ぼっちず・ろっく! (借りて来た猫弁慶)
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001 過去~初ライブまでの話

楽器エアプなのでおかしい所あると思いますが各自脳内補完オネシャス。


 小学校一年生の夏休みという中途半端な時期に親の都合で引っ越して来た俺──山田太郎は、夏休み明けの新しい学校での転校初日の自己紹介で披露した渾身のドカベンネタを「何それ! 意味わかんねえ! 意味わかんねえ!」と騒ぎ立てた男子と喧嘩をしてしまった為に孤立して以降見事に馴染めなかった。

 

 そんな俺を心配したのかは分からないが、近所に住む俺と同学年の子供の親と仲良くなったという母親に連れられて後藤家に遊びに行ったのが後藤ひとりとの初めての出会いだった。

 

 自分は覚えていないが、初めてひとりと出会った時にもドカベンネタを披露したようで、人見知りで反応に困ったひとりと、渾身のネタが滑ったショックの俺はその日はそれ以降碌に話もせずに帰って来たらしい。それからも後藤家に何度も遊びに連れていかれた俺は、ひとりが次第に慣れて来た事とお互いの母親の援護射撃もあり何時からか二人で遊ぶようになったらしい。

 

 よほど母親同士の気が合ったのか年中行事なども一緒に行うような家族ぐるみの付き合いになった俺達は、しかし結局学校でのまともな友人は出来なかった。

 

 ひとりは極度の人見知りの為か案の定友達が出来なかったようで、同じく孤立ぎみだった俺はそんなひとりに頻繁に絡みに行っていたある時「こいつ女子なんかと話してるぜー!」としつこく絡んできた奴に対して「えっ、もしかしてお前ひとりの事好きなの!?」とか「まあ、ひとりと俺はマブ(ダチ)だけどな」とか事あるごとにドヤ顔で煽っていたらそいつはいつの間にか学校に来なくなって親と一緒に謝りに行く羽目になり、おまけにひとりにまで学校では距離を置かれて俺はさらに孤立した。何故だ。

 

 そんな調子で小学校を卒業して、中学校に上がった俺達は、相変わらず何らかの行事ではお互いの家族揃って仲良くしていたが、学校では部活にも入らずに放課後は即帰宅してテレビを見たり、ゲームをしたり、本を読んだりとダラダラした生活をしていた。

 

 そんなある日の夜、珍しくひとりから電話がかかってきた。

 

『私決めた! ギター上手くなる! それでバンド組んで文化祭で……そ、それで太郎君も一緒にや、やらなぃ……かな……』

 

 開口一番今まで聞いたことのないようなテンションで話し始めたひとりは、俺に断られる事を今更思い出したかのようにどんどん語尾が小さくなっていったが、そんな事より気になった単語を聞き返した。

 

「ギターってあのひとりの親父さんが持ってた奴?」

 

『そ、そう……』

 

「え、ひとりってギター弾けるの?」

 

『今は全然だけど……いっぱい練習する!』

 

「そんでバンド組んで文化祭でライブすんの?」

 

『う、うん……』

 

 どうやらひとりは本気のようで、ひとりが熱く語った事をすこし想像してみた。

 文化祭、体育館の壇上でのライブ、大勢の生徒の前で演奏するひとりとバンドメンバー、轟く歓声。

 

「…………」

 

『あ、あの、太郎くん……?』

 

「……かっけえええ!!」

 

『! だ、だよね! 昨日テレビ見てたらバンドは陰キャでも輝けるって……だから太郎君も一緒にどうかなって思って……』

 

 今さらりと陰キャ認定されたような気がしたが今の俺は気にならなかった。陽キャも陰キャも文化祭でのライブは誰しも一度は夢見て心惹かれるワードなのだ。多分。

 

「マジで俺も入っていいの? え、俺なんの楽器やったらいい!?」

 

『い、いいよ! 楽器は私もよくわかんないけどベースとかドラムとか、ギ、ギター二人でもいいのかな?』

 

「うわなんかテンション上がって来た! ちょっと今から調べてみるわ!」

 

『うん!』

 

 そう言って電話を切ってバンドについて調べた俺は、ひとりが担当するギターは避け、バンドを支えると言うワードの格好良さや人口が少なくメンバー集めが大変だという事、最終的に初期投資がベースより比較的安いと言うアホみたいな理由(後に苦しむことになる)が決め手となってドラムを選択した。

 

 翌日ひとりにドラムをやると宣言をしてからは楽器の勉強と練習の毎日になった。二人とも学校から帰って来ると空いた時間のほとんど全て楽器の練習に費やした。平日は六時間以上、休日なんかは十二時間以上練習していることも珍しくなかった。

 

 騒音問題で家でドラムが叩けない俺は家では教則本や動画サイトで勉強しながら練習パッドとフットペダルを使ってひたすら練習した。安い個人練習スタジオをひとりの親父さんに教えて貰ってからは毎月月末になったら残った小遣いを握りしめて本物のドラムを叩きに行ったりするようになった。

 

 ひとりが親父さんの勧めで動画サイトにギターヒーロー名義でギターの演奏を投稿するようになったと聞けば、負けじと自分もドラムヒーロー名義で下手くそなドラム演奏を投稿してみたり。競うように練習を重ねて気が付けば早二年。

 

 お互い動画サイトで再生数も結構伸びて、上手いと言う言葉ばかりでコメント欄が埋まり、二人揃ってそろそろ文化祭でライブを披露する自信とちやほやされたい欲求が高まって来た頃。

 

 

 中学の卒業式を迎えた。

 

 

「お、おいひとり。文化祭のライブに出ることなく中学が終わっちまったぞ……」

 

「あ、あはは。だってバンドメンバー集められなかったし……友達一人も出来なかったし……」

 

「それは……やっぱりCD机に並べたり学校にバンドグッズ持って行ったり、昼にデスメタル流したのがまずかったんじゃないか?」

 

「! 太郎君だって学校に変なバンドTシャツ着て来たり、ドラムスティック持ってきて教科書叩いてたり、お昼のリクエストに海外のドマイナーなパンク流したからじゃないの!」

 

 卒業式を終えた日の夜、山田家後藤家合同の卒業パーティの名目でいつものように後藤家に集まった俺達は料理の準備が整うまでの間ひとりの部屋でお互いの黒歴史で刺し合うような不毛な会話を繰り広げていた。そもそも中学校は大体が小学校からそのまま上がって来た奴ばかりだからいまさら黒歴史の一つや二つ誤差の様な気もするが、それはそれである。

 

 これ以上はお互い床や壁に頭を打ち付け始めかねないと悟った俺は一つ大きく深呼吸をしてから別の話題に切り替える事にした。ハイこの話題やめやめ。

 

「それにしてもひとり、本当に秀華高校で良かったのか? ここから通学二時間だぞ?」

 

 入試も中学の卒業式も終わり、後は高校の入学式を待つだけの身で今更聞いても遅いのだが、気になっていた事を聞く事にした。

 

 己の黒歴史に耐えかねて畳の上にうずくまっていたひとりは、ゆっくりと顔を上げて伏し目がちに言った。

 

「うん……高校は誰も私の事知ってる人が居ない所が良かったから……それよりも太郎君も秀華高校で良かったの?」

 

「うーん……俺は学力的に大きく外れなければどこでも良かったのはあるけど、まあ俺も自分の事知ってる人が居ない所の方が良かったし、なによりひとりを一人にするのも怖いしな」

 

 普段の奇行や奇形になる事で忘れそうになるが、ひとりはよく見ると顔が良い上に胸がデカくて大人しいのだ。

 そんな奴が電車通学二時間となったらそりゃあ声を上げられなくて触られ放題の可能性があるのだ。まあ痴漢なんかされたら爆発しそうではあるが。なのでひとりの両親から、もし同じ学校に行くのならひとりの事をよろしく頼むと言われている。

 

「……それにひとりともまだバンド組んでないしな」

 

 そう言うとひとりは赤べこの様に何度も頷いた。一応まだバンドを組むことは諦めていないらしい。

 

 しかし実はバンド組んでないどころかひとりとは一回も楽器で合わせた事すらない。何故なら個人練習スタジオは一人で借りる分には安いのだが人数が増えると値段が上がるのだ。加えてドラムを叩ける環境が家に無い以上スタジオを借りるしかないのだが、ひとりが楽器を持ってスタジオに行くのを怖がっていた事と、なにより人と合わせる事の難しさを知らない俺達は演奏動画の登録者数や再生数、肯定コメントがそれなりにあった為、お互いそれなりに上手いらしい(・・・)からヨシ! の精神でついぞ二人で合わせることなく中学三年間を過ごしてしまった。

 

 結局俺達はそのまま深く考える事無く高校と言う新しい世界への希望を胸に秘め、今までと変わらない練習の日々を入学式まで過ごしていった。

 

 余談だが、その後パーティの準備が出来たと伝えに来たふたりちゃんと付いてきた後藤家の飼い犬のジミヘンに連れられて一階に降りた俺たち二人は、お互いの両親にめっちゃ写真を取られてから料理を食べて解散した。ピザやフライドポテトなどひとりの好物が並ぶ中で、ひとりの親父さんの作ったからあげがすげー美味かった。

 

 そうして入学した秀華高校も早一ヵ月が過ぎた頃。

 

 俺達二人は学校の机とか掃除道具とか置いてある謎スペースで弁当を食べていた。

 

 中学と違い給食ではないのでどこで食べてもいいのだが、教室で食べるのをひとりが恥ずかしがったのでひとりが見つけて来た謎スペースで食べる事になったのだ。何故かひとりはこういうひとけが無い場所を探すのが異様に上手い。

 

「どうだひとり、友達出来たか?」

 

 弁当を食べているひとりを見ながら声をかける。そういえば秀華高校に通っているのにひとりは制服の上着を着ずに自前のピンクのジャージを着て登校している。

 

 中学から母親に髪を切られることを嫌がり、かといって美容院にも行けない為に伸びっぱなしになったひとりの髪は最高に抜け感出てるし、ピンクジャージはあえて世間のトレンドを外しているしで、そのセンスに感銘を受けた俺は一度だけ自分も上着だけジャージを着て登校したことがあったのだが、冷静に考えて俺がやってもただの運動部だと思われるだろうという事と、ひとりのセンスを丸パクりしてしまった己の心の弱さに気が付いて最高に恥ずかしかったのでその日のうちにやめた。…………あれ? でもよく考えれば楽器をやりはじめたのもひとりだし、バンド組むって言い出したのもひとりだし俺ってこいつの後追いしかしてないんじゃないか? あ! ヤ、ヤバイこれは考えたら駄目な奴だ! 

 

「あ、あ、どうも、コバンザメ山田です……」

 

「きゅ、急に何言ってるの太郎君。怖いよ」

 

「はっ! あ、ああ。でなんの話だっけ」

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたがあえてスルーする。しかし小学校からこっち割とひとりの胞子を吸い込んでる為かどうにもネガティブな感情になると抑えの利かない事が増えて困る。

 

「た、太郎君が言ったんだよ。友達出来たかって……太郎君はどうなの?」

 

「あ、ああそうだ! 実は俺は自己紹介で昔からやってきた渾身のドカベンネタが通じる奴が一人いてな! まあそいつ以外には滑り散らしたんだが……陽キャの高木君だ。そっからなんとクラスのロイングループにも誘って貰った。まあなんて書き込んだらいいか分からなくて何も返信できてないし、高木君ともそれ以降話したことないけどな……」

 

 スマホのロインを見せながら説明すると、まるで信じられないような物を見たかのようなショックを受けたひとりはしおしおと項垂れたかと思うとぼそりととんでもない事を口走った。

 

「……太郎君はもう音ステ出た時にギャップトークできないね」

 

「おまっ、なんて事を言うんだ。いやまだギャップトーク行けるだろ、ロイングループ入ったけど空気でしたー、とか」

 

「クラスのロイングループに入った時点でもう太郎君に資格は無いよ……そんなのより学校の謎スペースで一人でお昼食べてる私の方がロックだし……」

 

「いや謎スペースでは俺も食べてるじゃん……それならお前、例のロインの友達千人とバスケ部エースの彼氏君はどうなるんだよ……」

 

 ギターヒーローの動画の虚言は前から知っていたが、高校に入って更にキレ(・・)が増してきたと思う。ロインの友達人数は千人の大台に乗り、遂にはバスケ部エースの彼氏まで出来てしまった。

 

 あきれた口調の俺の言葉を聞いたひとりの顔面が勢いよく崩壊した。

 

「あ、あああ、あれは皆の期待に応えるというか…………た、たた太郎君だって軽音部に入ってギターやってる、か、彼女出来たって書いてたじゃん!」

 

 ひとりの虚言を突いた時点でこちらに飛び火するのは予想済みだ、だから俺は余裕の表情で応えてやった。

 

「ば、ばっかお前、ア、アレはちげーよ、そういうんじゃ……な、なんていうか、ホラ、あれだよあれ! 普通の? 高校生の? 日常? みたいな?」

 

 あ駄目だわこれ。来ると分かっていたのに思った以上に自分(ドラムヒーロー)の虚言を突かれるのは恥ずかしかった。だがこんなしどろもどろの返答で終わってしまってはなんだか負けた気がするのでなんとかひとりを論破()するために少ない脳みそをフル回転させる。

 

「いや違うんだよ俺が言いたいのはもうちょっと真実味を出せって事なんだよ例えばお前視聴者からバスケ部の先輩のポジションは何処ですかとか試合でどんな活躍しましたかとか聞かれたら答えられないだろそう言うところから嘘はバレていくんだよだけど俺はまあ軽音部には入ってないけどドラムやってるしギターの事はひとり見てたからある程度は知ってるし分かんなかったらひとりに聞けばいいしなこういうのは嘘の中に少しだけ真実を混ぜるのが効果的なんだよ」

 

 喋りながら考えたせいで自分でも何を言っているのかよく分からん言い訳をめっちゃ早口でまくし立てていると、丁度良い事に昼休みが終わる予鈴が鳴ったのでそのまま俺は逃げる様に解散することにした。

 

 その後俺の意見を参考にしたのかどうかは分からないが、ひとりの動画説明欄に書かれた彼氏のバスケ部エース君が何故かドラムを始める事になるのだが、あまり設定を盛ると嘘がバレやすくなるぞと言っておいた方がいいかもしれない。

 

 その日の放課後はいつも通りひとりと一緒に二時間かけて帰宅して風呂に入った後、俺は熱を出した。どうやらどこぞで風邪を貰った様で、親の言うとおりに明日は学校を休む事にした。

 

 ひとりにロインで明日は風邪で休む事と電車では気を付けろとの旨を伝えると、ひとりから何故自分は風邪に罹ってないのかとか、感染させてくれとか、ずるいとかの悲壮なロインが届いたが全て無視してがんばれとだけ書き込んで眠りについた。

 

 翌日は薬を飲んで布団で一日中眠り、外が暗くなった頃にロインの通知音で目が覚めた。

 

 大した風邪ではなかったのか、薬のおかげか若さ故の回復力か、布団から出て体を動かすと違和感は無く明日は学校にいけそうだとひとりにロインをしようとして手に取ったスマホには、今日一日ひとりからのロインが大量に届いていた。

 

 朝の今日こそは話しかけてもらえる秘策を考えただとか、夕方のもう学校に行きたくないだとかのロインを流し見ながらひとりへの返事やら昨日の授業の事を考えていたが、つい先ほど届いたらしい最新のロインの内容を見て色んな事が頭から吹っ飛んだ。

 

 

『今日ライブハウスでバンド組んで演奏したよ』




色々書いたけど今後主人公は結束バンドのメンバーには入らないし、虹夏ちゃんが「ドラムは私より主人公君の方が……」みたいな展開にもなりません。そもそも虹夏ちゃんあっての結束バンドだし。


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002 バンド活動について話し合う話

ギャグで作った主人公のバンド組みたい設定が早くも足を引っ張り始めてて草も生えない。


「あっ、ひとりさんおはようございますッス、ライブお疲れ様です。へへ……」

 

「おはよう太郎君。えっ、なんで敬語!?」

 

 翌朝、いつも通り自分の家の前で待っていたひとりを見つけた俺は、へりくだった三下舎弟ムーヴで声をかけた。

 

 なにせ自他共に認める陰キャガールがつい先日思いついた話しかけられる秘策とやらを実行して、俺達の三年越しの悲願であるバンド結成と、ライブハウスなどと言うシャレオツ空間でライブを行うと言う偉業を一日で達成してしまったのだ。野球でいえば9回裏ツーアウトランナー無しの状態から満塁ホームランを打ったようなもので、その秘策を是非とも教えてほしかった。

 

「いえ、俺ひとりさん尊敬してるんで、これで普通ッス。マジリスペクトッス。ライブ最高でした」

 

「い、いやあ。それ程でも……」

 

 当然昨日は寝てたからライブなんか行っていないのだが、とりあえず褒めておく。何故なら将来俺が初ライブしたら言ってほしい言葉だから。だから俺の時はお前が頼むぞひとり。

 

 俺の放つヨイショに謙遜しながらもひとりの顔はデロデロに溶けて、頬はぷにぷにだった、よっしゃ、ひとりも嬉しそうだし秘策とやらを教えてもらえるまで今日はこの舎弟ムーヴで行く事にするか。

 

「あ、ギター背負ってたらカバン持ちにくいッスよね、カバン持ちますよ……って、うわあああ! お前なんでギター背負ってるんだよ! それ親父さんの奴だろ! 高い奴だろ! って言うか俺が中学の時ドラムスティック学校へ持って行って白い目で見られた事お前も知ってるだろ! 俺の失敗から学習しろ後藤ひとり!」

 

 あまりにも学習しないひとりに、三下舎弟ムーヴも忘れて思わず叫んでしまった。コイツまるで成長していない。

 

「ちちちち違、違くないけど! こ、これのおかげで昨日ライブ出られたんだよ!」

 

「え、そうなんですか流石ひとりさんッス、バンド女子最高ッス、タダ物じゃないッス」

 

「手のひら返しが早い!」

 

 それから学校へ向かうまでの道すがらに昨日起こった出来事をひとりから聞いていた。その内容は、昨日たまたまギターを持って学校へ行き、俺が休んだ事で放課後たまたま公園で黄昏ていて、結束バンドとかいうバンドのギターがたまたまライブ直前に逃げ出して、虹夏先輩? という人がたまたま公園にギター出来る人を探しに来た、という事らしい……ってかやっぱりギター持って行ってるじゃねーか、しかもよく聞いたらギターだけじゃなくバンドTシャツや大量のラバーストラップに缶バッジって中学で俺達が失敗した原因全部盛りじゃねーか、秘策ってそれかよ学習しろ後藤ひとり! 

 

「しかしすごい偶然……と言うかここまで揃うともはや運命じみてるな。これは遂に始まったんじゃねーか? 後藤ひとりのロックの伝説が」

 

 気を取り直した俺が右手で口元を隠してひとりを見ながらキメ顔でそう言うと、ひとりはハッとした表情で俺の顔を見つめ返してきて、盛大ににやけだした。いや乗ってんじゃねーよ。ハッ、じゃねーよ。お前そのうち変な詐欺に引っ掛かるぞ気を付けろよと言っておいた方がいいかもしれない。

 

 しばらくにやけて謎の言葉を呟いていたひとりは、急に何かを思い出したのか元の顔に戻ると俯きつつ不安そうに話始めた。

 

「そ、それで今日の放課後ライブハウスでバンド活動について話し合うらしいんだけど……」

 

 ひとりの言葉を聞いた俺は思わず顔を伏せて目を瞑った。

 

 うわあああ! ひとりがカッコイイ事言ってる! 俺も言ってみたい! ライブハウスでバンド活動について話し合うんだけどぉ、とか言ってみたいいい! コイツ昨日一日でどれだけ濃密な体験してんだ朝から俺の情緒無茶苦茶じゃねーか。戻らなくなったらどうするんだよ。

 

「あ、あのひとりさん。俺も放課後付いて行っていいッスか……」

 

 いやホラ、付いて行くのはバンドってどういう事するのかなっていう将来の為の予習だから……全然羨ましくなんかねーし……そう思いながら苦悶の表情で絞り出すように言った俺の言葉を聞いた瞬間、ひとりは勢いよく顔を上げてこちらを見て高速で首を縦に振り始めた。

 

「うわあびっくりした。急にヘドバンするなよ」

 

「い、いや違」

 

「じゃあ放課後付いていくから道案内頼んます」

 

 そう言うとひとりはあっちを向いたり、こっちを向いたり、上を見たり下を見たりしながら最後には俺の顔を見ながらにへらと不気味な笑顔を浮かべた。おいマジで頼むぞ、俺はライブハウスまでの道知らないんだからな。

 

 そうして放課後、下北沢に有るというSTARRYというライブハウスに向かうことにしたのだが……

 

「おいひとり、歩きづらいからちょっと離れろ。というかお前が先導しろよ、俺は道わかんないぞ」

 

「こ、この街まだ慣れなくて……恥ずかしいから……」

 

 まあ県外から登校している俺達にとって、下北沢はかなりのオシャレタウンであるからその気持ちも分からなくはない。

 ひとりは後ろから俺の腹を両手でガッチリホールドして、頭頂部を俺の腰に押し付けて下を向いて歩いていた。二人合わせて横から見ると、さながらケンタウロスの様な恰好である。だが俺はこっちの方が恥ずかしいとか歩きづらいとかそんな事よりももっと別のことが気になって仕方なかった。

 

「おいひとりお前のギターケースが俺の背中に当たってるぞおいやめろ押すなだからギターケースが当たってるんだってそれ親父さんの高いギターだろやめろ押すなギターケースの中身が心配だからやめろおいバカおいやめろ押すな」

 

 そんな感じで最後はひどい猫背で歩く二人組という奇妙な出で立ちでライブハウスに着いたが、入り口の扉を前にしてもひとりは俺の背中にしがみ付いたままだった。

 

「おい、早く入ってくれよ」

 

「ちょ、ちょっと待って。あと五分……いや十分したら絶対入るから。あ、太郎君先に入ってもいいよ……」

 

 いいよじゃねーよ。知らない人ばかりのところに俺を放り込むな。しかし俺は初めてのライブハウスという事でちょっとわくわくしているので、ここはひとりの言葉通り扉を開ける事にした。扉を開き中に入ろうとするとひとりは置いて行かれない様に先ほどよりも腕に力を込めてしがみ付いて来たがそれを無視して歩を進めた。

 

「失礼しまーす」

 

「あ、ぼっちちゃん来た……って誰!?」

 

 扉を開いて軽く挨拶すると、金髪のサイドテールの少女が現れていきなり言葉のナイフを突き刺して来た。おいおいおい、陰キャに対して誰? は言っちゃいけない言葉第一位(全日本陰キャ協会調べ)だろ。いやこの場合マジでなんの関係も無い人だから正しい使い方なんだろうけど、勝手に凄いダメージを受けてしまったゾ。

 

「あの……ぼっちって……後藤ひとりの事……ですよね?」

 

 外見的に、彼女がひとりを誘ってくれた伊地知虹夏さんだろうと判断した。あだ名の事は聞いていなかったが、今朝ひとりが楽しそうに話していたから恐らく()()()()線は無いと思うが、ひとりは案外アホなので本人が気付いていないだけかもしれないと一応確認しておこうと思い発した言葉は、思ったより低い声が出て自分でも驚いた。すると伊地知さんらしき人は慌てた様子で勢いよく首と両手を振りながら声を上げた。

 

「う、うん……! あ、ち、違くて……ぼっちちゃんって言うのはきちんとお互い了承を取ったあだ名というか……ぼ、ぼっちちゃん助けて!」

 

 その言葉を聞いたひとりは、この場のおかしな雰囲気を感じ取ったのか青い顔で慌てて両者の間に割って入った。

 

「ちちちち、違うの太郎君。あ、あの……ぼっちってあだ名は昨日リョウさんに付けて貰った……ちゃ、ちゃんとしたあだ名で……そういうのじゃなくて……あ、それでこちらが今朝話した結束バンドのドラムの虹夏ちゃんです。あ、あの、それでこっちは太郎君です……私の、私の……えっと……」

 

 ひとりも相当テンパっているのだろう、説明もそこそこにいきなり人物紹介をやり始めた。しかし俺の事をどう紹介しようかと迷ったひとりは俯いていた顔を少し上げて上目遣いで俺の顔をじっと見つめてきた。俺も真っ直ぐにひとりの瞳を見つめる。いいんだぜひとり、俺の事をマブダチだと紹介してくれて。

 

「あっ、私の舎弟です……」

 

 おいバカおい、なんでよりにもよって舎弟なんだよ……って思ったけどしてたわ、朝に舎弟ムーヴしてたわ。もう乗るしかねーわこのビッグウェーブに。

 

「いきなり失礼な事言ってすみませんでした。これからもぼっちって呼んでやってください。山田太郎です。ひとりの舎弟です。右投左打です。ポジションはキャッチャーです。よろしくお願いします」

 

 そう言って俺は頭を下げた、ちょっと情報量が多くなったがさりげなくドカベンネタを織り交ぜて重かった空気を軽くするナイスな自己紹介だ。そんな俺の自己紹介を聞いた伊地知さんは笑いながら答えてくれた。

 

「あはは、私もごめんね。紛らわしい事いっちゃって! ぼっちちゃんから聞いてるかもしれないけど私は伊地知虹夏、下北沢高校の二年で結束バンドってバンドでドラムやってます! それにしても太郎君は野球部なんだね」

 

「違います」

 

「えっ……ああ! じゃあどこかのクラブチームとか?」

 

「いえ、野球はやってません」

 

「……????????」

 

 せっかく舎弟の方をスルーして話の広がりそうなキャッチャーの方を選んだのに意味不明な返答をされた伊地知先輩が宇宙猫の様な表情になっている。あっ、やばいこれはネタが滑った時の反応だ。つい一か月前に高木君にネタが通った成功体験を忘れられずにまたやってしまった! 学習しろ山田太郎! 

 

 しかし、空気を軽くしようとしてお通夜みたいにしてしまった事を後悔しているがリカバリーの方法が全く分からず途方に暮れている俺の前に救いの女神が現れた。

 

「虹夏、それ多分ドカベンネタ。ドカベンの主人公が山田太郎って名前でポジションがキャッチャーなんだよ。それにしても君、山田太郎ってそれ本名?」

 

「ウス、山田太郎です。本名です。それでえっと……」

 

「私は山田リョウ。虹夏と同じ下高の二年で担当はベース」

 

 なるほどこの人が山田リョウ先輩か。ひとりにあだ名をつけた張本人らしいが、ドカベンネタを拾えるならまあ悪い人ではないのだろうと考えた俺は、本当はバンド会議の見学に来たんだけど、さっきから場を荒らしてしかいないと感じて挨拶もそこそこにさっさと立ち去る事にした。

 

「あっ、じゃあ俺はこれで帰ります。ひとりの事よろしくお願いします」

 

 そう言って会釈をして扉へ向かおうとすると、ひとりが驚愕の表情でこっちを見ると同時に上着の裾を掴んできた。いやなんでそんな驚いてるんだよ、というかその俊敏性を体育で出せ。

 

「えー、太郎君帰っちゃうの? 私ぼっちちゃんと太郎君の事もっと知りたいなー」

 

「私も太郎の事聞きたい。やっぱりお弁当はドカベンなの?」

 

 そうしている内に宇宙猫状態から復帰した伊地知先輩とリョウ先輩に声を掛けられた。ひとりを見るとまたヘドバンしていた。そのうち首が取れちゃうんじゃないかと心配になる。先輩たちから声を掛けて貰った俺は、好意に対してしつこいようにも感じたが一応最終確認的な意味も込めて改めて聞いてみた。

 

「いいんですか?」

 

 そう聞くと、先輩方二人は特に気にした様子もなくあっけらかんとした調子で言い放った。

 

「全然オッケー! むしろぼっちちゃんが連れて来た人に興味あるし。ねっ、リョウ」

 

「うん、ぼっちの日常に迫る為の重要参考人」

 

 なんだかひとりの評価がおかしな気がしたが、今日はバンドの何たるかを勉強に来た事と、ライブハウスにも興味があった俺は二人の言葉に素直に甘える事にして頭を下げた。

 

「じゃあ……すみません。見学させて貰います」

 

 そうしてテーブルに案内された俺達は、仲良くなるためにとリョウ先輩の用意したトークテーマが書かれた巨大なサイコロを振る事になったのだが、その前に気になっていた事を聞こうと俺は挙手した。

 

「はい! 太郎君どうぞ」

 

「あの、呼び方なんですけど。伊地知先輩はいいんですけど山田先輩は俺も山田なんで、リョウ先輩って呼んでもいいですか?」

 

 司会役の伊地知先輩に指名された俺がそう言うとリョウ先輩は快く快諾してくれたが、伊地知先輩はむくれた顔で抗議してきた。

 

「えー、ぼっちちゃんもリョウも名前呼びなのに私だけ苗字呼び―?」

 

「まあそれはそうなっちゃうんですけど……」

 

「私達も太郎君って名前で呼んでるしさっ! 思い切って言っちゃおう!」

 

 そこまで言われるとこちらとしては断る理由が無かった。まあ本人がいいって言ってるしいいか。

 

「じゃあ虹夏先輩って呼ばせて貰います」

 

「是非そう呼んでくれたまへ、それじゃーはい! 私も質問いいですか!」

 

「? はい、虹夏先輩どうぞ」

 

 そう言って俺の方を見て手をあげた虹夏先輩を指名した。

 

「太郎君とぼっちちゃんはどんな関係ですか!」

 

「それは私も気になる」

 

 最高に瞳を輝かせた虹夏先輩と、表情の変化の分かりずらいが興味ありそうなリョウ先輩の両名から質問を受けた。やはり女子高生はこういうの好きなんだなあ。

 

「俗にいう幼馴染ってやつですね。俺が小学校一年の時に転校してきてからだから……今年で十年目なのかな」

 

 こういうのは変に隠すから駄目な事を知っている俺は普通に真実を話した。それを聞いた虹夏先輩は満面の笑みで、リョウ先輩は興味津々と言った様子で俺とひとりを左右から取り囲むようにズズイと距離を詰めた。

 

「えー! すごい! そういうの本当にあるんだね! やっぱり十年間ずっと同じクラスとかそういう奴なの!」

 

「あっいえ、そういうのはないです。それどころかひとりとは十年間同じクラスになった事無いです」

 

「そっかー、やっぱそういう漫画みたいな事はそうそうないんだねぇ」

 

 虹夏先輩は残念そうにそう言うと少し落ち着いたのか、司会進行役に戻っていった。

 

 それからサイコロを投げた最初のテーマは学校の話になり、通学二時間の理由を聞かれたひとりが高校は誰も過去の自分を知らない所にしたいと話して引かれた後、同じく通学二時間の俺に話を振られた。

 

「太郎君はなんで秀華高なの?」

 

 ひとりとバンド組む為です。

 

 そう喉まで出かかったのを寸でのところで押し止めた。危ない危ない、昔した約束をいつまでも引きずってる幼馴染ヒロインみたいな発言をするところだった。今そんなことを言えばこの場の全員が混乱するだろう。せっかくひとりを受け入れてくれた恩人達にそんな真似はしたくなかった。

 

 だがひとりとバンドを組む事はやはり昔からの目標であり夢だから、いつか実現できる日が来ることを祈っていよう。

 

 ちらりとひとりの方を見ると、特に変わった様子もなくこっちを見ていた。その様子に安心した俺は少し考えて適当な理由をでっち上げた。

 

「あのー、東京。東京に憧れて、高校は東京が良くって。ひとりがここに行くって聞いたんで便乗しました」

 

「あーちょっとわかるかも。なんか東京の学校っておしゃれー! って感じだもんね」

 

「私も下北は古着屋さん沢山あって好き」

 

 我ながらなかなか良い回答だと思っていたら、案の定先輩二人も納得したらしかった。ひとりはリョウ先輩の古着屋巡りに勝手にダメージを受けていた。

 

 次の話題の音楽の話になった時、メモを取りながら聞いていた俺は驚愕した。なにせドラムヒーローとして上げる動画は全て流行りの曲のカバーばかりだったので、自分たちで曲を作るなど俺は考えていなかったからだ。

 

 聞けばリョウ先輩は作曲出来るらしく、ひとりも作詞を頼まれていた。なんともまあバランスの取れたバンドで、ひとりはいいバンドに入ったなぁと他人事ながら感心していた。

 

 いままで比較的大人しくしていたひとりが、次のノルマの話になった途端にぶっこんできた。どうやらバンドは売れるまでとてもお金が必要らしく、バイトをする必要があるらしい。そんな話になった時にひとりが鞄からおもむろに取り出した豚の貯金箱を見て俺は叫んだ。

 

「うわ、ひとり! お前なんて物持ち歩いてるんだ!」

 

「そうだよぼっちちゃん! そんな大事なお金使えないから……」

 

「前におばさんがソレ探してたんだぞ、貯金しようと思ってるんだけど貯金箱が見つからないって……お前が持ち歩いてたのかよ。何時から持ってたんだ? おばさんかなり前から探してたから、ソレあんまり入ってないはずだから多分足りないぞ」

 

 俺の言葉を聞いたひとりはバイト確定で世界の終りの様な目を向けたかと思うとがっくりと項垂れた。そんなやり取りを見ていた虹夏先輩はひとりにSTARRYでバイトすることを提案したが、ひとりはどうにも踏ん切りがつかないようだったので見かねた俺は虹夏先輩に声をかけた。

 

「すんません、タイムを要求します」

 

「認めます」

 

 両手でTの字を作った虹夏先輩に軽く頭を下げて、ひとりを連れて部屋の端の方に移動した。

 

 不安そうに俯いているひとりに向かって俺は声をかける。

 

「いいかひとり想像してみろ、ライブハウスでバイトしたとするだろ?」

 

 そう言って俺は裏声で芝居ったらしく声を出す。

 

「後藤さ~ん、放課後は何してるの~(裏声)」

 

「あっ、放課後はライブハウスでバイトしてます」

 

 ひとりの体が少し反応したが、まだ俯いたままだった。駄目か……じゃあ次は熱血大陸っぽく行くか。

 

「んん、あーあー。高校時代に何かアルバイトはやっていましたか? (低い声)」

 

「高校時代は下北沢のライブハウスでバイトしてました」

 

「なぜライブハウスでバイトを? (低い声)」

 

「う~ん、私にとって音楽って言うのは酸素みたいなものなんですよね、だから魚が水を求めるように私も音楽がある所じゃないと生きられなかったんです」

 

 見ればひとりが瞳を輝かせてこっちを見ていた。現金な奴だな。う~ん説得してたら俺もライブハウスでバイトしてみたくなったぞ。ひとりに戻るか尋ねると頷いたのでテーブルに戻る事にした。

 

「あ、戻って来た」

 

 談笑していた先輩方に迎えられて席に座る。

 

「で、どうかなぼっちちゃん。一緒にここでバイトしない?」

 

 再度虹夏先輩に尋ねられたひとりは長い葛藤の末「がんばりましゅ……」と決断した。

 

「そうだ、ぼっちちゃんが心配だったら太郎君もここでバイトすれば? 男の人が居たらウチも色々助かるし!」

 

 ありがたいお誘いだったが、ひとりだけならまだしも二人も急に雇って大丈夫なんだろうか? 先輩方二人もいるしライブハウスの事を全く知らない俺は人数過多な気がしたので虹夏先輩に聞いてみた。

 

「あの、非常にありがたい話なんですが。いきなり二人も雇ってもらって大丈夫なんですか?」

 

「うーん、私たちも毎日出てる訳じゃないから多分大丈夫だと思うんだけど……太郎君に関してはちょっと聞いておくから分かったら連絡するね。あ、ロインID教えてよ」

 

 そうして虹夏先輩と連絡先を交換した後、今日の集会はお開きとなった。

 

 

 

 先輩達に見送られてライブハウスを出て電車に乗り、二人並んで座れるくらいに乗客が減ったところでひとりがぼそりと話し始めた。

 

「あ、あの。太郎君……バンド一緒に組めなくて……ご、ごめん……」

 

 その長い前髪で表情は伺えなかったが、最後は消え入りそうなほど小さな声だった。

 

「うん? ああ、まあしゃーない」

 

 俺は努めて明るく言ったが、ひとりの様子は変わらなかった。だが考えてみればひとりが落ち込むのも無理はない、だって俺をバンドへ最初に誘ってきた(・・・・・・・・)のは他ならぬひとりだからだ。

 

 まあ考えたくはないが結束バンドが解散することだってあるかもしれないので、まだ先の事は分からないが、順調にいけば確かにこの先ひとりとバンドは組めないだろう。だがせっかく待望のバンド活動が始まったのに、そんな後ろ向きな事を考えるなんてもったいないと思い無い頭を絞って考えていると、ふと名案が思い付いた。

 

「まあ確かに一緒にバンドは組めないかもしれないけど、そうだな……俺もこれからなんとかバンド作るからさ。そしたらひとり、対バンやろうぜ」

 

「……対バン?」

 

 不安そうにこちらを向いたひとりは、不思議そうに聞き返した。

 

「そうそう、対バン。STARRYでやらせてもらおうぜ。そんで人気が出たら……ドーム! 最終目標はドームライブで対バンやろう!」

 

「ドームで対バン……」

 

 ひとりは確かめるように俺の言葉を繰り返した。

 

「別に武道館やスーパーアリーナでもいいぞ。でもひとりは人見知りであがり症だからな、いきなりでかいライブで対バンは難しかろう。だから……それまで先に結束バンドでよく練習しておいてくれ」

 

 俺はドヤ顔でそう言うと、ひとりは少し眉を吊り上げて反論してきた。

 

「そ、そんなことないし……よ、余裕だし……中学の時は妄想でドームも武道館もスーパーアリーナも何百回も埋め尽くしたし……」

 

 怖いよ、こいつ偶にブツブツと何か言ってると思ったらそんな事やってたのか……まあなんにせよこれで俺など気にする事無くバンド活動をしてくれたら、俺としてもバンド結成活動(未定)に専念できるってもんだ。

 

「それに先の事は分かんないからな、お前が結束バンドに入ったのもまあ偶然みたいなモンだし、もしかしたら俺とお前も、この先偶然バンドを組むこともあるかもしれないしな」

 

 これは俺の願望だ。ドーム対バンまで一回も共演無しってのも寂しいし、いつか何かで機会があればいいなあなんて思っている。

 

 それから二人で将来どこのライブ会場でやりたいだの、ひとりから「ドームライブ出来る位人気になれば高校中退できるかな?」などと言う馬鹿な話をしていた途中。

 

「あっあの、太郎君」

 

「うん? 何だ」

 

 不意にひとりに呼ばれて顔を向けると、俺と目が合ったひとりは慌ててせわしなく視線を動かした末そっぽを向いてしまった。

 

「あ、あの……その……あ、ありがとう……」

 

 そう言ってひとりははにかむように笑った。

 

 

 はーかわいい、この娘アイドル事務所に入れると思いませんか。




主人公のバンド結成話は辛気臭くなるのでやりたくないけど、結束バンドに入れない以上どうしても触れなきゃいけないのでなるべくさらっと流します。


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003 初バイトの話

バイト回は金銭が発生していると思うとあんまりふざけた事書けないので短め。


 虹夏先輩からSTARRYバイト合格連絡を受け取った俺は、(きた)るバイト初日にひとりと共にSTARRYへと訪れた。

 

 あれだけ嫌がっていたひとりも覚悟を決めたのか、特にぐずることも無くすんなりとSTARRY前までやって来た。のだが、今日はひとりに先に入る様に言って後ろに控えていると、ひとりは扉の取っ手を掴んでまるで石像の様に動かなくなってしまった。

 

「おい、まだか?」

 

「ちょ、ちょっと待って。もうすぐ、もうすぐ絶対入るから……」

 

「チケットの販売は五時からですよ。まだ準備中なんで」

 

「ひいぃ!」

 

 しばらくひとりが沈痛な面持ちで扉の前で立ち尽くしているのを俺がせっついていると、後ろから女性の声が掛けられてひとりが飛び上がった。振り返ると女性は訝しむような視線を俺達に向けていた。完全に不審者扱いである。

 

「あっうぇ……ちちち違……いったんおちおち、落ち着い……」

 

「あっすみません、俺達今日からここでアルバイトさせて貰うんですけど……」

 

「えぇ? ……ああそういえば虹夏がそんな事言ってたわ」

 

 暴走しかけたひとりを遮って慌てて弁明した俺の言葉を聞いた女性は、どうやら虹夏先輩から聞いていた何かを思い出して納得がいったようで先程よりも少し雰囲気を柔らかくして、気だるそうに俺達二人の横を通り過ぎて扉を開いてこちらを見た。

 

「じゃあとりあえず中に入って」

 

 そう言って扉を潜った女性に続くように、すっかり怯えてしまったひとりを背中にくっつけて俺もSTARRYへと入っていった。

 

 女性はドリンクカウンター前の椅子に座ると紙パックのジュースにストローを差しながらこちらへと向き直った。

 

「あたしここの店長だから、よろしく」

 

「……ってことは虹夏先輩のお姉さんですか?」

 

「あ? 虹夏に聞いたの?」

 

 俺がなんとなく聞いてみると、睨むような、眠そうな様な目でこちらを見てきた。

 

「はい、連絡貰った時に聞きました」

 

「に、虹夏ちゃんのお姉さま!?」

 

 ひとりが驚いた事に俺が驚いた。いやなんでお前が驚くんだよ、多分どっかで虹夏先輩から説明されてるぞ。

 

 店長は俺の隣で緊張の為かウネウネとせわしなく動いていたひとりを見て、少し悩んでから思い出したように言った。

 

「あれ? って言うか段ボールに入ってライブしたギターの子じゃん……確かマンゴー仮面」

 

「マンゴー仮面?」

 

 俺が疑問を抱きながらひとりを見ると、何故かひとりは店長のマンゴー仮面呼びにいたく感激していた。

 

 もしかしてひとりはマンゴー仮面と言うニックネームでバンド活動する気だろうか? 流石にそれはダサい気もするが、あえて外したイカす名前だったりするんだろうか? それよりも俺は段ボールに入っていた事の方が気になるんだが……もしかしてライブパフォーマンスってやつだろうか? なんてことだ、ひとりの奴演奏だけでなくもうライブパフォーマンスまで完備してるのかよ。ホンマひとりさんの向上心は冬の八甲田山並みやで! しかし段ボールに入ってやるパフォーマンスってどんなものだろう……

 

「そんな名前じゃないでしょ、お姉ちゃんも適当なあだ名つけないでよー」

 

 ひとりのパフォーマンス内容を聞こうとした所で背後から虹夏先輩の声が聞こえて来た、どうやら俺達が店長と話している間にリョウ先輩と二人で入って来たらしい。

 

「ここはお姉ちゃんがやってる店だから、そんな緊張しなくていいよー」

 

「ここでは店長って呼べ、あと仕事に私情を挟むな」

 

 ひとりの緊張をほぐそうとして言った虹夏先輩をやんわりと(たしな)めた店長はそのままノートパソコンに向き直った。ライブハウスの店長と聞いてクールな感じを想像していたが、今飲んでいる紙パックジュースの名前を見る限りそういうのが好きなんだろうか? 今度なつかしの味で健康サポートするマ〇ーでも差し入れてみようかな。

 

 そうこうしている間にそのままバイト開始の時間となり、結局ひとりのライブパフォーマンスについては聞けずじまいだった。くそう、これが円盤には収録されないライブだけの特典って奴か。

 

 俺達の様な新人バイトの仕事は清掃や機材の片づけ、ドリンクスタッフに受付くらいらしい。照明や音響などの仕事もあるがこちらは専門的な知識が必要なので専属スタッフが行うとの事だった。

 

 テーブルを片づけてからの掃き掃除が終わり、ひとりは虹夏先輩にドリンクの仕事、俺はリョウ先輩に受付の仕事を教わる事になった。

 

「多分この仕事は太郎の担当になるだろうから頑張って覚えてね」

 

 俺はひとりのおまけで雇って貰っているので、基本はひとりと同じシフトで働くことになる。虹夏先輩は大体いるらしいがリョウ先輩は毎回いる訳では無いので、虹夏先輩俺ひとりの三人の場合、スペース的にも一人で行う受付業務は確かに俺の担当になりそうだった。

 

 そうリョウ先輩に言われて受付の仕事を教えてもらったが、受付の仕事はざっくり言うと客から来店した目的のバンド名を聞いてチェックを入れ、ドリンク代とチケットを受け取り、チケットをもぎって半券とドリンクチケットを渡す仕事……らしい。

 

 ドリンクカウンター付近から途中で聞こえて来るギターの音や虹夏先輩の叫び声に不安を感じながら一通り受付のやり方を教わった後は自分が客の役になったり、リョウ先輩に客の役をやってもらったりして仕事を覚えていた。

 

 内容自体はそれほど難しい物ではなかったので早々に手持無沙汰になってしまい、なんとなく居心地の悪さを感じているとリョウ先輩が話しかけてきた。

 

「太郎はバンド組むの?」

 

「えっ? バンドですか?」

 

 リョウ先輩の唐突な質問の意味が分からず思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまった。

 

「そう、この間のバンド活動会議で熱心にメモ取ってたから」

 

「ああ、なるほど。メンバーに当てがないんで組めるかは分からないんですけど……ひとりがバンド始めたって聞いてちょっとやってみたくなりました。といってもまだ何も決まってなくて、前のメモも将来の為の勉強って感じです」

 

 リョウ先輩はこの間の俺が色々とメモっていたことを見ていたらしい。納得した俺が正直に話すとリョウ先輩は小さく頷いた。

 

「楽器は何やるか決まってる? 私としてはベースをお勧めする」

 

「ドラムがやりたいです」

 

 特に隠す事も無いので、悩む事も無く即答した俺にリョウ先輩は少し驚いた顔をした。

 

「なるほど、虹夏狙い」

 

「いや違いますよ」

 

 冗談とも本気とも判断がつきづらい表情でリョウ先輩が言った言葉を即座に否定した。もし本当にそんな理由で虹夏先輩に近づいたらあの店長の事だ、おそらく速攻で出禁である。

 

「冗談。でも虹夏も喜ぶと思う、ドラムは色んな理由でやりたがる人が少ないから。何か知りたいことがあれば、もしよければ私から虹夏に話しておくけど」

 

「ありがとうございます、でも必要になったら自分で聞きに行きます」

 

 どうやら本当にドラムは人口が少ないらしい。まあその辺りは俺も身をもって体験しているので理解している。練習場所とか練習場所とか練習場所とか。そう思うと実家がライブハウスな虹夏先輩がかなり羨ましい。しかしドラムが供給不足なら俺がどこかのバンドに潜り込める日も近いかもしれない。

 

 そんな話をしているといつの間にかチケットの販売時間になりSTARRYの扉が開き客が入って来たので、俺の受付バイト研修が始まったのだった。

 

 しばらくはリョウ先輩の見学をしていたが、客足が落ち着いてきた所でリョウ先輩と交替して受付をしていると店長から声が掛かった。

 

「リョウ、今日のバンドはどれも人気あるし勉強になるだろうから見てきていいぞ」

 

「ん、わかった」

 

 そう言って席を立って歩いて行くリョウ先輩を見送った店長は、先ほどまでリョウ先輩が座っていた俺の後ろにある席に入れ替わるように座った。

 

 ライブの始まる時間のせいか新しく客が入ってくるような事も無く、俺と店長の二人は無言で椅子に座っていた。なんだ? なんで店長は無言なんだ? 座るのは監督って事で理解できるが、なんで無言なんだ? いや仕事中だし当たり前か。 

 

 そんな風に不安に思っていると、思い出したように店長が口を開いた。

 

「そういえば太郎君はぼっちちゃんのギターって聞いたことあるの?」

 

 早くもぼっち呼びが定着している事と、突然の質問に俺は困惑した。もちろん聞いてる、というか動画サイトの奴でもいいのなら多分妹のふたりちゃんの次くらいには聞いてると思う。

 

「は、はい。ありますよ。そういえば店長さんは聞きましたか? あいつのギター、俺はかなりのものだと思ってるんですけど」

 

 俺がそう言うと店長は少し驚いた顔をしてこっちを見た。あれ? もしかしてそんなでもないのか? 俺は上手いと思うし、動画サイトでは絶賛の嵐だったが……

 

「……いや、うん。結構上手いと思うよ」

 

 少しだけ悩んでそっぽを向いてそう言った店長は、それきり眠そうな顔をして腕を組んだまま黙ってしまった。

 

 おかしいな、俺の予想ではあいつは十年に一人(ひとりだけに)の才能、だとか今の邦ロックの頂点を狙える逸材、とかそういうのを期待してたんだが……

 

 結局俺のバイト終了まで店長は後ろの椅子に無言で座ったままだった。

 

 

 

 バイトが終わって店長達に見送られてSTARRYを出た俺達は駅に向かって二人で歩いていた。

 

「そういえば……」

 

 先程の店長の言葉が気になったが、俺は言葉を飲み込んだ。こういうのは次のライブに行く楽しみに取っておくとしよう。だから俺は別の話題を振る事にした。

 

「そういえばひとり、俺が受付教えて貰ってる時にそっちからギターの音が聞こえて来たけど、何してたんだ?」

 

「あ、あれは、その……虹夏ちゃんの説明が覚えきれなくて、歌にしたら覚えられるかなって……」

 

 そう言ったひとりは恥ずかしかったのか慌てて話題を変えるように話し出した。

 

「そ、そういえば太郎君はライブハウスが飲食店扱いだって知ってた? 確かライブだけだと営業許可取るのが大変なんだって、だからドリンクを提供するんだって虹夏ちゃんが言ってた」

 

「えっ! そうなのか? って事は俺達あのリア充陽キャ御用達のファストフードやファミレスなんかと同等の飲食店バイトやってるって事か!?」

 

「そうだよ! あのハードルの高い飲食店バイトをいつの間にか私たちやってたんだよ!」

 

 ひとりの説明に興奮した俺が問いかけると、ひとりも興奮したように答えてきた。心なしか頬も上気している気もする。というか実際に赤くなっている。こいつ飲食店バイトの事でそんなに興奮してるのか。

 

「で、どうだったひとり。初バイトの感想は」

 

「う、うん。このバイトなら意外とやっていけそう。明日も頑張るぞ~」

 

 なんとか初バイトを乗り切った解放感からか、ひとりにしてはかなり強気な発言が飛び出した。あるいはこれからの自分を鼓舞しているようにも見えたが。先程STARRYを出た時も虹夏先輩にまた明日、と言っていたから案外本当にやる気があるのかもしれない。

 

 最初はどうなるかと思ったバイトも何とかなりそうだと思った俺は一番気になっていることを聞いてみる事にした。

 

「ところでひとり、段ボールに入ってライブ出たって言ってたけどどういう事したんだ? やっぱライブパフォーマンスか?」

 

「!? あ、ああれはなんていうか……そ、そう! パフォーマンス! ライブパフォーマンス!」

 

「マジか!! どんな事やったんだ!?」

 

「えっ!? あっ……だ、段ボールを……その……や、やっぱりひ、秘密……くしゅん!」

 

 俺の疑問にひとりは落ち着きなく視線を動かして、しどろもどろになりながら盛大にくしゃみをした。先輩達に聞けば分かるのだが、どうやら本人は教える気は無いらしい。

 

 そっかぁ……やっぱりライブ限定特典か……こりゃ次のライブは絶対に行くしかねーな。




主人公は結束バンドに入ってないので、後藤ひとりの意識を大きく変える話、俗に言う良い話に主人公を関わらせるのは意図的に避けてます。


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004 ギターボーカル探しの話

陽キャエアプなのでおかしなこと言ってるかもしれません


 STARRYでの初バイトの後に風邪を引いたひとりが復帰してしばらく経った月曜日の朝、ニコニコ顔でギターを担いだひとりを発見した。

 

「おはようひとり、今日はえらく機嫌が良いな。ギターまで持ち出してどうした」

 

「おはよう太郎君! あのね、私今朝考えたんだけどね……バンドしてライブハウスでバイトまでした私ってもう陰キャじゃないと思わない!? 後藤ひとりレベル百だよ百!」

 

 まだ熱があるんじゃないかと思う程の勢いでまくし立てられた俺は若干怯んでしまった。

 

「そうかな……そう、かなぁ?」

 

 昔ひとりが言っていた、バンドは陰キャでも輝けるという言葉は、陰キャのままでも輝けるって意味であって、輝いてる(イコール)陰キャじゃ無いとはならないだろ。しかし珍しく積極的なひとりにそんな事を言って勢いを削ぐ必要も無いので俺は言葉を濁した。

 

「そうだよ! だからギター持っていったら今日こそは誰か話しかけてくれるかなって!」

 

 なんで最後に発想が陰キャになるんだよ、そこは話しかけるぞとかだろう。ただまあ無理な物は無理だし、過去にこれでバンドメンバーをゲットしている実績があるので俺は強く言えなかった。成功してない奴の言い分に耳を貸すなとか成功を掴むまでやり続けろって言うしな。案外毎日ギターを持って学校に行ったら話しかけてくる奴がひょっこり出てくるかもしれん。知らんけど。

 

 結局俺は浮かれ気分のひとりを何も言わずに見守る事にした。

 

 昼休みになりいつもの場所に向かうと、ひとりはもう先に着いており半泣きになりながらおにぎりを食べていた。朝のテンションとはえらい違いだ。

 

「おいおいどうした、レベル百の後藤ひとりともあろうお方がそんな顔して。それで結局誰かに話しかけてもらえたか?」

 

 俺がそう言うとひとりはがっくりと肩を落としながら話し始めた。

 

「実は今日クラスの人が音楽の話をしてて……」

 

「ほう」

 

「それでつい反応しちゃって……そしたら、あ! って思ったよりも大きい声が出ちゃって……」

 

「お、もしかしてひとりから行ったのか?」

 

 自分の弁当を食べながら話を聞いていると、なんだか本当にレベル百の様な展開になって来た。

 

「い、行ったと言えば行ったんだけど……」

 

「だけど?」

 

「普段話かけて貰う事ばっかり考えてたから何言えばいいのか分かんなくなっちゃって……つい、忘れましたってぇ……」

 

「そっかぁ……」

 

 そこまで言うと、ひとりはがっくりと項垂れた。ノープランで動くと不測の事態に対応できないのは理解できるので俺はそれ以上何も言えなかった。

 

「絶対ヤバイ奴だって思われた、もう調子に乗るのはやめる……慎ましく生きる……」

 

「バカおまえ、ギタリストが慎ましく生きるな。ギタリストならもっと図太く生きろ、それこそがロックだろうが。あと多分おまえがヤバイ奴なのはもうバレてるぞ」

 

 慎ましさからかけ離れた理由でギタリストを目指した奴がおかしなことを言うので、俺は突っ込んだ。するとひとりは勢いよく顔を上げて俺の顔を見た。

 

「……そうかな?」

 

「そうだよ」

 

 前半部分と後半部分どちらに対しての疑問なのかと考えたが、結局どちらも間違っていないので俺はただ頷くことにした。

 

 その後少しだけ元気になったひとりと弁当を食べていると上の方から女子の話し声が聞こえて来た。人の声に驚いたひとりと一緒に聞き耳を立てていると、どうやら喜多さんなる人物の話だった。それによるととても歌が上手いらしく、前はバンドをしていてギターも弾けるらしい。

 

「あっ、喜多ちゃーん」

 

「やっほー」

 

 どうやらご本人が登場したようで、先ほどの女子が喜多さんにバスケの試合の助っ人をお願いした辺りで声は聞こえなくなった。

隣を見ると、いつの間にか近くにあった机を積み重ねたその上でひとりが頭を抱えていた。

 

「うわ何してるんだお前、危ないぞ」

 

「た、太郎君……降ろして……」

 

 不安定な足場から降りられなくなったひとりの脇の下を抱えて猫のように降ろしてやると、ひとりは焦ったような顔をして話し始めた。

 

「ど、どうしよう太郎君。喜多さん凄くかわいくて……絶対いい子だ。その上人望もあってギターまで弾けるなんて……そんな人に私がウチのバンドのギターボーカルに興味ありませんかなんて聞けないよぉ……それにもし断られたら……」

 

 頭を抱えたひとりの言葉で俺は結束バンドがボーカルを探していたのを思い出した。なるほど確かに歌がうまくてギターが出来るなら最適な人材かもしれない。ひとりもバンドメンバーの一人としてボーカル探しの役に立とうとしているみたいだし、ここはひとつ俺が背中を押してやろう。

 

「よし、じゃあひとり。今からお前は喜多さんに断られに行ってこい」

 

「はぇ? ……どういう事?」

 

「いやだからお前は今から喜多さんに、ウチのバンドのギターボーカルに興味ないですか? って聞いてごめんなさいって言われに行くんだよ。そう考えれば気が楽だろう? お前が声をかけようと思ったんなら後悔だけはしない様に声だけはかけて来い、骨は拾ってやる」

 

 俺がそう言うとひとりは少し考えてから大きく頷き、荷物もそのままに走っていった。

 

「断られに行ってこい、ね。どの口が言ってんだかな……よしっ」

 

 ひとりの背中を見送った俺は手早く弁当を食べ終えると、ひとりに先に戻る旨のメモを残して立ち上がり歩き出した。

 

 ひとりはウルトラCで校外のバンドに入ったが、俺はそんな芸当は出来ないのでまずメンバーを探すなら軽音部からだろうと前から考えていた。なかなか踏み出せずにいたが、今日のひとりを見て一度足を運んでみる事にしたのだ。部屋の中から微かに演奏の音が聞こえて来る事から人が居るのは確かだが、良く考えると昼休みに見学に来るのもおかしな気がしてきた。

 

「軽音部に何か用?」

 

 やはり放課後に出直すかと考えていると、後ろから声が掛かった。見れば如何にもチャラそうな、軽音やってますみたいな男子生徒だった。

 

「あ! もしかして入部希望者!?」

 

 男子生徒の圧力に気圧された俺は曖昧に返事をすると、男子生徒は勢いよく扉を開けた。中には七人程の生徒が練習していたようで、勢いよく開いた扉に驚いた部員はこちらを見た。

 

「おい! 入部希望者来たぞ!」

 

 声をかけてきた男子生徒は大声でそう言うと馴れ馴れしく俺の肩を抱きながら部屋の中へと歩を進めた。

 

「え! マジで!」

 

「こんな時期に珍しいな、一年?」

 

「あ、すまん。まだ聞いてなかったわw俺達は二年で、俺はドラム、あいつらは見ての通りギターとかベースとか」

 

「あ、一年の山田太郎です! 右投左打でポジションはキャッチャーです。軽音部の見学に来ました」

 

 俺が勢いでいつものネタ自己紹介をすると、沈黙が場を支配した。しかし次の瞬間軽音部達が反応した。

 

「え! 太郎くん野球部なん!? なに野球部と軽音部の掛け持ち!?」

 

「スゲーw 掛け持ちとかパネェw」

 

「俺昔野球やってたから結構詳しいよ、ほらコレw」

 

「出たwトルネードw古いw」

 

「いやいや、どう見ても今のネタだからwえっ、山田太郎って本名なのwマジでwどこまでがネタなのw」

 

「山田くん面白いねw見学だっけ? なんか希望の楽器あるの? やっぱギター?」

 

「あっえっと。ドラムです」

 

「おっドラム! 俺と一緒じゃん」

 

「めっちゃ地味だけどなw」

 

「はぁwドラム馬鹿にすんなw」

 

「いやwでも地味じゃんw太郎君知ってるギターのコイツにはファンクラブとかあるんだせw」

 

「文化祭めっちゃ格好良かったからファンになったんだってw」

 

「ギターメッチャモテるよw前にベースの先輩が連れてきたボーカル志望の女子がギターの先輩と付き合い始めたしw」

 

「あれメッチャウケたよなwそのあと他の軽音部全員で励ましのカラオケ行って喉潰れたしw」

 

「あん時の先輩メッチャ泣いててスゲーウケたw」

 

「お前ら脱線してるぞw太郎君ドラムやるならこいつに聞けばいいよw」

 

「こいつと俺等おな中でさあ、中学の時からバンド組んでんだけど、コイツ結構上手いよw」

 

「コイツ以外でもドラムやってる人いるからコイツ駄目でも他で聞けばいいからw」

 

「ウチの部活マジでいいよwみんな仲良くて和気藹々で、何て言うの……団結力がスゲーみたいな?」

 

「週一でカラオケ行くしなw」

 

「そういえば今度先輩の彼女の誕生日にライブハウスでライブするとか言ってなかった? 貸し切りでやるから出たい奴でれるらしいぞw」

 

「マジで!」

 

「マジマジ、っつっても軽音部全員参加するだろーけどwあ、恋愛ソング限定らしいぞw」

 

「全然おっけーだわwあっ! 太郎君も軽音部入ったら行けるじゃんw」

 

「おっ! そうだなw太郎君良かったら……」

 

 ……地獄かよここは。俺が一体何をしたって言うんだ。いや何もしなかったからだわ。そんな暗澹(あんたん)たる思いで話を聞いているとこの状況を救う昼休み終了の予鈴が鳴った。

 

「おっと、そろそろ戻らないとな」

 

「あっ、太郎君良かったら放課後にまた来てよwそんで俺達の演奏聞いてみてよw」

 

「あっはい……」

 

 そう返事をするので精一杯だった。ちなみに放課後は行かなかった。だってバイトがあるから。

 

 

 放課後、人目に付かないような校門脇で立っているひとりを見つけた俺は、思わず駆け寄ってひとりを抱きしめた。

 

「ひとりっ!!」

 

「あ、太郎君……って! ど、どどどどうしたの!? ちょ、ちょちょちょ待……」

 

 昼休みに軽音部で陽キャオーラを浴び過ぎた俺は、ひとりの伸ばしっぱなしの前髪と姿勢の悪い猫背とダサいピンクジャージに実家の様な安心感を覚えてどうにも耐えきれなくなってしまったのだ。

 

「う”う”……ひとり……はあ……やっぱお前の傍が一番落ち着くわ」

 

「!? な、ななななな何何なに!? ど、どどどういう事!?」

 

 俺の腕の中でパニックになっているひとりを他所に昼休みのトラウマから俺はしばらく半泣きになりながらひとりの陰キャオーラを堪能していると背後から少女に声をかけられた。

 

「ごめんね後藤さん、お待たせ……って、きゃー!! 後藤さん何してるの!!」

 

 少女の叫びに驚いてひとりから離れて声がした方を振り返ると、そこには大きなギターケースを背負った赤髪の少女が驚きに瞳を輝かせながら立っていた

 

「へ?……誰? って、ち、ちちち違うんです! 知り合いなんです!」

 

 俺は慌てて弁明した。確かに見ようによっては男子生徒が女子生徒を襲っているようにも見える、と言うか事情を知らない人が見たらそうとしか見えない。ヤバイ、しかも目の前の女子生徒は雰囲気からカースト上位勢だ、マズイ、俺の学校生活が終わる。とにかくここはひとりに助けを求める他ないと思い俺はひとりに声をかけた。

 

「すまんひとり、お前からも説明してくれ! 最低でも知り合いである事を証明してくれ!」

 

 そう言ってひとりを見たが、ひとりは顔を真っ赤にして盛大にバグっていた。意味不明な言葉を呟きながら不気味に笑っている。なんだってこんな時にいつもの発作が……と思ったがよく考えたら俺のせいなので覚悟を決めて赤髪の少女に土下座を実行した。

 

「すあせん(すみませんの略)! あ、あの……違うんです。俺は今日その……いろいろありまして……ちょっとひとりに、いや後藤さんにパワー的なものを分けて貰おうと思って……」

 

 イカン、口を開けば開く程犯罪者に聞こえて来る。これならいっそ付き合ってますと嘘をついた方がマシだったのではないだろうか。どうせ俺やひとりの事など一日と経たずに忘れられるだろうし。俺がそんな言い訳を並べていると赤髪の少女は興奮したように叫んだ。

 

「今ひとりって……後藤さんこの人ってもしかして後藤さんのカレ……」

 

「あっ、ち、違……太郎君はそういうのじゃなくて……えっと……あっ舎弟です」

 

 赤い顔で意識のみ急速に復帰したひとりが速攻で否定した。お前それ気に入ったのかよ。でもナイスだひとり! なんとかひとりのおかげで助かりそうになった流れにのって俺は自身の潔白を証明するために自己紹介を始めた。

 

「あの、俺は山田太郎……です。ひとりの幼馴染です。それでえっと……」

 

 流石の俺もこの状況でドカベンネタをぶっこむ気にはなれなかった。俺の発言をひとりが否定しなかったせいか、納得したらしい赤髪の少女は俺に名乗り返した。

 

「喜多郁代です。喜多ちゃんって呼んでね。それにしても山田君って後藤さんの幼馴染なのね! すごい! だからあんな大胆な事してたのね! それに本当にそんな人いるのね!」

 

 なんとか乗り切ったようだが、この話をするとみんな同じこと言うな。まあ確かに俺も十年来の幼馴染がいますって人には会ったことが無いから気持ちは分かるが……それにしてもこの人が喜多さんって事はひとりは昼休みの勧誘に成功したのかよ、ひとりって実はコミュ強なのでは?

 

 どうやら喜多さんも一緒に行くらしく、道中話を聞けば喜多さんは実はギターが弾けないらしい。その為に前に入っていたバンドを逃げ出したので、ひとりにギターを教えて貰って弾けるようになって謝りに行きたいとの事だった。

 

 確かにひとりは独学でギターを弾けるようになったので、同じような初心者の難しい所などが共感しやすいかもしれない、それにひとりは学校の休み時間図書館通いだったせいかこう見えて意外と理論も備えているのでコミュニケーションさえなんとかなれば教えるのに向いているのかもしれない。

 

「それにしても喜多さんギター持ってたんですね。逃げたって言ってたからてっきり……それ中身入ってます?」

 

 ギターが弾けなくて逃げたと言っていたから、最悪買っていないか、空のギターケースだけ持ち歩いているかもしれないと思った俺は冗談めかして聞いてみた。

 

「失礼な! ちゃんと入ってます。流石にギターも買わずにバンドに入るほど肝は座ってないわよ」

 

 そう言うと喜多さんは困ったように笑いながらギターケースをゆすって見せた。

 

 うわあ、かわいい。喜多さん絶対いい子だ。なんて昼間のひとりと同じ感想を抱いてしまった。

 

「痛っ! おいひとり、下北苦手なのは分かるけど力を入れるな、抓ってるぞ」

 

 話しているといつの間にか下北沢に着いていたらしく、相変わらず下北沢が苦手なひとりは俺の背中に隠れながら俺の腰を掴んで歩いていた。向かう先が下北沢にあると知った喜多さんは辺りを見渡しながらややこわばった声で言った。

 

「バイト先って下北沢だったのね……」

 

「……来たことあるんですか……?」

 

 下北沢の空気に気圧され気味なひとりが弱々しく尋ねると、喜多さんは説明しだした。いわく前のバンドが下北系だった事と、先輩の一人が下北沢に住んでいるらしい。

 

 しばらくおっかなびっくり歩いていた喜多さんも、俺達の奇妙な歩き方の方が気になったのか不思議そうに尋ねてきた。

 

「それって歩きづらくないの?」

 

「もちろん歩きづらいですよ、でもこれでも随分マシになったんで多分その内一人でも大丈夫になりますから。それまでの辛抱です」

 

 それ、とは背中に隠れているひとりの事だろう。もっともな疑問をぶつけてきた喜多さんに少し困ったように返すと、次の瞬間虹夏先輩の声が聞こえて来た。

 

「あ、太郎君とぼっちちゃーん。よく分かんないけどエナドリ沢山買ってきたよぉ……って、あっ! 逃げたギターーーーーーーーーー!!!」

 

 見ればエナジードリンクを両手いっぱいに抱えた虹夏先輩がこちらを向いて叫んでいた。

 

「「逃げたギター?」」

 

 俺とひとりの声がハモる。叫んだ虹夏先輩は何故か喜多さんがここにいる事を驚いているようだったが俺たち二人には何のことだかさっぱりだった。虹夏先輩を見ながらあわあわと慌てていた喜多さんは、少し遅れて片手でエナジードリンクの箱を抱え、もう片方の手でエナジードリンクを飲みながら登場したリョウ先輩を見つけると突然往来の真ん中で土下座を始めた。

 

「何でもしますからあの日の無礼をお許しください! どうぞ私を滅茶苦茶にしてください!」

 

 何があったかは分からんが喜多さんってかなりやべー奴かもしれんねこれは。

 

 その後何とか喜多さんをなだめすかしてSTARRYへ連れてきた俺達五人はテーブルを囲んでいた。

 

 先輩達からエナジードリンクを一本買い取って飲みながら話を聞いていると、どうやら喜多さんが逃げたバンドとは、ひとりが公園で声をかけられる直前の結束バンドだったらしく、真実を話した喜多さんは気まずそうに下を向いていた。

 

 話を聞いた虹夏先輩は喜多さんが逃げ出した事に特に怒った様子も無く「あの日はなんとかなったしね」とひとりに笑いかけていた。

 

 なるほど、たしかに喜多さんが逃げたからこそひとりは結束バンドに入れたとも言える。そういう意味からいうと先輩方や喜多さんには悪いが、喜多さんの行動には感謝するべきなのかもしれない。

 

 それでもなお何か罪滅ぼしをと食い下がる喜多さんの為に、何とかこの場を丸く収める手段を考えていると店長から声が上がった。

 

「じゃあ今日一日ライブハウス手伝ってくんない? 忙しくなりそうだから」

 

 とりあえずそれで納得した喜多さんは店長に連れられてどこかへ行くと、何故かメイド服を着て戻ってきた。

 

 そのままバイト開始となり、メイド服姿で拭き掃除をしている喜多さんの事を店長や虹夏先輩やリョウ先輩が口口(くちぐち)に褒めてはひとりがショックを受けていたので俺がフォローをしてやることにした。

 

「ひとり、お前もメイド服着たら評価上がるんじゃないか?」

 

 そう冗談めかして言った瞬間、店長が凄い勢いでこちらを見てきた。うわ怖すみません冗談なんです半人前がメイド服なんか着てんじゃねーよって事ですねわかってますすみません。

 

 ひとりは自分のメイド服姿を想像して吐きそうな顔をしていたので店長からのそれ以上の言及は無かった。すまんひとり。

 

 その後虹夏先輩が喜多さんに受付の仕事を一通り教えると、喜多さんはドリンク業務へと戻っていき、いつも通り俺とリョウ先輩で受付の仕事を開始した。

 

 店長の言った通り今日は忙しく、リョウ先輩と二人体制で受付に対応してピークを乗り切り一段落したところでリョウ先輩と世間話をしていると、いつの間にか今日の昼休みに起きた事の話になったところで虹夏先輩が椅子を持ってひょっこりと現れた。

 

「なになに、何の話?」

 

「あ、虹夏先輩おつかれさまです。向こうはもういいんですか?」

 

 自然に椅子に座って話を聞く体勢に入った虹夏先輩に、ひとりと今日から入った喜多さんだけを残すのは少々不安があった俺は一応聞いてみた。

 

「大丈夫。喜多ちゃん優秀だし、ぼっちちゃんも慣れてきたからね。それになんとなく二人だけにした方が良いかなって……それでなんの話してたの?」

 

 思うところがありそうにそう言った虹夏先輩は、気持ちを切り替えるように俺達に聞いてきた。

 

「太郎がバンド組む為に今日の昼に軽音部に行った話」

 

「え! 太郎君バンド組むの!?」

 

 リョウ先輩が説明すると、俺の事情を知らない虹夏先輩が驚いて聞いてきた。ひとりとバンド組もうとしていた事は秘密だが、俺がバンドを組みたい事は特に隠す事でもないので気軽な調子で俺は答えた。

 

「そういえば虹夏先輩には言ってませんでしたっけ? 楽器はひとりと一緒に始めたんですけど、ひとり見てたらバンドもやってみたくなったんです。それで今日メンバー探しと言うか、軽音部に行ったんですけど……」

 

 そう言って俺は昼休みに軽音部で起こったことを二人に説明すると、虹夏先輩は盛大に笑った。

 

「あはは! そりゃ災難だったね!」

 

「悪い人たちじゃないとは分かってるんですけどね……どうにも俺とは合わないというか」

 

「高校の軽音部以外にもメンバー集めはいろいろ選択肢あるから、そのうち太郎にも見つかると思う」

 

 先輩達に慰められながら昼間の心の傷を癒していると、虹夏先輩が質問してきた。

 

「そういえば太郎君は楽器何やるの?」

 

「あっドラムです」

 

 俺が何気なく答えると虹夏先輩はとても嬉しそうに言った。

 

「えー本当!? 私と一緒じゃん! 太郎君どれくらい叩けるの?」

 

「それは私も気になる、それに太郎の腕次第でメンバー集めも変わってくるだろうし」

 

 そう聞かれた俺は悩んだ、ドラムヒーローの動画では沢山褒められているが実際あれはどれくらい叩けているのだろうか? めっちゃ出来ますっていうのも恥ずかしいし、全然ですって言うのも嫌味な感じだ。結局俺は曖昧な感じで誤魔化すことにした。

 

「あー……そこそこです」

 

 俺がそう言った瞬間先輩達二人の表情がスンってなった。まるで以前にそう答えて全然駄目だった奴を知ってるみたいな顔だ。

 

「アーウン、ダイジョウブダイジョウブ。コレカラコレカラ」

 

「キットメンバーミツカルトオモウ」

 

 くっそ、全然信用がねえ! 誰だよ、前にそこそこって答えて駄目だった奴は! お前のせいで先輩達俺のメンバー集めまともに取り合ってくれないじゃん! どうしてくれんのこれぇ!

 

 そうやって俺が心の中で前任者に八つ当たりをしていると虹夏先輩が思い出したように声を上げた。

 

「そうだ太郎君! ドラムヒーローさんって知ってる!? 数年前から動画投稿してる人なんだけど、ギターヒーローさんって人と並んで滅茶苦茶上手いって一部で評判なの!」

 

「えっ」

 

「知らないなら後でURL送るよ! 多分私たちとそんなに歳変わらないんだけど、もう最っ高に上手いから聞いてみて!」

 

「私もオススメに何度も上がってくるから聞いたけど、この人も凄く上手かった」

 

「ねっ! ギターヒーローさんと一緒でネーミングセンスはちょっと痛いけど……」

 

「えっ!?」

 

「私この人もフォローして新着通知もオンにしてるんだー。いつか生で演奏見てみたいなあ……」

 

 ……おいおいマジかよ。自分ではよく分からなかったけど、ドラムヒーローって名前痛いの? いやこれはひとりのギターヒーローに対抗して付けた名前だからほぼあいつの責任……じゃなくてそんな評価高いの? って言うかひとり! お前の評価も凄い事になってるぞ。

 

 俺は自分の高評価に思わず笑みが零れそうになるのを必死に抑えた。そうだ、こういう時はひとりから言われた昔のドラムヒーロー動画のダメ出しを思い出そう……「太郎君スネア引きづってるよ」「太郎君端叩いてるよ」「太郎君ここ遅れてるよ」「太郎君ここテンポずれてるよ」あっヤバイ切れそう。いや、あいつの指摘のおかげで俺は上手くなったん……駄目だわやっぱ腹立つから今度ギターヒーロー動画のダメな所探し出すわ。

 

 ひとりへの怒りで怖い顔になっていたのか、虹夏先輩は慌てて話を続けた。

 

「つまり何が言いたいかって言うと、上手くて話題の人も私たちが見てない所でたくさん、たっくさんドラムを叩いて来たんだろうなって。って前に同じ事ぼっちちゃんにも言ったんだけどね。だから今は駄目でも大丈夫、きっとバンドメンバー見つかるよ」

 

 そう言って励ましてくれた虹夏先輩にお礼を言うと、時間が来たのか虹夏先輩は椅子を持って戻っていった。そうして残った俺達はバイト終了の時間まで受付をして過ごしたのだった。

 

 バイトが終わる時間になると一目散に帰り支度をした喜多さんがひとり達結束バンドのメンバーに向かって挨拶をしていた。

 

「今日はありがとうございました。これからもバンド活動頑張ってください! 影ながら応援してます」

 

 俺はてっきり、ひとりがギターの先生になる事で喜多さんは結束バンドに入ると思っていたので、この発言に驚いていたのだが、その後結局ひとりや先輩方の説得もあって無事喜多さんは結束バンドに加入する事となった。俺? 俺は何も言わずに後ろの方で成り行きを見守ってただけだよ? バンドメンバーでもないのになんか言える訳ないだろ。

 

 喜多さんと話始めた先輩達を横目に、喜多さんの説得の為に柱に頭をぶつけて座り込んでいたひとりに近づくと手を貸して立ち上がらせながら声をかけた。

 

「お疲れさん。良かったな、喜多さん入ってくれて」

 

「う、うん……えへへ……太郎君もありがとう……」

 

 まさかひとりからお礼を言われるとは思っていなかった俺は怪訝な表情でひとりを見た。正しくオレ何かやっちゃいました? 状態だ。そんな俺を気にすることも無く、ひとりは下を向きながら話を続けた。

 

「今日のお昼、太郎君に声掛けて来いって言われなかったら……私何も出来なかったと思うから……だから」

 

 そう言ったひとりに俺は即答した。

 

「いや、俺が何か言わなくてもお前行ったと思うぞ」

 

「へ?」

 

 ひとりが驚いたように顔を上げた。

 

「お前がなんかやるって決めた時の爆発力は凄いからな……良くも悪くも。だから今回の事はお前自身の成果だよ」

 

 そう言って軽く背中を叩いてやると、ひとりは嬉しそうに頷いた。

 

 それから俺達は帰り支度をして挨拶すると、今回の立役者という事でひとりが他のメンバー三人に呼び止められてひとしきり褒められた後、喜多さんが申し訳なさそうに切り出した。

 

 「でも私いくら練習しても本当にギター弾けなかったの……何かボンボンって低い音がするのよね……」

 

 喜多さんの説明でそれはベースじゃないかと疑ったひとりに、喜多さんは笑いながら否定すると、みんなの前でケースを開けて見せた。

 

「弦が六本のとかもあります……」

 

「それ多弦ベース」

 

 俺や虹夏先輩のドラム組はよく分からなかったので黙って見ていると、ひとりとリョウ先輩に指摘された喜多さんはケースに入ったベースとひとり達とを視線を何度も往復させると……

 

「あひゅう……お父さんにお小遣いとお年玉、二年分前借したのに……」

 

 そう言って倒れた。

 

 結局喜多さんの多弦ベースはリョウ先輩が買い取ってくれる事になり、新しいギターもリョウ先輩から貸し出される事になった。最後に所持金が無くなったので草を食べて生きていくと言っていたリョウ先輩には不安を覚えるが、それ以外はおおむね丸く収まった様でなりよりだ。

 

 そんなSTARRYからの帰り道、俺はひとりと今日あったとりとめのない事を話しながら歩いていた。

 

「…………ってな訳で、今日の放課後お前に抱きついたのは深い訳があったんだよ」

 

「そ、そうだったんだね、学校であんな事してくるからびっくりしたよ……」

 

 ひとりは俺に抱きつかれていた事を喜多さんに見られたのを思い出したのか、少し顔を赤くしながら答えた。

 

「そういえば、虹夏先輩に昼休みの話をしたら俺がどれくらいドラム叩けるかって話になってな。そこそこって答えたら先輩達二人共まるで信じてなくてな、あれはきっと昔そこそこって答えてド下手だった奴がいると思うんだよ。おかげで俺の腕前の信用ゼロだぞ、まあいいけど」

 

「……ヘ、ヘェ。ソレハタイヘンダッタネ」

 

 そんなどうでもいい事を話しながら歩いていたが、やはり話題は喜多さん、ひいては今後の結束バンドの事になった。

 

「喜多さんが入っていよいよ結束バンド始動って感じだな」

 

「う、うん」

 

「そんでひとりは喜多さんのギターの先生か」

 

 俺がからかうように言うとひとりは猫背を一層深くしながら不安そうに答えた。

 

「う、ううう……私に出来るかな……」

 

「まあ喜多さん次第な所もあるけど、多分大丈夫だろう。なにせ初心者であんな高い楽器買うくらいだから覚悟は相当あるだろうからな。教える側に関しちゃひとりは理論も一応しっかりしてるし、実力に不足はないだろうし」

 

 なにせギターヒーローだからな。そう言うとひとりは顔をデロデロにしながらにやけていた。

 

「それにしても、バンドって具体的になにするんだろうな?」

 

 俺がそう言うと、ひとりもいまいちピンと来ていないようだった。もちろん曲を作ったりライブをしたりするんだろうけど、もう少し具体的に何をするのかと聞かれると俺にはさっぱり分からなかった。だってバンド組んだことないし。

 

 結局よく分からなかった俺達は、バンドと言ったら武道館だのドームだのと馬鹿な話をしながら帰路に着いたのだった。

 

 

 後日、ひとりと喜多さんはギター練習の為STARRYに早めに到着して、併設されたスタジオでギターの練習をしていた。

 

 特にやることも無い俺は二人の了承を得て練習を見学させてもらっていたのだが……

 

「もう嫌ぁああああ!! 私ギター辞めます!!」

 

 Fコードと言う初心者の壁にぶつかった喜多さんが叫んでいた。

 

 そんな姿にひとりがギターを弾き始めた頃を思い出していた俺は、先生役のひとりを見ながら懐かしさを覚えて小さく笑うと、同じことを考えていたのか、ひとりも俺の視線に気付いて少し恥ずかしそうに笑った。

 

 ひとりがゆっくりとギターを奏でる。喜多さんの手を取るように、導くように。喜多さんもそれに続くように拙いギターの音を重ねた。

 

 そんな姿を見ていると、ひとりは常々バンドが売れて高校中退したいなどと言っているが、もし音楽で成功できなくても将来はギターの先生なんてのも良いんじゃないかと思えてくる。ひとりはその性格からか、人を追い立てないし急かさないから人に物を教えるのに向いているんじゃないかと素人ながら思ってしまう。コミュニケーションが課題だが、物怖じしない子供相手なら意外といいんじゃないだろうか? ふたりちゃんの面倒も見ているし。

 

 そんな取り留めもない事を考えながら練習を見ていると、スタジオの扉が開きリョウ先輩が入ってきた。見れば右手には食べたい野草ハンドブックなる本と、左手には謎の野草が握られている。

 

「三人とも早いね」

 

 そう言うとリョウ先輩は盛大に左手の謎の野草を頬張った。




アニメ三話最後のギターシーンがなんか凄く好きです





閲覧、お気に入り、感想などその他諸々ありがとうございます。自分の中の承認欲求モンスターが出てくるので返信などは出来ませんが全て読ませてもらっています。


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005 アー写撮影の話

リョウ先輩は自分にはエミュが難しくてなんかおかしいかもしれません。というかぼざろの人物は割とみんなエミュが難しい。


 喜多さんが加入して結束バンドが本格始動すると、俺はバイト以外では結束バンドと関わる事を極力避けるようになった。単純に練習に俺がいても邪魔だろうと思ったし、俺と言う異分子がいてはいつまで経っても結束出来ないのではないだろうかと思ったからだ。

 

 ひとりの話ではあれから一度バンドミーティングなるものがあったらしく、そこでオリジナル曲の作詞を任されて自信満々に請け負ったと言っていたが、ひとりから俺のロインにもぅ無理とかマヂ無理とか病むとか来ていたので意外と余裕がありそうだと思っていたが、ひとりの姿を見ると結構追い詰められているのが感じられた。

 

 最近の俺はひとりがバンドを組んでから、ひとりにくっついてあちこち回っていた為にすっかり忘れていたドラム演奏の動画投稿を済ませたり、学期末に向けての勉強をしてみたりと高校入学前の様な生活を送っていた。もちろんドラムの練習も毎日続けていたが。

 

 そんなある日虹夏先輩から連絡が入った。なんでもアーティスト写真の撮影をするので良かったら一緒に行かないかという物だった。

 

 アー写なるものに興味があった俺は虹夏先輩に参加する旨の連絡を入れると、ひとりと一緒に下北沢へ向かう事にした。

 

 下北沢へ向かう電車の中でひとりへ作詞の進捗状況を聞いてみると、ひとりは少し考えてからおもむろに一冊のノートを取り出した。

 

「あの、太郎君。一応仮なんだけど、作詞は出来たっていうか……ちょっと自信なくて……まずは誰かの感想を聞きたいなって……」

 

 そう言って差し出されたノートを俺は開いた。

 

 ノートには沢山の文字が書かれていた。俺はその一つ一つを真剣に吟味するように眺める。

 

「……なあひとり、俺はこのサイン将来大量に書くことになった時に大変だと思うんだけど。特にこのiの点の部分が星になってるのとか最高に面倒臭くないか? あとやっぱり俺はぼっちよりひとりって名前の方が良いと思うんだけど……」

 

「そ、それじゃなくて! こっち! このページ!」

 

 俺の言葉にひとりは恥ずかしそうにノートを奪い取ると、目的の歌詞が書いてあるページを開いて押し付けてきた。

 

 今度こそ歌詞の書かれたページを見ると、そこには応援ソングが書かれていた。俺はその歌詞をしばらくじっと見つめると、スマホを取り出して歌詞の書かれたページを撮影する。

 

「……えっ!? な、なんで今写真撮ったの!?」

 

「いや、今度お前がなんか落ち込む事があったら、この歌詞で励ましてやろうと思って……」

 

「~~~~~~~~~~っ!!」

 

 ひとりは声にならない悲鳴を上げながら震えていたが、それを無視して改めて歌詞を見てみた。

 

 歌詞を見て最初に思ったのは、ひとりっぽくないという事だった。ひとりはこう言う適当に現状を肯定するような事は苦手かと思っていた。他の感想としては……普通……だろうか? どこかで聞いたような見たような、考えてみれば今の売れてる曲や昔流行った曲にこんな感じの歌詞があったような気もしてくる。そういう意味では普遍的で良い歌詞なのか? それにボーカルが喜多さんって事を考えるとそこまで悪くないんだろうか? 考えれば考えるほど分からん。だが結局俺が悩んでもなんの意味も無いので思った事をそのまま伝える事にした。

 

「あー……ひとりっぽく無いな、とは思った。あとは……普通だな」

 

「私っぽくない……普通……」

 

 俺がそう言うと、ひとりは俺の言葉を反芻しながら少し考えこんだ様子だった。

 

「いや、でもまだ仮なんだろ? それにひとりっぽくはないとは思うけど、結束バンドっぽく無いかと言われたらそうでもないし……一度バンドメンバーの誰かに見せるんだろ? 確かにそれがいいかもな。悪いな碌な感想が言えなくて」

 

「ううん……ありがとう。もう少し考えてみるね……」

 

 俺がノートを返すと、ひとりはお礼を言いながら鞄にノートをしまい込んだ。何か力になってやりたかったが、これは結束バンドの曲なのだ。結局部外者の俺があれこれ言うのも憚られて、そんな当たり障りのない事しか言えなかった。

 

 下北沢の改札を出て結束バンドのメンバーを見つけたひとりは、カバンからなにやら文字の書かれたカードを取り出すと首に掲げて突然土下座を始めた。

 

「ゆゆゆ、許してください~」

 

 ひとりの突然の奇行に虹夏先輩と喜多さんが驚いていたが、俺も驚いた。下北沢に集合とだけ言われたんだろうか、まさか歌詞が書けない自分をつるし上げる会だと思うまで追い込まれているとは思わなかった。改めて碌なアドバイスが出来なくてスマン。

 

「今日はアー写撮影らしいぞ」

 

 俺がそう言いながらひとりを立ち上がらせると、ひとりはピンと来ていない表情を見せたが、喜多さんがアーティスト写真だと補足説明してようやく合点がいったらしかった。

 

「いまある結束バンドのアー写にはぼっちちゃん写ってないしね」

 

 そう言われて見せて貰った写真は、ポーズを決めた先輩二人と集合写真の欠席者の様に左上に丸く追加された喜多さんの写真だった。

 

「いやでも、こういうのって逆にロックじゃないですか?」

 

 とりあえずなんでもロックと言っておけばいいんじゃねーかと思って適当に言ってみた俺に、虹夏先輩は困ったように答えた。

 

「太郎君、なんでもかんでもロックと言っておけば良いって風潮は確かにあるけど、ロックは免罪符じゃないからね! それにこういうのは私たちのバンドの方向性じゃないから駄目です!」

 

「あっはい」

 

 それからアー写の重要性を説明してくれた虹夏先輩の号令で下北沢アー写撮影の旅が始まった。

 

 下北沢の街を巡りながら階段、フェンス、植物の前、公園と、虹夏先輩が言う金欠バンドマン定番の撮影ポイントを巡って写真を撮っていったが、今一つしっくりくるものが無かったようで自動販売機でジュースなど買って一息ついていた。

 

「今日楽器持ってくれば良かったわね」

 

「た、確かに、楽器持ってた方が……あっ」

 

 とんでもない事を言った喜多さんに同調しかけたひとりが途中で何かに気付いたのか俺の方を見た。

 

「おいおいおい、遂に言ってしまったね喜多さん」

 

「え、何? どういう事?」

 

 静かに凄んだ俺の言葉の意味が分からない喜多さんが不思議そうに周りを見て、虹夏先輩が俺の言葉に続いた。

 

「君たちギターやベースは絵になるけど、ドラムは可哀そうな事になるんだよ! 手に持つのはドラムスティックだけだよ!?」

 

 虹夏先輩の言葉に喜多さんは納得した表情をしていたが、俺はさらに続いた。

 

「そうですよ、ギターやベースはいいですよね。あんなあからさまに音楽やってますみたいなファッション出来て、ドラマーがドラム背負ってたら不審者ですよ」

 

「いや、私はそこまで思ってなかったけど……太郎君そんな事思ってたんだね……」

 

「ええ……なんでそこで梯子を外すんですか……最後まで一緒に戦いましょうよ……」

 

 虹夏先輩と言う頼もしいドラマー仲間を手に入れたと思った俺はここぞとばかりに鬱憤を晴らしに行ったが、いつの間にか背中から刺されていた。くそぉ虹夏先輩は女子だからこの想いが分からないんだ……

 

 それからもしばらくよさげな場所を探して散策していると、ひとりが急に立ち止まった。

 

「どうしたひとり?」

 

「こ、ここの壁なんかどうかな?」

 

 見ると壁にでかでかとポップな感じの木のイラストが描かれている、確かにガールズバンドの明るいイメージに合っているかもしれない。

 

「いいんじゃないか? 先輩達に言ってみたらどうだ」

 

 そう言うとひとりは先の方で何やら話している先輩達に伝えに行った。おいひとり、行くならもっと気配を出して近づけよ、っていうか声をかけろ……ほら肩に手を乗せられた虹夏先輩めっちゃビックリしてるじゃん。

 

 ひとりの見つけた壁の前で結束バンドのメンバーで一度写真を撮って見たが、虹夏先輩曰くバンド感が足りないらしい。

 

「やっぱりロックって言ったら舌出しですよ、ロック舌! そんで人差し指と小指を立てるメロイック・サイン! どうすかこれ!」

 

「太郎君なんか知識偏ってない? メタル趣味? まあやってみようか」

 

 俺の提案を聞いた虹夏先輩は呆れたような様子だったが、他に案も無いのでとりあえず撮って見る事になった。

 

「きゃー、ワイルドな先輩も良い!」

 

「喜多さんなんでこんな笑顔なんですか……でも女子高生がやってるとなんかギャップがあっていいっすね」

 

「ロックっぽいけど、青春っぽさが無い!」

 

 結局結束バンドっぽくないという理由で没になり、今まで撮った写真を見返していると虹夏先輩がしみじみと言った。

 

「それにしても喜多ちゃんは写真写り良いね、写真慣れしてるって言うか」

 

「ああ、それはよくイソスタに写真上げるからかも」

 

 そう言って見せてくれた、喜多さんのキラッキラな写真が沢山投稿されたイソスタを見た瞬間ひとりが痙攣しだした。

 

「うっ! あ、ああ、ああああああああああ」

 

「後藤さんどうしたの!? 死なないで! 山田君! 後藤さんどうしちゃったの!?」

 

「だ、大丈夫です。とりあえず喜多さん、そのSNSを閉じてゆっくりとひとりから離れて下さい」

 

 こうなってしまってはもうどうしようもない。ひとりが自力で戻ってくるまで待つしかないのだが、戻って来た瞬間にまたあのSNSを見ては意味が無いのでとりあえず喜多さんに離れるように指示した。

 

 しかし俺の心配を他所に、しばらくしてひとりが落ち着きを取り戻しかけたと思った時に虹夏先輩がさらなる爆弾を放り込んだ。

 

「そうだ、ぼっちちゃんもイソスタ始めてみたら? 大臣もそう思うでしょ?」

 

「ちょっ! 虹夏先輩!」

 

「是非! 友達になりましょう。バンド活動していくなら個人のアカウントあった方がいいし」

 

「ままま、待って喜多さん!」

 

 もうやめてください! これ以上ひとりちゃんに刺激を与えないでください! 今やっと息を吹き返しかけたのに何てことするんだこの人たちは。案の定ひとりの痙攣はさらに激しくなって行く。あーもうめちゃくちゃだよ。

 

「お、終わり! SNSの話題終わり! ハイ終了! 虹夏先輩も喜多さんもひとりに呼びかけて下さい。この話終了!」

 

 虹夏先輩と喜多さんの必死の呼びかけでなんとかひとりは戻ってきたが、この空気から即座にアー写撮影再開できるって虹夏先輩のメンタル凄ぇな。

 

 撮影を再開したもののなかなか良いアイデアが浮かばずに困っていると、喜多さんがジャンプをして撮影することを提案した。更にリョウ先輩の謎の理論も後押ししてとりあえずジャンプ撮影をしてみる事になった。

 

「じゃあ太郎君撮影ボタンお願いね」

 

「ウス、じゃあ皆さん行きますよ。3、2、1! …………」

 

 そうして撮れた写真を、俺はすぐに消去した。

 

「あれ? どうしたの? 今の写真どうだった?」

 

 俺の不可解な行動に怪訝な表情をしながら虹夏先輩が聞いてきた。まさか馬鹿正直に答える訳にはいかない。俺は平静を装って答えた。

 

「あー……すみません。ちょっと(ひとりの)写っちゃいけないものが写ってまして……」

 

「えっ? 何それ?」

 

「えー……なんていうか……ちょっと……見ると(ひとりが)ヤバイっていうか、(ひとりが)トラウマになるっていうか、(ひとりの)後が怖いっていうか……」

 

「ええ何それ!? 絶対こわい奴じゃん!! もう消した!?」

 

「あっ、もう消しました。すみませんもう一回いいですか?」

 

 ビビり散らしている虹夏先輩をなだめてなんとかもう一度写真を撮った。写真を確認する時虹夏先輩が滅茶苦茶怖がっていたので悪い事をしたと思ったが、仕方なかったのだ。貸し一だからなひとり。

 

 みんなが写真の確認をしているとリョウ先輩が一人歩き出したので思わず声をかけた。

 

「どこ行くんですかリョウ先輩?」

 

 俺がそう声をかけると、リョウ先輩は俺をじっと見つめてひとつ小さく頷いた。

 

「丁度いい、太郎も着いてきて」

 

 そう言って再び歩き出したリョウ先輩の後を追いかけながら俺は尋ねた。

 

「いいんですか? 勝手に抜けて」

 

「もうアー写撮影は終わったから」

 

 随分な自由人だな、なんて思いながらついて行くとおしゃれなカフェに辿り着いた。入り口付近には開店を祝う花が沢山飾られている。

 

「ここですか?」

 

「そう、この店オープンしたばっかりで一度食べてみたかった」

 

 こういう店に入ったことが無い俺は若干気おくれしたが、リョウ先輩は迷う事なく店へ入っていったので俺も慌てて後を追った。店の一番奥の窓に面した席に座ったリョウ先輩は店員を呼ぶとカレーを頼んだ。

 

「太郎は何にする」

 

 見れば店員が俺の注文を待っていた。リョウ先輩の行動とこの店の雰囲気になんだか完全にリズムを崩されていた俺は、リョウ先輩の言葉に慌てて店内のメニューを確認した。

 

「えっと、じゃあ本日のパスタってやつをお願いします」

 

 なんとか注文を終えて一息ついて携帯を見ると、ひとりから大量にロインが届いていた。ヤバイ、そういえばあいつを置いて来てしまっていた。内容を見るとあの後割とすぐに解散したらしく、俺がどこにいるのか確認するロインが送られてきている。

 

 慌ててひとりにリョウ先輩に連れてこられた事と現在地を送ると、今度はリョウ先輩の携帯が鳴った。しばらく携帯をいじっていたリョウ先輩は携帯をしまうと俺へと顔を向けた。

 

「ぼっち今から歌詞見せに来るって」

 

「あ、そうなんですね。俺も今朝見せてもらいました」

 

「どうだった?」

 

「……余計な先入観を持たせない為にノーコメントでお願いします」

 

 それからしばらくしてリョウ先輩のカレーと俺のパスタが運ばれてくると、リョウ先輩は俺のパスタをじっと見つめた。

 

「……なんですか?」

 

「そっちも美味しそうだね」

 

 リョウ先輩を見ればメッチャ食べたそうにしている。いやアンタにはカレーがあるでしょう。

 

「一口ちょうだい」

 

 くそう、絶対言ってくると思った。だが幸いまだ全く手を付けていないし、一口くらいなら吝かではないのだが……フォークが一つしかないんだよなあ。まあこの人ならもう一本フォークを頼んだり、カレー用のスプーンで食べたりするのかな?

 

「まあ一口くらいならいいですよ」

 

 そう言ってリョウ先輩へとパスタの皿を寄せると、リョウ先輩は俺が持っていたフォークを掴んでくるりとパスタを蒔き、パクリと自分の口へ運んだ。そしてそのままフォークを皿の上へ置いてこちらへ皿を戻してきた。

 

「これも中々。ありがとう太郎」

 

 そっかあ、こういう人だよね。でもどうすっかなあ、現役男子高生でひとり以外碌に女子と喋った事がない奴がこれの続きを食べるのかよ……と言うか喜多さんにぶん殴られそうだな……そんな風に悩んでいると店の扉が開いた。

 

「あっへっへい大将やってるぅ?」

 

「へいらっしゃい!!」

 

 一瞬で集まったひとりへの客の視線が、またしても一瞬で俺へと向いた。仕方ないだろ、こうやって痛みを分散してやらないと黒歴史だらけになっちゃうんだぞ。だからその痛みを知っている俺は助けを出すのだ、だから俺の時は頼むぞひとり。だけどひとりその左手はなんだ……ここに暖簾はねーぞ。

 

「あっ、ぼっち、こっちこっち」

 

 そんな俺達の痛みも知らずにリョウ先輩はひとりを招き寄せた。しかし公衆の面前でぼっち呼びはやはり落ち着かない、そういう意味ではこのあだ名は呼ぶ方も呼ばれる方もメンタルがスゲーな。

 

 やって来たひとりにリョウ先輩の隣を譲るように俺は席を一つずらした。席に着いたひとりがやって来た店員にコーヒーを頼むと、リョウ先輩は頼んだカレーを食べ始めた。そんなリョウ先輩を見ながら俺は先程まで対応に困っていたパスタの名案を思いついた。

 

「ひとり、お前もこのパスタちょっと食べてみるか? 大丈夫だ俺は(・・)まだ食べてないから」

 

「? いいの?」

 

 パスタの皿をひとりの方へ寄せてやるとひとりは食べ始めた。ひとりはおしゃれカフェでおしゃれパスタを食べているという事実に感動していたが、俺にはそんなことはどうでも良かった。ひとりの食いかけを食べるなど昔からそんなに珍しくないし、間違えてひとりのコップのジュースを飲んだ事など数知れず。とにかく一度ひとりの口を経由したという事実が大事なのだ。リョウ先輩が使ったフォーク、と言う心理的抵抗がこれでかなり下がった。

 

「ってひとり! おい、お前食い過ぎだろ。もう半分くらい食べちゃってるじゃん。おまえ歌詞見せに来たんだろ」

 

「はっ! ご、ごごごごめん! 凄く美味しかったから」

 

 見ればリョウ先輩はもうカレーを食べ終わってこちらを見ていた。

 

「二人は仲いいんだね」

 

「……まあ幼馴染ですからね、リョウ先輩と虹夏先輩見たいなモンですよ」

 

 パスタの皿を取り戻しながらひとりを小突いてやると、ひとりは歌詞のノートを取り出してリョウ先輩へと手渡した。

 

 ひとりとリョウ先輩が歌詞の話をしている間、俺は大人しくパスタを食べていた。と言っても半分ひとりに食べられてしまったパスタは早々に食べ終わり、水など飲みながら適当に時間を潰していた。結局最後まで大人しく話を聞いていると、もう一度ひとりが思ったままの歌詞を書くことで話はまとまったようだった。

 

「そろそろ出よう」

 

 そう言って席を立ったリョウ先輩に続くと、リョウ先輩はそのまま店を出ていこうとしていた。

 

「あの、リョウ先輩……お会計まだですよ」

 

 俺とひとりがリョウ先輩を見つめると、店の扉に手を掛けていたリョウ先輩はゆっくりとこちらに振り向いた。

 

「ごめん、今お金ないから奢って」

 

「えっ、お金ないって……なんで俺ここ連れて来られたんですか?」

 

「この店オープンしたてでどうしても食べたくて……太郎連れて来たら奢ってくれるかなって」

 

 つまり俺は最初から奢らされる前提で誘われてたのかよ、我部外者ぞ。肝が据わり過ぎている。ちらりとひとりを見ると、流石のひとりも驚いていた。バンドメンバーを理由にひとりに押し付けようかとも思ったが流石に可哀そうか……誘いに乗って付いてきた俺にも責任の一端はあるし……

 

「……分かりました! 今回は俺が出します。でも絶対返してくださいよ?」

 

 結局俺がリョウ先輩の分を払うことで決着して三人で店を出た。店を出ると辺りはもう薄暗くなっており、街灯に明かりが灯っていた。

 

「本当にごめん、来月返します」

 

「マジで頼みますよ。俺はメンバーじゃないですけど、こんなことでリョウ先輩と疎遠になるのは嫌ですからね」

 

 別れ際にそう言ってきたリョウ先輩に、俺は釘を刺しておいた。やはり友人同士で金の貸し借りはするべきでは無いな。もうすでに変な雰囲気だし。

 

「あっあのリョウさん。私……頑張ります」

 

「……うん、じゃあ楽しみにしてるよ」

 

 ひとりの言葉にそう返したリョウ先輩は、そのまま踵を返して帰っていった。

 

「……それじゃあ俺達も帰るか」

 

「うん!」

 

 しばらくリョウ先輩を見送ると、返事からやる気が溢れているひとりと共に俺も帰路に着いた。

 

 数日して昼休みに学校の謎スペースで過ごしている時に、目の下に凄い隈を携えたひとりが例の作詞ノートを取り出して渡して来た。

 

「歌詞出来たから、太郎君にも見て貰おうと思って……」

 

 渡されたノートを丁重に受け取り拝読する。そこに書かれていたのは前回のどこかで見たような応援歌ではなく、ひとりの思いの丈が詰まったひとりらしい歌詞だった。

 

「……いいんじゃないか? ひとりらしくて。あ、いや、採用されるかどうかは俺には分からないけど、リョウ先輩の注文通りなんじゃないかな。少なくとも俺には深く刺さったよ」

 

「う、うへへ」

 

 自分が感じた素直な感想を言ってノートを返すと、ひとりは少し安心したような表情だった。

 

「今日見せに行くのか?」

 

「う、うん」

 

 出来上がった歌詞を今日リョウ先輩へと持って行くのか確認すると、ひとりはまた不安そうな表情になった。

 

「大丈夫だよ、リョウ先輩なら少なくとも無下にはしないだろうよ。自信を持って行ってこい」

 

「……うん!」

 

 そう言ってひとりを送り出した日の夜、ひとりから無事に歌詞が採用されたとのロインが届いたのだった。




ひとりちゃんは家族には大きい声だせるので、なるべく主人公には吃音させないようにしてるんですが、そうするとひとりちゃんっぽくないので難しいです。


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006 バンドオーディションの話

「あの……店長、結束バンドのオーディション、俺も見学させて貰えませんか」

 

 そう言って俺は店長に頭を下げると、店長とPAさんは一斉にこちらを見た。

 

「……あ、あの……もしアレでしたら、ライブと同じ二千円お支払いしますんで……」

 

 何も言ってこない店長にビビった俺は思わずそんな事を言ってしまった。やはり部外者が見学は無理か? とか素直に初ライブを待つべきだったか? などと後悔しながら恐る恐る店長を見ると、店長は特に怒った様子も無く俺を見つめていた。

 

 しばらく俺を見ていた店長は、バーカウンターへ頬杖をつくと口を開いた。

 

「太郎君はさ、なんでそんな虹夏のバンド……いや、ぼっちちゃんにこだわるの?」

 

 ――

 

 事の起こりは今日がSTARRYでのバイトの給料日だった事だ。

 

 店長が給料袋(なんと現ナマ手渡し!)を持って現れると、俺達は歓喜し、行儀よく整列して各々バイト代を受け取った。

 

 ひとりと一緒にバイト代を確認すると、ひとりの給料袋にはピン札の諭吉さんが一枚入っており、俺の袋には諭吉さんともう何枚かの野口さんが入っていた。ひとりと同じ日にバイトを入れている俺がひとりより多いのは別に店長が色を付けてくれた訳では当然無く、ひとりが風邪を引いた日に俺がバイトをしていた日の分のおかげなのだ。

 

 ひとりが初給料の諭吉さんを眺めて大層喜んでいると、虹夏先輩が申し訳なさそうに声を上げた。

 

「じゃあせっかくの所悪いんだけど、ライブ代徴収するね」

 

 バイト代をそのままそっくり徴収されたひとりはゴミ箱に入って大層落ち込んでいたので、俺は励ましてやることにした。

 

「まあ、いいじゃねーか。こうやってバイトすればバンド活動続けられるんだから」

 

「……うん、そうだね」

 

 自分でも納得出来たのか、ゆっくりとゴミ箱から出てくるひとりを眺めていると、虹夏先輩と喜多さんの話が耳に入って来た。

 

 アルバム制作、ミュージックビデオ制作、なるほど色々資金がいるのか、そういう事なら俺もバイト代を今から貯めておかないとな、なんて考えていると虹夏先輩がとんでもない事を言い放った。

 

「みんなで海の家とかでバイトしちゃう?」

 

 うわあ、なんて恐ろしい事いってるんだこの人は、喜多さんも同意してるし。恐ろしい未来を想像して気の毒になりながらひとりをみると、何やら必死にスマホを弄っている。

 

「? ひとり何してるんだ?」

 

「……肝臓売りに行かなきゃ」

 

 見れば消費者金融のページを見ながら物騒な事を呟いているひとりがいた。慌てた俺はひとりからスマホを引き剥がした。

 

「バカやめろ。あと将来の武道館ライブでのパフォーマンスが下がるから肝臓は売るな」

 

「で、でも……」

 

「ぼっち」

 

 引き剥がしたスマホを取り返そうと俺にしがみ付くひとりにリョウ先輩が声を掛けた。

 

「リョウ先輩もこいつを説得……」

 

「曲作ってきたんだけど」

 

「「……えっ」」

 

 リョウ先輩の言葉に俺とひとりが動きを止めて間の抜けた声を上げると、リョウ先輩の声を聞いた虹夏先輩や喜多さんが集まってきた。リョウ先輩はスマホを取り出すとひとりが先ほどまで入っていたゴミ箱の上へ置き、四人が集まった事を確認して再生ボタンを押した。

 

 

 

 新曲の再生が終わった時、俺はちょっと、いやかなり感動していた。なにせ今聞いた曲はこの地球上でここにいる俺達以外はまだ誰も聞いたことの無い曲なのだ。まあそんな歴史的瞬間に俺と言う異物が混入していることに若干の負い目を感じるが……

 

 

 皆が新曲の良さに興奮していると、虹夏先輩が何事か呟き立ち上がった。

 

「よし! 来月ライブ出来るようお姉ちゃんに頼んでくるね」

 

 そう言ってそのまま店長に気楽な様子でお願いした虹夏先輩に、店長はぶっきらぼうに言い放った。

 

「あぁ? 出す気ないけど」

 

 店長の言葉が予想外だったのか、場の空気が重苦しい物になる。虹夏先輩の言いようだと、前にひとりが初めて出たライブは簡単に出してくれたようだが、今回は駄目らしい。

 

 虹夏先輩がオリジナル曲や集客ノルマ代は用意できていることを伝えると、店長はそれを切って捨てる様に言い切った。

 

「お金の問題じゃなくて、実力の問題」

 

 どうやら普段はライブに出るのに審査があるらしく、前回のライブのクオリティでは出せないらしい。っていうかどんなライブやったんだ? 虹夏先輩やリョウ先輩の実力は知らないが、ひとり(ギターヒーロー)の実力でも足りない位STARRYでライブやるのは難しいんだろうか……バイトやってる時に聞こえて来るバンドの感じではあまりそんな感じはしないが……

 

 なおも食い下がる虹夏先輩に店長は「一生仲間内で仲良しクラブやっとけ」と言うと、虹夏先輩は捨て台詞を吐いてSTARRYを飛び出して行き、面倒そうにしていたリョウ先輩を連れて喜多さんも虹夏先輩を追って出て行った。

 

 三人の後を追って出ていこうとしたひとりを呼び止めた店長は、一週間後の土曜日にオーディションをする事を言伝ててひとりを見送ると、ちらりと俺に視線を向けた。

 

「太郎君は行かなくていいの?」

 

「まあ、俺は部外者なんで」

 

 そう答えてから少し考えた俺は店長にお願いしたのだ。

 

「あの……店長、結束バンドのオーディション、俺も見学させて貰えませんか」

 

 ――――

 

「太郎君はさ、なんでそんな虹夏のバンド……いや、ぼっちちゃんにこだわるの?」

 

 俺は驚いて店長の顔を見た。俺ってそんなにひとりにこだわってるかな? そうかな……そうかも。そんな俺の顔を見て店長は何を思ったのかさらに言葉を続けた。

 

「ぼっちちゃんがココでバイトしてるから太郎君もバイトしてるんでしょ? もしかしてぼっちちゃんが好きなの? それかストーカー?」

 

 小学生の時を思い出す店長の言葉に俺は顔を顰めた。ここで小学生時代の様にマブダチアピールして店長の不興を買うのもまずいと思った俺は、まず店長の誤解を解く事にした。

 

「いや、それは無いですって。それにひとりの親父さんともその辺の話は済んでますからね!」

 

「どんな話なんですか?」

 

 面白そうな話の気配を感じたのか、先程まで黙っていたPAさんが話しかけて来た。

 

「前にひとりの親父さんが言ってたんですよ。「ひとりの事はミッチ・ミッチェル位ドラム叩ける奴じゃないとやらん!」って。だから俺は「じゃあ俺はジョン・ボーナム位になってそいつの実力試してやりますよ!」って言ったんです。そしたらひとりの親父さん泣いて喜んでましたよ」

 

「いや……それはお前がミッチになれって話じゃ……いやそれよりもなんでドラマー限定なんだよ」

 

 店長がよく分からん事を言っていて、PAさんは何故か笑いを堪えているが俺は構わず続けた。

 

「いえ、別にドラマー限定じゃないですよ。ただひとりがベーシストの彼氏連れてきたらそいつを〇すのは親父さんと決定してます。ベーシストはクズらしいので」

 

 そう言うとPAさんが遂に堪え切れなかったのか萌え袖になっている両手で口を押えて大笑いした。店長は頭を押さえて顰め面をすると、なおも納得できないような視線を俺へと向けて来たので、俺は一度STARRYの扉を見てまだひとり達が帰ってこない事を確認した。

 

「あのー……これはひとり以外の結束バンドのメンバーには絶対に秘密にして欲しい話なんですけど……」

 

 そう言って俺が小声で顔を寄せると、他に誰もいない防音完璧なライブハウスにもかかわらず店長さんもPAさんも顔を寄せて来た。

 

「俺がドラムやってる事って言いましたっけ? それは実は中学の時ひとりに誘われて始めたんですけど、実はその時にバンド一緒にやろうって約束してたんです」

 

 そう言うと、二人は驚いた顔をした。店長なんかはもうその先の展開が読めたのかバツの悪そうな顔をしている。まあここまで話したのだ、最後まで話してしまおう。

 

「それで……まあひとりもあんな感じの性格で……一緒に秀華受けたんで、ひとりが心配だったっていうのも有るんですけど……あっ、別にひとりに結束バンド抜けて欲しいとかでは全然無いんです! 俺達はメンバー見つけられなかったんで、ひとりを受け入れてくれたバンドなら出来るだけ長く続けて欲しいくらいで……」

 

 これは本心だ。というかよく考えてみれば俺達はバンドを組みたかったんであって、多分ひとりも俺と(・・)バンドが組みたかった訳じゃ無いと思う。ただお互いぼっちで組む相手がいなかったからあの時はそんな事言っていたのだ。

 

 見れば店長が難しい顔をしてこちらを見ていた。

 

「太郎君はそれでいいの? ぼっちちゃんとバンド組めないけど……」

 

「ああ、その辺はひとりとも話したんですけど、まあそのうちなるようになるかなって。今生の別れでもないですし、そのうちふらっと共演出来たりするんじゃないかと。その代わり将来俺が組んだバンドと結束バンドでドームライブで対バンしようぜって約束してるんですけどね!」

 

 どや顔でそう言うと俺は顔を離した。ここからは別に隠す事でもないからな。見れば店長もPAさんも姿勢を戻している。

 

「まあ俺達の中学の時の目標であるバンドを組んで、なおかつひとりが選んだバンドをなるべく近くで沢山見たいって言うのが本音なんですけど……どうっすか店長、オーディション見学駄目っすか?」

 

 なんだか辛気臭い感じになってしまったので、最後は場を和ませるように言った俺に店長は一度ため息を吐くと、半ば投げやりな感じで言い捨てた。

 

「わかった、でも見るだけだからね。それともしオーディション落ちても文句言わないでよ」

 

「ウス! ありがとうございます」

 

 そう言って俺は再び頭を下げた。

 

 そうしている内に四人が帰ってくると、今日はそのまま解散することになった。

 

 

 

 虹夏先輩を追いかけて帰ってきてから何かに悩んでいる様子のひとりだったが、オーディションを間近に控えたバイトの帰りの電車で、その悩みを呟くように打ち明けて来た。

 

「ねえ太郎君……バンドとしての成長って一体なんだと思う……」

 

 バンド組んでない俺にそれを聞くのか……普段なら途中で気付いて謝ってきそうなものだが、それに気付かず話し続けるひとりはとても悩んでいるように見えた。

 

「虹夏ちゃんが、店長さんはバンドとしての成長を期待してるんだって……それで喜多さんは頑張ってることが伝わればいいって言ってて……リョウさんはバンドっぽい見た目、虹夏ちゃんは店長さんを納得させる事だって言ってたんだ……」

 

 ひとりはどこか遠くを見るように正面を向いたまま、とつとつと言葉を零す。

 

「私は……私自身はバイトを始めたり、人の目がたまに見れるようになったり……でも、それはバンドとしての成長じゃ無い気がする……」

 

 そう言って黙り込んだひとりを見ながら俺は考えた。バンドとしての成長、バンドとしての成長ねえ……そんなもん一週間やそこいらでなんとかなる様な物なんだろうか? こういう訳の分からん物は言葉の意味より言った人間の意図を考えた方が良い気がする。だって合否を決めるのは店長だから。たしか店長はなんて言ってたっけ? 

 

「う~ん、ひとり、悪いがバンド組んだ事も無い俺にはちょっと分からんかもしれん」

 

「……! ごっごめんね太郎君……」

 

「だから逆に考えてみようぜ。確か店長は言ってたよな『一生仲間内で仲良しクラブやっとけ』って」

 

「う、うん……」

 

「で、それは嫌なわけだ。じゃあ逆にだ、逆にだよひとり君。仮に結束バンドがライブオーディションに落ちたとして……結束バンドが仲良しクラブじゃいけない(・・・・・・・・・・・・)理由はなんだ?」

 

「え……」

 

 ひとりが間抜けな顔をしながら間抜けな声を出した。

 

「だってそうだろう? 別にいいじゃないか仲良しクラブでも。演奏したいだけならどこかのスタジオ借りて演奏すればいいし、誰かに聞いて欲しいなら俺達(・・)みたいにネットで配信すればいい。そもそも場所だってSTARRYじゃなくてもいい(・・・・・・・・・・・・・)んじゃないか?」

 

 ひとりは俺の話になにか思う事があるのか、無言でこちらを見つめながら聞き入っている。

 

「じゃあ結束バンドがライブハウスで……STARRYでライブをする理由はなんだ? って事になるんだが…………なんだろうな? いやなんの話だっけ? バンドの成長の話だったか……いやオーディションに合格する話だっけ? すまんひとり、混乱してきたから今の話は忘れてくれ……」

 

 そう言って俺は手を合わせて謝った。肝心な所はなんも分かっとらんやんけ。やめたらこの仕事(相談相手)、なんて言われそうで怖かったのだが、そんな事もなくひとりはじっと俺を見つめたままだった。

 

 ひとりに見つめられてなんだか気恥ずかしくなった俺は目を逸らしたが、ひとりは呆然とした様子でまだこちらを見つめていた。

 

「太郎君……ありがとう。まだよく分かんないけど……なんだかちょっとだけ前に進んだ気がする……」

 

 こちらを見つめて考え事をしていたひとりは、しばらくすると我に返ったのか、俺にお礼を言って小さく笑った。はあ、いつか俺もこういう事で悩める日が来るんだろうか? そう思うと少しだけひとりが羨ましくなる。

 

 迎えた結束バンドライブオーディションの日、俺は店長さんとPAさんの隣に座って演奏が始まるのを待っていた。

 

 思えばひとりがライブで演奏するのを聞くのは初めてだ、自分の事じゃないのに異様に緊張する。まさに気分はわが子の発表会を待つ親の気分だった。いや、正確には妹の発表会を待つ兄の気分だろうか。

 

 虹夏先輩が曲名を発表して、演奏が始まると、俺は思わず驚きで立ち上がりそうになった。

 

 目だけを動かして辺りを見回したが、どうやら冗談では無いらしい。ひとりの表情を見ても、他のメンバーの表情を見ても、とても真剣だった。そりゃそうだ、今はライブのオーディションをやっているんだから。

 

 ならこのひとりの演奏の酷さ(・・)はなんだ? いつも見るギターヒーローの姿は其処には無く、ただただ窮屈な演奏を続けるひとりがそこにいた。

 

 サビの部分で本当に若干持ち直した感じはあったが、全体的に見れば二割かそこいらの実力しか出ていなかった、という感想しか出てこなかった。はっきり言ってド下手である。

 

 演奏が終わると、店長は非常に持って回った言い回しでオーディション合格を伝えていたがあまり耳に入ってこなかった。

 

 俺が再起動出来たのはひとりが胃の内容物を床にぶちまけた時だった。その光景を見た俺は慌ててバケツに水を入れに走った。

 

 俺が掃除をしている間、ひとりは水の汲み替えに言っている間に店長となにやら話したようで、こちらに戻ってくる頃には気の毒になるほど震えていた。

 

「どうした? 店長になにか言われたか?」

 

 そう聞くとひとりは真っ青になって答えた。

 

「私……終わったかもしれない……お前の事ちゃんと見てるからなって……」

 

 次にひとりが粗相をしないように見張っておくって意味だろうか? それなら受け入れるしかないだろう……前科一犯だし……そんなことよりも俺はひとりに聞かなくてはならない事があるのだ。

 

「あの……ひとりさん……先程のライブの事で、後でちょっとお聞きしたい事があるんですけど……」

 

「あっはい……」

 

 掃除をしながら思わず敬語になってしまった俺に、ひとりは気まずそうに返事をする。

 

 掃除が終わり、バンドメンバーと写真撮影をするひとりを残して道具を片づけに戻ると、店長とPAさんが話をしていた。

 

「店長、本当は最初からあの子達出す気だったんでしょう」

 

「えっ! そうなんですか!?」

 

 PAさんの言葉に驚いた俺は、思わず会話に割り込んでしまった。

 

「だってライブスケジュールずっと一枠開けてたんですよ、なんであんな意地悪を?」

 

 続くPAさんの言葉に俺は崩れ落ちた、そういう事なら先に言っておいて欲しい。ひとりに聞かれて、なんかめちゃくちゃ真剣な話をしてしまった気がする! 何言ってたかあんまり覚えてないけど! 

 

 どうやら店長は結束バンドに光るものを見たらしく、厳しく育てていくらしい。

 

「そういえば太郎君が前に言ってたけど、ぼっちちゃんかなりギター上手いね」

 

「あっはい」

 

 唐突に話を振られたが凄い適当な返しになってしまった。さっきの演奏を聴いて「でしょう!」とドヤれる程俺はアホではない。むしろ「あれで上手いとか言ってる太郎君にはこの上のレヴェルの話はまだ早いかなあ」とか言われる気配濃厚だ。

 

 しかし続く店長の言葉は今一番俺が欲していたもので、今日ライブを見たのはこの為だったと言っても過言では無い物だった。

 

「でも明らかなチームプレイの経験不足、自信の無さで自分の実力を発揮出来てない。だから太郎君みたいに自分を認めてくれる人間がいる事を知って自信を付ければ、ぼっちちゃんももっと成長できると思うんだけど……」

 

 えっ……チームプレイの経験不足……? そういうのあるんですか? え? マジ? じゃあ俺にもそう言うのあるの? え? じゃあ俺も人と演奏したらあんな感じになっちゃうの? え? 俺のチームプレイの経験? 勿論ゼロですよ…………えっ? 

 

 俺の顔面は盛大にぶっ壊れた。

 

「うわ、太郎君顔ヤバイって」

 

 

 

 俺が意識を取り戻した時、ひとりはなにやら泣きながら一生懸命に右手の指を折って数を数えていた。

 

「なにしてるんだ、ひとり」

 

 また何かの儀式だろうかと警戒しながら近づくと、虹夏先輩とリョウ先輩がズズイと距離を詰めて来た。

 

「太郎君! 今度ライブするんだけどチケット買わない?」

 

「太郎、チケット買って」

 

 なるほど、そういえばチケットノルマがあると言っていた気がする。ひとりを見ると右手の親指から薬指までの指を何度も何度も折っては開き折っては開いている、おそらくチケットの当て(・・)を数えているんだろう。

 

「すみません先輩方、俺はひとりからチケット買うって決めてたんです」

 

「まあそーだよねえ……仕方ない他を当たるか」

 

「太郎、チケット買って」

 

 食い下がるリョウ先輩を無視してひとりに話しかけた。

 

「ひとり、チケット余ってるんなら俺に売ってくれないか?」

 

 そう言うとひとりは地獄に仏でも見つけたかのような顔になって俺の腰にしがみ付いた。

 

「ほほほ、本当にいいの!」

 

「本当だよ、これでノルマ達成か?」

 

 ひとりは満面の笑みを浮かべると、再び指を折り始める。親指、人差し指、中指、薬指、そして今まで折られる事の無かった小指を折って、また満面の笑みを浮かべた。

 

「ちなみに誰に売るんだ?」

 

 ちょっとした好奇心で聞いてみると、ひとりは声にだしながらまた指を折り始めた。

 

「父、母、妹、犬、そして太郎君!」

 

 ……は? こいつ何言ってんだ? なんだか一名、いや一匹入ってちゃいけない奴がいる気がするんだが……

 

「すまんひとり、誰だって?」

 

 俺が言うと、ひとりはまた指を折りながら数えだした。

 

「父、母、妹、犬……」

 

「はいストップ! ……いやどう考えてもジミヘンは無理だろ、犬だし」

 

「えっ……」

 

「それにふたりちゃんも無理じゃないか? 五歳だし……ライブの時間いつだよ……」

 

 俺の言葉にひとりは虚ろな目をしてまた数を数えだした、だがそのカウントで薬指と小指が折られる事はいつまでも無かった。だが安心しろひとり、俺を誰だと思っている。俺にかかればそんな事はとっくに想定済みなんだぜ。

 

「安心しろひとり、俺の両親にも言ってやるから」

 

 どうだひとり、これで、ひとり父、ひとり母、俺、俺の父、俺の母でチケットノルマ五枚達成だ! 

 

 その言葉を聞いたひとりは虚ろな表情のままで俺を見たかと思うと、眉を下げたまま笑い、(しま)いには泣き出してしまった。よほど強いストレスがかかっていたのだろう。

 

「うう……よかったあ……今度こそ完全に終わったかと思った……」

 

 ひとりは俺の腹に顔を(うず)めながら泣いて喜んでいた。

 

 よし、とりあえずこれで一件落着だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スマンひとり、後で分かった事だけど俺の両親ライブの日に用事あるみたいだわ。




 原作でひとりちゃんの父親やふたりちゃんはライブでのひとりちゃんを楽しそうと言っていましたが、主人公は驚き過ぎて気付いていません。


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007 金沢八景Band of Bocchi's

なんだか迷走してる気がする


 結束バンドの初ライブを十日後に控えた八月四日、俺とひとりは金沢八景に来ていた。

 

 俺の両親が用事でライブに行けない事が判明した為、ひとりの手元にノルマであるライブのチケットが二枚残ってしまったのだ。ひとりのおばさんが友達を誘おうとしてくれたみたいだが、見栄を張ってこれをひとりが断ってしまった為に後二人、ライブを見に来てくれる人を探すために、花火大会で人通りが多くなるこの日を狙って手作りの宣伝フライヤー持参でやってきた訳である。

 

 ひとりをぬか喜びさせてしまったお詫びに、怖がるひとりを何とか宥めて俺も一緒にフライヤーを配っていたのだが……先ほどから二人一緒にコンビニの裏手で座り込んでいた。

 

「……見たかよひとり……さっきお前がフライヤー渡そうとした女の人、気の毒な程怯えてたな……もし今後この辺で『呪いの手紙を渡してくるギターケースを背負った髪の長いピンクジャージの女』って都市伝説が出来たら、それ多分お前だからな……」

 

 そう言って一枚も受け取って貰えなかった宣伝フライヤーを見る。そこにはネットの知識を頼りにひとりが手描きした結束バンドの四人の姿とライブの日時が書かれている。

 

 怖いよこれぇ……というかひとりお前、絵メッチャ下手くそだな……まあ味はあるっちゃあるかもしれんが……悪いやっぱ怖えわ。

 

 ひとりは体育座りで膝に顔を埋めている。回復まで時間がかかりそうだなと思っていると、ひとりのスマホからロインの通知音が鳴った。

 

 ひとりは緩慢な動作でスマホを取り出して画面を見ると、途端に震え出した。

 

「どうした? 先輩達からか?」

 

 俺の言葉を聞いたひとりは震えながらスマホを渡して来た。画面を見ればそこにはロインの画面が写っており、ひとり以外の三人がチケットノルマを達成した事が書き込まれていた。

 

「ああ……まあこれはしゃーない。俺達も……ん?」

 

 ひとりへスマホを返すと、覚束ない足取りでこちらへ歩いて来る女性の姿が見えた。ワンピース? の上にスカジャンを羽織り、下駄を履いている。なかなかにロックな奴感が漂っている。

 

「うわあ……酔っ払いか? おいひとり。そろそろ行こうぜ」

 

 ひとりを立ち上がらせて移動しようとすると、女性は倒れ込んだ。

 

「えっ……人が倒れて……た、太郎君どうしよう……声掛けなきゃ……い、いやそれよりも救急車!」

 

 そう言うとひとりはスマホを操作して電話をかけ始めた。す、凄い、ひとりが自発的に人助けの為に動いている! こいつ電話が繋がった後の事とか全然考えてないんだろうけど、それでも凄い。俺なんか逃げようとしてたのに。まあ電話の繋がった先は時報だったんだが。

 

 俺達が逃げ遅れていると、女性はいつの間にか這いよって来てひとりの体を掴みながら何事か呟いてきた。さながらゾンビ映画のゾンビの様だ。

 

「み、水下さい……それと酔い止め……あとしじみのお味噌汁……おかゆも食べたい……介抱場所は天日干ししたばっかのふかふかのベッドの上で……」

 

「はい! 分かりました! 行くぞひとり!」

 

「う、うん!」

 

 俺は即座に返事をして、凄い注文してくる女性を残して走りだした。よっしゃこのまま逃げよう、俺がそう思っているとひとりはコンビニへ駆け込んだ。

 

「いや助けるんかい! 素直かよ!」

 

「えっ!?」

 

 ひとりが俺の発言に驚いているが、俺はお前の行動に驚いてるよ。明らかにヤバイ奴だったろ……先程の電話といい、なんでひとりはこういう時はコミュ症とは思えない行動力を発揮するんだ……

 

「……いや、いいんだ……とりあえず頼まれた物を集めるか……」

 

 そうしてコンビニで買った物を女性の元へ届けると、女性は人心地(ひとごこち)付いた様だったので、俺達はそろそろお(いとま)しようと腰を上げた。

 

「じゃあ俺達はこれで……」

 

「君たち名前なんてゆーの?」

 

 無言で立ち去ってもいいが、そう言う訳にもいかないか……しかしまさか素直に答える訳にはいかない。俺はひとりにアイコンタクトを送ると、ひとりも頷き返して来た。

 

「あー……田中「あっ後藤ひとりです……」って本名を言っちゃうのかよ……さっき頷いたのはなんだったんだよ……」

 

 おじさん、おばさん、ひとりはこんなにも素直な子に育ちました! ってお前マジで気を付けろよ。詐欺とか飲み会とかベーシストとか。マジでもうちょっと警戒しろ。

 

 女性はひとりの名前を褒めながらも一向に酒を飲む手を止めなかった。そのうちどこから出したのか紙パックの酒を地面に並べ始め、終いには一升瓶まで取り出して来た。

 

 その内俺達にまで絡んで酒を進めてくるようになり、遂には弁財天の像を俺達だと思って話しかけている。ひとりも流石にヤバさに気が付いたのか俺の袖を不安そうに引っ張って来たので、そろそろ逃げる事にした。

 

「じゃあ俺達はこれで……」

 

 そう言って走り出そうとした瞬間――ひとりが足をもつれさせた。

 

「!」

 

 俺はひとりを抱きとめようと動いたが、それよりも先に先程の女性がひとりのギターケースを掴んでいた。

 

「あー、ギター! 弾くのー? ギター。私バンドやってんだー、インディーズだけどねー」

 

 えっ! この人バンドマンですか! 道理でそんな格好いい恰好してるんですね! じゃなかった。ひとりを見れば、初めて出会う大人のバンドマンに恐怖しているようで盛大に震えていた。ひとりを助けてくれた人に悪いと思ったが、適当に話して今度こそお暇しようと思っていると、ひとりが暴走し始めた。

 

「あっいやこれ買ったはいいんですけど一日で挫折して今から質屋さんに売りに行くとこだったんです!」

 

「「えっ?」」

 

 俺と女性の声が被った。こいつ一体何を言い出すんだ……

 

「もっと相応しい人にこのギターを使ってもらって大空へ羽ばたいてほしくて! 私は全然弾けません!! すみません!! ああ何円で売れるかな!?!? 今日は焼肉だ!?!?!?」

 

 あっけにとられている俺を他所に、そう言って走り出そうとしたひとりの手を女性は掴んだ。

 

「待って……一日で諦めるのはもったいないよ。売るのは何時でも出来るからさ……もう少し続けてみたら、そのギターに相応しい人になれるかもよ…………な~んちゃって~へへへ、いい事言っちゃったー」

 

 やだこの人滅茶苦茶格好いい……っていうかよく見たらメッチャ美人じゃないですか! やっぱ大人のバンドマンってカッコイイんスねえ……しゅごい! 

 

 酔っ払いのあまりのギャップに俺の脳が破壊されかけていると、ひとりは先ほどの言葉は嘘だと白状して女性に引かれていた。

 

「で、君はー?」

 

 女性が俺に向かって聞いてきた。そういえば俺は名前すら名乗っていない、甚だ納得が行かないが女性からすれば俺の方がよっぽど不審者だった。

 

「あー、俺は山田太郎です。ひとりの……」

 

「あっ太郎君はドラムやってるんです!」

 

 なんでそんなこというの? 絶対面倒臭い絡まれ方するに決まってるじゃん。自分がギタリストバレしたからって俺を巻き込まないで欲しい。

 

「えーそうなの! もしかして君たち二人でバンド組んでるとか!?」

 

「いえ、組んでないです」

 

 なかなか痛い所を突いてくる人だ。しかしこの人相手に下手な嘘を付くと大やけどする事は先のひとりで学んでいるので正直に話しておく。

 

「そっかー、あたしはベース弾いてるんだー。お酒とベースは私の命より大事な物だから毎日肌身離さず持ってるの」

 

 うわベーシストかよ……ファンやめます。だが往年のUKUSロックを思い出すような人だ……しかし言ってることは格好いいが、肝心のベースがどこにも見当たらなかった。その事をひとりが恐る恐る切り出すと、女性は紙パック酒のストローに口をつけながら一瞬動きを止めてポツリと呟いた。

 

「……居酒屋に置きっぱなしだあ」

 

 そう言ってひとりの手を取って走り出した女性を俺は追いかけた。

 

 三軒目の居酒屋でようやく目的のベースを見つける事が出来た俺達は、開けた場所のベンチへとやって来て一息ついていた。

 

 女性は回収したマイベース、スーパーウルトラ酒呑童子EXなるものを見せびらかして来たが、正直言ってカッコよかった。くやしい。

 

 女性は昨日のライブ終わりの打ち上げから飲み続けているらしく、相当な酒好きかと思って聞いていたら、その実態は嫌な事を忘れられるかららしい。

 

「君たちも絶対お酒ハマるタイプだよー! うん絶対そう! 顔見れば分かる!」

 

 そういう恐ろしい事を言わないで欲しい、ほら想像力豊かなひとりが将来の自分を想像してぶっ壊れちゃったじゃん。おーよしよし、ひとりちゃん怖い夢見たね。

 

 ひとりの事を見ながらケラケラと楽しそうに笑っている女性を見ながら、なんとなく俺は呟いた。

 

「まあでも程々にしておいてくださいよ。往年のロッカーだって沢山酒で亡くなってますし……バンドやってるって事は、お姉さんのファンだっているんでしょう?」

 

「えー、なになに心配してくれてんのー?」

 

 新しいおもちゃを見つけたような表情で俺に絡んできたが、適当にあしらっておこう。

 

「まあ一応はそうなりますね」

 

「ちぇー、可愛くないのー。そういえば君たちは何してたのー?」

 

 俺の態度を見てつまらなそうに話題を変えた女性に、ひとりがチケットノルマの事を話すと、女性は泣きながらひとりに同情してくれた。やはりチケットノルマはどこのバンドも大変なのだろう。

 

「よーし! 命の恩人の為に私が一肌脱いであげよう」

 

 女性はそう言っておもむろに上着のスカジャンを脱ぎ始めた。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 一肌って言って本当に服を脱ぐ奴があるか!」

 

 俺とひとりが慌てふためくと、女性は楽しそうにこちらを見た。

 

「さっ、準備して! 私達で……今からここで路上ライブをするんだよ!」

 

「「……えっ」」

 

 俺とひとりの声が被った。

 

 女性が言うには、ビラもあるし今日は祭り(花火大会の事だろう)があるので路上ライブ日和との事だった。

 

 路上ライブという言葉にひとりは完全に腰が引けていた様子だったが、路上ライブを行うための機材が無いとの事でこの話はお流れになるかと安心していると、女性はスマホを取り出した。

 

「あの……どちらへ連絡を……?」

 

「いやー、ウチのメンバーに機材持って来て貰おうと思って!」

 

 凄い、どんどん話が進んでいく。この手際の良さだけで、この女性がかなりのベテランであるという事が窺えた。というか路上ライブって許可とかいるんじゃないのか? 

 

 そうして女性が今まさに電話を掛けようとした時、。自分でも信じられないような言葉が口を衝いて出た。

 

「あの……路上ライブ用のドラムって持って来て貰う事出来ませんか?」

 

「「えっ」」

 

 今度はひとりと女性の声が被った。

 

 ひとりが弾かれたように俺を見た。そらびっくりするわな、俺自身驚いているのだ。ただ、なんだか今の言葉でようやっと俺は自分自身で一歩目を踏み出せた気がするのだ。

 

「……最初からそのつもりだったんだけど……太郎君ドラムだよね? ……まあいいや! オッケーちょっと聞いてみるね! ……あっもしもし~私。生きてまぁ~す……」

 

 女性の言葉に今度は俺が驚いた。もしかしてコンビニの裏手でひとりが話したことを覚えていたのか? ただの酔っ払いだと思っていたが、存外人の話を聞いていたらしい。

 

 俺達はしばらく女性の電話を見守っていたが、ややあって電話を切った女性は俺達に満面の笑みを向けて来た。

 

「持って来てくれるってー!」

 

 そうして俺の、俺達(・・)の初ライブが驚くほど、あっけなく、簡単に決定したのである。

 

 

 機材が届くまでの間、女性――廣井きくりさんは機材が届くまで寝ると言って、機材を持って来てくれる志麻さんなる人物の特徴を俺達に伝えるとベンチで横になってしまった。この人スコアとか見なくていいのか? 

 

 俺もベンチで座って、何故自分からあんな言葉が出て来たのか考えていると、傍にひとりが寄って来た。

 

「あっあの、太郎君……なんで……」

 

 ひとりの顔を見ると、不安そうな、申し訳なさそうな顔をしていた。もしかしたら自分が路上ライブを渋っていたせいで俺を巻き込んだと思っているのかもしれない。

 

「なあひとり、思えば俺は、今まで全部お前におんぶに抱っこだったよな」

 

「えっ?」

 

「楽器だってお前が誘ってくれたし、バンドだってそうだ。秀華高校だってお前が選んだからだし、バイトだってお前が始めたからだ」

 

 そうだ、いつだって始まりはひとりからだ。

 

「今日もそうだ、お前が地元で宣伝フライヤー配ろうって言ったから、お前が廣井さんを助けたから、今日俺はお前と一緒に路上ライブが出来る」

 

 多分これからも、ひとりは切り開く者(・・・・・)なのだろう。俺はそれにただ付いていくだけだった。だから――

 

「だから、今日の路上ライブから、俺は自分の意志で進もうと思ったんだよ。それにバンドを支えるのはドラムの役目だからな、今日は俺がお前を支えてやる」

 

 そう言うとひとりは息を呑んだ。しかし直ぐに不安そうに俯いてしまった。

 

「で、でも……私……」

 

「知ってるよ、店長が言ってた。お前はチームプレイの経験不足で、自信が無くて実力が発揮出来てないって。多分俺もそうなんだろうな……でもな、今日に限ってはあんまり心配してないんだよ」

 

 ひとりが顔を上げて困惑したような表情で俺を見て来る。そりゃそうだろう、ひとりより人と合わせた事の無い奴が何を偉そうに……と思っている事だろう。だが、今回だけは違うんだぜ。多分……

 

「お前は知らないだろうが、俺がお前の動画に合わせて何百回ドラムを叩いたと思ってんだよ。お前との共演数は動画越しなら世界一だ。安心しろ、今回は俺がお前に合わせてやる」

 

「――――っ!! …………私、だって……!」

 

 ひとりが何事か言おうとして、再び俯いて黙り込んだ。だがもう一度顔を上げたひとりは、睨むような、怒ったような表情で俺を見据えて来た。

 

「ギターに合わせるドラムなんて聞いたことない……だから――私が太郎君に合わせてあげる!」

 

 そう言ってひとりは不安や焦燥、何もかもを押さえつけて不敵に笑った。

 

「そうか、そりゃ楽しみだ。でもいいのか? 俺が合わせなくていいんなら、俺はいつも通り(ドラムヒーロー)の演奏をするぞ? お前に付いて来れるとは思えないけど……」

 

「! た、太郎君だって、(ギターヒーロー)の超絶テクに付いてこれるとは思えないけど!」

 

「なになに~、楽しそうじゃ~ん。なんの話してんの~」

 

 いつの間に起きたのか廣井さんが背後から俺にもたれかかって来た。うわ酒臭え! この人本当に大丈夫なんだろうな? 

 

「路上ライブ、廣井さんが一番大変だって話です」

 

「ええ~~」

 

 そんな話をしていると一台の車が止まった。降りて来た女性は誰かを探しているのか、きょろきょろと辺りを見回している。

 

「あっ!! 志~麻~! こっちこっち~!」

 

 廣井さんが俺の肩越しに大きく身を乗り出して手を振ると、車の女性はリアゲートを開き、中から大きな荷物を取り出してこちらに歩いてきた。

 

「打ち上げの後どっか行ったと思ったら急に路上ライブって言うから何事かと思ったけど……はい、機材持って来たよ」

 

「ありがと~」

 

 機材を廣井さんに渡した志麻さんは俺達の方をちらりと見ると小さく頭を下げた。

 

「私、廣井のバンドのドラムスの志麻です。すみません、また廣井がご迷惑を」

 

「いえ! 全然! むしろ助けて貰ってます。それにドラムの機材をお願いしたのは俺なので……」

 

 志麻さんの行動に、慌てて俺は首を横に振った。隣では俺に同意したひとりが首を縦に振っている。

 

「そうですか、それならよかったです。私はこの後用事があるのでライブは見れませんが、応援してます。機材は廣井に持って帰って来るように言ってありますので」

 

 俺達がお礼を言うと、志麻さんは足早にこの場を立ち去った。今度何かお礼をしないといけないな。それにしても自分のベースすら置き忘れる廣井さんに機材を預けて大丈夫なんだろうか……

 

 機材のセッティングが終わると、廣井さんは通行人に向かって大声で叫び始めた。

 

「みなさーん! 今からライブしまーす! タダなんで暇ならみてってくださーい!」

 

 その言葉に通行人の視線が一斉にこちらを向いた。廣井さんがなおも大声で宣伝をすると何事かとぽつりぽつりと人が集まって来た。

 

 ある程度の人数が集まると、廣井さんは大きめの紙にチケットの事と、結束バンドの次のライブ告知を書き始めた。しかしさっきはデカい口を叩いていたが、やはりいざ本番となると緊張する。それはひとりも同じようで不安そうな顔をしている。するとそんな俺達を見た廣井さんが諭すように言い放った。

 

「そんなに緊張しなくて大丈夫だって。でも、一応言っとくけど、今目の前にいる人は君たちの戦う相手じゃないからね――――敵を見誤るなよ」

 

 廣井さんの不敵な、射るような眼差しに、俺は小さく笑みを浮かべた。滅茶苦茶緊張しているが、こういう時こそ……強気に行こうじゃないか。

 

「当然じゃないですか。俺の敵は俺より上手いドラマーと、ひとりより上手いギタリストと、男性ベーシスト全てです」

 

 俺はなるべく冗談めかしてあっけらかんと言い放つと廣井さんは大笑いした。そのままひとりへと向き直る。

 

「さてひとり、顔の見えない五万人のファンも嬉しいが、ここらで一つ俺達も顔の見えるファンって奴を作って帰ろうぜ。それに花火大会の日に、早めの場所取りもせずに俺達のライブを見てくれるんだ、どうせならこの後の花火が霞む位の奴を見て貰おう」

 

 そう言うと、ひとりは緊張しながらも力強く頷いた。ひとりの背中を軽く叩いて、再び廣井さんに向き直る。

 

「じゃあ廣井さん、あとはお願いします。あ、それと……ちゃんと付いてきて下さいね(・・・・・・・・・・・・・)

 

 挑発するように言った俺に笑みを浮かべた廣井さんを見てドラムの椅子へと腰を落とした。

 

 うわあ滅茶苦茶緊張する。落ち着け落ち着け、練習は本番のように。本番は練習のように。だ。

 

「それじゃあはじめますね~。曲はギターの子のバンド、結束バンドのオリジナル曲で~す。パチパチパチ~」

 

 廣井さんとひとりがこちらを見た。俺は二人に頷くと、ドラムスティックを振り降ろした。

 

 

 

 

 演奏が終わると大きな拍手で迎えられた。見れば観客の数も演奏前の二倍くらいになっている。

 

 心臓は早鐘を打ち、鼓動の音は観客に聞こえるんじゃないかと思う程大きかった。緊張の為かたった二分にも満たない演奏だったのに物凄い疲労感だ。

 

 ひとりを見れば最前列で見ていた浴衣姿の女性二人に詰め寄られていた。混乱しているひとりに廣井さんがフォローに入っていたが、女性が巾着を広げていたのが見えたので、これでノルマは大丈夫そうだ。

 

 俺はゆっくりと立ち上がってひとりの作った宣伝フライヤーを手に取ると、未だ興奮冷めやらぬ観客に配り始めた。

 

「八月十四日にギターの後藤が所属する結束バンドのライブがあります! 良かったら見に来てください!」

 

 フライヤーを受け取った人からチケットはありますか? なんて聞かれたが残念ながら手持ちはもう無いので、フライヤーの配布と一緒に当日チケットがある事を説明しておいた。こんなところで受付のバイトの知識が役に立つとは思わなかった。

 

 フライヤーを全て配り終えると、俺は男性二人組から声を掛けられた。

 

「すみません、このライブって君とベースのお姉さんって出ないんですか?」

 

「あっはい、三人の内で出るのはギターの後藤だけです」

 

 俺がそう言うと、二人組の男性はお礼を言って去っていったが、少し離れると残念そうに話しているのが聞こえて来た。

 

「そっかー、ギターの子も滅茶苦茶凄かったけど、ドラムとベースは出ないのか……」

 

「ライブどうする? ギターも確かに凄かったけど……」

 

 俺が男性達を神妙な面持ちで見送っていると後ろから声が上がった。

 

「すみませーん、ここでのライブはやめて下さーい」

 

 見れば制服姿の警察官が来ていた。結局無許可の路上ライブに関してはなんとか注意だけで済んだので、そのまま機材を片づけて解散することになった。

 

 機材を全て片付け終えた頃には、もうすっかり辺りは暗くなっていた。片づけた機材を廣井さんに渡すと、俺は自分の持っている結束バンドのライブチケットを廣井さんに差し出した。

 

「これ、良かったら貰ってください。今日のお礼……にしてはちょっと足りないかもですけど。是非見に来てください。最高のライブを約束しますよ! あと志麻さんも、もし来られるようでしたら是非来てくれるように言っておいてください。受付で俺の名前を言って貰えればチケット代は俺が払うようにしておきますんで」

 

 自分が出る訳でもないのに勝手に最高のライブを約束した俺に、廣井さんは遠慮がちに言ってきた。

 

「いいの? 太郎君のチケット無くなっちゃうけど?」

 

「俺はこの店でバイトしてるんで、当日券でなんとかします! ……大丈夫だよな? ひとり」

 

「えっ!? ……どうだろう?」

 

 ひとりはよく知らないのか困っていたが、店長に言えば一枚くらい融通してくれるだろ……最悪この前のオーディションみたいに金払って見るわ。

 

 俺からチケットを受け取った廣井さんは、相変わらず紙パックの酒を飲みながら今日の路上ライブの事を語り始めた。

 

「いやー、それにしても凄いね君たち。お姉さんついて行くのでやっとだったよ」

 

「いや、スコアも碌に見ずに即興であれだけ出来る廣井さんの方が凄いと思いますよ……自称天才ベーシストだと思ってましたけど、改めます。廣井さんは天才ベーシストです」

 

「ええ? そう? まあねぇ~、でへへへへ~」

 

 俺の言葉にひとりも隣で顔を振って同意していた。結局今日の俺達は六割って感じの実力だったから、それでもほぼ即興でついてこられる廣井さんの実力に驚きを禁じ得ない。

 

 俺達はまだ全力を出せる実力では無いし、今後まだまだ伸びる自信もある。廣井さんだって今回は即興だったので全力では無かっただろうし、伸びしろだってあるだろう。そう思うとこの三人での演奏がこれきりなのはなんだか残念でならなかった。だからこんな言葉が口をついて出ても、それは仕方のない事なのだ。

 

「廣井さん。これから先、まあ一年後か五年後か十年後かもっと先か……予定が空いたらまた俺とひとりとバンド組んでくれませんか?」

 

 俺の突然のお誘いに廣井さんは不思議そうに尋ねて来た。

 

「別にいいけど……なんでそんな先の話なの?」

 

「そりゃ俺達がもっと上手くなる為の時間ですよ、すぐにやっても今日とあんまり変わらないですし……それに廣井さん言ってたじゃないですか、未来が不安だから酒飲んでるって。まあ年金問題や地方の過疎化や貧困格差はちょっとどうにもなりませんけど……俺達で何か楽しい事やりましょう。何か楽しい事が待ってるなら未来が来るのもちょっとは楽しみになるでしょう? ……それに、なにより」

 

 そこまで言って俺は廣井さんを見た、正直割とこの理由が大きいと言っても過言ではないかも知れない。

 

「それくらい未来の予約を入れとけば、そこまでは廣井さん勝手に酒で死なないかなって……」

 

「そ、そうですよ。ちょっとお酒控えた方が……」

 

 この天才ベーシストを亡くすのは割とマジで惜しい気がするんだよなあ。そんな風に思いながら廣井さんを見ると、幸せスパイラルを豪快にキメていた。駄目だこの人、何も人の話を聞いてねーわ。

 

「ごめん、ちょっと待ってね……うう……若い頃に太郎君みたいな子が近くにいてくれれば……」

 

 やめろ、その俺は過去にどんな罪を犯してこんな酔っ払いの世話をしなくちゃならないんだよ。

 

 幸せスパイラルをキメた廣井さんは豪快に息を吐いた。完全におっさんのそれである。

 

「で、バンド名はどーすんの?」

 

「は?」

 

 廣井さんの素っ頓狂な質問に俺は首を傾げた。バンド名? 何の? 俺達の? 気が早すぎるだろ。だが酔っ払いにはそんな事は通じず、まだかまだかと騒ぎ立てた。

 

「ねーねーバンド名はー? リーダー」

 

「えっ!? 俺がリーダーなんですか!?」

 

「そりゃそーでしょ。君が発起人だし、ドラム担当だし」

 

 えっ、ドラム担当ってそうなの? ひとりを見ればまたしきりに頷いている。そういえば虹夏先輩もリーダーだし、もしかして志麻さんもそうなのか? いやでも普通に考えて最年長の廣井さんだろ。しかしこの酔っ払いにリーダーが出来るのかと言う疑問も尽きない。

 

「まあリーダーはどうでもいいですけど。バンド名は……中学の時に考えてたやつがあるっちゃ有ると言うか……でもこれは選定基準があると言うか……」

 

 俺がゴニョゴニョ言っていると、廣井さんは馴れ馴れしく肩を組んできた。

 

「ほらほら言っちゃいなよ少年~」

 

 ひとりもなんだか期待の眼差しでこっちを見ている。

 

「バ、バン…………っちズです……」

 

「え? 何? 聞こえない」

 

Band of Bocchi's(バンド・オブ・ぼっちズ)です」

 

「「は?」」

 

 廣井さんのみならずひとりにまで引かれてしまった……だから言いたくなかったんだよ。俺の顔面が崩壊を始めると、廣井さんが俺の背中を叩きながら大笑いした。

 

「あははははは!! パクリぢゃん!!」

 

 くそぅ、この酔っ払い痛い所を突いてくる。そもそもこれは中学時代に考えてた奴だし? ひとりとのバンド用だったし? 偉大なるバンドからパクってるし? だから笑われても悔しくねーし……

 

 ひとしきり笑った廣井さんは、酒を飲みながら俺に聞いてきた。

 

Gypsys(ジプシーズ)をパクるなんて、君もなかなか豪気だね~。ぼっちズって事は君を見るに加入資格は学生時代ボッチだった人って感じ? って事は太郎君もボッチなの?」

 

「あっはい。ひとりに至ってはあだ名がぼっちですよ」

 

「えぇ……」

 

 もうどうにでもしてくれと言う思いで崩壊した顔面のまま答えると、自分のあだ名に引かれたひとりがショックを受けていた。やっぱりぼっちってあだ名はおかしいって。俺は自分の感性を信じて断固戦いますよ。その感性で付けたバンド名がたった今否定されたわけだが……

 

 しかし俺は後に廣井さんがひとりの事をぼっちちゃんと呼び始める事をまだ知らない。

 

「でもまあいいんじゃない? Band of Bocchi's……じゃあ今日がぼっちズの初ライブだったって事だね」

 

 そう言いながら廣井さんは機材に手を掛けて帰る準備を始めた。

 

「今日は楽しかったよ。また一緒にライブしようね~。バイバイ、ひとりちゃん、太郎君」

 

 俺達も廣井さんに挨拶を返すと、廣井さんは駅へ向かって歩き出した。が、しばらくすると立ち止まってこちらに小走りで戻って来た。

 

「そう言えば太郎君って今バンド入ってないんだっけ?」

 

「ええ、まあ」

 

 俺がそう答えると廣井さんは少し悩んだ様子を見せたが、結論が出たのか続きを話し出した。

 

「私が活動してる新宿のFOLTってライブハウスで今メンバー探してるバンドがあってさ~、そこのリーダーがちょっと癖の強い子なんだけど……」

 

「行きます。やはり新宿ですか……いつ出発します? 俺も同行します」

 

 即答した俺に、廣井さんがたじろいだ。ひとりも話の進む速さに驚きで固まっている。でもこれを逃したらヤバイでしょう。俺もう他にメンバーに当てがないんだよ。もう夏休み入ってるんだよ? 

 

「お、おう……すごい食いつきだね……今日はもう遅いからいいけど、太郎君が良いなら私から話しておくね。じゃあちょっと連絡先交換しよ~」

 

 この酔っ払いと連絡先を交換するという事に不安が無い訳ではないが背に腹は代えられない。俺は断腸の思いでスマホを取り出した。

 

 そうして連絡先の交換が終わると、廣井さんは今度こそ本当に、電車賃が足りないという事も無く帰っていった。

 

「不思議な人だったね……」

 

「嵐の様な人だったな……」

 

「「でも格好良かった」」

 

 同時に呟いた内容に俺達は顔を見合わせて笑った。




 路上ライブが成功したのは主人公のひとり専用バフの効果だとでも思っておいてください。また成功した事によって今後何か悪影響が起きたりはしません。やさしいせかい。

 SIDEROS加入は無くなったので、長谷川あくびファンの皆様も安心してお楽しみいただけます。


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008 突撃近所のTシャツデザイン

 ちょっと怖い話してもいいいですか?
 この小説書く前はひとりちゃんの二代目ギターのパシフィカいいな~って思ってたんです。値段もまあ手頃だし。
 でもこの小説書くためにドラムの事馬鹿みたいに調べてたら、ドラムも面白そうだなって思ってきたんです。
 怖いですよね。


 路上ライブから数日、俺は廣井さんからの連絡を待ちながらいつもの日常を過ごしていた。

 

 今日も朝早くから起き出して朝食を済ませると、部屋のテーブルに雑誌やコップ、空き缶などを並べて疑似ドラムを作ってドラムの練習をしていると母親が部屋にやって来た。

 

「太郎、お友だち来たよ。女の子二人」

 

 雑誌を叩く手を止めた俺は母親の顔を見た。お友だち? いねーよそんなの。いないもんは来れないだろう。ひとりとふたりちゃんかとも思ったが、あの二人ならそんな言い方はしないだろうし、それにひとりが来るときは必ず事前に連絡が来るので、ひとりが来たと言う可能性もないだろう。そもそも今日のあいつは虹夏先輩達が家に来るらしく、飾り付けがあるから忙しいと言っていた筈だ。

 

「母さんそれ多分詐欺だよ詐欺。俺に友達いないの知ってるだろ」

 

 今日来るらしい結束バンドメンバーの可能性も考えたが、それなら二人はおかしい。仮にそうなら三人(・・)の筈だし、そもそもあの人達は俺の家など知らないだろう。俺が面倒そうに言い放つと、母親は訝しげな顔をした。

 

「伊地知さんと喜多さんって子なんだけど、本当に知らない?」

 

 ドラムの練習に戻ろうとしていた俺は驚いて母親を見た。

 

「えっ……マジで? 来てるの? 何処に? ウチに? 何で?」

 

「それは知らないけど、とにかく玄関で待ってもらってるから知り合いなら早く行きなさい」

 

 俺はドラムスティックを部屋へ投げ捨てると、母親の後を追うように部屋を出た。虹夏先輩と喜多さんを騙る詐欺の可能性もまだ残っているが……と言うかリョウ先輩はいないのか? なんで俺の家を知ってるのだろうか? そもそも何しに来たのか? などと色々考えながら玄関へ行くと、本当に虹夏先輩と喜多さんが立っていた。

 

「あっ、やっほー太郎君! 来たよー」

 

「山田君。ごめんね急に」

 

「あっどうも。今日はどうしたんですか?」

 

 二人に挨拶して事情を聞くと、今日はひとりの家でライブのTシャツのデザインを考えるらしい。そのついでにひとりの家に行く前に、ひとりから聞き出した俺の家まで遊びに来たという事だった。あとリョウ先輩は来てないらしい。

 

「と言う訳で……太郎君の部屋に行ってもいい?」

 

「えっ俺の部屋ですか?」

 

 虹夏先輩がのほほんと言った言葉に俺は悩んだ。別にみられてまずい物は無いが、特に面白い物も無い。喜多さんを見ると何故かこちらもわくわくした様子で俺を見ていた。さてどうしようかと俺が悩んでいると母親から手招きで呼び出された。

 

「太郎……上がってもらいなさい。さっき喜多さんからお土産頂いたから、それ持って行ってあげるから」

 

 そう言う事らしいので、俺は自分の部屋に二人を案内する事にした。

 

「ありがとうございます、喜多さん。わざわざお土産持ってきてくれたらしいじゃないですか」

 

「ううん、たいしたものじゃないから」

 

 そんな事を話しながら俺は二人を部屋に招いた。あっやべ、疑似ドラムセット出しっぱなしだったわ……まあいいか、虹夏先輩にはドラムやってる事は伝えてあるし。

 

 二人は俺の部屋に入ると、興味深そうにまじまじと殺風景な部屋を見渡して小さく感嘆の声を上げた。

 

「私、男の子の部屋って初めて入りました。こんな感じなのね……」

 

 かすかに頬を紅潮させて言った喜多さんの言葉に、俺と虹夏先輩の二人が驚いた。

 

「へえー、喜多ちゃんって友達沢山いそうだから、男子の家も遊びに行った事あるのかと思った」

 

「俺も意外でした。喜多さんって連日陽キャグループの各家でパーティー三昧かと思ってました」

 

「パーティー三昧って……そんな訳ないじゃない。そう言う伊地知先輩はどうなんですか? やっぱり二年生は進んでる……ハッ!! という事はリョウ先輩も……いやー!!」

 

 俺達の勝手な喜多像を困った顔で笑って否定した喜多さんは、自ら勝手にパンドラの箱を開けて発狂していた。

 

「大丈夫! 私もリョウも男の人の部屋とか入った事無いから! だから落ち着いて喜多ちゃん」

 

 虹夏先輩に宥められた喜多さんは落ち着きを取り戻すと、改めて部屋を見渡した。何気なく見た机の疑似ドラムセットを発見した喜多さんは、俺がゴミを散らかしていると思ったのか苦笑を漏らし、虹夏先輩は珍しい物を見たかのように小さく驚きながら言った。

 

「やっぱり男の人ってこういうの片づけずに置きっぱなしにしてるのね」

 

「いや、違うよ喜多ちゃん! これは多くのドラマーの必須技能……家にあるその辺の物で作る疑似ドラムセットだよ!」

 

 虹夏先輩の言葉に驚いた喜多さんは、一度虹夏先輩を見るともう一度机の上を見た。

 

「……えっ!? これドラムなんですか!? ゴミを散らかしてるんじゃなくて!? 確かに山田君はドラムやってるって後藤さんが言ってた筈なのに、ドラムが部屋に無いなって思ってたんですけど……」

 

 まあ喜多さんには分からなくても無理はない。ギターやベース、あるいはキーボードなんかは楽器が家にあるのが普通だ。しかしドラムは違う、あのデカさと騒音問題の為とてもじゃないが部屋になど置けないのだ。電子ドラムなどもあるが、どうにも叩いた感じに違和感があるので俺は持っていない。あと高いし……だがやはり虹夏先輩、心の友よ。やはりドラマーはドラマーとしか分かり合えないのかもしれない。

 

「って言っても私もここまで本格的な疑似セットはやった事ないんだけどね……家にドラムあるし」

 

 虹夏先輩の言葉に俺は膝から崩れ落ちた。そうだこの人実家がライブハウスだった……そりゃこんな事やって無いよな。どうも虹夏先輩は俺が同類だと思って心を許すと後ろからぶっ刺して来る事が多い、この人悪魔か? 

 

 しかし喜多さんにこれが疑似とはいえドラムであると証明しないままでは世のドラマーに申し訳が立たないと思い、疑似セットで結束バンドの曲、この前に路上ライブでやった曲の頭の部分を簡単に叩いて見せる事にした。するとこんなゴミみたいな物がドラムっぽい雰囲気を再現出来る事に驚いた喜多さんは凄い凄いと終始興奮した様子だった。

 

「……なんかさあ……太郎君の使ってるスティックってドラムヒーローさんのと同じじゃない?」

 

 俺の演奏をじっと見ていた虹夏先輩が急にそんな事を言ってきた。

 

「えっ……あっ、そっすね……」

 

 まさかそんなもんを見てる奴がいるとは思わなくて思わずキョドってしまった。こえーよ探偵かよ。虹夏先輩は部屋をキョロキョロと見渡すと乱雑に置いてあったツインペダルを見つけて、これをまたまじまじと見つめだした。

 

「これも概要欄に書いてあった奴と同じ奴だ……」

 

 おいおいおい、死んだわこれ。いきなりのガサ入れは卑怯すぎるでしょう。俺が感情を殺して嵐が過ぎるのを大人しく待っていると喜多さんが虹夏先輩に質問した。

 

「ドラムヒーローってなんですか?」

 

「喜多ちゃんは知らないか。ネットで一部の人に話題の、もうす~~~っごくドラムが上手な人! 前に太郎君にも同じこと言ったけど私、同じドラマーとして滅茶苦茶ファンなんだよね! 歳も近いみたいだし! もう本当一度会って生演奏を見て見たいんだよね!」

 

「伊地知先輩がそこまで言うなんてすごい人なんですね!」

 

「喜多ちゃんも今度聞いてみてよ! もう本当すっごいから!」

 

 顔を赤らめて興奮したように語っていた虹夏先輩は、突然難しい顔になった。

 

「そういえば、これは本当に一部で話題なんだけどさ……」

 

 ひどく勿体ぶった話し方の虹夏先輩に、俺は緊張した面持ちで続きを待った。

 

「実はね……ドラムヒーローさんとギターヒーローさんは付き合ってるんじゃないかって噂があるんだよね」

 

「……………………は?」

 

 あまりの突拍子もない話に俺は間抜けな声が出た。え? 俺とひとりが付き合ってる? なんでそんな話になっているんだ? 

 

「名前が似てるとか、歳が同じとか、活動開始時期が近いとか色々あるんだけど、一番はドラムヒーローさんにはギターの彼女が、ギターヒーローさんにはドラムやってる彼氏がいるって書いてある事なんだよ」

 

 虹夏先輩が噂の根拠を説明してくれたが、バカひとりバカ。お前が余計な設定を付け加えたおかげでなんか変な噂が立ってるじゃねーか。なんで寄りにもよってドラムを選んだんだよ、ギターにしておけば格好もついたし、私が教えてます! とか言ってアピール出来ただろうが……

 

「でも音楽をやってる人なら、付き合ってる人が楽器やってるっていう偶然もあるんじゃないですか?」

 

「まあね、それにギターヒーローさんの彼氏はバスケ部エースで、ドラムを始めたのは高校に入ってかららしいから、時期が合ってないって事で妄言とか妄想扱いされてるみたいなんだけどね」

 

 喜多さんの素直な感想に、虹夏先輩本人はあまり噂を信じていないのか頭の後ろで手を組んでぼんやりと答えていた。ナイスだひとり。お前の思い付きの行動が捜査のかく乱に役立っているぞ。でも絶対後で文句言うからな。

 

「まあ付き合ってるとかはどうでもいいんだけど……この二人ってコラボとかしないのかなーって思ってるんだよね。さっき言ったみたいに結構共通点が多い二人だからそう言う話とか無いのかな? もし共演するんだったら絶っっっ対見たいなあ! 絶対凄い人気でるよ! 絶対!」

 

 すみません、それ先日やったんですよ、天才ベーシストも添えて。観客十五人くらいでしたよ。ハハッ。

 

 自分の妄想コラボを大興奮で語る虹夏先輩を他所に、俺は遠い目をしていた。

 

「……それにしてもあの道具を見るに太郎君ってもしかして……」

 

 虹夏先輩の訝しむ視線に、これ以上この話題はまずいと感じ取った俺は、その辺に置いてあったスタンド付きのドラムパッドを引っ張ってきて喜多さんの前へと置いた。少々強引だがこれで流れを変えるしかない! 虹夏先輩の言葉に被せるように俺は早口でまくし立てた。

 

「あっそうだ(唐突)ききき、喜多さんもちょっと叩いてみませんか? ストレス解消にもなりますしドラムを経験することでよりバンドメンバーへの理解を深める事が……」

 

「ドラムヒーローさんのファン?」

 

「……えっ?」

 

「だってこんなに同じもの買い揃えるなんて、それはもう大ファンでしょ!」

 

 ドラムヒーローの凄さは正直いまいちよく分かっていないが、丁度いいからそういう事にしておこう。なりきるんだ、俺はドラムヒーローフリーク。

 

「そ、そうなんですよ。前に虹夏先輩から教えて貰って、動画見たら凄い? 人だったんでファンになったんです! いや凄いですね! なんていうか……こう……凄いです!」

 

「そっかあ……太郎君にもドラムヒーローさんの凄さが分かっちゃったか……」

 

 具体的な事は何一つ言っていない俺に、後方腕組古参ファン面しながら虹夏先輩は語っていた。正直自分(ドラムヒーロー)の事を褒めるのは滅茶苦茶恥ずかしい。しかし都合よく納得しているのでそのまま流れに身を任せてしまおう。

 

「ちなみにどの動画が良かった!? 私はね~……」

 

 ちょっと、まだ引っ張るんですか、もういいでしょう。俺にとってはもう味のしないガムみたいになってるよ。喜多さんを見れば話に入れなくてちょっと困った顔をしている。俺は強引に虹夏先輩の話を打ち切る事にした。

 

「まあまあ虹夏先輩、その話は今度ゆっくりしましょう。ほら喜多さんも動画見ないと話に入れないですし……それよりどうです喜多さん、さっき言ったみたいにちょっと叩いてみます?」

 

 まだ語り足りないのか不満そうな虹夏先輩を横目に、ドラムを叩くことに割と乗り気な喜多さんにドラムスティックを渡すと、メトロノームを引っ張り出してまずは基本の8ビートから教えてみる事にした。

 

 「こ、こう? 手だけや足だけは出来るけど両方やるのは難しいのね!」

 

 割と楽しそうに叩いていた喜多さんだったが、そのリズム感を見ているとこの人意外とドラムの才能があるんじゃないか? なんて俺は思った。隣では虹夏先輩が何故か喜多さんの才能に怯えていたが。

 

 そのうち母親が喜多さんのお土産を持って来たので、机の上を片づけてシャレオツスイーツを食べながら、今日いないリョウ先輩の欠席理由なんぞを聞いていると、もういい(・・)時間になっていた。

 

「二人ともそろそろひとりの所へ行った方がいいんじゃないですか? もう飾りつけの準備も終わってると思いますよ」

 

「えっ? もうそんな時間? 本当だ、じゃあそろそろ行こうか」

 

 そう言って立ち上がった二人を見送る為に俺も玄関まで付いて歩いて行く。

 

「今日はわざわざありがとうございました。ひとりの事よろしくお願いします」

 

 靴を履いている二人にそう言うと、二人は心底不思議そうな顔をしてこちらを見た。こんなにも明確な何言ってんだこいつって目は見た事無いかもしれない。

 

「え? 太郎君も行くんだよ?」

 

「山田君行かないの? 私てっきり一緒に行くものだと思ってたんだけど……」

 

 何故か一緒に行くことになっていた。いやひとりともそんな四六時中一緒にいないからね。それに俺は結束バンドのメンバーではないので、いても邪魔になるだけだろうと伝えると、二人からまたも不思議そうに返された。

 

「まあ確かにメンバーじゃないけど……アドバイザー? ぼっちちゃんのスーパーバイザー? みたいな物だし。それにTシャツデザインはアイデアの数が勝負だからね! 人数が多い方がいいと思うんだ!」

 

「そうよ、それに後藤さんも山田君がいた方が安心すると思うの……私たちも何かあった時安心だし……」

 

 怖、何かってなんですか。喜多さんの言葉に、ひとりが特定(危険)動物指定種リストに認定されている気配を感じたがあまり深く考えないようにしよう。まあこの二人が良いと言っているのでお邪魔しようと思ってそのまま靴を履いて付いて行こうとしたら二人が物凄く驚いた。

 

「えっ! 太郎君その格好で行くの!?」

 

「? ええ、まあひとりの家に行くなら別に……」

 

「凄い……! 幼馴染ってこんな感じなのね……」

 

 お目目キラキラの喜多さんに俺は困惑した。いや別に半袖にスウェットっておかしくないでしょう……靴下だってちゃんと履いてるし。流石にひとりの家と言えども裸足で尋ねる勇気は俺には無い。

 

 母親にひとりの家へ行くことを伝えると、俺達三人は後藤家へと出発した。

 

 俺達三人は後藤家に辿り着くと、三人とも唖然とした表情で後藤家を見上げていた。そこにはでかでかと横断幕が掛かっており、歓迎! 結束バンド御一行様とでっかい文字が書かれている。思わず辺りを見回した。こんな所に入っていくのを見られたらたまったもんじゃ無い。俺は手早くインターホンを押した。

 

「あっ、幼馴染でもインターホンは押すのね……」

 

「なんでそんな事で驚いてるんですか喜多さん……おーいひとり、虹夏先輩達来たぞ」

 

 流石に勝手に入ったりはしないので外から呼んでみると、玄関の扉の向こう側からひとりの声が聞こえて来た。すぐに扉が開くと玄関には星の形のゲーミングサングラスと一日巡査部長と書かれた襷を装備したひとりがクラッカーを構えていた。

 

「いっいええぇええい! ウェウェルカム~~~~~」

 

 言ってひとりがクラッカーを鳴らしたが、俺は何事も無かったかのように靴を脱いで玄関を上がった。いやだって歓迎されてるのは俺じゃないし……ひとり渾身の一発芸にあれこれ言うのも違うかなって。

 

 ひとりの歓迎にちょっと引いていた気もしたが、概ね好意的な感想を言っていた二人を家に上げて、ひとりの先導で部屋へと向かった。

 

 ひとりの部屋へ案内されると、部屋は薄暗く、机に置かれたミラーボールの光が回っている。壁や襖には何故かナイトプールのポスターやハートの形の風船、机の上にはお菓子が置かれていた。

 

 ひとりはそのまま飲み物を取りに行くようなので、俺もそっちに付いて行く事にした。

 

「そういえばおばさん達は? こういう時は真っ先に飛んできそうだけど……」

 

「……そう言えば見てないかも」

 

「あー! たろう君だ! おねえちゃんのお友だちってやっぱりたろう君だったの?」

 

 リビングに着いてひとりが飲み物の準備をしていると、妹のふたりちゃんが俺の足にしがみ付いてきた。どうやらひとりの友人の存在を疑っていたようだ。

 

「いや、ちゃんと来てるよ。今はひとりの部屋で待って貰ってる」

 

 俺がそう言ってもふたりちゃんは信じられなかったようで、ジミヘンを連れてひとりの部屋へ走って行った。その後何故かシャンパングラスを持って行こうとするひとりと一悶着あったのだが、結局ひとりに押し切られる形でそのまま持って行く事になった。絶対飲みにくいだろうコレ。

 

 麦茶とシャンパングラスを持って部屋へ戻ると、ふたりちゃんと随分と仲良くなった二人に迎えられた。ひとりは家族がいるとはっちゃけられないからと、ふたりちゃんに出て行って欲しいようで土下座などしていたが、最後はふたりちゃんの耳元で何事か呟くと、ふたりちゃんはまたジミヘンを連れて走って行った。

 

「じゃあ俺はふたりちゃんを見とくわ。おばさん達いないみたいだし」

 

「あっうん。じゃあふたりの事お願いするね」

 

 身内がいるとはっちゃけられないのは俺も理解出来るので、気を利かせて出て行く事にした。喜多さんは先程の俺達の会話が琴線に触れたらしくまた目を輝かせていたが、藪をつつく必要も無いと思った俺はそのまま立ち去る事にした。

 

 リビングへ行くとふたりちゃんはアイスを食べていた。なるほど、ひとりはこれ(・・)を餌にしてふたりちゃんを引き離したのか。

 

「あ、たろう君。どうしたの?」

 

「いやー、ふたりちゃんと遊ぼうと思ってね」

 

「ほんと!? じゃあたろう君たいこ叩いて!」

 

 ふたりちゃんは何故か俺に太鼓を叩いて欲しがるのだ。これは普通の太鼓じゃなくて太鼓の〇人の方だ。しかしドラマーは別に太鼓の達〇が上手い訳ではないので微妙な得点になる、これをふたりちゃんは毎回楽しそうに笑っているのだ。多分この子俺の事自称ドラマーって思ってそう……

 

 ふたりちゃんの相手をして遊んでいると、玄関が開く音がしておじさんとおばさんの声がしたので、俺達二人は玄関へおじさん達を出迎えに向かった。

 

「おじさん、おばさん、お邪魔してます」

 

「ああ、太郎君来てたんだね。ひとりは?」

 

「もう虹夏先輩と喜多さんが来てるので、部屋ですよ」

 

「え!? 本当に来てるの!? 本当の本当に?」

 

 おじさん達に挨拶すると大層驚いていた。どうやら虹夏先輩達をもてなす為の買い物に行っていたようだ。おじさんとおばさんは荷物を置くと、ふたりちゃんに連れられて事の真偽を確かめる為にひとりの部屋へと歩いて行った。

 

 結局おじさんおばさん主催のパーティーが開かれる事になり、俺もご相伴にあずかる事になった。

 

 今日は後藤家と結束バンドメンバーとの親睦会みたいなものなので、俺は隅の方で大人しくしている事にした。

 

 おじさんやおばさんは、ひとりがレンタル友達的なサービスを利用しているのではないかと疑ったり、割と辛辣な評価をしていたが、同性の友達が出来た事を大層喜んでいた。だが平穏に進んでいた親睦会に、急に爆弾が降って来た。

 

「いやあ、それにしてもひとりに太郎君以外の友達ができて良かったなあ。なあ母さん」

 

「ええ、でもこの子昔から太郎君……」

 

「お、お母さん! お父さん! そういう事は言わなくていいから!」

 

 ひとりが途中で割って入ったが……なになに怖い……やめてよそういう言いかけて止めるの。どうせ碌でもない事だろうけど、途中で止められると怖さ倍増である。

 

 ふたりちゃんが喜多さんの持って来た映画に興味を持った事でこの話は終わったので、真相は闇の中である。この後俺達は皆で青春胸キュン映画()を見た後、大富豪をやったり、ツイスターゲームをやって、ひとりの部屋へと戻って来た。え? 俺がツイスターを誰とやったかって? そりゃひとり……の親父さんとだよ。当たり前だろいい加減にしろ。

 

 ひとりの部屋に戻って来た俺達は、ようやっとバンドTシャツのデザインに取り掛かった。

 

「デザイン考えてみたんですけど、こんなんどうです?」

 

 俺が見せたデザインはTシャツの中央に四つの色の丸くなった結束バンドが、上下に互い違いに少しずつ重なるように配置されている。

 

「へえ……中々いいじゃん……ってオリンピック! これオリンピックの奴じゃん!」

 

「あっ気が付きました?」

 

「そりゃ気付くよこんな有名な奴!」

 

 俺が虹夏先輩のノリ突っ込みを受けていると、リョウ先輩からデザイン案が届いた。カレーと寿司の雑コラを送ってきて、どちらの晩御飯がいいか聞いてきたのを見て俺は思い出した。

 

「あっそういえばリョウ先輩に金返して貰ってないわ」

 

「え! 太郎君リョウにお金貸して返して貰ってないの!?」

 

「ええまあ、前にアー写撮った時にカレー食べてました」

 

 俺の言葉に虹夏先輩は「すぐに返すように言っとくから!」と怒り心頭の様子だった。そんな話に割り込むようにひとりは声を上げると、立ち上がってTシャツデザインを発表してきた。それにしてもこいつなんで家族の前以外ではずっとパーティー眼鏡かけてるんだ? 

 

 ひとりのデザインのTシャツは裾が破けており、中央には謎フォントで文字が書かれている。シャツ全体にファスナーが多数ついていて、右肩から斜めに鎖が掛けられていた。

 

 喜多さんがファスナーと鎖の使い道を聞いていたが、そんなにピック入れいらないだろ……そんなにピック入れてたらデコボコで着ずらいし、絶対ファスナーが噛んで開かなくなる奴出てくるぞ。鎖のギターストラップも肩に食い込んで痛いだろ多分。こいつ自分が着ることになるって分かってるのか? 

 

 えらく自信があるのか、ひとりは体をくねらせていたが、ひとりのセンスを危惧した虹夏先輩が恐る恐る私服もこんな感じなのか尋ねていた。

 

「あっ服はお母さんが買って来てくれるから違います。一度も着た事無いけど……好みじゃないから」

 

 ひとりの言葉を聞いた虹夏先輩と喜多さんは、今日一番の笑顔でおばさんが買って来た服を着てくれるように頼んでひとりから了承を取っていた。

 

 ひとりが着替えている間、俺達三人は部屋の外に出ていることになった。俺以外は出なくても良いんじゃないかと聞いてみたが、こういうのはサプライズが大事らしい。

 

「そういえば太郎君はぼっちちゃんの私服見たことあるの?」

 

「一応小学校の時なんかはありますよ、ウチの学校は制服じゃなかったんで。でも中学からは無いですね。中学は制服でしたけど、あいつ家ではいつも上下スウェットでしたから」

 

 部屋の外で待っている間そんな話をしているとひとりから声が掛かった。どうやら準備できたようだ。

 

 部屋の中には清楚系の服に着替えたひとりが座って待っていた。

 

「「か、かわいい~~!」」

 

 虹夏先輩と喜多さんは大興奮だった。かくいう俺もレアなひとりにテンションアップだ。

 

 写真を撮ろうとした俺と喜多さんにひとりは撮影拒否していたが、構わず写真を撮っていた俺に何か言って来る事は無かった。多分こいつは俺が写真を見せる相手がいない事や、SNS等をやっていない事を知っているのでスルーしたのだろう。もしくは言っても無駄だと思ったのかも知れないが……まあ俺も後で絶対に見返さないだろうけど、なんか珍しい物があったら撮ってるだけなのでそれも関係しているかもしれない。喜多さんに撮られるといつの間にかSNSに上がってそうだからな。

 

 ひとりのかわいさに騒いでいた二人だが、前髪を上げたらもっと良くなると言ってひとりの前髪を虹夏先輩が触った瞬間――ひとりがしおしおと萎れだして、あっという間に小さくなった。

 

「ぼっちちゃん……死んじゃった」

 

「新しいギタリスト……探さないとですね」

 

 虹夏先輩も喜多さんも随分ひとりの扱いに慣れて来たなと俺が思っていると、萎れ尽くしたひとりの胞子が充満した部屋の空気を吸った二人は、突然倒れたかと思うと鬱々とした事を呟き始めた。

 

 俺はもうある程度耐性があるので大丈夫だが、こうなると自力で復帰するしかないので、倒れた二人を写真に撮ってしばらく放っておく事にした。

 

 結局おじさん達が食後のデザートに呼びに来るまで二人は元に戻る事は無かった。しばらくして元に戻った二人は鬱々としていた事を覚えていないようで、何事も無かったかのように帰っていった。

 

 その後俺も自宅に戻ると、廣井さんから新宿FOLTの場所と共に、加入テストをするらしいのでFOLTに来てくれとの連絡が俺のスマホのロインに届いたのだった。




 シデロスのドラムの長谷川あくびとの交代は、元々自分でもかなり消極的な案だったんですが、なんとか主人公をバンドに入れる為の苦肉の策だったんです。
 でも感想でも貰ったんですが、原作キャラのリストラはやっぱりなんか違うよなと思ったのと、シデロスに入らなくても話が作れそうな感じしてきたんでやっぱ無しにします。期待してくれた方にはすみません。
 別に貰った感想に屈して渋々とかではないので皆さんこれからも気軽に感想書いてくれると嬉しいです。
 本当にやるつもりの無い事は書いてあってもスルーするので。


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009 SIDEROS加入試験

 ヨヨコ先輩はそんなこと言わない(先手必勝)

 主人公の評価が盛り盛りになってしまったけど本作ではギターヒーローも同じ位置です。


 廣井さんから連絡を貰った俺は新宿の人の多さと複雑さに驚きながら、なんとか地図を頼りにFOLTまで一人でやって来たのである。ひとりも一緒に来ると言っていたが、結束バンドの初ライブがもう間近に迫っている事もあり、練習で忙しいだろうと思った為に俺の方から断った。まあ、仮に付いてきてもどうせ新宿の人の多さに参ってしまっただろうし。

 

 しかしFOLTに辿り着いたのだが、入り口の扉の前で俺は立ち止まってしまった。今なら初バイトの時に躊躇していたひとりの気持ちがよく分かる。これ普通に入っていいのか? 廣井さん(あの酔っ払い)はちゃんと話を通してくれているんだろうか……そんな不安が脳裏を過ぎったが、まあその時はその時だ、廣井さんの名前を出せば何とかなるだろうと俺は意を決して扉を開き中に入った。

 

「失礼しまーす」

 

 恐る恐る挨拶して中に入る。少し周りを見渡して思ったがFOLTはSTARRYと大分雰囲気が違う気がする。なんというかちょっと怖い感じがする、やはりこれは新宿という雰囲気がそうさせるのだろうか。おっかなびっくり進んでいくと髪を後ろで縛った男性と相変わらず酒を飲んでいる廣井さん、それとツインテールの女性が席に座っているのが見えた。

 

「お! 太郎く~ん! こっちこっち~」

 

 俺に気付いた廣井さんが大きく左手を振りながら声を掛けて来た。それと同時に男性と女性もこちらに視線を向けて来る。その睨むような視線に俺はちょっと怯んだ。ただでさえ雰囲気が怖いのに勘弁してほしい。

 

「あら~、この子が廣井ちゃんが言ってた子~? 随分若い子じゃな~い」

 

「そうだよ~、太郎君。この人がココの店長の銀ちゃん。心が乙女なおっさんだよ」

 

「吉田銀次郎三十七歳で~す。好きなジャンルはパンクロックよ~」

 

 挨拶された瞬間、今まで感じていた恐怖を吹っ飛ばす衝撃が脳みそを襲った。廣井さんに紹介された男性――吉田さんは見事なオネェ口調だった。はぇ~流石都会は凄いっすね~。これが新宿二丁目って奴ですか? え? 違う? しかしパンクロックが好きとはちょっと気が合いそうだ。

 

「ウッス、山田太郎です。高校一年です。右投げ左打ちのキャッチャーです。ドラマーです。俺もパンクロック好きです、特に疾走感が好きです」

 

 俺が自己紹介すると、吉田さんは同じパンク好きと知ってとても喜んでいた。まあドカベンネタはスルーされたが……このネタってもしかして面白くないのか!? しかしそんなことよりもさっきからツインテールの女性の圧が凄い。メッチャ睨んでくる。

 

「そんでこっちが今回太郎君をテストするSIDEROSのリーダーの大槻ちゃんだよ」

 

 廣井さんから紹介された女性――大槻さんの目がさらに鋭くなった。やばいなあ、テスト前からスゲー嫌われてんのか? もしかしてあれか? 廣井さん俺が男だって言ってなかったんじゃないだろうな? 

