アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男 (カサノリ)
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00. prologue

本編があんまりにも陰惨な方向に行きそうなので、楽しい学園生活を送ってほしい希望を込めて書きました。


 人が生きる上で必要なものとはなんだろうか。

 

 生物としての人を考えた時には、もちろん水と食料だ。健康に長寿を全うするには薬や医療だって必要になる。

 

 あるいは社会の中での人間を考えた時、資本だって大事だ。時に大切なものを守り、時に誰かから奪うための武力だって、なければ生きていけない地域だって存在する。

 

 しかし、水や食料、あるいは生きるには必要なだけの金と力を持っていながらも、命を自ら断つ人間だっているのだ。それはなぜだろうと考えて、きっとこれが一つの答えだと俺は結論付けた。

 

「ロマンこそ! 人が生きる糧である!!」

 

 夢、希望、友情、努力、勝利!

 

 空想で謳われ続けている青臭いとも評された要素たち。

 

 だが、それを持たずして人は人にあらず。人は人として生きることはできない。

 

 だからこそ、俺は……!!

 

「今日も、この学園に最高のロマンを!!」

 

 

 

 

 アスティカシア高等専門学園。

 

 この広大な宇宙を席巻する巨大軍需企業、ベネリットグループが運営する教育機関にして、将来グループを担う俊英たちが通い学ぶ場所。

 

 そこにはある奇妙な制度がある。

 

 理事長にして現グループ総裁、デリング・レンブランの思想によるものか、「欲するものがあれば、戦って奪い取れ」との精神を体現する決闘制度。

 

 生徒たちによるモビルスーツによる模擬戦である。

 

 あるいは地位を、あるいは愛を、あるいは資金を。生徒たちは互いに求めるものを賭けあい、真剣に勝負を繰り広げる。

 

 それは一つ間違えれば、学校という健全な学び舎を破滅させることにもつながるだろう。仮想敵として互いを見やり、派閥をつくり、権謀術数を繰り出して陥れる。

 

 それが社会の縮図だと、学生の身で体感させられるのだから。

 

 しかし、現実として"今"のアスティカシア学園に広がる光景は……

 

 

 

『レディースエンドジェントルメン!! 今日もやってまいりました決闘の時間!!』

 

 

 

 陽気な声が学園中に響き渡る。

 

 それは戦術試験区域に隣接した、まさしく実況席ともいえる塔の上から発せられている。

 

『しかも! 今日の対戦カードは毎度恒例あの二人!』

 

『赤コーナー! ジェターク寮筆頭にして、現ホルダー!

 グエル~、ジェッター―――ク!!!!』

 

 瞬間、高らかなファンファーレが鳴り響き、一機のコンテナが荒野のど真ん中に躍り出る。

 

 開く扉の奥から金色のカメラアイが光り輝き、巨体が一歩進み出ることでそのマゼンタに彩られた全身が現れた。

 

 ディランザ。ジェターク・ヘビー・マシーナリーの大ヒット商品であり、重装甲とそれを感じさせない高機動を両立させた傑作機。

 

 そしてその機体を駆るのは、ジェタークの名を冠する御曹司にして学園最強パイロット、グエル・ジェタークだ。

 

 グエル専用にチューンアップされたディランザは、そのあふれ出る自信を顕すかのように、武器であるビームパルチザンを振りかぶり、構えて見せる。

 

『グ・エ・ル!! グ・エ・ル!!」

 

『きゃーっ! グエル様、がんばってぇー!!』

 

『ジェタークの誇り、見せてください!!』

 

 観客として集った学生たちから轟く、どよめきと歓声。

 

 ジェターク寮の学生たちは自分たちのトップが見せるだろう雄姿に期待して、そして他の学生たちも賭け事や純粋なエンタメの対象として熱い視線を送っていた。

 

 だが、決闘とは一人だけで成り立つものではない。

 

 当然、決闘を盛り上げるにはグエルに対する、そして匹敵する対戦相手が必要。

 

 解説役のドレッドヘアーの学生がマイクを振りかざしながら声を張り上げる。

 

『続いて青コーナー!!!!

 お待たせしました! 本日も何を見せてくれるのか! 予測不能、停止不能のご存じ妖怪ロマン男!!』

 

 同じく滑り込む巨大なコンテナ。

 

 その扉が上から順次開いていき、

 

『なんで経営戦略科がここにいるんですか!? 毎度おなじみ、お騒がせ!

 アスムー!!!! ロンドぉー!!!!!!』

 

 瞬間、コンテナが爆散した。

 

 それは鮮やかな赤色を振りまきながら、計算されつくしたよう機体のバックを彩る。真正面から見ているならば、往年の地球圏で人気を博した正義のヒーロー活劇をオマージュしているとわかる者もいるだろう。

 

 兵器として存在するMSにしては派手すぎる登場。そして爆炎の中から現れる機体もまた、珍奇の一言で片づけられない造形だ。

 

 ディランザが質実剛健と機能美を体現しているのなら、その機体、『ヴィクトリオン』というふざけた名前を冠したMSは機能美など一つもないほどのゴテゴテ具合。

 

 無駄に造形が作りこまれた、年少の子供たちが一度は夢想するようなとげとげした頭部に始まり、全身が過度な装飾で埋め尽くされている。

 

 しかも本来はマニピュレーターとして繊細な操作を果たすためにつけられた腕部はずんぐりと大きくまともに火器を持てるようには見えない。

 

 だがしかし、それは兵器としての合理性から見た時の話。

 

 これが空想の産物だとしたら、かつての子供たちがお茶の間のテレビの向こう側で見たとしたら、応援せずにはいられないだろう。

 

 妄想と空想が具現化したような、ロマンの集合体がそこにいた。

 

『てめえ、相変わらずふざけた登場しやがって……!』

 

 そのヴィクトリオンのコクピット内モニターに、対戦相手であるグエルの顔が映し出される。

 

 ヘルメット越しでもその目が挑発的な、好戦的な色に染まっているのが見て取れる。

 

 一方でそれを受けた少年といえば、笑顔だった。

 

「そりゃあ、グエル・ジェタークとの一大決戦なんだ! ド派手に! ド迫力に! 大爆発で! 盛り上げないと嘘だろ!?」

 

 なぜなら、

 

「それがロマンだから!!」

 

 誰もが兵器企業の傘下として学ぶ学園において、その宣言は変人以外の何者でもない。

 

 だが、それに憤る段階はもう過ぎている。この少年が入学してから、一度たりともまともにふるまったことなどないのだから。

 

 だからこそ、彼をよく知るグエルはバカにもせず、侮りもせず、真剣勝負相手として少年を見据えるのだ。

 

『その余裕、いつまでも続くと思うなよ! 今日も勝つのは俺だ!!』

 

「何度敗北しても立ち上がってきた! 宿命のライバルに勝つために! ならば、勝利の女神が微笑むのは俺に決まってる!!」

 

 そして向き合う二人へと、立会人を務めるシャディク・ゼネリが割って入り、

 

『まったく、やることが派手なのは二人とも変わらないけどね。今日は試験場を半壊させないでくれよ? 一応それも決闘委員会の責任になっちゃうんだからさ』

 

「その時は反省文よろしく!!」

 

『ああ! こいつとの戦いに、そんな雑念はいらねえんだよ!!』

 

『はいはい。それじゃあ、お好きにどうぞ』

 

 シャディクがへらへらとした顔を一転、真剣な面差しで二人を見やり、

 

『両者、向顔』

 

 二人の決闘者が宣言する。

 

『勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず!』

 

「操縦者の技のみで決まらず!」

 

『「ただ、結果のみが真実!!」』

 

「フィックスリリース!」

 

 そしてシャディクの言葉と同時に両者の機体が突貫した。

 

『KP001! グエル・ジェターク! ディランザ、出るぞ!!』

 

「KS002! アスム・ロンド!! ヴィクトリオン発進!!」

 

 発進口上と共に観客のボルテージは最高潮に達する。

 

 それはパイロットである二人も同じ。グエルは自身がもつトップパイロットという称号を奪い合うに、このふざけつつも確かな実力を持つ同級生を認め、そしてアスムという少年も良きライバルと雌雄を決さんというロマンあふれる舞台に熱く血をたぎらせる。

 

 そして、その迸りを学園中に、いや宇宙全体に広げんと、ロマンを満載にした必殺技を放つのだ。

 

「これが必殺!!!!」

 

 

 

 

「ロケットぉおおおおお!! パァアアアアンチ!!!!」

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男



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01. ウェルカム to アスティカシア!

 その日、スレッタ・マーキュリーは運搬船の無重力の中で夢想していた。

 

 今から自分が向かい、通う学校とはどんなところだろう、と。

 

 優しい人がいっぱいだったらいいな。友達もいっぱい作りたいな。やりたいことリストはたっぷりあるけど、卒業までに全部埋められたらいいな。ちゃんと勉強して、お母さんとみんなの役に立ちたいな。

 

 家族であるエアリアルとの二人旅。初めての水星以外の場所。そして、初めての学校。

 

 不安がないわけじゃない。聞いた話だと何人も同じ年ごろの学生が通うと聞いているし、その中でまともにふるまえるか、ドラマや創作みたいないじめにあったりしないかなんて暗い想像もしてしまいそうになる。

 

 だけれども、それ以上のワクワクがスレッタの胸には詰まっている。

 

 そして、

 

「あれが……学校!」

 

 宇宙に浮かぶ大きなフロント。そこに広がる場所こそ、スレッタの通うアスティカシア学園。

 

 あと小一時間もすれば運搬船が着陸して、スレッタは入学する……はずだったのだが。

 

「…………あれ?」

 

 窓から乗り出して学園を見ていたスレッタの眼の端に、人影が映った気がした。

 

 さらに目を凝らしてみると、それは間違いなく宇宙服を着た人間で。さらには誰かを呼ぶように両手を大きく振っている。

 

(遭難者……!)

 

 スレッタは大慌てで走り出す。過酷な水星環境で人命救助にあたっていたスレッタにとって、この状況は見過ごせるものではなかった。

 

 エアリアルに乗り込み、運搬船のスタッフによる制止もかまわず、宙へと発進。全力で急ぎつつ、けれども脆い人体を壊さないようにと慎重に人影へと接近する。

 

 するとその人影がワタワタとさらに大げさに慌てだした。

 

 まるで『ちょっ! まだこっち来ないで!』とでも言いたげな様子。だけれど、スレッタはそれを必死に救助の手にしがみつこうとしていると思い込み、

 

「もう大丈夫です! 安心して…………って、えぇ!?」

 

 次の瞬間、目を丸くして驚きの声を上げた。

 

 なぜならスレッタの眼前、学園の方角からいくつものミサイルのようなものが発射され、それがスレッタ達のところへと向かってきたのだから。

 

 そして、

 

 パン!パンパン!!

 

 ど派手な音と、カラフルな色をまき散らしながらスレッタとエアリアルよりちょっと離れたところで爆発したのだった。

 

 けれど、目をつぶったスレッタに衝撃も、痛みももたらされない。

 

 なぜなら、

 

「……わぁ♪」

 

 それは決して攻撃などではない、信号弾を利用した花火。

 

 宇宙の漆黒の中ではそれはひときわ輝いていて、スレッタは思わず頬を緩ませてうっとりと見入ってしまった。けれど、その手の平には救助者の姿があるはずで。

 

「はっ! ご、ごめんなさい! はやく助けないと!!」

 

 テンパりながらスレッタはエアリアルの手の中にいる人へとカメラを向ける。まさか見入っている間に限界を迎えてたりは、と不吉な想像が頭をよぎるが、

 

「……へ?」

 

 今度もまたスレッタは目を丸くして驚いてしまった。

 

 その宇宙服を着た人影。体格から見るに男の人だろう。その男はヘルメット越しに満面の笑顔を浮かべながら、

 

『サプライズ♪ ようこそアスティカシアへ!!』

 

 などと書かれた布を広げていたのだから。

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 

「ほんっとごめん! ごめんなさい! 驚かせてごめんなさい!」

 

「ほらほら、もっと誠心誠意謝る! 土下座よ、土下座! 無駄に高い身長をへこへこさせているだけでどうにかなるとでも思ってんの?」

 

「あ、あのぉ……も、もうそのへんで……」

 

「駄目よ。このバカを通り越した大馬鹿ロマン中毒に甘い顔をしたら、もっと大変な目にあうわよアンタ」

 

「お、おおばか、ろまん……?」

 

「ごめんなさい!!」

 

 数時間後、アスティカシアの校舎にて。

 

 スレッタは困惑したまま、目の前で頭を下げている金髪の男子生徒と、それを罵り倒す銀髪の女生徒のやり取りを見ていた。

 

 金髪の男はアスム・ロンドというらしい。あの宇宙で遭難、もといウェルカムサプライズの準備をしていた宇宙服の中身。

 

 彼の計画によれば、もう数十分スレッタの到着は遅くなるはずで、そのころにはドローンを使ったでかいメッセージを仕込んでいる予定だったそうな。

 

「そ・れ・を! なんでアンタが宇宙に出て待っているのよ!?」

 

「いやぁ、たまには宇宙に揺られたいし? ちゃんと計画通りに打ち上げできるかなぁって最終確認?」

 

「ど馬鹿!!」

 

「そ、そのへんでいいですからぁ!!」

 

 とにかくスレッタとしては早くこの騒動を収めたかった。すでに道行く生徒の話題の的になっているし「またロンドだよ」「あのロマン男」などとひそひそ声まで聞こえてくる。

 

 元からこんなにたくさんの人を知らないスレッタは、注目されるのにも慣れていない。このままでは緊張でちぎれてしまいそうだとも思い始める。

 

 そしてそんな様子が銀髪の少女にも伝わったのだろう。

 

「はぁ……、いいわ。ここまでにしといてあげる。この子のほうが先にまいっちゃいそうだしね」

 

「あ、でっ! でも! あのサプライズ! う、うれしかった、です!!」

 

「ほら見ろ!」

 

「ふんっ!!」

 

 スパンと、あまりにもキレがいい手刀がロマン男を襲った。

 

「とにかく! アスティカシア高等専門学園へようこそ、スレッタ・マーキュリーさん。委員長として君の転入を歓迎するよ!」

 

「委員長……?」

 

「こいつは学生自治会のトップなのよ。っていうか、立ち上げた張本人でもあるけどね」

 

「は、はぁ……」

 

「簡単に言えば、学園をもっと楽しく、もっと愉快にしていこうってイベントを企画する部署なんだよ! 転入生のお出迎えもその一つさ!」

 

「はぁ……、そのアンタはともかくなんで私まで……」

 

「そりゃ、ミオリネ様はうちの女王ですから」

 

「次、くだらない口を叩いたら、女王らしく首を落としてあげるわよ?」

 

 またアスムは土下座をかました。

 

 ひたすらに男が調子に乗って、ミオリネという少女が叩き潰している関係。なのだが、そこには敵意のようなものはなく、当たり前のような空気感が存在する。そんな二人をスレッタが不思議そうに見つめていたことに気づいたのだろう。ミオリネはため息を吐きつつ言う。

 

「あ、気にしなくていいわよ。こいつ、私の幼馴染だから。正確にはあと一人いるんだけどね。昔からバカが直らないから、調教してあげてんの」

 

「そ、それ! 知ってます! 『あんたのこと、放っておけないのよ』とか言って、恋に落ちたり……!」

 

「ハァ!?」

 

「ひぃいいい! な、なんでもないです!」

 

「ミオリネさんミオリネさん、スレッタさんがおびえ切ってるから」

 

「誰のせいよ! 誰の!!!!」

 

 数分後、ようやくと喧嘩が落ち着いたらしい二人は、スレッタを連れて学園の案内を始めた。

 

「な、なるほど! ミオリネさんは、学園の理事長さんの娘さん! なんですね……!」

 

「どうしようもない糞親父だけどね。ま、だからここにいる間は、あいつの権力と立場を使い倒してやろうって決めたの」

 

「それだけじゃなくて、スレッタさんと同学年。しかも経営戦略科じゃ断然トップなんだよね。だから学園を案内するなら適任だと思って誘ったんだ」

 

「と、トップ……!」

 

「ふん! 当然よ。いつかはこいつの会社も、糞親父のグループも全部掌握してやるわ」

 

 トップという言葉に、スレッタは脳裏で玉座に座り下々へと命令を下しているミオリネの姿を思い浮かべる。いささか以上に独裁者なイメージだが、現実のミオリネを見るとそれが本物になりそうだ。

 

 一方で冷たい印象を与えるが、ミオリネへの過剰な恐れは浮かばない。わかりやすく友好的なアスムとはタイプが違うが、なんとなくいい人ではあるのだとわかるのだ。時折、スレッタのほうを気づかわし気に伺ってくれているからかもしれない。

 

「それで? スレッタさんは質問あるかい? なんでも聞いていいよ! 自慢じゃないけど、ここは俺たちのホームだからね!」

 

「え、えっと……それじゃあ、あの……」

 

 その人好きしそうな笑顔に、スレッタも少し緊張感を緩めて尋ね始める。聞きたいことは山ほどあった。

 

 授業の難しさ、学園の広さ、食堂のメニューといった質問メモからの抜粋。それに加えて、家族であるエアリアルの整備環境に、

 

「えぇ!? りょ、寮って、自分で選ばないと、だめ、なんですか?」

 

「アンタ、推薦企業は……って、そっか水星のシン・セーだもんね。あそこにそこまでの影響力はないか」

 

「は、はい……」

 

「だから不安にさせない! 大丈夫大丈夫、いろんな寮の上のほうには俺からお願いしておいたから、希望の寮に入れるはずだよ。こう見えても、俺は学園全員と友達だからね!」

 

「お、おぉー!!」

 

「嘘つきなさい。半分からは死ぬほど嫌われているわよ、アンタ」

 

「えぇ!?」

 

「将来、グループでの出世をもくろんでる連中からすれば、遊びだ! 青春だ! ロマンだ! って騒ぎまくっているこいつはうっとうしいに決まってるでしょ?」

 

「そ、そうなん、ですか……!」

 

「だいじょーぶ、だいじょーぶ! みんなツンデレなだけだよ!」

 

 多分に苦しい言い訳だった。

 

 けれど、とスレッタは先ほどから感じる視線の種類に気がつく。一つは友好的なもの。学園でも有名なのだろう二人に挟まれているスレッタを好奇の眼で見つつも、小さく手を振ってくれたり、微笑んでくれたりする。

 

 もう一つは、とても冷たいもの。陽気に笑う少年を見ては、舌打ちをしたり、露骨に目をそらそうとしている。

 

 ミオリネが言う通り、この少年に対する評価は二分されているのだろう。

 

「で、でも……」

 

 スレッタはぎゅっと手を握って考える。

 

 不安だった自分を出迎えてくれたこと。案内してくれたこと。質問も、スレッタのペースに任せてくれたこと。学校の中でいろいろとあるかもしれないが、それは彼女の中で"いい人"に分類するには十分で、

 

「わ、わたしはアスムさんのこと、いい人だと思います!……! それでわたし、も。行事、参加してみたい……です!」

 

 逃げたら一つ、進めば二つ。

 

 母親からの教え。

 

 この人と仲良くなってみようと思うのは、きっといいことなのだと思えた。

 

 するとアスムはニコリと満面の笑みを浮かべ、

 

「ありがとうっ! それじゃあ、さっそくだけど我が校の伝統行事、やってみない?」

 

「は、はい……?」

 

「じゃあ、案内するよ。決闘へ!」

 

 

 

 

「わぁ……! 広いし、きれーですね」

 

「いいでしょ? 決闘委員会のラウンジ。うちで一番豪華な部屋だと思うよ」

 

 スレッタが案内されたのは、演習場を見渡せる大きな窓がついた部屋だった。半円形に並んだ椅子は革張りになっていて、座り心地はいかにも良さそう。

 

 そしてその部屋にはすでに何人かの学生がくつろいでおり。

 

「シャディクー! 決闘やりたいんだけどー!」

 

 アスムがとても気やすい調子で、長髪の男性に手を振った。

 

「まったく、相変わらず突然だな、君は。

 もちろんこちらは決闘委員会だから調整してあげるけど、けっこう手続きとか大変なんだよ?」

 

「そこは俺とお前の仲ってことで! よろしくぅ!」

 

 ビシッとサムズアップするアスムと、はいはいと手をひらひら振りながらうなずくシャディク。すると、

 

「まあ、こうなるとは思っていたから準備は進めておいたよ。

 そちらが例の水星ちゃんだね?」

 

 シャディクはちらりとスレッタを見た。

 

 そして優雅な歩き方でスレッタの前に来ると、手を差し伸べて挨拶をするのだ。

 

「シャディク・ゼネリだ、よろしく。君と同じパイロット科の三年で、決闘委員会の委員長を務めている」

 

「それに俺たちの幼馴染!」

 

「腐れ縁ってだけよ」

 

「ははっ、おかげで苦労させられているよ」

 

「よ、よろしくおねがいします!

 そ、それで、その……決闘って……?」

 

 スレッタは戸惑いながら質問する。今まで学校の参考にしてきた漫画や雑誌には、そんな物騒なワードが出てくることはなかった。

 

 するとシャディクは苦笑しながら、うなずく。その戸惑いは当然だと。

 

「うちの学園では生徒のもめごとが起こったときに、仲裁方法に決闘を使うんだ。簡単に言えばモビルスーツの模擬戦だよ」

 

「な、なるほど……」

 

「ただ、最近は本来の目的から離れて、娯楽イベントにもなってきたんだけどね。どっかの誰かさんのせいで」

 

 それは間違いなく、シャディクの後ろで得意げな顔をしているアスムのことだろう。言われた当人はといえば、

 

「企業間の代理戦争とか、堅苦しいの嫌じゃん!

 一対一だぜ? ロマンを求めよう! ロマンを!」

 

「ああいう変な奴だけど、悪く思わないでくれよ?

 いいところも多少はあるから」

 

「多少かよ!?」

 

「せいぜい1パーセントくらいね」

 

 涼しい顔ですごいこと言う人たちだなとスレッタは思った。

 

「でも、大きなことを賭けずに決闘を体験してみるのもいいっていうのには同意だね。

 それで? 水星ちゃんは誰と決闘してみたい?

 発案者のアスム相手もいいけど、初心者には向かないと思うんだよね。アスムの戦い方は、とびきりの際物だから」

 

「で、でも、私、まだ知り合いも少ないですし……」

 

「はいはい! シャディク先生!」

 

「なんだい、小学生レベルに退化したアスム・ロンド君?」

 

「俺に提案があります!」

 

 

 

 

「って、なんで俺が田舎者の相手なんか……!!」

 

『そういうなって! ホルダーのグエル相手なら、負けてもスレッタさんの経歴に傷はつかないし、お前ならいい感じに手加減もできるだろ?』

 

「第二位のてめえでも、三位のシャディクでもいいだろ! もしくはエランだ!」

 

『シャディクはスレッタさんへの説明役。エラン君はちょっと固すぎて圧倒しすぎちゃうかもしれんし。いい感じに花を持たせて勝てるのはグエルだよ』

 

 これでも、ちゃんと信頼してんだから。と、通信越しにアスムが言うと、ディランザのコクピットでグエルは鼻を鳴らした。

 

「……いいぜ。ただし、俺が勝ったら、お前に代償を払ってもらう」

 

『おっ! いいね! なにする、なにする!?』

 

「なんで嬉しそうなんだよ! ……次の決闘の時は、変なギミックはなしにしろ」

 

『ロケットパンチも? ブレストミサイルも?』

 

『そうだ。……ふざけなしの真剣勝負をしろ』

 

(ふざけてるつもりはないんだけどなぁ……)

 

 と心の中で呟きつつ、アスムは同意する。

 

『わかった。約束だ』

 

「はっ……! なら決闘成立だ。あの田舎者なんざ、すぐに倒してやる」

 

『だからお手柔らかにって言ってんだろ!?』

 

 アスムはグエルとの通信を切り、ため息を吐くと、今まさにコクピットに乗ろうとしているスレッタへと話しかけた。

 

「ということで、スレッタさんのペナルティとか気にしなくていいから。思う存分、楽しんできてよ」

 

「は、はい……!」

 

「大丈夫? 緊張してるみたいだけど」

 

「い、いきなり、一番のパイロットさんって聞いたら……」

 

「大丈夫、大丈夫♪ 一番ってことは、それだけ操縦もうまいから。この機体も壊したりしないって」

 

 アスムはそういって、エアリアルという機体を見上げる。

 

 白と青に赤のアクセント。軍事用の無骨さがなく、女性的なフォルムで神々しささえ感じる。

 

(ロマンだ……)

 

 目を閉じて、しばし空想の中を泳ぐ。このエアリアルには主役を張れるポテンシャルがあると感じた。次クールの新機体案として、提案するのもいいかもしれない。

 

「あ、あのぉ……? アスムさん?」

 

「あぁ、ごめん。ちょっとロマンに浸ってた。それでなんだい? スレッタさん」

 

「……そ、その、私とエアリアル、勝っても、いいんですよね?」

 

「もちろん! 無理に負けろとか、八百長しろとか言わないよ! 転校生が勝利するなんてロマンだし! むしろそっちのほうが俺は嬉しい!」

 

 だが、

 

「でもちょっと意外だね。スレッタさんが、そういうこと言うなんて」

 

 するとスレッタは少し頬を染め、俯きながら言うのだ。

 

「逃げたら一つ、進めば二つ手に入るって、お母さんから教わったんです。だから、負けるつもりで戦うよりも、勝つつもりで戦ったら、きっとたくさん手に入るって、思ったから」

 

「そっか……」

 

 アスムはそれを聞くと、満面の笑顔ではなく、ふと微笑むような表情を見せる。

 

「だったら君の力、見せてきな!」

 

「は、はい……!!」

 

 

 

 

「スレッタだっけ? あの子、度胸あるわね」

 

「おや? ミオリネもあの子のこと、気になるのかい?」

 

「別に、純粋すぎて苦労しそうねってだけよ。今日が終わればもう会うこともないでしょうけど」

 

「いやぁ、まさかまさかグエルを倒して、ホルダーになっちゃったり?」

 

「その時はミオリネに花嫁ができちゃうわけだね」

 

「バカとバカとバカが三つ巴で争ってるよりマシよねー。女の子のほうが華があるもの。

 ま、誰がトップになったところで、最後は私が独裁してやるけど」

 

「うわぁ、この子、野心バリバリでロマンあるわー。

 あ、でも、うちの会社はみんなロマン心ある社員ばかりなので。みんな俺の類友なので覚悟しておいて」

 

「シャディク、アンタ絶対にこいつは潰しときなさい。女帝になる前に、過労死させられるわ」

 

「ははは、了解。あ、俺は辞退する気ないから。それは理解してくれよ?」

 

「…………知ってるわよ」

 

「おっ!! 始まる!!」

 

 

 

 ラウンジで見つめる三人の前で、決闘が始まる。

 

 片や、現役ナンバーワンのパイロット、グエル・ジェターク。

 

 そして対するは水星からやってきた転入生、スレッタ・マーキュリー。

 

 それはどう考えても、思い出作りやウェルカムパーティーの一環であり、なんの波乱もなくグエルの勝利で終わるはずのイベント。

 

 スレッタはすこし奮闘して、だけれどもグエルが勝利して、それで学園の一員として受け入れられるというシナリオは……

 

 

 

 脆くも崩れ去る。

 

 

 

『なんなんだ、その機体は……!』

 

 

 

『なんなんだ、お前は……!!』

 

 

 

 縦横無尽に飛び回るガンビット、それは機械仕掛けとは思えない、意思のあるような動きでグエルのディランザに迫り、四方八方からビームを浴びせて文字通りのダルマに機体を変えてしまう。

 

 開始一分にも満たない、瞬殺。

 

『えっと……勝てちゃいましたけど? いいん、ですよね?』

 

 この瞬間、ホルダーの座は謎の転入生の手にわたり……、

 

 

 

「……まずいな、フロント管理社だ」

 

「ちょっと、あのバカは!?」

 

 

 

 響くアラート、降り立つ管理社の武装MS。それらは棒立ちとなったエアリアルとスレッタへと迫り、

 

『ガンダムを使用した嫌疑で、君の身柄とそのモビルスーツを拘束する!!』

 

「ま、待ってください! が、ガンダムってなんのことですか!?」

 

『早く投降しなさい! さもなくば……!』

 

 しかしその銃口がエアリアルたちに向くことはなかった。

 

 中空から一線、ビームライフルの光が舞い降り、管理社のMSは、手にした銃を破壊されたからだ。

 

「……え?」

 

 茫然とスレッタが見上げた先には、

 

「あの、モビルスーツは……?」

 

 

 

『おい……、いまは決闘の最中だろうが……』

 

 

 

 それは誰もが夢見るような、ロマンにあふれたロボット……のはずだった。

 

 だが、アラートの赤色光が暗闇に点滅する中、照らされたそれはあまりにも凶悪で、乗っている者の敵意を反映するようで……

 

 大人たちが乗るMSが動揺に震える中、怒りに満ちた声が響き渡る。

 

 

 

『大人がロマンの、青春の……、邪魔するんじゃねえよ……!』




平和な学園生活です。平和です。


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02. 麒麟児

「ロングロンド・ホールディングスCEO、アスム・ロンド。

 貴方はプラント管理社の正当な業務に対し、モビルスーツを用いた介入、および恫喝行為を行った容疑がかけられています。……なにか反論はありますか?」

 

「行為自体は認めます。確かに私はMSを用いて介入しました。

 しかしながら、件のプラント管理社が行った業務内容について、私は正当性を欠いていたと判断し、学園のスポンサーの一人として、一学生の身の安全を守るべく介入しただけです」

 

「ほう……? ガンダムを開発、所持の禁止は評議会によって定められています。そのガンダムを操縦する学生が現れたのだから、身柄を確保する。その行為に正当性がないと?」

 

「一つ、エアリアルという機体がガンダムであるというのは状況証拠でしかありません。今現在、シン・セー開発公社代表が審問の準備をしており、その結果を待つしかないでしょう。

 もう一つ、スレッタ・マーキュリーはコクピットから外部に出ている状況であり、戦闘、あるいは逃亡の恐れはありませんでした。その無防備な少女へ向けて、銃口を向けるというのはいささか以上に過剰と考えます」

 

「……なるほど。貴方の主張は理解しました。ですが、その主張が通るかどうかは理事会での審議次第と思ってください。あのガンダム……いえ、貴方にとっては仮称ガンダムが、正式にガンダムと認められた時には、あなたにも相応の類が及ぶことになるでしょう」

 

「だとしても、私は自分の行動に一点の後悔もありませんよ」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「しゃ、しゃちょうさん!?」

 

「驚いたかい? あれでもアイツ、学生社長なんだよ。親から大きい遺産を引き継いでね」

 

 アスティカシア学園の一室で、スレッタとシャディクが会話をしていた。その傍にはミオリネもたっており、壁に背中を預けて不機嫌そうに腕組みをしている。

 

 驚き目を見開いていたスレッタだが、その身は拘束されていない。

 

 その代わりに、エアリアルはスレッタからは隔離され、スレッタ自身も保護者であるプロスペラ・マーキュリーによる弁論の後、立会人付きで事情聴取をうけることが決まっている。

 

 まずはそのことが喜ばしいとばかりに、シャディクは微笑んだ。

 

「さすがに、キミを牢屋に放り込むというのは、気が引けるからね。アイツもコネを使って根回ししたんだろうし、感謝しておきなよ?」

 

「は、はい……! ……しゃちょう、さん」

 

「ふふ、思ってるんだろう? 社長っぽくないなーとか」

 

「……っ!? そ、そんなこと、ないですっ!」

 

 あからさまに動揺する様子を見て、シャディクは朗らかにうなずく。

 

 確かに社長という言葉には固い印象がつきものだ。社員を背負い、会社を支える。ビジネスマンみたいにスーツをびしりと決めるのが一般的なイメージだろう。

 

「アイツは社長らしくない。ただ、社長には何よりも大事な資質がある。そして、アイツはそれを持っている」

 

「資質……ですか?」

 

「そう。なんだと思う?」

 

「…………わかり、ません」

 

「それはね……夢を見る才能だよ。そして、それを道しるべにできることだ」

 

 会社のトップに立つのに、複雑な金勘定や実務能力の高さは必要ない。それは他の社員に任せればいいだけのこと。それより何よりも社長に必要な資質とは、明確なビジョンの元に手助けしてくれる社員を集め、それらを一つの方向へと導けることだ。

 

 そこで、今まで静観していたミオリネが口を開く。

 

「アンタも聞いたことない? 機工戦士ヴィクトリオンってアニメ」

 

「あっ! し、知ってます! 水星でも、ときどき、古いデータで流れてきて……!」

 

「そっ、もう初代が放映されて7年目。だいぶ長寿シリーズだけど、アイツ、あの番組の生みの親よ」

 

「えぇっ!?」

 

「しかも十歳の時に。まあ、今も精神年齢は変わってないみたいだけど」

 

「ベネリットグループは軍事企業だ。必然的にモビルスーツをはじめとした重工業をメインにしている企業が多い。だがアイツは、そこにコンテンツビジネスという新たな収益先を生み出したんだ」

 

 

 

「ロボットはロマンだ! ……ってね」

 

 

 

 自分の機体も、番組に似せて作るとは思わなかったけれどね、とシャディクは苦笑する。

 

 忌み嫌われやすい戦闘用モビルスーツ製作は、戦争屋、死の商人として企業イメージを損ねることにつながりやすい。そしてイメージが悪化すれば、よりクリーンな企業がつけ入る隙が生まれる。

 

 そのイメージ改善に一役買ったのがロングロンド社とその若きCEOが参入したコンテンツビジネスだった。自社で製作したロボットを主演にしたアニメを制作し、かっこよく、美しく演出し、子供から大人まで虜にさせたのだ。

 

「一種の洗脳みたいなもんよ。結局は兵器だってのに、かっこいいだの、美しいだの。幻想を見せて、ごまかしているだけ」

 

「だが、それでもその影響は大きかった。事実としてベネリットグループの中でロングロンドの規模自体は中の上くらいだけど、影響力は無視できない」

 

 下手にもめごとを起こすと、自社製品が悪役扱いでお茶の間にお届けされる。それだけでイメージ悪化で株が売られるとなれば、面倒なことこの上ない。

 

「だから、とは言い切れないけれど。少なくとも君の身柄については、保証できると思うよ」

 

「じゃ、じゃあ、エアリアルも……!」

 

「それは保証できない」

 

「っ、で、でも……」

 

 納得がいかないと全身で表現するスレッタ。ミオリネはその態度に歯がゆいものを感じる。というより、なにか不自然なものを感じ取る。

 

 あのグエルとの戦闘で見せた、エアリアルというモビルスーツの性能は本物だ。圧倒的であり、違法技術であるGUND-ARMを用いていたといわれたほうが納得できる。

 

 だが、この自分の許嫁になった少女はどうだろう。

 

 まったく世間慣れしておらず、特別な訓練も受けていない。違法なモビルスーツを駆る魔女というには、純朴すぎる。

 

(なんかきな臭い……ていうか、私も巻き込まれるのかしらね)

 

 ただの田舎から来た転入生ならば、縁が続くことはない。

 

 だが、あれだけの実力を持ち、名義上の許嫁になってしまった以上、自分とこの少女の運命には確かな接点ができてしまった。

 

 そして、

 

(ほら来た)

 

 ミオリネの学生手帳にメッセージが届く。

 

「……デリング総裁からかい?」

 

「そっ! あのダブスタ糞親父、ホルダーも許嫁もなかったことにして、戻ってこいだとさ」

 

「……それはまた性急すぎるね」

 

「あのエアリアルが出てきた途端すぐよ。……冗談じゃないわ。まだ私は、アイツを潰す準備もできてない」

 

(だけど、逆に考えれば……)

 

 エアリアルとスレッタ。この二つの要素が、総裁をして学園から娘を回収する原因になるということ。今のままでは十中八九、ガンダムに認定されて廃棄処分、ミオリネは自由を失うだけだ。

 

 少女の言葉を借りるなら、進めば二つ。

 

 となれば、ミオリネが選ぶ道も。

 

「……決めた! スレッタ!!」

 

「は、はい……!」

 

「私、アンタにベットするから! エアリアルは破棄させないわよ!!」

 

「えっ!? ど、どういう……」

 

 ミオリネは困惑したままのスレッタへと宣言する。

 

 一方でその様子を見ていたシャディクは、顔をしかめる。

 

「本気かい? GUND-ARMだ。血塗られた魔女の技術だよ。その判断を撤回させるというのか?」

 

「制度に喧嘩売るわけじゃないわ。ガンダムって呪われた死を呼ぶモビルスーツでしょ? でもスレッタはぴんぴんしてる。だからアイツらの主張には納得できない。……それに、このままアイツの飼い猫に戻るのなんてゴメンよ」

 

「……わかった。ただ俺は立場上、大っぴらに味方することはできない。うちの父は大のガンダム嫌いだからね。もしもの時の準備はするけれど……悪くは思わないでくれよ」

 

 シャディクがほうとため息をつきつつ、視線を落とす。だが、ミオリネはその様子を鼻で笑うと言うのだ。

 

「なに? いつか言ったみたいに地球に駆け落ちでもしてくれるの?」

 

「それはその時のお楽しみということで」

 

「なにそれ」

 

「……えーっと、よくわからないですけど。よろしく、おねがいします?」

 

「味方してあげるんだから、しゃきっとする!」

 

「は、はいっ!!!!」

 

 

 

 一方、そのころ。

 

 ベネリットグループ本社フロントでは、疲れ切った様子でアスム・ロンドが管を巻いていた。

 

「あー、めんどくせー、ロマンがねえ。ロマンはどこだ……ロマン、ロマン……」

 

 それは地獄の底から怨嗟を叫ぶ亡者のようで。

 

 通りがかった人々は、その負のオーラに当てられまいと、目を背けて足早に駆けていく。このままではだれにも救われず、廊下に鎮座する呪物と化すかと思われたが。

 

「社長、こちらをどうぞ」

 

 呆れたような少女の声。

 

 ギギギとアスムが首の関節を捻じ曲げて無理に頭を上げると、そこにはアスティカシアの学生服を着た少女が立っていた。滑らかな金の長髪に、理知的に整った顔。

 

 その少女が手に持った小さな紙を見た途端、仄暗い闇へと続いていたアスムの眼窟に光が灯る。

 

「うぉおおおおお!!!! エ〇ァ初号機の限定サイン付き原画!!」

 

「社長が尋問されたと聞きまして、ロマン補給用に持ってきましたよ」

 

「すんすんっ! はぁー、この保護シートの上からも漂うほのかなレトロの香り……、これであと百年は戦える。さすがはマリー、素晴らしい仕事だよ」

 

「秘書ですから、当然の仕事です」

 

 と、そこでマリーと呼ばれた少女は声を潜めて。

 

「……情勢はよろしくないようですね」

 

「うーん、そうだね。上のほうは満場一致でガンダム判定を下すみたいだし。こちらは当事者だからろくな反証用のデータはもらえないし。希望があるとすれば、スレッタさんの母親がどんな弁護をするかだな」

 

 あれだけあからさまにガンダムですって顔で乗り込んできて、何もなしっていうのはないよなーとアスムは考える。本人は陰謀論も暗闘も好きじゃないが、嗅覚自体はある。何かがあるというきな臭さ。それがあるからこそ、会社を守ってくることもできた。

 

「あえて申し上げますが、スレッタさんを切り捨てるという選択もありますよ?」

 

「それはないよ」

 

「なぜ?」

 

「俺がやりたいこと、わかってるでしょ? アスティカシア学園を卒業するときに、悔いなんて残したくない。俺は俺の友達と、最高の思い出を作って終わりたい」

 

「……その悔いに、スレッタさんがなるというのなら仕方ないですね」

 

「そうそう♪ でもさ、こういうのロマンあると思わない? それに不思議なんだけど、不利な方に肩入れするとさ、そっちの方が勝率高いの」

 

「アニメ限定の話ですが」

 

「それを現実にできれば楽しいじゃん」

 

 夢見る子供のように、大人の世界に入ってしまったはずの青年が笑う。

 

 それは一見して奇妙な、そしてはかない姿。

 

 だけれども、秘書を務める少女も、彼を支える大人たちも、そんな彼の夢見る世界を目指して会社という共同体をつくっている。

 

「それでは、社長。まずはどのように?」

 

「いざって時のスレッタさん受け入れ態勢をお願い。あとは……たぶんミオリネがそろそろ来そうな気がするんだよな。アイツああ見えてめちゃくちゃ面倒見いいから。だからアイツがすんなり議場に行けるように、案内してあげて」

 

「幼馴染のこと、よくわかっていらっしゃる」

 

「そりゃ個人資産、全ベットした仲だし♪」

 

 一歩踏み出せば、そこは血みどろで魑魅魍魎が渦巻く魔窟。だというのに、少年はどこまでも夢を見るように笑って見せた。

 

「楽しみだね、これからどうなるか!」



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03.「花嫁」とロマン

 かつてのミオリネ・レンブランにとって、世界とは大多数の敵とその他の傍観者だけを区別すればいいシンプルな構造だった。

 

 たった一人の肉親でありながら人生を束縛してくる強権的な父親。その父親のいいなりとなって束縛してくる大人たち。権力と無駄な知能だけはあるくせに、小娘の隙を見つけては取り入ろうと、あるいは骨の髄までむしゃぶろうとする俗物たち。

 

 それは同世代であっても同じだ。ミオリネの立場を知ろうものなら、遠ざかるばかりか、敵意ややっかみを向けてくる者ばかり。

 

 幼いころからベネリットグループという世界の権力闘争というものを呆れ果てるほどに見てきたミオリネ。

 

 だから今でも、よほどの人畜無害でないかぎり、ミオリネは出会ったばかりの人間は自動的に敵認定することに決めている。後々、それが有益な人間であったならばガードを下げればいいだけで、下手に裏切られたりするよりは被害が少ないからだ。

 

 だが、そんな彼女をして"幼馴染"というらしくない親しい名称で呼ぶ数少ない者たちがいる。その一人の"あの男"について、ミオリネはどう思っているのか。

 

 アスティカシアのお祭り男。ロマンだけで生きていける怪人。あるいは子供社長。

 

 世間で、学園で、彼を呼ぶ名前は数多あれども、ミオリネが抱くのはとてもシンプルな感想だ。

 

 

 

『バカ』

 

 

 

 ただ、それだけである。

 

 幼馴染ゆえの照れ隠しでも、ほのかな好意が混じっているわけでもなく、心の底からバカだと思っている。

 

 彼女を取り巻く男たちは大なり小なりバカだと思っているが、考えなしのバカよりも、考えすぎるバカよりも、真正のバカはひと際タチが悪い。

 

 それはミオリネにとって、悪口でもなんでもない事実である。

 

 自身の入学初日にモビルスーツで乗り込んではダイナミック着地をかましたり、ミオリネの入学初日にモビルスーツ総動員で歓迎の横断幕を張ってみせたりと、どこの世界の子供でもやらないだろう奇行ばかり。

 

 その原動力の古臭いロマンとやらも理解できない上に、騒がしく、距離もやたらと近いと来たものだ。既に慣れきってしまったからあえて言わないだけで、一目見ただけで百や二百は苦言が出てくる。水と油でもまだ親和性があるだろう。

 

 では、なぜそんなバカとの付き合いが続いているのかといえば、友情とは程遠い利害関係で始まり、その後はトマトにくっついてくる虫のようにしつこい腐れ縁というだけ。

 

 しかも、ただの虫であればいいが、七色に光る電飾を体中に括り付けた虫。

 

 最初の結んだ縁がこんなに強固でなければ、とうに殺虫剤を振りかけて始末している。

 

 だから、

 

「だから、アンタの助けなんていらないし、借りないわよ。私は私の好きなようにやるだけ」

 

「元からそのつもりだよ。俺は女帝様のお通りだから見送りに来ただけ。なんとか事態を好転してくれないかなーって期待を込めて」

 

「ふん。そんなさも余裕だって顔しておいて、どうせアンタは追い出されただけでしょ? とっくに審問は始まってる時間だしね」

 

「……いや、惜しかったんだって。あの守衛と会ったことがなければ、しれっと変装してもぐりこめたのに」

 

「アンタに認証システムって基本的な仕組みを教えてやりたいわよ。それを理解する脳髄は空でしょうけど」

 

 ミオリネは氷点下の侮蔑を告げ、恵まれた長躯で過剰にポーズをとって台無しにしているバカの横を通り過ぎる。

 

 エアリアルへの審問が行われる本社フロントに乗り込んで、その道すがらに待ち構えていると思えば、特に有益な情報も武器もよこすことなく追い出されただけと来たものだ。

 

 つくづくバカはどこまでいってもバカであり、波風を立てるだけ立てて、一つも収束させることなどできないバカなのだと思い知る。ミオリネ自身の人生がかかってなければ、率先してバカの処分を重くするよう工作していただろう。

 

「せいぜい、このミオリネ・レンブランを崇拝して、神頼みでもしてなさい。私の都合ついでに、アンタの間抜けな頭、もう少しつなげておいてあげるから」

 

 本当にバカはバカで、何年たっても直らない。

 

 だが、そんなバカのことを考えながら、ミオリネはふと口元に笑みを浮かべた。

 

(でも一つだけ、バカから学んだこともあるわね)

 

 彼と出会うまで、ミオリネはまだ世界を甘く見ていた。

 

 というよりも期待を捨てきれないでいた。この世界にはどこかに楽園があるのだとか、自分が不満を示していれば、周りが変わってくれるとか、そんな甘い希望にすがっていた。

 

 だが、いくら辛辣にしても、物理的に叩き潰しても不死鳥のように立ち上がってはミオリネにまとわりつく妖怪を見続けて、ミオリネは呆れとともに悟ったのだ。

 

 世の中にはどうしようもないものがいるのだと。

 

(バカに付ける薬はないって、先人は偉大な言葉を残したわね)

 

 ロマン男も、父親も、会社も、世界も。自分で変化する能を持たないどうしようもないもの。だったら期待して待つなんて、無駄でしかない。

 

 どうしようもないのなら、変な希望なんて捨て去って、

 

「立ち向かうしかないのよ」

 

 周りが変わらないなら、自分で変えてやる。たとえ今は枷でしかなくとも、何もかもを利用して自由になってやる。

 

 父親の権力も、ベネリットのブランドも、そしてロマン男のうっとうしい友情も。裏を返せばミオリネの道具であり、武器なのだから。

 

 それに気づいたとき、ミオリネはとてもすがすがしい気持ちになった。

 

 バカはその時も隣でアニメの主題歌を歌いながら踊り狂っていたが、そんな姿に一瞬感謝をしてしまったほどだ。

 

(性に合ってるのよ。私は振り回される側じゃなくて振り回す側なの)

 

 生粋の反骨精神、プライドの塊、女帝の資質。

 

(ここは、私の舞台だ)

 

 ミオリネが望むのは、自分を中心とした世界だ。

 

 

 

「待ちなさい、デリング・レンブラン」

 

 

 

 評議会の議場。

 

 エアリアルの魔女裁判。

 

 ベネリットグループという世界の中心地。

 

 そこへ静かに表れたミオリネは、一言で喧騒を黙らせると、議場のど真ん中を悠然と縦断しながら、檀上にいる父親へと視線を送った。

 

「王様気取りで論も利もない結論を下すなんて、この私が認めないわ」

 

「認めない? 地位も力も持たないお前が、なんのつもりだ?」

 

「聞きたいなら教えてあげる。未来の女王様よ」

 

 凛とした迷いもない声。

 

 ミオリネは下から、デリングは上から。二つのよく似た冷たい視線はぶつかり合い、それを周囲で見守る大人たちはすぅと波が引いたように押し黙る。

 

 ミオリネは静かな高揚と、一歩でも踏み間違えれば破滅へと向かうスリルに肌を震わせる。自分がいるべきはこの舞台なのだと全身が訴える。

 

 そうしながらも、ミオリネの持って生まれた才気は、瞬く間に望む結末への筋道を描いていくのだ。

 

 評議会とエアリアルの開発者、プロスペラ・マーキュリー間での議論は平行線になっている。

 

 エアリアルがGUNDフォーマットを使用しているという数値上の証拠もなく、だとしても新型ドローン技術だという説明に信憑性の欠片もない。

 

 だから独裁者はガンダムであると裁断を下し、周りの臣下にも服従を強いろうとしている。

 

 だが、「それはあの糞親父だけの思惑だ」とミオリネは理解していた。

 

 周囲の臣下には、エアリアルの破棄を望まない者が多くいる。

 

(エアリアルには利用価値がある。それをここにいる誰もが知っている。倫理だなんだと言いながら、心の底から順守しようなんて聖人はいないでしょう?

 アンタたちは全員、呪われた兵器産業を糧にしているんだから。喉から手が出るほどにエアリアルの技術は欲しいのよね?)

 

 ならばこそ、ひとたび目に見えるエサを、エアリアル破棄を回避できる正当な道筋さえ用意してしまえば、こちらのものだ。あとは雪崩のように賛同者が増える。

 

 そこに自分の利益、家族間の問題であるはずの婚約や退学まで混ぜ込むことも忘れはしない。ベットは大きく、リスクを取るなら利益は最大に。

 

「議論で決着がつかないというのなら、あなたの定めたルールの下で白黒をつけましょう? それがあなたたち大人のやり方なんだから」

 

 そうしてミオリネは世界の中心で宣言するのだ。

 

 

「さあ、決闘の時間よ」



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04. 第一次エアリアル改造計画

ようやくやりたいことに慣れてきました。


「決闘じゃあああああああ!!!!!!」

 

 アスティカシアの青い空へ、バカの叫びが響き、

 

「うっさいバカ!!」

 

 それよりはるかに大きい打撃音がその後に続いた。

 

「ほんっとに理解できないわ。負ければエアリアルは廃棄、私は退学、アンタもガンダムをかばった罪で進退問題よ? なのになんで、そんなに嬉しそうなんだか……」

 

「絶体絶命のピンチ。大人たちの理不尽な要求。それを止めるために乙女は一人、父親へと盾突き、そして運命は一人の少女とMSに託された……」

 

「なにそれ」

 

「きっとその前には幾重もの試練が待ち受けるだろう、純朴な少女には想像もできないほどの悪辣な手を、敵は差し向けてくるだろう……」

 

「だからなにそれ」

 

「しかし、これは少女たちの物語。誰かが選んだイメージでも、ステージでもない。少女がその手でつかんでいくストーリー。だからこそ……」

 

 

 

「ロマンだぁあああああああ!!!!」

 

 

 

「ふんっ!!!!!!!!」

 

 

 

 そして今度こそ、とある妖怪は断末魔とともにアスティカシアの硬い大地へ沈んだ。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 

 

 

 

 完

 

 

 

「完じゃねえよ!!」

 

 数分後、大きなこぶをこしらえたバカが蘇り、虚空へと謎の怒声を放つ。それに対して、ざっと2メートルは離れたミオリネは、生物に向けるものとは思えない視線を向けながら言う。

 

「とうとう幻覚まで……って、どうせアンタは元から見えていたわね。安心しなさい、病院への片道切符は用意してあげるから」

 

「はっはっはっ! 病院の一つや二つ! 脱出できない俺じゃねえ! 軟禁からの脱出なんてとうに経験済みだからなぁ!!」

 

「…………やばっ。こいつから離れられるなら退学もマシかもって思い始めてきたわ」

 

 本社フロントから戻った二人はスレッタが待つ学園内の整備室へと向かう途中であった。ミオリネが自身とエアリアルを賭けた決闘を提案し、それが了承されたためにエアリアルは一足先にスレッタの元へと送り返されている。

 

 相手は因縁のグエル・ジェタークであり、そのバックにいるジェターク社。

 

 ただし、すぐに決闘というわけにはいかない。今回は実質、ベネリットグループ対ミオリネの抗争であり、エアリアルはその敵の手に置かれていたのだから。

 

「ちゃんと整備して、小細工されていないか確かめないとね」

 

「相手はあのヴィムパパだもんなー。隙があったら絶対やるぜ、あの人は絶対」

 

「まあ、そうでしょうね。私だってやるもの。

 問題は、整備を任せる資金も人脈も私にはあるけれど、そこに糞親父やジェターク社の息がかかった連中が紛れ込むことも可能だってこと。そしてもっと問題なのは、それを回避するためには……」

 

 そこでミオリネは2メートル先から期待のまなざしを向けてくるバカをちらりと見て、地獄の底から漏れ出たようなため息を吐きながら言う。

 

「…………どっかのバカの子飼いを当てにしないといけないってこと」

 

「お前ら!! 女王様からお許しが出たぞぉ!!!!」

 

 

 

「「「「うぉおおおおおおおおおお!!!!」」」」

 

 

 

「だからどこから出てきたのよ、アンタたちは!?」

 

 ミオリネはいきなり周囲に現れて雄たけびを上げた作業着姿の男たちを見て『ほんとに退学のほうがマシかも』と思い始めた。

 

 

 

 そして、とうとうその時がやってくる。

 

「……これより第一回、エアリアル改造計画を始める」

 

「あ、あの、これって、いったい……?」

 

「バカのやることをイチイチ真に受けたらダメよ。バカだから」

 

 暗い室内に一筋のスポットライト。

 

 だだっ広い空間に置かれた革張りの椅子へと、真上からスポットライトが当てられ、そこに座って腕組みしている整備服姿のバカを照らす。

 

 一方で決闘の当事者であり、件のエアリアルの所有者であるスレッタはといえば、ミオリネとともに整備室の壁際に立ちながら、この異様な雰囲気をおっかなびっくり伺うしかない。そしてミオリネはといえば、そのびくびくしているスレッタに謎の癒しを感じたのか、ロマンの汚染から逃れるようにスレッタのリアクションを楽しんでいた。

 

「……両者、前へ」

 

「「応っ!!」

 

 バカの呼び声に応じて立ち上がる二つの人影。片方は筋骨隆々の大男であり、わざわざ作業服の袖を肩から引きちぎり、その筋肉美をアピールする。バカの信頼する整備第一班『スサノオ組』の班長。

 

 そして相対するは長身に白衣を翻し、がっちりとワックスで髪をオールバックに固めた見るからにインテリという男。こちらもまたバカの信頼する整備第二班『マスラオ組』の班長だ。

 

 そんな二人を前にバカは両手を広げて。

 

「ロマンはすべてに優先する……。vivere est militare……、さあ己の望みを告げよ」

 

 そう、これは己の魂を賭けた戦い。どちらがエアリアルの整備を任されるかを決定するプレゼンだ。

 

 そして自分たちの欲望、パッション、性癖をすべてさらけ出して争う、男たちの見苦しくも真剣な戦いでもある。

 

 『あの美しきモビルスーツをどうやって強くするか』。

 

 その至上の議題へと、二つの陣営が出した答えはといえば……、

 

「先手つかまつる……」

 

 一歩歩み出たのは、スサノオ組の筋肉。

 

 彼はハンガーにて(彼の主観で)今か今かと改造の時を待つエアリアルを見て、ほうと息を吐く。

 

(美しい……)

 

 MS開発を生業として、30年。あらゆる勢力を腕一本で渡り歩き、ザウォートやディランザといった傑作機の開発にも携わってきた。そんな彼からしても、エアリアルという機体は美しく、洗練されている。

 

 兵器として生まれたのか疑問に思うほど、滑らかで曲線的なボディ。見る角度によっては感情があるかのように細かく作りこまれた頭部。武装も分離独立し、スラスターにもシールドにもなるガンビットなる兵装を除けば、ビームサーベルとライフルというシンプルなもの。

 

 かの有名な女神像を思わせる芸術的な姿を目の当たりにして、彼の心の中に一つの欲望が生まれた。そしてそれに賛同してくれる漢たちが、彼の部下として集っている。

 

「我らが提案するのは……」

 

 

 

「フルアーマーだ……」

 

 

 

 ざわざわと、対するマスラオ組から困惑が波のように広がっていく。『バカな早すぎる……!』『まだ三話だぞ!?』、現実どころか別次元に視神経が接続されたと思しき声で格納庫中が埋め尽くされそうになり……

 

「ええい! 静まれ!!」

 

 スサノオ組班長の、いや、親方の一括で静寂へと戻った。

 

 そんな様子をロマンに取りつかれた妖怪は、静かに見守り続けている。

 

「我らが提案するのはフルアーマー。このエアリアルの各部を複合装甲で埋め尽くし、防御力を一段階底あげる。特に今回は決闘ルール。頭部装甲は頑強に固まる」

 

 攻撃を防ぐか、回避するか。それは世論を分かつ大きな議題であり、ディランザは前者を、ザウォートは後者を選んでいる。そしてエアリアルが採用しているのはどう見ても後者、「当たらなければどうということはない」という通称コメット理論だ。

 

 そして、機動兵器であるモビルスーツにおいて、防御を上げることは持ち味を殺すことにもなる。戦わなければ生き残れないのだから。

 

「だが、考えてほしい。エアリアルの主兵装はドローン、もといビットだ。先のディランザダルマ事件と同じく、棒立ちでも相手に勝利することができる」

 

 何度砲撃を食らわせても、仁王立ちになったまま、ビットで縦横無尽に攻撃してくる様を誰もが想像し、その理不尽なあり方に血の気を引く。

 

「さらには、本体にも両肩に大口径ビームカノン、腕部にビームマシンガン、胸には新型の二連追尾ミサイルを装備させる。脚部に新型キャタピラローラーを取り付けることも忘れはしない。いざというときは引き撃ちで相手との距離を離すことも可能だ」

 

 全身をハリネズミにしたうえで、回避手段まで講じる隙のない構成。だが、それだけであろうか? 機体の特性に合わせた装備と改善案の提案は"普通"。ゴテゴテの武装特盛まで至って、初めてロマン。

 

 長年ロボット製作に明け暮れてきた漢が、ただそれだけで終わるわけがない。

 

 そう、親方がこの提案をしたのには真の理由がある。その理由とは、

 

「このエアリアルは……乙女だ」

 

 美しき、少女のごとき兵器。

 

「ならばこそ……! その素肌は守られねばならない!!!!」

 

「可憐なる白き肌に、傷をつけていいのか? それが漢である我らの提案するものか? いいや、違う。美しきものは守られるべきなのだ」

 

 そして、

 

「泥臭さを愛するロマン教徒の一人として、諸君らにはある想像をしてほしい……」

 

 親方が目をつぶり、合わせてその場の全員が目を閉じる。今は敵であろうともロマンを愛する同士、心のインナースペースで会話をできるくらいに、通じ合っているのだから。

 

「相手のジェターク製MSは強力だ。重装甲に高出力。いかにフルアーマーとはいえ、耐えきれぬこともあるだろう……。そして、その時がやってくる」

 

 荒野の戦場で膝をつくエアリアル。その鎧のごとき追加装甲にはヒビが入り、美しき顔にも泥が跳ねている。

 

 しかし、搭乗者も、そして機体もあきらめてはいない。

 

 けがれなき乙女でありながら、それは戦乙女。

 

 戦いを途中で投げ出すことはないのだ。

 

 ゆっくりと軋みを上げながら立つエアリアル。前傾した体から、限界を迎えた装甲たちが剥がれ落ちていく。その奥から見えるのは、真っ白な傷のない白い肌。鎧は身を守るという役割を確かに果たしていたのだ。

 

 そして今、殻を脱ぐように、無垢なMSは真の姿を取り戻す。

 

 そう、

 

「アーマーぁああああ!! パぁジぃいいいいいいいい!!!!!!」

 

「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」

 

 瞬間、妄想を共有した者どもが雄たけびを上げる。

 

 対立していた二つの組は中心で拳を天に突き上げた親方を取り囲み「親方!」「棟梁!」「強者よ!」「癖がつええ!」ともみ合いへし合いながら称賛しあう。

 

 そしてまた、一人

 

「なんでアンタが泣いてるのよ!?」

 

「うぇええっ!!! えぁりあるぅ~~!!!!」

 

 スレッタはボロボロになったエアリアルを想像してしまったのか、ボロボロと子供のように泣きながらミオリネに縋り付いて泣いていた。

 

 そんな光景を一筋の涙を流しながら、ロマンに魅せられた妖怪は見つめていた。

 

 狂乱と熱気はいつまでも続き、このまま親方の案が正式採用されるのだろうと皆が思ったその時。

 

 

 

「待ちたまえ」

 

 

 

 静かな声が、熱気を制す。

 

 それはマスラオ組の班長、白衣のオールバック、通称"主任"だ。

 

 主任はコツコツと革靴の音を鳴らしながら、中央へと歩みより、親方の相貌を見つめる。

 

「フルアーマーを伏線とした、アーマーパージの提案とは……見事。この私ですら感涙を抑えきれないほどのロマンを感じた。しかし、」

 

 そこで主任は、手にしていた涙で変色したハンカチを遠くへと放り捨てながら、一枚の企画書を突き出す。

 

「我らマスラオ組の提案は、それを凌駕すると自負している! 皆、自信を取り戻せ! 己のロマンを取り戻せ!

 我らが提案する至高のロマン!! それは……!!」

 

 

 

「エンジェル、ウィング……」

 

 

 

 主任はささやくようにつぶやいた。

 

 かすかな声、しかし、誰もがその声を聞き逃すことはしない。その、陶然とした音色に、マスラオ組の男たちは後光を感じ、自然と斜め45度へと顔を上げた。

 

 しかしながらスサノオ組は納得しない。彼らはフルアーマー理論を絶対の提案だと自負している。「ツバサ、だとぉ!?」「それは安直と呼ばれるものだ!」「機能性だけのロマンなど認めん!」などなど、またも騒乱が始まろうとして、

 

「待て!」

 

「親方! しかし!」

 

「確かに、翼をつけるという提案はストレートすぎるとも言っていい。だが、こやつもまたロマン教徒。ただ翼を生やすなどという真似をするわけがない」

 

 すると主任は、ライバルをも擁護しようとする親方を見て、ふと柔らかな笑みを浮かべる。

 

 主任は元々ロボットを理論面から研究する技術者であった。頭の中に浮かぶロマンを、ディスプレイと白紙の上に描きながら、具現化し、自分の理想を0から作り上げてきた。

 

 半面、現場一筋の親方とは、それはそれは揉めたもの。かつては現実と理想をうまく擦り合わせることができずに苦悩した日々も送った。しかし、それを乗り越え、対立するチームでありながら同じく班長という立場になれたのは目の前の無骨な戦友ゆえだと思っていた。

 

「さすがは親方、いや師匠……。第一班を任せられるだけのことはある」

 

 そして、主任はそんな己の先人をまっすぐ見つめながら、

 

 

 

「私が提案するのはただの翼ではない、天使の翼だ!!」

 

 

 

 叫び、指を鳴らす。

 

 するとエアリアルに光が当たり、その背に白い三対の翼が現れたではないか。それは短時間で用意されたとは思えない、精巧なプロジェクションマッピング。この議論が始まる前から、エアリアルがアスティカシアに降り立った時から、考えていた腹案に違いない。

 

「光の翼、機械の翼、ロボットに似合う翼は数あれど、今このエアリアルという機体に似合うのは、有機的な、そして複雑な天使の翼であると私は提案する」

 

「ふむ、続けろ」

 

「親方、貴方の考えは正しい。このエアリアルは乙女だ。我らは同じロマンの土俵に立っている」

 

 しかし、

 

「貴方はその柔肌を覆い隠すことで守ろうとした。だが私は、その無垢を保ったまま、自由な翼で世界を羽ばたいてもらいたいと願った」

 

 言いながら、投射される画像が変化していく。

 

 その翼は無駄のない無駄に洗練された無駄な機能によって多層構造になっており、鳥の羽のように複雑な動きをすることが可能になっている。さらに翼の後方には3連の高出力スラスターがつけられ、3対6個の翼それぞれが方向を変えることで、今のエアリアルよりも柔軟な高速機動が可能になった。

 

「私はこのエアリアルに神秘さを見た。神秘とは手が届かないこと、余人に触れさせることなどないということ。ならばこそ! この天使の翼を身にまとうことで、真なる神へと、いや天使へと昇華してほしいのだ!!」

 

 敬虔な信者のように、主任はエアリアルへとひざまずき、うやうやしく頭を垂れる。

 

 それはまさしく名画に描かれる天使降臨。

 

 あまりに神々しい姿に、全ての整備班が言葉を失い、しかして双眸からは温かい水の迸りを止めることはできなかった。

 

 しかし、その中においても親方は冷静を保ち、

 

「主任よ、一つ聞きたい……」

 

「もちろん、なんでも……」

 

「その翼からは、羽が舞うのか?」

 

 羽ばたくたびに羽が舞うなど、常識的に考えれば、無駄でしかない機能。だが主任は神の信徒らしくすがすがしくも狂気的な笑みを浮かべながら、

 

「当然でしょう?」

 

 と、さもそれが世界の常識のようにのたまうのだ。

 

 そして、

 

「ふっ、君もやはり、ロマンに狂わされた漢だったということか。……友よ」

 

「やっと、貴方のステージにたどり着けた……」

 

 二人の班長は抱き合い、涙とともに健闘を称えあう。

 

 その光景を前に、少しずつ、少しずつぱちぱちという拍手の音が広がり、最後には万雷のそれが空間を埋め尽くした。それを眺めるスレッタもまた、

 

「うっ、ぐすっ、よかったですねぇ……!!」

 

 よくわからないけれど、なんだか胸が熱くなって、こぼれる涙を抑えることができない。

 

 スレッタも交えて永遠に続くかと思えた拍手の嵐。しかし、そこでスレッタは正気を取り戻す。まだロマンの汚染が足りなかった。

 

「あ、あのぉ……けっきょく、どっちになるんでしょう?」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 重装甲フルアーマー案と、高機動ウィング案。それは決して相いれないながらも甲乙つけがたいもの。現実はいつだってロマンに無情であり、どちらか一つを選ばなければいけない。

 

「こうなったら!」

 

「ええっ! 我が長の審判を仰ぎましょう!」

 

 社員一同の眼が、今まで一言も発さずに議論を眺めていたロマン男へと向けられる。彼らがここに集ったのも子供の理想を捨てずに会社という活躍の場を作ってくれた一人のロマン狂いへの信奉ゆえに。だからこそ、彼の判断ならば信じられると。

 

 そうして、期待の眼差しを受けたロマン男は立ち上がり、全員の顔を見渡しながらつぶやくのだ。

 

 

 

 

 

「…………スカートを」

 

 

 

 

 

「スカートをつけるのは、どうだろうか?」

 

「「「「な、なんだってぇえええ!?」」」」

 

 

 

 その一言は、大地を割る程の衝撃を一同にもたらし、しかしその予想だにしなかったアイデアへと思考は殺到する。

 

 それはどちらかを選ぶというものではなく、どちらにも更なるロマンをもたらすアイデア。

 

 天使の翼の生えたエアリアルに、スカート状の装甲がついたなら。

 

 FAの壊れた中から、スカートをつけた女の子が現れたなら。

 

 最後はもう凛々しい少女戦士擬人化エアリアルが脳内で共通智として現れるほどに具現化されてしまうほどに。

 

「社長!」

 

「社長!」

 

「取締役!」

 

「CEO!」

 

「長!」

 

 口々に社員たちから放たれる妖怪への讃美歌。「社長!」「社長!」「大社長!」「大首領!」「社長!」「取締役!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」「ロマン!」。

 

 ロマンと叫べ、それがこの世界の常識だ。とでも言わんばかりの雰囲気の中、社員たちに持ち上げられた子供社長の体は宙を一度、二度と跳ねる。

 

 もう白黒をつけるなどどうでもいい。

 

 ロマンの前に優劣などない。

 

 いっそのこと、全部乗せれば最強じゃね?と皆が思い始めて…………、

 

 

 

「却下」

 

 

 

 

「………………え?」

 

「依頼は整備であって改造じゃないっての。資金を出すのは私よ? そんな無茶苦茶で現実のない案を受け入れるわけないじゃない。却下。さっさと言われた通りにエアリアルのチェックを始めなさいよ」

 

 解散、と結局ロマンに洗脳されなかった女王様の一喝により、エアリアル魔改造計画は凍結されることになった。

 

 そして、そんな顛末を……、

 

 

 

『変なことされなくてよかったぁ……』

 

 

 

 と、胸をなでおろすMSがいたとかいないとか。




よろしければ、評価などもお願いします。

どこかでエアリアルは魔改造しちゃいたい……(プロスペラママに消される発言)


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05. はじめの一歩

ちょっと短いですが、この話はここで区切りしたいと思えましたので。


 それは決闘が迫る夕暮れのこと。

 

 スレッタ・マーキュリーはあらゆる意味で変態的な技術者たちによりピカピカに磨き上げられた家族の足元で、その技術者たちの首領であるロマン妖怪へ尋ねた。

 

 あたりには誰もいない。

 

 ミオリネは何かやることがあるからと、途中で退席していたし、元気とロマンにあふれたメカニックたちも一仕事を終えて晴れ晴れとした顔で去っていった。

 

 残っているのは二人だけ。

 

 だからだろうか、小さい声だったけれどもスレッタの疑問は整備室の中でよく響いた。

 

「先輩は、どうして私のこと助けてくれるんですか?」

 

 小さな、だけれども大事な質問。

 

 すると、エアリアルを見て何かを想像していたのだろう、朗らかな笑顔でふらふらしていた少年は一転して驚きの表情でスレッタの顔を凝視する。

 

「え……? どうしてって……」

 

 口に出る言葉も、戸惑い。

 

 まるで質問の意味が分からないという様子。

 

 それを見て、スレッタはなんだか質問をした自分が悪いことをした気持ちになってしまい、自然と頬に熱がたまる。

 

 本来ならば、デリケートな質問はもっとオブラートに包んだ形で尋ねるものだが、同世代との会話に慣れていないスレッタの問いかけはあまりにもストレートだった。

 

 だけれども、スレッタの知りたいと思う気持ちは本物で、口をついて出てくる言葉を止めることはできない。

 

「あの、その……ミオリネさんは、私とエアリアルに価値があるからって……。お父さんを倒す、方法になるからかもって、そういってました」

 

「あいつ……、まぁたストレートに言いやがって」

 

「あっ、で、でもっ! そんなに嫌な気持ちはしなかったって言いますか、ミオリネさん、ちょっと怖いですけど……それだけじゃないっていうか」

 

 逆にミオリネの戦う動機が分かって、スレッタはすっきりしたりもしたのだ。

 

 元はといえば、自分とエアリアルが起こしてしまった騒動。

 

 ホルダーも許嫁も、スレッタは知らないことだったとはいえ、ミオリネを巻き込んでしまったことに変わりはない。だけれど、ミオリネはスレッタを責めることなく、

 

『これくらい何とかできないと、あの糞親父は潰せないのよ』

 

 と凛として言ってのけた。

 

 そこに一切の他責の気持ちはなく、自分の運命へと挑戦するかのような笑みまで浮かべて。

 

 強い人だと思った。どうしてお父さんと喧嘩しているのかとか、学生なのにどうやってお父さんを倒すつもりなのかとか、気になることはたくさんある。けれど、そこへとまっすぐ向かおうとするミオリネはかっこよくて、自分が戦うことでミオリネの役に立てるのなら、協力してあげたいとスレッタは思っていた。

 

 だけれども、この目の前の人にとって、自分の存在はどうなのだろう。

 

「も、もし、私が迷惑をかけてたら……その、言ってください。ちゃんと、ご迷惑にならないように……」

 

 と、言いきらないうちに。

 

「うっ、ぐすっ、えぐぅ……!」

 

 変な声が聞こえ始めて、スレッタは仰天する。

 

「えぇえええ!? な、なんで先輩が泣いてるんですか!?」

 

「すれったさんが、いいこすぎてぇ……! ミオリネとちがって、いやしだ、いやし……!!」

 

「な、泣き止んでください~!」

 

「よし分かった」

 

「は、はやいっ!?」

 

 いきなり泣き出したかと思えば、次の瞬間には涙の跡も残さずに真顔に戻る少年。それを見てスレッタは、ミオリネが彼のことを妖怪だと言ったのもあながち間違いじゃないかもしれないと思い始める。

 

 だけれど、その妖怪という恐ろし気な言葉とは裏腹に、涙のなくなった少年はニコリと笑って、

 

「理由がいるかな?」

 

 優しい顔で言うのだ。

 

「え……?」

 

 そして疑問への答えを待たずに立ち上がると、両手を大きく広げ、叫ぶ。

 

「いや、理由なんていらない! だって、ライダーはたすけあ……じゃなくて、先輩は後輩を助けるもんでしょ? それが俺のルールだし、なにより俺が目指す青春とロマンだから!」

 

 だからスレッタを助けたのも当然なのだと、少年は宣言した。

 

 だけれども、スレッタとしてはまだ理解できない。シャディク達の話や、エアリアルを整備してくれたスタッフたちを見ても、この少年が社長として大変な責任を持っていることはスレッタにもわかる。

 

 社長なのだ。とても偉いはずなのだ。

 

 なのに一人の後輩を助けるために、ロマンを守るために、少年は自分の身も危険にさらすことを厭わないという。

 

「……そ、それだけで?」

 

「それだけ、じゃないよ。俺にとっては一番大事なこと。俺からロマンを取ったら何も残らないし、俺の仲間はここでスレッタさんを見捨てる俺にはついてきてくれない」

 

 あの通り、生粋のロマン主義者たちだから。

 

 と、そこで少年は言葉を区切り、らしくない申し訳なさを顔ににじませる。

 

「それにさ、元はといえば俺のせいでもあるじゃん? 決闘に連れ出しちゃったのも、グエルとの戦いをセッティングしちゃったのも」

 

「で、でも、それは……」

 

「……学園に来て一日目で、あんな大変な目にあって。心細かっただろうし、悲しかったと思う。俺が同じ目にあったら、もうこんなところ嫌だとか思ったりしたかもしれない。

 ……でも、スレッタさんは逃げなかったし、俺達と一緒にいてくれた」

 

「……先輩」

 

「嬉しいんだ。スレッタさんは強い子で、優しい子で。そんな子が水星っていう遠いところから、俺たちの学園を選んでくれた。俺たちの大切な学校に来てくれた。

 ……だったら俺は、君の先輩として、君が笑顔で卒業できるように。大切な青春を過ごせるように、いくらでも助けてあげたい」

 

「…………」

 

 不意に、スレッタは学園に来てからのことを思い出す。

 

 少年の言う通り、それは怒涛というには激しすぎる数日でもあったし、今だって感情の処理はできていない。既にスレッタの想像からはるかに超えた学校生活になってしまって、これから学校に残れるのかも、残れたとしてもどんなことが待っているのかもわからない。

 

 不安かと言われたら、それはもう不安でいっぱいだ。

 

 だけれど、この時、

 

(私、この学校にいたい……)

 

 スレッタは確かにそう思った。

 

 水星のみんなに送り出してもらったこと、水星に学校をつくるという夢も、もちろん大事だけれど、その理由がなくても。

 

 つんつんしているけれど、どこか優しさもあるミオリネ。

 

 ハンサムで、物腰がきれいで、ちょっと怪しいけれどいい人そうなシャディク。

 

 そして、今、目の前で笑ってくれている、妖怪でおかしな初めての先輩。

 

 こんな人たちと一緒に学校に通えたなら、きっと楽しくて、毎日が楽しすぎて、卒業するときに離れたくないと泣き出してしまいそうな毎日を送れるかもしれない。

 

 いや、違う。かもしれないじゃない。

 

 きっと、そうなる。

 

「スレッタさん?」

 

 突然押し黙ったスレッタを不思議に思ったのだろうか、少年がのぞき込むようにスレッタの様子をうかがった。

 

 すると、スレッタは意を決したように、自分の生徒手帳を取り出して、そこに書いてあったリストを少年へと突き出す。

 

「わ、わたし! いっぱいあるんです!!」

 

「……え?」

 

「学校に来て、やりたいこと、したいこと! たくさん、たくさん……!!

 友達を100人つくりたい、お泊り会とか、部活動とか、みんなで楽しみたいっ! 素敵な人とデートして、こ、恋とかしてみたい……! まだまだ、いっぱいあるんですっ!」

 

 だから、

 

「私とエアリアルは負けません!

 この学校で、先輩たちとやりたいこと、まだ一個もできていないから!!」

 

 思いきり叫んで、息切れた声のままでスレッタは少年を見る。

 

「やりたいこと……」

 

 いきなり叫び始めたスレッタに、少年も驚かされたようで、最初の声は小さかった。だけれど、すぐさまその目にらんらんとした光が灯り、満面の笑顔を浮かべて、負けず劣らずの大声で叫び始める。

 

「いいね!! それこそがロマンだ!!」

 

「こ、これがですかっ!」

 

「そうとも! くぅっ……! 燃えてきたぁ!! 絶対に明日は勝つぞっ!」

 

「お、おぉー!」

 

「もっともっと大きな声で!!」

 

「おぉー!!」

 

 そんな二人の叫び声が、日が暮れるまでアスティカシアの空の下に響き渡っていた。




感想やご評価、ありがとうございます。

一つ一つ返信する時間がとれておりませんが、とても力をいただいております。週末あたりに時間をとって、お返事を書かせていただきたいです。



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06. いざいざ決闘

「グエル・ジェターク、君はこの決闘になにを賭ける?」

 

「……これはあの時のやり直しだろ。だったら変わらねえ、アスム・ロンドとのふざけなしの決闘だ」

 

 立会人を務めるシャディクの問いかけに、暗い表情のままでグエルは答えた。その威勢のいい中身とは裏腹に、言葉にも力がない。

 

 そんなグエルはまもなく一つの決闘に向かうことになっていた。一人の少女とMSの運命をかけた戦いだ。スレッタ・マーキュリーが勝てば、ミオリネの退学もエアリアルというMSの廃棄も取り下げ。ガンダムであるという疑いは、いったん不問に付すことになっている。

 

 だが、そんな事情はグエルには関係がない。

 

 グエルの心を支配するのは、シンプルで深い迷いだ。

 

(……俺は、なんでこの決闘をしている?)

 

 完膚なきまでに負けた。

 

 それがグエルの考える、先の決闘の勝敗。

 

 油断はもちろんあった。田舎者の水星女に、学園のルールというものを叩きこんでやろうと、そんなことを思っていた。だが、だとしても手は抜いていない。どんな決闘にも手を抜くことはしない。それは自分たちがこの三年間、真剣に打ち込んできた決闘という舞台を汚すことになるからだ。

 

 その真剣勝負において、いかなる事情があろうともグエルは負けた。

 

 だというのに、その負けたという結果すら、大人たちの事情で取り上げられて再戦の舞台に立たされている。

 

(しかも、今度は……!)

 

「グエル?」

 

「っ、なんだ……!」

 

「いや。いつもと違って、楽しくなさそうだからね」

 

 グエルを見るシャディクの眼は、いつもの軽薄で胡散臭い笑顔ではなく、相手を気遣うようなものだった。

 

 おそらく、ジェターク社の思惑も、グエルの葛藤もある程度は想定しているのだろうと付き合いの長いがゆえにグエルは察しが付く。学生でありながら義父の側近として経営の世界に既に踏み込んでいる男だ、耳は恐ろしく良い。

 

 そして、その心配はおそらく本心のものだとわかってはいたが、かえってその気遣いが苛立ちを助長させるのだ。

 

「勝手に人のことを詮索すんじゃねえよ……!」

 

「……わかった。出過ぎたことをしたよ」

 

 それで、と。シャディクは視線を動かし、対戦相手であるスレッタへと向ける。

 

「水星ちゃん……いや、スレッタ・マーキュリー。君はこの決闘になにを賭ける?」

 

 グエルはその言葉に、目の前の赤毛の少女を見つめた。

 

 この少女と顔を合わせるのは、これで二度目。一度目は決闘の時にヘルメット越しでちらりと見ただけ。その時は、まだ学園に来たばかりで周りの状況に流されるだけの田舎者でしかなかった。

 

 だが、

 

(こいつ……)

 

 グエルは、スレッタの眼があの時と違っていることに気がつく。

 

「わ、私は……!」

 

 声はどもり、おどおどとした調子は元のまま。だけれども、ただ目の前だけを見ているような不安な眼ではない。

 

「私が賭けるのは……っ!」

 

 そしてスレッタが続けた言葉に、グエルは静かに息を呑んだ。

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 そんな宣誓から数十分後、

 

「お前の入れ知恵か?」

 

「なんのことだよ」

 

「とぼけんな、あの水星女のふざけた要求だ」

 

 呟くように言いながら、グエルは目の前でとぼけた顔をするロマン狂いの反応をうかがった。

 

(出待ちしやがって……)

 

 本人は通りがかっただけとかへたくそな嘘をついていたが、そんな偶然があるわけがない。おおかた、

 

「言っておくが、謝罪の一つでもしてみろ。てめえの顔面、ぶん殴ってやるからな」

 

 らしくもなく責任の一つや二つでも感じているのだろう。

 

「……スレッタさんもそうだけど、謝らせてくれねえんだな」

 

「当たり前だ。てめえが言い出したことだろうと何だろうと、あの決闘を受けたのは俺。その結果も何もかも俺だけのものだ。だから、余計なことを言うんじゃねえよ」

 

「そういうとこ、ほんとかっこよくてすごいよ、グエルはさ。あ、でも、スレッタさんに入れ知恵とかはしてないぞ? ほんとのほんとに」

 

「……てことは、素であれかよ」

 

 言いながら先ほどのスレッタの様子を思い出したのだろう。グエルは、

 

「あの女……」

 

 はぁ、と呆れた様子でため息を吐き、言う。

 

「……『勝ったら友達になってください』だとよ」

 

 おかしな女だとグエルは心の底から思う。

 

 アスティカシアの決闘は、基本的にもめごとの仲裁に行うもの。

 

 必然的に、相手は敵対者であり、どちらかの要求を無理矢理に押し通すことになる。最近は目の前のロマン男の影響からか、単なる娯楽の延長での決闘も増えてきたが、それにしても決闘相手と友達になりたいから決闘すると言い出したのは、スレッタが初めてだ。

 

 それに加えて、ジェターク社が勝敗に介入したことへ後輩のセセリアが皮肉100%で絡んできたときも、スレッタはグエルをかばうように声を上げて制止した。自分の人生がかかった勝負で、その相手だというのに。

 

(ったく、調子が狂う……)

 

 手を差し伸べて、自分をまっすぐ見つめ返してきた目。その浅く日に焼けた肌も、くしゃくしゃの赤毛も、サファイアのような瞳も、なにもかもが脳裏にこびりついて離れない。もやもやしたものが胸の奥にたまっていく。

 

「しかも、逃げないやつを笑ったらダメとか……。ほんとに、どこの田舎から出てきたんだか」

 

 すると、目の前の妖怪がふるふるといきなり体を震わせ始め、

 

「うぅうううっ! すれったさん、りっぱになってぇ……!」

 

「きめぇっ! うるせぇ!! その胡散臭い泣き顔をやめろっ!!

 

「わかった」

 

「ほんとにすぐ止めんじゃねえよ!!」

 

 要求がおおいなぁと、妖怪は肩をすくめて、グエルが想像した通りの答えを、からからと笑いながら言うのだ。

 

「でも、いいんじゃないの。友達が欲しいっていうのも真剣でロマンある理由じゃん」

 

「……まぁたロマンかよ。てめえの判断基準はそればっかだな」

 

「おいおい、人のこと言えないだろ? お前だって、俺との真剣勝負を望むとか、めちゃくちゃロマンじゃん!」

 

 「ほら、仲間仲間!」と楽しそうな表情を向けてくる同級生をグエルは見る。

 

 いつまでたっても、ガキのままのような、悩みも何にもなさそうな楽天家。だがそれでも、100戦もして少なくない数、自分を負かしてきた因縁の相手。グエルとしても素直には認めたくはないが、学園ではライバルとして二人を称することが多い。

 

 そんな入学以来、見飽きるほど見た顔を、今のグエルは直視し続けることができなかった。

 

「俺は……」

 

「……ん?」

 

「俺は、そんなんじゃねえ……」

 

 話しながら、グエルの脳裏に少し前の出来事が蘇る。

 

 自分の預かり知らないところで父親のヴィムが勝敗に介入し、その結果が再試合。それだけでも含むところがあったというのに、決闘用にと渡された新型MSには補助用のAIまで備え付けられていた。

 

 その事実に自分の力を信じてくれないのかと、思わず食って掛かってみれば、返ってきたのは平手打ちと、一切の意見を遮断するかのような上から押し付ける物言いだった。

 

『お前たちの決闘ごっこなど、最初から期待はしていないっ!』

 

『ごっこ……?』

 

『ああ、そうだ! 特にあのロングロンドの子倅!!

 あのふざけた小僧と戦うたびに、誇りあるジェタークの名が汚れることがわからんのかっ!

 ミオリネとの婚約条件になって、お前が勝ち続けていなければ、奴もろとも決闘など潰していた!!』

 

 ヴィムは心底忌々しそうに、決闘にロマンを求め続けた少年の名前を出す。

 

 だが、それはグエルにとって見過ごせない言葉だった。

 

『待ってくれ、父さん! 確かに、アイツはふざけたやつだ! だけど、俺たちはいつでも真剣に……!』

 

『真剣!? それに何の意味がある!? いいか、グエル! この世界は勝つか負けるか、それだけでしかない! そして勝利以外に価値はない!!』

 

 そしてヴィムは表情を険しくしながら、

 

『いい加減に大人になれっ! 望む結果なら、どんな手を使ってでも奪い、勝つしかないのだ! 俺がお前なら、あんな小僧など奴の父親のように……っ!』

 

『父さん……?』

 

『っ……! いいからお前は、俺の言うことに黙って従っていればいいんだ!!』

 

 それが父親との顛末。

 

 グエルの脳裏には今も、その会話がリフレインする。特にヴィムが小僧と呼んだ、このロマン男についての言葉は、どこか危険な音色を宿していて、グエルは踏み込むことができなかった。

 

 そしてなにより、

 

(父さんは、俺の勝利もなにもかも、認めてくれていなかった……)

 

 アスティカシア一のパイロット、決闘委員会の筆頭、そして名誉あるホルダー。

 

 それは自分の夢へと続く称号であり、そして少なからずそれを勝ち取った自分を、父は誇りに思ってくれているのではないかと。

 

 だが、結局は父は何とも思っていなかった。

 

 グエルが勝っていたから黙っていただけで、もし仮に負けが続くものなら直接的な裏工作をしていたということだろう。大事なのはミオリネの婚約者、そしてミオリネがもつベネリットグループの株だけで、勝利など欠片も興味を持たれていなかった。

 

 スレッタの純朴極まりない善意の言葉と、家族である父から投げかけられた誇りも何もない言葉。それがぐるぐるとグエルの頭をめぐって、考えがまとまらない。

 

「それでも、俺は……」

 

「グエル……?」

 

「…………いや、なんでもねえ。

 それより忘れんな。水星女を倒したら、次はお前とケリをつける。ふざけたロマンはなしでな」

 

 グエルは思う。

 

 確かにこのバカはバカだ。ふざけた戦い方や、ふざけた機体は目に余って仕方ない。本気でキレたことだって何度もある。だが、それでも自分のロマンという筋を通すために、バカはいつも真剣に勝負を挑んできた。

 

 だが、今の自分はどうだ。父親に従い、自分たちの誇りをバカにされても反論一つできない。そんな情けない男でしかない。

 

 ならば、いつかこのプライドすら父に汚されるというのなら、今だけでも正々堂々と。

 

「……勝つのは俺だ。お前にも、水星女にも。決闘での勝利はゆずらねえ」

 

 グエルは、せめて胸だけを張って決闘へと向かった。

 

 

 

 

『さあ! やってまいりました、決闘の時間!

 実況は私、学生自治会のドゥーエ・イスナンがつとめます!

 そしてもちろん解説は……!』

 

『みんな青春してるかい!! 自治会委員長の……』

 

『ご存じロマン男がお送りします!!』

 

『おいこらぁ!? ちゃんと自己紹介させろっ!?』

 

『先輩、本名よりロマン男とかのほうが知名度高いんで! ほら、ロマンロマン♪』

 

『イエス! ロマン!!』

 

『ということで、この妖怪さんを大人しくさせるときはロマンと唱えましょう!

 改めましてこの決闘は、決闘委員会の監督の元、学生自治会が非公式に実況をしております!』

 

 賑やかなファンファーレとともに学園中へ響く陽気なアナウンス。

 

 スレッタとグエルの決闘の舞台となる戦術試験区域の周辺には、既にたくさんの学生たちが集まり、めいめい勝手に騒ぎ立てていた。

 

 一角では賭け事が好きな学生たちが、勝敗をめぐって喧々諤々の言い合いをしているし、いつの間にか作られた観客席では、これまた勝手に結成されたスレッタ応援団と、こちらは伝統あるグエル応援団とがにらみ合いの応援合戦を繰り広げている。

 

『我らが寮長! グエル・ジェタークの勝利を願い! フレーフレー! GU! E! RU!!』

 

『グエル先輩! がんばってー!!!!』

 

『負けんなライオンヘッド!!』

 

『やられるものかよ、ジェターク寮が!!』

 

『ところがどっこい! 勝つのはスレッタ!!』

 

『スレッタちゃーん! かわいいよー!!』

 

『エアリアルくん、負けないでー!!』

 

『はぁあああ!? エアリアルちゃんだろが!? てめえの眼は腐ってんのか!?』

 

『てめえのほうこそ、どこ見てんだこらぁ!?』

 

『こうなったら……』

 

『決闘じゃぁああああ!!』

 

 若干、スレッタ陣営のほうにはロマンに脳髄を汚染された学生たちが多くみられるが、それもまたアスティカシアではよく見られる光景。

 

 いつのまにやら単なる学生同士の喧嘩や、企業間の勢力争いから姿を変え、娯楽の側面を強めた決闘は、一つのエンターテイメントになっている。会場の周りには『ロンド・ベルカステラ』やら『クイーンミオリネのトマトたっぷりピザ』やら豪華な屋台が軒を連ねるほど。

 

 それはスレッタとグエルの決闘に潜む大人たちの事情など知らず、ただ決闘を決闘として楽しもうという呆れるほどに楽観的な青春の光景。

 

 しかし、それを見る大人はといえば、

 

「はっ……! 実物を見るとさらに虫唾が走る。なんだ、この下らん光景は!」

 

 ヴィム・ジェタークは自身が金を出して建設したジェターク寮へと乗り込み、モニターに映る喧騒に吐き捨てるような嫌悪を示していた。

 

 もちろん、ここにいる理由は息子の応援などではなく、自分が行った計略がうまくいくかを確かめるというもの。ヴィムは傍らに控えたもう一人の息子、ラウダ・ニールに言う。

 

「すでに策は実行に移しているはずだな?」

 

「はい。ダリルバルデの自律AIは問題ありませんし、試験場への工作もフェルシーとペトラが……」

 

 しかしそこで、

 

「あら? この子たちがどうかしたのかしら?」

 

 二人の背後から予想だにしない声が響いた。

 

 驚き振り返ると、二人の前には、

 

「み、ミオリネ・レンブラン!?」

 

「なんでここに……!」

 

 ミオリネが凛とした堂々たる振る舞い……いや、遠慮の欠片もないふてぶてしい様子で立っており、しかもその後ろには、

 

「うぅ……」

 

「……すみません」

 

「フェルシー!? ペトラ!? お前たちまで、どうして……!?」

 

 グエルの後輩であり、工作をまかされていた女子二人が、意気消沈とした様子でたたずんでいるではないか。ミオリネはそんな二人を横目でみながら、ふっと小ばかにしたような笑顔を浮かべると、まだ茫然としているヴィム達へと言う。

 

「この二人なら、こそこそ暇そうにしていたから、ここまで案内してもらったのよ」

 

「貴様……ここに乗り込むとはどういうつもりだ!?」

 

「あら、ひどい言葉ね、お、と、う、さ、ま♪ あの決闘が無効ってことは、グエルが暫定でホルダーのまま。つまり、私はグエルの婚約者ということでしょ? 未来の妻が、夫の寮にいて不都合なんてあるのかしら?」

 

 そんな屁理屈を言いながらミオリネはどかりと一番でかいソファへとふんぞり返り、

 

「なにぼーっと見てんのよ、二人とも。フェルシーでもペトラでもどっちでもいいから、茶の一つくらい出しなさい」

 

「な、なんでそんなことをお前に……!」

 

「…………お前?」

 

「ひぃっ!?」

 

「将来のグループ総裁夫人に随分な口ぶりね? 一生窓際に送られる覚悟でそう言っているのかしら?」

 

「うっ、うぐぅ……!」

 

「フェルシー、もうやめよっ! こいつに口で勝てるわけないって!!」

 

「…………こいつ?」

 

「み、ミオリネ様に、勝てるわけありません!!」

 

「わかればいいのよ、わかれば」

 

 そして格付けを済ませたミオリネは、周りのすべてをけん制しながら、笑みさえ浮かべて言う。

 

「それじゃあみんなで応援するわよ。未来の旦那様の活躍を、ね」

 

 この時、ヴィムを除くすべての人間は心の中で強く強く思った。

 

(ミオリネが婚約者になったら、ぜったいろくなことにならない……!!)

 

 一方のミオリネはといえば、ろくな妨害ができないだろう状況を作り終えたことにほっと息を吐くと、モニターの向こうで決闘を始めようとしているスレッタとエアリアルを見ながら、

 

(私にできることはしといてやったわよ。だから……アンタの力、見せてみなさい)

 

 腹芸の一つもできないだろう純朴すぎる婚約者へ静かなエールを送る。

 

 

 

 そして、

 

「しょ、勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず……!」

 

「……操縦者の技のみで決まらず」

 

「「ただ、結果のみが真実!!」」

 

 さまざまな思惑が交差する中、運命の一戦が始まった。




今回も見ていただきありがとうございます。
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07. エンダァアアアアアア!!!!

聖なる夜に間に合ってよかったです。


では、みなさんご準備を……


『KP001! グエル・ジェターク! ダリルバルデ、出るぞ!!』

 

『LP041、スレッタ・マーキュリー! エアリアル、行きます!』

 

 コクピットの二人の音声が、拡声器を通して校内に響く。それと同時に、湧き上がる大きな歓声。ギャンブルであったり、観戦であったり、身内の応援であったりと学生たちが決闘を見る理由は様々だが、この時ばかりは声をそろえて、決闘者二人の行く先を応援する。

 

 その一方で、解説席に座った黒髪で眼鏡をかけた男子、学内でも安定した実況で有名なドゥーエが解説役であるロマン狂いへと話を振る。

 

「さて、ロマン先輩はこの決闘、どうなると予想されますか? 前回の決闘ではスレッタちゃんがグエル先輩を圧倒する結果となりましたが」

 

「見事なロマンぶりでしたね。ただ……、あの結果はあまり参考にならないかもしれません」

 

「というと?」

 

 するとロマン男は解説席の映像など放映されていないのにかっこつけたように顎に手を当てながらいう。

 

「まずエアリアルとスレッタさんの力が卓越しているのは疑いようがないです。あの状況で瞬殺を免れるパイロットはアスティカシアのどこにもいないでしょう。では、今回も同じ結果になるかというと、そうではない。

 宿命のライバルとして、グエル・ジェタークは学園トップのパイロットであると断言できるからです」

 

 決闘の口上にもある通り、決闘はブレードアンテナを破壊するという決着方法を除けば、なんでもありの戦いだ。生徒に危害が及ばないように戦闘範囲の厳密な取り決めはロマン男の働きかけで行われたが、機体は何を使っても良いし、大量のブーイングと学内における評判を気にしなければ妨害行為も許されている。

 

 その中でトップとして君臨していたグエルだ。常に追われる側でありながらも、ロマン狂いのいくつかの勝利を除けば全勝してきた猛者。その結果は、ジェターク社がいくら性能のいいMSを提供しようとしても、本人の実力が伴っていなければ不可能。

 

 だからロマン男は断言する。

 

「間違いなく、グエルは対応してきますよ。ダリルバルデという新型を引っ提げても来ましたし。あの時のような一方的な結果にはならないでしょう」

 

「となると、エアリアルが不利と?」

 

「うーん、そうとも言い切れないですね。エアリアルとスレッタさんの戦いを見るのも、これが二回目ですから。スレッタさんたちの実力がグエルよりも上ということも、十分にあり得ます」

 

「つまり……!」

 

「結果が分からない! ロマンあふれる戦いですねっ! っていうか、ダリルバルデかっこよすぎだろっ!! ジェタークの重装甲にスマートさがあふれる騎士っぽい姿っ!! 燃えるわぁああああ!!」

 

「いつもながらロマン優先の解説ありがとうございますっ! と、おぉっ!! 先に動いたのはエアリアルだっ!!」

 

 生徒一同が見守るモニターの向こう、白く美しいMSが躍動する。

 

 今回の舞台となった戦術試験場は高低差の激しい岩場と、局地的な森林が設定されている。その中でエアリアルが陣取ったのは高台。太古の昔から、相手にたいして有利をとれる場所だ。

 

 エアリアルはそこからビームライフルを発射するが、

 

「初撃はグエル先輩が防いだっ!! と、ここでダリルバルデが槍を振りかぶって……」

 

「投げたぁあああああ!!」

 

 妖怪が興奮したように叫ぶ。ダリルバルデが投げたビームジャベリンはなんと腕のユニットとともに射出され、エアリアルにはじかれたと思いきや、空中で方向転換し、さらにエアリアルを強襲した。

 

「ロケットパンチだ! ロケットパンチだ! ジェタークの堅物も、とうとうロマンを理解したぞぉおお!!」

 

「はいはい、ロマンに狂い始めた人は放っておきましょう。おっと! スレッタちゃん、さらに攻める、攻める! ガンビットによる包囲攻撃は……しかし、グエル先輩に防がれた!!」

 

「…………ん?」

 

 しかし、そこで妖怪は踊り狂うのをやめて、モニターを静かに見つめ始める。

 

 スレッタとエアリアルによる縦横無尽の射撃を、的確に肩のシールドや高速機動で避けていく赤いモビルスーツ。その動きは洗練されていると言っても良いが、

 

「……なんか、グエルの動きと違うぞ?」

 

 ロマン妖怪が呟くと同時に、異変に気がついたものが他にもいた。それは決闘委員会で見守るシャディクや、暗がりでモニターを見つめる鉄面皮の少年、そしてジェターク寮の管制室でふんぞり返りながら試合を見守っていたミオリネもだ。

 

「……意思拡張AI、ね。ジェタークの資料で見たけど、実戦レベルまで仕上がってたわけか」

 

「はっ! いったい、なんのことやら……」

 

「とぼけないでよ、義父様。別にルール違反じゃないしね。でも、あのレベルの制御をさせてるってことは、グエルにコントロールできるところなんて少しも残していないんじゃないの?」

 

「だとしたら、どうした? このくだらない決闘に勝つことが全てだ。たとえどんな手を使ったとしても、グエルが勝ったという結果さえ残ればいい」

 

「ふーん、で、あんたたちもそれでいいの?」

 

「「「…………っ」」」

 

 ミオリネは呆れた表情で、後ろに控えたラウダたちを見る。

 

 すると三人はそろって、気まずそうにミオリネから顔をそらした。ヴィムの言葉に完全に同意したわけでもない、むしろ内心では反発しているようだが、

 

「……なにも言えない、と。まあ、そうよね」

 

 フェルシーとペトラはジェタークの重役の娘、ラウダは複雑な事情がある息子。ジェタークCEOが乗り込んできて、目の前で工作を命令したとして、歯向かえる立場ではないだろう。

 

 そこで黙りこくったミオリネを見て、ヴィムはほくそ笑む。予定していた降水機による妨害は失敗したが、それがなくても最新AIに一学生が勝てるはずがないと。

 

 実際にモニターの向こうでは、AIが操縦するダリルバルデが、ドローンによる斬撃を繰り出しながらエアリアルを押していた。

 

「貴様は黙ってそこで見ていろ。貴様の"花婿"がジェタークに敗北するさまをな!」

 

「……ふーん」

 

 冷たく表情をとどめたままのミオリネ。その内心を知る者は、まだ誰もいない。

 

 

 

 そして当のダリルバルデの中では、

 

「くそっ! くそっ!!」

 

 グエルが悔しさに顔をゆがめながら、操縦桿を握りしめていた。

 

「父さんも、ラウダも……! なんで俺を信じてくれないんだ……!!」

 

 ここまでするとはグエルも思っていなかった。

 

 結果の取り消しも、補助AIを取り付けたMSも苦々しくも受け入れた。父の言う会社のため、勝利のためという言い分も、納得できるところはあるからだ。

 

 だとしても、これはあんまりだ。

 

 パイロットでありながら操縦も許されず、ただAIが敵を倒すのを見ているだけ。文字通り、グエル・ジェタークが勝利したという事実をつくるための置物でしかない。

 

(この決闘だけは……そう、思っていたのに!!)

 

 正々堂々と、ホルダーとして勝利を収める。それが再戦という卑怯な手段で決闘を汚してしまった自分にできるけじめであると。

 

 だが、それすら許されずに不本意な結果で決闘は進んでいく。

 

 そして、時間がたてばたつほどに、

 

『あれ、グエル先輩へんじゃね?』

 

『あんな面白くない戦いする人じゃないだろ……』

 

「っ…………!!」

 

 いつもは集中しているがゆえに耳にも入ってこない、観客席の声。しかし、自分を応援してくれる人々への礼儀として回線だけは小さく開いていたところから、困惑の声が拾われてくる。

 

 サブカメラが映す学園内の様子もそうだ。横断幕や旗を掲げていた応援団は、次第に熱気を失い、一人、また一人と、顔を落胆に染めていく。

 

 グエルという戦士が、いかに華々しく、そして勇猛なパイロットであることを知っているがゆえに応援してきたファンほど、今のダリルバルデの動きがグエルらしくないと映る。確かにそれはスマートで合理的な動きであるが、まったくグエルらしくもないものだから。

 

(俺は、俺は……!)

 

 そんな現状に、グエルの心の底から申し訳なさと恥ずかしさがこみ上げる。同時に、自分がいかにこの決闘という自分をさらけ出せる場を愛して、応援してくれていた人々に支えられてきたのかを理解する。

 

 だが、そんな葛藤など心無いAIは考慮してくれない。合理的にエアリアルを追い詰めようとして、

 

『……もう、わかっちゃいました!!』

 

 スレッタの声が響くと共に、エアリアルの動きが変わった。

 

(あいつ、ビットを使ってフェイントを……!?)

 

 エアリアルから射出されたビットが、さらに複雑で有機的な動きをし始める。それは子供がかくれんぼをしたり、追いかけっこをするような、機械であるのに動物めいた動き方。そしてAIはその動きを反応のまま追いかけようとして、

 

「ばかっ! 見え見えの陽動にっ……ぐぁああ!?」

 

 ガードが緩んだところを、別のビットに狙撃されダリルバルデは態勢を大きく崩し、岩場へと倒れこむことになった。

 

(…………ここまで、か?)

 

 グエルはうなだれながら考える。

 

 もうこのままでは結果は決まったも同然。変則的すぎるロマン妖怪を相手してきた自分ならいざ知らず、AIではあのエアリアルの動きを捉えることはできない。このまま自分は何もしないまま敗者の汚名を着せられ、砕けたプライドだけを抱えて決闘の舞台から去るしかないのか。

 

 見ているだろう父もラウダも何も言ってこない中、しかし、そのコクピットに。

 

『みんな、聞いてくれ。グエルが操られている』

 

「………………は?」

 

 バカのバカみたいな妄言が届いた。

 

 

 

 

「操られている、ですか!? 先輩、それはどういうことですっ!」

 

「たった今、うちの情報部が手に入れた情報ですが、今のグエルは何者かに操られているらしいのです。どこかの研究所から脱出した邪悪な機械生命体がダリルバルデに取りつき、グエルの体を操って決闘に挑んでいると!」

 

「な、なんと! そんなことが!!」

 

「にわかには信じられませんが、事実ですっ!」

 

 嘘である。

 

 それを聞いていた誰もがしっている。その白々しく子供っぽい説明に学園中の人間から、ロマン妖怪へと白い目が向けられる。

 

 だが、妖怪は解説席でヒートアップしながら、騒ぎ出すのだ。

 

「だがしかしっ! グエルは抗っている、戦っている! たぶんすっげーあやしい悪役のバイザーとか、髪が真っ白になったりとんでもないことになっているけれど、グエルが完全に操られるわけがないっ! だって、だって……!」

 

 叫ぶ。

 

「俺たちが知っているグエル・ジェタークは、そんな弱い男じゃないだろっ!!」

 

 バカによる、バカのための、バカみたいな叫び。

 

 だが、それは確かに誰かの心に届いた。

 

『……そうだ、俺はグエル先輩の戦いに憧れて、パイロット科になったんだ』

 

『いつも偉そうで、ぶっきらぼうで、でも俺たち寮生のことは暑苦しいくらいに守ってくれた……』

 

『俺、グエル先輩が勝った時の決めポーズ、ちょっとダサいと思ってたけど好きだった!!』

 

『グエル先輩は、こんなダサい戦いする人じゃないっ!!』

 

 いくぞ、と誰かが小さく呟く。

 

 ポツリポツリと静かに生まれ出していた熱い気持ちが団結していく。

 

 そして、

 

「みんなーっ! グエルが元に戻れるように、応援するぞっ!!」

 

『『うぉおおおおおおおおおお!!!!』』

 

 バカの号令をきっかけとして、学園のいたるところから声が響く。

 

『グエルー、がんばれーっ!!』

 

『負けるな、負けるなっ!』

 

『戻ってきて、グエル先輩っ!!』

 

 かつて、地球が繁栄していたころを知る者なら、気づいたはずだろう。それはとある島国でよく見られた光景。舞台の上のヒーローのピンチに、応援する子供たちが必死にエールを送るほほえましくもロマンある、ヒーローのお約束である。

 

 それを知っているロマン男は、誰よりも本気の声でマイクへと叫ぶのだ。

 

「グエル・ジェタークは、こんなことであきらめる男じゃねえだろっ!!」

 

 

 

 そして、その声は当然、グエルの元にも届く。

 

「っ……! 勝手なこと、言いやがって……!!」

 

 だが、今更どうしろというのか。AIは態勢を立て直すのに手間取り、確実な隙を与えてしまっている。水星女とエアリアルならば、瞬時にブレードアンテナを叩き折ることすら可能な状況。

 

 ここから、自分にできることなどないと考えたグエルをさらなる衝撃が襲う。

 

「なっ……!?」

 

 こちらへと狙いを定めていたエアリアルが、撃ってこない。

 

 あきらめたわけでも、やる気をなくしたわけでもない。戦う意思を示したまま、待っている。

 

 そのコクピットの中で、スレッタは呟くのだ。

 

「ごめんね、エアリアル。勝たなきゃいけない戦いだって分かってる。ミオリネさんとエアリアル

それから私の未来がかかってるから……」

 

 この決闘の意味を、理解していないスレッタではない。

 

 だが、

 

「それでもね、私、友達になりたいって言ったの。まだやり方わからないけど、ちょっとあの人のこと怖いけど、それでも先輩に言ったみたいに、逃げないで友達だって100人つくりたい……」

 

 学園で初めに戦った人。

 

 自分のことを田舎者だと思っていて、だけれど、大好きな母のことをほめてくれた人。そんな人が不本意な戦いをさせられているのなら、こんな形で勝ちたくはない。友達になりたいと言ったのだから、

 

「ちゃんと本気で戦いたい……!」

 

 グエルにその言葉は届かなかったが、その少女の行動を理解できないほど、グエルは愚鈍な戦士ではない。

 

「っ、上等だ……!」

 

 グエルは奥歯をかみしめながら、低く唸りを上げる。

 

 父のことも、会社のことも、忘れたわけじゃない。これからの行動の先に、自分の将来が閉ざされる可能性だって十分に理解している。

 

 だが、この状況で。

 

 敵は自分の再起を待ち、ライバルは自分の復活を信じ、ファンたちは自分の活躍を期待している。その中で、むざむざと機械ごときに従ったまま敗北できるものか?

 

 否、

 

 男なら。そして、

 

「俺は、グエル・ジェタークだ……!!」

 

 ゴンっ、とグエルの拳が目の前のモニターを叩く。

 

『エラー、エラー! コウゲキヲヤメテクダサイ!!』

 

「黙れっ! このふざけた操縦を停止しろっ!」

 

『ニンショウバンゴウガヒツヨウデス!!』

 

「あぁ!? こいつでどうだ!!」

 

『バンゴウガチガイマス』

 

「だったらこいつは!?」

 

『バンゴウガチガイマス』

 

「がぁあああああ!? うっせーっ!!!!!」

 

 もう我慢の限界。

 

「これがグエル・ジェタークだっ!!!!!!」

 

 大きく振りかぶって、たたきつけた拳。それは今度こそ生徒手帳と、その奥にあるAIの基部をぶち壊し、

 

『おぉおおおおおお!! ダリルバルデが立ったー!!!!』

 

 バカが叫び、学園が熱狂する。

 

 目に光を取り戻したダリルバルデがゆっくりと立ち上がり、エアリアルへと向き直る。そして、操縦桿を握りながら、グエルは汗まみれの顔で笑みを浮かべた。

 

 やはりこの感覚だ。MSという大きく繊細な力を、この二本の腕と自分の機転だけで動かし、勝利へと一直線に向かう。この感覚に憧れて、グエルはエースパイロットを志したのだから。

 

 グエルは興奮を隠しきれないまま、スレッタへと声を送る。

 

「待たせたな、水星女……!」

 

『っ、はい! 待ってました!!』

 

「ここからが俺たちの……」

 

 

 

「決闘だぁああああああ!!!!」

 

 

 

 叫び、ブースターの炎と土煙と共にダリルバルデが突貫する。

 

 それは先ほどまでと比べると泥臭く、荒々しく、スマートでなないがむしゃらな動き。だが、それを見た瞬間、

 

「グエル先輩だ! グエル先輩が帰ってきたぞ!!」

 

「いっけーっ!!!! グエルぅうううう!!!!」

 

 解説席では『アンタどっちの味方よ!?』と後でミオリネに折檻されることが確定したロマン男が後輩と肩を組みながらマイクへ向かって叫び、

 

『グエルせんぱぁああああああい!!!!』

 

『いっけぇえええええええ!!!』

 

『うぁああああああああああああああ!!』

 

 グエル応援団からはもはや言葉にならない涙ながらの歓声が響き渡る。

 

『グ・エ・ル!! グ・エ・ル!!!!』

 

『スレッタ!! スレッタ!!』

 

 猛るグエル陣営に、それでも負けんと息巻くスレッタ陣営、両者の応援がヒートアップする中、決闘も激しくなっていく。

 

 スレッタが駆るエアリアルへ、ダリルバルデが飛ばしたビームサーベルが迫る。当然、エアリアルは避けようとした。それはAIの判断ミスで武装の多くを失ったグエルにとっては、ほぼ唯一の武装。だというのに、

 

「うそぉっ!?」

 

 それがエアリアルの目の前で爆散して、メインモニターをふさいでしまった。

 

「武器なんざ、この拳と脚で十分なんだよっ!!」

 

 そしてその煙幕の中から、突撃してくるダリルバルデに、初めてエアリアルは捕まる。膂力はダリルバルデのほうが上、エアリアルは地面へと押し倒され、スラスターの出力任せにゴリゴリと背面を削られる。

 

 しかし、そのままやられるエアリアルではない。

 

「みんな! お願いっ!!」

 

 スレッタの号令の下、ガンビットたちがダリルバルデの上空へと殺到、その背へとビームを打ち出し、スラスターの一基を破壊した。

 

 バランスを崩し、もつれ倒れこむ二つのモビルスーツ。しかし、次の瞬間には立ち上がり、取っ組み合いの形へと雪崩れこむ。。

 

『なんて熱い戦いだっ! 両者ゆずらず!!!!』

 

『うぉおおおお!! ロマンだ、これぞロマンだ!!』

 

 解説の雑音が聞こえてくるが、グエルには関係ない。

 

「まだまだぁ!!」

 

 飛び上がるダリルバルデ。それは本来なら不可能な挙動。スラスターの片側が壊れていれば、くるくるバランスを崩して回ることになりかねない。その動きをグエルは利用する。

 

 ダリルバルデに残された隠し武器。脚部が変形した有線式のクロ―がエアリアルを掴み、空中へと放り投げる。

 

 するとモニターの向こうで、

 

『また隠し武器っ! まるで武器のデパートだ!!』

 

『ぐぉおおおおおおお!!』

 

『だれか、担架! 担架を!! またロマン先輩がロマンで死んでおられるぞ!!!!』

 

 とうとうバカが興奮しすぎて倒れたらしい。グエルはそんな他所の喧騒を聞きながら、一瞬考えた。

 

 あのロマン男がここまで反応しているのなら、これこそがロマンといえるのかもしれない。父に歯向かい、機体を自分で壊し、むちゃくちゃな戦法で勝利を狙う。

 

 これまでロマンという言葉に惹かれることはなく、妖怪がグエルの行動をロマンだと称してもピンとくることさえなかったが。

 

(そうか、これがロマンか……!)

