入る英雄に襲われた男は何故か五体満足で立っており、出血どころか怪我もない。先程までと何も変わらず、ただ軽い笑みを浮かべていた。

 

 振るわれた剣に対してライが行ったのは、防御ではなく軌道修正。背中越しだというのに的確な位置へ剣をぶつけ、オリヴィエの剣を自身から()()()()()()

 

「……嘘、でしょ」

「おー、相変わらず上手いなぁ」

 

 開いた口が塞がらないといった様子のアウロラと、のんきな感想を口にするシド。両者の間にある違いはただ一つ、ライ・トーアムという男との付き合いの長さだけだ。

 

「だから言ったでしょ? 大丈夫だって」

「い、いや、でもあれは……ありえない」

 

 そう確定したいアウロラだが、たった今見せられた現実がそれを否定する。本物でないとはいえ、伝説の英雄であるオリヴィエの一撃を背中越しに捌く人間など悪夢以外の何者でもない。アウロラの頭は混乱の一歩手前だった。

 

「おっ、相手も驚いてるみたい。距離を取ったね」

 

 アウロラがパンパンッと手で頬を叩いていると、シドが状況の変化を口にする。地面へと外された剣をオリヴィエが引き抜き、後方へジャンプすることでライから距離を取ったのだ。

 

 偽物(コピー)ではあるが英雄。間違いなく戦闘センスは超一流であり、今の攻防からライの異質さを感じ取ったらしい。

 

「オリヴィエッ!? 何をしておるッ!! さっさとあのガキを殺せぇッ!!」

 

 唯一状況を理解していない男、ネルソン。研究者として生きてきた彼には、ライがどれほどレベルの高いことをしたのか分からなかったようだ。

 主人(マスター)からの要求に背く意思もないオリヴィエ(偽物)は魔力を解放。金色の魔力が小さな身体から溢れ出し、その肉体を大幅に強化した。

 

「おおー、凄い魔力だねぇ」

「ッ!! やっぱり無理よ! 今からでも戦いをやめさせて!」

「そうだねー、流石に厳しいかもね」

 

 どこまでも緊張感のないシド。

 アウロラはどうにかして戦闘を止められないかと慌てふためくが、その前にオリヴィエが動いてしまった。

 

「は、速いッ!!」

「さっきの一撃が通用しなかったから、威力よりも手数で攻めることにしたんだね」

 

 シドの言う通り、オリヴィエはライの周りを高速で移動し始める。瞬間移動かとも思える圧倒的スピードは、普通の人間には捉えることすら出来ないだろう。

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あ、あれを……防いでるの?」

 

 信じられないといった顔でアウロラが声を溢す。超高速で斬りかかられているにも関わらず、ライがそれを捌いていたからだ。オリヴィエとは違い、その場を動かずに対応しているライ。無駄な動きは見受けられず、まるで躍っているかのように剣を走らせていた。

 

「な、なんなの!? あの人何者っ!?」

「剣が上手な僕の右腕」

「上手ってレベルじゃないでしょ!!」

 

 思わず詰め寄るアウロラにも、シドはヘラヘラとした笑みを崩さない。心配など微塵も感じさせず、あくまで面白いものを見ているといった様子だ。

 

「彼は剣に魔力を使ってない……。それでどうして……」

 

 魔力を纏った剣と纏っていない剣。ぶつかれば間違いなく魔力有りの方が勝つ勝負であり、普通であれば捌くことすら出来ないのだ。剣で受けた瞬間に剣ごと斬られて終わりなのだから。

 そんなアウロラの疑問に答えたのは、腕組みをしながら僅かなドヤ顔をしたシドだった。

 

「あれは受けてるんじゃなくて、()()()()()()()()

「ズラす……?」

「そっ、剣の側面部を狙ってね。刃に真正面からぶつけるんじゃなくて、こう……滑らせるって言うのかな。僕もよく分かってないんだけどさ」

「滑ら、せる? えっ?」

 

 理解が追いつかないアウロラ。何を説明されているのか全く分からなかった。ズラすだの、滑らせるだの、神業の範囲を超えている。ましてや相手は剣士としての最高峰。そんな芸当が出来る人間など、古代の戦士にだって居なかった。

 

「……けど! 相手がどこを狙ってくるかなんて分からないでしょう!?」

 

 アウロラの指摘は当然のことだった。あれほどまでに速い攻撃、たとえ捌く技術を持っていたとしても剣が間に合わなければ意味もない。完全に相手の剣を先読みし、自分の剣を動かさなければ不可能なのだ。

 

「ライってさ、()()()()()()()()()()()()()()

「が、学習?」

「うん、相手の剣自体をね。さっき背中越しに攻撃を避けたでしょ? あの時相手が狙っていたのはライの首だった。つまり、狙われる場所の有力候補に『首』が入った。そして打ち合っていく中でする相手の攻撃パターンの分析……後は勘だろうね」

「はぁ!? 勘で攻撃を先読みしてるってこと!?」

 

 これが当たるんだよねぇなどと笑うシドに、アウロラは言葉を返すことすら出来なかった。戦士の勘を馬鹿にしている訳ではない、そういった要素が強者にはあることを彼女は知っている。しかし、それが通用するのは長きに渡って戦いに身を置いてきた歴戦の強者達だけ。ライのような若さでその境地に至っているなど、信じられる筈もなかった。

 

「剣の間合いは『目』で、相手の気配は『耳』で。魔力を使って強化したこの二つと、圧倒的な戦闘センス。剣に魔力を纏わせられなくても、ライならあれぐらいは余裕だよ」

「……もう驚くのも疲れたわよ」

「ははっ、良いリアクションだね。……でも、そう簡単にもいかないみたいだ」

 

 ヘラヘラとした笑みを引っ込め、シドがライの方へ指を差す。アウロラが素直に顔を向けてみると──鮮血が宙を舞った。

 

「ああっ! き、斬られてる! 斬られてるじゃない!!」

 

 オリヴィエが更に速度を引き上げたようで、ライの反応が間に合わなくなってきていた。捌ききれなかった攻撃は身体を動かすことで回避しているが、紙一重もいいところであり、頬・肩・腕・足と徐々に切り傷が付き始めた。

 まだ深い傷は負っていないが、それも時間の問題だろう。このままではジリ貧、厳しい状況なのは一目で分かった。

 

「ど、どうするの!? あの人危ないわよ!?」

「あー、やっぱり厳しかったか……()()()()

「へ? 一本って……」

 

「──シドッ!!」

 

 アウロラが訊ねようとした瞬間、ライから大声が上がる。オリヴィエの手を掴み動きを止めているようで、斬撃の雨は終わっていた。ライはそのままオリヴィエを力任せにぶん投げると、一定の距離を作ることに成功した。

 

「はいはい〜! よいしょっと!!」

 

 名前を呼ばれたシドはすぐにライの意図を理解。自身の剣を鞘から引き抜くと、ライ目掛けて勢いよく投擲。剣はクルクルと回転しながら、ライの背中へと飛んでいった。

 

「ええっ!? な、何してるのよ!?」

「大丈夫だって」

 

 アウロラの心配を流しながら、シドがまたもヘラヘラと笑い出す。その顔には安心感が滲み出ており、これ以上することは無いと言わんばかりに再び腕を組んだ。

 

「……どうして後ろから飛んでくる剣を見ないでキャッチ出来るの」

「これぞ右腕ムーブ、『剣の背面キャッチ』。良かった、こういう時のために練習しておいて」

「貴方達の関係、本当に分からないのだけれど……」

 

 パシッとナイスキャッチを見せたライと、満足気に頷くシド。アウロラはこれまでに出会ったことがない関係性を目の当たりにし、手を顔に当てながらため息を溢した。

 

「一本じゃって、剣のことだったのね」

「ライは二刀流だからね。一本じゃ本領を発揮出来ないんだよ」

「で、でも、剣が増えたからってどうにかなるの? 確かに防ぐ手段は増えたんでしょうけど……」

「うーん。ヴァイオレットさんは勘違いしてるね」

「えっ?」

 

 間違いを正すように、シドがアウロラへと言葉を投げる。

 

「ライは剣を二本使えるんじゃない。──()()()なんだ」

 

 力強いその言葉に、アウロラは思わず息を呑む。本当にほぼ生身の人間が英雄に勝てるのか、そんなことは既に彼女の頭から飛んでいた。

 ただ、見届けたい。心からの欲求に従い、アウロラは静かに口を閉じた。

 

「魔力無しで400戦以上剣を交えたけど、僕が二刀流のライに勝てたのは最初の数回だけだった。悔しいけど、後は全部負けっぱなしさ。格闘戦なら負け無しなんだけどね」

 

 懐かしそうに、そして楽しそうに、シドはゆっくりと口角を上げる。

 

「一人で努力するのには慣れてたんだ。……でも、ライに出会ってから、()()()()()()()()()()()

 

 穏やかに告げたのは、孤独からの解放。

 馬鹿げていると理解していながらも、諦めきれなかった夢──『陰の実力者』。

 

 全ての欲を払い、全ての力を研鑽へと捧げた。そんな中で遭遇した光に、シドは心から感謝していた。

 

「僕の『右腕』は──強いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が肌に刺さる。

 剣がやたらと手に馴染む。

 久しぶりの感覚に、俺は思わず口元を緩めていた。

 

(やっぱり……二本あると落ち着くな)

 

 長さは大体同じだが、強度は異なる二本の剣。デザインも違えば、重さも違う。ハッキリ言ってやりやすい二刀流とは言えない。

 

 だが、それで良い。

 

「──さて、やるか。オリヴィエって呼ばれてるなら、アンタは魔神の左腕を切り落とした伝説の英雄ってことだよな?」

「…………」

 

 聞こえている筈だが、相手は俺の言葉に何も反応しない。ただ構えを取ったまま、ジッと俺を観察しているようだ。無表情にも関わらず研ぎ澄まされた闘志が見え、少しの油断も感じられない。剣が増えたことを警戒して、俺の出方を伺っているらしい。

 

「二刀流が珍しいか?」

 

 それも無理はないと考えながら、俺は二本の剣を回して動きを確かめた。この世界で二刀流は一般的なものではない。なんならマイナーだ。少数派、絶滅危惧種と言ってもいい。

 

 何故か、理由は単純。メリットが少ないからだ。

 

 魔剣士は魔力を剣に纏わせて戦う。つまり、二刀流の場合は剣に纏わせる魔力が二倍になるということだ。

 剣だけではない、魔剣士は自身の身体能力をも魔力で強化する。簡単に言えば、二刀流をするだけで魔力消費がとんでもないことになるのだ。普通の人間がやれば間違いなく魔力切れを起こす。手数が増えるなどのメリットはあるが、圧倒的にデメリットの方が大きい。

 

 魔力量が多い者以外で、実戦では扱えない。それがこの世界に於ける二刀流だ。俺の生まれたトーアム家は当主が代々二刀流を継承してきた訳だが、下級貴族であるのもこういった理由が存在する。

 だから俺は期待されてるんだよな、魔力量バグってるから二刀流と相性が良過ぎる。

 

「これでも次期当主なんでな。お粗末な二刀流じゃねぇぞ? ……相手してもらおうか。──英雄オリヴィエ」

 

 剣を構えたと同時に、オリヴィエが地を蹴った。それが俺に対する剣士としての礼儀だったのかは分からないが、真剣勝負が始まったことだけは確かだ。

 

(速度は向こうが上、厄介な技だが……見せ過ぎだ)

 

 先程まで繰り返していた超高速の連撃。俺を取り囲むようにしてオリヴィエが加速する。雨のように降り注ぐ攻撃を剣一本では捌き切れなかったが、今は違う。

 

 剣を目で、気配を耳で、相手がこれまでにしてきた攻撃パターンを勘で。手に入れた情報を動きに組み込み、先読みによって最適な動作を行いオリヴィエの剣を捌く。一本では対応出来なかった攻撃も、二本ならば間に合う。

 

 その攻撃はもう──()()()

 

「同じ手が通用すると思われてんのか。舐められたもんだ」

「…………ッ!!」

 

 オリヴィエが繰り出した渾身の一振りを、二本の剣でズラす。一瞬だけ生まれた隙に身体が反応し、ガラ空きとなった腹へ回し蹴りを入れることに成功。俺とオリヴィエの間にはスペースが出来た。

 

「……嫌な相手だ。色々と」

 

 戦闘力はバケモンだが、見た目は完全にエルフの少女。痛みを受けても声を出さず、ただ命令されるままに剣を振るうだけの機械。相手をしていてこれ程までに胸糞が悪いのも久しぶりだ。

 

「オリヴィエッ! 殺せッ! さっさと殺すんだァ!!」

 

 一番ムカつくのはあの爺さんだな。自分は何もせず、安全なところから命令するだけ。あれならウチのアホリーダーの方が百倍マシだ。

 

「……あんな奴の言いなりになるなんて、屈辱だよな」

 

 俺は全開の魔力を纏いながら突撃してくるオリヴィエに、少しだけ同情した。歴史に名を残した英雄が、死んだ後でもこき使われる。同じこき使われている者として、なんとなく腹が立った。

 

「安心しろ。……すぐに解放してやる」

 

 正面から突っ込んできたオリヴィエ。その速度は神速と言ってもいい。だが、感情のない力任せの剣。そんな情けない一撃では、たとえ魔力が使えない状態であっても、俺の命には届かない。

 

 トーアム流・()()()()

 

 

「──〝双刃(そうじん)残花(ざんか)〟」

 

 

 左手の剣で相手の剣をズラし、そこへすかさず右手の剣を横から当てる。無防備となったオリヴィエに、トドメの剣を防ぐ手段は残されていない。

 すれ違い様に決めた二つの斬撃はオリヴィエの身体に深い傷を与え、鮮血によって咲いた赤い花だけがその場に残った。

 

「──悪いな。たとえどんな状況であっても、俺はあのバカ以外に……負ける気はねぇよ」

 

 力なく倒れる英雄に敬意を表し、俺は小さく頭を下げた。オリヴィエの身体は限界を迎えたのか、そのまま無数のガラス片へと変わり、美しく散っていった。

 

 役目を終えた剣を鞘に戻し、借りていた剣をシドへ向かって投げ返す。

 片目を閉じたまま、シドは満足そうに笑った。

 

「お疲れ様、ライ。久しぶりに本気だったね」

「まあな。相手が相手だ」

「傷は平気かい?」

「かすり傷だ。問題ねぇよ」

 

 空気に当たってヒリヒリするが、痛みで動きが鈍るような重症じゃない。それでもまあ、傷が出来たのは久しぶりか。二刀流を本気で使えたんだ、必要経費以上に価値のある時間だった。

 

「あ、あ、貴方……本当に人間?」

 

 俺が手に残る感触を確かめていると、アウロラさんが話しかけてきた。内容はとても失礼だが、真剣な表情を見る限り本気で言っているようだ。

 

「当たり前だろ。どこからどう見ても普通の人間だ」

「普通の人間は魔力を使わずにあんな怪物には勝てない……っていうか魔力使えても勝てないのよ」

「そういうセリフは、そこに居る世界のバグにでも言ってくれ」

「貴方達……本当になんなの」

 

 どこか疲れたように肩を落とすアウロラさん。そんなに驚くことじゃないと思うんだけどな。確かに相手は強かったけど、全盛期からは程遠いだろうし。アウロラさんと戦った時のシドもこんな風に思った筈だ。

 

 

「──あ、ありえんっ!!!」

 

 

 俺がアウロラさんを宥めていると、爺さんが突然叫び声を上げた。名前はネルソン、よし覚えた。

 

「オリヴィエが負けただと!? どんな手を使った!? 英雄が生身の人間に負ける訳がない!!」

「目の前で見たろ。これが現実だ」

「う、うるさい!! ……こうなれば、こちらも出し惜しみはせん!! 所詮は質の悪いコピーを一体倒しただけだ! 調子に乗るなよ!!」

 

 負け惜しみにも捉えられる言葉を吐きながら、ネルソンが手を高く振り上げた。すると不思議なことに広場全体が光を放ち、天井から壁に至るまでオリヴィエのコピーが数え切れない程の数で現れたのだった。

 

「フハハッ!! 貴様らは確実に葬ってやる!!」

 

 見回してみるが途方もない数だ。十や二十どころの騒ぎではない。全員がさっき倒したコピーと同じレベルだと考えれば、確かに絶体絶命のピンチだろう。

 

「シド。どうだ?」

「そうだね。──準備万端さ」

 

 そう言いながら右目をゆっくりと開けるシド。青紫色の魔力を帯びており、目の色は『黒』から『赤』へと変化していた。

 

「やれぇい!! オリヴィエッ!!!」

 

 ネルソンの声に合わせて、コピー達の一部が同時に動きを見せる。手には剣を握っており、殺る気満々といった感じだ。

 

 けど惜しい。もう少し早ければ……そっちの勝ちだったかもな。

 

 俺は静かに歩き出したシドへ視線を向けながら、ネルソンに心の中で合掌。俺で負けておけば良かったのに、余計なことしたもんだ。

 

 完全に魔力を練り終えたシドは悪役のように口角を上げ、心底楽しそうに口を開いた。

 

 

「残念。──……()()()()()

 

 

 

 




聖剣「今からでも入れる保険ぇぇぇえんッ!!!」


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21話 本気で一発殴らせろ

 

 

 

 

 

 その光景はまさに──無双。

 

 某戦国ゲームのように吹き飛ぶオリヴィエ(コピー)達を見ながら、俺は容赦ねぇなと少しばかり引いていた。

 いや、手加減出来るような奴ならこれまで苦労はさせられていないんだけどさ。

 

「うん。問題ないね」

「やっぱり魔力操作は勝てねぇか。相変わらず変態だな、お前」

「ちょっとー、酷くない?」

「いやいや、アウロラさんだってそう思うだろ。ねぇ?」

「知らない……こんなの知らない」

 

 どこか放心状態のようなアウロラさん。分かるよ、こんな変態を目の前にしたら言葉とか出てこなくなるよね。慣れって怖いわぁ。

 

「な、なんだそれはッ!?」

 

 またも大声を上げるネルソン。そんなに叫んでばかりだと血圧上がるぞ。

 

「魔力の塊!? アーティファクト!? ……まさかそれは──『スライム』かッ!?」

 

 おっ、伊達に『教団』所属って訳じゃないか。初見で見抜いた奴は初めてだ。大体は適当なアーティファクトって思い込むからな。

 

「な、何故……何故魔力が使えるッ!?」

「練った魔力が吸い取られるなら、吸い取られないほど強固に練れば良い。簡単な話さ」

「……簡単、なの?」

「俺に振らないで。後、俺には出来ないからね」

 

 貴方にもあんなこと出来るの? みたいな視線をアウロラさんに向けられたので、きっちりと誤解を解いておいた。

 流石は『核』で消滅しないために『核』になった男。やってることは超絶技術なのに、思考そのものが脳筋過ぎる。

 

「そ、そんなこと人間には不可能……ッ! オリヴィエッ!! 早くガキ共を殺せぇッ!!」

 

 目の前で意味の分からないものを見せられたからか、ネルソンが大粒の汗と共に激しい焦りを見せた。

 荒い呼吸を繰り返しながら大量に出現させたオリヴィエ(コピー)達に命令するが、動揺は少しも軽くなっていない。なんか可哀想になってきた、相手が悪いとかそういう次元の話じゃないんだよなぁ。

 

「シド、任せるぞ。俺は疲れた」

「うん、もちろん。……ところでさ、ライ」

「んー? どしたー?」

 

 俺が隙だらけで伸びをしていると、シドが無数の攻撃をスライムソードで捌きながら話しかけてきた。気を抜いても良い状況になったので油断していたとは言え、俺はここでの会話ミスを一生忘れないだろう。

 

「こんな状況だし、聖剣を抜いて鎖を斬って……とか面倒じゃない?」

「……まあ、そうだな」

 

 早く終わるならそれに越したことはない。受けた傷が深くないとは言え、早く魔力阻害のない場所に出て治療はしたい。傷跡でも残ろうもんならアルファ達が真っ青になって心配するだろうし。

 

「一応の確認なんだけどさ、ライってこの場所でも()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……吸収はされるけど、ゴリ押しは出来る」

 

 治療のような作業は魔力が練れなければ行えないが、放出だけなら何の問題もない。魔力量に物を言わせてゴリ押しすれば良いだけだ。体感的にはまだ95%ぐらい魔力残ってるしな。

 

「そっかそっか、良かった」

「何の話だ?」

「いや、身を守るって言うか……そんな感じ?」

 

 軽い笑みを浮かべながら、シドが放出している魔力を跳ね上げた。スライムソードは螺旋状に斬撃を繰り出し、オリヴィエ達をまとめて吹き飛ばした。

 

「ヴァイオレットさん。ここから出るには聖剣を抜いて、鎖を斬って、扉の中にある魔力の核を壊せば良いんだよね?」

「え、ええ……そうだけど」

「おいシド、さっきから何が言いたいんだ? もう面倒だから──」

 

 

 ──〝早く片付けようぜ〟。

 

 

 後から考えてみれば、ここで背中を押してしまったんだと思う。俺のこの言葉を聞いたシドは、とても良い笑顔をしていたから。

 

「じゃあ……()()()()()()()()()()()()()

 

 その瞬間、圧縮された魔力が弾けた。

 爆発的に増えた青紫色の魔力が広場を覆い、その場に居た全ての人間の思考を止めた。

 

 ネルソンも、アウロラさんも、神の所業でも見るかのように口を開け、ただ呆然と立ち尽くした。感情が無い筈のオリヴィエ達でさえ、異常な状況変化にその動きを止めていた。

 

 そして俺はと言えば──汗が吹き出していた。

 

「シシシシシシシドッ!!?? お、お、おま!! えぇっ!? ちょっ、ハァッ!!??」

 

 ヤバい、口が上手く回らない。も、餅つけ(落ち着け)。まだ焦る時間──も残ってねぇぇぇええッ!!! 

 

「シドッ!! 待てッ!! 確かに早く片付けようとは言ったけどッ!! そういうことじゃなくてッ!!!」

「やっぱりこういう時は『この手』に限るよね。じゃあライ、また後で」

 

 俺の叫びも虚しく、シドは言いたいことだけ言った後、魔力を最高潮にまで引き上げた。この魔力密度、もう俺の声も聞こえていないかもしれない。

 

 だが諦める訳にはいかない。諦めたら死ぬ、マジで死ぬ。

 

「おいネルソン!!」

「こ、こんなことが……あ、ありえない」

「ハゲッ!! 絶望してる場合か!! ここからの逃げ道を作れッ!! あるだろ! あるよな!? あるって言えッ!!!」

 

 両肩を掴んでブンブンと揺らした結果、ネルソンが正気を取り戻した。

 

「ハッ! ──ワシは好きでハゲたんじゃないッ!!」

「言ってる場合かァッ!! 早く逃げ道作れって!! 全員死ぬぞ!?」

 

 俺の剣幕に押されたのか、ネルソンが慌てて動き出す。タッチパネルでも操作するかのように空間を触るが、警告音のような音と共に真っ赤な文字が浮かび上がっただけだった。

 

「……ダメだ。外への道が開けん」

「おいッ!? なんでだよ!?」

「魔力密度が高過ぎる……。『聖域』のシステムを止めてしまう程に……ウッ」

「あっ……」

 

 絶望しきった顔を見せた後、ネルソンはゆっくりと倒れた。口からは泡が出ており、完全に気絶している。高密度の魔力に当たり過ぎたことが原因となる『過剰魔力反応』の症状だ。シドの魔力に耐えられるだけの魔力回路を持っていなかったらしい。

 

「ハゲッ! ネルソンッ! お前が倒れたら誰が抜け道作るんだよ! 役立たず! 劇場版の青狸ッ!! ──ああもう!!」

 

 起きる気配のないネルソンを諦め、次の行動に移る。許せよ、時間がないんだ。俺だってまだ死にたくない。

 オリヴィエ達が暴れ出すかとも思ったが、随分と大人しい。ネルソンの言葉通りなら、『聖域』のシステムが停止したことによる影響なのだろう。ピタリと止まって動きやしない。

 

「アウロラさん!! 手伝ってくれ!!」

「……こんなの……人間に許された力じゃ……」

「頼むから戻って来い!! 時間ないって!!」

 

 こちらにも肩を掴んで声を掛けるが、アウロラさんも同じく放心状態だった。魔力の扱いが凄い人程そうなってしまうのは分かる。けど今はそんなことしてる暇ない。

 

「ああ!! クソッ!!」

 

 幸いアウロラさんは魂だけの存在。俺とは違って()()に巻き込まれても死にはしない。

 誰も頼ることが出来ないと判断し、俺は一人で動くことにした。マジでもう時間がない。魔力は更に濃度を増し、渦を巻き始めた。

 

「抜けろッ! 良い加減に抜けろって!!」

 

 転がっていた聖剣の所まで走り、持ち上げてから抜きにかかる。台座を足で押さえて両手で引っ張るが手応えなし。こんな状況だと言うのに聖剣は自分の役割を果たそうとしていた。無理だ、これ抜いて鎖斬って扉開けるの。

 

 俺が諦めかけていると、()()()()()()()()()()

 

 

「──〝アイ〟」

 

 

 ヤベェェェェッ!! 

 ぶわっと吹き出した汗を気にする暇もなく、俺は無意味だと理解しながらも叫んだ。

 

「シドッ!! お前全部吹き飛ばすつもりかッ!? 『聖域』が敵の拠点とは言え、『リンドブルム』の所有地であることは変わんねぇんだぞ!!」

 

 関係ない。そんなこと『核』には関係ない。

 

 

「──〝アム〟

 

 

 シドが剣を振り上げた。さながら、何かを落とす準備をするかのように。

 

「クソッ! もうこれしかねぇ!!」

 

 聖剣を捨て、オリヴィエ達から剣を奪う。

 先程までより上等な二刀流を完成させ、俺は扉を封じる鎖へと挑んだ。

 

「斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろッ!!!」

 

 ガキンガキンという音と手に残る反動。一秒に何十という斬撃を浴びせても、鎖はビクともしない。ただ無情に金属音を響かせるだけだった。

 

 

「──〝ジ・オールレンジ〟

 

 

 もうがむしゃらに剣を振る。少し泣いていたかもしれない。トーアム流二刀剣術なんて使う余裕がない。子供の喧嘩のように剣を振っていた。もう無理じゃん、全然斬れねぇし。

 

「…………シドォッ!!」

 

 どうせ無理なら、言いたいことだけ言わせてもらおう。

 

「大体お前なァッ!! 『この手』に限るとか言ってたけどなァッ!!」

 

 クソボケバカに向かって、俺は喉が千切れそうになりながら叫んだ。

 

 

「──()()()しか知らねぇだろぉぉぉォォオオオッ!!!」

 

 

 そして、『核』は落とされた。

 

 

 

 

「──〝アトォミィック〟

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 穏やかな陽気。木漏れ日が照らす森の中で、二人の男女が静かに別れた。BGMが小鳥のさえずりにしては、不穏な会話をした後に。

 

 その場に残った男、シド・カゲノーはゆっくりと立ち上がる。表情に大きな変化はないが、どことなく寂しそうな目をしていた。

 

「私を──……か」

「お別れは済んだか?」

「ッ!? ラ、ライ!? 居たの!?」

 

 接近されていたことに気付いていなかったようで、シドが突然の登場に驚きの声を溢した。そんな珍しい反応を見たというのに、ライ・トーアムの表情は『無』そのものだった。

 

「アウロラさんは消えたみたいだな」

「ど、どこから見てたのさ」

「お前がアウロラさんに膝枕してもらってたところからだ」

「ほとんど全部じゃん……」

 

 捨て去った筈の羞恥心が僅かに顔を出すが、シドにはそれよりも言っておかなければならないことがあった。主に、自分の命を守るため。

 

「け、けど! 流石はライだね。無事で良かった〜」

「……無事?」

「うん! 見たところ怪我もないみたいだし、良かった良かった。でも服が濡れてるね、どうしたの?」

「……ああ、放り出された先が湖でな」

「そっかそっか、災難だったね」

 

 ご機嫌を取ろうとしているのか、軽やかに言葉を続けるシド。しかし、それが逆効果であることを、彼は知らなかった。

 

「災難? ……ははっ、おいシド」

「な、なに? ラ、ライ? 顔が怖いよ?」

 

 ブチッと何かが切れる音と共に、ライが稲妻のような速さでシドの胸ぐらを思いっきり掴み上げた。

 

「てめぇぇぇえええッ!!! クソシドォォォッ!!」

「うわぁっ!! な、なにすんのさ!!」

「それはこっちのセリフだァ!! 死ぬところだったんだぞッ!!」

「ああ……やっぱり怒ってる?」

「当たり前だろうがァァァァッ!!!」

 

 されるがままにぐわんぐわんと首を揺らされるシド。ライに対して抵抗しようものなら、首を落とされかねない迫力すら感じていた。

 

 間違いなく、ガチギレである。

 

「俺ごとぶっ放しやがって!! 殺す気かッ!?」

「だ、だから魔力の放出が出来るかって聞いたじゃ〜ん」

「核爆発に巻き込んで良いかって質問だとは思わねぇだろ!!!」

 

 哀れ、ただただ可哀想であった。

 濡れた髪を暴れさせながら、ライはシドに冷めない怒りをぶつけていく。

 

「魔力が半分吹き飛んだぞ!!」

「おー、半分で済んだんだ。流石だね」

 

 再びブチッという音が響く。

 ライは血管を浮かび上がらせながら、胸ぐらを掴んでいる力を強めた。

 

「シィィィドォォォォッ!!!」

「ご、ごめんてっ! 本当にごめん!! ライならどうせ大丈夫だって思ったから!!」

「ごめんで済んだら騎士団はいらねぇんだよ!!」

「それはそうなんだけど! ……あれ、ねぇライ、それって」

「…………」

 

 右に左に振り回されながらも、とある発見をしたシド。ライの足下に落ちていた物を指差し、驚いたように目を丸めた。

 シドの言葉にライは口を閉ざし、パッと手を離すことでシドを解放。無言のままシドが指摘した物へ手を伸ばし、どこか労うように優しく持ち上げた。

 

「──『聖剣』じゃん! 持ち帰れたんだね! 凄い!」

 

 相変わらず台座に刺さったままではあるが、紛れもなく聖剣であった。刀身に小さな傷はあるものの、折れてはいない。あの状況からなら持ち帰れただけでも奇跡と言って良いだろう。

 

「アルファ達に手土産が出来たね! さ、さっさと抜こうよ! ねっ?」

 

 話を逸らすチャンスが来たと、シドがテンション高めに声を上げる。これ以上怒られたくないというのが全てであり、聖剣の登場に心から感謝した。

 

 ライはシドの言葉に絶対零度の視線を向けつつも、脱力した動きで聖剣の先端をシドの方へと差し出した。台座の方を向けられたシドは喜んでそれに手を付け、力を込めようと──した。

 

「……あ、あれ?」

 

 シドが触れた瞬間、聖剣がバラバラに崩れ落ちた。これまで耐えていたダメージが一気に解放されたかのように、それはもう見事なまでに。

 ライが握っていた柄の部分だけを残して、聖剣が全て地に落ちた。その後落ちた部分はサーッと砂のように変化し、綺麗さっぱりとこの世を去った。最後まで己の役割を果たそうとした聖剣の最後である。

 

「…………」

「…………どうした? なんか言えよ」

 

 冷え切った声音で語りかけるライに、シドは冷や汗を流す。数秒を要した後に出した答えは、とても最善なものとは言えなかった。

 

「え、えーっと……抜けたね」

 

 三度目となるブチッ。怒りを通り越し、ライの目は黄色に染まった。

 

「お前には言ってなかったな。俺には二つ目標があるんだ」

「へ、へぇ〜」

 

 魔力を解放したライに合わせて、シドも自身の目を赤く染める。身体中に圧縮した魔力を流し、強化を施す。特に足、逃げ足のために。

 

「その内の一つに、お前の頭に隕石落とすってやつがあってだな」

「ぶ、物騒だねぇ……」

「良かった、今日叶えられそうだ。──()()()()()()()()()

 

 右拳を強く握り、殺意の瞳と尋常ではない魔力の塊。シドがその場に留まっていられたのは、その瞬間までだった。

 

「ごめぇぇぇぇええんッッ!!!」

「待てぇぇぇぇええッッ!!!」

 

 追う者と追われる者、狩られる者と狩る者、殴られる者と殴る者。二人の鬼ごっこは肉眼では容易に捉えられない速度にまで達し、『リンドブルム』の空にまで届いた。

 朝だというのに空を飛び回る青紫と白銀の光。それを見た街の者達は流れ星が不規則に飛んでいるのだと、不思議過ぎる光景に目を奪われた。

 

 ──お母さん。お星様が飛んでる〜。

 

 ──なんだあの飛び方? 変な流れ星だな。

 

 ──綺麗な色ねぇ〜。凄いスピードだわ。

 

 人々は知る由もない。その美しい光景が、ただの拳骨(隕石)回避行動であることを。

 

 そしてそれを見ていた【シャドウガーデン】メンバーは気付く筈もない。その神々しい光景が、副リーダーによるただの制裁行動であることに。

 

 真実を知るのは、加害者(シド)被害者(ライ)の二人のみ。

 

 ──あっ、お星様が落ちたよ〜。

 

 ──紫の星が湖に落ちたかな? 

 

 ──綺麗だったわねぇ〜。

 

 その現象は後に、『リンドブルムの流星』として長く語り継がれることとなった。

 

 

 

 




 聖剣「もう、ゴールしていいよね……?」

 聖地編終了となります!次からはブシン祭編ですね。
 いつもたくさんの感想ありがとうございます!


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22話 う゛ん゛??

 

 

 

 

 

 聖地『リンドブルム』での一件が(一部を除いて)無事に終わり、俺はミドガル王国へと帰って来ていた。やはり見慣れた景色というのは落ち着くもので、変わりのない街並みに少し癒された。

 

 人を巻き込んで爆発しやがったシドは殴りまくったし、そのことはもう水に流した。「ライ凄いな〜、凄い凄い!」と無邪気そうに笑うアイツをそれ以上憎めなかったのもある。甘いんだろうな、俺。

 

「はぁ〜、緊張した〜」

「だから大丈夫だって言っただろ。変な所で気が小さいよな、お前」

「アンタが図太過ぎるのよ!!」

 

 現在、俺は騎士団の制服に身を包みながら帰宅中だ。

 肩を並べて歩いているのは同じ組織に所属しているクレア。俺と同様に『リンドブルム』での任務から帰ったところであり、アイリス王女への結果報告を一緒に済ませてきたばかりだ。

 

「アレクシア王女とローズ会長が【シャドウガーデン】と行動したのよ!? ……私達、護衛として役に立ってないじゃない」

「アイリス王女は気にするなって言ってただろ。あれはアレクシア王女の独断行動だったって。ローズ会長に関しても同じだな」

「……けど」

「それにお前、足止めされてたんだろ? なんだっけ……その【シャドウガーデン】に」

 

 あの時の俺は『ライト』として行動していたので、クレアの行動には気を配る必要があった。何気に付き合いの長さはシドに近い、俺の正体に気付く可能性が一番高いと言ってもいい女だ。メンバーの子達三人がかりで完封させてもらった。

 

「……強かったわ。相手が三人だったとは言え、全く隙がなかった。VIP席まで行くのは無理だったでしょうね」

(まあ、俺が頼んだんだけどな)

 

 僅かばかりの罪悪感を受け止めつつ、何食わぬ顔で相槌を繰り返す。クソみたいなブラコンばかりが目立つクレアだが、仕事に対しての責任感は強い。今度なんか奢ってやるかな。

 

「ていうか、アンタも足止めされてたんでしょ?」

「んー、あー、そうだな。俺は五人がかりだった」

「なにそれ!? 私よりアンタの方が警戒されてるみたいじゃない!」

「おお、よく分かったな。その通りだと思うぞ」

「ムカつくっ!!」

 

 言葉よりも先に飛んできた拳を肩に受けながら、少しばかり苦笑い。テンションの浮き沈みが激しいやつだ。コイツは本当に子供っぽい、割と良い意味で。弟がアレだから、人間らしい部分は姉が全部持っていったのかもしれない。

 

「まあ良いじゃねぇか。『女神の試練』もクリア出来たことだしさ」

「ふん、相手は気に入らなかったけど。……そうだ。アンタってシドが『リンドブルム』に来てること知ってたの? あの子ったら私にお祝いの言葉も言わないで帰ったのよ。今度お仕置きが必要ね」

「知ってる訳ないだろ。後、お仕置きの方は思いっきりやってくれ」

 

 シドが来るなんて知ってたら、任務断ってでも『リンドブルム』に近寄らなかったわ。案の定巻き込まれたし。

 

「それにしても……アンタ達ずっと仲良いわよね。もちろん、私の方がシドと仲良いんだけど」

「仲良くねぇわ。タコ殴りにしたばっかだっての。グーでな」

「えっ? 喧嘩? 嘘でしょ?」

 

 ブラコンが発動しないぐらい信じられないのかよ。そんなに仲良く見えんのか? 俺とアイツ。

 

「……どうせ、シドがなんかしたんでしょ?」

「へぇ、俺に原因があるとは思わないのか? ブラコン」

「それぐらいは分かるわよ。あとブラコンじゃないから」

 

 クレアは不機嫌そうに鼻を鳴らし、静かに目を細めた。

 

「で? 何されたのよ」

「アトミック」

「あ、あと……はぁ?」

「分かんなくて良いんだよ。どうでも良いってことだ」

「……あっそ。男の友情って分かんないわ」

「だから友情はねぇって」

 

 否定されているというのに、どこか面白そうな顔をするクレア。珍しくクスクスと笑いながら、答えにくい質問をしてきた。

 

「あら、じゃあもうシドとの友情は終わり?」

「……この後一緒に飯食いに行くけど。久しぶりにマグロナルド行きたいってうるせぇから」

「はぁ゛? 私は誘われてないんだけど?」

「良かった。お前はちゃんとクレアだ」

 

 面倒見の良い姉感を出していたが、結局のところ本質は変わらない。クレアの残念っぷりには安心感すらある。

 

「それにしても、次は『ブシン祭』か。イベントに事欠かないな」

「露骨に話逸らしたわね。……二年に一度開かれる大規模な大会だもの。国中が注目してるわよ」

「お前も出るんだろ? 頑張れよ」

「当然、『女神の試練』に続けて優勝してやるんだから」

 

 やはりと言うかなんと言うか、クレアは『ブシン祭』への出場を決めたらしい。忙しい奴だ、少しは俺を見習ってだらければ良いものを。

 

「……アンタは出ないの?」

「当たり前だ。面倒くせぇ。……そんなことより、これどこに向かってんだよ? 俺は早く帰りたいんだが?」

 

 アイリス王女への報告を済ませた後、今日と明日は休みを取って良いと言われた。『教団』による学園襲撃事件で俺が使用していた寮も破壊されてしまったため、今の宿は別のものだ。流石に特待生用の部屋に比べると質は落ちるが、十分高級な部類に入る。これも特別手当と給料のお陰だ、入団して良かった。

 

 早く帰ってシャワーを浴びて、ベッドに飛び込み昼寝をしたい。そんな俺のささやかな平穏を壊すように、クレアからついて来いの一言。目的地も分からないまま、俺は歩かされていたのだ。

 

「ちょうど今話してた『ブシン祭』絡みよ。私の新しい剣を取りに行くの。実は『リンドブルム』へ出る前に鍛冶屋にお願いしててね。それで、出来上がったらしいから取りに行くって訳。分かった?」

「はいそうですか……ってなる訳ねぇだろ。なんで俺がそれに付き合わなきゃいけないんだよ。一人で行け一人で。初めてのおつかいか」

 

 本当に意味分からん目的で歩かされてたわ。なんだよ、剣を取りに行くのに付き合えって。早く帰らせろや、お前の弟のせいで疲れてんだぞ。

 

「そんな顔しないの。ついて来たら私の新しい剣を見せてあげるわ。ふふん、今回の剣は凄いのよ? 魔力伝導率の高い金属をふんだんに使った一本でね、貰ってたお給料のほとんどを注ぎ込んだんだから」

「……お前って、案外そういうところあるよな」

 

 好きなもののためなら金は惜しまない。その辺は兄弟そっくりだ。真っ当に働いて稼いでる分、クレアの方が何百倍もマシだけど。

 

 剣に対しては真っ直ぐ、後先すら考えない純粋さ。たまにバカなのかなと思うこともあるが、クレアという剣士自体はそこまで嫌いではない。嬉しそうな顔で新しい剣のことを話すコイツは、玩具を買ってもらえる子供のような顔をしている。心の底から剣が好きなんだと伝わる顔だ。

 

(……二刀流使わなきゃいけなくなるのも、そう遠くないかもな)

 

 俺が何故クレアとの勝負で二刀流を使わないか。これは他の相手との説明にも当て嵌まるのだが、ストレートに言えば──()()()()()()()()()()

 相手が成長する暇すらない瞬殺。それではダメだと、余程の相手以外には封印することにした。シドが相手ならいつでも使えるしな。

 

「ライ。着いたわよ」

 

 クレアの成長に内心で期待していると、鍛冶屋に着いたようでクレアが立ち止まった。結構歩かされたんだ、後で飲み物でも奢らせよう。

 

「ほら、入るわよ」

「はいはい、分かっ……いや、俺はそこのベンチに座って待ってる。取ってこいよ」

「えっ? 一緒に入らないの?」

「ああ、疲れた。ゆっくりで良いからな〜」

 

 俺が背を向けてベンチに歩き出したからか、クレアも大人しく店へと入って行った。別に本当に疲れた訳じゃない。ベンチに座っている人物が俺を呼んでいたからだ。

 

「……ニューか。どうした?」

「お久しぶりです。ライト様」

 

 俺が座っているベンチと背中合わせで置いてあるベンチ。そこに座っていたのは商会の制服に身を包み、日傘を差しているニューだった。

 街の風景と合わせて貴族令嬢にも見える。まあ、実際そうだったんだけど。

 

「元気だったか?」

「はい。シャドウ様とライト様のお陰です」

「何もしてねぇよ。……それで? 何か用だったか?」

 

 クレアが帰ってくるまでに話を終わらせたいので、手短に用件を纏めてもらう。ニューは頭が良いので、それぐらい簡単だろ。

 

「シャドウ様からの伝言を預かっております」

「で、伝言?」

 

 いや、この後飯行くって約束したよな? どうしてわざわざ伝言なんて……アイツに限って深い意味は無いか。ただカッコいいとかそんなんだろ。

 

「そ、そうか。内容は?」

「はい、伝えさせて頂きます。──〝ライ。僕、『ブシン祭』に出ることにしたけど良いよね? ああ、楽しみだ〟。……以上となります」

 

 ……へぇ、アイツが『ブシン祭』にね。どういう風の吹き回しだ? 

 

「『ブシン祭』か。またどうして」

「分かりませんが、シャドウ様には深いお考えがあるのでしょう。ライト様であれば、既に理解されているのでは?」

 

 上品に笑いながら、ニューがそんなことを言ってくる。やめてくれよ、そういうニコイチ的な扱い嫌なんだよ。右腕ってポジションだから仕方ないんだけどさ。

 

「ただ祭りを楽しみたいだけじゃ……う゛ん゛??」

「ど、どうされました? ライト様」

 

 喉から飛び出した野太い音にニューが驚きの声を上げる。俺はそれに対して謝罪する余裕もなく、迅速に事実確認へと入った。

 

「……なぁ、ニュー。シャドウが『ブシン祭』に出るって言ったか?」

「は、はい。もちろんシャドウ様として出場される訳ではなく、変装をした上での出場とのことですが」

「けど、出場するのは確定なんだな?」

「そ、そうだと思われます。先程『ミツゴシ商会』の方に足を運ばれ、変装の準備をされていましたから……」

 

 肺が酸素を激しく求め始め、顔からは汗が吹き出した。胃からはキュルルルッと嫌な音が立ち、眉間に皺が寄った。

 

「ラ、ライト様? どうなさいましたか?」

「……い、いや? べ、別に?」

 

 焦るな俺、まだ大丈夫だ。確定したのはシドが『ブシン祭』に出るってことだけだ。それならまだなんとかなる。というかなんとかしなきゃヤバい。どうしてアイツはいつも俺が油断している時に面倒事をおっ始めるんだ。嫌がらせ? 嫌がらせなのか? 

 

「はぁぁぁ……。取り敢えず早く動かねぇと、手遅れになる」

「……これが『光の叡智』」

 

 ニューが何か言ってる気がするが、耳には入ってこなかった。フル回転させている頭に、そんな容量は残されていなかったらしい。

 

「ありがとう、ニュー。伝言は確かに聞いた。持ち場に戻ってくれ」

「りょ、了解しました。失礼致します」

 

 そこら辺を歩いている一般人では気付かない速度でその場を去ったニュー。

 アホに顎で使われたであろう彼女に同情していると、クレアが鍛冶屋の中から出て来た。話していた物であろう剣を大事そうに抱き締めており、顔はニコニコと満面の笑みだ。

 

「お待たせ〜! どうどう? これが私の新しい剣よ。アンタがどうしてもって言うなら触らせてあげても──」

「クレア」

「えっ? ちょ、な、なに?」

 

 ウキウキが隠しきれない様子のクレア。悪いが付き合っている時間もない。肩を両手で掴み、興奮を強制的に終了させた。

 

「お前のおつかいに付き合ったんだ。今度は俺に付き合ってもらうぞ」

「は、はぁ? アンタ急にどうしたの?」

「良いから行くぞ。拒否権はねぇ」

「だっ、だからなんなのよ!! ちょっ、担ぐなっ!!」

 

 バタバタと騒ぐクレアを無視し、肩に担ぎ上げてから走り出す。万が一にも逃げられる訳にはいかない。これからする交渉のために、クレアの存在は必要不可欠だ。

 

「大人しくしてろ、舌噛むぞ」

「ええっ!? だ、だからなんなのよぉっ!!」

 

 目指すのは先程まで居た『紅の騎士団』本部。

 最短ルートを進むため、俺は建物の屋根を駆け抜けた。

 

 道中、クレアにめっちゃ殴られた。

 

 

 

 




 少し短いですが、キリが良いので今回はここまでです。一話にまとめるつもりだったんですけど、一万文字超えそうだったので(笑)。

『シドに対する好感度の数値』

・アルファ 【95】
・ベータ  【100】
・ガンマ  【98】
・デルタ  【100】
・イプシロン【100】
・ゼータ  【95】
・イータ  【98】

・ライ   【?】


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23話 退団したい

 

 

 

 

 

「……えーっと、ライ君? 申し訳ありませんが、もう一度言って頂けますか?」

 

 ポカンとした顔をしながら、俺に言葉を促してくるアイリス王女。俺からの提案を聞き間違いか何かと思っているのか、困惑した様子を隠せていない。こうなるとは分かっていた。だからこそ、もう一度ハッキリ言っておかなければならない。

 

「では失礼ながら……アイリス王女。──『ブシン祭』への出場を見送って頂きたい

「だから何を言ってんのよアンタはァッ!!!」

 

 深いため息をつくアイリス王女と、俺の頭を思いっきりぶっ叩くクレア。それを見ていた副団長のグレンさんは理解が追いつかないように固まったりと、『紅の騎士団』の団長室は一瞬にして騒がしくなった。

 

「いきなり連れて来たと思ったら! お、お、王女に向かって! 失礼にも程があるわよ!!」

「まあ、それはそうだな。すまん」

「顔が謝ってないっ!!」

 

 キレながら胸ぐらを掴んでくるクレア。仕方ねぇだろ、こっちだって慌ててんだから。元はと言えば、原因はお前の弟だぞ。

 

「ま、まあまあ、クレアさん。落ち着いてください。ライ君がそう言うからには何か理由があるのでしょう」

「はい、あります。だからお猿さん……じゃなくてクレア、少し黙ってろ」

「ムキィィィィッ!!!」

 

 顔を真っ赤にして怒るクレアだが、アイリス王女に宥められたことで静かになった。これで話しやすくはなったけど、ここからが勝負だ。

 

「さて、ライ君。聞かせてもらえますか? 私に『ブシン祭』を見送れと言う……その理由を」

 

 流石は王女にしてミドガル王国最強と謳われる魔剣士。冗談では済まさないというプレッシャーを感じる。隣に立っているグレンさんだけでなく、俺を横目で睨んでいたクレアも気圧されていた。

 

「前回の『ブシン祭』では私が優勝しました。今回の大会で優勝することが出来れば、二大会連続の優勝となります。国民達が私の実力に安心し、『紅の騎士団』への信頼が深まることは確実と言って良いでしょう。……にも関わらず、貴方は私に『ブシン祭』へ出場するなと言いたいのですね?」

 

 決して怒りに任せて話している訳ではなく、適切な理由を添えて言葉を発している。やはりこの人は話しやすい。ある意味この世界で一番話が通じる相手と言っても良い。世話にもなっているし、俺はこの人のことをそれなりに気に入っている。だからこそ、この話し合いは絶対に意見を通させてもらわなければならない。

 

「はい。それ以上の理由が、俺にはあります」

「……分かりました。聞かせてもらえますか?」

 

 よし、俺のターンだ。言葉選びは間違えず、失礼の無いように話す。難易度が高い交渉だが、やってやる。今まで培ってきた言い訳作りと無駄に回る口を使って。

 

 攻略の糸口はもう見えてる。アイリス王女自身が口にしてくれたのだから。

 

「俺がこの提案をした理由は他でもありません。アイリス王女も言ったように──国民達の『紅の騎士団』に対する信頼を()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞き、アイリス王女、クレア、グレンさんの三人は似たような反応を見せた。俺の示した理由が、アイリス王女のものとほぼ同じものだったからだろう。

 

「そ、それは……私が優勝すれば済むことなのでは?」

「確かに、アイリス王女が優勝されれば、国民からの信頼は深まることでしょう。──()()()()()()()()()()()()()

「……えっ?」

 

 今が勝機。相手に手番を与えず、一気に畳み掛ける。

 

「先程、俺はクレアと街を歩いておりました。そこで偶然耳に入ってきたのです。……『紅の騎士団』に対する声が」

 

 もちろん嘘である。そんなもん聞こえてない。

 

「『アイリス王女は今年も優勝されるだろうな』。『国一番の魔剣士だぞ。当然さ』。そのような会話から始まり、好意的な声がほとんどでした」

「ふふっ、それは有り難いですね。ですが、それも私だけの力ではありません。『紅の騎士団』全員の功績です。その中でもライ君、学園が襲撃された時にグレンとマルコを救った貴方の功績はとても大きいものですよ」

 

 アイリス王女が上手く話に入ってくれた。好意的な話は耳に入りやすいため、交渉の入口にするには適している。狙い通りの展開だ。

 

「ありがとうございます。……しかし、こういった声も聞こえてきたのです。『紅の騎士団』で頼りになる剣士は──『()()()()()()()()()()()()()()()()()』、と」

 

 言葉に溜めを作り、聞き取りやすくしつつ迫力を出す。予想通り、アイリス王女はぶら下げた餌に勢いよく食いついた。

 

「まさかっ! そんな筈がありませんっ! 皆、力を尽くしてくれています!」

「アイリス王女のお気持ちは嬉しいです。ですが、『紅の騎士団』はアイリス王女しか頼りにならないという考えが多いのも事実。受け止めなくてはなりません」

 

 少しわざとらしく演技を入れたが、アイリス王女は気付いていない。俺の言葉がショックだったようだ。本当に良い人だな。そこを隙と見ている自分が嫌になる。

 

「──我々は騎士。受け止めるだけで終わる訳にはいきません。改善しなければならないのです。自らの力で」

「か、改善……と言いますと?」

 

 来たぁぁァァァっと叫びたい衝動を堪え、俺はわざわざ担いで連れて来た女の肩を掴む。コイツこそが切り札、この交渉を成功させるための目に見える材料だ。

 

 

「アイリス王女の代わりに──この〝クレア・カゲノー〟が『ブシン祭』にて優勝することですッ!!!」

 

 

 拳を握り、俺は高らかに宣言した。

 大袈裟で良い、やり過ぎで良い、これ以上ない程に声を張る。心から信じ切っているのだと、そう伝われば良いのだから。

 

「!?!?!?」

 

 当のクレアは凄い顔を晒しているが、そんなこと関係ない。まだまだ俺のターンだ。

 

「た、確かにクレアさんも『ブシン祭』に参加するとのことですが……。また、どうして?」

「分かりませんか? アイリス王女」

「は、はい……」

「簡単ですよ。クレアが優勝することによって得られる恩恵、それは……『紅の騎士団』()()()()()()国民の信頼です!!」

「──はっ!!」

 

 事件の犯人でも名指しするかのようにアイリス王女を指差す。めちゃくちゃ不敬な行為だが、場の雰囲気がそれを軽くしてくれる。ノリと勢い、大事なことはそれだけだ。

 

「つ、つまりライ君が言いたいこととは……」

 

 顎に手を当てながら、真剣な表情を見せるアイリス王女。流石に頭が良い、俺の言いたいことを瞬時に理解してくれたようだ。まだパニックから戻って来ないクレアとは大違いだな。

 

「そうです! クレアが優勝することによって、国民達はこう思うでしょう。『優勝した少女は『紅の騎士団』に所属している騎士らしいぞ』。『『紅の騎士団』にはアイリス王女以外にも頼れる騎士が居るんだな』。『『紅の騎士団』が居れば、ミドガル王国は安全だ』……とね」

「──ッ!! 確かに!!」

「ええっ!? ええっ!? あぶっ!!」

 

 パニックから戻り、慌て始めたクレアの口を手で塞ぐ。ここでコイツに弱気なことでも言われれば、交渉は破綻だ。都合良く黙っててくれ。

 

「クレアは俺が認めた魔剣士。強豪揃いの『ブシン祭』でも、きっと優勝してくれる筈です。そしてその瞬間こそ! 我々『紅の騎士団』は国民達からの完全な信頼を得るのです!!」

「完全な……信頼」

 

 魅力しかない言葉に、アイリス王女の表情が崩れる。甘美な理想、それも実現する可能性が高いとくれば、心が揺れない人間など存在しないだろう。

 

「更に言えば、団長としてのアイリス王女の手腕も認められることでしょう。クレアを始め、『紅の騎士団』のメンバーは全てアイリス王女が直々にスカウトした騎士ばかり。王女として、騎士団長として──国民からの支持は高まること間違いなしだと思われます!」

「そ、そんなところまで考えて……!!」

 

 両手を口に当て、驚愕するアイリス王女。側に立っているグレンさんも口がポカンと開いている。アホの右腕になって磨かれた話術、我ながら恐ろしい。こんな成長、絶対に喜べないけど。

 

「ま、待ってくれ! 今回アイリス様が優勝すれば久しぶりの連覇だ! 国民達の期待を裏切ることになるのでないか!?」

 

 口を挟んできたのはグレンさん。これはまあ真っ当な意見だ。出すのが遅過ぎたけどな。

 

「グレンさん……確かに貴方の言う通りです。しかし、アイリス王女頼りのままで良いのでしょうか?」

「ぐぬっ」

「王女としての責務、団長としての責務。我々は騎士としてアイリス王女をお護りする立場でありながら、いつも護られる側の立場でした」

「……うむ、そうだな」

「変えましょう、そんな現状を。きっと、出来ます」

「……お前には敵わんな。国民達への説明は俺がしよう。アイリス王女、手伝って頂けますかな?」

「もちろんです。ありがとう、グレン」

 

 反対意見も完封し、国民達への説明も押し付けられた。

 それじゃあ仕上げといこう。俺は口と動きを封じていたお猿さんを解放した。

 

「ぶはっ、何すんのよ! バカ! 勝手に人のこと持ち上げ──」

「クレアッ! お前さっき俺と歩いてる時に優勝するって言ったよなァッ!?」

 

 俺の大声にビクッと肩を震わせたクレア。コイツの制御は意外と簡単、コイツ以上のテンションでゴリ押せば良いだけだ。

 

「ッ!? い……言った」

「新しい剣も用意したよなァ!?」

「……う、うん」

「それってつまり! 優勝する気しかないってことだよなァッ!?」

「それは……もちろんそうだけど」

「聞きましたか? アイリス王女。彼女自身もやる気は十分です。俺はコイツに懸けたい」

「ライ……アンタ。……アイリス王女。ライの言う通り、私は『ブシン祭』で優勝するつもりです。たとえ、アイリス王女が出場するとしても」

 

 出場されたら困るが、覚悟を示すには悪くない台詞だ。どうやらクレアもその気になってくれたみたいだし、後は最後のダメ押しだけだ。

 

「クレアさん……。本気なのですね」

 

 もう交渉は終盤、それも勝ったな風呂入ってくる状態。面倒事をクレアに押し付けつつ、厨二バカ(シド)からアイリス王女を遠ざける。急な案件だったが、無事になんとかなりそうだ。自分を褒めてあげたい。

 

 ──さあ、決着だ。

 

「アイリス王女、改めて提案致します。今回の『ブシン祭』出場を見送り、クレアを信じてはもらえませんか? 『紅の騎士団』……その未来のために」

「ライ君……」

 

 アイリス王女と真剣な瞳を合わせ、俺はゆっくりと頷いた。

 

「……分かりました。今回の『ブシン祭』、私は出場しません」

(よぉぉぉし!! 俺の勝ちィィィッ!!!)

 

 周りに気付かれないよう、ガシッと拳を握る。全部の要求を通したという事実が快感となって身体を走る。色々ギリギリだった所もあるが、なんとかなった。最高、俺の人生経験も捨てたもんじゃない。

 

「ふふっ、ライ君は本当に先を見据えているのですね。私は常に目先のことだけに囚われてばかり。見習わなければ」

「いえ、自分のような半人前の意見に耳を傾けてくれるアイリス王女の寛大さがあってこそです。本当に……ありがとうございます」

 

 マジで心から感謝します。破滅が約束された『ブシン祭』を諦めてくれて。

 

 シドが参加することを決めた時点で、今回の大会は絶対に碌でもないことになる。強さ的にアイリス王女は上に行くだろうし、シドと対戦する可能性は普通に高い。アイツは王女相手でも手加減せず、完膚なきまでにボコるような男だ。それが原因でアイリス王女の心が折れ、『紅の騎士団』の存続が危なくなっては困る。主に、俺の給料と特別手当が。

 

「やはりあの時、無理にでも貴方に入団してもらって良かった」

「いやいや、そんなそんな」

「今回の『ブシン祭』は見応えのあるものになるでしょうね。将来有望な魔剣士が()()()()()()()()()()()()

「いやいや、そんなそんな……二人?」

 

 思わず素のテンションで聞き返してしまった俺に、アイリス王女は笑顔で言葉を返してきた。

 

「ライ君とクレアさんのことですよ。もちろん、ライ君も参加する気になったのでしょう? 『ブシン祭』に」

「……えっ」

 

 あまりにも予想外の展開に空気が抜けたような間抜けな声を溢していると、追撃するようにクレアが余計なことを話し出した。

 

「当然ですよ! 私だけじゃなくライも参加すれば、『紅の騎士団』への注目度は高くなる。私をここまで持ち上げておいて自分は参加しないなんて、流石のコイツもする訳ありません」

「ふふっ、そうですね。ライ君は優しいですから」

「ライが出てきたって、優勝するのは私です!」

「頼もしいです、クレアさん。観客席から全力で応援させてもらいますね」

「あ、ありがとうございます! アイリス王女!」

 

 やばいやばいやばい! なんか良くない方向にアクセル全開で進み始めた。これハンドル戻るか? 針金でガッチガチに固定されてそうなんだけど。

 

「そ、その〜、俺は『ブシン祭』に参加する気──」

「ライ君、頑張ってくださいね。願わくば、貴方達二人による決勝戦が観たいものです。……ふふっ、少々欲張りでしょうか」

 

 可愛らしくグッと両拳を握り、微笑むアイリス王女。ダメだ、言えねぇ。この雰囲気で出場する気ありませんなんて、口が裂けても言えねぇ。

 

「アイリス王女! しっかり観ていてくださいね!」

「はい、もちろんです。ねっ? グレン」

「そうですな! ライの本気も見られそうだ! ガハハッ!」

 

 完全に運動会前日の家族だよ。もう引き返せないよ。てかグレンさん何笑ってんだ? 何も面白くねぇよ。地獄だよ。さっきまで全部上手くいってたのに。

 

「ライ! 私に負けるまで、誰にも負けるんじゃないわよ!」

 

 俺の肩をバンッと叩きながら、クレアが良い笑顔で挑発してくる。俺はどうにか作れた苦笑いと共に、乾いた声で言葉を返した。

 

 

「………………はい」

 

 

 ──退団したい。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……ライトが『ブシン祭』に?」

 

 美しい金色の髪をエルフ特有の長い耳に掛けながら、アルファが報告されたことに対して疑問の声を溢した。

 

「はい。先程入ったばかりの情報ですが、確かです」

 

 丁寧な言葉でそれに応えたのはガンマ。真剣な表情の中には、僅かばかりの悔しさが滲み出ていた。

 

「シャドウが参加すると決めてから、まだそんなに時間は経っていない」

「ニューからの報告を受けたとは言え、流石はライト様。その決断力、感服致します」

「やはり次に備えるべきは『ブシン祭』。彼らにはもう、何か視えているのでしょうね」

 

 腕を組みながら目を閉じたアルファ。口元は笑っているが、どこか呆れたような様子にも見える。いつも置いていかれることに、どうにかして慣れないよう足掻いているようだ。

 

「……主様にお聞きしました。何故『ブシン祭』に参加されるのですか、と」

「シャドウはなんて?」

「……〝ライト以外には話せないことなんだ〟。そう、おっしゃられていました」

「ガンマ……」

 

 無理矢理作ったような笑顔を見せるガンマに、アルファが近寄った。そのまま優しく頭を撫で、両手を包み込むようにして握り締めた。

 

「そんな顔をしないで? 確かに、私達はまだライトに全然追いつけていない。でも、シャドウが変装の協力を頼んだのは貴女でしょう?」

「それは……はい」

「貴女はシャドウに頼られているの。もちろん、他の【七陰】やメンバーの子達もね」

「……アルファ様」

「私達は私達に出来ることをしましょう。手を伸ばし続けなければ、決して追いつくことなんて出来ないのだから」

 

 宝石のような青い瞳に、溢れんばかりの熱量。アルファの覚悟が伝わったのか、ガンマは明るい笑顔を見せた。

 

「は、はい! ありがとうございます! アルファ様!」

「これから忙しくなるわ。頼りにしているわよ? ガンマ」

 

 恩人達への恩返し。

 とてつもなく離れた二つの背中を支えるため、彼女達は揺るがない覚悟を決めている。

 

 そんな感動的なやり取りが行われているとは知る筈もなく、憧れの二つの背中(厨二病と管理職)は片方の背中がもう片方の背中に対して一方的な制裁を済ませた後、マグロナルドへ足を運んだのだった。

 

 

 

 




 今回のことを一文で表すのならこうでしょうね。

 自 業 自 得。

 半袖勇気のソックス「ざまぁww」
 ダイソン「いい気味じゃわいww」
 聖剣「wwwwwwwwwww」


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24話 どちら様ですか?

 

 

 

 

 

「……はぁ。……暑い」

 

 本格的に始まってしまった『ブシン祭』。

 面倒な事は周りに全部押し付けて、俺は涼しい部屋でアイスでも食べている筈だったのに。どうして俺まで参加することになってんだ。

 

 ただでさえ季節は夏。太陽さんが元気に働いている炎天下で、日傘もなしで放り出されている。こんなもんただの拷問だろ。てかこんな晴れた日に『ブシン祭』なんてやるなよ、曇りにしろ曇りに。ただでさえ人が多くて熱が凄いのに。ここに居る奴ら全員倒したら大会中止になんねぇかな。

 

 そんな危ない思考が浮かび上がっていると、一緒に大会へやってきたツレが憎たらしい顔で話しかけてきた。

 

「これ以上ないぐらいやる気無いね。ライ」

「……お前の首を飛ばすことになら、やる気を出せそうだ」

「ははっ、ナイスジョーク」

「現実にしてやろうか?」

 

 相変わらずムカつく顔とムカつく台詞。シドは今日もムカつく奴だった。何が楽しいのか笑顔だし、お前のせいで俺まで巻き込まれたんだぞ。

 

「……ていうかお前、変装はどうした? 顔を隠して出場するんだろ?」

「ああ、うん。見た目だけじゃなくて名前も弱そうなんだよ、結構気に入ってるんだぁ。『ジミナ・セーネン』ってね、弱そうでしょ?」

「地味な青年? ……は? 名前?」

 

 笑えるよね、などと言っていることから、俺の予想は正解らしい。この世界の名前は変なものが多い。転生者の感性だからだろうけど。

 

「うおぃ! なにやってんだよ! シド! ライ! 今日行われてる予選でバトルデータを取っておかねぇと、本戦での賭けでボロ儲け出来ねぇだろうが!!」

 

 クソ暑いというのに肩に手を回してきたのはヒョロ。どうやら『ブシン祭』で一儲けしようとしているようで、珍しくやる気を出していた。金が絡むと凄い行動力だな。

 ヒョロと同じように騒いでいそうなジャガは実家に帰省中。ジャガイモを掘るのに精を出していることだろう。

 

「鬱陶しい、放せ。試合観てなくて良いのか?」

「この試合は外れだ! そりゃダークホースとかはそうそういねぇわな」

 

 お前が今肩組んでる奴とかダークホースだと思うぞ、ダークマターかもしれないけどな。生きたバグ、いやバカだし。

 

「やっぱ賭けるならライか? それともクレア先輩に……」

「クレアにしとけ。多分、勝ち馬だ」

 

 俺に賭けても儲けは出るだろうが、コイツの稼ぎになるのは面白くない。クレア辺りにでも賭けさせておこう。

 

「ねぇライ、ウンコ行ってくる」

「はいはい。行ってら。てか報告要らねぇわ」

 

 どうやらシドの番が回ってきたらしく、アイツは姿を消した。ジミナ・セーネンってやつに変装するためだろう。

 

「……図体だけだな」

 

 チラッとジミナ(シド)の対戦相手を見てみれば、筋骨隆々の大男。格ゲーなんかに出てきそうな風貌だ。難しいコマンドで大技繰り出しそう。

 青空を見上げながらそんなことを考えていると、実況と思われる男が元気良く声を張り上げた。

 

「三回戦第二試合! ゴンザレス・マッチョブ対ジミナ・セーネン!」

 

 ……名前の個性が強いな。本当に。

 

「しゃあっ! 今回の試合は当たりであってくれよ! 俺のバトルデータ収集のために!」

「──興味深いことを話しているね」

「うおっ! あ、貴方はッ!?」

 

 勝ち負けの決まった試合なんてつまらない。俺が欠伸を噛み殺していると、ヒョロが後ろから声をかけられた。振り返った先に居たのは、お世辞にも趣味が良いとは言えない金ピカな鎧を身に纏ったホスト顔の優男。鎧に太陽光が反射してめっちゃ眩しい。

 ヒョロの反応からして、金ピカのことを知っている様子。別に興味は無いけど、暇潰しに質問をしてみた。

 

「……知り合いか?」

「バッカ! ライ! 知らねぇのかよ!? 俺の憧れの魔剣士さ! 『不敗神話』のゴルドー・キンメッキさんだ!!」

 

 うん、もう名前にはツッコまないけどさ。不敗神話ねぇ、胡散臭いな。

 

「フッ、その二つ名は恥ずかしいな。──『常勝金龍』と呼んでくれたまえ」

「うおおお!! カッケェ!!」

(……ダッサ)

 

 その後『ジョイフル珍獣』だったり、『十年もののボルドー』だったり、ヒョロは鶏並みの知能を披露した。いちいち訂正するゴルドーさんの根性だけは評価したい。

 

「んん? ハハッ! この試合は参考にならないだろうね」

「ど、どうしてすか? 『常人成金』さん!!」

「『常勝金龍』ね。これは俺の理論だが、その人物を見ただけである程度の実力は分かるものなんだ。まずはゴンザレス、鍛え上げられたフィジカルだけでも歴戦の戦士だと分かる。バトルパワーはそう……1364」

 

 急に戦闘力みたいなこと言い出したぞ。戦闘力5のおっちゃん二百人以上か。

 

「1364は悪くない数字だな。対するジミナは……ん?」

「どうしました!? 『チキン金太郎』さん!?」

「いや、これは……弱過ぎる。後、『常勝金龍』ね」

(弱過ぎるか。シドの狙い通りだな)

 

 アイツが今回変装した理由、それもめちゃくちゃ弱そうな奴に変装した理由は簡単。地味で目立たない実力者ごっこをしたかったからだ。誰も注目していなかった選手が本当は実力者、的なものらしい。説明されても理解は出来んかったけど。

 

「ジ、ジミナのバトルパワーはいくつなんですか!?」

「──33だ。これでは勝負にすらならないだろう、瞬殺だ。どうやって三回戦まで勝ち上がってきたのか分からないな」

「おおっ! 流石だっ! なっ! すげぇだろ!? ライ!」

「……ん? ああ、そうだな」

 

 姿勢、歩き方、覇気、その全てに於いて全力で弱さを体現している。あそこまで見事に偽装されてしまえば、大抵の奴らは騙せるだろう。俺もアイツがシドだと知らなかったのなら、騙されていたかもな。

 

「もうこの試合に見るべきところはないね。だがこれで分かっただろう? 情報は武器なのさ」

「はい! ありがとうございます! 『情緒不安定』さん!」

「どういたしまして……後、『常勝金龍』ね」

 

 キザったらしく前髪を手で払っているが、全く見当違いなことを言ってるんだよな。まあ、見抜けっていう方が無理な話ではあるけど。

 

「そうそう、君のことも調べているよ。ライ・トーアム君。ちなみに君のバトルパワーは3500。まだ本気ではないだろう? 要注意人物といったところだね」

「どうも。その内当たるかもしれないですね。次の貴方の相手は……バトルパワー33らしいですから」

「……えっ?」

 

 ほら、()()()()()()

 

「しょ、勝者……ジミナ・セーネンッ!!」

 

 司会者も結果が信じられないのか、上擦った声で判定を叫んだ。観戦していた観客全員が似たような反応を見せており、ヒョロなんて顎が外れそうなぐらいだ。

 

「ま、まあ? これで分かっただろう? バトルパワーだけでは勝負は分からない、とね」

「まさかゴルドー先生! この展開も予想して……!」

「良いことを教えてあげよう。賭けに勝つ方法は二つある。一つはバトルパワーの高い方に賭けること、もう一つは弱者を探してその相手に賭けることだ」

(ほとんど同じこと言ってるじゃねぇか)

 

 口に出してツッコミたかったが、どこか性質的に関わりたくない雰囲気だったのでやめた。話すだけ体力の無駄、得るものは何も無いだろうし。

 

「ライ君。君とは本戦で当たることだろう。対戦を楽しみにしているよ」

「うおおっ! ゴルドーさんとライ! 俺はどっちに賭ければ良いんだ!!」

「まず賭ける金あんのかよ?」

「軍資金を貸してくれ!」

「バイトしろ」

 

 何故だろう、コイツに金を貸して増えて返ってくる未来が見えない。多分コイツはギャンブルをしちゃダメな人種だ。いつの日かやらかして、強制労働にぶち込まれてそう。

 

 ヒョロの未来を少しばかり心配していると、試合を終えたジミナ……いや、シドがまったりと帰って来た。表情はどことなく得意気であり、ごっこ遊びは満足のいくものになったらしい。

 

「ウンコしてきたー」

「だから報告要らねぇって。終わったなら日陰行くぞ。暑過ぎる」

「そうだねー、飲み物も買おうよ」

「おいシド! ライ! 俺は完全に勝てる方法を身に付けた! だから軍資金貸してくれ!!」

 

 最初から最後までずっとうるさいヒョロを無視して、俺とシドは昼飯に何を食うか話しながら歩き出した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「──勝者! ツギーデ・マッケンジー!!」

 

 まだ予選とは言え、本戦出場者が絞られてくると盛り上がり方が違ってくる。巨大な会場は多くの観客に埋め尽くされ、魔剣士達の振るう剣に視線を奪われていた。

 

「……凄ぇな、マッケンジー」

 

 大して強くないのに、本戦出場に王手を掛けやがった。相手が格上だったにも関わらず、粘り強くしぶとい剣で勝利を掴み取っていた。ああいう戦い方は嫌いじゃない。本戦に上がれることを祈るよ。

 

(俺はもう試合終わったし、シドとゴルドーさんの試合は……まだ少し時間があるか。暇だな)

 

 ドリンク片手に、暇を持て余す。ストローに口を付けたまま周りを見てみるが、特に気になる魔剣士も居ない。さっさと帰りたい。

 

(まあ、手抜きも程々にしないとだけどな)

 

 特別VIP席にてアイリス王女が観戦しているため、不甲斐ない試合を見せる訳にもいかない。俺は彼女の連覇を消した張本人でもあるし、その辺は流石にしっかりやらないとな。

 

(にしても、本当に居ないもんだな。マシな奴……ん?)