 

「大槻ヨヨコよ。SIDEROSでギターとボーカルを担当してるわ。外のスタジオを予約してるから、早速だけどあなたの演奏を聞かせて頂戴」

 

 そう言うと大槻さんは立ち上がってFOLTの入り口へと歩いて行く。それに続くように廣井さんも立ち上がり、吉田店長は手を振って見送ってくれていた。

 

「あの……廣井さん。スタジオってFOLTに併設されてたりしないんですか? わざわざ外のスタジオ借りるって……」

 

 先頭を歩く大槻さんについて歩きながら、俺が小声で廣井さんに話しかけると、廣井さんは悪びれた様子も無くあっけらかんと返して来た。

 

「いや~、私も同席するって言ったら銀ちゃんが貸してくれなかったんだよね~。多分また機材ぶっ壊されるって思ったんじゃない?」

 

 ええ……廣井さんそう言うアレなんですか……? ていうかまたってなんですかまたって……

 

 俺が廣井さんにくれぐれも今から行くスタジオでは大人しくしているようにお願いすると、廣井さんは赤ら顔で「大丈夫、大丈夫!」なんて言っていたが、まるで信用できない。もしもの時は大槻さんに何とかしてもらおうと彼女を見ると、廣井さんと小声で話しているのがまずかったのか、また凄い目つきでこちらを睨んでいた。あっこれは駄目かもしれんね。

 

 スタジオに到着するとほぼ予約の時間ぴったりだったらしく、特に待つ事も無く入室出来た。俺は持って来た鞄から道具を取り出すと手早くセッティングを済ませて指示を待った。

 

「そういえば大槻ちゃん、他のメンバーは来てないけどいいの?」

 

 廣井さんの疑問に、大槻さんは問題ないと返していたが……おいおい大丈夫か? 大槻さんの独断で入った後にいじめ倒されて辞めさせられるとか、考えただけで恐ろしい。まあしかしここまで来たら大槻さんを信じるしかない。

 

「じゃあ何曲かやってもらうけど、あなたはどんな曲が出来るの?」

 

「えっと、最近の流行りの曲なら大体出来ます」

 

 中学時代ひとりと話し合って決めていたのだが、バンドを結成した時にすぐ対応出来るように俺もひとりもここ最近の売れ線バンドの曲は大体マスターしている。そんな俺の言葉に少し考えこんだ大槻さんは、しばらくすると考えが纏まったのか演奏する曲を提示してきた。

 

「じゃあ行きます」

 

 俺はそう言ってドラムを叩き始める。大槻さんが指定した曲は、まあ普通の曲だ。今の俺には特に難しい事もない。もちろん手は抜けないが、多少余裕のある俺はここぞとばかりにアピールしてみることにした。

 

 とりあえず滅茶苦茶動作を大きくしてドラムを叩く。所謂ドラムパフォーマンスだ。特にリフ(イントロやサビで繰り返される部分)で大げさにシンバルをぶっ叩いた。動画サイトでみて恰好良かったから練習したんだよなあ。

 

 演奏が終わってちらりと二人を見ると、廣井さんは相変わらずニコニコしているが大槻さんはなんだか難しい顔をしている。やばいなあ……こういうパフォーマンスは嫌いだったか? 

 

 しばらく難しい顔をしていた大槻さんは、続けて二曲目を指定してきた。さっきより難しい曲だ。しかし今の俺はまあ問題ないので今度は別のパフォーマンスをしてみる事にした。

 

 今度は少し大人しめに、演奏中にドラムを叩いていない方のスティックを手のひらで高速回転させる、所謂スティック回しをやってみた。興が乗って来た俺は高速回転させたスティックをそのまま二十センチ程上へ放り投げてキャッチしてドラムを叩いて見せたりした。どうっすかこれ? ひとりの歯ギターや背ギターに対抗する為にメッチャ練習したんですよ! もちろん演奏も問題ない。というか演奏が駄目ならこんなもん練習している場合ではない。

 

 二曲目が終わると廣井さんから拍手が返って来た。

 

「いよっ! 名ドラマー! キレキレだよ!」

 

 廣井さんからのおべっかに俺は気を良くしてどや顔でスティックを回して答えた。しかし大槻さんはまだ渋い顔をしている。これは本格的にヤバいかもしれん。大槻さんはこういうパフォーマンス全般が嫌いなのかもしれない。

 

 大槻さんは渋い顔のまま三曲目を指定してきた。おいおいこれメッチャむずい奴やんけ。これは落とす気マンマンやね。しかし俺はこれもちゃんと練習しているので問題は無い。流石にパフォーマンスなんぞ入れてる余裕は無いが……

 

 俺はひとりの様に、あそこまで緊張してパフォーマンスを極端に落とすことは無い。さらに他人と合わせるという事も路上ライブからずっと考えていた事だが、俺に合わせろ(・・・・・・)って事で落ち着いた。結局ドラムはバンドのテンポとリズムをキープする大黒柱みたいなもんだ。それがあっちに合わせてこっちに合わせてってやってたらバンド全員が安心できない、と思う。そういう事で俺は、テンポとリズムキープに心血を注いで練習している。まあバンドに入ったらグルーヴ感みたいなやつが必要なんだろうけど。

 

 問題なく三曲目も演奏し終えると廣井さんが口を開いた。

 

「どう? 大槻ちゃん。まだ足りないならとっておきをやってもらうけど?」

 

「? ……とっておきってなんですか?」

 

 大槻さんの訝しむ視線に、廣井さんがこちらを見ながら一つ頷いた。

 

 えぇ……あれやるんですか……正直ちょっと、いや滅茶苦茶自信が無い。なんてったって、とにかく時間が無かったからだ。しかし確かにこれは加入テストに一番相応しい曲かもしれない。

 

 俺が四曲目を演奏しだすと大槻さんの目がさらに鋭くなった。そりゃそうだ、これは廣井さんから日程が送られて来た時に、一緒に送られて来たSIDEROSの曲だ。絶対ウケるからという廣井さんに煽られてこの数日間ずっと練習していたのだ。俺としてはご本人様の前でやる物真似芸人みたいな心境だ。

 

 流石に俺も緊張したが、なんとか大きなミスも無く演奏が終わると廣井さんが大槻さんに詰め寄っていた。

 

「どう? どう? 太郎君は? これなら大槻ちゃん納得するかな~って思って紹介したんだけど」

 

 廣井さんに詰め寄られた大槻さんは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。廣井さんの話しぶりからするにSIDEROSはかなりの実力者揃いなのかも知れない。これはちょっとパフォーマンスはマイナス材料だったかな、なんて思いながら緊張した面持ちで俺が合否を待っていると、大槻さんは一つ大きくため息を吐いてから口を開いた。

 

「ありがとう、よく分かったわ。結論から言うけど……山田太郎、あなたをSIDEROSに入れる事は出来ないわ」

 

 俺は一つ息を吐いた。まあしゃーない。反省点は色々あるが、俺の居場所はここでは無かった、という事だろう。だが廣井さんは納得できないのかまだ大槻さんに絡んでいた。

 

「ええ~、なんで~。大槻ちゃん上手いドラマー欲しいって言ってたじゃ~ん」

 

「ちょっと廣井さん。あんまり駄々こねないでくださいよ。俺が恥ずかしいんですから」

 

 通知表を見て担任に絡みに行く親みたいな事をしてる廣井さんをなだめていると、大槻さんがしびれを切らしたかのように叫んだ。

 

「ちょっ! 私の話はまだ終わってないんだけど……ちゃんと理由を説明するから」

 

 聞けばスタジオの予約を一時間しか取っていなかったようで、俺が四曲も演奏した為に時間が迫っていたのでとりあえずスタジオを出る事になった。スタジオを出た俺達は何処か落ち着ける場所に行こうという事で、近くのカスト(ファミレス)に入る事にした。

 

 俺達は席に着くと、簡単な料理とドリンクバー(廣井さんは酒を頼んでいた)を注文した。料理が届くまでの間に各自でドリンクを取ってきて一息つくと、何故か俺の隣に座った廣井さんが急かす様に大槻さんに質問した。

 

「それで太郎君が入れない理由ってなんなの?」

 

 廣井さんの質問に表情を曇らせた大槻さんは、悔しさに震える声で語り始めた。

 

「その……悔しいんですけど、上手いんです……」

 

 大槻さんの言葉に俺は驚いたが、廣井さんはそうでもなかったようで平然とした顔で話を聞いている。下手くそだから落ちたんじゃないのか……

 

「上手いなら良いんじゃないの? 大槻ちゃん上手い人と組みたがってたじゃん。それとも大槻ちゃんは自分より上手い人が入ってくるのが嫌なの? バンド内でも自分が一番じゃないと駄目?」

 

 いつもニコニコ顔の廣井さんが目を開いて真剣な顔をしている。レアだ。撮っとこ……じゃなくて凄く居心地が悪い。もっとこう、ここが悪かったからもっと練習しておきなさい! みたいな反省会が始まるものだと思っていたんだが……

 

 廣井さんの指摘に大槻さんは大きく否定の声を上げた。

 

「違います! そうじゃないんです! ただ……今のSIDEROSに彼がいる意味が無いんです……」

 

 大槻さんはとても悔しそうに言葉を続ける。

 

「確かに彼に抑えて(・・・)演奏してもらう事で活動自体は出来ると思います。その間に実力が追いつけばいいという事も……でもその間に彼が得る物(・・・)が無いんです……それが私には納得出来ないんです……私が……許せないんです……自分が一番じゃなきゃ嫌だとかそんな事ではなく……」

 

 そう言って大槻さんは俯いて黙り込んでしまった。

 

「そっか……だってさ~太郎君」

 

 廣井さんが場の空気を明るくしようと陽気な声で俺に話を振って来たので、俺もそれに倣って冗談めかして肩を竦めて見せた。

 

「まあ気にしないで下さい。SIDEROSは俺の居場所じゃ無かったってだけの事です。それにしてもバンド組むのって難しいんすね~。俺こんなにバンド組めないと思ってませんでしたよ」

 

「もう太郎君SICKHACK(ウチ)の子になっちゃう~?」

 

「またそんな事言って……もう志麻さんがいるでしょーが。あ、でも練習混ざってもいいなら呼んでください」

 

 俺と廣井さんが冗談を言っていると、大槻さんが信じられないような物を見た顔をしてこっちを見ていた。

 

「ちょっと待って! あなたバンド組んだことないの!?」

 

「え? ええ、そうですね。まだ一度も組んだ事無いです」

 

 俺が正直に伝えると大槻さんはさらに驚いていたが、今度は廣井さんが抗議の声を上げた。

 

「ええ~! 太郎君私と組んだ事あるじゃん!」

 

「ええ! あなた姐さんとバンド組んだの!?」

 

 あーもうめちゃくちゃだよ。酔っ払いが「私はヤリ捨てられたんだ~!」とか言って泣いてるが、誤解を招く表現はやめて欲しい。ここはファミリー(・・・・・)レストランだぞ。ほら大槻さんも滅茶苦茶怖い顔でこっち見てるし……路上ライブのアレは即席バンドじゃん。今言ってるバンドはみんなで音合わせしたりちゃんと練習してやるバンドでしょ。

 

 しかし廣井さんのおかげで重苦しい雰囲気が無くなったようでなによりだ。まああの雰囲気を作ったのも廣井さんなんだが……

 

 先程のお通夜みたいな雰囲気から、なんだかわちゃわちゃした雰囲気になってしまった所に注文した料理が届いたので、取り合えず食事タイムとなった。

 

「そんなにがっつり食べるなんて、やっぱり太郎君は男の子なんだね~」

 

 俺の注文したハンバーグとライスを見ながら、廣井さんがそんな事をしみじみと呟いた。やっぱり歳取るとこういうのきついんだろうか? 殴られそうで言わないが。

 

「いやあ、なんだかドラム叩いてたらお腹すいちゃって……廣井さんも少し食べてみます?」

 

「え? いいの? 悪いね、催促したみたいで」

 

 そんな事を言いながら廣井さんはハンバーグを切り取って食べると、酒と一緒に楽しんでいた。というか俺の周りこんな人ばっかじゃねーか! リョウ先輩といい廣井さんといいどうなってんだベーシスト。大槻さんも何故か対抗して自分の料理を差し出してるし……それでいいのか最年長……まあこれもこの人の人柄なんだろうか。

 

「まあでも、山田太郎。あなたが上なのは今だけよ。すぐに追いついて……いえ追い抜いてやるから。そして私は一番になるの」

 

 俺がハンバーグライスをぱくついていると大槻さんがそんな事を言ってきた。先程は随分落ち込んでいた気がしたが、なかなかタフなメンタルをしている。

 

「そりゃあ楽しみです。でもなかなか難しいかもしれませんよ、一番になるのは。俺と同い年で、俺と同じくらい凄いギタリスト知ってますから」

 

 俺の言葉に大槻さんはぎょっとした顔をした。大槻さんはマジで? みたいな顔で廣井さんを見たが、廣井さんはまた相変わらずニコニコしているだけだった。

 

 その後は食事をしながら大槻さんが先ほどの俺のSIDEROSの曲の演奏に、ああだこうだと細かい改善点を話していたが、ふと思い出したようにポツリと云った。

 

「……そういえば廣井さん、今日ライブじゃないんですか?」

 

 大槻さんの発言に俺は飛び上がった。

 

「ちょ、マジですか? 何時から……っていうかいま何時ですか!? なんで廣井さんそんなにゆっくりしてるんですか!? リハーサルとかあるんじゃないですか!?」

 

 俺の慌てっぷりに大槻さんは落ち着くように言ってきたが、とてもそんな気になれなかった。なにせ俺の用事に付き合ってくれているので、遅刻したら俺のせいみたいなモンだ。

 

 大槻さんの話では時間はまだ大丈夫そうだが、俺が会計を済まそうと伝票を持って行こうとすると大槻さんから待ったが掛かった。

 

「ここは私が払っておくから、あなたは廣井さんを送って頂戴」

 

「いや、そんな訳には……」

 

「いいから……まあ、今日のお詫びだとでも思ってもらえばいいから……」

 

 バツが悪そうにそっぽを向いて言った大槻さんに、なんとなくこの人は折れないだろうなと感じ取った俺は、お言葉に甘える事にした。というか自然に奢られてるぞ廣井さん……

 

「すみません。今日はごちそうになります。また何かあったら廣井さんを通して連絡ください」

 

「それなら大槻ちゃんも太郎君と連絡先交換しといたら?」

 

 遅刻は自分の事なのに随分とのんびりしている廣井さんからそんな提案があった。なんでもSIDEROSはメンバーの入れ替わりが激しいらしく、将来的にまた空きが出る可能性も十分あるらしい。

 

「そういうことなら俺は構いませんけど……どうします?」

 

「ま、まあそういう事なら私もいいけど……」

 

 そうしてロインの交換をする事になったのだが、驚くことに大槻さんはロインの交換をした事が無いらしい。こんなに美少女なのにそんな事ある? と思ったが、これはあれだな高嶺の花って奴だな。しかし俺は美人に気後れすることはない。何故ならひとりで耐性があるから。あいつ家族の前では極端な猫背も二重顎になる俯きも無いから常時美少女なんだぞ。

 

 ロイン交換になんだか感動している大槻さんに挨拶して、俺と廣井さんは店を出た。

 

 なんとかかんとか酒でぐでぐでの廣井さんを引っ張ってFOLTに辿り着くと、吉田店長が驚きながら出迎えてくれた。

 

「す、すみません……廣井さん連れて来ました……」

 

「あら~! 廣井ちゃんがリハに遅刻せずに来るなんて珍しいわね。山田君お疲れ様、しばらくここで休んでなさい~。ほら廣井ちゃん、行くわよ」

 

「太郎君また後でね~」

 

 廣井さんが遅刻常習犯の様な、恐ろしい事を言う吉田店長に連れられて、廣井さんはリハーサルへと向かった。遅刻の恐怖に精神的にどっと疲れた俺は、吉田店長の言葉に甘えてその辺の椅子に座って待っていることにした。

 

 しかし、やはりFOLTはなんだか落ち着かない、何と言うか大人な雰囲気だ。SIDEROSの大槻さんも妙な貫禄があったが、ここを拠点にしているならそれも頷ける話だった。

 

 しばらく落ち着かない様子で待っていると、吉田店長が戻ってきてリハーサルが終わったという廣井さん達の元に案内してくれた。

 

「あっもしかして路上ライブの時の? 今日は廣井の事、ありがとうございます」

 

「いえ。あっ山田太郎です。志麻さん……でしたよね。路上ライブではありがとうございました」

 

 そう言って俺は頭を下げた。路上ライブの時も思ったが志麻さんは大人って感じだ。廣井さんがアレ過ぎるのもあるが。

 

 頭を上げた俺の目に、金髪碧眼の外国人美少女が写った、彼女と目が合った瞬間、俺は硬直して思わず叫んだ。

 

「あ、あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ!!!」

 

「私日本語で大丈夫デス! イライザって呼んでイーヨ。イギリスに十八歳まで住んでました! 日本三年目! 仲良くしてネ!!」

 

「あっはい……山田太郎です。よろしくお願いします」

 

 陽キャ外国人のイメージ通りなイライザさんは、俺の名前を聞いて何故か大興奮だった。

 

It's a miracle(信じられない)!! 山田太郎!? がんばれ♡がんばれ♡のドカベンですか!?」

 

 いや断じてその頑張れでは無い。しかし凄い食いつきだ、かつてこの名前でここまで食いつかれた事は無い。滑った事は幾度となくあるが……そういえば外国人は日本のアニメ好きな人も多いらしいから、そう言う古いアニメが好きなんだろうか? 

 

「私コミマ参加したくて日本きたのヨー! 日本のアニメ大好きデス! もちろんドカベンも大好き! 本当はアニソンコピーバンドしたいネ!」

 

 日本のアニメ好きでコミマ参加は分かったけど、それならドカベン好きはマニアック過ぎだろ……っていうかドカベンの頑張れがコミマ知識に汚染されてるじゃねーか。

 

「イライザはアニソンこそが日本の最先端っていつも言ってるんだー」

 

「へぇ~、でもなんか分かる気もします。人気ありますよね日本のアニメ。皆さんでアニソンコピーとかはしないんですか?」

 

 廣井さんの言葉に俺が質問すると、志麻さんと廣井さんは苦笑いを返して来た。まあそりゃそうか、廣井さんたちのバンドがどれくらい人気なのかは知らないが、今更コピーバンドをするようなレベルじゃない事はなんとなく分かる。

 

 三人と話していて思ったよりも長く居座ってしまった為に、そろそろお暇しようと思った俺は廣井さんに引き留められた。

 

「待って待って。今日のお詫びじゃないけどさ、太郎君私たちのライブ見て行ってよ?」

 

「いいんですか? じゃあ……」

 

 そう言って財布を取り出そうとした俺を廣井さんは制した。

 

「チケット代はいいよ、紹介するなんて言って流れちゃってごめんね。ライブはそのお詫びって事で。」

 

「そう……ですか? それじゃあ見させてもらいます」

 

 今日は大槻さんと廣井さんにお詫びという事で奢られてしまった。あまり気にしないで欲しいので、いつか何かで返さないと借りで首が回らなくなりそうだ。

 

 そんな訳で俺は廣井さん達SICKHACKのライブを見てから帰る事となった。

 

 SICKHACKはかなりの人気バンドの様で、ライブもワンマンライブの様だった。廣井さん達と別れて荷物を預けて客席へ向かうと、続々と客が入って来ており、最終的には五百人近い観客となっていた。

 

 俺は観客の中央程の位置でライブが始まるのを待っていると、照明が落ちて歓声が上がった。ベースの音が響き、ゆっくりと幕が上がりきると本格的に演奏が始まった。

 

 ライブが始まって、俺はSICKHACKの演奏レベルの高さと、廣井さんのその圧倒的カリスマ性にただただ圧倒されていた。本格的にライブを見たのも、サイケデリック・ロックを聞くのも初めてだったが、その全てが最高にかっこよかった。

 

 ライブが終わると俺は物販に直行して、とりあえずTシャツとCDとスコアを購入した。預けた荷物を回収して帰り支度をしていると、吉田店長に呼ばれてライブが終わった廣井さん達と会える事になった。

 

「あっ太郎君。私たちのライブどーだった~?」

 

「最っ高にかっこよかったです! 良かったらCDとスコアにサイン下さい!」

 

 俺が差し出したCDとスコアに嫌な顔もせずに三人はサインをしてくれた。なんと俺の名前入りだ。これを大事に鞄にしまってから、俺は大興奮でライブの感想を語り始めた。

 

「サイケって初めて聞いたんですけど凄かったです! ドラムなんか凄い変拍子なのに完璧だし、ギターも……」

 

「まあまあ太郎君。その話はあとでゆっくり聞くから……とりあえず打ち上げ行こーぜ!!」

 

 廣井さんの言葉に俺は思わずきょとんとしてしまった。何言ってんだこの人? 

 

「大丈夫大丈夫! 私が口を利いてあげるから。今夜は寝かさないぜ!」

 

 なんだか勘違いしているようだが、そういう事ではないのだ。だから俺はごく当たり前の事を、諭すように廣井さんに言った。

 

「いや、俺未成年なんで無理ですよ。それに俺、今から二時間かけて電車で帰らないといけないし……っていうか皆さん今から打ち上げなんですね。すみません、それじゃあ俺はこれで失礼します。今日はありがとうございました!」

 

「え? ちょ、太郎君……」

 

 そう言って頭を下げると、廣井さんの言葉をスルーして俺は足早にFOLTを後にした。

 

 帰りの電車の中で、今日買ったスコアを早く練習したいだとか、やはりひとりも連れてきてこの興奮を分け合いたかっただとか考えていた。今日は残念な事もあったが、それよりも大興奮の一日だった。

 

「あ、そういえば志麻さんとイライザさんを結束バンドのライブに誘うの忘れてたな……」

 

 まあ廣井さんが言ってくれているだろう。そう思って俺は気を取り直した。

 

 

 

 結束バンドの初ライブがもう、すぐそこまで迫っている。




 納得できない人もいるだろうけど、とりあえずこれで通します。

 落ちた理由は男だから無理とか、顔がね……とかでもおっけーです。各自で補完ヨロ。


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010 台風ライブ

 当初の予定では後藤ひとりについて回って、奇行を行う後藤ひとりに、ひとり(さんカッケェ)!! って言ってるだけの太鼓持ち主人公だったんですが、何故かクソ真面目に音楽やり出して困ってます。


 結束バンドの初ライブ当日、東京に台風が直撃した。

 

 俺はひとりと共に早めにSTARRYへと到着して店内で時間を潰していた。

 

 ずぶ濡れになったPAさんが扉から入ってきて、ふと上を見上げた。俺もそれにつられるように見上げると、ドリンクカウンターの壁に沢山のてるてる坊主が吊るされていた。そういえば店の扉の外にも吊るしてあった気がする。

 

「昨日虹夏たちが作っていったんだよ……」

 

 店長がカウンターへ突っ伏したまま投げやりに言った。そんな店長を見ながらPAさんはライブの集客の心配をしていた。

 

「みんな客の入り見て心折れなきゃいいですけど……練習頑張ったのにかわいそうですね……」

 

 そう言ったPAさんに、店長はなおも突っ伏したまままるで自分に言い聞かせるように言った。

 

「バンド続けてくならこんな理不尽沢山あるんだから……どんな状況でも乗り越えられるようにならないと……」

 

 確かにその通りだ。今回初ライブにこそ台風が当たってしまったが、こんな事はいつだって起こりえるのだ。

 

 今回は台風だったが、冬になれば大雪が降る事もあるだろう。そんな少しでも足が遠のくような面倒くさい事が起きて、それでもなおライブハウスへ足を運んで見に行きたくなるような、そんなバンドにならなければいけないのだ。

 

 俺が階段に座って時間を待っていると、なにやら結束バンドのメンバーが集まって話をしていた。聞こえて来た話によると、誘った友達の多くが台風の為に今日のライブに来れないらしく、半分以下になってしまったようだった。

 

 なんとなく暗い雰囲気を察したひとりがひげ眼鏡と襷でボケた(本人は大真面目かもしれないが)事で少し明るい空気になった時、STARRYの扉が開いた。

 

「わああ、すごい雨」

 

 皆の視線が一斉に入り口の扉へ向かうと、入って来たのは廣井さんだった。

 

「ぼっちちゃ~ん、来たよ~。あ、太郎君も来たよ~。何してんのこんな所に座って~」

 

 ひとりに挨拶した廣井さんは雨に濡れてびちょびちょの洋服で肩を組んで来た。しかも相変わらず酒臭い。

 

「え? お前ぼっちちゃん目当てで来たの? っていうかなんでそんな太郎君に馴れ馴れしいんだよ」

 

「いいんです~。太郎君とは将来を誓い合った仲だからね~」

 

「もうそれでもいいですけど、それなら酒の量減らしてくださいよ……そういえば志摩さんとイライザさんはやっぱり今日無理でしたか?」

 

 路上ライブの時に言った、将来三人でバンド組みましょうって事を言ってるのだろうが、また誤解を生みそうな発言だ。店長なんか凄く可哀想な目でこちらを見ている。恐らくウザ絡みする酔っ払いのたわごとだと思っているのであろう。その通りです。

 

「一応太郎君の奢りだって言ったんだけどね~、なんか二人とも用事あるって」

 

 まあ今日こんな天気だしな、実際に用事があるかは分からないが来れないのは仕方ない。

 

 店長が廣井さんを知っている事に驚いたひとりが、二人の関係を尋ねると、店長から大学の後輩と説明があった。

 

「えっ! って事は廣井さん二十……ぐえ」

 

 俺が廣井さんの年齢に言及しようとすると、俺の首に右腕を回したまま、首を引っ張るようにして立ち上がった廣井さんは、今度は店長と肩を組んで、今日のライブの打ち上げの事でウザ絡みを始めて迷惑がられていた。

 

「ちょっと廣井さん、首締まってます! 首!」

 

「え~、だって太郎君この前の打ち上げ帰っちゃったから捕まえとかないと」

 

 廣井さんが店長にウザ絡みしていると再びSTARRYの扉が開いた。視線を向けると、今度は路上ライブで演奏が終わってすぐにひとりに詰め寄っていた女性二人組の姿が目に入った。

 

「ぬれた~」

 

「あっ! ひとりちゃん」

 

「あっえっ、来てくれたんですか!?」

 

 この台風の中、友人でもない路上ライブを見ただけの人が来ると思っていなかったひとりは大層驚いていたが、女性二人がひとりのファンを公言したのを聞いて気味の悪い笑い声を出し始めた。そのあまりの気味の悪さに女性二人が人違いを疑いながら引き始めたので、慌てて俺はフォローに入った。

 

「だ、大丈夫です。合ってます。後藤ひとりです」

 

 知らない男に話しかけられて一瞬警戒した女性二人だったが、俺と廣井さんの顔を覚えていたのかすぐに警戒を解いて話しかけて来た。

 

「あ、路上ライブの時のドラムの人とベースの人ですよね」

 

「今日はお二人も出るんですか?」

 

「いえ、俺達も見にきました。あの……俺が言うのも変ですが、今日は期待しててください」

 

「はい! 楽しみにしてます!」

 

 女性たちはそう笑顔で言うと、ステージがよく見える最前列へと向かって行った。

 

 今日はワンマンライブでは無く複数のバンドが出るのだが、それでもやはり普段より断然客の入りは悪く、ポツリポツリと入るのみだった。

 

 いよいよトップバッターの結束バンドのライブが始まる時間になったが、依然客席はがらんとしており、他のバンドが目当ての客などは露骨に退屈そうな会話や雰囲気を出していた。

 

 結束バンドの四人が舞台の上へあがり、機材のセッティングを終えると、ひとりは不安そうに俺を見て来た。俺はどう勇気づけるか迷ったが、とりあえずひとつ頷いて見せた。これがどこまで効果があったかは分からないが。

 

「初めまして結束バンドです。本日はお足元の悪い中お越しいただき、誠にありがとうございます」

 

「あっはは……喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正し過ぎぃー……」

 

 喜多さんと虹夏先輩のMCにひとりのファン二人が愛想笑いをした。会場は完全に滑った雰囲気の静寂に包まれた。

 

「インテリロックバンド!」

 

 俺が声を出すと会場の全員がこちらを見た。本当マジで全員。隣にいる廣井さんや店長、果ては結束バンドの四人までが俺を見て来る。やめろ、俺が滑ったみたいじゃねーか……演者を見ろ演者を。

 

「あ、あはは。ありがとうございます」

 

 俺の発言に気を取り直した喜多さんが曲名を発表して、演奏が始まった。

 

 緊張か、MCのダメージを引きずっているのか、演奏ははっきり言ってグダグダだった。喜多さんは声が上ずっていたりギターもミスが多い、虹夏先輩はもたついてるし、リョウ先輩は息が合ってないし、ひとりはやりづらそうにしているし。

 

 ひとりの前を陣取っていたファン二人も最初は体を上下に揺らしてノっていたのに、途中から動かなくなってしまった。他のバンド目当ての人はみんなスマホを見ていたり、演奏中にも関わらずどこかへ行ってしまう始末だ。

 

 俺はひとりでに拳を強く握っていた。悔しかった。そりゃあ緊張でパフォーマンスが落ちるのは当たり前のことだ。それでも。こんな台風で碌に客が集まらなかったライブであったとしても。結束バンドが、後藤ひとりが、こんなもん(・・・・・)じゃ無いという事を皆に知って貰いたかったのだ。

 

 一曲目の演奏が終わると先程退屈そうに話していた女性二人がポツリと呟いた。

 

「やっぱ全然パッとしないわ」

 

「早く来るんじゃなかったねー」

 

 女性の言葉に喜多さんが動揺していたが、虹夏先輩に促されて二曲目の紹介を始めていた時、ふと見るとひとりがこちらを見ていた。泣き出しそうな、それでいて何かを決意したような、しかしあと一押しが足りないような、そんな顔で。

 

 そんな顔を見て、同じステージに上がれない俺は。だからこそ背中を押すのだ。

 

「頑張れ、ひとり」

 

 俺の小さな呟きは誰にも聞こえなかっただろう。だがそれに呼応するようにひとりはギターを掻き鳴らし始めた。

 

 瞬間――会場の空気ががらりと変わった。

 

 明らかに予定にはないギターソロに結束バンドの三人が驚いて動揺しているが、ひとりはそれに構うことなく俯きながらギターを掻き鳴らした。

 

「調子出てきたじゃねーか……」

 

 先程とは別の理由で拳を握った俺は、その猫背の演奏を見て呟いた。

 

 ギターソロから照明が落ちて流れるように二曲目に入る。喜多さんはしきりにひとりの方を気にしていたが、先程の様な不安定さは無かった。

 

 客席を見ればひとりのファンの二人は体を上下に揺らしているし、先程スマホを弄っていた人たちも全員顔を上げてステージを見上げている。

 

 ギターソロで空気を完全に変えたひとりに、俺は感嘆していた。そうだ、逆境を切り開くのはいつだってヒーロー(・・・・)なのだ。

 

 流れを掴んだそのままの勢いで最後の三曲目を終えて、結束バンドの初ライブは終了したのだった。

 

 

 

 店長にライブの打ち上げに誘ってもらえたのでついて行く事にした俺は、居酒屋に入って皆で乾杯すると早速廣井さんに絡まれた。

 

「太郎君~お酌して~」

 

「はいはい、任せて下さい」

 

「あはははは! 太郎君へったくそ! 泡ばっかりじゃん!」

 

 俺のやる気はあるが下手くそなお酌で泡ばかりになったビールに大笑いしていた廣井さんに、喜多さんの至極まっとうな疑問が飛んできた。

 

「ていうかこの方誰なんですか?」

 

「誰よりもベースを愛する天才ベーシスト廣井で~す。ベースは昨日飲み屋に忘れました~」

 

 廣井さんの自己紹介に困惑する喜多さんに俺は一応フォローを入れておく。

 

「こんなんでも一応マジでベースは凄いんですよ」

 

「! 太郎はなかなか見る目がある。私よくライブ行ってました……」

 

 俺のフォローにリョウ先輩が乗っかって来た。なんでもリョウ先輩はSICKHACKのバカみたいなテクニックに魅了されてよくライブに行っていたらしい。しかしリョウ先輩の口から説明されたライブは俺の知っているものとはいささか様相が異なった。

 

「普段は酒ぶっかけたり歌詞飛んだり、客の顔面踏んだりしてるんですか……泥酔はしてたけど何にも無かった俺の時は逆にレアだったんですね……」

 

「じゃあ今度太郎君がライブ来た時は顔面踏んであげる!」

 

 嫌な予約が入ってしまった。これは本格的に志麻さんに相談した方がいいかもしれんね。

 

 俺は廣井さんの元を離れて今日の立役者であるひとりを労いに向かった。

 

「今日はお疲れさん。ってどうしたひとり! 真っ白になってる場合じゃないぞ」

 

「はっ!? あ、太郎君」

 

「店長が料理どんどん頼んでいいって言ってたぞ」

 

 端の方で真っ白に燃え尽きかけていたひとりを起こしてメニュー表を渡した。俺達二人がメニューを見ながら悩んでいると、喜多さんから呪文の様な注文が聞こえて来た。

 

「じゃあ私、アボカドとクリームチーズのピンチョス」

 

「「!?」」

 

 俺達二人は震えあがった。なんだそれ? なんでそんな意味不明なメニューがこんな居酒屋にあるんだよ……しかし喜多さんの攻撃はそれで終わりでは無かった。

 

「あと……スパニッシュオムレツのオランデーズ添え下さい」

 

 おいおいマジでなんなんだよこの店は……場末(失礼)の居酒屋じゃなかったのかよ……

 

 喜多さんの注文に困惑している店長を尻目に、俺達は顔を見合わせた。

 

「おいひとり、ここは俺達も負けてられねーぞ……」

 

「そ、そうだよね! ここは私たちも何かおしゃれなチョイスを……!」

 

 隅の方で小声で作戦会議を開いていた俺達に、店長は気を利かせて声を掛けてくれた。

 

「ぼっちちゃん達は? 何頼む?」

 

「じゃ、じゃあ……マチュピチュ遺跡のミシシッピ川グランドキャニオンサンディエゴ盛り合わせで……」

 

「じゃあ俺はイースター島のアマゾン川エアーズロックサンタモニカ盛り合わせで!」

 

 無茶な注文に必死にメニュー表をめくって探してくれている店長に申し訳なく思った俺達は、早々にフライドポテトと唐揚げである事を白状したのだった。

 

 注文したフライドポテトと唐揚げを二人でつまんでいると、ふとサラリーマン同士の会話が聞こえて来た。内容は奥さんが浮気をしているかもしれないだとか、仕事が大変だとか、そう言った話だった。

 

 社会人は大変そうだな、なんて他人事の様に聞いていると、目の前のひとりが突然震え出した。

 

「うお! どうしたひとり」

 

 見る見る内に顔が崩れて震えが大きくなっていく。やばい、これは何か嫌な事がクリティカルした時の反応だ。

 

 なんとか元に戻そうと声を掛けたが、その甲斐も無く結局ひとりは爆発した。

 

「おぎゃあああああああ!! やっぱりニートあああああああ!!」

 

「ぼっちちゃんまたいつもの発作か!?」

 

 店長やみんなが驚いているが、またってなんだよまたって。そんなにいつも爆発してるのか……

 

 しかし一体どんな未来を見たんだ……ひとりくらい見た目のスペックが高ければ、最終手段としてどっかに永久就職すればいいんだから、ニートでもいいだろ。

 

 崩壊した顔面で「ギターで食べられるようにならないと私はニート……」などと呟いているひとりの元にバンドメンバーが修理道具を持って集まって来た。

 

「もー後藤さん顔。怖いのよねこの顔。でも山田君がいる時で良かったですね、毎回この作業大変だから……」

 

 そう言って紙やすりやらなんやらを俺に渡してくる。まじで扱いに慣れてきてるな。それが良いか悪いかは分からんが……

 

「まあ見ててください、ひとりの傍で十年間磨いて来た技を!」

 

「おお、まさに匠の技」

 

「凄い……こんなにあっという間に」

 

 俺にとっては慣れた作業だ。慣れたくは無かったが……手早くひとりの顔を直すとリョウ先輩と喜多さんから感嘆の声が上がった。

 

 ひとりが意識を取り戻すと、虹夏先輩は少し風に当たってくると言って店の外に出て行った。

 

「そう言えば郁代。今日のライブギター初めて三か月かそこらでよく頑張った」

 

 名前バレした喜多さんの顔面がひとりのように崩壊し始めた。ちょっと、喜多さんの顔は直せませんよ! どうやら喜多さんは自分の名前が嫌いなようで、ずいぶんと荒れた様子だった。

 

「だってダジャレみたいでしょう? きた~! 行くよ~! ってあほか~~い! あはは!」

 

「いや、山田太郎よりマシでしょう?」

 

 見かねた俺が横から口を出すと何故か全員押し黙った。いやなんで黙るんですか……どう考えても助け舟でしょう今のは……そこは笑って下さいよ……えっ? みんなそんな風に思ってたんですか!? ちょっと!? 

 

「あっ、なんて言うかごめんなさい……」

 

「ちょっと! 喜多さんもなんで謝るんですか!? やめろ! 申し訳なさそうな顔をするな!」

 

 俺と喜多さんが互いにダメージを受けていると、いつの間にか廣井さんがひとりの隣に移動していた。

 

「まぁ気楽に楽しく活動しなよ」

 

「漠然と成功する事ばかり考えていると辛くなっちゃいますもんね」

 

「そうそう、夢を叶えていくプロセスを楽しんでくのが大事だからな」

 

 先程のひとりの将来の不安に対する話だろう。廣井さん、PAさん、店長の大人組三人が言う言葉にはなんだか確かな重みがあった。

 

「ていうか、先輩はどうして急にバンドやめちゃったんですか?」

 

「え? 店長さんバンドしてたんですか?」

 

 廣井さんからの突然の話題にひとりが驚いて声を上げたが、俺も同じように驚いて店長を見た。そりゃライブハウスの店長なんだからやっててもおかしくないが……

 

「そうだよ~、凄い人気だったんだから」

 

「じゃあ……なんで……」

 

 ひとりの疑問を聞いた店長はビールの入ったジョッキをあおると、目を瞑って静かに、しかしはっきりとした口調で言い切った。

 

「飽きたんだよ。バンド」

 

「え~? ならライブハウスの店長してるの矛盾してるじゃん」

 

「うるせーな〇ね」

 

 それ以上詮索されるのを嫌ったのか、店長は滅茶苦茶辛辣……とういか火の玉ストレートな暴言を廣井さんへと投げつけてそれきりこの話題に触れようとはしなかった。

 

 そうしてしばらくすると、ひとりも席を立ってどこかへ行ってしまった。

 

 俺は何となく先程の店長達の言葉を思い出していた。

 

 夢を叶えるプロセスを楽しむ……今の俺も未来の夢に繋がっているのだろうか? そもそも俺の夢はなんだろう……ひとりとバンド組む事か? ひとりと武道館やドームで対バンする事か? それも良いが、ひとりが関係しない、俺だけの夢はないだろうか? 出来ればでっかいのがいい。となるとやはりオリコン一位だろうか? いや、もっとでっかい奴がいい……となるとやはりビルボード一位か? そんでもってデカいフェスに出よう。俺とひとりと廣井さんと……あともう一人くらい歌が歌える奴が欲しいな。出来ればギターかキーボードで学生時代ボッチだった奴……ってのはちょっと厳しいか? まあそれはおいおい探していこう。

 

「太郎君飲んでる~」

 

 なんだか楽しくなってきた俺が、夢を叶えるプロセスなんぞを投げ捨ててスマホを弄ってフェスを探していると廣井さんが隣に座って来た。

 

「ほら廣井さんどうですこれ? アメリカのウッドストック・フェスティバルってサイケデリック・ロック出られるみたいですよ! あとはグラストンベリー・フェスティバルってのは世界最大らしいですよ! これ俺達で出ましょうよこれ!」

 

「……太郎君まさか本当にお酒飲んでないよね?」

 

 検索したスマホの画面を見せながら大興奮で語る俺に、廣井さんは引きながら飲酒の心配をしていた。

 

 その内虹夏先輩とひとりが戻ってきてしばらくすると、打ち上げはお開きとなった。二次会があるのかもしれないが、俺とひとりはこれから電車で二時間かけて帰らなくちゃいけないからな。

 

 帰りの電車の中で俺とひとりは今日のライブの事を話していた。

 

「ひとりさん今日カッコよかったっス! 二曲目入る前のギターソロ、あれアドリブでしょう? あれから調子出てきたんじゃないっスか!?」

 

 久々の舎弟ムーヴをしながら、俺は興奮気味に今日のライブを象徴するようなギターソロを語っていた。

 

「う、うん。でもあれは太郎君のおかげでもあるから……」

 

 まさか俺の名前が出るとは思わなかったので、おかしな事を言うひとりに俺は首を傾げた。

 

「あの時、私このまま終わりたくないって思ってたんだ。でもどうしても怖くて……だけど太郎君が背中を押してくれたから……だから、あ、ありがとう……」

 

 俺のあの時の呟きはどうやらひとりに届いたらしい、なんだか気恥ずかしくなったので俺は話題を変える事にした。

 

「そ、そういえば打ち上げの時、虹夏先輩とどっか行ってなかったか?」

 

 何気なく聞いた俺の言葉に、ひとりの肩が跳ねた。

 

「あ、あれはその……実は……」

 

 言い淀んだひとりに、一緒にトイレに行ってました、なんて可能性に今更気付いた俺は途端に変な汗が出て来た。やばい、今の質問やっぱりなかった事に出来ないだろうか。

 

 なかなか言い出さないひとりだったが、遂に観念したように話し出した内容は中々衝撃的な物だった。

 

 

 

「虹夏ちゃんに、私がギターヒーローだってバレたんだ……」

 

 

 ……やっぱりあの人探偵かなんかだろ。




廣井さんは動かしやす過ぎてヤバイ。

次回番外編です。



閲覧、お気に入り、感想などその他諸々ありがとうございます。自分の中の承認欲求モンスターが出てくるので返信などは出来ませんが全て読ませてもらっています。


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011 if another end 01 MerryBadEnd 

連続投稿すれば……バレへんか


 結束バンドの初ライブ。一曲目が終わり、ステージ上の泣きだしそうな顔のひとりに見つめられて、何も返す事が出来なかった俺は、ひとりが立ち尽くしたまま二曲目に入るのを見守る事しか出来なかった。

 

 結局白けた空気のまま三曲目が終わり、たいして客も盛り上がらないまま結束バンドの初ライブは終わってしまった。

 

 お通夜みたいな打ち上げで、いつも表面上だけでも厳しい事を言っている店長達がみんなを必死に慰めているのが印象的だった。

 

 初ライブが終わり、もうすぐ新学期が始まる直前に虹夏先輩から連絡が来た。

 

「もしもし、虹夏先輩どうしました?」

 

 電話に出ると虹夏先輩からひどく困惑したような声が聞こえて来た。

 

『あっ太郎君? 実はぼっちちゃんからロインが届いてね…………バンドやめますって……』

 

「…………は?」

 

 虹夏先輩の言葉の意味がよく分からなかった。詳しく聞いてみても、虹夏先輩もよく分からないらしい。

 

『三日前に届いてね、それきり連絡がつかないの……ロイン送っても既読も付かないし……それで太郎君なら何か知ってるかなって思って電話したんだけど……』

 

 もしかして初ライブの失敗を引きずっているのだろうか? 確かに初ライブはいまいちだったかも知れないが、廣井さんも言っていた、最初はそんなもんだと。

 

「わかりました。取りあえずひとりに直接聞いてみます」

 

 そう言って電話を切ると、俺は急いで後藤家へと向かった。

 

 後藤家へ着いておばさんに話を聞くと、あれからずっと部屋に篭っているらしい。ふたりちゃんも気を遣っているらしく、事態は中々に深刻そうだった。

 

「ひとりー、入るぞー」

 

 おばさんに案内されて部屋の前まで来たが、反応はなかった。ゆっくりと襖を開けて中を見ると、部屋の電気はついていなかったが、押し入れの方からギターの音色が聞こえて来る。

 

 押し入れの襖をゆっくりと開けると、ノートパソコンを見ながら演奏しているひとりがいた。肩ごしに画面を覗いて見ると、どうやら俺の演奏動画らしい。

 

 ヘッドフォンを付けている為かまだこちらに気付いていないひとりは、どうやら俺の動画の曲に合わせてギターの演奏をしているようだった。

 

 辺りを見渡して収録では無い事を確認すると、俺はひとりのヘッドフォンを後ろから両手で外して持ち上げた。

 

「おいひとり、ちょっと話があるんだが……」

 

「ひゃあ!!」

 

 ひどく驚いたひとりは飛び上がって頭をぶつけていた。ちょっと悪い事をしたかも知れない。

 

 そのまま外に出るように促すと、ひとりはのそのそと押し入れから這い出して来た。

 

 部屋の中央の机を挟んで向き合うように座ると、ひとりは俯いたまま酷く居心地が悪そうにしていた。おそらく今日俺が来た理由が分かっているのだろう。

 

「あー……虹夏先輩に聞いたんだが……バンドやめるんだって?」

 

「…………う、うん」

 

「…………やっぱりあれか? 初ライブの事か? ……でも廣井さんも言ってたけど、ああいう事はそんなに珍しい事じゃ……」

 

 なんとかフォローしようとした俺に、ひとりは精一杯に虚勢を張って引きつった笑みで答えた。

 

「あ、あはは……や、やっぱり私には無理だったんだよ……私みたいな陰キャにバンドなんて……」

 

「そんな事……!」

 

 否定しようとした俺に、ひとりは拒絶するように言い放った。

 

「もう……いい……伊地知さん(・・・・・)山田さん(・・・・)喜多さん(・・・・)も……もう関係ない!」

 

「! お前!」

 

 思わず襟首を掴んだ俺に、ひとりは固く目を瞑って耐えていた。

 

 沈黙が支配した部屋の中で、ひとりが涙を流しながら呟きはじめた。

 

「私……太郎君が良い……太郎君とバンド組みたい…………小学校の頃からずっと傍にいてくれて……ずっと好きだった太郎君と……!」

 

「お前……何言って……」

 

 気が付けば襟首を掴んでいた手は離れていた。しかしそんな事を気にする様子も無く、ひとりは涙を流しながら話し続けた。

 

「私、ずっと悩んでた……私だけがバンドやっていいのかなって…………太郎君を楽器に誘ったのは、私なのに……一緒にバンドやろうって誘ったのは、私なのに……! それなのに……私だけ楽しくていいのかなって、ずっと考えてた……

 

 だけど、太郎君やさしいから……自分はバンド組めなくても全然気にして無い振りして…………私の事……ずっと応援してくれて……

 

 だから、私嬉しかった……! 路上ライブで太郎君と一緒に演奏出来て……! 太郎君言ってたよね……? 私の動画見ながら、ずっと演奏してたんだって…………でも……それなら、私だって……

 

 私だって、ずっと太郎君の動画見ながら演奏してたんだよ……! ずっと……一緒に演奏する時の事考えて練習してたんだよ……! 

 

 太郎君が後ろにいてくれたから……私、路上ライブであんなに演奏出来たんだよ……! 

 

 太郎君が応援してくれたから……私、結束バンドも頑張ろうって思ったんだ……でも……! やっぱり駄目だった……」

 

 長い長い独白の後、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔になったひとりはそれきり俯いて黙ってしまった。沈黙に押しつぶされそうな部屋にはひとりの嗚咽だけが響いている。

 

 俺はひとりがそんなに俺とバンド組むのを楽しみにしてくれていると思ってなかった。ひとりがそんなに俺の事好いていてくれていると知らなかった。だけど……

 

 やっぱりひとりには同年代の友達と仲良く交流して欲しいのだ。今しかないこの時間を、俺とだけなんて寂しく過ごして欲しくは無いのだ。

 

 だが俺がどこのバンドにも入らずに、ひとりに余計な心配をかけたのは事実だ。

 

 俺はゆっくりとひとりの前に座り込むと、やさしく声を掛けた。

 

「なあひとり。もし俺が今からでもどこかのバンドに入ったら。お前は安心して結束バンドに戻れるか?」

 

 ひとりは首を横に振った。決意は固いってか? なかなか強情な奴だ。

 

「まあでも少し時間をくれ。なんとか探してみるからさ。そしたらちゃんと虹夏先輩達に謝って、それで今度こそ対バンしようぜ」

 

 そう言って俺はひとりの頭を撫でてやると、立ち上がって部屋を出た。

 

 その後詳しい事は書かずに、虹夏先輩にロインで少し時間を貰えるようにだけ頼みこむと、了承の返事が来たので俺はどこか入れるバンドを探すことにした。

 

 新学期が始まってすぐ、俺は放課後に軽音部室へ向かった。もちろんバンドに入ってひとりを安心させるためだ。

 

「一年の山田太郎です。ドラム希望です。よろしくお願いします」

 

 以前に会ったことがある部員は歓迎してくれたが、他の軽音部員は皆困惑していた。そりゃそうだ、こんな夏休み明けの中途半端な時期に入部だなんて珍しいだろう。もう部員同士でバンドメンバーも固まっているだろうし、途中入部は邪魔でしかないのかもしれない。

 

 とりあえず仮入部という事で軽くドラムを叩いて見せる事になったのだが、俺の腕前に顧問や部員たちが色めき立った。

 

 特に顧問の反応が顕著で、顧問の鶴の一声で固定されていたバンドを崩してまで、軽音部で一番上手いギターとベースが連れてこられて、俺と組むことになった。だがここからが地獄の始まりだった。

 

 部活中は常に顧問の怒号が飛んだ。俺に、ではない。俺以外の部員に、だ。

 

 「ちゃんと山田のドラムに合わせろ」「どうして山田に合わせない」「山田はちゃんとリズムをキープしているぞ」「恥ずかしくないのか山田はまだ一年だぞ」

 

 三日もすると同じリズム隊のベースの先輩が部活に来なくなった。二番目に上手い人が新しく入ったが、その人も三日もすれば部活に来なくなった。ギターの先輩も顧問の怒号に耐えられなくなったのか五日もすれば来なくなった。

 

 居心地の悪さと、このままでは軽音部が崩壊すると思った俺は、七日目に部活をやめた。幸い仮入部だったのですんなりとやめる事が出来た。顧問の引き留めは凄かったが。

 

 軽音部をやめてから、学校での俺はさらに孤立した。そりゃそうだ、あれだけ仲の良かった軽音部を荒らすだけ荒らしてハイさよなら。なんて事をした奴に仲良くしてくれる奴はいない。

 

 俺は廣井さんに頼んでメンバーを探してもらったが、成果は芳しくなかった。理由はSIDEROSに断られたのと同じだ。正確に言うと、入る前に廣井さんが握りつぶしたと言った方が良いだろう。

 

「実力が離れ過ぎてるとバンドが潰れかねないからねぇ……」

 

 廣井さんはそう言って電話先で困ったように笑った。たしかにその通りだった。俺も軽音部で経験したからな。

 

 廣井さんを通さずにバンドを組んでもみたのだが、俺のおかげ(・・・)であっという間にバンドが二つ解散してからは、そんな気も無くなってしまった。

 

 結局俺は上手い具合にバンドに入る事が出来なかった。それはつまり、ひとりが結束バンドに復帰しない事と同義だった。

 

 新学期が始まり二十日が経った頃、俺はひとりと共にSTARRYを訪れた。バイトを辞める事を伝える為と、ひとりが正式に結束バンドを脱退するのを伝える為だ。

 

 ここに来るまで再三ひとりに確認したが、ひとりの意志は固く、説得は不可能だった。

 

 店長と虹夏先輩に頭を下げて説明した。虹夏先輩は最後までひとりを説得していたが、ひとりは最後まで首を縦に振らなかった。

 

 虹夏先輩が涙を流しながら外へ出ると、店長が優しい声で話しかけて来た。

 

「気にしなくていいよ、あいつは子供だから今は納得できないだろうけど……こういうことは珍しく無いんだから……」

 

 俺は今日店長や虹夏先輩に殴られる覚悟で来た。いや殴って欲しかったのだ。そうすればなんだか許されたような気がするから。しかしそうはならなかった。だからこれはきっと罰なのだ。俺はこの先、ずっと虹夏先輩の涙と、店長の優しい顔を思い出すのだろう……

 

 店長に見送られてSTARRYを出た俺達は、久しぶりに、本当に久しぶりに手を繋いで帰った。あれほど人が多かった下北沢に、なんだか俺達二人だけが取り残された様な気分だった。

 

 

 

 俺もバンドに入れず、ひとりも結束バンドをやめてしまい時間が出来た俺達は、前に虹夏先輩が言っていた、ギターヒーローとドラムヒーローでのコラボ動画を撮る事にした。

 

 ひとりを連れてスタジオへ行き、二人で今の売れ線バンドの曲を演奏した。

 

 結果から言うと、この動画は大いにウケた。

 

 お互いの動画登録者は十五万人を超えて、WEBなどで取り上げられる事もあった。

 

 さらに何本か動画を上げて、登録者数が二十万を超えた辺りでテレビの取材の申し込みが入った。

 

 話を聞けばかなりお堅い音楽番組で、俺達の年齢に反しての演奏技術の高さに興味を持ったらしい。

 

 お互いの親を交えて説明を受けて、顔出し無し、本名無しの取材を了承して、後日取材という事になった。

 

 取材の当日は物腰の柔らかそうな中年女性がやって来た。恐らくこれは前もって伝えておいたひとりの人見知りに対する配慮だろう。

 

 取材で俺達は、小学校からの幼馴染である事、中学一年の時から楽器を始めた事、親からの勧めで動画投稿を始めた事、平日は六時間、休日は十時間、毎日練習している事などを話した。

 

 取材が終わってからも俺達は各自で動画を投稿したり、コラボ動画を投稿している内に、またしてもろくに参加出来ないまま文化祭は終わり、十一月になった。ひとりに聞けば喜多さんとのギター練習は文化祭を境に自然消滅してしまったらしい。

 

 いよいよ前に受けた取材の番組が放送されると、これが世間で大いにバズった。

 

 ギターヒーローファンやドラムヒーローファン以外にもこの放送は刺さったらしく、一途な努力が実を結ぶ事や若い世代の新しい音楽の才能なんかが好評だったようだ。

 

 この頃ひとりのギターが故障するという事が起きたのだが、その時ひとりの親父さんが広告収入を設定してくれていた事が判明した。ひとりに聞くと俺達のコラボ動画や、取材の影響で再生数がとんでもない事になっていたらしく、かなりの金額が入って来たらしい。

 

 そんな物があるなんて知らなかった俺は滅茶苦茶後悔したが、なんとうちの親も広告収入を付けておいてくれていた! なんでも親同士で話し合って決めていたらしい。

 

 ひとりは壊れた親父さんのギターを広告収入で修理すると、親父さんの勧めもあり新しいギターを音ハウス(楽器の通信販売)で購入していた。俺は騒音問題があるのでドラムなんぞ買えないので、お金が有ってもスタジオ代になるのだが……

 

 この放送の後、驚くことに俺達の事をドラマにしたいといったオファーがやって来た。なんでも十年来の男女の幼馴染で、共に音楽の才能があり、共に努力して行動して世間に認められた、というドラマ性がお偉いさんの琴線に触れたらしい。

 

 またしても親を交えてよくわからない説明を受けて、これを了承すると、映像制作がスタートしたようだった。

 

 最初はひとりのルックスを見た関係者から、是非ひとり自身を主演女優に! とのアプローチを受けたが、ひとりがむむむむむ無理ですと断った為普通に女優が使われることとなった。

 

 しかしなんとか俺達を絡めたかったテレビ局の思惑で、なんと俺達はテレビドラマの主題歌の演奏を任されることになった。

 

 取材の番組が放送されてから、他の演奏系動画投稿者からぜひコラボしましょうとの連絡が絶えなかったが、顔も知れない他所の投稿者をひとりが怖がった為に結局ひとつも実現しなかった。

 

 ドラマが放送されるまでは比較的静かに過ごして、俺達は二年生になった。俺達は相変わらず例の謎スペースで二人で弁当を食べているが、ひとりは喜多さんと同じクラスになったらしい。だが会話らしい会話は無いようで、ひとりは酷く疲れた様子だった。

 

 ドラマの放送が近づいてくると、俺達も主題歌の収録が始まった。ひとりはえらく緊張していたが、手を変え品を変えなんとか収録を無事終える事が出来た。

 

 この主題歌の別バージョンのジャケットを俺達二人の写真で、とのことだったのでここで初めて俺達は顔を解禁した。

 

 七月になってドラマが始まると、これがもうバカみたいに流行った。

 

 やはり実際に存在する男女の幼馴染という希少性が受けたのだろうか? 内容は俺達をモチーフにした恋愛プラス音楽ドラマで、若い女性に人気があるようだった。

 

 街には野暮ったく前髪を伸ばして、ピンクのジャージを着てギターケースを背負った女子高校生であふれ返った。

 

 そのおかげか俺達の動画登録者数もバカみたいに跳ね上がり、遂にお互い百万登録者を達成した。

 

 主題歌CDのジャケットが発表されて、俺達の顔が割れると、俺達の学校での扱いは百八十度変わった。

 

 今まで空気のように扱われていた俺達の周りには、常に人が溢れるようになった。喋った事の無い上級生から下級生まで、あらゆる人が周りに溢れた。酷い奴だと、金の無心にくる奴まで現れる始末だ。

 

 あれだけ敵視していた軽音部員もやってきた。俺と肩を組み、俺達は同じ部活でバンドも組んだことがある、などと周りの人間に自慢していた。

 

 ひとりの所にも沢山の人が訪れていた。大勢の人間にちやほやされてひとりは顔を崩していたが、その人混みの中に喜多さんの姿はなかった。

 

 だがそんな事も長くは続かなかった。ひとりは顔が良くて引っ込み思案だ、それに気付いた奴が、ひとりをストーキングし始めたのだ。

 

 周りの人間のおかげで比較的すぐに解決したが、ひとりは学校を怖がるようになった。席を立つときは常に鞄を持ち歩くようになり、昔以上に俺の傍を離れないようになった。

 

 学校ではそんなトラブルに見舞われながらも、CDが売れないと言われる時代に、俺達のCDは百万枚という驚異的なセールスを記録した。

 

 動画サイトで演奏を見た人やCDを買ってくれた人たちで、俺達の演奏を生で見たいという問い合わせがかなりの量あったらしく、よく分からないうちになんと武道館ライブが決定した。

 

 しかしここで問題が発生した。そう、ひとりの人見知りだ。

 

 用意した演者ではどうしてもうまく演奏が出来ないひとりに酷く困った担当者は、ひとりの幼馴染である俺になんとかならないか相談してきた。

 

 俺が、知り合いなら何とかなるかも知れない、ただその人は他にバンドを組んでいるので、採用するなら対バン方式でやって欲しい旨を伝えると、難しい顔で悩んだ担当者は演奏の腕を見て決めるから知り合いを呼んで欲しいと頼んできた。

 

 そうして俺は、自分のスマホの家族や後藤家を除いて登録されている、たった三人の知り合いの一人に電話を掛けた。

 

 

「もしもし、俺です。太郎です。廣井さん生きてますか?」

 

 

 廣井さんは突然の連絡に大層驚いて、そして俺達の活躍を喜んでくれた。

 

 そんな廣井さんに事情を話すと、二つ返事で来てくれる事になった。

 

「やっほ~太郎君、ぼっちちゃん。ひさしぶり~」

 

 後日やって来た、相変わらず酒でぐでんぐでんの廣井さんを見て、なんだか俺は嬉しくて涙が出そうだった。ひとりも久しぶりに会う家族以外の知り合いとそのあだ名にとても喜んでいた。何もかも変わってしまったと思ったけれど、廣井さんは変わらずにいてくれた事が、なんだか無性に嬉しかった。

 

 あの路上ライブから、まだ二年も経っていない事に驚きつつも三人で演奏すると、担当者は俺達の息の合った演奏と、廣井さんの技術の高さに一つ唸って快諾してくれた。

 

 そうしてSICKHACKを前座として招待する形で俺達の武道館ライブは開催され、大盛況で幕を閉じた。

 

 その後も俺達に演奏依頼は沢山入ってきているし、動画サイトの再生数も順調に伸びている。最近ではひとりに作詞や作曲のオファーも来ているらしい。

 

 プロとして活動するようになった俺達は、結局三年生に進級することなく秀華高校を中退した。理由としてはやはりひとりの高校でのストレスだった。俺だけ高校に残る事も出来たが、もうここまで来たら毒を食らわば皿までだ、という事でひとりと一緒に中退した。

 

 それから三年……俺達は数多くの曲を演奏して、ひとりは数多くの楽曲を作って来た。

 

 数多くのヒットを飛ばして、ありがたい事にもう一生食うに困らないだけのお金は稼いだ。

 

 ひとりも将来の心配をしなくていいようになり、有名にもなってちやほやされて毎日それなり(・・・・)に楽しそうだ。

 

 

 

 世間は俺達二人の事を輝かしい成功者だと称えるのだろう……しかし、俺はふと考えてしまうのだ。

 

 あの結束バンドの初ライブの日、ステージの上で今にも泣き出しそうになりながらこちらを見ていたひとりに、なにかやってやれることは無かったのだろうか……と。

 

 もし、あそこで俺が僅かでも何かひとりの力になれていたら、もっと違う未来があったんじゃないだろうか……

 

 今のこの未来は、結束バンドというかけがえのない物を犠牲にしてまで手に入れる価値が、本当にあったのだろうか……

 

 もしあの時、ひとりが結束バンドを辞めていなければ、今頃はひとりの周りにも沢山の仲間がいたのではないだろうか? もしかしたらSIDEROSの大槻さんとも仲良くなれていたような、そんな未来もあったかもしれない……

 

 様々なIF(もしも)に思いを巡らせていた俺は、溜息と共に一度大きくかぶりを振った。もう、全て過ぎ去った事だ。

 

 俺はゆっくりと椅子から立ち上がると、机の上に置いてあった自分のスマホをポケットへと無造作に突っ込んだ。そのスマホには今もなお、俺の過去への未練を表すかのように、自分の家族と後藤家以外の……三人の友人の名前が登録してある。




番外編です。

この話はですね、お前の小説幼馴染なのに後藤ひとりとの関係薄くない? って疑問から出て来た話です。

一応本編でも匂わせてはいるのですが、作者自身が幼馴染とはいえあんまりべたべたした関係ってちょっと違くない? と思っているので、本編ではあっさりに書いてます。なので本当は結構でっかい感情がひとりちゃんから主人公に向いてるぞって思ってもらえたら幸いです。

あと関係ないけど、10話の台風ライブは書くのに三日かかったのに、これは一日で出来たらしいですよ。


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012 江ノ島階段

 今回はちょっと会話文多めにチャレンジしたら、えらく時間がかかった挙句、一万五千字近くになってしまったので時間がある時にでも読んでください。上下で二話に分けた方が良かったかな?


 台風ライブの帰り道、虹夏先輩にギターヒーローがバレた事を詳しく聞いたが、何とか穏便に済みそうな感じだったので、俺は特に干渉しない事にした。一応ひとりに確認したがドラムヒーローについては何も聞かれていないようだ。まあそりゃそうか、名前が似てるだけでひとりに結び付けるほど、虹夏先輩も荒唐無稽では無いらしい。

 

 

 

 新学期を目前に控えた八月三十日、夏休みの宿題がまだ少し残っていた俺は、何かと誘惑の多い自室を抜け出してひとりの部屋にやって来ていた。

 

 俺がひとりの部屋の机を占領して宿題の残りを片づけていると、すでに宿題を終わらせているひとりが畳に寝転がりながらスマホで動画を見ていた。意外かも知れないが、ひとりは宿題はコツコツとやるタイプなので割と早い時期に宿題を終わらせて、例年のこの時期は新学期に向けて精神統一している。

 

 聞こえて来る音声からどうやら宇宙に関する動画を見ているらしい事は分かったが、その様子は酷く真剣だった。

 

「入るわよー。太郎君、どう宿題は?」

 

「あっはい。なんとか終わりそうです」

 

「それは良かった。ひとりちゃんもそろそろ新学期なんだから、いつまでもだらだらしてちゃダメよ~」

 

 おばさんは麦茶を持って来てくれたついでに、ひとりにやんわりと釘を刺して戻っていった。おばさんが去っていくと、ひとりは緩慢な動作でスマホを脇に置いて虚ろな目をして呟いた。

 

「ここは銀河だから……地球とは時間の流れが違うもん……」

 

「いや銀河だったら三日で夏休みが終わっちまうぞ。宇宙の一年が地球の十年だってさっき動画で言ってたじゃねーか」

 

 手を動かしながら先程聞こえて来た動画の音声で指摘してやると、ひとりは飛び起きてこちらを見たが、またゆっくりと仰向けに寝転がると、虚ろな目で天井を見つめて何事か呟き始めた。

 

「アセトアミノフェン……イブプロフェン……ロキソプロフェン……」

 

 何やら頭の良さそうな単語を呟き始めたひとりに俺は困惑した。毎年この時期はナーバスになるひとりだが今年はちょっといつもと違う気がする。

 

 しかしこちらも宿題がまだ終わっていない身だ。ひとりの事はとりあえず置いておいて、さっさと残りを片づける為に集中することにした。

 

 結局俺の宿題が終わってもひとりの様子が戻る事は無かったが、代わりに虹夏先輩からロインが届いた。

 

『悪いけど明日ぼっちちゃんと一緒に来て!』

 

 はて、いったい何の用だろうか? ひとりに聞く限り、確か明日も結束バンドの練習だったはずだ……まさかドラムヒーローの事だろうか? ひとりの話では何も言っていなかったらしいが、虹夏先輩は変な所で勘が良いからな。

 

 あまり考えても仕方ないので、虹夏先輩に『分かりました』とだけ返すと、いまだに難しそうな単語を呟き続けるひとりに、明日は俺もついて行く事を伝えて自宅へ帰ったのだった。

 

 

 

 夏休み最後の八月三十一日、俺は未だナーバスなひとりと一緒にSTARRYへと訪れていた。

 

「あ! 太郎君ごめんねー! 喜多ちゃんがなんかぼっちちゃんの事で相談が有るらしくて……」

 

 STARRYに着いて荷物を置くと、すぐに外へ出て行ってしまったひとりをスルーした虹夏先輩に声を掛けられた。今日俺が呼ばれたのはここ二、三日のひとりの奇行を心配した喜多さんの提案らしい。

 

「ひとりの様子が変、ですか?」

 

 取りあえずドラムヒーロー関連でない事に安堵した俺は、喜多さんに詳しく話を聞いた。どうやらひとりはここ数日、目は虚ろで会話もままならないらしい。あれ? それいつものひとりじゃないか? なんて思っていたらリョウ先輩からも同じ意見が飛び出してきて、虹夏先輩も概ね同意見のようだった。

 

「それいつものひとりじゃないですか?」

 

「無いです! だって泣き始めたかと思えば、急に陽気になってサンバを踊り始めるんですよ……?」

 

「ああ、あれが始まるとそろそろ夏休みも終わりだなーって感じるんですよねぇ……夏休み終わりの風物詩って奴です。……でも確かに今年はちょっといつもと違う感じもあるかも……?」

 

 ひとりの行動になんとなく引っかかる部分があったが、毎年の事なので俺がのほほんと語ると、皆にドン引きされた。そんな話をしているとSTARRYの扉が開き店長が帰ってきた。

 

「ちょっとぼっちちゃんにあれやめさせてくんない?」

 

 店長の言葉に皆で外へ出て見ると、ひとりは一心不乱にセミの墓を作り続けていた。

 

「太郎君!? あれもそうなの!?」

 

「い、いや……まあ新学期への拒絶反応なんでしょうけど……確かに今年はちょっと例年より酷い感じはありますね」

 

 虹夏先輩の必死の問いかけに、俺は困惑しながら答えた。確かにちょっと今年は変だ。いつもなら部屋に閉じこもって精神統一したり、もう少し軽症なんだが……

 

 ひとりの奇行に俺達が困惑していると、店長が口を開いた。

 

「っていうかさ、お前らこの夏どこか遊び誘ってやったの?」

 

 店長の何気ない一言に虹夏先輩が動揺した。

 

 前に店長がひとりにバイトの無い日の過ごし方を聞いたらしいが、どうやらふたりちゃんになかなか辛辣な事を言われたらしい。しかし俺は疑問に思った。毎年俺達の夏休みは大体楽器の練習漬けだ。俺もひとりも出不精なので今までと大して変わらない筈なのに何故今年はこんなにも重症なのだろうか? 

 

 店長曰く、ひとりは予定を空いてるんじゃなくて空けてる(・・・・)んだと言っていたらしいが、なるほどそこで俺はようやく合点がいった。こいつ同年代の同性の友人であるバンドメンバーと一緒に遊びたかったんだな。

 

 喜多さんも虹夏先輩も、一応リョウ先輩も。各々ひとりを気遣ったり用事があったりで誘えて無かったらしい。

 

「た、太郎君は!? 幼馴染だしどっか行ったんじゃない!?」

 

「俺ですか? うーん……ひとりの家にはちょくちょく行きましたけど、どっかに遊びには……」

 

 一応廣井さんとの路上ライブの帰りに花火大会の屋台をちょろっと巡ったが、アレは多分ひとりの中ではカウントされてなさそうだしなあ。やはり計画していた俺とひとり(ギター)と廣井さん(ベース)と大槻さん(ボーカル)を誘っての渋谷TSUTAYA前での路上ライブを決行するべきだったか……? 

 

 ひとりがどこからか己の身長以上の卒塔婆(そとうば)を持ち出して来てSTARRY前に立て始めたのを見かねた喜多さんが慌てて叫んだ。

 

「ごっごごご後藤さん遊びに行きましょう! そうだ! 皆で今から海に行きましょうよ! 江の島とか!」

 

「いいね! 下北からなら一本で行けるし!」

 

 喜多さんや虹夏先輩の提案にひとりは今日のこの後のバンド練習を心配したり、時期的にもう泳げないというリョウ先輩の言葉に、泳げなければ意味がないなど、遊びに行きたいくせに行けない理由探しをしているように見えた。

 

 どうにもひとりは何事も遠慮をし過ぎているきらいがあると俺は思っている。それは昔ひとりのおばさんに聞いたことが関係しているのか分からないが、もしそうならここは俺が一肌脱いでやろう。

 

「……えっ! そ、そんな事言わなきゃダメ……?」

 

「お願いします喜多さん。俺も詳しくは知らないんですけど、おばさんに聞くとひとりの奴それ(・・)を結構気にしてたみたいで……」

 

 俺が喜多さんに耳打ちしてお願いすると、喜多さんは少し頬を赤らめて恥ずかしそうに聞き返してきた。俺がなんとか頼み込むと、喜多さんは覚悟を決めたように声を出した。

 

「え、江の島行く人この指止~まれ」

 

「…………え」

 

 その言葉を聞いた瞬間、驚いて振り向いたひとりの瞳が僅かに揺れたのが見えた。

 

「はいはい! 俺行きます!」

 

 そう言って俺は喜多さんの人差し指を掴む、喜多さんに恥ずかしい真似をさせてしまったのだ、道化を演じる一番槍は俺が行かなきゃならんだろう。指を掴むと虹夏先輩とリョウ先輩に目線を送った。

 

「……私も行きまーす!」

 

「私も行く」

 

 俺の意図を察してくれた二人は一瞬困ったように笑うと、揃って喜多さんの人差し指を掴んだ。そして未だに瞳を揺らしてこちらを見ているひとりを全員が見つめた。

 

「あっあの……私は……」

 

 未だ揺れる瞳でこちらを見つめるひとりに、俺はチラチラと視線を送りながらわざとらしく声を掛ける。

 

「ひとりが行かないんじゃなぁ……このままじゃ俺の夏休みの思い出なんもねぇなぁ」

 

 ここでひとりの手を取って指を掴ませることは簡単だ。しかしそれでは意味が無いのだ。ひとりが自分の意志でその指を掴むことにこそ意味があるのだ。

 

 おばさんは言っていた。昔、俺と出会う更に前。ひとりはこの指(・・・)が掴めない子供だったと。それが気後れなのか遠慮なのかは分からないが。今のこの結束バンドというメンバーになら、もう少し我儘になってもいいんじゃないかと俺は思うのだ。

 

「後藤さんも一緒に行きましょう!」

 

 やっぱりこの年でこんなことするのは少し恥ずかしいのか、わずかに頬を赤くした喜多さんに声を掛けられて、困惑した表情でひとりはこちらを見て来たので俺は一つ頷いてやった。お前はこの指に止まっても良いんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「あっわ、私も……行きます!」

 

 そう言うとひとりは手を伸ばして喜多さんの指を掴んだ。

 

「よーし! じゃあみんなでシラス丼食べて、砂浜で海を見よう!」

 

「……海……砂浜……」

 

 皆の意志が固まった所で、景気づけに宣言した虹夏先輩の言葉を聞いたひとりは、呆然と呟いた。

 

「ねー? 想像するだけで楽しいでしょー!」

 

 虹夏先輩が畳みかけるように続けると、ひとりは虹夏先輩を虚ろな目で見つめながら動きをしばらく止めて――突然力なく倒れた。

 

「うわ、どうしたひとり!」

 

「後藤さん!?」

 

「トロピカルラブ…………フォーエヴァー……」

 

 仰向けに喜多さんに抱き留められたひとりはまた意味不明なうわ言を呟いていた。また何かが急所に入ったのか……相変わらず面倒な奴だな。しかしひとりがトリップしている今がチャンスだ。

 

「あの、虹夏先輩。そういう事なんで俺も付いて行っていいですか?」

 

 あそこまで言って、じゃあ俺はこれで帰りますってのもアレなので小声で虹夏先輩にお願いすると、虹夏先輩は怒ったような呆れたような、そんなジト目で俺を睨んできた。

 

「太郎君。君はぼっちちゃんの事はあれだけ理解してるのに、自分の事は全然だね……」

 

「はぁ……」

 

 俺が曖昧な返事を返すと、虹夏先輩は今度こそ呆れたように一つため息を吐いた。

 

「私たちはもう友達なんだから、そんな事いちいち聞かなくていーの!」

 

 そう言って虹夏先輩はその名前の通り、夏の虹の様に笑った。

 

 ……くそう、今のはかなりぐっと来てしまった。

 

 虹夏先輩に心を許すといつも後で痛い目に合うのだが、今回ばかりは仕方ないだろう。

 

「……よし! じゃあまたぼっちちゃんが暴走する前に急ごう! 喜多ちゃん、太郎君。ぼっちちゃんの事お願いね!」

 

「えっ!?」

 

 俺が感動していると、これ以上ややこしい事態に発展する事を嫌った虹夏先輩とリョウ先輩は、ひとりを俺達に任せてさっさと先に歩いて行ってしまった。え? もしかしてひとりちゃん係にする為に俺の同行を許してくれた訳じゃないですよね? 虹夏先輩? やっぱり心を許すと刺すんですか!? 

 

 残された俺と喜多さんは困り顔でお互いに顔を見合わせると、喜多さんは何かを決意したようにひとりに語りかけた。

 

「後藤さん! あと少しで夏の思い出出来るからね! 行きましょう山田君!」

 

「あっはい」

 

 Tシャツデザインで後藤家を訪ねた時に、あれだけ見たがっていた前髪を上げたひとりが今まさに目の前にいるのだが、そんな事にも気が付かない程喜多さんは使命感に燃えているようだった。やはり陽キャの血がそうさせるのだろうか? 

 

 そうして俺達は二人で肩を貸してひとりを運びながら、先輩達の後を追うのだった。

 

 

 

 喜多さんと協力してなんとかかんとかひとりを電車に乗せると、未だにtropicalloveなるものに怯えているひとりを見て虹夏先輩が心配そうにしていた。

 

「こんなになるなんて、よっぽど学校嫌いなんだね……」

 

 いやこれはどう考えても学校じゃなくてtropicalloveが原因ですよ。それが何なのかは誰も分からんが。

 

 リョウ先輩の校則が厳しいのかという疑問に、喜多さんは自由な校風で文化祭も盛り上がると答えていたが……

 

「俺文化祭って苦手なんですよねえ……」

 

「えっなんで!? 屋台とか出るんでしょ!? 私らの学校結構厳しめだから……文化祭のポスター、研究の展示とかばっかなんだよー……いいなあー」

 

 俺の口からつい零れてしまった言葉に、虹夏先輩は羨ましそうに声を上げた。まあ普通の人ならそうなんだろうなあ……でも俺の様なぼっちは結構困るイベントなのだ。

 

「いやあ、文化祭ってみんなで協力して何か作ったりするじゃないですか。でも俺みたいな浮いてる奴は仕事が回ってこないんですよねえ。かといって何もしないのも悪いと思って手伝おうと思うんですけど、一体感に水差すのも悪いかなと思って……」

 

「ぼっちちゃんもだけど、太郎君も中々拗らせてんなー……」

 

 俺がしみじみと言った言葉に虹夏先輩はドン引きだった。くそぉ、俺もtropicalloveの妄想に逃げ込むべきだったか……

 

「そっか、下北沢高校って進学校ですもんね。じゃあ二人とも頭いいんですね!」

 

「いやぁ、別に私は普通だし。リョウは……ネ……」

 

 なんだその、なっちゃたからには……もう……ネ……みたいな言い方は……

 

 意味ありげな虹夏先輩の言葉に、喜多さんはその先を予想して絶句していたが、やはりリョウ先輩はあまり成績が良くないらしい。受験も一夜漬けで突破したようだ。

 

「勉強頑張ると、ベースの弾き方忘れる」

 

「まるでスポンジみたいですね」

 

「スポンジ? まあ確かに吸収力は凄いけど……」

 

 俺が言った言葉に虹夏先輩は不思議そうに答えた。まあ大体スポンジの様な吸収力って言うのは良い意味で使われるよな。

 

「そうですね……よく吸って、押せばすぐ出ていく感じですね……」

 

「「……おお~~!!」」

 

 虹夏先輩だけでなく、なぜかリョウ先輩も感嘆の声を上げた。いやこれあんまり良い意味じゃないですからね? 

 

 虹夏先輩がリョウ先輩の頭を掴んで揺らすと、カラコロと綺麗な音がした。

 

「わぁ、赤ん坊が泣き止みそうな綺麗な音ですね……」

 

「おっ! いいね太郎君! 次の曲は子守唄ロックで行ってみる!?」

 

「やめてー! 私のイメージを壊さないでー!」

 

 俺達の冗談に喜多さんが悲鳴を上げていると、ひとりが小さく呻き声を上げた。

 

 皆がひとりに視線を向けると、リョウ先輩がポツリと漏らした。

 

「学校でぼっちなの不思議。こんなに面白いのに」

 

「まあ人より何かが突出してる奴は、多かれ少なかれはみ出してしまうんですよ」

 

「……ぼっちちゃんが本当は凄い子って学校の皆に分かって貰えるといいね」

 

 恐らく虹夏先輩はギターの腕前の事を言ってるんだろうが、俺としてはひとりのセンスの事なんだよなあ。いまだにピンクジャージどころか、ジャージの人間を学校で見た事が無い。ひとりは未来に生きてるからな、先頭を走る奴はいつだって孤独なのだ。

 

 その後喜多さんは新学期からはちょくちょくひとりに会いに行ってくれると言っていたが、程々にしてあげてね。ひとりちゃんは繊細だから陽キャに囲まれるとストレスが発生してしまうんだ。

 

 電車が江の島に到着すると、ひとりはようやく自分で立って歩けるくらいに回復してきたが、喜多さんがひとりを画面に収めて自撮りを始めると、またへたりこんでしまった。

 

「おいおいひとり、大丈夫か?」

 

 ひとりの腕を掴んで立ち上がらせようとすると、喜多さんがスマホを高く掲げてレンズをこちらへ向けて来た。

 

「山田君も一緒に写真撮りましょう!」

 

 喜多さんは画面に俺が入っても躊躇なくシャッターを切った。

 

「喜多さん!? ちょっと、まずいですよ!」

 

「えっ!? 何がまずいの?」

 

 まさか抗議されるとは思っていなかった喜多さんは、俺の発言に心底驚いていた。

 

「それ結束バンドのイソスタじゃないですか? ガールズバンドに男の影があったら駄目ですって! こういうの嫌がる男性ファンが太いファンになるんですから! ちょっと今の撮った写真見せて下さい……うわ俺の顔がはっきり写っちゃってるじゃないですか。こういうのはヤバイんですよ……」

 

「山田君が何言ってるのかよく分からないわ……でも大丈夫! これは私の個人的なイソスタ用だから!」

 

「まぁそれなら……いや、やっぱ駄目ですよ。将来有名バンドになった時に、こういうのが火種になるんですよ……」

 

 俺が将来の危険性を説いて今の写真を消すように頼んだのだが、喜多さんにはどこ吹く風のようだった。陽キャはネットの怖さが分かっていないのだ……

 

 リョウ先輩がアイスを買って戻って来たので、皆で辺りを歩くことにした。喜多さんと共にひとりを運びながら歩いていると、目の前に海が見えて来た。はしゃぐ虹夏先輩と皆で海を眺めていると、ようやくひとりが意識を取り戻した。

 

「はっ! あれ? いつの間に……あ、ありがとう喜多さん、太郎君」

 

「お、ようやく起きたか。見ろよひとり、海なんていつぶりだろうな」

 

 俺達の肩から腕を離したひとりは、お礼を言って辺りを見渡した。来るまでは渋っていたひとりも、やはり実際にみて見ると海に思う事があるのだろう。熱心に海を見ていた。

 

「ねえお姉ちゃんたち、暇ならウチの海の家で食べていきなYO」

 

「うわぁ!!」

 

 急にガタイの良い兄ちゃん達に話しかけられて、ひとりが盛大に怯えている。ひとりの怯えっぷりにも怯まずに話しかける色黒の兄ちゃんは、かけている星型眼鏡も相まってまさにリアルパリピだ。しかし色黒の兄ちゃんは良いガタイだ。俺も少し体を鍛えた方がいいのだろうか? ドラムは体重があった方が良い音が鳴ると見た事あるし。

 

 虹夏先輩も喜多さんも困り顔で応対していると、その陰でひとりは見る見る膨らんでいき――乾いた音を立てて風船の様に爆発した。

 

 皆パリピの兄ちゃん達に割と困っていたようで、爆発してペラペラになったひとりを虹夏先輩が担いで、俺達は海を離れる事にした。

 

 海を離れて江の島神社方面へとやって来た俺達は、たこせんなる店に興味を持って、買って一息つくことにした。

 

「はい! これ後藤さんの!」

 

「あっどうも……これは……?」

 

 たこせんを渡されたひとりは、うすい長方形のせんべいを見て不思議そうに呟いた。

 

「たこせん。蛸を一トンの力でプレスするんだって」

 

 たこせんの説明をした虹夏先輩に、俺は咄嗟に声を上げた。

 

「えっ!? 二トンの力じゃないんですか!? 俺どっかで見ましたよ二トンの力って! 喜多さんは聞いたことないですか!? うっ頭が……」

 

「もー! 急になに言ってるの山田君。そこにちゃんと一トンって書いてあるじゃない。うっ頭が……」

 

「えぇ……なになに怖ぁ……どうしたの二人とも……」

 

 俺と喜多さんが馬鹿な話をしながら、急に頭痛を訴えると虹夏先輩が怖がっていたので、申し訳ない事をした。でも本当なんです! どっかで見たんですよ二トンの力だって! 

 

 俺達の馬鹿話を聞きながらたこせんを齧っていたひとりは楽しそうだった。そんなひとりの様子を見た虹夏先輩が「写真撮ろう!」と言い出して、喜多さんが自撮り棒を構えたので俺は慌ててたこせんで顔を隠した。たこせんがデカくて良かった、まあ顔が写ってなければ大丈夫だろ。

 

 しかし喜多さんはこれを大きくてかわいいし映えると言っていたが、俺にはかわいいの部分だけがよく分からなかった。やっぱり陽キャ女子高校生の言う事ってよく分からんね。

 

 皆で写真を撮ると、今日のクライマックスを迎えたように涙を流し始めたひとりを宥めて、俺達は江の島神社入り口までやって来た。

 

「よーし、ここから頂上まで登りますよ~! 自力で上って見る景色ほど素敵なものは無いと思いません……?」

 

 江の島神社の階段を見た俺以外の三人は上るのを酷く嫌がっていたが、潮風と陽の光を浴びてリミッターを解除した、生き生きとした喜多さんに気圧されて渋々階段を上り始めた。

 

「もう無理~……」

 

「景色とか知らんどうでもいい……」

 

「二人ともしっかりしてください。まだ始まったばかりですよ」

 

 昇り始めて早々にダウンした先輩二人に、喜多さんは呆れたように声を掛けていた。周りを見ればひとりがゾンビのように階段を這う這うの体でよじ登っていた。

 

「流石は男の子! 山田君はまだまだ大丈夫よね!」

 

「いやまだ上り始めたばっかりじゃないですか……」

 

 まだ階段を上り始めてすぐのところだ、ここでへばっているようではとてもじゃないがドラムを叩きにレンタルスタジオまで辿り着けないだろ。

 

 先輩二人が回復するのを待っていると、地面を這っていたひとりが何かを見つけたらしく、どこかを指さして叫んだ。

 

「エ、エスカー……エエエ、エスカレーターで行けるみたいですよ……!」

 

 ひとりの叫びに先輩二人が歓声を上げた。喜多さんは階段で上りたがっていたが、体力の無い三人が食いついたのでとりあえずエスカレーターを見に行ってみる事にした。

 

 エスカレーター乗り場に着くと券売機が置いてあった。

 

「えっ……お金かかるの……」

 

「江の島エスカーに乗るにはチケット買わないと」

 

 喜多さんの指摘に悩み始めたリョウ先輩の後ろから券売機を覗き込むと、いろいろと料金が書いてあるのが見える。

 

 エスカー全区間が三百六十円で、シーキャンドル(展望灯台)セットが八百円か……確かシーキャンドルが入場料五百円だっけ? という事はシーキャンドルに昇るなら実質エスカー三百円か……三百円、STARRYのバイト一時間の約三分の一、あと少し出せばスタジオ一時間分の値段なんだよなぁ……廣井さんにも上手くなりたいならもっと生ドラムを叩けって言われてるし……

 

 リョウ先輩と共に悩んだ挙句、俺は決断した。

 

「俺は階段で行きますよ! エスカー乗るのとスタジオレンタル一時間がほぼ同じ値段ですからね」

 

「うわ、すごい生々しい喩え!」

 

「本当!? じゃあ一緒に上りましょう山田君!」

 

「!」

 

 俺の決断に虹夏先輩は困ったように笑い、喜多さんは大喜びで、ひとりは驚いていた。スマホで調べると江の島神社の階段は二百五十四段、頂上まで登るのは約ニ十分らしい。ニ十分登れば一時間ドラムが叩けるのだ、もう登るしか無い。というかSICKHACKライブでの散財が痛かった。後悔はしてないけど。

 

「じゃあ早速行きましょう喜多さん。エスカー組は上まで五分で着くらしいんで」

 

「そうね! じゃあ行きましょう!」

 

「……あっ、じゃ、じゃあ私も階段で行こうかな……」

 

「「えっ!?」」

 

 俺達が出発しようとすると、ひとりが一緒に来ると言い出したので、喜多さんと二人して驚いてしまった。さっきまでへばってたのに大丈夫か? 

 

「大丈夫かひとり? 上まで結構あるらしいぞ?」

 

「だ、大丈夫大丈夫。私も最近は外に出るようになったし……こ、これくらい朝飯前だよ」

 

 朝にセミの墓を作っていた奴とは思えない発言だ。だがまあやる気があるのはいい事だし、断る理由もないので一緒に上るとしよう。

 

「……そっか。よし、じゃあ一緒に行くか」

 

「一緒に上りましょうね、後藤さん!」

 

「は、はい」

 

「じゃあ虹夏先輩、俺達は階段で行きますね。上で待っててください」

 

 そう言って虹夏先輩の顔を見ると、何やらすごく微妙な表情だった。

 

「う、うーん……ぼっちちゃんまで階段で行くとなんだか私達だけ罪悪感が……」

 

「虹夏エスカー代貸し……」

 

「よーし! 私も階段で上っちゃおうかなー!」

 

 虹夏先輩の突然の宣言に、リョウ先輩がこの世の終わりみたいな顔をしていたけど大丈夫だろうか……

 

 なんだかんだで結局全員で階段を上ることになった。

 

 階段を上り始めてしばらくすると、やはりというか当然と言うか、上る速度に差がある為に自然と互いの距離が離れてしまった。

 

 いつの間にか先頭になった俺は時々後ろを振り返りながら、最後方のひとりを確認する為に立ち止まっていると、喜多さんが近寄って来た。

 

「山田君、ありがとね」

 

「? どうしました急に」

 

「だって山田君が階段で行くって言ってくれたから、みんな付いてきてくれたでしょ? だからありがとう!」

 

「偶然だぞ」

 

 俺は喜多さんの溢れ出る陽キャオーラに目をやられながらなんとか返した。実際偶然だし。

 

 喜多さんは元気だ。さっきからこの人だけ階段を下りたり上ったりしてあっちこっちで自撮りをしているのに、まるで疲れた様子が無い。やはり陽キャは陽の光の元なら三倍くらい元気なんだろうか? しかし陽キャで気配りも出来て元気でかわいいとか完璧超人かな? 

 

 喜多さんと立ち止まって話をしていると、三番手の虹夏先輩がゆっくりと階段を上って来た。

 

「伊地知先輩もう少しですよ! 頑張りましょう!」

 

「頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ! そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る北京だって頑張ってるんだから!」

 

「暑苦しいわ! ふぅ……ふぅ……まったく……二人とも元気だねぇ……お先ぃ~」

 

 俺達の激励を呆れ顔で笑いながら上っていく虹夏先輩を二人で見送ると、続いてリョウ先輩が上って来る。

 

「お疲れ様ですリョウ先輩、もう少しですよ」

 

「ゼェ……ゼェ……郁代……太郎……助けて……」

 

「~~~! リョウ先輩一緒に上りましょう!」

 

「いやそんなのはいいからエスカー代を……」

 

 喜多さんはリョウ先輩を支えると、こちらへ手を振って階段を上っていった。リョウ先輩が幽鬼のような足取りだったが大丈夫だろうか……

 

 リョウ先輩を見送ってしばらく待っていると、ようやっとひとりが階段を這うように上って来た。朝飯前に死にそうじゃねーか。

 

「コヒュー……コヒュー……た、太郎君……助け……」

 

「なにやってんだおまえは……大人しくエスカーに乗っとけよ……」

 

「だ、だって……」

 

 グロッキーな顔をしているひとりの右側に回って肩を貸してやる。このままじゃ頂上に着く前に日が暮れてしまいそうだ。

 

 ひとりをサポートしながら階段を上り始めると、ひとりと同じような貧弱さのリョウ先輩にはあっという間に追いついた。

 

「ゼェ……ゼェ…… ! 太郎私も助けて」

 

「いやもう喜多さんが手助けしてるじゃないですか……流石に二人は無理ですって」

 

「そうですよリョウ先輩! 私と一緒に頑張りましょう!」

 

 俺達を見たリョウ先輩は一も二もなく救援を求めて来たが、喜多さんは嬉しそうにリョウ先輩を励ましていた。しかし喜多さんはすげー余裕あるな。俺でももう大分疲れて来たのに。

 

 俺と喜多さんがそれぞれを支えながら階段を上ると、少し前を進んでいた虹夏先輩にもすぐに追いついた。あまりリョウ先輩と距離が離れていなかったので虹夏先輩も意外と体力が無いのかもしれない。

 

「ふぅ……ふぅ……って、えぇ!? 皆何してんの!?」

 

「ハァ……ハァ……オエ……に、虹夏先輩……もうすぐ頂上ですよ……」

 

 ここまでくると、もうあと少しなんだが正直かなりしんどい。とくにひとりが完全にへばっているのがきつい、もう少し頑張って足を動かせ。

 

 虹夏先輩は俺達の事をじっと見つめていたが、疲れているのか、それとも自分だけ一人で歩くという仲間外れが寂しかったのか、白々しく呟いた。

 

「……あ、あー……なんだか私も疲れたな~……」

 

 そう言って虹夏先輩は躊躇する事無く俺の首に腕を回して体重を預けて来た。

 

「はぁ~……らくちんらくちん」

 

「ちょっ……虹夏先輩重……」

 

「ん゛ん゛っ!?」

 

「あっいやなんでも無いです……さぁ張り切って上りましょう!」

 

 猫のようなジト目で睨んできた虹夏先輩が怖かったので、俺はそれ以上何も言えなかった。喜多さんを見れば相変わらず元気だ、流石にリョウ先輩に肩を貸しているし、額に汗を浮かべて息を乱しているので疲れてはいるのだろうが、凄い笑顔を浮かべているので精神的に元気そうだ。

 

 今回の事で思ったが、やっぱり体を鍛える必要があるかもしれんねこれは。

 

 

 

「やっと着いたー!」

 

「あー楽しかった! せっかくだしこのまま展望台まであがりましょう~!」

 

 頂上に辿り着くと、虹夏先輩が階段から解放されて喜んでいた。嘘でしょ……喜多さん全然疲れてない……見ればリョウ先輩とひとりは大分疲れた様子だった。

 

 しかし疲れてはいるが、やはり自力で頂上まで登り切った高揚感からか、俺と喜多さんを除いた三人は急にハイテンションになって自撮り棒を使って三人で自撮りを始めていた。

 

 俺もひとりを支えて階段を上り切ったのは本当に何となく達成感があるので、柄にもなく海の写真でも撮ってみようかと思いスマホを取り出してレンズを海へ向けた。

 

「何撮ってるの?」

 

「うおっ!?」

 

 シャッターを切った瞬間、急に画面を覗き込むように横から入って来た喜多さんに驚いて変な声を上げてしまった。

 

 画面を見ると、カメラを覗き込むようなブレた喜多さんの顔が写っている。

 

「いえ、せっかくだから海でも撮ろうかなと思ったんですけど……喜多さんちょっとロックなポーズお願いします。こう中指を……」

 

「え? こう……? って何させるの!?」

 

 うーん、なんだか喜多さんならやってくれそうな気がしたんだが、やっぱり無理か。仕方ないので海をバックにメロイック・サインをお願いした。やっぱり喜多さんは写真撮られ慣れてるせいか様になってるな。

 

 

 

 その後喜多さんに連れられるように皆で展望台へ行くと、喜多さんは大興奮だったが、他の三人は景色にあまり興味が無いらしく、リョウ先輩なんて何故かバベルの塔の話なんぞをし始めた。

 

 俺も初めこそ景色に圧倒されていたが、写真を撮りながらぐるりと一周する頃にはあまり感動も無くなりクーラーの効いた部屋でぼーっと景色を見ているだけになった。

 

「喜多ちゃん満足したみたいだし降りよっかー」

 

 喜多さんはまだ全く満足していない様子だったが、その内皆飽きてしまったのか、虹夏先輩の言葉を皮切りに外へと歩いて行ったので、俺もそれについて展望台を降りる事にした。

 

 展望台を後にした俺達は、あちこち散策しながら歩いていた。

 

「あっ、アイス食べよーよ」

 

 ソフトクリームを売っている店を見つけた虹夏先輩の提案で、その辺に腰掛けてアイスを食べる事になった。

 

 正直階段の上り下りで疲れたので、休憩と糖分補給はありがたかった。

 

「あっあの……アイス代返してくださいね……」

 

「来月には必ず」

 

「じゃあ俺のカレー代もお願いします」

 

「……」

 

 リョウ先輩はひとりの言葉には返事をしたのに、何故か俺の言葉はスルーした。逃がさん……お前だけは……

 

 アイスを食べていると空から高い鳴き声が聞こえて来た。見上げると無数のトンビが上空を飛んでいる。

 

 そういえば立て看板が沢山あったなと思いスマホで調べてみると、どうやら人の食べ物を後ろからかっさらっていくらしい。対処法は屋根やひさしの有る場所、後ろが壁の場所、あとは体で食べ物を隠す……って所か。

 

 ひとりも鳴き声に気付いて虹夏先輩達と空を見上げてトンビの説明を受けていたので、真っ先に狙われそうなひとりに対処法を教えてやろうと顔を向けると、今まさにひとりのアイスが後ろからトンビに攫われて行った。

 

「あー! 言った傍から……」

 

「おいおい、大丈夫かひとり」

 

「後藤さん私のアイス食べる?」

 

 ひとりが怪我などしていないか駆け寄ると、ひとりは顔を後ろに回して空を見上げて(おのの)くと、小さな悲鳴を上げて俺の腹に抱き着いた。

 

 ひとりの向けていた視線の先を見ると、無数のトンビが旋回している。ああ、アレに襲われると思って抱き着いてきたのか。確かに怖い、ヒッチコックの『鳥』みたいだ。

 

「あんまり遅くなってもアレだし、そろそろ帰ろっか。ぼっちちゃんも怯えちゃったし」

 

「じゃあ最後に、お参りだけして帰りませんか?」

 

 俺の腹に抱き着いて震えるひとりのあまりの怯えっぷりに、撤収を提案した虹夏先輩に、喜多さんがそんな事を言ってきた。

 

 喜多さんに案内されたのは、音楽・芸能を司ると言われている妙音弁財天という女性の神様が祭られている神社だった。

 

「皆で江の島来れるなら、絶対行きたいって前から思ってた所で……」

 

「じゃあ私達バンドの今後の活躍をお願いしないと……」

 

 皆で五円玉を用意して投げ入れると手を合わせた。

 

 手を合わせているひとりはえらく真剣な表情だったが、ありゃ碌な事考えてないな多分。

 

 神社からの帰り道、虹夏先輩の手を合わせていた理由を聞いたひとりは突然立ち止まって涙を流し始めた。

 

「何泣いてんだよ……どうせお前の事だから売れてお金持ちになりたい! とかだろ? 大丈夫大丈夫、虹夏先輩もきっと分かってるよ」

 

「うっ……そ、そう言う太郎君は何をお願いしたの?」

 

「俺か? 俺はバンドメンバー見つかりますように! ってな。まぁ後は……」

 

「後は?」

 

「……内緒」

 

「! どーせ太郎君もビッグになりたいとかでしょ!」

 

 俺の言葉にひとりは頬を膨らませているが、知ってるかひとり。神社ってお願い事したら駄目で、本来はお礼を言いに行く場所らしいぞ。詳しくは知らんけど。

 

 だから、多分お前は言ってないだろうから、俺が代わりに言っといてやったぞ。結束バンドが、虹夏先輩がひとりを見つけてくれてありがとうございますってな。

 

 

 

 帰りの電車に乗ると余程疲れていたのか、喜多さんに下北沢に着いたら起こしてくれるように頼んだ虹夏先輩とリョウ先輩は眠ってしまった。

 

「あーあ、本当は鎌倉も観光したかったし、みんなで晩御飯したかったんだけどなぁ……」

 

 喜多さんはまだまだ元気のようだ。俺も流石に朝から歩き通しは疲れた。やはり陽キャパワーは凄い。

 

 喜多さんは今回の夏休みの失敗を生かして、もう既に結束バンドで遊びまわる冬休みの予定を考えているようだったが、そう考えると陽キャも大変だな、なんて思ってしまう。いや、これを大変だと思わないから陽キャなのか……

 

「山田君も冬休み一緒に遊びましょう!」

 

「えぇ……まぁ考えときます……それにしても喜多さんは元気ですね……俺も今日は疲れました……そう言えばひとりは大丈夫そうだな?」

 

「あっいや……行きの電車でずっと意識無かったから、割と目は冴えてて……」

 

 あっそっかぁ……だから俺はこんなに疲れてるんだな。そう言えば今日はひとりを支えてた記憶しかねぇわ。あれでも喜多さんも同じような感じだったのにおかしいな? 

 

「そう? じゃあ藤沢までまだまだ楽しいが続くのね!」

 

 笑顔でそう言った喜多さんに、ひとりはおずおずと切り出した。

 

「あ、あ、あの……喜多さん。今日はみんなと遊べて楽しかったです……明日から頑張れそうです……多分……」

 

「……本当!? 良かったぁ! 新学期も一緒に楽しみましょうね!」

 

 夕焼けのせいか、少し頬を赤くしたひとりと喜多さんを見て俺はスマホを取り出した。

 

「今日の思い出って事で写真撮ってもいいですか?」

 

「もちろん! 後藤さん一緒に写りましょう!」

 

 ひとりの隣に座っている俺がレンズを向けると、喜多さんは笑顔で、ひとりはぎこちなくピースサインを向けて来た。虹夏先輩とリョウ先輩は眠っているが勘弁してもらおう。

 

 手前のひとりから奥の眠っているリョウ先輩まで、四人が画面に入るようにして写真を撮ると喜多さんから声が上がった。

 

「山田君も一緒に写りましょう!」

 

 それから喜多さんに自撮りの方法を教えて貰って先程と同じような構図の写真を撮った。自撮りなんて初めてなので俺の姿が見切れてしまっているが、まぁいいだろう。

 

「さっきの写真とその写真送って貰っても良い!?」

 

「わっ私も! 太郎君私にも送って」

 

 喜多さんに送るとSNSに上がりそうだし、ひとりに送るとアー写の様にプリンターで量産しそうで怖いのだが……まあいいか。

 

 そうして俺達二人が乗り換える藤沢まで、楽しい時間を過ごしたのだった。

 

 

 

 明けて九月一日。新学期が始まる日の朝に、俺は大変な目にあっていた。

 

「うへぇ……体中バッキバキじゃねーか……完全に筋肉痛だなこりゃ……」

 

 特に足と背中。恐らく江の島の階段を上った事と、ひとりに肩を貸していた事が原因だろう。この分じゃひとりも相当大変な事になっているだろう。

 

 痛む体に鞭打って登校の準備をしてひとりを迎えに行くと、後藤家の前に既にひとりが立って待っていた。よく見ると随分と姿勢が良い。

 

「ようひとり。体は大丈夫か?」

 

 そう言って何気なくひとりの肩を叩くと、ひとりの叫び声が住宅街に響き渡った。




 今回当初の予定では話の中にあったように、夏休みの思い出作りとして廣井さんとヨヨコ先輩を誘って渋谷に路上ライブに行く話の予定だったんですが、この時期にひとりちゃんとヨヨコ先輩が顔を会わせる事による今後の影響が予測出来なかったので中止になりました。


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013 申し込み四苦八苦

 ちょっと恐ろしい事に気が付いたんですけど、SICKHACKの志麻さんっているじゃないですか。私ずっと志麻って苗字だと思ってたんですけど岩下志麻って言う名前なんですね……電子の単行本派なんですけど、岩下って本人が自己紹介する場面は無かったと思うので、とりあえず志麻さん呼びでいきます。


 俺は今、文化祭でのクラスの出し物を決める話し合いを、必死に睡魔と戦いながら聞いていた。

 

 幸い俺のクラスは文化祭への関心がそれ程高くないのか、あるいは文化祭を回って楽しむ方を優先しているのかは分からないが、演劇や飲食店などと言い出す人間は少なかった。

 

 どんな出し物に決まろうとも俺の貢献度が低い事は決まっているので、眠い目を擦りながら静かに机に頬杖を付きながら見守っていると、最終的に何かの展示をすることで決まったようだった。

 

「最後に、文化祭二日目の体育館ステージ出演希望の人は、この紙に必要事項を記入して生徒会室前の箱に入れて下さい」

 

 教室の前で話し合いを取り仕切っていたクラスメイトが、両手で持った紙を見せながら説明して締めくくった。

 

 そう言えば文化祭ライブがあったな……中学の時は結局メンバーが集まらなくて出られなかったが、ひとりは結束バンドで出るのだろうか? ……そう考えたらなんだかテンション上がって来たな! 

 

 今まであまり文化祭は楽しみでは無かったが、知り合いがあの壇上に立つと考えると、なんだか少しワクワクする。ちょっと文化祭を楽しみにしている陽キャの気分が分かったかもしれん。

 

 何となく浮かれた気持ちで放課後を迎えると、江の島に遊びに行った時にロインを交換した喜多さんから連絡が来た。

 

 校内でわざわざ連絡してくるなんて珍しいな、なんて思いながらスマホを見て、俺は思わず声を上げた。

 

『後藤さんが倒れて保健室に運ばれたみたい』

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 『倒れた』という穏やかでは無い単語に、俺は急いで保健室へ向かうと、そこには既に先に着いていた喜多さんがベッドの脇に置かれた椅子に座っていた。

 

「喜多さん、ひとりはどうです?」

 

「あっ、山田君。私もよく分からないんだけど、生徒会室の前で倒れてたらしくて……」

 

 ベッドを見れば、ひとりが頭に包帯を巻いて眠っている。前髪を手で除けて額を軽く触って見ると少しコブになっているようだった。壁にでも額をぶつけたのだろうか? 

 

 周りを見渡すと、ベッドの脇の机の上に置いてある皺になった紙がふと目に入ったので、手を伸ばそうとした所でひとりは目を覚ました。

 

「…………知らない天井だ……」

 

 開口一番何を言ってるんだこいつは……まぁ起き掛けにネタがぶっ込めるなら大丈夫だろう。

 

 とりあえず誰かに殴られたとかでは無いと判断した俺は喜多さんと共に声を掛けた。

 

「あっ……目、覚めた? どう? 具合は?」

 

「大丈夫かひとり?」

 

「あっ全然大丈夫です」

 

 俺達の声にゆっくりと起き上がったひとりはこちらへ向くと、はっきりした口調で答えた。

 

 素人の俺が見た感じだが、気分も悪く無さそうだし、口調もはっきりしているので本当に大丈夫そうだ。それに保健の先生が病院へと送って無いという事は多分そういう事なんだろう。

 

「後藤さん倒れたって聞いて心配しちゃった」

 

「本当だよ。一体何があったんだ?」

 

「えっ!? えっと…………ちょ、ちょっと転んで床に頭をぶつけちゃって……すみません……あっ……」

 

 心配する俺達の言葉に、ひとりはなんだかバツが悪そうにあちこち目線を泳がせながら、しどろもどろに言い訳を始めたかと思うと、何かを見つけたのか、俺達を通り過ぎた先の一点に視線を向けて小さく声を上げた。

 

「どうかした?」

 

「い、いえ……」

 

 喜多さんの疑問に短く返したひとりは、その後困った表情で石像の様に固まってしまった。

 

「……あっありがとうございます……私もう少し寝てからバイト行きますんで……ごっご心配無く……」

 

「そう……? でも……」

 

 しばらくしてようやく再起動したひとりは、焦ったようにお礼を言うと、ふとんを被って横になってしまった。そんなひとりを心配したであろう喜多さんは、何事か言いかけてから俺の顔を見てきた。

 

「……そうね。じゃあ後は山田君にお願いしようかな。それじゃあ後藤さん、無理しないでね」

 

 喜多さんはこれから友達と用事があるようで、そう言うと席を立って保健室を出て行った。

 

 喜多さんを見送ると、俺は先ほどまで喜多さんが座っていた席へと腰を落とした。そして先程から気になっていた机の上に置いてあった紙を手に取った。

 

「なになに……おっ、秀華祭のステージ出演希望用紙か……バンド出演希望……結束バンド……」

 

「あっそれは……文字の練習に書いてただけで……」

 

 用紙を手に取って読み上げると、ひとりは慌てて布団から這い出して来ておかしな言い訳をしてきた。しかしやるならもっとマシな言い訳をしろ……

 

 そんなひとりに呆れながらも、俺は用紙に書かれた文字を読んで思わず笑顔になった。

 

「おお! 遂に出るのかひとり! 中学一年の時から夢見て、苦節三年だもんなぁ……俺も今日クラスで説明を受けて、ひとりが出るんじゃないかと思ってたんだよ!」

 

「そっそうなんだ……けど……やっぱり私、まだライブも碌にしてないし勇気が……」

 

 俺は感極まって興奮してまくし立てたが、ひとりはなんだか自信が無い様で、不安そうに俯きながら答えてきた。

 

 確かにひとりのライブ経験は、虹夏先輩に頼まれた助っ人での一回と、路上ライブでの一回、それと結束バンド初ライブの計三回しか無い。加えて観客数も俺が知る限りでは路上ライブの時の十五人位が最大値ではないだろうか。

 

 それに比べて学校の体育館は、仮に全校生徒の四分の一が見に来たとしても、二百人近い人数になる。そりゃあ確かにひとりじゃ無くてもビビッてしまうか。

 

「うーん、確かになぁ……そうだ! それじゃあちょっとどんな雰囲気なのか見てみようぜ。動画サイト探せば文化祭ライブの動画がどっかにあるだろ」

 

 悩んでいても仕方ないし、言っても文化祭ライブなんぞ素人高校生の集まりだ。実はそんなに盛り上がってもいないのかもしれない。

 

 俺は座る場所を椅子からひとりの寝ているベッドへと移し替えながら、スマホを取り出して動画を探してみる。それっぽい動画を見つけて再生すると、二人で体を寄せてスマホを覗き込んだ。

 

(イケメン陽キャ男子)(眩しい絆)(永遠の友情)(黄色い歓声)(クラスメイト達の声援)(一致団結)(最高の仲間)(謎のペンライト)

 

「「う”わ”ぁ”!!」」

 

 画面からあふれ出す情報の暴力に、俺達二人はライブシーンまでたどり着く事無く、揃ってベッドへと折り重なるように倒れ込んだ。

 

「ひ、ひとり……続きは頼んだ……」

 

「む、無理……太郎君こそ……言い出したんだから最後まで見てよ……」

 

 なんとか動画を止めて追撃は防いだものの、それ以上進軍できなくなった俺達はそのまま折り重なって倒れ伏しながら会話を続けた。

 

「いや、でも普段は目立たない奴が文化祭で実は……って王道展開だし、お前でも行けるんじゃないか?」

 

 なおも悪あがきの様に俺が言うと、重なるように俺の上でダウンしていたひとりは少し考えこむと、おもむろに切り出した。

 

「太郎君……想像してみてよ……」

 

 ひとりの言葉に従って目を閉じて思い浮かべる。ステージに上がる時のメンバー紹介……虹夏先輩やリョウ先輩で上がる歓声……そして続くひとり……静かになる会場……喜多さん登場で再び沸く観客……

 

「「露骨な温度差!!」」

 

 二人同時に血を吐いた。

 

「あっ……無理だ……」

 

 ひとりはゆっくりと起き上がるとゴミ箱に出演用紙を捨てたので、俺は一応の考えを伝えてみる事にした。

 

「もしお前が文化祭ライブ出るんなら……虹夏先輩達に頼んで、お前を借りてBocchisで出ようと思ってたんだけど、それでも無理か?」

 

 ひとりは驚いてこちらを見た。俺はその視線を受け止めるようにベッドに仰向けになったままじろりとひとりを見つめ返す

 

「ぼっちズって……あのお姉さんと三人で……? ……お姉さん来れるの? それに……曲は……」

 

 突然の提案にひとりが不安そうにこちらを見て来たので、俺はベッドの上で寝転びながら頬杖を付いた。

 

「廣井さんにはこれから頼んでみる。ダメだったら……俺達二人でやるか。ギターとドラムなら一応ツーピースバンドの体裁は整うだろ。ボーカルは……ひとりやってみるか? まあ最悪無くてもいいだろ。それと曲はなんか有名な奴のコピーになるな」

 

 俺の言葉、特にボーカル云々の部分にひとりは目に見えて狼狽えたかと思うと、そのうち目を固く瞑って考え始めた。恐らく大勢の前でのライブの重圧と出演を天秤にかけているのだろう。

 

 しばらく目を瞑ってぷるぷると震えながら考えていたひとりは、覚悟が決まったのか目を見開いた。

 

「~~~~~! ……ごめん」

 

 そういってひとりは力なく肩を落とした。

 

「いいよ、気にするな。まぁお前の気持ちも分かるしな」

 

 俺は軽く笑ってベッドに体を投げ出すと、ゆっくりと目を瞑った。

 

 伊達にひとりの幼馴染を十年もやっていないので、この返答も予想はしていた。それに確かにひとりの気持ちも分かるのだ。俺だって十五人程度の路上ライブで緊張したのだ、ただでさえ人見知りのひとりが、いきなり二百人……もしかしたらそれ以上の人の前で演奏するだなんて怖気づいても仕方ない。

 

 それに今は何もしていなかった中学時代と違って、ひとりはライブハウスでライブをしているのだ。今年は無理でも、来年、再来年にはひとりも大勢の前で演奏するのも慣れてくるかもしれない。なに、あと二年も時間はあるのだ。

 

 悩んでいる時は大変だが、結論が出ると気持ちが軽くなったので、俺は勢いを付けてベッドから起き上がった。

 

「ま、でも一応考えといてくれよ。確か締め切りはまだ先だろう? もし気が変わったら教えてくれ」

 

「う、うん」

 

 なんとなくひとりはまだ迷っているようだったが、ゴミ箱に捨てた用紙を拾う事は無かった。

 

 まぁ気が変わったらまた用紙は貰ってくればいいか。

 

 ひとりの怪我の具合を確認すると問題なさそうだったので、俺達はSTARRYへとバイトに向かう事にした。

 

 

 

 STARRYへ到着して、店長とPAさんへ挨拶すると、ひとりは流れるようにゴミ箱に入りはじめたので、俺は慌ててひとりの両脇を掴んで猫の様に引っ張り出した。

 

「えっ仕事してよ……なに……? なんかあったの?」

 

「すみません店長……実は……」

 

 文化祭の話をすると、店長もPAさんも一生に一度の青春の舞台という事で、ひとりの背中を押すような発言をしてくれていた。

 

 しかしPAさんが朝起きれないから高校を中退したと聞いた時は驚いた。ひとりは高校中退を目標にしている所もあるので、変に影響されるとまずいな、なんて考えてちらりとひとりの顔を伺うと、ひとりも微妙な顔をしていたので多分大丈夫だろう。恐らくPAさんとでは性格が違い過ぎて参考にならないのかもしれない。

 

「あれ? お姉ちゃんとぼっちちゃんが話してる。珍しい」

 

 いつの間にか虹夏先輩とリョウ先輩が入って来ていた。

 

 PAさんと店長に事のなりゆきを説明された虹夏先輩は文化祭ステージ出演に乗り気のようだった。

 

「ライブハウスとは違う良さがあるよ~」

 

「あれ? 虹夏先輩は文化祭ステージ出た事あるんですか?」

 

 確か虹夏先輩達の高校は進学校で、そう言うのが無いと言っていたと記憶していたので聞いてみると、虹夏先輩とリョウ先輩から中学時代に出た事があるとの答えが返って来た。その際にリョウ先輩はマイナーな曲を弾いて会場をお通夜にしたと誇らしげに話していたが、聞いてるこちらが恐ろしくなる話だ。

 

 さらに虹夏先輩とリョウ先輩は中学時代はお互い違うバンドを組んでいたらしく、今回結束バンドとして同じバンドで文化祭ステージに出てみたいと、楽しそうに話していた。

 

「とは言え、ぼっちの迷う気持ちも分かる」

 

 先程まで文化祭ライブに乗り気だったリョウ先輩が、突然真剣な顔で話し始めた。

 

「下手したら……というか絶対ここより多い人数の前で演奏する訳だし……だからそんなに焦って決める事でもないよ」

 

 優し気な声色でひとりへと語りかけたリョウ先輩を見て、俺は少し意外に思った。こう言っては失礼だが、リョウ先輩はあまり他人の感情に頓着しない人だと思っていた。

 

「……正直、お通夜状態だったライブたまに夢に見る……」

 

 それだけ言うとリョウ先輩は机に伏せてしまった。

 

 なんとなく気まずい空気が流れたので、俺は流れを変える為に、虹夏先輩に文化祭ライブでひとりを借りれるかどうか聞いておくことにした。

 

「虹夏先輩、実は俺も結束バンドが文化祭出るなら、ひとりと一緒に出ようと思ってるんですけど、ひとり借りる事って出来ますか?」

 

「えっ!? ……ああ! そうなの? うんうん、全然大丈夫! じゃあリョウと喜多ちゃんも一緒に貸した方がいい?」

 

「いえ、ひとりだけで大丈夫です。ベーシストは一応当てがあるんで」

 

「えっ!? そうなの? もしかして学校の友達とか?」

 

「いえ廣井さんです」

 

 その名前を出した瞬間、場の空気が凍った。

 

 皆一様に心配そうな顔を向けて来る。店長なんかあからさまに怪訝な顔をしている。

 

「え……もしかして太郎君、あいつになんか弱みを握られてるとか……?」

 

「えぇ……なんでそんな物騒な話になるんですか……違いますよ。大丈夫です」

 

「太郎君……何かあったら相談に乗るから何でも言ってね!」

 

「いや! だから大丈夫ですって!」

 

 どうしようもない位信頼が無い廣井さんのせいで、店長と虹夏先輩に凄く心配されてしまった。

 

 だが確かにあの酔っ払いを高校のステージに立たせるのはマズイ気もする……まさか酒ぶっかけたりしないよな? ちくしょう……もう少し廣井さんがまともならこんな心配しなくて済むのに……でもぼっちズにはあの人が必要なんだよ……

 

 俺が皆に慰められていると、いつの間にか元に戻ったリョウ先輩がなにやら真剣な表情でこちらを見ていた。

 

「リョウ先輩どうしました?」

 

「…………いや、もし太郎も文化祭ステージ出るなら楽しみにしてる」

 

「まぁ、出るかどうかはひとり次第ですけど、頑張りますよ」

 

 俺の言葉に頷いたリョウ先輩は、それきり興味を無くしたように黙ってしまった。

 

 結局ひとりの悔いが残らない様にするのが良い、という事でこの話はおしまいになった。

 

 

 

 

 翌日の通学途中に、俺はひとりに文化祭ステージをどうするかの結論を聞いてみる事にした。

 

「すみません……昨日は行けそうな気がしたんだけど無理です……でも皆も私が悔い無い方にって言ってくれたし、大失敗したら高校生活耐えられる気がしないし……ライブハウスでの演奏もガチガチだし文化祭ステージなんて……」

 

「うわ凄い喋る」

 

 流暢につらつらと言い訳を重ねるひとりに俺は驚いたが、ひとりは畳みかけるように話し続けた。

 

「やっぱり私は売れて人気になった時に、「まさかあの後藤さんが!?」とか「サイン貰っとけばよかった~!」とか、そういう路線を目指すよ! はぁ~……目指す道がはっきりして悩みも解消されたよ」

 

「……そっか」

 

 一息に話し終えたひとりは、すっきりとした表情でこちらを見て来たので、それがひとりの決断なら俺が言う事は何もなかった。

 

 あれだけ早口でまくし立てるのを見るとまだ思うところがありそうな感じはするが、これ以上追求するのも酷な気がした。文化祭はまた来年だってあるのだ。

 

 そう思っていたのだが、学校に着いてから事態は急変した。

 

「後藤さん! 山田君! おはよう!」

 

 教室へ向かって二人で歩いていると喜多さんに声を掛けられたので、俺達は挨拶を返した。

 

 喜多さんは昨日保健室で俺達と別れた後、ひとりの体調が気になって保健室へ戻ったらしい。

 

 それを聞いたひとりが申し訳なさそうに謝っていたが、なんだか俺も申し訳ない気分だ。そういう事ならロインにでも連絡をくれれば良かったのに、なんて思っていたら喜多さんからとんでもない発言が飛び出した。

 

「あ、あと出しておいたからね」

 

「「えっ」」

 

 俺達二人から間抜けな声が漏れた。そんな俺達の間抜け面など気にする事無く、喜多さんは楽しそうに続けた。

 

「文化祭の個人ステージ。結束バンドで出場するのよね!」

 

「あぇ?」

 

 ひとりは今度こそ驚き過ぎて、前衛美術の絵画の様な顔になった。

 

「もうすっごく楽しみ! 保健室のゴミ箱に間違って入っちゃってたの! 危なかったね!」

 

 喜多さんは笑顔でとても待ちきれないといった様子で話している。余程文化祭のステージに出るのが楽しみなのだろう。こういうのを見ると喜多さんが陽キャなのを再確認させられる。

 

「えっ!? ちょ……喜多さんアレ出したんですか? え? ちょっと待って下さい。あの用紙って締め切りいつでしたっけ? まだ間に合いますよね?」

 

「え? ええ。まだ間に合うと思うけど……」

 

 あまりの急展開に、俺は慌てて鞄をひっくり返してぼっちズの出演用紙を探し出すと、崩れた顔のまま気を失ったひとりを喜多さんに任せて、生徒会室前まで用紙を提出する為に走る事になった。まさかこんな事でひとりとの初文化祭ライブがお流れになっては笑えない。

 

 なんとか用紙を提出した俺は一安心したのだが、文化祭ライブを不参加と決断したのに、不意打ちで参加が決まったひとりは、あまりのショックに放課後になってもまともに話す事すら出来なかったので、仕方なくそのままSTARRYへと連れて行く事になった。

 

「それでずっとこんな感じなんだ……」

 

 STARRYに置いてあった棺桶のインテリアにひとりを押し込んで寝かせていると、説明を聞いた虹夏先輩が呟いた。

 

 リョウ先輩から今からでも参加を取りやめてはどうかと助言があったが、喜多さん曰く一度提出すると取り消せないらしい。

 

 一向に目を覚まさないひとりに皆で困っていると、STARRYの扉が開き、聞きなれた声が聞こえて来た。

 

「やっほ~~。タダ酒飲まして~~」

 

「飲ませるか消えろ」

 

 一升瓶を抱えて入って来た廣井さんは、店長の辛辣な物言いにも大して堪えた様子も無く虹夏先輩へと抱き着いて店長への愚痴を言っていたが、その虹夏先輩にも邪険にあしらわれて今度は俺に抱き着いて絡んできた。

 

「はぁ~……やっぱり私の事を大事にしてくれるのは太郎君だけだよ……太郎君が二十歳(ハタチ)になったら一緒にお酒飲もうね~太郎君の奢りで」

 

 くそう……また嫌な予約が入ってしまった。まぁそれは別に構わないけど、俺が二十歳になるまで廣井さんが生きてるか不安ですよ。

 

 俺が前の二人程邪険に扱わなかった事に満足したのか、棺桶に入ったひとりを見つけた廣井さんは不思議そうにひとりに声をかけた。

 

「ぼっちちゃ~ん……どうした? 何か心配事?」

 

「文化祭のステージに私が勝手に申し込んでしまって……」

 

 喜多さんの説明を聞いた廣井さんは、ひとり達が文化祭のステージでライブをする事をとても楽しそうに喜んでいた。

 

 すると今まで静かに横になっていたひとりが、ゆっくりと勢いも付けず、全くブレる事無く上半身を起き上がらせたのを見て俺は目を丸くした。

 

 ふとした時に思うのだが、こいつ体幹強すぎるだろ……ツイスターとかでも平気でブリッジしたりするし、もしかして俺より筋力あるんじゃないか……? 

 

 起き上がったひとりは廣井さんに文化祭ステージがいかに不安であるかを打ち明けていたが、ひとりの話を聞き終わった廣井さんはスカジャンのポケットから一枚のチケットを取り出した。

 

「ぼっちちゃんこれ上げる。今日私のバンドライブすんの~、良かったら見に来なよ~」

 

「えっ!? いいんですか!?」

 

 廣井さんから何か貰える事にひとりが大層驚いていたが、廣井さんは気にする事無くポケットからさらにチケットを取り出すと、虹夏先輩達にも配り出した。

 

「はい、太郎君も」

 

 前回もタダでライブを見せて貰ったのに、今回もまた奢られるのは非常に悪い気がしたので俺がチケット代を支払おうと財布を取り出すと、虹夏先輩と喜多さんも財布を取り出し始めた。

 

「いいよぉ、あげるあげる」

 

 廣井さんは俺達の仕草を見てそう言い放った。曰く自分は高校生から金を巻き上げる貧乏バンドマンではない。チケットノルマは余裕だし、物販でも稼いでいる。と語っている。

 

「こう見えても私、インディーズでは結構人気バンドなんだよぉ。ねっ」

 

 そう言って俺とリョウ先輩を見て来たので、俺達は頷いた。

 

 虹夏先輩や喜多さんはどうにも信用していないようだが、残念? ながらそれは事実だ。俺が見たライブでも五百人位入っていたみたいだし、なんといっても俺も物販を購入した一人だ。

 

「……じゃあなんでいつも安酒ばっかり? それにシャワーもウチで借りてくし……」

 

「家賃払え」

 

 しかし俺とリョウ先輩の援護も空しく虹夏先輩と店長に詰め寄られた廣井さんは、苦笑しながら現在の貧乏生活の実態を白状した。

 

「泥酔状態でライブするから毎回機材ブッ壊して、全部その弁償に消えてるの……」

 

 廣井さんの告白を聞いた俺はSIDEROS試験の際に大槻さんが予約したスタジオへ向かう時に、付いて来た廣井さんが言った言葉を思い出して肝を冷やした。あの時は誇張か何かだと思っていたが、まさか本当にぶっ壊していたとは……そりゃ吉田店長もスタジオ貸してくれねーわ。

 

 廣井さんは嫌な事を忘れるかのように、持っていた酒の一升瓶をラッパ飲みすると深く息を吐いた。

 

「て言うか禁酒しろよ。ライブ活動する前は全然飲んで無かったろ。体壊すぞ」

 

「えっ、そうなんですか? うわぁ想像つかないですね。泥酔してない廣井さんってどんな感じだったんですか?」

 

 珍しく優し気に廣井さんの体を労わっていた店長の言葉に、俺は驚いて聞き返した。他の皆も同じ感想らしく興味津々の様子で店長の返答を待っている。

 

「昔のこいつ? そうだな……実はこいつ昔は……」

 

「まあそんな事はどうでもいいじゃん! みんな新宿にレッツゴー!」

 

 店長の言葉を遮るように廣井さんは大きな声を上げた。どうやらあまり触れて欲しくない過去のようだ。

 

 廣井さんはそのまま立ち上がり千鳥足で歩き始めたので、仕方なく肩を貸してやることにした。おっとSTARRYを出る前に、廣井さんが粗相をした時用のビニール袋を店長に貰っていかないとな。

 

 道中リョウ先輩がSICKHACKのライブがタダで見れる事に感動していたが、正直俺はチケット代を払いたかった。別に廣井さんを助ける為とかでは無く、このまま奢られ続けるとなんだか怖い事になりそうな気配がビンビンしているので、これが気のせいであることを祈るばかりだ。

 

「ねぇ太郎君。お姉さんってどんな音楽してるの?」

 

 ひとりが俺だけに聞こえる位の小声で話しかけて来たので俺は少し考えてから、「なんかウネウネした感じの奴」と答えておいた。俺の説明に要領を得なかったのかひとりは困った顔をしていたが、まあ聞いてのお楽しみって事で。

 

「ここがぁ、私のホーム新宿FOLTでーす! さぁ入って入ってー」

 

 途中新宿駅の人の多さに怯んだひとりを励ましながらなんとかFOLTへと辿り着くと、廣井さんは俺の肩から離れて皆を先導しながら中へと入って行った。

 

 やはりFOLTの雰囲気は少し怖い様で喜多さんやひとりが不安そうにしていたが、虹夏先輩の「ウチと変わらないよ」との言葉に少し安心したようだった。

 

「あっ」

 

 歩きながらふと横を見たひとりの動きに釣られて、そちらに視線を向けた俺は思わず声を漏らしてしまった。

 

 そこにはテーブルに両肘をついてこちらを睨むように見つめる大槻さんがいた。

 

 顔を向けた事で向こうも俺に気付いたのか僅かに嬉しそうに表情を緩めたかと思うと、慌てた様子ですぐにまた先程と同じようなムスッとした表情に戻ってしまった。

 

 大槻さんに睨まれて怯えてしまったひとりを安心させる為に話しかけようかとも考えたが、テーブルの両脇に女性が二人座っていたので俺は会釈だけして通り過ぎる事にした。陰キャは友人の友人がいると話しかけられないのだ。

 

「銀ちゃーん、おはよー」

 

「あぁ……?」

 

 廣井さんの挨拶に、奥でお金を数えていた吉田店長がこちらを見た。その眼力とドスの聞いた低い声に虹夏先輩がぷるぷるの涙目になってしまったのを見て、吉田店長は訝し気にこちらを眺めている。

 

「この人、店長の銀ちゃんねー」

 

「あっお久しぶりです。山田です」

 

「! あらぁ~! 山田君じゃない。ひさしぶり~」

 

 こちらを訝しんでいた吉田店長と目が合ったのでとりあえず挨拶しておいた。すると向こうもこちらを覚えていてくれたみたいで、両手を振って笑顔で返してくれた。

 

 廣井さんの紹介に加えて俺という顔見知りがいたお蔭か、吉田店長は先程の怖い雰囲気を霧散させて乙女モード全開で自己紹介を始めたが、見た目とのギャップに結束バンドのメンバーは目を丸くして自己紹介を聞いていた。

 

 そんな時、少し怒気を含んだように廣井さんを呼ぶ声が後ろから聞こえて来た。

 

 皆で振り返るとSICKHACKメンバーである志麻さんとイライザさんがこちらへと歩いてきた。

 

「あれ? 山田君。もしかしてまた廣井を連れてきてくれたんですか? おい廣井、あんまり迷惑かけるなよ。あと遅刻するな」

 

「太郎! Thanks! でももうリハーサル終わっちゃいましたヨ!」

 

「いえ今日は……まぁ連れては来たんですけど……なんかすみません」

 

 志麻さんとイライザさんに詰め寄られた廣井さんは、悪びれた様子も無く一升瓶片手に軽く謝るだけだった。

 

 その後、自己紹介と最近の廣井さんの迷惑料という事で虹夏先輩に紙袋を渡した志麻さん達は、ライブの準備という事で奥に引っ込んでいったが、その間際俺は廣井さんに呼び止められた。

 

「あっ! 太郎君は私の目の前の最前列に陣取っといてね~」

 

 廣井さんの目の前なんぞ何が降って来るか分からなくて恐ろしいのだが、ご指名された以上仕方ない。できれば志麻さんのドラムが見たいのだが……

 

 期待三割、渋々七割くらいの気持ちでひとり達と別れて、廣井さんが出て来るであろう場所の目の前に陣取った俺は急に横から声が掛けられた。

 

「ちょっと山田太郎。なんでさっき無視したのよ!」

 

「うわびっくりした! ……なんだ大槻さんじゃないですか。今日は廣井さんのライブ見に来たんですか?」

 

 隣を見れば睨むような視線を向けてくる大槻さんがいた。正直急にデカい声で呼びかけるのはやめて欲しい。陰キャは急なでかい音が苦手なんだよ。

 

「まぁそうだけど……それよりさっきの……」

 

「ああ、すみません。さっきは同じテーブルに女性が二人いたんで、お友だちかバンドメンバーだと思って声が掛けられなかったんですよ」

 

 俺がそう言うと、大槻さんは考えこむように眉間にしわを寄せた。

 

「なんだったらそっちから声掛けて下さいよ」

 

 大槻さんはたじろぎながらもさらに深く眉間にしわを寄せた。文句は言いたいが、正論パンチに手が出せないような表情だった。

 

 大槻さんは気持ちを仕切り直すように一度自分のツインテールの片方を手で払うような仕草をみせると、あからさまに話題を変えて来た。

 

「そ、それにしても意外ね。あなたドラムでしょ? それなら志麻さんを見た方がいいんじゃない?」

 

「いや……実は廣井さんのご指名でして……」

 

 俺がなりゆきを説明しようとすると、照明が落ちた。

 

 ゆっくりと舞台の幕が上がっていくと観客の熱気も最高潮になり、皆口々にSICKHACKメンバーの名前を叫んでいたので、俺も波に乗る事にした。

 

「うおおお! 廣井最強! 廣井最強!」

 

「何よその掛け声……」

 

 隣の大槻さんが困惑気味に聞いてきたが、細けぇことはいいんだよ。こういうのは勢いが大事なんだよ勢いが! 

 

 幕が上がり切ると、場所は合っていたようで目の前には廣井さんが居た。

 

 廣井さんは俺の叫び声で俺の場所を確認したのかこちらにチラリと目線を向けると、不気味な笑みをこぼした。

 

 演奏が終わると、マイクパフォーマンスだろうか? 廣井さんはマイクを持ってステージの前へと歩き出すと、そのままステージの端から空中を歩くかのように足を大きく踏み出して――

 

「ちょっと廣井さん! 下着が見え――って痛ってぇ!」

 

 躊躇なく下駄で俺の顔面を踏みつけた。

 

「新宿ありがとう! カス共最高!!」

 

 最高!! じゃねえよ! 痛ってぇわコレ。普通のスニーカーとかの平らな靴底ならまだしも下駄はイカンでしょ。リョウ先輩はこれに耐えたのか……

 

 しかし何故最前列に来いと言っていたのか疑問だったが、そういえば顔面を踏まれる約束をしていたな。完全に失念していた。

 

 幸いあまり体重を乗せていないのでまだ我慢できるが、このまま逃げれば廣井さんがバランスを崩してステージの下に落下してしまうので、まさか逃げる訳にはいかない。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

 

「え、ええ。まぁなんとか……痛たた、ちょっと廣井さん! 下駄を動かさないで……おいやめろ!」

 

 隣にいた大槻さんが心配そうに聞いてきたが、無理ですって言う訳にもいかないのでなんとか我慢していると、急に顔面を踏み込むような痛さが襲ってきた。

 

「痛っ……」

 

 しかし次の瞬間、急に顔面の痛みが消失した事を不思議に思い目を開けると、観客に身を委ねるように飛び込んできた廣井さんの背中が写った。

 

「ちょ……!」

 

 慌てて受け止めようと手を上げると、四方から同じように手が伸びてきて廣井さんの体を受け止めた。そのまま観客の手に運ばれるようにして廣井さんの体は会場を一周してからステージへと戻って来た。

 

「あなた姐さんのライブ見た事あるんじゃないの?」

 

 俺の醜態に大槻さんは困ったように話しかけて来た。

 

「いや……確かに二回目なんですけど、前回はもうちょっと大人しかったもんで……」

 

 大槻さんの口ぶりからして、これがデフォルトなのかね? だとしたら今度からはもうちょっと後ろで見るようにしようかな……

 

 ライブが終わったのでひとり達と合流しようと思い大槻さんに一言声を掛けると、大槻さんに引き留められた。

 

「今度SIDEROSのライブも見に来なさい。そういえば、まだあなたに私の実力を見せてなかったから……」

 

「……じゃあライブの日程決まったら連絡下さい。ああ、それと俺も高校の文化祭でライブするんで、もし良かったら見に来てください」

 

 他人には試験までしたのに自分の演奏を見せていなかった事に思うところがあったのか、気まずそうにそう言ってきたので、俺は自分の文化祭へと招待すると今度こそ本当に大槻さんの元を離れる事にした。

 

 

 

「ようひとり、ライブどうだったよ?」

 

「うっうん。お姉さん凄い恰好良か……ってどうしたの太郎君!? 顔に赤い線が……」

 

「えっ? マジで? さっき廣井さんに下駄で踏まれたからそれかもな……」

 

 ひとり達と合流してFOLTの控え室でライブの感想など話ていると、タオルで汗を拭きながら廣井さんがやってきた。

 

「どうだった~私のライブ」

 

「めっちゃ痛かったです!」

 

「あっはは~……まあそれはね……私に踏んで貰えるなんてレアなんだぞ!」

 

 俺が顔を踏まれた痕をアピールしながらやんわりと抗議すると、廣井さんは苦笑しながら答えたが、最後は開き直ったようにヤケクソに笑った。

 

 下着がモロ見えだったのは言わない事にした。どう考えても完全に藪蛇だからだ。なにせ周りは女性ばかりだ、そんな事を言えばどうなるか分かったものでは無い。ただ、分かってやっているのならいいが、知らずにやっているのなら機会があれば伝えた方がいいのだろうか? ……何故俺がこんな事に気を揉まなければいけないのだ……

 

 廣井さんがなんとなく元気が無さそうなひとりの隣に座ってライブの感想を聞くと、ひとりは遠慮がちに話し始めた。

 

 ライブは最高だったが、自分には自信が持てないと語ったひとりの話を聞いた廣井さんはポツリポツリと自分の過去を話し始めた。

 

「私って実はさ、高校まで教室の隅でじっとしている根暗ちゃんだったんだよ」

 

 えぇ……そうだったんですか? お酒の力って怖ぇ……なんて茶化すような真似はしない。なんか真面目な話だから。でもそうか、だから廣井さんはあの路上ライブの時ぼっちズ(・・・・)を否定せずに入ってくれたのか。

 

 しかし廣井さんの話を聞くと余計に思ってしまう。かぁ~酒飲んでない頃の廣井さんに会ってみてぇ~! 酒を飲んだからこそ今の廣井さんがあるのは分かるけど、やっぱ見てみてぇ~! きっと凄ぇ美少女だった(・・・)んなんだろうなぁ~! かぁ~! 

 

 なんて事を考えていた罰が当たったんだろうか、立ち上がってひとりの話を聞いていた廣井さんをひとりが文化祭ライブに誘うと、嬉しかったのか廣井さんは壁に向かっておもむろに右腕を振りかぶった。

 

「いえ~い、その意気……」

 

 瞬間――俺の第六感に物凄いアラート音が鳴り響いて、これまでの廣井さんの発言が駆け巡った。

 

『多分また機材ぶっ壊されるって思ったんじゃない?』『毎回機材ブッ壊して、全部その弁償に消えてんの……』

 

「ぬわああ!! ちょっ、ちょっと待って下さい!!」

 

 突然立ち上がって廣井さんへと抱き着いた俺にその場の全員が驚いた。しかしそんな事には構っていられない。まずはこいつを何とかしないと。

 

「ええ……何なに急に……太郎君恥ずかしいよ……」

 

 いじらしく下を向きながら身をよじらせている廣井さんに、俺は悲痛な叫びを上げた。

 

「おいアンタ! 今何しようとした! 今すぐその右腕を下げろ! now! ハリー!」

 

 俺の必死の形相に廣井さんが不思議そうに右腕を降ろすと、一拍遅れて扉から吉田店長が顔を覗かせた。

 

「あら? 珍しく廣井ちゃん何にも壊して無いのね。良かったわぁ~、私も心が痛んでたのよ~」

 

 吉田店長の言葉に俺は脱力しながら廣井さんから離れると、元の席に戻っていった。誰か廣井さんを止めてやれよ……なんで俺がこんな心労を……もう廣井さんのお世話やーやーなの! 

 

 結束バンドの面々はこれからファミレスで文化祭ライブの相談をするらしいが、俺は廣井さんに頼みごとがあるので先に行ってて欲しいとお願いして一人残ると、廣井さんに話しかけた。

 

「すみません廣井さん。実は俺もぼっちズとして文化祭ライブ出ようと思ったんですけど、廣井さんベース&ボーカルとして一緒に出てくれませんか?」

 

「えっ!? 太郎こんなの出すんですカ!?」

 

「うっ……そ、そうです……ってこんなのって……」

 

 イライザさんの驚きは尤もだが、先程の廣井さんの昔話を聞くと尚更この人しかいないのだ。

 

「私は良いよー。曲はどうすんの?」

 

「ひとり達は結束バンドのオリジナルで行くみたいですけど、俺達は適当に今演奏できるコピーですね。今回は記念出演みたいなもんですし」

 

 俺が適当に最近流行した曲を挙げて廣井さんの様子を伺うと、イライザさんが声を上げた。

 

「! ズルイ! 私もソレやりたいです!」

 

 恐らく今俺が挙げた曲の中にあった、最近大流行したアニメの主題歌に食いついたのだろう。ズルイズルイと騒いでいる。

 

「それに私もjapanese High Schoolのブンカサイに行ってみたいです!」

 

「いやまぁ来るのは別にいいんですけど、予定とか大丈夫ですか?」

 

 俺が文化祭の日程を伝えると、イライザさんは見る見る涙目になってしまった。恐らく用事が入っているのだろう。

 

 イライザさんを慰めている廣井さんを見ながら、段々事態がややこしくなってきたのを感じた俺は、そろそろ退散しようと思い話をまとめに入った。

 

「じゃあ廣井さん、詳しい事は連絡するんで。俺はこれで……」

 

「ちょっといいですか山田君」

 

 お暇しようとした俺を、志麻さんが呼び止めた。

 

「……実は廣井から話は聞いていたんです。それで今日まで考えていたんですけど……」

 

 いまいち要領を得ない言い回しに、志麻さんの言葉の続きを待っていると、志麻さんの口から耳を疑うような提案が飛び出した。

 

 

 

 

 

「山田君。掛け持ち、という事になりますが……廣井と正式にバンドを組んでみる気はありませんか?」




多分期待してくれている人が居るかもしれないので先に言っておくと、主人公は文化祭ライブで演奏しません。

文化祭ラストは第一話書いた辺りから考えていたのでちょっと申し訳ないけど勘弁してね。

文化祭編終わってからがBand of Bocchisの本格始動の予定です。


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014 daybreak falls for me.(私に朝が降る)

 正直第一話の最後で風邪を引いた主人公の看病の為にさっさと帰って虹夏と会わなかった世界線の後藤ひとりの方が良かったんじゃないかと思い始めている。

でもこのまま続けます。


 文化祭一日目。無事完成したクラスの展示物を設置し終えた事で、俺のクラスは各自自由行動という事になった。

 

 特に文化祭の仕事も無い俺は、人気のない校舎の一角に座り込むと、プラスチックのゴミ箱をひっくり返して持って来たスティックでドラム代わりに叩きながら、SICKHACKのライブ後に言われた志麻さんの言葉を思い出していた。

 

 

 

 

 

「正式に廣井さんとバンド……ですか?」

 

 俺の言葉に志麻さんは一つ頷いた。

 

「少し前に廣井から聞いたんです、面白い奴がいて、育ててみたいって。それでそいつと将来バンド組むんだって楽しそうに話してましたよ」

 

「ちょ、ちょっと志麻~」

 

 廣井さんは酒のせいなのか照れているのか、顔を赤くしながら両手を前に出してわたわたと動かしている。

 

「別に、その時に提案しても良かったんです。でも廣井の事だから、バンドの掛け持ちなんてしたらどちらにも迷惑をかけると思って黙っていたんです」

 

 廣井さんは志麻さんからの自分の評価を聞いて困ったように笑っていた。しかし志麻さんはそんな廣井さんを見て小さく微笑んだ。

 

「でも、今日見ていて思いました。結束バンドや君と関わる事で廣井に良い影響があるんじゃないかと。知ってますか? 廣井の奴、最近少しだけですがお酒の量が減ってるんですよ」

 

「えっ!?」

 

 俺は驚いて廣井さんを見ると、廣井さんはくすぐったそうに笑いながら後頭部を掻いていた。

 

「そういうことで……どうでしょう? 勿論こちらがメインで、そちらがサブ、という扱いになってしまうんですが……」

 

 俺は少し考えこんだ。志麻さんの言葉に、では無い。志麻さんからの申し出はそれはありがたいものだ。メンバーの見つからない俺に、一流のベーシストを貸し出してくれるのだから、サブ扱いだろうと文句など何も無い。

 

 ならば何に悩んだかというと、メインとサブの扱いの差についてだ。

 

「廣井さんに入ってもらえるなら、サブ扱いは全く問題ありません。むしろそちらに迷惑を掛けない様にもう少し強く縛っておきましょう」

 

 万が一にもメインバンドであるSICKHACKに迷惑をかける訳にはいかないと思った俺は、少し悩んだ末に志麻さんに提案した。

 

「そうですね……じゃあ条件は一点だけ。メインバンドを全てにおいて優先する事。たとえ後からメインバンドの予定が入ってブッキングした場合でもメインバンド優先です」

 

 俺の提案に志麻さんが眉をよせた。これはある意味ではスケジュール管理能力が無いと言われていると受け取られかねない提案だが。もちろんそんな意味では無い。

 

 SICKHACK程の実力なら突然のオファーの可能性は十分にあるだろう。そんな時にサブバンドの予定を優先するわけにはいかないのだ。

 

「この条件を破ったらサブバンド解散ってのでどうでしょう?」

 

「……こちらとしてはそれで問題ありません。普通にしていれば問題無いものですから」

 

 志麻さんは難しそうだった表情を崩すと、いつものポーカーフェイスに戻っていた。

 

「でもさぁ……ぼっちちゃんも同じ条件で誘うんでしょ? こっちの練習時間とか大丈夫なの?」

 

 心配そうに聞いて来た廣井さんの疑問を聞いて、俺は右手で口を押えながらぼんやりと考えた。

 

 確かにSICKHACKと結束バンド、それぞれの予定を優先すると、皆で集まっての練習など難しいかも知れない。そもそも時間もそうだが、お金の方も問題だ。

 

 俺はサブ(メイン)しか持ってないが、ひとりと廣井さんは掛け持ちなので当然倍のお金が必要になる。ライブをするならチケットノルマ代だって二倍だし、練習するならスタジオ代だってかかるのだ。廣井さんはどうにかなるかも知れないが、ひとりには相当の負担だろう。

 

 ただまぁこのバンドは俺の我儘バンドなので、最悪チケットノルマは全額俺が払ってもいい。月一回ライブをするとしてもSTARRYでのバイト代でとりあえずは何とかなる……かな? 後で店長にシフト増やして貰えるよう頼んでみるか……

 

「逆に考えましょう廣井さん。合わせの練習なんてしなくていいんだ。って」

 

 俺のあまりの楽観的な態度や意味不明の結論に、廣井さんが怪訝な顔をした。おっレアな表情。だから俺はドヤ顔で答えてやるのだ。

 

「別にいい加減にバンド活動しようって訳じゃ無いんです。廣井さん……俺達はぼっち(・・・)ズですよ? どこまで行っても()の集まりなんです。それならば(・・・・・)……いっそ徹底的に個を磨いて行きましょう」

 

 合わせの練習が出来ないんなら、個人の技量を上げて演奏した結果勝手に息が合うんだよ! という馬鹿みたいな解決方法だ。実現できるかは別として……だがなにより、俺はこのてんでバラバラな寄せ集めバンドを弱点(・・)ではなく武器(・・)だと思っているのだ。

 

「格好良く言うなら『我々の間にチームプレイなどという都合のよい言い訳は存在せん。あるとすればスタンドプレイから生じるチームワークだけだ』ってやつですね」

 

「Oh! S.A.C(スタンド・アローン・コンプレックス)の名言ですネ! ハイハイ! 私も入りたいです!」

 

「いや駄目ですよ……イライザさんぼっちじゃないでしょう……それにイライザさんが入ったらSICKHACK濃度が五十パーセントになっちゃうじゃないですか……」

 

 

 

 

 

「結局あの後イライザさんを抑えるのでグダグダになってしまったが、あれで良かったんだろうか……」

 

 ドラム代わりにゴミ箱を叩いていた手を止めて、俺は顔を上げた。

 

 文化祭の為かいつも弁当を食べている謎スペースも中々に騒がしいので、変わりの静かな場所を探して辿り着いたが、ここは良く言えば静かで落ち着く、悪く言えば日当たりが悪くてじめっとしている場所である。

 

 中学の時はひとりと一緒に学校の隅で文化祭をやり過ごしたが、今年はクラスの出し物のメイド喫茶に、ひとりもメイドとして駆り出されるらしいので、俺一人で過ごす事になりそうだ。

 

 メイド服のひとりに興味もあるので、あとで様子を見に行こうかな、なんて考えながらぼーっとしていると、不意に背後にある扉が開いたので俺は驚いて振り返った。

 

「えっ!? あっ! す、すすすすみません! おっお邪魔しました!」

 

「おいひとり、俺だよ俺」

 

「えっ……あっ……何だ太郎君か……良かったぁ」

 

 こんな場所に人が居ると思わなかったのだろうひとりは、人影を見つけて慌てて踵を返して逃げようとしたが、俺だと分かると扉を閉めて胸を撫で下ろしていた。

 

「おっ! なんか可愛らしい恰好してるな。それがお前のクラスの出し物のメイド服か? 写真撮って良い?」

 

「えっ!? う、うん。そうなんだけど……って、しゃ、写真はちょっと……」

 

「まぁまぁそう言わずに。あ、こっちに目線くださーい」

 

 恥ずかしいのか顔を赤くしながらあわあわしているひとりに、グラビア撮影よろしく声を掛けながらスマホを向けて写真を撮った。今度おじさん達やふたりちゃんにも見せてやろう。っていうかひとり、手の平で目を隠すな、撮った写真が余計卑猥な感じになってるぞ……

 

 ひとしきり写真を撮って、スマホの後藤ひとりフォルダが潤った事に満足した俺は、先ほどから気になっていた事を尋ねる事にした。

 

「そういえばお前なんでこんな所に来たんだ? もしかして逃げて来たんじゃ無いだろうな……」

 

 俺の指摘にひとりは肩をビクリと震わせると、膝を抱えて横になってしまった。

 

「だ、だって……私がメイドなんて……恥ずかしすぎる……」

 

「そうかぁ? 結構可愛いと思うけど……」

 

 スマホで先程撮った写真を見ながら率直な感想を言うと、ひとりは急に起き上がった。

 

「!! たっ太郎君は……! いつもそんな事言ってるから信用できないし……」

 

「まぁなんでもいいけど、適当な所で戻ってあんまりクラスの連中に迷惑かけんなよ」

 

 俺が一応忠告しておくと、ひとりは肩を落として小さく返事をすると俺の隣に腰を落とした。こいつ全然戻る気ねぇな……

 

 隣に座ったひとりがポケットから取り出したスマホの画面をみて微笑みだしたので、横から画面を覗き見ると、自分の投稿動画に付いているコメントを見て癒されているようだった。

 

「そういえばひとり、お前最近演奏動画上げて無くないか?」

 

「えっ? う、うん……最近バンドの練習とか忙しくてちょっと…………ん?」

 

 画面を見ていたひとりが急に震え出したのでもう少し顔を近づけて画面を見ると、そこにはguitarheroの動画を賞賛するコメントに紛れてチラホラと『失踪した?』とか『チャンネル登録外そうかな……』とか、酷い物だと『〇んだか~』などのコメントが書き込まれていた。

 

「……最後に動画上げたのって何時だ?」

 

「えっ、えっと……たっ確かバンド入る前だから……多分……は……半年前……」

 

「あっ……」

 

「はっ早く何か上げなきゃ……! っていうか太郎君は!?」

 

「俺はちゃんと定期的に上げてたぞ。アー写撮影の前とか、夏休みとか」

 

「! な、なんで教えてくれなかったの!?」

 

「いやなんでって、お前今自分で忙しかったって……」

 

「ほらいましたよ後藤さん。それに山田君も」

 

 後ろの扉から聞こえて来た話し声に俺達は慌てて振り向くと、何となくくたびれた様子の喜多さん達三人がこちらを見ながら立っていた。

 

「ゴミ箱とかタンクの中、探した甲斐がありましたね」

 

「ぼっちちゃん、クラスの子心配してたよ……それにしてもぼっちちゃんも大きい声出すんだね」

 

「私も驚いた……修羅場?」

 

「いや違いますよ……ほらひとり、そろそろ戻ろうぜ」

 

「はいはい、山田君も一緒にいくわよ」

 

 普段出さない大きな声を聞かれて恥ずかしがっているひとりに戻るよう促すと、呆れたように喜多さんが俺の腕を掴んで引っ張ってきたので、俺はドラムスティックを鞄に仕舞うとひとりと共にゆっくりと立ち上がった。

 

「……郁代だけに?」

 

「~~~~もう! 違うわよ!」

 

 ちょっと冗談を言ってみたら喜多さんに肩パンされた。

 

 結束バンドの四人に後ろから付いて歩いていると、先頭の虹夏先輩が壁に貼ってある紙を見て何か見つけたのか立ち止まった。

 

「見て見て~、ほらココ! 私たちの名前乗ってる」

 

 虹夏先輩が写真を撮っている紙を見ると、二日目の体育館ステージの予定表だった。探してみると結束バンドの文字があり、その少し下にBandofBocchisと書かれている。

 

 いやしかし……なんか浮いてないかこのバンド名……もうちょっと何かなかったのか俺……

 

「それでぼっちちゃんと太郎君のバンドはどれ?」

 

 やはり聞かれてしまったか……出来ればこのままスルーして欲しかった。仕方がないので俺は正直にバンド名を伝えると、虹夏先輩は困ったように訊ねて来た。

 

「なんでこんな名前に……」

 

「虹夏、恐らくこれはBand of Gypsysから来ているものでそもそもGypsysの由来と言うのは……」

 

「じゃあどこから回ろっか?」

 

 急にシュバって来たリョウ先輩をスルーして、虹夏先輩がこの話は終わりだと言わんばかりの強い口調で言い切った。

 

 その後虹夏先輩たってのお願いにより、お化け屋敷やクレープ屋、縁日風屋台など回っていると、虹夏先輩が唐突に疑問をぶつけて来た。

 

「そう言えば太郎君のクラスは何やってるの?」

 

「俺のクラスですか? 確か……教室に色々設置して映え? 写真を撮る奴です……何かこう、遠近法を利用してやる奴」

 

「へぇー面白そう! 喜多ちゃんは?」

 

「私のクラスはモザイクアートです! みんなで写真を持ち寄って一つの絵を作ったんですよ! 私、沢山写真を提供しました!」

 

「あー……喜多ちゃんっぽいね。うん……じゃあ両方行ってみよう!」

 

 そう言った虹夏先輩が先導する形で俺達は俺のクラスで写真を撮ったり、喜多さんのクラスの作品を見て回った頃には、結構いい時間になってしまっていた。

 

「つっ次は何処行きます!?」

 

「いや、お前は流石にそろそろ戻らないとマズイだろ……」

 

 文化祭を友人と回れて楽しくなって来たのであろうひとりを窘めるように言うと、喜多さんも同意してくれたので、ひとりのクラスのメイド喫茶へ向かう事になった。

 

 メイド喫茶に到着してひとりをクラスに返した俺達四人は、そのままテーブル席に通されて椅子に腰を落とすと辺りを見渡した。

 

 女子は全員メイド服着用とは中々気合が入っている。ひとりも……まぁ気絶しているとは言え一応看板持ちとしては役割を果たしているのでようやっとる。

 

「……あっ、やばい」

 

 俺達がメニュー表を見ていると、突然リョウ先輩が廊下を見ながら物騒な事を言い始めた。見れば筋骨隆々の世紀末風貌のモヒカン男と、玉ねぎヘアの男が歩いてきた。

 

 男二人はひとりの前に立ち止まると、その大きな身を屈めながらひとりに絡み始めた。

 

「お嬢ちゃーん……看板持ちしてるくらいなら俺らと遊ばなーい?」

 

 うおお……すげぇ……ナンパだ。そしてひとりに目を付けるとは中々見る目があるじゃねーか、あのモヒカン野郎。

 

 俺がモヒカンのセンスに感心しながら見ていると、隣に座った喜多さんが袖を引っ張っている。恐らく助けに行け、と言う事だろう。勿論俺もいよいよとなったらそうするつもりだが、ひとりの様子を見ていると、どうにも雲行きがおかしい気がしたので少し見守る事にした。

 

 やがてひとりを見ながら震え始めた男二人は、そのまま土下座を始めた。心なしか先程より小さくなってしまった男二人は席に通されたものの、二人共俯いて静かになってしまった。ひとりが無事で良かったが、逆に一体何があったんだよ……

 

「ぼっちちゃーん。注文お願いしまーす」

 

 虹夏先輩に呼ばれて意識を取り戻したひとりが俺達のテーブルまでやって来ると、虹夏先輩と喜多さんはひとりのメイド服姿を褒めそやした。

 

 俺が文字通り後方腕組幼馴染面をしているとリョウ先輩がとんでもない事を言い出した。

 

「ビジュアル方面で売り出すのも有りか……MVはぼっちを水着にしよう」

 

「それならリョウ先輩もビジュアルバッチリですし、二人で水着なんてどうです!? ねぇ喜多さん」

 

「リョウ先輩の水着姿……! アリですね!」

 

「え? いや私は……」

 

 流石に水着は可哀想だったので、やんわりと釘を刺してみた。リョウ先輩は攻めるのは強そうだが、攻められると弱そうなのでこういうのは覿面に効きそうだ。

 

「もういっそガールズバンドなんだから皆で水着になれば……」

 

 気が付けばひとりが凄い目で俺を見ていた。やばい、これは踏み込み過ぎたか? こういうのは加減を間違えるとセクハラ糞野郎になってしまうので難しいのだ。もう遅いかもしれんが……

 

「さ、さぁて……何頼もうかなぁ~……」

 

 これ以上はまずいと感じ取った俺がわざとらしくメニューを広げると、他の三人もメニューを広げて選び始めた。

 

 しかしオムライスしか無いな……なんて思っていると、虹夏先輩も同じ事を思ったのかひとりに質問していた。どうやら名前が違うだけで中身は同じらしい。

 

 結局どれを選んでも同じ事が判明したので適当に注文したオムライスが届くと、虹夏先輩はメニュー表の端を指で叩きながら楽しそうにひとりに絡みはじめた。

 

「すみませ~ん。この~……美味しくなる呪文て奴。一つくださーい」

 

「あっじゃあ俺もオナシャス!」

 

「私も」

 

「皆、とっても楽しんでる……」

 

 俺達の悪ノリに喜多さんは呆れていたが、メニュー表に乗っている物を注文されては流石のひとりも逃げられないのか、物凄くどんよりした態度で両手でハートマークを作り、美味しくなる呪文を唱え始めた。

 

「あっふっふわふわぴゅあぴゅあみらくるきゅん……オムライス美味しくなれ……へっ」

 

 ひとりの手から紫色のドロドロとした何かが射出されてオムライスにぶっかけられた……気がした。おい今何を飛ばした……これ本当に食えるんだろうな……

 

 俺は若干不安を感じたが、意を決してオムライスを口に運んだ。

 

「むっ……! これは……得体の知れない物をかけられてどうかと思ったけど、ケチャップの甘酸っぱさと卵のまろやかさが口の中で溶けあう、これぞまさにTHE・オムライスといった味……!」

 

「…………えっ!?」

 

「いやなんで呪文を掛けたお前が驚いてんだよ……」

 

 紫の物体がぶっかけられた時はどうなる事かと思ったが、なかなかどうして普通のオムライスだった。惜しむらくは呪文前のオムライスを食べていないので比較が出来ず、呪文の効果が不明な事である。

 

「……パサついてる」

 

「あっ……冷凍食品なので」

 

「おい、それじゃさっきの俺が馬鹿みてーじゃねーか」

 

 虹夏先輩とリョウ先輩も同じ物を食べているはずなのに微妙な顔をしていた。じゃあ俺の食べたオムライスは何なんだよ……怖いよ。

 

「後藤さん! もっと愛情込めて唱えないと駄目よ」

 

 ひとりのやる気のない呪文に怒った喜多さんが立ち上がり、お手本とばかりに美味しくなる呪文を唱えると、オムライスに無数のハートが突き刺さるのを幻視した。これはこれで食べられるのか不安になる……

 

 喜多さんの愛情が込められたオムライスの味の違いが俺には良く分からなかったが、虹夏先輩とリョウ先輩は濃厚な食レポをしながらがっついていたので多分凄かったのだろう……

 

 喜多さんの素晴らしい呪文を目撃したひとりのクラスメイトが、喜多さんにメイドのヘルプを頼みに来ると、喜多さんは二つ返事で快諾してメイド服に着替えていた。

 

 喜多さんの提案で先輩方二人も思い出作りという事でメイド服に着替えると、ひとりのクラスメイトは大興奮の様子だった。

 

「いや、待ってください! 先輩はお姉さまスタイルで! いや……あえて男装スタイルってのも……!」

 

 リョウ先輩を着せ替え人形にして大興奮の喜多さんをボケっと見ていると、虹夏先輩がニンマリした顔でこちらを見て来た。

 

「着ませんよ」

 

「太郎君も……って早っ! いいじゃん、せっかく燕尾服もあるんだからさ!」

 

 先輩二人は他校の生徒だし、顔がいいからこういうのが許されるのだ。もし俺がここで調子に乗って「じゃあ俺も」なんて言い出したら、ひとりのクラスメイトに「いやお前誰だよ」と言われる事間違いない。そもそも他所のクラスの出し物の女子集団の仮装に、『他のクラス』の『男子』が『一人』で混じったら、クラスの人気者でもなければそれはヤバイ奴だろう。

 

「だからいくらお前がそんな恨めしそうな目で見ても着ないからな」

 

「うっ……」

 

 ひとりの視線は、自分の恥ずかしいメイド姿を見られたからお前も見せろと言う事なのだろうが、これは俺が恥ずかしいのを我慢すれば良いだけの問題ではないので、断固とした態度で断っておく。

 

 その後喜多さんや先輩達は、そのルックスや愛嬌や人当たりの良さを生かして接客や呼び込みを行うと、あっという間にオムライスが完売してしまう程の大盛況となり、ひとりのクラスは早々と一日目の出し物を閉める事になった。

 

 SOLDOUTの張り紙を出して店を閉めると、虹夏先輩が笑顔で服を渡して来た。

 

「何ですかコレ?」

 

「いやー、せっかくだからぼっちちゃんのクラスの子にちょっとお願いしてね」

 

 渡された服を見れば色合いから察するに先程リョウ先輩が着ていた燕尾服の様だった。ひとりのクラスは明日は執事喫茶らしいので、その衣装を借りて来たのだろう。

 

「……マジですか?」

 

「じゃあ、向こうで着替えてね」

 

 マジらしい。こうなるとサッとやってサッと終わるのが一番ダメージが少ないので、俺は虹夏先輩の指示通り更衣室でさっさと着替える事にした。

 

「着替えましたけど……」

 

「おー。結構いいじゃん」

 

「山田君一緒に写真撮りましょう!」

 

「太郎もてなせ」

 

 着替えた姿をお披露目すると三者三葉の反応が返って来た。俺の姿を見たひとりのクラスメイトから「……意外と……」とか「……案外……」とか聞こえて来るのは正直勘弁してほしい。微妙なのは俺が一番分かっているのだ。

 

 ひとりが自分のメイド姿に気持ち悪くなっていたのが今ではよく分かる。だが今更恥ずかしがるのは余計に恥ずかしいと思い、俺は開き直って執事に成り切る事にした。

 

「いかがでございましょうか、ひとりお嬢様。なんてな」

 

「えっあっうっ……いっ、良いんじゃない……かな……」

 

 それっぽい感じで恭しくお辞儀なんかしてみたが、やはり微妙なのかひとりの反応は芳しくなかった。うーん、顔がね……

 

 その後メイド服や執事服で一通り写真を撮った俺達は手早く着替えると、ひとりのクラスメイトにお礼を言って教室を後にした。

 

「あっ、最後にちょっといいですか?」

 

 喜多さんに誘われて連れてこられたのは体育館だった。明日の準備の為に少ないが未だ生徒が動き回っている。

 

「MAX千人ってところか……」

 

 体育館を見ながらリョウ先輩が呟いたが、あまり恐ろしい事を言わないで欲しい。大勢の前で演奏するのもそうだが、大勢の前に廣井さんを出すのも正直ドキドキしているのだ。

 

 明日立つ予定の体育館ステージを見た帰り際、虹夏先輩が思い出したように呟いた。

 

「そういえば太郎君の演奏って初めて聞くかも」

 

「あー……そういえばそうかもしれませんね」

 

「お互い頑張りましょうね。山田君」

 

 喜多さんの励ましに俺は曖昧な返事を返した。なにせサポートメンバーがあの廣井さんだ、明日は実力的にあの人が全部持って行ってしまうんじゃないかと思っている。

 

 それから結束バンドのメンバーは明日の文化祭ライブへ向けての最後のスタジオ練習の為に、俺はバイトの為にSTARRYへと向かった。

 

 スタジオ練習とバイトが終わったSTARRYからの帰り道、ひとりに明日のBocchisの演奏する曲を伝えると、この間のFOLTでの志麻さんとの話を伝えようか迷ったが、正直明日が大事な文化祭ステージ本番なので、これ以上ひとりの余計な心労を増やさない為にこんなややこしいバンドの話はまた今度伝える事にした。

 

 明日の演奏リストはひとりが弾ける曲から選んだし、俺はひとりにあまり気負い過ぎないように伝えると、ひとりと別れてそのまま家へと帰った。

 

 

 

 文化祭二日目。結束バンドのステージが近づく中、俺は校門でスマホを見ながら人を待っていた。

 

 どうやら大槻さんは俺のバンドの時間になったら来るとロインに連絡があった。出来れば結束バンドも見て貰いたかったが、まあ仕方ない。

 

「あっ! 太郎く~ん! やっほ~」

 

 声のした方を見れば、相変わらずへべれけな廣井さんと店長がこちらに歩いてきていた。廣井さんの背中には愛用のスーパーウルトラ酒呑童子EXが背負われている。

 

「店長、廣井さん、待ってましたよ……ってちょっと廣井さん……大丈夫なんですか……?」

 

「へーきへーき。見て見てこれ! 今日は晴れ舞台だからね~。ちょっといいお酒なんだ~」

 

 心配した俺に廣井さんはいつもの紙パック酒ではないワンカップ酒を見せて来たので、俺は真顔で店長見た。すると店長は無言で首を横に振った。

 

「まあ心配しないでいいよ、太郎君。客席での(・・)狼藉は私が止めるから」

 

 それは逆にステージ上での狼藉は止められないって事じゃないですか……

 

「ちょっとマジで頼みますよ廣井さん」

 

 俺は廣井さんに念押ししながら二人を体育館へと案内した。

 

 体育館では結束バンドの前のステージが丁度終わった所らしく、ペンライトを振って応援していた生徒達は、波が引くように最前列から引いて行ったので、俺達は入れ替わるように最前列へと移動した。

 

 客席から向かって右側。おそらくいつものライブの配置ならひとりが来るであろう位置の前に陣取った俺達は結束バンドの登場を待った。

 

「続いてのバンドは、結束バンドの皆さんです」

 

 アナウンスが響き幕が上がる。

 

 初めに上がったのはやはり喜多さんへの声援だった。流石に友人の多い陽キャ、喜多さんは沢山の黄色い声に手を振って答えている。

 

「お姉ちゃーん! がんばれー!」

 

「ひとりちゃーん!」

 

 俺も何か叫ぼうとした所、ひとりへの声援が聞こえて来た。この声はふたりちゃんだろう、確か今日おじさん達と来るって言ってたしな。もう一つは……誰だろう? 女の人みたいだが、もしかしていつもライブに来るひとりのファンの人だろうか? 

 

「ひとりー! ロックの申し子!! いや……お前がロックだ!!!」

 

「お~い! ぼっちちゃんがんばれぇ~! かっけぇ演奏頼むよ~! うええええっ~」

 

 負けじと俺と廣井さんがひとりへ声援を送ったが、何故かひとりはそっぽを向いた。

 

「おいひとりー! こっち見ろこっち!」

 

「ぼっちちゃんなんで無視すんの~!」

 

「お前らいい加減にしろ!」

 

 エキサイトしていた俺と廣井さん二人に店長が片腕ずつ俺達の首を絞めてきたので、思わず俺達は謝罪して店長の腕をタップした。

 

 店長の腕が首に回されたまま結束バンドの演奏がはじまったので、俺達は店長に肩を貸したまま演奏を聞く事にした。

 

 一曲目が終って、観客の反応はまずますだった。学外バンドのオリジナル曲でこの盛り上がりは凄いと思う反面、なんだか気になる事があった。

 

「なんか……ひとりの様子おかしくないですか?」

 

 虹夏先輩のMC中も廣井さんと二人で店長に肩を貸した状態の姿勢のまま、俺はポツリと呟いた。

 

 何がおかしいのか分からないが、何かがおかしい事だけはなんとなく感じ取れた。

 

「太郎君も気付いた? なんかさっきからぼっちちゃんずっとチューニング安定しないよね」

 

 廣井さんが俺の呟きに答えるのとほぼ同時に、二曲目がスタートした。

 

 チューニング……って事は機材トラブルか? こればかりはどうしようもないので、取り合えず無事に終わるように、祈るようにステージを見上げていると――ひとりのギターの弦が切れた。

 

 弦が切れたひとりは俺の目の前で屈みこみギターのペグを操作しようとして……屈みこんだまま固まってしまった。

 

 おいおいおい、もしかしてペグ壊れてんのか? 確かこの曲ひとりのソロがあるんじゃなかったか? ってかもうソロ始まってんのか? どうする? どうする?? どうする??? 

 

 もしかしたらステージ上のひとりより焦っていたかもしれない俺の視界に、廣井さんの空のカップ酒が目に入った。

 

 そういえば昔ひとりがドヤ顔でこんな感じのボトルでギターを弾いてたな……なんて事を思い出した瞬間、俺はビンを掴み取っていた。

 

「ひとり! おい!」

 

 ステージに上半身を乗り出して、ひとりにだけ聞こえる位の音量でひとりを呼ぶと、ひとりは泣きそうな表情でこちらに顔を向けて来たので俺は空のカップを差し出した。

 

「派手にかましてやれ」

 

 カップを受け取ったひとりに、ひとりに聞こえるだけの音量で激励すると、右手の親指を上げて、そのまま握りこぶしを前に突き出してやった。

 

「この土壇場でボトルネック奏法とか普通やらせるかぁ?」

 

「あれならチューニングずれてても関係ないもんね」

 

 戻って来た俺に店長と廣井さんが楽し気に話しかけて来たので、俺は疲れた顔で二人に答えた。マジで寿命が縮む思いだ。

 

「割とマジで今回は廣井さんが勝利の女神かもしれませんね……」

 

「でしょ~!」

 

 廣井さんに背中を叩かれながら俺はステージに意識を戻した。

 

「カッコイイなぁ……」

 

 ステージ上のひとりを見て不意に言葉が零れた。ひとり、お前今最高にカッコイイぞ! 

 

 

 二曲目が終わり、虹夏先輩が感極まったように観客に感謝を伝えている間、ひとりは呆けたように会場を見ていた。

 

 やがて会場の一人がひとりへ声を掛けると、たちまち沢山の人がひとりに労いの言葉をかけ始めた。やはり皆途中でギターの弦が切れた事に気付いて心配していた様だ。

 

「ほら後藤さん! 一言くらい何か言わなきゃ!」

 

 喜多さんが自身のマイクを持ってひとりへと近づきマイクを向けた。

 

 マイクを向けられたひとりを観客の皆が固唾を飲んで見守る中、ひとりはこちら……いや廣井さんを見ると、ギターを置いて俺のいる客席に向かって――

 

 おいひとり……そういうのは事前に台本作っておかないと反応出来ないって、お前いつも言ってるじゃねーか……

 

 俺は呆然とひとりを見上げていた。

 

 周りの人間が波が引くように去っていくのを肌で感じる。

 

 受け止めようとした自分の体がもどかしい程ゆっくりと動く感覚。

 

 スローモーションのようにひとりの顔が近づいてくる。

 

 コマ送りの様に徐々に近づくひとりは驚愕の表情を浮かべている。

 

 遂にひとりの瞳に写った自分の姿すらはっきり見えるような気がする程ひとりの顔が近づいて――。

 

「ぐあ!!」

 

 俺とひとり、お互いの頭がぶつかる音が体育館に響いて、俺の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 人の話し声が聞こえて目が覚めた。

 

 瞼を閉じたまま聞こえて来る声は、恐らく喜多さんの声だ。何を言っていたのかは分からないが、ひとしきり話をすると喜多さんは部屋を出て行った。

 

「頭、痛ぇ~……うわコブになってんじゃん怖ぁ」

 

「! 太郎君!」

 

 軽く頭を触るとコブが出来ているのが分かった。カーテンが開いて隣のベッドからひとりが顔を覗かせたかと思うと、急に涙をぼろぼろと零しはじめた。

 

「ごっごべん……太郎君……わだじ……」

 

「いや大丈夫だよ……こっちこそ悪かったな。受け止めてやれなくて。でも出来れば今度からは事前に相談してね……」

 

 コブになった額を抑えながら、ゆっくりとベッドから起き上がりながら答えても、ひとりの顔はぐしゃぐしゃのままだった。

 

 しかし客席ダイブは廣井さんのライブで予習したはずなのに、あんなに体が動かないのはビビった。まだまだ俺もライブ慣れしてないな。

 

「ぞっぞうじゃなぐで……ぞれもあるげど……ぼっぢズの事……」

 

「あっやべっ……いま何時? そう言えばどうなったんだ?」

 

 泣いていて何を言っているのかイマイチ分かりにくいひとりから話を聞くと、流石に学外の人間である廣井さんのみで出す訳にも行かず。俺達のバンドの時間まで少し間があったので、あちこち回って集めた軽音部が抜けた穴を埋めてくれたらしい。

 

 ちなみにダイブしたひとりは俺が下敷きになった事で大した怪我はしてないらしい。

 

 スマホを見ると、わざわざ出向いてくれたのに俺が出なかった事に対して大槻さんから『貸し一だから』とロインに短いメッセージが残されていた。正直怖すぎる。

 

「そんなに泣くなって……どっちみちお前の機材トラブルがあったんだから……」

 

 一向に泣き止まないひとりを慰めるように言ってみたが、機材トラブルの事はそれはそれで急所に入ったらしく、さらに手が付けられなくなってしまった。

 

 仕方ない、なんだか収集が付かなくなってきたので切り札を切るか……

 

「じゃあさー、俺のバンド入ってくんない?」

 

「グスッ……えっ……?」

 

 予想外の提案だったらしく、ひとりは素っ頓狂な泣き顔でこちらを見つめて来た。

 

「今度さ……廣井さんと正式にバンド組むんだよ。廣井さんは掛け持ちなんだけど。それでお前にも掛け持ちで入って欲しいなぁって思ってるんだけど……」

 

「やっやるっ!」

 

「早ぇーよ。もう少し考えなくていいのか」

 

「だっだって……太郎君とのバンド……楽しみにしてたから……」

 

 泣き止んだひとりに俺は胸を撫で下ろした。だが同時になんだか重い物を背負った様な気分だ。

 

 バンドの掛け持ちはままある事らしい、だがそこには明確な理由が存在する。それはメインバンドでは出来ない経験をする事だ。そう言う意味で俺はひとりに、そして廣井さんに何を差し出せるのだろうか? 

 

「そっか……ありがとな……それじゃあ帰るか。そういえば虹夏先輩達は? 打ち上げはどうするって?」

 

「あっそれはまた今度って……」

 

 ひとりと共に保健室を後にして、荷物を取りに自分のクラスとひとりのクラスに寄るついでに、二人で学校の中を見て回ると、今年はなんだか祭りの後の静けさが妙に寂しく思えた。

 

 二人で教室を見ていると、まだ残っている男子生徒二人が廊下を通り過ぎた。

 

「あっダイブの人と逃げ遅れた被害者」

 

「あー……ロックなやべー奴とその被害者か」

 

 

 これは今後の学校生活の扱いが決まってしまったかもしれんね……




 主人公にとって後藤ひとりは人生の夜明けだった。っていうダブル・ミーニング? です。


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015 Sky's the Limit

 SICKHACKの曲って廣井さんが作ってるんですかね? SIDEROSはなんとなくヨヨコ先輩が作ってると思ってるんですけど。


 文化祭が終わって数日、学校がある日はいつも陰鬱な表情をしているひとりが、今日は不気味なくらい上機嫌だった。

 

 この機嫌の良さを例えるなら、ギターヒーローとして演奏動画を投稿して初めて賞賛コメントを貰った時くらいの機嫌の良さだ。

 

 ちなみに演奏動画に賞賛コメントが初めて付いたのはひとりの方が先だ。登録者一万人を先に超えたのもひとりだし、百万再生を達成する動画を先に出したのもひとりだ……まぁひとりの実力と努力は俺が一番知ってるから……それにギターは花形だからね……だから全然悔しくねーし……

 

 目が合うたびににっこりと微笑むひとりを見て初めは楽しんでいたが、昼休みになる頃には流石にちょっと怖くなってきたので俺は探りを入れてみる事にした。

 

「ひとり、今日はえらく機嫌が良さそうだけどなんかあったのか?」

 

「えっ? そっそんなに顔に出てたかな?」

 

 いや出まくりだぞ。そんなんじゃ明日からお前のデフォルトの顔が笑顔になっちゃうんじゃないかと思ってしまう程ニッコニコだったぞ。

 

 俺が指摘してやると、ひとりは慌てて自分の頬を両手で揉みほぐしながら俺の疑問に答え始めた。

 

「実は……」

 

 ひとりの事情を聞いて俺は頭を抱えた。別に悪い話だった訳では無い。いや、ある意味では悪い話になる可能性が有り、また俺とも深く関わっている話だった。

 

「……つまり動画の広告ってのがあって、それを設定しておくと再生数に応じて動画サイトからお金が貰えるって事?」

 

「うっうん。私はお父さんがそれを設定してくれてて、そのお金で今回みたいな機材トラブルに備えて自分のギターを買ったらどうかって……」

 

 ひとりがニッキュッパ(二千九百八十円)のギターなど買う訳がないだろうから、それなりの金額を貰えたのだろう。

 

 ひとりのおじさんは昔バンドを組んでいたと言っていたので『広告を付ける』というのは、所謂音楽でお金を稼ぐという感覚が鋭い為に出来た芸当だろう。翻ってウチはどうだろうか? ……いや、よそう、俺の勝手な推測で自分を混乱させたくない……仕方ない帰ったら自分で設定するわ(諦め)。

 

 余談だが、後にこの話を親に聞いてみた所、当時ひとりのおばさんから話があったらしく、おばさんに教えてもらいながら同時期に広告収入を付けてくれていたらしい。そのことに狂喜した俺がテーブルに足の小指をぶつけて悶絶したのはどうでも良い話だ。

 

 しかし広告収入か……考えた事なかったな。そもそも始めた動機がひとりに対抗する為だったし、その後も伸びていくひとりの動画に追いつくために……って、考えたらこいつに対抗する事しか頭にねーな。自主性が無さすぎる、しっかりしろ俺。

 

「でもそうか……なるほどな。お前の機嫌が良かったのは新しく自分用のギターを買うからだったんだな」

 

「あっうん……」

 

「おいこっちを見ろ。まだなんか隠してるだろお前……」

 

 俺が合点がいったように頷くと、ひとりは目を逸らしながら返事をしたので、俺はひとりの顔を両手で挟んで頬をこねくりまわしてやった。

 

ひゃひゃめへ(やっやめて)……! はろうふん(太郎君)……! いっいふはら(いっ言うから)……!」

 

 ひとりの顔を解放してやると、恥ずかしそうに顔を赤くしながらひとりは白状しだした。

 

「そっその……いま毎月一人一万円のノルマでライブしてるでしょ……? それで、お父さんに貰ったお金をノルマ代に充てれば、二年近くはバイトしなくてもライブ出来るからバイト辞めようかなって……」

 

「ひとりっ(バシィ」

 

「ひゃっ……ってなんで太郎君自分の頬を叩いたの……?」

 

 そりゃお前の頬を叩けるわけないからに決まってるだろ。というかそんなことはどうでもよくて、今コイツバイト辞めるとか言わなかったか? せっかく慣れて来ただろうに、社会との関りを自分から捨てるな。躓いたらそこがスタートラインだっておばさん何時も言ってただろうが。

 

「そんなことより。今だって時給千円くらいで、月一万円稼ぐのに十時間。大体学校終わって二、三時間バイトしてるから月に四日くらいしかバイトしてないじゃねーか」

 

「うっ……でも」

 

「それに虹夏先輩やリョウ先輩、喜多さんと気心の知れた人間とのバイトだぞ。一応俺もいるし、それに難易度の高い飲食店バイトだし。悪い事は言わないから続けとけって」

 

 見た感じかなり迷っているようだが……ヤバイな。ひとりからなんか謎のパワーが無限に溢れてきている感じがある。こういう時のひとりは割と要注意だ。

 

 そうこうしている内に日課の昼休みのギターの練習時間になり喜多さんがやって来たので、とりあえずこの話はここまでになった。

 

 放課後になってSTARRYへ着いてからもひとりの様子は変わらなかった。

 

「太郎君。何か今日のぼっちちゃんずっときらきらしてるんだけど。あれ何?」

 

「何か目が合うたびにお辞儀してくるんですよね……」

 

 虹夏先輩と喜多さんから疑問が飛んできたが、俺は曖昧な言葉しか返せなかった。まさかバイト辞めたいみたいですなんて言えないからな。

 

 俺が何とかひとりを説得できないかと思い悩んでいた所で、ひとりは謎のオーラを迸らせて超スーパーひとりちゃんになると、低い声で気合を入れて、遂に店長へと向かって歩を進めた。

 

 ひとり……言うんだな!? 今……! ここで! 

 

「あ? バイトがなんだって?」

 

 あっこれ大丈夫そうだな。

 

 店長の威圧感に目に見えて震え出したひとりを見て俺は事態の収束を悟った。

 

 店長の迫力に、バイト辞めます宣言が打って変わって突然のバイトの決意表明になってしまったひとりはその後ゴミ箱に入って黄昏ていた。

 

 ひとりのバイトが苦手な気持ちも分かるのだが、ここでの経験は将来きっといい方に働くと思うので、バイトを続けた方が良いと思っている俺はここは黙って見守るのだ。

 

「ぼっちちゃーん。今日楽器屋さん行くんでしょ?」

 

「え? 楽器屋行くんですか?」

 

 未だにゴミ箱の中で黄昏ていたひとりに、虹夏先輩が声を掛けた。

 

 ひとりの事だから新しいギターはてっきり通販で買うのかと思っていた俺は、虹夏先輩の発言に驚いて疑問の声を上げた。

 

「そうだよ。ぼっちちゃんの新しいギターを探しに御茶ノ水までね。太郎君も行くでしょ?」

 

「いえ、すみません。俺この後廣井さんと会う用事があって……」

 

 俺の言葉に虹夏先輩は気の毒そうな優しい笑顔を向けて来た。いやきくりちゃん(酔っ払い)係とかそういうのじゃ無いですから! Bocchisの話ですから! 