 

 この胸の高鳴りが、血潮の猛りがロマンというのなら、

 

「悪くねえ……!!」

 

 もう双方に残された手は少ない。

 

 それでも勝利を望むなら、手段は一つ。

 

 向き合った両機は一瞬の沈黙をつくり、そして同時に、

 

「『勝つのは……!!』」

 

「俺だ!!」

 

『私ですっ!!』

 

 全速力で相手へと突っ込んだ。

 

 捨て身の、武器としての機能性や洗練さを無視したタックル。だけれども、それは見ている万人を魅了するほどの、美しさに満ちていた。

 

 火花を散らして接触するエアリアルとダリルバルデ。どちらのボディも相手のブレードアンテナへと掠れ、あと少しの力のかけ具合で勝敗が決まる。そして、

 

『お願い、エアリアル!!』

 

 言葉に反応して、エアリアルがわずかに身じろぎした。

 

 そして、そのわずかな動きが勝敗を決した。

 

 交差し、倒れ込む二機。

 

 その傍らには、砕けた赤いブレードアンテナ。

 

 

 

『勝者 スレッタ・マーキュリー』

 

 

 

 試験場の上空に、光る文字が現れる。

 

 しかし、それを観客の誰も、パイロットの二人でさえも認識できない。この華々しい名勝負に、結果が生まれたのだと、信じられなかったのだ。

 

 だが、それでも、勝利者はただ一人。

 

「ぉ、ぉお……」

 

「ぅおおお……!」

 

 

 

「「「「うぉおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」

 

 

 

 学園が爆発した。

 

 いや、それほどの歓声が吹き上がった。続くグエルとスレッタ、二人を称賛する歓声。その中には当然、復活した妖怪のものも含まれており、妖怪は実況席から会場へと飛び降りようとして後輩に羽交い絞めにされていた。

 

 そして、

 

「……バカ野郎どもが、騒ぎやがって」

 

 グエルはその光景をモニターで見つめると、ふと苦笑いを浮かべて、汗にまみれたヘルメットを脱ぎ去った。

 

 負けた。

 

 その事実が悔しく、だけれども、どこかすがすがしかった。

 

(正々堂々戦って、負けることができた)

 

 グエルは荒れた髪を整えると、ハッチを開けて試験場へと降り立つ。

 

 なんだか、この狭いコクピットの中にいることができないほど、胸が火照って仕方なかった。

 

 地面の感触を踏みしめながら、風の心地よさを浴び、そして空を見上げる。

 

 そうして待っていると、別の方向からもハッチの開閉音がした。そちらへとグエルが目を向けると、エアリアルからスレッタが下りてきている。そのままスレッタはグエルの元へと走り寄ってきて、

 

「あ、あのっ!」

 

 緊張した顔で、胸の前にぎゅっと手を握りしめながら話しかけてきた。

 

 汗でさらに乱れたくしゃくしゃ髪。女の子というには、化粧っけもなく、田舎者丸出しという風貌に変わりはない。

 

 だけれど、グエルはそのスレッタを見た瞬間、

 

(っ…………!)

 

 不意に胸が跳ねた。

 

 そんなグエルの変化に気づかず、スレッタはグエルをまっすぐに見つめながら言う。

 

「あ、あなたは、その……! ほんとに、ほんとに、強かったですっ! すごくて、ほんとに、こんなに戦うのがドキドキしたのも初めてでっ……!」

 

 小さな唇から出る、グエルだけを見た、グエルだけに向けた素直な称賛の言葉。

 

 その響きが耳に届くたびに、グエルの頭はしびれるように衝撃を受け、ドキドキと心臓は高鳴りをまし、視界には何かのフィルターが差し込まれたようにキラキラと輝いていく。

 

「だから、その、よかったら……!」

 

 

 

「わたしと、友達になってくれませんか……!」

 

 

 

 手を伸ばすスレッタ。

 

 一心に自分を求めてくれる一途な少女。

 

 そしてグエルは、

 

(ああ、この気持ちは……)

 

 

 

(この気持ち、まさしく……!)

 

 

 

 その熱い気持ちに吞まれたまま、グエルはひざまずいた。

 

 

 

 その様子は解説席でも当然、目撃されていて、

 

「いやぁ、感動的な光景ですねえ……。勝者と敗者に別れましたが、両者を賞賛する声が学園中に響いています。解説のロマン先輩はいかがですか?」

 

「この一年のベスト決闘に選ばれるほど、素晴らしい試合でした。まさにロマンの体現! この景色が見れたことで、一片の悔いもありません!!」

 

「以上、泣きすぎて顔が変形しているロマン男さんからの解説でした。それでは、最後にお互いの健闘を称えあっている両パイロットの様子を……せ、先輩!! 先輩!!」

 

「ん? グエルがひざまずいて……ま、まさか、まさかあれは……!! BGM、BGMの準備をはやく……!!!!」

 

 

 

 それはまさしく絵画の光景のように。

 

 光が差し込む広大な大地の上で、一人の男がひざまずき、恭しく少女の手を取り、そして……

 

 

 

『スレッタ・マーキュリー……』

 

 

 

『俺と、結婚してくれ……!!』

 

 

 

 

 

 

『『『エンダァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

イヤアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』』

 

 

 

 

 

 

 謎の美声が響く中、こうしてこの学園にまた一つ新たな伝説が生まれた。

 

 これが100年先まで語り継がれる『アスティカシア三大恥ずかしい告白』の二つ目。

 

 

 

 『グエル・ジェタークの求婚』である。




みなさんも一緒に叫びましょう(筆者はグエスレ急進派です)。

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08. 名前を呼んで

なのははいいぞぉ。


 いろいろと、本当にいろいろと発生した決闘。

 

 それを見届けて……途中の展開には盛大に頭を抱えることになったが、

 

「はぁ……、なんか愉快なことになったけど。これで正式にホルダーはスレッタね」

 

 それじゃあさようなら、元義父様♪

 

 そう言い残して踊るようにミオリネ・レンブランは立ち去っていく。

 

 残るのは怒りに肩を震わせるヴィム・ジェタークと、その様子を恐ろし気に見つめている学生たち。そんな面々を尻目にミオリネは扉に手をかけ、

 

「ああ、そうそう。一つだけ言っておくけど……」

 

 ミオリネは立ち止まり、今一度ヴィムの顔を見つめながら、冷酷に言った。

 

「最初からグエルに任せておいた方が、勝率は高かったわよ。……貴方、ジェタークのCEOなのに人を見る目がないのね」

 

 それは嘲りでもなんでもなく、ただ事実を告げるような口ぶり。

 

 しかし"あの男"を知るヴィム・ジェタークにとっては、間違いなく忌まわしい独裁者の血筋を引く女帝の言葉で、

 

「貴様ら、このままで済むと思うな……」

 

 その言葉は確かにミオリネにも届いていただろうが、価値もないとばかりにミオリネは踵を返す。そして今度こそ、ミオリネは誰を見ることもなく去っていった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 そんな決闘の顛末から数日後、

 

「いったいどこまでがお前の計画だったんだ?」

 

「…………はい?」

 

「とぼけるな。兄さんとの決闘の裏で、お前が暗躍していたことは見当がついている」

 

 言いながら、ラウダ・ニールは目の前ですっとぼけた顔をしている妖怪をにらみつけた。

 

 父親が本社に撤退し、事態は一定の鎮静化を迎えた。

 

 しかし、それは表面的なもので、今も水面下ではエアリアルの存在やホルダーの行方をめぐって企業間での小競り合いや謀略が続いている。

 

 ラウダがこの妖怪に問い詰めているのも、父の探りを入れろという命による意味合いが大きい。このロマン妖怪が大人相手には強硬な手段に出がちだが、学生相手には甘いことも知れ渡っているからだ。しかしなにより、

 

(こいつの狙いを見極めないといけない……)

 

 それはラウダにとっても達成しなければいけないこと。今回の騒動に巻き込まれ大きな影響を受けたのは敬愛してやまない兄なのだから。

 

 だからこそ全てを主導したと推測する張本人へ、ラウダは一言二言でも言わずにはいられなかった。しかし、呼び出されて詰問されている本人はといえば、

 

「……いや、意味わかんないんだけど」

 

 と心の底から訳が分からないという表情を浮かべている。

 

「相変わらず、本心を隠すのがうまいな。だが、そんな演技には騙されない……」

 

 ラウダは拳をぎりぎりと握りしめながら、彼の兄がたどったこの数日の激動を思い返した。

 

「お前と水星女、そしてミオリネが勝利したせいで、兄さんはエースパイロットの座をはく奪される……はずだった」

 

 だが、そうはなっていない。

 

「なぜだ……?」

 

 ラウダは妖怪へと問いかける。

 

「どうして兄さんの決闘が、告白が……! 全宇宙に広がってしまったんだ!?」

 

 そうして、らしくない大声を上げながら、ラウダは頭を抱えた。

 

 

 

 

「あははははは♪ いやぁ、さすがですねぇグエル先輩♪ なんか寄生虫みたいなのに乗っ取られて? 決闘でもりあがっちゃって? それで公開でプロポーズとか♪ さっすが御曹司はやることのスケールがでかいですねぇ♪」

 

 ロマン男がラウダに詰められていたころ、決闘委員会のラウンジでは意地の悪い高笑いが響いていた。

 

 それはソファにうずくまったまま涙が出るほどに笑い転げている決闘委員会所属の二年、セセリア・ドートのもの。

 

 学内きっての皮肉屋として名高く、その美貌と毒舌に人生を狂わされた男どもは数知れぬという彼女は、ようやく決闘委員会に顔を出したグエルのことを、我が世の春が来たとばかりに優越感たっぷりにからかい倒している。

 

 一方で、いつもならセセリアに笑われるままになどさせていないグエルはといえば、

 

「だれか……だれか、おれを〇してくれ……」

 

 真っ白な灰になってうずくまっていた。

 

 セセリアは立ち上がると、小さくしなびたなめくじのようになっているグエルを見下ろしながら、底意地の悪い顔をさらに輝かせて煽る。

 

「えー♪ グエル先輩、それってもう告白したから死んでもいい♥ とかそういうやつですかぁ♪ すごい純愛じゃないですかぁ♪ うわぁ、私も憧れちゃうなぁ♪」

 

「ぐぐぐぐ……!」

 

「まあ、気持ちはわかりますけど♪ こんなの出まわっちゃったら恥ずかしいですよねぇ♪」

 

 そういって、セセリアが真っ白な灰に向かってポンポンと何かを投げつける。

 

 それは週刊誌の切り抜きであったり、謎の薄い本であったり、キーホルダーやら、タペストリーやら、とにかく雑多なもの。その共通点といえば、

 

『グエル、その愛の定め』

 

『ジェタークに学ぶ、失敗しないプロポーズの方法』

 

『その愛はいつ生まれたのか -グエスレの軌跡-』

 

 などなど、どれもこれもグエルのキメ顔やら、告白した時の表情やらがでかでかとプリントされているものばかり。

 

 ここ数日で学園内で流通している学校公認、非公認問わないグエルに関するグッズ。すでに大量にあるそれは氷山の一角どころか、米びつの米一粒ほどのものでしかない。その数万倍のグエルグッズが既に市場に放たれていた。

 

 しかも、その影響はアスティカシアだけにとどまらない。

 

「聞きましたよぉ♪ 今度はあの放送局が取材に来るっていうじゃないですかぁ♪ 底値だった市場価値が跳ねあがってよかったですね、グエルせんぱーい♪ 一躍、超有名人じゃないですかぁ? サインくれますぅ?」

 

「しゃ、しゃでぃく、そろそろセセリアを黙らせてくれ……!」

 

 まだまだ煽り足りないと魅力的な足で踏みつけるようなそぶりまでするセセリアに、グエルもさすがに耐えきれなくなり、傍にいるはずのシャディクへと助けを求める。

 

 が、当のシャディクはといえば、グエルの苦悶の視線を受けると、笑顔のままジェスチャーで、

 

『オマエモ』

 

『コチラ』

 

『ガワダ』

 

 と最後はにこやかなサムズアップまで示して見せた。それはそれは女子が見たら万人が惚れ込むような、うさんくささも裏表もない最高の笑顔だった。

 

「シャディクゥうううう!!!!」

 

「ハハハハ! グエルもさんざんからかわれればいいのさ! 大丈夫大丈夫、半年もしたら生暖かい目で見られなくなるから!」

 

「シャディクせんぱーい、変な告白しちゃった同士だからって、開き直らないでくださーい」

 

「やめろ、やめろぉ……! シャディクと同じ扱いはいやだぁ……!」

 

 取っ組み合ったまま、どこまでも負の感情のスパイラルに引きずりこまれていく男子二人。華やかなラウンジまでキノコや胞子が飛び交っているような陰鬱とした空間に変貌していく。

 

 さすがにそんなじめじめとした空間は嫌になったのか、そーっと逃げだしたセセリアを置いて、奇妙な男二人の煽り合いは延々と続いた。

 

 

 

 これがグエルの置かれた現状。

 

 決闘委員会での様子は知らないラウダでも、学園や外でのグエルの風評はもちろん把握している。ラウダはいつのもの癖で前髪をいじり、いや、握りつぶしながら苦々し気に言った。

 

「今、兄さんのもとには全世界から取材が殺到している。ジェタークの広報もパンク状態……。なぜだかわかるだろう? それもこれもお前が、学園どころか全世界にあの決闘を配信したせいだ! しかも、リアルタイムでなぁ!!」

 

 グエルとスレッタによる熱い決闘。そして、その最後に行われたグエルによるスレッタへの公開プロポーズ。それは学園内であってもゴシップの種になるには十分すぎるネタ。

 

 しかもそれが、妖怪ロマン男とその仲間たちの手で全世界の電波に乗せられてしまった。

 

 なお、これは前例のないことではない。お祭り好きなこの男は、自身がもつメディア産業へのコネを使って決闘の模様を中継していたこともある。ただ、その影響がここまで広がることは、もちろんこれまで一度もなかった。

 

 結果、

 

「全世界トレンド一位『グエル・ジェターク』。有名女性雑誌が選ぶ彼氏にしたい男ランキング一位も、息子にしたい男子ランキングも、地球圏で話題になる人物ランキングもすべて、すべて兄さんだ! 今や兄さんは、全宇宙に知られる存在になった!!」

 

「いいことじゃん」

 

「よくなぁああああい!!!!」

 

 ラウダはとうとう堪忍袋の緒が切れて、妖怪へとつかみかかる。

 

「未来のドミニコス隊エースパイロットが! ジェタークCEOが! こんなアイドルのような扱いにされてしまったんだぞっ!? どう責任を取るつもりだっ!?」

 

 するとさすがにロマン妖怪も慌てたのか、腕を振りながら弁解を始めた。

 

「いやいや、ちょっと待てよラウダ。俺だって予想つかなかったって。ほら? グエルがめちゃくちゃかっこいい戦いするって分かってたよ? そりゃもちろんロマンを期待してたさ。

 だけど、勢い余ってプロポーズとかは、さすがに俺も予想できないって」

 

「つまり、なにがいいたい?」

 

「俺は悪くねぇ!!」

 

「ふざけるなぁああああ!?」

 

 ラウダはこれまでの人生で一度も出したことのない怒号を叫びながら、妖怪を調伏しようと躍りかかる、校舎裏で始まる高校生にもなった男子二人の追いかけっこ。

 

 それが五分ほど続き、

 

「ぜはーっ、ぜはーっ、このっ、妖怪め……!」

 

「はぁー、はぁー、これ青春っぽいなっ!」

 

 ラウダはまったく懲りていないロマン男を横目でにらみつけ、肩で息をする。

 

 腹立たしくて仕方ない。

 

 しかし、ただ兄やジェタークに危害を加えただけならば、こんな複雑な気持ちにラウダはならなかっただろう。

 

 ここまで彼の心が乱れてしまったのは、ひとえに、この妖怪の行動によってグエルが助かった側面があるからだ。

 

(この騒動がなければ、兄さんは退学させられていたかもしれない……)

 

 ヴィム・ジェタークは決闘の終了後、自らに歯向かって敗北したグエルを寮のエースパイロットの座から引きずり下ろすだけでなく、退学させることも視野に入れていたらしい。

 

 だが、その計画は白紙になっている。

 

 決闘によって期せず時の人となった「グエル・ジェターク」。

 

 アスティカシア一のパイロットであり、イケメンの御曹司でありながら、水星から来た同じく素晴らしいパイロットと恋に落ち、公衆の面前でも構わずプロポーズした漢。

 

 その名が全世界で有名になりすぎた結果、ジェタークという大企業ではあるが狭い世界では干渉しきれなくなってしまったからだ。

 

 どれだけの影響力を持っていようと、ジェターク社も会社。社会と人と関わりを持ちながら利益を上げなければいけない。ヴィム・ジェタークがあそこまで勝利にこだわったのも、グエルが敗北することによる世間体と、それによる株主の離反を恐れた側面も多分にある。

 

 ただ、

 

「グエルにスポンサー契約とかも来てんだって?」

 

 ロマン男が楽しそうに言う。

 

 決闘で見せた素晴らしい操縦技能、そして世の女性がほれぼれするほどの一途なプロポーズ。グエル・ジェタークという人間のパブリックイメージはこれ以上あがらないほどに急上昇した。

 

「……ベネリットグループからも複数、グループ外の有力企業からも多くのオファーが届いている。ジェタークを通しても、兄さん個人へのアプローチでもな」

 

 中には宇宙インフラに必要な航宇宙船や、フロント内の車メーカーのイメージキャラクターになってくれというものも。その他、キャラクターグッズのようなものまで含めれば、数えきれないほどだ。 

 

 これが一夜にして変動したグエルの社会的地位。

 

「おかげで父であっても……兄さんには干渉しづらくなった」

 

 グエルの好ましい人物像は尾ひれがついて拡散し、全世界の注目の的。そんなグエルをヴィムが不当に扱おうとすれば、それは会社内部の問題にとどまらず、多大なイメージ損失を引き起こすことになってしまう。

 

 実際にエースパイロットはく奪や、アスティカシアからの退学という情報が"なぜか"流出した結果、『あの父親は息子の純愛を邪魔している』『現代のロミジュリ』などと批判が殺到、ジェターク社の株価は大きく落ち込み、退学の話も立ち消えにせざるを得なくなった。

 

 ただ、それだけではヴィムの怒りを抑えることはできなかっただろうが、

 

「うちの制作部が嘆いていた……。ディランザ一機を売るよりも、兄さんのグッズを作って販売したほうが利益率がいいとな。兄さんのキーホルダーだけで、十億個も売れたと……!」

 

 ちなみにラウダも十個買っている。

 

 そう、ジェタークにとって今のグエルは強力な広告塔になりえるのだ。

 

 うまく育てれば大規模な紛争がなければ受注が継続しないMS製造よりも優秀な収益源にさえなる。そして、企業利益を優先して考えなければいけないCEOのヴィムにとって、グエルは相当に扱いづらい存在になってしまった。

 

 同時に、

 

(兄さんが仮にジェタークから逃げ出しても、支援はいくらでももらえる)

 

 まだグエルにはその気がないだろうが、父の支配から逃れるための強力な武器を、グエルは手にすることになった。

 

「いやー、こんなことがあるとはなぁ♪ グエルはやっぱ"もってる"奴だよ」

 

 そのことを、妖怪は何も知らないという顔で喜ぶ。ラウダもまた、兄が将来を絶たれずに済んだことは喜ばしく思っている。

 

 それが、本当に偶然であれば、だ。

 

(…………この男は妖怪だ)

 

 アスティカシアのお祭り男、ロマン主義者、妖怪ロマン、永遠の十歳児。

 

 だが実態として一企業のCEOであり、多数の人気コンテンツを生み出したクリエイターでもあり、その業績を通してメディアへの多大な影響力を持ち合わせている。

 

 どうせグエルの退学情報をリークしたのも、この男だとラウダはあたりをつけていた。

 

 問題は、この男が兄に干渉し、なにをしようとしているのか。それを考えるだけでラウダは背筋に空寒いものを感じるのだ。

 

 ただロマンに狂った傾奇者ならまだいい、だがもしも……

 

「忠告だ。兄さんの将来を邪魔してみろ、その時は……この手で」

 

 必ず潰してみせると、

 

 ラウダは決意を固めて、アスム・ロンドへと宣戦布告した。

 

 

 

 そんなジェターク社と一人の少年の心を大きくかき乱すことになったグエルの告白の顛末についてだが、

 

「で? 返事はどうするのよ?」

 

「へ、へんじ、ですかぁ!?」

 

「そうよ。周りの連中を見てみなさい。アンタがどうするのかってみーんな注目してるわ。断るにせよ、受け入れるにせよ返事しないと、あることないこと言われるわよ?」

 

 ミオリネは隣のスレッタに言った。しかし、スレッタはといえば、顔を真っ赤に染めて、あわあわと慌てるばかり。

 

(まぁ、この子を見るとまだ恋愛とかは早そうだけど)

 

 純粋すぎて、男女の機微どころか友達と仲良くなるほうが先だと思える。育った環境が原因からか、スレッタはまだまだ"おこちゃま"だという印象をミオリネは抱いていた。

 

 だがスレッタも自分なりにいろいろと考えてはいるのだろう。スレッタは困った顔でミオリネに尋ねた。

 

「み、ミオリネさんは、いいん、ですか? そのっ、グエルさんと、こっ、こいびととかになったら……」

 

「いいわよ?」

 

「はやいっ!?」

 

 ミオリネは顔色一つ変えずに続ける。

 

「スレッタがグエルの花嫁になって、私がスレッタの花嫁になって、ついでにこっちの片手が空いてるからシャディクの奴でも引き込んで……これで御三家のうち二つは私のもの。あとはあのバカを下僕にして、ペイル社を潰せば、乗っ取り成功でしょ?」

 

 最後は私が総どりしてやるの、と。

 

 説明を聞きながら、自分を含めた四人が燃え盛る会社を足蹴にしながら、手をつないで喜んでいるという不吉な様をスレッタは幻視した。

 

「そっ、そんなこと、ありなんですか!?」

 

「ありよ。水星ってお堅いのね。世の中、柔軟に考えた方がいいわよ?」

 

「柔軟に……」

 

「そっ! 他人のためにせよ、自分のためにせよ、これをしなきゃいけないなんて、ほとんどないんだから。強制されるんじゃなくて、自分のやりたいようにやってやればいいのよ」

 

 それで、と。

 

 ミオリネは言葉を区切り、スレッタの眼を見つめながら言う。

 

「スレッタ・マーキュリーっていうアンタは、どうしたいの?」

 

「私は……」

 

 スレッタは考える。

 

 正直に言えば、彼を恋愛対象として見ることはできていない。あの告白の時は頭が混乱してまともな返事を出せていないし、そもそも恋人になれるほど相手のことを知ってもいない。

 

 だけれど、彼が嫌かと聞かれたら、明確に違うと答える。

 

 決闘で見せた、熱くまっすぐな戦い方。ぶっきらぼうだけれどちゃんと話を聞いてくれるところ。見た目も、絵本の王子様というにはワイルドすぎるけれど、まっすぐに告白された時の顔にはときめくものを感じたのも確か。

 

「私がしたいこと、は……」

 

 

 

 そして放課後、ある教室へとスレッタはグエルを呼び出した。

 

 初めてのメッセージがそれだったので、ちゃんと返事が来るかもわからなかったが、即座に『待ってろ』とだけ一言が返ってきて、時間通りにグエルはやってきた。

 

 そのグエルはどことなく気まずそうな表情だ。照れているとも、戸惑っているとも見えるが、スレッタにはまだその感情が分からない。

 

 スレッタは緊張しながら、話を切り出す。

 

「あ、あのっ、ごめんなさい、とつぜん呼び出しちゃって……」

 

「別にいい……。それより、用件はなんだ?」

 

「その……ちゃんと、お返事、しないとなって思って……」

 

「………………」

 

 グエルはスレッタの言葉に、一度だけ目を閉じて考えた。

 

 あの時、少しだけ自分は正気じゃなかったのだろう。決闘の高揚に流されるまま、あんな馬鹿な行為をしてしまったことは確かだ。

 

『お前のことなんて好きじゃないんだからな』

 

 とでも否定すれば、スレッタは傷つくだろうが、なかったことにできるかもしれない。きっとそれがお互いにとっても良いことなのだろうとも思う。

 

 しかし、

 

「…………で、どうするんだ?」

 

 グエルは目を開けてスレッタを見る。

 

 相変わらずぼさぼさの髪で、田舎者で、ホルダーの証である白い制服にも着られているという様子。ジェタークの御曹司、その伴侶には似合わないかもしれない。

 

 そして自分の身分だけを鑑みれば、性悪で、心の底から願い下げだが、あのミオリネのような女性のほうがふさわしいと世間からは言われるのだろう。

 

 けれどもやはり、スレッタのまっすぐな、一生懸命に答えを返そうとしてくれる様子を見ていると、グエル自身にも言い表せないような気持ちがこみ上げてくるのだ。ジェタークも、身分も関係なく、自分と一緒にいてほしいとさえ思ってしまうほどに。

 

 だからこそ、グエルは返事を待って、

 

「…………ご、ごめんなさいっ!」

 

 その言葉に、心の奥がチクリと痛む感覚がした。

 

「…………そうか」

 

「は、はい。結婚は、まだ、ムリです……。まだ学校にきたばっかりで、勉強とか、夢とか、ぜんぜん、かなってないから……」

 

「…………………わかった、じゃあ」

 

「で、でもっ……! グエルさんのこと、嫌いじゃ、ないですっ!」

 

「っ……」

 

「初めて、でした。あんなふうに、私のこと好きって言ってもらえて……。本とかで憧れてた、そういうお話にも似てて……」

 

 スレッタは照れくさそうな顔のまま、グエルに手を差し伸べた。

 

「だから……あの、お友達から、なら……。よろしく、お願い、します……」

 

 それはきっと考えた末の答えだったのだろう。

 

 グエルに今まで言い寄ってきたような女たちの、グエルではない誰かを見る言葉とは違う、グエルの望みのままではなくとも、真摯な答え。

 

 その様子を見たグエルは、ふっ、とかすかな苦笑いをこぼしながら言う。

 

「……それは、このグエル・ジェタークをキープするってことか。大した女だな、お前は」

 

「えっ、えぇえええ!? ち、ちがいますって! そ、そういうことじゃなくて……!」

 

「冗談だ、冗談。騙されやがって。……だが、最初からそういう決闘だったな」

 

 スレッタが勝ったら、友達になる。

 

 グエルはスレッタから伸ばされた手を取る。小さくても、力強い手だった。

 

 そして、スレッタへと告げた。

 

「決闘の敗者として、それで……まあ、お前に惚れちまった奴として、勝者に従う。今日から、俺とお前は友達だ」

 

「は、はいっ……!」

 

「それで、スレッタ・マーキュリー……」

 

「スレッタ、ですっ!」

 

「あん?」

 

「友達、ですから……、名前で、呼んでください……! ふ、フルネームとかじゃなくてっ!」

 

「す、スレっ…………、ちっ、なんだこれ。改めて言われると言いづれえな」

 

 グエルは照れくささに頬を掻きながら、けれど期待に目を輝かせているスレッタを横目で見て、

 

「…………スレッタ」

 

「は、はい! グエルさん!!」

 

 そうして二人は笑い合った。

 

 グエルはジェタークの御曹司としてではなく、スレッタも水星から来た奇妙な転校生ではなく、ただ同じ学園で生きる、若者として。




ひとまずプロローグ+グエル編は終了です。

次回はいろいろとめちゃくちゃになってる学園内の様子とか、あの子の話を入れていきたいなぁと思ってます。影も形もないエラン君は、その後で。



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09. お部屋さがし

私事ですが、軽症なコロナにかかりまして、三が日まで部屋にこもりきりとなりました。

これ幸いとたくさん書きまくっていきたいと思います。


 スレッタの編入から続いていた一連の騒動がようやく収まり、アスティカシア学園は日常を取り戻そうとしていた。

 

 ただし、ここでいう日常とは比較的穏やかな日々というだけであり、しょっちゅう決闘は発生しているし、店頭からグエスレグッズや、スレグエグッズが消え去ったわけではない。それらは日常としてとうに受け入れられてしまっているからだ。

 

 そんな学園をようやくと謳歌できるはずになった転入生のスレッタだったが……ここで一つの問題が発生する。

 

「せ、先輩っ! 助けてくださいっ!」

 

 バタンと音を立てながら開かれる扉。ロマン男の居城である学生自治会の部屋へと慌てて駆け込んできたスレッタは、頼りになる、ほんとはあんまり頼りにするべきではない先輩に向かってこう言った。

 

「お家が決められません……!」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「どうぞ、スレッタさん。地球のアンデス地方産のローズヒップティーです。香りもさわやかで心身を落ち着かせる効能もありますよ」

 

「あっ、ありがとう、ございます……」

 

 涼やかな声とともに置かれたカップの中には、スレッタが見たことがない紅色の飲み物が入っていた。物資の届きにくい水星では合成飲料ぐらいしか飲み物がなかったため、これもまたスレッタにとっては初体験である。

 

 給仕をした女性、経営戦略科の二年であり、妖怪ロマン男の秘書を務めているマリエッタ・ユノ、通称マリーは、そのスレッタの不慣れな様子を見ると、斜め前の自分の席に戻ると同じようにカップに紅茶を入れ、そこに砂糖を一さじ加えて飲んでみせる。

 

 するとスレッタも勝手がわかったのだろう、おっかなびっくりと同じ動作をして、カップを口に運ぶ。そして、

 

「わぁ……♪」

 

 口に含んだとたんに甘い香りで満たされ、スレッタは顔をほころばせた。

 

 その様子を対面する席で見たロマン男は、できる秘書にうなずきで称賛を返し、スレッタへと問いかける。

 

「落ち着いた?」

 

「は、はい……! それと、ごめんなさい、いきなり来ちゃって」

 

「大丈夫、ここは元々そういう場所だからね。困ったことがある子は、いつでもウェルカムだよ」

 

 そういってロマン男は手を広げ、自分たちが活動する自治会室の姿を見せる。

 

 そこは非常に個性的な部屋だった。まず、壁には所狭しと少し古めかしいロボットや覆面をつけて奇妙なポーズを決めた人間のフィギュアが並んでいるし、極めつけは大きい掛け軸に「ロマン」と太い字で書かれている。

 

 部屋にはロマン男とマリーを除いても十人ほどの男女が和気あいあいと活動しているが、彼らの机の上も同じように人形やら写真やらが好き勝手に飾られていた。

 

 仮にもアスティカシア学園の部屋のはずなのに、どこまでも趣味に走りすぎている空間だ。『おもちゃ箱をひっくり返して、元に戻せない子供なのよ』とは部屋を見たミオリネの評である。

 

 スレッタの呆気にとられた様子に気づいていないのか、気づいていても気づかないふりをしているのか、ロマン男は壁際に行くといくつかのフィギュアを持ってきて、説明を始める。

 

「スレッタさんも興味ある? マケンライダーにスーパー連隊に、ウルトラメン。それに勇者ロボのフィギュアもあるんだよ。古い作品だからどこも販売してなくて、うちで放送権を買い取ったり、再版させるまでそれはもう、どれだけ苦労したことか……! だが、それでもあきらめないっ! すべてはロマン復権のためだから!」

 

「え、えっと……」

 

「委員長、スレッタさんが困っています。布教はまた今度にしましょう」

 

「おっとこれは失礼。今度の上映会はスレッタさんも招待するね。興味があったら来てくれると嬉しいな。

 それじゃあ……スレッタさんの悩み事、聞かせてくれる?」

 

「は、はい……!」

 

 なんだかよくわからないけれど、楽しそう。という、悪徳な宗教にはまる一歩手前のような心境になりかけたスレッタだが、まずは自分を取り巻く問題を解決するのが最優先。気を取り直して事情を説明しはじめた。

 

 それは、昨日のこと、

 

「えっと、エアリアルと私が決闘に勝てたので、次は寮を決めることにしたんですけど……」

 

 

 

「却下よ、却下っ!」

 

「み、ミオリネさん! そんなひどいこと言わないでも……!」

 

「アンタこそ、ちゃんとこの案内書を見なさいよ! 『一日五回の健康診断に、最新美容施設を提供します』? ペイルがそんな優しいとこなわけないでしょ!? あのババアども、アンタを実験したくて仕方ないのよっ!」

 

「じ、じっけ……!?」

 

「だから却下! ペイル寮になんか入ったらダメ!」

 

「「「何を言う! 我らは真っ当でグッドな紳士だとも!!」」」

 

「マッドでバッドの間違いでしょうが!!!!」

 

「「「ぐぉおおおおお!?」」」

 

 ミオリネの一喝に、スレッタを勧誘していた謎の白衣集団は崩れ落ちた。

 

 さらにミオリネは、ついでとばかりにビリビリとスレッタに渡された寮の案内、いかにペイル寮が素晴らしくスレッタの学園生活を豊かにするかと説明された冊子を破り捨てる。

 

 よくよく見ると、そこにはスレッタが理解できないほどの細かい文字で、実験協力やら検体提供やらの不穏な言葉が見え隠れしていた。

 

 学園一クレイジーと謳われるペイル寮。

 

 破格の条件との名目でスレッタの寮入りをもくろんでいたが、ミオリネの懸念はもっともである。

 

「ほら、次行くわよ、次! ほかにはどこからオファーが来てるの?」

 

「えっと、ぶりおん?寮に、ぐらすれー……」

 

「貸して。……って、ほぼすべての寮からじゃない。アンタ、人気あるのね」

 

 ミオリネはスレッタが抱えていたメモ帳を奪い取ると、そこに書かれた寮の名前を一瞥して呆れたような声を上げた。

 

 彼女の言葉通り、そこにはアスティカシア学園に存在するほぼすべての寮の名前が書かれている。それらはすべて、スレッタに『うちの寮に来ませんか?』と誘いをかけてきた寮であった。

 

 現在、グエルの人気と同じく、スレッタの人気も学園内ではうなぎ上りに上昇している。

 

 水星から来た謎の転校生。ホルダーの座を奪い取った強者。そして謎の美しいモビルスーツ、エアリアルの搭乗者と話題は尽きない。そうなると寮の力を上昇させるため、あるいは寮生の興味としても、スレッタとお近づきになりたいという声も当然多くなる。

 

 問題は、その数多くのオファーをスレッタがさばききれず、ミオリネに助言を求めた結果、

 

「ブリオンはダメ。あそこはセセリアがいるし、地味! ロングロンドは論外っ! どうせスレッタをロマン漬けにする気満々でしょっ! はいはい、これもダメ、こっちもダメっ!」

 

「み、ミオリネさん、ストップ! ストップですっ!」

 

 ミオリネはあまりに迷いなく、ドライだった。

 

 案内を一瞥するだけで、問答無用の一刀両断。

 

 なんとか現場を見てみたいと十か所ほどを巡ったが、どこもミオリネのお眼鏡にかなわず却下の一択である。

 

 このままでは決まるものも決まらないとスレッタの不安は募るばかりだ。

 

 先生からの説明では、実習に参加するにもサポート要員として寮生の助けを借りるのが普通らしく、今の宙ぶらりんなスレッタではまともに授業に参加することもできない状態。なので、

 

「あ、あのぉ……それじゃあ、ミオリネさんの寮はダメですか?」

 

 ミオリネ自身が所属しているだろう寮なら、ミオリネも満足するだろうと思い質問したのだが、

 

「ああ、私は寮に入ってないわよ?」

 

「……ふえ?」

 

「そういえば見せてなかったわね……ちょっと来なさい」

 

 そうしてミオリネに連れていかれたのは、アスティカシアの本校舎内、理事長室と書かれた部屋の…………隣。

 

「新、理事長室……? って、なんですか、このお部屋!?」

 

 理事長室よりも理事長室している豪華な扉に、その中に広がるこれまたどこぞの高級ホテルのような居室。そこがミオリネの部屋だった。

 

 思わず仰天しながら、スレッタはミオリネに尋ねる。

 

「み、ミオリネさんっ!? こ、これってどういうことですか??」

 

「ああ、買ったのよ」

 

「買った!?」

 

「そうよ。学園からこの部屋の権利を買い取って、自前で改造したの」

 

「改造!?」

 

 などと平然とのたまうミオリネ。

 

 そんなことが一学生にありなのかと思わないでもないが、ミオリネが言うなら、本当にそうなっているのだろう。

 

 まだ付き合いが始まって数日だが、この理事長の娘が、一般人顔負けの度胸とバイタリティを持っていることをスレッタも理解していた。

 

 一方で、そんなスレッタは部屋を見ながら、少しだけほほえましい想像もしてしまう。

 

(ミオリネさん、お父さんと仲悪いって言ってたけど……。こういうの許してくれてるし、本当は仲もいいんじゃ……)

 

 しかし、それは幻想だ。

 

「ああ、糞親父は正当な契約なら文句を言ってこれないだけ。別に親子だからとか関係ないわ」

 

「ひぃっ!? い、今、心の中、読みました!?」

 

「顔に出てたわよ。本当にわかりやすいんだから」

 

 と、そこでミオリネはスレッタへと言う。

 

「アンタは私の婚約者だし、女の子だから、この部屋で寝泊まりすることも許可してあげるけど……でも、アンタは寮に入りたいんでしょ?」

 

「は、はい……! せっかく、お友達を増やすチャンスなのでっ!」

 

「なら、面倒だけど、他のところも見に行くしかないわね」

 

 そういい、ミオリネはスレッタの手を引いて部屋を出る。あいも変わらずの強引でスレッタの事情はあまり考えてくれない仕草。だけれど、これもまたスレッタが理解し始めていることが一つある。

 

 ミオリネが本当に血も涙もない人間なのだとしたら、スレッタのことなど放っておいているはず。それをせずにこうして力になってくれるのは、ミオリネが本当に面倒見のいい人間なのだろうということ。

 

 そんな風に、ミオリネ・レンブランという人間についてだんだんと理解していったスレッタだが、だからと言って問題が解決するかは別の話。

 

「イケメンパラダイスぅ!? シャディクの奴、なに考えてんのよ!? 却下っ!!」

 

「却下っ!」

 

「ここも却下っ!!」

 

「却下っ!!!!」

 

 と、小姑のごとく難癖をつけるモードに入ってしまったミオリネによる即断即決は留まることを知らず、

 

「それで、ここが最後だけど……なんでここからも?」

 

 そうして二人が訪れたのは、グエル率いるジェターク寮だった。

 

 ミオリネとしてもここからオファーが来ていることは予想外。数日前まで敵対した相手であったことから罠かとも思い、あるいはグエルのプロポーズとその後の顛末から『あいつ脳みそまで色ボケに染まったのかしら』などとグエルに失礼な想像もしていたのだが……

 

「水星ちゃん! いや、スレッタちゃん! お菓子もっと食べな? ほらほら♪」

 

「ジェターク寮はいいとこだよぉ♪ グエル先輩は頼りになるし、みーんな仲間だから!」

 

「もぐもぐっ、これ、おいひいれふ♪」

 

「もっともっと食べていいよぉ♪」

 

「かーわーいーいー♪」

 

「アンタら何やってんのよ……?」

 

 どうやら寮生の強い要望があってのオファーだったらしい。

 

 寮に入るなり、女生徒がこぞってスレッタを囲い込み、ミオリネから引きはがすと接待祭り。見るからにおいしいお菓子や飲み物をスレッタに食べさせまくっている。

 

 フェルシーとペトラも、普段のグエルの後ろで偉そうにしている様子はどこへやら、スレッタを小動物のように愛玩……もとい懐柔しようとしていた。

 

 もうスレッタを離さないと言わんばかりの溺愛っぷりにミオリネがさすがにうろたえると、フェルシーとペトラは必死の形相でスレッタに頼み込むのだ。

 

「お願いっ! もうミオリネ様と関わりたくないのっ!!」

 

「そうだそうだっ! 私たちはスレッタちゃんにお嫁に来てほしいのっ!!」

 

「ほんとマジで、ミオリネはツライんだよぉ……」

 

「そうなの、ダメなのもうミオリネがもう……」

 

「あのねえ、心が痛いの」

 

「うん、うんうん」

 

「わかる? 最近は腰とか背中とかお尻とかまで、痛くなるの」

 

「痛いしねえ、ね、ね、寝れないんだよ。ミオリネが来ると思っただけでもう寝れないの私達。もうダメなのよ……」

 

「奥様ミオリネはきついよぉ……!」

 

「「だからスレッタちゃん、おねがいっ!! ジェタークに嫁に来て!!」」

 

 それは旧時代の地球で、どこまでも過酷な旅を強いられた二人組のような悲壮さと哀れみに満ちた願い事。ホルダーはスレッタのままでいてくれた方がありがたい、ミオリネの独裁被害に遭いたくない、むしろかわいいスレッタだけが嫁に来てくれた方が嬉しいと。

 

 だが、

 

「却下」

 

「「うそだぁああああああ!!」」

 

 ミオリネにはそんな泣き落としは通じるはずもなく、フェルシーとペトラ、そして寮生たちは絶望に沈むのだった。

 

 それが昨日行われた、ミオリネによる学生寮百人切りの顛末である。

 

 

 

 

「そ、そういうことがありまして……」

 

「やばいな、ミオリネ……。善意で迷惑を振りまいてやがる……」

 

「最近はさらにブレーキが壊れていますね……」

 

 自治委員会室にて、ことの次第を話し終えたスレッタ。それを聞いたロマン男も、傍らのマリーも、あまりにあんまりなミオリネの傍若無人っぷりに戦慄とする。

 

 エアリアルの破棄を取り下げるために父親に啖呵を切ってから、いやそれ以前から兆候はあったものの、ミオリネの女帝ぶりがさらに加速しているようだ。

 

 ただ、ミオリネにしてもスレッタを心配してのことだとは二人も、そしてスレッタも理解していた。

 

 学生同士の陰湿な諍いやいじめは大っぴらには見られなくなってきたものの、エアリアルをめぐるジェタークとの争いのように、学生のバックについている企業側は今もアスティカシアで陰謀を巡らせ続けている。

 

 学生が好意からスレッタを招いていたとしても、大人たちがその結果を利用してスレッタとエアリアルによからぬことを企んでいる可能性は消し去れないのだ。

 

 なので警戒するのも正解なのだが、警戒しすぎてもスレッタの行き場はなくなってしまう。

 

「だったらミオリネが責任取って、ちゃんと寮を探せって言いたいけど……。アイツもビジネス関係ならともかく、友達はそんなにいないからなぁ」

 

「うぅ……どうしたらいいでしょうか!?」

 

 さて、とロマン男は考える。

 

 なにをすればスレッタが安心できる家を見つけられ、ついでにロマンあふれる結果になるか。

 

 少しの間、まじめな顔で考えつつ、脳内の名作ライブラリから今の状況に合った物語を見つけ出し……

 

「よし分かった! まずはミオリネとスレッタさんが納得するまで話し合わないとだめだ!!」

 

 ロマン男はパンっ!と手を叩いて立ち上がった。

 

「話し合う、ですか?」

 

「うん。スレッタさんはミオリネの意見も無視したくない。だけど、今のままだと寮が見つからないんでしょ? だったら、ミオリネに黙ってついていくだけじゃなくて、ちゃんと話し合って妥協しないと!」

 

「あ、た、確かにそうですね……! でも、ミオリネさんがどこにいるのか、私もよく知らなくて……」

 

「大丈夫ですよ、スレッタさん。委員長がそこは抜かりなく把握していますから」

 

「ハハハ! 大船に乗った気でついてこいっ!」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 高笑いしながら胸をどんと叩くロマン男。その姿に、スレッタはやっぱり頼りになる先輩だと、目の前の妖怪に希望を見出し始める。

 

 だが、スレッタも今日、思い知ることになる。妖怪はやはり妖怪であり、その影響を受けてブレーキがぶっ壊れたミオリネもまた、同種の怪物なのだと。

 

「じゃあ、はぐれないようについてきてね。はぐれたら、多分死ぬから」

 

「………………え?」

 

「いくぞぉ! ミオリネ農園へっ!!」

 

 不穏な一言に戦慄としたスレッタを連れ、ロマン男は部屋を飛び出した。




壇ノ浦レポートに大爆笑した思い出。


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10. でもっくらしー

スレグエのターンは終わったので、スレミオの番?


「なっ、ななっ……!」

 

 声にならない叫びが漏れる。

 

 思考が停止し、目の前の光景を受け入れられないと脳が拒絶する。

 

 しかして、現実に"この"景色は目の前にあり、スレッタ・マーキュリーという一個人が感情で理解できなくとも、受け入れて前に進むしかない。

 

 そうしてガガガと壊れた情報端末のような音をさんざんならした後、スレッタの口から

 

「なんですか、これーっ!?!?!?!」

 

 広い広い大宇宙に、スレッタ・マーキュリーの悲鳴が出力された。

 

 どこまでも『わけわかりません』と、水星から来た彼女でさえも絶句する光景。それは果てしない緑。どこまでも続く緑。すべてを飲み込む緑。

 

 あまりに広く、あまりに巨大で、あまりにたくさんの……トマト畑。

 

 そう、ここはアスティカシア学園の五大危険領域が一つ、『女王の庭園』とあだ名されるミオリネ・レンブランの大農園であった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「あいつ、マジで商才はすごくてね。ほら、あの度胸に頭の良さに、人を見る目もあるからさ。学園内外でアドバイザーを始めたら、これが大成功」

 

「元の実績が多少あるとはいえ、最初は顧客の獲得に苦労したそうですが、試しに任せてみた企業がどこも業績がうなぎ上り。今ではミオリネさんの助言があれば年商が十倍にもなると、業界では噂されています」

 

「で、そのあがった業績の一割がミオリネの報酬になるって契約だからぼろ儲けでね。学内だとアイツ以上に資産もっているのはいないんじゃないかな?」

 

「だからと言って個人の企業を有しているわけでも、グループ内に地位を持っているわけでもないので、評議会への発言権はないですし、御父上の言葉には従わざるを得ないところはあるそうですが……」

 

「とにかくその有り余るお金を使って、廃棄予定だった戦術試験区域を買い上げて、農園に大改造しちゃったんだよ」

 

「………………は、はぁ」

 

 横で説明してくれるロマン妖怪とマリーの言葉は、スレッタの耳を素通りしていく。今体験していることがあまりにも衝撃的すぎて、スレッタの脳が処理落ちしているからだ。

 

 三人が歩くのは『無断立ち入り 殺す』と物騒な言葉が書かれた正門の内側の道。その両脇には青々と茂ったトマトの苗たち。どれも緑色が鮮やかで、ちらりと見える赤い実はよく膨らみおいしそう。

 

 水星ではもちろん広大な土壌など皆無で、こうして柔らかい土の上を歩くのも、植物の独特な香りもスレッタにとっては初体験。普通の農園ならば、自分も土いじりをしてみたいとはしゃいでいたかもしれないが、そうする前に周りの状況に圧倒されてしまう。

 

 左右から前方まで、視界の全てを埋め尽くす緑の苗木。上空にはそれに適切な日射を当てるためだろう、煌々とした明かりがともって、部屋は暑いくらい。さらに、この広大な農園を管理するために必要な人手として、

 

『キケン、キケン!』

 

『トオリマストオリマス!』

 

 と学内端末のハロにロボットアームとレッグをつけたロボットがあちらこちらで動いている。ロマン男によると、作業用に開発されたパワードハロというらしい。

 

 とにかく規模といい、設備といい、一個人の趣味では断じてない。大企業が一大プロジェクトとして動いているようにしか見えなかった。

 

「びっくりした?」

 

 言葉をなくしているスレッタに、ロマン男が気遣うように問いかける。

 

 びっくりしたもなにも、スレッタは首を縦に振るしかできない。ようやく口を開いても、感想を言葉にすることなんてできない。

 

「は、はい……。でも、すごいです、ミオリネさん……宇宙でこんなに……」

 

「でしょ? うちの食堂でも人気なんだよね、クイーンミオリネブランドのトマト。ほら、この間の戦勝パーティーでスレッタさんがおいしそうにしてたナポリタンのスパゲッティ。あれもミオリネのトマトから作ったケチャップを使ってるんだよ」

 

「あっ! あの、とってもおいしかったお料理ですかっ!?」

 

 スレッタはおっかなびっくり食べた後に頬をとろけさせるほど夢中になった料理を思い出した。甘さの中にちょっぴりの酸味がよく混ざり合ってて、本当においしかったことは忘れられない。

 

 と、そこでスレッタは先日ミオリネから聞いた話を思い出す。ミオリネがおなかをすかせたスレッタに、トマトを一つ食べさせてくれた時、

 

「……ミオリネさんのトマトって、お母さんのもの、だったんですよね?」

 

 あの時はここまで大きなことをしているとは知らなかったが、少し自慢げにミオリネが話してくれたことだ。

 

「ああ、もうスレッタさんには話してたんだ。……うん、お母さんが大事にしていたらしくてね、一人でずっと育ててたんだけど」

 

「委員長が『こんなに美味いんだから全宇宙に広めたら?』と言ってしまい」

 

「それがまさか、ここまでの規模になるとは……。でかすぎてミオリネ以外、全容を把握できてないし」

 

「……すごいですね、ミオリネさん」

 

 スレッタは心の底から思う。

 

 今までもミオリネに関して驚かされることは多かったけれども、スレッタにとってこの光景はあまりにもスケールが大きかった。スレッタ自身の大事な夢として水星をもっと豊かにするというものがあるが、個人の力と能力でここまでのことができるというのは、スレッタにとって明確な憧れだった。

 

 自分も、ここで学び続けたら、このくらい水星を豊かにできるのだろうか、なんて。そんな将来を漠然と考え始めていた時のこと。

 

「あ、あれ……?」

 

 スレッタは前を見ながら目を凝らす。

 

 三人が向かっていたのは、中央の通りから進んだ先、ミオリネがいるとされる管理施設だ。歩いては日が暮れて遭難するとロマン男が言うので、まずは移動用の車が置かれた駐車場へと行く途中だったのだが、

 

「なんでしょう、あれ……?」

 

 前から、砂埃を上げて何かが迫ってきていた。

 

「ん? なにかに追われている……?」

 

 それは、

 

「ピンクの……もふもふ?」

 

 スレッタは目を疑う。土煙の中に、ピンクの丸い球が二つ、左右に揺れているのだ。しかも、じっくり見ようとした途端にソレはスピードを上げて……

 

「わぁあああああ!? そこどけ、スペーシアン!?!?!?」

 

「うひゃあああああああああああ!?」

 

 土煙の先頭にいた、なぜかトラックに乗ったピンク髪の女の子と、荷台に積まれた男の子たち。そして、トラックを追いかけてきたのだろう、目を真っ赤に光らせたパワードハロの大行進。

 

 スレッタ達はその謎の喧騒に巻き込まれ、

 

「す、スレッタさぁああああん!?」

 

「た、たすけてぇええええええ!?」

 

 スレッタだけが流れに呑まれていずこかへ運ばれてしまうのだった……。

 

 

 

 そして、

 

「あーしらは最後まで戦うぞー!!」

 

「「たたかうぞー!!」」

 

「ふとーろーどー反たーい!!」

 

「「労働者にじゆうをーっ!!!!」」

 

「…………えっと、こ、これはなんなん、ですか?」

 

「すまないね、うちの若い子たちが。粗茶だが、これでも飲んで落ち着いてくれ」

 

「は、はい……ありがとう、ございます?」

 

 気がついたとき、スレッタは謎の学生たちと共に、どこかの廃屋の中にいた。

 

 スレッタを介抱して、温かいお茶をくれた黒髪の少女(アリヤという三年生らしい)を含め、二十人ほどが廃屋の中におり、しかも、

 

「ぜったいに、自由を取り戻すぞ!」

 

「「「おぉおおおお!!」」」

 

 などと学生たちは謎の抗議活動に熱中している。その先頭に立つのは、先ほどの行進の先頭にいたピンク髪の少女。その少女はスレッタが意識を取り戻したことに気づくと、抗議活動の先頭から抜け出して、

 

「おっ! 気がついたか! 悪いな、巻き込んじまって!!」

 

 などと言いながらスレッタに近づいてきた。少女は戸惑うスレッタに、さらにわざと悪い顔をしながら、

 

「ひぃっ!? な、なんなんですか!? なんでわたし、ここにいるんですか!?」

 

「そりゃあ、お前を人質にして……あいたっ!?」

 

 と脅かすような言葉をかけるが、横からアリヤが頭をはたいて、その行動を止める。すると、その後ろにいた少し気の弱そうな上級生も同調して、チュチュと呼ばれた少女に説教を始めた。

 

「チュチュ、まずはちゃんと事情を説明するべきだ」

 

「そ、そうだよ……! こんなところに立てこもっても、解決しないって!!」

 

「いや、でも……」

 

「はぁ、じゃあ私から説明しよう」

 

 そう言って、アリヤはスレッタへことの次第を説明してくれる。

 

 アリヤと気弱そうなマルタン、それからピンク髪のチュアチュリー、通称チュチュは地球出身者だそうだ。学内では少数派な彼らは地球寮で共同生活を送っているらしい。廃屋の窓辺に立って、外へと声を荒げている男子たちも、同じく地球寮所属の学生とのことだ。

 

「そのほかにも諸々の事情で集まった他寮の子もいるのだが……共通点はこの農場で働いているアルバイトということだな」

 

「えっ、と……じゃあ、ミオリネさんといっしょに?」

 

「あはは、そうなんだ。自慢じゃないけどうちの寮は貧乏だからね、バイトの募集が来てたから応募したんだよ。だけど……」

 

「聞いてくれって! ひでえんだよ、あの冷酷プラスチック女っ!!」

 

「ひぃっ!?」

 

 話の途中で我慢ならないとばかりに、チュチュがスレッタの肩を掴む。顔は憤りに満ちており、雇い主であるミオリネにぶつけたい主張があるようだ。すると、他の男子たちまでもスレッタの周りに集まって、積もり積もった不満をぶちまけ始める。

 

「働いてる間は、どこにもいかせねえって支配してくるしっ!」

 

「おかげで俺、賭けで大損しちまったんだよっ!」

 

「手洗い行くにも監視をつけるしっ!」

 

「見たいテレビがあったから、ちょっと休みたいだけだったのに……」

 

「作業しながら話してたら、さぼってるって一分単位で給料から引くとかさぁ!! まじでここ、ひでえんだって!!」

 

「えっと……それで、なんでわたしが……?」

 

 その声を聞いて、なんとなくだが、彼らが抗議活動に出ている理由はわかった。わかったのだが、そこでなぜスレッタに訴えかけているのかわからない。スレッタが冷や汗を流しながら尋ねると、チュチュも少し落ち着いたのか、

 

「いきなり巻き込んじまったのは悪い。けど、アンタを見つけた時、チャンスだって思ったんだよ。あーしらは立場もない、人数もすくねえ地球人だ。どうせ抗議しても握りつぶされちまう。でも、あんたなら、あのミオリネにも話を通せるだろ? 花婿だし、ホルダーだ」

 

 チュチュは前々からスレッタのことに注目していたらしい。

 

 水星からたった一人でやってきた転入生というだけでも共感できるものがあったし、それでスペーシアンの企業同士のいさかいに巻き込まれてさんざんな目に遭ったことにも同情の念をいだいた。だというのに、最後は決闘にも勝って、ホルダーの座についている。

 

「だから……勝手な頼みかもしれねえけど、あーしらの声、届けてくれねえか?」

 

「わ、わたしは……」

 

 スレッタがようやく落ち着きを取り戻し、チュチュの言葉を理解しようとした……その時だった。

 

 

 

『ちょっと! 私がいないところで勝手なこと言わないでくれる!?』

 

 

 

「げぇっ!? ミオリネぇ!?」

 

 チュチュも男子たちも顔色を変えて、窓から外をうかがう。

 

 すると、そこには多数のパワードハロを従えたミオリネが、ハンドスピーカー片手に仁王立ちしていた。そしてミオリネは青筋をたてながら、スピーカーを構えて反論を始めるのだ。

 

「さっきから聞いてれば、元はと言えば契約を守らないアンタたちが悪いんでしょうが!! 休憩時間のことも、一時休憩のことも、給料の規定もぜーんぶ契約書に書いてあったっての!! しかもその分、給料はかなり盛ってあげたでしょっ!!」

 

「「「うっ……!」」」

 

「それをこんな大ごとにして、スレッタにまで変なこと吹き込んで……! 大人しく作業に戻りなさいっ!!」

 

 正当性はこちらにあると真っ向からデモ隊の主張を否定するミオリネ。確かにそれは事実であり、詐欺の契約書などとは違い、ちゃんと太字で契約内容は書かれていた。しかし、デモ隊にも譲れない主張はある。

 

「うっせーっ! あーしらは機械じゃねえんだよっ!? 人には人情ってもんがあんだろがっ!」

 

「そ、そうだーっ! ここで作業したら、息が詰まるんだよぉ!!」

 

「もうちょっと自由にさせろーっ!」

 

「ふぅ……これは、平行線で終わりそうだ」

 

「あはは……地球寮、どうなるのかなぁ……」

 

「あ・ん・た・た・ち……!! こうなったら……!!」

 

 結局のところ、契約内容の完全な履行を求めるミオリネと、それはそれで職場環境の改善を求める労働者という争い。

 

 ミオリネもデモ側も譲らず、このまま両者の争いは歴史に数多刻まれた通りの武力闘争に発展するかと思われた……のだが、そこで両者の間に立つ者がいた。

 

 

 

 

「ま、まってください……!」

 

 

 

 スレッタが廃屋から飛び出して、ミオリネからデモ隊を守るように手を広げたのだ。

 

「スレッタ……? ちょ、アンタ、なんのつもりよ!?」

 

「み、ミオリネさんっ! お、おち、おちついて……っ!!」

 

「落ち着くのはアンタでしょう!?」

 

「ふぅー、ふぅー、み、ミオリネさんの言いたいことも分かりますっ! け、けどっ! 一緒に働くなら、ちゃんと話し合わないとっ、だ、だめですっ!!」

 

「……はぁ!? 私はちゃんと、労働者のことも考えて有利な契約にしてあげてるっての! 契約書をちゃんとみなさいよっ!!」

 

「で、でも、ちょっとおしゃべりしたいなーとか、そういう気持ちも、私にはわかりますっ! もっと、みんなと仲良くしないとだめですっ!!」

 

「仲良くしても事業は回らないのよっ! 適切な契約と、計画と、予算があって、それで初めて利益が出るのっ!」

 

「そ、それでも……!!」

 

 スレッタにもわかっている。ミオリネの言っていることは正論だ。本当の本当に正論だと思う。だとしても、やっぱり少し人間味がないというか、正論過ぎて相手が困ってしまうというか、そういうものだというのも分かってしまう。

 

 それに何より、

 

(ミオリネさんは…………!!)

 

 スレッタが何事かを叫ぼうとした、その時だった。

 

 

 

『ハーハッハッハ!! ロマンの匂いがしたぞぉ!!』

 

 

 

「ひぃ……!?」

 

「……はぁ、バカが来たわ」

 

 それは農園に置かれたスピーカーから。そして声の持ち主は、テンション爆上がりのロマン妖怪。どこからか話を盗み聞きしていたのか、こんなチャンスを見逃せないとばかりに横入してきたのだろう。

 

『ミオリネもスレッタさんも、譲れない主張がある。負けられない戦いがある……! となれば、決着をつける方法はひとぉつ!!!!』

 

 

 

『決闘だぁあああああああ!!』

 

 

 

「えっ、えぇええええええええええええ!?」

 

「…………そういうと思ったわよ、アンタは」

 

 その言葉にスレッタは頭を抱え、ミオリネは深く深くため息を吐く。そして、いきなり決闘だと言われたデモ隊の側は、

 

「決闘……?」

 

「でも、うちはチュチュしか……」

 

「ミオリネ側のパイロットって、ぜったいやばいやつじゃん!?」

 

「あのロマンパイセン、まぁた、余計なことしやがって……!!」

 

 決闘に敗北する想像で顔を青ざめる者や、これまでの経験からロマン男の介入がろくでもないと分かっている者まで多種多様。

 

 とはいえ、このロマン男が主張するのはスレッタとミオリネによる決闘だ。必然的に、

 

『ハハハ! 心配するな、デモ隊諸君!! 君たちには現在のホルダー、スレッタさんがついている!』

 

「わ、わたし、こっちがわですか!?」

 

『だって、ミオリネを止めたいんでしょ? だったらそっちサイドだよ?』

 

「た、たしかに、そうですけど……」

 

『そしてミオリネ側のパイロットは……!!』

 

 

 

「アンタよ、このバカ」

 

 

 

『…………え?』

 

 スピーカーの向こうでロマン男が固まる音がした。

 

「言い出しっぺのアンタに任せるわ。どーせ、私たちが騒いでいるのをロマンだなんだと見てるつもりだったんでしょうけど、そうはさせない。アンタがスレッタと戦いなさい」

 

『ちなみに、それで俺が負けた場合は……?』

 

「ふっ♪ 楽しみに待ってなさい」

 

 ミオリネは言いながら、笑顔で首をとんと叩いた。

 

 そのしぐさにしーんと、静まる農園内。これは大変なことになってしまったと戦慄するミオリネ以外の全員。

 

 ……こうしてロマン男とスレッタの決闘が決まってしまったのだった。




ちなみにリリッケとティルは契約書を読んで「やばいですねー」と思ったのでパスしてます。マルタンとアリヤは後輩たちが暴走しないようについてきてくれていました。

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11. 妖怪ロマン男

オリ主機の外見はライオンのないガオガイガーで想像していただけると。

後々、ライオンやらもつくかもしれませんが。


「すまない、スレッタ・マーキュリー」

 

「え……?」

 

「本来、この決闘は君と関係がなかったはずなのに、私たちの問題に巻き込んでしまった」

 

 地球寮の整備室の中で、アリヤはスレッタへと謝罪した。

 

「正直に言うと、今回の件は私たちが八割は悪い。オジェロもヌーノも、少しばかり浅はかというか……マイペース過ぎるところがあるし、チュチュはあの通りに激しい性格だ。私とマルタンがうまく抑えられればいいのだけど、性格上、うまくいかなくてね」

 

 はぁ、とアリヤはため息をつきながら言う。

 

 ちなみにその二年男子たちは、スレッタを巻き込んだ責任を取って、エアリアルを隅から隅までメンテナンスしている最中。アリヤにとってかわいい後輩なのには間違いないが、ギャンブル好きに喧嘩早さといい、もう少し大人しくしてほしいとも思ってしまう。

 

「できれば二年にもう一人、しっかり者の子がいてくれればいいんだが……いや、これはないものねだりか。とにかく、この決闘も君が嫌だというなら、断ってくれてもかまわないんだよ?」

 

 アリヤがスレッタに伝えたかったのは、今からでも決闘から降りるという手があるということだ。

 

 スレッタは今回、本当にとばっちりで巻き込まれただけ。

 

 かといって、負ければホルダーはロマン男の手にわたってしまうし、そのことでエアリアルがまた難癖付けられてしまうかもしれない。大人しくこの決闘の場から降りるのも、選択肢として考えてもいい。

 

 だが、

 

「だ、だいじょうぶ、です……!」

 

「本当に、いいのかい?」

 

「はいっ! 私も、ミオリネさんに言いたいこと、ありますから……!」

 

 スレッタにも戦う理由はある。

 

 ミオリネは確かに正しいのかもしれない。商才もあり、行動力があり、どこまでもその身一つで貫こうとしているのもわかる。

 

 だとしても、寮探しの件や農園のことを振り返ったことで、スレッタからミオリネに伝えたいこともできたのだ。

 

 決闘の勝者となり、それをミオリネに伝える。

 

 決闘とはお互いの主張を堂々とぶつける場所。グエルとの戦いで決闘をそう理解したスレッタにとって、もっとミオリネと仲良くなるいい機会だと考えていた。一つ不安材料があるとすれば……

 

「そういえば先輩って、どんな戦い方をするんですか?」

 

「そんなの見れば……って、そうか。君は来たばかりで、彼の戦いを見たことはなかったか」

 

「は、はい……」

 

 スレッタがロマン男の戦いを見たのは一度だけ。学校に来た初日に大人たちのMSに囲まれたスレッタをかばってくれた時のことだけだ。

 

 それも暗がりでのことで、彼がどんなMSに乗るのか、そもそも経営戦略科なのにMSに乗っているのはなぜなのかすら、スレッタはよく知らない。

 

「グエルさんと、ライバル……っていうことだけは知っているんですけど」

 

 するとアリヤは少しだけ言葉を選んで、

 

「そうだね……。一言で言うなら……無茶をするやつだ」

 

「む、無茶……?」

 

「そう。さらには無茶苦茶だ。アドバイスしようにも、なにをしてくるかわからないから対策の立てようがない」

 

「……そ、そんなに、ですか?」

 

「そんなに、だよ。アイツは昔からね」

 

 アリヤはそこで、過去を懐かしむように笑った。

 

「少し昔話をしようか。私が入学したころの学園は……言葉を選んでもかなり荒んでいてね。企業同士の小競り合いは激しいし、その空気のせいで学生に余裕もなかった。……なにより、アーシアン差別はひどいものだったよ」

 

「同じ、学生なのに、ですか?」

 

「そう言えるのは君が善良だからだね。地球と宇宙、経済の格差が生まれて幾年月。地球を対等だと思うスペーシアンはもういないし、学生であってもそう」

 

 アリヤたちは貧困にあえぐアーシアンの中でもかなり恵まれた方だ。教育の機会が与えられ、こうして大企業のおひざ元で生活できている。

 

 だとしても、周りのスペーシアンからすればアーシアンには変わりない。むしろ子供であることで残酷さには歯止めがかからない。学園全体でアーシアンは虐げていいと、そんな暗黙の了解さえあるほどだった。

 

「毎日毎日、嫌がらせだらけ。寮にいるとき以外、心が休まるときは来ないんだろうって、そう思っていたんだけど……」

 

 アリヤは目を閉じる。

 

 そして、あの"バカ"が無茶苦茶をしていた日々のことを思い出す。今でも、彼女の耳にはあの底抜けに元気な声が響いてくるようだった。

 

『差別なんてめんどくせえ! それより青春しようぜ!!』

 

 なんて、わざわざいじめられているアーシアンの女の子の元へ飛んできては、いじめていた上級生に青春とロマンを布教しはじめる不審者。そんなことを毎日するものだから、ついたあだ名が妖怪ロマン男。

 

 当然、上級生はアーシアンの味方をする裏切り者だと、ロマン男も攻撃しようとするが、この学園で小競り合いが起これば解決方法は一つだ。

 

「彼はすべての決闘に勝利したよ……私たちのために。そして決闘の勝利と、自分の会社の力も使って、一つ一つ学園を変えた。自治会を立ちあげ弱者の受け皿にし、理事にもなって仕組みを変え、学生らしい楽しみを増やしては、私たちも中に入れるようにした。おかげで今、この学園の差別は驚くほど少ない」

 

 スペーシアンへの対抗意識が強いチュチュが、スレッタに素直に頼みごとができたのも、その影響が大きい。これで日ごろから嫌がらせを受けていたら、手の付けられない狂犬になっていただろうとアリヤは思う。

 

「彼はそれを理想のロマンを実現するためだと言っていたけれど、私にとっては……そうだね、控えめに言っても返し切れない恩がありすぎるな」

 

 アリヤはそこで、少し語りすぎたとばかりに頬を赤く染めると、こほんと咳払いをした。

 

「そういう無茶を通す力を彼は持っているし、グエル・ジェタークまでとは言わないが操縦技術も一級品だ。戦うなら、最初から全力でいくことを勧めるよ」

 

「……はいっ! わかりましたっ!」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 そして決闘の日が訪れる。

 

 決闘委員会のラウンジにて、向かい合うスレッタとミオリネ。両者の近くにはそれぞれ地球寮の面々とロマン男が控えていた。

 

 それらを見て立会人のグエルは呆れるように言う。

 

「よりにもよって、スレッタとお前が決闘かよ。これでそのバカが勝ったら、ホルダーもバカのものになるが、いいのか?」

 

「その時はこのバカに毒を盛って存在を消してから、スレッタをホルダーにするわよ。あくまでこれは事業を円滑に進めるための決闘。ホルダーの話は関与させないわ」

 

「そうか、ならいい」

 

((((いいんだ……))))

 

 毒を盛るやらとんでもない話がさらりと出たことに、様子を見守るセセリアまでが愕然とするが、当のミオリネとグエルは平然として、決闘を進行させていく。

 

「双方、魂の代償をリーブラに」

 

「スレッタ・マーキュリー、お前はこの決闘になにを賭ける?」

 

「わ、私は……! ミオリネ農園のみなさんの、待遇改善ですっ!」

 

「ミオリネ・レンブラン、お前はこの決闘になにを賭ける?」

 

「従業員たちが、今後は一つも文句を言わずに働くことよ」

 

 そして、

 

「ālea jacta est……決闘を承認する」

 

 パンと打ち鳴らされた掌によって、決闘が正式に認められた。

 

 緊張が解けたのか、ほっと息を吐くスレッタ。するとそこへ、

 

「よろしく、スレッタさん!」

 

 などと顔を煌めかせながらロマン男がやってくる。

 

「せ、せんぱい……? な、なんでそんなにうれしそうなんですか?」

 

 負ければひどい目に遭い、勝っても毒が盛られるとか言われているのに、完全にピクニックに行く前日の子供のようなウキウキっぷりである。

 

 するとロマン男は楽し気に言うのだ。

 

「いきなり俺が決闘に出ろって言われた時は驚いたけど、考えてみたらスレッタさんと戦えるちょうどいい機会だからね! 成長した後輩と、先輩とがぶつかり合う……。悲しいけれど、これが運命……!! なんてロマンだっ!!!!」

 

「は、はぁ……」

 

 テンションが上がって、なにやら変な妄想までしている妖怪にスレッタもさすがに理解が及ばない様子。すると、そこに険しい顔をしたグエルが顔を挟みこんできた。

 

「おい、てめえ。スレッタ相手に変なことしてみろ。俺がただじゃ済まさねえぞ……!」

 

「ぐ、グエルさん!?」

 

「よかったわね、スレッタ。グエルの奴、べたぼれよ?」

 

「ち、ちげえっ! 俺は友人として、こいつの安全を心配しただけだっ!!」

 

「はっはっはっはっ! 安心しろ、グエル! 俺はロマンを追及するが、もちろん安全第一!! 見ていろアスティカシア学園! 最高で健全なロマンとエンタメで決闘を盛り上げてやるからなっ!!」

 

 しかし、その宣言を聞いたグエルも、ミオリネも、その表情は冷めたものだった。

 

「一つも安心できねえ……!」

 

「それだけは同感ね……」

 

 そしてスレッタは、

 

「先輩……」

 

 高笑いする妖怪ロマン男と呼ばれる、とてもとても世話になった気がする男のことを考える。改めて近くで見ても、どこまでも子供っぽく、なんだか自分たちとは違う世界を見ているような気さえしてくる人。だけれども、

 

『彼はすべての決闘に勝利したよ……私たちのために』

 

(誰かを守るために、ずっと戦い続けてきた強い人……!)

 

 アリヤの言葉を思い出し、スレッタはぐっと拳を握りしめた。

 

 

 

 決闘の場所は、第11戦術試験区域。もちろん、形式は個人戦。

 

 そこは月面を模した、遮蔽物が少ない平坦なステージだった。

 

(私とエアリアルにとっては、かなり戦いやすい場所、だよね?)

 

 エアリアルとともに降り立ったスレッタは、コクピットから周囲の状況を確認し、そう結論付ける。

 

 エアリアルの特徴的な武装であるエスカッシャン、そしてそれを構成する11のガンビットを使うには理想的な環境だ。

 

 なにせ、相手は遮蔽物に隠れることもできず、全方位からのビットの射撃にさらされることになるのだから。

 

 どうやって先輩の機体を追い詰めていくか。その戦い方を頭の中でゲームのようにシミュレーションしていたスレッタ。そこへチュチュたち地球寮の面々から通信が入る。

 

「は、はい、もしも……」

 

『スレッタの姉御っ! あーしたちの運命、姉御に託したかんなっ!』

 

「あ、あね……!?」

 

『頼むぅ! 俺たちの自由のためにっ!』

 

『今後、俺達をただでこきつかっていいからさぁ』

 

『あはは、ほんと迷惑かけてごめんね。でも……お願い』

 

「は、はいっ! 頑張りますっ!」

 

 スレッタはなんだか嬉しくなって元気に返事をする。

 

 この間の決闘の時も、観客席で少なくない学生たちが自分を応援してくれているのを知ったときは、とても温かな気持ちになって、力が湧いてきた。

 

 今回もそう。きっとこれなら戦えると、考えた時。

 

『仲間からのエール、それにこたえるヒロイン!! いいぞっ! いいロマンだっ!!』

 

「え……? えぇえええええええ!?」

 

 スレッタが上空を見ながら、驚きの声を上げた。

 

 ロマン男の声が響くと同時に、試験区域の上空からコンテナが地面に向かって射出されたからだ。

 

 轟音と共に巻き上がる砂埃。少しだけそれが晴れると、中から謎のオーラを放つコンテナが現れる。そして、

 

『来いっ!!! ヴィクトリォオオオオオオオオン!!!!』

 

 声帯が焼ききれんじゃないかというロマン男の大声とともに、コンテナが開き、異形のMSが姿を現した。

 

 それは全身ゴテゴテの重装甲。機能性より見栄えだけを重視したことがまるわかりの、子供の空想から出てきたようなロボット。そしてなにより、スレッタが子供の頃に水星で見た、古いアニメの主人公機そのまんまな姿。

 

 ロマン男の文字通りの愛機、ヴィクトリオン。

 

 それが派手な音とポーズ、そして謎の爆発とともに姿を現したのだ。

 

『待たせたなぁ、スレッタさん! およびとあらば即参上! 見敵必殺ヴィクトリオン、ただいま現着!!』

 

 ロマン男がしゃべるたびに、なぜか頭部のツインアイがピカピカと光る。しかも謎の口上を言っている間の動きときたら、あまりにもぬるぬるとしていてエアリアルよりもよほどGUND-ARMを使っているんじゃないかというほどだ。

 

「はわわわわわ……!」

 

 一方、それを目の前で見させられたスレッタはと言えば、混乱の極みにあった。

 

 当然である。

 

 決闘に来たと思ったら、こんなアニメみたいな展開に巻き込まれるなんて想定外だ。水星で数々の修羅場をくぐったスレッタといえど、こんなことは経験したことがない。

 

 しかし、これはアニメじゃない。ほんとのこと。

 

 そしてスレッタが混乱している間にも、決闘は進行していく。

 

『両者向……って、おい! しっかりしろ、スレッタ!!』

 

「ぐ、グエルさん!? あ、あれ、あれって何なんですか!?」

 

『うろたえんな、あれはバカだっ! まずは冷静になれっ!』

 

「は、はいっ!」

 

『ふふふふ、スレッタさんも見惚れてしまったか。このヴィクトリオンのかっこよさに』

 

『てめえは少しでも現実を見ろっ!! もういいな? ……両者、向顔!』

 

『いくぜぇ! 勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらずっ!!!!』

 

「そ、操縦者の技のみで決まらず……!」

 

『「ただ、結果のみが真実!!」』

 

 

 

『フィックスリリース!』

 

 

 

「LP041スレッタ・マーキュリー! エアリアル、行きます……!」

 

『KS002! アスム・ロンド!! ヴィクトリオン発進!!』

 

 砂埃を上げながら起動する両MS。そしてもちろん、その模様は全校に公開されていて、特設された観覧席では両者の応援団が気炎を吐いていた。

 

 そんな全校が見守る中で始まった決戦。

 

 スレッタは事前の想定通り、まずはエスカッシャンからガンビットたちを独立させる。相手は謎の多い機体だけれど、この間のディランザのように重装甲のMSへの戦い方は理解していた。

 

 どんなに堅い敵でも、関節部は弱点。

 

 だからそこを狙おうと、ガンビットが宙を泳ぎ、照準を定めようとしたのだが、

 

「…………え?」

 

『ヴィクトリオンンン、ゴォオオオオオ!!!!!!』

 

 その前にバカの叫びを伴いながら、ド派手にバーニアを吹かせたヴィクトリオンがエアリアルへと突っ込んできたのだ。真正面から。なんのためらいもなく。

 

「えぇええええええ!?」

 

 慌てたスレッタは、後退しながらビームライフルで応戦する。

 

 同時に、スレッタの指示を受けたガンビットたちも、四方からヴィクトリオンを狙撃した。狙いは関節部と頭部のブレードアンテナ。しかし、ただでさえ最大出力の爆走で迫ってくる相手。しかもその動きが土煙をまき散らしてのど派手なものとなれば難しい。

 

 狙ったとおりの関節部には照準が合わず、見かけ通りに分厚い装甲に当てて傷をつけることはできても肝心の関節部やブレードアンテナを破壊することはできない。

 

 直線の機動力と膂力は相手のほうが圧倒的に上。

 

 巻き上がる砂煙、噴射熱だけでゆがむ背景。

 

 そうして迫る様は、スレッタが見てきたどのMSよりも恐ろしさに満ちていた。そして、

 

『最短で、最速で、まっすぐにいいいいいい!!!!!!』

 

 バカが嬉しそうに叫ぶ。

 

 ヌンっ、と。とうとう攻撃を潜り抜けてスレッタとエアリアルに肉薄したゴテゴテロボット。

 

 しかも、それは既に右こぶしを引き絞ったような奇妙なポーズをしており、バカは待ってましたとばかりにそれを叫ぶのだ。

 

 光る拳、轟く炎、火花散らす回転の先に現れる、ロボットといえばな伝統の技。

 

『ひっさぁああああああああああつ!!』

 

「えっ、なにっ!? なにっ!? なんなんですかぁ!?」

 

『ロケットパァアアアアアアンチ!!!!!!』

 

 声とともに、ヴィクトリオンの拳がうなりを上げて、エアリアルの頭へ発射された。

 

 ぎゅんぎゅん回転し、謎の光を発しながら迫るマニピュレーターにしてはでかすぎる腕部。

 

 そんなものを打ち出してきたヴィクトリオンと、なにより戦闘中にずっと叫んでいるロマン妖怪に対して、スレッタとエアリアルは思う。

 

((なにこのひと、こわい……!!))

 

 

 

 一方で、ヴィクトリオンとロマン妖怪がさっそくの見せ場を作ったことで、実況席もヒートアップしていく。

 

『おぉっと!! 避けた避けた!! スレッタちゃんとエアリアルきゅん、間一髪でロケットパンチをよけたぁああああ!! 解説のシャディク先輩、今のはいかがでしょうっ!』

 

『うーん、水星ちゃんが見事っていう他ないね。あの距離からロケットパンチを出されると、たいていのパイロットはシールドや腕で防ごうとするんだけど、そのまま装甲ごと貫通してブレードアンテナを折られちゃうんだよ。

 だからエアリアルが態勢を崩しながらも直撃を回避したのはいい判断だね。水星っていう過酷な環境での操縦経験が危険を察知したんじゃないかな?』

 

『なるほどっ! しかし、ピンチはまだ続いていくっ! 逃げるエアリアル、追いかけるヴィクトリオン!! 距離は……っ、だめだっ! 離せないっ!!』

 

『おやおや、完全にアスムのペースだね。水星ちゃんも何とかしないと、このまま押し切られちゃうかもしれないよ?』

 

 

 

 そんな解説がされていることを、当然、スレッタは聞く余裕がない。

 

 実況の通り、ヴィクトリオンとロマン男はエアリアルとの至近距離を保ったまま、攻勢を続けていた。

 

 ごつい腕よりも当然さらにごつい脚部でのキックや、残った左手の袖から出てきたビームサーベルによる斬撃だ。

 

 スレッタとエアリアルも、ビームサーベルを背中から抜き出して捌いていくが、膂力の違いもあって、押されるばかり。ならば、得意のガンビットを用いた射撃を行うべきなのだろうが、

 

「この距離だと、エアリアルにも当たっちゃう……!!」

 

 そう、あまりにもヴィクトリオンが接近しすぎていた。接近戦で激しい動きを強制されている状態で、相手だけを狙って撃てというのはあまりにも難しい。生半可な射撃を加えたとしても重装甲の相手を数発で倒せるはずもなし。

 

 スレッタは考える、

 

(先輩、やっぱり強い……!)

 

 あのグエルとライバルだというのもはったりじゃない。

 

 最初の突撃時も機体のデリケートな箇所への攻撃は巧妙に防いでいたし、大仰な必殺技を打ち込むためにも高度な機体制御が必要だ。本当にどこが経営戦略科だという操縦技術である。

 

(接近戦を選んだのも、きっとみんなが攻撃しにくいように……)

 

『ハハハハハ!! 接近戦こそ男のロマン! やっぱりロボはこうでなくっちゃっ!!』

 

(……ちがうかも)

 

 本人の真意はどうあれ。状況はロマン男有利に傾いていた。

 

 だがスレッタとエアリアルとて、まだ見せていない手はたくさんある。

 

「みんな! 集まって!!」

 

『合体だとぉ!? くぅっ! 良いロマンだなっ!』

 

 スレッタの呼びかけに応じてガンビットたちがエアリアルの各部へと集まり、接続されていく。ビットオンフォームと呼ばれる、高機動形態。しかし、二機のビットだけは接続させないまま置いておき、

 

「しつれいしますっ!」

 

『っ!?』

 

 エアリアルとヴィクトリオンの間、そのわずかな隙間へとビームを連射したのだ。

 

 地面すれすれからの地面への射撃なら、万が一にも誤爆の危険はない。しかし、それで起きる効果は絶大だった。衝撃と巻き上がった砂埃は確かにロマン男の行動を一手遅らせ、その隙にエアリアルは全スラスターを最大出力で展開、ロマン男の魔の手を逃れ、宙へと舞い上がった。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 ようやくと息をつこうとするスレッタ。

 

 距離がとれたなら今度こそビットで攻撃を、と考えるが……しかし、ロマン主義者は止まらない。

 

『ヴィクトリーカノンっ! 展開っ!!』

 

「…………へ?」

 

 デカく、アツく、カッコよく。それがスーパーのつくロボットの鉄則だと信じてやまないロマン男に、小休止などというものはない。

 

 ヴィクトリオンの背中からガチャガチャと派手な音を鳴らしながら、ロケットパンチで失われた右腕部へとパーツが展開されていく。質量が偏りすぎて、直立するのが難しくなったのだろう。片膝をつき、全身で右手を支える姿勢になるヴィクトリオン。

 

『フルチャージっ!!!!』

 

 その右手に現れたのは、それを行ってもなお支え切れるか不安なほどの大口径の砲身。しかも見ている間に、ぎゅんぎゅんと音を立て、砲身へとパワーが集まっていく。

 

 それは兵器としての利便性や、整備性なんて最初から無視した兵装。

 

 どこまでもアニメ染みた光景に。スレッタはまたしても、我を忘れて叫んでしまった。

 

「そ、そんなのありですかぁああああ!?」

 

『ロマンなら……ありさ!!!!』

 

 

 

『ヴィクトリ―カノン、はっしゃぁあああああ!!!!』

 

 

 

 そしてカッと目がくらむほどの光とともに、極太のビームが発射され、スレッタとエアリアルはその光に飲み込まれていった。




次回でこの章も終わりです。

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12. LOVEですっ

年内最後の更新ですっ!

みなさま、ありがとうございましたっ!
来年もよろしくお願いしますっ!!


『うつくしい……』

 

 天空に向かって放たれた一条の光を見上げながら、ロマン男は呟いた。それは自社の技術者が整備性やら常識やら、商品価値やらを投げ捨てながら渡してくれた、ロマンあふれる武器の威力を見ての感想であり、

 

「あ、あぶなかった……! エアリアル、大丈夫?」

 

 それを受けても倒れない白い機体と少女への賛辞でもある。

 

 そう、スレッタとエアリアルは健在だった。

 

 ロマン男が『ヴィクトリ―カノン』と名付けた試作型大口径ビームライフルの直撃を受けたと思われた時は、学園各所から悲鳴と『俺たちのエアリアルきゅんが!?』『アイツマジ〇す!』などとロマン男への敵意が渦巻いたものだが、なんとかエアリアル爆散という最悪の結果は免れていた。

 

 その結果に、実況席も大いに盛り上がる。

 

『おおっと! エアリアルきゅんは無事だ―っ!! ですが、私の眼にもビームに飲み込まれるエアリアルきゅんが確かに見えたっ! これはどういうことでしょう、シャディク先輩!!』

 

『説明しよう。まず一つは、これまた水星ちゃんのとっさの判断が素晴らしかったということだね。次の攻撃が広範囲に渡ると判断し、すぐに射線上から離脱。だけれど、それだけでは攻撃から逃れられないと見極めて、途中でビットを盾に戻して防御を行ったんだよ』

 

『な、なるほど……!』

 

『中心から離れれば離れるだけ、ビームが拡散して破壊力自体は落ちるからね。盾でも十分に防御ができたのさ。それと、もう一つ』

 

『それは……!』

 

『あのビームが……見かけ倒しということだよ』

 

『そ、そうなんですか!?』

 

『そりゃあそうだよ。戦艦じゃあるまいし、見かけ通りならヴィクトリオンだけの動力で発射できる代物じゃない。アイツはそれをごまかして、なんとか見栄え良くしているわけだ。そもそも、そんな威力を当てたら相手のパイロットだって死んでしまうだろ? アイツはそういうことしないよ』

 

 実はヴィクトリオン自体、一世代前のMS技術で魔改造した機体だ。

 

 御三家と評される企業と違い、ロマン男が率いるロングロンド社の主力製品はMSではない。最新のドローン技術もなければ、ジェタークの軽量と頑強を両立した装甲も、ペイルの高機動も、グラスレーの特殊兵装も用意できない。

 

 戻ってこないロケットパンチに、見かけ優先して低出力のビームなど、冷静に考えなくとも無茶苦茶な設計をした機体なのだ。

 

 だが、

 

『不可能を可能に! 夢を現実にっ!! それがロマンってやつだろっ!!』

 

 ロマン男はコクピットで嬉しそうに叫ぶ。

 

 彼の判断基準はいかに商品を売るかでも、いかに他社を出し抜くかでもない。

 

 あくまでロマン。

 

 どれだけ見ている人々をワクワクさせられるか、ロボットは素晴らしいものだと思わせるか、それだけを考えて生きている。

 

 そして、

 

『ただ……見かけ倒しだからと言って、無意味なわけでもない。直撃を免れたとはいえ、エアリアルの全身には大きく負荷がかかっている。このまま戦うと厳しいだろうね』

 

 シャディクの言う通り、スレッタはコクピット内で冷や汗をかいていた。

 

 モニターには機体の各部で異変が起こったことを知らせるアラートが表示されており、まだ機体制御に影響は出ていないが、これ以上の継戦にはリスクを伴う状況。なにより、その機体状態であの堅い相手を倒せるのかといえば、手は限られる。

 

(どうしよう、どうしよう……)

 

 焦りながら、目まぐるしく頭の中で作戦を立てるスレッタ。その中には自分を応援してくれる地球寮の面々やミオリネ、ロマン男の顔も浮かんでは消えていく。しかし、有効な手は思い付かずに、焦りだけが頂点に達しようとした時、

 

『フフフフ、さぞ困っているだろう、スレッタさん』

 

「っ……! 先輩?」

 

 ロマン男が通信を入れてきた。

 

『超パワー、超装甲、そして超かっこいい! それがこのヴィクトリオン! ロマンと技術の結晶体をそう簡単に倒すことなどできないっ!! だから……』

 

 ロマン男はヘルメット越しに微笑むと、続ける。

 

『大切な後輩に、一つアドバイスしよう。とっても、とっても大事なことだ。これからも戦いで勝ちたいと、君が思うならね』

 

「そ、それって、なんですか……?」

 

 

 

『戦いはっ!! 声が大きい方が勝つっ!!!!』

 

 

 

「………………はい?」

 

 スレッタはその答えに茫然とした。

 

 頭が理解を拒む。だって声の大きさなんて、機体性能でも、操縦技術でもない。そもそも声の大きさで言うなら、自分はあの先輩に勝てるはずがない。

 

 なのでよくわからないまま目を白黒とさせていると、ロマン妖怪は続ける。

 

『ロボットアニメを見たことはないかい? 主人公たちは、必ず強敵を倒すときに叫び声をあげる。心の底に抱えた大きな気持ちを吐き出して、機体に託して戦うんだ。

 そして、必ず勝つっ!!

 なぜならっ! それほどの強い気持ちを、彼らがもっているからだっ! 大きい声とはすなわちっ、気持ちの強さっ!! それこそが勝敗を分かつ鍵なんだよっ!』

 

「っ……!」

 

『スレッタさんも心当たりがあるはずだよ? 君とグエルとの決闘。紙一重で君が勝利をつかんだのも、強い気持ちがあったからだ』

 

「あの時は……」

 

 確かにスレッタは思い当たるものがあった。ダリルバルデと衝突する寸前、その時に感じたのは『この学園にいたい』という衝動。そしてそれを叫びにしてエアリアルに託したことで、スレッタは勝利をもぎ取ることができた。

 

『なら早く叫ぼうっ! 君がこの戦いで勝利したい理由はなんだい? 農園の従業員のため? ミオリネの横暴に立ち向かうため? いいや、君が心に抱いた願いはそれじゃあないだろうっ!

 それを! 今ここで! ぶつけてこいっ!!』

 

「っ!?」

 

 そういってロマン男は機体の戦闘態勢を整えると、エアリアルへと向かって突撃してきた。

 

 あれだけの攻撃を放ったというのに、まだヴィクトリオンの動きに衰えがない。いや、現実にはエネルギーも底をつきかけているだろうが、そんなそぶりさえ、そこからは感じさせない。

 

 なぜなら、彼にもこの決闘に勝ちたい理由があるから。

 

『俺は勝ちたいっ! だって、俺はこの決闘がとても楽しいからっ! 君という素晴らしい後輩と、その美しいモビルスーツと一対一で戦えるっ! これがロマンじゃなくて何なんだっ!! 俺は憧れたロマンの中にいるっ!! だったら、俺の考える最強のロボットと一緒に勝利を目指したいっ!』

 

 だからこそ、これだけ戦えるのだと。手本を示すように。

 

 交差しながらエアリアルはヴィクトリオンと切り結ぶ。その巨大な体と同じくらい強い一撃一撃。そしてその攻撃はエアリアルとスレッタを急かすようで、

 

「わ、わたしは……」

 

 声は最初は小さく、

 

「わたしだって、勝ちたいですっ……!」

 

 しかしだんだん大きくなり、

 

「だって! だって……!!」

 

 そして発せられた声は、学園中に響いた。

 

 

 

『だって私、ミオリネさんが大好きだからっ!!!!!!』

 

 

 

 その突然の告白に、

 

「……………………………は?」

 

 ミオリネは観客席で聞いて頭を真っ白にさせ、

 

「てめえら……なんで俺をそんな目で見るっ……!?」

 

 グエルは周囲の生徒全員から同情の視線を浴びた。

 

 一瞬の静寂。そして驚き、ざわめくアスティカシア。

 

 学園中を一斉に駆け巡るのは『三角関係勃発』『時代は百合』『スレミオてえてえ』などの文面。学生記者たちは事実を確認しようとグエルとシャディクの元へと走り、解説席のシャディクは忽然と姿を消した。

 

 そして、スレッタ派とロマン男派で分かれていた観客席も一斉に『あらー』とほほえましいものを見るように変わっていくのだが……そんな周囲の状況を知るよしもない二人は、決闘をさらに白熱させていく。

 

 お互いの機体を、武器をぶつけ合わせ、ロマン男に煽られるまま、スレッタは大声で叫びをあげる。彼女の戦う理由を、勝ちたい理由を。

 

「私が知ってるミオリネさんは、とっても優しい人ですっ! 学校のことを案内してくれて、困ったときは守るって言ってくれて! エアリアルと私のために、お父さんにも立ち向かってくれました!」

 

「不安になってたら手を握ってくれて、ぶっきらぼうだけどお話するときは目を見てくれてっ! この間も寮が見つからない間は泊めてくれて、夜が寒かったら一緒のベッドに入れてくれましたっ!!」

 

「私はそんなミオリネさんが大好きですっ! 大切な友達ですっ!!」

 

 繰り返し言うが、これは学園にライブで流れている。

 

 その間『ちょっとっ! 誰でもいいからあの子を止めなさいよっ!!』と顔を真っ赤にした女帝が観客席で暴れて『あらあらうふふ』とほほ笑む女生徒たちに羽交い絞めにされたり、グエルが真っ白に燃え尽きたり、一部生徒から『ミオリネママぁ……』などと新たな性癖が開かれる音がしたりするが、真剣に叫ぶスレッタには届かない。

 

 とにかく、スレッタがこの戦いに挑んだのも、ひとえにミオリネのため。

 

 この数日、ミオリネの学内での様子を見聞きしたスレッタは、どうしてもミオリネに言いたいのだ。

 

「なのに、周りのみんなはミオリネさんは酷い人だって、血も涙もない女帝とか、悪代官とか、お父さんよりひどい独裁者とかっ!!

 でも、違うんですっ! ミオリネさんは分かりにくいけど、ちゃんと優しい人なんですっ!!」

 

『だから、君はこの決闘でミオリネを止めに来たんだなっ!?』

 

「はいっ!! 私は決闘に勝ちますっ! それでミオリネさんに伝えるんですっ! みんなを怖がらせなくても、大丈夫だって! ミオリネさんは優しい人だから、ちゃんと話し合えばみんな協力してくれるって!!!!」

 

 一人でもあんなにすごいことができるミオリネ・レンブランという友達。だったら、一人じゃなければ、もっともっと、素敵なことができる。お父さんも超えることも、世界を平和にすることも。

 

(大丈夫、ですっ! だって何があっても、私はちゃんと友達でいるからっ! みんなだって、きっと……!!)

 

 それは純粋で、まだ大人の世界を知らずに友情の尊さを信じている……いや、今まさに感じている少女だから言えること。

 

 そして、ロマン男はそれを聞いて、満開の笑顔を浮かべながら涙した。

 

『嗚呼、なんて美しい友情っ!! これぞ、ロマン! 最高のロマンっ!! 俺は、この瞬間に立ち会えて幸せだっ……! 見事っ! 見事だよ、スレッタさん!』

 

 妖怪も認めるしかない。この少女はもう学園に来たばかりの転校生でも、手を引いてあげないといけないただの後輩でもない。強く優しい戦士であり、なによりも輝くロマンの体現者。

 

 そうロマン妖怪にとって、リスペクトすべき相手だ。

 

『だったらもう、俺は遠慮しない……!』

 

 己が望みをかなえたいならば、

 

『この俺に、勝って見せろよっ!! スレッタ・マーキュリーっ!!!!』

 

 ロマン男は叫び、機体の全エネルギーを燃やし尽くしながら、最後の攻撃に挑んだ。

 

 己が乗り越えるべき壁となり、少女の物語を完遂させるために。

 

 とるべき一手はもちろん、左手に残されたアレ。

 

『ひっさつぅうううううううう!!』

 

 突進しながら引き絞られる左手。スパークを上げるほどに回転し、おそらく反応ができないほどの速度で飛び出してくる質量弾。

 

 それはロマン男の叫びとともに、エアリアルへと向かう……

 

『ロケットパァアアアアア「そこですっ!!!!」……なにっ!?』

 

 はずだった。

 

 発射の直前、エアリアルが最大出力でヴィクトリオンの懐へと飛び込んできたのだ。

 

(先輩の言ったとおりだね、エアリアル。叫ぶと、力が湧いて……怖くないっ!!)

 

 スレッタとエアリアルの、文字通り覚悟を決めたカウンター。

 

 突き出された拳は突進してきたエアリアルの肩をかすめ、その装甲を弾き飛ばす。しかし、それだけ。目標を失ったロケットパンチは、試験区域の地面へと一直線に向かっていった。

 

 そして、

 

「私とエアリアルの、勝ちですっ!」

 

『ふっ、見事っ……!!』

 

 スレッタが下から切り上げたビームサーベルが、ヴィクトリオンのV字のブレードアンテナを切り落とした。

 

 

 

『勝者 スレッタ・マーキュリー』

 

 

 

 空中に浮かぶ文字に、またも爆発的に湧き上がる歓声。それを聞きながら、スレッタはコクピットの中で愛機へとほほ笑む。

 

「ふぅ、ふぅ……。やったね、エアリアル」

 

 とても疲れたけれど、なんだかとっても暑いけれど、だけれどすっきりした決闘。

 

 そして、そんな良い勝負のラストは、いつも決まっている。

 

『……負けたよ、スレッタさん。いいロマンをありがとう』

 

「こ、こちらこそっ! アドバイスありがとう、ございましたっ……!」

 

『いいんだよ。君は大切な後輩だから。……絶対に、次もまた勝負しようっ!』

 

「……はいっ!」

 

 空中で頷き合う、二機のモビルスーツ。

 

 二人のロマンあふれる決闘は、見ている誰もの心に熱いものを残し、こうして終幕となった。

 

 その後、この決闘は学内に『スレミオはガチ』派、『スレミオは友情』派とを生み出し、両派の終わらない長き論争の引き金になるのだが、それは別の話。

 

 ちなみにこれも恥ずかしい告白に入れるべきではという有識者の意見もあったが『恥ずかしくない、尊い』という多数派の抗議を受けて、その有識者は川に投げ捨てられ、そしてなぜかグエルがまた、全世界トレンド一位を取ることになった。

 

 

 

 さて、そんな決闘だが、まだ後始末というより後日談がある。

 

「スレッタァアアアアアア!! あんた、なにやってくれてんのよ!?」

 

「ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! で、でも、やっぱりミオリネさんには他の人と仲良くしてもらいたくてっ!!」

 

「っ~~~~!! せっかく築いてきた私のイメージがぁ……!!」

 

 ミオリネ農園にて、スレッタは顔を真っ赤にしたミオリネに思い切り頬を引っ張られていた。

 

 両者による決闘は一区切りがつき、あとは敗者が条件を受け入れる、つまりは農園アルバイトたちの待遇改善を行うだけ。この場はその会であったのだが、その前にスレッタとミオリネはお話しないといけないことが多すぎた。

 

「で、でもっ……なんでだめなんですか? ミオリネさん、ほんとにいい人なのに……」

 

「っ……。いい人でいても、私には得がないのよ。どうせ、アンタやあいつら以外は敵ばっかり。なら、恐れられていた方が気が楽なの。……性にもあっているしね」

 

 面倒なのは、ミオリネが"いい人"だというのも"ドライ"だというのも、どちらも真実であるということ。

 

 根は世話焼きでありながら、冷徹なビジネスウーマンとして演出していた面もあれば、父親譲りのプライドの高さや決断力の高さで、他の意見を一刀両断してしまう独裁者気質もミオリネ本人のもの。

 

 スレッタになにを言われたとて、急に優しい聖人になどはなれないと、ミオリネも分かっている。

 

 だけれど、

 

(……冷徹な、独裁者よりはマシね)

 

 自分で世界を変えてやると決めてから、それこそ父親すら超えて自由になってやろうと進んできた。けれど、他人からはそのまんま嫌悪する父親の生き写しと見られ続けるのも、それはそれで腹立たしいことに違いない。

 

 ミオリネはデリングになりたいのではなく、デリングを倒したいのだから。

 

「だったらスレッタさんの言った通り、仲間をもっと作った方がいいんじゃないか? そっちの方が主人公っぽいしロマンあるから」

 

「バカに心の中を読まれたくないんだけど……。ったく、バカのくせに好き勝手に言ってくれるわ……」

 

 だが、あの決闘の場でもまっすぐに自分を慕ってくれるスレッタを「信用できない」とか「仲間じゃない」と拒絶することもできないのが自分だと、ミオリネは分かっている。

 

 なので、そういう自分を受け止めて、妥協するしかない。

 

「はぁ……、アンタたちっ!」

 

 ミオリネは大きく息を吐くと、アルバイトの面々に分厚い冊子を見せた。

 

「み、ミオリネさん……? それって?」

 

「どうせバカが負けるって思って、用意していたのよ。従業員の待遇を改善した契約書をね」

 

 おおっ!とオジェロとチュチュから喜びの声が上がる。だが、

 

「ただし、これは文句が一欠けらも出ないようにガチガチに規約を定めた"書類上は"従業員に優しい契約! ……だったけど、やめたわ」

 

 ビリビリ、とミオリネは契約書を破り捨てて丸めると、ぽいとゴミ箱へ放り投げた。

 

 ミオリネは少しだけ、ほんの少しだけ自省をしながら言葉を紡ぐ。

 

「確かにアンタたちの意見も、一部は正論ね。人を雇うのに意見も聞かないなら、機械だけに任せた方がいいもの……。それに、こんなにこじれさせたら、最初の目的が達成できない」

 

「目的……?」

 

「トマトって地球の野菜でしょ? これから品種改良とか、生産をさらに拡大するときに地球出身者ならいい意見をもらえるかもって思ったのよ」

 

「なるほど、だから私たち地球寮を中心に集めたわけだ」

 

「そういうこと」

 

 なので、とミオリネは腕を組み、全員を見渡しながら言う。

 

「雇用条件見直しにあたり、アンタたちの意見をちゃんと取り入れるわ。……一緒に、いい仕事をしていきましょ」

 

「「「うぉおおおおおお!!」」」

 

「ただしっ!!!!」

 

「「「っ!?」」」

 

 ミオリネはそこで空恐ろしい顔をした。

 

「信頼する分、責任もたーっぷり押し付けるから! 特に意図的なサボりのペナルティは、さらに重くするっ! わかったわね!!」

 

 その言葉に主に男子二人が崩れ落ちるが、さすがにこればかりは先輩たちもチュチュも、かばう気は起きない。

 

「まっ、あーしらも対等っていうなら、文句言うことはねえな」

 

 とのことだ。

 

 こうして一つの争いに終止符が打たれ、ミオリネ農園はミオリネと地球寮中心に運営されるようになる。そして、もう一つの問題も。

 

 

 

「スレッタだが、地球寮に入ることになったよ。特にチュチュが懐いてね、あの子は姉のような存在が欲しかったみたいだ」

 

「へぇーっ! そりゃよかった!」

 

 地球寮の中に作られた真新しい動物飼育小屋。何十匹もヤギや鶏が快適そうに暮らしているそこで、アリヤとロマン男は並んでエサをやりながら会話を弾ませていた。

 

 スレッタの入寮が決まったことを説明したいと、アリヤが呼び出したのだ。

 

「ミオリネの奴も、媚び売ってくる連中よりも地球寮の子のほうが安全だって言ってたし、これがベストな選択だと思うよ」

 

「そんな他人事のようなことを言っているけれど、本当は君の狙い通りだったんじゃないかな? 農園に連れてきたタイミングなんて、特にばっちりだったじゃないか」

 

「いや、ないないっ! スレッタさんがスレッタさんらしく生活できる場所って考えたら、アリヤたちのところがいいんじゃないかって思ったくらいだよ。あんなことが起こるとか思ってなかったから。同級生を信じてくれって」

 

「同級生だからこそ、君ならもしかして……って思ったりするんだけどね」

 

 君はやさしすぎる人だから、とアリヤは小声でつぶやく。

 

 何度も自分たちを助けてくれたように、後輩のためなら、なんでもしてしまいそうだ、と。

 

 だが、それを言うのは無粋だし、いい結果に水を差すだけのものでしかない。

 

「とにかく、スレッタのことは任せてくれ。ティルとマルタン、それから私で面倒をみよう。それと悪いギャンブルだけは教えさせないようにするから安心してくれ」

 

「任せたっ!」

 

「任された。ああ、それと、これは個人的な頼みでもあるんだが……たまには、うちにも遊びに来てくれないか? 最近、占いの腕もまた上がっててね」

 

「へぇーっ、どんなの?」

 

「ふふっ♪ 知りたいかい?」

 

 そしてアリヤは微笑むと、一年生の頃から変わらない、少年みたいな顔を見つめながら言った。

 

「恋占い。……きっと、いい結果を伝えられると思うよ」




ということで、ミオリネ+オリ主くんの章でした。

オリ主だけ目立たせるよりも、原作キャラを動かしたり変化させるついでとして、オリ主を描くのが好きだったりします。

次回はちょっと閑話を挟みつつ、〇〇〇くんの章を進めていきます。
来年もよろしくお願いいたします。

よろしければ年の最後に、
評価、感想などもいただけると嬉しいです。

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13. 焼きそばパン

十三機兵防衛圏は最高だぞぉ?

迫る強大な敵へ立ち向かうロボット。複雑に絡まった人間関係と謎。
そして魅力的なキャラクターたちの友情と愛。

まさにロマンと言える作品でした。大好きです。


 アスティカシア高等専門学園。

 

 巨大企業ベネリットグループが運営する教育機関であり、その目的は将来のグループを背負って立つ若者たちを育てること。なので、一般的に想像される学校というものよりも専門性が高く、実態も特殊だ。

 

 入学にはそもそも企業からの推薦が必要であるし、結果、学校やクラスというまとまりよりも企業という単位で学生たちもグループを作ってしまう。しかもそれがライバル企業となれば、企業間の競争がそのまま学生たちの対立の温床にもなってしまう。

 

 ただ、それも総裁であるデリング・レンブランの意図通りなのだろう。

 

 戦わなければ生き残れないと、常にささやかれているように。この学園は闘争を求めている。

 

 最たるものは決闘の制度であるし、娘であるミオリネをそのトロフィーとして学園に放り込んだのも、闘争を煽り立てるため。

 

 なので、もしかしたらこれも、彼が求める闘争の形なのかもしれない……

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 ある日の昼下がりのこと、

 

「貴様あァアアアアアア!! 俺の獲物を横取する気かぁああああ!!」

 

「お前こそ、俺の邪魔をするんじゃねえええ!!!!」

 

「フフフ、ハハハハ!! 争え、争え……!!」

 

「もういやだよぉ、なんでみんなこんなに争うのぉ……!!」

 

「これが世界の真実!! 俺たちは争いから逃れられないんだ……!」

 

 アスティカシアの一角で、血みどろの抗争が巻き起こっていた。

 

 百人もの生徒が、一点を目指して押し合いへし合い。その目は血走り、お互いに絶対に譲らないと言わんばかりの様相。普段同じ寮で仲良くしていたとしても関係ない。すべては敵。

 

 なぜなら、彼らが戦うのは極めて原始的な欲求に従ってのものだから。

 

 

 

「「「プレミアムパンは俺のものだぁあああ!!!!」」」

 

 

 

 そんな光景を見て、スレッタ・マーキュリーはガタガタと食堂の隅で震えていた。

 

「あわあわあわ……! な、なんなんですか、チュチュちゃん!? なんでみんな怖い顔しているんですか……!?」

 

「あー、姉御は知らなかったか。うちの名物なんだよ。月に一回、数量限定でプレミアムパンが販売されて、それを食いたい連中がああして争ってんの」

 

「ぷ、プレミアムパン?」

 

「地球でもめったに取れない高級食材を、これまた最上級ホテルのオーナーシェフが調理したーとかそういう話だけど……ま、言い出しっぺがあのロマンパイセンだからほんとかどうか……

 んなことより、早くいこーぜ。このままじゃ飯を食う時間が無くなっちまう!」

 

「う、うん……!!」

 

 チュチュはそういって、スレッタの手を取ると、パンを求める亡者の群れを避けて、注文へと向かう。

 

 何はともあれ、今日もアスティカシア学園は平和だった。

 

 余談ではあるが、アスティカシア学園で食事をとろうとすると、いくつかの選択肢がある。

 

 まずは学内に展開している食料品店やレストラン、つまりは民営の場所。教員や学生、さらにはインフラスタッフを含めれば一つの巨大都市となっているアスティカシアにおいては、グループ外企業も進出に乗り気で、それだけでも多くの品ぞろえがある。

 

 もう一つは、寮の中。各寮にはそれぞれ食事設備があり、寮に所属する学生ならば無料で食事がふるまわれる。メニューや品質は寮の母体となる企業の力の入れ具合によって多種多様だ。例えばジェターク寮などはザ・古き体育会系と言わんばかりのスタミナたっぷりメニューが特徴であるし、グラスレーは美容にも良い健康志向。そしてペイルは何が入っているかわからない。

 

 最後が、学園の公立食堂で、もっとも収容スペースが大きく、学園内にメインとサブを含めていくつかが点在している。

 

 そしてスレッタ達が訪れているのは、メインの大食堂だ。

 

 かつては『味ない』『色ない』『味気ない』の"三ない"で知られる宇宙食のようなものしか売られていなかったのだが、数年前に学生による壮大な食堂改革運動が巻き起こり、大きく様変わりした。

 

 ミオリネ農園から直で卸された新鮮なトマトや、地球直送フェアトレードの新鮮な食材を使い、スカウトされた高級レストランのシェフらが丹精を込めて料理している。品揃えだけでも百種はあり、今では学生寮にこもるよりも、この食堂に集まってみんなで和気あいあいと食べるのが常識となり始めている。

 

 その契機となった食堂改革の先頭には『学生の体をつくるのは良質な食事!! それが将来のベネリットのため!!』とさも耳ざわりのいい言葉を掲げながら『うまくない食事なんて青春じゃねえ』という自分の欲望を押し通した妖怪がいたとかいないとか。

 

 さて、その妖怪も妖怪と言えど、一人の学生。

 

 学業に励めば腹も減る。なので、彼もこの喧騒の中で食事をしていた。そこへ、

 

「やあ、ここ座ってもいいかな?」

 

 金髪の髪をなびかせ、さわやかイケメンフェイスを振りまきながらシャディク・ゼネリがやってきた。その姿に背後では女生徒が顔を赤らめたり、携帯で写真を撮ったりしているが、シャディクは軽く手を振るくらいで対処する。

 

 彼としても、今はロマン妖怪と食事をとることを優先したい様子。

 

 そして、シャディクも大切な友人であると信じているロマン男も、断る理由がない。手で、空いていた自分の前の席へと促すと、気のいい笑顔を向けた。

 

「もちろんもちろん! お疲れ、シャディク!」

 

「アスムこそ、お疲れ。今日は委員会の子と一緒じゃないのかい? 体育祭もそろそろだから、忙しいと思ったんだけど」

 

「今年で俺が卒業だからって、後輩が張り切ってんだ。『先輩を見習ってロマンあふれる祭りにします!!』って。だから、今回は任せることにしたの」

 

「へぇ……。いい後輩じゃないか」

 

「来年からのアスティカシアも安泰だ。と、それでシャディクの今日のメニューは……おっ! 特製カレーじゃん。シャディクは、ほんとそのカレー好きだよなぁ」

 

 シャディクのプレートに乗るのは、黄金色がまぶしい、見るからにコクと旨味がたっぷりなアジア風カレー、バターライス付き。食堂がリニューアルされて以来の、シャディクのお気に入り料理だった。

 

 それを指摘されると、シャディクは子供らしい笑顔を見せる。

 

「故郷の味を思い出すんだ。何度食べても飽きない、胃と心にしみる味ってやつさ。お前のほうこそ、よく飽きないね、その焼きそばパン」

 

「昼はなんとなく、焼きそばパンを食べたくなるんだ。これはきっと、遺伝子レベルでなんかが刻まれているに違いない」

 

「そこまで言われるときになるな……一口もらっても?」

 

「いいぞー、ちょい待ってな……ほれ」

 

「いただくよ……んん。……なるほど、単純な作りに見えて、食材の良さが出ている」

 

「タイムスリップしても食べたくなる味だな」

 

「それは、またゲームか漫画の話かい?」

 

「そうなんだよっ! ちょっと聞いてくれって、いきなり襲ってきた謎の敵に、子供たちが……」

 

 などと、学園内でも有名人のはずの二人は、なんでもない様子で会話を続ける。

 

 最近の外の世界で話題になった出来事や、失恋したと勘違いしたグエルをスレッタが慰めるのに大変だったこと、お互いの寮生の悩み相談や。内容は雑多で、ころころと移り変わり、だけれどそれも楽しそうに。

 

 そんな話題は、これから控えている体育祭のことにまで発展する。

 

「体育祭も今年で三年目か……。お前はほんと、よく上に通したもんだよ。今年はとうとうデリング総裁まで視察に来るそうじゃないか」

 

「そりゃあ、ベネリットグループに大いに利益がある行事ですから?