 

 ふと、気になる魔力反応を感知した。俺のように膨大な魔力量がある訳じゃなく、シドのように繊細で滑らか過ぎる訳でもない。

 

 例えるならそう──()()

 

 刃のような鋭利な魔力、俺との距離を測るまでもなかった。その魔力の持ち主は、何故か俺の目の前まで歩いて来ていたのだから。

 

「……ねぇ。貴方、エルフの知り合いは居る?」

 

 漆黒のローブに包まれた、声から察するに女性。見ているだけで暑い格好だが、声音に疲労などは感じられなかった。

 いきなりよく分からん質問を飛ばしてきたが、別に嘘をつく必要もない。俺は人数などの細かい要素は言わず、素直に肯定した。

 

「……居ますよ。それなりに」

「そうか。エルフの匂いがしたんだ」

 

 どんな匂いだよ。エルフって鼻も良かったっけ? 

 

「そ、そうですか」

「私はエルフを探している。妹の忘れ形見だ。私とよく似たエルフに見覚えはないか?」

 

 あっ、多分この人説明とか苦手なタイプだな。

 

「その、フードで顔が見えないです」

「……! そうだった。ありがとう」

 

 前言撤回、ただの天然だった。

 

「どうだ? 見覚えはあるか?」

「……うーん」

 

 見せられた顔の感想を一言で言えば、まあ可愛い。エルフは美形が多いが、特に顔立ちが整っていると言っていいだろう。肌は白く、銀色の髪はキラキラと輝きを放っていた。

 しかし、似たような顔に心当たりがあるかと聞かれれば、答えはNOだ。

 

「すみません。心当たりないですね」

「本当……?」

「ええ、俺の知っているエルフは貴女よりずっと可愛いんで」

 

 どことなく雰囲気はアルファっぽいが、顔は全然似ていない。自分で似ていると言うからにはそっくりな筈だ。うん、アルファじゃないな。

 

「……そう。ありがとう」

「いえ、力になれなくてすみません」

 

 俺が軽く頭を下げると女性は再びフードを被り、手を振りながらその場から去った。

 

「……居るところには居る、か。強い剣士」

 

 ドリンクを飲みながら、少しだけ口元を緩める。あのエルフさんが『ブシン祭』参加者かどうかは分からないが、もしそうなら面白くなりそうだと素直に考えるぐらいには強者だった。魔力を使わなければ、二刀流を使っても余裕で相手になってくれそうだ。

 

「──マッケンジーの試合なんて偵察する意味あんのか? 『紅の騎士団』の若き騎士様よぉ」

 

 少しだけ『ブシン祭』に対してのモチベーションを上げていると、またも誰かに話しかけられた。ガシャガシャと黒い装備を付け、褐色の肌に強面な顔の男。完全に知らない人だが、向こうは俺を知っている様子。塩対応するのもなんか失礼か。

 

「いや、良い試合してたんで。普通に観てました」

「へぇ。アンタが言うなら、マッケンジーも侮れねぇか?」

 

 なんか玄人っぽい雰囲気出してるけど、何がしたいんだ? マッケンジーの話が終わったら会話終了するんだけど。

 

「おおっと、悪い悪い。俺はクイントンってんだ。それなりに名が知られてるって思ったが、自惚れてたよ」

「……ああ〜、いや、田舎出身なもんで。すみません。ライ・トーアムです」

 

 思ったより知的だな。見た目は短気な暴力ヤクザみたいなのに。人を見た目で判断しちゃいけないってことか。

 

「知ってるよ。アンタとクレア・カゲノーは有名だからな。学生でありながら、アイリス王女が団長を務める『紅の騎士団』に在籍。大天才だって騒がれてるぜ」

 

 うわ、最悪だ。めっちゃ注目されてんじゃん。道理で実家の両親から手紙が飛んでくる訳だ。

 

「……過大評価です。クレアの方に注目した方が良いですよー」

「謙虚だな。やっぱアンタは要注意か」

 

 なんでそうなるんだよ。

 

「だが、次の試合に出る奴は観ておいても良いかもな。予選を勝ち上がって来るとは誰も予想してなかっただろうぜ。──ジミナ・セーネン」

「……ああ、あの弱そうな人」

 

 一応援護はしておいてやろう。シドのやりたいことを手伝うのも、俺の仕事みたいなもんだしな。

 

「どんな手品かは知らねぇが、奴は勝ち上がってきた。アンタの目なら、それも見破れるんじゃねぇか? このままジミナが勝てば、奴は俺の対戦相手になる、是非とも助言を賜りたいもんだねぇ」

 

 えっ、ここで一緒に試合観る流れになってないか? どっか行けよ、人見知りだから嫌なんですけど。適当な言い訳して逃げよ。

 

「いやいや、見破れませんよ。俺の目──」

 

 節穴なんで、と続ける前に、俺の声は遮られた。女性らしい、透明感のある声によって。

 

 

「──()()()()()()ライ・トーアム

 

 

 よく声を掛けられる日だなと、少しうんざりしながら視線を向ける。そこに立っていたのは、薄い青色の髪に白い肌をした女性。青と白の鎧に身を包み、可愛らしい顔に似合わないゴツい剣を携えていた。鎧の質からして金持ち、それか名のある騎士と見た。

 

「ここで会ったが百年目……ようやくあの時の決着をつける時がきた」

 

 喜んでいるのか怒っているのか。そのどちらかは分からないが、彼女は肩を震わせながらそう言った。まるで長年探し続けた復讐相手でも見つけたような反応だ。

 

「ハッ、流石は天才騎士。まさか『ベガルタ帝国』の『七武剣』、アンネローゼ・フシアナスとの因縁があったとはな」

 

 クイントンさんが便利な解説キャラのように説明してくれた。するとアンネローゼと呼ばれた女性は不機嫌そうな顔に変わり、咎めるように目を細めた。

 

「その名は捨てた。今はただのアンネローゼだ。……まあ、そんなことは良いわ。ライ・トーアム、貴方もこの『ブシン祭』に参加しているのよね?」

「えっ? ……まあ、そうですけど」

「ふっ、ふふっ、そうこなきゃ」

 

 なんかめっちゃ笑ってる。良いことあったのか。

 

「──貴方に屈辱的な敗北をしてから……五年。あの日のことを、私は一度たりとも忘れたことはなかったわ」

 

 笑っていたかと思えば、今度は拳を強く握り締め、俺を睨み出した。それも眉間に凄いシワを寄せるレベルで。

 

「貴方に味わわされた敗北の味、今度は私が味わわせてあげる。全力を出すことね。あの日のように、一本の剣で私に勝てるとは思わないで」

「…………」

 

 彼女から物凄い覚悟を感じる。剣が好きで、剣に全てを捧げる者の目だ。言っていることと合わせて、どこかクレアに似ている。

 

「ほお、こりゃ面白い。楽しみにしてるぜ、アンタらの因縁対決」

 

 クイントンさんが笑いながら腕を組む。本当に面白いものを見たような反応だ。

 

 そうか。これって──()()()()()()()()()

 

「ライ・トーアム。必ず本戦に勝ち上がりなさい。私に負けるまで、負けることは許さないわ」

 

 因縁、宿敵、好敵手。シドが今の俺の状況を見たら、手を叩いて猿のように喜ぶことだろう。アイツこういうシチュエーション大好きだからなぁ。

 

 だからこそ、俺は正直に生きよう。なにより、アンネローゼさんの真剣な瞳に対して嘘をつきたくなかった。それぐらいの良心は俺にだってある。

 

 俺はアンネローゼさんの顔を数秒間しっかり見た後、軽く笑った。

 

 

 

「──……どちら様ですか?」

 

 

 

 




 オリ主は身内以外には基本的にドライです(笑)。

 お気に入り・感想・高評価、本当にありがとうございます!


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25話 本当にごめんなさい

 

 

 

 

 

 ──『鳩が豆鉄砲を食らったような顔』。

 

 俺は生まれて初めて、この言葉で表される顔を現実で見た気がした。それぐらい彼女の顔は驚きに満ちており、本人の意思とは関係ないように口は大きく開いていた。

 

「ど、()()()()? 嘘、でしょ……? 私のこと、忘れた……ってこと?」

 

 頭での理解が追いつかないのか、彼女は俯きながら途切れ途切れの言葉を溢す。間違いなく原因は俺だろう。そんな様子を見せられると、流石に少し申し訳ない。顔を見て思い出そうと努力はしてみたんだけど、やっぱダメだったわ。

 

「お、おいおい、アンネローゼのことも知らねぇのかよ? 俺なんかとは比べ物にならない有名人だぜ?」

 

 さっきまで会話していたクイントンさんが、少し引いたような態度で話しかけてくる。比べ物にならないって言われても、比較対象がアンタじゃ凄さが伝わらん。取り敢えず、いつもみたいに適当に誤魔化すか。

 

「い、田舎出身なもんで」

「──ッ! 関係ないわよ!」

「うおっ、ビックリした」

 

 俺の言い訳を吹き飛ばすように、彼女が顔を上げた。絶望したような表情からキツい表情に戻っており、俺のことを全力で睨んでいる。

 

「私が貴方を覚えているのに、貴方が私を覚えてない訳がない!!」

 

 動き出したと思ったら凄いこと言い出したな、この人。

 

「え、えーっと……」

「私はアンネローゼ! 本当に思い出せないのっ!?」

「どこで……会いましたっけ?」

「『ベガルタ』! 貴方! あの時『ベガルタ』に武者修行しに来たって言ってたでしょ!!?」

「……あ〜、そんなこともあったような……なかったような」

「あった! あったから!!」

 

 ブンブンと手を振りながら叫ぶアンネローゼさん。必死に思い出させようとしているのは伝わるが、駄々をこねる子供にしか見えない。

 

(そうか……。武者修行の時の話か)

 

 確かこの前『リンドブルム』でクレアにも言われたっけ。この人といいクレアといい、なんで当の本人より覚えてんだよ。

 

「……そうだった。五年前、俺は『ベガルタ』に行ったんだった」

 

 シドと出会って約一年。アルファと出会ってから……三ヶ月ぐらいだったかな。まだ【シャドウガーデン】のメンバーが俺達三人だけだった頃の話だ。

 

「やっと思い出した!? じゃ、じゃあ! ……私のことも?」

「いや、それは全然」

「どうしてよっ!!」

 

 そんな風に頭を抱えられても、都合良く思い出せはしない。むしろ頭を抱えたいのは俺の方だ。武者修行のことも大して覚えてなかったってのに、その中で出会った人のことなんて記憶してる訳ないだろ。こちとらあの頃、厨二病のアホに毎日引きずり回されてたんだぞ。

 

「……けどまあ、なんとなく思い出してきた。貴女はあの日、俺と戦った剣士の内の一人ってことだ」

「ッ! そう! そうなの! その通りよ!!」

 

 流石にこれだけ言われれば思い出してくることもある。『ベガルタ』に行くだけで一日かかり、滞在していたのは一日に満たなかったこととか。武者修行に行ったことを本当に後悔した。苦い思い出だからこそ、あまり覚えてなかったのかもな。

 

「……もしかして、騎士団の訓練場に居ました?」

 

 必死に記憶を呼び起こした結果、一つの可能性が浮上。確認のため訊ねてみると、アンネローゼさんは嬉しそうに頷いた。

 

「居た! そうそこよ! もう少し! 私に辿り着いて!!」

 

 剣を振った場所など見学目的に訪れた騎士団の訓練場しかないと思って言ったのだが、どうやら当たったらしい。すげぇ熱量だ、彼女は昔の俺に何されたんだろう。流れから考えれば剣の勝負で負かされたって感じだろうけど、年齢からして彼女もまだ子供だった筈だ。ていうか俺、女の子と戦ったりしたっけ? 

 

(……子供。……子供かぁ)

 

 少し面倒になり始めながらも、アンネローゼさんの勢いに押されてしまう。俺は仕方なく、確定している『子供』という情報を記憶に合わせて思考した。

 

「──……あっ」

「……思い出した?」

 

 不安そうに訊ねてきたアンネローゼさん。どうにかその期待に応えられそうだ。俺は思い出せた爽快感と共に、自信を持って口を開いた。

 

「──俺にボロ負けして号泣した〝男の子〟か!」

「誰が男よっ!!」

「危ねっ」

 

 怒声と共に飛んできた拳を反射的に避けると、拳はそのまま近くに立っていたクイントンさんの腹へと突き刺さった。何の準備もしていなかった無防備な腹部、想像するまでもなく激痛だろう。案の定、クイントンさんは膝から崩れ落ちた。

 

「……ぐっ、ぐおおぉぉぉ」

「うわぁ、これは痛いわ」

「ご、ごめんなさい! あ、貴方が避けるから!」

「すげぇ理不尽なこと言われてる」

 

 痛みに悶えるクイントンさんを放っておく訳にもいかず、近くに居た大会スタッフの人達に声を掛けて医務室へと運んでもらった。次の試合に影響がないと良いけど。

 

(……さて)

 

 クイントンさんを見送り、俺はアンネローゼさんに向き直った。多分思い出せただろうし、ようやくまともに会話が出来そうだ。

 

「女の子だったんですね」

「……失礼ね。ずっと女よ」

 

 アンネローゼさんは不本意といった様子で不機嫌そうに腕を組むが、俺の勘違いにだってしっかりと理由はある。記憶が鮮明になり始めているので、まず間違ってはいない筈だ。

 

「いやだって……確かあの時アンネローゼさん、自分のこと『僕』って言ってましたよね?」

「〜〜〜ッ!! な、なんでそんなことは覚えてるのよ!!」

 

 記憶通り、昔の彼女はボクっ娘だった。

 

「ほら、やっぱりね。髪だって今より短かったでしょ?」

「……え、ええ」

「俺が勘違いするのも仕方ないんじゃないですかねぇ?」

「も、もうそのことはいいわ。……恥ずかしいから忘れて」

 

 何か一つ思い出せれば、連鎖的に記憶は呼び起こされる。取り敢えず、俺が彼女を男だと勘違いしたのは許してもらえたみたいだ。

 

「五年も前のことを、それも一回勝負しただけなのに……よく覚えてましたね」

「忘れる訳ないでしょ! 最も屈辱的な敗北だったんだからっ!!」

「そんなに言います? あの時は目立ちたくなかったから、手加減してたと思うんですけどね。大人と何人か勝負した時も、上手い具合に負けてた筈だし」

 

 見学していた時に稽古をつけてくれるという話になり、俺は何人か大人の騎士達と剣を交えた。得られるものが何も無かったので、波風立てないよう上手に敗北を選んだ。もしアンネローゼさんに勝っていたとしても、そんなにボコボコにしてないと思うんだけどな。

 

「そうよ! その手加減に私は負けたのよ!!」

(やっべぇ、地雷踏んだ)

 

 ブチギレながら顔を近寄せてきた。なんか少し声震えてるし、またミスったな。

 

「あの時の貴方は剣を一本しか使ってくれなかった! 大人達には二刀流を使っていたのに……私には使ってくれなかった!」

 

 使うまでもないと思った、なんて言ったらダメなことは分かる。さて、どう言えば良いんだ。

 

「……分かってる。使うまでもないと、思ってたんでしょ?」

「すみません。その通りです」

 

 腰を折って、しっかりと頭を下げる。もう俺に出来ることなんてこれしかない。なんかもう、本当にすみません。

 

「私より若い子が剣を握ってるなんて珍しくて、気になったから声を掛けたのよ。大人達に負けて落ち込んでるかなって……。けど違った、貴方の目には『失望』の感情しかなかった。それが許せなくて、私から貴方に勝負を挑んだのよ」

 

 俺も悪いところはあるが、一応それだって理由はある。丸一日の馬車移動でケツがめっちゃ痛かったんだ。振動が酷くて寝られないし、あの時のストレスは半端なかった。そんな苦痛を乗り越えてやって来たってのに得るものがなきゃ、誰だって失望ぐらいするだろ。

 

「『咄嗟の判断が遅い』、『注意力が散漫』、『基礎からお粗末』。あの勝負の後、貴方が私に言ったことよ。……他にも色々あったけど、特に厳しかったのはこの三つ」

「──本当にごめんなさい」

 

 死んだ目になりながら謝る。キツいなぁ、昔の俺。被害妄想が入ってて欲しいと願うぐらい辛辣だ。

 俺が過去の自分にドン引きしていると、アンネローゼさんが苦笑い気味に口を開いた。

 

「良いのよ、別に。貴方の暇潰しにもならなかった私が悪いんだから。……けど、今の私はあの頃の私と違う。貴方の全力を引き出せるぐらい強くなったわ」

「…………」

 

 確かに、この人は口だけじゃない。流れている魔力は濃密で、シドには遠く及ばないが滑らかに制御出来ている。剣の腕前は試合を観ていないからなんとも言えないが、ここまで言うからには相当なものなんだろう。

 

「それからライ・トーアム」

「ライで良いですよ。いちいちフルネームじゃなく」

「……えっ」

「貴女、俺を倒すんでしょ?」

 

 この感じだと、これからも突っかかられる筈だ。名前呼ばれる度にフルネームとか、呼ばれてる俺の方が恥ずかしい。それぐらいの理由で申し出たことだったのだが、アンネローゼさんは何故か動揺し出した。

 

「そ、それは……そうだけど」

「そもそも何故にフルネーム? 初めての経験なんですが」

「だ、だって! 名乗られた時にフルネームで……忘れないように何度も口にしてたら……それで覚えちゃって」

 

 あれか、この人も天然入ってるのか。さっき話しかけてきたエルフさんといい、魔剣士って割と天然多いのかもな。

 

「じゃあ今から名前で呼んでください。俺もアンネローゼさんって呼びますから」

「……じゃあ、貴方も敬語やめなさいよ」

「ん? どうしてです? アンネローゼさんの方が歳上ですよね?」

 

 身長だけ見れば俺の方が歳上っぽいが、騎士として有名であると言うし、アンネローゼさんの方が歳上だろう。

 しかし、そんな考えが簡単に潰されるぐらい、アンネローゼさんからの理由は俺にとって耳が痛いものだった。

 

「さっきも言ったでしょ? 貴方、私のことボロクソに言ったのよ。あの時は敬語なんて使われなかったから、今更使われても……変な感じがする」

「……ああ、なるほど」

「だから、敬語やめなさい。後、名前も呼び捨てで良い。……分かった?」

 

 お願いというより命令と言った感じだ。まあ、俺も敬語よりタメ口の方が楽だから、これは素直に受け入れよう。

 

「分かった。じゃあ俺の名前も含めて、お互いそういうことで」

「ええ、そうして。ライ・トー……ライ」

 

 やめろよ。『ライト』って呼ばれたかと思ってドキッとしただろ。慣れないのは分かるけど、そこで止まるのはやめてくれ。心臓に悪い。

 

「ていうか、この辺で座らないか? そろそろ次の試合始まるみたいだし」

 

 観客達がざわつき始め、司会が大きく声を響かせた。次の試合はジミナ(シド)とゴルドーさんの対戦だ。ヒョロはゴルドーさんに全財産賭けるって言ってたな。俺はジミナの方に大金賭けたけど。

 

「そ、そうね。……じゃあ隣、失礼するわ」

「ん、どうぞ」

 

 ここまで話して別の席、というのもなんか違和感がある。一緒に観戦するかと誘ってみたところ、アンネローゼも素直に席へ腰を落とした。

 

「貴方、次の試合をどう見る?」

「なんとも言えない。どっちもよく知らんし。ただ、ジミナが負けると思ってる人が大半じゃないか? 見た目は凄く弱そうだ」

 

 ジミナへの評価を下げておく、『ブシン祭』中にさりげなくやっていて欲しいとシドに頼まれたことだ。別にアイツに頼まれたからってだけじゃない。ジミナへの評価が低い状態で試合が終われば、それだけ俺に返ってくる賭け金が跳ね上がる訳だし。

 

 試合終了が楽しみだとニヤついていると、アンネローゼはどこか得意気な顔になって腕を組んだ。

 

「ふふん、甘いわね」

「何が?」

「ジミナを見た目だけで判断してるところよ」

 

 おっ、この人シドの演技に気付いてるのか。やるじゃん、素直に驚いた。

 

「貴方、ジミナの試合は見た?」

「筋肉凄かった人とのやつなら見たよ」

「ゴンザレスね。あれは大番狂せと言われてたわ。私も、ジミナが勝つとは思ってなかった。……けど、偶然の勝利ではないわ」

「と言うと?」

 

 楽しそうに喋ってるので、邪魔はせずに聞き役に徹する。これが少しぐらいは忘れてたことに対する償いになれば良いが。

 

「あれはしっかりと攻撃していたのよ。私でも注視していなければ見逃してしまう速度でね」

「へぇ〜、そうなのか」

「右手での攻撃だったわ、それは間違いない。そして打ち込んだ箇所は……恐らく顎。そこを狙って三発。それで仕留めたのよ」

 

 アンネローゼは自信満々に語っているが──()()()()()()()()()()()

 

「あー、惜しいな」

「……惜しい?」

 

 納得いかないといった感じで聞き返してくるアンネローゼ。まあ、あれだけ自信満々に語ってたしな。勘違いしたままってのもなんだし、事実を教えとくか。

 

「だって右手じゃなくて()()、三発じゃなくて()()だから」

「……へっ?」

「ついでに言っておくと、打ち込んだ箇所は顎だけじゃない。顎に三発、残り二発は腹に喰らわせてる」

「う、嘘……。そんなの……見えなかった」

「本当に惜しかったな。後少しだったのに」

 

 俺なりに優しくフォローしたつもりだったのだが、どうやら逆効果だったらしい。アンネローゼは一瞬で顔を赤く染め、座席から勢い良く立ち上がった。

 

「そっ、その程度で勝ったと思わないでよねっ!!」

「悪い、そんなつもりじゃなくて──」

「別に!? 全然気にしてないけど!?」

「でも顔赤いし──」

「赤くないけど!? ……ばかっ! ばーかっ! ばーかっ!!」

 

 耳まで真っ赤に染まりながら、アンネローゼは叫んだ。少し涙目になっており、悪いことしたなと反省させられる。

 

「ごめんごめん。俺の言い方が悪かったよ。だから泣くなって」

「泣いてないわよ! ……今日のところはこれぐらいで勘弁してあげる! 本戦には絶対出場しなさい! 貴方を倒すのはこの私なんだから!」

 

 ビシッと指を差しながら声を張るが、涙目なのは変わらない。周りから変な目で見られるんで大声やめてくれないかな。恥ずかしいんですけど。

 

「おい、他の人に見られてるぞ」

「──ッ!? 次に会うのは勝負の時っ! 私の成長を思い知らせてあげるからっ! ……覚悟しなさいよーっ!!」

 

 捨て台詞を残し、アンネローゼは手で顔を隠しながら去って行った。やりたい放題だったな、あの人。

 

「あっ……試合終わってる」

 

 試合の方に視線を向けてみれば、既に終了していた。眠たそうな顔で剣を鞘へ戻すジミナと地面に思いっきり突き刺さるゴルドーさん。一目見ただけで勝者と敗者がハッキリと分かる。

 

「……お前はどこまで上がる気だ? ……シド」

 

 優勝か、それとも途中で良い感じに敗北か。

 アイツの考えは分からんが、ごっこ遊びに関してシドは一切の妥協しない。本戦に上がることだけは確実だろう。

 

 

 ──少しだけ、口元が緩んだ。

 

 

 

 




 節穴ちゃんは子供っぽいところあると思います。首鳴らしとくしゃみの練習してたり(笑)。
 前回の話でオリ主もクソ野郎認定されてて草。


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26話 安売りは出来ないんだ

 

 

 

 

 

 本日、ついに『ブシン祭』本戦が開幕となった。

 

 俺も無事に予選を突破したので、ここからトーナメント形式で本戦に参加することとなる。見知った顔で言えばジミナ(シド)、クレア、アンネローゼの三人も本戦出場だ。

 

 クレアも俺と同じように危なげなく勝っていたので、『紅の騎士団』への信頼を高めよう作戦は順調と言える。

 

 トーナメント表を見る限り、今日行われる一回戦の相手はあのアンネローゼ。一方的な因縁の関係なので、あちらのやる気は凄まじい筈だ。

 

「──勝者! ツギーデ・マッケンジー!!」

「うおおおおっ!!!」

 

 今歩いている廊下は会場から離れているにも関わらず、やかましく暑苦しい雄叫びが響いてくる。それが耳に届くと同時に、俺は自然と賞賛の拍手をしていた。すげぇよ、マッケンジー。お前本戦に上がっただけじゃなくて一回戦勝っちまったな。俺もうお前のファンだよ。

 

 結果だけを知るのではなく試合内容もチェックしておきたかったのだが、俺とアンネローゼの試合がその次ということもあり、自分自身の調整に時間を割いておきたかったのだ。

 

(……アンネローゼ、か)

 

 正直に言えば、強い。

 必要以上に目立つことを避けるため、使用出来る魔力は『ライ・トーアム』としての限界まで。『ライト』としての魔力は当然使う訳にはいかない。その制限がある状態で相手をするならば、間違いなく彼女は強敵だ。

 

(……まあ、勝ちに行く必要もないんだが)

 

 俺とクレアが揃って本戦出場を決めたことにより、『紅の騎士団』という名前は広く知られることとなった。アイリス王女が大会に参加せず、俺達二人に任せたという形も上手い具合に機能しているようだ。

 

 後は優勝でも出来ればこれ以上ないが、それはクレアに任せて良いだろう。俺はこの辺りで適当にリタイアすれば良い。

 

 そう、思っていた。

 

(どうにも……ね。……悪くない気分だ)

 

 こういった大規模な公式大会に参加したことがないからだろうか。柄にもなく、俺は少しばかり高揚していた。経験したことのない空気がそうさせるのか、心地良い緊張感は続いている。

 

 結局、俺も負けず嫌いということなんだろう。

 自分の単純さに呆れながらも、心の揺れは止まらない。廊下を歩いているだけなのに、聞こえてくる歓声に口角が上がってしまう。

 

「……浮かれてるな」

 

 こんな気持ちを持てるようになるなど、この世界に転生したばかりの頃では考えられなかった。思えば、あの時期が最も荒れていたんだろう。理不尽に殺され、普通の人生を奪われた、あの時期が。

 

 良くも悪くも、あのバカとの出会いは俺の人生に大きな影響を与えている。そんなこと、口が裂けても言わないけど。

 

「──ん?」

 

 噂をすればというやつか、視線の先に見覚えのある顔が見えた。マグロナルドの袋を抱えながらアホ面で歩いているシドだ。モブモードだからか、普段よりも覇気がない。こうして遠目から見ると、本当に弱そうだな。

 

「……はぁ。おーい! シ……ド?」

 

 少し声を張って呼びかけようとしたのだが、シドの他にもう一人の人影が視界に入る。こちらもまた見覚えのある顔であったため、言葉が途切れてしまった。

 

「エルフ探しの……エルフさん?」

 

 漆黒のローブを纏っているが、フードは被っていなかったので顔が見えた。見覚えがあるなと思い記憶を探ってみたところ、エルフを探していたエルフさんであることが分かった。妹の忘れ形見とか言ってたかな。

 

(あの二人、知り合いだったのか)

 

 視線の先で行われているやり取りから察するに、シドとエルフさんは面識があったらしい。エルフさんの無表情な問いかけに、シドはモブを演じながらオドオドと対応している。

 エルフさんもシドと同じようにマグロナルドの袋を抱えており、袋から溢れ出しそうな量のバーガーが入れられていた。

 

(……魔力を耳に集中っと)

 

 流石に距離があるため、聴覚を強化して会話を拾えるようにする。狙い通りに聞こえてきた会話は、これから試合だというのに力が抜ける中身の無いものだった。

 

『それ、どうしたの?』

『買った』

『買ったんだ』

『買い過ぎた』

『買い過ぎだね』

 

 エルフさんが抱えている袋を指差し、シドが淡々と言葉を放つ。エルフさんも負けず劣らずのローテンションであり、疲れない会話というものを体現している気がした。てか本当にバーガー多いな、二十個ぐらい買ったんじゃないか? 

 

 意外に大食いなんだなと思っていると、エルフさんがバーガーを一つ手に取ってシドへ手渡した。

 

『一個あげる』

『あ、ありがとう』

 

 どうやらあの二人はそれなりに仲が良いらしい。エルフは気難しい性格が多いと言うが、あのエルフさんは無表情ながらも友好的だ。実力的にも長生きしてるみたいだし、その辺は年の功ってやつなのか。

 

 エルフさんからのお裾分けを素直に受け取ったシド。すると何かを思いついたのか、抱えていた袋から貰ったバーガーとは違う種類のバーガーを取り出してエルフさんへと差し出した……えっ? なんで? 

 

『お礼に、これあげる』

 

 やっぱアイツはバカだ。買い過ぎたからあげるって話だろうが。エルフさんも受ける訳──。

 

『ありがとう。シド』

 

 受け取るんかーい。

 あれ? 俺がおかしいの? あのやり取りに違和感しか感じてない俺が変人なの? 

 

『じゃあもう行くね』

『うん、バイバイ』

 

 そして軽く手を振り合ってから、二人は背を向けて歩き出した。顔を合わせた結果、起こったことはバーガーの交換のみ。シドを追いかける気にすらならなかった。

 

「……アホが二人か」

 

 試合に意識を切り替えるため、俺は大きく深呼吸した。

 忘れよう、今見たこと全て。覚えている意味もないし、なにより力が抜ける。天然と天然を組み合わせたらああなるんだな。

 

 しかし、誠に遺憾ながら影響を受けたこともある。

 

 

「……試合終わったら、マグロナルド行こ」

 

 

 やけに、バーガーが食べたくなった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

『──さあ! いよいよ本戦の開幕だぁッ!! 次の試合は要注目の好カード! 絶対に目が離せませんッ!!』

 

 ハイテンションで叫ぶ司会者兼実況者の声に、観客達の興奮は増していく。事実、次の試合への注目度は突き抜けて高く、それに比例して賭け金も跳ね上がっていた。

 

『まずはこの選手! 剣の国《ベガルタ》からやって来た天才剣士! アンネローゼ・フシアナスゥゥゥゥッ!! その力強くも美しい剣技は全ての者を魅了するぅッ!!』

 

 派手に紹介されたと言うのに、試合会場の地に立つアンネローゼの顔に変化は無い。ただ目の前に居る男へ意識を集中していた。僅かに癪に障ったのは自分を〝天才剣士〟と称されたことのみ。

 

 アンネローゼは呆れて笑みが溢れそうになった。目の前に()()()()()()()がいると言うのに。

 

『対するはこちらもまた説明不要の天才! ライ・トーアムゥゥゥゥッ!! 若くして『紅の騎士団』の一員であり、その実力はアイリス王女も認められているぞぉッ! 未だに今大会で見せたことのない〝二刀流〟にも期待だァァッ!!』

 

 当然、ライがこの紹介を喜ぶ訳もなく、怠そうにため息を溢した。極力目立たないように立ち回るという願いは完全に破壊され、クレア程ではないがすっかり有名人だ。

 

 これから試合に臨むライの格好だが、アンネローゼのようにしっかりとした鎧を纏っている訳ではなかった。機動性重視の軽い装備を付け、『紅の騎士団』の団員服と合わせて赤色の多い格好となっていた。

 

(……やっと、貴方と戦える)

 

 歓喜に震える拳を握り締めながら、アンネローゼが口角を上げた。長年待ち望んでいたリベンジの機会、それも大舞台での一戦だ。これ以上ない幸運と言って良い。

 

 チラリと視線を向けた掲示板。そこに書かれていたこの試合に対するオッズ(賭け率)は完全にアンネローゼが本命となっていた。ライに賭けた者は大穴狙いと思われる程の差が出来ている。

 

(……まあ、そうなるわよね)

 

 多くの者に自分が勝つと予想されていることを、アンネローゼは当然と考えていた。自惚れているからではなく、『情報』がそうさせると冷静に判断したからだ。

 

 いくらライが天才と騒がれていようと、アンネローゼと比べれば経歴は大したものではない。騎士団に入っただけで天才と言われるライと、国を背負って剣を振るってきたアンネローゼでは差があって当たり前なのだ。

 

(……勝つ。私は今日……貴方に勝つ)

 

 だが、アンネローゼは油断をしない。出来る筈もない。慢心していた頃(五年前)の自分を完膚なきまでに打ち倒した男を相手に、どうして自惚れることが出来ようか。

 

 経歴も実績も、勝負の場では関係ない。ただ強い者が勝つ。それだけの話だ。

 

 ゆっくりと鞘から愛剣を引き抜いたアンネローゼ。彼女の激情にも似た闘志が会場に広がったのか、観客達が次々と黙り出す。溢れ出そうになる興奮へ、そっと蓋をしたように。

 

「──忠告したはずよ。()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 斬撃のように鋭い視線と言葉を受けて、同じく剣を右手に持ったライが軽く口元を緩めた。アンネローゼを馬鹿にしている様子はなく、少しばかりの申し訳なさを感じさせる。

 

「これでも我が家の秘伝なんでね。──()()()()()()()()()()

 

 馬鹿にしている訳ではなく、挑発だった。人によっては同じことのように捉えるだろう。しかし、その発言はアンネローゼの闘志を更に引き上げた。

 

 要するに、この生意気な年下好敵手(ライバル)はこう言いたいのだ。

 

 

 〝二刀流〟を使って欲しいなら、()()()使()()()()()()

 

 

「上等じゃない……!」

 

 身体に巡らせた魔力が荒ぶり、剣を握る手には痛みを感じる程に力が込められた。

 過去への挑戦、その〝スタートライン〟に立てるかどうかが決まる。それすら叶わないのであれば、自分はそれまでの剣士だったというだけのこと。

 

「見せてあげるわ。……私の剣を」

 

 華奢な身体に似合わない大剣を低く構え、アンネローゼは魔力を解放。戦闘体勢は完全に整った。

 それに向かい合うライも同じく魔力を解放するが、魔力を可視化する出力までは使わずに自然体での構えを取った。

 

 二人の間に立っている審判はそれを確認すると、両選手の準備が完了したと判断。高まる興奮を抑えながら手を振り上げ、試合開始の宣言をした。

 

『本戦一回戦! 第三試合! アンネローゼ・フシアナス対ライ・トーアム! ──試合開始ッ!!!』

 

 勝負は、閃光の如き速度で開始された。

 

 

「──はあぁぁぁァァッ!!!」

 

 

 青色の残像を残し、アンネローゼが突撃。踏み込んだであろう地面は深く抉れており、強靭な脚力を物語っている。

 勢いを殺すことなく繰り出された一撃は、ライ目掛けて真っ直ぐに振り下ろされた。

 

「いきなりだな。……少し驚いた」

 

 だが、ライはこの一撃を軽々と回避。オリヴィエとの戦いで見せた剣の軌道をズラす技術を使用して、アンネローゼの剣を自身から外させた。

 観客達は一瞬の間に何が起こったのか分からず動揺したが、アンネローゼは予想通りだと言わんばかりにすぐに体勢を立て直した。

 

(分かってるわよ。この程度の攻撃が捌かれるってことぐらい)

 

 アンネローゼからすれば、今のは様子見の一撃。わざと大振りの一撃を繰り出すことで反撃を誘発し、それを逆に隙として突く考えだった。

 しかし、そう上手くいく筈もない。絶妙な角度でぶつけられた剣からは力を逃がされ、仕切り直しの攻撃となってしまった。

 

「相変わらず! 器用ね!」

「どうも」

 

 大剣とは思えない速度の連撃を繰り出すアンネローゼだが、ライの身体には一太刀も届きはしない。普通の選手ならば焦りを見せる展開にも関わらず、アンネローゼは笑みを深めた。

 

 自身の憧れた剣は──変わらず高い壁であると。

 

(だからこそ! 貴方に勝つ意味がある!)

 

 下からの切り上げで距離を保ち、ライの攻撃を阻止。

 剣の長さの違いによる攻撃範囲の差はアドバンテージとなっているようで、攻撃の主導権を握っているのはアンネローゼだった。

 

 このまま連撃を続けていれば隙が生まれるかもしれない。観戦している者達はそう感じ始めていたが、当の本人であるアンネローゼは全く別の考えだった。

 

(動きを……()()()()()()!)

 

 押しているのは間違いなく自身の方。しかし、自分の打ち込みたい場所へ剣を振るえない。ライの剣によって動きを制限され、淡白な攻撃しか出来ずにいたのだ。

 

(間合いの管理だけじゃない。私の剣を……『学習』してる。それも、圧倒的な早さで)

 

 このまま打ち込んでもこちらが不利になるだけだと、アンネローゼは本能で感じ取った。必要なのは相手の予想を上回る〝奇抜な一手〟。博打としか思えない攻撃に、アンネローゼは運命を委ねた。

 

『ああっと! アンネローゼ選手が豪快な突きを繰り出した! しかしライ選手はこれを冷静に受けるッ! 鮮やか過ぎて気持ち悪いですッ!』

 

 ライが言葉ぐらい選べと実況に少しイラついた瞬間、アンネローゼが動いた。

 

「──ここよッ!!」

「ッ!?」

 

 突きを回避されたところから全力の速度で剣を操り、『柄の部分』をライの剣へと激しくぶつけた。彼女が発揮した異常なまでの集中力によって成功した技だ。

 

 アンネローゼの思惑通り、意表を突かれたライ。体勢を僅かに崩され、表情は驚きに満ちていた。

 予想しきれなかった奇抜な攻撃ということもあるが、ここまで上手く決まった理由は単純。

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 

(決めるッ!!)

 

 千載一遇のチャンス。若くして多くの戦いを勝ち抜いてきたアンネローゼがこれを逃す筈もなく、ありったけの魔力で身体を強化。爆発的な超加速で追撃を繰り出した。

 

「……ッ!!」

 

 もちろん、ライも大人しくやられるつもりはない。天才的な超感覚と学習能力でアンネローゼの剣を予測し、不完全な体勢ながらも迎撃を試みた。

 

 対峙する二つの剣。

 先に届いたのは、顔も名前も忘れられていた少女が振るう──『執念の剣』だった。

 

「せぇやあぁぁぁぁァァァッ!!!」

 

 アンネローゼ渾身の一撃が、ライを軽々と吹き飛ばす。剣での防御が間に合ったので身体に直撃こそしなかったものの、攻撃を受け流すことは出来なかった。ライは受け身も取れずに背中から叩きつけられ、地面を抉りながら転がされたのだった。

 

『決まったぁぁぁァァッ!! ライ選手が攻撃を受けたのは今大会初! アンネローゼ選手の一撃がライ選手の守りを破ったァァァァッ!!』

 

 興奮気味に叫ぶ実況だが、興奮度で言えばアンネローゼの方が遥かに上だ。焦がれ続けた相手に自身の剣が届いた瞬間、湧き上がる感動を抑えられる筈もない。

 

(……少し、無理したわね)

 

 鼻に違和感を感じ確認すると、ポタポタと地面へ鼻血が落ちていた。どうやら過剰な魔力を使って身体強化をした反動がきたらしい。腕や足の関節も痛むが、吹き出したアドレナリンのお陰で動きに支障は無い。

 

 アンネローゼは地に腰を落としたまま呆然とするライに剣を向け、五年間で溜め込んできた想いを解き放った。

 

「私はもう! 何も出来ずに泣かされた私じゃないっ!! 貴方を倒す私の名前はアンネローゼッ!! その何も覚えていない空っぽの頭に──刻み込んでおきなさいっ!!! 

 

 たった一度攻撃を当てただけ、誰が見ても『小さな一歩』だ。しかし、アンネローゼにとってこれは間違いなく『大きな一歩』であった。

 

 ライは数秒程の時間硬直した後、剣を杖代わりにゆっくりと立ち上がった。受け身が取れていないため土で汚れており、お世辞にも華麗な騎士の姿とは言えない。

 

 アンネローゼは手で強引に鼻血を拭き取ると、再び剣を力強く握り締めた。溢れ出てくる感情は『喜び』と『恐怖』の相反する二つ。

 

 彼女は確信した。

 自分はやっと──〝スタートライン〟に立てたのだと。

 

「悪かったな。色々と」

 

 ライが静かに口を開く。どんな表情をしているのかはよく分からないが、その声には反省の感情が込められていた。

 

 アンネローゼはそれに対して茶化すような返答をすることも出来ず、ただ魔力を練り上げながら構えを継続。

 それが闘志を途切れさせないためなのか、はたまた逃げ出しそうになる足を止めておくためなのか。それはアンネローゼ自身にも分からなかった。

 

「ここから先は……本気でいく」

 

 右腰に携えた鞘から引き抜かれる一本の剣。まるでそこにあるのが当然と言わんばかりの安定感。さっきまでとはまるで違う雰囲気に、会場全体がライへ視線を向けていた。

 

 歴史上でも数少ない、二本の剣を同時に操る剣士。

 その連撃は嵐のように激しく、流水のように穏やかであり、花のように美しく──鬼神の如き強さを兼ね備えている。

 

「来なさい……! 天才剣士(ライ・トーアム)ッ!!」

 

 そんなアンネローゼの言葉に、ライは口角を吊り上げる。その邪悪な笑みが厨二病患者から伝染したものであるなど、知ることもなく。

 

 右手に一本、左手に一本。合計二本の剣を構え、男は不敵に笑った。

 

 

 〝二刀流〟が──()()()()

 

 

 

 




 天然コンビのやり取り好きなんですよね。アニメで見た時は思わずツッコミました(笑)。


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27話 ありがとう

 

 

 

 

 

「驚きましたね……。まさかライ君に攻撃を当てるなんて」

 

 特別VIP席にてライとアンネローゼの試合を観戦していたアイリス。アンネローゼが強いことは分かっていたが、それでもライへ攻撃を当てたことには驚きを隠せていなかった。ライの実力に対するアイリスの信頼の大きさが見受けられる。

 

「そして〝二刀流〟まで。初めてかもしれませんね、彼の本気が見られるのは。ねぇ? クレアさん。……クレアさん?」

 

 アイリスは少し興奮した様子で隣の席に座るクレアへ声をかけたが、すぐに返事はされなかった。不思議そうに顔を覗き込んだアイリスの視界には、目を見開いて自分以上に驚いているクレアの表情が入ってきた。

 

「ど、どうしました?」

「あっ、い、いえ! なんでもありません!」

「そ、そうですか。クレアさんも驚きましたよね。まさかライ君が本気になるなんて」

「……はい、驚きました。……アイツのあんな顔」

 

 ライの本気が見られるのだと興奮するアイリス。幼い少女のようにウキウキしているが、隣に座るクレアは全く別の表情をしていた。驚きの中にあった他の感情は──『嫉妬』。

 

(……なによアイツ。……ムカつく)

 

 自分相手には使いたがらない〝二刀流〟。それを他の相手に使われたことがクレアは気に入らなかった。

 そしてそれ以上に腹が立ったのは、挑む立場にすらなれていない自分自身の『弱さ』。負けず嫌いの心の炎に、十分過ぎる程の燃料が与えられたのだった。

 

 

「……私だって。いつかその剣に挑むんだから」

 

 

 呼吸を整え、無意識に身体に入れていた力を緩めたクレア。ここで何かを吠えたところで何の意味も無い。吠えるならば二本目の剣を抜かせた彼女と同じく、生意気この上ない年下好敵手(ライバル)にキツい一撃を喰らわせた後にするべきだと。

 

(…………アイツの剣。見られるんだ)

 

 強張った表情から一変、クレアの顔は僅かに緩んだ。そのことに気付いたアイリスは微笑ましく思い、これから始まる試合に意識を集中させるのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「やっと……本気になったって訳ね」

 

 顔付きと雰囲気が変わったライを見て、アンネローゼが少し震えながら笑った。先程までのヘラヘラした様子は欠片も残っておらず、口角を上げながらも瞳は真剣そのものであった。視線に貫かれただけで後退りしてしまいそうだ。

 

(……集中よ。一瞬たりとも気は抜けない)

 

 本番はここからだと、アンネローゼは自身を奮い立たせる。相手は追いかけ続けてきた強大な剣、油断すれば勝負は一瞬で終わりを迎えるだろう。

 

 アンネローゼは意識を切り替えるため、ゆっくりと息を吐く。そして瞬きにも近い僅かな時間──()()()()()()()()()

 

(まずは動きを…………えっ?)

 

 

 覚悟を決めて目を開けた瞬間、アンネローゼの視界に飛び込んできたのは──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ッッッ!!!!」

 

 反応出来たのは幸運だったとしか言いようがない。これまでの鍛錬で染み付いた感覚を以て剣を操り、アンネローゼはライからの一撃を辛うじて防いだ。

 

(私の馬鹿ッ! 何してるのッ!!)

 

 気は抜けないと覚悟したばかりだというのに、安易に目を閉じる。アンネローゼは自分自身の認識の甘さを責め、剣を握り直した。そんな彼女の動揺を突くように、ライからの連撃は速度を増していく。

 

(まずは体勢を……ッ!!)

 

 どうにか食らいついていたアンネローゼだったが、不意に足元のバランスが崩れる。全く警戒していなかった足払いによるものだった。二本の剣を操りながらも確実に隙を作る。これを観客席で見ていたジミナ(シド)は思わず苦い表情に変わった。

 

「こ、このっ!!」

 

 倒れ込みながらも、咄嗟の判断で大振りの一撃を放ったアンネローゼ。ライも中途半端に受け止めることはせず、受け流しながら後方へと下がった。

 呼吸も満足に出来ない時間が一旦終わり、アンネローゼの肺に新鮮な空気が入り込む。それと同時に汗が流れ出し、時間差で大きな疲労感に襲われた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ついていけずに置いてかれていた観客達が激しい攻防に対して騒ぎ出すが、アンネローゼの耳には届かない。全ての意識を常にライへ向けていなければ勝負にすらならない。その事を今、彼女は身を以て教えられたからだ。

 

「どうした? ……そんなもんか?」

「ッ!! そんな訳ないでしょ!!」

 

 足の疲労を無視し、アンネローゼが動く。疾風の如き速度でライへ突進すると、振りかぶった大剣を叩きつけた。並の魔剣士であればまず防御など出来ない重量級の一撃。しかし、ライはこれを真正面から受け止めた。

 

「ぐっ! やる、じゃない!」

「基礎は磨いたみたいだな。……けど、素直過ぎだ」

 

 二本の剣によるクロスブロックで防がれた後、そのまま弾き返されたアンネローゼ。一撃の重さには揺るがない自信を持っていたため、力負けしたという事実は大きなショックを与えてきた。体力の消費を考えても、ゴリ押しの戦法は得策ではない。

 

「今度はこっちの番だ」

 

 思考を巡らせようとするアンネローゼだったが、ライがそれを許さない。未だに体勢が不安定な所へ、超高速の二刀流を振るった。

 

(……ッ!! 防ぎ……にくい!!)

 

 身体をクルッと一回転させ、無理矢理体勢を整えたアンネローゼ。受けに回りつつも何とかライからの攻撃を凌ぐが、先程よりも剣戟に対応出来なくなっていた。

 

(学習能力だけじゃない! これは……()()()()()()()()()ッ!)

 

 アンネローゼは長年の経験から、ライの剣術の変化要因をすぐに見抜いた。それはライが振るう二本の剣に纏わされた魔力量と殺気の変化によるものだった。

 

(魔力量と殺気を強くした片方の剣を防げば、逆に魔力量と殺気を軽くしたもう片方の剣が意識から外れる……! それを交互にあり得ない速度で繰り返してるんだっ!!)

 

 長く戦いに身を置いている者であればある程、余計に惑わされるこの剣術。ライが得意とするものであり、一定以上の実力があると認めた者にしか使ってこなかった技術である。

 次第に防げなくなってきたのか、アンネローゼの身体にライの剣が届き始める。どうにか深い傷こそ回避してるが、肩や足に浅い傷が残り出した。

 

「舐めるなッ!! はあぁぁぁァァッ!!!」

 

 瞬間的に魔力を跳ね上げ、アンネローゼが大剣を横一閃に振るった。気合の入った一撃にライは連撃を止め、剣で受けて後退。両者の間に、再び距離が生まれた。

 

「やるな。今ので仕留められるかと思った」

「……馬鹿に、しないで。……この程度で、やられる訳ないでしょ」

 

 強気に返すアンネローゼだが、流れ出る冷や汗は止まらない。攻撃していた側のライが息切れをしていないにも関わらず、受けていた側のアンネローゼは満身創痍。どちらに余裕があるのかは明白だった。

 

「馬鹿にはしてない、本当に褒めてるんだ。ここまで受けられるとは正直思ってなかったからな。……もしかして、〝二刀流〟の対策でもしてたのか?」

「……『トーアム家』については調べたわよ」

 

 ライの推測通り、アンネローゼは対策を立てていた。忘れないように何度も何度も復唱した『ライ・トーアム』という名前。二刀流という言葉と合わせれば、身元を割り出すのはそこまで難しくはなかった。

 

「二刀流の剣士なら『ベガルタ』にも居る。別に……貴方だけの剣って訳じゃないんだから」

「ははっ、そりゃそうだ」

 

 軽く笑うライに対して、アンネローゼは苛立ちを覚える。

 確かに、二刀流は少数派というだけで全く居ない訳ではない。しかし、目の前に立つ男と()()()()()()()()()()()()()、一人も居なかったのだから。

 

「けど、本当に強くなったな。素直に凄いと思うよ」

「……よく言う。……まだ本気を出してないくせに」

 

 この言葉に、ライは少しばかり驚いたような反応を見せる。当然、『ライト』としての実力を出していないことがバレたとは思っていない。アンネローゼが言いたいことを、ライはなんとなく感じ取っていた。

 

「──〝トーアム流・二刀剣術〟。トーアム家に伝わる()()()()()。貴方はまだそれを、この試合で一つも使っていない。……違う?」

 

 剣を構えながら、鋭い視線と共に訊ねるアンネローゼ。確信しているような目を向けられ、ライは大人しく観念した。

 

「そこまで知ってるのか。めちゃくちゃ調べてるな」

「べ、別に! 貴方を倒すためだから! 妥協なんてする筈ないでしょ!!」

 

 なんとなく気恥ずかしいのか、大声で返答したアンネローゼ。すぐに冷静さを取り戻すと、魔力を練り上げながら言葉を放った。

 

「──使いなさい。私は貴方に手を抜かれるほど……弱くない」

 

 強い覚悟と、強い意志。

 アンネローゼも分かっている。これがただの強がりであることを。自分とライの間には、まだまだ大きな差が開いていることを。

 

 それでも言わずにはいられなかった。やっと出会えた宿敵、憧れにも近い感情を抱いた唯一の剣士。そんな相手の全力を受けられないなど、到底認められるものではなかった。

 

(死ぬ……かもしれないわね)

 

 それでも良い、それだけの覚悟はあると心を決める。ここで退けば、一生後悔する。アンネローゼにとって、命を懸けても譲れない瞬間が訪れたのだ。

 

「勝負よ。──ライ」

 

 身体に残った全魔力を練り終わり、アンネローゼの青色の魔力が可視化する。それは会場全体を震えさせる程であり、これから放つ一撃の威力を容易に想像させた。

 

「……受けてやる。──アンネローゼ」

 

 対するライも魔力を解放するが、可視化するレベルには届いておらず、アンネローゼと比べれば差は歴然だ。その上、魔力を纏わせているのは身体ではなく剣のみ。このままぶつかれば、ライが押し切られるのは目に見えていた。

 

「……ありがとう」

 

 それでも、小さく感謝を溢したアンネローゼ。自身の覚悟が認めてもらえたのだと、確かな喜びが湧き上がってきた。

 その辺に落ちている石ころではなく、一人の魔剣士として見られている。そのことが、アンネローゼにとっては何よりも嬉しいことだった。

 

「…………」

「…………」

 

 緊張が空気を支配する。互いに準備は完了し、取った構えは微動だにしない。アンネローゼもライも、直感で理解していた。

 

 次が、最後の攻撃になると。

 

 数分にも感じられる数秒の後、一つの風が吹く。

 それを合図としたように、アンネローゼが全身全霊を懸けて駆け出した。

 

 

「──ハアァァァァァァッッ!!!」

 

 

 身体を置き去りにするような速度でライへ迫るアンネローゼ。生半可な剣で受けようものなら、間違いなく真っ二つにされてしまうだろう。

 

 気迫、覚悟、実力を認め、ライは本気の〝二刀流〟で応えた。

 

 〝トーアム流・二刀剣術〟。『()()()()

 

 

「──双刃(そうじん)流水(りゅうすい)

 

 

 それはまるで、穏やかな清流の如き剣。

 〝柔〟の極意とされる剣技はアンネローゼ会心の一撃を完璧に受け流し、込められていた全ての力を一瞬で溶かし尽くした。

 

 そのままアンネローゼの大剣を跳ね上げ体勢を崩すと、ライは追撃に入った。

 

 〝トーアム流・二刀剣術〟。『()()()()

 

 

「──双刃(そうじん)閃光(せんこう)

 

 

 それはまるで、激しい閃光の如き剣。

 〝剛〟の極意とされる剣技は目にも止まらぬ速さでアンネローゼの鎧を一瞬で切り刻み、防御力など微塵も残っていないであろう鉄クズへと姿を変えさせた。

 

(……ああ。……やっぱり貴方は)

 

 どこか冷静になりながら、他人事のようにアンネローゼが思考する。勝負は決まったと、自身の心が認めてしまったのを感じた。

 それでも腕に力を込め、不十分にでも剣を握ったのは、アンネローゼの意地によるものだろう。

 

 このまま倒れれば楽になる。しかし、それだけは嫌だと、彼女は最後の力を振り絞って大剣を片手で振り下ろした。

 

 悪あがきにも見えるアンネローゼの攻撃に、ライが軽く笑った。負けず嫌いめとでも言いたげだ。

 閃光の連撃を終えたばかりだというのに、ライの動きに硬直はない。迫り来る大剣の側面を『柄の部分』で弾き、アンネローゼの攻撃を終了させた。

 

(……本当に……嫌なやつ)

 

 既に自身の技術が吸収されていることに、アンネローゼは苦笑いを溢す。残されているのは向かってくるトドメを受け入れることのみ。せめて恐怖に屈しないよう、アンネローゼはとびきりの笑顔を作った。

 

 〝トーアム流・二刀剣術〟。『()()()()

 

 

「──双刃(そうじん)残花(ざんか)

 

 

 これ以上ないほど美しい二刀流を間近にして、アンネローゼはただ見惚れていた。向けている目はまるで幼い子供のようであり、キラキラと輝きを秘めている。

 

(……綺麗だなぁ)

 

 身体が宙に舞う感覚と共に、アンネローゼの意識は一瞬で途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ここは」

 

 目が覚めると、どこかの天井が視界に入った。

 身体全体に感じる柔らかさから、ベッドに寝かされているのだとアンネローゼは理解した。

 

「……ぐっ、痛った」

 

 どうにか上半身だけ起き上がると、激しい痛みが走る。見れば身体には包帯が巻かれており、この傷が原因だと分かった。間違いなく最後の一撃によって付けられた傷だろう。手で触れれば熱を感じた。

 

「あっ、起きた? まだ無理しちゃダメよ」

「ッ!! え、えっと!」

「あはは、ごめんなさい。驚かせちゃったわね。ここは医務室よ。試合が終わって、貴女は運び込まれたって訳」

 

 急に声をかけられたこともそうだが、アンネローゼとしては付けられた傷を意識していたことが恥ずかしかった。落ち着いた声で状況を説明してくれた女性は医者らしく、自身の治療を担当してくれたようだ。アンネローゼは気品を感じさせる所作で頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

「良いのよ。傷は深くないし、すぐに治るわ。綺麗に斬られてたから身体に跡も残らないだろうし……って、ごめんなさいね! そんなこと言ったら悪いわね!」

「……いえ」

 

 明るい女医の言葉に、アンネローゼは思わず苦笑いする。否定出来ないことを言われている自覚がある分、嫌味などには全く聞こえない。

 

「そういえば対戦相手の彼、貴女によろしくだってさ」

「──ッ!! 彼がここに居たんですか!?」

 

 突然の知らせに食いつくアンネローゼ。激しく動いたために再び身体が痛んだが、それも気にならない程であった。

 

「え、ええ。さっきまで居た……ちょっと!? まだ動いちゃダメだって!!」

 

 呼び止める女医を振り切り、アンネローゼが医務室から飛び出す。上着を羽織りながら魔力を探知すると、まだそう遠くない距離に反応を感じ取った。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 体力がほとんど残っていないようで、足は重い。それでも何とか早足で移動し、目当ての人物の背中を発見することが出来た。

 

「──ライッ!!」

 

 廊下に響く大声に驚いたのか、振り向いたライの顔には戸惑いの感情が見えた。声をかけてきたのがアンネローゼであることを確認すると、ライは僅かに表情を緩めた。

 

「おいおい、無理すんなよ。まだ動いて良い状態じゃないだろ」

「……そうね。お陰様でね」

「おお、嫌味言われてる」

 

 廊下の壁に背中を預け、アンネローゼが軽く息を吐いた。やはり無理な移動は辛かったらしく、少しばかり汗を流している。

 

「……完敗よ。私の負け」

「そうだな。俺の勝ちだ」

 

 腕を組みながら肯定するライに、アンネローゼは目を細めた。

 

「今回は負けたけど、次は勝つわ。もっともっと強くなって。今度こそ貴方に勝つ」

「そりゃ良いことだ。頑張れ」

「……貴方って、そんな性格だった? もっとキツい性格だったと思うんだけど」

「人は変わるんだよ」

 

 自分でも引く程にキツい性格だったと、ライは昔の自分を反省。乾いた笑いと共に、天井を見上げた。

 

「……ねぇ。貴方って……倒したい相手とか居る?」

 

 不意に、アンネローゼが訊ねた。どうしてこんなことを言い出したのか、彼女自身にも分からずに。

 慌てて取り消そうとしたアンネローゼだが、それよりも先にライが口を開いた。

 

「──居るよ」

 

 簡潔に、そして力強く。ライはハッキリと言い切った。無意識だろうか、どこか楽しそうな笑みを浮かべて。

 

「……貴方にも、そんな相手が居るのね」

 

 信じられないといった表情のアンネローゼ。先程経験したばかりの強さは、生半可なものではない。それこそ、『孤高』と同時に『孤独』を強いられるような人並外れた強さだ。

 そんな男が言い切ったのだから、倒したい相手というのがどれ程の強さなのか想像すら出来なかった。

 

「そいつにだけは負けたくない。そいつに勝てるなら、他の誰に負けたって良い」

 

 腕組みを解き、両腰に携えている二本の剣に手を置いたライ。

 アンネローゼにはそれだけの仕草で分かってしまった。その相手には、最初から〝二刀流〟で挑むのだろうと。

 

「…………」

 

 羨ましいとは思わない、そう言えば嘘になる。しかし、自分にはまだその資格すらない。アンネローゼはゆっくりと深呼吸をした後、ライに背を向けた。

 

「行くのか?」

「……ええ、傷を癒すことに専念するわ。そしてまた、基礎から鍛え直すつもり。……()()()()()()()()()

 

 周りからは『天才の剣』と称されているライの剣だが、才能だけで到達出来る次元など遥か昔に過ぎている。努力する天才に勝とうと言うのだから、せめて努力だけは負ける訳にはいかない。

 

「じゃあね。ライ」

 

 本当なら『ベガルタ』に騎士として誘いたい思いもある。これだけの実力があれば自身と同じ立場になるのは容易い。それ以上の立場にだって、僅かな時間で上がれることだろう。首を横に振られる未来しか見えないので、口にはしなかったが。

 

「アンネローゼ」

 

 歩き出したアンネローゼに、ライが後ろから声をかける。振り向きもしなかった彼女へ、ライはしっかりとした口調で告げた。

 

 

()()()()()。──〝ありがとう〟

 

 

 すぐに首を動かしたアンネローゼだが、ライも歩き出していたので顔を見ることは出来なかった。確かなのは、耳に残った言葉のみ。

 ヒラヒラと手を振りながら離れていく背中を、アンネローゼは立ち尽くしたまま見送った。

 

「……ありがとう、か。……ふふっ、ありがとうですって」

 

 先程まで重かった足が、何故か軽くなっていた。長年追い続けてきた宿敵に敗北したばかりだというのに、可笑しな話だ。

 

 アンネローゼは改めて強まった覚悟を胸に、歩き出した。喜びを隠しきれない口元と、自信に満ちた表情をして。

 

 

 本戦一回戦、第三試合。

 アンネローゼ・フシアナス対ライ・トーアム。

 

 ──勝者。『ライ・トーアム』

 

 

 

 




 ノリで入れた節穴ちゃんとの因縁がこんなに長くなるとは思ってもいませんでした……。

 ちなみにこの試合でライに賭けたシドは二重の意味で満足してます(笑)。


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28話 久しぶりだな

 

 

 

 

 

 昨日終わったアンネローゼとの試合に勝ったことで、俺は本戦の二回戦へと進出を決めた。久しぶりに満足のいく剣を振れたこともあり、自分で言うのも何だがとても機嫌が良い。

 今日は一日休養を取り、明日の二回戦に備える。アイリス王女からも『紅の騎士団』は休んで良いと言われているので、本日は完全にオフだ。

 

 

 ──そう、()()()()()

 

 

「じゃあ、いくよ?」

「……はいはい」

 

 俺に完全な休日など無い。所詮、『紅の騎士団』なんてのはバイトだ。本業にくっ付いた副業でしかない。副業がないなら本業が来るのは当たり前。なんでこの歳で社畜みたいなことしてるんだろうな。

 

 目の前でウキウキとした顔を晒すシドを見て、俺は深くため息を溢した。自分の部屋だというのに全く安らげない。このバカを迎撃するための防犯システムを本気でイータとシェリーに相談しようか悩むところだ。

 

 そんな俺の憎しみなど知る訳もなく、シドは懐から取り出した袋を机に置いた。俺もそれに続いて袋を取り出す。

 

「せーのっ!」

「……せーの」

 

 タイミングを合わせて袋の中身を机の上へ。机は一瞬でキラキラと輝く金貨で埋め尽くされ、シドが居なければ思いっきりガッツポーズでもしていた筈だ。

 

「あ〜っ、負けたか〜! やっぱり僕の方が大穴扱いだったんだ」

「嬉しそうだな」

「ジミナの実力を偽ることが出来たっていう何よりの証拠だからね」

 

 シドが俺のオフを潰し、部屋に突撃してきた理由は単純。『ブシン祭』の賭けで儲けた額を発表しようというものだった。最も、お互いがお互いにしか賭けていないため、俺の方が多くなるのは確実だっただろうが。

 

「ライが大穴扱いだったのは昨日の試合だけだったもんね。後は全部ライの方が優勢って見られてたし」

「お前は全部大穴だったからな。……あんなに弱そうじゃ無理もないけど、本戦に出た辺りぐらいから周りもいい加減気付けよな」

 

 そういえばヒョロはどうなったんだ? 二日前ぐらいから姿を見て……いや、考えるのはやめよう。多分、元気だろ。

 

「まあ、それだけ僕のパフォーマンスが完璧だったってことだね」

「調子乗んな。手遅れ厨二病患者。……満足したなら行けよ。俺は叩き起こされてイライラしてんだ。二度寝するから出てけ」

 

 ぶん殴って追い出したいところではあるが、そんな元気もない。俺はシドに対して即刻出ていくように口と指で命令した。

 

「ど、どうして窓を指差すのさ。ここ四階だよ? モブの僕がそんな高さから落ちたら大怪我するじゃん」

「ああ悪い、言葉が足りなかったな。──大怪我して出ていけ」

「酷くない……?」

「酷いのは急に突撃して来たお前だろうが」

 

 どうしてコイツはこう来て欲しくないタイミングで来るのだろう。狙ってやってるならマシな方だが、そんな意図が無いと分かっているので余計にタチが悪い。

 

「せっかく騎士団を休ませてもらってるってのに……」

「なんか忙しそうにしてるよね。ライのバイト先」

「バイト先とか言うな。……まあ、間違ってはねぇけど」

 

 忙しそうにしているのも、バイト感覚なのも間違ってはいない。給料を貰っている以上、真面目に働きはするけどな。

 

「ていうか、忙しいのはお前の婚約者のせいだろ。なあ? ローズ会長の恋人さんよぉ?」

「……どうしてそんな話になってるのか分からないんだけどね」

 

 先日、新聞の一面を独占した記事。それは『オリアナ王国』の王女であるローズ・オリアナが婚約者であるドエム・ケツハットを刺して逃亡したというものだった。

 留学に来ている王女というだけではなく、魔剣士学園の生徒会長としても知られているローズ会長。そんな品行方正な彼女が起こした大事件は瞬く間に国中へと広がっていった。

 

「婚約者の名前を聞いた時は爆笑してたが……そんな場合でもないんだよな」

「そだねー。ライはこの事件について詳しいのかと思ってたよ」

「いや、『ブシン祭』に集中して欲しいってアイリス王女が口止めしてたらしくてな。俺とクレアが知ったのは昨日、試合が終わった後の話だ」

 

 まさかの人物が殺人未遂。流石に驚いたけど、大会に専念しろと言われればやることもない。ローズ会長とは特に親しくもないし、団長命令を無視してまで助けようとは思えない。

 更に言えば『オリアナ王国』は自国の問題として解決すると発表しているらしく、『ミドガル王国』に手出し無用との声を上げた。下手に関われば国同士の関係に亀裂が入りかねない状況だ。

 

「『紅の騎士団』としては動けないが……お前が動くなら手を貸すぞ?」

「いや、いいよ。彼女には彼女の考えがあるんでしょ」

「……俺が言うのもなんだが、お前はドライだな」

「めちゃくちゃ驚いたけどね」

 

 軽い声で笑いながら楽な体勢を取るシド。多分深くは考えてないんだろう。コイツはその場その場で対応する〝出たとこ勝負タイプ〟。それが出来てしまう実力を持っているのが面倒なところでもある。

 

「そう言えば事件が起こってから一回だけ会ったんだよね。ローズ先輩と」

「は? マジで?」

「うん。シャドウの姿でピアノ使って遊んでたら、なんか迷い込んできたみたいでさ。丁度良かったから楽しませてもらったよ」

 

 何をしてんだコイツは。逃亡中の王女様相手でも厨二ムーブって。

 

「……ってか、ピアノってあれだろ? 俺も運ぶの手伝わされたやつだろ」

 

 本戦進出を決めるための予選終了後、騎士団として街を見回りをしていた時に俺はシドから急に呼び出された。見回りぐらいならサボっても良いかと思い行ってみると、そこにはデカいグランドピアノ。そして始まるピアノ泥棒。俺は行ったことを一瞬で後悔した。そこに関する学習能力は自分でも無いと思う。

 

「そうそう。あの日あの日」

「……お前って無駄に出来ること多いよな」

「最高の『陰の実力者』になるための努力は惜しんだことないからね」

「俺に対する気遣いも惜しむな」

 

 なんで『ライト』の姿になってまでピアノを運ばなきゃならんのだ。リーダーと副リーダーが一緒になってピアノを運んでいる光景なんて、他の皆んなには絶対に見せられないな。まあ、あの子達はそれにだって意味があると深読みしそうではあるが。

 

「ははっ、いつもありがとう」

「欠片も感謝を感じない言葉をどうも。……話は終わりだ。早く帰れ」

「まあまあ、そう言わずに。──()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

 

 楽しそうに笑うシドを見て、俺はトーナメント表を思い返していた。一回戦の相手はアンネローゼ。そして明日行われる二回戦、その相手は──ジミナ(シド)だった。

 

 想定していなかった訳ではない。むしろ、トーナメントの配置を知った瞬間から分かっていたことだ。

 

「……()()()()()()、か?」

「まさか。()()()()()()()()()

 

 シドの心からそう思っているような顔に、俺も口元が緩んだ。コイツのこういう部分は、そんなに嫌いではない。

 

 

「ライ。──僕が勝つよ」

「言ってろ。──勝つのは俺だ」

 

 

 その後、シドは無事に叩き出せた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 その日、【シャドウガーデン】最高幹部である【七陰】達は──胸の高鳴りを抑えられなかった。

 

 場所は『ブシン祭』が行われる会場。特別VIP席に比べればランクは落ちるが、一般人が取れる席としては最高級の観戦席に彼女達は座っていた。値段だけ見ればVIP席と言って良いレベルであり、試合が目の前で見られる席だ。観戦という点に於いて、これ以上の席はない。

 

 普段から【シャドウガーデン】を支える強者の彼女達も、この日ばかりは年相応の少女の顔をしている。アイドルのライブに来たような者も居れば、興奮が止まらずにメモ帳へ激しくペンを走らせる者も居た。

 

 

 それも無理はない。これから始まる試合は彼女達にとって文字通り──『特別』なのだから。

 

 

「おい見ろよ。すっげぇ美人が集まってるぞ」

「エルフに……あの子は獣人か?」

「っておい! 小説家の『ナツメ』先生じゃねぇか!?」

「それだけじゃねえって! 演奏家の『シロン』さんも居るぞ!」

 

 もちろん貸切という訳ではないため、他にも観客は居る。お互いの声が聞こえないような距離ではあるが、目を凝らせば顔は確認出来る。そのため他の者達が騒ぐのに、彼女達の知名度は十分過ぎた。

 

「俺知ってるぞ! あの人は『ミツゴシ商会』の会長だ!」

「どういう集まりなんだよ……。有名人ばっかじゃねぇか……」

「何話してんだろうなぁ」

「目の保養過ぎる……」

 

 座っている全員がとびきりの美女ばかり。男達の意識を独占してしまうのも当然であり、人によってはこれから始まる試合よりも真剣に目を酷使していた。

 しかし、当の彼女達は熱い視線を向けられていることなど気にもしておらず、興奮気味に試合開始を待ち侘びていた。

 

「まだ始まらないのです!? デルタ達遅刻したんじゃないですっ!?」

「お、落ち着きなさいよデルタ! 大丈夫だから!」

 

 尻尾をブンブンと振りながら子供のように騒ぐデルタと、そんな彼女を宥めるイプシロン。隣同士に座っているため、姉と妹のようにも見える。

 

「ちょっとガンマ! デルタを大人しくさせてよっ!」

 

 たまらず近くに座るガンマへ助けを求めたイプシロンだが、相手を間違えたとすぐに肩を落とした。

 

「主様とライト様の試合……私はなんて幸運なんでしょう。私如きでは結果を予想出来る筈もない。今はただこの幸せを……感じていたい」

 

 神に感謝する巫女のように手を合わせ、目を閉じていたガンマ。助力は期待出来ないと、イプシロンはため息を溢す。気持ちが分からなくないので、責める気にもなれなかったが。

 

「ベータ!」

「シャドウ様とライト様の戦いそれは主と右腕という信頼関係の上で行われる予想も出来ない戦いお互いの実力を知り尽くしているが故に無駄な攻撃など無い完成された剣が見られることは確実──」

「ああっ! もうっ!!」

 

 絶え間ない言葉と共にメモ帳と睨み合うベータを見て、イプシロンは再度諦めた。ガンマの隣に座っているベータも頼りにならない。

 肩を落とした彼女を救ったのは──『第一席』の存在であった。

 

「デルタ。──()()()()()()()

「ひゃっ、ひゃい! ごめんなさいなのですっ!」

 

 そこへ飛んできたのは、実質的な組織のまとめ役であるアルファからの一声。デルタがシャドウとライト以外に唯一格上と認めている人物なだけあり、騒いでいたデルタを一瞬で黙らせた。

 

「せっかく可愛い洋服を着せてあげたんだから、お淑やかにしなさい。彼らの試合なら、もうすぐよ」

「わ、わかったのです……」

「ふふっ、良い子ね。偉いわ、デルタ」

 

 反省したように耳を畳んだデルタだったが、アルファから褒められすぐに笑顔に。単純過ぎる性格にイプシロンが呆れるが、ようやく静かになったと安堵した。

 

 現在、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロンの順で席に座っており、他に予約した席が後三席残っている。

 一番離れた場所に座っているというのに、結局デルタを大人しくさせたのはアルファ。イプシロンは改めて彼女の凄さを理解させられた。

 

「そういえば……この子達はまだ来ないのですか? アルファ様」

 

 少し心配そうな顔で自身の隣の席を見たイプシロン。試合開始が近いというのにまだ席に来ていない()()のことを気遣っているのだ。

 イプシロンの優しさにアルファは妖艶な笑みを浮かべると、優雅な仕草で髪を耳に掛けながら返答した。

 

「心配しなくてもすぐに来るわ。イータとシェリーは今頃、ライトの激励に行っているでしょうから」

「ええっ!? そうなんですか!?」

「あら? 貴女もシャドウの激励に行きたかった?」

「い、いえっ! ……そんなことは」

 

 明らかに行きたかったというイプシロンの顔を見て、アルファは可愛らしく笑う。自身もライに会いたかったが我慢したからだ。これから始まる試合に、全神経を集中させられるように。

 

「あの子についても心配は無用よ。ちゃんと来てるでしょうから。……シャドウとライトの勝負。それをあの子が見逃す訳ないもの」

「そ、そうですね。ありがとうございます」

「楽しみましょう? 間違いなく、素晴らしい勝負になるでしょうから」

 

 聞いた話によると、昨日シャドウがライトの部屋を訪れたらしい。今日の試合に対する覚悟をぶつけ合ったのだろうと予想したアルファは、これから始まる試合を誰よりも楽しみにしていた。

 

 それに加えて久しぶりに──()()()()()

 仲間を家族のように大切にしているアルファにとって、今日という日は心から喜ばしい日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──〝ちびっ子コンビ〟襲来。

 俺の目の前の状況を簡潔に説明するのに、これ以上の言葉は無いだろう。

 

 場所は試合会場へと続く入場通路。そこには子供のようにはしゃぐテンションの高い声と、眠そうな大人しい声が響いていた。

 

「ラ、ライ君! あの、頑張ってくださいっ!」

「シェリー。それ言うの……八回目」

「はっ! そ、そうですね! イータさん」

「でも、応援は……良いこと」

「ですねっ! ライ君! 頑張ってください!」

「……九回目。ぶいぶい」

 

 楽しそう(小並感)。

 

 二分前ぐらいから一方的に繰り広げられているほのぼの応援に、俺はしっかりと癒されていた。力が抜けそうな会話を試合前にされるのは賛否が別れる所だろうが、俺からすれば特に問題はない。

 むしろシェリーとイータが応援に来てくれて素直に嬉しい。こんな小さい美少女コンビが実は世界最高峰の発明家達であるとは、誰も見抜けないだろうな。作る物もえげつない物ばかりだし。

 

「ありがとな。シェリー、イータ。そろそろ席に戻った方が良いぞ。ここから少し距離があるんだから」

 

 後十分もしない内に、試合が始まる。この二人の歩行速度を考えると、今から席に向かって丁度良いぐらいだ。

 

「分かりました! 応援してますっ! あっ、もちろんシド君も──」

「シェリー、だめ」

「そ、そうでしたっ! 言ってません! 何も言ってません!」

 

 楽しそう(小並感)。

 

「イータ。ちゃんとシェリーを案内してやれよ? 迷子にならないようにな」

「うん、分かった」

「シェリー。ちゃんとイータを歩かせてやれよ? その辺で寝ないようにな」

「はい! 分かりましたっ!」

 

 ガシッと手を繋ぎ、笑顔と無表情で頷いたちびっ子コンビ。何回話してても初めてのおつかい感が抜けないんだよなぁ。

 

「じゃあ、ライ君。また後で」

「ばいばい」

「おう、しっかり観てろよ」

 

 とてとてという効果音が付きそうな走り方で去っていくシェリーとイータ。転ぶことなく階段を登り切ったのを確認し、俺は試合会場の方へ身体を向けた。腰にある二本の剣の重みと共に。

 

「──妹さんですか?」

 

 ニコニコと評判の良さそうな笑顔で話しかけてきたのは案内係のお姉さん。選手の身体検査と入場の見送りをしてくれる人だ。危険物の持ち込みなどしていないので、後は見送ってもらうだけである。

 

「ええまあ、そんなところです」

「可愛らしい子達ですね。特に桃色の髪をした女の子」

「ああ見えて頭が良いんですよ。得意分野なら国一番でしょうね」

「ふふっ、お兄さんは妹さんが大好きなんですね」

「そうですね。大切な存在です」

 

 楽しそうに笑っているお姉さん。美人で礼儀正しく、背筋も伸びている。そう──()()()()()()()

 

「……茶番はこんなもんか? 満足しただろ」

「えっ? 急にどうされ…………はぁ、なんでバレちゃうかなぁ」

 

 理想の美人を続けようとしたみたいだが、すぐに観念して表情を崩した。相変わらず切り替えの早い奴だ。昔から少しも変わってない。

 

 そうしてお姉さんだった顔を捨てると、残念そうな顔と声で『()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「久しぶりだな。──〝ゼータ〟

 

 

 

 




 まさかの最高戦力集結。

 ドMケツバット「……どうすればええんや」
 ブシン祭・会場「……どうすればええんや」
 作者「……どうすればええんや」


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29話 綺麗な石でも落ちてたか?