 

 楽器を見に行くという結束バンドの四人はバイトを早めに切り上げてSTARRYの階段の踊り場に集まったかと思うと、虹夏先輩がひとりに見守られながら店長の前までやって来た。

 

「『店長さんの今欲しい物聞いてきてもらえますか……?』ってぼっちちゃんが……お姉ちゃん誕生日近いし、プレゼントかな?」

 

「へぇ~。店長誕生日近いんですか? いつなんです?」

 

 まさか馬鹿正直にひとりが店長の誕生日のプレゼントを買いたがっているとは思っていないが、店長にはお世話になっているし多少興味もあったのでちょっと突っ込んで聞いてみる事にした。

 

「十二月二十四日だよ! お姉ちゃん今年で三十歳なんだよね」

 

「あっ……」

 

「その話は広げなくていいから。あとぼっちちゃんには特にないって言っといて」

 

 虹夏先輩の答えに俺が気の毒そうに声を上げると、そんな俺に向かって店長は釘を刺すようにピシャリと言い放った。

 

 いや別に俺は三十路の事をどうこう思った訳じゃ無いんですって。ただクリスマスイブに誕生日だとプレゼントとケーキがクリスマスと一緒にされるとか色々大変だったろうなと思っただけで……

 

 しかしそんな俺の思いなど知らないトゲトゲした店長の言葉を聞いた虹夏先輩は後ろを振り向くと、踊り場にいるひとりにむかって大声で「いらねぇ。だって」と伝えていたが、流石にそれは意訳が過ぎるでしょ……無いとは思うけど、本当にひとりがプレゼント買おうと思っていてやめちゃったらどうするんですか……

 

 虹夏先輩の言葉に何故かひとりはショックを受けていて、その耳元でリョウ先輩がなにやらささやいているのが見えたが、ありゃ多分碌な事言ってないな……なんて俺が考えていると、痺れを切らした喜多さんが先導する形で四人はSTARRYを出て行った。

 

 四人が出て行った後の店長の態度を見て、一応今度虹夏先輩に店長の欲しそうな物を聞いておこうと俺は思った。

 

 

 

 ひとり達と同様にバイトを早く切り上げた俺は、机の上に突っ伏しながらスマホを弄っていたPAさんと世間話をしながら廣井さんが来るのを待っていた。

 

「……それで山田君は『太郎』なんて名前なんですね。凄いですね」

 

「そうなんですよ。……そう言えばPAさんの本名って……」

 

 俺が前から気になっていた事を聞こうと思って口を開いた瞬間、STARRYの扉が開いて、聞きなれた陽気な声が聞こえて来た。

 

「やっほ~。太郎君来たよ~」

 

 声のする方へ振り返ると、相変わらず赤ら顔な廣井さんが階段を下りてきていた。

 

 それにしても良くあんなにふらつきながら下駄で器用に階段を降りられるものだと感心する。

 

「すみませんPAさん、話の続きはまた今度って事で」

 

 PAさんにそう断わってから俺が片手を上げて廣井さんに応えると、廣井さんはいつものニコニコ顔で近づいてきて座っている俺の背中に覆い被さって来た。

 

「いえ~い。やってるか~若者よ~」

 

「何をですか……バイトなら終わりましたよ……しかし今日はまた一段と酔ってますね。なにか良い事でもあったんですか?」

 

「そりゃあ太郎君のバンドとしての門出だからね~、飲まずにはいられないよ~」

 

 面倒くさい絡み方をしてくるが、どこか機嫌の良さそうな廣井さんに理由を聞いてみると、そんな言葉が返って来た。

 

 俺の門出を祝ってくれるなら素面の方が嬉しいんだけどなぁ……というか素面の廣井さんってどんな感じなんだろう? なんて思いながらも、廣井さんは上機嫌なので野暮な事は言うまい。

 

「あっ店長。ちょっと場所借りててもいいですか?」

 

「別にいいけど……時間になったらテーブル片づけるのと、そいつ(・・・)の面倒はちゃんと見てね」

 

 廣井さんに面倒そうな視線を向けて来た店長に許可をとってから、俺は廣井さんに意識を向けた。PAさんが面白そうにこちらを見ているが、まぁいいか。

 

「それで……なんか大事な話があるってロインが来てましたけど、どうしたんです?」

 

 俺の背中からようやく離れて隣の席に座った廣井さんに早速用件を聞いてみた。ロインではBocchisに関する大事な事と書いてあったが、ライブの日程とかだろうか? 

 

「んふふふふ~。よくぞ聞いてくれました! じゃーん! 曲作って来たよ!」

 

「………………えっ!?」

 

 廣井さんがスマホを取り出しながら高らかに宣言した言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げた。

 

 曲って……オリジナルの曲って事? Bocchisの? というか廣井さんって作曲とか出来たんですね……ってそりゃそうか、SICKHACKの曲って廣井さんが作ってるんだっけ?

 

「やっぱりバンドとしてライブするならオリジナルの曲がないとね~。まぁ聞いてみてよ」

 

 混乱と感動でおかしな思考がぐるぐると頭を巡っている俺を尻目に、廣井さんは曲が入っている自分のスマホをテーブルの上において再生ボタンを押すと曲が流れ始めた。

 

 

 

 曲が終わった時、俺の眉間には深い皺が刻まれていた。

 

 チラと周りを見れば廣井さんやPAさんだけでなく、曲を聞いていたのか店長もこちらを見ている。

 

 正直曲は最高だった。リョウ先輩が作った曲を初めて聞いた時も思ったが、この世に生まれたばかりの唯一の曲を聞いた時の感動は凄まじい。それが自分のバンドの曲となると喜びもひとしおだ。

 

 だが俺は――BandofBocchisのリーダー(・・・・)として、この曲にOKを出す訳にはいかなかった。

 

「廣井さん……この曲……サイケ(・・・)ですよね?」

 

「えっうん。どうどう!? 太郎君の初めて(・・・)だからね~、お姉さん張り切っちゃったよ~」

 

 何となく廣井さんの上機嫌の理由が分かった。恐らくこれを俺達(今日はひとりがいないが)に聞かせたかったのだろう……だが俺は己の身が引き裂かれる思いで廣井さんに言わなければならない。

 

「曲は最高でした……でも、申し訳ないんですけど廣井さん……この曲は採用出来ません……」

 

 俺が言葉を発した瞬間、STARRY内が静まり返った。

 

 そりゃそうだ、バンドも組んだ事が無い若造が、あの(・・)SICKHACKの天才ベーシスト廣井が作った曲をバッサリと切り捨てたのだから。

 

「……一応理由を聞かせて貰ってもいいかな?」

 

 いつもニコニコ顔の廣井さんが目を見開いて聞いて来た。この顔の廣井さんはかなりマジな時の顔だ。最後に見たのは……確かSIDEROS加入試験の後に大槻さんに俺が落ちた理由を質問した時だ。

 

 だが――俺も伊達や酔狂で言ってる訳では無い。いくら凄まれても無理なモンは無理だ。

 

 俺は廣井さんの視線を真っ向から受け止めるように真っ直ぐ廣井さんを見つめ返すと、はっきりとした口調で説明した。

 

「理由は……廣井さんが作ったサイケだから(・・・・・・・・・・・・・・)です」

 

 俺の言葉を聞いた廣井さんはわずかに眉を寄せた。PAさんもだ。しかし店長はなんとなく察したのか、呆れたように微笑んでいた。

 

「俺は志麻さんと約束したんですよ。『メインバンドを最優先する』って。だから、この曲はSICKHACKで使ってください」

 

 そう言いながら俺は廣井さんにスマホを返した。

 

 皆一様に押し黙り、STARRY内が重苦しい雰囲気に包まれたかと思った瞬間、店長が堪え切れない様に大笑いした。

 

「あははは! こりゃ一本取られたな! お前インディーズでちょっと(・・・・)売れてるからって調子に乗ってたんじゃないか?」

 

「むっ!」

 

 店長の言葉に廣井さんが唇を尖らせた。しかし店長はそんな廣井さんを気にした様子も無く含み笑いを浮かべながら話を続けた。

 

「要するに、太郎君はお前にサイケ以外(・・・・・)を作って来いって言ってるんだよ。それともお前、太郎君のバンドを第二のSICKHACK……いやSICKHACKの後追いバンドにするつもりか?」

 

 店長の指摘に、廣井さんが困ったように俺を見て来たが、俺も困ったような顔を浮かべるしか無かった。

 

 まぁ……つまりはそういう事なのだ。

 

 廣井さんにはサイケ以外、ひとりには結束バンドでやっている曲以外の経験をして欲しいと思っている。これはサイケをやらないのではなく、ひとりが作ったサイケの曲は有りだし、廣井さんが作ったJ-ROCKは有りみたいな判定方法だ。

 

 俺がサブバンドとしてひとりや廣井さんに差し出せる物、新しい経験値、それは結局彼女達がやっているジャンル以外(・・)の音楽の経験だ。これは志麻さんから話を貰ったあのFOLTの楽屋でもう既に頭には浮かんでいた。

 

 そしてまだ当然誰にも言っていないが、将来的にはひとりにも作曲して欲しいと思っているし、なによりボーカルとして歌って貰うつもりだ(決定事項)。それにもう一人くらいギターが入ってくれたなら今のリード・ギター以外にもリズム・ギターも経験して欲しい、なんて考えもある。

 

 だが、この考えはあくまで俺個人の考えなので、そういう事なら私は無理ですと言われてバンドを抜けられたら、その時は大人しく新しいメンバーを探すしかないとも思っている。

 

 それでも一つだけ言い訳をさせて貰えるなら、俺はこのメンバーならそれが出来ると思っているし、やる意義もあると思っているのだ。

 

 ただまぁ……廣井さんにボーカルと作詞と作曲やらせて、ひとりにもボーカルと作詞と作曲やらせて、お前(俺)は何するんだよ……っていう問題が出てくる訳だが……というかウチのメンバー二人共多才過ぎるだろ……リーダーが一番いらない子やんけ……どうするかな……俺もとりあえず作詞とか勉強するか……? 

 

 しかし今回の事は、元はと言えば俺が何も伝えなかった事が原因で、廣井さんに曲作りという労力をかけさせてしまったので、俺は廣井さんに深く頭を下げた。

 

「すみません廣井さん。先に言っておくべきでした。まさかこんな直ぐに曲作ってくれるとは思ってなかったので……」

 

「いやぁ……私こそごめんね……でも、そっか……」

 

 廣井さんの言葉に俺はゆっくりと顔を上げた。廣井さんは何処か遠くを見るような目をしてSTARRYの天井を見つめながら、椅子に座ったまま両足をぶらぶらと動かした。

 

「私さ~……SICKHACKでのライブが好きなんだよね~……楽しいし。でもなんだろう……ちょっとだけ……今のままでいいのかなって思ってた所もあったんだ……」

 

 STARRYの天井を見つめたまま物憂げな表情で語る廣井さんを見ながら俺は、やっぱこの人メッチャ美人だな、なんてアホな事を考えていた。

 

「~~廣井さん! 一緒に限界をぶっ壊しましょう! Sky's the Limit(限界は無い)って奴ですよ!」

 

 自分でもちょっとよく分からない言葉が咄嗟に口を衝いて出た。この場にふさわしいかは分からないが、やっぱりこういうのは勢いが大事だ。

 

 俺が握り拳を作って力説すると、廣井さんは目を丸くしてこちらを見てから大声で笑いだした。

 

「あはははは! 調子がいいな~太郎君は……でもいいね! Sky's the Limitか……」

 

 そう言って廣井さんは椅子から勢いを付けて立ち上がると、STARRYの出入口へと歩き始めた。

 

「えっ? どこ行くんですか?」

 

 突然の廣井さんの行動に驚いた俺が間抜け面で質問すると、廣井さんは不敵な笑みで振り返った。

 

「私も自分の新しい可能性ってやつを見つけてみようかと思ってね。帰って曲を作るんだよ~。そうだなぁ……あっ! 太郎君パンク好きなんだっけ? じゃあパンク・ロックもいいかもね! ドラムパート激ムズの奴!」

 

「アッハイ。お手柔らかにお願いします」

 

 どんな曲でもウェルカムだけど、今ボーカル出来るのは廣井さんだけなんで、その曲歌うのは廣井さんですよ……

 

 楽しそうに言った廣井さんはそのまま上機嫌で階段を上って行くと、踊り場を過ぎた辺りで思い出した様に手すりから身を乗り出すと、手を振りながらこちらへ叫んできた。

 

「じゃ~ね~太郎君! 太郎君の初めてはきくりお姉さんが貰うから大事にしておいてね~。それとぼっちちゃんにもよろしく言っておいてね~」

 

「ちょっと! それ以上はセクハラですよ! まあひとりには伝えておきます」

 

 笑いながら廣井さんが出て行くと、STARRYに静かな時間が戻ってきた。相変わらず嵐のような人だ。

 

 時計を見ればそろそろチケット販売開始の時間だったので、俺は慌ててテーブルを片づける事にした。

 

「太郎君のおかげか、あいつ意外とさっさと帰ったな。それでどうする太郎君? 今からシフト入れるならお願いしたいんだけど」

 

 まだ自分の動画に広告が付いていた事を知らない俺は、Bocchisのバンド活動の金銭面を考えて店長の言葉を快諾した。ひとりも今頃あの三人と楽しくやっているだろうし、遅くなっても大丈夫だろう。

 

 その後割と早めに帰って来た虹夏先輩と合流して、いつも通りの時間までバイトをこなした帰り際、店長が俺に訊ねて来た。

 

「今日は途中まで虹夏がいないから助かったよ。それにしても太郎君……本当にあいつ(・・・)とバンド組むの?」

 

 あいつ、とは間違いなく廣井さんの事だろう。店長の視線からは何となくこちらを心配したような感情が伺えた。

 

 それは廣井さんが酔っ払いだという事以上に、廣井さんの実力を正確に知る人間としての忠告が込められている気がした。そういえば店長って俺達が路上ライブした事知らないんだっけか。

 

「大丈夫ですよ。駄目だったら俺のバンドが潰れるだけ(・・)です。それに……」

 

「? それに?」

 

 俺のバンドはサブバンドだ。結束バンドかSICKHACK、片方あるいは両方が今より忙しくなればきっと自然と消えてしまうのだろう。

 

 だが――これ以上のメンバーに巡り合えることはきっとこれから無いだろうと勝手に思っている。だからそれまで(・・・・)は、作詞も、作曲も、編曲も、ボーカルも、今はまだ何もかもが出来ない俺は、せめて全身全霊をかけるのだ。

 

「俺はひとりと、廣井さんとのこのバンドと、心中する覚悟は出来てますから」

 

 そう言って俺が笑うと、店長は呆れたような、眩しい物を見るような目をして肩を竦めた。

 

「あっでもバンド活動始まってもバイトはちゃんと出てね……」

 

 店長が気まずそうにそんな事を言ってきたが、そう言えば俺たち以外のバイトを見た事が無い。

 

 最初に雇って貰う時は人数過多だと思っていたが、意外とギリギリの人数で回しているのだろうか……ライブハウス経営の大変さなどが垣間見えてなんだか世知辛さを感じてしまう……

 

 まぁこのバイトはひとりもいるし、他のメンバーも良い人ばかりで、人間関係と言う意味では最高のバイトなので辞めてくれと言われるまで辞めるつもりは無い。

 

「勿論ですよ。これからもよろしくお願いします。店長」

 

 

 

 そう言ってSTARRYを後にした僅か一週間後。廣井さんが新しい曲を作って来る事を俺はまだ知らなかった。




 心中するとかいってるけどただの心意気の話なんで、仮にぼっちずが無くなっても主人公は音楽辞めたりしません。

 タイトルとか作中のSky's the Limitのイメージは、作者の好きなAuthority Zeroの曲のSky's the Limitから来てます。なので『全身全霊をかける』とか言ってる所は実は『人生を賭ける』とか言わせるつもりだったんですが、ちょっと重すぎるので止めました。良かったら曲も聞いてみてね。


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016 bocchi’s the 4th

 今回マイニューギアから主人公を排除したくて、架空のSIDEROSライブに行く話の予定だったんですが、時系列確認したら14歳の直ぐ後のライブ動画編集した動画制作の直ぐ後にSIDEROSライブやってるのでそこに纏めようと思い、一万二千字書いた内の八千字消して書き直したんで遅くなりました。


 STARRYで新曲を突き返してから一週間という驚異的(多分)な速さで別の新曲を作ってくれた廣井さんに会いに、俺はFOLTまでやって来ている。

 

 例によってひとりは今日も来ていない。何故ならここ半年、忙しさにかまけて投稿していなかったギターヒーローの演奏動画を撮るらしい。その事を知った虹夏先輩たってのお願いという事もあり、虹夏先輩を伴って宅録するとの事だった。

 

 ただ今回は出来た曲を音声データで送って貰ったので、既にひとりには話は通してあるし曲も聞いて貰った。その曲を聞いたひとりに頼まれたブツ(・・)を廣井さんに届ける事が今回の主な訪問理由だ。

 

「おはようございまーす」

 

 流石に四回目ともなると大分と慣れたもので、特に緊張することなくFOLTの扉を潜り歩を進めて行く。

 

「吉田店長おはようございます」

 

「あら~太郎君久しぶり~。ほら! 廣井ちゃん太郎君来たわよ」

 

 相変わらず厳つい表情で座っていた吉田店長に挨拶して、吉田店長が声を掛けた方を見ると、廣井さんが椅子に座りながらぐったりしていた。

 

「……はっ! あっ太郎君来た~? こっちこっち。まあ座ってよ」

 

 勧められた椅子に座って改めて廣井さんを見ると、つい先程のぐったりした様子とは打って変わってなんだかえらくハイ(・・)になっている感じがする。ただ、どうにも酔っぱらっているだけと言う訳では無さそうな感じだ。

 

「あの……大丈夫ですか? 廣井さん。なんだか雰囲気がいつもと違うような……」

 

「えっ? ああ、へーきへーき! なんかねー! すっごい調子いいの! すっごい」

 

 いやそれ完全に駄目な人の台詞じゃないですか……

 

 心配になった俺がそんな風になっている理由を聞いてみると、廣井さんはその高いテンションのまま答えた。

 

「太郎君に新曲送ったでしょ~? それからも曲作ってたんだけど、普段(サイケ)と違う曲作るのって、難しいけどなんかすっごい楽しいの! なんて言うか……もう脳汁ドバドバだよ! ドバドバ!」

 

 えぇ……つまりランナーズ・ハイみたいな感じって事か? 酒もそうですけど、体を壊さない様に程々にしてくださいよ……

 

「それでどうだった? 送った曲。一応SICKHACK(志麻とイライザ)が演奏するレベルを想定して作ってみたんだけど」

 

 廣井さんの言葉に俺は驚いた。志麻さんとイライザさん想定とは、随分と俺達の腕を高く見積もってくれているようだ。

 

「パンク……それもメロコアですよね? 曲メッチャカッコよかったです! 俺は作曲とか分からないんですけど、パンクは好きなんで。サビの疾走感とか凄く良いと思います!」

 

「でしょ~! まぁ私も初めてパンクなんて作ったから……一応銀ちゃんに相談したからそれなりに形になってるとは思うけど」

 

 そう言って廣井さんは満足そうにテーブルに置いてあった一升瓶を(あお)った。

 

 しかし初めてであれだけのメロディック・ハードコアを作るとは……やはり天才か……なんて冗談も言えないくらいちゃんとした曲が出来ていた。改めて凄い人だ。

 

「難易度は……まぁあれで良いんじゃないですか? パンクはテンポが速いんで大変ですけど、問題ないです」

 

「おっ、言うねぇ! 太郎君が泣きつくようならもう少し簡単にしようと思ったんだけど、その必要は無さそうだね」

 

 軽口を叩きながらお互い挑戦的な笑みで見つめ合っていたが、俺は今日来た目的を思い出して鞄を漁り始めた。ひとりに頼まれていた今日の訪問理由だ。

 

「そういえば……廣井さんこれ、ひとりから頼まれて持って来た作詞ノートです」

 

 俺は鞄から取り出したノートを廣井さんに手渡した。ノートの表紙には秘の文字を大きな丸が囲んでいるマークがでっかく書かれていて、その下に作詞ノートと書かれている。

 

「えっ? 随分早いね? なんで?」

 

 廣井さんは受け取ったノートをパラパラとめくって、その全てのページに歌詞らしき文字が掛かれているのを見て驚いていた。

 

 困ったような顔でこちらを見て来る廣井さんは、恐らくメインバンド最優先の約束をひとりが破っている事を心配しているのかもしれない。ただまぁこれに関しては大丈夫なのだ。

 

「いや……なんかひとりに歌詞を頼んだんですけど、あいつ中学時代から既に歌詞書いてたらしくて、それを引っ張り出して急いで書いてくれたみたいです。他の詞は廣井さんの曲作りの参考にしてくれって。ちょっと見た感じかなり抽象的ですけど、ぼっちの生きづらさなんかを表現してるみたいでパンクとは相性良さそうですよ」

 

 俺がそう言うと、廣井さんはノートの歌詞を熱心に読んではパラパラとページをめくっていた。

 

 廣井さんのサイケ曲は断ったが、作詞についてはあんまり縛るつもりは無い。何故ならまだひとりは本格的に作詞を始めたばかりだし、なにより今の段階で作詞を縛るとひとりに青春ソングや恋愛ソングを書けという事になりかねない。それはそれで面白そうだが、まだ時期尚早だ。

 

「へぇ~……なるほどなるほど……ぼっちちゃん中学の時は太郎君の事こんな風に思ってたんだねぇ……」

 

「……何言ってるんですか? 俺の事なんか書かれてないでしょう?」

 

 熱心にノートを読んでいた廣井さんが訳の分からない事を言っていた。俺に関する、というか他人に関する様な歌詞は無かったはずだ。廣井さんはあの歌詞からいったい何を読み取ったんだ……作詞が出来る奴同士で何か読み取れるものがあるのだろうか……うーんそう思うと作詞って難しそうだな。

 

 廣井さんはノートを見ながら、何か思いついたのか楽しそうに身を乗り出した。

 

「ねぇねぇぼっちちゃんにも何か歌って貰おーよ」

 

 将来的にひとりがボーカルをするのは俺も賛成だが、いくら何でも気が早過ぎる気がする。まだ一曲目すら完成していないのだ。

 

「とりあえず一曲目が完成してからの話ですね。二曲目も考えないといけないし」

 

「えっ? 二曲目はもう出来てるよ?」

 

「……えっ?」

 

 廣井さんが当たり前の様に言うので、俺は驚いて廣井さんを見た。どうにも冗談を言っている様子ではない。

 

「さっき言ったじゃん、太郎君に曲送ってからも曲作ってた(・・・・・)って」

 

 言ってたか? いや言ってたわ。言ってたわそう言えば。廣井さんのテンションにビビッて聞き流したけど言ってたわ……

 

 俺の困惑顔を見て廣井さんはニンマリと笑うと、おもむろにポケットからスマホを取り出した。

 

「じゃーん! これが今朝出来たばかりの二曲目の……」

 

 そう言ってスマホを高く掲げて廣井さんが発表しようとした瞬間――後ろから大きな声で呼びかけられた。

 

「あっ! 姐さんと山田太郎!」

 

 驚いて振り返ると、大槻さんがその特徴的なツインテールを揺らしながらこちらに歩いてきた。

 

「大槻ちゃん? 今日ライブ無かったよね? どうしたの?」

 

「ちわっす大槻さん。文化祭の時はすみませんでした」

 

 大槻さんは俺の隣の席に座ると、真面目な顔で質問してきた。

 

「文化祭の事は貸しにしておくとして、FOLTでは珍しい二人が揃って何してるんですか?」

 

 正直今の謝罪で勘弁してほしかった。早めに返さないと利子が恐ろしい事になりそうだ。

 

 大槻さんの質問に俺と廣井さんは二人で顔を見合わせた。今から廣井さんの曲を聞こうと思っていたのだが、さてどうしたものか? 

 

「いえ、ちょっとミーティングをですね……」

 

 取り敢えず軽くぼかして言いながら廣井さんを見ると、一つ頷き返してきたので俺は正直に話す事にした。

 

「その……廣井さんの作った曲を今から聞かせて貰う所だったんですよ」

 

「そうそう、良かったら大槻ちゃんも感想聞かせてよ~。大槻ちゃんの得意分野の曲だからさ」

 

「えっ! 姐さんの新曲ですか! でも私の得意分野って……?」

 

 はてなマークを浮かべている大槻さんをそのままに、廣井さんはスマホをテーブルに置いて再生ボタンを押した。

 

 

 

「ヘヴィメタル……ですか? またごついの作って来ましたね」

 

「まぁね~。大槻ちゃんのを参考にしてみたんだけど、どうだった……」

 

 曲の再生が終わって、俺は素直な感想を伝えた。メタルは少し覚えがある。中学時代ひとりがハマっていたデスメタルがお昼の時間に流れて来たからな。あの時の教室の空気は凄かった。この事を話題に出すとひとりが頭を壁や床に叩きつけだすので今では禁止ワードになっているが。

 

 途中で言葉を止めた廣井さんが少し困ったように大槻さんの方を見ていたので、釣られて俺もそちらを見ると、なんだか大槻さんは感極まったように両手で口を押えていた。

 

「姐さん……これって……私達への……?」

 

 なんだか盛大に勘違いしている気配の大槻さんを見て、俺が廣井さんへ視線を送ると、廣井さんは困ったように後頭部を掻きながら言いにくそうに切り出した。

 

「あっあの……ごめんね大槻ちゃん、紛らわしくて。実はこれ私達のバンドの曲なんだ~」

 

「……は? SICKHACK(姐さんのバンド)ってサイケですよね??」

 

 廣井さんの説明に、大槻さんは傍から見ても気の毒になるほど困惑していた。廣井さんばかりに負担をかける訳にも行かないので、俺は廣井さんに変わって言葉を続けた。

 

「実は志麻さんに許可貰って、俺が廣井さんとバンド組んだんです。なのでその曲は俺と廣井さんとのバンドの曲……」

 

 そこまで言うと、大槻さんは錆付いた人形の様に首を軋ませながらこちらにゆっくりと振り向いた。

 

「あなた……前にバンド組んでないって言ってたじゃない……」

 

「あっ……すんません……あれからお願いして正式にバンド組んだんです……」

 

「太郎君にSICKHACK(ウチ)の子になっちゃう? って言ってたけど、私が太郎君の家の子になっちゃったよ~でへへ」

 

 廣井さんが冗談めかして言った言葉に、大槻さんは深く顔を伏せながら両の拳をテーブルに叩きつけた。

 

「なんなのよこの間までは結束バンド結束バンドって言ってたのに今度は山田太郎とバンド組むって……今までずっとSIDEROSと仲良くしてくれてたのに……」

 

 ちょっと怖すぎるでしょこの人……流石の俺もドン引きですよ……まぁ俺もひとりが結束バンドに入って少し寂しい気持ちもあったので、そういう気持ちは良く分かる……が、いくら何でも重過ぎるでしょ。

 

 今の大槻さんは何が逆鱗に触れるか分からないので迂闊に声が掛けられず、俺達は静かに見守っていると大槻さんは勢いよく顔を上げた。

 

「それより! どうして姉さんがメタルなんて作ってるんですか?」

 

「いや~、だって太郎君にサイケは作っちゃ駄目って言われちゃったから」

 

 笑顔で言う廣井さんの言葉を聞いた大槻さんは目を吊り上げて俺を睨んできた。

 

「あなた何考えてるのよ! 姐さんのサイケの何が駄目だって言うの!」

 

 大槻さんは片肘をテーブルに付いてこちらを向くと上目で凄んできた。雰囲気が有り過ぎる。今にも手が飛んで来そうで正直怖い。

 

 しかしこんなもんでビビってるようじゃこのBocchisと言うバンドのリーダーは務まらないので、俺は毅然とした態度で答えた。

 

「いや、廣井さんが作ったサイケが聞きたければSICKHACKを聞けばいいじゃないですか」

 

「……っ! それは……」

 

 俺の言葉に大槻さんはたじろいだ。そりゃ廣井さんのサイケは一級品だけど、それはSICKHACKでも出来る事だ。

 

「それに、もしこっちに過去最高傑作のサイケ提供されても志麻さんに顔向け出来ませんし」

 

 廣井さんはこの言葉に笑っているが、これは実は割と本気で心配していたりする。世の中何が当たるか分からんからな。そう言う意味でもメインバンド優先の約束をしたのだ。

 

「廣井さんにはこのバンドでしか出来ない事を経験して欲しいんですよ。それでその経験を持ち帰って、SICKHACKでさらに良いサイケ作ってくれればそれが一番良いと思ってます」

 

 俺の考えを伝えても大槻さんはまだどこか納得が行かない……と言うよりは頭では納得したが、感情が追いついていない様子だった。それだけ廣井さんのサイケの才能を認めているのだろう。

 

「まぁ廣井さんのサイケはやりませんけど、ひとり……ウチのバンドのギターがサイケ作曲したらその時は演奏しますよ」

 

 余程残念なのか、大槻さんは縋るような表情で廣井さんを見た。

 

「姐さんはそれでいいんですか……?」

 

 大槻さんに心配そうに聞かれた廣井さんは、テーブルに置いてある一升瓶を左手で弄りながら楽しそうに答えた。

 

「……私さ~、今太郎君に言われて、って言うのは違うか。勝手に(・・・)パンクとかメタルとか作ってるんだけどさ、なんか初めて曲作った時みたいで楽しいんだよね~」

 

 廣井さんは神妙な顔で自分の話を聞いていた大槻さんの顔を見ると、ふと一升瓶を弄る手を止めて大槻さんを真っすぐに見据えた。

 

「それとも大槻ちゃん。サイケをやらない私に価値は無い(・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「――! そんな事……!」

 

 突然の質問に驚いた大槻さんは思わず椅子から立ち上がりながら叫んだ。先程の言葉はからかっていたのか「なぁ~んちゃって~!」などと言いながら楽しそうに大槻さんを見ていた廣井さんは、名案でも思い付いたように軽快に言い放った。

 

「そんなに気になるなら大槻ちゃんも太郎君のバンド入ってみたら?」

 

「おっいいですね! じゃなくてちょっと廣井さん。なんでそうなるんですか……それに俺のバンドは……」

 

 今度は俺が驚いて廣井さんに詰め寄ると、廣井さんは俺を落ち着かせるように楽しそうに手のひらを上下に振った。

 

「大丈夫大丈夫。大槻ちゃんなら条件(・・)は満たしてるから」

 

「……条件? 何の話ですか?」

 

 俺達の会話に不穏な物を感じたのか、怪訝な表情でこちらを見て来る大槻さんに、俺はこれ以上誤解を生まない為にも説明することにした。

 

「あの……俺のバンドは学生時代ぼっちだった奴を集めてるんですけど……」

 

「……は?」

 

 大槻さんの目が一段と鋭くなった。そりゃ怒るわな……『あなたぼっちに見えるんで俺のバンドの参加資格あるんで入りませんか?』なんて聞かれたら誰でも怒るわ……

 

「大槻ちゃんメンバー以外に友達いないよね?」

 

 しかし状況が分かってないのか、分かっていてわざとやっているのか知らないが。廣井さんのアクセルは全開だ。手心とか無いのかこの人。

 

「~~っ! とっ友達はいます! ……ライブを見に来てくれる皆……とか」

 

「あっ……」

 

「ちょっと! 何よそれは!」

 

 廣井さんの指摘に暫く逡巡してから、対抗するように反論した大槻さんの言葉を聞いた瞬間、俺の口から思わず声が漏れた。その声を聞いた大槻さんは勢いよくこちらを向くと、顔を真っ赤にして声を荒げた。

 

「どう太郎君? 大槻ちゃんの加入」

 

 すげーな、今のを流すのかよ……まあ確かにあまり引っ張らないのが本人の為なのかもしれない。しかしこの状況を作ったのは廣井さんなのを忘れてはならない。

 

「実力は廣井さん推薦なんで疑ってません、だから入ってくれればありがたいです……もう一人くらいギター欲しいと思ってましたし。ただまぁ、ひとりに相談してみてって感じですね」

 

「あ~……ぼっちちゃん人見知りだもんね」

 

 俺の言葉で思い出したのか、廣井さんは優しい声で頷いていた。

 

 何はともあれひとりに相談してからだ。しかしひとりにも同年代で近いレベル(・・・・・)の友達がいた方が良い刺激になると思うので、俺もなんとか説得してみるつもりではある。

 

 大槻さんを置いて話が纏まりかけた所で、俺のスマホからロインの通知音が鳴った。二人に断って画面を見ると、ひとりの家で宅録を見学している筈の虹夏先輩からだった。

 

「すみません。なんかひとりが御茶ノ水に一人で来てるらしいんで拾って帰ります」

 

 虹夏先輩からのロインを確認し終えた俺は手早く荷物を片づけて持って来た鞄を肩にかけると、椅子から立ち上がり廣井さんに向き直った。

 

「それじゃあ廣井さん、ノートは預けときますんで曲の方お願いしますね」

 

「おっけ~。きくりお姉さんに任せなさい!」

 

 頼もしい返事を貰った俺は、以前から考えていた計画を廣井さんに伝える事にした。

 

「そうだ。曲が出来たら路上ライブ行きましょうよ。大槻さんも一緒に。俺夏休みに調べたんですけど、なんか渋谷TSUTAYA前がアツイらしいですよ」

 

「ちょっと私は……って渋谷TSUTAYA前!?」

 

 渋谷TSUTAYA前という単語を聞いて大槻さんがたじろいだ。俺の調べた限りココはかなり上級者向けらしいからな。でもどうせやるなら最高難易度でやろうぜ! 武道館目指してる奴が渋谷ぐらいでビビるな。なあに、かえって免疫が付く。

 

「おっ、いいねぇ! どうせならライブもやろ~よ。拠点は何処にする? やっぱSTARRY? それともFOLT? それか渋谷チョークホテルとか行っちゃう?」

 

 流石は廣井さん。これまでの経験のなせる(ワザ)か、はたまた酒のせいで麻痺しているのか、渋谷と聞いてもまるで怯んだ様子が無い。頼もしい限りだ。

 

 しかし拠点か……全然考えて無かったな。ひとりの事や、店長に恩返し的な意味ではSTARRYがいいと思うのだが、あそこには名探偵虹夏がいるからな。ドラムヒーローの事がバレそうで怖いのだ。

 

「そうですね……ちょっと考えときます。それじゃあ大槻さん、路上ライブ決まったら連絡しますんで、一緒に行きましょう」

 

「えっ? ちょっと! まだ私は入るなんて一言も……!」

 

「まぁまぁ大槻ちゃん、一回だけ一緒にやってみようよ。それで何も得るものが無かったら抜けたらいいじゃん」

 

 自分の与り知らぬ所で話が進んでいた大槻さんが慌てて俺の誘いを断ろうとすると、廣井さんからそんな提案が出て来た。大槻さんは廣井さんの言葉に少し考えこむと、チラリと廣井さんを見て一つ息を吐いた。

 

「分かりました……一度だけですよ」

 

 大槻さんの言葉に俺と廣井さんはハイタッチをすると、それを見た大槻さんは恥ずかしそうに怒っていた。大槻さんは廣井さん大好きみたいだからな。これは今後使えるぞ。

 

 二人と吉田店長に挨拶してFOLTを出た俺はひとりへロインで現在地を確認すると、そこで待っているように伝えて御茶ノ水へと向かった。どうやら前に話していた新しいギターを買った楽器屋にいるようだ。

 

 御茶ノ水に到着してひとりの居る楽器屋へとやってくると、大きな袋を両手に持ったひとりを発見した。

 

「よーっすひとり、迎えに来たぞ」

 

「あっ太郎君」

 

「つーか客を自宅にほったらかしにして何やってんだよお前は。虹夏先輩もう帰ったらしいぞ」

 

「えっ! あっ明日謝らないと……」

 

 そんな事にも気が付かない程ひとりはハイになっていたようだ。しかしあの出不精のひとりがわざわざ自宅から御茶ノ水まで一人で来るなんて、一体何を買いに来たのか気になる所だ。

 

「それにしても随分な大荷物だな。何買ったんだ?」

 

「え”っ!? ……そっその……(いいねが貰えると)私の気分が上がって、演奏のモチベーションが良くなる(かもしれない)物……かな……はは……」

 

 目を逸らしながら話すひとりが持っていた袋を一つ持ってやると、これが案外重い。しかし一つの大きな商品では無く、割と小さい商品が沢山ある事で出来た重さのようだ。スピーカー……じゃないよな? なんだこれ? 

 

 あまり人の買い物に煩く言うのも気が引けたので、帰りの電車ではこの話はあまり突っ込まずに先程まで廣井さんと会って来た話をすることにした。

 

「そう言えば廣井さんとさっきまで話してたんだけど、もう二曲目作ってたぞ」

 

「! すっ凄く早いね。どんなのだった?」

 

「ヘヴィメタル。なんかごっついサウンドだった」

 

 デスメタル好きなひとりは二曲目がメタルだと知って若干嬉しそうだった。

 

「それで曲が出来たら路上ライブ行こうって廣井さんと話しててな。金掛からないし。それで渋谷TSUTAYA前がアツイらしいんだけど……」

 

 そこまで言うとひとりは盛大に固まってしまった。暫くして再起動したひとりは泣きそうな顔でこちらを見てきた。

 

「じっ地元の金沢八景でもあんなに緊張したのに……しっ渋谷なんて……! 陽キャの巣窟……! パリピの跋扈する地……! キングオブウェイの根城……! む、むむむむむむむ無理!」

 

 高速で首を横に振り続けるひとりの顔を両手で挟んで首振りを止めると、俺は自信満々に言い放った。

 

「大丈夫だひとり。俺にいい考えがある!」

 

「……太郎君のそれあんまり信用できない奴じゃ……」

 

 言ってくれるじゃねーか……でもマジで大丈夫。平気平気。俺に任せろって。

 

 しかし全く信用していない目で見て来るひとりの説得を一旦中止して、俺は大槻さんの事を伝えておく事にした。

 

「そうだ。実は今日Bocchisに入ってくれそうな人を見つけたんだが、お前の意見も聞いておこうと思ってさ。覚えてるか? 俺が試験受けたSIDEROSってバンドのリーダーでギターボーカルやってる大槻さんって言う女の人なんだが……」

 

 俺の説明にひとりは目を見開いて俺の事を見つめて来た。なんかキメていらっしゃる? ちょっと怖いんだが……

 

「女の人……」

 

「お、おう。お前も男が入るより緊張しなくていいだろ? 俺はまだ聞いた事無いんだけど、演奏技術も廣井さんからの推薦だから、お前程じゃないだろうけど結構いい勝負するんじゃないかなって。お前も同年代でレベルが近い友人がいた方が刺激になるだろ」

 

 ひとりは視線から俺を外すと、少し考えてから力強く頷いた。

 

「うん……分かった」

 

「……別に無理しなくてもいいんだぞ? もしアレなら俺から断っても……」

 

「いっいや……大丈夫。たったたた太郎君が一緒なら誰でも大丈夫……」

 

 やっぱりメッチャ緊張してるじゃねーか。しかしなんだかやる気になっているひとりの気勢を削ぐことも無いと思って俺はそのまま黙る事にした。まぁとりあえずは路上ライブやってみて考えるか、廣井さんもそんなような事言ってたしな。しかしこの気迫ならあの事を伝えても大丈夫だろうか? そう思った俺はひとりの肩にそっと手を置いた。

 

「あと将来的に、お前にもボーカルやって貰うから」

 

「うっうん……え!?」

 

 

 

 

 

 電車で固まってしまったひとりを送った翌日の朝、後藤家の前までひとりを迎えに行くと、FXで有り金全部溶かしたような顔のひとりが幽鬼の様に立っていた。

 

「おいおいおい……どうしたひとり」

 

 虚ろな瞳に呆けた表情のひとりは俺の疑問に答える事も無くゆっくりと歩き始めた。電車に乗っても、学校についても変わらない様子にほとほと困ってしまった俺は、昼休みに喜多さんに原因を聞いてみたのだが、どうやら喜多さんも分からないらしい。

 

 仕方がないので名探偵虹夏に原因を突き止めて貰う為、放課後を待ってSTARRYへ赴くと、まだ虹夏先輩は不在だった。

 

 しかしSTARRYに着くとひとりの容態も少し変化を見せて、碌に喋らなかったひとりがボソボソと呟き始めた。

 

 皆で耳を澄ませると、ひとりは「二十万消えた……」と繰り返し呟いていた。いやマジで一体何があったんだよ……早く来て! 名探偵虹夏! 

 

「皆おはよ~」

 

「あっ虹夏先輩! 待ってましたよ!」

 

 喜多さんや店長が状況を良く理解出来ないままひとりを励ましていると、ようやっと虹夏先輩がやって来たので俺は慌てて虹夏先輩に駆け寄った。

 

「えっちょっとどしたの? 事件?」

 

「事件と言えば事件ですよ。なんかひとりの奴がさっきからずっと二十万消えた……って呟いてるんですけど、何か知りません?」

 

「えっ!?」

 

 虹夏先輩が珍しく顔面を若干崩壊させながら驚いている。これは探偵じゃなくて容疑者の可能性が出てきましたね……もしくは教唆。

 

 事情を知っている虹夏先輩が来たおかげか、ひとりは泣き笑いの表情で虹夏先輩にだけ聞こえるように話し始めた。

 

「マイニューギアしたくて全部使ったんです……うへへ」

 

「まいにゅー……パプアニューギニア?」

 

「ちょっと太郎君ぼっちちゃんと同レベルじゃん! いや実はね……」

 

 なんだか今凄く失礼な事を言われた気がしたが……虹夏先輩はスマホを見せながら説明してくれた。どうやらトゥイッターに新しい機材を上げるといいねが付くらしく、そのいいね欲しさにひとりはギターヒーローの広告収入である二十万を全部使って、いらんエフェクターを多数買い込んだらしい。いや、アホだろこいつ。

 

「なるほどギターヒーローのトゥイッターですか……あっでもフォロワー千人いってる……ってめっちゃ練習しろとか動画上げろって怒られてんじゃん……」

 

 俺がスマホでギターヒーローのトゥイッターアカウントを見ながら呆れていると、虹夏先輩が恐る恐る耳打ちして来た。

 

「そう言えば太郎君、ぼっちちゃんがギターヒーローだって……」

 

「ああ、勿論知ってますよ。まあここまでアホだとは知りませんでしたけど……」

 

 いやその片鱗はあったか? というか昨日の大荷物はそれかよ……俺は知らん間にアホの片棒を担いでいたのか……いやもうこれサイン付けて投稿動画内でプレゼントするか、フリマサイトで売るしかねーだろ……どうすんだよエフェクターばっかこんなに……

 

 俺がひとりの正体(ギターヒーロー)を知っている事が分かった虹夏先輩が胸を撫で下ろしていると、喜多さんがスマホを見ながら叫んだ。

 

「ちょっと大変な事になってますよ!」

 

 喜多さんの言葉に俺は顔を顰めた。今度はなんだよ……今日は祭りか? イベント盛りだくさんかよ……

 

「この前の文化祭ライブ、ダイブの所だけネットに流出してます!」

 

 それはいかんでしょ……他人事だと思っていたから祭りかよ……なんて言っていたが、自分が関係してくるなら話は別だ。急いで調べると【悲報】女子高生文化祭ライブで衝撃の展開にwww、と言うタイトルのスレッドに動画が掲載されていた。

 

 スレッドには、誰も受け止めないのが胸に来る、突然ダイブされたら無理だよ、1K(キル)1D(デス)、等のひとりの事以外にも、逃げ遅れた被害者w、コイツぶつかるんなら受け止めてやれよ鈍くせー奴だな、これ絶対(頭突きが)入ってるよね? など俺の事も散々に書かれている。いやマジで突然ダイブされたら無理だったんだよ。

 

「ああ~トゥイッターにも転載されてる!」

 

 見れば同じ動画がトゥイッターにも転載されて、三千件以上のいいねが押されていた。なんも良くねぇよ……ネット社会怖すぎる……これもうデジタルタトゥー……ってコト!? 幸い顔にはぼかしが入っているので首の皮一枚……繋がってるのかこれ? 

 

「まっまぁこんな話題すぐ忘れ去られるよ! 大丈夫! 落ち込まないで!」

 

 虹夏先輩が当事者である俺達二人を慰めてくれたが、ひとりはそんな事よりも、自分の機材の写真がダイブ動画にいいねの数で負けた事にショックを受けていた。こいつある意味精神がタフ過ぎるだろ。

 

「二十万がダイブに負けた。二十万がダイブに負けた。二十万がダイブに負けた」

 

「よく考えろよひとり、お前のダイブには二十万以上の価値があるんだよ」

 

 俺が優しい顔でひとりの肩を叩きながらそう言ってやると、ひとりは光明を得たような顔で俺を見て来た。

 

「太郎君……! じっじゃあやっぱりあんなにエフェクター買った意味は無かった……ってコト?」

 

「まあそれはそう」

 

 そう言うとまたひとりは落ち込み始めてしまった。でも仮にいいね数が勝ってたとしてお前は一体何を得たんだよ……まぁ金持ってたらバイト辞める事ばかり考えてるだろうから結果的にこれで良かった……のか? 

 

 結局その日のひとりはそれ以降使い物にならなかった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくしたある日。結束バンドのライブの日に虹夏先輩によるバンドパーカーのお披露目があった。

 

 メンバーに合わせて少しずつデザインが違う凝ったパーカーだ。俺もある理由でBocchisではパーカー、もう少し言えばフード付きの上着を採用しようと思っていたので参考に見せて貰った。

 

 文化祭も終わり長袖のパーカーを見ると、いよいよ冬が近づいて来たなと感じてしまう。

 

「そう言えば最近少しですけど初めて見る客が増えてますよね」

 

 俺が最近気付いた変化について話すと、虹夏先輩と喜多さんも嬉しそうに答えてくれた。

 

「そうなの! この前の文化祭から新しいお客さんが少し増えてライブが楽しくなってきたね」

 

「最近はノルマ分捌ける日もありますしね」

 

 ノルマ分が捌けるって事は結束バンドだけで二十人呼べるって事か……それならダイブが拡散された甲斐が有るってもんですよ……しかし結束バンドが随分と遠い所に行ってしまった感じだ。俺のバンドなんかまだ初ライブもやってないぞ。まぁ今年中に結成出来ただけありがたいが。

 

「生ぬるいわこわっぱ共め……」

 

 嬉しそうな虹夏先輩と喜多さんの話を聞いたリョウ先輩が腕を組んでドヤ顔で語り出した。

 

「結束バンドのSNSを作って、ぼっちのMyNewGurabia(マイニューグラビア)すればすぐ上まで……」

 

「リョウ先輩一生ついて行くっス! ひとりはお団子が似合うんでチャイナ服が見たいっス! それかバニー! まだ後藤ひとりフォルダに無いんですよ! スク水? それはあります」

 

 リョウ先輩の素晴らしい提案に食いついた俺が要望を出すと、先程までドヤっていたリョウ先輩は一転してへりくだってきた。

 

「太郎様ぼっちの画像管理は私めにお任せください」

 

 画像管理? 駄目に決まってるでしょ。ひとりともそう言う約束で写真撮ってるし。ひとりのファン一号二号さんにも画像は見せた事ありますけど、複製はしてませんからね。

 

「ちょっと太郎君も何言ってるの! リョウもぼっちちゃんの画像を収集しようとしない!」

 

 虹夏先輩が冗談だと言って煽って来たリョウ先輩をロメロスペシャルでシメている横で、何かひとりが真剣な表情で悩んでいたかと思うと、勢いよくSTARRYの扉が開かれて皆が一斉にそちらを見た。

 

「こんにちは~! ばんらぼってバンド批評サイトで記事書いてる者ですが、結束バンドさんに取材お願いしたく~」

 

 思わず、まことに~!? なんて返したくなるテンションだ。

 

 そこには黒髪をツーサイドアップにして、首に包帯を巻いた痛々しい恰好をした少女? が萌え袖にした手に名刺を携えて立っていた。

 

「あっあたしぽいずん♡やみ、14歳で~す☆」

 

 

 

 おいなんかちょっとだけPAさんとキャラ被ってねーか? しかしどうしてライブハウスって言うのはこう言うアクが強いのばかりが集まって来るのかね。




 締め切りとか無いこの話を書いてると、思ったように書けなくて全然完成する気がしない時とかあるんですが、その時は星歌店長の「しねーことはねーよ! 完成するんだよ! 下手なテイク使ってな!」って台詞を思い出して書き上げるようにしてます。

 あと実は感想での発破が無かったら、主人公のバンド結成は単行本五巻に出て来るSTARRYの新人バイトと組ませたら丁度良いな、とか割と本気で思ってたんで感謝してます。勿論、評価、お気に入り、UA、しおり、ここすき、誤字脱字報告等もモチベーションアップになっているので大変ありがたいです。ありがとうございます。


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017 ぽいずん変じて薬となる?

 本当は次話が渋谷路上ライブの予定だったんですが、思ったより14歳の話が長くなったので次話でライオット参加話とか色々片づけて、その次が多分渋谷路上ライブになります。



「あっあたしぽいずん♡やみ、14歳で~す☆」

 

 

 

「アポとかとってらっしゃいますか?」

 

 場違いなほど陽気な黒髪の少女? ぽいずん♡やみ14歳さんの挨拶を受けて、STARRYは水を打ったように静まり返ったが、そんな空気を全く気にする事無くPAさんが応対した。

 

 やはり似たようなキャラ(長い黒髪と萌え袖だけで判断)の扱いは慣れているのだろうか? もし俺とドカベンキャラが被るような奴が来ていたら、今頃血で血を洗う凄惨なホームランダービーが開催されていただろう。

 

 PAさんがぽいずん♡やみ14歳さんの先制パンチ(自己紹介)を綺麗にスルーした事を周りの皆が驚いたが、すぐにSTARRYには廣井さんやひとりという彼女以上にアクが強い者が居る事を思い出して納得していた。

 

 なぁに、この二人に比べたらぽいずん♡やみ14歳さんなんぞただの痛い恰好しただけの十四歳よ。と言うかこの人格好がそれっぽいだけで絶対14歳じゃねぇだろ……

 

 ぽいずん♡やみ14歳さんはPAさんの質問に悪びれた様子も無く謝ると、矛先を結束バンドの四人に向けた。

 

「下北沢で活躍中の若手バンド特集記事を書こうと思ってまして~」

 

 ぽいずん♡やみ14歳さんの言葉に虹夏先輩や喜多さんは自らのバンドの注目度の高さに大喜びだ。しかし名前長すぎるだろこの人、ぽいずんさん? やみさん? 14歳さん? なんて呼べばいいんだ? とりあえずぽいずんさんと呼んでおこう。

 

 未知との遭遇に怯えたひとりが俺の背中に隠れてしまった事を気にする事無く、ぽいずんさんは結束バンドに質問した。

 

「じゃあ早速しつも~ん! 今後の結束バンドの目標は?」

 

 結束バンドのメンバーは各々バラバラな目標を語っていたが、俺の背中に隠れるだけでは飽き足らず、ぽいずんさんに目も合わせずにそっぽを向いたまま答えるひとりの目標を聞いて俺は驚いた。

 

「あっ世界平和……」

 

 えぇーっ!? ひとりの夢ってそんなに大きいのかい!? ってマジかよ……俺は台風ライブの打ち上げで、ビルボード一位やグラストンベリー・フェスティバルとか言う世界最大のフェスに出るというでっかい夢を掲げたつもりだったが、まさか更に上があるなんて……やっぱりひとり、お前がナンバーワンだ。

 

 ぽいずんさんは皆の統一感の無い答えに張り付けた様な笑みで感想を返すと、途端に虹夏先輩達に興味を無くしたように突然俺の後ろに隠れていたひとりへと体を回り込ませて覗き込んできた。

 

「あっ(唐突)そう言えばギターの方って少し前にダイブで話題になった人ですよね!? ……って、もしかしてあなたは一緒に写ってた男子生徒ですか!?」

 

 何だこいつひとりに目を付けるとは中々見る目があるな……なんて思って見ていると、ひとりが隠れている壁役の俺の顔を面倒そうに見た途端、何かに気づいたぽいずんさんは急に俺への態度を変えて嬉しそうに話しかけて来た。

 

「なんであの時ダイブしたんですかぁ~。なんで受け止めなかったんですかぁ~。普段のライブからダイブしてるんですかぁ。お二人はどんな関係なんですかぁ。もしかしてお二人は付き合ってるんですかぁ~」

 

 

 虹夏先輩達をほったらかしにして、ダイブの動画の当事者である俺達に矢継ぎ早にしつこく絡んでくるぽいずんさんを、もしかしてこれ(・・)が目的か? と不審に思った俺は虹夏先輩へと視線を向けた。

 

 虹夏先輩も困惑した表情でこちらを見ていたが、俺と視線が合うと一つ頷いた。やはり虹夏先輩もこの不審者に思うところがあるのだろう。仕方ない、俺がなんとかするか。

 

 ぽいずんさんはやはり被害者である俺よりも、ダイブ当事者のひとりの方に興味があるのか熱心に話しかけていたが、ひとりは相変わらず未知との遭遇に心を閉ざしているようだった。

 

 さて、どうはぐらかそうかと俺は考えた。そうだな……取りあえず妹と兄貴って設定で行って見るか? それで文化祭の時は妹が勢い余って兄貴にダイブ、STARRYに二人でいるのもそんな妹を心配した兄貴がライブを見に来た……おっ? これは結構いい感じの筋書きじゃないだろうか? 

 

 取り敢えずそんな感じで行こうと思って口を開きかけると、店長が間に入って来た。

 

「すみませんうちでの迷惑行為はやめてもらえま……」

 

 店長! 良かった、これで俺のバカみたいな言い訳を使う必要が無くなって助かりましたよ。なんて思っていたら、間髪入れずぽいずんさんが涙目で店長に謝った事で店長の様子が変わった。

 

「ふぇ……ごめんなさい……」

 

「!? セツドアルコウドウオネガイシマスネ……」

 

 いや弱すぎんだろ、ぽいずんさんもしてやったりって顔してるぞ。そのヤンキーみたいな恰好は見掛け倒しですか……と思ったが案外そうかもしれない。店長は見かけによらずメッチャ良い人だからな……

 

 ぽいずんさんのぶりっ子(死語)に店長が負けたので、いよいよ進退窮まった俺はやはり例の設定で押し通そうと思った時、今度は虹夏先輩が唐突に叫んだ。

 

「……皆そろそろライブの準備しなきゃ!」

 

 俺に視線を向けてきた虹夏先輩が頷いたので、俺も小さく頷き返した。半ば強引に話を打ち切った虹夏先輩は、ぽいずんさんへ不審な眼差しを向けながらひとりを連れて奥に引っ込んでいったので、俺は一つ息を吐いてライブを見る為にその場を離れた。

 

「あっ太郎君。なんか揉めてたみたいだったけどどうかしたの?」

 

「あの人と何か話してたみたいだけど……」

 

 ステージの近くに行くと、いつもの様にひとりの眼前に陣取っていた一号二号さんが話しかけて来た。やはりあれだけ派手に話していると目立っていたのだろう。

 

 ちなみに今は太郎君と名前で呼ばれているが、少し前までは名誉顧問と呼ばれていた。名誉顧問とは俺が苦肉の策で付けた自分のあだ名だ。彼女たちはどこからか(多分虹夏先輩辺りだろう)俺がひとりの幼馴染だと知るとファン一号は俺だと言ってきた。

 

 しかし路上ライブでファンになってくれた二人にこそ一号二号を名乗って欲しかった俺は、その理屈なら一号はひとりのおじさんだが、身内がファンと言うのはおかしい、それよりひとりの演奏を聞いてファンになってくれた人こそ一号だ。そう反論した。

 

 その結果二人は身内はファンでは無いと言う主張は納得してくれたが、ライブハウスまでやって来る幼馴染を差し置いて一号二号を名乗るのも恐れ多いと悩んでいたので、じゃあ俺は名誉顧問で、と言ったら割とすんなりと通ってしまった。

 

 それから名誉顧問と呼ばれ出したのだが、年上の女の人に自分の事を名誉顧問と呼ばせるプレイをする奴は大体ヤバイ奴だろう、常識的に考えて。なので俺は泣いてお願いして名前呼びにして貰ったのだ。

 

 そもそも何なんだよ名誉顧問って……何する人なの? それに本当にファンクラブとか出来たら絶対煙たがられるやつじゃん……それによく考えたら零号とかの方がカッコよかったか? 

 

「いえ、なんか雑誌のライターさんらしくて……下北沢の若手バンドの特集で結束バンドを見に来たらしいですよ」

 

 俺の言葉に一号二号さんは先ほどの虹夏先輩達の様に、自分たちが応援しているバンドが評価されはじめた事を嬉しそうに喜んでいた。

 

 

 

 相変わらず本調子ではないが楽しそうに演奏しているひとりのライブが終わると、一号二号さんがひとりへとライブの感想を伝えに行くという事で俺も一緒に駆り出された。なんでも俺がいるとひとりがいつもより沢山喋ってくれるから、らしい。

 

 ひとりも最近大体同じ客が入っている為慣れて来たらしく、一号二号さんの差し入れを受け取りながら少しだが会話をしていた。

 

 そんなぬるま湯の様な環境にひとりが慣れた事に虹夏先輩が苦言を呈して、ひとりが小賢しい正論で反論していると、慌てた様なぽいずんさんが割り込んできた。

 

「あのっ!! その……まさか……まさかとは思ったんですけど……」

 

 ライブ前のふざけた雰囲気などまるで無くして、信じられない様な物を見た様に驚愕しているぽいずんさんは、自分の考えを確かめるように言葉を発した。

 

「その歌うようなギタービブラートのかけ方、所々に滲み出る演奏のクセ……絶対そう! 間違いない!」

 

 困惑と驚愕が入り混じった表情でひとりを見つめていたぽいずんさんは、ゆっくりと、しかし確信を込めて叫んだ。

 

「あなたギターヒーローさんですよねッ!!」

 

 

 

 俺はぽいずんさんを今までただの痛い人だと思っていた……が違った。この人は分かる(・・・)人だ。なにせ相変わらず実力の半分も出せていない、虹夏先輩が気付いた時よりも酷いひとりの演奏を聞いてギターヒーローと言う答えへ辿り着くとは……

 

 そんなぽいずんさんの渾身の叫びにイマイチ鈍い反応を返した喜多さん達を見て、ぽいずんさんが先程とは違う叫びを上げた。

 

「まさかあんた達知らないの!? このギターヒーローさんはねぇ!! 超凄腕高校生ギタリストでッ、それでいて男女問わず学校中の人気者でロインの友達数は千人越え彼氏はバスケ部のエースで更に超凄腕ドラマーの超リア充女子なのッ」

 

 いやちょっと待て、いつの間にか彼氏君が超凄腕ドラマーに成長してるじゃねーか……バスケ部エースと凄腕ドラムの両立なんて無理に決まってるだろいい加減にしろ。あれほど設定を盛るなって言ってたのに何をしてるんだこいつは……

 

「人違いじゃないですか?」

 

 ぽいずんさんの熱のこもった公開処刑(説明)を喜多さんがバッサリと切って捨てると、それに続くように虹夏先輩が叫んだ。

 

「そっそうですよ! その人とこのド陰キャ少女が同一人物に見えますか!?」

 

 ひとりの事を守る為なんだろうが二人とも容赦が無い。いや喜多さんは知らないから当然か。ひとりは言葉のナイフでもう全身傷だらけですよ。しかしひとりが自分で蒔いた種とはいえ他人の口から聞くとあの妄言は破壊力抜群だな……本物のリア充女子である喜多さんでもここまでハイスペックじゃねぇよ……違いますよね? 

 

 二人の言葉を聞いて冷静になったのか、ひとりを見ながら何やら考え込んでいたぽいずんさんは、暫くすると自分の中で結論が出たのか顔を輝かせた。

 

「やっぱりギターヒーローさんですよね!」

 

「なんで!?」

 

 皆何故その結論に至ったのか分からず混乱していたが、俺は少し違う。まさかこの人……演奏技術だけじゃなくてひとりの最先端ファッションを理解できる人なのか!? やべーなこの痛々しい不審者になんだか親近感が湧いて来てしまった。

 

「カリスマは一般人とは一味違うしッ!」

 

 やはりこの人痛い人だが見る目のある人だ。若干ギターヒーローという色眼鏡的な先入観が入っている気がしないでもないが、流石はマイナーとは言え音楽雑誌のライターだ。やっぱりバリキャリな大人()は見る目がありますねぇ。

 

「あっあの……あの……」

 

 ぽいずんさんの押しの強さに圧倒されているひとりが困ったように口を動かすと、ひとりの様子を見た虹夏先輩は俺の近くへと歩いて来た。そのまま俺の腕を掴んでぽいずんさんの前へ連れて行くと大きな声で宣言した。

 

「この人がぼっちちゃんの彼氏です!」

 

「……は?」

 

 誰が発したか分からない声が辺りに響くと共にその場の全員があっけにとられた。何言ってんだこの人。というか俺の考えてた兄妹設定がいきなり破綻したんだが……どうすんだよこの後……

 

ギターヒーローさん(その人)ってバスケ部のエースが彼氏さんでしたよね!? こんなパッとしない顔した男子がそんな凄い人に見えますか!?」

 

 俺の体は見えない刃物に貫かれた。まるで触れる物全てを傷つける白刃(しらは)の様な人ですね虹夏先輩は。だがなるほど、中々上手い言い逃れかも知れない。俺が傷つくという事を考慮しなければ。

 

「確かに……バスケ部のエースにはとても見えない……」

 

 うーん納得しちゃったよこの人。ままええわ。その方が都合が良い。

 

 ひとりの動画説明欄(虚言)を全面的に信じているのか、ぽいずんさんは再び悩み始めた。

 

「このパッとしない男子が彼氏って本当なんですか!?」

 

 考えても埒が明かないと判断したぽいずんさんは確認の為に直接ひとりに質問した。しかし会話のキャッチボールの度にいちいち俺を言葉で殴るのはやめろ。いらないだろパッとしないって枕詞は。

 

 ぽいずんさんに詰め寄られたひとりは未知との遭遇(ぽいずん♡やみ14歳)を恐れて顔を伏せていたが、誤解を解くために遂に顔を上げた。

 

「あっえっ……えへ……えへへ……」

 

 おい誤解を解け、なんでそんな嬉しそうなんだよ……と思ったが、分かったぞ。ひとり……否定しないって事はそう言う作戦で行くんだな? 

 

 俺はひとりの考えをいち早く読み取ると、作戦成功に向けてぽいずんさんの前に躍り出た。あなたとは出会い方が違えば同じ感性を持つ物同士、後藤ひとりファンとして同志になれたかもしれませんね……しかし今回は押し通らせて貰いますよ。

 

「虹夏先輩の言葉通り、俺がこいつの彼氏です」

 

「えっ!?」

 

 突然そう宣言した俺にひとりとぽいずんさんが同時に声を上げて驚いた。

 

 いやなんでひとりが驚くんだよ。虹夏先輩発案のバスケ部でも何でもない俺が彼氏の振りをして、お前がギターヒーローの疑いから逃れる作戦じゃねーのかよ。

 

 見ればひとりの顔はだらしなくふにゃふにゃしている。どんな表情だ、作戦をドブに捨てる気か。もう吐いた唾は飲めねーぞ。あーもうめちゃくちゃだよ、どうすんだよこの状況。

 

 次から次へと滅茶苦茶な情報が飛んできて、流石のぽいずんさんもだいぶ混乱しているようだ。顎に手を当てながらブツブツと呟いている。

 

「でもあの演奏は確かに……やっぱりあなた本当はギターヒーローさんですよね!?」

 

 やはり己の直感を信じる事にしたらしい。この人見た目に反して優秀過ぎるだろ……

 

 ぽいずんさんが再びひとりに問いかけると、ふにゃふにゃの顔でにやけていたひとりは今度こそぽいずんさんに反論した。

 

「あっいやぁ……えへぇ……ちっ違いますぅ……」

 

「絶対この子ーーーーー!!」

 

 遂にぽいずんさんはひとりをギターヒーローと確信したように叫んだ。

 

 おいバカおい、そこはちゃんと否定しろよ。今までの俺と虹夏先輩の苦労はなんだったんだよ。虹夏先輩メッチャ怒ってるし俺は言葉の暴力に殴られ損じゃねーか。それにさっきから何だそのふにゃふにゃ顔は。シャキッとせんか。

 

「あの~ギターヒーローって……」

 

 遠慮がちに聞いて来た喜多さんに、ぽいずんさんはスマホの画面にギターヒーローの投稿動画を表示させながら説明し出した。

 

 動画を見た喜多さんは、その特徴的なピンクジャージと後藤家に遊びに行った時に入った見覚えのある部屋を見て、大して驚きもせずに言い切った。

 

「まぁひとりちゃんね」

 

「ぼっち」

 

 そら気付くわな。と言うか何故今まで気づかれなかったのかと言う方が謎だ。あの特徴的なピンクジャージはそうそう見かけるもんじゃ無い。

 

 同じく動画を見ていた、後藤家に遊びに行ってすら無いリョウ先輩も特に驚く事無くひとりだと断定したのを見て、何故驚かないのかとぽいずんさんは憤慨した。

 

 だがリョウ先輩も喜多さんも前々からひとりには何かを感じ取っていたらしく、特別驚く事もなくすんなりと納得していたが、それよりも二人は別の事に驚いていた。

 

「いや驚いてますよ。この大量の虚言には……」

 

「ぼっち様動画のお金の管理は私めにお任せください」

 

「~~~~!!」

 

 リョウ先輩はいっつも何かの管理をしたがってるな。クレジットカードは短期間に沢山申し込むとヤバイ奴と判断されて審査に通らないらしいですよ。気を付けましょう。

 

 ギターヒーローのアカウントが皆に見つかった事で今までの数々の虚言が白日の下に晒されて、ひとりは声にならない声を上げて固まっていた。

 

 決め手はピンクジャージだと思うから、今度から動画撮影の時は嫌でもおばさんが買って来た服を着てやろうな。俺も写真撮りに行くから。

 

 しかし恐ろしい……明日は我が身(ドラムヒーローの虚言)だ……いや、まだバレると決まった訳ではない。それに俺の虚言は軽音部のギターの彼女だけだ……なら――バレる前に作っちまえば良いんだよギターの彼女をよぉ! いややっぱ無理だわこれ。しかし今更消したら視聴者に勘ぐられるしどうすっかな……

 

「ギターヒーローさん。さっきのライブはなんであんな酷い演奏を……!?」

 

 ぽいずんさんはギターヒーローというビッグネームに大して驚かない他の人間を呆れたように放りだしてひとりに詰め寄り、先程のライブの酷い演奏の理由を問いただしていた。

 

「わっ私人見知りで……だからバンドだと上手く合わせられなくて……動画は家で一人で弾いてるから……」

 

「……いいんですよぅ☆ 天才にだって欠点はあるもんですう!」

 

 スゲーな全肯定したぞ。この人実はひとりと相性抜群なのでは? 太郎は訝しんだ。しかし廣井さんや店長と言い、ひとりは大人に好かれるな。ひとりは怖がっているが案外ひとりは社会に飛び出してからの方が生きやすいのかもしれない。

 

「え~! ひとりちゃんってこんなに凄い子だったの?」

 

 ぽいずんさんの話を聞きながらスマホを見ていた一号二号さんが驚いて声を上げたので、俺は腕を組んでドヤ顔で話しかけた。

 

「フフフ……そうですよ。そしてそんな凄い子を路上ライブ一回で見抜いた一号二号さんも凄い人なんですよ……フフフ」

 

「ええ~! なになに? そんなに褒めてもまた(・・)太郎君がライブやる時に見に行く位しか出来ないよぉ~」

 

 俺の褒め殺しに一号二号さんは恥ずかしそうにしているが、俺が路上ライブにいたのを覚えててくれて、更に俺のライブに来てくれるとか何だこの人達天使か? BandofBocchisのファンクラブ会員番号一番二番はお二人の為に空けて待ってますよ! 

 

 やっと期待通りの反応をしてくれる一号二号さんに喜んだぽいずんさんは、二人をギターヒーローの選ばれし古参ファン認定した後、二人がこれから厄介ファンへと変わり果てる様を思い描いてドン引きされていた。

 

 そんな本気とも冗談ともとれる話をし終えたぽいずんさんは、まるでもう結論が出たかの様に話をまとめた。

 

「ウチの編集長にかけあって業界の人紹介してもらえるように言っときます!」

 

 ぽいずんさんの言葉に一号二号さんやリョウ先輩以外の結束バンドのメンバーが色めき立った。結束バンドが有名になるかもしれないとはしゃいでいる皆を見たぽいずんさんは、喜んでいる事が全く理解できない顔で困惑していた。

 

「結束バンド? 何の話? あたしが言ってるのはギターヒーローさんだけ」

 

 ひとりを指さしながら勧誘するのはギターヒーローであるひとりだけだと言ったぽいずんさんは、結束バンドを下北沢によくいるバンドだと評価すると同時に当たり前の事実を確認するかの様に言い切った。

 

「……っていうか”ガチ(・・)”じゃないですよね」

 

 ファンでも関係者でもない、完全な第三者である音楽雑誌ライターの冷静な感想に虹夏先輩が動揺した。

 

「だって客も常連だけだし、宣伝もそんなにやってないみたいだし。本気でプロを目指してるバンドにみえないんだもん」

 

 はえー確かに、流石雑誌ライターを名乗るだけあって指摘が具体的だ。しかしヤバイな、俺自身何も考えて無かった。廣井さんに曲作って貰ってライブする所までは頭にあったが、bocchisも宣伝とかもやった方が良いよな? 今度廣井さんに聞いてみるか……しかしますますリーダーの立つ瀬が無いな……

 

 ギターヒーロー(ひとり)はもうプロとして通用するのでちゃんとしたバンドに入った方が良い、だからいい話が無いか探して置くと言ってスマホを弄り始めたぽいずんさんに俺は慌てて反論した。あー困ります、まだbocchisで一回もライブして無いのにひとりを持って行かれたら困ります。

 

「すんません……いきなり引き抜かれると困るんですが……」

 

「あっ……太郎君……」

 

 ぽいずんさんの強引な話の展開に口が挟めずにいたひとりが助けを求めるかのように俺の名前を呼んだ。ぽいずんさんは俺に笑顔を向けると、これからのギターヒーローの事を考えているのか興奮した様子だった。

 

「ごめんね~☆ このバンドのファンの人には残念だけど、ギターヒーローさんは今の邦ロック界にドカーンっと衝撃を与える……」

 

「おい。もう店閉めるから帰ってもらっていい?」

 

 ぽいずんさんが言い切る前に店長が横から割って入って来た。何を思ったのかガスマスクと言う重装備で登場した店長は、話は終わってないと食い下がるぽいずんさんに恐ろしい切り札を切った。

 

「お前みたいなアクの強いライターは絶対アンチがいるからな……ネットで調べたら本名が出て来た」

 

 ええ!? いくら雑誌のライターだからって本名ってそんな簡単に出て来るんですか!? っていうかそんな簡単に本名が分かるんならなんでぽいずん♡やみ14歳なんて名前名乗ってるんですか……

 

 しかしちょっとぽいずんさんの本名に興味が沸いた俺は、店長と結託してぽいずんさんの本名から実家の連絡先を掴んだ事でぽいずんさんを脅しているPAさんの元に近づくとスマホの画面を見せて貰った。

 

「……佐藤さん!!」

 

「ちょっとあんた! それはルール違反でしょ!?」

 

 俺が見せて貰った苗字を叫ぶと、ぽいずんさん――佐藤さんは悲鳴に近い声を上げた。

 

 ぽいずん♡やみ14歳はルール無用だろ。というかなんだよもっとやばいキラキラネームが出て来るのかと思ったら意外と普通じゃねーか。と思ったが今は喜多さんみたいにシワシワネームの方が嫌なのか? うーん太郎なんてミイラ見たいな名前の俺だがよく分からん感覚だ。

 

 ぽいずんさんは親御さんにぽいずん♡やみ14歳をばらされる事に恐怖していたので、一応ぽいずん♡やみ14歳がヤバイ名前である事の自覚はあるらしい。じゃあなんでこの名前付けたんだ? マジで分からん……

 

「ギターヒーローさんそれでは~~! 今日の事は頭の隅にでもいれといてくださぁ~い」

 

 これ以上話を強引に進める気は無い様で、店長の脅迫に怯えて弱々しくそう言ったぽいずんさんは、STARRYから出て行く直前真剣な表情で振り返ると、先程からのおどけた様子からは想像出来ない程酷く真面目な声色で言い放った。

 

「……こんなところでうだうだやってると、あなたの才能腐っちゃいますよ」

 

 直後に店長とPAさんに脅されて、「あばよ☆」なんて今日日聞かない捨て台詞を残して慌ててぽいずんさんが出て行くと、俺は深い溜息をついた。ぽいずんさんがいなくなった事に安堵した――からでは無い。

 

「うだうだやってると才能が腐る……か」

 

 ボロボロの演奏でもひとりの正体を見抜いた辺り音楽的な審美眼は本物だろう。俺の勝手な想像だが、恐らくぽいずんさんはこれまでに沢山そんな(腐った)奴を見て来た(・・・・)のだ。だからこそあんな言葉が出てきたのだと思った。

 

「……太郎君?」

 

 俺はいつの間にか難しい顔をしていたのか、ひとりが心配そうに上着の裾をつまんできた。

 

「……ん? おっとすまん。ちょっと考え事をな……店長ももう上がって良いって言ってるし、そろそろ俺達も帰るか」

 

 PAさんと共にぽいずんさんを追い返した事にスッキリしていた店長は、結束バンドのメンバーを気遣う様に「あまり真に受けるな」と声を掛けると今日はもう帰るように言ってきた。

 

 帰り支度をした俺とひとりは、虹夏先輩に見送られてSTARRYを後にした。

 

 電車に乗って自宅の最寄り駅に着くまで二人とも一言も話さなかった。だがこのまま黙っていても何も進展しないと思った俺は、駅から自宅まで歩いている最中に纏まらない考えのまま話し始めた。

 

「お前が結束バンドに入ってから……まぁ色々あったわな」

 

 今まで俯きながら歩いていたひとりが顔を上げてこちらを見て来た。

 

「色々失敗もあっただろうけど……喜多さんを勧誘して結束バンドに入って貰って、アー写撮影して曲作って、台風の中ライブやって文化祭でも演奏出来たよな……でも」

 

 俺は一度言葉を止めてぽいずん♡やみ14歳の言葉を思い出した。

 

「ガチじゃない……か。痛い恰好してる人だけあって、痛い所を突いて来る人だな」

 

 俺が苦笑しながら言うと、ひとりは俺がぽいずんさんの肩を持ったのだと勘違いしたのか、頬を膨らませながらジト目で睨んできた。

 

「……太郎君はどっちの味方なの」

 

「はぁ? 今更何を言ってんだよお前は。俺はずっと昔からお前(・・)の味方だろうが……」

 

「あうっ……」

 

 呆れたように俺が言うと、ひとりは顔を赤くして俯いた。

 

 だがひとりの味方だからこそ、今の俺はあえて厳しい事を言わなければいけないのかも知れない。

 

「覚えてるかひとり、お前STARRYでのバンドオーディションの時言ってたよな? ()()()()()()()()()()()()()()って。ならお前は今こそ証明しなくちゃいけないんだよ。結束バンドが仲良しクラブじゃないって事を」

 

「! それはっ……でも……」

 

 真剣な顔で俺の話を聞いていたひとりは不安そうに呟いた。

 

 話しながら歩いていてふと周りを見ればいつの間にか後藤家の前まで着いていた。しかし俺達はすぐに解散せずに後藤家の家の前に二人で立ち尽くしていた。

 

 妙案が思いつかないまま俺は空を見上げた。当たり前だが街灯やら何やらが明るすぎて肉眼では星なんてほとんど見えない。でも――それでも見える星があった。

 

「そうだなぁ……今のぬるい(・・・)環境のままじゃいけないのなら……あえて過酷な環境に飛び込んでこそはじめて見える道もあるかもな」

 

 星を見ながら何となく口を衝いて出て来た俺の言葉を聞いたひとりはゆっくりと顔を上げてこちらを見てきた。今の言葉が何かヒントになったのだろうか? 余計に混乱させたなら申し訳ない。仕方ないだろ、俺なんかまだライブすらやった事無い新米(ペーペー)なんだから……

 

「まぁ納得いくまで沢山悩め。おまえがどんな答えを出しても俺は最後まで応援するからさ。じゃあな」

 

 このまま此処で悩んでいても力になれそうに無いと思った俺は、それだけ言うとひとりと別れて自宅への帰路についた。

 

 

 

 数日後、ひとりは一枚の宣伝フライヤーを俺に見せて来た。そのフライヤーはぐしゃぐしゃに皺が付いていて、ひとりが随分悩んだ事を伺わせた。

 

「十代の挑戦者エントリー受付中……未確認ライオット……これに出るのか?」

 

 俺が確認するように聞いてみると、ひとりは小さく頷いた。

 

「考えただけで今から凄く緊張する……けど私、飛び込んでみる……!」

 

「……そうか、頑張れよ! 応援してる」

 

「! うん!」

 

 激励と共にひとりへフライヤーを返すと、ひとりは今度こそ力強く頷いた。

 

 そんな決意のまま俺達はSTARRYへと赴いた。だが扉の取っ手を掴んだひとりはいつぞやのバイト初日の様に固まって動かなくなってしまった。

 

「? おいどうした。早く入れよ」

 

 見ればひとりは固く目を閉じて苦悶の表情を浮かべている。

 

「おいひとり、何でこんな土壇場でビビるんだよ」

 

「だっだって……! 考えてみたら私一人で勝手に決めた事だし……余計な事だって皆に断られたら……! どっどうしよう太郎君……!」

 

 ひとりは勢いよく振り返ると、縋るように俺の上着を掴みながら泣き言を言ってきた。

 

「どうもしねぇよ! 大丈夫だって! メンバーを信じろ! ほらいい加減覚悟を決めろ!」

 

 俺はSTARRYの扉を開き強引にひとりを店内へと押し込んだ。ひとりは「心の準備が!」なんて言ってるが知った事ではない。こういうのは勢いが大事なんだよ。

 

「あっぼっちちゃん!」

 

 突然入って来たひとりに気付いた虹夏先輩が、振り返りながらひとりのあだ名を叫んだ。虹夏先輩に呼ばれたひとりは遂に覚悟を決めたのか、先程までの泣き顔を全く感じさせる事のないイケメンな決め顔を作ると、結束バンドの皆に見せつけるようにフライヤーを掲げて力強く言い放った。

 

「結束バンドで……グランプリ獲りましょう!」

 

 やれば出来るじゃないかひとり、今のお前最高にカッコ良いぞ! でも今度からは外で悩まずに最初からそれが出来るように頑張ろうな。それと――

 

 

 

 後で今のイケメン顔の写真撮らせてくれねぇかな……




 ぽいずんなんて名前のキャラが出てきて引っ掻き回した結果、良い方向に転がるとか完全に毒薬変じて薬となるって意味だと思うんです。


 あと皆さん気付いてるかもしれませんが、主人公は未確認ライオットに『出ません』。いやだって廣井さん十代じゃないし……


 全然関係ないけど原作のこの時点では結束バンドのオリジナル曲って3曲しか無いって虹夏ちゃんが言ってるんですが、アニメだともう4曲あるんですよね(ギターと孤独、あのバンド、忘れてやらない、星座になれたら)、アニメ二期だとどうなるんでしょう。普通にグルーミーが5曲目になるのかな。


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018 嵐の前のクソボケ

いい加減主人公を活躍させろと石を投げられそうだったし、自分でも何とかしたかったので路上ライブ開始直前まで持って行きたかったけど、意外と話の中で片付けなきゃいけない事が多くて時間かかりました。

今回主人公が秋葉原に買い物に行く場面があるんですが、これにひとりちゃんを連れて行ってデートっぽい話を書きたい……けど性格を考えたら絶対付いて来ないよな……って物凄く悩んだのが遅くなった理由の半分位を占めてます。


 結束バンドでグランプリ獲りましょう。そう力強く宣言したひとりに、虹夏先輩はその覚悟を確かめるように問いかけた。

 

「本気なんだね!!」

 

「あっはい!」

 

 しかし改めて未確認ライオットと言う舞台の大きさを説明されたひとりは、次第に声が小さくなり、最後にはまた苦悶の表情で悩み始めてしまった。

 

「最終審査はフェス形式で、数千人の前で演奏するみたいだけどいいんだね!」

 

「うぅ……う~~……あっはい……」

 

 恐らくひとりの覚悟を確かめる為に大げさな口調で言ったのであろう虹夏先輩の言葉に、弱々しくも逃げる事無く肯定したひとりを見て虹夏先輩と喜多さんが感嘆の声を上げた。

 

 ひとりが来る前から未確認ライオットへ出場しようと考えていたらしい結束バンドのメンバーは、ひとりの意志が確認できると全員で席に着き今後の話をし始めたので、興味のあった俺は椅子を引っ張ってきてひとりの後ろへ腰を落ち着けた。

 

 未確認ライオットは三段階の審査があるようで、まず最初にデモテープを送ってのデモ審査、次にインターネットによる投票で順位づけるウェブ投票、更に審査会場となるライブハウスでライブを行うライブ審査へと続き、最後に数千人の前でライブを行うフェス形式によるファイナルステージで優勝者を決める、と言う物らしい。

 

 まずは四月が〆切であるデモ審査までに曲やミュージックビデオ(MV)を作ると言う方針に決まった。

 

「スターリーでの月一ライブじゃ足りないし、路上でもして行こう!」

 

「これから半年、忙しくなりますね」

 

 虹夏先輩の言葉に、喜多さんが続くように気合を入れた。

 

 やばい、Bocchisの活動開始時期と被ってるやんけ。しゃーない、こんな事は他所からメンバーを借りる時点で分かっていた事だ。まぁなんとかなるだろ。

 

「はいはい。虹夏先輩ちょっと聞きたいんですけど、路上ライブの時のドラムセットってどうするんですか?」

 

 丁度いい機会なので俺は手を上げて聞いてみた。前に志麻さんが持って来てくれたドラムセットはちょっと持ち運びが難しそうなので、もうちょっと簡素な物で代用出来ないかと思ったのだ。

 

「おっ、いい質問だねぇ! 路上ライブでのドラムはハイハットとスネアとバスドラがあれば十分! バスドラはキャリーバッグを空にしてキックペダルを付けるとそれっぽい音がでるよ! なになに、太郎君も路上ライブに興味あり!?」

 

「ええまぁそうですね。ありがとうございます、参考にしてみます。あと一応聞いて置きたいんですけど、路上ライブってどこでやるんですか?」

 

 なるほど、ハイハットとスネアとバスドラの三つでいけるのか。俺はレンタルスタジオでしか演奏したことが無いのでチューニングキーやキックペダル位しか持ってない、なので他は全部買わないといかんな。

 

「そりゃあ下北でしょ! 私たちの拠点はSTARRYだからね!」

 

 良かった、ひとり抜きで路上ライブやるとして渋谷でばったり、なんて事にはなら無さそうだ。まあひとり抜きでやるならギターがいないので、大槻さんを何とか引っ張り込まなきゃいかんのだが……

 

 路上ライブを計画している虹夏先輩に店長がSTARRYで沢山ライブすればいいと提案して断られているが、ライブ一回三万じゃそりゃ無理だわな。

 

 その後優勝賞金百万円を発見した喜多さんが驚いて叫ぶと、それを聞いた店長が分け前五十万でSTARRY使い放題を提案してやっぱり虹夏先輩に断られていた。

 

 実際店長の提案はどうなんだろう? 五十万って事はライブ約十七回分だろ? 〆切が四月で今は十一月……いや今月はもう少ないから十二月からとして……四か月で十七回、一ヵ月約四回……大体週一回か、まあライブハウスでライブしても新規獲得は難しいからな、断るのも妥当な選択か。

 

 俺がそんなたわいのない事を考えていると、結束バンドの実力的な現在地の確認の意味も込めて同世代で今人気のバンドの情報や曲をチェックする事になった。

 

 皆でノートPCで情報を見ていると、横からリョウ先輩がスマホでまとめサイトを見ながら説明してくれた。それによると今勢いのある同世代バンドは、都内中心に活動するエレクトロ・ロックバンドの『ケモノリア』、大阪のコミック・バンド『なんばガールズ』そして――

 

「最近だと新宿FOLTで活躍中の『SIDEROS』ってメタルバンドもよく聞くかも」

 

 その言葉を聞いた瞬間ひとりが動揺した顔で勢いよく俺へと振り返った。

 

 はえーすっごい。廣井さん推薦バンドだから凄いんだろうとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。というかマジかよ、俺もあの時SIDEROS入れてたら今頃人気バンドの一員やんけ。ままええわ、ひとりとバンド組む方が余裕で優先度高いしな。

 

「? どうしたのぼっちちゃん」

 

「あっいえ……なっ何でもないです……」

 

 急に俺の方を見たひとりを不審がって虹夏先輩が声を掛けていたが、のほほんとした顔で画面を見ている俺に、ひとりはそれ以上何も言わず再び前を向いた。

 

 リョウ先輩からの情報提供で、SIDEROSが結成一年たらずでワンマン出来るほどの人気な事と、大槻さんがメンバーをクビにしまくってると言う情報が出てきたが……大丈夫だってひとり、だからそんな不安そうな表情で何回もこっちを見るな。大槻さんはちょっと当たりが強いだけで話してみると実はいい人だから。

 

「ていうか高確率でライブ映像にいる廣井さん邪魔すぎません」

 

 画面に映るSIDEROSのライブには、酔っぱらった廣井さんが最前列で野次を飛ばす姿が写っている。

 

「FOLTでは絶対ライブしたくないね」

 

 何てこと言うんですか! FOLTはBocchisの拠点候補の一つですよ! まあBocchisに廣井さんが居るんで最前列で野次る事は無いけど、志麻さんの苦労を考えるとライブ中が怖いんだよなぁ……

 

 そう言えば大槻さんにライブを見に来いって言われてたけど行ってねーわ。と言うかSIDEROSのライブこの映像で見るのが初だわ。やっべぇな、ただでさえ借りを作ってるからライブ見学で返そうと思ってたのにもうどうにもならんねこれは。

 

 結束バンドの面々は同世代の活躍に気圧されたようで、周囲にはなんとなく重い空気が立ち込めていた。

 

 そんな暗い空気を吹き飛ばすように虹夏先輩はメンバー全員に向かうと、もう一曲新曲が欲しい事、それでミニアルバムを作る事、MVを撮影する事をメンバーへ伝えると最後に力強く言い切った。

 

「だから次の曲は最高の一曲を作ろう。その曲をデモ審査に送る!」

 

 その言葉にプレッシャーを感じたのか、ひとりとリョウ先輩が緊張した顔で答えると、虹夏先輩と喜多さんは場を明るくしようと努めて陽気に振舞った。

 

「あたしは映像の編集したりCDのジャケット描くから!」

 

「私は広報します! トゥイッターとかイソスタの!」

 

 えっ! 虹夏先輩映像の編集とか絵が描けるんですか!? やばいな、本格的に俺が無能なリーダーな予感がしてきた。なんか俺にも出来る事ねぇかな? ひとりちゃん係やきくりちゃん係以外で。

 

 映像の編集という言葉に、店長がスマホで結束バンドのライブを撮っていた事をPAさんが教えてくれたので、嫌がる店長を皆で抑えて動画を見せて貰う事にした。

 

「店長、この映像なんでひとりばっかり写ってるんですか?」

 

「い、いやこれは何かあった時の記録用にな……」

 

 まだ店長に目を付けられていると思ってひとりがショックを受けていたが、そんな事は気にせず俺は店長に詰め寄った。

 

「店長この映像コピーしてください! オナシャス」

 

「もー! 太郎君もバカな事言ってないの!」

 

 俺の事をたしなめた虹夏先輩は、動画サイトにアップする為に動画を編集し始めると、メンバー各々から自分勝手な注文が次々と入って来る事に苛立って、最後には怒って叫んでいた。

 

「あっ私は顔見えてないカットオンリーで……あっそこ顔が……」

 

「あの~私の顔って編集できますか? その顔アップで!」

 

「ベースイントロなんだから私から始めてよ」

 

「元の映像コピーして欲しいんですけど」

 

「あーーー!! だったら自分でやれーーーー!!」

 

 

 

 完成して動画サイトに投稿した動画を皆で見てみると、先程の賑やかさは何処へ行ったのか微妙な空気が辺りを包んだ。まあMVでもないし、動画を切り貼りしただけなのでこんなものだろう。

 

 自分たちの演奏に落胆した四人がスタジオ練習へと向かう為に席を立ち始めたので、俺は丁度良い機会だと思いひとりのBocchis入りの許可を取っておく事にした。

 

「すみません、皆さんちょっとだけいいですか? 結構重要な話があるんですけど……」

 

「え? なに? そんなに改まって……?」

 

 いざ言うとなるとなんだか緊張してきたが、俺の言葉に四人がこちらへ向いたのを確認すると俺は姿勢を正して――勢いよく土下座した。

 

「虹夏先輩……! いえ、結束バンドの皆さん! ひとりを俺に下さい!」

 

「…………ええーー!!!」

 

 今までの暗い雰囲気を吹っ飛ばすほどの叫び声がSTARRYに響いた。

 

 

 

「え……ええ!? 山田君!? そんな……大胆過ぎるわ! でも遂になのね!?」

 

「? えぇまあ……遂にと言えば遂に(Bocchisに入る許可を取りに来たって事)ですね」

 

 焦っていたのでもしかしたら言葉が足りなかったかもしれん……なんて思って顔を上げて見れば、喜多さんが顔を赤くして大興奮している。虹夏先輩も顔を赤くして困っているし、ひとりに至っては顔を蛸の様に真っ赤にして口をパクパクしている。パクパクですわ。唯一普段通りなのはリョウ先輩だけだ。

 

「た、太郎君! そんな……急に何言い出すの!? って言うか私達にそんな事言われても……」

 

「いや結束バンドの皆には言わないと駄目でしょう? 今後のバンド活動にも関わる事ですし……」

 

 結束バンドに言わずして誰に言うんだよ……勝手にひとりを持って行ったらその方がまずいだろ……さっき未確認ライオットに出るから忙しくなるって言ってたばかりじゃねーか……

 

 俺が怪訝な顔で言うと、虹夏先輩は何かに気付いたようにアホ毛をピンと立てて驚き赤い顔のまま声を上げた。

 

「! たっ確かに……! デッ、デートとかい、行くならバンドの練習休まなくちゃだもんね!」

 

 えっ? どこに行くかは知らんがバンドの練習を休ませたらイカンでしょ。一応メインバンド最優先の約束があるんですよ。

 

「きゃあああ!! 何か見えない力が働いてると思って安心してたけど! やっぱりそんな事無かったのね~~! でも確かに幼馴染なんて漫画みたいな関係の男子が居たら納得だわ~~!」

 

 赤い顔で何かに納得したようにそっぽを向きながらおかしな事を言う虹夏先輩と、さっきからずっと大興奮の喜多さんにほとほと俺は困ってしまった。

 

 えぇ……? 何言ってんだこの人達? 見えない力って何だよ怖ぁ……しかしなんか話が噛み合ってない気がするぞ? どうなってんだこれ? 

 

 俺が困惑して辺りを見回していると、様子がおかしい大興奮の喜多さんと虹夏先輩をそのままにして、唯一普段と変わらないリョウ先輩が俺へと質問した。

 

「それで、ぼっちを下さいって本当はどういう意味?」

 

「はぁ……俺がバンド作ったのは話しましたよね? 廣井さんとの奴です。そこにひとりに入って欲しいんです。ひとりとは話が付いてるんで、後は結束バンドの皆さんに掛け持ちを許して欲しいんですけど……」

 

 ようやくまともに話が出来る人を見つけて安心した俺は、先程から伝えているひとりに掛け持ちを頼みたい事を改めて説明した。すると先程まで大興奮だった虹夏先輩と喜多さん、さらにはひとりまで時が止まったように固まってしまった。なんでひとりまで固まってんだよ……お前はこの話知ってるだろ……

 

「ぷぷぷ……虹夏実はむっつり……」

 

「あああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 うおびっくりした! 何だなんだ!? よっぽどさっきのライブ動画の出来が悔しかったのか? まぁ次がありますよ虹夏先輩。ファイト! 

 

 リョウ先輩に煽られた虹夏先輩が何故か急に叫び出した。しかしリョウ先輩に向かっていつものプロレス技が炸裂する事は無く、頭を抱えてその場で立ち尽くしている。

 

 赤い顔のまま肩で息をしていた虹夏先輩は、涙目で俺を睨むと大声でヤケクソ気味に叫んだ。

 

「ちっ違うもん! 私は悪くない! 私は悪くない! だって太郎君がぼっちちゃんを下さいってゆったもん! 下さいって!」

 

「ま、まぁ言ったかもしれませんね……」

 

 あまりの必死な剣幕な虹夏先輩を見て俺は自分の非を認めた。まぁ確かに俺も言葉が足りなかった様な気もする。しかしいつの間にか現れた店長がとても楽しそうに止めの一撃を叩き込んだ。

 

「お前太郎君が『今後のバンド活動にも関わる事ですし……』って言った時何考えてたんだ?」

 

「あああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

「あの……ひとりの掛け持ちの事なんですが……」

 

 なんだか収集がつかなくなってきた気配を感じたので、俺はとりあえず本来の用件の返事だけでも貰おうと虹夏先輩に尋ねたのだが、虹夏先輩は先程以上に顔を赤くして俺を睨んできた。

 

「うちのぼっちちゃんはミッチ・ミッチェルくらいドラム叩ける奴じゃないと貸しません!」

 

 いきなり何を言ってんだこの人……と言うかどうして虹夏先輩がその話を……まさか店長が漏らしたのか? あれだけ秘密って言ったのに……ってよく考えたらSTARRYでのバンドオーディションの時に話した、秘密にしてもらう様に言った話はこの後の奴だったわ……

 

 店長を見れば腕を組んでバツが悪そうにそっぽを向いていた。

 

 明らかに喋ったヤツじゃねーかそれ。これはさっきのひとりのライブ動画で手打ちですよ……だがあの時の話が元になってるなら俺はこの続きの正解を知っているのだ! 

 

「じゃあ俺はジョン・ボーナムくらいになってそいつの実力試してやりますよ!」

 

「駄目! うちのぼっちちゃんはジョン・ボーナムにはやらん!」

 

 えぇ……!? どういう事だよ、話の流れが違うじゃねーか。ひとりの親父さんはこれで泣いて喜んでたんだが……じゃあなんて言えばいいんだ……? いや待てよ、たしかあの時、俺の言葉の後に店長が何か言ってたな。あれは確か……

 

「えっと……じゃあ俺がミッチ・ミッチェルになります?」

 

 虹夏先輩は相変わらずの赤い顔と涙目でこちらをじっと睨んで来た。

 

「なれるのかお前に!」

 

 まだ続くのかよこれ……仕方ない、よく分からんがなんだか俺が悪いみたいだし、行きつくところまでこの茶番に付き合ってやろうじゃないか。

 

「なります!」

 

「よしんば太郎君がジョン・ボーナムだったとしたら?」

 

 本格的にどういう事だよ……? どんな質問だ。いやなんなんだよこの会話は……何か意味があるのかこの会話に……って言うか虹夏先輩実は結構余裕あるんじゃないか? 

 

「は? えと……ミ、ミッチ・ミッチェルです……?」

 

「………………ぼっちちゃんがいいならいいよ」

 

 うわぁ急にまともになるな! 

 

「あっはい……ありがとうございます……あの、そっち優先で迷惑はかけないんで……」

 

 困惑気味に答えた俺に、ようやく気持ちが落ち着いて来たのか虹夏先輩はそれだけ言うと、未だ赤い顔のまま逃げる様にスタジオ練習へと向かって行った。

 

 虹夏先輩を見送って周りを見ると、今度は酷くいじけた様子の喜多さんが目に入った。まるで過去一番のビッグウェーブが来たけど波に乗り損ねたサーファーみたいだ。

 

「はぁ~……そりゃそうよね……いくら漫画みたいな幼馴染だからってそんな都合のいい事起こらないわよね……確かに……なんだか安心した気持ちもあるわ……けどこのままくっついてって気持ちもある……心がふたつあるわぁ~」

 

 なんだかいつもよりおかしな事を言っている喜多さんに声を掛けられずにいると、リョウ先輩がとても嬉しそうな顔で俺に話しかけて来た。

 

「太郎ありがとう。このネタは半年は擦れる」

 

「あっはい……まぁあの……程々にしておいて下さいね……あと助かりましたリョウ先輩。ありがとうございます」

 

「うん、それじゃあ動画の再生よろしく。広告収入が入るくらい再生しておいて。ほら郁代行くよ」

 

「あああ!! やっぱり私の名前ダジャレみたいじゃないですか!?」

 

 よく分からないがやんわりと窘めておくと、頷いたリョウ先輩は俺に動画の再生の仕事を与えてから、憂鬱そうな喜多さんを連れてスタジオ練習へと向かった。すみません喜多さん、今のはちょっと……申し訳ないがダジャレですね。さぁ後はひとりだけなんだが……

 

「おいひとり、お前もいい加減戻って来い」

 

「んはっ! ……あっあれ? 神奈川の庭付き一戸建てで専業主婦やりながら家族四人で囲む幸せな食卓は……?」

 

 何の話だよ。随分と静かにしてると思っていたら、一体何を考えてたんだこいつは……そんなに自宅に帰りたかったのか……? それならジミヘン(犬)もカウントしてやれよ家族だろ。

 

「何を言ってんだ……まぁいいや。ひとり、お前確か次の土日って予定空いてたよな?」

 

「えっ? うっうん……確か練習もバイトも無かった筈だけど……」

 

 ひとりの返事を聞いて俺はスマホを操作すると、廣井さんと大槻さんへと今日中には決める旨のメッセージを添えて路上ライブ予定日のロインを送った。

 

「よし……後で一応虹夏先輩に改めて確認しといてくれ。それともう皆スタジオ練習に行ったぞ、お前も早く準備して行ってこい。あとは――」

 

 俺の言葉を聞いて慌ててスタジオ練習へ向かおうとするひとりに、俺は廣井さん達に送ったロインの内容を伝えた。

 

「お前の予定が空いてる次の土日のどっちかに路上ライブ行くから、準備しといてくれよ」

 

「…………ろっ路上ライブ!? もしかして例の!?」

 

 俺の言葉にひとりは飛び上がって驚いていた。しかし未確認ライオットでグランプリを獲るなら最終的には数千人の前で演奏するのだ、これくらいでビビッてる場合じゃないだろう。

 

「そうだよ。お前も未確認ライオットに向けて少しでも実戦経験が積めて丁度いいだろ」

 

 いい加減路上ライブの日時を決めようと思っていたが、未確認ライオットに出場するなら経験と言う意味でも良い機会かも知れない。しかし路上ライブ用のドラムセットが次の土日までに揃うだろうか……? 通販じゃ間に合わないだろうから近隣の店を探さないとな。

 

 未だに怯えているひとりに練習へ行くように促すと、バイトが始まるまでの間に店長に路上ライブ用のドラムセットについて聞く事にした。

 

「店長、路上ライブのドラム用にハイハットとスネア欲しいんですけど、どっか店知りません?」

 

 俺の質問に店長は少し考えると、心当たりがあったのか教えてくれた。

 

「さっき虹夏に聞いてたやつ? あー……なるべく種類が豊富な所が良いなら秋葉原にドラム専門店があるけど、まだ何も機材持って無くて路上専用でもいいなら、今は持ち運びがしやすい奴とかも売ってるよ」

 

 店長に教えて貰った物をスマホで調べてみると確かにあった。コンパクトなトラベラーでスネアとバスドラが一緒になった奴だ。ハイハットは付いてないが、別に購入しても一緒に専用ケースに入れようと思えば入るらしく、確かにキャリーバッグとスネアを別々で買うよりかなり荷物が少なくなる感じだ。

 

「へぇ~こんなのあるんですね。ありがとうごさいます。ちょっと明日秋葉原行って見てきます」

 

 とりあえず目星はついたので店長にお礼を言ってスマホをポケットに突っ込むと、店長はテーブルに頬杖をつきながらこちらを楽しそうに見て来た。

 

「しかし路上ライブからスタートするとか、お前なかなかロックな奴だな」

 

 店長の言葉に俺は首を傾げた。そもそも俺の人生の初ライブ? がひとりと廣井さんとの路上から始まっているので、俺としてはライブハウスより路上の方が経験値が多いのだ。まぁ総数一回で誤差みたいなもんだが。

 

「金が掛からないから路上選択したんですけど、これってロックなんですかね?」

 

「自分の友達の前では演奏出来るけど、見ず知らずの人間の前では出来ないって奴の方が多いんだよ。それに路上ライブの日時だけ先に決めて、今から機材買いに行く奴がロックじゃなくてなんなんだよ」

 

 店長は呆れたように、しかし楽しそうにくつくつと笑いながら言ってきたが、反論する気も無い俺は仕方なく肩を竦めた。

 

 確かにそうかもしれない。普通初めてのライブハウスでのライブは自分が頼んでチケットを買ってくれた知り合いしか来ないだろう。そう言う人はまあ微妙な演奏をしてもそれなりに盛り上がってくれる。

 

 しかし路上はそうはいかない。批判こそ飛んでこないかも知れないが、こちらに興味が湧かなければ素通りされるというこの上ない残酷な評価が突きつけられる。あと警察も怖いしな。

 

「それでどこでやんの? やっぱこの辺(下北沢)?」

 

 店長はノートPCへ向き直り、いつもの紙パックジュースを飲みながら質問してきた。正直に答えても良いのだが、万が一情報が洩れて虹夏先輩が見に来ることを恐れた俺は一応釘を刺しておく事にした。既にさっきので前科一犯だしな。

 

「知り合いに見られると恥ずかしいんで誰にも言わないでくださいね。渋谷です。渋谷のTSUTAYA前」

 

 それを聞いた店長はゆっくりと振り向くと、怪訝な表情でこちらを見て来た。

 

「……マジで? いくらあいつ(廣井)がいるからってそれはちょっと……まぁ失敗から学ぶモンもあるか……」

 

「ちょっと!? なんで失敗が前提になってるんですか!? それにこの為に……って訳じゃ無いですけど、SIDEROSの大槻さんも引っ張り込みましたからね! 美人で演奏も上手いナイスガールですよ」

 

 何故か失敗が確定していると思っている店長に反論するように、俺が両手の親指を上げながらドヤ顔で新メンバーが居る事を知らせると、店長は先程の楽しそうな表情から一変して面倒くさそうなジト目で俺を睨んできた。

 

「……お前、ぼっちちゃんを泣かすなよ」

 

「えぇ? 何なんですか急に店長まで……今日は何かおかしいですよ皆」

 

 店長がこちらを見ながらポツリと呟いた言葉に、今度は俺が困惑して声を上げた。

 

 先程も虹夏先輩と喜多さんの様子がおかしかったが、今度は店長かよ……やはり女の人はそういう(・・・・)話が好きなんだろうか? しかし女子高生組がおかしくなるのはまあ分かるのだが、アラサーの店長まで一体何だと言うのだ……

 

「お前がそんな(・・・)だとぼっちちゃんが安心できないんだよ」

 

 俺が全く意味不明だと思っていると、店長がそんな俺を見ながらやはり面倒そうな顔で言ってきた。安心できないと言われてもな……幼馴染をなんかと勘違いしてるのか? 

 

「はぁ……よく分かりませんけど多分大丈夫ですよ。心配しなくてもひとりはその内イケメンハイスペック彼氏連れて来ますから」

 

「……は?」

 

 店長は更に目を細めて俺を見て来た。心なしか怒っているようにも見える。怖い。まあ店長はひとりがお気に入りのようだから心配なのだろう。でもあまり心配しなくても大丈夫ですよ。ひとりは実は高スペックですからね。

 

「いやだって店長もひとりの良さに気付いたでしょう? 一号二号さんもそうだし、多分これからもっと多くの人がひとりの良さに気付くと思うんですよ。あいつ実は顔も良いしスタイルも良いし……姿勢は悪いですけど。それに……まぁちょっと癖はありますけど性格も良いですからね」

 

 店長を安心させるようにそう言うと、俺は頭の後ろで手を組んでぼんやりと天井を見上げた。

 

「そうしてきっとその内、ひとりも自分の価値に気付くんですよ。その時、多分ひとりの傍には……イケメンで、頭が良くて、背が高くて、金持ちで、包容力があって……そんな奴がいるんじゃないですかね?」

 

 そんな奴が居たらいいな、と思う。随分と生きづらそうにしているひとりが安心できる奴が現れたのなら、それはあいつの幼馴染としてとても喜ばしい事だ。あっでもベーシストは〇すけどな。慈悲は無い。

 

 俺の話を聞いていた店長はなんだか難しい顔で眉を寄せて怒ったような表情を浮かべると、そのまま黙ってノートPCへと体を向けて今度こそ仕事を始めた。話は終わり、という事だろう。時計を見ると丁度時間になっていたので俺もバイトを始める事になった。

 

 今日は虹夏先輩達がバイトに居ないのでPAさんと共に机を運んで掃除をしていると、不意にポツリと店長が言葉を漏らした。

 

「私は……」

 

 突然の店長の呟きに俺が掃除の手を止めてそちらを見ると、店長はノートPCの前で頬杖をつきながら画面を見つめたまま言葉を続けた。

 

「私はぼっちちゃんが、イケメンで、頭が良くて、背が高くて、金持ちで、包容力がある奴を連れて来ても認めないけどな」

 

 まるで拗ねた子供の様な態度で言う店長の背中を見て、俺は思わず苦笑した。

 

「店長…………あんまり理想が高いと相手が見つかりませんよ」

 

「お前のクソボケを死という方法で醒ましてやろうか」

 

 

 

 ちょっとPAさん! 楽しそうに笑ってないで妙なプラグを両手に持って追いかけて来る店長を止めて下さい!! 

 

 

 

 その後は何事も無く()普段通りバイトを続けて、ひとりの練習が終わるのを待った。

 

 ひとりの練習が終わると俺もバイトを終えて二人でSTARRYを出て帰途についた。帰り道でひとりに土日の予定を確認した所、どちらも問題ないとの答えが返って来たので、俺はそのまま廣井さんと大槻さんへと連絡を入れて、これでようやく路上ライブが本決まりとなった。

 

「しかし路上ライブやるだけでここまで日程調整面倒だと思わなかったな。そう思うと虹夏先輩はスゲーな」

 

「いや……それはこのバンドだけだと思うよ……」

 

 ひとりから冷静なツッコミを貰ってしまった。俺以外それぞれメインバンドがあるし、俺たち二人は通学二時間なので放課後に何かやるような事が出来ず、なかなか廣井さん達と予定が会わせられないのだ。

 

「ま、まぁ何にせよ後は路上用のドラムセット買えば準備完了だからな。それも明日買いにいくし」

 

「太郎君は意外と何でもギリギリまで放置するよね……夏休みの宿題とか……」

 

 誤魔化すように俺が言うと、ひとりは路上ライブ用のドラムセットを未だに持っていない事と、また今年もギリギリだった夏休みの宿題に呆れたように呟いた。

 

 こいつなんだか今日は当たりが強くないか……? ひょっとして毎年夏休み終わりにこいつの部屋の机を占領してるのを根に持っているんだろうか? 仕方無いだろう自分の部屋だと気づいたら宿題そっちのけでドラムの練習はじめちゃうんだから。ひとりの部屋の殺風景さが丁度良い感じに集中出来るのだ。ギリギリまで放置してるのも最終的には間に合ってるからセーフ! 

 

 だがこれに関しては明らかに悪いのは俺なので、これ以上突っつかれないように明日の予定へと話を逸らすことにした。

 

「そっそんな事より、俺は明日の放課後は店長に教えて貰った秋葉原のドラム専門店に行くけど、お前は明日も練習か?」

 

 聞いてみると、やはり未確認ライオットに向けて気合が入っているのか明日もSTARRYで練習するとの答えが返って来た。

 

 しかしそうなると先ほどの話ではないが皆のスケジュール管理が難しくなりそうだ。分かっていた事だが今後は路上ライブ等の突発的な物は良いとして、ライブハウスでのライブの様な日時が動かせない全員集まってのイベントは難しいかもしれない。となると今後は昨今の流れに乗って動画配信サイトを利用したWeb路線へと舵を切っても良いのかもしれない。 

 

「? どうしたの?」

 

「……いや、お前が最終審査で数千人の前で演奏するのを想像してた」

 

「うっ!」

 

 悩む俺の顔を見てひとりが心配そうに聞いてきたが適当に誤魔化すと、ひとりが悲鳴の様な呻き声を上げて胸を押さえていた。

 

 Bocchisの方向性についてはまだどうなるか分からないし、不安にさせる事もない。それにどうせ相談するなら日曜に全員集まるのだからその時で良いだろう。

 

 

 

 翌日の放課後、ひとりと校門前で別れた俺は予定通り店長に教えて貰った秋葉原のドラム専門店へ向かった。

 

 店に着いて一通り回ってみると前もって調べた目的の物はすぐに見つかったが、一応普通のスネアも探してみた。今までは考えた事無かったが、ドラムセット全部は無理にしてもスネアドラムくらいは自分専用の物を持ってるドラマーが多いらしい。

 

 スネアに関しては正直どれがいいのかよく分からないのだが、ひとりの話ではこういうのはある程度品質があれば後は見た目で選んでも良いという事なので、直感で良さそうな物の型番だけメモしておいた。

 

 結局路上ライブで必要な物だけ購入して俺は店を出た。

 

 路上ライブ用のドラムだけでも結構な荷物なのに、ここから更に七万以上するスネアを持つのはちょっと怖かったので、買うとしてもスネアはまた今度だ。楽器に詳しそうな廣井さんに同行をお願いしても良いかもしれない。

 

 なにはともあれ、これで路上ライブの用意は出来たので、あとは本番の日を待つだけだ。




自分では全く釣り合っていないと思っていて、その内ハイスペックイケメン彼氏を連れて来るだろうから自分からは絶対にアプローチしない主人公
VS
自分から行って万が一にでも断られたら人生終わると思っていて、でも十年も一緒にいて一切他の女の影が見えないから安心(慢心)して自分からは絶対にアプローチしない後藤ひとり


幼馴染の設定として、傍にいるのが当たり前なので主人公には結構辛辣な事を言ったりぞんざいな扱いをする=甘えている・心を許しているって感じの関係を意識してます。


あと個人的に原作で一番かわいいと思ってる虹夏ちゃんは、STARRYの男子トイレにビラを貼りに入った後の「ちょっと止めてよ!」って照れてるシーンなので、照れてる虹夏先輩を書きたかったんです。


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019 New Beginning

 しゅまん、あと一話だけ待って。ほんとに次だから。

 もしかしたら気付いた人もいるかもしれませんが、実は前回と今回は一つにまとめる予定でした。なので016から017まで投稿期間が空いたのと、前回の終わり方がちょっと唐突だと感じた人もいたかもしれません。でも二万字超えたので区切った方が良いと思ったし、次回への引きはどうしても最後の台詞で締めたかったんです。


 迎えた日曜日、俺とひとりはとりあえず廣井さん達と合流する為に新宿FOLTへと向かった。

 

 相変わらず新宿と言う地に怯えているひとりをバッグを背負った背中に張り付かせてFOLTへ入り、相変わらず厳つい顔の吉田店長に挨拶すると、相変わらず酒を飲んでニコニコ顔の廣井さんと……滅茶苦茶機嫌の悪そうな大槻さんに迎えられた。

 

「おはようございます廣井さん、大槻さん。早速ですけど大槻さん、こいつが……おい、いい加減背中から離れろ二回目だろここ来るの。こいつがウチのギターの後藤ひとりです。そんでこの人が……ってひとりは前に動画見て知ってるか、SIDEROSの大槻ヨヨコさんだ」

 

「あっ後藤ひとりです……」

 

「……大槻ヨヨコよ……」

 

 ひとりと大槻さんは初顔合わせなので紹介したが、案の定ひとりは大槻さんの威圧感に怯えてしまって、挨拶も消え入りそうな声だし、目も合わせずに震えている。それに大槻さんは何故かひとりの事を鋭い目つきで睨むように見ていた。

 

 しかし大槻さんの機嫌の悪さはどういう事だ。自分と同等以上のギタリストに対しての対抗心かとも思ったが、どうもそんな感じではない気がする。

 

「あの、廣井さん……大槻さんどうしたんですか?」

 

 これから一緒に路上ライブをするのに余計な衝突は避けたかったので、俺は事情を知っていそうな廣井さんに小声で耳打ちして聞いてみると驚くべき答えが返って来た。

 

「実は今まで散々ぼっちちゃんの事話してたから、大槻ちゃん随分と意識してたみたいで……そんな時にぼっちちゃんのバンドの映像見たみたいでね……」

 

 後頭部を掻きながら困ったように言った廣井さんの言葉に俺は合点がいった。

 

 恐らく結束バンド自身にすら微妙な評価だった、店長の録画したライブ映像を切り貼りした動画を見たのだろう。廣井さんが気に掛けているのでどんな凄い奴かと思っていて、たまたま動画を発見して見てみたら想像以下の奴だったから機嫌が悪いって所だろうか? 

 

 とりあえず大槻さんの刺すような視線を遮るように、ひとりと大槻さんの間に体を割り込ませると、そんな俺の事まで不機嫌そうに睨んできた大槻さんに弁明してみる事にした。

 

「大槻さん、そんなに睨まないで下さいよ。こいつが凄いギタリストなのは俺と廣井さんが保証しますから大丈夫ですって。もし微妙な演奏だったら廣井さんが一週間禁酒しますから」

 

「そうそう……ってえぇ!? 私!? しかも何その条件!? 太郎君何か最近私の扱いが雑じゃない~?」

 

「HAHAHA、それだけ親しくなったって事じゃないですか。廣井さんだけですよこんな冗談が言えるのは。それに廣井さんもひとりの実力疑ってないでしょ?」

 

「まぁそうだけど……えっ!? 親しくなったって事はきくりちゃんルートもあるかも……ってコト!?」

 

「(ちょっと何言ってるか分から)ないです」

 

 何だその恐ろしいルートは……知らない間に俺を地獄に引っ張り込むんじゃ無い。でももし廣井さんが酒控えたら考えますよ(考えるとは言ってない)。

 

 廣井さんが「横暴だ~」なんて嘆いているのを横目にひとりを椅子に座らせてから俺もひとりの隣の椅子に腰を下ろすと、大槻さんは何か言いたそうに眉を寄せて俺を見て来た。

 

「こいつはちょっと人見知りなんで、まだバンド組んだばかりで慣れて無いんですよ」

 

「む……そうなの? でも流石にあれはちょっと……」

 

 バンドに入ったばかりで慣れていないので上手く演奏出来ない、と言う事には思う所があるのか、大槻さんは少し理解を示して来た。

 

 まぁ四月にバンド組んで今十一月だから、既に七か月近く経ってるんだけどな。それに人に合わせるのに慣れていないのもあるが、人前で演奏するのにも慣れていないので、ひとりにはダブルのプレッシャーが掛かっているのだ。

 

「だからそうですね……あと十年くらいすればフルスペックが披露出来る筈です!」

 

「そんなに待てる訳ないでしょー!?」

 

 随分と気の長い話の説明を聞いた大槻さんは困った様な呆れ顔で机を叩いた。

 

 十年と言うのは俺がひとりと知り合って経た時間なので、他の人間ならもっと短くなる可能性は十分ある。あくまでフルスペックを発揮できるようになるまでの期間を『俺』が保証できるのが十年という事だ。

 

 そんな困った様な顔の大槻さんを見た廣井さんが、俺の援護の為に口を開いた。

 

「大丈夫だって大槻ちゃん。前に三人で路上ライブやった時も私とぼっちちゃんは合わせるの初めてだったけどちゃんと出来てたから」

 

 俺と廣井さんが二人で顔を見合わせて「ねー!」なんて言って同意し合っていると、大槻さんが握りこぶしを作った右手で一度机を叩いた。

 

 突然の台パンに驚いた俺達が大槻さんを見ると、大槻さんは静かに目を閉じて難しそうに眉を寄せていた。

 

「……わかりました。どうせ今からやる路上ライブで分かる事です」

 

 一応俺と廣井さんからの激推しなので引き下がってくれたのだろう。まあ実際に演奏を聞いたら分かってくれる筈だ、頼むぞひとり。

 

 ひとりを見ると、俺達の今までの会話の数々のプレッシャーに押しつぶされるように白目をむいて気絶している。しっかりしろ、まだ何も始まってないぞ。

 

「さて、ひとりの話はそれくらいにして……そういえば皆さんもうパーカー着て来てるんですね」

 

 話を戻す為に一度仕切り直して皆を見渡せば全員黒色のパーカーを着ている。フードを被って演奏しても窮屈にならないサイズ、とだけお願いしたのでデザインもブランドもバラバラだが、黒のパーカーで揃っていると何となく統一感が出ていて良い感じだ。

 

「フードを被って演奏する為にパーカー、なんて言うから何事かと思ったけど、まさか覆面バンドとはねぇ~。一応聞くけどなんで覆面?」

 

 俺が皆を見渡していると廣井さんがそんな疑問をぶつけて来た。大槻さんやひとりもそれは気になっていたのかこちらを見ているので俺は自分の考えを話しておく事にした。

 

「ひとりが緊張せずに演奏しやすい為とか、このバンドがサブバンドだからとか一応理由はあるんですけど、一番はやっぱり廣井さんと大槻さんって言うビッグネームを隠す為ですかね」

 

 ともすれば廣井さんのサブバンドと取られかねないが、それでは面白くない(・・・・・)。大槻さんのSIDEROSだって今や期待の注目若手バンドだ。それに俺の主観だが、結果的にとは言え各バンドのエースばかりを集めてしまった様な感じになっているので、そういう方面だけでの話題になる事を避けたかった面もある。

 

「まぁあんまり影響が無かったり演奏に支障が出るなら外してもいいんですが、取り敢えずはこれで行きます」

 

 今の時代覆面バンドも結構あるみたいなので、皆一応納得してくれたのか特に異論が上がる事は無かった。

 

「そうだ、せっかくなんで皆がどんなマスク持って来たか見せて貰ってもいいですか?」

 

 本番で初お披露目でも良いのだが、ひとりが何を持って来たのかちょっと心配なので一応聞いておく事にした。ひとりの事だから一人だけぶっとんだ物を持って来てたら困るからな。

 

「おっけ~。じゃあまずは私から、じゃ~ん! 一応二種類もってきたんだけどね」

 

 廣井さんが取り出したのは狐のお面だ。普通の顔全体を覆うものと、ボーカルをする事を考えてか、鼻までは隠れているが口は露出している物の二種類ある。なんでだろう……滅茶苦茶納得できる。何故かは全く分からないが凄く廣井さんっぽい。

 

「下駄の印象が強いんですかね? すっげー廣井さんっぽいです」

 

「あっ凄くお姉さんっぽくて良いと思います」

 

 あっ、ひとりの奴いつの間にか復活したのか。

 

「確かに……なんだか姐さんっぽいですね」

 

「そう~? 前にファンから貰ったんだ~。一応取っといて良かったよぉ」

 

 あっやっぱりファンの人からも廣井さんってそう言うイメージなんですね。木刀を買ってる感じからするとイライザさんの方が喜びそうな気はするけど。

 

 そんな風に思いながら次の大槻さんを見た。大槻さんは廣井さんの狐面を見てなんだか少しバツが悪そうにすると、荷物から自分の物を取り出した。

 

「あの……山田太郎が顔を隠せる物って言ってたから……これなんだけど……」

 

 大槻さんが取り出したのはガスマスクだった。両頬の所にでっかくて平べったい円柱がくっついてる奴。やはりメタルバンドやその服装の印象のせいだろうか、こっちはこっちで凄く大槻さんっぽい。

 

「大槻さんのバンドの印象か、これもスゲー大槻さんっぽいですね。へぇ~フリッツヘルメットもあるじゃないですか。いよいよミリタリーって感じで良いですね……」

 

「あっメタルっぽいです……」

 

「大槻ちゃんだからドクロかなんかだと思ったよ~」

 

 廣井さんの大槻さんのイメージってドクロなんですね……やっぱりメタルバンドの印象ってそうなんだろうか。

 

 廣井さんの狐面を見て方向性を間違えたと思っていたのか、自信なさげだった大槻さんだったが、俺達の言葉を聞くと少し安心した様子だった。

 

 と言うか別に顔が隠れれば何でもいいのだ。方向性とか無い。むしろバラバラなのも個性があって面白い。あっでもひとりちゃんは少し待ってね。

 

「よっしゃ、次は俺ですね。俺はこれです!」

 

「……えっと……これは?」

 

 俺がウキウキでテーブルに置いた物を見て大槻さんが困惑したように言った。

 

「サイバーパンク風マスクです! 通販で見つけました! どちゃくそカッコよくないですか!? しかも光るんですよこれ!」

 

 このデザインはちょっと説明しづらいのだが、SFロボットの顔の様なデザインのマスクで、フルフェイスでは無く後ろをゴムベルトで止める形になっている。このデザインがカッコイイのだが、何と言っても顔の中心部に光の輪が出来るのだ。これで目立たないドラマーも薄暗いライブハウスで存在感抜群ですよ! 

 

 大興奮で俺が語っていると、廣井さんが今までに見た事が無いような優しい顔で語りかけて来た。

 

「やっぱり太郎君も男の子なんだねぇ~」

 

 おかしいな……あんまり刺さらないのか? 見れば大槻さんも呆れた様な表情だし、やはり女の人にこのロマンは分からないのだろうか……いやでもガスマスク持って来る大槻さんなら分かってくれよ……

 

「あっ私は良いと思うよ」

 

 ひとりは分かってくれたか! と思ったが多分こいつは派手に光ってるのに反応してるだけだろ……街灯に寄って来る虫みたいになってるぞお前……

 

「……お前はどんなの持って来たんだ?」

 

 仕方ないので適当に切り上げて最後に残ったひとりを見た。こいつは黙っていると段ボールや紙袋を被り始めたりとんでもない物を持って来そうなので、ちゃんと演奏出来るだけの視界が確保出来る物と念を押しておいたのだが……

 

「あっ私はこれです……」

 

 ひとりが取り出したのはヴ〇ノムみたいな顔のデザインのマスクだった。どうやらこれも目の(フチ)と歯のギザギザの部分が光る物らしい。

 

 あっ良かった凄い普通。ひとりの事だから気味の悪いおっさんの顔のマスクとか、くしゃくしゃの泣き顔の赤ん坊の顔のマスクとか、そう言うリアル方面の物を持ってきたらどうしようかと思ったが、これなら全然問題ない。

 

「ほっ本当は馬のマスクか、目立つから太ったおじさんの顔のマスクにしようと思ったんだけど、太郎君から視界が悪いのは駄目って言われたのと、おじさんのマスクは買う前にふたり……妹が凄く気味悪がって……それでお父さんに相談したらこれを貸してくれて……」

 

 マジでナイスだふたりちゃん。おじさんはなんでこんなモンを持っているのかは分からないけど、二人のおかげで一つのバンドが救われましたよ。

 

「へぇ~、太郎君のもぼっちちゃんのも光るんだね。面白そう、私も探してみようかなぁ」

 

「えっ!? 姐さんもこういうのにするんですか!? どうしよう……ガスマスクで光るのなんてあるのかしら……?」

 

 いや別に光らなくても大丈夫ですから……と言うか皆光ったらただでさえ地味なドラムが余計目立たないじゃないですか……

 

 廣井さんが光るマスクに興味を示した事でちょっとおかしな方向に行きそうな感じになっているが、今回の物に関しては全員概ね問題無い。

 

 全員のマスクが問題がない事を確認して椅子から立ち上がると、俺は傍に置いてあった荷物を背負った。

 

「準備も整った事ですし、それじゃあそろそろ行きましょうか」

 

 皆が立ち上がりFOLTを出ようとした所、この期に及んで渋谷に行くのを恐れたひとりが椅子に根が生えたように動かなくなってしまったので、三人がかりでFOLTから引っ張り出した。往生際が悪いぞ三人に勝てる訳ないだろ!! 

 

 新宿から渋谷へ向かう間、青い顔をしているひとりを逃がさない様に俺と大槻さんでそれぞれひとりの脇の下から腕を通して拘束し、囚われた宇宙人の様な様相でなんとか渋谷へと連行した。

 

 ひとりの腕を引きづって渋谷駅の改札を出ると、俺はその人の多さに驚いた。ひとりはもはや痙攣しそうな勢いだ。

 

「いやー初めて来たけど凄い人の数ですね」

 

「あっ素晴らしい路上ライブでした……」

 

「ちょっと後藤ひとり!? ライブは今からやるのよ!?」

 

 下北沢や新宿とはやはり毛色が違う事とその人の多さに驚いていると、もはや一人では帰る事が出来無くなったひとりは俺の背中にべったりと張り付いて怯えていた。ツッコミを入れた大槻さんも心なしか緊張している感じだ。廣井さんは……多分鬼ころパワーだと思うがいつも通りで頼もしい。

 

 俺も初めての渋谷にちょっとだけ不安になっているのだろうか? 楽器や機材を持っているからなのか、それとも俺の背中にビタビタに張り付いている奴が珍しいのか、それとも顔が良い女性が三人(一人は顔が見えないかもしれないが)もいるせいなのか、なんとなく通行人から視線を感じる気がした。

 

 しかし日曜の渋谷とは凄い場所だ。今日は黒パーカーを羽織っているが、ひとりのピンクジャージがそんなに浮いていないのが凄い。なかなか個性的な人が沢山いるな。

 

 改札から出て、俺もお上りさんの如く辺りをキョロキョロと興味深く見渡しながら歩いていると、廣井さんが何処かを指さしながら声を上げた。

 

「TSUTAYA前だっけ? あっ、あそことかいいんじゃない? 丁度空いてるし」

 

 廣井さんが見つけた場所は人通りも多くて確かに丁度良いかもしれない。まあ人通りが少ない場所なんて無いので空いてたらどこでもいいのだが。

 

 場所が決まって荷物を降ろすと、指示した訳でも無いのに一同申し合わせた様に人通りに背を向けてマスクからつけ始めたのがなんだかおかしかった。

 

 マスクを被ってからいよいよ機材の準備をしている中、ひとりがギターケースから取り出したギターがふと目に入って俺は驚いた。

 

「おいひとり、お前それ前に使ってたギターじゃないか? 新しいのはどうしたんだよ?」

 

 ひとりのギターケースから出て来たギターは今使っている新しいYAMAHAのギターでは無く、中学の頃から使っていたおじさんから借りたギターだった。正直路上でクソ高いギターを使うのは俺の精神に優しくないのだが……

 

「あっうん……新しいのもあるけど……太郎君とバンド組む約束したのはこのギターだから……だから私、太郎君と演奏する時はこれ使おうって決めてたんだ……」

 

 すわ新型機は故障か? などと考えていた俺の予想とは違ったようだ。理由を話してくれたひとりは、持って来た古いギターを愛おしそうに撫でた。ヴェ〇ム風のマスクが無ければさぞ絵になった事だろう……これは俺の痛恨のミスだ。

 

 しかし、うーん……そういう事なら許しましょう! 路上ライブに誘ったのは俺なので演奏中に故障したら修理費は俺が折半してやるけど、取り扱いにはマジで気を付けてね。

 

 ひとりと話した後、俺は持って来たドラムをセッティングすると軽く叩いて具合を確かめてみる。店では試奏させて貰ったし家でも予習として組み立ててみたのでその辺りの作業に滞りはない。

 

 未だに感覚だけでやっているドラムのチューニングをしていると、驚いた事にまだ準備中にも関わらずマスクとフードを被った妙なコスプレバンド集団に興味が湧いたのか、ぽつりぽつりと人が足を止め始めた。

 

 ドラムのセッティングを終えた俺は緊張をほぐす為に誰かと会話したかったので、ベースやマイクの音を確かめている廣井さんの傍へと近寄った。

 

「凄いですね。金沢八景の時はこんなに早く立ち止まって貰えませんでしたよね、廣……きくりさん」

 

「そうだねぇ……って、ええ!? 何なに!? なんで急に名前で呼んだの!?」

 

「いっいや、顔を隠してるのに苗字呼んでたら意味ないかなって思って……」

 

 苗字を呼ぶのと名前を呼ぶの、どちらが隠密性が高いかはちょっと分からんが、多分名前の方がバレにくいだろうと思って名前を呼んでみたのだが、思ったよりも驚いてわたわたしている廣井さんの様子にちょっと面食らってしまった。

 

 なんだか慌てた様子な廣井さんの準備が終わった事を確認すると、ちょっと怖いが次は大槻さんの様子を確認する事にした。

 

「あ、あの……ヨ、ヨヨコさんは準備出来ました?」

 

「ええ、私はもう大丈夫……って何!? なんで急に名前で呼ぶのよ!?」

 

 廣井さんにああ言った手前、もう名前で呼ぶしか無いのだが……くそう……いちいちあまり驚かないで欲しい。と言うか何で二人とも同じ様な反応をするんだよ……俺の方がなんだか恥ずかしくなってくるじゃないか……

 

 廣井さんと同様の説明をしたが、なんだか怒ったような雰囲気の大槻さんに追い返された俺は最後に一番問題がありそうなひとりへと足を向けた。

 

「どうだひとり? そろそろ始めるぞ。準備出来たか?」

 

「だっだだだだ大丈夫!」

 

 うーん駄目そう。緊張か、はたまた武者震いか、見ればひとりのギターを持つ手はわずかに震えていた。

 

「……ひとり、なんか腹減らない? 終わったら何か食いに行こうぜ」

 

「……えっ!? どっどうしたの急に……!?」

 

「そうだな……カストにでも行くか。カストって何が美味いの?」

 

「えっえっと…………チーズが入ったハンバーグ……とか?」

 

「おっいいなそれ。じゃあ打ち上げでそれ食いに行くか」

 

「あっえっ……えっ?」

 

 突然ファミレスのおすすめメニューを聞いて来た俺に、ひとりは大いに困惑しながらも馬鹿みたいに真面目に答えて、俺の返答にやっぱり困惑していた。これで多少は緊張が解れてくれればいいのだが……

 

「まぁあんまり緊張すんなって、今日は名実共に俺がドラム(大黒柱)だ。しっかり支えてやるからちゃんと付いて来いよ」

 

「! うっうん!」

 

 そう言って軽くひとりの背中を叩いてやってドラムの前へ腰を落とした。

 

「Band Of Bocchisで~す! 渋谷のみなさ~ん、今から路上ライブやるんで暇なら聴いてってくださ~い」

 

 俺が定位置に就くと廣井さんが通行人に向かって声を上げた。その廣井さんの陽気な声に更に少しだが人の足が止まった。本当はリーダーの俺が言うべきなんだろうが、割と周りがうるさいので一番後ろにいるドラムで、なおかつマスクを被っていては声が聞こえにくいと思い、一番前にいるボーカルの廣井さんにお願いしたのだ。

 

 ちなみに今回のボーカルは全部廣井さんだ。大槻さんもボーカルは出来るが、単純に大槻さんはまだBocchisの曲の歌詞を覚えていないのと、今日は体験入部みたいな物で正式に加入していないからだ。

 

「え~っと、私達まだオリジナルが二曲しかないんで、その前にとりあえず有名な曲のメドレーやりま~す。ここ三年位の流行りは大体出来ると思うんで、何かリクエストあったらくださ~い」

 

 廣井さんの言葉に足を止めた人が連れの人間と話し始めた。一応立て看板にも同じような文言を書いておいたのだが、まあでも正直これで何かリクエストが来るとは思っていない。リクエスト飛ばしてその曲分かりませんとか言われたら恥ずかしいし、気後れするもんね。なので何も来なかった時用のセットリストは用意してある――

 

「じゃあアレやってよ! アレ!」

 

 ――のだが。すまん渋谷舐めてたわ。こんな速攻でリクエスト飛んでくるとは思ってなかった。流石陽キャの街。

 

 お願いされたのは少し前に流行ったドラマの主題歌だ。よくギターヒーロー(ひとり)ドラムヒーロー()の所にもお願いされるので俺達は全く問題ない。

 

 観客のリクエストにメンバーがこちらを見て来た。ここで知らない曲の場合は首を横に振るのだが全員問題ないらしい。ちなみに曲を知らないメンバーが三人以上なら全員が知ってる打ち合わせの曲に行くが、二人なら強行する。

 

 じゃあ知らん曲の時はどうするかって? それっぽいアドリブですよ。まぁメドレーって事なので最初の曲以外は一分くらい頑張れば終わるし、曲調だけでも知ってたらそれっぽい演奏すればへーきへーき。

 

「それじゃあリクエスト貰った曲からやりま~す。メドレーなんで、もし良ければ次のリクエストがあったら演奏中に言ってくださ~い。五曲くらいを予定してま~す」

 

 廣井さんが言い終るとメンバー全員がこちらを見た。さあいよいよ始まるぞ。緊張もしているがそれ以上に胸が高鳴る。

 

 廣井さんは金沢八景の路上ライブをBocchisの初ライブだと言った。確かにそうだ。だがあの時はひとりのライブチケットの為に金沢八景に行き、ひとりが廣井さんを助けたから路上ライブが出来た。俺にとっては正にひとりにおんぶに抱っこのライブだった。だから――

 

 ここが俺の(・・)新たな出発地点だ。

 

 チラリとひとりを見るとマスクのせいで表情こそ分からないが、やはり緊張しているのが見えてなんだか思わず笑ってしまいそうだった。自分よりテンパってる奴がいると冷静になれる、とはこの事だろうか? 俺が……いや、俺達(・・)でちゃんと支えてやるからそんなに心配すんなって。それに万が一失敗したらメンバー全員で一緒に笑われてやるから安心しろ。

 

 俺はゆっくりと息を吐くと、感覚を確かめるように一度両手に持ったドラムスティックをクルクルと回転させた。大丈夫、いつも通りに手は動く。

 

「それじゃあ、いっちょ始めますか」

 

 俺はマスクの下で静かに、しかし万感の思いを込めて呟いた。

 

 

 

「ぼっちが集まったぼっち達の音楽(ロック)――ぼっちず・ろっくってヤツを」




 さて次回やっと路上ライブなんですが……まあね! 待たせ過ぎてハードルが上がり過ぎて多分期待している程の物は出てこないと思うけどね! だって読者の想像上の路上ライブより盛り上がる事は多分無いだろうから!

タイトル回収は最終回の方がよかっただろうか……ままええやろ。


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020 渋谷street live

 まあね、あんまり悩んでも仕方ないし、こういうのは勢いが大事だって作中でも言ってるんで。


「それじゃあリクエスト貰った曲からやりま~す。メドレーなんでもし良ければ次のリクエストがあったら演奏中に言ってくださ~い」

 

 廣井さんの言葉に俺はドラムスティックを掲げてカウントを取る。

 

 最初のリクエストは心地好いメロディとサビのポップな振り付けで人気の曲だ。

 

 演奏が始まると廣井さんの纏う空気が変わった。この感じはまさにSICKHACKのライブで感じたソレ(・・)だ。

 

 ゆったりした曲調だと言うのにこの存在感。ボーカルの上手さ、ベースの技巧に加えて、まさに自分が主役だと言わんばかりのその圧倒的カリスマ性。金沢八景の即興ライブでの裏方に回っていた廣井さんとはまるで違う姿がそこにあった。

 

 おいおい廣井さん。俺はまだライブ経験二回目のルーキーですよ? なのにそんなに容赦ないんですか!? なんて考えが脳裏を過ぎる――が、それでこそ廣井きくりだ。だからこそ(・・・・・)俺のバンドに入って貰った甲斐がある。

 

 俺はマスクの下で思わず自分の口角が上がるのを感じた。

 

 スタンドプレーから生じるチームワーク。自分こそが主役だと言う演奏こそがBocchisの信条ならば――遠慮は無用という事だ。

 

 ゆったりした曲なので、派手にドラムをぶっ叩くことは無い。丁重に、しかし感情豊かに、今までのドラムヒーローの引き出し(技術)を総動員して演奏すると観客から歓声が漏れた。

 

 俺達の演奏が想像以上だったのか、サビ辺りになると次のリクエストが飛んでくる。次のリクエストが欲しいと思っていた場所で飛んでくるとか、渋谷の人間は訓練され過ぎだろ……

 

「おっけ~。じゃあ次はその曲行きま~す」

 

 廣井さんがベースを弾きながらリクエストに答えた。

 

 廣井さんが次の曲を選ぶと、サビが終わった一曲目から二曲目へと切り替えるタイミングを俺がフィルイン(楽曲の繋ぎ目の部分で即興的なフレーズを入れ、変化をつけること)を入れて皆に知らせると、全員がすぐさま次の曲に切り替える。

 

 二曲目は喜多さん辺りが好きそうな、可愛らしいサウンドと前向きな歌詞でSNSで人気の曲だ。

 

 一曲目よりリズミカルな曲なので、興が乗って来た俺は曲に合わせてドラムを叩きながら軽快にドラムスティックをクルクルと回すパフォーマンスなんぞを入れてみる。

 

「おお! すげえ!」

 

「でしょ~! あれがウチのリーダーで~す!」

 

 客の反応に廣井さんが歌の途中で楽しそうに答えて、また続きを歌い出す。

 

 ちょっと廣井さん!? 歌を止めてまで何言ってるんですか……まぁ双方向のやり取りが出来るのが距離が近い路上ライブっぽくていいのか? 実際反応して貰った観客は楽しそうだし。

 

 そんな廣井さんの砕けた雰囲気に俺も少し緊張が和らいだので、改めて周りの様子へと意識を向けた。すると、どうにもひとりのギターの音にいつもの元気が無い気がしてそちらに視線を向けて俺は驚いた。

 

 そこにはいつもの家でギターを弾くような前のめりの猫背は無く、背筋を伸ばして胸を張った様な……一見すると姿勢を正したひとりの姿があった。

 

 

 

 おいおいひとり……なんだその窮屈(お行儀の良さ)そうな演奏は……!? 

 

 

 

 そんなひとりの姿にもどかしさを覚えた俺は、手の中でスティックを回しながらドラムパフォーマンスを装ってハイハットを盛大にぶっ叩いた。その音にひとりと大槻さんは驚いたように俺へ顔を向けた。

 

 すみません大槻さん、でも驚いても演奏ミスしなかったのは流石です! それよりおいバカひとりおい、しっかりしろ! 何だその縮こまった演奏は。このバンドにはお前の演奏にビビる(・・・)ような肝の小さい奴はいないし、お前のその下手くそな演奏に合わせて(・・・・)くれる様な謙虚な奴もいないんだぞ! それになにより――

 

 お前の後ろには俺が居る(・・・・)んだぞ! しっかり支えてやるからもっと我を出せ後藤ひとり! 俺はその(お前を支える)為にあの日ドラムを選択したんだぞ! 

 

 ギターを弾きながらこちらをじっと見ているひとりへの激励も込めて、派手にスティックを回転させたり大きな動作でドラムをぶっ叩くパフォーマンスを続行していると二曲目のサビがすぐそこまで来ていた。

 

 俺のパフォーマンスに感心している観客の様子を見ながらいよいよサビが始まる瞬間――ひとりの体が前のめりに弧を描いた。

 

「うわ……あのギターすっげぇ……」

 

「……いやこれプロじゃないの?」

 

 その極端すぎる猫背から繰り出されるギターの旋律に観客から声が漏れた。

 

 おいおい、ようやっと調子が出て来たじゃねーか……いいぞ遠慮すんな、もっとクセを出して演奏しろ。そうさ……このバンドにお前の演奏にビビる奴もいないが……付いて行けない奴も居ないぞ! 

 

「それじゃあ次の曲は――」

 

 ひとりの調子が戻ってきて二曲目のサビに入りそろそろ三曲目へ切り替えが近づいてくる頃、ガスマスクで表情が見えないが、何故か焦った様な気配の大槻さんがこちらを見ている。不思議に思ったが、瞬間ある考えが脳裏を過ぎる。まさか……

 

 

 

 大槻さんが首を横に振った。

 

 

 

 ……おいおいおいおいおいおいおい、だからおいおいおいおい。遂に来てしまったか……知らない曲が……全力でカバーするが、基本は自身でなんとかして貰うしかない。なんとか次の一曲だけ凌いでくださいよ……なんて思っているとひとりがこちらを見てしきりに頷いている。

 

 ひとりはただ頷いているだけだ、マスクのせいで表情も見えない。普通なら何を言わんとしているのかなんて分かる訳がない。

 

 だが――俺は文字通り十年もこいつの傍に居るのだ……つまり……そういう事で(お前に任せて)いいんだな? 

 

 ニ曲目から三曲目へ切り替える為のドラムフィルインを入れるといよいよ問題の三曲目のスタートだ。大槻さんは曲をよく知らないので、ここから先はアドリブ用のコードでそれっぽく繋ぐ事になるので俺達三人が引っ張る事になる。

 

 三曲目は賑やかなサウンドの曲だ。結構テンポの速い曲なのでとりあえずそれだけでも大槻さんへ伝える為にもドラムを叩く。

 

 続けて聞こえて来たのは大槻さんのアドリブでのギターと、原曲をかなり崩したひとりのギターアレンジだ。

 

「は? 何これ……」

 

「変わり過ぎて草」

 

 曲を知らない時のアドリブ用のギターコードって奴があるらしいが、今回は、大槻さんだけがそれをやると、目立ってしまいます。だから、ひとりも一緒にアレンジというていで原曲から外れる必要があったんですね。俺達リズム隊がしっかりしてればギターは多少無茶しても形にはなる。

 

 興が乗って来たのか、ひとりはいつも通りの酷い猫背で賑やかなサウンドな筈の原曲をメタル風にアレンジにして演奏している。おそらく大槻さんが演奏しやすい感じにしているのだろう。

 

「うおお! なんかすげぇカッコよくなってる!」

 

 一応受け入れられているが、原曲が聞きたかった人には申し訳ない。これも路上ライブのライブ感という事で許してもらおう。

 

 そうは言っても少し不安に思ったので観客の様子を伺うと……なんだか最初よりも囲みが増えている気がした……いや気のせいでは無い。 

 

 始まったばかりの頃は隙間があった人の囲いが今では隙間なくぎっしりと詰まっている。

 

 大槻さんのカバーをするように全開で飛ばす俺達リズム隊に引っ張られるように、まるでひとりは自分の世界に入っているようにギターを掻き鳴らす。そんなプロ顔負けの演奏に観客も大興奮で次のリクエストを送って来る。

 

「よーし! 四曲目行っちゃうよ~!」

 

 サビが終わって三曲目の切り替えタイミングを知らせる為にドラムを叩こうとした瞬間――廣井さんとひとりがベースとギターでフィルインを被せて来た。

 

「おっ? フィルインの息ぴったり。これは練習してたのか?」

 

 なんて観客が言ってるが……そんな訳ねーだろ。偶然だぞ……ってなんだコイツ等?! (驚愕)なんでタイミングぴったりなんだよ怖ぇよ!? ……ひとりは俺の動画から繋ぎの傾向性みたいなモンを見つけたとしても、廣井さんはなんなんだよ……

 

 しかし、さぁ次で四曲目だ。次は大人気アニメの曲でスピード感のある曲だ。

 

 俺は先程より気持ち強めにドラムを叩きだした。なんでも人は音が大きくなると曲が良く聞こえるらしい、だからメドレーの後ろ程テンポの速い曲を選んで、音量を上げるといいらしいぞ。知らんけど。

 

 廣井さんもそれを知っているのか、選んだ曲はどれも後ろに行くほどテンポの速い曲だ。

 

 先程のやりとりで吹っ切れたのか、ひとりは最初からフルスロットルだ。相変わらず背中を丸めてギターをかき鳴らしている。大槻さんも先程の汚名を返上する為か、はたまたひとりに引っ張られているのか、ギアが上がっている気がする。

 

 尻上がりに良くなっていく演奏は大盛況だ。観客のあちこちから次のリクエストが飛んできている。渋谷の人達ってノリが良くて凄いっすねぇ……

 

「それじゃあラスト行きま~す!」

 

 廣井さんが宣言した五曲目にメンバーの首が横に振られる事も無い。なんとか全員全力で最後の演奏が出来そうで俺は安堵した。

 

 切り替わりのフィルインに当然の様に被せて来るひとりと廣井さんに若干の恐怖を感じながら、いよいよ最後の五曲目がスタートする。

 

 最後は大人気アニメ映画の主題歌だ。パワフルな歌声と疾走感のあるメロディは最後としてはぴったりかも知れない。

 

 さあラストは出し惜しみ無しだ。疾走感あるメロディに合わせて大きな動作でドラムをテンポよくぶっ叩く、スティック回しは勿論の事、ドラムを叩いた反動を利用して空中でスティックを回転させて掴み取るパフォーマンスなど、面白そうな事は全部ぶっこんで行く。

 

 ひとりも虎の様な猫背で一心不乱にギターを掻き鳴らしている、マスクをしているので流石に歯ギターはやらないがマスクが無かったらやってたんじゃないだろうか。廣井さんは相変わらずのバカテクだし、大槻さんもギターとコーラスで観客を沸かせている。

 

 気が付けば最初に感じた廣井さんからの圧力にも似た威圧感はすっかり感じなくなっていた。

 

 曲の疾走感のまま五曲目が終了すると、観客から万雷の拍手と大歓声が沸き起こった。

 

 演奏が終わってひとりを見れば、呆然と天を仰いでいた。そんなひとりを見て俺は大きく一つ息を吐いた。

 

 はえー疲れた、これからまだオリジナル曲二曲残ってるってマジ? 

 

 改めて周りを見れば、なんだか人の囲いが凄い事になってる。おいおい大丈夫か? 警察が飛んで来たりしないだろうな。

 

「すみませ~ん。通行の邪魔になるといけないんで一歩近づいてくださ~い」

 

 曲が終わったばかりだと言うのに元気な様子の廣井さんが、状況を見て観客に声をかけていた。と言うかこの人一息つくついでにポッケから出した鬼ころを早速飲んでやがる……自由な人だ、この後の曲大丈夫なんだろうな? 

 

 再びひとりの様子を伺うと、こちらを見ながら思いの外平然としていた。精神的に吹っ切れたなら後はやってることはギターヒーローの動画制作と同じ様なモンだからな。ただ大槻さんは肩で息をしていた。何がリクエストされるか分からない状況な上、急に決まった曲同士のアドリブ接続。更には知らん曲のアドリブ演奏と精神的に消耗したのかもしれない。

 

 二人から廣井さんに視線を戻すと、廣井さんの言葉に従って一歩近づいた観客の中から世紀末風貌の男が廣井さんに近づいて何やら熱心に話しかけていたので、何かトラブルかと思って俺は慌てて席を立って駆け寄った。因みに文化祭で見た奴とは違う奴だ。なんでこんな奴がこの世に何人もいるんだよ……

 

「すみません! どうかしました?」

 

「あっ太郎君。いや~実はこの人がね……」

 

「……あっ、さっき言ってたバンドのリーダーの人っスか!?」

 

「あっはい、そうです。それで何かありました?」

 

 世紀末風貌の男の圧にちょっとびっくりした。さっき言ってたと言っているが……言ってたわ。廣井さん俺の事リーダーだって観客と話してたわ。すると俺を見た世紀末風貌の男は感極まったように叫んだ。

 

「あのっ!! 投げ銭ってどこに入れたらいいんスか!?」

 

「……は?」

 

 男の突拍子も無い言葉に詳しく話を聞けば、俺達の演奏にいたく感動したようで、投げ銭をしたかったがそれらしい箱が見つからず、直接渡そうと廣井さんに詰め寄っていたらしい。 

 

 その気持ちは嬉しいが、今回は理由があって投げ銭は受け付けていないので、俺は丁重にお断りする事にした。

 

「あー……すみません。ありがたいんですけど、今日は有名曲のカバーをやったんで投げ銭はちょっと……」

 

「そんな……!? どうかオネシャス!」

 

 他人の曲のカバーで金銭が発生すると著作権とか色々面倒なんですよ……なんて理由を話しても一向に引き下がらない男に、何故それほどこだわるのか理由を聞くと、力強く握りこぶしを作りながら力説してくれた。

 

「俺メッチャ感動して! このバンドは絶対将来有名になると思ったんス! 曲が二曲しか無いって事は今日が初めての路上ライブですよね!? だから俺、将来このスゲーバンドの最初の路上ライブ見て投げ銭入れて応援したんだぞって仲間に自慢したいんス!」

 

 何言ってんだこいつ……? お金投げおじさんかよ……どんな道楽だよ……なんで初回の路上ライブでこんな自分から厄介ファンになりたがってる奴が付いてんだよ……怖ぇよ……

 

 しかし世紀末風貌の男の話を聞いていた他の観客からもおかしな声が上がり始めた。

 

「おいお前だけずるいぞ! それなら俺も!」

 

「うわあ……これはもしかして将来自慢出来る奴じゃねぇ!?」

 

 なんだコイツ等?! (驚愕二回目)投げ銭した事が自慢になる訳ないだろいい加減にしろ! その金でもっと美味いもん食え! 

 

 だが、何故か俺も私もと異様な雰囲気になって来た観客が増えて来た事で、遂に見かねた廣井さんが妥協案を提示してきた。

 

「このままじゃ埒が明かないし、どうせ今からオリジナル曲をやるんだから、今のカバーは忘れて貰って、新曲を聴いてそれでも良いと思った人に入れて貰うって事にしたら?」

 

「まぁそれなら……」

 

 なんとか言い訳も立つか? このまま放置も怖いし、どうせ曲が終わる頃には皆冷静になってるだろうからな。しかし金を払うぞと言って脅してくる奴が世の中に居るとは思わなかった。渋谷怖すぎるだろ……

 

「しゃーない……ひとり、悪いけどお前のギターケース貸してくれるか?」

 

「えっ? うっうん。いいけど、どうするの?」

 

「そりゃお前もバンドマンなら一度は憧れた事あるだろ? アレ(・・)だよアレ」

 

 俺はひとりのギターケースを受け取って開くと廣井さんの前へと設置して、ついでに自分の財布から適当に小銭をいくらか入れておいた。これなら観客も分かるだろ。つまりはギターケースが投げ銭箱ってヤツだ。

 

「はわわわわ……わっ私のギターケースがまさかこんな風に使われるなんて……」

 

 ひとりは自分のギターケースが噂によく聞く投げ銭箱になった事にえらく感動していた。まあ中身が入るかは今からの頑張り次第だけどな。

 

「じゃあ……すみません。さっきの演奏は一旦忘れてもらって、これからオリジナル曲やるんでそれを聞いて貰って気に入ったらお願いします」

 

 世紀末風貌の男に向かってそう言った俺はドラムの椅子へと戻ると、世紀末風貌の男をはじめとして何人かの観客が早速投げ銭をケースに入れ始めた。

 

「あざっス! じゃあ早速!」

 

 おいバカふざけんな。俺の話を聞いて無かったのかよ。それは曲が終わってからって言っただろ。うわ千円とか入れてる奴がいるじゃねーか、何考えてんだよマジで。

 

 俺は激怒した。必ず、かの馬耳東風の観客を満足させねばならぬと決意した。

 

 しかしこれである意味腹が決まった。もう投げ銭が入ってしまった以上、今入れた金額分は楽しんで帰って貰うぞ。

 

 俺はこちらを見ている廣井さんに向かって力強く頷くと、廣井さんは観客へと向き直った。

 

「改めて、Band of Bocchisで~す。今からオリジナル曲やるんですけど、この後の打ち上げが豪華になるんで良かったら投げ銭いれてくださ~い!」

 

 廣井さんの冗談めかした投げ銭要求に観客から笑いが漏れた。廣井さんは振り向いて俺達の様子を確認すると、一度頷き再び観客へと体を向けた。

 

「それじゃあ早速一曲目聴いてください。Sky's the Limit」

 

 ドラムスティックでカウントを取ると、まずはひとりの乾いたギターリフが鳴り響いた。それを追いかける様に高速でドラムを打ち付ける。

 

 一曲目はパンク・ロックだ。廣井さんが志麻さん想定と言うだけあってとにかくテンポが速いし複雑だ。ひとりもイライザさん想定の為最初は難儀していたが、しっかり仕上げて来たみたいだな。

 

 大槻さんの担当する部分は急遽参加が決まった為にかなり難易度を下げたらしいが、それでも結構な難易度をこの短い期間で仕上げてくるのは流石SIDEROSのリーダーというだけはある。

 

 しかしなにより目を見張るのはやはり廣井さんだ。普段はドラッグによる幻覚を再現する、なんて言われているサイケデリック・ロックをやっていてニコニコ陽気な廣井さんが、そんな事を微塵も感じさせない程速いテンポでベースを弾き、軽快なリズムで歌っている。なんだかとても新鮮だ、これが廣井さんが言っていた『新しい可能性』って奴だろうか? 

 

 しかしこの曲、さすがパンクといった所でマジでドラムの速打ちが多くて大変だ。パフォーマンスなんぞ入れてる余裕が無い。ひとりのギターもかなりの速弾きが必要な場面が多く廣井さんの俺達への信頼と容赦のなさが伺える。

 

 だがやはり速打ち速弾きは聞いていて分かりやすい実力の指標になるし、それに加えて疾走感があってノリの良いパンクロックだ。おかげで客の反応はすこぶる良好だ。

 

 その証拠に先程から廣井さんの前に置かれたひとりのギターケースへ早速かなりの頻度で人が行交(ゆきか)っている。

 

 一曲目(Sky's the Limit)が終わってまた観客から歓声が上がった事で、俺は演奏技術だけでなく曲も一応通用する事が分かってひとまず安堵した。廣井さん作曲といえど普段と全く違うジャンルで、かつ初めて作った曲なので少し心配していたのだ。

 

「疾走感が気持ちいいわ! これぞパンクって感じの曲だな~!」

 

「てかテクやばくない!? どんだけ速弾き出来るんだよ!」

 

「いやドラムがやばいだろ……この速さと複雑さでテンポキープ完璧かよ……」

 

 いやむしろ初めてのジャンルでこんな曲作れる廣井さんがヤバイ。

 

 大興奮している観客の話を聞きながら俺は一息入れると、すぐさま傍に置いてあった自分の鞄を近くに引き寄せた。次の曲はメタルなのでそれ用のドラムスティックと交換する為だ。

 

 手早くスティックを交換して再度周りを見ると、人が人を呼んでいるのか、どんどん人が増えていつの間にか囲いが二重三重になっている。いやマジでこれは警察が来るのも時間の問題な気がするんだが……

 

「次が最後になりま~す。二曲目でback to back」

 

 どうやら後一曲だからなのか強行するみたいだ。どうか後五分だけ警察が来ませんように。

 

 なんて俺が祈りながらスティックでカウントを取ると、廣井さんの奏でる重苦しい、腹の底まで響く様なベースリフが辺りに響き渡り、観客が困惑した気配を感じた。

 

 恐らくバンドを齧った経験がある人ほど困惑しただろう。先程の様な疾走感あふれる軽快なパンクが始まると思ったら、急にヘヴィなメタルが始まったのだから。

 

 曲を紹介する時の様な陽気な声の面影は無く、先程のパンクの軽快な歌声とも違う、重く叩きつけるような廣井さんの歌声に観客が息を呑んだのを感じた。

 

 俺もバンドを作るとなった時に調べたのだが、バンドを作って一番に決めるのはバンドの方向性(・・・)らしい。

 

 SICKHACKならサイケ、SIDEROSならメタル、ケモノリアならエレクトロ、なんばガールズならコミック……コミックってなんだ? 後で調べておこう。結束バンドは……ハードロックか? そう言う意味では結束バンドもリョウ先輩の才能の賜物か大概ジャンルが多種多様な気がする。

 

 つまり方向性を決める事でそのジャンルのファンを確実に掴んで行く事が大事、という事らしい。

 

 だが俺達は違う。Bocchisはジャンルに拘らずなんでもやる。これは俺達の新しい可能性の発掘でもあり、元々俺達二人(ヒーロー)がジャンルを限定せずに色々な曲をカバーして動画を上げているのも関係しているかも知れない。この前なんかひとりのボーカル用にブリットポップなる物を考えていると廣井さんから言われたばかりだ。

 

 曲がサビに入っても先程のパンクと違い、ギターもベースもドラムでさえ重々しい重低音が響き渡る。

 

 この為にスティックを値段のクソ高い金属製の軸の物に取り替えたのだ。こっちの方がギターやベースの重い音に負けない音が出るから。

 

 ギター二人やベースもこの曲の為に今日はドロップチューニングをしている。ドロップチューニングをしながら最近流行りのメドレーを実行出来たのは三人の技量の高さ故だ。

 

 廣井さんの歌声も重く力強い叫びが続いている。かっけぇなこの人……どんだけ引き出しあるんだよ……

 

 ひとりも自分が好きなメタルなせいか一際気合が入っているようで、ギターから力強い響きが聞こえて来る。

 

 しかしこの曲で一番イキイキしているのが大槻さんだ。やはり自分が普段からやっているジャンルは得意なようで、ひとりと競い合う様にギターから凶暴な音を掻き鳴らしてコーラスも力強く入れている。先程まで若干余裕が無さそうにしていたのが嘘のようだ。

 

 二曲目(back to back)も無事警察のお世話になる事無く終了すると、また観客が湧いた。

 

「すっげ~! これは来る(・・)んじゃないか!?」

 

「最近のバンド全部超えてんじゃない!? 無名ってマジ!?」

 

「……これプロが顔隠してやってんじゃないの……?」

 

「えーっと……なんてバンドだっけ?」

 

 そう言えば立て看板には曲のリクエストしてねって書いただけでバンド名書いてないわ……まあいいか。

 

「今日はこれで終わりで~す。ありがとうございました~」

 

 演奏が終わって、観客が大興奮で口々に盛り上がっている様子を聞きながら廣井さんが終了を宣言すると周囲からまた大きな歓声と拍手が起こった。

 

 なんとか無事にやり切った安心感とオリジナル曲の演奏と言う緊張感から解放されて、俺が椅子に体を預けて休んでいると、廣井さんと大槻さんに人が群がるのが見えた。世紀末風貌の男も勿論居る。

 

「凄く良かったです! また路上ライブやりますか!?」

 

「フォローしたいんですけど、トゥイッターとかイソスタとかはやってますか!?」

 

「箱でライブやりますか!? やるなら行くっス!」

 

 ひとりは演奏の緊張が解けたのと、人が集まって来た新たなストレスでマスクを着けたままデロデロに溶けてメンダコ状になってしまっているので遠巻きに見られている。流石に渋谷の人間でもアレに近づくのは難しいみたいだ。

 

 廣井さんと大槻さんはマスクで表情こそ見えないが、どちらも和やかに話しているようだった。

 

「ありがと~。次の路上ライブや箱のライブはまだ決まってないけど楽しみにしててね」

 

「トゥイッターとイソスタは今はまだありませんが、今後必ず(・・)作ります。早ければ今日中にでも。今後の予定も決まり次第そこで告知します。バンド名は……」

 

 俺の代わりに勝手にSNSを作る宣言をしている大槻さんをボケっと見ていると、俺にも声がかけられた。

 

「あのっ……! ドラム凄く良かったです!」

 

「パフォーマンスも含めて最高でした!」

 

「あっはい。ありがとうございます」

 

 見ればいかにも渋谷に居そうな垢ぬけた女子二人だった。年齢は……俺と同じ高校生位だろうか? 二人とも結構可愛らしい顔をしている、流石渋谷だレベルが高い。

 

 真ん中でベースを弾きながら歌っている廣井さんに隠れて目立たないと思っていたが、ちゃんと見てくれている人もいるんだなぁ……

 

 なんて思いながら、興奮した様子で俺の演奏の何処が良かったと語ってくれる二人と話をしていると、女子二人の後ろでおろおろとしているひとりが目に入った。何か用事がありそうな無さそうな、そんな雰囲気だ。

 

「ちょっとすみません。おい、どうした?」

 

 気になったので女子二人に断って俺がひとりに声をかけると、俺達三人に視線を向けられて驚いたひとりはあっちを向いたりこっちを向いたりして落ち着きなく視線を動かして、そのうち思い出したように声を上げた。

 

「あっえっと…………あっ、そっそろそろ撤収の準備をした方がいいんじゃないかなって……」

 

「あー……確かにそうだな」

 

 ひとりの言う通り、周りを見れば路上ライブが終わったというのに未だに人が沢山残っているとのはあまり良くない状況かもしれない。

 

「あっそうですよね、ごめんなさい! それじゃあ私たちはこれで……あの、応援してます!」

 

 ひとりの言葉に納得した女子二人は話を切り上げると、俺達に挨拶をして去って行った。その様子にひとりは顔は見えないがなんだか安堵したような雰囲気を出していた。ひとりの事だから一刻も早く渋谷から解放されたいのかもしれない。

 

「すみません。廣……きくりさん、ヨヨコさん。そろそろ撤収しましょう」

 

 二人に声をかけると、二人共また驚いて焦っていた。そろそろ名前呼びするのを慣れて欲しい。

 

 このまま人が残っていると何時警察のお世話になるかも分からないので、俺は廣井さん達二人と観客に撤収する旨を伝えると機材の片づけを始める事にした。

 

「あっあの太郎君。私のギターケースに沢山お金が入ってるんだけど……」

 

「ん? ああそうか。それじゃあギターが入らないもんな。ちょっと待ってろ、確かなんか袋がバッグに入ってた筈だから……」

 

 片付け始めようとするとひとりが困ったように言って来たので思い出したが、そう言えば投げ銭を頼んでいたのを忘れていた。俺はとりあえず投げ銭を移し替える為の適当な袋を自分のバッグから引っ張り出すと、ひとりのギターケースへと目を向けた。

 

「うお……! 結構……いやかなり入ってないか……?」

 

 パっと見た感じだけでも千円札が何枚も入っていて、五千円札まで入っている。なんだこれ、お金配りおじさんでも現れたのか……? 

 

 俺はとりあえず投げ銭を手早く袋に詰め替えると、自分のバッグへと袋を突っ込んだ。

 

 その後機材の片づけを終えた俺達は、ふと全員で顔を見合わせた。

 

「……あの……マスクっていつ取ったらいいんですかね……?」

 

 おそらく全員が考えていたであろう事を俺が代表して言うと周りを見渡してみた。減ったとは言ってもまだ多少は人が残っている。このままマスクを外すのはちょっと考え物だ。

 

「……まあちょっと歩いて離れようか。こんな格好だけど渋谷だしそんなに目立たないって」

 

 廣井さんの言葉に従って、緊張の糸が切れてドロドロに溶けてその場にへたり込んでしまったひとりを俺と大槻さんとで来た時の様に両脇を抱えて撤収する事になった。

 

 渋谷だし大丈夫とは言ったが、やはりマスクの集団が両脇を抱えて人間を運んでいるのは目立つのか、道行く人に凄く見られながら廣井さんを先頭にしばらく歩くと、軽快な足取りで廣井さんは大通りから一本奥の道路へと足を向けてから俺に背負っているボックス型のバッグを降ろすように言ってきた。

 

 俺が指示通りバッグを降ろして地面に置くと、廣井さんはおもむろにマスクとパーカーを脱いで――俺のバッグへと押し込んだ。

 

「ちょっと!? 何してるんですか!?」

 

「とりあえず変装を解かないと。太郎君荷物よろしくね」

 

「あっそれなら私のもお願いね、山田太郎」

 

「あっじゃあ私のも……」

 

 廣井さんの行動を見た二人がマスクとパーカーを脱いで当然のように俺のバッグへと押し込んで行く。あーっ!! お客様!! 困ります!! 

 

「持ち歩くのめんどくさいから今度のライブまで太郎君が持っててよ」

 

「じゃあ私のも洗濯しておいてくれる?」

 

「あっじゃあ私のも……」

 

 なにいってだこいつら。そんな事の為にデカいバッグを持って来た訳じゃ無いですよ!? と言うかバッグに入れるのは百歩譲って許すけど、ちゃんと持ち帰って洗濯は自分でやれ! 

 

 結局再び大通りへ戻って来る頃には俺のバッグは元々入っていたハイハットスタンドやキックペダルや椅子などの荷物の他に、全員分のパーカーとマスクのせいで膨れ上がってしまった。

 

「はぁ……とりあえず打ち上げ行きましょうよ打ち上げ! 俺行ってみたかったんですよ! ライブ終わりの打ち上げって奴! それに色々話し合わないといけませんし」

 

 小さくため息をついて、重くなった背中の荷物から気持ちを切り替えるように俺がそう言うと、ライブ終わりの打ち上げと言う言葉に大槻さんが露骨に反応した。

 

「打ち上げ!?」

 

「……どうしました? もしかして路上ライブで打ち上げって行かないモンなんですか?」

 

「いっいえ……! 行くわ! 行くのよね!? ライブ終わりの打ち上げ!?」

 

「あっはい……行きますよ? ひとりとも話してたんですけどカスト(ファミレス)とかでどうです?」

 

 何故か興奮気味の大槻さんに俺が若干困惑しながら路上ライブを始める前にひとりと話していたカストを提案すると、特に異論が出る事も無く決定した。廣井さんはちゃんとした酒がある居酒屋とかの方が良いのかも知れないが、それは俺達が成人する時まで待っていて欲しい。

 

 

 

 そうして打ち上げでカストに向かう事になり、俺達の渋谷路上ライブは一先ず幕を閉じたのである。

 




 次はカストでの打ち上げとか色々です。今回とくっつけて一話にしようかと思ったけど、なんか色々書く事ありそうな無さそうな感じだったんで分けます。



 UA、PV、評価、お気に入り、感想、ここすき、誤字脱字報告等ありがとうございます。

 私は毎回感想通知が来ると怖くてしばらく見れないんですが、忘れている事や気付く事が結構多いので、書く事があれば気軽に感想くれると嬉しいです。まあ自分で読んでてもこの話特に感想書く事ねぇな……とか思う事もあるんですが……


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021 戦いすんで日が暮れて

 えっ!! 未確認ライオット優勝バンドのリーダーが演奏技術的に一番下になるメンバーでライブの反省会を!? 出来らあっ!


 渋谷での路上ライブを終えた俺達は、打ち上げの為に渋谷にあるカスト(ファミレス)へと訪れた。

 

 

 

 ひとりが渋谷と言う場所に酷く怯えていたので、別に新宿や下北沢にあるカストでもよかったのだが、場所を移動してからの打ち上げではどうにも渋谷で路上ライブをやった感(・・・・)が出ないので、そのままひとりを連行して渋谷での開催となった。

 

 渋谷の駅前にあるカストへ入り、廣井さんと大槻さん、俺とひとりで隣り合って席に座り、メニューを注文して飲み物が各自に行き渡ると廣井さんが率先して音頭を取った。

 

「じゃあみんな、路上ライブお疲れ~」

 

 そう言うや否や廣井さんは俺達の言葉を待つことなく豪快にジョッキを呷った。この人ただ単に早く酒が飲みたかっただけじゃないだろうな。

 

「大槻さん、今日はありがとうございました」

 

 今日は半ば無理矢理誘ったような形になってしまったので参加してくれた事に一先ずお礼を言うと、大槻さんは慌てた様な顔でこちらを見た。

 

「いっいえ……こっちこそ。私も姐さんと一緒に演奏出来て良かったし……」

 

「そう言えば大槻ちゃん、このバンドに入るかどうかって決まった?」

 

 廣井さんの言葉にそう言えばそんな事言ってたな、なんて思い出した。今回は参加してくれたが、確か何も得る物が無かったら抜けるって話だった筈だ。

 

 尋ねられた大槻さんは俺とひとりを見ながら腕を組んで考え込んでいる。ひとりはその刺すような視線におろおろしているが、そんなに緊張しなくても駄目なら駄目で仕方ないので気楽にしてていいぞ。

 

「どうです? 大槻さん。入ってくれたら引き出しが増えるのは保証出来ると思うし、SIDEROSにも迷惑はかけない様にするつもりですけど……」

 

 俺達も色んなジャンルの音楽を演奏して投稿動画を上げているので分かるが、今日もリクエストで色んなジャンルの曲を演奏したし、オリジナル曲も色んなジャンルが増えて行くだろうから技術としての引き出しは増えるだろう。そんな引き出しは要らんと言われたら終わりだが……

 

「……まあ今すぐに返事をしなくてもいいですけどね」

 

 そんなにすぐに決断しろと言われても困るだろうから、そう言って話を打ち切ろうかと思った時、大槻さんは顔を逸らして少し恥ずかしそうに呟いた。

 

「ま、まぁそうね……SIDEROSに支障がでないなら……姐さんもいるし……こんなにレベルが高いバンドもそうそう無いし……まあ……ちょっとやってみてもいいかもね……」

 

「「……おお~」」

 

 俺と廣井さんは大槻さんを見ながらその見事なツンデレ? に感嘆の声を漏らして、軽くハイタッチをした。そのままひとりにも右手を向けてやると、ひとりは少し驚いた後おずおずと遠慮がちに手を合わせて来た。

 

「それじゃあ大槻ちゃん! 同じバンドメンバーになったって事で、いつものアレやろうか?」

 

 俺達の行動から視線を逸らして不機嫌そうに恥ずかしがっていた大槻さんに、ジョッキを持った廣井さんが楽しそうに何事かを促していた。

 

「何ですか廣井さんアレって?」

 

「ほら、いつもSIDEROSでやってるらしいじゃん。ライブの反省会」

 

「うっ!!」

 

 俺が廣井さんに尋ねると、何やらバンドらしい行事の答えが返って来た。そんな廣井さんの言葉に大槻さんが胸を押さえて呻き声を上げた。

 

「へぇ~、やっぱりバンドってそういう事してるんですね。そう言えば結束バンドもやってたよな」

 

 俺がひとりの方を見て言うと、ひとりは肯定するように首を何度も縦に振った。

 

 反省会か……俺はライブ二回目なので改善点は沢山あるのだろう、正直聞くのが怖い。技術的な改善点は今までは自分の動画を自分で見返すか、ひとりから指摘されるくらいしか無かったので他人からの意見はちょっと興味がある。

 

「俺は何かありましたか? 反省点。人から改善点聞く事って無かったんですよね。昔はひとりが容赦ない駄目だしをしてきてキレそうになってたんですけど」

 

「えっええ!? だってあれは……太郎君が気付いた事言ってくれって言ってたから……」

 

 ひとりが慌てて言ってきた抗議の声に俺はカラカラと笑った。冗談だから大丈夫だ。しかし最近はあんまり指摘してくれなくなったので、そろそろドラムに関しては門外漢のひとりでは改善点が分からなくなって来たのかもしれない。そう言う意味ではバンド歴が長い大槻さんならバンドリーダーとしての視点からの改善点が期待できるかもしれない。

 

「えっ!? ……えっと……そうね……フィルがちょっと……モタついた……かも……」

 

 ちょっと怖いが尋ねてみると、何故か大槻さんはしどろもどろになりながら応えてくれた。

 

 確かに今日は即興って事もあってフィルインがモタついていたかもしれない。でも何でそんなにおっかなびっくり言ってるんだ? 

 

「じゃあじゃあ私は!」

 

「ええっ!? ……姐さんですか……!?」

 

 俺への駄目だしが終わってなんだかホッとした表情をしていた大槻さんへ廣井さんが楽しそうに聞くと、大槻さんは困った様な渋い顔で目を瞑った。この人、大槻さんが答えにくいの分かってて質問してるな……完全にパワハラだろこれ……

 

「太郎君達は大槻ちゃんに何か言いたい事あった?」

 

 流石に苦悶の表情で悩んでいる大槻さんに悪いと思ったのか、廣井さんは俺達に向かってそんな事を聞いて来たので、俺は少し考えてからひとりへと顔を向けた。

 

「なんかあったか? 俺は正直バンド組むの初めてだからよく分かんなかったが……」

 

「えっえっと……私も今日は自分の事で精一杯だったから……」

 

 俺達二人は顔を見合わせて今日のライブを振り返ってみたが、これといって特に思い当たらなかったと話していると、それを聞いていた大槻さんがテーブルに拳をぶつけながら声を上げた。

 

「あるでしょ! あったでしょ!? 私だけフィルに付いて行けてないとか、最後のメタル以外演奏の出来が甘かったとか、そもそも覚えてない曲があったとか、色々あったでしょーが!」

 

 曲を覚えていないのもメタル以外が甘いのもある意味仕方ないだろう。そもそも参加が決まってから時間があまりなかったし。フィルインに関してはむしろ打ち合わせ無しでついて来れる奴がおかしいので気にする必要は無い。

 

 と言うかそんだけ自己分析出来てたらもう俺達の助言とかいらんだろ。この人に必要なのは精神的休息なんじゃないだろうか……あんまり自分を追い詰めすぎるのも良くないですよ。

 

「まぁ大槻さんは自己分析出来てるみたいなので良いとして、ひとりはどうです? そう言えばひとりの評価はどうなりました? 最初の評価はあんな(・・・)感じでしたけど」

 

 俺が自分の反省点で荒れている大槻さんを宥めるように言うと大槻さんは神妙な顔でひとりを見た。急に自分が話題の中心になったひとりはあたふたと困ったように俺の方を見てきた。そんなひとりを見ながらしばらく難しい顔をしていた大槻さんはいよいよ不思議そうに呟いた。

 

「山田太郎に説明された時は冗談だと思ったけど……」

 

 大槻さんはそこまで言うと、一度言葉を区切ってから再び口を開いた。

 

「後藤ひとり。あなた……どうしてあのバンド(結束バンド)このバンド(Band of Bocchis)でそんなにも演奏が違うの?」

 

 大槻さんの言葉に俺と廣井さんもひとりを見た。確かに、人見知りだとは言うが結束バンドとBocchisでここまで変わるのは気になると言えば気になる現象だ。

 

 俺達に見つめられたひとりはまたあたふたと視線を彷徨わせると、困ったようにしばらく俯いたがやがて観念したのか恥ずかしそうに答えだした。

 

「あっあの……私、人見知りだからバンドだと上手く合わせられなくて……でも、太郎君は……太郎君とのバンドなら……」

 

 そこまで言うと、ひとりは左手で後頭部を撫でながらにへらと頬を緩めた。

 

「絶対にカバーしてくれるから、いくら迷惑かけても良いかなって思って……」

 

 おいこら、なんか良い話かと思ったらお前そんな事考えてたのかよ……俺の扱いが雑過ぎんだろ。いやまあそれで結果的に良い方に行ってるならいいけどさ……

 

「……つまり山田太郎相手なら失敗して迷惑をかけても問題ないから、逆にリラックスして普段通りの演奏が出来るって事……? よく本番は練習のように、と言うけどその極地って事なのかしら……?」

 

「ぼっちちゃんは太郎君を信頼(・・)してるんだねぇ~」

 

 まあ俺とひとりはマブダチだからな。しかし改めて他人からそんな風に言われるとなんだか気恥ずかしいので、ひとりの返答に真剣に理由を考えている大槻さんを放置して俺は話題を変える事にした。

 

「そう言えばsky's the limitの歌詞を今日改めてちゃんと聞いて思ったんだけど、これひとりが書いたんだよな? その割には結構前向きな歌詞じゃないか? 曲名だって限界は無い、とか無限の可能性ってやつだよな?」

 

 ひとりの事だから世の中への不平不満を歌詞にしているのかと思ったら、意外とそんな事なかった。勿論全く無い事はないのだが全体的に不満がありつつも前を向いている様な感じの歌だ。

 

 自分への追及が終わって安心したのか、隣でチビチビとコーラを飲んでいたひとりが何故か盛大に慌てだした。そんなひとりを見てから廣井さんに目を向けると、廣井さんは呆れた様な表情をしていた。

 

「あれ? なんか変な事言いました? 結束バンドの曲とは結構違うなって思ったんですけど……」

 

「そりゃあそうでしょ、Bocchisの曲なんだから。しかも曲名(sky's the limit)の元の言葉は太郎君が私に言ったんじゃん」

 

 言ったか? そう言えば言った気もする。俺はたまに勢いだけで喋ってる事があるのであんまり細かい事は覚えていなかったりするのだ。じゃあ曲名はひとりや廣井さんの発案では無く俺の言葉から付いたのか。

 

「それにあの歌詞はぼっちちゃんが()……」

 

「あっああああああのっ……!! ちっ注文した料理が来たみたいですよ!!」

 

 俺の質問に答えてくれようとしていた廣井さんの言葉にひとりの突然の大声が被ってビックリしていると、確かに言葉通り店員が料理を運んで来た。

 

 しかしこいつが外でこんなに大きな声を出すとは思わなかった。家族には大きな声が出せるのでもしかしたらひとりは早くもこのバンドに馴染んできたのかも知れない。これも結束バンドの皆との日頃の交流の賜物だろうか……あっ、ひとりの成長に涙が出て来た……

 

 俺は涙を拭いながら店員から料理を受け取ると、改めて注文した料理を眺めてみた。これがひとりオススメのチーズ入りハンバーグか……中々美味そうだ。ひとりも同じものを頼んでいたが、もう少し女の子らしい物じゃなくても良かったのだろうか……なんてのはいらんお世話か。なんでも好きなモンを食えって言ったしな。飲み物にプラス百円してソフトクリームを足してクリームソーダとかもいいぞ。

 

 そんなアホな事を考えながらハンバーグを食べていると、廣井さんが思い出したように言った。

 

「そう言えば投げ銭ってどうなったの? 沢山入ってた?」

 

「あっそうでした。ちょっと待ってくださいね……」

 

 俺は自分のバッグを引き寄せると、中から投げ銭が入った袋を引っ張り出して廣井さんの前へと取り出した。

 

「これです。悪いんですけど廣井さん数えてくれませんか」

 

 この中で最年長という事と、酒ばかり飲んでいるのでテーブルにスペースがある廣井さんへ渡すと、廣井さんはそのまま袋を大槻さんの前までスライドさせた。

 

「ごめ~ん大槻ちゃん。お酒飲むのに忙しいから代わりに数えて」

 

「えぇ……? と言うか一番の新入りの私にこんな大事な事任せていいんですか……?」

 

 呆れたように言いながら袋の中の投げ銭を数え始めた大槻さんは、最初こそ面倒そうにしていたが、しばらくすると段々と表情が固くなって行くのが分かった。

 

「あっあの……」

 

「あ、どうでした?」

 

 数を数え終えた大槻さんにハンバーグライスを食べながら聞いてみると、困ったように辺りをチラチラと見回した後で顔を前に突き出してきたので、何事かと思い俺達も同じように顔を突き出すと大槻さんは声を潜めて答えた。

 

「あの……三万ちょっとあるんだけど……」

 

「へぇ~、凄いですね。多いんですか?」

 

 凄そうだが、いまいちよく分かっていない俺が軽い気持ちで聞いてみると、大槻さんは困り顔で怒ったようにテーブルを叩いた。

 

「多いに決まってるでしょーが!! 路上ライブ三十分もやってないのよ!? 時給に換算したら六万よ六万!!」

 

 それはちょっと乱暴すぎる喩えじゃないだろうか。しかしSTARRYが時給千円くらいだからここから四人で割っても約七時間分に相当するのか……そう考えると凄い気がする。まあ普通の路上ライブってどれくらい投げ銭が入るか知らないのでまだよく分かってないが、大槻さんが声を荒げるって事は凄いんだろう。

 

「へぇ~ありがたいですね。ひとりに廣井さん、今日はそこから出すんでなんでも食べたいもの頼んでいいですよ!」

 

「ん? 今何でもって……」

 

「えっ、それは……(困惑)」

 

 廣井さんが酒のグラスを持って聞いて来たので俺は言葉を濁した。今日は休日だからハッピーな日じゃないんで酒はコスパが悪いんですよ。しかし廣井さんのMCあっての成果でもあるので煩い事は言いっこ無しか……

 

「……でもまぁ今日は許しましょう! ひとりも他に何か頼んでいいんだぞ。ポテトか? それとも唐揚げ頼むか? デザートもいいぞ!」

 

「ありがと~お父さん!」

 

 誰がお父さんだよ。保護者枠なら年齢的に廣井さんが母親役でしょうが……嫌だよこんな飲兵衛の母親……それ以外の要素は結構いい感じなんだけどな……

 

 廣井さんが酒の追加注文をして、ひとりがメニューを選んでいるのを見ながら俺は大槻さんに聞いて置くべき事があったのを思い出した。

 

「そう言えば路上ライブ終わった後で大槻さんBocchisのSNS作るとか言ってませんでした?」

 

「そうそう、大槻ちゃん実はあの時からこのバンド入るの決めてたんじゃないの~?」

 

 廣井さんに絡まれた大槻さんはまた顔を赤くしながら不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「別に……ただ、今の時代目立たないと直ぐに埋もれてしまうので、色んなサービスはどんどん利用した方がいいと思っただけです」

 

 廣井さんに頬をつつかれてウザ絡みされているが、大槻さんはやはり凄いな。俺達の様に楽器だけ勉強してきただけでは分からない知識を持っている。いわばバンドとしてのノウハウだ。演奏技術や楽曲の良さは当然の事ながら、SIDEROSが人気バンドになるだけの理由がこの辺にあるのだろう。

 

「その事なんですけど、Bocchisって俺以外みんなメインバンドが忙しくて全員集合する機会が少ないじゃないですか。だからオーチューブとかのネットの方を主体にするのも良いんじゃないかと思ったんですけど……」

 

 勿論みんなの都合が合えばライブハウスや路上でのライブもやりたい、と言う事も加えて話してみた。

 

 ぶっちゃけ俺は今まで一人でやってたのでこのメンバーで集まって演奏してるだけでも楽しいのだが、どうせ活動するならついでに楽曲配信してみたり、オーチューブに動画を上げたりするのも面白そうだと思ったのだ。目指せ再生数一億回。

 

 廣井さんはネットでの活動と言う言葉にいまいちピンと来ていないようだったが、大槻さんは真剣に悩み始めた。

 

 何やら一人でブツブツと言いながら考え事をしていた大槻さんは、熟考の末顔を上げた。

 

「いいんじゃないかしら? 確かにその方が時間の都合は付くし。箱や路上のライブをやるとしても、どのみちネット活動での知名度アップは必須だしね」

 

 そうして俺はBocchis公式のトゥイッターやイソスタやオーチューブのチャンネル等を大槻さん指示の元に作成したり、審査の通りやすい音楽配信サイトについての解説を受けたりした。しかしこういう有益そうな情報を聞いても良かったのだろうか……この人廣井さんがメンバーにいるからか、一番Bocchis入るの渋ってたのに一番やる気出してるな……

 

「それじゃあ早速今の打ち上げの写真でもトゥイッターに投稿してみたら?」

 

「えっ!? そんなの誰が見るんですか!?」

 

「だから私達のファンが見るのよ!」

 

 俺が驚いて聞き返すと、大槻さんは聞き分けの無い子供を叱るように言ってきた。私達のファンとか言われてもいまいちピンとこないのだが……作ったばかりだから当然フォロワーもゼロだし……

 

「えーっと……路上ライブ見てくれた人ありがとうございました。いま打ち上げ中です。っと」

 

 俺は大槻さんの指示でテーブルの上の料理の写真を撮って投稿してみた。トゥイッターフォロワー数一万人の大槻さん曰く、こういうのは日々の積み重ねが大事らしい。

 

「じゃあアカウントは共同にするんで、みんな勝手に何か投稿してください。あ、でも一応覆面バンドのていで行くんで、個人が特定できるような事は止めて下さいね」

 

 だから今すぐには大槻さんの個人アカウントはフォロー出来ませんよ。そう伝えると大槻さんはなんだか少し残念そうにしていた。

 

 ややこしい話が終わって一段落ついて皆食事に戻ったので、俺は前々から気になっていた事を聞いてみる事にした。

 

「そういえば大槻さんって歳いくつなんですか? 三年前から活動してるのは情報としては知ってるんですけど」

 

 聞けば俺達の一つ上、虹夏先輩達と同い年だと言う。という事は……十四歳くらいから活動してた……ってコト!? 通りでバンドマンとしての経験値が違う訳だ。その頃の俺達はまだ家で一人で一日六時間以上の練習をしているだけだったからな。

 

「でもそれじゃあ、大槻先輩……いやヨヨコ先輩って呼んだ方がいいですか?」

 

 虹夏先輩もリョウ先輩も名前で呼んでるしな、なんて思っていたら水を飲んでいた大槻さん――ヨヨコ先輩が俺の言葉を聞いて盛大に噴出した。

 

「うわ何なんですか!? 汚いですよ!?」

 

 ヨヨコ先輩の向かいに座っているひとりが急な出来事に驚いて狼狽えていたので、俺はおしぼりでテーブルを拭いてやっているとヨヨコ先輩は咽たせいなのか赤い顔と涙目でこちらを睨んできた。

 

「ゴホッ……ゴホッ……な、何なんですかはこっちの台詞よっ!? 何なのよ急に!?」

 

「えぇ……? そんなにおかしな事言いました?」

 

「そうだよ大槻ちゃん。大槻ちゃん自分のバンドメンバーにもそう呼ばれてるじゃん」

 

 ヨヨコ先輩の理不尽な物言いに俺が困惑していると廣井さんが助け舟を出してくれた。

 

 やっぱりそうなんじゃないか。ヨヨコ先輩も一応正式にメンバーになったのだから苗字呼びはどうかと思ったんだが……廣井さんはまぁね……ちょっと年齢が離れてるから……狐面付けた時はきくりさんって呼ぶから勘弁して。

 

「ひとりもヨヨコ先輩を名前で呼んでみたらどうだ? 確か虹夏先輩は虹夏ちゃんって呼んでるんだっけ? じゃあ、ヨヨ……コちゃんとかどうだ?」

 

 ヨヨちゃんってあだ名を提案しようとして踏みとどまった。サラマンダー……うっ頭が……

 

 しれっと俺がヨヨコ先輩呼びしている事か、それともヨヨコちゃん呼びに怒ったのかまた顔を赤くしてこちらを睨んでいる大槻さんにビビったひとりは、両手の平を胸の前に遠慮がちに掲げると怯えたような声を出した。

 

「いっいえ……私のようなミジンコが名前呼びなんて恐れ多いので……」

 

「そ、そっか……」

 

 まぁこういうのは本人の気持ちが大事だからこれ以上無理強いはすまい。その内お互い名前呼びが出来るくらい仲良くなってくれると嬉しいが。

 

「それよりヨヨコ先輩はずっと俺やひとりの事をフルネームで呼んでますけど、今後もそれで行くんですか?」

 

 割と気になっていた事を聞いてみると、痛い所を衝かれたようにヨヨコ先輩がたじろいだ。そんなヨヨコ先輩に廣井さんも口を出して来た。

 

「そうだよ~。大槻ちゃんSIDEROSのメンバーは名前で呼んでるんだから太郎君たちも名前で呼んであげたら?」

 

 流石に廣井さんに言われては無下に出来ないのか、腕を組んで目を瞑って苦悶の表情でひとしきり悩んだ後ヨヨコ先輩はゆっくりと口を開いた。

 

「…………た……太郎……」

 

「あっはい」

 

 目も合わさずに消え入りそうな声で呼ばれたので返事をしてみると、恥ずかしさを誤魔化すような渋い顔でこちらを見てきた。ヨヨコ先輩はそのままひとりへとチラリと視線を向けると、またそっぽを向いて口をもごもごさせた。

 

「…………ひ………………やっぱり無理! 後藤ひとりは後藤ひとり!」

 

 名前呼びをキャンセルされたひとりがショックを受けて項垂れていたので頭を撫でてやった。おーよしよし。

 

「なんで駄目なんですか……?」

 

 純粋に疑問に思ったので聞いてみると、ヨヨコ先輩は俺を睨んで声を荒げた。

 

「うるさい! 私の方が上だってハッキリさせるまでは後藤ひとりよ!」

 

 何だこの人……サ〇ヤ人の王子かなんかかよ……割と面倒、と言うか不器用な人だな。まあ切磋琢磨出来るなら今後いい関係が築けるのか? 