 『パイロットに必要な戦闘教練を大規模に行い、かつその中でメカニックと運営を学生に任せることでより対応力のある人材を育てる』ためでありますっ!」

 

「嘘をつくな、嘘を。お前がやりたかっただけだろう?」

 

「ははっ、嘘も方便だって。それに、シャディクだって協力してくれたじゃん。今でも感謝してるんだぜ? 他の寮はどこも乗り気じゃなかったのに、グラスレーとして一番に参加を表明してくれて」

 

「当たり前だよ。数少ない友達の頼みだ……」

 

 と、そこでシャディクはスプーンを置くと、少し目を細めながら視線をロマン男へと向けた。

 

 

 

「その友達のよしみで知りたいことがあるんだけど……いいかな?」

 

 

 

 その瞬間、近くに生徒がいたのなら、空気が少しひりついたのを感じたかもしれない。

 

 向かいのロマン男ならばなおさら。口近くに運んでいた焼きそばパンをトレーに置くと、少し姿勢を正してシャディクの視線を受け止めた。

 

「……なんだ?」

 

 鋭い視線がぶつかり合う中、シャディクは続ける。

 

「もちろん、わかっているだろう? ……エアリアル、いや、ガンダムのことだよ」

 

「…………」

 

「この間の決闘、そこでお前はかなりのデータを収集したはずだ。それを俺に提供してくれ」

 

「……条件は?」

 

 情報を収集したということを否定せず、ロマン男は先を促す。

 

「そうだね……。ベネリットグループの崩壊後……新しい秩序における相応の地位、でどうかな?」

 

「ふっ……、悪いやつだね、お前は……」

 

 …………そう、シャディクには、そしてロマン男にも野望があった。

 

 それは、この宇宙の経済を牛耳り、発展を停滞させているベネリットグループという巨大資本を打倒し、己たちの欲するまま、新たな秩序を構築しようというもの。

 

 ロマン男はそのために普段は道化の仮面をつけ、エアリアルという軍事的に重要な存在を手中に収めようと……

 

「………………くくっ」

 

「ふふっ……ははっ……」

 

 そんなわけはなかった。

 

 いきなり空気の重さがまるっと消える。なにせ、はたから見ても怪しい顔をしていた二人がそろって、口元を手で押さえて、体を震わせて、しまいには……

 

「「あははははははは!」」

 

 と大笑いを始めてしまったんだから。

 

 ひぃ、ひぃと腹を抱えたロマン男は、まだ収まらない笑い声のまま、シャディクに言った。

 

「ほんっと、はは……お前って悪い顔が得意だよなぁ。取引先でもそれやってんの?」

 

「もちろん♪ こうやって、キメ顔をすると、相手は勝手に怖がって条件を通してくれるからね。便利な道具だよ」

 

「にしても、グループ崩壊で新秩序とか……! あんなべたべたな悪い顔してないと、まだ諦めてないんかと思ったよ。いつのネタだ、それっ!」

 

「お前こそ、乗ってくる割には悪役の演技が下手だよ。もう少し腹芸でも勉強したらいいんだ」

 

「いいのいいの! いざとなったらお前が助けてくれるしね」

 

「まったく……」

 

 と、そこでシャディクは気楽な調子に戻って話を進める。

 

 秩序云々の話は冗談ではあるが、彼としても友人と相談をしておきたい内容も含まれていたからだ。

 

「とはいえ、半分はまじめな話として。どうなんだい、あのガンダムは?」

 

「あ、やっぱりガンダムなのね」

 

「そりゃそうさ。ミオリネだって勘づいてる。何も知らされていないだろう、水星ちゃんはかわいそうだけど、ガンダムじゃないっていう方が不自然だ。

 水星のレディ・プロスペラ、もしかしたらデリング総裁も何かを企んでいるかもしれない。いざというときのためには、備えておきたいんだ」

 

「そういうのまじで学校の外でやれよって話だけど。……そうだなぁ」

 

 そこでロマン男はつい先日に戦ったエアリアルの印象を思い出す。

 

 確かにいろいろと特殊な機体だと感じたが、戦っていた時にふと思ったのは、

 

「…………こども?」

 

「ん? それはどういう?」

 

「いや、ヴィクトリオンで突進したときとか、ビットがなんか驚くようなリアクションしてて。ちょっと人間っぽ過ぎたというか……」

 

「ふむ……お前の野生の勘はよく当たるからね。頭の隅に置いておくよ」

 

 とりあえずシャディクが必要とするだろう情報は渡し、ロマン男はふぅと息を吐きながら続ける。

 

「そうしてくれ。でも、ガンダムねぇ……思い通りにMSを動かせるっていうのは面白いけどな」

 

「そうだね。お前の夢にとっては、必要になりえる技術さ」

 

 情報伝達物質パーメットを体に埋め込み、それをもってMSと直接的に情報のやり取りをする。今までのMSがパワードスーツや補助具の延長なら、GUND-ARMをつかったMSは義肢の先にあるもの、本物の機械の体だ。

 

 とはいえ、そんな都合のいい技術があるはずもなく、

 

「データストームの逆流の問題が解決すればなぁ……。パイロットが情報に焼かれて廃人ってのは欠陥だよ。まあ、解決したらしたで、誰でもMSの名パイロットになれるってのも怖いんだけど」

 

「兵器部門の起爆剤、どころか秩序の完全な崩壊にもつながりかねないね……」

 

「ロマンはあるんだけどなぁ……」

 

「ふふっ、ほんとにお前ってやつは……昔から変わらないなぁ」

 

 シャディクは笑いながら、ミオリネと三人で暴れまわった、少し昔を思い出す。そして、今の自分たちを。

 

 出会ってからお互いにいろいろあった。その中でシャディク自身が成長したこともあるし、とんでもない黒歴史を人生の中に生み出したりもした。

 

 しかし、ミオリネはこの男のことをバカだというけれど、そのバカのおかげで楽しかったこともたくさんあるとシャディク自身は思う。

 

 シャディクは穏やかな顔をしながら、友人へと言う。

 

「なあ、アスム……」

 

「ん?」

 

「少し、俺からもガンダムを探ってみようと思う。お前の大切な後輩にかかわる問題だ。なんとか力になれるようにするよ」

 

「……大丈夫なのか? お前の安全とか」

 

「下手なことはしないし、義父からも調査命令は出されているからね。やることは変わらないさ」

 

「ならいいんだけど……」

 

「逆にお前のほうがいろいろと気をまわしすぎて、倒れないかが心配だな。後輩も育ってきたっていうなら、恋人でも作って落ち着いたらどうなんだ?」

 

「恋人?」

 

「そうだよ、恋人。黙ってたら、お前だってモテるんだから」

 

 そうかね、とシャディクの言葉にロマン男は疑わしそうな顔をした。

 

 だけれど、シャディクは別に嘘を言っているわけではない。実際に、シャディク自身も相談を受けたこともある。

 

 普段からはしゃぎまわっているお祭り男、ロマン大好きな奇人変人、ついでに社会的地位も一学生の範疇からは離れている。だとしても、この男がロマンの名のもとに助けたり影響を与えた者たちの中には、彼を慕う女性も少なくはない。

 

「そうだね、例えば……」

 

 シャディクはからかい半分である名前を呼ぼうとして、

 

 

 

「シャディク」

 

 

 

 凛とした女性の声がそれを遮った。

 

「おっと! もうそんな時間だったかな、呼びに来てくれてありがとう、サビーナ」

 

 シャディクがおどけたように振り向くと、そこには怜悧な眼の、長身の女生徒が立っていた。そのさらに後ろにもロマン男へと朗らかに手を振る女の子も。

 

 二人はサビーナ・ファルディンとメイジー・メイ。グラスレー寮に所属するパイロット科の生徒。シャディクの側近のような立ち位置の彼女らは、当然ながらロマン男とも顔見知りだ。

 

 なので、特に驚くリアクションもなく、ロマン男は二人にも話しかける。二人が割って入ったということは仕事関係だと想像はついたからだ。

 

「ん? サビーナにメイジーちゃん? シャディク、これから用事があるのか?」

 

「……ああ、邪魔をしてすまないなロングロンド」

 

「これから本社とミーティングがあるんだよ。だからお話はまた今度でお願い、ロマンくん」

 

「オッケーオッケー! 仕事も大事だしな! ……って、やば。俺もマリーから決算見とけって言われた気がする」

 

 慌ててロマン男が立ち上がる。食事の片付けも焼きそばパンのビニールくらいなもので、立ち去るのもあわただしかった。

 

「じゃあ、俺も行くわっ! そーだっ! 体育祭終わった後にみんなで打ち上げしよーぜっ! 焼肉だ焼肉っ!」

 

「前を見て走れ、前を! ……まったく、相変わらず騒がしい」

 

 そんな様子を見て呆れたように言うサビーナ、だがそこへ、なにやらシャディクが意味深な笑顔を向けていた。

 

「なんだ、シャディク」

 

「サビーナ、たしか……本社とのミーティングなんて入ってなかったような気がするんだけど?」

 

「……いいや、つい今しがた予定が入ったんだ」

 

「ついでに、ロマンくんが行っちゃったタイミングでキャンセルになっちゃったけどね」

 

「なるほど、なるほど……?」

 

「……なんだ?」

 

「いいや、なんでもないさ」

 

 シャディクはサビーナの鋭い視線には答えないまま、苦笑いして両手を上げた。

 

(これもまた、お前が望んでいる青春かもね……)

 

 なんて、友人のことを考えながら。




今回はほんっとにお話オンリーな閑話でした。
過去に何があったかなどは、また後々。

次から体育祭+エラン君編になるかと思います。

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14. ぼっち・ざ・えらん

エラン君は本作の貴重なツッコミ要因になってくれるのか。

それと私事ですが、抱えていた連載を無事に終えることができましたので、改めて筆者名を公開しました。よろしくお願いいたします。


『いったい何をしているのかしら、強化人士4号?』

 

『あなたに課せられた使命は、あのガンダムの調査』

 

『特別なのは機体なのか、パイロットなのか、あなたが見極めるのよ』

 

『何のためにあなたを学園に送り込んだと思っているの』

 

 暗く、不気味な部屋。それだけでも何の演出だと思うくらいに不気味だが、さらに高齢の女性の顔が四つも巨大モニターから浮かんでいるので、ホラーハウス真っ青な空間となっている。

 

 しかも女性たちときたら、全員が全員ベリーショートに紫の唇。どこのアニメの影響を受けたのかという変な服装ときたものだ。

 

 とあるロマン男が見たら、

 

『ぜってえに悪いやつだろ、アンタら!?』

 

 と叫ぶほどに(実際に彼は叫んだのだが)、悪の秘密結社めいた光景。

 

 そしてそんな四人の魔女に囲まれて、一人の少年が立っていた。百人に百人は美少年だと表現する整った顔に、感情の起伏が感じられない無表情が相まって、"氷"という印象が強く残る。

 

 エラン・ケレス。

 

 四人の魔女がトップを務めるベネリットグループ御三家、ペイル社の擁するエースパイロット。しかしてその実態は、魔女にすべてを握られた哀れな子羊だ。

 

 彼は命令を拒否する権利など与えられず、失敗をすればその存在ごと闇に葬られてしまうという、あまりに過酷な運命を背負わされているのだが。

 

 こうして魔女に詰問されているエランはといえば……

 

 

 

(めんどくさ……)

 

 

 

 話をまともに聞いていなかった。

 

 堂に入ったポーカーフェイスで、さっさとこの無駄な時間が終わらないかと思っていた。

 

 魔女たちが何やらを言っている間、エランは考える。

 

(僕が送られたのってただの替え玉目的だったはずだよね。なんでいつの間にかガンダムを調査することが使命になっているんだろうか。いちいち命令を変えるトップなんてめんどくさいから、さっさと年齢考えて引退してほしいんだよ。

 そもそもなんで替え玉を送るのにわざわざ僕なんだ? "あんなの"とは性格も似てないし、あいつも社会に出た後はどう言い訳する気なんだろう、大学デビュー? そういう感じなのかな? いきなりチャラくなったら、チャランになったとかネットに書かれるんじゃないの)

 

 ひたすら考える。

 

(この婆さんたちも、やることなすこと頭が悪いのか、頭が良いのかはっきりしてほしい。突っ込み待ちなのか? そもそも恰好からして突っ込み待ちだよね? 大体名前も……なんだっけ? ゴルネリだけは覚えているんだ、なんかゴルネリしてるから)

 

 考えながら魔女をぽけーっと見続ける。

 

(そうだこれから全員ゴルネリだと思えばいい。ゴルネリ1号、2号、3号、4号……。わかりやすい。ゴルネリ1号が一番怒っていて、ゴルネリ2号がストッパーで、ゴルネリ3号が……いや、区別するのも面倒だな。全員ただのゴルネリでいい)

 

 そんなエランの前で、ゴルネリがゴルネリの言葉に同意したり、ゴルネリの新提案にゴルネリが異論を唱えたり、ゴルネリがさらに悪そうな顔で悪そうな計画を立てたのを他のゴルネリがほめたたえ、さらにゴルネリが、ゴルネリに、ゴルネリをゴルネリして……

 

『ちょっと聞いているのかしら? 強化人士4号?』

 

「はい、もちろんです。ゴルネリ」

 

(((なんで、ゴルネリだけ……)))

 

 とにもかくにも、エランはエアリアルというガンダムを調査しなければいけなくなった。

 

 つまりそれは、あのスレッタ・マーキュリーという少女と接触し、言葉たくみに取り入り、そしてコクピットに乗せてもらわなければいけないということ。

 

 だが、それにはとても、とても大きな問題がある。

 

(…………どうしよ)

 

 エランはぼっちだった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 元々エラン、そしてその元となった男の子はコミュニケーションが得意な方ではなかった。内気で、一人でいることも苦痛ではない。ついでに実は闇の企業によってつくられた強化人間です、などと言えるはずもなく、友人をつくる気もなかった。

 

 誰を好きになることもなく、誰と一緒にいることもない。

 

 ただ、それでも問題はなかった。この作られた顔がそういう雰囲気にもあっていたのがよかったのだろう。勝手に周りは高嶺の花扱いをしてくれるし、波風を立てず、命じられるままに決闘をしたり、寮の筆頭として決闘委員会に入ったりしながら静かに暮らしていけばよかった。

 

(そのはずなのに、どうしてこうなったんだろう……)

 

 エランは無表情のまま、ペイル寮の中を歩く。

 

 すると、それだけで周りの生徒たちからひそひそと声が聞こえてくる。

 

 一見すると、それはクールを気取って、周りとコミュニケーションをとろうとしない、いけ好かないイケメン野郎への妬みに聞こえるかもしれないが、実態は。

 

『やだ、エラン様よ。今日もぴちぴちの肌ねっ!』

 

『クールなイケメン、嫌いじゃないわっ!』

 

『エランきゅん、エランきゅん、エランきゅん……!!』

 

 となんだかねっとりした欲望を感じる視線と言葉ばかり。ちなみに声の主に男女は問わない。

 

(どうしてこうなった……)

 

 もう一度エランは考えて、やはり原因は一つしか考えられなかった。

 

(ぜんぶアイツのせいだ……)

 

 入学したときのペイル寮はこんなでもなかった。ほどほどに陰湿だけれど、『エラン? やめとけ! やめとけ! あいつは付き合いが悪いんだ』とでも言ってきそうなドライな感じだった。

 

 だがペイルは……はじけた。

 

 とあるロマン妖怪が学園を盛り上げるために、変な機械を持ち込んだり、変な薬品をぶちまけたり、変な人員を学園に配備し始めてからというもの、元々マッドな気質があったペイル寮生は『俺達も負けてなるものか』と対抗意識を燃やし始めたのだ。

 

 妖怪が妖怪を生む負のスパイラルである。

 

 結果が、今のペイル寮。

 

 他の学生からは一歩でも踏み込めば人体実験の材料にされるとか、謎の薬品を垂れ流しているとか、実は強化人間を作っているなど魑魅魍魎の巣窟扱いをされている。しかし、一部は真実だ。しかも共同CEOたちは卒業してペイルに入社する学生の質が上がったと喜んでいた。

 

 そんな環境に静謐を好むエランがなじむはずもなく、かといって周りのブレーキをつけなおすほどの強い気持ちもない。結果、どうかんがえてもおかしい状況に心の中で突っ込みながら順応するしかなかったのだ。

 

 しかも、そういう学園を作り上げた張本人はと言えば、

 

 

 

『エーランくーん!! あそびましょーっ!!』 

 

 

 

 突如として寮のスピーカーから流れるバカの大音量。

 

 それを聞いて、エランは心の底からいやそうなため息を吐いた。

 

(またバカが来た……)

 

 それはエランを遊びに誘おうという、文言そのままの呼びかけ。

 

 そう、ロマン妖怪もまた、エランに対して過干渉だった。

 

 

 

 

「おっす! 遊ぼうぜぇ!!」

 

「なんで僕を呼んだのか知らないけれど……その前に、それなに?」

 

 寮の外でエランを出待ちしていたロマン妖怪は、エランがきた途端に見た目だけはいい顔を笑顔にして手を振ってくる。もちろん、エランは手を振ることはない。

 

 ここに出てきたのも、どうせ居留守を決めたところで何度も何度もインターフォンを鳴らした挙句、寮生までもが合法的にエランにさわれるチャンスだとばかりにハンティングを始めるからだ。

 

 だから断るためにわざわざ外に出てきて、そして突っ込まずにはいられない。

 

 ロマンバカがなぜ全身銀色のロボットになっているのかを。

 

(とうとう全身を改造したのか……人間やめたら壊していいんだっけ?)

 

 物騒なことを考えるエランの前で、推定ロマン男はロボットの格好のまま、変なポーズを決めつつ説明する。

 

「おおっ! さすがエラン君、お目が高い!!」

 

(誰でも気づくし、気づかない方が節穴だよ)

 

「これは次世代型パワードスーツ"鉄男"マークII! いやー、前から作ってたんだけど。とうとう単独飛行が可能になってね!!」

 

(だからって、飛ぶんじゃない。煙いし、うるさいんだよ)

 

「ちなみに自爆装置もついている!」

 

(聞いてないし、はやく自爆してほしい)

 

「なぜ付けたのかって……? それはもちろん、ロマンだからさっ!!」

 

(知らないよ)

 

 などと勝手に奇行を続けるロマン男へと、エランは一言も発することなく冷たい視線を浴びせ続ける。けれどもバカはバカなのでエランの内心など察してくれず、

 

「だから試運転行こうぜ!」

 

 ドカンともう一つコンテナを目の前に置くので、

 

「…………帰る」

 

 エランは付き合いきれずにくるりと背を向けた。

 

 すると妖怪は慌てて、全身銀色のままでエランに追いすがる。

 

「ちょいちょいちょいちょい! 待ってくれって! 頼むから一緒に空を飛ぼうぜ! 星になろうぜ!」

 

(死んでるじゃないか)

 

「科学ノ進歩、発展ニ犠牲ハツキモノデース!!」

 

(犠牲って言ったよこいつ……)

 

「…………帰る」

 

「待て待て待て!!」

 

 エランはまとわりついてくるバカのバカな言葉を聞き流しながら、このバカに絡まれつづけた三年間を思いだして憂鬱になる。

 

 だいたい、バカがエランを気に入っている理由さえ不明なのだ。

 

 入学当初から、あからさまに『話しかけないでください』オーラを出しているエランへと何度となく話しかけてきたり、決闘を仕掛けてきたり、勝手にファンクラブを創設したり、アイドルの衣装を着せてステージに立たせようとしたり。

 

 とにかく、バカはエランに対して何度となく干渉しようとしてきた。

 

 そんなものなので、エランは勝手にツッコミが上達してしまったし、かといってそれをワザワザ出力してギャグ落ちするのもいやなので黙っていたら、バカはやっぱり絡んでくる。

 

 今のエランに望みがあるとすれば、それは学園を卒業して、バカと縁を切ることだった。

 

 しかし……ここにきてそうはいかない事態となっている。

 

(なんでこの男が、スレッタ・マーキュリーと親しいんだ……)

 

 今のエランには課せられた命令がある。そして、彼にはどうすればそれを達成できるかがわかっていた。

 

(おそらく特別なのは……"機体"だ)

 

 四人の魔女が言うまでもなく、エアリアルの戦いを見たエランは、スレッタ達に強い興味を抱いた。もしかしたら、自分と同じ強化人士として生まれ育てられた少女なのかもしれないと。

 

 だとしたら、数少ない境遇を共有できる仲間かもしれないと期待して……すでにその期待は捨て去った。

 

 なぜなら、

 

(……この男のノリに付き合える時点で、ありえないだろ)

 

 ロマン男に振り回されて楽しんでいるスレッタは、まるで都会に迷い込んだ小さな狸のような小動物じみていて、そこにエランのような厭世観や世に対する皮肉めいたものは感じられない。あんな改造人間がいてたまるか、というのがエランの考え。

 

 とはいえ一度はスレッタに接触しようと試みたのだが、このロマン男がスレッタにべったりだったので、巻き込まれたくないエランは決闘委員会もサボって引きこもっていた。

 

 ともかく、エランの結論は出ている。

 

(調べるまでもない。彼女が僕と違うなら、あの機体……エアリアルが特別なんだろう。ただ……)

 

 それはエランの憶測。それをゴルネリ'sに出しても通るはずもなく、むしろ廃棄処分が早まるだけ。

 

 命令を達成するにはスレッタと仲良くなって、エアリアルの内部までも潜り込む必要があるだろう。しかし、エランには、スレッタと近しい親しい友人などいないので、スレッタと会話をすることすら至難の業だった。

 

 なので本当に、本当に心の底から嫌ではあるが……。

 

 エランは寮に向けていた足を止めて、銀色ロボットと化したバカへと話しかける。

 

「アスム・ロンド……頼みがある」

 

「おぉ!? エラン君から俺に頼みとは珍しい!! いいよいいよっ! なんでも聞いてくれ!」

 

「…………スレッタ・マーキュリーを紹介してほしい」

 

 ぼっちのエランにとって、頼めば協力してくれそうな妖怪の協力を仰ぐしかなかったのだ。

 

 すると、ロマン妖怪はなにやら妙なポーズで数秒停止したのち、シャカシャカと虫のような動きをしながら近づいてきた。

 

「えっ、スレッタさんに興味あんの!?」

 

「ああ、僕には彼女が必要なんだ」

 

「っ!? あのエラン君が、そんなにとは……! い、いつから!?」

 

「出会った時から、そういう定めだったんだろうね」

 

「ど、どのくらい本気なんだ!?」

 

「……彼女と会えなければ、僕は生きていけない」

 

 すると妖怪はなぜか仮面のツインアイをキラキラ発光させながら興奮し始める。

 

「くぅうううっ! なんて、なんてロマン……! ……すまん、グエル! 俺はエラン君も応援しなければいけない……!!」

 

(なぜグエル・ジェタークが出てくるんだ?)

 

「それでどうなんだい? できれば、スレッタ・マーキュリーにはエア……」

 

「皆まで言うなっ! エラン君の気持ちはよーくわかった! この俺が、完っぺきに二人の仲をセッティングしようっ!!」

 

「…………わかった、頼むよ」

 

 思ったよりも首尾よく話がまとまったことに安堵して、エランは寮へと戻っていく。

 

 これでいいはずだ。要求通りにエアリアルが特別な機体であることが分かればまずはいい。妖怪に頼るという選択肢も、賭けではあったがよい結果につながった。

 

 そう考えていたエランの背後から、ロマン男が声をかけてくる。

 

「そうだっ! スレッタさんとのことうまくいったら、体育祭にも参加してくれよっ! 寮の筆頭で参加しないの、エラン君だけだからさ!」

 

 などと、普通の友人のように。

 

(…………っ)

 

 そのことになぜか感情が波立つが、エランは目を閉じてその感情を封印した。

 

(アスム・ロンドと関わるのもこれが最後だ)

 

 彼が開く体育祭も、青春やロマンというものさえ不要なもの。いずれは全てを奪われ、なにも自分には残らないのだから。

 

 エランはロマン男に返答することなく、静かに寮へと戻って行った。

 

 

 

 そして二日後、ロマン男から『今夜、スレッタと話ができるようにした』とメッセージが届いた。

 

 エランはその手際の良さに感心を覚えた。

 

 バカで妖怪で、人のことなどまるで考えないのに、やはり自治会委員長という肩書は伊達ではなかったのだろう。

 

 エランは待ち合わせ場所へと、どうすれば首尾よくエアリアルに乗り込むことができるかと、頭の中でシミュレーションをしながら向かい、

 

 

 

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

 

 

「…………は?」

 

 出会いがしらに謝られて、そのシミュレーションの全てが"ぱあ"になった。

 

 スレッタは心の底から申し訳なさそうに、頬を染めながら言葉を続ける。

 

「あ、あのっ、とっても気持ちはうれしい、です……! で、でも、私にはグエルさんがいますし、ミオリネさんとも、婚約者、ですし……もう、それでいっぱいいっぱいといいますか……。あっ、でも、お友達としてなら大歓迎ですっ! よければ、お友達になりませんか?」

 

「…………ちょっと待って、話が見えないんだけど」

 

「え? あ、あの、先輩から、エランさん?ですよね、大事なおはなし、あるって」

 

 そこでようやく、エランは事の次第を理解する。

 

 待ち合わせ場所は、夜の闇の中でも街頭のイルミネーションがきれいな、学内でも有数の景色のいい地点。そしてなにより、はるか後方ではロマン男が何を妄想しているのか、ハンカチ片手に二人の行く末を見守っているではないか。

 

 まるで、絶好の告白スポットだというように。

 

「………………」

 

 それに気づいたエランは、スレッタを置いて歩き出す。

 

 向かうのはもちろん、この場をセッティングした妖怪の元。

 

 その妖怪はと言えば、なにを勘違いしたのか、エランへと同情の視線を向けながら、

 

「残念だったな、エラン君……。だが、この失恋もまた青春とロマン! きっとこの先の人生に、素晴らしい経験となるはずだっ!」

 

 などとのたまうのだ。

 

 だからエランは静かに、とても静かに宣言した。

 

「アスム・ロンド……」

 

 

 

「お前を殺す」




デデドン!

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15. パンツァー

すみません、ちょっとコロナがぶり返したりと遅れてしまいました。

ようやく体調も戻ったので、元のペースで展開できそうです。


「双方、魂の代償をリーブラに」

 

 決闘委員会のラウンジにて、セセリアの声が響く。

 

 そうして対峙するのはロマン男と、その場の誰にとってもまさかのエラン・ケレス。

 

 その事実に立会人を務めるセセリアはいたずらな視線を深めた。

 

 ロマン好きな変人はともかく、氷の君などと言われ、普段から何を考えているかわからない上級生が何を賭けて決闘に臨むのかは、彼女にとっても大いに関心があるのだから。願いとはその人そのものを顕す。金か、女か、はたまた快楽か。

 

 この鉄仮面の奥にある欲望をセセリアは知りたがり、いつものやり取りのついでに楽しもうとした。

 

「エラン・ケレス、あなたはこの決闘になにを賭けるの?」

 

 するとエランは、ロマン男をハイライトの消えた目で見つめながら、

 

「……この男の息の根」

 

 などと本気で言い出して、

 

「…………え?」

 

 その絶対零度の響きに、セセリアはらしくなく表情を硬直させてしまった。

 

 慌ててセセリアは聞き返す。

 

「…………えーっと、エラン先輩? 私の聞き間違えな気もしますけど、もう一回いいです?」

 

「だから、このバカの命だよ」

 

「……え、ほんとに誰アンタ?」

 

 さすがのセセリアも動揺を隠せなくなる。いくら何でも、生徒同士のいさかいで殺し合いに発展するなんて許可できないし、寄りにもよってそれを言い出したのがエランなのだから。

 

 願いとはその人そのもの。

 

 さっき考えたことが頭をよぎり、セセリアは珍しく冷や汗をかいた。

 

(やっば、静かな人ほどキレたら怖いってホントだったのね……っていうか、ロマン先輩マジでなにしたの?)

 

 一方、当の言われたロマン男はと言えば、

 

「うーん……さすがに命は賭けられないんだけどなぁ……」

 

 と苦笑いだけにとどめている。エランが怒り心頭だということは理解しているが、いまいち本気度は足りない様子。エランはそんなバカの様子を見て、能面のように固まった表情の奥に怒りの炎をたぎらせていく。

 

(なにこれ、私なにすればいいの?)

 

 もうセセリアにもお手上げだ。要求を通せば決闘で殺し合いに発展してしまうし、下手にエランに何かを言うのも、エランの怒りがすさまじすぎて憚られる。

 

 彼女はあくまで強い者を口でおちょくるのが好きなだけで、本気の喧嘩の仲裁とかはやりたくないのだから。

 

 するとそこに、見かねたシャディクが割って入った。

 

「……エラン。さすがにお前ならわかっていると思うけれど、決闘において殺傷はご法度だ。そこまで熱くなるのはらしくないし、俺としても理由は気になるけれど、別の条件にしてくれ」

 

「……なら、この男がエラン・ケレスに関わらないこと。それを条件にしてほしい」

 

「なるほど。セセリア、エランの要求を認めてくれ」

 

「はーい。それじゃあ、アスム・ロンド。あなたはこの決闘になにを賭ける?」

 

 セセリアが促すと、ロマン男は大げさに、

 

「うーん、うーん……いや、俺はマジで何にもないんだけど……」

 

 と悩むそぶりを見せた末に、

 

「おっ! それじゃあ、こうしようっ! エラン君が今度の体育祭に参加してくれること。どうだ?」

 

「……わかった。それでいいよ」

 

「はぁ……変な決闘っすね。片方は絶交目当てで、片方はお祭りにご招待とか。でも……」

 

 

 

「ālea jacta est……決闘を承認します!」

 

 

 

 そしてセセリアが疲れた表情で掌を打ち鳴らし、決闘が承認された。

 

 形式はもちろん個人戦。決闘の環境は砂漠地帯の第三戦術試験区域と決まる。その報は学園にすぐさま広まり、生徒たちの話の種になる。学園トップクラス同士の対決。そしてエランとロマン男などと言う組み合わせは見逃せない。

 

 こうして決闘の準備は整った。あとは決闘開始になるまで双方解散、となるのだが……さすがにこの状況を見て動かずにはいられない男たちがいた。

 

「おい」

 

「ちょっとこっち」

 

 ロマン男の左肩をグエルが、右肩をシャディクが、がっしりと掴んでそのままズルズルと部屋の隅まで連れていく。理由はもちろん、ことの次第を目の前のバカから聞くためだ。

 

「いったい何がどうなっているんだ? あのエランが本気で怒っているじゃないか。見てみなよ、あの顔。氷どころか溶岩でも出ていそうだ」

 

「いやぁ、俺が割とまずったというか……誤解しちゃったというか……」

 

「誤解?」

 

「おい、その前に聞かせろ。エランがスレッタに言い寄ったっていうのは本当なのか?」

 

「それも間違いじゃないっていうか……」

 

「なんだと!? あのやろぉ……!」

 

「また水星ちゃん絡みなのかい!? すごいな、あの子。いつもトラブルの中にいるというか……」

 

「おい、それでどうなったんだ!? スレッタの奴は受け入れたのか? 断ったのか? エランがあいつを傷つけたっていうなら、俺がてめえの代わりにエランを……!」

 

「その前にもっとちゃんと状況を説明してくれ! あんなエラン、見たことないんだ!」

 

「だーっ! グエルもシャディクもとりあえず落ち着け!」

 

「「もとはと言えばお前のせいだろ!」」

 

 こうして、エランとロマン妖怪との決闘の火ぶたは切られた。

 

 誰にも理由がよくわからないままで。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「ああ、ファラクトの搬入は確認したよ。これから実戦でのテストを兼ねて決闘することになる」

 

 ラウンジを離れた後、エランはペイル寮の格納庫で、黒いMSを見上げながら端末を操作していた。

 

 モニタに映るのは、ファラクトと呼ばれるペイル社の新型MS、その根幹を設計した技術者ベルメリア・ウィンストンだ。

 

 ベルメリアは気の弱そうな表情をしながら、エランに問いかける。彼女はエラン、いや、強化人士4号の調整役として頻繁に彼と顔を合わせていたが、それでも、今のような様子を見たことがなかった。

 

『それはいいけれど……いったいどうなっているの? 実戦投入はもう少し後の予定だったじゃない』

 

「事情が変わったんだよ。それに、相手はあのガンダムには負けたとはいえ、ほぼ互角に渡り合ったパイロットだ。ファラクトの生贄にはちょうどいい」

 

『生贄って……いったいどうしたの? あなたらしくない』

 

「僕らしくない? ……ははっ」

 

 そのベルメリアの言葉を聞いて、エランは歯をむき出しにして笑った。そして、どこまでも自虐的で露悪的な表情をつくりながら、言うのだ。

 

「僕らしさってなんなんだい? この顔も、声も、記憶さえも弄られて。僕らしさの欠片すら奪い去ったアンタがよく言うよね?」

 

『そんな言い方は……』

 

「……うるさいんだよっ、アンタも、あのロマン狂いも!!」

 

 怒りのままに、エランは通話を打ち切り、そのまま端末を地面に打ち据えた。

 

 荒げた息のまま、自分を見下ろすように立っている、ファラクトを見上げる……。

 

(黒い凶鳥……。これが、きっと僕の棺桶なんだろうな……)

 

 これが送られたということは、きっともうすぐに自分の命は尽きるのだろうと、エランにはわかっていた。

 

 エラン・ケレス。強化人士4号には何もない。

 

 自分がどこから来たのかという過去も、血のつながりも、元々の顔も声も、誕生日さえも知らない。きっと元は市民ナンバーも持てないような、貧困にあえぐ孤児だったのだろう。

 

 だから命にすら一ついくらで値段をつけられ、買われ、今日までの実験と苦痛の日々を送らざるを得なくなった。

 

 このファラクト、いや、ガンダムに乗るための人身御供となるために。

 

 その体は、ガンダムをより完ぺきな兵器として動かすためのパーツ。情報の流入に耐えられるように調整されているのだから。しかし、

 

(きっと、乗れても数回だ……)

 

 これまでの実験で4号自身が分かっている。いくら体を強くしても、投薬で影響を小さくしても。ガンダムは人が乗れるような代物ではないと。ペイル社の技術者たちもそれが分かっているからこそ、あくまで消耗品となれるように身寄りのない4号のような存在を使っている。

 

 そう、わかっている。受け入れているはずだった……

 

 だから、こんなに心がかき乱されるはずはなかったというのに。

 

「はっ……"僕らしくない"か。……ほんと、なんでだろうね」

 

 拷問染みた実験でも、ここまでの怒りは湧き出なかったのに。どうして、あの時、あのロマン男に対しては恐ろしいほどの感情の変化が起きたのだろう、と。

 

 考えてみれば自分も誤解するような発言をした気がするし、あれほどの怒りを覚えるほどの理由はないはずだったのに。

 

 そしてエランは、あの時の"エラン・ケレス"を慰めようとしていたバカの顔を思い出して、苦笑を浮かべた。

 

(ああ、そうか……)

 

 ようやくその怒りの理由に気がついたのだ。

 

(僕は、アイツがうらやましかったのか……)

 

 強化人士という宿命も知らず、4号がどんな気持ちで学園にいるのかも知らず、ただ普通の友人かの如くふるまい続けるデリカシーのない男。

 

 "告白と勘違い"なんて、それこそ4号が普通の男の子だと心から思ってないと出てこない発想だから。そんなことを考えてしまえる楽天的なロマン男が、心の底からうらやましく、疎ましかったのだ。

 

 エランはうずくまり、両手で顔を抑えながら、絞り出すように言う。目元は見えないまま、口にだけ歪な弧を張り付けて。

 

「まあ、いいさ。やることは変わらない。アイツを倒してファラクトの試運転をこなしたら、次はスレッタ・マーキュリーだ」

 

 信用できない口約束だが、CEOたちは、エランがエアリアルを入手すれば彼に市民ナンバーを提供すると発言した。どうせ死ぬというのなら、そのエサにつられてみるのも一興だろう。

 

 だから、そのための一歩として。

 

「まずは、そのくだらないロマンを叩き潰してあげるよ……」

 

 そんな"エラン・ケレス"の声を、ファラクトは静かに聞いていた。

 

 

 

 そうして決闘が始まる。

 

 エランが乗り込んだGUND-ARM『ファラクト』。漆黒の新型MSは、決闘の舞台となる砂漠をイメージした試験場に降り立ち、初めてその威容を学園へとさらした。

 

 ペイル社の傑作機ザウォートを設計のベースにしつつも、大型の狙撃型ビームライフル"ビームアルケビュース"を携え、両肩にはこれまた特徴的な可動式スラスターが供えられた狙撃仕様の機体。

 

 エランは回線を切っているので知りようがないが、そのファラクトの姿は実況解説でも大いに取り上げられ『黒いエランくんも嫌いじゃないわ!』やら『フフ、命を刈り取る形をしている……』などと謎のファラクト愛好家を生み出していた。

 

 ともあれ、エランはロマン男を待ちながら戦術を練る。

 

(あの男は何をしてくるかわからない。……とはいえ、基本的には重装甲による突撃がメインだ)

 

 ロケットパンチやら、そういう軍事的にはバカげたギミックを繰り出してきたとしても、基本戦術は突撃の一択である。一学年の頃に数度決闘をしたときは、その突拍子もない戦術に後れを取ったが、それでも得意な戦術は突撃だけだ。

 

 それを鑑みると、状況はファラクトを駆るエランに有利だ。

 

 GUND-ARMの搭載によって、ファラクトは有機的な機体制御と高い機動性を誇る。得意の戦術も、その機体制御を用いた長距離狙撃。さらには、突撃をしてくる相手にはめっぽう効果的な"アレ"もある。

 

 かつての決闘があるからこそ、明確にエランの頭の中では、開始数分で全身を撃ち抜かれたロマンの残骸が映し出されていた。

 

 エランが笑う。

 

(ガンダムを倒せるのは…ガンダムだけだ)

 

 苦痛と表現するのも烏滸がましい、地獄の中から得た力。

 

 それは歪ながらもエランへとプライドを生み出す。ガンダムが相手でなければ、負けるはずがないと。そして、そのガンダムに蹂躙される哀れなMSを乗せたコンテナが、ようやくと戦場にやってきて……

 

 

 

『ハーハッハッハ!! 待たせたなぁ!! エラン君!! ヴィクトリオン、現着!!』

 

 

 

「………………は?」

 

 エランは、コンテナから現れたMSの姿に絶句した。

 

 例えるならばそれは四角。どこからどう見ても、横から見ても、縦から見ても、後ろから見ても四角。もっと正確に例えるならば、炊飯器のような着ぶくれした形状。

 

 真正面にちょこんと突き出たあのアニメロボット顔がなければ、ロマン男の機体とは誰も思わないほどに、機体のシルエットが変わってしまっていた。

 

 そしてそれを操縦しているはずのロマン男は、エランへと回線を開きながら、ヘルメットの奥で子供のような満面の笑みを浮かべている。

 

『どうだっ! 今日のために特注したヴィクトリオンは!!』

 

「……なんなんだ、それ」

 

『だからエラン君のために特注で作った強化外装だって! ふふふふ、既存のMSを大きく凌駕するフォルムに、性能。これを披露できるとは、なんて幸運!!』

 

 その言葉に、

 

「ふざけるなっ……!」

 

 エランは歯をむき出しにしながら、怒りの視線を向けた。

 

「このファラクトを相手に、そんなふざけた機体で出てくるとはねっ……。いいよ、僕はもう一欠けらも容赦しない。お前のロマンの象徴を、バラバラにしてやる……!」

 

 それはロマン男をして、初めて聞くだろうエランのむき出しの感情。

 

 その言葉を真正面から受け止めたロマン男は、しかし、戸惑うでもなく挑発的に笑うのだ。

 

『ははっ! いいねっ! エラン君がとうとう本気で来てくれたってことだ!』

 

「理解できない……。なにが楽しい、なにが嬉しいっ!? お前はなんでそんな顔で、この場に立っている!?」

 

『嬉しいさっ! たまには喧嘩して、ぶつかり合う! それも友達の一歩だろっ!

 エラン君も楽しめよっ! これは戦争でも殺し合いでもない! 俺たちの青春の一ページ、そしてロマンなんだからっ!』

 

「っ……戯言を」

 

 もう付き合っていられないとばかりに、エランはロマン男との対話を拒絶した。

 

 戦争ではない? 殺し合いでもない? なにを言っている。エランにとっては、命を賭けた殺し合いでしかない。それを何も知らないはずの、ただの学生がお遊び気分で出てきているのだ、不愉快はここに極まっている。

 

「……もう良い。セセリア、はやく決闘を始めて」

 

『はーい。両者、向顔!』

 

 そうして最後に、二人は向き合った。

 

「勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず」

 

 エランは怒りに満ちた冷たい言葉で、

 

『操縦者の技のみで決まらず……!』

 

 ロマン男はどこまでも笑顔と挑戦的な笑みで、

 

『「ただ、結果のみが真実!!」』

 

 噛み合わない両者が、決闘という場で交わる。

 

 

 

『フィックスリリース!!』

 

 

 

「KP002、エラン・ケレス……ファラクト、出る」

 

『KS002! アスム・ロンド!! ヴィクトリオン・パンツァー!! 発進!!』

 

 そして両者のMSに光が灯り、

 

「……パーメットスコア、3」

 

 真っ先に仕掛けたのはエランだった。

 

 つぶやきとともに、その整った顔に赤く火傷のような紋様が浮かび上がる。それこそはGUND-ARM、呪われた技術に手を染めた代償。まさしく、魔女の刻印。

 

 同時にファラクトは上空へと飛び立ちながら、その両肩から黒いビットを周囲に展開させ、ガンダムとしての正体を学園へと示すのだ。

 

 そしてそれは、エランの本気の証明。

 

(この決闘も、ロマンもくだらない……! お前の思い通りになんて、一つもさせてやるものか)

 

 エランの狙いはただ一つだ。

 

 ファラクトの持つ相手の身動きを止めるスタンビットを初撃で当てて、敵のMSを蹂躙する。そしてそうできるだけの勝算もある。

 

(あの鈍重な装甲じゃ、まともに動くこともできないだろう?)

 

 エランの考え通り、ファラクトのスタンビットたちがヴィクトリオンへ向かおうとして……

 

『ああ、一つ誤解を解いておくよ、エラン君』

 

「……?」

 

『俺は、一つもふざけてなんていない。君と、その"ガンダム"に……勝つつもりでここに来た!!』

 

「っ!?」

 

 その瞬間、エランの表情が驚愕に染まる。

 

 常のロマン男ならば、とっくに行動を始めているはずなのに、開始地点で鎮座していた炊飯器型のヴィクトリオン。その各部がうなりを上げ、正体を現したのだから。

 

 派手な音と動きを見せながら、からくり細工のように展開していく装甲。

 

 そして現れるのは、砲門、砲門、これまた砲門。ロケットパンチを放つはずの両手には巨大なガトリング様の武装が取り付けられている。全身のシルエットときたら歪で、身の丈に合わない登山用の大型リュックサックを背負った子供のような状態だ。

 

 その姿を見て、機体コンセプトを疑うものは誰一人としていないだろう。

 

「まさか……砲撃戦仕様!?」

 

 エランの驚きに、"正解"と言わんばかりに妖怪は笑う。

 

『ロケットパンチだけがロマンだと思うなよ!? 重火器、重武装もまた、立派なロマンなんだっ!!』

 

 だから、ロマン男は心の底から楽しそうに、漆黒のガンダムに宣言するのだ。

 

 

 

『さあ……、乱れ撃つぜぇえええええええええ!!!!』

 

 

 

 そしてファラクトへ向けて、無数のミサイルが殺到した。




00だとデュナメス系列が好き。

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16. フレンドリーファイア

今回の戦闘はマクロス+を意識してるところが大きいです。

余談ですが、強化エアリアルがビット合体ごん太ビーム出したところでガッツポーズしました。ついでに本作中で宇宙域戦で実弾使ってなくてよかった(ミサイルはディランザが装備しているのでOKそうですね)。

うちの話は、たぶんあそこまで地獄にはならないはず…たぶんメイビー。


 GUND-ARM"ファラクト"。

 

 ペイル社によって保護された旧ヴァナディース機関の"魔女"ベルメリアの主導によって開発された、正真正銘の"ガンダム"。

 

 そのガンダムとしての真価はスタンビット"コラキ"を用いた敵の足止めと、GUNDフォーマットをもちいた高精度の狙撃の合わせ技だ。

 

 スタンビットの放つ電磁ビームは、MSに直撃するとその電子制御を麻痺させて、一時的な機能不全に陥らせる。そして一時的であっても、それは戦場において致命傷。四対八機のスタンビットはその隙を見逃さず、敵MSの運動能力を根こそぎ奪い、本体が安全圏から狙撃することになる。

 

 そうでなくてもペイル社のMSは他と一線を画す機動性を持っており、接近戦に持ち込むのは至難の技。なのに離れていても縦横無尽に動くビットによって動きを止められてしまうとなれば、これほど厄介な敵はない。

 

 ……GUNDフォーマットの利用によるパイロットへの負担という弱点も、使い捨ての強化人士を使うことでカバーしている。

 

 そんなファラクトへの対策を立てるとすれば、より機動性を高めてビットに阻害される前に接近戦を挑むか、あるいはビットの動きを何らかの方法で阻害する、そしてもう一つ……

 

「面制圧……っ!!」

 

 エラン・ケレスはファラクトのコクピットで苦悶の声を上げた。

 

 彼の眼前に迫る、ミサイル、ミサイル、ミサイルの雨あられ。その中には他よりも巨大なミサイルまであって、それはファラクトの近くに近づくと弾頭が外れ、さらに小さなミサイルに別れるのだ。しかもそのどれもが誘導ミサイルとしてファラクトへと迫っているのだから質が悪い。

 

 すでに初撃でスタンビットの二機は落とされ、残りは六機。

 

 だというのに、目の前には隙間なくミサイルが迫っており、エランがゲームを嗜んでいたならば安地を探さなければ無理だと絶望するほどの弾幕となっていた。

 

 もしこれがエアリアルのように攻撃性のビームを放てるガンビットならば、四方へとビームを放って片っ端からミサイルを打ち落とせるだろうが、

 

(ファラクトのスタンビットに、実体への攻撃能力はない……!)

 

 迫るミサイルに当てたところで、誘導装置を壊して狙いをそらすくらいが精いっぱい。かといって、その場で誤爆しようものなら、ビットにも爆炎が直撃して、ビット自体が破損してしまう可能性もある。

 

 ファラクトは遠距離からの一方的な蹂躙が必勝パターンであるが、それすら許さぬほどの圧倒的な火力で迫れば、その優位性が崩れる。

 

(まるで、ファラクトの性能を知っていたかのような装備だ……!)

 

 それになにより、

 

「いったい、どれだけの資金をかけてるんだ、あのバカは……!!」

 

 エランは呆れ果てながら叫ぶ。

 

 MS規格の誘導ミサイル一発でも相当な金食い虫だというのに、それを雨あられと打ち出すなど正気の沙汰ではない。確かにど派手で見栄えもよく、ついでにファラクトへ効果的な攻撃となったが、学生の一決闘に持ち出す予算規模ではないのだ。

 

 そしてそれを惜しみなくばらまいていくロマンバカはと言えば、

 

『これで来年度の予算はゼロだな。来年度があればだが……』

 

 などと言いながらポチポチと発射ボタンを連打していた。

 

 真偽のほどは定かではないが、とにかく金食い虫の装備を引っ提げてきたのは間違いない。

 

 とはいえ、そのバカげた装備を出してきたのはバカのバカみたいな判断だが、エラン自身も負けるわけにはいかない。

 

(こんな相手にファラクトで負けたとなれば、もう僕に先はない……)

 

 エランだって自分の未来に悲観しつつも、死にたいわけではないのだ。

 

 新型を投入しておいて、戦果もなく敗北などすれば、強化人士としての有用性にも見切りをつけられてしまうのは必定。ファラクトを出した以上、エランには敗北は許されない。

 

「だから……! 邪魔をするなっ!!」

 

 エランはらしくない叫びを上げながら、ミサイルの雨を縫うようにマニューバーを行っていく。ファラクトとエランはパーメットによって結び付けられており、その動きはまさに人機一体。巧妙にミサイルを避けていくが、

 

「っ……!」

 

 近場に接近すれば爆発を繰り返すミサイルによって、機体の各部にダメージを負うことは避けられない。

 

 だが、それでも避けられるとなれば、相手の動きを阻害することもできる。

 

「いけっ……!」

 

 一対のガンビットが、ミサイルの包囲をすり抜けてロマンバカへと迫った。

 

 それは赤い電磁ビームを放ち、ロマンバカの背面にあるミサイルポッドの機能を停止させる。これにより砲撃の勢いは弱められるというエランの判断だった。

 

 しかし、バカは止まらないがゆえにバカである。

 

『ハハハハハハ!! アーマー! パァアアアアジッ!!』

 

 背面のミサイルポッド、それ自体が分離し、火を噴いて一直線に空へと舞い上がる。電子制御など関係ない、単純なジェットの点火による飛翔。そして、それはエランとファラクトのいる高度まで到達すると、

 

「っ……!?」

 

 はじけ飛び、その中から極小のマイクロミサイルが360度、全方位に向けて放たれたのだ。

 

「ガンビットが……!!」

 

 耳をつんざく爆音と光の中、エランが顔をしかめる。彼の目の前で、さらに二機のビットがミサイルの直撃を受け、ふらふらと動きをなくして地上へと落下していった。これで残されたビットは四機。

 

(ビットは小型だから、この程度の火力でも壊すことができる……! あいつはそれを狙って……!)

 

 追い詰められている。エランはその事実を改めて認識し、そして先ほどロマン男が言い放った言葉を思い出した。

 

『俺は、一つもふざけてなんていない。君と、その"ガンダム"に……勝つつもりでここに来た!!』

 

 確かにそれは事実のようだ。

 

 ガンダムの情報をどこからか仕入れていたのか、それとも元からペイル社製の機体ならば高速機動に秀でていると予想していたからか、あのロマン妖怪はふざけた流れで始まった決闘にもかかわらず、本気でエランを倒そうと準備をしていた。

 

 そのことが、エランの感情をさらに波立たせる。

 

「……パーメットスコア、4!!」

 

 そしてファラクトの動きが変化した。

 

 動きはさらに有機的に、さらに激しく、さらに早く。

 

 人間に許されたMSの挙動をはるかに超えて、ファラクトは魔法のように宙を舞う。

 

 しかし、その分……

 

「はぁっ……! はぁっ……!!」

 

 エランはコクピットの中で苦悶の表情を浮かべていた。

 

 スコア3の段階で脳に手を入れ、かき混ぜられたような苦痛を感じるというのに、4にまで到達したのだ。全身がミキサーでかき混ぜられたような痛みに襲われてしまう。

 

 いくら強化人士としてガンダムに最適化されたとはいえ、この状態では長くはもたないだろう。

 

 だから、エランはミサイルの雨を潜り抜けると、

 

「アスム、ロンドぉおおお!!」

 

 ロマン男へとビットを引き連れて突貫した。

 

 それはファラクトのセオリーからは外れた戦法だったが、敵にはおそらく十分なミサイルの備蓄があり、自分には時間がないという状況下での致し方ない判断だった。

 

 とにかく接近し、敵の動きを止めて、破壊する。

 

 すると、ロマン男は

 

『いいねっ! 面白くなってきたぁ!!』

 

 全身のミサイルポッドをいくつも射出して、ファラクトへと向かわせてくる。そうして本来のヴィクトリオンの姿に近くなると、生まれた余剰出力をもって空へと飛びあがってきた。

 

「おまえは、いったいなんなんだっ!?」

 

 ビームガトリングを斉射しながら向かってくる妖怪へと、エランは叫ぶ。

 

「僕には何もないっ! 家族も、誕生日も、名前も、未来すら残されていないっ! 僕にはこれしかないんだっ!! なのに、お前はなんで邪魔をするっ!!」

 

 それは自分の運命を、この世界全てを呪うような、悲しい叫び。

 

 しかし、ロマン男は言い放った。

 

 

 

『はぁ、なにもない!? 友達が、ここにいんだろうがぁあああ!!!!』

 

 

 

「っ……!?」

 

 ヴィクトリオンが抜き放ったビームサーベルと、ファラクトのビームサーベルが交差する。しかしガンドフォーマットによって制御されたファラクトのほうが、上手だ。ヴィクトリオンの肩口を切り裂いて、肩に乗ったミサイルポッドを破壊する。

 

 そして再度の攻撃を図りながら、エランは叫んだ。

 

「僕に、友達なんていないっ!!」

 

 この顔も、名前も、全てが偽りの学園生活。

 

 その中で生まれた人間関係など、偽りでしかない。いつかは奪い去られ、本当の自分は忘れ去られるだけだというのに。

 

『だったら俺は、お前の何なんだっ!?』

 

「っ、ただの……バカだろっ!?」

 

『いいね、"バカ"っ! 立派なあだ名じゃないかっ! シャディクも、ミオリネも! グエルやアリヤ、サビーナだって!! 俺の友達はみんな俺を"バカ"って呼ぶんだ!』

 

 だったら、

 

『お前もその友達だろ!!』

 

 バカの言葉が勢いを増し、機体もそれに合わせて突撃を敢行してくる。

 

 だが、ファラクトはそうたやすく接近させてくれない。

 

「おまえが、勝手についてくるだけだっ……!!」

 

 ヴィクトリオンを引きはがすように、あるいはとどめるように、スタンビットがビームを乱射する。それはヴィクトリオンの分厚い装甲にあたって、その機能を止めようとするが、

 

『つれないこと言うなよっ! 俺も、この学園も、お前にはあるだろっ! それに誕生日もパーティーしたじゃねえかっ……!!』

 

 バカはそのたびに装甲をパージし、機能不全が広がらないようにする。

 

「それもお前が、かってに決めた日だろっ……! しかも、一昨年も去年も、ちがう日だった……!」

 

『教えてくれないんだから、しかたないだろっ!!』

 

「だったら、勝手に祝うんじゃあないっ!!」

 

 一方で、身軽になったことをいいことに、空中を旋回しながら両手のビームガトリングを乱射して、ビットを狙っていくバカ。それはスコア4に至ったガンビットの動きを止めきれはしないが、かといって正確に狙いをつけさせることを阻害して、致命的な攻撃を避けることには成功させていた。

 

「誕生日プレゼントに送ってきたのも、シェイクスピアの原語版で……!」

 

『好きな本だっただろ!』

 

「もう、一冊もってたんだよ、このバカっ!!」

 

『いえよっ!?』

 

「言えるわけないだろっ!?」

 

『なんでだよっ!?』

 

「だって……」

 

 そんな刻一刻と過ぎていく戦いの中で、消耗していくエランの口をついて、今まで隠していた言葉がでてきてしまっていた。

 

「誕生日、祝われたのは初めてだったから……」

 

『ハハッ!! それは、嬉しいなぁっ!!』

 

「っ……お前はいつも食堂でニンジンをよこしてきたり」

 

『俺は苦手で、お前は好きだからウィンウィンだ!』

 

「誰がそんなこと言った! 僕だってそんなに好きじゃないんだっ!」

 

『じゃあ、貸した漫画にアニメもかよ!?』

 

「毎回、改造人間が出てくるの、気が滅入るんだっ……!!」

 

 エランは考える、どうして自分はこんなに言葉が出てくるのだろうと。

 

 痛みの中で夢を見ているように、バカが勝手にまとわりついてきたこれまでを思い出す。本当に、一つも笑い顔を見せたことがないというのに、ついでにその感情を察するデリカシーもない癖に、この男は虫のように、エランの周りをぶんぶん飛んでいた。

 

 だから、

 

「お前と友達なんて、なんの冗談だっ……!!」

 

 そしてファラクトのガンビットがヴィクトリオンのバックパックを捉える。それは残された最後のミサイルポッドであり、ファラクトに曲がりなりにも追いつくための機動力を担っていた部位。

 

 機械というものは精密で、一部が機能不全になれば連鎖することも多々ある。この追加兵装も相当に無茶な改造を施していたためだろう、

 

『っ……!?』

 

 ミサイルに引火したのか、バックパックから光があふれ、ヴィクトリオンが大きな爆発に飲み込まれていった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息も絶え絶えなエランは、一瞬だけ油断する。これで、あのバカでも命運が尽きたはずだと。

 

 これだけの爆発に飲み込まれたら、下手すれば怪我では済まないはず。

 

 だが……

 

(いや、だめだ……)

 

 理屈ではなく、このバカが絡んできた毎日を思い出して、エランは目を開けた。

 

「バカは来る……!!」

 

 そして、

 

『行くぞ、エランっ……!!』

 

 爆炎の中から、バカが来た。

 

 もうミサイルもガトリングも、遠距離兵装は一つとして残されていない。だが、バカの代名詞のロマン兵装が一つだけ、残っていた。

 

『必殺ぅうううううう!! ロケットパンチ……!!』

 

「このっ、バカ……!!」

 

 ヴィクトリオンの右手から発射されたロケットパンチ。そして、ビットの動きが間に合わずにとっさに放たれたファラクトのビームライフル。

 

 それは交差して……両者のブレードアンテナを同時に破壊した。そして、

 

 

 

『両者 引き分け』

 

 

 

 エランはその結果を認めると、体力の限界を迎え、パーメットリンクを解除した。

 

 そうして息を整えながら、自分の乗るファラクトと、相手のバカを見た。

 

 結果を見れば、ファラクトには大きな損害がない。ビットはかなりボロボロであるし、外部装甲には爆炎による損傷もある。だが、それでも決闘ルールじゃなければまだまだ戦えるという様相だ。

 

 一方、相手のヴィクトリオンは、考えなしに装甲をパージしまくった影響でフレームまでむき出しのボロボロの状態。この後の継続戦闘は望めないだろう。

 

 客観的に見れば、ファラクトの勝ちに近いが……

 

(あの婆さんたち……どう思うかな)

 

 それだけが気がかりだが、なんだか疲れすぎて、未来のことを心配する暇はなかった。

 

 だというのに、

 

『ハハハハ! いい決闘だったな、エラン!!』

 

「……許可してない」

 

『ん……?』

 

「呼び捨てなんて、許可してないんだよ……バカ」

 

『えーっ? ダメ? せっかくこんな思いっきり喧嘩したんだし、もうこれで友達だろ?』

 

「どこのアニメの話なんだ……」

 

 喧嘩をしたら友達とか、あまりに古い価値観過ぎる。

 

 だとしても、

 

(僕には友達がいない。けど……バカはいる、か)

 

 それだけは、わかった気がした。




あと二話やって、体育祭開幕ですっ!
ロボット物のバトル描写、難しいですねっ! 勉強勉強っ!

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17. アラート

 コロンコロンと、細く美しい指先から数個の石が転がり、奇妙な文様が書かれた布の上に落ちていく。それらの石も、いくつかは宝石の原石を使っているのだろう、透き通っていたり、半透明の色がついたものであったりと様々。

 

 そして、石が動きを止めて安定すると、その配置を見ながらアリヤは腕を組み、思案の表情をした。

 

 リソマンシー。転がした石の配置から、相手の運命などを読み取る占いの手法の一つ。それを得意とするアリヤは地球寮でも誰かの運勢を占ったりしてあげているのだが……

 

「ふむ……、相変わらず読みづらいね、君の運命は」

 

「えっ……、もしかして運勢最悪だったり?」

 

「そういうわけでも……いや、あるのかな?」

 

 アリヤは考えながら、目の前に座るロマン男の表情をうかがう。

 

(……表情はわかりやすいのに、運勢はわかりづらいとは)

 

 ロマン男はあからさまに困り顔だ。アリヤの様子から、自分の運勢がよくないのではと不安にさいなまれているのだろう。ロマンを信奉するだけあって、占いのことにも抵抗がないのか、こういう場面でも男は素直だった。

 

 その様子がかわいらしいとか、ちょっと困らせてみたいとかの悪戯心がアリヤに浮かぶが、今はまず解説をしてあげるのが占い師としての役割だろうと考え直す。

 

 こほんと一拍を置いて、アリヤは一番大きな赤い石を指さした。

 

「これが君の石だ。勢いと力に満ちている。うまくいくならば、君は大きなことを為せるだろう。だけど方向が定まっていないね。下手をすれば、その勢いのままで破滅へ一直線だ」

 

「……は、破滅」

 

「あくまで占いの結果だからね、気になるのならこれから気を付ければいいんだ」

 

 そして、とアリヤは周りの石を見ていく。

 

 残るいくつかの石は、男をめぐる人間関係について示している。

 

「……この二つが特に結びつきが強いな。幼いころから、切っても離せないというほどだ。相性も悪くはない」

 

「なら、シャディクとミオリネじゃないかな?」

 

「なるほど、たしか彼らとは幼馴染だったね……。そして、ほかにも君は多くの人に好かれているが……」

 

 と、そこでアリヤはとある場所に置かれた透明な石を見る。

 

「……これは恋愛をつかさどる位置に置かれている」

 

「ほう?」

 

「あれ、珍しいね。君がこういうのに興味を持つなんて」

 

「いやシャディクの奴が、恋人をつくって落ち着いたらどうだとか言うから、ちょっと気にしてるんだよ」

 

「…………何人か、君にそういう意味で好意を抱いている子がいるようだ」

 

 誰とは言わないが、と断りつつ、アリヤは少しだけ心臓の音を高鳴らせながら、目の前の同級生へと尋ねた。

 

「もし君が望むなら……特定の異性との相性も見てあげられるが、どうかな?」

 

「特定の異性……か、いや、あんまり思い当たらないんだけど。誰かいるかな……?」

 

「た、例えばでいいんだ。例えば、わ……」

 

 

 

「アリヤは?」

 

 

 

「うひゃあ!?」

 

 知らず頬を染めながら何事かを言おうとしていたアリヤ。しかし、言い切る前に驚きの声を上げてしまい、それが相手の男へと伝わることもなかった。

 

 驚いた理由は明白で、後ろから自分の名前を指名する声が聞こえたから。

 

 ロマン男はといえば、いきなり飛び上がったアリヤに驚きつつ、その後ろに立っているこれまた同級生のティル・ネイスへと手を上げた。

 

「おーっす、ティル! 元気?」

 

「うん、元気だよ。アスムこそ、こっちにくるなんて珍しいね」

 

「アリヤが誘ってくれたから、スレッタさんたちの様子を見るついでに寄ったんだ。そうだ! 今度うちのメカニックたちが、また変なシステムを構築したって言うから、興味あったら見に来ないか?」

 

「……面白そうだね。頼むよ」

 

 ティルはいつも通りの感情が読めない顔でうなずくと、何やら髪をいじりつつ頬を染めているアリヤへと顔を向ける。

 

「それで……占わないの? アリヤとのあいしょ……」

 

「し、しないっ!」

 

「……そう」

 

 本人が望まないというのなら、無理に背中を押すこともないだろうとティルは考え、話をそらすために別の話題を探す。彼としても同級生同士が仲良くなることは喜ばしいことだったが、自分のことになるとどちらも奥手なのが、どうにももったいなくも思っていた。

 

(……あれ? あの位置は)

 

 そこでティルの視線が、一つの地点で止まる。

 

 ぽつりと一つ、他の石から離れた場所に小さな欠片のような白い石が転がっていた。

 

 アリヤはそれを見ると、気を取り直したのか真剣な目線になって。

 

「……これは、あまりよくないかもしれないな。離別、を意味している。アスム、君は最近、誰かと別れたりはしていないか?」

 

 すると、ロマン男はその結果に驚いたように目を見開いて、次に少しばつが悪そうに苦笑いした。

 

「あー、それはエランのことかもしれないなぁ……」

 

「エラン・ケレス? そういえばこの間、決闘で引き分けていたけれど……」

 

「そっ! それで、まあ……」

 

 

 

「結局、絶交になっちゃいました」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「……準備だけだっていうのに、どうしてこんなに手間がかかるんだ」

 

 その頃、エラン・ケレスは少し疲れた顔をしながら、アスティカシアの校舎近くを歩いていた。

 

 いや、少しどころではなく"かなり"疲れた顔と言えるだろう。

 

 髪は変なところが飛び出ているし、よく見ると首元のタイの結び目も乱れている。それと言うのも、エランは今日、体育祭に参加するためという名目で身体測定を受けていたからだ。

 

 自治会主催の体育祭。ロマン男が立ち上げて、年々規模を増しているアスティカシアの一大イベント。

 

 ただ、それも全員参加ということはなく、あくまで希望者を募ってのイベントだ。運動が苦手という学生もいるし、無理矢理に参加させるというのはロマン男の好むところではない。そういうわけなので、うるさいのも誰かと群れるのも苦手なエランは参加を断っていたのだが、

 

「……決闘の結果だから、仕方ないけど」

 

 エランは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 

 エランとロマン男との決闘は、両者が同時にブレードアンテナを破壊されたことで引き分けと判定された。通常はそんな結果にはならないのだが、映像判定でもコンマ単位で同時だったので引き分けと認めるしかない。

 

 となれば、両者が賭けたものの行方が気になるところだが、決闘自体を無効にするか、あるいはどちらも認めるかという話になり、

 

『じゃあ、俺は"エラン・ケレス"ともう関わらないから、体育祭には出てくれよ!!』

 

 とロマン男が勢いよく言い出して、結局二人ともの条件が認められることになった。

 

 そういうことなので、エランは体育祭へ出場するための諸々の検査やらを済ませ、寮へと帰る途中。

 

(それにしても……にぎやかだね)

 

 そんなエランが耳を澄ませると、あちらこちらからトンカチを打ち付ける音や、機械の作業する音が聞こえてくる。よく見ると、体育祭の飾りつけだろう、メカニック科や経営戦略科たちが集まって、横断幕やら応援道具やらをつくっている様子がそこにはあった。

 

 体育祭には学年ごとや寮ごとの種目もあり、個人MVPを決めたり、総得点の多い寮を表彰したりもするので、寮への帰属意識がつよい学生たちは応援への余念がないのだろう。

 

 改めてこの学園は、あのロマン男の影響が多いなと思いながら、ふとエランは考えてしまった。

 

 学園は喧騒に満ちている。そのはずなのに、なぜかいつもより静かに感じてしまっていた。

 

 なぜなら、エランの周りを騒がせていたあの声が聞こえないから。エランがこうしてふらふらと散歩をしていると、頼んでもいないのに"あの男"がすっ飛んできては、無理矢理に誘ってきたものだが、今日はそんな様子がない。

 

 理由は明白だ。

 

 決闘の条件はロマン男が自分へと近づかないこと。

 

 そしてそれが果たされたのだから、あの男が積極的に自分の前へ現れることはない。

 

(せいせいした……と、思ったんだけどね)

 

 エランは少しだけため息を吐く。

 

 実はあの男を気に入っていたとか、そんなわけはない。戦いの中で彼と腐れ縁具合を思い出して、思っていたよりも自分の人生に対する比重が多かったことには気づいたが、だとしても性格やノリが合わないことに変わりはないのだから。

 

 何度決闘をやり直したとしても、自分の出す条件は変わらない。

 

 ただ……

 

(慣れるまでは時間がかかりそうだな……)

 

 なんとなく、物足りなさをエランは感じてしまっていた。

 

 するとそこへ、

 

「わぁあああああ!?」

 

「ちょ、姉御!? 大丈夫か!?」

 

 近くで女生徒の悲鳴が聞こえた。あんまりにも大きな声だったのでエランが思わずそちらを見ると、スレッタ・マーキュリーがチュチュと一緒に地面に転がした荷物を拾おうとしている最中だった。

 

 きっと体育祭の準備なのだろう。丸めた布や、ペンキの缶などが散らばっている。

 

 そしてそれは女子二人には多すぎる荷物で、がんばろうとしていたスレッタが耐え切れずに落としてしまったのだと推測できた。

 

 エランはそれを見て、すぐに向き直って立ち去ろうとする。普段からそういうことに手を貸す性格ではないし、スレッタとは顔を合わせづらい状況にあったから。しかし、

 

「あっ! エランさんっ!!」

 

「…………っ」

 

 スレッタのほうから自分に気がついて、しかもなぜか助けてほしそうな期待に満ちた目で見てくるのだ。

 

 無視すればいいと思いつつ、あの純粋すぎる目で見られているとこのまま立ち去ることに言い知れない罪悪感を感じてしまう。

 

 結局、その罪悪感には勝つことができず、

 

「あ、ありがとうございました……! 手伝って、くれて……」

 

「別にかまわないよ。……地球寮までもっていけばいいの?」

 

「おうっ! これからあーしたちで体育祭のでっけー旗をつくんだ! もちろん、地球寮の!」

 

 数分後、エランはスレッタたちから一部の荷物を受け取り、並びながら地球寮への道を歩いていた。内心では『余計なことをした』と後悔しながらも、もちろん顔には出さない。この間の決闘ではらしくなく内心をさらけ出してしまったが、エランと言う人間の鉄面皮も筋金入りだった。

 

 そんなエランをどう解釈したのか、スレッタは気やすい調子で話しかけてくる。

 

 どうやら彼女の中ではエランの告白未遂は誤解ということで収まっているらしい。さすがにロマン男も後輩に要らぬ混乱を持たせたままというのは避けたのだろう、ちゃんと弁明はしてくれているようだった。

 

 とはいえ、エランにスレッタと話す内容はない。

 

 元々がガンダムを狙って話しかけようとしていただけで、バカの次には無理矢理にでも決闘に持ち込んでエアリアルを奪おうともくろんでいたという負い目もある。そのバカとの決闘でファラクトが修理に出されてしまったから、その未来もあやふやになっているのだが、気まずいことには変わりなかった。

 

 エランの内心を知ってか知らずか、スレッタはエランに尋ねてくる。彼女なりに共通の話題で話をしようと思ったのだろう。

 

「あの……、エランさんは、体育祭って、どんなお祭か、しってます? わたし、初めてで……」

 

「…………騒がしいだけだね」

 

「あー、エランパイセンってそういうタイプっすか……」

 

「ああ、そうだよ。ついでに君たちの期待を壊して悪いけど……あまり期待しすぎても仕方ないんじゃないかな?」

 

「そ、それは、どういう……?」

 

「だって……祭なんて、終わってしまえばそれだけでしょ?」

 

 エランは知っている。

 

 この世界はどこまでも持たざる者には残酷だ。この学園という箱庭に守られている今だけは幸せかもしれないが、外の世界に出てしまえば、守ってくれる者など誰もいない。その辛さの前には、たった数日の楽しい思い出なんて、何の力にもなってくれない。

 

 特にエランなど、数日後にはどうなっているかもわからないのだから……。

 

 すると、スレッタは自分でも言葉を探すようにしながら言うのだ。

 

「そ、そうかも、しれないですけど……。でも、なんにもないって、違うと、思います」

 

「……どうして?」

 

「私、その……水星で育ったんですけど、学校も、友達も、そういうこと、なくて……」

 

 優しい母親はいた。家族であるエアリアルもいてくれた。

 

 だけれど、この学園に来て、他の生徒たちが仲良く遊んだり、イベントで盛り上がっている姿を見ると、やっぱり水星での生活はゆりかごの中のように何かが足りなかった。

 

「だから……わたしも、なんにもなかったですけど、今はそれを……思い出を作ることが、できてるなって、そう思うんです。いま、この時のために……私は、水星から出てきたんだなって」

 

 そして、それはチュチュも同じだ。

 

「パイセンには悪いけど、地球も同じだっての。アーシアンだってだけでみんなスペーシアンに虐げられてるし、あーしだってこういう風に学校に来たのは初めてだ。でも、どんな理由でもここに来たんだから……あーしはその分、がんばってやろうって決めてんだよ」

 

 スペーシアンだのアーシアンだの、そんな差別があふれていることは分かっている。何かが大きく変わらない限り、卒業したらまたそういう理不尽に苛まされることは分かってるのだ。

 

 だとしても、そんな暗い未来を変えることができる力が欲しくて、その可能性があるからこそ宇宙に勉強に来ている。

 

「だから、体育祭だろうと何だろうと、手を抜いたりしねー。学園の連中にアーシアンでもやれるってところを見せれば、将来他の奴らが大人になっても、でかい顔できるしな」

 

「え、エランさんも……一緒に、どうですか? きっと、しょうがないって思うよりも、飛び込んでみたら、なにか手に入ると思いますから」

 

 進めば、二つです。

 

 と、少し怖がりながらも、スレッタはエランの前に指を二つ立てて示した。

 

 エランはそれを見て、

 

(……うらやましい)

 

 とだけ思う。本当に残酷な目には合っていない子供らしくて。持たざる者だとしても、まだ未来があって。このただの思い出になる祭も、将来の何かにしてみようという気持ちがあって。

 

 それは……。

 

「あいつも、そうなんだろうね……」

 

 ロマン男が何度も何度も祭へ誘ってきたのも、別に無神経というわけではないのだろう。エランの将来に、なにか残るものがあると、それがよいことだと信じているからこそ、あそこまでまっすぐにエランを誘うことができたのだ。

 

 結局、エランの気持ちは変わらず、ロマン男としても決闘で参加を決めるというのは不本意だったかもしれないが。

 

「……でも、そうだね」

 

 もう決まってしまったことは決まってしまったこと。

 

 エランは体育祭に出なければいけない。

 

 だったら、残り少ない人生を、なんの意味もなく過ごすよりも……

 

「僕も……少しくらいは」

 

 その時だった。

 

 エランの生徒手帳に、一件のメッセージが届いたのだ。

 

 エランは荷物をいったん地面に置いてそのメッセージを開くと、スレッタ達にはわからないほどかすかに、目を伏せた。

 

「……ごめんね。少し、用事ができたんだ。寮までは届けられない」

 

「あ、はい……! 大丈夫ですっ! この距離なら、みんなも呼べますのでっ!!」

 

「あんがとな! パイセン!」

 

「……うん。体育祭、がんばって」

 

 エランはそう言って、スレッタ達に背を向けて逆方向へと歩き出す。

 

 ちょうど時間は夕方に変わっていく頃。映し出されていた空も夕闇に変わっていって、その中を歩いていくエランの姿は、スレッタにはどこか寂しく儚く見えた。

 

 だから思わず、

 

「え、エランさん……!」

 

 スレッタは大声でエランを呼び止め、

 

「体育祭、いっしょに、楽しみましょうね……!」

 

 エランも一緒にと。

 

 そしてエランは、その言葉に振り返るとわずかにスレッタへとほほ笑みを向け、ゆっくりと立ち去って行った。

 

 

 

「あなたには失望したわ、強化人士4号」

 

「エアリアルの奪取どころか、あんな旧世代のMSに負けるなんて」

 

「私たちとしても、強化人士計画に大幅な見直しをしなければいけなくなったのよ?」

 

「成果を出せない強化人士に次はないの」

 

 そこはペイル社の本社フロント。

 

 四人の魔女たちは、エランを囲むように椅子にくつろぎながら、冷酷な糾弾を続けていた。

 

 エランはそれに対して何も答えない。

 

(この状況だ、もうアンタたちの中で結論は出ているんだろ?)

 

 唯一、隣に立つベルメリアだけがエラン、いや、強化人士4号の弁明をしてくれているが、彼女とてペイル社にかくまわれている身。CEOによる決定を覆せるほどの権限は残されていない。

 

「代わりはいくらでもいるの」

 

「次はもっと優秀な強化人士に向かわせましょう」

 

「ええ、今度こそ我々の研究を進められるように」

 

「となれば、この強化人士4号は即刻、廃棄を……」

 

 そして、強化人士4号の命運は……。

 

 

 

『ちょーっと待ったぁああああああ!!』

 

 

 

「……は?」

 

「なっ……!?」

 

「何事っ!?」

 

 今まさに下されようとしていた4号への死刑宣告を、どこかで聞いたような、だけれどもここでは聞こえるはずのないバカでかい声が遮った。

 

 驚きに表情を固める面々を差し置いて、状況は次々に切り替わっていく。

 

 部屋に置かれた大型モニターにはど派手な赤文字で"Caution"と警告表示が映し出され、ついでノイズと砂嵐が発生したかと思えば、

 

『あー、あー、マイクテスマイクテス! 聞こえてますか? ペイル社の皆さん?』

 

 またまたどっかで見たような金髪のバカの顔が大写しになったのだ。

 

 エランだけでなくCEOたちも、もちろんその顔を知っている。

 

「あ、あなたは……!」

 

「ロングロンドの……!」

 

『いやぁ……お久しぶりです。ゴルネリCEO、他みなさん。そして……』

 

(((だから、なんでゴルネリだけ……!?)))

 

 そしてバカは、頬を引きつらせながら自分を見つめてくる友人を見つけ、にやりとアニメみたいなキメ顔をしながら宣言した。

 

 

 

『助けに来たぜ、マイフレンド!!』




次回「おめーの席ねぇから!」

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18. ガンダム、買います

スレッタVSファラクトも違う形でちょいと後にやります。


『君はエラン・ケレスだね』

 

『そういう君は、アスム・ロンド』

 

 アスティカシアに入学してすぐ、ロマンバカとそうやって初めて言葉を交わした。それをエランは覚えている。忘れられるわけはない。あまりにもエランにとって衝撃的すぎたから。

 

 なにせロマンバカはいきなり寮の前で出待ちして、かっこつけた様子で話しかけてきたかと思えば、エランの返答を聞くなり、

 

『くぅっ……! いいね、いいよ、その返答!! 今までいろんな奴に試したけど、誰も乗ってくれなかった!!』

 

 と謎の涙を大量に流しながら、エランの手を握ってきたのだから。

 

 同じ人間か? と本気で疑うほどに、いや今でもエランは疑っているのだが、ロマン男は奇人だった。

 

 エランがしたのはただ相手の名前を確かめただけ。しかも不愛想と鉄面皮を張り付けて"メンドクサイ"と言外に示していたというのに、なにに感動をしているのか。そして、それをバカに尋ねると、バカは驚いた顔をして、

 

『えっ!? 漫画だけど知らねえの!? 宿命の二人の最初の挨拶として有名なんだけど!?』

 

 などと言いだした。どうやら、こんなやり取りがバカの好む作品にあったらしい。

 

『知らないよ。……それ、どんな漫画なんだい?』

 

『出会った二人は吸血鬼と能力者に別れて、最後は殺し合うんだ』

 

『……最悪じゃないか』

 

 エランは訳が分からなくなった。そんな敵対する二人の出会いを再現しようだなんて、こちらに喧嘩を売っているのかと思った。なのに、ロマン男ときたらなぜか楽し気にエランの肩を引き寄せ、こう言ったのだ。

 

『いやいやっ! 確かに敵同士だけど、それが壮大な冒険のきっかけになるんだよっ! 個人的にはそういう運命の出会いって、超ロマンだと思うんだよなっ!』

 

『ロマン……?』

 

『そうっ! 空想を夢を、理想を! このアド・ステラに生み出そうっていう情熱だっ!!』

 

 なので、とバカはなれなれしくエランへと笑顔を向けながら、

 

『偶然? いやいや、これは必然だ! きっと君とは一緒にロマンを追いかける大切な仲間になる! だから……俺と友達になろう!!』

 

 などと誘いをかけてきたので、エランの返答は決まっていた。

 

『…………断る』

 

『えぇええええええええ!?』

 

 結局、断ったというのに次の日もバカはエランの元に現れたし、学園をめちゃくちゃにしながらもエランとの一方通行な友情は続いていった。

 

(まったく、こいつは最初から最後まで……)

 

 そんな出会いだった、とエランは目の前に大写しになったバカの顔を見ながら思い出す。

 

 エランからは一度たりとも彼を友人などと言ったことはないし、思ったこともない。もっと言ってしまえば直前に絶交を条件にして決闘をして、それが果たされていたというのに。結局、こいつの中ではエラン・ケレスは本当にただの友人だったのだろう。

 

 誤算だったのは、その友人を助けるために、

 

『助けに来たぜ、マイフレンド!!』

 

『なぜかって?』

 

『それがロマンだからだっ!!』

 

 ここまでするバカだったということ。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 そんなロマン男の乱入から、少し経ち。

 

「……これはいったいどういうことなんだい?」

 

 エラン・ケレスはロングロンド社の輸送船の中で、目のハイライトを消しながら、目の前の面々へと問いかけていた。その手には拘束用の手枷もなく、別に幽霊だということもない。エラン・ケレスとして五体満足のまま無駄に装飾された椅子に座りながらの質問だ。

 

 それはつまり……エラン・ケレスの命は助かったということ。

 

 だからこそエランは知りたかった。知りたいことが多すぎた。

 

 その一つ目としての疑問。ロマン男だけならわかる。考えなしでバカで向こう見ずだから、突拍子もない行動をしてもまだ理解できる。だが、

 

「ミオリネ・レンブラン、シャディク・ゼネリ……君たちまでどうして関わっている?」

 

 彼の幼馴染までもがこの企てに参加していたのは、エランにとって大きな疑問だった。

 

 そんな彼の問いかけを、視線の先に居並ぶ面々はそれぞれの反応で受け止める。得意げな顔を輝かせる妖怪ロマン男に、すました顔のミオリネ、さらにはシャディクは"どうしてだろうね……"などと少し疲れた顔で。

 

 どうやらシャディクは、ミオリネとロマン男に巻き込まれたようだと、その様子で想像がつく。ならばと疑問なのはミオリネだ。

 

 学園一の経営アドバイザー、将来の女帝、身内にいれたら怖すぎる女。そんな彼女とエランとの接点はゼロに等しい。冷徹に利益を重んじる彼女が、わざわざエラン救出に絡むなどと、想像ができなかった。

 

(いや……僕が本当に"エラン・ケレス"なら、そうするだけの利益もある)

 

 将来のペイル社を率いる人間に、恩を売れるのだから。

 

 しかし、それはあり得ない。なぜなら、

 

「アスム・ロンド……いつからだ? いつから僕が"エラン・ケレス"じゃないと気づいていた?」

 

 自分が影武者だということを、この面々は知っているからだ。

 

 エランは疲れたため息を吐きながらロマン男へと言った。

 

「……おかしいと思ったんだ。あれだけ僕を友達だ、友達だと連呼していたお前が、あんなにあっさりと絶交を受け入れるなんて」

 

 にもかかわらずエランの絶体絶命のピンチにはわざわざ殴り込みに来ている。決闘のルールが全てではないが、明らかに絶交など知ったことではないという態度に他ならない。

 

 だが、その疑問の答えに、エランはもう見当がついていた。決闘でエランが提示した条件は、

 

『この男がエラン・ケレスに関わらないこと』

 

 なのだから。

 

「つまり、僕がエラン・ケレスじゃなければ、関わってもいいっていうことだろ。……いつから替え玉だと気づいていた?」

 

「うーん、実を言うと……結構最初から?」

 

「……なんだって?」

 

 ロマン男はあっけらかんという。

 

「いや、オリジナルっていうのも変だけど、元のエランってやつを見たことあってね? なんか今と雰囲気違うなーって。それになにより……」

 

「なにより……?」

 

「あの婆さんたち、どう考えても悪役だろ!!!!」

 

「…………はぁ、バカにまともな答えを期待した僕のほうがバカだった」

 

 ロマン男はあの共同CEOたちが胡散臭い恰好をしていたから、悪事を企んでいるに違いないと思い込んで調べまわったという。それは仮に間違いであったならとんでもない名誉棄損だが、結局は正解。そしてエランの素性には怪しいところがあると、早めに気がついていたのだという。

 

 ただ、ロマン男はそれを明かすことはしなかった。

 

「だって、ばらしたところでお前が学園から追放されるだけだろ? だから黙ってたけど、さすがに今回のはなぁ……」

 

 エランの命の危機だから、なりふり構っていられなかったと。そう言って、妖怪は苦笑いした。

 

 ならばこそ、最初の疑問に戻る。

 

 なぜ、そんな替え玉を助けるために、ミオリネは参戦したのか。するとミオリネはエランにはそんなに興味がなさそうな顔をしながら、

 

「あくまで私に得があるビジネスだからってだけよ」

 

 と言い切った。そしてシャディクも同じように理由を告げる。

 

「俺は二人の頼みだからっていうのもそうだけど……ペイル社の弱みを握っておけるのは、ありがたいからね」

 

 そうまでして得たミオリネの言う"ビジネス"とは……

 

 

 

「これで私はペイル社の"ガンダム"を手に入れた」

 

 

 

 冷静に、禁忌の力へと手を伸ばした女帝の姿。

 

 それに空恐ろしいものを感じながら、エランはあの交渉の場を思い出す。

 

 

 

 エランへの死刑宣告が下される直前に、いきなり会議室に大写しとなったロマン男。それはベルメリアやエランを十分に驚かせるものだったが、CEOとして巨大組織を束ねる魔女たちは、その程度でうろたえたりはしなかった。

 

 なにせいくらでも言い逃れはできるし、ロマン男の行動自体が非合法。他社へのハッキング行為に重要な"会議"の盗聴・盗撮。仮にエランの処刑を執り行っていたならば別だが、場面としてはあくまで失敗したパイロットへの口頭での叱責だ。

 

 だからこそ、この狼藉を逆にロマン男への攻撃材料とできることを、魔女たちは理解していた。

 

 しかし、同時に魔女たちはもう一つのことも分かっていた。

 

((((この場面に乗り込むのなら、それ相応の武器を用意しているはず))))

 

 そして、それは正しい。

 

 ロマン男はしらばっくれた挨拶もそこそこに、こう言ったのだ。

 

『ある事情でエラン君の指紋とDNAを調べたんですがね? 驚くことに、市民情報と異なっていたんですよ』

 

 そんな、さも『気づいたのでお知らせしました』という親切心を装って出した情報により、CEOたちも対応を考えなくていけなくなった。

 

 市民ナンバー。

 

 それは強化人士4号も求めていた、この世界で人として生きていくための証。それがあることで初めて一人の人間として人権が認められ、福祉や保証を受けられる。職に就くにも、まともな住居を得るにも必要とされるものだ。

 

 そして、それほどに重要な資格であるから審査は厳格。整形技術も発達した現在において顔写真だけではもちろん信用に足らないので、指紋から光彩、DNA情報まで登録が義務付けられる。

 

『だから教えてください、そこにいるエラン君は何者ですか?』

 

 ロマン男は笑みを消すと、真剣な表情で問いかけた。

 

 エラン・ケレスは実在の人間だ。今も替え玉に仕事を任せ、高見の見物を決めている。なので、彼には市民ナンバーが当然に存在するが……そこに替え玉の強化人士4号の生体情報など登録されているはずもない。

 

 ならば、アスティカシア学園に通っていたエラン・ケレスは偽物……と本来はなるのだが、その結論にも矛盾が出てしまう。

 

『偽物をペイル社がわざわざ推薦で学園に送るわけないですよね? それでは間違っているのは、市民ナンバーの登録情報なのかな? まあ、お役所仕事ですから、ハッキングされたり取り違えもあるかもしれませんよね? すぐにそのエラン君の情報を再申請しないと!』

 

 と、妖怪は楽しそうにうそぶいた。

 

 つまり、選べとCEOたちに訴えたのだ。

 

『そこにいるエラン・ケレスを本物だと認めるか、自分たちが主導となってベネリットグループへと背信行為を行っていたと認めるか』

 

 ちなみに、ロマン男が武器として示してきたエランの生体情報については、

 

『エラン君が私たち主催の体育祭に出てくれるというので、先日に身体測定をしたんです。身長、体重、指紋に声紋、ついでに耳紋と虹彩から、ありとあらゆる身体情報を記録させていただきました』

 

(………………は?)

 

『それはもう、わが社の最高の技術を使って、エラン・ケレスを文字通り丸裸にするほど!!』

 

(…………ちょっと待て)

 

『今なら1/1スケールのエラン君人形を作って量産できるほど! あらゆる場所のサイズを測りました!!』

 

『何をやってるんだ、お前は!?』

 

 と、エランが思わず声を荒げるほどの無法な手段で入手したという。

 

 とにかく、それがロマン男の提示した武器。

 

 ペイル社も迂闊と言えば迂闊だが、元よりアスティカシアは企業の推薦がなければ入学できず、その時点で身分保証がされているのが前提。寮の筆頭ともなれば身分を疑う余地もない。わざわざ市民登録情報を調べる方が常識外だ。

 

 そして、彼らには更に悪いことに、エランの生体情報には、ペイル社としても隠さなければいけない機密が含まれている。

 

 パーメット流入の痕跡や、GUND-ARMに適応するための投薬。明らかに違法な改造を施されたことまで妖怪は把握していると、魔女たちには推測できていた。しかもそのデータを、生粋のガンダム嫌いが治めるグラスレーに提供するとまで言い出したのだから、交渉のテーブルに乗るしかない。

 

 ただ、その時点でも両者に決定的な切り札があるわけではなかった。

 

 ロマン男の目的は、あくまで4号の救出と学園への帰還。そのためには4号が替え玉であったことなど公表されては困るし、ペイル社として4号をエラン本人として認めるように願い出なければいけない。

 

 一方でペイル社側も、不正の証拠を妖怪が抑えているとはいえ、監査が入る前に全ての研究データと強化人士を破棄することで弱み自体を消すという手段もあった。しかし、それも長年GUND-ARM研究に投資してきたペイルにとって耐え難い損失となる。

 

 そんな両者が妥協点を探る中で、ミオリネがすべてを持っていった。

 

 

 

『そのガンダム、買うわよ』

 

 

 

 といきなり会議に乱入して。

 

『ペイル社は不正の証拠を手元に置きたくはないけれど、これまでの成果を無駄にしたくはない。そして、このバカはエランの身分保障と、投薬の影響を受けたエランを生かすための技術も欲しい。だから、私が解決策を提示してあげる。

 バカのロングロンド社と私とが共同出資して、ペイルのガンダム開発部門を買収し、しかるべき時に新会社を設立する。ガンダム研究を目的とした、ね』

 

 こうすれば、ペイル社も自社にとっての巨大な爆弾を離すことができ、研究協力という形で、安全なGUND-ARM技術が確立された折には技術提供を受けることができる。

 

 ミオリネがガンダムを買ったとペイル社がタレこめば、ミオリネにも大きなリスクとなるが、強化人士本人とデータをペイル社の不正の証拠として手元に置くことでリスクは限りなくゼロになるという見通しがあった。

 

 ただ……一つ、エランには疑問があった。

 

 思案から戻ったエランは、ミオリネに問いかける。

 

「ミオリネ・レンブラン……どうして君がガンダムに手を出すんだ? 君も分かっているだろう? あれは禁忌の技術だ。ペイル社が長年をかけても呪いを解けない、悪魔の兵器だよ。

 新会社の設立も、ベネリットグループが認可するはずが……」

 

「絶対に認可されるわよ」

 

「……なぜ?」

 

「だって……」

 

 

 

「糞親父はもう、ガンダムに関わっているから」

 

 

 

 ミオリネは機内の窓から広い宇宙を眺めつつ、呟く。

 

「今回、ペイル社の実態を知れたことで、はっきりしたことがあるわ。……エアリアルのことよ」

 

「スレッタ・マーキュリーの? なぜ、それがここで出てくる?」

 

「簡単な消去法よ。ジェタークCEOはGUND-ARMを忌避して、ダリルバルデにも搭載していなかった。グラスレーもシャディクを信じるなら関わっていない。だから、一番あり得ると思ったのはペイル社だけど……ファラクトの完成度はエアリアルより劣っていた」

 

 つまり、

 

「あのエアリアルを秘密裏に開発したのは御三家じゃない。かといって、あれほどのMSを隠し通しながら製作することなんて、御三家クラスの力がないと無理。

 ということはもう答えは出ているでしょ? 御三家以上の存在……糞親父が開発に絡んでいるわ」

 

 GUNDを封印した張本人がどうしてガンダムに関わっているのかはミオリネにとっても大きな疑問だが、エアリアルへの魔女裁判でエアリアルの許可に譲歩したことからも、プロスペラ・マーキュリーと水面下では協力関係にあるとみるのが妥当だろうとミオリネは考えた。

 

 だからこそ、ミオリネは決断した。

 

「私はもう当事者よ。エアリアルをわざわざ送り付けて、何を企んでいるのか知らなければいけない。ガンダムを知らないままでなんていられないの。

 だからペイルのガンダムチームを引き取って、ガンダムの存在を表舞台に出すことで対抗するわ」

 

「それも総裁の掌の上かもって、一応警告はしたんだけどね……」

 

「毒を食らわば皿までよ」

 

 そう言って、ミオリネは挑戦するように笑うのだ。

 

「まったく……よくやるよ、君たちは……」

 

 エランは大きくため息を吐く。

 

(でも……そのおかげで命がつながった)

 

 表向きはこの強化人士4号が、本物のエラン・ケレスということになる。ペイル社側も矛盾がないように、市民ナンバーなどを再申請することになるだろう。本物のエランにとっては、いきなり自分の名前も何もかもを替え玉に奪われることになるので、さぞ不本意だろうが……

 

「俺たちの同級生で友達は、このエラン・ケレス! それをどっかでふんぞり返ってるやつに奪われてたまるかっての!」

 

 そんな言葉を聞きながら、エランは彼をペイル社まで迎えに来たロマン男へ尋ねたことを思い出す。

 

 エランにはどうしても、わからないことがあった。

 

『アスム・ロンド……なぜだい? どうして僕という人間にここまでした?』

 

『どうしてって?』

 

『僕がエラン・ケレスなら近づきたいというのも理解できる。だけれど、君は僕が何者でもないただの捨て駒だと知っていた。

 ……どうして、そんな僕のためにこんな危ない橋を渡った?』

 

 すると、問われた少年は朗らかに笑いながら、当たり前のように言うのだ。

 

『だって俺達、友達だろ? 友達のために命かけるのなんて、当たり前じゃん』

 

 なんて。

 

 そしてその場にあった監視カメラと、それを通して見ている"誰か"へ言ってのけた。

 

『青春もロマンも、一瞬一瞬が特別なものなんだよ! それを高みの見物しながら奪おうなんて許せねえよなっ!』

 

 だから、

 

『元"エラン・ケレス"! おめーの席、アスティカシアにねぇから!』

 

 その顔は、いたずらに成功したようなとても純粋で、得意げなものだった。

 

 そんなロマン男のことを、エランはまだ理解できない。

 

 命を助けられたことに違いはないが、やり方はエランの今後の学園生活に大きな支障を残しそうだし、ロマンをまだ理解できないエランには行動原理も不明な妖怪でしかない。

 

 ついでに言えばエランの危機を察知した情報網に、ファラクトのことまで予想していたような用意周到ぶりには言い知れない不気味さも感じる。……この男の場合、ロマン脳による直感と答えてきそうなところも含めて。

 

 ただその不安すら、エランとなった少年には先があるという証明。

 

(未来を考えられることは、こんなに幸福なんだ……)

 

 裏ではペイル社の魔女たちが"これはこれで面白い"と邪悪な笑みを浮かべていたり、ミオリネがガンダムへと一歩を踏み出し、シャディクが内心で彼女への心配を深めたりと不穏の火種はくすぶっている。

 

 だけれど、エランという少年にとって初めて、彼の人生というものが始まった。

 

 そのことに感謝がないというのは、あり得ない。

 

 だから諸々の気持ちを込めて、エランは自分を友達だと呼んだバカへと、珍しく穏やかな顔で言うのだ。

 

「アスム・ロンド……。キミって、ほんとにバカだよね」

 

「ありがとう、最高の誉め言葉だ!!」

 

 

 

 こうして黒いガンダムをめぐる騒動は、一つの終幕を迎えた。

 

 エランはこのままペイル寮にはいられないということで、ロマン男の率いる寮へと転属したが、あまりに頭痛がする程のロマン汚染ぶりに『ペイル寮へと帰りたい』と思いながら、ロマン男とその眷属たちによる洗脳に日々耐えることになる。

 

 そして学園にとっても、一人も生徒を欠かすことなく体育祭を迎えようとしていたある日、

 

「ん? なんか人だかりがあるんだけど。今日ってイベントあったっけ?」

 

「君が企画していないなら、あるわけないじゃないか」

 

「じゃあ、誰か有名人でも来てるのか……?」

 

 なんとなく並んで散歩していたエランとロマン男は、なぜか女生徒がキャーキャーと叫びながら集まっている場面を見つけた。ロマン男が面白半分に向かっていくと、そこでは、

 

「ねえねえ! エラン様とどういう関係なの?!」

 

「うーん、いとこですね♪」

 

「顔そっくり!」

 

「血が濃いんです♪」

 

「名前もおんなじ!」

 

「いい名前でしょう?」

 

「みんなイケメンなんて、嫌いじゃないわ!!」

 

「あははは、ありがとうございます♪」

 

 などと無駄にさわやかな声が聞こえてくる。

 

 それはロマン男にも、そしてエランにも聞き覚えがある声。

 

 というよりも、エランそっくりな声であり……

 

「おい、まさか……」

 

「その、まさかだね……」

 

 妖怪までも顔を引きつらせる中で、"それ"は姿を現した。

 

「あ! 先輩、初めまして♪」

 

 

 

「今度編入するエラン・ケレスです♪ 一学年下だけど、よろしくお願いします!」

 

 

 

 エランに瓜二つな、ついでに胡散臭すぎる笑顔を張り付けた少年が出てきた。エランにそっくりだけど、明らかにロマン男が知るエランではない存在。その正体は明白だろう。それまでの業績をエランに奪われたオリジナルは、学暦諸々を取り直さなければいけないのだから。

 

 ふとロマン男は、そんな彼へとカメラ越しに

 

『おめーの席ねぇから』

 

 などと煽り散らしたことを思い出した。

 

 彼もまた、その発言を忘れるはずがない。

 

「これなら、僕の席も学園にありますよね?」

 

 そして、元エランは笑顔のままロマン男へと近づくと、すれ違いざまにこういうのだ。

 

「それじゃあアスム・ロンド先輩♪ いつか必ず……」

 

 

 

 

「……お前を殺す」




デデドン!(天丼)

市民ナンバーについては、マイナンバーのような戸籍ベースかとも思いましたが、功績に応じて与えると言ったところから、取得に審査や本人情報の登録が必要なものだと解釈しました。あの世界、移住とかも多いから地方行政と結びついた保証は弱そうと想像しています。

ちょーっと理屈っぽいし、結構独自解釈しちゃってるけど、
やっぱり私はハピエンが好きなんだーっ!!

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19. 来訪者

執筆や仕事の多忙につき、感想へのご返信が滞ってしまいすみません。
全て見させていただき、励みとなっております。
いつもありがとうございます。


 正式名称『アスティカシア学園学生自治会主催"合同演習"』。

 

 とはいえ、そんなベネリットグループや理事会へ向けてそれっぽく作成された名前を呼ぶものなど誰もいない。学生の間で呼ばれるイベント名は、

 

『アスティカシア学園大体育祭』

 

 学園全土を巻き込んで繰り広げられる、三日間の青春の祭典である。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「わぁ♪ これが体育祭なんですねっ、ミオリネさん!!」

 

「まあね、っていうか……今年は去年よりもだいぶ派手になってるわね。観客も呼んで、外にも配信するっていうし、スポンサーもけっこう入ったみたいね」

 

 体育祭前日、授業を終えたスレッタとミオリネは並びながら体育祭一色に染まった学園を回っていた。スレッタがどうしても祭りの空気を味わいたいと、ミオリネを誘い出したのだ。

 

 そうしてスレッタが見るのは、校庭から戦術試験区域の一角にまで食い込んだ広大な競技場。前日となれば当然、祭の前の騒がしさが最高潮になっており、至るところで学生やデミトレーナーが動き回り、最後の準備を行っているところだった。

 

 かつての世界で行われていた運動会などと比べると、破格の人員と規模。

 

 だが、それもある意味では合理的だ。学生の祭といえど、ベネリットグループが抱えた学生の質や技術力を内外に示すためのもの。ライバルグループへのけん制も含めて、やるのならば大いに力を入れるというのが理事会の方針でもある。

 

 そしてミオリネは、そんな年々派手になる景色を見ながら思い出す。

 

(……ほんと、よくここまでデカくしたものよね。それだけはあのバカでも認めてあげるわ)

 

 ロマン男のある意味で独断と欲望を垂れ流して始まった体育祭。

 

 だが、初年度はそれまでのアスティカシア学園と異なる行事だということで、上級生を中心に反発が大きかった。シャディクを含めグラスレー寮が参加を表明し、それに対抗したジェターク寮生もまた多く参加したが、他は様子見も続出して、全校生徒の1/3以下の参加率。

 

 なので、ここまで大規模な施設も建造されなかった。

 

 そんな体育祭の様子を、入学前のミオリネも見学していたが、お世辞にも学園全体を巻き込む祭になるような出来ではなかったというのが彼女の評価。

 

 だが、

 

(けっきょく、子供は娯楽に飢えているのよ……)

 

 自分を棚に上げながらミオリネは考える。

 

 今ほどに洗練されてはいなくとも、あの初体育祭は傍から見ても楽しそうに思えた。そして、学生らしく大いに騒ぎ、汗水を垂らしながら活躍する参加者たちを見ていると、自分も楽しみたいと思ってしまうのが若者の心というもの。

 

 そうして去年は参加学生が1/2を超え、今回はとうとうパイロット科はほぼ全員、バックスタッフや何かしらの形でかかわっている生徒も含めれば九割の学生が祭に参加することになっている。

 

 名実ともにアスティカシア学園で一番のイベントだ。

 

 ミオリネがかつて語ったように、ロマン男を嫌う学生も学園には半分ほどはいるが、個人への好き嫌いと、祭に参加したいかどうかは別。そして、ここまでの規模へと発展し、ベネリットグループ総裁までもが現地視察を行うほどになった。

 

 ミオリネは脳裏に父親の姿を思い描いた途端、顔を苦々しくさせながら小声でつぶやく、

 

「でも、あのバカがわざわざ糞親父を呼んだってことは……またなんか企んでる気がするのよねバカが」

 

 それこそ総裁を呼び出さなければいけないことを。

 

 そんな嫌な未来を想像しないように、ミオリネは競技場に飾られたフラッグや、準備が行われている様々な屋台に目を輝かせているスレッタに話しかけた。

 

「それで? スレッタはどの競技にでるの? 地球寮の子からは、いろんなのにエントリーしたって聞いたけど」

 

「は、はいっ! えっと、初日はMSリレーと、MS綱引きと、MS障害物競争ですっ! それから、二日目は、100メートル走と、寮対抗リレーと、えっと、それから……!」

 

「あんた、ほんとによく体力がもつわね……」

 

 ミオリネは指を折りながら出場競技を数えていたスレッタに、少しだけ頬を引きつらせた。どうやらスレッタは出られそうな種目に片っ端からエントリーしたようだ。

 

 スレッタが挙げた競技のように、三日間の体育祭の間、一日ごとに違ったテーマでの競技が開催される。

 

 初日は通称"デミトレの日"。専用機の使用を禁止した、共通規格MSを使っての競技がメインだ。これはパイロットやメカニックとしての純粋な技能を競い合うことができるからと、特に御三家以外からの熱量が高い。

 

 次いで二日目は一転してMSを使わず、生身での運動能力を競い合う。初日でいろいろと破損するだろうMS用競技場のメンテナンスも兼ねての実施だが、これまたMS操縦が得意でなくとも、体力に自信のある学生に人気が高い。

 

 そして、三日目は……専用機も使った総合競技だ。

 

「地球寮のみなさんと、一緒にがんばりますっ!」

 

「そうね……今年はチュチュもいるし、地球寮もMS競技に出れるから、チャンスはあるのよね……」

 

 三日目の種目の中で、特にMSトライアスロンともいわれる総合競技は、寮生を10名まで選抜し、整備とMS操縦といった寮の総合力を競い合うことになる。純粋に寮の力を派手に示せるということで、大会の花形競技でもある。

 

 過去二回はジェターク寮がトップとなっていたが、今年はスレッタとエアリアルが参加することで地球寮がトップをとることだって夢ではないだろう。スレッタがいろいろな寮から誘いを受けていたのも、こうした競技で優位に立ちたい思惑もあったに違いない。

 

 さらに、

 

「あ、あと……! 学年せんばつせん?にも誘ってもらえたんですっ!」

 

 スレッタは頬を染めながら、照れくさそうに言う。

 

 学年選抜戦。文字通り、パイロットによるオールスター戦だ。

 

 三年生十名、一年+二年生二十名の二チームで行われる、大規模なMS演習である。

 

 これに選ばれるのはパイロットとしての成績上位者の証と言われ、ホルダーであるスレッタやグエル、ロマン男から各学年のエースパイロットまでが勢ぞろいの大会を締めくくる大トリの種目だ。

 

「えへへっ……ち、地球寮から選ばれるの、初めてって言われて……がんばらないとって、思うんです」

 

 そしてそんな競技であるから、選ばれたスレッタはとても嬉しい様子。ロマン男からもあの暑苦しい態度で褒めちぎられたそうで、それもあってか目に見えて張り切っていた。

 

 一方で、ミオリネはと言えば

 

「そ、まあ頑張りなさい。私は涼しい部屋から見学してるから」

 

「えぇ!? み、ミオリネさんは出ないんですか!?」

 

「出ないわよ……。私がなんで好き好んで運動しなきゃいけないの。経営戦略科はそういうやつも多いわよ?」

 

 とはいえ、まるっきり不参加と言うことはなく、ミオリネブランドのトマト加工品を卸したり、アドバイザーをしている企業の視察をしたりと、ビジネス関連では忙しくなる予定だ。

 

 経営戦略科の中でもロマン男のように普通の種目に参加するという学生も多くいるが、だとしても出る種目数を絞り、残りの時間は出店や大会グッズの販売などで経営の力を養おうとしている子がほとんど。

 

 しかし、それを聞いたスレッタは少し残念な様子。学生証からいつものリストを引っ張り出すと、しょげた顔で呟いた。

 

「うぅ……やりたいことリスト、"友達と一緒にお弁当食べる"が叶うと思ったのに」

 

「そんなの地球寮の連中とすればいいじゃない」

 

「み、ミオリネさんともしたいんですよぉ……! と、ともだち、ですからっ!」

 

「うっ……だから、そういう目で見るのやめてってば」

 

 ミオリネは目を潤ませるスレッタを見て、なんだか気まずくなる。

 

 先日の農園をめぐる決闘であまりにストレートに好意を伝えられてから、ミオリネはスレッタに対して強く出ることが難しくなっていた。いつも通りなら「めんどい、パス」とでも言えばいいものを、その短いセリフが言いづらい。

 

「み、みおりねさん~!」

 

「わ、わかったわよ。昼ご飯でいいなら、どっかで食べましょ」

 

「あ、ありがとうございます! それじゃあ、お疲れ様会もいっしょにっ!!」

 

「……あんた、ちょっと図々しくなってきたわね」

 

 ロマン男との決闘といい、自己主張することがよいことだと叩き込まれたからだろう、最近のスレッタはさらに押しが強い子になっていた。 

 

 

 

 

 一方で、そんなスレッタにも影響を与えたロマン男はと言えば、

 

『体育祭が楽しみかーっ!!』

 

「「「たのしみだーっ!!!!」」」

 

『張り切っているかーっ!!』

 

「「「もちろんだーっ!!!!」」」

 

『青春してるかーっ!!!!』

 

「「「うぉおおおおおお!!!!!!」」」

 

 

 

『体育祭実行委員会、ファイアー!!』

 

「「「ファイアー!!!!!!」」」

 

 

 

 主に自治会と有志によって構成される実行委員会メンバーの前で、気合を入れていた。

 

 今回の体育祭は彼の後輩である一二年生を中心に企画や準備が行われているが、当日ともなれば三年生も入れなければ人員が足りない。ということで、開催を明日に控えた決起集会が学園の一角で行われていた。

 

 この体育祭の実行委員会ともなれば、学園の中でも特に男の影響を受けたロマン好きが結集しており熱意とやる気が満ちて他よりも一、二℃は気温が高くなっているほど。

 

 そんな会場の雰囲気を盛り上げるだけ盛り上げたロマン男は子供のようなウキウキ顔で壇上から降りると、なぜかそこで待っていたサビーナへと話しかける。

 

「はははっ! どうだった、今の演説! アスティカシアの歴史に残る大演説だっただろ!!」

 

「声がでかすぎる。もう少し、音量を落とせないのか」

 

「こういう時は声を張り上げるのがいいんだよ♪ サビーナだって一緒にやればいいじゃん」

 

「私はそういうタイプじゃないだろ。まあいい、それよりも各寮の出場者状況をまとめておいた。何人か体調不良による欠場が出ているが、運営上に大きな問題はない」

 

「サンキュー! うーん、さすがサビーナ、よくまとまってる」

 

 サビーナだけではなく、よく見ると数人の生徒が実行委員会の雰囲気に圧倒されながら仕事をしている。彼らは主要な寮から選出された連絡役で、実行委員会から各寮への対応をスムーズにするための役割を担っている。

 

 サビーナはその中でもまとめ役となっており、グラスレー社で培った実務能力をいかんなく発揮し、大会に大きく貢献していた。

 

「物資担当のマリエッタから、当日の弁当をはじめとする食料類の搬入も滞りないと連絡が来た。来場者は事前抽選と選考を行った50000人に限定したのがよかったな。この分なら食料に関して混乱はないだろう」

 

「デリング総裁まで来ちゃうからなぁ、下手なところは見せれねーよ」

 

「はぁ……、お前はノリと勢いだけで生きているくせに、こういうところは抜け目がないな」

 

 などとサビーナは呆れたように言う。

 

 委員会で作成した書類類は、実際に社会で活動している彼女からしても良く整えられており、ロマン男とその配下が高い能力をもっていることを示していた。でなければ、数万人規模の観客を入れての祭など開けるはずはないので当然だが。

 

 それを聞いたロマン男はといえば、

 

「祭は始めるまでも始まった後も楽しいけど、事故が一個でも起きたらそれがなくなっちゃうからな。みんながロマンを感じられるように、できるところはしっかりしないと」

 

 などと珍しくまじめな顔で書類をチェックしていく。

 

(相変わらず、他人のことばかりだな……)

 

 それが男の美徳ではあるが、特にこの数日は委員会を率いる者として不眠不休で働いていたことを知っているサビーナからすれば、もう少しだけでも自分の体を心配してやれと言ってしまいたくなる。もっとも、かつての彼女が聞けば"なにをぬるいことを"と自分自身への叱責が始まりそうだが。

 

 なので、

 

「……この後は私とマリエッタでうまく回しておくから、今日は早く上がれ。当日にトップが倒れたとなれば、それこそ体育祭の運営に支障が出るからな」

 

「了解。ほんと、今回はサビーナが来てくれて助かったよ。安心して任せられる」

 

「世辞を言ってもなにも出ないぞ」

 

「ははっ、別にお世辞でもなんでもないっての。あ、そういえば……」

 

 ロマン男はサビーナを見て言う。

 

「その髪飾り、去年の誕生日に贈った奴だろ? 嬉しいな、付けててくれたんだ」

 

「っ……、そ、そんなことより早く片付けるぞ」

 

「はーい」

 

 そうして準備をする者たちも、祭を待ち望む者たちも、平等に一日を終えて……。

 

 当日がやってきた。

 

 

 

 響く花火の音、宇宙港からやってくる観客たちのざわめき、なによりそれぞれ準備を進める学生の熱気。それらが合わさって、アスティカシア学園を一つの祭の会場へと変えていく。

 

 その中を、

 

「ようこそおいでくださいました、デリング総裁」

 

「ああ。今日はよろしく頼むぞ、ロンドCEO」

 

 例えば冷徹な独裁者として知られる女帝の父が、厳格な雰囲気と表情のままでやってきたり、

 

「へぇ……かなり賑わっているじゃない。あの子たちも楽しんでいるかしら」

 

 仮面をつけた魔女が口元に微笑みだけを張り付けてやってきたり。

 

 そしてここにもまた一人。

 

 

 

「ビジターパスですね? 出身とお名前をどうぞ」

 

「は、はい。月から来ました……」

 

 

 

「ニカ・ナナウラです」

 

 

 

 こうして役者がそろい、祭が始まる。




それでは笑いあり、涙あり、ラブあり、ギャグありと、いろんな登場人物の人間関係も動く体育祭編が開始です。

完全にオリジナルの展開なのですが、こういう学生らしい話をやりたいというのが本作のコンセプトですので、お楽しみいただけると幸いです。

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20. むせる

降り注ぐ火の玉。
舞い降りるモビルスーツ。
欲望と秘密と暴力の学園、アスティカシアが燃える。
圧倒的、ひたすら圧倒的パワーが蹂躪しつくす。
ささやかな望み、芽生えた愛、絆、健気な野心、
老いも若きも、男も女も、昨日も明日も呑み込んで、走る、ロマン、ロマン。
音をたててアスティカシアが沈む。


「とうとうこの日が来たな、相棒……」

 

 その日、男は暗い倉庫の中で、雌伏の時を共に耐えた相棒を見上げた。

 

 彼は一言で表すならば凡庸だ。

 

 御三家と呼ばれる企業のような強力なバックアップもなく、当然ながら専用機などという高価なものも持ち合わせてはいない。成績とて目立つことはなく、見かけとて人目を引き付けるものではない。

 

 凡庸な、どこまでも平凡な彼……

 

 だが、人は凡庸でいることに耐えられるものなのだろうか。平凡であればいいと、心の底から思えるものなのだろうか。

 

 嘘をつくな。

 

 人はみな、特別になりたいと思っている。

 

 一生に一度でもいいから自分だけの舞台の上で、脚光を浴び、大きな称賛を浴びたいと思っている。人とは競い合う定めをもった生き物なのだから。

 

 そして、今日。男は勝負に出る。

 

 相棒はMSJ-121"デミトレーナー"。彼と同じく、地味でずんぐりとした目立たないモビルスーツ。しかして、その圧倒的な汎用性と操縦しやすさから、学園を縁の下で支えてきた存在。

 

 個体を区別されることもなく、毎日の授業で使われては埃にまみれ、傷を負い、だとしてもそれが当然だとばかりに一斉にメンテナンスされてはまた授業に出てくる。

 

 男はデミトレーナーにシンパシーを抱く。こいつは俺と同じだ、と。

 

『お前も、一度くらいは日の目を見たいよな……』

 

 男は決めた。この相棒と、肩を真っ赤に染めた"レッドショルダー"とともに、自分の名をアスティカシアの歴史に刻もうと。

 

 だから、

 

「待っていろ、アスティカシア学園!」

 

 グポンと目に光が灯り、彼は相棒と共に出撃した。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 そんな男子生徒がいることを知らないまま、競技場を一望できる特設ステージでロマン男はベネリットグループを統べるデリング・レンブランと会談していた。

 

 名目上はデリングの肩書に学園の理事長も含まれているが、彼は基本的に学園へは不干渉。もちろん、運営状況などは徹底的に監視しているのだが、本人が軍人出身であり教育には門外漢だからだろうか、"ホルダー制度"など大きな方針を出した後の運営は現地の教員や学生に一任することが多い。

 

 なので、体育祭を見学に来るというのは、デリングにとっても珍しい行動であり、その一報を聞いた教員や生徒の中には厳しい言葉が飛んでくるのではないかと戦々恐々とするものも多かった。

 

 しかし、

 

「どうですか、総裁! なかなか壮観な光景でしょう♪」

 

 体育祭を開いたロマン男はと言えば、そのデリングの前で大きく腕を広げながら、彼の夢の結晶である体育祭の魅力をアピールしていた。まったく、デリングに恐れることも動じることもなく平常運転である。

 

(だって、ミオリネの父ちゃんだし)

 

 もちろん厳しいことは知っているが、吹っ切れすぎた今のミオリネを見ると『親子だねぇ』としか思えず、そんなミオリネを友人だと思っている彼からすれば、単なる友人の父親という認識が強い。

 

 ベネリットグループの一企業のCEOを務めるという立場からしても、しっかりと方向性を示して、それに見合った業績を出していれば文句を言われることもないと理解しているので、ことさらに恐れる必要はなかった。

 

 そしてその通りに、

 

「ふむ……確かに、よく統制されているな」

 

 デリングは珍しく感心するような声色で、目の前で繰り広げられている開会セレモニーを見ていた。

 

 そこに居並ぶのはデミトレーナー、デミトレーナー、デミトレーナー、さらにはデミトレーナー。100人のパイロット科生が全てデミトレーナーに乗り込み、MS競技のメイン会場を一列になって練り歩いている。

 

 大会一日目は"デミトレの日"と言われるように、共通規格のMSを使った競技がおこなわれる。そのセレモニーなのだから、デミトレだらけになるのは必然。そして、そのデミトレも個性たっぷりで見ごたえがある内容だ。

 

 全身を真っ赤に染めて角をつけた者や、全身を青く塗装して肩にスパイクをつけた者、軍隊仕様といいたいのか迷彩柄にしたり、キラキラと輝く金色に染めた目立ちたがり屋までさまざま。それは極端な例だが、装甲の一部を塗装したり、自分の寮のエンブレムを刻んだりと誰もが少しアレンジを加えている。

 

 普段は「目立たない、地味」と言われるブリオン社が、これほどまでに自社製品を目立たせてくれるならばと歓喜して、大会に多くの資金援助とデミトレーナーの供与を行っているのも当然な光景だろう。

 

 それに加えて、

 

「デリング総裁がお越しになることは、生徒も知っていますからね。恥ずかしいところは見せられないと行進もよく練習していたようです」

 

「だとしても、普段からの教練がなければ、これほどに整然とした行動はとれないだろう。この会場への誘導も生徒が行っていたが、警備の配置から行動までも見事なものだった」

 

 デリングは表情を変えないまま、ロマン男を見て言う。

 

「お前の立ち上げた、この"合同演習"。確かに我がベネリットに有益な存在になっているようだな」

 

「お褒めに預かり、恐悦至極。そうですね……、やはり短期的でも目的がはっきりしていることが生徒のモチベーションにもつながっているんでしょう」

 

 卒業後の輝かしい進路のためと言うのは、確かに大きな目標には違いないが、そんな二、三年後のことを目標に毎日を必死になれるわけはない。

 

 その点でこの体育祭は普段は活躍の場がない者でも、競技の種目内容によっては表彰を受けることができる。戦略としても一つの競技だけに絞って練度を高めたり、複数競技にわたる活躍を目指すなど、それぞれが目標を定めて努力できる仕組みだ。

 

「私はそちらに関しては門外漢ですが、軍でも短期的な目標と中長期目標を浸透させて兵士のモチベーションを上げると聞きました」

 

「ああ、確かにそうだ……」

 

「ですので、この演習でも彼らのモチベーションが高くなっているのでしょう」

 

「それだけではないな。事実として、新入社員の成績上位者はこの演習でも優秀な結果を納めている」

 

「努力して、結果を掴んだという経験は、その人にとって自信につながりますからね」

 

 ロマン男は表情だけは外向けの微笑みを張り付けて、目の奥にキラキラとした輝きを隠しながら開会式の様子を見る。

 

 今まさに選手代表(今年はグエルだ)による宣誓が行われ、集まった観客や生徒から盛大な拍手と歓声が飛び交っていた。

 

「ロンドCEO」

 

「はい」

 

「改めて、来年度以降の開催も許可しよう。この投資に対して得られた効果は、確かにお前が示した通りに卓越している。グループとしてもなくす理由はないからな」

 

(よしっ……!)