 

 

 

 

 

「んん……どうして主とライトには簡単にバレちゃうのかなぁ。アルファ様にだってこんなに早くバレないよ?」

 

 変装を解いたからか、伸びをしながら声を溢すゼータ。獣人特有の耳をピョコピョコと動かしており、表情はどこか不満気だ。

 

「なんとなく、としか言えないな」

「……相変わらずふわっとしてるね」

「それで成長出来るのがお前だろ?」

 

 同じ感覚派だからか、俺とゼータの相性は良い。俺が何か手本を見せてやり方を教えてやると、すぐに問題なく覚えてしまう才能の持ち主だ。二つ名が『天賦』なだけある。

 

「まあ強いて言うなら、背筋が伸び過ぎだった。教えただろ? 自然にしようとし過ぎるのは、逆に違和感を生むってな」

「……猫背なりに頑張ったんだけどね。……相変わらず、()()は厳しいや」

 

 拗ねたように腕を組むゼータを見て、俺はなんだか懐かしい気分になった。師匠なんて思ってもないくせに、捻くれた奴だ。

 

「にしても帰って来てたんだな。報告ぐらいしろよ」

 

 隠密行動や情報収集を主な活動としているゼータ。その活動範囲は世界中にまで広がっており、【七陰】の中で最も組織に帰って来ない。顔を見ることが出来れば幸運のレアキャラとも言える。

 

「ビックリさせようと思ったんだ。すぐにバレちゃったけどね」

「いや、驚いたよ。昔より上手くなったな。流石だ」

「……お世辞とか、要らないし」

 

 口元を手で押さえるゼータ。褒められた時によくやっていた癖のようなものだ。瞬間的に耳を魔力で強化すると、僅かにゴロゴロという音を捉えた。喉を鳴らさないようにする技術はまだ未熟らしい。

 

「任務は順調か? 何してるか知らないけど」

「『教団』の調査だよ。順調かと訊かれれば、順調かな」

「機嫌良いな。何か良いことでもあったのか?」

 

 鼻歌でも始めそうなゼータのテンションに、俺は少し違和感を覚える。暗い奴ではなかったが、ここまで明るい奴でもなかった筈だ。

 

「まあ、ね。この国に来る前に……()()()()()()()()

 

 なるほど。それはご機嫌なのも納得だわ。

 

「元気にしてたか?」

「うん。お母様とお父様、弟も元気そうだったよ。……久しぶりに顔が見られて嬉しかった」

「そうかい。そりゃ何よりだ」

 

 照れ臭そうに話すゼータを見て、微笑ましい気持ちになってしまう。シェリーやイータと言い、これから真剣勝負する男をほのぼのさせてどうすんだよ。迷惑とは言わないけどさ。

 

「あの日、ライトが私と私の家族を助けてくれたお陰だよ。……ありがと」

「だから何度も言ってるだろ。そうなったのはただの偶然だって。お前の運が良かっただけだ」

 

 ゼータは大袈裟に言っているが、単純な話だ。『悪魔憑き』を発症した者は家族からであろうと迫害される。でも、ゼータの家族は例外だった。腐り落ちていくゼータをどうにかして助けようと行動を始めたのだ。

 しかしこのクソッタレな世界がそんな優しい家族を見逃す訳もなく、ゼータの家族は『ディアボロス教団』に目を付けられた。そして家族全員を殺されそうになっていたところへ、たまたま俺が居合わせただけのことだ。

 

(あの時は俺の機嫌が悪かったからなぁ……『教団』相手とは言え皆殺しはやり過ぎたな)

 

 アンネローゼの影響で『ベガルタ』武者修行のことを思い出した今だからこそ言える。ゼータの家族を助けたのは俺が武者修行から帰る途中の話だったということを。

 

 馬車に乗りたくないから走って帰ってたり、遠くまで来て得るものが何も無かったり、帰ったらアホ厨二の相手をしなきゃいけなかったりで、その時の俺の機嫌はめちゃくちゃ悪かった。そんな状態で下衆どもを発見したら、まあムカつくよな。

 

(どんな奴が居たっけ……忘れたな)

 

 リーダーっぽい奴の首を跳ね飛ばしたことまでは覚えているが、それ以外の記憶が全く無い。まあ、その程度なら大した奴らじゃなかったんだろ。むしろその後に家族全員で泣きながら感謝されたことの方が対応するの大変だった。正直、ストレス発散出来てラッキーぐらいにも思ってたからな。土下座までされたのは良心が痛んだ。

 

「『悪魔憑き』を治したのだってシャドウだしな。俺はただ案内しただけだよ」

「……素直に感謝されれば良いのに。捻くれてるね」

「お前に言われたくない」

 

 てか全部事実なんだけどな。今も昔も、俺に『悪魔憑き』は治せない。だからゼータを救ったのはシャドウだし、家族の安全を保証したのは【シャドウガーデン】の手柄だ。俺は本当に偶然通りかかってイライラをぶつけただけ、誇れるようなことだとは到底思えない。

 

「まあ……良いけどね。ライトらしいよ」

「褒められてはないな」

「あっ、試合始まりそうだよ」

 

 誤魔化しやがった、にゃんこ娘め。

 しかし嘘を言っている訳ではなく、本当に試合開始が迫っていた。そろそろ試合会場に出ておかなければいけない時間だ。

 

「アルファ達がどこに座ってるか分かるか?」

「……子供扱いしてる? バカにしないでよね」

 

 目を細めながら睨んでくるゼータ。そういうところが子供っぽいんだよな。怒られるだろうから言わないけど。

 

「悪い悪い。早く席に着いて、しっかり観てろよ」

「分かってる。……じゃっ、楽しみにしてるよ。主とライトの戦い」

「ああ、面白いもんを見せてやる」

 

 ふわふわとした毛並みの尻尾を揺らしながら、ゼータも出口である階段へと歩き出す。クリーム色の柔らかそうな尻尾は昔と変わらずモフりたくなるぐらい魅力的だ。セクハラって言われたら勝てないから自重するが。

 

「ゼータ」

「なーに?」

 

 振り向くこともせずに返事をしたゼータ。俺はそんな弟子に、悪戯心を込めて言葉を放った。

 

「俺とシド……()()()()()()()?」

 

 それに対するゼータの返答はたった一言だった。

 

 

「──『ライト』だよ」

 

 

 さて……気合い入れていこうか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

『盛り上がってきた本戦・二回戦ッ! 本日一発目から目が離せない試合となっているぞぉぉぉォォッ!!!』

 

 連日司会をしているというのに声の張りが落ちない司会者。そんなハイテンションの声に観客達は興奮を更に高め、これから始まる試合へ期待に胸を膨らませた。

 

『まずはこの選手を紹介せねばなるまいッ! 二日前に行われた一回戦では圧倒的な力であのアンネローゼ選手を打ち倒した実力者ッ! その才能に限界は無いッ! 二刀流の大怪物(モンスター)ッ! ライ・トーアムゥゥゥゥッ!!!』

 

 アンネローゼとの試合にて評価が爆上がりしてしまったライ。当然の如く優勝候補にまでなってしまい、注目度は一目で分かる程に跳ね上がった。

 

 二刀流というあまり目にすることのない剣技が魅力なのもあるが、黄色い歓声が多いことからライ自身に人気が出ていることも分かる。それを聞いていた金髪碧眼美少女エルフが良い顔をしなかったことで、周りの知人達は怯えながら背筋を正した。

 

『そして対峙するのは今大会の大番狂せ(ダークホース)ッ! ジミナ・セーネェェェェェンッ!!! 全く未知数の力で本戦まで勝ち上がって来た謎の男ッ! 若き天才剣士を相手にどんな戦いを見せてくれるのかァァッ!!』

 

 会場の熱気はこれ以上ない頂点(ピーク)

 選手も両者出揃い、後は試合開始の宣言を行うのみとなった。

 

『さあッ!! 両選手! 剣を引き抜いたァァァァッ!!』

 

 ジミナの一本に対し、ライが引き抜いた剣は──二本。

 天才が最初から全力の力を振るうと分かり、観客達は興奮から身体を震わせた。一瞬も見逃せない戦いが始まると、全員が本能で直感する。支払ったチケット代以上のものが見られるのだと、誰も疑いはしなかった。

 

 ある者は穏やかな笑みを浮かべ、ある者は涙ながらにメモを取る。ある者は幸福な顔で手を握り、ある者は嬉しそうに尻尾を振る。ある者は憧れへ目を輝かせ、ある者は緩やかに喉を鳴らした。ある者は映像記録のアーティファクトを起動し、ある者は楽しそうにアホ毛を揺らした。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 ──しかし、会場のボルテージが最高潮に達している中で、全く逆のテンションを維持している者達が居た。無言で向かい合う、ライとジミナ(シド)であった。

 

 ライの装備はアンネローゼの時と変わらず軽量、スピードを重視した鎧となっている。二振りの剣の素材となった金属は魔力伝導率が脅威の85%。この大会のためにライが貯金を使って手に入れた至高の一品となっている。

 

 対するジミナは装備こそライよりしっかりしているが、全体的に年季が入っておりとても古めかしい。手に持っている剣は刃こぼれすらしており、ライの剣とは比べるのも失礼な程にお粗末だ。

 

 前評判ではライが圧倒的に有利。何をしているか理解不能な実力者よりも、見ているだけで強いと分かる実力者が信じられるのは当然のことだ。

 

 だが、上辺だけの情報(そんなもの)に──()()()()()()()()

 

 長年『行動』を共にし、長年『言葉』を交わし、長年『実力』を競い合った。今更、彼らは口で語り合う関係性ではない。意志で、拳で、剣で。何年もかけて積み上げてきた戦いの歴史だけが、彼らにとって唯一の会話に──。

 

「おい、目の下に隈が出来てるぞ。負けるのが怖くて寝られなかったのか?」

「寝不足に見えるか? そちらの目は節穴のようだ」

「声だけはカッコいいじゃねぇか。声だけはな」

「フッ、褒め言葉と受け取っておこう」

「それ以外が全部ダッセェって言ってんだよ」

「そんなことはない」

「いやダサいし」

「……そんなことはない」

 

 ──なるという事もなく、しっかりと口でも言い合っていた。内容は子供でも言わなそうな程に幼稚。観客達に彼らの声が聞こえていないことだけが、まだ救いと言えるだろう。

 

「両者! 準備は……」

「なんだその剣、ゴミ捨て場から拾ってきたのか?」

「鎖に繋がれた獣を斬るには、これで十分だ」

「ほおー、言ってくれるな。死んだ魚の目してるくせに」

「〝デスフィッシュ・アイ〟と言え」

「ああ分かった。〝バカめっちゃ・バカ〟」

 

 審判の声掛けを気にすることなく、まだ続く言い合い。緊張や焦りからされている訳でなく、普段からこの二人はこうだった。

 

「大体、鎖に繋がれてるのはお互い様だろ」

「貴様程ではない」

「二刀流だぞ?」

「我が魔力は惜しまんぞ」

「それだけで俺に勝てると?」

「負けるとも思えないな」

「剣だけの勝負でほぼ負けてることを忘れたか?」

「魔力有りの勝負で負け越していることを忘れたようだな」

「……あ、あの、準備は……」

 

 次第にムカつき始めたのか、ライとジミナの表情がピクピクと動く。間に立っている審判は無視されていることに傷付きつつ、どんどん増大していくプレッシャーに震え出した。第三者から見れば、ドラゴン同士の睨み合いに、ネズミが挟まっているような光景だ。

 

「いつでも構わん」

「同じく」

 

 どうやら一応耳には届いていたようで、二人は互いに構えを取った。ライは両方の剣の先端を地面へと向けて自然体に、ジミナはだらんと脱力したままの無防備な体勢に。

 

 涙を流しそうになっていた審判はチャンスを逃すまいと、手を高く上げる。そして間を置くことなく、試合開始の宣言と共に勢い良く振り下ろした。

 

 

「本戦二回戦! 第一試合! ライ・トーアム対ジミナ・セーネンッ! 試合開始ィィィィッ!!!」

 

 

 審判の手が振り下ろされた瞬間、ライが動く。

 ──否、()()()()()()()()

 

「マジか」

 

 ジミナとしての口調も忘れ、シドが一秒遅れで脱力していた腕を動かした。振り上げた剣はどうにか間に合い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を真上に向かって弾き飛ばしたのだった。

 

(これって『全力』の投擲じゃない?)

 

 後コンマ数秒遅れていれば、間違いなく顔面は串刺しになっていた。魔力こそ纏わされていなかったが、投げられた速度は間違いなく全力によるもの。開始直後に殺されかけたことではなく、シドはライの『手加減の無さ』に対して驚きを隠せなかった。

 

 ライがシドの性格を理解しているように、シドもまたライの性格を誰よりも理解している。短気で面倒臭がり屋、冷たい部分があるかと思えば情に厚く涙脆い面もある。そして何より──〝目立つことを嫌う〟男だった。

 だと言うのに、開始から全力の殺意マシマシ剣ぶっぱ。シドの思考は停止寸前にまで追い込まれた。

 

 そしてそのチャンスを逃すライではない。伊達に何年も右腕をやっていないのだ。むしろシドが混乱していることは狙い通り、追撃までに硬直がないのは当然のことだった。

 ライは魔力で強化した脚力を発揮し、十メートル程あった互いの距離を一瞬で0にした。

 

「ハァァッッ!!!」

 

 左手に持つ剣による下からの斬り上げ。飛んできた剣は右手で投げられたようだ。そんな確認を一瞬で済ませると、シドは体勢を崩しながらも剣を下げてライからの一撃を辛うじて防いだ。

 ガキィィィィインッという金属音と共に激しい火花が散る。出鼻を挫かれそうになったがどうにか凌いだ。シドを含め、一連の流れが見えていた【七陰】もそう思った。

 

 ただ一人、『ライ・トーアム』を除いて。

 

 シドの目に映ったのは、三日月のように上がったライの口角。その瞬間、シドは確信した。

 

 

 ──ああ……()()()()、と。

 

 

 目立ちたくないからこそ、『ライト』としての実力は使わない。戦闘全てを『ライ・トーアム』としての実力で行う。シドはそう、信じて疑わなかった。その思考が、ライによって読まれているとも知らずに。

 

 剣を投げた時、距離を詰めた時。この二つの行動速度は『ライ・トーアム』では()()()()()()()()()()()

 先入観、そして長年付き合ってきた経験による信頼。全ての要素が、シドに大きな隙を作ってしまった。次にライから放たれる攻撃に対して、何も対抗出来ない程の──致命的な隙を。

 

(確かに、全く使わないとは……誰も言ってないよね)

 

 自身の顔面に再び危険が迫る。それは銀色の魔力を浴びた右拳によるグーパンチ。残酷なことに、シドにこれを避ける術は残されていなかった。

 

 

〝ドオォォォォォンッッッ〟

 

 

 まるで隕石が落ちたような爆音が会場に響く。

 左頬へ見事に決まった拳はシドを地面へと叩き付け、クレーターを作った。そのまま勢い余ってバウンドしたところで、シドの身体は転がるのをやめた。

 

 正しく〝電光石火〟。騎士としてはどうなのか、そんなことはどうでも良い。命懸けの真剣勝負。彼らの戦いは、常にそうあってきたのだから。

 

 今回の結果は単純な話。

 ライの負けず嫌いが、シドを上回っただけのこと。

 

「……やってくれる」

 

 殴り飛ばされたというのに、どこか楽しそうな顔を見せるジミナ。

 ライはそんな彼を見下ろしながら、まるで落ちてくる場所が分かっていたかのように先ほど真上へ弾き飛ばされた剣を右手でキャッチ。そのまま肩へと担いだ。

 

 そして()()()()()()()()、うつ伏せに倒れるシドへ、ライはこれ以上ない程の良い顔で言葉を放った。

 

 

 

「どうした? ──綺麗な石でも落ちてたか?

 

 

 

 




 ブシン祭・会場 『HP』72/100
 ジミナ(シド) 『HP』98/100


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30話 ただの負けず嫌いよ

 

 

 

 

 

 これは──とある『約束』の記憶。

 

 

 雲一つない青空が広がる早朝。

 シド・カゲノーとライ・トーアムの二人は、人里離れた土地で仲良く揃って大の字に倒れていた。周りの大地はどこを見ても荒れており、まるで地震でも起きたかのような光景だ。

 

「……んー。引き分け、かな」

「はぁ……はぁ……そういうことに……しておいてやるよ」

 

 やはりと言うべきか、この光景を作り出したのはこの二人であった。日課である真剣勝負を終えたばかりであり、シドもライも身体はボロボロに汚れ切っていた。

 今回の勝負は引き分けに落ち着いたようで、シドはともかくライはとても悔しそうな顔をしている。

 

「これで〝魔力有り〟の勝負は……1248戦中、僕の945勝275敗28分だね」

「……本当、無駄に良い記憶力だよな。お前」

「ライは275勝945敗28分だよ」

「分かってるわッ! わざわざ言うなッ!!」

「あははっ」

 

 ヘラヘラと笑うシドに怒鳴るライだが、無駄な労力だとすぐに口を閉じる。イライラしたところで、終わってしまった勝負の結果が変わることなどない。だからこそ、終わってしまった勝負の結果を誇ることも出来るのだ。

 

「〝魔力無し〟の『剣』勝負なら……436戦中、俺の431勝5敗だ」

「ライも僕のこと言えないじゃん。しっかり記憶してるじゃん」

「当然だろ。覚えてないとお前は黒星を誤魔化すからな」

「そんな小さいことしないって……ちなみに〝魔力無し〟の『体術』勝負は174戦中、僕の──」

「あー、うるせぇうるせぇ〜」

「負けず嫌いだね。ライは」

「お前もだろが」

 

 性格や考えは違えど、本質は結局のところほぼ変わらない。所謂、どっちもどっちというやつだ。

 苦い記憶を呼び起こしたからか、ライは表情を歪めながらゆっくりと身体を起こす。そのまま近くにある()()()()大岩へと腰掛け、身体の力を抜くようにため息を溢した。

 

「……にしても、俺達のやってることって変わんねぇな。今更だけど」

「本当に今更だね」

「ふと思ったんだよ。明日から故郷を出て……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言われてみればその通りだなと素直に同意するシド。互いに今年の年齢は十五歳。貴族のしきたりに従い、二人は『ミドガル王国』へ出ることになっていた。

 

 明日からそれなりに長く故郷を離れるというのに、やっていることはいつもと同じ。アルファ達【七陰】が世界中で働いていることを知っているため、ライはなんだか自分のことが情けなくなっていた。

 

「楽しみだよね〜、魔剣士学園」

「俺達は特待生としての入学だから、気を張ってなきゃいけないのが面倒だけどな」

 

 ライの言葉にきょとんとした顔を見せるシド。すると勝手に納得したのか、ポンッと軽く手を叩いた。

 

「そっか。ライには言ってなかったっけ」

「ん? 何がだ?」

「あー、いいや。明日話すよ、行きの列車の中とかね」

「そうかよ。まっ、大して興味はねぇけどな」

 

 モブとして生きるための隠れ蓑とされることを、ライはまだ知るはずもなかった。

 

「強い人とか居ると良いね〜」

「そりゃ居るだろ。王都だぞ?」

「僕達が敵わないぐらい強いと嬉しいよね」

「そうでなきゃ面白くないしな。だからこそ、勝負の黒星・白星に価値が出てくるってもんだ」

 

 どこかわくわくしているような年相応の顔で語り合う二人。シドは『強さ』に、ライは『勝負』に対して純粋な想いを持っており、王都に居るであろう強者達との出会いに期待していた。残念ながら、そんな存在は世界中探しても見つからないのだが。

 

「まあ所詮、俺達がやってきた戦いなんて〝記録〟には残らないもんだしな」

「僕達の〝記憶〟には残るよ」

「上手いこと言ったみたいな顔すんな。石投げるぞ」

「投げてから言うのやめて……」

 

 空気を切り裂く速度で投げられた小石を、首を傾げることでひょいっと避けたシド。最初から当たるとは思っていなかったのか、ライはどうでも良さそうな顔をしている。

 

「でも記録かぁ。確かにそれはあるよね」

「学園じゃ公式戦扱いだからな。戦績によって与えられる評価も変わってくる」

「そっかー、実力主義ってやつだね」

「俺は気に入ってるぞ。分かりやすくて良い」

 

 それに……と続けて、ライは不適な笑みを浮かべた。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()……面白そうだしな」

 

 記憶ではなく、記録に残る敗北。それを与えられたのなら、これまで積み上げてきた敗北全てが吹き飛ぶような爽快感を味わえることだろう。

 挑発以外の何者でもないライからの言葉を受け、シドも緩やかに口角を上げた。

 

「いつかやれると良いね。そういう勝負」

「いくらでもチャンスはあるだろ。三年は居るんだ。問題起こして退学させられない限りはな」

「変装とかしないとなぁ」

「は? なんで?」

「ううん。こっちの話だよ」

「……また碌でもないこと考えてんだろ」

 

 単なる口約束。保証人も居なければ、法的な効力もない約束。しかし、当人達だけは分かっている。この些細な約束が、いずれ必ず果たされる日が来ることを。

 

 公式戦での〝真剣勝負〟。

 

 そんな二人の約束は──『ブシン祭』という大舞台で実現することとなったのだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 本戦二回戦・第一試合。

 ライ・トーアム対ジミナ・セーネンの戦いは、試合開始直後に放たれたライの隕石の如き拳によって開幕。観客全員の意識も同時にぶん殴ったような始まりに、会場内には人々の僅かな息遣いしか残りはしなかった。

 

 驚愕、などという言葉では足りない。呆然、というにも不十分。観客達の状態を表すならばそう──〝停止〟である。

 

 一つの瞬きをする間に何度剣と剣がぶつかったのかすら分からない。耳に届く金属音と目で捉えている光景に違和感を覚えてしまうほどだ。

 奇抜な動きを見せられている訳ではないにも関わらず、観客達にはライとジミナの打ち合いが正しく認識出来ない。自らが持つ常識と、見せられている戦いの常識が同じではないのだ。

 

 ──故に、観客達は〝停止〟していた。

 

 しかし、そんな異次元の戦いを正確に『認識』している者達も居る。現在進行形で剣を交える二人と浅くない関わりを持つ者達であり、世界的に見ても上位に来るであろう実力者達でもあった。

 

「いけいけーっ! なのですーっ!! デルタが応援するのですーっ!!」

 

 黒いワイシャツとグレーのズボンというシンプルな服装のデルタが全力ではしゃぐ。VIP席ということもあり他の観客の迷惑にはなっていないが、同じVIP席で観戦する者にとっては話が変わってくる。特に、デルタと相性の悪い者ならば尚更だ。

 

「うるさいなぁ! バカ犬! 静かにしてくれない!?」

「デルタはバカじゃない! メス猫の方がうるさいのですっ!!」

「そんな訳ないじゃんっ! ワンちゃんが隣でキャーキャーうるさいから私の応援がライト……ーアムに聞こえないでしょっ!!」

 

 怒りながらも冷静に叫び返したのはゼータ。服装はデルタと対照的であり、白のワイシャツにベージュのズボンとなっている。お互いにシンプルなファッションだが元の素材が良いためとても似合っていた。

 だが、そんな美人コンビも大声で喧嘩していれば子供にしか見えない。昔から犬猿の仲である二人にとって、同じ席で()()()()()()()()()というのは地雷でしかなかった。

 

「この戦いはボスが勝つのですっ! 後でデルタの応援で勝てたよって褒めてもらうのですっ!」

「ボスって言うな! バカ犬! ちゃんとシド……じゃなくて、ジミナって言えっ!!」

「またバカって言ったなメス猫っ!! ライが負けそうだからってビビってるのですっ!!」

「誰がビビってるって!? そもそもライは負けそうになんかなってない! 今だってジミナの剣を捌いてるじゃん!」

「うっ……。でもでも! 攻めているのはジミナの方なのですっ!」

「ライはカウンター狙いなんだよ! そんなことも分からないの?」

「ジミナがそのまま勝つに決まってる!!」

「勝つのはライだからっ!!」

 

 最早試合から視線を外し、至近距離で睨み合うデルタとゼータ。一触即発の空気を切り裂いたのは──やはりというかまとめ役(アルファ)だった。

 

「──そこまでよ。デルタ、ゼータ」

 

 僅かに魔力の乗った一言。それを聞いただけで、デルタとゼータは動きを止める。そしてゆっくり席に座り直すと、揃って耳をだらんと畳んだ。

 

「二人の応援に夢中になるのは良いけど、喧嘩はしないこと。……良いわね?」

「「は、はい……アルファ様」」

「よろしい。良い子ね」

 

 日傘の下で柔らかく微笑むアルファに、デルタとゼータの耳が再び立ち上がった。こちらもこちらで、似た者同士なのかもしれない。

 

「でも勝つのはジミナなのですっ!」

「だから勝つのはライだってっ!」

「あーっ! 今ライが目の前の壁を走ったのですっ! すごいっ!!」

「ええっ!? ……ちょっと!! 私見てなかったんだけど!!」

「よそ見をしたゼータが悪いのですっ! デルタは悪くないのですぅ!」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 選手が放つ攻撃の余波から観客達を守るため、観客席の前には魔力障壁が展開されている。VIP席前の魔力障壁をライが壁走りしながら飛翔するジミナと打ち合っていたところだったようで、ゼータは良い所を見逃したと肩を落とした。

 

「困った子達ね。貴女もそう思わない? ……ベータ?」

 

 返事が来ないことを不思議に思いアルファが隣へと視線を向けるが、そこにはさっきまで座っていた筈の第二席の姿はなかった。

 代わりと言わんばかりにアルファの耳に聞こえてきたのは、憧れのアイドルに向かってするような歓喜の叫びを上げる二人の少女の声だった。

 

「「きゃああああっ!! ジミナ様ぁぁぁぁぁっ!!!」」

「……はぁ。本当に困った子達ね」

 

 いつの間にかイプシロンの席にまで移動していたベータ。シャドウに対する想いが人一倍強い二人が集まってしまったことで、その周辺は黄色い歓声で定員オーバーしていた。

 

「イータ! ちゃんとジミナ様の姿を撮ってるわよね!? あっ、もちろんライ様のもよっ!?」

「……う、うん。……撮ってる」

 

 イプシロンに肩を掴まれ、ガックンガックンと揺さぶられるイータ。映像記録のアーティファクトを起動しているため、厄介ファンからの圧力に潰されそうになっていた。

 

「ああぁぁぁっ!! 今何か喋ってたわよっ!! シェリー!? ちゃんと録音しましたかっ!? しましたよねっ!?」

「は、はい〜! だ、大丈夫ですぅ〜!!」

 

 そしてピンク髪のアホ毛少女・シェリーも同じ状況に置かれていた。最近【シャドウガーデン】に加入したばかりとは思えない馴染み具合でベータからガックンガックンと揺さぶられ、音声記録のアーティファクトを落とさないよう必死になって録音していた。

 

「ちょっとベータ! あんまり騒ぐと貴女の声が録音されるでしょっ!? 試合の音声が入らなくなるじゃないっ!」

「イプシロンこそっ! イータを揺らすのやめてくれるかしらっ!? 肝心の映像がブレまくりなんてあってはならないことよっ!?」

 

 演奏家シロン、小説家ナツメ。一般人にも広く知られている有名人だと言うのに、醜い争いを全力展開。周りの観客達が試合に意識を持っていかれていなければ、僅かなイメージダウンもあり得たかもしれない。

 

「二人とも……邪魔」

「あ、あの、揺らさないでもらえると……」

「「何か言ったっ!?!?」」

 

 ダメだこれはと、アルファが再びため息を溢す。そしてそれと同時に、抑えきれないといった様子で優しい笑みを浮かべる。日傘をクルクルと穏やかに回しながら、青色の瞳を光らせた。

 チラッと唯一静かにしているガンマを見てみるが、やはり普通の状態ではない。一筋の涙を流し、手を組んで試合に意識を向けている。神を崇める信者にしか見えない。

 

(普段はしっかりしているのに、貴方達が絡むとこうなるんだから。……ふふっ、仕方ないわね)

 

 邪悪な顔で二刀流を振るうライと、無表情ながらも覇気を感じさせるジミナ。ほぼ無音となった会場に響く剣戟は、何故か耳心地が良い。

 

「アルファ様!! メス猫に言ってやってほしいのですっ!」

「アルファ様!! バカ犬に言ってやってよっ!!」

「……えっ? どうしたの?」

 

 アルファがただ一人優雅に観戦していると、デルタとゼータが近くに寄って来た。睨み合いは続いていたようで、バチバチと火花が散っている。

 問題児二人に困ったような反応を見せながらも、アルファは優しい声音で返した。

 

「勝つのはジミナなのです!? アルファ様はどう思うのですっ!?」

「ライだよねっ!? アルファ様!」

 

 日傘を回していた手を止め、アルファが顎に手を当てる。何やらベータとイプシロン、イータとシェリーにも視線を向けられており、自身の発言が全員から注目されていると感じたからだ。

 

「ライ様は言うまでもなく強いですが……流石にジミナ様でしょう。ねぇ? イプシロン」

「……そうね。ライ様を応援したい気持ちもあるけれど、ジミナ様が負けるところは想像出来ないわ。ライ様は魔力を制限されているようですし」

「私も……そう……思う」

「わっ、私は……分かりませんっ!!」

 

 他四人からの意見もほとんどがジミナ(シド)の勝利を予想。全力全開の勝負なら予想など出来る筈もないが、ライが所々しか本気を出していないことを考えれば当然の結果であった。

 

「でも、どうしてライは魔力を抑えているのです? 本気で戦って欲しいのですっ!」

「そんなこと出来る訳ないでしょ。万が一にもライの正体がバレるようなこと、する筈がないじゃん」

 

 デルタの疑問に呆れながら答えるゼータ。すぐに納得させられたのか、デルタも特に言い返しはしなかった。

 

「そうですね。あの二人が勝負をしているということは……何か深い意味がある筈ですが」

「当然よ。……まあ、私達じゃ想像もつかないんだけどね」

 

 冷静に思考を巡らせるベータと、同意しながらも答えを放棄するイプシロン。互いに主への深い信頼が、そのまま深読みの方向へと舵を取らせてしまっていた。

 

 頭を悩ませる面々を見て、吹き出しそうになるアルファ。見当違いな言葉に、思わず笑ってしまったようだ。

 

「ア、アルファ様……?」

「どうされましたか?」

 

 冷静沈着なリーダーの予想外過ぎる反応に、ベータとイプシロンが動揺。デルタは首を傾げ、ゼータは腕を組んだ。イータとシェリーは試合の記録を取りながらも、意識だけはアルファへと向けている。

 

「……そうね。そもそもこの戦いに──()()()()()()()()()()()

 

 綺麗な声で告げられたのは、衝撃の一言。その場に居た者達の中で誰も予想していなかった言葉であった。

 

「……えっ? 意味が……ない?」

「ど、どういうことですか……?」

 

 こればかりは付き合いの長さとしか説明が出来ないものだ。アルファは知っている。【シャドウガーデン】のメンバーが三人だけだった最初期の頃を。リーダーと副リーダーが絶えず力を競い合っていたことを。彼女は誰よりも側で、それを見てきたのだから。

 

「言葉通りよ。……ふふっ。あれはそう、そうね。()()()()()()()──」

 

 思い返せば懐かしく、美しい思い出だ。あの頃の記憶を持つのが自分だけであること、それはアルファにとって密かな自慢であった。力の差を嫌という程に見せつけられた苦い記憶でもあるのが残念だが。

 

『アルファ! 今のどっちが勝った!? 俺か!? 俺だよなっ!?』

『ちょっ、ちょっと! 今のは僕でしょっ! アルファ〜! 僕だよねっ!?』

 

 あの瞬間だけは、頼れるリーダーでも副リーダーでもない。世界の闇を狩る『実力者』でもなければ、それを支える『右腕』ですらないのだ。

 純粋に、どこまでも純粋に。自分の方が相手よりも上だと信じて疑わない。ただ、それだけの関係性。

 

 アルファは堪えきれなくなったように口元を緩めると、珍しく年相応の笑顔を見せた。

 

 

「──ただの負けず嫌いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルファ達が試合に熱中している時、王族用に設置された観戦席である特別VIP席にも二人の戦いを目で追えている者が──()()()()

 

「……速い、訳ではないですが。なんとも……」

 

 驚きを隠せない様子で声を溢したのは『紅の騎士団』団長でもある第一王女のアイリス・ミドガル。部下であるライの試合ということもあって注目していた一戦だったが、予想を遥かに超える激戦。言葉に詰まるほど集中していなければ、周りの観客達と同じように硬直するしかなくなるだろう。

 

「ね、姉様……。何が起きているのですか? その……あれは、一体」

 

 隣の席から遠慮気味に質問したのはアイリスの妹であるアレクシア・ミドガル。姉妹仲は良好なようで、共に試合を観戦していたらしい。彼女も並の魔剣士と比べれば実力は高いと言える。しかし、ライとジミナの打ち合いを理解するまでには及ばなかった。

 

「アレクシア。貴女も見えているんですね」

「は、はい。見えてます。……いえ、見えているだけです」

 

 目で捉えているのは動きだけ、それ以外の情報は全て理解不能。プライドの高いアレクシアも素直に認めざるを得ないほど、目の前で繰り広げられている攻防はレベルの違うものだった。

 

「悲観する必要はありません。私も……はっきり言って似たようなものだと思います」

「姉様でも!? ……あの二人、何なんですか? 特にライ君。一回戦でアンネローゼさんと戦った時とは……全然動きが違う」

 

 同じ二刀流で戦っているのは見れば分かることだ。問題はその動き。アンネローゼの時とは違い、一切の余裕が感じられなかった。まるで、相手を()()()()()()()()()()()かのような剣に見えた。

 

「少し、怖いです……」

「……確かに、今までの彼からは考えられない剣です。それだけ相手が強いということかもしれませんが」

 

 騎士団の信頼を得るためにライが『ブシン祭』に出場してくれたと考えているアイリス。勝つために全力を尽くすことを責めるつもりは到底無いが、初めて見るようなライの剣に動揺せずにはいられなかった。

 

「クレアさんがこの場に居たなら……何か聞けたかもしれませんね。幼馴染らしいですから」

「試合の調整で居ない、か。……ああもう! 意味分かんない! どういうことなのよっ!?」

 

 ガシガシと頭を掻くというお世辞にも上品ではない行動。仮にも王女なのだが、そんなことお構い無しである。しかし、アレクシアがイラついているのには理由がある。それは先程から幾度となく繰り返されている幻覚にも似た『見間違い』によるものだった。

 

「今の一撃で()()()()()()()()()()()()()っ!?」

 

 理解不能といった表情と声音でアイリスに詰め寄るアレクシア。物凄い剣幕に押されながら、アイリスは頷くことしか出来なかった。

 アレクシアが見えているように、アイリスもまた同じ光景を見ていた。ライの剣、そしてジミナの剣が──互いを切り裂く瞬間を。

 

「……また。今度は()()()()()()()()。ハッキリと出血だって見えるのに……何で」

 

 混乱状態の一歩手前といった具合に、アレクシアが頭を抱える。見間違いだと気付いた瞬間に『停止』、そして無理矢理『逆再生』をされ続けたような感覚に脳が酔ってきたようだ。顔も段々と青ざめてきている。

 

「アレクシア。無理はしないで」

「……姉様は平気なのですか?」

「当然です。見間違える原因を分かっていますから」

「っ!? な、何故ですかっ!? 教えてください!」

 

 素直に答えを求めるアレクシアへ、アイリスは一呼吸置いてから口を開いた。

 

「私も貴女も、これまでの人生で数えきれないほど剣を振り、対人戦を繰り返してきました。──それが原因です」

「えっ……? ど、どういうことですか?」

「身に染みているのです。この剣は『当たる』、この剣は『当たらない』という感覚が」

 

 膝に置いた手を僅かに震わせながら、アイリスは言葉を続けた。

 

「間合いの管理、動きの滑らかさ、殺意の変動。見て分かるだけで、これだけの要素が原因の一部となっています。私達が『当たる』と思った剣が実際には『当たっていない』。だからこそ脳が麻痺して、幻覚にも近い見間違いを起こしているんだと思います」

「そ、そんな……ことって」

 

 完全に青くなった顔で、アレクシアが口に手を当てる。才能云々の話ではない。立っている領域が全く違う。

 

「……『天才の剣』、ですか。私はライ君をまだ過小評価していたのかもしれませんね」

「それを言うならジミナは……『凡人の剣』。才能を感じさせはしませんが、圧倒的な練度。あんなに美しい剣は見たことがありません」

 

 対峙するのは相反する二つの剣。

 

 ──『天才の剣』『凡人の剣』

 

 アイリスとアレクシアがそれぞれそう呼ばれていた剣というのも、皮肉な話である。目の前で見せられている剣と同じ呼ばれ方など、されるだけで虚しくなるのだから。

 

「……けど、やはり実力はジミナが上でしょうか」

「そのようですね。ライ君は先程から何度も吐血を繰り返している。最初の一撃を放った時の加速と言い、身体に相当な負担がかかっているのは間違いありません。本来の実力以上の力を……無理に引き出しているのでしょう」

 

 自信満々に断言するアイリスと、異を唱えることもなく頷いたアレクシア。

 しかし、言うまでもなくライは本当に吐血している訳ではない。彼お得意の隠蔽工作であり、要所要所で本気を出した際の言い訳作りであった。手首に仕込んだ血糊を超高速で口へと投げ込み噛み砕く。悲しいことに、シドの『モブ式奥義』が役に立っていた。

 

「何故そこまでして……ライ君はその、あまりこういう舞台でやる気を出す人とは思わなかったのですが」

 

 アレクシアの失礼とも取れる発言だが、アイリスは否定することもなく苦笑いを浮かべた。入団した経緯のこともあり、ライという人間の性格は把握しているからだ。

 

「そ、それはそうですね。……あのジミナという魔剣士の正体を、ライ君は知っているのかもしれません。それこそ、命を懸けて戦わなければならないような相手なのだと」

 

 アイリスのこの言葉は見事なまでに正解しているのだが、推測でしかない考えということもあってすぐに流れてしまった。試合はまだまだ序盤、他のことに意識を割くことは出来ない。

 

 国王が座る席の近くで()()()()()()()()()()()()にも気付かず、アイリスとアレクシアは再び試合へと視線を集中させた。

 

 

 『ブシン祭』会場。

 運命の分岐まで残り──『七分』

 

 

 

 




 祝・30話!(特別編抜き)。
 日頃よりお気に入り登録・高評価・感想をありがとうございます!
 30話のタイトルはアルファの言葉にしようと思っていたので、ここまで書けたのは満足感があります(笑)。

 バトル描写は次の話になります。
 ……会場、耐えろよ?


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31話 〝ソード・イズ〟

 

 

 

 

 

 観客が騒いでいる筈なのに、俺の耳には雑音の一つも届かない。極限の集中状態と言うやつなのだろうか、防音室の中にでも居るみたいに静かだ。

 唯一聞こえてくる音は剣と剣がぶつかる金属音のみ。何とも心地良い空間となっていた。

 

「──シッ!!」

「……ふんっ!!」

 

 俺の攻撃を、シドは器用に捌いていく。俺と違って魔力を制限していないとは言え、この辺は流石と言ったところか。俺の手の内を知り尽くしてるってのもあるだろうけどな。

 

 だからこそ少しでもチャンスがあれば、斬り込む。

 

 〝トーアム流・二刀剣術〟。『攻めの型』。

 

双刃(そうじん)閃光(せんこう)

 

 ウチの家に伝わる最速の二刀剣術。型と言っても動きは決まっておらず、相手の隙を狙って剣を振っているだけだ。隙を突ける観察眼と剣を振る実力がなきゃ話にもならないが。

 

 

「──漆黒旋(しっこくせん)

 

 

 やる気があるのは同じようで、シドも技を出した。と言っても、本来はムチのように伸ばせる『スライムソード』を使ってこそ本領発揮する技なので、防御の為に仕方なく出したと言った感じだろう。

 シドの高速回転で俺の攻撃は無効化され、四十二の斬撃を放った所で俺は身体ごと弾かれた。

 

(……やっぱりか。思った通りだ)

 

 攻撃こそ完璧に防がれたが、得られた情報はある。

 今の防御、高速回転することによって俺の攻撃を剣で防いだと誰もが思っただろう。しかし、それは違う。高速回転したのは攻撃を弾くためではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この戦い、俺とシドには制限がかかっている。俺は『魔力の使用』、そしてシドは使用している剣の──『耐久力』だ。

 

 魔剣士の使う剣で最も重要とされる要素は『魔力伝導率』と言われている。言葉通り、剣にどれだけ魔力を伝えられるかといったものであり、これが低い剣はまず魔剣士の手には取られない。金属の強度など二の次、そんなもの魔力さえ伝わればどうとでもなるのだから。

 

 その点で言えば、自慢じゃないが俺の握っている二本の剣は最高ランクの剣と言える。魔力伝導率は85%。この数値はアイリス王女の剣と同等であり、国という範囲で見ても最高峰と呼べる数値だ。金をかけただけあって、良い剣を作ってもらえた。

 

 対するシドの剣は武器屋の隅っこで転がってそうなオンボロ剣。柄の部分は錆びており、刀身は少しばかり歪んでいる。言うまでもなく、魔力伝導率は最低だろう。5・6%あれば良い方だ。

 

 だからこそ、魔力を制限している俺にも勝機はある。シドをぶった斬って勝てるならそれに越したことはないが、それ以外にも勝利条件が存在するのだ。

 俺がそれを確信したように、シドもそれは察しているだろう。さっきの俺の攻撃をわざわざ『剣』ではなく、魔力で強化した『籠手』で防いだのがその証拠だ。

 

 ──〝剣を折る〟。

 

 それが俺の()()()()()()()()()()

 

「上手く逃げたじゃねぇかッ! 腰が引けてるぞッ!!」

「やはり節穴のようだな。貴様の攻撃は見切った」

「あんなに回転してて見える訳ねぇだろ。寝ぼけてんのは頭だけにしとけ」

「よく喋る……!!」

 

 図星を突かれて怒ったのか、シドの方から攻めてきた。ジミナとしての演技は忘れていないようだが、表情が崩れてきている。

 魔力を制限していないシドの移動速度は半端なく速い。魔力で強化しているから目では追えても、身体が反応出来ない。

 

(でもまあ、手の内を知り尽くしているのは……お互い様だ)

 

 攻撃の癖、角度、狙う位置。目を閉じていたってそれぐらいのことは分かる。目で見てから反応するんじゃなく、『学習』してきてきた経験と勘で防ぐ。側面に当てて滑らせることはしない、剣の耐久力ではこっちの方がずっと上だ。

 

「……厄介な」

 

 このまま攻撃を続けてもメリットが無いと悟ったのか、シドが一度退がる。剣の状態を気にしている所から察するに、割と耐久値は減ってきているようだ。

 俺が畳み掛けるために地面を蹴ろうとした瞬間、シドは攻め方を変えてきた。

 

(……どっちが厄介だよ)

 

 シドの起こした行動に思わず舌打ちし、剣を強く握り直した。今まで一人だった根暗剣士が瞬く間に──()()()()()()()()()()

 

「──残影剣(ざんえいけん)

 

 多くの人が聞いたことあるであろう「……残像だ」という台詞。それをこのクソ厨二が再現しようと思わない訳もなく、死ぬ気で努力した結果がこれだ。相変わらず夢の実現には本気であり、色々な意味で面倒な奴だ。

 残像を残せた魔剣士は過去にも居たみたいだが、それでも一体が限界だったらしい。五体も同時に出せるようになったコイツは間違いなく変態だ。

 

「鬱陶しい……!!」

 

 残像の剣には言うまでもなく実体が無い。防ごうと剣を当ててもすり抜けるのがオチだ。ハズレの剣を引いた瞬間、当たり(本物)の剣が襲ってくる。久しぶりに対応するけどマジで面倒臭い技だ。

 致命傷になりうる深い傷だけは受けないよう注意するが、小さい切り傷が身体中に増えていく。出血量は大したことないけど普通に痛てぇ。

 

(しかも動き回ってるからすぐに本物を見失う。シド自身が動いて残像を残してる訳だから、魔力反応も全部一緒だし……う、うぜぇ)

 

 一対一(タイマン)勝負でならこれほど脅威な技もそうそうないだろう。大抵の奴ならこれだけで完封することが可能だ。まあ、俺は大抵の奴の中には入ってないけど。

 上、右、左、三方向からの同時攻撃。俺は振り下ろされる三本の剣に対して剣を構えるが、()()()()()()()()()()()

 

「──ッ!!?」

「調子に乗ったな。──見せ過ぎだ」

 

 俺の身体に当たる前に消えた三本。その全てが残像によるものであり、俺の隙を作るための囮。本命は今向かってきている剣、つまりは本物の剣だ。隙を作るつもりが隙を作られた、シドがそう気付いてももう遅い。

 俺は魔力を瞬間的に引き出し、滑らかに剣へと宿らせた。キツい一撃を喰らえ。

 

 〝トーアム流・二刀剣術〟。『返しの型』。

 

 

「──双刃(そうじん)残花(ざんか)

 

 

 肩を狙ってきた一撃を弾き、そのまま二本の剣で反撃(カウンター)。ボロい鎧へ完璧に決まった二振り、シドを会場の端まで吹き飛ばせたこともあって満足な手応えだ。

 シドが勢い良く会場の壁に激突すると、いかにも痛そうな音が響き渡る。そのまま会場全体が少し揺れたが、損傷などはしていないようで魔力障壁にも影響は見られない。流石は国が所有する建物、壊してしまう心配なんてする必要もないらしい。

 

 俺が『ブシン祭』会場の頑丈さに感心していると、巻き上がった砂煙の中からゆっくりとシドが出て来た。鎧についた砂を手で払いながら、変わらずの無表情を貼り付けている。

 

(……少しは痛かったみたいだな。いい気味だ)

 

 口から少量の血を流し、マッサージでもするかのように足を手で叩くシド。硬い壁へ受け身も取れずに叩きつけられたことで、多少なりともダメージは入ったらしい。これで切り傷を付けられた分はやり返せたな。ザマァ。

 

「おい大丈夫か? 血が出てるぞ」

「その言葉そのまま返すとしよう。──無数の斬撃と共にな」

 

 自重する必要がない立場を存分に発揮し、シドが空へと浮き上がった。上を取られるのは辛いが、同じように空を飛ぶ訳にもいかない。魔力による『飛行』は高等技術なようで、今までシドと俺以外にやっている奴を見たことがないからだ。

 

「──喰らうがいい」

「…………それはズルくね?」

 

 妨害する手立てもなく無抵抗に立つ俺へ、空から青紫色の魔力が宿った鋭利な斬撃が飛んでくる。数はパッと見で八十ぐらい、当たったら間違いなくミンチだな。

 

「この……野郎!!」

 

 突っ立っていると的になるだけなので、瞬時に意識を切り替えて動き出す。剣で斬撃を弾きつつ接近、どうにかして空から叩き落としてやる。アイツに物理的上から目線をされるのも腹立つし。

 当てられないよう左右にステップしつつ、雨のように降って来る斬撃を躱す。魔力障壁を走りながらシドと同じ高さまで上がり、僅かな魔力放出で背中を押し加速した。

 

(いけるッ!!)

 

 深い傷が残ったのは会場の地面と壁、そして足場にした魔力障壁のみ。会場が頑丈だったからこそ出来た荒技だ。『ミドガル王国』の建設技術に敬礼。

 

「──ッ!!?」

 

 シドの背後を取ったので剣を振ろうとしたが、その瞬間頭の中で危険信号が鳴り響く。自分の直感は信じることにしているため、すぐに攻撃から防御へ変更。

 俺は()()()()()()()()()()()へ、身体を捻ることで対処した。

 

(いっ、てぇ〜ッ!!)

 

 左肩から飛び出た血と、走る激痛。死角からの斬撃によって、深い傷を付けられてしまった。ギリギリのところで回避行動を取れたため、腕が斬り飛ばされなかったのがまだ救いだ。

 

(簡単にいき過ぎだと思ったんだよな……俺の視線が外れた瞬間、上に斬撃を放っておいての時間差攻撃か)

 

 人のことを言えたもんじゃないが、殺意に溢れてるな。いや、それで良いんだけどさ。昔を思い出して口が緩む。

 

「これはどうする? ……フンッ!」

 

 飛ぶことが出来ないため、今の俺は無防備極まりない状態と言える。シドがそんな隙を逃す筈もなく、先程よりも多い斬撃が飛んできた。勝負を決めにきたな。

 

(決めさせる訳ねぇだろ)

 

 

 ──()()()()()()()()()()()

 

 

 〝トーアム流・二刀剣術〟。『守りの型』。

 

「──双刃(そうじん)流水(りゅうすい)

 

 魔力を全力解放し、二刀流を振るう。百を超える斬撃を全て会場の方へと受け流し、斬撃の壁を無傷で突破。

 もう俺とシドの間にはほとんど距離は無い。振り下ろした二刀をシドは笑いながら剣で受け止めた。

 

 

〝ドガアァァァァァンッッッ〟

 

 

 俺とシドの剣がぶつかると空気が爆発したような衝撃が発生。場所が踏ん張る足場もない空中ということもあって、俺達は弾かれたように勢い良く会場の壁へ向かって吹き飛んだ。

 

(……あ〜、痛てぇ。……本当、コイツの相手は疲れる)

 

 背中が焼けるように痛い。魔力で強化していなければ、俺の身体はこんなにも脆いんだな。まあ、別に良いけどさ。

 

(……ハッ。やっとヒビかよ)

 

 俺と同じく壁に埋まっているシド。視力は強化しているので、会場の端と端でもハッキリと見える。シドの持つ剣には僅かなヒビが入っており、満足に振るうことはもう出来ないだろう。多分、後一撃が限界だ。

 

「……やっぱ、こうなるよな」

 

 ため息混じりにゆっくりと立ち上がる。疲労感を殺しながら剣を構えるが、胸に込み上げてくる不満は止められない。

 

 

 もう──〝終わってしまう〟。

 

 

(…………早ぇなぁ)

 

 試合開始直後は晴れていた空も、いつの間にか曇り出した。この天気だと、一雨きそうだ。それなりに時間が経っていたのだと、周りの状況からも理解させられてしまう。

 

 後何分、何十秒、何秒、この公式戦の舞台で、制限をかけた条件下で。俺はコイツと勝負出来るんだろう。

 魔力を制限していなければ、『スライムソード』を使っていれば──『ライト』としてこの場に立てていれば。

 

(……ていうか、どうして俺はこんな面倒なことをしてるんだ?)

 

 呼吸を整え、目を閉じる。

 真剣勝負の最中にすることではないが、シドはきっと手を出してこない。言葉には出来ないが、その辺は信頼している。

 

(『ライ・トーアム』として、俺はこの場に居る。……けど、なんだろうな)

 

 これまで、シドとは何千戦以上戦ってきた。ムカつくことに、俺は大きく負け越している。だからこそ、この戦いの勝利には意味がある。他でもない、『公式戦』なのだから。

 

「……ふっ、ふふっ……ふふふっ」

 

 あー、面倒臭せぇ。

 なんか──()()()()()()()()()()()

 

 目立たないように縛りをかけるとか、正体を隠すだとか、全部どうでも良い。俺は確かに『ライ・トーアム』だが、同時に【シャドウガーデン】の『ライト』でもある。

 

 そもそもライトってなんだ? 右腕だからライト()か? それとも陰の反対でライト()か? どちらにせよ、シドが俺を対等に近い関係に置いているのは間違いない。

 

 なら、今の戦いはどうだ? 

 

 対等なもんだと胸を張って言えるか? 

 ──言えない。

 

 アイツとの全力勝負だと言えるか? 

 ──言えない。

 

 このまま勝負を終わらせて良いのか? 

 ──良くない。

 

 答えはいつだって単純(シンプル)だ。

 たとえどんな状況だったとしても、俺はコイツに負けたくない。

 

 馬鹿だなと、自分でも思う。ここで全力を出すことがどういうことか、俺はそれを分かってる。今日という日を最後に、平穏という言葉とは無縁になる。学園は退学することになるだろうし、実家にも迷惑をかけるだろう。

 

(……親不孝もんだな。二度目の人生でも)

 

 申し訳なく思う。

 しかし、もうブレーキは壊れた。

 

 俺はもう、()()()()()()()()

 

「──それが……貴様の選択か」

 

 俺の変化から察したのか、止まっていたシドが動き出す。

 ヒビの入った剣を力無く持ちながら、どこか楽しそうな表情を浮かべている。

 

 俺はそんな顔に苦笑いしながら、魔力を可視化出来るレベルまで解放。白銀の魔力が辺りを照らし、眩い光に包まれた。

 

「──いくぞ。覚悟は良いか?」

「──愚問だな。我とお前の勝負だぞ?」

 

 そりゃそうだ。お前はいつでもそうだった。だから俺も、こんな風になっちまったのかもな。バカの側に長く居ると、バカが移るらしい。

 

 会場の面積を徐々に埋めていく白銀の魔力と青紫の魔力。会場は鈍い音を響かせながら揺れ出した。先程の斬撃で傷付いたところが地割れのようになっており、地面の崩壊も始まった。

 

 会場の負担から目を逸らし、俺は剣を構えた。

 

 左手の剣を胴体に引き寄せ、右手の剣を肩へと乗せる。宿らせた魔力を更に爆発させ、ゆっくりと左手の剣を横一閃に振るう。空間を切り裂いたような斬撃が俺の目の前に止まり、準備が完了した。

 

 

 さあ、白黒ハッキリさせようか。

 

 

「〝アイ・アム──〟」

「〝ソード・イズ──〟」

 

 

 互いの魔力が限界値に到達。

 爆発寸前の〝核〟と〝隕石〟の衝突は──突然鳴り響いたバリィィィィインッという騒音によって邪魔されることとなった。

 

「…………」

「…………」

 

 音がした方向から予測するに、発生場所は特別VIP席。アイリス王女や来賓として『オリアナ王国』の国王が居る筈の席だ。俺達の邪魔をした音は、特別VIP席のガラスが割れた音だったらしい。

 

 思わず感情が無くなった俺とシドへ追撃をかけるように、不愉快としか言えない内容の声が会場中に響き渡った。

 

 

 

「──『ローズ・オリアナ』が乱心ッ!! 実の父であるオリアナ国王を殺害したッ!! 王国宰相の権限を持って、このドエム・ケツハットが裁きを下すッ!! 『試合』は現在を持って『()()』だッ! 『()()』とするッ!!!」

 

 

 

 よく通る声で簡潔に、今起こったことを説明してくれる。中々の大事件だな。ローズ会長が実の父親をね。どんな考えがあるかは知らないが、親殺しなんて辛過ぎる。

 

「…………」

「…………」

 

 静かに構えを解きながら、魔力を霧散。俺とシドは揃って特別VIP席の方へと視線を向けた。そこにはローズ会長の首を絞めながら身体ごと持ち上げている男が立っており、何が楽しいのか心からの高笑いを上げていた。

 

 そんな男に俺達が向けることが出来た感情はただ一つ。『怒り』だけだった。

 

 

「「──……あ゛あ゛?」」

 

 

 少しばかり残っていた魔力を乗せて、俺とシドの視線がドエム・ケツハットを貫いた。事件の内容とかどうでも良い。誰が誰を殺したとかもどうでも良い。そんなことよりもずっと大事なことをコイツは叫びやがった。

 

「…………先に行け。俺は後だ」

 

 二本の剣を手から離し、地面へと落とす。それと同時にシドは『スライムスーツ』を起動させ、『シャドウ』へと姿を変えてから特別VIP席へと飛び立った。その際に魔力障壁をぶち破ったため、俺の周りにはキラキラと輝く魔力の欠片が落ちてきた。

 

(……はぁ。……そうか。こういう終わりか)

 

 気絶したように背中から地面に倒れる。会場に居る人間の視線は特別VIP席の方に釘付けだろうから、こういう演技は要らないかもしれないけどな。なんとなく、そういう気分でもあった。

 

(……雨、か)

 

 やはり予想通り、降ってきた。夏の温い雨に当たると、少しだけ頭が冷えたような感じがした。

 

(ゼータは……別の手伝いをしてもらうか。なら頼むのは、やっぱり──)

 

 仰向けに倒れて雨に打たれたまま、俺は一言だけ呟いた。

 

 

「……『ニュー』。──()()()()()()()

 

 

 

 




 ブシン祭・会場『HP』4/100
 ドエム・ケツハット『HP』25/100 ←NEW‼︎


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32話 俺はそこまで口悪くないぞ

 

 

 

 

 

 その瞬間、ドエム・ケツハットは人生の中で最も巨大な恐怖に襲われていた。

 

 芸術の国『オリアナ』で宰相を務め、王の側近として名誉な地位を我が物にしている彼にとって、それは初めての経験。

 慎重な性格と優秀な頭脳。そして何より小動物のような臆病さによって、今日まで『失敗』という二文字とは無縁の人生を送ってきたからだ。

 

 その実力は教団──すなわち『ディアボロス教団』でも変わらず発揮されてきた。今日まで『オリアナ』王国の乗っ取りを成功させるための先兵として暗躍してきたのだ、それだけで教団からの信頼が見て取れる。

 事実、彼は優秀である。国王を秘密裏に薬漬けにし、自身の言いなりへと壊し変えた。現在の『オリアナ』王国は実質ドエム・ケツハットの手の中にあると言っても過言ではない。

 

 しかし、ドエム・ケツハットは断言する。

 自分は今日──確実に『失敗』したのだと。

 

「……お、お前は……ッ!!」

 

 突然弾丸のような速度で特別VIP席へと突っ込んで来た男を見ながら、ドエム・ケツハットは情けなく腰を抜かして震え声を上げた。指を差す方向に立っているのは漆黒のローブを纏った黒ずくめの男。赤い瞳を光らせながら、手には同じく漆黒の剣を握っていた。

 

 先程まで首を締め上げて拘束していたローズ・オリアナを後方に座らせており、まるで彼女を助けに来た英雄のようにも見える。ローズの首から手を離すのが一瞬でも遅れていれば、ドエム・ケツハットの腕は身体とお別れしていたことだろう。

 

 小物感漂うドエム・ケツハットの様子に気を良くしたのか、男は口角を上げて静かに自身の名を告げた。

 

 

「……我が名は『シャドウ』。──陰に潜み陰を狩る者」

 

 

 緊張など微塵も感じさせない立ち振る舞い。ローズに一言与えると自身のぶち破った窓から逃走させ、強者の雰囲気そのままに不敵な笑みを見せた。

 

(シャ、シャドウだと……ッ!? あの国際指名手配犯が何故ここに居るッ!?)

 

 そして告げられた名前に反応したのはドエム・ケツハットだけではなかった。特別VIP席で試合を観戦していた者の中に、もう二人ほどシャドウの名を知る者達が居たからだ。

 

「──シャドウッ! どうして貴様がここにッ!!」

 

 まず飛び出してきたのはアイリス・ミドガル。美しい赤色の髪を激しく揺らしながら、剣に手をかけ戦闘体勢に入っている。国を守護する『紅の騎士団』団長でもある彼女にとって、国際的な大犯罪者であるシャドウはとても見逃せる相手ではなかった。

 

「……本当に、どうして……?」

 

 戸惑いを隠せないながらもアイリスに続いたのは妹であるアレクシア・ミドガル。こちらも輝くような銀色の髪を靡かせ、剣には一応と言わんばかりに手がかけられている。姉と違って敵意を剥き出しにしていないのは、シャドウに対する考えの違いからか。

 

 二人の美女から熱い視線を向けられても、シャドウの表情に変化は無い。そもそも顔が仮面で覆われているため、周りから表情の変化は確認出来ないのだが。

 

「答えろッ! シャドウッ!」

 

 今にも抜刀しそうな勢いのアイリスへ、ゆっくりと身体を向けるシャドウ。ついに口を開くかと思えば、第一王女へと言葉を返したのは──別の人物だった。

 

 

「──()()()()()()()()、舞台を眺めてるだけで満足していなさい」

 

 

 シャドウがぶち破った窓から新たに侵入してきたのは、顔が分からずとも美しいと感じてしまう存在。輝く金色の髪を揺らしながら、女性らしいスタイルを惜しげもなく見せつける大胆な格好のアルファだった。

 一触即発の空間に突撃してきたというのに、彼女に慌てた様子など欠片も無い。自身の実力を分かっているからこその、圧倒的な余裕であった。しかしそんな感情の中には僅かな怒りも混ざり合っており、声音からもそれが感じ取れた。

 

「お、お前は……!!」

 

 即座に反応出来たのはやはりと言うべきかアイリス。鞘から剣を引き抜き、怒りの感情を押し出して声を荒らげた。

 

 アイリスの脳に思い出されるのは、とある夜。現在判明している明確な敵、『ディアボロス教団』と【シャドウガーデン】。その二つの組織の存在を知った日の夜だ。そしてその内の一つ、【シャドウガーデン】の名前は他でも無い、目の前に居る人物から教えられたものだったからだ。

 

「……あの時のッ!」

「あら、覚えていてくれたのね。どうもありがとう。第一王女様」

「何故お前までッ!?」

 

 馬鹿にするようなアルファの発言に、しっかりと顔を歪めるアイリス。激昂する第一王女にも【七陰】の第一席は冷静さを失わない。

 いきなりの異常事態に我先にと逃げ出す観客達を眺めながら、アルファは美しい姿勢のまま言葉を返した。

 

「貴女には関係の無いことよ。聞こえなかったかしら? 観客は観客らしくしていなさい、とね」

 

 歯を食いしばりながら堪えていたアイリスだったが、二度目の挑発には耐えられなかった。強い踏み込みによって加速し、アルファ目掛けて剣を振るった。

 

「──くっ!」

「……姉妹揃って狂犬かよ」

 

 アイリスの一撃を軽やかに受けたのは、スッとアルファの前へ出たシャドウ。誰にも聞かれない小声を溢しながら、アイリスを身体ごと弾き返した。

 

「……軽いな。あの者とは比べ物にすらならん」

「なんだとっ!?」

「ライ・トーアムと言ったか? お前はあの者に劣ると言ったんだ」

「なっ……!!」

 

 冷静に考えて、ジミナ・セーネンがシャドウであったことは明白。つまり、ライはこれまでシャドウと剣を交えていたということになるのだ。国が総力を上げて追っている──危険人物と。

 

「奴の剣は良い。我にも届きうるだろう」

「ライ君は……そこまで」

 

 睨みつけるアイリスの代わりに声を溢したのはアレクシア。憧れとは違うが、自身が目指す一つの到達点であるシャドウの言葉に驚きを隠せないでいた。

 

「そうね。確かに彼の剣は素晴らしかった。【シャドウガーデン】にスカウトしたいぐらいよ」

「……ッ! させるものか!!」

 

 部下の危機ということもあり、アイリスが魔力を解放。剣を上段に構えた。

 

「『紅の騎士団』と言ったかしら? 彼の力を置いておくには、宝の持ち腐れにも程がある」

「言わせておけばッ! お前にライ君の何が分かるッ!? 彼は優秀な騎士だ! 実力も! 志も! 『紅の騎士団』に必要不可欠な人材だッ!!」

「少なくとも貴女よりは分かっているでしょうね。……彼はシャドウを倒すために──()()()()()()()()()()()()

 

 アイリスからの怒声を浴びても、アルファに動揺はない。むしろ表情は冷たいものへと変わっており、軽蔑するような意識さえ感じられた。

 

「ど、どういう……意味だ」

「貴女も気付いていたのでしょう? 彼の魔力が……()()()()()()()()

 

 思わず剣を握る力を緩めてしまうほど、告げられた言葉はすんなりとアイリスの中へ入ってきた。何も反論はない、試合を観戦していた時から感じていた決定的な違和感だったのだから。

 

「あれ程の魔力をただの人間が出せる訳もない。私達のリーダーを除いてね」

 

 シャドウの方へ微笑みかけながら、アルファは小さなガラス小瓶を取り出す。アイリスに投げ渡せば警戒して壊されると考えたのか、アルファはガラス小瓶を目の前の床にゆっくりと放り投げた。

 

「ライ・トーアムの控え室に置いてあったものよ。……それを見れば、私の言葉の意味も分かるでしょう」

「──ッ!! こ、これは!?」

「ね、姉様? どうされたのですか?」

 

 剣を構えたまま驚愕するアイリスに、アレクシアが声をかける。転がったガラス小瓶の中から飛び出したのは木の実ようなものが数個。色は禍々しく、お世辞にも美味しそうとは思えなかった。

 

「……『グンピードの実』。……どうしてそんな物を」

 

 信じられない物でも見るようなアイリスにアレクシアの疑問は深まる。こんな状況で聞いたことのない名前の木の実が出てきても当然理解は追いつかない。

 

「流石は第一王女。話が早くて助かるわ」

(悪かったわね。第二王女()はそんなもん知らないわよ)

 

 遠回しにバカにされたとイラつくアレクシア。しかし、緩い空気を作り出す訳にもいかず口を閉ざした。

 

「アイリス姉様。あの木の実は……?」

 

 シャドウとアルファから視線を外さずに、アレクシアはアイリスへ言葉を投げる。なんとなくヤバい物であることは察したが、具体的な説明ぐらいは欲しかった。

 

「……あれは国が厳重に管理している木の実。簡単に手に入るような物ではないのです」

「き、聞いたこともありません」

「無理もないでしょう。『グンピードの実』は存在自体が重要機密。知っているのはお父様と私の他に、数人も居ません」

「……それ程までに厳しく取り締まらなければならない物なのですね」

 

 アレクシアの言葉に苦い顔で頷くアイリス。アルファが披露した木の実はそれだけ国にとって危険視されている物であった。

 

「……ええ。ミドガル王国が定める『特別指定薬物』です。『グンピードの実』を魔剣士が身体に取り込むと、実の成分と魔力が()()()()して魔力量を爆発的に増やしてしまうんです」

「そ、それは……悪いことなんですか?」

 

 魔力が増えるという言葉に、アレクシアが首を傾げる。魔力が増えて駄目なことなど、想像も出来なかったのだ。

 

「常識の範囲内で魔力が増えるだけなら、良かったかもしれません。……しかし、『グンピードの実』は違う。あれは魔剣士の魔力回路を破壊し、最悪の場合には死に至らしめる程の魔力を生み出してしまったんです」

 

 アイリスの言葉を聞き、一気に青ざめたアレクシア。足下に転がっている何の変哲も無い木の実の恐ろしさに身を震わせた。

 

「──はい。説明ありがとう」

 

 パンッと手を叩き、乾いた音を響かせたのはアルファ。観客達も居なくなり、アイリスとアレクシア、そしてシャドウと自分しか居なくなった特別VIP席の空気を完全に支配していた。

 

「どうしてライ・トーアムが異常な魔力を得ていたのか、これで理解出来たかしら? ……彼は独自の情報網からジミナ・セーネンがシャドウであると確信していた。国を恐怖させる犯罪者を確実に仕留めるため、彼は『グンピードの実』を使ったのよ。普段から彼を見ている貴女達なら、彼の様子が可笑しかったと思ったんじゃない?」

「……ッ! ……確かに、彼の剣は相手を殺そうとするものだった」

「ライ君の剣とは思えませんでしたね……」

 

 アルファの言葉を、アイリスとアレクシアは否定出来なかった。試合を観ていた時に感じていた違和感が、ここにきてハッキリしてしまったからだ。

 

 普段は見せない『闘志』。普段は見せない『やる気』。そして普段は見せない──『殺意』。

 

 アルファの言葉が真実ならば、全て納得出来てしまう状況だった。

 

「で、でも! だったら何で私達に相談しなかったのよ!?」

「愚かね。もしも彼以外の人間が関わっていれば、私達は間違いなく思惑に気付いていた。一人で全て背負うことで、彼は刺し違えてでもシャドウを倒そうとしたのよ」

「そ、そんな……」

 

 断言するようなアルファの言葉に、アレクシアだけでなくアイリスも言葉を失う。ライの命懸けの覚悟、それは王女二人を動揺させるのに十分なものだった。

 

「国が指定する禁止薬物の使用。貴女の部下は重罪ね。騎士団を解雇した後、牢屋に幽閉かしら? もしそうなるなら、さっきも言ったように彼を【シャドウガーデン】に勧誘したいのだけれど。構わないかしら?」

「ッ! 黙れッ! ライ君は犯罪者ではない! 国のために命を懸けて剣を振るった騎士だ!! 彼の代わりに──お前達は私が斬るッ!!」

 

 再度燃え上がった激情。爆発寸前のアイリスに、シャドウとアルファは揃って冷えた声を返した。

 

「無理だ」

「無理ね」

 

 瞬間、弾かれたように動き出したアイリス。赤い髪を激しく揺らしながら、自慢の剣に魔力と力を込める。

 

「──ハアァァァァァッ!!!」

 

 アイリスによる受けを許さない必殺の一撃。

 しかし、それは少しばかり機嫌の悪い『影の実力者』によって──容易く防がれた。

 

「粗末な剣だ」

「なにッ!? ……ぐっ!!」

 

 シャドウは退屈そうな声音でアイリスの剣を侮辱すると滑らかな動きで背後を取り、振り抜いた蹴りでアイリスを特別VIP席の外へ吹き飛ばした。

 

「行くのね。シャドウ」

「退屈凌ぎぐらいにはなるかもしれん。後は任せるぞ、アルファ」

「ええ。分かったわ」

 

 任されたことに微笑みながら、アルファは飛び立ったシャドウの背中を見送った。退屈凌ぎなどと言っているが、シャドウに何か別の狙いがあることなど分かりきっていることだった。

 

「さて、と。貴女も私と戦う気? 第二王女様?」

「ッ!!」

 

 騒がしい第一王女が居なくなった特別VIP席にて、残されたのはアルファとアレクシアの二人のみ。観客だけではなく、()()()()()()()()()()()()()()いつの間にか姿を消していた。

 

「……そうね。そうしたい気持ちはあるけど、勝てない勝負を挑むほど暇じゃないのよ」

「賢明な判断ね。臆病とは言わないわ」

 

 ちゃんと言ってるじゃない、と噛みつきたい気持ちを抑え込み、アレクシアはアルファへ剣を構えながらゆっくりと部屋を出た。

 

「……幼稚ね。……私も」

 

 一人きりとなった部屋で、アルファが曇天を見上げる。厚い雨雲はそう簡単に晴れそうになく、豪雨になることは確定だろう。

 

(……ライト、シャドウ。……次の機会を楽しみにしているわ)

 

 年齢詐欺とも思えるアルファだが、誰も見ていないこの瞬間だけは──拗ねた子供のような表情をしていた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……ハァ!! ……ハァ!!」

 

 身体から滝のように汗を流し、死に物狂いで走っている男が一人。特別VIP席からなんとか逃げ出してきたドエム・ケツハットである。

 場所は王族用に用意された秘密の抜け道。万が一の事態を想定し、抜かりなく逃走経路を確保していたという訳だ。

 

 護衛に連れて来ていた部下も数人居るため、逃げ切るのは難しくない。『教団』でもそれなりの立場なので、護衛の部下の強さも並大抵ではないからだ。

 

 追っ手がそれ以上の──〝強者〟でなければの話だが。

 

「なっ! なんなんだっ!! ああァァァァッ!!」

 

 薄暗い抜け道を走るドエム・ケツハットの耳に、ヒュンヒュンといった風切音のようなものが絶え間なく届く。そしてそれと連動するように上がるのは──部下の断末魔だった。

 

「終わったよ。ライト」

「ん、お疲れさん」

 

 部下全員の断末魔を聞き終えたドエム・ケツハットの前に、二人の人間が現れた。黒ずくめの服装に加えて仮面で顔を隠しており、暗さと合わさって怪しさは最上級。状況から考えて、ドエム・ケツハットが悲鳴を我慢出来るはずもなかった。

 

「ヒィッ!!」

 

 情けなく尻餅をついた彼を責めることも出来ないだろう。部下を斬った際に得物に付着したであろう血液を払う姿は、ホラーとしか表現出来なかった。

 頭に付いている耳から察するに、部下を殺したのは獣人。足音もなく一撃で仕留めていたことから、かなりの実力者なのは確実だ。

 

「お、お前達!! 【シャドウガーデン】かッ!!?」

 

 震える声で叫んだドエム・ケツハットに、獣人が言葉を返した。

 

「へぇ、私達のこと知ってるんだ。有名になったもんだね、ライト」

「有名になったら駄目だと思うんだけどな。……まあ、トップがアホだからなぁ」

 

 最近『教団』に敵対している組織として名を知った【シャドウガーデン】。調べは進めているが、有益な情報は手に入っていない。精々、構成員が全て『女』であることぐらいのものだ。

 

(なら、コイツは何者だ……!?)