 

 その後も食事をしながら今日のライブや曲の感想、今後STARRYやFOLT等でライブが出来たら良いな、なんて話をして時間が経ち、そろそろお開きにしようかとなった所でヨヨコ先輩が投げ銭の入った袋を俺へと突き出した。

 

「ほら、こういう大事な物はリーダーであるあなたが持ってなさいよ」

 

「あっすみません。それじゃあここの会計を差し引いて……四等分しますね」

 

 ヨヨコ先輩から袋を受け取った俺がそんな事を言うと、一同が無言で顔を見合わせて、しばらくして廣井さんが代表して答えた。

 

「まぁバンド運営資金として太郎君が持ってればいいんじゃない?」

 

 そういう事になった。

 

 会計を終えてファミレスを出ると、まだ渋谷で探し物があった俺はひとりを逃がさない様に腕を組んで捕まえると廣井さん達を誘ってみた。

 

「すみません、ちょっと買いたい物があるんですけど廣井さん達まだ大丈夫ですか?」

 

「何なに? 何買うの?」

 

「実は店長……星歌さんがもうすぐ誕生日らしくて。お世話になってるんでなんか……ぬいぐるみが好きらしいんで、そう言うの買おうかと思ってるんですけど」

 

 こういうのは同じ女性に選んで貰った方が良いと思ったので同行をお願いしたのだ。ぬいぐるみ好きと言う情報は虹夏先輩からリサーチ済みだ。

 

「えー! 先輩ぬいぐるみ好きなの!? もうすぐ三十歳でしょやべー!!」

 

「……ソレ廣井さんが言ってるのバレたらぶっ〇されますよ……」

 

 シャワーを借りたりなんやかんやお世話になってる事を思い出したのか、危機感を抱いたがお金が無い廣井さんが泣いてお願いしてきたので、プレゼントはBocchisの連名という事になり費用は先程の投げ銭から出す事になった。

 

 それから日曜の渋谷を機材を持ってひとりを引っ張りながら練り歩くという地獄みたいな事をしながらなんとかクマのぬいぐるみ(最初は百センチ超えのデカい奴を提案したが全員に却下された。邪魔だし捨てる時に困るからだ。付き添いを頼んでマジで良かった)を購入した俺達は再び渋谷駅まで戻って来た。

 

「それじゃあ廣井さん、ヨヨコ先輩。今日はありがとうございました。気を付けて帰って下さいね」

 

「あっ今日はありがとうございました」

 

「じゃーねー太郎君、ぼっちちゃん。またライブやろーねー」

 

「……じゃあ、また」

 

 新宿方面へ向かう廣井さんとヨヨコ先輩とは渋谷でお別れなので、パーカーとマスクを押し付けるように返して電車に乗ると俺は大きく息を吐いた。

 

「はぁ~~……なんとか終わったな。ひとりもお疲れさん」

 

「うっうん。太郎君もお疲れさま」

 

 本当だよ。お前渋谷でほとんど歩いてないだろ……ずっと引っ張ってた記憶しかねぇよ……まあいい、もう済んだ事だしひとりが人混みが嫌いなの知ってて連れまわしたのは俺だからな。

 

 今日の話をしながら品川で乗り換えると、運よく機材を持っていても邪魔になりにくい端の方の席に二人して座る事が出来たので、神奈川までなんとかゆっくり出来そうで安心しているとひとりが酷く失礼な事を言ってきた。

 

「そういえばちょっと思ったんだけど……太郎君太った?」

 

「ふざけんなバカお前。太ったんじゃなくて鍛えてるんだよ。いや、そう言う意味では太ったってのも間違ってないのか? 夏休みの江の島で己の非力さを痛感して……って」

 

 そこまで言って俺は驚いてひとりを見た。突然自分の事を見つめて来た俺に驚いたのかひとりは不思議そうにこちらを見ている。

 

 こいつ……よく気付いたな。江の島に行ったのが八月の終わりなので、まだ鍛え始めて三か月経ってない筈だからあんまり変わってないと思うんだけど……

 

 何も言わない俺に不安になったのか恐る恐る何事か尋ねて来たひとりに驚いた理由を伝えると、ひとりは相好(そうごう)を崩しながら答えた。

 

「そっそりゃあもう十年も一緒にいるからね。太郎君の事はちょちょいのちょいだよ」

 

 ちょちょいのちょいってなんだよ……でもそうか。俺ばかりがひとりを見ていると思っていたが、なるほど意外とこいつも俺の事を見ているらしい。道理でフィルインを被せてこれる訳だ……えっじゃあ廣井さんは何なんだ……? 怖……

 

 それから目的の駅に着くまでの間暇だったので、俺はひとりに購入したダイヤル式可変ダンベルの話やここ最近覚えた筋トレ談義なんぞしてやることにした。

 

「……それで思ったんだよ。良くマッチョな陽キャっているだろ? でも彼らは相応の努力をしてあの体を手に入れたんだよ、だから――」

 

 話の途中で不意に肩に重さを感じて顔を向けると、ひとりが俺の肩に寄りかかって眠っていた。今日一日ずっと気を張っていたのが緩んだのだろうか、それとも俺の話がどうしようもなくつまらなかったのか……いや多分緊張の糸が切れたのだろう。そうに違いない。うん間違いない。

 

 俺はひとりを起こさない様にそのまま静かに座席の背もたれに体を預けて、目的地の駅まで大人しくしている事にした。

 

 結局肩にもたれかかったまま目的の駅に着くまで一度も起きる事が無かったひとりを降車駅で起こしてやって、そのまま家まで送ってから自分も自宅へと帰り、これでようやっと長かった路上ライブの一日が終わりを告げたのだった。

 

 その後路上ライブを見た人だろうか? ぽつぽつとBocchisのトゥイッターがフォローされたりもしたが特に大きく変わった事も無く過ごし、路上ライブから約二週間後、廣井さんから一通の連絡がスマホに届いた。

 

 

 

 

 

『十二月二十四日に新宿FOLTでSICKHACKのワンマンライブをやるんだけど、前座で出る予定だったバンドが出られなくなったからSIDEROSと結束バンドとBocchisでゲスト出演してみない?』




 遂にヨヨコ先輩が入ってメンバーが揃ったので、やっとバンドとして話に絡んで行けるようになりました。ここまで読んで来てくれた人達には感謝しかありません。本当にありがとうございます。


 ひとりちゃんが性格悪いと誤解されそうなのでBocchisだと演奏が上手い理由の一応の補足なんですが、下手くそな演奏をした時は勿論の事、もしギターヒーローモードになった時、現時点の結束バンドだと崩壊して迷惑かけるけど、Bocchisなら少なくとも主人公だけは絶対に付いてきてカバーしてくれるから無理に抑える必要が無くてリラックスして演奏出来る、みたいな感じです。


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022 つっきー襲来

 正直盛り上がる場面程書くのが難しいと思ってます。何をどこまで引っ張って、何をいつバラすかって言うのは常に考えているけど、『その時』が読者と本当に一致しているのか分からなくて怖いから。


 廣井さんから十二月二十四日に行われるSICKHACKのワンマンライブに、SIDEROSと結束バンドとBocchisでゲスト出演しないかと連絡を貰った数日後の朝、俺はひとりに虹夏先輩から何か聞いていないかそれとなく探りを入れてみる事にした。

 

「なあひとり、十二月二十四日(クリスマス・イヴ)ってなんか予定あるか?」

 

「え…………えっ!! にっ二十四日の予定!?」

 

 ひとりは最初こそ鈍い反応を見せたが、何故だか急に驚いて顔を真っ赤にさせながらあたふたとし始めた。

 

 そうしてひとしきりテンパった後、一度呼吸を整えたひとりは赤い顔で俯きながら答えた。

 

「なっ無いでしゅ……」

 

「……そっか」

 

 ひとりの不可解な反応は置いておくとして、どうやらまだ虹夏先輩から何も聞いていないようだ。もしかしたらゲスト出演を断った可能性もあるので、今俺から何か言うのはやめておく事にした。

 

 その放課後、俺は今日ライブを行うひとりと喜多さんと共にSTARRYへと向かっていた。

 

「もう十二月か~。すっかりクリスマスムードね」

 

 クリスマスがあと二週間ほどに迫った街並みはイルミネーションに彩られて、すっかり煌びやかになっている。

 

 未確認ライオット参加を決めた結束バンドのメンバーはあれから気合が入っており、この一ヵ月間は練習とバイト尽くしのようだった。それが大変だったのか、はたまた充実していたのかは分からないが喜多さんはあっという間だと感想を漏らした。

 

「冬休みまであと少しだし待ち遠しいわ~」

 

「あっ私も……」

 

 恐らく友人との予定が沢山詰まっているのだろう、待ちきれない風に言う喜多さんに酷く真剣に同意するように言葉を発したひとりに俺と喜多さんは視線を向けた。

 

「ずっと……待ち遠しかったです」

 

「お、おう……そうか……」

 

「そ、そう……何か重みが違う気がするけど……」

 

 あまりにも真に迫ったひとりの物言いに、俺達二人は思わずたじろいだ。やっぱり学校辞めたいって言ってるのは冗談じゃないんだな……でもここまで来たら結束バンドが大ヒットして億万長者にでもならない限り絶対卒業させるけどな。

 

 クリスマス前だと言うのにあまりにも辛気臭くなったので話題を変えようとした喜多さんの話では、どうもリョウ先輩の曲の作成が難航しているようだった。やはりデモ審査に出すにあたって色々と思う事があるのかもしれない。

 

「冬休みもバイトと練習漬けだけど、クリスマスにはパーティしましょ!」

 

「クリスマスパーティ……」

 

 喜多さんの提案にひとりが小さく呟きながらこちらにチラリと視線を向けて来た。そんなひとりを見た喜多さんは何か思い出したように笑顔で声を上げた。

 

「そう言えば! 二人はいつもクリスマスってどうしてるの!? やっぱり幼馴染だしどっちかの家でパーティーとかするのかしら!?」

 

 やはり陽キャはこういうイベントが大好きなのか、喜多さんはお目目キラキラで問いかけて来た。

 

「えっと……そうですね。ウチの両親がひとりの両親と仲が良いって話はしましたっけ? なので大体はひとりの家に集まってパーティーしますね。ひとりの親父さんが料理上手なので……ってそう言えば今年はケーキどうするんだ? もう予約とかしたのか? 俺何も聞いてないんだけど」

 

「あっケーキはお母さんがもう予約してるみたい。二つ予約したみたいだから多分当日に私たちが取りに行くんじゃないかな?」

 

 料理はウチで作ったのを持って行ったり母親同士でひとりの家で合同で作ったりするし、ひとりの親父さんも唐揚げやらが上手なので、購入するのは基本飲み物やケーキだけなのだ。なので酒の類を調達するのが俺の親父の役目で、ジュースやケーキの受け取りを担当するのが俺とひとりの毎年の恒例行事だったりする。

 

 喜多さんに説明している途中で思い出した自分達の担当であるケーキの事をひとりに聞いていると、そんなやりとりが琴線に触れたのか喜多さんは大興奮の様子だった。

 

「きゃー! これよこれ! まさに漫画やドラマで見た様な幼馴染だわ! 本当にこんな関係の男女が存在するのねー!」

 

 どういう事だよ……俺達はネッシーか何かか? ってそう言えばひとりは下北沢のツチノコだったわ……やばいな、俺達二人とも絶滅危惧種を超えた幻の生き物になっちゃってるじゃねーか……

 

 いつもの発作を起こした喜多さんが「私も幼馴染が欲しいわー!」などともはや叶わぬ願いを言い始めた時、喜多さんのスマホからロインの通知音が鳴った。

 

「? 伊地知先輩からだ……なになに? 十二月二十四日、新宿FOLT、SICKHACKのワンマンライブに……」

 

 虹夏先輩からの連絡を見た二人は急遽決まったゲスト出演に驚いていた。特にひとりは二十四日と聞いて何かに気付いたようで、顔を赤くさせながら盛大に顔面をぶっ壊している。

 

「SIDEROSと結束バンドと……ばんどおぶぼっち……ず……? ってどこかで聞いたような……」

 

 書かれているバンド名を見ながら喜多さんは目を瞑って顎に人差し指を当てながら記憶を掘り起こそうとしていたが、中々思い出せないのが気持ち悪いのかうんうんと唸りを上げて悩んでいた。

 

 やはりこういう事を覚えていそうな陽キャの喜多さんでも覚えていないか……まあそりゃそうだ。文化祭で演奏したバンドは色々あったが、結局俺だって覚えているのは結束バンドしかないのだ。用紙に載ってはいたものの結局演奏しなかったよく知らない奴のバンド名など覚えている奴がいなくて当然だろう。

 

「あー……それは俺のバンドですね。この間説明したひとりに入って貰った奴です」

 

 どうせ黙っていた所で本番になればバレるのだから、隠していても仕方ないと思った俺は正直に打ち明けると、喜多さんは喉まで出かかっていた気持ち悪さが解消されてスッキリしたのか顔を綻ばせた。

 

「そうよ! Band of Bocchis! 確か文化祭の時言ってたわよね!? ひとりちゃんから山田君がドラムやってる事は聞いてたし実際に山田君の部屋で見せて貰ったから知ってたけど、私まだ実際に山田君がドラムを演奏してるの聴いた事無かったからすっごく楽しみ!」

 

「そう言えばそうですね……まああんまり期待せずに待っててください」

 

 無邪気にはしゃぐ喜多さんに答えると、ひとりが何とも言えない顔を浮かべてこちらを見ていた。一体何なんだよ……ここ最近情緒の忙しい奴だ。

 

「なんだよその顔は……?」

 

「えっえっと……喜多ちゃん太郎君の部屋に入った事あるんだなって……」

 

「夏休みのTシャツデザインの時に、お前の家に行く前に虹夏先輩と一緒に来たぞ」

 

 「虹夏ちゃんまで……」なんて言いながら、なんだか少し元気がなくなったひとりを引き連れて俺達はSTARRYへと向かうのだった。

 

 

 

「おはようございまーす。あっ伊地知先輩連絡見ましたよ! ゲスト出演楽しみですね!」

 

 STARRYへ辿り着き俺達が各々挨拶すると、リョウ先輩と向かい合って話をしていた虹夏先輩へ喜多さんが楽しそうに話しかけた。

 

「見てくれた? そうなんだよねー。ちょっと前に連絡が来て、少し考えたんだけど今は沢山ライブしたいからぜひお願いしますって! そう言えば太郎君のバンドも呼ばれてたよね!? 太郎君ライブ初めてで大変だろうけどよろしくね!」

 

 なんと虹夏先輩は俺のバンド名を覚えていたらしい。流石と言うかなんというか……文化祭で俺のバンド名を聞かれなければ今回のライブはマスクを被って別人の振りをしてやり過ごせたのだが、教えてしまった以上こういう日が来る事はわかっていたのだ……

 

 しかしいきなりひとりをギターヒーローだと見抜いたその慧眼の前で演奏する事になるとは、いよいよ進退窮まって来た感じがあるな。

 

 虹夏先輩に適当に返事をすると珍しくリョウ先輩がこちらを見ていた。

 

「……私も楽しみにしてる」

 

「アッハイ」

 

 そう言えばこの人は文化祭の時も同じような事を言ってた気がする。もしかしたら喜多さんと言う前例があるので俺の事を実はドラムなんて全然出来ない自称ドラマーだと疑っているのかも知れない。喜多さん……あなたの残した傷跡は意外に大きいかもしれませんよ……

 

 しばらくすると結束バンドの面々は今日のライブの準備の為に奥へと引っ込んでいき、俺が一人でボケっとしているとひとり達と入れ替わるように店長が声をかけて来た。

 

「よぉ太郎。路上ライブどうだった? 一人くらい足を止めてくれたか? まあでも最初はそんなもんだ気を落とすなよ」

 

 この人何故か前に両手にプラグを持って追いかけられて以降俺の事を呼び捨てで呼んでくるようになってしまったのだが……そんなにいい人が見つからない発言が効くとは思わなかった……やばいな、なんとか誕生日プレゼントで機嫌直してくれるといいんだが……

 

「って、ちょっと店長!? なんで失敗した事が前提で話しを進めるんですか!?」

 

 聞き捨てならない言葉に俺が抗議すると店長はいかにも当然の事のように、それでいて面倒そうに言い返して来た。

 

「なんでって言われても……お前路上ライブ初めてだろ? それにいくらあいつ(廣井)が居ても、バンドは一人だけ上手くても駄目なんだよ」

 

 俺の信用は全然無いけど廣井さんの実力は認めてるんだな。まぁそりゃそうか、俺は店長の前で演奏した事無いからな。しかし悔しいから路上ライブ大成功だったの教えてやろう。

 

「何言ってるんですか。大成功ですよ! もう囲いが二重三重になって投げ銭もジャンジャン入って、終いには演奏終わったらファンになりました! って沢山の観客が……」

 

「おう、へこんでるかと思ったけどそんだけ言えたら大丈夫そうだな。将来そうなるように頑張って行けよ。まぁ続けてたらファンもその内出来て来るから」

 

 俺がドヤ顔で語ると、店長はまるで弟子の成長を見守る師匠の様な朗らかな笑みを浮かべて満足そうに頷いた。

 

 くそう……全く信じて無いな。しかし改めて状況を説明すると滅茶苦茶嘘臭いな……トゥイッターで呟いたら即嘘松認定されて炎上しそうな内容だ。実は路上ライブには観客が一人もおらず、あれは俺の見た都合の良い夢だったのでは? なんて思ってしまう。だって未だにBocchisのトゥイッターフォロワーが十人位しかいないし……その内の一人がヨヨコ先輩だし……

 

 店長が笑いながら去って行き一人残された俺が悔しい思いをしていると、ぼちぼち客が入って来る時間になった。受付はいつもは俺の仕事だが、今日は結束バンドのライブを見るのでPAさんが担当している。

 

 もはや常連となったひとりのファン一号二号さんがやって来て話をしながらライブ開始を待っていると、なんだか聞き覚えのある声が聞こえて来た気がした。

 

「今日はどのバンドを見にこられました?」

 

「結束バンドです……」

 

 アイエエエエ! ヨヨコ先輩!? ヨヨコ先輩ナンデ!? いやマジでどうしたんだ? 眼鏡をかけて、いつもの高い位置でのツインテールでは無く肩のあたりの低い位置で左右に結っているしマフラーにダッフルコートを着ているから、あれが普段の姿なんだろうか……? いつも会う時は割とメタルで派手な格好をしていると思っていたけど、普段は案外地味な恰好をしているのかもしれない。

 

 チケットを購入してなにやら難しい顔で辺りをキョロキョロと見回しているヨヨコ先輩を見ながら俺が静かに驚いていると、そんな俺の視線の先から結束バンドを見に来た声が聞こえてきたのに気付いた一号二号さんがヨヨコ先輩へ嬉しそうに近づいて話しかけた。

 

「あれ~見たことない子だ~! あの~今日初めてライブきた感じですか~? 結束バンドを見にきたんですよね?」

 

「名前なんて言うの?」

 

「えっ……(おお)つ……つっきーです

 

「…………っ」

 

 あっ危ない……なんとか噴き出すのを堪えたぞ。なんだよつっきーって……しかしすげーな一号二号さんは。流石にあの引っ込み思案のひとりのファンをやっているだけの事はある。ヨヨコ先輩が女の人だからだろうけど、知らん人でもグイグイ行くこの感じ……この人達やはりかなりのコミュ強だな。

 

 少し距離が離れているのと、一号二号さんが壁になっている事も手伝ってヨヨコ先輩は俺に気付いていないようで、一号二号さんに次のライブは一緒に行こうと誘われたりロインの交換をしたりしている。

 

 男の俺を混ぜるのはヨヨコ先輩に悪いと思い気を遣っているのだろう。一号二号さんは俺を呼び寄せる事も無く、話をしている途中で一号さんがチラリと顔だけ俺へと振り向き右手を少し上げて来た。恐らく今日はもう俺の相手を出来ないという謝罪だろう。

 

 別に気にしていない事を伝える為に俺も右手を軽く上げて返事をすると、一号さんがこちらを見た事で視界が開けたのかヨヨコ先輩とバッチリと目が合ってしまった。

 

「あっヤベ」

 

「…………~~~~~~~~~!?!!!」

 

「あっ始まったよ!」

 

 瞬時に顔を真っ赤にして飛び掛かってきそうな表情のヨヨコ先輩に、これ以上ない位のベストタイミングでライブが始まった事を告げた二号さんのおかげで一応の危機は去った。まあどうせライブが終わったら絡まれるので地獄までの時間を先延ばしにしただけなんだが……

 

 俺も前の方でひとりのギター演奏を見たかったのだがそこには一号二号さんとヨヨコ先輩がいるので、今日ばかりは少し後ろの方で文字通り後方腕組古参ファン面でライブを見た。

 

 

 

「ちょっと太郎!! 気付いてたのなら声をかけなさいよ!!」

 

 ライブが終わると一も二も無くこちらに詰め寄って来たヨヨコ先輩に続くように一号二号さんも集まって来た。

 

「なになに? 太郎君とつっきーちゃんって知り合いなの?」

 

「……ひとりちゃんと言う物がありながら……太郎君……ちょっとお姉さんとお話しようか……?」

 

 おかしい……出会った当初の二号さんはもう少し穏やかで、おっとりしていて、可愛らしい感じのお姉さんだった筈だ。一体何が彼女をこんな風にしてしまったんだろうか……現代社会の闇は深いのかもしれない……しかし洒落にならん怖さがあるので俺は弁明してみる事にした。

 

「実はヨ……ん”ん”、つ、つっきーさんとは廣井さん経由で知り合ったんですよ。知ってます? あの酔っ払い」

 

 本名を名乗らず自らつっきーと言い出したので、SIDEROSの事を言っても良いのか判断がつかずとりあえず伏せておいたが、一号二号さんはいつも俺が廣井さんとつるんでいるのを思い出したのかとりあえず納得したようだった。

 

「…………なんか太郎君の周り女の子ばっかりじゃない……?」

 

 やばいな、二号さんが何故かまた暗黒面に落ちかけている。しかしそれは俺も困っている事なので勘弁してもらいたい。俺の男の知り合いと言ったら…………吉田店長くらいか? でもあの人も心は乙女って廣井さんが言ってるしな……これ以上考えるのはよそう……

 

 ヨヨコ先輩を見れば俺がつっきーさんと呼んだ事に、赤くした顔を伏せながらプルプルと震え出している。今にも爆弾が爆発しそうな気配を察知した俺はすぐさま話題を逸らす事にした。と言うか自分でつっきーって言い出したんだから我慢してくれよ。

 

「物販見ませんか物販! ねっ一号さん!」

 

「えっうん、そうだね。つっきーちゃんも物販見ようよ。今日やった曲のデモCDとかいろいろあるよ!」

 

 一号さんが間に入ってくれたおかげでなんとか爆弾処理を無事に済ませた俺は、三人の後について物販コーナーへと足を運んだ。

 

 物販コーナーに着くと、そこに売っているただの結束バンド(五百円)を見たヨヨコ先輩は驚いて俺に小声で話しかけて来た。

 

「ちょっと……これただの結束バンドだし、値段設定も……ってあなたまで買ってるの!?」

 

 俺の左手首につけられたライブの時限定で付けているピンク色の結束バンドを見て、またヨヨコ先輩が驚きの声を上げた。

 

「俺だってこんな法外な値段のただの結束バンド買いたくないんですよ……けど仕方ないでしょーが! ひとりのグッズなんか出されたら!」

 

「でも普通のリストバンドはライブでしか使い道ないけど、これはコード束ねたりできるじゃん!」

 

 俺の静かな叫びが聞こえていたのか一号さんが楽しそうに話しかけて来たが、ヨヨコ先輩はその意見に驚いている様な表情だった。そうだよ結束バンドはただの結束バンドなんだよ。それに――

 

「えっ!? 普通のリストバンドは学校とか普段でも着けて行けるでしょ?」

 

 俺が真顔でそう返すと三人ともなんだかドン引きしているように見えた。おかしいな……ひとりなら全力で同意してくれるんだけどな……

 

 結局ヨヨコ先輩はデモCDだけ買ったようで、そのまま結束バンドメンバーへ会いに行こうとする一号二号さんと共にメンバーの前まで行くとスルリと踵を返して立ち去ろうとして――

 

「新しいファンの子連れてきました~!」

 

 見事に一号さんに捕まってバンドメンバーに紹介されていた。

 

 メンバーの前に出されたヨヨコ先輩はやはり正体を隠しているのか、マフラーを口元へと引っ張り上げて顔を隠そうとしているようだ。そんなヨヨコ先輩の仕草を見ながら、なんだかひとりは親近感を抱いたような遠慮がちな笑みを浮かべている。

 

 ……って嘘だろひとり!? お前もしかして気付いてないのか!? 仮にもBocchisと言う同じバンドのメンバーで渋谷路上ライブと言う苦難を一緒に潜り抜けた仲だろうが……

 

「じゃあ私はこれで……!」

 

「皆つっきーちゃんにサイン書いてあげてよ~」

 

 そのまま逃げ出そうとしたヨヨコ先輩を一号さんはしっかりと手を掴んで捕獲しながら、バンドメンバーへ先程ヨヨコ先輩が買ったデモCDにサインを頼んでいた。

 

 サインなんて考えてないと言う虹夏先輩にひとりも同意しているが、こいつ歌詞ノートにサイン書いてなかったか? それともやっぱりあれはクソ面倒くさいから辞めたのか? 

 

 そんな風に考えながら出来上がったサイン入りCDを見て俺と虹夏先輩は思わず叫んだ。

 

「ぼっちちゃんちゃんとサイン作ってるじゃん!!」

 

「でっかいよ! お前のサインデカ過ぎるだろ!? 一人で三分の一の面積取っちゃってるじゃん! バランスを考えろ! あと喜多さんのサインの右下のこれってなんですか? もしかして中指を立て……」

 

「!? 何言ってるの!? そんな訳ないでしょ! ちゃんと見て山田君!」

 

 流れ弾を食らって参戦してきた喜多さんも加わってしっちゃかめっちゃかになっていると、それまで黙っていたリョウ先輩がヨヨコ先輩を見ながらポツリと呟いた。

 

「あれ? 何か見た事ある気が」

 

 リョウ先輩の疑問にヨヨコ先輩がビクリと肩を震わせた時、聴き馴染んだへべれけ声が聞こえて来た。

 

「みんらぁ~~!! 今日もライブよかったよ~。あの~~あへ~~……四曲目エモの塊!!」

 

 三曲しかやってないのに四曲目がエモの塊な訳ないだろいい加減にしろ。案の定虹夏先輩にも突っ込まれているが、そういう時は二曲目あたりを指定するといいですよ、一曲目は流石にわざとらしいんで。いや知らんけど。

 

「あ~太郎君! 連絡見た~? 丁度いいからBocchisもねじ込んどいたよ~」

 

「えぇ……丁度いいからねじ込むってなんですか……大丈夫なんでしょうね? まさか不正とかありませんよね?」

 

「そんな訳ないじゃ~ん」

 

 俺の心配に廣井さんは上機嫌に笑っていると、虹夏先輩がゲストで呼ばれた事のお礼を伝えている隣で喜多さんが質問した。

 

「でもどうして私達を?」

 

 それを聞いた廣井さんは後頭部を右手で撫でながら困ったように笑って答えた。

 

「朝起きたら何故か送信履歴に入ってたんだよね~……魔法みたいな事もあるもんだ!」

 

 いやそれはねじ込んだとか不正よりヤバイ奴でしょうが……志麻さんに殴られますよ……

 

 そんな冗談なんだか本気なんだか分からない廣井さんの言葉を聞いて、今まで静かだったヨヨコ先輩が怒気を含んだような声を上げた。

 

「やっぱり適当だったんじゃないですか……」

 

 やっぱり、という事はここに来る前に何か話していたのだろうか? という事は今日ライブを見に来たのもこの話と何か関係があるのかも知れない。

 

 廣井さんは声のかけられた方を見ると、いつもと違う格好のヨヨコ先輩を見ながら不思議そうに話しかけた。

 

「え? 大槻ちゃん?」

 

「えっいや違います!」

 

「絶対大槻ちゃんだって!」

 

 この期に及んでシラを切るつもりなのは無理じゃないかな……? なんて思いながらも、何か事情があるのだろう事を察した俺は気を利かせてヨヨコ先輩に助け舟を出す事にした。

 

「何言ってるんですか廣井さん。この人はつっきーさんですよ」

 

「えっ? 何言ってんの太郎君。どう見ても……」

 

「~~~~~~ッ。そうです! 私が大槻ヨヨコ!」

 

「えっ!? 誰……?」

 

 いやなんで俺が助け舟を出した瞬間観念したように自分で正体をバラすんですか……これじゃ俺が馬鹿みたいじゃないですか……しかも名乗りを上げても分かってない人がいるし……

 

 見ればひとりは名乗りを上げられてようやくヨヨコ先輩の正体に気付いたようで、驚きながら俺を見ている。まるで知ってたんなら早く教えてくれと言わんばかりの表情だ。お前には自力で気づいて欲しかったよ……しかし今度は俺が変装して声をかけてみても面白いかもしれない。

 

「ちょっ……待って……着替えるから……分かんないよね」

 

 まさか名乗りを上げても分からない人が居ると思っていなかったのか、ヨヨコ先輩は慌てて変装? を解き始めた。

 

 困惑の視線に囲まれながら着替え始めたヨヨコ先輩は、眼鏡やマフラー、ダッフルコートを脱いでいくたびに何故か俺へと押し付けてくるので仕方なく受け取っていると、最後にツインテールを結び直して見慣れたメタル風衣装のヨヨコ先輩が現れた。

 

 路上ライブの時もこんな感じの服だったけどアレは一応ライブだからだと思っていたんだが、この人もしかして普段からこんな格好してるのか……? ひとりのジャージもアレ(・・)だし、廣井さんも年中下駄を履いてるし、もしかしてBocchisは俺しかまともな私服の奴がいないんじゃないか!? 

 

「これでわかった?」

 

 なんてヨヨコ先輩に言われて結束バンドのメンバーは理解はしたようだが……ヨヨコ先輩! 一号二号さんがまだ全然わかってないですよ! 誰? みたいな顔してポカーンですよ。しゃーない俺が説明するか……

 

 俺が一号二号さんの傍に近づいて新宿を拠点に活動しているバンドのリーダーであると説明していると、結束バンドをゲストで呼んだ事にまだ納得出来ていないヨヨコ先輩が廣井さんに抗議していた。

 

「酔った勢いとはいえ私結構考えてるけどな~。それとも何? 大槻ちゃんは私の目が節穴って言いたいの?」

 

「そんな意味じゃ……」

 

 廣井さんが久しぶりに目を見開いて抗議を一蹴すると、ヨヨコ先輩はその雰囲気にたじろいだ様子だった。ヨヨコ先輩は廣井さんを尊敬しているから、一蹴されたのはなおの事堪えたのかもしれない。

 

「……帰ります! 結束バンド! 私と姐さんのライブを台無しにするのだけは許さないから!」

 

 しばらく無言で佇んでいたヨヨコ先輩はそう言って踵を返すとSTARRYから出て行ってしまった。

 

 ってちょっとヨヨコ先輩!? 俺にマフラーやらコートやらを預けたままなんですけど!? どうするんですかこれ!? 

 

 仕方がないので皆に一言入れてから俺はヨヨコ先輩を追いかけるようにSTARRYを飛び出した。すると扉を出て階段を上がってすぐの所でヨヨコ先輩が腕を組んで立っていた。恐らく服を預けた事を思い出したが、取りに戻るのも格好がつかないのでどうするか悩んでいたのだろう。その証拠に衣服を持って来た俺の顔を見た途端少し表情が和らいだ気がする。

 

「何やってるんですか……もうちょっと後先を考えてですね……」

 

「うっうるさいわね! はやくコートを頂戴!」

 

 衣服を返してヨヨコ先輩が着替えている間、結局よく分からなかった今日ライブに来た理由を聞いてみる事にした。

 

「それで今日は何でライブ見に来たんですか?」

 

「別に……動画だけじゃなくて自分の目でも見ておこうと思っただけよ」

 

 さっきの言葉からみるにやはり結束バンドの実力不足に思う所があるのかと思っていると、着替え終わったヨヨコ先輩はつっけんどんに答えてからUSBメモリを俺に押し付けて来た。

 

「? なんですかコレ?」

 

 USBメモリを受け取って眺めながら訪ねると、ヨヨコ先輩は神妙な表情で俺を見据えて口を開いた。

 

「あなた前に言ってたわよね? 姐さんの作ったサイケは演奏しないけど、後藤ひとりが作ったら演奏するって。それって私でもいいのかしら?」

 

 その口ぶりからするに……つまり作った(・・・)って事か? それでその曲がこの中にあると。

 

 俺は再びUSBメモリを右手の親指と人差し指で摘まんでかざすように眺めてみた。うーん……あと二週間も無いんだが……しかしどうせ発表するならここ(・・)が一番面白い気がする。

 

 俺はしばらくUSBメモリを眺めながら悩んだ末にヨヨコ先輩を真っすぐに見据えながら問いかけた。

 

「ヨヨコ先輩が歌うって事になりますけどいいですか?」

 

「ええ」

 

「じゃあやりましょう! 廣井さんに聴いて貰って問題なければ俺達の三曲目って事で。それで演奏の方は……あと二週間で仕上げて下さいね」

 

「ええ……えっ!? ちっちょっと!? もしかして今度のライブで演奏するつもり!? そこは姐さんの……」

 

 えぇ……? 何で今更そんな事言ってんの? そう言うつもりで持って来たんじゃないのかよ……? どう考えてもそう言うつもりにしか思えないだろこのタイミングは。

 

 ライブ本番を想像して俺はなんだか楽しくなって来たので、困惑しているヨヨコ先輩に向かって笑顔で言い放った。

 

「サイケの本家であるSICKHACKのライブのゲストで新曲のサイケを演奏する。中々ロックじゃないですか! Band of Bocchisって奴を見せてやりましょうヨヨコ先輩!」

 

「ちょっ!!」

 

 廣井さんからOKが出たら連絡すると伝えると、俺はヨヨコ先輩と別れて再びSTARRYへと舞い戻った。

 

 

 

 STARRYへ戻ると虹夏先輩が何やら熱心にスマホの画面を見ていた。他の人は画面を見ていないが、ひとりはなんだかにやけた様子で廣井さんもいつもより機嫌が良さそうなニコニコ顔だ。

 

「……何かありました?」

 

 俺が外でヨヨコ先輩と話している間に何があったのか聞いてみると、皆を代表して喜多さんが答えてくれた。

 

「あっ山田君! 山田君はもう知ってるかしら? SNSで今凄く話題の曲……と言うかバンド? があるんだけど!」

 

 なんだか喜多さんが興奮したように言ってきた。聞けばヨヨコ先輩が去った後の暗くなった雰囲気を何とかする為に明るい話題を探した所、今話題のバンドの話を喜多さんが振って来たらしい。

 

 俺はSNSは基本的にやってないし流行り廃りが激しいので付いて行けないのだ。そう言えばギターヒーローのトゥイッターはマイニューギアしか乗せてないけどアレでいいんだろうか……? 

 

「へぇ~どんなヤツですか?」

 

 流行りの曲はその内俺達ヒーローに演奏依頼が来るので、先に知っておいても良いかも知れないと思って喜多さんに尋ねてみた所、喜多さんは俺に動画を見せる為に自分のスマホを弄り始めた。

 

「それがね! そのバンドは皆バラバラの被り物をしてる四人組なんだけど、すっごく上手なの! 少し前の渋谷で撮られたらしいんだけど……」

 

 瞬間先程の楽しい気持ちが吹っ飛んで俺の背中から嫌な汗が噴き出て来た。ひとりを見るとまんざらでもない表情で俺の事を見て来るではないか……状況分かってるのかお前……

 

 まあ渋谷で路上ライブやってる人は他にもいたし、偶然にも覆面バンドが被ったのだろう。大丈夫だまだ希望はある。

 

「あったわ! これよ!」

 

 ひとりと廣井さんの様子で薄々は分かっているが、俺は一縷の望みをかけながら喜多さんが差し出して来たスマホの画面を覗き込んだ。

 

 

 どう見ても俺達です。本当にありがとうございました。

 

 

 そっか~……そうだよね。そりゃ撮られてる可能性はあったよね……こういうの疎いから気付かなかったよ……

 

 動画は最初にやったメドレー演奏だった。俺のドラムスティックによるカウントから始まり五曲目の最後まで、ご丁寧に動画を分割してまで全編投稿している。撮影者は俺から見ると右側に居た様で、ヨヨコ先輩と廣井さんに隠れてひとりの姿はあまり見えていない。

 

 動画が投稿されてまだ三日も経っていないと言うのに、既に再生数が何十万を超えていてリツイートも一万を余裕で超えている、所謂バズっているというヤツだった。

 

 返信を見ると、これは誰それが顔を隠して演奏している! 俺は詳しいんだ! なんて言って有名人を上げている人もいれば、実はこれ俺達なんですwとか言ってる奴までいて割と混沌としている。

 

 しかしこんなにも動画はバズっているのに何故Bocchisのトゥイッターは未だにフォロワーが十人しかいないのだ……そう思いながら投稿主を見ると、どうも演奏開始直前に来てメドレー演奏が終わってすぐに立ち去った為にバンド名を知らないので誰か教えてくれと書いてあった。そんな中返信を見て行くとひとつの投稿が目に入った。

 

『俺これ生で見たよwこの後オリジナルを二曲やってた。確かバンド名は――』

 

 

「バンド・オブ・ホッチキス……」

 

 

 俺が読み上げて顔を上げると、目が合った廣井さんが気まずそうに後頭部を掻いた。

 

 ただでさえ返信が混沌として正体が分からないのに、知ってる奴が間違えてたらそりゃBocchisのフォロワーは増えねーよ……

 

 なんだかどっと力が抜けた俺は大きく息を吐きながら、廣井さんにヨヨコ先輩から預かったUSBメモリを突き出すように手渡した。

 

「何これ?」

 

「ヨヨコ先輩から預かった新曲です……次のライブに間に合わせたいんで確認してください……ちなみにサイケ(・・・)らしいです……」

 

 俺の言葉を聞いた廣井さんは途端に楽しそうな表情を作ると、勢いよく椅子から立ち上がった。

 

「それじゃあ皆当日よろしくね~~! じゃあ太郎君、ぼっちちゃん、今日中に連絡するからね!」

 

 それだけ言うと廣井さんは軽い足取りでSTARRYを出て行った。

 

「あっ太郎くん……大丈夫?」

 

 脱力している俺にひとりが寄ってきて話しかけて来たが、路上ライブ動画が好評でニヤけているせいか頬っぺたがモチモチしていたので俺は両手でひとりの頬をこねくり回してやった。

 

「ひゃっ! って太郎君の手あったかいんだね……」

 

「……ひとり、新曲二週間で行ける(・・・)か?」

 

 俺以外はメインバンドがあるのでかなり大変だろう事は察しがつくのだが、一応の俺の問いかけにひとりは一瞬固まって、しかしすぐに自信なさげではあるが言葉を返して来た。

 

「がっ頑張りましゅ……」

 

 まあ今から廣井さんチェックが入るから実際は二週間無いんだけどな……まあでも頑張るしかないよな。間に合ったらきっと面白いし。

 

 ひとりの頬から手を放してそろそろ帰り支度を始めようとした時、今の今まで難しい顔をしながら熱心に何度も何度も路上ライブ動画を見ていた虹夏先輩が遂にポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……これ……ドラムヒーローさんだ……」




「そういえばリストバンド新色買ったよ~!」
「えっそんなの売った記憶……山田ッ!」
「!? はい!? すんません!」
「!? ちっ違っ! 太郎君じゃなくてっ!」

 って言うのを書きたかったんですが、話に関係無いしテンポが悪くなるんでカットしました。


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023 HEAVY DAY

 本当は鉄は熱いうちに打てって事で出来るだけ早く、出来れば四~五日くらいのペースで投稿したいと思ってるんですが、投稿してちょっと一息ついてたらあっという間に三日くらい経っててビビる。

 今回想像以上に書く事多くて一万七千字です。時間のある時にでも読んでください。


「……これ……ドラムヒーローさんだ……」

 

 

 

 喜多さんから紹介された今流行の演奏動画である俺達の路上ライブ動画を何度も見返していた虹夏先輩がポツリと言い放った言葉に俺とひとりが息を呑んだ。

 

 マジか……こんなスネアとバスドラとハイハットしかない路上の演奏で分かるものなのか? い、いやまて……いったんおちおち……おちおっ落ち着くんだ……

 

 俺が密かに驚愕していると、同じく虹夏先輩の様子に驚いている喜多さんが遠慮がちに声をかけた。

 

「あの……伊地知先輩。ドラムヒーローって……」

 

「あれ!? 喜多ちゃんもしかしてまだ見てないの!? もーちゃんと見てよー! 前に太郎君の家に行った時に説明したじゃーん!」

 

「あっはい。ごめんなさい……」

 

 興奮しているのか頬を赤くして上機嫌な様子の虹夏先輩に喜多さんが若干怯んでいるようだった。俺は助けを求めるように辺りを見回すと、珍しい事にリョウ先輩が一歩引いたような位置に立っていたのでさりげなく近づくと小声で尋ねてみた。

 

「あの……虹夏先輩ちょっと様子がおかしくないですか?」

 

 リョウ先輩は一度俺へチラリと視線を向けてから再び虹夏先輩へと視線を戻すと、淡々と話し始めた。

 

「虹夏は昔から年齢が近いギターヒーローさん……つまりぼっちと、それ以上に同じ楽器と言う共通点からか取り分けドラムヒーローさんに憧れてた。だから多分今の虹夏はドラムヒーローさんの演奏が生で聞ける可能性が出来た事に興奮してるんだと思う……」

 

 はえーそうなんですね……って怖ぇよ……そんなんであんなになっちゃうの? 

 

 虹夏先輩は喜多さんに絡むのを止めて再びスマホの画面に視線を戻すと、上機嫌のまま笑顔で画面を操作しながらブツブツと独り言を呟き始めた。

 

「そっかぁ……ドラムヒーローさんもバンド組んでるんだ……なになに……顔を隠した有名人……? ……分かってないなぁ、この人な訳ないじゃん……」

 

 どうやら返信欄(リプライ)を見ているようで、そこに書かれたバンドの正体についての有象無象の投稿を読みながら持論を展開している。

 

「えーっと他には……はぁ? 実は俺がこのドラムですぅ!? 違うんだよねぇ……ドラムヒーローさんはそんな事言わない……」

 

 さっきから何だこの人!? 一体俺の何を知ってんだよ……後方腕組なに(づら)ファンなんだよ……っていうか虹夏先輩の中ではそんな感じなのかドラムヒーロー……しかしそうなると考えようによっては目の前で演奏しても案外バレないのかもしれない。

 

『はぁ? 太郎君がドラムヒーローさん? 無いない。ドラムヒーローさんはもっとイケメンで高身長で年上のステキな大人の男性なんだよ!』

 

 う~ん……? 少し想像してみたが、虹夏先輩を下北沢の天使とか言ってる奴に聞かせたらぶん殴られそうだな…… 

 

「ねぇ! 太郎君もドラムヒーローさんのファンだったよね!? それなら分かるでしょ!」

 

 俺がしょうもない想像をしていると虹夏先輩から声がかかった。どうやら返信欄(リプライ)が余程お気に召さないようで、夏休みのTシャツデザインの時に俺が苦し紛れにドラムヒーローのファンだと言った事を思い出したのか、近くまで駆け寄って来ると演奏動画が写っているスマホの画面を見せて来た。

 

 もう帰りたいからそろそろ元に戻って欲しいんだが……こういう時はドラムヒーロー(憧れの人)の欠点でも指摘してやれば、憧れも意外と大した事が無いと気付いて冷静になってくれるだろうか? 

 

「……いやでもこいつフィルの入りがちょっとモタついてません?」

 

 ヨヨコ先輩から貰ったアドバイスをパクって違いが分かる奴感を出してドヤると、虹夏先輩は普段からは想像も出来ない様な荒い声を上げた。

 

「はぁー!? 太郎君ドラマーでドラムヒーローさんのファンの割に全然分かってなくない!?」

 

 俺がドラムヒーロー(自分)の事を全然分かっていないとな!? なんて哲学的な事を言って来るんだこの人は……いや確かに自分の事は自分が一番分かってないと言う話もあるが……やばいな段々自信が無くなって来たぞ……こんな所で自己同一性? が危うくなるとは思わなかった。怖すぎるだろ……

 

「いやいや! メッチャ分かってますよ! 虹夏先輩こそちょっとジャッジ甘くないですか!? フィルモタついてるし、ほらこの三曲目とかもっと上手いアレンジありますよ!」

 

 ちょっと精神的に押され気味だと思った俺は、しかしなおも反論してみた。今にして思えばヨヨコ先輩が曲を知らなかった三曲目ももう少しやりようがあったと思えて来る。

 

「何言ってんの!? このフィルこそドラムヒーロー節なんじゃん! それにギター二人がこのアレンジなんだからこの曲はこれでいいの!」

 

 俺の意見に全く譲る気の無い虹夏先輩とお互い肩をぶつけながら小さなスマホの画面に映った動画にあれやこれやと言い争っていると、おずおずとひとりが口を挟んできた。

 

「あっあの……二人とも……」

 

「ひとり! お前なら分かるだろ!? こいつ(ドラムヒーロー)結構改善点あるよな!?」

 

「えっ!?」

 

 俺はひとりを抱き込む事にした。ひとりはあの場にいたし、打ち上げでの反省会も聞いているのでこれ以上ない援護が期待できる。さあお前のいつもの辛辣な言葉で虹夏先輩の目を覚ましてやってくれ! 

 

 急に俺に同意を求められたひとりがあたふたと俺と虹夏先輩を交互に見ながらまごついていると、それを見かねたのか虹夏先輩が対抗するように声を上げた。

 

「ちょっと太郎君! いくら幼馴染だからって無理矢理同意させないでよ! それにぼっちちゃんなら分かるよね!? 同じヒーローだもん! ドラムヒーローさんは凄い人だよね!?」

 

「あっはい。()……ドラムヒーローさんは凄い人です!」

 

 いや早ぇーよ。即答かよ。俺の時は悩んでたのになんで虹夏先輩の時は即答すんだよ……これが同じバンドを組んでいる者の絆って奴か……ひとり……いい先輩を持ったな……って俺達も同じバンドじゃねーかどうなってんのこれぇ……あと俺の名前言いかけただろ? 以後気を付けるように。

 

 だがひとりの言葉を聞いた俺は膝から崩れ落ちた。そんな俺を尻目に虹夏先輩は頼もしい味方であるひとりの手を取ってはしゃいでいたので、俺はもはや何で争っていたのか分からない様な敗北感に悔しさを滲ませながらジト目で睨んでおいた。

 

 俺の視線に気付いたのか嬉しそうにしていた虹夏先輩がこちらを見てドヤ顔を浮かべて来た。そうしてお互いジト目とドヤ顔で威嚇し合っていると……突然虹夏先輩がこらえきれない様に噴き出した。

 

「……ぷっ……あはははは!」

 

 突然の笑い声に俺とひとり、更には遠巻きに眺めていたリョウ先輩や喜多さんまでもが驚いて呆けた表情をしていると、虹夏先輩は余程おかしかったのかしばらく楽しそうに笑った後で目じりに浮かべた涙を指で拭き取りながら口を開いた。

 

「はー……ごめんごめん。あー楽しかった。いやー私ドラムの話やドラムヒーローさんの話でこんなに盛り上がったの初めてだよ! 太郎君なら分かると思うけど、ドラムって色んな理由でやってる人少ないからさ! リョウもあんまり興味無さそうだったし」

 

 虹夏先輩が崩れ落ちていた俺に近づいてきて手を差し伸べて来たので、俺はその手を取ってゆっくりと立ち上がると、虹夏先輩はまた楽しそうにはにかんだ。

 

「だから! 数少ないドラム仲間として、また一緒にドラムの話とかドラムヒーローさんの話しようね! たろ~くん!」

 

 全く……誰だよこの人を下北沢の天使なんて言った奴は出てこいよ! どう考えても小悪魔とかそっちだろ! もし虹夏先輩を落としたいならドラムを始めるといいぞ! 

 

 俺は虹夏先輩のその悪戯っ子の様な笑顔に対して困ったような笑みを返した。

 

「……分かりました……でもそいつのフィルは絶対改善点ありますから」

 

 なにせ反省会でヨヨコ先輩から言われたからな。きっと間違いない。

 

 この期に及んでまだ折れない俺に、虹夏先輩は再び挑戦的な笑みを見せると呆れた様な表情で腕を組みながら楽しそうに言った。

 

「はぁ~全く……仕方ないなぁ。これは今度のライブが終わったら太郎君には同じファンとして、ドラムヒーローさんの事をじっくり教えてあげる必要があるみたいだね」

 

「……そっすね。それじゃあライブが終わったらじっくり聞かせて貰いますよ。ドラムヒーローさんの事(・・・・・・・・・・・・)

 

 観念した俺が肩を竦めながら言うと、その言葉に満足したのか虹夏先輩は結束バンドのメンバーへと向き直った。

 

「それじゃあみんな、ライブまであと二週間だけど頑張って行こー!」

 

「はい! 頑張りましょう!」

 

 虹夏先輩が気合を入れるように右手を上げると、ひとりやリョウ先輩は頷き、喜多さんが同意するように声を上げた。

 

 それからようやっと帰りの支度を終えた俺とひとりは、二人でSTARRYを出て帰途に就いた。

 

 

 

「あっあの……太郎君、ありがとう」

 

「? どうした?」

 

 駅まで向かう途中の帰り道で突然お礼を言ってきたひとりに驚いて顔を向けると、ひとりもこちらを見ながら言葉を続けた。

 

「虹夏ちゃん、大槻さんが帰ってからもなんだか緊張してたみたいだから……」

 

 他人の感情の機微に聡いひとりが言うのだから、多分そうだったのだろう。あんなバカみたいな会話で少しでも気分が晴れたのならやった甲斐があったというものだ。 

 

「あっでもどうするの? ドラムヒーローの事……」

 

「……まあ大丈夫だろ。お前がギターヒーローだってバレた時もそんな大事にはならなかったんだし、俺は結束バンドのメンバーじゃないしな」

 

 心配そうに聞いて来るひとりを安心させるように俺はあっけらかんと言い放った。

 

 その時はその時だし、それに案外バレない可能性もあるんじゃないだろうか? ほら生で聞いたら意外と大したこと無かったとかあるかもしれないし。

 

 しかしそんな事(・・・・)より俺達は新曲を何とかしないといけない。なにせ完全新曲で今までにやった事が無いサイケデリック・ロックを二週間で仕上げないといけないのだ。果たして間に合うのか別の意味でドキドキしてくる。

 

 家へ帰ると今日中に連絡するとの宣言通り夜には廣井さんから連絡が着て、そこには新曲の各楽器のスコアが添えられていた。その連絡をひとりとヨヨコ先輩に送ったのだが、ヨヨコ先輩も正式に加入したのでいい加減Bocchis専用のロイングループを作った方が良いのかも知れない。

 

 そうして俺はBocchisのトゥイッターで二十四日にFOLTでゲスト出演する事を投稿すると、それから二週間、少なくとも一番暇でバンドの要である俺だけは完璧に演奏出来るように新曲を練習したのだった。

 

 

 

 

 

 迎えた十二月二十四日。ひとりがメンバーと合流する為に一旦STARRYへと向かうのに同行している俺はガチガチに緊張していた。

 

「おっおはようございます」

 

「あっぼっちちゃんと太郎君来た……って太郎君どうしたの!? ギターなんか背負って!?」

 

 そうなのだ、ひとりがどうしてもBocchisでは昔のギターで演奏したいという理由から、俺は今、ひとりのクソ高いギターを背負って、更には前もって回収し(押し付けられ)たBocchis全員分のパーカーとマスクと自分のドラム道具やらが入ったバッグを持っていた。ちなみに新型ギターはいつも通りひとり自らが背負っている。

 

 少し前まではギターを背負っているのは恰好良くていいな、なんて思っていたが正直今は気が気でない。なにせ背中には五十万が背負われているのだ。いくらハードケースに入っているからと言っても、振り向く時や扉を潜る時なんかは非常に気を遣っていて心休まる時が無い。ひとりは良くこんなモンを背負ってあちこちウロウロ出来るものだと感心してしまう。と言うかこいつ昔これを俺にぶつけてなかったか? 

 

 余談だが朝迎えに行ってひとりから旧ギターが入ったケースを渡されて背負うと、普段の意趣返しなのかひとりは珍しく俺の写真なんぞを撮っていた。

 

「文化祭で機材トラブルがあったでしょう? その対策みたいなもんですよ。ハハハ……」

 

「へぇ~。なんだかこうしてみると山田君もバンドマンって感じがするわね!」

 

 いや俺も一応ドラマーなんでバンドマンなんですよ……なんて言うのはやめておく。楽しそうにギターを背負った俺の写真を撮っている喜多さんをスルーしながら、今更やらんでもいいような言い訳を並べて結束バンドと合流すると五人でFOLTへと向かった。

 

 

 

「おはようございまーす」

 

「あっ待ってたよ~みんな~」

 

 FOLTに着くと廣井さんに出迎えられた。当たり前だがここが拠点のSICKHACKとSIDEROSは既に集合しており、ホームな為もあってか割とリラックスしたように各々過ごしている。

 

 俺達が到着した事でSICKHACKやSIDEROSメンバーとの挨拶もそこそこに早速リハーサルが行われる事になった。

 

 今日の演奏順は結束バンドからスタートして、SIDEROS、BandofBocchis(BoB)、そしてメインのSICKHACKと言う順番になっている。

 

 何故Bocchisがこんな後ろの方なのかと疑問に思ったが、恐らくこれは廣井さんやヨヨコ先輩の気遣いで、ひとりが連続出演にならないように計らってくれたのだと思う。結束バンドとBocchisを入れ替えてもいいと思うのだが、その辺りは何か考えがあるのだろう。

 

 リハーサルは順リハ、つまり実際に演奏する順番で行うようで、早速結束バンドは機材のセッティングの為に駆り出されていった。

 

 俺は楽屋に荷物を置くと、ひとり達のリハーサルを見ようと思い観客席へと足を向けた。

 

「ちわっすヨヨコ先輩。調子はどうです?」

 

 俺と同じような理由なのか、難しい顔をしながらエナジードリンク片手にステージを見ながら観客席で佇んでいたヨヨコ先輩を見つけたので声をかけてみると、ステージではひとりが段ボールで出来たロボットの様な着ぐるみ? を虹夏先輩達に脱がされている所だった。

 

「……あの人達っていつもあんな感じなの?」

 

「えっ!? いや……今日はちょっと緊張してるのかも……はは……」

 

 なんとなく言葉に怒気が含まれている様な感じがして俺は咄嗟に誤魔化したが、その後もヨヨコ先輩は真剣な表情で確かめるように演奏する結束バンドを見つめ続けていた。

 

 結束バンドが引っ込んでしばらくすると、入れ替わるようにSIDEROSがステージでリハーサルを始めて、結束バンドのメンバーが客席へと姿を見せた。先程のヨヨコ先輩や俺のように他のバンドのリハーサルを見に来たのだろう。

 

 俺の傍に寄って来た結束バンドのメンバーは、しかし誰も言葉を発すること無くそのまま全員真剣な表情でSIDEROSのリハーサルの様子を見ているようだった。

 

 しばらくSIDEROSのリハーサルを見ていてそろそろ出番が近い事を感じ取った俺は、結束バンドのメンバーと共にステージを見ているひとりに近づくと静かに声をかけた。

 

「ひとり、俺はそろそろリハーサルの準備に行くけどお前はどうする?」

 

「えっあっ……わっ私も行く」

 

 ひとりの言葉を聞いた俺は虹夏先輩に一言伝えて、リハーサルの準備へ向かう事にした。

 

 

 

 楽屋へ行くと早々(はやばや)と廣井さんが待機していた。いつも志麻さんがリハーサルに遅刻するなと怒っているから心配していたが、流石に今日はちゃんと出てくれるらしい。

 

「いや~遂に来たね~箱でのBocchis初ライブ! 私楽しみで昨日は沢山お酒飲んじゃったよ~」

 

「それはイカんでしょ……大丈夫なんでしょうね今日のライブ? 初ライブで粗相をするのは勘弁してくださいよ? 覆面しててもただでさえ一番にバレそうなんですから……」

 

 不安になった俺とひとりに見つめられながら廣井さんは上機嫌に返事をすると、リハーサルが終わったのかSIDEROSのメンバーが戻って来た。

 

 そのままお互い軽く挨拶を交わすと、SIDEROSのメンバーはヨヨコ先輩を残してそのまま全員が楽屋を出ていった。

 

「お疲れ様ですヨヨコ先輩。連続ですけど大丈夫ですか?」

 

「リハなんだから当然でしょ。それよりも次のリハで覆面はどうするの?」

 

 ヨヨコ先輩に尋ねられたが、俺は特に悩みもせずにすぐさま言葉を返した。

 

「無くてもいいんじゃないですか?」

 

「えっ!? でっでもマスクが無いと太郎君……」

 

 俺の言葉に驚いて心配そうな声をかけて来るひとりの正面に向き直ると、俺は両手でひとりの両肩を掴んで凄んで見せた。

 

「ひとり……マスクなんて被ってリハーサルなんかしたら、その時点で完全にバレるだろ……だけど俺はまだ信じているんだよ……なんやかんやあって本番でマスクをしても正体がバレない事を……!」

 

「そっそれは多分もう無理じゃないかな……」

 

 ひとりの冷静な正論が俺をぶん殴る。でもまだ分かんないじゃん! その時不思議な事が起こってバレないかもしれないじゃん! 俺は最後まで諦めないからな!! 

 

 俺が馬鹿みたいな悪あがき(現実逃避)をしていると、いよいよバンド名が呼ばれたのでリハーサルへと向かう事になった。

 

 ステージへ着くと結束バンドのメンバーやSIDEROSのメンバーのみならず、志麻さんとイライザさんのSICKHACKメンバーまでがBocchisのリハーサルを見に来ている。

 

 おいやめろ! そんなに俺の様な新人をイジメて楽しいのかよ! 特に志麻さんとイライザさんはずっといなかったのに何でこんな時ばっかり見に来てるんだよ! 

 

 しかしここまで来てはもう逃げ場は無いので大人しくセッティングをして、指示に従って音を返していた。

 

 最後に全体の音出しを指示されたので俺はメンバーに声をかけた。

 

「それじゃあやっぱりぶっつけ本番は怖いんで、新曲のサビだけやりましょう。みんながどれ位仕上げて来たのか楽しみですし」

 

 俺が笑顔で試すようにそう言うと、三人はそれぞれ表情を変えた。

 

 楽しそうな表情の廣井さん、緊張した表情を見せるひとり、真剣に覚悟を決めた表情のヨヨコ先輩、それぞれの顔を見ながら俺はドラムスティックでカウントを開始した。

 

 

 

 

 

 SICKHACKまでの全てのリハーサルが滞りなく終わると、俺達一同は楽屋にて本番を待つことになった……んだが……正直俺の居心地は最悪だった。

 

 ちなみにドラムヒーローについてはまだ(・・)バレてない。新曲のサビの部分だけの演奏だけでは流石の虹夏先輩でも分からなかったようだ。

 

 では何が最悪かというと、まず楽屋に男が俺一人という事だ。結束バンド四名、SIDEROS四名、SICKHACK三名(今は何処かに行っていないが)の中に俺が加わって女性十一人に囲まれるのは控えめに言って地獄だ。

 

 さらに酷いのは俺にはバンドメンバーが居ない事だ。いや正確にはいるのだが、これも先ほどのメンバーからの寄せ集めなので実質俺一人みたいなモンだ。

 

 これだけならまだ結束バンドのメンバーにくっついていれば良いのだが、極めつけは先程のリハーサルで結束バンドのメンバーがSICKHACKとSIDEROSの演奏に気圧された事と、俺がそこそこ上手い事がバレた事だ。ドラムヒーローバレ程ではないが、明らかに虹夏先輩がこいつ何者? と言った感じで遠巻きに眺めている。

 

 そして不幸にも俺と同じような空気を味わっているのがひとりだ。こいつは俺がいるために路上ライブの時と同じ様にリラックスしていたのか、普段の結束バンドとの演奏よりも上手い演奏をしてしまった為に、虹夏先輩達からの追及を逃れる為なのか俺の左隣にぴったりとくっついて無の表情で座っている。

 

 正直自分の事は割とどうでもいいが、ひとりにこの空気を吸わせるのはちょっと申し訳なかったのでどうにか打開策を考えていると、突如俺の脳裏に電流が走り、髭面のイギリス人貴族のおっさんの顔が浮かんで来た。

 

『なに太郎? 虹夏先輩にドラムヒーローがバレそう? 太郎、それは無理矢理隠そうとするからだよ。逆に考えるんだ、『バレちゃってもいいさ』と考えるんだ』

 

 なるほど、確かにその通りかもしれない。俺は髭面のおっさんの助言に従い自分から打って出る事にした。

 

「虹夏先輩! どうでしたか俺のドラムは? これはもうドラムヒーローを軽く超えてるんじゃないですかね!?」

 

 どうだ、こういうのは隠そうとするから駄目なのだ。むしろ自分から積極的に乗っかっていくのが良いのだ。そうするとほら――

 

「え? ……えっと……そ、それは無いんじゃないかなー!? あはは……いやーそれにしても、もしかして太郎君かなり上手いんじゃない? まあドラムヒーローさん程じゃないけど!」

 

 突然俺に話を振られた虹夏先輩は驚いて最初言葉を詰まらせたが、俺が冗談を言って空気を変えようとしているのを悟ったのか、それに乗っかるように大げさな反応で返してくれた。

 

 どうだ明るくなっただろう(空気が)。見ればこの死中に活を求めるように飛び込んだ俺の作戦がバッチリと嵌った事に、ひとりが尊敬の眼差しを向けて来ている。任せろ、このままお前の誤解(別に誤解ではない)も解いてやるからな。

 

「そっそういえば……山田君も上手? でしたけど、ひとりちゃんもなんだかいつもと違いましたよね……」

 

 虹夏先輩に乗っかるように喜多さんも恐る恐る伺うように訊ねて来た。ほぉー……ええやん! まさに理想的な展開だ。そのままの勢いで俺はひとりが上手く演奏出来る適当な理由をでっち上げる事にした。

 

「いやあ実はですね、ひとりは元々地力はあるでしょう? だから廣井さんに引っ張られてるみたいなんですよ」

 

 完璧な言い訳だ。特に理由が廣井さんってのがまた良い。あの人なら虹夏先輩達にとっては他所のバンドだし、なるほど確かにと思えるだけの人柄や実力を備えているからな。

 

 実際虹夏先輩達はなんとなく納得してるし、何とか(けむ)に巻いた俺にひとりはさらなる尊敬の眼差しを向けて来ている。いいぞひとり、そういうのもっと頂戴。

 

 虹夏先輩達の疑問が一応解けた為か少し場の空気が明るくなりかけたが、今までのやり取りを真顔で見つめながらも一言も発さずに、じっと結束バンドを睨んでいるようなヨヨコ先輩のせいでどうにも場の空気を重く感じていると、SIDEROSのメンバーが気遣うように虹夏先輩に声をかけた。

 

「そんな心配しなくて大丈夫っすよ~。自分らがどんなライブしようが最後には滅茶苦茶になるんで」

 

 この黒マスクの少女、安心させようとしているのだろうが中々に怖い事を言ってくれる。

 

 リハーサル前はバタバタしていてちゃんと挨拶をしていなかったと言う事で、SIDEROSのメンバーが自己紹介をしてくれる事になった。

 

 黒マスクをつけているのがドラムの長谷川(はせがわ)あくびさん、おっとりした性格の人がギターの本城楓子(ふうこ)さん、黒髪ゴスロリ服の人がベースの内田幽々(ゆゆ)さんだとそれぞれ自己紹介を終えると、結束バンドの曲が好きだとか、同世代のバンドと出会う機会が少ないので仲良くしたいだとか話をしていた。

 

 そうして虹夏先輩と一通り話が終わると長谷川さんが俺へと視線を向けた。

 

「それで……この人がヨヨコ先輩が今掛け持ちで組んでて……自分の前任になるかも(・・)しれなかった山田さんっすか」

 

 話題に出たついでに俺もせっかくだから自己紹介を返しておこうと思い、おもむろに長谷川さん達に向き直った。

 

「ウッス。山田太郎です! 右投げ左打「こいつは山田太郎。前に言ってたSIDEROSの試験を受けたドラマーよ」……あっはい……よろしくお願いします……」

 

 今まで全く喋らなかったヨヨコ先輩が俺の自己紹介を遮って代わりに紹介してくれた。なんで自分のメンバーは紹介してくれないのに久々の俺の渾身のネタを潰すんですか……

 

 長谷川さんとヨヨコ先輩の言葉を聞いて疑問を持ったのか虹夏先輩が訊ねて来た。

 

「えっ? 前任とか試験を受けたって……」

 

「自分も詳細は聞いてないっすけど、ヨヨコ先輩が言うには山田さんは自分が入る前にSIDEROSを受けて先輩が落としたらしいっす」

 

 長谷川さんの言葉を聞いて虹夏先輩が俺を見て来た。やばいな……また面倒な絡まれ方をされそうな気がする。ここで「なんで落ちたんすか?」とか聞かれたら面倒なので、俺は先手を打つことにした。

 

「いや、それにしても良かったですねヨヨコ先輩。無事にメンバー揃ったんですね」

 

 前に聞いた時はヨヨコ先輩の剛腕でメンバーをクビにしまくっていると言う話だったので、他人事ながらちょっと心配していたのだが無事メンバーが揃ったようでなによりだった。

 

「あっ……それ私も気になってた。メンバーの入れ替わり激しいって聞いてたからもっと殺伐としてるのかと思ってたんだけど……」

 

「あ~それは……」

 

結束バンド

 

 俺の素晴らしい話題転換に乗って来た虹夏先輩が口にした疑問に長谷川さんが答えようとした瞬間、ヨヨコ先輩がピシャリと言い放った。

 

「ゲストだからってSIDEROSと同じ土俵に立ったと思わない方がいい。言っておくけど私のトゥイッターフォロワー数は一万人だから」

 

「突然急カーブして謎のマウントとってきた!!」

 

「っていうかなんでこのタイミングでマウントとったんですか!?」

 

 突然の謎マウント発言に虹夏先輩と俺が叫ぶと、ヨヨコ先輩はバツが悪そうに言い訳をしてきた。

 

「う、うるさいわねっ……そのくらい人を惹きつけてるって事! 幕張イベントホールと同じ!」

 

 なんなんだこの人。なぜ今マウントを取る必要が……しかも演奏技術的な事では無くトゥイッターのフォロワー数なんだ……

 

 俺がヨヨコ先輩の発言に若干混乱していると、黙って聞いていた喜多さんが遠慮がちにスマホを掲げて話に入って来た。

 

「私も……イソスタなら最近人気投稿に入ったみたいで一万五千人いるんですけど……」

 

「なっ!?」

 

「喜多ちゃん武道館じゃん!!」

 

 なんだその美味しい棒状の駄菓子何個分とか牛丼何杯分とか東京ドーム何個分みたいな謎単位の会話は……って言うか喜多さん、そのイソスタにまさか俺は写っていないでしょうね? しかしそういう事なら俺が格の違いって奴を見せてやろう。

 

 不毛なマウント合戦をしている皆に俺は自分のスマホを取り出して宣言した。

 

「ふふふ……聞いて下さい! BandofBocchis(BoB)のトゥイッターフォロワー数は十二人ですよ!」

 

 いやなんで皆そんな悲しそうな目で見て来るんですか……最近二人増えたんですよ!? 二割増しですよ! そしてこのうち十人のファンは名前を間違えずにフォローしてくれた人達ですよ! いわば一騎当千の精鋭たち。だから実質一万二人と言えるんじゃないだろうか? ってそれでも喜多さんに負けてるじゃねーか……陽キャ凄スギィ! 

 

「……そんな事よりっ! バンドマンなら演奏技術で勝負しなきゃだめでしょーが!」

 

「そんな事より!? 自分から言い始めたんじゃないですか!!」

 

 俺が自身の渾身のフォロワーがそんな事扱いされた事にショックを受けていると、長谷川さんはこんな感じでコミュニケーションが下手くそだからヨヨコ先輩は人間関係が上手くいかないと虹夏先輩に説明していた。

 

「うちの先輩が迷惑かけてほんとすみません」

 

「でもいい感じに皆リラックスできたんじゃないですかぁ」

 

 長谷川さんと内田さんが場を和ませるようにそう言って来ると、虹夏先輩はSIDEROSメンバーのその落ち着きっぷりに感心していた。

 

 確かに凄い落ち着きっぷりだ、これが三年も前からFOLTで活動しているリーダーを有するバンドの余裕って奴だろうか。しかしなんだか内田さんさっきからずっと俺との距離遠くないですか? 

 

「いや~自分たちも毎回緊張してますよ。でも自分達よりあがってる人みると冷静になってくるんですよね」

 

「ははは、私たちのこと?」

 

「いや」

 

 自分達よりもあがっている人、と聞いてまさに自分たちの事だと思った虹夏先輩が恥ずかしそうに言うと、それをきっぱりと否定した長谷川さんと内田さんはヨヨコ先輩へと視線を送った。

 

「毎回先輩が緊張で三日くらい寝てこないんすよ」

 

 そう言われてみるとヨヨコ先輩は目が半開きでエナジードリンクを片時も手放してない。そう言えば廣井さんは緊張から逃れる為に酒を飲み始めたらしいし、ヨヨコ先輩はエナドリを飲んでいる……って二人揃ってやばいでしょ……アルコールもそうだけど、カフェインの摂りすぎもまずいですよ! そんなとこ真似しなくてもいいんですよヨヨコ先輩! 

 

「騒いだら頭痛くなってきた……」

 

 そう言ってふらりと長椅子に横になったヨヨコ先輩は、何故か座っている俺の太ももに頭を乗せて来た。

 

「ちょっと!? 俺の足は枕じゃないですよ!」

 

「うるさいわね……ちょっと静かにして頂戴……」

 

 えぇ……? なんで俺が病人相手に騒いでる空気読めない奴みたいになってるんですか……おかしいでしょ……

 

 人気バンドの大槻さんでもそんなに緊張するんだねなんて聞いて来た虹夏先輩に、ヨヨコ先輩がなんか御大層な事言っているけど全然頭に入ってこねぇよ……そんでもって何でみんなこの状況をスルーしてるんだよ、誰か何か言う事あるでしょ? だからひとりも俺とヨヨコ先輩の顔を交互に見てないで言いたい事があったら言っていいんだぞ。

 

 ヨヨコ先輩は枕にしていた俺の足から上半身だけ起き上がると、未だ緊張が完全に解けていない結束バンドメンバーへツンデレ特有の分かりにくい激励をしていた。その言葉の内容から今までは結束バンドの実力不足に苛立っているのかと思っていたが、一応実力やその努力は認めているようだった。

 

「まあ私に追いつきたいなら一日六時間は練習……」

 

「えーっ! ぼっちさんってネットでも活動してるんですか!?」

 

 そう言って最後にヨヨコ先輩が何事か言おうとした瞬間――SIDEROSメンバーの驚きの声が上がった。どうやらリョウ先輩がなにやら動画をみせたようだ。

 

「ヨヨコ先輩みてください! すごいですよ~」

 

「え?」

 

「別名義らしんですけど再生回数えぐいっすよね」

 

 なんだか急に流れが変わった展開に付いて行けずに困惑しているヨヨコ先輩へ、本城さんと長谷川さんがスマホを見せて来た。

 

「チャンネル登録者数もみてくださいよ」

 

 薦められるがままヨヨコ先輩が見たソレは恐らくギターヒーローの動画だろう。困惑気味の表情でそのチャンネル登録者数を見たヨヨコ先輩は――

 

ドーム二個分!?

 

 白目をむいてショックを受けていた。

 

 だからさっきからなんなんだよそれは……せめて単位を統一しろ。

 

 

 

 そんな話をしていると、いよいよ本番がはじまる時間が近づいて来た。トップバッターは結束バンドだ。そんな結束バンドメンバーへと、ヨヨコ先輩は先程の事が尾を引いているのか呆れたように息を吐きながら言葉をかけた。

 

「はー……本番はじまるよ! ドームと武道館なら大丈夫! 確信した」

 

「決め手の理由ひどくない?」

 

「うるさい! 早くステージ上がれば!?」

 

 ヨヨコ先輩に毒を吐けるようになるくらい緊張が解けたなら大丈夫そうだな、なんて思って見ていると、ヨヨコ先輩に怒られて結束バンドのメンバーがステージへ駆けて行こうとしたので俺は慌ててひとりを呼び止めた。

 

「ひとりっ!」

 

 何事かと振り返ったひとりへ近づくと、俺は握りこぶしを突き出した。

 

「頑張れよ、期待してるぞ!」

 

「! うっうん! 行って来る!」

 

 ひとりは俺の拳にコツンと自分の拳をぶつけると、バンドメンバーを追うようにステージへと駆けて行った。

 

 結束バンドが居なくなった事で、控室にはSIDEROSメンバーと俺だけが残された。っていうか廣井さん達SICKHACKはどこに行ったんだよ……

 

 やはり男という事で警戒しているのか、長谷川さんは本城さんを守るような立ち位置を崩さないし、内田さんは俺から一定の距離を保っている気がする。ヨヨコ先輩もギターヒーローの登録者数にショックを受けてないでSIDEROSメンバーとの間を取り持って欲しいのだが……

 

 しばらくスマホを見ながら落ち込んでいたヨヨコ先輩は、大人しく隅の方で座っていた俺へ顔を向けながらポツリと呟いた。

 

「……太郎。あなたも何か隠してないでしょうね?」

 

「……何かってなんすか?」

 

 一応すっとぼけてみたが、正直ライブ前にこれ以上余計な心労を持って来ないで欲しい。ひとり達は文化祭ライブで百人単位の客の前で演奏した経験があるし、SIDEROSだってFOLTが拠点なんだから言わずもがなだろう。

 

 そう考えると俺だけ何か状況がおかしい気がする。ライブは路上しか経験がないし、その経験も二回だけだ。それで初の箱のライブでいきなり五百人の前で演奏するとかどうなってんのこれぇ……

 

 ヨヨコ先輩はジト目で俺を見て来たがそれ以上追求する気は無いようだったので、丁度いいのでこの機会にSIDEROSメンバーにヨヨコ先輩を借りる許可を今更ながら取っておこうと考えた。

 

「あの……SIDEROSの皆さん。ちょっと……いやかなり今更かもしれないんですが、ヨ……大槻さんが俺のバンドに入る許可って貰えますかね? 勿論そっちに迷惑はかけない様にするんで」

 

 俺の突然の申し出にSIDEROSメンバーは全員で顔を見合わせた。するとメンバーを代表して長谷川さんが答えてくれた。

 

「一応ヨヨコ先輩から話は聞いてるっす。私達としてはSIDEROS(こっち)の活動に支障が出ないようなら自由にして貰って構わないっす」

 

 むしろ最近ちょっと大人しくなったんで感謝してます。と言われたのは聞かなかった事にしておこう……

 

 俺がとりあえずお許しを貰えたので安心していると、長谷川さんは意外そうにヨヨコ先輩を見た。

 

「それにしてもヨヨコ先輩が男の人とバンド組むって聞いた時は驚いたっす。もしかして彼……」

 

「そんな訳ないでしょ!!」

 

 ヨヨコ先輩コイツ彼氏とか言い出しましたよ、若い女性はこういうのやっぱ好きなんすね~。

 

 なんて思っていたら、少しでも体力を回復しておこうと思ったのか長椅子に横になっていたヨヨコ先輩が凄く食い気味に否定した。まあ事実だから別に良いが……

 

「じゃあなんで一回落とした人と別のバンド組んでるんすか?」

 

 すげーなコイツ。ヨヨコ先輩に凄まれてんのに全然効いてねぇわ。むしろ追撃してくるその胆力、こうじゃ無いとSIDEROSメンバーは務まらないんだろうか。

 

 長谷川さんに指摘されたヨヨコ先輩は渋い顔をして悩んだ様子でこちらを見て来たので、俺は助け舟……と言うか事実を伝える事にした。これで文化祭の時の借りをチャラにして欲しいと言う思いが無いわけではない。

 

「それはほら、ウチのバンドには廣井さんが居ますから」

 

「! そう! こいつのバンドには姐さんがいるから仕方なくね!」

 

 うわめっちゃ嬉しそう。と言うか廣井さん便利すぎるだろ……もう何か問題が起きたら原因は全部あいつ一人でいいんじゃないかな? 反論があるようなら今すぐここに来るように。

 

 ヨヨコ先輩が廣井さんを慕っている事は姐さん呼びからして明白なので、SIDEROSメンバーも納得した様子だった。いや、納得と言うか実際はどうでもいいのかもしれない。

 

 次はSIDEROSの出番なのであまりダラダラと長話をするのも集中出来ないかと思い、俺は静かにステージから聞こえて来る結束バンドのライブを楽しむ事にした。

 

 ライブの音が止んだので出入口で待機していると、しばらくすると興奮で頬を紅潮させた結束バンドのメンバーが控室へと帰って来た。

 

「たはー……緊張したー!」

 

 そう言いながら笑顔で戻って来た虹夏先輩に俺は肩の高さまで掲げた右手の手のひらを向けて出迎えた。

 

「お疲れ様です」

 

「あはは、ありがとー!」

 

「出迎えご苦労」

 

「きゃー! ありがとう山田君!」

 

 虹夏先輩が小気味良い音を鳴らしながら俺と手のひらを叩き合わせると、続いて入って来たリョウ先輩や喜多さんも笑顔でハイタッチをしてくれた。

 

「ようひとり、お疲れさん」

 

「あっ太郎君。うんありがとう」

 

 最後に控えめに手に平を合わせたひとりに続くように俺は椅子へと腰を下ろした。

 

 ここから大体十五分程の機材の入れ替え時間を置いて次のSIDEROSの出番となる。

 

 興奮しながら先程のライブを振り返っている虹夏先輩達の話を聞いていると十五分などあっという間で、スタッフからSIDEROSへ声がかかり、ステージへ向かおうと立ち上がるヨヨコ先輩へ俺は声をかけた。

 

「そう言えば俺がSIDEROSの演奏を生で聞くのは今日が初めてかもしれませんね。期待してますよヨヨコ先輩(・・・・・)

 

 俺の言葉を聞いて振り向いたヨヨコ先輩は、酷く挑戦的で不敵な笑みを浮かべた。

 

「勿論よ。期待以上の物を聴かせてあげるから、聞き逃さない様にしなさい」

 

 そう言うとヨヨコ先輩はメンバーに一声かけてステージへと向かって行った。SIDEROSメンバーもこちらに一度振り返って仕草で挨拶するとヨヨコ先輩を追うようにステージへと向かった。

 

 その時、ふと今まで俺と距離を取っていたゴスロリの内田さんと目が合った。目が合った瞬間内田さんはびくりと小さく肩を震わせると、怯えた顔で「浄化されるぅ……」と謎の言葉を呟いてSIDEROSメンバーの後を追いかけて行った。

 

 しばらくするとステージからSIDEROSの音楽が聞こえて来た。俺がそれに耳を傾けていると虹夏先輩が心配そうに話しかけて来た。

 

「そう言えば太郎君ってライブ初めてなんだよね……えっと……大丈夫! こういう時は観客は野菜か何かだと思えば……」

 

 黙っている俺が初ライブを前に緊張していると思ったのだろう虹夏先輩は、自分の出番が終わったばかりだというのにあれやこれやと気を遣ってくれているようだった。

 

 そんな虹夏先輩の話を聞いているとようやくSICKHACKのメンバーが控室へと姿を見せた。

 

「いや~ごめんね~。なんか打ち合わせが長くなっちゃってさ~」

 

 ……出たわね。いや遅ぇーよ。もうBocchisの出番まで四十分切ってるぞ。別の意味でドキドキわね。

 

「なんの話してたんですカ?」

 

 熱心に話していた虹夏先輩を見たイライザさんが興味深々に尋ねると、虹夏先輩は今日初ライブを迎える俺の緊張を解す為に色々とアドバイスのような物をしていたと答えていた。するとそれを聞いた廣井さんが大笑いした。

 

「あはははは! たっ太郎君が緊張!? あははは! ヒィー!」

 

 おいどういう事だよ!? なにわろてんねん! そんな呼吸困難起こす程おかしくないだろ!? ほら虹夏先輩達がメッチャ引いてるじゃないですか! 

 

 テーブルを叩きながら笑い続けた廣井さんはしばらくしてようやく笑いが収まると、笑い過ぎて目じりにたまった涙を拭きながら言葉を続けた。

 

「ごめんごめん! たっ……ククッ……太郎君は大丈夫でしょ~。ねっぼっちちゃん?」

 

 急に話を振られたひとりは結束バンドやSICKHACKのメンバー一同に一斉に注目されてあたふたと視線を泳がせながら、やがて観念したように口を開いた。

 

「えっえっと……あの……たっ多分大丈夫……かな……」

 

 それを聞いた廣井さんは「ほら~」なんて言いながら上機嫌で椅子に座ると、持って来た鬼ころをすすった。

 

「すみません山田君。廣井の奴がまた……」

 

「あっいえ……大丈夫です……もう慣れたんで」

 

 申し訳なさそうにしている志麻さんに気にしていないと伝えると、今度はイライザさんが俺の近くに寄ってきて得意満面な顔で両手で握り拳を作って胸の前に構えた。

 

「タロウ! 応援要りますカ!?」

 

「いえ間に合ってます!」

 

 別に間に合ってはいないが即座にそう答えた。だってこれ絶対がんばれ♡がんばれ♡って言われる奴でしょ!? 俺は詳しいんだ! 俺以外女性しかいない楽屋で金髪外人美少女にがんばれ♡がんばれ♡って応援されるとか状況を考えろ! あーもう完全に場の空気がめちゃくちゃだよ。

 

 俺に断られたイライザさんは頬を膨らませて不服そうな表情を浮かべながら志麻さんの近くに腰をおろした。

 

 しかし廣井さんとイライザさんのおかげで完全に場の空気が弛緩してしまった。五百人を前にした箱での初ライブ本番三十分前とは思えない弛緩っぷりだ。

 

 気を取り直して俺はひとりの隣に座るとそっと気になっていた事を聞いてみた。

 

「おいひとり、さっきの演奏から少し間が空いて次また出番だが……どうだ? 行けるか?」

 

 無理ですと言われても連れて行くのだが一応聞いてみると、ひとりもこの空気に当てられたのか若干緩んだ表情で返事をした。

 

「えっあっ……うん、大丈夫」

 

 そうしてSIDEROSの音楽を聴きながら待っていると演奏が止み、しばらくするとSIDEROSのメンバーが楽屋へと戻って来た。

 

「ヨヨコ先輩お疲れ様です。悪いんですけど連戦です。行けますか?」

 

 俺が立ち上がって出迎えると、ヨヨコ先輩は俺の言葉が気に入らなかったのかムスっとした表情で言い放った。

 

「当り前でしょう。私を誰だと思ってるのよ」

 

「SIDEROSの……いえ。ここから先はBandofBocchis(BoB)の大槻ヨヨコですね」

 

 俺が即答するとヨヨコ先輩は一瞬目を丸くした後、満足そうに口の端を吊り上げた。

 

「それじゃあBocchisの皆集合ー。スタメンのユニフォームを配ります」

 

 そう言うと集まって来たメンバーへと、俺はバッグから事前に預かっていた各々(おのおの)デザインもメーカーも違うが黒で統一したパーカーとマスクを渡していく。

 

「太郎君! いよいよ初ライブだね! 頑張ってね! 私も同じドラムとして応援して……る……」

 

 虹夏先輩が立ち上がってこちらを見ながら激励をしてくれたが、俺達が各自パーカーに袖を通し始めるとみるみる声が小さくなっていった。こちらを見ていたリョウ先輩や喜多さんが息を呑むのがはっきりと感じられる。

 

「たっ……太郎……くん……そ、それ……」

 

 驚きか興奮か。見る見る顔が赤くなっていく虹夏先輩の様子に、ちょっと悪い事をしたかとも思ったが、まあ俺だって正体がバレると思って今日まで気を揉んでいたのだから、これくらいの茶目っ気は勘弁して貰おう。なんて思いながらパーカーのジッパーを上まで引っ張り上げ、愛用のサイバーパンク風マスクを付けてからフードを深く被ると、俺は虹夏先輩達へと向き直った。

 

「なっなんでっ……!? 太郎君! その格好って……!!」

 

 もはや茹でだこの様に顔を真っ赤にしながら、驚愕を通り越して泣き出しそうな顔になって叫んだ虹夏先輩へ、俺は楽しげに二週間前のSTARRYでの約束を切り出した。

 

「それじゃあ虹夏先輩。ライブが終わったら約束通り、ドラムヒーローの話をじっくり(・・・・)聞かせて下さいね」

 

 

 

 そう言うと、丁度お呼びがかかった俺達BandofBocchis(BoB)はステージへと向かう為に楽屋を後にするのだった。




 BandofBocchisとバンド・オブ・ホッチキスは音声で読み上げると結構音が似てるので、口頭なら間違えそうって事で付けました。

 あと(一話あとがきにも書いたけど虹夏ちゃん曇らせは)ないです。


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024 FOLT Xmas Live

 前回SIDEROSが楽屋に戻って来てから悠長に着替えてたけど、調べたらすぐに入れ替わってセッティングするみたいで、だから主人公が虹夏ちゃん相手にドヤってる間スタッフさんは早くしろってキレてたかも知れません。正直すまんかった……

 一応改めて調べたけど、もしかしたらまだ間違えてるかもしれないけどこれで勘弁して……

 今回あるシーンの為に010話にこっそり加筆したんですが、改めて読まなくても全く問題ありません。


 虹夏先輩に啖呵を切って楽屋を出た後、ステージまでのほんの僅かの距離の間に不安になった俺はひとりへと話しかけた。

 

「なぁひとり……俺がドラムヒーローだってバレたと思うか?」

 

 マスクをしている為どんな表情をしているのか分からないが、ひとりは無言でこちらに顔を向けると、一拍置いてから驚いて声を上げた。

 

「……ええっ!? 何言ってるの太郎君!? なんで今更そんな感想が出て来るの!?」

 

「い、いやだってまだ分かんないだろ!? もしかしたら恰好を真似しただけのコスプレ集団って認識したかも知れないじゃん!」

 

「そっそれは無理があるんじゃ……それならなんで最後にあんな事言ったの!?」

 

「いや……あれはそういう流れだったろ!?」

 

 痛い所を突いてくる奴だ……あの時はもう駄目だと思って啖呵を切ったんだが、よく考えたら俺はまだ一度も自分がドラムヒーローだと肯定した事が無いから、ワンチャンあるかもしれない事に気付いたんだよ。

 

「ちょっと太郎と後藤ひとり! 二人とも何してるの! 早く行きなさい!」

 

 二人で言い争っていると後ろからヨヨコ先輩に怒られたので、俺達二人は先を行く廣井さんを追いかけるように慌ててステージへと飛び出した。

 

 

 

 幕が下りているステージへ出ると、なるべく急いでセッティングを進める。といっても基本はリハーサルの状態に復帰するだけなのでそんなに難しい事はない。

 

 セッティングを済ませると最終チェックだ。簡単に音出しやケーブルの状態を調べて問題ないか確認する。

 

 すべてのチェックを終えるといよいよゆっくりと幕が上がってライブスタートだ。

 

 幕が上がると沢山の観客が見えた。渋谷路上ライブも凄い人だと思ったが、やはり()が違う。

 

 観客を見回してみると、なんと路上ライブにいた世紀末風貌の男が居るではないか。しかも傍には文化祭で見かけたモヒカン男と玉ねぎヘアー男も一緒だ。

 

 そういえば新しく増えたフォロワー二人のアイコンがモヒカンと玉ねぎヘアーだった気がするので、路上ライブに来ていた奴が自慢したいと言っていた仲間とはこの二人だったのかもしれない。やはり中々見る目がある奴等だ。だがひとりをナンパしたのは忘れてないからな。

 

 他にも結束バンド目当てで来たのだろう一号二号さんの姿も見えた。二人にはまだBocchisにひとりが居る事を話していない為、SIDEROSファンに場所を譲ったのか少し後ろの方にいた。

 

 そんなステージ上の俺達を見た観客から困惑の言葉が聞こえて来た。

 

「えっ……? あれ廣井じゃないの?」

「パーカーとマスクで顔隠してるけどあの服と下駄は廣井だよな?」

「おい廣井ー! 何やってんだ!?」

「あのギター大槻じゃないか? 何でまた出て来るんだよ?」

「やっぱさっき演奏したSIDEROSの大槻だよな? スカートとブーツが同じだし」

「いやそれならもう一人のギターも最初の結束バンド? ってバンドのギターじゃないの? ピンクのジャージだし」

「っていうかこの覆面どっかで見た事ない?」

「あれだろ、トゥイッターでメッチャバズってるヤツ」

「何? あれのパクリ?」

 

 う~んやっぱりこのバンドに紛れてのゲスト出演は無理がありますよ! よく考えたら俺達も隠す気全然ねぇな!? まさに頭隠して尻隠さずって奴じゃないか……誰か気付く奴いなかったのかよ……っていうか動画のパクリじゃねーよ! 本家だよ本家! 

 

 路上ライブでは廣井さんにMCをお願いしたが、今日はマイクがあるしリーダーという事で、ドラムの前に座った俺は代表して観客に声をかけた。

 

「えー、BandofBocchis(BoB)です(半ギレ)。今日はほとんどの人が初めましてだと思うんで、まずメンバー紹介をしたいと思います。是非メンバーの名前とバンド名だけでも覚えて帰ってください。それじゃあまずは……」

 

 そう言うと俺はメンバーをぐるりと見回した。さて誰から紹介するか……やはりこういうのは新入りから行くのがベターだろうか? よし、方針は決まったな。

 

「ボーカル兼リズムギターの…………つっきー!」

 

「つっきー? いや大槻だろ?」

「いやだから大槻だからつっきーなんだろ?」

「へぇ~あの大槻がつっきーなんて呼ばれてるなんて、なんか意外……」

 

 紹介されたヨヨコ先輩が驚いたように、そして怒っているような雰囲気で俺へ顔を向けて来たが、流石はSIDEROSリーダー。しっかりギターを掻き鳴らして客へアピールしていた。

 

 正直この後が怖いが、自分で言い出したあだ名なんだから勘弁してほしい。

 

「じゃあ次……ボーカル兼ベースで……えー……おきくさん!」

 

「廣井じゃないの?」

「だから廣井だからおきくさんなんだろ?」

「廣井っておきくさんなの?」

「廣井きくりだからおきくさんなんじゃない?」

「えっ!? 廣井ってきくりって名前なの!?」

「おきくさん!? 番町皿屋敷かよ……」

 

 俺が紹介すると廣井さんは待ってましたと言わんばかりにベースを掻き鳴らした。

 

 流石にこの客へきくりさん呼びはまずいと思って急遽考えたんだが……えらく古臭いのが出てきてしまった。ままええか……廣井さんも気にして無さそうだし。しかしそんなことより次のひとりのあだ名を何も考えてないのがヤバイ。

 

「えー……では次に……ウチのリードギターの……」

 

 ヤバイ、本格的に何も思いつかん。普通にひとりで行くか? ひとちゃん? ひーちゃん? それともひっきー? ぼっち? 流石にこの二つはヤバイか……しかし思いつかん……いっそ苗字でいくか……? 

 

「……リードギターの……ご、ごと……ごとりちゃん!」

 

「……ごとりちゃん?」

「えっひとりちゃんじゃないの!?」

 

 瞬時に頭をフル回転させて、しかしいよいよよく分からなくなってきて混乱気味に叫んだが、ひとりの事は知らない人が多いので反応する人が少ない分、なんだか一号二号さんの声がはっきり聞こえた気がして申し訳なくなった。

 

 案の定紹介されたひとりは驚いてこちらを見たが、なんとかギターを弾いて反応する事には成功したようだった。

 

「最後に、ドラムでリーダーの山田太郎です」

 

 俺の自己紹介にメンバー全員が驚愕したように振り返ってきた。特にヨヨコ先輩の驚きっぷりが凄い。まさにお前は何を言ってるんだと聞こえてきそうだ。自分はつっきーと呼ばれた事と、本名を名乗ったら覆面の意味が無い事に怒っているのかも知れない。

 

 だが俺はここまでちゃんと布石を打っているので安心して欲しい。その証拠に客の反応を聞いてみてくれ。

 

「……や、山田太郎? 偽名でももうちょっとなんかあるだろ……」

「いや、流石に適当すぎるだろ……」

「そういえば最近は役所の記入例も山田太郎じゃない奴あるよな? 新宿だったら……新宿太郎とか?」

「いやFOLTでやるんならFOLT太郎だろ」

 

 どうだ。いままで散々メンバーをあだ名で紹介してきたから、まさか山田太郎が本名だとは思うまい。これぞ木を隠すなら森の中作戦よ。決して自分のあだ名が思いつかなかったからでは無い……いや本名を偽名扱いされて泣いてなんかねーし……というか山田はどっか行っちゃうけど太郎は固定なのね……

 

 まあそんな事はどうでもよいので、気を取り直した俺はいよいよ曲をスタートさせる事にした。

 

「それじゃあ早速ですが一曲目聴いて下さい。オリジナル曲でsky's the limit」

 

 俺はカウントをとるとスティックを振り下ろした。

 

 

 

 

 

「sky's the limitでした」

 

 一曲目の演奏が終わると観客は静まり返っていた。

 

 やばいな……流石にSICKHACKの演奏を普段聴いているだけあってこれくらいの演奏じゃ驚かないか……なんて思っていると、沈黙していた観客が次第にどよめき始めた。

 

「は……? えっ? いやマジで?」

「廣井が凄いのは知ってたけど……」

「あのリードギターイライザ……じゃねぇーよな?」

「てかリードギターさっきの結束……バンド? の奴じゃないだろこれ」

「ドラムも岩下じゃないよな? 声も男だし」

「岩下じゃないならドラムの技術やべーな。このテンポの速さと複雑さの曲でこのレベルって……」

「廣井が混ざっても見劣りしないってなにモンだ?」

「っていうか廣井パンクもいけるやん!」

 

 おー、ええやん(評判)。やはりSICKHACKの常連は耳が肥えているのか、どうも渋谷路上ライブの時よりも具体的な賞賛が聞こえて来る。これならひとりもニッコニコだろう。

 

 ……って岩下って誰ぇ!? いやドラムって言ってるし、もしかしなくても志麻さんだよな……? マジか、じゃあ俺はずっと年上の女の人を名前呼びしてたのかよ……いやでも志麻さん何も言ってこないし……ままええか。

 

 今までの行い(志麻さん呼び)を思い出して若干の恥ずかしさを覚えたが、俺は大きく息を吐いて一度気持ちを切り替えると、続けて二曲目を宣言すると共にここで再びバンド名を宣伝する事にした。

 

BandofBocchis(BoB)です。BandofBocchis(BoB)をよろしくお願いします。それじゃあ続けて聴いて下さい。次もオリジナルで二曲目、back to back」

 

 

 

 

 

「二曲目、back to backでした」

 

 二曲目が終わると、今度は静まり返る事無く先程よりも大きなどよめきが起きている。

 

「いやいや……パンクバンドじゃねーのかよ……」

「パンクに続いてメタル……しかもどっちも高水準とかマジか……」

「やっぱリードギターやばいな、もしかしてイライザより上あるんじゃねぇの?」

「これSIDEROSより余裕で上なんじゃねーの?」

「いやマジで誰だよドラム!? 俺他の色んなライブハウスとか行ってるけど聞いた事ねぇーよ山田太郎なんて!?」

「廣井メタルも……っていうかサイケ以外もいけるやん!」

 

 おー、ええやん(二回目)。特にひとりに目を付けた奴はやるやんけ、ファンになる権利をやろう。良いだろう? いずれ世界一になるギタリスト、ごとりちゃんをよろしくお願いします。

 

 未だざわめきが収まらない観客を他所におもむろにヨヨコ先輩がマイクを弄ると、それを見た観客はさらにざわめきを大きくした。恐らく全部廣井さんが歌うと思っていたのだろう。でも俺はさっきヨヨコ先輩紹介する時にボーカル兼リズムギターって説明したからね! 

 

 さあいよいよラストだ。正直この曲は時間があまりなかったので不安なのだが皆を信じるしかない。そう考えながら俺は三曲目の紹介に入ろうとしたのだが、その前に……

 

「えーBandofBocchis(BoB)です。ホッチキスではないです。ぼっちが集まったBocchisです!」

 

「ちょっと!? 何回言うのよ!」

 

 ヨヨコ先輩に怒られてしまった。だって間違えて覚えて帰られたらやばいでしょ!? 五百人に間違えて拡散されたらもう終わりですよ! ホッチキスに改名しなきゃいけない事態になりかねないので俺は念を押しているのだ。

 

「……では次でラストです。これもオリジナルですがこれはつい最近出来たばかりの新曲で、今回のライブの為になんとか間に合わせました。それでは聴いて下さい。ラストの曲でTomorrow is another day」

 

 

 

 

 

 

「ラストの三曲目、Tomorrow is another dayでした」

 

 三曲目が終わると、観客はまた最初と同じように静まり返っていた。しかし今回は滑った感じでは無く、あっけにとられた様な、放心した様な静けさだった。

 

 実は三曲目が始まった瞬間から観客が驚いていたのが分かっていた。俺は悪戯が成功したような感覚と共に、ヨヨコ先輩が初めて作ったであろうサイケデリック・ロックが受け入れられているのかどうか気が気では無かったのだ。

 

 だが演奏が終わって静かだったのもほんの僅かな間だけで、すぐに沸き立つような歓声がライブハウスを包んだ。

 

「SICKHACKライブのゲスト、しかも新曲でこれやるとか……やべぇな……」

「凄いな、SICKHACK以外のバンドでこのレベルのサイケが聞けると思わなかったわ……」

「でもなんで廣井が歌わないんだ?」

「廣井はSICKHACKで歌ってるからじゃね? 知らんけど」

「しかしパンクにメタルにサイケ……しかも全部鬼みたいな演奏技術だな……マジで誰だよこいつら……」

「いや本当、誰だよドラムとリードギター?」

「大槻メタル以外もいけるやん!」

「っていうか廣井が何事も無くライブ終えたぞ!? 凄くねぇ!?」

「そう言われれば……手綱握ってるリーダーの太郎が相当ヤバイ奴なのか?」

「太郎君ってもしかして凄い!?」

 

 聞こえて来る感想は様々だが概ね悪くはなさそうで一先ず俺は安堵した。SICKHACKのサイケを普段から聞いている観客の評価だと、新曲はボロクソに言われる可能性も考えていたがどうやら大丈夫そうだ。ってなんで俺がヤバイ奴扱いを受けてるんだよ! オレハコワクナイヨ! 

 

「今日はありがとうございました! 改めてBandofBocchis(BoB)です! トゥイッターやイソスタもやってるんで興味が湧いた方は覗いて見て下さい。あ、それと――」

 

 演奏が終わってからも鳴りやまない歓声を聞きながら撤収前の最後の挨拶をする事にしたが、俺が一度言葉を止めると、観客は突然話を止めた俺を何事かと見つめて来た。

 

「うちのメンバーは、つっきー、おきくさん、ごとりちゃん、太郎って()なんで、その辺よろしくお願いします!」

 

 そう言うと観客は一瞬静かになり、次の瞬間笑いが漏れた。一応言いたい事は伝わったのだろう、先程まで廣井や大槻と呼んでいた人達からおきくやらつっきーと言った呼称で応援の声が聞こえて来た。

 

 とりあえずこう言っておいて、あとは観客の良心に期待するしかない。まあバレて広まったらその時はその時だ。マスクを脱ぐ丁度良い機会とでも思っておこう。

 

「Bocchis良かったぞー」

「今度ライブあるなら行くぞー」

「やっぱ最高だったっす!」

「太郎くーん! ひと……ごとりちゃーん! 良かったよー」

 

 幕が降りて来る間もありがたい事に観客から沢山の歓声を貰ったので俺達は手を振ったりして応えていた。約束通り俺の初ライブに来てくれた一号二号さんに両手を振って挨拶した後、観客の後ろの方で見ている虹夏先輩達にも手を上げて反応すると喜多さんが楽しそうに手を振って返してくれた。

 

 幕が完全に落ちきると今度は撤収作業の始まりだ。俺は手早く自分の荷物を片づけると周りを見渡して手助けが必要なメンバーが居るか確認すると、廣井さんがパーカーとマスクを脱いで俺へと渡して来た。

 

「ぷは~。太郎君これおねが~い」

 

「了解っす。廣井さんはこのまま残って次の準備ですか?」

 

「そうだよ~。この後太郎君たちは暇だろうからSICKHACK(私達)のライブを見てってよ~」

 

「分かりました。期待してますよ!」

 

 廣井さんから差し出された荷物を受け取ると、俺はひとりとヨヨコ先輩に撤収の声をかけて三人で楽屋へと戻る事にした。

 

 楽屋に戻ると椅子に座って待っているのは志麻さんとイライザさんの二人だけだった。どうやら結束バンドメンバーもSIDEROSメンバーも客席の方へ出ているようだ。

 

「志麻さん。ドラム撤収完了しました」

 

「分かりました。それにしても山田君、それに後藤さんも……廣井から聞いてはいましたが、その歳で凄いですね」

 

「タロウ凄かったデス! 今度私とアニソンコピーバンドやりませんカ!?」

 

 俺とひとりは二人からのお褒めの言葉にお礼を返してからイライザさんのお誘いを丁重にお断りすると、イライザさんはまた少し残念そうな表情で志麻さんと共にステージへと向かって行った。

 

 誰もいなくなって俺達三人だけになった楽屋で荷物の片づけを終えると、ヨヨコ先輩が口を開いた。

 

「それじゃあ私達も姐さん達のライブを見に客席の方へ行きましょうか」

 

 先陣を切って歩いて行くヨヨコ先輩に続きながら俺はひとりに小さく声をかけた。

 

「なぁひとり……」

 

「? どうしたの?」

 

 不思議そうに俺を見つめて来たひとりに俺は難しい表情で少し悩んだが、意を決して切り出した。

 

「やっぱ虹夏先輩達にバレたと思うか?」

 

「だっだからそれはもう無理だよ!」

 

 

 

 ひとりに張り付くようにして恐る恐る客席へ行くと、結束バンドメンバーもSIDEROSメンバーも観客の邪魔にならない様に後ろの方で固まって未だ幕の上がらないステージを見ながら話をしているようだったので、俺はそこへ合流することなく一人でライブを見る為に後ろの方の観客へと自然な感じを装って紛れ込んだ。

 

 別にこれはドラムヒーロー(正体)がバレて顔を合わせづらくなった……なんて訳では無く、先程顔出しで演奏していた結束バンドやSIDEROSのメンバーに親し気に一人混ざっている男、という覆面で正体を隠そうとしていたのに観客が見たらほぼ答え合わせに近い状況を見られる事を俺が危惧したための行動である。一応ひとりとヨヨコ先輩にその旨の伝言はしてあるので問題無いだろう。

 

 幸い転換時は辺りが薄暗くなっているので観客も俺が紛れた事には気付いておらず安心していると、ゆっくりと幕が上がりいよいよ今日のメインイベントであるSICKHACKのライブが始まった。

 

 

 

 結論から言うと開始前に長谷川さんが楽屋で言った通り、ライブは最後には無茶苦茶になった。

 

 

 

 廣井さんはクリスマスライブという事でテンションが上がっていたのか、客に酒をぶっかける、歌詞を忘れる、中指を立てての暴言、客に向かってベースを振り回すなどの問題イベント全部盛りだった。

 

 今日ほど後ろで見ていて良かったと思った事は無い。でも客は喜んでいたからアレで良かったのだろう。ただ志麻さんは遠目から見ても顔が引きつっていたり、肩を震わせていたように見えたのでかなりヤバイ気がするが……イライザさんは楽しそうだったし、ま、多少はね? いややっぱヤバイよな……でも俺にはどうする事も出来ない……

 

 そうした若干のアクシデント(事故)はありつつもSICKHACKのクリスマスライブは大盛況で幕を閉じた。

 

 ライブが終わると俺達ゲストは各々の荷物を回収する為に楽屋へ移動した。俺が自分の荷物やひとりの旧ギターの入ったギターケースなどを回収している際になんだか視線を感じて振り返ると、視線の先には虹夏先輩が居て俺と目が合うと顔を慌てて顔を背ける、なんてことが何度かあった。

 

 そうして帰り支度をしていると喜多さんが楽屋にいる皆に聞こえるように楽しそうに声を上げた。

 

「この後はSTARRYクリスマスパーティー兼クリスマスライブの打ち上げをするので、みんなで移動しましょう!」

 

 SICKHACKのライブ前の観客席で既に誘っていたのか、ヨヨコ先輩以外のSIDEROSメンバーが元気よく挨拶すると、帰り支度を済ませた俺達は喜多さんに先導される形でライブハウスの外へ出た。

 

 

 

 ライブハウスの外へ出ると、ヨヨコ先輩が俺達に先に行っているように言って来たが、用事があるなら待っていると伝えると慌てた様子でどこかへ走って行ったので、皆でヨヨコ先輩が帰って来るのを待つ間丁度良い機会だと思って俺は遂に虹夏先輩へ突撃した。

 

「いえ~い。ピスピース! 虹夏先輩どうでしたか今日の俺の演奏は!? ってなんですかこの空気は?」

 

 俺がなるべく馬鹿みたいな態度で絡みに行くと、何故か結束バンドのメンバーはお通夜みたいな雰囲気になっていた。ひとりもどうしていいのか分からないようでおろおろと周りの様子を伺っている。

 

「あっうん……ドラムヒ……ううん……太郎君の演奏凄かったよ……」

 

 そう言うと虹夏先輩は憂いを帯びた表情で俯いたので、俺はリョウ先輩や喜多さんの顔を見ると二人とも顔を横に振って答えた。

 

「伊地知先輩、山田君のライブの時はすっごくはしゃいでたんだけど、ライブが終わってからしばらくしたらこうなっちゃって……」

 

 喜多さんが困った様な顔でそう言ったのを聞いて俺は顔を顰めた。俺は己の過去の言動を顧みて恥ずかしがって顔を赤くする虹夏先輩が見たかったのだが……

 

 虹夏先輩の憂いに心当たりが無い訳では無い。ひとりとバンドを組む事になって、俺がドラムヒーローだとバレた後にこの問題(・・・・)にはいずれ必ずぶち当たる事は分かっていたのだ。だが(・・)、この問題は虹夏先輩が悩む程のそんな深刻な事では無いのだ。

 

「う~ん……虹夏先輩。Bocchis解散しましょうか?」

 

 俺は気負うことなく、まるで近所のコンビニでパンでも買って来ましょうか? くらいの気軽さで自分のバンドの解散を提案した。

 

 その言葉に虹夏先輩も、リョウ先輩も、喜多さんも、ひとりでさえも驚愕してこちらを見て来たが、俺は特に表情を変えずに飄々とした態度で皆の視線を受け止めた。

 

「な……んで……」

 

 こちらを見ながら驚愕の表情で絞り出すような声を上げた虹夏先輩へ、俺は呆れた様な態度で言葉を続ける。

 

「だってどうせ虹夏先輩は『私のバンドがギターヒーローさんとドラムヒーローさんの邪魔していいのかな?』とか考えてるんでしょ?」

 

 気持ち悪い声真似までして虹夏先輩の気持ちを勝手に代弁してみた俺はそこで一旦言葉を区切ると、呆けた表情の虹夏先輩をしっかりと見つめて笑みを浮かべた。

 

「でもね虹夏先輩……()なんですよ。虹夏先輩がひとりをバンドに誘ってくれたから今の俺のバンドがあるんです。だからもし俺のバンドが結束バンドの邪魔してる(・・・・・)なら、そんなモンは無い方が良いんですよ」

 

 ひとりが廣井さんを助けた事から始まったと思ったが、さらに元を辿ればひとりをバンドに引き入れた虹夏先輩あってこそなのだ。そんな恩人が困っているのならその原因を解消する事になにを戸惑う事があろうか。

 

「それに最初に言ったでしょう? メインバンドに迷惑かけたら即解散だって……あれ? 言いましたよね……? 言ったかな……? ま、まぁでも解散だと後味が悪いって事なら……ヨヨコ先輩が入ってくれたからひとりはいなくても大丈夫だな……お疲れひとり! 元気でやれよ」

 

「…………ええ!? たっ太郎君!? なんで!?」

 

 よく考えれば迷惑かけたら解散の話って虹夏先輩に言ったかな? 志麻さんとは話したけど結束バンドやSIDEROSにこの話したっけ? やばいな記憶が曖昧になってるやんけ。

 

 少し悩んだ俺がひとりに向かって冗談半分本気半分で笑顔で放逐宣言すると、ひとりは飛び上がって驚いていた。

 

 まあ、だが……ひとりが自分の意志で続ける事を選んだこのバンドは出来るだけ長く続いて欲しいのが本音だ。だからこんな(・・・)つまらない事で解散してひとりの……いや、みんなの心の傷になって欲しくない。もし今ではなく、たとえいつか結束バンドが終わりを迎える時が来るとしても、その時はみんな笑顔で終われるように願っているのだ。

 

 俺とひとりのそんなやり取りを見ていた虹夏先輩は、俯いたまま震える声を上げた。

 

「太郎君は……自分のバンドが大事じゃないの……?」

 

「そりゃ勿論大事ですよ――でも」

 

 窺うようにこちらを見て怒りとも悲しみとも取れる声を上げた虹夏先輩に俺は事も無げに即答してみせると、心配そうに俺達を見ているひとりをちらりと横目で見てから諦めたように小さく笑った。

 

「まぁ……それよりも大事な物ってのも、多分あるんですよ」

 

 そう言うと、何故だかふと台風ライブの打ち上げの時の店長の事が脳裏を過ぎった。あの時廣井さんに何故バンドを辞めたのか聞かれた店長は『飽きた』と答えていたが……もしかしたら俺の知らない、そういう何か(・・)があったのかもしれない……なんて考えるのはちょっと都合が良すぎるだろうか? 

 

 俺の言葉に虹夏先輩はまた俯いて黙り込んでいたが、しばらくすると何かを決意したように言葉を漏らした。

 

「でも……駄目だよ……! そんな事で二人が別れるなんて……!」

 

 なんだか事情を知らない他人が聞いたらちょっと誤解を招きそうな言葉の表現に疑問が無い訳では無いが、先程のような悲壮感が無くなっていたのでひとまず安堵した。だが続く虹夏先輩の言葉に俺は真顔になった。

 

「せっかくギターヒーローさんとドラムヒーローさんの共演って言うファン垂涎(すいぜん)の浪漫バンドなのに……解散しちゃったら私が二人のファンに〇されちゃうもん……」

 

 ええ……? 何を言ってんだこの人? 垂涎の浪漫バンドってなんだよ……落ち込んでるように見えて実は案外余裕があるんじゃないだろうな……? っていうか俺達のファンは普通気付かないと思いますよ……

 

 なんて思っていると、虹夏先輩は涙を浮かべて、しかし吹っ切れた様な笑顔で勢いよく顔を上げた。

 

「でも――ありがとね、太郎君! 私達……Bocchisに負けないくらい凄いバンドになるから!」

 

「……ええ。それに俺のバンドは覆面バンドですからね……だから後藤ひとり(・・・・・)の事、よろしくお願いしますよ」

 

「! うん! 任された!」

 

 そう言って泣き笑いの表情で力強く決意を語る虹夏先輩へ、ギターヒーローとしてではない(・・・・)後藤ひとりの事を託すと、虹夏先輩は気持ちを切り替えるように一度大きく息を吐いてからひとりを見て、聞き取れない程小さな声で何事か呟いた。

 

でもちょっとだけ……ぼっちちゃんが羨ましいな……

 

 俺達のやり取りを見ていたリョウ先輩や喜多さんやひとりが、虹夏先輩が元気を取り戻した事で安心した様な表情を浮かべたのを見て、俺はいよいよ本来の目的を切り出す事にした。

 

「……ところでドラムヒーローについてじっくり聞かせてくれるって話なんですが……」

 

「~~っ!!!」

 

 突然黒歴史を蒸し返されて、先程まで泣いていた顔を真っ赤にして飛び上がって驚いた虹夏先輩を見て俺はほくそ笑んだ。そうそうこれこれ、あー、いいっすねー。こういうのが見たかったんだよ。

 

 俺はおもむろに自分のスマホを取り出すと、何故か未だに再生数が馬鹿みたいに伸びている路上ライブ動画を画面に映して虹夏先輩へと差し出した。まずうちさぁ、動画……あんだけど……見てかない?(迫真)

 

「この動画なんですけど……」

 

「!! ウ、ウン……コレガドウカシタノカナー?」

 

 虹夏先輩は自分の死期を悟りながらもワンチャンスに賭けて必死に羞恥に抗いながら赤い顔で平静を装って返事をしてきたので、俺はニヤリと口の端を吊り上げた。

 

「実は俺がこのドラムなんです」

 

「あああああああ!!!!!!」

 

「わははは! なんでしたっけ? 『ドラムヒーローさんはそんな事言わない……』でしたっけ!? すみませんねあははは!」

 

「あああああああ!!!!!! バカ! 太郎君のアホ! ぼっちちゃ~ん! 太郎君がイジメるよ~!」

 

 俺が大笑いすると虹夏先輩が赤い顔でひとりに泣きついた。抱き着かれたひとりが困っていると、今しがた買って来たのであろう電気屋の袋を携えたヨヨコ先輩が戻って来たので、俺達は打ち上げの店へと向かう事になったのだった。




 今回全く話が纏まらなくて、物語一番の盛り上がりの場面で失踪する作者の気持ちがちょっと分かったかもしれません。自分で勝手にハードルを上げてプレッシャー感じてました。でも一番の盛り上がりで30点位の話しか書けない……ままええか! の精神は大事。

 虹夏曇らせは無いと言ったな、あれは嘘……のつもりは無かったんですが、物語的にどうしてもこの話題を解決しておかないといけなかったので。でもどこぞの馬の骨とも分からないオリ主絡みで辛気臭い話は書きたくないのでさらっと解決します。やさしいせかい。

 次話はクリスマスパーティー編です。実は今回とくっついて一話の予定だったんですが二万字超えたので分けました。


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025 Xmas Party

 思いついたネタを片っ端から全部突っ込んでたら無限に書く事が出てきて纏まらなくてこの話一生書き終わらないかと思ったよ……二万字あるので時間ある時にでも読んでください。


 打ち上げの店に向かう道中、赤面顔でひとりを盾にする虹夏先輩をからかっていると、珍しくひとりが話題を切り出した。

 

「そっそういえば……リョウさんも喜多ちゃんも、太郎君がドラムヒーローだって知ってもあんまり驚かないんですね……」

 

 俺とひとりと虹夏先輩がリョウ先輩や喜多さんに視線を向けると、リョウ先輩は表情を変えずに答えた。

 

「まあ廣井さんとバンド組むって聞いてたからある程度察しはついてた。勿論郁代みたいに全然出来ない可能性も考えてたけど」

 

「ああああ!! すみませんリョウ先輩! なんでもするからあの日の無礼をお許しください!」

 

「ちょっと喜多さん! 雪降ってる道路の上で土下座はまずいですよ!」

 

 文化祭や今回のライブなど、俺の演奏機会には事あるごとに一声かけて来たリョウ先輩はやはり二重の意味で察していたようだった。っていうかちょっと喜多さんの事がトラウマになってるじゃないですか……

 

 俺達は土下座をしようとする喜多さんの腕を慌てて掴んでなんとか押し止めると、しばらくして正気に戻った喜多さんは恥ずかしそうに一度咳ばらいをした。

 

「私は凄く驚いたけど……でもひとりちゃんの幼馴染っていう納得があったというか……」

 

 一度言葉を区切った喜多さんは申し訳なさそうに眉を寄せると、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

「そもそもドラムの凄さって実はよく分かってなくて……」

 

 ドラムの苦労が理解されなくて虹夏先輩は声を上げてショックを受けていたが、まあそんなものかもしれない。ドラムは大黒柱な筈なのに存在感が割と薄くて、最高の演奏をしたと思っても誰にも気付かれなかったりするのだ。まだ始めたばかりの喜多さんが分からないのも無理ないだろう。

 

「まあそうかもしれませんね……よし! それじゃあ喜多さんにも分かるように虹夏先輩にドラムヒーローについて説明してもらいましょう!」

 

 俺が笑いを堪えながらそう言うと、また虹夏先輩は顔を赤くして頭を抱えて叫び出した。

 

「あっ! でもそんな事(・・・・)より驚いたのは、山田君に軽音部のギターの彼女がいた事よね!」

 

 叫んでいる虹夏先輩を気にする事も無く、喜多さんが思い出したように言った瞬間――今まで賑やかだった空気が水を打ったように静まり返り、先程まで笑っていた俺の表情は凍り付いた。

 

 十二月二十四日、既に日も落ちてチラチラと雪も降っているというのに俺の背中からぶわりと嫌な汗が噴き出した。

 

 この二週間は新曲の練習や虹夏先輩へのドラムヒーローバレに加えて、ドラムヒーロー宛てのリクエストであるクリスマスラブソングに意識が向いていて、その事(・・・)が頭からすっぽりと抜け落ちていた。

 

 俺は全くの意識の外から飛んで来た恐ろしい衝撃に身を震わせながら、ギターヒーローの虚言がバレた時のひとりはこんな気持ちだったんだろうか……なんてどこか他人事のようにぼんやりと考えていた。

 

「あっあの……喜多さん……? な、なんでそんな事を……」

 

「この前伊地知先輩に言われてから私ドラムヒーローさんの動画を見たの! そうしたら概要欄に彼女が出来たって書いてあるのを見て……でも全然気づかなかったわ! 軽音部のギター女子って言うと……誰かしら!?」

 

 なんとかすっとぼけてみようと言葉を絞り出してみたが、しっかりと情報源を確認して(概要欄を見て)いた喜多さんから至極まっとうな感想が返って来た。

 

 全然気づかなかったって……そりゃ気付くわけねぇよ……そんな奴(彼女)なんていないんだから……むしろ気づいたら怖いよ……

 

 ひとりを見れば不安そうな困ったような顔で俺を見ている。どうにか助けてくれようとしているのか、口を開きかけては閉じる事を何度も繰り返している。

 

 リョウ先輩は興味なさげにこちらを見ていた。ほーん、それで? みたいな顔だ。この反応はある意味ありがたい。お金の匂いがしなければこういう状況で一番頼りになるのはこの人なのかもしれない……が恩を売ったら後がやばそうなので助けを求めるのは最後の手段だ……

 

 目を輝かせて他人の恋愛話に花を咲かせる喜多さんを見ながら、俺は最後に恐る恐る虹夏先輩の様子を窺うと……虹夏先輩は三日月のような形の目と口で、張り付けた様な恐ろしい笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

「え~! 私も知りたいな~! 太郎君の彼女の話!! 喜多ちゃん何か知ってるの!? 軽音部のギターの女の子の情報!」

 

 今まで散々ドラムヒーローの事でからかわれた鬱憤を晴らすかのように虹夏先輩が喜多さんの傍にすり寄った。

 

 虹夏先輩に尋ねられた喜多さんはこういう話題をするのが楽しいのか、自分の知っている軽音部のギター女子の名前を上げ始めたので、俺はいよいよ覚悟を決めなければいけないのかもしれない。

 

 もしかしたら喜多さんは最も敵に回してはいけない人物なんじゃないだろうか……その人脈の広さといい、秀華高校の首領(ドン)みたいな人じゃねぇか……しかしヤバイ、具体的な女子の名前が挙がっているのがなによりヤバイ。

 

「ああああのあのあの……喜多さんに虹夏先輩……あのですね……」

 

「ん~~? どうしたのかな太郎く~~ん?」

 

 崩壊を始めた顔面で言い訳を始めた俺に虹夏先輩がとても楽しそうににんまりと微笑んだが、このままでは名前が挙がった女子にも迷惑が掛かりかねないと思った俺は諦めて先程の喜多さんに倣って土下座を敢行することにした。

 

 雪の上での土下座はヤバイ? 本来できるはずなのだ……! 本当にすまないという気持ちで……胸がいっぱいなら……! どこであれ土下座ができる……! たとえそれが……クリスマスで大勢の観衆が居る雪降る路上でもっ…………! 

 

 俺がいよいよ土下座の為に膝を折りかけた時、虹夏先輩が堪らず噴き出した。

 

「ぷっ……あはははは! ごめんごめん! 大丈夫! 分かってる――」

 

「あっああああの!! わっ……わわわ私がそっそのかっ……かかかか彼女ですっ!!」

 

「……は?」

 

 今まさに丸く収まりかけていた状況からのあまりに突然の彼女宣言に、一同(リョウ先輩はあまり興味がなさそうだが)が驚いて発言元のひとりを見た。

 

「いっいや……あっあああ、あっあの……あのあのあの……だっだだだから……あっあのわっわわわ私がそのっ……たったたたたたたろっ太郎君のぎっぎぎぎぎギターのかっ……かかかかかかのかの……彼女……です……う……うへへ……」

 

 一斉に注目されたひとりは真っ赤な顔になり、高速で視線をあちこちに動かしながらしどろもどろに主張すると、最後には俯いて消え入るような声で呟いてにやけながら気持ち悪い声を上げた。

 

 ひとり……お前もしかしてぽいずんさんの時に俺がやったように助けてくれようとしてるのか……? なんていい奴なんだ……信じてたぞひとり……いやでも状況を考えろ! あの時は俺達の関係を知らないぽいずんさんだからこそ、そんなバカみたいな嘘が通ったんだろうが! 知り合い相手にその言い訳は無理だって!! 

 

「……も、も~何言ってるのぼっちちゃん! 大丈夫だよ~。そんな冗談言わなくても皆ちゃんと分かってるって!」

 

「えっ……あっあの……にっ虹夏ちゃん……」

 

「ひとりちゃんったら~……冗談だから大丈夫よ。山田君に彼女いない事なんて……ああああああ!!?!! ええ!? もしかしてそういう事なの!?」

 

 またぞろひとりが暴走しておかしな事を言い始めたと思ったのだろう虹夏先輩と喜多さんが、ひとりを安心させるようになだめようとした瞬間、何かを思い出したように喜多さんが叫び声をあげた。

 

「うわびっくりした! 喜多ちゃんどうしたの!?」

「どっどうしました喜多さん!?」

 

 喜多さんの突然の奇声に驚いた虹夏先輩と俺が尋ねると、喜多さんは慄きながら俺とひとりに何度も激しく視線を行ったり来たりさせた。

 

「い、い、伊地知先輩覚えてないんですか? 夏休みに山田君の家に遊びに行った時に、伊地知先輩が言ったんですよ……」

 

「え、えっと……なんだっけ?」

 

 喜多さんの言わんとしている事がいまいち掴めない虹夏先輩が聞き返すと、喜多さんはもどかしそうに叫んだ。

 

「伊地知先輩も言ってたし、概要欄にもあるじゃないですか! ギターヒーローさんにはドラムの彼氏が、ドラムヒーローさんにはギターの彼女が居るって! そ、それってつまりそういう事じゃ……!?」

 

 喜多さんの言葉を聞いた虹夏先輩は、意味を理解したのかそれはもう驚いて俺を見て来た。

 

 …………えええ!? 今頃その話がそんな所に繋がっちゃうんですか!? 時限爆弾かよ!? 多分概要欄書いた人そこまで考えてないですよ! ちょっとひとり!? やっぱりドラムの彼氏は駄目だって! せめてベースとかにしておけよ……あっ駄目だわ、それだとその彼氏〇さなきゃいけないわ……

 

 しかし概要欄が根拠ならまだ何とかなるかも知れないと思った俺は、一縷の望みをかけて反論して見る事にした。

 

「あっあのあの……そっそういう事ならひとりの彼氏はバスケ部のエース君なんで……俺とは大分違うかなって……」

 

「はぁ? 何言ってるの太郎君。あれはぼっちちゃんの妄言じゃん」

 

 取り付く島も無いとはこの事だろうか。虹夏先輩は俺の主張をバッサリと切って捨てた。あんまりな直球にひとりも泡を吹いている。

 

 それが妄言で通るなら俺の概要欄もいっそ妄言扱いして欲しい……しかしこの山田太郎(本名)、ひとり一人に(激ウマギャグ)恥をかかせる位なら己の身が傷つく覚悟はとうに出来ているのだ。という事でここはもう正直に真実を話して暫くの間虹夏先輩と喜多さんのおもちゃにされる事を選ぼう。なあにどうせ半年くらいの辛抱だって……いや結構長いな……

 

「あっあのですね……二人とも……実はですね……」

 

「ええ~……でもそういう事なら言ってくれれば良かったのに……たしか高校入ってから彼女が出来たって書いてたから……もしかしてぼっちちゃんが結束(私達の)バンドに入ってから付き合い始めたとか!? うわぁ……全然気づかなかった……」

 

「きゃー!! それが分かってから見て見るとこの概要欄は凄い匂わせだわ! 幼馴染で、お互い大人気のヒーローで、この匂わせ! これはTVドラマになったら大人気間違いないわー!」

 

「えっいや……ちょ……ちっ違! ごっごごごごご誤解!」

 

 地獄への道は善意で舗装されているとはよく言ったもので、ひとりが俺を助けようとついた嘘によって事態が恐ろしい方向へ向かっている事に恐怖した俺があわてて弁明しようとしたが、長年の付き合いでひとりの胞子で体の隅々まで汚染されている(責任転嫁)俺はテンパって上手く言葉が出てこない上、二人は全く聞く耳を持たなかった。

 

「虹夏」

 

 俺とひとりが顔面をぶっ壊して慌てていると、今まで一言も発さずに黙って聞いていたリョウ先輩がいつもの無表情で虹夏先輩の名前を呼んだ。

 

「あっ! リョウも驚いたよね!?」

 

「別に……どうせ太郎もぼっちと同じで見栄を張って彼女出来たとか書いてたんだろうから。それよりお腹空いたから早く店に行こう!」

 

「…………もぉ~、そう言うのは分かった上で楽しんでたのに~……マイペースだなぁ」

 

「まあ二人ともあんな感じですしね。山田君に他に彼女が居るとも思えませんし」

 

 喜多さん辛辣ぅ! いや間違ってないけどすげぇ切れ味だ……これは確実に俺の命を取りに来てますね……そんでもって切り替えの速さが恐ろしいですよ……あれ? クリスマスイヴってこんなに悲しい日でしたっけ? ライブも成功したのにおかしいな。

 

 先程までの興奮は何処へやら、興が削がれたのか呆れたように歩き出す虹夏先輩達を見ながら、ふとリョウ先輩に視線を向けると、目が合ったリョウ先輩は俺に向かってこれ以上無いドヤ顔を決めて来た。

 

 えっ!? その顔はもしかして……助けてくれた……ってコト!? うわぁイケメン! リョウ先輩抱いて! いやでもこの人ベーシストだったわ。カレーの金もまだ返して貰ってないし。危ない危ない……もうちょっとで惚れる所でしたよ。でもありがとうございます。この恩は何かで返しますよ。

 

「ほら俺達も行くぞひとり。良かったな! 誤解が解けて」

 

「あっ…………うん」

 

 一人残されて立ち呆けるひとりに声をかけると、ひとりも誤解が解けて安心したのかホッとした表情で力なく笑い、はらりと一粒涙を流した。

 

 

 

 虹夏先輩を先頭に打ち上げの店に辿り着き中へ入ると、既にウチの店長が席についているのが見えた。今日は店長の誕生日だからまさにお誕生日席に座っている。

 

「おーみんなライブお疲れ……ってどうした太郎? 随分疲れた様子だけど……」

 

「いえ……ちょっと色々ありましてね……ハハ……」

 

 店長に指摘された俺は先程の虚言バレを思い出して乾いた笑いを漏らした。

 

 喜多さんから各自自由に席についてくれと言われたので皆の様子を窺っていると、虹夏先輩や喜多さんや本城さん内田さんの所謂陽キャテーブルと、ひとりやヨヨコ先輩リョウ先輩の陰キャ&マイペーステーブルに別れたので、俺はひとりの隣に腰を下ろした。

 

 席に着くとひとりが自分の鞄からいそいそと小道具を取り出して身に着け始めたのに俺は驚いて声をかけた。

 

「うお! 三角帽にヒゲメガネにタスキかよ……随分気合入ってるじゃねーかひとり」

 

「えっえへへ……まあね……今日は必ず場を盛り上げてみせるよ!」

 

「でもお前、それ前に喜多さんに怒られてなかったか? まあいいや、俺にもなんかない?」

 

 前に喜多さんに注意された事を思い出したのか急に狼狽えだしたひとりを尻目にひとりの荷物を漁ると、一日巡査部長と書かれたもう一つのタスキが出て来たのでそれを借りて肩から掛けていた所、注文した飲み物が皆に行き渡ったのを確認した虹夏先輩と喜多さんが乾杯の音頭を取った。

 

「メリークリスマス! 今日はSTARRYクリスマスパーティに集まって頂きありがとうございます!」

 

「司会進行は伊地知と喜多が務めさせていただきます!」

 

 家族や後藤家以外の人間と過ごすクリスマスパーティになんだか浮足立っていた俺は、周りを見渡してようやく重要な事に気が付いた。

 

「って廣井さんが居ませんよ!? これってクリスマスライブの打ち上げも兼ねてるんですよね!? あの人ある意味主役ですよ!?」

 

「円滑に会を進行する為お呼びしておりません」

 

「ありがとーございまーす!!」

 

 ちょっと!? 何言ってるんですか虹夏先輩! それにSIDEROSメンバーも! なんでそんな嬉しそうに同意してるんですか……

 

 慌てて鞄に入れていたスマホを見ると、廣井さんから鬼の様に連絡が来ているではないか。ロインに来ているメッセージを見れば怒涛の連絡の最後に『志麻がやばいから早く来て!』とか書いてある。いや志麻さんがヤバイのは主にあんたのせいでしょーが……

 

 流石に無視できなかった俺がスマホを弄って連絡を取ろうとしていると、虹夏先輩が俺のスマホを取り上げて、喜多さんと二人で不気味な笑みを浮かべて腕を掴んで来た。

 

「は~い! 太郎君はこっちに来て彼女(・・)さんの事を話して貰おうかな~」

 

「えっ!? それまだ引っ張るんですか!? っていやいやどこに連れて行くんですか? それより廣井さんに連絡を……えっ? 向こうの(陽キャ)テーブル!? いやちょっと……何すんだおまっ……離せコラ(流行らせコレ)! あ~やめろお前、どこ触ってんでぃ!」

 

「ちょっと変な事言わないで山田君!? 大人しくして! 二人に勝てる訳ないでしょ!!」

 

「馬鹿野郎お前俺は……って二人ならちょっと勝てそうだぞお前!! おいひとり! ヨヨコ先輩も! 二人して神妙な顔でポテトなんて食ってないで助けて!」

 

 店に着くまでにからかった意趣返しか、いつの間にか結託している喜多さんと共に腕を掴まれて陽キャテーブルという地獄へ連れて行かれそうになっていた俺が抵抗していると、連行されかけた俺を見て内田さんの肩がビクリと震えた。

 

「……あっ、ごめんね内田さん。もしかして男の人苦手とか?」

 

「そんな事無いはずだけど……そういえば幽々。あなた楽屋でも太郎の事避けてたけど、一体どうしたのよ?」

 

 内田さんの様子を見た虹夏先輩の疑問に、内情を知っているヨヨコ先輩が不審に思って質問したが、内田さんはなおも若干怯えた様な表情で俺を見て来た。

 

 もしかしたら俺の顔が駄目なのかも知れない。ほら生理的に受け付けないとかって良く聞くじゃん? ってマジかよ……それならちょっと……いやかなりショックだわ……

 

 俺が一人で勝手に落ち込んでいると、皆に見つめられた内田さんは困った顔でやがて観念したように話し始めた。

 

「別に男の人が苦手とかでは無いんです~……ただそのぉ……山田さんはちょっと……オーラ(生命力)が凄くてぇ……ルシファーとベルフェちゃんに悪影響が~……」

 

 えっ!? オーラ(生命力)って何!? それにルシファーとベルフェちゃんって!? 怖い話!? やめてよ怖い話は! 俺は全然平気だけど……ひとりがね! ひとりが怖がるから……

 

 俺が若干引きつった顔で内田さんを見ていると、内田さんはそんな俺の顔をまじまじと見て来た。

 

「それにしてもぉ~……山田さんって凄いんですねぇ~……だってあの(・・)三人とバンド組んでいても無事なんですもん~」

 

「えっ……!? それってどういう……」

 

「ちなみにぃ……ぼっちさんは肩に凄いの憑いててぇ……」

 

「おぎゃあああああ!!」

 

「うわっ!! たっ太郎君!? だっ大丈夫?」

 

 内田さんの言葉が終わる前に俺は大慌てでひとりを強く抱き締めると、ひとりは心配そうに聞いて来た。

 

「いっいや全然へーきだし!? 全然ビビッてねぇし!? ほら……なんかお前にやばいの憑いてるみたいだから俺のオーラ? って奴で浄化してやってんのよ! どーすか内田さん! ひとりに憑いてる奴消えましたか!?」

 

 ほんのちょっとだけ(・・・・・・・・・)冷静さを欠いた俺からの質問に驚いたような表情を浮かべた内田さんは、ひとりの肩をじっと見つめるとフッと小さく笑みを溢して――顔を横に振った。

 

「おぎゃあああああ!」

 

「ちょ、ちょっと太郎君……だっ大丈夫だから……そんなに強く抱き締められたら……うへへ……」

 

 内田さんの返答に少しだけ(・・・・)取り乱した俺は、ますますひとりを強く抱き締めた。いやこれはビビってるんじゃなくてお祓い的なあれだから……

 

「な、なんか意外だね……太郎君お化けが怖……」

 

「いっいや! 怖がってなんか無いっすよ! 俺を怖がらせたら大したもんですよ!」

 

「でも山田君、文化祭の時のお化け屋敷は全然怖がって無かったのになんで?」

 

 いやだってアレは作り物じゃん……いわば養殖物……例えるならカニカマの値段は怖くないがカニは怖い……って何か違う!? い、いやそれに俺は天然物にも断じてビビッてはいない! 

 

 俺の様子を見ていた内田さんは面白い物を見つけたようにニンマリと笑みを浮かべると、さらなる追い打ちをかけるように言葉を続けた。

 

「実はぁ~……ヨヨコ先輩もすっごいののっけててぇ~」

 

 俺がひとりを抱き締めたままヨヨコ先輩に剣呑(けんのん)な視線を向けると、ヨヨコ先輩はぎょっとした表情で後ずさった。

 

「ヨヨコ先輩もやばいみたいですよ!? 早く何とかしないと!」

 

「やばいのもなんとかしなきゃいけないのもあなたの方でしょ!? ちょっ……こっちににじり寄るな!」

 

 俺がバンドメンバーの危機をなんとかしようと奮闘していると、そんな俺達の事をじっと見ていた虹夏先輩が内田さんに質問していた。

 

「……あの~内田さん。私には何か憑いてないかな?」

 

「いえ……特に伊地知さんにはなにも無いですね~」

 

「あっ……そう……」

 

 なんでちょっと残念そうなんですか……でも虹夏先輩は何ともないならこっちを手伝ってくださいよ! 内田さんの口ぶりからすると廣井さんも大概やばいみたいなんですから! Bocchisはお化け屋敷じゃねーんだぞ! ほらヨヨコ先輩大丈夫! コワクナイヨ! 

 

「お前らそろそろいい加減にしろ!」

 

 俺が多少(・・)錯乱状態に陥りながらヨヨコ先輩を救うためににじり寄っていると、後ろから店長に締め上げられた。これでひとりを抱き締める俺を締め上げる店長という力関係の縮図の様な恰好が出来上がった訳だ。

 

「ぐぇー……店長……でも……! あ、いやもう大丈夫です! 最初から正気でしたけど、もう正気に戻りましたから!」

 

「全く……リョウもスマホ見てないで止めてやれよ……」

 

 店長は俺を解放すると、この騒動の中でも動じる事なくスマホを見ながら食事をしていたリョウ先輩に呆れた様に声をかけて自分の席へと戻って行った。

 

「それで? ライブはどうだったの?」

 

 席へと戻った店長は自分のグラスに一度口を付けると、場を一度仕切り直すように虹夏先輩へと質問した。

 

「ライブはね~、皆大盛り上がりでモッシュにダイブにサークルまで出来て! ライブ終了後には十分間のスタンディングオベーション……なんて事もなくふつーにアウェイだった……んだけど……」

 

「? けどなんだよ? 初めての箱じゃそんなもんだろ」

 

 疲れたのか何故か眠ってしまったひとりを隣に座らせて、お腹が空いていた事を思い出した俺がポテトやらピザやらを食べていると、話を振られて最初こそ楽しそうに話していた虹夏先輩が段々と尻すぼみな声になりながらこちらを見て、それに釣られるように店長やフォローしようと口を挟もうとしていたヨヨコ先輩までこちらを見て来た。

 

「……ん? なんすか?」

 

 あんまりじろじろ見られてると料理が食べづらいんですけど……

 

「いや……そういえば太郎君のバンドの演奏終わりはスタンディングオベーション……とまでは行かないけど凄い声援だったなって思って……」

 

 そう言われれば凄い応援されてた気もする。でも俺は箱でのライブ初めてだからよく分かんないのだ。SICKHACKのファンは思ったよりやさしそうな人達だったし、あれって普通じゃないんですか? 

 

「へぇ~……でもどうせバンド内にあいつ(廣井)が居たからだろ」

 

 STARRYへ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……何しに行くのかって? そりゃライブだよ! 俺の演奏で店長をわからせてやるよ! というかなんでそんな信用無いんですか俺? 

 

 俺が唐揚げを頬張りながら店長と好戦的な視線を交わしていると、そんな空気に耐えかねたのかヨヨコ先輩が堪らず声を上げた。

 

「~~っ!! アレは特殊な例だから!! それに一般的には演奏の出来と客の盛り上がりは関係ないから!」

 

 いや特殊な例って……初ライブを終えた俺を誰かもうちょっとちゃんと労ってくれよ……そもそもヨヨコ先輩もその特殊な例のバンドに入っちゃってるじゃん……

 

 ライブ前に楽屋で武道館とドームなら安心とのお墨付きを出した手前気まずいのか、ヨヨコ先輩は滅茶苦茶早口で虹夏先輩に弁明をまくし立てていた。うわ凄い喋る。

 

「でも本当に感謝しかないから。今の結束バンドが絶対出られないような場所でさせてもらったし、大人数の前でのライブ経験も積めたし。あとは曲数増やして練習を重ねるだけだね!」

 

「何かあるんすか?」

 

 気を遣うヨヨコ先輩へお礼を言って今後の意気込みを力強く語っていた虹夏先輩へ長谷川さんが質問すると、虹夏先輩はこの間のぽいずん……ぽいずん佐藤さんがSTARRYへ来た事と、その時にぽいずん佐藤さんから言われた事に思う所がある為に未確認ライオットに出場する事を話していた。

 

 その話を聞きながらヨヨコ先輩が熱心にスマホで何かを調べていたが、もしかしてぽいずん佐藤さんに興味を持ったのだろうか? ネットに色々個人情報が転がっているらしいが、結構アクが強い人なんであんまりおすすめはしませんよ……

 

 そんな虹夏先輩達を見ながら俺は食事を続けていると、入り口から聞きなれた泣き声が聞こえて来た。

 

「やっぱここにいら~~~~! あたしずっと一人でまってらんよ~~~~!」

 

「ちっバレたか」

 

「あっヤベっ……忘れてた……」

 

 い、いや違う、忘れていた訳では無い。ちょっと……そう! スマホが虹夏先輩に没収されてて……ってポッケに入っとるやんけ! 俺の知らない間にポッケに入れるなんて、虹夏先輩、なんて抜け目のない人だ……

 

 俺が心の中で虹夏先輩の手技を賞賛しながらも廣井さんの事をすっかり忘れていた事に焦っていると、店長に愚痴を言い終えた廣井さんが頬を膨らませながらすぐ傍までやって来ていた。

 

「ちょっと太郎く~ん! なんで連絡くれないの~! 私ずっと待ってたんらよ~」

 

 うわ……なんか面倒くさい彼女みたいな事言い始めたぞこの人……いや彼女いた事無いけど……なんなら友達もいた事も無いけど……いやクリスマスイヴにこんな悲しい気持ちにさせないで欲しい……

 

「あれ? ぼっちちゃんどうしたの? もしかして寝ちゃった? お~いぼっちちゃ~ん!」

 

 俺に詰め寄った廣井さんが俺の隣で満足そうな顔で眠っているひとりを発見して不思議そうに声をかけて軽くゆすると、ひとりはそれに反応して痙攣するように飛び起きた。

 

「んは!? ……あっあれ? 長男の一郎が初めてのバイト代で買って来てくれたケーキは?」

 

 そんなもんは無い。というか毎度の事ながら何の話だよ? 随分と大人しいと思ってたら気絶してたのか……もし俺が締め落としていたのだったら悪い事をしたかもしれん……しかし長男の一郎って誰……? こいつは時々よく分からない事を言い始めるのでちょっと怖いのだ。

 

「すっすみません……取り乱しました……」

 

「い~よい~よ。でもなんだかイチローってぼっちちゃんと太郎君を合わせたみたいな名前だね~!」

 

 ひとりの謝罪に廣井さんが気にした風も無く何気なくそう言って笑った瞬間――ひとりは途端に耳まで真っ赤にして俯いてしまった。

 

 ひとりにもまだ妄言を恥ずかしいと思う気持ちが残ってたんだなぁ……なんて俺が失礼な事を考えていると虹夏先輩がマイクを持った。どうやら次のイベントに行くらしい。

 

「え~ではそろそろ店長への誕生日プレゼントお渡しタイムに移ります~」

 

 トップバッターは喜多さんで、ハーバリウムと花のリップという陽キャらしいシャレオツなプレゼントをしていた。

 

「じゃあリョウ」

 

 続いて虹夏先輩に指名されたリョウ先輩は一瞬無言で固まった後、『プレゼントって値段じゃなくて大切なのは気持ちですよね……用意してくる』と言い残して外へと飛び出していった。

 

 リョウ先輩がどこかへ行ってしまったが、あくまで順番通りに進めるつもりなのか虹夏先輩が次の人を指名しないので、追加で頼んだ料理をひとりと共に食べながら待っている間、ヨヨコ先輩が電気屋で買って来たものが気になっていたので聞いてみる事にした。

 

「そういえばヨヨコ先輩はライブ終わって何買って来たんですか? あっ言いたくないならいいですけど」

 

 台風ライブの打ち上げの後にやらかしかけたので予防線を張って聞いてみると、ヨヨコ先輩はあからさまに触れて欲しくなかったようなしかめっ面を浮かべたが、しかし直ぐに何事も無かったかのような表情に戻ると電気屋の袋に手を突っ込んで白々しく言ってのけた。

 

「あれ? こんな所にトゥイッチが落ちてる。暇だし三人でゲームでもする?」

 

「いやそれが落ちてたは流石に無理があるでしょ……もうちょっとまともな言い訳をですね……でも意外ですね。ヨヨコ先輩もゲームとかするんですね」

 

「え? いや別にそう言う訳じゃ……」

 

「じゃあどういうつもりで買って来たんですか……まあいいや。じゃあちょっとやってみます?」

 

 無茶苦茶な言い訳をしながらも新品のゲーム機とソフトと追加のコントローラーまで買っているヨヨコ先輩の提案に乗って、俺とひとりとヨヨコ先輩の三人でゲームをする事になった。

 

「俺中学上がってからこういうのほとんどやってないからちょっと楽しみです」

 

「あっ私も」

 

 俺とひとりがそう言うとヨヨコ先輩は意外そうな目で俺達を見て来た。

 

 喜多さんのような陽キャなら分かるが、俺達のような陰キャが全くゲームをした事が無いという事に驚いたのかもしれない。ヨヨコ先輩はゲーム機をセットしながら独り言のように呟いた。

 

「まあ私もあんまりやらないけど、男の人がゲームをほとんどやった事無いっていうのは珍しいかもね」

 

 セッティングが終わって起動したゲーム機の画面を見ながら渡されたコントローラーを弄って操作感を確認して、いざゲームが始まると先程のヨヨコ先輩の言葉に答えるように俺の口から何気なく言葉が漏れた。

 

「中学上がって楽器(ドラム)始めてから一日中練習してるとこういうのやる時間無くて……」

 

「…………え? ちょ、ちょっと!? 待ちなさいその話……」

 

「あっヨヨコ先輩死んだ……っていうかひとり、お前結構上手いな……」

 

「えっ……! そっそうかな……えへへ……」

 

 普段ふたりちゃんの相手をしているせいかコイツ中々上手いじゃねーか……だが俺にはまだ届かんな……俺も中学上がるまではそこそこゲームやってたから多少はね? しかしヨヨコ先輩は下手くそ過ぎんだろ……あっまた死んだ。

 

「ちょっとヨヨコ先輩!? 真面目にやってます!?」

 

「うっうるさいわね! 仕方ないでしょ! とっ友達とゲームなんかした事無いんだから……

 

「あ~! みんらでなにやってんの~?」

 

「あ、廣井さんもやります? それじゃあBoB(BandofBocchis)ゲーム王決定戦ですね」

 

 そのうち騒いでいる俺達に気付いた廣井さんが混ざってきたが、廣井さんはゲーム経験が無い上に体が滅茶苦茶動くタイプの下手くそで、隣に座った俺に肘やら腕やらがガンガン当たってきて酷い目にあった。

 

 そうして中々帰ってこないリョウ先輩をゲームをしながら待っていると、喜多さんが心配して探しに行くと言い出すのと同時に、何かを引きずるような不気味な音が聞こえて来た。

 

「……なんか変な音しません?」

 

「なにこの音」

 

 不気味な音に皆で不審がっていると、高さ六十センチ位ありそうな雪だるまを連れてリョウ先輩が戻って来た。

 

「頑張って作りました! 可愛がってあげてね!」

 

「おいやめろ! 室内にいれるな!!」

 

 店長に雪だるまを拒否されたリョウ先輩があきらかなゴミ(雪だるま)を口八丁で店長に押し付けている姿に驚愕しながら眺めていると、驚くことに廣井さんが次のプレゼントを自ら名乗り出て披露し始めた。

 

「私は~~~なんと肉と現金れす!」

 

「姐さんどこから盗んできたんですか!?」

「廣井さん窃盗はマズイですよ!!」

 

「君たち息ぴったりだね……だけど真っ先にその可能性に至るのおかしいでしょ」

 

 いやおかしくねーよ。おかしいのはあんたの素行だ。

 

 俺とヨヨコ先輩のステレオツッコミに自らの素行を棚上げした廣井さんは冷静に返して来たが、そのプレゼントの実態は肉と現金が当たるポイントシール十点分(ニ十点必要)だった。廣井さんが盗みに手を出して無くて心底安心した。

 

 そのポイントシールが期限切れな事が判明して店長に破り捨てられたのを合図に、いよいよひとりの番がやってきてしまった。

 

「なんとぼっちちゃんは二か月前から用意してたんだよ~!」

 

 虹夏先輩の言葉に、すわオーダーメイドか? とかブランド品か? なんて囁かれて焦ってポケットというポケットを漁っているひとりを見ながら、実は俺も滅茶苦茶焦っていた。

 

 あれ? もしかしてBocchis連名以外で個人でも用意する感じの流れなの? だとしたらやっべぇななんも用意してねぇよ……こうなったら歌でも送るか……? 

 

 俺がバンドマンとしての地雷プレゼント(最終兵器)を送るかどうか悩んでいると、手持ちにプレゼント出来るようなものが無かったのか、諦めたような表情のひとりがギターを手に取った。

 

「あっ私は歌をプレゼントします!」

 

 あっあっあっ……おいちょっと待ってひとり。俺のネタを潰すな。

 

「ひっひとり! 俺もそれに混ぜてくれよ! セッションしようぜセッション!」

 

 歌だけでもヤバイのに二番煎じは更にヤバイので、ひとりに乗っかる為に慌てて鞄を漁ってドラムスティックを取り出そうとする俺をスルーして、ひとりはジャンジャンとギターを鳴らし始めた。

 

 なんて奴だ。こいつ自分だけ助かろうとしてやがる……ちょ、ちょっと待ってくれ確かこの辺りに仕舞ったはず……

 

 俺が焦りながら鞄を漁っていると、いよいよ歌が始まると思われた瞬間――

 

「あっ、弦切れた……」

 

「はい次、太郎君でーす」

 

 実はこういう時の為に(?)旧ギターがあるのだが、己の身がかわいい俺は余計な事は言わないのだ。

 

 遂に出番が来てしまった俺が諦めて店長へと向き直り歌をプレゼントする事を伝えようとすると、これまでの茶番を見ていたヨヨコ先輩が痺れを切らしたように大きな声を上げた。

 

「ちょっと!? もう歌はいいから! 買ったでしょ!? 前に渋谷で買ったでしょ!? まさか持って来てないんじゃないでしょうね!?」

 

「いや持って来てますけど……えっ? でも個人でも渡すんじゃ……」

 

「そんな訳ないでしょ! それなら私はどうするのよ!?」

 

 そうかな……そうかも……なんだよ驚かすなよ。それならそうと早く言ってくれよ……また黒歴史が増える所だったじゃねーか……あっひとりさんはお疲れっす。

 

 今更思い出したのか口をパクパクさせているひとりを横目に、俺は潰れない様にカバンに入れていた誕生日ラッピングのプレゼントを取り出すと店長へと手渡した。

 

「店長三十歳の誕生日おめでとうございます。これは俺達BoB(BandofBocchis)のメンバー全員からです」

 

「お、おう……歳の事はともかくありがとな……! 開けてみてもいいか?」

 

 思いのほかまともなプレゼントが出て来た事に驚いている店長がそう言ってきたので俺が肯首すると、店長は滅茶苦茶丁寧にラッピングを解き始めた。

 

 えぇ……こういう感じの人だったっけ? いやまぁこういう感じといえばこういう感じか……確かに店長がクリスマスプレゼントを貰った外国の子供の様に紙の包装を勢いよく破るのは想像できないが……

 

「うお……これって……」

 

 包装紙から出て来たのは紙で出来た全長二十八センチほどのスーツケースを模した箱だ。それを開くと中にテディベアが入っている。大人な店長へのプレゼントという事に加えて、連名という事、なにより投げ銭というあぶく銭な事もあって、どうせならちょっと良い物を送ろうという事でそこそこのお値段の代物となっている。

 

「い、いいのか? これ結構高い奴じゃ……」

 

「どうどう先輩~? それみんなで選んで買ったんですよ~」

 

「へへへ……店長、それ前の渋谷での路上ライブで貰った投げ銭で買ったんですよ。どうすか! 俺達も中々やるでしょう!?」

 

 廣井さんが俺の背中に寄りかかりながら肩越しに顔を出して話に割り込んできたので、便乗していまいち俺の実力を信じていない店長に渾身のドヤ顔を披露した。テディベアを見た店長の瞳はまるでトランペットを見つめる少年のようだ。いやそんな少年見た事ないけど。

 

「お、おう……あっいや……! わっ私はぬいぐるみなんてアレだし、子供っぽいと思うけど……まあお前らが折角選んでくれた奴だし……その……あ、ありがとな……」

 

 俺のドヤ顔を見た店長ははたと何かに気が付いたのか、あれこれと言い訳がましい話をつらつらと語った後にそっぽを向いて頬を少し赤くして再びお礼を述べてきた。

 

 うわ凄いツンデレ……これがPAさんの言ってた天然記念物ですか? なんだかドヤってた俺が馬鹿みたいじゃないですか……

 

 一通りテディベアを眺めた店長が、またいそいそとラッピングを綺麗に元に戻していると、今までの一部始終をじっと見ていた虹夏先輩がポツリと呟いた。

 

「……いいなぁ」

 

 うわあ凄い湿度だ! もう十二月も終わりに近いってのにどういう事だよ? 空調君真面目にやって! 

 

 虹夏先輩が羨ましそうに俺を見て来たので、俺はそのままひとりを見た。こうすると何故かそのままそっくり照準を受け流せる魔法の仕草だ。案の定見られたひとりはあたふたと周りを見渡している。

 

「お姉ちゃんばっかりずるいずるい!」

 

 痺れを切らして吠える虹夏先輩に、今日は店長の誕生日……なんて事は誰も言わない。だって触ると絶対面倒な事になるから。だが店長は既に面倒になっているのか俺へ丸投げして来た。

 

「虹夏も誕生日教えとけば何か貰えるんじゃないか? なっ!」

 

 いや、なっ! じゃないが……考えても見て欲しい。ここでじゃあ誕生日には虹夏先輩にも何か送りますよなんて言うと、じゃあリョウ先輩も喜多さんも廣井さんもヨヨコ先輩もとなってそこに当然ひとりとふたりちゃんも入るので、一年間に八回誕生日プレゼントを送る事になる。約二か月に一回誰かの誕生日が来るじゃねぇか間隔と金銭負担を考えろ。

 

 沈黙は金という事で俺が無言で愛想笑いを浮かべていると、虹夏先輩がズズイと距離を詰めて来た。

 

「太郎く~ん私の誕生日なんだけど……」

 

「うわあ! やめて下さい! それ聞いたらもう無視できなくなる奴じゃないですか!」

 

 誕生日を知らなければ、ああその日だったんですね知りませんでしたサーセン! で済むが、知ってしまったらもうスルー出来ないだろ! やめろ俺を地獄へ引っ張り込むな! 

 

「太郎私の誕生日だけど……」

「山田君! 私の誕生日だけど……!」

 

 リョウ先輩と喜多さんまで便乗して暴露しようとしてきた。特にリョウ先輩は俺がドラムヒーローだと分かったからか目がお金の形になってるやんけ! ほらもう収集つかないじゃん! どうすんだよこれ? これが暴露系って奴ですか? とんでもない自爆テロだな。

 

「じゃあさ! 太郎君の誕生日も教えてよ! それならおあいこでしょ?」

 

 先程から頑なに皆の誕生日を聞くのを拒む俺に、虹夏先輩がさも名案でも思い付いたように笑顔で提案してきた言葉に俺は盛大に顔を顰めた。

 

 俺の誕生日はひとりと(今のところ)PAさんしか知らない極秘情報なのだ……が、この辺りで妥協しておかないと後がもっとやばい事になりそうなので、俺は観念して正直に自分の誕生日を皆に伝える事にした。するとそれを聞いた皆からは様々な反応が返ってきた。

 

「えーっ! そうなの!? 太郎君の誕生日私と……」

「へぇー、山田君伊地知先輩と……」

「うひゃひゃ! ひぃー! 太郎君面白過ぎでしょー!!」

「プププ……お前こそ真の山田太郎だ!」

 

 廣井さんとリョウ先輩は秘密に気付いたようで大笑いしていた。だから言いたくなかったんだよ……

 

 その後、俺は諦めて虹夏先輩、リョウ先輩、喜多さんに続き、遠慮していたヨヨコ先輩の誕生日も聞き出してスマホにメモすると廣井さんへと顔を向けた。

 

「廣井さんはいつですか?」

 

 だが廣井さんはいつものニコニコ顔を崩すことなくこちらを見つめている。一向に返事をしない廣井さんを俺が訝しんでいると、廣井さんは手にしたグラスの中身をぐいと大仰に呷った。

 

「……いいよ~私は」

 

「えっ? いやいや廣井さん、仮にも同じバンドメンバーなんですから遠慮しないで下さいよ」

 

「ちょ、ちょっと太郎君……もしかして私が男子高校生に貢がせる駄目バンドマンだとか思ってる?」

 

「…………いえ別にそこまで(・・・・)は思ってないですけど……あっもしかして店長みたいに年齢を気にしてるんですか?」「おい」

 

「なに最初の間は!? まあきくりお姉さんは攻略が難しいキャラだからね~……もうちょっと好感度が上がったら教えてあげる~!」

 

 思いがけない拒絶の言葉に俺が驚いて詰め寄ると、廣井さんは恥ずかしそうに意味不明な反論をしてきた。途中底冷えするようなドスの利いた声が聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。

 

 と言うか何言ってんだこの人? それに俺の好感度意外と低かったんですね、ちょっとショックですよ……

 

「じゃあ頑張って好感度上げますんで、教えてくれる気になったら何時でも言ってください。あ、でも前日とかは勘弁してくださいよ」

 

 強情に断る廣井さんに向かって俺が諦めたようにそう言うと、廣井さんはあっけにとられた表情でこちらを見て、照れくさそうに笑った。

 

「なんすか?」

 

「いや……そういう風に返されると思ってなかったから……でもそっか……太郎君はそういう子だったね~」

 

 そういう子ってどういう子だよ……? しかし意外と自己評価が低い人だ。こういう言葉の端々から根暗だったという廣井さんの昔が垣間見えるような気がする。割と根っこの方はひとりと似ているのかもしれない。

 

 

 

 プレゼントお渡しタイムも終わりそろそろお開きの空気になった時、喜多さんがスマホを片手に声を上げた。

 

「今日のライブを記念してみんなで写真撮りませんか!?」

 

「あっ、それならBocchisと各バンドで写真撮って貰ってもいいですか? SNSで宣伝とアリバイ工作したいんで」

 

 喜多さんに便乗した俺のアリバイ工作という言葉にみんなが頭にはてなマークを浮かべた。別にこれはそんなに難しい事ではなく、結束バンドやSIDEROSといった兼任しているメンバーを誤魔化す為に一緒に写真を撮ってSNSに上げようという事である。

 

「えっと……それは分かったんだけど、どうやって?」

 

「何言ってるんですか喜多さん。俺達は覆面バンド(・・・・・)ですよ? それじゃあ……本城さん、お願いできますか?」

 

「え~? わたし~?」

 

 俺の説明に疑問を口にした喜多さんに、説明するよりやって見せた方が早いと思ったので、自分の荷物から預かっていたひとりのパーカーとマスクを取り出すと、SIDEROSメンバーを一度見渡して本城さんへと差し出した。

 

 本城さんを選んだのは単純にひとりに身長と体系が近いからだ。上半身だけの写真ならパーカーを着ればいいだけなのでどうとでもなる。そういう意味では内田さんでも良かったのだが……内田さんはほら……ね? 

 

 そうして結束バンドとBocchisの集合写真を撮って貰ったのだが……確認した写真を見て俺は叫んだ。

 

「いや違うんですよ本城さん! ひとりはこういう時はもうちょっとこう……控えめなピースサインをするんですよ!」

 

「え~? こう~?」

 

「そこにひとり本人がいるんでアレを参考に……って待てよ? ここでノリノリでピースさせれば今後ひとりもそういうキャラにならざるをえないんじゃ……」

 

「えっ!? たったたたた太郎君!?」

 

「ヨヨコ先輩この人どうにかなんないっすか」

 

 パーカーとマスクを着用して見た目はそれっぽくなったのだが、ひとり役を頼んだ本城さんがノリノリでピースサインをするという解釈違いを起こした事に憤慨したが、今後を考えるとちょっと面白そうだと思っているとひとりは驚いて震え出し、それを見た長谷川さんがヨヨコ先輩に苦情を入れていた。

 

 なんとかかんとか写真を撮り終えて本城さんにお礼を言って衣装を返して貰うと、続いてSIDEROSメンバーと写真を撮る事になったので、虹夏先輩にヨヨコ先輩役をお願いする事にした。これも身長キャスティングだ。

 

「わっ私がBocchisのメンバー役……たっ太郎君!? どうしたらいい!?」

 

「え? そうですね……ヨヨコ先輩なら……こう腕を組んで偉そうに……」

 

「ちょっと! どういうイメージよ!?」

 

 ヨヨコ先輩にジト目で圧をかけられながら写真を撮ったが、中々いい感じの写真が撮れたので早速俺はBocchisのトゥイッターへ投稿する事にした。

 

「えーっと……Foltクリスマスライブゲストに出演させてもらいました。打ち上げで同じゲストの結束バンドさんとSIDEROSさんと写真を撮りました。っと」

 

 本当にこんなトゥイッターを見ている人が居るのかは謎だが、ぽいずんさんも宣伝はちゃんとやれって言ってたしな。あとはこれくらいしかバンドに貢献出来る事が無いという、虹夏先輩と喜多さんの悪い所取りをしたような奴が俺なのだ。

 

 俺がトゥイッターに投稿している間に結束バンドとSIDEROSの撮影も終わったようで、今度こそクリスマスパーティーはお開きになり、みんなで店の外へ出る事になった。

 

 外に出るとパーティーが始まった時より雪が強く降っていたので各々コンビニで傘を購入して改めて集まり、そのまま流れで解散しようとした所――

 

結束バンド!

 

 ヨヨコ先輩が力強く呼び止めた。

 

「私たちも未確認ライオット出場するから! 今決めた!」

 

 突然の宣言に驚く全員を尻目に、持ち前のツンデレを発揮して書類選考の改善点のメモを虹夏先輩へと手渡すと、その後SIDEROSメンバーに突然独断で決定した未確認ライオット出場を怒られていた。

 

「あの……太郎も……出てもいいですか……?」

 

「いや別に俺には断らなくても大丈夫ですよ」

 

「でも……あなたは出なくていいの?」

 

 SIDEROSメンバーに絞られたヨヨコ先輩が伺うように俺に尋ねて来たので、俺は無言で廣井さんを見た。見られた廣井さんは言わんとした事が分かったのか恥ずかしそうに後頭部をさすった。

 

「別に……廣井さん十代じゃないし……それに――」

 

 俺は一度言葉を区切ると、隣で俺の傘に入っているひとりを見てからメンバー全員を一度見回して不敵な笑みを浮かべた。

 

「もし俺達(・・)が出たら、優勝バンドが決まっちゃって面白くないでしょう?」

 

 言って俺がカラカラと笑うと、ひとりは遠慮がちに、廣井さんは楽しそうに、ヨヨコ先輩は呆れたように俺を見て来た。

 

「ま、そんな訳で今回は応援に回りますよ! 出るからには頑張ってくださいねヨヨコ先輩。ひとりもな!」

 

 そうして今度こそ本当に解散しようとした所で、俺は慌てて廣井さんとヨヨコ先輩を呼び止めた。

 

「あっ……ちょっと待ってください!」

 

 俺はひとりに傘を頼むと、自分の鞄を漁って二人にそれぞれクリスマス包装された紙包みを手渡した。

 

「掛け持ちでバンド組んで貰ってるお礼とか色々……あとメリークリスマスって事で」

 

「えっ! 本当太郎君!? いいの~!? ありがと~!」

 

「あっ……ありがと……でも、私何も用意してないけど……」

 

「別に構いませんよ。それはまあ……曲作ってくれたお礼とかそういうのなんで」

 

「中身見てもいい~?」

 

「そ、そう? あっ、じゃあ私も……」

 

 ブツを渡すと二人とも喜んでくれたが、ヨヨコ先輩は返すものが無くて気まずそうにしていたので、お返しは必要ない事を伝えておいた。すると返事も待たずに廣井さんが包装紙を解くと、ヨヨコ先輩も同じように包装を解いて、出て来た物を見て二人同時に声を上げた。

 

エリクサー(・・・・・)

 

 廣井さんとヨヨコ先輩に送ったのはそれぞれの楽器の()だ。色々考えたがやはり楽器関係の消耗品を送るのが最も無難だろうと考えてこれになった。

 

「二人が普段なに使ってるのか分からなかったんでこれにしたんですけど、使わないようなら誰か知り合いにでもあげて下さい」

 

「ありがと~太郎君……私お金無くて弦どうしようか困ってたんだよ~! はぁ……やっぱモテる男はちげーな……」

 

 うるさいよ……彼女どころか友達すらいない俺に対する嫌味かそれは……というか彼女が居ない事を今日は何回擦られるんだよ……

 

 俺の言葉を聞いた廣井さんは大げさに涙を流し始めたかと思うと、最後にはやれやれといった表情で呆れたように呟いた。

 

「ま、まあでもこういう消耗品の出費は意外と馬鹿にならないから、ありがたく使わせてもらうわ」

 

 俺から剣呑な気配を感じたのかヨヨコ先輩が慌ててフォローするような言動をしてきた。やはり消耗品で正解だったようで安心した。

 

「あ、やっぱそうなんですか? ひとり見てても思ったんですけど、大変ですねギターやベースも……」

 

「まあね。でも弦の張替え頻度は努力の成果でもあるから……」

 

 

 

「一か月くらいで弦が駄目になるんでしょ?」

「二か月くらいで弦を交換する事になるけどそれは仕方ない……」

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 その後何か言いたそうなヨヨコ先輩を廣井さんに引き取って貰って別れた俺達二人は、先程よりも強くなっている雪の中を駅に向かって歩き始めた。

 

「おいひとり、もっとこっちに寄れよ。あんまり傘がデカくないから雪が掛かるだろ」

 

「うっうん」

 

 言われてひとりが体をくっつけて来た。虹夏先輩と店長や長谷川さんと本城さんが一本の傘で帰っていたので行けるかと思ったのだが、やはりケチらずに一本ずつ傘を買った方が良かったかも知れない。しかしもう駅が近いのでここで買ったら負けた気がするので辛抱する。

 

「しっかしクリスマスにこんなに雪が降るとはなぁ……電車大丈夫かこれ?」

 

「電車が止まってたらどうしよう……」

 

「そりゃお前……ネットカフェかファミレスに入って始発待ちかなぁ……」

 

 ひとりの言葉に不安になってスマホで電車の運行状況を検索してみると、なんとか電車は動いているようで安心した。

 

 しばらく二人で無言で歩いていると、おずおずとひとりが口を開いた。

 

「あっあの……太郎君、お姉さんと大槻さんにプレゼント用意してたんだね……」

 

「まあな、二人には色々お世話になってるしな。曲とか歌詞とか」

 

「あっ、わっ私も歌詞書いたよ……」

 

 俺が立ち止まりひとりを見下ろすと、ひとりも同様に立ち止まり俺を見上げてにへらと笑顔を作って来たので、俺は小さく息を吐いた。

 

「お前、俺に対しては案外図々しい奴だな。でも分かってるよ、ちゃんとお前の分も用意してる」

 

「ほっ本当!?」

 

 そもそも毎年用意しているし、明日は恒例の後藤家山田家合同クリスマスパーティーがあるのでその時渡そうと思っていたのだが、今日一応持って来ておいて良かった。そう思いながら今朝と比べると随分とスペースが空いた鞄を漁って包みを取り出すとひとりへと差し出した。

 

「メリークリスマスひとり。お前のは特別におまけ付き(・・・・・)だよ。あと歌詞ありがとな。それと、これからもよろしくな」

 

「あっありがとう太郎君……開けてもいい?」

 

 俺が勿体ぶって大仰に頷くとひとりは丁重に包みを開き始めた。

 

エリクサー()フィンガーイーズ(指板潤滑剤)……それにピック……」

 

「お前が使ってる道具はいつも見て知ってるからな、消耗品欲張り三点セットだぞ。それでますます精進してバンドの力になるように」

 

「うっうん! あ……じゃあ私からも……」

 

 包みを開いたひとりに俺が笑みを浮かべてからかうようにそう言うと、ひとりは自分の鞄を漁って包みを取り出して俺へと差し出して来た。

 

「めっメリークリスマス太郎君」

 

「おう、ありがとなひとり。この感じは……ドラムスティックか?」

 

 受け取った包みを開いてみると中にはヒッコリーとオーク、二種類のドラムスティックが入っていた。

 

「太郎君昔沢山スティック折ってたから……」

 

 ひとりの言う通り、最近は練習時間が短くなったせいかそうでもないが、中学の時は二週間に一回(・・・・・・)はドラムスティックを折っていたもんだ。一組千円位だが、ヨヨコ先輩が言った通りこういう消耗品は馬鹿にならない出費だった。

 

「大事に使う……つもりではあるけど、ちょっとどれ位持つかは分かんねぇわ。でもありがたく使わせて貰うよ」

 

「うっうん。太郎君もそれで精進してね……えへへ」

 

 ひとりにお礼を言うと俺の真似をしてきたので肘で軽く小突いてやると、ひとりは恥ずかしそうに小さく笑みをこぼした。そうして再び雪の降る中、二人して一本の傘で駅までの道を歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、この日のBoB(BandofBocchis)のトゥイッター投稿に「SIDEROSの大槻から」とか「結束バンドのイソスタから」とか「例の動画から」なんて返信がされ、爆発的に増加したフォロワーが年が明けるまでの間に二万人を超える事になるのだが、それはまた別の話だ。




 はまじ先生、廣井さんの誕生日教えて……

 長すぎとか、分割しろとか他にもなんか感想あったら気軽に書いてください。もし今回分割するなら……リョウさんが店から飛び出した辺りで切ると大体半分です。


 UA、PV、評価、お気に入り、感想、ここすき、誤字脱字報告等ありがとうございます。


 前回音楽知識が全く無いからネットでググってそれっぽく書いてるだけの拙い演奏シーンを楽しみにしてくれてる人がそこそこ居たみたいで驚きました。確かにライブシーンのあるぼざろ二次創作ってあんまり見ないので、この小説の一つの売りとして今後は新曲や重要なシーンではちょっとだけ頑張ってみようと思います。


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026 Junction

 喜多ちゃんに初詣に連れて行かれたとあるので多分後藤家まで迎えに来たんだろう→喜多さんのクラスメイトと鉢合わせしたとあるので秀華高校の近く、明治神宮か?→でも後藤家から二時間かけて明治神宮まで初詣に行くか?→中間地点にするか……←今ココ


 年が明けた一月一日。今日くらいはゆっくりしようと布団で惰眠を貪っていた俺は、突然部屋に入って来た母親に叩き起こされた。

 

「太郎! ひとりちゃんと喜多さんが来てるわよ! ダラダラしてないで早く起きなさい!」

 

 元日の朝から珍しく張り切っている様子の母親から発せられた喜多さんという名前に驚いて飛び起きると、俺が起きたのを確認して部屋を出ていった母親を見送ってから急いで服を着替える事にした。

 

 着替え終わると洗面所で顔を洗い歯を磨いて、のそりとリビングへ入る。相変わらずシャレオツな服を着た喜多さんと、今日に限ってはなんだかめでたく感じるド派手なピンクジャージを来たひとりが、並んでテーブルについてウチの母親の作ったおせちやお雑煮を楽しそうに食べていた。

 

「ようひとり、喜多さんもいらっしゃい。色々聞きたいけど、とりあえずは明けましておめでとうございます」

 

「あっ太郎君。明けましておめでとう」

 

「あ! 山田君! 明けましておめでとう! 今年もよろしくね!」

 

 とりあえず新年の挨拶を二人と済ませると、俺は台所で自分の箸やら食器やらを用意してひとりの正面の席に座った。

 

「それで、元日の朝もはよからなんで二人してウチで雑煮なんて食べてるんですか?」

 

 俺が母親が持って来てくれた雑煮を受け取りながら二人に訊ねると、出された雑煮を食べながら喜多さんが答えてくれた。

 

「もー! 山田君も忘れちゃったの!? 夏休みの終わりに江の島に行った帰りの電車で冬休みも一緒に遊ぼうって約束したじゃない!」

 

 言ってたか? 言ってたような気もする……しかしもう四か月も前の話だし、冬休みに入って今まで特にお誘いが無かったのですっかり忘れていた。まさか元日の朝に来るとは思わなかった。

 

「じゃあ今日来たって事は……やっぱり初詣に行こうって奴ですか?」

 

「そう! ひとりちゃんを誘ってから山田君の家に来たんだけど、山田君まだ寝てるみたいだったから。そうしたら山田君のお母さまが『太郎が起きるまでこれでも食べて待っててね』ってお雑煮を振る舞ってくれたの!」

 

 喜多さんから二人がウチで雑煮を食べていた理由や、今日の意気込みを聞きながら俺は朝食を終えると、一度自分の部屋に戻り外出用の服に着替えてから二人と共に家を出た。

 

 

 

「それで初詣ってどこに行くんですか? この辺りなら瀬戸神社ってのがあるんですけど」

 

「じゃあまずは其処に行きましょう!」

 

 『じゃあまずは』なんて喜多さんの言葉に若干の不安を覚えながらも俺達は瀬戸神社へと向かう事になった。

 

 瀬戸神社は金沢八景駅近くにある神社で家からも比較的近いので、徒歩でもそんなに時間もかからずに辿り着いた。今はまだ朝も早く空いている時間帯なので比較的参拝客も少な目だ。あくまで比較的、だが。

 

 比較的少ないとはいえ、やはり人でごった返したなか参拝を終えた俺達はおみくじを引くことにした。

 

「それじゃあせーので開きましょう! せーのっ!」

 

 喜多さんの掛け声でおみくじを開くとそこに書かれていたのは――

 

「えーっと……俺は凶ですね」

 

「えっ……私は大吉だわ。ひとりちゃんは?」

 

「あっ私は末吉です……」

 

 あ、俺達の結果を聞いて喜多さんが固まった。しかしどうにもひとりは運が悪いのかこういうクジで上の方の結果を出しているのを見た事がない……まぁひとりのおみくじの結果が毎年ぱっとしないのは仕方ないが……もしかしてひとりの運がぱっとしないのは内田さんが言ってた肩に憑いてるすごいの(・・・・)のせいじゃないだろうな……? ……わかった、この話はやめよう。ハイ!! やめやめ。

 

 他人の事を言いながらも自分だって凶を引いているのだから笑えない。ただ凶や大凶よりも、そこに書かれた文言こそ大事だと聞いたことがあるので俺は自分の凶のおみくじを確認してみると、そこにはこう書かれていた。

 

「……行くべき道を思案すべし……か」

 

「ま、まあ大吉なんて全然ロックじゃないわよね!? やっぱり時代は末吉か凶よね!?」

 

「ちょっと喜多さん落ち着いて下さい! ほ、ほらまだ他にも行くんでしょ? 次の場所でまたおみくじ引きましょう!」

 

 俺が自分のおみくじを見ていると、喜多さんが落ち込んでいるひとりをフォローする為に自分のおみくじをその辺に投げ捨てて錯乱していたので、それをなんとかなだめてから俺達は次の目的地に向かう事にした。

 

 先頭を歩く喜多さんについていくと、どうやら駅へと向かっているらしい。金沢八景駅に到着してそのまま電車に乗ると、俺は喜多さんに次の目的地を尋ねてみた。

 

「それで次は何処に行くんですか? 電車にまで乗って」

 

「ふふん! 何を隠そう次は全ての場所が凄いパワースポットらしいわ! そこに行けばひとりちゃんの厄も丸っと綺麗になる事間違いなしよ!」

 

 そう言って両手の親指を立ててドヤ顔を披露した喜多さんに連れてこられた場所は――

 

 

 

 

 

「川崎大師ですか……」

 

 関東三大厄除け大師の一つとしても有名な川崎大師だった。

 

「そう! なんでも参道にある飴屋さんの飴は「厄を切る」という事で有名らしいの! 帰りに買って帰りましょう!」

 

 まるでネットで調べたような喜多さんのうんちくを聞きながら歩いていたが、とにもかくにも人が多い。滅茶苦茶多い。伊達に参拝客全国トップ3の人気寺院ではない。

 

 そのせいで駅のホームに降りた瞬間からグロッキーになっているひとりを俺と喜多さんの二人で脇を抱えて歩くことになってしまっている。こいつ人が多い所だといっつもこんなんじゃねぇかよ、しっかりしろ。

 

 捉えた宇宙人のようにひとりを運びながら、なんとかかんとか本日二度目の参拝を終えた俺達が瀬戸神社のリベンジおみくじを引こうと移動していると、突然喜多さんを呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「あっ喜多ちゃんじゃん!」

 

 声のした方を見てみると、俺達と同じ位の年齢と思われる男女が大人数で集まってこちらを見ていた。

 

「あら~、みんなも来てたの!?」

 

「そうだよ~。え~すっごい偶然! こんな人混みの中で鉢合わせするとかもう運命じゃない!? あれ? もしかしてその人喜多ちゃんの彼……」

 

「違います! そっちの男子は同じバイト先の山田君。そしてこの子が私のバンドメンバーの後藤ひとりちゃんよ!」

 

「……っす」

 

「あっ……どうも……」

 

 突然大人数に紹介されたので驚いて二人してコミュ障みたいな返事をしてしまった。その後話しているのを見ていると、どうやらこの人達は喜多さんのクラスメイトらしい。友達の友達は友達では無いのでしばらく黙って様子を窺っていると喜多さんのクラスメイトからとんでもない提案が飛んできた。

 

「私達今から新年カラオケ大会するんだけど、せっかくだから喜多ちゃん達も一緒に行こうよ!」

 

 やばいぞ、脇に抱えたひとりが震え出した。こいつは家族や俺の前で歌うのは割と大丈夫なんだが、店員など知らん人が混じると一気に駄目になるのだ。しかし恐らく喜多さんにカラオケ大会をどうするか尋ねられてもこいつはきっと断らない。なぜならひとりは昔から、何故か他人からノリが悪いと思われる事を極端に恐れているのだ。

 

「ちょっと待ってね、二人に聞いてみるから……そういうことなんだけど、ひとりちゃん、山田君どうする?」

 

「まあ俺はいいですけど……」

 

 チラリとひとりを見る。ひとりはカラオケ大会と聞いてきつく目を閉じたかと思うと、突然勢いよく右手を振り上げた。

 

「あっ……っしゃ~~~! 新年カラオケ大会いっちゃいます~~~~!?」

 

「ひとりちゃん……やる気ね! じゃあみんな、私達もお邪魔するわー!」

 

 喜多さんに尋ねられたひとりは俺の予想通り断る事無く何故か意味不明なハイテンションで答えると、喜多さんはクラスメイトに参加を伝えていた。そんな喜多さんを見ながら先程まで異常なハイテンションだったひとりが泣きそうな顔で俺を見上げて来た。

 

 いやお前が自分で言ったんだからそんな顔で見られてももうどうしようもないぞ……まあこれも将来のB(バンド)o(オブ)B(ボッチズ)のボーカルの練習と思って頑張ってくれ。

 

 しかし早速おみくじのぱっとしない結果が的中しつつあるひとりの運勢に不安を覚えたので、俺は喜多さん達についてカラオケの店に向かう途中で参道にある飴屋で飴を購入したのだった。

 

 

 

 店に着いて新年カラオケ大会が始まるとそこはやはり結束バンドのフロントマン、歌の上手さは喜多さんの独擅場だ。次々と九十点後半の点数を叩き出して観客を沸かせている。

 

「やっぱ喜多ちゃん歌上手いねー!」

 

「ねー! そうだ! 喜多ちゃんがこんだけ歌上手いんだからもしかして同じバンドの後藤さんもかなり上手いんじゃない!?」

 

「えっ!? 後藤さんって喜多ちゃんとバンド組んでるの!? すごーい!」

 

 おいおいおい、同じバンドなら歌が上手いってそれはちょっと発想が飛躍し過ぎだろ……BoB(ウチ)にも歌える奴が二人いるが、あれは他所のフロントマン二人をパクってきただけだから……

 

 俺が喜多さんのクラスメイトの言葉に恐怖していると、何時の間にかひとりがマイクを持たされて部屋に中央にあるモニターの横へと立たされているではないか。更にはひとりへ向けて歌のリクエストが飛んできている。

 

「誰米うたって~」

「ラブみょん~」

「ひげ女~」

 

 あっあっあっ……やばい、ひとりの奴あまりの周囲の無茶振りに魂が抜けかけてるじゃねーか……その証拠にかなり顔面が崩れてきている。仕方ない、このままでは喜多さんのクラスメイトの前で派手に爆散しかねないので俺が助けてやろう。

 

「あっそれじゃあ私が……」

「あっじゃあ俺が……」

 

 手を上げた瞬間喜多さんと声が被った。どうやら喜多さんもひとりの惨状を見かねて動いてくれたらしい。手を上げた同士二人で顔を見合わせると、喜多さんは素早く上げていた手を下げて期待に満ちた笑顔をこちらへ向けて来た。

 

「それじゃあ山田君お願いね!」

 

「おー! 君が行っちゃう? っていうか山田君……だっけ? そういえば喜多ちゃんとどういう関係なの~?」

 

 一人の女子が面白そうに声を上げるとそれに続くように周りが囃し立てて来た。やっぱ陽キャはこういう話題が好きなんすねぇ……なんて思ったが、正直にひとりの幼馴染で喜多さんとはひとりを通した友人です。なんて説明するのも面倒なので俺は適当に関係をでっち上げる事にした。

 

「あー……喜多さんのバンドでベースを担当してる山田リョウって人が居るんですけど……あれが俺の姉です」

 

 俺が前々から考えていた苗字を使った冗談(ネタ)を披露すると、今まで期待に満ちた顔で俺達を見ていた喜多さんがそれはもう目を剥いて急に立ちあがった。

 

「ちょちょっと山田君!? 突然何言ってるの!? リョウ先輩の弟だなんてそんな羨ましい……じゃなくて妬ましい……でもなくて……と、とにかく! 違うでしょ! 違うのみんな! 山田君はリョウ先輩の弟なんかじゃないの! ず、ずるい! 私だって苗字が山田だったらリョウ先輩の妹になれたのに!!」

 

「え……喜多ちゃん!? ちょっとどうしたの!? 落ち着いて! なんか変な事言ってるよ!?」

 

 暴走している喜多さんが大勢のクラスメイトに心配されている混乱に乗じて、俺はこそこそと席を立つとモニター近くに一人ぽつねんと立ち尽くしているひとりに近づいた。あと喜多さん、仮に苗字が山田でも弟にも妹にもなれませんからね。

 

「おいひとり、大丈夫か?」

 

「あっあっあっ……」

 

 あっこれは駄目みたいですね。やはりひとりに大勢の知らない人とのカラオケ大会はまだ早かっただろうか? しかし未来のギターボーカルの為にもここで少しでも経験を積んで欲しいのもまた事実だ。

 

 俺はしばらく考えると、近くの人に頼んでもう一本マイクを受け取り皆に向かって高らかに宣言した。

 

「それでは不肖山田太郎と後藤ひとり、誰米歌います!」

 

「あっあっあっ……えっ!!?!? たっ太郎君!?」

 

「ほらしっかりしろ、頼むぞひとり。俺だって歌はあんまり得意じゃないんだから」

 

「お~! デュエット? いいぞ~!」

 

「誰米の何歌うの~」

 

 とりあえずひとりのピンチに出てきただけだから何歌うかなんて考えて無かったわ。しかし俺達だって伊達にヒーローをやっていない。混乱するひとりを他所に二人で歌える誰米の曲を適当に選んで欲しいと伝えると、曲の入力機器を持っている人が具体的な曲名を出して尋ねて来たので俺がOKを出すと、いよいよ音楽が流れて来た。

 

 

 

 

 

 歌い終わると微妙な点数が画面に表示された。歌を聞いていた喜多さんのクラスメイトは、同じバンドを組む人間として喜多さんのような九十点後半を期待していたのかなんとなく肩透かしを食らったような表情だった。

 

「いや九十点にも届かないんか~い」

「っていうか後藤さん声()っさ!」

「そういえば山田君? は喜多ちゃんのバンドメンバーじゃなくない?」

「そういえばそうだわ」

「でも点数は低いけどなんか意外と良くなかった?」

「あ~なんかわかる。リズムが良いって言うか……なんだろ?」

 

 みんな思い思いの感想を言い合っているが、これでとりあえずノリを壊さず義理は果たしたので、一仕事終えた気分の俺はマイクを机に置いてそのままひとりを引き連れて先程の自分の席の位置へと戻った。

 

 それからすぐに次の曲が流れ始めて、喜多さんのクラスメイトはもう俺達の事など気にしていないようでカラオケ大会を続行している。

 

 相変わらず魂が抜けた様なひとりを隣に座らせて俺は頼んだ飲み物で喉を潤していると、喜多さんが不思議そうな顔で見つめて来た。それがどうにも気になってなんとなく居心地が悪かったので理由を聞いてみる事にした。

 

「なんすか?」

 

「あっえっと……二人の歌、あんまり点数は出なかったけど……その……なんていうか……それに山田君の歌……」

 

 感想を上手く言語化できないのか困ったように言葉を詰まらせた喜多さんの言葉の続きを待っていると、喜多さんのクラスメイトが喜多さんをデュエットに誘ってきてそのまま歌う流れになったので、俺の歌の感想らしき物はうやむやになってしまった。特に山田君は微妙だったね、なんて言われていたらショックなので丁度良かったかもしれない。

 

 その後も喜多さんはいろんな人から引っ張りだこで、デュエットをしたり頼まれて一人で歌ったりして場を盛り上げていた。俺達は遠慮したという事もあるが結局再びマイクを持つ事無く合いの手などをして過ごし新年カラオケ大会は幕を閉じた。

 

 

 

「今日はありがとう。ひとりちゃん、山田君。それじゃあまたね!」

 

 カラオケ店を出て挨拶を交わすと、喜多さんは家の方向が同じクラスメイトたちと一緒に帰っていった。それを見送ると俺は腕を掴んでなんとか立たせてはいるが、未だ呆然自失状態のひとりに声をかけた。

 

「おいひとり、俺達もそろそろ帰るぞ」

 

「んはっ! あ、あれ? えっと……なんだっけ……? そうだ、確かカラオケ大会で無茶振りされて……」

 

 魂の抜けかけていたひとりは俺の声で飛び起きると、周りをきょろきょろと見渡しながら怯えた表情で眉を寄せて、先程のカラオケ大会の記憶を唸りながら掘り起こそうとしていた。

 

「お前そこから記憶がないのかよ……それは一応何とかしておいたぞ。さあ俺達も帰ろうぜ。あ、川崎大師の参道で買った飴食べるか?」

 

「えっうん……あっ美味しい……」

 

 口の中に飴を放り込んでやると、ひとりはその甘さに顔を綻ばせた。そうして厄が切れる事を期待して縁起が良いと言われる飴を食べながら、俺達は二人で帰途へとついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていう事が冬休みにあったんですよ」

 

 冬休みも終わり新学期が始まってすぐ、バイトの為に赴いたSTARRYで虹夏先輩に冬休みでの出来事を聞かれたので元日の話をした。

 

「えー! 太郎君とぼっちちゃんデュエットしたの!? 私なんてまだぼっちちゃんの歌もちゃんと聞いた事無いのに……ギターヒーローさんとドラムヒーローさんのデュエット……うう……聞きたい聞きたいー!」

 

「えっ!? そっそんな事があったの!?」

 

「ってなんでぼっちちゃんが驚いてるの!? 一緒に歌ったんじゃないの!?」

 

「えっと……なんだか冬休みは記憶がはっきりしてなくて……」

 

 なんてこった……ひとりの奴新年カラオケ大会の無茶振りで酸素欠乏症に……しかしクリスマスライブ(ドラムヒーローバレ)からこっち、虹夏先輩の情緒がちょっとおかしい気がして仕方ない。その内妹の異変に気付いた店長からぶん殴られる未来しか見えないから、なるべく早く元の虹夏先輩に戻ってくれる事を願うばかりだ。

 

「そういえば太郎君。B(バンド)o(オブ)B(ボッチズ)のトゥイッター凄いね! もうフォロワー三万人だっけ? ってなんでそんな嫌そうな顔するの!?」

 

 虹夏先輩の賞賛にも似た言葉に俺は盛大に顔を顰めた。

 

 FOLTでのクリスマスライブ後の打ち上げで撮った写真をツイートしてしばらく経ってから、例の動画に正しいバンド名が返信されて広まったのか、四六時中フォロー通知音が鳴りやまないという事態になったのだ。最初はそのうち鳴りやむだろうとしばらく放置していたのだが、一向に鳴りやむ気配が無かったので最終的に通知音を消す事で解決した。

 

 そんな訳で、ありがたいフォロワーも俺にとってはちょっとしたトラウマ製造機でもある。そんなBoBトゥイッターの余波を受けて、結束バンドのイソスタやヨヨコ先輩のトゥイッターもフォロワーがそこそこ増えたらしく、所用で連絡をした時のヨヨコ先輩は心なしか嬉しそうだった。

 

「まあ実際ありがたい話ですけどね、三万人もフォローしてくれるなんて。でも知らない間に勝手に話題になった動画が原因でフォローされてるんで、正直あんまり人気になったって実感はありませんけど……」

 

「そっか……それで? その話題のバンドの、ライブでは歌った事の無いリードギターとドラムのデュエットっていう超絶レアな歌を聞いた非ッ――常~~に羨ましい喜多ちゃんは何処行ったの?」

 

 俺がトゥイッターフォロワーに関する正直な感想を話すと、虹夏先輩少し残念そうに小さく返事をして、それからカラオケ大会の事を考えて悔しそうに両目をぎゅっと閉じると右手の拳を握りしめて声を絞り出した。それから辺りをきょろきょろと見回して喜多さんを探し始めた。

 

 既にSTARRYには来ている筈だがそういえば姿が見えない。俺も虹夏先輩と同じように辺りを見回してみたが喜多さんの姿は発見できなかった。

 

「あっ喜多ちゃんならここに……」

 

 俺達の疑問に答えるようにひとりが視線を向けた先には、いつぞやのひとりの様にテーブルの下で膝を抱えて酷く沈んだ表情で座り込んでいる喜多さんの姿があった。

 

「生きるのしんどいわ……」

 

「ぼっ……喜多ちゃん!? どうしたの!? 何かぼっちちゃんみたいになってるけど!?」

 

「喜多さん!? どうしたんですか!? あっ! もしかして俺がリョウ先輩の弟を騙った事にまだ怒ってるんですか?」

 

「ちょっとどういう事!? なんで太郎君がリョウの弟なんて事になってるの!?」

 

「へぇ~……刃物って刃の部分を上にすると罪が重くなるのね……」

 

 ちょっとガチで洒落にならない情報を呟くのは怖いから止めて欲しい。ひとりの話ではリョウ先輩が最近バイトに来ないから落ち込んでいるらしいが……本当か? 俺を亡き者にしようとしてるんじゃないよな? 