 

 お墨付きを得たことにロマン男は内心でガッツポーズをした。

 

 体育祭を無理矢理にでも開いて浸透させたのは彼自身だが、来年には学生ではなくなる。理事として学園には干渉できるが、生徒の中で彼ほどの影響力を理事会に発揮できる人員がいないことも男は理解していた。

 

(でも、総裁の許可があるなら)

 

 後輩たちの腕次第だが、結果を出し続ければ祭を毎年行うことができる。

 

 世間では娘同様、鬼や悪魔のように恐れられるデリングだが、その実は完全な合理主義者だ。ガンダムなどのきな臭い話題に乗らなければ、対等なビジネスを行う相手として付き合うことはできる。

 

 しかし、その一方で、

 

「……だが、お前とミオリネが動いている案件については、いずれ説明を求めるぞ」

 

「もちろんです、万全の準備をして臨ませてもらいます」

 

 ガンダムを抱えて何かを企んでいることまで見抜いている。そんな洞察力と強かさをデリングがもっている点で、なめてかかれる相手ではないこともロマン男は理解していた。

 

 だからこそ、準備は万全に。そして彼を味方につけられるように、

 

「それとは別に、総裁に折り入ってお話があるのですが……」

 

「なんだ」

 

「これからの学園を盛り上げる、新しい"企画"についてです」

 

 ロマン男は笑みを浮かべながらある提案をした。

 

 

 

 そんな会場外での交渉事など知らず、学生たちによる体育祭が始まった。

 

 第一種目はMSレース。決闘でも時折使われる内容だが、離れたところまでMSを走らせ、その速度を競う種目だ。

 

『うぉおおおおおお!!』

 

『負けるものかよぉおおおお!!』

 

『ふっ、若者が……』

 

『ユニバ――――ス!!』

 

 レース場に響く叫び声。それは今まさに走っている四機のデミトレの中にいるパイロットの雄たけびだ。

 

 シンプルな直線レースと言えど、奥は深い。

 

 燃料や規格が制限されているので、どのタイミングでブースターを起動させるか、あるいはどれほどスムーズにMSの脚部を動かせるかなど、操縦者の判断と腕前が勝敗のカギになる。

 

 そう、肉体を使う競技と比べても、MS競技は奥が深い。

 

『スレッタの姉御! 受け取れぇ!!』

 

『わわわわっ! きゃ、キャッチっ!!』

 

 リレーではマニピュレータをタイミングよく動かすことで時間のロスを防げるし、

 

『ひけぇえええええええええ!!』

 

『『エイサーっ!!』』

 

 綱引きでは密集した中でのチームワークが試される。

 

 なにより、そんなデミトレが集まって泥臭く運動している姿は、面白い。

 

「デミトレ人形、発売中だよー!」

 

「デミトレ饅頭売り切れでーす! 準備するので少々お待ちをっ!」

 

「デミトレピザ! ミオリネトマトがたっぷりですよー!!」

 

 ブリオン社の人々がこの光景を見たならば、歓喜の涙で崩れ落ちるほど、デミトレは初日の華だった。観客たちもMSといえばデミトレと刷り込まれ、大会の記念にデミトレグッズを一つは買っていこうとする。

 

 経営戦略科の学生たちもたくましいもので、そんな消費者心理を見越してか、初日はなんでも"デミトレ"をつけて売る始末。

 

 ちなみに二日目はラインナップが変わり、選手個人のブロマイドやらを売り始め、最終日は専用機をネタにしだす。一番売れると見越してか、エアリアルのグッズがやたらと多い。

 

 そんな盛り上がりを見せながら大会は進行し、

 

『グゥレイトォ!!』

 

『狙い撃つぜっ!!』

 

『堕ちろ、カトンボ!!』

 

『こんなやつらに、負けてられるかっての!!』

 

 謎にテンションの高い射撃競技でチュチュが表彰台に立ったり。

 

『せ、先輩が背中にも目をつけるんだって言ってました……!!』

 

 障害物競争でスレッタが謎の勘の良さで独走したり。

 

『俺の人生は晴れ時々大荒れ……いいね! いい人生だ!』

 

『エンジンだけは……一流のところを見せてやるぜ!』

 

『ジェタークだろっ! 俺はジェターク寮なんだろ!!』

 

『足がぁっ、足がつってるぅうううう!!』

 

 なんてMS飛行コンテストで名言が連発したりした。

 

 その中で、かの肩を赤く塗ったデミトレと、その持ち主である青年はと言えば……

 

 

 

『来たぜ、この時がなぁ……』

 

 

 

 ハッチが開き、それは入場した。

 

 そこは硝煙と油にまみれたコロシアム。数多のデミトレが破壊され、地に伏せた呪われた会場。

 

 競技名もまさに『MSバトルロワイアル』。デミトレで戦い、最後まで残ったものが勝者となる小細工ナシの戦闘競技だ。

 

 彼の目の前に居並ぶのは、歴戦のデミトレ達。

 

 あるいは手にナイフ一本だけを持ち、あるいはなぜか鎖付きのハンマーを持ち、その他にもガトリングやら、二丁拳銃やら、トンカチやらと各々が好き好むロマン兵装を持ち寄った強者ぞろい。

 

 そして青年がもつのはシンプルなビームマシンガン。だが、それは長年使い続けて体の一部とすら思っている愛用品だ。

 

 十三機、参加するすべてのデミトレが集まったことを確認して、全員がオープンチャンネルで顔を合わせる。

 

『ふっ、どいつもこいつも、逃げずにここに来たようだな……』

 

『誰が逃げるかよ、勝つのは俺だ』

 

『強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞ』

 

『ヒャヒャヒャヒャヒャ!! 血だぁ血の匂いがするぞぉ!!』

 

『……祭の会場は、ここか?』

 

 なぜか全員の顔の彫が深くなり、声もごつくなるが気にしてはいけない。戦いの場とは、そういうものなのだから。

 

 そして、最後に。

 

『……てめえら、このグエル・ジェタークを忘れていないだろうな』

 

 闘技場の絶対的なチャンピオンが口火を切る。

 

 そうグエル・ジェターク。

 

 彼もまた専用のディランザでもダリルバルデでもなく、紫色に塗装したデミトレに乗って参戦していた。盾にはフェルシーとペトラがグエルに内緒で『スレッタLOVE』などとエンブレムを刻んでいるが、あんな告白をしたからには、もう恥ずかしいことはないと堂々たる漢ぶりである。

 

『くっ、やはりオーラが桁違いだな、グエルは』

 

『あんな盾を持ってくるなんて、俺にはできねえ……』

 

『ああ。男の中の男だ、グエルは』

 

 そしてレッドショルダーの青年は、

 

『だとしても、俺と相棒の敵じゃないっ……!!』

 

 敵意をグエルへと向ける。

 

 そう、彼が目指すゴールとはこの場でグエルを倒すこと。

 

 スレッタ・マーキュリーには負けたとはいえ、依然として技量ならば学園一位を疑われないパイロットを、デミトレという同じ土俵で倒すことができれば、全校生徒からの賞賛の的。なにより、

 

『そうすればきっとレネちゃんもっ!! キープ君十三号から格上げしてくれるっ!!』

 

 やはり青年も俗物だった。

 

 愛しいアイドルが自分をほめてくれるかもしれないという欲望を胸に、寝食をレッドショルダーとともにし、毎日その金属の感触がなじむまでメンテし、夢にまでレッドショルダーが出てくるほどにレッドショルダーにつぎ込んだ。

 

 ちなみにその間、レネへの連絡をすっぽかしまくったせいで、今の彼はキープ君二十号であるが、それをまだ彼は知らない。

 

 とにかく、この場にいる全員は同じ気持ちだ。

 

 グエルを倒し、学園一のパイロットとなる。

 

 そして、開始を告げるスリーカウントが上空に現れ、

 

 3……

 

『いくぜ相棒』

 

 2……

 

『ディランザのないグエルなら』

 

 1……

 

『俺たちにもチャンスが……!!』

 

 0、

 

『『『『うぉおおおおおおおお!!』』』』

 

 開始と同時に四機のデミトレがグエル機へと向かって突貫した。

 

 四方から同時攻撃、しかも相手は専用機がなく弱体化しているグエル。いかにグエルが学園一だろうとも、これならば一気呵成に潰すことができると。

 

 しかし、

 

『勘違いしてねえか……?』

 

『なん、だと……?』

 

『俺が弱くなったところで、てめえらが強くなったわけじゃあ……ねぇだろ!!』

 

 グエルのデミトレが大きく背をかがませる。

 

 すると、四機のデミトレの武器はグエル機の頭上をかすめて、そしてお互いの頭部や胴体に突き刺さり、四機はもつれる形となった。そしてすかさず、卓越した技能で回転しながらグエル機が起き上がり、回転の勢いで振るわれたビームジャベリンが四機すべてのデミトレのブレードアンテナを叩き折って見せたのだ。

 

 グエルは倒れ伏したデミトレ達を一瞥すると、武器を構えて残ったデミトレ達に宣言した。

 

『スレッタも見てる……秒で片を付けるぞ』

 

 彼もまた、愛に生きる男。会場で見ているはずの赤毛の少女のためにかっこいいところを見せたいと思うのは当然だった。

 

 そうして始まる、血で血を洗う男の戦い。

 

 巻き上がる砂埃、地上戦だからとばらまかれる薬莢、漏れる油に、燃え盛る大地。

 

 ハンマーが、サーベルが、ガトリングが、それぞれの武器がぶつかり合い、はじけ合い、そして一つ、また一つとデミトレが地に伏せていく。

 

 大観衆が見守る中での、あまりにも泥臭い戦い。

 

 もちろん女子の中にはその惨状に『男子ってバカね』と呆れ果てる者も出始めるが、最強を目指してこそが男だと、男子生徒たちは一様に顔の彫を深くしながら応援の声を上げ続けた。

 

 むせかえる程の男の気配が充満する中、最後に二機が残る。

 

『はぁ、はぁ……とうとう、ここまで来たぞっ!』

 

 レッドショルダーの青年がグエルへとビームマシンガンを向ける。

 

 その機体は度重なる攻撃を受けたことで、トレードマークだった赤い肩も半分は剥げているという惨状。対するグエル機はさすがと言うべきか、大きな損傷は見られない。

 

 機体の状況から見れば、青年は不利と言えるだろう。

 

 だが、青年は吠える。

 

『倒れていないなら、互角だ……!』

 

『いいことを言うじゃねえかっ! そう、戦いは決着がつくまでわからねぇ!!』

 

 両者が動く。

 

 グエルは接近戦でケリをつけようと蛇行しながら距離を詰め、レッドショルダーは引き撃ちの形でマシンガンからビームをばらまいていく。

 

 しかしながら、デミトレらしからぬ高機動を実現するグエル機をうまくとらえることはできず、あくまでけん制程度にしかならない。

 

『くっ、ならば……!』

 

 青年はマシンガンを腰にマウントすると、ビームサーベルを抜き取ってグエルへと向かっていった。接近戦はグエルに分があるとわかりつつも、じり貧な状況を打破せんとの行動だった。

 

 そうしてサーベルとジャベリンがぶつかり合う、機体が同じなのでパワーは互角、直接的な力の張り合いでは同程度にお互いがはじけ飛ばされ、それを二回、三回と繰り返していく。

 

 接近戦こそロマンと、かつて妖怪が叫んだように、それは泥臭くも戦いの中で互いを称賛するような行為。観客のボルテージとともに、グエルの顔にも楽しそうな笑みが浮かんでいる。

 

『やるなっ! てめえとその赤い肩、覚えておいてやるぜっ!!』

 

『余裕ぶるなっ! お前の最強伝説もこれが最後だっ……!!」

 

 青年は叫びながら大きくサーベルを振りかぶる。だが、それはグエルにとって、あまりにも見え見えな隙だ。

 

『そこだっ!!』

 

『っ……!』

 

 ビームジャベリンがくるりと一回転し、サーベルを腕のマニピュレータごと切り落とす。これで、レッドショルダーの武装はゼロ。

 

 そのまま返す刀でジャベリンがブレードアンテナを両断しようと迫り、

 

『こんなこともあろうかと!!』

 

 青年のデミトレが、残った腕を背面へと回し、ビームマシンガンの銃身を掴んだ。

 

『死ねよやぁああああ!!!!』

 

 そう、青年はこの時のために準備をしていた。

 

 接近戦でサーベルを使ったのも、このマシンガンを打撃武器として使おうという奥の手を意識させないため。

 

 サーベルと比べて威力が低くとも、打撃武器としてブレードアンテナをへし折るくらいは容易なのだから。

 

 そうして、グエル機の頭へとマシンガンが迫り、

 

『なっ……!』

 

 グエル機が後退して、その攻撃が空振りとなった。

 

 グエルは静かに言う。

 

『悪いな、俺は負けるわけにはいかねぇんだ……惚れた女が待ってるんでな』

 

 それは戦いのテンションが生み出した、グエルをトレンド一位へとまた押し上げるセリフ。しかし、自分が何を言っているかわかっていない中での言葉は、同じく愛する者のために戦っていた青年に突き刺さる。

 

『ふっ……大した漢だよ、アンタは』

 

 その後の結末は語ることはない。

 

 敗者が敗者として地に伏せたなどと、この名勝負の前には蛇足なのだから。

 

 こうして体育祭初日は数多のボロボロデミトレと、名場面を生み出しながら閉幕する。

 

 中でも、この戦いの模様はロマン男の監修のもとで"グエル 愛の戦い"として放送されて世界中で大人気となるのだが、それはまた別の話。




炎熱のアスティカシアが、狂気をはらむ。
グエルの望み、スレッタの運命。
せめぎ合う欲望と、絡み合う愛。
弾幕をくぐり抜けたとき、突然現れた一刻の安らぎ。
沈みゆくフロントに、二つの影が重なる。
だが、思いは、切なくすれ違う。

次回「アスティカシア炎上(嘘)」



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21. 仮面の下

そう言えば、ミカエリスとベギルペンデを無事に確保しました。

最近は塗装にも手を出しているので、どんな色にするか悩んでます。サビーナにパーソナルカラーとかあればいいんですけど、紺色とかになるのかな?


「急ぎなさい、マルタン! ケチャップの在庫が切れそうって、歌姫ピザから連絡があったわ! 早く詰め込んで搬入させて!!」

 

「は、はいっ!!」

 

「オジェロ! アンタもさっさと荷造り急いでっ! 業者は待たせてるから早くするっ!」

 

「ひぃいいいいっ!!」

 

「ヌーノっ! ……は、ちゃんとやってくれてるわね。あとで時給に色を付けとくわ!!」

 

「おーす、さんきゅーっ」

 

 そこは体育祭の舞台裏。

 

 祭の主役たちは、競技場で活躍しているMSやそれに乗る生徒たち。しかし、その祭を円滑に動かすために、何倍もの学生や、自治会が雇った業者が動いている。

 

 ミオリネが液晶パネルを操作しながら声を張り上げているのもその一環。彼女は自らの農園で作られるトマトやその加工品を、屋台に多く卸しており、主要スタッフである地球寮の男子たちをせかしながら業務管理していた。

 

 この時、時刻は正午になろうとしている。

 

 当然ながら飲食業としては書き入れ時であり、既に盛況を迎えている屋台たちから矢継ぎ早に追加の注文が殺到していた。

 

(はぁ……、やっぱり去年よりも忙しないわね。明日はハロの数も増やして、もっと効率よくしないと。じゃないと、あの子との約束にも間に合わないわ)

 

 ミオリネは忙しい中でも涼しい顔で、これからの計画について考えを巡らせる。

 

 元々、パワードハロをはじめとした機械を大量導入することで、少人数による経営を可能にしているが、祭本番になるとそれだけでは手の回らないところが出てくる。

 

 なので、こうしてミオリネ本人も調整に参加しているのだが……二日目はスレッタとのランチの約束がある。明日もこのように忙しくしていては、スレッタを悲しませることになってしまうだろう。

 

 おそらく、スレッタもちゃんと事情を説明すればわかってくれるだろうが……

 

「こんなことで、あの糞親父の気持ちをわかりたくなかったわ……」

 

(仕事が優先だから、プライベートのことは後回し、なんて)

 

 肝心な時に来てくれない友人だとは、スレッタに思われたくはない。ミオリネ自身が幼少のころから、デリングを相手にそんな不満を募らせていたのだから。

 

 だからこそ、今日の修羅場を乗り越えつつ、明日へ向けてさらに効率化を進める。ハロの配置や、業者の搬入時刻の更なる調整。マルタン達、地球寮生にも仕事はかなり教え込んだので、どこまでを任せるかの判断。

 

 さすがは経営戦略科のトップと言うべきか、ミオリネの頭脳はその最適解を見つけ出していく。

 

 そして、

 

「マルタン、ちょっと席を空けるわよっ! 明日の配達業者に連絡を取ってくるから!」

 

「は、はーいっ!」

 

 一時は危うかった諸々を終え、明日の準備を進めるために動きを取ろうと、作業場の外に出た時だった。

 

「……よかった。ここに来たら会えるって、スレッタに聞いたから」

 

 ドアを開けたミオリネに、そんな穏やかな声が届く。

 

 そして、ミオリネは話しかけてきた相手を見て、驚いて目を見開いた。

 

「あなたは、スレッタの……」

 

 そこに立っていたのは、グレーのスーツをまとった上品な女性。何より、その頭の上半分を覆うマスクのような、補助具のような仮面が目を引く存在。

 

「ええ。いつも娘たちがお世話になってます、ミオリネさん」

 

 プロスペラ・マーキュリー。

 

 スレッタの母であり、エアリアルの開発者とされている女性だった。

 

  

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「ごめんなさいね、お仕事中に押しかけてしまって」

 

「……いえ、大丈夫です。ちょうど山場は超えたところですから、あとは現場スタッフだけで回せます」

 

「そう……しっかりしているのね、ミオリネさんは。知っていると思うけれど、私も経営者の端くれだから、あなたくらいの歳でそこまで働けるのは尊敬してしまうわ」

 

「……ありがとうございます」

 

 しばらく後、ミオリネはプロスペラと共に、競技場近くの喫茶店で席を向かい合わせていた。

 

 当然ながら、周囲は学生だらけ。その中で奇妙な風貌をしたプロスペラは目立ってしまうが、そこに興味を抱いて覗こうとした学生は、ミオリネを見つけるなりぎょっとして立ち去っていく。触らぬミオリネに祟りなし。祭の最中に面倒ごとに巻き込まれるのは、生徒たちも望むところではない。

 

 そんな中でプロスペラは、ミオリネに穏やかな調子で話を続けていく。

 

「それにしても、この体育祭の盛り上がりはすごいわね。私もスレッタの入学資料で確認したけれど、現地に入ると熱気も盛り上がりも段違いよ。本当にこのお祭、生徒さんたちが中心で運営しているのかしら?」

 

「ええ。グループ内外の作業人員を入れたりはしていますが、根幹部分は実行委員会が主導で動いています」

 

「たしか……あなたの幼馴染さんよね? その実行委員会の委員長さんって」

 

「バ……アスム・ロンドのことでしたら、そうですね」

 

 思わずいつもの調子でバカと呼びそうになるのを抑えながら、ミオリネはプロスペラの様子をうかがう。

 

 先ほどからこんな調子で続けるのは世間話。

 

 学園の生徒の活気やら、普段の授業の様子やら、そしてスレッタの学園での様子やら。仮面をかぶっていなければ、娘の友人に娘の様子を聞く母親という様子からは乖離しない。

 

 それがミオリネにとっては不気味だ。

 

(本当に……本当に、普通のいいお母さんに見えるけど。……この人は、ガンダムを生み出した魔女)

 

 もう一人の魔女がエランへした処置を考えると、何も知らないスレッタにエアリアルを持たせて学園に送り込んだプロスペラもまた、禁断の技術に手を染めていると考えるのが妥当。

 

 だけれども、その様子がまるでない。

 

 声色だろうか。とても穏やかで品があり、聞くものすべてが安らぐようなきれいな声。それが仮面をかぶっているという違和感をもってしても、プロスペラへの安心感を抱いてしまう要因になっている。

 

(どうしようかしら……)

 

 ミオリネは考える。

 

 いずれにせよ、エアリアルの問題には踏み込まなければいけない。だが、この場面で自分の手札をさらしてみるか、それとも、まだここでは隠しておくか。ミオリネはそのタイミングを計ろうとして、

 

「ふふっ、有名だものね。あなたたち三人のうわさ話は水星にも届いていたもの。十代前半であんなことを成し遂げるなんて……おかげで私も安心していたの。あなたたちがいる学園なら、あの子も"エアリアル"も任せられるって」

 

 その言葉に『はぁ……』とミオリネはため息をついた。

 

(誘ってくるなら、乗ってやるわよ)

 

 だから、ミオリネは言う。

 

「ええ、私もスレッタという大切な友人ができて幸せです。それに個人的にも……ガンダムにはとても興味がありますから」

 

 その言葉に、ミオリネの眼が間違っていなければ、プロスペラは面白がるような微笑みを見せた。

 

「ガンダムって、なんのことかしら? あなたのお父様……デリング総裁にもお話したけれど、あれは新型のドローン技術を使って……」

 

「……ベルメリア・ウィンストン」

 

「…………」

 

「その名前を、ご存じですよね? 彼女の身柄は、私たちが預かっています」

 

 ミオリネは言いつつ、プロスペラの反応をうかがう。

 

 言外に、下手な嘘をつくんじゃない、証拠はこちらが掴んでいるのだと告げるように。

 

 ベルメリア・ウィンストン。ペイル社にかくまわれていた旧ヴァナディース機関の技術者。そして、エランをはじめとする強化人士とファラクトを作った魔女。

 

 彼女もまた、ペイル社のガンダム部門を買収するにあたり、ミオリネの元へとくる手筈になっている。そしてそのベルメリアが調べれば、エアリアルがガンダムであることなど、すぐに明確になる。

 

 それを突き付けられたプロスペラに……動揺の色は見えなかった。逆に、彼女は安堵するようなジェスチャーをしながら、ミオリネに言う。

 

「そう、ベルが……。懐かしいわね。あの子も生き延びることができたんだ……」

 

「否定されないんですね……」

 

「否定してほしかった? でも、事実は事実だもの。ええ、私はかつてヴァナディースに所属していたわ。その時の名前は……申し訳ないけれど教えられない」

 

 だけれど、と。

 

 プロスペラが言葉を置きながら行った行動に、

 

「なっ……!」

 

 ミオリネは言葉を詰まらせながら驚愕する。

 

 プロスペラはおもむろに後頭部へと手を伸ばすと、その仮面の拘束を外し始めたのだ。

 

 水星の厳しい環境によって顔が失われた。そう、ベネリットグループには伝えられていたはずなのに、その仮面の中から現れたのは、

 

「ミオリネさん、あなたはとても賢いようだから、私もこうして真実をお話しすることにするわ。隠し事はなし、でね」

 

 穏やかな、美しい人の顔だった。

 

 こうして見た目だけは目麗しい美女による食事に早変わり。けれども、ミオリネは精神的に圧迫されるような感覚さえ抱いてしまう。

 

 相手が隠し事をしているならば、その隠し事を暴いて白日にさらせばいい。だが相手が積極的に真実を開示しようとするならば、主導権は相手のものだ。

 

「……それを、私に見せてもいいんですか?」

 

「スレッタは知っているもの。だけれど、もしあなたのお父様に知られたら……私の立場は危なくなるわね」

 

「安心してください。父に伝えるつもりはありません。私も、ガンダムに手を出したという点で、あなたと同じ責められる側ですから」

 

 ミオリネは方針を変えて、相手の懐を探る。

 

 自分もまた罪を背負っていると、同類だと伝えることで、相手のガードを下げようとするが、プロスペラの表情に変化はない。

 

(仮面を外したはずなのに……さっきよりも仮面みたいね)

 

 なら賭けではあるが、感情を逆なでするのも一つの手。

 

「父を、私を恨んでいないんですか? あなたはヴァナディース事変の生き残り。だとしたら、私の父によってあなたの同僚やご友人は……」

 

 ヴァナディース事変のことは、もちろんミオリネも調査している。

 

 ベネリットグループの前身組織、MS開発評議会によってGUND-ARMの所持、研究が禁止され、当時のGUND研究機関ヴァナディースとスポンサーである地球のオックスアース社に強制査察が入った。

 

 その際に、ヴァナディース機関ではGUND-ARMによる抵抗があり、やむを得ず研究員たちを武力制圧しなければいけなかった……と、それが世間に伝わっている歴史。

 

 制圧を指示したデリング・レンブランはその後、英雄としてその地位を確固たるものにするのだが……どちらが悪であったかなどは関係ない。プロスペラにとってはミオリネは仇の娘なのだから。

 

 そして、そんな揺さぶりもプロスペラはわずかに悲しい顔をするだけで、流してみせた。

 

「……恨みがないとは、言えないわね。私にとっても失うものが多すぎたもの。だけれど、もう二十年も前の出来事、今の私にはスレッタもいるし、ヴァナディースの技術はエアリアルとして残っている」

 

「ということは……」

 

「ええ。エアリアルはガンダムよ」

 

 だけれど、とプロスペラは続ける。

 

「ミオリネさんも知っての通り、エアリアルは安全なGUND-ARM。スレッタの身には何の影響もない。魔女と言われた呪いを、エアリアルは解いてみせた。……再現や量産は、残念ながらできていないのだけれどね」

 

「じゃあ、どうしてエアリアルを学園に……?」

 

「目的はエアリアルの存在を世間に示すこと。そして私たちのGUND-ARMが安全な技術となったことを知ってもらうこと。まずガンダムではないって偽ったのは、そうしないとあの子はいつまでも、日の当たるところに出られなかったから」

 

 だからスレッタとともに送り出し、グループの注目を集め、そしてその安全性を示すことでエアリアルの認可を勝ち取ろうとした。そういった類の博打だとプロスペラは言い、そしてミオリネへと慈愛のような視線を向けた。

 

「ミオリネさん……ベルのことを知っているというなら、きっとあなたはエアリアルにも踏み込むつもりでしょう? 私は、それがとてもうれしいの。あなたのような若くて才能のある人が、GUND-ARMに注目してくれた。私たちの果たせなかった夢を叶えてくれるかもしれない……」

 

「…………夢」

 

「だから、私もあなたに全面的に協力するわ。エアリアルの買収も、新会社の設立も。ああ、これは少し早とちりかもしれないけれど、きっとあなたなら考えているはずだものね?」

 

 ミオリネは考える。

 

 ミオリネがいくら聡明だろうと、相手の感情までを見通すことなどできない。だから、相手が論理的に間違っているかという観点でしか、探ることはできない。その点で、プロスペラの言葉はいささか綺麗事に満ちているが、矛盾はなかった。

 

 むしろ、今まで隠していた事実をミオリネにだけ開示して、誠意を見せた。

 

(これ以上は、追及できないわね……)

 

 結論付けて、ミオリネはプロスペラへと謝意を示す。

 

「答えづらいことをお聞きして、すみませんでした。さっきも言いましたけど、スレッタは私にとって大切な友達です。エアリアルがスレッタの家族なら、私も大事にしてあげたい。だから……エアリアルを預けていただけるなら、必ず大切にさせていただきます」

 

「ありがとう……、あなたはとてもやさしい人ね、ミオリネさん。私は三日間滞在するから、また時間があったらお話ししましょう? 次はロンド君やスレッタも一緒に。

 ああ、スレッタの出番ももうすぐだったわね。早く応援に行かないと」

 

 話は終わった。

 

 プロスペラは穏やかな表情のままで再び仮面をつけると、机の上のレシートを手に取り立ち上がる。そこに気を悪くした様子や、大きな罪悪感も、緊張感もない。あくまで自然体のままで立ち去ろうとしている。

 

 良き母で、良き大人のままで。

 

 違和感は、ある。けれどミオリネにもう追及する言葉はない。

 

(私だってそうするもの。何かを抱えていたとしても、企んでいても、一度会っただけの誰かにさらけ出したりしない)

 

 だからミオリネにプロスペラを非難することも、さらに疑いを深めることもできず。

 

『ミオリネさんっ!』

 

 けれど、スレッタが自分に向けてくれる笑顔を思い出した瞬間に、

 

「ま、待ってください……!」

 

 思わずプロスペラの袖をつかんで、止めてしまっていた。

 

 ミオリネは、自分でも何をしているかわからないまま、言葉が口を出る。

 

「す、スレッタに、謝ってください……」

 

「謝る? ああ、たしかにそうね……エアリアルのこと、だまっ」

 

「違うっ! そんな余裕な、子供をなだめるみたいに謝らないでっ!!」

 

「…………」

 

 荒げた声を出したことは、ミオリネ自身も意外だった。

 

 他人の家のことだ。

 

 自分が口を出すことじゃない。

 

 ここで関係を拗らせたら、ビジネスに関わる。

 

 そんな"しない"理由はいくらでも思い浮かぶ。だけれど、ミオリネは行動してしまった。

 

(ああ、そっか……)

 

 そしてミオリネはその理由をすぐに理解した。

 

「……学園に来てスレッタは、とても怖い思いをしました。エアリアルがガンダムだって知らなかったから。ただ、学校を楽しみにしていただけなのに、銃口を向けられて、家族から離されて……。すごく、すごく心細かったと思います」

 

 誰も助けてくれない。

 

 その辛さをミオリネは知っていたから。そして誰かがいざという時に助けてくれる心強さも、知っていたから。

 

「……だから、謝ってください。一人の親として、人間として、ちゃんとスレッタに向き合ってあげてください。……私の父は、そういうことをしてくれませんでしたから」

 

 ミオリネは、スレッタには自分の感じた寂しさも、悲しみも体験してほしくなかった。

 

 プロスペラは静かに言う。

 

「そう、ね……。大切な娘だものね……。ありがとう、ミオリネさん。ちゃんとスレッタには説明して、謝るわ」

 

「私こそ、いきなり失礼しました……」

 

 プロスペラの仮面の奥は見えないまま。

 

 だけれどその言い淀みは、今までのどの言葉よりも、プロスペラの感情を反映しているような気がした。

 

 そうして会談は終わり、ミオリネは店を出てから後悔を始める。

 

(やっちゃった……。糞親父ならこんな弱み、絶対に見せなかったはずなのに……)

 

 あの瞬間だけ、ミオリネは年相応の少女の一面を見せてしまった。それは敵対する相手にとってミオリネを攻撃する材料に他ならない。

 

 あるいは、あそこまでプロスペラが余裕だったのも、ミオリネの感情を引き出そうとするエサだったのか……。

 

(わからない。そう、まだわからないことが多すぎる……)

 

 だから、今日の失敗も糧に、ミオリネは戦うしかない。

 

「……見てなさいよ、狸ババア」

 

 そしてまた、ミオリネ・レンブランと言う人間を見定めたプロスペラも、喧騒の中で笑みを浮かべていた。

 

「まだまだ可愛いものね……女狐と呼ぶには早すぎるわ」




本当はこの話と別のを抱き合わせで一話にする予定だったのに、めちゃくちゃ筆が乗ってしまいましたね。プロスペラさん、ひどい親だけどキャラクターとしては好きです。

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22. デリング暗殺計画

未遂!

今回もタメの回です。


 地球は人類の故郷。母なる大地。

 

 かつてはそうして称えられた星は、とうの人類によって見捨てられてしまった。

 

 アド・ステラ。

 

 地球というゆりかごから人類は旅立ち、太陽系の各地へと居住域を広げた時代。すでに宇宙における自給自足は達成され、その経済規模は地球をはるかに超えている。

 

 今では地球という星は発展途上地域と同義であり、宇宙に生きるスペーシアンにとっての都合のいい搾取先となっていた。

 

 そして技術力の差とは、戦力の差に他ならない。

 

 スペーシアンたちは技術によりアーシアンたちを弾圧。そしてさらにアーシアンからの搾取がスペーシアンの力となる悪循環。日に日に地球に住む人々はやせ衰え、力を奪われ、さらには内戦を誘発されることで命まで奪われていった。

 

 宇宙に上ったとしても、同じ地球人であったはずなのに、地球出身というだけで差別されロクな仕事に就けない。それが常識となってしまった世界は、かつての世界と同じと言うべきか、より歪んでしまったと言うべきかの答えは出ないが……

 

 そんな世界で、地球の誰かが言った。

 

『スペーシアンに思い知らせてやれ』

 

 自分たちを傷つけた報いを、母なる大地を汚した怒りを、スペーシアンへとぶつけてやれ。その殿上人のような傲慢さに罰を与えて、引きずり降ろしてやれ。

 

 その怒りは地球圏にくすぶり、炎へと変わり、宇宙にまで広がろうとしていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

『いいか、ニカ。デリング・レンブランが、あの憎むべき男がアスティカシア学園に現れる』

 

 ニカ・ナナウラは彼女の"父親"のそんな言葉を思い出していた。

 

 地球の片隅にあるみすぼらしい廃墟の中。彼女たちに残された唯一の隠れ家で、"父親"は残された火傷だらけの片腕をニカの頭に乗せながら、教え諭すように、それが正しいと言い含めるようにささやいた。

 

『これは戦争だ。アーシアンとスペーシアン、そのどちらかが滅びるまで終わることのない聖戦だ。そして、戦争であるからには卑怯も何もない。そうだろう? 俺達は奴らの卑怯な手で追い詰められ、こんな有様になってしまった』

 

 "父親"の失われ、落ちくぼんだ眼窟がニカを見る。

 

『だからお前がやるんだ。なにも死んで来いとは言わない。宇宙へ上がり、できる限りの情報を集め、そして……もしチャンスがあれば躊躇うな』

 

 ニカはその狂気に歪み切った言葉を思い出しながら、バッグに忍ばせた堅い金属の感触を確かめる。どういった方法を使ったのか知らないが、事前に学園内に隠されていた、一発でも放てば相手の命を奪える武器。

 

 ニカ自身も"教育"として覚えさせられた銃の感触。

 

 それを使って人を殺せと言うのが、宇宙に上げられたニカの使命だった。

 

 だけれども、ニカは

 

「……わたし、なにやってるんだろ」

 

 力なく呟き、所在なく学園の中を歩いていく。

 

 彼女の周りには多くの人が集まっている。多くの笑顔が集まっている。それはアスティカシア学園の生徒もいれば、観客として祭を楽しんでいる来場者もいる。老若男女、それこそ赤ん坊の泣き声だって遠くから聞こえてくる。

 

 外の世界は地獄だというのに、この学園の中だけは楽園のように呑気なものだ。

 

(これもあの子たちが見たら、スペーシアンが搾取して作り上げた偽りの楽園だって、そう言うんだろうね……)

 

 きっとそれは事実。

 

 だけれど、事実だとしても……ニカには、ここにいる全員が罪人だとは思えなかった。

 

 彼女にとって不幸だったのは、彼女が誰かの教えだけに傾倒する人形ではなく、自分で考え、判断できる人間であったことだろう。

 

 人形であれば、人形遣いに操られるように人を傷つけることもできる。心にだって何も感じるものはない。だけれど人間だから、罪悪感も生まれるし、その心はただ傷ついていく。

 

 だからといって目的を達成しなければ、自分の価値や居場所はない。自分はこういう役割のために拾われ、育てられてきたのだから。

 

 周りの喧騒が聞こえないように、耳を抑えながらニカは自分に言い聞かせる。

 

「仕方ないの。これは戦争なんだから……」

 

 我慢して、自分の意思を奥深くに眠らせて。

 

「……っ」

 

 ニカは今度こそ周りの喧騒に目もくれず、目的地へと向かい始めた。

 

 彼女が与えられているのは、いくつかの断片的な情報。どうやらターゲットのデリング・レンブランには敵が多いらしく、その中の誰かからリークされた情報らしい。"父親"はその出所こそ教えてくれなかったが、彼は必ずこの学園内におり、指定の時刻に移動する。

 

 それを狙って殺せと言うのが教えられた計画だった。

 

 ひどい話である。

 

 ニカ自身、そして"父親"も気づいているが、これはスペーシアンがアーシアンを都合のいい手ごまにして操っているという、この世界の縮図の一環だ。自分たちはその悪循環を止めるという名目で戦わされているのに、結局はそこから抜け出せないどころか、深みにはまっている。

 

 だとしても、それで一度は酷い目に遭ったというのに、スペーシアンの手を借りなければ武器も移動のための足も手に入らないのだから道はない。

 

 だからニカは、指示通りにアスティカシアの校舎裏に入ると、デリングが出てくるであろう駐車場の陰に身を潜めるしかなかった。

 

 息を整え時計を見ると、その時間はもうすぐに迫っている。

 

 改めて辺りを見渡す。情報通りに人通りは少なく、警備も確かにいない。デリング本人には警備がついているだろうが、不意打ちを行えば暗殺できる可能性はゼロじゃない。けれど、そんなことよりもニカにとって大事なのは、

 

「うまく、逃げられるかな……」

 

 ニカは絶望的な確率だとわかっていても、そう考えてしまう。

 

 大企業の総裁を暗殺したアーシアンの少女。

 

 警備達も黙ってはいないだろう。まだ子供だからと発砲しないでくれたら、逮捕されるだけで済むかもしれないが、アーシアンだと分かれば死ぬ前にひどい目に遭わされるかもしれない。いや、楽に死なせてもらえるほうがまだ幸福だという未来図しか見えてこない。

 

 考えているうちにニカの指が震えてくる。

 

 心臓の鼓動がバクバクと鳴り響いて、自分の存在が誰かに知られてしまうんじゃないかと不安になる。

 

 いや、むしろ人殺しなんてする前に誰かが自分に気づいてくれないかと、それでその人が助けてくれないかなんてニカは考えて……

 

「あはは……そんなの、あるわけないのに」

 

 甘い考えにニカは自嘲した。

 

 彼女の人生において、そんな都合のいいことは一度としてなかった。

 

 むしろなにか希望が生まれそうになったら、誰かの妨害や理不尽で根こそぎ奪われてばかり。何か前世で悪いことでもしたのかな、なんて思うほどにニカの人生は苦難続きだ。なのにこんな、人を殺そうとしているときにかぎって、誰かが助けてくれるはずなどない。

 

 だから、その理不尽をあきらめ、流されるままに罪を犯そうとして、

 

 

 

『こんにちはー♪』

 

「きゃあああああああ!?」

 

 

 

 いきなり耳元で言われた声に、ニカは出したこともない声を出しながら飛び跳ねてしまった。

 

「だ、だ、だ、誰ですかぁ!?」

 

 ニカは振り向き、顔を引きつらせながら叫ぶ。

 

 するとそこには、

 

『やっほー♪ ボク、アッスー君です♪』

 

 なんて気安く手を振る着ぐるみが立っている。

 

 まっ黄色な、犬か猫か、はたまたネズミかもよくわからないが、動物をイメージしているのは分かる見た目。中に入っている人間が長身なのか、ニカよりも頭一つは大きくて、暗い駐車場ではひと際不気味に見える。

 

 爆弾やミサイル、テロには慣れっこになってしまったニカでも、意味の分からないものは恐怖の対象でしかない、

 

 なのでニカは、

 

「だ、だれかーっ!! 変な人がいますぅーっ!!!!」

 

 と自分のことを棚に上げて助けを求めてしまった。

 

 

 

 そして、数分後。

 

『いやー、ごめんごめん♪ 驚かすつもりはなかったんだよ、ほんとに』

 

「……それ、反省してますか?」

 

『してるしてる! ちょーしてる! でも俺は落ち込んだりしないっ! だって今日の俺はマスコットだからね♪』

 

 そう言って、アッスー君はその場で飛び跳ねてくるくると回りながら着地した。それを見てニカはまた頬を引きつらせ、周囲にいる他の人間は何かのパフォーマンスが始まったのだと勘違いして拍手や歓声を送る。

 

 そんなポーズをびしりと決めてニカを見るアッスー君。もとい、その中にいる男子学生らしいナカノヒトに連れられて、ニカはなぜか体育祭を見て回っていた。

 

 あの後、大混乱するニカを見て、アッスー君(仮称)は慌てて弁解した。

 

 曰く、自分はこの体育祭の実行委員であるということ。とても重要で緊張感のある仕事が終わったので、ようやく体育祭の仕事に戻ろうとしたのだが、本人が有名人ということで着ぐるみを着せられたということ。

 

 そして、準備万端で外に出てきたら、ニカを見つけたと。

 

 彼はニカがビジターパスを身に着けているのを見て、迷子だと考えたらしい。

 

『運がよかったよ、ちょうど道に迷っている人を見つけるなんて! これこそアッスー君の仕事だからねっ!』

 

 大げさなポーズをとりながら、アッスー君はニカへと笑顔で話しかける。もとよりぬいぐるみの顔が笑顔なのだから、笑顔以外出せる道理はないのだが。だとしても、その中の男子学生は相当にテンションが高いらしく、漫画でしか聞かないような

 

『ハーッハッハッハ!!』

 

「あ、あはは……」

 

 なんて高笑いを腰に手を当てながら上げているのだから、ニカとしては反応に困る。

 

 そして、そんな奇妙なマスコットを通りすがりの学生たちが見ると、一様に『また妖怪だよ』『うげぇ、ロマンパイセンだ』などと中にいる学生の正体を知っているかのようなリアクションをするのだ。

 

 きっとこの中の人は、着ぐるみ越しでも正体が特定されるくらいに変人なのだと結論付けた。

 

 そんなマスコットと二人並んで歩きながら、ニカは考える

 

(……わたし、なにやってるんだろ)

 

 ほんの数十分前にも考えた疑問。その時は人殺しをするためにわざわざ宇宙に出てきた自分への自嘲だったのが、今は奇妙なマスコットと一緒に体育祭をめぐることになったことへの困惑の意味に変わっていた。

 

 結局、デリング暗殺は失敗に終わった。

 

 ニカが得ていた情報は間違っていたらしく、当のデリング・レンブランは聞かされた時刻の数十分前には学園を出て、本社へと戻っていたらしい。

 

 らしいというのは、アッスー君にそれとなく聞いてみたら『娘にも会わないでとんぼ返りだって』などと教えてくれたから。中身は体育祭の自称えらい人らしいので、そういう情報も入ってくるのだろう。

 

 つまり、ニカの行動は完全な徒労に終わった。

 

 であれば早くぼろが出る前に撤退するべき。なのだが、『もう十分見たので帰ります』とマスコットを言いくるめてその場を離れようとしたら、

 

『ここで帰るなんてもったいない!』

 

 とアッスー君が言い出し、体育祭の魅力を教えると言ってニカを案内し始めたのだ。

 

「それで結局、あなたの名前は……?」

 

『アッスー君ですっ!』

 

「ほんとに、それで通すつもりですか……?」

 

『だってほら、マスコットの中の人の名前呼んだりしたら、夢が壊れるでしょ? なので、質問があるときはアッスー君と呼んでください!』

 

「はぁ……。その……アッスー君は他の仕事はいいんですか?」

 

 言外に、自分はいいから早く別の持ち場に行けとニカは伝える。

 

 しかし、アッスー君はといえば、

 

『だいじょーぶだいじょーぶ! 今日は後輩が頑張ってくれるっていうし、むしろ「俺たちのロマンを浴びやがれ」と言われて追い出されたから! うぅ、先輩は後輩がたくましく育ってくれて嬉しいよ……』

 

「はぁ……」

 

『ということで、今日はナナウラさんの専属ガイド! 学園の魅力をババンとお伝えします♪ HAHA♪』

 

「ぜったいにその笑い声だけはやめた方がいいと思います……」

 

 そんな調子でニカを離さない様子。

 

 ニカは考える。ここでこの変なマスコットを無理に引き離すか、あるいは警備員か誰かに突き出して、その隙に逃げ出すか。

 

 だが、いずれにせよこのマスコットのテンションを考えたら、騒ぎになるのは必定。

 

 ニカは偽造した身分でビジターパスを手に入れたのだから、それがばれるリスクをとるべきではなかった。

 

 なにより、"父親"からは暗殺以外にも指示を受けている。『できる限り情報を集めろ』と。その命令に従うならばこのマスコットに学園を案内させるのも手段の一つ。

 

 だからしぶしぶではあるが、ニカはガイドを受け入れた。問題は、このテンションだけがやたらと高いアッスー君がまともなガイドとして機能するかと言うことだったが、それも杞憂に終わる。

 

『あそこが学園の戦術試験場! 最新のホログラムを使って、疑似的に様々な地形を再現できるようになっているんだ。設備はフロント管理社がもっているけれど、ほとんど運営は学園と決闘委員会に任されているんだよね』

 

 ニカが思ったよりも案内自体はまともだった。

 

 ニカ自身も、そんな先進的なアスティカシアの施設を見ているうちに、知らず言葉が口から出てきてしまう。

 

「月面も設定できるっていうことは、重力も調整しているっていうことですよね? フロント全体の重力設定を変えるならまだしも、一定の区画だけを調整するなんて……小型の重力場発生装置でも仕込んでいるのかな?」

 

 ブツブツと、少しオタクっぽく。ニカの視線はその広い景色でも迫力でもなく、設備に使われている仕組みのほうを解き明かすように眺めていく。

 

 そんな様子なので、アッスー君にもニカの興味の行く先は分かってしまった。

 

『あれ? もしかしてナナウラさんってそういうメカニック周りに興味あるの?』

 

「あ、その……」

 

『その……?』

 

「す、すこしだけ、あります……」

 

 そして、それを聞いた途端、アッスー君は目を物理的に輝かせて飛び跳ねた。楽しむべきはニカであるのに、自分のほうが嬉しそうな様子で。アッスー君は興奮したまま言う。

 

『それじゃあ、プラン変更だ♪ メカニックが好きならモビルスーツにも興味あるでしょ? いまからMSの格納庫へしゅっぱーつ!』 

 

「えっ!? い、いいんですか!? 私、部外者ですけど……」

 

『ちゃんと展示用のデミトレとかディランザが飾ってあるから大丈夫だよ。企業関係者が大会に出ているMSを直接見るための商談とかに使う場所だけど、一般人が見て問題あるような機密は隠してあるし!」

 

 デミトレーナーやディランザ。特にディランザなんて、めったに見ることができない最新鋭の機体。

 

 ニカは思わず声を上ずらせて、

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 と言いかけて、ニカは慌てて口を押えた。

 

(わたし、今なにを……?)

 

 自分が言いかけた、行おうとしたことを思い返して冷や汗が流れだす。

 

 ニカはMSが好きだ。それは事実だ。

 

 スペーシアンの機体だろうと、地球人を弾圧するために使われていようと、MSそのものに嫌悪を抱いたことは一度もない。むしろその巨大な技術の塊に対して、どうやって動いているのか、どうすれば作れるのか、好奇心を刺激されてきた。

 

 だから地球でも、その技術を活かして整備のような仕事を任されることも多かったし、こんな形での来訪でなければMSを思う存分に見学していたはず。

 

 だけれども、自分の送り込まれた目的も忘れて、そんな楽しんでいいのだろうか。

 

 自分はこの祭を血で汚そうとしていたのに。

 

 ニカは自分の行ってきたことを、今なおバッグの中から自己主張している銃の重さを思い出して、そんな望みを振り払おうと逃げ出そうとして、

 

『大丈夫、行こうっ!』

 

「…………え?」

 

 アッスー君がそのふわふわした手でニカの腕をつかんだ。そして、少し強引に、まったく痛くはないくらいの強さでニカを引っ張り始めた。

 

 ニカは慌てて、アッスー君を止めようとする。

 

「ちょ、ちょっと待って……! 私、ダメなのっ! こんなことをするために……」

 

『いいじゃん、楽しんでも!』

 

「…………たの、しむ?」

 

 アッスー君は足を止めると、背をかがめてニカに目線を合わせながら言った。

 

『そう! 今日は祭なんだ。ナナウラさんがどういう人か俺は知らない。けど、この学園に来てくれたんだから、最高に楽しい思い出を作ってもらわないと! アッスー君としての名が廃る!!』

 

 そして、

 

『モビルスーツ、好きなんでしょ? 俺も同じだから!』

 

 なんて楽しそうに言うのだ。

 

(この人……)

 

 ニカはその着ぐるみの顔を見ながら呆けてしまう。

 

 本気だった。この人はニカに楽しんでもらおうと、それだけを考えている。そのことは、ニカにだってわかった。

 

 そして初めてだった。こんなに誰かを喜ばせることを、それ自体が好きだという人を見るのも。

 

 元々アッスー君だろうとなんだろうと、ここまでする義務はない。ニカが迷子だというのなら、目的地まで連れて行って『さようなら』でも問題はなかった。

 

 だというのに、彼はニカを案内して、そして好きなものを見つけた途端にニカ以上に嬉しそうな様子を見せた。

 

(きっと、この人も私がスペーシアンだと思っているから)

 

 月から来たという偽造の身分証明があるからこそ、こうして親切にしてくれているのだと思うけれど。

 

(でも……)

 

 それでも、確かにそうだ。

 

 今は誰もいない。父親もあの子たちも、監視なんてどこにもいない。自分の中にある罪悪感だけをどうにかすれば、ニカは自由。

 

 その自由を得ていいのかという疑問は付きまとうけれど、でもこんなに自分を望んでくれている人がいるのなら、この祭にいる間くらいは、なんて。

 

 ニカはゆっくりと、アッスー君の手を握り返した。

 

「うん……よろしく、おねがいします」

 

『任された!』

 

 そうして着ぐるみと少女はその日一日をMSを見て回りながら過ごした。

 

「うわぁ♪ 本物のディランザだよ、アッスー君! 大きい脚、大きい腕! しかもそれを動かすパワーっ!! あの背面ブースターどうなってるのかな? パーメット型の推進器だと思うけど、含有量も芸術的なバランスになっていると思うんだよね!」

 

『いやいや、こっちも見てみなよっ! あのグラスレーの傑作、ハインドリー!! 俺の友達も良く乗ってる機体なんだっ! くぅ~いつ見ても騎士って感じの恰好がたまらないっ! グラスレーのデザイナーはほんとに腕がいいんだよなぁ』

 

「あれがランタンシールド……! でも、ハンドガンとランスの併用なんて、実戦では取り回しが難しそうだけど……」

 

『それがロマンだろ!! むしろ、でっかい盾持たせて、そこにミサイルがん積みさせるのもありだと思ってる!』

 

「ロマン……うんっ、たしかにロマンだよね」

 

『おぉ、ナナウラさんもロマンがわかるクチ?』

 

「実は……古いアニメとかを見るのが好きだったの。そこに出てくるロボットって、なんだかカッコよくて、見てて不思議で。現実にはいないけれど、それが夢の結晶みたいで」

 

『…………くぅっ』

 

「えっ!? ど、どうしたの!? まさか、泣いてる……?」

 

『やっと、やっと理解者がまた一人……! 周りの友達はあんまり理解してくれなくてっ……!! えーいっ! こうなったら同志への出血大サービス!! あの機工戦士ヴィクトリオンへとご案内しようっ!!」

 

「…………え、ヴィクト……って本当に実物大が作られてるの!? 時々、映像が流れたけど、あれ合成映像じゃなくて!? あんなむちゃくちゃやってるMSが実在するの!?」

 

『応ともさ!! 正真正銘1/1スケールのスパロボだ!!』

 

「み、見る見るっ! すごい、そんなの本当にあるんだっ!」

 

 時にMSに興奮し、時にMSに見とれ、時にMSへの解釈で熱く議論を交わし、面白そうなMS競技があればかじりついて見学して。最後にはロングロンド社の格納庫に忍び込んでは本物のヴィクトリオンを余すところなく撮影した。

 

 そんな時間を忘れるほど賑やかなMS見学ツアーが終わった夕刻。

 

『ふぅー、いいロマンが補給できたぁ。これで明日も頑張れる……!』

 

「あはは……君って本当にロボットが好きなんだね」

 

『ロボットだけじゃなくて、ヒーローとかそういうのも好きだよ。なんていうかさ、ああいう風になりたいとか憧れるんだよな』

 

 最後にMSバトルロワイアルを見学したニカとアッスー君は、彼女が滞在するという宿までの道を歩いていた。アスティカシアの広大な敷地内をせわしなく歩いて回ったので、特にニカは足に疲労を感じていたが、その顔はマスコットと出会った時と比べても楽しさに満ち溢れている。

 

 そう、楽しかった。

 

 こんな自分に祭を楽しむ資格などあるのかと、今でも思うが、それでもこの半日ばかりの体験はニカにとって一生忘れられないほどに楽しいものだった。

 

 だから、まだこのマスコットは怪しい子だけれど。

 

「……ありがとう、アッスー君。私、あなたに会えてよかったよ」

 

『それを言うなら、こちらこそだって。ほんとはちょっとだけ強引すぎたかなって思ってたけど、そう思ってくれたなら嬉しい』

 

「たしかに、強引すぎだよね」

 

 くすくすとニカは笑う。

 

 楽しく笑う。

 

 地球では笑えなかった分を、ここで埋め合わせるように。

 

 そしてホテルが見えてきたところで、ニカは少しためらいながら言うのだ。

 

「ねえ、アッスー君。また会えるかな? えっと……私は大会が終わるまで滞在していくから、もう一回だけ、一緒にどこか回ったりできる?」

 

 きっと、こんな機会はもうないからと、心の中で呟いて。

 

 アッスー君はためらうことなく親指を立てて返事をする。

 

『もちろん! あ、でも、俺は二日目も三日目も結構忙しいし……三日目の閉会式前ならどうかな? その時間なら総合競技も終わってるし専用機も見れると思うけど』

 

「っ……! ほ、ほんとに? それじゃあ、エアリアルも見れたりする?!」

 

 ニカは顔色を変えて黄色い着ぐるみに縋り付く。

 

『おっ、エアリアルに興味津々?』

 

「当たり前だよっ! 水星から来た、すごくミステリアスなMS♪ どんな構造しているのか、どんなプログラムが組み込まれているのか、ぜんぶ知りたいくらい!」

 

 特にエアリアルとダリルバルデとの決闘は全世界に放送されたのもあって、電波状況の悪いニカ達でも鑑賞することができた。そして既存のMSとはどう見ても破格の動きをしたエアリアルに、ニカはすっかり心を奪われていた。

 

 だが、ニカの立場からすればエアリアルに近づくことさえも夢のまた夢だと諦めていたが、

 

『ならばニカ・ナナウラさん……楽しみにしているがいい♪』

 

「っ……! ほんと、君って……!」

 

 アッスー君は期待を持たせるように笑うのだから、ニカは顔を輝かせてしまう。目の前の着ぐるみが人間であったならば、抱き着いて感謝を伝えたいほどに。

 

『それじゃあ、三日目の競技後にここに集合だ!』

 

「……うん。本当に……本当に今日はありがとう。こんなに楽しいの、初めてだった」

 

『なに言ってんだよ! 祭はまだまだこれからなんだっ! 明日も明後日も、きっと今日より楽しいって!!』

 

 最後にそう言って、手を振りながらアッスー君は走り去っていく。

 

 ニカもまた、そんな奇妙だけれど親切なぬいぐるみへと手を振り返して、唐突に気がついた。

 

「あ……、名前、けっきょく聞けなかったな……」

 

 それを気にする間もないほど、夢中になっていたことに、ニカは笑いながら頬を染めた。

 

 だけど、これで終わりじゃない。

 

 まだ名前も、彼の顔を見るチャンスもあるはず。だから、

 

 

 

「……うん、また今度」

 

 ニカははじめて、未来へと期待した。




これもフラグ……?
いや、そういうつもりで書いてなかったのに、そういう雰囲気になってる。
恐ろしや……

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23. もっと熱くなれよ!

まだできんだろ?やればできるやればできる、あきらめんな、お前はもっとやれるやれる!パワーっ!!!!!



 体育祭二日目。

 

 それはアスティカシア学園には珍しく、MSを使わずに力の競い合いが行われる日。

 

 前日にデミトレが大暴れしたMS用競技場は大きなダメージを受けており、さらに激しい体育祭三日目を迎えるには全面的な応急処置が必要。そのような理由でMS競技場を使わず、一般的な体育祭さながらに生徒たちはMSから降りて競技に参加することになる。

 

 競走やリレー、玉入れに各種球技、さらにはトライアスロンやクレー射撃といったオリンピックのような種目がそろえられているので見ごたえは十分。

 

 特にパイロット科には眉目秀麗で文武両道な学生が多いのもあって、そういった学生の活躍を期待する観客も多く訪れる。

 

 中でも今年の注目株は……当然ながらグエル・ジェターク。

 

 全世界で中継された決闘&プロポーズのせいで、その人気は学園外にも広まっている。本人がジェターク寮の気質のためか体を鍛えるのを日課にしていることもあって身体能力も高いことも知られており、少なくない数の観客がグエルと、あるいはその意中の人であるスレッタとのツーショットを見たいと思っていた。

 

 そしてそのグエルはと言えば……

 

「ぐぉおおおお……」

 

 二日目の朝、自室でうめき声をあげていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「俺は、俺はまたやっちまったぁ……」

 

 ジェターク寮の一角に響き続ける苦悶の声。

 

 グエルはもう間もなく二日目のプログラムが始まるというのに、ろくに着替えることもできずに後悔に打ちのめされていた。

 

 だが、それも仕方ないだろう。なにせ、彼の目の前には、

 

『グエル 公開告白2nd』『グエルに学ぶ漢の背中』『スレッタLOVEに込められた思いは?』『徹底討論 スレミオVSスレグエ』

 

 などなどなど。彼の自室のディスプレイに一日目のグエルの活躍する映像と共に、そんな題字が並びまくっている。すべては、あのデミトレバトルロワイアルで、グエルが高まったテンションと共に言ってしまった本音たちのせいである。

 

 おかげで、寮の外からも。

 

『きゃーっ! グエル様ぁ、早く出てきてぇ!!』

 

『スレッタちゃんとの仲、応援してるわよぉ!!』

 

『グ・エ・ル! グ・エ・ル!!』

 

 と押し寄せた観客による黄色い歓声が飛び交っている。しかもそのほぼ全員がグエルの応援パネルやら応援ハチマキやら、応援うちわやらを手に持っているのだから、旧世代のどこかのイケメンアイドルさながらの扱いだ。

 

 なのでグエルはらしくなく胃痛とともに『休みてえ……』と考えてしまっていた。

 

 このままでは一挙手一投足がネタにされ、無限にグエルがトレンド一位に上り続けることになりかねないからだ。

 

 そして同じ意見の者がもう一人。

 

「お願いだ兄さん! もう水星女と妖怪に関わるのはやめてくれ!!」

 

「ラウダ……」

 

 ラウダは縋り付くようにしてグエルに懇願する。

 

「このままじゃ兄さんの未来は大変なことになるっ! 昨日の放送のせいで、ずっとトレンド一位が兄さんだし」

 

 じゃらじゃら……

 

「ジェターク社はMS製造よりも兄さんのファンクラブ窓口みたいになっているし!」

 

 じゃらじゃら……

 

「昨日だけで兄さんのグッズが数えきれないほど作られているんだ!! このままじゃ……」

 

 じゃらじゃら……

 

「貯金が消えてなくなるっ!!」

 

「じゃあグッズを買うなよ……」

 

 グエルは全身をグエルグッズで埋め尽くし、変わり果てた弟の姿を見て正気を取り戻した。人間、自分よりも取り乱している者を見ると、案外いけると思うものである。

 

 

 

 辛い現実が待っている。しかしグエルは逃げたりしない。そして、目が死んだままのグエルも迎えて二日目が始まった。

 

 人間用の競技場と言っても、そこはアスティカシア学園。これまた旧世代のサッカースタジアムほどの大きさの施設が作られ、陸上競技などはいくつもの種目を同時に行えるようになっている。当然ながらその競技場の周りには屋台が立ち並び、さらには注目選手のブロマイドやサイン色紙なども並んでいた。

 

 よく見るとスレッタの書いたと思われる慣れないがほほえましいサインや、シャディクの書いた無駄に凝られたサインなども中にはある。シャディクは自己プロデュースに余念がないし、スレッタは求められたから流されるままに書いてしまったという事情があった。

 

 とにもかくにも、初日に勝るとも劣らない熱気の中にいるグエルだが、

 

(なんとか、なんとか今日は大人しく乗り切るぞ……)

 

 なんてらしくないことを考えていた。

 

 スレッタにアピールするのが嫌でも、ましてスレッタのことが嫌いなわけではないが、ここまで自分の預かり知らないところでも話題になると、どうしても恐怖のほうが勝ってしまう。なので専用機もちとして否応なく目立ってしまう三日目の前に、少しでもファンたちを落ち着かせておきたいと思っていた。

 

 最近はグエルに干渉するたびにジェターク株が急落するのでめっきり連絡を取らなくなってきた父親も、こうも悪目立ちすると何を言ってくるかわからない。

 

 なるべく目立たず、さりとてさりげなく活躍する。

 

 そうグエルは決意して……

 

『えーっ、ここで突然の連絡ではございますが。本日のMVP選手には大会スポンサーより特別な副賞が授与される事が決まりました』

 

(ん……?)

 

 開会式の中、檀上の実行委員会二年が言い出したことに顔を上げる。

 

 去年もMVP選手の表彰などはあり、立派なトロフィーが贈られていたが、副賞などは初めてのことだった。しかも事前連絡もなくいきなりである。

 

 当然ながら期待や困惑に生徒たちがざわめくが、グエルは平静を装う。

 

(バカ野郎どもが。どうせ副賞だなんだといっても、ろくな……)

 

『副賞はアスティカシア貸し切り男女ペアチケットですっ!!』

 

「なにっ!?!?」

 

 しかしその平静は、副賞の中身を聞いた途端に脆くも崩れ去った。

 

 なにせそれは伝説のアイテム。

 

 一日だけアスティカシア学園の様々な娯楽施設、レストランを無料で使うことができる魔法のチケットであり、導入以来そのチケットを使ってデートをした男女は必ず結ばれるという噂が付きまとう縁結びのチケットでもあるのだから。

 

 グエルの脳内はとたんに赤毛の少女でいっぱいになる。

 

 おしゃれなショッピング街をグエルと並んで歩くスレッタ。グエルと腕を組んで照れ笑いを浮かべるスレッタ。おしゃれなレストランで着飾って食事をとるスレッタ。最後には夜景の見える場所でその距離は接近し……

 

「だぁあああああ!? な、なにを考えてるんだ俺はっ!? あいつでこんな不埒なことを……!!」

 

 叫び、衆目をはばかることなくグエルは悶絶する。

 

 目立たないようにすると決めていたのに、既にこの惨状である。

 

 だがわかってほしい。彼もまた思春期を生きる少年。好きな女子のことを思うなど日常茶飯事なのだから。

 

 しかし、まだここでもグエルには理性があった。

 

 副賞が魅力的であることは確かだが、それを狙って本気で動いたら、どれほど自分が見世物になってしまうかの冷静な計算ができていた。誤算だったのは一つだけ。

 

 グエルが大げさに動いているのが見えたのだろう。たまたま近くの女子の列に並んでいたスレッタがグエルを見つけて、

 

「グエルさんっ! 今日は一緒にがんばりましょうねっ!」

 

 などと張り切った声を出してしまった。

 

 瞬間、グエルの脳内にあふれだした存在しない記憶。

 

 

 

『一緒にがんばりましょうねっ!』

 

『一緒に(副賞目指して)がんばりましょうねっ!』

 

『一緒に(デートするために副賞目指して)がんばりましょうねっ!』

 

 

 

「…………」

 

 すん、とグエルの理性は停止した。

 

 そんなグエルのことを知らずラウダが話しかける。

 

「兄さん、わかってるだろ? 副賞なんて気にしないで、おとなしく……」

 

 グエルも忠告の意味を理解しているだろうと予想してのラウダの言葉。だが、グエルは澄み切った目でこう言った。

 

「ラウダ……」

 

「え?」

 

 

 

「絶対に負けられない戦いがここにはある……」

 

 

 

「兄さんっ!?!?」

 

 

 

 そして競技が始まり、グエルは弾けた。

 

『さあ始まりました、5V5サッカー決勝戦。ジェターク寮対ブリオン寮の試合です。注目選手はもちろんグエ……おっと!? グエルがいった、グエルがいった! そのままドリブルして……ゴールゴールゴールっ!! つよい、つよすぎるぞグエルっ! なにがお前をそうさせる!?』

 

 サッカーでハットトリックを決めて優勝したり、

 

『物凄い脚だ! 物凄い脚だ! 来たぞ来たぞ来たぞ! グエル来た! グエル来た!

 よぉし、グエルが先頭に立った! グエルが先頭に立った! 大歓声だ! 大歓声だアスティカシア競技場! 赤い獅子が晴天の競技場に大きく吠えた!! 体育祭史上、最速の記録が達成されました!』

 

 500m走で大会レコードをたたき出してまた優勝したり、

 

『黒鉄そびえるアスティカシアに、真っ赤な獅子が現れた。グエル・ジェターク、そのたくましい上腕二頭筋が奏でるのは勝利の凱歌か、それとも敗北か。グエル・ジェタークパイロット科三年生。『俺を誰だと思っているんだ走法』『人間ディランザ』『音速の貴公子』。夢はもちろんスレッタとの結婚。その夢がかなうか否か、いま、運命のホイッスルがなりひびくっ!』

 

 やけに熱意のこもった応援に背中を押されて、数多くの種目で表彰台を独占していった。

 

 その近くの競技場では同じく張り切って競技に参加したスレッタが、

 

「えっほ! えっほ!」

 

「スレッタちゃんはめんこいねぇ……」

 

「うちに嫁に来てほしいわぁ」

 

「いやいや、あの子にはグエルくんっていうお相手がいるんだわさ。邪魔しちゃなんね」

 

 などとけなげに頑張る様子を見せてお年寄りからほほえましい視線を浴びていたりした。

 

 

 

 そうして着々と種目が続き、午前中最後の種目になる。

 

 この体育祭は個人が望めばいくつもの競技に参加できる都合上、総合的な選手評価は加点式ではなく平均で取られている。もちろん参加種目数によって補正や加点は入るが、重要なのは総合的な運動能力。

 

 だがいくつかの大規模競技においてはボーナスポイントとして大きな評価点が総合成績に追加されることになっていた。総合MVPを取るには、それらの種目で上位に上ることが大きな近道。

 

 男子総合体育レース。

 

 午前中最後の種目がまさにそれにあたり、もとより総合MVPを狙っていたグエルも参加することになっている。

 

 しかし彼にとって予想外だったのは、

 

「……てめえらか」

 

「…………」

 

「おやおや……」

 

 グエル、エラン、そしてシャディク。

 

 御三家筆頭と呼ばれた男たちが一堂に会したこと。

 

 さらに、

 

「ハーッハッハッハ!! 俺、参上!!」

 

(((バカまで来た……)))

 

 ロマン男までやってきて、出場選手が勢揃い。

 

 何の運命の悪戯か、いや、おそらくは妖怪の悪戯による男たちの戦いが始まろうとしていた。




次回、サスケェ!!

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24. The Winner

今週は二日に一回くらいのペースになる気がしています。


 ベネリットグループ御三家、と呼ばれる企業がある。

 

 ジェタークを筆頭に、ペイル、そしてグラスレー。いずれもベネリットグループの根幹をなすモビルスーツ製造の最大手であり、必然的にグループ内での地位も高い企業たちだ。

 

 となれば、ベネリットグループが運営しているアスティカシア学園においてもそれらは特別な位置づけにある。

 

 まず何より御三家のパイロット科生はMSの調達が楽だ。自社が製造している最新鋭のMSでも学生は使用することができる。次にそれを支える資金力も莫大だ。寮の設備や学生のケアも十分で、普通に過ごすならば学校生活を何不自由なく送ることができるだろう。

 

 特権階級のような、他の学生と一線を画す立場。それが御三家。

 

 そして、そんな御三家のトップの学生"筆頭"となれば、学園内で知らない者はいない。

 

 決闘委員会のトップを務め、既にグラスレー社で確固たる地位を築いているシャディク・ゼネリは将来のグループ幹部は確実と目されているし、ジェタークの御曹司であるグエルは今や世界中で知らない者はいないだろうトップアイドル……のようなもの。

 

 唯一、ペイル寮筆頭という立場を蹴ったエラン・ケレスだけ特殊な立ち位置だが、その美貌や振る舞いから注目の的であることには変わりない。突然のロングロンド寮への移籍報道には、香ばしい貴婦人たちが狂喜乱舞し、ロマ×エラのウスイホンが大量にブラックマーケットへと流出したのもうなずける。

 

 と、三者三様に有名な男子三人。御三家の力関係が拮抗しているのもあって、周囲からはライバルと見られがちではあるが、意外にも三人が真正面からぶつかり合ったことはなかった。

 

 あったと言えば、入学して初期の頃にエランとグエルが決闘を行ったくらい。それもエランにとってはゴルネリたちの指示で力試しにした程度のもの。本気ではない。

 

 一方のシャディクも、自らの自爆もあってか、御三家との決闘を避けていた。こうした体育祭の場もこれまでエランは不参加。

 

 そんな三人が最高学年となり、このまま三人の格付けが行われないままで卒業していくのかと思われた矢先に、このガチンコ対決の場が現れた。

 

 男子総合体育レース。

 

 障害物走とトライアスロンを合体したような、運動能力を真っ向からぶつけ合うようなハードな種目である。MSを使わないという点で物足りなさはあるが、注目度は当然に高い。

 

 果たして三人のうち誰がトップに立つのか、その時、この学園内のパワーバランスはいかに変化するのか。少なからずそんな視点で観戦していた学生も、そして自分たちの立場をわかっているグエルとシャディクも不思議な緊張感を持っていた。

 

 種目に参加するのは十人の学生。

 

 グエルはその面々を順番に眺めていき、カメラに向かって戦隊やらライダーやらの完ぺきなポーズを決めているバカを無視し、最後にエランとシャディクをにらみつける。

 

「まさかお前たちもこの競技に出るとはな……」

 

「おいおい、そんな顔で見ないでくれよ。俺はあくまで寮の筆頭として、そして義父への点数稼ぎのためさ。グラスレーの名前を高めているって示すことでね。だから副賞なんて狙っていないよ」

 

「その言葉を信じられたらいいが、お前の場合は油断してると寝首を掻いてくるからな……」

 

 シャディクがまだホルダーを諦めていないのと同じようにと内心で考え、次にエランへもグエルは言う。

 

「で? エランはどうしてだ? まさか、お前もスレッタに……」

 

「興味ないね。いつの間にそんな恋愛脳になったんだ、グエル・ジェターク? 前の君は暑苦しかったけど、こんなに絡んでこなかっただろ」

 

 エランはいつも通り、表情筋を動かさないまま無表情でグエルへ言い返す。

 

「……僕は、あのバカに『出る種目を決めろ』と言われたから、『君に任せるから好きにしてくれ』って答えただけさ。その結果がこうなったというだけのことだよ」

 

 ちなみにマイクですっぱ抜かれたこの発言で、アスティカシア学園貴婦人部の妄想が加速したことは言うまでもない。

 

 だが、そんな一部の沼地の住人のことを知らないグエルは呆れたように言う。

 

「相変わらず気合いってもんがねえな。……まあいい、お前らはそろって、俺の勝利でも拝んでいろ。副賞は俺のものだ」

 

「恋をすれば人は変わるっていうけれど、グエルがここまで水星ちゃんのために動くとはねぇ」

 

「……それを君が言うのかい?」

 

「うっ……痛いところをつくなよ」

 

 そんなやり取りをしているうちに、まもなくスタートの時刻。

 

 出場選手の十人はスタートラインに並び……

 

「…………は?」

 

「…………え?」

 

「「「なんだこれ!?!?」」」

 

 現れた競技コースを見て、ひとりを除いて大きな叫びをあげた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 他にたとえようもなく、それは城だった。

 

 無駄に洗練された無駄のない無駄な昇降機能を使って、スタジアムの底からせりあがってきた、男子総合体育レース。

 

 その姿は、去年のものとははるかに異なる威容

 

 まず待ち受けるのは両断されたコースと、そこを渡すプール、どう考えても飛び跳ねていくための、突き出た複数の足場が並んでいる。

 

 その時点でまともな障害物走でもなんでもないが、先はますます過酷になるばかり。回転する橋や、ターザンロープや、反り返った巨大な坂。さらには岩が転がってきたり、四方から水を浴びせられたりするステージまである。

 

 そして最後、ゴールに待ち受けるのが、参加者の眼を引く巨大な城だ。

 

 グエルは予想だにしなかった光景を前に、頬を引きつらせながらシャディクに言う。

 

「おい、シャディク……。これはいったいなんだ……?」

 

「……俺に聞くなよ、知るわけないじゃないか」

 

「じゃあエランだ……おまえ、最近バカと仲いいだろ」

 

「バカの考えることなんてわかるわけないじゃないか。バカなんだから……」

 

「ってことは……」

 

 三人はくるりと犯人であろう妖怪の方向を向いて、

 

「「「なにかんがえてんだっ!!」」」

 

「知らねえよ!?」

 

 まさかのロマン妖怪の否定が返ってきた。

 

 妖怪はコースの姿に目を輝かせつつ、自分の犯行ではないと主張する。

 

「お前以外にいるわけねえだろが!? 今度はなに企んでやがるっ!!」

 

「ステイステイ……。誓って俺のアイデアじゃない。そりゃあ、企画書来た時に『もっと弾けたら?』『お前らのロマンはこんなもんか?』とか煽ったよ? でも、こんなすばら……ゲフンゲフン、驚きのステージを作るなんて、きっと犯人はとんでもなくロマ……ゲフンゲフン、行動力のある人間に違いない」

 

「嘘つくんじゃねえ!! お前以外に、こんなバカをするやつは……!」

 

「グエル、グエル」

 

「あ!? 今はこいつをしめるのが……」

 

「どうやら、本当にバカの仕業じゃないみたいだね……」

 

「なにっ!?」

 

 エランが呆れたような口調で言う。その視線は斜め上を向いており、グエルがそちらを見上げてみると、

 

『わたし』

 

『たちが』

 

『やりました』

 

『『『いえーいっ!!!!』』』

 

 と、達成感に満ちた顔でポーズをとる二年生が、液晶ビジョンに映っていた。

 

 グエルの記憶が正しければ、それはロマン男のロングロンド寮の学生であり、この体育祭の実行委員会でもあった。

 

 その映像を見たとたんに妖怪は、

 

「おまえらぁあああ!! こんなに立派になってぇえええ!!」

 

 と歓喜の涙を流すのだが、

 

「立派になってねえよ!? どうしてくれてんだ! お前だけでもめちゃくちゃなのに、同類がふえてんじゃねえか!! ネズミ算かよっ!?」

 

「これは来年のアスティカシアも大変だね……」

 

「むしろあそこから感染していくから、もっとひどくなるんじゃないかな?」

 

 グエルたちは学園全体が妖怪に汚染されていく未来図を想像して、三者それぞれに嘆きの声を上げた。

 

 とにかく、下手人が分かったが安心できる材料など何もない。いずれにせよ妖怪の影響を色濃く受けた学生たちが『ロマン』の元に魔改造を施したステージなのだから。

 

 自分たちは無事にゴールにたどり着けるのか、いやその前に醜態をさらさずにこのレースを終われるのかという不安がこみ上げる。

 

 だが、その中でもグエルは。

 

(……いや、俺がやることは変わらない。スレッタとの未来を掴むために、負けられないんだ)

 

 想い人の姿を思い出して気合を入れなおし、レースへと向き合った。

 

 そして、カウントダウンと開幕のホイッスルと共に、

 

「いくぞっ!!」

 

 軽快なBGMが鳴り響く中、グエルは走り出す。

 

 しかしスタートダッシュにもっとも成功したのはグエルではなかった。

 

「ヒィーーーーッ、ヤッホーーーーー!!」

 

 なぜか赤い帽子と口ひげをつけたバカが、決闘と同じくすさまじい直線ダッシュを見せて、最初の六弾飛びゾーンをぴょんぴょんと飛び跳ねていく。

 

 すでに後輩たちのロマンで最高にハイになっていたんだろう、そのまま勢いは止まらず、ローリング丸太も揺れる橋も、速度を落とさず駆け抜けていった。

 

 そのあまりの速さに観客たちは『NINJAだ! NINJA!!』と度肝が抜かれ、グエルも

 

「あいつ……ほんとに妖怪かよ……」

 

 と戦慄する。

 

 しかし、これは時間制限はないものの、たどり着いた者から順位がつく種目。グエルはロマン男に負けじと前方へと走ろうとして、

 

「待て、グエル!」

 

 その肩を掴んでシャディクが止めた。

 

「なにしやがんだっ! 早くしないと、アイツにゴールされるだろ!!」

 

 グエルは当然怒りの声を上げるが、しかし振り返り見たシャディクの顔は、真剣そのものだった。

 

「あいつにのせられるのは危険だ。このコースは、あいつの後輩が作ったとはいえ、あいつの思想が色濃く反映されている……つまり、なにが起こるかわからない」

 

 そして、その言葉の通りに、

 

「ハーッハッハッハッハ、どうしたグエルっ! このまま俺がゴールしちまうぞっ! 今のお前には、情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そしてぇ!! なによりもぉーーーー、速さが足りない!!」

 

 などと妄言を吐いていた妖怪の足元に……すぽっと穴が開いた。

 

「な、なんだとぉおおおおおお!?」

 

 妖怪は落ちていく。ティウンティウンなどというSEと、解説の学生の『ロマン先輩が死んだっ』『この人でなしっ!!』という叫びとともに。

 

 リタイア、一名。

 

 この景色を見ていたグエル達は当然のことながら言葉を失い、自分たちの未来に悲観した。

 

 これはどうあがいても、面白い見世物にされると。

 

「グエル……ここは俺達も協力しよう。あいつのようなことにはなりたくないだろう? もちろん、エランもだ」

 

「あ、ああ……、こんなところでグエル・ジェタークが醜態をさらしてなるものかよっ」

 

「すでに醜態はさらしていると思うけど……僕も協力しよう。あのバカの思い通りになるのは勘弁だからね」

 

「よし、三人で連携しながら行くぞ。全員無事にゴールすることだけを考えるんだ」

 

 そうしてまさかの御三家によるチームが結成され、地獄のレースは進む。

 

 三人は丸太を掴みながら転がったり、ジャンプハングを上から転がるか、下から垂れ下がっていくかでもめたり、唐突に横から繰り出されてきたハンマーにエランがノックアウトされ、

 

『あーん! エラン様が死んだぁ!』

 

『くすん……美形薄命だ……!』

 

 など悲鳴が各所から上がったりするが、その都度、三人でフォローをしあい、他の競争者が脱落していく中でも生き残り続ける。

 

 即席のチームでありながら、学園で長く付き合ってきたライバル同士。お互いをよく知っていたからだ。

 

 しかし、そんな三人に最大の試練が待ち受ける。

 

 そこは城の目前にある反り立つ壁。弧の字を描くようにほぼ垂直まで角度をつけた坂道。だが、運動能力に優れた三人は、その程度で止まることなどしない。勢いをつけて、適切に地面をけり上げれば頂上に到達することができる。そう、本来であれば。

 

 だが、

 

「な、なんだ、すべるぞ!?」

 

「これは……油っ!?」

 

 三人が駆けだした途端に、上から大量の油が流れ出し、坂道をぬるぬるにしてしまう。

 

 当然ながら、油など流されたら、まともに助走をつけることも、まして壁を駆け上がることもできやしない。試しにグエルが走ろうとしてみたが、歩くならまだしも走ればすっころんで、貴婦人たちに創作の材料をあげるだけの結果になってしまう。

 

(((クリアさせる気あるのか……?)))

 

 と三人がコース設計者への怒りを募らせ、そもそもさっさとリタイアしたほうがいいのではないかと考える中、頭上から声が響いた。

 

『我が後輩がただの坂など用意すると思ったかっ! それこそはヘルクライム・ピラーっ!! 何物も登らせぬ、城の守り手よっ!!』

 

 早々にリタイアしたあげく解説席に居座っている妖怪が、後輩たちと共に自慢げにステージの解説をしているのだ。

 

「「「…………」」」

 

 三人は無言で互いの顔を見つめ合う。

 

 ベネリットグループ御三家、永遠のライバル、蹴落とし合いをしてきた血の歴史。それらすべてを置き去りにして、三人の思いは一つになった。

 

 生き残って、あのバカ〇す。

 

「グエル、エラン、提案がある」

 

「なんだ? 今日はもうお前の作戦でもなんでも認めてやる」

 

「珍しいね、君と気が合うなんて。僕も同じ気持ちだよ」

 

「ふっ……この三人で、こんな会話をする日が来るとはね」

 

 三人は肩を組み合い、作戦をまとめ……

 

「「「いくぞっ!!」」」

 

 そして走り出した。

 

 小走り程度ならば油まみれの道でも滑るリスクは少ない。慎重に、そして坂が急になる下までたどり着くと、

 

「エラン、グエル、俺を超えていけっ!!」

 

 シャディクがわずかに残されていた地面のへこみに足先をかけながら、後ろの二人へと叫ぶ。

 

 彼の作戦の意図は明確だった。

 

 坂を登れないというのなら、別の上る手段を作ればいい。

 

 自らが梯子となるという、自己犠牲の作戦をシャディクが立てていた。もはや誰が勝つなどとは関係ない。一人でも生き残り、妖怪たちに一泡吹かせる方が重要だった。

 

(昔の俺なら、こういうことはしなかっただろうけど)

 

 シャディクは自分のことを面白く思いながら、二人が上りやすいように背を屈める。

 

 そして、

 

「……ありがとう」

 

「すまん、シャディクっ!!」

 

 シャディクの背中を駆ける二人。まずはエランが先行して、次いでグエルが同じようにシャディクの背を蹴ってジャンプした。

 

 しかし、

 

(だめだっ! 届かねえっ!!)

 

 エランは小柄でジャンプ力が高かったためか、わずかに頂上の縁に手をかけることに成功したが、体重の大きいグエルでは、そこまで届くことはできなかった。

 

 このままでは、グエルは墜落し、エランもまた油が流れるところでは握力が足りずにリタイアという、三人共倒れの流れ。

 

 そんな時にグエルは、一つの声を聞いた。

 

「僕を使え、グエル……!」

 

 エランだ。

 

 エランが必死につかまりながら、グエルの眼を見ていた。

 

 電撃が走ったように、エランの意思がグエルに届く。

 

(ぜったいに、あのバカたちの思い通りにするな。君が行くんだ。栄光は君にあるぞ。やれ、やるんだ、グエル……!)

 

「……っ、エラン!!」

 

 その意思に応え、苦渋の決断を下したグエルは、エランの肩へと脚をかけると、そこに力を込めてもう一度ジャンプする。

 

 反動によってエランは坂の下へと滑り落ちていくが、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。彼は役割を果たしたのだ。

 

 エランらしからぬ、いや、かつてのエランであれば行っていなかった行動。

 

 そしてその献身を受けたグエルもまた、彼らへの考えを変えた。

 

「……お前たちの意思、受け取った。さらばだ、友よ」

 

 今この時だけは、御三家など関係ない。共に生き延びるために努力した戦友だと。

 

 振り向かずに走り出す。それが彼の示した仲間への弔い。

 

 残されたステージはあと少し。そして参加者もグエル一人。

 

 だがグエルは決して一人じゃない。

 

 グエルはその肩に、仲間二人の意思が残されているのを感じていた。

 

 そして、

 

『とうとうグエルがやってきた! ラストステージ、スパイダークライムっ!! 15mの綱登りをグエルは突破することができるのかっ!! 「上腕二頭筋の怪物」「漢アスティカシア」「恋は盲目」。副賞のデートを手にすることができるのかぁっ!!』

 

『おぉーっと!! グエルがいった、グエルがいった! その上腕二頭筋を酷使して、登っていく、登っていくぞ、まさに怪物、まさに怪物! 「人生七転び八起き」「美学のダリルバルデ」! グエル、止まらない、止まらないっ! このまま頂上まで……だめだぁっ!! グエルが止まったぁ!!』

 

 熱狂するバカの解説が響く中、グエルは荒い息を吐いていた。

 

 すでに限界まで酷使してきた体。

 

 とくに油に触れた手は、摩擦力を大きく失っている。ロープを登り切ればクリアという場面だからこそ、そのハンデは大きくグエルを苛んでいた。

 

(くっ……、あと、すこしだっていうのに……)

 

 ならばこそ素早く登り切りたいところであったのに、ゴールである城が見える中で力が湧いてこない。

 

 体がもう無理だと悲鳴を上げている。

 

「すまない、シャディク、エラン……俺は、俺は…………」

 

 自分が情けない。

 

 ここまで支えられて、お膳立てされて、それでも栄光を掴めないのかと。

 

 しかしそこで、

 

『それでいいのか、グエル! グエル・ジェターク!! 周りの歓声を聞いてみろ! みんながお前の活躍を待っているぞぉ!!』

 

 バカたちの扇動が聞こえる。観客もまた、その声に合わせてグエルへの応援を叫び続ける。

 

 なにより、

 

『グエル、思い出すんだ! お前が副賞を手に入れたい理由をっ!!』

 

「お、おれは……」

 

 グエルは走馬灯のように思い出した。

 

 スレッタと出会ってから今日までのことを。

 

 決闘して、負けて。また決闘して負けて。だけれど友達になったはいいが……その後になにをした? なんとなく恋人面をしていただけで、デートもなにもかも、まだできていない。恋人にすらなれていない。

 

「いやだ、おれは、まだ負けられない……」

 

「おれは、おれは……」

 

 

 

「スレッタ・マーキュリーに進めていないっ!!」

 

 

 

 心に浮かんだ言葉を叫び、グエルは再び筋肉を躍動させる。

 

『いいぞグエル、いいぞグエル。「白昼の流れ星」「地獄からの帰還兵」「暴れん坊ジェターク」「ダルマになっても転ばない漢」! グエル・ジェタークが上る、登る、昇るぅううう!!

 そしてぇ……グエル・ジェターク! ステージクリア! たった一人の栄冠を手にしましたっ!!』

 

 

 

 万雷の拍手の中、グエルはアスティカシアの景色と、自分を見上げる数多の観客を見つめながらつぶやく。

 

「……見てくれたか? スレッタ・マーキュリー」

 

 友情と努力の末に掴んだ勝利。

 

 わずかに涙を流しながらグエルは、世界へ己を示すように右腕を高く掲げた。きっとスレッタも、自分の雄姿を見てくれたと信じて。

 

 

 

 一方そのころ、

 

「み、ミオリネさんっ! こ、このお箸ってどうやってつかうんですかぁ!?」

 

「あーもう、持ち方はそうじゃなくて……って、いいわ。今度、ちゃんと教えてあげるから。今日はこうやって食べた方が効率良いわね。はい、あーん」

 

「あーん♪ えへへ、な、なんだかいつもよりおいしい気がします……」

 

「そ。それはよかったわね」

 

 グエルがそんな競技に出ているとも知らないスレッタは、ミオリネとともに木陰で弁当を食べていたのだが……その事実をグエルは知らないほうが幸福だろう。




グエル大好きなので、もっと学生らしく弾けているところは本編でも見たかった……!

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25. 作戦会議

 体育祭二日目はつつがなく進行していく。

 

 午前中の最後だけ、バカと後輩たちのために大変撮れ高のある催しとなったが、その後は気を取り直したようにまともな種目が続いた。

 

 グエルは快進撃を維持したし、エランも水泳やらクレー射撃やら何故か映える競技にばかり出場されたが好成績を収めて貴婦人たちの良い栄養素になり、シャディクもまたいくつかの主要競技でトップを取るなど、グラスレーの宣伝に役立った。

 

 そんな一日が終わりを迎えようとする中、三日目に向けて動き出す者たちがいる。

 

 なにせ三日目、最終日は専用機も解禁された正真正銘の総力戦、学年選抜戦が開催されるのだ。

 

 各寮から集められたパイロットによるチーム戦。しかし、普段とは違う組み合わせでの模擬戦になるので、勝利を目指すなら作戦会議が必要。

 

 ということで選抜メンバーは集まって顔合わせと作戦を立てる時間が与えられる。ただ、あまりにも時間を与えすぎても、面白……いや、意外性がなく盛り上がりに欠けるという意見から、二日目の午後に一時間が作戦会議として割り当てられていた。

 

 限られた時間で作戦を効率的に立てるのも、パイロットの技能という考え方である。

 

 果たして誰が勝敗を決めるリーダー機になるか。あるいはどのようなコンビネーションで勝負を進めるか。わずか小一時間ばかりだが、寄せ集めメンバーによるチームワークが試される。

 

 そして、そんな会議を前にしてスレッタ・マーキュリーは……、

 

「は、はわわわわ……」

 

 子だぬきのようにドアの前で震えあがっていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

『地球寮を代表して、がんばってきますっ!』

 

 などと寮生やミオリネの前では張り切って発言していたスレッタ・マーキュリー。

 

 しかし彼女は忘れていた。

 

 自分はとても人見知りなのだということを。

 

 今回の選抜戦は決闘や学年ごとの成績を加味して、実行委員会がメンバーを選出する。中には選ばれなかったことに不満を持つ学生もでるが、その時は他の選出メンバーに対して決闘を仕掛けるので最終的には適切なメンバーになる仕組み。

 

 だが、そのメンバーは当然ながら学年上位の実力者。機体性能に劣るチュチュは選出外。他にスレッタが知っている仲と言えば、グエルやシャディク、そしてロマン先輩だが、彼らは三年生である。

 

 二年、一年合同チーム、二十名。

 

 その中にスレッタの知り合いは誰一人としていない。

 

 なのでスレッタは、部屋に入るのすら怖がっていた。

 

 入るときにどんな挨拶をすればいいか、どうやってチームの仲間入りをすればいいのか、そしてどんなお話をすれば受け入れてもらえるか。

 

 わからないことが怖い。

 

(……ミオリネさんや、先輩とはこういうことなかったのに)

 

 スレッタはバクバクと高鳴り続ける心臓を押さえるように胸の上に手を置く。そして改めて思い出す。この学園に来た時のことを。

 

 あの時のミオリネは今と比べてもつっけんどんではあったが、スレッタがいくらどもっても不快な顔ひとつすることがなかった。ロマン先輩はといえば、スレッタを安心させるように高い背をかがめて目線を合わせ、緊張をほぐすように優しく話しかけてくれた。

 

 そうやって、最初の心配を自然と解消してもらっていたことに気づかされる。

 

 おかげで彼らが一緒にいれば、地球寮の子とも打ち解けられたし、学園で友達や居場所を作ることができた。

 

(けど、一人になるとまだ駄目だ……)

 

 ホルダーの立場にも、決闘での戦いにも慣れてきたけれども、まだまだ人を相手にするのはスレッタにとって大きな障壁だった。

 

「逃げたら一つ、進めば二つ……」

 

 勇気が出るように、母親の言葉をつぶやき。だけれど、その一歩がなかなか踏み出せない状態。そんな時に、

 

「あーっ!! スレッタちゃん、やっときた!!」

 

「ふぇっ!?」

 

 ドアがバンと開いて、女の子の元気な声が響いた。

 

 よく見ると、その少女はスレッタも何度か見た顔。というより、グエルとよく一緒にいて、寮案内ではお菓子をたくさんくれた子だった。

 

 たしか名前は……とスレッタは彼女の名前を思い出す。

 

「えっと、ふぇ、フェルシーさん、ですよね?」

 

「そっ! フェルシー・ロロ! ひっさしぶり! 元気してた?」

 

「は、はいっ! げげげ、元気ですっ!!」

 

「そりゃよかった♪ はやく入んなよ、みんな待ってたんだから! あっ、そういえばグエル先輩の午前中のアレ、見た?」

 

「…………あれって?」

 

「あー……、グエル先輩、また空回りかぁ」

 

 スレッタはなぜか残念そうな顔をしているフェルシーに手を引かれ、部屋の中に入る。するとそこには既に何人もの学生が待っていた。フェルシーが言うには、他のメンバーは全員勢ぞろいしているらしい。

 

 男女比は半々ほど。いや、すこし女子が多い。

 

 その中にはスレッタがパイロット科の座学の授業で見かけた、よく三人で一緒にいる女の子たちもいる。彼女たちは同学年だろう。そして他にも、スレッタには気になることがある。

 

(あれ? なんだか……)

 

 すこし幼い顔立ちの学生たち、おそらく一年生だろう、からスレッタへとキラキラした視線が向けられているのをスレッタは感じた。特に女生徒からである。

 

 それに戸惑うが、よくわからず思考が停止するスレッタ。そこへ、件の三人娘のうちから、髪を二つ結びにした子がいきおいよくスレッタへと向かってきた。

 

 明るい活発な笑顔が印象的な女の子だ。その子はいきなりスレッタの肩に手を回すと、

 

「よかったぁ♪ 水星ちゃんとうちゃーく♪ あ、ちょっとこっち向いてね? はい、いえーい♪」

 

「ふわぁっ!? な、なななな!?」

 

 そのまま顔を近づけてパシャリと写真を撮ってくる。当然ながらスレッタは戸惑うが、女の子はあまり気にしない様子だ。

 

 その写真を値踏みするように確認すると、女の子はスレッタへと言う。

 

「ありがと♪ これグループラインに流していいよね? キープ君たちがアンタとのツーショットとってきてほしいっていうからさ♪」

 

「え、えっと、えっと、その……」

 

 状況がよく読めないスレッタへと助け舟を出したのはフェルシーだった。

 

「ちょっとレネ! うちのスレッタちゃんに迷惑かけんなよっ!」

 

「はぁ? 別にジェターク寮の所属じゃないじゃん?」

 

「いつかはグエル先輩のお嫁さんになんだから、ジェタークも関係あんのよっ!」

 

「お、およめっ!?」

 

 もっとも、その言葉がまたしてもスレッタの理解に及ばないので、混乱には拍車がかかるばかりなのだが。

 

 なぜかスレッタを挟んでにらみ合いを始めたレネとフェルシー。

 

 とはいえ、目的を考えるといつまでもそんなことをしているわけにもいかない。

 

「はいはい、レネもフェルシーちゃんもちょっと落ち着こ? 水星ちゃん、困ってるからさ」

 

 パンパンと手を叩いてその場を収めたのは、またも三人娘の黒髪で人の好さそうな顔をした少女だった。その横ではぬいぐるみを抱えたアンニュイな表情の長髪の女の子が同意するようにうなづいている。

 

 とはいえ、スレッタにしてみれば見たことのある顔だけれども、一度も話をしたことがないことに変わりはない。だが、それを理解している少女達はスレッタに明るい調子で話しかけてきた。

 

「えっと、その……」

 

「あっ、自己紹介もしてなかったよね。私はグラスレー寮のメイジー・メイ。よろしくね? シャディクと仲良くしてるから、あなたのことも聞かされているんだ」

 

「しゃ、シャディクさんのお友達、ですか……!」

 

「うん♪ それでこの子が」

 

「えっと、イリーシャ・プラノ……です。よろしくね?」

 

「それで最後に、さっきいきなり写真撮っちゃったのが」

 

「レネ・コスタよ。二人と同じ、グラスレー寮♪」

 

「よ、よろしく、おねがっ……おねがいしますっ!」

 

「あっ、そんなに頭下げなくていいから! ほら、私たちは同級生だし、こっちの子たちは一年生だからさ!」

 

 メイジーに促され、スレッタはそろそろと頭を上げる。

 

 どうやらこの中ではメイジーが全体のまとめ役をしてくれているようだ。中にはパイロット科の男子学生もいるが、話を聞く限り、メイジーたちのほうが成績は上らしく、メイジーたちに流れは一任しているらしい。

 

 メイジーは朗らかに言う。

 

「でも、水星ちゃんが来てくれてよかったよ。時間ギリギリになってたから、もしかして、水星ちゃん欠席になっちゃうかもって、心配してたんだ」

 

「そうなったら、私たち大変だったもんね……」

 

「うんうん! グエル先輩に、シャディク先輩に、氷の君でしょ? オールスターすぎて勝てるわけないって!」

 

「ふんっ、確かにシャディクには勝てないけど、ぜったいにサビーナだけはアタシが落としてやる」

 

 その話を聞きながら、スレッタは恐る恐る尋ねた。

 

「えっと……もしかして、わたし……きたいされて、ます?」

 

 すると四人ともが頷きながら、当たり前だと言ってきた。

 

「もちろん! だって、あのグエルにもロマンくんにも勝ったホルダーでしょ? とにかく水星ちゃんを作戦に入れないと、勝率はぐんと下がっちゃうって!」

 

 スレッタに期待を寄せるのは、メイジーだけじゃない。

 

 一年の女生徒たちもスレッタの周りに集まって、その手を握りながら言い出すのだ。

 

「スレッタ先輩! 一年のハンナですっ! スレッタ先輩と一緒にチームになれて光栄です!」

 

「私はアニーですっ! ジェターク寮ですけど、グエル先輩との決闘、しびれましたっ! 二人の仲、応援していますっ!」

 

「私もっ! スレッタ先輩のためなら、盾になってもいいですからっ!!」

 

「…………っ!」

 

 全員が全員、スレッタの活躍を見て、そしてそんなスレッタと一緒に戦えることを光栄だと思ってくれる後輩ばかり。

 

 やはり同じ女生徒からの熱量がすごいが、少し離れて様子を見ている男子生徒たちもスレッタへと憧れや期待を込めた眼差しを送っていた。

 

(こんなにたくさん、みんなが私のことを期待してくれてる……)

 

 スレッタは逆に、ドアを超えるのをためらっていた自分を恥じる。

 

 仲間たちは自分を待っていたのに、自分は勝手に心配して、勝手に不安がって、彼らに対してマイナスな心配をしてしまっていたのだから。

 

 でも、もう違う。

 

 スレッタはがぜん心強く感じてきた。このメンバーで戦って、もっと仲良くなりたいと、いや期待に応えて勝ちたいと。

 

 だから、

 

「あ、あのっ……、が、がんばって、優勝しましょうっ!!」

 

 スレッタは一生懸命に声を張り上げた。

 

 頼られた分、ちゃんとお返しするという意思表示を込めて。

 

「あはは♪ まあ、この戦いは優勝とか関係ないんだけど……でも、シャディクたちに一泡ふかせてやろっか♪」

 

「グエル先輩にも私の力、見せてあげるっ!」

 

「キープ君たちにもいい報告してあげたいしね」

 

「私も……足手まといにならないように、がんばるね」

 

 そうして一年二年チームのミーティングは、スレッタをちゃんと輪に加えながら、和気あいあいと進んでいった。

 

 

 

 

 一方の同時刻。

 

 別室で作戦会議をしている三年生チームといえば……、

 

「さて、まずはチーム戦のフラッグ機、つまりはリーダーを決めることが肝心だけど……」

 

「はいはいはいっ! 俺やりますっ! リーダー機っぽくヴィクトリオン赤くするから! なぜかって? めっちゃロマンっぽいじゃん!!」

 

「「「「「「「「「却下っ!!!!」」」」」」」」

 

「ちぇーっ、ケチー!!」

 

 立候補したバカを他の九人が全員で抑え込んでいた。

 

 流れでミーティングの議長をしていたシャディクが、バカへと冷静に言う。

 

「悪いけど、お前はリーダーになっても真っ先に突っ込んでいくだろ? 相手には水星ちゃんもいるし、ルール上でも、被弾しやすいお前をリーダーにするのはリスクだよ」

 

 至極真っ当な意見である。

 

「ひでぇ……! さ、サビーナもだめっ!?」

 

「……ダメに決まっているだろ。戦闘でお前をリーダーにするメリットはまるでない」

 

「同意だよ。バカは本当に遊撃や意表をつく方にしか使えない……」

 

「自分がやられた側だから、いやに説得力があるね、エラン……」

 

 と仲がいいとロマン男が思っている面々も取りつく島がない。人望があることと、戦略上での役割とは別なのだ。

 

 一方、壁際で腕を組みながら寄りかかっているグエルは、シャディクへと視線を向ける。そしてグエルにしては珍しいことを言い始めた。

 

「お前の理論なら、俺も今回はリーダー機をやるべきじゃないだろうな」

 

「……意外だね。グエルこそリーダーに立候補すると思ったんだけど」

 

 実際にシャディクも同意見だったが、それを説得するまでに少し手間取りそうだと、元々は予想していた。なのにあっさりとグエルが自ら引いたので、シャディクとしても意外だった。

 

 それに対してグエルは、ふんと鼻を鳴らしながら言う。

 

「俺はそこのバカほどバカじゃない。今回のチーム戦で俺がやるべきはフォワード。つまりは最前線で敵を蹴散らす攻撃の要だろ? ってことはやられたらアウトなリーダーは別の奴に任せた方がいい。……俺とそのバカとで後輩を潰して回ってやるさ」

 

「ぐ、グエルが、すごく大人になってる……!」

 

「真っ先にリーダーやりたがった十歳児には言われたくねえよっ!?」

 

 とにかく、グエルも妖怪も今回の戦いのリーダーには不適格。

 

 となると別のリーダーを立てなければいけないが、そこはグエルに腹案があった。

 

「……シャディク、お前に任せる」

 

「……いいのかい?」

 

「ああ、お前のやり方はいけ好かないところもある。だが、チーム戦や戦略に秀でているのはお前だ。あのふざけたレースでも助けられたしな」

 

「……ふふ、グエルにここまで認めてもらえるとは、光栄だね。他のみんなも、それでいいかい?」

 

 シャディクは面白がりながら、他の面々に尋ねる。

 

 三年生の代表チーム。

 

 それはつまり、互いに決闘をしたり、あるいは仮想敵として相手を分析してきた経験が、後輩たちよりも断然多い者同士。

 

 既にお互いの持ち味や得意分野を理解しているので、シャディクがリーダーに適任だという意見に反対する者はいなかった。

 

「異議なし。俺達も最後の選抜戦だ。後輩に負けて卒業なんて、できないからな!」

 

 男子たちはシャディクの実力を信頼して、

 

「私たちもシャディクならいつもの要領で戦えるし、大丈夫よ」

 

 数少ない女子陣も、グラスレー寮のエナオが言うように、全面的に任せるという判断。

 

 反対意見が上がるとすれば、真っ先に立候補したロマン男だったが、

 

「いいね♪ シャディクがリーダーっ! 優秀なリーダーを守る前衛っていうのもロマンだよなっ!」

 

 と『じゃあお前が立候補したのはなんだったんだ。絶対に立候補したいだけだったろ』と全員の内心でのツッコミを受けるようなことを言いつつ、シャディクを全面的に信頼する態度。

 

 あとはそのシャディクを中心に戦術を組み上げればいいのだが、彼らには一つ懸念があった。

 

「……敵の戦力を分析してみたが、ものになりそうなのはうちのレネ、イリーシャ、メイジー、それにグエルのところのフェルシーちゃんくらい。あとは一対一の状況下で俺達を押さえられる奴はいないだろう。問題は……エアリアルと水星ちゃんだ」

 

 シャディクは静かに言う。

 

 グラスレーで専門的な軍事教練も受けた三人娘や、グエルの愛弟子ともいえるフェルシーはともかく、やはり後輩は後輩。敵は数では圧倒的に上だが、それほどのハンデをつけなければ相手に勝ち目はないということでもある。

 

 しかし、ここにその前提をすべて壊す存在がいる。

 

「……相手のリーダー機は、エアリアルだ」

 

 グエルはそれしかないだろうと断定した。そしてそれに、エランも続く。

 

「同意だね。後輩たちも個々の技能で劣っていることは理解しているはずだ。だけど、あのエアリアルなら、グエルやそこのバカを倒した実績もあるし、ビットが攻防に優れていてルール上も有利。……僕なら迷うことなく、スレッタ・マーキュリーに賭けて、全機でサポートする体制をつくる」

 

「……確かになぁ。スレッタさん相手なら、敵の数的な有利がさらに広がる形にもなる。……もしかしなくても、けっこうヤバくね?」

 

「はぁ……言葉だけなら真剣なそれだが、どうしてお前はそんなに楽しそうな顔をしているんだ?」

 

「だってサビーナ、強い相手を友情で倒してこそのロマンだろ?」

 

「ふふ、ロマンはさておき、俺もそれには同意だな。……これだけのメンバーがそろって、エアリアル一機にやられるなんて、笑い話にもならない」

 

 とシャディクは前置きをして、そのエアリアルを倒すための作戦を全員で相談し始めた。

 

「俺達グラスレー寮はハインドリーで行く。もう少ししたら新型が納品されるはずだったが、あいにくと届かなくてね。だが、手慣れているし、バランスの取れた良い機体だ。リーダー機としてうまく立ち回ってみせるよ」

 

「俺はいつものディランザで行く。戦場はフロント外宙域だが、問題ない。真正面から突っ込んで度肝を抜いてやるさ。……ラウダも参加していたら、よかったんだがな」

 

「あー、親父さんからストップかかったんだっけ?」

 

「本人も選抜戦には乗り気じゃなかったからな、仕方ないさ。で、バカはいつものヴィクトリオンか?」

 

「ふっふっふ♪ いーや? ちょっと面白い装備で行く予定。あとでみんなに情報を共有しておくよ。どっちにせよ、グエルと一緒に前衛で暴れて見せるさ」

 

 そうしてそれぞれが機体と役割を決めていく。

 

 勝手知ったるライバル同士。シャディクがその情報をもとに作戦と役割を伝えていくだけでいい、

 

 だが一人、まだその役割が確定していない者がいた。

 

「エランはどうするんだい?」

 

 シャディクはエランに問いかける。去年までのエランなら役割も機体も確定していたのだが、シャディク自身が関わった出来事によりエランの立場は大きく変化していたからだ。

 

「お前はロングロンド寮に移籍したけれど、機体はザウォートで行くのか?」

 

「……ああ、それしかないだろうね」

 

 エランはシャディクに同意する。

 

 元は影武者とはいえ、今では市民ナンバーまでそっくりそのまま本物のエランの立場を奪った状態。ペイル寮に依頼してザウォートを融通してもらう手筈になっていた……はずなのだが。

 

「いや、エランはファラクトで行くぞ?」

 

 バカがそんなことを言い始め、エランは目を見開いた。

 

「は……? おいバカ、なにを言ってる? ファラクトは……」

 

 エランは急ぎバカの首根っこを締め上げながら小声で問い詰める。

 

 ファラクトを今世間にさらすのはまずい。

 

 まだミオリネとロマン男によるガンダム研究会社は立ち上がっていないし、それなのにさらにガンダムを使ったとなれば、会社が立ち上がる前にバカたちは査察対象。

 

 下手をすればエランの正体までばれて、せっかくのあの交渉が無駄になってしまうと。

 

 しかし妖怪は、なぜかとーっても明るい笑顔で言うのだ。

 

「大丈夫! うちの技術者がGUNDフォーマットは使えないように封印したし、代わりに情報処理AIでエランのサポートをするからさっ! それに……」

 

「……それに?」

 

 ワクワクドキドキと、びっくり箱を渡そうとする子供のような妖怪の表情に嫌な予感を覚えながら、エランは尋ねる。

 

 そして妖怪はにこやかにこう言った。

 

 

 

「だいじょーぶだって! 見た目じゃファラクトだってわかんないからっ!」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 その後、ロングロンド寮の格納庫前で、妖怪の頭を揺さぶりながら怒りの声を上げるエランの姿を見た者がいたとかいないとか。

 

 そうして体育祭は二日目を無事に終え、運命の三日目へと向かっていく。




次回と次々回は少しのんびりな幕間話で、その次から総力戦になります。

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26. 夜は短し恋せよ乙女

なにが出るかな、なにが出るかな?
それはサイコロ任せよ、ほい♪

「恋バナー♪」


 昼間はたくさんの熱気をまとっていた競技場は、今は眠りについたように静寂に包まれている。

 

 夜の0時を跨ごうという時刻なのだから、それは当然だ。

 

 様々なドラマと、汗と涙を生み出した二日目も無事に閉幕し、学生たちもMSではなく自分の体を動かしたことへの満足感と疲れを感じながら眠りにつく……わけはない。

 

「いぇーーーーっ!! おつかれ、ふぅーーーー!!」

 

「「「「いぇーっ!!!!」」」」

 

 なんて、どんちゃんどんちゃん、と学園の各所で響きわたる歓声と笑い声。

 

 社会に出て働き始めた大人たちは、もう思い出せなくなってしまうが、学生はエネルギーの塊だ。いくら体を動かしていようと、いくら疲れていようと、祭の間は眠れない。眠りたくない。それが学生というもの。

 

 特に二日目となれば、もう残るのは最終日のみ。一日くらいは寝ないで無茶してもいいだろと思ってしまう無鉄砲さもまた、青春だ。

 

 アスティカシア学園は眠らない。

 

 たくさんの子供たちの熱を抱えながら、夜も祭は続いていく。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「スレッタ、チュチュ! 入賞おめでとうっ!!」

 

「「「おめでとーっ!!!!」」」

 

 アスティカシア学園全体で夜通し祭が行われているとなれば、当然ながら地球寮でも同じような賑わいが続いている。

 

 マルタンの珍しい満面の笑顔と音頭とともに、クラッカーがかき鳴らされて、中心にいたスレッタとチュチュがテープまみれになる。チュチュなんて、ボリューミーな髪にテープが絡み合い、それだけで前衛的なオブジェのようだ。

 

 だが、そんな格好になっても二人は笑顔だった。

 

 なにせ涼しい顔をしたミオリネはともかくとして、他のメンバーも全員が楽しそうな笑顔を浮かべているのだから。

 

「へへっ、さっすがスレッタの姉御! あんだけいろんな競技に出て活躍するなんて、やっぱあーしが見込んだ女だよっ!」

 

「ちゅ、チュチュちゃんだって、えっと……力比べ、すごかったよ!」

 

「うんうん、ハンマー片手にぶっこわすわ、ぶっこわすわ……」

 

「マジゴリラ。俺、チュチュには絶対にケンカ売らねぇ……」

 

「いま、売ってんよなぁ!?」

 

 オジェロとヌーノの軽口に、チュチュはこめかみに青筋を浮かべながら、競技で使っていたデカい木槌を振りかぶる。当然ながら後輩の迫力に、男子二人が土下座で謝ることになった。

 

 とはいえ、地球寮生が活躍した。水星出身のスレッタだけでなく、一年生のチュチュまで。

 

 それは地球寮全体にとっても全員でお祝いすべきことであり、彼らの前には喜びを示すようにピザを中心としてドリンクやらお菓子やらがたくさん山積みされていた。

 

 特に寮長であるマルタンの喜びようと言ったら相当なもの。涙すら浮かべながら、こう言うのだ。

 

「うぅっ……僕は、僕はうれしいっ……!! 先輩たちも頑張ってきたけど、これまで全然活躍できなかったし……!!」

 

「うん。運動が得意な先輩、少なかったからね……」

 

「MS競技でも、メカニックとしては私たちは働けるけど、パイロット科がいないとどうしようもなかったからね」

 

 マルタンの気持ちも分かると、ティルとアリヤがその肩を叩きながらねぎらう。

 

 体育祭で活躍するというのは、地球寮にとって小さな、だけれど大切な悲願だった。

 

 とある男の方針のおかげで、活躍できなかったとしてもバッシングされることはないし、それで不利益を被ることもなかったが、やはり『アーシアンはダメだな』みたいな目で見てくる学生はまだいるにはいる。

 

 かといって地球寮が活躍できるように、実行委員会から下駄をはかせるというのは不公平になってしまうし、地球寮への反感が逆に広がってしまうことになる。

 

 ロマン男としても、地球寮には自分たちの力で頑張ってもらい、周りを見返してもらいたいと思っていたに違いない。

 

 だから、

 

「これで、少しは期待に応えられたかな……」

 

 アリヤは静かに、今もどこかを走り回っているだろう少年の顔を思い浮かべながら、ほっとしたようにつぶやいた。

 

 もしかしなくとも、この結果を一番喜んでくれたのは、自分たちを差別しないで仲間にしてくれた彼だと思うから。

 

 入学して三年目にして、ようやくアスティカシア学園の一員として胸を張れるのだから。

 

 特に三年はしんみりと、今までの大変なことも多かった日々を思い出す。だけれど、そんな雰囲気を壊す勢いでチュチュは立ち上がり言うのだ。

 

「なーに言ってんだよ! まだ体育祭は終わってねえ! 明日は寮対抗のMSリレーもあんじゃねえかっ! そこでも絶対に活躍して、スペーシアンの連中に一泡吹かせてやんだよっ! な、姉御!!」

 

「わ、私もがんばりますっ……!」

 

「って言っても、MSは三体必要なんでしょ? デミトレ借りれるとは言え、もう一人のパイロットはどうすんのよ?」

 

「うっせーな、この冷血リアリストっ! そこはオジェロが頑張るんだよっ!!」

 

「うぅ……賭けに負けちまったばっかりに」

 

「罰ゲーム扱いじゃない……」

 

 ミオリネは頭を抱えるオジェロを見ながら、呆れたように言う。

 

 チュチュやスレッタには悪いが、競技に参加できるとは言っても、一着は難しいというのが、ミオリネの冷静な判断だ。

 

 寮対抗リレーでは装備の換装の手際の良さやコース取りの戦略など、メカニック科と経営戦略科の学生にも高い能力が求められるので、その点でも人材の層が薄い地球寮は厳しい戦いになる。

 

 相手はチーム戦に秀でたグラスレー寮に、グエルだけでなくラウダという優秀なパイロットがいるジェターク寮、さらにどうせ違法薬物パワーだかなんだかでとんでもないことをしてくるペイル寮と強敵ぞろい。そうそう一位を奪える相手ではない。

 

 とはいえ、悲観することもないとミオリネは考えていた。

 

(ま、エアリアルがいるからビリは免れるでしょうけど……それだけでも立派な結果よね)

 

 少なくともこの祭をきっかけに、地球寮だからと甘く見る学生は少なくなるだろう。そうして、地球寮の地位が上がれば、その先の構想についても選択肢が広がる。

 

(下手に御三家の力を借りなくて済むから、この子たちを味方にするのが安全なのよね。農園で教えられるところは教えたし。……きな臭いところに関わらせるのは気が引けるけど、いざとなったらあのバカを生贄にしましょ)

 

 そのどこかのバカが聞いたら『鬼悪魔! ミオリネ!!』とか叫びそうなことを考えながら、ミオリネはピザをほおばる。やっぱり母の味は今日もおいしかった。

 

 その後も男子たちが酒に酔ったように踊り始めたり、チュチュとスレッタが対抗して下手なダンスで盛り上げたりと、夜が更けても宴は続く。ミオリネにとってもこうした騒がしい場所は得意ではないが、バカが変なことをしてこないという点でも、地球寮でのパーティーは気易かった。

 

 そして、だんだんと夜も更けてくると、普段は話せないような話題も上り始めるもの。

 

「アリヤ先輩は、ロマン先輩のどんなところが好きなんですか?」

 

「……っ! ごほっ、ごほっ!!」

 

 唐突に、本当に唐突に、地球寮の一年生で恋愛ごとに興味津々なリリッケがアリヤに尋ねたのだ。その質問を予想していなかったアリヤは思わずせき込み、慌てた様子でリリッケに聞き返す。

 

「な、な、なにを言ってるんだリリッケ! 私とあいつが……」

 

「えーっ? でも好きなんでしょう?」

 

「そ、そんなことは一言も……!!」

 

「言ってねーけど、顔に出てるよな」

 

「うんうん」

 

「オジェロ、ヌーノっ! 君たちまでそんなことを!?」

 

「……本音を言えば、そろそろじれったいからはっきりさせてほしい」

 

「ティル!?」

 

 信じられる味方だと思っていたティルまで冷静にぶちまけ始めたので、状況はもうアリヤに不利だった。マルタンも言わないが察している風でもあるし、チュチュは『興味ねー』という態度だが、聞き耳だけはしっかり立てている。

 

 唯一、まったく気づいていなかったのはスレッタくらいだろう。

 

「こっ……!!」

 

 と謎の一言を発したまま、顔をこわばらせてアリヤを見ている。しかし両手ではしっかりとハートマークを作っており、『恋バナですかっ!?』と言いたげな様子。

 

 友達と恋バナをするなんて水星にいたころからあこがれていたシチュエーションであるから、スレッタの興奮がキャパシティオーバーになってしまったのだろう。

 

 と、そんな状況を生み出してしまったリリッケだが、気にしない様子でアリヤに畳みかける。

 

「ほら、もうみんなにばれていますし、せっかくだからお話ししましょうよ♪ 先輩のどんなところが好きなんですか? 告白するつもりなんですか? デートとか、プレゼントとかもらったことあります?」

 

「すっげー勢いだな、リリッケ」

 

「俺達でそういう話が出るの、アリヤくらいだもんな……。聞きたくてしかたなかったんだろ」

 

 男子がドン引くほどのキラキラオーラで迫られるアリヤ。アリヤも何とかごまかそうと頭を巡らせるが、もう言い訳は効きそうにないし、そもそも自分で自覚して久しいから何を言っても嘘になってしまう。

 

 それにアリヤもまた、祭の中で秘密をぽろっと言ってしまいそうなテンションにはなっていた。

 

 アリヤは赤くなった頬を押さえながら、小声で言う。

 

「……ぷ、プレゼントなら、誕生日プレゼントをもらったことがある」

 

「きゃっー♪ さすがロマン先輩、ポイント高いですねっ! それでそれで? なにをもらったんですか?」

 

「こ、このペンダント……」

 

「わぁ♪ いつもつけてるやつじゃないですかぁ! アリヤ先輩、すごいアピールしてるじゃないですかぁ♪」

 

「べ、別にアピールとかじゃなくて……!」

 

「アスムが来るときは、いつもアイツから見える位置につけてるよ」

 

「だから、ティルはばらさないでっ!!」

 

 とうとう大声を出して顔を真っ赤にしてしまうアリヤを見て、さすがに恋愛に疎いスレッタやチュチュも『ベタ惚れだ……』とわかってしまった。

 

 けれど、とチュチュはソファに寝そべりながら言う。

 

「他人の恋だかにとやかく言うつもりはねーけど、あのロマンパイセン、そんなにいいか?」

 

 チュチュからすればアリヤが彼へと懸想する理由がよくわからない。

 

 確かに自分たちを気にかけてくれる先輩だが、それと同じくらいにはトラブルを持ち込んでくる厄介者でもあるし、恋愛対象にはならないと思ってしまうのだ。

 

 それは二年の男子二人も同じようで、指折り数えながらロマン男の特徴を上げていく。果たしてどこを好きになるのか、と。

 

「えーっと、あの人って男子としてみたら……」

 

「顔は……わりとイケメンだよな。童顔だけど、あのシャディクとかと並んでも違和感ねえし」

 

「タッパもあるよなぁー、あんまり気にしたことないけど、近くに来るとでけーぞあの人」

 

「運動も、今日もいろんなところで爆走してたし、できる方で」

 

「MSの操縦もグエルとため張れるくらいにつえー」

 

「「…………」」

 

 言いながらオジェロとヌーノは顔をしかめながら言い淀み始める。

 

 なんだか特徴を上げていくうちに、自分たちの知っているロマン男との乖離が激しくなってきたからだ。事実なのに、その特徴で生み出されるのが超絶高スペックのイケメン野郎で、バカ呼ばわりされる男とは結び付かない。

 

「……あ、頭のほうは」

 

「あの人、三年の経営戦略科で二位だぞ」

 

「……か、金」

 

「社長やってるやつに、なに言ってんだ」

 

「しょ、将来性……!」

 

「……三年で体育祭を大成功させてんだから、これからもっと伸びんだろ」

 

「それ、あの人と同一人物か……?」

 

「いや、ちげーよなぁ」

 

 そこまで言って、男子二人は苦い顔をしながら、いつも高笑いを浮かべている男の姿を思い浮かべる。

 

((あの人が完璧超人……?))