 

 数少ない確かな情報がドエム・ケツハットの頭を混乱させる。目の前に立っている二人の内の一人。獣人がライトと呼ぶフードを被っている人物は──明らかに『男』だったからだ。

 

「わ、私に危害を加えてみろ!! 『教団』が必ずお前達を闇に葬るぞッ!!」

「そんなことはどうでも良いんだよ。ボケナス」

「うぐっ! な、何をする!! ──ゴハッ!!」

 

 小物染みた脅しにも全く怯まず、ライトがドエム・ケツハットの首を掴み筋力だけで持ち上げる。そしてそのまま石造りの壁に背中をめり込ませると、仮面から僅かに見える美しい黄色の瞳をドエム・ケツハットへ向けた。

 

「ひっ、こ……ヒュ」

 

 特濃の殺意に貫かれ、呼吸が乱れるドエム・ケツハット。肉食動物を前にした草食動物のように怯え、気を抜けば涙すら流れかねなかった。

 

「わ、わ、私は……『教団』の……!!」

「その『教団』に噛みついてる奴等が〝俺達〟なんだよ。……勝手に中止しやがって、良いところで邪魔してんじゃねぇ」

「な、何を言って……ッ!!? お、お前ッ!! まさかッ!?」

 

 こんな状況だというのに、持ち前の頭脳は優秀である。ライトの言葉の意味をすぐに理解し、ドエム・ケツハットは()()()()()()()()()()()に気付いた。もう二度と、闇から抜け出ることが出来ない最悪の真実に。

 

「これはただの()()()()()()。じゃあな。──ドM・ケツバット」

「ケ、ケツバットじゃなくてケツハッ……グベェッ」

 

 告げられた名前に対して訂正する暇もなく、ドエム・ケツハットは顔面に怒りの鉄拳をぶち込まれて気絶。順風満帆だったエリート人生に呆気なく幕を下ろした。

 

「……あんまスカッとしないな」

「まあ、邪魔された試合は返ってこないからね」

「それもそうだな。どこまでも『教団』ってのは鬱陶しい奴等だ」

 

 気絶したドエム・ケツハットを地面へ投げ捨て、ライトが深いため息を溢す。そんな彼を見て、部下であろう獣人は苦笑いした。

 

「そういう感じに憎んでるの、多分ライトだけじゃない?」

「どうかな……。それにしても、随分と腕を上げたじゃないか。ゼータ」

「そ、そう?」

「ああ。前より動きがずっと良い。成長したな」

「そ、そっか……。ふふっ、そっか」

 

 どこか照れ臭そうな様子を見せるゼータと呼ばれた獣人。両手に持っている『円月輪(チャクラム)』をドロドロとした黒い液体に変化させて消滅させると、一つ咳払いをした後にライトへと向き直った。

 

「ライトはこれからどうするの?」

「そうだな……。俺は……」

 

 その瞬間、ライトの言葉が続く前に、二人の耳にドガァァァンッという爆音が響いた。反射的に顔を動かす二人だが、現在地が隠し通路なため状況確認は出来ない。にも関わらず、ライトは仮面に覆われていない口元を僅かに歪めた。

 

「……シャドウの野郎。……派手にやり過ぎだ」

「聞くまでもなかったね。ライトの行き先」

「おい、なんでそうなる」

「行かないの?」

「……いや、まあ、行くけど。ほっといたら何するか分からんし」

「ほら、やっぱりそうじゃん」

 

 ケラケラと笑うゼータに、またも口元を歪めるライト。揶揄われたのがムカついたのか、不機嫌オーラ全開だ。

 

「ライトは主の『右腕』だもんね」

「うるせぇ。いいからお前は自分の仕事をしろ」

「はいはい。分かりました。『陰の右腕』様」

「お、お前なぁ……」

「あははっ。じゃあこれ以上怒られないように、私はもう行くね」

 

 倒れ伏しているドエム・ケツハットを肩に担ぎ上げ、ゼータがニヤニヤした表情で歩き出す。苦労人の師匠を見て、心底楽しそうな笑みを浮かべながら。

 

「取れるだけ情報を取れ。後は任せる」

「了解。ライトも頑張ってね。主をよろしく」

「……はぁ。……わーったよ」

 

 音もなく姿を消したゼータを見送り、その場には静寂が訪れる。ライトは今から始まる面倒事を考え、大きく肩を落としたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何が『右腕』だ。『保護者』の間違いだろ。ゼータの奴、面白がりやがって」

 

 ドMでケツバットとかいう救いようのない男を一発殴り、ゼータに身柄の拘束を任せた。そこまでは良い、何も問題なく順調と言える。

 そう、いつだって問題を引き起こす奴は決まっているのだから。あのクソ馬鹿(シド)だ。

 

(……にしても、本当に強くなってたな。ゼータ。〝二刀流〟使わなきゃ俺も危ないかもしれん)

 

 そんなことを考えながら、俺は秘密の地下通路から外に飛び出し、王都を見回せる建物の屋上へと移動した。天候は変わらずの雨、なんなら強さが少し増していた。

 

(おーおー、やってるやってる)

 

 視界の悪い天候だと言うのに、ドンパチやっている場所がハッキリ分かるとは何事か。激しく崩れる建物に、舞い上がる砂埃。誰と戦っているのかは知らんが、派手な立ち回りだ。

 

「……てか、相手ってアイリス王女じゃねぇか?」

 

 シャドウとぶつかっていた相手を視認してみれば、まさかまさかのアイリス王女。可能性として考えなかった訳じゃないが、王都への被害を考えない攻撃を連発するとは思わなかった。どんだけ殺意剥き出しだよ。

 

(それに……もう一人居るな)

 

 少しの間繰り広げられている戦いを眺めていると、アイリス王女以外にもシャドウに対して剣を振るう人物を発見。あの刃のように鋭い魔力反応は──覚えがある。

 

(エルフ探しの天然エルフさん、か)

 

 エルフを探していたり、バーガーを減らそうとしたのに意味なく交換したりしていたエルフさんだった。強いだろうとは思っていたが、シャドウの相手になれるレベルだったとは。俺が知らないだけで、案外有名人なのかもしれない。

 

「……はぁ。めんどくさ」

 

 アイリス王女に加えてエルフさん。正直言って面倒くさい。シャドウの様子から察するに、遊びモード入ってるし。下手に割って入るのも後で文句言われそうなんだよなぁ。

 

(そもそも、俺にだってやることあるし)

 

 テンション上がってしまったとは言え、俺が『ブシン祭』でやり過ぎてしまったことは事実。その辺のフォローをこれからしなければならないのだ。【シャドウガーデン】でもトップクラスの変装名人・ニューさんの力をお借りして。

 

(えーっと、ニューの魔力は……あっちか)

 

 俺の姿に変装してもらい、『ライ・トーアム』となったニューの位置を確認。すぐ近くに居るようなので、俺の方から出向くとしよう。そこで俺がライ・トーアム(ニュー)をボコボコにし、力の差を関係者達に見せつけられれば誤魔化し完了だ。

 ジミナ戦では命を削って全力以上の力を出していたのだと言い訳すれば良い。それでもキツそうなら魔力回路が損傷したとかなんとか言って『紅の騎士団』を退団する。二段構えで隙の無い完璧な作戦だ。

 

 

 ……と、思っていた。

 

 

 俺は知っていた筈だ。この世界での第二の人生が、そうそう思い通りにはならないことを。最悪の不運によって厨二病転生者に出会ってしまった──あの夜から。

 

「その格好! アンタも【シャドウガーデン】ね! 『紅の騎士団』所属、クレア・カゲノー! ここでアンタを拘束するわッ!!」

 

 見慣れた真紅の瞳を光らせながら、感情を昂らせる黒髪のバカ。

 

「私が居合わせたのが運の尽きね。『ブシン祭』参加者として、騎士として、貴方のような犯罪者を見逃す訳にはいかない! 私はアンネローゼ・フシアナス! 勝負よッ!」

 

 まだ聞き覚えのある声を響かせながら、威勢良く大剣を向けてくる青髪の節穴。

 

「貴方まで……! 何が目的なの!? ──『ライト』ッ!!」

 

 雨に濡れても美しい白髪の王女、アレクシア・ミドガル。前の二人に比べれば敵意は感じないが、一応剣は構えられている。なんでこんなとこに居るんだよ。王女を前線に出すなよ。アイリス王女は例外だとしてもさ。

 

(……なに? この状況)

 

 バカ、節穴、王女。

 やり辛さが服着て歩いているような三剣士を前に、俺はフリーズしかけていた。最早笑えるよ、神様性格クソだな。だからこの世界はクソなのか、納得だわ。

 

(ニュー。……すまん)

 

 そしてそんなやり辛いトリオに混ざっている紅一点……ではなく黒一点。見るからに体調が悪そうな顔色とボロボロの身体、激闘を終えたばかりのライ・トーアム()が二刀の剣を杖代わりに立っていた。

 

 俺と同じぐらい、ニューは混乱しているだろう。関係者に目撃させてライ・トーアムの評価を下げようとは計画していたが、なんで関係者が三人同時に来るんだよ。渋滞してるって、色々と。

 

「ライッ! その傷で戦えるのッ!? 足手纏いなら引っ込んでなさい!!」

「そうね。流石にその状態じゃまともに剣は振るえない。見たところ、立っているだけでもやっとでしょ」

 

 おおっ、なんか良い感じのことをクレアとアンネローゼが言い出した。そうだよ、ニューには一回引っ込んでもらった方が都合良いじゃん。

 

「そ、そうね。ライ君。貴方の身体は本当にボロボロよ。……ま、魔力回路に異常はないかしら?」

 

 アレクシア王女も同意見らしい。どこかクレアとアンネローゼよりも深刻そうなのが気になるけど。そんな慈愛に満ちた性格だったっけ? 

 

(まあ、良いか。ニュー、上手く返してくれよ)

 

 前回、ニューの変装に頼った際、ニューは声を出すことが出来なかった。スライムで姿を変えることは出来ても、声を変えることは出来なかったからだ。

 しかし、今は違う。シェリーという頭脳が加わったことにより、変声機能を備えたスライムを作成することに成功した。これにより変装のレベルは格段に上昇、戦闘能力以外をほぼ完璧に偽装することが可能となったのだ。魔術の力ってすげー。

 

 仮面を付けているため、アイコンタクトすることは出来ない。だが、ニューなら俺の雰囲気から俺の考えを察してくれる筈。お前は優秀な子だ。頼む、マグロナルド奢るから。

 

 俺の切実な願いが届いたのか、ニューがライ・トーアムとして口を開く。弱々しく剣を構えてはいるが、魔力は練っていない。やっぱりな、お前は出来る子だって信じてたよ。

 

 感動に胸を振るわせる俺の耳に届いたニューの言葉。それは俺の予想を遥かに飛び越えたとんでもないものだった。

 

「──俺は全く問題無い。クレア、アンネローゼ、人の心配をしている暇がお前達にあるのか? ()()()()()()()()()()()()()()()。お前達でも、アレクシア王女の()()()()()()()()()()()()()。この相手は強い、俺でも簡単には勝てない程の実力者だ。……けど、()()()()()()()()()()()()。だから、彼の相手は俺がする」

 

 

 ……アホだったァ〜〜!!! 

 

 

 仕事出来る女だったのに、この場面だけニューはアホの子だった。口から出るわ出るわ煽りの言葉。案の定クレアとアンネローゼはキレ散らかしてやる気満々になってるし、アレクシア王女も覚悟を決めた顔をしている。全部ダメじゃん、全部俺の狙いと逆じゃん。やっぱ報・連・相って言葉を使ってするもんだよな。ごめん、俺が悪かったわ。

 

(……けど、一つだけ言わせてくれ。ニューよ)

 

 雨に打たれながら、俺は胸の中でひっそりと呟いた。

 

 

 ──俺はそこまで口悪くないぞ。

 

 

 

 




 『よく分かる解説』

 ライト「ニュー、上手いこと人数を分けよう」
 ニュー「お前ら弱いから引っ込んでろ(ライト様基準)」
 ライト「!?!?」


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33話 完璧に悪党だな

 

 

 

 

 

 どーすっかなと、銀色の仮面の内側で渋い表情を作るライト。割と強めの雨に打たれているだけでもストレスだというのに、それ以上のストレスが襲ってきたのだ。そんな顔になるのも仕方ない。

 

 本来の予定ならば『ライ・トーアム(自分)』に変装したニューを『ライト』で相手取り、ボコボコにして周りからの評価を下げるというものだった。

 しかしそこに付いてきたオマケ三人娘。知り合いであるため危害を加えるのも躊躇われるという状況。脅して逃げる可愛気があれば良いのだが、自身を見上げている三人にそんなものがないことはよく知っていた。

 

 ライトは止まらないため息と共に、ゆっくりと口を開いた。

 

「戦う気はない。ライ・トーアムだけを残して、帰れ」

 

 声を変えて告げた言葉。内容を間違えたと気付くのに、時間はかからなかった。

 

「帰る訳ないでしょッ! バカにしてんのッ!?」

「四対一の状況を変えたいんでしょうけど、魂胆が見え見えね。私の目は誤魔化せないわよッ!!」

……言葉間違えたか

 

 火に油を注いだと、自身の発言を後悔するライト。バカと節穴は思った以上にやる気らしく、引き下がる気配は微塵も感じられない。アレクシア王女も撤退する様子はないが、何故か先程からライに変装したニューの方をチラチラと心配そうに見ている。

 

「ライッ! 大口叩いたんだから足引っ張るんじゃないわよ!」

「連携は期待出来ない。お互いを邪魔しないようにだけしましょう」

「ラ、ライくん。本当に大丈夫……? 身体に異常とかない?」

 

 荒れるクレア。冷静に見えて特に何も考えていないアンネローゼ。あわあわしながらライを気遣うアレクシア。そして尊敬する上司に置いていかれないようライトの一挙手一投足に全神経を集中させているニュー(ライ)。その場は混沌となっていた。

 

 テンションぶち上がりの試合を邪魔されただけでなく、アホ主人のフォローもしなければならないとあって、ライトは既に疲れていた。故に、思考する気力もない。対処方法は時間をかけず、手っ取り早く終わらせることとした。

 

 

 ──……気絶でもさせるか。

 

 

 シンプルイズベスト。

 これ以上ない程の単純解答で思考を済ませると、ライトは僅かに魔力を解放。白銀の魔力を身体に纏わせた。

 

「「「──ッ!!!」」」

 

 ニューを除いた三人が警戒度を引き上げる。これまで怠そうに立っていただけの男が魔力を使った。すなわち、戦闘する気になったということに他ならない。

 

「俺は……【シャドウガーデン】の『ライト』。向かってくるなら容赦はしないぞ」

 

 開戦の一言が終わり、剣士達が動く。

 真っ先に剣を振り上げて強く踏み込んだのは、短気で沸点の低いクレア・カゲノーだった。

 

「ハァァァッ!!」

「セヤァァァァッ!!」

 

 一瞬の間を空けて、アンネローゼ・フシアナスも飛び上がる。赤と青の軌跡を描き、二人は漆黒を纏いし者へ突撃した。

 クレアによる鋭い一撃と、アンネローゼによる重い一撃。天才と呼ぶに相応しい二人の魔剣士から繰り出された剣戟を前に、ライトは()()()()()()()()()()()()()

 

「……いきなりだな。そういう攻撃は相手の動きを見てからにしろ」

「「──ッ!!!」」

 

 二人の攻撃はライトにかすりもせず、虚空を斬った。しかし、驚くべきはその『結果』ではなく『過程』。

 剣の側面部を優しく掌で押し、自身から剣を外させた。圧倒的な動体視力が無ければ不可能な神技だ。

 

「ここよッ!!」

 

 絶句するクレアとアンネローゼの陰から、アレクシアが現れる。凡人と呼ばれながらも研鑽を重ねてきた剣は、天才達にも劣らない確かな威力を秘めている。

 

「脳筋二人を囮に奇襲か。良い動きだ」

 

 素直に感心しながら、ライトは振り下ろされる剣を右腕で受け止めた。ただ魔力で強化されただけの腕は、魔力で強化されている剣を簡単に防いでしまった。

 

「な、なんで……!?」

「実力差だ」

「アンネローゼ!!」

「分かってる!!」

 

 攻撃は防がれたが、相手に腕一本使わせたことに変わりはない。無防備な瞬間を狙うため、クレアとアンネローゼが同調。ガラ空きの胴体へ横一閃の斬撃を繰り出した。

 

「きゃっ!」

……王女居るだろ。脳筋コンビ

 

 ライトは瞬時にアレクシアの剣を掴み彼女の身体を抱き寄せると、頭を守るように手を置いて密着したままその場へとしゃがみ込んだ。目標を失った二人の剣は互いに衝突することになり、雨の中でも激しい火花を散らした。

 

「なっ!!」

「くっ!!」

「足元がお留守だぞ」

 

 反撃に出たライト。アレクシアの肩と足に両手を入れてしゃがんだまま完全に抱き抱える体勢を取ると、クルッと一回転しながらクレアとアンネローゼに足払い。情けない声を上げ、二人の女騎士は転倒した。

 

「こ、このっ!!」

 

 されるがままにされていたアレクシアだったが、ようやく行動を起こす。ライトの顔面に拳を振るったが、丁寧に座らされた上で軽く躱された。

 

 全員が地面に腰を落としている状況で、一人背を向けて立つライト。

 天才二人は手玉に取られ、王女は敵に守ってもらいながら戦われるという屈辱。力の差を見せつけるのには十分過ぎる時間だった。

 

「足が、痺れて……!」

「なんて速さ……。私の目でも追いきれない……!」

 

 まるで大人と子供。そんな実力差を肌で感じ取り、クレアとアンネローゼは僅かに身を震わせた。太陽の全く見えない薄暗い天気だというのに、漆黒の背中が放つ存在感は異質としか表現出来なかった。

 

「ッ! そ、そうよ! アイツはシャドウの『右腕』とか呼ばれてた男だわっ! つまり【シャドウガーデン】という組織ではNo.2の実力者! 二人とも気をつけて!」

「「──もっと早く言いなさいよッ!!」」

「ご、ごめんなさい……」

 

 遅過ぎるアレクシアの助言に、クレアとアンネローゼがキレる。重要な情報を後出しされたのだ、無理もない。申し訳なさそうに肩を落とすアレクシアだったが、意識を切り替えて口を開いた。

 

「ライト! 貴方の目的は何ッ!? シャドウと二人で、何をしようと言うのッ!?」

「……目的か。……そうだな」

 

 正直に答えられるとは思っていなかったのか、アレクシアが驚きながらも口を閉ざす。数秒の静寂が過ぎた後、雨音に掻き消されない声でライトが言葉を放った。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

(((とある魔剣士……?)))

 

 ハッキリとした答えとは言えない返答に、未だ立ち上がれない三人は首を傾げる。

 

「当然、この場に居る魔剣士だ」

(((……ッ!!!)))

 

 ライトが少し振り返りながら付け加えた補足により、三人の表情が強張る。恐怖によるものではない、緊張による硬直だった。

 

 意味あり気な視線にクレアが思考する。

 意味あり気な態度にアレクシアが思考する。

 意味あり気な言葉にアンネローゼが思考する。

 

 三人の思考は、シンクロした。

 

(((まさか、『私』を……!?)))

「そう、お前だ。──『ライ・トーアム』」

(((ち、違った……!!!)))

 

 一瞬で否定された自意識過剰により、一人残らず羞恥に襲われる。雨に打たれているというのに顔が赤い。肌の白い美少女ばかりなので、余計に目立っていた。

 

 後ろでそんなことになっているとは知らず、ライトは目的の人物へと視線を向ける。先程から全く動かず、置物と化してしまっている協力相手(仲間)に。

 

「どうしてかかってこない? ライ・トーアム。その手に持っている二本の剣は飾りか?」

「…………」

 

 挑発のような言葉を放つライトだが、内心では焦りまくっていた。余計な奴等が三人付いてきたと思えば、人数を分けることにも失敗。どうにか余計な奴等をあしらってみれば、目的の相手は棒立ち。ライトはここからどう動けば良いか分からなくなっていた。現在の状況を改善出来るのはただ一人、ライに変装したニューだけなのだ。

 そんなライトの切実な願いを感じ取ったのか、ニューは剣を握る力を強めながらライトにしか聞こえないような小さな声を発した。

 

「あ、()()は……じゃない。き、()殿()は……でもない。ラ、ラ、ラ……」

 

 ダメだこりゃと、ライトが天を仰ぐ。

 最後の方などぎこちないミュージカルのようになってしまっていたニュー。まさか呼び方すらスムーズにいかないとは、流石にライトも予想すらしてなかった。

 

「ど、どうした? 言いたいことがあるなら、ハ、ハッキリと言ったらどうだ?」

 

 ライトとしての威厳を保ちつつ、最低限の柔らかさを備えた一言。今のライトが打てる最善の一手であった。

 仕事の出来る女、ニュー。尊敬する上司からのパスを無駄にする訳にもいかず、覚悟を決めて言葉を返した。

 

()()()がさっき言ったんだろ。相手の動きを見てから攻撃しろってな。……ば、ばかが」

「…………」

 

 首でも絞められているかのように苦しそうな声を出すニュー。ライトはようやく口を開いてくれたと安堵したが、同時に信じたくなかった事実が確定し酷く落ち込んだ。

 

 ──部下に口が悪いと思われている。

 

 取って付けたような〝ばか〟という部分がライトの心を強く抉る。必死にライ・トーアムを再現しようとした結果そうなった感じなので、受けたダメージは増大していた。

 

「ライ! 待ってなさい! 私が加勢するから!! ……って、あれ?」

 

 ライトが少しだけ泣きそうになっていると、クレアが大声を上げた。どうやら足の痺れは取れてきたようだ。何かを探すようにキョロキョロしているが、隣に居るアンネローゼも同じような動きをしていた。

 

 雰囲気を変える一声に感謝しつつ、ライトは二人に邪魔されないよう手に持ったとある物を見せつけた。

 

「探し物はこれか?」

「わ、私の剣! 返しなさいよっ!!」

「いつの間に……!!」

 

 右手にはクレアの片手用直剣、左手にはアンネローゼの大剣。ライトが二人に掲げて見せた剣は、こっそり奪っておいた彼女達の愛剣であった。

 

「魔剣士なのに剣を奪われてどうする? 注意力が散漫過ぎる」

「「な、なんですってっ!!?」」

 

 自然と口から出た言葉だったが、ライトはハッとなり反省。こういう言葉を周りが聞いており、口が悪いイメージへと繋がる。そう考えたのだ。実際、その通りである。

 何かを誤魔化すように咳払いをすると、ライトはニューへ向き直りクレアとアンネローゼの剣を構えた。形と重さの揃っていない不完全な〝二刀流〟だ。

 

「さあ、かかってこい。ジミナとの……いや、シャドウとの戦いで見せた力を発揮してみせろ」

 

 お膳立てが終わり、打ち合う準備も整った。

 ニューは剣を強く握り締めながらライトヘ向かって飛び上がり、二刀の剣を上司目掛けて振り下ろしたのだった。

 

「軽いな。そんなもんか?」

 

 しかし、ニューによる渾身の一撃(精神的)を軽く受け止めるライト。つまらなそうな態度を隠そうともせずに、攻撃してきたニューを身体ごとアレクシア達の方へ弾き飛ばした。

 

「……くっ」

「シャドウと戦った時の魔力はもっと大きいはずだ。……それとも、『火事場の馬鹿力』ってやつか? お前の本当の力は()()()()()()()?」

 

 ここぞとばかりに、自身の評価を下げにかかるライト。なんだか可笑しなことになってしまっているが、本人は至って大真面目。事実、アレクシア達からすれば傲慢な挑発にしか見えていなかった。

 

 チャンスを逃すまいと言葉を続けようとしたライトを遮ったのは、急に大声を上げたアレクシアだった。

 

「もうやめてっ!! ライ君の身体はボロボロなのっ!!」

「「……えっ?」」

 

 第二王女による行動で僅かに声が溢れたライトとニュー。尋常ではないテンションで割り込まれ、思わず素に戻ってしまったようだ。

 

「ライ君はシャドウと戦うために『グンピードの実』を食べたの!! 膨大な魔力を得る代わりに、魔力回路が崩壊する危険性のある『グンピードの実』を!! 見なさい! 立っていることも出来ていないじゃない! ライ君がこれ以上戦うのなんて無理よっ!!」

 

 怒涛の勢いで言いたいことを言い切ったアレクシア。クレアも、アンネローゼも、ニューも、ライトでさえも、呑み込むまでに数秒の時間を必要とした。そして一番最初に理解したのはやはりというか──ニューだった。

 

「……ぐっ、アレクシア王女。な、何故そのことを……?」

「アルファって奴が現れて教えてきたの! ごめんなさい、ライ君。貴方にばかり無理をさせてしまって……!」

 

 なるほど、とニューに続いてライトも納得。仕事の出来る女ばかりで助かると、ライトは再び訪れたチャンスに全力で乗っかった。

 

 

「──ふ、ふふふ、ふはははははっ!!!!」

 

 

 雨を落とす曇天に向かって高らかな笑い声を上げるライト。まるで狂人のような行動だが、狂人(シド)を手本にしてやったことなので当然と言えば当然だ。

 効果は絶大なようで、ニューを含む全員の視線を独り占めすることに成功した。

 

「そうか。そういうことか。──期待外れだな」

 

 深いため息と共に告げられた失望の一言。少しばかり解放していた白銀の魔力は身体から消え、完全に戦意が感じられなくなってしまった。

 

「あの力はドーピング頼りのもの。……ライ・トーアム。お前は【シャドウガーデン(俺達)】の脅威にはならない」

 

 そんな言葉を放つと同時に、ライトは手に持っていた二本の剣をクレアとアンネローゼへ投げ渡した。回転させないように投げる様子は親切心を感じさせる。

 

「もう用はない。返す」

「ちょっ! 待ちなさい!」

「逃がす訳ないでしょっ!」

「ああ、そう言うと思ったよ」

「「──ッ!!?」」

 

 受け取った剣を杖代わりに立ち上がったクレアとアンネローゼ。交戦的な言葉が返ってくると予想していたのか、二人を黙らせるために動く。

 捉えられない速さで目の前まで行くと、ガラ空きの腹部へ軽く掌底打ち。魔力を流し込み、身体の自由を奪い取った。

 

「ぐふっ……」

「あっ……」

「神経を麻痺させた、一時間は満足に動けないだろ。手加減はしたから、悪く思うなよ」

 

 痙攣する身体をどうにか起こそうと足掻くクレアとアンネローゼだが、全くと言って良いほどに力が入らない。立ち去ろうとする敵を前にしてこの醜態、騎士としてはこれ以上ない屈辱だった。

 

「王女。ソイツらは任せる」

「……ッ!」

 

 四対一だった状況も気付けば一対一。ここまでの戦闘で相手との実力差が分からないほどアレクシアは愚かではない。ライトに対して剣を振るう気力は完全に消えていた。

 

「……雨が鬱陶しいか」

 

 四人の騎士達に背を向け、ライトが小さく声を溢した。どこから取り出したのか分からない黒い液体を操り剣を作成すると、自身の真上に向かって美しい一閃を繰り出した。

 

 

 そして──()()()()()

 

 

 厚い雨雲はライトの斬撃によって切り裂かれ、目を細めてしまう青空が顔を出した。ライト以外の四人は太陽の光に照らされ、雨で冷えた身体に熱が戻り始めた。

 

「──……完璧に悪党だな

 

 誰にも聞こえない小声で自身の状況を笑い、ライトが一つ息を吐く。

 

「……じゃあな」

 

 短く別れを告げ、振り返ることもなくライトはその場を去った。

 残された者はそれを阻止することも出来ず、ただただ己の無力感に怒りを覚えた。

 

 その後、第一王女(アイリス)の顎に膝蹴りしようとしたシャドウをライトがドロップキックで吹き飛ばし、シャドウのアトミック未遂を最後にこの一件は完結。

 

 国中を巻き込んだ『ブシン祭』本戦は【シャドウガーデン】ツートップによって、完全にその存在感を失ったのだった。

 

 

 

 





 『MVP』ブシン祭・会場。

 これにて『ブシン祭』編終了です!

 アニメ二期も始まりますし、楽しみですね!
 日頃からお気に入り登録・感想・高評価して頂き、ありがとうございます!


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34話 もう潜めてないけどな

 

 

 

 

 

 色々あった『ブシン祭』から二日。事件の騒がれ方も落ち着いてきた頃、俺とシドは未だ修復作業中の学園へと足を運んでいた。

 テロリスト襲撃の際に半壊した風景は改善されつつはあるものの、完全に元通りになるのはもう少し先の話になるだろう。

 

「んー、良い天気だなぁ。ライもそう思うでしょ?」

 

 雲一つない青空を見上げながら、アホが呑気なことを言っている。屋上に上がってきたため、空はよく見えるのだが。

 

「そりゃそうだろ。どっかのバカが雲を全部吹き飛ばしたからな」

「えー、ライだってやったじゃん」

「俺は一部を斬っただけだ。全部じゃねぇ」

 

 シドに反論しつつ、ここに来る前にマグロナルドで買ってきたバーガーやポテト、そしてドリンクを取り出す。それらをマットの上に並べれば昼食の準備完了だ。

 

「結構買ったね。お腹減ってたの?」

「精密検査をするって、ここ二日間まともな飯を食ってないからな」

「あー、アルファが用意してくれた言い訳のやつか」

 

 俺がテンション上がって解放した魔力。それを誤魔化すためにアルファは手を用意していてくれた。それが国で禁止されている指定薬物、『グンピードの実』。魔剣士が接種すれば最悪死んでいたらしく、俺はアイリス王女に絶対安静をキツく言い渡されていたのだ。

 

 シャドウを倒すためという理由があったとは言え、違法は違法。『紅の騎士団』からは除籍、そして学園は退学になるかとも思ったがそうはならず、俺はまだ二つの場所に籍を置いている。これもアイリス王女の計らいだ。騎士団は休職扱いにしてくれたし、仕事せずに金が入って超ラッキー。

 

「もう検査は終わって健康認定されたから自由だけどな。そもそも、俺は最初から健康だ」

「ジャンクフード食べながら言うことじゃないね」

「うっせぇな、ポテトやんねーぞ」

「ごめんごめん。……んー、良い具合の塩加減だ」

 

 快晴の下で食べるバーガーというのも悪くない。俺は同じく買ってきた新聞を広げながら、少しだけ機嫌が良くなった。

 

「何か面白い記事でもあるの?」

「面白い記事しかないぞ。……あれだけ派手に目立ったからな」

 

 笑えることに、新聞記事の半分は『ブシン祭』事件に関することだった。国中を巻き込んだのだから、仕方ないことではある。

 

「たとえばこれとかな……。王都に出現した──『魔人・シャドウ』

「魔人? 僕のこと?」

「他に居ねぇだろ。〝地獄の蓋が開いたような光景、まさに魔人。我々は悪魔を呼び起こしてしまったのだろうか〟……だとさ。好き勝手に書いてんな」

「んー、少し目立ち過ぎたかな。もっと陰に潜まないと」

「もう潜めてないけどな。遅過ぎるわ」

 

 どうしてまだ間に合うと思うんだろうか。

 

「……チッ。何が『魔人の従者・ライト』だ。誰が従者だ、誰が。俺が使えるコネ全部使って出版社に抗議してやる」

「良いなー、カッコいいじゃん」

「シバくぞ、魔人野郎」

 

 ……はぁ。俺まで十分目立ってるし。まあ、アレクシア王女とクレアとアンネローゼを同時に相手したからな。あのマッチングだけは本当に予想外だった。

 クレアはあの後俺の看病に見せかけてライト()に対しての愚痴をめちゃくちゃ言ってたし、アンネローゼは一方的なライバル宣言残して『ミドガル王国』を出て行くしで忙しなかった。

 

「あっ! そういえば僕の背中蹴り飛ばしたでしょっ!? 主の背中に向かってドロップキックかます『右腕』なんて聞いたことないよ!!」

「そうだな。王女の顎に向かって膝蹴りかます『陰の実力者』なんて聞いたことねーよ」

「……うっ。それは、まあ、そうだけど」

「お前はそろそろ手加減ってものを覚えろ。肝が冷えたなんてもんじゃないぞ」

 

 マジであの瞬間は焦った。思わずドロップキックしてしまったほどに。

 

「て、手加減はしてたよ。力は弱めてたし」

「力の入れ具合じゃなくて、戦い方のこと言ってんだよ」

 

 お前の体術を相手出来る奴なんて世界中探してもそうそう居ないんだからな。せめてグーじゃなくパーで戦え。

 

「そういえば今日の朝、ライはアルファ達の所に行ったんだよね? 様子はどうだった?」

「……ん? ……ああ。特に問題はなかったよ」

 

 シドの言う通り、俺は今朝ミツゴシ商会へと顔を出した。事件が終わった後の状況なんかを細かく知りたかったからだ。説明してもらうならアルファ達にしてもらうのが一番分かりやすくて効率も良い。

 

(……俺が考えてるよりも、色々あったんだけどな)

 

 面倒なのでシドには伝えないが、本当に色々あった。

 

 ──組織としての次の動きを既に決めているとか。

 

 ──『教団』の狙いを読んで先手が打てそうだとか。

 

 ──俺達が本気になったことには結局意味があっただとか。

 

 空腹に耐えていた俺にとって、その情報量は中々に辛いものがあった。久しぶりにみんなの顔が見られたから辛いだけではなかったけど。

 

「そういや、ベータとイプシロンが荒れてたな。シャドウ様とライト様の試合を邪魔されるなんて〜、みたいな? イータとシェリーが八つ当たりされてたよ」

「ははっ、彼女達らしいね。イータとシェリーはどんまい」

 

 肩掴まれてガックンガックンされてたな。世界的に見ても最高峰の頭脳にする所業じゃない。二人とも目を回してダウンしてたし。

 

「後はアルファとニューへのお礼だな」

「そっか。ライは今回二人に助けられてたもんね。アルファが目の前でペラペラ喋り出した時は訳が分からなくて固まっちゃったよ」

「あの二人には感謝してもしきれねぇな」

 

 ニューは言わずもがな『ライ・トーアム』に変装してくれたこと。あれがなければ俺の評価を下げることも出来ず、最悪の場合俺の正体が『ライト』であることも疑われていたかもしれない。甘い物を買って手渡したらめっちゃ喜んでた。

 

(……アルファ。……可愛かったなぁ)

 

 そしてニューと同じく俺が助けてもらった仕事の出来る女、アルファ。アイリス王女とアレクシア王女の前に姿を現し、事前に用意していた見事な言い訳を完璧に決めてくれた。なんだよ、『グンピードの実』って。俺もそんなん知らないよ。

 

 以前ガンマの頭を撫でたことで嫉妬されたので、今回はアルファの頭を撫でた。サラサラの金髪はとても柔らかく、いつまでも触っていたかった。そして照れた表情は可愛過ぎた。一生守りてぇと思った。

 

「ライ? 顔がだらしないよ?」

「……そうかもな。緩み過ぎた」

 

 なんか恥ずかしいから素直に認めておこう。けど朝から美少女エルフ達に囲まれてきたんだ、お前じゃないんだから表情が緩むのぐらい仕方ないだろ。

 

(とまあ色々情報は手に入ったけど、やっぱり一番驚いたのは……あの人のことだな)

 

 

 ──ローズ・オリアナ先輩が【シャドウガーデン】に()()()()

 

 

(あの人いつの間にそんなことになってたんだ……? いくら面識がないとはいえ、顔も名前も知ってる人だから普通にめっちゃ驚いたぞ)

 

 今回の事件で捕らえたドM・なんたらかんたらの証言によれば、『オリアナ王国』は『教団』に乗っ取られていたらしいし、【シャドウガーデン】の力を借りたかったとか? 

 

(けど、新人として加入ってことは名前も無くなってるはずだよな。担当は……ラムダか。心配だ)

 

【シャドウガーデン】のメンバーでも古参と呼んでいい褐色の肌を持つダークエルフ・ラムダ。組織の幹部であり、十一番目の『ナンバーズ』だ。

 昔は剣の国『ベガルタ』で軍人をしていたらしく、人材を育成することに関しては右に出る者が居ない。スパルタを絵に描いたような人物だが、その裏には新人に命を落として欲しくないという優しさが隠れている。

 

(でもスパルタなのは変わんねぇんだよな……。アルファに何かあったら報告してくれとは言っといたけど、俺がしてやれることは少ないだろうなぁ)

 

 でもまあ【シャドウガーデン】には自分の意思で入ったらしいし、俺がそこまで気にかける必要はないか。ローズ会長の担当はシドの方だし。無自覚でフラグ立てたんだから責任取ってやれよ。

 

「何? 僕の顔に何か付いてる?」

「いや別に。王女キラーだと思ってな」

「話が見えないんだけど……?」

 

 幸せにする気はないくせにフラグは立てまくる。王女キラーと言うより、女の敵だな。コイツの興味が厨二病からほんの僅かでも女性関係に向け……無理だろうなぁ。それこそもう一度死んで転生しても……無理だろうなぁ。

 

「……アレクシア王女とシェリーとローズ会長が可哀想だ。後はうちの子達も」

「本当に何の話してるのさ……」

「お前が女の敵って話だよ」

「えぇ〜、なんか理不尽じゃない?」

「理不尽なのはお前だろ。魔人様」

 

 納得いかなそうな表情を見せるシドを無視し、俺は再び新聞へと視線を向ける。表の記事は大体読み終わったので、次は裏面だ。

 

「……えっ、マジか」

「どしたのー?」

「なあシド。お前これ知ってたか?」

 

 裏面を開いた瞬間、視界に飛び込んできた大きな記事。俺達の事件に負けず劣らずの文字量だ。

 

 

『ブシン祭・会場。──〝崩壊〟

 

 

 分かりやすいシンプルなタイトルにも関わらず、事の重大さはとんでもないものだった。『ブシン祭』が行われていた会場がいつの間にやら崩壊していたのだから。

 

「ああ、知ってるよ。確か昨日の朝の話だったかな。ライはまだ医務室に居たから知らないよね」

「そういうことか。なんか外が騒がしいなとも思ってたんだ。クレアの愚痴がうるさくて全く聞こえてこなかったけど」

 

 記事の詳細を読みながら、残り少なくなってきたポテトを頬張る。どうやら崩壊による怪我人や死人は出ていないらしく、会場だけが犠牲になったようだ。

 

「どうして壊れたんだろうな。あんなに頑丈だったのに」

「僕達が割と全力で戦っても余裕だったのにね」

「だな。『ミドガル王国』の建設技術に感心してたんだけどな」

「僕も細かいことは知らないんだよね。記事読んでよ」

「ん、分かった」

 

 シドに促され、事故が起こった原因の部分を探して読み上げる。

 

「えーっと。……〝『魔人・シャドウ』と『紅の騎士団』所属のライ・トーアムによる激しい試合により、会場には多大な損害が出た。試合を観戦していたミドガル国王は安全のため、会場の耐久度を調べさせると発言。検査に入った役員が柱の耐久力を確かめるために金槌で一度叩くと柱が折れ、そのまま会場は崩壊。膨大な建築費用をかけた会場は一瞬で瓦礫の山と化したのだった〟。……だとさ」

「うわ〜、怖いね〜」

「老朽化か? 何にせよ、国王の考えは正しかった訳だ」

 

 なんか俺達のせいみたいに書かれてるが、それはないだろ。戦ってる時も全然壊れる気配とかなかったし。そんなに会場を傷つけた覚えもないしな。

 

「今年の『ブシン祭』はどうなるんだろうね。お開き?」

「いや、別会場で行うらしい。……まあ、もう俺達には関係のないことだけどな」

「それもそうだね。僕は正体がバレて失格、ライは棄権。優勝するのは誰になるかな」

「さあな。クレアじゃないか?」

 

 なんか知らんがめちゃくちゃやる気になってたし。手も足も出ずに『ライト()』にボコられたからか? 

 

「うっ……。姉さんか……」

「一応弟なんだから、姉を応援してやれよ」

「試合を観てなかったら首絞められるし、優勝したところを見てなかったりしたら殺されるよ」

「なんだ、ハッピーセットか」

「そんなセットは嫌だよ!」

 

 バーガーの包装紙を丸めながらため息を溢すシド。姉に対して弱いのは昔からなので、特に何も思わない。

 

「でもまあ、僕達が戦ってる時に会場が壊れなくて良かったね」

「壊れなくても邪魔されたけどな。……あのまま続けてたら、どっちにしろ壊してたかもしれないけどさ」

「ははっ、そうだね。瓦礫の山も残らなかったかも」

 

 読み終わった新聞を畳み、袋から最後に残ったバーガーを取り出す。今まで食べていたテリヤキマグロとは違い、本日発売の新作バーガーだ。

 

「あっ、ライもそれ買ったんだ」

「お前もか。ちょっと気になった」

 

 期間限定という言葉に弱いのは前世の影響だろう。目玉焼きの挟まった月見るバーガーの派生商品。その名も──。

 

「『赤い月見るバーガー』、ね。……チリソースたっぷりだな」

「スパイシーだね」

 

 パンの柔らかさ、肉の厚さ、目玉焼きの香ばしさ。どれを取っても感想は最高の一言だ。チリソースが多過ぎることに目を瞑ればの話だが。

 

「……ん、結構いける」

「鼻がピリピリするけどね」

 

 全てのバーガーとポテトを食べ終え、ゴミを袋の中へと入れて片付け完了。心地良い満腹感と共に、その場へと寝転んだ。

 

「食べてすぐ横になるのは良くないんだよ?」

「同じことしてる奴に言われたくねぇ」

「いやー、やっぱり至福の時間なんだよねー」

 

 優しい風が吹き、眠気すら襲ってくる。こうしていてもそこまで暑さを感じないのは、もうすぐ夏が終わるからかもしれない。

 

「残念だったね。決着つかなくて」

 

 唐突に、シドがそんなことを言い出した。

 何の決着を指しているか、聞き返すまでもない。

 

「まだまだチャンスはあるだろ。──()()()()()()()()()()

「なら大丈夫かな。僕を殺せるのは──()()()()()()()()()

 

 俺を殺せるのも僕だけ、とでも言ってるつもりか。

 裏を返せば〝僕以外に負ける訳ないよね〟と煽っているのだ。どこまでもムカつく奴め。お前に言われるまでもなく、そんなことは当たり前なんだよ。

 

「まっ、あのまま続けてたら俺が勝ってただろうけどな」

「それはないね。勝ってたのは僕だから」

 

 ……分かってる。この問答に意味がないってことぐらい。

 

「いや、多分俺が勝ってたぞ。あの時の魔力、ノッてたから」

「それは僕だって同じだよ。なんならライの方よりノッてた」

 

 ……それでも、意味がなかったとしても。

 

 

「──上等だ。今日は腕相撲な」

「──望むところだね。負けた時の言い訳を考えておきなよ。()()()()()()()()、ね」

 

 

 俺はコイツと張り合うのをやめられない。コイツに少しでも負けたという意識を持ちたくない。どんな些細なことでも、俺はコイツより上でありたい。

 

 お互いがそう思ってるからだろうな。だから俺はこんな奴に長いこと付き合ってしまっているんだ。輝かしい少年時代から貴重な青春時代まで、我ながら本当によくやるよ。

 

「あっ、てめぇ、握り方反則だぞ」

「ライこそ、肘の位置がおかしくない?」

 

 本日の勝負、腕相撲。

 

 思ったより白熱して屋上にヒビが入ったため──〝引き分け〟で終わりにした。

 

 

 

 




 学園・屋上「ちょっ、痛い痛い!やめてっ!!」
 ブシン祭・会場「来いヨォッ!こっち来いヨォッ!!」

 次回から無法都市編突入です!


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35話 ブラコンって怖いわぁ

 

 

 

 

 

 ──『無法都市』

 

 その名の通り、ありとあらゆる法が適応されないこの世界で最も治安の悪い場所だ。窃盗・強盗・殺人、そんな非日常な光景を歩いているだけでいくらでも見ることが出来る。

 奴隷の売買も盛んであり、何の準備も無しに訪れれば魔剣士でさえも奴隷に堕とされることが珍しくない。

 

 成績優秀の優等生である俺にとって来る価値もないこの都市。一生関わることも訪れることもないと思っていたのだが、何故か俺は今その『無法都市』の土地を歩かされていた。

 

 

 ──黒髪赤目のバカ(クレア・カゲノー)と、それに引きずられるもっとバカ(シド・カゲノー)の二人と共に。

 

 

「…………はぁぁぁぁあああ」

 

 今日だけで何度したかも分からないため息。せっかく『紅の騎士団』を休職扱いにしてもらって思う存分休めると言うのに、どうして狙い澄ますかのようにストレスが押し寄せてくるのだろうか。どうせならストレスじゃなくてハチャメチャが押し寄せて来いよ。いや、コイツらと居る時点でそれは押し寄せて来てるのか。うわぁ、最悪。

 

「ため息ばっかついてんじゃないわよ。わざわざ連れて来てあげたのに」

 

 俺がどうにか厳しい現実を受け入れようと努力していると、隣を歩く女──クレアが少しだけ睨みながら文句を言ってきた。

 

「〝無理矢理〟の間違いだろ。どうせ連れて行かれるなら、甲子園に連れてって欲しかったわ」

「はぁ? 何意味が分かんないこと言ってんの?」

「うるせぇよ。現実逃避させろ」

 

 そう、この会話から分かる通り、俺が『無法都市』に来ることになった元凶はこのクレアだ。元々シドだけを連れて行くという話だったらしいが、シドの野郎が俺の同行を求めて巻き込んできやがったのだ。死なば諸共、道連れはコイツの得意分野だ。

 

「いつまでも不貞腐れんじゃないわよ。アンタにとっても、ちょうど良いリハビリになるでしょ?」

「必要ねぇ。身体が弱ってたとしても、俺はお前より強い」

「はぁっ!? アンタは『ブシン祭』を二回戦で棄権、私は〝優勝〟よっ!? 敬意を持って接することね!」

「はいはい。おめでとさん」

「ほんとムカつくっ!!」

 

 クレアが胸を張って堂々と宣言したように、コイツは『ブシン祭』で優勝してしまった。トーナメントに残った魔剣士達の力を考えた時、正直この可能性があるとは思っていたのだが。俺もシドも居ないし、アイリス王女は参加すらしていないしな。

 

「シドから聞いてるんだからね! アンタ、決勝戦は私の応援じゃなくて対戦相手の応援をしてたんでしょ!!」

 

 余計なこと言いやがって。無抵抗に引きずられている荷物に軽く蹴りを入れておいた。

 

「仕方ねぇだろ。お前の対戦相手のファンだったんだから。凄いんだぜ? ツギーデ・マッケンジー。予選の時からギリギリの勝利で本戦に勝ち上がって、粘りの剣と根性で決勝進出だからな。いやぁ、良いもん見た」

 

 しぶといなぁとは思っていたが、まさか決勝まで行くとは。アイツは良い魔剣士だ。『紅の騎士団』にスカウトした方がいいと思う。今度アイリス王女に提案してみるかな。

 

「……決勝ぐらい、私の応援しなさいよ」

「なんだよ、応援して欲しかったのか? そりゃ悪かったな。どうせお前が勝つと思ってたから、あんま応援する気になれなかったんだよ」

「えっ……? アンタ、私が勝つと思ってたの?」

 

 心底驚いたような顔をするクレア。そんなに驚くことか? 

 

「そうだけど? いくらマッケンジーが粘り勝ちしてきたっつっても、お前とじゃ実力差があり過ぎるからな。決勝の組み合わせが決まった時点で、お前が優勝すると思ってたよ」

「ふ、ふーん。そうなんだ……。わ、私の実力を認めてるならそう言いなさいよねっ! 面倒な男なんだからっ!」

「面倒なのは姉さんの方だよ」

「シドうるさい」

「ぐぇっ」

 

 いつも通りの漫才をするバカ姉弟(きょうだい)。このままそっとフェードアウトしたらバレねぇかな。いや、引きずられてる荷物が目を光らせてるから無理か。

 

「そもそもアンタ達、ここへ来た目的忘れてないでしょうね?」

「ライ、剣の鞘変えた?」

「最新版〜♪」

「話を聞けっ!!」

「ぐぇっ、なんで僕だけぇ」

 

 シドがシバかれているのを見るのは気分が良いが、クレアを蔑ろにし続けるのも後々面倒くさい。ご機嫌取りも兼ねて、話を聞いておこう。

 

「──()()()退()()、だろ? 『ブシン祭』が終わったばっかだってのにご苦労なこった」

 

 近頃、国家レベルでの問題と話題になってきているのが──〝吸血鬼の手下(グール)による殺人事件〟だ。

 周辺国は早急な事件解決のため、優秀な魔剣士を集めて討伐隊を編成した。そのメンバーにクレアも選ばれ、シドと俺も巻き込まれたという訳だ。

 

「気の早い魔剣士はもう討伐に向かってるはずよ。チームと言っても、まとまりなんてないでしょうから」

 

 だろうな。手柄を独り占めしたい馬鹿とかはさっさと突っ込んでると思う。さっき奴隷商人に勧められた奴隷、『ブシン祭』で見た覚えがあるけど……多分気のせいだろう。名前呼ばれた気がするけど、聞き間違えなはずだ。

 

「ねぇねぇ、吸血鬼って大昔に絶滅したんじゃないの?」

「この『無法都市』以外の話よ。……あそこに見える〝紅の塔〟。そこを住処とする吸血鬼の始祖──『血の女王』が生きている限りね」

 

 文字通り、吸血鬼にとっては最後の砦。だからこそ、今回の事件の犯人もすぐに特定された。吸血鬼絡みの事件で『血の女王』が関わっていないはずがないのだから。

 

「ここに来た理由は分かったけど、なんで僕も連れて来たの?」

「アンタの実績作りに決まってるでしょ? このままじゃ大した職に就けないんだから」

「そのためだけに弟連れて吸血鬼退治って……。ブラコンって怖いわぁ」

「なんか言った?」

「イエベツニー」

 

 家族愛が重過ぎるのも考えもんだな。俺はこのブラコン女の将来こそ心配されるべきだと思う。マジで嫁の貰い手いねぇぞ。

 

「で、今はどこに向かってんだよ?」

「魔剣士協会よ。アンタにも顔を出してもらうからね」

「いや、俺は行かねぇ」

「はぁ? なんでよ?」

「俺は今休職中だ。それがバレて後で話がややこしくなっても嫌だろ?」

 

 俺ってそれっぽいことを言わせれば右に出る者が居ないんじゃないか? まったく自慢は出来んけどさ。

 

「……まあ、そうね。分かったわ、協会には私一人で行く。アンタはシドを見張ってて。目を離したらすぐ迷子になるんだから」

「はいはい。そこの荷物は見張っとくよ」

「自然な感じで荷物扱いするのやめてくれないかな?」

 

 そうだな。散歩を拒むペットの方が合ってるぞ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……迷ったね」

「……迷ったな」

 

 クレアが魔剣士協会に行っている間、俺達は宿で待ってろと言われていた。しかし、シドが大人しく待っている訳もなく、散歩に行こうと言い出した。俺も特に引き留めたりはしなかった。結果、迷った。以上。

 

「今、姉さんが叫んだ気がする」

「奇遇だな。俺もだ」

 

 すっかり暗くなった空を見上げながら、俺達はそろってため息を吐いた。流石は世界屈指のスラム街。そこらじゅうが迷路のようになっている。少し舐めてた。

 

 面倒だなぁ。──()()()

 

 

(……『赤き月』、ねぇ)

 

 

 見上げた空に浮かぶ月。

 見知った色とは全く違い、まるで血のように赤い。

 

「やっぱり不気味なぐらい赤いよねぇ。前世と違って面白い現象があるもんだ」

 

 異常事態に対しても、シドは変わらずマイペース。ただちょっと赤いなぁ、ぐらいにしか思っていない。月が赤いということが、何を意味するのかも知らずに。

 

「まあ、知らなくて良いんだけどな」

「ん? 何が?」

「別に。……それより、随分集まったな。それ」

 

 シドが嬉しそうな顔をして手に持つ物。それは散歩中に集めた……いや、集まってきた財布の山だった。

 

「歩いてるだけで金が貰えるなんて、ここは僕にとって楽園だね」

「確かにな。お前は無法が人の形になったような男だから」

「酷い言われようだなぁ。因果応報ってやつだよ。財布をスッていいのはスラれる覚悟のある奴だけさ」

「それはまあ、同感」

 

 シドに対してスリを働こうとした奴が、この短い時間で20人。つまり、シドが相手の財布をスリ返した結果がこの財布の山だ。歩いているだけで小金持ちになってしまった。

 

「知らないから仕方ないとは言え、狙った相手が悪かったな」

「フフフ、これでまた陰の実力者コレクションが潤うぞぉ〜。あー、心が満たされるぅ〜!」

「お前もうここに住めよ」

 

 何度も感じたように、ここ『無法都市』は呆れるほど治安が悪い。俺達のような若い連中はこの街に住んでいる奴等からすれば格好の餌食。カモがネギ背負ってやって来た状態なのだ。

 

「てかお前ばっかり狙われてズルいぞ。俺には喧嘩の売り込みしかこねぇのに」

 

 少し離れたところを見れば、これまた山積み。シドと違って財布ではなく、俺に因縁をつけてきたチンピラの山なのだが。

 

「ライは見た目で良いとこの貴族って分かるからね。僕みたいにモブオーラを出さなきゃスリの標的にはされないさ」

「そうかよ。……取り敢えず宿に戻るぞ。クレアの魔力を辿る」

「そだねー。姉さんの怒りをこれ以上引き上げたくないし」

 

 とっくに魔剣士協会から帰って来ているであろうクレアの魔力を探知し、ひとまず合流を目指す。

 シドがスッた財布から金を抜き取るのを手伝いながら歩き出すと、思わず足を止めてしまうほどの甲高い女性の叫び声が辺りに響き渡った。

 

 

「──きゃあぁぁぁあああッ!!!」

 

 

 反射的に顔を向けてみれば、そこに居たのはこの街に来た目的の一つ。吸血鬼の手下──。

 

「グールよッ! グールが出たわッ!!」

「うわぁ! に、逃げろッ!!」

 

 血だらけのグール。夜中に見ると完全なホラーだ。いつからバ◯オが始まったんだ? 

 

(はぁ、一応助けるか。……ん?)

 

 逃げる人達を背にして、剣を抜く。速攻で片付けようと思ったのだが、俺よりも先にグールへと向かっていった奴等が居た。

 

「オラッ! 今日もサンドバッグにしてやらぁッ!」

「テメェのせいで賭けに負けたんだぞッ! 責任取れやッ!」

「やっぱコイツは殴り甲斐があるぜぇッ!!」

「見ろよッ! 首が変な方に曲がってるぜッ!!」

 

 ……んー、流石は『無法都市』。この程度のハプニングで怯む奴は少ないということか。怖がるどころか憂さ晴らしに使うとは筋金入りだ。

 

「ライ、ライ」

「んぁ? なんだよ?」

「ちょっとこっち、早く」

 

 俺がチンピラ共に呆れていると、シドに呼びかけられ近くの壁に立たされた。

 訳が分からないので意図を訊ねようとしたが、シドは壁に背をつけて腕を組み、ムカつく笑みを浮かべて静かに微笑みだした。

 

「……何やってんの?」

「それはこっちの台詞だよ。ライも早く僕の隣で僕の真似してよ」

「だから、お前は何をやってんだ?」

「殺伐とした状況を前に不敵に笑う謎めいた少年ごっこ」

「ブッ飛ばすぞ」

 

 何度目だろう、コイツに殺意が湧くの。

 

「──うわッ! コイツまだ動くぞッ!!」

「ちょっ、待て! 殺さないでくれぇッ!!」

 

 なんかサンドバッグにされてたグールの反撃が始まってるが、そんなもん無視だ無視。『赤き月』は吸血鬼の能力を飛躍的に引き上げる力を持っている。それに同調して手下であるグールも活性化し、耐久力が高まるんだ。そもそもあのチンピラ達は自業自得だし、助ける義理もないしな。

 

「おい、先にクレアのとこ行くぞ」

 

 お前のせいで巻き込まれた今回の件、お前の厨二に付き合ってやるつもりはねぇぞ。

 

「うん、分かった。──クフフ、クフフ」

「……このボケナス」

 

 チンピラ達を噛み殺し、そのままの勢いでグールが俺に襲いかかってくる。ひょいっと躱してスルーしたのだが、その直後に誰かの剣がグールを切り裂いた。

 

(これは……〝血〟か?)

 

 振るわれた剣の匂いから、なんとなく血を連想した。グールから漂ってくる()()()()ではなく、()()()()()()()()()だった。

 

 グールを斬った人物を見てみると、それなりの手練れであることが分かった。性別は女性、腰まで届く赤い長髪に高貴な旅人のような服装はどこか吟遊詩人のように見える。

 

「少年! 何をしている! 死ぬところだったぞ!」

 

 どうやらシドを助けてくれたらしい。余計なお世話などと言いたくないが、ソイツに関しては本当に余計なお世話だ。グールに噛まれたところで、ソイツの頭はもう手遅れなのだから。

 

 

「──死にたくなければ、逃げろ」

 

 

 ……おっと? 

 赤髪のお姉さんがシドに向かって忠告しだしたんだけど、その言葉選びって──。

 

 

「──〝暴走〟が始まる」

 

 

 ちょっと待って。

 

 

「──月が赤い。……もう、()()()()()

 

 

 やめろ、と言いたかった。

 でも、口は動いてくれなかった。

 だから、現実は限界などなく──厳しかった。

 

「忠告はしたぞ。……死なないでくれ」

 

 突然現れ、最後までやりたい放題してから赤髪の女剣士さんは颯爽とどこかへ去った。『赤き月』をバックに飛び去るという、置き土産まで残して。

 

(まだ間に合うッ!! 逃げ──ッ!!!)

 

 絶望に時間を取られている暇などないと、身体を動かそうとした。そう、()()()()()()()()()

 

「ライ、今夜は良い夜だね」

 

 いつの間にやら俺の肩に手を置き、シドが不敵に笑う。先ほどの〝謎めいた少年ごっこ〟のものとは比べ物にならないぐらい邪悪な笑みだ。

 

「夜は我らの時間。──いくぞ、我が『右腕』」

 

 ああ、やはり俺は逃げられないのだ。

 

 グールが撒き散らす血飛沫よりも、女剣士さんが振るった赤い剣よりも、夜空に浮かぶ『赤き月』よりも──ずっと純粋な赤い光を宿した眼を向けてくる、この男からは。

 

(休職中でも、たまの休みでも……結局こうなるのか)

 

 ライ・トーアムとしての時間は強制終了。

 俺はまた銀色のラインが走る漆黒のローブに身を包み、銀色の仮面を付けることとなったのだった。

 

 

 

 




 紅の塔「……えっ? 次は自分すか?」


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36話 一本ぐらいバレねぇだろ

 

 

 

 

 

 赤色の月光に照らされている『無法都市』。

 その中に存在する建物の屋上から、およそ人間の口から出たとは思えない低い唸り声が響いていた。

 

 

「──あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁァァァァッッッ」

 

 

 

 あぐらをかきながら頬杖を突き、この世の全てに絶望したような声を出す【シャドウガーデン】副リーダー・ライト。

 フードと仮面で顔がほとんど隠れているにも関わらず、何故か青ざめた表情が見える。立場のある格好をしているというのに、威厳など微塵も感じさせない。

 

「いやぁ〜、はっはっは! 楽しかったなぁ〜!」

 

 ライトのすぐ近くで『赤き月』を見上げながら、同じく赤い瞳を輝かせ高笑いを上げるシャドウ。口調はシドのものになっており、純粋に楽しいという気持ちを剥き出しにしていた。

 

 この両者による正反対の反応。説明するのは簡単であり、いつも通りと言えばいつも通りだった。

 

「ねぇねぇ、いい加減立ち直りなよ。()()()()()()()()?」

「うるせぇッ!! 誰のせいだ誰のッ!!?」

 

 誰の目も耳もないこの状況。お互い自然体のままで接しており、言いたい放題言える空間となっていた。

 

「何が〝死にたくなければ逃げろ〟だ! 〝暴走が始まる〟だ! 〝もう時間がない〟だッ!! バッカじゃねぇーの!!?」

「いい台詞だよねぇ。あのお姉さんに感謝だ」

「パクっただけじゃねえか! 何度も何度も連呼しやがって! 気に入ってんじゃねぇよ!!」

 

 ライトがこれほどまでに怒る理由は──シャドウに連れられて始まり、ついさっき終わったばかりのグール退治にあった。『無法都市』全体で暴れ回っていたグールを一体残らず片付けたばかりであり、グールに襲われていた者達からすれば英雄と呼んでも過言ではなかった。

 しかし、実際にはシャドウによる『影の実力者』ごっこにライトが無理矢理付き合わされていただけであり、『右腕』ムーブを強要されたことが絶望の唸り声に繋がっていた。

 

「いやぁ、特にさっきのは良かったよねぇ。魔剣士の人達が襲われてるとこに割って入ったやつ」

 

 シャドウが満足気な声で思い返すのは、魔剣士協会へ集まった魔剣士達をグールの脅威から救った時のことだった。本人に〝救った〟などという意識は欠片も存在していないのだが。

 

「僕が無防備に背を向けているところに襲いかかってくるグール。それを当たり前のように処理するライト。うーん、これぞ完璧な右腕。惚れ惚れするね」

「グールに喰われれば良かったんだ、こんなアホ」

 

 顔に手を当てながら、心底後悔するような声を溢すライト。流れで付き合ってしまった厨二ごっこにより、後から耐えられないほどの羞恥が襲ってきていた。

 

「なにより第三者の声が良かった。あ、危ない! ──と叫ぶ人に余裕の笑みを浮かべて、右腕に任せる『陰の実力者』。……やりたいことリスト、また一つ達成」

「今すぐそのリストを貸せ、ズタズタに切り裂いてやる」

 

 魔剣士協会の魔剣士達に思う存分ごっこ遊びを見せつけ、ご満悦なシャドウ。脳天を直撃した長台詞も良い感じに馴染んできたこともあって、テンションが上がっている。

 

「そういえば魔剣士の人達、僕らの名前呼んでたよね? いつの間にか有名人だ」

「……当たり前だろ。お前と俺は『ブシン祭』で派手にやらかしてるんだ。名乗らなくても、格好とかで予測は立てられるさ」

 

 これで間違いなくまた騒がれると、ライトが大きく肩を落とした。魔人の従者などという不名誉な呼び名が再び紙面に掲載されるかと思うと、やりきれない気持ちしか湧いてこなかった。

 

「ちゃんとライトのことを『右腕』って紹介しとけば良かったかなぁ」

「余計なお世話だ。恥をかかされたことには変わりねぇんだよ。……こうなったら、お前を殺して俺生きる」

「あっ、死ぬの僕だけなんだ」

 

 素直に驚くシャドウ。耳に入ってきた言葉が予想外だったようだ。

 

「そういうのって普通、お前を殺して俺も死ぬ……とかじゃない?」

「なんで俺がお前の後を追って死ななきゃならねぇんだよ。地獄にはお前一人で行け」

「その言い方だと、君も地獄行きだね」

「当たり前だ。俺達が天国行ける訳ないだろ。閻魔大王を舐めんな」

「ははっ、君らしいや」

 

 殺人に強盗、挙げ句の果てには国際指名手配だぞ。俺達が天国に行ける理由なんて探すのもバカらしいわ。

 それもこれも、全部コイツのせいだ。……まあ、俺も昔は荒れてたから全部って訳でもないか。

 

「……そういやお前、さっき次に行こうって言ったよな?」

「うん。言ったよ」

「次ってなんだよ? グールは片付けたろ?」

「君って疲れてると思考する力が弱くなるよね」

 

 なんだろう。めっちゃ殴りたい。

 

「──吸血鬼の始祖。見に行くでしょ?」

「……ああ〜、『紅の塔』に居るってやつか」

「そうそう。『血の女王』だっけ。うーん、悪くない異名だ」

 

 完全に忘れてた。そういえばソイツを倒すって目的でこの『無法都市』に来たんだった。てかクレアのことも忘れてた。アイツどこ行ったんだ? 

 

「おい、クレアどうすんだよ?」

「姉さんなら放っておいても死んだりしないでしょ。それより早く行こうよ! 始祖っていうぐらいだからきっと最強クラスだよ? 最強!」

 

 ガキのようにキラキラと目を輝かせるシャドウ。昔からそうだが、コイツは最強って言葉に強い執着を見せるところがある。今回の相手には名前負けしない強さを求めているんだろう。

 

「もう面倒くせぇよ。俺が消し飛ばしてきて良いか? 塔の上からボーンッてやればすぐ終わる」

「〝メテオ〟するってこと? ダメだよぉ、ちゃんと侵入しなきゃ。ボスキャラをダンジョンごと消し飛ばすなんて邪道さ」

 

 似たようなことしてきてるお前にだけは言われたくねぇんだよ。いつも爆発しやがって。俺を巻き込んでアトミックしたこと忘れてねぇからな。

 

「似たような塔が三本もあるんだ。一本ぐらいバレねぇだろ」

「……君って疲れてると凄いこと言い出すよね」

 

 どうして俺がコイツに呆れられなきゃならんのだ。時間をかけずに問題解決、敵にしか被害の出ない最適解だろうが。

 

「……わーったよ。行くよ行きますよ、行けば良いんだろ」

 

 これ以上ここで言い合っていても時間の無駄だ。さっさと行って吸血鬼をシバいて、『ミドガル王国』に帰ろう。

 

「あっ、そうだ。始祖の吸血鬼なら、財宝なんかも溜め込んでるんじゃないかな」

「なにボサッとしてんだシャドウ。──行くぞ」

「うんうん、それでこそ我が右腕だ」

 

 なに勘違いしてんだ。別にやる気出した訳じゃねぇからな。『騎士』としてやるべきことを思い出しただけだ。

 

「俺が全部貰うぞ」

「お互い財布から抜き取った戦利品(お金)でそこそこ身体が重いし、飛んで行くのはなしでどう?」

「上等。勝つのは俺だ」

「それはどうかな?」

 

 二、三度その場で屈伸してから、俺達は並んで地面を蹴り出す体勢を取った。

 何をするかなんて言うまでもない。俺達の間に──()()()()()()()()()()なんて友情は存在しないのだから。

 

「準備は?」

「いつでも」

 

 ──〝早い者勝ち〟。こういう場合の決まり事だ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……殺したい。人間を……殺したい」

 

 真紅に染まる月を見上げて、邪悪な笑みを浮かべる男が居た。白いローブに身を包み、頑丈な足枷をされて自由を奪われている。

 

「斬らせろ……人間を斬らせろ」

 

 この番犬が『白い悪魔』として恐れられていたのも昔の話。騎士団長すら務めた実力者も、今は自らの名も忘れ──『紅の塔』の門番として生かされる番犬に成り下がっていた。

 力こそが法。それがこの『無法都市』に於ける絶対不変のルールなのだ。

 

「俺は……()()()()()()()()()

 

 斬り飛ばされた利き腕とは違い、戯れによって残された片腕を振るわせる。手には剣を握っており、人を斬りたいと我慢が出来ない様子だ。

 既に守護するはずの城門は派手に破られた。言いつけを守れなかった番犬に、欲求を抑えることなど不可能だ。

 

(『暴君』ジャガノートに……『妖狐』ユキメ。どちらも俺では絶対に勝てない化け物。そんな奴らを相手にする気はないさ)

 

 格上相手には剣を向けることすらない。そもそもアーティファクトの城門を剣によって破壊された時点で、挑む気すら起きはしないのだ。番犬が『暴君』と『妖狐』の侵入を見逃したのも当然のことであった。

 

「キヒッ……斬りたい。……人間が、斬りたい」

 

 命を奪う瞬間が最も生を実感する。異常な快楽もここでは通常、無法の名は伊達ではない。

 

 鎖に繋がれた番犬は願う。自分より弱く、痛ぶり甲斐があり、いい悲鳴を上げてくれる──そんな獲物が現れることを。

 

「……『赤き月』に感謝だなァ」

 

 醜く歪めた口で、番犬が月へ手をかざす。願いを叶えてくれた礼をするかのように。

 

(人数は……二人。ツイてるぜェ。切り刻める……キヒッ)

 

 番犬が視界に捉えたのは二つの人影。『紅の塔』へ真っ直ぐに向かってきており、土煙が舞い上がるほどの速度を出している。何度も何度も肩と肩をぶつけ合っているようにも見えるが、番犬にはどうでも良いことであった。

 

「……殺すゥゥゥゥ」

 

 剣を振り上げ、獲物目掛けて跳躍。自らの欲求を満たすため、番犬はボロボロの歯を外に出しながら高笑いを上げた。

 

 

「──死ねえええぇぇぇェェェッッ!!」

 

 

 自分こそが生存競争の頂点に立っている。そう勘違い出来るよう、そう思い込めるよう、番犬は黒い衝動に身を任せる。破られた城門へ飛び込もうとしていた二人の人間に、襲いかかった。

 

 ──そして。

 

 

 

「「──邪魔ァッ!!!」」

 

 

 

 斬られた。

 いや、斬られたという意識すら無かった。

 ただ自らの身体がいつの間にか二つに分かれてしまっていたと、番犬は宙を舞いながらどこか他人事のように思考した。

 

(……俺、の……身体?)