 

「そういえば最近リョウ先輩バイトに来てませんね」

 

「あっリョウさんって今日もバイト来ないんですかね」

 

 俺とひとりが何気なく聞いてみると、虹夏先輩は自分のスマホを取り出して一度画面を確認してから、困ったように眉を下げた。

 

「何の連絡もないね……実は学校にも来なくなっちゃって……」

 

イヤーーーッ

 

 急に絹を裂くような悲鳴が聞こえて驚いた俺達三人は悲鳴を上げた人物を見た、その声の張本人の喜多さんは白目を剥いて尚も叫び続けた。

 

「それは絶対恋!! 男だわーーーーー!!」

「悪い男に引っかかったに違いないわ~!」

「女が突然変わる時、そこには大抵男の影があるのよ~~~~~!!」

「こんなに女子がいるのに誰一人浮かれた話がない…………」

 

 叫んでいた喜多さんははたと何かに気づいたように急に言葉を止めると、真剣な表情でじっとひとりの顔を見つめた後、ゆっくりと俺の顔へと視線を移してから、また再びひとりへと視線を戻した。

 

「えっえっと……? あの……?」

 

「……まだ付き合ってないからノーカウント!!」

 

「な……何の話? ちょっと、喜多ちゃん落ち着いて……」

 

 いや何を言ってんだこいつ(喜多さん)は……何がノーカンなんだよ自由人過ぎるだろ……喜多さんは普段は割とまともだが、何かの拍子でスイッチが入ると途端に結束バンドで一番ヤバイ奴になるのがちょっと恐ろしい。

 

 様子を窺うとひとりはその怒涛の勢いに圧倒されて、虹夏先輩は面倒くさそうな呆れ顔で喜多さんを見ていた。

 

 一通り叫んでスッキリしたのか、喜多さんは再び机の下に潜りこむと膝を抱えて座り込み、いじけた様子でぶつぶつと呟き始めた。

 

バンドマンかしらね絶対そうよね同じベーシストかしら先輩が好きになるんだから多分よっぽど実力のある人なんでしょうねでも将来は安定してるのかしら老後には二千万貯蓄がないといけない時代なのよ先輩は浪費家だからあてにできないしちゃんとお金のやりくりができる人じゃ無いとバンドマンにお金があるはずないわ絶対ムリえ? もしかして先輩の実家の財産を!? とんでもないわ! これだからベーシストは……でもまぁいいですよ先輩が決めたことなら……

 

「全然納得してないやんけ……未練タラタラじゃないですか。地雷系かな?」

 

「ちょっと山田君!! 弟なら何とかしてリョウ先輩を助けるのよ! あなたもベーシストがお兄ちゃんになったら嫌でしょ!?」

 

 俺が言い出した事ですけど、もうその設定はいいですから。それにその設定で行くならすでに姉がベーシストじゃないですか……ベーシストの姉とベーシストの義理の兄とかもう終わりだよこの家族。

 

 結局半狂乱の喜多さんを静めるべくリョウ先輩宅へと様子を見に行くことになった――のだが。

 

「あれ? 太郎君は行かないの?」

 

「いや全員で行ったら今日のSTARRYどうするんですか……流石にヤバいでしょ……」

 

 流石に全員で抜けたらやばい事くらい俺にも分かる。しかも先程から店長の姿が見当たらないので一言伝える事すら出来ない。ほぼ無断欠勤じゃねーか。

 

 そういう訳でどうせバンドメンバーじゃない俺が行っても邪魔なだけだろうし、残ってバイトをすることにした。

 

 ひとりが愛用のギターを背負うと三人は訪問準備が完了したようで、出て行く前に俺に声をかけて来た。

 

「それじゃあ太郎君。ちょっとリョウの様子を見て来るからその間お店の事お願いね」

 

「じゃあ行ってくるね、太郎君」

 

「山田君任せておいて! あなたのお姉さんは私が守るわ! 具体的に言うと、もし彼氏がバンドマンなら、ギターはひとりちゃん、ボーカルとベースは廣井さん、ドラムは山田君以上の実力じゃ無いと認めない! って言ってくるから!」

 

「さっきからその弟って設定ってなんなの……? それにその三人以上の実力って……喜多ちゃん自分が何言ってるかちゃんと分かってる?」

 

 とりあえず知り合いの凄いって言われてる人の名前を出しました! と言う雰囲気のドヤ顔の喜多さんに、虹夏先輩はジト目でツッコミを入れながら三人はSTARRYから出て行った。

 

 

 

 三人が出て行ってそろそろバイトの時間が近づいてくると、いつもの紙パックジュースの入った袋を持った店長が姿を現した。

 

「あれ? 太郎だけか? 他の奴らは何処行った?」

 

 きょろきょろと辺りを見回して、俺以外の人間がいない事を不思議そうに訊ねて来た店長に、他の三人はリョウ先輩を心配して家に様子を見に行った事を伝えると、眉を寄せて難しい顔をしながらバーカウンターに広げたノートPCへと体を向けた。

 

 今日はバイトが俺しかいないのでPAさんと共にまずステージの清掃を終わらせると、続いてフロアの清掃へと場所を移した。俺はフロアをモップで掃除しながら丁度良い機会なので傍にいた店長に前々から考えていた事を相談してみる事にした。

 

「店長~。ちょっと相談があるんですけど」

 

「何~? 時給なら上げられないけど」

 

「えっ? 今日俺一人なんですよ? 今日くらいなんか無いんですか?」

 

「ええ……? マジで時給の相談なのかよ……」

 

 しまった。店長の誘導尋問につい本音が漏れてしまった……じゃない。違うんだ、俺が相談したかったのはそんな即物的なものでは無い。

 

 店長に背を向けて床掃除をしていたが、呆れたようにこちらに振り向いたのが声で分かったので、俺は掃除の手を止めて店長の誤解を解くために向き直った。

 

「いやっ……違いますよ……実はですね。バンドメンバーとも話したんですけど、俺もそろそろ拠点って奴が必要かなって思って……って、うわなんか俺今カッコイイ事言ってませんか!? バンドメンバーと話したとか拠点とかって!」

 

「何言ってんだお前……」

 

 昔ひとりが初ライブ後に言って俺が勝手に憧れていた『バンドメンバーと話し合う』という状況を遂に自分でも実現した事に感動していると、店長は冷ややかな目を向けて来た。

 

 俺のライブ経験は路上ライブとゲスト出演だけで、自らが主体となった箱でのライブは経験がない。それにヨヨコ先輩にもSNSでのバンド紹介欄に普段何処で活動しているのか書いておく事は重要だと言われて、確かにその通りだと思ったのだ。

 

「で? 何処にするんだ? やっぱFOLTか?」

 

「え? STARRYですけど……」

 

 お互いの言葉に驚いて顔を見合わせると、店長が場を仕切り直すように一度咳払いをした。

 

「……いいのかSTARRY(ウチ)で? あいつ(廣井)やSIDEROSがいるFOLTの方がいいんじゃないか?」

 

「逆にSICKHACKとSIDEROSが居るからFOLTは止そうかなって。ほら、結束バンドとBoBがSTARRYに入ったら二組みずつ別れて据わりがいいでしょ? それになにより……」

 

 正直そんなもんはただの建前だ。FOLTだ渋谷チョークホテルだと候補に挙がった拠点だが、やはりSTARRYが良いと思った。店長に恩返し的な意味もあるが、一番は結束バンドと同じ場所の方が色々な意味でやりやすいだろうという事だ。ひとりの精神的にも、覆面の正体を隠す的な意味でも。それに一号二号さんも来やすいだろうし。まあ廣井さんやヨヨコ先輩のベテラン組にはちょっと我慢して貰う事になるが……

 

「STARRY()良いんです。というわけで店長……ライブ出たいんでB(バンド)o(オブ)B(ボッチズ)のオーディションをしてくれませんか?」

 

 結束バンドもライブをする為にオーディションを行なっていたので、それに倣って店長に頼んでみると、店長は何とも言えない表情で一度俺を見て、そのままノートPCへと体を向けてしまった。そうしてこちらに顔も向けずにぶっきらぼうに言い放った。

 

「それじゃあ次の土曜日に演奏見て決めるから」

 

「ウッス! よろしくお願いシャス!」

 

 店長に返事を貰ったのでフロアの清掃を再開すると、俺達のやり取りを見ていたPAさんが笑顔で俺に近寄って来て小声で囁いた。

 

「なんだか店長機嫌良さそうですね」

 

「そうですか?」

 

「そうですよ、多分山田君がSTARRYを拠点に選んでくれたのが嬉しかったんですね」

 

 にこやかに店長の方を見たPAさんに釣られて俺も視線を向けると、ぐるりと首だけ回してこちらを見て来た店長から恥ずかしさを誤魔化すような若干の怒気を孕んだ声が飛んできた。

 

「聞こえてるから。ちゃんと仕事して」

 

「はーい。それじゃあ山田君、掃除が終わったら一緒に設営準備をしましょう」

 

 店長の言葉にPAさんはいつもの様に萌え袖をはためかせながら楽しそうに両手で口元を抑えると、フロアの清掃へと戻って行った。

 

 

 

 結局その日のバイトは虹夏先輩達抜きで終わったが、帰って来た虹夏先輩達に話を聞いた所、無事リョウ先輩の問題は解決したようだった。

 

「あ、そうだ虹夏先輩。今日店長にBoBがSTARRYでライブする為のオーディション頼んだら次の土曜って言われたんですけど、ひとりの予定って空いてますか?」

 

「え? BoBがライブするの? STARRY(ウチ)で? そのオーディション?」

 

 バイトが終わった帰り際、次の土曜日のオーディションでひとりを借りる必要があるので結束バンドの予定を聞いてみると、オウム返しのように俺の言葉を確認した虹夏先輩は一目散に店長の元へと飛んでいった。

 

「うお!? 急にどうした虹夏!? 」

 

「お、お姉ちゃん! BoBのオーディション土曜日にやるの!? わ、私も見たい! いいよね!? 前に太郎君も結束バンド(私達)のオーディション見てたし! ねっ!? いいでしょ!?」

 

 そんなもんその内STARRYでライブやるんだから別に見なくてもいいだろと思うのだが、虹夏先輩の言葉通り俺も結束バンドのオーディションを無理言って見学させて貰ったので偉そうな事は言えないのだ……

 

 暫く待っていると、己の主張が通ったのか満足そうな顔の虹夏先輩が戻って来た。

 

「見ていいって!」

 

「はぁ……あの虹夏先輩、それでひとりの予定なんですけど……」

 

「え? ああ! ごめんごめん! 全然おっけー! 頑張ってねぼっちちゃん!」

 

 一も二も無く店長の元に飛んでいった自らの行動が今更恥ずかしくなったのか、虹夏先輩は少し顔を赤くすると、大げさな身振りで快諾してくれた。虹夏先輩に激励されたひとりが緊張した様子で返事をすると俺達はSTARRYを後にした。

 

 

 

 

 

 廣井さんとヨヨコ先輩にオーディション開催の連絡をして迎えた土曜日。俺達BoBのメンバーはSTARRYのステージに立っていた。

 

 観客席ではいつも通り難しい顔をした店長の他に、PAさんやひとりを除く結束バンドのメンバーも席に座って演奏が始まるのを待っている。

 

 身内だけのオーディションなので覆面は無しで行こうかと思ったが、一応本番想定での演奏という事でパーカーとマスクも装着済みで演奏する事になった。

 

 準備を終えたメンバー全員がこちらに向かって頷いたのを確認した俺は、いよいよ演奏を始める為に観客席に向かって挨拶を始めた。

 

「えーBand of Bocchisです(半ギレ)」

 

「ちょっと太郎! その挨拶毎回するつもり!?」

 

「!? ヨ……つっきーさん! これはドカベンネタはやめろって言われた俺に残された最後の野球要素ですよ!?」

 

「それ野球要素なの!?」

 

 いきなり茶々を入れて来たヨヨコ先輩に反論すると、廣井さんは笑っていたが店長からは冷ややかな視線が突き刺さった。

 

 うーん、このMCはあんまりウケないのか……いやMCじゃなくて本気だったんだが……まあいい、これは今後に生かす為に覚えておこう。

 

 俺はこの空気を誤魔化すように一度咳ばらいをすると、気を取り直して言葉を続けた。

 

「えー失礼しました……それじゃあ、Sky's the Limitって曲やります」

 

 スティックを掲げた俺がカウントを取ると、遂にオーディションが始まった――

 

 

 

 ◇

 

 

 

 別に、山田太郎という人物の実力を侮っていた訳では無い。

 

 クリスマスライブからこっち、耳にタコができるかと思うくらい虹夏から話は聞かされたし、ドラムヒーローとやらの動画も無理矢理見させられた。

 

 だから山田太郎という人物が、動画を見る限りではそれこそプロに近しい実力……いや、既にプロで通用する実力を持っている事は十分過ぎるほど分かっていた。

 

 虹夏が熱を上げるほどの、動画を見る限りプロに引けを取らない技術を持つギターヒーローにドラムヒーロー、普段の素行はそびえたつクソだが演奏技術に関してだけは先の二人をも凌ぐ後輩、そして新宿では新進気鋭と言われるSIDEROSのバンドリーダー。よくぞまぁこんな冗談みたいな人材を今まで一度もバンドを組んだ事の無いと言っていた男子高校生が一人で集めたものである。

 

 そういう意味では山田太郎という人物は人間的魅力、カリスマと言い換えてもいいかもしれない、そういうものに溢れた人物であるか、若しくはペテンまがいの口先で人材を集め、それを維持する能力を有する……とにかくそう言う事に関してだけは間違いなく優れていると評価できる人間なのかもしれない。

 

 だが私はそれだけで無条件にBoBというバンドを評価する事は出来なかった。何故なら実際にバンドという形での演奏を見たのはスマホで撮影された聞き取りにくい路上でのコピーメドレーひとつだけだったし、なにより疑うだけの理由を彼らのメンバーの一人がこれ以上無い形で既に体現しているからだ。

 

 後藤ひとり。ぼっちちゃんの結束バンドでの演奏はお世辞にも良いものでは無い。彼女は彼女の持つ元来の性質の為に自らの所属するバンドで十全に実力を発揮できていないのだ。だが仮に動画内での技術を十全に発揮できたとしても、結束バンドという現時点では高校生にしてはレベルが高い程度の演奏の輪の中に入った時、ぼっちちゃんの技術が突出していればしている程、調和を乱し最後にはバンド全体が崩壊するだろう。

 

 つまり……バンドとは一人の突出した技術ではなく、メンバー全員で相互に影響しあってこそ初めて完成する物である、という事だ。

 

 野球で各チームの四番打者を九人集めても全員がホームランバッターにならない様に、各バンドのエースを集めたからと言ってそれで最高の音楽になる訳ではないのだ。

 

 勿論例外もある。だがそういったエースばかりを集めた例外的なバンドは余程強力な信頼関係や仲間意識、そして目的意識があってこそ始めて成立するものであり、だからこそ例外と言われているのだ。

 

 そうした考えから私は恐らくこのBoBというバンドは個々の技量が高いだけの、言ってしまえば各々で好き勝手に音を鳴らしているだけのバンドではないかという可能性を考えていた。

 

 別にそれ自体は非難されるものでは無い。個々の技術が高ければそれでも素人相手には十分通用するだろうし、本人たちが楽しいのならそれがなにより一番良い。

 

 それに、別に趣味のバンドでも良いのだ。そうして皆で集まって音楽に興じて、高校三年間という青春を楽しく過ごす……実に素晴らしい事だと、そう思っていた。

 

 

 

 ――曲が始まる瞬間までは。

 

 

 

 曲が始まると私は目を見開いた。

 

 最初に驚いたのはぼっちちゃんのギターだ。疾走感あふれるギターリフから始まる曲の演奏に、普段聴くぼっちちゃんのギターから感じる不安や恐れ、緊張、そしてなによりも遠慮といったものが感じられなかった。

 

 原因は恐らく私が驚愕した二つ目の理由、山田太郎のドラムだろう。

 

 メロディック・ハードコアなんてテンポの速い曲を、揺らぐことの無い抜群の安定感で叩き続けている。こいつが後ろにいればさぞ演奏しやすいだろうと他人事ながら思ってしまう。

 

 なにより良い(・・)と思うのがこいつの流れ(・・)だ。『ちゃんと叩こう』だとか『ミスをしないように』なんて縮こまった演奏や、かといって勢い重視の雑な演奏からでは決して生まれない、そういう流れがこいつの演奏にはある。

 

 こういう流れを作れるドラマーが中心でメンバーを引っ張っていくバンドは抜群の安心感とリズムが生まれる。演奏するメンバーもそうだが、なにより聴く側の観客が『リズムに身を委ねて』聴いていられると言うのは並大抵の事ではない。

 

 更にはその良い流れとリズムを同じかそれ以上のレベルで支えている演奏技術だけ(・・)なら間違いない後輩(廣井きくり)だ。体の芯まで響く重低音でバンドの屋台骨を支えるこいつの実力は素行を差し引いても一目置かざるを得ない。

 

 なるほど、この二人が居ればどんな初心者ギタリストが入っても形になるんじゃないかとさえ思えて来る。しかし、そんなリズム隊二人の前に立つギタリスト二人も恐らく世代トップクラスだ。

 

 ぼっちちゃんは普段の不安定な演奏が想像できないような伸びやかで力強い音を鳴らしている。余程信頼しているのか、恐らくドラムの音しか聞こえていない(・・・・・・・・・・・・・・)事で演奏に集中して緊張や重圧を上書きしているように感じる。

 

 SIDEROSリーダーの大槻ヨヨコも演奏を聴く限り恐らくぼっちちゃんに引けをとらない実力者だ。少なくともそこら辺のバンドならリズムギターなんてやっていていいような実力ではない。SIDEROSのリードギターも高レベルである事と、ボーカルを兼任している為にリズムギターをやっているのだろう。

 

 なにより恐ろしいのが、このレベルの演奏をするBoBの四人の内、三人がまだ高校生という事実だ。このまま努力し続けられるのならもはやどこまで伸びるか想像もつかない。

 

 Band of Gypsysをパクるという怖い物知らずに加えて、メンバー全員がアフリカ系アメリカ人というGypsysを踏襲したような、メンバー全員が過去や現在でぼっちな人間だという中々洒落の利いたバンド名。

 

 山田太郎を軸にして集まったはみ出し者(ぼっち)の実力者であると各々が認めた信頼関係。全員同じはみ出し者(ぼっち)という仲間意識。そしてその(ぼっちという)感情を音楽で表現するという共通の目的意識。本人達は気付いていないのかもしれないが、もしかするとこいつらは……

 

 例外を除いて、エースを集めただけのバンドが最高のバンドでは無いと今でも思っている。だが――

 

 

 

 BoBの演奏か、それとも一瞬脳裏を過ぎった馬鹿馬鹿しい(・・・・・・)考えの為か、気が付けばぞくりと震えた身体を抱くようにして両の二の腕を一度さすった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……ありがとうございました!」

 

 演奏が終わると俺達はお礼を述べて店長からの言葉を待った。

 

 店長は結束バンドの時と同じように左の手のひらを口元に被せながらしばらく考えると、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。

 

「ドラム。もう少しだけダイナミクス(音の強弱)のコントロールに気を付けろ、それもドラムの役割だからな」

 

「ウッス」

 

「リードギター。ドラムの音を聴くのも大事だけど、もう少し他も意識するように」

 

「あっはい……」

 

「リズムギター。いままでバンドのリーダーだったのは知ってるけど今はリズムギターだ、もう少し控えて曲を支える意識を持て」

 

「……はい」

 

「ベース。お前ならもうちょっとドラムと融合できるだろ」

 

「は~い」

 

「え~……お姉ちゃん厳しすぎない……」

 

「い、今の演奏で改善する所とかあるんですね……」

 

 俺達一人ひとりに一言アドバイスをくれた店長の言葉に、自分に言われた訳でも無いのに虹夏先輩と喜多さんは緊張したような声を上げたが、店長は気にした風もなく頬杖をつきながらそっぽを向いて言葉を続けた。

 

「でも……まあうん。BoBがどういうバンドかは分かった」

 

 あっ、これ結束バンドのオーディションでやったところだ! 俺知ってる、この台詞が出て来たって事は一応合格できた筈だ。しかし今回は違うって可能性もあるので一応言質を取っておこう。

 

「つまりどういう事なんですか!? 落ちたんですか俺達!?」

 

「う、うるせぇな! お前分かってて言ってるだろ!? 合格だよ合格!」

 

 店長が頬を少し赤くして吐き捨てるように合格を告げると俺達は胸を撫で下ろした。その後一度楽屋に戻り荷物を片づけて虹夏先輩達と合流する為に観客席へと向かうと、店長の姿が無くなっている事に気付いた。虹夏先輩へ訊ねると何やら取って来る物があると言って奥へ引っ込んでいったという事だった。

 

「それにしても、山田君凄かったんですね。普段の様子からは想像もつきませんでした」

 

「クリスマスライブでは後ろで見てたけど、近くで見たら迫力が違うね! やっぱり(Y)BoB(B)凄い(S)!」

 

「これから私達こんな凄いバンドと一緒にライブするかもしれないんですね……大丈夫かしら」

 

私達(結束バンド)の物販でBoBのグッズを売ろう。取り分は五分五分でどう?」

 

 PAさんや虹夏先輩達から今の演奏の感想を聞いていると(一名変な事を言ってる奴もいるが)、姿を消していた店長がのそりと奥から戻って来た。手にはなにやら二枚の紙きれを持っている。

 

「おっ、いるな。おい太郎、お前たしか未確認ライオット出ないんだったよな?」

 

「え? あっはい」

 

 突然の質問に俺が素直に肯定すると、店長は持って来た二枚のフライヤーをテーブルの上へと広げて見せた。

 

「まあ、お前のバンドは十代じゃない奴が混じってるしな……でも太郎だけ夏まで目標無しってのも暇だろ……それならこれに出てみたらどうだ?」

 

「なにお姉ちゃん? このフライヤー……ってこれ……!」

 

「『「Freshman A GO-GO」ステージ出演オーディション』と『出たいか!? サマスニ!?』……ってこれもしかしてフシロックとサマースニックの出演オーディションですか!?」

 

 テーブルに広げられた二枚のフライヤーをまじまじと見ていた喜多さんが、そこに書かれている文字を見て声を上げた。喜多さんの言葉に釣られて見てみると、確かにフシロックとサマースニックの名前がある。

 

「凄い……! これ最終審査を勝ち抜いたらフシロックやサマスニに出られるって書いてますよ!? 伊地知先輩私達もこれ……」

 

喜多ちゃん(・・・・・)

 

 フライヤーを熱心に読んでいた喜多さんがその内容を理解して驚きの声を上げて参加を持ちかけた瞬間、虹夏先輩は重苦しい声を上げて言葉を遮った。虹夏先輩は分かっているのだ、今の結束バンド(自分達)がただの好奇心や興味本位だけでそれ(・・)に参加できるほど、それは生易しいものでは無い事を、そして店長が俺達に話を持って来た意味(・・)も。

 

「まぁ残念ながらロッキンジャポンは千葉に在住か通学通勤してるメンバーがいないとオーディション自体受けられないんだけどな」

 

 店長は二人の様子を意に介さず軽く笑って喜多さんの手からフライヤーを抜き取ると、俺の胸へと押し付けてきた。俺は二枚のフライヤーを受け取るとぼんやりとそこに書かれた文字を眺めた。何度読んでもフシロックとサマースニックへの出場を決めるオーディションだと書いてある。

 

「締め切りはまだ先だから急いで決めなくてもいい、けど一応こんなのがあるぞって事だけ伝えておこうと思ってな。出る気があるなら詳しい事はネットで自分で調べてくれ」

 

 そう言うと店長は仕事があると言って今度こそ本当に奥へ引っ込んでしまった。

 

「太郎君……」

 

 フライヤーを見つめたまま立ち尽くしていた俺に、ひとりが上着の裾を掴みながら心配そうに声をかけてきた。俺は無言でひとりへ視線を向けて、続けて廣井さんとヨヨコ先輩を見た。

 

「それで? どうするつもり?」

 

 ヨヨコ先輩は目が合うと真っ直ぐに俺を見つめながら訊ねてきた。周りを見回せば虹夏先輩達も固唾を飲んで見守っている。

 

 締め切りは四月の末なので急いで決めなくていいとさっき店長が言っていたのに、なんだか今返事をしなければいけないような雰囲気になってるじゃねーか……どういう事だよ……お前は結論を急ぎすぎる……まあ未確認ライオットの審査スケジュールとかあるのだろうから気持ちは分かるが……

 

 俺は何故だか急に元日に引いた凶のおみくじの内容を思い出した。

 

『行くべき道を思案すべし』

 

 今後考えがどう変わるか分からないが、今の気持ちだけでも伝えておこうと思った俺は、再びフライヤーに目を落とし、少し考えてからゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「俺は――――」




 彗星の如く邦ロック界に突如現れた謎の覆面バンドBoBがオーディションを突破してフシロックフェスティバルとサマースニックに登場! 出場した夏フェスでメジャーバンドアキレス腱ドロスや海外バンドと対面するBoB! みたいなの考えたんですが、これ本当にぼざろの面白さか? 結束バンドの出番は? BoBがそんな有名になってこの後の原作との整合性大丈夫そ? BECK読んだらよくね? みたいな事考えてずーっと悩んでました。

 ぼざろってバンド活動描写自体は割と地に足着いたリアルな奴だと思ってるんで、こういう少年漫画っぽい展開はぼざろの空気と合わない気がするんですよね……

 一応アンケート置いときました。と言っても決定ではなく参考程度なんで、良かったら気楽に答えてくれると嬉しいです。


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027 Home sweet home

 前回は沢山のアンケート回答や感想ありがとうございました。
 ちょっとこの小説のガチのターニングポイントっぽかったので、先の展開まで考えて時間かかりました。プロットとか無いからね、しょうがないね。

 あと10.5話があると管理が面倒だったんで変えました。これにより10話以降は1話ずつ番号がずれたんですが別に内容は変わってません。


 フシロックとサマースニックの出演オーディションのフライヤーを見つめて少し悩んだ俺は、皆が見つめる中今の自分の考えを伝える為にゆっくりと口を開いた。

 

「俺は――せっかく勧めてくれた店長には申し訳ないんですけど、夏フェスには出なくてもいいかなって思ってます」

 

 俺の言葉に虹夏先輩とヨヨコ先輩の二人の表情が若干険しくなったような気がした。というか一体なんだと言うのだこの変な緊張感は……正直勘弁してほしい……

 

「……まぁ太郎君がそう言うなら……」

 

「私は……」

 

 廣井さんが空気を読んで話を終わらせようとした間際、ヨヨコ先輩がポツリと言葉を溢した。皆の視線が一斉にヨヨコ先輩へ集まったが、ひとりなら間違いなく顔面が崩壊してあたふたと動揺するような全員の視線を気にする事無くヨヨコ先輩は言葉を続けた。

 

「私は……このメンバー(BoB)ならフシロックでもサマースニックでも……オーディションさえ受けられるならロッキンジャポンだって審査を通過して出られると思ってるわ」

 

 言葉と共に射るような眼差しでヨヨコ先輩はこちらを見てきた。しかしフシロックだろうがサマスニだろうがロッキンだろうが出られるとは、ヨヨコ先輩のBoBの評価がなんだかえらい事になっている気がする。

 

「まぁそれについては俺も同意しますけどね」

 

「……それじゃあどうして?」

 

 ヨヨコ先輩は俺の返事が意外だったのか少し驚いたようだったが、すぐに眉間に皺を寄せながら不満げな様子で聞き返して来た。

 

 しかし今日は随分と食い下がってくるなヨヨコ先輩は……そもそもどうしても何も、これは俺が出たいとか出たくないとかだけの問題ではないのだ。

 

「未確認ライオットファイナルステージに進めるのは東京会場からは二組。ただでさえ厳しいのにその前段階でデモ審査やWEB審査だってある。ヨヨコ先輩、それにひとりも……万が一どこかの審査で落ちた場合……二人は……いや、メンバー全員が納得(・・)できますか? 」

 

 俺の言葉に結束バンドのメンバーは落選した時の事を想像したのか、わずかに表情が固くなった気がした。

 

 もし審査のどこかで落選した場合、ひとりやヨヨコ先輩はまだいい。いや実際は良くは無いが、本人達は自分は全力を尽くしたと断言出来るだろうし納得も出来るだろう。だが他のメンバーはどうだろうか? もしBoBの活動などにうつつを抜かさず自分達のバンド一本に絞っていればあるいは……という想いがきっと必ず出て来る筈だ。

 

「俺はそういうつまんない後悔は見たくないし、させたくないんですよ。そう言う訳でフェス不参加は俺自身の為なんです。それに元々は結束バンドの本気度や実力を証明する為に未確認ライオットに出るんですから、ここは全力で当たらないと駄目でしょう? だからBoBはフェスには出ません! 終わり! 閉廷! 以上! みんな解散!」

 

 俺は体の前で両腕を交差させてバツ印を作ると、フェスに参加しない旨を黙って話を聞いていた皆にはっきりと言い切った。

 

「……はぁ。まぁあなたの言い分は分かったわ」

 

 ヨヨコ先輩は若干不服そうな様子だったが、一応は納得してくれたのか小さくため息をついてそれ以上は何も言わなかった。そうして夏フェスを巡る一応の結論がでると、ややこしい話が終わるのを待っていた廣井さんが俺に訊ねてきた。

 

「それじゃあ太郎君どうする? 先輩の言ってたように夏が終わるまで私達は目標が無くなっちゃうけど」

 

「そうなんですよねぇ……俺としてはもう一曲出来たらBoBファーストEPって事でサブスクで配信とかやってみたかったんですけど……」

 

 これから夏までは未確認ライオット関係でひとりとヨヨコ先輩は忙しくなりそうだし、レコーディングなんてしている暇はないかもしれない。まあレコーディングはドラム以外は各自宅碌で出来なくもないが……しかしそんな事より四曲目がまだ出来ていないのだ。こればかりは作曲が出来る廣井さんやヨヨコ先輩を待つ他無いのでEP配信もまだしばらくかかりそうだ。

 

「あ、あの……太郎君!」

 

「ん? どうしました?」

 

 俺が今後の事で悩んでいると急に虹夏先輩が大きな声を上げた。顔を向けると虹夏先輩は顔を赤くして緊張した表情でこちらを見ていた。訊ねると虹夏先輩はまるでひとりがテンパった時の様に視線をあちこちに動かしながら、やがて覚悟を決めた表情で勢いよく頭を下げた。

 

「あっあの……もし時間が空いてるようなら……わっ私にドラムを教えてください!」

 

 深々と頭を下げた虹夏先輩の言っている事がしばらく理解できなかった俺は、虹夏先輩を呆然と見つめた後、ようやく意味を理解して素っ頓狂な声を上げた。

 

「……えっ!? 俺がですか!?」

 

「そ、そう……」

 

「……いやでも教える事なんて多分ないですよ? 虹夏先輩基礎は出来てますし……」

 

 ドラムを教えると言っても虹夏先輩は基礎はもう出来ているので後は技術の練度を上げていくのが良いのだろうが、これはもう時間をかけて反復練習するしか無いので正直俺に出来る事があるとは思えない。それに結束バンドには結束バンドの呼吸というかグルーヴ感と言うか……そういう物があると思うのであんまり口を出したくないのが本音だ。

 

「お願い! たまに私の前でドラムを叩いてくれるくらいでもいいから!」

 

 一応結束バンドと言う音楽に俺という異物を混入させたくない事を伝えてみたのだが、虹夏先輩はなおも熱心に頼み込んできた。

 

「……虹夏、もしかして太郎のドラム見たいだけなんじゃ……」

 

「!? ち、ちがわい!」

 

 そんな虹夏先輩の様子に何かを感じたのかリョウ先輩がポツリと呟くと、虹夏先輩の顔が赤くなり目が盛大に泳ぎ出した。見れば虹夏先輩のトレードマークであるアホ毛がすごい勢いで動いている。

 

 リョウ先輩に指摘されて盛大にキョドっている虹夏先輩を一先ず置いて俺はひとりを見た。結束バンドに俺が介入しても大丈夫かどうか意見を貰う為だ。こいつは俺以上に音楽的センスがあるのである程度なら判断が出来そうだし、なにより俺相手でも遠慮せず率直な意見を言ってくれそうだと思ったからだ。

 

 俺の視線に気付いたひとりはまだ赤い顔でキョドっている虹夏先輩を一度見て俯きながら少し考えたかと思うと、こちらに顔を向けて小さく頷いた。結束バンドのメンバーであり、人の機微に聡いひとりからお許しが出たという事は俺が介入してもとりあえず悪い方向にはいかないと考えていいだろうか? 

 

「……分かりました。あんまり役には立たないだろうけど、それでもよければ」

 

「ほ、本当!? ありがとう!」

 

 リョウ先輩にからかわれてあたふたとしていた虹夏先輩は俺の返事を聞いて嬉しそうに声を上げた。そのまま俺の目の前まで駆け寄ってくると、俺の両手を自分の両手で包むように握ってから俺の顔へと自分の顔をズイと近づけて嬉しそうにお礼を言ってきた。

 

 うおっ……顔が良い……ひとりやリョウ先輩、それに喜多さんに隠れがちだが虹夏先輩も決して顔は悪くない。というかむしろ良い方だ。SICKHACKのフロントマンの廣井さんといい、SIDEROSのフロントマンのヨヨコ先輩といい、周りのレベルが高すぎる。

 

 昔ひとりが『虹夏ちゃんはいい匂いがした』なんて事を言っていたのを聞いて若干引いていたのだが、マジでなんか良い匂いがするので困る。もうちょっと防虫剤の匂いとかをさせて俺を安心させて欲しい……

 

 しかし俺の知り合いは全員顔が良いのが恐ろしすぎる……高校の頃(思春期)にこんな美人に囲まれて過ごしたら、音楽で成功できずに将来しがない会社員になった時に、女性への顔面ハードルが上がりすぎて結婚出来ないんじゃないかと我が事ながら心配になって来てしまう。

 

「はあ~……まさかあのドラムヒーローさんにドラムを教えて貰えるなんて……私ギターヒーローのぼっちちゃんにギターを教わってる喜多ちゃんがちょっと羨ましかったんだ……」

 

「あっはい……そっすか……」

 

 虹夏先輩は天井を見ながら両手を合わせて、目を輝かせながら感極まったようにそう言うと、スキップでもしそうな軽やかな足取りで元居た場所へと戻って行った。虹夏先輩と距離が開いた事に安堵した俺は思わずひとりの後ろに張り付く様に逃げ込んだ。

 

「ふぅ……やっぱりお前の(防虫剤の)匂いが一番落ち着くわ……」

 

「えっ!? ……そっそれってどういう……」

 

 ひとりの後ろに隠れた俺は、ひとりの両肩に手を乗せて安心したように小さく呟くと、驚いたひとりは慌てて自分の襟元を引っ張り上げたり、左右の腕を鼻に近づけて自分の匂いを嗅いでいた。

 

「虹夏先輩。とりあえず店長からオーディション合格貰ったんでSTARRYでライブやろうと思ってるんですけど、結束バンドって今月ライブやりますか?」

 

「勿論やるよ! 毎月一回はライブやるからね!」

 

 ひとりの防虫剤臭を嗅いで落ち着きを取り戻した俺が質問すると予想通りの答えが返って来た。となると個人的にはBoBも同じ日にライブをやるのがベストなんだが……ここで問題が二つ出て来るのだ。

 

 一つは単純に今から店長に頼んで結束バンドと同じ日に空きがあるのかという点だ。現時点で一月の二週目の土曜なので、次の結束バンドのライブまであと二週間も無い状況だ。まあこれは店長パワーでなんとかして貰うか、無理なようなら来月にするか、若しくは結束バンドとは別の日にやるしかない。

 

 もう一つの方が割と問題で、結束バンドが毎月徴収してるアレ……つまりライブをする為のノルマ代だ。俺やヨヨコ先輩は問題ないだろうが、ひとりは結束バンド分のノルマ代しかバイトをしていないし、廣井さんは年中金欠そうだし……

 

「と言う訳でノルマ代なんですけど……」

 

 俺が二つの問題を説明してから申し訳なさそうにBoBメンバーへ向けて言うと、案の定ひとりが固まった。だが意外な事に廣井さんはまるで平然としている。流石社会人? 冠婚葬祭色々あるからか、急な出費でもノルマ代位なら何とかなるのだろう。それとひとりはスマホで肝臓の売り方を調べるのはやめろ、将来のパフォーマンスが下がるって前も言っただろ。

 

「ちょっと心配してたんですけど、廣井さんは大丈夫そうですね」

 

 俺がひとりからスマホを取り上げながら安心したように言うと、廣井さんはまるで表情を変えずに鬼ころを一度すすってから気負った様子も無く口を開いた。

 

「えっと……ノルマ代だっけ? 無いけど?」

 

「ちょっと!? 何でそんな平然としてるんですか!?」

 

「大丈夫大丈夫。SICKHACK(わたし)ももうすぐライブあるから!」

 

 もうすぐ給料日だから大丈夫! なんてギャンブル中毒みたいな事を言う廣井さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「そもそもノルマ代ってライブ終わった後にノルマが達成できなかった分を払う訳でしょ? ノルマのチケットって二十枚だっけ? それならBoB(私達)なら絶対大丈夫だよ~!」

 

 カラカラと笑う廣井さんの随分と自信に満ちた発言に、何を根拠にそんな事をのたまっているんだと疑わしげな視線を俺が送っていると、ヨヨコ先輩も廣井さんの考えに同調するように声を上げた。

 

「でも確かに姐さんのいう事も一理あるかもしれませんね……クリスマスライブに来ていた人はBoBのベースとリズムギターが私達二人だって気づいてる筈です。そこから姐さんと私のファンを引っ張ってこられるならノルマ二十枚を達成できる可能性は十分あるはずよ」

 

「そうなんですか? っていうか廣井さんのファンは分かるんですけど、ヨヨコ先輩のファンって引っ張ってこられるんですか? この前のクリスマスライブは一応SICKHACKのライブでしたよね?」

 

「うっ……」

 

 俺の率直な疑問にヨヨコ先輩は痛い所を衝かれたように呻き声を漏らしたが、もしかして気付いてなかったんだろうか……まぁFOLTという事でSIDEROSファンも来ていた事は十分考えられるし、来ていたファンから情報が伝わっている可能性もあるが……

 

 ちなみに俺は友人がいないし、ひとりだって同じだ。結束バンドと同じ日にライブをするなら虹夏先輩達にチケットをお願いする事も出来ないし、一号二号さんは恐らく結束バンドのチケットを買うだろう。お互いの両親にならなんとか行けるが、それだって二人で四枚が関の山だ。なんならひとりは結束バンドのチケットノルマを自分の両親に頼む可能性もあるので、その場合BoBでの俺達二人のノルマ十枚を捌くあて(・・)は俺の両親の二枚だけって事になる。

 

 そんな訳で自分では全く集客に貢献出来ない事を悟った俺が本当に二十枚なんてノルマを達成できるのか不安気にヨヨコ先輩を見ながら訊ねると、ヨヨコ先輩は先程の俺の指摘に恥ずかしそうに一つ咳ばらいをしてからより具体的な説明を話し始めた。

 

「と、とにかく。私達は普段キャパ五百人のFOLTでワンマンライブをしてるの。そうすると乱暴な計算だけど姐さんは百五十人、私には百人近いファンが付いてると考えられるわ。もしその十分の一がBoBを見に来てくれたとしたら、それだけで二十人は呼べる可能性があるわね」

 

 まぁあくまで可能性だけど……なんて言いながらも、ヨヨコ先輩は難しい顔で口元に手を当てて何事か考えながら話を続ける。

 

「……あとはBoBのトゥイッターフォロワーがどれだけ来てくれるか……って所かしら? 私のフォロワーが一万人、さっき言ったライブに来る私のファンが百人……つまりフォロワーの百分の一が店に足を運んでくれると仮定すると……」

 

「た、確かBoBのフォロワーって三万人でしたよね……? という事は……さ、三百人……?」

 

「う、STARRY(ウチ)のキャパは二百五十人くらいだよ……」

 

 ヨヨコ先輩の呟きを聞いて数字を計算してみた喜多さんと虹夏先輩がたじろぎながら声を漏らした。二人はもっともらしい事を言うヨヨコ先輩の変な雰囲気に飲まれているが、流石の俺でもこの計算が少し考えれば無茶苦茶なのは気付いている。

 

「でも結束バンド……というか喜多さんのイソスタフォロワーは一万五千でしたよね? けど普段のライブには百五十人も来てませんよ? 流石にちょっとその計算は乱暴すぎるんじゃ……」

 

 俺が率直な意見をぶつけるとヨヨコ先輩は困ったような顔で肩を竦めた。やはり本人もちょっと無茶が過ぎる予想だというのは自覚しているようだ。

 

「まぁトゥイッターのフォロワーはともかく、私と姐さんのファンに関してはそこそこ信頼できるんじゃないかしら? 特に姐さんは普段やらないサイケ以外の曲を歌ってるから、もしかしたら想像以上に人が来るかも……」

 

 そういう話なら同意できる。クリスマスライブでやった廣井さんのサイケ以外も、ヨヨコ先輩のメタル以外も、かなり好意的に受け入れられていた感じはあった。それこそ二人の新たな方向性の音楽が聴きたかったファンなんかはBoBライブに来てくれるかもしれない。

 

 だが同時に思うのは、それって俺が覆面バンドにした理由……つまり廣井さんやヨヨコ先輩というビッグネームに頼りたくなかったという事そのものなんじゃないだろうか? なんて考えも頭を過ぎるのだ。

 

「……まぁあなたの悩む理由も分かるけどね」

 

 俺が果たしてこれでいいのか難しい顔をしていると、ヨヨコ先輩が少し申し訳なさそうに呟いた。

 

「大方姐さんや私の知名度を利用する事になるから迷ってるんでしょう? けどそれは私達がBoBで活動していく以上避けて通れない事だし、私も姐さんも分かっていた事だからあなたが気に病む必要はないわ。それに……」

 

 ヨヨコ先輩は俺がまるでしょうもない事に悩んでいるかのように呆れ顔で諭すように話を続ける。

 

「どうせBoBのライブに来た人は遅かれ早かれBoBのファンになるんだから、今来るファンはその前借りだと思ってればいいのよ。あなた得意でしょ? そういう考え方」

 

 まあ最後の最後には全員私のファンにして見せるけどね! なんて言いながらヨヨコ先輩はそっぽを向いて、まるで苦虫を噛み潰したような表情で鼻を鳴らした。

 

 どうもヨヨコ先輩はBoBのトゥイッターフォロワーがヨヨコ先輩のフォロワー一万人をあっという間に追い越した事を根に持っているようで、今回も自分のファンをBoBに取られるとでも思っているのかもしれない。しかしヨヨコ先輩のファンがBoBのヨヨコ先輩の音楽を聴きに来たらそれはヨヨコ先輩のファンでは? 太郎は訝しんだ。

 

 だがそんな事より聞き捨てならないのがヨヨコ先輩の俺のイメージだ。「どうせ最後はBoBのファンになるんだから……ままええか!」うわすげえ言いそう……いや違う。俺はそんなアホではない筈だ……

 

「そういう考え方が得意って……いや、ヨヨコ先輩は一体俺を何だと思ってるんですか……」

 

「怖いもの知らず。後先考えないバカ。楽観主義。お節介焼き。お調子者。無茶振り野郎。初ライブが姐さんとの路上ライブとかいうアホ。いきなり姐さんの紹介でSIDEROSの試験を受ける奇人。私がバンドに加入して直後に渋谷で即興路上ライブさせる変態。新曲を二週間でマスターしろとか言ってくる狂人。初の箱ライブの観客が五百人とかいう変人」

 

 流石に俺のイメージがあんまりだったので軽く抗議を入れて見ると、ジロリとこちらを睨んできたヨヨコ先輩から遠慮のない数々の言葉が飛んできた。

 

 なんだこの人!? なんでそんな辛辣な言葉がつらつら出て来るの? もうちょっと褒める所とか……無いですかね? というか最後の方は印象じゃなくてただの事実を羅列してるだけじゃねーかよ……

 

 俺が驚愕しながら聞いていると、ひとりもその感想にシンパシーを感じているのか何度も頷いている。いやマジでどういう事だよ……お前までそんな風に思ってたのか? 俺は褒められて伸びるんだからもっと褒めてくれ。

 

「まぁでも……」

 

「はい! この話は終わり! やめやめ! ノルマ代の事は分かりました! 最悪の場合は俺が一旦全額出して後で皆から回収するんでそれで行きましょう!」

 

「ちょ、ちょっとまだ私の話は……」

 

「それじゃあ虹夏先輩、店長にライブ出たいって伝えたいんですけど何処にいるか分かります?」

 

 とりあえず二つあった問題が解消されたので、まだ何か言いかけていたヨヨコ先輩に被せるようにして強引に終わらせると、虹夏先輩に店長の場所を教えてもらいSTARRYでのライブ出演の事を伝えに行くことにした。

 

 虹夏先輩に教えて貰った店長の所在まで訪れると、店長がノートPCを広げていたので声をかけた。俺は折角フェスへの応募を薦めて貰った手前申し訳ない気持ちもあったのだが、とりあえず夏フェスオーディションは今の段階では見送る事を伝えてみると、話を聞いた店長は特段気にした様子も無かった。

 

「そうか。お前らが出たら面白い所まで行けそうだと思ったんだが……まぁ確かにメンバー二人が別々のバンドでライオットに出るんならそれどころじゃないかもな……それで? 虹夏達と同じ日にライブやりたいんだっけ?」

 

 店長は開いていたノートPCの画面を覗き込んだ。おそらく結束バンドの出る日の出演バンドや空きを確認しているのだろう。画面を見ながらキーボードを弄っていた店長は、しばらくすると画面から目を離さずに口を開いた。

 

「まぁねじ込んでやる事は出来るけど、次からはもっと早く言えよ。でも本当にこの日でいいのか?」

 

「? どういう意味ですか?」

 

 日付の事を熱心に確認する事に疑問を感じた俺の言葉に、今まで画面から目を離さずにいた店長はようやっとこちらに顔を向けた。

 

「いや、この日だともうライブまで二週間位しかないだろ? つまり周知する時間もそれくらいしかないけど……客は呼べそうなのか?」

 

 確かに店長の言う通りだ。なんならもう既にこの日のチケットの販売は始まってるし、見に来る人の予定だって埋まってる可能性も十分ある。店長の話ではそもそもブッキングライブの応募ってのは一ヵ月以上前にやるべき物らしく、場所によっては応募は三か月前とかもあるらしい。

 

「ええと……まあ大丈夫です……多分……」

 

「おいおいほんとに大丈夫か? まあこっちはノルマ代さえきちんと払ってくれればそれでいいけど……」

 

 先程のヨヨコ先輩と話をした、廣井さんとヨヨコ先輩のファンとBoBトゥイッターフォロワーの一パーセントがSTARRYへ来てくれる事を願うしかないだろう。最悪ゼロ人でも普通にノルマ代を払うだけだし。へーきへーき。

 

 とりあえず伝える事は伝えたのでそのまま踵を返してフロアに戻ろうとする俺は店長に呼び止められた。振り返ると店長は再びノートPCの画面へと視線を戻してキーボードを弄っている。

 

「出るのは分かったから、次はとりあえずWEBページに乗せるアー写を撮ってきてくれ。確かお前らまだ持って無いだろ? まぁ最悪アー写は無くてもいいけど……期限は今日中な」

 

「あーしゃ?」

 

「そう、アーティスト写真」

 

 店長が一瞬何を言っているのかよく分からなかった俺はオウム返しの様に聞き返して、意味を理解した瞬間飛び上がった。

 

 あーしゃ……? アー写! やばい、今の今まですっかり忘れていた。前に結束バンドのアー写撮影に同行した筈なのに話に出た事すら無かった。今まで路上ライブしかやって無かったから必要無かった上、前回のクリスマスライブはゲストだったのでなにも用意しなくても良かったのだ。恐らくめんどくさい事は廣井さんか志麻さん辺りが何とかしてくれたのだろう。

 

 すっかり忘れていた恐ろしい事実を指摘された俺は店長に一言告げると、廣井さん達がいるフロアへと慌てて戻る事にした。

 

 

 

「廣井さんっ! アー写ですよ、アー写っ!!」

 

「ええ? なになに? アー写?」

 

 フロアに戻った俺は即座にくつろいだ様子で椅子に座って鬼ころを飲んでいた廣井さんに詰め寄ると、先程店長に言われたアー写の事を早口に説明した。するとアー写の事は廣井さんも忘れていたのか困ったような声が返って来た。

 

「そっか~……アー写かぁ~……」

 

「そう言われてみれば私が入ってからも撮ってなかったわよね?」

 

 廣井さんの隣に座りながら話を聞いていたヨヨコ先輩もアー写を撮っていない事を思い出したのか困ったような顔をしている。最悪今回の告知は写真無しで行く事になるが、とりあえず今後どうするかの緊急BoBアー写会議が開かれる事になった。

 

 

 

「まず撮影の前に決めなきゃいけないのは方向性やコンセプトね……太郎、BoBのコンセプトは?」

 

 真っ先に発言したのは腕と足を組みながら偉そうにふんぞり返って椅子に座っていたヨヨコ先輩だ、やはりこういうプロデュース方面には一家言あるのだろうか。リョウ先輩という自分の(結束)バンドの時もやる気が無かったのに、他所のバンドという事で更にやる気の無い人とは対照的だ。

 

「BoBのコンセプトですか? えーっと……やっぱり名前の通りぼっちが集まってるって所じゃないですか?」

 

 急に話を振られた俺が少し悩んで答えるとヨヨコ先輩は小さく頷いた。前に志麻さんや廣井さんにも言ったが、BoBのコンセプトは『磨き上げた個』の集まりだと思っている。

 

 しかしなるほど、大雑把にでもコンセプトが決まると何となく撮るべきアー写が見えて来た気もする。ぼっちズなんて言ってるのに、結束バンドの様に下北沢のおしゃれな壁を背景に手を繋いでジャンプなんぞしているのは方向性が違うだろうという事だ。となると……

 

「……だとすると屋外より屋内ですかね? それもあんまりおしゃれな感じがしない場所……」

 

 ぼっち、なんて言っているのだから太陽が燦々と輝く屋外はちょっと違う気がした。そうなると室内だが、これもおしゃれな屋内は違う気がする。だとすると……自宅とか? いや流石にそれは無理か……

 

 虹夏先輩や喜多さんが色々案を出してくれたがいまいちしっくりくる場所が無く俺が悩んでいると、ひとりが珍しくおずおずと手を上げた。

 

「おっ? 何処か心当たりがあるのか?」

 

「えっえっと……あの、それならSTARRY(ココ)で撮ったらどうかな……」

 

「STARRY?」

 

「うっうん……太郎君の言ったイメージで最初は自宅が思い浮かんだんだけど、それは流石に無理だから……でもそれなら拠点であるSTARRYはBoBにとって……と言うかバンドにとっての自宅みたいな物かなって思った……んだけど……」

 

 自分のイメージをおっかなびっくり説明し始めたひとりは、皆の視線が自分に集まっている事に気付くと段々と声が小さくなっていき、終いには恥ずかしそうに俯いてしまった。

 

 ひとりの事だからどんなトンデモ空間を提案されるかと思ったが、中々良い着眼点かもしれない。ライブハウスは大体地下にあって暗くてじめじめしてるイメージ(偏見)だし、ひとりの言う通り拠点はバンドにとっての自宅とも言えるかも知れない。こいつ結束バンドのアー写の時もよさげな壁を見つけて来るし、案外こういう才能があるのだろうか……

 

「なるほどな……いや、結構良いんじゃないか? お前中々センスあるかもな」

 

「!! うへへへ……まっまぁこれくらい私と言うバンドの申し子にかかればお茶の子さいさいだよ。将来太郎君がマイホームを買う時は私が場所を選んであげるね……」

 

 いやなんでアー写の撮影場所のセンスを褒めただけで、そんな俺の人生を賭けたデカい買い物をお前に任せなきゃいけないんだよ……怖すぎんだろ……せめて俺が高校卒業した後に一人暮らしを始める時の賃貸の場所位にしてくれ。

 

 自分のセンスが誉められた事で顔がモチモチになっているひとりをスルーして、俺は虹夏先輩へSTARRYでの撮影が可能かどうか聞いてみると特に問題ない旨の言葉が返って来た。廣井さんやヨヨコ先輩からも特に反論がなかったので、BoBのアー写はSTARRY内で撮影する事に決定した。

 

 何とか撮影場所は決まったが、どんな写真を撮るかはまだ何も決まっていない。だがこういう物はあまり難しく考えても仕方ないので、覆面とパーカーを身に着けた俺達四人はとりあえずSTARRYの壁を背にして横一列に並ぶというよくある構図で写真を撮る事にした。撮影係は虹夏先輩だ。

 

「おいひとり、もうちょっとこっちに寄れ。それじゃ見切れるぞ」

 

「あっはい……」

 

「それじゃあいくよ~……はいおっけー」

 

 結束バンドのアー写撮影の時もそうだったが、どうもひとりは端っこに行きたがるので腕を掴んでこちらに一歩引き寄せると、メンバー全員が画面に収まった事を確認した虹夏先輩がシャッターを切った。

 

「……どうですか?」

 

 俺の預けたスマホで撮影した写真を虹夏先輩に見せて貰うと、各々の個性が出ている中々良い感じの写真が撮れていた。

 

 写真一番左にいるひとりは、前に下北沢の壁の前で一番最初の結束バンドのアー写撮影をした時のような格好で、行儀よく体の前で両手を重ねて所在なさげに俯きがちに立っている。こんな如何にも引っ込み思案っぽいポーズの癖に、顔には厳つい仮面が付けられているギャップで中々愉快な絵面になっている。

 

 ひとりの隣、写真左から二番目に立つ俺は両手をパーカーのポケットに突っ込んでいる。顔は少し傾けてカメラを見下ろすようにしている、まぁよくあるポーズだ。

 

 俺の隣、右から二番目にいる廣井さんは左手はパーカーのポケットに入れて俺の左肩に右腕を乗せて寄りかかりながら、俺とは逆に顎を引いて気だるそうな恰好でカメラに顔を向けている。普段はちゃらんぽらんだが、アー写となるとこうしてカッコよくなるのは流石バンドマンと言った所か。

 

 写真一番右にいるヨヨコ先輩は、画面の外側に少し体を向けるように立ちながら両肘を掴むように腕を組んで顔だけカメラに向けている。これがまた如何にもヨヨコ先輩っぽいポーズだ。

 

 前に虹夏先輩はこれと同じような横に四人並んだ構図の結束バンドの写真をイマイチバンド感が無いと言っていたが、BoB的にはかなり良いんじゃないだろうか? この統一感の無いバラバラなポーズがまたいい味を出してる気がする。

 

「メンバーの個性も出てますし、これ結構いいんじゃないですか?」

 

「あっ……太郎君。私にも写真送って」

 

「私にも頂戴~!」

 

「あ……じゃ、じゃあ私にも……」

 

 中々良いアー写が撮れた事に俺が満足していると、ひとりや廣井さんだけで無くヨヨコ先輩にも写真のデータを送るよう頼まれたので全員にデータを送ってから、俺はアー写の提出を行なう為に店長の元へ再び足を運んだ。

 

 

 

「へぇ~……いいんじゃない? メンバーの個性も出てるし」

 

 相変わらずノートPCに向かって仕事をしていた店長にアーティスト写真の提出を行うと、写真を見た店長は楽しそうに呟いた。そうしてHPに写真を載せる為にキーボードを叩くと、決定のENTERキーを押す前に一度こちらに振り向いた。

 

「それじゃあBoB参加をHPに載せるけど、本当にいいんだな? 後でやっぱりやめますは無しだぞ?」

 

「大丈夫ですよ……一応集客の当てはありますし、駄目でもちゃんとノルマ代は払いますから」

 

 俺の言葉に店長は無言でノートPCに視線を戻してENTERキーを押し込んだ。これでいよいよSTARRYのHPでBoBのライブ参加が告知されたので、待った無しの状態になったと言えるだろう。

 

 今回参加するのはBoBと結束バンド含めて4組がライブする対バン方式と言われる物だ。大体二週間前に出演者に当日のタイムテーブルを告知するらしいので、今日がまさに参加するかどうかのデッドラインだったと言える。いやちょっと踏み越えてる気もするが……因みに店長曰く今の段階でBoBはライブの一番最後、大トリを考えているらしい。

 

 ライブ出演が決定した事で店長から諸々の説明を受けた俺は再び皆がいるフロアに戻り、無事参加が決定したライブの日時を廣井さんやヨヨコ先輩に伝えると、今日はライブオーディションに夏フェス参加の有無やアー写撮影と結構な時間を食ってしまったので解散という事になった。

 

「それじゃあね太郎君、ぼっちちゃん。あとSNSでの告知よろしくね~」

 

「じゃあまた当日にね」

 

 今日は結束バンドも解散という事で、STARRYを出て廣井さんとヨヨコ先輩と別れてしばらく歩くと、ひとりが緊張した面持ちで話しかけてきた。

 

「たっ太郎君、いよいよだね……」

 

 だがひとりをよく見ると、緊張もしているがなんだか珍しくやる気が溢れているようにも感じられる。

 

「え? ああ、そうだな。ってなんだかいつもよりやる気があるな? どうしたんだ?」

 

「えっえっと……だって中学の時から言ってた私達(・・)のバンドの初めてのライブだから……」

 

 心なしか嬉しそうな表情のひとりの言葉に、俺は驚くと同時になんだか少し嬉しくなった。『太郎君のバンド』ではなく『私達(・・)のバンド』と言う言葉から、一応ひとりもBoBの事を大事に思ってくれている様に感じられたからだ。

 

「そうか……そうだな。ありがとな、ひとり」

 

「うっうん……ってなんで今私お礼言われたの!?」

 

「……あっ、そうだ(唐突)。SNSで告知しておかないとな」

 

「えっあの……太郎君? 今なんで私お礼……」

 

「うるさいですね……」

 

 頭にはてなマークを浮かべながらしつこく食い下がって来るひとりへ、俺は気恥ずかしさを誤魔化すように渋い顔を作りながらスマホを取り出すと、BoB公式トゥイッターへライブの告知を投稿する事にした。

 

「えーっと……かなり急ですがライブハウスでのライブが決定しました。場所は……」

 

 スマホの画面を見ながら場所や日程、対バンするバンドの情報やOPENの時間、チケット料金に別途ドリンク料金がかかる事や予約方法まで、初めての人でも迷わない様になるべく詳しく情報を書いて投稿して行く。こういうSNS投稿に関する細かい気遣いは勿論ヨヨコ先輩の受け売りだ。

 

「まぁこんなもんかな? よし、あとは当日を待つだけだな」

 

「ねぇねぇ太郎君。さっきなんで……」

 

「う、うるせぇなぁ……もういいだろ」

 

 トゥイッターへの投稿が終わってスマホをポケットに突っ込むと、俺が言い返さない事に味を占めたのかなにやら楽しそうに絡んで来るひとりを帰りの電車で二時間もあしらうことになってしまった。

 

 その後、流石に三万人もトゥイッターのフォロワーが居ると反応も沢山あり『ライブ絶対行きます!』『FOLTライブも行きました! 今回も行きます!』『渋谷路上ライブからのファンです!』『東京は無理だ……』『大阪にも来て』『告知急スギィ!』『もう予定入ってるよ……』『BoBってマジで実在したのか……』など、色々な返信が投稿されているのを見ながら俺達はライブ当日を迎える事になった。




 メタ的な事を言えば結束バンドはライオットファイナルに進めないので、その時に誰よりも主人公自身が後悔しそうな事に今になって作者が気付いた事と、この小説では実力があればそれに見合った評価がされる感じの世界観で書いてるんですが、そうすると金沢八景路上ライブ→渋谷路上ライブ→FOLT500人ライブ→夏フェスとインフレしていくと今後ちょっと収集つかなくなりそうだったんでフェス応募は見送りました。フェス参加が見たかった人には申し訳ない。
 ちなみにBoBの人気はちょっとやりすぎか? って言うくらいを基準にしてわざと大げさに書いてます。
 今回物語で一番面倒な場所が終わったと思うんで、次回以降はもう少し早く投稿できるかもしれません。


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028 ライブのち萌え体験

 読者ちゃん達さ~……そういう面白アー写ネタがあるんならもっと早く教えてよ(無茶振り)。これじゃ真面目にカッコよさげなアー写考えて書きながら恥ずかしがってた作者が馬鹿みたいじゃないですか……

 今回演奏描写は全カットです。というか今回の話はBoBがSTARRYでライブしてますよって実績作りの話なので、正直『STARRYでのライブは大成功だった』って一文でも別に良いっちゃ良いんですよ……


 ライブ当日。俺はいつもの如くひとりの旧ギターが入ったギターケースを担いでひとりと共にSTARRYへと赴くと、廣井さんとヨヨコ先輩が既にフロアにあるテーブルについているのが見えた。

 

「おはようございます。良かった、廣井さんちゃんと来てますね」

 

「やっほー太郎君。いや~大槻ちゃんがうるさくってさぁ~」

 

「もう、何言ってるんですか姐さん……初回くらいちゃんとしないと……」

 

 陽気にダメ人間みたいな事を言う廣井さんに向かってヨヨコ先輩が呆れた様に窘めたが、初回と言わず次回以降もちゃんとしてくれることを祈るばかりだ……

 

「あっ! ひとりちゃんに山田君! 大変よ!」

 

「あ、喜多さん。今日はよろしくお願いしますね」

 

「ええよろしくね! ……って違うの!」

 

 俺達が話しているとなにやら興奮している喜多さんが駆け寄ってきた。何事か気になったが俺は先に用事を済ませようと一言断ると、座っていた廣井さんとヨヨコ先輩が椅子から立ち上がった。

 

 用事と言うのは既にSTARRYに来ている結束バンド以外の二組のはじめましてのバンドに挨拶に行く事だ。先に着いていた廣井さん達はもう挨拶を済ませていたのかと思っていたが、ヨヨコ先輩曰く、最初の挨拶はメンバー全員で行くらしい。

 

「あ、どうもおはようございます。今日四番目に出演させていただくBoBです。よろしくお願いします」

 

「どうも。おはようございます、よろしくお願いします」

 

 一組目のバンドにつつがなく挨拶を終えると、俺達は二組目のバンドへと足を向けた。

 

「おはようございます。四番目に出演させていただくBoBです。よろしくお願いします」

 

「あっはい! お、おはようございます! よろしくお願いします!」

 

 二組目のバンドに挨拶すると、なんだかえらく恐縮したように挨拶を返してくれた。その様子に俺達が若干驚いていると、相手のバンドメンバーの一人が興奮気味に質問してきた。

 

「あっあの……BoBってもしかしてネットで流行りのメドレー動画を演奏してるあのBoBですか!?」

 

「えっと……はい、そうです」

 

「! やっぱり! あ、あの! 私あの動画凄く好きで……特に三曲目のメタルアレンジが凄く好きなんです! だからあの……あっ、すみません! きょ、今日はよろしくお願いします!」

 

「い、いえ……ありがとうございます。改めてよろしくお願いしますね」

 

 俺達の事を動画で知っていたのか熱心に感想を語ってくれた人は、自分が一方的にまくし立てている事に気付くと恥ずかしそうに話を打ち切って頭を下げた。そんな話を俺の後ろに隠れるように立って聞いていたひとりは頬をモチモチにして喜んでいる。

 

 俺達は二組のバンドに挨拶を終え再び喜多さんが待つ元のテーブルへと戻って来た。きょろきょろと辺りを見回すと店長や虹夏先輩が慌しく動いているのが見える。

 

「……それにしてもなんか今日雰囲気違いますね? それでどうしたんですか喜多さん?」

 

「それが……!」

 

「どうしたもこうしたも無いよ!」

 

 先程話を中断した喜多さんに呑気に訊ねる俺の言葉が聞こえたのか、STARRY内を慌しく動いていた虹夏先輩が怒ったように眉を吊り上げてこちらに来た。

 

「もぉー! 二週間前からBoBのおかげでSTARRY(ウチ)はてんてこまいだよ!」

 

「てんてこまいって……何かあったんですか?」

 

 二週間前と言ったら俺達がライブ出演を発表した日だ。もしかしたらやはり二週間前という直前に参加表明した事がやばかったのだろうかと思いおそるおそる聞いてみると、興奮している虹夏先輩の代わりに早速椅子に座って紙パックの鬼ころを飲んでいた廣井さんが答えてくれた。

 

「SOLD OUTだって」

 

「は?」

 

「だから、売り切れたのよ。今日のチケット」

 

 廣井さんから出てきた単語に、そんなバカなと素っ頓狂な声を上げた俺にヨヨコ先輩が改めて言い放った。俺だけでなく隣にいるひとりもとんでもなく驚いている。そんな間抜け面を晒す俺達を見て虹夏先輩は疲れたような表情で言葉を漏らした。

 

「ここ数日は電話がかかってきたと思ったら『BoBのチケットはまだありますか?』ってそればっかり……断るの大変だよぉ、お姉ちゃんは喜んでたけど……」

 

 そういえばちょっと前にノルマのチケットがどれ位捌けたかを確認する連絡が虹夏先輩からあった。その時正直に俺とひとりの二人分のノルマ十枚の内、一枚も捌けていない事を伝えるとそのまま売らずに持ってこいと言われたのだが、聞けば廣井さんが三枚、ヨヨコ先輩も二枚チケットを余らせていたらしいが、それもそのまま今日回収されて予約の分に当てられるみたいだ。

 

「ねぇ~、だから言ったでしょ? BoB(私達)なら大丈夫だって」

 

「いや……そりゃ言ってましたけど……」

 

 まさかこんな事になるとは思ってなかった。集まってもせいぜい廣井さんとヨヨコ先輩のファン二、三十人位だろうと思っていたのだが、BoB以外の三組のバンドがノルマの二十人ずつ集客していたとしたらそれで六十人、結束バンド以外の二組のバンドがどれくらい集客したのか分からないがSTARRYのキャパは二百五十人なのでBoBは百五十人位集客したんだろうか? 

 

 その後普段の自分たちのライブからは考えられない観客の人数に興奮気味の喜多さんの話を聞きながら、お金の匂いを嗅ぎつけたのかやたらベタベタしてくるリョウ先輩をあしらっているとリハーサル開始を告げに店長がやって来て、逆リハ(本番の出演順とは逆からリハーサルをしていくこと)でのリハーサル開始となった。

 

 BoBの出演は最後なので、トップバッターでリハーサルが終わり暇を持て余していた(逆リハは最後の出演者が一番待ち時間が長くなる)俺は、いよいよ観客を入場させる時間になると店長に呼び出された。

 

「太郎、悪いんだけど今日受付やってくんない? バイト代は出すから」

 

「ええ!? 俺今日ライブするんですけど……」

 

「頼む! 今日の客の人数だとお前らバイト抜きだときついんだよ。虹夏達は出番が二番目だから時間が無いし……お前は出番最後だから受付なら出来るだろ?」

 

 自分が出るライブの受付するのって普通なんだろうか……? そんな疑問を持ちながらも、両手を合わせて拝むように頼んでくる店長に続きPAさんからもガチトーンで頼まれては断る事も出来ず、俺は受付を担当する事になった。

 

 いつものバイトのように受付をする為に椅子に座り客が入って来るのを待つ。いつもと違う事があるとすれば今日はライブステージ用のパーカーとマスクを被って椅子に座っている事だ。店長曰く『今日はお前ら目当ての客が多いだろうから、自分の応援するアーティストがチケットをもぎってくれたら嬉しいだろ……多分』との事でこんな格好で受付をしている。

 

 実際入場してくる客は俺を見て驚いている。中には『本人ですか!?』とか『応援してます!』なんて言って来る人もいるが、その度に淡々と『本人です』や『ありがとうございます』とか返事しながらお金を貰ってドリンクチケットを渡している。

 

 そうしてしばらく受付をしていると見知った顔がやってきた。ひとりのファン一号二号さんだ。

 

「!? 太郎君何してるの!? 今日出演じゃなかったっけ!?」

 

「まぁそうなんですけど……今日はどのバンドを見に来られましたか?」

 

「えっ!? えっと……結束バンドです……あ、あれ? おかしいと思ってるのって私達だけ?」

 

 あまりにも普段通りに応対する俺に、一号二号さんは混乱した様子で受付を終えるとフロアに進んで行った。大丈夫ですよ、受付に来た人大体みんな驚いてます。

 

 こんな恰好をして受付をしている理由の二つ目がこれだ。FOLTでの客は信じていないようだったが俺は本名を名乗っているので、俺の事を知っている人からは素顔の時も太郎と呼ばれてしまうのだ。今の一号二号さんのように、素顔の時に名前と今日ライブに出る事を同時に話題に出されると正体一発バレなので覆面を付けろと店長に言われたのだ。

 

 その後も世紀末風貌の男達や、渋谷の路上ライブで声をかけてくれた女子二人なんかにも声をかけられながら受付をしているとまた見知った顔が受付に現れた。まあ廣井さんがチケットを二枚捌いたと聞いた時から大体予想はしていたのだが……

 

「どうも山田君」

 

「Hey太郎! 見に来たヨー!」

 

「あ、どうも志麻さんにイライザさん」

 

 二人の受付をしていると、志麻さんとイライザさんを見つけたフロアの客がやにわに騒がしくなった。

 

「うお……あれSICKHACKの志麻とイライザじゃないか?」

「マジだ……BoBを見に来たのか?」

 

 廣井さんやヨヨコ先輩のファンなど、普段FOLTに出入りしている人はこの二人をよく知っているので驚くのも無理はないかもしれない。

 

「前回は楽屋で聞いていたので、今日は前の方で見させて貰いますね」

 

 受付が終わり志麻さんがフロアへと進んで行くと、それを追うイライザさんは俺の前を通る瞬間俺の耳元に顔を近づけて小声で囁いた。

 

「太郎、ライブが終わったらチョット話がありマス」

 

 俺が驚いてイライザさんの顔を見ると、イライザさんは快活そうな笑顔を浮かべて俺に向かって手を振って志麻さんと共に歩いて行った。

 

 耳元で金髪美女に囁かれてちょっと……いやかなりドキリとしたが、急に俺にそんな色っぽい話が出て来る筈も無いのでまたなんぞ面倒な事に違いない。俺は詳しいんだ。

 

 流石に今日は客の数が多く、途切れる事のない人の列をさばいているとまたまたフロアがざわつき始めた。見れば正面に見知った顔がずらりと三人列をなしている。

 

「あれ? 山田さんなんでそんな恰好で受付なんてやってるんすか? っていうか今日ライブですよね?」

 

「ああ、長谷川さん。それに本城さんに内田さんもどうも。これにはちょっと訳があってですね……」

 

 ヨヨコ先輩のノルマチケットの行き先は予想通りSIDEROSのメンバーだったようだ。SICKHACKといいSIDEROSといい今回のみのサービスとは思うが、それでも全員来てくれるとはありがたい事だ。

 

「ヨヨコ先輩に言われた通り、今日は山田さんのドラムを勉強させて貰うっす」

 

「頑張ってくださいね~」

 

「ふふふ……応援してるわぁ~」

 

 受付が終わると三人は俺に一言声をかけてフロアへと入って行った。前にあれだけ俺の事を避けていた内田さんは今では普通に接してくれるが、何故か立場が逆転して俺がタジタジになってしまっている。くそう……霊感少女はズルイでしょ……

 

 それからも受付業務を続けていると、ライブ開始の時間が来たのかようやっと人の波が一段落した。しばらくするとフロアの照明が落ちていよいよ一組目のバンドのライブが始まるようだった。

 

 一組目は俺達の事を知っていたバンドのようだ。受付の椅子に座って引き継ぎを待つ間、始まったMCを聞いていると随分と緊張しているように感じられた。もしかしたら二百人近い観客に緊張しているのかも知れない。

 

 流れて来るライブの曲を受付で聞きながら、落ち着いたとはいえぽつりぽつりとやって来る客の受付をして引き継ぎを待っていると店長が姿を見せた。

 

「店長、お疲れ様です」

 

「悪い悪い、ありがとな太郎。お前の受付結構好評だぞ、BoBがライブする時の恒例行事にしてもいいかもな」

 

「えぇ……」

 

 上々の客の入りの為か、大変そうだが上機嫌の店長がそんな事を言ってきた。確かにこのまま結束バンドと同日にライブをして、毎回同じくらい人が入るなら人手不足を補う為に受付くらいはやらないといけないかもしれない。

 

 おかしな恒例行事が誕生しそうな事に困惑しながら場所を譲ると、椅子に座った店長は頬杖をついて俺へと顔を向けた。

 

「毎回こんくらい集客できるならワンマンの方が良いんだけどな……」

 

「いやいや無理ですよ。って言うか集客云々関係無く俺達にワンマンは無理ですよ……三曲しか持って無いんですから……」

 

「だよなぁ……」

 

 対バン形式のライブは一組三十分、四組で二時間の予定だが、ワンマンになると文字通り一つのバンドで二時間演奏しなくてはいけないのだ。一曲五分だとして、MCを入れても最低十五曲程は持っていないと二時間は埋められない。

 

 残念そうな店長と別れてフロアへ向かうと、ステージから一番遠いバーカウンター付近に廣井さんとヨヨコ先輩が立っていた。二人して既にマスクにパーカーを着て準備万端だ。SICKHACKとSIDEROSの姿が見えないのは恐らく前の方で見ているのかもしれない。結束バンドの面々は出番が次なので楽屋で待機中だ。

 

「あ、来たわね……っていうか大トリの演者に受付させるってどうなってるのよ……」

 

「まぁいいじゃん~。お客さんのウケは良かったみたいだし」

 

「おかげでBoBライブでの恒例行事になりそうですよ……」

 

「えぇ……」

 

 ヨヨコ先輩は困惑していたが俺だって困惑しているのだ。だが廣井さんや店長が言うように覆面受付で喜んでくれるならまたやっても良いかもしれない。と言うか人手の問題でやる事になるだろう。

 

 そうこうしている内に一組目のバンドの演奏が終わり、転換時間を挟んで結束バンドの出番となった。FOLTで観客五百人のライブを既に経験しているとは言え、やはり二百人を超える観客を前にすると緊張した様子だった。

 

「ひとりちゃーん! 頑張ってー」

「ひとりちゃーん! 応援してるよー!」

「後藤ー!」

「ぼっちちゃーん!」

 

 一号二号さんに乗っかるように俺と廣井さんもひとりに向けて声を出す。俺は今日はBoBのドラマーとしてなので後藤呼びだが、一応左手首にピンクの結束バンドを巻いて他とは違うファンをアピールして応援している。

 

 BoBのドラムとベースが応援した事で観客が若干ざわついてひとりに注目が集まった。当の本人であるひとりは二百人近い観客に一斉に注目されて泣きそうな表情であたふたと周りを見渡していた。

 

 やはり観客の大多数がBoB目当てなのか結束バンドの演奏が始まっても大盛り上がり、とまでは行かなかったが、ちらほらと観客からポジティブな言葉が聞こえて来たのでここから結束バンドや今日一緒になった二組のバンドに興味を持つ人が増える事を祈るばかりだ。

 

 

 

 結束バンドの出番が終わり三組目のバンドがステージに姿を現すと、俺達BoBは結束バンドと入れ替わるように楽屋に入る事になった。

 

「お疲れ様です」

 

「あ、太郎君。いやーSTARRYでのライブなのに緊張したよ~」

 

「す、凄い数のお客さんでしたね……」

 

「これは今日の物販が楽しみ」

 

「ぼっちちゃんはこのまま残るんだよね。それじゃあ太郎君、それにぼっちちゃんも! 頑張ってね!」

 

 虹夏先輩達と言葉を交わして楽屋に入り、演奏中のバンドの音楽に耳を傾けて出番を待つ間俺は楽屋をきょろきょろと見回した。

 

「どうしたの? 太郎君」

 

「いや……そういえば俺STARRYの楽屋に入ったの初めてじゃないかなって……」

 

 隣に座ったひとりにそう答えると、ひとりは急に嬉しそうなモチモチした顔を披露した。

 

「わっ分からない事があったら何でも私に聞いて良いよ。私はもうSTARRYでのライブ一年近いベテランだからね……うへへ」

 

「マジすかひとりさん! あざーす! あっ! あの隅っこにある完熟マンゴーって箱なんなんすか!?」

 

「えっ!? あああああれは……」

 

 随分と大口を叩くひとりに適当に目についた段ボールの箱の事を聞くと急にしどろもどろになってしまった。ガスマスクをしている為表情は見えないが、ヨヨコ先輩は俺達の馬鹿みたいなやり取りを見て呆れた様に息を吐いた。

 

「全く……もう少し緊張感って物を……」

 

「そういうヨヨコ先輩は今日は大丈夫ですか? ちゃんと寝てきました?」

 

「うっ……」

 

 正直ライブの度に三日寝ないのは普通に体に悪いので何とかした方がいいと思う。廣井さんの飲酒と言い、なんでこんなに命を削りながらライブをする奴が多いのだろうか……これがロックなのか? 

 

「それにしても太郎君って緊張しないよね~」

 

「確かに、この心臓の強さは不思議だわ……」

 

 今まで話を聞いていた廣井さんが不思議そうに言葉を漏らすと、ヨヨコ先輩とひとりも同意するように頷いた。

 

「いや別に俺だって緊張はしてますよ」

 

「え~でもいっつも平気そうじゃ~ん。なんかコツとかあるの?」

 

 廣井さんは俺の言葉が信じられないのか唇を尖らせながら聞いてきた。

 

 しかし緊張しないコツか……別に俺は緊張していない訳では無い。ただ俺以上に緊張しているひとりがいるので、俺まで緊張していられないと言うのは有るかもしれない。二人して緊張でガチガチだとどうなるか分からないからな。だがそんな事より――

 

「緊張しないコツですか……まあ()いて言えばですね……」

 

「言えば?」

 

「天才ベーシストと天才ギタリスト二人がメンバーにいるって言う信頼感……ってやつですかね?」

 

 廣井さんなら俺がミスったとしても何とかしてくれそうだし、ひとりやヨヨコ先輩のギターテクニックがあれば客も満足するだろう。そう、ぼっちずなんて言ってるが俺達はチームで戦ってるんだ! 誰かがミスったら俺がカバーしてやるけど、俺がミスったら誰かカバーしてね! だから迷惑かけても全然大丈夫! 一蓮托生! 

 

 三人が見守る中俺がはっきりと言い切ると三人は俺に顔を向けて黙ってしまった。全員覆面で表情が見えないのがとても怖い。沈黙が楽屋を支配してライブの演奏がよりはっきりと聞こえて来る。

 

「な、なぁ~んちゃって~! 良い事言っちゃった~」

 

 気まずくなった俺がかつての廣井さんの真似をして誤魔化した瞬間、廣井さんが椅子から立ち上がって近づき俺の隣に腰を下ろした。狐面をしている為表情が読めないのが非常に怖い。ややあって廣井さんは急に肩を組むように腕を回して来た。

 

「はぁ~……悪い男だよこいつは……仕方ない……ぼっちちゃ~ん、太郎君貰ってい~い?」

 

「えっ!? だっ駄目です…………えっと……あっやめた方がいいですよ……」

 

「何言ってるんですか……ひとりも酔っ払いの戯言を……やめた方がいいですよ!?

 

 なんだこいつ!? すげぇ切れ味の言葉を放って来るじゃねぇか……いい度胸じゃねぇの(ザッ)思わず肩幅がでっかくなっちまうよ。

 

「そうですよ姐さん。やめた方がいいですよ」

 

「そうそう言ってやってくださいよヨヨコ先輩……やめた方がいいですよ!? 二度打ちはルール違反でしょ!?」

 

 俺が驚愕して二人を見ると、二人はふいと顔を背けた。おかしい……俺はメッチャ良い事を言った筈だったのに……そもそも何の話してたんだっけ? そうだ緊張しないコツだよ。なんで質問に答えた俺が傷ついてんだ? おかしいでしょ? 

 

 酔っているのか上機嫌でベタベタしてくる廣井さんを軽くあしらいながら俺は一つ咳ばらいをすると、大勢の前で実力が出せないひとりや、緊張を紛らわす為に酒を飲み始めた廣井さん、緊張の為三徹してくるらしいヨヨコ先輩へ向けて言葉を続けた。

 

「つまりですね、自分の努力も自信になりますけど俺は自分が別の大きなモンに支えられてるって思ってるんです。そう思えばちょっとは気が楽でしょう? ぼっちずなんて言ってますけど、俺達はステージの上では一人じゃ無い(・・・・・・・・・・・・・・)んですから」

 

 バンドは一人では出来ないのだ。別にBoBだけじゃ無くて全てのバンドで同じ事が言えるんだけどな! ぶっちゃけ責任転嫁とも言う。カッコつける為に黙っていよう。もう遅ぇけどな! ままええわ! 切り替えていけ。

 

 そうこうしている間に音楽が止んでいるのに気付いた。どうやら前のバンドが終わったようだ。しばらくすると演奏していたバンドが楽屋へと戻って来た。

 

「あ、BoBさん。全員撤収完了しました」

 

「お疲れ様です、分かりました。そんじゃあ行きますか」

 

 前のバンドと交代するようにステージへ向かう途中、ヨヨコ先輩は小走りで俺の横に並ぶとこちらに顔も向けず前を向いたまま小声で呟いた。

 

「……ま、まぁ一応信頼はしてるわ」

 

「あっはい。その代わり俺がなんかやらかしたら頼んますよ」

 

「ふん」

 

 転換時間を経てステージへ出ると大きな歓声が起こった。今までSTARRYで俺は向こう(・・・)側でひとりを応援していたのに、なんだか不思議な気分だった。

 

「おきくー! 来たぞー!」

「つっきーちゃーん!」

うおおおお! ごとり様ー!

「ひ……ごとりちゃーん!」

「太郎ー! おきくの制御方法を教えてくれー!」

きゃー! 太郎くーん!

 

 何か変なのが居ますね……廣井さんの制御方法なんか知らねーよ……俺に聞くな。まぁ強いて言うなら未成年を周りに置く事じゃないですかね? 今だってステージ上に酒を持ち込んでないし、明らかにSICKHACKの時より遠慮してるから。いつまで保つかは知らんけど……

 

 そんな事より俺への声援を送ってくれたのはおそらく渋谷女子二人(俺のファン)だろうか? 文字通り黄色い(・・・)声援が聞こえて来た事に気を良くした俺はドラムスティックをクルクルと回して答えてみる。

 

きゃー!

 

 気づけばステージの上の三人がこちらを見ていた。なんすか? ってか怖ぇーよ……なんで全員こっちを見てんだよ……目の前の自分のファンをもっと大事にしろ! 

 

 ステージ上の三人がちょっと怖くなった俺はさっさとライブを始める事にした。

 

「えー……ライブ告知が急だったにもかかわらず今日来てくれた皆さん、ありがとうございます。早速一曲目に行きたいと思います。一曲目は――」

 

 

 

 

 

 

 

 BoBが務めたアンコールを含めて全てのライブが終了すると、次は物販が始まるとの事で廣井さんとヨヨコ先輩は先に行ってしまった。BoBは物販で売る物など無いのだが、ファンとの交流って意味もあるとの事で俺も汗だくのシャツを着替えたら合流する予定だ。

 

「うへぇ~……汗すげーな……やっぱドラムってしんどいわ……」

 

「はい太郎君。タオル」

 

「おお、ありがとなひとり。お前は大丈夫か? 今日随分と演奏してただろ?」

 

「えっえっと……うん、大変だったけど大丈夫だよ」

 

「そっか、そういえば結束バンドの物販あるんだろ? 俺の事は放って置いて行っていいぞ。あ、ちゃんと覆面とパーカーは置いて行けよ」

 

「うっうん、じゃあ先に行くね」

 

 ひとりが出て行った楽屋に一人残された俺が早速パーカーを脱いでシャツを着替えていると急に扉が開いた。

 

「ちょっと太郎! いつまで着替えて……って、きゃあああ!」

 

「うわびっくりした……ヨヨコ先輩、着替えるって言ってたでしょうが。急に入ってこないで下さいよ」

 

「だ、だって後藤ひとりが来たから……ちょ、ちょっと……は、早く何か着なさいよ!」

 

 ガスマスクを着けている為表情は分からないが、ヨヨコ先輩は上半身裸の俺を見て驚いたのか少し背けた顔の前で両手をわたわたと動かしている。しかし自分から突撃して来たくせになんて言い草だ。まぁ一応文句を言ってみたが、別に見られても問題無いので気にせず着替えてさっさと廣井さんと合流する事にした。

 

「あ、来た……ってどうしたの(おお)……つっきーちゃん? なんかあった?」

 

「聞いて下さいよおきくさん。さっきつっきーさんが……」

 

「ちょっとぉ!? な、何でもないんです姐さん! おほほ……全く太郎ったら……」

 

 おほほって何!? って言うか誰!? こんな事言ってるけど滅茶苦茶言葉に怒気が混じってますよこいつ。こわいなーとづまりすとこ。

 

 隣を見れば結束バンドが物販を売り出している。デモCDとかガチの結束バンドとかメンバーの私物とかだ。更に隣では今日一緒した二組のバンドも物販を開いていて、Tシャツとかトートバッグとかリストバンドなどが並べてある。

 

「それでどうします? 俺達物販とか何も無いですけど? フリーハグでもします?」

 

「あははは! いいね太郎君!」

 

「あなた本当にぼっちなの? その行動力はどこから来るのよ……」

 

 俺は店長から貰ったガムテープにFREE HUGSと乱雑に書いて適当な長さに切ると、自分のパーカーの胸の部分に無造作に貼り付けた。とはいってもやるのは俺だけだ。男性客が多いから廣井さんとヨヨコ先輩はセクハラが怖いからね。

 

 そうこうしているうちに次々とBoBファンが寄って来た。俺はやって来るファンと話をしながらライブの感想や物販で欲しい物を聞いてみたり、希望する人がいればフリーハグをして交流してみる事にした。

 

 

 

「今日のライブ良かったです! 曲の配信とかしないんですか?」

「ありがとうございます。配信は考えてるんですけど、ちょっと先になりそうです。すみません」

「いえ! 応援してます! あ、ハグいいですか?」

「はいどうぞ」

「ありがとうございます。え? 欲しい物販ですか? そうですね……やっぱりメンバーと同じパーカー……と思ったけど、BoBのパーカーって市販品ですよね? ならTシャツですかね」

 

「おきくのパンクいけるやん!」

「ありがと~」

「あっ、いけるやんおじさんだ」

「おじさんちゃうわ! お兄さんや! えっ!? 今日はおきくとハグしてええんか!?」

「そんな訳無いでしょう。代わりに俺がやりますよ」

「そらそうか……ほんなら太郎でもええわ」

「ばっちこい」

「……おっ今なんかやってんの? スポーツ……すごいガッチリしてるよね」

「特にはやってないんすけど、トゥレーニングはし、やってます……ってうわああ! 急に標準語になるな! 怖ぇよ!」

「おおきに! やっぱし物販ゆうたらキャップやろ! BoBって書いてるキャップなら球場に被って行ってもバレへんか」

 

「つっきーさんのサイケ良かったです」

「どうも」

「あの……自分つっきーさんとハグいいすか?」

「駄目です。俺じゃ……駄目ですか?」

「その言い方気持ち悪いからやめなさいよ……」

「やっぱ駄目ですか……あっ!! じゃ、じゃあ太郎さんがつっきーさんとハグした後にハグお願いします!」

「は?」

「この短時間で間接ハグを思いつくとか天才かよ……しゃあない、つっきーさん俺と……」

「い、嫌よ!」

「嫌みたいです」

「あっはい……あっじゃあ太郎さんお願いします」

BoB(ウチ)のファンはあったけぇなぁ……」

「太郎君。君最初スルーされてるからね……? まぁ君がそれでいいならいいけど……」

「あざす。物販ですか? うーん……キーホルダーとかですかね? 普段から身に着けられるし」

 

「太郎君! 来ました!」

「あっ渋谷のお二人。ありがとうございます」

「ライブ良かったです、それにドラムも……って、えっ!? 太郎君がハグしてくれんの!? じゃ、じゃあお願いします!」

「うへへ、俺でよければ喜んで」

「太郎、あなたとは短い付き合いだったわね」

「ちょっとつっきーさん!? スマホをしまってください! 通報はやめて! じゃ、じゃあほら! 俺はこうやって手を広げて動かしませんから! さあどうぞ!」

「伊地知先輩ひとりちゃんの様子が!?」

「ぼっちちゃん顔ヤバイって……」

「それじゃあ失礼しまーす……あっなんかスポーツとかやってます?」

「トゥレーニングは……ってもうこのくだりさっきやったんですよ」

「さっきから何言ってるのよあなた……」

「太郎君ありがとー! 物販で欲しい物ですか? そうですね……あっ、BoBのロゴのタトゥーシールとかカワイイかも!」

 

「太郎さん! ごとり様はどこっスか!?」

「何よこの現代に似つかわしくない世紀末風貌の(やから)共は……」

「ロックだねぇ~」

「ごとりちゃんは飼ってる犬の散歩の為に先に帰りました」

「何!? それじゃあ仕方ねぇか……散歩は大事だからな」

「あなた達それで納得するの!?」

「ごとりちゃんへの声援なら伝えておきますよ。ってか大きな声で叫べば本人に届くんじゃないかな(隣にいるし)」

「マジっすか! うおおお! ごとり様のギター最高でした!」「ごとり様のギターリフ感動しました!」「ごとり様のチョーキング痺れました!」

「あばばばば」

「ひとりちゃん大丈夫!? しっかりして」

「はい、じゃあ伝えておきますねー」

「あ、じゃあ太郎さんハグおねしゃーっす」

「しゃあこい」

「あざっす! っておい見ろ! 太郎さん左手首にごとり様とお揃いのピンクのバンドをしてるぞ!」

「あっ……実は俺達結束バンドさんの後藤ひとりさんのファンでして……隣の物販で売ってますよ」

「マジっすか買いに行くぞ! すあっせ~ん! このピンクの結束バンド? おねしゃす……って五百円!?」

「きゃー! 伊地知先輩! ひとりちゃんが白目を剥いて気絶しました!」

「ぼっちちゃんしっかりして!」

「へいらっしゃい。今日は特別にサイン付は六百五十円だよ」

「いやいつもその値段でしょ!」

 

「やっほー太郎君。ライブ良かったよ」

「あ、一号さん。今日はありがとうございます……ってどうしました二号さん!?」

「太郎君さっきは女の子ファン二人に随分嬉しそうだったね……」

「へへ、そりゃ大事な俺のファンですからね……あ、勿論一号二号さんも大事ですよ、へへ」

「……騙されないからね?」

「何の話!? 別に騙してないですから!?」

「それより太郎君、なんで渋谷の路上ライブ教えてくれなかったの? 言ってくれれば見に行ったのに」

「いや、あれ道路の許可取ってないんで宣伝は無理ですよ……だから今後も路上でやる時は宣伝しませんから」

「えー……仕方ない、ジカちゃんに情報を流して貰うか……」

「ちょっと一号さん達内部に入り込み過ぎでしょ……スパイかな? でもBoBの活動はジカちゃん先輩にも伝えてませんからね」

「ちょ、ちょっと太郎君! ジカちゃん先輩言うなし!」

「じゃあ……はい」

「? どうしましたお二人とも。手なんか広げて?」

「いやハグしてよ!? フリーハグでしょ!?」

「ええ……まあいいですけど」

「へぇ、結構ガッチリしてるんだね太郎君。それで欲しい物販だっけ? そうだなぁ……やっぱりラバーバンドかな? 結束バンドの結束バンドと一緒に付けられるしね」

 

 

 

 そんなこんなで長かった物販も終了して観客が全員退場した後、最後に各バンドのノルマ代の精算が終わると結束バンドとSICKHACKとSIDEROSのメンバー、それに店長とPAさんなども誘って今日のライブの打ち上げに行く事になった。ちなみに他の二組のバンドには丁重に断られた。

 

「いよ~し! 打ち上げいこーぜー! 今日はBoBの奢りだよ~!」

 

「「ごちになりまーす」」

 

「廣井さんがあんな事言ってますけどいいんですかヨヨコ先輩?」

 

「ま、まあ今日くらいは良いんじゃないかしら?」

 

 今日の観客の内訳は、BoBが二百人で他の三バンドが合計で五十人だった。なのでBoBの取り分は、(集客200人-ノルマ20人)×(チケット代2000円÷2(チャージバック50%))=180000円という事になり、ここから機材のレンタル代などを諸々を差し引いて約十七万円だった。これをメンバー四人で割るので一人当たり約四万三千円の分け前だ。

 

 ただここで素直に四分割して全額分配するとレコーディングやらMV撮影やらの諸々纏まった出費が必要な時困るので、ある程度の金額をバンドのお金として俺が一括管理して残りを均等にメンバーに分配、BoB解散時には残ったバンドのお金を四分割して全員に返還する事に決定した。ちなみに一括管理金から打ち上げ代が捻出される。

 

 一応廣井さんにはくれぐれも酒代に使わない様に言っておいたし、ひとりに至っては継続的な収入があると本当にSTARRYでのバイトを辞めかねないので、おばさんを通して俺が責任を持って例の豚の貯金箱に全額入れておく事にする。

 

 ちなみにこれを毎月だと税金的な事が心配になった訳だが、必要になったらヨヨコ先輩が教えてくれるらしい。やっぱこの人マネジメント力すげーわ。

 

 打ち上げ会場は台風ライブの時にも行った居酒屋だ。今回は前回より成人が多いしファミレスなどより都合が良いのだろう。良いのだろうけど、結束バンド四名、SIDEROS四名、SICKHACK三名、他三名で十四人もいるんですけど!? 今日BoBの奢りってマジ? 大丈夫かよ……

 

 今回もひとりの近くに座ろうかと考えたが、これは結束バンドとしての打ち上げでもあるので俺は離れた端の方に一人座ると、テーブルを挟んだ向かい側に志麻さんが腰を下ろした。

 

「今日はお疲れ様です山田君。今回の演奏は前回のクリスマスライブより良くなってましたね」

 

「ありがとうございます志麻さん。分かります? この間店長にダイナミクス(音の強弱)に気を付けろって言われたんで、今回意識してみたんですけど……」

 

「なるほど、それでですね。確かに良くなっていたと思います」

 

 志麻さんと話していると志麻さんの隣に長谷川さんが座り、俺の隣に虹夏先輩が座って来た。

 

「私も話聞かせて貰っていいっすか?」

 

「あっあの、私もいいですか? なんだか勉強になりそうなんで」

 

 俺達ドラマー組が集まってあれやこれやと話していると、既に酒が入っているのか出来上がりつつある廣井さんがジョッキ片手に声を上げた。

 

「あ~! ドラマー四人が集まってる~! よ~しベース組も集まれ~! ベースの何たるかをこのきくりお姉さんが教えてやるぞ~」

「明日からまた野草生活だからここで食い溜めしておかないと……」

「こっちに屍骸の内臓(レバー)お願いしますぅ~」

「きゃー! 他のギタリストと普段あんまり話した事ないから楽しそう! 私達もギター組で集まりましょう! ねっひとりちゃん!」

「えっ!? あっ……はい……」

「yeah! 今日はブレーコーですヨ!」

「え~なんだか楽しそう~」

「ちょっ……私はそういう分け方は……」

「よし、私も昔はギターだったからぼっちちゃんと同じギター組に……」

「ちょっと先輩~。ベース組人数少ないんで入ってくださいよ~」

「うるせー〇ね」

「私はPAで楽器組じゃないんで……一番まともそうなドラマー組に……」

「お前もこっちに来てこいつを何とかしろ! 店長命令!」

「そんな~……」

 

 案の定ギター組は喜多さんと本城さんとイライザさんが楽しそうに話をしていて、ひとりとヨヨコ先輩は少し居心地が悪そうに料理を食べながら間を持たせている。ベース組はリョウ先輩も内田さんもマイペースで、廣井さんに店長とPAさんが振り回されているが、たまにはこういうのもいいだろう。

 

「今日改めて山田君のドラムを聴きましたが、山田君は演奏の引き出しが多いですね。パンクやメタルやサイケでそれに合った叩き方をしてます。どこかで習ったんですか?」

 

「いえ、ドラムは独学です。引き出しが多いのはアレかもしれませんね、流行りの曲はジャンルに拘らず片っ端から叩いてるんで」

 

「ドラムヒーロー……でしたっけ? 確かに色んなジャンルの音楽をやってましたね……廣井の演奏の質が良い方に少し変わった気がするのはBoBでの多彩なジャンルの影響があるのかもしれません」

 

「ああ、確かにヨヨコ先輩もBoBに入ってからなんだか変わった気がするっす。同じ曲でも演奏に幅が出て来たって言うか……」

 

「確かにぼっちちゃんも引き出し凄いもんね……本番ではアレだけど……一本調じゃないって言うか……」

 

「皆さんそう思ってるなら本人を褒めましょうよ……」

 

「「「絶対嫌(だ)(です)(っす)」」」

 

 渋い顔をして同時に否定した三人を見て思ってしまう。拗らせてんなーこのドラマー達。まぁひとりや廣井さんやヨヨコ先輩と全員癖の強い人ばかりだから気持ちはわかる……って全員俺のバンドのメンバーやんけ!? 

 

 改めて自分の集めたバンドメンバーの癖の強さに驚愕しながら、俺が台風ライブで廣井さんに鍛えられたお酌を志麻さんに披露しながら皆で話をしていると、不意に志麻さんが不思議そうにこちらを見て来た。

 

「でも残念ですね。BoBの実力と集客力ならワンマンも出来そうですけど……」

 

「そういえばあんなに集客できるのにワンマンじゃないんすね。なんでですか?」

 

 志麻さんの言葉を聞いて不思議に思ったのか長谷川さんが意外そうに訊ねてくる。

 

 受付時にも店長に話したが俺達は三曲しか持って無いのでワンマンライブはまだ無理だ。そもそもSIDEROSは一年でワンマン出来るほどの人気を得たらしいが、活動自体は三年前からしているので曲自体はストックがあったのだろう。俺達は結成半年、ヨヨコ先輩が入ってからだと三か月足らずなのでまだ始まったばかりである。正直ワンマン出来るまでの曲が貯まる頃には結束バンドやSIDEROSが人気バンドになってBoBは解散してるんじゃないかとさえ思っている。

 

 俺達BoBがワンマンライブが出来ない理由を説明すると長谷川さんは納得した様子だったが、志麻さんはなんだか考えこんでいる様子だった。

 

「それなら山田君が作曲してみるのはどうですか? そうすれば廣井の曲を待つ必要はありませんし、なによりあれだけ色んなジャンルの音楽を演奏できるならドラム以外の楽器の理解度も相当高いと思いますけど……」

 

 しばらくすると志麻さんから意外な提案が返って来た。すると今の話を聞いていたのか廣井さんの相手に疲れたのか、酒の入ったグラスを持って店長がこちらにやって来た。

 

「なんだか面白そうな話をしてるな」

 

「あ、お姉ちゃん」

 

「廣井さんの相手お疲れ様です店長」

 

「そう思うんならお前が代わってくれよ……それより太郎が作曲するって?」

 

 言いながら虹夏先輩の隣に座った店長は、テーブルに頬杖をつきながら面白そうな物を見つけたようにこちらを見て来た。

 

「確かにお前が曲作れるようになった方が話は早いよな、BoBがワンマン出来るようになったらSTARRY(ウチ)としても助かるし。ドラマーでも作曲してる奴なんて沢山いるんだし……夏まで暇なら私が少し教えてやろうか?」

 

 志麻さんや店長からの提案に俺は考え込んだ。確かに理屈では俺が作曲すれば話は早い、だがひとりだって作詞はするが作曲はやっていないので、とても俺には出来る気がしないのだが……

 

「俺に出来ますかね?」

 

「まあこういうのは慣れもあるからな。すぐには難しいかも知れないけど、結局始めないと出来るようにはならないぞ」

 

 店長に不安気に訊ねると至極真っ当な返事が返って来た。そりゃそうだ、それに新しい可能性を探るとか言ってるBoBの理念的にも教えて貰えるなら勉強しておくに越した事は無いかもしれない。将来何が役に立つか分からないからな。

 

「う~ん……それじゃあ店長、お願いできますか?」

 

「おう。とは言っても結局はお前のセンス次第で、教えられるのは基礎的な事だけだけどな。まぁ頑張って早くワンマン出来るようになってくれ」

 

 俺が店長にお願いすると何とも謙虚な言葉が返ってきた。てっきり『私に任せれば問題無い』みたいな事を言って来るのかと思っていた。そんな店長の言葉を聞いて虹夏先輩がむくれたような声を上げた。

 

「えー! それなら私にも教えてよお姉ちゃん!」

 

「お前はもうちょっとドラムが上達したらな」

 

「むー!」

 

STOOOOOOOOOOOP(スタァァァップ)! ちょ、待てヨ! 太郎の夏までの予定は私が既に予約してるノ!」

 

 俺達の話を聞いていたのかイライザさんがジョッキ片手に乱入してきた。なんか変な事を言ってるが夏までの予定を予約された覚えはないが、受付の時に言っていた話って奴だろうか? 

 

「いや初耳ですけど……そういえば俺になんか話があるんでしたっけ?」

 

「YES! きくりから聞いたヨ! BoBのメンバー二人が未確認Riot(ライオット)に出るから太郎は夏まで予定が無いって! 私BoBの渋谷路上ライブのメドレー動画を見た時にビビッときたのー! そして今日のライブを見て決めました!」

 

 突然乱入してきて座りもせずに興奮気味にまくし立てるイライザさんを俺達が呆然と眺めていると、イライザさんはその勢いのまま俺に向かってテーブルから身を乗り出して高らかに宣言した。

 

「太郎! 私と一緒にアニソンコピーバンドをやりましょう!」

 

「はぁ……アニソンコピーバンドですか?」

 

「BoBは普段のバンドではやらない音楽をするバンドだって聞きました! それならアニソン以上に適した音楽はないヨ! ロックにポップにメタルに讃美歌! なんでもゴザレ!」

 

 イライザさんが言う事も一理ある。ギターヒーローやドラムヒーロー宛てに来る流行りの曲のリクエストはドラマや映画の他にはアニメソングが結構多い。イライザさんがどんなアニソンをやりたいのかは分からないが経験と言う意味では不足はないだろう。作曲にはいろんなジャンルの音楽を聴くのが良いとも言われているし、コピーバンドも面白そうではある。

 

「まぁ俺で良ければ構いませんけど……志麻さんはいいんですか?」

 

「構いませんよ。私はアニソンにはあまり興味が無いんで、山田君さえ良ければイライザに協力してやってください」

 

 イライザさんは初めて会った時もアニソンコピーバンドがやりたいと言っていたので、俺はてっきりSICKHACKのメンバーでやりたいのかと思っていたがそこにこだわりは無いらしい。ギターとドラムが決まって、俺が残りのメンバーを訊ねるとイライザさんは今までとは打って変わってとても困った顔で廣井さんを見た。

 

「まさか……」

 

「残念ながら私達に合わせられるベーシストの当てが他にいないノー……でもNo Problem! 太郎が居ればきくりを制御できるって判明しました!」

 

「いやそれは誤解ですよ……」

 

「え~なに~? 私になんか用~?」

 

「うわこっちくんな」

 

「先輩ひど~い! 今日は私達の奢りなんだぞ~」

 

「うるせぇな……BoBのリーダーは太郎なんだから実質太郎の奢りだろ」

 

 店長やイライザさんに続き廣井さんまで混ざって来て辺りが混沌の様相を呈してきたが、気にする事無く志麻さんと長谷川さんの間に座ったイライザさんに虹夏先輩が質問した。

 

「そういえばアニソンコピーバンドをするって言いましたけど……ライブとかするんですか?」

 

「Oh! 良い質問ですネ! よくぞ聞いてくれました! アニソンコピーバンドを集めたブッキングライブにも出たいデスが、私達の最終目標はズバリ夏のコミマです!」

 

「コミマ? コミマってあのコミマっすか? でもコミマとアニソンコピーバンドってなんか関係があるんすか?」

 

 上機嫌に答えるイライザさんに長谷川さんが訊ねた。コミマと言ったら日本最大級の同人誌即売会でアニメとの繋がりも大きいが、アニソンコピーバンドとの繋がりは確かに謎だ。

 

 イライザさんは長谷川さんの疑問に勿体ぶったように得意げな顔で鼻を鳴らすと、満面の笑みで答えた。

 

「フッフッフッ……私達が目指すのはただのアニソンコピーバンドじゃアリマセン! コミマで同人誌を領布するついでにハイレベルなコスプレを披露して売り子やライブの宣伝をした後、そのコスプレでライブハウスでワンマンアニソンライブする……そう! いわばハイレベルなコスプレと演奏、両方を実現させた2.5次元本格アニソンコピーバンド! その名も『Moe(萌え) Experience(体験)』デス!」

 

「「お、おお~……」」

 

 話を聞いた一同の困惑を意にも介さず一人で盛り上がるイライザさんを他所に、志麻さんは自分が巻き込まれなかった事に胸を撫で下ろし、虹夏先輩や店長、長谷川さんは何とも言えない視線を俺へと送って来た。よく分かっていないのは廣井さんだけだ。

 

 イライザさんのその自信満々な宣言と皆の気の毒そうな視線に俺は一転顔を顰めると、コスプレなどと言うまたぞろ厄介な事を引き受けてしまったと思いながらグラスに残っていた炭酸飲料を喉の奥へと流し込んだ。




 正直原作から外れるほど面白さに自信が無くなっていくのと書くのが難しい、更にノープランだからどこに向かってるの分からなくなってきて困る。

 主人公が自分のバンドを持っていない事が短所であるなら、長所はバンドを持っていない事によるフットワークの軽さだと思ったんです。あとは作者が原作であんまり交流の無いキャラ同士が交流する話が好き(今回のドラマー組とか)なので、コピーバンドのベースは内田幽々ちゃんでも面白そうとか考えてたんですが、SIDEROSはライオット出るんで……だけど正直コスプレ衣装制作に幽々ちゃん入れた話は面白そうって思ってます。予定は未定。

 コスプレだけど主人公の女装は無いです。


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029 ゼロから始めるMV撮影

 すあせん! 投稿間隔が空いたのは飽きたとかでは全然無いんです! ただ今回の話原作のシーンに主人公突っ込んだだけだと劣化コピーだなって思うと上手く書けずに筆が進まなかったんです! 江ノ島階段の時もこんな気持ちでした! でもちょっと吹っ切れたんで次から頑張ります!


 BoBのSTARRYでの初ライブが無事終わり、その打ち上げでSICKHACKのイライザさんからアニソンコピーバンドのお誘いを受けてしばらく経った二月某日。遂に未確認ライオットのデモ審査に提出する新曲が完成したとの事で俺はひとりと共に虹夏先輩にSTARRYへと呼び出された。

 

「曲が完成しました!! 『グルーミーグッドバイ』」

 

 STARRYへ到着して早々フロアにあるテーブルへとみんなで集まり、そのテーブルの中央に置かれたノートPCから再生された新曲を聴き終わると、虹夏先輩が嬉しそうに声を上げた。

 

 ノートPCの傍に置かれた新曲の音源が入っているであろうCDの表面には、乱雑な文字で曲名である『グルーミーグッドバイ』と書かれている。

 

 『Gloomy Goodbye』を直訳すると『憂鬱な別れ』となり別れを惜しむ強い気持ちを表すらしいが、リョウ先輩の「陰キャな歌詞だけどサビはちょっと明るい感じ」や喜多さんの「何か爽やかでいい」と言う感想曰く、結束バンドと出会った事によるひとりの心の成長みたいな物がこの歌詞から感じられる気がする。

 

「へぇ~、確かに明るくて爽やかな感じありますね。ひとり、お前歌詞のレベル上がって来たんじゃないか?」

 

「!! うへへへ……あっいやー今回はインスピレーション湧いてきて一時間くらいで書けたよ……へへっ」

 

「いやなんでよりによって俺の前でそんな嘘を付くんだよ……お前がここ三日くらい徹夜してたの知ってるぞ」

 

「えっ!? なっなんで知って……」

 

 なんでも何も毎日顔を見てたら分かるだろ……何故バレて無いと思ったのか。しかしどうしてライブ前に三徹するヨヨコ先輩のような似て欲しくない所ばかり似てしまうのだろう? 普通に体に悪いからちゃんと寝なさい。ただでさえ俺達は通学の為に早く起きなきゃいけないんだから。

 

「まぁでもマジで良いと思うよ。中学の頃に丑三つ時に藁人形で呪ってやるとか書いてた人間とは思えないくらい前向きな歌詞だし」

 

「!? ちょ、ちょおぉ……太郎君……そ、そういう余計な事は言わないで……」

 

「はいはい二人共そこまで! 今日は曲も完成した事だしMVを撮ろうと思ってるんだから!」

 

 過去をバラされて恥ずかしそうに俺にしがみ付いて抗議して来るひとりの姿を見た虹夏先輩は一度手を叩くと、今日の本題であるMV(ミュージックビデオ)撮影の話を切り出した。

 

 本来関係ない俺が今回この場にやって来たのもMV(コレ)が目的だ。動画サイト等でお馴染みのMVだが、その撮影などどうするのか想像も付かない俺は将来BoBで必要になるかもしれない為見学させて貰いに来たのだ。

 

「やっとですね~! やっぱりMVがあるのとないのじゃ大分変わるんですか?」

 

「前にライブ映像をアップしてましたけど、アレとはやっぱ違うんですかね?」

 

 MVと聞いて出てきた喜多さんと俺の疑問に答えてくれた虹夏先輩曰く、今は動画サイトで音楽を探して聴く時代である事、MVがあるとよりバンドの世界観を伝えられる事、そして何より来るネット投票時により拡散され易くなる事が利点であると教えてくれた。

 

 確かに最近の音楽を聴くならサブスク配信か動画配信サイトが真っ先に候補に上がるだろう。特にインディーズで曲を配信していないバンドの曲を聞こうとすると、動画配信サイトかライブの物販のCDくらいしか選択肢がないかもしれない。

 

 動画配信サイトで音楽を聴く時も、MVがあった方が曲に入り込めるし、アー写やら文字だけの一枚絵の背景に曲が流れて来る動画より人に薦めやすいだろう。

 

「あとは音楽配信サイトにも曲を申請しよう! そういえばBoBは曲を申請したりしないの? あ、EP盤出すんだっけ?」

 

「あの~……EP盤ってなんですか?」

 

「あっ喜多ちゃんそういう質問は……」

 

 喜多さんからEP盤とは何ぞや? との質問が出た瞬間、虹夏先輩の静止も間に合わず、今まで我関せずと話を聞いていたリョウ先輩が己の間合いに入って来た獲物を狩る為にテーブルに身を乗り出した。

 

「EP盤って言うのは元々アナログ時代のシングル盤に由来する言葉でシングル以上アルバム未満の物を指す言葉。大体の傾向としてシングルは三曲までEPは四から六曲アルバムは七曲以上と考えられている。ちなみにEPとミニアルバムは基本は同じものを指すけれど違いに関しては作品全体でコンセプトがある場合はミニアルバムただ単に曲を並べている場合はEPと呼ばれる事が多い。他にはEPのほうが総尺が短いイメージで三十分未満のものがEP三十分を越えるものはミニアルバムと称している作品が多い。ただ三十分未満と言っても厳密に規定されている訳じゃなくて……」

 

「ス、ストーップ!! はいそこまで! 駄目だよ喜多ちゃん、隙を見せたらこんな風にガブリと食いつかれるんだから!」

 

「好きな物を熱く語る先輩もステキ……」

 

「無敵かこの人(喜多さん)……?」

 

 なんとか虹夏先輩がリョウ先輩の長文を中断させたが、止められたリョウ先輩はまるで堪えた様子も無く、反対に言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけられた喜多さんは目をパチクリとさせて混乱しながらもうっとりした表情を見せていた。

 

「それでえっと……そうだ、EP盤出すって話だったっけ。時期が決まったら教えてね! 私も楽しみに待ってるから!」

 

「あっはい。まぁまだちょっと時間掛かりそうなんですけど……」

 

 先程のリョウ先輩の説明にもあった通り、EP盤を出すには四曲以上必要なのであと一曲作らなければいけないのだ。だがそんな事よりも実はBoBはまだ一曲もレコーディングしていなかったりするので、EPとか以前に曲の配信自体現状不可能だったりする。

 

 レコーディングに関しても、お金はかかるがプロのエンジニアにお願いするスタジオレコーディングか、自分たちで録るセルフレコーディングか。セルフにしても宅録で録るか、スタジオで録るか。スタジオで録るにしても各パートごとに別々で録り重ねていく『ダビング』か、全員で集まって全パートを一気に録音する『一発録り』か。バンドメンバーと相談しないといけない事が沢山あり、しかもライオットもあるので中々時間が掛かりそうだ。

 

「確か結束バンドってレコーディングは一発録りでしたっけ?」

 

「そうだよ。本当はダビングが良いんだろうけど、お金がね……」

 

「あっあっ……そっそういえばどこの配信サイトに申請するんですか?」

 

 何気なく訊ねた質問が金欠の心を抉ったようで、遠い目をしている虹夏先輩に慌てた俺は、空気を変える為に適当な話題を振る事にした。金 金 金! バンドマンとしてはずかしくないのか! いやマジでお金かかるんですねバンド活動って……

 

 曲の配信場所と言っても様々あるようなので今後の参考に聞いてみると、虹夏先輩はおもむろにポケットからメモを取り出して恐縮した様子で書かれた内容を読み始めた。

 

「えっと……スポチファイが無理でもバインドキャンプゥなら審査が通りやすい……って大槻さんに貰ったメモに書いてある……」

 

「あの人親切過ぎませんか!?」

 

「ほんまヨヨコ先輩の優しさは五臓六腑に染み渡るで……」

 

 虹夏先輩が下北沢の天使なら、ヨヨコ先輩は新宿の天使ですよ。ちなみに下北沢の魔王(サタン)が店長なら、新宿の魔王(サタン)は廣井さんだね多分。知り合いが善悪入り乱れすぎてるだろ……

 

 それにしても喜多さんの言う通り、一応敵でもある結束バンドに色々情報を教えてくれるのはちょっと親切過ぎやしないだろうか? それとも結束バンドなぞ歯牙にもかけていないのだろうか? いや、多分ヨヨコ先輩の事だからフェアに戦いたいだとか、黙って見過ごせないだとかの人の良さから来る物だろう。

 

 自分の持ってる情報の価値が分からない訳でもあるまいに……まぁこの辺りが現SIDEROSメンバーがヨヨコ先輩の元を去らない魅力なんだと思う。あとはちょっと素直過ぎて心配になるからな、この辺の感じはひとりも似ているかもしれない。

 

「そういえばさっき太郎君が言ってた、前にアップしたライブ映像どうなってるかな? 一万再生くらいはいってんじゃない~~?」

 

「うおおお! やばい! ひとりが世界に見つかっちまう~!」

 

「きゃああ! まずいわ! リョウ先輩が世界に見つかっちゃう!」

 

「ちょっと二人とも落ち着いて……っていうかその心配はアップする前にこそすべきじゃないの? 何で今更……え~っとライブ映像ライブ映像っと……」

 

 先程俺が話題に出したからか、前回アップしたライブ映像を確認する為に虹夏先輩がノートPCを操作しているのを期待に胸を膨らませて見ていた俺と喜多さんは、画面に映し出されたライブ映像の再生数を見て驚愕した。

 

「千!!」

 

「……っかしーなぁ……動画を投稿してから今まで通信障害が発生してオーチューブにアクセス出来無かったって情報は無いですね……」

 

「何言ってんの太郎君!? 現実を見て! まぁこういうのはきっかけが無いとなかなか伸びないよ……」

 

 俺がスマホで確認しながら首をかしげると、虹夏先輩は俺を諭すように「現実を見ろ」なんて叫んだが、再生数が千という現実を見てダメージを受けているようだった。

 

 前にリョウ先輩に広告収入が入るくらい再生しておいてくれと頼まれて、俺も自宅にいる時はPCをつけっぱなしにして映像をループ再生をさせてかなり貢献していた筈なんだが……おかしいな? これ数字の後ろにKとかついていて、実際は百万再生とかじゃないの? 違う? マジで千再生だけ? 

 

 実はこの前のBoBのライブを店長に撮って貰っているので、BoBのオーチューブを作った折には結束バンドの真似をしてライブ映像を載せようと思っていたのだが、なかなかどうしてそう簡単には再生されないようだ。まぁなんもないよりはマシか。

 

「あっでも結束バンドの公式トゥイッターはフォロワー増えてるじゃん」

 

「あっ……はは……」

 

「皆喜多ちゃんの話しかしてないけど……」

 

「自撮り付きの方が反応多くってつい……」

 

 動画の現実から立ち直った虹夏先輩が結束バンドの公式トゥイッターを確認してフォロワーの増加を喜ぶと、喜多さんは気まずそうな笑いを溢した。見ればトゥイッターにはズラリと楽器を背景にした喜多さんの自撮りが投稿されていて、投稿に対する返信も喜多さんの肌の白さやアイシャドウのメーカーを訊ねるような美容アカウントの如き様相を呈していた。

 

「いや……でも喜多さん一人の自撮りでここまでフォロワー伸びるんだったら、結束バンド全員で自撮りしたら四倍いくんじゃないですか?」

 

「だーめーでーすー! 私達はアイドルじゃ無くてロックバンドなんだから! それにぼっちちゃんやリョウは良いけど、私は……」

 

 結束バンドのトゥイッターを見て思いついた俺の適当な提案に自分たちはロックバンドだと主張して反対した虹夏先輩だったが、本音としては他三人と比べると容姿に自信がないのか少し困ったように呟いた。

 

「いやいや虹夏先輩も全然いけますって! きゃー虹夏ちゃーん! 世界一カワイイよー!(野太い声)」

 

「ちょ、ちょっと太郎君! えへへ……ま、まぁ太郎君がそこまで言うならちょっとくらいなら……」

 

 俺が虹夏先輩の呟きを否定するように気味の悪い黄色い声援を送ると、虹夏先輩は両手を顔の前でわたわたと動かしながら恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

 ちょろい……ちょろすぎて心配になりますよクォレワァ……いやお世辞とかでは無くてマジで行けるとは思ってるけど、この丸め込まれる速さはちょっと心配ですよ。ひとりみたいなちょろさになっちゃってますよ虹夏先輩。

 

「はっ! ちっ違う違う! もー! とにかくMVだよ! 本当はMVにお金かけたかったんだけど、ちょっと無理なので自分たちで撮ります」

 

「でも撮影なんて詳しくない私達だけで撮れますかね?」

 

 俺におだてられてにやけていた虹夏先輩は突如自分の浮かれポンチさに気が付いたのか、少し頬を赤らめながら慌てて本来の目的であるMV撮影の話へと軌道修正を行なった。そんな虹夏先輩の「自分達で撮る」との発言を聞いた喜多さんが少し不安気に虹夏先輩へと確認すると、その疑問は想定内だったのか虹夏先輩は自信満々で声を上げた。

 

「ふっふっふっ。そんなこともあろうかと超強力ゲストを呼んでるよ。じゃーん! 結束バンドファンのお二人です!」

 

「どもー、一号です」

 

「二号です~」

 

 虹夏先輩が自信満々に紹介すると、隣のテーブルに座っていた一号二号さんが待ってましたと言わんばかりに立ち上がって挨拶したので俺は胸を撫で下ろした。なにせさっきから誰も座ってる二人の事に触れないし、二人からも一切リアクションが無かったから、俺だけに見えてる生霊(いきりょう)かと思っていたのだ。

 

「やけに不安そうにチラチラこっちを見て来ると思ってたらそんな風に思ってたの!?」

 

 俺の不可解な様子に気付いた一号さんが不思議そうに俺に訊ねてきたので、心底安堵して語った俺に二号さんがさも心外そうに叫んだが、出来れば許して欲しい。

 

 新曲を聴き始めてから今まで随分と話していたが二人があまりにも何も言ってこないので、生霊を疑った俺は恐怖のあまりずっとひとりの傍に張り付いて離れられなかったのだ。最近は内田さんの登場でこういう事にちょっと過敏になっているのかもしれない。

 

「それで超強力ゲストってどういう事ですか? もしかして知らない間に結束バンドの株式の五十一パーセント以上を保有してて、経営に口出ししてきた感じですか?」

 

「それじゃあゲストじゃなくて面倒くさい株主じゃん!? 実は私達、美大の映像学科生なんだよ」

 

「前に遊んだ時に作品見せてもらったけど、プロと遜色ないの作ってるんだよ!」

 

「ジカちゃん褒めすぎだよ~」

 

「へぇ~……えっ!? ジカちゃん先輩一号二号さんとプライベートで遊んでるんですか!?」

 

「そうだよ! ってジカちゃん先輩いうなし!」

 

 はえ~、道理で前のライブの物販で仲良さそうな感じだった訳だ……っておいひとり、お前ファン取られてるぞ!? いや、箱推しって奴なんだろうが、やっぱり陽キャのコミュ力には勝てなかったよ……

 

 見ればひとりも一号二号さんがいつの間にか自分より虹夏先輩と仲が良い事に気づいたのか、ショックを受けているようでリョウ先輩に慰められていた。俺も自分のファンである渋谷女子二名が廣井さんあたりにNTRたら生きていけないので気持ちは分かる。仕方ない、後でファ〇チキとコーラを奢って慰めてやることにしよう。

 

 学生とは言えプロと遜色ない作品を作っているなら、MV撮影依頼のお値段はさぞお高いのだろうと思いきや、超強力ゲストの名は伊達ではなく、好きなバンドと関われるだけで嬉しいとの事で報酬は結束バンドとの食事で良いらしい。まさかJOJO苑に行く訳でもないだろうから、かなりお安く請けてくれるようだ。BoBのMVも撮ってくれないだろうか? 

 

 そういえば一号二号さんは前回のライブの打ち上げも誘う前に帰ってしまっていた。これくらいの距離の近さならしれっと打ち上げに紛れ込んでいても誰も何も言わなそうだが、その辺りは二人の決めたルールがあるのだろう。

 

 報酬の話が纏まると、虹夏先輩は傍に置いてあった高そうなカメラを大事そうに両手で抱えて見せてくれた。どうやらそれで撮影するらしい。MVを撮影するカメラや機材に関しても既に用意は出来ているようで、STARRYで使っている結構いい機材を店長に借りたみたいだ。

 

「えっ店長よくそんなの貸してくれましたね!」

 

 虹夏先輩の説明を聞いた喜多さんが驚いて声を上げると、いつものようにバーカウンターに座っていた店長へと皆の視線が一斉に集まった。

 

「好きなだけ使っていいぞ……他にも困った事があったら言えよ……」

 

 喜多さんに名前を出された店長は半身(はんみ)になってこちらへ振り向いた。なんとなく上機嫌な雰囲気の店長は皆に見つめられる中改めて機材の使用許可を出すと、再びバーカウンターへと体を戻した。

 

 気味の悪い程の店長のやさしさに一同驚いていたが、俺が思うに普段はツンケンしているが、やはり妹である虹夏先輩がかわいいのだろうと思う。常に一枠空けていたライブオーディションといい、店長は身内にゲロ甘だからな。

 

 なんて思っていたのだが、後でPAさんに聞いた話によると虹夏先輩の事も勿論あるが、結束バンドに釣られた形で参戦したBoBの収益が予想以上だった事(これからの継続的なライブを含めて)に気分をよくして判定が甘くなったんじゃないかとの事だった。身内を応援する美談じゃねぇのかよ……この話聞かなかった事に出来ませんかね? 

 

 改めて機材の使用許可が下りると、虹夏先輩がいつも結束バンドの会議で使うホワイトボードを持って来た。一号さんが司会進行という形でホワイトボードの前に立ち、まずはどんなMVにするのかという企画会議という事で、新曲でありデモ審査に提出する『グルーミーグッドバイ』に関するイメージの模索から始める事になった。

 

 曲に関してはエモいや切ない、歌詞に関しては思春期や葛藤などのイメージを各々で出し合ったが、中々これと言ったMVのイメージが纏まらずに会議が停滞し始めた頃、虹夏先輩がリョウ先輩に意見を求めた。

 

「そういえばリョウは結構バンドのMVとかチェックしてるでしょ? 何かお決まりのやつとかないの?」

 

「……特に関係ない女が出てきて、泣くか踊るか走ってる」

 

「あ~見るわ」

 

「見ますね。俺がこの間見たのも走ってました」

 

「あれ何で走るんだろうね?」

 

「やっぱ疾走感とかじゃないですか? あとイライザさんが『EDで走るアニメが神アニメなら、MVで走るバンドは神バンドなのデハ!?』って言ってました」

 

「……なんで?」

 

 イライザさんとはMX(Moe Experienceの事。多分そうだろうと思っていたが本人曰くBoBに対抗してjimi hendrix experienceからパクっているらしい)の件もありロインを交換したのだが、イライザさんは結束バンド……正確には結束バンドのジャンプアー写が琴線に触れたらしく(きららジャンプ? だと言って興奮していた)、今日のMV撮影の事を伝えると興奮気味に「とにかく走らせろシンイチ」と言っていた。

 

 全然関係ない話だが、前回の打ち上げの時にこれからも俺が廣井さんとつるむなら連絡先を交換しておこうと言われて志麻さんともロインを交換した。これによりSICKHACK全員の連絡先が俺のスマホに登録されたのだが、大丈夫? 俺このままSICKHACKに取り込まれたりしないよね? 

 

「ま、まあ走るのは大変そうだし泣くのもアレだから、皆で踊るMVとかにする?」

 

 確かに去年の江の島階段を思い出すと喜多さん以外走るMVなんて撮れないと思う。それでも走るMVを撮るんなら喜多さんに全力で下北沢のどっかにある坂を駆け上って貰うしかねーな。

 

 虹夏先輩も恐らくそういった諸々の事情を鑑みて踊るMVを提案したのだろうが、そういう事が一番得意そうな喜多さんから意外な答えが返って来た。

 

「私ダンスとか振り付けあまり得意じゃないですけど」

 

「大丈夫、どのMVも一夜漬けみたいなキレのないダンスしてるから」

 

「ちょっとリョウ先輩……なんで全方位に喧嘩売るんですか……」

 

「え~ちょっとわからないなぁ。こんな感じ? K-POPみたいな」

 

「喜多ちゃんめっちゃキレキレじゃん!!」

 

「いいダンスしてんじゃないかよ。パラパラだろ?」

 

「いや違うわよ!? 私いまK-POPって言ったでしょ!?」

 

 え? そうなの? っかしーなぁ……国民的キャラクターである小学生探偵も踊ってたらしいんだけど……まあ後二年くらいしたらまた流行の最先端になりますよ。多分。

 

 しかし分からないとか言いながらあんなキレキレのダンスを披露するなんて、こいつやってんな~。喜多さんも意外とそういう所あるんですね。なんかちょっと親近感みたいなの出てきましたよ。

 

「でも喜多ちゃんのダンスはちょっと難しそうだな~……ぼっちちゃんは何かある?」

 

「えっ……あっ……」

 

 世界大会に出るボディビルダーの筋肉の如きキレ味の喜多さんのダンスを見て、流石に全員でアレを踊るのは難しそうだと判断した虹夏先輩がひとりに意見を求めた。

 

 突然話を振られた事で驚きに肩を跳ね上げたひとりは、軽いパニックになりながらも自分の出来るダンスを披露しようと思ったのか、おもむろに椅子から立ち上がった。

 

 ひとりは崩壊した顔面のまま右足を踏み出して中腰になると、両腕で何かを持つような構えを取り、その手に持った見えない道具で何かを掬うように腕を前後に動かし始めた。

 

「いいゾ~これ。島根県から案件とれるぞひとり!」

 

「それドジョウ掬いじゃん! 案件なんて取れないから! っていうか取らないよ! 私達ロックバンドだから!」

 

 俺は喜多さんのダンスにも引けを取らない動きの切れ味を見せるひとりのドジョウ掬いをスマホで撮影していたのだが、どうにも虹夏先輩はお気に召さなかったようだ。

 

「あ……もしかして虹夏先輩苦手でした……? 島根県」

 

「流石にドジョウ掬いは……って急に島根県に喧嘩を売るのはやめて!? も~! ダンスはやっぱり無し!」

 

 何が気に入らなかったのか、憤懣やるかたない虹夏先輩の怒号によってダンスMVはお流れとなった。

 

 そんな光景を見ながら、司会進行役である一号さんはホワイトボードに『ダンス』と書き加えながらも先行きが心配そうに皆に他のアイデアを訊ねると、しばらくして何事か思いついたのかリョウ先輩がひとりを見た。

 

「ぼっちの家、犬いたよね。そいつを使おう」

 

 リョウ先輩が言うにはこの世に動物ほど簡単にバズるものはないので、演奏シーンなんかよりずっと犬の映像を流しておく方が再生数が稼げるとの事だ。たしかに動物と子供とおばあちゃんは三大バズるものと聞いたことがある。あれ? おばあちゃんじゃ無くて食べものだっけ? ままええわ。 

 

 そんな事で再生数を増やしても意味が無いと必死に止める虹夏先輩を他所に、ひとりも俺と同じ情報を知っていたのか子供もセットにしたらもっとバズると主張して妹であるふたりちゃんを出演させようと提案した時、突如俺の頭にアイデアが舞い降りた。

 

「ふたりちゃんとジミヘンでちょっと思いついたんですけど……」

 

「太郎君……今度はどっかに喧嘩売らない?」

 

「いや、元からどこにも売ってませんよ……それでMVなんですけど。時は20××年、核戦争で荒廃した世界をシェルター内で生き延びていたふたりちゃんとジミヘン扮する少女と犬が壊れかけのラジオを見つけて、そこから今回の新曲が流れて来るんです。ラジオの内容からそれが生放送だと知った少女と犬はその曲を演奏している生存者を探す為にシェルターを出て荒廃した世界に繰り出すっていうMV……」

 

「Fall〇utじゃん!」

 

「ちなみに犬の名前はドッグミ……」

 

「それF〇lloutじゃん!? しかもちょっと面白そうなのがなおさら腹立つ!」

 

「あ……虹夏先輩苦手でした? ベセス……」

 

「山田ぁ! もう喧嘩売らないって言ってたでしょ!?」

 

 俺の提案したMV内容を聞いた虹夏先輩はえらく興奮した様子で叫んだ。途中俺に対しての怒りで叫んだ苗字でリョウ先輩の肩が跳ねていたので悪い事をした気もする。

 

 興奮して荒い息遣いだった虹夏先輩は深呼吸を二、三度行なって呼吸を落ち着けると、ふと何かを思い出したようにひとりへと向き直った。

 

「そういえばぼっちちゃん、ギターヒーローアカでは再生数持ってるけど何かコツとかあるの?」

 

「俺はですね……」

 

「太郎君には聞いてません!」

 

「そんな~……俺だってドラムヒーローですよ? はぁ~……ドラムヒーローさんはこんな事言わない……とか言ってたジカちゃん先輩が懐かしいなぁ……」

 

 俺は机に頬杖をつくと、台風ライブの打ち上げで遭遇したサラリーマンの様な遠い目をして呟いた。だが虹夏先輩は俺の言葉を聞いても耳まで真っ赤にして震えるだけで、ツッコミもなければ振り向く事さえしなかった。どうやら徹底抗戦の構えらしい。

 

 ひとりは虹夏先輩や不貞腐れたフリをする俺の様子をチラチラと横目で窺いつつも、律儀に質問に答えている。

 

 再生数を上げる為に俺達がやったことは単純で、タグ付けを沢山するだけだ。だがひとりの演奏動画についているタグの#胸キュンとか#キュンキュンとかはまぁ分かるのだが、#ネギ塩カルビってタグだけが未だに意味が分からなくて怖い。一体どっから出て来て、誰に向けているタグなんだこれは……

 

 ひとりから話を聞いた虹夏先輩は、今まで出てきた情報が書かれたホワイトボードを見ながら頭の中を整理するように一つひとつ声にだして読み上げた。

 

「じゃあ総合すると、サムネは動物と子供で釣って。タグも引っかかりやすいのつけて……」

 

「動画タイトルは『荒廃した世界で生き残った私のペットが実はフェンリルだった件~外の世界でも余裕で生存出来るのでのんびりラジオの演奏者を探します~』で」

 

「リョウ先輩! せめて曲名だけは残してください!!」

 

「逆に曲名だけ残したら喜多さんはそのタイトルでもいいんですか……」

 

 ぐだぐだなまとめになったので更にアイデア出しを続けるのかと思いきや、虹夏先輩達はそのまま次の議題である浜辺やらネオン街やらと、お金のかからないロケ地の相談を始めてしまった。

 

 それに驚いた二号さんが慌てた様子でさっきの案が採用されたのか俺の耳元で囁いて確認してきたが、そんな事俺が知りたいくらいだ。そもそも『動物と子供で釣って』なんて発言が出て来る虹夏先輩も既に相当毒されている気がする。

 

 虹夏先輩がロケ地として去年の夏休みにみんなで行った江ノ島を候補に挙げると、喜多さんがいいMVを思いついたと楽しそうに声を上げた。陽キャに海……その組み合わせを理解した瞬間――猛烈に嫌な予兆を感じ取った俺は椅子から立ち上がると、掃除用具入れへと駆け出した。

 

「おいどうした太郎!?」

 

「すあせん店長! バケツ借ります!」

 

「高校生カップルが浜辺デートで喧嘩してるんですけど。私達バンドの演奏を観てなんやかんやで仲直りして。それで曲の終わりにキス! それを祝福する結束バンド! みたいなのよくないですか!?」

 

 よくないですよ。むしろ隣で苦しそうにしているひとりちゃんの顔をよく見て下さい。

 

 目を輝かせて興奮気味に自らの考えたMV内容を話す喜多さんの声を聞きながら、俺は掃除用具入れからバケツを取り出すと、急いでひとりの元へと向かう。見れば喜多さんの話を聞いているひとりの頬が見る見る内に膨らんでいっている。おいひとりもうちょっとだけ我慢しろ! 前科二犯になるぞ! 

 

「あっいいと思いまっ」

 

「ヘイお待ち!」

 

おぇっ ぼろろろろろろろ

 

「キャー! 汚い!!」

 

「全力で拒絶反応が!!」

 

 俺の差し出したバケツが寸での所でひとりの吐瀉物を受け止めた。ひとりじゃなければ思わず貰いゲロをしてしまいそうな近さでの嘔吐だ。背中をさすってやるが、酸っぱい匂いに思わず顔を顰めてしまう。

 

 危なかった。第六感が無ければ間に合わないくらいギリギリだった……これも昔に家にあったマイ〇ドシーカー(超能力を開発するというテーマのゲーム)をやりこんだ成果だろうか? 友人がいないからやりこんでいたあの日々は無駄じゃ無かったんだな……しかしこいつは廣井さんとは別の意味でエチケット袋を持ち歩いた方が良いんじゃないだろうか……

 

「いっいつもごめんね太郎君……」

 

「それは言わない約束でしょ、ひとっつぁん」

 

「なんでこの二人こんな時だけ息ぴったりなのかしら……」

 

「これが幼馴染の絆って奴ですよ。それにしても喜多さん、あんまり恐ろしい事を言わないでくださいよ」

 

「核戦争で荒廃した舞台を提案する山田君には言われたくないわ……でも私そんなに変な事言ったかしら?」

 

 俺に背中をさすられていたひとりが喜多さんの提案したMVの内容に血の涙を流しながら愛想笑いを浮かべるのを見て、一号二号さんはこのままだといよいよ収拾がつかなくなってきたのを感じたのか、結束バンドのメンバーに楽器と衣装を持たせるとSTARRYの外へと放り出した。

 

「もう私が全部決めて撮るんで言う通りにしてください。バンドマンは大人しく楽器だけいじっとけばいいんですよ」

 

 普段からは想像もつかないような声色で、顔に青筋を浮かべた一号さんの怒気に気圧された結束バンドのメンバーは大人しく従う事にしたようだ。その後一号二号さんの考えた撮影場所である公園へと案内されたので、俺もドラムセットの運搬要員としてついて行く事になった。

 

 公園に着くと、結束バンドのメンバーは一号さんからカメラを気にせず自然体で遊んでいてくれと頼まれて公園のあちこちで皆思い思いに過ごしていた、そんな中ひとりは木の陰で所在なさげに座っている。確かに自然体と言えば自然体だが……

 

「どうしたひとり? 公園デビューに失敗した子供みたいになっちゃってるぞ」

 

「……あばばばばば」

 

 まずい、公園デビューに失敗って単語がまずかったのだろうか? なにやらトラウマを思い出したのかひとりがバグってしまった、こいつ一体過去に何があったんだよ……こういう時は楽しい事で上書きせねばならない。何かないだろうか? 楽しい事楽しい事……

 

 なんとかひとりを元に戻す為に辺りを見渡して面白そうな事を探していた俺は、カメラに向かって喜多さんが両手を頬に添えている姿が目に入った。流石陽キャの喜多さんだ、まさかあんな面白そうな事をしているとは……

 

「おいひとり喜多さんを見てみろ! 首が落ちるマジックをやってるぞ!」

 

「そんなの出来ないし違うわよ!? これは小顔効果……じゃなくて虫歯ですっ!」

 

 それはそれでこんな所でMV撮ってる場合じゃないでしょうが、撮影終わったら早く歯医者に行きなさい。

 

 しかし木陰に体育座りをして土をいじるというひとりのあまりの画面映えの悪さに一旦撮影を中断すると、ひとりの周りに皆が集まって原因の究明をする事になった。

 

「ひとりちゃんいつも猫背で俯いてるから映りが悪いだけじゃないの?」

 

「二重顎になっちゃうからどう撮っても可愛くはならないわよね」

 

 はぁー!? ウチのひとりちゃんはどんな格好でも世界一可愛いんですけどぉ!? 素人は黙っとれ。君たちにはこのレヴェルの話はちょーっと早かったかなぁー。

 

 俺が一人で後方腕組ナントカ面しながら憤慨していると、喜多さんがひとりの姿勢を矯正し始めた。猫背や巻き肩を正して真っ直ぐに立たせて、顎を引いて少し顔を上げさせると――

 

 うおっまぶしっ。ひとりからなんか変なキラキラエフェクトが出てますよ!? なんですかこれ怖ぁ……でもメッチャイケメンじゃないですかひとりさん! 

 

 戸惑いながらも正しい姿勢でこちらを向いたひとりの端正な顔立ちを見て、俺と喜多さんは思わず外人四コマみたいに両手でガッツポーズを取るリアクションをしてしまった。なんだこいつ顔が良すぎるだろ……

 

「あっなっ何か変わります……? って、どっどうしたの二人とも」

 

「アイドル事務所に入れると思わない山田君!? ビジュアル担当で売り出しましょうよ~~!」

 

「これは日本一……いや世界が狙えますよ喜多さん! っておいひとりどうした!? 下を向くな! 猫背になるな!」

 

「ああ……ぼっちちゃんが心を閉じて……」

 

 結局付け焼刃の矯正なぞ長時間もつ筈も無く一瞬で元に戻ってしまったので、いつも通りのひとりと結束バンドでMV撮影を再開して無事終了した。

 

 後日、グルーミーグッドバイのMV完成の知らせが届いたので早速視聴してみた。映像的にはかなりシンプルな物だったが、結束バンドの魅力を十分に伝える物だと思う。

 

 だがMVを何度も見返す内にある事に気付いた俺は、同じ事に気付いた虹夏先輩と共に監督である一号さんに思い切って質問してみる事にした。

 

「ぼっちちゃん演奏シーン以外居なくない?」

 

「演奏シーン以外ひとりが居ない気がするんですけど……」

 

「映えないんで全カットしました!」

 

 無慈悲な一号監督の言葉に俺は泣いた。

 

 まぁでもね、あんなスタイル抜群超絶イケメン美少女が世界に見つかったら一瞬でトップスターだからね。だから悪いけどまだしばらくは俺の気安い幼馴染でいてくれよひとり。




 正直オリジナルエピソードの方が面白さ問わなければ書きやすい感ありますねぇ! 原作を読んでるとどうしても引っ張られると言うか、勝手に削った個所が後で重要シーンだったとかがあると怖いんですよ……ただでさえこの小説の廣井さんとイライザさん関係の設定を、廣井さんのスピンオフ漫画で後ろから刺されないか心配してるのに……


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030 カラオケにキタ! 後藤家にイクヨ!

 原作のこのカラオケの話って珍しく誰も楽器持って無いんですよね。それとSIDEORSの曲をカラオケに入れる為に身内に頼みまくってるコマでヨヨコ先輩に妹がいるのが判明してます。

 喜多さんが後藤家に来たのは多分金曜で、日曜日の朝に帰ったと思うんですが、自信ないのでぼかしてます。


 結束バンドのMVを動画サイトに上げてからしばらく経ったある日、STARRYから帰ろうとしていた俺達二人に喜多さんが深刻そうな顔でカラオケに誘ってきた。

 

「どうしたんです急に? カラオケなんて今日日一人でも行けるじゃないですか?」

 

「ええっ! そんな人私の周りには居ないけど!? カラオケって普通は皆で行く場所でしょ!?」

 

 喜多さんの言葉に勝手にひとりがダメージを受けている。なぜ陽キャの何気ない言葉が陰キャにはナイフになってしまうのだろう……

 

 心底意外そうに言う喜多さんが嘘を付いているような気配はない。本当に一人カラオケなんて物がこの世に存在しているのが信じられないのだろう。

 

 流石は陽キャ。カラオケも皆で行くし、ショッピングも皆で行くし、映画も皆で行くし、なんならトイレも皆で行くのだろう。しかしそうなると逆に陽キャが一人で行ける場所に少し興味が出て来る。

 

「喜多さんはコンビニは一人で行きますか?」

 

「当り前じゃない」

 

「じゃあファストフード店は?」

 

「ええっ!? ファストフード店って一人で行く人いるの!?」

 

 早ぇよ!? もう単独行動出来ないのかよ! この後に一人ファミレスとか一人焼肉とかソロキャンプとか一人ディステニーとか聞く予定だったのに! どうすんだよ一人で出かけた時の昼飯とか! えっ!? もしかして陽キャって一人で出かけたりしない……ってコト!? 

 

「あばばばばばば」

 

「どっどうしたの!? 山田君! それにひとりちゃんまで!? 二人とも死なないで!」

 

 俺達はたったあれだけの質疑応答で恐ろしい真実に辿り着いてしまった結果、二人してビクンビクンと床をのたうち回る事になった。

 

 

 

「とにかく一緒に来てっ! 一人で行くなんて恥ずかしくていや!」

 

 喜多さんの献身的な介護? もあってなんとか正気を取り戻した俺達に、喜多さんは再び縋るように同行を頼んできた。一人カラオケは一人飲食店と違って周りに誰も見ている人なんていないのだから何が恥ずかしいのかよく分からないが、そこまで言うなら同行するのが人情って奴だろう。ひとりも同じような考えなのか喜多さんのお願いにわかりましたと返事をしている。

 

「山田君も一緒に行くわよ! 冬休みは私のクラスメートと合流しちゃったから、今日は改めて三人で行きましょう!」

 

 女子二人の交流に異性である俺がくっついて行くのもアレだと思っていたのだが、喜多さんも俺に気を遣って仕方なく誘ってくれている訳では無さそうだったので、お言葉に甘えてついて行く事にした。

 

 俺が付いて来ると分かったひとりは少し安心した様子だった。もしかしてこいつバンド結成して一年近く経つのに、未だに喜多さんとタイマンで個室に居るのがきついのだろうか……

 

 

 

 そんな訳で俺達三人はカラオケ店にやって来たのだ。

 

 部屋に通されると、着ていたコートを脱いで壁に掛けた喜多さんは手早く三人分のドリンクを注文して早速曲をいれ始めたので、俺達二人は面食らった。

 

「あ、あの喜多さん? まだドリンク来てないですよ……」

 

「? 別にいいじゃない」

 

 なんでこの人一人カラオケは駄目なのに、こういうのは平気なんだよ。やはりバンドのフロントマンならこれくらい当たり前なんだろうか? まぁライブハウスで百人単位の前で歌ってるんだから、今更店員一人くらい問題ないのだろうか。

 

「すぁっせ~ん! ドリンクっす~」

 

「ひっ!!」

 

 喜多さんが歌い始めてすぐにやって来た店員の呼び声に、自分が歌っている訳でも無いのに俺達二人は思わず小さく悲鳴を漏らしてしまった。

 

 結局店員がドリンクを置いて出て行くまでの間、喜多さんは一切歌を止める事無く楽しそうに歌い切ってしまった。やっぱり陽キャってすげー! 

 

 店員が去り、まずは一曲歌い終わって満足そうな喜多さんは俺達二人に向かって歌うよう促してきた。

 

「ひとりちゃんと山田君も何かいれてよ~。歌わないの?」

 

「あっへへ……私の歌なんて……」

 

「え~、感動~。後藤さん謙虚なのね~」

 

「ちょっと山田君!? それもしかして私の真似なの!? それに山田君にも言ってるのよ!」

 

 喜多さんって大体こんな感じじゃない? 案外イケてると思ったんだけどな。喜多さんがツッコまなかったらバレてなかったと思う。 

 

 ひとりはやはり恥ずかしいのか一度断ったが、残念そうに気を落とした喜多さんの様子を見ると、なにやら少し考えこんでから覚悟を決めた表情で自ら進んでマイクを取った。

 

 ひとりが進んで歌を歌う事に驚いた俺達二人が固唾を飲んで見守っていると、ディスプレイにアーティストと曲名が映し出された。

 

 

 

『ミッドナイトピーポーへべれけサンバfeat.ハメ外し隊  湘南のMANIMA』

 

 

 

「無理してない!?」

 

「なに言うんですか喜多さん! これがひとりの十八番ですよ!」

 

「そっそうです……小五の夏休み、お小遣い握りしめて太郎君と二人で必死に自転車漕いで行ったタワレコで初めて買ったCDがこれです……」

 

「何その嘘臭い青春エピソード!!」

 

「それで手に入れた嬉しさのあまり、帰りに自転車でこけて買ったばかりのCDのケースが割れた思い出の曲なんです」

 

「やめて! それっぽいエピソードで補強して私を混乱させないで!!」

 

 明らかにリバースしそうな表情で無理して歌っていたひとりは、止めようとした喜多さんを振り切り最後まで歌い切ると、マイクを机に置いてそのまま俺の膝を枕にして横になってしまった。

 

「あっすみません……ちょっと休憩します……」

 

「お前もしかして一曲歌う(ごと)にこの休憩挟むつもりか……」

 

「もう! だから無理しなくていいって言ったのに!」

 

 横になったひとりから引き継ぐように喜多さんはマイクを手に取ると、次の曲を入力したのだった。

 

 

 

「あっすみませんトイレ……」

 

 今回のカラオケが喜多さんのワンマンライブの様相を呈してきた頃、ひとりはおもむろに席を立つと部屋を出て行った。

 

 ちょっとひとりちゃん、間を持たせる為にジュース飲み過ぎなんじゃない? 気持ちは分かるけどさ……あと正直俺も喜多さんとタイマンはちょっと自信ないから早く帰って来てね。

 

 ただこのままひとりが戻ってくるまでぼけっと聞いてるだけなのもアレなので、俺はタンバリンを手に取るとリズムに合わせて音を鳴らし始めた。せっかくだからふたりちゃん絶賛のドラムヒーローによるタンバリン演奏を見せてやろう。

 

 タンバリンの演奏だが、俺が思うに周りの事を考えずに自分が気持ちよくなる為だけにデカい音を出すのは素人だ。タンバリンもドラムと同じであくまで裏方、フロントマンであるボーカルの歌声を食ってしまうなんてのは三流以下のやる事だ。まぁこれはドラムじゃ無いんだけれど……

 

 結局、今歌っていた曲が終わるまでにひとりは戻ってこなかったが、思いのほかタンバリンで演奏に熱中してしまったし、喜多さんも楽しそうに歌っていたので良いとしよう。

 

 歌い終わった喜多さんは驚きの表情で目を輝かせながらこちらを見ていた。そんな視線に俺が気づいて顔を向けると、喜多さんは勢いよくこちらに身を乗り出した。

 

「えっ……凄い! 山田君タンバリン上手いのね! よく一緒にカラオケ行く友達でもこんなに上手い人見た事無いわ!」

 

「え? うへへ……ま、まぁね! 言うて俺もドラムヒーローですからね……ってうわっ! 戻ってたのかよひとり!?」

 

 喜多さんに褒められてドヤっていると、いつの間にか部屋の中に戻って来ていたひとりが扉の前に立っているのに気付いて、俺と喜多さんは驚いて飛び上がった。こいつ気配が無さすぎる。だがひとりはトイレに行って人心地ついたような表情ではなく、梅干しでも食べた時のような酸っぱい口をしてなんだか怯えた様子だった。

 

「どうしたのひとりちゃん!?」

 

「いや墓場まで持って行かないといけないものをみたような……」

 

 この数分で様変わりしてしまったひとりの様子に喜多さんが訊ねると、なんだか恐ろしい答えが返って来た。部屋からトイレまでを往復する短い間に、そんなこの世の終わりみたいなものがあってたまるか……だけどもし本当なら、ひとりだけにそんな業を背負わせる訳には行かないから俺も見に行ってやるぜ! 

 

 野次馬根性丸出しの俺が席から立ち上がろうとした時、部屋の外からドタドタとこちらに近づいてくる足音が聞こえて来た。

 

 もしかしてひとりが言うヤバイ現場って奴を見られた人が文句言いに来たのか? なんて嫌な考えが頭をよぎった俺が、扉の前で怯えているひとりの前に庇う様に立とうとした次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「バンドメンバーがドタキャンしたから仕方なく一人で来てただけで! 好きでヒトカラしてるわけじゃないからッ!!」

 

「ヨヨコ先輩!?」

 

「大槻さん!?」

 

 あ……あ~なるほどね、完全に理解した。恐らくひとりはヨヨコ先輩のヒトカラ現場を見てしまったんだな。それでスルーして帰って来たと。カチコミに来たのが知り合いだと分かって安心したが、ある意味怖い人が文句を言いに来たのは正解だった訳だ……

 

 ヒトカラを見られたのが余程恥ずかしかったのか、興奮したように顔を赤くしているヨヨコ先輩は俺達の部屋の中に入ってくると、早口で弁明するようにくどくどと長文の言い訳を並べ始めた。思いの丈をぶちまければヨヨコ先輩も少しは落ち着くだろうと思い、黙って聞いていた話を要約すると、ヨヨコ先輩は今日一人でカラオケに来ているという事だった。

 

「なんか色々言ってますけど、結局ヒトカラに来てるって事でいいんですよね?」

 

「う゛っ……」

 

「まぁまぁ~、折角だし一緒に歌いませんか?」

 

「……まぁたまには大人数もいいか……お邪魔するわ。これ私の部屋で頼んでた料理食べる?」

 

 あまりに必死なヨヨコ先輩の様子を見かねたのか、喜多さんが合流を提案すると、ヨヨコ先輩はすぐに淀みのない動作で各種手続きを済ませて、先程までヒトカラしていた自分の部屋にあった料理を俺達の部屋へと運び込んだ。

 

「それじゃ大槻さんもなにかどーぞ」

 

「あまり気は乗らないけど……それじゃあ私のバンドの曲でも……」

 

 ヨヨコ先輩は喜多さんから差し出されたマイクを面倒そうに受け取ると、機械を操作して曲を入力し始めた。

 

 ディスプレイに映し出された見紛う事なきSIDEROSの曲名を見て、知り合いのバンドの曲がカラオケに入っている事に驚いた俺達がスマホで調べてみると、どうやらリクエスト申請して条件を満たせば、自分達の曲でもカラオケに入れて貰えるらしい事が判明した。

 

 だがカラオケに入れて貰う為には沢山のリクエスト票が必要な事が分かると、喜多さんは割とあっさり諦めていた。今こそ一万五千のイソスタフォロワーの出番でしょうが。

 

 ヨヨコ先輩がSIDEROSの歌を歌い終わりマイクをテーブルに置くと、喜多さんから歓声が上がった。

 

「大槻さんさすがだわ~」

 

「ふふん……っていうか、なんであなたそんなにタンバリン上手いのよ……」

 

「ま、多少はね? それより喜多さん騙されたら駄目ですよ……もぐもぐ……ヨヨコ先輩は自分の曲歌ってるんですから、そりゃ上手いでしょーよ」

 

 ヨヨコ先輩が歌っている間、タンバリンを叩きながらひとりと共にヨヨコ先輩が持って来た料理を食べながら歌を聞いていたのだが、何となく喜多さんの表情が沈んでいたような気がしたので俺は一応のフォローを入れてみた。

 

「ぐっ……っていうか食べるか聞いたのは私だけど遠慮無いわね……そ、そういえば、私まだあなたの歌って聞いた事なかったわね。そんなに言うなら何か歌ってみなさいよ」

 

「俺っすか?」

 

「あっ……あの! 私も山田君の歌もう一度聞いてみたいんだけど……」

 

「え? 喜多さんもですか? まぁいいですけど……」

 

 自分の曲を歌うという下駄を履いている事に自覚はあったのか、一瞬怯んだヨヨコ先輩は、名案でも閃いたように俺に歌を催促してきた。すると、何故かその提案に乗るように浮かない表情の喜多さんにまで歌をお願いされた。まさか俺の美声を聞きたくなった、なんて事は無いだろうが、頼まれたなら仕方ない。了承した俺は端末を操作して曲を入力する事にした。

 

「それじゃあ俺もSIDEROSの曲で」

 

「へ、へぇ~……本人の前で歌おうなんていい度胸じゃない……」

 

「いや~、SIDEROSの曲ってぼっちの解像度高くて歌いやすいんですよ」

 

「!! ま、まぁね……ってそれ褒めてるのよね!?」

 

 ヨヨコ先輩は自分の曲が第三者に歌われるのが嬉しいのか、心なしか機嫌が良さそうだ。だが俺が歌えるSIDEROSの曲は、試験を受ける為に覚えたこれ一曲だけなので、あまり期待しないで欲しい。

 

 

 

 俺は歌い終わると、ひとりと喜多さんから拍手を貰いながら席に着いた。しかしなにやら喜多さんは真剣な表情だし、ヨヨコ先輩も難しい顔をして考え事をしている。おかしいな、カラオケってもうちょっと楽しい感じの場じゃなかったっけ? 

 

「あの……ヨヨコ先輩? どうでした?」

 

「……え? ああ、ごめんなさい。そうね……歌はまぁ普通ね」

 

 恐る恐る感想を聞いてみるとあんまりな答えが返って来た。さっきの考え込んでたのはなんだったんだよ……まあでも自分の歌が普通なのは知ってた。冬休みのカラオケ大会でも点数は普通だったからね……

 

 一曲歌って満足した俺がマイクを手渡そうとひとりの顔を見ると、ひとりは顔が取れてしまいそうな程の勢いで首を左右に振って答えた。ただでさえ恥ずかしがっているのに、ヨヨコ先輩が合流した事でさらに腰が引けてしまっているのかもしれない。仕方ないので、俺はいまだ暗い表情の喜多さんへマイクを手渡した。

 

 マイクを受け取った喜多さんはそのまま曲を入力すると、歌を歌い始めた。しかしヨヨコ先輩が合流するまでの楽しそうな様子はすっかり鳴りを潜めてしまって、歌っている最中にもどうにも表情に陰りが見られる。

 

 歌っている喜多さんをじっと見ていたヨヨコ先輩は、そんなどんよりとした喜多さんの様子に気付いたのかおもむろに口を開いた。

 

「……もしかして今日はただ遊びに来ただけじゃないの?」

 

「あっ実は練習に……」

 

 てっきり冬休みの遊びのリベンジだと思っていた俺とひとりは驚いて喜多さんを見た。喜多さんは肩を落として椅子に座ると、俯きながら今日カラオケにやって来た理由をポツリポツリと話し出した。

 

 喜多さんの話によると、今日カラオケにやって来たのは新曲のMVを何度も聞き返している内に違和感が出て来たからという事らしい。曲は良いのに自分が歌っているといまいちに感じた事と、それに加えて新曲のエンジニアを担当したPAさんに歌の感想を聞くと、補正しがいがあったとの答えが返って来たらしく、最早自分の歌の何が駄目なのか分からなくなり、藁にもすがる思いでとにかくカラオケで練習しようと思って今日やって来たとの事だった。

 

「それで、冬休みに聞いた山田君の歌を思い出して。その、失礼かもしれないけど、あまり上手くなかったのに、今の私の歌と違ってなんだかしっくり来たというか……聞いてた皆の評判も良かったし……だからもう一度山田君の歌を聞けば何か分かるかもって思って誘ったんだけど……」

 

「……それで、何か掴めたのかしら?」

 

「……いいえ。でもさっき改めて聞いて、やっぱり山田君の歌はなんだか良いと思ったわ……」

 

 カラオケで九十点後半を連発する歌の上手い喜多さんが、俺の普通な歌に現状を打破するヒントを求めたらしい。正直全く意味が分からない。なにせ先程ヨヨコ先輩に歌は普通とお墨付きを貰ったばかりだ。

 

 喜多さんの話を聞いて思案していたヨヨコ先輩は、一度俺へと視線を向けると、すぐに喜多さんへと視線を戻して口を開いた。

 

「……そうね。もう少しお腹から声出すとか、カラオケ感覚でやってたら変なのは当然だとか、言いたいことは色々あるけれど、こいつの歌に活路を見出したのなら、こいつの歌で答えを見つけてもらいましょう」

 

 そう言うと、ヨヨコ先輩は俺に向かってこの曲は歌えるのかと曲名を出しながら聞いて来た。そうして俺が歌えると答えた流行りの恋愛ソングを端末に入力すると、テーブルに置いてあったマイクを投げてよこした。

 

「それじゃあよく聞いてなさい。こいつの歌を」

 

 

 

 俺が歌い終わると、喜多さんは驚きの表情でこちらを見ていた。

 

「す、凄い! 山田君! いまの歌、凄く普通(・・)だわ!」

 

「あっ……太郎君……えっと、わっ私は良かったと思うよ……」

 

 驚きにはしゃぐ喜多さんの言葉に俺が遠い目をしながら腰を下ろすと、流石に気の毒になったのか隣に座っていたひとりが慰めてくれた。良いんだよひとり、自分で普通なのは知ってるからな。だからノーダメージです。

 

「でもどうしてかしら? さっきのSIDEROSの歌はあんなにしっくり来てたのに」

 

「それは多分選曲のせいね。さっきの私のバンド(SIDEROS)の曲は、太郎が歌詞の内容にシンクロ出来たから気持ちが乗って良く聞こえたけれど、今回の恋愛ソングは歌詞の意味が真に理解できないからそのままの歌唱力が出て来たんだと思う」

 

 凄い言われようだ、まぁ実際ヨヨコ先輩の言う通りだが。でもそんなすぐ正解を説明するんならこれ俺が実際に歌った意味ありましたかね? 単に俺が辱められてるだけじゃないっすか? 俺の心大丈夫そ? ノーダメージです。

 

 喜多さんはヨヨコ先輩の説明に思う所があって納得したのか、今までよりも少し表情が晴れた様子だった。だが、ふと何かに気付いたのか先程よりも不安そうな表情で小刻みに震え出した。

 

「そっか……あれ? でもそれじゃあ私ってひとりちゃんの歌詞を全然理解出来てないって事? そ、そんなので私、結束バンドのボーカル出来るのかしら……」

 

「ま、まぁそういう意味では今の貴方には結束バンドのボーカルである必然性は感じられないかもしれないわね……」

 

 そら(自分のバンドの歌詞の理解度が低いと言われたら)そう(今後ボーカルが出来るか心配になる)よ。

 

 最終的にはこういう結論になってしまうとある程度予想していたのか、ヨヨコ先輩は気まずそうに視線を逸らしている。なんと声をかけていいのか分からずに俺も困っていると、俺の隣に座っていたひとりが突然立ち上がった。

 

「あっあの!! けっ結束バンドのボーカルが喜多ちゃんじゃなくていい……なんて事は……ない……です……」

 

「ひとりちゃん……私頑張るから!」

 

 突然のひとりのふり絞るような声に喜多さんは驚いていたが、すぐに感極まったようにひとりの右手を自身の両手で包み込むように手に取った。

 

 あら^~いいですわゾ^~。俺もひとりに言われてぇなぁ~……上目遣いの潤んだ瞳で「太郎君じゃないと……駄目です……」とか言われてぇな~俺もな~。なんかねぇかな~言われそうな事……なんもねぇなぁ~……十年も一緒にいて俺の評価どうなってんのこれぇ? まぁ今更なんでね、これもノーダメージです。

 

 その後、悩みが解消されたのか大分調子を取り戻した喜多さんやヨヨコ先輩の歌を聴きながら、俺達は時間が来るまでカラオケに興じて過ごした。

 

 

 

 カラオケ店から出ると、俺達の前を歩く喜多さんはヨヨコ先輩の隣に並んで何やら話をしていた。珍しい組み合わせだが、聞こえて来る内容からヨヨコ先輩が歌について先程よりもう少し具体的なアドバイスを喜多さんにしているのが分かった。

 

 そんな話を聞きながらひとりと並んで歩いていると、先を歩く二人が立ち止まった。どうやらここでヨヨコ先輩とはお別れらしい。

 

「ヨヨコ先輩、今日はありがとうございました」

 

「別に……そっちがあっさり審査に落ちると姐さんがうるさいからよ……」

 

「大槻さんって優しいのね……」

 

「うっうるさい! 私はキライ!!」

 

 俺は結構ヨヨコ先輩の事好きですよ、とか言ったら三人からセクハラ認定されて殴られそうだからやめておこう。

 

 ヨヨコ先輩は俺達にお礼を言われた事が恥ずかしかったのか面倒そうにそっぽを向いて答えたが、少し頬を赤らめていた。そんな恥ずかしさを隠す為なのか、ヨヨコ先輩はわざとらしく咳ばらいをすると、誤魔化すように俺に話を振って来た。

 

「そ、そんな事より太郎。あなたそこそこ歌えたのね。練習すれば使い物になりそうだけど、まぁ演奏しながら歌うのは無理よね……」

 

「出来るぞ」

 

「やっぱり無理よね……って出来るの!? 本当に!? ドラムを演奏しながらよ!?」

 

「出来るぞ」

 

 まぁ出来ると言っても、そこからお出しされるのはさっきヨヨコ先輩や喜多さんに普通と称された七十点くらいの歌だけどな。

 

 ヨヨコ先輩が酷く驚いているのはちゃんとした理由があって、ドラムボーカルは純粋に難しいのだ。なにせ両手両足を別々に動かして、なおかつ歌まで歌うとなると、五つの作業を並行してやっていることになる。ただこれは練習で克服できる。やり方は簡単、ドラム練習の時に歌を歌いながら叩くだけ。事実俺はドラムを独学で勉強しようと思った時に、ネットにそう書かれていた文章を発見して今日まで実行してきたのだ。ね、簡単でしょう? 虹夏先輩に言ったら殴られそうだな。

 

 二つ目の理由はとにかく体力がいるのだ。ただでさえドラムを叩くだけでもしんどいのに、更に歌まで歌うのは中々厳しい物がある。これの克服方法も簡単、心肺機能を鍛えましょう。それにしたって限界はあるので、ワンマンライブで全曲ドラムボーカル! ってのはちょっと厳しそうだが。

 

 他にも体が激しく動くのでマイクの位置が一定にならないとか、ドラムの呼吸と歌の呼吸が合わないとか、座ったまま歌うから声が出しにくいとか、マイクにドラムの音が入るとか、普通にドラマー人口が少ないからとか色々と理由はある。

 

 ちなみに一説にはドラムボーカルよりもベースボーカルの方が難しいなんて話もある。こういう事を聞くと、廣井さんの天才ぶりが再確認できるだろう。知れば知るほどあの人は只の飲兵衛ではないのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 道具持ってる!? 今からどこかスタジオに……!」

 

「いやもう俺達帰らないと。それに俺はドラムスティックすら持ってませんし、三人とも楽器持ってないじゃないですか」

 

 ドラムボーカル候補が珍しいのか、すごい剣幕で迫って来るヨヨコ先輩を落ち着かせるようにそう言うと、ヨヨコ先輩は悔しそうに目を瞑って呻き声をあげた。

 

 この四人でスタジオで合わせるのも面白そうだと思ったが、冷静に考えたらドラムギターギターギターって編成が偏りすぎだろ……そりゃギターは人気パートだけどさ……

 

 難しい顔でぶつぶつと何か言っているヨヨコ先輩の口からは時々「男性ボーカルが……」とか「コーラスが……」などの言葉が聞こえて来る。しばらく考え込んでいたヨヨコ先輩は、やがてジロリとこちらにジト目を向けると声高に叫んだ。

 

「あーもう! なんでそういう大事な事をもっと早く言わないのよ!」

 

 俺がドラムを演奏しながら歌えることがそんなに重要だとは思わなかったのだ。正直廣井さんがいればそれで十分だと思っていたし、更にヨヨコ先輩が入ってますます俺の普通な歌など必要無いと思っていた。

 

「男女のツインボーカルとか、コーラスとか色々あるでしょ! 男性ボーカルが出来るなら曲作りにも幅が出るし、なによりこれはBoBの武器になるわ」

 

 ヨヨコ先輩が言うには、俺の歌は訓練して曲を選べば一応通用するらしい。だが俺の普通な歌が通用するのなら、ひとりの歌も通用するんじゃね? こいつの歌唱力はそんなに俺と変わらんだろ。

 

 ひとりも巻き込んでバンド全員ボーカルを提案しようかと思ったが、結束バンドのボーカルである喜多さんの前でひとりのボーカルを提案しても良い物か悩んだ俺は、とりあえず一旦保留にすることにした。命拾いしたなひとり。だが逃がさん……お前だけは……

 

「まだ何か言ってない事ないでしょうね? はぁ……とにかく、この事は姐さんにも言っておくから。いいわね!?」

 

「アッハイ」

 

 目を吊り上げてまだ隠し事が無いか俺に迫って来たヨヨコ先輩は、一度ため息を吐いて呆れたようにかぶりを振ると、有無を言わさぬような強い口調でピシャリと言い放った。

 

「あなたと話してると調子が狂うから私はもう行くわ……じゃあね」

 

「ウス。あ、ヨヨコ先輩。ヒトカラ嫌なら良ければ誘って下さいよ。そんで歌を教えて下さい」

 

「うっうるさい! 今日はたまたま一人だったの! ………………ほっ本当に呼ぶわよ?」

 

「良いですよ……出来れば事前にロインくれるとありがたいですけど……」

 

 人を信じられない保護犬みたいになってるじゃねぇか……こんな悲しきモンスターを作ってSIDEROSメンバーは何してんだよSIDEROSメンバーは……

 

 そうしてカラオケの約束をすると、今度こそ本当にヨヨコ先輩は去って行ったので、俺達三人は駅へと向かって歩き出した。

 

 駅のホームに着くと早速電車がやって来た。俺達二人は神奈川方面なので喜多さんに別れの挨拶を伝えて電車に乗り込むと、何故か喜多さんも一緒に乗り込んできた。

 

「えっ? 電車違いますよ……!?」

 

 ひとりが驚いて訊ねると、喜多さんは目を輝かせて理由を話し出した。どうやら先程ヨヨコ先輩に言われた『曲への理解』を深める為に、今日と明日の二日間、後藤家に泊まってひとりに歌詞を解説して貰う事で、現在直面している問題の突破口を開こうと思っているらしい。

 

「わっわかりました……」

 

「本当!? ありがとうひとりちゃん!」

 

「おいおい、今回はえらくあっさり納得したな」

 

 気味の悪いほど素直に納得したひとりは、俺へと顔を向けるとニヘラと不気味な笑みを浮かべた。

 

「太郎君の家に今週末泊まっていい?」

 

「いや駄目に決まってんだろ。やけに素直だと思ったら逃げる算段をつけてたのかよ。それにそんな事言ってると……」

 

「もー! ひとりちゃんが居なくちゃ意味ないじゃない! それなら私も山田君の家に泊っていいかしら!? なんだか修学旅行みたいで楽しそう!」

 

「ほら絶対こうなるんだよ。いい加減腹をくくって喜多さんと週末を過ごせ。夏に一回家に遊びに来てるんだから大丈夫だって」

 

「でっでも……あっそれじゃあ太郎君、ウチに泊まりに来て!」

 

「なんでそうなるんだよ……と言うかお前だけならまだしも、喜多さんが居るのに俺が泊まりに行ける訳ねーだろ」

 

「なっなんで……あっ布団なら私の使っていいよ……」

 

「いや布団の問題とかじゃねーから……」

 

 俺の家に逃げ込む事に失敗したひとりをなんとか説き伏せると、ひとりはあまりのショックと喜多さんとタイマンと言う地獄の週末を予感して顔を溶かしていた。それを励まし慰めながら、家の最寄り駅まで喜多さんを加えた事でより賑やかになった電車での二時間を過ごす事になった。

 

 駅から後藤家の前までやってくると、再び俺の腰にしがみ付いて同席を懇願してきたひとりをなんとか引き剥がし、そのまま喜多さんへと託して俺は自宅へ帰っていった。

 

 

 

 翌日、朝早くから起き出して朝食を取ると、部屋でいつもの日課であるドラムの練習を始める。最近はドラムの練習をしながら、何かメロディが思い浮かんだら、どんなに短い物でも鼻歌なんかをスマホで録音しておくような事もやっている。

 

 一応理論なんかも学んでいるのだが、店長曰く、日常的にそういう事をしておくと書ける曲の量や作曲に対する意識の違いになるし、その時イマイチだと思った物でも録音しておく事で、一年後や二年後か、何時かは分からないが遠い未来に出番がやって来る可能性も有る、かも知れないという事らしい。

 

「うーん……なんか……どっかで聞いた事ある気がする……まぁ一応録っとくか……」

 

 そんな感じでドラムの練習をしながら思い付きのメロディを録音していると、もう昼を回って随分と経っている事に気付いた俺は、道具を置いてのそりと部屋を出ると昼食を食べに台所へと向かった。

 

 

 

「母さーん、昼飯……」

 

「それでねー、出会ってからしばらくしたら太郎ったらまるで妹が出来たみたいにひとり、ひとりってひとりちゃんにべったりだったのよ~」

 

「うへへへへ……そっそんな事もありましたね」

 

「へぇ~、山……太郎君って昔からひとりちゃんと仲良かったんですね!」

 

「!?!!? アイエエエ!? キタサン!? キタサンナンデ!? ひとりの家にいたんじゃ? 自力で脱出を?」

 

 そこにはテーブルに並べられた紅茶やお菓子を食べながら、俺の母さんと和やかに話をしているひとりと喜多さんの姿があった。

 

「あっ太郎君」

 

「あ、山……た、太郎君! お邪魔してるわ!」

 

「あら太郎。全くもう~この子はまた変な事言って……」

 

 いやマジで何でウチにいるんだよ、来たの全然気づかなかったわ……ひとりに歌詞の意味を説明して貰うんじゃ無かったのか? しかもまた正月みたいにひとりと二人でウチでお茶してるし……ウチはカフェじゃねぇぞ……と言うか今何の話してたんだよ……怖いよ……

 

 驚いて固まっていた俺に母さんはテーブルに着くように言うと、そのまま俺の昼飯を準備しに一旦席を外して台所へと引っ込んでいった。

 

 俺が困惑しながらひとりの対面の席に着くと、喜多さんが状況を説明してくれた。それによると、昨夜ひとり本人に歌詞の意味を聞いてもよく分からなかったので、ひとり自身の事を知るために今日は朝から後藤家の面々にひとりの事を聞いて回っていたらしいが、更なる情報を求めて幼馴染の俺の家へとひとりと共にやって来たらしい。

 

「それでどうでした? ひとりのこと何か分かりました?」

 

「ひとりちゃんについては特に目新しい情報はなかったわ」

 

 聞き込みの成果があまり芳しくなかったのか喜多さんは困ったようにそう言うと、しかし突如楽しそうに口の端を上げてニンマリと笑った。

 

「でも山田君の色んな話を聞けたわ!」

 

「えっ!? きっ喜多ちゃんウチでなに話してたんですか!?」

 

「なんでお前が驚いてんだよ!? 客をほったらかしにしてんじゃねーよ!」

 

 喜多さんの得た謎の情報に俺達二人が戦々恐々としていると、母さんが俺の昼飯を持って戻って来た。母さんは昼食を俺の前へと置くと、そのまま俺の隣、喜多さんの対面の席へと腰を下ろした。

 

「おい、なんで座るんだよ。もう行っていいよ」

 

「何言ってるのよ。喜多ちゃんは母さんに話を聞きに来たのよ」

 

 いやまぁそうなんだけどさ……正直キッツイんだよねこの状況……自分の同級生の女子が自分の母親と楽しそうに話してる横で飯を食うってどんな状況だよ……しかも喜多ちゃん(・・・)とか言ってんじゃねぇよ……母さん喜多さんに会うのまだ三回目だろ……俺より仲良くなってんじゃん……

 

 まぁこういうのはあまり気にしても仕方ないと思って俺は昼飯を食う事にした。筋トレをすると言い出してから母さんが余分に付けてくれているゆで卵丸ごと一個が異彩を放っている。

 

「あら? 山……太郎君はゆで卵好きなのね」

 

「そうなのよ! ちょっと聞いてよ二人とも。この子ったら去年の夏休み終わったくらいから急に筋トレするとか言い始めてね! 色気づいちゃってまぁ~」

 

 うるせぇよ……何なんだよ色気づいたって……いかん、落ち着け……キレるな俺……こんなもんは中年ババアの戯言だ……俺はただ飯を食いたいだけなんだ……

 

「そういえば中学の時も急に変なバンドTシャツ? 着て学校行ったりしてね~。友達もいないのに。きっとひとりちゃんにいい所見せようとしてるのよこの子ったらまぁ~」

 

「やめっ……やめろー!! おい!? 何の話してんだ!?」

 

 くそっ! 絶対触らないつもりだったのについ触ってしまった。だって仕方ないだろう、何を言い出すんだこいつは!? 