 

 そんなわけないし、どっかに欠点があるはずだと必死に考えて、

 

「でもロマン狂いってとこでスリーアウトだろ」

 

「「それだぁあああああ!!」」

 

 チュチュの言葉に全力で二人は同意した。

 

 確かに客観的には大会社の社長で成績もいいイケメン野郎(=男子が嫌いなタイプ)だが、普段の行動すべてが胡散臭いロマンに汚染されているのだから、その利点のすべてが消え去っていく。むしろ黙っていればイケメン野郎(=男子が本当に嫌いなタイプ)なのに、そんなことをしている時点で危険人物だ。

 

 だから恋愛対象にはならないというけれど、恋愛に詳しいリリッケはと言えば、

 

「もー、わかってないですねー。そういう人だから、いいんじゃないですか! ねー、アリヤ先輩?」

 

「…………うん」

 

「「「……あ、そっすか」」」

 

 チュチュと男子二人は、その言葉に理解をあきらめた。

 

 とかく恋愛とは奥が深いものらしい。

 

 一方で、そんな話を聞いていたスレッタはと言えば、チュチュたちと違って異なる価値観だからこそ興味を引かれたようだ。わずかに頬を染めながらアリヤへと席を近づけて尋ねる。

 

「そ、それで……! い、いつから好きになったんですかっ!!」

 

「い、いつから!?」

 

「は、はいっ……! べんきょーのためにっ!!」

 

「うぅ……そ、それは難しい話だね……。その、いつから、ということはないんだが……」

 

 かつてスレッタに語ったように、学園に入ったばかりの頃は地球出身だという理由でいじめられていたアリヤ。そんな彼女を助けようと、すっ飛んできた変人というのが出会い。

 

 だが、

 

「最初は……やっぱり、よくわからない人だったよ」

 

 アリヤにとってもそれはそうだ。ロマンだなんだと口にしては上級生にケンカ売るし、社長してるくせにわざわざ学生になっているし、経営戦略科のくせに専用機をもって決闘も楽しんでいるし、とまさに奇人や変人の類だった。

 

「でも……、あいつはバカみたいにやさしかったから……。何度、私たちが疑っても、不思議に思っても、いつだって友達だって言って、助けてくれたから……」

 

 だから、いつの間にか……。

 

「…………わぁ」

 

 スレッタは思わず、呟くように言うアリヤの顔に見とれてしまう。

 

 元からきれいな先輩だとは思っていたけれど、思い出を振り返りながらはにかむように言うアリヤの横顔は、いつもの何倍にも美しく見えたから。

 

 昔に水星で読んだ本に書かれていた『恋は女性を美しくする』という言葉。まだ幼いスレッタには分からなかったその意味が、初めて理解できたような気がした。

 

(私も、そういう人と……)

 

 と思えてしまうくらいに。

 

 だが、リリッケを除く他の一、二年はと言えば、

 

「いきなり胃もたれしてきた……」

 

「あーしも、はらいっぱいだぁ……」

 

「……なんか、薄汚れててすんません」

 

 なにやら勝手にダメージを食らってノックアウトの様子だ。

 

 興味半分で突っついたら、思った以上にガチなものが出てきて、体が拒否反応を示したようである。

 

 そんな後輩をさておき、いまだにぽわぽわして頬を染めているアリヤに、彼女をよく知るティルは言う。

 

「それで……告白するの?」

 

「こ、こくはくっ!?」

 

 アリヤは飛び跳ねるが、ティルは至極真面目だ。

 

「だって、俺たちは三年生だ。もうすぐこの学園からいなくなる。……そうしたら地球と宇宙で、しかも相手はロングロンド社の社長だ。俺たちにとっては雲の上の存在になるよ」

 

 もっとも、その程度であの男が友情を捨てるとは欠片も思っていないが、とティルは内心で友人を信じながら、だけれども応援している同級生に発破をかけることにする。

 

「……後悔してからだと、遅いよ?」

 

「……そ、そうかもしれないけど」

 

「アリヤ先輩なら大丈夫ですよっ! 私たちから見ても、とってもきれいですし!」

 

「マジ下世話だけど、アリヤとロマン先輩がくっついたら超玉の輿だよな……ロングロンドって資産どのくらいだ?」

 

「……オジェロ、さすがにそれは下世話過ぎんだろ」

 

「でも、アーシアンとスペーシアンが結婚したら、地球への風当たりもけっこう楽になるかもしれないなぁ……。僕たちの就職にも希望が見えてきたり……」

 

「だから人の告白を大事にしないで……!?」

 

 はぁ、とアリヤは額を手で押さえて考える。

 

 マルタンや後輩の話はともかく、ティルの言葉は確かに正しい。

 

 まだ先ではあるが、そうはいっても卒業まで一年もない。卒業すれば、当然彼との距離はとてつもなく離れてしまう。そのことに対して今更ながら焦燥感が生まれ始めたのだ。

 

 彼があの笑顔を向けてくれない、それは想像したくないほどに怖いこと。

 

 だけれど一方で、

 

「……そんなことして、嫌われないだろうか?」

 

 告白するという行為へ、恐れがあった。嫌われずとも、代名詞のごとくロマンを追いかけている彼にとって迷惑になるのではないかと思ってしまうのだ。

 

 それを聞いた後輩たちは、アリヤの不安を一蹴する。

 

 彼女達からすれば、告白したからといって、ロマン男の態度が変わるほうがありえないと。

 

「そんなことないと思いますよぉ!」

 

「そ、そうですっ! 先輩は、人を嫌いになったり、しませんっ!」

 

「まー、アーシアンのあーしらにあんな風にかかわってくれんだから、だいじょーぶじゃねえの?」

 

「でも……」

 

 となおも反論しようとして、アリヤは気がついた。チュチュの言った、『アーシアンに関わってくれた』という言葉から気づかされた。

 

(……そうか、私は何も知らないから怖いんだ)

 

 被差別民であるアーシアンへと何のためらいもなく救いの手を差し伸べてくれた少年。彼自身もそれで攻撃されたことは山ほどあるし、そんな中でもアリヤの前では明るい笑顔を絶やさずに接してくれた。

 

 彼はその理由をロマンだからだと言っているが、彼がそうまでロマンを追い求める訳をアリヤはまだ知らない。

 

 だから、臆病になってしまう。

 

 彼には本当に大事にしている物がある。だけれどそれを自分は知らないから、自分からこの関係を崩してしまうことで、その邪魔になる可能性が捨てきれない。

 

 そうして彼と離れてしまうことが辛い。

 

「……なんで、アスムはアーシアンを助けてくれたんだろう」

 

 アリヤは答えを自問するように問いかける。

 

 それを聞いた周りの者は、

 

「それはロマン……って、そもそもロマンがなんだかよくわからないか」

 

「そうだね……アイツはあれで自分のことをしゃべらないし。好きなアニメや特撮の話はしてくれるけど」

 

 三年生でもそんな調子で、後輩に至ってはロマン男が暴れまわった姿を見ていないので、よりピンとくるものはない。めいめい好きなことを言い始め、

 

「……改めて考えても、俺らの待遇を良くしても、ロマン先輩に得はねえよな」

 

「そーいう人だって、いるんじゃね?」

 

「あーしたちの能力を評価してくれてたとか、じゃね?」

 

「あっ! もしかしてアリヤ先輩のことが最初から好きだったんじゃないですか! それなら……」

 

 

 

「そうじゃないわよ」

 

 

 

 ミオリネの鋭い声が、喧騒を止めた。

 

「……ミオリネ? もしかして、君は知っているのか?」

 

 アリヤもはたと思い出す。この後輩の少女こそが、アスム・ロンドの幼馴染と呼ばれる関係であり、もっとも彼に近しい人間だったことを。

 

 そんなミオリネが、この話の間に一度たりとも口を挟んだりしなかった彼女が、いきなり話を遮るように割って入った。

 

 だからこそ、アリヤは尋ねた。

 

 彼が自分たちを助けてくれた理由を知っているのか、と。

 

 そしてミオリネの答えは。

 

「ええ、知ってるわよ……。だけど、教えるつもりはないわ」

 

 その言葉は固く、どこか重い響きがあった。

 

 アリヤはそれを、不思議な声色に感じた。

 

 幼馴染の過去を詮索したことへの怒りではないし、下世話な話を繰り返した嘲りでもない、まして異性に対する嫉妬でもない。

 

 ただただ事実として、自らが秘密を知っていることと、教えることへの拒絶をミオリネは示した。

 

 ミオリネはアリヤを見つめながら言う。

 

「……別に、アイツの恋バナになんて興味はないわ。そして、あなたが誰を好きになろうとも、私とは趣味が違うのね、とかそういう話だもの。自由にしたらいい。だけど……」

 

 言葉は静かに、だけれども重く。

 

「ただ助けられた友人でいられないっていうなら……覚悟はした方がいいわよ?」

 

「…………覚悟?」

 

「ええ。理由は教えないけど、ね」

 

 話は終わり、と言ってミオリネは立ち上がる。そして『今日はもう遅いから寝るわ』と言ってすたすたと立ち去ってしまった。

 

 後に残されるのは突然のミオリネの言葉に戸惑うばかりの地球寮生。

 

「……なんか、めっちゃ意味深なことだけ言って、帰っていきやがった」

 

「あれ、正妻の余裕とかそういうんじゃないよな?」

 

「ミオリネとアスムはそういう関係じゃないし……」

 

「……でも、きっとミオリネなりのアドバイスだと思う」

 

 ティルはそう言って、まだ呆然としているアリヤへと言う。

 

「……大丈夫?」

 

「あ、ああ……大丈夫。すこし、考え事をしていただけだから……」

 

 アリヤは考える。

 

 占いを趣味としている者としてか、あのミオリネの言葉は忠告や何かを暗示しているように感じたからだ。きっと、アリヤたちの望まない答えが待っているかもしれないという警告の意味。

 

 だけれどそれを口に出したミオリネの真意は、別のところにあるようにも感じた。

 

 的外れなことばかりを言っているというのなら、ヒントのようなことを言う必要もないのだから。ただ黙って聞いて、帰ればいいだけ。

 

(なのにミオリネは、私たちに教えてくれた……)

 

 まだ答えは出ない。

 

 だけれど、もしかして、ミオリネは私たちにも知ってほしいと思っているんじゃないか、と。

 

 それがミオリネの意志なら……

 

 アリヤの心の中にはぼんやりと意思が生まれていた。

 

 残り少ない学園生活。そして、確かにくすぶっている恋心。それを何かを"知らない"という事実だけで蓋をしてしまうのならば、きっとロマンを愛する彼に、これ以上近づくことはできない。そんな資格はない。

 

 だからまず、彼にもっと近づく一歩として。

 

(私も、知りたい……)

 

 アリヤは静かに、そう決意した。




やっぱり青春と恋は不可分ですよね!

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27. MS博覧会

すみません、少し仕事に追われて遅れてしまいました。

やっぱり二日にいっぺんくらいの投稿ペースが安定しそうですので、今週からそうしていきたいと思います。


『モビルスーツとはなんであろうか』

 

 その存在が当たり前となったアド・ステラの時代に、そんな問いをすれば、答えは千差万別のものが返ってくるだろう。

 

 ある者は人型の機動兵器であると言う。

 

 またある者は精密技術の粋だと言う。

 

 さらにある者は悪魔の力だというかもしれない。

 

 そしてかつて、とある研究者はとあるモビルスーツを『人類がゆりかごから抜け出すための服』だと称したし、とある学園のとある少年はロマンの塊だと叫ぶだろう。

 

 それは兵器にして兵器にあらず、機械にして機械にあらず。

 

 だからこそ、モビルスーツに人は惹かれるのかもしれない。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 体育祭三日目。

 

 三日目にわたって繰り広げられた青春の祭典の最終日であり、最も華やかで最もエネルギッシュな光景がみられる日でもある。

 

 その理由は、この開会式の光景を見るだけでわかるだろう。

 

 見事に修復された広大な競技場の真ん中に並ぶ、形や色も様々なモビルスーツたち。

 

 ジェタークのディランザ、ペイルのザウォート、グラスレーのハインドリーといった最新鋭機から、デミトレーナーにベネリットグループに所属する企業が開発したあらゆるモビルスーツが勢ぞろい。

 

 中にはどこかのロマン男に感化された学生が『古きモノこそロマン!』と言って、20年以上前のハイングラをレストアして持ってきたりもしている。

 

 そしてもちろん、ロマン男の目立ちまくって仕方ない自作スーパーロボットも並んでいる。

 

 だが、何よりも観客の目を引くものはそれらではない。何よりも観客が待ち望んでいた、一目見たいと思いながらやってきた目当ての機体がある。

 

 ……そう、エアリアルだ。

 

「ママ―、見て見てっ! ほんもののエアリアルだよーっ!」

 

「あれが水星から来たモビルスーツか……」

 

「はぁはぁ……! エアリアルきゅん、はぁはぁ……! ほわぁっ!?」

 

「「エアリアルくん(ちゃん)によからぬこと考えているんじゃねぇえええ!!」」

 

 一部の不埒者な学生は影の『エアリアル保護同盟』によって川に投げ込まれ、凶暴なピラニアの餌食になったりしているが、平和で一般的な観客は話題に事欠かないどこか可愛らしいモビルスーツに夢中。

 

 なにせグエルを全世界的アイドルにしたあの決闘で、エアリアルの姿も世界へ向けて示された。

 

 ヒロイックで目立つトリコロールカラー。見る者によって少年にも少女にも見える柔らかく温かみのある外見。そして、ダリルバルデを真正面から打ち破ってみせたMSとしての力。

 

 この宇宙において、エアリアルほど注目を浴びているMSはない。

 

 屋台でもエアリアルの風船や1/100スケールの精巧なプラモデル(ロングロンド社が旧時代から復興した文化の一つである)が販売され、転売目的の賊を排除しながら、求める人々全員に小さなエアリアルが届けられている。

 

 そんなエアリアルをはじめ、かっこいいモビルスーツが集結しているのだから、盛り上がらないはずがない。

 

 体育祭三日目。誰が呼んだかモビルスーツ博覧会。

 

 企業の威信や学生のプライド、そして友情努力勝利ももちろん詰め込まれた、祭のラストを彩る華やかな一日である。

 

 そんな一日を盛り上げるのだから、競技も生半可なものではない。

 

 開会式が終わって小一時間ほど、既に各所で熱気が渦巻いている。

 

「もってけ、ダブルだ!!」

 

「ちょっせいっ!!」

 

「やったぜ狂い咲きぃ……!!」

 

 ガトリングやらミサイルポッドやら誘導弾やらを装備した射撃カスタムされたモビルスーツたちがアスティカシアの空に汚くはないけれど綺麗じゃない花火を咲かせたり、

 

「真っ向唐竹割り!!」

 

「ここからが俺のステージだぁああああ!!」

 

「ウェーイ!!」

 

 かと思えば「武器なんて捨ててかかってこい」と言われた後のように、遠距離武器をわざわざ本当に投げ捨ててから実体剣でどつき合ったり、

 

「光になれぇええええええ!!」

 

「月は出ているか……!」

 

「ディランザフィンガあああああ!!!!」

 

「はいだらぁああああああ」

 

 校内でやるんじゃねえと文句が出るほどの高出力の攻撃を放つ、武器の威力コンテストをしたり。

 

 そんなMSのカッコよさや魅力が表現できるように……いや、半ば実行委員会たちの趣味ではあるが、計算された競技が開催されていく。

 

 企業側としても初日にブリオン社に出番を取られた分を取り返そうと、なるべく目立つように学生たちをサポートしていくのだから、もう際限がない。

 

 もちろん最初の頃は、本当の意味での『学生の遊び』に付き合うことはないとジェターク社などはあからさまにやる気を見せていなかった。わざわざ最新鋭機を衆目にさらす必要はないと。

 

 しかし、ひとたび世界に映像が流されて、そこで活躍した御三家外のMSに受注が集中すると、もうプライドは投げ捨てるしかない。ジェターク社、いやヴィム・ジェタークCEOも苦虫を嚙み潰したような顔でディランザなどの投入を決定した。

 

 今ではなるべく企業イメージを壊さないよう正攻法で、だけれど抱えた職人達がMSの晴れ舞台だとやる気を出してとんでもないことをしてしまうという想定外に苦しめられたりしながらも、体育祭を許している。

 

 結局、どんなに時が進んだところで新人類になったわけでもない。かっこよく活躍したロボットへ人は好意を持つし、人々から人気のある装備を行政も組織も買いたがるものなのだから。

 

 とにもかくにも、そうして企業が総力を挙げて取り組む三日目。

 

 そのハイライトとなる種目が始まっていた。

 

「ひぃ……! ひぃ……! な、なんで俺がこんな目にぃ……!!」

 

 砂塵が巻き起こる砂漠地帯の中をひた走る一体のデミトレーナー。

 

 それに乗り込み、悲鳴をあげているのは地球寮の二年生、オジェロだ。

 

 彼が挑んでいるのは、三日目の中でも最も過酷で最も盛り上がると言われる『寮対抗リレー』。各寮から3体のモビルスーツで挑む、寮の実力を真っ向勝負させる種目である。

 

 その第一ステージは砂漠地帯。

 

 当然ながら精密機械であるMSに細かい砂塵は天敵であるし、重量の大きい機動兵器に流動する砂漠は動かしにくい場所。少しの油断が転倒から行動不能につながる。

 

 ちなみにこのレースは行動不能になった時点で次の走者を待たずしてリタイアとなり、順位も記録されない。あくまで完走した寮だけが評価される。

 

 そんなレースに賭けで負けたペナルティとして参加しているオジェロだが……

 

「もう勘弁してくれぇええ!!」

 

 悲鳴がさらにデカくなる。

 

 なぜならオジェロのデミトレーナーは走るというより、飛ばされていた。

 

 デミトレの身長くらいはある巨大なプロペラントタンクと、そこに直結したこれまた巨大なジェット推進器。

 

 それは『カットビング』などと銘打ってロングロンド社が受注生産する超高速推進器。

 

 使ったユーザーの誰が呼んだか『地獄への片道切符』。

 

 直線では無類の速さを誇る代わりに、操縦性の全てを投げ捨てた装備なのだから。

 

『ぜってえに、なんとしても活躍するぞっ!!』

 

 チュチュを筆頭にやる気を見せている地球寮が、パイロット科でもないオジェロというハンデをなるべく軽減するために選んだのがこの方法。複雑な操縦やらなにやらは必要なく、ただミサイルを背負って吹っ飛べばいいと。

 

 ただ、

 

「ぶ、ぶつかるぅううう!!」

 

 オジェロは命の危険に涙しながら、間一髪で障害物の岩を回避していく。そのたびに大きくコースをそれるが、何とかコースへ戻るということを繰り返していく。

 

 明らかに操縦技術に見合っていない装備なので、一事が万事そんな調子。

 

 なのでオジェロの順位はビリではないものの、後方になっている。

 

 その一方で先頭では

 

『アクセルシンクロォオオオオオオ!!!!』

 

『光が、俺にも光が見える……!!』

 

『これが諦めないってことだあああああ!!』

 

『ギア弄ったっけ、ロー入っちゃって、もうウィリーさ』

 

 謎の光のわっかを生み出して走るバイク型装備に乗ったハインドリーや、なぜかウマみたいなしっぽをつけたロングロンドのMSやら、ダルマを乗せてウィリー走行をしているディランザらしきものがトップ争いをしている。

 

 その中でもトップに立っているのは、

 

『さあ諸君、俺がゴールするのを止められるかな?』

 

『ドーピングパーメットエンジンだ』

 

 何やらコクピットで血管を浮かび上がらせたペイル寮の三年生とその愛機の緑色のザウォートだ。彼は後日、

 

『ドーピングパーメットって、それつまりGUND-ARMじゃね?』

 

 と、査察に入られて『人体にはよくない影響がありそうだけどガンダムじゃない』判定を受けて事なきを得るのだが、それはまた別の話。

 

 とにかく観客をいろんな形で楽しませながら第一走者は砂漠を走り切り、オジェロもまた、

 

「ひぃ……ひぃ……、な、なんとかはしりきったぞ……」

 

「おっしゃ! あとはあーしに任せろっ!」

 

 殺人的加速の圧とプレッシャーにボロボロになりながら、第二走者のチュチュへとバトンタッチする。その傍らでは他の地球寮メンバーが装備の点検をしたり、コースの戦略を決めるなどサポート中。

 

 実はこのレース、大まかな各コースの概要は伝えられているが、当日になるまで具体的なコース情報やコースの状態は非公開になっている。

 

 この種目の目的は寮の総合力を評価するというものなので、メカニックや戦略も含めて、その場でどれだけ対応できるかも重要なのだ。

 

 なので、チュチュ機も直前まで装備の換装などの準備が行われており、

 

『うん、もう大丈夫。行っていいよ、チュチュ』

 

 メカニックとして最終点検を終えたティルの合図で、チュチュ機が出発する。

 

 チュチュはコクピットで好戦的な顔をしながら、にやりと口角を上げた。

 

 第二ステージは森林。

 

 さっきまでのように直線というわけではなく、曲がりくねっているうえに、触れるとペナルティで数秒足止めされてしまうダミーバルーンが山のように迫ってくるという障害物コースだ。

 

 しかし、オジェロを待つ間にスペーシアンたちに先を越されたフラストレーションをため込んだバーサーカーチュチュにとっては、良いストレス発散である。

 

「うらぁあああああ!! ゴートゥーヘルっ!! まとめてお陀仏だぁあああ!!」

 

 バルーンにはちょうどいいからともたされた打撃武器『クギ★バット』を片手に殴るは、ふっとばすは撃つわであらゆる障害を壊しながらの大爆走。

 

 外から来た観客たちはスペーシアンが多いので、最初はアーシアンチームということから地球寮を侮っていたが、そんなチュチュの絵になる奮闘っぷりを見てボルテージを高めていく。

 

 そしてアスティカシア学園生は『このバーサーカーにはケンカを売らない』と改めて桃色の狂犬への恐怖に震えた。

 

 そんな強引な方法で順位を上げていくチュチュだが、敵もさるもの。

 

 先頭グループで今度目立ったのは何故か腕を六本も生やしたロングロンド寮の数量限定量産型ヴィクトリオンであり、ロマン男の信奉者である二年生が乗っている。

 

 彼は、

 

「オラオラオラオラっ!!」

 

「ドララララララァ!!」

 

「WRYYYYYYY!!!!」

 

「無駄無駄無駄無駄、むだぁああああ!!」

 

 と増えた腕をつかって漫画みたいなパンチラッシュを披露、障害物などないかのように走っていく。コクピットの中での彼は、それはもう最高の笑顔であったという。

 

 御三家の機体もまた、方法は違えど同様に障害物を排除していった。

 

 この時点でチュチュの順位は先頭集団からは離されつつも中段の位置には届いていたが、先頭集団にはまだ距離がある。けれど、それは地球寮の作戦通り。

 

 なにせアンカーを任されているのは、エアリアルなのだから。

 

「姉御っ! 任せたぞっ!!」

 

『エアリアル、発進どーぞ』

 

「は、はい……! エアリアル、行きますっ……!!」

 

 ピットゾーンでバトンタッチしたエアリアルが飛翔する。

 

 最後に待つのはアクロバットゾーンとも呼ばれるコースで、進行方向に設置されたフープをくぐることがルールになっている。重力の状態はこれまで同様、地球地表上に設定されており、サブフライトシステムがない状態では精密なジャンプと飛行を繰り返すことが求められる。

 

(でも、エアリアルなら)

 

 エアリアルはエスカッシャンを構成するビットを各部にドッキングさせたビットオンフォーム。全身に推進器を装備した状態なので、こうした精密行動には向いていた。

 

 まるで空をひらひらと自由に舞う蝶のように、エアリアルは観客に優雅な姿を見せながらフープを潜り抜けていく。

 

 ライバルたちもフライトユニットを背中に装備したり、なぜか円盤状になって飛んでいたり、カニみたいなゲテモノまで飛んでいる始末だが、エアリアルにはかなわず順位を明け渡していった。

 

 そしてようやくゴールが見え始めたというところで、スレッタとエアリアルは先頭集団の後ろを捉え、

 

『待っていたぞ、水星女……!』

 

「うひゃぁあああ!?」

 

 先頭を行くディランザからばらまかれたチャフにスレッタは目を丸くした。

 

 チャフを巻いたのは緑色に塗装されてバックには高機動用のジェットパックを装備したディランザ。それを駆るのはグエルではない。

 

『今日ここでお前に勝ち、兄さんの目を覚ましてやるっ!』

 

「……こ、この声は」

 

 スレッタはチャフを回避しながら考える。聞こえてくるその声には覚えがあったからだ。

 

 確かグエルと話をしているとき、グエルをよく呼びに来ている男の人のもので……。

 

「あっ……!」

 

 スレッタはそこでようやく思い出す。

 

 声の主には目立った特徴があったと。そしてスレッタは大声で、彼のことを呼ぶのだ。

 

「グエルさんファンクラブ一号さん!!」

 

『0号だぁああああああ!!!!』

 

「ひぃっ! ごめんなさいっ!?」

 

 そして会長でもある。

 

 そう先頭を争うディランザに乗っているのは、グエルの弟であるラウダだった。

 

 グエルと彼のディランザは学年選抜戦に万全を期すためと、このレースを欠席。だが寮の威信をかけた戦いのアンカーは、グエルが最も信頼する者に任せたい。だからとグエルは、ラウダに託した。

 

『ラウダ……お前はジェタークの柱となれ』

 

 夕日の中で肩を叩かれながら言われた言葉。

 

 それは妖怪が見れば『青春だぁあああ!!』と叫ぶほどにドラマチックであったという。

 

 託されたラウダは当然ながら燃えている。

 

 コクピットをグエルグッズで埋め尽くしながら、魂を燃やしてレースをしていた。

 

『トップをとるのはジェタークだっ! 落ちろ、水星女ァ!!!!』

 

 いや、魂を燃やしたどころか、四方八方を敬愛するグエルの顔に囲まれて最高にハイになっていた。

 

 ゴールへの執念と半ば私怨の混じったのがこの妨害行為。とはいえ、このレースで妨害行為はルール違反ではない。

 

 形式上は模擬演習なので、相手の邪魔をしようが何しようがあり。それが目立たないのはそんなことをして足の引っ張り合いをしていたら御三家たちにさっさとゴールをされてしまうからという事情に他ならない。

 

 だが、エアリアルの猛追の前に、その先頭集団が肝を冷やしてしまった。

 

 目の前に見えたゴール。そこに自分たちが入るまで、エアリアルを遅らせなければいけない、と。エアリアルの前方から雨あられと様々な妨害物が流れてくる。

 

 チャフから小型のミサイル、それになぜかキノコの甲羅やバナナの皮みたいなスタン装置まで。

 

(だめっ、このままじゃ……!)

 

 スレッタはエアリアルのコクピットで歯噛みする。

 

 ただでさえフープをくぐっていかなければいけないというのに、前から飛んでくる飛来物まで意識しなければいけない。かといってビットオンフォームを解除してビットを防御に回すとしたら、今、追い上げられている勢いを失ってしまう。

 

「こ、こんなときどうすれば……!」

 

 スレッタは考える。

 

 お母さんなら、ミオリネなら、グエルなら、そしてロマン先輩ならどうするか、と。

 

 そしてふと、妖怪の声がスレッタの脳裏に思い浮かんだ。

 

『なに? みんなが前をゆずってくれない?』

 

『スレッタさん、それは無理矢理抜こうとするからだよ』

 

『逆に考えるんだ』

 

『「あげちゃってもいいさ」と考えるんだ』

 

 穏やかな顔をした先輩の大きな顔が青空の中に浮かんでいた。

 

 そして、

 

「わ、わかりました……!」

 

 スレッタは何故か答えを得た。そういう顔をした紳士という名の妖怪のアドバイスに間違いはないとなぜか思ったからだ。

 

 次にとったスレッタの行動。それはラウダを含めて先頭集団全員を驚愕させることになる。

 

「エアリアル、お願いっ!!」

 

『な、なにィっ!?』

 

 エアリアルが空中で止まったのだ。

 

 急に、ぴたりと。

 

 レースに勝つためには進まなければいけない。スレッタの行動はその真逆を行くもの。

 

 しかし、

 

『くっ! あいつの行動予想が狂った!!』

 

 ラウダは狼狽する。

 

 元々、ラウダたちがまき散らしていたチャフなどは、エアリアルの行動を予想して自動的に散布しているものが大半だ。自分たちもフープをくぐるという精密行動をしている中で、後ろにまで常時目を向けることはできない。

 

 ここまでうまくいっていたのもエアリアルが最大出力、最短ルートで追いかけていたから。つまり、エアリアルの位置は彼らにとってまるわかりだった。

 

 しかし、その動きが止まる。それはほんの一瞬だったが既に撒かれたチャフはエアリアルの横を通り抜けて、妨害物のない空白地帯が生まれた。

 

 その隙をエアリアルとスレッタは逃がさない。

 

「行こっ、エアリアル!」

 

 エアリアルのデュアルアイが、大切な家族の呼びかけに応えるように光る。

 

 そして全身のビットが火を噴き、エアリアルは加速した。

 

 それはラウダたちの想定よりも早く、とうとうエアリアルを先頭集団の端に到達させてしまう。

 

 ラウダは顔を歪ませ、叫ぶ。

 

 彼には兄をどう考えても愉快な道に誘い込んでいる水星女への恨み+嫉妬もあるが、それ以上にジェターク寮を背負う責任もあったからだ。

 

『くっ、負けられない……! お前にだけは負けられないっ……!』

 

「そ、それは私も同じですっ……!」

 

 スレッタもレース前に地球寮の仲間から託されている。

 

 しかし、それはラウダとは違う。だからこそ、あのような行動もとれた。

 

『一位を無理に目指さなくてもいい。だけれど、絶対にゴールをしよう』

 

 それがスレッタだけじゃなく、地球寮のメンバー全員の悲願。今まで一度もこの土俵に立てなかった彼らの、はじめの一歩。

 

 だからスレッタとラウダでは前提条件が違うのだ。スレッタにとっての負けとはリタイアであり、妨害に屈することだから。

 

 スレッタは叫ぶ。

 

「優勝は、あなたに譲りますっ! だけど、だけど……! "私たちの勝ち"は譲りませんっ!!」

 

『くっ……! そういうところが……!』

 

 そしてラウダのディランザがゴールをくぐる。

 

 一位、ジェターク寮。

 

 それは寮にとって大きな名誉であるはずなのに、ラウダはどこか負けた気持ちになって唇をかんだ。

 

 そして、

 

『おぉーっと! これはこれはまさかの結果っ!! 地球寮、四位に入ったーっ!! すごいぞエアリアルっ! いや、地球寮が頑張ったっ!!』

 

 スレッタ達の結果は四位。

 

 だけれどもその四位という順位に与えられた拍手と賞賛は、ジェタークへのそれを大きく超えていた。

 

 学園の全員が分かっている。いくらエアリアルがいたとしても、地獄を見たオジェロがいなければ追いつけないほどの差が開いていたし、バーサークチュチュが暴れなければ中央集団でスレッタにバトンを渡すことができなかった。

 

 なによりその装備や作戦を立てたのは地球寮の限られたメンバーの力。

 

 このレースは、寮の総合力を競うもの。

 

『確かに個々の力は弱かったが、地球寮の作戦と絆は御三家にも負けなかった』

 

 それが閉会式にてロマン男が地球寮へ向けた、そして学園全員が抱いた彼らの奮闘へのねぎらいだった。




次回からオールスター戦!

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28. 舞い降りる翼

「オジェロ、そこ遅れてんぞー。もっときびきびやらねーと時間きちまうって」

 

「お、おれ、さっきまでとんでもねー目に遭ってたんだけど……?」

 

「そりゃお前の自業自得だろ……」

 

 地球寮の格納庫にて、エアリアルのメンテナンスが急ピッチで進められていた。

 

 先ほどの寮対抗リレーでエアリアルは盛大な活躍をしたが、それはまだこの祭の序の口。あと数時間でメインイベントである学年選抜戦が開催されるのだ。

 

 それは寮の得点につながったりはしないが、間違いなく全学園が注目するイベント。

 

 なのでロマン男を初め、選抜戦の出場選手は自分たちの寮の仲間にリレーを託して、自身の機体は温存していた。なにせ何度も述べるが、モビルスーツは精密機械の塊。デミトレーナーほど整備性に優れていたらいくつもの競技に出場できるが、エアリアルのような最高の技術の結晶は、作戦行動ごとにちゃんとメンテナンスをしなければ事故や不具合の元となってしまう。

 

 スレッタとエアリアルがリレーに出場したのはある意味特殊な例で、地球寮の層の薄さが原因。

 

 しかし、学年選抜戦でもスレッタ達が注目されているのは当然の事実。なので、地球寮総員でエアリアルの徹底的なメンテナンスが行われていた。

 

 自分たちはよい結果を得られた。だからといって、次の戦いでスレッタに恥をかかせては立つ瀬がないと。

 

 そしてそんな中でスレッタは、

 

「じゅ、準備できました……!」

 

 早々にパイロットスーツに着替えて、格納庫へとスレッタがやってきた。

 

「おー、似合ってるじゃん」

 

「スレッタ先輩、かっこいいですっ!」

 

 ヌーノとリリッケがその恰好を見て素直にほめる。

 

 スレッタの恰好はいつものホルダーの証である白いパイロットスーツではなかった。

 

 アスティカシアのパイロットスーツはデータを入れることで色や模様を変えられる。その機能を使った今日だけの特別なパイロットスーツである。それはスレッタの髪色を模したのだろうか、赤を基調にして肩にはかっこいいシンボルマークまでつけられている。

 

「い、イリーシャさんがデザインしてくれたんですっ……! おんなじチームの証です!」

 

「うん、良く似合っているよ。どうやらチームのみんなともうまくやれているみたいだね?」

 

「はい……! ちゃんと連絡先も交換できました!」

 

 スレッタはアリヤへと照れくさそうに学生手帳を見せる。

 

 確かにそこには、新しく十九人の名前が登録されていた。

 

 アリヤはかわいい後輩が無事に交友関係を広げられたことに安堵しながら、スレッタの肩を優しく叩く。

 

「それじゃあ、あとは楽しんでおいで。スレッタは私たちにたくさん力を貸してくれたんだから、地球寮を背負うとかは考えなくていい。ただ楽しんでくれれば私たちも嬉しいよ」

 

「ありがとうございます。……でも、やっぱり私は楽しむだけじゃなくて、がんばりたいです」

 

 スレッタは思う。

 

 この三日間のお祭りはとても楽しかったと。

 

 たくさんの人に注目されて緊張もしたし、思い通りの結果にならなくてがっかりしたことももちろんあった。だけれど本当にこの祭はスレッタにとって大切な思い出で、一生忘れられないと確信している。

 

 その最後の種目なのだから、当然勝ちたい。

 

 地球寮の仲間も、新しくできた友人や後輩も自分に期待してくれているのだから、その期待に応えたい。みんなに喜んでほしい。

 

「グエルさんも、シャディクさんも、先輩たちも……とっても強い人たちです。だけど、」

 

 

 

「私とエアリアルは、負けませんっ!」

 

 

 

 スレッタは決意を込めて、そう宣言した。 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「お? 早いな、もう着替え終わったんだ」

 

「ああ、今日は手間がかかるレネもいなくてな、準備も早々に終わったんだ」

 

 三年生チームの控室にロマン男が入ったとき、そこには先にサビーナが座っていた。彼女もロマン男と同様に三年生チームがデザインした黒を基調とした専用スーツを着て、準備万端という様子。

 

 ロマン男はそんな彼女の横に腰を下ろすと、満足そうな、だけれども少し寂しそうなため息を吐いた。

 

「毎年思うんだけど、この試合が始まるときってロマンの気配にドキドキして……だけどやっぱり名残惜しくなるんだよな。もうすぐ体育祭は終わりかって」

 

「お前にとっても最後の体育祭だろう。これだけ力を注いできたんだから、当然の感傷だ。……今更だが、お前は本当によくやっている」

 

「……そういうサビーナはどうだった?」

 

 少年はサビーナの顔を見つめながら問いかける。少しだけ、彼には気がかりなことがあった。

 

「ほら、今回は実行委員会に協力してくれてさ、すごい助かったけど、サビーナは他の競技には出ていなかっただろ? ちゃんと、思い出とか作れてたのかなって」

 

 その言葉にサビーナは少し驚いたように目を開いて、だけれどすぐに微笑みを浮かべた。いつも冷静と厳しさをもった彼女にしては、珍しい穏やかな表情だった。

 

「私がこういうことを重視していないのは知っているだろう? 残念だとは思っていない。むしろ……」

 

 サビーナは少し言い淀みながら思い返す。

 

 元々、サビーナはグラスレーの女生徒代表として、実行委員会に入ることはせずに競技専任で出場する予定だった。所属するグラスレーの名前を広めることが、シャディクや自分たちの役に立つと思っていたからだ。

 

 だが、それに待ったをかけたのは、彼女が支えるシャディクだった。

 

 グラスレーの談話室で、シャディクはサビーナと二人っきりの時にこう言ったのだ。

 

『一人、実行委員会に人を貸してほしいってあいつから頼まれていてね、サビーナが行ってくれないか?』

 

『……どうして私が? 寮としての戦略を考えるなら、競技に出場しない学生を出した方がいいだろう』

 

『ああ、もちろんそれは分かってる。……だけど、これまで支えてくれたサビーナにおせっかいをしたいと思ったんだ』

 

『……それは』

 

 シャディクはサビーナと長い付き合いだ。それはもう、ただの同級生で終わらないほどの付き合いだ。

 

 後ろ暗いこともお互いの秘密も知り尽くしている。

 

 だからこそ、彼女が秘めた気持ちもまた知っていた。

 

『実行委員会ならあいつと一緒に行動できる。ただの選手としてではなくて、あいつを支えてあげられる。……それは、君にとっていい思い出になるんじゃないかって俺は思った』

 

『……本当におせっかいだな。私は今の関係で満足している』

 

『言葉の上では、ね。……だけど、俺がミオリネに対してそうだったように、こういう気持ちに満足なんてものはないんだ』

 

『…………』

 

『俺との私的な関係はともかく、グラスレーとロングロンドの間に業務提携はない。このままグラスレー社に入れば、サビーナがあいつと簡単に会うことはできなくなるだろう。なにせ君も重役候補で、相手はライバル企業の社長だ。周りからどう見られるかをわからない俺達じゃない』

 

 それに何より、なにかを起こさない限りはサビーナもシャディクも会社に身を捧げなければいけない立場だ。あるいは会社のためにと政略結婚のようなものまで仕組まれてしまう可能性を否定できないのが彼女たち。

 

『最後に決めるのは君の意思。だけれど、気持ちを封じるにせよ、賭けに出るにせよ、俺は君の仲間としてチャンスを作ってあげたい。ああ、あとは君が素直になれる言い訳としても『サビーナがあいつの横にいてくれるなら、俺は安心して競技に集中できる』なんてどうかな? あいつはストッパーがいないと何をするか予想がつかないからね』

 

 そう言ってシャディクは、サビーナに判断をゆだねた。

 

 そしてサビーナもまた決断し、実行委員会に入って、ロマン男と共に大会のために働いた。

 

(……ああ、そうだな。お前の言う通りだ、シャディク)

 

 サビーナは思い返しながら苦笑いをする。

 

 大会の準備のために走り回ったり、トラブルが発生したら走り回ったり、ロマン妖怪がロマンの発作を起こして変なことをしようとしていたので走り回ったり、彼の後輩がさらにロマンを爆発させようとして走り回ったり。

 

 休まるときのなんてない慌ただしい時間だったが、それを楽しくないと言うのは嘘だった。

 

 だから、横に座る少年へとサビーナは心を込めて言った。

 

「……楽しかったさ。私は……お前と一緒に働けて、本当に楽しかった」

 

「……サビーナ」

 

「っ……、こほん、なにを終わったような空気を出しているんだろうな、私は。気を取り直すぞロングロンド。この戦いで勝利しなければ、有終の美とはならないからな」

 

 そして、とサビーナは目つきを鋭くしてドアの方をにらみつける。

 

「そこで聞いているシャディクとエナオ、早く入ってこい」

 

「……ガイアが私に聞き耳を立てろとささやいていたのよ」

 

「俺はエナオがそう言うから、ついね」

 

「…………後で覚悟しておけよ、お前たち」

 

 どうせいい雰囲気だからと邪推して、わざと二人きりにしていたのだろう。そう考えたサビーナは、声を低くしておせっかいな仲間へと言う。

 

 一方で横の少年はといえば何もわかっていないという風に目をきょとんとさせ、

 

「シャディクとエナオも早くこっち座れよ! 最後の作戦会議と行こうぜ!!」

 

 なんて元気よく言うのだった。

 

 

 

 そして各チームの代表選手がそろい、

 

『長く、それでいて短い祭も、とうとうこの一戦で閉幕っ! だけれどきっと、みんなもこの戦いを見たくてうずうずしていたに違いないっ!!

 学年選抜、オールスター戦! いよいよ開幕ですっ!! 実況は私、今日は体育祭実行委員会としてきておりますドゥーエ・イスナン。そして解説は……!』

 

『はーい♪ 決闘委員会のセセリア・ドートと』

 

『同じくロウジ・チャンテです……』

 

『お二人ともありがとうございますっ! さて、改めてルール説明となりますが、この戦いは実行委員会が選抜した三年生チーム十名。そして一、二年生チーム二十名による団体戦となります』

 

『えっと……ルールは決闘委員会で採用している集団戦、つまりフラッグ機を撃破した段階でそのチームの勝利となります』

 

『なので、あのえっぐいほどオールスターな三年生チーム相手にも、一二年生が勝てるチャンスは十分にありますよ♪ でも、これで負けちゃったら、先輩たちのお株が地の底ですねー♪』

 

『ただ決闘の集団戦と違って、フラッグ機以外もブレードアンテナが破壊された時点で行動不能となります。倒れても倒れても立ち上がるゾンビ戦術はできないということです』

 

 実況解説が流れる中、アスティカシア学園の生徒ほぼ全員と観客はメイン競技場の観客席に座り、競技場の中央に設置された巨大なモニターから戦場である宇宙空間を見る。

 

 そこはビーコンによって区分けされつつも広大な範囲をもっており、計三十機のMSが動き回っても支障がないほどのステージ。そして避難場所や障害物として大小の隕石が配置されていた。

 

 ちなみに宇宙空間での戦闘のため、実弾は禁止されている。

 

『さてルール説明をしているうちに、もう入場の時間がやってきました! まずは一、二年合同チームからですっ! 三年生の牙城を崩せるかっ! そして全世界注目のエアリアルは活躍できるのかっ!』

 

 実況のそんな大声は、当然ながらスレッタ達にも届いていた。

 

 全員がコクピットに乗り込み、おそろいの赤いパイロットスーツに身を包んだ二十人は、最後に気合を入れるためと全員でモニター越しに顔を合わせる。

 

「みんな、準備はいいよね?」

 

「あったりまえだっての♪」

 

「グエル先輩に、私の力を見せてやるんだからっ!」

 

「うぅ……不安だけど、私もがんばるね?」

 

 そしてスレッタもまた、

 

「が、がが、がんばりますっ……!」

 

 地球寮の仲間には負けませんと気合を入れて言ったが、やはり緊張はしている様子。

 

 だけれど逃げ腰になるのではなく、自分なりに精いっぱいの勇気を込めていた。

 

 メイジー達はそんなスレッタの様子をほほえましく笑って、最後にスポーツで円陣を組んだ時のように言う。

 

「それじゃ、みんな行くよ……!」

 

「「「「チーム一二年生、勝つぞぉおおおお!!!!」」」」

 

 そして各機は広い宇宙へと飛び出した。

 

「LP011、メイジー・メイ!!」

 

「LP012、イリーシャ・プラノ……」

 

「LP013、レネ・コスタ♪」

 

「「「ハインドリー、出るっ!!」」」

 

 まずはグラスレー寮の二年生三人娘。美少女な彼女たちは学内でも人気が高く、競技場で発進の画面が映るたびに黄色い歓声が飛び交う。観客席には彼女たちの顔をプリントしたシャツを着こんで応援している男子生徒も少なからずいた。

 

 次いで、フェルシーもペトラが丹精を込めて塗り上げた水色のディランザで出撃し、

 

「LP041、スレッタ・マーキュリー! エアリアル、いきますっ……!」

 

 観客席と実況の盛大な拍手と歓声に見送られて、エアリアルもまた戦場へと飛び立った。

 

 

 

 一方でそんな様子を見ながら三年生チームもコクピットに乗り込み、最後の顔合わせを行っている。

 

「さすが水星ちゃん、すごい人気だね」

 

「そりゃあ、あんなにロマンある機体だからなっ♪ 盛り上がらないはずはないって! でもこっちだって人気は負けてねえぞ? なんせグエルがいるからなっ!!」

 

「うるせえよっ!? 誰のせいでこうなったと思ってる!?」

 

「えっと……グエルのせい?」

 

「お前が映像を流したからだろうが!?」

 

「ハイハイ、二人ともじゃれ合うのはそこまでにしてよ。はぁ……男子ってバカね、サビーナ」

 

「ああ、まったくだな……」

 

「まあまあ、これも俺達の学年らしいってことさ。ところで……」

 

 と、そこでシャディクはデリケートなものに触れるような調子で、とある少年へと話しかける。

 

「エランは大丈夫かい……?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「「「それ、大丈夫じゃないやつ……」」」

 

 答えたエランの目と言葉は死んでいた。

 

 それでいて諦めの境地に入ったようなそんな覚悟も感じられた。

 

 ロマン男を除く仲間たちは心の中で、そんなエランへと哀悼の気持ちを示す。なぜロマン男を除くかと言えば、彼はむしろ大興奮して喜んでいる側だったからだ。

 

「と、とにかく……! ……俺たちの晴れ舞台だ。後輩たちに高い壁を見せてやろう」

 

「ああ、エアリアルだろうと誰だろうと、負けられねぇっ!!」

 

「すべては最高のロマンのためにっ!!」

 

「………………どうして、こうなった」

 

 最後にぼそりとしたエランのつぶやきを残して、三年生チームも出撃していく。

 

「KP003、シャディク・ゼネリ。ハインドリー・カスタム、出る」

 

「KP001、グエル・ジェターク。ディランザ、出るぞっ!!」

 

「KS002、アスム・ロンド!! ヴィクトリオン・イェーガー、発進!!」

 

「KP015、エナオ・ジャズ……」

 

「KP014、サビーナ・ファルディン」

 

「「ハインドリー、出る」」

 

 その光景はまさしく壮観そのもの。

 

 二年生のレネ達と同様にアイドル的な人気をもつエナオとサビーナ、そして学内の女性が選ぶガチ恋ランキング一位のシャディクや、ご存じグエルには爆発的な歓声が浴びせられ、当然ながらロマン男にも同じくらいの賛辞も届いている。

 

『いやー、さすがは三年生。どの機体も立派なものですね……!』

 

『特に男子、かっこつけよねー♪ きっと全世界に中継されてるからって気合入ってるんですよアレ。グエルせんぱーい、またトレンド一位期待してますよ~』

 

『三年生チームは機体もほぼカスタムされていますから、見ごたえありますね。あ、今回出場する機体について、僕のホームページで解説を載せておきました。よければ見てください』

 

『さて続々と集結する三年生たち、だがこれはどういうことだ? エラン先輩の姿が見えないぞ!?』

 

 実況の声とともに、観客席でも戸惑いの声が広がっていく。

 

 順番を考えるならばロマン男の後には出てきてもおかしくなかったのに、音沙汰がないのだ。では欠席かと言えば、それも違う様子。三年生チームを乗せてきた運搬船のハッチは開いたままなのだから。

 

 そして、そのカタパルトの中で、エランは死んだ目をしながら気持ちを落ち着かせていた。

 

『エランの出撃は最後なっ! ぜったいに、観客が盛り上がるからっ!!』

 

 などと妖怪がたわごとを言ったせいでトリに回されたエラン。

 

(いや、そりゃ驚くだろうさ。僕だってこんなのに乗ってきたのを見たら驚くよ、驚いて正気を疑うよ。でも乗るしかないじゃないか。これしかないんだから……ああ、まったくあのバカはぜったいに後で〇す)

 

 心の中で自分を救ったくせに、さらなる地獄へと善意で叩き落そうとしてくるバカへと呪詛を一万回は唱え、エランはようやく操縦桿に手をかけた。

 

 なにがひどいかって、その機体はエランの音声認証がなければ起動しないため、恥ずかしい口上まで言わなければいけないこと。

 

 エランは嫌な汗をかきながら、言う。

 

「わ、わが身にまとう正義の翼よ! 輝く未来へ導き給え……!!」

 

 

 

「ファラクト・ブランシュ! 正義執行っ!!」

 

 

 最後はやけだった。

 

 そして、

 

『おぉっ! エラン先輩も発進っ! だ、だがあの機体は……! な、なんだアレ!?』

 

『あははははっ! ちょ、ちょっと待って!! エラン先輩、まじどうしちゃったの!?』

 

『おぉ……! 天使、ですね……』

 

 実況だけでなく映像を見ているものすべてが、そのエランの機体にくぎ付けとなる。

 

 かつてはエランにとっての棺桶でしかなかった黒い凶鳥『ファラクト』。だがそれは、ロマン男とその部下のメカニック……特に『主任』と呼ばれた男の肝いりで徹底的な改装が行われた。

 

 表向きはファラクトがガンダムであるとばれないための偽装。

 

 その真の目的は『こんな最新鋭機をいじれるんだっ! ロマンをもって理想を実現するしかない』というエアリアルで果たせなかった夢を叶えること。

 

 そう、ファラクトは生まれ変わった。

 

 白く。

 

 全身を覆うのはヒロイックな純白の装甲。

 

 両肩部に存在した可動式スラスターはオミットされ、その代わりに背部には三対の白い大型のウィングが搭載されている。

 

 しかもこれで完成形ではなく、『時間があれば羽が舞うようにしたかった』という。その主任の涙ながらの言葉を、エランは同じく唖然としていたベルメリアと共に聞いて、エランは時の神に感謝した。

 

 とにかく誰がどう見ても"天使"にしか見えない純白のMS、それがファラクト・ブランシュ。

 

 エランに与えられたロマンの象徴であり、もっと言えばそれはアニメ『ヴィクトリオン』にて登場する最大のライバル『ジャスティリオン』を彷彿とさせるもの。

 

 そして観客が『エランが壊れた」と困惑と興奮を示す中、ペイル社ではゴルネリ'sが飲んでいた紅茶をこぼし、ジェタークではヴィム・ジェタークが頭を抱え、ベネリットグループ本社では。

 

「これはガンダムか?」

 

「……が、ガンダムではないかと」

 

「……そうか」

 

 デリングも遠い目をしながらつぶやいていた。




ということで、モチーフはスノーホワイトです。

なにあの中二機体、カッコよすぎだろと興奮した思い出。

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29. オールスター戦

今話は少し短かったですが、キリがいいので。


「うおぉおおおお! やっぱり、やっぱり白い機体とエランは似合うと思ってたぁ!! いいなっ! 最高にロマンしてるっ!!」

 

「うるさい、黙れ。絶対にあとで〇す」

 

『ゲンキダセヨ、ゲンキダセヨ』

 

「しかもなんでハロが入っているんだ、コクピットの中に!!」

 

「あ、それ? ミオリネのところで一番優秀だったハロなんだけど、ファラクトのサポート役として買い取ったんだ。GUND-ARM使えない代わりに、姿勢制御やらいろいろと調整してくれるぜ!」

 

『マカセロ、マカセロ』

 

「……どうして、こんなに"濃い"声をしているんだ」

 

 それはどこか別の世界で『お前を殺す』やらなにやらエランと同じようなことを言った声に似ていた。

 

「まあ、これでエランも無事に出てきたし……!」

 

 ロマン男は並んだ仲間たちと、前方に同じく固まって待機している後輩チームたちを見る。

 

 総勢三十機の学園トップパイロットたち。

 

 後輩たちもファラクトの異質な姿にわずかにひるんだり、ロマン男の後輩は大興奮してカメラアイをビカビカ光らせたりしているが、大きな乱れはない。

 

「相手にとって不足なしっ!!」

 

 そのロマン男の言葉に、三年チームの誰もが同じ気持ちになった。

 

 全世界が注目している戦いを盛り上げるため、そして栄光を奪い合う相手として、彼らは立派なライバルであると。

 

 そして興奮の実況解説が流れる中で、とうとうカウントが開始される。

 

『いよいよ始まるアスティカシア学園頂上決戦!!』

 

 3、

 

『勝つのは歴代でも最強と言われる三年生か!』

 

 2、

 

『ダークホース、エアリアルを擁する一二年生か!』

 

 1、

 

『最高の戦いが、いま始まった!!!!』

 

 0!

 

「いくぜ、グエル!!」

 

「ふざけんな、お前がついてこいっ!!」

 

 カウント0とともに真っ先に飛び出したのは三年チームのグエルとロマン男だった。

 

 片やスパロボなヴィクトリオン。前回のエラン戦と違って、背部にジェットパックをつけた上に装甲も身軽そうな高機動の装備である。

 

 もう片方はグエルの専用紫のディランザ。頭につけた羽こそ取り払っているが、かつて幾度となく敵を打ち払ってきた愛機だ。

 

 対する後輩チームも、まずは先頭の二人を潰すという作戦だったのだろう。エアリアルからガンビットが分離して二人へとオールレンジ攻撃を始め、それに合わせて二十機のMSが一斉にビームライフルを斉射する。

 

 しかし、それだけで止まるのならば元ホルダーとそのライバルは務まらない。

 

「そういうのはもう、見飽きたんだよっ!!」

 

 ディランザがビームの嵐の中、加速する。

 

 グエルとてスレッタに惚れた弱みで研究を怠ったわけではない。むしろいざという時のためにビットの動きをよく研究して、効果的な回避や対処をできるようにしていた。

 

 十や二十のビームなど、ものともせずに敵の一団へと接近していく。

 

 そしてそれはロマン男も同じ、

 

「イェーガーパック、お披露目だっ!!」

 

 コクピットで楽しそうにそう叫ぶと、ヴィクトリオンの両足、両肩につけられたウェポンハッチから奇妙な武装が顔を見せる。それはかぎ爪のような形状の先端を持っており、

 

「こういう動き、やってみたかった!!」

 

 妖怪の歓喜の叫びとともに射出される。

 

 正体はまさしくアンカーと、それに結び付けられたワイヤー。それは障害物として設置された隕石へと突き刺さると、ヴィクトリオンの体を巻取りによって移動させ、通常の推進器では不可能なアクロバティックな動きでビームの嵐を回避させた。

 

 そしてそのまま、森を進むターザンのように縦横無尽な動きを見せる。

 

 ちなみにこの装備はファラクト戦でミサイルを撃ちまくったために予算不足となった開発部門が、選抜戦でロマンを何とか追及するために急造したもの。苦肉の策だったが、ロマン男はかなり気に入ったそうだ。

 

 曰く、なんか巨人でも相手にできそうとか。

 

「なんだあの装備っ!?」

 

「さすが我らがロマン先輩っ!! そこにしびれる憧れるゥ!!」

 

「興奮すんなっ! もうグエル先輩もロマン先輩も近くに……ぐわぁ!?」

 

 三年チームのフォワード二人の突撃に動揺する一年生。その一機が突如として頭部にビームライフルの狙撃を食らいリタイアする。

 

「おやおや、こっちのことも気を付けないとダメじゃないか」

 

 攻撃を放ったのはシャディク、そしてその周囲を固める中段の三年生チーム五機だ。

 

 シャディクはこの戦いをいくつかの段階に分けて戦略を練っていた。

 

 まず最初の段階は相手の連携を崩すというもの。

 

『水星ちゃんが冷酷非道な女の子だったら、味方もかまわず撃てるだろうけれど、あの子は優しいからね。混戦状態になったらビットの運用はかなり難しくなるはずだ』

 

 だからまずはグエルとロマン男が突撃して、相手の前衛から中衛の配置を崩すという作戦。

 

 そして崩れたところをシャディクたち中衛が狙撃していけば、エアリアルを封じつつ、問題である頭数を削ることができると。

 

 だが、

 

「そう来ると思ったよ! シャディクっ!!」

 

 二年生のメイジー達もシャディクとは古い付き合い。当然ながら、その作戦を読んでいた。

 

 だからこそ、対策もしている。

 

「グエル先輩っ! 胸、借りるっすよ!!」

 

「フェルシーかっ!!」

 

 グエルのディランザの動きを止めるように、水色のディランザが突撃したのだ。それに乗るのはもちろんフェルシー。

 

 彼女の役割は愛弟子としてグエルの足止めをすることだった。

 

 フェルシーは師匠を相手にすることへ喜びを感じながら、叫ぶ。

 

「私だって、ジェターク寮のパイロット! グエル先輩の陰に隠れてるだけじゃいられないっす!!」

 

「その気合、いいじゃねえかっ! 相手してやるよっ!」

 

 二機はもつれあいながらビームパルチザンで打ち合う。

 

 一つ一つの動きではグエルのほうが精度が高いが、それでもフェルシーも動きについていけていた。

 

 そしてもう一人のフォワードへも。

 

「わ、ワイヤーが巻き付いて!?」

 

「よっとっ!!」

 

 一年生のディランザの足にアンカーを刺したヴィクトリオンが、そのワイヤーを巻き取りながら急接近し、謎にぐるぐる回転しながらブレードアンテナを切断する。

 

 どう考えても普通にそんなことをしたら運転酔いして目を回しそうなものだが、やはり妖怪なのか、ロマン男は楽しそうな様子だった。

 

「これで二機目っ! ……っと、あぶねっ!?」

 

 しかしそこへ、

 

「ロマン先輩、みーつけたっ♪」

 

 突撃してきたハインドリーがビームサーベルを振りかざし、対するヴィクトリオンもサーベルで応じる。接触回線で声をかけてきた相手は、少年も見知った少女だった。

 

「やあ、レネちゃん! ずいぶん楽しそうじゃないかっ!」

 

「あはは♪ せんぱーい、どうして何度もデートに誘ったのに断るんですかぁ? レネ、傷ついちゃいますよぉ♪」

 

「うーん、なんか虫の予感がして……」

 

「ひどーい! そんな意地悪な先輩にはぁ……こうしちゃうんだから♪」

 

 声だけは全力で媚を売って、けれども剣撃には一つの媚もない。

 

 ハインドリーはディランザやザウォートと比べても可動域が広く、人に近い体型なのもあって操縦性に優れた機体だ。その特性を活かして、アクロバットな動きを繰り返すヴィクトリオンを抑え込んでいく。

 

「うん、二人とも作戦通りだね……」

 

 そんな様子を見て、スレッタの傍らで護衛兼指揮官を務めていたメイジーが満足げな顔をした。

 

 元々、三年生チームの構成としてグエルとロマン男が真っ先に突っ込んでくることは予想できていた。そんな二人に好き勝手やられれば、数の優位は崩れてしまうし、ビットによる援護射撃ができない状態にもっていかれればエアリアルを残して全滅。あとはエアリアルをタコ殴りさせてしまう。

 

 そこでフェルシーとレネだ。一二年生チームでも有数な実力者な彼女たちなら、フォワード二人の足止めはできる。そして足止めさえできれば、数で押せるのは後輩チーム。

 

「みんな、グエル君とロマン君を集中砲火! 一気に相手の中核を……」

 

 けれどそこでメイジーのハインドリーのセンサーが警報を鳴らした。

 

 メイジーは急ぎその反応を確認し、驚愕する。

 

「この速度……上からっ!?」

 

 彼女たちの上方向から、白い光が突っ込んできたのだ。

 

 十分に周囲の状況は確認していたというのに、この瞬間まで気づかれなかった。それはつまり、敵機はセンサーの感知しない範囲から一瞬でこの距離まで近づいたということ。

 

 そんな芸当ができる機体など、メイジーは知らず。そしてそれゆえに相手の正体を看破する。

 

「……っ、エラン君だねっ!!」

 

 見上げる頭上。そこにあるのは確かに、ふざけているとしか思えない天使の翼。

 

 その魔改造ファラクトを駆るエランは加速に耐えながら、しかし目標を見据えて言った。

 

「殺人的な、加速だ……!」

 

 ファラクト・ブランシュ。

 

 それはかつてのファラクトからスタンビットをオミットしたことによる戦力低下を、高機動型へと偏らせることで補った機体。

 

 元々のファラクト、そしてペイル社のお家芸が高機動であるので、フレームは加速に耐える強固、かつ軽量のものであった。その改造にあたり、各フレームをさらに補強し、背部の翼型をした大型スラスターの威力に耐えられるようにしてある。

 

 結果、コントロールは非常に難しいが、使いこなせれば戦場を高速でかき乱すトンデモ機体が生まれた。

 

 三年生チームの陣形の中で、白い流星を見るシャディクは笑みを浮かべる。

 

「メイジー、君ならグエルとアスムへの対処はできると思っていたよ。だけれど、真の一番槍は二人じゃない。……エランだ」

 

 その言葉通りにファラクトがメイジーのハインドリーを強襲しようとして……しかし、その前に立ちはだかったのは白と青のモビルスーツ。

 

「メイジーさん、私がいきますっ!」

 

「水星ちゃん!?」

 

「メイジーさんのほうが、私よりも大切です!」

 

 スレッタとエアリアルだ。

 

 スレッタはエアリアルのエスカッシャンでファラクトの突撃を受け止め、しかし勢いを殺し切れずにファラクトに押され、チームの中核から離脱する。

 

 だが、それこそスレッタの望み通りだった。

 

(私は、みんなの作戦指揮なんてできない……! でも、一対一なら負けない……!)

 

 一二年生チームにとって攻撃の核であり、勝利のカギであるのはエアリアル。だけれども全体の指揮をとれる点で重要なのはメイジーだ。

 

 スレッタもまだ短い付き合いだが、ミーティングでの作戦立案などでメイジーになら任せられるという気持ちがあった。

 

 ならばこそメイジーを守り、このイレギュラーを倒すのは自分の役目。

 

 そして戦場の中心から少し離れたところで、エアリアルと白いファラクトは向かい合った。

 

「驚いたね。君はフラッグ機だろう?」

 

「は、はい……! みんなに、任されました……!」

 

「だったら、誰を犠牲にしてでもこの攻撃はやり過ごすべきだった。……アイツならその行動もロマンだと言うだろうけど、僕は違う。

 ここで君を倒し、今すぐこの"呪われた機体"から降りてやる」

 

 エランの声は切実さにあふれていた。

 

 だが、スレッタはそんなエランの気迫を受け止めつつ、言い返す。

 

「私も、負けられません……! ここでエランさんを倒して、みんなのところに戻りますっ!!」

 

「だったら……!」

 

 

 

「スレッタ・マーキュリー。キミを……堕とす!」

 

 そうしていつかの日に実現しなかった、ガンダムVSガンダムが始まった。




形は違いますが、ようやくファラクトVSエアリアルです。



それと、ほんとにほんとに差し出がましいお願いではあるんですが、
めっちゃ私生活忙しい+二か月ノンストップで書き続けてきた結果、びみょーに気持ちが折れそうな危機感を感じています。

この後もニカさんとあれこれとか、シャディクとあれこれとか、グエキャンであれこれとか、エアリアルが魔改造であれこれとか、めちゃくちゃ書きたいネタはありまくりなので、折れたくないぃ……!

感想返信とかも頑張るので、評価とか入れて応援いただけると、すごくうれしいです……! よろしくお願いします!

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30. ガンダムVS元ガンダム

前回はたくさんの温かいお言葉に評価、ありがとうございました!

とても励まされましたので、まずは体育祭編を最高な形で仕上げてみせます!


「シャディク、水星ちゃんをエランが引き付けたわよ」

 

「ああ。だけど、水星ちゃんがああいう動きをとるとは思わなかったな……」

 

 エナオのハインドリーとともに、三年生チームの中央にいたシャディクは、スレッタの動きに感心する。

 

 彼の計算ではエランの奇襲によってメイジーは討ち取られ、後輩チームは大混乱となるはずだった。

 

 実力はあるとはいえレネもイリーシャも指揮官タイプではなく、この二十人という規模のチームを率いられるのはメイジーだけ。彼女を倒せば、あとは烏合の衆となるだろうと。

 

 しかし、スレッタはそれをとっさに阻止した。

 

(フラッグ機としてはあの行動は誉められたものじゃないけれど、あの瞬間に動かなければ後輩たちの敗北は決定していた……。やはりあの子の危機察知能力、勘は恐ろしいものがあるな)

 

 シャディクはヴィクトリオンとの戦いや、その前のダリルバルデ戦でもエアリアルがとっさの判断で危機を抜け出したり、勝利を手繰り寄せていたのを思い出す。

 

 水星の過酷な環境と、そこで人命救助の経験を積んでいたというスレッタの前歴を知るシャディクは、そこにこの判断の巧みさがあると考えていた。

 

「とはいえ……」

 

 シャディクは微笑みながら周囲の機体へと合図を送る。

 

 まだ三年生チームで動き出しているのは前方に突出したフォワード二人のみ。後衛の二機を除いて四機もの友軍がシャディクの周りで待機している。

 

 それはエアリアルを警戒しての初期配置。

 

 だが、そのエアリアルが主戦場から離れたのだ。

 

「中衛、押し出すぞ。敵は数に勝るが、質では俺たちが上だ。複数機で連携を取りつつ確実に削ろう」

 

「「「コピー!」」」

 

 一方でその動きを見た後輩チームも作戦を変更する。

 

「こっちの中衛も前に出すよ! 数的優位を崩さず、二機以上で相手を囲むことっ! 水星ちゃんが戻ってくるまでに相手を消耗させるよ!」

 

 メイジーの指示に後輩チームの機体もやる気を出したようにバーニアの火を吹かせる。

 

「了解っ! スレッタちゃんだけに頼りきりなんて、男が廃るからなっ!」

 

「スレッタ先輩に、かっこいいところ見せますっ!」

 

 意気込みとともに次々に前方へと出撃するモビルスーツたち。

 

 一二年とはいえ彼らもまた、同学年ではトップのパイロットたち。勝利のカギはエアリアルだと理解していても、それに依存するほど自分に自信がないわけではない。むしろ自分たちにも活躍の場ができたとやる気は十分だった。

 

 そして、後輩チームがじわじわとラインを押し上げていくその先は、既に熱戦の只中である。

 

 ガツン、ガツンと、空気があるならばそんな打撃音が響き続けているだろう接近戦を繰り広げているのはグエルとフェルシーだ。

 

 最初はフェルシーが意地と特訓の成果を見せていたが、戦闘開始から数分がたち、次第に形勢はグエルに傾いていた。

 

「くぅっ!? やっぱりグエル先輩、つよいっ!!」

 

「フェルシーも少し見ないうちにやるようになったなぁ!! だが、まだジェタークのエースは譲らねえ!!」

 

 そう言って、各部に損傷を負ったフェルシーの水色のディランザを弾き飛ばす。しかも態勢を崩したところでビームパルチザンをくるりと突き上げながら回転、フェルシーの得物をからめとって放り投げてしまった。

 

 それはグエルらしい、力強さとテクニックを伴った操縦。フェルシーではまだ到達していない段階だ。

 

「うぅ……! 武器がもうっ……!」

 

 フェルシーはビームサーベルを取り出すが、マニピュレータの動きはおぼつかない。

 

 その様子を見てグエルは考える。

 

(このままいけば、フェルシーは落とせる……)

 

 だが、グエルは目先の獲物ではなく、その先を見た。

 

 彼は戦いを楽しみながらも、戦況を十分に観察していたのだ。

 

「ちょうどいいじゃねえか! わらわらと潰されに出てきやがった……!」

 

「あっ! ちょ、グエル先輩、まだ私との戦いが……!」

 

「悪いな、フェルシー! 俺の役割はあいつらを潰すことなんだよ!」

 

 グエルは獰猛に歯をむき出しにして、機体を立て直そうとしているフェルシーを尻目に、飛び出してきた後輩チームの先頭に切り込んでいく。十二分にフェルシーの機体を損傷させて、戦力を奪っていたから十分だと判断していた。

 

 シャディク達、援軍が来ていることも感知しているが、それを待つようなことはしない。むしろシャディクたちのために有利な戦況を作ってやろうという行動だ。

 

「グエル・ジェタークの首、取れるもんなら取ってみやがれっ!!」

 

 長きにわたって学園一のパイロットを務めたグエルは伊達じゃない。

 

 暴れまわるディランザを止めることなどできず、後輩たちは一つ、また一つと蹴散らされていった。

 

 

 

 

 変化が起きたのはロマン男とレネとの戦いも同じだ。

 

 二人が交戦するのは小型の隕石が滞留している地点だったが、珍しく細身のヴィクトリオンはアンカーを次々に射出しては移動して、レネのハインドリーからの射撃を躱していた。

 

 それは戦場ではありえない、アトラクションで遊ぶ子供のような動き方。

 

 しかも、

 

「これに勝ったらデートしてくださいよぉ♪ レネ、先輩のことずーっと気になってるんですからぁ♪」

 

 そんな甘い声を出しながら、レネが追いかけているのだから、はたから見るといちゃついているのかと思われそうな状態。けれど、当の二人は真剣そのものだった。

 

「そーいうこというのなら、ちゃんと決闘でやってほしいな……っと!!」

 

 ヴィクトリオンがくるりと大回転してレネの背後を取り、小型のビームナイフで切りかかる。

 

 だがそれをくぐるような形で避けたレネは、取り回しのいいビームピストルを出すとヴィクトリオンへと向けて連射を始めた。

 

「あはは♪ ほらほらぁ!」

 

 狙いは正確、かつ先回りがいやらしい攻撃。

 

 エアリアルを除けばおそらく単体戦力で後輩チーム最強と目されるレネ。無邪気な少女らしく、その動きは柔軟かつ大胆だ。稚気の中にも冷静な判断があり、翻弄することにたけている。

 

 それは奇しくもロマン男と同じような性質で、それゆえに彼女を相手することには、ロマン男も手を焼いていた。

 

 とはいえ、仮にも三年男子で二位を張る男。軽口をたたきながらもアンカーと近接武器を巧みに使いながら互角、いや少しずつ有利な状態へと押し込んでいくのだが、レネはそれでも蠱惑な笑顔で少年を誘惑し続ける。

 

「こんなに強いなんて、さすが先輩♪ やっぱりレネと付き合いましょうよぉ♪」

 

「おぉっ! これはアレか? 告白か?! 漫画で憧れたシチュエーション! って言いたいけど、なーんかロマンがそそられないんだよなぁ。レネちゃん、なんか隠してない?」

 

「そんなのありませんよぉ! アタシに付き合ってくれたら、すーっごくサービスしてあげますよ♪ あのお堅いサビーナじゃできないような……きゃっ!?」

 

 しかし、突然、上機嫌だったレネが悲鳴を上げた。

 

 レネのハインドリーの背後からもう一機、別のハインドリーが突撃をかけていたのだ。

 

 それは紺色に塗装されてビームジャベリンを持った、ある少女の専用機。その機体を見た途端に、レネは歯をむき出しにして叫びをあげた。

 

「ちっ! いいとこなのに邪魔してんじゃねえよ、サビーナ!!」

 

 その声は少年へとかけていた糖度100%のものから一転、すさまじい攻撃性に満ちたもの。

 

 だが彼女にはそう吠えるだけの理由がある。なにせ彼女の考える"いいところ"を邪魔してきたのは、レネがこの戦いで絶対に倒すと心に決めていた相手だったのだから。

 

 一方で、その敵意を向けられた相手はと言えば、

 

「……ふん、なにをやっているかと思えば。敵に言いよるとは、くだらないな」

 

 サビーナはそう、冷たくレネへと言い返す。

 

 だがレネは逆にサビーナを小ばかにするような態度で言うのだ。

 

「はっ! そういうお前はどうなのよっ!? いっつもいっつも規則だルールだうるさいと思ったら、自分はいの一番に惚れた男のとこに飛んできやがって!! 告りもできないダブスタヘタレがっ!!」

 

 レネはもうロマン男など眼中にないという調子でビームサーベルでサビーナへと切りかかっていく。同時に舌戦もまたフルスロットル。

 

 ビームサーベルとジャベリンを打ち合いながらの接触回線でなければ、学園の男子たちがレネの変貌っぷりに驚愕して、顔を白くさせていたに違いない。

 

 一方、そんなレネの本性も良く知るサビーナにも、どこか剣呑なオーラと怒りの色が見えていた。

 

「お前にあいつを押さえられるのは、戦略上好ましくないというだけだ。そんなことも分からないのか?」

 

「あっそ! いい子ぶるのと、言い訳は達者ってわけね!」

 

「よくさえずるな、レネ……!」

 

「今日こそ決着をつけてやるっ! それでロマン先輩も手に入れて、お前の悔しがる顔を見てやるわよっ!!」

 

「っ、舐めるな……! こいつがお前程度に靡くわけがないだろう……! お前はここで私が止める!」

 

「このナイト気取り……!!」

 

「感情も処理できない未熟者が……!!」

 

 もはやその戦いは競技でもレクリエーションでもなく、女と女のプライドをかけた本気のものに変わっていた。

 

 しかし、女子二人がそんな話をしているとはつゆにも思わない少年はと言えば……

 

「えーっと、俺はどうしたら……」

 

「「むこうに行ってろ(行ってて)!!」」

 

「は、はい……!!」

 

 珍しく二機の鬼気迫る雰囲気と『絶対に手を出すな』というオーラに追い出され、慌ててグエルが暴れまわっている方へと飛び出していった。

 

 

 

 双方、いろいろな事情があるが、三年チームのフォワードは二人とも自由の身となった。当然、彼らは後輩チームの最前線へと到達して攻撃を始めて……

 

「メイジー、もう二機がやられちゃった……! 私も前に出た方が……!」

 

「ううん。ダメだよ、イリーシャ。まだイリーシャを投入するタイミングじゃない」

 

 メイジーはそう言いつつ、ヘルメットの奥で歯噛みする。

 

 彼女も予想していたことではあったが、自由に動き回り始めたグエルとロマン男は脅威だった。グエルは猪武者と思いきや、しっかりと引き際をわきまえて囲まれることを防ぎ、ロマン男は相変わらず行動を読ませずに翻弄する。

 

 しかもそれが抜群のコンビネーションで動く上に、三年の中衛のサポートも手厚い。

 

 数では有利と言いつつ、既に五機目がやられた。三年の中衛も一機を損失したが、九対十五。差は縮められていて、その状況はさらに続いていくだろう。

 

(……水星ちゃん)

 

 だからこそメイジーは三年と一対一で戦えうるイリーシャを温存しながらチャンスを待つ。

 

 スレッタとエアリアルが戻ってくれば、たとえ同数にされたとしても状況を有利にできると信じていたからだ。

 

 そして、その期待を寄せられるスレッタはと言えば、

 

(先輩の時よりも、はやいっ……!)

 

 エランの駆る白いファラクトに翻弄されていた。

 

 エアリアルのガンビットは既に分離してファラクトを追いかけているが、白い流星のしっぽすら捉えることができていない。では、ビットオンモードで追いかけるかと言われれば、それも難しい。

 

 相手は圧倒的に早く、それでいて鳥の飛行のような滑らかで自由な動きをしていて、特別なブースターでも装備しなければ肉薄することができないことは明白だ。

 

 一方でファラクトを操るエランも、コクピットでらしくなく苦々しい顔を浮かべる。しかし、それはGUND-ARMを使っていた時の苦痛によるものではない。

 

「まったく、なんでこんなに使いやすいんだ……!!」

 

 エランは頭の中で高笑いをするロマン男とロングロンド社のメカニックたちに毒づく。

 

 GUND-ARMを使っているわけでもないのに、この機体はエランの操縦への追従性が高すぎる。エランの思ったとおりに加速し、滑らかな旋回や急カーブでもなんでもござれ。

 

(このブースターだけなら、ペイルの技術を超えている……)

 

 とはいえ、あくまでそれはブースターのみの話。そしてファラクトというペイル社が多額の開発費をかけた最新鋭機がなければ、ブースターに機体がついていけなかっただろう。

 

 ヴィクトリオンのあの性能にも納得だ。フレームやMS自体は一世代前だし、革新的なドローン技術は持っていないが、旧来の装備ならどの社よりも洗練されている。

 

 これでファラクトやダリルバルデを研究し尽くし、一からMSを製造できるようになれば、御三家としても無視できないほどに発展することができたはず。

 

「だったら、なんでまじめにやらないんだ、あいつらは……!!」

 

 あのふざけた技術者やそのトップのバカが、その見た目の通りにバカな装備を出して来たら素直に怒れるが、こうも見た目だけ最悪で中身が最高の装備を贈られるとエランも怒っていいのか喜んでいいのかわからない。

 

 だが、エランのやることは決まっている。

 

 今こうしているときにも学園には天使なファラクトを優雅に乗りこなすエランが映し出されているだろうし、それによって変なグッズやらイラストやらが量産されているに違いない。

 

 早く戦いを終わらせなければエランの学園生活が終わる。

 

 だから、

 

「っ、倒させてもらうよ、ガンダムっ!!」

 

 ファラクトは方向を急転換し、エアリアルへと突撃する。

 

 GUND-ARMによる高度な機体制御がないため、かつてのファラクトのように遠距離狙撃はできない。また、スタンビットもないので、あの『塩試合製造機』なファラクトの戦闘スタイルは無理。

 

 今のファラクトの主要な武器は翼から伸びるビームサーベル。敵に捕らえられないほどの高機動で相手を切りつける、ヒット&アウェイスタイルだ。

 

 なので、エアリアルが選ぶ戦術も決まってくる。

 

 追いかけても追いつけない、となれば接近してきたときのカウンター狙い。

 

「……みんな、来るよっ!!」

 

「ガンビット頼りでは……ねっ!!」

 

 一撃、そして離脱して、さらに一撃。

 

 海の表面に出てきた魚の群れへと突撃する海鳥のように、ファラクトはエアリアルに接触してはエアリアルの攻撃範囲の外へと出ていく。

 

 その一方でファラクトの攻撃をエスカッシャンは確実に防いでいくので、エアリアルは健在。

 

「それが本物のガンダムっていうことかい? そのからくり、どうなっているのかな……!」

 

「エアリアルはガンダムじゃありません……!」

 

「そう思っているのは君だけだよ、スレッタ・マーキュリー! 無知でいることも純粋で結構だけど、何もしないままでいたら足をすくわれるだけだ!」

 

 僕のように、とエランは自嘲する。

 

 かつての自分だったらエアリアルとスレッタに対して嫉妬、あるいは殺意を隠すことができなかっただろう。

 

 エアリアルのガンビットコントロールは、エランとファラクトのそれをはるかに超えている。ベルメリアが言ったとおりにパーメットスコアは4以上。通常のガンダムとパイロットなら即死だ。

 

 しかしエアリアルにはその気配がない。

 

 それが母親から娘に与えた愛情の結果というのなら、救いはあるが、あれだけの呪いを振りまいてきたGUND-ARMだ。どう考えてもきな臭いものがあるとエランは直感していた。

 

 そして、その事実を知らないまま、知っていたとしても誰の助けもなく、自分から動くこともないのなら……

 

(この一点だけは、あのバカに感謝するべきだろうけどね……)

 

 エランは本来、あそこで消えていた。

 

 死ぬだけならいい。それよりもひどいのは、自分が過ごした思い出もなにもかもを別の誰かがのっとって、そこに居座ること。

 

 きっと強化人士5号やら何やらが現れて、またゴルネリたちの陰謀のために働くことになっていただろう。だから、おそらくは同じような陰謀に巻き込まれているだろうスレッタへ、かつて4号と呼ばれた少年は言う。

 

「妄信こそ、最大の落とし穴だよ……!」

 

「っ、ビット……!?」

 

「いや、違うさ……!」

 

 接近してきたファラクトに、スレッタは驚愕する。

 

 スレッタがファラクトのビームサーベルをエスカッシャンで受け止めた瞬間、ファラクトの翼のうち、一番下の一対がファラクトから分離して飛び出してきた。

 

 よく見るとそれは有線式の遠隔兵器となっていて、エアリアルの背後へと回り込むとビームサーベルを起動して頭へと切りかかってくる。

 

 GUND-ARMでもドローン技術でもなく、ハロを使った簡易的な誘導兵器。

 

 種が割れていれば避けるのも簡単だが、スレッタは度重なるファラクトの突撃で、攻撃手段はそれだと固定観念を抱いてしまっていた。

 

「移動だけのために翼が三つも必要だと、本当に思ったのかい……?」

 

 エランは言う。スレッタに対して、わざわざ翼の形にして装備させたバカどもに対して。

 

 そして翼の形をした刃は、スレッタの背後のビームサーベルラックを破壊して頭部を落とそうとするが……

 

「っ、ま、負けられません……!」

 

「そんなこともできるのか……!?」

 

 エスカッシャンから部分的に独立したガンビットが障壁を発生させて、はじかれる。

 

「みんなが、待っています……! 私が必要だって、言ってくれているんです……!」

 

 スレッタは叫ぶ。

 

「エランさんの言う通り、エアリアルがガンダムとか、よくわかってない……! でも、でも、私が勝たなくちゃいけないってことだけは、わかっているんです!!」

 

「それは子供の理論だね……!」

 

「だ、だって、まだ、子供ですっ……!」

 

 だから、

 

「だから私はここにいるんです……! わからないことも、知りたいこともいっぱいあるから、友達だってもっともっと作りたいから……! だから、学校に来たんですっ!」

 

「このビット……!」

 

 スレッタの叫びに呼応するように、ビットがさらに動きを複雑化させる。

 

 一人の人間では、ましてや幼い少女にはできない動き。それぞれが意思を持っているかのように数個の編隊に分かれてファラクトを四方から襲っていく。

 

「これも、私の勉強だから……! エランさんにも、ちゃんと勝ってみせます!」

 

「まったく、うらやましいな、君のそういうところは……!」

 

 しかしエランとスレッタとで速力に大きな隔たりがあることは変わらない。

 

 ファラクトは再びエアリアルから距離を取り、ビットを振り切ろうとした、その時だった。

 

「っ、援軍!? ……いや、違う!?」

 

 エランが驚愕しながら斜め前方を見上げる。

 

 そこには後輩チームで識別される二機のディランザがいた。

 

 しかも、ただの援軍じゃない。

 

「スレッタ先輩のためなら……!」

 

「私たちの勝利のために……!」

 

 攻撃の回避など考えていない、全速力での突撃。

 

 一年生の女子たちが行ったのは、ファラクトへ向かった特攻だった。

 

「っ……!」

 

 だがファラクトは直線的な攻撃など避けるのはたやすい。

 

 すんでのところで突撃を回避して、返す刀でビームライフルでディランザの頭部を破壊する。

 

 しかし、その一瞬に、確かに隙が生まれた。

 

「っ、アニーちゃん、カナちゃん……!」

 

 後輩が自分のために犠牲になった。

 

 それを認識したスレッタが悲鳴のような叫びをあげる。

 

 そして、周囲に散開していたガンビットから、一斉に斥力が発生したのだ。ビームをはじく力場と同じ原理。だが、それはファラクトへと四方から放たれると、

 

「っ……! コントロールが……!?」

 

 ファラクトの体が大きく揺らされ、コクピットの中ではモニターが明滅する。

 

 エランもわずかな間、前方が視認できなくなり、

 

「わぁあああああああ!!」

 

 スレッタが悲鳴のような声を上げ、そして、エアリアルが肉薄してファラクトのブレードアンテナを叩き切っていた。

 

「っ、僕の負けか……」

 

 エランはコクピットの座席に深く座りなおすと、ほうとため息をつく。

 

(新しい機体に、謎のガンダム……、いや敗因はスレッタ・マーキュリーにのめりこみすぎたことか)

 

 後輩たちの特攻をもう少し早く察知していたら、と。

 

 一対一だという盲信。そして、ガンダムから解放されたはずなのに、やはりスレッタの在り方には思うところがあったようだ。

 

 とはいえ、これでスレッタとの戦いが決着して、今頃は学内放送でもエランは消えている……

 

『おぉ……! さすがエラン先輩! やられて漂うさまも画になる!! 会場のみなさん、いまが撮影タイムですよっ!』

 

「……なん、だと? あ、こら、動けファラクト! 動くんだっ!!」

 

 なにやら動かないことをいいことにあることないことを言われたりやられたりし始めた気配を感じて、エランは慌ててファラクトで会場を離脱しようとするが、ファラクトは動こうとしない。

 

 結果、後に『天使の落日』と言われる、破損しながらも美しいファラクトとどこで撮影したのか、なぜか上半身裸になったエランとを組み合わせた名画が生まれてしまうのだった。

 

 一方で、スレッタもまた、一つの戦いが終わったとはいえ、彼女の本来の役目はここから。

 

「あ、アニーちゃん、カナちゃん、大丈夫!?」

 

「スレッタ先輩は行ってください!」

 

「私たちの勝利を頼みますっ!!」

 

「……っ、うん!」

 

 スレッタはそんな二人の言葉に息を呑みながら、うなずく。

 

(そうだ、私が戻らないと。私がみんなを勝たせないと……!)

 

 エアリアルはスレッタの決意とともに飛翔する。

 

 目指すのは今も遠くで瞬いている主戦場。

 

「……っ、私がやらないと!」

 

 そして戦いは終局へと向かう。




次回でオールスター戦終了!

……のはずっ!

良ければ本当に力になるので、評価などお願いいたします!

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31. はじめての

「三機でかかれば、さすがのグエル先輩も……!」

 

 一年の乗るザウォートがビームマシンガンを乱射する中、二年男子のハインドリーとディランザがグエルの元へと突進していく。

 

 場所は二チームがぶつかり合う最前線。

 

 既にグエルの周りには後輩チームのMSが二機漂っており、それ以上に多くの装甲が散逸している。どれもグエルのディランザによるものではない。今攻撃を行っている三機も、肩の装甲が外れたり、腕の一本をもがれている。

 

 それら全て、グエルの反撃によって生じた被害だ。

 

(スレッタちゃんに負けたって言っても、この人はバケモンだ……!)

 

 後輩はその事実に背筋を凍らせる。

 

 三機が迫っているというのに、グエルに焦りや動揺はない。むしろ、

 

「三機で十分だと、思ったか……!?」

 

 俺を倒したいなら全員でかかってこいと言うように、後輩たちへとまっすぐに向かってくる。気迫だけでも鬼が見えそうな、そんなオーラじみたものさえグエル機の背後にはあった。

 

 そして敵は当然、グエルだけじゃない。

 

「俺のことも忘れんなよっ!!」

 

「うわぁあああ!? ロマンがきたぁあああ!?」

 

「ハハハハ! そんなバケモノみたいに、言うなって!!」

 

 上空からとびかかるように落下してきたヴィクトリオン。それがザウォートへとアンカーを発射して胴体へとワイヤーを巻き付けると、そのまま敵機を振り回してハインドリーとディランザの元へと飛ばす。

 

 そしてアンカーを外すと、敵機が固まっているところへと突撃。

 

 ロマン男とグエル、両方に攻撃を受ける後輩たちに、なすすべはない。

 

「悪いな! これはチーム戦なんだよっ!!」

 

「うぅ……グエルが本当に大人になった。スレッタさん、ありがとう……!」

 

「あ、あいつはかんけーねぇだろ!?」

 

 などと軽口を言いながら、敵機のブレードアンテナを一瞬で破壊するヴィクトリオンとディランザ。

 

 これで新たに後輩チームの機体は三機がリタイアとなる。

 

 グエルは後輩たちが機体を停止させたのを確認すると、戦場全体を俯瞰した。

 

(残る敵は、スレッタを入れて八機……。俺たちはエランを入れて同数。……いけるな。さすがのエアリアルも八機で囲めば倒せるはずだ)

 

 さらにシャディクは対エアリアルへの戦術も考えていて、エアリアルが飛び出してきたときのパターンもグエル達は理解して動いていた。

 

 もっとも、スレッタがエランに負けた時にはその警戒も無意味になるが……

 

(エランには悪いが、あいつが一対一で負けるのは想像つかねぇな……)

 

 実際に最新鋭機のダリルバルデで戦ったグエルだからこそ、エアリアルという機体がもつ、ある種の不気味さは分かっていた。

 

 おそらくはまだ、真価すら発揮していないだろうと。

 

 一方で後輩チームの中枢では、メイジーとイリーシャが表情を悩まし気に歪ませている。

 

「…………まずいね」

 

「水星ちゃん、まだかな……」

 

「一年生二人を送ったし、たぶん、そろそろ……のはず」

 

 だがそれは希望的観測でしかない。

 

 誤算だったのは、思った以上に敵チームのフォワード二人が強かったこと。

 

 いつも決闘ばかりしている二人だが、組み合わさったときのコンビネーションはそれゆえに抜群だった。

 

(水星ちゃんを中心に作戦を考えたのが問題だった……? ううん、他に手はなかったし、あの状況を招いたのはそもそもが私の想定ミス。水星ちゃんが悪いわけじゃない。

 ちゃんと数的有利を活かし切れていれば、ここまで追いつめられることもなかった。私の弱さだよね……)

 

 メイジーの頭に弱気が浮かぶ。

 

 だが、それでも冷静な表情は保ったまま。

 

 作戦指揮官として、動揺を見せることなどあってはならない。そうした瞬間に他のメンバーも崩れて、スレッタを出迎えるどころか一人で敵陣に取り残すことになってしまう。

 

 だからこそ、メイジーは希望のあることをあえて考えた。

 

「……水星ちゃん、いい子だよね」

 

 ぼそりとメイジーはイリーシャへと話しかける。

 

「う、うん……私たちのこと、信じてくれて」

 

「いつもサリウス代表とかシャディクとか、いろいろ考えてる人と会ってるからかな。すごく素直で純粋で、かわいがってあげたくなるよ……」

 

 そんな同級生が『一緒に勝ちましょう』と自分たちに無条件の信頼を寄せているのだ。

 

 だったら、自分たちもスレッタを信じて、少しでも有利な形で彼女の活躍の場を用意してあげなければいけない。

 

 そのためにできることは何か。

 

 メイジーは決断を下す。

 

「みんな、二手に分かれて。片方は私と一緒に……グエル君とロマン君を何としても落とす。もう片方はイリーシャを中心に敵陣に切り込んでシャディクのフォーメーションを崩す。もちろんシャディクの護衛機をできる限り削りながら、ね」

 

 エアリアルが出てきたときに問題になるのは間違いなくフォワードのやりたい放題二人組。そして万全で出迎えた場合のシャディク。

 

 片やエアリアルと接戦を演じた組であるし、もう片方はエアリアル対策も考えている敵指揮官兼フラッグ機。

 

 スレッタにとってリスクになりえるものを排除する。

 

 自分たちが何機減らされても。

 

「私から言うことは変わらないよ……絶対に、私たちが勝つっ!!」

 

「「「コピー!!」」」

 

 承諾の返答を聞いて、後輩チームは一斉に動き出す。

 

「くそっ……、あと少しだったのにっ!!」

 

「どこをどう見たらそうなる……」

 

「うっさいなぁっ! ほんっとにむかつくっ!」

 

 それはサビーナと死闘を繰り広げていたレネも同じ。レネはシャディク達に近い位置にいるから、イリーシャと合流しての切り込みだ。チャフを巻いてサビーナの行動を阻害すると、全速力で勝負の場から離脱する。

 

 また別の場所では、

 

「今度こそグエル先輩に……!」

 

 ダメージを受けた機体をかばいながらも三年チームの機体を一機落としていたフェルシーも、グエル達と決着をつけるべく向かっていく。

 

 シャディクもその行動を見て自陣を固める動きをし、とうとう二陣営の最後の衝突が始まった。

 

 まだ余裕のある三年チームと違い、それぞれが大なり小なり破損を抱えている後輩チーム。

 

 だが、気合は負けていない。

 

「先輩だからって、余裕ぶるな……!」

 

「スレッタちゃんは来てくれる……!」

 

「むしろ、俺達が出迎えてやる!」

 

 一機、また一機と被弾し、破損し傷ついていくが、それでもブレードアンテナを折られるまでは負けていないと三年機へと食らいついていく。

 

 けれども気合だけで勝てるのならば、戦術はいらないし、操縦技術というものは重視されない。

 

「いい気合いだ、ロマンだぜっ!」

 

「だが気合だけじゃなあ……!!」

 

 グエルとロマン男は破れず、また一機のハインドリーが敗れた。

 

 シャディク達もサビーナが帰還したことで陣形はより強固となり、イリーシャとレネ達による猛攻を寄せ付けない。

 

 観客もその様子に、

 

『後輩チームも頑張ったけど、そろそろ終戦だな』

 

 とあきらめの色を濃くした……その時だった。

 

「っ……!」

 

「来たのか!?」

 

「遅ぇんだよ!!」

 

「待ちかねたよ、エアリアル!!!!」

 

 三年チームそれぞれの"ようやくか"という声。そして、

 

 

 

「スレッタ・マーキュリー! エアリアル、行きますっ!!」

 

 

 

 無数のビットを従えて、スレッタが戦場のど真ん中に戻ってきた。

 

「水星ちゃんっ!!」

 

「よ、よかったぁ……!」

 

「みんな、ごめんなさい……! それと、ありがとうございますっ! もう、みんなを傷つけさせませんっ!!」

 

 スレッタは状況を見て、申し訳なさと、それ以上の喜びを感じる。

 

 誰がどう見ても味方はボロボロだ。一機として傷ついていない者はない。

 

 だけれども、それでも勝負を捨てずに戦ってくれて、しかも自分を出迎えるためにと踏ん張ってくれていたのだ。

 

 スレッタにもメイジー達のメッセージは届いていた。

 

 だからなおのこと、

 

「私は……負けられないっ!」

 

 スレッタの勝利への気持ちは、かつてないほど高かった。

 

 自分の意思とは関係なく始まってしまったグエルの決闘とも、またも巻き込まれた先輩との決闘とも違う。この戦いははじめて、自分の意思で、自分たちのために勝ちたいと願った戦いなのだから。

 

「みんな! お願いっ!!」

 

 スレッタの呼びかけに応じて、ビットが二軍に分かれる。それらは先行してグエル達の方と、シャディク達の方面へと向かっていき、

 

「っ! またビットの動きが、複雑になりやがった!!」

 

「ハハハハ! いいね、いいロマンだ!!」

 

「喜んでる場合か! っく……!」

 

 四方八方を超スピードで飛び回りビームを乱射するエアリアルのガンビットに翻弄され、しかもその合間を縫って後輩たちの機体まで飛んでくる。

 

(予想はしていたが、エアリアルがいると数的不利がとんでもねぇ!)

 

 グエルもロマン男も、その猛攻を前に被弾していく。

 

 そしてシャディク達のところも、

 

「エナオ! 私たちでガンビットを引き付けるぞ! 残る機体はエアリアル本体の迎撃を!」

 

「コピーっ! って、うわぁああ!?」

 

「ご、ごめんなさい……! 不意打ちしちゃってごめんなさいっ!!」

 

「っ、イリーシャか!」

 

「あの子、ちょっと怖いところあるわよね……。私が行くわ」

 

「頼む、エナオ!」

 

 サビーナはハインドリーで飛び回りながらガンビットをけん制、シャディクの周りにガンビットが飛来することを防ぐが、はじめて体感するビットによるオールレンジ攻撃に次第に削られていく。

 

 そしてシャディク達が相手をしなければいけないのはガンビットだけじゃない。

 

「はぁあああああ!!」

 

 スレッタの乗るエアリアルが、意志を持つような動きで切り込んでくるのだ。

 

 この瞬間にも一機、三年チームの機体がエアリアルのビームライフルで頭部を撃ち抜かれリタイア。それによりシャディクへの道が開いた。

 

「今なら……!」

 

「来るか、水星ちゃん……!」

 

 加速してシャディクの護衛機の間を抜けて肉薄するエアリアル。高機動型に改造してあるハインドリー・カスタムに乗るシャディクはそれを出迎えるが、

 

「っ……! これが、水星ちゃんの実力かっ!」

 

「私たちの、力です……!」

 

 元々操縦技術ではグエルに劣り、乗っているのも専用機とはいえ最新鋭ではないシャディクは、目的意識も何もかもが明確でノリにノっているスレッタの勢いを殺すことはできない。

 

「がっ……!」

 

 エアリアルから逃げるように後退するが、その脚部をビームライフルの狙撃により破壊されると、大きな隕石の上に不時着する。

 

 そして、そこに。

 

「これで……!」

 

 ガンビットを伴わず、だけれども純粋な機体性能と技術で圧倒したエアリアルが到着し、ハインドリーへとビームライフルを突き付け。

 

「私たちの、勝ちです……!」

 

 決着を告げる攻撃がシャディク機の頭部へと向かおうとした時だった。

 

 

 

「……まずいわね」

 

 

 

 それを見ていた観客席のミオリネが眉をひそめ。

 

 シャディクがうっすらと笑みを浮かべ。

 

 

 

「ああ、俺たちの……勝ちだ」

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 一閃。

 

 エアリアルの頭部を黄色いビームがかすめ、そのブレードアンテナを破壊していた。

 

『勝者 三年チーム』

 

 一瞬。ほんの一瞬の出来事。

 

 スレッタも、メイジーも、後輩チームの誰もが何が起こったのか理解できない。

 

 彼らの頭上に勝敗を示す文字が現れるが、読んでも頭が追い付かない。

 

 一方でその全てを理解していたシャディク、そして三年チームはそれぞれ戦闘をやめて、緊張を解くように大きく息を吐いた。

 

 そしてシャディク機も立ち上がり、遠くで合図を送る後衛の三年機、スナイパー型に改修されたディランザへと手を振る。

 

 スレッタが会ったこともない三年生、彼が勝利の一撃を決めていた。

 

 シャディクは自分の策が結実したことを認めると、薄く笑みを浮かべながらつぶやく。

 

「確かにエアリアルは脅威だ。機体性能だけなら、俺達の誰も勝てやしないだろうさ……」

 

 そんな魔法使いのような機体に存在する弱点。それは、

 

「だけれど、乗っているのは機械じゃない。人間なんだ」

 

 

 

 シャディクは前日に行われたミーティングで、チームメンバーへとこう告げていた。

 

『水星ちゃんはとてもいい子だ。グエルが惚れるのも分かるくらいにまっすぐだし、正義感も、義務感もある。だから本当に申し訳なく思うけれど、そこを叩く』

 

『みんなはまず、水星ちゃんの周りの味方を潰して回ってくれ。彼女にとっては、初めての味方、そしてチーム戦。むこうが仲間割れでもしない限り、水星ちゃんみたいな子はチームへの情が厚くなる。

 そしてそんな味方がやられたとなれば、水星ちゃんの勝利への欲求は高くなるだろう』

 

『そうなったら次の段階だ。あえて、エアリアルを引き込んでくれ。ただし、あの奇妙な動きをするビットは各自で引き付けながら。

 おそらく水星ちゃんは残っている味方を守りたがるだろうから、自然とビットを散らばらせることになるはずだ』

 

 そうしてエアリアルが単独でシャディクの元へとたどり着いたら、あとはチェックメイト。

 

『目先の勝利につられた時こそ、人に最大の隙ができる。水星ちゃんの注意はハインドリーのブレードアンテナへと向かうだろう。そこで彼女の意識外から狙撃してくれ』

 

 最後の言葉は、後衛の役割をする三年生へと。

 

『エアリアルが魔女のMSだろうとなんだろうと、相手の中身は人間。……だからこそ、勝てないわけはないのさ』

 

 策士はそう言って笑った。

 

 その策はかつての自分ならば絶対にしないであろう、自らが囮となって仲間に託すというやり方だった。

 

 

 

 そして現在、あれだけ賑やかだった戦場には静寂が戻っていた。

 

 三年チームも結局は危惧した通りにエアリアルによりあと一歩というところまで追いつめられたので、大きな声で喜ぶようなことはない。一方で一二年チームもエアリアルだけでなく全員が一丸となって努力したことへとある種の満足感のようなものを感じていた。

 

 後輩たちもエアリアルがいなければ、ここまで先輩を追い詰められなかっとわかっていたし、最後の決着も紙一重でシャディクの戦略が上回っていたからというもの。もっと言えば、後衛の存在を意識してそこまで対処できていればよかったのだから、全員の責任だ。

 

 静かな戦場と違い、もちろん観客席は大盛り上がり。

 

 観客が見たかったエアリアルの無双も、グエルの活躍も見れたし、推しの学生の活躍もまんべんなくある良試合だったのだから。

 

 あとは選手が引き上げて、閉会式へ向けた長めの休憩をとるだけ。

 

 試合終了でようやく自由になったファラクトも含め、各チームはそれぞれの運搬船へと戻ろうとして……そこでロマン男が気づいた。

 

「……スレッタさん?」

 

 エアリアルが動かない。

 

 ブレードアンテナだけが破壊されているだけで、機体はほぼ無傷と言っていいはず。なので、彼女たちも撤退する分には問題ないはずだったのに、ピクリとも動こうとしない。

 

 その異常を後輩チームも、三年チームも認識し、心配になったロマン男がスレッタへと回線を開いた。

 

「スレッタさん……? 大丈夫かい?」

 

 すると、流れ来たのは。

 

「……うっ、ぐすっ……うぅ……!」

 

 しゃくりあげるような、泣き声だった。

 

 いつまでもいつまでも涙が止まらないというような、そんな泣き声。

 

 それはこの試合にスレッタが賭していた思いの強さでもある。『みんなで優勝しよう』というちょっと的外れだけど真摯な言葉を聞いていた後輩チームなどはつられて泣き出してしまう女子も出るほど。

 

 三年チームとしても、その涙を笑う者はいない。ただ、その中で、

 

「…………スレっ」

 

「やめておけ、グエル。俺たちは勝者で、あの子は結果的に敗者になった。下手な慰めは逆に酷だよ」

 

 グエルが乗っているディランザが、エアリアルへと向かおうとしたのをシャディクが止める。

 

 多かれ少なかれ、勝敗には喜びも悲しみもつきもの。そして悲しみを与えてしまう覚悟をもって、戦いには臨んでいるはず。だから敗者の悲しみに寄り添えるのは勝者ではない。そういう戦士としての心構えをグエルもまた知っている。

 

 だからグエルは静かに、

 

「ああ、わかってる……慰めなんてしない」

 

「だったら早く戻ろう。あとは、メイジーたちが……」

 

「っ、だがな。言いたいことは俺にもあるんだよ……!」

 

「グエル……!?」

 

 静かに意思をたぎらせて、ディランザでエアリアルの元へと飛んで行った。

 

 そしてその頃、スレッタはコクピットの中で自分を責め続けていた。

 

(私のせいだ……、私が油断したから、その前にエランさんの誘いに乗っちゃったから、みんな頑張ってくれたのに、信じてくれたのに、応えられなかった……!)