 

 痛みはない。むしろ鎖から外され、久しぶりに自由の身となったことで嬉しいという気持ちすら感じていた。

 番犬は風前の灯である命を燃やし、自身を斬ったであろう二人へ視線を向ける。

 

「……あ、ああ。……あり、がとう」

 

 回らない口で最後に伝えた感謝。柄にもないと不恰好に笑いながら、番犬はその人生に幕を下ろした。殺すことでしか何かを得られなかった、最悪の人生に。

 

 こうして、『紅の塔』に役者が揃った。

 攫われた弟を救おうとする姉。主君の願いを叶えようとする従者。戦いを楽しむ暴君。落とし前をつけようとする妖狐。

 

 様々な意思と思惑が交錯するこの塔。そんなドラマ溢れる異様な場に──二人の災害(バカ)が突撃した。

 

 

「俺は右! お前は左! ちゃんと階段登って行けよッ!」

「ライトこそ! 反則はなしだよッ!」

「お前と一緒にすんな!」

 

 斬り捨てた番犬など一瞬で忘れ、大声で侵入ルートを決める二人。一人は赤色、もう一人は黄色に瞳を輝かせている。

 

 

「「──宝物庫おぉぉぉォォォッ!!!」」

 

 

 取り決め通り、二人は別々の階段を駆け上がっていく。

 青紫と白銀の軌跡を描きながら、黒い衝動よりも更にドス黒い──〝金の衝動〟に突き動かされて。

 

 

 

 




 シャドウ&ライトの戦果。

 グール討伐数……『352体』
 吸血鬼討伐数……『28体』
 住民救助人数……『1534人』

 財布強奪数……『375個』


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37話 金目当てなんて言えない

 

 

 

 

 

「違う! ここも違う! ──クソッ! 全然見つからねぇッ!!」

 

 俺とシャドウが『紅の塔』に侵入してから約十分。俺は塔の右側、シャドウは左側を探し回っていた。しかし、俺の方は全く宝物庫らしきものを見つけられていない。考えたくはないが、シャドウのルートが正解だったのか? 

 

「……まさか、隠し扉とか言わないよな?」

 

 血眼になって探していたので、短時間とは言えめちゃくちゃ疲れた。休憩がてら塔の外側が見える開放的な廊下で一息ついていると、上の方から何やら激しい音が衝撃と共に響き渡った。

 

(なんだ? 花火でもやってんのか?)

 

 俺がボケーッとその場に突っ立っていると、聞こえてきた爆音の正体が自動的に判明。上の方から降ってきて、そのまま外側から俺に向かって突撃してきた──筋肉ゴリラの大男によるものだった。

 

「オラァァァァァァァッッ!!!」

 

 俺の身長を超えそうな剣──というより、大鉈(おおなた)のような得物を振り上げながら野蛮な声を出している。視線は真っ直ぐ俺に向けられており、標的にされているのは間違いない。

 

 ボサボサで手入れもされていない髭に、洗ってなさそうな汚れた髪。間違いない、『無法都市』特有の関わっちゃいけない人だ。取り敢えず臭いが気になりそうだから、攻撃は避けて距離を取ろう。

 

「──ほお、今のを避けるとはやるじゃねえか。俺のことを蹴り飛ばした奴の仲間なだけあるな」

 

 蹴り飛ばした? 仲間? 何言ってんだこの人。

 

「何のことだ。心当たりはないな」

「とぼけんなよ。そんな似たような格好しといて、無関係ってことはねぇだろ? 黒いローブにその仮面、ついさっき俺を蹴り飛ばした奴にそっくりだぜ」

 

 うん。心当たりあったわ。ものすっごいあったわ。

 

(シャドウもう上に行ってんのか。……まさかもう宝物庫を!?)

「おうおう、今更焦ったって遅せぇよ。あの野郎の代わりに……まずはてめぇが死ねやァァァッ!!」

「──うるせぇ」

「グハァッ!」

 

 大人しくさせるため、顎に数発打ち込んで脳を揺らす。不衛生そうだから触りたくなかったが、スライムで拳をコーティングすればなんとかいけた。

 

「今は立て込んでるんだ。恨むならお前を蹴り飛ばした奴を恨め」

「て、てめぇッ! クソがァァァァッ!!」

 

 最後に顔面へ回し蹴りして戦闘終了。関わらない方が良い人種の大男は塔から落下していった。中々頑丈そうだし、死にはしないだろ。アンタに時間を取られる訳にはいかねぇんだ、許せよ。

 

「やっぱこの階層にはないか……。なら上だッ!!」

 

 少々邪魔は入ったが、まだ取り返せる。シャドウに宝を独り占めされるのだけは阻止しなければ。そんな結果を想像するだけでこの塔を消滅したくなる。

 そんな焦りの気持ちと共に、いざ上の階層へ行こうとした俺の足を止めたのは──『ブシン祭』以来の再会となる()()()()()()()

 

「──忙しそうだね。ライト」

「……ゼータ。なんでここに? 暇なのか?」

「いきなりご挨拶だね。任務だよ。任務」

 

 廊下に何本も並んでいる柱の陰から、ふわふわした毛並みと共に姿を見せたゼータ。俺の軽口に不満そうな顔をしているが、こっちにも余裕ないから許して欲しい。

 

「私だけじゃなくて、ベータも来てるよ。あっちは私と別件だけどね」

「……へ、へぇ〜、そうなんだ〜」

 

 なんだよ。めっちゃ集まってきてるじゃん。そんな報告されたっけ? 

 

「にしても、相変わらずレベルの高い体術だね。主に鍛えられただけのことはある」

「おいやめろ。アイツを俺の師匠みたいに言うの」

「でも間違ってないでしょ? ライトが得意としてる足技なんかは、主との鍛錬で身に付けたものじゃん」

「いや、まあ……そうと言えなくもないこともない」

 

 それを言うなら剣術は俺の方が師匠なはずだ。……やめよう。全体的な戦績で負け越してる以上、なんか虚しくなってくる。

 

「『黒の塔』の支配者、ジャガノートを瞬殺だもん。流石はライト」

「……ん? なにそれ? ジャガバター? 美味そうじゃん」

「ジャガノート。今さっき塔の外に蹴り飛ばしてたじゃん。アイツのこと」

「見てたのかよ」

「バッチリ」

 

『黒の塔』っていうと、他に建ってる二本の塔のどっちかか。ゼータの言い方からして中々の実力者だったんだろうけど、技術が全くない暴力のみって印象だった。あれじゃ魔力を制限されたとしても相手にはならない。

 

「アイツこの上の階層でクレア様と戦闘しててさ。クレア様が危なかったから、主が助けに入ったんだと思うよ。私だって助けに入ろうとしてたのに、出るタイミングなかったよ」

「……えっ? クレアもこの塔に来てんの?」

「うん。メアリーって呼ばれてた吸血鬼の女性と一緒にね」

 

 メアリーって誰だ。知らない人が多過ぎる。

 

「クレア様は主がこの塔に攫われたって勘違いして助けに来たらしいよ。どこからそんな勘違いが生まれたのかは分からないけどね」

「あー、納得。アイツならたとえ地獄にだって助けに行くだろうな」

 

 騎士団に殴り込もうとして肩を外された女だ、面構えが違う。てか何度思い出しても面白いなこれ。

 

(……じゃなくて、時間潰してる余裕ないんだって)

 

 俺は早く宝物庫に行かなければならないんだ。この塔を消滅させなくても良いように。

 

「なあ、ゼータ。お前この塔ってもう調べ終わってるか?」

「当然。至る所まで調べ尽くしたよ」

「……宝物庫の場所って分かるか?」

 

 任務中の弟子にこんな個人的なことを訊ねるのは申し訳ないが、この際そんなことも言ってられない状況だ。無駄に鼻がきくアイツなら、もう宝物庫に辿り着いていてもおかしくはない。

 

「知ってるよ。……えーっと、ここの石壁を押し込むと。──ほら、宝物庫までの隠し扉がご登場ってね。ここを上に登っていけば、すぐに行けるよ」

(本当に隠されてたんだ。てかやっぱり上かぁ……)

 

 もう手遅れだ。アイツのが絶対先に到着してる。

 

 ……やっぱり、この塔──。

 

「それにしても、流石は主。クレア様の危機に颯爽と駆けつけて、恩を着せることもなく去っていった。華麗と言う他なかったよ」

 

 ドス黒い感情がゼータの声によって和らぐ。そうだよ、宝が取られたのは仕方ない。認めたくはないが、今回は俺の負けだ。潔く受け入れよう。

 

「……クレアが殺されそうになったところをシャドウが?」

「うん。まさに運命だよね」

(たまたま通りかかっただけだと思う)

 

 死んだら自己責任とか言いそうな男だぞ。運命なんて言葉を使うのは運命に失礼だ。

 

「それにしても、あの程度の相手に殺されかけるのか。クレアの奴」

「主のことで気が動転してたってのもあると思うよ」

「あっそ。…………まだ分かってねぇんだな

「えっ? 何が?」

「──別に。集中さえ途切れさせなきゃ、普通に勝てた相手ってことだ。アイツもまだまだだな」

 

 技術で言えば、あのオッサンよりクレアの方が遥かに上。集中さえしていれば、まず負けることはないはずだ。

 

「ふーん。ライトって意外とクレア様のこと認めてるよね」

「んな訳ねぇだろ。……てか、何でアイツに様付けなんだよ? 過大評価だからやめて良いぞ」

「いやほら、主のお姉さんな訳だし」

「俺は呼び捨てなんだが?」

「いやほら、ライトはライトだし」

 

 てへっ、とでも言いたげな顔で誤魔化すゼータ。なんというか、昔からのらりくらりが上手い奴だ。そんな技術を教えた覚えはないんだけどな。

 

「様を付けるのなんて神様だけで良いんだよ」

「私にとっての神様はライトだから、ライトに様を付けることになるね」

 

 だから重いって。軽口のような感じを出しながらも、目はそれなりに真剣なのがタチ悪い。

 

「……お前に様付けされるぐらいなら、クレアが様付けされてる方がマシだ」

「納得頂けたようでなによりだよ。ライト」

 

 クスクスと口に手を当てながら笑うゼータ。俺を揶揄っている時は本当に良い表情を見せる。俺は玩具(おもちゃ)じゃねぇぞ。

 不満を視線に乗せてゼータに向けてみるも、特に気にした様子はない。むしろすぐに意識を切り替えたらしく、疑問を問うように口を開いた。

 

「……ねぇ、ライト。そういえば急いでたみたいだけど、宝物庫に何か用だったの?」

「ん? ……ああ。まあな」

 

 もう行っても意味無いと思うけど。

 

「……私、何か見落としたかな? 『教団』に繋がる情報なんて、宝物庫にはなかったと思うけど。あったのは精々、金貨とか宝石の金銀財宝ぐらいで」

 

 どうしよう。金目当てなんて言えない。

 

「ほ、宝物庫にはってことは、他の場所には情報があったのか?」

 

 取り敢えず話を逸らしたい一心で、適当に話題を振ってみる。すると俺の予想とは裏腹に、ゼータは得意気な表情でペラペラと語り出した。

 

「うん、見つけたよ。流石は吸血鬼の始祖の住処、千年以上昔の資料も置いてあったぐらいだよ。調べ甲斐のある書庫だった」

「へぇ、それは良い発見だな」

 

 金銀財宝に比べたら全く興味はそそられないが、今回に関しては例外だ。『教団』に関係する情報なんて、いくらあっても困らないんだから。

 

「期待して良いと思うよ。多分──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……そうか。……そういう感じか。上手くいけばなによりだ。

 

「量が多いから、一度本拠地に戻って部隊を編成するつもり。本格的に調べるには、人手が足りな過ぎるからね」

「おう、期待してる」

 

 本当に仕事の出来る奴だ。【シャドウガーデン】への貢献度なら、アルファやガンマに続いてトップクラスだと思う。いや、弟子を贔屓(ひいき)してるとかではなく。

 

「……上の方から衝撃波。この魔力は……シャドウか」

「『血の女王』と主がぶつかったみたいだね。ようやくこの件も終わりか」

「別の意味で終わらないように祈っててくれ」

「あははっ。そうならないように、ライトが行くんでしょ?」

「この塔を消し飛ばされたら困るからな」

 

 今回ばかりは戦場を瓦礫に変える訳にも、塵一つ残らず消し飛ばす訳にもいかない。重要な情報は金よりも重い。

 

「じゃあそろそろ行くよ。またね、ライト」

「ああ、気を付けてな」

 

 さて、これからアホのフォローか。

 嫌だなぁ、気が乗らねぇなぁ。俺もゼータと一緒に行こうかな。はぁ、アルファに会いたい。

 

「……あっ、そうだ。ライト。──()()()()()、そろそろだけど忘れてないよね?」

 

 ふと思い出したかのように告げるゼータ。力の抜けた声ではあるが、その中には確かな闘志が秘められている。どいつもこいつも負けず嫌いだねぇ。

 

「ああ、覚えてるよ。約束の日になったら『アレクサンドリア』に行く。アルファにも伝えておいてくれ」

「了解。覚悟してよね、ライトに〝ぎゃふんっ〟て言わせてあげるよ」

「そいつは楽しみだ。やれるもんならやってみな」

 

 この軽口を最後に、ゼータはこの場を去って行った。戻って部隊を編成してまたこの塔に来て調査、か。全部終わるのは早くても……五日後ってとこかな。

 

「──俺も自分の仕事をしますかね」

 

 なんか上から伝わってくる衝撃波がどんどん強くなってるし、戦いの激しさが増してるっぽいな。吸血鬼の始祖である『血の女王』、どうやら名前負けの実力ではないらしい。シャドウもきっとウキウキで楽しんでいることだろう。早く行かないとテンション上がって爆発しかねん。

 

 ……と、思ってはいるのだが。

 

「少しだけ寄り道しても……良いよな?」

 

 視線の先にあるのは先程ゼータが開いた隠し扉。宝物庫に繋がっているというお墨付き。俺はまだ──可能性を捨て切れないでいた。

 

 金銀財宝、残ってないかなって。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ふ、ふふ……ふふふふっ」

 

 我ながら気持ち悪いと思う声が宝物庫に響く。自分以外の誰にも聞かれていない状況なのが幸いだ。自分の意思で止めようにも、きっとこの笑いは止まってくれないだろうから。

 

 一度は諦めたお宝が──目の前にある。

 

 薄暗い宝物庫を照らすように輝く宝の数々。その種類は様々であり、王冠に宝石、ネックレスに指輪、有名な絵画に銅像、全てが金で出来ている巨大な盾なんかも置いてあった。売却金額の合計は低く見積もってもデカい城が建つはずだ。

 

「やっぱりか……! 思った通りだ!」

 

 ゼータの言葉を聞いた瞬間、俺はまだ宝物庫に宝が残されてる可能性を考えた。

 

 ──〝金貨とか宝石の金銀財宝〟。

 

 こういう言い方をするってことは、宝の種類は偏っていない。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アイツは絵画や銅像なんてコレクションでもう持ってるし、持っているだけじゃ金にならない宝は残すと思ったよ。……くそっ、やっぱ金貨は全部ねぇ」

 

 まあそれは我慢だ。むしろこんなにも多くの宝が残っていたことに感謝しなければ。悪いなシャドウ、俺はお前と違って宝を売り飛ばすコネも人脈も確保してあるんだよ。伊達に【シャドウガーデン】のNo.2やってねぇぞ。……普通はNo.1にあるはずなんだけどな。

 

「それもこれも、日頃の行いってな。……うしっ、持てるだけ持っていこう。ちょっと本気出すか」

 

 上での戦いが更に激しくなっているが知ったこっちゃない。もうすぐ行くからまだ遊んでろよ? 

 スライム風呂敷の限界を考えて、ギリギリまで宝を詰め込む。野菜の詰め込みよりも詰め込んでやる。風呂敷から出てたって持ち運べれば俺の勝ちだ。

 

「よ、よっ……し! 半分ぐらいは詰め込めたな」

 

 スライム風呂敷に大きめの宝を入れ、スライムスーツの中に小さめの宝を収納した。結果的に見れば全体の半分ほどではあるが、十分頑張った方だろう。つーかこれが限界。

 

「さて、上か。……よっ!!」

 

 普段より300kg以上重い身体を動かして剣を振るう。天井を斬撃で斬り飛ばし、俺が風呂敷担いだままで通れるサイズの穴を開けた。

 

「踏ん張れ……ッ! 俺ッ! ──オラッ!!」

 

 魔力を足に集中させ、脚力を上げてからジャンプ。どうにか上の階層へ行くことに成功した。やれば出来るんだな、お金の力ってすげーっ。

 

「ハァ、ハァ……。さて、バトってんのはこの隣か。風呂敷置いてから突入だな」

 

 戦闘音が聞こえてくるのは、俺の向いている方向から見て左側の壁。ここをぶち破ればすぐに参戦出来るはずだ。さっさと片付けてガンマにお宝を相談だ。

 

 そんな俺の浮かれ気分を、やはりと言うかアイツは──粉々に潰してくる。

 

「は?」

 

 担いでいたスライム風呂敷を床に置こうとした瞬間、左側の壁が突然に崩壊。何かが壁を突き破ったようで、俺目掛けて真っ直ぐに飛んで来た。一秒にも満たない時間で確認したシルエットは人間。脳をフル回転させ、衝突を回避するための動きをイメージした。

 

(躱せるッッッ!!!)

 

 纏っていた魔力を跳ね上げ、身体能力全てを強化。弾丸のような速度で突っ込んで来る黒い物体に対して、的確な回避行動を取ろうとした。俺が普段の状態であれば、ここまでギリギリの状況だったとしても回避出来ていただろう。

 

 背中に()()()()()()()()()()、担いでいなければ。

 

 

「──ぎゃふっ」

 

 

 風呂敷を手放した瞬間に決められた魚雷アタック。

 俺は身体をくの字に曲げられながら、勢いそのままに硬い壁へと激突したのだった。

 

 

 

 




 『よく分かる解説』

 【シャ】→【ラ】
    グサッ

 【シャ】【ラ】|壁
   ゴォォン☆


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38話 ぜってぇ嫌だ

 

 

 

 

 

 骨にまで響く衝撃。硬い壁に激突したダメージはそれなりに大きく、俺は受け身を取ることも出来ずに倒れ込んだ。

 

 ガラガラと落ちてくる瓦礫に頭を追加攻撃されながら、俺の耳には「あちゃー、やっぱり金貨詰め込み過ぎたかー」などという不快としか言えない台詞と声が飛び込んできた。

 

「──あれ? ライト? なにやってんの?」

「お前がなにやってんだァァァッ!? ミサイルみたいに飛んで来やがってッ!! 痛ってぇだろうがッ!! ──ゴホッ、ゴホッ。脇腹に……頭が刺さった」

 

 俺の上に乗っかっていたシャドウを退かし、呼吸を整える。スライムスーツに仕込んでいた小さめの宝を確認するが、大半は歪な形へと変化してしまっていた。そりゃあんな勢いで壁と俺に挟まれたらそうなるよな。言うまでもなく価値は激減した。

 

「ごめんごめん。思ったより金貨が重くてさ〜。攻撃避けられなくて吹き飛ばされちゃったんだ。流石は吸血鬼の始祖、楽しめる相手だよ」

 

 シャドウは楽しそうにそう言うと、俺と同じくスライムスーツに詰め込んでいたであろう大量の金貨を床に落とした。本当にどんだけ詰め込んでたんだ。王女のポチ五年分ぐらいはありそう。

 

「……はぁ。……めっちゃ頑張って詰め込んだのに」

 

 俺の視線の先にはスライム風呂敷の中から弾け飛んだ大きめの宝達が転がっていた。大きさと角度を計算して、ギリギリまで気合いで詰め込んだってのに。アホの一撃で全部台無しだ。

 

「おおー、ライトも頑張ったね。どんまい」

「お前……本当に……ッ!!」

「まあまあ、後で僕も手伝うからさ。それより早く戻らないと。最終決戦だよ? 最終決戦!」

 

 殺意と共に拳を握り締めたところで、散らばった宝は集まってこない。俺は一つ深呼吸をし、心を落ち着かせてから立ち上がった。

 

「どうしてお前はこう何度も俺に突っ込んで……もう良い。絶対後で手伝わせるからな」

「約束するから早く行こ? ライトもきっと楽しめると思うよ」

「吸血鬼狩りより厨二狩りをしたいんだが?」

「ははっ、はい行くよーっ」

 

 適当に返されてムカつくが、早く戻らなければならないことはなんとなく伝わった。それだけ『血の女王』とやらは強いのだろう。

 

「おい、どんなもんだ?」

「強いよ」

「それは分かってる。具体的に、だ」

 

 自分で開けた穴へ向かうシャドウの背中を追いながら、相手の実力を確認しておく。なんといっても始祖、〝原点にして頂点〟というのには覚えがある。

 

「そうだねー。魔力だけならアルファ以上……ライトに()()()()()()()()()()()()

 

 シャドウがニヤリと口角を上げながら言った言葉の意味を、俺は『血の女王』を自分の目で確認したことによってしっかりと理解した。

 

 

 なるほど。──〝化け物〟だ。

 

 

 血を連想させる赤い髪と、貴族令嬢のような高貴なドレス。

 辺り一帯を支配する魔力は濃密と言う他なく、魔力回路の弱い者ならばこの場に居るだけで失神するだろう。

 何故か目を閉じているが、放つプレッシャーはこれまで戦ってきた奴らの中でも群を抜いている。シャドウがここまで楽しそうにしている理由がよく分かった。

 

「──シャドウ様! ライト様! ご無事でなによりですっ!」

 

 最終決戦場へ乱入した俺達に声をかけてきたのは、ゼータによってこの塔に来ていると話を聞いていたベータ。後ろの方に視線を向けてみれば【シャドウガーデン】の子達も三人見受けられ、それなりに人員を送っていたのだと分かる。

 

 ベータとは久しぶりの再会だ。この間出た新作小説も良かったよ、と声をかけようと思った。しかし、俺はベータの状態を見て──思わず叫んでいた。

 

「どうしたんだその怪我ッ!? 誰にやられたッ!?」

「うぇっ!? こ、これはその……申し訳ありませんっ! 不甲斐ない姿をお見せしてしまって……!」

 

 額、頬、肩、腕と、至る所から流れ出る血液。どうしたって軽傷とは言えない傷の数々がベータには付いていた。【七陰】第二席である彼女にこんな傷を負わせられる敵など、この場には一人しか居ない。

 

「アイツだなッ!? 『血の女王』にやられたんだなッ!?」

「ひゃっ、はいっ! そうですごめんなさい!!」

 

 自分で言ったように不甲斐ない姿を見られて恥ずかしいのだろう。ベータは手で顔を隠して狼狽えているが、俺の怒りはそんなところに向いていない。

 剣を構えて魔力を練っていたシャドウを押し除け、俺は『赤き月』を背にして優雅に浮かんでいる『血の女王』に怒声を浴びせた。

 

「──てめぇッ! よくも可愛いウチの子に怪我させてくれたなぁッ!? 傷でも残ったらどうすんだッ! まだ嫁入り前なんだぞッ!!」

「落ち着け、ライト。ベータの傷はもう治した」

 

 荒れる俺の肩に手を置きながら、シャドウが宥めてきた。確かにベータの傷は全回復しており「……シャドウ様ぁぁぁ」と恍惚の表情を浮かべていた。いや、幸せそうなら良いんだけどさ。

 

「我の獲物だ。横取りしてくれるなよ?」

「好きにしろよ。俺は興味ない」

 

 やり取りに満足したのか、シャドウが地面を蹴る。魔力による飛行を駆使し、始祖の吸血鬼へ空中戦闘を挑んだ。

 

「ラ、ライト様……。その、クレア様が……」

「えっ? クレア? ……何してんだコイツ」

 

 凄まじい速度でぶつかり始めたシャドウと『血の女王』を見ていると、ベータが再び申し訳なさそうな声音で話しかけてきた。促された先には見知った顔の女が地面に寝かされており、規則正しい寝息を立てていた。

 

「図太いなぁ。この状況で寝るか? 普通」

「すまない。私のせいなんだ。私が……彼女を巻き込んだ」

 

 ブラコン女の呑気な寝顔を覗き込んだ瞬間、クレアの側についていた女性から謝罪を受けた。やべ、全く気付かなかった。てかこの人どっかで会ったことあるな。格好と声に見覚えがある……ぞ。

 

「ああッ! アンタッ! あの時のッ!」

「えっ、えーっと、何度もすまない。私には覚えがないのだが……」

 

 そりゃそうだろうよ。今の俺は『ライ・トーアム』じゃなく『ライト』なんだから。けどなぁ、こっちにとってアンタは恨みのある人物に変わりないんだよ。良い機会だ、あの時受けた屈辱の謝罪をしてもらおう。

 

「アンタのせいで俺がどれだけ大変な思いをしたか! 謝れ! 今ここで誠心誠意俺に謝れっ!!」

「わ、訳が分からないのだが……」

「よくも厨二バカに厨二台詞を与えてくれたなっ! あの後めちゃくちゃ引きずり回されたんだぞっ!」

「そ、そうなのか。それは、その……すまなかった?」

 

 首を傾げながらではあるが、ちゃんと謝罪は受けた。その事実だけで俺は怒りに蓋を出来る。

 

「ん。こっちも悪かったな、熱くなって。──俺はライト。【シャドウガーデン】だ」

「私はメアリー。……最古の〝吸血鬼狩り〟だ」

 

 流れで自己紹介してみたが、ご丁寧に返してくれた。礼儀正しい人間は好感が持てる。それにしても……『メアリー』ね。

 

「なるほど。アンタがメアリーか。クレアが世話になったみたいだな」

「……私を知っているのか?」

「覗き見が趣味の弟子がいてな。ジャガノート? って奴と戦ってるところを見てたらしいんだ」

「そ、そうか。情けないところを見られてしまったな」

「いや、情けないのはそこでぐーすか寝てるバカだ。あの程度の相手に殺されかける女じゃねぇんだよ、本来ならな」

 

 まあ、クレアのことは今はどうでもいい。

 それよりもゼータからの話と合わせて浮かんできた、一つの矛盾点が気になった。

 

「アンタも吸血鬼なんだろ? どうして吸血鬼狩りなんだ?」

「……そこまで知っているのか。……私は──」

「悪い。ちょっと待て」

 

 話の途中だが、メアリーに背を向けてスライムソードを二本作り出す。シャドウと『血の女王』が繰り広げている空中戦闘の流れ弾が俺達の方に飛んで来たのだ。文字通りの流れ弾であり、先端が尖った赤い槍のような物体を叩き落とした。

 

「ま、まさか、人間がエリザベート様の攻撃を、こんな簡単に……?」

「エリザベート? 誰だそれ?」

 

 スライムソードに僅かばかり付着した物質を確認してみると、不純物のない純粋な赤い血液だった。血を操る能力か、まさに『血の女王』って訳だ。

 

 シャドウに対して放っている攻撃も血液を使用したものであり、こっちに飛んで来た槍のようなものから触手のように追尾するものまである。血液は特に魔力を通しやすい部類なので、莫大な魔力と魔力操作の技術があればこんな戦い方も出来るようだ。

 

「……ああ、『血の女王』の名前か。どうしてアンタが知ってるんだ?」

 

 剣に付着した血液を振り払い、再びメアリーの方へ視線を向ける。どうやら訳ありなことは間違いないみたいだ。

 

「あれは……もう千年も前のことだった」

「すまん。短くまとめてくれ」

「…………」

 

 いや、長々と昔話されても困るんだよ。今も真上でバトってる厨二バカがいつ爆発するか分からないんだから。いつでもフォロー出来るように構えておくためには、話は短くまとめて欲しい。

 

「……エリザベート様は人間との共存を望んでおられた。そのために、吸血鬼の力の源である『血』を絶ったのだ。主人であるエリザベート様に続き、配下である我らも血を捨てた」

 

 つまりメアリーはあの吸血鬼の始祖の配下ってことか。すげぇな、何年生きてるんだよ。考えるのも無駄なぐらい長い時間なんだろうな。

 

「エリザベート様が領主をしていた街は、まさに平和そのもの。──『安息の地』と呼べる楽園だった」

 

 うわ、また流れ弾飛んで来たし。シャドウの野郎、攻撃は全部自分で処理しろよ。

 

「しかし、配下の一人であるクリムゾンは人間との共存など望んではいなかった。エリザベート様が押さえ込んでいた吸血鬼の本能を強制的に呼び起こすため──奴はエリザベート様にたった一滴の血を与えた」

 

 どこにでも迷惑な奴は居るもんだな。自分の好きなことに全力を出して迷惑をかける厨二バカも、完成された平和を崩すクソよりかは幾分かマシに思える。

 

「しかもそれが行われたのは、今日と同じく『赤き月』の夜。吸血鬼の力を限界以上に引き上げてしまうこの月の前に、エリザベート様は暴走を抑えられなかった。……その結果三つの国を滅ぼし、最後は自害なされたのだ」

 

 ……相変わらずこの世界で起こる事件は重いものばっかだな。どうしてこんな世界に転生したのやら。もっとほのぼのした世界が良かったと何度思ったか分からない。まあ最初に出会った奴が厨二患者(アレ)じゃ、どっちみち碌な生き方は出来なかったと思うけど。

 

「自害したって言うけど、アイツは生きてるぞ?」

「……吸血鬼は心臓を貫かれれば死ぬ。それはエリザベート様とて例外ではない。……だが、完全な自害とはならなかったんだ。彼女は心臓のみで現代まで形を残し、先程復活してしまわれた」

「めちゃくちゃだな。吸血鬼ってやつは」

 

 心臓だけになって千年生き続けるとかどんだけだよ。にんにくとか十字架で倒せた前世の吸血鬼って雑魚だったんだな。

 

「私は……エリザベート様の意思を尊重するために、今日まで生きてきた。……吸血鬼狩りとして、生きてきたんだ」

 

 てか槍だけじゃなくて、触手までこっちに襲ってきてるんだけど。人と話す時は顔を見てって育てられたのに、流石にノールックで防ぐのは無理だわ。

 

「お、お前は本当に人間なのか……?」

「失礼だな。普通の人間だろ」

 

 魔力を纏わせた一撃で向かってきていた攻撃を全て消し飛ばす。シャドウもそこそこ楽しめたみたいだし、ぼちぼち解決に動くとするか。

 

「それで? アンタはどうしたいんだ? 『血の女王』を殺したいのか? それとも……助けたいのか?」

「……えっ?」

「主人の意思を尊重するだとか、そんな綺麗ごとはどうでもいい。千年もの間、主人のために生きてきたアンタはどうしたいんだ?」

 

 たった一人で、千年。

 主人のためなんて口で言うのは簡単だが、実際にやるのは地獄以外の何ものでもないだろう。とてつもなく長い寿命を持つ吸血鬼だって、それは変わらないはずだ。

 故に、メアリーがここまで生き延びてきたのは主人に対する『気持ち』。そんな人物が自分の意思に従わないなんて、理不尽過ぎるだろ。

 

「大事な人なんだろ? アンタにとって」

「……私はエリザベート様の側近をしていた。こんな私を頼ってくださり、笑いかけてくれた。……『右腕』などと呼んでくれたのは、あの人だけだった」

 

 ……右腕、ねぇ。

 

「私は……エリザベート様を助けたいっ! 惨めでも、無様でも、どれだけ恥を晒そうとも! 私はもう一度……あの人と『安息の地』を求めたいッ!!」

「──やることは決まったな。最後にもう一つ答えてくれ。今、『血の女王』は正気なのか? それとも一種の暴走状態なのか?」

「め、目覚めたばかりで自分の力を制御出来ていないと思われるが……分かるのか?」

「まあ、なんとなくな」

 

 昔、シドが言っていた。

 戦いとは──『対話』であると。

 

 聞いた瞬間は何言ってんだコイツと思ったが、年月を重ねると共に考えが変わってきた。確かに、一理あると。

 先程からちょいちょい飛んで来る流れ弾には『意思』を感じない。相手の動きを誘導しようだとか、相手の身体のどこに当てようだとか、そういったものが一切感じられないのだ。

 

(……似てるな。あの時と)

 

 思い返すのは聖地『リンドブルム』で行われた『女神の試練』。予想外なシャドウ参戦により降臨した古代の戦士──アウロラさんのことだった。

 あの時の彼女の状態と今の『血の女王』の状態がとてもよく似通っているのだ。

 

(そういやアウロラさんも血液に魔力を通して攻撃してたっけ。なんか繋がりでもあるのか? ……今考えることじゃないか)

 

 ふと湧いた疑問を頭の隅へ追いやり、思考を元の路線に戻す。

 

「つまり、『血の女王』は本来の力を出していないってことだよな?」

「あ、ああ。あれだけ暴れているのも、目が覚めて喉が渇いたから本能的に血を欲している……と言ったところだろう」

「どこまでも迷惑な話だ。そういう意味じゃ、あの二人は似た者同士だな」

「確かにエリザベート様と互角に渡り合っている彼は実力者だが……」

「そういうことじゃないんだけど……まあいい。アンタには同情するよ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうやらシャドウも『血の女王』の違和感には気付いているらしい。動きから攻めの意思が薄れている。直に剣をぶつけているんだから、気付いて当然と言えば当然だけどな。

 

 

「──シャドウッ! フォローはしてやるッ! さっさと片付けろッ!!」

 

 

 シャドウの考えが分かったのと同時に、俺がやるべきことも決まった。爆発的に魔力を引き上げたアイツに続き、俺も魔力を練り上げる。

 前回核爆発に巻き込まれた時と違って、今は魔力が練られる環境だ。たとえ攻撃性のある爆発に巻き込まれたところで、全魔力の半分が吹っ飛ぶようなことにはならないだろう。まあ、相手を殺そうとして爆発(アトミック)する訳ではないので、あり得ない話ではあるのだが。

 

 なによりこの場には──()()()()()()()()()()

 

 

「〝アイ・アム──〟」

 

 

 赤色に染まる夜空へ、青紫色の魔力が広がる。

 俺は瞬時にスライムソードの形を変化させ、塔の床全部を覆い尽くした。名付けるならば『スライムプロテクト』。これで塔を守るための準備は整った。

 

「……さあ、いつでもこい」

 

 相変わらず楽しそうに笑うアホを見て、俺の口角も僅かに上がった。

 

 

「〝リカバリーアトミック〟」

 

 

 〝破壊〟と〝再生〟をもたらす『核』が──放たれた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 吸血鬼事件もようやく終わりを迎え、俺達は『ミドガル王国』に帰るため『無法都市』に一つしかない駅に来ていた。列車の出発時刻までにはまだ余裕があるので、シドと二人で朝飯用に買って来た肉まんを頬張っているところだ。

 

「姉さん、大分話し込んでるね」

「色々あったんだろ。二人一緒に死にかけたらしいし」

 

 シドと俺が視線を向ける先には、一台の馬車と二人の女性が立っている。一人はクレア、もう一人はメアリーであり、お互い別れを惜しむように抱き締め合っていた。

 

「そういえば姉さんも『紅の塔』に居たんだってね。知らなかったなぁ」

「やっぱり偶然通りかかっただけか……」

「何が?」

「別に、なんでもねぇ」

 

 やはりコイツに姉の危機を救おうなどという弟心なんてものは存在していなかった。いや、分かってたことなんだけどさ。

 

「それにしても……思ったより収入が得られなかったなぁ。残念だ」

「金貨の話か?」

「そうそう。実は戦闘中に結構な枚数を破壊されちゃってさぁ。重いからって一回捨てた金貨ぐらいしかまともに残らなかったんだよね。ライが守ってくれなかったらもっと悲惨なことになってたよ」

 

 別にお前の金貨を守ろうとしてた訳じゃねぇよ。主に塔自体と俺が貰う予定のお宝達のためだ。

 

「でも珍しいよね。ライが自分の取り分を他人に渡すなんて」

「ん? ……ああ、メアリーに渡したやつのことか」

 

 クレア達の別れを待つように止まっている馬車。その荷台には、俺が持っていこうとしていた宝の半分が収納されている。元々は彼女達の所有物なので、返したという意識も特にないのだが。

 

「これからお金も必要になるだろうしね。優しいじゃん、ライ」

「そんなんじゃねぇよ」

「何か理由があるの?」

()()()()()()()()()()()()()、応援したくなったのさ」

 

 右腕なんて、簡単になるもんじゃない。

 振り回される立場にも関わらず、返ってくるのは信頼という名の無責任。賃金だって発生してない俺の場合はただのボランティア。やってらんねぇよ。

 

「へぇ〜、迷惑な奴って誰?」

「お前だよ、ボケ」

 

 皮肉の効かないシドにムカついていると、クレア達の別れが済んだ。僅かに涙を浮かべながら手を振る様子は、どちらも普通の女の子にしか見えない。

 

「見つかると良いね。『安息の地』」

「そうだな。まあ、吸血鬼に時間は腐るほどあるだろうし、ゆっくり探すだろ」

 

 人間と吸血鬼の共存。異種族が共に暮らしていくには多くの苦労があるはずだ。それでも、彼女達は求め続けるのだろう。誰もが笑って生きていける──そんな『安息の地』を。

 

「思惑通りか? シド」

「急にどうしたの? 何が?」

「『血の女王』を助けたことだよ」

「ああ〜、そだね〜。ハッピーエンドも嫌いじゃないよ」

 

 嬉しそうな声音で答えたシド。顔に、貼り付けたような笑みを浮かべて。

 

「とぼけんなよ。お前がそんな理由で人助けをする訳ねぇだろ」

「酷い言われようだなぁ。……じゃあ、ライには理由が分かるってこと?」

 

 試すような態度で訊ねてきたシドに、俺は少しばかり表情を緩めながら返した。

 

「全力の『血の女王』と──()()()()()()()()、だろ?」

「……ははっ。やっぱライには隠せないか」

「当たり前だ。何年お前に付き合ってやってると思ってる」

 

 何が起きようとも、コイツは変わらない。ただ自分の理想を叶えるため、やりたいようにやるだけ。周りのことなど考えず、後先だって考えず──『陰の実力者』を目指すだけなのだ。

 

「本調子じゃなくてあの強さだからね。全力勝負となればもっと楽しいでしょ」

「次は俺の番だから、お前はその次な」

「ええっ!? ライは興味無いって言ってたじゃん!」

「お前との戦いを見て興味が湧いた」

「後出しはズルいよっ! 僕が先だって!」

「おい、見ろよ」

「へっ?」

 

 文句を言いながら詰め寄ってきたシドの頭を掴み、出発しようとしていた馬車へ顔を向けさせる。

 馬車の窓から顔を覗かせたのは『血の女王』こと、エリザベートだった。

 

 ──また、お会いしましょう。

 

 会釈と共に見せた美しい笑みに、俺はそんな意思を感じ取った。俺達がシャドウとライトだと、彼女には分かっていたようだ。どこまでも驚かせてくれる。

 

「やっぱり面白いね。長生きする楽しみが増えたよ」

「……いくらお前が妖怪でも、吸血鬼に寿命で勝つのは絶対無理だぞ」

「それはそうかもしれないけど、僕は後300年は生きて『陰の実力者』をするつもりだからね。それは絶対達成してみせるよ」

「300年もお前に付き合わされるこの世界が不憫だ。同情するね」

 

 こんなバカの遊び場として300年も使われていたら、その内この世界は消滅していそうだ。そうなる前に、俺は幸せな人生を送って天寿を全うしよう。

 

「何で他人事なの? ライにも300年は生きてもらうよ?」

「は? なんで?」

「当たり前じゃないか。僕の右腕は──()()()()()()()()()()

 

 心の底から思っているように、シドはそう言った。やはり、コイツと出会ったことが二度目の人生最大の失敗だ。誰かタイムマシンを開発してくれ。あの日の夜からやり直したい。

 

 そんな俺の後悔など知るはずもなく、シドは再び楽しそうに笑った。

 

「よろしく頼むよ。右腕」

「……ふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ぜってぇ嫌だ」

 

 

 

 




 『無法都市』編が終了しました!お付き合い頂き、ありがとうございます!

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39話 お前が知らない拠点だしな

 

 

 

 

 

「……ふわぁ。……よく寝た」

 

 数多の国々を震撼させた吸血鬼事件が終わり、『無法都市』から『ミドガル王国』に帰国して三日が経過していた。

 気ままに剣を振ったり、シドの相手をしたり、シドに付き合わされたりと、そこそこ平和な三日間だったと言える。これを平和と言えてしまう事実に、涙したいところではあるが。

 

「……さて、今日か」

 

 時刻は朝の六時。俺にしては中々に早起きだが、これには理由がある。シド関連ではないことに僅かな幸せを覚えながら、近くの机に置いておいた昨日届いたばかりの手紙に視線を向けた。

 

「昼過ぎぐらい、だったよな」

 

 手紙の送り主はアルファ。

 内容は俺にとっても分かりきっていたものであり、約束していた『力試し』の件であった。開始時刻は正午過ぎ、それぐらいに『アレクサンドリア』へ来て欲しいというものだった。

 

(これをやるのも何年振りだっけか。……アイツら、どれぐらい強くなってるかな)

 

 サッと用意したトーストとコーヒーで空腹を満たし、アルファからの手紙に対して返事を書く。返事と言っても書いたのは『了解』の一言のみ。どうせこれから会うんだ。長々と文章を書く必要はないだろう。

 

「よろしく頼むよ。気を付けてな」

 

 毛布で作った即席の寝床に寝かせていたアルファの伝書鳩へ手紙を付け、窓を開けて飛び立たせる。訓練された鳥なので、三時間もあれば『アレクサンドリア』に居るアルファのところまで辿り着けるだろう。

 

 窓から入って来る朝の新鮮な空気に当てられながら、椅子へ腰を落とす。半分にまで減ったコーヒーを片手に、昨日読み逃した新聞を広げた。

 

「『ミツゴシ商会』の新製品、売れ行き絶好調……か」

 

 スーツ、鞄、アクセサリーと、大人向けの商品が爆売れしている。とびきり高価な値段も品質が相応しいものであれば買い手が現れる。『ミドガル王国』はもちろん、周辺国家にまで『ミツゴシ』の名前と評判は轟いているようだ。

 

(学生の中でも流行ってるらしいしな。ガンマの知恵とイータの発明……今はシェリーも居るし、恐ろしいことだ)

 

 味方である俺まで恐怖を覚えるのだ。商売敵である商会達はどんな思いで『ミツゴシ』の快進撃を見ているのだろうか。恨まれていたって当然かもな。

 品質は最上級で品揃えは子供から大人まで、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

 

(クレアもよく買い物のし過ぎで小遣いがないって騒いでたもんな。……クレア、か)

 

 突発的に思い浮かべた人物だったが、失敗した。俺があのブラコン女に対して苦手意識を持っていることは言うまでもないのだが、最近はそれに加えて厄介な属性を追加してきやがった。

 

 あれは『無法都市』を出発する直前の列車での出来事だった。

 座席配置はシドとクレアが隣同士に座り、俺が二人と向かい合う形。汽笛に耳を傾けていた俺と眠そうな顔をしていたシドに、クレアは突然衝撃の言葉を放ったのだ。

 

 

『シド、ライ。……実は私──『左手』に〝特別な力〟が宿()()()()()みたいなの』

 

 

 その言葉と共に、クレアは包帯に巻かれた左手を見せてきた。俺はすぐに言葉を返せず、数秒間フリーズしていたと思う。やはりと言うかなんというか、先に反応を見せたのはシドだった。

 

『姉さんなら大丈夫。僕は姉さんの進む道を信じるよ』

 

 それを聞いたクレアの嬉しそうな顔。あれは間違いなく過去一番の笑顔だった。

 俺に対しても意見を求めてきたが、適当に頷くことしか出来なかった。いや、頷けただけでも褒めて欲しいぐらいだ。

 

 左手・特別な力・宿っているときて、最後には包帯。役満上がりで完全に手遅れだ。クレアは病にかかってしまった。どんな薬も効力を発揮しない、不治の病に。

 

 

 厨二病が──()()()

 

 

「……シドだけで十分だってのに」

「僕がなんだって?」

「…………」

 

 何故当たり前のようにこのバカは俺の部屋に居るのだろうか。更に付け加えるなら、何故当たり前のように不法侵入しているのだろうか。

 コーヒーを落としそうになったが、ギリギリキャッチ成功。空いているもう片方の手で侵入者の頭を引っ叩いた。

 

「いてっ、なにすんのさ」

「いきなり現れるんじゃねぇよ。てか何度も言ってんだろ、勝手に入ってくんな」

「窓開いてたから、つい」

「そんな軽いノリで不法侵入してんじゃねぇ。殴るぞ」

「もう殴ったじゃん」

「確かに」

 

 これ以上無駄な会話を続けても時間がもったいない。俺は椅子に座り直し、ズカズカとベッドに腰を落としたシドへここに来た理由を訊ねた。

 

「こんな朝っぱらから何の用だ? 今日はお前に付き合ってる暇はないって話したはずだよな?」

 

 今日は『アレクサンドリア』へ行かなければならない日だ。内容は全く説明していないが、出かけるということはシドにも説明済みだ。流石にそれを覆して自分に付き合えとは言わないと……思いたい。

 

「うん、分かってるよ。出かけるんでしょ?」

「……ああ、アルファ達の所だ」

「へー、そうだったんだ。よろしく言っといてよ」

 

 どうやら最悪の展開は免れたらしい。

 ──となると余計に疑問だ、コイツは一体何しに来たんだ? 

 

「それで? お前は何しに来たんだよ?」

「僕も出かけるから、一応ライには行き先だけ伝えておこうと思ってさ」

「へぇ、珍しく報告しに来た訳か」

「黙って何かするとライに怒られるからね」

 

 当たり前だ。お前が好奇心と自己判断ですることなんて碌でもない事しかないんだぞ。フォローしなければならなくなった時、概要が分かっていなかったらスムーズに事を運べないだろ。

 

「どこ行くんだよ?」

「えーっとね、『無法都市』」

「は? また?」

 

 シドの口から出た名前は三日前まで滞在していた『無法都市』だった。帰って来たばかりだというのに、なんでまたあんな所へ? 

 

「なんか呼び出されたみたいなんだよね」

「誰に?」

「さあ? なんか『白の塔』の……誰か」

「全然分かってねぇじゃねぇか」

 

 てか『白の塔』って言うと、『紅の塔』以外に立っていた他二本の塔の内のどちらかか。『黒の塔』の支配者はジャガノートだってゼータが言ってたし、また別人から呼び出されたってことなんだろうな。

 

「……何でも良いけど。派手に暴れるのだけはやめろよ?」

「そだねー。今回は興味本位で顔を出すだけだし、用が済んだらさっさと帰るよ。僕からの報告は以上」

 

 何をしに行くのかもよく分からん報告だったが、ちゃんと報告しに来たことは評価するべきだな。後は扉をノックしてから入れたなら言うこと無しだ。

 

「ん。まあ、行き先は分かった。さっきも言ったが、暴れるのだけはやめろよ」

「分かってるって。……そういえばアルファ達の所って言うけど、遠いの?」

「そこそこだな。今ぐらいから向かって待ち合わせ時間には丁度良い」

 

 力試しをするなら【七陰】は全員揃っているだろう。ベータやガンマ、イプシロンは過密なスケジュールを空けて来てくれているはずなので、余計に遅刻なんて出来ない。手紙で知らされた時間ピッタリに到着したいところだ。

 

「ふーん。結構遠いんだね」

「お前が知らない拠点だしな」

「なんでいつも僕をハブるのさ〜!!」

 

 だってお前興味無いって言ってまともに話聞かねぇじゃん。拠点どころか【シャドウガーデン】本拠地の話なのに。

 

「まあ良いけど。じゃ、僕は行くよ。──またね」

 

 言いたいことを言い終え、すぐに窓から出て行ったシド。相変わらず本能の赴くがままな奴だ。あのデルタとなんだかんだで相性が良いのも頷ける。

 

「……さて、俺も行くかな」

 

 久しぶりの力試し。──楽しみだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ──『深淵の森』

 

 深い霧に包まれた大森林であり、一度入れば二度と出られないとされる伝説の森である。その危険度から人が近付くことはなく、魔獣ですら縄張りにはしない。

 

 外界から完全に隔絶された空間、まさに『秘境』と呼べる場所であった。

 

 しかし、この世界にはその秘境に()()()()()()()()()()()()

 

 迷宮のような森に先の見えない猛毒の濃霧。そんな場所に万が一拠点を作ることが出来たのなら、その拠点は世界でもトップクラスの安全性を誇ることだろう。

 事実、その拠点は誰にも発見されておらず、組織の人間以外には誰にも認識されていない。

 

 

 否、組織の〝頂点(リーダー)〟は知らないのだが。

 

 

 ここは古都・『アレクサンドリア』。

 国中を騒がすテロリスト集団──【シャドウガーデン】の本拠地である。

 

「いよいよ、本日ですね……」

 

 昼下がりの眩しい太陽に目を細めながら、組織の幹部である『ナンバーズ』の一人・ニューが緊張を感じさせる声音で呟いた。隣には似たような役職を与えられているカイとオメガ、そして組織の人材育成最高責任者であるラムダまでもが揃っていた。

 四人の表情には緊張が表れており、これから戦闘開始するかのような雰囲気が漂っている。

 

「ニュー、そろそろ時間だが……集合状況はどうなっている?」

「はい、ラムダ様。先程受けた報告によれば、本拠地に滞在しているメンバー全てが集合完了。観戦の準備は整っています」

 

 ニューの返答を聞き、腕を組みながら満足そうに頷いたラムダ。簡潔にまとめられた報告と仕事の早さ、弟子の成長をまた一つ感じ取ったようだ。

 

「舞台の準備も完璧です」

「イプシロン様にも完璧を求められましたからね」

 

 ニューに続いて口を開いたオメガとカイ。イプシロン直属の部下である彼女達も、()()()()()に対して積極的に尽力していたらしい。

 

「そうか、ご苦労。……確かに良い出来だ」

 

 ラムダは片目を閉じたまま、自身の正面にある円形の台を見つめる。半径百メートルはあろう大きさの台であり、使用された素材は特級の耐久性を持つ鉱石。白一色というシンプルで地味なデザインも、〝壊れない〟という一点に全てを注いだからこその結果であった。

 

「……はぁ」

「緊張しているのか? ニュー」

「は、はい。……申し訳ありません」

 

 無意識に拳を握り締めていたニューに、ラムダが静かに問いかける。普段、冷静沈着で動揺など見せないニュー。そんな彼女でも、今日ばかりは感情を抑えることが出来なかった。

 

「無理もない。お前は初めて見るのだからな。本日これから行われる……『()()()』を」

 

 そんなラムダの言葉に、ニューだけでなくオメガとカイも僅かに肩を振るわせる。それだけ力試しというイベントは気を張らなければならないものであった。

 

「……お越しになったな。──総員ッ! 道を開けろッ!!」

 

 魔力を感知したことにより、ラムダはメインとなるメンバーの登場を察知。舞台の前に集合していた五十を超えるメンバー達に指示を飛ばした。

 ラムダの声により瞬時に一本の道を残して分かれた人の壁。作られた道を堂々と歩いて来たのは七人の【シャドウガーデン】()()()()

 

 ──【七陰】であった。

 

「ガルゥゥゥ……ガウッ!!」

 

 先陣を切って前を歩くのは第四席・デルタ。

 腕を大きく振りながら獰猛な白い歯を輝かせ、闘争心に満ちた目をしている。

 

「……ふぅ」

「……今回こそは」

 

 デルタに続いて歩いて来たのは第二席・ベータと第五席・イプシロン。

 小説家に音楽家という表の顔を持つこの二人も、今回行われる力試しのために『アレクサンドリア』へ来ていた。表情は真剣そのものであり、天然と人工による二つの揺れは戦場までの歩みを美しく飾った。

 

「ちょっと……二人ともしっかりしなよ。頼むって」

「ご、ごめんなさい……」

「申し訳なく……思っている……よ?」

 

 更に姿を見せたのは第三席・ガンマ、第六席・ゼータ、第七席・イータだった。

 何故かガンマとイータはゼータの両肩に担がれており、まるで荷物かのように運ばれていた。何もないところで転び鼻血を出す女と寝相が悪過ぎて居なくなる女を任されたのは、圧倒的な才能を持つ『天賦』であった。

 

「…………」

 

 入場の最後を締めたのは──第一席・アルファ。

 美しい金色の髪を風に靡かせながら歩く様はまるで女神。【シャドウガーデン】の実質的なリーダーである彼女の一挙手一投足に、その場に居た者全員が視線を奪われた。

 

 人の道を抜け、【七陰】が舞台の上に並び立つ。

 全員背中には激しい闘志を漲らせており、最高幹部集結という神々しい光景に一人残らず息を呑んだ。

 

「──……来たわね」

 

 青い瞳を光らせ、アルファが呟いた。

 晴れやかな空を見上げると、視界には一人の人間。黒いローブに身を包みながら、自分達が立っている舞台へ音もなく着地した。

 

 その者、【シャドウガーデン】副リーダー・ライト。

 リーダー・シャドウの右腕であり、組織のNo.2。今回行うイベントのために、わざわざ『ミドガル王国』から飛んで来たのだ。

 

「は、始まるのですね。【七陰】の皆様とライト様の……力試しが」

「そうだ、一瞬たりとも目を離すなよ。この戦いを見れば、お前達の成長に必ず繋がる」

 

 再び拳を震わせるニューの声にラムダが答える。オメガとカイも少しばかり汗を流しており、舞台上から放たれるプレッシャーをしっかりと感じていた。

 

「久しぶりということもあって、皆様やる気に満ちておられるな」

「前回から間が空いた、と?」

「ああ、最後に行われたのは二年程前だったか。私が【シャドウガーデン】に加入した直後のことだった」

 

 初めてライト様にお会いしたのもその時だったよと、ラムダは昔を懐かしむように口元を緩めた。アルファ達が勢力拡大のためにシドとライへ別れを告げた後、ライはシドに黙って一度だけ様子を見に来ていた。その時に行った力試しがラムダの記憶しているものだ。

 

「アルファ様の話によれば、力試しはこれまでに六回行われているらしい。勝敗はライト様の全勝。気合いが入るのも当然だろう」

「【七陰】の皆様が全敗……流石はライト様ですね」

 

 負ける姿など想像も出来ない最高幹部達が一勝も出来ていない事実を知り、ニューはライトの力に改めて感動する。珍しくわくわくしたような顔を見せながら、最初の一戦に誰が出るかを予想し始めた。

 

「まずは誰がライト様と戦われるんでしょうか。やはり……デルタ様?」

「それは違うな。ニュー、お前は一つ勘違いをしている」

「……えっ? それは……どういう?」

 

 ニューの予想を否定し、訂正を加えたラムダ。

 過去に直接見たことがある彼女だけが、力試しについての正確な知識を有しているからだ。

 

「この戦いは()()()ではないんだよ」

 

 首を傾げて答えを待つニューに、ラムダは目を細めながら言葉を放った。思わず声を上げてしまう程の、驚愕の事実を。

 

 

 

「──()()()だ」

 

 

 

 




 いよいよアニメでアルファが曇らされますね!(満面の笑み)。

 そしてたくさんのお気に入り登録・感想・評価ありがとうございます!
 評価に関しては頂いた数が多過ぎてバグったのかと本気で思いました(笑)。高評価してくださった読者様、本当にありがとうございました!


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40話 強くなったな

 

 

 

 

 

「──よう。全員、コンディションは万全みたいだな」

 

 七人の強者から戦意を向けられているとは思えない声音のライト。そんなお気楽な余裕を隠そうともしないNo.2に、【七陰】達は闘争心を跳ね上げる。

 

「貴方こそ、元気そうで嬉しいわ。……今回は勝たせてもらうから」

「ああ、楽しみだよ。アルファ」

 

 少しばかりの笑みを浮かべ、剣を握ったアルファ。強さの序列で言えば組織全体で見てもNo.3。この場で最もライトの実力に近いと言っても過言ではない。

 

「ライト様、無法都市の一件では大変お世話になりました。……その恩返しも兼ねて、勝たせて頂きます」

「勝てたら右腕代わってやるよ。ベータ」

 

 うぇっ!? という情けない声を溢しながら、剣ではなく『弓』を手に持ったベータ。得意武器で挑もうとする辺り、本気度が窺える。

 

「……未熟ながらも今日のために作戦は立てました。勝負です、ライト様」

「鼻血は出さないようにな。ガンマ」

 

 煽りなどではなく真剣なライトの心配に、『大太刀』を作り出しながら同じく真剣な顔で頷いたガンマ。『最弱』の二つ名を不動のものとする彼女はどこまで喰らいつけるのか。

 

「ライトに勝つのですっ! デルタ負けないのですっ!! ガルゥゥゥッ!」

「よしよし、その意気だ。デルタ」

 

 スライムを手に纏わせ、全てを切り裂く『爪』を出現させたデルタ。近接戦闘ならば言うまでもなくトップクラス、彼女の働きが勝負の分かれ目になることだろう。

 

「ライト様。美しく……そして優雅に勝利してみせます」

「この間の演奏会みたいにか? とても良かったよ。イプシロン」

 

 嬉しそうに照れながら、『大鎌』という物騒な武器を掴んだイプシロン。クルクルと武器を回しながら感触を確かめる様子からは、強者の風格しか感じられない。

 

「約束通り〝ぎゃふんっ〟て言わせてあげるよ。ライト」

「だから言っただろ? 〝やれるもんならやってみな〟。ゼータ」

 

 ペロリと舌を見せた後、二刀の『円月輪(チャクラム)』を顕現させたゼータ。師弟コンビは勝負開始前からバチバチに火花を散らしていた。

 

「勝ったら……実験、付き合う……よね?」

「約束したからな。だからちゃんとやれよ? イータ」

 

 ライトの言葉に満足したのか、黒い『球体(ボール)』を数個ほど自身の周りに浮かび上がらせたイータ。研究者としての彼女が、本当に珍しく戦闘態勢に入った。

 

 全員が全員、一人の男へ意識を集中。

 力試しの準備は、完全に整った。

 

「今回の力試し、審判は私が務めさせて頂きます。──制限時間は十分! 【七陰】の皆様がライト様を戦闘不能にするか、舞台の上から()()()()()()()。ライト様は試合終了まで舞台に()()()()()()()()となります。【七陰】の皆様は舞台から落下した時点でリタイア、終了時に一人でも残っていれば勝敗は〝引き分け〟となります。尚、ライト様にはハンデとして飛行の禁止が定められています。よろしいですね?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 舞台に上がり、ライトと【七陰】の間に立ったラムダ。手短に力試しのルールを説明すると、最終確認と言わんばかりに両者へ視線を向けた。

 

「準備の程は?」

「いつでも良いわよ、ラムダ」

「俺もだ」

 

 代表として答えたアルファと、二刀のスライムソードを構えたライト。始めから〝二刀流〟。【七陰】全員を同時に相手するため、流石に手加減はしないようだ。

 

 双方の意思確認を終え、ラムダが手を空へ向かって真っ直ぐに伸ばす。そのまま勝負開始の合図として振り下ろし、高らかな宣言をした。

 

 

「──始めッ!!」

 

 

 最初に動いたのは、やはりというかデルタだった。

 

「ガルゥアアアァァァッ!!!」

 

 本能に任せた野生的で不規則な動き。持ち前の速度と合わせればとんでもない脅威となる。速度と攻撃力、この二つが突出しているだけでデルタは『暴君』と呼ばれるようになったのだから。

 

「前より速くなったな、デルタ。……けど、まだ甘いッ!」

「キャウンッ!」

 

 雷の如き攻撃を完璧に防御したライト。天性の直感と戦闘経験により、野生を用いた攻撃にも瞬時に対応してみせた。

 

「──ッ!! ……やるな、ベータ」

 

 デルタを弾き飛ばした瞬間、ライトが首を動かし回避行動を取る。一秒前まで頭を置いていた場所を通り過ぎたのは三本の漆黒の矢。遠距離代表とも言える攻撃を放ったのはベータであった。

 

「崩しました! 今です!」

 

 当たるとは思っていなかったのか、ベータに焦りはない。むしろライトの体勢を崩すことが目的だったようで、叫ぶように追撃を呼び掛けた。

 

「狙いは良かったぞ。──来るのはアルファか」

「ええ。七度目の敗北は無しよ」

「それはどうかな……!!」

 

 アルファの剣とライトの剣が激しくぶつかり合う。甲高い金属音を響かせる撃ち合いは美しさすら感じさせるものであり、下手に割り込もうものなら手痛い反撃を喰らうのは明白だった。

 

 しかし、この場に居るのは()()()()()()()()()()()()()

 

 体勢が不十分だったところにアルファの斬撃。捌くには捌いたが、ライトが押されていることに違いはない。その隙を逃す者など、この戦いには一人として存在しなかった。

 

「ッ!! ゼータか!」

「足下がお留守だよ。ライト」

 

 自分の気配を周りに溶け込ませることで完全に消し、ライトの死角から円月輪を振るったゼータ。足を狙った一撃は空振りに終わったが、ライトを空中へ誘導することに成功。飛行を禁止されているため、ライトは満足に動けない状態となった。

 

「お覚悟をっ!!」

「逃しません!!」

「実験……!!」

 

 ライトが宙に逃げた瞬間、アルファとゼータが即座に距離を取る。そこへ畳み掛けるようにして参戦してきたのはガンマ・イプシロン・イータの三人。

 ガンマとイプシロンはライトを前後から挟み、イータはスライムボールをライトの真下へ展開させた。

 

「「はぁぁぁぁぁあっ!!!」」

 

 前からはガンマの大太刀、後ろからはイプシロンの大鎌。タイミングを完璧に合わせて横一閃に繰り出された斬撃に対し、ライトは片方の剣を逆手持ちに切り替え、そのまま同時に防御した。

 

「チャンス……! 逃さない……っ!」

 

 同時攻撃を防ぐのには成功したが、イータによる追撃の一手がライトへと襲いかかる。真下に展開させていたスライムボールを十個に分裂させ、鋭利な形へと変えてからライト目掛けて発射した。

 

(……これは剣じゃ防げんな)

 

 剣を二本とも使ってしまっているこの状況。流石に防御も回避も出来ないと、ライトはスライムスーツへと意識を回す。背中全体を覆っていた部分を硬質化しながら引き伸ばし、真下からの攻撃をガード。三箇所への連続攻撃を捌き切って見せた。

 

「これも防がれるなんてっ!」

「ライト……めちゃくちゃ」

 

 イプシロンは驚愕し、イータは最早呆れの感情を抱いたが──この瞬間、ガンマだけは『想定内』だと笑みを浮かべた。

 

「おいおい……マジかよ」

 

 確かな連携による連続攻撃を防いだのも束の間、ライトが攻撃の意思を感じ取る。それは自身の前に居るガンマからでも、背後に居るイプシロンからでも、離れた所に居るイータから向けられたものでもない。

 

 向けられているのは──()()()()()だった。

 

「またベータかッ! なんつータイミングでッ!!」

 

 焦った声と共に、ライトが行動を起こす。これまで見せていた余裕は消え去り、ガンマとイプシロンを力任せに弾き飛ばすと、イータが放っていたスライムボールを踏み台にして跳躍。真上から落ちてくる無数の矢に対して、光速の剣を振るった。

 

 前、後ろ、真下を制圧した者に対して──時間差で真上から〝曲射〟。『堅実』の二つ名で呼ばれるだけはあると、ライトは無駄のない詰め方に若干の恐怖すら覚えた。

 

「ウガァァァァアッ!!!」

「……うおっ」

 

 曲射を全て弾いた瞬間、狙い澄ましたかのようにデルタが再び突撃。肉眼では捉えきれない程の速度で繰り出された飛び蹴りは見事に直撃し、ライトを戦場となっている舞台へ激しく叩き付けた。

 数回バウンドした後、すぐさま体勢を立て直すライト。身体に響く衝撃を無視しながら、更なる追撃に備えた。

 

「デルタが勝つのですっ!!!」

「シュシュシュのシュゥゥゥゥッ!!!」

 

 キョロキョロと目を四方に動かし、ライトは状況を把握。迫り来る『暴君』と『最弱』の一撃に、反撃の隙を見出した。

 

 〝トーアム流・二刀剣術〟。『守りの型』

 

「──双刃(そうじん)流水(りゅうすい)

「がっ!!」

「ぺぎゃっ!」

 

 破壊力だけは一級品の一撃を軽く受け流し、力を分散。明確な隙を作り出したところで、ライトはガンマとデルタの腕を掴み一回転しながら思いっきりぶん投げた。

 

「わああぁぁぁっ!」

「きゃあぁぁぁっ!」

 

 ライトの勝利条件は【七陰】達をリングアウトさせること。チャンスをモノにするための行動としては最適解であった。

 しかし、最適の行動であるということは──その行動を取ると予想しやすいということに他ならない。優秀な頭脳を持つ彼女達が対策していないはずもなく、投げられたガンマとデルタはそれぞれ後方に待機していたベータとイータによって受け止められたのだった。

 

「おおっ、やるな」

「思い通りにはいかないわよ。──ライトっ!!」

「私達も成長してるってことっ!!」

 

 二人を場外に出来なかったことで、ライトは【七陰】達の成長を感じ取った。前回までの彼女達であれば、今の投げで間違いなく二人をアウトに出来ていたはずだからだ。伊達に六度も敗北していないようで、力以上に連携の練度も跳ね上がっている。

 

 アルファとゼータの連撃を捌きつつ、ベータとイータからの遠距離攻撃にも気を配る。剣と円月輪が体勢を崩しにかかり、隙を突くように矢と球が急所を的確に狙い撃ちしてきた。

 

「イプシロン!」

「はいっ! アルファ様!」

 

 更に高速でクルクルと回される大鎌が追加。メインの攻撃をイプシロンに任せたことで、アルファとゼータの攻撃にも鋭さが増す。防御も回避も容易くはない、流石のライトも全ては捌けず身体に傷を残し始めた。

 

「腕を上げたな、イプシロン」

「む、胸なんて上げてませんっ!!」

「言ってない言ってない」

 

 死んだ目で否定したライト。流石に哀れである。

 

「ゼータ! 合わせて!」

「アルファ様こそ! 遅れないでよね!!」

 

 緩んだ会話も発生したが、ここが攻め時とアルファとゼータが畳み掛ける。イプシロンがライトの動きを制限している間に、自身の身体を()()()()()()()()

 

「これは……なんだ?」

 

 吸血鬼の得意技である霧化。『無法都市』で衝突した『血の女王』との一戦により、それを我が物とした【シャドウガーデン】。現在使いこなせているのはアルファとゼータの二人だけだが、十分に強力な手札である。

 

 ライトの周りを霧として囲むアルファとゼータ。攻撃するまで実体がないというのは中々に厄介であり、ライトは更に傷を増やした。

 

「霧になってるのか。……面白い」

 

 流血しているというのに、悪い笑みを浮かべるライト。常識人のつもりでいても、根っこの部分は戦闘狂。見たこともない技術に心躍らせ、湧き上がる闘争本能に身を委ねた。

 

「俺も……そろそろ全力でいく」

 

 ここまでの戦いで五分の時間が経過。このまま制限時間である十分が過ぎれば、舞台に【七陰】が残ったままになり勝負が引き分けで終わってしまう。相手の実力を正確に把握し終えた今こそ、全力で勝ちにいく時だ。

 

 しかし、繰り返して言うならば──それは【七陰】達にも()()()()()()()()()()()

 

「──今よ!」

「……霧から身体を戻した?」

 

 ライトに対して優位を取っていたにも関わらず、アルファとゼータが同時に霧化を解いた。遮られていた視界を取り戻したのは良いが、ライトの目に飛び込んで来たのは呑気に喜んでいられるような光景ではなかった。

 

 ──【七陰】による〝同時攻撃〟。

 

 アルファ、ベータ、ガンマ、イプシロン、ゼータ、イータの六人がそれぞれ剣を構えてライトへと向かっている。完全に包囲されており、逃げ道はない。真上だけは空いているが、飛行を禁止されているため無いも同然だった。

 

 世界的に見ても上位の実力を持つ六人による一斉攻撃。いつの間にやら舞台の中心にまで移動させられていたライトは、まさしく八方塞がりであった。

 

「……霧になったのは俺を舞台の真ん中に移動させるためか」

 

 ニヤリと口角を上げ、二本の剣を構えたライト。

 襲いかかってくる六本の刃を、二本の刃で跳ね除けた。

 

 繰り出したのは『ライ・トーアム』の剣ではなく、『ライト』の剣。【シャドウガーデン】副リーダーが放つ、漆黒の剣であった。

 

「──双刃(そうじん)旋風(せんぷう)

 

 二刀のスライムソードをしならせ、その場で高速回転。ムチのように伸びる斬撃により、迫り来る六人へ同時に斬撃を当てた。

 攻撃するために振り下ろした剣は防御に回さざるを得なくなり、六人は舞台端ギリギリの所まで吹き飛ばされる。剣を舞台に突き立てながら、どうにか落下だけは免れた。

 

 格の違いを見せつけられる攻防になってしまったが、彼女達の攻撃は──()()()()()()()()()()()

 

「……なるほどね」

 

 納得したように空を見上げるライト。そこには何故か同時攻撃に参加していなかったデルタがおり、ライト目掛けて身の丈を遥かに超える大剣を叩き付けようとしていた。

 霧化による位置の誘導と同時攻撃による意識の固定。この二つの行動には最後の一撃を決めるデルタへのサポートとしての意味があったのだと、ライトは微笑んだ。

 

 しかし、残念ながら思惑通りにはいかなかった。最後の一撃を決め切るのに、同時攻撃が呆気なく対処され過ぎたからだ。ライトの方には反撃するだけの余裕があり、実力的にも十分可能なものとなっていた。

 

 デルタの奥義・『鉄塊』に対し、ライトは得意技としている返しの剣を──放とうとした。

 

双刃(そうじん)──……ッ!?」

 

 残花、とは続かず、ライトの動きが文字通り〝停止〟した。

 すぐに視線を下げ、自身の身体に何が起こったかを確認するライト。黄金の鎖とも呼ぶべき代物に身体を拘束されており、腕どころか指一本動かせなくなっていた。

 

「これは……?」

 

 周りを見回してみると、鎖を出しているのがデルタを除いた六人だと分かった。それぞれ手には短剣のような物を持っており、その先端から黄金の鎖が飛び出していた。

 

「……〝アーティファクト〟か」

 

 ライトの言葉に返答する余裕もないのか、六人は辛そうな顔を見せる。どうやら魔力の消費が半端ではないらしく、立っているのもやっとと言った様子だ。

 それでも、数秒足止めできれば十分。『暴君』の一撃を完璧に当てるには、それだけで十分なのだ。

 

 

「──ガウァァァァアアアッッッ!!!!」

 

 

 舞台の半分を一気に潰せそうな程の大剣がライトへと振り下ろされた。並の存在であれば間違いなく肉塊へと姿を変える威力。何も抵抗出来ない状態でこれを喰らえば、いくらライトと言えども地に倒れることだろう。そうなれば力試しは【七陰】の勝利。気力を振り絞った、彼女達の勝利となる。

 

「──本当に、流石だよ」

 

 ライトは素直に喜んだ。

 昔から面倒を見てきた彼女達の、著しい成長を。

 

 しかし、それは決して勝ちを譲るものではない。

 むしろその逆、まだ負けてやることは出来ないという──意地の表れだった。

 

 腕が動かない以上、剣を振ることは出来ない。つまり、剣を隕石に変えることも出来ないということだ。ならどうするか、答えは簡単。時として、単純(シンプル)なものこそが最高(ベスト)の結果を叩き出すのだ。

 

 剣を隕石に変えられないのなら──()()()()()()()()()()()()

 

 もう一つの奥の手を、ライトはここで出した。

 

 

 

 

 

「──〝シンプル・イズ・メテオ〟」

 

 

 

 

 

 白銀の魔力が弾け、舞台全体に爆風が広がった。

 デルタが繰り出した『鉄塊』も、ライトを縛っていた黄金の鎖も、同じく舞台に立っていた六人も、例外なく全てを『隕石(メテオ)』が吹き飛ばした。

 

 舞台の上で立っているのはただ一人、ライトのみだ。

 

「良い攻撃だったよ、デルタ」

「きゅ、きゅーん……」

 

 目を回したデルタをキャッチし、首元を掴んでから舞台の外へ優しく放り投げたライト。絶望的状況としか表現は出来ず、アルファを除いた六人は全員リングアウトしていた。

 

「俺の勝ちだな。アルファ」

「……ッ!」

 

 最早立っていることも出来ずに、アルファが倒れたままライトへ視線を向ける。絶対に負けられない戦いだからこそ、最後まで諦める訳にはいかなかった。

 だが、現実は残酷だ。身体が動く気配もなく、剣は舞台の外へ飛んで行ってしまった。

 

 アルファが勝利を掴むための術は──既に残されていなかった。

 

「強くなったな。……本当に」

「……ライト」

 

 舞台の外へ出そうと、ライトがアルファを抱え上げる。そんな場合ではないというのに、アルファの心が幸せに包まれた。緩みそうになる口元を見られないよう、アルファはすぐに片腕で隠した。

 

 暖かな体温が伝わり、傷が癒えていく。魔力によって治療されているのだとアルファが気付いた時には、もうリングアウト寸前。優しい魔力を受けたまま、アルファは敗北も受け入れた──はずだった。

 

 

「──試合時間十分経過ッ! そこまでッ! 力試し終了としますッ!!」

 

 

 耳に響いたのは、よく通るラムダの声だった。内容はこの力試し終了を告げるもの。最初に取り決められていた十分がたった今経過したらしい。

 この事実に一番驚愕したのはアルファを含めた【七陰】だろう。七度目の黒星を回避するため、命懸けで挑んだのだから。

 

 いくつもの視線を一身に受けるライトは、アルファを抱えながら小さく声を溢した。

 

 

「……あっ、やべっ」

 

 

 七度目の力試しはこうして幕を閉じた。

 

 

 勝敗──〝引き分け〟。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……ふー、さっぱりした」

 

 無事に力試しが終わり、風呂上がりに一息つけるようになった。結果はまさかの引き分けだったが、みんなの成長を感じられたから全然オッケーだ。

 アルファを紳士的にアウトにしようとさえしなければ……いや、普通に時間経過を見誤った俺が悪いんだけどさ。

 

「湯加減はどうだった?」

 

 新しい服に着替えてから部屋に戻ると、アルファが出迎えてくれた。俺と同じようにさっぱりしてきたらしく、綺麗な髪はキラキラと輝いている。お茶を入れてくれたようで、机の上には紅茶が並べられていた。

 

 俺のために用意してくれた部屋は装飾も凄く、金貨に換算すると千枚は軽く超えると思う。家具から何から高級過ぎて、どこか腰が引けてしまう。

 

「お茶菓子もあるから、好きに食べて」

「はーい! 頂きます!」

 

 もちろん、明るい声で返事をしたのは俺ではない。ピンク色の髪をふわふわと揺らし、アホ毛を左右に躍らせている少女・シェリーだ。

 先ほど行った力試しを見学していたらしく、クッキーを齧りながら少々興奮している。

 

「お邪魔してます! ライトくん」

「ああ、久しぶりだな。シェリー。【シャドウガーデン】には慣れたか?」

「はい! 皆さん仲良くしてくれて、とっても楽しいです!」

「そうか。それはなによりだ」

 

 相変わらずの小動物。保護欲が掻き立てられるんだよな、この子。可愛い孫を持つ爺さんになった気分だ。

 

「アルファ。他のみんなはどうしてる? 成長してたぞって褒めたいんだけど」

「ベータ、ガンマ、イプシロンの三人は『ミドガル王国』へ戻ったわ。忙しい身だから仕方ないわ。デルタとイータは疲れたから寝るって自室に。ゼータは……貴方から頼まれた任務と言って出て行ってしまったわね」

「そうか。デルタとイータはなんとなく分かってたけど、他の子はやっぱ忙しいよな。無理して来てもらって悪かったか。今度お礼しなきゃな」

 

 ベータには前世で俺が好きだった小説の話とかで、ガンマはよく分からんから直接聞こう。イプシロンもよく分からんが……一緒に甘い物でも食べに行こうかな。

 

「きっと喜ぶわ。……それで? ゼータに頼んだ任務って何かしら? 私、何も知らないんだけど?」

「大したことじゃないから気にすんなって。それより、せっかくアルファが用意してくれた紅茶が冷めると嫌だからさ。おやつタイムといこうぜ」

「……もう、たまに見せる貴方の秘密主義はなんなのよ。……私だって、貴方の役に立てるのに」

 

 どこか拗ねたような顔を見せるアルファ。普段大人びている分、こういう表情は新鮮だ。ギャップを感じてめっちゃ可愛い。

 

「アルファには十分助けられてるって。一番優秀だからな。シェリーもそう思うだろ?」

「は、はい! アルファさんは本当に凄いです! 私、憧れてますっ!」

「ほら、流石は【シャドウガーデン】のリーダー兼副リーダー様だ」

「そのどちらも私じゃないでしょ……もう」

 

 困ったように笑うアルファだが、俺の戯言に話を流してくれたようだ。大人だなぁ、まだ十五歳とは思えん。

 

「優秀と言えば、シェリーもよ。貴女が開発したものは既にいくつも実用段階。ライトに見込まれただけのことはあるわね」

「へぇ、そんなにか。凄いなシェリー」

「い、いえっ! 私なんてまだまだですっ! イータさんと共同研究ですし、【シャドウガーデン】の協力がなかったら完成しないものばかりですから!」

 

 シェリーは手をブンブンと振りながら謙遜しているが、アルファがここまで褒め言葉を口にするのも珍しい。相当評価されているみたいだ。

 

「魔力増強のアーティファクトを完成させたことで『スライムソード』と『スライムスーツ』の機能強化。魔力制御のアーティファクトは訓練での実力向上に大きく役立っている。……更に、今日貴方に使ったアーティファクトもシェリーが完成させたものよ?」

 

 ……えっ。今なんか恐ろしいことを立て続けに言われた気がする。

 

「きょ、今日使ったアーティファクトって、あれか? 俺の動きを封じた……〝黄金の鎖〟」

 

 満足そうな顔で頷くアルファと、照れ臭そうに笑うシェリー。ほのぼのとした雰囲気が漂ってるが、俺からしたらたまったものではない。あれのせいで奥の手を使う羽目になったし、引き分けにもされてしまったのだから。

 

「な、なんなんだ? あれ」

「えーっとですね。あれは封印のアーティファクトを分析・改良したものなんです。あっ、もちろんイータさんとの共同開発ですよ?」

 

 いや、問題はそこじゃない。

 

「とんでもない威力だったんだけど。マジで身体動かんかったぞ」

「ガンマが立てた作戦の要だったもの。何度もシミュレーションしたわよ。……あんな方法で破られるとは思わなかったけど」

 

 どこか納得いかないとジト目を向けてくるアルファ。まあ、そう思うのも分かる。俺が同じ立場だったらそうなるもん。

 

「あれは対象の空間を固定して『完全停止』させるといったものなんですが……ふふっ、やっぱりライトくんは凄いですね」

「貴女の方が凄いです。なに? 空間を固定って? 完全停止って?」

 

 ラスボスじゃん。やってることラスボスじゃん。味方陣営に引き入れて良かった人材なのか? 