 

 慌てて前に座っている二人を見れば、ひとりは俺の失敗談に自分の中学の時の失敗を思い出したのか白目を剥いてダメージを受けているし、喜多さんは何かの琴線に触れたのか、いつものようにお目目キラキラでこちらを見ていた。

 

「喜多さんもなんでそんな楽しそうな顔して聞いてるんですか!? そもそも今日はひとりの事を聞きに来たんでしょう!?」

 

「まぁその話は後でもいいじゃない!」

 

「いや良くないですよ!? それが本題でしょう!? 歌は良いんですか歌は!?」

 

「いちいちうるさい子ね~……ごめんね二人とも。カワイイ女の子が二人も家に遊びに来てるから舞い上がってるのよきっと」

 

「ああああああああ!!!!」

 

 こいつホンマこいつ……さっきから俺のキャラが崩壊してるじゃん。あーもうめちゃくちゃだよ。

 

 これ以上母さんと話していると振り回されてどうにもならないと思った俺は、今後この会話には絶対に関わるまいと決意して黙って昼食を摂る事にした。

 

「あらら、拗ねちゃった。それで、喜多ちゃんはひとりちゃんがどんな子か聞きたいんだったかしら?」

 

「はい。私ひとりちゃんの事もっとよく知りたくて」

 

「そうねぇ~、小さい頃から物静かな子だったかな。でもとっても可愛いくて優しい良い子よ~。なんといっても、友達のいない太郎ともずっと仲良くしてくれてるしね」

 

「うっうへへへへ……たっ太郎君は私がいないと駄目ですからね……」

 

「いい度胸じゃねぇの(ザッ」

 

 くそう……関わるまいと決意した直後に口を挟んでしまった。堪え性が無さ過ぎるだろ俺……絶対に関わらないとか言ってたのがフリみたいになってんじゃん……

 

「まぁこんな感じの太郎がずっとくっ付いてるせいでひとりちゃんに友達が出来ないんじゃないかって心配してたんだけど、高校生になって友達が出来たみたいで安心したわ~。ひとりちゃんも太郎が邪魔になったら遠慮なく言って良いのよ?」

 

「どういう事だよ……でもちょっと思い当たる(ふし)があるから反論できねぇわ……」

 

「あっいえ……その……わっ私は別に嫌じゃないです……うへへ……」

 

 俯きがちに顔を伏せて、長い前髪で目元を隠しながら口元を緩めて遠慮がちに呟くひとりの言葉を聞いて、母さんは感極まったように溜息をついた。

 

「はぁ~……良かったわね~太郎、ひとりちゃんみたいな優しくて可愛い子が幼馴染で。こんな子があんたと一緒にいてくれるのは奇跡なのよ? アンタとひとりちゃんを引き合わせた母さんに感謝してよね」

 

「奇跡って……ま、まぁそうかもしれないけど、なんか母さんには素直に感謝出来ないんだよなぁ……」

 

「……やっぱり本物の幼馴染って凄いのね~」

 

「喜多さんにはそういう人居ないんですか?」

 

 俺達の話を聞いていた喜多さんが羨ましそうに言葉を溢したので、俺は前から疑問に思っていた事を聞いてみた。喜多さんが何時から今のような陽キャなのかは分からないが、昔から今くらい交友関係が広ければそれこそ小学生からの付き合いの友達くらい居そうだと思ったからだ。

 

「うーん……残念ながらいないのよね。一番それに近いのはさっつーかしら? 中学から今までの四年間、ずっとクラスが一緒の子なんだけど……今度機会があったら紹介するわ!」

 

 そんな話をしばらくしながら喜多さんは一度飲み物で喉を潤すと、まだ聞きたい事があるのか母さんに顔を向けた。

 

「そういえば、山……太郎君はひとりちゃんに誘われて楽器を始めたって聞いたんですけど」

 

「そうなのよ、なんだか急にドラム? だかをやるって言いだしてね。どうせひとりちゃんにいい恰好見せる為に始めたんだろうから、すぐに飽きてやめるかと思ってたんだけど、これが思いのほか長く続いてね~」

 

「おい、そんな風に思ってたのかよ……」

 

「ひとりちゃんに負けないようにって中学時代は毎日六時間以上練習してたわ。私はよく分からないけど、今は凄く上手になってるみたい。前にひとりちゃんのお父さんに言われて太郎の演奏動画? っていうのに広告? を付けたらしいんだけど、なんだか凄い事になってるってお父さんも言ってたわ。熱中できる事が見つかって、誘ってくれたひとりちゃんに感謝ね~」

 

「…………へぇ」

 

 母さんの話を聞いていた喜多さんの口から、普段からは想像できないような、なんとも珍しい声が聞こえた気がした。その声を例えるなら、羨望、諦観、憧憬や諦念のような……そんな感じの感情の混ざったような声色をしていた……気がする。

 

「そういえばこの子、軽音部のギターの彼女が出来たらしいんだけど……」

 

「ちょっと母さん!?」

 

 そんな喜多さんの様子が少し気になったが、続いて母さんの口から出て来た、息子の演奏動画はよく分からないとか言いながらも、ちゃっかり仕入れている面倒な爆弾のせいで全て吹っ飛んでしまった。

 

 その後、母さんの話を聞いていると結構いい時間になったので、今日の喜多さんの山田家訪問はお開きとなった。

 

 

 

「今日はありがとね、山田君。本当は山田君のお父様にも話を聞きたかったんだけど……」

 

「それは個人的には遠慮したいんで、今日いなくてよかったですよ……まぁ父さんの話()大して参考にはならないと思いますけど……それで何かヒントになりそうでしたか?」

 

 ひとりと喜多さんを見送るために玄関へとやって来た俺は、ひとりを理解するという本来の目的を達成できたか喜多さんに質問してみた。正直今日の会話内容で喜多さんが何か掴めたかはかなり怪しい所だと思ってしまうが……

 

 喜多さんは少し考えこむと、眉尻を下げながら申し訳なさそうに言葉を返した。

 

「う~ん。色々面白い話は聞けたけど、歌詞に関しては……」

 

「そうですか……」

 

 今日はさんざっぱらアレな話しかしなかった事にちょっと申し訳なくなってしまう。それでも最後に何かないかと考えながら視線をあちこちと動かしていると、ふとひとりと目が合った。

 

「…………?」

 

 なんとなくひとりを見ていると、ひとりが困惑したような笑みを浮かべて来たのを見て、俺の口から何の気なしに言葉が出た。

 

「まぁ自信を持ってくださいよ、喜多さん」

 

「えっ?」

 

 突然の言葉に喜多さんは驚いてこちらを見た。喜多さんはひとりの歌詞が分からないと言って困っていたが、考えてみればそんなに心配する必要もないかもしれないと思ったのだ。何故なら――

 

「喜多さんはひとりが選んだボーカル(・・・・・・・・・・・)なんですから」

 

 虹夏先輩の紹介やリョウ先輩の紹介でもなく、ましてや喜多さん自ら立候補した訳でも無い。結束バンドでボーカルが必要になった時に、喜多さんが一度結束バンドに入っていた事など知らない、まっさらな状態でひとりが自分から声をかけに行ったのが喜多さんなのだ。だからきっと、ひとりと喜多さんには本人たちにも分からない共通する何かがあったんじゃないかと俺は思うのだ。

 

「確かにひとりと喜多さんはお互い真逆な性格ですけど、でもきっと大丈夫ですよ! 十年もひとりの幼馴染やってる俺が保証します」

 

「山田君……」

 

「でもひとりも逃げ回ってないで、ちょっとは喜多さんに協力してやれよ」

 

「う゛……がっ頑張りましゅ……」

 

 そうして二人を見送った俺は、部屋に戻るとまたいつものようにドラムの練習を再開した。

 

 

 

 後日、喜多さんは前に録った歌では納得できないと、新曲の歌の撮り直しをしたようだ。

 

 ひとりの家でのお泊り会で何か掴んだのか、聞かせて貰った新しく録り直した歌は以前と比べてとても良くなっていた。もしかしたらひとりとの心の距離が近くなったのかもしれない――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 

「この前はありがとね、ひとととりちゃん。それに山田君も!」

 

 何故か喜多さんのひとりに対する接し方がちょっとよそよそしいし、呼び方がおかしな事になってんじゃねーかよ……あの後お前の家で一体なにがあったんだよひとり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後藤母の証言

 

「うーん小さい頃からひとりちゃんを引っ張っていってくれる子だったわ。実は私、太郎君がいればひとりちゃんはなんとかなるんじゃないかと思ってるの。だって通学に二時間もかかる高校に一緒に行ってくれるんだから、将来ひとりちゃんがところてん屋さんに就職しても一緒に付いて来てくれそうじゃない? 万が一引きこもっても外に連れ出してくれるだろうし、太郎君ならそうならないように動いてくれるだろうから」

 

 

 

 後藤妹・犬の証言

 

「前にふたりがおっきくなったら、たろー君と結婚するって言ったら、おねーちゃんすっごく焦ってたの。でもたろー君の事おにーちゃんって呼んだら、おねーちゃんがすごく気持ち悪い声で笑ってたんだよ~」

 

「ワワンワンワンワンワワワンワンワンワンワンワワン」

 

 

 

 後藤父の証言

 

「太郎君はふたりの中の家族カーストランキングの僕とひとりの順位を、そんな訳無いって否定してくれているいい子だよ……それにひとりとバンドを組む為にってあんなにドラムを練習して上手くなるなんて、中々出来る事じゃないよ。ところで彼に軽音部のギターの彼女が出来たって話なんだけど……」




 あんまり主人公を何でもできる万能選手にはしたくないんですが、BoBが他所からメンバーを借りてる以上、こいつがある程度色々出来ないと影が薄いし、話が受け身になっちゃうんですよね。新曲関係なんかはそれが顕著(廣井さんやヨヨコ先輩が動かないと新曲が出来ない)です。

 物語の時期的にこの辺でバレンタインデーとかひとりちゃんの誕生日とかあるんですが……ちょっと話が広がらない気がするんでスルーすると思います。原作でもスルーしてるしね。


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031 第一回下北沢結束バンド路上ライブ見学編

 三話連続原作話ってマ? 作者引き出し無さ過ぎだろ……二万五千字超えそうだったので分割したのと、繋ぎの回なので今回ちょっと短めです。


 俺は今、廣井さんを背中に背負って廣井さんの家へと向かって歩いている。

 

 どうしてこんな事になっているのか、その説明をする前に今の結束バンドの状況を理解する必要がある、少し長くなるぞ。

 

 

 

 事の起こりは、三月に入りいよいよ結束バンドが未確認ライオットへ参加する為の新曲である『グルーミーグッドバイ』のデモテープをポストへ投函した所から始まる。

 

 無事デモテープを投函し、未確認ライオット一次審査であるデモ審査の結果が出るまでに何か出来る事が無いか探っていた結束バンドは、新曲のアピールも兼ねて投函から一週間後に下北沢で路上ライブを行う事にした。

 

 後藤ひとりのいる所に山田太郎ありという事で、俺は厄介古参ファンの如く結束バンドに引っ付いて路上ライブを見に来たのだ。(ひとりが)ストーカーみたいで気持ち悪いと思うかもしれない……でもしょうがないですね。

 

 しばらく下北沢を散策した後、路上ライブの場所が決まると、俺は一番前に陣取って結束バンドの面々の機材の準備を見ながら虹夏先輩に声をかけた。

 

「あ、それが前に言ってたバスドラ代わりのキャリーケースですか?」

 

「そうだよ! 太郎君は確か動画ではコンパクトなトラベラー使ってたよね? これもちょっと素朴だけど、意外とそれっぽい音するんだよ!」

 

 虹夏先輩が中身を空にしたキャリーケースにキックペダルを取り付けて音を鳴らすと、辺りにバスドラっぽい重低音が響き渡る。一緒に話を聞いていた喜多さんはその音を聞いて「人間っぽい音がするんですね」なんて言っていたが、そう言われるとキックペダルが当たるたびに人間の低い呻き声のような物が聞こえる気がしてちょっと怖くなってしまった。

 

 バスドラを別の物で代用する創意工夫に喜多さんが感心している隣で俺がキャリーケースから聞こえる人の呻き声にも似た音に怯えていると、リョウ先輩が何やら両手で箱を持ってにこやかな顔で話しかけて来た。俺の正面に見える箱の側面には『投げ銭してね♡』とマジックで大きく文字が書かれている。

 

「太郎、投げ銭箱はこれでいいと思う?」

 

「え? いや知りませんけど……まぁ良いんじゃないですか?」

 

「もっと真剣に考えて! これはとても重要な事なんだよ!」

 

「えぇ……」

 

 凄まじくどうでもよい事だと思い適当に答えると、いつもと違って酷く真剣な表情のリョウ先輩に怒られてしまった。真剣に考えろと言われても、投げ銭は演奏の結果だから入れ物はなんでもいいと思うんだけど……そんな俺達の様子を見ていたのか、機材の準備が終わったらしい虹夏先輩や喜多さんが集まって来た。

 

「太郎君はあの(・・)路上ライブで投げ銭とか貰ったの?」

 

「ええまぁ、動画ではカバー曲のメドレーを演奏してましたけど、あの後オリジナル曲もやったんで」

 

「その時は何処に入れて貰ったの?」

 

「ひとりのギターケースです」

 

「きゃー! ギターケースに投げ銭するなんて、なんだか映画やドラマみたい!」

 

「へぇ~、確かにギターケースを投げ銭の入れ物にするってなんだかベテランストリートミュージシャンみたいだよね」

 

「むぅ……確かにギターケースの方がストイックな印象が……でもこうして書いておいた方が心理的に入れやすいだろうし……」

 

 渋谷での路上ライブの事を話すと、喜多さんと虹夏先輩は楽しそうに声を上げた。

 

 あの時は単純にそういう入れ物を用意していなかったのもあるが俺も恐らくひとりも、やはり投げ銭をギターケースに入れて貰うということに一種の憧れみたいなものがあったのだ。バンドマンならきっと皆分かってくれると思う。事実ひとりもあの時は嬉しそうに顔と体をグネグネと動かしていた。

 

 だが、そんな喜多さんと虹夏先輩の言葉を聞いたリョウ先輩はなにやら難しそうな顔で考えこんでしまった。ブツブツと呟きながら投げ銭箱とギターケース……リョウ先輩の場合はベースケースだろうか? そのどちらの方が良いか真剣に悩んでいる。

 

「俺は観客が投げ銭しやすいように、サクラ的なヤツとして先にいくらか入れておきましたよ」

 

「! 流石太郎様。私奴(わたしめ)にもっとそういうがっぽがっぽなテクニックを教えてください」

 

 あまりにリョウ先輩が真剣に悩んでいるので、あの時実践した事を思い出しながら話をすると、またへりくだって更なる助言を求めて来た。

 

 リョウ先輩は話を聞いてしばらく悩んだ末に、やはり用意した投げ銭箱を使う事に決めたようだが、続いてスケッチブックを取り出すとなにやら謎のキャラクターが描かれたページを見せてくれた。

 

「あと結束バンドのマスコットキャラクター作って来た」

 

 スケッチブックには(ぼう)梨の妖精のようなシルエットのキャラクターが描かれており、その首の部分に相当する場所に結束バンドが巻かれている。ページ上部に結束バンドマスコット『けつばんちゃん』と書かれたそのキャラクターは、何故だかぐったりと項垂れており、隣には「餓死する……」と書かれた吹き出しが添えられている。

 

「えっ何か死にかけだけど……」

 

「投げ銭が一万円貯まるごとに餌が与えられて元気になってく設定」

 

 リョウ先輩が説明しながらページを捲ると、一万円ありがとうございますの文字と共に、先程より元気になったけつばんちゃんが「シャトーブリアンうめーっ」などとのたまい(・・・・)ながら何かを食べているイラストが描かれている。こいつ俺よりいいモン食ってんな……

 

 つまりはアレだ、トゥイッターなどでよく見るやつだ。一万円与えられてこれだけ元気になっているということは、十万円に到達したら一体この謎生物はどうなってしまうのだろうか? シャンパン片手にナイトプールとかに行っちゃうのか? 非常に気になる所である。

 

 しかしバンドのマスコットキャラクターか。BoBでも何かあった方がいいのだろうか? そういえばBoBのロゴなんかは要望があった筈だ。結束バンドのマスコットがけつばんちゃんなら、ぼっちずのマスコットはぼっちちゃんか? ってこれじゃひとりの事じゃねーか……いやまぁ俺は良いけどね、ひとりをマスコットにしても! あいつは世界を狙える可愛さだから! 

 

 リョウ先輩が考案したけつばんちゃんは一番怒られそうな虹夏先輩から却下される事も無く、逆に虹夏先輩の手によってもっと庇護欲を掻き立てられるような可愛らしいキャラクターにリメイクされる事になった。

 

 虹夏先輩は素直で常識的な人物だと思われているが、この一件から見ても分かる通り、意外な所でぶっ飛んだ性格だったりするのはあまり知られていない。

 

 そんな珍しい虹夏先輩にツッコミを入れる喜多さんを眺めていると、お馴染みのへべれけ声が聞こえて来た。

 

「うえええ~~●▽☆みんなやってんrjsdk。応援にき▽◎♪sj☆▽※×〒hfkふsf」

 

「廣井さん!? 太郎君はこっちですよ!」

 

「えぇ……いきなり丸投げかよ……」

 

「あ~太郎君じゃ~ん! おひさ~」

 

 廣井さんとは一月下旬のライブから実に約一ヵ月ぶりの再会である。本来なら月に一回、二月の下旬にもSTARRYでライブの予定だったのだが、BoBはひとりをレンタルする都合上結束バンドの予定が空いている必要がある。今回は未確認ライオット用の新曲レコーディング等があった結束バンドがライブをお休みしたために、BoBも定期ライブはお休みという事になったのだ。

 

 いつもの様にスカジャンを羽織り一升瓶を抱えている廣井さんは、相変わらず裸足に下駄を履いている。スカジャンの下には何故かこの寒いのにいつもより丈の短い膝上までのキャミワンピースを着て、肌寒いのか首にマフラーをしていた。そんな年中同じ格好の小学生男子のような廣井さんの姿は、見ているこっちが寒々しい。

 

 そんな廣井さんは後ろの観客に邪魔にならない様に最前列でしゃがみこんで路上ライブが始まるのを待っていた俺を見つけると、俺の背中に覆いかぶさるようにもたれ掛かって来た。

 

「はぁ~……あったかあったか」

 

「うわ酒くさっ……っていうかよくここで路上ライブするって分かりましたね?」

 

「いや~外だと通報されるからSTARRYで飲んでたんだけど、先輩からぼっちちゃん達がライブするって聞いてさ~。でも箱でのライブかと思ったら路上か~……打ち上げねーなこりゃ……」

 

「それ完全に店長に厄介払いされてるじゃないですか……それにここは先輩バンドマンである廣井さんが『初路上ライブのお祝いにお姉さんが奢ってあげる~』とか言って株を上げる場面ですよ」

 

 廣井さんは俺の言葉を聞いて一瞬言葉を詰まらせた後、「おーぼーだ~」なんて言いながら手足をジタバタと動かして駄々をこねていたが、やがて四肢を脱力させて全体重を俺の背中に預けながらぐったりすると、満足したのか背中から離れて俺の隣に同じようにしゃがみこんだ。

 

「そーいえばさ~、大槻ちゃんに聞いたよ~。太郎君歌えるんだって? なんで今まで黙ってたのさ~」

 

「黙ってた訳じゃないですけど、一流ボーカルの廣井さんやヨヨコ先輩がいたら俺が歌わなくても良いかなって」

 

 その言葉を聞いた廣井さんは両手の手のひらを上へ向けて肩を竦めるというポーズを取ると、いかにも『わかってねぇーなこいつ』と言った表情で鼻を鳴らした。

 

「歌の上手さとボーカルの上手さは違うんだよね~。ほら、パンク・ロックなんて歌ってる奴は全員歌下手くそでしょ?」

 

「やめなさいよ……俺はその話題には絶対に触りませんよ!?」

 

 酔っているせいかなんだかやばそうな事を言い始めた廣井さんに忠告すると、廣井さんはケラケラと笑いながら言葉を続けた。

 

「あはは違う違う! 私が言いたいのは、要は刺さる音楽に歌の良し悪しはあんまり関係ないって事。むしろ小奇麗にまとまってないからこそ届く歌ってのもあるんだよ~」

 

「それはヨヨコ先輩も似たような事言ってましたね」

 

「でしょ~? それで私去年からいくつか曲作ってたんだけどさ~、完成したら太郎君歌ってよ~。それにもし歌がイマイチでも、配信はしなくてもライブ限定で太郎君が歌えば絶対面白いって!」

 

「へぇ~、どんな曲ですか?」

 

「んふふ~、ひみつ~」

 

 廣井さんは楽しそうに俺の背中を叩きながらそんな事を言い出した。そういえばライブ限定で歌うなんて事も出来るのか。確かにそういうのもライブの特別感が出て面白いかもしれない。それにライブの時だけならひとりも歌ってくれるだろうか? 出来ればひとりの夢を叶えてやりたい──いや、俺が(・・)ひとりが歌っている姿を見たいのだ。

 

「俺はひとりにも歌って欲しいんですよねぇ……」

 

「ぼっちちゃんも? いいね~! 全員がボーカル出来るバンドってのも面白そう! あ、それなら太郎君が作曲してあげなよ! 勉強してるんでしょ~?」

 

 目の前で路上ライブ用の立て看板を楽しそうに作っている虹夏先輩達を見ながら俺がポツリとそう呟くと、廣井さんは名案でも思いついたように楽しそうに声を上げた。

 

 俺が曲を作る、か……確かにあいつは廣井さんやヨヨコ先輩の作った曲だと「わわわ私なんかが歌うにはもったいない曲です……」とか何とか言い訳を並べて逃げる未来しか見えない。その点俺の作った曲なら「まぁこれくらいの曲なら……」てな具合にいけるんじゃないだろうか? うーん、ちょっとやる気が出て来たぞ。

 

「ひとりが歌うならどんな曲がいいですかね?」

 

「私としてはブリットポップなんかいいと思うんだよね~。〇asisみたいなやつ。で? そのぼっちちゃんは何処にいんの?」

 

「えっ?」

 

 俺の質問に答えてくれた廣井さんが急におかしな事を言いだした。準備をしている結束バンドのメンバーを見ると、当然そこにいると思っていたひとりの姿が見当たらない。お、おかしいな? ここには確かに一緒に来た筈なんだが……

 

 ひとりを探すように辺りを見れば、いつの間にか結束バンドの路上ライブを見に結構人が集まっていた。そんな観客を見た虹夏先輩がそろそろ始める旨を喜多さんに伝えている。

 

 いよいよ本番が近づいて不安そうな表情の喜多さんは、何故か自分のスマホのwi-fiや携帯充電器を差し出して接待しだした。

 

 もしかしたら喜多さんは路上ライブの経験が無いので緊張しているのかもしれない。前に店長に言われた通り、箱でのライブは出来るが路上ライブは出来ない奴が多いと言う言葉が思い出される。

 

 虹夏先輩とリョウ先輩はあまり普段と変わらない様子だが、そういえば二人は結束バンド以前にも各々バンドを組んでいたらしいので、路上ライブの経験があるのかもしれない。

 

 ひとりも路上ライブの経験は金沢八景と渋谷の二回あるので、今回喜多さんを引っ張る役のはずなんだが、一体どこにいったのか……そんな事を考えて視線を彷徨わせてひとりを探していると、ひとりでに虹夏先輩のバスドラ代わりのキャリーケースが開き、中に座り込んでいたひとりが姿を現した。姿が見えないと思ったら、どうやら路上ライブに恐れをなしてケースの中に逃げ込んでいたようだ。

 

「いないと思ったらなにやってんだあいつ……って言うかキャリーケースから出てた音って半分あいつの呻き声じゃねーか……」

 

「あはは! っていうかぼっちちゃんあんなとこによく入れたねー!」

 

 ケース内に座り込んだひとりは喜多さんと何事か言葉を交わすと、虹夏先輩と喜多さんにキャリーケースから引っ張り出されていた。しかしキャリーケースの中に入るのは割とガチで危険な案件なので、後でちょっと言っておいた方が良いかもしれない……

 

 そんなアクシデントもあったが、いよいよ路上ライブが始まった。

 

 開始早々投げ銭が入った事で、演奏を止めて入った金額を確認しに行ったリョウ先輩の頭に虹夏先輩がドラムスティックをぶっ刺すというバイオレンスな事もあったが、ライブを見ている観客の反応は上々だ。

 

 いざライブが始まれば曲に対する反応もなかなか良いし、投げ銭もそこそこ入っている。加えて喜多さん本人が不安がっていた歌声を褒める声も聞こえてきた。これはもしかして俺達が金沢八景でやった路上ライブより盛り上がってるんじゃないだろうか……おかしいな? 俺達ヒーローだった筈なんだけど……

 

 そんな観客の反応に良い雰囲気を感じた俺と廣井さんは、今回の路上ライブの成功を確信してお互い顔を見合わせて笑顔で一つ頷きあった。

 

 

 

 

 

「今日はこれで終了です。ありがとーございました!」

 

「これから毎週ここでライブするんでよろしくね~!」

 

 喜多さんが路上ライブの終了を宣言すると観客から沢山の拍手が起こった。去って行く人からもかなり良い評価が聞こえて来たし、虹夏先輩が次のライブの告知を行うとまたライブを見に来ようかと相談する声も聞こえる。そんな声を我が事の様に喜びながら俺と廣井さんが話していると、後ろから不意に声が掛けられた。

 

「やっほー太郎君」

 

「あ、一号さん。それに二号さんも。お二人とも来てたんですね」

 

「結束バンドあるところ一号二号ありってね! 誰かさんと違って結束バンドは路上ライブでもちゃんと告知してくれるから安心だわー」

 

「意外と根に持ちますね……でもBoBは路上の告知はしませーん!」

 

「ぐぬぬ……太郎君も意外と強情だね……」

 

「そんな事より結束バンドに挨拶しなくていいんですか?」

 

「物販に新しい商品も無いみたいだし、まずは新規のファンの人が優先かなって思って」

 

 二号さんの言う通り、広げた物販の周りには路上ライブを見てくれていた人が何人か集まっていた。確かに常連ファンがメンバーと親し気に話をしていたら、新規ファンは近寄りがたいかもしれない。流石は一号二号さん、気遣いの出来る古参ファンである。

 

「そういえば喜多ちゃんの歌声がなんだか変わった気がするんだよね。なんて言うか……より気持ちが入った? みたいな」

 

「へぇ~見る目あるね~……そういえば二人は金沢八景の路上ライブからのファンだっけ? なるほどね~」

 

 廣井さんは一号二号さんがまさに最古参のファンだと思い出したのか、一皮むけた喜多さんの歌声を褒めた一号さんの発言に納得したように一人で何度も頷いていた。

 

 そうしてしばらく四人で話をしていると、物販を見ていた人が少なくなったタイミングで一号二号さんは虹夏先輩達へと声をかけに行った。

 

 一号二号さんは結束バンドの面々に声をかけて恐らく差し入れだと思われる紙袋を手渡していた。しばらくして話が終ったのか、二人は一度俺達へ向き直ると小さく手を振って別れの挨拶をしてきたのでそれに同じように返すと、二人は楽しそうにそのまま帰って行った。

 

 やがて物販を見ていた人もいなくなり、撤収準備を始めた虹夏先輩達へと俺達二人は歩み寄った。

 

「虹夏先輩お疲れ様です」

 

「や~よかったよ」

 

「ありがとう太郎君。それに廣井さんも」

 

「観客の声が聞こえてましたけど、喜多さんの歌も評判良かったですよ」

 

「本当!? 良かった! 始まる前は緊張してたんだけど、これもごとひとちゃんのおかげね!」

 

「皆の初ライブから観てる身としてはこみ上げてくるもんがあったよ~………………胃から……」

 

 やはり緊張していたのか胸を撫で下ろしながら言う喜多さんの言葉を聞いた廣井さんがしみじみと言うと、廣井さんは咄嗟に右手で口元を押さえた。

 

「さようなら!! それじゃあ太郎君あとよろしく!!」

 

「それじゃあね山田君!」

 

「ええ!? ちょっと待っ……!? ま、待ってください廣井さん! ここでぶちまけるのはマズイですよ!」

 

 労いの言葉と共に廣井さんが右手で口を押えた瞬間──虹夏先輩達四人は驚くほどの速さで撤収準備を完了させて脱兎のごとく逃げ出した。

 

 緊張から解放されて動かなくなったひとりを引きずって行く結束バンドの面々を見ながら、その場に一人残された俺は慌てて廣井さんを近くの側溝まで連れて行くと、間一髪のところで人目につく道の真ん中に廣井さんの胃の内容物をぶちまけるのだけは阻止できた。まぁ側溝にぶちまけるのも本当は駄目なんだが……

 

 しばらく俺が廣井さんの背中をさすっていると、出す物を出し終えてある程度吐き気も収まったのかその場にへたり込んでしまった。そんな廣井さんも側溝にぶちまけられた吐瀉物も、どちらも放置しておく事はできないので、俺は近くにあるコンビニに入り、初めて廣井さんと会った時の様に2Lの水やら酔い止めやらしじみの味噌汁やらなんやらを購入すると、再び廣井さんの元まで戻って来た。

 

「う~ん……本当は駄目だし、どこまで効果があるか分からないけど、一応やっとくか……」

 

 俺はへたり込んでいる廣井さんにしじみの味噌汁を手渡すと、取り敢えず側溝にぶちまけられたブツ(・・)に水をかけて流し始める。500mlではなく2Lの水を買ったのはこの為だ。これは一応、散歩中の犬のおしっこに水をかけるアレと同じ効果を期待しての事である。正直どれ程の効果があるかは分からないがやらないよりはマシだと思う……あと側溝にこういうの流したら本当は駄目だからね。

 

「大丈夫ですか廣井さん? 立てますか?」

 

「うぅーん……らいじょうぶらいじょうぶ」

 

 粗相(・・)の一応の後始末が終わった俺は未だにへたり込んでいる廣井さんの様子を伺う。今回は大分飲んでいるのか、同じように倒れていた金沢八景の時よりも症状が酷い気がする。

 

 とりあえず吐き気は無いようだが、立ち上がらせようとするとふらふらしている廣井さんを再び座らせると、さてどうするべきかと悩んだ俺は、こういう時の為に連絡先を交換したと言っても過言では無い人物に助けを求める事にした。

 

「……あ、もしもし岩下志麻さんですか? はいそうです太郎です。すみません実はちょっと廣井さんがですね……あ、はいそうです……え? いや、流石にそう言うわけには……はい……はい……志麻さんは……無理ですか……はぁ……え? イライザさんがですか? そうですか……はい……分かりました……えっ!? 廣井さんの家までですか? ……いやでも……はぁ……分かりました」

 

 開口一番その場に放置して帰っても良いと言われたが流石にそう言う訳にもいかないだろう。志麻さんからは廣井さんを引き取りに来られないと言われたが、代わりにイライザさんが来てくれるらしい。どうやらMXのミーティングをしたいとの事だ。ただイライザさんも今すぐと言う訳には行かないので、たった今志麻さんから教えて貰った、割とここから近い廣井さん宅まで俺が運んで、イライザさんとはそこで合流する事になった。

 

 とりあえずそういう事で話はまとまったので志麻さんとの電話を切ると、俺は廣井さんへと近づいて背中を向けてしゃがみこんだ。

 

「ほら廣井さん掴まってください」

 

「うえ~? ろ~したのたろ~くん~?」

 

「ええい、面倒くさい酔っ払いめ……」

 

 吐き気は無いようだが酔って自力で歩けない廣井さんをなんとか背中に背負うと、このまま放って置く事も出来ないので、志麻さんの指示通り家まで送り届ける為に歩き始めた。

 

「はぁ~……こりゃらくちんだぁ~」

 

「廣井さん、気分が悪くなったら直ぐに言ってくださいよ? 絶対に背負ってる最中に吐かないで下さいよ? フリとかじゃないですからね! 絶対ですよ!?」

 

「わ~かってるって~。もぉ~しんぱいしょ~だなぁたろ~くんはぁ……う゛っ」

 

「おい廣井!」

 

 

 

 雨は降ってないけど、コンビニでレインコートを買って羽織っておいた方が良いかもしれんねこれは。




 廣井さんの家関係は玄関扉と畳部屋って事以外全部想像なんで、外伝漫画で詳細が判明したら変更します。一応新宿の事故物件とか調べて、廣井家の場所はそのあたりを想定してます。

 もし廣井さんが下北沢から徒歩で行けない場所に住んでたら、うるせー! ウチの廣井さんは新宿の事故物件に住んでんの! って開き直るか、おんぶシュチュがやりたかっただけなんで徒歩はやめて素直に電車乗せます。おんぶシュチュは電車下りてからでも出来るからね。

 次回の廣井宅MoeExperienceミーティング編はやりたい展開とキャラ崩壊の反復横跳びで書き直ししまくってます。


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032 この世は戦う価値がある

 あはっ あはっ こんな(二万七千字)になっちゃった………… たはは なっちゃったからにはもう……ネ……

 いや今回マジで長いです。もっと短くまとめる力が欲しい……というか前後編に分けた方がいいんだろうか? あとイライザさんと内田さんの性格とか口調難し過ぎるんですけど!?


 俺は今、結束バンドの路上ライブが終わった後で、酔って自力で歩けない廣井さんを背中に背負って廣井さんの家へと向かって歩いている。

 

 志麻さんの話によると、路上ライブを行なった場所から廣井さん宅はそんなに遠く無いとの事なので、タクシーではなく廣井さんを背負って歩く事にした。おんぶ(・・・)の最中にリバースされるとマジで洒落にならないので廣井さんには割と真剣に釘を刺しておいたが、どこまで効果があるかはわからない。

 

 背負われている廣井さんは何が楽しいのか、機嫌良さそうに鼻歌なんぞ歌いながら両足をブラブラさせている。左手に一升瓶を持った妙齢の酔っ払い美女を背負っているのもあって、さっきから道行く人の好奇な視線が痛いほど刺さって来る。

 

「廣井さんもうちょっとしがみ付いてくださいよ。あと少しお酒控えた方がいいんじゃないですか? 体に悪いですよ」

 

「ええ~……でもこ~ゆ~とっけん(・・・・)があるからお酒はやめらんらいんだよね~」

 

 そう言うと廣井さんは俺の首元により強く抱き着いてきて、まるで犬や猫が自分の匂いをつけるかのように頭をこすりつけて来た。

 

「それにたろ~くんらってこんら美人なおね~さん背負えて嬉しいでしょ~? ほらほら~」

 

「言うて、いつ肩からマーライオンの如くゲロが降って来るか分からない状態じゃ喜んでいられる余裕なんかないでしょ……」

 

 かなり酔ってますねクォレハ……酔いが醒めてから覚えてたら柱に頭を打ち付ける奴じゃないだろうか? しかし普段廣井さんの腕やらなんやらを見ていて細いとは思っていたが、背負ってみて確信した。ちょっと軽すぎじゃないコレ? 

 

「それにしても廣井さん随分軽いですけど、ちゃんとご飯食べてますか?」

 

「あはははは! たろ~くんお母さんかよ~! らいじょ~ぶ、毎日おにころ飲んでま~す! しってる~? おにころって意外とカロリーあんらよね~」

 

「全然大丈夫じゃないですよそれ。飯食って筋トレをしろ筋トレを」

 

 ケラケラと楽しそうに笑う廣井さんに呆れながらも、話をしながら背負って歩く。

 

 もうどれくらい歩いただろうか? 正直いくら軽いと言っても、人間一人背負って歩くのは滅茶苦茶しんどい。去年の夏から鍛えて無かったら俺死んでたよこれ……やはり筋トレは全てを解決する。

 

 もしかして志麻さんはタクシーで行くのを想定していたのかと不安になって来た頃、随分と年季の入ったアパートに辿り着いた。どうやらここがそうらしい

 

「この築五十二年のアパート、風呂なし事故物件の角部屋がわたしの根城で~す」

 

 俺の背中で楽しそうに言う廣井さんに案内されて部屋の扉の前まで辿り着いた俺は、廣井さんの説明と玄関扉を見て硬直した。

 

「あ、あああの廣井さん!? じ、じじじ事故物件って……そ、そそそそれになんか扉にお、おおお(ふだ)みたいなのが沢山貼ってあるんですけど……」

 

「あ~これね~……へーきへーき、ちょっと出る(・・)だけだから」

 

 バカ廣井さんの馬鹿! 何故か扉に貼ってある督促(とくそく)状はもうスルーするけど、このお札はイカンでしょ!? しかもサラッっと出る(・・)とか言ってんじゃねーよ! 助けてひとり! くそう、廣井さんを置いたらすぐにおうちかえる! って言いたいんだけど、志麻さんが言うにはこの後イライザさんが来てくれるらしいんだよなぁ……引き継ぎするまでおうちかえれない……

 

 俺の背中から降ろして今度は肩を貸した廣井さんは、ポッケから鍵を取り出して渡して来たのでそれを使って扉を開けると、俺は意を決して廣井さんと共に中に入った。

 

 部屋はなんてことない和室のワンルームで、意外な事にわりと小奇麗にしている。

 

 想像通りなのは万年床と化しているであろう布団とその辺に無造作に置かれた中身の入った酒のパックや瓶くらいだろうか。廣井さんの事だから服や下着が脱ぎ散らかされていたり、酒の空き瓶やコンビニ弁当のゴミなどが散乱している等、もっと汚い部屋を想像していたのだが意外とそんな事は無かった。

 

 どちらかと言うとミニマリストの様な印象で、汚くないのは単純に物が少ないだけだからかも知れない……借金のカタに家具が持って行かれたとかじゃないよな? そういう意味ではひとりの部屋に近い感じだ、あいつの部屋も和室で殺風景な部屋だからな。それにしてもスーパーウルトラ酒呑童子EXが部屋にある事に安堵する。

 

「まーまー上がってってよ太郎君」

 

 廣井さんは下駄を脱ぎ、俺の肩からスルリと抜けて四つん這いで部屋に入ると、そのままモソモソと部屋に置いてあるお酒を取りに行こうとしたので、俺は慌てて廣井さんの両脇を掴んで布団まで引き摺るように移動させた。

 

「は~い、きくりちゃんはおねんねしましょうねー」

 

「やだー! お酒飲むのー!」

 

 くっそ、五歳児かよ!? それにしては発言が物騒だが……ふたりちゃんの方が聞き分けが良いぞ。リアル五歳児に聞き分けで負けるアラサーはイカンでしょ? 

 

 廣井さんからなんとか酒を取り上げて無理矢理布団に押し込むと、俺は布団の隣にあぐらをかいて座り込んだ。

 

「なに~太郎君、おねーさんを無理矢理布団に押し込んでエロい事するつもり~?」

 

「なに言ってるんですか……そう言うのはせめて道端にゲロぶちまけなくなってから言ってください……」

 

 ひとりは緊張や青春コンプでリバースするし、廣井さんは酒でリバースする。そこになんの違いもありゃしねぇだろうが! 

 

 しかし何故俺はこんなにも他人の粗相(・・)に縁があるのか。まさかヨヨコ先輩もリバースしたりしないだろうな? あの人の一番ある可能性としては三徹からのエナドリ飲みすぎ体調不良リバースだが……大丈夫だよな? 信じてますよヨヨコ先輩! 

 

 布団の中で相変わらずケラケラと楽しそうに笑っている廣井さんの傍に座りながら、俺は溜息をついた。

 

「もういい歳なんですから……ひとりも言ってたけど、やっぱちょっとお酒控えた方がいいですよ……廣井さんいくつでしたっけ?」

 

「え~? えーっと、太郎君達と会った時に二十……五? だったから……二十六?」

 

 なんでそんなに自分の年齢があやふやなんだ……なんて思う暇もなく、廣井さんの年齢を聞いた瞬間――ぶわりと俺の背中に嫌な鳥肌が立つ。ここが事故物件だからと言うだけ(・・)ではないだろう。店長とは大学の後輩だと言っていたから二十八くらいだと思っていたのだが……おいおいおいおい、勘弁してくれ(・・・・・・)

 

 『The 27(トゥエンティセブン) Club(クラブ)』と言われている都市伝説(・・・・)がある。

 

 これは滅茶苦茶簡単に言うと『天才ミュージシャンは二十七歳で死ぬ』と言われているもので、ジミ・ヘンドリックスやブライアン・ジョーンズ、カート・コバーンなどロック史における錚々(そうそう)たる人物がこの『The 27 Club』という概念に名を連ねている。

 

 勿論二十七歳で亡くなっていない偉大なロックスターの方が断然多く、『The 27 Club』が神格化されているのだって偶々そういう時代だったと言うだけの、今となっては『愚か者のクラブ』なんて言われている概念である。

 

 ただ廣井さんの酒量を見ていると、どうにもいらんことを想像をしてしまう。

 

 アルコールを大量に長期間摂取する事による病気なども心配だが、今日のような酩酊(めいてい)時の嘔吐による窒息死というのが割とポピュラーだそうで一番怖い。確かジミ・ヘンドリックスも表向きの理由はこれだった筈だ。

 

 それにあくまで個人的な意見だが、廣井さんが『The 27 Club』に入る才能を十分に備えていると思うのがまた迷信に拍車をかけて心配になる……

 

 そんな馬鹿馬鹿しい(・・・・・・)考えが頭をよぎった俺は、大きく一度かぶりを振って息を吐いた。全く笑えない冗談だ。

 

 そんな俺の心配を知ってか知らずか、布団に寝転びながら天井を見上げていた廣井さんは、はにかみながら困ったように言葉を溢した。

 

「でもさ~太郎君も知ってるでしょ~? 私がお酒飲んでる理由(・・)

 

「……前に言ってたライブの緊張を紛らわせる為とか将来の不安とかってヤツですか?」

 

 もし廣井さんが完全に断酒した場合を想像してみる。

 

 今までのような陽気な廣井さんでは無くなるかもしれない。ライブに出るのに緊張して演奏のパフォーマンスが下がったり、サイケデリック・ロックという事もあって作曲に影響するかもしれない。傍若無人な廣井さんのライブを期待している観客は来なくなるかもしれないし、それでSICKHACKの人気が落ちるなんて事もあるかもしれない。

 

「そうそう。だから私にとってお酒は……」

 

「でも――それの何が悪いっていうんですか」

 

「…………太郎君?」

 

 ぼんやりと畳の一点を見つめながら呟いた俺の言葉に、廣井さんが珍しく不思議そうな瞳を向けて来た。

 

「俺はたとえ廣井さんが陰キャな根暗に戻って、好き勝手にやりたい事が出来なくなって、ファンにちやほやされなくてつまんない人生になって、ライブで緊張してミスして、凄い曲が作れなくなって……」

 

「ちょっと太郎君!? 素面の私の事どんな風に思ってるの!?」

 

 俺の想像する酒をやめた廣井さん像に本人から抗議が入ったが、構わず話を続ける。

 

「それで…………もし廣井さんが天才ベーシストでなくなったとしても、それでも――」

 

 俺はふと、自分の言っている事の身勝手さに気付いて自嘲する。だが心の内側で膨らんだ不安が溢れ出るように俺の言葉は止まらなかった。

 

「それでも俺は……廣井さんに生きていて欲しいんですよ……」

 

 きっと俺だけじゃなくて、ひとりも、ヨヨコ先輩も、志麻さんやイライザさんや店長も、廣井さんを知る多くの人がそう思っているんじゃないだろうか? 

 

 だが、俺の今の言葉がどれだけ自分勝手で無責任な事かはよく分かっている。もし先程の想像のような事になりSICKHACKでの稼ぎが無くなったら、廣井さんは今後どうやって生きていくというのだ。俺が廣井さんを養えない以上、こんなもんはただの俺の我儘でしかない。

 

 だが、それこそソレ(我儘)何が悪い(・・・・)

 

 俺は俺の望んだ未来……廣井さんとバンドを続けるという未来のために廣井さんを生かすのだ。このクソ面倒くさい世界と戦わせるのだ。悪いが廣井さんには俺という面倒な奴に目を付けられたと思って諦めて貰おう。俺はやると決めたらやる男だ。

 

 うん、中々良い目標が出来たんじゃないだろうか? そうなると、一番手っ取り早いのはやはりBoBが売れる事だろうか? 一生食いっぱぐれる事の無いくらいお金が稼げたら、廣井さんだけでなくひとりの将来の不安とやらも無くなるだろうか? こんなもん(お金)なんぼあってもいいですからね。

 

 しかし『The 27 Club』なんて物騒(・・)な物を思い出してしまったせいか、随分と感傷的な事を言ってしまった。今になってなんだか猛烈に恥ずかしくなってきたゾ。

 

「な~んて……でもお酒はマジで少し控えた方が……って」

 

 俺はおちゃらけた感じでいつもの台詞で誤魔化すと、耳まで赤くした廣井さんは弾かれたように俺と反対方向へと体を向けて布団を頭から被って丸くなってしまった。

 

「ちょっと廣井さん!? 恥ずかしいんで何か言ってくださいよ!」

 

「ちょ、ちょっと待って……」

 

 丸くなった布団を両手でゆすってみたりもしたが、ますます丸くなるだけで廣井さんは返事をしてくれなかった。

 

 これ以上ゆすっても埒が明かないと悟った俺は膝を抱えて座り布団を眺めながら、どうせ恥ずかしい事を言ったのなら最後まで言ってしまおうと思い口を開いた。

 

「……まぁでも廣井さん。この世は戦う価値が……」

 

 決め台詞を言おうとすると、インターホンの音が鳴り響いた。

 

「……廣井さん、誰か来ましたよ」

 

 音は聞こえていただろうと思うが一応確認してみたが、布団に包まったままの廣井さんから反応はなかった。

 

 まさか借金取りではないかと思いながら一人玄関扉を見ていると、突然ドアノブが動き扉が開き始めた。そういえば入ってすぐに飲酒しようとする廣井さんを布団にぶち込んだから鍵を閉めてなかったような気もする。

 

 呆然と扉が開くのを見ていると、扉の向こうから覚えのある声が聞こえて来た。

 

「……アレ? 開いてる? きくり~?」

 

「イライザさん~、勝手に入っていいんですかぁ~」

 

No Problem(大丈夫)! ……多分。あっタロー! イライザお姉さんが来たヨー! あれ? きくりは寝てるノ?」

 

「あら~、廣井さんもしかしてまだ気分悪いんですか~?」

 

 おっかなびっくり扉を開けたイライザさんは、布団の傍で座っている俺を見つけて安心したのか笑顔で手を振って来た。

 

「イライザさん、それに内田さんも。いきなりドアが開くんで驚きましたよ。あ、楽器持って来たんですか?」

 

「Yes! 今日はM(Moe)X(Experience)のミーティングだヨー!」

 

「幽々わ~SIDEROSの練習終わりにイライザさんに誘われました~」

 

 部屋に入って来たのがイライザさんと内田さんだった事に俺は胸を撫で下ろした。

 

 二人は布団を頭から被った廣井さんを見るとまだ気分が悪いのかと心配していたが、あれは多分ただ恥ずかしがってるだけだ。しかし志麻さんとの電話でイライザさんが来てくれる事は分かっていたが、内田さんまで一緒なのは驚いた。

 

 話し声から借金取りでない事に安心したのか廣井さんも布団から頭だけ出して玄関を見た……が、布団から出る気は無いようで、部屋に上がって貰うように俺が二人に声をかける。

 

 それにしても内田さんは普段からゴスロリなのかよすげぇな……と思ったけど、ヨヨコ先輩も普段着がステージ衣装みたいなヤツだったわ……もしかしてSIDEROSって……

 

「も~イライザはタイミングが良いのか悪いのか……」

 

「なんのタイミングですか廣井さん……それより待ってましたよ。殺風景な部屋ですけど入って、どうぞ」

 

「お邪魔シマース!」

 

いいよ、上がって(†悔い改めて†)

 

「太郎君何言ってんの? あと一応ここ私の家なんだけど……まぁいいか。じゃあ私ちょっと寝るね」

 

「寝るんなら仰向けじゃなくて横向いて寝て下さいよ」

 

 客が来たというのにお構いなしに寝る体制に入った廣井さんへ、就寝中にリバースした時を考えて一応寝る向きを指示しておくと、廣井さんは素直に横向きになって目を瞑った。

 

 イライザさんと共に入って来た内田さんは部屋の中をゆっくりと一度見回すと、ある一点を見つめて安心したように息を吐いた。

 

「よかったわ~。山田さんがいるって聞いて浄化(・・)されたかと思って慌てて来たけど~、無事だったのねぇ~」

 

「ちょっと何の話ですか!? やめろ! 虚空を見つめて微笑むな!」

 

 内田さんは怖がる俺の反応が面白いのかニコニコしているが、ともかく廣井さん係の引き継ぎが終わって安心した俺はそろそろお暇しようと思い立ち上がったが、それを見たイライザさんに「さっき言ったでしょ! 今からミーティングだヨ!」と頬を膨らませながら怒られてしまったので再び腰を下した。

 

 MXに誘われたライブの打ち上げからひと月ほど音沙汰が無かった理由を聞くと、ライブで演奏したい曲のアニメを片っ端から見返していたとの答えがイライザさんから返って来た。何やってんだこの人……

 

 だがそれなら内田さんは何をしに来たのか聞いてみた所、コスプレ衣装担当だと言われた。なんでもSIDEROSのステージ衣装はデザインがヨヨコ先輩で、裁縫は全て内田さんが担当しているらしい。はぇ^〜すっごい 。

 

「あ、でもやっぱりやるんですねコスプレ」

 

「当然だヨー! MXはコスプレとバンドの二本柱なの!」

 

「そういえばどんなコスプレするか決まったんですか?」

 

「ツイン〇ーボきくりが見たいって要望がきてるヨ! あと伊吹〇香とか」

 

「は? ツ、ツイン?」

 

「タローはやっぱりドカベンだって! あと顔出ししないなら〇卿」

 

「ボ? いやちょっと待って……要望ってどこから来てるんですか?」

 

「私の同人誌用のSNSだヨ! コスプレバンドするって言ったら皆反応してくれたノ!」

 

 どういう事だよ……俺の預かり知らない場所でなんか変な交流会が開かれている。

 

 まぁイライザさんがやりたいコスプレをすればいいけどさ……っていうかドカベンのコスプレってユニフォーム着ろってコト!? 俺は出来れば顔出し無しでオネシャス。廣井さんとイライザさんのファンに刺されたく無いからね! え? キャッチャーマスク!? ダメダメ顔見えてんじゃん! 

 

 あのコスプレもやりたいこのコスプレもやりたいと興奮気味のイライザさんに促されて、早速俺のコスプレ用の体のサイズを測る事になった。といっても体に張り付くくらいぴったりな服は作らないので服は着たまま計測する。

 

「でも内田さんに衣装制作お願いするのって大丈夫なんですか? SIDEROSもライオット出るんですよね?」

 

「MXのライブは八月らしいから十分間に合うわ~。それにイライザさんからお金を貰って依頼される以上その辺りの心配はしなくても大丈夫ぅ~。最悪ライオットが終わってからでもギリギリなんとかなると思うしぃ~」

 

 色々サイズを計られながら訊ねた内田さんの返答を聞いて俺は驚いた。当たり前だけど衣装制作にお金かかるんじゃん! その資金がどこから出るのかイライザさんに訊ねてみると、コスプレは自分のワガママだから全員分自分が出すと言い始めた。

 

「流石にそれは……MXのライブ売り上げとかで何とか出来ないんですか?」

 

「それなら出来るケド……でもそうすると太郎達の報酬が……」

 

「いやいや、別に俺達も報酬目当てじゃないですから大丈夫ですよ。そういえば箱はもう決まってるんですか?」

 

「場所は秋葉原のライブハウスを考えてるヨ!」

 

 ちょっと意外だ、FOLTじゃないのか。まぁMXの初ライブ初ワンマンに五百人も集まるとは思えないので、そういう意味では妥当なのかもしれない。

 

「だってコミマ参加するような人は新宿に来ないヨ!」

 

「廣井さんと言い、SICKHACKの人間はこんなのしかいないのかよ!? って言うかコミマ参加の筆頭が新宿拠点のイライザさんでしょーが!」

 

「でも~秋葉原の箱はどれもキャパが小さいですよ~」

 

 秋葉原のライブハウス情報を調べていた内田さんがスマホを見せてくれた。それを見ると秋葉原のライブハウスは大体キャパ五十~百人くらいで、一番多い箱でも二百人だった。

 

 そもそもイライザさんがどれくらいの集客を想定しているかだ。やっぱりFOLT基準の五百人だろうか? 知り合いがいない俺に集客能力を期待しないで欲しいので、本気で五百人集める気ならイライザさんと廣井さんで二百五十人ずつ集めて貰う事になる。まぁ満員にならなくても、箱のレンタル代と衣装代でトントンになればそれでいいのだが……あ、でも打ち上げ代も欲しいかも……う~ん強欲。

 

 俺の採寸も終わり、俺達三人は車座になってライブハウスについての話をはじめた。ちなみに廣井さんはいつの間にか気持ちよさそうに寝息を立てている。客が来てるのに本当に寝る奴があるか。

 

 さっき言ったように、会場のレンタル代と内田さんへの衣装代、それに打ち上げ代でトントンにするならチケット代二千円で百人くらい集客できたら十分だろう。もう少し人数が少なくてもいけるかもしれない。

 

「う~ん……それじゃあここなんかどうカナ?」

 

「秋葉原駅から徒歩一分ですか~。キャパわ~オールスタンディングで七十五名~」

 

「あ、そこ音響照明PAがセルフってなってますよ? 人のレンタルも出来るみたいですけど、自分たちでやればちょっと費用が浮きますね」

 

 音響照明PAは簡単な機械の使い方を教えて貰えるらしいので、虹夏先輩やヨヨコ先輩なら協力してくれる気がする。一瞬本職であるPAさんにお願いする事も考えたが、流石に本職をタダ働きさせたらいかんでしょ。

 

 ライブ会場という大事な事は勢いで決めても良い事は無いので一旦保留にしてイライザさんが預かる事になった。基本的に観客はイライザさん関係の人が大部分を占めそうなので、その辺の兼ね合いで決定するようだ。イライザさん本人は「コミケ四日目~!」などと言って秋葉原のライブハウスに乗り気なようだが。

 

「では次の議題はライブでやるアニソンについてダヨ! やっぱりきんモザの曲は外せない……ってタロー! 今ワタシが話してた時きくりの事チラチラ見てたデショ!? もしかしてなにかヤラシイ事を考えてるノ!?」

 

「やらしぃ~」

 

「え? いや、ちっ違っ! ご、ごごご誤解!」

 

「ウソつけ絶対見てたゾ」

 

 あんまり静かに眠っているのでまさか死んでいないだろうかと廣井さんの様子を窺っていたのだが、変な因縁を吹っかけられてしまった。このままでは俺が廣井さんの寝込みを襲う機会を窺う変態野郎のレッテルを貼られかねないので、二人が来る前の出来事も含めて弁明する事にした。

 

「いやホント違うんですって……あの、お二人は『The 27 Club』って知ってますか?」

 

 

 

 

 

「ナルホド~。それでタローはきくりを心配して見てたのネ」

 

「確かに~、廣井さんなら『The 27 Club』入り(・・)しても不思議じゃないかも~」

 

「でしょう? それで俺は提案したんです。もしBoBが凄く売れて一生分稼げたら酒をやめて、その結果もしSICKHACKが解散したら俺と一緒にバンドやりましょうって」

 

「へぇ~……えっ!? SICKHACK無くなっちゃうノ!?」

 

「そんで、それでも断酒を渋る廣井さんに俺は言ってやったんですよ。廣井さん、この世は戦う価値が……ってなんだよ? ロイン通知?」

 

「ちょっとタロー!? SICKHACK……」

 

 先程の説明をすると納得した二人がなかなか良い反応を返してくれるので、調子に乗ってある事ない事話を盛って喋っていると、俺のスマホからロインの通知音が鳴った。

 

 せっかくの決め台詞を中断された事に不満を覚えつつも画面を見ると、送り主はひとりだった。どうやらいつまでもSTARRYに戻ってこない俺を心配したらしく、今どこにいるのかと聞いてきている。

 

「えーっと……いま、廣井さんちに、いるぞ……っと。あ、二人とも一緒に写真いいですか?」

 

 廣井さんが寝ている布団を背景に自撮りの要領で三人で写真を撮ると、ひとりに送ったメッセージの後に貼り付けた。これでひとりも安心するだろう。

 

「それでどこまで話しましたっけ? ああそうだ。それで俺は言ってやったんですよ。廣井さん、この世は……って今度はなんだよ!?」

 

 またも決め台詞を中断するように今度はロインの着信音が鳴り出した。画面を見るとまたひとりだ。いまメッセージを返したばかりだというのに何の用かと疑問に思いながらも、二人に断って通話ボタンを押す。

 

「もしも……」

 

『たっ太郎君! しゃ写真見たけど今なにしてるの!?』

 

「え? いや、廣井さんちでMXのミーティングだけど……お前こそ今どこだよ? え? 打ち上げ終わって帰る途中? 下北沢駅? それなら悪いけど今日は一人で帰ってくれよ。ちょっと遅くなりそうだからさ」

 

『えっ!? なっなんで……』

 

「ライブでやるMXの曲とか決めようと思ってな。それに廣井さんもちょっと心配だし……明日は休日だろ? 起きるまで様子を見ようかなって」

 

『…………………………わっ私も行く!』

 

「えっ?」

 

 突然来ると言い始めたひとりはどうやら本気の様で、今の時間を考えるとミーティング次第では最悪泊まりの可能性があると説明してやんわりと一人で帰るように促してみたのだが、泊りと聞いたひとりはますます頑なに引かなかった。

 

「え~と……ちょっと待ってろ……あの、ひとりが来るって言ってるんですけど」

 

「いいんじゃない~。幽々としてわ~ぼっちさんがこの部屋に来るのは興味あるしぃ~」

 

「ひとりが来るの!? イーヨ! Welcome!」

 

 家主の廣井さんは寝ているが、一応二人の了承が取れたのでひとりに廣井さんの家の場所を伝える。だがひとりが単独で新宿駅を突破出来るとは思えないので、駅についたら迎えに行くと言ったのだが、強情に一人で大丈夫だと断るひとりに押し切られると、不安ながらも納得して電話を切った。まぁ駄目ならまた連絡が来るだろう。

 

「……本当に来るのか? って言うか来れるのか? 不安だ……」

 

「く~る~きっと来る~」

 

「内田さんがこの家(事故物件)でそれを言うのはシャレにならないからやめろ!」

 

 あとそれ最初のく~る~は本当はOooh(ウ~ウゥ)らしいですよ。

 

「イイネ! ひとりが来た後、きくりが起きたら皆で何か食べに行こーヨ!」

 

 とりあえずひとりの話はついたので、俺達は先程話していたライブで演奏するアニソンの選曲に戻る事にした。

 

 俺もドラムヒーローとして結構な数のアニソンを演奏してきたが、どうもイライザさんがやりたいアニソンはそれに加えていわゆるきらら系? とかいう奴らしい。

 

「きんモザとスローループは外せないヨー! あとはわかばガールとごちうさとあんハピとゆるきゃんとこみがと……バンド物ならけいおんも外せないネ! あっ、タローがいるなら球詠もいいかも! 沢山あって選べないヨー!」

 

「なんとか二時間に収まるように選んでくださいよ」

 

 ハイテンションのイライザさんからは随分沢山の作品名が出て来たが、ワンマンライブは大体二時間、一曲五分で計算して120分÷5分で24曲、MCの時間を考えると二十曲くらいが限界だろうか? 

 

 きらら系に留まらず演奏したいアニソンが沢山あるとの事でひとまずやりたい曲をピックアップすることになった。

 

 今回のMXのライブは一応BoBの武者修行的な物も兼ねているのでいろんなジャンルのアニソンをやりたいのだが、俺はアニソンに詳しくないのでイライザさんが持って来た林檎マークのタブレットで実際に曲を聞きながら選曲する事になった。

 

 きらら系に留まらず色々なアニソン曲を聴いて三人で話しながら選んでいると、しばらくしてまたしても俺のスマホからロインの通知音が鳴った。

 

 画面を見れば案の定ひとりから『たすけて』と短いメッセージが来ていたので今どこにいるのか聞いてみると、やはりというか新宿駅のホームのベンチで身を小さくしているらしい。正直電車から新宿駅のホームに降りられるかも心配だったので、変な所でひとりの成長を感じてしまう。

 

「すみませんお二人とも。ひとりが新宿駅に着いたみたいなんでちょっと迎えに行ってきます。選曲の続きと廣井さんの事お願いしますね」

 

「廣井さんわ~ルシファーちゃんとベルフェちゃんが見張ってるから大丈夫よ~」

 

「それはあんまし大丈夫じゃないんだよなぁ……」

 

「Okay! あ、ちょっと待ってタロー。今からメモを書くから、戻って来る時にコンビニで買って来てー」

 

「幽々もお願いしま~す」

 

 二人からお金と買って来る商品が書かれたメモを受け取って目を通す。

 

 食べ物に飲み物に紙コップ……そういえばこの家食器がないな。あとは……処女の生き血!? あ、注釈がある……ああ、鉄分サプリか……びっくりした。

 

「ふむふむ……おっけーです。っていうか廣井さんちの冷蔵庫になんか入ってないんですか……ってうわぁ……」

 

 俺は廣井さんちの冷蔵庫を勝手に開けてその中身にドン引きすると、ひとりを迎えに新宿駅に向かう事にした。

 

 

 

 ひとりは駅のホームにある椅子から動けないとの事なので、改札を通って迎えに行く。

 

 下北沢駅から電車がやって来るホームに行くと、俯きがちに椅子に座りでっかいギターケースを大事そうに抱えながら震えているひとりが直ぐに見つかった。こういう時に全身ピンクは発見しやすくて助かる。山での遭難者かよ……

 

「ようひとり。新宿までおつかれ」

 

「!! たっ太郎君!」

 

「よーしよしよしよし」

 

 近づいて声をかけると、俺の姿を確認したひとりは地獄に仏でも見つけたように抱えていたギターケースごと俺の腹へと飛び込んできた。ただ椅子に座っていただけとはいえ、ひとりにこの新宿駅の人の多さは余程(こた)えたのだろう。

 

 腹に抱き着いてきたひとりをジミヘンをかわいがるように背中やら頭やらをわしゃわしゃと撫でてやる。ピンクのジャージが目立つこともあって正直少し恥ずかしい。

 

 そうやってしばらくメンタルケアに務めていたが、ひとりは一向に俺の腹から離れる気配が無かった。

 

「おいひとりそろそろ離れ……」

 

「…………スーハースーハー…………」

 

「おいバカなにしてんだお前!?」

 

「えっ!? いっいや違っ……くないけど……ちょっ、ちょっとパワーを充電してて……」

 

「どういう事だよ……そういうのはジミヘンでやれ!」

 

「じっ自分だって私で同じ事やってたのに!?」

 

 何の話だよ? ってやってたわ……昔バンドメンバー集める為に昼休みに軽音部に行った後の傷だらけの心を癒す為にやってたわ……

 

 自らの過去を思い出して丸め込まれそうになったが、流石に世界一利用者が多い新宿駅でこれ以上抱き着かれるのは恥ずかしいのでなんとかひとりを引っぺがすと、ひとりはすぐさま今度は腰にしがみ付いて来た。久々のケンタウロススタイルである。

 

 個人的にはこの格好こそが恥ずかしいと思うのだが、どうせ言っても聞かないので腰に回されたひとりの手首を掴んで今度こそ歩き始めた。

 

「しかしひとりが新宿駅まで一人でくるとはなぁ……」

 

「…………おっおばさんに太郎君の事頼まれてるから……」

 

「そりゃ悪かったな……まぁひとりが一緒の方が母さんも安心するか」

 

 言いながら俺の腹に回したひとりの腕に力が籠る。もしかして俺のせいで新宿くんだりまでこさせられた事に怒っているのかも知れない。

 

 おかしな歩き方に新宿駅の利用者からの好奇の視線に晒されながらもなんとか改札を出た俺達は、イライザさん達に頼まれた買い物を済ませる為にそのまま近くのコンビニに入る事にした。

 

 コンビニに入ると渡されたメモを見ながら、書かれた商品を二人でかごに入れていく。

 

「えーっと……アレとソレとコレとあとは……あ、ひとりもなんか食いたいもんあったら持って来ていいぞ。今日は俺が奢ってやるよ」

 

 そうはいってもひとりは遠慮するだろうから、率先してひとりの好きそうなものをカゴに入れていく。ひとりの趣向は俺と似ているのでやはり飲み物はコーラだろう。食べ物はサンドウィッチとおにぎりか? 

 

「やっぱカツサンドだよな……って結構種類あるな……三種類くらい買っていくか……あとはフルーツサンドとかも美味そうだよなぁ……あ、おにぎりもいいな。ツナマヨに鮭におかか……レジ横のからあげもいいな。ひとりも食べるか?」

 

「うっうん。でも太郎君。私あの後虹夏ちゃん達とファミレスに行ったからそんなに沢山食べられないよ……」

 

「え? そうなの? そう言えば打ち上げ行ったんだっけ? まぁいいよ。余ったら俺が食うし、なんなら廣井さんに食わせるから」

 

 かごに入れた商品の数を見てひとりが困ったように言ったが、別に好きなだけ食べて残してくれて問題無い。それにおんぶした時の廣井さんの軽さを思い出すと、何か食わせなければいけない使命感に駆られてしまう。

 

 イライザさん達に頼まれたモノと自分達用の買い物を全てかごに入れ終えると、ひとりはレジに並ぶ俺について人の多い店内に残るか、新宿を行きかう大勢の人に怯えながら一人で外で待つか悩んでいたが、結局俺の上着の裾を掴みながら店内に残る事にしたようだった。

 

 そんなひとりを引き連れてレジを済ませて準備が整うと、廣井さん宅へ戻る事になった。

 

 

 

「あの……太郎君? ここお姉さんの家……だよね……? このドアのお札って……」

 

「やめろ。俺も考えない様にしてるんだから……ただいまでーす。ひとり連れてきましたよー」

 

 廣井さんの家に辿り着くと玄関扉の惨状を見たひとりが恐る恐る訊ねてきたが、それ以上話題を広げない様に話を打ち切って扉を開ける。事前にイライザさんに連絡を入れておいたのでインターホンなど押さずに入室だ。

 

「あっおかえり! 待ってたヨー! ひとりもWelcome!」

 

「遂にぼっちさんがこの部屋に……あとはヨヨコ先輩がくれば完璧だわ~」

 

「何も完璧じゃないですよ……」

 

「あっ……おっお邪魔しましゅ……」

 

 こういう部屋に食料を買い込んで集まると言うのは、なんとなくルームシェア的というか、秘密基地感があってちょっとワクワクしてしまう。これは俺がひとりの家以外友人宅に行った事が無いというのも関係しているかもしれない。

 

「廣井さんの様子とか、選曲はどんな感じですか?」

 

「きくりは相変わらず気持ちよさそうに寝てるヨ!」

 

「曲わ~いくつかは決まったわ~」

 

 イライザさんに内田さんというあまり交流が無い人に緊張気味のひとりを伴って空いてる場所に腰を落ち着けて、頼まれていた買い物の品を渡しながら二人に進捗を聞いてみると先程の答えが返って来た。

 

 このペースならなんとか今日中にニ十曲決まりそうな目途が立った事と、お腹も空いて来たということでアニソンを流しながらひとまず休憩となった。

 

「あっ! からあげイイナー! タロー私にも頂戴!」

 

「はいはい、全員分買ってますよ。これは俺の奢りです」

 

「キャー! 流石タロー! やっぱりモテ男は違うネー!」

 

「その発言廣井さんと同レベルですよ。内田さんもどうぞ。ほらひとりも」

 

「ごちそうさまで~す」

 

「あっうん。ありがとう」

 

 美味しそうにからあげを頬張るひとりを見ているとなんだかほっこりした気持ちになってしまう。沢山お食べ。コーラもあるぞ。

 

 どうしてひとりちゃんって食べてるだけでこんなにも絵になるのかしら……これは将来は食レポの仕事が来るわね。感動~! 後藤さん仕事の幅広いのね~! おっと心の中の喜多さんが出て来てしまったぜ。

 

「ねぇ太郎君。一応家に連絡しといた方がいいんじゃないかな?」

 

 食事をしながら四人で話しをしたりアニソンを聞いていると、ひとりが耳打ちしてきた。時計を見ると確かにもういい時間だ。

 

 この時間だと恐らく今日は一泊コースになる……というか片道二時間かかるのに終電で帰るとかもう面倒なので、各人の家に連絡を入れておいた方が良いと思った俺は、早速まずは自宅へ連絡する事にした。

 

「……あ、もしもし母さん俺俺。え? いや俺だよ、太郎だよ。え? 信用できない? いやこれロインの通話なんだけど……幼馴染の名前を言え? ひとりだよ、後藤ひとり。何なんだよこの茶番は……」

 

 母さんに電話をして、次のライブのミーティングの為今日はバンドメンバーの家に泊まる事を伝える。案の定心配してきた母さんにひとりが一緒だと伝えると、電話を替われと言ってきたのでひとりにスマホを手渡した。

 

「あっもしもし後藤ひとりです……あっはい…………はい……えっ!? いっいや、ちちちち違っ……ひゃっひゃい! がんばりましゅ……」

 

 電話をしながら顔を赤くしているひとりを見ると、母さんと何を話しているのか非常に気になる所だが……ままええわ。

 

 ひとりが電話をしているのをサンドウィッチを食べながらぼけっと眺めていると、イライザさんが面白そうなものを見つけたかのようにぬるりと俺の傍に寄って来た。

 

「なになに? タローのお母さん? それなら今日の保護者役として私も電話するヨー! ひとりー代わってー!」

 

「えっ!? ちょっとイライザさん!?」

 

 丁度話が終わったらしいひとりから俺のスマホを勝手に受け取ると、イライザさんは俺の母さんと話し始めた。最初の内は日本語で喋っていたイライザさんだったが、突然驚きの声を上げたかと思うと急に流暢な英語で喋り始めた。

 

「もしもし初めまして! イライザです! ……はい! イギリスから来ました! 日本は三年……No、四年目です! 今日はバンドのミーティングでタローとひとりが来て……ってReally!?(本当!?) Wow!(うわ!) You speak English very well!(凄く英語上手ですね!) ……Yes, it is!(そうです!) Taro is a very awesome drummer!(太郎は凄いドラマーだよ) And he's a good boy!(それに良い子だし!) ……Yes!(そう!) So I asked him to put together(だから私からお願いして) an anime song copy band!(アニソンコピーバンドを組んで貰ったの!) ……Ok!(分かった!) I'll be responsible for taking(今日は私が責任を持って) care of you both today!(二人の面倒を見るよ!) ……Yeah!(うん!) I'll look forward to working with you then!(その時はよろしくね!) See you then!(それじゃあまたね!) Bye! ……はいタロー! 今度家に遊びに来てねって言われちゃった!」

 

「何の話してたんですか!?」

 

 話が終わり電話を切ったイライザさんが俺にスマホを返して来たが、俺とひとりは怒涛の英会話に色んな意味で驚いてそれ以上何も言えなかった。

 

 なんの約束をしてんだよ母さんは……っていうかいま何の話してたのぉ!? スパイに内容がバレないように母国語で喋るエージェントみたいになってるじゃん! 恐らく話の当事者であろう俺が分からない会話は怖いから勘弁してほしい。

 

 しかし母さんは英語が出来ると自慢してたけど、まさかガチだとは思わなかった……おっしゃBoBの海外進出のために英語教えてもらお。なお俺の現在の成績。

 

 続けて後藤家にも連絡すると、案の定俺にも代わるよう言われておばさんと話をしたが、くれぐれも高校生らしい節度ある行いを心がけるようにと言われたので、おばさんを安心させるためにまたイライザさんに話をして貰った。

 

 今度は英語で話し出すことは無かったが、やはり後藤家にも呼ばれていた。もしかしたら俺達の両親はイライザさんの存在を疑っているのかもしれない。そりゃ今まで友達が居なかった俺達にいきなり年上の外国人女性バンドマンが出てきたら疑うわな。まず耳を疑う。次に頭だ。

 

 内田さんは俺がひとりを迎えに行っている間に家に連絡を入れたらしい。これで未成年組の問題はクリアしたので、その後は食事の続きをしながら作業を再開する事になった。

 

 

 

 

 

「俺は個人的にはキャップを作りたいんですよね。正面にBoBって書いてある奴」

「単価的にわ~やっぱりTシャツが無難よね~。四人のマスクのシルエットのデザインTとかどうかしら~?」

「私はラバーバンドなんかもイイと思うナー! 制作費用も安いしグッズ入門にはイイヨ! あ、BoBとMXのコラボラバーバンド作ろーヨ!」

「わっ私はやっぱり全てを包み込んでくれるパーカーが……もうすぐ暖かくなるし、半袖パーカーとかどうかな?」

 

 随分前に日も暮れて既に夜である。ちなみにこの部屋の壁は薄そうなので、声の音量は絞ってアニソンは大分前から止めてある。

 

 あの後MXのライブ用の二十曲はなんとか決まったので、俺はBoBのグッズ展開について相談して三人に意見を聞いていると、廣井さんが寝ている布団から声が聞こえて来た。

 

「……う、う~~ん……んあ? あれ? 皆でなにやってんの?」

 

「あ、廣井さんおはようございます、といってももう夜ですけどね。廣井さんが無事か見張ってたんですよ。気分はどうですか?」

 

「うぇ? あー……なんか今日はよく眠れたかも」

 

 ゆっくりと布団から起き上がって車座になって話していた俺達を眺めている廣井さんの顔色は酔っぱらっていた時よりも大分良くなっている感じだ。

 

 廣井さんの体調が問題なさそうな事を確認した俺達は、いそいそと部屋の片づけやら忘れ物が無いか荷物の確認を始めた。

 

 これは壁が薄い廣井宅では騒げない事に気付いたイライザさんが、廣井さんが起きたらどこかにご飯を食べに行った後、カラオケかレンタルスタジオに行こうと提案していた為である。始発が動く時間になったら現地解散予定なので、廣井さん宅にはもう戻ってこないつもりだ。

 

「さあさあ廣井さんも準備してくださいよ。廣井さんが起きたら皆で飯食いに行くって話をしてたんですから」

 

「え? そうなの? そういう事ならちょっと待ってね」

 

 俺の言葉に廣井さんはいそいそとその辺に散乱しているノートから一冊を手に取るとパラパラとページを捲った。そうしてその途中に挟んであった封筒を開くと、中から一枚の諭吉さんを取り出した。

 

「!? 廣井さん……まさか……」

 

「まさかって何!? ちょっと太郎君大槻ちゃんに毒され過ぎでしょ……これはBoBライブで稼いだお金だよ~。何かあった時用のとっておき(・・・・・)なんだ~」

 

 酒代に使わないという俺の言いつけを律儀に守ってくれていたらしい廣井さんは、大事そうに諭吉さんを一枚財布に入れるとベースケースを背負い皆の後に続くように家の外へと出た。最後に部屋を出た廣井さんは玄関扉の鍵を閉めると、俺達に向き直ってこれから向かう先を訊ねて来た。

 

「それで? どこに行くの? カスト?」

 

「渋谷です」

 

 

 

 世の男性諸君なら分かってくれると信じているが、俺は一度でいいから夜中に屋台のラーメンと言う物を食べてみたいと思っている。

 

 地元の金沢八景付近で屋台ラーメンがあるのかは知らないし、あったとしても夜中に未成年一人で食べに行くのも難しそうなので、この最大の機会を逃すまいとイライザさんと内田さんにお願いしたのだ。

 

 ただ残念ながら「この辺(新宿)にィ、美味いラーメン屋の屋台、来てるらしいっすよ」という事にはならなかった。

 

 なんでも現在東京で屋台ラーメンが食べられるのは三か所しか無いらしく、廣井さん宅から一番近いのが渋谷だったのだ。そういう訳で新宿駅から電車に乗ってはるばる夜の渋谷へとやって来たのである。

 

 夜の渋谷に着くとひとりはまた一味違った雰囲気に気圧されているのか、相変わらず俺の背中に張り付いている。

 

「あ! あれじゃない?」

 

 渋谷駅付近とだけ書かれていたネット情報を頼りに屋台を探す為に駅を出ると、先頭を歩いていた廣井さんが声を上げた。指さす先にはまさに俺のイメージ通りの赤い提灯(ちょうちん)と暖簾、そして何より良い匂いが漂ってくる。

 

 丁度前の客が立ち去ったタイミングで、俺達五人全員が一斉に座れるスペースを確保する事が出来た。

 

「大将~。この五人分のラーメンくださ~い。あ、あとお酒持ってるんですけど飲んでもいいですか~?」

 

「夜に屋台のラーメン……アニメみたい~!」

 

「幽々も屋台は初めて来たわ~」

 

「俺もテンション上がってきましたよ! けどこの時間だと流石に冷えますね。大丈夫かひとり? 寒くないか?」

 

「うっうん。大丈夫」

 

 廣井さんが代表して全員分の一番オーソドックスなラーメンを頼むと、五人で話をしながら出来上がるのを待つ。三月の真夜中も近い時間帯という事もありかなり冷えるが、こういうのも込みでなんだかワクワクしてくる。

 

「おまちどうさま」

 

 店主に差し出されたどんぶりを受け取り、それぞれ安っぽい丸椅子に腰を下ろす。屋台のカウンターに廣井さん達三人、側面に増設された場所に俺とひとりの二人の配置だ。

 

 出されたラーメンはネギ、チャーシュー、卵に海苔、メンマというオーソドックスな具材で、これぞ屋台のラーメンといった感じの醤油ラーメンだ。ほーいいじゃないか。こういうのでいいんだよこういうので。なんて言葉が思わず出てきそうだ。

 

「いただきます」

 

 ひとりと同時に自然と声が出て早速食べ始める。外で食べるものは何でも美味いと言うが、冷たい風が吹く街角で食べる屋台のラーメンは五臓六腑に染み渡る美味さだ。やっぱ~屋台の~ラーメンを……最高やな! 

 

 隣を見ればひとりも白い息を吐きながら美味そうにラーメンを食べている。ただあんまり夢中で食べているもんで、髪が器に入りそうになっているのを見た俺は慌ててひとりの顔に手を伸ばした。

 

「おいひとり! 髪の毛が器に入りそうになってるぞ」

 

「ふえ? うわっ! あ、ありがとう太郎君」

 

「気を付けろよ。お前髪長いんだから」

 

 間一髪の状況に驚くひとりのもみあげ部分の髪をやさしく指で掬って耳にかけてやると、ひとりはくすぐったそうに小さく身をよじった。瞬間、眩い光が放たれてシャッター音が聞こえて来る。急な光に目を瞑った後、二人して驚いて光の出所を見るとイライザさんが楽しそうにスマホを構えていた。

 

「キャー! 流石Japanese OSANANAJIMI! 見て見てよく撮れてるでしょー!? このネタ夏のコミマで使えるかもー!」

 

「使うって何に使うんですか……でもその写真後で俺のスマホに送ってくださいね」

 

「あっ……太郎君、貰った写真私にも頂戴……」

 

「写真にはぼっちさんの凄い(・・)の映らないのねぇ~……残念~」

 

「ちょっと内田さん!? この写真に妙な思い出を上書きしないでください!」

 

 俺達の騒がしさの為か、はたまた美味しそうなラーメンの匂いの為か、周りにいる人達から「金髪浴衣外国人?」「ラーメン美味しそ~」「黒ゴスで屋台ラーメンかよ……すげぇな」「スゲー良い匂い……後で寄ろう」「うわすげぇピンクの奴がいる……流石渋谷……」なんて声がチラホラと聞こえて来る。

 

 そんな声の中、ふらふらと赤い提灯に吸い寄せられるように楽器を背負った三人組の女性が屋台へと近寄って来た。チラリと横目で様子を窺うと三人は酔っているようで、あの感じはライブの打ち上げが終わった後の締めのラーメンを食べに来たって所だろうか? 

 

「くあ~いい匂い! ねぇみんな、ちょっと寄って行こうよ……ってもしかしてSICKHACKの廣井さんですか!?」

 

「うえ?」

 

「えっ!? マジで!? ってイライザさんもいる!?」

 

「うわっ! SIDEROSの内田ちゃんもいるじゃん!」

 

 楽器のケースを背負った女性が屋台のカウンター席で自前のおにころを飲みながらラーメンを食べている廣井さんに気付いて声を上げると、他の二人も寄って来てカウンター席に座っているイライザさんと内田さんの姿を見つけて驚いている。

 

 女性たちは屋台の側面に増設された席に座る俺とひとりには気付いていない……というよりは恐らく俺たちの事は廣井さん達とは無関係な一般客だと思っているのだろう。BoBは覆面だし、現時点での結束バンドの知名度の低さが窺える。

 

 廣井さん達に大興奮で話しかける女性の話を盗み聞いていると、どうやら彼女達は渋谷を拠点にしているスリーピースガールズバンドで、なんとかノルマは捌ける位の人気らしい。SICKHACKの大ファンでライブを良く見に行くため、新宿FOLTを拠点にしているSIDEROSの内田さんの事も当然知っているとの事だ。

 

 憧れの三人と話が出来て感激している女性達の言葉に廣井さんイライザさん内田さんも嬉しそうで、特に廣井さんは普段ないがしろにされているせいかとりわけ浮かれている。

 

「君たち見る目あるねー! よーし! この屋台のラーメンは私が奢ってあげよう! 大将~この子たちの料金私が払うから~」

 

「えっ!? い、いいんですか!? ありがとうございます!」

 

 おいおい。おだてられて気持ちよくなった末にとっておきのへそくりで奢っちゃうのかよ……男前が過ぎるというか単純というか……この人マジで刹那に生きてんな。まぁそこが廣井さんの魅力なのかも知れないが……

 

 コミュ障は知り合いが知らん人と盛り上がっている話に入っていけないので、俺は目立たない様に小声でひとりに話しかけた。

 

「ご覧ひとり。あれが承認欲求を拗らせた者の末路だよ……」

 

「なっなんで私に言うの!?」

 

「いやあれを見てるとお前の未来を見てるような気がしてな。気を付けろよ」

 

「そそそそんな事……な……くはないかもしれないけど……」

 

 ひとりは強く迫られると断れないし(場合によっては爆発する)、おだてられると警戒心が下がる奴なのでどうにも心配になる。褒められて気持ちよくなって金欠の癖に三人分のラーメンを奢る事になった廣井さんを見て是非学んでいってほしい。

 

 隣のひとりが食べ終わるのを待ちながら、自分の器に残ったスープをチビチビと飲んで席を立つタイミングを計っていると、三人のうち唯一楽器を背負っていない女性からとんでもない話題が飛び出して来た。

 

「そういえば廣井さん! BoBのドラマーって誰なんですか!?」

 

 女性の口から突然出て来たBoBのドラマーと言う単語に、スープを飲んでいた俺は思わず噴き出してしまった。そんな俺に驚いたのか女性達はこちらを一瞥したが、顔を背けてひとりに背中をさすられながら咳き込んでいると、すぐに廣井さんとの会話に戻って行った。

 

「BoBのドラマーって……太郎君の事?」

 

「そうです山田太郎! 凄い偽名ですよね。この子去年のFOLTクリスマスライブ見に行ってからBoBのドラマーにハマった(・・・・)みたいで。一月のSTARRYでのライブ終わりの物販でフリーハグがあったって聞いて、未だにあの時のライブチケット取れなかった事後悔してるんですよ」

 

「じっ自分だってリードギターの子が気になってるって言ってたじゃん! 物販に居なかったみたいだからって余裕ぶってるけど! そういえばあのリードギター、イライザさんじゃないかって噂もあるんですけど……」

 

「フフフ。NO、私じゃないヨー!」

 

「でも実際この辺の界隈じゃ結構話題ですよBoB。突然現れた実力派バンドだって。この前なんかウチらの拠点のライブハウスにも痛い恰好した雑誌ライターを名乗る女が乗り込んできて、凄い剣幕でBoBの……特にドラムの聞き込みしてましたし」

 

 これマジ? BoBの評判気持ちよすぎだろ! 最後に出て来た痛い恰好した雑誌ライターが不穏だが、話題なのは嬉しい話だ。だが隣で自分の評判を聞いて嬉しさで液状化しかけているひとりの脇腹を、正体バレの注意の意味も込めて肘で軽く小突いておく。

 

 しかしこの話が続いても廣井さん達から俺達の正体が漏れる事はなさそうだが、このまま持ち上げられると俺もひとりも嬉しさから舞い上がってボロを出しかねないので、少々強引だがこの場からお先に失礼する事にした。

 

「ごちそうさまでした。お会計お願いします」

 

 話をしている廣井さん達を横目に、赤の他人を装い二人分の器を返却しながら店主にそう言うと、料金を払いひとりを伴って屋台を後にする。憧れのバンドマンと話している興奮の為か女性三人がこちらを気にする様子は全く無い。

 

 屋台から離脱出来た事に安堵しながらとりあえずその場を離れるため駅に向かって歩きだすと、俺達を追うように女性達との話をやんわりと打ち切りながら会計を済ませて席を立つ廣井さん達の声が背後から聞こえて来た。

 

「ごめんね~。長居したら大将に悪いし私達もそろそろ行くね。大将~お勘定お願い~。この子達の分も一緒にね~」

 

「あっはい。すみません長々と話しちゃって」

 

「いいよいいよ~。良かったらまたライブ見に来てね。SICKHACKも……それにBoBも」

 

「またネー!」

 

「SIDEROSもよろしくおねがいしま~す」

 

 女性達に別れを告げた廣井さんはカラコロと三月の寒空に不釣り合いな下駄の軽快な音を奏でながら、先を歩いていた俺とひとりにイライザさん達と共に駆け寄り、最後に悪戯を思いついたようなとても楽しそうなわざとらしい声を上げた。

 

「じゃあね~……も~待ってよ太郎(・・)君、ごとり(・・・)ちゃ~ん!」

 

「………………は? え? はぁっ!? たっ太郎君とごとりちゃんって……」

 

「え? もしかしてさっき隅に座ってた二人って……!?」

 

「いっ今から追いかけたらまだ間に合うんじゃ……」

 

「はいラーメンお待ち! お代はさっきのおねーさんから貰ってるからね!」

 

「あああああああああ!!」

 

 ちょっと悪い気もしたが、でも絶対俺達の顔見るよりそのラーメン食べる方が価値があるから! そこのラーメン美味しいから! 

 

 廣井さんの楽しそうな声から一拍置いて、屋台から響く女性たちの叫び声を背中で聞きながら俺達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

「全く……何でいきなり名前呼ぶんですか……」

 

「ごめんごめん。でもこうやってアピールしとかないと、特に太郎君は実在してるのか疑われるよ~」

 

 現在の時刻は午前零時を過ぎている。

 

 屋台のラーメン屋を後にした俺達にイライザさんは始発までレンタルスタジオで演奏しようと提案してきた。が、今日の俺は結束バンドの路上ライブの見学だったので道具を一切持っていない。ドラムスティックはレンタル出来ない場合が多いのでその事を伝えたのだが……

 

「あっそれなら私持ってるよ」

 

「なんでお前が持ってんだよ……」

 

 何故かひとりが鞄からドラムスティックを取り出して来たので、俺達は二十四時間営業のレンタルスタジオへやって来て、今は各々機材のセッティングをしている。

 

「本当に廣井さん一曲目参加しないんですか? 楽器持って来てるのに」

 

「いいのいいの。ベース一人の編成はSIDEROSや結束バンド、BoBと同じだからね。最初は私はお客さん役~。それに太郎君のドラムを客席から聞くのって初めてじゃない?」

 

 確かに廣井さんと出会ってから、俺が演奏する時には常に廣井さんがベースとして参加してくれていた。俺は今日初めて廣井さん以外のベーシストとセッションするのだ。そう思うとなんだか少し緊張してきた。

 

「それじゃーそろそろ演奏しようヨ! 曲は……まずはSIDEROSの曲でイイ?」

 

「俺は行けますよ。ひとりはどうだ?」

 

「あっ私も大丈夫。前に聞いた事あるから……」

 

 ひとりは大体どんな曲でも一度聞けば弾けるようになるらしい。正直何を言ってんだこいつ? と思うが、実際に弾けているので俺も何も言えないのだ。

 

 俺も聞いたことがある曲ならキメさえ分かればアドリブで大体何とか出来るが、流石にひとり程の完成度は無い。これは同じ時期に楽器を初めた俺がひとりに追いつけなかった能力だ。

 

 内田さんはSIDEROSなので当然問題ない。今回の曲はイライザさんがボーカル&リードギター、ひとりがリズムギターを担当する事になり、廣井さんを観客に見立てていよいよ曲が始まった。

 

 俺は今日のメンバーとはひとり以外は合わせるのが初めてなので、まずは俺のドラムを知って貰う事やバンド全体の音を掴む為に出来る限りフラットな演奏を心がける。

 

 ドラムは中心だから好き勝手に演奏すればいいのかというとそうでもない。なので同じリズム隊である内田さんのベースに意識を向ける。もっとこうした方が良いだろうか? ああした方が良いだろうか? そんな事を考えながら少しずつ少しずつ内田さんのベースに歩み寄る。

 

 内田さんも同じ事を考えているのか、ベースを弾きながらも時折こちらの様子を窺っている。恐らく俺の動きなどからドラムのリズムを感じているのだろう。

 

 気付けば一曲目が終わっていた。このメンバーで初めて合わせる一曲目という事で全員手探りだった為か、かなり無難な仕上がりになったと思う。

 

「えー? 何今の演奏~。太郎君遠慮してんの~?」

 

「うるさいですね……あーそういうことね。完全に理解した(わかってない)。イライザさん内田さん、次もSIDEROSの曲でいいですか?」

 

 曲が終わり、茶々を入れる廣井さんの言葉を聞いた俺は右手でスティックを回しながらイライザさんにお願いした。まぁひとりは大丈夫だろ。

 

 SIDEROSの曲をリクエストしたのは、まだ二曲目という事で俺に合わせるのに苦労している内田さんの負担軽減を考えた為だ。でも大丈夫、内田さんの呼吸は完全に理解した(わかってない)。

 

「! ……OK! じゃあ次もSIDEROSの曲で……」

 

 イライザさんが曲を指定して演奏の準備に入ると、俺は内田さんに向けてニヤリと笑みを浮かべた。

 

「そんじゃあ行きますか内田さん。俺達のリズム隊ってヤツを見せてやりましょう」

 

 リズム隊におけるベーシストには三通りの人間がいると聞く。ドラムを引っ張る奴。ドラムに寄りそう奴。ドラムの後に付いて来る奴の三種類で、最後の派生としてベースの方がドラムより上手い場合に『一歩下がって、ドラムを後から追い立てる』という奴がいる。

 

 これはどのベーシストが良いとか言うものでは無く相性の様な物で、これがピタリと合うとお互い気持ちよく演奏出来る。ってネットで書いてた! 先程の演奏を聴くに内田さんは寄り添う型だと思う。

 

 ベーシストはバスドラでドラムとリズムを合わせている人が多いので強めにドラムを叩く。あとは視線だ。人は目で見ている方向に意識が向くという事で俺は演奏中にメンバー……特にベースである廣井さんをよく見ている。

 

 今回も演奏中に内田さんを見ていると、内田さんもドラムと合わせる為なのかこちらを見て俺と目が合い、お互いニヤリと笑みを浮かべた瞬間――何かがカチリと噛み合った気がした。

 

 

 

 二曲目の演奏が終わると内田さんは息も絶え絶えだった。

 

 今のはかなり良かったんじゃないだろうか? 内田さんの疲労は、リズム隊がしっかりしているからこそのイライザさんやひとりの好き勝手なのびのびとした演奏に引っ張られる形で実力以上の物が出て来た事によるものだろう。

 

 俺が首元のシャツを引っ張り上げて顔の汗を拭っていると、イライザさんが今の演奏に興奮したように声を上げた。

 

「キャー! 今のすっごく良かったヨー!」

 

「はっはい。わっ私も良かったと思います」

 

「コレ幽々が居ればMXにきくり要らなくナイ?」

 

「駄目ですよ。内田さんもライオット出るんですから。ただでさえ衣装もお願いするんですし」

 

「ちょっと太郎君? それ私が要らない否定になってないからね? でも確かに良かったよ~。太郎君も調子出てきたじゃん」

 

 俺達が話をしていると、肩で息をしていた内田さんが顔を上げた。生気のないような印象の目は、何故か今は爛々(らんらん)と輝いているようにも見える。

 

「う、うふふふふ……ヨヨコ先輩の言ってた意味が分かったわぁ~……」

 

 ヨヨコ先輩が何を言ってたのかは知らんがどうせ碌な事じゃないだろう。しかし疲れた様子の内田さんのやる気はまだまだありそうだ。

 

「お、何か分からないけどやる気十分って感じですね。そんじゃあ次はSICKHACKの曲やります?」

 

「いいね~。志麻になんかあった時に太郎君が助っ人出来るか見とこうか」

 

「え? なんかあった時って何ですか怖……それにそんな大役俺が出来る訳ないでしょ……」

 

「イイネ! それじゃあひとりは私のパートやってヨ! 私はアドリブでリズムギターやるから!」

 

「あっはい…………えっ!?」

 

「じゃあ内田ちゃんは私のパートね~。これでSICKHACKのコピーバンド完成~」

 

「え? ちょ、ちょっとぉ~廣井さん~?」

 

「廣井さんベース弾かないならボーカルだけでもやってくださいよ。自分の曲でしょ?」

 

「え~しょうがないにゃあ……それじゃあ『ワタシダケユウレイ』を……あ! じゃあ太郎君サビのコーラスやってよ! お姉さんとの初めての共同作業ってねぇ~」

 

「何言ってんだこの人……? まぁいいですけど」

 

「廣井さんにボーカルだけさせるなんて贅沢な使い方……ヨヨコ先輩に言ったら面白そう~~」

 

 俺達はその後SICKHACKやSIDEROSだけでなく結束バンドやBoBの曲や有名なアニソンなんかを、パートを交替したりボーカルを入れ替えたり、アレンジでベースやギターを二人にしたりコーラスを勝手に作ったりと、なかばカラオケ気分で休憩を挟みながら午前四時を迎えるまで演奏していた。

 

 レンタル終了の時間が来ると、スタジオを出て近くのファミレスで始発が動くまで朝食を取りながら反省会という名の先程の演奏の感想を言い合い、予定通り渋谷駅で解散する事になった。

 

「はぁー……今日は楽しかった! 皆またやろうネー!」

 

「今日は付き合って貰ってすみません内田さん。また衣装(コスプレ)決まったらお願いしますね」

 

「衣装は任せて頂戴~。それに、今日はヨヨコ先輩の気持ちがちょっと分かったわぁ~」

 

「ぼっちちゃん大丈夫ー? なんか眠そうだけど」

 

「あっはい……大丈夫……です……」

 

 今日……というか昨日は結束バンドの初路上ライブだったので色んな意味で随分疲れていたのだろう。ひとりは疲労が限界に来たのか立ちながら舟を漕ぎ始めたので、俺は腕を掴んで支えながら廣井さん達に向かって別れの挨拶をした。

 

「それじゃあ俺達は帰ります。イライザさんも内田さんもありがとうございました。またなんかあったら連絡ください。廣井さんは……また今月のSTARRYでのBoBのライブで会いますね。あ、冷蔵庫にサンドウィッチとか色々入ってるんで帰ったら食べて下さい」

 

「太郎君ホントにお母さんみたいになってるよ……」

 

「言われたくなきゃ体重をもうちょっと増やしてくださいよ……一応廣井さんちで俺が言った事は本気ですから。『この世は戦う価値がある』ってね。それじゃあまたSTARRYで」

 

 そうして俺達は廣井さん達と別れて渋谷駅から品川駅へ行き、金沢八景駅行きの電車の座席に座ると、ひとりはギターケースを抱きながら早速俺にもたれ掛かって眠り始めたので、すかさず俺はひとりの寝顔を写真に撮り始めた。

 

 おいおいおい……この角度のひとりちゃん可愛すぎだろ! こっちの角度はイケメンだしよぉ……なんだこいつ顔が良すぎる。

 

「んん……」

 

「あっやべ」

 

 これ以上撮影しているとひとりが起きそうだし、なにより俺が通報されかねないので適当な所で撮影を切り上げて金沢八景駅に着くまで俺も少し目を瞑って休む事にした。

 

 寝過ごさず金沢八景駅に到着してひとりを起こしてなんとか改札を出たのだが、余程疲れているのかひとりはまだふらふらとしていた。

 

 これは心労の大きかった路上ライブに加えて、完徹しながら四時間近くスタジオで演奏していたせいな可能性が濃厚なので、責任の一端は自分にあると感じた俺はひとりの前で屈みこんだ。

 

「ほらひとり。家までおぶってやるからこっちにこい」

 

「ん~」

 

 ひとりは寝ぼけ(まなこ)な緩慢な動作で甘えるように俺の背中に覆いかぶさってきた。この感じはなんだか昔を思い出す。そのままひとりの膝の裏側から自分の腕を通して持ち上げながら、俺の首の前で交差させたひとりの手首を掴む。これぞ意識が無い奴でも後ろに倒れないおんぶの基本姿勢だ。

 

「よっと……お、健康優良児。安心する重さだな」

 

「うぅん……太郎君……」

 

「はいはい太郎君ですよっと」

 

 背負っているギターの重さが加わっているとはいえ、廣井さんを背負った後だとひとりの重さに安心してしまう。それくらい廣井さんの軽さは衝撃的だった。

 

 休日の朝という事もあって閑静な住宅街をひとりを背負いながらゆっくりと歩く。背負われたひとりは気持ち良さそうに眠っていて、時折変な笑い声も聞こえて来る。一体どんな夢を見ているのやら。

 

 だが廣井さんを送った時と違って人とほとんどすれ違わないのはありがたい。しかし一日に二人もおんぶして家に連れて帰るハメになるとは中々難儀な一日である。

 

 後藤家に辿り着きインターホンを押してしばらく待つと、玄関扉を開けておじさんとふたりちゃんとジミヘンが現れた。もしかしたらおじさんはひとりを心配して起きていたのかもしれないので、連絡を入れていたとはいえちょっと申し訳ない気分だ。

 

「おはよう太郎君。わざわざありがとね。後は僕が……いや、悪いけどこのままひとりを部屋まで運んでくれるかい? 布団は敷いてあるから」

 

「ウッス分かりました」

 

「あー! おねえちゃんズルイ! たろーくんふたりもおんぶしてー!」

 

「後でね、あとで……ちょ、ちょっとやめ……いま登ってこられるのは無理だから!」

 

 おじさんに先導される形で俺の足元にまとわりつくふたりちゃんとジミヘンを引き連れてひとりを部屋まで運んで布団に寝かせてから、約束通りふたりちゃんをおんぶしたり肩車したりしてしばらく遊んでいると、おばさんから朝食や布団は出すから眠っていくか誘われたが、朝食はもうファミレスで済ませたし家も近所なので断って帰る事にした、のだが……

 

「ふたりもたろーくんといっしょにお昼寝するー」

 

 これが鶴の一声となり後藤家で一寝入りして行く事になった。これはみんなには内緒なんだけどね……実はまだ昼じゃないんだよふたりちゃん。

 

 眠るなら静かな部屋という事で俺の布団が敷かれていたのはひとりの部屋だったのだが、眠気も限界なので気にする事無く布団に入る。一緒にふたりちゃんやジミヘンも潜り込んでくるが気にしない。俺はもう寝るから好きにしてくれ。

 

 ふたりちゃんとジミヘンを湯たんぽ代わりにしながら、気が付けば俺は爆睡していた。

 

 どれくらい眠ったのか、何となく人の気配や視線を感じてゆっくりと目を開けると何故かひとりがスマホ片手に枕元に座って俺の顔をじっと眺めていた。

 

「あっ」

 

「何やってんだお前……」

 

「えっ!? いやっ……あの……あっそうだ! おっお母さんが晩御飯が出来たから太郎君起こして来いって……」

 

 しどろもどろになりながらおかしな顔で視線をあちこちに彷徨わせるひとりから出て来た晩御飯という言葉を聞いて枕元に置いたスマホで時間を見ると、もう十八時を過ぎていた。後藤家に着いたのが朝の七時くらいだったので十一時間程寝ていた事になる。

 

 これ昼夜逆転大丈夫かな……? なんてしょうもない事を考えながら起き上がると部屋の出入口の襖が勢いよく開き、その先にはふたりちゃんとジミヘンが立っていた。

 

「あっ! たろーくん起きてる! おかーさんがばんご飯できたから呼んできてって! いっしょに行こー!」

 

「ああ、今ひとりにも聞いたよ。伝えに来てくれてありがとねふたりちゃん」

 

「うん! でもなんでおねーちゃんご飯できたの知ってるの? ずっとお部屋にいたんじゃ……」

 

「さあふたり! お姉ちゃんと一緒にご飯食べに行こうね!」

 

「やだー! ふたり、たろーくんと一緒に行くのー!」

 

「……なんでそんな落ち込んでるんだよひとり。ほら、俺が一緒に行ってやるから」

 

 騒がしい姉妹に食卓へと案内され晩御飯をご馳走になった俺は、おじさんとおばさんに一宿一飯のお礼を言うと自宅へと帰る事にした。

 

 玄関の外まで見送りに来たひとりと今日の事や世間話をしていると、そろそろ進級の季節だという話になった。

 

 そう言えばもうそんな時期か。一年前のお互い合わせもせずバンドも組まずライブもした事が無かった俺達を思えば、随分遠くに来たもんだと思ってしまう。

 

「俺達ももうすぐ二年かぁ……ひとりは将来音ステに出た時の幼馴染トークとして一番面白い展開て何だと思う? やっぱ小中高の十二年間一度も同じクラスにならない事か?」

 

「えっ? うーん……それならやっぱり最後の年に同じクラスになる事じゃないかな?」

 

「お? お前も案外青春って奴が分かってるじゃねーか。じゃあ次もまた俺とひとりは別のクラスかもな」

 

「……そう、かな」

 

 実際のクラス分けは教師しか与り知らぬところだが、教室に知り合いがいないせいか心なし寂しそうな雰囲気のひとりの背中を軽く叩いてやる。

 

「そう落ち込むなって。登下校は俺と一緒だし、STARRYにはバンド仲間がいるだろ。それに案外喜多さんとは同じクラスになるかもしれないぞっと。じゃあな」

 

 そう言って俺はひとりと別れて家へと歩きだす。

 

 次の一年は虹夏先輩やリョウ先輩、ヨヨコ先輩達にとっては高校最後の一年だ。就職か進学か……はたまたフリーターなどしながらバンドを続けていくのか、俺も将来の事を考えなくてはならないのかもしれない。

 

 出会いがあれば別れもある。いや正確には先輩達とは別れではないのだが……ともかくもうすぐ始まる新しい一年に思いを馳せながら、俺は家へと帰るのだった。




 次回は進級話+α(あれば)で、その次が池袋ブッキングライブ編の予定です。

 イライザさんの電話シーン、多機能フォームのプレビューだと問題無いんですが、それ以外だとどうしても二か所ルビが機能しないのは何が原因なんでしょう?感想で対処法教えて貰って一応解決しました。ありがとうございます。

 以下の後書きは長いんで読まなくても大丈夫です。

 今回の話は廣井さんをおんぶして廣井宅に行って、ひとりちゃんをおんぶして帰ってくる。という流れは決めてました。

 廣井さんの部屋の中の様子は漫画四巻冒頭のグビグビ安酒レビューコーナーの背景が一応の根拠ですが全部妄想です。詳しい描写が来たら直します。

 廣井さん断酒話はかなり初期から考えてたんですが、廣井さん生存断酒ルートは真面目にやると滅茶苦茶重い話になりかねないんですよね。なんとか説得しようにも出会って一年足らずの主人公の泣き落としごときで断酒できたら、廣井きくりというキャラクターの否定だと思ってしまうんです。とは言えやっぱりなんとか助かって欲しいので一応今回の話で生存断酒フラグが立ったくらいに考えて貰えればいいかなと。

 正直今回の話はラーメン屋行く辺りから滅茶苦茶眠たい話書いてるなぁ……って自覚はあります。珍しいメンバーで普段いかない所に行ってわちゃわちゃする話がやってみたかったんですが、正直全てが中途半端になった感は否めない。

 屋台で会うSICKHACKファンの話は外伝漫画読んで急遽ぶっこみました。BoBを第三者から見た感想とかやってみたいんで掲示板回とか興味あるんですが、私は主人公スゲーってやるのが苦手なのでBoBアンチスレとかで、「正直山田太郎とか全然大した事ない。志麻の方が余裕で上」「バンド内で一人だけ男の山田は頭チ〇ポ野郎」とか書かれてる方が面白いと思ってます。でも多分やらない。あと主人公は一生表舞台では顔出さなくても良いんじゃないかなって……BoBがめっちゃくちゃ人気出ても素顔知ってるのは共演者とスタッフ、知り合いだけっていうね。

 割とマジでなんとかひとりちゃんを正ヒロインっぽく書きたいんですが、この子マジで率先して喋らないし、この小説は一人称でひとりちゃんのモノローグとかもないので難しい。ただ現時点で主人公が本当の意味で心を開いているのはひとりちゃんだけです。


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033 池袋からの招待状

 作者は公式ガイドまだ買ってないアホなんで、秀華高校の男子の制服はブレザー想定で書いてますが、違ったら直します。


 新しい学年に備える為の短い春休み中に俺は色々と準備を進めていた。

 

 一つは三月の末のライブを店長に頼んで録画して貰ったライブ映像を編集して、作るだけ作って放置していたオーチューブのBOBチャンネルに投稿した。

 

 結束バンドのライブ映像とMVの再生数の差を見て本当はMVを投稿したかったのだが、そんな暇もお金もアイデアも無かったのと、とにかく何か早く出せとヨヨコ先輩にケツを叩かれたのでライブ映像を出すことにしたのだ。

 

 今のところ再生数は……まぁ結束バンドのライブ映像よりは多いけど、MVには負けるといった感じだ。

 

 実は渋谷での深夜のスタジオ練習? をイライザさんが録音していたようで、あの日スタ練に参加した全員に音源を送って来たのだが……これは各バンドの許可が取れたらオーチューブに乗せる……かもしれない。いやどうだろう? ちょっと分からん。需要あるのか? 

 

 もう一つは廣井さんが作った次の新曲でヨヨコ先輩とツインボーカルをやってくれと言われたので、その練習として滅茶苦茶ヨヨコ先輩にカラオケに呼び出されて練習していたのである。

 

 おかげでヨヨコ先輩からも一応ライブでお出しできる最低限にはなったとお墨付きをいただいた……のだが……新曲の俺の担当ラップなんだよなぁ……ヨヨコ先輩の担当は普通に歌だけど。ちなみに作詞はひとりで、今回はかなり異色な出来だ。

 

 あとは物販に関して色々。次のライブでお披露目できる……筈だ。

 

 そんなこんなで春休みも終わりを迎え新学期が始まる今日は、今後一年間を左右するであろう超重要イベントであるクラス替えが行われる日でもある。

 

 多くの人間は仲の良かったクラスメイトと離れ離れになるかもしれないという不安と戦っているかもしれないが、俺に恐れるものは無い。だってクラスに仲の良かった奴なんていなかったから!! 

 

 とはいえ正直俺も同じ学校で、同性である男子の友人を作りたいとは常々思っていた。去年は沢山の知り合いが出来たが、その全てはひとりを通して知り合った人ばかりなので当たり前だが女性ばかりなのだ。

 

 別に虹夏先輩達や廣井さん達に不満がある訳では無いが、俺も同性の友人と気兼ねなく何か馬鹿な話をしたり、どこかへ遊びにいってみたいという欲求はあるのだ。

 

 そういう意味では生徒のほぼ全員が人間関係を強制的にリセットされるこの日は、俺が新しく友人を作るのにうってつけの日でもある。

 

 幸いな事に今年はとっておきの秘策がある。俺はその秘策を仕込むと、意気揚々といつも通りひとりを迎えに後藤家に向かう事にした。

 

 

 

「ダディーヒッピーおるー!!」

 

 ひとりを迎えに行った後藤家の前に立つ人物を見て、俺は思わず叫んでしまった。

 

 ヒッピーとは『伝統に反抗し、自然を愛する自由な生活を求めた人々』の事だが、そんな小難しい思想なんかよりも長い髪にヘアバンド、カラフルなシャツにワイドパンツと言った格好をしているのが恐らく俺達の頭に浮かぶヒッピーだ。

 

 後藤家の前に立つ人物もその特徴に漏れる事無くピンクの長い髪にヘアバンドを巻いている。ギターケースを背負い、顔には丸メガネのサングラス、両腕には無数のラバーバンドを身に着け、右肩から下げるトートバッグには大量の缶バッジが取り付けられている。

 

 思わず三度見しそうなヒッピーファッションの人物こそ、まごう事無き俺の幼馴染である後藤ひとりだった。

 

「あっ太郎君!」

 

 叫んだ俺を見つけて駆け寄って来たひとりは、ヒッピースタイルに自信があるのか不安半分期待半分といった様子だ。

 

「どっどうかな? 去年の反省を踏まえて、今年はドメジャーバンドのグッズにしてみたんだけど……」

 

「や、やるじゃねぇか……まさかそんな隠し玉で来るとは思わなかったぜ……」

 

 俺の前でラバーバンドに浸食されている両手を挙げて見せたり、体を捻って缶バッジが取り付けられたトートバッグを見せてくるひとりに、俺は慄きながら返事をする。

 

 前にぽいずんさんに今後の目標を聞かれて語った『世界平和』って答えを、まさかヒッピースタイルで表現してくるとは……これこそロッカーだぜ……

 

 だが俺だって今日は無策で来たわけでは無い。去年ひとりが虹夏先輩を釣り上げたという話をパクっ……参考にして一応制服の下に仕込んできたのだ。

 

「でもな、今日という日に仕込んできたのはお前だけじゃないんだぜ!」

 

「!! そっそれは!」

 

 俺が制服の下に着込んだTシャツを見せる為にネクタイとYシャツのボタンを外してブレザーとYシャツを拡げると、結束バンドのバンドTシャツが姿を現した。

 

「どうよ? これはメジャーバンドを外す事で通っぽさを出すのと、去年の文化祭で名前が知られている結束バンド……ひいては人気者の喜多さんの話題に繋げる事が出来る最強カードだぜ!」

 

 さらにはひとりのラバーバンドと同じように、自分の左手首に物販で買ったピンクの結束バンドも装備済みだ。

 

 完璧な作戦にぐうの音も出ないようなひとりにドヤ顔で語った俺はまた元の通りに制服を着直すと、ひとりはスマホ片手に遠慮がちに口を開いた。

 

「あっあの太郎君……お願いがあるんだけど……」

 

「ん? どうした? 悪いけどこのTシャツは貸せないぞ」

 

「そっそうじゃなくて……さっきの右手でネクタイを外すのもう一回見せて欲しいなって……」

 

「どういうことだよ!?」

 

 よく分からないが熱心に頼み込むひとりに押し切られて困惑しながらもう一度ネクタイを外してやると、何故かひとりはその様子を写真に撮っていた。スマホで撮った写真を見て満足したのか、一度大きく頷いたひとりと共にようやく学校へと向かう事になった。

 

 

 

 ヒッピー後藤に対する周囲からの視線は、学校に着くまでの電車内でも凄かったが学校に着いてからも凄い。校門をくぐって昇降口へ辿り着くまでに、学年問わず二度見は勿論の事、三度見する奴も珍しくない。何を思ったのか写真を撮ってる奴まで居る。

 

 こんな事なら俺も駅に着いた時に結束バンドTシャツが見えるようにしておくべきだったと後悔したが、流石にいま服を脱ぎ出すと別の意味でやばい奴になってしまうので、ここは当初の予定通り教室に入る前に準備してクラスの皆にアピールする作戦で行くしかない。

 

 好奇な視線に晒されながらクラス分けが書かれた掲示板の前まで辿り着くと、俺達二人は自分の名前を探し始めた。

 

 俺の苗字は山田なので各クラスの名簿をケツの方から探していくとすんなりと発見した。そのまま自分のクラスにどんな奴がいるのか確認するために名簿の後ろから遡って見て行くと、まさかの人物の名前に俺は驚愕した。

 

「ウ……ウソやろ。こ……こんなことが、こ……こんなことが許されていいのか」

 

「? どうしたの? 太郎君は何組……って同じクラス!? や、やった……!

 

 ひとりは己の胸の前で小さく両手を握りしめた。どうやらこの結果に相当お冠のようだ。クラス割を決めた教師に対してファイティングポーズを取っている。

 

 それもその筈、俺達はついこの間に高校最後の年に遂に同じクラスになるというドラマティックな展開を将来音ステで披露しようと誓い合ったのだ。

 

 だというのにもう一緒のクラスになっちゃったよ……これじゃもう音ステでギャップトーク出来ないじゃん! もしかして俺達の思考が盗聴されてたのか? だとしたらやばいな頭にアルミホイルを巻かないと(ただしトッ〇バリュ製は不可)! 

 

「じゃ、じゃあ……いっ一緒に教室まで行こうか……うへへ……」

 

「……そうだな」

 

 決まってしまったものは仕方ないので、ひとりに促されて二人で教室に向かおうとした瞬間――俺はふとある事に気が付いた。

 

「? どうしたの?」

 

「……いや」

 

 ひとりの姿をチラリと見て生返事をした俺が足早に教室へと向かい始めると、ひとりも何かを思い出したかのように速足で後を付いて来た。

 

「たっ太郎君? どうしたの? なんか歩くの速くない?」

 

「い、いや……そんな事ないぞ……というかひとりこそ歩くの速くないか? 歩くっていうか小走りになってない?」

 

「そそそそうかな!? そっそんな事無いよ……」

 

 教室までの道中に俺はネクタイとワイシャツのボタンを外して結束バンドTシャツのお披露目の準備を進める。

 

 ひとりより先に教室に着こうとしているのは、別にヒッピースタイルのひとりと一緒にいるのを見られるのが嫌なわけでは断じて無い。ただちょっと先に教室に入らないといけない理由を思い出したのだ。

 

 流石に運動が苦手なひとりに足の速さで負ける訳もなく先に教室に辿り着いた俺は、勢いよく扉を開けると共にブレザーとワイシャツを両手で拡げて中に着ている結束バンドTシャツがよく見えるようにして入室しようとした――瞬間、ひとりが勢いよく俺の腰にしがみ付いた。

 

「うお!? 何すんだよひとり!」

 

「ままま待って太郎君! 私を先に教室に入らせて!」

 

「ふざけんな! そんなド派手なヒッピースタイルのお前が先に入ったら、バンドT姿の俺の印象が薄くなるだろうが! お前はインパクト抜群だから後でもいいだろ!」

 

 俺が足早に歩いていた理由がこれだ。別々のクラスなら競合しないのだが、同じクラスだとどうしても後から入った方が不利になる。その為俺はひとりより先に教室に入ってアピールする為に急いでいたのだ。

 

「だだだだだって……バンドTの太郎君が先に入ったら、こんな格好で後から入った私が無駄にはっちゃけてる変な奴みたいに見えるじゃん!」

 

「変な奴の自覚あったのかよ……とにかくもう遅い……」

 

「きゃーー!! 二人とも何してるの!?」

 

 俺の腰にしがみ付いて激しく抵抗するひとりと教室の入り口で言い争っていると、俺達の良く知る声が聞こえて来た。

 

「あれ? 喜多さん?」

 

「あっえっ喜多ちゃん!? どうしてここに……」

 

「同じクラスなのよ! 掲示板のひとりちゃんの名前の一つ前に私の名前あったでしょ!? っていうか二人ともその格好は何!? 何かの罰ゲーム!?」

 

 喜多さんの登場によって、俺達二人のしょうもない争いに終止符が打たれた。だが少しいつもと違う格好してたら直ぐに罰ゲームに結びつけるのは、いくら喜多さんでもちょっとどうかと思う。

 

「いやあの……これはですね。話のきっかけを作る俺達の秘策でして……」

 

「あっ去年はマイナーバンドグッズで失敗したので、今年はドメジャーバンドにしてみたんですけど……」

 

「そういう問題じゃ無いと思うわ!」

 

 喜多さんは俺達の姿を見て困ったように叫ぶと、すぐさまひとりが身に着けているバンドグッズを取り外しにかかった。

 

「わはは、やっぱドメジャーバンドじゃ駄目なんだってひとり。こういうのはもうちょっとマニアックな所を攻めないと……」

 

 されるがままに喜多さんに凄い勢いでバンドグッズを取り外されるひとりを見ながら俺が笑うと、全てのグッズを外し終えた喜多さんは勢いよくこちらへ向き直った。

 

「山田君もよ! というか何で結束バンド(私達の)Tシャツなのよ!?」

 

「そりゃ秀華高でなら抜群の威力を発揮するからですよ。さてはシロウトだな?」

 

「~~~ッ! とにかくソレは恥ずかしいからちゃんと制服を着なさい! あっピンクの結束バンドまでしてる!」

 

「あっ、ちょ……わ、分かりました! もう大丈夫です! 後は自分でやりますって!」

 

「もーいいからほら! ネクタイは何処!?」

 

 ドヤ顔で語った俺のシロウト発言に憤慨した様子の喜多さんは、手始めに目ざとく見つけた俺の左手首のピンクの結束バンドを外すと、嫌がる俺のYシャツのボタンを手際よくかけ始めて、最後には文句を言いながら乱暴にネクタイまで締め出した。お母さんかな? 

 

 教室の入り口付近で喜多さんにされるがまま服装を正されるおかしな二人組の姿がそこにはあった。

 

 というかさっきからクラスの皆の視線が痛い。

 

 ただでさえトンチキな恰好で騒ぎながら教室に入って来たおかしな二人が、キングオブ陽キャである喜多さんと親し気に話しているのだから無理もない。ひとりは同じバンドメンバーなのが去年の文化祭で判明しているが、俺の事は正体不明の男子だろう。

 

 それが関係しているのか、心なしか男子諸君の視線が痛い気がする。

 

 普段のヤベー発言や奇行で忘れがちだが、喜多さんは顔が可愛くて、性格も良くて、歌も上手くて、友達も多い陽キャなのである。

 

 これ以上クラスの男子の俺への心証を悪くするのはまずいと思ったので、俺は喜多さんにお礼を言うと自分の席へと避難する事にした。

 

「これでよしっと」

 

「あ……喜多さんあざます……じゃあ俺はこの辺で……」

 

「そう? じゃあこれから一年よろしくね! 山田君!」

 

「っす……」

 

「ちょっと!? 何で急にそんなに他人行儀なのよー!?」

 

 面倒な事を言い始めた喜多さんに本格的に絡まれないうちに俺は自分の席へと向かう。クラス分けの掲示板でも確認したが、今回のクラスは和田さんや渡辺さんのような『わ』から始まる苗字がいないようで、珍しく山田の俺が一番最後の出席番号だ。

 

 漫画やアニメなんかでは主人公席と言われる窓際の一番後ろの席に座り、頬杖をつきながらゆっくりと一度教室全体を見回した後、ひとりの様子を確認する。

 

 ひとりの席は喜多さんの直ぐ後ろ、前から二番目の位置なので後ろからよく見える。しかしあいつマジで後ろから見ると全身ピンクだな。こんなにピンクなのは後藤ひとりか星のカー〇ィかメ〇モンくらいだろう。

 

 俺はひとりを観察しながら、ひとりが同じ教室にいるという生まれて初めての感覚に変な感慨を覚えていると、ふと別の異変を発見した。

 

 喜多さんの席の周りに凄い数の女子生徒が集まってきている。

 

 凄い……クラス代わったばかりでこんなに集まって来る? というくらい人が集まっている。恐らく喜多さんの友人であろう女子生徒は誰も彼も陽キャっぽい垢抜けた感じの女子ばかりだ。

 

 教室に知り合いがいるのが嬉しかったのか、ひとりは喜多さんに話しかけようと小さく手を伸ばそうとしたが、ひとりの様子に気付いた喜多さんとその友人たちが一斉に振り向くと、その圧倒的な陽キャオーラに慄いた様子のひとりは肩を落として俯いてしまった。

 

 そんな様子を自分の席に座りながら眺めていると、また喜多さんに話しかける女子生徒が現れた。

 

「喜多~今年も同じクラスじゃん。腐れ縁だね~」

 

「これで五年連続ね~」

 

 制服の上着の上からブラウンの長袖スクールセーターを着た、ショートボブ? の女子生徒は、聞こえて来る会話内容からどうやら相当喜多さんと仲が良いようで、とりわけ多くの女子生徒が『喜多ちゃん』と呼んでいる中、ただひとり『喜多』と呼び捨てにしているのが仲の良さを際立たせている。

 

 女子生徒の席はどうやらひとりの真後ろらしく、席に座ってからもひとりを挟んで二人は会話に花を咲かせている。

 

 仲の良さそうな二人に挟まれて一人で勝手に右往左往しているひとりを眺めていると、急に喜多さんが立ち上がって俺へと顔を向けた。

 

「山田君! ちょっといいかしら?」

 

 手招きしながら俺を呼ぶ喜多さんに俺は面食らった。いや――正確に言うなら喜多さんに呼ばれた事で教室中の視線が俺に集まった事に……だろうか? 

 

 一応頭では理解していたつもりだったが、学校外ではあまり見えなかった喜多さんの交友関係の広さとか影響力を今まさにダイレクトにこの身で体験している。ただこれは喜多さんの影響だけでなく、俺という正体不明の男子生徒という事も大いに関係しているだろう。恐らく陽キャ男子ならこんな注目を浴びていないはずだ。

 

 ただでさえ先程喜多さんにお世話されたのを周りに見られているのでこれ以上悪目立ちするのは御免被りたいが、呼ばれた以上は仕方ないので俺は教室中の視線に晒される中ゆっくりと立ち上がった。

 

 話のきっかけを作るため、ひいては喜多さんのネームバリューを期待して結束バンドTシャツを着て来たが、俺が望んだのはこういう目立ち方ではなかったんだが……

 

 周囲の視線に怯えながら喜多さん達の元へ行くと、喜多さんはひとりの後ろの席に座る女子を紹介してくれた。

 

「ひとりちゃん、山田君、紹介するわね! 彼女は佐々木 次子(つぐこ)、さっつーよ! 前に話したの覚えてるかしら? 中学からずっとクラスが一緒だったって言ってたのがこの子よ!」

 

「ども~」

 

「あっどうも……」

 

「……っす」

 

「それでこっちの子が、私と同じバンドの……」

 

「あ~知ってる知ってる。去年の文化祭の……あの(・・)後藤さんね……ふっ」

 

 佐々木次子という名前は初めて聞いたが、さっつーという呼び名には覚えがある。確か元旦にウチに来た時に喜多さんが言っていた人の筈だ。

 

 佐々木さんは文化祭でのひとりの活躍(・・)を覚えていたようで、紹介されるや否や机に頬杖をつきながら意味深な笑いを漏らした。

 

 意味深な笑いと去年の文化祭と聞いて自分のダイブ(失敗)を思い出したのかひとりはショックを受けていたが、それでも少しでも自分からも歩み寄ろうとしたのかドモりながらも声を上げたのだが――

 

「あっすっ好きなバンドとか……」

 

「ウチヒップホップしか聴かないんだよね。喜多たちがやってる様なバンドは聞かないわ。ごめん」

 

 見事に撃沈した。別に誰が悪い訳でもない。ただちょっと噛み合わなかっただけだ。だが喜多さんとかなり仲が良さそうな佐々木さんを結束バンドのライブで一度も見た事が無かった理由が判明した。しかしヒップホップか……

 

「ヒップホップっていうと定義がかなり広いですけど、ラップ・ミュージックもありですか? ラップ・メタルとかは? それともやっぱり四大要素が無いと駄目な感じですか?」

 

「え? いやメッチャぐいぐい来るなコイツ……まぁそりゃ四大要素はあるに越した事は無いけど、音源にブレイクダンスやグラフィティは無理じゃん? そういう意味ではラップ・ミュージック()聴くって感じ?」

 

 ヒップホップという言葉の定義は広く、基本的にサンプリング(既存の音源から音やら歌詞やらを抜粋してループさせたり継ぎ接ぎしたりして作る曲)や打ち込みの音楽にラップを乗せた音楽はヒップホップ・ミュージックやラップ・ミュージックと呼ばれるヒップホップの中の一要素的な物だ。

 

 本当の意味でのヒップホップというのは先程のMC(ミュージシャン)に加えてDJ、ブレイクダンス、グラフィティ(主にスプレーを用いて、電車の車両や高架下の壁など公共の場に描かれる文字や絵のこと。落書きとも言われる)の四つの要素全てを内包している言葉なのである。なのでヒップホップが好きとだけ言うと、ラップだけが好きだったり、ブレイクダンスだけ、DJだけ、グラフィティだけと結構バラバラだったりする。

 

「……もし良かったら今度の結束バンドのライブに来てくださいよ。対バンで出てる別のバンドですけど、一曲だけそういう感じの曲あるんで。あ、チケットは結束バンドのやつ買ってくれたらいけますから」

 

「は? 何? ウチ口説かれてんの? 怖いんだけど」

 

「山田君それって……」

 

「……え? いやっ!? ち、ちちっち違っ……誤解!」

 

 何で俺がこんな面倒くさいヒップホップの解釈的な事を佐々木さんに確認していたのかと言うと、次のBoBの俺とヨヨコ先輩のツインボーカル予定の新曲がまさに一部ラップミュージックを内包した曲だからである。ここで四大要素が無いとヒップホップじゃ無いと言われると終わりだが、そうでないならワンチャンある。これをきっかけに結束バンド沼に落とすんだよ! 

 

「それで? さっきから話してるこっちの男子はどちらさん? もしかして喜多の彼氏?」

 

「違うわよ! もうっ! どうして皆すぐにそっちの方向に持って行くのかしら……」

 

「ごめんごめん。でも喜多が男子紹介してくるとか珍しいからさ~。知ってる? こう見えて喜多ってウチの知る限り男子と付き合った事無いし、あんまり仲良くしてる所も見た事無いんだよねぇ~。でもこいつはやめた方がいいんじゃない? ウチの事口説いてたし」

 

「ちょっと!? だから誤解ですって!」

 

 本当に誤解だからひとりはそんなこの世の終わりみたいな表情で俺を見るな。

 

 しかし佐々木さんの喜多さん評を聞いて驚いた。交友関係が広く、社交性の高い喜多さんの事だから男子の知り合いもとても多そうだが……喜多さんはリョウ先輩みたいなのが好みみたいだから、お眼鏡に適う男子がいないのか、それとも高嶺の花的な存在なんだろうか? 

 

 そういえば俺似たような人を一人知ってるわ。メッチャ顔が良くて性格は喜多さんと反対なんだけど良い人で、でも俺とするまで他人とロインの交換した事無いって言ってた人……大槻ヨヨコっていう人なんですけどね……

 

「もうっ! 私の事はいいから!」

 

「はいはい。で、山田君だっけ? 実は私ちょっと知ってるんだよね~」

 

「え? そうなんですか?」

 

 何時の間に自分がそんな有名人になったのかと思って驚いて声を上げると、佐々木さんは俺を見てひとりの時と同じような意味深な笑みを浮かべた。

 

「去年の文化祭で後藤のダイブ食らって担架で運ばれた人でしょ? あの時のライブ見てた人ならほとんどの人が知ってるんじゃない?」

 

 思わず俺は眉をひそめてスンとした表情になってしまった。碌な知られ方じゃ無かったわ。顔が知られてると聞いてドヤ顔を晒さなかった自分を褒めてやりたい。ひとりのドンマイ! みたいな表情がさらに俺の精神に追い打ちをかける。うるせーお前だってダイブマンだからな。

 

 そうこうしている内に先生が教室に入って来て、自己紹介を始めるから全員席に着くようにとの号令がかかったので俺は自分の席に戻る事にした。

 

 自己紹介は出席番号順で始まったので、一番最後の俺は自分の番が来るまでゆっくりとクラスメイトを眺めていると、なにやらひとりが熱心にメモを見ながらニヤついているのが見えた。

 

 こういう時のひとりは大体ろくでもない事を考えている時なので、俺は何時でもレスキュー出来る精神状態を整えておく。お前が滑ったら俺が助けてやるから、俺が滑ったら頼むぞひとり! って思って今までやって来たけど、あいつに助けられた事あったかな……? ままええわ。

 

 自己紹介は滞りなく進み、あっという間に喜多さんまで回って来た。

 

 喜多さんは流石の陽キャパワーで、自己紹介と共に結束バンドの宣伝や動画サイトに上げているMVの宣伝をクラスメイトとの合いの手を交えながら和気あいあいと語っている。

 

「ちなみに後ろの後藤さんがリードギターです! すっごく上手だから一度は生で見ないと損よ~」

 

 喜多さんが最後にひとりの事をアピールすると、教室から感嘆するような声が上がった。

 

 喜多さんのおかげで教室の雰囲気はかなり良い。さらに続くひとりのお膳立てまでしてくれるなんて、ホンマ喜多さんの優しさは五臓六腑に染み渡るで。出来れば俺の前に居て欲しかったんだが……

 

 喜多さんに続いていよいよひとりが自己紹介の為に立ち上がると、先ほどの空気から一変して教室がやにわに騒がしくなる。

 

 あまりのひとりの顔の良さにざわついた……訳では勿論無い。これは学校指定でも何でもない全身ピンクジャージに対する物だったり、佐々木さんが言っていた去年の文化祭ダイブを知っている人間の動揺かもしれない……でもまだ喜多さんがあっためた熱は残ってるぞ。

 

「あっ……ごっ後藤ひとりです……あだ名はぼっちです」

 

 ひとりがあだ名を披露した瞬間、教室を困惑した空気が走った。

 

 おっ大丈夫か大丈夫か? (教室)バッチェ冷えてますよ~……っていきなり何言ってんだこいつ!? 初めてのあだ名が嬉しかったのは分かるけど、やっぱりあだ名が『ぼっち』はヤバいんだって! 俺はこれに抗う為に戦っているが、STARRY内で改善される気配は無い。

 

なっ名前の通りリアルぼっちです……へっ……あっしゅ出身は神奈川です……中学の人が居ない高校がよかったので二時間かけて通学してます。まっ毎朝寝不足でこの学校にしなきゃよかったってこっ後悔してます……

 

 いや、ひとりのやりたい事はよく分かる。恐らくはあいつの想像では「~後悔してます」辺りで笑いが起こる予定だったんだろう。喜多さんならもうちょっと上手く料理して笑いが起きるんだろうけど、ひとりの表情と口調も合わさって悲壮感がヤバくて笑えねーよ。

 

 しかし俺は機会を窺ってあいつの希望通り笑いを挟んで見る事にした。俺が先陣を切れば他のクラスメイトも釣られて笑ってくれる人がでるかも知れないからな。だから俺の時はマジで頼むぞひとり! 

 

けっ欠点は人の目をみれない事あってつける事です……ってそっそこ笑うな……

 

「あ、あはは……!」

 

えっ!? あっえっと……シバくぞ!!

 

「ヒェッ……すあせん……」

 

「えっいっいやっ……違っ……」

 

 ここしか無いと思ってぶっこんだ俺の笑い声に、ひとりはまさかリアクションが返って来るとは思っていなかったのか一瞬驚くと、しかしすぐさま手に持ったカンペに視線を戻して俺の想像を超える大きな声でツッコミを入れて来たので俺は思わず謝ってしまった。

 

 ふざけんなテメー……もうちょっとやりようがあるだろうが……というかツッコミなんだろうけどひとりに生まれて初めて怒鳴られてガチでビビったわ……

 

 ひとりは静まり返る教室の空気に抵抗するように、最後に自分のギターを武田信玄の軍配に見立てたモノボケを披露して盛大にスベると、先生に促されて静かに席に着いた。

 

 その後はひとりのような事故(・・)も無く自己紹介は滞りなく進み(まさしく事故(・・)紹介だ)、いよいよ最後である俺の番がやって来た。

 

「じゃあ最後に山田」

 

「ウッス!」

 

 担任に呼ばれて俺は勢いよく立ち上がった。見とけよ見とけよ~ 。真打は最後にやって来るってな。

 

「右投左打、気は優しくて力持ち。山田太郎です!」

 

 俺の自己紹介に再び教室が騒がしくなる。そりゃそうだ、山田太郎なんて名前の奴が実際に居たらそりゃ驚くだろう。もし山田花子なんて奴がクラスに居たら、俺は自分の事を棚に上げて驚く自信がある。いや、もしかしたら突然の右投左打発言に驚いただけかもしれないが……

 

「趣味は音楽鑑賞(ドラムヒーロー宛てリクエスト曲)。結束バンドは結成当時からのファンで、なかでも一押しは後藤ひとりです! よろしく!」

 

 俺は最後に音楽ファンアピールとして両手でメロイック・サインを作った両手を胸の前で交差させてキメポーズを作った。ドカベンネタはやらないのかって? 去年それで盛大にスベッたからな。俺は反省出来る男なのである。

 

 しかしどういう訳か思ったより反応が無い。皆無と言っていい。喜多さん人気に便乗した訳では無いが、結束バンドの名前を出したにもかかわらず無反応だ。何故か名前を出してアピールしてやったひとりは机にうずくまってるし。

 

「あっえっと……一発芸やります!」

 

 場の空気に恐ろしくなった俺は慌てて自分の鞄を手繰り寄せると、その中から万が一の時の為に仕込んでおいた鞄と同じ位の大きさの箱をゆっくりと引っ張り出しながら決め台詞を言う。

 

「このカバンの中ぜーーんぶべんとう。ドカベンや」

 

 ドカベンネタはやらないと言ったな。あれは嘘だ。しかしどうだ? このネタはウチの父さんとひとりのおじさんにはバカウケするネタなんだが……

 

「………………は?」

 

 誰かは分からないが教室から困惑の声が聞こえて来た。

 

 やばいな……ちょっとネタが難し過ぎたか? 喜多さんの背中からはドス黒いオーラが立ち上っている気がするし……仕方が無いのでさらにとっておきのネタを披露する事にしよう。大丈夫! これはマジでもうドッカンドッカンだから! 

 

「あっ……えー、続きましてヒートショック対策に足先からゆっくりと風呂に浸かる山田太……

 

「はい。もう座っていいぞ山田」

 

「えっ? あっはい……」

 

 俺は先生に促されて静かに席に着いた…………いやぁ今年も静かな一年になりそうだな! 

 

 

 

 結局誰とも話をする事が出来ないまま放課後を迎える事になった俺が、同じような境遇に落ち込んだ様子で帰り支度をしていたひとりに声をかけると、同じタイミングで佐々木さんもひとりに声をかけて来た。

 

「ひとりー、帰ろうぜー」

 

「うっうん……」

 

「後藤、ちょっといい?」

 

「!? ひっ……さっささささん!!」

 

 突然佐々木さんに話しかけられてひとりは大きく肩を跳ねさせた。わざわざひとりに何の用かと思ったが、佐々木さんから出て来た言葉は少し意外な物だった。

 

「さっきは山田のせいで言い忘れたけど、去年の文化祭のギターかっこよかったよ。ダイブもだけど、どっちかって言うとそっちの方が印象的で後藤の事覚えてたんだよね~」

 

「……えっ?」

 

「そんじゃね~。あ、山田もさっきのネタよく分かんなかったけどちょっとおもしろかったよ」

 

「え?」

 

 まさか褒められると思わなかったのか、ひとりは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているし、俺も意外な言葉にあっけに取られていると、佐々木さんはひらひらと俺達に手を振って教室を出て行った。

 

 どうやら先程佐々木さんが言っていたあの(・・)後藤さんとは、ダイブの事では無くギターテクの事を言っているようだった。

 

「ほーん……ひとりのギターを覚えてるとは中々見る目がある人だな」

 

「えっと……そう、だね?」

 

「さっつーナイスだわ! そうだ! クラスのグループチャット出来たみたいだから、ひとりちゃんもほらっ!」

 

 佐々木さんの言葉に未だ困惑気味のひとりに、いつの間にか近くにいた喜多さんは出来たばかりのグループチャットに誘っていた。

 

「えっあっ……へへっ……みっ見て太郎君」

 

「おう、良かったな…………でもお前もう音ステでギャップトーク出来ないからな!」

 

「!?」

 

 はにかみながら嬉しそうにクラスのグループチャットの画面を見せて来るひとりに一度頷いてみせると、俺はたまらず叫んだ。別にグルチャに誘われなかったから悔しがってる訳じゃねーし!? 俺も去年のクラスでは入ってたし!? 

 

「何言ってるのよ山田君!? ほら! 山田君も!」

 

「えっ!? 俺も入っていいんですか? わァ…………ァ……」

 

「泣く程なの!?」

 

「イェーイ見ろよひとり! 俺二年連続クラスのグループチャットに入ったぜ!」

 

「むっ……たっ太郎君こそもう音ステでギャップトーク出来ないね……」

 

「おまっ……なんて事言うんだ!? 人の痛みが分かる子になりなさい!」

 

「!? じじじ自分だってさっき言ってたのに!?」

 

 こうして俺達は喜多さんのおかげか、去年とは少し違う、クラスに溶け込めそうな予感のする良い滑り出しで二年生をスタートさせたのである。

 

 

 

 そんな始業式が終わってからしばらくしたある日、恒例となった結束バンドの路上ライブが終わり、打ち上げのファミレスに同行している時の事の話である。

 

 毎週路上ライブをしている成果か、最近は見たことの無い新しい客が増えたやら、結束バンドのMVの再生数が伸び続けていて十万再生を突破したやらと嬉しそうにリョウ先輩や喜多さんが話をしていると、まず俺のスマホからメールの着信音が鳴り、しばらく間を置いて虹夏先輩のスマホからもメールの着信音が鳴り響いた。

 

「ん? 何だ? 池袋の……ブッキングマネージャー?」

 

「えっ!? わっ私もいま同じ人からメール来たよ!?」

 

 俺がスマホの画面を見ながら呟いた言葉に大層驚いた虹夏先輩は自分のスマホの画面を見せてくれた。そこには俺のスマホに届いたメールと全く同じ内容のメールが映し出されていた。

 

 メールにはBoB(虹夏先輩のメールには結束バンドと書いてある)の音源(BoBはおそらくオーチューブに上げたライブ映像だろう)にハードでロックな音楽性を感じたのでぜひウチのライブに出演して欲しいという内容と共に日程が書かれている。

 

「えっライブのお誘いですか!?」

 

「また廣井さん?」

 

「違う! 全然知らない箱!!」

 

 結束バンドとBoBの両方が誘われた為か、リョウ先輩からまた廣井さんからのお誘いかと質問されたが、メールには池袋のライブハウスの柳さんなる人物の名前が書かれているので全く知らない新規の箱だ。

 

 喜多さんは新規の箱からのお誘いに、路上ライブやMV効果のおかげで結束バンドの名前が広がっている事に喜んでいるが、俺にはどうにも引っかかる事があった。

 

「でもBoBも結束バンドもハードロックですかね?」

 

「う~ん……でもジャンルの定義なんてハードロックとヘヴィメタルみたいに人によっては結構曖昧な物だし! だから出演の返事しておくね! 太郎君たちはどうするの?」

 

「え? そうですね……」

 

「一緒に出ようよ! ブッキングライブは方向性の近いバンド同士を組み合わせて相乗効果を狙ってくものだし、それにこの箱が推してる人気バンドが沢山出演するっぽいから上手くいけば一気にファン増やせるよ!」

 

 うわ凄い喋る。珍しく虹夏先輩が浮かれポンチだ。しかしまぁ虹夏先輩の言う事も一理ある。ジャンルの定義は人によって違うし、なによりBoBは結束バンドと一緒の方がひとりの都合上ライブがやりやすいので、廣井さんとヨヨコ先輩の予定が大丈夫なら断る理由はない。

 

 いつの間にかバスドラ代わりのキャリーケースから出てきたひとりは、余程新しいライブハウスでの演奏が緊張するのか俺の上着の裾を握りしめながら魂の抜けた様な顔をして傍に立っていた。でもなんで俺の上着を握るんだよ、自分のを握れ自分のを。

 

「廣井さんとヨヨコ先輩に予定を聞いてみて問題なさそうならBoB(俺達)も出ますよ。な、ひとり」

 

「楽しみねっひとりちゃん!」

 

「えっ嫌……あっはい!」

 

「お前いま嫌って言ったか?」

 

「……言ってない……」

 

「……まぁいいや。それにしても虹夏先輩は随分と嬉しそうですね」

 

 メールが来てから随分と浮かれた様子の虹夏先輩が珍しかったので訊ねてみると、虹夏先輩は少し恥ずかしそうに、だが喜びを隠そうともせずに答えてくれた。

 

「んふふー。だって私たちの事全然知らない人からBoBと一緒の箱に招待されたんだよ! これは私達がBoBに少しでも近づけたって事じゃ無い!?」

 

「む、確かに。もしそうなら結構凄いかも」

 

 虹夏先輩の言葉にリョウ先輩が唸るような声を上げた。

 

 その後、浮かれた虹夏先輩が路上ライブの打ち上げにJoJo苑(高級焼肉店)に行こうとするのを何とか引き留めると、当初の予定通りファミレスで打ち上げを行なって解散する事になった。

 

 その日の夜。俺は池袋のブッキングライブの日程を確認するために廣井さんとヨヨコ先輩に連絡をとった。

 

 廣井さんからは何事も無く了承を貰った俺は、続けてヨヨコ先輩にロイン通話をかける。相変わらずワンコールで通話に出るヨヨコ先輩に若干の恐怖を感じながらメールの内容を伝えるとヨヨコ先輩は訝し気な声を上げた。

 

『……池袋のライブハウスの柳さんだっけ? SIDEROS()はその箱に出た事無いけど、あまりいい話は聞かないわね』

 

「え? そうなんですか? もしかしてなんかヤバイ人とかですか?」

 

『そういうのじゃないけど……スケジュール埋め優先の適当ブッキングばかりしてるって噂は聞くわ。まぁあくまで噂で実際はよく知らないけど……』

 

「マジすか……今回結束バンドも誘われてて出るみたいなんですけど……」

 

『ああ、なるほど……まぁ実態は分からないけど、出てもいいんじゃない?』

 

 俺が結束バンドの名前を出すと、ヨヨコ先輩は驚くほどあっさりと出演の了承をしてくれた。まぁヨヨコ先輩も別に反対していた訳では無いし、一応BoBの都合と言うかひとりの事を考えてくれているのかもしれない。

 

『それに適当ブッキングだろうとBoBが一番になれば関係ないわ!』

 

 前言撤回。めちゃめちゃ個人的な理由だったわ。というか一番ってなんだよ? とはいえやる気になってくれたのなら心強い。

 

 電話を切るのを渋るヨヨコ先輩との通話を終えると、俺は廣井さんとヨヨコ先輩両名の同意を得たのでブッキングライブに出演する旨の返事をする事にした。

 

 返事のメールを送った後はいつも通り部屋で日課のドラムの練習やらなんやらを消化しながら過ごし、そろそろ寝るかという時間がやってくると虹夏先輩からロイン通話がかかって来た。

 

「もしもし虹夏先輩? どうしました?」

 

『あ、太郎君! ちょっと聞いてよー!』

 

 電話に出ると何となく不機嫌そうな虹夏先輩の声が聞こえて来た。この時点で少し嫌な予感がしたのだが、結論から言うとこの電話は取らずにさっさと布団に入って寝るべきであった。

 

 虹夏先輩の話を聞くと、どうやら今日届いたブッキングライブのお誘いの事で店長と意見が対立したらしい。

 

『それでさー、お姉ちゃんったら新しい箱でのライブ喜んでくれると思ったのに、煮え切らない態度で「ウチでやってるだけでいいんじゃない?」とか「BoBならまだしも、お前らじゃまだ下北以外じゃ客足伸びねぇよ」とか言うんだよ!』

 

「まぁ店長も心配してるんじゃないですか? いうてSTARRYやFOLT以外で知り合いもいない初めての箱ですし……」

 

 虹夏先輩の話を聞く限り、店長もライブハウスの経営者としての情報網で、ヨヨコ先輩の様に今回の池袋のライブハウスの事を何か知っていて心配しているのかもしれない。ただ誘いを受けてあまりにも嬉しそうな虹夏先輩を見て言い出せなかった……とかか? 実際俺もヨヨコ先輩に噂を教えて貰ったが、イマイチ実態が分からず適当な事も言えないので、今まさに言い出せずにいるしな。 

 

『え~! そうかなぁ……お姉ちゃんってたまに意地悪言うしなぁ……でもBoBも出るんでしょ!? なら一緒にお姉ちゃんを見返しちゃおうよ! あ、そう言えば毎日やるよう教えてくれたストーンキラーだけどさ……』

 

 ようやくブッキングライブの話から逃れられたと思ったら、今度はドラムの話になった。しかしもう随分な時間話してるぞ……いや、マジこれ寝、寝ちゃいそうな勢いなんですけど、これは大丈夫なんですかね? 

 

「あ、あの……どうして俺に連絡を? 結束バンドの方針的な物はリョウ先輩とかに言った方が……」

 

『え~……リョウはこういう話ちゃんと聞いてくれないし、喜多ちゃんもよく分からないだろうし、ぼっちちゃんはほら……ね? その点太郎君は同じドラムでリーダーだし! そ、それにドラム教えてくれるって言ったじゃん!』

 

 ね? って何だ……ひとり、お前の評価アレな事になってるぞ。あとドラム教えるとは言ったけど、こういうのは想定してないんだよなぁ……まぁいいけど。

 

 その後も俺は枕元にスマホを置いて虹夏先輩の話を聞いていると、何時の間にか寝落ちしてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでさー……あれ? 太郎君? おーい……もしかして寝ちゃった? あっもうこんな時間!? ありゃりゃ……悪い事したかな? 私もそろそろ…………あの、太郎君? ……寝てる、んだよね? …………本当に寝てるんだよね? …………たっ…………すーはーすーはー……よしっ……おっおやすみ、太郎…………君…………ひゃー恥ずかしー……なんでリョウも大槻さんも、あんなに平然と名前の呼び捨て出来るんだろ?




 BoBの新曲のイメージの元ネタはLinkin ParkのSomewhere I Belongです。佐々木さんがヒップホップ好きなんで完全なヒップホップにするか迷ったけど、いきなり主人公が一人で歌うのもアレなのでツインボーカル仕様の曲でラップが混じっててロックな曲って事を考えたら元ネタになりそうなのこれしか知りませんでした。



 今のうちにヨヨコ先輩の中の人の予想を書いとけば預言者になってちやほやされるんですか!? 
 私の希望は『佐伯伊織さん』です!
 でも中の人に関しては名前上げられるとイメージがついて嫌だって人もいると思うので、申し訳ないけど具体的な名前は感想で出さないようにオネシャス(横暴)。


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034 ぼっちなドラマーは幼馴染ギタリストの夢を見ない

 ヘイお待ち! 実はこの話自体は8月18日にはもう書き終わってました。でも『ストレス展開は連続更新で短期間に終わらせるべし』という事で、池袋編ラストまで書いてて遅くなりました(全三話、約四万字強)。


 いよいよ池袋のブッキングライブ当日を迎えた今日、俺はいつも通りまずひとりと合流する為に後藤家へと向かった。

 

「うーっすひとり」

 

「おはよう太郎君……あっその帽子、前に言ってたグッズ出来たの?」

 

「おうよ。頼んでたのが届いたんだよ。どうだ? いいだろ?」

 

「うっうん!」

 

 ひとりは俺を見つけるやいなや、俺が被っている正面に白い刺繍でBand of Bocchisと大きく描かれた黒いキャップ(つばの曲がった野球帽タイプ)を見ながら嬉しそうに声を上げた。ちなみに後ろのアジャスター部分の上には小さく白地でBoBの文字が描かれている。

 

 BoBキャップ参考画像

【挿絵表示】

 

 ひとりからBoBのライブで使うギターが入ったケースを受け取ると、俺はキャップのつばを右手で掴みながらポーズを取って見せる。

 

 この日の為……というわけでは無いが、いい加減BoBにも物販が無いとイカンという事で春休み中に話し合って、これから夏を迎える事と覆面をしていない時も少しでも顔を隠せるようにと、まずは俺が希望していたキャップを作る事になったのだ。

 

 その数……百個! このグッズには全バンド資金の五分の三をつぎ込んだ。冗談だと思うでしょ? マジなんだよこれが……いやね、二か所に文字を入れたら結構高くなっちゃってね……一個二千円近く製作費掛かってんのコレ……完売しなかったらどーしよ……

 

 ちなみに販売価格は三千円だ。おかげで今日は百個の在庫が入った大きなボストンバッグを持っている。

 

 俺の被っているキャップを見てはしゃいでいるひとりに、バッグから一つ同じ物を取り出してひとりの頭に被せてやる。うーん、こいつ顔が良いからキャップも似合うな。

 

「はいよ、これはひとりの分な」

 

「わっ……いいの?」

 

「当り前だろ。お前はBoBの一員なんだから……と、いうわけで……」

 

 俺はバッグから白い油性ペンを取り出すと、自分の被っているキャップと共にひとりへと差し出しながら深々と腰を折った。

 

「ごとりちゃんさん! コレにサイン下さい!」

 

「……ええ!? わっ私のサイン!?」

 

「そうだよ。あ、結束バンドで使ってる奴は駄目だからな。BoBではごとりちゃんだから」

 

「そっそんな事言われてもサインなんて……」

 

 俺からキャップを受け取ったひとりは顔をデロデロのもちもちにふやけさせてニヤけながら、つばの部分の一番目立つ場所にさらさらとでっかいサインを描き始めた。

 

「作ってるじゃねーか!? 結構ちゃんとした奴! ってかデカイよ! 後で廣井さんとヨヨコ先輩にもサイン貰う予定なんだからちょっとは遠慮しろ!」

 

「うへへへへへ…………あっじゃあ太郎君も、サっサイン頂戴……」

 

「え? 俺のか? まぁいいけど……そういえば俺サイン書くの初めてじゃないかな?」

 

「じゃ、じゃあ私が第一号……やっやった……! ふへへ……

 

 俺はひとりからGotoriサインの入ったキャップを返して貰って被り直すと、続いてひとりが被っていたキャップとペンを受け取った。

 

 一応俺も既にアーティストの端くれなのでサインは用意してある。といってもそれっぽく崩したローマ字でTaroと書くだけで、そんな大層な物ではないが。

 

 ひとりにサインを書いて貰った場所と同じ、つばの部分に俺のサインを書いて返してやると、ひとりは目を輝かせて嬉しそうにサインの書かれたキャップを掲げながら見つめた後、大事そうに被り直していた。

 

 どうでもいいけど、Go to riってGo to it(頑張ってやる)に字面が似てるよな。BoBでひとりのグッズを作るなら、この文を紛れ込ませるのも面白いかもしれない。

 

 

 

 池袋のライブハウスに向かう前に、いつも通り結束バンドメンバーと合流する為にまずSTARRYにやって来ると、俺達の被っている黒いキャップを見た虹夏先輩が凄い勢いで食いついてきた。第一声で値段も聞かずに「買いますっ! いくらですか!?」と叫んだ姿は、まるで第一回結束バンド会議の時のリョウ先輩に対する喜多さんを見ているようだ。

 

 虹夏先輩達には欲しければ無料で配る予定だったのだが、虹夏先輩が「太郎君も結束バンドグッズを購入しているから」と頑なに聞き入れてくれなかったので、結局お金を受け取ってキャップを手渡した。

 

 折角だからと三人ともサインを求めて来たので、俺達のキャップと同じようにサインを書いて渡すと、珍しくリョウ先輩が上機嫌だった。

 

「おお~。これは将来高値で売れる」

 

「ちょっとリョウ先輩!? 売る気ならそこに先輩の住所も書きますよ!」

 

「冗談冗談。私がそんな奴に見える?」

 

「目がお金の形になってますよ……」

 

 そんな中、虹夏先輩はまだ何か用があるのか顔を赤らめながら恥ずかしそうにしな(・・)を作りながら、俺達二人に頼み事をしてきた。

 

「あの~……その~……太郎君とぼっちちゃんにちょっとお願いがあるんだけど~……」

 

「どうしました?」

 

 ごにょごにょと口ごもっている虹夏先輩の言葉を待っていると、遂に覚悟を決めたのか、虹夏先輩は再びキャップを俺達に差し出しながら深々と勢いよく頭を下げた。

 

「……こっこのキャップの内側でいいから、ドラムヒーローさんとギターヒーローさんのサイン下さい!!」

 

 それはもう教科書に載せたいくらいの見事なお辞儀であった。

 

 そんな虹夏先輩を見ながら、突然の予想もしなかったお願いに驚いた俺とひとりはお互いに顔を見合わせる。

 

 サインを書く事自体は問題ない。が、今はまだ(・・・・)俺達が動画投稿者(ヒーロー)だという事は世間に隠しておきたいのだ。キャップの内側にサインを希望してきた事から虹夏先輩もソレは分かってはいるのだろうが……

 

「…………虹夏先輩。人にあげない、売らない、無くさない、あとは見せびらかさない、これらを約束できますか?」

 

「もっ勿論! 約束する!」

 

「……それなら俺は構いません。ひとりはどうだ?」

 

「うっうん。それなら私も……」

 

 ひとりの同意も得られたので虹夏先輩からキャップを受け取ってなるべく目立たない部分、丁度良いのでつばの内側部分にDrum Hero Taroとサインを入れて、ついでに転売防止用に『虹夏ちゃんへ』とか書いてみる。

 

 俺のサインを書き終わったキャップをひとりに手渡すと、ひとりも同じようにつばの内側にGuitar Hero Hitoriのサインと共に俺と同じように『虹夏ちゃんへ』とメッセージを入れていた。ギターヒーローのサインの時はひとり名義なんだな……こいつ一体いくつ自分のサイン作ってんだよ……

 

 しかしこれ書いてみて分かったけど、俺達本人が書いたかどうかなんてわかんねーな。そういう意味では変なサイン入り帽子を被っている虹夏先輩が痛い子に見られる以外は、別に見られても問題なかったかもしれない。脅すようなことを言ってちょっと悪い事をした気もする。まぁ喜んでるみたいだしいいか。

 

「あっありがとう二人とも!! ふへへへへ……よーしっ! みんな今日は張り切って行こー!」

 

 サインの入ったキャップを受け取った虹夏先輩は、目を輝かせて一度キャップを天にかざして仰ぎ見た後、珍しく気持ち悪い声を上げながら大事そうに両手で抱え込んで喜ぶと、サイン入りキャップをかぶって気合の入った声を上げた。

 

 そんなこんなでようやくSTARRYを出発した。この後は廣井さんとヨヨコ先輩と合流する為に新宿駅に向かい、駅のホームで二人と合流してから池袋のライブハウスに向かう予定だ。

 

 

 

「やっほ~太郎君~。あ~バンドグッズ出来たんだ~。へぇ~中々いい感じじゃ~ん」

 

「……最初のグッズにキャップはどうかと思ったけど、中々悪くないわね」

 

「どうも廣井さん、ヨヨコ先輩。いいでしょう? 勿論お二人の分もありますよ。あ、早速ですけどお二人とも俺のキャップのつば部分にサイン貰えますか?」

 

「なんで同じバンドメンバーにサインをねだるのよ……ってちょっと!? 後藤ひとりのサインが場所を取りすぎでしょ!?」

 

 新宿駅のホームで二人と合流した俺達はそのまま池袋へ向かう。

 

 池袋までの道すがら電車の中で二人にサインを頼むと、廣井さんは快く、ヨヨコ先輩は呆れながらもまんざらでもない様子でキャップにサインをしてくれた。二人とも既に『おきく』と『つっきー』用のサインを用意しているのは流石だ。

 

「それにしても……太郎。今日の新曲大丈夫でしょうね?」

 

「任せて下さい、バッチリですよ!」

 

「あっ、もしかしてBoBも新曲やるの?」

 

 意外と気に入ったのか、早速いつも被っているベレー帽? を脱いでBoBキャップを被ったヨヨコ先輩の新曲発言に虹夏先輩が興味津々に訊ねて来た。『BoB()』という今の発言から察するに、結束バンドも今回のライブで新曲である『グルーミーグッドバイ』のお披露目をするんだろうか? 

 

「期待しててくださいよ虹夏先輩。今回の新曲は一味違いますから。な、ひとり」

 

「えっあっ……うん……」

 

 新曲の作詞担当であるひとりに声をかけると、ひとりは挙動不審になりながら返事をした。今回の歌詞はいつもとちょっと毛色が違うので自信が無いのかも知れない。

 

 

 

 

 

「おはようございます! 結束バンドです」

 

「おはようございます。Band of Bocchisです」

 

「あっ、はよっす……」

 

 池袋のライブハウスに入ると、中の空気はどうにもしらけたような雰囲気で、スタッフさんを見つけた俺達が挨拶すると何とも気だるそうで覇気がない返事が返って来た。

 

 そんな中俺達の挨拶が聞こえたのか、すぐに一人の男性が面倒そうにこちらに歩いて来た。

 

 男性の恰好はスーツ姿で、中には派手な模様の色付きシャツを着ている。髪は明るい色に染められたセミロング、へらへらと軽薄そうな笑みを浮かべているその姿はホストだと言われても納得してしまいそうだ。

 

「え~と……どちらさんでしたっけ? 輪ゴムとホッチキス? えっ? あ~けっそく? バンド? さんと、ぼっち? バンド? さんっすね~。出演頂きありがとうございます。ブッキングマネージャーの柳です」

 

 恐らくメールを送って来た人と同一人物であろう柳と名乗った男性は、続けてリハーサルを始めるので準備をお願いしますとだけ言うと、直ぐに踵を返して去って行った。

 

 やばい……今の柳さんの態度に俺の斜め後ろにいるヨヨコ先輩から物凄い怒気を感じる。激おこプンプン丸を超えて激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームの予感だ。ただヨヨコ先輩もある程度こういう事態(・・・・・・)を予想していたのか、怒り出すような事も無くBoBキャップを深くかぶり直しながら小さく鼻を鳴らすだけだった。

 

 柳さんの態度に思う所があったのはヨヨコ先輩だけではないようで、喜多さんが虹夏先輩へと小声でバンド名を覚えられていなかった事を相談している。

 

 分かりにくいバンド名だしそういう事もあるだろうと無理やり己を納得させた虹夏先輩が先導する形で、俺達はまずいつも通り今日の出演者に挨拶するべく動き出した。

 

 

 

 まずはいかにもきゃぴきゃぴした大所帯の地下アイドル『天使のキューティクル』。

 

あ~おはようございます! 地下アイドルの『天使のキューティクル』です

今日はよろしくお願いしまーす!

 

 

 

 次に長髪に派手なメイク、それにトゲトゲした派手な衣装のデスメタルバンド『屍人のカーニバル』。

 

デスメタルバンド『屍人(しびと)のカーニバル』デス…………あっあの、BoBってあのBoBですよね!? 『Back to Back』滅茶苦茶好きです! ……はっ!? ……ヨ、ヨロシクタノム……

 

 

 

 最後に年齢を感じさせる無数のしわが刻まれた顔に、くたびれたスーツ姿の老年の男性臼井さん。

 

定年退職したからこの機会に弾き語りを始めてみようと思ってねぇ……

 

 

 

 三組のバンドと挨拶を終えると、喜多さんと虹夏先輩は最後に俺達(BoB)三人を見ながら放心したようにぼそりと呟いた。

 

あれ? 伊地知先輩、今日のイベントって仮装大会がテーマでしたっけ?

 

「いや違うはず……」

 

「ちょっと!? なんで俺達を見ながら言うんですか!?」

 

「仕方ないじゃない! それに格好としては山田君達が一番仮装大会っぽいのよ!?」

 

「喜多さん!? なんて事言うんですか! 人の痛みが分かる子に……」

 

「……太郎?」

 

「ヒェッ……ヨヨコ先輩……いっいや、ちょっと皆さん見た目で判断し過ぎじゃないですか!? もしかしたらここからゴリゴリのハードロックが繰り出されるかもしれませんよ!?」

 

「でも彼らデスメタルって言ってたわよ?」

 

「い、いや……デスメタルもハードロックも人によって解釈が変わるでしょう?」

 

「彼女たちは地下アイドルらしいけど?」

 

「……オレにだって…………わからないことぐらい……あります……」

 

 本気で怒っているわけではないであろうヨヨコ先輩に詰問されながら俺達がやいのやいのと言い合っていると、いつの間にか廣井さんと老年男性の臼井さんが話をしていた。

 

「いや~私は弾き語り初めてまだ半年なんだけどね……」

 

「え~半年でライブ出るとか、おっちゃんなかなかロックだねぇ~」

 

 臼井さんの話では、自分ではハードロックのつもりは無いが、ある日突然このライブハウスの柳さんから演奏の絶賛と共に出演オファーのメールが来たらしい。

 

 臼井さんが見せてくれたオファーメールは俺と虹夏先輩に届いたものと名前の部分以外は寸分変わらず同じ文面のメールで、いよいよもってヨヨコ先輩に聞いたスケジュール優先の適当ブッキングの噂が信憑性を帯びて来る。

 

 俺はヨヨコ先輩に前もって忠告されていたので今のこの状況もあまり気にしていないが、虹夏先輩は他のバンドのリハーサルが始まっても若干動揺しているのか不安そうな表情だったので一応声をかけてみる。

 

「虹夏先輩大丈夫ですか?」

 

「え? あ、うん……大丈夫大丈夫! きっとブッカーさんは何かの狙いがあるはずだから!」

 

 ここまで来てそれは流石に苦しい気もするが……しかし俺もブッキング戦略的な物に関しては全くの門外漢なので下手な事は言えないのである。

 

 しかしあの夜の電話でこういう事態を予想しながらも、全く忠告出来なかった俺にも責任の一端はありそうなので、なんとか虹夏先輩を励ましてみる事にした。

 

「まぁ大丈夫ですよ虹夏先輩。俺達(BoB)がついてますから!」

 

「えっ……? そっそれってどういう……」

 

俺達(BoB)先輩達(結束バンド)がいれば、そこが最高のロックフェスですよ! ……俺いまメチャクチャカッコイイ事言ってません?」

 

「何言ってるのよあなた……」

 

「ちょっ……ヨヨコ先輩! いま俺の決め台詞中なんですけど……」

 

「……あはは。でもありがとう太郎君」

 

 俺の言葉にどれほどの意味があったかは分からないが、虹夏先輩はそう言って笑うとひとり達と共にリハーサルの準備へと向かった。

 

 

 

 ブッキングライブのトップバッターは老年男性の臼井さんの弾き語りだ。

 

 今日のライブの出演順は最初に臼井さん、続いて地下アイドルの天使のキューティクル、結束バンド、デスメタルバンドの屍人のカーニバル、そして最後に俺達BoBの順番だ。

 

 俺達BoBもひとり以外は既に覆面を装着して、結束バンドの面々と共に各出演者のファンの邪魔にならない様に後ろの方でステージを見ている。

 

 臼井さんは曲を始める前のMCで観客がドン引きするような過酷(ハード)な半生を語った。弾き語りを始めたのは新しい人生を始めようと思ったかららしい。まさにハードロック(過酷な人生)だ。

 

 そんな臼井さんの奏でる弾き語りは決して演奏技術も歌唱力も高い物では無いが、なんとも心に染みるもので、最前列にいる臼井さん目当ての観客からはすすり泣く声が聞こえて来る。

 

「はぁ~……何とも哀愁漂う曲だなぁ……技術はそんなでもないけど人の心を掴む歌……こういう事なんですねつっきーさん」

 

「えっ? いや……まぁ……そうね……」

 

「ひとりも……ってどうした!? お前泣いてんのか!?」

 

「うぅ……音楽で成功出来なかったら……太郎君に見捨てられたら……私……」

 

「うわあああん……やり直したい……」

 

「廣井さんまで!? あーもうめちゃくちゃだよ」

 

 一部の人間にぶっ刺さった臼井さんの弾き語りが終わると、続いて地下アイドルの天使のキューティクルがステージに現れた。

 

 最前列には先程の臼井さん目当ての年配の観客から入れ替わって、頭にハチマキを巻いてペンライトを両手に持った、いかにも地下アイドルファンと言った感じの観客がミカエルちゃんやらラファエルちゃんやらと熱い声援を送っている。

 

シャンプー? リンス?

ヘアオイル~!!

じゃあ聴いてね☆ 『黒髪以外くそビッチ!』

 

 アイドル特有の独特なコーレス(コールアンドレスポンス。演者が観客に掛け声を求め、それに対して観客が応える事)を聞きながら、『推しが出ていない時でも盛り上げるべし』というどこかで見た教訓通り俺も声援を送ろうかと思ったが、男の俺が応援すると天使のキューティクルファンに変な誤解を与えかねないので、被っている覆面を光らせる位にしておいた。みんなペンライト光らせてるし、ちょっとくらい光らせてもバレへんか……

 

「はぇ^〜すっごい。ああいうコーレスもあるんですねぇ……」

 

「ちょっと太郎! 覆面が光ってるの眩しいんだけど!?」

 

「え? まぁちょっとくらいいいじゃないですかつっきーさん。それにこれ実は光らせると眩しくて俺も何も見えないんですよ?」

 

「だったら余計にやめなさいよ!?」

 

「やっぱり山田君が一番仮装大会じゃない!」

 

「何てこと言うんですか喜多さん! ひとりの覆面だって光るんですよ! ってどうしたひとり?」

 

「リョウとぼっちちゃんが地蔵と化している!!」

 

 余程地下アイドルのライブの空気が合わなかったのか、普段の自分たちのライブとはかけ離れた盛り上がり方をみせる現状に、リョウ先輩とひとりは両手でペンライトを持ったまま白目を剥いて微動だにせずに棒立ちになっている。

 

 ただ今日のライブの異質な空気を感じていたのはその二人だけでは無い様で、喜多さんも今回のジャンルがバラバラなライブの観客が自分たちのバンドに興味を持ってくれるのか不安そうにしている。

 

 天使のキューティクルの一曲目が終わると、いよいよ空気に耐え切れなかったのか、それとも純粋に時間が来たからなのか、リョウ先輩とひとりは逃げる様に次の出番である自分たちの準備へと向かい、虹夏先輩と喜多さんもそれを追おうとした間際、俺は虹夏先輩に声をかけて呼び止めた。

 

「虹夏先輩」

 

「えっ? ど、どうしたの太郎君」

 

「……いえ、今日の虹夏先輩には、前に俺も言われた言葉を伝えておいた方がいいと思いまして……んん……一応言っときますけど、今日のお客さん達は先輩達の戦う相手じゃ無いですからね。敵を見誤るなよ(・・・・・・・)

 

「!! うん……ありがとう!」

 

 呼びかけに立ち止まった虹夏先輩に、俺がいつぞやの廣井さんの名台詞をパクって伝えると、虹夏先輩は一度大きく頷いてから楽屋へと向かって行った。

 

「へぇ……なかなか良い事言うじゃない太郎」

 

「あ、今の台詞廣井さんの丸パクリです。前に俺達も同じ事言われたんですよ。いや~一度言って見たかったんです」

 

「えぇ……私の感心を返しなさいよ……でも流石姐さんね!」

 

「あれ? どうしたんですかおきくさん!? なんで震えてるんですか!?」

 

「ちょ、ちょっと待って……今幸せスパイラル決めるから……!」

 

「えぇ……ここはそういう場面じゃないでしょ……難儀な人だな……」

 

 己の過去の発言を思い出して恥ずかしかったのか、小刻みに震える廣井さんが落ち着くのを待ってから、俺はライブ経験豊富な廣井さんとヨヨコ先輩に訊ねてみた。

 

「……実際どうなんですか? こういうごった煮ライブって」

 

「まぁここまでジャンルが違うのが集まるのは珍しいよねぇ~……でも……」

 

 俺の疑問に、廣井さんは困ったように後頭部を掻きながら言葉を濁す。だが続けて何事か言おうとした廣井さんの言葉を引き継ぐように、腕を組んでステージを見ながらヨヨコ先輩が言葉を漏らした。

 

「ねぇ太郎。あなたどれくらい売れたいと思ってる?」

 

「え? 突然なんですか? そりゃあ目指すは世界一ですよ! 目標はウッドストックかグラストンベリーってね」

 

 俺が台風ライブの後の打ち上げで立てた目標を言ってのけると、ヨヨコ先輩は驚いたのか弾かれたようにこちらを見た。目標がデカすぎるとか、地に足付けろとか怒られるかと思ったがそんな様子は無く、むしろなんとなくやわらかい雰囲気を感じる。

 

「……そう。なら話は早いわ。ねぇ太郎? 世界を目指すなら、私達(・・)はこれから性別も、年齢も、人種も、言語も、文化も、風習も、国籍も、何もかもが違う人達を相手にするの」

 

 言いながらヨヨコ先輩はまたステージへと顔を向ける。そこには統一された衣装を着て歌と踊りを披露する地下アイドルと、ペンライトを振り声援を送るファンという、普段の俺達とは無縁の人達の姿があった。

 

「なら……同じライブハウスに集まった今日の観客の興味を引くくらい出来なくてどうするのよ」

 

 ヨヨコ先輩のその言葉には確かな自信と、それ以上の決意があった。

 

 この人には敵わないな、と改めて思う。演奏技術だけならヨヨコ先輩と肩を並べる自信はある。だがこの不屈の精神面こそが、ヨヨコ先輩を真の一流たらしめている物なのだろう。でもライブ前に三徹するのは改善した方が良いと思います。

 

 俺がヨヨコ先輩の話に感嘆していると、ヨヨコ先輩は小さく息を吐きながら呆れたように言葉を続けた。

 

「それにジャンルがバラバラな事を気にしてるみたいだけど、BoBには今日みたいなライブは今更でしょ?」

 

「……え? それってどういう……」

 

「だってジャンルに縛られない曲を演奏するBoBの普段のライブも、今日のごった煮ライブと同じような物じゃない。もしかしてあなた気付いてなかったの?」

 

 ……確かに。言われてみればBoBの曲だってメロコア、メタル、サイケ、そして新曲のラップ・ロックと結構バラバラだ。そういう意味では今日のライブは弾き語り、アイドル、デスメタル、ロックと出演バンドが増えただけでやってる事は同じと言えなくもない……のか? 

 

「まぁ難しく考えなくても大丈夫だよ太郎君~。なんならお姉さんがステージで盛り上げようか?」

 

「それはいいです」

「それはやめてください」

 

「ちょっと~!? なんで二人共そんな息ぴったりなの~!?」

 

 俺達のガチ目の拒否に廣井さんがショックを受けていると、天使のキューティクルのライブが終わり、転換時間を挟んでいよいよ結束バンドの出番がやって来た。

 

 先程までの不安そうな虹夏先輩達の様子に俺は少し心配していたが、虹夏先輩や結束バンドのメンバーはそんな不安など無かったかのようなとても晴れやかな顔でステージに立っている。何があったかは分からないが大丈夫そうで安心した。

 

「こんばんは!! 結束バンドですっ!」

 

 虹夏先輩が盛大にドラムを叩いて挨拶する中、観客席からはロックは聴かないやらこのライブは何故ジャンルがバラバラなのかとの困惑の声が聞こえて来る。そんな声を吹き飛ばす様に虹夏先輩は突然普段のライブではやらないメンバー紹介を始めた。

 

 どういう意図かはよく分からんが、そういうことなら俺も全力で乗っかるまでだ。天使のキューティクルの時の様に誤解される心配もないしな。

 

「ベース山田リョウ!」

 

「いよっ! 世界の山田!」

「どういう掛け声よ……」

「世界の山田って何?」

「あの人かっこいいかも……」

 

 紹介されたリョウ先輩はベキポキと華麗なスラップ(指でベースの弦を引っ張ったり、叩いたりする動作を組み合わせた演奏方法)を披露すると満足そうな顔をしていた。それを見た観客からはリョウ先輩の演奏を褒める声や、喜多さんをも虜にした中性的で整った容姿を褒める声が聞こえて来る。何となくだが女性人気が高い気がする。

 

「リードギター後藤ひとり!!」

 

「しゃあっ 後藤ひとり! ひとりちゃーん! 今日もかわいいよー!」

「わっ私だってあのくらいの演奏……」

「ぼっちちゃーん!」

「おっ! 今日もBoB恒例の太郎によるひとりコールが起きてるぞ!」

「ギターやばくね?」

「太郎君……! よーし私達も……ひとりちゃーん! 頑張ってー!」

 

 続いて紹介されたひとりはピロピロとギターを掻き鳴らす。そのギターの技術に、恐らく屍人のカーニバルファンであろう生粋のメタラーを自称する男性達が驚きの声を上げた。隣にいるヨヨコ先輩はその様子に悔しそうな様子だ。

 

 それに一号二号さんの声も聞こえる。こんなよく分からんライブまで観に来るとは流石は古参ファンだ。あとBoB恒例のひとりコールとか言ってる奴は何者だよ? え? ウチのファン? マジか……

 

 いつまでもピロピロとギターを鳴らしているひとりに痺れを切らした虹夏先輩は、続いて喜多さんの紹介に移った。

 

「ぼっちちゃんもういいから! え~ボーカル喜多ちゃん」

 

「はーい!」

 

「世界一ロックな女!」

「どういうことよ……」

「喜多ちゃーん!」

 

 喜多さんは流石社交性の塊とでも言おうか、ジャンジャンとギターを鳴らしながら「東武? 西武? 池袋~!」などと先程の天使のキューティクルのコーレスを真似して天キュル(天使のキューティクルの略)ファンの心をがっちり掴んでいた。

 

 俺もMCで「虹夏? 星歌? STARRY~!」とかやったらウケるだろうか? いやあとでぶん殴られるか、今日店長来てるらしいし。

 

 そんな喜多さんの隣でいまだにピロピロとやっていたひとりはおもむろにギターを自分の顔へと持ち上げると、ギャリギャリと歯ギターを披露し始めた。完全に暴走しとる……が、そんなの関係ねぇ! 

 

「うおおお!! ひとりさんの歯ギターだ!!」

「くっ……やるわね後藤ひとり!」

「君たち二人案外ノリいいね……」

 

「もう! ぼっちちゃんじっとしてて! え~最後にドラムの伊地知虹夏です!」

 

 最後に虹夏先輩はドコドコとドラムを叩きながら自己紹介をした。

 

「うぉおおお~ニジカエル~!」

「ちょっと太郎、ニジカエルって何よ……」

「この人も天キュルの真似を!?」

「ニジカエルなんて天使いたっけ?」

「いるだろそこに!」

「ちょっと太郎やめなさい!」

 

「太郎君のせいで私に変な誤解が!?」

 

 虹夏先輩のメンバー紹介の成果か、開始前のアウェーな雰囲気は一変して観客からは結束バンドに興味を持ったような声がチラホラと聞こえて来る。そんな中いよいよ結束バンドのライブがスタートした。

 

 

 

 

 

「ラスト! 新曲やります! グルーミーグッドバイ!」

 

 ライブが進み観客が徐々に盛り上がりを見せる中、いよいよ今回の結束バンドライブ最後の曲である新曲のグルーミーグッドバイが始まった。

 

 グルーミーグッドバイはライブでのお披露目は初だが、MVもあるし、俺はもう何度も聞いていた筈だ。だというのに、何故だか俺はステージの上で新曲を演奏するひとりから目が離せなかった。

 

 

 

 

 

「ぼっちちゃん達、楽しそうだね~」

 

 ステージを見つめ続けていた俺は、廣井さんの呟きを聞いてようやくひとりから目が離せなかった理由に気が付いた。

 

 そうだ。その演奏はとても――とても楽しそうで――

 

 虹夏先輩とリョウ先輩の演奏はかなり走り気味だし、喜多さんのギターの腕もボーカルもまだ発展途上だ。ひとりもギターヒーロー(いつもの実力)にはほど遠い……だがステージの上に立つ四人は――

 

 俺にはそれが――完璧な存在のように思えた。

 

 

 

 なぁひとり……俺は……お前とバンド組んでいてもいいのかな。

 

 お前の……傍にいてもいいのかな。

 

 

 

 思わず、俺は眩しい物でも見るかのように目を細める。

 

そうか……お前は見つけたんだな……自分の居場所(・・・・・・)

 

「……太郎?」

 

 俺の呟きをかき消すように、やがて大きな歓声と共に結束バンドのライブは幕を閉じた。

 

 鳴りやまない歓声を聞きながら、俺はゆっくりと目を閉じる。

 

 だが俺の脳裏には、最後の曲(グルーミーグッドバイ)のクライマックスで楽しそうにステージの上を飛び跳ねる結束バンドの――ひとりの姿が焼き付いて離れなかった。




 なおひとりちゃんも将来MoeExperienceのライブを見て主人公と似た様な感情を抱く模様。

 この作者はすーぐこういう辛気臭い話を書きたがるんですが、池袋ブッキングライブ~ライオット終了までの原作を読めば読むほど、結束バンドの一体感凄くて主人公の入る隙間ないなって思っちゃうんですよね。原作読んでない人は読んでみよう! 飛ぶぞ? 

 よく主人公がひとりちゃんのお世話してるって言われると思うんですが、個人的にはオリ主なんて物は後藤ひとりが居なければ存在できない矮小な存在……みたいに思ってるので、実はひとりちゃんこそが主人公を支えているって話はこの作品を書くにあたって絶対にどこかで入れたいと思ってました。

 でも、もしここからの分岐ifENDを書くなら、タイトルは『gloomy goodbye』で廣井さんかヨヨコ先輩ENDです。

 息抜きにBoBのロゴつくるの楽しかったです。みんなはどのデザインが好きかな?
【挿絵表示】

 前書きにも書いた通り、池袋編終了まで書き終わってるんで隔日で全三話予約投稿完了してます。次回9月14日(木)19:02。池袋編完結回9月16日(土)19:02。何故連日じゃなくて隔日なのかは、各話にちょっとでも何か感想が欲しい作者の姑息な悪あがきです。


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035 自分の居場所

 一話丸々ライブ回。今回は三人称(のつもり)なのと、書きたい事を片っ端から突っ込んだんで、視点があっちこっちに飛んだりしてちょっと読みにくいかもしれません。でも大丈夫! 何故なら作者は読者ちゃんの理解力を信じてるからだ! 