 

 水星にいたころ、スレッタは孤独だった。今ではスレッタはそう思う。

 

 周りに同世代の子供なんていないし、老人たちもスレッタを認めている者もいたが、それもスレッタと肩を並べるのではなく自分たちを守ってくれる存在として。尊敬している母親は一年のほとんどを外で働きに出ていたし、エアリアルも守ってくれる家族ではあったが人とMSとで、不思議な関係だ。

 

 初めてこの学園に来て、誰かに期待された。

 

 一緒に何かをしようと言ってもらえた。対等に、友達として信じてもらえた。

 

 これまでは決闘であったり、体育祭での寮対抗リレーであったり、エアリアルと一緒なら勝ててきたから。

 

 だからこそ、今度も絶対にエアリアルと一緒なら負けないと、期待に応えられると、スレッタは自然と信じてしまっていた。その結果が、この完全な敗北。

 

 初めての、負け。

 

 それはスレッタにとって心をぐちゃぐちゃにするには十分で、自分が次に何をやればいいのかもわからなくて……しかし、その時に。

 

 トントン、とコクピットの外から音が響いた。

 

「ぐすっ…………え?」

 

 そのノックする音に驚き、スレッタは頭を上げる。涙でぼんやりしている視界の中に見えたのは、エアリアルの外でスレッタを神妙に待っているグエルだった。

 

「ぐえる……さん?」

 

 スレッタは思わず、エアリアルのコクピットを開ける。

 

 するとグエルは静かにスレッタの前へとやってきて、

 

「……なんで泣くんだ、スレッタ・マーキュリー」

 

 と、そう問いかけてきた。

 

「なん、で……? だって、だって、わたし、まけちゃって……!」

 

「…………そうだな」

 

「わたしが、わたしがもっとつよかったら……! みんなに、信じてもらったのに……、みんな、みんな、と……勝って、よろこんでもらいたかったのに……」

 

 スレッタは再び両手で顔を覆う。

 

「ぐすっ、ごめん、なさい……、ごめんなさい……! ぐえるさんにも、こんな、なさけないとこ……」

 

 もう消えてしまいたいほど恥ずかしくて、情けなくて。けれど、そんなスレッタへとグエルは言うのだ。

 

「確かにお前は負けた。そして俺達は勝った。勝敗なんてのは、決まっちまったら覆せない……卑怯な手でも使わない限りな」

 

 だが、とグエルはスレッタの手を掴んで顔を上げさせると、真剣に問いかけるのだ。

 

「だが、お前は逃げなかっただろ……?」

 

「っ…………!」

 

「逃げれば一つ、進めば二つ。お前が俺に教えてくれた言葉だ。そしてこの戦いでもお前は逃げなかった。……だから教えろ、スレッタ。お前はこの戦いに進んで、なにを手に入れた?」

 

 それを問いかけたくて、グエルはここに来た。

 

 スレッタを慰めるのはグエルの役目じゃない。それは後輩チームがチームの仲間として行うべきこと。だから、ただ悲しんでいるというのならこの役目をグエルはするつもりはなかった。

 

 だが、スレッタが自分を責め続けているのなら、自分のことを疑ってしまうのなら。

 

 友人として、スレッタという人間に惹かれている異性として、そしてスレッタと出会って変わった人間として、スレッタの背中を叩いてあげられるのは自分しかいない、と。

 

 そのグエルの問いに、スレッタは涙でぬれた目を何度も瞬いて、ゆっくりと指を折りながら数え始めた。

 

「ぐすっ……たくさん、友達ができました。……みんなで、協力することも、いっしょに喜べたらたのしいっていうことも、うぅ……わたしがまだ弱いことも、わかりました。それに、もっと、もっとたくさん……うぅううう!」

 

 泣きながら、それでも自分は戦いで得るものがあったと。

 

 それを聞きながらグエルはほっと安堵したように息を吐く。彼が愛した少女は、やはり……。

 

「だったら、もう自分を責めるな。お前は負けたが、負けから得るものがあったって、胸を張って帰ればいい。そして……一つだけ、忘れんな」

 

 

 

「スレッタ・マーキュリー、お前はとても強かった。それはこの俺が保証する」

 

 

 

 自分が同じように敗北したときに、少女に言ってもらえて嬉しかったことを。今度は少年から少女へと。

 

「ぐえる、さん……うぅ、ぅうう、うわぁあああああああ!!」

 

 スレッタはグエルへと縋り付くように、声を張り上げながら泣き出す。

 

 けれどそれはもう自分を責めるような、罰するような籠ったものじゃない。

 

 泣くことを、悲しむことを、一生懸命に。そしてその先へと進めるようにと、そんな全てを絞り出すような涙だった。

 

 

 

「まったく。かっけえな、グエル」

 

「ふふ……今日は生中継はしないのかい?」

 

「俺だって野暮な時は分かるっての。ああいうロマンは、二人だけのものだろ?」

 

「ああ、そうだろうね。そして、水星ちゃんはこれからもっと強くなりそうだ……」

 

「敗北から主人公は強くなる! ……それが、ロマンだもんな」




ふぅ……ロボットでの複数戦闘って難しいですね。
映像がないからさらに。

ですが、やりたいことや書きたいことも書けた楽しい試合でした。
よろしければ感想などいただけると嬉しいです。

そして次回は体育祭編クライマックス……の前にニカさんとの約束回!

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32. ■■■■■■

 こうして体育祭のスケジュールは、選抜戦にて終了した。

 

 何人もの生徒とMSが暴れまわった三日間。中には世界の話題になる程に見事な試合もあったし、そうでなくとも生徒たちが数十年後も忘れられない思い出もいくつも生まれた。

 

 だが、まだ祭は終わりじゃない。

 

 誰が言ったか、帰るまでが祭。元の言葉は遠足だが、今の時代に遠足という概念はないに等しい。

 

 これから二時間ほど後に、閉会式と表彰が開かれる。おそらくはジェターク寮が今年も総合MVPをとるし、個人MVPおよび副賞をゲットするのはグエル・ジェターク。また世界トレンドに乗るくらいには話題になるだろう。

 

 そして、公式の行事が終わってもまだ祭は続く。こんなにスリリングな一日を過ごした後は、学園全体で打ち上げパーティーだ。

 

「水星ちゃん! 一二年チームのみんなも打ち上げやるから来てよ!」

 

「打ち上げ、ですか?」

 

「そうそう! 水星ちゃんがチームMVPだし、君が来ないと始まらないよ?」

 

 それはスレッタ達、選抜戦の出場選手も同じこと。着替え終わって制服に戻ったメイジーは、スレッタをそう言って誘っていた。

 

 あの後、気持ちを落ち着かせたスレッタは無事に自分のチームへと合流した。

 

 涙の跡をぬぐいながら入ってきたスレッタを待っていたのは、同じチームの女生徒たちからの抱擁。女子には厳しいレネさえも、その中に入っていた。

 

 そして誰もが口々にスレッタのせいじゃないと慰め、むしろ自分たちのふがいなさを訴えるので、スレッタもそれを否定して……。最後には全員で三年チームへの理不尽さを笑い合って。

 

 所詮は学生のお遊びだと大人たちは言うかもしれないが、きっと、そんな光景はお遊びでないと見れないだろう。これもまた青春の一ページである。

 

 その青春の輪の中に入れたスレッタも、最初にチームミーティングをした時と比べれば、はるかにメイジーやフェルシーとも打ち解けている。

 

 なのでスレッタの返事は軽やかだった。

 

「は、はい……! よろしく、おねがいしますっ!」

 

「そっか、良かった♪」

 

「あ、でも……地球寮でも打ち上げがあったりするので、そんなに長くはいられないかも……です」

 

「大丈夫だよ♪ みんなも自分の寮でやってたりするし……そうだ! じゃあ、別の日にももう一回やっちゃおっか♪ こういうお祝いなんて、何回やってもいいんだから!」

 

「な、なるほど……! お願いしますっ!!」

 

 友達と打ち上げ、パーティー。スレッタはほっこりした笑顔になる。

 

 と、そこで不意にスレッタは思い出した。打ち上げや閉会式の前に、やるべきことが残っていたと。

 

「あっ……! 私、そろそろ行かないと……!」

 

「水星ちゃん、もしかして待ち合わせ?」

 

「は、はい……!」

 

「ははーん、もしかしてデートでしょ♪ 誰と? グエル君? それともミオリネ?」

 

「ち、ちちち、ちがいますっ! 実は先輩から、知り合いの人にエアリアルを見せてほしいってお願いされまして」

 

 それを聞いたメイジーはきょとんと目を丸くした。

 

「ロマン君の知り合い? ふーん、学園生とか企業関係者なら、エアリアルも見慣れているはずだけど……どこの知り合いなのかな?」

 

「えーっと、観光の人だって言ってました。でも、モビルスーツのことが大好きって」

 

「そうなんだ! じゃあ、家族のお披露目だね♪ 楽しんできて!」

 

「は、はい! それじゃあ、またあとで!」

 

 スレッタはそう言って、勢いよく控室を出ていく。

 

 あとに残ったメイジーはその背中が見えなくなったのを確認すると、少しだけ思案顔になって。

 

 そして、杞憂であればいいと思いながら、一つの連絡を入れた。

 

「……もしもし、シャディク? うん、私だけど」

 

 

 

「ちょっと、気になることがあって……」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 それから少し時間が経ち、少年はまだまだ冷めやらない祭の喧騒の中を走っていた。

 

「やばいな、時間食っちゃった。ナナウラさん、もう待ってるぞ……」

 

 何度も何度も時計を見るが、時刻はもうすぐ待ち合わせの時間。

 

 あれから少年も急ごうとしたのだが、さすがに実行委員長という職は重く、表彰対象の最終確認やら閉会式の簡単なリハーサルをこなしてから出ないと自由にはなれなかった。

 

 結果がこの時刻。

 

 待ち合わせ場所の距離を考えると、時間ちょうどにたどり着ければ上々という状況だ。

 

 なので、ロマン男はひた走るのだが、

 

「あ、ロマン先輩!」

 

「体育祭、楽しかったですよー!」

 

「おっ! ありがとー!」

 

 なんて、周りの生徒から声をかけられると、返事をしてしまう。今日は被り物もしていないので、屋台や通りすがりの生徒からは次々と感想が飛んできていた。

 

 なるべくスピードを落とさず、かといって無反応はせず。

 

(じいちゃんもおもてなしの心が大事って言ってたし、こういうとこはちゃんとしないと)

 

 それは少年のルーツでもある、地球の島国で貴ばれた価値観らしく、幼少のころから口すっぱく祖父に教わったことだった。

 

(だから、ナナウラさんにも……)

 

 少年は知り合ったばかりの少女のことを考える。

 

 道に迷ったように途方に暮れた、悲しそうな顔をしていた女の子。だけれど、話をしているうちにモビルスーツのことなら楽しみを共有できて、最後には再会を願ってくれるほどに心を開いてくれた。

 

 もちろん、学園の外から来たお客さんは皆が平等で、特定個人を贔屓してはいけないと少年にもわかっているが、あれだけロボットを好きになって、ロマンのことにも理解を示してくれたことへ何も思うところがなかったというのも嘘だ。

 

 だからこそ、自分にできる最大限のおもてなしを。

 

 たとえ、彼女にどんな事情があっても。

 

(エアリアルと会って、最高の思い出をつくって帰ってもらう)

 

 この体育祭に来たことが、彼女の人生の中で素晴らしい思い出になるように。

 

 そんなことを考えていたからだろうか。少年はなんとか無事にニカとの待ち合わせ場所にたどり着くことができた。時刻はぴったり一分前。

 

 少年は走ってきて乱れた息を整えながら目を凝らす。すると街灯の下で、所在なさげに俯く少女の姿があった。

 

「ナナウラさん、お待たせ!」

 

 その声に、ニカはぴくりと反応して、元気を取り戻したかのように顔を上げる。

 

 そして、

 

「あっ……! アッスー君、こんにち……」

 

 ……少年の顔を見た瞬間に、表情をこわばらせた。

 

「ナナウラさん?」

 

「あ、その……あなた、は……?」

 

 少年はニカから数歩離れた位置で、急に表情を変えた少女のことをうかがう。

 

 明らかに、ニカには動揺があった。少しだけ足を後ろに引きながら、すぐにでも逃げ出したいような、そんな怖がるような仕草。

 

 その様子は不審だったけれど、あえて少年は今は考えないようにした。

 

 そもそもがこの姿でニカと会うのは始めてだったのだから、いきなり着ぐるみの中身が出てきたら驚いて当然だろうと。

 

 なので少年はニカを安心させるように微笑むと、改めて自己紹介をした。

 

「驚かせてごめんね。アッスー君の中の人……っていうか、アスム・ロンドです」

 

「ろん、ど……」

 

「あー、けっこう学校とかじゃ名前も広がっちゃってるし、それで知ってたのかな? ……大丈夫?」

 

「う、うん……だいじょうぶ、だよ」

 

 答える声は、どう見ても大丈夫ではないもの。

 

 しかし、思案するように顔を俯かせて何事かをつぶやいた後、ニカは顔を上げて言うのだ。

 

「うん……改めて、お願いします」

 

「こちらこそ、よろしく!」

 

 少年はその言葉に満面の笑顔を浮かべた。

 

 自分まで不審な顔をし続けたら、ニカはますます居心地が悪くなってしまうだろうし、なにかニカに悩み事があったとしても、少年には知ることなどできない。

 

 だから自分にできることは何かと考えたら、一刻も早く、彼女が望むエアリアルを見せてあげることがベスト。好きなものに触れられるとき、人は元気になれるものだから。

 

「じゃあ、さっそくエアリアルを見に行こう! スレッタさんも待っているからさっ!」

 

 そうしてロマン男が先導して、二人は地球寮の格納庫に向かった。その道中、ニカはずっと無言だった。

 

 真新しく改装された地球寮の小さな建物に二人がついたとき、そこには既にスレッタが格納庫の明かりをつけて待っていた。

 

 スレッタは先輩である少年が到着したのを見つけると、ぴょんぴょんと小動物のように飛び跳ねて手を振る。

 

 スレッタもまた大切な家族であるエアリアルのことを好きだと言ってくれる人が気になっていたし、楽しみでもあったから。

 

 だがそこで少年は不思議に思った。彼女の周りに他の地球寮の面々の姿がなかったからだ。

 

「あれ? みんなはどうしたの?」

 

「屋台が閉まる前に、打ち上げ用のお菓子とかご飯とかを買いに行ってます。えっと……、ちょっと前に出かけたから、あと少しで帰ってくると思います!」

 

「そっか、みんなも頑張ったもんなぁ……。

 ナナウラさん、こちらがエアリアルのパイロットのスレッタさん。たぶん、映像とかで知ってるとは思うけど」

 

「……ニカ・ナナウラです」

 

「あっ……! す、スレッタ・マーキュリーですっ! よろしく、おねがいしますっ!」

 

「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 きっとスレッタの緊張具合がツボに入ったのだろう。ニカはようやく少し微笑みを見せて、それに少年は安堵する。

 

 あとは待ちに待ったエアリアルとのご対面だ。

 

 ニカは二人によってエアリアルの前へと案内されて、初めて近くで、その白と青の美しいモビルスーツを見た。

 

 彼女の夢見ていた通りに、それは彼女が見てきたどんなMSよりも美しかった。

 

「これが水星のモビルスーツ……!」

 

 ほう、とため息が出てしまうほどにニカはエアリアルに見入り、そんな瞳に明るい色が戻った様子に少年もほっと胸をなでおろす。

 

 よほど気に入ったのだろう。ニカはそのまま無言でエアリアルを見上げていたかと思うと、スレッタへと少し焦り気味に尋ねる。

 

「さ、さわってみてもいい?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

「うわぁ……♪ 本物だ……。私、エアリアルにさわれてる」

 

 ペタペタとエアリアルの足先に手を触れるのから始まって、

 

「ね、ねぇ……! 質問していい、あのビットのコントロールだけど――――」

 

「あ、そ、それはお母さんが――――」

 

「っ! そんなこと、可能なんだっ! すごい……!」

 

 少し離れたところにいた少年にはよくわからない専門的な話まで。

 

 そうして一通りスレッタとエアリアルのことを語り合ったニカは、改めてエアリアルを見上げながら、静かに言うのだ。

 

「……やっぱりミステリアスだね、君は」

 

「ニカさん、エアリアルを人間みたいに……?」

 

「あ、そ、その……変かな? なんだか、顔を見てたら、そう思っちゃって……」

 

「い、いえいえっ! ……エアリアルは家族ですから、そう言ってくれるのは嬉しい、です」

 

 スレッタにしても、エアリアルを意志ある存在として認めてくれる人は珍しく、目の前の少女へと強い親しみを感じ始めていた。

 

 そして、そんな二人を見守る少年はと言えば、

 

(よかった……、ナナウラさんも元気になって)

 

 少年は考える。

 

 やはり彼女をここに連れてきたのは正解だったと。彼女が何かしら抱えていることも分かっているが、そして自分に対して不思議な隔たりを感じていることも分かっているが、それでも少年はかまわなかった。

 

 大事なのはニカという少女がこの一日をどう楽しんでくれたか。そして、この様子を見るにスレッタのおかげでいい思い出は作れているようだったから。

 

 するとそんな三人の後ろから、賑やかな声が聞こえてきた。地球寮の面々が買い出しを終えて帰ってきたのだ。

 

「帰ったぞー」

 

「ただいま、スレッタ」

 

 しかもその中には、

 

「なんで私まで……」

 

「まあまあ、どうせうちで打ち上げするんだし、付き合ってくれよ」

 

 ミオリネまで不承不承という顔で荷物を持たされている。おそらくは行きがけにばったり出くわしたりして、そのまま買い出し要因にされたのだろう。

 

 そして面々はロマン男のことを見かけると、気安く手を振ったりしてあいさつをした。

 

「あれ? なんでロマン先輩がここに?」

 

「おーっす、パイセンもおつかれー!」

 

「アリヤ先輩っ! これはチャンスかもしれませんよ……! わざわざ祭の終わりにお出迎えなんて、デートのお誘いですよっ!」

 

「リリッケ……!? だから、そういうのはもっと小声で……!」

 

「で、アンタはなんでここにいるのよ?」

 

「それを言うならミオリネのほうだろ。あ、その前に、みんな、体育祭お疲れ様っ! 特に寮対抗レース、すごかったぜ! チュチュちゃんの爆走とかマジロマン!」

 

「はっ♪ あったりめーだっての! 地球寮の力、見せつけてやったぜ!」

 

「「こうしてまた学園にチュチュの狂犬伝説が刻まれるのだった」」

 

「オジェロ、ヌーノ! おめえら、次言ったら、その伝説の一部にしてやるからな!?」

 

 なんて地球寮の面々はいつもよりも楽しそうだ。

 

 そのことに少年も気分が盛り上がり、次にこの場にいる客人へと彼らを紹介しなければいけないと思い立った。

 

 少年はニカとスレッタの方向へと振り返ると、

 

「ナナウラさん、この子たちはち…………」

 

「ちきゅう、じん……?」

 

「……ななうら、さん?」

 

 人好きする笑顔を浮かべていた少年は、今度こそ表情をなくした。

 

 それはニカの隣にいるスレッタも同じ。

 

 ニカは震えながら、地球寮の面々を見つめて顔面を蒼白とさせていたのだから。

 

 さっきまでエアリアルに夢中になり、元気を取り戻しつつあったニカ。そんな彼女が心の底からの驚きと恐怖を浮かべて、少年たちを見つめていた。

 

「「「っ…………」」」

 

 そのただならない雰囲気にチュチュを始め、地球寮の面々は顔を曇らせる。

 

 彼らにも、そして少年にもこういう雰囲気は経験があった。いや、むしろ学園以外では普通に起こりえること。

 

 少年は慌ててニカへと説明しようとする。

 

 ニカは月出身だと聞いていたから、地球人に対して偏見があったのかもしれないと。だからこんなに怖がっているのかもしれないと。

 

 少年は彼らが信頼できる友人であることを理解してもらおうと言葉を募らせ、

 

「待ってナナウラさん。みんなは確かに地球出身だけど、同じ学園の仲間なんだ。俺もいつも仲良くしてもらっているし、いい人たちだから……」

 

 そんな"的外れな"弁論に……

 

 

 

「…………なんで?」

 

 

 

 ニカは茫然とした声で返した。

 

 その時初めて、少年はニカの恐れが、その震える視線が、自分へと向けられていることに気がついた。

 

「ナナウラ、さん……?」

 

 ニカは今度こそバケモノを見るような、理解不能なものを見るような視線のまま、じりじりと後ろに下がっていく。少年から離れようとしている。

 

 そして震えながらニカは少年に問いかけた。

 

「なん、で……? なんで、地球人と仲良くできるの……?」

 

「なんで、"私たち"と仲良くできるの……?」

 

「よりにもよって"あなたが"地球人と仲良くできるの……?」

 

「な、なんでって……俺達はとも」

 

「……っ、そんなわけないでしょ!!!!!!」

 

「っ……!?」

 

 ニカが体を抱えるようにして大声を上げる。

 

 それは自分が聞いたことを、見たことを、全てを否定するような強い拒絶だった。

 

 ニカには、テロリストとして育てられた少女にはどうしても理解できなかった。この少年が、ロマン男と呼ばれた地球寮生の友人が、この場にいることが誰よりも異常だと知っていた。

 

 ニカは震える手を押さえつけるように体を抱きながら言う。

 

「わたし……がまんしてた。ずっと、ずっと我慢してた……。地球人と、スペーシアンだから仕方ないって。これは戦争だから、酷いことをされたから、私たちだって酷いことをしたから……

 だから、やりかえされるのも、しかた、ないって……」

 

 涙すら流しながら訴える。

 

「だから、だから……! 殺されそうになった時も、学校に行けなくなった時も、こんなことを命令された時も……! ずっと仕方ないって、そう思ってたのに……」

 

 それが大人によって拾われ、教わってきたニカの中にある真実。

 

 目の前の少年はその象徴のはずだったのに、

 

「っ……! なのに……! 私が学校に行けなかったのは"あなたのせい"なのに……!

 なんで!? なんで、あなたが地球人と仲良くできるのっ!?!?」

 

 

 

「あなたの家族を殺したのは、地球人なのに……!!」

 

 

 

「お母さんも、お父さんも、妹さんも、みんな殺されたんでしょ……!?」

 

 

 

 そんな理不尽を与えたならば報復されて当然だと、そう思っていたから。

 

 少女は少年の在り方を理解できない。許容できない。

 

 だから、少女は拒絶する。

 

「なんなのあなた……? なんで、そんな風に笑ってられたの? わからない……わからない……! あなた……」

 

 

 

 

「キモチワルイ」




ニカさんは良識も思いやりもあって、そして我慢してしまう、できてしまう子という印象です。

これからどうなるかは、次回をぜひ。
(私事の都合で週明けになるかもです)

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33. 彼らの判断

うわぁあああ!
この一話で好転させたかったのに、長くなってしまったぁあああ!!







「お母さんも、お父さんも、妹さんも、みんな殺されたんでしょ……!?」

 

 

 

 その少女の叫びを聞いたとき、アリヤは言葉の意味を理解できなかった。

 

 もちろん音は正確に届いていたし、こんな慟哭を聞いて、瞬時に忘れることなんてない。だが、その意味するところを理解できない……いや、"したくない"が正確かもしれなかった。

 

 それは他の地球寮の面々も同じだった。時間が停止したように全員が全員、表情をこわばらせて視線を彼らからすれば謎の少女と、彼らの友人であったはずの金髪の少年へ向けたまま動かせない。

 

 動いたのはたった一人だけ。

 

「……あなた何者? なんで"それ"を知っているのかしら?」

 

 ミオリネ・レンブランが鋭い表情でニカへと一歩、足を進める。

 

 ミオリネには他の誰とも異なり、迷いなどない。そんなこと、とうの昔に知っているのだから。だからミオリネは、彼女の幼馴染の過去を知っているニカへと不信を抱き、

 

「っ…………!

 

「待ちなさいっ……!!」

 

 逃げるように走り出したニカを追いかけた。

 

「このっ! もしもし、シャディク!  今、地球寮の前なんだけど……はぁ!? もう知ってる!? だったらさっさと何とかしなさいっての! まったく、あの腹黒っ!!

 スレッタ! あんたもついてきて! 私じゃ追いつけないから……!」

 

「えっ……で、でも……!」

 

「はやくっ!!」

 

「は、はいっ……!」

 

 ミオリネには怒りなどない。別に祭だろうと何だろうと、理不尽なことはいつでも襲ってくると知っているから。だから気にかかるのは、この問題が後に自分たちへとどのように尾を引くかということだけ。

 

 だからまずはニカ・ナナウラという不審な少女を何とかすることが最優先。

 

 ただそれでも、ミオリネは去り際に一言だけを残した。事態の理解を拒んでいるアリヤへ、そして地球寮の面々へと。

 

「だから、言ったでしょ?」

 

 

 

「覚悟した方がいいってね」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 三人の人影が消えた地球寮の格納庫には重い沈黙があった。

 

 誰もしゃべろうとしない。口火を切ることができない。

 

 少年と付き合いの長い三年生は事実を何とか受け止めようとし、下級生たちは言葉の表層を捉えると少年へと疑いと恐れの混じった視線をそろそろと向け始める。

 

 ニカの話が真実であるなら、地球人は彼にとって家族の仇だ。

 

 もちろんこの中の誰一人としてその事件についても何も知らないし、関わってもいない。だとしても、その被害者が加害者と同じカテゴリーの人間に何の偏見もなく付き合えるものだろうか?

 

 家族という自分に最も親しい人たちを殺されて、その仇の仲間を心の底から友達だと言えるものだろうか?

 

(あーしなら、そんなことできねぇ……)

 

 チュチュは考える。

 

 もし家族がスペーシアンに殺されていたら。その加害者どころではなくスペーシアン全体を憎んでいてもおかしくないと思う。ただでさえこのアド・ステラという時代は地球と宇宙とのカテゴライズが進み、かつての人種のように地球や宇宙で一緒くたにされているのだから。

 

 もし自分が少年の立場なら、地球寮生など目にも入れたくないか、あるいは積極的に排斥する側になっていたかもしれない。

 

 あるいはその過去を乗り越えていたとしても、少年の行動は度が過ぎている。

 

 避けるでもなく、退けるでもなく、友人として近づき、彼の力を使って守ることまでしていた。

 

 それは常識の外の行動であり、度が過ぎているからこそ不安が募る。

 

 彼に惹かれているアリヤでさえ、そんな下級生の雰囲気を嗜めることも、叱ることもできない。彼女自身、少年の理由を、過去を知りたがったが、それでもここまでのものが出てくるとは思っていなかった。

 

 だから、なにかしないといけないと理性が考えるけれども、手が震え、口が動かず……

 

「……ごめん」

 

 初めて聞いた少年のか細い声に、顔を上げた。

 

 少年は心の底から申し訳なさそうな、自嘲するような笑みを浮かべていた。

 

「こんな空気にするつもりじゃ、なかったんだ……。せっかくみんなのお祝いもあったのに……だから、その……本当にごめん」

 

「…………っ」

 

 心の底から申し訳ないと、そう告げる声色に、アリヤは息を呑む。

 

 この中で誰が被害者かと言われれば、少年だ。秘密にしていた過去を暴露され、仲良くしていた友人たちから疑いの目を向けられて。それでも、彼の存在が地球寮生の楽しみを邪魔したと。

 

(ああ……キミは、こんなときも……)

 

 学生に楽しみを、喜びを、ロマンを。そう願って動いてきた彼にとって、自分が傷つくことよりも仲間の楽しみを奪ってしまったことの方がきっと辛いことで。

 

「だから、今日は帰るよ……。じゃあ、また……」

 

「待って!!!!」

 

「っ…………」

 

 アリヤは少年が言い切る前に走り出して、少年の手をつかんでいた。

 

「大丈夫……。私たちは……私は、大丈夫だから……」

 

 アリヤの目からは涙が流れていた。

 

 その理由は彼女自身にもわからない。

 

 つらい経験をしたという彼に共感したのかもしれないし、それを隠しても自分たちを守ってくれた彼に感謝しているのかもしれないし、彼が変わらず彼自身だったことに安堵したのかもしれないし、自分さえ彼を一瞬でも疑ってしまったことを恥じたのかもしれない。

 

 いや、きっと、そのすべてが混ざっていて……。そしてそんなぐちゃぐちゃの感情のままでも、彼女自身の心は決まっていた。

 

(帰したくない……、終わらせたくない……! この人をこんな顔で、こんな悲しいことを言わせて、私たちの家から出ていかせたくない……!)

 

 だからアリヤは上ずった涙声のままで、少年へという。

 

「アスムの過去になにがあっても、どんな理由があっても……!

 私は、キミがしてくれたことを忘れない……! キミが守ってくれたことを忘れない……!

 キミは私の大切な人で……それだけで、十分で……! だから、だから……!」

 

 最後の言葉は、もう言葉にもなっていなかったが、

 

「おねがい……ここにいて……!」

 

「……うん」

 

 少年は静かにうなずいて、手を握り返した。

 

 

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

 ニカ・ナナウラは息を荒げながら、喧騒の中を走っていた。

 

 涙と鼻水が混じったものが口に入ったり、もっとドロドロとしたものが胸の上にせりあがって来て、どうしようもなく息が詰まっても走り続けていた。

 

(なんで、なんで……!!)

 

 なんでこうなったのか。

 

 ニカの頭を支配するのはただ一つだ。

 

 楽しかったはずなのに、嬉しかったはずなのに、こんなに嬉しいことは人生に一度もなかったはずなのに、それが壊れた。自分が全部、壊してしまった。この足でふみにじった。

 

 でも、そうしないといけないほどに、どうしてもわからなかったのだ。

 

(なんで、あの人は私たちを憎まないの……!?)

 

 数年前、ニカ達の潜伏していたアジトが当局から急襲を受けた。

 

 当時のリーダー格だった男たちも死亡して、ニカと同い年くらいの子どもも行方知れずになった。おそらくは死んだか囚われたかのどちらかだろう。だろうというのは、大人たちがわざわざ捨て駒の子供の死亡確認などしないので、命からがら逃げだしたニカが想像しただけだからだ。

 

 原因は、ニカの組織と結びついていた協力者の裏切り。

 

 そして生き残った大人たちは血走った目で裏切者へと呪いの言葉を叫んだ。

 

 必ず殺すと、恨みは一生忘れないと。新たな傷だらけの男がリーダーとなり、組織が立て直されると、まずは裏切者への復讐が訴えられたほどに。

 

 だけれどそんな言葉は傷ついたニカの耳を素通りしていた。

 

 彼女にとって大事だったのは、たとえスパイ目的であろうとも、楽しみにしていたアスティカシア学園への入学が取り消しになったこと。そして、その裏切者の動機が、

 

『友人を傷つけたことへの復讐』

 

 というものだったこと。

 

 ロングロンド社という名前を、幼いころからニカは聞かされていた。その先代の社長と家族を殺したことを大人たちは武勇伝のように語っていたから。地球を搾取しようとしていたスペーシアンへ鉄槌を下してやったと。

 

 その時のニカは人殺しを誇る大人たちを理解できなくて、むしろ自分はああなりたくないという気持ちを、口には出さずとも心には秘めていた。

 

 だから、件の裏切者がロングロンド社の社長と友人になり、今になって、友人の家族を奪った復讐のために自分たちを切り捨てたという話を聞いても、ニカには納得しかなかった。今更になって裏切った男へと思うところは大きいが、その"友人"が彼に頼んだとしたら納得するしかない。

 

 殺してきたのだから、殺されるのだって当然。

 

 こちらが憎んでいるのだから、憎まれても当然。

 

 学校に通えるとか夢を見ていたことの方が分不相応だったのだと、涙を流しながら自嘲していた。

 

(なのに……なんで、こんな世界があるの?)

 

 因果応報、目には目を歯には歯を。それがこの敵だらけ世界を支配する単純で覆りようのないルールだと思っていたのに、この学園は違った。

 

 誰もが楽しそうに青春を謳歌している。

 

 スペーシアンだけじゃない。アーシアンもだ。

 

 スペーシアンが主体となった学園なのだから、むしろアーシアンは虐げられる立場にあると思ったのに、競技に出るアーシアンの生徒は輝いていて、そんな彼らに応援の声さえかけられていて。

 

 ニカはその事実に絶望した。その事実を理解してから、もう競技なんて見れなくなった。

 

(どうしようもないって……そう思ってたから、生きてこられたのに)

 

 人を殺す訓練も、人を殺す助けも嫌いだ。大嫌いだ。

 

 でも、やるしかない。この世界は変わらないんだから……

 

 なのに、そんな抱いていた前提が崩れた。

 

 努力することでアーシアンもスペーシアンと友達になれる、応援される立場になれる。世界はちょっとしたことで変えられる。

 

 そんな夢物語が現実になっているというなら、ニカ達がやっているのは無意味なことでしかない。いや、無意味どころか害悪だ。

 

 ニカは自分はマシな方だと思っていた。人殺しはしたことがないし、それを積極的に支持しない。狂ってしまった大人よりもずっとマシだと、ほのかな自尊心すらあったから、狂わずにいられたのに。

 

(結局、私もあの人たちと同じ……もうどうしようもない側の人間だったんだ……)

 

 この学園の現実を知って、心の底から安堵できたならよかった。優しい世界があったと知って、戦いを辞められるような人間だったらよかった。

 

 でも臓腑の中から沸き上がったのは、嫉妬と憎悪と、そんなことしか思えなかった自分への絶望。

 

(私は、ずっと……他のみんなも同じように苦しんでいたらいいって……そう思ってたんだ)

 

 そんな自分を受け入れられず、せめて優しい思い出に浸りたいと待ち合わせ場所に行ってみたら、出てきたのは自分たちを憎んでいると思っていたロングロンドの社長だ。

 

 地球寮の友達だと言い、誰も憎んでいないようなそぶりをして、ニカにもたくさんの思い出を作ってくれた……優しい人だと思えた男性。

 

 もう訳が分からなくて、ニカは自分の正体も何もかもをぶちまけて逃げ出した。

 

「うっ……ごほっ、ごほっ……!」

 

 走っていることに耐えられなくなった体が吐き気を催し始め、ニカは口元を押さえながら学園の建物の陰に身を潜める。

 

「はぁ……はぁ……、あぁ、みにくいなぁ……」

 

 もう自分自身が嫌だ。

 

 優しくしてくれた人に呪いを吐きかけて、重すぎる愛に理解を拒んで、憎しみに変えようとして……でも、あんなことをしたのに一丁前に後悔なんてしている。

 

 地球に戻っても、こんな現実を知ったら組織に戻ることもテロに身を投じることもできないだろうに……

 

 自分がどこへ向かえばいいのか、なにをすればいいのか。

 

 理解できずに涙を流すニカへと、

 

「…………動くな」

 

「っ…………!」

 

 固いものが押し付けられ、敵意を孕んだ冷たい声がかけられた。

 

 ぞわりと震え上がる背中。見なくとも、なにが背中に当たっているかは理解できた。

 

(おんなの、ひと……?)

 

 そろそろと後ろをうかがうと、そこにいたのは学園の制服を着た美しい女生徒だった。鷹の目のような鋭い目をした人。

 

 その見た目や隙の無い行動からは、仕事に徹するタイプだと思えるが、

 

(この人……)

 

 少女の顔には隠し切れない憎悪が見えた。少女はニカのことを、心の底から憎んでいる。今にも引き金を引いてしまいたいとそう思っていると確信できてしまうほどに。

 

 その私怨を見て、ニカ自身が傷つけた少年のことが思いだされて、ニカはどこか納得を抱く。

 

(あぁ……きっと、あの人のことが大切なんだろうな……)

 

 女生徒は、自分が傷つけたあの少年のことが大切なんだろうと。女の直感のようなものだった。

 

 彼のことが大切すぎて、少しも傷ついてほしくなくて、そのためなら自分の身なんてどうでもよくて……そんな彼を傷つけたニカを殺したいほどに憎んでいる。

 

 引き金を引かないというのも、彼女の意思じゃなくて、別の誰かの判断。

 

 そこでニカはコツコツという足音と一緒に、甘くて信用できない声を聞いた。

 

「サビーナ、そこまでだよ。アイツが作ったこの祭を、血で汚したくはないだろう?

 そして……確か、ニカ・ナナウラだったかな? 計画が無事に進んでいたら、君もこの学園生だったはずだろうに。ああ、心の底から残念だよ」

 

「っ……よく、ここに顔を出せましたね」

 

 

 

「プリンス……いえ、シャディク・ゼネリ」








次回からいい方向に向かうはずです。

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34. 明日の夢

 シャディク・ゼネリ。

 

 ベネリットグループ御三家の一つ、グラスレー社の御曹司であり、孤児の身でありながら後継者の座を手に入れた才人。それが世間で知られるシャディクの経歴だ。

 

 だがその実態はテロリストと手を組み、自身の目的のために暗躍させていた後ろ暗い男でもある。

 

 なぜ成りあがった身でありながらリスクを冒してテロリストと通じていたのかは、ニカのような末端には知る由もなく、当時彼とつながっていた人間はことごとく抹殺されたので、今の組織でも知っている者がいるかはわからない。

 

 ただニカが知る事実は、彼がニカ達を切り捨てた裏切り者だということ。

 

 当然ながらシャディクはニカ達にとっても最優先のターゲットであり、ニカもシャディクを見つけたならばリスクをとってでも暗殺しろと言われていた。デリング暗殺と違い、組織全員にとっての暗黙の了解というものである。

 

 だから、ニカには理解できなかった。

 

 ここは安全な競技場や学園の施設内でもない。

 

 彼に危害を加えることだってできる場所なのに、そんな自分の立場を理解しているはずのシャディクが自ら出てきたことが不可解だった。

 

 ニカは目を伏せながら、問いかける。

 

「……意外でした、あなたが私の前に出てくるなんて。大人たちは『プリンスは自分で手を汚すことなんてしない、人を操って利だけを得る卑怯者』だって言ってましたから」

 

「酷い言い草だね。まあ、あえて否定はしないけれど。

 ここに出てきたのは……うーん、僕が招いた種だから責任を取った方がいいって判断したからだよ。それにもう僕自身は"王将"でもないし、前に出ることを恐れたりはしない。

 ああ、君は日本の血を引いていると思ったから将棋なら伝わると思ったんだけど、意味は理解できたかな?」

 

 へらへらとシャディクは笑みさえ浮かべた軽薄な様子で言う。

 

 それに対して怒りのような感情も出てくるが、それを自覚するのも『自分は大人たちと同じ』と再確認するようなものなので、ニカには苦痛だった。

 

 だから息を大きく吐いて、せめて冷静に見せる。

 

 彼に見つかった以上は、もうどうしようもないとわかっていたから。

 

 ニカは静かに言う。

 

「……私を、どうするんですか?」

 

「どうするって?」

 

「あなたがここに出てきて、何もせずに帰すということはないでしょ?」

 

「確かに、それもそうだね。……サビーナ、頼む」

 

 シャディクの言葉に、サビーナは拳銃を突き付けたまま、ニカの懐を探り、そこにあった拳銃と通信端末を取り出す。それは、ニカが組織から与えられたもので、この三日間、アスティカシアの各部を撮影したり記録したデータが入っているものだった。

 

 シャディクはサビーナからそれらを渡されると、中身を確認して言う。

 

「当然だけど、これらは没収させてもらうよ。こっちは大した情報は入っていないけれど、情報は情報だ。

 うん、あとは好きにしていいよ。地球に帰るなり、たった一人でどこかに逃げるなりしてかまわない」

 

「…………」

 

「ああ、もし帰るというなら、彼らに伝言を一つ頼もうかな。

 『武力やテロリズムで世界を変えようなんて、あまりにも旧時代的で視野の狭い考え方だ。すぐにでも諦めて日々をつつましく幸福に生きた方がいい』ってね」

 

「っ……よく、そんなことを言えますね」

 

 ニカは唇をかみながら、シャディクへ言う。

 

「私がこんな状態で帰って、そんなことを伝えて……。無事で済むわけ、ないでしょ……!」

 

 組織から命じられた暗殺も情報収集も達成できず、その端末まで紛失して、そして裏切者のシャディク・ゼネリに捕捉されたのに逃がしてもらったと。

 

 そんなことを一つでも言って、無事で済むわけがない。

 

 よくて捨てられる、もしくは楽に殺される。もっと悪ければ裏切り者だと思われて非道な目に遭うくらいしか考えられない。

 

 シャディクがやったのは、自分が手を下すことないニカへの最後通牒だ。自分で殺したりせず、彼女の"家族"に始末させようというだけの話だ。

 

 ニカが震えるのを見ながら、シャディクは冷たく言う。

 

「……悪いとは思っているよ。だが"俺"は変わった。こっちの道を選んだんだ。君たちが敵対するというのなら容赦はしない。

 それにニカ・ナナウラ。君に対しても、サビーナほどじゃないにせよ思うところがあるんだ」

 

 その目はもう、笑っていなかった。

 

「俺のたった一人の親友を、その努力を踏みにじられて許せるほど、俺は寛容じゃない。……アイツと違ってね」

 

「……そのたった一人の親友の仇と知ってて、ずっと私たちを利用してきたのはどこの誰ですか」

 

「そのこともアイツにはもうとっくに話したよ。……そしてアイツはこんな俺を許してくれた。俺たちの間には隠し事はなしだって、約束もした。

 ……一つ、話をしようか。君がこのままアイツを恨んで帰るのも、それはそれで俺には我慢できないからね」

 

 シャディクは続ける。

 

「元々、君たちが総裁の暗殺のために使った情報は、俺達が流したダミーだ。そして、アイツもそれは知っていた」

 

「っ……うそ、です」

 

「嘘じゃない。そして、そこに人が侵入したと情報が入った時、本当は武装した警備員が向かうはずだった。だけどその侵入者が俺達くらいの女の子だとわかった時、アイツは勝手に防弾の着ぐるみを着て、飛び出していった。

 ……アイツは君が不審者だと、その可能性を知って行動を共にしたんだよ」

 

 言葉を聞きながら、ニカの脳裏にあの日のことが思い出される。

 

 建物の陰に現れて外へと連れ出してくれた着ぐるみと、その後にモビルスーツを見て回ったことを。あの底抜けに明るくて、ニカのことを心から思いやってくれた人が……ニカの正体を知っていた。

 

「うそです……! だったら、私にあんなことするわけない……!!」

 

「……その日の夜にアイツは俺に言ったよ。『彼女は無関係だった』って」

 

「……っ」

 

「アスムは君のことを信じようとしていた。そういうところがアイツの危なっかしいところで、だからこそアイツを信じられる理由だ。

 君だってそれは理解していたはずだろう? 『また今度』なんて、リスクを冒してでもアイツとの再会を願った君なら」

 

「それ、は……」

 

「ああ、君は勘違いしているかもしれないけれど、君たちへ復讐しろなんて、アイツは一言も言ったことがない。言うわけがない。……あれは俺のけじめというだけだ」

 

 だから、

 

「だからニカ・ナナウラ。そんな涙を流して苦しんでいる君が、本気で助かりたいのなら……この連鎖から抜け出したかったのなら、方法はあったんだよ」

 

 シャディクは憐憫を込めて言う。

 

「アイツに全てを話せばよかった。そうすればアイツは誰を敵に回しても、君を守ってくれたはずなんだから」

 

「いまさら、そんなこと言ってどうなるんですか……!?」

 

「ただの意地の悪い仕返しさ。アイツの最後の体育祭を、その思い出を汚した君へ。そして、浅はかなことをしてこんな結果を招いた俺自身への反省でもある。

 これで言いたいことは全て済んだ……行こう、サビーナ」

 

 シャディクの言葉とともに、背中から固い感触が消える。

 

 振り返った時、銃を突き付けていたサビーナはとうに背中を向けていて、その顔をうかがい知ることはできなかった。

 

 そしてシャディクはニカへと静かに宣告した。

 

「さようなら、ニカ・ナナウラ。もう、君とは会うこともないだろう」

 

 

 

 ちょうど同じころ、地球寮の中では寮生たちが集まって、ぼんやりと考え事をしていた。

 

 その中にはアリヤだけいない。彼女は少年と一緒に格納庫の外に出て座っていて、彼らからはそんな二人の後ろ姿が見えるだけだ。

 

 そして、それを見ながら、

 

「……わーけわかんねー」

 

 ヌーノは背中を機材に預けながら上を向いて呟いた。

 

 本当に理解の外だと、困惑している声だった。

 

「わけわかんないって、そんなこと……」

 

 マルタンがその言葉を嗜めるが、ヌーノは言葉を翻したりしない。ロマン男の過去に一番立場が近いのは彼だったから。

 

「だってさ、知ってんだろ? 俺の家族のこと」

 

「……戦争孤児だもんな、お前は」

 

 オジェロの言葉にヌーノはうなずきを返す。

 

「別にスペーシアンに殺されたわけじゃないけどさ。それがスペーシアンの仕込みだったとしても、地球人同士の殺し合いだとしても……地球じゃそんなやつがごまんといるけどさ。

 家族がいなくなって、へーきでいられる奴がいるなら、そっちのほうがおかしいって……」

 

 たとえ家族仲が悪かったとしても、思うところがないなんて嘘だ。

 

 それをへらへら笑っていられるのは共感性がないか、壊れてしまっているかのどちらか。

 

 だが、ヌーノが見てきたロマン男は違う。

 

「あの先輩は、そういうサイコなやつじゃねーだろ? だからさ、わけわかんねーって思うんだよ」

 

「まあ、確かに俺もよくわかんなくなってきた……」

 

「むしろ、そういうの気にするタイプだよなパイセン。ちょっとあーしらが活躍するだけで大喜びするんだぜ?」

 

 感情的で情熱的で、友情にも厚い。どっかの古い少年漫画から出てきたのかと疑うくらいの性格をしているのだから、家族愛だって人一倍に強いはず。

 

 けれど、そんな感情はおくびにも出さず、少年は親しい友人として地球人とも付き合ってきた。なにがあったら、ああいうことができるのか。ロマン男として、ふるまっていられるのか。

 

 ミオリネが言った仰々しい覚悟という言葉の意味も、今なら誰もが理解できていた。あれはロマン男の過去を探ることが難しいとか、そういう意味じゃない。

 

 過去を知ったうえで、今までと同じ関係を続けるには覚悟がいるということだった。

 

 現に、その過去の一端を知っただけで、地球人から見える彼の姿は大きく様変わりしてしまっていた。

 

 だが子供たちは、その事実を噛みしめながらも考え続ける。

 

「ほんとにそーいうの許せんなら、俺、あの人のこと尊敬するわ。俺じゃできねーもん」

 

「先輩、なに考えてたんだろな……。実は俺達を恨んでたとか、罠とか……そう言うのじゃ絶対にねぇよ」

 

「うん、それは疑っちゃだめだと思う」

 

「……先輩、私にもすごく優しくしてくれました」

 

「……あーしにだってそうだよ。

 あの人に最初けっこーひどいこと言ったけど、それでも世話を焼いてくれた。……その恩は忘れねえって」

 

「ああ、アイツはずっとそうだったよ。……だから、今はアリヤに任せよう」

 

 各々、考えることも信じることも違う。それは当然のこと。だけれど、彼らの学園での思い出は『信じてみたい』と思わせるには十分すぎるもので。

 

 彼らは静かに、遠くの背中を見守ることにした。

 

 

 

 そして、そんな話が届かないところで、アスム・ロンドは静かに口を開いた。

 

「……八歳の頃だった。うちの会社が地球に工場を開くからって、家族総出でセレモニーに参加したんだけど。そこで……爆弾テロに遭った」

 

「アスム、辛いことならわざわざ言わなくても……」

 

「ううん、どっかで言わないとなって思ってたことだから。友達に隠し事してるのって、嫌だからさ」

 

「…………わかった。でも、本当に辛かったら、止めてもいい。ぜったいに気にしたりしないから」

 

「ありがと、やっぱ優しいなアリヤは」

 

 自分の手をそっと重ねながら真摯に言う少女にお礼を言って、アスムは微笑みながら続ける。

 

 もう辺りはすっかり暗くなっていた。だけれどまだまだ体育祭は賑やかなのが外に出るとよくわかる。

 

 遠くから聞こえてくる人々の笑い声や閉会式の準備が進められている明かり、それにどっかで誰かが打ち上げている花火なんてものも聞こえてくる。

 

 そんな光景はまさに平和を体現していて。

 

 だけれど、確かに事実として外の世界は残酷で。

 

 少年もそれをよく知っていた。

 

「犯人は……ナナウラさんが言ったように地球のテロ組織だった。

 父さんが作ろうとしていたのは兵器工場でさ、あの頃はうちの会社もそういう方向に行こうとしてて、しかも地球の人に向けるための武器を地球で作ろうって言うんだから……まあ、怒る気持ちも今は分かるよ」

 

 ただ、

 

「恨みがないわけじゃないんだ……。むしろ、すごく憎んだりもした」

 

「…………そう、なんだ」

 

「父さんと母さんはたぶん、苦しまなかったと思う。でも、妹は……ミラは長く入院したし、それでも結局……。

 俺はたまたまその場にいなかったから、生き残った意味とかも考えて、それで地球人を許せないとかそんなことを何度も思った」

 

 別に聖人君主というわけじゃない、ちゃんと怒りや悲しみを抱いていたとアスムは言う。

 

「じゃあ、なんで……?」

 

「みんなと友達になった理由? はは……だって、みんなは仇でもなんでもないでしょ? それに、確かに憎んだりしたけど今はもうやめたんだ。……そういうのはもう嫌なんだよ」

 

 地球人とか、宇宙人とか、アーシアンとかスペーシアンとか。

 

 そうすることで回っている世界が。

 

「誰かを嫌ったり、誰かを憎んだり。それが辛いことだって昔からアニメとか物語で描かれてきたのに、宇宙にでても繰り返してるなんて、悲しいだけじゃん」

 

 そもそも、と少年はそこで少しだけ暗い顔をした。

 

「そのテロ組織をけしかけたのも、俺のおじさんだった。

 よくあるお家騒動ってやつで、会社の経営権が欲しかったみたい。それで生き残った俺を反アーシアンの旗頭とかにして、兵器をもっと売ろうともしてた。

 ……結局そのおじさんも、そのまた上の誰かに尻尾きりされて、どっかに消えちゃったけど」

 

 そして、少年はその事件のことが、表に出ないようにしていた。

 

 幸いにも今のロングロンド社はコンテンツビジネスやら見た目は戦争には役に立たないけれど高性能なMS拡張パーツの販売元として順調であるし、それを率いるロマンあふれる少年社長という方がパブリックイメージとして望ましい。

 

 インタビューでそういう話題が出ないようにしたり、簡単な検索では見られないように少年も努力した。またグループの役員がテロで死んだなんてことを喧伝したくはないベネリットグループもそれに積極的に協力した。

 

 もちろん全てをなかったことにはできないし、ベネリットグループの上の方は当然の事実として知っているが。

 

 アリヤはそんな話をじっと聞いて、ただ胸の奥が痛くなるのを感じていた。

 

 少年が何気なく話すのも、きっと話を聞いてくれるアリヤが辛い思いをしないようにという思いやりだとわかっていた。触れあっている手は少年の葛藤を示すように震えていて、当時の彼が受けた心の痛みがまだ癒えていないことを感じさせる。

 

 アリヤは想像する。

 

 アスム・ロンドという少年が受けた痛みを。家族をアーシアンの恨みによって奪われ、そのさらに原因はスペーシアンである身内の欲望で。

 

 この世界がアーシアンとスペーシアンで二分されているとするなら、彼はそのどちらからも虐げられた。

 

 そんなことがまかり通る世界で、誰を信じられたのだろう、と。

 

「辛かった、よね……。ごめん、こんな言葉しか言えないけど……」

 

「あー、うん、なんか俺もゴメン。こういうのはさすがにいつもの調子で話せないし。

 でも……この世界のことが嫌いになったり、なんで生きていかないといけないのかって、そんなことも思ってたら、なんか途中で腹が立ってきてね」

 

「……え?」

 

「嘆いたり、悲しんだり。それがこの世界の常識だって思ったら、なんか、誰かを恨むとかそう言うのじゃなくて、もっとデカいことに怒りたくなったんだ。そういう常識のほうを変えたいって、そう思えた」

 

 その気持ちを抱かせたものがあった。

 

 だって、アスムには好きなものがあったから。

 

「この世界はアニメとかゲームとか、ロボットとかさ。そういう楽しいことだっていっぱいあるじゃん? 俺達の住んでる世界は悲しいものだけじゃない。この世界には……ロマンがある」

 

 だから、

 

「決めたんだよ。俺は、俺の好きなロマンで世界を変えてやろうって。もうあんなことが起こらないような世界にできたら最高だろ? だって、楽しいことばっかりになるんだから!」

 

 まだ学園の中でしか実現できていないけれど、きっといつかは世界全体を。

 

 誰もが好きなものを追及できて、悲しみも減らせる世界に。

 

(ああ、だから……)

 

 アリヤは悲しみを振り払うようにキラキラと目を輝かせて言うアスムに、言葉を失った。

 

 彼が妖怪だと言われても、誰かの反発を受けても、それで止まらない理由がようやくわかった。

 

「誰かを助けるためとか、そういう理由じゃない。結局は、俺のわがまま。アニメっぽく言ったらエゴまみれ。

 悲しいことを押し付けてくる世界へ、中指を立ててやってるだけ。俺達は楽しいことも嬉しいことも、ちゃんと自分たちで作れるんだって。……それが、俺のやりたいこと」

 

 差別があったら体を張って止めて、決闘があったらアニメみたいな機体で乱入して、子供の未来を奪うような大人がいたら、バカだと言われても立ち向かって。

 

 全部が全部、自分のわがまま。

 

 誰に言われたでもなく、自分がやりたいこと。

 

 そう笑顔で言い切った少年は、不意にアリヤへと顔を寄せると、いたずらっ子のような顔で言う。

 

「アリヤはさ、俺の名前をどうやって書くか知ってる?」

 

「え? それは……こうじゃないの?」

 

 アリヤは指でアルファベットを宙に描く。彼の学生証に書かれているのと同じ文字を。

 

 すると少年は、仰々しく指を横に振ると、さらさらっと紙に三つの単語を書き連ねた。それを見せてもらったアリヤだが、読むことはできない。アルファベットやアリヤの国の言語よりもずっと複雑だった。

 

「これは……えっと、どこの文字?」

 

「日本の漢字って言葉なんだ。俺のご先祖はそっちの出身らしくて、俺の名前はその国だとこう書くんだって」

 

 

 

『明日夢』

 

 

 

「明日に夢を見る。もっともっといい明日が、素敵な未来が待っているから。……それが、じいちゃんが俺にくれた名前」

 

 それがアスム・ロンドという少年がもらった願いなら。

 

「俺の名前は家族がくれた祝福だから。俺は俺自身が明日を好きになれるように、ロマンを追い求める! 辛いこともあるけど……この世界に生まれたことを、未来を愛せるようにって」

 

 立ち上がりながら言った少年の目は、どこまでも遠くを見ているようだった。

 

 つられてアリヤも、少年と同じものを見るように前を向く。

 

 そこにあったのは学園だ。

 

 未来ある子供たちが、それぞれに輝く未来を作りたくて通っている学び舎だ。

 

 大人の思惑も、大人の欲望も、野望も関係ない。ただ今を楽しむ青春とロマンの場所。それが少年の作りあげた景色。アスム・ロンドが作りたい世界。

 

 それはどこまでも子供っぽくて、きっと実現するには難しくて。でも、悲しいことを続けるよりはずっと良くて。

 

 そして、それを追い求めることもロマンなのだと少年は言った。

 

(ああよかった……)

 

 アリヤは本当は怖かった。

 

 あの少女に拒絶された時の少年は、どこか別の誰かのようで。自分たちに向けてくれた優しさも心も、もしかしたら無理に付けた仮面だったのかもしれないと。

 

 でも、それは違う。

 

 確かに悲しいことがあったけれども、世界はそれを強いてくるほどに残酷だけれども。

 

 だからこそ、それを受け止めてもいい未来を描きたいと少年は願っている。

 

 そう言える少年と一緒に、同じ景色を見ることができたなら、きっとその時は自分たちももっと優しい世界に生きられるはず。……それを隣で見ていたいと思った。

 

 だから、

 

「……って、まあ、そんな理由。なんか真面目に言うのも俺のキャラじゃないけどね。

 うーん、でも、さすがにナナウラさんのは対応をまずったな。俺もこんなデカいこと言っといて、まだまだ未熟っていうか……」

 

「……この石は、君の未来を暗示している」

 

「アリヤ……?」

 

 アリヤは目を閉じて、懐から赤い石を取り出した。それは少年を占う時に使っていた、彼女のお気に入りの石。だが、そんな仕草に少年は目を丸くする。

 

 目の前には占いのボードも何もない。言葉はいつもの占いのときと同じだが、石はアリヤの手に収まったままだ。

 

 アリヤはそんな少年をよそに、静かに石を胸の前で包み込み、祈るように言う。

 

「……君は勢いと力に満ちている。うまくいくならば、君は大きなことを為せるだろう。だけど方向性が定まっていないから、下手をすれば、その勢いのままで破滅へ一直線だ」

 

 それは少し前にアリヤが少年を占った時の言葉と同じ。

 

 だけれど、アリヤはそっと目を開くと、少年を見つめながらその先の未来を告げた。

 

 占いじゃない、彼女自身の言葉を。

 

「……でも、大丈夫。あなたはとても強くて、とてもやさしい人だから。

 きっとあなたが助けた人が、あなたの助けになってくれる。あなたに破滅なんて似合わないし、そんな道があっても、私たちが助けに行く」

 

 それが少年のわがままだとしても、そのわがままの進んだ先には、素晴らしい未来が待っているから。そんな少年のことを、心の底から支えたいと思う人もいる。……アリヤだって、その一人なのだから。

 

「だから……アスム。あなたはあなたのやりたいことをやって。どんな結果が待ってても、私はあなたの味方でいるから」

 

 この先のことも、そして今すぐにやろうとしていることも。

 

 そう告げられたアスムは、少しの間アリヤの顔を見つめると、照れくさそうに頬を染めながら笑った。

 

「……さすが、アリヤ。わかっちゃうんだ」

 

「もちろん、私の占いにかかればわからないことなんてない……なんてね。でも、占うまでもなく簡単だよ。ちょっとの失敗で、言葉で諦めちゃうなんて、アスムらしくない」

 

 妖怪ロマン男。アスティカシアのお祭り男。精神年齢永遠の十歳児。ロマンに魂を売ったバカ。ノンストップ野郎。

 

 どの呼び方をとっても、立ち止まっているところなんて想像できない。

 

「せっかく祭に来てくれた女の子を、泣かせて帰るなんて君の求めるロマンじゃないだろ」

 

 アリヤはまだ彼女のことを快くは思えないけれど、少年はそれで誰かを恨むような人じゃないと知っているから。

 

 だからせめてその背中を押せるように。

 

 自分が愛した男の子が、彼の名前のように明日も夢を見れるように。

 

「私が保証する。きっと君は素敵な未来を手に入れられるって。ああ、もしこの占いが外れても……その時は私でよければ慰めてあげるよ」

 

 

 

「私が好きになったのはそんなアスムだから。だから……行ってきて」

 

 

 

 その言葉を聞いた少年は、元通りの明るい底抜けの笑顔を浮かべた。彼女が好きになった一生懸命な笑顔を。

 

「アリヤ……!」

 

「ひゃっ!?」

 

「……ありがと、めっちゃ元気出た。行ってくる!!」

 

「う、うん……!」

 

 一瞬の力強い抱擁と、耳元で感じた熱。

 

 そしてアリヤがちゃんと認識する前にロマン男は『行くぞおおおおおお!! ナナウラさーん!!!!』なんて学園中に聞こえそうな大声で飛び出していく。

 

 妖怪ロマン男。

 

 その名前の通りに。

 

 そんな声なので、地球寮生にも当然聞こえていて、アリヤの後ろからどたどたと賑やかな足音が聞こえてきた。

 

「な、なんだなんだ!?」

 

「パイセン、なんかめっちゃ元気になってんじゃん!」

 

「あー、やーっぱあの人すげーわ。にんげんじゃねーわ」

 

「あ、アリヤ!? アスムはいったい……って、どうしたの?」

 

 駆け付けてきたマルタン達は、そこでアリヤを不思議そうに見つめる。

 

 アリヤはぽけーっとロマン男が走り去る方向を見ていたかと思ったら、とつぜん沸騰したように顔を真っ赤にさせてへたり込んでしまったから。

 

 そのまま顔を手で覆って、言葉にならない悲鳴を上げる少女へと、リリッケがおそるおそる尋ねる。

 

「あ、アリヤ先輩!? ど、どうしたんですか……!」

 

「い、いっちゃった……」

 

「言っちゃった?」

 

「す、好きって言っちゃった……!」

 

「「「あー…………」」」

 

 一同はそこでため息を吐き、そして声もなく笑った。

 

 ようやく見知った妖怪と、それに振り回される毎日が戻ってきたと。どんな過去があっても、結局、少年はとんでもないロマンかぶれだと。

 

 だって、こんな漫画で見たようなシチュエーションを現実にしてしまうのだから。




次回:走るロマン男、かーらーのー?

ヒント! 2/14

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35. めぐりあい宇宙

ハッピーバレンタイン!


『うぉおおおおおおおおお!!!!!!』

 

「うおっ!? な、なんだっ!?」

 

「鳥か!?」

 

「飛行機か!?」

 

「いや、ロマン男だ……!!」

 

 そんな学生たちの悲鳴じみた声を聞きながら、ロマン男は爆走していた。

 

 文字通りに爆走である。

 

 いつぞやにエランへ見せてさんざんな評価を受けた次世代型パワードスーツ"鉄男"Mark.II、その改良型であるMark.IIIを着込んで、足と手からジェットを噴射しながら学園の中をすっ飛んでいた。

 

 いまだに人が乗るにはあまりにも危険すぎる試作品で、変に横回転したり、方向転換をしようとするにはイチイチ何かにぶつからなくてはいけない代物だが、今の少年には関係ない。

 

 こうして走っていることもまたロマンで、自分がやろうとしていることもうまくいけば最高のロマンになる。

 

 だって女の子の笑顔を取り戻しに行くのだから。

 

 そう思っているうちにテンションが振り切れた少年は、学園へ向けて叫び続けていた。いろんな生徒が自分へ向けてカメラをパシャパシャ向けてたり、録画したりしているがむしろ好都合。

 

『なーなーうーらーさーーーーーーん!! どこだーーーーーー!!!!』

 

 変な格好でロマン男が"ななうらさん"を探している。

 

 それは学内ネットで早々に話題になり、正体不明の"ななうらさん"への興味も高まって捜索の目が広がっていった。

 

『ロマン先輩がななうらさんって人捜してるって!』

 

『誰それ?』

 

『ksk』

 

『知らんけど空飛びながら叫びまくってるのよ。目立つってあれ……あ、校舎にぶつかった』

 

『閉会式のゲストとか?』

 

『あ……! その人知ってるかも! 受付でビジターパスを渡した人なんだけど、黒い髪に青いインナーカラーで……あとめっちゃ可愛い子!!』

 

『マジかあのロマン野郎!? ちゃっかり外でやることやってんじゃねえか!!』

 

『その子ならさっき見たよ! たしか宇宙港のほうに向かってた!』

 

『修羅場か!? 修羅場来たか!?』

 

 なんて、尾ひれをつけながら噂は一人歩き。とうとう

 

『ロマン男が体育祭の運営にかまけて外で作った恋人をほったらかしにしていたから、愛想をつかされて逃げられた。今、必死においかけてるとこ』

 

 なんてゴシップなネタが拡散されたので、そりゃもう情報は集まる集まる。

 

 ロマン男のパワードスーツのモニターにピコンピコンと通知が届くは届くは。ろくなAIを積んでいないので、機体の負荷を高めながらメッセージが殺到する。

 

「なんかめっちゃメッセージがくるんだけど!? って、これナナウラさんの情報じゃん! 宇宙港……? よっしゃあああああああ!! かっとビングだ、俺!!」

 

 勢いよく噴かされるブースター。

 

 そして機体の情報処理が追い付かず、漏れ出した燃料に着火して文字通りの火の玉になりながらロマン男はニカの元へと吹っ飛んで行った

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

  

「あーっ、あっちぃ……! あとで開発部のみんなに言っておかねえと。耐火スーツ着てねえと即死だったって。それで……」

 

 数分後、到着した宇宙港の入り口で、制服に焦げ目を作ったり、背中から煙を上げたロマン男は、怪訝そうな目で前を見つめる。そこには、待ち受けるように彼の幼馴染が立っていたからだ。

 

「なにやってんの、シャディク」

 

「それはこっちのセリフだって……いや、ほんと、なにがあってそんな燃えてるんだ」

 

 その隣に立つサビーナも少年を心配そうな、いや、心配するべきことなのかを迷っているような微妙な目で見つめてくる。

 

 彼らとしても落ち込んでいると聞いた少年がいきなり空から墜落してきて、大事故かと思ったらぴんぴんしてはい出てきたのだ。そんな顔にもなろう。

 

 ペイル社の超人薬とやらの被検体になって、本当に人間をやめたとかいう与太話を信じてしまいそうになる。

 

 とはいえ、その事実を追及する前に、

 

「……まあ、お前がこっちに飛んできた理由は察しがついているけど。あえて聞くよ。どうするんだい?」

 

 シャディクは事情は知っていると態度で伝えながら友人へと尋ねる。

 

 彼はここにロマン男が飛んできた以上、ニカ・ナナウラを引き留めに来たのだと確信していた。

 

 だが、問題は彼女を引き留めてどうするのかということ。

 

「彼女はテロリストの一員だ。そしてお前の家族を奪った組織の一員……おそらくただ拾われて生きるためだったとは思うけど、お前の仇だ。他の地球寮生とは違う」

 

「あー、やっぱり?」

 

「それを知ってて、なんで追いかけるっていう発想が出るんだい? あの子はお前を拒絶したし、このまま遠くに行ってしまえば、もう出会うこともない。

 手を差し伸べたところで、それを掴むとも限らない。いや、掴むどころかもっとお前自身へ敵意を燃やすかもしれない。……そんなリスクを負ってまで、アスム・ロンドが彼女に固執する理由はなんだ?」

 

 シャディクの声は冷たく、それでいて正確だった。

 

 一つ一つ、ニカを追わない方がお前のためだと、事実を列挙しながら問い詰めていく。

 

 けど、そんなリアリストな親友へと、少年は笑って言うのだ。

 

「いつもありがとな、そういうこと真っ先に言ってくれて……。でも、わかってんだろ? 俺はこういう時に止まらないし、止まりたくない。そりゃ、リスクを考えたら追わない方が得策なんだろうけど、そんな俺だったらお前とも友達になれなかった」

 

「答えになっていない。どうして彼女を?」

 

「ナナウラさんだけじゃないって。ロマンを理解してくれる人だったし、できればもっと仲良くなれたらとか思ったけど。スレッタさんとかエランの時と同じだよ。

 ……泣いてる女の子をただ帰すなんて、俺がやりたいことじゃない」

 

「…………考えは、変わらないってことか」

 

「とーぜん!!

 常識? 普通なら? そういうのをぶっ壊して新しいことを目指すのがロマンだからな!!」

 

 自信満々にロマン男は笑う。

 

 シャディクは知っていた。アスム・ロンドという少年がそういうやつだと。彼自身がそこに惹かれて変わったのだから。

 

 どんな困難があっても、常識やルールが立ちふさがっても、ロマンがあれば打破できると信じてる特大のバカ。もちろん、それはいい意味で。……いや、半分ぐらい悪い意味も込められてはいるが。

 

 それをわかっているシャディクは髪をかきながら、心から呆れたような声で言う。

 

「まったく……ほんとにお前ってやつは。そこまで言うなら、止めはしないよ。ちょうど彼女も頭を冷やして後悔しているところだろうから、行ってロマンでもなんでもやってあげるといい」

 

「っていうか、ぜってーなんか変なことナナウラさんに言っただろ、お前」

 

「さあ、どうかな?」

 

「やめとけよ、そーいうの。自分が悪役をやるとか、憎しみは俺一人でじゅーぶんだとか。さすがにお前がどっかの誰かに刺されたら泣くぞ?」

 

「それはそれで珍しいから草葉の陰で見てみたいけど……わかったよ。今後は控えるさ」

 

「おうっ! それとサビーナも、心配してくれてありがとな!」

 

「っ……私、は」

 

 言い淀むサビーナと愉快そうに苦笑いを浮かべるシャディクへと手を振って、ロマン男は宇宙港へ向かっていく。

 

 中は当然ながら体育祭から帰ろうとしている訪問客でごった返していた。

 

 見渡す限り人、人、人。ニカのような黒髪の少女もいくらでもいて、本人を見つけるのは困難。

 

 アニメとか漫画なら、ちょうど走り回っていたらばったり出くわすなんてこともあるが、そうそうリアルはうまくいってくれない。

 

 なので、委員長やら理事やらの権限で裏技を使って、

 

「もしもし! ニカ・ナナウラさんの搭乗便を調べたいんだけど……はぁ!? も、もう出た!?」

 

『は、はい……! つい十分前に月へ向かって出発しました』

 

 ニカ・ナナウラを乗せた輸送船がとっくに発射していたことにロマン男は愕然とした。

 

 時間で言えばちょうど宇宙港に到着した時間。文字通りタッチの差で逃がした形。

 

 実際にその出発所へと走って向かってみると、そこには何も残っていない。

 

 少年は頭を抱えながら考える。

 

(どうする……? シャトルに連絡、ってそれで止まるわけねぇし、向こうについたら追跡は不可能だ。なんとか、なんとかここで追いつけないと……!

 ヴィクトリオンで飛べば……いや、今から格納庫に行っても間に合うわけがない)

 

 浮かんでいく、数々の不可能の文字。

 

 だがそれで諦めるわけがない。そうして何か手を見つけないとと知能をフル動員していた少年へ、頭上から大きな声がかけられた。

 

『先輩! 乗ってください!!』

 

「……え?」

 

 少年は顔を上げる。同時に、周囲の人々もどよどよとどよめきの声を上げながら同じ方向を見ている。

 

 なぜならそこには、

 

「エアリアル……!! スレッタさん……!!!!」

 

 人気ナンバーワンな白と青のモビルスーツが、出発ハッチに乗り込んできて、手を振っていたのだから。

 

 エアリアルはロマン男が自分たちを認識したことを確認すると、人間らしい動作でひざまずき、手を差し伸べる。『乗れ』とそういう仕草だ。

 

『ミオリネさんから聞きました! それで先輩ならぜったいにこうするってミオリネさんが!! 私とエアリアルで送ります!!』

 

「スレッタさん……! キミって最高だっ!!」

 

『ミオリネさんにも、お礼、お願いします!』

 

「おうっ!」

 

 少年は笑顔で走り出す。

 

 彼自身が憧れるロマンの体現のようなモビルスーツの元へ。

 

 それを見ていた人々は、訳が分からないまま、だけれどどこかの物語で見たような光景に不思議とワクワクするものを感じていた。

 

 

 

 そして、そんな彼らが向かう輸送船の中では、

 

「…………」

 

 ニカが窓際の席に座って、外を見つめていた。

 

 黒い黒い宇宙の中で光輝いていたアスティカシア学園。それがだんだんと小さくなって離れていく。見ていると心がざわついてしまうのに、でも目を離さずにはいられない。

 

(こんなところ、来なければよかったって……そう思えたらいいのに)

 

 この三日間で、自分の価値が揺らいで、こんなに心がボロボロになって、もう絶望しかない道へ向かっていかないといかなくなった。こんな場所に来なければ、流されるままにあの環境で生きながらえたかもしれない。

 

 でも、来なければなんて考えるのは無理だった。

 

 むしろ考えるのは、もしも自分がテロリストとは何の関係もない一般人として生まれたらなんてIF。

 

 もしテロ組織なんかに拾われなければ。

 

 もしあの時、彼に全てを明かしていたら。

 

 もし彼へとあんな言葉をかけないでいられたら。

 

 どうしようもなくわがままだとニカ自身でも思っているのに、もしあの学園の一員になれたらと思わずにはいられない。

 

 そうすれば好きなモビルスーツを目一杯さわることができて、新しい知識を得て将来の世界をもっとよくできて……

 

 いや、そんな大それたことできなくてもいい。友達を作って学ぶことができる。それだけでとっても贅沢なことなんだから。

 

 そしてあのシャディク・ゼネリが言う通りなら、

 

(あの人が、本当に私を恨んでいないなら……)

 

 でもそうはならなかった。

 

 ニカは少年のことをよく知らないままに傷つけてしまった。正真正銘、テロリストと同じ穴の狢。それも今更になって後悔するなんて、虫が良すぎるし、そんな自分へとあんな優しい言葉をかけてくれることも、手を引いてくれることもない。

 

「……ごめん、なさい」

 

 口からこぼれるのは謝罪の言葉。

 

 こんな絶対に届かないような場所からしか言えない自分自身が嫌になる。

 

 そうしてニカの視界が歪んでいき……その目の錯覚がありえないものを映したように見えて。

 

「…………え?」

 

 瞬きをした瞬間に目の前をかすめて飛んだエアリアルに、涙を引っ込めながらニカは唖然とした。

 

 

 

「うぉおおおおおお!? こ、このG、やばすぎぃいいい!?」

 

『先輩! だからなんで手につかまっているんですか!? 中に入っていいのにっ!!』

 

「こういう時は手に乗っかるのがマナーだろぉおお!?」

 

『そ、そうなんですか!?』

 

「そうだよっ!!」

 

 少年はエアリアルの加速に耐えながら叫んでいた。少年がいるのはエアリアルが差し出した手の上。ちょうどマニピュレータにとっかかりがあったのでそこにしがみついている形。

 

 確かにアニメなんかではそこに人を乗せたまま人が飛んでいる絵が出てくる。おそらくは人間の味方であったり優しいロボットだと表現するのにちょうどいいからだろうが、現実でやれば当然、加速の圧がもろに来て、体が吹っ飛ばされそうになる。

 

 命綱はつけているし、先輩がそう言うのならそうなのだろうとスレッタも毒されているが、やってはいけない。絶対に危険だ。

 

 とにかくバカと、そのバカを乗せたエアリアルはとうとうニカのシャトルへ並走することに成功した。

 

 そんな彼の視界の先で、シャトルの中がざわつくのが見える。当然だ。いきなりモビルスーツが接近してきたのだから、これが有名なエアリアルでなければ海賊かテロリストと疑われる行為である。

 

 まだ停止していないが、シャトルのパイロットも何事が起こったのかと戸惑っているに違いない。そして……

 

「いたっ!! ナナウラさん!!!!」

 

『よ、よく見えますね!?』

 

「勘だけど、あそこ……!!」

 

『うぇええ?! ほ、ほんとにあってる!!』

 

 スレッタが、ロマン男の指さす方へとカメラを向けると、確かにそこには他の乗客と同じように目を見開きながらニカの姿も視認できた。

 

 だが、どちらかと言えば彼女の表情には警戒の色が混ざっている。

 

 その様子を聞いたロマン男は考える。Gに頭をぐわんぐわんさせながら考える。

 

(当たり前だよな。ああいうこと言って飛び出したんだから、とっ捕まえに来たと思う方が普通だし。だから、なんとか……! なんとかしてこっちに敵意がないことを伝えないと)

 

 必要なのは言葉だ。

 

 お話がハッピーやら人類の変革やらを作るというのは物語の常識。逆にお話一つを間違えるだけで戦争やら世界滅亡やらが始まってしまうので、ますます言葉選びは大事。

 

 ニカ・ナナウラという少女に、どうすれば疑われずに、こちらを受け入れてもらえるか。

 

 なので、スレッタへと少年は叫ぶ。

 

「スレッタさん! いそいでシャトルと回線を開いて! 俺がなんとか止めてみせるから!!」

 

『は、はいっ……! え、えいっ……!』

 

 先輩にせかされて、スレッタは慌てて回線を入れる。先輩を宇宙にポイ捨てしないように気を張りながらの作業だったが、いつもの決闘のようにボタンを押すことができた。

 

『先輩、どうぞっ……!』

 

「よぉし……! えっと、えっと……!」

 

 少年は言葉を選ぶ。

 

 なるべく疑われないようにストレートな言葉がいい。

 

 ぜったいに敵意がないと、マジで一発で伝わる言葉。

 

 できればこんな生涯に一度あるかないかのロマンな景色にふさわしい、なんかかっこいい感じのこと。

 

(それをなるべく大声で伝える!)

 

 そして、テンションが高まりまくってた少年は、よく考えもしないままマイクへ向かい、

 

「ナナウラさん……!!」

 

 

 

「きみがすきだぁああああああああ!!!!」

 

 

 

「きみがほしぃいいいいいいいいい!!!!」

 

 

 

 

 ストレートにもストレートすぎる、どう考えても誤解しか生まない言葉を叫んでしまった。

 

 それを聞いたスレッタは当然ながらエアリアルの中で

 

『ふぇええええ……!?』

 

 と叫び、そしてシャトルのスピーカーからいきなり憎まれていると思っていた少年からそんな言葉をかけられたニカも、

 

「え、えぇえええええ!?」

 

 と飛び上がって仰天する。

 

 確かにロマン男の思惑通り、誤解なくストレートには伝わった。別の意味での誤解は加速したが。

 

 一方でニカは逆に訳が分からない。

 

「す、すきって!? え、ちょ、ちょっと、なんのこと!?」

 

 どう考えても憎まれている方が普通なのに、いきなりエアリアルで飛んできては機内全部に伝わるくらい大声で告白なんてニカが想定しているわけなかった。

 

 しかし、戸惑うニカを他所に、なぜか機内アナウンスが入り。

 

『えー、乗客の皆様へお伝えします。当機は一時、緊急停止をします。……ふっ、こういうシチュエーション、一生に一度は見てみたかったぜ』

 

「な、なんで……!?」

 

 なんてダンディな声をした機長が言うのだ。

 

 かくして、ニカは少年の前に出るしかなくなった。

 

 ニカがしてしまった反応から彼の告白相手だと思われ、周りの観客はほっこりとした眼をしながら『若いっていいわね、うふふ』とか『お幸せに』とかそんな言葉を言われるのだから。

 

(な、なんでこんなことに……)

 

 ニカとしても訳が分からない。

 

 自分は嫌われるようなことしかしていないのに、なぜあの人は突然に告白なんてしてきたのか。それも『君が欲しい』とか今時の若い子が言わないコテコテの文句を、ああもはっきり言う人がいるなんて。

 

 本人としては至極当然な戸惑いを抱えたまま、ニカは機内のスタッフに促されてノーマルスーツを着用し、そして……

 

「よかった、ナナウラさん……!」

 

 二人は宇宙で再会した。

 

「なん、で……?」

 

 開口一番、ニカの口から出るのは当然ながら疑問だ。

 

 あれだけの仕打ちをしたのに、優しくしてくれた恩を仇で返したのに、こんなところまで追いかけてきて好意を伝えてきた。

 

 だが、当の少年はと言えばそこに疑問なんて持っていない。いや、告白したという気がないくらいに恥ずかしさも照れもなく、ニカへと言うのだ。

 

「お願い、ナナウラさん。俺達と一緒に学園に行こう。

 事情は聞いたし、理解した。そっちの世界に戻っても、君は幸せになれない。だから、俺達と一緒に……」

 

 それはニカが望んでいた救いの手で、

 

「っ……! だから、なんでですか!?」

 

 それが待ち望んでいたものだったからこそ、ニカは受け入れられなかった。

 

 それを受け取るべきではないと思ってしまった。

 

「なんで、そんなに優しくしてくれるんですか!?

 私はあなたとは違う! あなたのことを傷つけた! あなたのことをキモチワルイなんて言った! 今だって、あなたのことが全然わかんないっ!!

 ……あなただってそうでしょ!? 私のこと、私がこれまでどんな汚いことをしてきたか、知らないでしょ!? 私はあなたの……!」

 

 家族の仇だと、そう伝えようとして。

 

「関係ないねっ!!」

 

「えっ……?」

 

 強引にロマン男はニカの手を掴んでいた。それは体育祭で一緒にモビルスーツを見て回ったときと同じように。躊躇うニカを新しい世界へ連れ出すように。

 

「ナナウラさんが何をやってきたとか、なにを後悔してるとか、そりゃ知らない。けど、俺はそんなことよりも大事なことは知ってる!

 ナナウラさんがモビルスーツが大好きだってことも、メカニックとしてやっていけるくらいに知識も技術も持っていることも、そしてロボットへのロマンが分かってる仲間だってことも!」

 

 それを知っているから、十分なのだと少年は言うのだ。

 

「キモチワルイ? そんな言葉どうした! そりゃちょっとはビクッてしたけど、考えてみたら"バカ"とか"変態"とか"妖怪"とかめちゃくちゃなこと友達から言われ続けてきたし、気にしないって!

 あ、やべ、自分で思い返してたらちょっと涙がでてきた……」

 

「そ、それって……ほんとに友達、ですか?」

 

「と、とにかくノーダメージノーダメージ!! それよりも俺はナナウラさんをこのまま帰して、ナナウラさんが不幸になりましたって方がよっぽど嫌なのっ!!」

 

「っ……」

 

 それはどこまでも子供っぽく、駄々をこねるように。

 

 少年はニカのヘルメットへと自分のものをくっつけると、まっすぐすぎる目で言った。

 

「ナナウラさん。確かに俺はいろんなものを失ったり、悲しい思いもした。それはもしかしたらナナウラさんにも関わりがあったかもしれないけど、君だってそんな過去を後悔してるんだろ?

 だから俺の夢はね、そんなことがなくなる世界だ。みんなが明日のことに希望を持てて、この世界と未来にロマンを感じられる世界」

 

 大きな夢で、途方もない夢。だから少年はいつも思っていた。そんな世界を実現したいなら、一人の力では無理だと。ロマンあふれる物語のように、たくさんの信頼できる仲間を、友達を作って協力していかないといけないのだと。

 

「だから、ナナウラさんにも一緒に来てほしい。俺達みたいな子供が、もう出ないように。一緒に世界を変えていきたいから」

 

「わ、わたし……、でも、なにもできません……。そんな、こと……」

 

「じゃあまずは勉強しよう! 大丈夫、俺はこれでも学校の理事だから裏口入学……じゃなくて編入手続きとかで何とかなるし!」

 

「っ……、もしかしたら、そのせいで、ねらわれるかも」

 

「シャディクとか既に狙われてまくってるらしいし、別口が増えても大丈夫だって! それに友達は絶対に守ってみせるから!」

 

「で、でも……」

 

 ニカの手が、口が震える。

 

 本気だった、本気でこの人は自分を求めている。自分の存在を必要だと思って手を差し伸べてくれている。そんな人はこれまで誰もいなかったから、その期待の大きさが怖くて、震えて……

 

「わた、し……うっ、もう、だめだとおもって……! もう、これで、じんせい、おわりだとおもって……!! それで、いいって、そんなこと、おもってたのに……! うぅ……」

 

「じゃあ、捨てた人生なら俺にくれよ。これからもっといい人生にして、返してあげるからさ」

 

「っ、ほんとうに、たすけてくれるんですか……?」

 

「うん」

 

「がっこう、かよってもいいんですか……?」

 

「もちろん!」

 

「すきなこと、すきっていっても……」

 

「良いに決まってんだろ! だってそれが……」

 

 その先の言葉はニカにもわかった。好きなものに、憧れに、焦がれて追い求めていく情熱こそが少年たちが求める、

 

 

 

「「ロマンだから」」

 

 

 

「そのとーり♪」

 

「っ、ふふっ……ほんと、変な人ですね……」

 

「妖怪だからね! ってことは、返事はOK?」

 

 ニカは涙にぬれた顔でこくりとうなずく。

 

 それを見た少年も満面の笑顔を浮かべて、そして二人を見守っていたエアリアルへと手を振った。

 

 これからニカを連れて学園に戻らなくてはいけない。しかも閉会式の時間まであと少し。出場選手はスタジアムに集まっているはず。

 

 そしてその少年たちのやり取りを見ていたスレッタも、

 

「ぐすっ……うまくいってよかったね、エアリアル!」

 

 なんて涙目になりながら感動していたのだが、

 

「……え? スピーカー? おーぷん? えぇえええええええええ!?!?」

 

 スレッタが突然大声を出して、エアリアルがバタバタと変な動きをし始めるのでロマン男もニカも目を丸くした。

 

「す、スレッタさん!? いったいどうしたの!?」

 

『せ、せんぱ、せんぱい……! ご、ごめんなさい……!!』

 

「だからどうしたの!?」

 

『せ、先輩たちのさっきの言葉、そ、その……流しちゃいました!!」

 

「…………え?」

 

 

 

『学園のオープンチャンネルにつながってました!!』

 

 

 

「「えぇえええええええええええええ!?」」

 

 

 

 そう、少年がせかしたせいで、スレッタは大きなミスをしていた。いつもの決闘の時のようにスピーカーを、輸送船も含めたオープンチャンネル対象にしてしまっていたのだ。

 

 つまり、 

 

『きみがすきだぁああああああああ!!!!』

 

『きみがほしぃいいいいいいいいい!!!!』

 

 そんなロマン男の大音量の告白は、学園生が集まっていた体育祭のメイン競技場で垂れ流されており、

 

「ごーがい! ごーがい! ロマン先輩が告ったぞ!!!!」

 

「おいおい相手誰だ!? ナナウラさんって誰だ!?」

 

「しかも三年のアリヤ先輩にも抱きついたとか聞いたぞ!!」

 

「二又かよ、ゆるせねえ!?」

 

「うぅ……サビーナ様、おいたわしや……」

 

「やべえよ、学園中に告白中継とか、あの人やっぱり漢だよ……」

 

 なんて全校生徒の語り草になり。

 

 とあるジェターク寮の御曹司は、

 

「やりやがった! マジかよあの野郎ッ!! やりやがったッ!!」

 

 なんて自分以上の男っぷりを見せたことへ机をたたきながら大興奮し、

 

 とあるエラン・ケレスは

 

「ぷっ、くくく……あはははははははは!!!!」

 

 なんて今までにしたことない大爆笑をし、

 

 これまたとあるグラスレーの御曹司は、

 

「何かの勘違いだとは思うけど……やっぱりお前はやるやつだよ」

 

 なんて遠い目をしながらつぶやいた。

 

 

 

 こうしてこの学園にまた一つ、伝説が生まれた。

 

 これが100年先まで語り継がれる『アスティカシア三大恥ずかしい告白』の三つ目にして、いまだに『これって結局告白だったの?』と議論の的になる、

 

 

 

 『ロマン男の告白』である。




(人間として)きみがすきだぁああああああああ!!!!

(仲間として)きみがほしぃいいいいいいいいい!!!!

こうして修羅場って生まれるんですね



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36. 閉会式

 ざわざわ……

 

『えー、今回の体育祭はたくさんの生徒が活躍しまして……』

 

 ざわざわ……

 

『えー、特にジェターク君が目覚ましい成果を……」

 

 ざわざわ……

 

『えー、エアリアルとスレッタさんも、とってもよくできましたというか……」

 

 ざわざわ……!

 

『あーっ! お前ら、うっせーっ!! ちょっとは落ち着いて話をきけぇえええ!?』

 

「「「聞けるわけねえだろが、このバカ!!!!」」」

 

 壇上でマイクに吠えたロマン男。それに対して、全校生徒から当然のごとくツッコミが入った。

 

 あの学園中を騒乱の渦に巻き込んだロマン男の告白(と思われるもの)から少し経ち、現在は体育祭の閉会式が行われているところ。

 

 もちろんロマン男は実行委員長なので壇上に立ち、がんばった地球寮や、これまたがんばって笑いと感動を届けてくれたグエルをほめたたえたりするはずだったのだが……。

 

 いつも騒動を引っ提げてくるお祭り男が、自分の恋愛スキャンダルという鴨葱状態で出てきたのだから、生徒はそういう話を聞けるテンションではない。

 

 四方八方から、

 

「せんぱーい! こんど彼女さん紹介してくださいよーっ!」

 

「いつから付き合ってたんですかー!!」

 

 やら、

 

「アリヤ先輩のこと、どうするんですかぁーっ!?」

 

「ちょ、ちょっとリリッケ!?」

 

 やら、

 

「せんぱぁーい♪ サビーナのこと、どうおもってたんですぅー♪ やっぱりあそびですかぁ♪

 ……って、アイタっ!? 顔にグーとかマジ!?」

 

「……黙っていろ」

 

 やら、

 

『『オマエモ』』

 

『『コチラ』』

 

『『ガワダ』』

 

『『ウェルカム』』

 

 と、どっかの男子二人が満足げな顔でジェスチャーをしつつ、ロマン男を仲間に迎え入れたりしている。

 

 一応、スタンド席などにはベネリットグループの関係者などが集まっているのだが、御三家の御曹司までそろってそんなテンションなので、この光景を怒ればいいのか、呆れればいいのか、それとも笑えばいいのかわからない状態である。

 

 そして、あんまり真面目に聞いてくれない委員長挨拶を勢いで乗り切ると、ロマン男はやけくそになって叫んだ。

 

『あーっ、もうっ! 体育祭、お疲れ様でしたぁああああ!!!!』

 

「「「うぉおおおおおおおおお!!!!」」」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 その後、別の委員によるまじめな講評が改めて行われたり、各種目の入賞者が表彰されたり、ついでにやっぱり二日目の副賞付きMVPはグエルであったり、おおむねつつがなく閉会式は終了。

 

 観客も徐々に帰路についた現在、学生たちのものに戻った学園では体育祭の打ち上げという名の大宴会が開かれていた。

 

 そしてその一角では、

  

「アンタ、ほんとのバカね!?」

 

「ふ、フフ……燃え尽きたぜ、真っ白にな」

 

 ミオリネはその一角で、白く灰になったロマンバカを叱責していた。

 

 ミオリネは頭に青筋を立てながら、うずくまっているバカへと容赦ない言葉を浴びせる。

 

「ふ・つ・う! あんなこと言ったらそういう意味になるって分かるでしょ!? っていうかわかんないからアンタはいつまでもバカなのよ、この精神年齢十歳児! いいえ、十歳でもまだ分別つくからそれ以下ねっ!!」

 

「ミオリネだって、エアリアルとスレッタさんを呼んでくれたじゃん……!」

 

「あんな告白をしろだなんて、誰も言ってないわよ!?!?」

 

「み、ミオリネさん……! そろそろ、それくらいで許してあげても……」

 

「許せるわけないでしょ!? せっかくこれからビジネスパートナーやってくはずなのに、こんなしょーもないスキャンダル起こすんだから!!」

 

「もともと私がミスしちゃったのが悪いですし……!」

 

「…………スレッタは悪くない」

 

「そ、そうですか?」

 

「ええそうよ。アンタはまーったく悪くない」

 

「ずりぃぞミオリネ……! そりゃスレッタさんは悪くねえけど、贔屓だ贔屓! アイタっ!?」

 

「うっさい、このバカ!!」

 

 最後にミオリネはバカの尻を文字通り蹴っ飛ばして、けじめとした。

 

 ミオリネとしては、テロリストの疑いがあるニカ・ナナウラをそのまま帰すというのもリスクであるし、あの感情的な様子を見て懐柔できる余地があると思ったからロマン男を行かせたのだ。

 

 それが学園に広がる告白騒動になるとは思っていなかったし、結果として変な注目をされてしまうのだから、怒りもやむなしと言ったところ。

 

 そして、妖怪を完膚なきまでに尻に敷いている女帝というか肝っ玉母さんじみた姿を見て、周囲の学生は震え上がるのだった。

 

 とにもかくにも、そんなロマンバカの告白騒動も、この学生たちの打ち上げの中では単なる宴の肴でしかない。

 

 一応、学生記者からの質問には『テンション高まって言ってしまっただけで、誤解です』なんて余計に誤解を招くような言葉で弁明したが、『ロマン男が恋をしてすげえ告白をした』という方が話のネタとして圧倒的に面白いので、学生たちは勝手に話を広めていく。

 

 それは御三家の御曹司という立場でも同じで、

 

「まったくアスムらしいというかなんて言うか……って、どうしたんだいグエル?

 さっきから変な顔をして」

 

「くっ……! あのバカの告白文句に、一瞬でも憧れちまった俺が悔しい」

 

「……『スレッタ・マーキュリー、俺と結婚してくれ』」

 

「ぐぅっ!?」

 

「僕には十分どっちも恥ずかしいと思うけれどね」

 

「エランっ……! ぜってえに、お前にも恥ずかしい告白させてやる……!」

 

「ふっ……僕は人を好きになったりしないよ。絶対に」

 

「それはこういう時に言うセリフじゃないと思うんだけどなぁ……」

 

 一次会と称された大宴会の会場。その中央のテーブルで男子三人が談笑している。

 

 それはグエルとシャディクに、エランという、学園の有名人たち。お互いに浅からぬ縁の三人。だが、この大会前には一緒に食事をするというのはあまり見られなかった景色でもある。

 

 企業同士が強力なライバル同士であるし、ホルダーの取り合いやらで、同じ決闘委員会所属であっても、仲良しこよしとはいかない間柄だったのだから。

 

 だが、そんな三人も今はテーブルを囲むことに抵抗はない。

 

 例の障害物競争やら選抜戦などを一緒に経験し、一種の戦友のような気持ちさえ感じている。むしろ後輩たちの忖度やら尊敬やらがない分、なんでも気やすく言い合えるような雰囲気だ。

 

 シャディクの音頭と共に、グラスを打ち付け合い、三人は乾杯を交わす。

 

「まあ、ともあれ体育祭お疲れ様。グエルは総合MVPとデート券の入手、おめでとう」

 

「確かに、あの活躍ぶりはすごかったね」

 

「おう。賞賛は素直に受け取っておくが……そのデート券っていうのはなんなんだ、デート券っていうのは」

 

 グエルは釈然としない様子で言う。それに対してシャディクは苦笑いをしながら言うのだ。グエル自身も言われた意味は分かっているだろうに、ここにきてごまかそうというのだから。

 

「デート券に間違いはないだろ? まさかラウダを誘ってフリーパスで遊ぶわけもないし」

 

「君がデートをするというなら、相手はスレッタ・マーキュリーだ。まあ、僕にはあまり関係ないけれど、トレンド入りだけは注意したほうがいい」

 

「くっ……! 俺に平穏は訪れないのか……? せめてデートくらいは静かに……!!」

 

「いいじゃないか、まだほほえましくて。僕なんて……ふふふ、あのファラクト、これからどうすれば……」

 

「ま、まあまあ二人とも、せっかくの打ち上げなんだから湿っぽい話題はやめておこう」

 

「お前はいいよなぁ……。なんだかんだうまくやってて……」

 

「君も一度、変なMSに乗せられればいいんだ」

 

「だから道連れを増やそうとするのはやめよう、な?」

 

 仲良くなったというよりも、ロマン男の被害者として傷をなめ合う仲になったというかなんというか。

 

 だが、それは実際の御三家同士が繰り広げている血みどろの勢力争いとは全く違う、子供の友情の延長線上。逆にこんなことを言い合えるようになっただけ、彼らの関係は進んでいるといえるだろう。

 

 シャディクはそれをほほえましく思いながらも、少し表情を暗く落とした。

 

(それでも……。アスム、お前が……俺達が望んでいる世界にはまだ遠い)

 

 シャディクは誰にも見えないように、大きなため息をつく。

 

 彼には一つ、大きな懸念があった。

 

 それはニカ・ナナウラを派遣した組織の存在。そしてその組織に情報をリークした情報源かつパトロン。

 

 しかもその正体が不明だからこそ問題視しているのではなく、正体がつかめそうだからこその懸念だ。

 

 シャディク達が流したダミー情報。それはリーク元を辿れるよう、流した会社ごとに情報のいくつかに差異を作っていた。体育祭という場にかこつけてよからぬことを考えたのは誰かをあぶり出すために。

 

 そしてニカをあの場所へと導いた情報から、デリング暗殺を依頼した、あるいは共謀したと思われる会社が明らかになった。

 

 それは、

 

(……ジェターク・ヘビー・マシーナリー)

 

 シャディクは何も知らずにスレッタとのデートを心配しているグエルを見ながら考える。

 

(おそらくグエルはなにも知らないだろう。だが、まさかジェタークがこんな短絡的な手を使ってくるとは思わなかったな。ヴィム・ジェタークもグエルがコントロールから外れて焦っているのか?

 あるいは、奴らのほうから自分を売り込んでいったのか……)

 

 もちろんヴィムCEOの暴走ではなく、部下たちの企てかもしれないし、何より情報の出所がジェタークらしいということまでで暗殺を指示した証拠などない。

 

 だが問題は、彼らの陰謀がこの学園という聖域にまで伸びてしまったということ。

 

 今回はすんでのところで止まったが、次も同じであるとは限らない。

 

(まったく、ままならないね、この世界は……)

 

 シャディクは頭を巡らせる。

 

 自分たちが望む未来を、この築き上げた学園という場所を守るにはどうすればよいかを。

 

 

 

 同じころ、大勢の学生がどんちゃん騒ぎをしている周縁部で。

 

「それじゃあ改めて、あーしらの活躍に……!!」

 

「「「かんぱーい!!!!」」」

 

 と地球寮生が勝利の美酒、もといジュースで乾杯し、喜びを分かち合っていた。

 

 そこには地球寮だけでない、雰囲気に酔ったのか陽気な顔をした他寮の学生までもが加わって、一緒に地球寮の戦いぶりをほめたたえていた。

 

 いつもならば露骨な差別はしないまでも、どこか壁が存在したスペーシアンとアーシアン。だが、祭という無礼講の場にはそんなものは余計でしかない。

 

 オジェロがロケットで吹っ飛ばされたレースのことやら、やっぱりチュチュ無双だとか、スレッタとエアリアルがやっぱりMVPだったとか、子供たちは自分たちの武勇伝を肴に、宴を盛り上げていく。

 

 そして、やはりというかなんというか、

 

「わたし、酷いと思うんですっ! せっかくアリヤ先輩が告白したのに……!!」

 

 リリッケを中心に恋バナが再発していた。

 

 もちろんその言葉を受け止めるのは当事者であるアリヤだ。彼女は苦笑いを浮かべながら、ぷんぷんと怒っているリリッケをなだめようとする。

 

「リリッケ、そんな大声で言わなくても……。それにアスムだってあれは告白じゃないとか言ってたし……」

 

「だめですっ! 私にはわかるんですっ! ああいうところから恋が始まるんです! 燃え上がるんです! ハリケーンなんですっ!! このままだとロマン先輩をとられちゃいますよっ!?」

 

「っていうか、ロマン先輩、アリヤが告白したって分かってんの?」

 

「わかってねーよなぁ……。あれ、仲良かったらハグも普通とか思ってるタイプだぜ」

 

 地球寮生たちはおそらくあの逃げ去った少女へと告白したロマン男に、呆れたような声を上げる。

 

 一部始終を見ていた彼らでさえ、いや、彼らだからこそ、あの先輩はやはり変人だという気持ちになる。特に、告白めいたことをしてしまったアリヤは心中穏やかではないだろうと、後輩たちは考えるのだが……

 

「だけど……なんか、アリヤめっちゃ落ち着いてね?」

 

「うん、なんだか今はとてもすっきりしているんだ」

 

 アリヤは微笑みすら浮かべて言う。

 

 もちろんあの放送を聞いたときは胸がずきりとしたし、嫉妬のような気持ちもわいてきたが、彼女が好きになった男を思えば、変なことを言って女子を引き留めるなんてやってしまいそうなもの。

 

 それに、彼の過去や気持ちを知った今、変に不安がる必要はないように感じていた。

 

「大丈夫。あの時、確かに私とアスムとの気持ちはつながっていた。お互いを大切な存在として認め合えていた。……だから、そんなに焦る必要はないかなって」

 

 気持ちが通じ合っているのなら、いずれは関係が変わるときが来るだろう。

 

 今は単にその時期ではなかったという話だとアリヤは考える。占いと似たようなものだ。物事には適切な時と場所というものがあったりするのだと。

 

 それにアリヤは決めたことがある。

 

「今度、ロングロンド社でインターンが始まるらしいから、それに応募しようと思うんだ。もうそろそろ就職のことも考えないといけないし、地球の両親がいいっていうなら、挑戦しようと思う」

 

「げっ!? マジであのトンチキ会社にいくのかよ!?」

 

「あはは……。た、確かにかなり個性的だけど、技術力を持っているのはベネリットも認めるところだからね。それにこの気持ちとは別に、アイツの役に立ってみたいって今は思うんだ」

 

 何かあったら守ると言ったのだから、それがちゃんと実現できるように。

 

 そんなことを言っていると、リリッケ以外のメンバーは全員、ため息をつきながら手でパタパタと顔を仰ぎ始める。

 

「いやー、暑いなー」

 

「これが愛ってやつか……」

 

「あーしにはマジ分かんねー」

 

 後輩たちは慈愛の表情を浮かべるアリヤの背後に、菩薩か観音様でもいるようなオーラを感じ取る。恋や愛は人をここまで変えるのか、と。

 

 ただ……

 

「それに……うん、言っても分からないなら、ね」

 

「「「ひいっ!?」」」

 

 時折その観音様の顔が阿修羅に変わるのはなぜだろうか。

 

 ロマン男がそういう人間だと理解はしていても、まったく告白のこの字も伝わっていなさそうな様子に、思うところがないわけではなさそうなアリヤだった。

 

 

 

 スポットが当たった学生も、そうでない学生も、誰もが平等に祭の最後を楽しんでいく。

 

 仲のいい友人と健闘をたたえ合ったり、先輩との最後の体育祭を涙ながらに惜しんだり、あるいは祭のテンションで告白して玉砕したり、成功したり。

 

 だけれど時間が経つのもまた平等だ。一時間、二時間が過ぎて、祭はいよいよお開きという雰囲気になっていく。

 

 そんな中、

 

「あ! ミオリネさん、ここにいたんですね」

 

「スレッタ? アンタ、もう打ち上げはいいの? たしか一二年チームのメンバーともやってたでしょ?」

 

 宴の会場から離れた木陰で一人静かに過ごしていたミオリネの傍に、スレッタが駆け寄ってきて、同じように腰を下ろした。スレッタの手にはドリンクやお菓子が抱えられている。明らかに一人分以上の荷物は、スレッタがミオリネと時間を過ごしたいと思っている証でもあった。

 

 この最終日、二人はあまり話ができていない。

 

 地球寮の宴会には少し参加したが、すぐにスレッタはメイジー達に呼ばれて選抜戦のチームでの宴に行くために別行動していたし、ミオリネもスレッタがいない地球寮に居続ける理由もなく、一人、離れた場所でのんびりとしていたところだった。

 

 ミオリネはスレッタへと呆れたような目線を送りながら言う。

 

「はぁ……わざわざ、私を探しに来なくても良かったのに」

 

「みんなとのパーティーもとっても楽しかったんですけど、なんだかミオリネさんともお話ししたくなって……。だ、ダメですか?」

 

「そんなこと言ってないわ。……それ、ちょっともらっていい? お腹も少し減ってきたから」

 

「は、はい! どーぞどーぞ!」

 

 二人の間にお菓子の包みなどが広げられ、それをつまみながら二人は取り留めのない話をする。

 

 スレッタは、さすがにいろいろな種目に出すぎて筋肉痛だとか、新しくできた友達と遊びに行く約束をしたということを。

 

 ミオリネも、自分の卸したトマトの反響がよかったことに安心したことや、スレッタの母親と会話をしたことなどを共有したり。

 

 するとスレッタは、なんだか奇妙な表情をしながらつぶやくのだ。

 

「そういえば、不思議なんです。前は毎日、お母さんと電話をしたり、ちょっとしたことでも話をしたかったのに……。

 このお祭りの間は、そうじゃなかったんです」

 

「アンタはだいぶ忙しかったもんね。でも、ちゃんと褒めてはもらったんでしょ?」

 

 内心で、それくらいしないと母親失格よ、とミオリネは思いながら言う。スレッタはその問いにはうなずきを返した。

 

「は、はい! うれしかった、ですけど……。えっと、もちろんお母さんは大好きですけど、それだけじゃないっていうか、他のことをしてる時のほうが大切だったというか……」

 

 もじもじと、そうしていた自分が不思議だとスレッタ自身が思っているような様子。

 

 だが、ミオリネにはその理由は分かり切っていた。

 

「つまり、ようやくスレッタも親離れってわけね」

 

 ミオリネは少しからかい交じりにスレッタへという。

 

 結局、スレッタが言っているのは母親にべったりするよりも、友達や仲間とはしゃぎまわる方が楽しかったというだけ。本当なら幼少期にすましておく通過儀礼だが、同年代の友達がいなかったスレッタにとってはやっと得られたチャンスなのだろう。

 

 ミオリネはすまし顔で言う。

 

「アンタのお母さんだって自分にべったりくっついているよりは、同級生と遊んでいる方が健全だって思うわよ。……じゃないと、アンタを学校に連れてきたりはしないだろうしね。そんなに気にしなくてもいいわよ」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「そうよ。うちの糞親父とのことを考えてみなさいよ、アンタの家のほうが百倍マシでしょ?」

 

「えっと……それは、ちょっと答えづらいです」

 

(とはいえ……)

 

 と、ミオリネは体育祭中にまみえたプロスペラ・マーキュリーのことを思い出す。

 

 一見すると娘想いの優しい母親。だが、それだけではないとミオリネの勘はささやいている。果たして彼女がデリングと組んで何を企んでいるのか、その答えを探すために動く準備が、ようやく整い始めていた。

 

(……ちゃんとスレッタには説明しないとね)

 

 エアリアルというガンダムの秘密。

 

 それを送り込んできた真意。

 

 運命の虜囚であることを嫌うミオリネは、ただ受け入れることなんてしない。自分の足で、手で、目で、確かめなければいられない。

 

 でも、今は。

 

「ねえ、スレッタ。……体育祭、楽しかった?」

 

 今はこの純粋な、形だけの婚約者と二人で、祭の余韻にふけるのも悪くない。

 

 ミオリネはスレッタに語り掛けながら、まだ煌々としている祭の明かりを見る。

 

 スレッタもミオリネにつられてその景色を見て、

 

「……はい。とっても、とっても楽しかったです。

 でも……もう、終わっちゃうんですね。あんなに楽しかったのに、最後はこんなに寂しいなんて」

 

「ばーか、なに言ってんのよ。私たちには来年もあるでしょ?

 それに……」

 

 ミオリネは宴の中央で、陽気な笑い声を上げながらグエルへシャンパンみたいなものをぶっかけている幼馴染を見ながら言う。

 

「あのバカが、これからも大人しくしてるわけないじゃない」

 

 そして、その言葉は正しかった。

 

 ロマン男は実行委員会の後輩たちに高く担がれながら、マイクを片手に叫び出す。

 

『みんなー! 体育祭の最後の夜、楽しんでるかーっ!!!!』

 

「「「おおおおおおおお!!」」

 

『ハハハハ! いい返事だっ!! 俺も最高に楽しかった! ほんとにほんとに、楽しい思い出をありがとーっ! これで心置きなく卒業できる……』

 

 

 

『んなわけねぇだろ!! まだまだ満足してねぇぞ!!!!』

 

 

 

「「「っ…………!!」」」

 

 ロマン男のその言葉に、学生たちは目を見開いた。

 

 その言葉は明らかに何かを企んでいるという風で、妖怪を見つめる半分は期待を込めて、残りの半分はまた変なことをするつもりかと疑いながら。

 

 そして学生たちの中心で少年は言うのだ。

 

『体育祭は楽しかったけど、満足してないやつもいるよな!? 特に経営戦略科!! パイロットもメカニックも見せ場たっぷりだったけど、運動苦手なやつも当然、この学園にいる!!

 そして俺は、そういうやつにもこの学園で最高の思い出を作ってもらいたい!

 と、いうことで……!』

 

「「「ぉおおおお?」」」

 

 最後は大きくためを作りながら、

 

 

 

『アスティカシア文化祭をやるぞぉおおおおおおおおお!!!!』

 

 

 

「「「はぁああああああああああああああああああああああ!?」」」

 

 叫ぶ少年の声に、全校生徒から同じくらい大きな戸惑いの声が届けられた。

 

「ちょ、ロマン先輩、なんて言った!?」

 

「文化祭!? って、なにそれ?!」

 

「しかも今年やるのかよ!? 準備期間、あんまねぇじゃん!?」

 

 なんて、当然ながら不安そうな声も聞こえてくるが、

 

「でも……楽しそう!」

 

「今度こそ、俺が目立ってやる!」

 

「経営戦略ってことは、店を開いたりもできるんだよな!」

 

 と次への期待に胸を膨らませる声だって同じ数聞こえてくる。

 

 学生たちは分かっていた。この男は変人で妖怪で、ロマンの名のもとに無茶苦茶をやるとんでもないやつだが、それでもきっと、その企みは楽しみに満ちたものになるだろうと。

 

 そして、そんな声を離れた場所で聞いていたミオリネは、大きくため息をつきながら言うのだ。

 

「あのバカ、また変なこと言い始めて……。でも、よかったわね、スレッタ」

 

 

 

「また、楽しいことが待ってるわよ」

 

「っ、はい……!」

 

 

 

 スレッタ・マーキュリーは笑顔でミオリネに頷きを返す。

 

 確かに祭は終わって寂しいけれど、悲しいけれど、だけれど不安は今はない。この学園にいる限り、きっと楽しいことはどんどんとやってくるのだから。

 

 だからスレッタは万感の気持ちを込めて、ミオリネに言うのだ。

 

「ミオリネさん、私……!」

 

 

 

「この学園に来れて、よかったです!」




ということで、長丁場になりました体育祭編もこれにて終幕です!

ですがまだまだ物語は折り返し、今後は原作のイベントにも沿いつつ、株式会社ガンダム編に進んでいく予定!(めっちゃ寄り道しますけどね!)

どうかこれからも拙作にお付き合いいただけると嬉しいです!


次回:ぐえキャン△

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37. ぐえキャン△

今回はのんびりな話です


 華やかで賑やかで、それでいて人によってはとびきり奇妙な祭だった体育祭が終わって、早一週間。

 

 閉会から数日間は学園の中はどことなく浮ついていて、暴れたりない学生たちは盛んに決闘を仕掛けたり、一部のロマン派は奇怪な行動をしたりとあわただしい雰囲気があったが一週間もたつと、さすがにそんな空気は沈静化。

 

 再び子供たちは日々の勉学に、あるいは部活に、もしくは学内企業の仕事にと邁進している。

 

 それはもちろんベネリットグループ御三家であり、体育祭でMVPを飾ったジェターク寮でも同じ。素晴らしい結果を得たからと言っても慢心はせず、むしろ内外から注目されたり、グエルグッズの売り上げがとうとうMS部門の年間売り上げを超えそうだとかいう将来の瀬戸際を迎えているので、改めて身を引き締めなければという雰囲気が寮にはあった。

 

 体育会系が多く、古い気質の人間がトップを張っているジェターク社だからこそ、生徒にもその堅実さが受け継がれているのだろう。

 

 しかし、その寮内で、

 

「フェルシー、ペトラ、兄さんがどこに行ったか知らないか?」

 

 ラウダはどことなく焦った顔でグエルを探していた。

 

 そんな様子にラウンジで雑談していた女子二人もお菓子をつまむ手を止めてラウダをきょとんと見る。

 

「えっ、グエル先輩いないんすか?」

 

「私たちも見てないですけど……」

 

「そうか……。いや、悪かったな邪魔をして。たぶん、散歩や買い出しだろう」

 

 しかしラウダの様子は言葉とは裏腹に、髪をいじりながらの悩まし気なものだ。

 

 特に大きな心配というわけではない。水星女に告白、もといプロポーズをしたり、体育祭で大暴走をしたことと比べれば取るに足らないことだ。

 

 ただ、

 

(ここ数日、兄さんは夜に出かけることが多くなった。しかも、その出ていくところを誰も見ていない。……まるで、隠れるようにして寮からいなくなる)

 

 そこがラウダには気になる。

 

 グエルは誰よりも誇り高く堂々とした性格をしている。そしてこのジェターク寮の仲間への情も厚く、外に出ていくときも正門から誰に恥じることもなく出ていた。

 

 こんなに"こそこそ"という言葉が似合わない男はいない。

 

 だからこそ、ここしばらくの夜間外出には特別な意図があるのではないかと、ラウダは詳細につけているグエルの行動記録から推察した。

 

 そう、例えば……

 

(ま、まさか、兄さんは今頃水星女と……!!)