 

「問題は魔力の消費が激しいことね。私達【七陰】でも維持出来て()()()。今回はデルタ抜きの六本で無理矢理使用したから、数秒しか保てなかったわ」

「そうなんですよね。七本の短剣に分けてようやくまともに使用出来ましたから、これ以上の改良は難しいかもしれません」

「十分だろ。あれならシャドウの動きだって止められるぞ。多分俺みたいに吹き飛ばしてくるだろうけど、最初の一回目なら間違いなく刺さる」

 

 このアーティファクトが使えるなら、【七陰】と協力すればシャドウに下剋上すら可能だろう。それ程までにあの黄金の鎖はぶっ壊れ性能だ。

 

「でもまだ完成はしてないんです。決まっていないことがありまして」

「えっ? まさかまだ威力が上がるとか言わないよな? 魔力を練れなくしたり……」

 

 そうなったらマジでヤバい。俺でもシャドウでも対処は不可能だ。

 恐ろしい才能に怯えていたが、シェリーが告げた内容は平和なものだった。

 

「名前です。名前が決まっていないんです」

「な、名前?」

「はい。このアーティファクトには名前が決まっていません」

「この子、そういう部分にはこだわるのよ」

 

 意外に職人派なのかな。揶揄われているのかと思ったが、シェリーの目はマジだった。

 

「候補はあるのか?」

「ありますっ!」

「ふーん。どんなのだ?」

「『光陰(こういん)の鎖』です!」

「却下で」

「えっ……。ど、どうしてですか?」

 

 余程自信があったのか、僅かに瞳を潤ませるシェリー。そんな顔されても駄目なものは駄目です。

 

「俺とシャドウがセットみたいで……なんか嫌」

「そ、そこがコンセプトなんですよ! 【シャドウガーデン】のリーダーであるシャドウくんと副リーダーのライトくん。お二人の名前から考えたものなんですっ」

「なら余計に却下」

「あ、あぅ……そうですか」

 

 悪いなシェリー。ここは譲れない部分だ。それにほら、普通に恥ずかしい。

 

「『陰の鎖』とかで良いだろ。それっぽい」

「ラ、ライトくんがそう言うなら……」

「決まりだな」

 

 アホ毛を優しく潰すようにシェリーの頭を撫でる。サラサラとした髪の手触りは良く、子犬でも撫でているような感覚だ。

 

「そういえばライト。今日はこれからどうするの? もう日が暮れそうだけど」

「そうだな……今日はここに泊まらせてもらおうかな。どうせ明日は休みだし」

「そ、そう! 分かったわ」

 

 なんか嬉しそうな声を出したアルファ。部屋に人を呼ぶと、夕食の用意まで頼んでくれた。

 

「悪いな」

「いいえ、嬉しい。……わ、私も今日はもう休みにしてあるの。……だから、その、一緒に居られるわね」

 

 くそ可愛い。なんだこの子。これがクーデレか。最高です。

 

「わ、私もライトくんとお話ししたいですっ!」

「ああ、もちろんだ」

「ふふっ、そうね。ゆっくりした時間を過ごせそうだわ」

 

 金髪美少女エルフとピンクアホ毛才女とのお茶会。このまま終わっていれば、俺の『アレクサンドリア』訪問は楽しい記憶となっていたことだろう。

 

 そう、()()()()()()()()()()()

 

 俺は忘れていた。

 いや、忘れたフリをしていた。思い出さないように、蓋をしていただけだった。

 

「ライト様。こちらベータ様からの手紙となっております」

 

 翌朝、俺のところへ手紙が届いた。

 持って来てくれた子によるとベータからとのことだ。

 

 しかし、俺はなんとなく嫌な予感に襲われる。

 そしてこの嫌な予感が外れたことは、残念ながら一度もなかった。

 

 ベータからの手紙といっても、ベータから伝えられた内容は無し。とあるバカに頼まれて、『アレクサンドリア』に居る俺へ代わりに手紙を届けたらしい。

 

 差出人の所には、()()()()でこう書いてあった。

 

 

 ──〝スーパーエリートエージェント〟より、と。

 

 

 取り敢えず、読んでから燃やした。

 

 

 

 




 一万文字超えてしまった(笑)。
 戦闘描写入れると長くなるんですよね。


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41話 謎の男が手紙出すな

 

 

 

 

 

 雲のない、月がよく見える静かな夜。

 俺は宿を抜け出し、人目が全くない路地裏へ来ていた。ここが『ミドガル王国』ではなく『無法都市』だったなら、俺は間違いなくチンピラ共の標的にされていただろう。

 

 そもそもどうして俺が大切な睡眠時間を削ってこんな場所に来ているかと言えば、原因はいつものことながら──あのボケナスアホ厨二だった。

 

「……ったく、こんな時間にこんな場所に呼び出しやがって。クソシド」

 

 アルファ達との力試しを終えた後、俺のもとへ一通の手紙が届いた。差出人はシド、これだけで碌でもない内容なのは分かっていた。しかし、読まずに燃やすというのも気が引けたので一応読んだ。やっぱり後悔はしたけど。

 

「おーい、来てやったぞ。カッコいい登場シーンとか要らねぇから、さっさと出て来い」

 

 大人しく呼び出されてやったというのに、シドが姿を見せない。あの野郎、どうせ陰の実力者っぽい登場の仕方とかを考えてるんだろう。俺相手でもそのスタイルを崩さないところはもう尊敬に値……する訳ねぇだろ。

 

「てめぇっ! 人のこと呼び出しといて良い度胸じゃねぇか! 出て来い! お前のその性根を今日ここでぶった斬って──ッ!?」

 

 痺れを切らして叫んだ瞬間、俺目掛けて攻撃が飛んできた。夜中に騒ぐ男への制裁としては、大分タチの悪いものだったが。

 

(これは……〝糸〟か?)

 

 咄嗟に持ってきていた二本の剣を鞘から引き抜き、斬り刻んだ。月明かりしか光源がないため本当にうっすら見えるというレベルだが、俺の身体を拘束しようとしてきた物の正体は『糸』でまず間違いない。

 周りを確認してみれば、いつの間にか俺が居る路地裏には細い糸が無数に張り巡らされていた。

 

「……なるほど。()()()()()()()

 

 状況は理解した。シドがその気なら、相手するまでだ。

 魔力を適度に解放すると同時に、周囲に対して魔力感知を開始した。

 

 攻撃に使用された糸は斬った感触から察するに魔力で強化されていた。つまり、魔力を送っているシドの居場所を糸から逆探知出来るということだ。自らの居場所を知られても構わないという自信の表れ。ムカつく野郎だ。

 

「……上か。やっぱりバカと煙は高いとこってか」

 

 糸に纏わされていた魔力から逆探知した結果、シドの居場所が真上であることが分かった。路地裏を作っている建物の屋上、月をバックに立つことが出来る位置とも言える。

 

「面倒かけやがって、一発は殴らせてもらうぞ」

 

 糸を避けながら壁を蹴って上まで登ると、予想通りの奴が予想通りの厨二ポーズで立っていた。服装は黒スーツにダサ仮面、髪は後ろで一本に纏めており幼さを消している。格好から入るのはいつも通りだな。

 

 呆気なく接近されたというのに、シドに焦りはない。むしろ深い笑みを浮かべ、意味あり気に両腕を広げた。

 

「我が糸を容易く断ち切るか。強者のようだ」

「シド。殴られる準備は出来たか?」

「フッ……私はシドではない。私の名はジョ──」

「オラッ!!」

 

 わざわざ声を変えた状態で名乗ろうとしたシドに、俺は片方の剣を投げつけた。狙ったのは顔面、ダッセェ仮面に向けての全力投擲だ。

 

「……れ、礼儀がなっていないな。まだ名乗りが終わっていないぞ」

 

 少し演技にボロを出させることには成功したが、肝心の攻撃は防がれてしまった。剣は仮面に届く寸前で糸によって縛り上げられ、空中にピタッと停止させられた。

 

「中々の使い手だが、私には届か──えっ?」

 

 作っているイケボで煽りの一つでもしようとしたのだろうが、そんな隙を与えるはずがない。こっちはこんな夜中に呼び出されてイラついてんだ。さっさとぶっ飛ばして茶番を終わらせよう。

 

 魔力で強化されていると言っても、所詮はただの糸。斬るの自体は簡単だが、それじゃあ面白くない。

 俺は魔力で加速し、縛り上げられた剣の柄を目掛けて本気の飛び蹴りを当てた。剣を拘束していた糸からはギチギチと悲鳴のような音が上がり、呆気なく千切れる。するとどうなるか、剣が再びアホの顔面を貫こうと動き出すのだ。

 

「──ちょっ、あぶっ!!」

 

 イケボなのに情けない声を溢しながら、シドは剣を紙一重で回避。完璧に避けることは出来なかったようで、剣が掠ったのか仮面が音を立てながら割れて落ちた。

 

「ぼ、僕の仮面……!」

「取り敢えず一発な」

「──あっ」

 

 目に見えて動揺しているシドの肩に手を置き、俺は右拳を振り上げる。そしてそのまま勢い良く振り抜き、アホの左頬をぶん殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……酷いよぉ。この仮面気に入ってたのに」

「酷いのはどっちだ。いきなり仕掛けてきやがって、俺は正当防衛をしただけだ」

 

 地面に落ちている割れた仮面を悲しそうに見ながら、膝を抱えて落ち込むシド。全面的に自業自得だと丁寧に説明すると、シドは何も言い返せずに肩を落とした。

 

「どうせスライムで復元可能だろ。いいからさっさと話を進めろ」

「わ、分かったよ。……と言っても、手紙に書いた内容がほとんどだから、直接話したいことは少ないんだけどね」

 

 割れた仮面を懐に入れ、スーツについた土埃を払いながらシドが立ち上がった。ようやく会話が出来そうだ。

 

「ベータに頼んでまで手紙送り付けてきやがって」

「ライなら読んでくれるでしょ? なんだかんだ言ってもさ」

「読まなかったことで後々面倒なことになるのは御免なんだよ」

「ははっ、なるほど。それもそうだ」

 

 夜風に吹かれながら、楽しそうに笑うシド。次なるごっこ遊びで何をするか決まっているからか、どこか上機嫌に見える。

 

 

「手紙にも書いたけど……僕は【シャドウガーデン】を()()()()()()()()()

 

 

 とても軽い口調でとんでもなく重い言葉を放ったシド。

 アルファ達に聞かれてしまえば、間違いなく混乱と動揺で何も出来なくなるだろう。それ程までに、このバカの存在は彼女達にとって大きい。

 

「……ん。まあ、知ってたけど」

 

 俺にだけ事前に相談してくる辺り、本当に面倒くさい。

 

 ──だが、それで良い。

 

 シドのごっこ遊びと【シャドウガーデン】の現実。

 この二つがすれ違い合っていると、俺だけが知っている。つまりその二つを傷付けずに、尊重してやれるのも俺だけということだ。いや、別にシドが傷付く分にはマジで本当にどうでも良いんだけどさ。

 

「敵を騙すにはまず味方から、ってやつか。お前が好きそうなやり方だ」

「だよねー! ライなら分かってくれると思ったよ!」

「うるせぇ、裏切り者。粛清対象め」

 

 当然、シドは本気で【シャドウガーデン】を裏切ろうなどとは思っていない。今回のごっこ遊びに於ける要とも呼べるのが、この『裏切り』なのだ。

 

「目当ては『ミツゴシ商会』のことだろ? 派手に稼ぎ過ぎとは思ってたが、やっぱり目を付けられてたか」

 

 シドの手紙に書いてあった内容。それは急成長し過ぎた『ミツゴシ商会』に対してのものだった。

 アルファ達の作り上げた『ミツゴシ商会』が頭角を現す以前は『大商会連合』という組織がデカい顔をしていたようで、最近目障りになってきた『ミツゴシ商会』を潰そうと圧力をかけているらしい。

 

「〝ユキメ〟……だっけ? お前に話を持ちかけた獣人の協力者だったよな?」

「うん。そだよ」

 

 シドの話によれば、このユキメという女が今回の発端。『無法都市』にある三本の塔の内の一本、『白の塔』の支配者だ。裏社会を支配する切れ者のようで、その女曰く『ミツゴシ商会』を潰すのと同時に『大商会連合』も潰してしまいたいとのことだ。デルタ寄りの獣人ではなく、ゼータ寄りの獣人だな。

 

 協力者にシドを選んだだけでなく、『ミツゴシ商会』と『大連合商会』の一斉排除ときた。漁夫の利を狙うにしても、思い切った考え方だ。随分とまあ大物だな。

 

「流石にアルファ達でも、商会が束になって相手されたら敵わない。だから一度全部0にしてから、僕が新しい商会を立ち上げてアルファ達を招こうと思ったんだよ。まさに『破壊』と『再生』さ」

「……お前にしては、筋の通った話だな」

 

 珍しく、コイツの言うことに納得した。

 確かにこのままいけば、『ミツゴシ商会』は『大商会連合』に潰されるだろう。アルファ達の努力の結晶を、そんな結末で終わらせる訳にはいかない。

 

「具体的な話は決まったのか?」

「ライ、これは知ってるよね」

「……()()か」

 

 シドから投げ渡された二枚の紙、それは近頃国中に流通し始めた紙幣だった。これまで使用されていた金貨と同じ価値を持つ、所謂〝お札〟だ。

 前世では当たり前に使用していた物だったが、この世界では目新しい物。世界の違いを感じさせられた物でもある。

 

「ミツゴシの紙幣に……こっちは何だ? 印刷が違うな」

「『大商会連合』のお札だよ。ミツゴシの真似をして最近流通させ始めたみたいだね」

「プライドも捨てて後追いか、必死だな。……にしても、これは酷いな」

 

 ミツゴシの紙幣に比べて、連合の紙幣の出来はお世辞にも良質とは言えないものだった。印刷は荒いし、透かしもない。技術の差は素人目にも歴然だ。

 

「そう! そこなんだよ!」

「……何がだ?」

 

 ビシッと俺に向かって指を差し、子供のように目を輝かせるシド。少しばかり赤色に染まっているため、マジで興奮気味だ。

 

「昔、お年玉で一万円を貰った時に思ったんだ。これ……コンビニのコピー機で増やせないかなって

 

 そうか。コイツは昔からアホだったんだな。

 

「店長の爺さんにめっちゃくちゃ怒られて断念したけど、今の僕を止める存在は──居ない!」

「居るぞ。ここに」

「偽札を作るんだ!!」

「聞いてるかー?」

 

 グッと拳を握り、固い意志を表すシド。こうなったコイツはそうそう進路変更しない。前世で叶わなかった事というのも、アクセルを踏み込んでいる要因だろう。

 

「そもそも、偽札なんてどうやって作るんだ? 連合のやつなら出来なくはないだろうけど、ミツゴシの方は逆立ちしたって無理だぞ」

「そうだね。だから偽札は『大商会連合』の物を作ろうと思ってるんだ。その辺はユキメが全部やってくれるって話。流石に少し時間はかかるみたいだけど、三日以内には何とかするって言ってたよ」

「おんぶに抱っこだな」

「役割分担と言って欲しいね」

 

 物は言いようだが、そうするとコイツは何を任されたんだ? 

 

「お前何すんだよ?」

「えっ? 見て分からない?」

「分かる訳ねぇだろ」

 

 着ているスーツを強調しながらシドに驚かれるが、分からないものは分からん。分かって当然みたいな顔やめろ、腹立つ。

 

 ……いや、待てよ? 

 確か手紙に書いてあった意味不明なあれは──。

 

 

「──〝スーパーエリートエージェント〟さ!」

 

 

 ……とか書いてあったっけな。

 小学生が考えそうって感想を持った後にすぐ記憶から消してたわ。

 

「スーパーエリート……なんだって?」

「エージェント! 裏の世界で暗躍し、圧倒的な実力と頭脳でその他を完膚なきまでにねじ伏せる! 一度やってみたかったんだよねぇ〜っ!! 『陰の実力者』に通じる部分もあるしさぁ! 全てが終わった時に知る衝撃の真実、裏切りこそが……最善の選択であったと。く〜っ! 楽しみだなぁっ!!」

「……なんか、安心したよ」

 

 どこまでもブレないこの男。アルファ達を救いたいという気持ちが無いとは言わないが、四割あれば良い方だろう。残りの熱意は全部ごっこ遊びに向けられているはずだ。

 

「『再生』の部分は分かったが、『破壊』の部分はどうすんだ? まさか実力行使で潰す訳じゃないんだろ?」

「もちろん、そんなことする気はないよ。ライに殺されるからね」

 

 お前は俺をなんだと思ってるんだ。流石の俺でもお前に対してそういう信頼ぐらいは持ってるぞ。

 

「さっき偽札を作るって言ったよね。それを使うのさ」

「偽札か……。ただの小遣い稼ぎではないと?」

「昔、教育番組で見たんだ。──()()()()の話をね」

 

 偽札に信用崩壊とくれば、なんとなくやりたいことが想像出来た。紙幣は最近流通し始めたばかり。これまで主流だったのは『金貨』だ。紙幣=金貨の価値関係を、コイツは意図的に壊そうとしている。

 

「もし本当に信用崩壊を引き起こせたとして、民衆にそれが伝わったら大変なことになるな」

「紙幣から金貨への換金を求めて、銀行に人が押し寄せるだろうね。そうなる前に大量の偽札を作って『大商会連合』の金庫を空にしてやればいい。その後、『ミツゴシ商会』にも同じように人が押し寄せて──共倒れが完了だ」

 

 変なところで賢いと言うか、変な知識を持っていると言うか。前世から馬鹿げた夢を本気で追っていただけあって、シドの頭には驚かされることが多い。主に厨二関係へのドン引きなのだが。

 

「つまりここまでの話をまとめると……お前は偽札を使った信用崩壊を提案し、その上で用心棒としてユキメに雇われたってことか?」

「そうそう、話が早くて助かるよ。流石は僕の右腕」

「お前のせいで無駄に理解力がついたんだよ。いつか法的に訴えてやる」

「あれ? なんか可笑しくない?」

 

 何はともあれ、ここまでの話で大体の事情は飲み込めた。スーパーエリートエージェントとか理解に苦しむ部分は放っておくけども。

 

「となると、お前は正体を隠して動くってことね。道理で声も変えてるし、似合わない格好してると思った」

「スーパーエリートエージェント、ジョン・スミスだよ」

「シャドウじゃなく、そっちでいくのな」

「暗躍する『謎の男』感出てるでしょ?」

「謎の男が手紙出すな」

 

 〝ちょっとやりたいことのためにユキメって獣人と協力して【シャドウガーデン】を裏切ろうって思うんだけど、ライに相談して良い? なんか『ミツゴシ商会』ヤバいらしくてさぁ、潰して新しく作り直そっかなって〟……じゃねぇわ。そんな内容の手紙を裏切ろうとしてる組織の本拠地に送ってくんな。読んだ後にめっちゃ焦って燃やしたわ。

 

「ねぇねぇ、ライ。話も一段落ついたところで提案なんだけどさ。ライも僕と一緒に──」

()()()()。今回の件、()()()()()()()

「……だよねぇ」

 

 分かっていたと言わんばかりの反応を見せるシド。当たり前だ、俺がアルファ達を裏切れる訳ないだろ。今回は中立、どちら側にもつく気はない。

 

「珍しくお前のやりたい事が【シャドウガーデン】のためになりそうだからな。やる分には勝手にしろ。俺も色々と忙しいし、無関係を貫くさ」

「忙しい? 何かするの?」

「お前に言うつもりはない。俺はお前の邪魔をしないんだ、お前も俺の邪魔をするなよ。お互い無関係でいくぞ」

 

 右腕という立場も、今回ばかりは休みだ。その方がお互いにとって都合が良い。

 

「暗躍する謎の男をライと一緒にやりたかったんだけどなぁ〜」

「お前だけじゃなく、俺まで裏切ってみろ。もし正体がバレでもしたら、アルファ達がどんだけ悲しむと思ってんだ」

「うぐっ、それは……まあ、そうだね」

 

 俺達のことになると命すら懸け出すんだぞ。万が一のフォローをするためにも、俺は味方で居てやらなきゃな。

 

「分かったよ。僕一人でやる」

「ん、そうしてくれ。……ところで、お前が用心棒ってことはウチの子達とやり合う可能性が高いってことだよな?」

「だろうね。偽札が流通し出せば、出所を特定しようと動くはず。それを妨害するのが、僕の役割な訳だし」

 

 心配だ。色んな意味で心配だ。

 

「お前……ちゃんと手加減しろよ?」

「分かってるって。僕をなんだと思ってるのさ」

「王女相手でも顎に膝蹴りかまそうとするバカ」

「……ほ、ほら! こうして武器も新調したんだよ?」

 

 得意気に見せてきたのは手に装備した『糸』。五本の指それぞれに巻かれており、グローブと合わせて凝った作りになっている。俺を攻撃した糸もここから操っていたらしい。

 

「ふーん。デザインは悪くないけど、作り自体は簡単なもんだな」

「まあ、ぶっちゃけ糸を結んであるだけだしね。魔力を通して操作するから、それだけで十分なんだ。実戦的な糸の動きもライで試せたし、傷付けずに優しく追い返す準備は万全だよ」

「おいコラ、今俺で試したって言ったよな? あれか? ここに呼び出した理由って糸の動きを俺で試すためか?」

「そ、そそそっ、そんな訳……少ししかないよ?」

 

 目を泳がせまくりながら割と正直に白状したシド。誤魔化しはしなかったので、鉄拳制裁は勘弁してやろう。もう既に一発殴ってるしな。

 

「……はぁ。まあ、あれだ。上手くいくことを祈るよ」

「ライもね。なんか忙しそうだし、一緒にやるのは次の機会のお楽しみにしておくよ」

 

 そんな機会やって来て欲しくない。そう心で強く思い続けていても強制的にやってくるのだから不思議だ。

 

「じゃあ、そろそろ帰ろっか」

「ああ、そうだな。寒くなってきたし」

「また報告するよ。じゃね、ライ」

「派手に暴れ過ぎんなよ。シド」

 

 はーいっ、と軽い返事をしてからシドは自分の宿へと帰って行った。

 息を吐いてみれば白く変わる、どうやら寒さはどんどん増しているようだ。しかし悲しいことに、俺は人を待つためにまだここに居なければならない。シドに呼び出されたついでだと、待ち合わせを約束したが失敗だったかもしれない。雪が降りそうな寒さだ。はよ来てくれ。

 

「──お待たせ。ライト」

 

 剣でも振って身体を温めようかと思い始めた瞬間、待ち人がやって来た。見るだけで暖かそうなふわふわの毛を揺らしながら現れたのはゼータ。力試しで大口叩いたくせに負けたゼータだ。

 

「今失礼なこと考えなかった?」

「いや、全く」

「なら、良いんだけど。……はいこれ。頼まれてたやつね。大量の資料をまとめるの大変だったんだから、感謝してよね」

 

 妙な鋭さを見せるゼータの直感を躱し、俺は頼んでいた資料を受け取った。まとめたと言う割には分厚く、大きめの小説ぐらいあった。

 

「これまでに収集してきた情報と『紅の塔』に眠っていた情報。捕虜にしてる『教団』関係者から引き出した証言とも照らし合わせてあるから、正当性は保証するよ」

「裏は取れたか?」

「それはこれからだね。『ミツゴシ商会』に戻って部下の一人を連れてから行くつもり」

「そうか。悪いな、面倒かけて」

「いいよ、別に。ライトに頼られるってのも、悪くないからね」

 

 普段が生意気な分、素直にそう言われると気恥ずかしいな。また今度一緒に魚釣りにでも行くとしよう。

 

「報告はそれだけ。それじゃあ早速行ってくるよ」

「おう、頼む。……あっ、そうだ。ゼータ、アルファに伝言良いか?」

「良いよ。ついでだからね」

 

 シドの計画を知ったばかりなので、アルファとは顔を合わせにくい。なにせアルファはめちゃくちゃ鋭いので、今の状態で話せばボロを出してしまう自信しかなかった。

 

 俺は数秒内容を考えてから、ゼータに向かって慎重に伝言を託した。

 

 

「──〝しばらく何も手伝えない、悪いな〟。で頼む」

 

 

 さて、俺もやるべき事をやっておくとしよう。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 現在、『ミドガル王国』でその名を知らぬ者は居ない程の認知度を持つ騎士団があった。

 

 その名を──『紅の騎士団』。

 

 第一王女にして、国家最強の魔剣士との呼び声も高いアイリス・ミドガルが団長を務める騎士団だ。メンバーは全てアイリスが直々にスカウトした者ばかりであり、平均年齢こそ低いが才能の原石が多く在籍している。

 

 そんな騎士団の本部。団長室では、アイリスがどこか悲しそうな顔をして椅子に腰掛けていた。目の前に立っている若き天才──ライ・トーアムへ視線を向けながら。

 

「……ライ君。申し訳ありませんが、もう一度言って頂けますか?」

 

 聞き間違いであってくれ。そんな願望を顔に出しながらの言葉だったが、訊ねられたライは表情を変えることなく、言葉そのままに再度口を開いた。

 

「それでは失礼ながら。……このライ・トーアム、『紅の騎士団』を──」

 

 

 

 

 

 

 

「──退団させて頂きます」

 

 

 

 




 アニメのアルファ可愛かったですね!特に列車から叩き落とされるところなんて何度も見返して……。


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42話 逃げるなよ?

 

 

 

 

 

「──報告は以上ね。ありがとう、ガンマ」

 

 美しい金色の髪を耳に掛けながら、アルファが渡された報告書に目を通す。仕事部屋として使っている『ミツゴシ商会』の一室では、今日も組織運営に関する話し合いが行われていた。机の上には書類が山のように積まれており、アルファの身体など隠れてしまう程である。

 

「アルファ様。その……お疲れのようですが」

 

 心配そうな顔を見せるのは『ミツゴシ商会』の会長を務めるガンマ。たった今アルファへの報告を終えたばかりであり、表情には少しだけ余裕が戻っている。

 

「ありがとう。大丈夫よ。『大商会連合』の妨害もある訳だし、頑張り時ね」

 

 腕を組みながら軽く笑みを浮かべたアルファ。気丈に振る舞ってはいるが、激務続きの毎日は確実に彼女の精神を擦り減らしていた。

 

「私がアルファ様のフォローを出来れば良いのですが……」

「何言ってるの。貴女はもう十分過ぎる程の仕事をこなしているでしょう? それに私はシャドウとライトから【シャドウガーデン】を任されている身。No.3として、弱音を吐く訳にはいかないわ」

「……流石です。アルファ様」

 

 凛とした表情で覚悟を示す様は、とてもまだ十五歳とは思えない貫禄。青春を謳歌するべき少女がこうなるしかなかったこの世界は、あまりにも残酷だ。

 

「あれ? アルファ様、そのメモは……?」

 

 ガンマが気付いたのは、机の端ギリギリに乗っかっている小さな紙切れだった。

 

「ゼータに伝えられたライトからの伝言よ」

「ライト様から?」

「ええ。しばらく私達のことを手伝えない、といった内容よ。わざわざ謝罪まで付けて、律儀よね」

「ふふっ、本当ですね」

 

 手を借りられないというのは心細いが、しっかりとそれを伝えてくれることに安堵するガンマ。そもそも報・連・相が大事と教えたのはライトなので、当然と言えば当然なのだが。

 

「それではアルファ様。私は業務に戻りますので、失礼致します」

「ええ、ありがとう」

 

 一人きりとなった部屋で、アルファは再びメモヘ視線を向けた。ガンマには敢えて見せなかった、()()()()()()()()

 

 ──〝しばらく何も手伝えない、悪いな〟。

 

 無駄な文もない、とてもシンプルで分かりやすい内容だ。

 しかし、だからこそアルファは違和感を覚えた。

 

(彼がこんな伝言を頼むなんて……今までなかった)

 

 伝言が届くこと自体は珍しくない。問題は伝言の『内容』だった。

 

(しばらく何も手伝えない……)

 

 これまで積極的に力を借りてきた自覚はないが、ライトの助けを頼りにしていない訳でもない。シャドウと違い定期的に様子を見に来るライトへ、そういった信頼を寄せてしまうのは仕方のないことだ。

 むしろ、何かあったらすぐに頼ってくれとライトはよく言っている。何も手伝えないなど、今まで一度たりとも言われたことがなかったのだ。

 

(〝何も手伝えない〟の部分も気になるけど、〝しばらく〟というのも引っかかる)

 

 とても曖昧な言葉であり、期限が確定していない表現だ。何事も正確に伝えてくるライトからの言葉とは思えなかった。

 

「ゼータに聞いても……無駄でしょうね」

 

 メモを机に置き、腕を組むアルファ。表情には僅かばかりの不満が滲み出ており、年相応とも言える感情を露わにしていた。

 最近、何やらライトの指示で任務についているゼータ。詳細は秘密としか返してはくれず、どういう事をしているのかアルファですら把握していない。自分には頼らないどころか仲間外れにされている状況、アルファにとっては面白いはずもなかった。

 

(……ダメね。彼のことになると、つい考え過ぎてしまう)

 

 良くない癖だと、アルファは苦笑いと共に反省。幼い頃から頼りにしてきたからか、無意識に甘えてしまっているようだ。

 この間行った力試しも結果的には引き分けで終わったが、実質敗北したも同然。奥の手を出させはしたものの、実力が近付いたなどと思える筈もない。

 

 頼るだけでなく、頼られたい。

 そんな願いを叶えるべく、アルファは気を引き締めた。恋心を向ける、ただ一人の異性の期待に応えるために。

 

「……無茶は、しないでね」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 アルファから重い感情を向けられている男、ライ・トーアム。

 金髪美少女エルフの心を現在進行形で惑わせているなど知るはずもなく、当の本人はやっておくべき事を済ませるために行動していた。

 

 現在地は『ミドガル王国』の中心──〝王家の城〟であった。

 

「ふっ!!」

「はぁぁぁっ!!」

 

 甲高い金属音が鳴り響く訓練場。赤と銀の髪を激しく揺らしながら、二人の魔剣士が剣をぶつけ合っていた。

 

 一人は『ミドガル王国』の第一王女、アイリス・ミドガル。国家最強と謳われる彼女だがその表情に余裕はなく、振るわれる剣へ真剣に向き合っていた。

 そしてアイリスの相手をしているのは、第二王女であるアレクシア・ミドガル。気高い美貌を台無しにするような大量の汗と、死に物狂いとも呼べる剣幕でアイリスへ挑んでいる。

 

 国を代表する美人姉妹の対戦。普通なら野次馬が集まりそうなものだが、使っている場所は王家の城と普通ではない。プライベートな環境だからこそ、なりふり構わず剣を振るえていた。

 

「──はい! そこまで!」

 

 アイリスがアレクシアの剣を弾き飛ばしたところで、ライが大声を上げて中断。一時間にも及んだ長い戦いは、ようやく終わりを迎えた。

 

「……はぁ、はぁ」

「……ふーっ、疲れたぁ」

 

 膝に手を当てて荒く呼吸するアイリスと、王女とは思えない格好で倒れ込むアレクシア。二人とも目に見えて疲労しており、汗が止まることなく流れ続けている。

 

「お疲れ様です。飲み物をどうぞ」

「あ、ありがとうございます。ライ君」

「あ、あ、ありがとぉ……」

「どういたしまして」

 

 余裕の差がそのまま実力差として出ている。しかし、アイリスをここまで追い込んだだけで、アレクシアの成長も見て取れる程だ。

 

「惜しかったですね。アレクシア王女」

「……お世辞はいいわよ。どう見たって私の完敗じゃない」

「いいえ、完敗じゃなくて普通に敗北ぐらいだと思いますよ」

「それはそれで……なんかムカつくわね」

 

 納得いかなそうな顔をしながらも、アレクシアの機嫌は悪くなかった。ライに手渡された飲み物に口をつけ、乾いた喉が潤っていくのを感じながらゆっくりと立ち上がった。

 

「ライ君の言う通りです。私も最後の方は危なかった。強くなりましたね、アレクシア」

「……姉様。……そ、そんなこと言われたって、負けてるんだから喜べません」

 

 言葉とは裏腹に、笑みを隠せないアレクシア。憧れの姉から贈られた褒め言葉に、表情筋は一秒も耐えられなかった。

 

「以前より基礎がしっかりしてきたお陰か、剣に安定感が生まれたように思います。だからこそアイリス王女の攻撃を捌くことができ、カウンターを狙えたんですから」

「それしか出来なかっただけよ。姉様と真正面から打ち合うなんて……まだ無理だもの」

()()、ですか。ポジティブになったようでなによりです。それに前までのアレクシア王女であれば、カウンターを狙うことすら出来なかったのでは?」

「……貴方って、やっぱり性格悪いわよね?」

 

 お褒めに預かり光栄です。そう返したライに、アレクシアは更に顔を渋くした。それでも僅かに赤くなっていることから、チョロい女の片鱗が見えている。

 

「ふふっ、ライ君の教え方も素晴らしいですからね。無理にでも稽古を頼んで正解でした」

「本当に()()にでしたね」

「あはは……すみません」

「いえ、頭は下げなくて良いです。自分の首が飛びかねないので」

 

 割と笑えない行為を簡単にするアイリスへ、ライが苦笑い気味に注意を促した。ほんの少しばかり嫌味を言うことすら、この天然王女には出来なかった。

 

「交換条件ですからね。自分の『紅の騎士団』退団を()()()()()()()、お二人に稽古をつけると」

「姉様がこの話を言い出した時は驚いたわよ」

「多分、自分が一番驚きました」

「それはそうね」

 

 三日前、ライはアイリスへ直接退団を申し出た。何度も引き止めようとしたアイリスの言葉に、全く耳を貸さず。たまたまその場に居合わせたアレクシアも、随分と驚かされたものだ。

 

「姉様があれだけ食い下がっても意見を変えないんだもの。姉様なりの仕返しってことじゃない?」

 

 土下座しそうな勢いでアイリスがライに対して取り付けた交換条件は三日間の剣術指導だった。ライにとっては承諾するメリットも特になかったが、これまでの恩を返すという意味で首を縦に振ったのだ。

 

「ア、アレクシア! その言い方には悪意を感じますよ! ……確かに、無茶を言った自覚はありますが」

 

 少しばかり涙目になりながら、アイリスがアレクシアに詰め寄る。以前までの冷え切っていた姉妹関係はすっかり元通りになり、誰が見ても仲良し姉妹となっていた。

 

「──〝退団を認めて頂けないのなら、給料と休職していた間に受け取った特別支給金は全て返金致します〟……なんて言われてしまえば、引き止めるのは無理だと思うでしょう?」

「まあ、それはそうですね。あの時のライ君は何があっても意見を変えなかったと思います」

 

 アイリスの言葉を聞き、素直に頷いたアレクシア。自分が姉の立場でも同じようになっていただろうと、三日前のことを思い出して口を閉ざす。

 そんな俯きかけている姉妹に、ライは少々の困り顔で声をかけた。

 

「自分の魔力回路はもう()()()()()()()。『紅の騎士団』に残っても、これまでのような戦力にはなれませんから」

 

 王都を震撼させた『ブシン祭』の一件で、ライは【シャドウガーデン】の首領であるシャドウと対峙した。国が禁止薬物に指定する──『グンピードの実』まで使用して。

 

「引き止めてくださるアイリス王女には申し訳ありませんが、自分が自分の弱さを許せないのです。王国最強となる騎士団に、自分の居場所は必要無い」

「……ライ君」

 

 ──などと言っているが、ライは当然良い話に進路変更しようとしているだけだ。『グンピードの実』などアルファによる完全な後付け。出来る女の出来る策に、思いっきり乗っかっていた。退団が美化されるのなら、後腐れもそれほど無い。金も返すことなく退団出来る状況を生み出してくれたアルファに、ライは心から感謝した。

 

「大丈夫ですよ。今の『紅の騎士団』には優秀な魔剣士達が数多く在籍しています。これからの『ミドガル王国』は安泰ですね」

「そうよ、姉様。ライ君にはライ君の考えがあるのだから、いつまでも未練がましくしてはいけないわ。姉様は団長なのだから」

「そう……ですね。これまでライ君にはたくさん助けられてきたので、どうにも甘えてしまっていたようです」

 

 設立されてから日が浅いとは言え、ライは『紅の騎士団』の初期メンバーと言っても良い。そんな中でも、学園襲撃事件の際には副団長であるグレンと有望株であったマルコを瀕死の状態ながらも救出。立ち上げ早々に主力を失う事態から騎士団も救ってみせた。ライが完遂した最大の功績と言えるだろう。

 

 更には聖地・『リンドブルム』でのアレクシアの護衛、『ブシン祭』にアイリスが参加しないことによる『紅の騎士団』への期待度向上などなど、ライがもたらした恩恵は個人とは思えない程のものだ。アイリスがここまで意地になるのも仕方ないことであった。

 

「私に兄が居たなら……ライ君のような人が良かったです」

「あら、姉様? それだと私もライ君の妹になりませんか?」

「お二人が妹ですか、それは騒がし……賑やかでしょうね」

「今なんか失礼なこと言いかけなかった?」

「いえ、全く」

 

 不敬な発言をギリギリのところで止め、ライが笑顔で黙る。勘のいいガキは嫌いなのだ。

 

「ね、姉様には……兄なんて必要ないでしょう? ……その、私が居るんだから」

「アレクシア……。なんて……可愛いんですかっ!!」

 

 我慢出来ずといった具合にアイリスがアレクシアを抱き締める。長年不仲な関係が続いていたからか、和解してからの溺愛っぷりが凄いことになっていた。まさに、目に入れても痛くないというやつだ。

 

「ちょっ、ちょっと姉様! ライ君の前ではしたないですよ!」

「良いではありませんかっ、私の妹がこんなにも可愛いのですからっ!」

「何も理由になっていませんっ! ライ君も止めてよっ!」

「今日晴れてるなぁ」

「無視っ!?」

 

 王女に騎士団長という二つの属性を持ちながら、新たにシスコンという属性を加えたアイリス。本当はずっとこうして可愛がりたかったのだろう、普段の厳格さなど微塵も感じられない。

 アレクシアの方も困った顔こそしているが、嫌がっている気配はない。むしろ、満更でもない表情を見せている。所詮、照れ隠しに過ぎないのだ。

 

 仲良し王女姉妹のスキンシップを眺めつつ、ライが地面に置いていた剣を腰の定位置へと戻す。今日の稽古はここで終わりのようだ。

 

「──はい。じゃあ稽古をつけるのは今日で最後になりますので、自分からお二人に助言のようなものを」

「あっ、はい! お願いします」

「わ、私も! ……よろしく」

 

 グリグリと身体を寄せ合っていたアイリスとアレクシアだったが、ライの言葉を聞きすぐに離れる。ピシッと姿勢を正して聞く体勢を作る辺り、この二人は真面目だと言える。王家の教育もしっかりしているなと、ライは素直に感心した。

 

「アイリス王女。貴女はこれまで、魔力に頼ってばかりいましたね」

「うっ……。は、はい」

 

 耳が痛いと言わんばかりに、アイリスの表情が落ち込む。飼い主に叱られた犬のような様子に、ライは軽く笑った。

 

「でも、この三日間でそれは大分解消されたと思います。意識を変えるということは、とても大事なことですからね」

「ほ、本当ですか?」

「はい。自分が教えたように基礎を固め、剣術を磨いていけば、自然に魔力を扱う技術は向上していきます。大切なのは常に頭を使って〝雑に戦わないこと〟。これを忘れなければ、アイリス王女はもっと強くなれるはずです」

 

 一国の王女に対してただの学生が言える台詞では到底ない。しかし、アイリスがライの言葉に憤慨するはずもなく、憑き物が落ちたような顔で頷いた。

 

「私は必ず、ライ君の剣に届いてみせます。貴方が見せてくれた──『天才の剣』に」

 

 ライと出会い、アイリスは世界の広さを知った。自分が井の中の蛙であったことを知った。魔力に頼っていただけだと、思い知らされた。

 これから先の戦いで剣を振るうためには、馬鹿のままではいけない。それでは戦いに参加することすら出来ないのだと、アイリスは覚悟を決める。

 

 憧れた魔剣士(ライ・トーアム)に──追いつけるように。

 

「では次に、アレクシア王女」

「え、ええっ! 何を言われても気にしないわ! 好きなように言って頂戴!」

 

 この三日間で行ったアイリスとの模擬戦。アレクシアは一度も勝利することが出来ず、全敗という結果で終わった。だからこそ厳しい言葉に耐えるため、緊張と共に身構えた。

 

 しかし、そんな彼女にとって、告げられた言葉は予想外過ぎるものだった。

 

()()()()()()()()()()()()

「……えっ? ……えっ?」

 

 思わず二度聞き返したアレクシアだったが、ライからの言葉は変わらない。助言は無し、何も言うことはないの一点張りだった。

 

「わ、私……やっぱり、その程度」

「ああっ! 違いますっ! そういう意味じゃなくてっ!」

 

 表情が曇りかけたアレクシアを見て、ライが慌てて首を横に振る。何も言うことはないという言葉の意味を誤解させないために。

 

「アレクシア王女の剣はとても素晴らしい。長年研鑽を積み重ねてきたのだと、本当によく分かります。()()()()()()()()()()()()()()

「……アイツ?」

「シドですよ。シド・カゲノー」

「ッ!! ……へ、へぇ〜、そうなの」

 

 シドの名前を聞き、見るからに嬉しそうなアレクシア。偽物の恋人関係が終わった今でも、彼女はシドに恋愛的な想いを捨てられずにいた。そんな男に陰で褒められていたと知ったのだから、喜ばない訳がなかった。

 

「アイツって人を褒めること自体は珍しくないんですけど、剣で人を褒めるのって凄く珍しいんですよね。アレクシア王女を含めても、俺が知っているだけで三人しか居ません」

「あっ、あっそ! あのポチ……シド君がねっ!」

「はい。あれは伸びるだろうって」

 

 ニヤニヤが止まらないからか、ライが口にした〝あれ〟呼びについても言及は無し。アイリスも妹のはしゃぐ様子が嬉しいのか、ニコニコと笑っていた。

 

「要するに俺が言いたいのは、アレクシア王女はこのまま自分の力で強くなれるということです。……もちろん一人ではなく、アイリス王女と一緒にね」

「ライ君……。ありがとう」

 

 姉と同じく、吹っ切れた顔のアレクシア。たとえ『凡人の剣』と蔑まれようが、今の彼女に意味はない。その『凡人の剣』こそが、他の誰でもない──彼女自身の剣なのだから。

 

「──さて、じゃあ俺はそろそろ行きます。今日限り、正式に退団ということで」

「寂しいですが……仕方ありませんね」

「ライ君はこれからどうするの? 確か学園の方に休学届を出したのよね?」

 

 アレクシアの言う通り、ライは『ミドガル魔剣士学園』に一ヶ月程の休学を申し出ていた。特待生だった実績と成績優秀な生徒だったこともあり、届出はすんなり許可された。

 

「少し旅に出ようかと思っています。世界は広いですからね、自分の魔力回路を治す手段がどこかにあるかもしれません。あまり期待は出来ませんが」

 

 当然、嘘である。

 国を出ようとしているのは本当だが、魔力回路を治す手段など探すはずもない。何故なら彼の魔力回路は損傷0、完全な状態のままなのだから。

 

「すぐに出るのですか?」

「いえ、()()()()()()()()()()()()()出発しようと思ってます」

 

 目を細めて何とも言えない表情を作ったライだが、アイリスとアレクシアがそれに気付くことはなかった。

 

「手伝いたい、と言っても断られてしまうのでしょうね」

「そうね、姉様。ライ君はきっと断るわ」

「ははっ、ご想像にお任せします」

 

 飄々とした様子のライに、やれやれと目を閉じる王女姉妹。今にして思えば謎の多い人物だったと、遅過ぎる発見をしてしまった。

 

「幸運を祈っています。ライ君」

「また稽古つけてよね。今度はシド君も一緒に」

「分かりました。……では、お二人ともお元気で」

 

 去っていくライの背中を見つめながら、アイリスが拳に力を込める。自身が強くなることが、助けられた借りを返すことに繋がると信じて。

 

「姉様。……私、まだやれますよ?」

 

 汗は止まっていないが、息は整えたようだ。そんな妹からの小生意気な挑発に、アイリスは姉として応えた。

 

「実は……私もです」

 

 日が落ちる時間まで、姉妹は仲良く剣を振るった。

 失った時間以上のものを、取り戻そうとするかのように。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ──現在、クレア・カゲノーは自分でも引く程に機嫌が悪かった。

 

 朝から突然部屋に不法侵入される。寝ているところを叩き起こされる。理由も説明されず無理矢理に連れ出される。

 とてつもない聖人だったとしても軽くブチギレるだろう。大人しくついて来てやったことに感謝して欲しいと、クレアは目の前に立っている男に殺意全開の視線を向けた。

 

 乙女の部屋に突撃し、誘拐するかのように王都から離れた山の中へ連れて来た男──ライ・トーアムに向けて。

 

「ほんっとうに何なの? アンタ頭が可笑しくなったの? 意味分かんないんだけど? 説明あるんでしょうね?」

 

 苛立ちを隠せない早口にも、ライは僅かな笑みを返すだけ。酷い仕打ちを受けたばかりだというのに、追い討ちをかけるように天候は雨。傘を持ってくる余裕があるはずもなく、身体は時間が経つごとに無防備に濡れていった。まさに最悪の重ねがけ。短気なクレアでなくとも怒って当然の状況だった。

 

「まあそう怒るなよ。悪いとは思ってる」

「嘘よっ! アンタのその顔は絶対そんなこと思ってないっ!」

「いやいや、本当に思ってるって。……けど、こうでもしなきゃ──逃げられると思ったからさ」

「……はぁ? アンタ、本当に何がしたい──」

 

 本気で困惑し始めたクレアの言葉を遮るように、ライが()()()()()。軽い動作で行われたにも関わらず、その斬撃は強大。クレアのすぐ真横を通り過ぎると、そのまま直線上にあった大木を真っ二つに斬り倒した。

 

「……ッ!!?」

 

 全く見えなかったと、クレアは一秒にも満たない誤差で後ろを振り返る。視界に飛び込んできたのは綺麗に二等分された大木の姿。もし斬撃がクレアに向かって放たれていれば、ああなっていたのは自分の方だったのだと恐怖が押し寄せる。

 

「……冗談にしても、笑えないわね」

「冗談? そんな訳ないだろ。俺はいつだって大真面目だ」

 

 鋭い眼光で睨まれてるというのに、ライの態度は変わらない。いつものように余裕を見せ、本心を隠している。

 

「なあ、クレア」

「……なによ」

「お前ってさ──()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 瞬間、クレアが剣を抜きライへと斬りかかった。

 鍛錬を積み重ねた者だけが実現可能とする速度と威力。しかし、そんなお手本のような一撃はいとも容易く捌かれた。

 

「喧嘩なら買ってやるわよッ! ライッ!!」

「売ったつもりはないんだけどな。それに、これからするのは喧嘩じゃねぇよ」

 

 クレアを力任せに弾き飛ばし、互いの間に距離が生まれる。雨でぬかるんだ地面は不安定であり、魔剣士の足を支えるには心許ない環境だった。

 

「お前みたいな頑固者には、言葉で言っても無駄だからな。身体が克服しなきゃ意味ないんだよ」

「だからっ! 何を言ってるのかさっぱり分かんないのよっ! 言いたいことがあるならハッキリ言いなさいっ!!」

 

 まるで意味の分からない言動を繰り返すライに、クレアが怒声を上げる。そんな声を受けても、ライはため息を溢すだけだ。

 

「お前を〝負け犬〟から〝魔剣士〟に戻してやろうと思ってな」

「人のことを負け犬負け犬って……! いくら私に勝ってるからって、調子に乗り過ぎなんじゃない?」

「──47回。お前が俺に負けた回数だ」

 

 どこまでも淡々と、冷酷な事実を突き付けるライ。クレアの真紅の瞳が、激情に燃えた。

 

「だから、喧嘩売ってんならそう言いなさい……ッ!!」

「お前さ、本当に分かってないんだな」

「……えっ?」

 

 張り詰めた空気が抜けるように、ライが心から呆れたような声を出した。剣を肩に乗せ、仕方ないと呟いている。

 

「『ブシン祭』の特別出場枠をかけた選抜大会、俺とお前は一回戦で当たったよな?」

「それがどうしたってのよ。はいはい、私はアンタに負けたわよ。だからなに?」

「どうして()()()()()()()()()?」

「はっ?」

 

 何度目かも分からない困惑。クレアの様子を無視して、ライは言葉を続けた。

 

「決定的なのは『無法都市』だ。お前、ジャガノートって奴に殺されかけたんだろ? 更には『血の女王』にも殺されかけたっと」

「ッ!! ど、どうしてアンタがそんなこと知ってるのよっ!? アンタは魔剣士協会と協力してグール退治をしてたはずじゃ……」

「それこそどうでもいい。大事なのは、お前が殺されかけたっていう事実だけだ」

 

 余計な言葉は挟ませないと言わんばかりのライの態度に、クレアが気圧される。今までのライではない、長年の付き合いからそれを感じ取っていた。

 

「確かにジャガノートも『血の女王』も強い。世界的に見ても上位の実力者達だ。でも、簡単にお前を殺せる程じゃない。お前が全力を出してさえいれば、少なくとも負けることはなかった」

 

 最早言い返すことすら出来ずに、クレアはライを見ている。次第に大きくなり始めた、身体の震えにも気付かず。

 

「覚えてるか? 俺達が初めて会った日のこと。お前、俺に勝負を挑んできたよな。結果は俺が勝ったけど、俺はお前に『勝った』とは思えなかった」

 

 手が、足が、まるで石のように冷たく固い。呼吸の仕方を忘れてしまいそうになるほど、クレアの身体は緊張に包まれていた。

 

「何度潰しても必死に向かって来て、しつこい奴だと思った。どれだけ実力差を見せても向かって来て、面白い奴だと思った。──俺は楽しかったよ」

 

 向けられた視線はとても優しく、同時に──とても寂しそうだった。

 

「今日ここで、あの日のお前を取り戻す」

 

 そう言って、ライが剣を構える。先程振り抜いた一本だけでなく、二本目の剣も握って。

 

「……二刀……流」

 

 雨音に掻き消されそうなクレアの呟きに、ライは口角を吊り上げて返した。

 

「ずっと使えって言ってただろ? お望み通り、二刀流で相手してやるよ。()()()()()()()()()

 

 そしてライは魔力を解放した。空気が変わり、肌を突き刺すようなプレッシャーが放たれる。その場に立っているだけで、何らかの攻撃を受けているような錯覚さえ引き起こされた。

 

 

「逃げるなよ? 〝クレア・カゲノー〟

 

 

 全力の状態となったライは──引き金を引いた。

 

 

 

「お前に……()()()()()()()

 

 

 

 




 


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43話 ただの本心だ

 

 

 

 

 

 クレア・カゲノーにとって、ライ・トーアムは()()()()()()()()()

 

 十歳になったばかりの弟が自分の親友だと言って連れて来たのがファーストコンタクトであり、それからは結構な頻度で家に顔を出してきた。

 超が付く程のブラコン、そしてまだ十二歳と幼かったクレアがそれを素直に祝福出来るはずもなく、ライに対して嫉妬と憎悪を抱いたのは自然な流れと言えた。

 

 

 〝アンタが私の弟の親友に相応しいか、姉として確かめてあげるわ! 〟

 

 

 やはり我慢が出来ず、強引に始めた模擬戦。木刀を使ったものではあるが、お互いが魔剣士の家系であるため魔力の使用は解禁。その頃から既に天才だと家族からちやほやされ始めていたクレアにとって、ライは格下の相手にしか見えていなかった。

 

 ──結果、惨敗。

 

 何度打ち込んでも捌かれ、的確な反撃(カウンター)を受けた。

 何度突撃しても軽くあしらわれ、地面に転がされた。

 何度も、何度も、何度も、クレアは己の意地を通すため、()()()()()()()()()()()()へ木刀を振った。

 

 しかし、クレアの剣が届くことはなかった。

 

 初めて戦った二刀流だから。相手が二つも年下で遠慮してしまったから。油断していたから。作ろうと思えば、言い訳などいくらでも作れた。

 それでも、クレアは己の敗北を認めた。無様に倒れながら見上げた少年が──あまりにも大きく見えたから。

 

 弟に関する嫉妬や心配など、勝負が終わった時には綺麗さっぱりと消えていた。ただただ、自分を打ち負かした剣に感動した。あんな風に剣を振るってみたいと、クレアは心から憧れてしまったのだ。

 

 〝また勝負がしたい〟

 

 捻くれるつもりもなく、素直にそう伝えようとしたクレア。

 ボロボロの身体に力を込めて立ち上がり、ライと顔を合わせたまでは良かった。問題はその後、クレアが見たライの『目』だった。

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()それに、クレアは凍りつくように恐怖した。生まれて初めてそんな目を向けられたというのもあるが、それ以上に剣に捧げてきた自分の全てを否定されたように感じたことが大きい。

 

 全力を尽くして挑んだというのに、向けられた目は全く自分を見ていなかったのだ。

 クレアは初めて経験した衝撃に、涙を堪えることも出来ずその場から逃げるようにして去った。

 

 一晩中枕を濡らした後、自分らしくないと心を切り替えた。そう、切り替えたつもりだった。

 

 そして実現した二度目の勝負。誘ったのはライの方からであった。クレアは純粋に嬉しく思い承諾。

 

 ──結果、惨敗。

 

 結末だけ見れば初戦と同じだが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ライだけが気付き、クレアだけが気付いていないもの。

 

 それを明確にさせる戦いが行われたのは──五年以上先のことだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 止む気配もなく降り続いている雨。豪雨と言う程ではないが、小雨と言う程でもない。視界は水に遮られ、傘がなければ困る天候であった。

 

 そんな悪天候の中、とある山では二人の魔剣士が剣を交えている。いや、片方が一方的に打ちのめされていると言った方が正しいかもしれないが。

 

「──ッ!!」

 

 木々の間を弾丸のような速度で吹き飛ばされている少女、クレア・カゲノー。普段なら気品を感じさせる美しい黒髪はボサボサに荒れており、繰り返される呼吸も同様に荒かった。

 どうにか空中で一回転し、剣を地面に突き刺す。大木に背中を叩き付ける直前でクレアは自身の身体を停止させることに成功した。

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

 鬱陶しそうに前髪を払い、クレアは対峙している人物へ視線を定める。自身とは違って普段通りの態度を崩していない──ライ・トーアムに。

 

「おいおい、いつまで寝ぼけてるつもりだ? これだけ雨に当たってんだ。顔を洗う必要はないだろ?」

 

 口が悪いのはいつもの事。しかし、今のライはいつもと違う。いくらクレアが自分達を犬猿の仲であると認識していても、それぐらいの事は分かった。

 

「……いきなり決闘だとか、意味分かんないのよ」

「そのままの意味だよ。それ以外に何がある?」

 

 煽るような仕草にも、今はムカつきより違和感が勝った。確かにライは自分に対して、口が悪く態度がデカく性格が生意気と最悪な人間関係を築いている。

 

 それでも、いきなり何の説明もなく剣を振ってくるような男ではないと、クレアは信じ切っていた。

 

 だからこそ理解が出来ない。先程から振るわれる剣全てに──殺意が込められていることを。

 

「……アンタが何考えてるかなんて知らないけどね。それに付き合ってあげる程、私は暇じゃないのよ」

「付き合う? ……おいおい、まだ状況が理解出来てないのか? 〝決闘〟だって言っただろ。お前は今ここで、俺に剣を当てることだけ考えてれば良いんだよ。てか、そう出来ないならお前……」

 

 その瞬間、クレアの生存本能が働き腰を地面に落とさせた。ライが横一閃に振るった剣から、自らの命を逃すために。

 

 

「──()()()()()()?」

 

 

 キィィンという空気が切り裂かれる音と共に、何かが倒れた音が背後から耳に届いた。クレアは背筋が凍るような感覚に支配されつつ、ゆっくりと後ろを振り返った。

 

(……木が、一撃で……こんなに?)

 

 何十、いや、何百本という木が真ん中で斬り倒されていた。無様に尻餅をつかなかったなら、半分に別れていたのは自分だったのだろう。

 クレアは今の一撃で、ライが本気で自分を殺そうとしているのだと悟った。

 

「……本気、なのね」

「だから何回もそう言ってんだろ。お前も俺を殺す気でこい。……でなきゃ、遊び相手にもならねぇよ」

「──ッ!! ライッ!!」

 

 怒りの形相でクレアがライに斬りかかった。先程までの迷いを含んだ動きではなく、魔剣士としての動きだ。首元へ振るわれた一撃は防がれたが、ライはそれを見て不敵に笑った。

 

「そうだ、それで良い。やれば出来るじゃねぇか」

「後悔させてあげるわよっ! こんなふざけた真似をしたことっ!!」

「ふざけてないさ。さっきも言ったはずだぞ、俺はいつだって大真面目だ」

 

 至って真剣な表情で返すライに、クレアは怒りと共に頭を悩ませる。自分を本気で殺そうとしている事は理解したが、何故そうする必要があるのかがまだ理解出来ていなかったからだ。

 

 それに、違和感を覚える点はそれ以外にもあった。

 

(この斬撃の威力……()()()()()()()()()()()()

 

 木を斬り倒した一撃だけではない。現在進行形で打ち合っている剣にも魔力が纏わされているとクレアは確信していた。そもそもこちらが魔力を使っているのだ。対する側も魔力を使っていなければ勝負にすらならない。

 

(アイツは魔力回路に異常があるんじゃなかったの!? ……それにこんな魔力、今まで見たことない……!!)

 

 これまで経験したことのない濃密な魔力を肌で感じ取り、クレアの身体が震え出した。それでも、クレアは自分を臆病者と蔑むことは出来ない。もし自分をそう呼べる者が居るならば、すぐこの場に連れて来いと言える自信があった。

 

「考え事か? 余裕だな」

 

 クレアが不規則に振るわれる二刀流へどうにか食らいついていると、ライが小馬鹿にしたような声をかけた。余裕などあるはずもないクレアにとって、これ以上ないほど腹の立つ台詞だった。

 

「うる……さいっ!! それよりアンタ! どうして〝魔力〟が──」

「おい、足元がお留守だぞ」

「……ぐっ! ……がはッ!」

 

 二刀の剣を受け止めたまでは良かったが、意識外からの足払いに反応出来なかったクレア。無抵抗に身体を地面へと叩き付け、完全に体勢が崩れた。そのまま流れるように繰り出されたライの蹴りはクレアの腹部へと直撃。跳ねる泥水を纏いながら、少女の身体はボロ雑巾のように吹き飛ばされた。

 

「……はっ、はぁ、はぁ」

 

 失った酸素を取り戻すように呼吸し、蹴られた腹部に手を当てるクレア。回復魔術を施そうとした瞬間、すぐ側でライに見下ろされている事に気付いた。

 

「立て。まだやれるだろ?」

 

 片方の剣をクレアに突きつけながら、挑発ではなく命令をするライ。無感情ではないが冷たい目をしており、降り続ける雨と合わせれば凍える程に体温を奪ってくる。

 

「お前の力はそんなもんじゃない。早く立て」

 

 ズキズキと響く腹部の痛み。泥で汚れた嫌悪感。一撃も当てられず地面に転がされている屈辱。更には相手からの重過ぎる言葉。

 

 

 クレアの精神(メンタル)は──呆気なく限界を迎えた。

 

 

「……くっ。……うっ、ううっ」

 

 泥の付いた顔に、涙で出来た一筋のラインが浮かび上がる。いつも強気を崩さなかったクレアが、人前で涙を見せた。それも、ライの前で。

 

「……私は、所詮、この程度よ。アンタが言うような実力なんて……ないもん」

 

 剣も手から放して、クレアは流れ出る涙を拭う。まるで小さな子供のような姿に、ライも向けていた剣をゆっくりと下ろした。

 

「笑えば、いいじゃない。……アンタに勝つなんて、私には無理なのよ。……そんなこと、ずっと昔から分かってた。初めてアンタに負けた日から、分かってたわよ」

 

 それでも、吠えずにはいられなかった。愛する弟を奪われないため、憧れた剣士に見てもらうため。クレア・カゲノーは吠え続けるしかなかった。

 

「……私には、アンタみたいな〝才能〟はない。……どれだけ努力したって、私じゃアンタには、勝てないのよ」

 

 普段からは想像も出来ないほどの小さな声。ライは微かなため息を溢すと剣を鞘に納め、ガシガシと頭を掻いた。

 

「お前には才能がないから、俺に勝てないのか?」

 

 突き放されるような一言に、クレアが小さく頷いた。未だ地面に倒れ込んだまま、ライの顔を見ようともしない。

 しかし、そんな彼女にライは、予想も出来なかった言葉を放った。

 

「──なら、お前は俺に勝てるってことになる」

 

 ……えっ? と、クレアがほんの少しだけ顔を上げた。聞き間違いでもしたか、そんな感情が読み取れる表情をして。

 

「ほら、いつまで寝てんだ。せめて座れよ」

「……あっ、ちょっと」

 

 その隙を逃さず、ライがクレアの腕を掴んで身体を引き上げる。足に力が入っていないので立たせる事は無理と判断し、座らせることにしたようだ。

 きょとんとした顔をするクレアに、ライは解放していた魔力を抑えながら話しかける。

 

「良いか? クレア。今からお前に、絶対に一回しか言わない言葉を伝える。聞き逃さないようにしろ。分かったな?」

 

 ビシッと指を差し、断言したライ。当の本人であるクレアはあまりの状況変化に気持ちが追いつかず、再び頷くことしか出来なかった。

 それを確認したライはもう一度小さなため息を溢した後、真剣な目をして口を開いた。

 

 

「──お前には〝才能〟がある」

 

 

 クレアの耳から、音が消えた。

 地面に落ちる雨音も、風で揺れる木の葉の音も、自分の呼吸音でさえも。

 

 ライに言われた言葉の意味が、クレアには理解出来なかった。しっかりと聞こえたはずの言葉は、頭の容量を軽くオーバーしていた。

 

「……嘘よ」

「嘘じゃない」

 

 目を合わせたまま、ライが否定した。

 

「……なら冗談?」

「冗談でもない」

 

 剣を地面に突き刺し、ライが否定した。

 

「……だったら、でまかせよ」

「──ただの本心だ」

 

 クレアの震える声に対して、全く揺るがないライ。

 それなりに長い付き合いということもあり、ライがここまでストレートに物を言うこと自体が珍しいとクレアは知っている。故に、発言の本気度も感じ取った。

 

 だからこそ、彼女は才能(それ)を否定する。

 

「……もし、アンタが言うように私に才能があったとしても、何の意味もないわよ。……私はその才能を開花させられないんだから」

 

 努力を惜しんだことはなく、向上心を忘れたつもりもない。それでも、クレア・カゲノーの剣はライ・トーアムの領域に遠く及ばない。蟻と象、トカゲとドラゴン、人間と隕石。比べるのも馬鹿らしい程の差が、この二人には存在するのだから。

 

「諦めるのか?」

「……そうね。その方が楽かもね」

「お前はまだ……()()()()()()()()()()()?」

 

 この言葉に、クレアの肩がピクッと震える。今の今まで支配されていた『恐怖』によるものでもなければ、思う存分感じさせられた『無力感』によるものでもない。それは分かったような口をいつまでも叩く男への──純粋な『怒り』だった。

 

「アンタに……アンタに私の何が分かるのよっ!? 私は全力でやってるっ! 全てを剣に捧げてるっ! それでもこの程度なのよっ! いい加減分かりなさいよっ! 私じゃアンタみたいには……なれないのよ」

 

 水分を含んだ土を強く握り締め、クレアが項垂れる。

 我慢から解き放たれた感情は爆発し、次々とライに対してぶつかっていった。言葉にしたくなかった、情けない本音を。

 

「お前は、俺になりたいのか?」

「……そうじゃないけど、そうなのよ」

 

 膝を折って目線を合わせ、ライがクレアへ優しい口調で語りかける。まるで、ここが正念場であると自分に言い聞かせるかのように。

 

「分からねぇな。どうしてそんなに自信がないんだ? お前は『女神の試練』だって突破しただろ」

「アンタだって出場してれば合格したわよ。……それこそ、私より強い古代の英雄を呼び出してね」

「『ブシン祭』では優勝もした」

「アンタが居なかったからよ。居たらどうせ負けてたわ」

 

 膝を抱えながら、拗ねた子供のように言い返すクレア。

 ライはそれを見ても、特に表情に変化はない。馬鹿にした様子もなければ、匙を投げるような雰囲気でもない。ただただ、クレアの言葉に耳を傾けていた。

 

「……もう良いのよ。どうせ私の全力なんて、アンタからすればお遊びみたいなものだったんでしょ?」

「ああ、そうだな。お遊びだ」

 

 まさかの即答に、目を丸くしたクレア。流石にイラッとしたのか、僅かに頬を膨らませた。

 

「だって今のお前は……本気で勝とうとしてないから」

「……はぁ?」

 

 いきなりの爆弾発言に、クレアが首を傾げる。確実に侮辱されたはずだが、内容が予想外過ぎてついていけなかったようだ。

 

「俺が最初に戦った時のお前は()()()()()()()()()()。それこそ顔や腹に木刀を受けようが、さっきみたいに蹴りで転がされようが、どれだけ技術の差を見せつけようが、お前は俺を倒そうと向かってきた。あの時のお前が、俺は一番怖かったよ」

「そ、そんなこと……」

 

 ない、と断言は出来なかった。

 弟を奪おうとするポッと出の男に、なりふり構わず思いっきり襲いかかった記憶があったからだ。

 

「今のお前にはそれがない。いや、正確には二回目の勝負からずっとだな。何が何でも勝とうとする『意志』が……お前の中から消えちまったんだ」

「……私の、中から」

 

 泥の付いた掌を見つめるクレア。本当に言われたような意識はなく、戸惑っている様子だ。

 そんなクレアに、ライは言葉を続けた。

 

「クレア。お前さ、負けるのが怖いか?」

「何よ、突然。……怖くないと言ったら嘘になるけど、実力が出せなくなる程じゃないわよ」

「そうだな。お前は負けを恐れてる訳じゃない。敗北から学びが多いってことぐらいは分かってる奴だからな」

「馬鹿にしてんでしょ! ……じゃあ何よ、アンタに対して負け癖がついてるとでも言いたいの?」

「いや、確かにお前は俺に負けっぱなしだが、お前から『勝ちの意思』を奪った原因はもっと別のところにある」

 

 まるで原因が分かっているかのようなライの口ぶりに、クレアが元々の性格である短気を発現。多少戻ってきた強気と共に、答えを要求した。

 

「なんなのよ、その原因って」

「……はぁ。まあ、良いか。もう教えて」

 

 自分で気付かせたかったというライの呟きに表情を渋くしながらも、クレアは余計な言葉を挟まずに答えを待った。ここまで精神的にも身体的にもボロボロにされたのだ、我が身可愛いさに取り繕う必要などあるはずもなかった。

 

 クレアの様子を確認し、ライが口を開いた。

 包むことも濁すこともなく、ありのままの『真実』を放つために

 

 

「お前は負けるのが怖いんじゃない。……お前は──」

 

 

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 真紅の瞳が、鮮やかに光った。

 

 

 

 




 祝!『陰の右腕になりまして。』一周年!