 胸元にハートマークが溶けたような模様の描かれた、薄いピンク色のダボダボなオーバーサイズセーターに、黒色のニーハイソックス。靴とバッグはショッキングピンクで統一され、首には包帯を巻き、腰ほどまである長い黒髪をツーサイドアップにした、一見すると痛い中学生の様な恰好の女性は、池袋にあるライブハウスを訪れていた。

 

 地下へと続く階段を下りた先にある小さなテーブルについて受付をしている男性に、女性は少し緊張した様子で予約したチケットを手渡す。なにせ今日のライブは女性がある(・・)バンドを見ようと決めてから、文字通り指折り数えながら待ちに待ったライブだったからだ。

 

「今日はどのバンドを見に来られましたか?」

 

 ライブハウスにくれば必ず聞かれる受付男性からの問いかけに、女性――ぽいずん♡やみは、前もって決めておいた自分の目当てのバンド名を伝えようと口を開こうとして……わずかに逡巡した後、「結束バンド」と答えると、半券とドリンクチケットを受け取り奥へと進んだ。

 

 

 

 

 

 ぽいずん♡やみ――佐藤愛子はフリーの音楽ライターだ。

 

 『いいバンドをもっと大勢の人に知って欲しい』という理想を掲げて音楽ライターの道を志した彼女だが、今ではもっぱら書くのはアクセス稼ぎの色物記事ばかりになっている。奇抜な格好と歯に衣着せぬ物言いややらかし(・・・・)でアンチが多い彼女だが、当初からこうだった訳では勿論無い。

 

 この業界に入ってすぐの頃は理想通り、バンドを紹介する真面目な記事を書こうとした。だがライターになりたての新人がいくら真面目な記事を書いた所でアクセス数が伸びる訳がない。アクセスが伸びなければ依頼が来ないし、依頼が来なければ己の日々の生活すらままならない。

 

 結局フリーの音楽ライターとして生き残るには右へ倣えで他と同じような色物記事を書くしか無く、今ではアルバイトをしながら二足のわらじで細々とライター業を続けている。それでも他のライターの様に過激なバンドディスだけは書かなかったのは、バンドに対してだけは真摯であろうとする彼女の最後の意地だったのかもしれない。

 

 そんな現在の愛子だが、当初の情熱が無くなった訳では無く、今でも暇があれば色々なライブハウスに足しげく通い、様々なアーティストの情報を集めていた。

 

 そういう事情もあって、案外横の繋がりの広い愛子の元にとある(・・・)バンドの情報が入って来たのは年が明けて直ぐの頃であった。

 

 曰く『新宿FOLTで行われたSICKHACKのクリスマスライブに、覆面で顔を隠したプロレベルの演奏技術(バカテク)バンドがゲスト出演した』というものである。

 

 この噂を聞いた時、愛子の反応は冷ややかだった。なにせこういう噂は枚挙にいとまがないのである。

 

 愛子の経験上、こういう噂は当たった(・・・・)試しが無かった。そもそもあの(・・)SICKHACKのライブのゲスト(・・・)という立場でありながら、『バカテク』なんて言われている事が既に胡散臭さを際立たせている。大方初めてライブに行った人間がSICKHACKとその覆面バンドを間違えているとさえ考えられた。

 

 だが――それでも愛子がもう少し詳しく話を聞いてみようという気になったのは、小銭稼ぎの記事のネタくらいにはなるかも知れないといった下心と――予想だにしない場所に本物(・・)が潜んでいるという経験を、下北沢のライブハウスで愛子自身が体験したが故の行動だった。

 

 

 

「Band of Bocchisねぇ……随分とまぁ大きく出たというか……Gypsysを知ってるのか知らないのか……どっちにせよこの名前を付けた奴は恐れを知らないアホね」

 

 自宅へ戻った愛子が仕入れた情報を元に早速ネットで調べてみると、公式トゥイッターや渋谷で行われた路上ライブの演奏動画自体は直ぐに見つける事が出来た。

 

 BoBとは何の関係も無い他人が、ご丁寧に分割までして全編上げている路上ライブ動画を視聴した愛子は驚愕した。まさか(・・・)と思った。演奏レベルの高さも勿論ある、が――それ以上にリードギターの音色に覚えがあった。

 

 だが、それはいい。いや本当は良くないが、彼女(・・)が愛子の意見を聞き入れて新しいバンドへ入ったと思えば一応納得は出来る。それよりも問題は他の三人だった。

 

 何度も何度も動画を見て。何度も何度も自分の記憶の中のある(・・)人物達の演奏と、三人の演奏を重ね合わせる。

 

 まさか――と思った。同時にありえない――とも思う。だから、愛子は三人に関して調べてみる事にした。もしこの三人が自分の想像している通りの人物たちであるなら――

 

(これは……もしかしたら凄い事になるかも!)

 

 そんな愛子の元に、僅か一週間ほどで新しいBoBの情報が届くことになる。出所はBoB公式トゥイッターで、内容は一月下旬に行われるSTARRYでのライブの告知だった。

 

「二週間前に参加告知って急すぎじゃない!? それにしてもSTARRYかぁ~……あんな事(・・・・)があったし、なによりあそこの店長苦手なのよねぇ~……」

 

 BoBに興味はある。だが場所が問題だった。結局悩んだ末、ライブの日に近くを通りかかる事があったら軽く変装でもして見に行けばいいかと気軽に考えていた一週間後――まさかのチケットSOLD OUTである。

 

 愛子は自分の目を疑った。慌てて確認したライブの出演者は、BoBと結束バンド、それとよく知らない二組のバンドだった。どのバンドもSOLD OUTまで持って行けるような集客力は無いように思える。

 

 一番可能性が有りそうなのは彼女(・・)が所属する結束バンドだが、前回のライブの入りを思い出すにこれも無いように感じる。

 

(だとすればやっぱりBoBが原因? でもトゥイッターでの情報が全て正しいなら、結成は去年の十月頃。路上ライブは渋谷の一回のみ。箱でのライブはSICKHACKのゲスト(・・・)での出演だけしかないんだけど!? そんな事ある!?)

 

 路上ライブ動画を見た時の予感。そして今回の異常事態。愛子はここからBoBについて本腰を入れて調べ始める事にした。

 

 それから色々なライブハウスに足を運んで聞き込みを行なうと、ベースとリズムギターに関するある噂が愛子の元に入って来た。曰く――ベースはSICKHACKの廣井きくりであり、リズムギターはSIDEROSの大槻ヨヨコである、と。

 

 SICKHACKの廣井きくりに、SIDEROSの大槻ヨヨコ。東京で音楽ライターなんて物をやっているなら、この二人を知らないのはモグリか何かだ。

 

 廣井きくりは技術だけなら日本で五指に入る凄腕ベーシストだが、素行の悪さでインディーズに留まっている問題児であり。大槻ヨヨコは今でこそ東京では飛ぶ鳥を落とす勢いの凄腕ギタリストだが、バンドを結成してしばらくはメンバーをクビにしまくっていた問題児だ。

 

 あくまで噂の域を出ないが、路上ライブの演奏を思い出せばこの二人の名前が挙がるのも愛子は納得出来た。

 

 ベースとリズムギターの噂はあちこちから出て来る。リードギターは愛子の中に確信めいた予感がある。だが――ドラムの噂だけは全く詳細が掴めなかった。

 

 分かったことは山田太郎なんてふざけた偽名を名乗っている事と、男性であるという事だけだ。だが実の所、愛子にはドラムの心当たりがある。しかしこれだけは実際に演奏を聴かないと断言出来ない事だった。

 

 その後も暇があればBoBの情報を探した愛子だが、STARRYでの定期ライブには一度も行かなかった。それは二月はBoBの定期ライブが無かった事もあるが、一番の原因は過去の自分の所業のせいで、STARRYにおいそれと入る事が出来なくなったからだ。

 

 そんな、なんとかしてBoBのライブが見れないかと考えていた三月のある日、愛子は下北沢で行われたあるバンドの取材終わりに、偶然結束バンドの路上ライブに遭遇した。

 

 路上ライブとはいえ久しぶりに見た結束バンドのライブで、前とは違う何かを感じた愛子の元に、後日降って湧いたように偶然にも結束バンドとBoB、両方がSTARRY以外(・・)で同時に出演するライブの情報が告知されたのが、今回の池袋のブッキングライブだったのである。

 

 

 

 

 

 受付を済ませた愛子が客席に辿り着いた時は丁度結束バンドのライブが始まるまでの転換時間で、軽く辺りを見回せばフロアの後方に覆面を付けた三人組の姿が見えた。

 

(あれがBoBかしら……たしかメンバーは四人な筈だけど……)

 

 ほどなくして始まった結束バンドの自己紹介に盛大に声援? を送るBoBと思わしき男性の声を聞いて、これを記事にしたらウケるだろうか? などと愛子が頭の中でそろばんを弾いていると結束バンドのライブが始まった。

 

(ギターヒーローさん……まだまだ本調子じゃないけど前よりずっと成長してる……)

 

 偶然見かけた結束バンドの路上ライブで感じた物を改めて今回のライブで確認した愛子は、その後絡んできたSTARRYの店長である伊地知星歌と少し話をしたり、ライブ中だというのに椅子に座って寝こけている今回のブッカーである柳に、星歌と共に苦言を呈したりしながら結束バンドのライブを観て過ごした。

 

 始まる前のアウェーな雰囲気を一変させ、終わる頃には大きな歓声を響かせた結束バンドのライブが終了すると、転換時間を挟んで屍人のカーニバルの出番がやって来る。

 

 屍人のカーニバルへの興味もそこそこに、愛子は今日のお目当ての片割れであるBoBへと意識を向ける。相変わらず四人目が合流する様子は無い。そのうちライブの準備の為に楽屋へ向かうのか、三人はフロアから去って行った。

 

「……ねぇ、あんたSTARRYの店長でしょ? BoBって何者なの?」

 

 新宿FOLTのゲスト出演以外は全てSTARRYでライブを行なっている事から、BoBの拠点がSTARRYである事は誰の目にも明らかだった。だからこそ愛子はこれまでBoBのライブを見に行く決断が出来なかったのだ。

 

 そんな愛子の質問に、星歌はまるでライブを見れば全て分かると言わんばかりに腕を組んでステージを見つめたまま、何も答える事は無かった。

 

 

 

「Band of Bocchisです! 早速ですがメンバー紹介します!」

 

 屍人のカーニバルのライブが終わりいよいよBoBがステージに姿を現すと、突然リーダーの山田太郎がメンバー紹介を宣言すると同時にドラムを叩きはじめた。

 

 観客に先程の結束バンドのパフォーマンスのパクリかと思われたソレだが、太郎の叩くドラムのあるリズムに気が付いた一部の人間がざわつきはじめた。

 

「ぼっちで鳴らした俺達Bocchisは、ぼっち同士でバンドを作ったが、自宅を脱出してSTARRYに潜った。しかし、STARRYでくすぶっているような俺たちじゃあない。依頼さえあれば金次第でどこでもライブをやってのける命知らず。不可能を可能にして邦ロック界を揺るがす、俺たち、Band of Bocchis!」

 

 どこかで聞いたようなナレーションを太郎が語り終えると、特攻野郎〇チームでお馴染みの印象的なイントロのロックアレンジverが始まった。突然の出来事で多くの人間が意味が分からず呆けている中、ネタが分かった一部の人間やBoBファンと思わしき人達は大盛り上がりだ。

 

「俺はリーダー、山田太郎。通称ドカベン。強肩強打の凄い奴。俺のような天才ドラマーでなけりゃ、陰キャ、酔っ払い、ツンデレどものリーダーは務まらん!」

 

「太郎くーん!」

「いいぞードカベン!」

 

 

「私はおきく。通称おきくさん。自慢のベーステクニックにファンはみんなイチコロさ。お酒を飲んで、作詞から作曲、ボーカルまで、なんでもこなしてみせるよ~!」

 

「おきくー!」

「飲んでもいいけど機材は壊すなー!」

 

 

「はい、おまちどうさま。つっきーよ。通称ヨ……ヨヨちゃん! ギターの腕は天下一品! 暴君? ツンデレ? だから何!?」

 

「つっきー! デレてくれー!」

「ヨヨちゃーん!」

 

 

「あっごっごごごごとりです……つっ通称ごとりちゃん……です。ギギっギターのてっ天才です……あっえっと……だっ大統領でもシバくぞ! あっでっでも青春だけはかかか勘弁してくださいっ」

 

「ひ……ごとりちゃーん!」

「うおおお! ごとり様ー!」

 

 最後のひとりの台詞が終わると、再び特徴的なイントロが流れ、観客から大きな歓声が上がる。

 

「俺たちは、ぼっちに厳しい世の中にあえて挑戦する。頼りになる神出鬼没、正体不明のBand of Bocchis! 出演依頼のある時は、いつでも言ってくれ!」

 

「いいぞー!」

「特攻野郎B(ぼっ)チーム!」

 

 

 

「……なにこれ?」

 

「あのバカ……」

 

 一部の観客の盛り上がりとは裏腹に、なんとなくあれだけの演奏技術を持つバンドは硬派なイメージを持っていた愛子が呆気にとられて星歌に疑問をぶつけると、『ライブを見れば全てわかる』なんてドヤっていた星歌は、自分が悪い訳でも無いのにばつが悪そうに小言を漏らした。

 

 先程の結束バンドの盛り上がりもあってか、観客の『ロックバンド』という物への抵抗心も和らいでいるようで、BoBを知らない人たちも興味を持って少し聴いてみようかという態勢に入っている。

 

「それじゃあ早速一曲目聴いてください。『Sky's the Limit』」

 

 

 

 だからこそだろう。自己紹介での弛緩した空気に加え、興味を持って真剣に向き合ったからこそ――観客の受けた衝撃は大きかった。

 

 

 

 

 

 伊地知虹夏はBoBの大ファンだ。特に好きなのはドラムヒーローこと山田太郎と、ギターヒーローこと後藤ひとりの二人だが、その演奏技術と楽曲の完成度の高さから廣井きくりや大槻ヨヨコの事も尊敬している。

 

 メロコアやジャパニーズパンクが好きな虹夏にとって、BoBの楽曲の中で今のところ最も好きな曲がこの『Sky's the Limit』だった。

 

 なにせこの曲のイントロは、虹夏のお気に入りの二人であるギターとドラムだけで構成されている。歌が始まるまでの四十五秒間、突風の様に駆け抜ける二人の演奏が楽しめるのだ。

 

 曲全体を見ても、吹き抜ける風のような爽やかさの中にも、どこか感傷的な物悲しさが混ざったメロディはまさにメロディック・ハードコアパンクといった物で、それが虹夏の心を掴んで離さなかった。

 

 手数の多さだけがドラムの上手さではない事は虹夏も重々承知しているが、それでもメロコア特有の疾走感に乗せて息つく間もなく奏でられる正確無比な太郎のドラムは虹夏の憧れであり目標だ。

 

 そしてなにより、虹夏はこの曲の歌詞が好きだった。『Sky's the Limit(限界は無い)』という曲名の通り、前へ前へと突き進み、上へ上へと目指していくその歌詞は、これから音楽という先の見えない道を歩んでいく自分に勇気を与えてくれるようだった。

 

 後藤ひとりが作詞を担当したと聞いた時は彼女らしからぬ歌詞に驚いたりもしたが、なるほど確かにそう言われれば、虹夏が尊敬し、目標とする人の姿が曲の向こうに見えて来るようだった。

 

 それほどまでに思い入れが強かったせいだろうか、それとも同じドラマーとしての経験か、或いは両方か。今日のライブの大勢の観客の中で、唯一虹夏だけが太郎の演奏の微妙な変化を敏感に感じ取っていた。

 

「……ねぇ。今日の太郎君の演奏、なんだかいつもと違くない?」

 

「そう? 私はいつも通りだと思うけど」

 

「私もいつも通りだと思いますけど」

 

「え~、なんで分かんないかなぁ……絶対違うよ。何が違うのかはよく分かんないけど……」

 

「……伊地知先輩ってBoBの事になると、途端に面倒くさい人になりますよね……」

 

 どうにも遠慮のない喜多郁代の言葉をわざと聞き流しながら、虹夏はステージへと視線を戻す。

 

(私みたいに、緊張や不安からって感じじゃないのは何となく分かる。そういう後ろ向きな感じじゃなくて、どっちかっていうと……攻めてる感じ?)

 

 疾走感あふれる『Sky's the Limit』が終了すると、とりあえず小難しい考えは脇に置いて虹夏は声を上げた。同じようにフロアの所々からステージ上の四人に声援が飛ぶ。

 

「きゃー! 太郎くーん!」

「ごとりちゃーん!」

「カッコイイぞおきくー!」

「つっきー!」

 

 いつも通りに盛り上がるBoBファンや、それに慣れた様子の結束バンドファンとは対称的に、他のバンド目当てでやって来た観客は終始困惑したように静かだった。だが、これは別によく分からないジャンルだから盛り上がれなかった訳では断じて無い。

 

 強いて言うならば『高校野球の地方予選を観に来たと思ったら、メジャーリーガーが混ざっていた』という感覚が近いかもしれない。

 

 今日のライブを観に来た人間のそのほとんどは観客として(・・・・・)も素人だ。当然演奏の良し悪しだってよく分かっていない。だがそれでも、BoBが今日の他のバンドやグループと一線を画する実力を有する事は理解出来た。

 

 そんな観客の困惑を肌で感じながら、ステージ上の大槻ヨヨコは覆面の下で一つ小さく息を吐いた。

 

 屍人のカーニバルのライブ中、出番を待つ楽屋で太郎が急に「俺達(BoB)も自己紹介をやりましょう!」なんて言って、スマホで見せて来た変な曲を突貫で覚えさせられ、おかしな台詞を考えさせられた時はどうなる事かとも思ったが、とりあえず無事に進んでいる事にヨヨコは安堵する。

 

 一曲目が終わり、ステージ上の三人は当然全員が太郎の僅かな異変に気付いている。特にヨヨコはその核心近くまで迫っていた。

 

 背中に太郎の存在を感じながら、ヨヨコは結束バンドのライブ終わりの太郎の呟きを思い出す。

 

(結束バンドのライブの最後に、あいつに何か心境の変化があったのは間違いない。けど……)

 

 心境の変化があった筈なのに、ここまでおくび(・・・)にも出さずにドラムとしてバンドの演奏を支え続ける太郎を、ヨヨコは強い奴だと、タフな奴だと思った。リーダーとしてバンドを背負う人間は、こういう精神的な強さを持った人間でなければならないのかもしれないと改めて自分を戒める。だが――同時に別の考えも頭をよぎる。

 

(あなたがドラムとして私達を支えるなら、それじゃああなたを支える(・・・・・・・)のは一体誰なのよ……)

 

「一曲目、『Sky's the Limit』でした。それじゃあ続いて二曲目」

 

 何でもない風を装って二曲目を宣言する太郎の声を聞きながら、相談や愚痴すらも零さずに自分一人で抱え込む太郎の態度に、ヨヨコの内側からなにか怒りにも似た感情が沸き起こって来る。

 

私達(・・)でしょうがッ! あなたが言ったのよ太郎! BoBは――ステージの上では一人じゃないって!)

 

「聴いてください。『Back to Back』」

 

 腹の底から響くようなきくりのベースの重低音に続いて、ヨヨコの感情を爆発させたようなギターの音色がライブハウスに響き渡った。

 

 

 

 二曲目の演奏が始まると、『Back to Back』好きを明言していた屍人のカーニバルのメンバーがワッと沸いた。ヘヴィメタルとデスメタルが近しい関係にあるせいか、屍人のカーニバルファンもその演奏レベルの高さに圧倒されながらも盛り上がりを見せている。

 

 だがむしろ困惑したのは一部のBoBファン、とりわけ大槻ヨヨコファンだった。

 

「なんか……今日の(おお)つ……つっきーすげぇな……」

 

「ああ……鬼気迫るっていうか……迫力が違うっつーか……」

 

 明らかにいつもと気合の入り方が違うヨヨコの迫力を前に戸惑っている。しかしそれ以上に困惑しているのがやはり他の観客だった。

 

 一曲目は演奏レベルの高さに度肝を抜かれて置いて行かれたが、なるほどパンクバンドかと納得して二曲目を待ち構えていた所に、全く別ジャンルのヘヴィメタルである。何が何だか分からない。

 

 それでも徐々に、よく分からないなりにも体でリズムをとる観客たちが増えて来ているのも確かだった。

 

 力強い曲調の二曲目が終わり、一曲目と同じようにBoBへ歓声が飛ぶ中、いよいよ三曲目が宣言される。

 

「……それじゃあ三曲目。『Tomorrow is another day』」

 

 メロコアパンクの疾走感、ヘヴィメタルの力強さ、もはや次は何が来ても驚かないと身構えた観客に襲い掛かったのは、電子ドラッグと称される難解さを持ったサイケデリック・ロックだった。

 

 パンクの様な忙しさや、ヘヴィメタルの様な荒々しさがない、The Beatlesを彷彿とさせるようなゆったりとしたオールドスタイルのサイケデリック・ロックである『Tomorrow is another day』は、臼井さん達のような比較的年齢の高い人間や、アイドルやそのファンが興味を示した。

 

 先程までの鬼気迫るような荒々しいギター演奏は鳴りを潜め、三曲目のボーカルを担当するヨヨコのゆったりとした、甘く(とろ)ける、電子ドラッグの様な美しい歌声に、多くの観客が聴き入っている。

 

 噂では、この曲の歌声から大槻ヨヨコのファンになったが、SIDEROSのライブには行かず、この歌を聴く為にBoBライブのみに来ている人間が存在する。なんて話も聞く程である。

 

 そんなヨヨコの歌声だけでなく、他の三人の演奏も先の二曲とはガラリと色を変えている。

 

 サイケデリック・ロックの本家であるきくりは言わずもがな、太郎とひとりも動画投稿者として様々な曲を演奏してきた経験からか、先程の演奏と同一人物とは思えないほどの、揺蕩(たゆた)うような柔らかな艶のある演奏へと変わっていて、それがまたヨヨコの歌声をより一層引き立てていた。

 

 地下アイドルをも魅了するような三曲目が終わると、観客から堪らず感嘆の溜息のような物が漏れた。

 

「『Tomorrow is another day』でした。さて……あっという間ですが、次が最後の曲になります」

 

 三曲目が終わるとマイクの位置を調整しながら、太郎が最後の曲の宣言する。多くの人間は次の曲への期待からか気にも留めなかったその仕草を、一部の目ざとい人間、とりわけ虹夏が盛大に食いついた。

 

「……ええー!? まっまさか……でっでも、そんなこと(・・・・・)本当に出来るの!?」

 

「どうしたんですか伊地知先輩?」

 

「どうしたもこうしたも無いよ! 喜多ちゃんなら分かるでしょ!? 太郎君がマイクの位置を直した(・・・・・・・・・・)んだよ!?」

 

「はぁ……えっと、つまりどういう事ですか?」

 

「郁代がマイクの位置を調整するのはどんな時?」

 

「なんですかリョウ先輩まで……そりゃこれから歌うぞって時……ってもしかして!?」

 

 いつの間にか、観客全員(・・)が期待に満ちた熱い視線をBoBへと向けていた。そんな視線を受け止めながら、太郎は最後の曲名を口にする。

 

「ラスト四曲目、新曲です。『Where I Belong』」

 

 もうこれ以上何が来ても驚かないと思っていた観客や、BoBをよく知っている筈の虹夏やBoBファンですら、新曲が始まって驚愕した。

 

 一つ目はラップ・ロックであったこと。日本ではミクスチャー・ロックと言われるそれに比べると、『Where I Belong』で太郎の担当するラップパートはよりヒップホップに寄った曲だ。

 

 二つ目はツインボーカルとドラムボーカル。様々な理由からドラムボーカルが出来る人間は極端に少ない。加えて高いドラム演奏と歌唱を実現するともなればなおの事。更に加えて男女でのツインボーカルもまた珍しい物だった。

 

 そしてなにより虹夏やBoBファンを驚かせたのが、今回後藤ひとりが担当したその歌詞の内容だった。

 

 BoBの楽曲は、後藤ひとりが作詞を担当した『Sky's the Limit』。廣井きくりの『Back to Back』。大槻ヨヨコの『Tomorrow is another day』など、いずれも暗い中にも前を向いて進もうとする比較的前向きな内容だ。

 

 後藤ひとりが全ての作詞を担当している結束バンドの曲も、陰キャな中にも明るい感じが見える曲が多い。だが今回、後藤ひとりは廣井きくりから歌詞を頼まれるに当たって、ある要望を伝えられていた。

 

 

 

『ねぇぼっちちゃん。今回の歌詞はさ、ぼっちちゃんの普段思ってる事をそのまま書いて欲しいんだよねぇ~』

 

『ふっ普段思ってる事……ですか?』

 

『そうそう~。暗すぎるかも~とか明るくしなきゃ~とか考えずにさ、ぼっちちゃんが普段感じてる悩みや不安や苦しみとか……そう言うのを書いて欲しいんだ。その思いはぼっちちゃんだけじゃ無くて、私や大槻ちゃんやファンの皆、それにきっと――太郎君も持っているものだと思うから』

 

『……えっ!? たっ太郎君も、ですか?』

 

『そりゃそうだよ~。だって私達はぼっち(・・・)ずなんだから、太郎君だって例外じゃないよ。それでさ、その歌詞を太郎君に歌って貰おうよ!』

 

『私の普段思ってる事を歌詞にして……太郎君に……』

 

 

 

 だから、今回の『Where I Belong』ではぼっちにしか分からない、ぼっちだからこそ分かる感情、そしてなにより――後藤ひとりの内面が隠すことなくストレートに書かれている。

 

 一人でいる事の孤独、寂しさ、虚しさ、焦燥感。己を責める気持ちと……ごくごくわずかな、周りと違うという優越感。孤独という苦痛から逃れ、癒されたいと思い、自分の居場所を求めてさまよう悲痛な叫びが、ヨヨコと太郎のツインボーカルによって歌い上げられる。

 

(凄い……ボーカルをしてるのにテンポが全くブレない……それに歌詞も……今までのぼっちちゃんが作った物とはかなり雰囲気が違う……太郎君が今日の新曲は一味違うって言ってたのはこの事だったんだ……)

 

 結束バンドの曲としては決して提出しないであろう後藤ひとりの、ぼっちと言われる人間の心中を書いた歌詞を歌う二人の、そのあまりに真に迫った歌声に、自然と虹夏の肌があわ立つ。

 

 そんな中、曲が中盤を超えた辺りで突然太郎がドラムの押し出しを強めた。

 

 ライブ開始当初から様子がおかしかった太郎がここに来て暴走したのか、それともクライマックスへ向けての演出か。きくりとヨヨコは一瞬判断に迷った――しかしただ一人、後藤ひとりだけが、一片の躊躇も迷いもなく太郎のドラムに追随する。

 

 それはドラムのミスや暴走など何一つ疑っていないような、ともすれば妄信に近い反応速度だった。

 

 ひとりが追随した事で太郎の演奏がより強くなる。その太郎の演奏(ドラムヒーロー)に引っ張られるように、ひとりの演奏のクセ(・・)もまた、より強くなっていく。それはまるで、ひとりの演奏がギターヒーロー(本来の姿)へと近づいて行くようだった。

 

 廣井きくりは、ここに来てあわや曲が崩壊するかと思われるほど突出し始めた二人の演奏と状況に歓喜していた。

 

 SICKHACKのメンバーにも、演奏にも、ライブにも、ファンにも、何も不満はない。それでも少しだけ、本当にほんのわずかだが、過ごす日々が、毎回のライブが、反復作業(ルーティンワーク)の様な物になっていたと感じる事も確かだった。

 

 つまらない人生が嫌でロックな道を選んだ。だからこそ――もう完成間近だと思っていたBoBの演奏が、太郎(ドラムヒーロー)ひとり(ギターヒーロー)の演奏が、実は底を見せておらず、今まさに天井知らずな程に伸びていく事実に、きくりの心は奮い立った。

 

(太郎君もぼっちちゃんも、まだこんな物を隠してたなんて……おもしろい!)

 

 廣井きくりはこの瞬間、酒の事も、ライブでの緊張も、将来への不安も、何もかもを忘れて――いや、そんな事(・・・・)に構っていられない程ただひたすらに、本来の演奏に近づきつつある二人の音に深く深く潜って行く。

 

 廣井きくりが二人を落ち着けて演奏を元に戻すのでは無く、むしろ自らのベースをも突出させる事で曲のクオリティを向上させながら均衡を保つ荒業をやってのけると、大槻ヨヨコは決断を迫られる事になった。

 

 すなわち、このまま自分は危険を冒さずに今の状態を維持するか、危険を冒して自らも前に打って出るかである。

 

 元々BoBの演奏は全員が同じ方向へ向かって動いているようなモノでは無く、四人それぞれが全く別の方向へ、全く同じだけの力で引き合う事によって、その中心に莫大なエネルギーが発生しているようなバンドである。これはBoB設立当初の思想である『徹底的に個を磨いていく』『我を出す』という物から自然と出来上がったものだった。

 

 青天井に上がっていく三人の演奏に、ヨヨコは今、かろうじで食らいついている。だがそれも限界が近かった。だが、三人がこのままヨヨコの限界を超えてなお突き進み、曲を崩壊させるような真似だけは決してしない事は、ヨヨコ自身が確信している。

 

 つまり、あとはヨヨコの力次第なのだ。今この時に限っては、ヨヨコの引き出せる力の強さが、そのままBoBというバンドの大きさ(・・・)を決定するのである。

 

 事前に打ち合わせの無いぶっつけ本番でこの演奏。ここまで出来れば上出来だ。次のライブは今日よりもっと上手くできる。いま危険を冒す必要は無い。ヨヨコの頭の中に次々と無難な選択肢が鎌首をもたげて来る。

 

 だが――もし今、ヨヨコが曲が崩壊する危険を冒したとしても一歩踏み出し、あの三人の演奏について行くのと同じだけの力を引き出すことができたのなら……

 

 ヨヨコは自分が後藤ひとりと遜色ない演奏が出来ると思っている。それは過信では無く事実だ。しかし、後藤ひとりにあって自分には無い物、そう言うものが間違いなく存在するという確信めいたものもあった。

 

 一流と、超一流の、その紙一重ともいえる僅かな差。

 

 刹那の逡巡。しかし、ヨヨコに迷いは無かった。不安も無かった。頭に浮かんだのは、腹が立つほどドラムが上手く、憎らしいほど頼りになる男の言葉。

 

『俺は自分が別の大きなモンに支えられてるって思ってるんです』

 

(恐れるな!)

 

 いま出来る演奏の、更に一歩先へ。

 

 力強く愛用のギターを掻き鳴らした瞬間――ぶわりとヨヨコの体中に鳥肌が立ち、全ての観客が息を飲んだ音がハッキリと聞こえた気がした。

 

 自分の演奏したギターの音色が、初めて聴く音の様な不思議な感覚。まるで四人で一つの体を淀みなく動かしているような演奏の一体感。

 

 一歩踏み出したヨヨコのギターは、三人の音と混ざり合い、大きなうねり(・・・)になって会場全体を駆け巡る。そのうねり(・・・)はヨヨコの背中を力強く後押しして、ヨヨコの演奏を更なる高みへと押し上げるようだった。

 

(ああ、もう! どうして最後の最後に、こんな演奏をさせる(・・・)のよ! もう、曲が終わる……こんな最後に……もう少し、あと少しだけ……この演奏を……この四人で……)

 

 今までに無い高揚感と幸福感に後ろ髪を引かれるような、そんなヨヨコの想いを残したまま、『Where I Belong』は終わりを迎える。

 

 結束バンドの新曲が終わった時とは対称的に、BoBの新曲が終わった時に大きな歓声は無く、ステージ上の四人の荒い呼吸と、ただひたすらの静寂が場を支配していた。

 

「新曲の『Where I Belong』でした。これで全曲終了です! 今日はありがとうございました!」

 

 太郎が終了を宣言した事で、ようやくライブが終わった事を思い出した観客達は、数瞬の沈黙の後、雄たけびにも似た歓声を上げた。

 

「うおおお! すっげぇええ!」

「うわあ……俺鳥肌立ったわ」

「最後らへんの演奏ヤバくなかった!?」

「おぎゃああああ!!?!」

 

「す、凄い凄い凄い……! 凄かったね! ってどうしたの喜多ちゃん!?」

 

「……え?」

 

 興奮冷めやらぬ状態の虹夏は小さく飛び跳ねながら、いま最も感情を共有できそうな郁代へ振り向いた。すると、地鳴りのような歓声に手を振って答えるステージ上の四人を見つめながら、気が付けばいつの間にか喜多郁代の目から涙が零れていた。

 

「あ、あれ? ご、ごめんなさい……違うんです。どこか調子が悪いとか、そういうのじゃ無くて……」

 

「大丈夫、私も感動した。太郎達の演奏凄かったから」

 

 涙を拭いながら、リョウの言葉に一度頷いた郁代は、再びステージに視線を向ける。

 

 演奏も確かに凄かったが、それ以上に郁代の心を打ったのは太郎とヨヨコ、二人の歌声だった。特に太郎は、人を惹きつけるのは歌唱力だけでは無い事を実演して見せたのだ。

 

 今の郁代が『Where I Belong』を歌っても、きっとあの二人の様には歌えないだろう。それはやはり、あの歌詞に真に共感する事が出来ないからだ。

 

 だが歌詞と同じ体験をする事だけが、歌詞の力を引き出す唯一の道でない事は、後藤家に泊まったあの日の夜に郁代が掴んだ確かな事だ。

 

(私がひとりちゃんの歌詞の力を100%引き出せる時が来たら、その時がきっと……)

 

 未だ何者にも成れない自分が、特別な何者かに成る時かも知れないと、ステージを見つめながら郁代は思った。

 

 

 

「おぎゃああああ!!?!」

 

「うるせぇな……」

 

 佐藤愛子はBoBの演奏が終わると叫び声を上げながらその場にへたり込んだ。

 

 ここまで聴けば、もう絶対に間違える筈が無い。特に最後の演奏を聴いてなお分からなかったというのなら、それはもう音楽ライターとしての筆を折り、自分の耳をちぎって捨てるしかないと思ってしまう程決定的だった。

 

 新宿(いち)、いや日本で五指に入るとも噂されるインディーズバンドSICKHACKのリーダーである廣井きくり。U-20(20歳以下)ナンバーワンとの呼び声も高いSIDEROSリーダー大槻ヨヨコ。この二人だけでもお釣りが来そうなのに、それに加えてあの(・・)ギターヒーローとドラムヒーローだ。

 

(何でこんな場所でライブなんてやってるのか分からないけど、これは邦ロック界……いや、世界のロック界に激震が走るわ!)

 

 お子様ランチや欲張りセットやハッ〇ーセットなんて言葉では到底言い表せない豪華メンバーの集結に大興奮の愛子は、恥も外聞もプライドもかなぐり捨てて星歌の足にしがみ付いた。

 

「うわ! 何すんだおまえ!?」

 

「BoBの拠点ってSTARRY(あんたの店)でしょ!? お願い~!! あたしにBoBのメンバーを紹介して~!!!!」

 

「やめろ! 離れろ!」

 

「ヤダー!! 紹介するって言うまで絶対に離れないから!!」

 

 

 

 こうして、結成して初めて、全くの外部の人間に招かれたBoBのライブは終わりを迎えた。

 

 興奮冷めやらぬライブハウスで様々な感想が飛び交う中、今日初めてBoBのライブを観た多くの観客は『まるでジェットコースターの様なライブだった』とSNSで語る事になる。




 今回の話は、BoB、ひいては主人公や後藤ひとりはまだ未完成である、という事を書きたかったんです。正直既に完成しているともうやる事無いのと、ギターヒーローの実力考察系の話を見てるとまだまだ未知数だと思ったので。ただちょっと作者が当初想定してたよりも凄い人なんじゃないかと思い始めて正直ブルってます。

 陰キャな中にも明るい歌詞を書く事で有名なひとりちゃんですが、多分表に出さないだけでドロドロと鬱屈した感情ってあると思うんです。そういう結束バンドの曲には出来ないような暗い気持ちを共有できるバンド(BoB)を作中でせっかく作ったんだから、コンプレックスバリバリの歌詞を書いて貰って、実は作中最もぼっちである主人公(同性の友人がおらず、バンドメンバーは全員ヘルプ。バンドが第二の家族だというのなら、主人公だけ家族がいない)に歌わせるってのは前から考えてました。

 演奏の実力関係では、ちょっとヨヨコ先輩が割を食ってる自覚はあります。ただ上にも書いた通り、ギターヒーローの底が全く見えない事と、ヨヨコ先輩はオールラウンダーとして超一流なのに加えて、求道者としての姿がなんか凄く合ってると作者は思ってます。いや、周りが凄すぎるだけで、ヨヨコ先輩の演奏も十二分に凄いんですけどね……


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036 ドラムヒーローは後藤ひとりの夢を見る

 池袋編完結。色々とちょっと強引かもしれないけど許して。

 なんか凄い評価が上がってるのが嬉しい反面ビビってる それが僕です。いやホント、あんまり期待されてもアレなんで、なるべくハードルを下げて気楽に読んで下さい。


 ライブが終わると、なんとまぁ勝手な事をしてしまったのかという罪悪感みたいなものが自分の胸の内に広がっていくようだった。

 

 ステージ上の楽しそうな結束バンドを見た時から、俺の胸にはどうにもおかしな感情が渦巻いていた。だから、少し確かめたくなったのだ。

 

 俺は後藤ひとりとバンドを組むに値する実力があるのか。俺はひとりに追いつけたのか。俺は……ひとりの傍にいても良いのか、を。

 

 ライブが始まってから機会を窺い、ヨヨコ先輩の気合の入った演奏に感化されて二曲目に仕掛けようかとも思ったが、一度考え直して『Where I Belong』の後半以降、俺のラップパートが終了して後はコーラスだけになり、ドラムに専念出来るようになった、影響の少ないライブ終了間際に少しだけ本気を出してみようと考えた。

 

 勿論、曲がぶっ壊れるような事はしないつもりだった。少し気合を入れて演奏して『なんだ、俺も結構やるようになったじゃないか』なんて気分を味わったら、直ぐに引っ込めるつもりだった。だというのに――

 

 俺は覆面の下からチラリとステージ上のひとりを見る。

 

 こいつだ。こいつが速攻で反応して付いて来るから、俺も引っ込みがつかなくなり、おかしなことになったのだ。おまけにベースの廣井さんまで付いて来たもんだから、むしろあそこで俺が手を緩める方が曲が崩壊する可能性が高くなってしまった。まぁそのおかげで過去一番のグルーヴ感が出たのは確かだが……

 

 幕が下りたというのに、未だ鳴りやまない地鳴りのような歓声を聞きながら、撤収する為に立ち上がろうとして、俺の体がぐらりとよろめいた。そう言えばパーカーの下に来ているTシャツは汗が絞れそうなくらいにびしょびしょで不快だし、どうやら今日の演奏は思ったよりも消耗していたらしい。

 

「おっと……」

 

「太郎君!」

 

 俺がふらついたのを見て、慌てて駆け寄って来ようとしたひとりに、右手の平を突き出して押し止めた。少しぐらついただけで随分と大げさな奴だ、なんて思いながら体を立て直した俺はゆっくりと息を吐く。

 

「大丈夫だよ。心配するな」

 

「うっうん……」

 

 そうしてこちらを気にしながら撤収作業を開始するひとりを見てから、俺も自分の撤収の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

「太郎……最後の演奏の事だけど……」

 

 撤収が終わり楽屋に戻ると、案の定ヨヨコ先輩から静かに詰められる。内容はもちろん最後の曲の演奏についてだ。ただ、これはもう完全に俺が悪いので平身低頭して謝っておく。

 

「ちょっと調子に乗ってたんです! すいません許してください! 何でもしますから!」

 

「ん? 太郎君今何でもするって」

 

「いや廣井さんは俺の演奏にすぐに乗っかって来たんだからどっちかって言うと同罪でしょ……」

 

「うっ……で、でもそれならぼっちちゃんも一緒じゃ~ん! むしろ乗ったのはぼっちちゃんの方が速かったしさ~」

 

「あっ……へへっ……」

 

「それにさ~、結局大槻ちゃんも最後には乗って来たんだし……」

 

「確かに! それじゃあそういうことで……」

 

「それで? なんでもしてくれるんだったかしら?」

 

「あっはい」

 

 どうやら無罪放免とはいかないらしい。まぁ前もって相談も無しに調和を乱すような事をしてしまったし、折角の新曲お披露目が台無しになるかもしれなかったのだから仕方ない。それにヨヨコ先輩ならなんでもと言ってもそう無茶な要求はしてこないだろう。良いよ! 来いよ! 

 

 心の中でしょうもない虚勢を張りながらヨヨコ先輩の言葉を待ち構えていると、ヨヨコ先輩はいつになく真剣な表情で要望を伝えて来た。

 

「……スタ練をしましょう」

 

「……え? スタ練って……あのスタジオ練習ですか?」

 

「他に何があるのよ」

 

「……スタミナ練習……とか? プールトレーニングの……っていや嘘です分かってますって。だからそんな怖い顔しないでください」

 

 ちょっとボケてみたら氷の様な目で見つめられてしまった。わぁ……これがクール系美人ですか……なんてどうでもいい事を考えている場合ではない。

 

 ちなみにBoBは今まで一回もスタ練をした事が無い。志麻さんにBoB結成を持ちかけられた時に冗談半分で話した『合わせの練習なんてしなくていい』ってヤツを律儀に守っている……という訳では無いが、メインバンド優先条約もあり、何となく俺から誘うのも憚られたので、なぁなぁでここまでやって来たのだ。

 

「各々自分のバンドで忙しいのは分かってるわ。でも、月に一時間でも二時間でもいい。全員じゃ無くても、都合が付く人だけでもいい。それでも……スタ練をしましょう」

 

 何か思う所があるのか、ヨヨコ先輩の顔は真剣だった。俺としてはスタ練をやるのは願ってもない事だが……

 

「俺は構いませんけど……」

 

 返事をしながら、俺は廣井さんとひとりへと顔を向ける。

 

「……まぁいいんじゃない~? 大槻ちゃんの言いたい(・・・・)事は私も分かるし」

 

「あっ私も……バイトと結束バンドの練習が無い時だったら、だっ大丈夫です……」

 

「決まりね。それじゃあ早速だけど今月の何処かでやりましょう。練習場所はSTARRYでいいかしら?」

 

 あれだけなぁなぁだった事が、随分とトントン拍子で決まっていく事に驚いてしまう。これがSIDEROSリーダーの統率力か……一応BoBのリーダーは俺なんだが……ままええわ。

 

「えっ!? STARRYですか?」

 

「後藤ひとりはその方がいいでしょ? それに多分FOLTは姐さんが居たら貸してくれないのよ……

 

「ちょっと!? なに怖い事を小声で言ってるんですか!?」

 

「なっ何のことかしら? あ、ちなみに太郎、あなたはスタ練強制参加だから」

 

「まぁそれはいいですけど……いや、でも待ってください。将来音ステ出た時に『BoBは一回もスタ練やった事ないんですよねー』『えーっ!? 凄いですね!』って言ってチヤホヤされる計画が……」

 

「!! たっ太郎君ずるい! それなら私も……」

 

「二人共 い い わ ね ?」

 

「あっはい」

「あっはい」

 

 そういう事になった。

 

 

 

 この後しばらく時間を置いてバンドの物販がある。

 

 今までは先に俺が楽屋の外に出て、女性陣の準備が終わった後に入れ替わって着替えていたが、今日は物販に出せるグッズがあるので俺が先に着替えて、そのまま先行して物販の準備をする事になった。

 

 女性陣が外へ出て行かないのは、俺の着替えなど別に見られて困るもんでも無いし、俺が部屋にいても出来る事はあるからだ。

 

 俺は汗で酷い事になったTシャツを着替える為にパーカーを脱ぎながら、先程の話で少し気になっていた事をヨヨコ先輩に訊ねてみた。

 

「でもどうして急にスタ練やろうなんて思ったんですか?」

 

「それは、今日のライブの…………いえ、私が超一流のギタリストになるためよ」

 

 実にヨヨコ先輩らしい答えに納得しつつ、俺は三人に背中を向けて着替えを再開した。

 

「……さいですか。それにしてもやっぱ歌いながら演奏って大変ですね、ほらTシャツなんか汗で凄い事に……」

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 すごい視線を感じる。今までにない何か熱い視線を。興味……なんだろう湧いてきてる確実に、着実に、俺のほうに。中途半端はやめよう、とにかく最後まで着替えてやろうじゃん。俺の背中の向こうには沢山の仲間がいる。でも今は一人だ。信じよう。そしてさっさと着替えよう。視線の邪魔は入るだろうけど、絶対に流されるなよ。

 

「あの……あんまり見られてるとなんか着替えにくいんですけど……」

 

 着ていたシャツを脱いで鞄から新しいシャツを取り出しながら、俺は恐る恐る後ろを振り返った。すると三人はすごい勢いで一斉に顔を逸らす。

 

 おいひとり。なんだその下手くそな口笛と、リョウ先輩が作詞ノート読んでるのを待ってる時みたいな表情と手の動きは。誤魔化すように水を飲むな。そもそもお前は昔に山田家後藤家合同で一緒に海に行った時とか、夏に俺が家で上半身裸でいるの見た事あるだろ。

 

 廣井さん。あなたはこういう時は「太郎君いい体してんねぇ~」とか言いながらウザ絡みしてくるのが役目でしょ……って顔真っ赤!? 大丈夫ですか酔ってるんですか!? それになんでそんな静かなんですか!? 廣井さん二十七歳でしょ? アラサーがその反応は怖いから何か喋って! 

 

 ヨヨコ先輩。興味無さそうにスマホ弄ってますけど……ってホーム画面を左右にスワイプしてるだけじゃないですか!? 逆に怖い! それに耳赤くなってますよ。先輩前にSTARRYでのライブが終わった後の俺の着替え中に楽屋に入って来た時、両手で目を覆う振りして指の隙間からチラチラ見てただろ。嘘つけ絶対見てたぞ。見たけりゃ見せてやるよ(三段活用)。

 

 なんて思ったものの、何となく視線が気になっただけなのと、これを追求するのは危険な予感がしたので、別に本当に見せつける訳でも無く俺が着替えを再開しようとすると、楽屋の扉がノックされて店長が顔を出した。

 

「すまんちょっといいか? ってなんだよ太郎、着替え中かよ。変なモン見せるなよ」

 

「勝手に入って来てその言い草は酷くないですか……」

 

 俺は手早く着替えを済ませると、用事があるという店長を伴って楽屋の外に出た。楽屋から出たのはこの後女性組の準備やなんやかんやがあるからだ。こういう事態を考えると、やはり男女混合バンドってのは大変だと思う。

 

「そんでどうしました?」

 

「お、おう。それがな……その、ちょっとお前達に会いたいって奴がいてな……」

 

「俺達にですか? もうすぐ物販なんですけど、そこじゃ駄目なんですか?」

 

「いや、そいつは物販には寄らないらしい。だから……そうだな、楽屋に連れて行くからそこで待っててくれ。それとその……悪いがぼっちちゃんは外すよう言ってくれるか?」

 

「ひとりをですか? まぁライブが終わったら結束バンド(向こう)に戻すつもりでしたけど……」

 

「そうか。後は……そうだな、一応私も同席するけど、面倒な話になるかもしれないからお前ら三人全員で話を聞いてくれ」

 

「ちょっと!? 一体誰なんですかその人……もしかして変な犯罪の片棒を担がせようとしてませんよね? 怖すぎるんですけど……」

 

「だ、大丈夫だ! お前も知ってる奴だから!」

 

「ますます心当たりがないんですけど!?」

 

「なに大きな声出してるのよ……部屋の中まで聞こえてたわよ」

 

 店長と話をしていると、ヨヨコ先輩達三人が楽屋から出て来た。どうやら身支度は終わったらしい。

 

「あれ~先輩じゃないですか~。何やってんですかこんな所で」

 

「うるせーな。それじゃあ太郎、頼んだぞ」

 

「うっす」

 

 俺と話している店長を見つけた廣井さんが不思議そうに声を上げたが、店長は小声で俺に一声かけると、そのまま件の人物を呼びに去って行った。

 

 よく分からない状況になっている事に不思議そうな顔をしている三人だったが、取り敢えず俺はひとりに声をかける。

 

「お疲れさんひとり。この後は虹夏先輩達と合流してくれていいぞ」

 

「あっうん。えっと……いいの?」

 

「おういいぞ。そんじゃあまた後でな」

 

 ひとりが立ち去るのを見届けてから、俺は廣井さんとヨヨコ先輩に先程店長と話した事を伝える為に、二人を連れて再び楽屋へと戻る事にした。

 

「とりあえずお二人とも楽屋に戻って貰っていいですか?」

 

 

 

「……って事で、ここで待ってろって言われたんですけど」

 

「えぇ……なによそれ……なにかおかしな犯罪の片棒を担がされたりしないでしょうね?」

 

 店長と別れてほどなくして、俺の簡単な説明にヨヨコ先輩が俺と同じような感想を漏らしたところで、楽屋の扉がノックされると同時に店長の声が聞こえてくる。俺が返事をすると楽屋の扉が開いて、まず店長が姿を見せた。

 

「ほら、連れて来てやったぞ」

 

 店長の連れて来た人物を見て俺は驚愕した。

 

 店長の後について入って来たのは、相変わらずビビッドピンクの服装に身を包んで首に包帯を巻くような痛い恰好をした女性。いきなりSTARRYへやってきてひとりの正体を見抜き、好き勝手言って帰って行ったあの人物――

 

「あっあの! あたしは音楽ライターやってるぽいずん♡やみって言います!」

 

 そう。ぽいずん♡やみこと、佐藤愛子さんだったからだ。

 

 ぽいずんさんとは前に一度STARRYで会っているのだが、今の俺は覆面をしているので当然向こうは気づいていない。

 

 しかし今日のぽいずんさんは前にSTARRYで会った時とは違った印象を受ける。キャピキャピしたような態度は無く、なんだかずいぶんと緊張したような雰囲気だ。さっきの挨拶だって、前はもうちょっと甘ったるい感じの作った様な声だったと思うが今回はそうでもない。

 

「お前、今日はぶりっこしないのか?」

 

「う、うっさいわね! アンタが居たらやっても意味ないでしょ! っと、そんな事よりBoBさん! さっきのライブ凄く良かったです!」

 

「あっどうも」

 

 何時の間に店長とそんなに仲良くなったのか、ぽいずんさんは随分と砕けた口調だ。もしかしてこっちが本来の喋り方や性格なんだろうか? 個人的にはこっちの方が親しみやすいと思う。

 

 そんなぽいずんさんは楽屋の中を見渡しながら、不思議そうに俺へ訊ねて来た。

 

「あのー……ギターヒーローさんは……?」

 

 ぽいずんさんの質問に、楽屋の……主に店長の空気が少し緊張したものになる。

 

 BoBのリードギターは後藤ひとりだと公表していないが、まぁこの人なら気が付くか。ひとりの演奏も最後の方は前のSTARRYの時よりはずっとギターヒーローに近かったしな。だから俺は正直に伝える事にした。

 

「ああ、彼女なら結束バンドに戻って貰いました」

 

「あっえっと……そう、なんですね……」

 

 俺の答えを聞いたぽいずんさんは、特にめんどくさい事を言い始める事も無く、むしろなんだか少しほっとしたような顔で返事をしてきた。やはりぽいずんさんも前のSTARRYでの事に思う所があって、顔を合わせづらいのかもしれない。 

 

 俺はそんな随分と素直な感じのぽいずんさんにまるで無警戒になりつつあった。だから、次にぽいずんさんから放たれた言葉は、俺の意識の外からの攻撃だったのだ。

 

「えっと、それでその……実はですね。今日のライブを観るまでは『まさか』と思ってたんです……けど、今日確信しました」

 

 どこかで聞いたようなセリフ。忘れていた訳じゃない。ただちょっと、今日のライブの事などで気が緩んでいたのだ。この人があのド下手くそなひとりの演奏を聞いて、初見で正体を見抜いた人だったという事に。

 

「その感情豊かで躍動感あふれるドラムプレイ。独特のフレーズセンスと抜群の安定感。絶対そう! 間違いない!」

 

 ぽいずんさんはいつかの時と同じようなセリフで、自信満々に、けれど酷く興奮したように叫んだ。

 

 

 

あなたドラムヒーローさんですよねッ!!

 

 

 

「違います」

 

「はい嘘ですー!! あたしはねッ! ギターヒーローさんと出会ってから、何があっても自分の耳を信じる事にしたのよッ! それにドラムヒーローさんみたいな演奏出来る人がそんなに何人もいる訳ないでしょッ! だからあなたは絶対ドラムヒーローさんッ!」

 

「えぇ……無敵かこの人」

 

 一応すっとぼけてみたけどやっぱり駄目か……というかさっきの殊勝な態度はなんだったんだよ……しかも自分の信じたいものを信じる厄介モンスターになってるじゃねぇか。ひとり、お前の正体を暴いた成功体験のせいでとんでもない怪物が誕生しちまった感じだぞ……

 

「え? ドラムヒーロー……って何よ?」

 

「ヒーローって……太郎君もしかして痛い子?」

 

「!? いやちっ違っ!」

 

 ああ! 事情を知らないヨヨコ先輩と廣井さんが、ちょっと怪訝そうな顔とかわいそうな奴を見る目で俺を見て来る! やめろ! そんな目で見るな! 

 

「まさか知らないの! この人はね! 超凄腕高校生ドラマーでッ! それでいて軽音部のギターの彼女持ちのリア充男子なのッ! ネットで調べてみなさいすぐ出て来るから!」

 

「やめっ……やめろーっ! これ以上話をややこしくするんじゃない!」

 

「え……? 太郎君彼女いたの……? じゃあ私との関係は遊びだったの……?」

 

「なんの話!? ってなんでそんな悲しそうな顔を!?」

 

「姐さん、こいつに彼女なんている訳ないじゃないですか。それにしてもドラムヒーローってなによ? ネットで調べろって……これの事かしら……? ってドーム二個分!?

 

「また君か、壊れるなぁ」

 

 あーもうめちゃくちゃだよ。どうしてくれんのこれぇ……廣井さんとの遊びの関係って何なんだよ……あとヨヨコ先輩はどうしてそんな事言うの? いるかも知れないじゃん!? 連れて来いとか言われたら終わりだが……ひとり連れて行って誤魔化せないかな? 無理か……それとドームのくだりはFOLTのクリスマスライブでもうやりましたよ。ちょっと店長、そんな所で我関せずに座ってないで助けてくださいよ……マジでどうすんだよコレ。

 

「何か隠してないかって聞いた時何も言わなかったのに…………ま、まぁでもなるほどね。これであなたの実力に納得出来たわ」

 

「あれ? ヨヨ……つっきーさん随分と素直ですね」

 

「うるさいわね……まぁでもドラマーなら私の人気と競合しないから別にいいかなって……」

 

 ヨヨコ先輩が無理矢理納得したような渋い顔をしている。どういう判断基準だ。そういえばこの人FOLTのクリスマスライブでもマウント取ってたのひとりとか喜多さんだけだったな。ギタリスト限定の対抗心だったりするのか? 

 

 しかしぽいずんさんはそんな俺の気持ちも知らずに、エンジン全開だ。

 

「いやーそれにしても驚きました! まさかドラムヒーローさんだけじゃなく、SICKHACKの廣井きくりとSIDEROSの大槻ヨヨコが別のバンド組んでるなんて!」

 

「あれ? 私達正体言ってない筈だけど?」

 

「そりゃ分かりますよう! 東京で音楽ライターなんてモノやってて廣井きくりと大槻ヨヨコの演奏が分からない奴はモグリです!」

 

「へぇ……中々優秀なライターじゃない」

 

「俺はつっきーさんが将来騙されないか心配ですよ……」

 

「なっなんでよ!?」

 

 ぽいずんさんの事だから多分本当に演奏を聴いて二人の正体が分かったんだろうけど、それを自分から認めるのはイカンでしょ? 褒められたら駆け引きとか出来ない後藤ひとりタイプな人間ですかヨヨコ先輩は……

 

「それにギターヒーローさんまで別のバンド組んでるとは思いませんでした! しかもそれがあの(・・)ドラムヒーローさんとだなんて! 結束バンドさんも成長してるみたいだけど、ギターヒーローさんが実力に見合ったバンドに入って私も嬉しいです! あ、私ギターヒーローさんと会った事あるんですけど、あの(・・)人があんなに伸び伸び(・・・・)楽しそう(・・・・)に演奏してるのを見て驚きました! よっぽど相性がいいんですね!」

 

 相変わらず余計な事を笑顔で言うぽいずんさんに、店長の顔が険しくなる。そんなんだからアンチが多いんですよと他人事ながら心配になって来る。だというのに――

 

 ぽいずんさんの言ったある(・・)言葉を聞いた瞬間、急に俺の視界がぼやけた。覆面の下の両目から熱い物が溢れ出て、そのまま頬を伝ってぼとりと水滴が落ちる。

 

「お、おい太郎……どうした? 大丈夫か?」

 

「……え?」

 

 滲んだ視界の中で、声をかけてきた店長が驚いた様子で椅子から少し腰を浮かせているのが見える。廣井さんとヨヨコ先輩も覆面のせいで表情こそ分からないが同じような反応だし、ぽいずんさんも同様だ。

 

「あ、あれ? なんで……」

 

 己の両目からとめどなく溢れてくるソレが涙だと気づいた時――俺はようやく、今日のライブ中ずっと抱えていた違和感を、どうしようもないほど情けなく、醜く、卑屈な自分の心を理解した。

 

 

 

 ああそうか――俺は結束バンドが羨ましかったんだ。

 

 十年間ずっと一緒にいたひとりを盗られた(・・・・)ように感じて嫉妬してたんだ。

 

 

 

 今日、俺は結束バンドのライブを見て、俺がひとりを縛り付けているんじゃないかと思った。俺に付き合って活動しているBoBなんて解散すべきなんじゃないかと思った。

 

 だから、思った事をそのまま口にする、良くも悪くも嘘がつけない――ひとりの実力を正しく見抜いた確かな目を持つ、そんなぽいずんさんだからこそ――『ひとりがBoBで伸び伸びと楽しそうに演奏していた』と言ってくれた事が、それが……俺もまだ、『ひとりの支えになれてるんだ』って、『ひとりの傍にいてもいいんだ』って言ってくれたようで……それがどうしようもなく嬉しくて……なんだか無性に涙が出て来てしまったのだ。

 

 椅子に座ったまま呆然と涙を流す俺を、いつの間にか俺の隣に座っていた店長は乱暴に俺の首へと腕を回して自分の胸へと抱き寄せた。

 

「うわ……! 店長?」

 

「まったく……なんだかよく分からんが、でも忘れてて悪かったな。普段のお前の振る舞いを見てると勘違いしそうになるけど、やっぱり、お前もまだまだ子供なんだなって」

 

 店長の胸に頭を抱き寄せられながら、俺は知らずと自分の胸の内を吐露していた。

 

「店長……俺は……ひとりの傍にいてもいいんですかね?」

 

「知らねーよ。そういう事はぼっちちゃん本人に直接聞け」

 

 いやまぁそりゃそうなんだが……あまりの正論に言葉が詰まってしまう。

 

「……いやもうちょっと優しい言葉をですね……でもぐうの音も出ないっす」

 

「うるせーな……でもまぁ、お前がそう(・・)したいんなら、多分それが一番いい(・・)んじゃないかって、私は思うけどな……」

 

 つっけんどんに、しかし優しい声色でそう言った店長は、それきり俺を抱き寄せたままそっぽを向いて黙ってしまった。

 

 まったく……なんでこの人は、愛飲しているのが幼児が飲むようなリンゴジュースで、ぬいぐるみが大好きだっていうのに……こんなにカッコいいんだろう。

 

「あ~先輩ずるい~! 太郎君~泣くならきくりお姉さんの胸が空いてるよ~」

 

「ま、まぁあなたが望むんなら? 私の胸を貸してあげてもいいけど……」

 

「……なんなんスか二人とも、せっかく人が感傷に浸ってたのに。まぁでも一応お礼を言っておきますよ。あと店長、ありがとうございました。もう大丈夫です」

 

「ん」

 

 俺は店長にお礼を言って腕から抜けると、状況が分からずに困っているぽいずんさんへ顔を向けた。

 

「それに、ぽいずんさんも」

 

「えっ? あたし!?」

 

 急に自分に話を振られたぽいずんさんは驚いて飛び上がった。だがこの人にもお礼を言っておかなければならない。おそらく本人はそんなつもり(・・・・・・)は全く無かったのだろうが、確かに俺はこの人の言葉に救われたのだ。それに、お礼を言うのは他にも理由がある。

 

「ええ、ありがとうございます。おかげで少し悩みが晴れました。それと……結束バンドの事も。本人たちはどう思ってるかは知りませんが、実は俺、結構あなたに感謝してるんです」

 

「え?」

 

 あの日、STARRYでぽいずんさんが結束バンドに言った事は、ともすればバンドが崩壊する危険な毒だった。でも、あれのおかげで、結束バンドは本気でバンド活動をするようになったし、より一層結束(・・)したんだと思う。

 

 それにあれだけ厳しい意見を言える人が、俺達の周りにいただろうか? あの虹夏先輩に甘い店長が言えただろうか? 成功する事が全てでは無いと言った廣井さんは? PAさんは? 志麻さんやイライザさんは? そして……俺はどうだっただろう? 

 

 別にぽいずんさんに言われなくても、遅かれ早かれ結束バンドは奮起していたのかもしれない。だがやはり、本気になるなら早い方が良いと思うし、それにもしそれくらい(・・・・・)の言葉で諦めてしまうようなら、きっとプロにはなれないのだ。

 

 だから、それがたとえ無責任から来る発言で、結果として良い方向に転がっただけ(・・)だったとしても、俺個人としてはぽいずんさんに感謝しているのだ。

 

「そういう訳で、俺はあなたの事、あんまり嫌いじゃないんですよ」

 

「ドラムヒーローさん……」

 

「それで? 俺達に用事ってこれで終わりですか? そろそろ物販の用意しないといけないんですけど」

 

「って物販あるんですか!? 今まで無かったって……いやそうじゃ無くて! あたしの用事はBoBを褒めに来ただけじゃないんです!」

 

 正直涙と鼻水で気持ち悪いので一度顔を洗いたいのだが、覆面のせいでそうもいかない。だからそろそろ話を切り上げようとしたのだが、ぽいずんさんは今まで以上に真剣な眼差しで俺達を見つめて来た。

 

 そうやって俺達を見つめたぽいずんさんは、しばらくして意を決したように大きな声で叫んだ。

 

 

 

「あっあの! BoBさんはレーベルに所属する気はありませんか!」

 

 

 

「レーベル……ですか?」

 

 俺はあまりに唐突な話に怪訝な返事をする事しか出来なかった。だってそうだろう、いきなりレーベルとか言われてもちょっとピンと来ない。そもそもレーベルって具体的に何するところなんだ? 

 

「そうです! そもそもドラムヒーローにギターヒーロー、廣井きくりに大槻ヨヨコというビッグネームが集まったバンドが、こんな場末の小さな箱の意味不明なブッキングライブでライブをしている今の状態が異常なんです!」

 

 随分とまぁ色んな方面に喧嘩を売りそうな事を、ぽいずんさんは鬼気迫るような表情で話をしてくる。熱心なもんだ。もう決まっている(・・・・・・)答えを言うのがちょっと申し訳なくなってくる。

 

「こう見えてあたしはこの業界結構長いんです! それなりにコネなんかもあります! BoBさんなら、きっとどこのレーベルだって欲しがります! なんだったら、あたしがメジャーレーベルにお願いして話をつけます! だから――」

 

「あ、すみません。レーベルに入る気は無いんですよ」

 

「……は? えっ? なっなんで……です、か?」

 

 俺の異様なほどに軽い答えに、ぽいずんさんは先程の勢いは何処へやら、口をぽかんと開き呆気にとられたような表情で黙り込んだ。

 

「いや、ぽいずんさん俺達の事そこまで分かってるなら、理由も大体分かるでしょう?」

 

 そうだ。俺達の素性がそこまで分かっているのなら、答えなんて簡単に分かるのだ。

 

「さっきぽいずんさんも言ってたでしょう? 俺達が()のバンド組んでるって。その通りで、このバンドはサブ(・・)バンドなんですよ」

 

「サブ……バンド」

 

「そうです。ドラム()以外全員がサポートメンバーって言い換えても構いません。それにメインバンドに迷惑をかけないって約束もしてるので、申し訳ないんですけどレーベル加入は無理ですよ」

 

「そ、そんな……」

 

 話を聞いたぽいずんさんは呆然とした表情で椅子にへたり込んだ。だがすぐに何か閃いたような顔で飛び跳ねるように立ち上がると、叫ぶように俺達にある提案をしてきた。

 

「そっそれじゃあ! メインバンドを辞めて(・・・)BoBに絞れば……!」

 

ぽいずんさん(・・・・・・)

 

 俺がぽいずんさんを制すように低い声をあげた。

 

 それは駄目だ。それだけは駄目だ。結束バンドにも、SICKHACKにも、SIDEROSにも、恩を仇で返すような真似だけは絶対に出来ない。もし、それが叶う日が来るとするならば、それは三つのバンドが円満に解散した時だけだ。しかしこの人、ひとりを結束バンドから引き抜こうとしたので懲りてなかったのかよ……

 

 ぽいずんさんはなおも食い下がろうと口を開きかけて、しかし俺の断固とした雰囲気にやがて観念したのか、大きくため息をつきながら椅子へと腰を下ろした。

 

 なんとなく楽屋の中が重苦しい雰囲気になりかけると、場の空気を壊すように陽気な廣井さんが話に入って来た。

 

「まぁまぁ、要するにメインバンドに迷惑かけなきゃいいんだよ~。作る曲のジャンルも自由で~、制作期間も自由! レコーディングの時期も自由! 宣伝はレーベルにやって貰うとして~、お金も出して貰う~みたいな~? な~んちゃって~!」

 

「そんな俺達にだけ都合のいいレーベルある訳ないでしょーが……」

 

「だよね~」

 

 廣井さんが言っているのは、要するに金だけ出して後はこっちで自由にやらせろって事だ。現時点で超有名バンドならまだしも、今の俺達の様な実績も何もないバンドにそんな自由を許すような都合のいいレーベルが存在するワケが無い。つまり廣井さんは角が立たない様に遠回しに断っているのだ。

 

 だがそんな廣井さんの発言を聞いたぽいずんさんは何か閃いたのか、勢いよくテーブルに両手を叩きつけながら立ち上がると、顔を伏せたまま低い声を上げた。

 

「もし……今の条件を満たすレーベルがあったら……入ってくれますか?」

 

 そのあまりに今までのぽいずんさんからかけ離れた声に驚いたが、本当にそんなレーベルがあるのならこちらからお願いしたいくらいだ。そう思った俺は一応二人に確認する為に顔を向けると、二人とも小さく頷いて見せた。

 

「まぁはい。そういったレーベルがあれば、ですけど」

 

「一つだけ……心当たりがあります……小さい所なんですけど……今の条件で先方に確認……いえ、絶対に飲ませます! 絶対に絶対に承諾させますから! だからその時は絶対入ってくださいよ!?」

 

「は、はい……その時はよろしくお願いします……あ、でも一つだけいいですか?」

 

「え……? まだ何かあるんですか……?」

 

 これ以上の条件は流石に厳しいのか、ぽいずんさんは怯えたような表情になった。だが安心して欲しい、そんなに難しい話ではない。

 

「レーベル所属の話なんですが、この話、どう転んだとしても八月までは保留にして貰えませんか?」

 

 未確認ライオットまで残り三ヵ月ほど残っている現状で、もしBoBがレーベルに所属なんて事になったら、ヨヨコ先輩はともかく、ひとりの奴がどういう精神状態になるのか予想できない。まさかひとりが腑抜けるとは思わないが、どちらにせよ面倒な事になりかねない。

 

 結束バンドやSIDEROSには余計な事を考えずに未確認ライオットに集中して欲しいので、一旦保留にしておくのが一番無難だろう。どういうつもりだったのかは分からないが、この場からひとりを外すように言ってくれた店長に感謝だ。

 

「はぁ……分かりました。でもなんで八月まで何ですか?」

 

 露骨にほっとした態度をとったぽいずんさんが当然の疑問を返して来た。未確認ライオットに出る事を言ってもいいんだろうかと少し考えて、やはり言っておくことにした。まだ一次審査を通過したかも分からないが、多分大丈夫だろう……大丈夫だよな? 信じてますよ虹夏先輩! 

 

「その、SIDEROSと……それに結束バンドも、未確認ライオットに出るんです。だから、もし良かったら、ぽいずんさんも最後まで見届けてやって下さい。ぽいずんさんに会ってから、彼女達凄く頑張ってますから」

 

「そう……なんですね……」

 

 ぽいずんさんは少し驚いてから、伏し目がちに小さく頷いてくれた。そんなぽいずんさんを見ながら、俺は最後に一番重要な事を付け加えておく。

 

「あ、それと……一応俺達覆面バンドなんで、肩書(ドラムヒーロー)や名前の公表はしませんけど、それもレーベルの加入条件に入れておいてくださいね」

 

「~~~~っ!! わ、分かってますよぉ~……それじゃああたしは早速レーベルの担当者を説得する為に帰ります! あばよ!」

 

 いつかと同じような捨て台詞を残して、ぽいずんさんは楽屋の扉に向かった。が、扉から出る事無く立ち止まると、恥ずかしそうにすぐに踵を返してこちらに戻って来た。

 

「あ、あのぉ……レーベルの話が纏まって、時期になったら連絡したいんですけど、連絡先とか……」

 

「ああ、確かに……えーっと、一応俺がリーダーなんで、俺の連絡先でもいいですか?」

 

「あっはい…………やった……ドラムヒーローさんの連絡先ゲット……」

 

 おい!? 本当にこの人と連絡先を交換しても良かったのか!? やばいモンスターに個人情報を教えてしまったんじゃないよな!? トゥイッターのDMとかの方が良かったか!? ヨヨコ先輩が騙される心配より自分の心配をするべきだったかもしれん……誰か助けて! 

 

 俺が自分の行いを若干後悔していると、ぽいずんさんはまだ帰ろうとせずに、悪びれた様子も無く切り出した。

 

「その、あたしワケあって今日の物販に行けないんですけど、BoBの物販っていま買えたりしますか?」

 

「えぇ……知ってたけど、この人案外図々しいな……」

 

 ぽいずんさんは迷うことなく三千円でBoBキャップを購入して早速被って見せる。ピンクの洋服に黒いキャップ、これに黒いマスクなんて付けてたら、見紛う事なき地雷系だ。そんなぽいずんさんは店長と共に楽屋を出て行く直前、再びこちらに振り返った。

 

「あ、それと……あたしの事は『やみ』って呼んでください。それではBoBさんまた(・・)~☆」

 

 それだけいうと、やみ(・・)さんは今度こそ本当に店長と共に楽屋を出て行ったのだった。

 

 

 

 あれから俺は一度顔を洗ってから、物販を行う為に三人でフロアへと小走りで向かっている。思ったよりもやみさんとの話が長引いたので、もう物販の時間が始まっていて焦っているのだ。

 

「急げ急げ。これ(キャップ)が捌けなかったらバンド資金ほぼ無くなるんですよ」

 

「ちょっと!? あなたソレにいくらつぎ込んだのよ!?」

 

「いや、なんかキャップって結構製作費高くて……」

 

 物販フロアに着くと案の定他のバンドの物販は既に始まっていて、結束バンドの物販にも列が出来ていた。そんな中、どの列にも並ばずに無人のテーブルの前にたむろしていた人達が、遅れてやって来た俺達を見つけて声を上げた。

 

「……おっ! BoB来たぞ!」

「結束バンドの言う通りやっぱ帰ってないじゃん」

「おい太郎早くしろ! 今日はフリーハグあんのか!?」

「あれ? なんかバッグ持ってるけどもしかして……」

 

 俺達が自分たちのスペースへたどり着くと、俺の持つボストンバッグを目ざとく見つけた人達を中心に、あっという間に今まで無人だった一番端のスペースに列が出来ていく。

 

 俺はいつかのライブの時と同じように、ガムテープに『FREE HUGS』と書くと自分の胸に張り付けた。

 

「みなさんツイてますね、俺は今メチャクチャ機嫌が良いんです。フリーハグでもなんでもやったりますよ!」

 

「ん? いまなんでもって」

 

「うるさいですね……よし、それじゃ企画変更して物販をしよう」

 

「ふざけんな! フリーハグも物販も両方やって♡ やれ」

 

「正体表したね。っていうか怖すぎんだろウチのファン……ままええわ。じゃあはい、よーいスタート」

 

 物販で売る物が無かった事から始まった俺のフリーハグは、何故か好評を博した為にいまやBoB物販時の恒例行事になっている。

 

 現代人は人と人とのつながりが希薄になっていると言うから、もしかしたらその辺が人気の理由なのだろうか……世の中の人達は人のぬくもりに飢えているのかもしれない。まぁその相手は俺な訳だが……

 

 ようやく始まった記念すべきBoBの物販第一号は、まさに第一号に相応しい人物、ひとりのファン一号さんだった。ちなみに第二号は二号さんだ。滅茶苦茶ややこしい事この上ない。

 

「やっほー太郎君。今日のライブ凄かったね! 私最後鳥肌立っちゃった!」

「太郎君のボーカル良かったよ。あ、勿論おきくさんもつっきーちゃんも」

「ありがと~」

「ど、どうも」

「ありがとうございます。しかしこんなよく分かんないライブにまで来るとは……流石お二人ですね」

「よく分かんないって……まぁね! それで? それがBoB初の物販かな?」

「野球帽タイプなんだね。へぇ~、中々いいデザインだね」

「美大生にそう言って貰えると心強いです。百個作ったんですけど、これ捌けなかったらバンド資金無くなっちゃうんですよ……って事でお二人ともどうですか? なんならサインも付けますよ!」

「あはは! なら一つ貰おうかな。サインはつばにお願いしまーす」

「私も一つ下さい。サインは私もつば部分にお願いしようかな」

「ヘイまいど! それじゃあサラサラっと。良ければつっきーさんとおきくさんがサイン書いてる間にハグしますよ」

「それじゃあ……はい! どーぞ……って、はうっ!?」

「どっどうしました一号さん? 顔真っ赤ですよ」

「いっいや……だって前回は太郎君棒立ちだったじゃん! まさかそっちから抱き締められるとは思わなかったから……」

「さっき言ったでしょう? 俺は今メチャクチャ機嫌が良いんです!」

「ちょっと太郎! 機嫌が良いからってセクハラはやめなさい!」

「いやいやつっきーさん。ファンは……『覚悟してきてる人』…………ですよね。人を『ハグ』しようとするって事は、逆に『ハグ』されるかもしれないという危険? を常に『覚悟して来ている人』ってわけですよね……」

「何を言ってるのよ……それに自分で危険って言ってるじゃない……」

「というわけで、二号さんはどうします?」

「じゃ、じゃあお願いします……ひゃあっ!」

 

「ど、どうも。初めてライブ見ました。凄かったです」

「おっ新規ファンだ、囲め!」

「ちょっと落ち着きなさいよ……」

「あの……おきく? さんの歌カッコよかったです」

「え~本当~? ありがと~」

「流石のカリスマですね」

「あなた中々見る目あるわね」

「二人とも何目線なの?」

「BoBキャップはどうですか? いらない? 結構。では俺とのフリーハグはどうですか? キャップを購入しなくても出来ますよ」

「えっと……じゃあ、はい……」

「そんじゃあ失礼して……ちなみにここだけの話なんですけど、おきくさんの歌が気に入ったなら新宿FOLTのSICKHACKってバンドもオススメですよ

「……えっ? あの……?」

「はい、ありがとうございましたー。次の方どうぞー」

 

「太郎さん! ごとり様は今日もいないんスか!?」

「お、おう……すみませんね、ごとりちゃんは家の門限が厳しくて……」

「うおおおお! ほらな! 俺が言った通りだ!」

「? 何の話ですか?」

「いつもごとり様がいないんで俺達で話し合ってたっス! それで、ごとり様は実は超いいところのお嬢様じゃないかって結論が出たっス!」

「お、お嬢様?」

「そうっス! 門限が厳しくて、Gibson(ギブソン) Les Paul(レスポール) Custom(カスタム)なんて高級ギターを使ってて、犬を飼ってるのは間違いなくお嬢様っス! 前は犬の散歩でいなかったから、きっとデカい犬を飼ってて、清楚で物静かなお嬢様っス!」

「はーい。お薬出しときますねー。はい、一つ三千円です。ハグは? OKOK…………はい、ありがとうございました…………そろそろひとりの事も何とかしないとやばいなぁ」

 

 その後も、渋谷で出来た俺のファンの女性二人や、いけるやんお兄さん他、BoBのファンやら今日出演した他のバンドのファンやらと交流して、ありがたい事に気が付けばBoBキャップは完売していた。

 

 メンバーに配った分や、結束バンドとやみさんに販売した分を引くと、九十個程販売したのだが、今回買えなかったファンもいるし、今日来られなかったファンもいるので、増産を考えてもいいかもしれない。でも新しいグッズも作ってみたい。やっちまうか……両方! 

 

 

 

 物販の時間が終わりお客さんが捌けると、天使のキューティクルや屍人のカーニバルの人達が結束バンドとBoBを打ち上げに誘いに来てくれた。

 

「よかったらこの後皆で打ち上げしませんか?」

 

「やった~! やりましょ~!」

 

「おっ? 打ち上げ? いいね~行こ~」

 

 喜多さんと廣井さんの鶴の一声で結束バンドとBoBの打ち上げ参加が決まる中、虹夏先輩がどこかへ行ってしまった為に、手持ち無沙汰に一人ぽつねんと立っていたひとりの隣へ俺は歩み寄った。

 

「ようひとり、お疲れさん」

 

「あっ太郎君」

 

 声を掛けてはみたものの、先程のやみさんとの楽屋での事もあってか、どう話を切り出せばよいのか分からなくなった俺は、それきり言葉に詰まってしまった。

 

 珍しく俺が沈黙しているからだろうか、隣に立つひとりから明らかに困惑した雰囲気が伝わって来る。

 

 しばらく二人で無言で並んで立ち呆けていると、痺れを切らしたのか恐る恐るひとりが話を切り出した。

 

「あっあの……物販遅れて来たけど、何かあったの?」

 

「あー……いや、大したことじゃないんだよ。ちょっと店長と話をしててな。そういえばひとりは俺達が物販に来るまでに誰か知り合いと話とかしたか?」

 

「え? えっと……一号さんと二号さんが物販に来てくれたからその時少し……」

 

 どうやらやみさんとは会っていないらしい。物販には寄らないと言っていたから当然といえば当然だが……ならばやみさんに会ったことも、今はまだ黙って置いた方がいいかもしれない。

 

 やみさんに保留にしてくれと言った手前、まさか自分からレーベル話をバラすワケにもいかないので誤魔化したが、嘘は言ってないから大丈夫だろう……多分。

 

 この流れでいよいよ本題に入ろうかと思った……が、先程店長にはひとり本人に直接聞けと言われたが、まさかストレートに聞くのが恥ずかしかった俺は、とりあえずジャブを打ってみる事にした。

 

「あー……なぁひとり、バンド活動楽しいか?」

 

「えっ? うっうん。みんな優しいし、色々迷惑もかけちゃってるけど楽しいよ。それに――」

 

 俺の突然の意味不明な質問に驚きながらもひとりはそう答えると、弄っていた自分の指を見るように俯いて、恥ずかしそうに少し顔を赤くしながら言葉を続けた。

 

「そっそれに、太郎君ともバンド組めてるから……」

 

 そう言うと、ひとりは少し上目遣いで遠慮がちに俺へと顔を向けながら、はにかむような笑顔を浮かべた。

 

「……泣いてしまうからやめろ」

 

「えっ!? なななななんでっ!? あっ……泣くほど気持ち悪くてすみません……」

 

 まったくこいつは……ジャブを打ったらストレートのカウンターを食らった気分だ。普段は意味不明な発言をして場を混乱させる事しかしない癖に、どうして――どうしてこんな時は、俺の欲しい言葉をかけてくれるんだ。

 

 目の前で奇行を行なっているひとりを見ながら、俺の口から、気負いも、迷いも、躊躇もなく、するりと言葉が出て来た。

 

「なぁひとり。これからも、俺はお前とバンド組んでてもいいか? お前の……傍にいてもいいか?」

 

「えっ……そっそれはもちろんいいけど……っていうか、いっいてくれないと困るというか……でっでもなんでそんな事聞いて来るの……!? はっ!? もっもしかして!?」

 

 俺の言葉を聞いたひとりは、意味が分からなかったのか一瞬訝し気な表情を見せたかと思うと、次の瞬間何かに気付いたようで盛大に顔面をぶっ壊した。

 

「もしかして私、太郎君に見捨てられるの!? あばばばば……もっもうダメだぁ……おしまいだぁ……」

 

「情緒の忙しい奴だな……ま、なんにしても言質は取ったからな? 今後はお前が「もう離れて下さい」って言うまで付きまとってやるから覚悟しとけよ?」

 

 びったんびったんと床をのたうち回るひとりにそう言うと、俺はなんだかようやく胸のつかえが下りたようで、長い長い溜息を吐いた。それからやっと発作が収まったひとりに手を貸して立ち上がらせると、俺は気合を入れて提案する。

 

「……よし! ひとり! せっかくだからフリーハグしようぜ!」

 

「……えっ!! いっいやでもっ……ははは恥ずかしいし……」

 

「まぁまぁ~遠慮せず~」

 

 耳まで真っ赤にして視線をあちこちに動かすひとりを正面から、俺は優しく、しかししっかりと抱き締める。

 

「……ありがとな。ひとり」

 

 抱き締めながら俺が小声で改めてそう伝えると、ひとりは返事の代わりにおずおずと遠慮がちに俺の背中に手を回して来る。それに答えるように、俺は抱き締めた腕の力をわずかに強めた。

 

「ああ~! 何やってんの太郎君とぼっちちゃ~ん!」

 

 先程まで、他の出演者とこの後の打ち上げ話で盛り上がっていた廣井さんが、俺達を見つけて声を上げた。面倒な人に見つかったなと思ったが、今の俺の胸には錦の御旗、菊のご紋ならぬ大義名分のガムテープが張り付けてあるので恐れる物は何も無い。

 

「何ってフリーハグですよ。お互い出演者で物販の時は出来なかったんで今やってるんです」

 

「ええ~、じゃあ私もやってよ~」

 

「えぇ……しょうがないにゃあ……ほらひとり……ってそんな顔するなよ」

 

「えっ? あっいや、ちがっ……」

 

 名残惜しそうな表情のひとりと離れて廣井さんに向かって手を広げると、廣井さんは躊躇なく俺の胸に飛び込んできて背中に腕を回すと、いつかのおんぶの時のように胸に顔を擦りつけて来た。

 

「うへへへへ~。はぁ~ぬくぬくだぁ~」

 

「寒いんならそんな薄着じゃなくてちゃんと服着ましょうよ……」

 

 廣井さんに猫の様に抱き着かれていると、今度はフロアの隅から虹夏先輩の叫び声が聞こえて来た。みんな驚いたらとりあえず叫ぶのやめなさいよ……

 

「あーー!! なにしてんの太郎君! えっ!? フリーハグ!? みんなやったの!? みんな!? ずっずるいっ!」

 

「いや、みんなとはやってないっす。虹夏先輩もやります?」

 

「……えっ!! あっいや……でも、ま、まぁ? 太郎君がそんなに言うなら? 仕方ないっていうか?」

 

「伊地知先輩すごい勢いで触角が動いてますよ……」

 

「ぷぷぷ……むっつり虹夏」

 

「ちょ、ちょっとリョウ! ぬ゛ーん゛!!」

 

「あ、あの~……あとで俺達もハグいいですか?」

 

「いいですとも! あっ、じゃあ俺も後で一緒に写真お願いできますか?」

 

 虹夏先輩がリョウ先輩を追い回す中、屍人のカーニバルからハグをお願いされたので快諾する。屍人のカーニバルの人たちは数少ない俺と接点のある男性バンドだからな。なんとか仲良くしてもらおう。打ち上げでひとりを連れて話に行くのもいいかもしれない、あいつデスメタル好きだった筈だし。

 

「全く……なにをしてるんだか……」

 

「そんな事言って~。大槻ちゃんもハグして貰ったら~?」

 

「姐さん!? わっ私は別にっ……」

 

 こうしてひとりや廣井さんとのフリーハグ延長戦をどこぞから戻って来た虹夏先輩に発見されたのをきっかけに、虹夏先輩や屍人のカーニバルのメンバー等、希望する人たちとフリーハグをする事になった。

 

 その後、今日の出演バンド全員で打ち上げを(おこ)なって、今回の池袋ブッキングライブは無事、幕を閉じたのである。

 

 

 

 ちなみに天使のキューティクルの人たちとハグをしたか、だが……俺もまだ刺されて死にたくないからね。地下とは言え、アイドル相手は流石に怖くてハグなんて出来ないよ。




 名スカウトマンぽいずん♡やみ。結束バンドとBoBという二つのバンドをストレイビート(レーベル)への勧誘に成功する。

 池袋の話は割と初期からどうするか悩んでいたのを、見ないふりをしていたら来てしまいました。このエピソードは作者的にこの作品の方向性を改めて考える話だったと思います。

 作者はやみさん嫌いじゃないんです。この人は思った事をズバズバ言っちゃう厄介な人ではあるんですが、だからこそ嘘があんまりない感じするんですよ。なのでその嘘偽りない自己中で余計な発言こそが、主人公の悩みや迷いに対しては一つの救いになるって構図は面白そうだなって思ってこうなりました。

 池袋編はちょっと主人公を女々しくし過ぎたかなって気もします。ただ主人公だけ人間関係受け身なのってズルいかなって。全編通してここが一番の主人公曇らせ所で、これ以降は『恐怖を乗り越えた山田太郎』というか、『いつか失くしてしまうものばかりなら、強く刻んでおこう』の精神で、メンタルカチカチ主人公になるので許して。

 実は034話を書き終わった時、どうしても池袋編の納得のいく締め方が思いつかなくて、エタるかBoB解散の打ち切り完結しかねーなって思ったんです。池袋編に強引な展開が多いのはその名残です。そんな時この小説の感想を見たんですよ。それは本当にちょっとした普通の「この作品いいね」くらいの感想だったんですけど、なんかそれを見た時に何故かは全く分からないんですが、作中の救われた主人公じゃないですけど「皆が納得できる締め方は出来ないかもしれないけど、もうちょっと続けてもいいかもしれないな」って思えたんです。マジで。

 というわけで、読者の皆様いつもありがとうございます。

 作者は絶っ対余計な事を言ってしまうので感想に返信はしないんですが、全てありがたく読ませて貰っています。たまに返信しているのは本文を改訂する時で、後から感想を読んだ人(作者は人の作品の感想を読むのが結構好き)が感想を書いてくれた人に何言ってんだこいつ?となるのを防止する為です。


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037 ひとり・ざ・ろっく!

 ヘイお待ち! この話だけで一ヵ月かかったってマジ!? なんか異常に難しかったです。

 ところで秀華高校の制服ってブレザーとセーラーのどっちなんでしょう?
 調べたら正面の二本の縦線は『プリンセスライン』とかいうモノらしくて、これはセーラーにある奴はあるらしいです。
 原作でも冬になると喜多さんや佐々木さんが上着の上からセーター? カーディガン? を着てるんで、やっぱセーラーか?。
 でも女子がセーラーで男子はブレザー(前の話で太郎がブレザーを着てる)の学校ってあるのかな? ヤ、ヤバイ……もしかしたらしれっと学ランに修正してるかもしれません。


 池袋のライブが終わってしばらく経った今日は、ライブの打ち上げとSTARRYスタッフの慰安旅行を兼ねてよみ瓜ランドへ遊びに行く日である。

 

 STARRYに集合してからよみ瓜ランドへ向かう為、早めに準備をしていた俺のスマホに虹夏先輩からロインのメッセージが送られてきた。

 

『太郎君状況はどう?』

 

「『今からひとりの家に向かいます。成否に関わらず家を出る前にまた連絡するので、そのまま待機お願いします』っと。送信」

 

 虹夏先輩のメッセージに返事を送ると、了解と描かれた可愛らしいスタンプが返って来た。それを確認した俺は自分の身支度を終えると、決意を新たにひとりの待つ後藤家へと向かう事にした。

 

 

 

「たろう君いらっしゃーい!」

 

「こんにちは、ふたりちゃん。お邪魔するね」

 

 後藤家のインターフォンを鳴らすと、すぐにふたりちゃんとジミヘンが出迎えてくれた。家の中へあがると、そのまま俺はすぐにひとりの部屋へは向かわずに、まずリビングへ向かいおじさんとおばさんに挨拶すると、二人に前もって伝えておいた作戦を確認する事にした。

 

「おじさん、おばさん。こんにちは」

 

「やあ太郎君、いらっしゃい。待ってたよ」

 

「太郎君いらっしゃい。ひとりちゃんは部屋にいるわよ。それと例のアレ(・・)、準備出来てるわよ」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

「頼んだよ太郎君! 僕はここでビデオカメラを準備して待ってるからね!」

 

「うふふ。でも本当に大丈夫かしら?」

 

「その辺は俺に任せて下さい」

 

 作戦の確認が滞りなく終わると、俺はおじさん達と別れていよいよひとりの部屋へと向かう。ひとりの部屋の襖の前まで辿り着くと、いつもと同じように部屋の中へと声を掛けた。万が一にも着替え中だったりしたら大変だからな。

 

「おーいひとり、俺だけど入っても大丈夫か?」

 

「えっ? 太郎君?」

 

 出発時間よりも早く来た俺の声に、驚いたように反応したひとりの声が中から聞こえると、俺の前の襖がひとりでに開かれて、その先にはいつも通りのピンクのジャージを着たひとりが立っていた。

 

「随分早いね……ってあれ? 今日って遊園地に行く日……だよね? 太郎君その恰好……」

 

 俺は開いた襖から無言で部屋の中へと入ると、後ろ手で襖を閉めながらひとりへと視線を移す。そのまま俺に不思議そうな視線を向けるひとりへ一歩詰め寄ると、ひとりは驚きながら一歩後ずさった。

 

「なななななに……!? どっどうしたの!?」

 

 俺が一歩詰め寄るとひとりが一歩後ずさる。そのまま壁際までひとりを追い詰めると、俺は左肘から先を壁につけてひとりへ身を乗り出した。いわゆる壁ドン(誤用)ってヤツだ。

 

「ああああにょ……そにょ……たっ太郎君?」

 

「なぁひとり……」

 

「ひゃっひゃい!」

 

 顔を真っ赤にしながらあたふたとしているひとりの耳元へ俺が顔を近づけて静かに語りかけると、ひとりの体がビクリと大きく震えた。

 

「まず俺さぁ……もうすぐ誕生日なんだけど……」

 

「はっはははい……知ってましゅ……」

 

「それでな、ひとりに頼みがあるんだよ」

 

「ななななんでしょう……」

 

 顔を赤くしながら俯いて、困ったように両手の指をもじもじと重ね合わせているひとりを見ながら、俺は一応今のところ作戦が順調に進んでいる事に安堵する。

 

 ちなみにここまでの演出は全て、今日の計画を相談した時に喜多さんとリョウ先輩から貰った、『こうすればひとりはイチコロ』というよく分からんアドバイスだったりする。

 

 正直慣れない態度に体がムズムズしているので、さっさと終わらせたいのだが……えーっとこの後はどうするんだっけ? 確かひとりの顎を……

 

「ッ!?」

 

 俺が喜多さんとリョウ先輩のアドバイスを思い出しながら、空いている右手で俯いているひとりの顎を軽く持ち上げながら視線を合わせると、ひとりは驚愕したように目を見開いた。のだが……

 

 うお!? こいつ……顔が良い! なんだこいつ顔が良すぎるだろ!? 顔が良すぎる! やばいな、思わず語彙力が消失してしまった……おいやめろ! そんな潤んだ瞳で俺を見つめて来るな! まずい、早くしないと俺の方が堕とされそうだ……

 

 長い間見つめ合っているとまずいと感じた俺はさっさと本題に入る事にした。

 

「ひとり、お前は俺の頼みを聞いてくれるな?」

 

「えっ? いや、あの……」

 

「はい、って言え」

 

「は、はぃ……ってあああああああの……! そっそそそそれってもしかして、今日太郎君が制服着てる事にかっ関係あったりする……?」

 

 なんとか遠回しな言い方でひとりから了承を取り付けようと思ったのだが、流石に内容も聞かずに承諾は出来なかったのか、ひとりは焦ったように高速で視線をあちこちに動かしながら俺に質問してきた。

 

 そう、よみ瓜ランドへ向かう今日、俺は秀華高校の制服を着ているのである。

 

「お、中々勘が良いじゃないか。バレちまったら仕方ない。なぁひとり……今日は俺と一緒に制服デステニーならぬ制服よみ瓜で青春しようぜぇ……」

 

「制服よみ瓜っ!?」

 

 俺の言葉を聞いたひとりは驚いて叫んだ後、そのまま壁に背を預けながら白目を剥いて全身を震えさせ始めた。

 

 まずい、『制服よみ瓜』というワードのあまりの青春濃度の高さにひとりが泡を噴きながら痙攣を起こしてしまった。だが俺は慌てない。何故ならこいつが人の形を保っている状況はまだギリギリ大丈夫だからだ。

 

 そんな訳で、俺は痙攣を起こしているひとりに壁ドン(誤用)を続行したまま説得を続ける事にした。

 

「あばばばば……」

 

「お、おいひとり落ち着けって、な? 今回だけ俺への誕生日プレゼントだと思って頼むよ。大丈夫、お前が乗ってくれたら虹夏先輩達も制服で来るからさ」

 

 実は虹夏先輩達とはもう話は付いている。後藤家に来る前に連絡していたのがそれだ。ひとりの返事の結果を後藤家を出発する前に伝えれば、俺達がSTARRYに到着するまでの約二時間で虹夏先輩達は準備が出来るって訳なのである。

 

「でっでででも……」

 

「まぁまぁ、ちょっと考えてもみろよひとり」

 

 制服で行くのが俺達だけではない事に若干態度が軟化しかけたが、未だ渋る様子のひとりに俺はとっておきの手札を切る事にした。

 

「お前が虚言を投稿し続けてたギターヒーローの動画投稿欄があるだろ?」

 

「うっ……! でっでででもそれは太郎君だって……!」

 

「おっ落ち着け……! いっ今はそういう(・・・・)事を言ってるんじゃない……! よく考えろひとり……もし今日お前が制服でよみ瓜ランドに行ったとして……その事が書ける(・・・)んだぞ?」

 

「…………えっ!?」

 

「次の動画投稿の時に、『高校生はイベント盛りだくさんで大変!( *´艸`) この間なんて友達と制服でよみ瓜ランドに行ってきたよ!(*^▽^*)』なんて事が、虚言でも妄想でも誇張でも無く、嘘偽りない事実として書けるんだぞ……!」

 

「!!?!」

 

 おーおー驚いとる驚いとる。落ちたな(確信)。これで駄目だった場合は、最終手段として次のひとりの誕生日に俺がなんでも()言う事を聞いてやるとかなんとか言って説得しようと思っていたが、もう大丈夫そうだ。

 

 ひとりは動画を投稿した時の事を想像したのか、幸せそうに顔をふやけさせながら遂に俺の提案に乗っかって来た。

 

「うっうへへへへ……しっ仕方ないなぁ~……太郎君がそこまで言うなら、きょっ今日だけ制服着ちゃおうかなぁ~……」

 

「マジすかあざーっす! 流石ひとりさんっス!」

 

「うへへ……あっ、でっでも制服なんて今まで着てなかったから、急に言われても準備が……」

 

「大丈夫だ、その辺は抜かりない。ちょっと待ってろ」

 

 一年以上制服の上着を着ていなかった事を思い出したのか、ひとりが不安そうな声を上げた。だが問題無い。ひとりがその気になった時の為に、その辺は事前に対策をしてあるのだ。

 

 制服着用の言質を取った俺はひとりに部屋で待つように言ってリビングへと向かい、待機していたおばさん達にひとりの了承が取れた事を伝える。

 

 話を聞いたおばさんとふたりちゃんは、待ってましたと言わんばかりに用意していた秀華高校の制服の上着を持ってひとりの待つ部屋へと駆けて行った。

 

 おばさん達が行った直後はひとりの部屋が騒がしかったが、今は静かになったので上手くいったのだろう。俺はひとりの着替えが終わるのをリビングでおじさんと話をしたりジミヘンをモフったりしながら待っていると、リビングの外からふたりちゃんやおばさん達の声が聞こえて来た。

 

「おねーちゃんはやくー!」

 

「まままま待ってふたり……手を引っ張らないで……こっ心の準備が……!」

 

「えーなんでー? 早くたろー君に見て貰おうよー」

 

「太郎君お待たせ~。ほらひとりちゃん」

 

 一番初めにリビングに入って来たおばさんが廊下にいるであろうひとりに向かって声をかけると、ふたりちゃんに手を引かれて秀華高校の制服に身を包んだひとりが恥ずかしそうにリビングへと姿を現した。

 

「「おおー!」」

 

 俺とおじさんはソファーに座ったまま二人同時に感嘆の声を上げた。ソファーから立ち上がったおじさんはいつの間にかビデオカメラを回している。

 

 しかし秀華高校の入学式以来のひとりの制服姿だが……可愛過ぎか!? いや中学の時も似た様な制服を着てたんだが、こんなに似合っているのにどうしてこいつは高校からピンクジャージなんて物を着だしてしまったんだろうか? 謎は深まるばかりだ。

 

 まぁそんな事を考えていても仕方ないので、俺もおじさんに倣って自分のスマホでひとりの写真を撮る事にした。次に制服姿のひとりの写真を撮れる機会なんて卒業式になってしまうかも知れないし、こいつの事だから下手すると卒業式でもピンクジャージを着かねない。

 

 ひとりの写真を撮ったり、ひとりと一緒の写真をおじさん達に撮って貰ったり(まるで高校の入学式に戻ったような気分だ)しているうちに、そろそろSTARRYへと出発する時間がやって来た。

 

「おっとそろそろ時間だな。よし……じゃあひとり、最後に虹夏先輩達に送る用の写真を撮ろうぜ!」

 

 この写真はひとりとのツーショットを自慢する為……では勿論無く、本当にひとりが制服を着てよみ瓜ランドへ行くことの証明の意味を込めての写真である。万が一にも俺とひとりの二人だけが制服で、他の人は私服という事だけは避けなければならない。流石にそれは恥ずかしすぎる。

 

 そういう訳で俺はひとりと肩を組んで自撮りをすると、虹夏先輩に写真と共にメッセージを送る事にした。

 

「えーっと……『ウェ~イ! 虹夏先輩見てる~? 今からお宅のリードギターのひとりちゃんと~……制服でSTARRYに向かっちゃいま~す!』っと……パリピってこんな感じか?」

 

「いっいいねっ! 制服で遊園地なんて……もしかして私達もう陽キャなパリピなんじゃ!?」

 

 自分で送っといてなんだが、絶対に違うと思う……まぁひとりが楽しそうだからいいか。でも今はテンション爆上げでハイになっているが、絶対この後に我に返って面倒な事になるだろうけどな! 電車に乗ればこっちのもんよ。

 

 虹夏先輩にロインを送るとすぐに返事が来た。内容はひとりの写真を見た感想なのか、怒涛のスタンプ連打と、最後に『他の人達には私から伝えておくね!』といったメッセージが書き込まれていた。

 

 その返信を見た俺達は後藤家に見送られてSTARRYへと出発したのだった。

 

 

 

 電車に乗っている時も落ち着かない様子のひとりだったが、下北沢に着くと普段着ていない制服姿で歩くのは余程恥ずかしかったのか、この一年で下北沢に慣れて来たと思ったひとりを久々に背中に張り付けながら俺はなんとかSTARRYへ辿り着いた。

 

「おはようございまーす」

 

「あっ太郎君来た……って、あー! 本当にぼっちちゃん制服で来たんだね! かわいいー!」

 

「きゃー! ひとりちゃんかわいいー! こっちに目線お願いしまーす!」

 

「おお~……ぼっちの制服姿……SSRブロマイドとして一枚千五百円で売ろう」

 

「あっ……へへっ……あっちょ……しゃ写真はちょっと……たっ太郎君助けて……」

 

 いつものSTARRYの扉を潜り、階段を下りながら、手筈通り制服を着てテーブルについていた先輩達に挨拶すると、俺の背中に張り付いていた秀華高校の制服姿のひとりを見つけた三人は歓声を上げながらすぐに写真を撮り始めた。

 

「へぇ~、こうして見るとやっぱり後藤さんもちゃんと女子高生なんですねぇ~」

 

「ぼっちちゃんもキラキラしてるなぁ~……かぁ~! おにころが進むなぁ!」

 

 今日のよみ瓜ランドへ同行する、もう一つのテーブルに座っていたPAさんや廣井さんも、初めて見るひとりの制服姿に感慨深げな言葉を漏らしている。

 

 しかしひとりの恰好が可愛い事はいいんだが……こいつ人が多くなって来た場所からずっと俺の背中に張り付いてるのは、もうそういう妖怪としか思えないんだが? 見た目の良さで人を油断させるモノノケの(たぐい)だろこいつ……

 

「……そういえばひとりちゃんって昔はスカートの下にジャージなんて履いてたかしら? 履いてなかったわよね? せっかく可愛いのに、どうしてジャージを履くようになったの?」

 

 夢中になってひとりの写真を撮っていた喜多さんが突然気が付いた疑問を口にすると、俺の背中に隠れながら写真を撮られていたひとりは明らかに体を硬直させた。

 

 そう言われてみれば、確かに秀華高校に入って直ぐの頃は上着こそジャージだったが、スカートの下にはジャージなんて履いていなかった気がする。それが気が付けば何時からか全身ピンクになってしまっていたのは何故だろうか? 

 

 俺達が疑問に思っていると、ひとりは俺の背中にしがみ付いて震えながら声を上げた。

 

「ああああの……わっ私がスカートなんて履いたら、また(・・)太郎君に無価値な物を見せてしまう可能性が……」

 

「え? またってなんだよ? なんか見たか俺?」

 

「いっいや……あっあの……アー写撮影の時のジャンプで……その……」

 

「ジャンプって………………っ!?」

 

 恥ずかしそうに俺の背中に顔を埋めながらぽしょぽしょと話すひとりの言っている意味が分かった瞬間、俺は自分の顔が熱くなるのを自覚して、思わず声が裏返ってしまった。

 

「おっおまっ……なんでっ……!?」

 

 なんとかすっとぼけようと思ったが、俺の口から出て来たのは間の抜けた叫びだけだった。何故なら、あの時の写真の事は誰にも言っていない筈なのに、ひとりの口ぶりは完全に何があったのか分かっているようだったからだ。しかしそう言われて思い返してみれば、それ以降のひとりの恰好に思い当たる節もある。

 

「もしかしてお前がスカートの下にジャージ履き始めた理由ってあれ(・・)か!? いや、でもなんで……確かに俺は誰にも言わずに消した筈だぞ!? もしかしてデータが残ってたとか!?」

 

 俺の『データが残っていた』発言に対してひとりは背中に顔を埋めたまま首を横に振った。ならば何故バレたのかと疑問に思っていると、その答えがひとりの口から返って来た。

 

「だっだって……太郎君があんな風に何も言わず渋い顔する時は、私が何か冗談にしづらい失敗した時だもん……」

 

 え……? つまり顔に出てた……ってコト!? おかしいな平静を装っていたつもりだったんだが……しかしまいったな……後藤ひとり全身ピンク化の原因の片棒を自分が担いでいたと思うと、何とかしないといけない気分になって来る。

 

 しかし何とかすると言ったって、どうすればいいんだよ……まさか無価値な物では無く、とても価値あるものを見させて頂きました、なんて言う訳にもいかない。そんな事言って万が一にでもひとりにドン引きされたら、これからどうやって生きていくんだよ……

 

「えー、なになに? 何の話? アー写撮影の時って言ったら……確か太郎君が怖い写真が撮れたからってすぐに消したヤツだよね?」

 

 やばい、いつもは頼りになる虹夏先輩だが、今だけは話に入ってこないで欲しかった。まさかひとりの下着を写真に収めてしまって(すぐに消したが)、今はその弁明をしていますなんて言えないからだ。

 

 ひとりも思い出して恥ずかしかったのか、俺の背中に顔を押し付けたまましがみ付いている状態に俺が困っていると、ふいにリョウ先輩と目が合った。リョウ先輩はいつもの無表情で一度頷くと、一歩前へと踏み出した。任せていいんですねリョウ先輩? ここが乗り切れたら超特盛の牛丼を奢ってもいいですよ! 

 

「虹夏、落ち着いてよく聞いて」

 

「何? リョウは何か知ってるの?」

 

「多分だけど、アー写撮影でジャンプした時に太郎がぼっちのパンツを撮った」

 

「えっ?」

 

「ちょっとリョウ先輩!? なんだったんですかさっきのドヤ顔は!?」

 

 俺が声を荒げると、リョウ先輩から鋭い視線が返って来た。まるで素人は黙っとれとでも言いたげな視線だ。結論から言うとリョウ先輩の思惑通り自体はきちんと収束して、俺はこの後リョウ先輩に感謝して食べ物を奢る事になる。

 

「……ああ~! あの時のってそういう事だったんだ! も~! 太郎君ももっと早く言ってよ~! 私あの後しばらく怖かったんだから~!」

 

「……えっ? あの……? はい……」

 

「そういえば池袋のライブでもそうでしたけど、ひとりちゃんってあんまり運動神経良くないみたいですもんね。ごめんね、私がジャンプなんて提案しちゃったから……」

 

「あっいや……きっ喜多ちゃんのせいじゃないです……」

 

 あ、あれ? なんか割と大丈夫な感じ? てっきりバレたらつるし上げを食らってなんやかんやえらい目に遭うのかと思っていたが、なんだか和やかな雰囲気になっている。これが山田リョウメゾット? って奴か!? スゲー! 

 

 しかしこの空気が未だに信じられない俺がよほど訝し気な顔をしていたのか、俺の顔を見た虹夏先輩は笑顔で説明してくれた。

 

「まぁそういう写真が撮れちゃったのが事故だって事は、多分ぼっちちゃん含めてみんな分かってるから大丈夫だよ。それに太郎君もすぐに写真消してたしね!」

 

「は、はぁ……」

 

「そうよ。それにひとりちゃんも今日ジャージを履かずに来たって事は、一応気持ちの整理は付いたんでしょ?」

 

「えっ!? えっと……あっはい……」

 

 例の写真の事での俺の一応の無罪が確定すると、今度はひとりの制服の話になった。

 

 まさか今日の制服が俺の誕生日プレゼント替わりにとなかば強引に迫った事と、動画投稿欄にリア充エピソードが書けると丸め込んで着させたとバレる訳にはいかない。ひとりも同じような事を考えたのか、喜多さんの言葉に微妙な声色で返事をしていた。

 

 ただ理由はどうであれ、今日の制服の下にはジャージを履いていないという事は、実際気持ちの整理が多少は付いたって事なのだろうか? だとしたら少し安心する。

 

 俺が撮影を担当したせいでひとりにおかしなトラウマを植え付けてしまったのも事実なので申し訳なくも思う。もし撮影者が虹夏先輩辺りだったなら、たとえ下着を撮られてもジャージを履くような事は無かったかもしれない。

 

 高校時代はまだ良いとしても、これからずっとジャージを着て生きていくって訳にもいかないので、喜多さんの言う通り今日ジャージを履かずに制服を着た事は、一歩前進(中学の頃は普通に制服を着ていたので、元の位置に戻ってきたのか?)したという事で良いのだろうか? 

 

 しかしそういう事ならばと、せっかくなので俺は欲をかいてもう一歩先のステージを目指してみる事にした。

 

「じゃあひとり、今度その格好で一緒に学校に行こうぜぇ~」

 

「……えっ!?」

 

「いいわね! じゃあその時は私の友達も誘って、今度こそみんなで一緒にお昼食べましょう!」

 

「え゛っ!?」

「え゛っ!?」

 

「どうして二人してそんな声出すのよ!?」

 

 藪を突いて蛇を出すとはこういう事だろうか。俺が欲をかいたせいで出て来た喜多さんのあまりに恐ろしい提案に、俺達二人は同時に絞められた鶏の様な声を上げてしまった。

 

 実を言うと喜多さんに友人を交えての昼食に誘われたのは初めてではない。だがその度に、俺はのらりくらりと喜多さんのお誘いをかわし続けている。それでもなお懲りずに誘い続けてくれるのが喜多さんという陽キャの良い所であり、厄介な所でもある。

 

 考えても見て欲しい。俺の様な人間が喜多さんとその友人達という陽キャ集団に混ざって昼ご飯を食べるという状況を。新手の拷問か? さらに言えば、喜多さんの友人の中に男子を見た事が無い。ということは、男子は俺一人確定である。やっぱり新手の拷問だろ? 

 

 ひとりは一度喜多さんに捕まってお昼を一緒してから(俺は不参加だった)、昼休みになるとまるで忍者のように忽然と姿を消すようになってしまった。余程耐えがたい何かがあったのだろう。おかげで最近は昼休みになったら二人していつもの謎スペースに一目散に逃げ込んでいる始末だ。

 

 おまけにひとりは席が喜多さんの真後ろであることから、休み時間に少し席を外せば大勢の喜多さんの友人が席の周りに集まり、ひとりの机にもたれ掛かったり座ったりしているのだ。教室に戻って来て自分の席が占拠されてオロオロしているひとりを見るたびに、俺はひとりを誘って廊下で休み時間終了まで駄弁っている。

 

 そんな訳で、二年になって喜多さんと同じクラスになってから、ある意味で俺達の心労は一年の頃より増えたと言っても過言では無い。

 

 あれほどクラスメイトから話しかけて貰おうと頑張っていたひとりも、いざ本当に向こうから話しかけられると上手く会話出来ずにストレスを感じているのだから上手くいかないものである。

 

 勿論喜多さんやその友人たちは良い人達だ。きっと普通の人間ならこういう事をきっかけに交友関係を広げたりするんだろうが、結局俺達がぼっちなのは周りからのアプローチが無かったからでは無く、俺達自身の気性とか性根の問題だったようで、世の中なんともままならないものだと感じてしまう。

 

 制服姿で一緒に昼ご飯を食べるというその時(・・・)の事を想像しているのか、楽しそうにはしゃいでいる喜多さんを俺達がこわばった表情で無言で見つめていると、店長が姿を表した。

 

「おい、そろそろ時間だから出発するぞ……ってぼっちちゃん本当に制服着て来たんだな……」

 

 店長はフロアを見渡して全員が揃っている事を確認すると、目ざとく俺の後ろに隠れていたひとりを見つけて、流れるようにスマホを突き出し写真を撮った。

 

「そういえば店長達は制服着ないんですか?」

 

「はぁ? 着るわけ無いだろ」

 

「でもほら、大人でも制服で遊園地って今流行ってるみたいですよ? ひとりもみんな一緒に制服の方がいいよな~?」

 

「えっ……? あっ……えっと……」

 

「…………」

 

「……えっ? 先輩もしかして迷ってるんですか~!?」

 

「ちょっとお姉ちゃん!? 太郎君も変な事言わないで! 三十路の姉の制服(コスプレ)姿と一緒に遊園地に行く()の事も考えてよ~!」

 

「……実際ディステニーなんかじゃ大人の制服って居るみたいですけど、現役JKが言葉にすると破壊力ありますね……」

 

 虹夏先輩の切れ味鋭い言葉のおかげか、結局大人組の制服(コスプレ)姿は叶わず、俺達はよみ瓜ランドへ向かう事になった。

 

 

 

「ついた~~! よみ瓜ランド!!」

 

「見てひとりちゃん! 私達の他にも結構制服の人いるわよ!」

 

「あっはい……」

 

 よみ瓜ランドに到着すると、テンションの高い虹夏先輩と喜多さんから改めて今日ここに来た目的が発表された。

 

 今日は池袋のライブの打ち上げと、STARRYスタッフ一同の慰安旅行、そしてなにより――未確認ライオットの一次審査の結果が来る日なのである。

 

 先の説明の通り本日は池袋ライブの打ち上げという事もあって本当はヨヨコ先輩も誘ったのだが、ヨヨコ先輩はSIDEROSメンバーと共にライオットの結果を待つとの事で今日は断られたのだ。ちょっと制服姿のヨヨコ先輩も見たかったが仕方ない。

 

 ヨヨコ先輩からは結果が届いたらすぐに連絡するとの事なのだが、未だに連絡は無い。そして結束バンドである虹夏先輩のスマホにも未だ連絡は無い。ヨヨコ先輩は自分達(SIDEROS)が一次で落ちるとは全く思っていないようだったし、俺もそう思うが、まだ連絡が来ない事にいささか不安になってくる。

 

「今日は日頃の不安吹き飛ばすくらい遊ぼーーー!」

 

 同じく当事者である虹夏先輩は不安も人一倍なのか、去年の夏に江の島に行った時とは比べ物にならないくらいはしゃいでいるが、出て来る言葉を聞けば無理矢理テンションを上げて現実逃避を行なっているみたいだ。

 

 そんな虹夏先輩の高いテンションとは正反対に、気だるげにベンチに座っているのが大人三人組だった。

 

しんどい

だるい

吐きそう

 

「やさぐれ三銃士!!」

 

「あ、あれ? 今日って慰安の意味もありましたよね……? なんでお三方はそんなダメージ受けてるんですか? 折角来たんですから俺達と一緒に回りましょうよ!」

 

「うるせぇな……この歳になって遊園地ではしゃぐとか……大人はそんな単純じゃないんだよ……」

 

「なんなんスか……こんなに明るい場所でそんな話聞きたくないですよ……」

 

「まぁとにかく私達は何か食べて時間潰してるから、お前ら遊んで来いよ」

 

 周りの同年代の子連れの来園者を見てダメージを受けていた大人三人はそういってレストランへ向かうと、オープンテラスで酒を飲み始めてしまった。あれだけやさぐれていたのに酒が入ると上機嫌になるのは、大人の方がよっぽど単純なように見えるんだが……

 

 仕方が無いので大人三人は放って置いて俺達だけで周る事になった。今回の遊園地で音頭を取るのは、こういう事をやらせたら俺達の中で右に出る物はいないであろうテーマパークマスターの喜多さんだ。

 

「今日は私に任せてくださいっ! 楽しい一日にしてあげます!」

 

 意気込み十分に喜多さんが語る中、大人組と同じ位低いテンションなのがひとりとリョウ先輩だった。

 

「おいどうしたひとり?」

 

「あっいや……カップルとか子連れとか学生集団とか、私の心を抉るものが多すぎて……」

 

「カップルは分かるが子連れはお前と関係ないだろ……あとお前は自分の恰好を思い出せ……今のお前は遊園地では割と上位の存在だぞ……リョウ先輩はどうしたんです?」

 

「家でだらだらしたかった……」

 

「えぇ……ほら二人とも、喜多さんもはりきってますし俺達も行きますよ」

 

 俺がひとりとリョウ先輩と話をしている中、よみ瓜ランドのマスコットキャラである瓜ボーと写真を撮っていた虹夏先輩と喜多さんが戻って来ると、テーマパークマスターの喜多さんにまず案内されたのは色々なグッズが売られているショップだった。

 

「いきなりショップですか?」

 

「そう! まずは形からって事で、瓜ボーカチューシャつけましょう!」

 

「え~……こうゆうのつけるの恥ずかしいんだけど」

 

「いやいや似合ってますよ虹夏先輩! キャー虹夏チャンカワイイー!」

 

「もー調子いいんだから~! あっ、それじゃあ太郎君もどうぞっ……って、くっ!」

 

 喜多さんにカチューシャを被せられた虹夏先輩を褒める俺の頭に、虹夏先輩がカチューシャを被せて来た。だがカチューシャを被った俺の姿を見た瞬間、虹夏先輩は笑いが噴き出すのを堪えながら顔を真横に逸らした。

 

「ぷっ……くくっ……た、太郎君も、か、かわいいよっ……くくっ……」

 

「ぷぷぷっ……たっ太郎、に、似合ってる……」

 

「なんなんすか虹夏先輩もリョウ先輩も……」

 

 どうせならせめて一思いに笑って欲しい。まぁ男の俺がこういうのをつけても様にならないのは分かっていたので、俺は自分につけられた瓜ボーカチューシャを外してひとりの頭につけてやる事にした。

 

「あっ……えっ!?」

 

「おー、やっぱりひとりの方が似合うな」

 

「きゃー! ひとりちゃんかわいいー!」

 

「いいね~! ぼっちちゃん似合ってるよ!」

 

「瓜ぼっち」

 

「おしっ! それの代金は俺が払ってやるから、お前今日はそれつけて周ろうぜ!」

 

「えっ……えっ!?」

 

 そんな訳で、俺とこういうのにあまり興味の無い様子のリョウ先輩以外は瓜ボーカチューシャをつけて遊園地を周る事になった。女子が制服姿にこういうグッズを身に着けると、一気に青春感が増してくるので大変よろしい。後でこのレアなひとりの写真を撮っておこう。

 

 いよいよアトラクションに向かう事になりまず一番最初にやって来たのは、喜多さんが言うには遊園地の定番らしいお化け屋敷だ。

 

 ここだけの話、俺はお化けと虫が苦手だ。しかしお化けに関しては今までこういう人工的な物はそうでもない筈だったのだが、ここ最近SIDEROSの霊感少女である内田さんと交流を持ってから、なんだか昔より弱くなったような気がする。

 

 俺が若干の神妙な面持ちでお化け屋敷の建物を見ながら、こういうのに強いひとりを盾にして後ろから付いて行こうかと考えていると、突然虹夏先輩が俺の左腕をガッチリと組んでホールドしてきた。驚いて虹夏先輩を見ると、先輩は不気味に口の端を吊り上げていた。

 

「えっ? な、何ですか虹夏先輩……あの、動きづらいんですけど……」

 

「……太郎君お化け苦手なんでしょ? じゃあ行こっか! ぼっちちゃんは右腕を拘束して!」

 

「あっはい!」

 

「あっはい! じゃねぇよ! なんで珍しくそんな元気なんだよ……やめ、やめろ! ちょっと虹夏先輩!? 俺は人工物はそんなに……ってちょっと……やめ、やめて! 自分のペースで歩かせて!」

 

「太郎南無」

 

「じゃあリョウ先輩は私と一緒に行きましょう!」

 

 喜多さんはリョウ先輩と腕組みして、俺は右側をひとり、左側を虹夏先輩という二人に腕を拘束されて、動きを封じられながらお化け屋敷に入る事になった。

 

 

 

 

 

「あー面白かった。まぁお化け屋敷も怖かったんだけど、お化け役の人に別の意味で驚いたぼっちちゃんに驚いたお化け役の人の声に驚いた太郎君の声に驚いたって感じだったね……」

 

「お化けより前を歩く太郎達を見てる方が面白かった」

 

「俺はえらい目に遭いましたよ……虹夏先輩は怖がってるフリしながらもどんどん進んでいくから足を止める事も出来ないし……」

 

「あはは! よしっ! じゃあ次はジェットコースター乗ろう!」

 

 なんとかかんとか無事お化け屋敷が終わり、次に虹夏先輩がリクエストしたのはジェットコースターだった。

 

 確かひとりはこういう絶叫系は苦手だったと記憶しているのだが、虹夏先輩に大丈夫か確認されたひとりは元気よく肯定の返事をしていた。恐らく他の三人が楽しみにしているこの空気を壊さない様に頑張っているのだろう。ならば俺も止める事はすまい、骨は拾ってやる。

 

「じゃあ五人だし席はどうします?」

 

「あ、俺はひとりの後ろに座りますんで、皆さんで隣どうしで座ってください」

 

「いいの山田君?」

 

「ええ。そこがベストポジションなんですよ」

 

 流石の陽キャ兼テーマパークマスターの喜多さんである。こういう遊園地奇数問題に関しても抜かりなく気を遣ってくれる。

 

 遊園地奇数問題とは、大体遊園地の乗り物は偶数であることが多い問題である。ジェットコースターは大体横二列だし、観覧車は定員が四人までだったりするアレだ。

 

 喜多さんは一人席になってもあまり気にしないのかも知れないが、俺も今日は結束バンドに割り込むような真似はするつもりは無かったので、自分から端数になるように申し出る。それにこれに関してはひとりの後ろに座る理由というか、必要性もあるのだ。

 

 そういう訳で、俺達は第二のアトラクションのジェットコースターの列に並ぶのだった。

 

 

 

 

 

「は~どきどきした! ってひとりちゃん!?」

 

「これは……ぼっちちゃんの魂がジェットコースターの速度に付いて来れずに飛び出しちゃったんじゃ!?」

 

 ジェットコースターが一周して元の位置に戻って来ると、一番前に乗っていた虹夏先輩と喜多さんが後ろのひとりの異変に気付いて声を上げた。だが何も問題は無い。こういう事の為に俺はひとりの後ろの席に座ったのだから。

 

「でも気絶してるのに、ひとりちゃんなんだか凄く幸せそうな顔してますね?」

 

「太郎君大変! ぼっちちゃんが……って何持ってるの!?」

 

「ああ大丈夫ですよ。ほら、ひとりの魂ならこうして捕まえときましたから」

 

「どういうこと!?」

 

 俺は慌てた様子の二人に、胸に抱いていたピンク色のフヨフヨした謎の物体を掲げて見せた。

 

 今回俺はジェットコースターを楽しみつつも、いつ速度に耐え切れずひとりの体から魂が飛び出すかの方に全神経を集中していた。

 

 ひとりの体からすっぽ抜けた魂を、よみ瓜ランドのジェットコースターの最高速度である110kmでキャッチして、どこかに吹っ飛んでいかないように抱き締めておくのは、どのアトラクションでも体験できないスリル満載のイベントだぜ! これ絶対なんか楽しみ方間違ってるよな……? 

 

「で、でもどうやってソレ(・・)をぼっちちゃんに戻すの?」

 

「……まぁこういうのは口とかその辺の穴からぶち込めば大丈夫でしょ? へーきへーき」

 

 よく分からんが、確かおばさんも何かあったら適当に穴という穴にぶち込めって言ってたしな。

 

 俺がピンク色のフヨフヨした謎の物体をひとりの口から無理矢理捻じ込むと、ひとりの体がえび反りになり一度大きくビクリと跳ねた。ホラーかよ……お化け屋敷はもう終わった筈だろ……だがその処置で正解だったのか、直ぐにひとりは目を覚ました。

 

「んがが…………んはっ!? あっあれ!? 私は今まで何を……」

 

「よかった! 大丈夫ひとりちゃん?」

 

「えっ? あっはい……でもなんだか気を失ってからさっきまで、凄く暖かくて安心できる場所にいた気が……」

 

「おい怖ぇよ……本当に大丈夫なんだろうなお前……」

 

 ひとりの言葉を聞いていると、こいつは極楽浄土へ片足を突っ込みかけているんじゃないかと思ってしまう。怪談の季節にはちょっと早いぞ……

 

 意識を取り戻したひとりの話を聞いている間、何故かリョウ先輩も席から中々立ち上がろうとしなかった。そんなリョウ先輩を見かねた虹夏先輩が早く降りるよう促すと、リョウ先輩は無言で片手を突き出して来た。

 

「え? 何? 手なんか出してどうしたのリョウ?」

 

「太郎」

 

「え? 俺ですか?」

 

「……腰が抜けて立てない」

 

「えぇ……しょうがないですね。じゃあ肩貸しますんで……」

 

「だからおぶって」

 

「えぇっ!?」

 

 そんな訳で俺は今、次の喜多さんおすすめアトラクションであるアシカショーへ向かう為に、ジェットコースターで腰が抜けてしまったリョウ先輩をおぶって移動している。

 

「はぁ……自分で歩かなくていいのラク過ぎる……一生太郎の背中で暮らしたい……」

 

「イヤですよ……リョウ先輩は子泣き爺(妖怪)かなんかですか……」

 

「だらけてる先輩もイイっ! あっ! この角度なんかアンニュイな感じでステキ!」

 

「ちょっと誰か喜多さんを止めて下さいよ……」

 

 俺の背中に全体重を預けてぐでっとしているリョウ先輩は、いつぞやの廣井さんを思い出して仕方ない。なんでベーシストって皆こんな感じなんだ……? え? もしかして内田さんも……!? 

 

 実は最初、リョウ先輩に肩を貸したり背負ったりする役に喜多さんが自ら立候補したのだが、リョウ先輩の「郁代は安定感が無さそうだから」という一言で何故か俺が背負っていく事になってしまったのである。

 

 確かにリョウ先輩より背の低い喜多さんが背負っているのは見た目がよろしくないし、大変そうなので仕方ない。だからって歩いてる最中ずっと俺達(主にリョウ先輩の顔)の写真を撮ってるのはやめて欲しい。

 

 遊園地で人を背負って歩いているだけでも目立つのに、背負われているリョウ先輩の顔が良いせいなのか、それとも同じく顔の良い喜多さんが俺達の周りをウロチョロしながら写真を撮っているからなのか、さっきから道行く人がこちらを見て来るのがなんだかメチャクチャ恥ずかしい。

 

 完全に余談だが、この日を境によみ瓜ランドで制服の男女がおんぶをして写真を撮るのが少し流行ったのは完全に喜多さんが原因だと思う。誓って俺は関係無い。

 

 そんなわけで、好奇の目線からの羞恥心を堪えながらリョウ先輩を運び、アシカショーへとやって来たのである。

 

 俺はあまり興味の無かったアシカショーだったが、しかし実際に見てみるとちょっとガチでアシカに感心してしまった。

 

「はえ^~すっごい。いやマジで。アシカってなんて言うか……すごくすごいんですね」

 

「太郎君語彙力!? でも確かにすごかったね!」

 

「アシカって頭いいんですね~!」

 

「…………じゅるり」

 

「ちょっとリョウ!?」

「リョウ先輩!?」

 

「冗談冗談」

 

「もー、リョウのは冗談に聞こえないよー」

 

「ワイルドな先輩もステキ……!」

 

「えぇ……もはや喜多さん(この人)リョウ先輩ならなんでもいいんじゃ……で? ひとりは何を真剣にお願いしてるんだ?」

 

 お腹を鳴らしながら笑えない冗談を言うリョウ先輩に俺達がツッコミを入れている間、ひとりはショーを見ながら両手の指を組んで、涙を流しながら真剣に何事か祈っていたので気になって訊ねてみた。

 

「あっいや……その……らっ来世はアシカになれたらなって……」

 

「えぇ……お前アシカになりたいの……?」

 

 とんでもない事を聞いてしまった。こいつもう来世の事考えてるのかよ……どうせひとりの事だから今のショーを見て、拍手したりボールを運んだりジャンプしただけでちやほやされてるアシカになりたくなったんだろうが、アイツ等多分アシカ界のエリートだぞ。

 

「マジかよ~……来世も俺と一緒に人間やろうぜ~」

 

 その言葉を聞いたひとりは俺の顔をぼんやりと見て少し考えこんだ後、膝に置いた手を強く握ったまま無言で俯いてしまった。やはり人間はもう嫌なのだろうか? それともそんなにアシカになりたいのか? ここはひとつ人間の良さをアピールしておくべきかもしれない。

 

でっでも……それ(来世)だと太郎君とはもう…………

「じゃあ来世もお互い人間だったら、バンド……かどうかは分かんないけど、また一緒になんかやろうぜ~」

 

「……っ!!」

 

「うわびっくりした……! どうした急に?」

 

 アシカより人間の方が絶対楽しいぞと伝える為に一緒に何かやろうと誘った途端、突然弾かれたように顔を上げたひとりは、なんだか泣きそうな様な、感極まった様な表情でこちらを見て来たので、俺は何事かと驚いてしまった。

 

「何なになんなの? そういえば今何か言いかけてたけど、どうした?」

 

「そっそれはもう大丈夫……! うへへ……」

 

「そ、そうか? まぁいいけど……」

 

 ひとりは先程まで泣きそうだったのに、急に気持ち悪いにやけ顔を浮かべ始めたのでどうしたのかと聞いてみたが、もう大丈夫らしいので俺はそれ以上突っ込まない事にした。ああいう顔を浮かべている時のひとりは変な妄想をしている時なので、そっとしておいた方が良い。ほう、経験が生きたな。

 

 そうしている間にリョウ先輩のお腹がもう一度大きく鳴ったので、俺達は何か食べてから次のアトラクションに向かう事にしたのだった。

 

 

 

 フードコートで軽く食事をして(リョウ先輩に今日の例の写真騒動のお礼として一品奢っておいた)、その後も色々と周り閉園時間が近づいてくると、喜多さんが最後に観覧車に乗ろうと言い出した。

 

「観覧車は四人乗りですね。組み分けはどうします?」

 

「! し、仕方ないなぁ~……じゃあ私と太郎君とぼっちちゃんで……」

 

「あ、俺は店長達の様子を見て来るんで、四人で乗ってください」

 

「……えっ!? た、太郎君乗らないの? 制服で女子と観覧車だよ!? 青春だよ!?」

 

「言い方……まぁ俺はまた来年もチャンスあるんで!」

 

「ちょっと! それじゃあ私にもうチャンスが無いみたいじゃん! ……じゃあ卒業旅行! 私達の卒業旅行は大槻さん達なんかも誘ってみんなで制服ディステニー行こうよ!」

 

「それは構いませんけど……虹夏先輩なんでそんな必死なんですか?」

 

 虹夏先輩はアー写の時といい青春って単語に拘っているから、案外そういうのが好きなんだろうか? しかし提案はちょっと魅力的だったが、ここで虹夏先輩の言う通り三対二の組み分けで観覧車に乗る事になるとまずいので、俺は自ら観覧車乗車を辞退する。

 

 何故なら忘れてはいけない、もうすぐ一日が終わりそうなのにも関わらず、ライオットのデモ審査結果がまだ虹夏先輩のスマホに届いていない事を。受かる事を信じてはいるが、もし観覧車内で落選通知が届いたらと思うとぞっとする。

 

 俺はぶー垂れる虹夏先輩と三人が観覧車に乗るのを見送った後、店長達がいるであろう最初のフードコートに向かう事にした。

 

 周りを見渡しながら歩いていると、フードコート近くのベンチで無事やさぐれ三銃士を発見したが、三人は飲み過ぎたのかぐったりとしており、見知らぬ子供たちに髪を弄られたり、空き缶を頭に載せられたりしておもちゃにされていた。

 

「お、おい何してんの君たち!? 命が惜しくないのか!?」

 

「なんだおまえー」

 

「おにーちゃんこのおねーちゃんたちの知り合い?」

 

「…………ソウダヨ」

 

 いかん……飲み潰れた三人のあまりのアレな姿に、肯定するのにちょっと躊躇してしまった。しかし良かったですね三人とも! 純真無垢な残酷さを持つ子供たちにまだお姉さんって呼ばれてますよ! 

 

 美人だがクール系の店長や酔っ払いの廣井さん、それに加えてピアスバチバチである意味一番見た目が怖いPAさんの三人をおもちゃにするという、そんな恐れを知らぬ子供たちを注意して帰らせると、俺のスマホにヨヨコ先輩からロインの連絡が入った。

 

『未確認ライオット一次通過の連絡が来たわ』

 

「おお! 『おめでとうございます』っと」

 

 お祝いのメッセージを返すと、『ま、まぁ私達なら当然だけど?』みたいな返信がすぐに返って来た。ドヤ顔のヨヨコ先輩が目に浮かぶようだ。

 

 しかしSIDEROS(実力者)であるヨヨコ先輩から今頃俺に連絡が来たという事は、審査の通過者には今まさに合格通知が一斉送信されたのかもしれない。だとすると、受かっていれば虹夏先輩のスマホにも連絡が来ているのだろう。もし落ちてたら……ナオキです。

 

 虹夏先輩達は観覧車に乗車中だし、店長達は酔いつぶれてグロッキーなので、俺は結束バンドの審査結果に今更ながらドキドキしつつ、店長達と同じベンチ、PAさんの隣に座って滅茶苦茶ロインを送って来るヨヨコ先輩とやり取りしながら待つ事にした。

 

 

 

「ん……あれ? 山田君?」

 

「あ、PAさんおはようございます……でいいんですかね?」

 

「…………うっ、目が覚めて挨拶してくれる人が居る生活ってこんな感じなんですね……」

 

「急に何の話ですか!?」

 

 しばらくすると三人の中で比較的まともな様子のPAさんが最初に目を覚ましたので俺が挨拶すると、起き掛け一番に意味不明な事を言いながらPAさんがよよよと萌え袖を目元に当てて泣き出してしまった。いきなり私生活の闇を噴き出すな。その声に反応したのか、店長や廣井さんも続々と起き出して来た。

 

「うるせぇな……ってなんだこの髪は!? 誰だこんなことしたのは!?」

 

「う~ん……頭ガンガンする……記憶もねぇ……」

 

「二人共今日なにしに遊園地に来たんですか……」

 

 目が覚めた店長達と少し話をしていると、ふいに虹夏先輩の声が聞こえて来た。声のする方に顔を向けると、手を振りながらこちらに向かって駆け寄って来る虹夏先輩と三人の姿が見えた。

 

「おねーちゃん-ん!! たろーくーん!! デモ審査とおった~~~!」

 

 走って来たそのままの勢いで嬉しそうに店長に抱き着く虹夏先輩や、その周りに集まるリョウ先輩や喜多さんを見ていると、ふと一歩引いた場所で佇むひとりの姿が目に入った。

 

 なんだか神妙な顔のひとりに、審査通過のお祝いでも言おうかと思ったが、すぐに虹夏先輩達は俺の元へとやって来たので、浮かしかけた腰を再びベンチに戻すことにした。

 

「やったよ太郎君! デモ審査通ったよ~!」

 

「やりましたね! おめでとうございます!」

 

 俺がベンチに座ったまま両手の平を相手へ向けてバンザイの様に上へ上げると、すぐに意図を察してくれたのか、虹夏先輩、リョウ先輩、喜多さん、最後にひとりが順番にハイタッチをしてくれた。

 

 そうして閉園時間ギリギリまで虹夏先輩達と審査突破を喜び合った後、特に店長が焼肉を奢ってくれるといった事も無く俺達は各自帰途に付いた。

 

 審査突破という喜ばしい事があったというのに、しかし俺はどうにもひとりが観覧車を降りてから……正確には審査突破のメールを貰った後からだろうか? 何かに悩んでいるのではないかと感じていた。

 

 その証拠に帰りの電車に乗っている今も、普段なら恥ずかしがってすぐに外すであろう瓜ボーカチューシャ等の遊園地グッズを身につけっぱなしで、神妙な顔をして座っている。

 

 結局、電車が最寄り駅に着いてもひとりの様子が治る事も無く、上の空と言った感じで後藤家の前まで来てしまった。こいつが悩んでいる時は、何故かいつも夜の後藤家の前で話をしている気がする。

 

「審査通ってよかったなひとり。まずは第一関門突破って感じだな」

 

「うっうん……ありがとう太郎君」

 

「いやー俺の方が緊張してくるぜ……ここから始まっちまうかもなぁ……後藤ひとりの伝説がよぉ……」

 

 このまま家に帰すのもどうかと思い、改めて審査突破のお祝いと冗談を俺が言うと、ひとりは何やら神妙な顔をしてこちらを見ていた。

 

「どうした?」

 

「いや……あの……」

 

 ひとりは何かを言い淀んだ末に、両手でスカートを握りしめて俯くと、やがて絞り出すように声を上げた。

 

「……私だけ(・・)楽しくていいのかな……って」

 

「? どういう意味だよ?」

 

「いや……その……たっ太郎君が……太郎君も……太郎君……だって……」

 

 消え入りそうな声になりながら、ひとりは怯えたような上目遣いで俺を見て来た。

 

 ああ、なるほど。優しいひとりはずっと俺の事で悩んでいてくれたのかもしれない。そう思うと、やっぱり俺はひとりの足を引っ張ってばかりだ。そんな思いをさせる為に、俺はお前の傍に居たかった訳じゃないんだ。だから、俺のせいで出て来てしまったこの問題は、俺がなんとかしなければいけないのだ。

 

 俺はゆっくりとひとりの正面に立つと、スカートを強く握りしめていたひとりの両手を優しく手に取り、真剣な表情でひとりの不安気な目と視線を合わせた。

 

「なぁひとり。俺と結束バンド、どっちの方が大事だ?」

 

「っ!! そっ……れは……」

 

「わはは冗談だよ。ご、ごめんな」

 

 ちょっと冗談を言って場を和ませるつもりが、勢いよく顔を上げたひとりが今にも泣きだしそうな表情だったので謝っておく。

 

 俺は手に取ったひとりの両手に視線を向けるように下を向いて、ギターの練習で固くなったひとりの指先を弄りながら言葉を続けた。

 

「正直お前とバンド組んでる虹夏先輩達が羨ましいって気持ちはまだ少しはある……でもまぁ、それに気付けたから、俺はもう大丈夫だよ。お前とはBoBもあるしな!」

 

 羨ましいのも事実だが、大丈夫なのも本心だ。だから、俺の事は気にせずに頑張って欲しいのだが……後はどうやってひとりに納得して貰うかというのが問題だ。

 

「それに、いま俺とお前が組んだらU-20じゃ敵なしになっちまうからな。それはそれで面白くないだろ? 可愛い子には旅をさせよとも言うし、俺のいないバンド活動でこそ、得る物もあるんじゃないか?」

 

 なんとかそれっぽい事を言ってひとりのエンジンを掛けようと思ったのだが、ひとりの顔を見ると納得したようなしていないような、何とも微妙な顔をしていた。こいつは自分の事はそうでもないが、他人の事になると意外と強情だからな。

 

 だがその表情から、あともう一押しだという雰囲気も感じるので、なにか発破になるような言葉は無い物だろうかと改めて考える。

 

「うーん……でもお前、あの(・・)メンバーで頑張ろうって思ったんだろ?」

 

「……うん」

 

「じゃあ行けるところまで頑張ってみようぜ。最後まで応援するからさ。それで俺に聴かせてくれよ、結束バンドでのお前のロックを」

 

「結束バンドでの……私のロック……」

 

 なにか感じる物があったのか、ひとりは何かを確かめるように、呆然と俺の言葉を繰り返した。

 

「ああ。BoBでしか出来ない物があるように、結束バンドでしか出来ない、結束バンドのお前だからこそ出来るロックってのが、きっとあると思うんだよ。だから、それを聴かせてくれよ」

 

「……うんっ」

 

 ひとりは小さな声ながらも力強く頷いた。覚悟が決まったなら、後は背中を押して送り出してやるだけだ。

 

「俺と二人……というか、BoBはぼっちの集まりだからぼっちず・ろっく! だったよな……なら後藤ひとりのロックは……ひとり・ざ・ろっく? ……でもこれじゃ語呂が悪いか? そうだな……よしっ」

 

 最後にバシッとなにか決め台詞を言おうと思って考え込んでいたが、思いついた言葉はどうにも語呂が悪いと感じ少し考え直す事にした。しばらく悩むと、良さそうな案が思い浮かんだので、俺は満を持してひとりに伝える為に口を開いた。

 

「そんじゃ、これから俺に見せてくれよ。結束バンドでしか出来ない後藤ひとりのロック――」

 

 ひとりの背中を押すように、万感の思いを込めて――

 

 

 

 

 

「――ぼっち・ざ・ろっく! ってヤツをさ」

 

 

 

 

 

「――っ!! ……うんっ! じゃ、じゃあ……一番近くで見ててねっ! 太郎君!」

 

 ひとりは息を呑んで一度大きく目を見開き、だが嬉しそうに、楽しそうに、力強く頷いた。そんな眩しい顔を見た俺は、感極まって思い切りひとりを抱き締めた。

 

「!!?! ななななな何でっ!! たったたたたた太郎君っ!? 」

 

「でもやっぱりちょっと寂しいから、俺の事もたまには構ってくれよな~ひとり~」

 

 そう言ってひとしきり抱き締めると、ひとりの体が何故かデロデロになってしまった。

 

 デロデロの体でひとりが無事家へと入っていくのを見届けた俺は、恐らく遊園地グッズを身に着けた浮かれポンチな恰好のひとりを玄関で目撃したおばさんの驚きの悲鳴を聞きながら、なんだか晴れやかな気持ちで帰途に着いたのだった。




 実は今回のタイトルギリギリまでアニメ8話に倣って『ぼっち・ざ・ろっく!』だったんですが、こんなどうでもいい話に神タイトルを付けてもいい物か散々悩んで変更しました。あ、よかったらEDに各自で『なにが悪い』流しといてください。

 主人公の心の整理は池袋編で終わったんですが、ひとりちゃんの心の整理がまだ終わって無いので、遊園地編の最後の方がなんとなく問題提起と解決に丁度良い感じだったのでこうなりました。

 実はアシカショーの後、オリジナルU.F.〇(カップ焼きそば)を作るワークショップに行って、出来上がったBOBデザインU.F.〇を欲しがる虹夏先輩に誕生日プレゼント(この話は五月上旬)って事で渡したりする話があったんですが、ちょっとダラダラしそうだったんでカットしました。

 これがギャルゲーなら一番好感度の高い女子と二人きりで観覧車に乗るFF7みたいなイベントがあったかもしれない。え? 廣井さん? ヨヨコ先輩? そこに居なければ無いですね…… 

 次回は……ちょっと時間軸が遊園地の前か後のどっちになるか分かりませんが、一回は書いておこうと思ったBoBスタジオ練習風景とかの予定です。


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038 BoBスタジオ練習/ギタボヒーローへの道

 もう始まってる!(二ヵ月ぶりの投稿) まだ! まだよ!(後編)
 エタったと思った? 残念(?)! 続きました。実はこの二ヵ月間寝ても覚めてもこの話をこねくり回してました。長くなったので前後編なんですが、実はまだ後編があと少しを残して書き終わってません。ですがこれを投稿して背水の陣を敷くことによって、一週間後には必ず後編を投稿します。


 池袋ライブ終了後、ヨヨコ先輩から提案されたBoBスタジオ練習の件は、BoBリーダーでもあり、何より虹夏先輩と知り合いで一応STARRYのスタッフ(バイト)である俺が店長と交渉する事になった。

 

 ヨヨコ先輩が言った通り、ひとりの事を考えるならば普段結束バンドも練習を行なっているSTARRYなら、ひとりも緊張もせずに良い演奏が出来そうなのは俺も同意見だという事で、そういう事情も添えて店長に頼んでみたが、快く快諾! とはいかなかった。

 

 俺がスタジオレンタルを頼むと、店長は随分と悩んでいた。理由を聞いてみれば当然で、日頃から泥酔している廣井さんの機材破壊を心配しているようだった。

 

 廣井さんは俺達が目を離さないようにする事や、BoBとしての活動ではまだ(・・)機材を破壊した事は無い等、今までの実績を前面に押し出しつつ説得してみると、最初は悩んでいた店長もやがて一応納得してくれたのか、最終的にはSTARRYのスタジオ使用許可を出してくれた。

 

「わかったよ。でも一つだけ条件を付けてもいいか?」

 

 星歌の説得を終えてスタジオの使用許可を得た山田太郎。ほっとしたのも束の間、星歌から一つの条件を出されてしまう。廣井をかばいすべての責任を負った太郎に対し、STARRYの主、伊地知星歌が言い渡したスタジオレンタルの条件とは……

 

 いや別にそんなに大した事では無いが、店長の出した条件とは『お目付け役として虹夏先輩を同席させる』事である。こちらとしても演奏中などは無防備なのでありがたい申し出だ。ただ虹夏先輩は付きっきりというわけではなく、家の用事が入ったり、疲れたり、飽きたりしたらいつでも退出するとの事だ。要するにただの見学じゃねーか……

 

 店長の出した条件を受け入れて、無事STARRYのスタジオレンタルに成功した事を伝える為、その日の夜に俺はBoBメンバーへと連絡を取った。

 

「……あ、もしもしヨヨコ先輩ですか? 俺です、太郎です。ヨヨコ先輩の注文通りの日にスタジオの予約取れましたよ」

 

『そう、お疲れ様。全部任せて悪かったわね。それでどうなったの?』

 

「ウッス! 六時間予約取れたっす!」

 

『…………は?』

 

「六時間っす!」

 

『いや聞こえてるわよ!? なんで六時間!?』

 

「え? あ、もっと長い方が良かったですか?」

 

『違うわよ!? 普通スタジオ練習って言ったら大体二時間から三時間よ!? 六時間もあったら流石に持て余すんじゃ……』

 

 俺はバンドメンバーとのスタジオ練習なんて初めてなもんでつい張り切って予約したのだが、ヨヨコ先輩の言葉に驚いてしまった。てっきり長ければ長い程良いと思っていたのだ。

 

 ただこんな長時間予約を取ったのは一応理由があって、一つは個人練習の感覚だった事だ。俺の休日の練習時間は少なくとも六時間は超えている。良くは知らないがひとりも普段の話を聞く限り恐らく俺と同じ位やってるだろう事が窺えるので、それを基準にしたのだ。

 

 二つ目の理由としては、BoBのスタジオ練習が今まで無かった事だ。ヨヨコ先輩が言った通り練習時間が一回二時間として、六時間なら三回分をリカバーした計算になる。実際はそんなに単純な物ではないが……

 

 三つ目は、なんと今回のスタジオレンタルは無料なのだ! 店長が言うには虹夏先輩達も無料で使っているので(身内()のバンドだからだろう)、機材を壊さないという条件を必ず守るならば自由に使っても良いと言ってくれた。こんなもん(練習時間)なんぼあってもいいですからね。店長の奴、六時間ポンと(貸して)くれたぜ! 

 

 そういう事情を説明すると、ヨヨコ先輩は納得してくれたのか随分と大人しくなった。特に無料の部分が効いたようだ。「無料なら長い分には問題無いか……」みたいな事を言っていた。

 

 そんなヨヨコ先輩への連絡が終わると、続いて俺は廣井さんへと連絡を入れる。

 

 電話に出た廣井さんに俺からレンタルの条件が伝えられると、廣井さんは俺や店長の事を心配性だと言って豪快に笑い飛ばした。

 

 店長への交渉時も言ったが、確かに廣井さんがBoBとしての活動で機材を壊した事はまだ(・・)無い。だがそれが薄氷の上を歩いている様なものだと言うのは、恐らく廣井さん以外の全ての人間が思っている事だろう。いや、もしかしたら廣井さん本人も思っているのかもしれない……

 

 俺はあまり効果が無いと感じながらも、くれぐれも当日は粗相をしない様にと廣井さんに念押しして通話を切ると、最後にひとりに日時や時間を伝えて、後は当日を待つ事になった。

 

 

 

 

 

 いよいよ迎えた練習当日、俺はひとりと共に少し早めに家を出るとSTARRYへ向かう。

 

 外にあるSTARRYへと続く階段を下りた正面の壁に『CLOSED』と書かれた看板が掛けられているが、気にせず扉を開けて中に入る。つい一年程前まではこの扉を開けるのに随分と緊張していたものだが、ひとりがしがみ付いていない今の自分の腰や背中の動きやすさに、俺達も随分と慣れて来た物だと思ってしまう。

 

 扉を潜り、内階段を下りながらフロアを確認すると、そこには虹夏先輩と、既に到着していたヨヨコ先輩が二人してテーブルについているのを発見したので、俺とひとりは揃って挨拶をした。

 

「二人共おはようございます」

 

「あっおはようございます……」

 

「おはよう……来たわね」

 

「おはようー! 太郎君とぼっちちゃん! 今日はよろしくね!」

 

「いえ、こちらこそ。今日はスタジオ貸して貰えて助かりました。あ、これ良かったらどうぞ。ひとりと一緒にここに来る途中に買って来たんです」

 

 フロアに着くと、心なしかいつもよりテンションの高い気がする虹夏先輩が駆け寄って来たので、俺は手に持っていた紙袋を差し出した。

 

 今回スタジオを無料でレンタルして貰ったので、せめて何か手土産の一つでも持って行くべきかと思った俺は、これを買う為に早めに家を出て、ひとりと共になんかちょっと有名な店に寄って、なんかちょっと有名なお菓子を買って来たのだ。買った物の詳細がふわふわしているのは、何を持って行けばいいのか分からなかった俺が、言われるがまま親のオススメ品を買ったからだ。

 

「えー!? ありがとう! 実は大槻さんにもお土産貰ったんだよね……そんなに気を遣わなくてもよかったのに……あっ! これ、なんか有名な所の奴じゃん!」

 

 俺とひとりからの手土産を受け取った虹夏先輩は、紙袋の隙間から中身を見て俺達にお礼を言うと、お土産の生菓子を冷蔵庫に入れに行くと言ってそのまま奥へと引っ込んで行った。そんな虹夏先輩を見送ると、俺達二人はヨヨコ先輩のいるテーブルの席へ着いた。

 

「すみません、ヨヨコ先輩も何か持って来てくれたんですね。ありがとうございます」

 

「ま、まぁ無料って話を聞いたら、流石に手ぶらって訳にもいかないと思ったから……姐さんはきっと何も持って来ないだろうし……

 

 まだ練習開始までは時間があるので、廣井さんが来るまで世間話でもして待つ事にする。

 

「あ、そういえば見ましたよ。ヨヨコ先輩のオーチューブ動画」

 

「!! ど、どうだった!?」

 

「いやーあの無表情でコーラが噴き出すのを見てるヨヨコ先輩の顔、なんかじわじわ来ますね! 俺五回くらい見ちゃいましたよ! あれシュールギャグってヤツでしょ?」

 

「そうでしょう! って、えっ!? いや、違っ……!?」

 

 ヨヨコ先輩自らに教えて貰った、少し前から始まった大槻ヨヨコギターちゃんねる(何故かすぐに名称が変更されて今は『FOLTチャンネル』になっている)の話題を出すと、ヨヨコ先輩は凄い勢いで食いついて来た。だが俺がヨヨコ先輩が唯一投稿した再生回数57回のメントスコーラ動画の話をすると、何故かヨヨコ先輩は頭を抱えてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「おっ、全員もう揃ってるな」

 

 ヨヨコ先輩やひとりと共に他愛のない話をして待ちながら、約束の時間が迫って来ても姿を現さない廣井さんを心配していたのだが、しばらくすると店長が虹夏先輩と共に廣井さんを連れてやって来た。

 

 店長の後ろに立つ廣井さんはなんだかいつもと様子が違い、随分と大人しかった。部屋がそんなに暑い訳でも無いのに顔には汗をかいているし、誰とも目を合わせないように下を向いている。

 

 店長はそんな廣井さんを気にも留めないまま俺達の傍までやってくると、今日の予定を確認し始める。

 

「それじゃあ六時間だっけ? 今日は虹夏をつけるからスタジオは好きに使っていいぞ。何かあったり、予定より早く終わるようなら、私は仕事してるから虹夏を寄越してくれ」

 

「あっはい……えっと……あの、店長? その、廣井さんは……」

 

 俺やひとり、ヨヨコ先輩の三人は廣井さんについて何か説明があるのかと思って黙って聞いていたが、結局何の説明も無いまま話が終わってしまった。まさかのスルーである。黙って俯いて立っている廣井さんの事が気になってイマイチ頭に入ってこなかったが、とりあえず今日は自由にしても良いという事だろう。

 

 ヨヨコ先輩は店長の話が終わった事を確認すると、慌てた様子で廣井さんに駆け寄って心配そうに声を掛ける。

 

「姐さん! どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」

 

「あっはい……大丈夫です大槻さん(・・)……お構いなく」

 

「大槻さん(・・)!? ね、姐さん!?」

 

 廣井さんはえらく丁寧な言葉づかいで断りながら、ヨヨコ先輩に詰め寄られると気まずそうにフイと顔を逸らした。その仕草にまたもヨヨコ先輩がショックを受けると、その一瞬のスキをついた廣井さんは素早く隠れるように俺の背中に逃げ込んできた。

 

「姐さん……!? どうして……」

 

「あっあの……お姉さんどうしたんですか……?」

 

 俺の背中に隠れた廣井さんか、それとも廣井さんに逃げられて再びショックを受けるヨヨコ先輩か、二人の様子を見かねたひとりが恐る恐る店長に訊ねると、店長は満足気に答えてくれた。

 

「いや、どうしたって……酒を抜いたんだよ」

 

「……えっ!?」

 

 店長の言葉に、今度は俺達三人が同時に素っ頓狂な声を上げた。店長は俺の後ろに隠れる廣井さんを見ながら、いい仕事をしたと言わんばかりの朗らかな表情を浮かべる。

 

「いやーそいつを捕まえたのが結構ギリギリでな。今日までにどれくらい酒が抜けるか心配だったけど、なんとか間に合って良かったよ。ウチにシャワー借りに来たのが一昨日だから……大体四十時間くらいか?」

 

「ご、ごめんね。お姉ちゃんがこれしか方法が無いって言うから……」

 

「えぇ……」

 

 つまり廣井さんの酒を抜く為に四十時間くらい伊地知家に軟禁してた……ってコト!? 

 

 店長の説明に、ヨヨコ先輩は信じられない事を聞いたかのようにポカンと口を開けて放心している。もしかしてこんな廣井さんを見るのは初めてなんだろうか? 結構長い付き合いみたいなのに素面の廣井さんを見た事無いというのも、それはそれで凄い気もする。だってヨヨコ先輩と出会ってからこの人ずっと酔ってるって事でしょ? こわ……

 

 俺も驚きながらも自分の背中に隠れるように立っている廣井さんへと視線を向ける。廣井さんは着ているスカジャンのポケットに両手を突っ込みながら、誰とも目を合わせない様に床を見ている。

 

 それにしても……普段あんなに陽気な廣井さんが、酒を抜いたらこんなになっちゃう……ってコト!? 酒を飲んでない廣井さんを見たいと思ってはいたが、まさかこんな形で拝む事になるとは思わなかった。本人から昔は陰キャだとは聞いていたが、ちょっと予想より凄い事になっちゃってるぞ。

 

 こんな様子でベース演奏の方は大丈夫なんだろうかとも思うが、店長の心配も理解できるので今日はもうこのまま行くしかない。駄目ならその時はその時だ。

 

 しかし今後もBoBのスタ練をSTARRYでやるなら、毎回素面の廣井さんになるのだろうか? 健康的には良いのかもしれないが……いやでもシャワーを借りに来て捕まったと言っていたから、今後は練習前はSTARRYに寄り着かなくなるのかもしれない。廣井さんは野良猫かなんかか? 

 

「ま、まぁ事情は分かりました。じゃあそろそろスタジオに行きましょうか。それじゃ店長、スタジオお借りしますね」

 

「おう、頑張って練習してこい」

 

 これ以上はあまり考えても仕方がないので俺は話を切り上げると、虹夏先輩に案内される形でSTARRYのスタジオへ向かう事にした。

 

 

 

 スタジオへ入ると、俺はまず虹夏先輩に頼んで用意して貰ったホワイトボードへと今日の練習の目標を書き込む。これは電話でヨヨコ先輩が言った通り、本来スタジオ練習は二時間から長くても三時間が一般的な為、”何となく練習する“という事を避け、短い練習時間を有効に使う為に設定される物だ。

 

 他人とのスタジオ練習が初めての俺は、本当は今回の練習のまとめ役は経験者である廣井さんやヨヨコ先輩にお願いしたかったのだが、廣井さんはあの様子だし、ヨヨコ先輩には「練習に集中したいから」と断られてしまったのだ。

 

 そういう事情で仕方なくまとめ役なんぞを引き受けた俺は、ホワイトボードへ『ライブでの曲を一通り演奏する』や『課題を洗い出す』等のよくある文言を書き込むと、他に何かあるかとメンバーへ意見を求めた。

 

「池袋のライブ……あの最後の感じを目指したいわ」

 

 手を挙げて答えたヨヨコ先輩の言葉にスタジオの空気が引き締まるのを感じながら、俺はホワイトボードへと書き加える。思えば確かに池袋の最後のグルーヴ感は良かったが、どうしてああなったのかは分からないままだったので、今回の目標とするには丁度良いかもしれない。

 

 一先ず今日の練習の目標が決定すると、続いて各自の機材のセッティングや音出しの調整を行なう。BoBは三人がボーカルを行なうので各々にマイクを立てるのだが、演奏中に意見を出すなどのコミュニケーションをやりやすくする為に、せっかくなのでひとりの前にもマイクを立てる事にした。

 

 ボーカルをするわけでは無いが、自分の前にマイクが立っている事になんとなく緊張しつつも嬉しそうなひとりを見ながらセッティングが終わると、今まで準備を手伝ってくれていた虹夏先輩が椅子を持って部屋の隅の方に移動しようとしているのが見えて俺は慌てて声を掛けた。

 

「あ、虹夏先輩。悪いんですけどそっちじゃ無くて、俺のスマホと一緒にこっちの方に座って貰えますか?」

 

「……えっ? でもここって……太郎君達の正面だけど邪魔にならない?」

 

「やっぱり観客にどんな風に聞こえるか知っとかないといけませんからね。あ、演奏録音したいんで、悪いんですけど俺のスマホは隣の椅子の上に置いといて下さい。それで俺が合図したら録音ボタンを押してくれませんか」

 

「わ、分かりました……!」

 

「……なんで敬語?」

 

 俺は虹夏先輩に自分のスマホを手渡しながら俺達の正面、ライブで観客がいるであろう場所を想定した位置に座るようにお願いすると、何故か虹夏先輩は緊張した表情に加えて敬語で返事をして来た。

 

 ドラムの椅子へと座り演奏の準備が整うと、再び目に入った虹夏先輩の表情がつい先程の緊張した物から変わって、頭の触角が勢いよく動き、無理矢理笑みを抑え込んだような物になっている。

 

「……虹夏先輩、難しい顔してますけど、ひとりみたいに頬がモチモチしてますよ……」

 

「……えっ!? うそ!?」

 

 先程から挙動不審な虹夏先輩を不思議に思い指摘すると、一応自覚はあったのか虹夏先輩は恥ずかしそうに表情を崩した。無理矢理真面目な表情をしていたのがバレてしまって気が緩んだのか、虹夏先輩はもはや隠す事無くにへらと笑みを浮かべると、自分の顔を両手で挟むようにして緩んだ頬を揉みほぐした。

 

「たはー……ごめんね。いや~なんだか私だけのワンマンライブみたいだなって思っちゃってつい笑みが……でも私だけこんな浮かれてちゃ駄目だよね! それにお姉ちゃんにもしっかり見学して来いって言われてたし……」

 

「店長に何言われたんですか?」

 

「んー? 知りたい?」

 

 浮かれていた事を反省して気合を入れるように両手で握りこぶしを作る虹夏先輩だったが、店長が何を言っていたのか俺が訊ねてみると、虹夏先輩は何かを思いついたような勿体ぶった笑みを浮かべて一度咳ばらいをしてから、店長の声真似をしながら答えてくれた。

 

「んん……『虹夏、いい機会だから太郎の演奏を良く見て来いよ。あのレベルの演奏を長時間、間近でじっくりと見られる機会なんてそうそうないからな……どれくらいの実力かって? 私の個人的な意見だけど、あいつはスタジオミュージシャンとしてもうやっていけるくらいの実力はあるんじゃないか? なにせ演奏の幅がかなり広いからな。知ってるか? あいつジャズやラテンなんかの曲もやってるらしいぞ? それに本人は自分を陰キャだと言ってるが、あいつは意外と対人能力も悪くない。陰キャだからこそ(・・・・・)相手の気持ちが分かるんだろうよ。そういえばSIDEROSのベースとも初セッションでかなり合わせられたって言ってたぞ。ぼっちちゃんが懐いているのも、幼馴染だからってだけが理由じゃ無いと思う。それに廣井(あんな奴)にでも基本年上には敬語で話す礼儀正しい部分もあるな。まぁ喜多ちゃんにも敬語だから、これは別の理由もありそうだが……あとはSTARRY(ウチ)にぶりっこメルヘン年齢鯖読みライターが来てお前たちが悪く言われた時も、真正面から対立しない柔軟さもあるし……』」

 

「うわ凄い長文」

 

「でしょー!? お姉ちゃんったら……」

 

「そしてそれを一字一句覚えてる虹夏先輩も怖い」

 

「ってちょっと太郎君!? なんでよ!?」

 

 俺が率直な感想を漏らすと、虹夏先輩から心外そうに抗議の声が上がった。だが許して欲しい。自分の知らない場所での自分の評価など、恥ずかしくてとても最後まで聞いていられなかったのだ。それに何故かウチのメンバーにも流れ弾が当たっている。

 

「あわわわ……わっ私が懐いてるんじゃなくて太郎君が懐いてるんです……」

 

「……私そのスタジオ練習に呼ばれてないんだけど…………」

 

そういえば太郎君ずっと敬語だ……えっ? もしかして私って太郎君からの好感度あんまり高くないの? こうなったら何か小粋なトークで場を和ませてポイントを稼がないと……でも私、普段太郎君達とどんな風に話してたっけ? ああ~駄目だ……というか絶対引いてるよね……きっとみんな今の私を見て、いい歳して碌に人の目を見て話せない駄目な大人だって思ってるんだ……

 

 俺に懐いていると言われたひとりは顔を赤くして恥ずかしそうに取り乱しているし、内田さんとのセッションと聞いてヨヨコ先輩はジト目を向けて来ている。店長にあんな奴呼ばわりされた挙句、俺から距離を置かれている可能性(誤解だが)が出てきた事にちょっとショックを受けているのか廣井さんも青ざめているし、俺を褒めるふりをして突然全方位に爆弾を投げつけるのをやめて欲しい。

 

「あーもう滅茶苦茶だよ……はい! そろそろ練習始めますよ! 虹夏先輩も演奏で気になる事があったら教えてくださいね」

 

 このままでは埒が明かないので、まだ良く分からない言い訳をしているひとりや、不満げにジト目を向けて来るヨヨコ先輩、青ざめた顔で俯きながら、小声でぼそぼそと呟いている廣井さんに練習を始める声を掛けると、ようやっとBoB初のスタジオ練習を始める事になった。

 

 

 

 スタジオ練習の流れとしては、まず一曲通して演奏し、次にその曲のイントロからアウトロまでの気になった部分を細かく分割して練習、分割練習で納得いく形になったなら、練習を踏まえて最後に再び一曲通して演奏して曲の完成という感じだ。

 

 練習する曲の順番は、いつものライブと同じように曲が完成した順番という事で、まずはメロコアである『Sky's the Limit』という事になった。

 

 問題個所を炙り出す為の最初の通し演奏が終わると、廣井さんを除く四人が何とも言えない表情でお互い顔を見合わせた。原因は勿論普段と違うお酒の抜けた廣井さんの演奏である。当の本人もこの空気を感じ取っているのか、相変わらず演奏が終わると気まずい様子で俺達と視線を逸らすように床を見ながら何事か呟いている。

 

うぅ……きっと地味な演奏に幻滅されてる……あぁ……お酒さえあれば……それにしても若い子達を見てると少子高齢化が心配になって来る……これは年金問題にも関わって来る重要な問題であって……

 

 あくまで個人的にはだが、酒の抜けた廣井さんの演奏自体には全く問題は無いと思った。指もしっかり動いているし、演奏や歌詞が飛ぶような事も無い。先程までは合わなかった視線も演奏中はそんな事も無かったし、ひとりのように他人の演奏に合わせられなかったり、演奏レベルが極端に落ちるという事は無かった。では何が普段と違うかというと、それはノリ(・・)だ。

 

 廣井さんの今日の演奏は普段の勢いや自信がすっかり鳴りを潜めてしまい、それが如実に演奏と歌に現れていた。廣井さん自身も先程言っていた通り地味(・・)な演奏と言えるだろう。

 

 しかしそれが悪い事ばかりかといえば、逆に素の廣井さんの生真面目な性格を表すかのように、より丁寧で整った演奏と言い換える事も出来る。そういう意味では酒が入っている時よりも良く言えば安定感がある演奏と言えるし、悪く言えば面白みが無いとも言えるかもしれない。

 

 俺は今日の廣井さんの様子を見て、スタジオ練習がどうなるか心配していた。場合によっては早めに練習を切り上げる可能性や、次回以降は別のスタジオに変更する事も考えていた。

 

 だがここまでの廣井さんの演奏を聴いて、俺はある可能性を感じていた。しかしまだ一曲通して演奏しただけで、文字通り練習は始まったばかりだ。結論を出すには早すぎる気もする。

 

 俺はとりあえず判断を保留にして練習を再開させる事にした。廣井さんの演奏に触れなかった事に驚いたのかヨヨコ先輩がこちらを見て来たが、結局何も言わずに練習を再開した。

 

 廣井さんにいつものノリに戻ってくれと言っても、今はお酒が飲めない以上それは無理な相談だ。では次に出て来る問題は、この(・・)廣井さんと練習する意味はあるのか? という事になる。普段とはまるで別人のようなノリと勢いの廣井さんだが……俺はある(・・)と判断した。

 

 人と合わせる事が苦手なひとりだが、結束バンドで練習したものがギターヒーローとしての成長に繋がっているように、素面の廣井さんとの練習もきっと必ず、いつもの廣井さんの一部になっているのだ。ヨヨコ先輩も同じような事を考えているからこそ、何も言わずに練習を再開したのだと思う。

 

 その後は俺とヨヨコ先輩が主体となって、曲のイントロからアウトロまで、演奏の気になる個所を細かく分割して徹底的に仕上げていく。分割しての練習が終わると、録音しながら最後に再び一曲通して演奏する。これでようやく一つの曲の練習が終了する。

 

 始まった時は不安だった廣井さんの演奏もとりあえずは問題無く、グルーヴの一体感を高めたり、キメを揃えたりといったような練習も滞りなく終了した。やはり技術的には普段も素面もそこまで変わらない様に思える。

 

 曲の間に短い休憩を挟みながらBoBの四つの曲を一通り練習したが、結局一度もヨヨコ先輩から提案された目標である『池袋ライブの最後の感じ』を再現出来ずに三時間が経つと、俺達は一度纏まった休憩を取る事にした。

 

「それじゃあ今から三十分程休憩にしましょうか」

 

 今の状態でスタジオという狭い空間に他人といるのは流石にキツイのか、休憩時間に入ると廣井さんは外の空気を吸いに行くと言って出て行き、ヨヨコ先輩もそれを追うように出て行った。

 

 虹夏先輩も店長の様子を見て来ると言って出て行き、残された俺達二人は長距離バスの休憩時間の如く、とりあえずトイレに行って戻って来たが、暫くしても誰も戻って来ないので俺はひとりを手招きしてドラムの近くへと呼び寄せる。

 

「どうしたの太郎君?」

 

「いや、お前と二人でスタジオに居る事なんて今まで無かったからさ。暇だし次の投稿動画用の曲の合わせでもやろうかと思ったんだけど……」

 

 ドラムヒーロー()ギターヒーロー(ひとり)にリクエストされる曲は流行りの曲が中心なので、当然被る事も多い。俺が今練習している曲はひとりも練習しているだろうと思ったし、珍しく二人でスタジオにいるので誘ってみたのだが、ふとある別の考えが浮かんで来た。

 

「……なぁひとり。ちょっとドラム叩いてみるか?」

 

「……えっ? ドっドラム?」

 

 恐らくひとりも曲の合わせをすると思っていたのだろう。全く予想外のお誘いだったのか、ギターを持ったまま目を丸くして驚いている。

 

 よく打楽器を叩くとストレス解消になるなんて言われる。ドラムは想像している以上に大きな音が出るので叩くだけでもスッキリするし、ギターやベースの様に音階が無いので何となく叩いてもそれなりに楽しめるのだ。

 

 ひとりは普段からギターを弾いてストレスを発散していそうだが、たまには力いっぱい何かを叩いてでっかい音を出すという原始的なストレス発散をしても良いのではないかと思う。結束バンドの練習でもスタジオを使うが、ひとりが結束バンドメンバーの前でドラムを叩いてストレスを発散している姿が想像できないので、今は俺と二人きりだし良い機会だと思ったのだ。あえて理由をつけるなら、将来作曲なんかをする時にドラムの事を知っておくのも損はないだろうしな。

 

「……でっでも私、ドラムなんて出来ないよ?」

 

「いいよ別に適当で。デカい音出すだけでも楽しいぞ」

 

 俺はひとりにスティックを手渡しながらドラムの椅子から立ち上がり席を譲ると、ひとりはおっかなびっくりといった風に椅子に腰を下ろした。困惑しながら両手でドラムスティックを構えるひとりの姿を俺はスマホのカメラに収めて行く。

 

「おっ? ドラマー姿もなかなか似合ってるじゃないか」

 

「う、うへへ……そうかな?」

 

 ひとりは恥ずかしそうにはにかむと、それきりどうしていいのか分からないのか、スティックを構えたまま困ったように俺を見て来た。俺はその辺に置いてあった椅子を拝借すると、説明する為にひとりの隣へと腰を下ろす。

 

「まぁいきなり叩けって言われても困るか。よし、じゃあ俺がとっておきのテクを教えてやろう。いいかひとり、これからお前に教えるのは『RLKK』って奴だ」

 

「RLKK?」

 

「そうだ。これはドラムを知らない人が見たらなんか凄い事やってる風に見えるテクニックだ」

 

 『RLKK』とはドラムを叩く手順の事で、右手(Right)、左手(Left)、足(Kick)、足(Kick)、の順番の事だ。基本の形で説明すると、右手でスネアを叩き、左手でスネアを叩き、キックペダルでバスドラを二度叩く、といった具合になる。

 

 これだけ聞くと一見地味な感じだが、スネアドラムの他に、ハイタム、ロータム、フロアタムやシンバル等、種類を増やして叩く順番のアレンジを加えると、なんとびっくり凄くそれっぽく聞こえるのだ。これは色んなドラマーが実際のライブのフィルインでやっていたりもするので当然だが。

 

「まぁでもこれはあくまで手順の一つだから、あんまりこだわらなくてもいいぞ。さっきも言った通り、デカい音鳴らすだけでも楽しいからな」

 

「うっうん」

 

 俺が説明を終えるとひとりはためらいがちに、たどたどしくドラムを叩き始めた。だがやはり両手両足(俺のキックペダルはツインペダルだ)を使うのは難しいのか少し叩くだけでもぎこちなかった。まぁ当たり前だ。逆に一発で成功されてたら俺は絶望したと思う。

 

 ひとりの隣に座りながら写真を撮ったり軽くアドバイスなどやっていると、ひとりは思ったよりも大きなドラムの音におっかなびっくりしながら、だが楽しそうに叩いていた。しばらくすると疲れたのか、ひとりは額の汗を拭いながら大きく息を吐くと、スティックを俺に返して来た。

 

「もういいのか?」

 

「うん、ありがとう太郎君。ドラムって大変なんだね」

 

「まあな。どうだったドラムは?」

 

「楽しかった……かな? でも――」

 

 ひとりは途中で言葉を止めると、目の前にあるドラムセットへ視線を移した。あんまり楽しく無かったのだったら悪い事をしたなと俺が若干不安になっていると、しばらくドラムを眺めていたひとりは、少し恥ずかしそうに口を開いた。

 

「やっぱり私は太郎君のドラムが好き、かな………………って、いっいや! ちっ違っ!? すすす好きっていうのはなんていうか……そのっ……えっ演奏的な意味で!!」

 

「お、おう! わわわ、分かってるよ!? 分かってる分かってる!?」

 

 赤くした顔の前で勢いよく両手を振りながら必死になって弁明しているひとりを見ながら、何故だか俺まで変な言い訳をしている。言い方が紛らわしいんだよ!? 驚いて俺まで変な感じになっちゃったじゃねーか。

 

 お互い微妙な空気の中、ひとりが落ち着くのを待ちながらチラリと時計を見ると、休憩が始まって10分程経っているのが分かった。まだヨヨコ先輩達が戻って来る様子は無いので、この変な空気を変える為にも俺は話題を変える事にした。

 

「あー……じゃあさ。次は俺にギターを教えてくれよ」

 

 その言葉を聞いて、ひとりは俺がギターに転向するとでも思ったのか随分と驚いていた。勿論ギターに転向する訳では無く、作曲をするにあたって、どうやらギターやピアノ辺りを触って置いた方が良いという話を目にした為の提案である。

 

「……わっ私の修行は厳しいよ!?」

 

「おっおう……? お手柔らかに頼むよ」

 

 俺の説明を聞いて合点がいったのか、ひとりがなんだか急にバトル漫画の師匠みたいなことを言い出したが、目はやる気に満ち溢れていた。そのやる気を喜多さんに教える時も持ってやって欲しい。

 

 場所をドラムからひとりの席に移すと、ひとりのギターを借りて教えて貰う事になった。先程の言葉を思うとさぞ厳しい事を言われるのかと思っていたが別にそんな事は全く無く、むしろ滅茶苦茶丁寧に教えてくれている。

 

「まずは左手は押さえなくていいから、メトロノームに合わせて弦を一本一本弾いて慣れるところから始めよう」

 

 お前それふたりちゃんに教えてたガチな初心者用の奴じゃねーか!? まぁ俺はガチ初心者なんで仕方ない。でもこれ、この休憩時間内で成果出るかな? 家で一人で練習する奴じゃねーかなコレ? 確かに急がば回れとは言うけど……

 

 俺が言われた通り弦を一本一本弾いていると、ひとりは何故か嬉しそうに俺の写真なんぞ撮っている。俺もさっきドラマー後藤ひとりの写真を撮っていたから強くは言えないが……ひとりは顔が良くて写真映えするからいいが、俺など撮って何が楽しいのか全く分からない。

 

 滅茶苦茶地味な作業が続くので俺は話でもしながら練習する事にした。真面目にやれとひとりに怒られそうだが、今日のスタジオ練習を行なってみて少し気になった事があったので、他の人にも意見を聞いておきたかったのだ。

 

「なぁひとり……お前、今日の廣井さんの事……いや、今日の廣井さんの演奏についてどう思う?」

 

「今日のお姉さんの演奏?」

 

「ああ、廣井さんがあんな感じ(・・・・・)なのは初めてだろ? だからちょっと気になってな」

 

「えっと……凄いと思う」

 

「凄い?」

 

 少し考え込んだひとりから出て来た予想外の単語に、俺は一度ギターの練習の手を止めると、顔を上げてひとりを見た。ひとりの口からネガティブな意見が出るとは思っていなかったが、それにしても凄いとはどういう意味だろうか? 

 

 俺が続きを促すように見つめると、ひとりは焦ったように目を泳がせながら言葉を続ける。

 

「あっいや……これはあの……わっ私が勝手に思ってるだけなんだけど……お姉さん、前に緊張を誤魔化す為にお酒を飲んでるって言ってたでしょ? お姉さんがお酒を飲まずに演奏するのって、きっと私が太郎君がいない場所で演奏するような感じなのかなって……だから、今日はお姉さん、いつもみたいな演奏じゃなかったけど、でも演奏はちゃんと出来てたから……凄いと思ったんだ……」

 

 ひとりは最後に「私はまだ虹夏ちゃん達と上手く演奏出来ないから……」と恥ずかしそうに付け加えると、偉そうに語ってしまったと思ったのかハッとした顔になり、両手をバタバタと動かしながら焦り始めた。

 

 俺の存在と飲酒が同じカテゴリーになってるのはちょっとどうかと思うが、概ねひとりの感想も俺が今日の練習で感じた物と同じだったので少し安心した。ようするに素面の廣井さんはようやっとるという事だ。

 

 俺は未だにわたわたと取り乱しているひとりの姿に苦笑しながら、再びギターへと視線を落として練習を再開する。

 

 しかしこうして椅子に座りながら弦を一本一本弾いているだけでも、なんだかひとかどのギター演奏者にでもなった気分だ。これで弾き語りでも出来たら最高にカッコイイんだけどなぁ……なんて思うと、ふと俺の口から前々から考えていた疑問がついて出た。

 

「そういえば……ひとりはボーカルやらなくていいのか?」

 

「……ふぇっ!? ボボボ、ボーカル!?」

 

 直接聞いたわけでは無いがこいつの事だ、まず間違いなくギターボーカルとしてステージの中心でちやほやされる妄想をしているだろう。なぜ分かるかって? 俺もそうなの。ソーナノ……いや俺の事はどうでもいい。

 

 俺は固く目を閉じて「むむむ」と凄い勢いで顔を横に振っているひとりを見ながら考える。

 

 本当にやりたくないのだろうか? それとも遠慮しているのか? 自信が無いから? 恥ずかしいから? 特別歌が上手くもないから? 自分より上手い他のボーカルがもういるから? 

 

 きっとひとりの事だから、どれか一つだけが原因なのではなく、どれも当てはまるのだろう。確かに出来ない理由が増えれば増える程、その一歩を踏み出すのが難しいのかもしれない。だけど――

 

「なぁひとり……お前はお前の理想を諦めなくてもいいんだぞ」

 

「――っ」

 

 真正面からひとりの顔を真剣に見つめた俺が力強く言い切ると、ひとりは勢いよく振っていた顔の動きを止めて目を見開いた。

 

 確かに今後、結束バンドでひとりがギターボーカルを出来るかどうかは俺には分からない。だがBoBでなら、その夢は叶えてやれるのだ。

 

 もしひとりが、もう既に廣井さんやヨヨコ先輩がいるからという理由でBoBで歌う事を諦めているのなら、それは無用な心配だ。なにせ俺ですらやっているのだから。恥ずかしいなら、BoBは覆面を被っているので少しはマシだろう。歌が上手くないのなら、俺と一緒に練習しよう。

 

 だからもし、本当にギターボーカルがやりたいのなら、俺はそれを諦めて欲しくないのだ。自分の理想を捨てて欲しくないのだ。どんな事でも、俺はひとりの夢を叶えてやりたい……というのはおこがましいだろうか? だとしても、力になってやりたいのだ。だって、俺はお前が――

 

「よしっ!」

 

「ひゃあっ!? どっどうしたの!?」

 

 何か言いたげなひとりを見ながら、俺は気合を入れて椅子から立ち上がる。俺の声に驚いて飛び上がったひとりにそのまま借りていたギターを返すと、ひとりは俺の様子を不思議そうに見ながらギターを受け取った。

 

「ギターありがとな。また教えてくれよ」

 

「あっえっ? うっうん……もういいの?」

 

「おう。でもやっぱり俺もお前のギターが好きだわ……なんてな」

 

「うぇっ!? あぅ……うへへ……」

 

 先程のお返しとばかりに少しからかってみると、ひとりはギターを受け取りながら恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにはにかんだ。俺はそのままドラムの椅子へと戻り時計を見てまだ休憩時間がある事を確認する。

 

「じゃあひとり、ちょっとやってみるか」

 

「えっ? なっなにを?」

 

「ギターボーカル」

 

「ぎたーぼーかる?」

 

 俺が何でもないような事の様に言うと、ひとりはオウムのように俺の言葉を繰り返しながらフリーズした。そんなひとりを気にせずにドラムの機材チェックを手早く済ませていると、その間に頭の処理が追いついたのか、ひとりは泣きそうな顔で叫んだ。

 

「…………えっ!? ななななんで!? ボっボーカルなんて私には無理だよ!?」

 

「大丈夫大丈夫。カラオケだと思って気楽に行こうぜ。もし途中で誰か入って来たらすぐにやめてもいいからさ」

 

 ひとりは俺の家族や自分の家族だけなら割と普通にカラオケで歌を歌える。いまスタジオには俺とひとりの二人しかいない。この状況こそ、ひとりにギターボーカルを体験させる千載一遇のチャンスでは無いだろうか。

 

「そうだな……本当は投稿用の動画の曲をやろうと思ったんだが、流行りの曲は青春ソングが多いからな……よし、BoB(俺達)の『where I Belong』にするか。これならツインボーカル仕様だし、作詞もお前だから安心だろ」

 

「えっいやっ……!?」

 

「じゃあひとりはヨヨコ先輩の代わりを頼むぞ」

 

 俺は狼狽えているひとりを横目に、虹夏先輩が座っていた席の隣の椅子に置かれた自分のスマホの録音ボタンを押してドラムへ戻ると、有無を言わさずスティックを振り上げる。こういうのは勢いが大事だし、時には多少強引にでも引っ張ってやる事も必要だろう。だが一応逃げ道も用意しておいてやる事も忘れてはならない。

 

「でも、本当に無理なら歌わなくてもいいぞ。別に俺は、お前に嫌な思いをさせたい訳じゃないからな……じゃあ、はい、よーいスタート」

 

 俺がスティックでカウントを取り、ドラムを叩き始めると遂に観念したのか、ひとりは真剣な表情でギターを強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 演奏が終わると、ひとりは息を乱し、頬を上気させながらこちらを見て来たので、親指を立てて返事をしてやる。俺はそのまま立ち上がって椅子に置いてあったスマホの録音を終了させると、未だ肩で息をしているひとりへ声を掛けた。

 

「おーええやん。どうだった? 初のギターボーカルは」

 

「はぁ……はぁ……どっどうって言われても……」

 

 ひとりは俺の質問に困ったような、恥ずかしそうな表情になる。

 

 ひとりの歌の第一声は、それはか細く、弱く、まさに蚊の鳴くような声だった。そんな風に恥ずかしがりながらも、やはりこの場に俺しかいない事が功を奏したのか、なんとか最後まで歌い切ったのだ。

 

 練習とはいえ、後藤ひとり初のギターボーカル音源である。これは滅茶苦茶価値がありますねぇ! ありますあります。二号さんにバレたらどうなるか分からないくらいありますねクォレハ……

 

 流石に作詞の張本人だけあって、歌詞の理解度は随一だ。ただこの曲は立ち上がりこそ割と静かな曲だが、サビは力強く叫ぶのでひとりが歌うにはちょっと無理をさせたかもしれない。思えばBoBで静かな曲は『Tomorrow is another day』だけだ。

 

 演奏中ひとりはしきりに入り口のドアを気にしている様子だったが、途中で誰かが入って来て中断する事も無く最後まで演奏出来た事に、俺はとりあえず胸を撫で下ろした。今録音したばかりの演奏を確認の為に再生すると、ひとりは自分の歌声が恥ずかしいのか、焦ったように俺にしがみ付いて来る。

 

「やっやめて……再生しないで……」

 

 しがみ付くひとりの手から逃れるようにスマホを持つ手を高く上げると、スマホから先程の歌と演奏が流れて来る。しがみ付いていたひとりは恥ずかしさを隠すように俺の腹に顔を押し付けて来た。

 

「なんだよ。俺は結構好きだけどなぁ……お前の歌」

 

「うぅ……」

 

 より強くしがみついてくるひとりを落ち着かせるように、背中をやさしく二度ほど叩いてやると、ひとりは一層低い呻き声を上げた。

 

「ギターボーカル……楽しく無かったか?」

 

「……それは……! その……」

 

 曲が流れて来るスマホを見つめながら質問すると、ひとりは口ごもりながらもしがみ付く腕に力を込めた。その満更でもない様子に俺は安堵する。

 

「なぁひとり。前に俺が将来お前にもボーカルやって貰うって言ったのは覚えてるか?」

 

「う゛っ……うん」

 

「そんで俺が今、作曲の勉強してるのも知ってるだろ?」

 

「……うん」

 

「……いつか俺の曲が出来たらさ……お前が歌ってくれるか?」

 

「……えっ!?」

 

 俺の言葉に、腹に顔を埋めたまま返事をしていたひとりは、突如弾かれたように腹から顔を離して、驚きの表情で見上げて来た。

 

「まぁまだまだ先の話だけどな! ほらいい加減離れろ。虹夏先輩達が戻って来るまで、今度は本当に投稿用の曲のセッションでもしようぜ。あ、後でお前にもこのデータ送ってやるからな」

 

 俺は気恥ずかしさを誤魔化すように笑いながら曲の再生を止めると、ひとりを引き剥がし、スマホを元の椅子へ置いてドラムへと戻った。

 

 しばらく呆然としていたひとりだがやがて落ち着きを取り戻すと、セッションと聞いてまた歌を歌わせられるのかと警戒していた。今度こそ本当に演奏だけだと説得していると、スタジオのドアが開いて虹夏先輩とヨヨコ先輩が戻って来た。時計を見ればそろそろ休憩時間も終わる頃だ。

 

「……あれ? 二人共何してんの?」

 

「あ、おかえりなさい虹夏先輩。それにヨヨコ先輩も。いや実は……」

 

 そこまで言うとひとりが勢いよく顔を横に振り始めた。恐らく先程の歌の事は言わないで欲しいという意思表示だろう。でもそんな態度だと逆にバレてしまいそうで怖いんだが……現にヨヨコ先輩がお前の行動を奇異な目で見ているぞ……

 

 虹夏先輩の疑問は()何をしていたかなので、俺は素直に投稿する曲の合わせをやろうとしていた事を伝えた。嘘は言っていない。事実本当に今からやろうと思っていたし。

 

 俺の説明に虹夏先輩は相槌を打ちながら、そのまま自分の椅子に腰を下ろそうとした瞬間――勢いよくこちらに顔を向けて大きな声で叫んだ。

 

「へぇー……ってえええええっ!? なっなんで私がいない時にそんな事しようとするの!? あっ!? もしかしてもう何曲かやったの!?」

 

「いや別にいない時にやってもいいじゃないですか……あと今からやろうと思ってました」

 

「良かった……じゃあ今まで何やってたの?」

 

「えっ……!? えっと……」

 

 特に意味は無い質問なのだろうが、あまりの勘の良い質問に驚いて言葉に詰まってしまう。恐る恐るひとりに視線を向けると、ひとりはこの空気に耐えられないのか溶けてゲル状になりつつあった。あからさまに反応し過ぎだろ……もうちょっと俺を見習って隠す努力をしろ……

 

 仕方が無いのでギターボーカルの件は飛ばしてさらにその前、ひとりにギターを教わっていた話をする事にした。これも事実だから! 嘘は言ってないからセーフ! 