 

 ラウダの脳内では、なぜかキラキラとファンタジーじみた空間で愛を交わし合う敬愛する兄と田舎者の水星女の映像が流れ始める。ついでにラウダの額からは嫌な汗も流れ始める。

 

(くっ……! そういえば選抜戦でも二人はいい雰囲気だったと聞いた……。まさか本当に水星女と付き合い始めたのか!? 弟に黙って!?)

 

 元から、あのミオリネとの婚約なんて父親の出世欲と思惑がなければグエルにとってもジェターク社にとっても百害あって一利なしだと思っていたラウダ。

 

 兄にはもっとおしとやかで気立ての良い女性との結婚が望ましいとひそかに考えていたが、それは断じてあの大雑把な水星女ではない。しかも水星女と結婚した途端、ミオリネまでプラスでついてきてジェタークを独裁し始めるのは明らかなのだ。

 

 けれども兄は理解してくれず、むしろどんどんとのめりこんでいくばかり。

 

 それがとうとう、こんな行動にまでつながっていたとしたら……

 

 

 

 

「おのれぇ……! 水星女ぁああああああ!!」

 

 

 

 ラウダの叫びがジェターク寮にむなしく響き、フェルシーたちはそそくさとその場を退散していった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 そして弟がそんなことになっているとも知らないグエルはと言えば……

 

「ふぅ……♪」

 

 穏やかなため息をつきながら一人の時間を満喫していた。

 

 彼の目の前にはパチパチと音を立てながら小さな炎を上げる焚火台。そのさらに後ろにはちょっとしたハンモックやら調理器具やら、テントまで置かれているのだ。

 

 誰がどう見ても、それは一人キャンプのセット。

 

 そう、グエルはキャンプをしていた。学園の中、一人で。

 

 グエルはオレンジ色の暖かい炎を見つめながら、穏やかに考える。

 

(ああ、俺に必要なのはこういう時間だったんだ……)

 

 きっかけは体育祭が終わった次の日。

 

 体育祭で一番話題になったのは盛大に告白をかましたロマン男だが、グエルとて選抜戦での活躍や口コミで広がったスレッタとのロマンスで噂の的には変わりない。

 

 外に出るたびに学生たちから好奇の目で見られたり、一人になっても部屋には例のデート券が置かれているのでスレッタをどう誘えばいいのか悶々と心が休まらない。

 

 そんな時グエルは、ネットである記事を見つけた。

 

『男の癒しの空間へ 一人キャンプの極意』

 

「こ、これだ……!!」

 

 グエルは天啓が下りたような気持ちになった。

 

 元から行動派であり、部屋でじっとしているよりは動いていることが好きなグエル。御曹司という立場では叶うべくもなかったが、自給自足の生活にも憧れのような気持ちがあった。

 

 そしてさらに偶然は続く。

 

 日課としているジョギングのコースを気まぐれに変えたところ、林道の奥に少し開けた空間があったのだ。学園の景観と防火対策のために流されている小川に似せた水路まで隣接してる絶好のキャンプ場所。

 

 ここだ、と思い、すぐさまグエルはグッズを購入。連日のようにこっそりと夜に寮を抜け出しては一人の時間を楽しんでいた。

 

 そして今もグエルは焚火でマシュマロを焼き、自分で挽いたコーヒーを飲みながらキャンプを満喫している。

 

「ふっ……今の俺はジェタークの御曹司でもなんでもない。グエル・ジェタークという名前も意味をなさない。そう、ただ一匹の男。さながら……ボブ、とでも呼んでもらおうか」

 

 自分で自分自身の衣食住を確保する。

 

 それは究極的な自由であり、精神の開放。

 

 そんな謳い文句を真に受けたグエル、いやこの空間においてはボブは、キャンプにドハマりしていた。今の目標はこの小さな空間をより豊かにしていくこと。

 

 そしてゆくゆくは……スレッタを招待して、二人っきりで穏やかな時間を過ごすのも良いかもしれない、なんて妄想まで広がっていく。

 

 だがきっとスレッタは喜んでくれるはずだ、とボブは確信していた。

 

 焚火でとろりと溶けたマシュマロは、ビスケットに挟むことで極上のスイーツへと早変わり。コーヒーだって、プロによって淹れられた最高品質のものをジェタークで何度も飲んだことがあるが、今飲んでいるものほどにグエルの心を満たすことはなかった。

 

 かつては土いじりに精を出すミオリネを愚かだと思ったこともあったが、それもボブは取り消す。

 

 ちょっとしたキャンプでこれなのだ。ミオリネのように一から食べ物を作って収穫したら、この何倍もの満足度を得ることができるだろう、と。

 

 責任ある立場から逃れて、一人の人間として充実な時間を過ごす少年。

 

 このまま彼はゆったりと人生を豊かにしていく……と思われたが。

 

『まったく……こんなところに誰かがいるわけないだろ?』

 

「っ……!?」

 

『いやいやっ! 自治会に相談が来たんだって! 散歩してたらガサガサって音がしたってさ! きっとトラとかライオン、いや、妖怪が潜んでいるに違いないっ!!』

 

『その場合、妖怪はお前だ』

 

「こ、この声は……!?」

 

 少し離れたところから聞こえた声に、ボブから戻ったグエルは飛び上がる。

 

 明らかに何者かを探している風な二人が近くにいる。しかもそのどちらもグエルにとっては知り合いであり、そして片方は何があってもこの場では見つかりたくなかった相手。

 

「あのバカとエラン!? な、なんでここに……!!」

 

 そうロマン男とエランだった。

 

 二人は懐中電灯を片手に林の中を歩き回っている。グエルに聞こえてくる話では、グエルが行っていたキャンプの音を不審に思った学生が、ロマン男の自治会へと相談したらしい。

 

 確かにグエルがいるのは外からは見えにくい位置であるが、パチパチという音やハンモックに結んだ木々は変な揺れ方をする。しかも焚火の炎のせいで明るくなるので、そういう意味でも不審に思う下地はあった。

 

 グエルは急いで自分の大きな体で焚火を隠すと、必死に考える。

 

(まずい、まずいぞ……! もしあいつらにばれたら、どんな変なことになるか!? せっかく俺は癒しの空間を手に入れたのに……!!)

 

 グエルの脳内にはまたもや学園中にグエルがキャンプしていたことが広まり、『ぐえキャンのススメ!』やら『ジェターク流キャンプ術』やら変なポーズでキメ顔をしているグエルの本が大量に出版される光景がありありと浮かぶ。

 

 この絶体絶命のピンチをどうやって乗り切るか。グエルは考えるが、現実は非情である。

 

 かちゃり、とグエルの足が焚火台へと触れて、音が鳴り。

 

 そして、

 

「おっ……! あっちから音がしたぞ!!」

 

「まさか、こんな夜中にはしゃぐ奴がお前以外に……?」

 

「さすがに学生じゃ……へ?」

 

 やってくる破滅の足音という名のロマン男。

 

 彼はひょっこりと顔を出すと冷や汗をだらだらと流しているグエルを確認し、数秒だけぽかんと口を開ける。おそらく彼にとってもグエルがここに現れるなんて予想外だったのだろう。

 

 だが状況を認識した妖怪は、それはそれは楽しそうな笑顔でいうのだ。

 

「楽しそうなことしてんじゃん、グエル♪」

 

「お、おわった……」

 

 

 

 そしてグエルの顔に絶望がよぎってから数十分後。

 

 

 

「おい、その肉は俺が育ててたやつだぞ!! よこせ、このバカ!!」

 

「嫌ですぅーっ! 網の上は平等ですぅ! ケチケチすんな!」

 

「ケチってなんだ、ケチって!? ここは俺の城だぞ!? って、おい! エランもしれっと盗ってんじゃねえよ!?」

 

「……さすがグエル・ジェターク。肉の育て方も丁寧だ」

 

「そんなことで褒められても嬉しくねぇよ!?」

 

 グエルの静かな男の空間は、にぎやかなバカ騒ぎに変わっていた。

 

 グエルを見つけてにやりと笑ったロマン男。その時、グエルはきっとすぐにでも学園中に広まってしまうと思ったのだが、ロマン男は吹聴するようなことはしなかった。

 

 代わりに、

 

『肉もってきて、バーベキューしようぜ!』

 

 なんて提案し、グエルの返事を待たずに自分の寮から大量の肉と野菜を持ってきてしまった。

 

 ロマン男曰く、

 

『人のロマンを邪魔するようなことはしないっての!』

 

 とのこと。グエルは珍しく、妖怪ロマン男のことを見直した。

 

 そして現在、グエルとエラン、そしてロマン男の三人はぎゃーぎゃーと騒ぎながら肉を焼いて、夜食にしている。

 

 グエルとしても、ちょうど小腹がすいていたので良いタイミングだった。

 

「この肉、けっこういいとこのを使ってんだろ?」

 

 グエルは焼きあがった厚切りの霜降り肉を味わいながらつぶやく。

 

 噛みしめるほどにあふれ出す甘い肉汁と油。それでいて筋もなく、簡単に嚙み切れては胃へと収まっていく。高級肉も飽きるほどに食べたグエルをして、この肉はいいものだと思えた。

 

「ああ、これな。食堂に卸してもらってる地球の精肉所から、いつものお礼にって貰ってさ」

 

「まだまだたくさん残っているよ。どうせうちの寮生総出でも食べきれなかっただろうし、遠慮しないでいい」

 

「はぁ……、あの食堂の材料は地球産が多いって聞いたが。そういや、お前は理事もやってたな。バカのくせに」

 

「学生の健全な育成と将来のためですから? そりゃ最高品質の食材を用意するに決まってんじゃん! ま、地球から持ってくるのは多少手間だけど、その分、味は保証できるよ」

 

 もちろん、農業フロントで大量生産されている食材を使う方が楽なのだが、宇宙での生育を優先して遺伝子改変を施された野菜や畜産物たちは、どこか味が物足りないものがある。

 

 その点で地球産のそれらは、運ぶ手間や地域的な不安定さは抱えつつ、母なる大地によって健全にはぐくまれた良質なもの。きっちりと業者にはフェアトレードを結び、全面的に協力してもらっていた。

 

(悔しいが、うめぇ……)

 

 グエルは勢いよく肉を喰らいながら考える。

 

 今、目の前ではバカが小さなフライパンまで取り出して、厚切りのステーキをフランベして仕上げているところだった。じゅうじゅうという音が、これまた食欲を誘う。

 

 グエル自身は地球という場所にそれほど思い入れもなく、その分、差別意識も少ないが、地球の食料が一番だという人間の言うことがようやく理解できた気がした。こんなに美味いものが食べれるなら、将来、地球の農家に投資してもいいかもしれないと思うほどに。

 

 そうして成長期の子供らしくたらふく食べた三人は、さすがに食べたばかりではしゃぎ続ける元気もなく、焚火を囲みながらのんびりとすることにした。

 

 ロマン男は焚火を見つめながら静かに呟く。

 

「……なんか、こういうの青春っぽくていいな」

 

「青春がどうとかは知らないけれど、同感だね。火を見ていると安心するのは、人間の本能なのかな?」

 

「余計なことを考えるんじゃねえ。この空間を楽しむ極意はな、何も考えずに受け入れることだ」

 

「ぐ、グエルが悟りを開いてる……! これがZENってやつか!?」

 

「だから騒ぐんじゃねえって言ってんだろが!?」

 

「落ち着きなよ、バカ二人」

 

「「……おう」」

 

 

 

 

「「「………………」」」

 

 

 

「……いいな」

 

「いい……」

 

「ああ……」

 

 もはや言葉はいらない。

 

 確かにグエルの言う通りに頭の中を空っぽにして火を見ていると、なんだかいつも悩んでいることがちっぽけなことのように思えてくる。

 

 人間という種が火を利用することを覚えてから数千年以上。

 

 かつての先祖たちもこんな風に火を囲みながら会話をしていたのだろうし、宇宙に進出したとしても変わらないものがあるのだと、哲学的なことまで考えてしまう。

 

 そしてそんな太古の昔や人類のことを焚火の前で考えることも、

 

「……これもまた、最高のロマンだ」

 

 少年が呟くとグエルはわずかに顔を上げ、静かに問いかけてくる。

 

「よくわかんねぇな、そのロマンってのは。お前は何でもかんでもロマンだロマンだ言ってるが、定義はなんだ」

 

「別になんでもいいんだよ。俺にとってはロボットだったり青春だったり、そういうものだけど。なんかが好きだったり、なんかになりたいって思える対象はなんでもロマンだ。

 グエルだって、こういう一人キャンプとか焚火に憧れたから、こんなことやってんだろ? 立派なロマンチストだって」

 

「そういうもんか……」

 

 グエルは考える。以前のエアリアルとの戦いでは、泥臭くも必死な戦いにロマンというものの片鱗を感じた。

 

 今、こうして焚火を囲っているのはそんな熱狂とは真逆。それにバカたちが来てからは一人の静寂などどこかへ行って、肉を食ってのバカ騒ぎだ。

 

 そして、そんなバカ騒ぎも悪くはなかった。

 

 この悪くないという感傷がロマンだというのなら。

 

「……そういうロマンは悪くねぇな」

 

「はは♪ そーだろ?」

 

 ロマン男が掲げたマグカップに、グエルは自然と自分のそれを打ち付ける。カチンと小気味のいい音がして中身のコーヒーが揺れる。

 

(そういえば、こいつとこういう話をしたことはなかったな……)

 

 思い返すとロマン男とグエルは長い付き合いだ。

 

 きっかけは学園に入学して早々、決闘で頭角を現して、今では思い返すのも恥ずかしいほどに天狗になっていたグエルへ、いきなりあのヴィクトリオンを持ってきてロマン男が決闘を挑んできたこと。

 

 結果、初戦はグエルの敗退。

 

 あからさまな慢心が原因で、初手ロケットパンチに負けたのだ。

 

(だが、それもいい経験だ……)

 

 負けてプライドも折れ、父からも叱責され、周りからもからかいの視線を浴びた。だが、それでへこたれるグエルではなかったし、次に決闘を自分から挑んだ時には見事にロマン男を破っている。

 

 そうしてそんな追って追われての関係が二年も続いて、とうとう学園生としては最終学年。

 

 火を見つめながら改めてその事実を噛みしめたグエルは、静かに言う。

 

「おい、アスム・ロンド……」

 

「…………へ?」

 

「お前の名前だろ!? なんでそんな顔してんだ!?」

 

「……いや、グエルが名前で呼んでくるのマジで珍しいし」

 

 なぜか嬉しそうにニヘラと笑う少年へ、グエルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「……俺はまだホルダーを諦めたわけじゃねえ。ミオリネとの婚約は願い下げだし、ジェタークがベネリットを支配することにも興味はない。……だが、学園最強の座は俺のものだ。今は違ってもな。

 そして……」

 

 自分の実力でエアリアルを超え、トップに返り咲いたときには。

 

「あの時のスレッタとの決闘の条件を忘れんな。お前と本気で戦って、俺が勝つ……!

 もうロケットパンチだのそういうふざけたギミックでもなんでも持ってきやがれ。正面から打ち破って、卒業してやる」

 

 それが、

 

「それが俺のロマンだからな……!」

 

 グエルはそう言って笑った。

 

 つられてロマン男も調子良さそうに笑いだす。

 

 それを横で見ていたエランには、なにがそんなに愉快なのかはわからないが、口に出してつっこむのは野暮に思えた。

 

 そうして静かに夜は更けていく。

 

 思いがけず始まった三人の男の宴はその後も続き、三人そろって寝落ちして登校中の学生たちに見つかって逃亡することになるのだが、それはまた別の話だ。




一人キャンプとかしてみたい~!!

次回:ナナウラさん初めての会社見学

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38. 魔窟

 声が聞こえる。

 

『ニカ、スペーシアンを憎め。宇宙を憎め。母なる地球を汚す奴らを許すな』

 

 声が聞こえる。

 

『私は地球のために戦います。母なる大地をスペーシアンから守るために、この身を捧げます』

 

 それは傷の男の言う通りに復唱する、ニカ自身の虚ろな声。

 

 そしてまた声が聞こえる。

 

 今度は血にまみれた亡者たち。それがニカへと手を伸ばしながら呪いの声をかけてくる。

 

『裏切ったな……?』

 

「っうぅ……」

 

『お前も裏切ったな……?』

 

「やだ、やだ……!」

 

 亡者たちの手がニカの首へとまとわりつき、そしてニカの隣では、あの金髪の少年がバラバラになって散らばっていて……

 

「いやぁああああああああああああああ!?」

 

 ニカ・ナナウラは悲鳴を上げてベッドから飛び起きた。

 

「はぁ……はぁ……、また、ゆめ……?」

 

 ニカは思わず周りを確認する。

 

 もうそれは夢の景色とは違う。あのいたるところがひび割れた廃墟でもなければ、銃弾や血が無造作にばらまかれている凄惨な景色でもない。

 

 真新しくて、どこまでも綺麗なニカの部屋。まだ物はほとんどないけれど、安心できる場所。

 

「よかったぁ……」

 

 ニカは安堵とともに大きく息を吐き、布団へと顔をうずめる。その布団も、地球にいたころとは違う。とても柔らくて優しい匂いがするものだった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 ニカ・ナナウラが保護されて一週間ばかりが過ぎた。

 

 今のニカの立場はロングロンド社の預かりであり、アスティカシア学園のメカニック科一年生。

 

 本来の年齢なら二年生になるべきだが、それまでの教育環境が良くなかったのもあり、基礎から学べる一年生への編入となった。

 

 そもそもが年齢自体、ニカ本人の自己申告以外に確認できるものがないので、ごまかすのはそう苦ではなかったと世話をしてくるロングロンド社の女性が言っていた。

 

 当初はアスム・ロンドのことは信じたくても、周りの思惑でどうにでも立場は変わってしまうと警戒していたニカ。

 

 だが、あれよあれよと市民ナンバーが交付され、ロングロンド寮に部屋が用意され、長距離通信はできないがプライベートにも使っていい通信端末まで用意されるといういたせりつくせりぶりに、少なくともロングロンド社の人々を疑う気持ちは薄れている。

 

 それもこれも、おそらく"あの人"が力を尽くしてくれたのだろう。

 

(だから、少しでも恩返ししたいのに……)

 

 そんな充実した立場のニカが、悪夢に悩まされるようになったのは、ここ数日のこと。これからの将来に期待を抱けるようになってから。

 

 理由は分かっている。不安があるからだ。

 

 ニカをこの学園へと送り込んだテロ組織の情報について、ニカは知っている限りをアスム・ロンドへと提供した。

 

 それは自分の保身でなく、どちらかと言えば、彼なら同じように兵隊にされようとしている同世代の子供たちも保護してくれるんじゃないかという期待を込めたもの。

 

 そしてその情報をもとに調査が行われた時、彼女がいたアジトはもうもぬけの殻だった。

 

 数日前まで人がいた気配があったとあるので、ニカが宇宙へ上がった段階で引き払ったのだろうと推察されている。

 

(……結局、私は捨て駒として宇宙に上げられた)

 

 あの傷の男を始め、大人たちはニカが成功するとも無事に帰ってくるとも思っていなかったのだろう。あるいは思想に染まり切らないニカをこれ幸いと切り捨てる意図が、命令にはあったのかもしれない。任務の成功の可否すらも確かめないまま、彼らは姿をくらませていた。

 

 そんなニカが今も生きていて、それもスペーシアンに保護されていると知られたら、彼らはどうするか。あるいは同じ境遇だった子供たちにどう伝えるか。

 

「っ…………」

 

 夢で見たように、何人もの憎悪が自分へと向けられるのは、もう確定している。

 

 自分だけならまだいい。どうせ捨てた命だ。

 

 だが、そんな自分を拾い上げてくれた彼にも危害を加えられることになったら。それがニカを苛む大きな悩み事でもあった。

 

 過去も自分の経歴も、そう簡単になくなってはくれない。その事実を改めてニカは感じている。

 

 しかし、悩みにだけひたっている時間はない。

 

「あっ……! も、もうこんな時間!?」

 

 既に時刻は朝の七時を超えていた。学校に出るのならもう少しゆっくりできるが、今日はそれとは別に大事な要件がある。

 

 ニカは飛び起きると急いで身支度を整え始める。嫌な汗をたっぷり吸った寝間着を脱ぎ去って、シャワーを浴びて、乾かしたら軽く化粧を施して。そんなに食欲はわいてなかったので、常備している栄養バーをくわえながら学園の制服を着ていく。

 

 まだまだ固くて、ニカにはフィットしていない制服。

 

 だけれど、それは部屋や市民ナンバーより何よりもニカにとっては嬉しいプレゼントだ。

 

 それを姿見の前で確認して、どこか変なところがないかを再チェックして。ようやく人前に、というよりも彼の前に出ていい恰好をした時、ニカの部屋のチャイムが鳴らされた。

 

「は、はーいっ! ちょっと待ってください!」

 

 ニカは声をかけながら慌ててドアへと向かう。

 

 二重ロックの扉を解除するとそこには、

 

「おはよう、ナナウラさん!」

 

 朝から声の大きな少年が笑顔で立っていた。

 

「お、おはようございます! 社長!」

 

 ニカは思わずぺこりぺこりと頭を下げる。すると少年は一瞬きょとんとして、苦笑いしながらニカに頭を上げるように促した。

 

「あはは……、そんなにかしこまらなくていいから。もうナナウラさんだってアスティカシアの生徒だし、ついでにうちの社員候補でもあるんだから」

 

「で、でも、それなら余計にちゃんとしないとダメですっ! ……あなたは私の上司になるんですから」

 

 ロングロンド社が責任をもってニカ・ナナウラという不審人物を預かる。

 

 それがニカの存在を上層部に黙っておくためにこの社長とシャディク・ゼネリが交わした条件だったらしい。ここでいう責任とは、文字通りの一生分の責任だ。

 

 身分が怪しいどころか過激派だったと確定している人物を牢につながないというなら、なにかがあったときの責任は、ニカを助けた張本人がとれというわけである。

 

 ただ、これも見方を変えればニカにとって都合のよすぎる条件。というより元から彼はそのつもりだったのだろう。

 

 今後、行く当てもないニカの一生をロングロンド社がサポートすることになる。しかも話によれば、ゆくゆくは社長の側近になれるように教育体制を整えてくれているとか。

 

 ニカにとっては恐縮するしかない厚遇ぶりだ。

 

(もしかしたら、周りの人たちは"あのときのこと"を誤解しているのかもしれないけど……)

 

 もちろんそれは、例の告白騒ぎのこと。

 

 社長の想い人であるならば、粗末な扱いはできないと思っているのかもしれない。

 

 けれども問題は……

 

「むぅ……」

 

「ん? どうかした?」

 

「……いえ、なんでもないです」

 

 とうの社長自体が告白のことなど、まったくおくびにも出さないこと。

 

(私は、こんなに意識してるのに……)

 

 勢いで変なことをしてしまう変人のたぐいだということはアッスー君として出会った時からわかっていたが、それでもあんなにストレートな告白をされて何とも思わない女子なんていない。

 

 しかも文字通り、体を張ってニカの命を救ってくれたのだから。

 

 だが告白じみたことをした変人自身が、なんにも意識していないようにふるまうので、ニカは感情をどこへもっていけばいいのかわからない。助けられた身でありながら、有言実行してくださいなんてことは言えないし、自分もこうした感情を整理しきれていない。

 

 今のニカにできるのは、さりげなく"意識しています"と目線で伝えたり、朴念仁ぷりに頬を膨らませるくらい。

 

 だがそれもあまり効果はなさそうで、ニカはため息を吐きながら"社長"と一緒に行う今日の予定を確認することにした。

 

「えっと、これからロングロンド社の本社に向かうんですよね?」

 

「そうそう! 学園内の寮とか整備施設には多少慣れてもらったから、今度はうちの本体を見てもらわないと! 学園から二時間ぐらい宇宙船で行ったところにあるフロントだけど、すごいんだよ♪」

 

 社長の口ぶりは、自慢のおもちゃを見せる子供のように弾んでいた。

 

 ニカはそんな純度百パーな笑顔にまた頬が熱くなるのを感じる一方、この寮以上に"すごい"という本社がどれほどのものかが不安になる。

 

 ニカが所属することになったロングロンド寮。

 

 その外観は他の寮と違って、まんまロボットの頭部のような形状をしていた。しかもロビーには巨大な映像観賞用のモニターが置かれ、絶えずロボットアニメが垂れ流されているわ、エレベーターは指紋認証するたびに『Standing by』やら『Complete』やら無駄に美声なナビゲート音が流れる仕様。

 

 徹底してなにかの秘密組織のような造りになっている。

 

 学園内の寮でこれなのだから、本社はいったい……

 

 ニカの苦笑いをどう受け取ったのか、少年は文字通り子供のように笑う。

 

「期待してて、すごいから♪」

 

「はぁ……」

 

 

 

 そしてしばらく後、

 

「…………す、すごい」

 

 ニカは宇宙船の窓から見えたロングロンド社の姿に、ロマン男が言ったようなリアクションをしていた。

 

 その本社フロントの規模は、ベネリット本社や御三家の運営するものとは規模で勝るものではない。このアド・ステラ世界の標準的なフロントと同じくらい。

 

 だが、

 

「すごいでしょ♪ コンセプトは夢の再現! そりゃ宇宙に浮かぶ秘密基地なんだから、これくらいしないと!!」

 

 それは往年のSF特撮で見たような、巨大な基地のような形をしていた。

 

 フロントとはアド・ステラ世界における宇宙の人工的な居住空間であり、基本的には小惑星を基盤にしてその外周部に居住用の施設を建設している。

 

 おそらくはこの本社フロントも核の部分には小惑星が入っているのだろうが、外周全部を構造体が覆って、その痕跡が見えない。結果、巨大な厚底鍋のような形状の、宇宙基地ができていた。

 

 ただニカにはどこか遠い記憶でそんな基地を見た覚えがあり……

 

「あの、社長?」

 

「どしたの、変な顔して……」

 

「私の記憶が正しかったら、あんな形の基地がウル〇ラマンで丸呑みされてたような……」

 

「ソンナコトナイヨー。M〇C全滅とかシラナイヨー」

 

「やっぱり、アレですよね?!」

 

 とんでもない棒読み具合にニカは思わず大声を出してしまう。しかも、その基地の内部の人は全滅したりと散々な目に遭っていた記憶がある。

 

「だ、だってさ! マジでショックだったから、再建したいじゃん! 今度こそハッピーエンドを迎えたいじゃん!?」

 

「その前にバッドエンドを再現しそうなんですけど!? よく反対されませんでしたね!?」

 

「ふっ……、うちの社員の胆力をなめてもらっては困る……」

 

「うぅ……なんだか、あそこに入るのが怖くなってきました」

 

 とはいえ、見た目だけはワクワクする形なのは本当だ。

 

 特撮や往年のSFアニメで描かれていた未来予想図は、それは夢やロマンが詰め込まれている素敵なデザインだったが、実際に宇宙に進出した時代になると利便性や合理性が貴ばれるようになってしまい、デザインは最低限のものになっているところが多い。

 

 だがこの本社フロントはそんな流れに逆行して、最大限のロマンを表現しようとしている。確かにこの社長の率いる会社の社風がよく出ていると、一目で理解できるものだった。

 

 そんな風に感心すればいいのやら、不安になればいいのやらわからないままでニカ達を乗せた宇宙船は本社のドックに入港していく。ちなみに述べておくと、その発着ゲートの扉の開き方まで、どこぞの銀色宇宙人TのOPで出てきたようなものだった。

 

 そして二人してシャトルを降りたところには、長い金髪の女生徒が待機していた。

 

「おはようございます、社長、ニカさん。お待ちしていました」

 

「お待たせ、マリー。ナナウラさんは、もうマリーにはあっているはずだよね?」

 

「は、はい……! 寮の案内とかしてもらいました!」

 

 ロングロンド寮の副寮長であり、学園内での社長秘書も務めている二年生のマリエッタ・ユノ。彼女は先行して今日の"社会科見学"のための準備を行ってくれていたようだ。

 

 マリーはロマン男とニカを引き連れながら、つらつらと会社の沿革を話していく。

 

「先日、ある程度は説明しましたが、わが社『ロングロンド・ホールディングス』はベネリットグループ所属の複合企業です。初代社長、現社長の曾祖父様がMSを含む宇宙開発機器の製造メーカーとして立ち上げました」

 

「それがなんやかんやあって、父さんの代に兵器企業に舵を切って、それでまたなんやかんやあって今は兵器販売は辞めて作業用MSや、その装備開発。それにコンテンツビジネスを両輪に運営してるんだ」

 

「えっ……? 兵器販売していないんですか? 学園の決闘の映像だと、ミサイル撃ったりしてましたけど……」

 

「販売はしていないだけで、最新技術の実証のために兵器研究は行っているんですよ。残念ながら最新技術の多くは兵器として世の中に現れますから、世界に置いていかれないようにという考えです」

 

「あとヴィクトリオンを活躍させるのはアニメの販促とか、装備品販売の広告にもなるからね。なにより、そういう武器もロマンの一つ!! 追い求めずにはいられないっ!!」

 

 ただ、とロマン男は真面目な顔になって。

 

「……人の命を奪うのは、やっぱ嫌だからね」

 

「……はい」

 

 ニカは頷きを返しつつ、少年の葛藤を思う。

 

 おそらくコンテンツビジネスに舵を切ったというのも、ロマンを追い求めることはもちろんだが、兵器産業から撤退するために別の収益源を得たいという考えがあったのだろう。

 

 そして今はその道で成功を収めて、世界をロマンで変えようとしている。

 

(そういえば、あのアニメも……)

 

 ニカは地球圏でも時折流れていたアニメ『機工戦士ヴィクトリオン』の内容を思い出す。

 

 物語は一人の少年がスーパーロボットのヴィクトリオンと出会い、侵略者であるデビロイドと戦うところから始まる。

 

 一見すると単純な暴力の賛美や勧善懲悪に結び付きそうなものだが、回が進むにつれて、敵にもやむに已まれぬ事情があったり、徹底的な正義の名のもとに分かり合えそうな敵を滅ぼしたジャスティリオンと出会い、戦ったり。

 

 最後には敵も味方も手を取り合って、世界を苛む大きな問題を解決していこうという考えさせられる内容で終わっていた。

 

 その後もシリーズは初代から、ヴィクトリオンV、Ω、νやらタイトルを変えたり主人公を変えたりしながら継続しているが、争いだけでは何も解決しないという根底のテーマは変わっていない。

 

 かつてはニカ達のアジトでも大人たちの目を盗んで、子供たちが視聴していたが、そんなテーマの作品を見ることを大人が許すわけがなく、そのアニメを見ることは禁止されるようになった。

 

(やっぱり、ちゃんと考えているんですね……)

 

 ニカは少年の背中を見ながら、胸に温かいものがあふれるのを感じる。

 

 この人は自分と同い年くらいなのに世界を少しでもいい方向に変えようと努力している。そんな人と出会えたことが奇跡のように思えて、また憧れが……

 

 などとロマンチックなことを考えそうになった時だった。

 

『はぁあああああああああああああ!? てめぇ、ふざけてんじゃねえぞぉおおおおお!?』

 

『お前のほうこそ、ざっけんなぁああああああああああああああ!?』

 

「ひぃっ!?」

 

「おー、またやってんなぁ……」

 

 大きすぎる怒声が聞こえてきて、ニカは思わず飛び上がった。それはちょうど通り過ぎようとしていた扉の奥からのもので、そちらを見ると殺気だったオーラのようなものが漂ってくる。

 

「な、なな、なんなんですか!?」

 

「大丈夫です、ニカさん。いつものことなので」

 

「いつものこと!?」

 

 それのどこが大丈夫なのかとニカが戸惑う中、ロマン男はと言えば気軽に扉を開けていく、するとそこには、

 

「このブレードアンテナはVの字にするのが王道だろ!?」

 

「いーやっ! 王道とは打破するためにあるっ!! 一本だ!!」

 

「それじゃ悪役っぽく見えんだろがぁ!?」

 

「その常識を壊すのが、クリエイターってもんだろ! 王道以外でも勝負するんだよっ!!」

 

 などと大の大人が取っ組み合って叫んでいる。

 

 彼らの周りに散らばっているのは何やらMSの設計図のようなもの。どうやら二人はMSのデザインについて激論を交わしているようだった。

 

「しゃ、社長っ!? あの人たちはいったい!?」

 

「うちのメインデザイナーの二人なんだけど、あの通りに仲悪くてねーっ! でも殴り合った分だけ良いものつくってくれるから、大丈夫!」

 

「大丈夫じゃないですよ!?」

 

「ニカさん、これくらいで驚いていたら、うちの会社ではやっていけません。……慣れてください」

 

「そんな!?」

 

 果たしてマリーの言ったことは正しかった。

 

「社長っ! こいつがロケットパンチを金色に染めろとか言い出しましてっ!」

 

「それより戻ってくるようにするのが先ですっ!」

 

「社長っ!! 鉄男Mark.VIの開発許可を!!」

 

「そんなのより先に合体MSの実証許可を!!」

 

「ヴィクトリオンシグマのラフでご相談が!!」

 

「こいつ、悪魔の羽なんてつけるとか言い出しまして!!」

 

「社長!」「社長!!」「社長!!!」

 

 どたどたと、ロマン男がここにいると伝わったのか、扉から男たちが走りこんできてロマン男を囲みだす。

 

 そのあまりの勢いにニカは圧倒されて、マリーとともに部屋の隅でガタガタ震えるしかなかった。

 

 どうやら技術開発部とMS開発部やらコンテンツ部やらの社員がロマン男の意見を求めたくてやってきたようだが、どいつもこいつも血走った目をしているし、髪の毛を振り乱しているし、ついでに手にロボットの模型や設計図をもって振り回しているので、下手な暴徒よりも得体が知れない。

 

 熱意は伝わるのだが、怖い。

 

 一方で小動物のように涙目になるニカを他所に、ロマン男はその集団の真ん中で悠々と語り始めるのだ。

 

「みんな、静かに。ステイ、ステイ。今日は新入社員も来ているんだ、まだ、そういうところは見せるべきじゃないぞ?」

 

("まだ"なんですか!? いつ見せるつもりだったんですか!?)

 

 楽しいパーティで新入部員を誘い込んで、あとからカルト団体であるとばらす胡散臭いサークルのような言い方である。

 

 そしてそれを聞いた社員たちは、一斉にぐりんと顔をニカ達のほうへ向けて。

 

「「「新入……社員?」」」

 

「…………は、はいぃ」

 

 その目がギラリと光り、

 

「お嬢さん! ぜひともMS開発部へ!! 実物のスーパーロボットを弄れるロマン! 鉄と油と火薬のむせる匂いが君を待っているっ!!」

 

「それより技術開発部へっ!! 世の中を動かすのはMSだけじゃないっ! 目指せ猫型AIロボット! キミのアイデアで世界を変えようっ!!」

 

「コンテンツ部もいいぞぉ!! アニメや漫画、2.5次元にリアルイベントまで! 楽しい時を作る企業にしていこう!!」

 

「ひぃいいいいいいいい!?」

 

 怒涛の勧誘合戦が始まるのでニカはもう寮に帰りたくなった。

 

 歓迎してくれている気持ちは分かる。分かるのだが、熱量がでかすぎて怖い。ロングロンド寮の学生も大概暑苦しくて距離感がバグっているような子たちであったが、それがブレーキなしに進化した先がこの大人たちであるように感じた。

 

 そのまま燃え上がるような熱気に意識が飛ばされそうになるニカだったが、それを助けたのはやはりというか少年だった。

 

 勧誘の波に潰されないように壁へと背中を張り付けたニカの前に、頭一つ大きな背中が割って入る。

 

「大丈夫、ナナウラさん?」

 

「しゃ、社長……」

 

 振り返り、さわやかな笑顔を浮かべているロマン男。

 

 ニカは助けてくれたことに加えて、彼との距離の近さからも心臓がドキリと跳ねあがる。

 

 だがそれは吊り橋効果的な幻想だ。

 

 なぜなら、この少年こそがロマンという狂気の感染源であり、この血走った大人たちの元締めなのだから。

 

 少年は楽しそうに言う。

 

「まあまあ、みんな落ち着け。確かにナナウラさんは将来の社員だけど、まだまだ勉強の途中! こんなに強引に勧誘したら、安心してわが社に来れないじゃないか!」

 

 そう、途中まではまともなことを言ったのに。

 

「だが、皆の気持ちもよくわかる! この新しい仲間がどんなロマンを持っているのか、知りたいはずだ!!」

 

「…………え」

 

「ということで……!!」

 

 少年は『はい、これ』とニカへバインダーを渡す。

 

 そこにあるのは、

 

 

 

『第二次エアリアル改造計画』

 

 

 

 という文字。

 

「じゃあ、ナナウラさんに任せたから♪ よろしくぅ!」

 

「…………はい?」

 

「期限は一週間で! すごいロマンを期待してるぜぇ!!」

 

「えぇえええええええええええええええええええ!?」

 

 こうしてロマン男による善意100%の無茶ぶりが始まったのだった。




次回:待望?のエアリアル魔改造Part2

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39. 第二次エアリアル改造計画

最初にこの作品らしさを会得したのが、第一次回だったので、今回は書いてて楽しかったですね。次は第三次Ωといきたい。


 ことの始まりは、数日前。

 

 スレッタ・マーキュリーは珍しく、思い悩むような表情で、夜の学園を散歩していた。原因はその日に行われた母親からの告白。

 

『ごめんなさいね、エアリアルはガンダムなの』

 

 二人っきりの日常会話の途中で言われたその言葉を、スレッタは最初理解できなかった。

 

 前にスレッタが母に『エアリアルはガンダムじゃないよね?』と尋ねたときには、スレッタの言葉を一笑に付した母親が、一転してガンダムだと認めたのだから。

 

 エアリアルは禁忌の兵器であると。

 

 そうして茫然としたスレッタへ、プロスペラ・マーキュリーは説明をした。

 

 安全なガンダムを開発できたけれども、お披露目することができなかったこと。エアリアルは安全だと知ってもらうために、スレッタのお供として学園に送ったこと。これからもエアリアルを活躍させて、みんなを安心させてほしいということ。

 

 母が違法にエアリアルを作っていたり、それで良からぬことを企んでいたら、という最悪と比べれば、それは確かにスレッタにとって安心できる理由。なにより、説明するプロスペラの姿は、スレッタが知る"優しい"母親と差異はない。

 

 だからスレッタは笑顔でその謝罪を受け入れられた……はずだったのだが。

 

「はぁ……。どうして、最初から教えてくれなかったんだろ」

 

 どこかもやもやした気持ちが、スレッタを苛んでいた。

 

 納得はできているはずなのに、心の奥に小骨が刺さっているような感覚だ。

 

 それに加えてエアリアルの相談をしたミオリネからも、

 

『ガンダムを研究するための新会社を立てたいの。できれば、スレッタとエアリアルにも協力してほしい。この会社が成功してガンダムの有用性と安全性が認められれば、エアリアルもアンタも、何の不安もなく一緒にいられる

 ……でも、それはあくまで私の都合。この話に乗るかは、あんた自身が決めて』

 

 と突然、新会社なんていう大きな提案をされてしまったのだ。

 

 あまり深く考えることが苦手なスレッタにとっては、頭がパンクするほどの情報量である。

 

(私は、どうしたらいいんだろう……)

 

 スレッタは分からないなりに考える。

 

 自分の周りでなにか大きなことが起こっている。それくらいは分かる。だけど、その大きなことに自分はちゃんと関われていない。ただただ流されているだけという気持ちもするのだ。

 

「やっぱり、私がまだまだだからなのかな……」

 

 この間の選抜戦でも、チーム戦に慣れていないことで負けてしまったし、勉強も頑張ってはいるけれど、そんなに成績は良くない。

 

 自分には足りないものが多すぎると、最近は感じることが多いのだ。

 

 だがスレッタも、そんな状況で何もかも放っておくような弱い人間ではない。進めば二つ、なのだから。だから、まずは……

 

「もっと、つよくなりたいな……」

 

「……その欲望、解放しろ」

 

「ひゃああああああああああああああ!?」

 

 ぼそっとつぶやいた願望に対して、後ろから聞こえてきた怪しい声。

 

 スレッタが悲鳴と共に飛び跳ねると、後ろには、

 

「せ、せんぱい!?」

 

「やっ♪ こんばんは、スレッタさん!」

 

 なんて笑顔のロマン男が立っていた。

 

 そして彼はもっと笑顔を深くしながら言うのだ。

 

「悩みがあるなら、相談してみない?」

 

 ミオリネがいたなら『やめておきなさい!』というほどの、悪魔のような純粋な笑顔。

 

 そして一部始終を聞いた妖怪の提案により、エアリアル改造計画が再び立ち上がったのだった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「うーん……」

 

 そして現在、ニカ・ナナウラはロングロンド寮の整備室で大量の書類に埋もれながら頭を悩ませていた。それらの書類は過去にロングロンド社で行われたMSコンペの資料であったり、他社のMSのコンセプトなどをまとめたもの。

 

 つまりはエアリアルを改造するにあたっての参考資料というわけだ。この時代はタブレットを使えば何でも情報を収集できるが、大量の情報を総ざらいするにはまだまだ紙が有用。なので、地球時代と異なり贅沢に使えるようになった紙に印刷して、ニカは自分のプレゼン内容を考えていた。

 

『エアリアルをもっと強化すること』

 

 それがニカに与えられたテーマ。

 

 期間は一週間だが、なにも本当に装備の製造まで行えというわけではない。

 

 ニカが考えるのはあくまで、強化のコンセプト。

 

 自分が考える理想のエアリアルを表現して見せろと言うわけだ。

 

 だがそれはとても漠然的で、おおざっぱなオーダーだ。

 

「強くするって言っても、火力を上げればいいのか、機動力を上げればいいのか……。もしかしたら、戦う以外の方向性かもしれないし……」

 

 一応のヒントとして『精一杯ロマンを表現して』とはロマン男から言われているが、そもそもロマンという考え方が一人一人違うので、ヒントになっていない。

 

 学業の合間を縫っては依頼を果たそうと頭を悩ませているのだが、まだまだ答えの片鱗もつかめない状態でニカは悩んでいる。

 

「そもそも、なんで私に任せたんだろ……?」

 

 入社試験でもなんでもないから、気楽にやっていいよとは社長からも他の技術者の先輩からも言われているが、じゃあなぜ自分なのだろう。

 

 だって、対象はあのエアリアル。

 

 体育祭でも大活躍してニカも憧れた不思議で美しいモビルスーツだ。仮に自分の案が採用されたとしたら、このアド・ステラのMS業界に少なからず反響が出るだろうし、気楽にやりたくてもできるわけがない。しかも実はガンダムでしたなんて、機密情報まであっけらかんと言われてしまった。

 

 それにあそこまで完成された機体に手を入れるということ自体、難しい課題だ。

 

(エアリアルの特徴は、攻防一体のビット……)

 

 強力なバリアを展開でき、機動力にも変換でき、さらには全方位から火力も担保できると、いたせりつくせりな欲張り兵装。

 

 しいて欠点を上げるとすれば、全体的に最高レベルでまとまっているので、突出したものがないことくらい。大火砲や、他を置き去りにする機動力、特殊な戦術用途にも対応はしていない。

 

「でも、どこかを特化させようとしたら、せっかくバランスよくまとまっているところを壊しちゃうよね」

 

 エアリアルを美しいと思っているニカにとって、それはとても嫌なこと。例えば国宝のような匠の絵に、一本でも余計な線を入れるようなもので、文字通りの蛇足だ。

 

 だが課題は課題。

 

 拾ってもらった恩もあるし、これから新しい人生を歩んでいくのなら、挑んでいかなければいけないことでもある。

 

「なにか……、なにかヒント……!」

 

 机に突っ伏しながら頭を抱えて、ニカは悶える。

 

 昨日も同じようにして一日を無駄にした。

 

 これ以上、無為に時間を過ごすことはできない。

 

 そう思っていたところに、

 

「あれ? あなたは……」

 

「……え?」

 

「やっぱり、ナナウラさん……だよね?」

 

 駆けられた声に振り向くと、ニカは少しだけ緊張で体をこわばらせた。なぜなら、彼女の視線の先にいたのは、"あの時"地球寮で彼と親しそうにしていた少女、アリヤだったのだから。

 

 

 

「もう学園の生活には慣れたかな?」

 

「……ま、まだ教わってるばかりで、あんまり」

 

「そっか……、まあ、君の場合はアスムのせいでいろいろ憶測とかもついて回ってるし、大変だろうね……」

 

「……そんなに変な目では見られてないですけど。時々、あたたかい目で見られるというか」

 

 悪意はないけど、ちょっと胡散臭い目というか。某青いネコ型ロボがやっているような目だ。

 

 ニカがそう言うと、アリヤはなんともコメントしづらそうな顔で苦笑した。

 

(はぁ……、やっぱり気をつかわれてるよね)

 

 ニカは内心でため息をつく。

 

 自分から蒔いた種ではあるが、アリヤはニカが酷い暴言を吐いた場所に居合わせた人だ。しかも、同じ地球出身者で、ニカのバックボーンもある程度は推測できているはず。

 

 こうやって彼女の方から話題を振ってくれている状況のほうが不思議で、本来なら罵詈雑言を投げられてもおかしくない。逆境の中でもまっとうに生きているアーシアンにとっては、ニカがいたテロリストのような集団は、余計に自分たちの立場を危うくする邪魔者でしかないのだから。

 

 それに……

 

(きっと、この人も社長のことが……)

 

 ロマン男自身がアリヤのことをとても親し気に語っていたのもあるが、アリヤが彼の名前を出すたびに、どこか温かい感情のようなものが伝わってくる。

 

 そんな彼女があの言葉を聞いてどう思ったかなんて、考えるまでもなく、それゆえにニカはアリヤに対して肩身の狭い思いを感じていた。

 

 だが、

 

「気にしなくていいよ」

 

 アリヤはそう言って微笑んだ。

 

「……え?」

 

「君の顔を見ていたら、それくらいわかる。あの時のことを後悔しているんだろう?」

 

「…………それ、は」

 

「私だって、あの時は自分でも説明できない感情になったし、言った君自身が感じたことはもっと大きかったと思う」

 

「でも、言ってしまった事実は変わりありません。それに、私がやってきたことも……」

 

「うーん、そうだね……。私もその辺は詳しくは知らないし、踏み込むべきじゃないと思うけれど。

 でも、他でもないアイツが大丈夫だっていうなら、それでいいんじゃないかな? アイツはあれで人を見る目もあるしね」

 

 だから君だって悪い人間じゃないはずだ、と。

 

 そう言われたニカは、嬉しいような、でも悲しいような気持ちになる。

 

 そう言って自分のことを認めてくれる人がいるのは嬉しい、だけれど、そんなことを言ってもらうほどのことを自分ができるとは思えずにいるからだ。

 

 思い出すのは悪夢のこと。それに事実として自分はお荷物で疫病神以外の何者でもないということ。

 

 今になって思えば、仮にシャディク・ゼネリとの協約に従って学園にニカが潜入したとして、地球寮に入ってアリヤともよい先輩後輩になれたとして、でも最後には裏切り者として、その心を大きく傷つけることになっていただろう。

 

 あの時は学園に行けなくなったという気持ちが先行して悲しみに暮れていたが、どちらにせよ、未来は明るくはなかったかもしれない。

 

 すべてがバレているうえにやり直しの機会をもらえたことはとても幸運だけど、その幸運に見合ったことをこの世界に返せるのだろうか。どんな選択を選んでも、ニカ・ナナウラは他の人を傷つけるだけじゃないのか、と。そう思わずにはいられない自分がいる。

 

 するとそんな気持ちが表に出ていたのだろうか、アリヤはニカの肩に手を添えながら言う。

 

「何かを返したいなら、それこそアイツが一番喜ぶことを返してあげたらどうかな?」

 

「社長が一番、よろこぶこと?」

 

「分かっているだろ? ロマンだよ」

 

「そ、そうですけど。でも、どうやって……?」

 

「あはは……そ、そこまでは私も分からないけど。うん、きっと君がなんの悩みもなく、悲しみもなく、好きなことを好きって言えるなら、それがロマンなんじゃないかな?

 ……私もメカニックの端くれだからわかるけど、例えば、自分の"好き"をMSで表現したりとかね」

 

 つまりは、

 

「何にも気にせず、欲張ればいいんだよ」

 

 アリヤが思うに、この学園で一番の欲張り者はあのロマン男だ。いつのまにやら自分好みに決闘の色を変えてしまうは、差別を少なくしてしまうわ、体育祭を一大イベントにしてしまうわ。いい意味でわがままでマイペース。

 

 だから、そんな彼についていきたいなら、ニカ自身だってわがままにやってしまえばいい。

 

「わが、まま……」

 

「実は私だってわがままでね……、今日はロングロンド社のインターンに備えて、無理言って設備を見せてもらったりしてたんだ。そうしたら、社員の人たちも"ロマンだ"って言って二つ返事で了承してくれてね。

 ここは、そういうわがままが許されるし歓迎される場所なんだと思うよ?」

 

「ふふ、そうですね……」

 

 確かにそれはニカにも腑に落ちた。

 

 本社で出会った人たちは、みんないい意味で子供っぽくて、自分の夢や欲望を押し通すのに必死だった。ニカ自身もその熱量に押されっぱなしだったけれど、そこにテロリズムに走るような暗い感情はなくて、心の底から願いに一生懸命だった。

 

 それが、あの社長が求める社員像で、ニカもそういう資質があると認めてもらえているなら。

 

 ニカは胸の前できゅっと手を握って、力を籠める。

 

「ありがとうございました! えっと……」

 

「アリヤでいいよ。それと数少ないアーシアン同士、これからも何かあったら頼ってくれていいし、敬語にしなくてもいい。うちの寮は、割とそこらへんおおらかだから」

 

「は、はい……! えっと、よろしく、ね、アリヤ……」

 

「こちらこそ、ニカ。それじゃあ、私はここで失礼しようかな。

 キミも考えがまとまったみたいだし、集中が必要だろ? じゃあ、お仕事がんばって」

 

「……うん」

 

 手を振るアリヤに、ニカも控えめに手を振り返して。それで再び一人になった部屋で、ニカは考える。

 

「……わがままに、好きなことを」

 

 自分がこのエアリアルにどうなってほしいか、そして、そのMSという存在から世界をどう変えたいか。

 

 それを本当に思い描いていいのなら、実現していいのなら。

 

「私がやりたいことは……」

 

 ニカは白紙のキャンバスに、望む未来を描き始めた。

 

 

 

 そして約束の一週間後、ニカはロングロンド社の格納庫にいた。

 

 今日だけ運び込まれたエアリアルと、その足元に設置された巨大なスクリーン。目の前にはでっかく"審査委員長"と書かれた名札を付けているロマン男に、作業服姿のロングロンド社社員たち。さらにロマン男の隣には、なんだかドキドキと緊張しているようなスレッタが背筋を伸ばしていた。

 

 ニカも初めてのプレゼンという機会に心臓が飛び出しそうなほどの緊張を感じているが、それでも恐怖はない。少なくとも自分にできるだけのことは考えてきたのだから。

 

 そんなニカを見て、ロマン男は笑顔で言う。

 

「良い顔をしてるね、ナナウラさん! それじゃあ、君のロマンは形になったのかな?」

 

「……はい、私の理想のエアリアルができました」

 

 静かに、だけれど堂々と言うニカに、社員からも『おぉ……』と感心したような声が漏れる。次いで『よくあの社長の無茶ぶりに……!』『彼女もまた強者……!』『ふっ……面白くなってきたな』などなどと妙なオーラがあふれ出しているが、今のニカは気にしない。

 

 そしてニカの答えに満足げに頷きを返したロマン男は、手を広げて宣言するのだ。

 

「では……

 ロマンはすべてに優先する……。Vivere est militare……、さあ己の望みを告げよ!」

 

 そんな彼の前でニカは大きく深呼吸をして……

 

「私が考えるエアリアルの強化案、最高のエアリアル……! それは……!!」

 

 

 

「ぜんぶ乗せ、ですっ!!!!」

 

 

 

「「「おぉおおおおおおお!?」」」

 

 大声で言い切ったニカに、社員一同からどよめきが起こる。

 

「ぜんぶのせ、だと……!?」

 

「まだ七話になっていないのに!?」

 

「ふっ……だが、ただのぜんぶ乗せではなぁ……!!」

 

 などなど、やっぱり別の時空に耳と目が接続しているんじゃないかという声も混じっているが、少なくとも一声目で度肝を抜くことには成功した。

 

 そんなニカに笑みを深めるロマン男は、だがしかし、ラスボスエミュレートをしながら言うのだ。

 

「ふふふ……! さすがはナナウラさん、俺が見込んだロマンある少女!! だが、まだぜんぶ乗せの詳細を聞いてはいないぞ?」

 

「分かってます。ぜんぶ乗せにもいろいろありますから」

 

 例えば第一次改造計画で提唱されたフルアーマー案も"ぜんぶ乗せ"には変わりない。そしてどんな兵装を乗せるかによって機体のコンセプトは大きく変わる。

 

 では、ニカが求めるぜんぶ乗せとは、なにを意味するのか。

 

「実は、案を考える前にスレッタさんに聞いてきたんです。あなたはエアリアルにどんなモビルスーツになってほしいかって。

 だって、エアリアルはただのMSじゃない。スレッタさんの大切な家族ですから!」

 

「なるほど……」

 

「それで、スレッタさんの出た選抜戦の映像もこれまでの決闘も見せてもらって、決めました!」

 

 ニカはそう言って、スクリーンに映像を映す。

 

「スレッタさんが求める力……!

 それは大切な家族も傷つけない、そして彼女に期待してくれる人を裏切らない、最高の家族!」

 

 そんな一つのMSに求めるには欲張りすぎる願いを実現するには、これしかない。

 

(私にとっても同じ。小さいころに、本当の家族と一緒にいた時に見た昔のロボットみたいに。

 悲しみを、憎しみの連鎖を断ち切ってくれる頼れるヒーロー……!)

 

 

 

「ガンダムエアリアル・セイヴァー」

 

 

 

 救世主の名前を冠するモビルスーツを、ニカは高らかに宣言した。

 

 同時にモニターに映るエアリアルのCG、しかし、それは当然ながら元のエアリアルではない。もっと言えば、まともなMSの姿をしていない。

 

「この機体は、エアリアルをコアユニットとして、全身を包むセイヴァーユニットがあらゆる状況でもスレッタさんの願いを叶えていきます!」

 

 言うなれば、それは小型の戦艦のような姿。

 

 エアリアルを正面に置き、背後には巨大なブースター兼ミサイルなどの発射機構を有したフライングユニット。

 

 両手にはこれまた巨大な複合アームが取り付けられて、巨大なビームサーベルにもなれば、ライフルとしての運用もできる。

 

 両肩部には長大な砲門が備え付けられ、脚部にはこれまた巨大な推進器+拡散ロケット砲。

 

 別次元の人々が見れば、流れ星やら紫のラン科の花やら、ディープなストライカーな名前で呼びそうなほどにごつくてデカくて、てんこ盛りな欲張りセットになっていた。

 

 しかし、それだけでは終わらない。

 

「だが、ガンビットはどうしたんだ! ガンビットがなければエアリアルとは言えないぞ?」

 

 整備班の親方が声を張り上げる。

 

 ただ自分好みの武装を乗せるだけならば他のMSに乗せても同じこと。エアリアルだからこその理由がなければ片手落ちだと。

 

 そしてそれを問われたニカは、

 

「……私が、このエアリアルに焦がれつづけた私が、それを考えなかったと?」

 

「なん、だと……?」

 

 緊張に汗をかきながらも、不敵な笑いで言うのだ。

 

「見えませんか? これが、ガンビットなんです!」

 

 宣言した瞬間、画面のCGが動き出す。

 

 フライトユニットのブースター部はそのままに、両腕の長大な複合アームや、脚部のロケット砲、ミサイルポッドや砲門が一人でに分裂していく。

 

 そう、それはまさに個々が意思を持っているように。

 

「ま、まさかぁ! それぞれがガンビットになっているのか!?」

 

「はい! エアリアルの意思をもったように動かせるガンビット! それを各ユニットのコアとして使用することで、各部の独立機動を可能にします!」

 

 そうして分離形態となったセイヴァーユニットは、それぞれの兵装の特徴を生かして戦場を駆け巡る。

 

 まさにそれは、エアリアルという名の群体。一個一個が通常のMSに匹敵するほどの性能をもったビットによる軍団だった。

 

 それを見て戦慄する社員一同。なによりロマン男はニカの吹っ切れっぷりに涙すら浮かばせて頷きを返す。

 

 彼にはさらにその先のビジョンが見えていた。

 

「すばらしい、すばらしいよ、ナナウラさん……! いや、ニカ!!

 俺には刻が見える! この次のスライドで、このエアリアルがどうなるかが見える!!」

 

「はいっ……! エアリアルは家族、エアリアルは友達! そして家族は助け合い、時にばらばらになっても引き合うもの!

 そして、強敵相手にはもう一度一致団結して戦うっ!!」

 

 つまりは、

 

 

 

「合体ですっ!!」

 

 

 

「「「うぉおおおおおおおおおおおおお!?」」」

 

 会場から雄たけびが迸る。

 

 初期は巡行形態として戦艦のようになっていたセイヴァーユニット。

 

 分離独立して各個がMS級の活躍をしたら、最後にエアリアルに大集合し、腕に、足に兵装がくっついていくのだ。それはビットオンモードの発展形にして、ニカが言ったてんこ盛りの真の姿。

 

 全身をくまなく装甲で覆われた、まさしく無敵の救世主。

 

 パーフェクトエアリアル!

 

「これが、私のロマンですっ!!!!」

 

 そして最後にバン、と息を荒げながらモニターを叩き、ニカのプレゼンは終了した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ニカは大粒の汗をこぼしながら息を吐く。

 

 もうこれ以上の大声なんて出せないほどに出し切った。予算も常識も度外視でやりたいことをプレゼンに詰め切った。

 

 そんなこと、地球では許されなかったのに、自分はやって見せることができた。

 

 思わず笑いだしてしまうほどにテンションが高ぶって、そしてそんなニカを。

 

 パチ、パチ……

 

「…………え?」

 

 パチパチパチパチ!!!!

 

「みな、さん……!」

 

 ウォオオオオオオ!!!!

 

 最後は会場が震えるほどに、拍手と歓喜の叫びが空間を満たした。

 

 社員たちは全員が涙を流しているし、スレッタも社員たちのテンションに呑まれたのか、涙を浮かべてスタンディングオベーションをしている。そして、社長は涙を流したまま後光が差したように金色に輝いている。

 

 もはやニカに対する評価など、語るまでもない。

 

 誰かが言う。

 

「おめでとう」

 

「おめでとう」

 

「めでたいなぁ」

 

「おめでとさん」

 

「おめでとう」

 

「おめでとう!」

 

 口々に放たれるそれは、ニカへの歓迎の言葉。

 

 エアリアルにありがとう。

 

 悲しみにさようなら。

 

 そしてすべてのロマンに、おめでとう。

 

「みんな……! ぐすっ、ありがとう、ございます……!!」

 

 受け入れてくれた全員に、ニカは涙を流しながら頭を下げる。

 

 もう、きっと悪夢に悩まされることもないだろう。ニカには帰ってくる場所ができた。受け入れてくれる世界ができた。こんなに嬉しいことはない。

 

 そんなニカをテンション上がったロマン男が抱擁して、また学内記者からあることないこと書かれそうなことをしつつ、最後は社長らしく締めるのだ。

 

「ようこそ、ロマンの世界へ……!」

 

「歓迎しよう、盛大にな」

 

 こうして第二次エアリアル改造計画は完了を迎えた。

 

 生まれ変わったエアリアルは、今後、アド・ステラ世界を照らす希望の光になり、その名を歴史の残すことに……

 

 

 

「却下っ!!」

 

 

 

「「え……?」」

 

 とはならず、ガンダム買い取り予定の女帝によってバッサリと切り捨てられてしまった。

 

 ニカとロマン男を前に、青筋を立てたミオリネは言う。

 

「え? じゃないわよ、『え?』じゃ!

 こんなゴテゴテに最新技術開発もしないといけない改造案なんて、予算がいくらあっても足りないじゃない! 却下っ!」

 

「いやぁ、ミオリネ? そこはほら、なんとかかんとか……」

 

「なるわけないでしょ!? 何個の国の国家予算をつぎ込むつもりよ!? 私はちゃんとガンダムで会社成功させるつもりなのに、こんな負債を抱えられるわけないでしょ!? アンタバカぁ!?」

 

 とロマン男の必死の説得も取り付く島もない。だが妥当である。

 

 そして、そんな至極まっとうな意見によりエアリアル改造計画は再び凍結が決定。

 

 提唱者であったニカはさぞ落ち込むかと思われたが……

 

「大丈夫です、社長」

 

「ニカ……!」

 

「確かに現実的じゃないかもしれない。だけど私はちゃんと夢を示すことができました。ロマンを現実にしようとできました。

 だから、これからです。これからもっと頑張って、いつか本当にしてみせます!」

 

「ぐすっ……。ニカ、立派になってぇ……!」

 

 その成長ぶりに涙ぐむロマン男。

 

 だが次の瞬間、

 

「それに……!」

 

「……え?」

 

 ドゴン、と目の前に積み上げられた書類の束に目を丸くすることになる。

 

「に、ニカさん……? これは……?」

 

「エアリアルの改造プラン、どんどん考えてきました♪ いままで我慢してきた分、もう遠慮しないでおこうって! これも社長のおかげです!」

 

 ちらりと書類を見ると、そこにはツインドライブやら、精神感応波やら、ナノマシンやらこれでもかとロマンと希望を積み重ねたようなものがてんこ盛り。

 

 そしてそんなものを見せられたロマン男は感涙しながらニカの手を取るのだ。

 

 

 

 

「……ニカ。キミって最高にロマンチストだなっ!」

 

「ずっとついていきます、社長……!!」

 

 

 

 

「だから資金がないって言ってるでしょ!? このロマンバカども!?」

 

 こうして封印された提案書の中から、世界を変えるほどの発明が生まれたとか、生まれなかったとか。

 

 それは後世の人間にしかわからないが、数日後にニカはテンション高い間に行ってしまったあれこれを思い出して、悪夢とは別に羞恥で悶えることになるのだった。




デンドロビウムってロマンですよね。

実は0083が初ガンダムだったりしました。
いつかはHGデンドロビウムつくってみたい。



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40. 夢の先

「それで、どうするのよ?」

 

「んー、どうするって?」

 

「スレッタのこと。なんか、強くなりたいとかアンタに相談したんでしょ?」

 

「だから改造計画してみたけど、ほら、どっかの出資者様がNOを出したわけで」

 

「どっかのバカが現実感のない案をもってくるからでしょ……」

 

 薄暗い部屋の中で、男女の声がする。

 

 どちらもどこかぼんやりとして力の抜けた様子。これが仮にいい雰囲気の部屋であったら、お互いへの気安さもあって睦事のように聞く人は思うかもしれない。

 

 だが現実として、書類やら何やらが散乱しまくったお世辞にもキレイとは言えない部屋の中で、疲れ果てて机に突っ伏してる姿を見ると、そんな印象もなくなってしまう。

 

 どこまで行っても男女の色気やら何やらを感じないというのがこの二人だった。

 

 ロマン男とミオリネ・レンブラン。二人が夜な夜な行っているのは、新会社設立に向けての事業計画である。それは主にミオリネの父、デリングに見せるためのものであり、同時に近々行われるインキュベーションパーティーで出資者を募るためのものでもあった。

 

 とはいえ、それはかなり難航する作業。

 

 現実にGUND-ARMは禁止されている兵器であるし、エアリアルの存在から薄々グループ内でも有用性は見直されているとはいっても忌避感情のほうがまだ強いだろう。

 

 ミオリネの個人資産をすべて注ぎ込んで、ついでにロマン男からも資金提供を受ければ会社を作ること自体はできるが、会社とは社会から受け入れてもらわなければ存続などできない。

 

 その一歩であり最難関が、総裁のデリングに認められることであり、そして身内以外の第三者から投資を受ける、つまりは信用してもらうということ。

 

 だからそのために知恵を絞っているのだが、なかなかまとまり切らず、共通の話題として話しやすいスレッタのことを話題に出して気分転換をしていた。

 

 ロマン男が机に頬杖をつきながら言う。

 

「でもスレッタさんの強くなりたいって、別に武力の話じゃないんだよなぁ……」

 

「まあ、そうね。あの子はそこ辺りをまだ区別できてないかもしれないけど」

 

 エアリアルを強化したいというのなら、それこそ現時点で最強格なので、追加武装やら出力を上げれば事足りる。スレッタ本人だって繊細な救助作業をできるほど操縦技術が卓越しているし、勉学もごく特定分野に限ればかなり優秀だ。

 

 だからスレッタが今感じているような周りに対する焦燥感というのは、彼女個人の心の持ちようから生まれているもの。

 

 それは大きな力を与えたところで解決することはないだろう。

 

「だから新入社員の研修の場にして、ついでにスレッタに『なんか違うな』って思わせようとしたってわけ? めんどくさいことするわね」

 

「ロマンって言えよ、ロマンって……。まあ、とはいえこのまま放っておくってのは先輩としてナシだからね」

 

「なんか嫌な予感がするんだけど……」

 

「心の成長は、よりたくさんの経験をすることによって達成される! ということで、アニメを見せます! 漫画も、ゲームも!」

 

「ロマン色に染めようとしてるだけじゃない!?」

 

「でもマジでスレッタさんに必要なの、それじゃねえの? 今まで生きてきた世界が狭かっただろうし、いろんな物語を見て、自分の考えを見直すことが」

 

「…………アンタ、ほんっとに聞こえのいい言葉に変換するの得意よね。詐欺師になれるわよ」

 

 だがその考え自体にはミオリネも同意だった。

 

 あの同年代のはずなのにどうにも子供っぽく純粋な婚約者が成長するには、よりたくさんの経験を積まなければいけない。そして実際にこの学園に来て友人を増やしたり日夜がんばっていることでそれは達成しつつあるのだが、それでも誰か別の人間の考え方やら人生を俯瞰してみるのに物語に触れることは大事なのだ。

 

 なのでしぶしぶ、ミオリネもロマン男にうなずく。

 

「はぁ……スレッタに見せる作品のリスト、私にも共有しなさい」

 

「マジで過保護のママすぎんだろ……」

 

「うっさい……!」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「パーティー、ですか?」

 

「そう。ベネリットグループのインキュベーションパーティーがあるんだけど、一緒に来ない?」

 

 そして数日後、地球寮を訪れたミオリネは、そう言ってスレッタを誘った。

 

「簡単に言えば企業同士の懇親会と、新規事業の立ち上げを狙うやつがプレゼンを行う会よ。私もそこでガンダム研究の会社を提案しようと思ってる」

 

「会社……ですか」

 

「……やっぱり、まだ迷ってる?」

 

「い、いえ……! その、ミオリネさんならエアリアルのこと、大事にしてくれるって、わかってますけど……」

 

 スレッタは困ったように苦笑いしながら、だんだんと視線を下げていく。

 

 ミオリネの説明する限り、新会社はスレッタにとっても役に立つものだ。GUND-ARM技術を世界に認めさせるためにエアリアル、ひいてはGUND-ARMの安全性を研究開発するための会社。

 

 今のままではいずれエアリアルがガンダムであるという証拠が出て、エアリアルが廃棄されてしまう。ミオリネ達と同様に他の企業も薄々は勘づいているだろうからだ。

 

 遅かれ早かれ、またエアリアルは魔女裁判にかけられることになるだろう。

 

 とにかく、スレッタにもエアリアルが依然ピンチであり、新会社はエアリアルを守るためというのは理解できている。……のだが、ことが大きすぎてどう進むのが正しいのか彼女にはわからない。

 

 そして、スレッタと同じ気持ちを持っている子は他にもいた。

 

「で、結局ガンダムでどんなふうに金儲けすんだ?」

 

「スペーシアンだけの兵器とか、ぜってー作りたくないんだけど!」

 

 オジェロとチュチュがミオリネに疑い交じりの視線を向けてくる。

 

 ミオリネはなるべく御三家やベネリットグループの影響を受けたくないという理由から、地球寮生を社員として登用する予定だった。そしてそれを当の地球寮生にも伝えている。

 

 だが、その後の反応は様々だ。そもそも会社ができないと社員という話もなし。会社ができたとて、危険視されているGUND-ARM研究は怖い。それに商品が一つもないのに、どうやって給料を払うというのかという現実的な意見も。

 

 一方で、

 

「自分たちで会社を立ち上げるっていうのは、期待しちゃうんだけどね……」

 

 マルタンもGUND-ARMは怖いという立場だが、アリヤと違って今後の就職先が見つからない立場からしたら新会社のメンバーになるというのは魅力的だ。

 

 そんないろいろな意見を聞いたミオリネは、ため息をつきつつ、

 

「わかったわよ。ちゃんと説明するから、ちょっと集まって」

 

 と言って地球寮生とスレッタを集めて説明をすることにした。

 

 全ては会社ができたらという前提だが、

 

「目指すのはまず、安全なGUNDフォーマットの研究。これに関しては既にエアリアルが存在するから、その秘密を解き明かせば達成できるはず」

 

 それはミオリネにとっても大きな課題である、エアリアルがどうして自分のところへ送り込まれたのかということを調べることにもつながる。

 

「で、そこからどうやって会社に利益を出していくかってことだけど……。そこはあのバカと話をして決めたわ」

 

 

 

「医療と宇宙開発よ」

 

 

 

「医療?」

 

「宇宙、開発……?」

 

「それは兵器としては開発しないということかい?」

 

 困惑する地球寮生を代表して、アリヤがミオリネに尋ねる。

 

 するとミオリネは至極まじめな表情でうなずいた。

 

「そうよ。確かに短期的に利益を出すというのなら、兵器で売るのが確実。既にエアリアルが決闘や体育祭を通して強大な兵器となるのは示しちゃってるしね。

 でも、GUND-ARMを兵器として売ることは御三家だったり、グループの余計な妨害を生みかねないし、私やあのバカも殺人兵器の開発者として名前を売りたいわけじゃない」

 

 特にロマン男は殺傷用の兵器販売には強い忌避感をもっている。

 

 それにGUND-ARMの特性上、兵器開発を進めた先の未来はかなり暗いものだという印象がぬぐえないのもあった。

 

 そんな説明に対して全員がなんとなくでも同意している空気を感じながら、ミオリネは続ける。

 

「実はペイル社から引き抜いたGUND-ARM研究のエンジニアから、元々のGUNDの理想を教えてもらったの。

 提唱者のカルド・ナボ博士は、GUNDフォーマットを人がよりよく宇宙で生きるための技術としてみなしていたみたいね」

 

 そして生み出されたのがGUNDフォーマットを使った人の意思にたがわず動く義肢であったり、人工の臓器。MSとしてのガンダムも、兵器の延長線上ではなく、人間の体の拡張パーツとしてみていたようだ。

 

(まあ、それじゃ開発資金が集まらなかったから、オックスアース社から兵器転用を条件に出資を受けて、それが結局はヴァナディース事変につながったわけだけど……

 私たちの場合はエアリアルという成功例があるから、まだましね)

 

 つまり、ミオリネの方針は先人の肩の上に乗っかって、その先を目指すというもの。

 

 元から医療と宇宙開発のために生まれた理論を、厄ネタな兵器開発をさけて実現すればいい。

 

 ただ自分たちはそのつもりでも、兵器にしたい輩はごまんといるだろうし、そのための対策を練らなければいけないのは確かなのだが……

 

「とにかく、最初はGUNDフォーマットを使った義手義足の復活から始めるわ。

 GUNDフォーマットの封印と一緒に廃れちゃったけど、二十年前に一度は確立されつつあった技術。これは開発にも苦労はしないはず」

 

「義手、か……」

 

「そう言うのなら、悪くねぇな……」

 

 ミオリネの言葉に、チュチュやヌーノが感嘆のようなことを漏らす。チュチュが世話になっている地球の知り合いにも、優秀な義肢がなくて困っている人はいる。それに戦争孤児であるヌーノもまた、戦場において四肢をなくして命を落とした者を見たことがあった。

 

 ミオリネにとってもこの方針に決断を下した理由は、アスム・ロンドがカルド博士の映像を見ていた時にこぼした、

 

『こういうのあったら、ミラもまだ生きてたかもな……』

 

 という小さな言葉。

 

 彼の妹がテロに遭った後、多臓器不全で長く入院した末に命を落としたことをミオリネも知っていた。

 

 それにことさら感傷を抱くつもりはないが、この研究開発を望む需要は確かにある。ガンダムを認めさせるうえで不可欠な世間の意識改善にも、医療技術というのはいい方針でもあった。

 

 そして二つ目の宇宙開発についても、この中で特に利益を受けられる人物がいる。

 

「あのバカがどんどん宇宙開発しようぜって方針なのもそうだけど……スレッタにとっても悪い話じゃない。例えば水星っていう極限環境の開発にも、ガンダムは有用よ」

 

「水星に……」

 

「GUNDの最終形はきっと、人とまったく同じ動作ができる巨大な体を作ること。それが可能になれば、人類の居住域の開拓もより広げられるはず。水星を今より住みやすい環境にできれば、アンタの夢である学校をつくることにもつながるわ」

 

 ただ、あくまでそれは夢の話。

 

「ま、全部うまくいけばの話だけどね」

 

 だからミオリネは全てを話したうえでスレッタに問いかける。

 

 アンタはこの話に乗るかどうか。

 

 ミオリネの人生にもあった、ベットするかどうかの最終判断。

 

 人生はギャンブルとまで極端なことは言わないが、世の物事に確実な成功を約束するものなんてない。どこかで人生を賭ける決断をしなければいけないというのが彼女の今の考え方だった。

 

 どこかのバカはその決断を"ロマン"の名のもとに乱発しているが……

 

「地球寮のみんなはまだゆっくり考えてもらっていいわ。出資者が集まらなかったら、この話も断ち消えだしね。……ただ、スレッタの答えは聞かせてほしい。

 これは友達としてでも、ましてや婚約者としての要求じゃない。あくまでアンタがこの話に希望をもてるかという話よ」

 

 結局ミオリネにできるのは、事実や目標をしっかりと説明することぐらいだ。

 

 仮にロマン男なら、もっと周囲の熱を高めて、その気にさせて、巨大な組織を一枚岩で動かすようなことさえできるだろう。あの男が優れているのはそう言う"夢"という目標意識を生み出すことだから。

 

 ミオリネにそういう芸当はできないし、その分を経営理論や女帝としての絶対性を押し出すことで補っている。

 

 だがスレッタに対するときは違う。

 

 他の人々と異なってスレッタにはミオリネの内側の気持ちまでさらけ出してしまっている。『女帝が言うなら安心できる』やら『この理論なら平気』ということではスレッタの心を動かすことはできない。

 

 そして勢い任せに『会社やるからついてきて』と言えば、スレッタは流されるままにその道を進んでくれるかもしれないが、そんな真似をミオリネはしたくない。

 

 だからあとは待つだけだ。

 

 この純粋な少女が、ミオリネの考えた未来に期待をしてくれるかどうかを。

 

「わたし、は……」

 

 そしてスレッタは迷いながらも考える。

 

 正直に言えば、怖いことだった。

 

 だって、決断するのはいつだって怖い。

 

 進めば二つ、と母から教えられて、事実としてそうなっているけれども、進んだ先にはいつだって困難が待っていた。

 

 進めば二つ、というのはその怖いことには乗り越える価値があるという呪文。

 

 そして、このミオリネの、ミオリネ自身の人生も賭けた提案は確かに怖いことだけれど。

 

(先輩やチュチュちゃん、みんながもっと安心できる世界になる。水星のみんなの期待にも応えられる……)

 

 ならば、

 

「私、ミオリネさんを信じます。その会社、やってみたいです……!」

 

 スレッタの答えは、はっきりしていた。

 

 ミオリネもまた、そんなスレッタの目を見つめて、それが妥協や急かされてのものではないことを認識すると、安堵したように息をつく。

 

「信じてくれてありがと。ま、あんまり信じる信じないってのは好きじゃないし、私のこと完全に信じてるとか言ったら怒るけど。

 っていうか、むしろ簡単に信じないでほしいわね。結果も何も出てないんだから」

 

「えぇ!?」

 

「だって、これからやるのは会社よ? 成功すれば有象無象があの手この手で近づいてくるし、信用だけでついていって、寝首を掻かれることもざらにある。ただ……」

 

 ミオリネは冗談めかして笑いながら、スレッタに手を伸ばした。

 

「これで仮初の婚約者ってだけじゃない。アンタと私はれっきとしたビジネスパートナーよ。

 そして、スレッタの大切な家族を任せてくれた分、信頼できるように結果を返すわ。……これからもよろしくね」

 

「は、はいっ……!」

 

 スレッタはミオリネの手をぎゅっと握ってみる。

 

 やはりそれは女帝や冷血と言われるような冷たいものではなく、あたたかな温度が通ったもの。

 

 ミオリネは自分を信じるなとも言ったが、それを真正面から言ってくれるだけでもスレッタには信じられることのように感じた。

 

 これで会社設立に向けた第一関門、スレッタとのエアリアルの合流は果たされた。

 

 だが、

 

「それで、今度は…………はぁあああああ」

 

 ミオリネは次に行うべきことを頭に浮かべて、地獄の底から湧き出てきたようなため息を吐く。

 

「ふぇ!? ミオリネさん!?」

 

「あ、大丈夫よ……これからのことを考えたら気が重くなってね……」

 

 なにせ数日後に控えたインキュベーションパーティーでは、ミオリネにとっても大きな難題が待ち構えているのだから。

 

「じゃあ、スレッタも一緒に来てもらうわよ。それで……」

 

 

 

「糞親父と直接対決だから」




二十話くらい費やして、ようやく原作時間軸に戻ってまいりました……

次回からレッツパーリー!です。


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41. レッツパーリー

例のごとく、このパーティーもちょっと盛ります。


 現在のアド・ステラ世界においてMS産業の最大手として知られるベネリットグループ。

 

 最近は大きな技術革新がもたらせず、新興企業の台頭を許してはいるが、依然としてその威光に陰りはない。御三家を筆頭にMSといえばベネリットと言えるほど、この世界に影響力を有している。

 

 そのベネリットグループが毎年行っているインキュベーションパーティーであるといえば、その盛況っぷりも想像できるだろう。

 

 ベネリットに新規事業が立ち上がるかもしれないと、全宇宙から起業家や投資家、政治家たちが一堂に会し、その行く末を見守っている。

 

 そうしてそんな大規模なパーティー会場には、ベネリットグループを代表するMS達も展示されているのだが……

 

『新番組! 機工戦士ヴィクトリオンシグマ! 日曜朝九時放送スタート!!

 新たな次元の扉が、開かれる……』

 

「み、ミオリネさん……? あれっていったい……」

 

「見ちゃダメよ、スレッタ。バカが移るわ」

 

 真っ赤なドレスに着替えたスレッタの目を、同じく青いドレスが似合うミオリネが後ろからふさぐ。

 

 そのせいでスレッタにはよく前が見えないのだが、何やらビカビカと真っ金金に染め上がれられたヴィクトリオン巨大立像が立っていて、その下にはこれまたアニメの主題歌やらPVやらを垂れ流しているブースがある。

 

 その他の企業のブースは至極まじめなビジネス目当ての質素なものなのに、そこだけどこぞのコ〇ケの企業ブースのような様相だ。

 

 なにがどうあっても目立つし、哀れ、隣接したブース達は、そのロングロンド社ブースに存在感を奪われてしまっている。

 

 しかも恐ろしいのが……それが受け入れられていること。

 

「ロンド社長! 次回作にはぜひ、わが社の新装備を登場させていただけると!」

 

「もちろんですとも! この間のコンペではすごくロマンあふれる姿を見せてもらいましたからね! 前向きに、検討させていただきます!!」

 

「それはよかった! 実は私の孫が、ヴィクトリオンの大ファンでしてね! 例のプラモとやらを購入したいとか!」

 

「ほうほう! お孫さんは五歳でいらっしゃる! でしたらこちら、エントリーグレードなどが作りやすくてよろしいかと!」

 

 などと髭を生やしたどこかの社長と、ロマン男が陽気に話している。ロングロンド社のコンテンツを当てにして、その人気にあやかりたいという目的でその社長はわざわざブースを訪問していた。

 

 さらにその社長の後ろには、同じくロマン男を待っているだろう人々が列を組んでいて、このブースの異様さをもってしても、人が引き付けられてしまっているという事実がそこにある。

 

 ミオリネはその様子を見ながら、心の底から祈る。

 

 将来、自分がグループの全てを掌握したときに、グループがロマンバカに染め上げられていないことを。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 さて、そんな挨拶行列をロマン男が終えたのは半刻後。

 

 元から時間は区切りを作っていたし、会食の時間も迫っていたので、残りの人々は名刺を交換して後々に時間をとることを約束として解散させた。ただ人気にあやかりたいという人もいれば、熱心に将来のコラボなどを呼び掛けてくれる人もいて、社長としてのロマン男には有意義な時間だったと言えるだろう。

 

 そうしてパーティ会場に入ったロマン男と、今日の秘書役兼社会科見学として同行していたニカは、予定通りミオリネ達と合流することになった。

 

 しかもそこには、

 

「あれ? アリヤとマルタン? 二人も来てたんだ!」

 

 綺麗な緑を基調としたタイトなドレスを着たアリヤと、こちらは燕尾服に着られているという風にぎこちないマルタンがミオリネ達と共に立っていた。

 

「ミオリネとスレッタが誘ってくれたから、見学でね」

 

「あはは……こういうパーティは初めてだから緊張しちゃうよ。アスムは堂々としててすごいなぁ」

 

「別にこういうのは慣れだし、すごいとかじゃないって。

 それより二人とも似合ってるよ。特にアリヤはすごくきれいだ」

 

「あ、ありがとう……。その、君のほうこそ……」

 

 さわやかに誉め言葉を言うロマン男に頬を染めながら、アリヤも目の前の少年の姿を見つめてしまう。

 

「わぁ! 先輩、かっこいいです……!」

 

「相変わらず馬子にも衣装ってこういうことね。っていうか、バカにも衣装か」

 

 それはスレッタたちも同じで、スレッタはどこか上ずった声で、ミオリネも呆れたような顔で言う。特にミオリネは『いつもそうしてたらマシなのに』という感情を隠していなかった。

 

 少年はそんなミオリネに『ひでー』などと苦笑いしつつも、誉め言葉は素直に受け止める。

 

 そんな彼の服装はピシッと決めたグレーのスーツに、首元まで隙なく絞められたネクタイ、ついでに髪もワックスか何かで整えられている。見るからに有能な青年実業家という姿。

 

 そこにいつもの暴れまわっている妖怪の姿はどこにもなかった。

 

 ただ本人としては、

 

「でもこれ、かったりーんだよなぁ……」

 

 と腑抜けた顔を見せるので、スレッタはくすくすと笑う。

 

 普通にかっこいい顔をしていれば女性たちも放っておかないだろうに、ふとした拍子にいつもの親しみやすい"先輩"が出てくるのが面白かった。

 

 そんなロマン男は、

 

「まあ、俺は置いといて……ほら、ニカも前に出てきなよ」

 

 と、彼の陰に隠れるように控えめにしていたニカを促す。

 

「で、でも……! 私、こういう服を着るの初めてで……!!」

 

「大丈夫、大丈夫! よく似合ってるし、とてもかわいいよ」

 

「か、かわっ……!?」

 

 などと普通の調子で言うと、逆にニカの後ろに回り込んでしまう。そうしてニカが否応なく表に出てきてしまうことになるが。

 

「そ、その……変じゃない、ですよね?」

 

「ぜ、ぜんぜん変じゃないです!」

 

「うん、空色がよく似合っているよ。これは、アスムが用意したのかな?」

 

「う、うん……! こういうの、同行するのはマリーさんかと思ってたんだけど、社長がどうしてもって……。だ、大丈夫だよね? 私、社長に恥かかせてないよね?」

 

 などと謙遜するが、ニカのドレス姿はとても華やかだった。

 

 スレッタのようにフリルが多めの淡い青色のドレスで、だけども過度に装飾しない可愛らしい造り。それはどこか、上品な令嬢を思わせるものだった。

 

 ミオリネはそれを見つつ、

 

(またこのバカは……。少し前までこの子、テロリストの仲間だったってのに……)

 

 と警備意識のなさか、自分の身内への警戒心のなさか、おそらく両方が合わさった人員選抜に呆れ果てる。

 

 この場でニカ・ナナウラの素性を知る者はこの面子以外には、おそらく来ているだろうシャディクとサビーナくらいとはいえ、普通に考えたらあり得ないことだ。

 

 仮にここまでがテロリストの仕込みで、会場を襲撃などされたらベネリットグループは大打撃である。

 

 とはいえ、

 

(ま、この調子を見ると大丈夫そうだけど……)

 

 生来の純朴さがようやく表に出せているのか、ドレスをほめられて顔を真っ赤にしているニカを見るに、その心配は杞憂だとミオリネも考えた。

 

 そうして一同は和気あいあいと会話を続ける。

 

 うち二人はベネリットグループにおいても注目を集める人材とはいえ、会場内の大多数は大人たち。ロマン男も仕事として多くの人に会う必要はあるが、いつものメンバーで集まっている方が気やすいのは事実だった。

 

 そしてそんなロマン男たちを、少し離れた場所から見つめる影が……

 

「またミオリネ・レンブランと水星女か……。アイツら何を企んで……」

 

「ごふっ!?」

 

「兄さん!?!?!?!?」

 

 グラスを片手にミオリネ達を警戒心バリバリで見つめていたラウダは、いきなり横のグエルが崩れ落ちたのを見て取り乱す。

 

 そのグエルはと言えば、口元を押さえて小刻みに体を震わせていた。

 

「ま、まさか、このグラスに毒が……!? 兄さん、しっかりするんだ兄さん!!」

 

「ら、ラウダ……! 俺はもう、だめかもしれない……」

 

「そんな……!!」

 

「す、す……」

 

「す……?」

 

 

 

「スレッタが、かわいすぎる……!!」

 

 

 

 グエルの目には、いつものくせっ毛が整えられ、ドレスを着こなすスレッタの姿が、物語の姫のように見えていた。もはやその横のミオリネなど眼中になく、スレッタを中心に満開の花畑が広がっているかと思うほどである。

 

 その衝撃はあのグエルをして膝をつかせるほどの破壊力。

 

 しかしてグエル・ジェタークは無様に倒れることなどしない。膝に満身の力を込めて立ち上がると、スレッタへ向かって歩き出そうとし始めた。

 

「待ってくれ、兄さん!」

 

「止めるなラウダ! 俺は、俺は……! アイツに一言でも誉め言葉を送らないと気が済まないっ!!」

 

「それがダメなんだっ! 今日は父さんも来てるし、兄さんが水星女と会ってたら、またゴシップのネタにされる!! 会社のことを考えてくれ!!」

 

 ラウダは必死にグエルを引き留めるが、事実としてグエルグッズがさらに売れた方が、ジェターク社にとっては利益になるので、その言い訳は多分に苦しかった。

 

 しかしそんな弟の説得はグエルにも納得できるもので、グエルは顔に苦渋の色を込めて踏みとどまる。

 

「だったら、俺は、俺はどうしたらいい!! くっ……! この俺がグエル・ジェタークであることが憎い……! ただのボブでいられたら……!!」

 

「ボブって誰なんだいったい!? そ、そんなに気になるなら、夜のダンスパーティーで……」

 

「それだぁ!!!!」

 

 グエルが叫ぶ。ラウダとしてはなんとかグエルをなだめるための言葉だったが、それはグエルにとって天啓にも思えた。

 

 今から行われるインキュベーションパーティの本番、新規事業のプレゼンと支援の呼びかけが終われば、懇親会が行われる。そしてその中には、小さなラウンジを使ってのダンスパーティーも含まれている。

 

 そして、そのラウンジはメディアの立ち入りは禁止されているとあり、グエルも他所の目を気にする必要はない。スレッタとダンスをできる(あくまで願望である)理想的な環境と言えるだろう。

 

 問題はミオリネ達が早々に帰ってしまう可能性があることだが、今回、ミオリネも新規事業を立ち上げるという話を知っていたグエルは、その可能性を真っ先に除外した。

 

 お互いに願い下げで関わりたくもないミオリネだが、仮にも婚約者の立場にいたグエル。

 

 グエルにはあのミオリネが、起業という重要な局面でコネの一つも強化せずに帰るなどとは思えなかった。そういう抜け目のないところは骨身にしみているのである。

 

 なので、グエルはスレッタの髪の色のようにバラ色の未来に希望をもって、そしてラウダは余計なことを言ってしまった自分とそこまで兄を狂わせるスレッタへの恨みを込めて、

 

「待っていろ、スレッタ・マーキュリー!!!!」

 

「おのれぇ、水星女ぁああああ!!!!」

 

 兄弟二人の叫び声が仲良く会場に響いた。

 

 

 

 ここで一つ余談だが、インキュベーションパーティに来る人々の目的は様々だ。

 

 若い実業家たちは本会の目的である新規事業の立ち上げと投資を当然狙っているし、グループ企業の重役たちはその新規事業に投資価値があるか、つまりは自社に対して恩恵があるかを見定めようとしている。

 

 一方で、そんなメインステージから離れたところには立食用のフードが並んでいて、その周辺では活発に会談が行われている。基本的にはラフな雑談形式だが、えてしてそこで生まれた繋がりや情報から、企業間の協力が進んでいくもの。

 

 投資には積極的でない企業も会に参加しているのは、そのような意図がある。この情報伝達やAIが発達した時代でも、前時代と変わらずにビジネスのチャンスは素朴な人と人とのつながりからも生まれるのだ。

 

 結果、御三家を含む企業のCEOたちもこの広い会場に一堂に会していて。

 

「それで、どうするんだい? あのアスム・ロンドをいつまでもあのままにしておくつもりはないんだろう?」

 

 ソファに体をもたれかけながら、白いスーツの少年は背後に並ぶ四人の魔女に問いかける。

 

 エラン・ケレスによく似た顔。だが、そこには彼のような冷静な表情はなく、見下ろす下層の人々をあざけるような酷薄な笑みが浮かんでいた。

 

 オリジナルとも言えないが、強化人士を替え玉としていたエラン本体。

 

 彼は例の騒動でそれまでの経歴を奪われてから、虎視眈々とチャンスを狙っていた。彼の立場からすれば学歴やらはいくらでも用意することができるが、それはそれとしてあのような第三者に弱みを握られているというのは将来の禍根を残すからだ。

 

 そんなエランの呼びかけに、ゴルネリたちは

 

「エラン様がお望みでしたら……」

 

「今すぐにでも」

 

「暗殺でも誘拐でも」

 

「あらゆる手段を使って排除しますが?」

 

 なんて示し合わせたような言葉のリレーで答えてみせるが、エランはそれに対してうんざりしたような顔をしながら手を振る。

 

「待ってよ。それじゃあ、俺があいつを殺せって言ってるようなものじゃないか。冗談じゃない。死んでほしいし、殺したいけど、あんなのの血で汚れたくはないんだよ。やるなら俺が知らないところでやってくれ」

 

「ふふ、承知しました。とはいえ……」

 

 そこでゴルネリ1は下の階でミオリネ達を引き連れて歩いているロマン男を見る。

 

「彼の社会的立場や我々との協定を考えると、今すぐにというのは得策ではないでしょうね。

 むしろ我々が二十年をかけても達成できなかった完全なるGUND-ARMを彼らが完成させるかもしれない」

 

「最小のリスクで最高のリターンを。それがビジネスの基本です」

 

「ひとまずは泳がせておいて、育ち切ったところを刈り取るのがよろしいかと」

 

「もちろん、そのための布石は打っておきますが」

 

 その言葉にエランは面白そうに口角を上げた。

 

「へぇ……なにか、面白いネタでもあるのかな?」

 

「ええ、例えば……」

 

 魔女はそこで少年の後ろを歩く黒髪の少女のことを見ていった。

 

 

 

「これから地球が面白くなるかもしれませんよ?」




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42. ファーストコンタクト

「あれはダメね……」

 

「そうだなぁ……、このくらい?」

 

「そこまで集まらないわよ。このくらいが妥当じゃないの? まあ、見てなさい……」

 

 ミオリネとロマン男はメインステージを見つめながら、そんな会話をしていた。

 

 そこでは威勢のいい若者が、新規事業のプレゼンテーションを行っていて、MSがモニターの中で動いたり、将来的にどの程度の事業になるかをグラフで示したりしている。

 

 二人が合間に指でこっそりと示しているのは、このプレゼンに対してどの程度の投資が集まるかという予測だ。

 

 そして最後の呼びかけとともに、モニターにはその場で投資された金額が映し出されていくが……

 

「ほら、私の方が正しかったでしょ」

 

「さっすがぁ」

 

 こともなげに言うミオリネが示した金額と、それはほぼ同じものだった。

 

 そんな二人の後ろでは、なにがなんだかわからないと目を回しているスレッタ達がいるが、逆に経営戦略科でそちらの業界を専門にしているマルタンはミオリネのセンスに顔を青くしている。

 

「うわぁ……よくあんなの予測できるよね。僕なら無理だよ」

 

「さすがはミオリネ、二年の経営戦略科トップと言ったところか……」

 

「でも、社長も惜しいところまで当ててましたし……!」

 

「ミオリネさん……すごい! ど、どうやってるんでしょうか?」

 

 すると、そんな一同の後ろから。

 

「ふむ、ミオリネのあれは理論的な推論だと思うよ。現在の世界のニーズを把握して、それを投資額に変換しているんだろう。そこからプレゼンターの態度や経歴を加味して、調整しているというところかな。

 一方でアスムのほうは……たぶん山勘かな? そのあたりを肌感覚でつかむの、得意だからね」

 

 とさわやかな声が聞こえてきた。

 

 一同が振り返ると、そこにはこれまた上品なスーツに身を包んだ、彼らもよく知る学園の有名人が立っている。

 

「あ! シャディクさん!」

 

「やあ、水星ちゃん。それに地球寮の二人も。……そして」

 

 隙のない爽やかな挨拶。

 

 いつも大きく開いている胸元などを隠し、スーツを着こなすシャディクはどこからどう見ても王子のような気品に満ちているが、そんなシャディクは目を細めながらニカを見つめて、

 

「君も久しぶりだね♪」

 

 などと満面の笑みを浮かべた。

 

「……どうも」

 

 一方で言われたニカはと言えば、まだまだ遠い記憶にもなっていない、体育祭で追い詰められたことを思い出し、背筋を震わせるしかない。

 

 だがそんなニカの様子を見ると、シャディクは『冗談、冗談』と一笑に付して、気楽に続ける。

 

「過ぎたことだ、気にしないでくれ」

 

「…………は、はい」

 

 ただ、その顔も言葉も、どこまでが本気かわかったものじゃないニカは警戒を解くことができないのだが……そこでロマン男とミオリネが戻って来たことで、ようやく安堵の息を吐くことができた。

 

 一方、シャディクをみた少年はと言えば気楽な調子で手を振って声をかける。

 

「おっす、シャディク! 相変わらずスーツのセンスいいな!」

 

「アスムのほうこそ。それに……ミオリネもとてもよく似合っているよ」

 

「はいはい、お世辞は結構よ。で? なんでアンタはこっちに来たのよ? グラスレーの仕事だって山ほどあるでしょ?」

 

「ははは、二人に会うことのほうが俺の人生においては大事……なんて冗談はやめておこうか。アスム、ちょっといいかな?」

 

 そこで、シャディクは苦笑いを浮かべるとロマン男を手招きする。

 

「俺?」

 

「実は義父がお前と話をしたいって言っててね。向こうのラウンジにいるから、ちょっと時間をくれないかな?」

 

「サリウスCEOか……なんかガンダムがらみの話な気がするな」

 

 ロマン男はシャディクを後継者にしたグラスレーのサリウス・ゼネリの姿を思い浮かべる。

 

 規模は違えど会社の代表という同じ立場を持つので、評議会などで何度も顔を合わせたことはあるが、どうにも老獪な古だぬきという印象があって、得意な相手とは言えなかった。

 

 だが、思っていたより早いとはいえ、いずれは会談しなければいけない相手でもある。

 

「了解、ちょっと会ってくる。じゃ、みんなはまた後で合流しよう!」

 

「あ、社長……! 私は一緒に行かなくていいですか?」

 

「うーん、ニカは……ちょっと今回は外れておこっか。身内とはいえ、他の人間がいたら話しづらい内容かもしれないし」

 

 そう言ってロマン男は手を振りながら去っていく。

 

 そんな彼の姿を見ながら、シャディクは笑いながらミオリネに言った。

 

「ふふ、御三家のトップ相手にあんなに気安く会いに行くやつは他にいないだろうな」

 

「そうね。相変わらず子供のまんま。ったく、いつになったら成長するのかしら」

 

「俺はあいつはあのままでいいと思うけどね。それに……」

 

 シャディクはそこで何かを懐かしむようにメインステージを見る。

 

 そこで、もう遠い昔になってしまったが、忘れられない出来事があったのだ。

 

 それはシャディクとミオリネと、そしてアスム・ロンドのこと。

 

「覚えているか? 俺達の仲が始まったのも、この場所だった」

 

 ミオリネはその言葉に嫌なことを思い出したというように顔をしかめながら同意する。

 

「忘れるわけないでしょ……。今でも夢に出てくるっての。もちろん悪夢だけど」

 

「ははは! たしかに半分くらいは同意だね。だけど、あれがなかったら俺達の関係も今みたいにはならなかった」

 

 シャディクは思う。

 

 もし、あの時にアスム・ロンドと運命が交わらなければ、と。

 

 もしアスム・ロンドがテロで死んでいたら、ロマンに傾倒せずに会社も受け継がなかったら……

 

 アスティカシアの妖怪ロマン男は生まれることもなく、今の賑やかな学園は作られることはなかっただろう。相変わらずアーシアン差別や企業間抗争が激しい殺伐とした場所になっていたに違いない。

 

 そしてシャディクもまた、一歩を踏み出すこともできず、テロリストと謀略を重ね、ミオリネとの仲も冷え切ったものになっていただろう。

 

 ミオリネも自分の力で何かを為せることを知らないまま、ただ窮屈な人生から逃げることだけを考えていたかもしれない。

 

「バタフライエフェクト、なんて言い方もあるが、ちょっとした出来事で人生は変わっていく。俺は、今そう思っているよ」

 

 そうしてシャディクは彼が十歳のころを思い出す。

 

 あの日も、こんな風にパーティーが行われていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「待つんだ、ミオリネ! いくら何でもこれはやりすぎだ……!」

 

「うっさいわね! もう出るって決めたのよ!」

 

 その日、七回目のインキュベーションパーティーが開かれていた会場で、幼い子供たちが言い争いをしていた。

 

 まだまだ背が伸び切っておらず、幼い色を残したシャディクとミオリネ。だが、その顔には既に同年代にはない理知の色があり、ドレス姿も相まって実年齢よりもかなり年上に見えていた。

 

 シャディクはなんとか猛るミオリネを引き留めようとするが、ミオリネは聞く耳も持たずにずんずんと進んでいく。

 

 ミオリネが進もうとしているのは、インキュベーションパーティーのメイン会場。

 

 そう、ミオリネは自ら新規事業を立ち上げようとしていた。

 

 きっかけは少し前。

 

 既にベネリットグループの付き合いで親しい仲にあったミオリネとシャディクは、とある事業コンペに匿名で参加した。

 

 その参加をどちらが言い出したのかは定かではない。

 

 ミオリネは少し前に起きた母の死に際した父への反発。そんな父に対して一矢報いたかった気持ちもあるし、グラスレーの後継者の地位をようやくと確固たるものにしようとしているシャディクもまた自分の力を試したいという気持ちがあったのかもしれない。

 

 そして当時から現在の優秀さをいかんなく発揮していた二人の案は、無事にコンペで採用された。

 

(そこまでは良かったのに……!)

 

 シャディクは歯噛みする。

 

 問題はその後だ。その案を出したのがミオリネとシャディクだとわかり、二人は大目玉を喰らった。これはシャディクも予想できていたし、後々に笑い話にでもなればと思っていたこと。

 

 しかし、それに対してミオリネの反発は、シャディクが思った以上に大きかった。

 

『なんで私たちの案が、認められないのよ!? 他でもないこのグループが優秀だって認めたんでしょ!? 私がデリングの娘だから? シャディクが養子だから?

 こんなの理不尽じゃない……!!』

 

 そう言って、今度はインキュベーションパーティーに乗り込んで、直接投資を募ることにしてしまったのだ。

 

 当然ながらシャディクは反対した。彼のまだ不安定な立場もあるし、ミオリネがこうしたくなる気持ちは分かっても、それが良い結果につながるとは欠片も思えなかったからだ。

 

 だから何度も説得を試みたが、ミオリネは生来の負けん気と反発心で心に蓋をして、無謀にも先に進もうとしている。

 

 ミオリネは会場の目の前でシャディクを振り返って言う。その目はシャディクに対しての疑いと、それでも裏切らないでほしいという懇願の色が共存していた。

 

「選んで! ここで私についていくか、他の連中みたいに私を見捨ててどっかに消えるか!!」

 

「ミオリネ……」

 

 そしてその声に、シャディクは目を閉じて決断を下した。

 

「……わかった、ついていくよ」

 

 当時からミオリネに惹かれていたというのもあるし、その惹かれ始めたきっかけというのが、他者に迎合することのないミオリネの気質によるもの。それを自分で摘み取ってしまうのは惜しいと思えたし、まだ冷静な自分なら、いざという時に場を納めることができるという判断もあった。

 

 そして、ミオリネとシャディクが並んでのプレゼンが始まる。

 

 会場中から寄せられる好奇と困惑の目。

 

 上層からは彼女の父であるデリングの鋭い目と、サリウスの値踏みするような視線が二人に突き刺さるがミオリネはそんな状況でも勇敢だった。

 

 理路整然と事業の円滑と、その将来性、投資者に対して還元できる利益まで、幼いながらに全てをまとめて訴えることができていた。

 

 仮にこれがグループの社員が行ったものなら、多額の投資を得て、事業の立ち上げができただろう。

 

 だが、

 

「どうかこの事業に投資をお願いします!!」

 

 ミオリネの必死の叫びに対して、

 

「「「「………………」」」」

 

 反応する者は誰もいなかった。

 

 モニターに映る投資額は0のままで動かない。

 

「ど、どうして……?」

 

 ミオリネは茫然としながらつぶやく。

 

 彼女には自分の優秀さが分かっていた。

 

 そしてそんな自分が行ったプレゼンが、それまでのどの発表者のそれよりも優れていることまでわかっていたからこそ、この反応が受け入れがたかった。

 

「なんで!? わかっているでしょ!? この事業が将来性があるって! 達成できたら、あなたたちにも利益があるって!! なのになんで!? なんで誰も助けてくれないのよ!?」

 

 ミオリネは涙ながらに訴えだす。

 

 だが、その答えは隣に立つシャディクには明らかだった。

 

(当然だ……。だって俺達は子供なんだ。なんの実績も力も得ていない子供……

 そんな俺達には何より大切な信用が足りていない)

 

 まして会場にいる者たちは、このミオリネの行動が彼女の独断によるものだとわかっていた。父親でありグループ総裁のデリングの機嫌を損ねる危険性を考慮したら、ミオリネの案に賛同などできるわけがない。

 

 ミオリネが必死になる程に、会場の空気は冷え切っていく。

 

(……頃合いだな)

 

 シャディクは目を閉じて、ミオリネに内心で謝罪しながら口を開こうとした。

 

 これ以上は自分に対しての心象も損ねてしまう。内心に大きな目的を抱いているシャディクにとって、こんな場所でつまずくわけにはいかない。

 

 だから、ここは笑顔で『余興でした』『いつか自分たちが実績を積んで、同じことをした時には応援を』などと、全てが仕込みだったという体で場を納めることがベスト。

 

 それはきっとミオリネと自分の間に亀裂を生んでしまうが、個人的な情に流される場合ではない。

 

 シャディクは笑顔を取り繕うと、ミオリネを制しながら口を開こうとして……

 

 

 

「500億!!」

 

 

 

「…………は?」

 

「…………え?」

 

 飛んできた声と、一気に表示が基準額を大きく超えて100%に達したモニターに茫然とさせられた。

 

 それは、求めていた投資額を満たしたということ。ミオリネの新規事業が認められたということ。

 

 だというのに、ミオリネもシャディクも喜びなんて一つも示すことができなかった。そもそも何が起こったのかを理解することができなかった。

 

 投資?

 

 いったい誰が?

 

 しかも500億という大金を、このミオリネの事業にたった一人で投資した?

 

 そしてそんな二人の疑問に答えるように、舞い降りる祝福の紙吹雪の中、一人の少年が拍手をしながら会場に近づいてくる。

 

 少年は笑顔で言う。

 

「いいね! いいロマンだ! なにより少年少女が二人だけで挑んだっていうのがドラマチックで最高だ!!」

 

「あ、アンタは……!!」

 

 その少年の姿に、ミオリネは表情を険しくする。

 

 シャディクもまた、その顔を知っていた。

 

 それは確かにグループの会合などで顔を合わせたことがあり、そしてテロと内輪もめで家族を全員失ったとされる人物。そして今は、父親の会社を受け継いで変革を為そうとしているグループでも異色の人材。

 

「いったい、なんのつもりよ!? アスム・ロンド!!」

 

 そしてミオリネの声に、少年は悪魔のように純粋に笑ったのだ。

 

 

 

「もちろん、ロマンのためだよ。ミオリネ・レンブラン」




ということで、そんなに長くはならないですが過去編パート1です!
原作とこの世界線との分岐点ですね。

実際、二人がコンペに出たのは何歳くらいなんでしょうね。シャディクの口ぶりから、けっこう昔の出来事だと思って書いてみました。

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次回は週末土日か週明けになるかもです。


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43. UNION

「おい、聞いたか!? ミオリネ・レンブランの話」

 

「ああ、あのお嬢さんがインキュベーションパーティーに出るって話だろ?

 確か九歳だか、十歳だっけ? バカだよなー。親父さんが総裁なんだから、黙ってれば一生安泰だってのに」

 

「しかも、あのシャディク・ゼネリまで一緒なんでしょ? シャディク君も頭いいって聞いたけど、わがままお嬢様に乗せられちゃったのかしら」

 

「資料は読んだけどさ、投資なんて受けられるわけないっての。目の付け所は良いけど、あんな子どもが経営なんてできるわけない! またデリング総裁への嫌がらせだろ? よくやるわ」

 

「で? 結果はどうなったの? あのミオリネちゃん、泣いちゃった?」

 

「それが……目標額が集まったらしい」

 

「「はぁ?!」」

 

「しかも、出資者は一人だって話だ」

 

「どこの誰だよ、そのバカは!? 金をどぶに捨てるようなもんだろ!?」

 

「デリング総裁にもグラスレーにもケンカ売ってるようなもんじゃない。ろくな死に方しないわよ……。一発逆転でも狙ったのかしら?」

 

「それが、そうでもないらしい……。だって、出資したのは」

 

 

 

 

「あの、アスム・ロンドだって話だ」

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 当時のインキュベーションパーティーが終わった後に、そんな会話がベネリットグループの各部で交わされていた。

 

 どの場所でも、どの企業でも、どの立場でも、内容は大して変わらない。

 

 総裁のじゃじゃ馬娘、ミオリネ・レンブランが無謀にも起業を計画した。シャディク・ゼネリもそこに巻き込まれた。そして誰も相手にするはずがなかったのに、たった一人だけミオリネに投資した。

 

 しかも目標額を全額だという。

 

 普通ならばとんでもない嘘だと一笑に付す内容であり、仮に事実であっても小娘の思い付きに投資する大バカ者がグループにいたという笑い話。

 

 しかし、その出資者がアスム・ロンドだという話を聞いた途端、話を聞いた大多数は笑いを止めて、顔をひきつらせた。

 

 なぜなら、この頃のベネリットグループにはある空気があったからだ。

 

 アスム・ロンドという麒麟児は、手がけた全ての事業を必ず成功させると。

 

 そして、

 

「……いったい、どういうつもりよ?」

 

 当事者であるミオリネは、パーティー会場の近くの応接室でアスム・ロンドに相対していた。その顔には起業が成功したという喜びはない。むしろ困惑と警戒の色が色濃く出ている。

 

 ミオリネの隣にはシャディクが座っているが、彼もまたいつも浮かべていた軽薄な笑みがなく、相手の目的を見極めようとする真剣なまなざしがあった。

 

 ミオリネは静かに口を開く。

 

「アスム・ロンド。アンタのことは知ってる。確か昔、どっかのパーティーでも会ったことはあったわよね」

 

 目の前に座る、年齢相応に幼さを残した目をしている少年。どこまでも子供のようにワクワクと目を輝かせて、面白そうに口を弧にしている。

 

 その様子だけを見ると、ただ親に連れられて遊びに来た子供のようにしか見えないが、

 

「でも、そんなことより大事なのは、アンタがその歳で経営者として知られていること」

 

 まだ幼い少年が会長である祖父の後ろ盾があったとしても父親の会社を受け継ぎ、事業再編を通して多大なる利益をもたらしたという話を加えれば、異様という言葉しか出なくなる。

 

 ミオリネもその話は当然のごとく知っていたし、流れてくる話に一種の不気味さと、同年代に対する嫉妬のような感情を抱いていた。

 

(……二年前だったか、彼の家族が殺害された事件は)

 

 シャディクもまた脳裏に少年に対する情報を浮かべる。彼の立場からしても、アスム・ロンドは注目すべき人物であり、当然ながら下調べは済ませていた。

 

(当時、MSの関連機器メーカーとして名をはせていたロングロンド社は、彼の父親の元でMSそのものの開発から兵器転用までを進め、御三家に食い込むほどの勢いを見せていた。

 それが例のテロ事件のために、主導者である社長が死亡。その後も会社内で内紛騒ぎが起こったことで大きく勢いを減らしていたが……。そこで彼が現れた)

 

 内紛を鎮めると、兵器部門の大胆な売却と元々の主力部門だったMS装備品へ再注力。アスム・ロンドのアイデアをもとに製造されたそれらは独創的でありながら高品質で、各企業からの注文が殺到。

 

 さらにその売り上げを使って、アニメ・ゲームを中心に総合エンターテインメントを提供するコンテンツビジネスに新規参入し、それもまた大成功。ベネリットグループでの立ち位置も、悲劇に見舞われた落ち目のメーカーから、大躍進する注目株へと大きく変わっている。

 

 実際には彼自身にも大小さまざまな失敗があり、それが大事にならないように持ち前のバイタリティーで働きまくった結果、成功例だけが取りざたされているという話だが、傍から聞く限りにはどこかの物語にありそうな逆転劇。

 

 そしてそれは今回のミオリネの行動にも影響している。

 

 ミオリネはシャディクに対しても、アスム・ロンドへの嫉妬や対抗心のような気持ちを見せており、今回強行策に打って出たのも、その成功例を聞いていたからこそ、自分でもできるという思いがあったのだろうとシャディクは考えていた。

 

 父親の強権的な支配に対してなすすべもなかったミオリネが、同じ年ごろでありながらも自分の未来を自分で切り開いているように見える少年になにも思わないはずがない。

 

(ただの子供の対抗心……だったらよかったけどね)

 

 そんな周辺情報はともかく、シャディクが考えなければいけないのは、この事態への対処だ。

 

 この男が何を考えて自分たちに無謀な投資をしたのか、それを見極めなければいけない。

 

 なのでシャディクは誰にも悟られないように一息をつくと、薄い笑みを浮かべながら話し始めた。

 

「……アスム・ロンド、君はまさか遊びのつもりじゃないだろうね?」

 

「へぇ……遊びって?」

 

「知っての通り、これは僕とミオリネとが提案した事業だ。グラスレーのサリウスCEOもデリング総裁も関与していない。それどころか、今頃彼らは怒り心頭だろうね。

 君はそのことを想定し、投資したところで総裁の横やりが入ることを見越していたんじゃないかな?」

 

「つまり子供が勝手にやったことだからって、起業の件はパアになるかもってことか」

 

「そう。そしてその場合でも……君は利益を得られる。

 投資金はすべて回収できるし、なによりあの会場で名前を大いに売ることができた。自社を急成長させたカリスマというイメージを強く押し出すことができるだろう」

 

 シャディクが言っているのは、彼がミオリネが失敗するのを見越して、投資というパフォーマンスに走ったという話だ。

 

 しかし、その言葉にアスム・ロンドは笑いながら言う。

 

「確かにそういう方法もあったかもしれないけど。でも、そのルートはなくなっただろ?