 早いもので、この小説を投稿してから約一年もの時間が経ちました!
 思いつきで始めたものですが、ここまでくると感慨深いですね。どうにかちゃんと完結させたいです(笑)。


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44話 ラッキーってもんだろ?

 

 

 

 

 

「お前は負けるのが怖いんじゃない。……お前は──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 突き付けられた事実に対して、クレアはまるで冷水でも浴びせられたかのような感覚と共に瞳を真紅に光らせた。

 否定することも言い返すこともなく、どこか放心しているような状態でライの顔を見ていた。

 

「確かに全力を出して負ければ、自分の限界は見える。……けどよ、それはまた限界を超えるチャンスでもあるだろ? 俺にはそこが分からねぇんだ。お前の向上心を知っているからこそ、な」

 

 目を閉じながら純粋な感想を告げたライ。ここまできて捻くれるつもりもないようで、素直にクレアを認めるような発言をした。

 

「教えてくれ、クレア。……どうして、全力を出せなくなったんだ?」

 

 真っ直ぐな視線に貫かれ、クレアの身体から力が抜ける。長い間続いていた緊張から解き放たれ、良い意味で余裕が戻ったようだ。

 

「……」

 

 軽い深呼吸を繰り返し、クレアが覚悟を決めたような目を見せる。恥を捨て、己の弱さを伝える気になったのだ。

 だらんと脱力していた腕に力を込めて動かすと、人差し指を目の前の人物にゆっくりと向けた。

 

 

 ──自分がこうなった原因(ライ・トーアム)に。

 

 

 分かりきっていた事だとは思いながらも、クレアは顔が赤くなるのを堪えられなかった。散々ライバルだの言っておきながら、弱くなっている原因がお前だと自ら申告したのだ。流石のクレアも恥ずかしさに勝てなかった。

 

 チラッと目線を向けてライの様子を確認するクレア。どうせいつものように分かっていたと言わんばかりのドヤ顔を向けられるのだろう。

 そう思い込んでいたクレアにとって、視界に入ってきた表情は──完全に予想外のものとなった。

 

 

「……???」

 

 

 この男、全く身に覚えがなかった。

 

「ちょ、ちょっと! 何よその表情!」

「い、いや……何で全力を出せなくなった原因が俺なんだろうって。俺、お前になんかしたか?」

 

 腕を組みながら首を傾げ、本気の唸り声を出しているライ。茶化しているようには見えず、普通に分からないといった様子だ。これにはクレアも思考が停止、開いた口が塞がらなかった。

 

「……ア、アンタが私に()()()()()()()()からでしょ! 初めて戦った時のことよっ!」

 

 両の拳を握り締めながら、羞恥を紛らわせるように叫ぶクレア。先程までの落ち込みぶりは飛んでいき、普段のテンションが戻ってきていた。それこそ、全てを曝け出せるほどに。

 

「負けた私にアンタは……その、なんと言うか……石ころでも見るような目を向けたじゃない? それが、怖かったって言うか。また全力で戦って負けた時にあの目を向けられたらって思うと……って! なんで私が自分でこんな説明しないといけないのよっ! それぐらい分かりなさいよっ!!」

「?????」

「ほんとに分かれっ! このバカっ!!」

 

 恥を捨てて正直に話したと言うのに、まさかの肩透かし。正義は自分にあるはずと信じながら、クレアはライの肩をグーで殴った。

 

「どうしてアンタが首を傾げてんのよ! 張本人でしょうが!!」

「……だ、だから、何でその時の俺を怖がるんだよ。別に、石ころを見るような目なんてしてなかったぞ」

「してたわよっ! 私のこと、何の興味も持てないような目で見たじゃない! どうせ弱いくせに口だけの奴とか思ってたんでしょ! あれはそういう目だった!」

 

 責められている自覚があるのか、クレアの肩パンを大人しく受け入れているライ。渋い表情のまま唸っているが、思い当たる節はないようだ。

 

「……そもそも、俺はお前のことを『弱い』なんて思ったことはないぞ?」

「信じられないわよ。そんなの」

「でなきゃ二回目の勝負、俺から提案する訳ねぇだろ。弱いと思ってる奴なんかと戦わないぞ、俺」

「……えっ?」

 

 ライの反論に、クレアが黙る。

 確かにライ・トーアムという男にはそういうところがある。叩きのめした弱者のことなど記憶せず、あっさりと忘れている。某節穴娘との因縁も覚えていないどころか『どちら様ですか?』などと言い放ったのだ。この言葉に、説得力はあった。

 

「で、でも! アンタはいつも私のこと弱いって……」

「俺がいつ言った? お前のことを弱いって」

「それは、えっと……あれ?」

 

 思い返してみれば、言われていない気がしてきたクレア。下に見られる発言こそ多かったが、『弱い』と言われた場面が思いつかなかったのだ。

 自分の思い込みが矛盾したことにより、思考が僅かに混乱。ライはその隙を逃すことなく、畳み掛けた。

 

「『ブシン祭』の時、俺はアイリス王女に出場しないよう言ったよな?」

「え、ええ」

「そしてこうも言った。アイリス王女の代わりに、クレア・カゲノーが優勝するってな。あれも俺の本心だ。お前なら優勝出来ると思ったからこそ、あの交渉をする気になったんだ」

「……それって、つまり」

 

 実力を認められている、クレアはそう捉えることしか出来なかった。凝り固まった思い込みが徐々にほぐれていき、クレアは雨で冷えた身体に熱が戻っていくのを感じた。

 

「でも、でもでも! じゃあ何であの時、あんな目で私を見たの……?」

 

 今思い返しても恐怖してしまう冷たい目。虚空を見つめるようなあの目は、クレアの心を強く縛っていた。

 

「……あー、多分、まあ、心当たりがなくはない」

「本当っ!?」

 

 ライのどこか気恥ずかしそうな表情にも気付かずに、クレアが詰め寄る。トラウマを乗り越えられるかもしれないチャンスに、彼女は飛びついた。

 それが分かっているからこそ、ライも塩対応など出来はしない。一つため息を溢した後、観念するように真実を告げた。

 

「あの頃の俺は……荒れてたんだよ」

「荒れてた……?」

「色々あってな。まあ、お前の弟と出会ってマシになり始めた……いや、むしろストレスが溜まり始めた頃だったかもな」

「は、話が見えないんだけど?」

 

 ブツブツとらしくない様子のライに、クレアも戸惑っていた。あまり過去のことを話したがらない男の、意外な一面を見た気がしたからだ。

 

「だから、ガキの頃は今より捻くれてたんだよ。口も悪かったみたいだしな」

「そこは何も変わってな……いだっ」

 

 真顔で指摘するクレアの頭にチョップを落としたライ。ハッキリしないのも時間の無駄だと、素直にありのままを話した。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()。これで良いか?」

「……へっ?」

「楽しいことが終わると、気分が沈むだろ。それと同じだ。お前との勝負が楽しかったから、終わった瞬間に〝残念だ〟って気持ちを隠せなかった。死んだ目になっても……仕方ねぇだろ」

 

 顔を逸らしながらの発言に、クレアの心が揺れ動く。ストレートに伝えられた真実によって、トラウマという名の氷は完全に溶けたのだった。

 

「それ、ほんと?」

「……ああ」

「私は、アンタに見てもらえてたの?」

「おもしれー女って思ったよ。しつこいし、粘り強いし」

 

 茶化すような言葉にすら、今のクレアは喜びを感じた。消耗していた体力が回復したような錯覚すら起こし始め、傷の痛みなど完全に忘れていた。

 

 五年という時間を経て──二人は〝好敵手(ライバル)〟に戻った。

 

 

「……なんだ、勘違いだったのね。ふふっ」

 

 

 緩む口元を隠すように手を当てながら、クレアが純粋な笑みを浮かべた。誰もが見惚れるような可愛らしい表情であり、目の前に居たのがライでなければ恋に落とされていただろう。

 

「……はぁ、お腹痛い」

「笑い過ぎだろ」

「そりゃ笑うわよ。こんなの」

 

 顔に付いた泥を指で取り除きながら、クレアがゆっくりと立ち上がる。地面に転がっている剣に手を伸ばし、クスクスと微笑みながら拾い上げた。

 先程までの緊張も恐怖も全く感じられず、自然体を見せるクレア。憑き物が取れたような様子であり、魔力の流れも滑らかなものへと変わっていた。

 

「さっ、続きといきましょうか。ライ」

「どうした? 清々しい顔しやがって。良いことでもあったか?」

「ええ。──それなりにね」

 

 魔力を解放しながら剣を構えたクレア。身体のどこにも無駄な力が入っておらず、可視化するほどの金色の魔力を全身に纏った。

 

「おいおい、そんなに魔力使って大丈夫か? 魔力切れ起こすぞ?」

「心配ありがとう。でもその余裕……消し飛ばしてあげるわよ」

 

 突如、クレアが纏う魔力の色が──()()()()

 

 鮮やかな金色から一変、赤黒い魔力へと変色。バチバチと弾ける様は、まるで雷のようにも見える。

 

「……はぁ、はぁ」

「息が上がってるぞ。無理してるな」

「心配する気ないでしょ? ……笑ってんじゃないわよ。ライ」

 

 対して二刀流を構えたライに、クレアが皮肉を飛ばす。久しく見せることのなかった、ライの獰猛な笑みに向かって。

 

「ようやく……面白くなってきたな」

 

 クレアの視界に入ったのは──白銀の魔力。

 圧倒的な質量を感じさせる魔力に、大地が震え始める。言うまでもなく、人の限界などとっくに超えている。

 

 それでも、クレアが怯むことはない。

 長年思い描いていた全力の勝負、それがようやく実現したのだ。命を理由にこの瞬間を躊躇うほど、クレア・カゲノーはまともではなかった。

 

 

「──殺す気でこい。クレア」

「──死ぬんじゃないわよ。ライ」

 

 

 二人の思考速度が上昇すると同時に、世界の速度が低下。

 降り続けている雨粒すら、その場に止まっているようも見える。

 

 そして一枚の木の葉が落ちた瞬間──剣士達は動いた。

 

「せやぁぁぁあああッ!!!」

 

 魔力を全力解放したまま、先にクレアが突撃。踏み込んだ大地は激しく砕け、近くに落ちてきていた雨粒は一粒残らず吹き飛ばされた。

 

 赤黒い魔力を纏ったクレアの剣はライの二刀流と激突。音が後から遅れてくるような超高速連撃を交え、決闘の舞台となっている山を縦横無尽に駆け回り出した。

 

 大地だけでなく木も足場に、立体的な動きも展開する両者。魔力によって引き上げられた身体能力をフルに活用した魔剣士達の打ち合いは、嵐でも来たのかと錯覚するような爆風を巻き起こす。

 

(もっと、もっと……! もっと速くッ!!)

 

 二刀の剣に対応、そして凌駕するため、クレアが更に自身の速度を引き上げる。身体は限界を超え、悲鳴の代わりにギチギチと嫌な音を立て始めた。響くような痛みは全身に回り、骨にヒビでも入ってるのかと疑いたくなるほどだ。

 

 それでも、クレア・カゲノーは『全力』を出した

 

 鼻血が出ようと、皮膚が裂けようと、目が充血しようと。乙女の尊厳など知ったことかと言わんばかりの状態。願うのはただ一つ、目の前の相手を倒すことのみ。

 長きに渡って持ち続けた憧れを捨て去り、剣を振るう。余計な感情は必要ない。余計な情報は必要ない。余計なモノは──要らない。

 

 研ぎ澄まし、研ぎ澄まし、ただ鋭く。

 斬撃の数が百を超えた辺りで、勝負の時がやってくる。

 

 何かしらの合図があった訳ではない。しかし、その瞬間を二人の魔剣士は確実に感じ取った。

 

 互いに持てる魔力を爆発させ、構えた剣に全てを乗せた。

 

 次の一撃で、勝負が決まる。

 

 赤黒い魔力と白銀の魔力。

 異なる二つの魔力が──激しく衝突した。

 

 

 

「「ハアアァァァァァァァァッッ!!!!」」

 

 

 

 全力の剣、それは数秒にも満たない一瞬のことだった。

 両者は剣を振り抜きながらすれ違い、背を向け合ったまま立ち尽くす。世界の速度低下が終わり、雨音だけが聞こえる空間となった。

 

「……」

「……」

 

 そんな空間に、プシュッという異音が混ざる。赤い鮮血が飛び出した音であり、この決闘の敗者がどちらなのかを明確なものとした。

 

 

「……ふふっ。……楽しかった」

 

 

 満足そうな笑みを浮かべながら、()()()()()()を見るクレア。命に関わる重症を負いながらも、その表情に苦痛の色は見られなかった。

 膝から崩れ落ち、力なく泥に倒れ込んだクレア。雨に打たれ、血を流し、魔力切れ。間違いなく死にかけているというのに、彼女はどこまでも穏やかな寝顔をしていた。

 

「…………はぁ」

 

 二刀の剣を下げ、軽く息を吐いたライ。

 どこか不満そうな顔をしており、とても勝利した者の表情とは言えなかった。

 

「……ったく、高かったんだぞ。これ」

 

 してやられたとでも言いた気な様子でライが呟く。

 バリィィィンッという音を響かせながら派手に砕け散った、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 全ての意識がぼんやりしている。クレアは宙に浮いているかのような感覚に身を包まれていた。

 

「──強引だったんじゃない? 死にかけてたわよ、この子」

 

 耳で捉えにくい声が響く。

 水の中にでも居るのかと錯覚してしまう。

 

「仕方ないだろ。時間もなかったし、手荒くやるしかなかったんだよ」

 

 どうにか聞き取ろうとすると、聞き覚えのある声が登場する。先程まで斬り合っていたライのものだった。

 

(……ここ、どこ?)

 

 朦朧とする意識の中で、自分の状態を確認しようとするクレア。しかし、身体が動かせないことと話し声が聞こえてくること以外、何も分からなかった。

 

「あら、この子そろそろ起きそうよ」

「治療は完璧にした。貧血気味なだけだからな」

「乙女の肌に傷を付けるなんて、悪い人」

「だからちゃんと治したって……」

 

 会話内容を理解出来ないクレア。

 そもそも、ライが()()()()()()()()()()()()()()()

 

「残念、もう少しお喋りしたかったのに」

「また機会はあるさ。そう遠くない内にね」

「貴方がその機会を作ってくれるの? なら、彼とも話したいわね」

「良いんじゃない? アイツも、貴女と話したがってると思うし」

 

 クレアの視界に白い光が溢れ出す。目覚めが近いことを、なんとなく感じ取った。

 

「楽しみにしてるわ。彼の親友くん」

「いや、違うから」

「でも貴方達仲良しじゃない。彼がくるくる〜って投げた剣を背中越しにキャッチしてたし。絆が深くなきゃ出来ないでしょ?」

「マジで違う。ただの反復練習」

「ふふふっ、これがツンデレってやつなのね」

「どこで覚えたの? そんな言葉」

 

 白い光がその強さを増すと同時に、クレアは笑みが溢れそうなほどの優しい暖かさに包まれた。

 

「じゃあ、()()()()()

「ああ、()()()()。アウ……いや──」

 

 

 〝⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎〟さん。

 

 

 聞き取れなかったライの言葉を最後に、クレアの意識が浮上する。

 ゆっくりと目を開いてみれば、思わず細めてしまうほどの眩しい光が飛び込んできた。

 

「……あれ? ……私、斬られたはずじゃ」

「起きたか。気分はどうだ?」

 

 周りを確認してみれば、ずっと降り続いていた雨が止んでいた。空は清々しい青空に変わり、雲一つない晴天であった。山の天気は変わりやすいと言うが、ここまで一変されると呆れてしまう。

 

「……平気」

「そうか。──ほら、ちゃんと左手に包帯巻いとけ、厨二病2号機」

「ちゅ、ちゅうに……? あ、ありがと」

 

 意味を理解出来ない言葉と共に投げ渡された包帯をキャッチ。クレアは大人しく『力』が封印された左手にグルグルと包帯を巻いた。

 

「……なんで傷が塞がってるの?」

 

 木に背中を預けているクレアが不思議そうに訊ねる。受けた傷は致命傷、包丁で指先を切ったなどというレベルではないのだ。

 ライは近くの切り株に腰掛けたまま、空を見上げてどうでも良さそうに答えた。

 

「俺が治した。治療費は後払いで良いぞ」

「アンタが斬ったくせに」

「それで弁償は勘弁してやるって言ってんだよ」

「はぁ……?」

 

 首を傾げるクレアに、ライが二本の剣を見せつける。刀身の半分が無惨にへし折れた、死んだ剣を。

 

「それ……私が?」

「他に誰がいるんだよ。──まあ、引き分けぐらいにはしといてやるよ」

「……ふふっ、はいはい。引き分けね」

 

 なんでもないように認めたクレアだが、内心は飛び上がりそうなほどに歓喜していた。黒星続きの五年間にようやく終止符が打たれたのだから。

 

「良かったな。天才の俺と引き分けられて」

「……嫌味のつもり?」

「そうだけど?」

「わ、悪かったわよ……。もう、疑ったりしない」

 

 クレア・カゲノーは認めた。否、認めさせられた。己の持つ、才能を。半ば強制的ではあったが、向き合うことを決めたのだ。

 

「才能を持って生まれた奴は、その才能と向き合って生きていかなきゃいけない」

「……」

「その才能を生かすも殺すもソイツ次第。そもそも、ソイツの生き方に合った才能かどうかも分からない」

「……うん」

 

 素直に頷いたクレアに、ライは言葉を続けた。

 

「だから、俺達みたいなのは少数派だと思うぞ。目指したい場所と、持って生まれた才能がマッチしてる奴らはさ」

 

 剣と魔力の才能を持って生まれた、魔剣士を目指す者。

 それが──この二人なのだから。

 

 

「それってめちゃくちゃ……ラッキーってもんだろ?」

 

 

 朝日と共に、ライが笑った。

 これまで見せたことのないような、穏やかな表情で。

 

「ほら、立てるか? 負け犬」

 

 しかし、それも一瞬のこと。すぐにいつもの生意気さを取り戻し、憎たらしい顔で手を差し出してきた。

 クレアはそれを見て苦笑い気味に肩を落とすと、強気な顔と声で対応。ライの煽りに、口角を上げて返した。

 

 

「私は〝負け犬〟じゃないわ。──〝魔剣士〟よ」

 

 

 してやったり。

 クレアのそんな顔を見て、ライも口角を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドヤ顔がそっくりでムカつくな、この姉弟」

「えっ!? ほんとっ!? 嘘じゃないでしょうね!?」

「ブレねぇところもそっくりだよ、アホ」

「ていうかそもそも、アンタなんで魔力──」

「うるせぇうるせぇ。……あっ、そうだ。俺『紅の騎士団』辞めたから」

「はぁっ!?」

「学園も休学する。旅に出るわ」

「は、はあぁぁぁッ!?!? ちょ、ちょっと! 説明っ!!」

「耳元で叫ぶなよ、ブラコン」

 

 いつも通りだが、()()()()()()()()()

 王都に帰るまでの間、騒がしい会話が途切れることはなかった。

 

 

 

 




 その日のシド。

 ジョン・スミス「本当にそう思うか……ッ!?(ゴリ押し)」
 ユキメ「そういうことでありんすね!(キラキラお目目)」
 ジョン・スミス「(宇宙猫)」


 陰実のアニメ二期が終わりを迎え、そして劇場版決定。
 嬉しいし、楽しみですね。

 今年も残り僅か……あと三回は更新したい(願望)。


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45話 分からんやつもあるけどな

 

 

 

 

 

「急げ急げっ! 早く銀行に行くぞ!」

「偽札なんて掴まされるか!」

「金貨の方が安心だぜっ!」

 

 慌てた様子で俺の前を走り去っていった三人組。耳に届いた会話から察するに、中々の死活問題に直面しているらしい。無事に換金出来ることを祈るよ。

 

(おーおー、派手になり始めたな)

 

 最近の『ミドガル王国』は偽札の噂で溢れている。つまり、シドが本格的に動き出したということだ。身内のせいなので迷惑をかけている人達には申し訳なく思う。特に民衆とその対応に追われている銀行職員達には。

 

(それにしても、噂が流れるのが早いな。シドの協力者のユキメってのはやっぱ随分とやり手らしい)

 

 順調過ぎる経過を直接目にしたことで、その手腕に思わず感心してしまう。シドが発端の計画だったが、案外上手くいくかもしれないな。

 

「……はぁ。寒い」

 

 本日、クレアの負け犬根性を叩き直してから三日。

 俺は持っている荷物をまとめたり、住んでいた宿を解約したり、ゼータと一緒に『ベガルタ帝国』へ()()()()に行ったりと、それなりに忙しい日々を送っていた。

 これでやり残したことはほぼ片付けたと言ってもよく、『最後の仕上げ』だけとなった。

 

(まあ、時間が無いなりに良くやった方か)

 

 決闘の際に見せた魔力に関しては固く口止めしたし、流石のクレアも他の誰かに話すなんてことはしないだろう。多分。いつかちゃんと説明しなさいよと、しつこく繰り返されはしたけど。

 

「……えーっと、ここを右に曲がって、突き当たりを左ね」

 

 そして現在、俺はメモを片手に王都の路地裏を歩いていた。

 目的地は【シャドウガーデン】が管理している研究施設。そこに居るはずのイータに用があるため、こうして向かっているという訳だ。

 組織的にも重要な物が多く置かれている施設なだけあり、辿り着くだけでも一苦労。前にイータから貰ったメモがなければ、探し出すことはほぼ不可能だっただろう。

 

「……着いた。ここだな」

 

 細い道を何本も通り、やっと到着。地下へと続く長い階段を降りると、ゴツい扉が目の前に現れた。

 

(今日行くぞって話はしてあるし、勝手に入っても良いよな? ……てか、扉重てぇぇ)

 

 研究施設の入口である扉を押し開け、中に入る。すると視界が一変、暗闇で辺りがよく見えなかった路地裏から清潔感の溢れる白い壁が目に飛び込んできた。照明も美しく配置されており、光源には全く困らない。イータが任されてる場所にしてはめちゃくちゃ片付いてるな。

 

 と、思ったのだが。

 

「……まあ、だよな。入口付近の整理整頓なんて研究するのに関係ないもんな」

 

 部屋に入った瞬間、足になんか当たった。床には簡易食料のゴミが散乱し、研究資料であろう書類も多く見受けられる。足の踏み場はギリギリあると言った具合で、無惨過ぎるほどにぐっちゃぐちゃ。一目で分かる、汚部屋だ。

 

 そしてそんな汚部屋の奥にあるデカい机、その上に顔を乗せてすやすや眠っている女に俺は用がある。やはり何か一つを突き詰めていくと他の部分がダメになりやすいんだろうか。絶対シドのせいだな、ウチの子の教育に悪い。

 

「おーい、イータ。来たぞ、起きろ〜」

「んん……眠いぃ」

 

 床に転がっている様々な障害物を避けながら、どうにかイータに接近。肩を揺すって起こしにかかるが眠り姫は強情だ。どうせまた徹夜で研究していたんだろうな。好きな物があるのは良いことだが、ここまでくると考え物だ。

 

「……あれ? ライト? なんで居るの?」

「おい、今日行くぞって言っただろ? 頼んでたやつ出来てるか?」

「……そう、だっけ。出来てるよ。……その辺にある、はず」

「お前なぁ……ん? なんだこれ」

 

 ふわぁっと欠伸をするイータの頭を撫でながら、机に置いてあった一枚の紙を手に取る。よく見ればその紙には、どこか見覚えのある文字が記されていた。というかこれって──。

 

「それ、マスターからの暗号。ベータが解析してくれって。面白かったけど……つかれた」

「面白かったってお前、これは……」

 

 マスターから、つまりはシドから渡された暗号ということだ。まあ、それはそうだろう。何故なら使用されている文字が──俺とアイツ(転生者)しか知るはずのない文字なのだから。

 

 

『悪いけど僕は裏切ることにするよ。ある計画のために、これまでの名を捨て協力者と偽札を作ることとなった。回収した金貨は、昔みんなで姉さんを救出したあの施設に貯めている。君たちは恨むかもしれないけど、僕はこの選択が最善だったと思っているよ』

 

 

 ……といった内容なのだが、アイツ何してんの? 

 

「バカだとは思ってたけど、ここまでだったか……」

「……どうしたの? ライト」

「なあ、イータ。お前って、この暗号解いちゃったんだよな?」

「うん。……三日は寝てない。だから、眠い」

 

 ははっ、三日でこれ解けるんだ。すっげぇ。流石は【シャドウガーデン】の頭脳派担当。()()()()()()を三日で解読ですかそうですか。

 

「ひらがな、カタカタ、漢字にローマ字……後一つは分からんな」

 

 多分だが、五種類の文字を使用してこの暗号文は構成されている。俺が分かったのはその内の四種類。最後の一種類に関してはマジで分からんが、他が読み取れるので文章自体は間違っていないと思う。

 

「どうせカッコいいとかそんな狙いで渡したんだろうな……あのアホ」

「ライト。もしかして……読めるの?」

「えっ? あ、ああ。……分からんやつもあるけどな」

 

 まあ、ほとんど母国語だし。

 

「……むぅ。私は三日もかかったのに……悔しい」

「いや、普通は三日で解けないから。天才かお前」

 

 ボサボサの髪を整えてやりながら、イータの頭脳に恐怖。これで前世の文字っていうアドバンテージは消えた訳だ。また一つ、言い訳の材料が消えた。シドの野郎、本当に余計なことしかしねぇ。

 

「……まあ、それはいいか。頼んでたやつくれ。イータ」

「これも、大変だった。……えーっと、確かこの辺に置いたはず」

 

 騒がしく床に転がっている散乱物を掻き分け、イータが一つのケースを探し出した。鍵でもかかっていたようで、ガチャッという開錠音が響いた。

 

「はい。これ」

「おお、サンキュー」

 

 イータから手渡された代物、それは【シャドウガーデン】のメンバーであるなら誰もが使用している『スライム』だ。魔力伝導率はほぼ100%のぶっ壊れモンスターであり、汎用性は死ぬほど高い。

 ただし、俺が今受け取ったスライムは他のみんなとは違い、黒色ではなく白色をしていた。

 

「名付けて……『ホワイトスライム』」

「まんまだな」

「魔力伝導率はそのままに、耐久性を格段に向上。ライトが本気で魔力を込めても……耐えられる」

「悪かったな、忙しい時に頼み事して」

「いーよ。研究することが多いのは、悪くない。……シェリーにも手伝ってもらったし」

 

 なるほど。混ぜるな危険コンビは相変わらず優秀だな。ありがたく受け取らせてもらおう。本気で魔力を込めても大丈夫なのはマジで助かる。

 

「……? なあイータ、なんか入口の方からガンガン音が鳴ってるぞ」

「んー? ……あー、誰か来た。ロック、解除」

「ロック?」

 

 え、あの扉そんなのかかってたのか。俺普通に開けちゃったんだけど。

 

「だからさっき、ライトが居たのに驚いた。私まだ、ロック解除してないのに。……不法侵入。どうやって入った?」

「あー、手で押して?」

「……セキュリティの改良が、必要」

 

 ごめんて。なんか扉重いなぁとは思ったんだよ。普通に考えてロックされてるよね、寒かったから早く中に入りたくて気が回らんかったわ。

 謝りながらイータの頭を撫でていると、扉をガンガンしていた人物が登場。荒い呼吸を繰り返しているので、よっぽど急いで来たらしい。

 

 俺はそんな〝銀髪で青目で泣きぼくろの可愛いエルフ〟へ声をかけた。

 

「よう、ベータ。久しぶりだな」

「ライト様っ!? どうしてここにっ!?」

「い、いやー、ちょっとな。それよりお前はどうした? なんか急いでるみたいだけど」

「はっ! そうでした! イータ! 暗号の解読が終わったのよねっ!?」

「うん。終わった。つかれた」

 

 イータが無気力にだらんと差し出した解読メモを受け取るベータ。瞬時に内容を理解すると涙目になり、喜びを隠せないように笑った。

 

「ああっ……! やっぱりシャドウ様は流石です!」

(よし、いつも通りだ)

 

 最早恒例行事と言っても良い勘違い。ごっこ遊びしたいだけの行為がどうしてここまで良い結果に繋がるのか、これに関してはいつまでたっても分からんな。

 

「デルタも、きっと無事です」

「ん? デルタに何かあったのか?」

 

 下手に関わるとボロが出ると思って関係を絶ってたからな。最近組織で何があったとか全然把握出来てない。

 

「謎の男、ジョン・スミス。彼を始末するため、私たちはデルタを向かわせました。……しかし、結果はデルタが消息不明。私たちは死亡したものと考えていました」

(……うわぁ。マジか)

「シャドウ様に報告したところ〝少し遠い所へ行っただけだ〟とのお言葉を賜り、現実を受け入れようとしていたのですが……きっとデルタは生きていますねっ!」

(……多分、本当に少し遠い所に行かせたんだろうな。匂いで正体でもバレたか?)

 

 付き合いの長さによって、ライは当時の状況を瞬時に理解した。

 

「こうしてはいられません! 早くアルファ様たちにも伝えなくては!」

「そうだな。そうしてやってくれ」

 

 シャドウがどう裏切ったのかは知らんけど、みんなが裏切られたと感じているのは間違いない。その勘違いだけは早く解いてやらないとな。

 

 そんな風に他人事でいた俺に、ベータが呼びかけた。

 

「ライト様も来てくださいっ!」

「えっ? 俺も?」

「当たり前じゃないですかっ! 今こっちは大変なんですからねっ! アルファ様に顔を見せて、安心させてあげてくださいっ!!」

「あー、いや、でも」

 

 顔を合わせ辛い部分はある。手伝えないなんて伝言を残した手前、俺とシャドウが繋がっていたこともアルファにはお見通しだろう。怒られはしないと思うが、気まずさはある。

 

「申し訳ありませんが拒否はさせませんっ! お手を失礼しますっ!」

「ちょっ、ベータ! 待てって!!」

 

 ハッキリしない態度の俺に我慢出来なかったのか、ベータに手を掴まれる。これあれだ、強制的に連行されるやつだ。

 

「じゃあイータ! ありがとう! ゆっくり休んでね!」

「そうするー」

「行きますよっ! ライト様!!」

 

 抵抗する気になんてなれるはずもなく、俺はベータに引きずられながら研究所を後にした。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 現在、『ミドガル王国』を騒がせている信用崩壊。

 その渦中にありながら、どうにか耐えの姿勢を崩さずにいる商会があった。そう、『ミツゴシ商会』である。

 

 しかし、いくら『ミツゴシ商会』が大規模とはいえ、国中を巻き込んだ信用崩壊に耐え切るだけの資金などは無い。金庫が空になるのも時間の問題だった。

 何か手を打たなければ商会が潰される。そんな危機的状況にも関わらず、【シャドウガーデン】の実質的統治者──アルファは行動を起こさないでいた。

 

「…………」

 

 普段はバリバリの仕事場として活用されているこの部屋も、今は全くその様子を見せていない。

 クールな顔で書類を捌く〝アルファ〟ではなく、暖炉の前で小さく膝を抱える〝少女〟しか居なかった。

 

「……アルファ様」

 

 そんな傷心の少女を心配そうに見つめるガンマ。自身も冷静ではいれられない状況だからこそ、気丈に振る舞おうと努めていた。

 

「……大商会連合の崩壊は止まりません。市民達の不安は頂点に達し、各銀行では暴動まで起き始めています。我々の銀行にも換金を求める客たちが押し寄せており、対応に追われていますが……」

「……耐えられそう?」

「この状況が続けば数日もしない内に金庫が空になります。国内外の資金を全て集約させても……信用崩壊には耐えられません」

「…………そう」

 

 適切なガンマの説明にも、アルファは顔を上げることもしない。否、出来なかった。

 

「で、ですが大丈夫ですっ! 何か市場に安心感を与える材料さえあれば! ……そう! たとえば民衆の前に山のような金貨を大量に積んで見せるとか!」

「──いいのよ。もう、いいの」

 

 ガンマの必死な訴えを受けても、アルファの心は変わらない。ただゆらゆらと揺らめく炎に視線を落とし、絶望し切った目をしているだけだ。

 

「……この信用崩壊を引き起こしたのは、シャドウ。この状況は、彼の望み。……彼は私たちを切り捨てたのよ」

「そんなっ! ありえませんっ!」

 

 細々と告げられた言葉に対して、ガンマが叫ぶ。信頼などという次元に留まらない忠誠を誓っている主人に切り捨てられたなど、素直に信じられるはずがなかった。

 

「彼……だけじゃないわね。……()()、と言った方が正しいわね」

「ま、まさか……」

 

 力が抜けたように膝から崩れ落ちるガンマ。

 アルファが言おうとしている言葉の意味を、優秀な頭脳が先読みしてしまった結果だった。

 

「……ライトも、()()()()()()()()()()()()()()()

「そんな訳ありませんっ! ライト様が! ……ライト様が」

 

 兄のように慕っているライトから切り捨てられた。ガンマはいつも向けられていた優しい顔を思い浮かべ、耳を塞ぐように頭を抱えた。

 

「私は昨日……シャドウと戦った。その際、こう訊ねたわ。──ライトもなの? って。彼は……こう答えたわ」

 

 赤く腫らした目を見せながら、アルファが昨夜のことを語り出す。信じていた主に見限られた、思い出したくもない最悪な夜を。

 

 

『──()()()()()

 

 

「それが、彼の答えだった」

「それは……つまり」

「ええ、()()()()()()()()()()。答える必要もないほどの愚問だったってことね。……ライトも、シャドウの考えに賛成していたのよ」

「で、でも! それでも信じられませんっ! シャドウ様が! ライト様が! ……私たちを……!」

「今思えば……彼からの伝言はそういう意味だったのかもしれないわね。〝しばらく手伝えない〟。あれは今回のことを私たちに気付かせないためだった」

「うっ……ううっ、そんな」

 

 ついには泣き出したガンマ。精神的支えとなっていた二本の柱が同時に折れかけているのだ。まだ十七歳の少女にとって、この状況はあまりにも残酷だった。

 

「確かに、まだそうと決まった訳じゃないかもしれない。私程度の頭脳では、彼らの考えを理解することなんて出来ないんだから。……そうね、もしこの状況が変わらないまま、()()()()()()()()()()姿()()()()()()。……その時が本当の──終わりでしょうね」

 

 こんなにも顔を見たくないことなど初めてだと、アルファは自虐するように笑った。どんな時でも見たかった顔を見ることが決め手など、最早笑うしかなかった。

 

「私たちは彼らの期待に応えられなかった。……最高の『環境』と最高の『知識』を与えてもらいながら、私たちは()()()()()()()辿()()()()()()()()。自業自得よね」

「ア、アルファ様……」

「〝貴方達がそれを望むと言うなら、私はこの命を懸けましょう〟。……それが、約束だものね。彼らが望むなら、私はそれを受け入れて……姿を消すわ」

 

 そんなアルファの言葉を最後に、部屋は静寂に包まれた。

 僅かに聞こえてくるのは二人の少女の押し殺すような泣き声。醜い肉塊だった頃を思い出し、涙が止められなくなっていた。

 

 

「──アルファ様っ! ガンマっ!」

 

 

 しかし、そんな絶体絶命とも言えるこの空間に、とある変化が走り込んだ。バタンッと勢いよく開けられたドアから顔を覗かせたのはベータ。顔に汗が流れていることから、よほど急いできたのだと分かる。

 

 いきなりの大声に、アルファとガンマが少しばかり顔を上げた。自分たちの希望となる変化であることを、僅かに願いながら。

 

 ──だが、現実はそう優しくなかった。

 

「シャドウ様から渡された暗号を研究所のイータが解読しました! やはり私たちは見捨てられていませんでした!」

「ア、アルファ様っ! 聞きましたかっ!? ……アルファ様?」

 

 アルファの耳に、ベータの言葉は届いていなかった。

 アルファの耳に、ガンマの言葉も届いていなかった。

 アルファの耳には、何も聞こえていなかった。

 

 視線はある人物に固定され、呼吸も忘れて目を揺らす。

 

 登場したベータの後ろから疲労を隠せていない顔を出した──タイミング最悪の人物(ライ・トーアム)

 

「あ、ああ……」

 

 あっという間に血の気が引き、アルファの肌が白く染まる。健康的な美しさは全く感じさせず、病的なまでの白さだった。

 

「よう、アルファ。久しぶり、元気だったか?」

 

 ライの声さえもアルファの耳には届かない。しかし、朗らかな笑みを向けられながら挨拶されていることは分かった。何故そんなことをするか、悪い方にしか考えることは出来なかったが。

 

「……ごめんなさい

 

 アルファは自分でも分からずに、小さな声で謝罪していた。

 

「……ごめんなさい。……ごめんなさい

 

 バクバクと異常な鼓動を繰り返す心臓を無視しながら、アルファが放心状態のまま謝罪を続ける。誰に届いている訳でもない、意味の無い謝罪を。

 

「アルファ? どうした? なんか変だぞ?」

 

 やはりと言うべきか、アルファの様子が可笑しいことに最初に気付いたのはライであった。アルファからすれば何言ってんだコイツ案件だが、ライからすれば本当に彼女を心配して言った台詞だ。

 

「……ッ!」

 

 近寄ってくるライに対して、アルファが後退り。怯えた表情と荒れる呼吸、アルファの頭は完全にパニックを起こしていた。

 

「アルファ……?」

 

 初めて拒否とも呼べる反応をされたことで、ライも本格的に異変に気付いた。アルファの手を掴むと、落ち着かせるように声をかけた。

 

「大丈夫だ。落ち着け。なっ?」

 

 細心の注意を払ったつもりだが、その行為自体が逆効果であった。

 

「……い、嫌。……嫌だ」

 

 ポロポロと大粒の涙がアルファの目から溢れる。凛々しく、美しく、気高い彼女からは想像出来ない弱い姿であった。

 ライだけでなくベータも、事情を正確に把握して冷静さを取り戻したガンマも、その場に居た全員が衝撃を受ける。まるでアルファが、幼い子供のように泣きながらライの懐へ飛び付いたことに。

 

「弱くてごめんなさい。頭が悪くてごめんなさい。役に立たなくてごめんなさい。……嫌だ、嫌だ、嫌だ。……私の前から、()()()()()()()()

「何言ってる!? しっかりしろ! アルファ!」

 

 アルファを強く抱き締め、安心させるように声をかけるライ。

 

「大丈夫だ! 俺はここに居る、どこにも行かない」

「嘘。嘘よ……シャドウも、ライトも、居なくなってしまう。私が、役に立たないから。貴方たちの期待に、応えられなかったから」

 

 弱々しく告げられるアルファの言葉がライには何も理解出来ない。だからこそ、どうすればこの状況が改善されるのかも、分からなかった。

 

「…………ごめんなさい」

 

 ライが固まっていると、精神の限界を迎えたのかアルファが気絶。ライの身体に寄りかかったまま、静かに意識を手放した。

 

「……ガンマ。アルファに何があったんだ?」

 

 アルファを抱き止めたまま、ライはガンマに事情の説明を求めた。一緒に居たはずのガンマならば、理由を知っているはずだと期待したからであった。

 

「アルファ様は昨夜……ジョン・スミスに姿を変えたシャドウ様と交戦しました。デルタが帰って来ない件も重なり、精神には相当なダメージを受けていたことでしょう。……精神が追い詰められていたからこそ、ライト様にもシャドウ様と同様に見放されたと、アルファ様は思い込んでしまったのです」

「マジ……か」

「ライト様からの伝言も、悪い方に考えてしまったものかと」

「…………」

 

 ガンマの補足に、ライは言葉を失った。

 思考停止寸前にまで追いやられるが、どうにか踏ん張る。やるべきことがあると自分へ言い聞かせ、副リーダーとしての顔を無理矢理作った。

 

「──ベータ。お前はこれからシャドウが集めた金貨を回収しに行ってくれ。一人じゃ無理だろうから、何人か連れてな」

「は、はい! 分かりました!」

「ガンマ。お前はベータが回収してきた金貨を受け入れる準備だ。大量の金貨があれば、お前なら信用崩壊をどうにか出来るだろ?」

「も、もちろんです! お任せください!」

 

 短くまとめた指示を飛ばし、ライが気絶したアルファを抱え上げる。その顔には申し訳なさが滲み出ており、後悔の感情が一目で分かる。

 

「アルファは俺がベッドに運んでおく。ベータ、俺も後から追いかけるから、焦らず慎重に事を運んでくれ。悪いけど、頼むな」

「いえ! そんな! さ、先に行ってますね!」

 

 慌ただしく部屋を飛び出したベータを見送り、ガンマに一声かけた後、ライはアルファを抱えたまま部屋を出た。

 

 誰にも聞こえない小さな声で、二人の人物に謝りながら。

 

 

 

「……アルファ。……シド。……悪い」

 

 

 

 




 2023年最後の更新です!(前言撤回)。
 いや、いけると思ったんだ。すまねぇ……。キリの良いところまで書きたかったんですが、無理だった。

 来年には完結させる予定なので、応援よろしくお願いします!
 今年は本当に多くの方に読んで頂き、多くの感想を貰えて嬉しかったです!

 それでは、良いお年を。


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46話 ……え゛っ???

 

 

 

 

 

 眩しさを感じてしまうような白い雪が降る寒空の下。俺はコートを着込み、淡々と単純作業に取り組んでいた。

 何メートル積もっているのかも分からない柔らかい雪をスコップで掘り続けるという──単純作業(地獄)を。

 

「いやー、中々出ないねぇ」

「……そうだな」

 

 俺の隣で同じようにスコップを動かしている一人の男。言うまでもなく、シドだ。

 ジョン・スミスに変装していた名残りか、格好は高そうなスーツを着用している。モブ顔となっている今じゃ、全く似合ってはいないのだが。

 

 時間にして約二時間。俺はシドと共に、穴を掘り続けている。目的は単純、大判小判の金銀財宝……ではなく、シドが信用崩壊を利用して集めた大量の金貨だ。そう、ベータに回収してもらった──()()()()()()()()

 

 だからこそ、この作業は地獄。埋まっているはずのない金貨を探して寒い中スコップを動かす。囚人だってこんな無駄なことしないぞ。

 

「ここら辺に埋めたって言ったんだけどなぁ。ゲッタンくん」

「……ゲッタンくん、ねぇ」

「僕の金貨を盗んだ奴さ。拳で語り合った結果、彼は僕に金貨を返してくれた……はずなんだけどねぇ」

 

 シドが言ったゲッタンという人物こそ、今回出てきた『教団』関係者だ。『ミツゴシ商会』を目の敵にしていた『大商会連合』の黒幕だったようで、一人負けした可哀想な人物でもある。

 ベータから聞いた話だと、シドと同じく偽札による信用崩壊を狙っていたらしい。二重の意味で厨二の前に敗北したという訳だ。

 

「……はぁ。猫がこたつで丸くなるなら、犬は喜び庭駆け回るか」

 

 腰が痛くなった訳ではないが、虚しい作業に辛くなったので一旦中止。俺は雪の上を元気に爆走するデルタを見ながら、前世の言葉を思い出していた。ゼータがここに居たら、あのワンコの行動にドン引きしていたことだろう。

 シドの匂いを追ってここまで来たは良いが、俺が居ると分かった途端、穴掘りを手伝うこともなく雪で遊び始めてしまった。可愛いアホの子だ。

 

「デルタかぁ。お願いを聞いてくれってしつこいんだよね。ライ、何か誤魔化す言い訳ない?」

「なんで俺に聞くんだよ」

「ライってそういうの得意じゃん」

「誰のせいだ、誰の」

 

 俺が予想した通り、シドはジョン・スミスとしてデルタと出会った際に匂いで速攻正体がバレた。このままでは計画が失敗してしまうと、シドはデルタを『無法都市』へ向かわせたらしい。クレアを殺しかけたジャガ……なんとかを狩ってくるように命令したのだ。今回被害者多すぎるな。

 

「それで? 言うことを聞いたから、自分のお願い事を聞けってことだろ? デルタにしちゃ真っ当な言い分じゃねぇか。大人しく言うこと聞けよ」

「いやぁ、何でもは無理だよって言ってるんだけどね。その辺りを頑なに認めてくれなくて」

「何でもするって言ったのか?」

「僕が言うと思うかい?」

「いや、全く」

 

 金貨にがめつく、出費は必要最低限以上で済ませようとする奴だぞ。そんな都合の良い言葉を言うはずがない。

 

「あーあ、そもそもどうしてこうなったかなぁ。金貨は僕の手元を離れるし、『ミツゴシ商会』は何故だか無事だし、よく分からないことだらけだよ。……まあ、一つだけ分かるとしたら、僕が予定していた〝全ては『ミツゴシ商会』を救うためだったんだ〟計画が破綻したってことぐらいかな」

「うっせーな。だからこうしてお前と穴掘ってんだろ」

「ん? どういうこと?」

 

 心底理解が追いつかないといった様子でシドが首を傾げる。そりゃそうだ。コイツの立場からすれば、俺の言葉の意味なんて分かるはずもない。てか分からなくて良い。お前の計画を潰したの、実質俺だから。

 

「……あー、疲れた」

 

 罪滅ぼしも兼ねて付き合っている穴掘りだが、流石に心の限界が近づいて来た。白一色の大地を見た時はデルタのようにはしゃぎたくなったが、二時間以上も同じ場所に立っていると感動なんて残るはずもない。

 

「本当に出ないなぁ。彼は間違いなくこの辺りを指差してたんだけど」

「ゲッタン……だっけ? 本当に金貨を埋めたなんて言ってたのか? どうせお前の聞き間違いだろ」

 

 確定でな、とは言えなかった。

 

「そんな訳ないよ。彼は確かに言ったんだ。指差しながら『ユキ……くした』って。雪の下に隠したってことでしょ? ユキメが立ってたから場所を間違える訳ないよ」

「ああ、そう」

「なにが? なにがわかったの? どうしてスコップを捨てるの?」

 

 シドに協力した獣人の女、ユキメ。またまたベータから聞いた話にはなるが、ユキメとゲッタンは親しい関係にあったらしい。つまり、死に際にユキメの方を指差しながら『ユキ……くした』と言った真意はシドの理解とは全く違うものとなる可能性が高い。恐らく、『ユキメのことは(たく)した』とでも言いたかったのだろう。ゲッタンくんは悪くない。ただ、言う相手が悪かった。

 

「……仕方ないね。人間、諦めが肝心だ。次のやりたいことリストのために意識を切り替えよう」

「お前を人間と定義するのは人間に対する冒涜だろ」

「あははっ、またまた」

「いや、本気で言ってるんだが?」

 

 俺と同じようにスコップを手放したシド。どこか清々しい顔をしているのは思い通りにならなかった現実に対するせめてもの抵抗といったところか。

 

「……まあ、あれだ。俺の用事が終わったら、またごっこ遊びに付き合ってやるよ」

「珍しいね。ライがそんなこと言うなんて」

 

 今回の件に関しては俺にも責任がある。お互い不干渉と提案した俺自身がコイツの邪魔をしてしまったのだ。穴掘り以外にも、その内なにかに付き合ってやらないとな。

 

「そういえば、ライの用事ってなに?」

「別に、大したことじゃない。ただもう少し時間がかかる。それまではまだお前に付き合ってやれない」

「ふーん、そっか。今回みたいのも面白いけど、やっぱりライが隣に居た方が面白いんだけどな」

「いい迷惑だ。クソ厨二」

 

 俺の言葉にケラケラと軽い笑いを返した後、シドは掘り続けた穴に背を向けて歩き出した。デルタに気付かれないためか、慎重な足取りで。

 

「どこ行くつもりだ?」

 

 一応これからの行き先を確かめるため声をかける。シドは背を向けたまま足を止め、顔だけ振り向かせて言葉を返した。

 

「アルファたちも怒ってるだろうし、冷却期間が必要でしょ? しばらく旅に出るよ」

 

 シド曰く、人間関係に於ける最強の戦術は──〝相手に呆れさせる〟こと。

 コイツには何を言っても無駄だと思わせるのがポイント、赤ん坊相手に本気で怒る奴は居ないと自慢気に話していたあの顔を俺は忘れない。

 勝利であると同時に敗北でもあるけどね、という言葉にも呆れさせられたが。

 

「シド」

「なに?」

「行くんなら『オリアナ王国』に行けよ。何か起こるかもしれないぞ」

「ローズ先輩の国? どうして?」

「右腕からの助言だぞ。素直に従っとけ」

「……それもそうだね。じゃ、またライの用事が終わった頃に」

 

 特に不満もなかったのか、シドは割とあっさり頷いた。

 

「暴れ過ぎて国を滅ぼしたりすんなよ」

「君は僕を何だと思ってるんだい?」

「歩く核兵器」

「失礼な。こんな典型的なモブを捕まえて」

「モブは周りの迷惑を考えるもんだ」

「つまり?」

「お前が俺に対して気を遣ったことがあるか?」

「あははっ、ないね」

「ぶん殴るぞ」

 

 雪の寒さで冷えた手をポケットに入れながら、俺の表情は渋いものへと変わる。ただ会話しているだけなのに、どうしてこうも疲れるのか。楽しそうな声を上げるコイツがムカつくんだろう。きっと。

 

「──ライ。約束通り、そっちの用事が終わったら僕に付き合ってもらうからね」

「ああ、約束は守る。……じゃあな」

「うん。またね」

 

 プラプラと手を振りながら去っていくシドの背中を見送る。多分もう一度会うまでに、アイツはまた何かやらかすんだろう。その場に俺は居ないと思うが、変な確信がある。

 

「……()()()、か。……はっ、念押ししてんじゃねぇよ。バーカ」

 

 アイツはアイツなりに、俺がしようとしてることの大きさを察してるのかもしれないな。不干渉を直接言い渡した以上、アイツが俺に関わってくることはない。だからこその、またね。

 

 短く、そして重い。何の効力も持たない、ただの口約束だ。

 

「……さて、帰るかな。おーい! デルタ! そろそろ帰るぞっ!」

「はーいなのですっ! ……あれっ!? ボスが居ない!? ライト! ボスが居ないのですっ!!」

 

 雪に夢中になり過ぎて、シドが居なくなったことにすら気付かないアホの子に声をかける。一応No.2として認められているからか、デルタは俺の言うことを素直に聞いてくれる。流石に、アルファほどではないけど。

 

(……アルファか。ちゃんと起きたかな。起きてたら土下座して謝ろう。誤解させるような伝言届けてごめんって)

 

 今日は『ミツゴシ商会』に泊めてもらおう。用事を片付ける前の、最後の休養ってとこだな。

 

「ライト! ボスはっ!? ボス!」

「はいはい〜、早く帰るよ〜」

「ボスがデルタのお願い聞くって言ったのっ!」

「はいはい〜、今度一緒に説得してやるからな〜」

 

 その後一時間駄々をこね続けたデルタを引きずり、俺はようやく『ミツゴシ商会』まで帰ることが出来た。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……流石に、夜は冷えるか」

 

 風呂を済ませ、用意してもらった部屋に戻る。帰って来てからまだ三時間ほどしか経っていないにも関わらず、もてなされ過ぎて逆に疲れた。一晩泊めてくれて言っただけなのに、出るわ出るわのサービス放題。

 豪華な飯に豪華な風呂、豪華な服に豪華な部屋……金貨に換算したらどれだけになるんだろう。考えるのも怖い。

 

 時刻は既に二十三時。外は暗闇に包まれ、月明かりのみが照らす世界となっている。シドが居れば興奮しながら高い建物の屋上に登っていたことだろう。

 

「……アルファ、大丈夫かな」

 

 そんな贅沢に囲まれていながらも、気がかりなのはアルファのことだった。帰って来てから様子を見に行ったが目覚めてはおらず、悪夢でも見ているかのようにうなされていた。本当に心が痛い。

 明日は流石に起きているだろうし、朝一番で土下座しにいこう。そのためにも夜更かしは出来んな。

 

「……ふわぁ。……寝るか」

 

 歯磨きも済ませたので、残るは就寝のみ。俺の身体が十人ぐらい入りそうなデカいベッドで横になり、ふわふわの毛布を被る。肌触りは言うまでもなく最高であり、身体を優しい温もりがゆっくりと包んできた。

 

 最高級品揃いの部屋にて、幸せ過ぎる時間。こんなにも快適に眠ることなど、前世を含めたとしても記憶にはない。ガンマ、恐ろしい子。

 

(……ん? 誰だ?)

 

 どこぞの丸メガネをかけた小学生のように一秒以下とはいかないが、数分で眠りに落ちるという確信。

 俺はそんな幸せに浸りながら目を閉じようとしたのだが、ふと人の気配を感じ取った。魔力感知で誰かを探るまでもなく、訪問者は俺が居る部屋の扉をコンコンッと軽くノックしたのだった。

 

「……ガンマかな」

 

 正直、身体がベッドにベストな状態で埋もれているため出たくはなかった。こんな完璧な密着度にもう一度出会える気がしないほどだ。

 しかし、いくら建物の中と言っても廊下は冷えるはず。可愛いうちの子をそんな状態で待たせる訳にもいかず、俺は幸せに別れを告げてベッドから出た。

 

「はーい。誰だ? ……えっ」

 

 扉を開けた先に立っていた人物。俺が思わず情けない声を出してしまうほどに予想していなかった人物であり、一番可能性が無いと思い込んでいた人物だった。

 

「……アルファ。起きてたのか」

「……ええ」

 

 白色のパジャマ……と言っていいのか分からないが、めちゃくちゃ可愛い格好で現れたアルファ。施された銀色の装飾は目を引くほどに見事で、アルファの金色の髪と合わせて美しい以外の感想が出てこない。

 胸元が出ているような露出がないにも関わらず、身体のラインが一目で分かるようなデザインをしてるので目のやり場に非常に困る。

 

「と、取り敢えず入れよ。寒いだろ?」

「……」

 

 俺の言葉にこくりと頷き、アルファが部屋に入る。扉を閉めると冷気も幾分かマシになり、少しだけ暖かさを感じた。

 

「起きてたんだな。良かった」

 

 後は寝るだけだと思っていたところに、金髪美少女エルフと同じ部屋で二人きり。この状況、男で動揺しない奴なんて居ないはずだ。いや、一人だけ居たわ。

 

「……ねぇ、ライト」

 

 パニックになりそうな頭をどうにかしようとしていると、アルファから声をかけられる。艶のある、どこか色気を感じてしまう声だった。

 

「は、はい」

 

 そして同時に距離を詰めてきたアルファ。ピタッと俺の胸元に身体を密着させ、上目遣いを向けてくる。あれ? 女神? 

 

(身体の柔らかさが……布の滑らかさが……アルファの、体温が)

 

 冷静さを取り戻そうとしていたところにこの仕打ち。アルファさん、魔性の女説。こんなんされて惚れない男居ないだろ。あっ、とっくの昔に惚れてたわ。

 

 情けない顔と声の俺に対しても、アルファの様子は変わらない。ただ俺の顔を少しばかり潤んだ瞳で見つめ、身体を寄せてくるだけだ。

 

 そして、隕石(メテオ)すら凌駕する威力の一言を落とした。

 

 

「朝まで、一緒に居させて……?」

 

 

 保護欲を掻き立てる弱々しい声。

 男の本能を刺激する女性としての魅力。

 アルファという少女に、俺は釘付けになっていた。

 

 ()()()()()()()()()()()この状況。

 

 俺が返せた言葉は──これだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………え゛っ???」

 

 

 

 




 新年、あけましておめでとうございます。

 年明け一発目の投稿ですね。
 去年の一発目が何だったかと見返してみると、右腕やめてぇぇぇでした。温度差で草。


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47話 それが俺の願いだ

 

 

 

 

 

 アルファにとって、ライトは文字通り──『光』のような存在だった。

 

 エルフとして生まれ、恵まれた才能により幼い頃から神童として扱われてきた過去。そんな輝かしい時間は『悪魔憑き』となることで終わりを迎え、そこからはただの地獄が始まった。

 

 声などとは呼べない、耳障りな騒音。

 熱どころか何も感じ取れない、汚れた肌。

 見るだけで不快さを与えるであろう、醜い姿。

 

 食事も取れず、排泄もない。

 何かに感動することも出来ず、変わらない日々。

 

 確かなものはたった一つ。

 身を引き裂き続けるような──激痛のみだ。

 

 死にたいと、何度願ったか分からない。

 殺してくれと、何度叫んだか分からない。

 昨日も今日も明日も、彼女は『死』という救いを求め続けた。

 

 そんな彼女を地獄から解放した男が、()()

 

 

『我が名は──『シャドウ』。……陰に潜み陰を狩る者』

 

 

 一人は、少女の()()()()()()()()()

 世界の闇を葬るため、自らも闇へ飛び込んだ男だった。

 

 そして、そんな〝陰〟を支える〝光〟が居た。

 

 

『我を支える男──名は『ライト』だ』

 

 

 もう一人は、少女の()()()()()()()()

 シャドウが最も信頼する人物として、同じく世界の闇を狩ろうとする男だった。

 

 二人の男に命を救われたアルファ。それからの時間は、これまでの地獄を忘れさせるような楽しい時間となった。

 

『それから君はアルファと名乗れ』

 

 名を与えられた。

 

『アルファ。剣の振り方教えてやるよ』

 

 力を与えられた。

 

『アルファ〜、ライトがさ〜っ!』

『違うぞアルファ。悪いのはコイツだ』

 

 笑みを与えられた。

 

『アルファ。おはよ』

『早起きだね〜』

『お前も見習え。夜更かし盗賊スレイヤー』

 

 孤独では、なくなった。

 

 用意してもらった拠点にて、二人が来るのを待つ毎日。アルファにとって、それは何物にも変え難い宝物の記憶となった。

 シャドウが持ってきた姉が着なくなったという古着。ライトが持ってきた新鮮な食材。二人によって作られる、温かな空間。その全てが、今のアルファを構成したと言っても過言ではない。

 

『じゃあまた明日な。アルファ』

『じゃね〜』

 

 もちろん、帰るべき家のある二人が拠点に居る時間は限られている。夜は一人、よく月を見上げた。そんな時は決まって、二人の姿が見えなくなるまで手を振った時のことを思い出す。

 

 ──幸せだった。

 

 そして、アルファはいつの間にかライトを目で追うようになっていた。

 

 シャドウと行動を共にしていることが多いが、ライトはアルファとも多くの時間を過ごした。親身になって力を貸してくれるライトにアルファが恋心を抱くのは、当然と言えば当然だった。

 

 向けられる笑みに心躍らせ、紡がれる言葉に一喜一憂し、共に成し遂げた成果を誇った。

 

 ライトはシャドウだけでなく、アルファの支えにもなっていた。

 だからこそ、()()()()()()()()()、彼女の存在意義を奪いかねなかったのだ。

 

 シャドウに見捨てられた。

 ライト()()見捨てられた。

 

 この事実に直面した瞬間、アルファは自分の足場が消え、何も無い暗闇へ落下するような感覚に陥った。まさしく『光』を失ったような感覚だ。

 

 故に彼女は行動を起こす。

 大胆に、そして確実に。自分は光を失っていないのだと、絶対的な確信を得るために。

 

『朝まで、一緒に居させて……?』

 

 アルファ(少女)は『夜』という時間の魔力に頼り──大きな覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 アルファが俺の部屋に来てから数十分。取り敢えず立ち尽くしている訳にもいかないと判断し、場所を移動した。

 寒さから身体を守り、ゆっくりと話が出来る場所。今俺たちが居る部屋にその二つの条件を満たす場所など一つしかない。

 

 

 ──『ベッド』だけだ。

 

 

(き、気不味い……!)

 

 ベッドに二人で入り、肩が密着している距離感で無言が続くこの状況。アルファのような美少女と同じベッドに居ること自体ドキドキものなのだが、余計な心配をかけたばかりということもあり、罪悪感も合わさって俺の心は落ち着きなく動揺していた。

 

 光源は読書用にと付けられている小さなランプのみ。俺とアルファにしか光が当たっていないため、視覚的にも二人きりなのだと理解させられてしまった。

 

 年頃の男女が同じベッド。前世も合わせて精神的には三十歳を超えている身として、今自分が置かれている立場がどんなものか分からないはずもない。

 

 間違いなく。──()()()()()()()()()()()だ。

 

 俺が冷静さを取り戻すために呼吸を整えようとしていると、左手になにやら柔らかい感触。汗が出始めた俺の手を握ったのは、当然ながらアルファだった。

 

「……ごめんなさい。急に来てしまって」

 

 申し訳なさそうに謝るアルファ。迷惑をかけているとでも思っているんだろう。全然そんなことはないのに。

 弱々しいアルファの顔を見たからか、俺の動揺がある程度落ち着いた。そうだ、これはピンチではなくチャンス。アルファに謝る絶好の機会だ。

 

 俺は左手に置かれたアルファの手の上に、更に右手を被せる。とても冷たい、小さな手だった。

 

「アルファが謝ることなんて何もないよ。謝るのは……俺の方だ。さっき様子を見に行った時はまだアルファ起きてなかったから、こうして話せるのは嬉しい。来てくれてありがとな」

「……ライト」

 

 少しだけ、アルファの手に熱が戻る。俺の熱と言葉でそうなってくれたのなら良いけど。

 

「ちゃんと謝らせてくれ。誤解を招くような伝言を残してごめん。もっと考えるべきだったんだ。──本当にごめん」

「あ、頭を上げて! 貴方にそんなことされても……嬉しくないわ」

 

 あわあわと動揺するアルファ。こんな時でも可愛いと思ってしまうので、俺は余程彼女に惚れ込んでいるらしい。

 

「……ここに来たのは、謝って欲しかったからじゃないの。……ただ、確かめたくて」

「確かめる? 何を?」

 

 俺の手を握ったまま、アルファは不安そうな表情を見せる。俺は安心させる意味も含め、手を裏返してアルファの手を握った。

 

「大丈夫。時間はあるんだ。ゆっくりでいいよ」

「……ありがとう。やっぱり貴方は、優しいのね」

 

 心の整理が出来たのか、アルファは一つ深呼吸をした後、どこか怯えたように口を開いた。

 

「……ねぇ、ライト。……貴方は──()()()()()()()?」

「えっ……?」

 

 飛び出した一言は俺にとって予想外のものとなった。もう誤解を招くような言い回しをしないでとか、ゼータと一緒になって何をしているんだとか、隠し事は無しよ……的なことだと思っていたからだ。

 しかし、実際は『居なくならない?』というもの。アルファの気持ちを、俺はまだ理解出来ていなかったらしい。

 

 ならば、俺がやることは一つのみ。

 

 

「──居なくならないよ」

 

 

 握った手に力を込め、僅かばかりの魔力を流す。白銀の魔力はアルファの手に広がり、血流を加速させて温めた。

 

「当たり前だろ? 俺は居なくならない。アルファの前からも、みんなの前からも、居なくなったりしない。一緒に居るさ。──死ぬまでな」

 

 嘘偽りのない、心からの本音をぶつける。それだけが、今の俺がアルファにしてやれることだ。

 

 安心してくれるなら、いくらでも手を握ろう。信じてくれるなら、いくらでも言葉をかけよう。笑顔でいてくれるなら、いくらでも覚悟を決めよう。

 

「アルファのためなら、俺に限界は無いよ」

 

 別に、光を当てようだなんて思ってない。

 アルファは傷を負って生きてきた。光を当てられて傷跡を認識するより、優しい闇の中に居させてやりたい。忘れたい記憶があるなら、忘れたままでいて欲しい。ただ、それだけだ。

 

「……ライト。……私は、私は」

 

 気付けば、いつの間にかアルファの瞳から涙が溢れていた。美しい宝石を思わせる雫が、ゆっくりと流れ落ちていく。

 

「貴方の役に立ちたくて……でも、私は弱くて」

「アルファは弱くない」

「弱いわよ……。貴方とシャドウに、いつも助けてもらってばかりだもの」

「……はぁ。本当、そこだけはアホの子なんだよな。ほら、こっちこい」

「えっ、ちょっ……!」

 

 あぐらを組んだ状態で、アルファを抱き寄せる。華奢な身体はすっぽりと俺の身体に収まり、距離は今までにないほど近くなった。

 アルファは状況を理解したのか、薄暗い中でも分かるほどに顔を赤くする。肌が白いと分かりやすいんだよな。耳まで真っ赤にして可愛い。

 

「ラ、ライト。……恥ずかしいわ」

「ん? 嫌か?」

「い、嫌じゃない……けど」

 

 背中と腰に手を回し、アルファの身体を支える。

 今の俺の視界には綺麗な青い瞳を持つ金髪美少女エルフしか映っていなかった。

 

「まだ俺が居なくなるかもって不安か?」

「……それは、その」

 

 どうやらまだ納得頂けていないようだ。中々強情だなこの子。俺だって恥ずかしくない訳じゃないんだぞ。俺以上に恥ずかしがっている相手が目の前に居るから耐えられているだけで。

 

 しかし、ここまできて引くなどあり得ない。行くところまで行ってやる。

 俺はアルファの身体を自身に密着させ、力強く抱き締めた。

 

「……あっ」

 

 アルファの口から艶のある声が溢れた。抱き締めている身体は折れてしまいそうなほどに細く、それでいてどこまでも柔らかかった。普段年齢詐称と思えるアルファも、こうしているとまだ幼い少女なのだと分かってしまう。

 

「痛くないか?」

「……っ! い、痛く……ない」

「本当に?」

 

 耳元で優しく問いかけると、アルファは小さく頷いた。赤く染まった耳を見て、確かな優越感に浸る。彼女のこんな姿を見られるのは、世界で俺だけなのだと。

 

「あったかいな。こうしてると」

「……ええ。そうね」

 

 そのままの状態で数分、俺はアルファを抱き締め続ける。お互いの熱がお互いを温め、眠気を誘うような体温を作り上げた。

 そして俺はゆっくりとアルファの身体を引き離し、正面から顔を捉えた。

 

「なあ、アルファ」

「……なに?」

 

 完全に落ち着いたのか、とろんとした表情を見せるアルファ。キリッとした顔が多い彼女としては中々にレアな表情だ。『夜』という時間の魔力に頼り、俺は彼女に対して言葉を放った。

 

 

「──好きだよ」

 

 

 アルファの美しい青色の瞳が大きく見開かれる。自分が何を言われたのか徐々に理解し始めたようで、耳だけでなく顔色までもが赤く染まり出した。

 

 そんなアルファを見て、俺は幸せを感じてしまう。

 

「俺は、人生に絶望しながら生きていた。自分だけが不幸なんだって顔して、生きてたんだ」

「……ライト」

「けど、アホと出会ったことでそれは変わった。大切なものが多く出来た。守りたいものも多く出来た。……好きな人が出来た」

 

 素直に認めるのは癪だが、どれもこれもあの日アイツに出会ったからこその未来だ。あのまま厨二病に出会わなかったら、今頃どんな人生を送っていたか自分でも分からない。だからこそ、こう思う。

 

「大切なみんなに幸せになって欲しい。──それが俺の願いだ」

 

 欲張りだと言われようが、変えようのないこともある。俺にとって、この願いは命を懸けても叶えたいものになっていた。そんなキャラでもなかったのに、随分入れ込んだなぁと自分で自分に驚いてるよ。

 

 

 けど、目の前に居る相手だけは、()()()()()()()()()()

 

 

「俺がこのクソみたいな世界を、必ず平和な世界に変える。……だから、全部終わったら──」

 

 

 

 

 

 

 

「──結婚しようか

 

 

 

 

 

 

 

 時が止まった、ような気がした。

 一世一代の告白をしたは良いが、肝心の返事は聞こえない。

 

 しかし、プロポーズが成功したかどうかなど、アルファの顔を見れば一目瞭然だ。

 

 

「…………はいっ」

 

 

 どこまでも美しく、可愛らしい。

 俺が愛する金髪美少女エルフは、残りの人生全てを使って幸せにしたいと思わされるほどに──天使だった。

 

 どちらから、ということもなく、俺たちの顔が引き合う。

 

「……ライト」

「……アルファ」

 

 そのまま吐息がかかる位置まで顔を近付け──優しく唇を合わせた。

 

 俺たちが眠りについたのは、それから六時間後のことだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 冷え込む季節ということもあり、朝方は防寒対策をしなければ辛い時期である。

 ライは白い息を吐きながら手を摩擦熱で温めようと擦り合わせ、澄んだ色をしている雲一つない晴れ空を見上げていた。

 

 現在立っているのはこれまでにも度々訪れている『ミドガル魔剣士学園』の屋上。風を遮るものが特にないため、体感温度はとても低いものとなっていた。

 

「……はぁ。可愛かったなぁ。……アルファ」

 

 そんな寒い場所に居ても、ライの表情から熱が奪われることはなかった。何故なら、彼は天国から抜け出してきたばかり。身体中の細胞が活性化しているため、寒さ程度でやられるような状態ではなかった。

 

 思い返すのはいつまでも感じていたくなるような至高の温もり。自身の全てを溶かしてしまいそうになる程の──『幸せの熱』だった。

 

「だらしない顔してるね。ライ」

 

 柵にもたれながらボーッとするライに、一人の少女が近寄る。僅かばかりの不満が声音と()()に表れており、言い放った言葉はトゲのあるものだった。

 

「おっ、ゼータ。おはよ」

「うん、おはよっ。……それで? 何か良いことでもあったの?」

「えっ? いや、まあ、そんなとこだ」

「ふーん。──()()()()()()()()()()()

「ブフッ!!」

 

 思わずといった具合に吹き出したライ。ゴホゴホと咳き込んでいる彼を見て少しばかり気が晴れたのか、ゼータはふんっと鼻を鳴らした。

 

「お、お前……なんで知って」

「安心してよ。流石の私も二人のイチャイチャシーンまで盗み見るなんてことはしてないから」

「じゃなくてっ!」

「楽しかった?」

「聞けよっ! ……はぁ。言っておくけど、一線は超えてないぞ」

 

 脱力したように話すライに、ゼータが目を細めた。

 

「へたれ」

「おいっ。……()()()()()()()、全部終わってからだ。当たり前だろ」

「ビビったんだ」

「だからぁ!」

「ふふっ、はいはい。紳士ってことにしておいてあげるよ」

 

 クスクスと笑うゼータに、ライは肩を落とす。どんな弁明をしたとしても、意味が無いと悟ってしまったようだ。

 

「でも、その割に随分と眠そうだね」

「……まあ、寝るの遅かったからな。起きたのもついさっきだ」

「今は八時だから、六時か七時ぐらいに起きたの?」

 

 ゼータの質問にライが返したのは気恥ずかしそうな肯定。短時間睡眠を証拠付けるように、ライの目には疲労が溜まっていた。

 

「どんだけイチャイチャしてたのさ」

「言わせんな」

「どんだけキスしてたのさ」

「だから言わせん……ねぇ、そろそろ勘弁してください」

「えーっ、もう少し遊びたいんだけど」

「本当に許して。アルファが起きないように部屋を抜け出すので結構な神経使ってんだ」

 

 コキコキと首を鳴らすライに、ゼータも仕方ないと応じる。これから更に疲れることをしようとしているのだ。これ以上イジメることもないと、大人の対応を見せた。既に十分子供っぽい報復をしているのだが。

 

「──準備は出来たよ。完璧にね」

 

 ゼータの言葉にライが頷く。一つ大きな伸びをした後、表情を切り替えた。

 

「これで『巣』を叩く用意は出来た。後は、最後のきっかけを壊すだけだ」

 

 今度はライの言葉にゼータが頷いた。肌を撫でる冷気を含んだ風を、忌々しそうに睨みながら。

 

「ようやく隠し事も終わりか。心が痛かったよ。特にアルファ様を誤魔化すのにはね」

 

 ライとゼータの間で密かに進行させていた『計画』。

 それが今、最終段階へ入ろうとしていた。

 

「悪いな。お前にはいつも迷惑をかける」

「別に良いよ。私にしか出来ないことだし。……頼られるのは悪い気しないし」

「お礼に頭を撫でてやろう」

「足りない。魚食べたい」

「奢ってやるよ。いくらでも」

 

 朗らかに笑うライを見て、ゼータも表情を崩す。こんな緊張感のない会話をこれからも続けたいと、彼女は心から願った。

 