 

 他の楽器の事を知るのも大事だからと、それっぽい理由をつけて説明すると、虹夏先輩もその意見には同意できるのか感心したように頷いている。何故かヨヨコ先輩はジト目を向けて来ているが、前にドラマーは自分と人気が競合しないから良いと言っていたが、俺がギターを始めた事で強力なライバルが出現したと思っているのかも知れない。オレハコワクナイヨ!

 

 取り敢えずなんとかなりそうな事に安堵する。なぜ休憩時間の事を話すのにこんなに頭を使うのか謎だが、あとはひとりが余計な事を言わなければミッションコンプリートだ。なんて思ったのも束の間、ひとりが照れくさそうに頭を掻きながら口を開く。

 

「あっ私は太郎君にドラムを教えて貰ってました」

 

 おいやめろバカ。援護射撃のつもりなんだろうが、それは同士討ち(フレンドリーファイア)だ。どうして収まりかけたのに余計な事を言うんだこいつは。しかもなんでちょっと嬉しそうなんだよ……

 

「へぇー! お互い教え合ってたんだ…………えっ!?」

 

 嬉し恥ずかしな様子で言うひとりの言葉に俺がやばいと思ったのも束の間、少し和やかになりかけていた虹夏先輩の気配が剣呑な物に変わる。虹夏先輩は錆びた人形のように首を軋ませながらゆっくりと俺に顔を向けると、濁ったような仄暗い目で俺を見て来た。

 

「…………ズルくない?」

 

「えっ?」

 

「ぼっちちゃんだけズルくない!? 前に太郎君、私にドラム教えてくれるって言ったぢゃん! なんでぼっちちゃんには教えてるの!?」

 

「いや……えぇ……」

 

 虹夏先輩もひとりにギターを教わりたかった、という訳では無さそうだ。でもドラム演奏を見せますとは言ったが教えるとは言ってないっス……というかひとりに教えてたって言っても滅茶苦茶基礎的な物なので、虹夏先輩はもう知ってると思うが……それによく考えたら今日散々俺達の練習を見てるからもう良いんじゃないの? と思わなくもない。

 

 助けを求めるようにヨヨコ先輩を見ると、ヨヨコ先輩は何か考え事をしているのか、腕組みをしながら難しい顔で何やらぶつぶつと呟いている。

 

どうして後藤ひとりに教わってるのよ……ギターなら私に聞いてもいいでしょうが……

 

 あっこれは(助けは)駄目みたいですね……でも師事するにはヨヨコ先輩はスパルタで怖そうなんだよな。それに継続的に習うならひとりの方が家が近所だし、喜多さんを育てたという実績もある。もしひとりに師事するなら、喜多さんは俺の姉弟子って事になるのだろうか? いや何の話だ。しかし作曲目的という意味でなら、実際に作曲しているヨヨコ先輩に聞くのも良いのかもしれない。

 

 そんな事よりも今は虹夏先輩だ。といっても、虹夏先輩も本気で怒っている訳では無いと思う。だが確かにドラムを見せますと言ってから今まで何もしてこなかったのも事実だ。なので廣井さんが戻って来たら何か虹夏先輩のリクエストを演奏します……という事で許してもらえないかな? 

 

 そう思っていたのだが、虹夏先輩は椅子に座って腕を組み、瞑目したまま口を開いた。

 

「ま、まあ? 私も鬼じゃないからね? 太郎君とぼっちちゃんのセッションで許してあげます……太郎君とぼっちちゃんの 二 人 のね!」

 

「あっはい……あの……でもなんで俺達二人なんですか? 廣井さんが戻ってきてから四人ででも……」

 

「うっ……いっいや、別に廣井さんや大槻さんがどうこうって訳じゃないんだけど……」

 

 いやに俺達二人を強調する虹夏先輩に恐る恐る訊ねてみる。廣井さんとヨヨコ先輩だってスーパープレイヤーだ。だったら四人の演奏の方がお得(・・)に思えるのだが……もしかして本当に散々練習を見て来たから飽きちゃったんだろうか? 

 

 そんな疑問を俺がぶつけると、虹夏先輩は痛い所を衝かれたように狼狽えながら、しばらく空中を掻くように両手を彷徨わせたかと思うと、恥ずかしそうにぎゅっと目を瞑り、握りこぶしを作りながら切実な声を上げる。

 

「だっ……だって! 今度投稿する曲って事は、ドラムヒーローとギターヒーローのセッションってコトでしょ!? それはネットにアップしないんでしょ!? って事は世界で私だけが二人のセッションを見られるって事じゃん! BoBの演奏はライブで見られるけど、二人だけのセッションはここでしか見られないじゃん! そんなの見たいに決まってるじゃん!」

 

 何言ってんだこの人? 分かるようなちょっとよく分からないような……こりゃさっき俺とひとりのセッションで、ひとりがギターボーカルやってた事は言わなくて正解だったかも知れない。いや別に言ってもいいけど、なんか……ネ! 

 

 よく見れば虹夏先輩はこの後の俺達二人の演奏を想像したのか、叫びながらも口元がニヤケるのを必死で抑えている。まぁそこまで楽しみにしてくれているのなら演奏し甲斐もあるってもんだ。見たけりゃ見せてやるよ(震え声)。

 

 虹夏先輩は俺達二人の演奏をご所望だったのでヨヨコ先輩に一言断ると、ヨヨコ先輩は呆れた様子で頷いたが、すぐに試すような目つきでこちらを見ながら自分の椅子へと腰を下ろした。お手並み拝見といった感じだろうか? 案外この人もノリノリじゃねーか。

 

 そんな話をしていると、再びスタジオの扉が開いて恐る恐るといった様子で廣井さんがスタジオに入って来た。残念ながらもう休憩時間も終わりのようだ。その事実にこの世の終わりのように残念がる虹夏先輩に、また今度演奏を見せる事を約束すると、スタジオ練習後半戦を始める事になったのだった。




 なんだか書いている期間が長すぎて自分でもよく分からなくなって来たのでこれで勘弁して……
 書いててちょっと展開を変えてみようと思った時、いつでも元に戻せるようにファイル名にaとかbとかつけてtxtファイルを分けておくんです。この話ならぼっちず038a、ぼっちず038bみたいな。今回ぼっちず038x、039fまで行きましたよ……これでこの話の展開にどれだけ悩んだか分かって貰えると思います。前後編合わせて大体四万字くらいなんですが、没も含めると倍の八万字は書いてると思います……
 素面の廣井さんの演奏力に関しては色々解釈があると思うんですが、とりあえずこれで行きます。原作で判明したらそっちに寄せます。
 毎日毎日同じ話をこねくり回していると、まだライオット二次予選にすら辿り着いてないし、早く話を進めろって段々自分に腹が立って来るんですよ。こんなんキチゲ解放するわ。


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039 BoBスタジオ練習/To be, or not to be,

 前後編の後編です。毎回今回難しかったとか言ってるけど、ちょっと今回のスタジオ練習編は題材的に失敗した感じはあります。参考にいろんなバンド漫画とか読んでるんですが、詳細な練習風景なんて書かない理由が分かった気がします。こんなに(二ヵ月)急ブレーキかかるとは思ってなかったよ……
 二ヵ月も投稿間隔が空いたのでもう誰も待ってないと思っていたら、前回の話に沢山感想が書かれてて涙がで、でますよ……



 休憩時間に酒を飲んでるんじゃないかと思った廣井さんだが、やはり根は真面目なのか素面のまま戻って来た事に俺は安堵しつつ、後半戦に入る事になった。

 

 スタジオ練習前半戦は各曲の完成度を高める為の練習を行なった訳だが、後半戦はライブ本番を想定したMCや曲順、曲のつなぎなんかを確認する為の通しの練習をする事にした。

 

 セットリストに関しては、今までなにも考えずに曲が出来上がった順番に演奏していたが、一応ライブでの曲の順番の考え方みたいな物があるようで、ヨヨコ先輩によるとそれは『起承転結』らしい。

 

 BoBの曲はメロコア、メタル、サイケ、ラップロックという事で、どんな方向性のライブにするかにもよるが、ヨヨコ先輩が言うには『起承転結』の転にはジャンルや雰囲気の違う曲を持って来るのが効果的という事だ。この中で一番毛色が違うのはサイケだろうか? 

 

「何と言っても大事なのは一曲目よ。私達を初めて見た客の興味を引かなくちゃいけないんだから。だから一曲目はキャッチャーな曲や、ノリが良い曲なんかが良いわ」

 

「最後の曲も大事だよね。『終わり良ければすべて良し』って言うし、最後は一番完成度の高い曲か、一番人気のある曲なんかを持って来るのが良いと思う。今の結束バンド(私達)ならやっぱり『グルーミーグッドバイ』かな」

 

 ヨヨコ先輩と虹夏先輩の説明を聞いて考えてみたが、自分たちの曲の事は正直よく分からん。だがここには心強いゲストがいる。そう虹夏先輩だ。ファンが求めてる事はファンに聞けという事で、俺は参考として虹夏先輩に意見を訊ねてみる事にした。

 

「虹夏先輩はどういう順番が良いと思います?」

 

「えっ!? わっ私!? う、うーんそうだなぁ……ノリの良さで言うならやっぱりメロコアの『Sky's the Limit』だよね。ライブが始まってテンション上げるなら、やっぱり疾走感のあるこの曲だと思う。それで起承転結の転にあたる三曲目は曲調が変わるゆったりとしたサイケの『Tomorrow is another day』がいいとして……そうすると二曲目はメロコアで上がったテンションそのままに、どっしりと力強いメタルの『Back to Back』かな? そしてラストは『where I Belong』! やっぱり男女のツインボーカルといい、なによりドラムボーカルが他のバンドには無いBoBの一つの売りだと思うんだよねっ! 反対に徐々に盛り上げていくライブにするんなら一曲目にサイケである『Tomorrow is another day』を持って来るのも面白いかも……」

 

「うわスーパー経営コンサルタント伊地知……!!」

 

「ちょっと!? 太郎君が聞いたんじゃん!?」

 

 なんだこの人!? メッチャ分析してくるじゃん? いや、非常にありがたい意見だが、その熱意にちょっとビビるわ。しかし虹夏先輩が最初にくれた意見は奇しくも今まで行なっていた、曲が出来上がった順番だった。やっぱ無意識にやってる事が原点にして頂点だって、はっきりわかんだね。

 

「今まで貴方に任せていたけど、MCを入れる場所も考え直した方が良いかもね。今まで一曲ごとにMCを入れてたでしょ? これまで通りの曲順で行くなら、冒頭のMCも無くして一曲目と二曲目は続けて演奏して、二曲目が終わってからMCを入れた方がライブ感が出るわよ」

 

「……そういうのはもっと早く言ってくださいよ」

 

 律儀に毎回曲紹介のMC入れてた俺が馬鹿みたいじゃないですか。「初見の人には分かりやすくていいし、色々経験してみる事も大事だから」なんてヨヨコ先輩はフォローしてくれたが、思い出すと初心者感丸出しで恥ずかしいゾ。ままええわ。

 

 とりあえずMCの位置を調整した今まで通りの曲順の物と、全く逆順の物、つまりラップロック→サイケ→メタル→メロコアという、徐々に勢いを高めていく二つのセットリストを作成した。あとはいままで俺がその場の思い付きでなにも考えずにやっていたMCの内容なんかを相談して、大まかにライブの流れを決めると、一度実際に全体を通して確認してみる事になった。

 

 ニヨニヨしている虹夏先輩を観客に見立てて、まずは今まで通りの曲順のセットリストをライブ本番と全く同じMCを入れて演奏する。前半での練習が反映された演奏は、今までのライブの演奏よりグッと良くなったと思う。

 

 一回目のライブ本番を想定した通しの練習は、およそ三十分程で全ての演奏が終わったが、結局ヨヨコ先輩の立てた今日の目標である『池袋ライブの最後の感じ』は再現出来なかった。まぁアレは全員が何故ああなったのか分かっていないと思うので、再現出来なくても仕方のない部分はある。

 

 休憩を挟んで続けて曲順を逆にしたセットリストを演奏する。今までやった事が無い順番だったが、これはこれでアリかも知れない。実際虹夏先輩も喜んでいたし……いやこの人はなにをやっても喜んでいる気がするので、あんまり鵜呑みにするのも危険な気はする……

 

 二回目のライブ本番を想定した通し練習が終わると再び短い休憩時間に入るのだが、俺は前半での練習と、この二回のライブ本番を想定した練習で改めて感じた事を皆に伝えておこうと思い声を上げた。

 

「あ、休憩入る前にちょっといいですか? 廣井さんの事なんですけど……」

 

「……えっ!? あっはい……」

 

 名前を挙げると、廣井さんが目に見えて怯えてしまった。そりゃあ休憩入る直前に名指しで『あー、ちょっとキミキミぃ……』なんて言われたらビビってしまうのも無理はない。申し訳ない……でも大丈夫! コワクナイヨ! 

 

「それで? 何の話よ?」

 

 ヨヨコ先輩は廣井さんの話題と聞いて内容が気になるのか、俺を急かすように見つめて来る。

 

「ああいや、大したことじゃ無いんですけど……廣井さん、素面()の状態でライブ出てみる気はありませんか?」

 

「――っ!?」

 

 俺の提案を聞いた瞬間、廣井さんだけでなくスタジオ内の全員が息を呑んだ。

 

 そもそも『SICKHACKのベーシストとしての、破天荒な廣井きくり』を求めるならばともかく、覆面で顔と今までの実績を全て隠した『廣井きくり』という一個人を迎え入れるのなら、これはまず一番最初に考えなければならなかった選択肢だった気もする。SICKHACKとは別の道を行くのなら尚更だ。

 

「えっと……いや、あの……」

 

 突然の俺の提案に驚いた様子の廣井さんは、しどろもどろになりながらも答えてくれた。

 

「あっあの……じっ実は昔……その、今みたいな状態でライブやって……あの……あんまり上手くいかなかったというか……」

 

 廣井さんは言う。もう既に過去にSICKHACKでやって駄目だったと。だから自分には出来ないと。

 

 床へと視線を這わせながら申し訳なさそうに言う廣井さんを見ていると、なんだかとても悪い事を提案してしまった気がして申し訳なくなってくる。

 

「ああ……そうなんですか……」

 

「はっはい……だから……」

 

「でもそれって多分SICKHACKでの話ですよね? BoBでもう一回やってみません?」

 

「!?」

 

 話を聞いて俺が引き下がったと思ったのだろうか、申し訳なさそうにしながらも、これ以上追求されない事にどこかホッとしているような雰囲気の廣井さんに、俺はケロリと言い放った。まさか食い下がって来るとは思っていなかったのか、床を見つめていた廣井さんは弾かれたように視線を上げると、困ったような顔で目を見開いて俺を見て来た。他の三人も同様だ。

 

「えっえっと……? なっなんで……? いやでも……」

 

 口ごもる廣井さんを俺は静かに見守る。俺は別に過去の廣井さんの選択や、今の廣井さんやSICKHACKの状況に対して何か言う気は全くない。その選択をしたからこそ、今の廣井きくりがあり、今のSICKHACKがあり、今の大槻ヨヨコやSIDEROSがあり、そして今の俺達があるのだ。

 

 俺と視線が合うと、廣井さんはビクリと肩を震わせ、またすぐに視線を床へと落としながら、ポツリポツリと言葉を零す。

 

「でっでも……今の私じゃ……せっかくBoBについた私のファンが離れちゃうんじゃ……」

 

「それならそれでいいじゃないですか。確かに自由で破天荒な廣井さんを求めるファンは減るかもしれません……でも――新しい廣井さんのファンが――おきくさんのファンが、きっと出来ると思うんです」

 

「うっ……そっそれに、えっ演奏だって真面目で、地味で、面白く無いし……」

 

「丁重で丁寧な演奏なのは別に良いと思いますけど……そのうち慣れてくれば余裕も出来て来るでしょうし。それにもしライブパフォーマンスが必要なら、ひとりとヨヨコ先輩が頑張ってくれますから大丈夫です!」

 

「「……え″っ!?」」

 

 突然流れ弾が飛んで来た事に二人は飛び上がって驚いているが気にしない。見せてくれよひとり! 池袋の結束バンドの時みたいなお前のパフォーマンスをよぉ! 

 

 色々と説得してみたがやはりというか、廣井さんは身を小さくして最後は黙ってしまった。まぁ我ながら無茶を言っている自覚はある。廣井さんからすればそれが出来れば苦労はしないと言いたくなる注文だろう。

 

 そもそも廣井さんは何故酒を飲んでいるのだろうか? 将来への不安? ライブへの緊張? 客が求める廣井きくりを演じる為? 作詞や作曲、ライブのパフォーマンスの為? 

 

 俺はこのやり取りをオロオロとしながら見ているひとりへ意識をむける。

 

 言っちゃなんだが、ひとりの奴も素の廣井さんに負けず劣らずな性格をしている。だがこいつは――段ボールに入って初ライブをしたり(実際に見た訳では無いが)、台風ライブでグダグダな演奏を披露するなど、手痛い失敗を経験しながらも、バンドメンバーに支えられながら今なおステージに立ち続けているのだ。だから、廣井さんだってお酒の力が無くてもきっと出来ると、俺は信じているのだ。

 

 とは言えこれ以上困らせるのも本意ではないので、適当な所で切り上げる事にした。

 

「まぁいきなりどうしますって言われても困りますよね。でもそういう道もあるって事を、頭の片隅にでも置いといてもらえればなと……あ、もしやる気になったら連絡無しでいきなりライブ当日にそれ(素面)で来てくれても構いませんよ!」

 

「は、はい……」

 

 今まで視線を合わせなかった廣井さんだが、最後は不安そうな上目遣いでこちらを見ながら小さく頷いて返事をしてくれた。その自信なさげな態度がどうにもひとりと被るもんで、俺はついお節介だと分かっていても、自分の考えを口に出さずにはいられなかった。

 

「ただ――これはあくまで俺の個人的な意見なんですけど……」

 

 廣井さんはなまじ酒が飲める年齢だった事から、酒を飲む事でソレを克服してしまった。それに関して何か言うつもりは毛頭無い。何度も言うが、その判断があったから今の廣井さんや俺達があるのだ。ただ――もし過去の選択の話ではなく、未来の話をするのであれば――

 

「俺は廣井さんがつまらないと評したありのまま(・・・・・)の……今の廣井さんも、捨てたもんじゃないと思いますけどね……」

 

「――! 太郎、君……」

 

 『「ありのまま」なんて誰に見せるんだ』なんて歌詞を書いた奴もいるが……俺に言わせれば、ありのままで何が悪い(・・・・)。自分の長所なんてものは、得てして自分では分からないものだし、長所と短所なんてものは表裏一体だと俺は思っている。

 

 それにもし本当にバンドが第二の家族だとするならば――たとえ一時だとしても、このバンド(BoB)がメインバンドでは出来ない「ありのまま」を出せる止まり木になれたら良いなと、俺はそう思っている。

 

 素面の廣井さんが”本物“で、酒が入っている時の廣井さんが”偽物“(便宜上そう呼ぶ)なのかと言えば、それもまた違うとは思う。どちらも本物の廣井きくりであることは間違いない。ただどちらも本物であるのなら、なおの事片方を諦めなくても良いと思うのだ。

 

 SICKHACKという人気バンドではいまさら方向転換は出来ないだろうし、ひとりのギターボーカルだってこの先結束バンドの方針として、喜多さん以外がボーカルをするかは分からないだろう。

 

 だからこそBoBがあるのだ。ひとりはギターボーカルを、廣井さんはお酒に頼らない演奏を、挑戦しないなんて勿体ない。勿論それによってBoBから『SICKHACKの廣井きくり』を望んでいたファンは去るかも知れないし、失敗したらBoBの評判は落ちるかも知れない。だが、逆に言えば失うものはそれだけ(・・・・)だ。まだ何者でもないBoBだからこそ、色々な可能性に挑戦出来る。やってみる価値はありますぜ! 

 

「BoBは新しい事に挑戦するバンドですからね! 折角ですしヨヨコ先輩も何かやりますか?」

 

「えっ? きゅっ急に何かって言われたって……」

 

「うーん、そうですね……じゃあヨヨコ先輩はライブ前に三徹するのやめましょう! BoBは健康志向のバンドって事で! これからヨヨコ先輩だけはライブの日程を当日に伝える事にします!」

 

「それは本当にやめなさい」

 

 真面目な話をした恥ずかしさを誤魔化す為のちょっとした冗談だったのだが、ヨヨコ先輩の俺を見る目は全く笑っていなかった。いつもの様に大げさに叫ぶように大きな声を出すのでは無く、諭すように静かに言葉を発するのが余計に怖い。割とガチで怒られた事で話にオチが付いたので、俺はそろそろ中断していた休憩時間に入る事にした。

 

 この短い休憩の間に今までの後半の練習内容を改めて振り返る。セットリストの話し合いで十五分、ライブ通し練習で三十分、二回目でさらに三十分、それに今を合わせて短い休憩が二回。つまり後半戦が始まって、現在おおよそ一時間半が経過している。

 

 正直やる事自体はいくらでもある。曲の合わせの練習は、完成度を上げるならいくらやってもやりすぎという事は無いだろう。だがみんなの顔を見るに、かなり集中力が切れてきているのが分かる。こまめに休憩を挟んでいるとは言え、四時間半もこの狭いスタジオに篭っていれば当然かもしれない。

 

 家で一人で練習するのならばいくらでも出来るが、他人との練習はそれとはまた違った疲労があるのが今回よく分かった。伊達にぼっちの集まり(Bocchis)を名乗っていない。このまま練習を続けても思うような成果は得られないかもしれない。なるほど、これが電話でヨヨコ先輩が言っていた時間を持て余すという奴か。

 

 そういう訳で、俺はここから先の時間はメンバーとのコミュニケーションを図る時間にする事にした。先程の長い休憩時間に外に避難した廣井さんを見るに、俺と素の廣井さんとはまだまだ距離があるのがよく分かったし、ひとりも廣井さんやヨヨコ先輩に対してまだ壁があるだろう。

 

「というわけで、残った時間は気分転換も兼ねてなんか別の事やりましょうよ」

 

「急になんなの……別の事ってなにするのよ?」

 

 休憩が終わって俺が提案すると、ヨヨコ先輩が訝し気な声を上げた。俺も別にこれといって考えがあった訳では無かったので、ひとりに頼んでスマホで調べて貰う。自分で調べろと言われそうだが、現在俺のスマホは虹夏先輩の隣で録音マシーンとなっているのだ。

 

「えっえっと……コピー曲をやるとか、ペアで演奏して意見を貰うとか……そっそれに楽器を交換するとかもあるよ。あとは……お菓子パーティーっていうのも……」

 

「あ、じゃあさ! 太郎君達が持って来てくれたお土産食べない? 美味しそうだったよ!」

 

「いいですね。でもそれは一番最後にしましょう。今そんな事したら絶対集中力が切れますから」

 

 スマホを見ながら調べた情報を読み上げるひとりの言葉に食いついた虹夏先輩をなだめながら、これからどうするか考える。

 

 そういえばさっき虹夏先輩に投稿用の曲の演奏を見せる約束をした。これならペアでの演奏とコピー曲の二つを同時に達成できる。楽器の交換……は流石に無理だが、休憩時間にひとりにギターボーカルをやって貰った時にある事を考えたのを思い出した。

 

「じゃあ丁度良いんで、さっき虹夏先輩と約束した事を今やっちゃいましょうか」

 

「……えっ!? そっそれってドラムヒーローとギターヒーローの……!?」

 

「ですです。それが終わったらドラム()ベース(廣井さん)のペアや、ベース(廣井さん)ギター(ヨヨコ先輩)のペアなんかでやってみましょう。曲はコピーでもいいし、俺達の曲でもなんでも」

 

 俺の提案に虹夏先輩は頭の触角をぶんぶんと振り回して喜んでいる。だが俺としてはここから先の提案の方が本命だったりする。

 

「それでですね。楽器の交換は流石にちょっと無理があるんで……別の方向で趣向を変えて、ヨヨコ先輩が『Back to Back(メタル)』、廣井さんが『Tomorrow is another day(サイケ)』を歌ってみます?」

 

「……えっ!?」

 

 あまりに予想外の提案だったのか、ヨヨコ先輩と廣井さん両名が同時にこちらに顔を向けて来た。二人が驚くのも無理はない。なにせこれは以前に俺が自分から禁止した事だし、つい先程SICKHACKの廣井さんファンが離れても良い、みたいな事を言ったばかりだからだ。

 

 ただ、休憩時間にひとりと共に『where I Belong』を歌ってみて、もし将来BoBメンバー全員ボーカルが実現するなら、ファンサービスの一環として、各人がいつもと違う曲を歌うのも面白いかも知れないと思ったのだ。なにせ世の中にはライブでメンバー同士が楽器を交換して演奏するバンドも存在するのだから。ボーカルが変わる事くらい些細な事だろう。

 

 勿論『Tomorrow is another dayを歌うヨヨコ先輩』のように、特定の曲と人の組み合わせにファンが付いているのも理解しているので、偶にやる余興的な物になるだろうが。

 

 それになにより今回は練習だし、本職が歌うのを聴く事も何か勉強になるかもしれないと思ったのだ。

 

「いっいいの!? 姐さんが『Tomorrow is another day(サイケ)』歌っても!?」

 

「あっはい。っていうかヨヨコ先輩は自分がメタル歌うよりも、廣井さんがサイケ歌う方が嬉しいんですね……」

 

「だっだって姐さんが私の作った曲を歌うのよ……!? そういえば『Back to Back』って姐さんが作ったんでしたっけ!? あっ緊張してきた……」

 

 余程嬉しかったのかコロコロと忙しく表情を変えるヨヨコ先輩に苦笑していると、おもむろに虹夏先輩が訊ねて来た。

 

「そういえば廣井さんも大槻さんも、BoBでは元のバンドのジャンルは歌ってなかったよね? やっぱりなにか理由があるの?」

 

 虹夏先輩、というか外部の人間には言っていなかったので、俺がメインバンドとの差別化の為に、廣井さんとヨヨコ先輩は本家のジャンルは控えていた事を伝えると、虹夏先輩は急に挙動不審になった。

 

「えっ!? じゃあもしかして私、いま凄く貴重な現場に居合わせてる!?」

 

「まぁそうかもしれませんね。今の所本番でやる予定はないですから」

 

 急に事の重大さに気付いて緊張したのか、頬をわずかに上気させながら落ち着きなくきょろきょろと視線を動かしていた虹夏先輩は、急に何か良い事でも思いついたのか、大きな声を上げた。

 

「じゃ、じゃあさ! 太郎君も『Sky's the Limit』歌ってみたら!?」

 

「ちょっと虹夏先輩!? いや、メロコアのテンポでドラム叩きながら歌なんか歌ったら酸欠で死んじゃいますよ!?」

 

「ええ~……さっき太郎君、BoBは新しい事に挑戦するバンドって言ってたじゃ~ん! リーダーが実践しないのはふこーへーだと思いま~す!」

 

「……確かにそうね」

 

「うっ……何故ヨヨコ先輩まで……わ、わかりました……」

 

 中々痛い所を付いて来る人だ。そう言われたら先程廣井さんに大きな口を叩いた手前やらない訳には行かない。まあ気分転換的な練習だからね。上手くいかなくても仕方ないね。だから虹夏先輩はそんな期待の眼差しで見つめてこないでください……

 

 この際だからひとりにも何かやってみないか誘おうと思ったのだが、俺が顔を向けた途端ひとりは怯えながらいつものように首を勢いよく横に振って断ってきたのでそっとしておく事にした。先程は俺と一緒に歌ってくれたが、やはりまだ皆の前でボーカルは難しいようだ。

 

 ペア演奏という事で、まずは俺とひとりで演奏すると、虹夏先輩はとても、それはとても喜んでいた。「録音した音源ちょ~だい」と可愛くおねだりされたりもしたが、万が一にも流出が怖いんで断ると、唇を尖らせていた。

 

 その後も色々な組み合わせで演奏していると、「前に理由は聞いたけれどやっぱりおかしいでしょ!? どうして太郎との時だけそんなに上手いのよ!?」なんて物言いがヨヨコ先輩からひとりへ入ったが、それはもうしゃーない。切り替えていけと伝えておく。

 

 前半の練習である程度分かっていたが、意外にも不安要素でありそうな廣井さんのペア演奏は悪く無かった。SICKHACKでの過去の失敗? がどんなものかは分からないが、BoBでの素面ライブはますます可能性が出て来たんじゃ無いだろうか? なんて思ってしまう。

 

 ペア演奏がある程度終わると、いよいよ問題? のボーカル交換がやって来た。

 

 俺が歌うことになったメロコアは、間違いなく終わった後に息切れする事が予想されるので、最後に回し、まずはヨヨコ先輩が歌う『Back to Back(メタル)』からとなった。

 

 ヨヨコ先輩が歌う『Back to Back』は、やはり高校生という事もあってか廣井さんよりもフレッシュな印象を受ける。それにSIDEROSがメタルバンドという事もあってシャウトの迫力は流石の一言だ。

 

 廣井さんの『Tomorrow is another day』も本職なだけあって申し分ない。やはり素の状態だと大分固さがあったが、曲調と素面の廣井さんの歌声が合っているのか、ヨヨコ先輩verとはまた違った良さがある気がする。お酒が入っている状態なら、また違った印象になるのだろうか? 

 

 最後は問題の俺が歌う『Sky's the Limit』だが、演奏しながら歌い終えると案の定息も絶え絶えだった。こんなに息を切らした状態ですぐに次の曲を演奏する事は出来ないので、本番に採用するには難しいだろう。ただ疾走感で誤魔化せるため、俺の歌唱力の低さをカバーするという意味ではメロコアは一番相性が良いかもしれない。

 

 三曲の演奏が終わった総括だが、三曲とももう少し練習や調整が必要そうだが、実践投入出来そうな感じはする。もし将来ライブがマンネリになって来たり、ファンサービスという事でやってみても良いかもしれない。

 

 ボーカル交換は虹夏先輩やヨヨコ先輩には割と好評だった。特にヨヨコ先輩は、自らが立てた目標がいままで再現できずに若干ナーバスになっていたような気がするので、気分転換になったのなら良かったと思う。

 

 その後はコピー曲を何曲か演奏して、最後に今日の練習の確認と総仕上げとしてBoBの全ての曲を改めて演奏すると、予定より少し時間は早いが長かったスタジオ練習を終了する事にした。このあと俺達の持って来たお土産を食べる事をメンバーとの交流と捉えるならば、厳密にはまだ練習中だと言えるかも知れないが。

 

 結局池袋ライブのグルーヴ感は再現出来なかったが、アレはやはり本番特有の緊張感だったり、その時の各個人の精神状態だったりが関わっていたのかもしれないので仕方ない部分もあるとヨヨコ先輩は言っていた。

 

 後片づけを終えると、入って来た時と同じように虹夏先輩に先導されてスタジオを出る。

 

 虹夏先輩はそのまま準備をしてくると言って奥へ引っ込んで行ったので、俺達は大人しく待っていようとフロアへ向かうと、そこにはリョウ先輩と喜多さんの姿があった。

 

「あら? ひとりちゃんに山田君! BoBのスタジオ練習って今日だったのね! さっきの伊地知先輩がえらくご機嫌だった理由が分かったわ! いま終わったの?」

 

「あんなにご機嫌な虹夏初めて見たかも……」

 

「はい一応。お二人は今からバイトですか?」

 

「そうだよ。今日は太郎達は練習でバイトに出られないからね……って言うか三人だけ? 廣井さんは?」

 

「え? 何言ってるんですかリョウ先輩。廣井さんならここに……」

 

 リョウ先輩がおかしな事を言って来るので後ろを振り返ると、何故か先程まで俺達の傍にいた廣井さんの姿が無かった。慌てて辺りを見回してみると、いつもの様にドリンクカウンター席でノートパソコンを開いている店長の隣に廣井さんを発見した。

 

「い、いつの間に……? そういえば聞いてくださいよ二人共、今日の廣井さんは……!」

 

「うえ~? 今日の私がどうしたの~」

 

 今日の廣井さんは素面だったんですよとリョウ先輩と喜多さんに言おうとした瞬間、店長の隣に座っていた廣井さんが自分の名前に反応したのか振り返った。そこには赤い顔で左手に紙パックの飲料をしっかりと握り締めた廣井さんの姿があった。

 

 店長のいつも飲んでいるリンゴジュースだと一縷の望みをかけて祈るようにゆっくりと廣井さんの手元を見れば、やはりというか、その左手には無慈悲な程しっかりと安酒であるストローが刺さったおにころが握られている。

 

「えぇ……さっき練習終わったばかりで速すぎるでしょ……? というか大丈夫ですか!? 今日の練習覚えてます!?」

 

「らいじょ~ぶらいじょ~ぶ! ピロピロギャリーンって感じでしょ?」

 

「太郎、お前の心配も分かるが、こいつは音楽に関してだけ(・・)は大丈夫だ」

 

「ちょっと先輩~!? だけってなんですか~!?」

 

「うるせぇな……ちょっと太郎と話があるからお前はあっち行ってろ」

 

 廣井さんの弁明を聞いて、滅茶苦茶胡散臭い物を見る目をしていた俺に、店長は一応のフォローを挟むと、反論する廣井さんを面倒そうに手を振って追い払った。

 

 虹夏先輩が俺達の持って来たお土産を持って来るという事で、フロアにあるテーブルにはリョウ先輩、喜多さん、ひとり、ヨヨコ先輩の四人がついていたが、リョウ先輩はいつも通りマイペースにスマホを見ており、ひとりとヨヨコ先輩は陽キャの喜多さんに話しかけられている。

 

 店長に追い払われた廣井さんは、喜多さん達と同じテーブルに少し居心地悪そうについているヨヨコ先輩の元に絡みに行った。普段の廣井さんが戻って来てヨヨコ先輩は少しホッとしているようで、その姿を確認した俺は店長の隣の席へと腰を下ろした。

 

 先程休憩前に名指しで名前を挙げられるとビビるよね、なんて思っていたが、まさか自分がそうなるとは思わなかったので、緊張しながら何の用かと店長の言葉を待っていると、意外な言葉が返って来る。

 

「今日は急に悪かったな……」

 

「え? 何の話ですか?」

 

廣井(あいつ)の事だよ。酒が入って無いと大分性格が違うだろ?」

 

「ええまぁ……あっちが本来の性格ってヤツですか?」

 

「さあな。でもまぁ昔はあんな感じだったよ。生真面目で心配性で……そんな所が可愛かったんだがなぁ……」

 

 感傷に浸って昔を懐かしんでいる感じだが、何故か店長の頬は赤かった……大丈夫かこの人? そういえば店長はひとりの事も気に入ってる様子だが、確かに素面の時の廣井さんと似た様な感じかもしれない。ぬいぐるみなど可愛らしい物が好きなのは知ってるが……本当にそれだけだよな? もしかして俺が二人を守護(まも)らねばならない感じか? 

 

「……頼みますよ店長? 何かあったら、俺は無条件でひとりの方につきますからね」

 

「お前こそ何の話だよ……」

 

 心配になった俺が確認するように言うと、店長は困惑した様子だった。だがなおも俺が訝しむように視線を送ると、慌てて小さく咳ばらいをする。

 

「こ、こほん……そ、それで? 今日の練習はどうだった? 良く考えたら私も酒が抜けた廣井(あいつ)の演奏って聞いた事なかったんだよ」

 

 俺は店長に今日の練習中に感じた事、つまり普段とノリは違うが演奏自体には問題が無いと思った事等をそのまま話してみた。素面の廣井さんの演奏を知らずに酒を抜いた事を心配していたのか、俺の話を聞いて店長は何処かホッとした様子だった。

 

「そうか……実はな、機材の件だけならあいつの酒を抜く必要は無かったんだよ」

 

「え? なんですか急に。じゃあなんで廣井さんに禁酒なんてさせたんですか?」

 

 少し表情を柔らかくした店長からの急に知らされた衝撃の事実に俺は驚いた。

 

 あれだけ念を押された機材破壊の対抗策としての禁酒だと思っていたのに、実は別に必要なかったとか言われたらそりゃビビるわ。今日の練習の間ずっと不安そうだった廣井さんの顔を思い出すと気の毒になって来る。しかも先程の反応から、店長がそういう廣井さんが見たかっただけ、なんて疑惑が出て来るから困る。

 

 俺が店長の趣味を警戒しながら訊ねると、思いのほか真面目な顔で店長はしばらく空中を眺めながら考え込み、やがてぽつりと言葉を漏らした。

 

「なんでか、か……お前なら……いや……そうだな……サブとは言え、廣井(あいつ)とバンドを組むお前には……知っておいて欲しかったから……かな?」

 

「……? それはどういう……」

 

「おっまたせー! 持って来たよー!」

 

 店長の言った言葉の意味がよく分からなくて詳しく聞こうと思ったのだが、虹夏先輩がお土産を持って姿を現すと、店長は話は終わりだと言わんばかりに手を振って俺を追い払う仕草をしてきた。

 

 仕方が無いのでひとり達のいるテーブルへと合流しようと俺が素直に席を立つと、カウンターテーブルに頬杖をつきながら店長は顔だけこちらに振り返った。

 

「まぁ頑張れよ。お前らなら……レイニー・バーでライブ出来る日も近いかもな」

 

「レイニー・バー?」

 

 俺がオウム返しのように疑問を口にすると、店長は優しい笑みを浮かべるだけだった。

 

 バーと言うからにはライブを見ながらお酒が飲める場所だろうか? なんだか大人な感じだ。それに店長の口ぶりからすると、ノルマ代を払えば誰でもライブが出来る様なぬるい(・・・)場所ではなさそうな雰囲気だが……

 

 店長が教えてくれる気配が無いので仕方なくひとり達のテーブルへと合流すると、何故かひとりとヨヨコ先輩の間に不自然にスペースが空いていたので、俺はそこに椅子を持って来て座る事にした。

 

 先にカウンターにいる店長とPAさんにスイーツを配り終えた虹夏先輩は、続いてこちらのテーブルの俺達にも配り始めると、テーブルに置かれたスイーツを見た喜多さんが反応した。

 

「わっ!? これちょっと有名なお店の奴じゃないですか!? 伊地知先輩これどうしたんですか!?」

 

「これはねー、太郎君や大槻さんが買って来てくれたの! 沢山買って来てくれてたから、喜多ちゃんやリョウの分もあるよ」

 

「え? 太郎君達なにか持って来たの? 私知らないけど……」

 

「そりゃ廣井さんは知らないでしょうよ……」

 

「太郎様大槻様! ドリンクは何がいいですか!? 私めが取ってきます!」

 

「えっ? ちょ、ちょっと太郎、彼女急にどうしたのよ……?」

 

「……リョウはバイトの接客の時もそれくらい愛想がいいと良いんだけどねー……」

 

 店長曰く、今回はドリンクをサービスしてくれるという事なので、みんなここぞとばかりに自分から給仕に名乗りを上げたリョウ先輩をパシリにして、思い思いの飲み物を頼んでいた。リョウ先輩がてんてこ舞いになっている間、喜多さんはSNSに上げるのか、テーブルに並んだスイーツの写真を撮っている。

 

 みんなにドリンクが行き渡り、長い長い喜多さんの写真撮影が終わってようやく食べ始めると、隣に座っていたヨヨコ先輩がおもむろに話しかけて来た。

 

「……そういえば太郎。貴方イライザさんとコスプレしてなにかのイベントに出るんでしょ? それでなんだけど……ウチの店長……吉田店長がやってるオーチューブチャンネルは知ってるわよね?」

 

「えっと、なんかメイクの奴ですよね? 詳しくは知りませんけど」

 

「あっ! それ私見てるわ! 凄い勉強になってます!」

 

「そ、そう……」

 

 オーチューブにあるFOLTチャンネル(旧大槻ヨヨコギターちゃんねる)にはFOLTに所属する人間が様々なコーナーを持っている。長谷川さんのゲームコーナーや、内田さんの心霊チャンネル、本城さんのスイーツ作りや、廣井さんは安酒レビューなんかをしていて、既に登録者十万人の人気チャンネルだ。

 

 その中で火曜日を担当しているのが、いま話に出ているFOLTの吉田銀次郎店長のメイク講座である。当然俺はメイクなんぞに興味は無いので見ていないが、喜多さんのようなシャレオツな人は見ていて、しかも凄く勉強になっているらしい。

 

「それでそのメイクコーナーなんだけど、ウチの店長が貴方に出て欲しいって言ってるんだけど……」

 

「へぇ~……えっ!? 俺ですか!?」

 

 全く自分には関係ない話題だと思っていたので、突然のお誘いに危うく食べていたスイーツを落とす所だった。何故俺なのか詳しく話を聞いてみると、今の時代男でもメイクすべしという事で、その辺りの年齢層にアピールする為に高校生男子のモデルが必要らしい。そういう事情もあって、FOLT所属では無いがFOLTと関りが深い俺にメイクとファッションのモデルになってくれないかと白羽の矢が立ったという事だ。

 

「それなら別に俺じゃ無くても良いんじゃないですか? FOLTにも男子高校生バンドくらいいるでしょ?」

 

「なんかね~、銀ちゃん的にピンとくる子がいないみたい。それに太郎君の演奏気に入ったみたいだよ~」

 

「そうなんですか? うれしいこと言ってくれるじゃないの」

 

「あと太郎君は良い体してんねぇって言ってた」

 

「ちょっと!? なんか急に怖い話になってません!? 本当に大丈夫なんですよね!?」

 

 廣井さん、笑ってないで俺の質問に答えて下さい! ヨヨコ先輩も目を逸らさないで!? 

 

「ま、まぁメイクやファッションコーナーには私も頼まれてたまにモデルとして出てるから、あんまり気張らなくても大丈夫よ。あとはさっきも言ったけど、イライザさんとコスプレするならそのメイクも任せておけって言ってたわ」

 

 そっかー、ヨヨコ先輩もモデルで出てるんなら大丈夫だな……とはならねぇよ!? 先の不安もさることながら、こいつ自分の顔の良さが分かってない奴か? 俺は知ってるんだからな! ヨヨコ先輩が他所のFOLTチャンネル動画でなら大人気な事を! あとコスプレは顔出ししたくないんですけど……え? メイクしてウィッグ被ったら誰か分からない? そうかな……そう……かな? いや俺は騙されないからな!? 

 

 しかしFOLTの吉田店長にはクリスマスライブに出して貰った借りがあるし、コスプレのメイクに関しても、俺ではなく廣井さんやイライザさんのメイクをお願いする可能性もあるので、ここは素直に協力しておくべきかも知れない。

 

「あっじゃあえっと……分かりました。俺で良ければ必要な時は呼んでくださいって言っておいてください……」

 

「そ、そう? じゃあ伝えておくわ。あ、それと……」

 

 俺がチャンネル出演をとりあえず承諾すると、ヨヨコ先輩はまだ何か用があるのか、焦ったように自分の鞄から小さな紙袋を取り出すと、つっけんどんに俺の胸元へと突き出して来た。

 

「ん」

 

「何ですかコレ?」

 

 今まで流暢に喋っていたヨヨコ先輩が何故か急に「ん」しか話さなくなって要領を得なかったが、どうやら俺にくれるらしい。受け取って中身を見ても良いか訊ねてみると、そっぽを向きながら再び「ん」と返事を貰ったので、紙袋に入っていた中身を取り出してみた。

 

「えっと……これは?」

 

 中に入っていたのは指輪みたいな形をしたシルバーアクセサリー? だった。だが指輪にしてはかなり小さいし、上から見るとCの形の様に一部側面が繋がっていない。コレがなんなのか分からずに俺がハテナマークを浮かべていると、こういう物に詳しいのか喜多さんが楽しそうな声を上げた。

 

「わぁ! それってイヤーカフじゃない!?」

 

「いやーかふ?」

 

 喜多さんの説明によると、これはイヤーカフという耳に着けるアクセサリーとの事で、ピアスのように耳に穴を開けるのではなく、耳の軟骨にひっかけるようにして身に着ける物らしい。

 

 説明を受けて、改めてイヤーカフなる物をまじまじと見ていると、ヨヨコ先輩は先程の「ん」から打って変わって急に早口でまくしたて始めた。

 

「ほ、ほら! 貴方5月5日が誕生日だったでしょ? その日はライオット一次審査の発表とかでバタバタしてたから……そ、それに貴方もバンドマンなんだし? 私や姐さんと組むならもう少しファッションにも気を遣った方が良いと思ったから」

 

「あっはい」

 

 確かに5日あたりはライオットの一次審査発表があったし、ここからあまり日を置かずにすぐに二次審査がやって来るので、イベントとしては特に何もやってない。ひとりに例年通りに誕生日プレゼントとしてドラムスティックを貰ったくらいだ。クリスマスとプレゼント内容が同じなのは、困ったら楽器の消耗品を送っておけというのがお互いの共通認識だからだ。

 

 廣井さんとリョウ先輩が俺の誕生日を改めて聞いて、笑いを堪えながら「真の山田太郎だ……」なんて言っているが、どうやらこのシャレオツなファッションアイテムは俺の誕生日プレゼントらしい。

 

 言われてみればヨヨコ先輩はわりとバチバチに耳にピアスを付けているし、廣井さんも耳になんかつけている。ひとりも髪飾りなんかを付けているし、俺もバンドマンとしてキャラ立ちの為になんかアクセサリーをつけた方が良いのだろうかと思わなくもない。でも耳に穴を開けるのは怖いし、痛いのは嫌なのでこういう形状の物はありがたい。

 

 普段アクセサリーなんぞ身に着けた事がないので少し恥ずかしいが、俺はヨヨコ先輩に着け方を教えて貰って左耳(男性は左耳らしい。右に着けると……ナオキです……)に装着すると、早速ヨヨコ先輩へ見せて感想を訊ねてみた。

 

「どうですか?」

 

「…………ま、まぁいいんじゃないかしら?」

 

 なんなんだ今の”間“は……自分で渡して来たプレゼントなんだから最後まで責任を持って欲しい……ままええわ。気を取り直してひとりへ感想を聞いてみよう。

 

「どうだひとり? これで俺もちょっとはバンドマンっぽくなったか?」

 

「……えっと」

 

 ドヤってみせると、ひとりは何とも言えない表情をしていた。まぁ俺もひとりがアクセサリーをつけて意見を聞いてきたら、おーええやん(小並感)くらいしか言えないと思うので気持ちは分かる。結局ライブ中は覆面とフードで隠れるから見えないしな……でもこういうのは気持ちが大事なんだよ気持ちが。こういうのを付けると、世の中の理不尽に負けない強い人間になった気分になれるだろ? 

 

「そういえば志麻も太郎君の誕生日になんか準備してるみたいだったよ~。なんだっけな? 確か私達が着てるヤツの色違いで、緑のスカジャンだったっけ?」

 

「え、そうなんですか……ってそれ貰っても大丈夫なヤツですか!? さっきからFOLTの人間がなんか怖いんですけど……!?」

 

 志麻さんや廣井さんとお揃いのスカジャンなんかに袖を通したら、なんか色々な物から逃れられなくなるんじゃないかと思ってしまう。主に廣井さん係とか廣井さん係とか……気付いたらFOLTの人間になってそうで怖いんだが……どけ! 俺はSTARRYの子だぞ! 

 

「そういえば廣井さんからはなんか無いんですか? 同じバンドメンバーなのに」

 

「え? 私~? 仕方ないなぁ……じゃあ……」

 

「あ、やっぱいいッス……おいやめろ上着を脱ぐな!」

 

 店長への誕生日プレゼントがあれ(・・)だったので全く期待せずに一応言ってみたが、嫌な予感がしたので撤回したが時すでに遅し。急にしな(・・)を作ってスカジャンを脱ぎ始めたので慌てて俺が止めに入ると、廣井さんは赤ら顔でケラケラと笑っていた。完全に遊ばれている。

 

 しかし本当に志麻さんがなにか用意してくれているのならお返しをしなきゃならんと思い、志麻さんの誕生日を廣井さんに訊ねてみると、なんと5月15日との答えが返って来た。俺が5日で志麻さんが15日、さらに虹夏先輩が29日でヨヨコ先輩が6月2日だった筈だ。四月にまで遡ると21日に喜多さんの誕生日、ヨヨコ先輩によると4月7日は長谷川さんの誕生日らしいので、約二ヵ月の間に知り合いの誕生日ラッシュという恐ろしい事になっている。

 

「じゃあじゃあ! 未確認ライオット二次審査のWEB投票が終わったら、皆の合同誕生日パーティをやりませんか!」

 

 話を聞いていた喜多さんが、面白そうな事を発見したと言わんばかりにキラキラしたイベントを立案してきた。陽キャらしい発想だ。流石に誕生日をまとめ過ぎだろと思わなくもないが、ひとつにまとめた方が面倒が無いという意味では良いかもしれない。祝われる当人たちの予定しだいだが。

 

 ただ二次審査が終わった後とは言うが、もし結束バンドかSIDEROSのどちらか、または両方が落選していた場合、地獄のような空気になりそうなんだが……大丈夫なんですかね? 

 

「ま、まぁそれはともかく。ヨヨコ先輩ありがとうございます。こういうのは自分では絶対に買わないんで……それで、なにを返したらいいですかね?」

 

 分からなかったら人に聞けという事で、誕生日も近いので直接ヨヨコ先輩になんのお返しが欲しいか訊ねてみる。ここまで堂々と直接聞かれるとは思っていなかったのか最初は困惑していたヨヨコ先輩だったが、突然なにか悪戯でも思い付いたかのような挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ貴方のセンスでなにかファッションアイテムでも選んで貰おうかしら?」

 

「お、俺のセンスでファッションアイテムですか……? じゃあドラゴンが巻き付いた剣のキーホル……」

 

「ちょっと!? それはファッションアイテムじゃないでしょ!? こいつが何か買う時は必ず誰か付き添いなさいよ!?」

 

 最後まで言う前に怒られてしまった。おかしいな? いま挙げたヤツとか、日本刀の形をしたペーパーナイフ(鞘に納刀可能)とか、ひとりだったらきっと目を輝かせてテンション爆上げ間違いなしなんだが……世の中の女子ってもしかしてこういうの駄目な感じ? 隣を見ればひとりは俺と同じ様な物を考えていたのか、流れ弾を食らって(自分のセンスを否定されて)落ち込んでいた。

 

 仕方ないのでセンスのありそうな喜多さんとリョウ先輩にアドバイスやどこかお店を紹介してくれるように頼むと、リョウ先輩は面倒そうにしていたが、一食奢る事を提案したら爆速で釣れた。

 

 しかしリョウ先輩と喜多さんの二人にお供を頼んだのだが、何故かいつの間にか結束バンド全員で今度時間のある時に下北沢に行こうという事になっているんだが……俺がおまけみたいになってるけど、まぁいつも通りか……

 

「そういえば虹夏先輩ももうすぐですよね。何か欲しい物ありますか?」

 

「はいはーい! 私は新作のリップが欲しいでーす!」

 

「はい! 太郎、私はDingwallとル・フェの新作ヘッドレス、それとDarkglassのアンプヘッドが……」

 

「いや二人には聞いてないっス……そもそも喜多さんは四月に渡したばっかりでしょ……あげたエリクシーの弦を使い切ってから言ってください」

 

 この場に居る誕生日が近い人間には前もって聞いておこうと思い虹夏先輩に訊ねると、どさくさに紛れてまだ誕生日でもないのにクソ高い物を要求してくるリョウ先輩や、図々しく喜多さんが二回目のプレゼントをねだって来たので、遠回しに沢山ギターの練習をしてくれと言い放つと、喜多さんは痛い所を衝かれたのかショックを受けていた。リョウ先輩は初めから要求が通ると思っていないのかケロッとしているが……

 

 改めて虹夏先輩に視線を向けると、虹夏先輩は悩んでいるのか恥ずかしそうな、遠慮したような様子でテーブルを見つめていたが、やがて顔を上げて小さく上目遣いでこちらを見て来た。

 

「じゃ、じゃああの……太郎君の使ってるチューニングキーが欲しいかなって……」

 

「俺の使ってるチューニングキーですか?」

 

 確かかなり前に虹夏先輩本人がドラムヒーロー()が使っている物と同じものを使っていると言っていた筈なので、あげてもダブるだけだと思うんだが……もしかして無くしてしまったんだろうか? チューニングキーは何故かいつの間にか無くなるモンらしいからな。しかし俺が使っている奴は両手で使うデカいヤツなんだが、これを失くすとは虹夏先輩も意外におっちょこちょいなんだろうか? 

 

「分かりました。今度同じの買っときますね」

 

「え? いやっ違っ……」

 

 本人が欲しいと言うのだから俺があれこれ考えても仕方ないので、忘れないように買う物をメモっておこうとスマホを取り出した瞬間、突然大きな声をあげた虹夏先輩に驚いていると、隣に座っているひとりが俺の服の裾を引っ張った。

 

「あの……多分虹夏ちゃんは太郎君がいま(・・)使ってる奴が欲しいんだと思うよ……」

 

「え? そうなの?」

 

 というか失くした訳じゃないの? じゃあ予備って事? 俺も一応予備に小さいヤツも持ち歩いているが、こんなデカいの二つも持ってたら邪魔じゃね? でも虹夏先輩から否定の言葉が返ってこないので、どうやらひとりの言う通りのようだ。

 

「いやあの……ほら! 太郎君は結束バンドの発足にも立ち会ってるし、メンバーの一員みたいなものじゃん!? だからその、未確認ライオット審査にせめてなにか……代わりの物でも持って行ければな……なんて……」

 

「虹夏先輩……」

 

 何故急に言い訳がましい事を言い始めたのかは分からないが、そこまで俺の事を慮ってくれているとはなんだか嬉しいような恥ずかしいような……まぁ俺は別になにもしていないので、結束バンドの一員ってのは過剰評価なのだが、でもその気持ちは嬉しいっス虹夏先輩! 

 

「……ただこれあげちゃうと俺のが無くなっちゃうんで……」

 

「そ、そうだよね! ごめんね変な事言って……」

 

 俺が譲渡に難色を示すと、虹夏先輩は途端に項垂れてしまう。

 

「なので虹夏先輩の使ってるヤツと交換ならいいですよ。ほら、お互い誕生日プレゼントって事でどうです?」

 

「!? ほ、本当!? いいの!?」

 

「ええまぁ……」

 

 代わりに交換を提案すると、打って変わって顔をほころばせ、一も二も無く頷いてきた。再三言うが俺のチューニングキーも虹夏先輩の使っているチューニングキーも同じヤツなので、俺は別にどっちでも良いのだ。それに誕生日ラッシュという事で、交換ならお互い出費を抑えられるのでいいんじゃないだろうかと考えたのだ。我ながらお財布に優しいナイスアイデアだと思う。

 

 でも本当に俺がドラムを始めた時から使っている年季の入った中古品でいいのだろうかと改めて確認してみると、虹夏先輩はヘドバンの如く首が取れそうなくらいに頭を縦に振っていた。まぁ本人が良いならいいだろう。

 

 そんな話をしていると、店長からリョウ先輩や喜多さんにそろそろバイトの時間だぞと声がかかったので、お茶会はここでお開きとなった。

 

 店長にバイトをやっていかないかと誘われたが、流石に六時間スタ練した後という事もあり、疲れているので断った。帰り支度を整えてバッグを背負い、愛用のBoBキャップ(メンバーのサイン入り)を深く被った俺は店長や虹夏先輩達に挨拶するとそのままSTARRYを出た。

 

 また来月に皆の予定が合う日があればスタ練しましょうなんて言ってSTARRYの前で廣井さんやヨヨコ先輩とも別れると、俺とひとりはそのまま駅へと向かい帰りの電車に乗りこんだ。

 

 家の最寄り駅まで一本で行ける電車に乗り換えて人心地つくと、俺は隣に座っているひとりへと声を掛ける。

 

「ひとり、手を出せ手を」

 

「え? なに? どうしたの?」

 

「これやるよ」

 

 突然の俺の言葉に不思議そうに両手をそろえて差し出して来たひとりの手の平の上に、俺は自分の持っているキーケースに入った予備のチューニングキーを載せてやる。

 

「これって……」

 

「虹夏先輩が誕生日プレゼントにチューニングキーを欲しがった時、お前も物欲しそうな顔してただろ? だからそれやるよ」

 

「!? なっなんで……!? いいの……?」

 

「いいぞ」

 

 俺が先程の事を思い出しながら指摘すると、ひとりは顔を赤くして驚いている。

 

 その「なんで」と言うのは、何故チューニングキーをくれるのかという意味だろうか? それとも、何故物欲しそうな顔をしているのが事が分かったのかという事だろうか? もし後者ならそりゃ分かるよ。俺が何年お前の顔を見てると思ってるんだよ。前者の理由は今から説明してやろう。

 

「あれだろ? お前も今日ドラムに触れてみて、その楽しさが分かったんだろ? そりゃチューニングキーも欲しくなるだろうよ。だからこれからは俺がいない時でも、いつでもドラムを体験出来るようにそれを進呈して進ぜよう。あ、でもそれならスティックもいるよな……仕方ない、持ってけドロボー! 俺のお古で悪いがスティックも付けてやるよ! 欲張りセットだぞ!」

 

 俺がドヤ顔で語ってみせると、ひとりは自分の両手の手の平の上に置かれた小さなチューニングキーをじっと見つめていたかと思うと、余程嬉しかったのか大事そうに手の平に包み込んだ。

 

「あ……ありがとう、太郎君」

 

「おうよ。精進したまえ」

 

「……あっ、じゃ、じゃあ私もなにか……えっと……ピック! ピックあげるね! いま私が使ってるヤツ!」

 

「お前のお古って、それもう角が取れてツルツルなんじゃねーの……? っていうか俺ギター持って無いからピックだけ貰っても仕方ないんだが……」

 

 お礼を言って俺が渡したチューニングキーとドラムスティックを自分の鞄に大事そうに仕舞い込んだひとりは、突然ピックをくれると言って焦ったように鞄を漁ると、使い古しのピックと新品のピックを一枚ずつ手渡して来た。

 

 ドラムというのは基本レンタルなので、スティックとチューニングキーだけあれば演奏出来る(本当はキックペダルも必要だが、あれは値段が高いので流石にあげる訳にはいかんのだ……すまん)が、ギターはギターが無いとピックだけ貰ってもガチで役に立たないんだが……ままええわ。虹夏先輩も言っていた通り、これをひとりの代わりだと思って萌え体験(Moe Experience)のライブに持って出るとしよう。

 

 俺もひとりにお礼を言ってピックを鞄に仕舞うと、それから家の最寄り駅に着くまで、今日のスタジオ練習の話や、目前に迫った未確認ライオットの二次審査であるWEB投票審査の話をしながら過ごす事にした。




 やっとスタジオ練習編終わった……今回投稿が空いた原因の8割位は廣井さんの扱いに悩んでの事で、残りがスタジオ練習ってどんな事やるの? っていう知識の無さからです。
 実は休憩中に飲酒して、いつもの廣井さんに戻ってスタジオ練習後半戦を迎えるパターンも書いてたんですが、原作でも初詣終わった後の飲酒は虹夏先輩が率先して飲ませてあげたっぽいので、素面の廣井さんなら練習の間くらいは飲酒はしないかなって思って今のオール素面verになりました。
 正直素面の廣井さんってギャグ的な出番なら良いんですが、真面目に書くと滅茶苦茶扱いが難しいんじゃないかと思います。加えて廣井さんのお酒からの脱却話は、真面目にやると何故廣井さんがお酒を飲んでいるのかって理由を真剣に考えて、原因を取り除かないといけないので、物凄く難しい題材なんじゃないかと思いました(小並感)
 誕プレ話とか唐突過ぎない? って思った人いると思うんですが、これはライオット三次審査で主人公から託された物を見て虹夏先輩が勇気づけられる……みたいな事がやりたかったんです。まぁ主人公視点だと出てこない話なんですが……

 前書きでもちょろっと書いたんですが、評価、お気に入り、UAやPV、しおり、ここすき、誤字脱字報告等ありがとうございます。未だに初期の話の誤字脱字報告が来たりするんですが、誤字脱字の申し訳なさと共に、昔の話を読んでくれてる人が居るんだなと思うととても嬉しいです。


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040 何光年でもこの歌を口ずさもう

 039の感想の怒涛の大胆な告白は、ありがたいけど笑っちゃうんですよね。

 本当は今回でライオット二次審査中間発表まで行くつもりだったんです。今回は書く事あんまりないからサクサク進みそうだなとか思ってたら、なんか書く事が無限に出て来たんで分割しました。こいつ(作者)いっつも分割しましたって言ってんな。


Hi(ハイ)! タロー! こっちこっち!」

 

「お~い太郎君~!」

 

 コンパクトなトラベラーなんて名前の癖に10キロも有るドラムセットを持って渋谷の改札を出ると、そこにはいつもの着崩(きくず)した浴衣? を着たイライザさんと廣井さんが既に二人で待っていた。

 

 俺の姿を発見したイライザさんと廣井さんの二人が大きく手を振って出迎えてくれると、その大きな身振りやイライザさんが外国人である事、廣井さんの奇抜な出で立ち、それに加えて二人のその顔の良さもあってか、途端に俺達に大勢の人の視線が集まったので、俺は堪らず愛用のBoBキャップのつばを掴んで深くかぶり直した。

 

「あの……お二人共。恥ずかしいんでそういうのはちょっと……」

 

 ただでさえアウェーな渋谷で目立つことに恥ずかしさを覚えた俺は小走りで二人に近づきながら、自身の顔を隠すように被っている帽子のつばを右手で抑え、周りを見渡しながら声を抑えるように頼む。すると二人は一度お互いの顔を見合わせ、イライザさんはムっとした表情で、廣井さんはいいおもちゃを見つけた様な楽しそうな笑みを浮かべて俺に抱き着いて来た。

 

「ムッ! なにも恥ずかしくないヨ! ホラホラ~!」

 

「そうだよ~。太郎君なに恥ずかしがってんの~」

 

「やめ……やめろー!」

 

 沢山の通行人に注目されて、俺が焦ったように二人を引き剥がして距離を取ると、イライザさんと廣井さんは二人してケラケラと楽しそうに笑った。おかしいな……この二人は俺より年上の筈なんだが……もう既に今日の雲行きが怪しくなって来た気がする。

 

 何故俺がこんな状況になっているか、その説明をする前に今の結束バンドの状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ。

 

 

 

 事の始まりは未確認ライオット一次審査発表からそれほど間を置かずに、いよいよ二次審査であるWEB投票が始まった事にある。

 

 二次審査はインターネットによる投票形式で、これから二週間の間、一次審査を通過した100組のバンドに対して毎日一人一票の投票を未確認ライオットの専用WEBページから行い、得票数の多い上位30組が次の三次審査であるライブ審査へ進む事が出来る。

 

 そんな訳で、虹夏先輩はSTARRYに投票を呼び掛ける張り紙を貼ったり、喜多さんは学校の友人に投票をお願いしたりと大忙しの中、俺も何か力になれないか考えていた。

 

 とはいえ俺固有の友人もおらず、一人無力感にうちひしがれているそんな時、いよいよ近づいて来た夏のコミマに向けてのMoeExperience(アニソンコピーバンド)の事で連絡して来たイライザさんにその事を話してみたのだ。

 

「ナルホド……ならMoeExperience(私達)で路上LIVEをやろうヨ!」

 

「えっ? 路上ライブですか?」

 

「YES! 路上LIVEで集まった人に結束バンドとSIDEROSの投票を呼びかけるノ! MoeExperience(私達)は路上LIVEで予行演習出来るし、結束バンドの宣伝も出来る。Win-Winデショ!?」

 

 Win-Winってそうやって使うんだっけ? ままええわ。そんな訳で、俺達MoeExperienceは路上ライブを行う為に今日渋谷へとやって来たのだ。何故渋谷なのかとイライザさんに訊ねてみると、どうやら俺達(BoB)の路上ライブの動画を随分と根に持っているようだった。確かにあの時もアニメソングも演奏していたからな。

 

「それでタロー。今日はちゃんと着てきた?」

 

「ええまぁ……こんなの普段着ないんで、わざわざ今日の為に買ったんですよ」

 

 廣井さんと一緒に笑っていたイライザさんが俺に訊ねて来る。

 

 今回路上ライブをするにあたって、何故か事前にイライザさんからタンクトップを着て来るように指定されていたのだ。指定通りの服を着ている事を証明する為に俺が上着を捲って見せると、イライザさんはそれを見て満足そうに頷いた。

 

「perfect! それにしても……」

 

 イライザさんは捲った上着の隙間から俺の体をまじまじと見つめると、神妙な顔で呟いた。

 

「随分……鍛え直したナ……」

 

「血のションベンを出し尽くした……ってよく知ってますねこんなネタ……」

 

「エヘヘ……それじゃあ私からタローにBirthday Presents(誕生日プレゼント)をあげちゃおうカナ!」

 

「え? 俺にですか? ありがとうございます。なんかすみませんね」

 

 ネタが伝わった事が嬉しかったのか可愛らしくはにかんだイライザさんは、持って来た自分のバッグを漁ると、突然誕生日プレゼントだと言って男物の浴衣らしき物を取り出した。

 

「じゃあ私からもプレゼントをあげちゃおうかな~」

 

「えっ!? 廣井さんもですか? まさか……」

 

「違うから!? 盗んでないからね!? まったくも~……はいっど~ぞ!」

 

 イライザさんに続き、俺の疑いの眼差しにむくれ顔の廣井さんから渡されたのは、どこかで見た覚えがあるような、顔を口元まで覆うような狐の仮面だった。

 

「何かと思ったら、これ廣井さんがおにころ飲む為に口元が無い今のBoBで被ってる仮面とどっちにしようか迷ってたヤツじゃないですか」

 

「ご、誤解だよ~。口元が無いのを選んだのはその……そう! 歌が良く聞こえるようにで……ま、まぁいいぢゃんそんな事わ!」

 

 この言い訳の反応は、建前(歌)三割、本音(飲酒)七割といった所だろうか? まぁ店長への誕生日プレゼントが肉の応募券(期限切れ)だった事を考えるとかなりマシな方か……どっちの狐面もファンから貰ったと言っていた筈だから、廣井さんの懐は痛んでいないのだろう。

 

「まぁでもお二人共ありがとうございます」

 

「ウンウン……じゃあタロー、早速着て?」

 

「……えっ? 今ココでですか!?」

 

 突然のイライザさんの言葉に驚いてしまう。流石にこの渋谷駅前という人の多い場所で祭りでも無いのに浴衣を着るのは恥ずかしかったのだが、イライザさんは全く冗談を言っていない顔で見つめて来たので、仕方なく浴衣を着る事にした。

 

 とはいっても浴衣の着付けなんてどうしていいのか分からないと正直に言うと、イライザさんは任せろと言って俺の上着を脱がせ、甲斐甲斐しく浴衣を着せてくれる。

 

「ど、どうですか?」

 

 ジロジロと道行く人の視線を浴びながら浴衣姿を見せると、イライザさんは俺の姿をジっと見つめ、おもむろに浴衣の胸元を両手で掴み、はだけさせるように思いきり左右へと引っ張った。更には浴衣の下側も同様に引っ張ってはだけさせる。

 

「ちょっと!? なにやってるんですかイライザさん!?」

 

 タンクトップなんて着ているから上半身は肩丸出しだし、下半身は太腿から下のジーンズが丸見えだ。浴衣の上側も下側も、もうほとんど帯の部分だけが重なっているような、もうこれ着ている意味あるのかという状態になるほど浴衣を着崩すと、それでようやくイライザさんは満足そうに一度大きく頷いた。

 

「ハイ! じゃあ次はきくりの番ダヨ!」

 

 そう言ってバッグから新しく廣井さん用の浴衣を取り出して着せると、困ったような顔でされるがままの廣井さんに、俺と同じように浴衣を着せては着崩させていた。

 

「ウンウン! イーネ! Excellent! 二人共似合ってるヨ! 今日の衣装はこれで決まり!」

 

 俺達二人の恰好を見ながら上機嫌なイライザさんの言葉でようやく理解した。この浴衣を着崩した恰好はイライザさんがいつも(今日も)している恰好と同じなのだ。なるほど、だから俺にタンクトップを着て来るよう指定していたのか。廣井さんはスカジャンの下がキャミワンピなので、そのままで問題無いのだろう。要するにBoBにおける黒パーカーと同じ様に、どうやら今日の路上ライブでの衣装は和装(のコスプレと言っていいのだろうか?)という事のようだ。

 

 見れば廣井さんはいつものBoBで被っている口元が無い狐面を顔を隠す為ではなく、まるでお祭りの時に買ったお面の様に、顔の側面にひっかけるようにして身に着けている。イライザさんも少しデザインが違う狐面を廣井さん同様に身に着けていた。俺の狐面だけ顔全体を覆う物なのは、一応顔出ししないように配慮してくれた結果なんだろう。

 

「じゃあ早速TSUTAYA前に行きまショウ!」

 

 いまにもスキップしそうな程上機嫌なイライザさんが先導するように歩き出すと、俺と廣井さんは一度顔を見合わせて、観念したように後を着いていった。

 

 しかし当たり前だが、いくら渋谷といえどもこんなトンチキな格好の三人組は珍しいのか、周りからの好奇の視線が半端ない。イライザさんは全く気にしていないが、俺は流石に恥ずかしいのでBoBキャップで顔を隠すように右手でつばを抑えながらイライザさんの後を追う。

 

「ココ! ココでやりたい!」

 

 イライザさんが指定した場所は知ってか知らずか、俺達(BoB)が初めて渋谷で路上ライブを行なった場所とほぼ同じ場所だった。本当に俺達の路上ライブが羨ましかったのなら凄い執念だ……

 

 ここまで来たら恥ずかしがっていても仕方が無いので、俺はBoBキャップを脱ぎ、代わりに顔を隠すように狐面をかぶると手早くドラムの準備を始める。イライザさんと廣井さんも同様に楽器の準備を始めた。

 

 一通り準備が終わって顔を上げると、和装のトンチキ三人組が物珍しいのか既にぽつりぽつりと足を止めて俺達を見ている人がいた。その光景を見て、なんだか半年程前のBoBの渋谷路上ライブが昨日の事の様に思い出される。

 

 ドラムの準備を終えて周りを見回すと、既に準備を終えていたイライザさんと廣井さんがこちらを見ていた。その視線に答えるように俺が準備が終わった事を伝える為に一つ頷くと、イライザさんも頷き、通行人の方へ振り返り声を上げた。

 

「Hello! アニソンコピーバンドのMoeExperienceデス! 今から何曲か演奏するのでヨカッタら聞いて行ってネ!」

 

 トンチキ和装三人組が珍しいのか、それとも外国人であるイライザさんが珍しいのか、あるいはイライザさんと廣井さんの顔が強すぎるのか、イライザさんの呼びかけに通行人の足が止まる。

 

「なになに? なんかやるの?」

「路上ライブだって」

「うわ金髪碧眼外国人とか凄っ……」

「日本語上手いなぁ」

「っていうかギターとベースの顔が強すぎない?」

「凄い恰好してるな」

「あのドラム結構ガタイいいな」

 

 やはりイライザさんの様な和装金髪碧眼美人ナイスバディー日本語ペラペラ外国人ギタリスト(改めて羅列するとこの人のスペックヤバくない?)が珍しいのか、なんだなんだと人が集まって来ると、イライザさんは再び俺に視線を送って来たので、俺はドラムスティックを頭上へと掲げた。

 

「それじゃあ早速始めるヨ!」

 

 イライザさんの言葉に俺がドラムスティックでカウントを取り始めると、いよいよ演奏がスタートする。

 

「あっこれ聞いた事ある!」

「知ってる! あの入れ替わりの映画のヤツだよね!」

「ってか始まったばっかだけど演奏エグイな……」

 

 イントロが始まると観客から声が上がる。今日の路上ライブの目的はMoeExperienceというバンドの試運転と、ついでに未確認ライオット二次審査で結束バンドとSIDEROSへの投票を呼びかける事だ。

 

 一応前もってなんの曲を演奏するか話し合っていたのだが、アニソンコピーバンドという事でアニメの曲というのはまず絶対条件だ。イライザさんはきらら系とかいう物が好きらしいが、MoeExperience(俺達のバンド)に興味を持ってもらう為にも、まず一発目はなるべく大勢の人が知っている曲がいいだろうという事になった。投票を呼び掛けるのなら尚更だ。

 

 有名な曲と言っても渋谷という場所を考えると若い人が多いだろうし、あまりにも古い曲はウケないかもしれない。そんな話し合いの結果、MoeExperienceの初演奏に選ばれたのが、この少し前に一世を風靡した男女の入れ替わりを題材にしたアニメ映画の主題歌だった。

 

 流石は廣井さんでも知っていて社会現象とまで言われた曲だ。イントロが始まっただけだというのに観客の反応はかなり良い。

 

 例の如く俺達三人揃って集合する時間が取れなかったので合わせの練習はやっていないのだが、BoBで共演しているリズム隊の俺と廣井さん、SICKHACKで共演しているイライザさんと廣井さん、そういうお互いがお互いを知る下地もあってか、それとも渋谷でのスタジオ練習(という名の暇つぶし)が良かったのか、それともイライザさんの高い演奏力か、演奏の方はとりあえず問題は無いようだ。

 

 ちなみに今日の――というか、MoeExperienceでのボーカルはイライザさんだ。そりゃイライザさんがやりたくて結成したアニソンコピーバンドなんで当然だろう。俺達はコーラスだ。SICKHACKでイライザさんはリードギターなので、実はVo.Gt.(ギターボーカル)イライザは結構レアだったりする。

 

 前に屋台ラーメンを食べた後でやった渋谷でのスタジオ練習でも思ったが、SICKHACKでギターを担当しているだけあって、やはりイライザさんのギターも一級品だ。ひとりはイライザさんのギターを『感情的でロジカル』と評したが、念願だったアニソンの為か今日は一段と感情豊かな音色な気がする。

 

 しかしこの人金髪碧眼の外国人で、日本に来てまだ四年目だっていうのにめちゃくちゃ歌上手いな……イントネーションなんかもほとんど違和感無く、むしろそこら辺の日本人より上手いんじゃないだろうか? イライザさんの見た目目当てで見ていたであろう観客が大層驚いている。

 

 SICKHACKでのライブでは、曲がサイケだという事もあってか色っぽい雰囲気のイライザさんだが、今日はアニソンという事もあって楽しそうに演奏している。時折歌いながらこちらにも視線を向けて来るが、それが何とも天真爛漫な笑顔で、年上という事を忘れそうになる。

 

 間奏に入るとしばらくドラムだけの進行になるのだが、wow wow……と俺と廣井さんがコーラスを入れている間にイライザさんは一人楽しそうに手拍子を始めると、観客を巻き込むように手拍子を求めるライブパフォーマンスを行なっていた。すげーなこの人……これが真のコミュ強か……

 

 ちなみにこの曲には『original ver.』と『movie ver.』の二種類があるのだが、今日はoriginalの方で、これには劇中のみで使用された歌詞が間奏の後半部分に入っている。

 

 観客を巻き込んだ手拍子付きの間奏が終わる直前、イライザさんと廣井さんがこの曲のMVの再現なのか楽しそうにジャンプすると、元ネタを知っている観客から歓声が上がった。その盛り上がりを維持したままラストまで演奏し終えると、いつの間にか凄い囲みになっていた観客から沢山の拍手やスマホのシャッター音で迎えられた。

 

 いつの間にか、なんて言ったが俺も随分と成長したようで、演奏中に観客へ意識を向ける位の余裕があったので観察していたが、イライザさんが歌い始めてからの通行人の足止め率えげつなかったぞ……

 

「歌上手っ! 本当に外国人!?」

「演奏やばい~! プロみたい!」

「すげ~……写真撮っといたらこれバズるかなぁ……」

「なんか前もこんな事無かった?」

 

「みんなアリガト~! 改めて、アニソンコピーバンドのMoeExperienceダヨ~!」

 

 演奏が終わると、イライザさんは観客に向かって手を振りながら話を始めた。MCもまた本番のライブの為の予行演習だ。

 

 俺と廣井さんは、しばらく楽しそうに喋るイライザさんのMCを聞きながら、次の曲が始まる合図を待っていた、のだが――

 

「それで、日本のアニソンは世界でも通じるカルチャーデスヨ! もっと評価されるべきデス! ワタシが特に好きなのは所謂“きらら系”と言われる物で、これは一見カワイイ女の子が出て来るだけの萌えアニメだと思われるかもシレマセンが、時に熱く、時に心温まる友情を魅力的に描き、ワタシ達視聴者の心を癒してくれマス! そして忘れてはいけないのがそんなアニメをさらに魅力的にするアニメソングで、なんと日本のアニメソングから一躍讃美歌界にNewWaveを巻き起こした曲がアリマス! これは日本という独自の宗教観を持つ国だからこそ生まれた素晴らしい例で、この曲のみならず日本には沢山その独自の価値観から生まれた素晴らしいアニメソングが……」

 

「いや長い長い長い長い! 長すぎですよ!?」

 

「What?」

 

 俺の口から思わずツッコミが漏れると、イライザさんは心底不思議そうな顔で振り返った。

 

 いやいやWhat? じゃないですよ。MoeExperienceはイライザさんの為のバンドなのでMCは一任すると決めていたのに、あんまり話が長いんで思わず口を挟んでしまった。

 

 廣井さんなんて困ったような顔でおにころ飲みながら一息ついちゃってるじゃないですか……今の話してる時間演奏してたら一曲くらい終わってますよ!? これじゃあ路上ライブをしに来たのか、アニソンへの熱い想いを述べる演説をしに来たのか、どっちが目的だか分かりませんよ。

 

 俺は捲し立てたくなる気持ちをグッと抑え、イライザさんに「路上は許可取ってないんで、時間が……」と伝えると、イライザさんはハッとした顔になり、心底申し訳なさそうに顔の前で手を合わせて俺に謝った。

 

「Sorry! ワタシ普段はライブの雰囲気を壊すから喋らないようにって志麻にお喋り禁止令だされてるの! だから今日は嬉しくって……」

 

「そ、そうなんですね……じゃあとりあえず次の曲を……」

 

「ねぇねぇ太郎君。アレ……」

 

 平謝りのイライザさんに次の曲に行くように促そうとすると、俺の近くに寄って来ていた廣井さんが遠くを指さしながら話しかけて来た。その指さした方を見ると警察官が二人、こちらに歩いてきている。

 

「あっ……」

 

「Oh……」

 

 俺とイライザさんが状況を理解して小さく呟いたが、廣井さんはこういう事に慣れているのかおにころをすすりながら気楽な様子だ。

 

「お巡りさんがこっち来るまでもう少しだけ時間あるし、とりあえず宣伝だけでもしといたら?」

 

「そ、そうですね……イ、イライザさん。取りあえず宣伝してください宣伝」

 

「お、OK! えっと……MoeExperienceデス! 今度秋葉原でアニソンライブやります!」

 

「そっちじゃなくて! いやそっちもなんですけど……ライオットの方です!」

 

 俺の言葉に今日の目的のひとつを思い出したイライザさんは、俺達を囲んでいる観客に向かって、慌てながらも自分たちの知り合いである結束バンドとSIDEROSが未確認ライオットの二次審査に出ているので、是非WEBから曲を聞いて気に入ったら投票してくれという旨の事を伝えていた。

 

 だが俺達を囲んでいた観客は聴いた事も無いバンドの事よりも、秋葉原でのライブやこのバンドの事の方が気になるらしく、イライザさんに秋葉原ライブの日時や場所、バンドの名前やトゥイッターアカウントの有無などを聞いていたので、宣伝になったのかは微妙な所だ。すまんひとり。

 

「すみませーん! ここで演奏しないでくださーい!」

 

「す、すみません! いま片付けます!」

 

 宣伝が終わったのとほぼ入れ違いで警察官が到着すると、俺達は平謝りして機材の撤収を始めた。それを見ていた観客もこれ以上俺達の演奏が無い事を悟ると、ぽつりぽつりと残念そうにこの場から立ち去って行く。

 

 イライザさん本人も自分のせいだとは言え、掴みの一曲目以降はきらら系の楽曲を予定していただけに少し残念そうだった。前回のBoB路上ライブが上手く行き過ぎたので忘れていたが、金沢八景の時も一曲演奏して警察に見つかったので、これが普通なのだろう。まぁ仕方ない。

 

 しかしここまでイライザさんがお喋りだとは知らなかった。放って置いたらいつまでも話し続けている感じだったので、志麻さんの禁止令も頷けてしまう。秋葉原でのライブMCもイライザさんに任せるつもりだったが、色々と考え直さなくてはいけないかもしれない。下手をすればアニメソングへの熱い想いだけで二時間終わってしまいそうだ。

 

 大体の観客は演奏が無いと分かると散っていったが、ナンパ目的なのかイライザさんに声を掛けて来る男性もいた。だがイライザさんが何事か言って断わると、男性は俺の事を一瞥してから残念そうに去って行った。イライザさんは一体何を言ったんだよ、怖すぎる……今日ほど顔出ししていなかった自分を褒めたいと思った事は無いかもしれない……

 

 前回BoBで路上ライブをやった時は四人全員仮面を被っていたのでこんな事は無かったのだが、改めて渋谷という街の真の姿に戦々恐々としながらドラムを片付けていた俺の耳に、ふと聞き覚えのある女性の声が聞こえて来る。

 

「あら~? 結束バンドって聞こえたと思ったから見に来たんだけど、もう終わっちゃったのかしら?」

 

「ワン!」

 

 俺が何気なく声のした方に顔を向けると、そこには秀華高校の白い制服を着た女性が犬の散歩なのか柴犬を連れて立っていた。

 

 何となく見覚えがある柴犬だな……なんて思って見ていると、その柴犬は俺の姿を見つけた途端、嬉しそうに勢いよく尻尾を振って、女性の持つリードを引っ張るようにこちらに近づこうとする。

 

「ちょっとジミヘン? どうしたの?」

 

「……ジミヘン?」

 

 同じ犬種に同じ名前とは、随分と奇遇な事もあるもんだ。そんな風に思いながらリードを持つ女性の顔を見て――俺は盛大に驚いた。

 

 後頭部でお団子にした桃色の髪に青い瞳。人の良さそうな柔和な表情。女性を見つけたのが演奏中で無かった事に心から安堵する。もしさっきの演奏中、観客の最前列に彼女(・・)が居たのを発見したら、絶対に動揺してミスっていた自信がある。

 

 俺は驚きで飛び上がるように立ち上がると、慌てて女性に声を掛けて駆け寄った。正直この人がここに居るのが未だに信じられない。まさか他人の空似だという事は無いだろうが……そうであってほしい気もする……

 

「あのっ……! ちょっとすみません!」

 

「はい? あ、こらジミヘン! 何してるの……! ジミヘンが初対面の人にこんなに懐くなんて……」

 

 女性の傍まで近づくと、柴犬――ジミヘンは、取れてしまうんじゃないかと心配になる程激しく尻尾を振りながら俺の右足に抱き着くように引っ付いて来る。女性が不思議がるのも無理はない。そりゃそうだろう、だって俺とジミヘンは初対面じゃないから……

 

 俺が狐面を付けているせいか、女性は俺の正体には全く気付いていない様子だった。それどころか急に声を掛けて来たはだけた和装に狐面で顔を隠した謎の男という事で、少し警戒している感じすらある。気持ちは分かる。もしかしなくても、今の俺はさっきイライザさんをナンパしていた男性と変わりない状況だ。

 

「……あっ! 何してるのタロー! ナンパは駄目ダヨ!」

 

「ちょっと太郎君~! 私というのもがありながら何してんの~!」

 

「……たろう、くん?」

 

 俺が女性に絡んでいるのを見つけて、イライザさんと廣井さんも駆け寄って来た。柴犬を連れた女性は、同性の人間が二人現れた事で警戒していた雰囲気が少し和らいだと共に、二人の呼んだ俺の名前を不思議そうに呟いた。

 

「すみません、ちょっとこっち向きはまずいんで、こっち側に立って貰えますか?」

 

 女性を道路側に誘導し、俺は顔を見られない様に通行人の多い歩道に背を向けると、女性に一歩近づいて狐面を顎から少し持ち上げて素顔を見せる。

 

「美智代おばさん。俺です、太郎です」

 

「……あら~! 太郎君だったのね。道理でジミヘンが懐いてたのね~。それにしても太郎君、凄い恰好ね」

 

 何故か秀華高校の女子の制服を着て渋谷にいた女性――ひとりの母親である美智代おばさんは、俺の顔を見るなり気の抜けた声を上げた。

 

 しかしおばさんに言われて改めて自分の恰好を顧みれば、確かに今の俺の恰好は肩丸出しな程着崩した浴衣を来て、狐のお面で顔を隠している不審者だ。あまりおばさんの事を言える恰好では無いかもしれない……でも諸々を鑑みれば、多分俺の方がギリセーフだから! 

 

「ええまぁ……それでその……ちょっと色々(・・)聞きたい事もあるんで、機材を片付けるの待っていて貰ってもいいですか?」

 

「ええ、いいわよ~」

 

 俺の身元の確認が終わると、俺は再び狐面を元に戻す。そのままおばさんに少し待っていて貰えないかお願いすると、特に嫌がる事も無く快諾の返事を貰った。

 

 あまり待たせるのも申し訳ないので俺が急いで機材を片付けていると、同じく機材を片付けていたイライザさんが不思議そうに訊ねて来た。

 

「タロー。あの人はダレ?」

 

 イライザさんの質問に、俺は狐面の内側で眉を顰める。

 

 それは今だけはとても難しい質問だ……正直に言ってもいいのだろうか? いやでもなぁ……おばさん何故かひとりの制服(多分)を着てるんだよなぁ……店長(三十歳)制服姿(コスプレ)でキャッキャしていたら、まさか幼馴染の母親(アラフォー)制服姿(コスプレ)を拝むことになるとは、人生とは恐ろしい……

 

 イライザさんの質問に俺が答えあぐねていると、俺達の会話を聞いていたのかおばさん自ら、楽しそうに両手を広げて会話に入って来た。

 

「は~い! ひとりちゃんの母、後藤美智代十六歳で~す!」

 

「……エーッ! ひとりママ!? Blimey(びっくり)!」

 

 おばさんの返答にイライザさんは大興奮だ。真のコスプレを見たからだろうか? 確かにコスプレだけども……あーもうめちゃくちゃだよ。廣井さんはおばさんのカミングアウトに呼吸困難になるほど笑い転げていた。

 

 機材の片付けが終わり、イライザさんから貰った浴衣から元の服装に戻した俺は、流石にひとり()の高校の制服を着たおばさんをこのまま渋谷に野放しにするのもアレだったので、今日の所はおばさんと一緒に帰るつもりだった。だがそんな俺達にイライザさんが待ったをかけた。

 

「ワタシ達これから打ち上げに行きマスが、ひとりママも一緒にどうデスカ? No Problem(大丈夫)! ワンちゃんOKなお店を探しておきまシタ!」

 

 機材の片づけが終わったら熱心にスマホを見ていると思っていたら、何をしてるんだこの人は……

 

「え~、良いのかしら?」

 

「Welcomeです!」

 

「じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら~。太郎君、おばさんとデートしましょう~」

 

「アッハイ」

 

「あははは! 太郎君サイコー!」

 

 イライザさんのお誘いを受けたおばさんは楽しそうに俺と腕を組んできた。ちなみにおばさんは未だに制服姿だ。もうどうにでもな~れ。

 

 そんな訳で俺達は路上ライブの打ち上げとして、ペット同伴可なカフェにやって来たのである。

 

 店を探したイライザさんに連れてこられたのは、リョウ先輩や喜多さんが好きそうなおしゃれなカフェだった。こういうシャレオツな店は俺みたいな奴には敷居が高い(誤用)のだが……まぁ金髪美人外国人のイライザさんを連れてるから大丈夫だろう。

 

 イライザさんの提案で俺達は店の外にある円形のテラス席に座る事にした。席順は時計回りで美智代おばさん、イライザさん、廣井さん、俺の順で座ると(ジミヘンはおばさんと俺の足元だ)、イライザさんがメニュー表を拡げて注文する品を選びながら言う。

 

「ひとりママとワンちゃんの分は誘ったワタシが払いマスから、好きな物を頼んでください!」

 

「えっ? でも……」

 

 イライザさんの奢りと聞いて反論しようとするおばさんに被せるように、廣井さんと俺はメニュー表を見ながらイライザさんにお礼を言う。

 

「ほんと~!? イライザありがと~!」

 

「ゴチになります」

 

「チョット!? きくりとタローは自分で払うの!」

 

「そんな~……! 太郎君……」

 

 俺は冗談だったが廣井さんは本気だったらしく、イライザさんに断られると捨てられた子犬の様な瞳を俺に向けて来た。ペット可ってそういう事じゃないから。今日はBoBの集まりでは無いので突っぱねても良いのだが……流石になぁ……

 

「……しょうがないにゃあ……お酒は無し! それと次のBoBライブの廣井さんの取り分から天引きですよ?」

 

「ありがと~太郎君!」

 

 気付けば何故かおばさんが今の俺達のやり取りを妙に真剣な顔で見ていた。いつの間にか慣れてしまっていたが、よく考えなくても男子高校生が年上女性と金銭のあれこれをやっているのは結構ヤバイ絵面かもしれない事に思い当たった俺は、焦りながらも訊ねてみる。

 

「……ど、どうしました?」

 

「太郎君……ひとりちゃんの事を忘れないであげてね?」

 

「何の話!? いや本当に何の話ですか!?」

 

 突然の意味不明な忠告に俺が困惑しながらメニュー表を見ていると、そのうち店員が注文をとりにやって来た。俺達はそれぞれ決めたメニューを店員に告げ(勿論ジミヘンの分も注文した)、店員が奥へ戻っていくと、ようやく俺はずっと疑問に思っていた事をおばさんに訊ねる事にした。

 

「それであの……それひとりの制服ですよね? おばさんはその……ひとりの制服着て渋谷で何してたんですか?」

 

 おしゃれな店に幼馴染の母親の制服(コスプレ)姿は違和感が凄い。本当に聞いても良い事なのか分からなかったので恐る恐る訊ねる俺の態度とは対照的に、おばさんはまるで悪びれた様子も無く快活に答えてくれる。

 

「今ひとりちゃんのバンドがフェスに出る為のネット投票やってるじゃない? だから制服着て女子高生に擬態して布教活動してるの!」

 

「えぇ……(困惑)」

 

 本人自ら擬態って言っちゃったよ……思ったよりはまともな理由だったけど、ヤバい事には変わんねぇなコレ……見なかった事にしといてくれ……ってのは無理? じゃあ今日一日の記憶を消したりは出来ないだろうか? 

 

 ひとりの立場になって考えてみよう。もしアラフォーの自分の母親が自分の為とはいえ、自分の制服を着て渋谷に繰り出していたら……あ、これはマズイですね間違いない。もし俺の父さんが俺の制服着て渋谷に繰り出してたら……なんて考えただけで恐ろしい。

 

 娘の為に遠路はるばる渋谷にまで来る心意気は素晴らしいけど、娘の制服着てるのはやっぱヤベェよ……灯台下暗し。俺の知り合いで一番ヤバいのは廣井さんでも喜多さんでもなく、美智代おばさんだった!? 

 

「そういえば、太郎君達もさっきひとりちゃんのバンドの宣伝してくれてたのね」

 

 おばさんは自分の恰好に一切疑問など無いのか、いつも通りな態度で訊ねて来る。そういえば路上ライブの最後に無理矢理宣伝した事がきっかけでおばさんに遭遇したのを思い出した。この格好のおばさんを見つけなかった方が良かったかとも思ってしまうが、知らない所で暗躍している方が怖いので結果良かったのだろう……

 

「ええまぁ。俺もなんかひとりの力になれないかなって考えてたんですけど、たまたまイライザさんに相談したら路上ライブやろうって提案されたんでそれならって……」

 

「まぁまぁ! ありがとう太郎君……! やっぱり持つべきものは幼馴染ね! それでどちらがイライザさんかしら?」

 

 うっそだろお前!? おしゃれな店まで四人で打ち上げに来てるのに、お互いの自己紹介がまだだったとかこれマジ!? おばさん俺達に馴染みすぎだろ!? 

 

 おばさんの言葉で恐ろしい事実に気付いた俺は、慌てて二人を紹介する事にした。

 

「えっと……こちらが廣井きくりさんです。前に話した俺がリーダーをやってて、ひとりにも掛け持ちで入って貰ってるBoBってバンドでベースをやってくれてる人です」

 

「廣井きくりで~す。ぼっちちゃんと太郎君と一緒のバンド組んでま~す」

 

「あなたが廣井さんですね。いつもひとりちゃんがお世話になってます」

 

 深々と頭を下げる美智代おばさんに、廣井さんは照れくさそうに頭を掻いた。流石に酒の入った廣井さんでも年上には荒唐無稽な態度はとらないらしい……もしかしたら自分よりやばいヤツなのを本能で感じ取って大人しくしているだけかもしれないが……

 

「それでこちらが……」

 

「ハイ! イギリスから来ました清水イライザです! 前にひとりがきくりの家に泊まった時に電話したんデスけど、覚えてマスカ?」

 

「……ああ! あなたがイライザさんですか!」

 

 俺が紹介しようとすると、元気よく手を挙げて自ら自己紹介を始めたイライザさんだったが、イライザさんの自己紹介を聞いて珍しくおばさんが少し驚いた感じだったので理由を訊ねてみると、おばさんは少しバツが悪そうな表情で答えてくれた。

 

「ごめんなさいね? 外国人のお友だちだって言うから、本当に実在するのか少し疑っちゃってて……」

 

 ……まあね? 俺達の知り合いに急に外国人なんか出てきたらそりゃ疑うよね。気持ちは分かるよ……分かるから電話まで替わったんだが……どうやらあれでもまだ疑惑の域を出ていなかったらしい。日頃の俺達の交友関係のしょっぱさが窺える。

 

 おばさんとイライザさん、どちらも社交的なおかげか一通り自己紹介が終わると楽しそうに話している。注文した料理を食べながら、バンド活動をしているひとりの話やイライザさんの故郷の話、果てはイライザさんお得意の日本のアニソンについてや、コスプレの話等、あれこれと話をして、店の会計を済ませて解散する頃には随分と仲良くなっていた。

 

「今日はご馳走様でした。でも本当に良かったんですか?」

 

No Problem(大丈夫)! その代わり……じゃないデスけど、今度美智代サンの家に遊びに言ってもイイデスカ?」

 

「ええ勿論です。是非来てください」

 

「Thanks! じゃあじゃあ……今年の夏のお祭りの時にウカガイマス! 去年きくりに聞いて一度行ってみたかったの~!」

 

 黙って聞いてたらなんかいつの間にか凄い事言い始めたよこの人。夏祭りって、去年ひとりのチケットノルマを捌く為に、俺とひとりと廣井さんの三人で金沢八景駅付近で路上ライブやった時に、近くで開催されていた花火大会の事だろうか? 

 

「タローとひとりも一緒に……あっ! タローは今日あげた浴衣を着て来てヨ!」

 

「えぇ……? 俺は……」

 

 イライザさんは当然のように俺の事も誘ってくれたが、祭りは人が異常に多いという事もあり、人混みが苦手な俺はやんわりと断ろうとした――が、続くおばさんの言葉に俺は恥も外聞も捨てて手の平をドリルの様に回転させる事になる。

 

「あら? 太郎君も一緒に行くなら、ひとりちゃんにも浴衣を用意しておかないとね」

 

「行きます! やはり夏祭りか……いつ出発する? 私も同行する」

 

「タロー院」

 

 俺が手のひら返しで参加を表明すると、イライザさんは真顔でツッコミを入れて来る。

 

 ひとりの浴衣姿とか、そんなん聞いたら行くしかないでしょう。乗るしかない、このビッグウェーブに! 一応祭りには去年も路上ライブの帰りにちょっと寄ったんだが、あまりの人の多さにひとりが早々にダウンしたので屋台の食べ物を少し買ってすぐに帰り、ひとりの家で食べたのだ。まぁふたりちゃんが喜んでいたので良かったが。

 

「じゃあじゃあ! きくりも……あっ! それなら志麻も呼んでSICKHACKのみんなで行こうヨ! 去年は夏らしい事何も出来なかったから!」

 

 もう夏の事を考えているのか、イライザさんは随分とご機嫌だった。

 

 しかし夏祭りといえば、去年は八月十四日だったか? 今年もその辺りの日にちにやるのなら、コミマの日にちとぶつかってんじゃないだろうな……? いや、よそう、俺の勝手な憶測でみんなを混乱させたくない……

 

 カフェから出ると、まだ渋谷に用事がある(アニ〇イトに行くらしい)と言うイライザさんとそのお供をする(させられる)廣井さんとはここでお別れとなった。

 

「タロー! 今日はアリガトネ! チョー楽しかった! また路上ライブやろうね! 今度こそきん〇ザの曲をやりましょう!」

 

「あっはい。じゃあまずは今度一緒にMC考えましょうね」

 

 今日の長すぎるMCを思い出した俺がやんわりと釘を刺すように言うと、イライザさんは悪びれた様子も無く楽しそうに笑った。まぁイライザさんが楽しいのならオッケーです。

 

 イライザさん達と別れた後、俺はまずおばさんに制服姿を何とかしてくれるように頼むと、おばさんはジミヘンを俺に預けて公衆トイレへと入って行った。

 

 しばらくジミヘンと戯れて待っていると、着替えて出て来た年相応の恰好をしたおばさんの姿に俺は胸を撫で下ろした。そのまま二人と一匹で渋谷の街を歩きながら話をしていると、ふと先程の路上ライブの話題になった。

 

「そういえば、さっきの太郎君達への人だかり凄かったわね~。おばさん演奏の事はよく分からないけど、観客の人達みんな褒めてたわよ~。凄い凄いって」

 

「そうなんですよ。あの二人はSICKHACKってバンドやってるんですけど、これが凄い人気で……」

 

 俺が言うと、何がおかしかったのかおばさんはとても楽しそうに笑いだした。そんなに変な事を言ったつもりはないのだが……

 

「ふふふ……おばさん人だかりの後ろの方に居たんだけど、ドラムの人も凄いって言われてたわよ~」

 

「そ、そっすか……」

 

 アホな子供の頃の自分と言う恥ずかしい過去を知っている人に、今の自分を褒められると言うのはどうにもこっ恥ずかしい物がある。得体の知れない羞恥に耐えられなかった俺は話題を逸らす事にした。

 

「そ、そういえば! 今日イライザさんや廣井さんに会ってみてどうでした?」

 

 随分前にふたりちゃんがSTARRYに遊びに来た事があったのだが、あの時はおじさんだけが付き添いでやってきたので、おばさんは廣井さんとイライザさんに会った事が無いはずだ。虹夏先輩と喜多さんとは顔を合わせたが、ひとりが普段どんな人間と交流があるのか、もしかしたら不安に思っていたかもしれないと思って訊ねてみたのだ。

 

 今日の廣井さんは割と大人しかったし、イライザさんに関しては問題無いだろう。出来れば志麻さん辺りに会って安心して欲しかったのだがそれは仕方ない。今日の感じなら、ひとりがあんなヤツ等とつるんでいるなんて許しません! とはならないと思う……多分。

 

 俺の質問に歩きながら少し思案していたおばさんは、ややあって口を開いた。

 

「う~ん、そうねぇ……イライザさんも廣井さんも顔面羽ばたいてたわ~。それに二人共やさしみが深くて、あれならひとりちゃんもチルいんじゃないかしら?」

 

「おばさん!?」

 

 おばさんが現役高校生の俺でさえ聞いた事が無いような言葉を喋ってる!? ちょっと!? めちゃくちゃ若者言葉を学習してるじゃないですか!? 実は渋谷に来たの今日が初めてじゃないんじゃないですか!? 

 

 知らない言葉遣いに驚愕している俺を他所に、おばさんは手で口元を隠しながらwww(ワラワラワラ)……なんて言葉で言い表せない声で笑うと、楽しそうに立てた人差し指を自分の唇に当てる。

 

「でもひとりちゃんにバレたら嫌われちゃうかもしれないから、太郎君も内緒にしてね?」

 

「アッハイ」

 

 こんな事、まさかひとりに言える訳が無い。まぁひとりが渋谷に行く事はまずないだろうからバレる心配はないだろうが……ひとりや結束バンドの為とはいえ、あまりハメを外し過ぎないで欲しい所だ。ジミヘンを連れて金沢八景から渋谷に来るのも大変だろうしな……

 

「でもね……おばさんひとりちゃんの交友関係の事はあんまり心配してなかったの」

 

「そうなんですか?」

 

 前を向いたまま歩きながら何気なく零したおばさんの言葉は随分と意外な物だった。ひとりはあんな性格だから、おじさんもおばさんもさぞ外でのひとりを心配しているのではないかと思っていたのだが、どうやらそうでもなかったようだ。実際に虹夏先輩や喜多さんというバンドメンバーに会って、その人となりに安心したのか、それとも我が子への信頼だろうか? 

 

 ゆっくりと立ち止まったおばさんに倣い俺も足を止めると、おばさんは俺へと顔を向けながら柔和な笑みを浮かべた。

 

「ええ。だってひとりちゃんの傍には、いつだって太郎君がついていてくれてるでしょう?」

 

「ワン!」

 

 おばさんがそう言って楽しそうに笑うと、同じようにこちらを見上げていたジミヘンが同意するように一鳴きした。

 

「……っす」

 

 予想していなかった突然のおばさんからの信頼の言葉と眼差しに、なんだか気恥ずかしくなった俺はBoBキャップを深くかぶり直しながら曖昧な言葉を返す。さっきからどうにも調子が狂って仕方ない。そんな俺の態度を見て、おばさんは今度こそ嬉しそうに笑った。

 

「うふふ……そうだ! 太郎君、おばさんと一緒に写真撮りましょう。実は渋谷の子たちに、映える自撮りのやり方を教えて貰ったのよ~」

 

 俺の返答を待つ事無く腕を組んできたおばさんはスマホを高く掲げながら少し腰を屈めたので、俺もBoBキャップを脱いでそれに倣った。ジミヘンも一緒に映るアングルを探していたおばさんは、ようやく良いアングルを見つけたのかシャッターを切る。

 

「あら~、おばさんもまだまだイケると思わない? 帰ったらひとりちゃんとふたりに自慢しちゃおうっと!」

 

「えぇ……」

 

 いま撮影した写真を見て満足そうに微笑み、どうにも返答のしづらい事を言うおばさんに振り回されながら、俺は渋谷を後にするのだった。

 

 

 

 それからしばらくして、この時の写真の事で俺のロインにひとりから悲壮な感じの連絡が届くのだが、それはまた別の話だ。




 この辺の話って作中では2018年なので、一応路上ライブはその範囲内の楽曲(前前〇世)を選んだんですが、このすぐあとの臨時の全校集会の時に『うっ〇ぇわ』(2020年10月23日リリース)が流行った形跡がある事が描かれているんですよ……

 イライザさんって歌どうなんだろう? って疑問に思ったので、同じような境遇らしい中の人を調べたらyoutubeに歌があったんですが普通に上手かったです。一応他にも外国人が歌うアニメソングって調べてみたら、AiRyAって人がめっちゃ上手かったのでここら辺を参考にしてます。でももし歌が下手くそでもイライザさんが楽しければオッケーです。

 主人公やひとりちゃんの親が外堀を埋めようとする発言は意図的に避けてます。

 今回一番困ったのが、美智代さんがどうやってジミヘンを連れて渋谷に来たのかって事だったんですが、結局分からなかったのでぼかしました。車か電車か……どっちなんでしょう? 


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041 PAでしたら音戯(おとぎ)まで

 『(おこな)って』とか『(おこな)った』は音声で読み上げると『()って』とか『()った』になってしまうので、わざと『行なって』と送り仮名に『な』をつけてます。作者はハーメルンで音声読み上げを割と使う人間なんで、なるべくこの小説も音声読み上げが違和感無いようにしたくて読み上げ辞書とかも編集しているんですが、これが中々難しいです。


 先日の渋谷でのMoeExperience(萌え体験)の路上ライブをトゥイッターで調べてみると、ちらほらと呟いている人がいるものの、幸いと言っていいのか特にバズっているという事も無かった。まぁ一曲で撤収してしまったし、いくら演奏が良いからって毎回毎回バズるなんて事、ファンタジーやメルヘンじゃあないんだからある訳も無い。

 

 同時にあの路上ライブ後の宣伝が、どれくらい結束バンドやSIDEROSの宣伝になったのか気になって同じくトゥイッターで調べてみたが、女子高生のコスプレをして結束バンドの音源を聴かせている謎の結束バンドおばさんなる人物の情報が出てきたのを発見して、これ以上の情報を仕入れるのはマズイと判断した俺はトゥイッターから離れる事にした。世の中には深入りしない方が良い事もあるのだ。

 

 そんな訳で、俺はいよいよ自分に出来る事が無くなり無力感を抱いていたのだが、秀華高校の俺のクラスでは喜多さんというスーパー陽キャが関わっているイベントという事もあってか、二次審査であるネット投票の話題が大いに盛り上がっていた。

 

 ネット投票の期間が始まってからというもの、動画サイトにあがっている結束バンドの曲を聞いたのであろうクラスメイトが、休み時間になると喜多さんの元を訪れては結束バンドの楽曲やひとりのギターの腕前を褒めている姿がよく見られる。

 

 だが念願のちやほやタイムだというのに、肝心のひとりがその場に居合わせる事は滅多に――というかほぼ無い。

 

 ひとりは喜多さんの席の真後ろという事もあり、喜多さんの友人と絡むことが多くなったストレスなのか、それとも席を外す度に喜多さんの友人に席を占領されるストレスなのか、休み時間になるとすぐに何処かへ姿を消して、授業が始まるまで帰ってこないのだ。まぁ気持ちは分かるが……

 

 そういう事情もあって――という訳でも無いが、今日も今日とて昼休みになると俺とひとりはいつも通り教室を抜け出し、ひとりが休み時間になると逃げ込んでいる隠れ家的な、この日当たりの悪い謎スペースで二人揃って昼食を取っていた。

 

「……そんでイライザさんがウチの近所でやる花火大会に行きたいんだってさ。まだどうなるかは分かんないけど」

 

「そうなんだ。それって去年お姉さんと別れた後に太郎君と、いっ一緒に行ったやつだよね?」

 

「そうそう、それでイライザさんはお前も一緒に……って、そういえばおばさんがお前の浴衣用意しておいてくれるってさ」

 

「……えっ!? わっ私も!? って、ゆっ浴衣!?」

 

 俺が昼食の弁当を食べながら、イライザさんと演奏してみての感想やイライザさんが花火大会に来たがっていた事など、ひとりの母親である美智代おばさんがひとりの制服を着て渋谷に居た部分は伏せて、先日のMoeExperienceの渋谷路上ライブの出来事を話していると、この謎スペースへと続いている階段から人が下りて来た。

 

「うわっ……本当に一番日当たりが悪そうな場所にいた」

 

「えっ!? さっささささん! なんでっ!?」

 

「いや、なんか喜多が決めたい事があるから二人を呼んで来いって」

 

 突然ひょっこりと現れた佐々木さんは、どうやら喜多さんに頼まれて俺達を探していたらしい。普通なら佐々木さんの様な陽キャには絶対に見つからない隠れ家だが、ひとりの生態に詳しい喜多さんの入れ知恵があったと聞いて納得した。陽キャでありながら陰キャの生態に詳しくなってきた喜多さんは、さながら光と闇がそなわり最強に見えつつある。

 

「でもなんでこんな場所で食べてんの? あ、もしかして二人でなにかやらしー事を……」

 

「違いますから……それで決めたい事ってなんですか?」

 

「さあ? あ、後藤。うちも投票いれたよ」

 

「あっどうも……」

 

 佐々木さんも御多分に漏れず、今の俺達のクラスの流行りの話題である結束バンドのネット投票を応援してくれているようで、佐々木さんの突然の襲来に怯えているひとりに対して、同い年なのに夢に向かって行動している事を尊敬していて、クラスの皆で応援していると優しく話しかけている。

 

 そんな言葉にひとりや俺は少し表情を和らげた――が、二人して佐々木さんが着ているTシャツの存在に気が付くと再び表情を強張らせる。

 

「いや~まじな二人(ひとりと喜多さん)を見てたら体育祭かってくらい一致団結して燃えてきちゃってさ~。見てこれクラスTシャツつくった」

 

 佐々木さんは自分が着ているTシャツの裾を両手で掴んで引っ張ると、自慢するように広げて見せて来る。

 

 そういえば未確認ライオット一次審査の結果が出てすぐに、結束バンドを応援するクラスTシャツを作るといってカンパを募っていた事があったのを思い出す。

 

 佐々木さんが着ているTシャツは体育祭で着るようなデザインと見紛う代物で、フロント側にはでかでかと『1日1票』とか『絆』とか『きたちゃん後藤さん(後から思い出して付け加えられたかのような小さな字)ファイト!』とか『2-3』など、暑苦しい文字が書かれている。

 

 どこかで見た事があるデザインだと思ったら、これ去年の夏休みにひとりの家で結束バンドのTシャツデザインを考えた時に喜多さんが提案してきたデザインにかなり似ている。こういう共通点を見つけると、流石中学から喜多さんの友人をやっているだけあって、佐々木さんもやはりこういうノリの陽キャなんだなと改めて思ってしまう。

 

 得意げにクラスTシャツを見せびらかしてくる佐々木さんを見たひとりは、そのTシャツに書かれた文言を見て過去の体育祭のトラウマが呼び起されたのか、それともクラスの垣根を飛び超えて目立つ事になるのを恐れたのか、怯えた表情で俺へと助けを求めるような視線を向けて来た。

 

 確かに俺達(陰キャ)的にはこういうノリは結構キツイ。このままではひとりが投票期間中は学校に行くのをやめる、なんて言い出しかねないので、俺はひとりを安心させるように声をかけた。

 

「ま、まぁクラスの皆が応援してくれてるみたいでよかったじゃないか。それにほら、よく見ればなかなかナイスなデザインじゃないか?」

 

 正直このTシャツデザインのなにをどうフォローしたら良いのか分からないのだが、とりあえずなにか言っとけ精神で心にもないフォローをしていると、佐々木さんは思い出したように手に持っていた物を俺へと手渡して来た。

 

「あ、そうそう。はいこれ」

 

「……えっ? なんですか?」

 

「山田の着る分ね」

 

「……えっ!?」

 

 佐々木さんが手渡して来たのは畳まれているTシャツだった。綺麗に畳まれているそれ(・・)の正面には、デカデカと『1日1票』の文字が書かれているのが見える。まさかそんな訳が無いと脳が理解を拒んでいたが、カンパの時に俺もTシャツ代は払ったので、もしかしなくても俺が着る分のクラスTシャツだった。

 

「山田も早く着なよ。あ、ここで着替えたらいいんじゃない?」

 

「……えっ!?」

 

「さっきから“え”しか言って無くてウケる。ほら早く。山田が着替えたら教室いくよ~」

 

 ひとりに心にもない適当なフォローをしていたら、自分が着る事になったでござるの巻。

 

 クラスTシャツを両手で持ったまま俺が怯えた表情でひとりを見ると、同じように怯えた表情だったひとりは俺と目があった途端顔を逸らした。おい、なにか俺にも優しい言葉をかけてくれよ……

 

 喜多さんが教室で待っているから早くしろと急かしてくる佐々木さんに半ば押し切られるように、俺はひとりと佐々木さんの前でこのくそダサ……もといナイスデザインなクラスTシャツへと渋々着替え始めた。

 

 途中佐々木さんから「へぇ~山田って結構ガタイいいんだね」なんて野次られながら着替え終わった俺は、憮然とした表情を浮かべてひとりへと投げやりに訊ねてみる。

 

「……どうだ?」

 

「……えっ!? あっ……えっと……いい……ん……じゃないかな……?」

 

 突然クラスTシャツ姿の感想を訊ねられて驚いたひとりは、怯えて引きつった笑みを浮かべながら先程の俺と同じように心にも無いフォローを言って来たので、俺は優しく微笑み返した。すると、俺と目が合ったひとりは少し安心したのか僅かに表情を和らげる。

 

『お前投票期間終わるまで学校休もうとか思ってんだろ? もう絶対逃がさねぇからな……俺もやった(着た)んだからさ』

 

『たっ太郎君!? なっなんで!?』

 

 幼馴染として過ごして早十余年――お互い言葉を交わさずとも、視線だけで分かり合えた瞬間だった。

 

 

 

「うわっ……なにあれ?」

「体育祭には早くない?」

「なんか投票やってるらしいよ」

 

 謎スペースから教室に戻るまでの間、別のクラスの人間からの好奇の目が俺達へと突き刺さる。この視線が俺達の着ているTシャツに向けてなのか、それとも俺が運んでいる泡を吹いて気絶しているひとりへ向けてなのかは定かでは無いが、会話内容から恐らくTシャツへ向けての事だろうと思いたい。 

 

「喜多~連れて来たよ~」

 

「あっ来たわね! 皆もう準備出来てるわよ!」

 

 佐々木さんと共に教室まで戻って来ると、喜多さんやその友人をはじめとした大勢のクラスメイトが席について待っていた。おそらく佐々木さんがひとりと俺を探す為に教室を出ている間に、喜多さんが声を掛けて集めたのだろう。

 

 教室にいるクラスメイトを見れば、いつの間にかクラスTシャツを着ている人が沢山いて、「やばっ! なんか一体感凄くない? 燃えて来たんだけど!」なんて言ってはしゃいでいる。おいひとり、お前もTシャツ着ない? 一緒にこの地獄(一体感)を味わおうぜぇ……

 

 何が始まるのか聞かされていない俺とひとりが喜多さんに促されるまま自分の席へと戻ると、さながら司会進行役といった風貌の喜多さんが教卓の前に立って声を上げる。

 

「えー、では……ひとりちゃん達も戻って来たので、さっそく私達結束バンドの未確認ライオットでの『スローガン』を決めたいと思います! なにか案のある人!」

 

 喜多さんの言葉に、まるで体育祭へ挑む運動部もかくやといった程の熱量を秘めたクラスメイトの手が次々と勢いよく上がった。

 

 提案される様々な暑苦しい文言(スローガン)を、真剣な表情と可愛らしい丸文字で黒板に書き出す喜多さんや、この状況に再び口から魂を吐いてぐったりとしているひとりの後姿、異様な熱量のテンションで意見を出すクラスメイトの姿を呆然と見つめながら、俺は誰にも届かない呟きをもらした。

 

「いや、未確認ライオットってそういうイベントじゃ無いですから……」

 

 

 

 ちなみにスローガンは『天まで轟け魂の音! いざ掴み取れ勝利の栄冠! 伝説作れ結束バンド!!』に決定した。

 

 良かったなひとり……これから毎日昼休みにクラスで声出し練習するらしいぞ……

 

 

 

 散々な目に遭った学校から帰宅し夕食を終えた俺は、今の所ほとんど役に立っていない投票に関してこれからどうすべきか、自分の部屋で日課のドラム練習をしながら考えていた。

 

 とはいえ碌に知り合いがいない俺に出来る事はほとんど無いのが現状だ。ルール無用で行くのならドラムヒーローとして結束バンドの宣伝をするのが一番なのだが、ひとりがギターヒーローとしての知名度を利用しないと決めている間は、同様に俺もドラムヒーローとしては何もしないと決めている。

 

 BoBのSNSなどで宣伝するという手も考えたが、俺の個人的な理由でBoBというグループのSNSを使っても良い物かとも考えてしまうし(相談すればメンバーは許してくれるかもしれないが)、ファンでもない奴に投票してもらうのはバンドの為にならないと言っていた店長の言葉に同意する部分もある。

 

 なにより、覆面とは言えひとりとヨヨコ先輩を有するBoB(バンド)が、その二人のメインバンドである結束バンドとSIDEROSを応援するというのは、ともすれば自作自演を疑われるというか……とにかく痛くもない腹を探られる様な事はしたくないのだ。

 

 結局なにも良い案が思いつかなかった俺はドラムの練習を切り上げると、未確認ライオットの事は一先ず脇において、次にドラムヒーローとして投稿する動画で何を演奏するか考える為にPCでオーチューブにあるドラムヒーロー(自分)の最新動画を開いた。

 

 最新動画のコメント欄には次に演奏して欲しい曲のリクエストが書かれていたりするので確認していると、賞賛コメントやリクエストに紛れて普段はあまり見られないようなコメントがあるのを発見する。

 

『音戯アルトさんがオススメしていたので見に来ました!』

 

 音戯アルトと言う見慣れない名前が気になって調べてみれば、どうやらバーチャルオーチューバーと言われる存在のようだ。

 

 もしかするとと思いギターヒーロー(ひとり)の動画も見に行くと、そこにもやはり同じように音戯アルトさんに紹介されたというコメントが書き込まれていた。

 

 誰かのオススメで俺達の動画を見に来たというのはそれほど珍しい事では無い。ただ大体は音楽関係のオーチューバーだったりする事が多いので、Vチューバーといわれる人(人でいいんだろうか?)の名前が出たのは初めてだった。

 

 調べてみると音戯アルトさんは事務所にも所属せず、あまり熱心に活動している人では無いようで、配信も不定期でたまにしかしていないようだった。だが最近は割と頻繁に配信を行なっているらしく、偶然にもまさに今からオーチューブで生配信を始める事が分かったので、ドラムヒーロー()ギターヒーロー(ひとり)をオススメしてくれる人がどんな人か興味が出た俺は少し覗いてみる事にした。

 

『こんばんは~音戯アルトだよ~。今日もゲーム実況やりま~す』

 

 配信画面には今日遊ぶであろうゲーム画面と黒髪のツインテールの女性のキャラクターが写っている。恐らくこのキャラクターが音戯アルトさん(という設定)なのだろう。声は……多分若い女性だ。プレイするゲームはフォートペックスとか言うFPSゲームらしい。

 

 上位のVチューバーと比較すると零細らしいがファンはそこそこ付いているようで、チャット欄には音戯アルトさんの挨拶に反応するコメントが次々と流れていく。そのチャットを見るにどうやらファンからはアルちゃんと呼ばれているようだった。

 

 配信が始まると音戯さんは慣れた様子でゲームを操作しながら雑談していたが、しばらくすると結束バンドの話題を出してきた。

 

『みんな~。この前おすすめした結束バンドの曲聞いてくれた~?』

 

 音戯さんの言葉に反応してチャット欄には『アルちゃんのオススメだけあって曲めっちゃ良かった!』とか『アルちゃんが言ってた結束バンドに投票しました!』なんてコメントが表示される。他にもドラムヒーロー()ギターヒーロー(ひとり)の動画見ましたなんてコメントが表示されると、音戯さんはそのコメントを拾いながら雑談を続ける。

 

『結束バンドは未確認ライオットっていう音楽フェスに出てるから、みんな良かったら投票してね~。あ、初見さんようこそ~。そうそうギターヒーローさんとドラムヒーローさんの動画は、音楽好きなら見て損はないよ~』

 

 おお、本当に紹介してくれている。この時期に結束バンドを拡散してくれるのはとてもありがたい。それにドラムヒーロー()ギターヒーロー(ひとり)に関しても動画のコメント欄で演奏を褒めてくれている人はいるが、全然知らない人がこうやって実際に名指しで褒めてくれるのを見るのは、なんとも嬉しいような恥ずかしいような、くすぐったい気分である。

 

 雑談で随分と話題に出してくれるのでなにか一言お礼でも言いたかったのだが、いきなりチャットで『紹介ありがとうございます』なんて書き込んでも気味が悪いだろうと思ったので、心の中で感謝を述べるだけに(とど)めておく。

 

 その後、結束バンドや俺達の話題も終わり、普通の雑談に移ったゲーム配信をしばらく眺めていたが、あまり詳しくないゲームだし、夜も遅いしそろそろ寝ようかと思っていると、突如チャット欄にどぎつい赤色の背景色のコメントが表示された。

 

『あっ寿司侍さんスパチャありがと~★』

 

 器用にゲームをプレイしながら、音戯アルトさんは送られてきたコメントに反応する。

 

 チャット欄の赤色の背景色の中には、SUSHI ZAMURAIの名前と共に\10,000と表示されており、コメントには『アルちゃんファイト!』と書かれている。所謂スーパーチャット――投げ銭って奴だ。スパチャの実物を見たのも初めてだが、BoBの路上ライブでも一人の観客から万札なんて入らないので、Vチューバーとそのファンは凄いと思ってしまう。

 

 SUSHI ZAMURAIさんは結構有名な人なのか、チャット欄はSUSHI ZAMURAIさんの登場と赤いスーパーチャットに沸いている。だが俺の思考には別の意味で電流が走っていた。

 

「スパチャ……そういうのもあるのか……」

 

 そう、俺は先程の結束バンドの宣伝や俺達の動画の宣伝をしてくれた音戯アルトさんへのお礼を悩んでいたが、スーパーチャットを送る事を閃いたのである。まさに相手がVチューバーならではのお礼の仕方だ。

 

 スーパーチャットを送ると決めたら、次は添えるメッセージを考えなくてはならない。SUSHI ZAMURAIさんはアルちゃんなんて親し気に呼んでいたが、初見の俺があまり馴れ馴れしいのもアレだと思い、色々考えた結果、無難に『応援してます』と言う短い文に(とど)めておく事にした。

 

 さて、最後にして最大の問題になるのがスーパーチャットの値段だ。最初は千円を考えていたのだが、結束バンドや俺達の動画を宣伝してくれた事の感謝の気持ちが千円か? と考えると少し悩んでしまう。

 

 俺は散々悩んだ結果、SUSHI ZAMURAIさんと同じ、スーパーチャットの最上級の色である赤色になる一万円を送る事にした。正直学生の身でこの値段は高すぎるかとも思うが、これは俺なりの感謝の証だ。誠意は言葉ではなく金額とも言うしな。

 

「……ええい、ままよ!」

 

 感謝の気持ちは当然あるし後悔は無い……が、やっぱり学生の身としては一万円は大金だ。俺が清水の舞台から飛び降りるような気持ちで送信ボタンを押すと、スーパーチャットはすぐさまチャット欄に反映され、それを見た音戯アルトさんも反応した。

 

『あっdrumheroさんもスパチャありがと………………ってdrumhero!!!?!??』

 

「あっ、ヤベっ……」

 

 俺が送ったスーパーチャットを読み上げた瞬間――悲鳴にも似た叫び声を上げる音戯アルトさんの声を聞いて自分のミスに気が付いた俺は、いまさら全く意味は無いのだが、咄嗟に逃げる様にPCのブラウザを落とした。

 

 そういえば投げる金額に気を取られ過ぎていてdrumheroアカウントのままだったのをすっかり忘れていた……いやでも名前って他人と(かぶ)る可能性有るよな? だとしたらまだdrumhero()本人だとはバレていない筈だ……大丈夫だよな? ままええか。

 

 過ぎた事を悩んでも仕方ないので、今日はもう何もかも忘れて寝ようと思い、PCの電源を落として布団に入ろうとすると、突然イライザさんからロイン通話がかかって来た。

 

「こんな夜中にどうしましたイライザさ……」

 

『ちょっとタロー! 今アルちゃんの配信見てますカ!?』

 

 こんな時間になんの用かと不審に思いながら電話に出た瞬間、興奮したように叫んで来たイライザさんの大きな声に思わず俺は顔を顰める。

 

 このタイミングと口ぶりから察するに、アルちゃんとは恐らく音戯アルトさんの事だろう。もしかしてイライザさんもあの配信を見ていたのだろうか? なんて思っていると、イライザさんは自分がSUSHI ZAMURAIである事と、配信でdrumhero名義のスパチャを見てまさかと思い連絡してきた事を教えてくれた。

 

 今更誤魔化しても意味は無いのでdrumhero(スパチャを送ったの)は俺だと認めると、何故かイライザさんは嬉しそうだった。もしかしたらスパチャ仲間(同類)だと思われたのかもしれない。

 

 さっきは逃げる様にブラウザを落としてしまったが、イライザさんは未だに配信を見ているようなので、気になっていた俺がやらかした後の事を聞いてみる事にした。

 

 イライザさんが言うには、視聴者はdrumheroの音楽界隈での評価なんて知らない層な事もあってか、それほど騒がれてもいないらしい。だが音戯アルトさんが前の配信で結束バンドやguitarhero(ひとり)drumhero()を紹介していた事は皆知っていたようで、菓子折り(スパチャ)を持ってお礼に来た殊勝な奴、みたいな認識になったようだ。

 

 代わりに音戯アルトさんは随分とテンパっていたようで、イライザさんの『あんなに焦ってるアルちゃんはゲーム中でも見た事ないヨ! ちょーレアだった! タローThanks!』という感想曰く、視聴者の評判は上々だったとの事だ。

 

 とりあえず大事になっていないようで俺が安心していると、今まで楽しそうに話していたイライザさんは打って変わって不満げな声を上げた。

 

『ンモー! タローもアルちゃんのファンなら早く教えてよね!』

 

 『もっと早く教えてくれてれば、コラボカフェにも一緒に行けたのにー』なんて文句を言いながらも、同志を見つけたと思ったのか、その声色は何処か嬉しそうだった。ただ残念な事に俺はアルちゃんのファンでは無い。なんなら配信を見たのも、その存在を知ったのさえも今日が初めてだ。

 

 だが、せっかく楽しそうにアルちゃんの魅力を話してくれているイライザさんの話の腰を折る事も無いと思い黙って聞いていると、イライザさんから衝撃の情報が伝えられる。

 

『そういえばSTARRYのPAサンもアルちゃんの大ファンなんだよ!』

 

 聞けば都内某所で行われたVチューバー100人とコラボしたコラボカフェで偶然出会ったようで、カフェで出されたドリンクの特典である百種類あるランダムコースターの、音戯アルトコースターを大量に持っていた程の、しかも同担拒否(同じ対象を応援する他のファンと交流を持ちたくない人)の筋金入りのファンらしい。

 

 あのピアスバチバチ、イケイケお姉さんの印象があるPAさんが、こういう美少女Vチューバー? の大ファンだったとはなんだか意外だ。いや、美少年Vチューバーだったとしてもアレなんだが……案外ああいった人がこういう物にハマったりするんだろうか? 

 

『それでアルちゃんはね……あっマッチングした! ゴメンね今からアルちゃんとゲームするから、またねタロー!』

 

 イライザさんは慌てたようにそう言うと、一方的に電話を切ってしまった。台風のように連絡してきて、台風のように去って行くこの感じ……まさに廣井さんのバンド仲間って感じがする。こんな事を言うと志麻さんに怒られそうだが……

 

「……寝るか」

 

 なんだかこの短時間で精神的に一気に疲れてしまった気がした俺は、持っていたスマホを投げ出すと、布団に潜り込みゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 翌日、皆でクラスTシャツを着て声出し練習を行なうという地獄(学校)を乗り越えた俺は、ひとりと共にSTARRYへとバイトにやって来ると、随分と落ち着かない様子でスマホを弄っているPAさんの姿を発見した。

 

「おはようございますPAさん。大丈夫ですか? なんだか調子悪そうですけど……」

 

「っ……やっ山田君……!」

 

 俺が声を掛けると、何故かPAさんは酷く驚き、緊張した様子でこちらを見てきた。

 

 今まで見た事が無いようなPAさんの珍しい反応を疑問に思っていると、PAさんは何かを決意した険しい表情で椅子から立ち上がり、俺の腕を掴んで引っ張るように歩き始める。

 

「ちょっ、なんすか!?」

 

「ちょ、ちょっとこっちに来てください! すみません後藤さん、山田君ちょっと借りますね!」

 

「えっあっ、はい……?」

 

 呆然としたひとりに見送られ、引き摺られるがままSTARRYの人気(ひとけ)の無い場所へと連れて行かれると、先を歩いていたPAさんは何かを考え込むかのように無言で立ち止まった。だがしばらくすると俺に背を向けたまま、意を決したような震える声を上げる。

 

「あの……や、山田君は……昨日の夜なにしてました……? もっもしかしてオーチューブとか見てました……?」

 

 随分と変わった質問をしてくると思ったが、賢い俺はすぐさま気付いてしまった。

 

 そう言えばイライザさんが『PAさんは音戯アルトさんの大ファンだ』と言っていたので、PAさんも昨日の配信を見ていたのかもしれない。drumheroが俺である事はPAさんも知っているので、昨日の配信でのスパチャで名前を見て、気になって訊ねてきたのだろう。

 

 特に隠す事でもないので俺は正直に音戯アルトさんの配信を見ていた事を伝えると、PAさんは何故か青い顔になりながら「……やっぱり」なんて小さく呟いた。

 

 最近、未確認ライオットの二次審査まで進んだ結束バンドが今までよりも大勢の人に認知され新規ファンが増えてきている事に、古参ファンであるひとりのファン二号さんが暗黒面に落ちかけているらしいが、同担拒否勢というPAさんも、昨日今日音戯アルトを知ったにわかファンのような俺に思う所があるのかもしれない。まぁ俺は別にファンではないのだが……

 

「そ、そういえばPAさんって音戯アルトさん――」

 

 の大ファンなんですよね? なんて、先程からのなんとなく不穏な空気を和らげようと思った俺が声を上げた瞬間――凄い形相のPAさんが慌てた様子で俺の口を両手で塞いできた。

 

「そ、それ以上は言わないでください……!」

 

ふ、ふみまへん(す、すみません)

 

 きょろきょろと辺りを見回しながら言うPAさんに、俺は口を押えられたまま謝った。周りに誰もいない事を確認して安心したのか、PAさんは塞いでいた俺の口から手を離すと、酷く疲れた様な目で俺を見て来る。

 

「はぁ……でもまさかそこまでバレてるなんて……ちなみにいつから知ってたんですか?」

 

「えっと……昨日です」

 

「昨日!?」

 

 PAさんが音戯アルトの大ファンだとは、昨日の夜にイライザさんがかけて来た電話で初めて知ったので、俺が素直に答えると、PAさんは飛び上がるほど驚いていた。もしかしてイライザさんに口止め的な事をしていたりしたんだろうか? だとするとこの情報は結構やばい気がする。

 

「そう……ですか。だから昨日スパチャを……そういう事なら……やっぱりこれは返します!」

 

 PAさんは一人でなにかを勝手に納得して何もかも諦めたように力なく呟くと、突然自分の財布から一万円札を取り出し、何故か俺の制服の胸ポケットへと無理矢理ねじ込んでくる。

 

「ちょっと!? やめ、やめろ! なんかいかがわしく見えるからポケットに裸の万札を突っ込むな! っていうかなんなんですか一体!?」

 

「なにって昨日山田君スパチャしたでしょう!? 同僚の男子高校生からのスパチャ……それも一万円なんて受け取れません!」

 

「いや、確かにスパチャはしましたけど、そもそもなんでPAさんが返してくるんですか!? あれは音戯アルトさんに――」

 

「だから私が――って……えっ?」

 

「……えっ?」

 

 俺の叫んだ言葉に、二人して見つめ合ったまま時が止まる。勿論色っぽい雰囲気などは何処にも無く。むしろ嫌な緊張感が辺りを包んでいる。

 

 PAさんは何かに気付いたのか大量の汗を掻きながら怯えた様な表情をしているし、流石の俺でもPAさんの今までの言動を思い返せば嫌でも気付いてしまう。ワシ……音戯アルトさんの正体に心当たりがあるんや……

 

「Vチューバーの音戯アルトさんって……ま……まさか」

 

「ん″ん″っ!」

 

 俺の言葉を遮るようにPAさんは大きく咳ばらいをしたかと思うと、全身の力が抜けたようにへなへなと床に座り込み、両手で顔を覆いながらさめざめと泣き始めた。

 

「お、終わった……私のミステリアスなイメージが……」

 

「というかなんで自分からバラすような事したんですか……」

 

「だ、だって……先に山田君が言ったんじゃないですか……私が音戯アルトなのかって……」

 

 もしかしなくても先程俺が言いかけた言葉を、『PAさんって音戯アルトさん(の大ファン)なんですよね?』というように早合点したようだ。改めて先程の言葉を最後まで説明して誤解を解いたが時すでに遅し、真実を知ったPAさんはますます落ち込んでしまった。

 

「大体山田君が悪いんですよ……あんな紛らわしいスパチャ送ってきて……」

 

「アレはその……すみません。普段はああいう事なんてしないんで、アカウントを切り替えるなんて事、全然頭に無かったんです」

 

 確かに責任の一端は俺にもあるので、俺は薄暗いSTARRYの一角で、落ち込んだPAさんを元気づけようと隣に腰を下ろした。

 

 イライザさんも音戯アルトのファンらしいので正体を教えないのかと訊ねてみると、PAさんは音戯アルトの身バレは絶対に嫌との事で、それならばと俺は口外しない事を約束する。

 

 俺もドラムヒーローである事を積極的に周りに教える気は無いので、正体を隠したい気持ちは良くわかる。それに、そもそも俺がドラムヒーローである事を知っているPAさんが黙ってくれている現状を考えると、お互い口外しない事が平等なのだ。

 

「しかし俺Vチューバー(こういうの)とか全然分かんないんですけど、知り合いがやってるなら応援しますよ!」

 

 身バレしたショックなのか、未だに落ち込んだ様子のPAさんを励ます為に……という訳でもないが、俺が率直な意見を伝えると、PAさんは疲れた様な表情を少しだけ和らげた。

 

「そう……ですか? じゃあ今度サンプルで貰った音戯アルトグッズを持って来ますね。アクキー(アクリルキーホルダー)とかもありますよ」

 

「え? いや別に、俺は応援はしますけどグッズはいらない……」

 

「山田君が音戯アルトに関して何か失言した時に、ファンという事にしておいた方が都合がいいでしょう?」

 

「アッハイ」

 

 俺経由の身バレを警戒しているのか、俺をそっち側に取り込むことで保身を図っているようだ。誰にも言わないと誓った俺の信用が全然無い。怪しげな笑みを浮かべているPAさんの目は全く笑っておらず、今ここに圧力に屈した音戯アルトのファンが誕生した瞬間だった。

 

 しかしただでさえ結束バンドから出るひとりのグッズを集めていると、自分の部屋の一角が男子高校生らしからぬピンク色に染まってきて困っているというのに、そのうえ謎のVチューバーグッズを押し付けられたら、俺の部屋は一体どうなってしまうというのだ……現状もしかしたらひとりの部屋の方がよっぽど男子学生しているかもしれない。

 

 後日PAさんから貰った音戯アルトコースターを、普通にコップの下に敷くという想定通りの使い方をしていると、それを見たイライザさんにガチギレされるという事件が起こるのだが、それはまぁどうでも良い話だ。

 

 さて、色々と丸く収まりそうな感じだが、最後に一つだけ問題が残っている。そう、俺の胸ポケットに突っ込まれている万札の行方についてだ。

 

 これは結束バンドや俺達を宣伝してくれたお礼のスパチャだと改めて説明したのだが、PAさんは顔見知りの高校生から貰う訳にはいかないと言って聞かなかった。

 

 しばらく二人で押し問答を続けながら、なんとか良い落とし(どころ)は無い物かと考えた結果、俺はこの問題と、前々から困っていたある問題の二つを一気に解決できる提案を思いついた。

 

「分かりました……じゃあこういうのはどうですか? 今度MoeExperienceが秋葉原でライブやるのは知ってますよね?」

 

「……はい。確かコミマの次の日でしたっけ?」

 

「そうです。それで……正直ちょっと、っていうか絶対に報酬としては足りないと思うんですけど、このお金はそのライブでPAをやって貰う依頼料って事でどうですか?」

 

「……えっ? わ、私がPAをですか?」

 

 PAさんが驚くのも無理はない。普通ライブのPAはそのライブハウスのPAが担当するだろう。しかし俺達の今度やる秋葉原でのライブは、少しでも費用を浮かせる為に音響照明はセルフで行うライブなのだ。

 

 事前に機械の操作方法は教えてくれるとの事なので、虹夏先輩やヨヨコ先輩辺りにPAをお願いする予定だったのだが、本職であるPAさんが引き受けてくれるのなら、これ以上安心出来る人選は無いだろう。

 

 はっきり言って一万円(スパチャは三割が手数料として取られるので実質七千円)で本職のPAを雇うというのはかなり無茶な条件だと思うのだが、PAさんは小さく息を吐くと、観念したかのような呆れた笑みを浮かべた。

 

「はぁ……分かりました。そういう事なら受け取ります」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 色々とすれ違いはあったがなんとか丸く収める事が出来た事、おまけに懸念事項の一つが解消された事に安心した俺は、胸ポケットに乱雑に突っ込まれていた一万円札を依頼料としてPAさんへと差し出した。その万札をPAさんが受け取って万事解決になるかと思った瞬間――

 

「太郎くーん、どこー? そろそろバイト始まる時間だよ……って……えっ?」

 

「あっ」

 

 俺を探しに来たであろう虹夏先輩がひょっこりと現れた。

 

 人気(ひとけ)の無い場所で隠れて万札のやり取りをする俺達二人の姿を見つけた虹夏先輩は、呆然とした表情で俺の持つ万札を見ると、続けて俺達の顔を見た後、やばいブツの取引現場だとでも思ったのか俺に向かって詰め寄って来た。

 

「こっコラー! 二人共! 何してるの!! やめてよ本当に! STARRY(ウチ)でそういう危ない取引は許さないよ!?」

 

 俺は向かってきて暴れる虹夏先輩の腕を慌てて掴むと、PAさんと二人がかりで拘束する。

 

「ちょ、ちょっと虹夏先輩、誤解ですって……! 暴れんなよ……暴れんなよ……」

 

「ちょっと太郎君離して……って力強っ!?」

 

 やめてよね。本気で力比べしたら、いくらドラマーだからって虹夏先輩が俺に敵うはずないでしょ……って俺もドラマーだから職業差は無かったわ。という事で両手をしばらく掴んでいると、虹夏先輩は大人しくなったので誤解を解くことにした。

 

 交渉が長引くと音戯アルトの事も話さなくてはならなくなりそうだった事もあってか、全力で援護してくれたPAさんの活躍もあってすぐに誤解が解ける(まぁ当たり前だが)と、虹夏先輩は申し訳なさそうに自分の後頭部をさすりながら笑った。

 

「たはー……ごめんごめん。いっいや、まぁ私はそんな事だろうと最初から分かってたけどね!」

 

 あまりに白々しい言い訳を始める虹夏先輩に俺達二人はジト目を向けると、虹夏先輩は誤魔化すように話題を変えてくる。

 

「そっそれで!? 私にライブで照明をやって欲しいんだっけ!?」

 

 秋葉原ライブの音響(PA)は見つかったが、照明役はまだなのでついでに頼んでみたのだ。もし虹夏先輩に断られると、理想は志麻さん辺りだが、現実的にはヨヨコ先輩辺りにお願いする事になるだろう。ひとりやリョウ先輩や喜多さんは……なんだか色々な意味でちょっと頼むのが怖いから最後の手段だ。

 

 虹夏先輩なら受けてくれるかと思ったのだが、虹夏先輩はしばらく悩んでいたかと思うと別の人物を推薦して来た。

 

「う~ん……ちょっと自信は無いけど、私で良ければやるよ! でもどうせなら少しでもそういう知識を持った人の方が良いんじゃない? ほら、一号二号さんとか」

 

 そういえば一号二号さんは美大の映像学科生なんだっけか? 確かに全くの門外漢がやるよりも良いのかもしれない。問題はPAさんのように弱みを握っていないので、碌に報酬を出せないこの仕事を引き受けてくれるかどうかだが……

 

「もし断られたら私がやるから、聞くだけ聞いてみたら? 太郎君は一号二号さんの連絡先知ってるんだっけ? 知らない? おっけー、じゃあ私が連絡しておくね」

 

 報酬はライブという実戦での照明経験値と、PAさんと同じく現金一万円(悪いが一号二号さん二人合わせて一万円だ)、そしてひとりも参加するであろうライブ後の打ち上げに参加出来る権利でお願いする事にした。

 

 結束バンドの二次審査の応援をしようと動いていたら、何故か秋葉原ライブの準備が整いつつあるのだが……まぁこういう事もあるだろう。切り替えていけ。

 

 そんな訳で、その後も結局俺は投票に関しては大して役に立たないまま、あっという間に未確認ライオット二次審査の中間発表の日を迎えるのだった。




 ドラムヒーロー名義でスパチャを送って音戯アルトの正体がバレるって話の流れはかなり初期――確か結構序盤の感想で『音戯アルトさんも出して』みたいなのを貰った(確か貰ったはず)時から決めてました。というか作者の頭では音戯アルトの正体バレをさせる方法がこれしか思い付きませんでした。

 たまに作者の闇の部分が出てきてドエロい話を書きたくなる時があるんですが、エロいネタってたとえちょいエロやギャグ扱いでも途端に生々しくてキモい感じになったりするので、そっちに行かないようにかなり気を付けてます。

 具体的に言うと今回最後の万札を渡してたシーンなんかは、主人公とPAさんがエロい事やってると勘違いした虹夏先輩が(同じ事思った読者は怒らないから手をあげなさい)二人に拘束された時に「わっ私、初めては太郎君の部屋が……」「何言ってるんですか!?」「私は別に三人でここででもいいですよ?」「PAさん!?」みたいなギャグを最初書いてたんですけど、キモいから闇に消えました。実は今までの話数の中にも推敲前にはこんな感じのちょいエロギャグがあったりします。

 同じように感想でよく書かれる主人公って性欲あるの? って疑問も、性欲はありまぁすってのが回答なんですが、作中でそれに触れちゃうと、ともすればガチエロ展開に足を突っ込みかねないキャラがチラホラいるのと、作品の空気が変わっちゃうのでこれからもスルーします。そういう小説じゃねぇからこれ! 


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042 Let's rock!

なんとか間に合った……四年に一度というこの二月二十九日にどうしても投稿したかったんです……別に意味は無いけど。


 今日は未確認ライオット二次審査であるWEB投票の中間発表の日だ。

 

 WEB投票の投票期間は二週間あり、100組の中から得票数の多い上位30組が三次審査へ進む事になる。

 

 俺個人としてはほとんど力になれなかったWEB投票だが、全体として見ればかなり順調に進んでいたのではないだろうかと思う。

 

 ひとりのおばさんの行動は言わずもがな、おじさんやふたりちゃんも色々動いていたようだし、喜多さんも俺達のクラスメイトだけでなく、他のクラスや自身の友人、SNS等で沢山宣伝していたようだ。

 

 虹夏先輩もSTARRYへのビラの貼りだしや宣伝を積極的に行なっていたようだし、リョウ先輩も自分の親がやっている病院の待合室で結束バンドの曲を流して貰っていた事を話していた。

 

 店長もSTARRYに所属するバンドへ投票を呼び掛け、PAさんも自慢のオンラインサロン()で宣伝してくれていた。

 

 他にもPVや路上ライブを見た人のSNSでの反響など、結束バンドが有名になってきつつある事で2号さんがちょっと病んでいるらしい事を除けば、かなり良い流れだったのではないだろうかと思う。

 

 今までの結束バンドの行動が実を結んでいるような良い雰囲気と手ごたえに、結束バンドのメンバーだけでなく応援する俺達にも、これは楽々三十位圏内に入れるんじゃないだろうかという空気が漂っていた。

 

 投票期間はあと一週間残っているのだが、中間発表で30位以内に入れているようであれば、二次審査突破の可能性はかなり高いといえるだろう。この手ごたえならもしかすると二十位……いや、十位以内もあり得るかもしれないと期待が膨らんでくる。もし現時点で十位以内なんて事があれば、後半戦で余程の番狂わせが起きない限りもはや当選確実と言って良いだろう。

 

 そんな勝確の雰囲気を感じ取っていた俺とPAさんは店長に誘われて、少し気が早いが結束バンド二次審査通過(予定)のお祝いサプライズパーティーを今日行なう為に、ひとり達から隠れるようにSTARRYの一室に待機していた。

 

 ドアの隙間からひとり達の様子を窺う店長からの合図を待つ俺達の手には、クラッカーやケーキと言った二次審査通過(予定)を祝う品が持たされている。

 

 PAさんが両手で支えるように持つ大皿の上には大きなイチゴのホールケーキが乗せられており、そのケーキの上には『結束バンド1位通過おめでとう』の文字が書かれたチョコレートで出来たメッセージプレートが添えられている。

 

 これは珍しく誰よりも浮かれポンチな店長が予約していた品であり、さらにこの後には寿司やピザが届けられる手筈になっている。この話だけで店長がどれだけ浮かれポンチだったのかが理解できるだろう。

 

「準備出来たか?」

 

「はい!」「うっす!」

 

「よしいくぞ!」

 

 店長は最後に一度確認する様に後ろに控えている俺達へと声を掛け、その返事に小さく頷くと、扉を勢いよく開いて虹夏先輩達が集まっているSTARRYのホールへと飛び出した――のだが、虹夏先輩達の様子はどこかおかしかった。

 

「どっどうしたお前ら!?」

 

 テーブルに四人で集まっている結束バンドの面々は皆一様に暗い雰囲気で、リョウ先輩以外の三人の顔はひとりがテンパった時のように盛大にぶっ壊れていた。見ればテーブルにはスマホが置かれており、恐らく二次審査の中間発表を確認していた事が窺える。

 

 俺は四人の様子を見て声を掛けるのに戸惑ったが、とにもかくにも結果を聞かなければ話が始まらないので恐る恐る訊ねてみた。すると虹夏先輩は壊れた顔で下を向いたまま蚊の鳴くような声を上げる。

 

「それであの……どうだったんですか……?」

 

「…………中間結果42位……」

 

 盛大に審査突破を祝おうと浮かれて突撃して来た俺達三人の顔は途端に引きつり、俺の背中には嫌な汗が流れる。

 

 完全に祝砲を上げる気マンマンだった俺は、手に持ったクラッカーを慌ててポケットに隠したが、大きなホールケーキを乗せた皿を両手で持っているPAさんはそうもいかない。

 

「あれ? なにそのケーキ?」

 

 案の定この空気に似つかわしくないやたら目出度いホールケーキの存在に気付いた虹夏先輩は、当然の如く訝し気な視線を向けて来る。

 

 虹夏先輩から尋ねられた瞬間、俺達三人は顔を青くする。中でもケーキを乗せた大皿を持つPAさんは上手く誤魔化す言い訳が思いつかなかったのか、突然これがロックだと言わんばかりの勢いで、謝りながら俺の顔面に手に持ったホールケーキをぶつけて来た。

 

「山田君すみません!!」

 

「PAさん!?」

 

 突然の事態に、ケーキをぶつけられた俺だけではなく虹夏先輩達からも困惑の声が上がる。

 

 いくら誤魔化す方法が思いつかなかったからって、これはあんまりだと思う。せめてメッセージプレートに『一位通過おめでとう』なんて文言が書かれていなければ、虹夏先輩の誕生日ケーキという事で通ったかもしれないのだが……おかげでもう顔中、生クリームまみれや。

 

 PAさんの突然の凶行にドン引きしている虹夏先輩達に心配されながら、俺は店長に促されてクリームまみれの顔を洗いに行く。勿体ないので顔に付いたクリームを舐めてみたが……なんだこれ滅茶苦茶美味いな……なんちゅうもんを食わせてくれたんや……なんちゅうもんを……

 

 何事も無かったようにぐしゃぐしゃになったホールケーキをPAさんが片付け(後で俺達三人で食べる為に一旦奥へと持って行ったようだ)、俺が顔を洗っている間、店長は虹夏先輩達と話をしていた。

 

 顔を洗いながら聞こえて来る会話では、やはり虹夏先輩もこの一週間の宣伝はこれ以上ない手ごたえを感じていたようで、足切りラインである30位から随分と落ちる42位という順位に落ち込んでいるようだった。ちなみにSIDEROSは3位らしい。

 

 店長の分析では、上位陣はともかく下位層の投票数は恐らく団子状態で、これはもう運だと言っている。だが現状で30位以内に入っていないとなると、これは中々厳しい戦いであると言わざるを得ない。この団子状態を抜け出すとなると何か起爆剤が必要になるのだが、今以上の宣伝なんて正直思いつかないからだ。

 

 顔を洗い終わった俺はこれからどうすべきか無い頭を働かせながら、STARRYの入り口から俺の事を呼ぶPAさんの元へと向かう。結束バンドも厳しい戦いをしているが、実は俺やPAさんにも差し迫った危機が近づいているのだ。

 

 STARRYの入り口へ到着すると、PAさんが寿司とピザの宅配に応対していた。

 

 そう、結束バンドが余裕で30位以内に入っていると思った店長が、祝勝パーティーをしようと頼んでいた出前が今まさに続々と届いているのだ。見れば寿司もピザも結構な量が届けられている。

 

「うわ、凄い量ですね……どうするんですかこんなに……」

 

「どうするって言われても……こんなもの見せたら余計に落ち込ませてしまうし……そうだ! 山田君ここで全部食べて下さい! 私も少しは手伝いますから! さあ早く食べますよ! その鍛えた体は飾りですか!」

 

「そんな無茶な!? 血糖値壊れる~」

 

 追い込まれ過ぎておかしくなったのか、急にムチャクチャな事を言い出すPAさんを俺はなんとか落ち着かせる。

 

 流石にこの量を二人で全部食べるのは無理だ。もう虹夏先輩達に全部正直に話して、今からでも二次審査後半戦に向けた決起会とかにした方がいいんじゃないかと思ってしまう。

 

 外に置いておくのもアレなので、取り敢えず中に運んでしまおうという事になったのだが、俺とPAさんが小声で口論しながら、届けられた出前の品を結束バンドメンバーに見つからない様にこそこそと運んでいると、その様子を見ていたであろう虹夏先輩は俺達にジト目を向けてきながら不満げな声を上げる。

 

「……なんかさ~。太郎君とPAさんって最近仲良くない?」

 

「えっ!? えっと……そう、見えますかね……?」

 

 突然の指摘に驚いた俺とPAさんは、強張った顔でお互いの顔を見合わせた。

 

 確かにPAさんの秘密である音戯アルトの事を知ってからは、PAさん本人も言っていたようにミステリアスな雰囲気が払拭され、なんとなく声を掛けやすくなったというか、親しみやすくなった様な気はする。

 

 実際音戯アルトグッズを貰った(押し付けられた)り、仕事を頼んだ秋葉原ライブの事を話す機会も増えたので、以前より仲が良くなったのは確かかもしれない。だからといってそんなに馴れ馴れしくしていたつもりは無いのだが……やはり名探偵虹夏なのだろうか……?

 

「ま、まぁ同好の士ってのが判明したからですかね……」

 

 俺とPAさんは一応表向きは二人共音戯アルトファンという事になっているので、それっぽい言い訳をしてみたが、虹夏先輩は未だになにか言いたそうな表情のまま、近くの椅子に放置してあった俺の鞄に視線を移した。

 

 俺の鞄には現在PAさんに貰った音戯アルトアクリルキーホルダーが付けられている。ファンを擬態するなら目立つ所につけるべきだとPAさんにつけられたのだが、急にVチューバーグッズなんかを付け始めた事に虹夏先輩は何かを感じ取っているのだろうか? 

 

 ジト目でアクリルキーホルダーを見つめている虹夏先輩だったが、ここで下手な言い訳をすると藪蛇になってしまいそうだったので黙って見守る事にした。

 

 虹夏先輩はしばらくアクリルキーホルダーを見つめていたかと思うと、なんとも含みのある微妙な声を上げる。

 

「へ~……ほ~……ふ~ん……太郎君こういう()が好みなのかな……?

 

「おい虹夏。今日のスタジオは十九時から別の予約入ってるからな」

 

「え? あっ、そうだった! それじゃあみんなスタジオ行こうか!」

 

 店長が声をかけると、虹夏先輩は慌てた様子でリョウ先輩や喜多さん、それに何故か虹夏先輩と同じような微妙な表情で俺を見ているひとりを連れて、スタジオ練習を行なう為にこの場から去って行った。

 

 最後に虹夏先輩が何やら不穏な事を言っていた気もするが、とにかくサプライズパーティー(失敗)はバレずに済んだのでミッションコンプリートだ。

 

 虹夏先輩達がスタジオで練習している間に、俺達は届いた寿司やピザをどうするか相談する事にした。俺が虹夏先輩の誕生日という事にしたらどうかと提案したのだが、やはりちょっと時期が早いという事で却下されたので(ケーキも無くなったし)、仕方なく俺達三人で食べる事になった。

 

「仕方ない……ちょっと遅れたが太郎の誕生日って事にするか」

 

「なんですかその投げやりな感じは……まぁこんなんでも祝ってくれるのはありがたいですけど……」

 

「そうと決まれば、ほらもっと沢山食え。まだまだ食えるだろ?」

 

「やっぱり若い子は沢山食べますね」

 

「二人してなんなんスかその『若者が沢山飯を食っている姿に喜びを感じるおっさん』みたいな反応は……ってちょっと!? なんでそんな怖い笑顔でどんどん皿に乗せるんですか!? やめ、やめて!」

 

 今の発言の何がいけなかったのか、俺の腹具合などお構いなしに怒気が混ざったような笑顔の店長とPAさんは、次々と俺の皿へと寿司やらピザやらを乗せて来る。

 

 一応前もって伊地知家が後で食べる用の分は確保してあるのだが、それでも結構な量だ。この後店長やPAさんはSTARRYの業務もあるので、いつまでもダラダラとしている訳にもいかず、俺達三人は気合を入れて食べ始めた。

 

「しっかし42位ってのは意外でしたね」

 

 自分の皿に大量に押し付けられた料理を食べながら、俺がふと先程の結束バンドの中間順位を思い出してポツリと漏らすと、もうお腹が一杯なのか早々に食べるのをやめて一息ついていた店長は難しい顔になった。

 

 結束バンドが未確認ライオットに参加を表明した時は、STARRYのチケットノルマである二十人を達成出来ない日も結構あるような人気だった事を考えると、一次審査を突破したバンド100組中42位というのは中々ようやっとると言える順位なのだとは思う。思うのだが……

 

「やっぱこんだけでっかいフェスともなると、中々簡単にはいかないんですねぇ……」

 

「……まぁそんな甘い世界じゃなかったって事だな……」

 

 ひとり達の努力や行動を近くでずっと見ていた身として、どうにもやりきれない思いを抱いた俺がテーブルに頬杖をつきながら弱気な言葉を漏らすと、店長は中々ドライな言葉を返して来た。

 

 流石に元バンドマンで現ライブハウスの店長というだけあってシビアな評価をするなと思ったが、こんなに沢山の料理やケーキをウキウキで注文していた事を考えると、店長だって順位は受け入れつつも結構ショックを受けているのだろう。

 

「……いや! でもまだ最後までどうなるか分かりませんよね!」

 

 PAさんも似た様な事を考えているのか、なんとなく重苦しい雰囲気だったので、俺は姿勢を正して気合を入れ直した。そんな俺の様子を見た店長は、少し表情を柔らかくすると呆れたような表情で言葉を返してくる。

 

「まぁな……というか、虹夏達の心配も良いがお前はどうなんだ? 夏のコミマ? だっけ? そこでなんかやるんだろ? あと作曲は? ちゃんとやってんのか?」

 

 夏まで暇になるだろうとわざわざフシロックやサマスニのフライヤーを持って来てくれた店長の事なので、俺の事を心配してくれているのだろうが、突然夏休みの過ごし方や宿題の進行状況を確認してくる(かー)ちゃんみたいな事を言われた俺は、正していた姿勢を崩して再び机に頬杖をついた。

 

「あー……まぁそっちも一応順調ですよ。全員揃っての練習はまだしてませんけど、ちゃんと個人での練習はしてます。イライザさんがやりたい曲は所謂流行りの音楽ってヤツではないんで新しく覚えなきゃならないんですけど、結構面白いですよ」

 

 俺が今までリクエストを受けて来た曲は流行りのアニメの主題歌だったりが多かったので、そこから外れている今回の選曲はほぼ全て一から覚えている。だがイライザさんが言っていた通り、アニメの曲には様々なジャンルの音楽があって、結構面白いし勉強にもなっているのだ。

 

 作曲に関しても一応続けてはいる。休日になると偶にひとりの家でギターを教えて貰ったり(ひとりがギターを二本持っている事がこんな所で役に立つとは思わなかった)、廣井さんやヨヨコ先輩にも作曲のアドバイスを貰ったりしているのだが、今の所目立った成果は無い。曲が出来たら歌ってくれなんてひとりに大見得を切ったが、完成するのは随分先になりそうだ。まぁ作曲を初めてまだ四か月も経っていないのでこれは仕方ないだろう。

 

「そういえばコミマに出るって言ってますが、山田君達が今回演奏する曲のCDとかも出すんですか?」

 

 PAさんも興味があるのか話に入って来る。

 

 確かにコミマなんだから自分達のCDを作って出すのもいいかもしれない……だが残念ながら今回の俺達の演奏する曲は著作権に保護されたカバー曲なのだ。だからCDは出せないだろうという事をPAさんに話すと、予想外の答えが返って来た。

 

「ちゃんと申請すれば出せますよ?」

 

 当然のように言うPAさんの言葉に俺は驚いた。なんでもしかるべき場所へ申請して許諾され、指定された著作権料を払えば、カバー曲でもCDにして売っても良いという事だ。

 

 申請の手間や、CDを増産する時はまた一から申請をやり直す等の面倒臭さはあるが、カバー曲でもCDという形に残る物に出来ると言うのは、予想外の発見だ。まさかBoBよりもMoeExperienceで先にCDを作る事になりそうになるとは思わなかったが……

 

 そうなると気になるのは著作権料がいくら位かかるのかだ。早速、仮に今回演奏予定のニ十曲が入ったCDを税込み1000円で100枚作った場合の著作権料を、PAさんに教えて貰った料金が計算できるサイトで計算してみると、13,420円と出て来た。CD一枚当たり約14円……思ったよりも全然安い金額だ。問題は無名な俺達のCDを買うという人がいるのかどうかだが……

 

 PAとしての知識なのか、それともVチューバーとしての知識なのか、ともかく面白そうな情報を教えてくれたPAさんにお礼を言い、この件はイライザさんに相談しようと思っていると、店長がニヤリと笑みを浮かべながら訊ねて来る。

 

「それで? コスプレしながら演奏するんだろ? お前はなんのコスプレをするんだ?」

 

 店長は俺が制服よみ瓜を勧めた時に虹夏先輩に三十路のコスプレとバッサリ斬られた事を根に持っているのか、意趣返しのように俺のコスプレを弄って来る。

 

 イライザさんの話では、衣装に関していくつか候補は上がっているみたいだが、まだ具体的には決めかねているそうだ。

 

 なんでも衣装を作ってくれる内田さんがかなり優秀で、本気を出せば一週間から長くても二週間で衣装を一着作れる腕前らしい。勿論衣装の材料の選定や買い出しなどがあるので、製作期間は少し長めに見ておかないといけないだろうが、それでも今が五月であることを考えるとまだ悩む時間はあるようだ。

 

「イライザさんはなんか合わせ? っていうのがやりたいらしんですけど、俺の顔出しNGの要望との兼ね合いに悩んでるみたいです。一応候補としてはいくつか考えてはいるらしいですけど……」

 

「なんだよ、まだ決まってないのかよ」

 

 変な格好のコスプレだったら絶対笑う気マンマンだったであろう店長は、まだ何も決まっていない事が分かるとつまらなそうに唇を尖らせた。なんて人だ、いきなり未知のコスプレをする事になった俺の事をもうちょっと労って欲しい。

 

「……そんなにコスプレが気になるなら、店長も俺達と一緒にコスプレして秋葉原のライブに出ますか?」

 

「は、はぁ!? やらねーよ! っていうかコスプレが気になってるわけじゃねーから!?」

 

 突然の提案に驚いたのか、店長はどもりながらもぶっきらぼうに言い放つ。

 

 俺のコスプレを茶化そうとしたちょっとした意趣返しのつもりだったのだが、一緒にライブに出るというのは冗談だとしても、一緒に演奏するのは正直ちょっと面白そうだと思ってしまう。廣井さんは店長のバンドを凄い人気だったと言っていたのでちょっと興味があるのだが、如何せん店長は自分からは何も言わないのだ。

 

「そういえば店長ってギターももうやって無いんですか?」

 

「あぁ? なんだよ急に……」

 

「い、いえ。前にバンドは飽きてやめたって言ってましたけど、ギターも飽きたのかなって……」

 

 俺の質問に店長はジロリと鋭い目つきを向けて来る。こわっ……こえーよ。もう反応がヤンキーなんよ。

 

 結束バンドの台風ライブの後の打ち上げで話していたので、店長がバンドを辞めた事は知っている。ただ趣味でギターは続けているのかと思っていたが、どうも今現在の雰囲気をみるにギターを続けているようには見えなかったので聞いてみたのだ。

 

 俺の質問に面倒そうな表情をしていた店長は、一度小さくため息を吐くと緩慢な動作でテーブルに頬杖をついた。それからどこを見るともなく上空へと視線を彷徨わせると、小さく口を開く。

 

「……別にそういう訳じゃねーよ……ただ……」

 

「ただ?」

 

 店長の顔を見ながら俺とPAさんが言葉の続きを黙って待っていると、店長は上空を見つめたまま言葉を続けた。

 

「ただ、今はライブハウスの店長として、お前らみたいなバンドを育てる方に回ったんだよ」

 

「……おお~」

 

「なんなんだよ……」

 

 店長の言葉を聞いた俺とPAさんが二人して感嘆の声を漏らすと、店長は少し恥ずかしそうに俺達を睨んできた。

 

 廣井さんに『どうしてバンドを辞めたのか』と聞かれた時の店長の空気が何だか不穏な物だった気がしたので気になっていたのだが、そういう事なら少し安心したし納得も出来た。ただ廣井さんも認めるようなギタリストが演奏しなくなるのは少し勿体なくも感じてしまう。

 

「じゃあギター弾くのが嫌になった訳じゃないんですね?」

 

「だからそうだって……さっきからなんなんだよ一体……」

 

「いや、なんだか店長って、自分がプレイヤー(演奏する側)になる事に一線を引いてる様な感じがしたんで」

 

 何となく感じたというか、気になっていた事を正直に話すと、店長は余程意外な言葉だったのか、呆けたような表情で一瞬言葉を詰まらせた。

 

「そ……うか?」

 

「ええ、まぁ店長がSTARRYの経営ほっぽり出して『今からメジャーデビュー目指す!』とか言い出したら、流石に俺も止めなきゃいけないと思うんですけど……」

 

「お前は私をなんだと思ってるんだよ……」

 

「でも、趣味としてギターを演奏するなら良いんじゃないですかね? 『Let's rock!(ロックしようぜ!)』ってね。いつかまた、演奏したくなった時にドラムが必要なら誘って下さい。俺で良ければ合わせますよ」

 

 呆けた様な表情で俺の話を聞いていた店長は、頬杖をついたまま柔らかい笑みを浮かべたかと思うと、楽しそうに鼻を鳴らす。

 

「……ふっ、それじゃあその時はお前に頼むかな」

 

「はいどうぞ。良ければひとりと素面の廣井さんも付けますよ」

 

「!!?!!!?」

 

 俺の提示したあまりに強力すぎるカードに、店長は突然椅子から立ち上がってあからさまに動揺し始めた。これはもしかしたら店長が再びギターを手に取る未来もそう遠くないのかもしれない。

 

 動揺する店長を見て楽しそうな様子のPAさんに「悪魔の様な提案ですね……」なんて言われながら、俺はそれ以降何も言わずに食事に戻る事にした

 

 

 

 最後に俺の顔にシュートされてぐしゃぐしゃになったホールケーキを胃袋に片付けると、予定外のカロリー摂取でお腹が一杯になった俺は、今日はSTARRYでひとりのスタ練が終わるのを待つ事にした。そんな俺のダラダラしている様子を見た店長から声がかかる。

 

「太郎。暇ならぼっちちゃんがスタ練終わるまででいいから受付してくれないか? バイト代は出すから」

 

「えぇ……またですか? まぁ今日はやりますけど、やっぱりバイト増やした方がいいんじゃないですか?」

 

 店長にこうやって突然バイトを頼まれるのはこれで何度目だろうか? その度に俺はバイトの人数を増やす事を提案している。

 

 STARRYのアルバイトは俺を含めて五人いるが、知っての通りその大半が結束バンドメンバーだ。だから当然結束バンドがスタ練などの『バンドとして』多人数で忙しくなると、どうしてもSTARRYは人手不足に陥ってしまう。

 

 俺は結束バンドのスタ練がある日は一人で先に家に帰らずに、スタ練が終わるのを待っている。これはひとりの両親からひとりの事を頼まれたからというのも勿論あるが、俺個人としてもスタ練が終わった後の暗くなった時間に、二時間かかる下北沢から金沢八景までをひとり一人で帰らせる事が心配だからだ。

 

 それならば、ひとりを待っている間に俺がバイトとして入ればよいと思うかもしれないが、中々これが難しい。

 

 では俺がバイトもせずに何をして待っているかというと、結束バンドのスタ練は大体二時間なので、STARRY近くのレンタルスタジオに行って一人でドラムの練習をしたり、入会していれば全国どこの店舗でも利用できるスポーツジムに行って体を鍛えたり、ヨヨコ先輩と時間が合えばボーカルの練習という事でカラオケに行ったりして過ごしている。

 

 これは俺が純粋にドラムを叩くのが好きだという事もあるし、一応こんなんでも俺はドラムヒーローを自称しているのでドラムの練習は欠かせないのだ。ただでさえ通学時間が長くて練習時間が取れないのに、それに加えてひとりがSTARRYで練習している時に俺がバイトをしていては実力が離される一方だ。正直それはよろしくない。

 

 そんな俺の都合を知ってか知らずか、人手が足りないにも関わらず店長が俺に無理にバイトを勧めて来る事は無い。この辺は元バンドマンである店長の理解度の高さなのか優しさなのかは分からないが、随分と自由にさせてくれるのでありがたく思っている。

 

「一応バイトの募集はしてるんだが……お前みたいな掘り出し物が来てくれねーかな」

 

「掘り出し物って……」

 

 そういう事情もあって、人手が足りない事に対して店長も一応既に手は打っているみたいだが、まだ成果は上がっていないようだ。店長の話では二名くらいの採用を考えていると言っていた。

 

 事実俺達がバイトを始める前までは、虹夏先輩とリョウ先輩の二人がいれば回っていたみたいだし、結束バンドメンバーも今すぐバイトをやめる訳では無いのであまり一気に人手を増やしても持て余してしまうに違いない。

 

 しかしそうなると採用される人がどんな人になるのか気になって来る。出来れば俺やひとりと仲良くしてくれる奴だったら良いのだが……なんて事を考えながら、俺はひとり達のスタ練が終わるまで大人しくバイトをして過ごす事になった。

 

 

 

 十九時前になると、早めにスタ練を終えたひとり達がスタジオから出てきて今日はそのまま解散する事になったので、俺も臨時バイトを終了してひとりと共に帰る事にした。

 

 虹夏先輩達との別れ際「まだ諦めずに頑張りましょう」と周りを鼓舞していた喜多さんも、帰りの最寄り駅まで俺達と一緒に向かう道中では、やはりあれだけ頑張ったのに30位以内に入っていなかった事がショックだったようで、何となく落ち込んでいる様子だった。

 

 道中喜多さんから、エゴサをしている時に高校生のコスプレをして結束バンドの音源を聴かせて来る結束バンドおばさんなる人物の事を知ったと報告されて、それを聞いたひとりが「何か怖いですね……」なんて言っていたが、この真相は墓まで持って行かないといけないかもしれん。

 

 駅に着くまで三人で結束バンドがバズる方法を模索したりもしたが、結局良い宣伝方法が思いつかないまま駅に到着すると、俺達は喜多さんと別れて帰りの電車に乗る事にした。

 

 電車に乗っている間もひとりは終始無言で、真剣に何かに悩んでいるようだった。そんなひとりを見ながら、俺は自分の考えを伝えてみる。

 

「なぁひとり、やっぱりBoBのSNSで宣伝するか?」

 

 俯きながら考え事をしていたひとりは俺の言葉に弾かれたように顔を上げる。だがその表情は困っているようだった。

 

 BoBのトゥイッターのフォロワーは三万人いるので、ここで宣伝すればそれなりの効果が期待出来ると思う。STARRYに来るようなBoBファンはもう投票してくれているかもしれないが、問題は結束バンドを知らないBoBのファンに投票してもらう事(投票してくれる前提で話す)を心情的にどう捉えるかだ。

 

 ひとりもそれが分かっているのか俺の顔をじっと見つめて随分と悩んでいたが、やがて再び顔を伏せると小さく首を横に振った。

 

「いいのか?」

 

「……うん」

 

 断ったひとりの気持ちもよく分かる。恐らくひとりはBoBのSNSで宣伝するのは結束バンドの力では無いと考えているのだろう。もしBoBのSNSでの宣伝があり(・・)なら、極論ギターヒーローアカウントで宣伝する事もあり(・・)になるからだ。ギターヒーローの正体さえ明かさなければ、宣伝するだけならギターヒーローのオススメバンドとして結束バンドを紹介するなど、やり方はいくらでもある。

 

 ただ正直に言うとこの辺りはかなり曖昧な部分で、例えば現在PAさんが音戯アルトとして宣伝してくれているが、もし彼女が零細では無く登録者100万人クラスの大物Vチューバーだった場合、恐らく今頃結束バンドは余裕で30位以内に入っていたのではないだろうかとも思う。もしかすると1位通過の可能性だってあったに違いない。勿論その場合は影響力が大きすぎるという事でPAさんも宣伝してくれなかったかもしれないが。

 

 そういう意味から言うと、影響力の大きい人物に気に入られるというのも実力の内であると考えても良いのだろう。今回の場合ややこしいのが、その人物(ギターヒーローやBoBのリードギター)がひとり本人であるという事だろう。

 

 だが再三言うが、俺は自分達の力で頑張りたいというひとりの気持ちもよく分かるのだ。でなければ廣井さんやヨヨコ先輩に覆面を付けて貰ってのライブなんてやっていない。なりふり構わずBoBが売れに行くなら二人の知名度を最大限利用するべきなのだから。

 

 だから俺はひとりがどんな選択をしたとしても、それを尊重して最後まで応援すると決めているのだ。ただそうなるとやはり俺に出来る事は無くなる訳だが……はーつっかえ。

 

 結局考えが振り出しに戻って来てしまった事を感じながら電車に乗っていると、乗り換え駅である渋谷に付いたので俺とひとりはホームへ降りる。ホームへ降りてしばらく歩くと、何処からか聞きなれた声が聞こえて来た。

 

 何気なく聞こえて来た声の方へと視線を向けてみると、すぐ目の前にヨヨコ先輩率いるSIDEROSメンバーが現れた。向こうも偶然こちらを見ていたのか、ヨヨコ先輩とばっちり目が合ってしまう。その瞬間――俺の後ろを歩いていたひとりから、木の枝が折れるような嫌な音が聞こえて来る。

 

「何の音ぉ!? って大丈夫かひとり!? 首がえらい事になってるぞ!?」

 

「ちょっと後藤ひとり! なんで毎回無視するのよ!」

 

 ひとりから聞こえて来た音に驚いて俺が慌てて振り返ると、ひとりの首が180度真後ろを向いていた。恐らく今の嫌な音はヨヨコ先輩に気付いてないフリをしようとして無理矢理真後ろを向いた時に首から出た音だろう。

 

 相変わらず無茶苦茶な事をやるひとりの首を(いたわ)るようにさすってやりながら、俺はヨヨコ先輩へと声をかける。

 

「どうもヨヨコ先輩、見ましたよ。SIDEROS中間三位おめでとうございます」

 

「! ま、まぁ? 目標はあくまで一位通過だけどね! それでその……そっちは……」

 

 俺の言葉にドヤ顔を浮かべたヨヨコ先輩だったが、しかしすぐに結束バンドの順位を思い出したのかごにょごにょと言い淀んでしまった。これが30位以内に入っていればまだ強気な態度で絡んできたのかもしれないが、30位圏外ともなると流石のヨヨコ先輩も困ってしまったのだろう。

 

 お互いどうしていいのか分からないのか、ひとりとヨヨコ先輩の両方からチラチラとなんとかしろと言った視線を向けて来られて俺も困っていると、SIDEROSドラムの長谷川さんが俺達の話に割り込んできた。

 

「そんなことよりヨヨコ先輩早くスタジオ行きましょうよ。ぼっちさんに山田さん、ウチら今からスタジオ入るんですけど良かったら一緒にどうすか?」

 

 突然のお誘いに驚きながら俺とひとりは顔を見合わせた。俺達が混ざると聞いてSIDEROSリードギターの本城さんも面白そうだと長谷川さんに同意するように誘ってくれた事もあり、頼まれると断れないひとりは微妙に嫌そうな顔をしつつも「あっはい!」なんて元気に快諾している。

 

「山田さんもどうっすか? 今から行くスタジオ、コンパクトなトラベラーなら借りられるみたいなんですけど」

 

 長谷川さんの言葉でまだ俺が同行すると言っていない事に気付いたひとりは、いつの間にか一人で大海原を漂流していた事に気付いた様な驚愕の表情で俺の顔を見つめて来た。大丈夫、俺もちゃんとついて行くからそんな泣きそうな顔で見つめて来ないで欲しい。

 

 一応俺も他所のバンドがスタジオ練習でどんな事をやっているのか興味がある。それがSIDEROSのような人気バンドなら尚更だ。それにドラムを二セット借りられないスタジオも多い中、コンパクトなトラベラーが借りられるのもありがたいので、断る理由は無い。

 

 ヨヨコ先輩は俺達の突然の乱入を最初は嫌がっていたが、五人以上なら格安で大部屋が借りられることが判明すると、余程大部屋が気になるのか手のひらを返すように態度を軟化させて俺達を受け入れてくれた。

 

 SIDEROSメンバーにくっ付いてスタジオへ入ると、俺は初めて入る大部屋の広さに驚いた。なにせ俺がスタジオへ入る時はほぼ個人練習なのでそんなに部屋が広くないのだ。SIDEROSは四人という事もあって、本城さんも五人以上の大部屋に感嘆の声を上げているし、ヨヨコ先輩は気になる機材があったのか目を輝かせながら置いてあるアンプを食い入るように見つめている。

 

 SIDEROSが和気あいあいとしている中、俺の後ろに背後霊のようにぴったりとくっ付いて気配を消しているのがひとりだ。余程この親しくない人が多い状況がストレスなのか、俺の服の裾を赤子のようにしっかりと握り締めている。

 

 そんな俺達を見たヨヨコ先輩から時間がもったいないから早く準備をしろと言われたので、俺はドラムの準備を始める事にした。ひとりも準備を始めたが早めに準備が終わったのか、一人ぽつねんと立ち呆けていると長谷川さんがやって来た。

 

 俺がドラムの準備をしながらひとりと長谷川さんの様子を窺っていると、長谷川さんはこれまでのひとりの様子から、ひとりがここに来たのを後悔していると感じたのか、誘った事を謝っているようだ。

 

 そんな長谷川さんの気落ちした様子を見たひとりは、自責の念なのかしばらく難しい顔で悩んだかと思うと、意を決したように長谷川さんに向かって一歩踏み出すと、長谷川さんの顎に指を添えた。

 

「あっかわい……っ……肌……白……ぐふっ……ロインID教えて……?」

 

「距離の詰め(かた)えぐいっすね……」「距離の詰め(かた)えぐすぎだろ……」

 

 俺と長谷川さんがひとりの行動に同時に同じ感想を漏らすと、ひとりはショックを受けたように肩を落としていた。いきなり気色の悪い顔でロインID聞いてんじゃねーよ。どんな判断だ。なんて思うが、それでもロインID交換自体は出来てるのが凄い。

 

 長谷川さんは今の一連のやり取りでひとりをやばい奴認定したのか、ひとりから距離を取ると本城さんの事を守るように自分の背中へと隠した。それを見たひとりはオロオロと辺りを見回した後、青い顔で俺の近くまで戻って来る。

 

「たっ太郎君……」

 

「おっおう……なんて言うか……ロイン交換出来て良かったな……」

 

 過程はどうあれ、ロインIDを交換出来たのは事実だ。もしかしてこいつ(ひとり)凄い奴じゃねーの? と思わなくもない。しかしそうなると俺もひとりに負ける訳にはいかないという対抗心が芽生えて来る。

 

「よし、ちょっと待ってろ。俺もロインID交換してくるから!」

 

「えっ? たっ太郎君?」

 

 頭に(はてな)マークを浮かべるひとりをその場に残して、セッションまで休んでいると言って座っている内田さんの隣に行く。正直内田さんはもう知り合いみたいな物なので、ロインID交換は楽勝過ぎてちょっとズルい気もするが……ひとりが長谷川さんに行った以上内田さんか本城さんのどちらかが候補なのだが、本城さんはガチで俺と接点が無いからね、仕方ないね。

 

 突然俺が隣に来たのを不思議そうに見つめながら鉄分サプリを食べる内田さんに、俺は自分の思い描く陽キャ(前に会った軽音部員)をイメージしながら話しかけた。

 

「うぇ~い! 君かわうぃーね! 口元のホクロがとってもセクC(スィ)! その十字架のチョーカーもイカすぅー↑↑↑ その服もやば~! あっロインID教えて?」

 

「嫌よ~」

 

「うぇ~い! ありが…………えっ?」

 

「嫌よ~」

 

「ちょっと!? なんで二回も言うんですか!?」

 

 まさか断られるとは思わず驚いた俺はしばらく難しい顔で無言で内田さんと見つめ合っていた。だが内田さんは怪しげな笑みを浮かべたまま無言でサプリを食べるだけだったので、困った俺は一時退散する事にした。

 

 肩を落として戻ってくると、一部始終を見ていたであろうなんとも言えない表情のひとりに出迎えられる。

 

「……なんだよ」

 

「あっドッドンマイ!」

 

「いい度胸じゃねぇの(ザッ」

 

 うるせーよちくしょう……しかもなんでちょっと嬉しそうなんだよお前は。しかしおかしいな? 内田さんとはあれだけ熱く語り合い(廣井さん宅でのミーティング)、深夜に食事をして(屋台ラーメン)、夜のセッションまでした(屋台ラーメン後のスタジオ練習)仲だというのに、一体何が駄目だったんだ? ひとりはドン引きされつつも交換自体は出来てたのに……あれか? やっぱり顔か? なら仕方ないね。

 

 俺が「人の痛みが分からないのはこの口かぁ?」なんて言いながら、腹いせにひとりの頬をつまんでいると、長谷川さんからそろそろ始めるとの号令がかかり、それにヨヨコ先輩が同意すると、改めて長谷川さんが開始の宣言を出した。

 

「そんじゃハチロクでいくんで、カウント6でてきとーに!」

 

 長谷川さんの合図と共にSIDEROSの演奏がスタジオ内に響き渡る。適当に、なんて言っていたが、流石はFOLTの看板バンドの一つだけあって演奏がハイレベルだ。

 

 ひとりを見れば、中間3位であるSIDEROSの息の合った演奏に圧倒されたのか、ギターを弾く手が止まっていた。だが演奏するSIDEROSを見つめていたかと思うと、すぐに俺へと振り向き、力のこもった瞳を向けて来た。

 

 今日は中間発表の順位のせいもあってかひとりの元気が無かったが、SIDEROSの演奏に触発されたのかやる気が戻って来たようでなによりだ。このままひとりが気持ちよく演奏出来るように、ちょっと本気出しちゃおうかな~なんて思ってしまう。あ、でもあくまでこの練習の主体はSIDEROSなので、くれぐれも邪魔だけはしてはいけない。

 

 俺はひとりに一度大きく頷き返すと、右手のドラムスティックをクルクルと回転させる。そうしてひとりの眼差しに応えるように、軽やかにドラムへと振り下ろした。

 




 星歌さんとBoBで共演して♡ みたいな感想を貰った時から、どうにか星歌さんを演奏関係で絡ませたいとは考えてたんです。だけど作者の勝手な解釈なんですが、星歌さんってバンドやめてから自分がプレイヤーとして演奏する事からも距離を置いてる感じがするんです。なので、共演させるならまずはそこをなんとかしなくちゃいけないんですが、星歌さんにもう一度ギターを持たせるのって結構繊細な問題な気がするって考えたら急ブレーキがかかりました。今回遅くなった理由の九割がこれです。残りの一割はPCのディスプレイが壊れたからです。

 実は「こういう娘が好みなのかな……?」発言からの、スタ練終わってスタジオから出て来た虹夏先輩やひとりちゃんの髪型が何故かツインテールになってる!? ってネタをやりたかったんですが(音戯アルトのアバターはツインテール)、30位に入れなくて落ち込んでるのにそんな事やる訳ないよねって思ってやめました。このネタはもうちょっと後で回収する事にします。

 本当は今回で二次審査終了まで行くつもりだったんですが、どうしても二十九日に投稿したかったのと、あとはなんか引きが良い感じだと思ったのでここで切りました。


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