「……ねぇ、ライ。本当に──」

 

 ()()()()()()? という言葉は、喉元で止まった。否、無理矢理止めたと言うべきか。こんな問答には今更何の意味もないと、賢い彼女は自分の意思を押し殺した。

 そんなゼータの心境を見抜いたのか、ライは軽く笑みを浮かべた。

 

「もうすぐ新年か。コタツ入りてぇな」

「……そうだね」

「みかん食べて、餅をついて、みんなで神社に行こう」

 

 語られるのは未来の話。そう遠くないにも関わらず、掴み取らなければ得られない不確かな未来の話であった。

 

「気持ちの良い年を迎えるには……()()()()()()()()()()

 

 最早、ゼータに言葉はない。彼女がライの背中に向ける視線には、様々な感情が混ざり合っていた。そんなことを知ってか知らずか、ライは強い覚悟と共に、口を開いた。

 

 全てを背負う、覚悟を表すために。

 

 

 

 

 

 

 

『ディアボロス教団』は──()()()()

 

 

 

 

 

 




 これで偽札編終了です!ほぼ偽札関係なかったですけど。

 そして次回から最終章『陰の右腕』編に入ります!
 まだ完結していない原作の二次創作ということで、オリジナルとなっております。矛盾と違和感がないよう全力で書きますので、最後まで楽しんでもらえたら嬉しいです。

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48話 思えば遠くに来たもんだ

 

 

 

 

 

「……もう、勝手なんだから」

 

 枕元に置かれていた手紙を読み終え、アルファは小さなため息をついた。目覚めたばかりで体温の高い身体とぼんやりとした頭、夜ふかしした代償はアルファの身体を確実に襲っていた。

 早寝早起きを心がけ、規則正しい生活を送っている彼女だからこそ、眠気と怠さはこれ以上ないほどだった。

 

「…………んんっ」

 

 もう一度枕に頭を落とし、優しい温もりに包まれたアルファ。

 二度寝などしたこともない彼女にとって、それは蜜のように甘い幸せだった。

 

 

『ちょっと野暮用で出かけるけど、すぐに帰るよ。寝顔可愛かった。愛してる』

 

 

 日が昇るまでイチャイチャし続けた相手からの置き手紙とは思えないとてもシンプルなメッセージ。普通なら僅かでも怒りを覚える場面だろうが、アルファは違った。

 前回『リンドブルム』でしたデートに続いて、またもや寝顔を見られたことに対する羞恥。そしてメッセージに添えられた〝愛してる〟の言葉にまんまとやられていた。

 

「……私だって、寝顔見たかったのに」

 

 恨めしそうな声を溢しても、反応してくれる者はもうベッドには居ない。安心する匂いと少しばかりの体温を残して、出て行ってしまったのだから。

 

「分かってるわ、ライト。約束……したものね」

 

 昨日まで自分を支配していた恐怖も、一夜を共にしたことで克服。いきなり姿を消されたとしても、アルファに動揺は見られなかった。自分が愛した男は約束を破る男ではないと、彼女は心から信じている。

 

「……行ってらっしゃい」

 

 誰も居ない虚空に言葉をかけ、アルファがベッドを出る。

 冷えた空気が身体を襲うが、目を覚ますにはもってこい。幸せに浸かるふにゃふにゃ顔からキリッとした顔に切り替えることに成功した。

 

 しかし、それでも好きな男と朝までベッドで寝ていた恋する少女。鍛え上げてきた自制心をフルに動かすが、思い返す甘い記憶には勝てなかった。

 

 

『──結婚しようか』

 

 

 淡い光に照らされた空間での告白。真剣な眼差しで告げられたあの瞬間が、アルファの中でフラッシュバックした。

 

「……アルファ・トーアム。……ふふっ、悪くない響き」

 

 自分でも恥ずかしいことを言っているという自覚はあるが、こればかりは容易に止められるものでもない。生まれて初めてのプロポーズ、それも一番して欲しい男からされたのだ。アルファが浮かれてしまうのも無理はなかった。

 

「……さて、自分の仕事をしなきゃね」

 

 幸せな妄想を楽しんだ後、今度こそとアルファが緩んだ表情を締める。着替えを手早く済ませ、組織のまとめ役として恥ずかしくない顔で部屋を出た。

 

「アルファ様! おはようございます!」

「ガンマ。おはよう」

 

 アルファが廊下を歩き出して、最初に出会ったのはガンマだった。鼻血が出ていないことから察するに、今日はまだ転んでいないらしい。

 

「元気になられたのですねっ! 良かったっ!」

「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ」

 

 ガンマは絶望するアルファを間近で見ていた内の一人。晴れやかな様子のアルファを見て、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「……あれ? アルファ様? 虫にでも刺されたのですか?」

「えっ? なんのこと?」

 

 突然の指摘にアルファが首を傾げる。

 ガンマはアルファの首付近を指差すと、不思議そうな顔で質問の意図を告げた。

 

「首にいくつか、()()()()()()()()()()が付いてますよ。おかしいですね、こんな時期に虫刺されなんて」

「虫刺され……? ──ッ!!」

 

 ガンマの疑問に、アルファの優秀な頭脳はすぐに答えを出した。思わず取り乱し、首を手で覆い隠してしまうような、恥ずかしい答えを。

 

「な、なんでもないわ。……その、ストレス性の何かじゃないかしら」

「それは大変ですっ! 急いで処置を!」

「これは、だ、大丈夫だから! 心配いらないわ! ……それじゃ、私は仕事があるから」

「あっ、アルファ様!」

 

 ガンマの制止を振り切り、アルファは小走りで退散。赤く染まった顔を戻すのに、冷えた廊下の空気は都合が良かった。

 

 

「…………ライトのばか」

 

 

 昨夜のことを思い出した後、少女は静かに想い人を責めたのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「──へくしっ」

 

 太陽の光も届かない薄暗い部屋に、場違いな音が響き渡る。緊張感のないくしゃみをしたのは、【シャドウガーデン】のNo.2であるライトだった。

 

「どうしたの? 風邪?」

 

 そんな彼に声をかけたのは【七陰】の第六席、ゼータ。

 猫耳をピコピコと動かしながら訊ねる様子は、彼女の気怠げな性格をよく表している。

 

「いや、そんな感じはないな」

「じゃあ誰かに噂でもされたのかもね」

「良い噂とも思えんな。──()()()()()()

 

 手に持っていた『白い剣』をスライムへと戻しながら、ライトは周りへ視線を向ける。怪しい研究所という表現が最も相応しい場所であり、壁や床には大量の血液が付着していた。

 

「凄いね、それ。イータに作ってもらったんでしょ?」

「ああ、『ホワイトスライム』な。異様なまでに手に馴染む。俺専用って言うだけはあるな」

「ふーん。私もイータに頼んで作ってもらおうかな」

「欲しいのか?」

「ライトとお揃いにしようと思ってね」

 

 楽しそうに話すゼータを見て、ライトも僅かに表情を緩めた。片手で持てるサイズにまで縮んだ『ホワイトスライム』を握りながら、少々呆れたように口を開く。

 

「はいはい。そういうあざとい発言は場所を選んですることだ。……なあ? お前もそう思うだろ? ──『ディアボロス教団』の人」

 

 ライトの足元に転がる一人の男。呼吸は荒く、身体中の至る所に深い傷が付けられている。出血量から考えても、命は長く保たないだろう。

 ライトに声を掛けられたその男は怒りの感情を隠すこともなく瞳に映すと、折れそうな程に歯を食いしばった。

 

「……貴様らッ! こんなことをして無事でいられると思うなよッ! 私は『教団』でも最高位の──」

「『ナイツ・オブ・ラウンズ』の第五席……だろ? 『ミドガル王国』担当の〝フェンリル〟様」

「なっ……! ど、どうして……ッ!」

 

 自身の正体を完全に言い当てられたことで、フェンリルは動揺。床に這いつくばったまま、冷や汗を流した。

 

「やはり貴様らは……【シャドウガーデン】ッ!!」

 

 何の前触れもなく、突然拠点に現れた襲撃者二人。

 名乗りもなくいきなり攻撃してきたので何も分からないままやられてしまったが、フェンリルは特徴的な黒ずくめと圧倒的な実力から襲撃者達の正体を見破った。正体を知ったところで、何もかもが遅いのだが。

 

「ご名答。私はゼータ。よろしくね。もうすぐ死ぬ人」

 

 憎み続けてきた存在だからか、普段とは比べ物にならない程にトゲのあるゼータ。死の迫る命を見るような目とは、到底言えない。

 

「ゼータ……組織の幹部か。滅多に姿を現さないとは聞いていたが、こんな小娘だったとはな」

「流石、この状況で減らず口とは恐れ入るね。お前達はそうでなきゃ。それでこそ潰し甲斐があるってもんだよ」

 

 フェンリルの安い挑発に、ゼータが獰猛な笑みを浮かべる。今すぐにでもトドメを刺してやりたいと殺気を放つが、頭にライトの手が乗ったことにより不本意ながらも留まった。

 

「どうせ死ぬ。ほっとけ」

「……もっと撫でて」

 

 むふーっと、満足そうな声を溢すゼータ。

 フェンリルはそんな光景を見て自身の敗北を受け入れると、最後の抵抗と言わんばかりに口を開いた。

 

「俺を殺した程度で調子に乗るなよ! 貴様らは『教団』の恐ろしさを知らん。俺以上の『剣士』は居ないが、『強者』なら居る。……精々後悔しながら殺されることだ。俺が死んだことはすぐに組織へ伝わるぞ。ここはそれだけ〝重要な拠点〟だからな!」

 

 ほぼ何も出来ずにやられたとは思えない強気な台詞。それだけ『教団』の力を理解しているということなのだろうが、ライトは思わず笑ってしまった。

 

「はっ、そりゃそうだろ。──()()()()()()()()()()()

「……なに?」

 

 ライトの言葉に、フェンリルの表情から強がりの余裕が消えた。明確にこの場所を狙ったと言う発言に理解が追いつかなかったのだ。

 

「ここを潰せば奴らも流石に危機感持つだろ? 慌てて戦力を一箇所に集中させてくれれば、一度に叩き潰せる。それが狙いだ」

「ざ、戯言を……!」

「──にしても、灯台下暗しってやつか。地下とは言え、『ミドガル王国』の()()()()()にこんな危ねぇもんが置いてあったとは」

 

 動揺を見せるフェンリルから視線を外し、ライトが『とある物』を興味深そうに観察する。それは巨大な筒形の水槽で管理されており、あまりにも普通とはかけ離れたものだった。

 

「……『魔人(ディアボロス)の右腕』か。流石は第五席にして最古参、こんな重要な物の管理を任されてるなんてな」

 

 水槽の中でボコボコと泡を立てている右腕を見ながら、ライトが口角を上げる。集めてきた情報はやはり正しかったのだと。

 計画進行の手応えを感じつつ、ライトは手で弄んでいた『ホワイトスライム』を再び剣へと変化させる。そしてそのまま濃密な魔力を注ぎ始めた。

 

「何を……するつもりだ」

「これはお前と違って骨がありそうだからな。二本使わせてもらう」

 

 フェンリルを沈めた時とは違い、一本ではなく二本の剣を握ったライト。魔力を十分に練り終わると、一呼吸の内に確殺の剣技を放った。

 

 ──斬れるはずがない。

 

 無抵抗にそれを見ていたフェンリルが呟く。そんな確信を嘲笑うかのように、ライトは魔人の右腕を水槽ごと容易く切り裂いたのだった。

 

「ば、馬鹿な……! ま、魔人の腕だぞッ!? 人の身で破壊するなど……あり得るはずが……ゴホッ、ゴホッ!」

 

 無惨に斬り捨てられ、床に落ちた魔人の右腕。

 繊細な扱いを受けていたところにこの仕打ちをしたからか、気味の悪い音を立てながらドロドロに溶けて消滅してしまった。

 

「お前と一緒にするなよ。自分を〝剣の頂〟とか言ってたくせに弱かったし、『教団』の剣士ってのは大したことねぇんだな」

 

 勢いよく吐血したフェンリル。どうやら完全に魔力も尽きたようで、生命維持が困難となったようだ。まさに風前の灯。フェンリルは最後の気力を振り絞り、ライトに向かって呪いのような言葉を浴びせかけた。

 

「貴様は、絶対に殺される! ……俺よりも席次が上の〝第四席〟によってなッ! 気に食わん奴だが、戦闘力は俺を上回るッ! 奴には決して勝て──」

もう殺した

「…………はっ?」

 

 目を見開いて硬直するフェンリルに、ライトは退屈そうな顔で答える。

 

「だからもう殺したって。──『ベガルタ帝国』担当の奴だろ?」

 

 気怠そうな確認に、フェンリルの呼吸が止まった。意地で繋ぎ止めていた緊張の糸は呆気なく断ち切られ、心臓もそれに同調したように活動を停止した。

 

「貴……様は……何者……」

「安心しろよ。お前が寂しくないように、一人残らずあの世へ送ってやる。──じゃあな」

 

 圧倒的なまでの蹂躙。

 長きに渡って裏世界の上位に居座っていた男は、這いつくばったままその生涯に幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ〜、外の空気が美味いな。陰気な場所は気が滅入る」

「全くだね。悪趣味な奴らの拠点は臭くて嫌い」

 

 フェンリルの地下拠点を潰したライトとゼータ。一仕事終えた達成感もあるにはあるが、それ以上に来るところまで来たという現実感を受け止めていた。

 

 ライトがアルファとの一夜を過ごしてから拠点を潰し終えるのに既に二日の時間が経過。ゼータが集めた情報をフル活用してもこの時間のかかりようだ。伊達に最古参の幹部を務めていた訳ではないと、ライトは面倒臭そうにため息をついた。

 と言っても時間がかかったのは拠点探しだけで、戦闘に関しては十分とかからずに終わったのだが。

 

「もう夜か。暗くなるのが早いな」

「好都合じゃない? 夜は私たちの時間、私たちの世界だよ」

「まあ、そうかもな。こうして月を見上げるのも久しぶりな気がする。……最近は色々と忙しかったからなぁ」

 

 事の始まりは『紅の騎士団』の退団。

 学園に休学届を出し、王女たちに剣術指導を施し、クレアの負け犬根性を叩き直し、『ベガルタ帝国』に潜む敵を全滅させ、アルファにプロポーズをし、『ミドガル王国』にあった敵側の重要機密も破壊した。

 一週間ほどの短い期間で随分詰め込んだなと、ライトは夜風に当たりながら苦笑い。そんな彼に対して、唯一の協力者であるゼータは毛繕いをしながらとある報告をした。

 

「そういえば『オリアナ王国』の一件、無事に終わったみたいだよ」

「国も無事か?」

「うん。『ラウンズ』の第九席、モードレッドは死んだってさ。……けど」

「けど?」

 

 言いにくいことでもあるのか、ゼータが言葉に詰まる。ライトが軽く聞き返すと、指でポリポリと頭を掻きながら答えた。

 

「主がその、()()()()()()って。……別の世界に飛ばされた可能性が高いかもって話」

「ふーん。そうなんだ」

「軽くない? 私これでも結構動揺してるんだけど?」

 

 ジト目を向けてくるゼータにも、ライトはどうでも良さそうな態度を見せる。まるで、何一つ不安を覚えていないかのように。

 

「別の世界に飛ばされただけで死ぬような奴なら、俺はアイツに千回近くも負けてねぇ」

「……そうだね。そうだった」

 

 やれやれと言わんばかりのゼータ。心配するべきことは他にあったと、冷静さを取り戻したようだ。

 

「私が今心配しなきゃいけないのは主じゃなくてライトの方だもんね」

「心配か?」

()()()()()()()

 

 不意に、ゼータがライトの背中に身体を密着させた。後ろから腰に腕を回し、不安を押し殺すようにライトを抱き締めた。

 

 ──本当に一人で行くの? 

 

 意味のない言葉だと頭では分かっている。だからこそゼータはこの言葉が出そうになるのを堪えた。ライトの背中に顔を押し当てることによって、無理矢理に抑え込んだのだ。

 

「……こんな時にマーキングか? ゼータ」

 

 震えるゼータに、ライトが軽口を飛ばす。仮面を付けているため表情は見えないが、声を聞く限り優しい表情をしているようだ。

 

「お前が集めてくれた情報で『ベガルタ帝国』のゴミ、『ミドガル王国』のゴミ、そして……()()()()()も分かった。後は殴り込んで終わらせるだけだ。ありがとな、ゼータ。お前が居なかったら、この計画は絶対に上手くいかなかったよ」

「……私は、役に立ったよね」

「ああ、もちろん。流石は俺の愛弟子。優秀で鼻が高いよ」

 

 そんなライトの言葉を聞いて、ゼータが無意識に喉を鳴らす。自分の単純さに、少々呆れてしまいながら。

 

「……絶対、生きて帰ってきてね」

「当たり前だ。死ねない理由が多過ぎる。さっさと世界を平和にして、俺はアルファと結婚したいんだ。そんで、みんなと一緒に楽しく暮らす。どうだ? 最高だろ?」

「……うん。そうだね」

 

 ライトに抱き付いたまま、ゼータが柔らかい笑みを浮かべる。

 

 

「──私だって、ライトのこと好きだったのになぁ」

 

 

 そして紡がれる唐突な告白。大胆な告白は女子の特権なのである。

 

「悪いな。俺はアルファ一筋だから」

「知ってる。それに私は、()()()()()()()()()()()()()()()()……好きだから」

「なんだそれ。変なやつだな」

「ライトと同じぐらい、アルファ様のことも好きってことだよ」

 

 クスクスと笑いながら、ゼータがライトから離れた。心の不安は消えたらしく、晴れやかな顔をしている。

 

「アルファ様のこと泣かせたら、許さないよ?」

「プロポーズまでしたからな。逆に泣くぐらい幸せにするさ」

「ていうか、さっきから『陰の叡智』の〝死亡フラグ〟ってやつ多くない? 別の意味で不安になってきたよ」

「ふっ、本当にな。笑えるぐらいフラグ立ってる」

 

 ライト自身、死亡フラグの代表格。『俺、生きて帰ったら結婚するんだ』をやる日が来るなど夢にも思わなかった。

 

「大丈夫。まっ、今は何言っても死亡フラグになりそうだけどな。……じゃあ、そろそろ行くわ。ゼータ、お前はアルファたちのところに戻ってろ。一応、クレアの護衛も頼む。マシになったとはいえ、アイツはまだまだ弱いからな」

「……ライト。……うん。分かった」

 

 ──信じてるから。

 

 そう言い残し、ゼータはその場を去った。

 一人きりになった途端、辺りには静寂が訪れる。まだまだ冷たい夜風に吹かれ、ライトはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

『──君、僕の右腕にならない?』

 

 

 

「…………思えば遠くに来たもんだ」

 

 思い返すのは、今日と同じように静かな夜のこと。

 血溜まりの中で立ち尽くす自分に、『それ』は突然現れた。

 

「……暇潰しのつもりが、まさか世界を救うことになるなんてな」

 

 まるであの厨二が求めてやまない〝主人公〟のようだと、ライトは自虐的に笑う。

 だが、それで良い。

 

 厨二病に付き合えるのも、大切な者たちを平和な世界に連れていけるのも、自分しかいない。その事実に、なんとなく嬉しさを感じていた。

 

『そっちの用事が終わったら僕に付き合ってもらうからね』

 

 腐れ縁との約束。

 

『貴方は──居なくならない?』

 

 愛する者との約束。

 

『……絶対、生きて帰ってきてね』

 

 大切な者との約束。

 

 その全て、破るつもりは毛頭ない。

 

 

「──……さて、気合い入れていこうか」

 

 

 鮮やかな白銀の魔力が出現。

 瞳を黄色に輝かせ、男は夜の闇を切り裂くように飛び立った。

 

 

 

 




 フェンリルくん。
 →アニメで名前だけ出ていたラウンズ第五席。『ミドガル王国』担当であり、シャドウガーデンと活動範囲が被った可哀想な人。

 ラウンズ第四席の人。
 →『ベガルタ帝国』担当というオリジナル要素。ライトとゼータによってひっそりと狩られた。

 魔人の右腕に関しては置いてある場所だけネタバレ回避とさせて頂きます。
 次回から本格的に独自展開となりますので、最後までお付き合いください。

 日頃からたくさんの感想と評価ありがとうございます!励みになりますので、これからもよろしくお願いします!


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49話 わざわざ言わせんなよ

 

 

 

 

 

 草も生えず、水も流れず、生き物も存在していない。

 ヒビ割れた大地は紫色に変色し、見る者に根源的な恐怖を与えてくる。

 故に誰も足を踏み入れない。万が一踏み入れるようなことがあれば、世界から姿を消すことになる。

 

 まさに──『死の大地』。

 

 そんな所に人間が居るとすれば、間違いなく()()()()()()()()()()()()

 

 

「──あ〜あ、だっる。何で急に招集された訳? 意味分かんないんだけどぉ」

 

 

 不機嫌を隠そうともしない声が上がった。

 高級であろうことが一目で分かる椅子へ乱雑に腰掛け、目の前にある大型の机に思いっきり足を乗せている少女によるものだった。

 

 場所は死の大地に存在する唯一の人工建造物。

 深い洞窟の中に作られた闇に紛れる隠し拠点──『ディアボロス教団』の〝本拠地〟であった。

 

「てか、どうしてこんなに人少ないのぉ? ()()()()()()()()()()()。こんなに集まり悪いならアタシだって来なかったわよ」

 

 組織の最高幹部、『ナイツ・オブ・ラウンズ』のために用意された十二個の椅子。しかし、座っている人数はその半分の六人のみ。少女から不満が出るのも仕方のないことであった。

 

「──黙りなさい。我らが主の前ですよ」

「……はいはい。すみませんでした〜」

 

 荒れる少女を黙らせたのは冷たい目をした男。よほど少女の態度が気に入らなかったのか、身体からは特濃の殺意が滲み出ていた。〝主〟という存在をどれだけ崇拝しているのかが分かる。

 

「じゃあ喧しいアタシに状況を教えてくださいよぉ。──()()()()ァ」

 

 〝第三席〟である自身より上の席次であることが面白くないようで、少女の態度は相変わらず悪い。

 

「殺されたんですよ。来ていない訳ではありません」

「……はっ? 殺された? 空席になった十二席から十席までの話じゃなく?」

「ええ、既に確認済みの情報です。第九席・第五席・第四席は何者かによって殺されました」

 

 ポカンと口を開ける少女に、男は淡々と事実を告げた。仲間が殺されているというのにこの態度、仲間意識など欠片も感じられない。

 

「首謀者は分かっています。──【シャドウガーデン】」

「へぇ、最近よく耳にする奴らね。やるじゃん。てかフェンリルも殺されたんだ。あははっ、ダッサ」

 

 少女の言葉に反応する者はこの場に三人。格下である第八席・第七席・第六席であった。実力的に口など挟める立場にはなく、ただ自分達に飛び火しないことを祈るだけであった。

 

「笑い事ではない。フェンリルが殺されたということは『右腕』もやられたということです。……本格的に潰さなければならないようですね。【シャドウガーデン】という組織は」

「はっ、それでビビって戦力集めたって訳? そんなことしなくても、アタシ一人で片付けられるし」

 

 ガンッと足で机を蹴る少女。どこまでも自信に満ちた表情は自分の実力を一切疑っていない。

 そんな少女に言葉を投げかけたのは第二席の男ではなく、別の存在だった。

 

 

『「──なら、準備した方がいいね」』

 

 

 瞬間、霧がかかったような声が響いた。それと同時に、その場に居た全ての人間に緊張が走る。

 圧倒的なプレッシャーが放たれた訳でもなければ、身震いしてしまうほどの魔力が込められていた訳でもない。にも関わらず、高圧的な態度を取っていた第三席の少女までもがすぐに姿勢を正した。

 

 声の主は黒いコートを着用しており、フードを被ることで顔と全身を隠していた。背後には『ディアボロス教団』のエンブレムが飾られており、この者が重要な立ち位置であることを示していた。

 第二席の男はゆっくりと頭を下げながら、どこか喜びを隠せないような顔で質問した。

 

「準備……でございますか? ──我が主」

 

 第二席が頭を下げ、主と呼ぶ人物。

 

 すなわち、〝第一席〟

 

 組織幹部『ナイツ・オブ・ラウンズ』のトップにして、この『ディアボロス教団』の首領と呼ばれる人物であった。

 感じ取れる魔力量はこの場に居る者達の中でも最小。しかし、誰一人として第一席に歯向かおうなどと考える者は居ない。魔力量で語れるような存在ではないのだ。

 

『「うん、準備」』

「かしこまりました。すぐに奴らの居場所を特定し、攻撃を──」

『「違う違う。迎撃用意だよ」』

「迎撃……? ──ッ!?」

 

 第二席に続いて第三席。その他、次々に異変へと気付いた。

 感知したことのない魔力反応が近くに現れるという、これまでに無いほどの緊急事態に。

 

 

『「──ほら、()()()」』

 

 

 変声機でも使っているかのような不思議な声が、僅かに喜びを含んだ声を発した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 第二席の呼びかけによって、本拠地に集められていた戦力が外へ出る。地獄に直接殴り込みしてきた愚か者を、嘲笑うために。

 

 魔力を隠そうとはしていなかったが、姿まで馬鹿正直に見せるとは思えない。自分達を誘い出すためであろうことは理解していたが、戦力で考えれば何の問題もない。たとえ相手がどれだけの強者であろうと、どれだけの大群を率いていようと関係ない。こちらの戦力は一万を優に超える、『数』で探し出し『数』で押し潰せば迎撃は完了する。

 

 全体指揮を任された第二席のそんな考えは──呆気なく覆された。

 

「これはまた……大胆不敵と言いますか」

「いーや、ただのバカでしょ」

 

 第二席と第三席が珍しく同調。肩を並べながら、襲撃者に対しての感想を述べた。

 魔力も隠さず、姿も隠さない。()()()()()()()()()()()

 

「漆黒の姿……やはり【シャドウガーデン】か」

「あはっ、ちょうど良いじゃん。向こうから来てくれて。早くぶっ殺そ?」

 

 第三席の言葉に、部下達が荒々しい声を上げる。血の気が多い連中ばかりのようで、殺しの衝動を抑えられないのか叫ぶ者も見受けられた。

 

「待ちなさい。奴はこの本拠地を探し出した。それだけで警戒に値する」

「はぁ? でも相手は一人じゃん。武装もしてないし、ビビりすぎ」

「愚かですね。仲間が隠れているに決まっているでしょう? 自分を囮に奇襲させようとしているのですよ。仲間の方は魔力を隠すのが少々上手いようですがね」

 

 生命が欠片も残っていない大地にポツンと一人の襲撃者。周りに隠れられそうな岩も、木も、何もない。しかし、第二席は敵勢力が身を潜めていることを確信していた。この場所へ一人で乗り込んでくる愚か者など、居るはずもないのだからと。

 

「この場所を見つけたことは賞賛します。さて、私は無駄が嫌いなのでね。さっさとお仲間にも出て来て頂きたいのですよ。総力戦で負けた方が、貴方たちも後悔はないでしょう?」

 

 自分たちの勝利を全く疑わず、相手を下に見ながらの発言。隣に立っている第三席が吹き出していることから、嫌味としては高評価だったようだ。

 世界的強者からの言葉。そんな刃物にも劣らない切れ味を持つそれに対しても、襲撃者は歩みを止めず態度に変化も見られなかった。

 

 むしろ、帰ってきた言葉は想定外のもの。

 その場に居る全ての存在を見下すような声音で放たれた、()()()()()()()()だった。

 

 

「──馬鹿かお前。ここに来たのは俺だけだ。恥ずかしい勘違いしてんじゃねぇよ」

 

 

 陰に隠れて見えなかった顔が露わになる。黒いフードに覆われた頭と、顔に付けられた銀色の仮面。表情が分からないにも関わらず、こちらを心底馬鹿にしていると何故か分からされてしまった。

 

「……ねぇ。アイツすっごいムカつくんだけど? 殺そ? 殺そ?」

 

 早速ピキッと反応したのは沸点の低い第三席。下に見られることを何よりも嫌う彼女からすれば、襲撃者の態度は流せるようなものではなかった。

 

「落ち着きなさい。ただの強がりです」

「アンタだってイラついてんじゃん。魔力乱れてるけど?」

「……無礼者は嫌いなのですよ。特に、口だけの弱者なら尚更」

 

 意趣返しのつもりなのか、第二席が毒を吐く。相手の魔力は小さくないが大きいとも感じない。一目見ただけでも実力差は歴然、周囲への警戒だけ怠らなければ問題はないと踏んでいた。

 

 そんな第二席の考えを見透かすように、襲撃者は(わら)った。

 

「口だけなのはお前らだろ。──()()()()()()()()()

 

 敵意と侮蔑しか込められていない発言を聞き、第二席と第三席だけでなくその場に居た教団メンバー全員が殺意を滾らせた。それぞれが世界の闇として弱き者たちを虐げてきた猛者ばかり、今の言葉を流せるほど器の大きい者は一人として居なかった。

 

 ゴミと称された集団が魔力を練り上げる。一万を超える集団が殺意と共に高めたそれは死の大地を確実に揺らし始めた。

 

 まさに一触即発。

 この集団をまとめる第二席が合図すれば、部下たちは一斉に襲撃者へと襲いかかるだろう。

 

 物量作戦は戦いに於いて必勝、そう考える者も少なくない。

 しかし、圧倒的な人数差を前にしても、襲撃者は動揺を見せない。それどころか、どこかリラックスしているようにすら見えるのだから不気味だ。

 第二席も、その余裕だけがどうにも気になっていた。

 

「……最後の忠告です。隠れている仲間を呼びなさい」

 

 爆発寸前の群れをこれ以上抑えておくのも面倒だと判断。自身の得物である長剣を鞘から引き抜き、第二席が言葉を飛ばした。

 

「お前たち【シャドウガーデン】が主に『悪魔憑き』だった者たちで構成されている組織だということは分かっています。今ここで大人しく白旗を振れば、実験材料として丁重に扱うと誓いましょう。どうです? 無惨に殺されるよりは……賢い選択だと思うのですがね」

 

 冷静に見えて好戦的。

 隣に立つ第三席も武器として鎌を手に取った。後は何かの『きっかけ』さえあれば、この場は一瞬にして戦場へと姿を変えるだろう。

 

 第二席からの忠告に対して、襲撃者は──大きなため息をついた。

 

「はあぁぁぁァァ……。だから言ってるだろ。ここに来たのは俺一人、仲間なんて隠れてねぇんだよ。それとも言わなきゃ分かんねぇか? わざわざ言わせんなよ。()()()()()()()()()()()

 

 殺伐とした空気の中で、襲撃者は疲れたように肩を落とす。まるで、スムーズに事が運ばないことを不満に思うように。

 

 そして──白銀の魔力が解放。

 

 襲撃者はその身体をふわりと宙に浮かせ、そのままゆっくりと高度を上げていった。

 

「交渉は……決裂のようですね。仕方ありません。貴方の首を晒し上げ、お仲間に出て来てもらうこととしましょう」

 

 生身で空を飛ぶという離れ技に対しても、第二席は動揺を見せない。伊達に世界の裏側を支配する組織でNo.2をやっていないということなのだろう。飛ぶ鳥も、殺せば地面に転がるのみ。驚くほどのことではない。

 

「分かった。もういい。言わなきゃ分かんねぇならハッキリ言ってやる」

 

 教団員たち全員が見上げる程の高さにまで至った襲撃者。どこからか取り出した漆黒に輝く二本の剣を構え、嫌な覚悟でも決めたような声で言葉を落とした。

 

 

「──お前らを潰すのなんて……()()()()()()()()()

 

 

 殺しなさい。

 そんな言葉と共に、第二席が手を振り下ろした。

 

 我慢の限界を迎えた集団は弾かれたように飛び出し、各々が持てる力の全てを解放した。武器、魔力、殺意。世界の闇が、たった一人の人物を殺そうと動く。

 部下とはいえ、一人一人が組織にとっての主戦力。それが約一万。戦いとすら呼べない蹂躙になることは確定だった。

 

 そう、相手が悪くなければの話だが。

 

 

 ──あるところに、『核に挑んだ男』に()()()()()()()

 

 

 男は肉体を鍛え、精神を鍛え、技を鍛えた。器から溢れるほどの才覚を全て活かし、己の全てを磨き上げた。

 

 だが、それでも届かないほどの遥か高みにその男は居た。

 二度の人生を経ても消えることのなかった野望の炎を超えるのに、生半可な努力では太刀打ちすることが出来なかったのだ。

 

 しかし、諦める訳にはいかなかった。

 

 二度目の人生最大の失敗。運命の分岐点。ストレスの権化。

 

 どうにかしてあのクソ厨二病患者を倒したい。というか最悪倒せなくても良いから痛い思いをさせたい。

 

 男は悩みに悩み、その結果一つの結論を出した。

 

 

 ──隕石を落としてやりてぇ、と。

 

 

 核で蒸発しないのだから、隕石でも死にはしないだろう。勝ちたいのであって、殺したい訳ではない。ストレス発散のためという短絡的思考に基づき、男は更なる修練に励んだ。

 

 そして、『技』を完成させた。

 核で蒸発しない男にも通用する、唯一の技を。

 

 

「……なんだ、これは」

 

 

 第二席の口から、僅かな声が溢れる。信じられないものでも見ているかのような顔をして、全力で《防御に魔力を回した》。

 突撃していく部下たちへ、何一つ声をかけることなく。

 

 厚い雲に覆われていた空が一変して白く染まる。莫大な魔力は渦を巻き、たった一人の人間の身体へと吸い込まれていった。

 耳を貫く爆撃のような音。大き過ぎる魔力を無理矢理に剣へと集中させたことから発生した軽いソニックブームのようなものだった。

 

 不運と言う他ない。

 いきなり本拠地を襲撃してきた相手はこの世に二人しかいない──世界の異常(バグ)だったのだから。

 

 

 

 

 

「──〝ソード・イズ・メテオ〟」

 

 

 

 

 

 その日、世界の闇に〝隕石〟が落ちた。

 

 

 

 



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50話 そういうタイプのラスボスか

 

 

 

 

 

(──……胸糞悪いな)

 

 二本の剣を振るいながら、ライトは静かに苛ついていた。

 目の前に広がる光景は赤一色の平穏とは程遠いもの。それを生み出しているのが他ならぬ自分であることに、嫌悪感を抱いていたのだ。

 

 開戦の一撃として放った隕石(メテオ)。大地を焼き焦がす威力のそれは対峙していた教団員たちを容易く消し炭にし、戦況を一瞬で大きく変化させた。

 ライトが現在行っているのは、ただの後処理である。

 

「うわぁぁぁあ!!」

「やめてくれぇぇええっ!!」

「く、来るなぁぁぁぁああっ!!」

 

 最早立ち向かうこともせず、ライトから逃げ惑う教団員たち。完全に戦意喪失しており、奪う側から奪われる側へ移っていた。

 まるで弱い者イジメだ。そんな感想を持ちながら、ライトは無情に剣を振るっていく。

 

 一人、一人、また一人。

 白く光る二本の剣が動くたび、名前も知らない人間の命が消える。切り裂いている部位に多少の違いはあれど、狙っているのは首や胴体といった即死させられる場所のみ。殺意という感情すらライトの中にはない。ただ虫を潰しているだけといった様子だった。

 

「あの世で反省して、来世で頑張れ」

 

 イータに頼んで開発してもらったライト専用の『スライムソード』。名付けるならば『ホワイトスライムソード』とでも言うべき剣がムチのように伸びる。

 回避不能な変幻自在の斬撃は五分にも満たない時間が経過した後、千人ほど残っていた教団員を全て斬り殺してしまった。

 

「……はぁ。鬱陶しいな」

 

 不機嫌そうに立つライトへ、血の雨が降る。

 辺りに転がっているのは少し前まで自身と同じ人間だった肉塊。幼少期の最も荒れていた頃に行っていた盗賊狩りを思い出し、ライトは目を細めた。

 

「……な、なんなんだ。……お前は」

 

 嫌な記憶を呼び起こしたライトに、一人の男が声をかける。

 上品な話し方をする余裕もない第二席だった。

 

「……い、一万だぞッ! 組織の主戦力である『チルドレン・1st』に加え薬物投与で強化した増強兵ッ! あれだけの数が……全滅?」

 

 膝から崩れ落ち、信じられないといった表情で絶望に染まる第二席。そんな醜態を晒しても、馬鹿にしてくる第三席も居なければ失望する部下も居ない。全員、死んだのだから。

 

「しぶといな。まだ生きてたのか」

「ヒッ!」

 

 黄色に輝く双眼に貫かれ、第二席が腰を抜かす。『ディアボロス教団』のNo.2と【シャドウガーデン】のNo.2による戦いは──始まる前に終わった。

 

「こ、こんなはずじゃ……ありえない。こんなことが許されていいはずがない!!」

 

 涙と鼻水を撒き散らしながら、第二席が吠える。負け犬の遠吠えにしても、随分と醜い。

 

「許されていいはずがない? これはお前たちが……()()()()()()()()()()()()()()()()

「なっ……!」

「理不尽に奪い、理不尽に虐げ、理不尽に支配する。どうだ? 自分がされる側になった気分は?」

 

 ライトの問いに、第二席は返答出来なかった。ただ小動物のように身体を震わせ、ガチガチと恐怖で歯を慣らしていた。

 

「お、お前は……悪魔だ」

「なんとでも言え。俺は俺の大切な存在が幸せに生きていける世界を作る。そのためにはお前らが邪魔なんだよ。だから殺す、殺し尽くす。それが……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 冷たい眼のまま、ライトが一閃。

 たったそれだけのことで、第二席の首は呆気なく地面に落ちた。

 

 

 約一万対一人の決戦は──僅か二時間で終わりを迎えた。

 

 

「……さて、前座は終わりか」

 

 

 軽く息を吐いたライト。全滅させた教団員たちを前座扱いしながら、『本命』となる相手へ視線を向けた。

 重力の存在を嘲笑うかのようにふわふわと宙へ浮き、ライトの目の前にゆっくりと降り立った()()()()()()

 

 

『「──初めまして。【シャドウガーデン】」』

 

 

 向かい合うライトと比べ、背丈は頭三つ分ほど小さい。

 子供と表現する他ない幼い容姿だが、放っているプレッシャーは異質。どこか耳に届き辛いような声を発し、小さな手を合わせながらパチパチと拍手を繰り返した。

 

『「見事見事。僕の部下たちがこうも簡単にやられてしまうなんてね。せっかく育ててきた組織だけど、今日までの命だったようだ」』

「随分余裕だな。次はお前を殺す予定なんだが?」

 

 右手に持った剣を真っ直ぐに向け、殺意の波動を浴びせかける。命の重さを忘れたその瞳は、あまりにも冷たい。

 しかし、そんな絶対零度の視線に貫かれているにも関わらず、少年に動揺は見られない。むしろその逆、高揚感を抑えられないように笑っている。

 

「何がおかしい? 自慢の組織を壊滅させられて気でも狂ったか?」

『「いや、嬉しいんだ。君と出会えたことがね。そのための犠牲と考えれば、死んだ子たちも本望だろうさ」』

「……そうかい。ならさっさと、同じ場所へ行け」

 

 ──地獄にな。

 

 そんな言葉と共に、ライトが二刀流を振るった。

 ギチギチとスライムが悲鳴を上げそうになるほどに魔力が込められた斬撃。教団員たちに放っていたものとは比べ物にならないほどの威力であり、掠っただけでも消し飛ぶのは間違いなかった。

 

 巨大な斬撃に呑まれ、少年の姿が消える。つまらなそうにそれを見ていたライトだったが、すぐに魔力を整え直した。

 

『「いやぁ、怖い怖い。いきなりご挨拶だね。少しは会話を楽しもうとかないのかい? お互い、まだ名乗ってもいないのに」』

「ある訳ないだろ。馬鹿組織の親玉はやっぱり馬鹿なんだな。後、ゴミに名乗る名前はねぇよ」

 

 無傷、とは言えないが特にダメージを食らった様子はない。全力に近い斬撃を耐えられた。剣士として狼狽えるべき場面だが、ライトの冷静は崩れない。

 

「防ぐのに全力だったか。魔力がほとんど残ってないぞ。拍子抜けだな」

 

 元々多いとは感じていなかった魔力が大幅に減少。言い表すなら〝雀の涙ほど〟と言ったところか。

 

『「ふっ、ふふっ……あははっ」』

 

 絶体絶命の危機だというのに、少年の口からは狂気を感じさせる笑い声が溢れた。自分がどういう状況か分かっていない、訳ではなかった。

 

『「本当に素晴らしいよ。ああ、君のような人間を求めていたんだ。ずっとね。幸せだ、幸せだ、幸せだ」』

「…………イカれてんのか」

 

 幼い顔立ちを禍々しく歪ませ、少年は天を仰ぐ。まるで神からの祝福を全身で受け止めているかのように。

 

『「長かった。ようやく、ようやくだ。僕の願いが叶う。ありがとう」』

 

 裏のあるような言葉に不気味な態度。すぐに剣を振って仕留めるべきだと頭では理解している。しかし、ライトはそれを行動に移すことが出来なかった。

 少年は警戒するライトに笑いかけながら、口端を大きく吊り上げた。

 

『「ああ、我が神よ。貴方様に相応しき『器』が現れました。どうか私めの命を糧に……この世界へ」』

 

 声を震わせながら、少年の身体より魔力が放出される。ドス黒い、暗黒を凝縮したような魔力だった。渦を巻き、少年の周りに集まっていく。

 

『「貴方様に使って頂き、私は……幸せでした」』

 

 その言葉を最後に、少年の身体が灰へと変わる。

 風に飛ばされる寸前まで、少年の顔から恍惚の笑みが消えることはなかった。

 

「自爆……だったら楽なんだけどな」

 

 冗談めかすようなライトの前に、少年の身体から飛び出した魔力が集結し始める。辺りには身体を芯から凍らせるような冷気が漂い、〝何かの存在〟を感じさせるプレッシャーが強まった。

 

「……やっと出て来たか」

 

 二本の剣を改めて握り直し、ライトが真剣な表情で構える。これから始まるのは文字通りの最終決戦。ここへ殴り込みに来た最大の目的だ。

 

 

()()()()()()()()()? ──『魔神』ディアボロス

 

 

 決して形とは呼べない煙のような存在に、ライトは静かに語りかけた。この世界の闇そのものといっても過言ではない、魔神の名前と共に。

 

 

『 ──……ククッ。()()()()()()()()()()()()。やはり気に入ったぞ、人間

 

 

 全体を紫色に変色したそれは目の位置を赤色に光らせ、まるで地獄から響く悪魔のような声を出した。魔力などが付与されていないにも関わらず、聞いたものを心の底から恐怖させる力が宿っていた。圧倒的な存在感、まさに『格の違い』というものだった。

 

「さっきのガキに取り憑いてた訳だ。魔神なんていう割に寄生虫と同等なんだな、お前」

 

あれは十分に器としての役割を果たした、もう我には必要ない。……奪い取った魔力が少量だったな。魂だけとはいえ、醜い姿よ

 

「そうか。ならさっさと……死ね」

 

 次の瞬間、ディアボロスへ殺意のみで固められた斬撃が放たれる。先程繰り出した斬撃よりも威力は更に上がっており、ここで必ず殺すというライトの意志が強く表れていた。

 地面を激しく抉り取りながら進む斬撃。範囲も広大であり、回避は不可能。間違いなく決着の一撃に相応しいもの──()()()

 

フッフッフ、素晴らしい威力だ。この世界でこれほどの剣技は見たことがない

 

「……」

 

驚くことはない。言ったであろう? 今の我は()()()()()。物理的に干渉することなど出来はせん

 

 こちらからも攻撃は出来んがな、とディアボロスがどこか愉快そうに続ける。ライトはそんな言葉に眉を顰めると、珍しく舌打ちをした。

 

「……なるほど。──そういうタイプのラスボスか」

 

 面倒だという感情を隠しもせず、ライトが静かに呟いた。魔力が扱えるとは言え、基本的に魔剣士の武器は剣。つまりは物理攻撃だ。それが効かない相手など、面倒以外の何者でもない。

 魔法が存在しないこの世界に於いて、防御性能だけで言えば最強──いや、最凶だろう。

 

そこまで驚きはせんか。思ったより冷静だな

 

「『教団』の狙いが()()()()()()()()()()()()()なのは調べがついていた。気色悪い右腕を大事そうに保管してたしな。やたらと『悪魔憑き』に執着してたのも、その研究のためだった訳だ」

 

 攻撃しても無駄だと分かったからか、ライトが『ホワイトスライムソード』を剣の状態からスライムの状態へと戻した。

 

どうした? 諦めたか? 

 

「んな訳ねぇだろ。むしろ逆だ。お前が何も出来ないってことが分かった。後は仲間と協力して、お前を封印でもしてやるさ」

 

 組織の主力教団員はほとんど殺し尽くしたので『ディアボロス教団』は壊滅させたも同然。更にラスボスは魂のみの存在であり、自らの力で何かを起こすことは不可能。ライトが勝ちを確信するのも当然だった。

 

何も出来ない? 本当にそう思うか? 

 

「……何が言いたい?」

 

 含みのある言い方にライトが反応。ディアボロスはそれに笑みを深めると、目を禍々しい赤色に染め上げた。

 

目の前で見たばかりだろう。我が人間の身体を支配していたところを。お前に対しても同じことが出来ぬと思うか? 

 

「舐められたもんだな。──お前程度じゃ無理だ」

 

 ライトの身体から吹き出した莫大な魔力を見て、ディアボロスが感情を昂らせる。実体化する程の密度をもつそれは、魔神という存在からしても異常と言わざるを得なかった。

 

確かに、これ程の魔力密度ともなると身体を奪い取るのは不可能だな。……だが、知っているか? 魔力を扱う上で重要なのは〝安定した精神〟だということを

 

 不利な状況だというのに、ディアボロスの声から余裕は失われない。まるで自身が望む未来は必ず手の内に入ると確信しているかのように。

 

「……基本だろ。何を今更」

 

その通り、基本だ。だからこそ、崩れれば致命的な隙となる。そうだろう? 

 

 

 

『── 〝アイミツ・ユウスケ〟

 

 

 

 告げられたのは、名前。この世界からすれば珍しく、異端な名前と言える。

 しかし、ライトにとってそれは思考が止まるのに十分過ぎるものだった。

 

 

 ──()()()相光佑助(あいみつゆうすけ)にとっては。

 

 

「……お前、なんでそれを」

 

 自分以外でその名前を知る者はこの世界にたった一人のみ。会ったばかりの魔神が知るはずがないのだ。

 

初めて動揺を見せたな。悪くない顔だ

 

 低めに発せられたライトの声に、ディアボロスが満足そうな反応を見せる。

 

『 ──我の魔眼は()()()()()()()()()()。ククッ、我は〝魔神〟だ。神の如き力を扱えても、可笑しくはなかろう? それにしても異世界の人間だったとはな……どこまでも面白い

 

 〝過去を見通す〟。

 その言葉通り、ディアボロスはライトの過去を次々に言い当てていった。生い立ち、家族関係、友人関係。そして極め付けに──彼がどのようにして死んだかを。

 

フッ、フフフッ、フハハハハハッ!! 

 

「……何を笑ってる」

 

 突如、高笑いを上げ始めたディアボロス。

 ライトはとてつもなく不快な表情で理由を訊ねた。

 

貴様、どうやら真っ当に死んだ訳ではないようだな

 

 その言葉に、ライトはとある存在を思い浮かべた。

 自身を死に追いやった、細かく言えばトラックの前へ悪質タックルで弾き出した──妖怪・魔力男の存在を。

 

さぞ悔しかっただろう。お前にはまだ、未来があった。幸せな人生が待っていたというのに

 

「いい加減にしろ。揺さぶりをかけてるつもりか? 魔神様ってのは意外と陰湿なんだな」

 

 そんな挑発めいた発言をするライトだが、表情には確かな怒りが見えた。これまでされたことがない前世を絡めた発言には、流石に余裕を崩されていた。

 

「もう終わったことだ。……関係ない」

 

本当にそうか? 

 

 魂だけとなり、非力な存在となった魔神。故に力に頼るだけでなく、知恵を使った戦い方を覚えてしまった。

 この魔神は、相手の心に隙間を作り出す。

 

貴様には主人が居るようだな。黒い髪に赤い瞳を持つ男。ほう? 実力は貴様以上か

 

 ライトにとっては認めたくない事実だが、シド・カゲノーを示しているのは確定だった。どうやら前世のことだけでなく、二度目の人生も見通せる〝過去〟に含まれるらしい。魔眼と言うだけあり、厄介な能力だった。

 

貴様はこの男と行動を共にし、我らと争ってきた。まるで〝右腕〟のようだな。さぞかし信頼されているのだろう

 

「…………?」

 

 ライトの中に、僅かな疑問が生まれた。

 過去を見通せると言う割に、見通せていない部分があったからだ。『右腕』など、ライトは数えたくもないほどに言われ続けている言葉。過去を見通せるならば、〝まるで〟などという曖昧な表現はしないはずだ。

 

「……そうか。お前は過去を……()()()()()()()()()()()()()

 

 確信したようにライトが断言。そしてそれは、正解だった。

 

流石に勘がいいな。そうだ、我に見えるのは光景のみ。声や音までは拾えん

 

「それで神の如き力か、拍子抜けだな」

 

そうでもないさ。貴様はこの魔眼の力で、我に身体を奪われることになるのだからな

 

 どこまでも揺るぎない自信。

 ディアボロスは仕上げと言わんばかりに、言葉を続けた。

 

知りたくはないか? ()()()()()()()()()

 

「……なんだと?」

 

 初めてライトの意思がディアボロスの言葉に反応。魔神はそれを見逃すこともなく、邪悪な笑みを深めた。

 

ククッ、哀れな男だ。まるで道化だな。信じていた相手が……自分を殺した張本人だったとは。それにしても、同じ世界から転生とは、運命とはやはり残酷よ

 

「いい加減にしろッ! さっきから何が言いたいッ!?」

 

 ついには叫び声を上げたライト。眼光はこれ以上ないほどに鋭く、視線だけで相手を殺せるほどだ。しかし、ディアボロスにとってそれはただの勝機でしかなかった。

 

もう気付いているだろう? それが事実だ。見て見ぬふりは、もう出来んなァ

 

 ディアボロスの魂が黒い霧となり、ライトの近くへ寄ってくる。触れることはせず、周りを取り囲み囁いた。

 

その者は貴様を殺した

 

その者は貴様の近くにいた

 

その者はお前が最も信頼する人間だった

 

 徐々にディアボロスがライトとの距離を詰めていく。だがライトがそれを振り払うことはなかった。口を開いて言い返すこともせず、俯いたまま放たれる言葉に耳を傾けていた。

 

憎いだろう。殺したいだろう。貴様は何も悪くなかったのになァ

 

 甘い蜜を与えるように、ディアボロスがライトの身体に入り込む。それにすら、ライトは抵抗を見せなかった。

 

力をやろう。我と貴様の力が合わされば、この世に敵はない。さあ、復讐を始めるとしよう

 

 興奮を隠しきれない声音のディアボロス。長年待ち望んでいた完全復活というだけではない、これ以上考えられないほどの完璧な器が手に入るのだ。感情が昂っても当然であった。

 

 

貴様を殺した──()()()()()()()

 

 

 黄色に輝いていた双眼が、闇に消えた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「んーっ、帰って来たねぇ」

 

 ぐいっと伸びをしながら瓦礫に立つ少年、シド・カゲノー。

 まさに今異世界から帰還したところであり、少々の疲労感に襲われていた。

 

「ありがと、ベータ。助かったよ」

「いえっ! シャドウ様のお役に立てて、ベータは嬉しいですっ! 色々と『にっぽん』から持ち帰りたいものもあったのですが、それだけが残念です」

「い、いやいや。異世界のものを簡単に持ち込めないよ。その辺は慎重にしないとね」

「流石はシャドウ様っ! 私の考えが浅かったですっ!」

 

 共に異世界へ行っていたベータを労い、シドは周りの状況を確認する。

 現在地は『オリアナ王国』。行きと帰りが同じ場所なので、どれぐらいの時間が経過していたか以外は理解しやすい。

 

「んーっ、それにしても人がいないねぇ」

「私たちが『にっぽん』に行っている間、どれほどの時間が経ったのでしょう。アルファ様たちと早く合流しなくては」

「あっ、迎えが来たみたいだよ」

 

 一瞬ポカンとするベータも、すぐにシドの言葉の意味を理解する。魔力探知で自分たち以外の魔力を探知したのだ。正体を考える暇もなく、その人物はすぐに目の前へと現れた。

 

「──ニューッ!? どうしたのその怪我ッ!?」

 

 ベータが真っ先に声を上げる。

 二人の前に現れたのは有能な部下であるニュー。しかしベータの叫び通り、その姿は正常とは言えなかった。スライムスーツには多くの傷が付いており、痛々しい姿となっていた。

 

「ベ、ベータ様……シャドウ様。……ご無事でなによりです」

「無理に喋らなくていいよ。はいっ」

 

 見かねたシドがニューを一瞬で治療。ニューは丁寧に頭を下げた後、慌てた様子で口を開いた。

 

「大変です……! 三時間程前、『アレクサンドリア』が襲撃を受けました!」

「なんですってっ!?」

「へーっ」

 

 組織の本拠地を知っているか知らないか、テンションに差がある原因はそこだけだ。

 

「私はすぐに戦線を離脱し、お二人に会える可能性に賭けて全力を尽くしてここへ来ました。……それほどの緊急事態です」

「『教団』によるものなのっ!?」

「い、いえ……違います。……違うんです」

 

 涙を流し始めたニューに、ベータだけでなくシドも戸惑いを見せる。彼女が泣くところなど初めて見たのだ。

 ニューは顔に手を当てながら、襲撃者の名前を苦しそうに告げた。

 

「……ライト様です。私たちを攻撃したのは……ライト様なのです」

 

 ニューの言葉へ最初に反応を見せたのは、やはりベータだった。

 

「バカ言わないで! そんなはずが……」

 

 ない、と断言したかった。しなければならなかった。

 しかし、ニューがそんなつまらない嘘をつくとも思えない。ベータの思考は一瞬で固まってしまった。

 

「ライト様は……秘密裏に『教団』本部を襲撃していたのです。その際、魔神・ディアボロスと接触。身体を乗っ取られたものと思われます」

「そんな……! シャ、シャドウさ──きゃあっ!」

 

 ベータの言葉を遮るようにシド──シャドウが行動を起こす。スライムスーツを瞬時に展開し、ベータとニューの二人を身体ごと掴んだ。

 そのまま地を蹴って上昇、青紫色の魔力を解放した。

 

「ライトの魔力は……向こうか」

 

 瞳を赤く光らせ、シャドウが飛行を開始。たとえ世界の裏側に居ようとも、ライトの魔力ならば探知出来る。自身が主を務めている組織の本拠地が分からずとも、問題はなかった。いや、問題はあるのだが。

 

「「……シャドウ様」」

 

 シャドウに連れられて空を飛ぶベータとニューが悲しみの表情を見せる。尊敬する主人の心中を察して、胸を痛めているのだ。特にベータは初期メンバーということもあり、シャドウとライトがどれほど深い絆で結ばれているのかを知っている。それこそ、ライトに嫉妬の感情を抱いてしまうほどに。

 

「……急がねば。早く、早く」

 

 絞り出すようなシャドウの声に、ベータとニューが眼を潤ませる。彼女たちは願うのみ、どうか最悪の結末にならぬようにと。

 

 

 ──しかし、この場にシャドウの『真の理解者』は居なかった。

 

 

(『教団』の本拠地を襲撃……?)

 

 ──シド・カゲノーが。

 

(魔神・ディアボロス……?)

 

 ──シャドウが。

 

(ライトが身体を乗っ取られた……?)

 

 ──自らの芯を揺るがすことなどありえない。

 

(流石だよライト。僕との約束をちゃんと守るつもりなんだね。まさか君がこんなサプライズを用意してくれるなんて……!!)

 

 音速に近い速度を出しながら、シャドウ(シド)は深く笑った。

 

 

 

 

 

(──『右腕』からの〝反逆イベント〟きたぁぁぁぁあああッッ!!!)

 

 

 

 

 

 厨二は死んでも治らない。

 

 

 

 




 祝!50話達成!
 完結まで走り抜きますので、応援よろしくお願いしますっ!!


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51話 調子に乗るな

 

 

 

 

 

 シドにとって、ライは唯一無二の存在だった。

 

 同じ転生者としてこの世界で出会い、無理矢理ながらも仲間に引き込むことに成功。五年以上の長い時間を共にすることで、互いを成長させ合ってきた。

 

『くそっ! 次は俺が勝つ!!』

 

 何度負けても折れない心。

 

『お前は本当にバカだな』

 

 タイプが真逆の常識人。

 

『……はぁ。わーったよ。やればいいんだろやれば』

 

 愚痴を溢しても、最後には頷く付き合いの良さ。

 

 シドはライを心の底から信頼している。

 相棒ではなく、相方でもない。『右腕』として信頼しているのだ。

 

 

 だからこそ、()()()()()()()

 

 

 ライが自分以外の存在に──敗北することなど。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……なるほど。──随分と暴れてくれたようだな」

 

 全力飛行により十分とかからず『アレクサンドリア』に到着したシャドウ。場所自体は全く知らなかったが、ライトの魔力を頼りに自身が首領を務めているはずの組織の本拠地へと辿り着いたのだ。

 

「ひ、酷い……!!」

「……くっ!!」

 

 シャドウの力によってこの場にやって来たベータとニュー。視界に飛び込んできた光景に、思わず言葉を失った。

 

 手間と労力と多大な資金の限りを尽くして作り上げた【シャドウガーデン】の本拠地は──ほぼ壊滅状態だった。

 

 木々はなぎ倒され、地面には斬撃のような傷が無数に付き、目に見える建物は全て瓦礫の山へと姿を変えていた。

 

 そんな惨劇の場には三百人以上の人間が至るところで倒れており、その全員が【シャドウガーデン】のメンバーであると一目で分かった。

 主戦力である『ナンバーズ』から組織幹部である【七陰】まで、誰一人例外はなかった。

 

「──アルファ様っ!」

 

 絶望に支配されていたベータがその硬直から解かれる。視線の先には地面に倒れ込んでいる金髪のエルフ。

 ベータにとっては最も古い付き合いの人物であり、シャドウの次に尊敬する人物でもあるアルファだった。

 

「ご無事ですかっ! アルファ様っ!」

「……ベータ。……よかった。無事だったのね」

 

 異世界に消えていた仲間の顔を見て、アルファが僅かに笑みを浮かべる。その聖母のような優しさに触れながら、ベータは涙を流した。

 

「アルファ様。この事態は……本当に」

「そうよ。……彼よ」

 

 ベータの言葉を先読みし、アルファがハッキリと断言した。淡い期待など微塵も抱かせない速度で。

 

「……もう、シャドウに任せるしかない」

「……アルファ様」

 

 同じ愛する者が居る女同士、ベータにはアルファの気持ちが痛いほどに伝わった。残酷な話だ。なにより、自分たちでは結末を見届けることしか出来ないことが。

 

 ゆっくりと歩みを進めていたシャドウが立ち止まり、重々しいプレッシャーを放つと同時に静かに口を開いた。

 

「──ライト。……ではないのだったな」

 

 少しばかり、シャドウの声は震えていた。それを聞き取ったからか、声をかけられた本人は愉快そうに口端を吊り上げた。

 二振りの白い剣を持つ、白髪の少年が。

 

 

『「貴様がシャドウか? 小娘どもが喧しく貴様の名を叫んでおったぞ。【シャドウガーデン】盟主・シャドウ」』

 

 

 そのやり取りには違和感しかなかった。何故ならその台詞をシャドウに向けて放ったのは──ライ・トーアムこと、ライトだったのだから。

 

 長年苦楽を共にしてきた男を前に、シャドウは無駄のない動きで『スライムソード』を展開した。自身に向かって放たれた、高出力の魔力斬撃を防ぐために。

 

『「ふふふっ、やるではないか。いや、想像以上だ」』

 

 身体を小刻みに震えさせながら、堪えられないといった具合にライト──ディアボロスが笑う。強者を前に武者震いをしているのではなく、笑みの理由は別のところにあった。

 

『「フハハハハッ!! ようやくだ! ようやく()()()()()()()()()()()ッ!」』

 

 放出される白銀の魔力に黒色の魔力が混ざり込む。螺旋状に練り上がったそれは、ライトの身体へ溶け込むように消えていった。

 

 ディアボロスの魂が、ライトの身体を奪い取ったのだ。

 

「身体を手に入れた? 馬鹿も休み休み言え、くだらん冗談は醜い」

『「冗談だと思うか? シャドウ。貴様に放った今の一撃が何よりの証拠だろう? 受けた貴様が一番分かっているはずだ。──()()()()()()()()()()()()()()()()()」』

 

 ディアボロスの言葉に、シャドウ以外の全員が反応した。

 アルファとベータはもちろんのこと、意識が僅かに回復し始めた他の【七陰】。ニューによって呼び起こされた『ナンバーズ』や構成員。その全員が、険しい表情を見せた。

 

『「実はこの男……ライトといったか? 中々に強情でな。今の今まで、完全な支配下に置くことが出来ていなかったのだ。お陰で女どもを誰一人として殺すことが出来んかった。痛ぶって戦闘不能にし、拠点を壊滅させることぐらいしかな。……おっと、貴様には十分な〝傷〟だったかな? フハハハハハッ!!」』

 

 聞くに耐えない高笑いと共に、シャドウを煽るディアボロス。

 ライトと同じく心を揺さぶり、隙を作り出そうとしているようだ。

 

『「だが貴様を見た瞬間、あの斬撃よ。我は確信した。この男はもう、我の器だ」』

「……そうか。ならばここから先、言葉は不要だ。実力で叩き出すとしよう」

 

 剣を握り直し、洗練された美しい構えを取るシャドウ。

 ディアボロスはそれに続き、二本の剣を構え直す。イータによって制作されたライト専用の──『ホワイトスライムソード』を。

 

「──フッ!」

『「──ハァッ!」』

 

 黒と白の剣が衝突、辺りを凄まじい衝撃波が襲った。力任せにぶつけられた魔力はバチバチと激しく弾け、まるで嵐のような光景を作り出した。

 互角かと思われたシャドウとディアボロスの打ち合い。しかし、唐突に片方の肩から鮮血が飛び出した。

 

『「……むっ、押し負けたか」』

 

 他人事のように呟きながら、出血を確認するディアボロス。

 痛みを感じているのはライトの身体なので、ダメージは受けていないも同然だ。

 

『「薄情ではないか、シャドウ。この身体は貴様の仲間のものだ。躊躇なく殺す気で剣を振るうとは、冷酷な男よ」』

 

 おどけるように煽るディアボロスだが、内心では予想外の行動に驚いていた。何の迷いもなく殺しにくるとは思わなかったようだ。

 魔神に冷酷と評されたシャドウ。どこか不満そうな態度を見せ、口を開いた。

 

「魔神とやら、自惚れないことだ。我が右腕の力は……貴様如きに扱える代物ではない。優秀な器も、無能が使えば無能に成り下がる」

『「ほう? 本当に右腕だったとはな。ククッ、どこまでも面白い人間どもよ。ならば教えてやろう。この男が何故、我に身体を奪われてしまったのかをなァ」』

 

 再度剣を交える前に、ディアボロスは決定的とも呼べる切り札を晒した。

 

『「──貴様のせいだ。シャドウ」』

「…………なに?」

 

 短くまとめられた一言に、シャドウが低い声で反応した。完璧超人であるシャドウと言えど、今の発言には余裕の態度を保てなかったのだ。

 

「どういう意味だ?」

『「ククッ、貴様もこの男と同じ異世界からの迷い人……〝転生者〟だろう?」』

「それがどうした」

『「流石だな、動じぬか。精神力はこの男よりも上のようだ」』

 

 驚愕を隠せないアルファたちとは違い、冷たい目をしたままのシャドウ。

 ディアボロスはそんな精神力を評価しながら、追撃の一手にかかった。

 

『「貴様とこの男は──()()()()()()()()()()()()()()()」』

 

 歯を見せながら愉快そうに語るディアボロス。奇跡と呼ぶべきか、運命と呼ぶべきか、魔神にとってこの二人の死んだ方法は笑いを誘うものらしい。

 

「シャドウとライトが……?」

「シャドウ様たちが……」

「異世界からの……転生者」

「そんなことが……」

 

 死んだ、異世界、転生者という言葉を聞き、【シャドウガーデン】のメンバーたちに動揺が広がっていく。

 アルファ、ベータ、ガンマ、イプシロン、ゼータ、イータといった優秀な頭脳を持つ者たちはもちろんのこと、難しい話を理解出来ないデルタでさえ、その心を大きく揺らしていた。

 

『「心当たりがあるだろう? シャドウ」』

「…………!」

 

 仮面で隠されているシャドウの目が見開かれる。彼は思い出したのだ。自身が死んだ日のことを。絶対的な強さのために魔力を求め、白装束に身を包んで岩に頭をぶつけていた日のことを。

 

 そして、トラックに轢かれる瞬間──自分以外の()()が居たことを。

 

『「クククッ、思い出したようだな。そうだ、貴様とこの男はそうして死んだ。この男を殺したのは──貴様なのだ! シャドウッ!!」』

 

 ピクリとも動かないシャドウを指差し、高らかに宣言したディアボロス。悪魔のような声で告げられた真実は、あまりにも残酷だった。

 

『「少し誤解を与えたようなので訂正しておこう。先程はこの身体を奪い取ったと言ったが、それは間違いだ。この男が望んだのだよ、我を受け入れることをなァ」』

「ふざけるなッ! そんな訳がないッ!!」

 

 すかさず叫び声を上げたのはアルファ。そう叫ぶだけの理由が、彼女にはあった。

 

『「フフフッ、事実なのだから仕方ない。我もこの身体を奪うのに苦労したのだ。なにせこの男、とてつもない魔力量でな。入り込む隙など微塵もなかったのだ。──だが、今の話をした途端、面白いように余裕を失ってな。我の言葉にも耳を傾け、最後には我の力を受け入れたということだ」』

 

 感謝するぞ、と付け加えるあたり本当に性格が悪い。

 前世でライトが死んだのはお前のせい。ライトが身体を奪われたのもお前のせい。ディアボロスがシャドウに対して言い放ったのは、そういう意味なのだから。

 

『「残酷な話だなァ。信頼する右腕を殺したのが……まさか自分自身だったとは」』

「…………」

『「やはり人間の心など脆いものよな。──隙だらけだぞ」』

 

 足に溜め込んだ魔力を解放し、ディアボロスが爆発的な加速で無防備に立つシャドウへと突撃。腹部へ蹴りを直撃させ、シャドウを弾丸の如き速度で吹き飛ばした。

 

「シャドウッ!!」

「シャドウ様ッ!!」

 

 目にも止まらぬ速度で蹴り飛ばされたシャドウだったが、心配の声とは裏腹にダメージを感じさせない様子で立ち上がった。

 

『「頑丈だな。これならば楽しめそうだ。精々踊るがいい、シャドウよ。……そうだ、反撃出来るものならしてみろ。元より、殺し合うしかないのだからな。クククッ」』

「…………」

 

 口を開かなくなったシャドウに、ディアボロスが畳み掛ける。最も信頼する人間の肉体を盾に、殺意の込められた攻撃を次々と繰り出していく。

 

『「真実を教えてやった時の顔を貴様にも見せてやりたかったぞ! 絶望に満ちた我好みの顔をしておったわッ!!」』

 

 白銀の魔力で染め上げられた二本の剣が容赦なく振るわれる。顔、首、胴体、足と、的確な急所攻めに対してもシャドウは防戦一方。ただ向かってくる刃を剣で受けているだけであり、そこに反撃の意思は見られない。

 

『「今も我の中で憎しみが渦を巻いておるッ! 貴様を殺したい、復讐したい、そんな憎しみの炎がなァッ!!」』

 

 瞬間的に魔力を爆発、二本の剣から巨大な斬撃が放たれた。剣一本で受け止めるには厳しく、防御を貫通してシャドウへとダメージが入る。

 シャドウが勢いよく叩き付けられた地面にはクレーターが作られ、逃げ場を求めた衝撃が大地を割った。

 

『「死ねッ! 死ねッ! 死ねッ!」』

 

 追撃の手を緩めないディアボロス。

 シャドウという人物の危険性を十分に理解しているからこそ、ここで確実に殺しておきたいという考えだった。

 

「シャドウ様ッ! ……せめて私が盾に──」

「ダメよ、ベータ。やめなさい」

 

 もう見ていられないと、ベータが行動を起こそうとする。動ける者が少ない中、自分がやるしかないとの決断だったが、それは隣にいたアルファによって止められた。

 

「何故ですっ!? アルファ様っ! こんなの、こんなの私は……耐えられませんっ!!」

「貴女が出ていったところで無駄死によ。……何も状況は変えられないわ」

「……ッ!!」

 

 尊敬するアルファであろうと、ベータは大声で言い返したかった。しかし、突き付けられた言葉は全て事実。自分の力では盾になることすら出来ないと、ベータは理解していた。

 そしてなにより、自分以上に苦しい思いをしているであろうアルファに止められては、ベータも口を閉ざすしかなかった。

 

「──ッ! シャドウ様ッ!!」

 

 シャドウとディアボロスの戦いは、いつの間にか空中へと舞台を移していた。目で追いきれない速度の攻防が空を蹂躙。黒と白の線が縦横無尽に軌跡を描いた。

 

『「ハァァァァァァァァアッ!!」』

「…………ッ」

 

 雷が落ちたと錯覚するような斬撃に、シャドウがまたも吹き飛ばされる。明らかに普段の実力が発揮されておらず、一方的な戦いとなっていた。

 無数の斬撃は身体に傷を残し、赤い血が宙を舞う。恩人たちの殺し合いをただ黙って見守ることしか出来ない【シャドウガーデン】のメンバー全員が己の無力を呪った。

 

 そんな彼女たちに、魔神は更なる絶望を叩き付ける。

 

『「そろそろ全力にも慣れてきた。試し切りさせてもらうぞッ! 小娘どもッ!」』

 

 そんな発言をした後、ディアボロスはライトの魔力を纏わせた斬撃を空から大地へと放った。適当に、ではない。シャドウ以外の【シャドウガーデン】メンバーを的確に狙い撃ちした斬撃だった。

 

「きゃあぁぁぁああッ!!」

「ああぁぁぁぁァァァッ!!」

「うあぁぁぁァァァァァァッ!!」

 

 斬撃が少女たちに直撃する度に上がる甲高い悲鳴。女性に対する優しさなど欠片も存在しない、虐殺の攻撃であった。

 

『「どうだ! シャドウッ! 仲間が死んでいくぞッ! 止めなくていいのかッ!?」』

 

 次々と繰り出される斬撃に呑まれていく少女たち。アルファを含めた【七陰】も例外ではなく、全員が白銀の斬撃へと姿を消した。

 殺したかどうかをディアボロスが確認することはなかった。わざわざ確認せずとも、生きているはずがないのだからと。

 

『「残るは貴様だ。──シャドウッ!!」』

 

 最後の一人となった敵を葬るべく、ディアボロスが全力で剣を振るう。

 上、右、下、左と、二刀流をフルに活用した神速の連撃。剣を振った数が百を超えようかといったところで、ディアボロスの攻撃がシャドウの防御を上回った。

 

『「フンッ!!」』

 

 作り出した隙に合わせ、ディアボロスが回転しながらシャドウの顔面へと蹴りを叩き込んだ。顔を覆っていた仮面は蹴り壊され、破片がキラキラと光を反射する。そのまま地面に激突すると数回バウンドし、固い岩に背中を埋めるような形で停止した。

 

『「終わりだな」』

「…………」

『「声も出せんか。無理もない、貴様は全てを奪われたのだからな。拠点も、仲間も──右腕も」』

 

 ディアボロス、ここで勝利を確信。

 既にシャドウの手には剣すら握られていない。残されているのはトドメのみ。王手をかけたこの状況で魔神の邪魔する存在はいなかった。

 

『「【シャドウガーデン】、シャドウ。貴様らの名は覚えておいてやろう。我に戦いを挑んだ最後の愚者として、この男の身体に刻むとしよう。──ククッ。……フハハハハハハハハハッッ!!!」』

 

 俯いたまま沈黙するシャドウを見下ろし、高笑いを上げるディアボロス。

 完全勝利に酔いしれ、笑いが止まらなかった。

 

『「さらばだ。シャドウ」』

 

 右手に握る剣を振り上げ、シャドウを真っ二つにするため振り下ろした。これでこの戦いは終わりを迎える。陰に潜み陰を狩る者たちが、世界の闇に敗北するのだ。

 

 

 

 この世界は、魔神・ディアボロスのものとなる。

 

 

 

 ──はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──調()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされた剣が、()()()()

 

 

 

 



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