 二人は目標額を達成した。その資金の決裁権を持っているのは俺だし、デリング総裁でもサリウスCEOでもない。俺がNOと言わない限り、この金は引き上げられない。

 それに……親だからって、公式の場で成立した事業を取り潰したりしたら大問題だ」

 

「確かにそうだね。理屈としては可能だが、デリング総裁に対する悪評は極めて高くなる。今後、インキュベーションパーティーに出ようなんていう者はいなくなるだろうし、グループからの離脱を考える企業も出るかもしれない」

 

 会社を成り立たせるのは互いへの信用だ。

 

 そして信用とは互いへの約束を、つまりはルールを守ることで成り立つ。

 

 それを親だからと言って、公的なルールを一方的に破り捨てるなら、次は自分たちにも同じ事態が降りかからない保証はない。ベネリットグループに大きな亀裂が入るだろう。

 

「それに自分で言うのもなんだけど、今、うちのロングロンド社はこのグループでの成長株だ。MSに頼らないコンテンツ部門も順調だし、それが今後のグループにとって大きな武器になってることをデリング総裁なら見抜いている。

 ……そんな俺の出鼻をくじくようなことをして、グループ離脱でもされたら大きな損害だろ?」

 

「はぁ……。あり得ない可能性だとは思っていたけど、起業自体の不成立を狙っていたわけではないと」

 

「そうそう! 別に遊びで投資したわけじゃない。ちゃんと二人の事業を応援するつもりがあるってことだよ♪」

 

 少年はそう言って楽しそうに笑う。

 

 だが、そこで

 

「だからっ!! その理由がわからないって言ってんのよ!!」

 

 バンと机をたたいて、ミオリネが激高した。

 

 ミオリネからすればますますわからない。

 

 シャディクが言うような、そもそも投資が成立しないという状況なら、パフォーマンスだったというなら説明はつく。

 

 だが、それが目的じゃないというのなら、500億という大金を一人だけで投資したという異様さだけが残る。

 

 自分で起業に打って出たミオリネだが、それでも一人が全額を投資するなんて事態は想定していない。むしろ、別のことで頭がいっぱいな今なら、いかに自分が無知で無謀な行動をしたかを考えることができている。

 

 だからこそアスム・ロンドがわからない。

 

 わからないものは、怖い。

 

 そんな内心での不安を消し去るように、ミオリネは声を荒げる。

 

「何を考えてるの、アスム・ロンド!? 糞親父に貸しを作って、立場を良くしたいの!? それとも、私との婚約でもお望み!?

 私はデリング総裁の娘だもんね! 金を出したら私のこと、好きにできるとでも思ったの!?」

 

 そして、その言葉に、

 

 

 

「あのさあ、そんなに理由が大事?」

 

 

 

 アスム・ロンドは不思議そうに尋ねた。

 

「……そ、そんなの大事に決まってるでしょ?」

 

「そうかな? 俺がどんなことを考えていても、なにをするつもりでいても。君にとって大事なのは、君自身が選択肢を得たことじゃないのかな?」

 

 少年はシャディクとミオリネの前に指を二本立てて言う。

 

 じっくりとミオリネに教え諭すように。

 

「君の前には500億って金がある。普通の人が一生かかって働いても、決して手に入らないほどのお金だよ。そして、まあ多少は口を出すつもりだけど、君はこれを自由に使える権利を得た。

 あんまりカネカネ言うのは好きじゃないけど、事実としてこの世界で何かを動かそうとするなら、お金がなくちゃ何もできないし、お金はシンプルで最強の力だ」

 

 だからこそ、ミオリネにあるのはシンプルな二択だ。

 

「この力を受け取るか、受け取らないか」

 

「っ……、わたし、は」

 

「あと一つ、言っておくけど、これは汚い金じゃないし、俺は適当に考えて投資したわけでもない」

 

 むしろ逆だと少年は言う。

 

「父さんたちが死ぬ原因になった兵器工場にMS開発部門の売却金。それから……父さんたちを殺した叔父から差し押さえた分社や関連資産。

 それを全部合わせて、じいちゃんが俺に預けてくれた俺の使える個人資産すべて」

 

 つまり会社自体は残しているが、

 

「俺個人はこれで一文無しなんだよね♪」

 

 などと少年は笑う。

 

 そして少年はまっすぐにミオリネを見ながら言う。その言葉に、だんだんと熱がこもっていく。まっすぐすぎるほどの視線で、ミオリネを貫くほどに強く、強く。

 

「だけど、俺は二人の力に賭けたいと思った。あの会場で、この世界の経済を動かしてるバケモノたちの真ん前で! ミオリネとシャディクは堂々と戦ってみせた!!

 そんなことできるやつ、他にいるか? いいや、いないね! そんなにがんばっているやつがいるのに、応援しないなんてありえない! それが……」

 

 

 

「俺のロマンだから!!」

 

 

 

 その聞きなれない言葉に、ミオリネは訳が分からないというように茫然として、そしてシャディクもまた、初めて理解の外の人間を見たように口をぽかんと開けていた。

 

「ロマン…………」

 

「さあ、どうする?」

 

 一方で、シャディクはこの少年に対する警戒心を最大限に高めている。

 

「……ミオリネ、やめておこう。いくらなんでも、これは危険すぎる。

 投資を受けたと言っても彼一人。そんな状態じゃ起業はできたとしても利益を出すのは難しい」

 

「そうね、私たちはアンタを信用できない。このまま事業を成功させるビジョンも見えない……」

 

 でも……と、ミオリネはアスム・ロンドを真正面から見る。

 

 この時のミオリネにとって、どちらが自分の将来のためになるのかということが大事だった。

 

 友人関係にも介入してきて、おそらくは婚約者を決めたりとミオリネの人生を束縛し尽くそうとしている父親。なにより、そんな父親に立ち向かえない自分自身の弱さが情けなくて仕方ない。

 

 そしてそんなミオリネに対して、少年は言外に言っているのだ。

 

『目の前に武器があるから選べ。ヘタレて逃げるか、手に取って戦うか』

 

 正直に言えば、ミオリネは怖い。

 

 大切な母親が亡くなったときは心の奥が冷たく凍り付くような怖さを感じたが、今感じているのは崖の目の前に立っているようなスリル。

 

 崖の向こうには宝箱があるが、その亀裂をジャンプで飛び越えられるか、飛び越えられたとしても宝箱の中身がなんであるかもわからない。

 

 リスクがてんこ盛りの大博打。

 

 しかも悪魔みたいに笑う少年がいて、ミオリネに重すぎる武器を渡して、後ろから崖に向かって蹴飛ばそうとしている。

 

 ミオリネの心臓がバクバクと跳ねあがる。嫌な汗が背中を伝っていく。

 

 しかし、それはミオリネが久しく感じていなかった生きているという実感だ。父親に決められた物語ではなく、自分自身が主人公になっているという感覚だ。

 

 目の前の少年は得体が知れないし、ミオリネ自身を乗せようとしてる姿勢も腹が立つが、それでもそんなミオリネがこれまで得られなかったものを提供しようとしている。

 

 そして少年が最後にもう一度、ミオリネを挑発するように言う。

 

「ミオリネ・レンブラン、悪魔と相乗りする勇気あるかな?」

 

 その言葉にミオリネは歪な笑みを浮かべて、勇気を振り絞るように叫んだ。

 

「バカにすんじゃないわよっ!! やってやる、やってやるわっ!!

 言っておくけど、糞親父にもアンタにも私の人生好き勝手にさせてやらないっ! 私は私の意思で、この投資を受け取って、成功させてやるっ!!

 それでこの投資もきっちり返してあげる! 倍返しよっ!!」

 

「ミオリネ……」

 

「ははっ、いいね! 思ったとおりにロマンだ♪」

 

 そこでアスム・ロンドは悪魔のような笑顔を消すと、ほっとするような、どこか心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべながらシャディクに問いかける。

 

「それで、君はどうする? ミオリネはこの通りやる気だけど……」

 

「ここでミオリネを置いて離脱したら、僕は臆病者のレッテルが張られて終わりだね……。こうなったら付き合ってあげるよ」

 

 ラフに言うシャディクだが、その内心にはアスム・ロンドへの大きな警戒心とわずかな期待のようなものがあった。

 

(かなりリスクを伴うし、計画を変更する必要もあるけれど、アスム・ロンドという人間を見極めるにはちょうどいい。

 家族を失った過去、ベネリットグループに迎合しない姿勢……。うまくいけば、彼は俺達にとっても大きな武器になる)

 

 個々の思惑はあれど、こうして三人の同意により新会社が設立されることになった。

 

 最後にアスム・ロンドは立ち上がって、二人と強引に握手をしながら言う。

 

「これで、二人とも縁ができたな! 俺達は友達だっ!!」

 

「友達? そんなわけないでしょ?」

 

「同意だね、百歩譲ってビジネスパートナーだ」

 

「おっけー、おっけー! 思ったより塩対応だけど、これが美しい友情の始まりってのもロマンだよなっ!」

 

「っていうかそのロマンってなんなのよ、さっきからわけわかんないこと言って」

 

「んーっと、俺の行動指針で、明日を夢見る力ってやつ♪ それも追々わかるって!」

 

「「はぁ……」」

 

 そんな噛み合わない会話が三人の始まり。

 

 今では"幼馴染"と言っているが、それも三人の関係性を対外的にアピールする時にそう言うのが収まりがよさそうだからというだけで、結局はもっと複雑な関係だ。お互いの利益だけで繋がって、呉越同舟のような、なにかのきっかけで破滅を迎えるような。

 

 だが、そんな始まりでも彼らは繋がった。それから四年ほど、後のロマン男にとっては愉快な、そしてミオリネとシャディクにとっては苦労の連続の日々が始まった。

 

 ミオリネが社長、シャディクが副社長、そしてスポンサーでもあるが能力と知名度を見込んで、かつ、地獄への道づれを兼ねてアスム・ロンドを役員に。

 

『ミオリネ、そっちの数値は……』

 

『今から出すからちょっと待ってて、っていうかクソ忙しいのに、アスム・ロンドはどこ行ったのよ!』

 

『みんな、スシがあるぞ! ウニもだ! パーティーしようぜっ!!』

 

『『その前に働けっ!!』』

 

 まじめにやってるのにロマン男が毎回のごとくふざけ倒し、ミオリネからの印象がバカで固定されたり、

 

『誰がPVをアニメにしろって言ったのよ!? このバカっ!』

 

『いやいや、ミオリネ案じゃ固すぎるって! ここはもっと時代に合わせないと!』

 

『だからって、なんで私がこんなキラキラエフェクトでアニメになってんのよ!? あーっ! 風評被害がーっ!』

 

『ミオリネ、そのPVの再生数が大変なことになってるみたいだ。しかも君への取材依頼も殺到している』

 

『よっしゃーっ! 俺の作戦勝ちぃ!』

 

『こんなの納得できないんだけどっ!?』

 

 ミオリネがとてもいきいき……というか、毎日のように怒鳴りながらアスム・ロンドと喧嘩して結果的にいい方向に向かったり、

 

『あんにゃろっ!! シャディクを養子野郎とか呼びやがって!!』

 

『落ち着けって。僕は別に気にしていない』

 

『はぁ!? 友達が悪く言われてんのに、へらへらしてられるわけねぇだろがっ!? お前がよくても、俺がいやだねっ!』

 

『っ……友達、か』

 

『あの会社の弱みなら、リサーチ済みよ。こっちにもさんざん嫌がらせしてたし……

 いつ出発する? 私も同行するわ』

 

『ミオリネまで……!』

 

『ふっ、こういうのワクワクするな……! 行くぞっ!!』

 

 なんだかんだで三人で困難を切り抜けたりと、それはもう、ちょっとした自伝でも書けるぐらいにはたくさんの出来事があった。

 

 だが結果として、この子供三人による事業は大成功。

 

 最終的に会社は売却することになるのだが、その時の売却額はアスム・ロンドへの倍返しどころか、ミオリネとシャディクの今現在の活動資金の原資になるくらい十分な額に到達していた。

 

 そしてミオリネはただのデリングの娘から、幼いながらも抜群の経営手腕を持つ女帝候補として名前を上げ、シャディクもまたそんなミオリネを支える辣腕ぶりを評価され、アスム・ロンドにとってもロングロンド社とともに名前をさらに広める結果になった。

 

 その裏ではシャディクの変心とロマン男との友情のきっかけがあったり、ミオリネが女帝として恐れられる出来事があったりするのだが……それはまた別の機会に語られることもあるだろう。

 

 

 

 

(ほんと、今でも悪夢に見るわよ……

 あの時の私はなんにも分かっていなかった。この世界で戦うやり方も、そのために必要なものも。分かんないまま飛び出して、危うくもっと自分を傷つけることになるとこだった)

 

 そして今現在、成長したミオリネ・レンブランは過去を思い出しながら、少しだけ口元に笑みを浮かべて歩いている。

 

 ついでに言えば、"あのバカ"も当時はかなり生き急いでいたのもあり、自称通りに悪魔みたいな印象もあったので、そっち関連の悪夢もあるのだが……

 

(でも、今でも超一流とまでは言えないけれど、私は自分に自信を持ててる。私ならどんな困難でも切り抜けられると信じられている。……それは間違いなく、あの出来事がきっかけ)

 

 幼いながらに勝負に出て、大きな勝ちを得て。

 

 その後も一人で農園を経営したり、初めて社員と間近で接したり。

 

 ミオリネは自分が何を成し遂げてきたのかを考えながら歩みを進め、そのすべてをぶつけるために彼の前に立つ。

 

「……お待たせしました、デリング総裁」

 

「いったい何の用だ、ミオリネ」

 

「それはもちろん、ビジネスの話です。私は、いいえ、私たちはこれから新しい会社を立ち上げます」

 

 その名は、

 

「株式会社GUND-ARM」




次回:親子喧嘩?

初期ミオリネを動かすには煽るのが正解なんでしょうね。
なおロマン男がここぞとばかりに特撮ネタ入れてたことを知って、ミオリネはキレたらしいです。

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44. おとなの時間

花粉症と仕事のダブルパンチで遅れてしまいました!

ちょっと体調戻るまでは、週1から2回程度の更新になるかもしれません!



「来たか……そこに座るといい」

 

「失礼します、サリウスCEO」

 

 ミオリネがデリングの元へ、親子水入らずと欠片も言えない頂上決戦に向かう少し前、グラスレーのトップであるサリウスCEOに呼び出されたアスム・ロンドは、とある一室に入った。

 

 その部屋は企業同士の密談やらで使われる場で、調度品も使用する者の品格にふさわしく、じっくり見れば来歴などが気になるものばかり。

 

 だが、さすがのロマン男も、この男の前ではそんな余裕はなかった。

 

(まったく、相変わらずの古だぬき……)

 

 内心で苦笑を浮かべながら、少年は車椅子の老人を見る。

 

 サリウス・ゼネリ。

 

 あのシャディクの養父にして、かつてはデリングを部下にしていた業界の重鎮。今でこそデリングの部下に甘んじているが、車椅子と投薬がなければならない体調状態でも眼光にいささかの衰えもない。

 

 じろりと何もかも見通しているような深い目が昔からアスムは苦手だった。

 

 とはいえ、そんな苦手意識はおくびにも出さず、椅子に座ったアスムはサリウスと会話を始める。

 

 最初は典型的な世間話だ。お互いの業績をほめたたえ、新規事業に対してどう動くのかという軽いジャブ、そしてアスムが主催した体育祭に関しての一感想。

 

 単なる世間話だが、かといって何の意味がないわけでもない。お互いがどれだけ相手を警戒しているか、腹を見せる気があるのかという、確認の意味合いが大きいのだ。

 

 そしてそれを済ませたサリウスは、おそらくアスムが隠し立てをするつもりでないことを見抜いたのだろう。静かに本題に切り込み始めた。

 

「ロンドCEO、単刀直入に言う」

 

 

 

 

「ガンダムを諦めろ」

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 少年はその言葉を静かにかみ砕きながら、探るように返事をした。

 

「ガンダムを諦めろ、ですか……」

 

「そうだ。お前とミオリネ・レンブランが動いている件について、我らも大方の情報は掴んでいる。どういう経緯をたどったかは知らんが、ペイル社から例のガンダムを引き取った件もな」

 

「あらら、ファラクトの件も漏れてる……」

 

「いくらバカげた兵装をつけても、あの機体を見ればそれとわかるに決まっているだろう」

 

 サリウスが言うのはもちろん、あの白く塗りなおされたファラクトのこと。

 

 GUND-ARMの機能は封印しているので追及しようもないが、ペイル社の技術をロングロンド社が入手したということは明確だった。

 

 むしろ、

 

「あれはメッセージだと受け取っている。いや、挑戦状と言った方がいいだろう。……お前たちがガンダムを使っていくという、な」

 

 そう言いながら眼光を鋭くするサリウスに、アスムは気まずいというポーズを装ってため息をついた。

 

「俺もあの程度でごまかせるとは思ってませんでしたけど。

 だからと言って、ここまで投資したのに諦めろって言うのはさすがに無体じゃありませんか?」

 

「無体も何も、そもそもがGUND-ARMの使用は禁止されている。お前たちはそれを真っ向から破ろうとしているのだぞ?」

 

「ですが、それも二十年も前の規則です。現に、あのエアリアルのように無害なガンダムが現れた」

 

「無害……か」

 

 そこでサリウスは、片腹痛いというように鼻を鳴らす。

 

「バカを言うな。お前ほどの男が、あれを無害などと思っているわけがない」

 

「…………」

 

「お前は私たちが危惧したことを、そしてそれが現実となったことまでわかっている。わかっていながら、その禁断の技術に手を出そうとしている……」

 

 かつてモビルスーツ評議会がGUND-ARMを禁止技術としたのは、パイロットを蝕み廃人に追い込むデータストームの逆流問題が理由だ。

 

 だが、それはあくまで問題の一側面でしかない。

 

 むしろサリウス達はその先の未来について危惧をしていた。

 

 苦境に立たされていた地球のオックスアース社が兵器としての開発を急がせたのも、その危惧の背中合わせ。

 

「アレは世界を滅ぼす魔女の技術だ。幼い子供でも、身体を欠損した者でも、いやありとあらゆる人間を兵器にし、戦場に送り込むことを可能にする呪いの武器だ」

 

「たしかに、思ったとおりにモビルスーツを動かせる技術ですからね。理論上は罪悪感なんて芽生えていない赤ん坊を乗せることだってできる」

 

 そして二人が言ったことが現実になれば、世界はどうなるか。

 

 子供は大きな機械の体のままで暴れだすだろう。街を積み木くずしの要領で破壊し、アリを潰すように人を踏みつけ、癇癪をするように武器を人へと振るう。

 

 しかも既存のMSでは対応しきれないほどに、そのMSは強力になるのだ。

 

 その危機意識をもっていたことを認めながら、アスムは苦笑いを浮かべた。

 

「控えめに言って、地獄絵図ですよね」

 

「それが分かっていながら、なぜあえてガンダムに手を出す? ロングロンド社の業績を考えても、貴様が危ない賭けに出るほど、追い詰められていないだろうに」

 

 例えば地球の勢力が、一発逆転を狙ってGUND-ARMを導入するというのならわかる。そこら辺にいる子供を洗脳して、データストームの逆流で使いつぶされる生体ユニット扱いすることもするだろう。

 

 あるいは兵器産業でも、起爆剤としてGUND-ARMという過ぎた力に手を出すことも考えうる。

 

 だがロングロンド社の主流はあくまでMSの装備開発とコンテンツビジネス。しかも兵器を販売してはいないし、業績も切羽詰まるどころか好調を続けている。

 

 客観的に見て、アスム・ロンドにはガンダムに手を出す理由がない。

 

 そうサリウスは言い、だからこそ、今ガンダムを研究しようとしている理由を問い詰める。

 

 そしてその問いに対してアスムは、

 

「……しいて言うなら、ロマンと未来のため」

 

「なんだと……?」

 

「まず、自分の意思通りに動かせる機械の体っていうのは、昔から想像されてきたロマンですよね? 999みたいに老いることも死ぬこともない、までは行き過ぎですけど、それでも巨大な手を自分のように動かせるっていうのは、極限環境での宇宙開発を大きく加速させる技術です」

 

「つまり、お前は宇宙開発を加速させるのが目的だと?」

 

「はい。うちの初代がロングロンド社を作ったのも、宇宙開発に夢をもっていたからですし。

 正直、俺もこの狭い太陽系の中でアーシアンだのスペーシアンだのごちゃごちゃやってるくらいなら、さっさと外宇宙に進出したほうが人類のためだと思ってます」

 

 これはアスムの本音だった。

 

 というよりも本音をぶつけない限り、サリウスを納得させるようなことはできないと考えている。この老獪な御仁のことだ。下手な嘘は見破るし、その時は間違いなく敵と認定して立ちはだかることになるだろう。

 

 裏のない本音を伝えるというのは、正攻法ながら一番の武器でもある。

 

 なによりアスム・ロンドは、グラスレーを敵に回したくはなかった。

 

「そのための技術がGUND-ARMだと。ふっ……まるであのカルド博士のような口ぶりだな」

 

「あの人はちょっとまた思想が偏ってそうですけどね……。機械生命体に進化する方が人類のためとか思ってそうでしたし」

 

「確かにな。だがその理想が実現する前に、世界は血に染まることになる。それでも貴様はかまわないのか?」

 

「そんなわけないじゃないですか。むしろ逆ですよ。今のうちに止めないと、たぶん、世界が大変なことになる」

 

「…………ふむ」

 

 サリウスが見定めるように頬をつくのを見て、アスムもまた考えを伝えていく。

 

「まず、俺もミオリネも、二十年前のことをどうこう言うつもりはありません。俺が生まれる前の話ですし、あの時の皆さんがちゃんと未来を考えて行動した結果だと思ってます。

 だけど、結局ガンダムは滅びなかった。ファラクト、そしてエアリアルという発展機が既に生まれて、とうとう表舞台に出てきた……」

 

「ならばその裏では、ということか」

 

「ええ。とっくにどこぞの勢力がガンダムを作っていますよ。

 明らかに氷山の一角ですし、二十年も潜伏できていたなら、根絶やしなんて不可能に近い。っていうか、下手すると魔女狩りを上回る機体がジャンジャカ作られててもおかしくない」

 

 だからこそ、あえてガンダムを調べることが大事だとアスムは考える。そしてそれはミオリネにとっても同じ考えだった。

 

「これから俺達の世代にできるのは、GUND-ARMとの共存です。

 いかに危険を減らして、被害を減らして、そしてロマンある人類の資産として活用していく。一から十まで禁止したら解決なんてフェーズはとっくに通り過ぎてる。

 そのためにはまず、GUND-ARMを知り尽くさないといけない。どうしてエアリアルが無害なのか、そしてそれをどう活かせるのかも」

 

「危うい賭けであり、考え方だな……。一歩間違えれば世界を滅ぼすことになるぞ?

 かつての核兵器、あるいは生物兵器。そして、ドローン戦争。すべて崇高な目的のもとで作られた技術が今日の混迷を招いた。そこにさらに魔女の遺産までというわけだ」

 

「ええ、だからこそ……」

 

 アスム・ロンドはサリウスの目をしっかりと見定めて、本題を切り出した。

 

「サリウスCEO、どうかグラスレーにも協力していただきたい。俺達のガンダムに」

 

 

 

 そして、同様の会話は別室でも行われていた。

 

「なるほど。GUND-ARMの平和利用を念頭にした、研究開発か……」

 

「はい。そしてペイル社とシンセーの開発部門を買収し、ガンダムについての知見を集約。まずは医療分野での研究開発と、敵対勢力にガンダムが現れた時のストッパーとしてアンチドート技術のアップデートを目指します」

 

 ミオリネはデリングと相対して、自身がまとめた経営計画を提示していた。

 

 そこには投資の効果や、将来にわたる事業計画などが事細かに書かれているが、それを一瞥しただけで理解したデリングが興味を示したのは、その目指す先のビジョンだった。

 

「確かに投資効果の試算や、この計画自体は見事なものだ。お前の年齢でこれほどのことができる者はいないだろう。

 ……だが、不確定要素が多すぎるな。特にグラスレーがこの提案にうなずくとは思えん」

 

「ですが、これは必要な技術です。人々の健康を守り、抑止力ともなるのはアンチドート以外にないんですから」

 

 ミオリネとアスムが考えている未来図に、グラスレーは必要不可欠。それが二人の出した結論だった。

 

 二人は当然としてサリウスが示したような懸念は理解していた。

 

 人の役に立たせるために作った技術が、人を不幸に陥れるなんてことは歴史を通して枚挙にいとまがない。そしてGUNDが導く未来において懸念なのはデータストームと、兵器の簡易化の問題。

 

 だがそれは一つもストッパーがない時の話だ。

 

 二十年前のヴァナディース事変において活躍したとされるグラスレーのアンチドート。機体とのパーメットリンクを強制的に解除する技術があれば、抑止力となりうる。

 

 例えるならば車のオートブレーキと同じだ。

 

 使用者へのデータストームが一定量を超えた瞬間、瞬時にリンクを切ることで安全を保つことができるし、機体が望まぬ使われ方をした時も即座に緊急停止させて無力化できる。

 

 エンジンだけでは車は地を這うミサイルと変わらない。車を車足らしめているのは、ブレーキがあるからだ。

 

「もちろん、グラスレーと話を通す必要もありますけど。別に今すぐ協力してほしいってわけじゃありません。こちらが研究開発をすれば、むこうもアンチドートを再び必要と考えて動き出すでしょうから」

 

 言い終えたミオリネは一息をつきながら父親を見つめる。

 

(伝えるべきことは伝えた。あのバカと二人で練り上げた計画にも自信がある。……あとは、この糞親父が首を縦に振るかどうか)

 

 そして書類を鋭い目で端から見直したデリングは、感情の読めない表情のままでその書類を机に放り投げると、ミオリネをにらみつけながら問いかける。

 

「一つ尋ねたい」

 

「はい」

 

「……なぜ私の許可を必要とする?」

 

 デリングから見て、ミオリネの計画は見事なものだ。ガンダム研究が禁止されている件についても、エアリアルという将来の危険分子であり、同時に希望の種を引き合いに出すことで、あえてその必要性を説いている。

 

 そしてミオリネとアスム・ロンドのこれまでの業績を鑑みれば、ゲリラ的に投資を呼び掛けても、古参のジェタークやグラスレーはともかくグループ内外から必要とする投資は集まるだろうと推察できていた。

 

 つまりミオリネには、デリングにわざわざ伺いを立てる理由がない。

 

 かつての何も知らない小娘だった時のミオリネならば、父親への対抗心やあるいは信用を得るために直談判に臨むことは考えられるが……

 

「お前にはもう、私の立場など必要ないだろう。ミオリネ・レンブラン」

 

 ミオリネという少女はもう、一人でも戦うことができる。

 

 現にホルダー制度とて、婚約が決定したところで本人の資金力と影響力をフル活用すれば、婚約破棄でもなんでもできる。むしろこれ幸いと株を全部売り払って、自分で起業することくらいミオリネはするだろう。

 

 だからこそ、デリングの疑問はミオリネの狙いだ。

 

 そして、その問いにミオリネは静かに答えた。

 

「……しいて言うなら、その言葉が欲しかったからかしら」

 

 それはそこまでと打って変わって、ミオリネの娘としての一面が出ているものだった。

 

「あなたが私のことを、もう大丈夫だと思っている。それは私にとって、とても大きな自信につながるものよ。……あなたのことは父親として欠片も尊敬できない」

 

 でも、

 

「経営者としてなら……私はあなたを尊敬できる」

 

「…………」

 

「この大きなベネリットグループを一人でまとめ上げて、何年も業績を上げるなんて、誰にでもできることじゃない。

 私もこの間初めて、ちゃんと人を雇ったけど、その子たちといい関係を作ることだって大変だった。それを何年も続けている"お父さん"を認められないほど、私はもう子供じゃない」

 

 正直に言えば、まだ子供でいたかったし、他所の子たちのように父親とたわいない会話ができるくらいに甘えたりもしたかった。

 

 だけれど、それは叶わぬ願いで、ミオリネはもう大人への一歩を進みだしている。

 

 だからこの事業計画をデリングに見せたのは、その未練を断ち切ることと、そして自分の道のりが間違っていないことを確かめるため。

 

 なにより、

 

「それにGUND-ARMに手を出した以上、私たちの敵はたくさん現れるわ。だから、そのガンダムを否定したお父さんが認めてくれるなら、それは私たちにとってとても大きな武器になる」

 

 ミオリネはそう言って、デリングに静かに頭を下げる。

 

「だからお願いします、デリング総裁。

 私たちの新会社をどうか認めてください。たとえガンダムにどれだけの呪いがかけられていても、私たちは逃げずに立ち向かうから」

 

「……ふん、その言葉がどこまで信じられるかだな」

 

「今すぐに答えはいりません。この後、その答え合わせができればいい。

 経営者として私たちの示す未来に希望を見出せるというなら、どうか投資してください」

 

 

 

「私たちのガンダムに」

 

 

 

 そう訴えるミオリネのまっすぐな瞳を、デリングは静かに認めていた。

 

 

 

「よう、ロングロンドの子倅と直談判をしたらしいじゃないか」

 

「ふん、耳が早いな……いや、その口ぶりは盗み聞きでもしていたか?」

 

 ロマン男が立ち去った部屋の中、二人の大人が話をしている。

 

 車いすのサリウスは変わらず、思案するようにひじ掛けへと頬杖をつき、そしてそこに新たに表れた男、ヴィム・ジェタークはなにか悪だくみをしているとあからさまな表情でサリウスを見つめていた。

 

「で、どうするんだ? まさかあの小僧の口車に乗せられて、協力するつもりじゃないだろうな?」

 

「小僧、か。その小僧とやらに随分やられているようだが?」

 

 サリウスが語るのはヴィムの後継者、グエルのこと。

 

 かつてのグエルはヴィムに対して反発心をもつことがあっても、ヴィムが自身の影響力でその出る杭をことごとく叩き潰してきた。

 

 しかし、ここしばらく……いや、あのエアリアルが登場してから、グエルという男の存在価値はジェタークという狭い世界を超えて大きく膨れ上がり、ヴィムがコントロールしきれないほどになっている。

 

 一方で、それはサリウスも同じだ。

 

「お前のほうこそ、あの養子がずいぶんと好き勝手やっているじゃないか? あのグラスレーの後継者が道化と一緒に友情ごっこなんて、笑える話だろ?」

 

「まだ学生の遊びだ。そんなことにイチイチ目くじらを立てるほど、狭量ではない。ただ……」

 

 

 

「我々の領域に踏み込んでくるというのなら、話は別だ」

 

 

 

 サリウスはあの会談で、アスム・ロンドという少年について一つの確信を得ていた。

 

 

 

「あの少年は、呪われている」

 

 

 

 静かな言葉に、ヴィムは怪訝そうな言葉を出す。

 

「呪い、だと?」

 

「ふん、わからないならそれでいい。だが、問題なのはその呪いが周りを巻き込み、火をたぎらせ、最後には我々すら飲み込む可能性があるということだ」

 

「随分と詩的な言葉を使うが……とにかくお前も、やっとあの小僧に興味を持ったということだな」

 

 そこでヴィムはサリウスの傍らまで近寄ると、誰にも聞こえないようにそっと耳打ちをした。

 

「……なあ、邪魔じゃないか? あの小僧もミオリネも」

 

「…………」

 

「元々ホルダー制度なんてものも、デリングの言い出したこと。そしてミオリネ・レンブランとの婚約なぞ、ジェタークにとっては何の得もない。必要なのは奴の持つ株だけだ」

 

 それさえ問題なくなるのなら……

 

「不幸な事故、なんてのはこの世界にありふれているよな?」

 

「奴の両親がそうであったように、か? 当時から噂はされていたが……まさか貴様が本当に?」

 

「さあ、どうだろうな?」

 

 だが、とヴィム・ジェタークは笑みを浮かべながら言うのだ。

 

 

 

 

「生意気な子供には、罰を与えないといけない。……大人としてな」





水星の魔女、第二シーズンのPV楽しみですね!

なんとなく自分で予想していた通りの展開になりそうで、この小説でも違和感なくつなげられる展開になりそうです!

はやく4月になーれー!

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45. 魔女とロマン

めっちゃ難産でした……!


「奴め……いったい何をするつもりだ?」

 

 応接室から秘書を連れ立って出ながら、サリウス・ゼネリは苦々し気につぶやいた。

 

 ここで言う"やつ"とはサリウスへと意味深なことを伝えてきたヴィム・ジェタークのこと。

 

 ヴィム・ジェタークを若いころから知っているサリウスは、そのいつまでたっても直らないこらえ性のなさも、そして短絡的に強硬な手に出る悪癖もよく知っていた。

 

 ヴィム本人は、力でもってライバルたちを叩き潰してきたと、自分の手腕にプライドを持っているようだが、サリウスの考えは違う。発展途上の企業ならともかく、御三家と評されるほど力のある企業のトップとしては、その気質は大きなマイナスだ。

 

 リスクをとるならば必要不可欠な場面でのみ。熟考に熟考を重ねた末のものでなければならない。

 

 若者からは、サリウスのその慎重かつ保守的な姿勢は視野の狭さとして映るかもしれないが、むしろ視野が広くなければ慎重さなど生まれるべくもない。

 

 そんな策謀や政治的な折衝を得意とする経営者であるサリウスは、言葉を選ばなければ"品のない男"だという評価をヴィムに対して下していた。

 

 問題は当のヴィム・ジェタークが、

 

『まあ楽しみにしておけ。デリングも、あの小僧もなんとかしてやるさ』

 

 などと言い出したこと。それが気がかりで仕方がない。

 

(やつは自分に酔っている。これまでの成功体験とデリングに届かない焦燥が混ざり、何をしでかすかわからない。……まさか暗殺でもするつもりか? その果てにどれだけのリスクが待っていると思っている)

 

 総裁であるデリング、そしてアスム・ロンドもベネリットグループにおいては重要な位置を占めている。それを何の考えもなく暗殺でもしてたら、どれほどの混乱が訪れるか。

 

「致し方ない、か」

 

 サリウスは不快そうに鼻を鳴らすと、秘書へと一つの指示を出した。

 

 

 

 

「シャディクを。それからサビーナも呼べ」

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 その頃、そんな会話が行われていることを知らないアスムはといえば、ミオリネ達の元へと戻るために、パーティー会場内をゆっくり歩いていた。

 

 広い会場なので、ニカが携帯に送ってきた集合場所までは少し距離がある。

 

 いつもならばそのくらいの距離は走って移動しているが、このパーティー会場で走るのはさすがにどうかと思う常識はかろうじて持ち合わせていたし、歩いていると付き合いのある企業やアスムへと挨拶をしたいという企業関係者がたくさんやってくる。

 

 そういう人々と一言二言でも会話をすることは大事であるので、結果的に時間をとられて。

 

 人の波をかき分けて合流場所まで移動したときには、そこにはミオリネとシャディクを除く面々が談笑している風景があった。ちょっとした立食用のテーブルが近くにあるので、そこには彼らがよそっていたであろう皿が置かれている。

 

 しかし、その中心にいる人物は、少年にとっては意外な人であった。

 

「へぇ、そうなの。スレッタ、いつもそんな風に頑張っているのね」

 

「はい、私たちの寮は自給することも多いんですけど、スレッタは料理にも挑戦してて」

 

「この間もレパートリー増やしてましたよ。あれはおいしかったなぁ」

 

「も、もーっ! 二人とも、恥ずかしいですよぉ……!」

 

「あら、いいじゃない♪ お母さん、スレッタのお話もっと聞きたいわぁ」

 

 マルタンとアリヤからスレッタの日常の様子を聞き、楽しそうな声を上げている女性。しかし、声とは裏腹にその表情をうかがうことはできない。

 

 顔の上半分を覆う大きなヘッドセットをつけたその人のことを、会話をしたことこそなかったが、アスム・ロンドは知っていた。

 

 そしてアスムが彼女に近づくと、スレッタはなにかに期待するように手を振って、

 

「あっ、先輩! こちらが私のおか……」

 

「スレッタさんのお母様!!!!」

 

「ふぇっ!?」

 

 飛びつくように母親の手を取ったロマン男の奇行に目を丸くした。

 

「お会いできて光栄です! くぅっ……! ずっとあなたのファンだったんですよ!!」

 

「ふぁ、ふぁん、ですか……?」

 

 その勢いにいつも冷静な調子のプロスペラまでどこか冷や汗を流して半歩だけ足を後退させている。

 

「はいっ! だってあなたこそがあのエアリアルの開発者!! しかもスレッタさんを学園にお預けしていただけるなんて……! なんてロマンが分かっている方だとずーっと思ってました!!」

 

「は、はぁ……」

 

「せ、せんぱい……? お母さん、ちょっと困ってるみたいですし……」

 

「おっと失礼! 思わずロマンがあふれてしまって!!」

 

 こほんとアスムは咳ばらいをすると、今更取り繕っても仕方ない社会人らしさを取り繕いながら、プロスペラへと挨拶をした。

 

「改めまして、こうしてお話しするのは初めてですね。ロングロンド社のCEOを務めています、アスム・ロンドです。スレッタさんには学園でも良くしていただいてます」

 

(((変わり身はやい……)))

 

「こちらこそ、いつも娘がお世話になっております、プロスペラ・マーキュリーです。ふふ、スレッタから話には聞いていましたけど、とてもユニークな方ですね」

 

(((ユニークですませていいんですか!?)))

 

「はははは! プロスペラさんこそ、素敵なか……方ですね♪」

 

(((今、ぜったい仮面のことをほめようとしてたでしょ!?)))

 

 なんて、どっか噛み合っているような噛み合っていないような調子で話をする社長二人へと、ニカ含めた三人は心の中で突っ込みを入れていた。

 

 とはいえ、プロスペラも変人の奇行に押されていたのがウソのように、元通りのしとやかな女性社長という体で話を続けている。

 

 もしかしたら心中では、アスム・ロンドが自分に対して心理戦を仕掛けているかもしれない、などと邪推している可能性もあるが、その当のロマン男が言ったことはまじりっけのない百パーセント本心だった。

 

 アスムからしてみたらプロスペラが開発したというエアリアルはロマンの塊であるし、そのデザインからカラーリングまでもどこかのアニメの主役になってもおかしくないと"わかっている"者が作ったなという評価。

 

 さらにはスレッタの日ごろの人の好さをよーく知っている彼からすれば、母親としてのプロスペラもリスペクトの対象であった。

 

 なにより、

 

(やっぱり仮面かっけーっ!! めっちゃラスボスとかライバルがつける奴じゃん! なんか多機能とかないのかな? ないなら、むしろつけたい! ビーム出そうぜビーム!

 お願いしたら、デザインしたとこ紹介してくれねえかなあ!!)

 

 なんて口に出さないだけのデリカシーがあるだけで、例の審問会で一目見た時から、その仮面になみなみならない思いを抱いていたりした。

 

 少なくともそんなことを目の前の少年が考えているなどとは気づいていないだろうプロスペラは、穏やかな美声で言う。

 

「お褒めに預かり光栄です、ロンド社長。ですが、それは私から言う言葉でしょう。

 企業人としてはもちろん、あなたの逸話は耳にしておりますし、スレッタからも学園でのあなたのことをよく聞かされていたんですよ?」

 

「ほうほう! いったいどんな風に?」

 

「そうですね……とっても親切で優しくて、かっこいい人だって。自分が安心して学園に通えているのも、あなたが支えてくれているからとも言ってました。

 私、それを聞いたからスレッタが恋しちゃったのかしらって、気になってたんですよ?」

 

「お、おかあさん!?」

 

「ほらほら、この子ったらこんなに赤くなっちゃって」

 

「なにっ!? スレッタさんがまさかそんなに思ってくれていたなんて……!

 だが、今の俺にはロマンを世界に広めるという使命が……!」

 

「誤解ですからぁ!! お母さんも、へんなこと言わないでよぉ……!!」

 

「はいはい、頼りになる先輩なのよね♪」

 

「ははは! 大丈夫、変な誤解はしていないから」

 

 そこでようやくスレッタは、二人に少しからかわれたのだと理解した。

 

 むぅ……と珍しく恥ずかしさに顔を赤くしながら二人をジトっと見るスレッタ。だけれど、すぐにその気持ちはなくなって、むしろ嬉しさがあふれていく。

 

 初対面だというのに、尊敬する先輩と母親が打ち解けてくれたのが彼女にとって幸いだったのだ。

 

 変なことを言う人ではない……いや、ロマン的に変なことは言うかもしれないが、相手を否定するような言葉を言うことはないと信頼はしているが、それでも母親と合わせるというのはドキドキしてしまうもの。スレッタの不安はまっとうなものだ。

 

 そして、そっと胸をなでおろしたスレッタだが、

 

「そういえば、こちらの地球寮のお二人にも聞いたんですけど、学園でのスレッタはどういう様子なんでしょう?」

 

「ふぇっ……!?」

 

 プロスペラがそんなことを言い始めるので、また顔を赤くしてしまった。

 

「ちなみにどんなことをお聞きしたいのですか?」

 

「そうですねぇ……あなたから見たスレッタの印象でしょうか?

 ほら、この年であまり干渉しすぎるのも変ですけど、スレッタはなにぶん初めての学園生活ですから。ちゃんと友達を作れているか、周りの人に迷惑をかけていないか、母親としては気になってしまうんですよね」

 

「なるほど……では♪」

 

 そうしてロマン男は咳ばらいを一つして、なにを言われるのかとドキドキしている様子のスレッタへとほほ笑みを向けながら口を開いた。

 

「まず、スレッタさんはとてもいい子です!

 人にやさしく、友情や信頼を重んじて、決して裏切ることをしません。いや、ほんとにここまで良い子って他にいます? いや、いないですよ? ほんとに一目見た時から信頼できる子だなって確信できましたからね!」

 

 ロマン男は話す。

 

「しかもとても勇気がある!

 ああいう学園ですから、いろいろと困ることも多かったと思いますけれど、そのたびに逃げ出さないで前に進んできました。俺の人生を見渡してみても、こんなに勇敢な子はめったにいませんよ!」

 

 話し続ける。

 

「しかもしかも! ロマンをわかってくれるのが最高ですね!

 エアリアルとのコンビネーションも最高ですし、みんなからエアリアルともども好かれるのがよーくわかります!」

 

 話し続ける。

 

「最初は勉強など不安なところもあったようですが、ちゃんと自分の足りないところを認めて、改善しようとしているのもいいですね。きっとスレッタさんは、卒業するころには俺達の学園を背負って立つ子になってくれると信じています」

 

 まくしたてるように話し始める。

 

 それを聞いてスレッタがトマトのように真っ赤になるが、お構いなしのほめごろしである。

 

 それを聞くニカ達は内心で「学校の先生ですか!?」と思ってしまうが、アスムからすればすべて本心なので隠すこともないし、むしろこんなことを伝えられる機会はほとんどないのだからと遠慮をするという選択肢は消し去っていた。

 

 一方でそれを聞くプロスペラはと言えば、親として謙遜したりスレッタを誇らしく思うのではというアスムの予想とは異なって、

 

「……そうなのね」

 

 と彼の勘違いでなければどこか固い声で呟いた。

 

 それはどこか迷いのようなものを含んでいるようでも、なにかを企んでいるようにも聞こえる不思議な音色。

 

(こういう時、顔が見れないのって不便だよな)

 

 プロスペラのその言葉の真意が読み取れないアスムは、心の中でそう考える。

 

 多分に直情的で感情を表に出す彼にとっては、通信でもなんでも人の顔を見て話すことの方が得意だ。それが好意的なものであれ、奇行に対する引きつった顔であれ、顔を見ることで相手との距離感を推し量ることができるのだから。

 

 だから顔の上半分をすっぽりと覆ってしまう仮面で口元だけというのは、どことなく落ち着かない気持ちにもなる。仮面キャラというのはアニメにおいても伝統だが、大概が敵や秘密を抱えているというのはその得体の知れなさを生み出す効果に、確かな実績があるからだろう。

 

 ただアスムとしては、この会話の場はプロスペラを警戒させるためでも、彼女にコチラを推し量らせる場でもない。株式会社ガンダムにおいてはプロスペラと協働していくことが求められるので、可能な限り人間関係を良好にしていきたいのだ。

 

 なのでアスムは少しだけ話の方向性を変えた。

 

「ええ♪ きっとお母さんの教育がよかったんでしょう」

 

「え?」

 

「スレッタさんはお母さんが教えた大事なことをしっかり守っています。逃げたら一つ、進めば二つ。……子供が前に進むときって、最初はなんでも怖いですし、そんなときに支えになる言葉があるのって大事ですよ?」

 

「…………」

 

「だから、スレッタさんもプロスペラさんのことをこんなに信頼しているんでしょうし、プロスペラさんは素晴らしいお母さんなんだって、俺は思います」

 

「……いいお母さん、ね」

 

 プロスペラは聞こえないほどの声で呟くと、口元に手を当てて微笑んだ。

 

「ふふ、ありがとうございます。あなたにそう言っていただけて、とても嬉しいです。でも、スレッタのこと、あまり甘やかしてはダメですよ? ほら、この子ったらこんなに真っ赤になっちゃって」

 

「せ、せんぱいがいきなりこんなこと言うからですよ……!」

 

「ごめん、ごめん。せっかくだからって思ったらついね」

 

 アスムは苦笑いしつつも、その実反省しているような様子はない。

 

 スレッタもここまで褒められたことがこれまでなかったのだろうか、なんだか嬉しさと気恥ずかしさがごちゃ混ぜになったようで、少し涙目にもなっていた。

 

(社長のこういうところ、すごいですよね……)

 

 それを隣で見るニカは思う。

 

 究極的に自分に素直というべきか、アスム・ロンドという少年の言葉には裏表のない率直さというのが常ににじみ出ている。

 

 プロスペラの声が、相手を安心させる生来的なものをもっているとすれば、こちらは感情が素直に乗っていると言うべきか、この人を疑うのがバカらしいと思ってしまう人の好さがあるのだ。

 

 それはニカのような後ろ暗いことがあった人間には特効薬のようにすっと効くのだが……果たしてプロスペラはどう思ったのだろうか。

 

 そっと、プロスペラは言う。

 

「……でも、それを言うならあなただって素晴らしい方ですよ?」

 

「俺が? いやいや、人の親を立派に努めている人には負けますよ」

 

「そうかしら? あなたは学園もご自身の会社もよくまとめ上げていらっしゃるし、とても非凡な方だと思いますよ? それに……」

 

 

 

「あなたのご両親のことも」

 

 

 

 そのプロスペラの口ぶりに、アスムはふと空気が変わったのを感じた。

 

 理由は分からないが、どこかジトっとしたものだ。

 

 それを顔には出さないまま、プロスペラの口ぶりから推測したことを話す。

 

「もしかして、うちの両親と会ったことがあります?」

 

「正確には、あなたのおじい様ですけれど。生前、少しだけお会いしたことがあって、その時にあなたのご両親とも」

 

「うちの祖父、うるさかったでしょ」

 

「ふふふ♪ ええ、確かに賑やかな方でしたね。エネルギッシュというか、あなたによく似てらっしゃいました」

 

 だからこそ、とプロスペラはアスムへと顔を近づけながら言うのだ。

 

「ご両親のこと、妹さんのこと、本当に残念に思います。それを乗り越えて進んできたあなたは、とても強い方ですね」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 プロスペラの言葉にアスムはわずかに言い淀んだ。

 

 もう勘のようなものではなく、さっきまでとは違う圧力のようなものを感じ始めたからだ。

 

 ウルト〇マンの顔の造形のように、物理的に見えているものに違いはないのに、顔の角度や光の当たり方で受け止められる印象が変わってしまうことがある。プロスペラの今の表情には、そういった凄みのようなものが感じられて仕方なかった。

 

 プロスペラは教え諭すように続ける。

 

「……ヴァナディース事変、ご存じでしょう? そして、私がそこの生き残りだということも」

 

「え、ええ……それは、そうですね」

 

「二十年前のことも、あなたのご家族のこともそう……。あなたのように素敵な人にも、災難は不平等に降りかかる。ねぇ、この世界には悲しいことが多すぎると思いませんか?」

 

「…………」

 

「もし、そんな悲しみをなくせるとしたら……あなたはどうします?」

 

「どう、というと?」

 

 不思議とその声は、抗いがたい魅力を孕んでいる。

 

「私もあなたも力を持っている。エアリアルという、理不尽を魔法のように解決してくれる力だってある」

 

 それは子供を森の奥へと誘う魔女のように。

 

「決して夢物語ではないんですよ? 争いも悲しみもない世界は……」

 

「それって……!」

 

 少年はその誘いに、

 

 

 

「人類補完計画ですか!?」

 

 

 

 前のめりに返事をした。

 

 

 だが、とうのプロスペラはといえば、逆に面食らったように言う。

 

「ほかん、けいかく……?」

 

「いやいや第三魔法とか、アーカーシャの剣とか……! いいですよね! すごい理想的だけどすっごいディストピアなあれ!!」

 

「しゃ、社長、今はそういうアニメの話は……」

 

 一同の中で意味を理解しているニカが慌ててロマン主義者の手を取って止める、どう見てもプロスペラ女史は話題についていけていなかったからだ。

 

 ロマン男も正気に戻ったように肩をすくめると数泊置いて、今度は静かな笑顔で返した。

 

「確かに、欲しいですよね。争いも悲しみもない世界って。そういう世界になってほしいですし、そうなったら余計なことを考えないでロマンに没頭できたりしますし」

 

 だけれど、

 

「でも、現実も捨てたもんじゃないと思いますよ? だって俺達の世界もちょっとずつだけどよくなっていると思うから」

 

「…………ちょっとずつ、ですか?」

 

「はい」

 

 そこでアスムはスレッタの肩をポンと叩く。

 

「だって、あなたにはこんなに素敵な娘さんがいらっしゃるじゃないですか?」

 

「…………」

 

「スレッタさんが来てからたくさんの変化がありました。グエルは青春真っ盛りだし、ミオリネも少し優しくなりましたし。俺にだってたくさんのロマンをくれた。

 だから今は確かに夢だけど。あなたの娘さんが学園で学んで、あなたの思いも受け継いで、きっと大人になったスレッタさんがもっといい世界にしてくれます」

 

 そして今この瞬間も、

 

「それに、ほら。あそこにも何とかしようとしてる女帝様がいますし!」

 

 アスムが促すと、プロスペラはメインステージへと振り向く。そこにはちょうど堂々とした姿でステージへとミオリネが出てくるところだった。

 

 もっともミオリネはといえば、呑気に手を振るアスムを『アンタはこっちに来る方でしょ』と不満げに見つめ、けれども『見てなさいよ』とでもいうように会場全体へ向けて声を張り上げる。

 

『私たちはこれから新会社を設立します。

 呪いと呼ばれ忌み嫌われたGUND技術を、再び人類の発展に使われる祝福へと変えるために!』

 

 堂々とした、信じられる姿。

 

 アスムはそこに、泣き出しそうな顔で必死に訴えていた小さな女の子の姿を一瞬幻視するが、それはすぐにどこまでも誇り高いミオリネの姿に上書きされていく。

 

 ミオリネは語る。

 

 エアリアルというガンダムの持つ希望を、それが示す明るい未来を。

 

 魔女の呪いだって背負って、自分で未来を切り開こうとしている。

 

 その姿はいつだってアスムにとって鮮烈で……

 

(まったく、ほんとミオリネはすごいな……)

 

 それは決して恋愛感情ではないけれど、いつかのパーティー会場で大人たちに立ち向かうミオリネを見た時から、彼にとってミオリネは物語の主役と重なって見えていた。

 

 そんなミオリネが、それが偶然の運命だったとしても、仕組まれた物語だったとしても、スレッタという少女とともに呪われた兵器へと立ち向かおうとしている。

 

 だから少年には不思議と確信できていた。

 

 きっとこの先の未来は……。

 

「どうです、プロスペラさん? ロマンだと思いませんか?」

 

「……ロマン、ね」

 

「ええ♪ ロマンです♪」

 

 だって、こんな光景はそうないだろう。

 

 まだまだ子供であったはずの少女が、文字通り世界を支える大企業の中心で大人たちから信頼を集めている。

 

 ミオリネが投資を呼びかけるよりも早く、皆が我先にと投資を始め、そしてその中には確かに、彼女の父親自身の信頼の証も含まれていて。

 

 こんなにロマンチックな始まりをした物語なのだ。

 

 

 

「ハッピーエンドにして見せますよ、俺達が」

 

 

 

 それは彼の考える最高のロマンだった。




ふぅ、ようやく株式会社ガンダム成立です!
(なげぇ……!)

必要な話だとは思ってますが、はっちゃけできない話が続くと大変ですね。

次回からは通常営業です(体調戻ってきたので更新ペースも戻していきたい)。
お楽しみに!

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46. Shall We Dance?

感想へのご返信遅れててすみません!





 グエル・ジェターク。

 

 アスティカシア高等専門学園、パイロット科三年生。ベネリットグループ御三家ジェターク社の御曹司にして、かつての学園ナンバーワンパイロット。

 

 その気質や戦い方は勇猛果敢そのものであり、少々周囲の期待を背負いすぎて暴走してしまうきらいはあるが、思わずついていきたくなるようなカリスマ性も備えた快男児。

 

 世間一般から見れば恵まれすぎている生まれと境遇だろう。

 

 だから……こんな風に誰かを羨ましく思うことなど、彼にはこれまでなかった。

 

『どうか、私たちの株式会社ガンダムへと投資を!』

 

 壇上に立つミオリネ・レンブラン。

 

 父より格は落ちるとしても、ベネリットグループを構成する各社の長達から注目を集め、瞬く間にガンダムを使った会社を成立させてみせた、グエルから見ても将来の女帝になりうる才媛。

 

 そしてその彼女はグエルが懸想するスレッタ・マーキュリーの婚約者で。

 

「…………俺は、」

 

 なんなのだろうと、この時グエルは心の内で呟く。

 

 昔、ミオリネのことを馬鹿だと思ったことがある。

 

 同じように恵まれた生まれで、自分の将来の道筋を作ってくれる立派な父親がいるのに、その父親に反発して、迷惑をかけて、そして他人を巻き込んで傍若無人にふるまっている放蕩娘。

 

 ミオリネと比べれば自分はジェターク社御曹司としての務めを果たし、その立場にふさわしい努力を重ねてきたという自負があった。

 

 だけれど、いつからだろう。

 

 スレッタ・マーキュリーに惹かれたころ? いや、アスム・ロンドがライバルとして追いかけてきたころ? そうじゃない、きっともっと昔の話だ。

 

 本心ではずっと。ミオリネを馬鹿だと口にしていたころから、ずっと思っていた。

 

 ミオリネがうらやましいと。

 

 勇猛果敢、質実剛健、さらには文武両道と立派な尾ひれがついているが、グエルはあくまでヴィム・ジェタークの息子。ジェターク社を受け継ぐだろうと目されているのも、グエルの実力などは関係なしにヴィムの影響力があってのもの。

 

 そんな父とは違うところを見せたいとドミニコス隊のエースを目指すと弟には打ち明けたりしていたが、あの決闘の時だって、父の言うことにへーこらと従うしかなかった。

 

 スレッタや仲間たちの声援がなければ、情けない男のままで終わっていたに違いない。

 

 だが、ミオリネはどうだ?

 

 彼女なら、あんな情けない姿を見せることなんてなかった。

 

 そして今、父親に逆らいながらも、その父を超えようと自分で実績を積み上げて、彼女個人の信頼を磨き、とうとう起業までしてみせている。そこに父親のおんぶやだっこはなく、どこまでも自立した大人へとミオリネは既に足を踏み出している。

 

(俺とミオリネは、もうあんなに離されちまった……)

 

 そんな彼女がスレッタの隣に婚約者として立っているのだ。

 

 ミオリネ本人はホルダーのトロフィー役など、どうとでも使える道具程度にしか思っていないだろうが、だからこそスレッタへと見せている親愛は本物だ。

 

 スレッタからしても、そんなミオリネは頼りになる存在に違いない。現に、それは恋愛ではなくあくまで親愛のようだが、学園中に大声で言うくらいには彼女もミオリネを好いている。

 

「俺は、このままじゃダメだ……!」

 

 それはスレッタをめぐる恋のライバルとしても、一人の人間としてのプライドでも。

 

 グエルは情けない男ではいたくない。

 

 ミオリネとも対等にぶつかり合い、スレッタが安心して信頼を寄せてくれるような男でありたい。

 

 至らざるを知り、一歩先を求めることで成長できる。

 

 株式会社ガンダムの設立に歯噛みするヴィムの横で拳を握りながら、グエルもまた静かに歩き出そうとしていた。

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「とりあえず……! 目標金額到達、おめでとう♪」

 

「ありがと、って言いたいけど……私一人に任せてんじゃないわよ」

 

「いやいや、せっかくミオリネの晴れ舞台だし、こっちはあくまで協力会社の代表ってだけだから。それに俺が出たら、流すぜ? 株式会社ガンダムのオープニングテーマ(非公式)」

 

「…………やっぱ、いなくてよかったわ」

 

 ミオリネは呆れたようにジト目を向けながら、シャンパングラスをアスムのそれへと軽くぶつける。そしてミオリネの勝利を祝うように涼やかな音が鳴り響いた。

 

 無事に株式会社ガンダムが成立してから小一時間ばかり。

 

 既にインキュベーションパーティーの本会は終了して、この場は懇親会の場へと変わっている。御三家のCEOなどは株式会社ガンダムへの対応でも考えるためか早々に帰社して欠席しているが、まだまだたくさんの企業人たちが残って、ビジネスチャンスを狙って会話をしている。

 

 その中でもミオリネ達がいるのは、小規模のラウンジで行われているダンスパーティーの会場だった。

 

 メディア関係者も入ることができるメイン会場と違い、この会場は身分のしっかりしたメンバーしか入ることができない。ダンスパーティーという形式上ずっと流されている音楽といい、こっそりと密談をするには都合のいい場所。

 

 さらに言えば、この会場にいる面子には年若いものが多い。

 

 これはダンスパーティーという形式上、耳が遠い老人たちには少々やりづらい場所であるし、相手をダンスに誘って関係を深めるというのも若者の風情という印象もあるからだ。

 

 そしてさらにさらに俗っぽいことを言えば……ある種、男女の出会いを期待する浮ついた空気がある。

 

 ベネリットグループの中で信頼できる身分を持つ、ということは当然、社会的ステータスが大きいということ。会社の子息や息女という、付き合う相手にもそれなり以上の格を求められがちな若者にとっては、将来の結婚相手やら友人やらを獲得する場にもなっているのだ。

 

 現に、

 

「で、ミオリネは踊るのか? さっきからこっちの方をチラチラ見てるのいるけど」

 

 アスムがミオリネの肩越しに、少し離れた場所を見る。するとそこにはスーツに身を包んだ若者たち、見ない顔なので学園生ではない関係者だろう、がミオリネを誘いたそうにまごついているのが見えた。

 

 ミオリネも女帝な振る舞いをしていなければ素直に絶世の美人と呼べるし、そうでなくても新会社設立という大きな話題を振りまいたばかり。近づきたいという人間は山ほどいるだろう。

 

 ミオリネがわざわざこのパーティー会場に足を運んだのも、会社に興味を持ってくれている有力な若者とつなぎをつけるという目的もある。

 

 GUND-ARMに対する忌避感は当然ながら二十一年前を知る人々のほうが強いので、当時現役でなかった若者層から支持を取り付けていきたいということだ。

 

 ただミオリネはめんどくさそうに、ため息をつくと、

 

「パス。ダンスの拘束時間が無駄に長いし、いちいち体を触られんのも気持ち悪いし。でも、そうね……ちょっと興味あるそぶりだけ見せて、支援だけ取りつけてやるわ」

 

「うわぁ……」

 

「なによ、その顔。合理的でしょ?」

 

「いや、こういう場所での出会いなんてロマンなんだけどなぁ……」

 

 とことんミオリネはリアルを貫くらしい、とアスムは肩をすくめる。

 

 とはいえ、彼も女性をとっかえひっかえするような軽薄なところはないし、むしろ色恋への関心が薄い他称"精神年齢十歳児"である。

 

 ダンスパーティーというシチュエーションにワクワクを抱きつつも、積極的に女性を誘う気はなかった。立場からしても学園の友人や親しい仲だとわかり切っている相手と踊れば、それは余計な尾ひれがついてしまうのを社長としてわかっている。

 

 とはいえ、それも杞憂。

 

 ミオリネはからかうような目でアスムの肩を叩いて言う。

 

「ま、アンタは楽でいいわよね♪ さんざん奇行が話題になってるから、だーれも寄ってこないし」

 

「くっ……! 去年、仮〇ライダーの曲流したのがまずかったか」

 

「まずいに決まってんでしょ」

 

「WHY!? パーティーとかエキサイトしたくなる曲だったんだぞ!?」

 

「TPOをわきまえなさいよ」

 

 いくらなんでもこの皆が正装をして、穏やかなワルツを踊っているようなところに大音量で流す曲ではないだろう。

 

 ミオリネの意見は至極まっとうだった。

 

 ミオリネはグラスを近づいてきたウェイターに渡すと、アスムへとひらひら手を振りながら歩いていく。

 

「じゃ、私はスレッタと会場を回って、めぼしいやつと挨拶しておくわ。あの子、あんまり放っておいたら変なのにつかまっちゃいそうだし。

 アンタも、うちに迷惑かかるような変なことするんじゃないわよ」

 

「やっぱり、最近母ちゃんじみてきたなぁ……」

 

 スレッタに対する態度がまんまそれである。

 

 一人になったロマン男は、同じようにグラスをウェイターに渡して考える。

 

(さて、どうすっかなぁ……)

 

 踊りたい気持ちはあるが、この場にニカやアリヤはいない。まだまだ一学生という立場しかない彼女達は、残念ながらこの会場に入る資格を満たしていなかった。例外なのは、ミオリネの婚約者という無視できない立場にいるスレッタのみで、その彼女はミオリネが捕まえに行っている。

 

 このまま普通に学園外の知り合いと交流を深めるか、あるいは新規開拓して株式会社ガンダムと自社を売り込んでいくか。

 

 多分に注目を集めているロングロンド社CEOなので、ダンスは求められずとも、会話をしたがっている者はいくらでもいる。

 

 なので、アスムもまた歩き出そうとして、

 

「あれは…………サビーナ?」

 

 視界の端に、見知った顔を見つけた。

 

 遠目だから気づいていなかったが、あの綺麗に結わえた髪型と高身長は彼女のものに間違いはないだろうと少年は判断する。

 

 ただ、いつもの彼女と違ったのは……

 

 

 

 

「…………こういうことは困ります」

 

「一曲、踊るだけだって♪ ほら、俺の親父知ってるだろ? グラスレーと取引してるんだから、そのよしみでさあ」

 

「だとしても、あなたのそれは誰かを誘う態度ではないのでは?」

 

 サビーナは不快感をにじませながら自分よりも年上の男へと言う。

 

 誘っていると口にしながらも、既に男の手は無遠慮にサビーナの体に触れて、目は品定めするように好色に染まっている。

 

 普段はきっちりと着こなした制服に隠れているが、サビーナの体系は女性的な魅力にあふれているものだ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込むとメリハリがある。

 

 そして普段からシャディクの側付きをしていることで、誰からも侮られないように美容も抜かりなく気を遣っている。

 

 そんな今日の彼女はパーティーということもあって、紺を基調にしたロングドレス姿。しかも胸元や背中を大胆に開いた煽情的な格好であったので、強引にちょっかいを出したいという若者がいてもおかしくはなかった。

 

 ただ、そうであっても学園ではこんな態度をとられることはない。

 

 サビーナという女性が、いかに気高く、そしていかに強いのかを学生たちは皆が知っているからだ。

 

 だが、こうして社交の場に出てくると、その学園の常識を知らない者も当然にいる。サビーナに声をかけてきたのは質が悪いことにその類であり、さらには強気に出れるくらいにはサビーナの"事情"を知れる立場にもあった。

 

 男はさらに顔を寄せつつ言う。吐き出す息は、ただ酒気を帯びているという以上に不快なものだった。

 

「おいおい♪ あんまりつれないと、グラスレーに迷惑がかかることになるぞ?

 自分の立場を考えたら、ここは大人しくした方がいいんじゃないのかな? サビーナちゃん♪」

 

 言いながら、男の手がサビーナの臀部をはい回る。

 

 断れるわけがなく、声を上げられるわけもないと、相手の感情など考慮するそぶりすらない。

 

 そしてそれはサビーナにとって、もはや不快を通り越した行動。だが男が目した通り、彼女が支えるシャディクのことや、自分たちの身分のことを考えると強く出ることはできなかった。

 

 なにより、今日の彼女はどこかいつもの鋭さに欠けているところがあり、屈辱的な仕打ちをじっと耐えなくてはいけないと覚悟を決めようとした時だった。

 

「サビーナ! よかった、ここにいたんだ!」

 

 周囲に聞こえるくらいの大声で、少年の声が届いた。

 

 それは目の前の男と比べるまでもなく、純粋で安心できるものだった。

 

「っ、ロングロンド……」

 

「わるいっ! 待ち合わせしてたのに遅れちゃって!!」

 

 そんなしてもいない約束を口にしながら、アスム・ロンドが男とサビーナの間に割り込む。

 

 サビーナの体面を守るためにそうしながら、アスムは男へと向き直るとじっとその目を見つめた。サビーナは自分よりも背丈が高い彼に隠れるようになるが、少年むしろそうして守るような姿勢を見せながら男へと言う。

 

「……俺の友人と、なにかありましたか?」

 

「ちっ! 気狂いのロングロンドかよ……、めんどくせぇ……!」

 

 その言葉に、男は捨て台詞を吐きながら踵を返した。

 

 良くも悪くもロングロンド社と、その社長である少年のことは知れ渡っているので、無用のトラブルを避けたのだろう。

 

 周囲の人々も何かしらトラブルがあったことは察しただろうが、アスムが"なにもありませんでしたよ"という無言の笑顔を浮かべると、めんどくさいことに巻き込まれたくないと退散していく。

 

 ふぅ、とアスムは状況が元に戻ったことを確認すると、改めてサビーナへと振り返って言った。

 

「ごめん。サビーナが困っていそうだったから、つい。……大丈夫だった?」

 

「ああ、ああいう手合いにも慣れてはいるからな。だが……助かった、ありがとう」

 

 しかし言いつつも、サビーナの表情は晴れない。

 

 それは男の不快感が残っているというよりも、なにかに罪悪感を抱いて、バツが悪いという様子だった。

 

 サビーナはアスムには聞こえないように、そっと呟く。

 

「……やはり、お前は来てくれるんだな」

 

「? 本当に大丈夫か? なんだか、いつもと違う気がするけど」

 

「大丈夫だ、なにも問題はない」

 

 それよりも、とサビーナはわずかに微笑みを浮かべると、アスムへとグラスを向ける。

 

「株式会社ガンダム、だったか。設立おめでとう。……お前のことだから、これからの前途は多難だろうが、それでも祝わせてくれ」

 

「ありがとう! って、まあほんとに前途は多難なんだけどな。サリウスCEOには協力を断られちゃったし」

 

「あの方は慎重だからな。そう簡単には首を振ることはないだろう。……私からも何か口添えをしようか?」

 

「そうしてくれると嬉しいけど……サビーナにはサビーナの立場があるだろ? 無理しなくていいって」

 

「……そうか、役に立てると思ったんだけどな」

 

 そう言って視線を下にそらすサビーナを見て、アスムはやはりぬぐいきれない違和感を持つ。彼の持つサビーナへの印象はいつも凛として気高く、かっこいい女の子というものだが、今の彼女はその精彩を欠いているような気がしてならなかった。

 

 ただ、それを口に出したところでサビーナはこちらに言うことはないだろう。出会った時も、決闘をした時もそうだが、サビーナは多分に頑ななところもあるからだ。

 

 だから、アスムは少しだけおどけながら言う。

 

「……実はさ、ちょっと今手持ち無沙汰なんだよな。一緒に来たミオリネには振られちゃったし、アリヤたちもいないし。……でさ、よかったらだけど」

 

「…………なんだ、ダンスに興味があるのか?」

 

「だって、こういう場所でダンスするとかロマンあるじゃん!」

 

 迫真の顔でそんな子供っぽいことを言うロマン男を見たサビーナは、一瞬驚いた顔をして、その後に仕方ないとつぶやきながら微笑みを浮かべる。

 

「まったく、お前は変わらないな……」

 

「いい加減成長しろってみんなから言われるけどな」

 

「いや、そのままでいろ。私はそんなお前のほうが好ましい。……いざという時に騙しやすそうだからな」

 

「ひでえっ!」

 

 笑いながらアスムは肩をすくめると、サビーナの前で仰々しく膝をつき手を差しだす。

 

 それはどう考えてもアニメや映画やらをまねた仕草だが、少年がすることで様になっていた。

 

「素敵なお嬢さん、どうか私とダンスを踊ってくれませんか?」

 

「……私のような者でよければ、喜んで」

 

 その手にそっと手が重ねられる。少し女性らしくはない、よく鍛えられた固い手。だけれどもその奥には確かな親愛の暖かさがあった。

 

 エスコートするようにサビーナを連れてステージに行くと、周囲からどよめきが上がるが、アスムは気にしたりしない。流れる曲に合わせて、ちょっとだけ大きな動作でサビーナをリードしていく。

 

 いち、に、さん、いち、に、さん。

 

 それは少年の母親が生きていたころ、将来女性を誘う時にはこうしなさいと教えられたもの。

 

 付き合いでダンスをしたことは何度かあったが、こうして親しい友人と踊るのはいつ以来ぶりだろうと、少年はふと思った。

 

「……少し踊りにくい。もっと体を寄せろ」

 

「いや、でも……」

 

「お前になら、いい。……ほら」

 

 サビーナの力強い手が、アスムの腰を引き寄せる。スーツ越しにはっきりと彼女の体温が感じられるようになりドキドキと鼓動が大きくなるが、少年の勘違いでなければそれは一方的なものではなく、反対側からも響いてくるものだった。

 

 

 

 

 ロングロンド社社長とグラスレーの幹部候補生のダンスというだけで、会場の注目は集まっていく。そしてそれはミオリネ達の目にも当然届く。

 

「まったくあのバカなにやってんのよ……」

 

「わぁ……! 先輩たち、かっこいいですね……!」

 

 呆れたような視線を向けるミオリネと、先輩と慕う少年のいつもと違う面に目を輝かせるスレッタ。

 

 時に激しく、時にしっとりと音楽に合わせて見事なダンスをしている姿は、スレッタにとって新鮮で、そして見ているうちに自分もやってみたいという気持ちになってくる。

 

「み、ミオリネさんはどうですか? ダンスとか……!」

 

「スレッタと? そうね、まあこの時代だし女同士でっていうのも悪くないけど……」

 

 有象無象ならいざ知らず、スレッタ相手ならスレッタの思い出作りにも付き合ってあげようかとミオリネが珍しく乗り気になった時だった。

 

「その役目、俺に譲ってもらおうか」

 

「え?」

 

「……?」

 

 聞きなれた声が聞こえ、二人はその方向へと振り返る。

 

 声は確かに二人にも聞き覚えがある"彼"のものだったのだが……

 

「……グエル?」

 

「えっ!? グエルさん!?」

 

 ミオリネは怪訝な、スレッタは驚きの声を上げる。

 

 なにせグエルはいつもと違った。

 

 ぴしりと決めたスーツは当然ながらよく似合っているが、いつもワイルドで鬣のようになっている髪はとてもきれいに整えられていて後ろにまとめられている。

 

 なによりその目はどこまでも真剣そのもので、いつもの悪く言えばガキ大将っぽいグエルとは一味違うことがはっきりとわかった。

 

 そしてグエルはあの時のようにスレッタの前で膝をついて、自分の全てを捧げるように言うのだ。

 

「スレッタ・マーキュリー……俺と、踊ってくれないか?」

 

「……グエルさん」

 

「…………はぁ」

 

 ミオリネはその様子を見てため息をつく。

 

 既に周囲からスレッタとグエルへたくさんの視線が向けられている。サビーナとあのバカとの比ではない。全世界に注目された公開告白から、グループでもグエルとスレッタの話題は大きな関心事なのだ。

 

 いくらメディアがいないとはいえ、こんなことをすればヴィム・ジェタークの耳には入るだろうし、今度こそグエルに対して叱責や罰が下されるかもしれない。

 

 だというのに、グエルは真剣だった。

 

 本気でスレッタとの距離を縮めたいと願っていることが、その目を見るだけで分かった。スレッタもそのことを強く感じていたのだろう、戸惑ったようにミオリネを見るが、それは許可を待つ子供のようだった。

 

「……いいわ、行ってきなさい」

 

「は、はいっ……! グエルさん、よろしくお願いします……!」

 

「っ、ああ、任せておけ……!」

 

 二人が手を取り合い、はしゃぐように横をすり抜けていく。

 

 ミオリネはもう一度息を吐いて『しょうがないわね』と呟いた。

 

 そんな彼女に、

 

「……子供の成長は早いね」

 

「だーれが、お母さんよ。アンタもあのバカも、変なこと言ってんじゃないわよ」

 

 ミオリネはいつの間にか後ろにいたシャディクを肘で小突きながら、ぶっきらぼうに言う。ただ、目の前で不慣れそうに踊りながら、子供のように純粋な笑顔を浮かべる二人を見ていると、自分の母も同じ気持ちだったのかもという気持ちにはなってしまった。

 

 けれど、そんなミオリネを未婚の母になどさせたくない男もいて。

 

「それじゃあ、フリーになったミオリネ? よければ俺と一緒に踊ってくれないか?」

 

「いいの? アンタもいろいろと噂されるわよ?」

 

「今更のことさ。それに……あの時から俺の気持ちは変わらないよ? 俺の心は君だけのものだ」

 

「……あっそ」

 

 ミオリネは自然に言いながら手を差し出し、シャディクもまた恭しくその手を取る。

 

 そうしてステージで踊る三組。

 

 一組は不慣れな少女を男らしく少年がリードして。

 

 もう一組は息がぴったりという様子で楽しそうに。

 

 そして最後の一組は引っ張られるのは気に食わないとばかりに少女のほうが苦笑する少年を振り回して。

 

 だが、それを見ている人々は全員がまぶしそうにその光景を見つめていた。

 

 彼らの中には確かな絆があった。

 

 

 

 

 はずだったのに……

 

「えっ!? ど、どういうことですか……!?」

 

「学生起業規則の改定案が提出されたのよ。ありていに言えば、ガンダムの安全性が完全に証明されない限り、起業ができないってことね」

 

「そんな……! ガンダムの安全を調べるっていうのが株式会社ガンダムなんですよね!? このままじゃミオリネ先輩たちの会社が……!」

 

「っていうか、僕の就職先が……!!」

 

 数日後、地球寮に悲痛な叫びが響いていた。

 

 突然として学園の理事会に提出された規則の変更案。それは間違いなく株式会社ガンダムを狙い撃ちにした妨害策であったからだ。

 

「アスム……君からどうにかならないのかい? あまり立場のことを言いたくないけれど、君は学園の理事でもあるんだし」

 

「規則の変更ってのがなぁ……。決定は理事会の多数決で、俺は一票しか出せない。で、これを発表したってことは裏で話はついてんだろうな」

 

「そ、そんな……! せっかく社長たちが頑張ってたのに!!」

 

「それよりも、問題なのはこれを誰が提出したかってことだけど……」

 

 ミオリネはその誰かに予想がついていて、そしてすぐに答え合わせの時が訪れた。

 

 

 

「やあ、ミオリネにアスム。俺がだした改定案は見てもらえたかな?」

 

 

 

 扉を背に後光を浴びながらやってくるさわやかな声。

 

 しかしその声にいつもの親しみはなく、どこか策謀と怪しさに染められている。

 

「……しゃ、シャディクさん!? サビーナさんに、メイジーちゃんも!?」

 

 スレッタの驚愕の声は、当然のものだった。

 

 今、シャディクは自分こそがこの妨害策を繰り出したのだと真正面から認めた。

 

 だが、それはスレッタにとって受け入れがたいもの。

 

 ロマン男やミオリネほどとまでは行かないが、シャディクは彼女が入学してから親しくしてくれた先輩であり、そしてメイジーはあの体育祭以来、仲良くしていた友人なのだから。

 

 なによりシャディクはミオリネとアスムの幼馴染で、あんなにダンスパーティーの夜も親しそうにしていたのに。

 

 それがこんな、だまし討ちのようなことを……

 

 しかしシャディクは平然と言う。

 

 策士のように、最初からこうするつもりだったというように。

 

「悪く思わないでくれよ? 元から俺は忠告していた、ガンダムは危ないとね。それでも止まらないのなら……俺はこうするしかないんだ」

 

「そして、この案を撤回させたいなら……と、そういうことね?」

 

「さすがミオリネ、話が早い」

 

 

 

「会社とエアリアル、そして花嫁。全てをかけて決闘してもらおう」

 

 

 

 暗い笑みを浮かべるシャディクに、ミオリネを除く全員が震える。

 

 少なくともスレッタにとって身内だと思っていた人からの明確な裏切り。

 

 そしてそれを聞いたロマン男はダンと、地面に拳を打ち付けながら叫ぶのだ。

 

 

 

 

 

「オンドゥルルラギッタンディスカー!!!!」

 

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 そのロマン男の声に、全員が『あ、なんとかなりそう』と思った。




(;0w0)

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47. Round Zero

決闘前の準備回……!





「いいかぁ! 貴様らがモビルスーツを動かすんじゃない! モビルスーツが貴様らを動かすのだ! 一にロマン、二にロマン、三四もロマンで、五もロマン! その身はスパロボの理想を体現するためだけにある!」

 

『ひぃ……! ひぃ……!』

 

『こんな特訓、意味あんのかよぉ……!!』

 

「はははは! メシ食って映画観て寝るッ! 男の鍛錬は、そいつで十分よッ!!

 つまり……意味がないっ!!」

 

『『じゃあ止めろーーーー!!』』

 

 アスティカシア学園の演習場にむなしい悲鳴が響き渡る。

 

 悲鳴を上げるのは慣れないモビルスーツ、量産型ヴィクトリオンαとβに乗ったオジェロとヌーノであり、そしてそんな二人に向かってあほみたいな激を飛ばすのはアスム・ロンドであった。

 

 その手には私物の竹刀を握り、なぜか『鬼コーチ』と背中に書かれたジャージを肩にかけ、目にはグラサンをしている。

 

 そんなロマン男に振り回されながらオジェロたちは、MS演習場を岩を担ぎながらぐるぐると走らされていた。

 

 そしてさらに離れたところでは、

 

「……あのぉ、ミオリネさん? あれって何をやってるんでしょう?」

 

「いつも通りバカの考えることをまじめに受け取ったらだめよ、バカなんだから」

 

「ま、まあ、機体に慣れるという理由はあるから……」

 

「あれでモノになると思う?」

 

「……たしかに」

 

 ミオリネが呆れたように言い、アリヤが取りなそうとするがその言葉にも説得力がなかった。

 

 哀れな生贄である男子二人が特訓を始めて早二時間ばかり、なんとかヴィクトリオンを動かせるようにはなっているが、デミトレよりははるかに難易度が高い機体なので、かろうじて走らせることはできるという現状。

 

「……控えめに言って、やばいわね」

 

 開業を控えた株式会社ガンダムに、早くも解散の危機が迫っていた。 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 ことの発端は、シャディク・ゼネリによる株式会社ガンダムへの宣戦布告。

 

 グラスレーの権力を使った根回しの結果、学生起業規則が改定されようとしており、それが通ればミオリネ達の起業は泡と消える。なのでそれを解除したければシャディクと決闘しろというのが向こうの要求だったのだが……

 

「シャディク・ゼネリからの要求は変則的なチーム戦です。参加人数は合計六人まで、三回戦行われる決闘のうち、一人一回まで出場可能。ただし、パイロットをどの戦いに何人を投入するかは私たちが決めて良いことになっています」

 

 ニカがタブレットを操作しながら、隣に立つ鬼コーチスタイルのアスムへと言う。

 

 それは学園の決闘の中でもかなり特殊な方式だ。

 

 たとえば一回戦に六人全員を投入することもできるが、そこで勝ったとしても次の二、三回戦には出場させることができず不戦敗。その場合は二勝をしたグラスレーが勝利となる。

 

 ではバランスよく二人ずつを投入するという手が最善に思われるが、それにはグラスレーの有するパイロット層の厚さが立ちはだかる。

 

「サビーナたちも学園で有数のパイロットだし、チーム戦においてはほぼ無敗だからなぁ……。俺でも二人がかりで来られたらきついって」

 

「……これってつまり、相手はエアリアルに勝てなくても、勝利できるっていうことですよね?」

 

 いくらシャディクやグラスレー寮の選りすぐりでも、エアリアル相手に勝つのは厳しい。

 

 それは客観的な事実だ。事実としてあの学年選抜戦でも、シャディクは作戦勝ちこそしたものの一対一の状況では追い詰められていた。

 

 なので一勝は株式会社ガンダムが取れる公算が高い……のだが、仮にエアリアルが勝っても、残る二戦全部に負ければその勝利も意味がないものになる。起業は取りやめの上にエアリアルは奪われ、ホルダーもシャディクのもの。

 

 ならばもう一勝すればよいのだが……

 

「俺とエランはグラスレー女子にも互角には戦える。けど、残り三人は地球寮から出さなくちゃいけない。チュチュちゃんはまともだけど実力が秀でているわけじゃないし……残り二人は素人の付け焼刃だ」

 

 アスムの見立てでは、仮に地球寮三人とガールズ一人が戦っても、一瞬で蹴散らされてしまうだろう。それだけの機体と技能の差が彼らにはある。そうなった場合、アスムたちは数的不利な状況で戦うことになってしまう。

 

 明らかにミオリネ達に不利な条件。だが、既に理事会に根回しされて可決直前という状態の中なので、その不利な条件を飲まなければいけないのが現実だ。

 

 そしてニカはタブレットをぎゅっとつかみながら、シャディクへの憤りを口にする。

 

「やっぱり、こんなの卑怯ですよ……! 決闘だっていうなら、男らしく一対一で向かってくればいいじゃないですか!」

 

「それだけアイツも勝ちを狙ってるんだろなぁ」

 

「っ、社長のことも裏切って、だまし討ちして……! やっぱり、あの人は……!!」

 

「おっと、それ以上は言っちゃだめだぞ?」

 

 怒りに顔を歪めるニカに、アスムはそっと人差し指をたてて、しーっとポーズをする。その顔にニカは思わず目を見開いて、黙る。

 

 傍から見れば理不尽な状況だというのに、ロマン男はどこか楽しそうにも見えたからだ。

 

「俺もミオリネも分かってたよ。アイツが勝つと決めたのなら、どんな手を使ってでも有利な状況を作るって。だからこれは卑怯じゃない。むしろアイツが全力で向かってきてる証拠でもある」

 

「……でも、このままじゃ、社長たちが」

 

「そこはそれ♪ どんな状況でも勝ちきれないなら、俺達が未熟だったってだけさ。

 それに……こっちの方がロマンあるだろ?」

 

 そう言って、アスム・ロンドは歯をむき出しにして笑う。

 

「友情・努力・勝利で、策謀を打ち破るっていうのはさ♪」

 

 それは、仲の良い友人と遊んでいるような、からりとした笑顔だった。

 

 

 

 

 一方で、決闘を申し込んだグラスレー寮でも、決闘の準備が進められていた。

 

「以上が株式会社ガンダムが取るだろう行動と、それに対してシャディクがまとめた戦略だ。各自のタブレットに送るから、よく目を通しておくように」

 

 サビーナの号令に対して、メイジー達がうなずきながらタブレットを覗き込み、そこに書かれた作戦行動を見た途端、全員が頭を押さえてうめき声をあげる。

 

「うわー……。シャディク、マジじゃん……」

 

「あはは……ちょっと、未来予知でもしてるのかってくらいに細かいね……」

 

「あ、あの、特に一回戦だけど……ほんとに、こんなことしてくると思うの?」

 

 イリーシャがおずおずと手を上げながら、相手の行動予想として書かれている突拍子もない内容について質問する。一見するとその内容は馬鹿馬鹿しいと一笑に付すものだったが、それでも書かれている情報が細かすぎて空想と言うには具体的すぎた。

 

 そしてそれに対して、エナオが

 

「やるわよ、ロマン君なら確実に」

 

 迷いのない目で頷く。サビーナやシャディクほどに親交は深くないが、エナオも一学年からずっと妖怪ロマン男を見てきた同級生。その彼女からすればむしろやらない理由がなかった。

 

 二年生組はその断言に苦笑いしつつ、そこまでロマン男を理解しながらも敵対することを選んだシャディクの心中を図ろうとする。

 

「シャディクの決定なら、もちろん従うけど……。これってサリウス代表の命令?」

 

「違うわよ。代表の意図にも沿っているとは思うけれど、あくまでシャディクが下した結論」

 

「あの二人と完全にバチバチやり合うのが?」

 

「そうだ。シャディクはもう腹をくくっている」

 

「別に文句があるってわけじゃないけど……」

 

 彼女たちは元々、シャディクに同調してついていくと決めた身。シャディクが正しいと信じるなら迷いなく行動することもできるのだが、それでもこの敵対は彼女たちからも予想外だったし、奥歯に引っかかるようなものを感じてしまう。

 

「水星ちゃん、せっかく仲良くなれたのになぁ……」

 

「まあまあ。別に水星ちゃんと喧嘩したわけじゃないし、あとで仲直りしようよ」

 

「っていうか、ミオリネとロマン先輩の方が、シャディクとギスるんじゃないの? アタシ、いやなんだけど。シャディクがあの時みたいにグズグズ情けないこと言い出すのは」

 

「大丈夫よ、迷いがないことはその資料を見ても分かるでしょ?」

 

「でも、エナオちゃん、サビーナちゃん……」

 

 なおも躊躇いの表情を浮かべるイリーシャへと、サビーナは静かに言う。

 

「話すことは以上だ。そして私たちがやることも変わらない。シャディクの目的のために、勝利をつかむ……そうだろう?」

 

「う、うん……」

 

 そのサビーナの顔は、いつも通り感情を読ませようとしない冷静なものだったが……レネだけは心の底から不快そうな顔をしてサビーナをにらみつけていた。

 

 そして、その場が解散となってすぐに。

 

「ちょっと待ってよ、サビーナ」

 

「……レネか。言いたいことがあるなら早くしろ、私も暇じゃない」

 

 感情なく呟くサビーナへ、ぶちっと堪忍袋の緒が切れたレネ。そしてサビーナが何か反応するよりも早く、その肩を掴むと、至近距離で顔をにらみつけながら吐き捨てた。

 

「アンタ、いつまで我慢してるわけ?!」

 

「……なんのことだ」

 

「とぼけてんじゃないわよ。……サリウス代表から言われたんでしょ?」

 

 

 

「ロマン先輩をおとせって」

 

 

 

 その言葉に、サビーナの顔がわずかにしかめられる。

 

 何も知らない他人からすればその変化は分かりにくいものだが、レネにはそれだけで内心が分かった。日ごろから対立ばかりしている二人だが、長年家族のように過ごしてきた仲間でもあるのだから。

 

 レネは本音かウソか、おどけたように言葉を続ける。

 

「よかったじゃない♪ 好きな男にハニトラできるなんて。この間のダンスパーティーでも、それで良い雰囲気にもっていけたんでしょ?

 あーあ、うらやましい♪ キモイ奴を相手にしろとか言われたら死にたくなるけど、ロマン先輩ならかっこいいし優しいもんね」

 

 同意でも怒りでも、どちらでもいい。

 

 この鉄面皮が少しでも本音を漏らすことを期待したものだったのに、

 

「くだらない……、私は行くぞ」

 

 サビーナの顔は変わらず、それが却ってレネの反発を招く。

 

「っ、話はまだ終わってないっての! アタシが聞きたいのは、アンタがなんでそんな陰気な顔してるのかってこと! そりゃ捉え方によったら酷い命令かもしれないけど、逆にチャンスでもあるでしょ!?

 ここぞとばかりにロマン先輩に味方して、好感度上げればいいじゃん!」

 

 サリウスの意図がどうであれ、代表直々の至上命令。ならばサビーナには拒否権などはなく、アスム・ロンドとさらに深い仲になることが要求される。

 

 シャディクの今の行動はそこから外れるものだが……それを利用してでも動かなければならない。

 

 そしてレネの言う通りに、その相手が嫌悪するような男ならためらいも生まれるだろうが、レネはサビーナが一年時の"あの決闘"からずっと、アスム・ロンドへ深く懸想していることを知っていた。

 

 本来結ばれるはずのない相手と、"親"公認で結ばれることができるのだ。

 

 こんなところで敵対する策を練っているくらいなら、その情報を手土産に向こうと距離を近づけた方がいいし、シャディクもそれを許容するだろう。それで勝ちを譲ることはないとしても、サビーナ自身の立場をシャディクが慮らないはずがない。

 

 なのにぐだぐだと何をためらっているのか。姉のようでもあり、ライバルでもあるサビーナの情けない様子を見ているのは、レネには我慢ならなかった。

 

 そしてサビーナはといえば、

 

「サリウス代表にもそう言われたな……」

 

 と自重するように薄く笑みを浮かべた。

 

 脳裏に浮かべるのは、あのパーティー会場でサリウスに淡々と言われたこと。

 

『お前がアスム・ロンドに対して好意を抱いているのは、私も知っている。だから、それを許可しよう。方法は問わんし、スパイを働けと言うこともない。だが、奴の楔となれ』

 

『楔、ですか……?』

 

『ああ、お前もアレの孕んだ危険性は理解しているだろう? 奴には行動をためらわせるものがない。奴にとってはその会社も、友人も、心情さえもすべてが理想を果たすための道具だ。そのどれもを大切と言いながら、平等に目的の下位にしかないのだ。

 だからこそ、あれは自分の命が危険だろうと止まることはない。止めるほどの重しが何も残っていないからな。そしていつか必ず、奴はそれで命を落とす』

 

 だからこそ、

 

『お前が奴の楔となれ。奴という才能をこのまま失うのは惜しい。

 ……下世話な話ではあるが、よくあることだ。深い仲の者が現れたとき、人は心にブレーキを作ることはな。奴にはそれが必要だ』

 

 もっともその言葉はおそらく真実ではなく、ガンダムへ向かって突き進むアスム・ロンドをけん制する目的もあるだろうし、将来的にアスム・ロンドという人間をグラスレーの発展のために取り込んでしまおうという目的も透けて見える。

 

 だが、

 

『それがお前の幸福になるのならば……ためらう理由はないだろう?』

 

 それは確かに正論であり、同時に残酷な話でもあった。

 

 だがレネはそれをサビーナにとっての、渡りに船と考えていた。どのみち、一生を会社に縛られている身。それを理由にこれまで距離を縮められない現状からしたら、大手を振って結ばれるのは最上級のあがりなのだから。

 

 なのに、サビーナは態度をはっきりと現さず、むしろ精彩を欠いていくばかり。

 

 レネははっきりと言う。

 

「いいじゃない、割り切れば。それでロマン先輩とくっついて、一緒に幸せになれば。別に、もうアタシ達も死ぬ覚悟をしたり、誰かを裏切ったり殺さなくてもいい。

 シャディクがそうしていいって、言ってくれたじゃない。

 なのにいつまでもグズグズと……今のアンタ見てるとイライラすんのよっ!」

 

 見た目だけは気高く装って。

 

 内心では心の底から大事に思う相手にも、怖がるように近づけない。

 

 まるで一時期のミオリネに対するシャディク、いや、それ以上にひどくもどかしい。

 

 サビーナの強さを理解しているレネだからこそ、その情けない姿には我慢ならなかった。

 

 だけれどサビーナはそのレネの強い視線から目をそらすと、年頃の少女のように小さく呟く。

 

「……たとえどんな結末が待っていようと、私からロングロンドに近づくことはもうない。十分に、大切なものはもらった。

 なにより……自分を殺そうとした女と、誰が恋仲になれる?」

 

 それはレネにも寝耳に水な言葉で、

 

「は……? アンタ、もしかして一年の時の事故って……」

 

 目を見開くレネへと、サビーナは最後に寂しげな笑みを浮かべて言うのだ。

 

「私の手も体も、とうに血で汚れている。私のような女は、アイツに近づくべきじゃなかったんだ」

 

 

 

 そして同じように彼も決闘の準備をしようとしていた。

 

「やあ、水星ちゃん。少し話、いいかな?」

 

「シャディクさん……」

 

 地球寮の買い出しに出ていたスレッタへ、タイミングを見計らったようにシャディクが声をかける。時刻は夕方になり、照明はオレンジに染まっている。その中で悠然と歩いてくるシャディクはどこか不思議な圧力を放っているようで、スレッタは気後れしそうになる心に鞭を打って、その顔を直視した。

 

「私も、シャディクさんに聞きたいことがありました……」

 

「へえ? いいよ、先に君の話を聞こうか」

 

「な、なんで、ミオリネさんと先輩に、決闘なんて挑んだんですか?!」

 

 その言葉はスレッタにとって真剣な問いかけだったのだが……シャディクは一瞬ぽかんと口を開けると、こらえきれないようにくすくすと笑った。

 

「いや、なんでって理由は説明したじゃないか? 俺は二人にガンダムは危険だから手を引いてほしい。そしてグラスレーにとってエアリアルは有益な研究材料だから奪いたいし、ミオリネのホルダーの座もほしい。すべて、本当のことさ」

 

「う、嘘です……! そんなの信じません! だって、だって……! シャディクさんはミオリネさんたちの大切な友達じゃないですか!?」

 

 ロマン男からシャディクに対する気安さはそれはもう一目瞭然であるし、ミオリネも口ではなんだかんだと言いながらも隠し切れない親愛の情がにじむときがある。何よりシャディク自身が、彼らと接しているときは自然体で、お互いの絆を大事にしているのだとスレッタにだってわかる。

 

 そんな三人が敵味方に分かれて戦うなんて、と。

 

 しかしシャディクは落ち着いた顔で、スレッタへと問いかけるのだ。

 

「逆に聞くけれど……なんで、友達相手で決闘しちゃダメなんだい?」

 

「……え? だ、だって、そんなの悪いことで……」

 

「ああ、つまり君にとって友達同士で戦うのは悪なんだね? じゃあ、もしお互いに譲れないものがあったとき、大切な仲間が相手だったらいつでも譲歩しろと?」

 

「そ、そんなことは言ってません! ちゃんと話し合って、どっちがいけないか決めて……」

 

「いけない? それも逃げたら一つ、進めば二つってことか……なるほど、水星ちゃんは思ったよりも価値観はシンプルなんだね。世の中には悪いことが存在すると思っているんだ。お母さんから教えてもらった言葉と同じで、二択で解決できる問題が多いと思っている」

 

 だが、それをシャディクは否定する。

 

「でも、自分が『悪い』と思って行動する奴なんて、本当にいるのかな?」

 

「どういう、ことです?」

 

「人間なんて、みんな何かしらの正しさをもって行動しているはずだ。たとえ悪事であっても、『生活が苦しかった』や『こうしないと生きていけない』なんて自己正当化しているのがほとんど。現に俺だって、ミオリネ達にやっていることを悪いとは思っていない」

 

 むしろ、と言いながらシャディクはスレッタをまっすぐに見ながら言う。

 

「君のように、いいことと悪いことを二分している考えの方が怖いと思うな。だって、誰かが君に人殺しが正しいと思わせたら、君は迷いなくそれを実行するということだろう? 正しいんだから。君の中にグレーがないのなら、ね」

 

「そんなことしません! 私、人殺しなんて……!!」

 

「本当に? 仮にミオリネたちが殺されそうになっても? 大切なお母さんがみんなを救えと言っても? 確かにそういった状況なら人殺しも許される側面があるけど、その時君は自分の正しさを守るために、ミオリネたちを見捨てて人殺しを拒否できるかい?」

 

「い、意地悪です……。そんな、あり得ないこと言って……」

 

「ふっ、確かに。ちょっと言い過ぎたよ。

 とにかく、俺は友と戦うことも、一つの正しさだと思っている。そして彼らが俺と戦おうとするのもまた正しさからくる行動だ。結局、戦いなんて正しさのぶつけ合いなんだから。今回はたまたま、それを解決するための方法が決闘というだけさ」

 

 シャディクは迷いなく言い切ると、今度はスレッタに尋ねてくる。

 

「じゃあ次は俺の番だけど……なんで水星ちゃんは戦うんだい?」

 

「……え?」

 

「だって、君は元々巻き込まれただけだ。ホルダーだって、レクリエーションのはずだったのにグエルに勝ってしまったから座が転がり込んできただけ。ミオリネを女性として愛している様子はないし、株式会社ガンダムだってミオリネの発案だ。

 ……俺には、君がただ惰性で戦っているようにしか見えない。まあ、グエルとのあの一戦だけは、エアリアルの破棄もかかっていたから、ミオリネへの恩は感じているだろうけど」

 

 仮にミオリネとスレッタが、もっと学園で孤立していたら。

 

 親友としてミオリネの剣となり、それを助ける道もあったかもしれない。二人は一蓮托生となって、困難を乗り越え、絆を深めていたかもしれない。

 

 だが、この学園ではミオリネはとうに自立しているし、スレッタの周りには頼りになる先輩も仲間もいて、学園生活は順風満帆という状態だ。

 

「君にはあるのかい? 世界に波風を起こしてでも、どうしても勝ちたい理由が」

 

「わ、私は……! でも、株式会社ガンダムはミオリネさんと、みんなの夢で、エアリアルも未来の役に立つかもしれなくて……」

 

 しどろもどろなスレッタに対して、シャディクの意思は明確だ。

 

「俺にはあるよ? 君とどうしても戦いたい理由が。

 どうせいつかは、俺は君に決闘を申し込むはずだったんだ。ミオリネの隣に立つために、あの子の花婿の座を手に入れるために」

 

「っ……!? じゃ、じゃあやっぱりシャディクさんは……」

 

「ああ、ミオリネを心から想っている。こればかりはもう嘘はつけないし、アイツが殴ってでも俺のへそ曲がりを変えてくれたからね。それが今回のタイミングだったというだけさ」

 

 だからこそ、その決闘相手としてスレッタに聞きたかったのだと、シャディクは言う。

 

「俺は人生を賭けてこの決闘に挑む。

 だから……君も考えておくといい、君が戦う理由を。誰かの借りものじゃない、自分だけの意思でね」

 

 そしてスレッタは、

 

「私の戦う理由……」

 

 その言葉に返すことができなかった。




とうとう放送一週間前ですね。

なんとか更新ペースを戻していきたいのですが、仕事が修羅場から抜けられず……
とりあえず週一くらいのペースを維持していきます。


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48. フュージョン

書く時間取れないと思ってたら、意外と早く書きあげられたので投稿です。





「よっ、マイフレンド♪」

 

「まったくお前っていうやつは……。いつものことだけど、どうして出待ちなんてしてるんだ」

 

「そっちの方がかっこいいじゃん♪」

 

「バカに聞いたのがバカだった。……で、なんの用だい? これから決闘だっていうのに、君たちにケンカをうった当事者に会いに来るなんて」

 

 シャディクはそう言って、壁に寄りかかって決めポーズをしているロマン男へと問いかけた。

 

 周りに誰もいなければ、その一見王子様なルックスで"さま"にはなるのだが、周りに普通に学生たちがいる中でポーズを決めているロマン男は、控えめに言っても不審者でしかない。

 

 ただそれもこの友人らしさだと昔に諦めたシャディクは、いつも通りという調子でアスムへと向かい合っているのだが、そのアスム・ロンドは

 

「これから楽しい決闘なんだから、ライバルに挨拶くらいするだろ」

 

 とからりとした笑顔で応じた。

 

「ほんと、底抜けにお人好しだね」

 

「こういうの嫌いじゃないだろ?」

 

「ああ、その通りさ。お前には余計な駆け引きなんてしなくていいんだから」

 

 シャディクは苦笑しながら本音を言う。

 

 出会ってからもそうだった。

 

 この男は勝手に警戒して裏を調べまくるシャディクを気にすることなく、シャディクやミオリネの周りで大騒ぎをして振り回して、しまいには気でも狂ったのか夜中に部屋に突入してきて

 

『シャディク、腹を割って話そう!』

 

 だとか言い出してくる変人。しかも調べれば調べるほどに、この男は決して愚か者でも、かといって裏があるわけでもないことが分かってしまうのだ。かつてのシャディクにとっては心の底から扱いにくく、けれども彼の疑念と諦観で凝り固まった考えをぐちゃぐちゃに壊してくれる存在でもあった。

 

 そんな彼はやはり、いきなりだまし討ちをして、決闘へと持ち込ませたシャディク・ゼネリを信じ切っているようだ。

 

 ロマン男はシャディクの肩に手を回しながら、『昨日の夕飯なに食べた?』レベルの気安さで話しかけてくる。

 

「それで、そろそろ本音を教えてくれると嬉しいけど」

 

「本音って?」

 

「だからぁ、この決闘の目的だっての。約束しただろ? 俺達の間に隠し事はなしだって」

 

「もちろん変な隠し事はしないけれど、黙っていることは約束違反じゃないだろ? それに……」

 

 と、シャディクはにやりと笑いながら友人へと言う。

 

「せっかくお前好みのピンチを用意してやったんだ。ちゃんとロマンで乗り越えてきなよ、アスム・ロンド」

 

 その言葉にロマン男もまた歯をむき出しにして

 

「言ったな、この野郎」

 

 シャディクの差し出した握りこぶしに、自分の拳を合わせながら笑う。

 

 そんな仲睦まじく見える友人たちのやり取りの裏で、株式会社ガンダムの運命がかかった決闘がもう間もなくに迫っていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「双方、魂の代償をリーブラに……」

 

 決闘委員会のラウンジに、今日は気弱そうな男の子の声が響く。

 

 今回の決闘の立会人はロウジ・チャンテ、彼はずらりと並んだ一同を、ちょっと神経質そうに眺めながら、しかして声は冷静に言う。

 

「決闘方法は変則の三回戦形式。双方のパイロットは六名までとして、各決闘に誰を出場させるかは直前まで明かしません。先に二勝をした方が、決闘の勝者となります。

 場所は第四戦術試験区域、よろしいですか?」

 

 双方合わせて十二名、という大所帯の決闘は異例。

 

 それに加えて、メンバーも錚々たる顔ぶれだ。

 

 グラスレー寮からはグラスレーの御曹司"天才"シャディク・ゼネリに、サビーナ、エナオ、メイジー、イリーシャ、そしてレネと学園のアイドルが勢ぞろい。総合力で競わせるならば、ペイルもジェタークも勝ち目はないと言われるエリート集団でもある。

 

 そして決闘を中継する大会場にはそれぞれの狂気的なファンたちが集まり、既に誰推しかで決闘より早くに別の戦いが開幕間近となっているが……それはあまりに見苦しいので世に出ることはないだろう。

 

 対する株式会社ガンダムからは、現ホルダーのスレッタ・マーキュリー、学園一の有名人にして怪人なアスム・ロンド、"大天使"エラン・ケレス、"ピンクの凶戦士"チュアチュリー、とこれまた有名どころが勢ぞろい。

 

 先日の体育祭でオールスター戦は展開されたばかりだが、その勝者チームである三年が分裂した形にもなっているので、エンタメとしても全校生徒が見逃せない内容となっている。

 

 そんな双方がにらみ合う中、ロウジは続ける。

 

「シャディク・ゼネリ、あなたはこの決闘になにを賭けますか」

 

「ガンダムエアリアルの譲渡、そして……そうだな、株式会社ガンダムの所有権も賭けてもらおうか。仮にもデリング総裁から投資をうけた新規事業をただ潰すというのも総裁の面子に泥を塗るだけ、グラスレーのために使わせてもらうよ」

 

「いきなり条件を増やすっての?」

 

「そう言うなよ、ミオリネ。こちらが条件を増やすってことは、君たちも俺達への要求を増やしていいということだ。君たちからすればこの決闘はマイナスをゼロにするだけのものだった。でももう一つ条件を付けられるなら、プラスにもできる。これで双方、対等だろ?」

 

「では株式会社ガンダム代表、ミオリネ・レンブラン。あなたはこの決闘になにを賭けますか?」

 

 その言葉にミオリネは身じろぎしないまま言い切る。

 

「グラスレーが出した学生起業規則改正案の撤回、そして……シャディク、アンタの身柄よ。今後もこんな邪魔をされたら困るからね。生殺与奪、とまでは言わないけれどグラスレーに対する人質にさせてもらうわ」

 

 などと物騒な内容に、レネやメイジーはシャディクの後ろで「うわー、こっわ」などと呆れた顔をするのだが、シャディクはと言えば「はははは、それはこまるなー」と無駄にさわやかボイスと顔を振りまきながら言うばかり。

 

 そんな真面目なのか真面目じゃないのかロウジには判断がつかない空気感だが、双方の合意はとれた。

 

「ālea jacta est……決闘を承認します」

 

 小さな手から生み出される軽い音。

 

 それが決闘の合図。

 

 もはや語ることはないとばかりに双方は一斉に背を向けて出ていき……

 

『スレッタぁ! 助っ人ならこの俺が……!』

 

「兄さん、落ち着いてくれ……!」

 

「あのぉ……グエル先輩、その恰好は?」

 

 謎の仮面をかぶった、だけれどもバレバレなグエル・ジェタークが一歩遅く乱入し、セセリアに大爆笑をもたらすのだった。

 

 

 

 

「さて、一回戦よ。まだお互いの様子見とはいえ、ここでの勝利が全体の勢いに影響するのは間違いないわ」

 

 株式会社ガンダムサイドの作戦室で、社長兼司令官のミオリネの号令が響く。

 

 全校生徒の事前予想として、スレッタの一勝は固い。だが、組み合わせがよくても二勝取れるかは五分五分。全勝なんて奇跡が起こらない限り無理というのがあり、ミオリネにとってもそれは予想と大きく外れていない。

 

 ただ相手はシャディクである。

 

 彼をよく知るミオリネは、おそらくシャディクならばこちらが繰り出す手をすべて予想することも造作もないと考えており、だからこそ、シャディクの予想を裏切る展開と勝利をもたらさなければ勝ちはない。

 

 シャディクが決闘を仕掛けてきたということは、それだけ向こうに勝算があるということ。

 

(最悪の場合、スレッタ戦に一機も出さずに不戦勝にして、バカとエラン相手にシャディク達が総当たりで来るってのもあり得るわね……)

 

 ロマン男とエラン、そしてシャディクの技量は拮抗している。お互いに得意分野がちょっと違うので相性的な有利不利はあるが、それでも勝利が約束できるとは言い難い。

 

 なので、どんな組み合わせになったとしても、勝利を手繰り寄せることが必要なのだ。

 

 そして一回戦は……

 

「ってことで、任せたわよ! チュチュ、オジェロ、ヌーノ!」

 

『『『このメンバーに任せられても、困るんだけど!?』』』

 

 地球寮の三人組が画面の向こうで悲鳴を上げた。

 

 

 

『さてやってまいりました、今学期最大と思われるグラスレーVSミオリネ軍団。実況は毎度おなじみ、わたくしドゥーエ・イスナンが努めます! そして解説はこちら!』

 

『グエル・ジェタークだ、よろしく頼む』

 

『はい! スレッタちゃんに贔屓バリバリな解説をしそうなグエル先輩がお越しくださいました♪ ところでグエル先輩、さっきゴミ箱に放り込んでいた仮面みたいなマスク、なんです?」

 

『んなっ!? う、うるせえ! 黙ってろ!!』

 

『はい! ということで実況にまいりましょう。今回の会場は第四戦術試験区域、廃墟の街での市街地戦想定です。遮蔽物も多く、スムーズな動きをするには熟練の腕前が必要な戦場ですね』

 

『そうだな、シャディクやあのバカ、それにエランやスレッタには造作もないだろうが、地球寮のメカニック科たちが即席で対応できる地形じゃねえ』

 

『ということは、株式会社ガンダムが圧倒的に不利だと?』

 

『くっ……あと一分、俺がはやく到着できていれば……!』

 

『なぜか猛烈に悔しそうなグエル先輩は置いておいて、パイロットの入場です! えーっと株式会社ガンダムからは地球寮のバーサーカーことチュチュちゃん! 他二名! そしてグラスレーからは……おおっと、これは!』

 

 実況の驚きの声が響く中、

 

 グラスレー側のハッチから、紫の機体が飛び出してくる。

 

 グラスレー社からシャディク達に提供された最新型。あのドミニコス隊にも正式採用が決まったバリバリに軍用カスタムされた次世代量産機ベギルペンデ。

 

 そしてそれは……たったの一機。

 

「LP012、イリーシャ・プラノ……いきますっ……!」

 

 成績のわりに気弱な二年生、イリーシャの乗る機体だ。

 

 三体一、という状況にミオリネは舌打ちをする。それは決して勝ち目があるからというものではない、むしろ逆。

 

「シャディクのやつ、やっぱり読んでたわね……!」

 

 ミオリネもあまり言いたくはないが、地球寮のオジェロとヌーノはパイロットとして期待することなんてできない、もちろんバカお得意の奇策はあるが勝てるかどうかで言えば勝率は一割もないだろう。

 

 だからこその一回戦で、まずは負債をリリースする。あとはシャディク側から二機でも三機でも引き出せれば、負けたとしても敵との戦力差を縮められ、収支としてはプラスとなることを狙っていた。

 

 しかし結果、敵は一人。

 

(予想していたとはいえ、的確な読みすぎて腹が立つ)

 

 三体一でも、機体差技能差でイリーシャの方が圧倒的に有利。

 

 相手の手札を削ることもできずに勝利だけを与えてしまえば、株式会社ガンダム側が大きく不利に傾く。

 

 なので……

 

「チュチュ、こうなったら他に方法はないわ。嫌だろうけど、やってちょうだい」

 

『あーもーっ! しゃあねえなぁ!!』

 

 ミオリネの言葉にチュチュが頭を抱え、けれども最近になってデミトレのコクピット内に増設されたボタンをポチリと押す。

 

 そして……

 

『な、なんだアレは!?』

 

『ぜってえあのバカの仕業だろ……』

 

 解説の二人と、それに合わせて大きくざわめく観客席。

 

『くっ……おれ、こんな形で注目あびたくねぇ……』

 

『これに懲りたらギャンブルやめろよ』

 

『うっせーぞ、おめーら! こうなったら地球寮の力を見せてやるんだよっ!』

 

 横に並び立った量産型ヴィクトリオンα、β、そしてチュチュ用にカスタムされた型遅れのデミトレーナー。そのあまりにも勝算がなさそうな姿が、今変わる。

 

『音声認証必要とか……!』

 

『あの先輩、やっぱあほだわー』

 

『『ちょ、超、モビルスーツ合体……!!』』

 

 男子二人の諦めた掛け声をきっかけにヴィクトリオン達のパーツが分離、デミトレーナーの四肢や各部にドッキングしていく。それはまさしく、往年の戦隊ロボやスパロボのような合体に他ならない。

 

 頭部だけはあの愛嬌があるデミトレ顔のまま、増強されたパーツで一回りデカくなり、四肢はごつくなり、背中にはヴィクトリオンの有する出力だけはでかいバーニアが二機分増設されて……

 

『うらぁああああ! これがあーしらの、スーパーデミトレだぁああああ!!』

 

 チュチュの叫びとともに、背中から爆炎が巻き起こる、謎の巨大MS。

 

(三人寄れば文殊の知恵、だっけ? ほら三本の矢とかあるし、一本一本弱くても集まれば強くなれる! それが……スパロボの醍醐味だろっ!!)

 

 そう宣言して、いつかやってやろうと量産機に分離合体機能を実装していたロマン男は、この光景に自機のコクピットで静かに涙を流したという。

 

 そしてそんなゲテモノと対峙することになったイリーシャはと言えば……

 

『ほ、ほんとにシャディクの予想、当たってた……』

 

 と、この変態的な敵の作戦を予想できてしまっていたシャディクのことが、とても心配になるのだった。




ロマン男が合体機構の研究をしていないはずもなく……

そしてデミトレ+量産機の性能なので……うん


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49. でかつよ

シャディクの(一応の)目的、明かされましたね……

あと感想機能が少しおかしい?(記載してくださっていた感想の一部が、見られない不具合)ようです。なるべく返信はしますが、そのような状態であることはご認識いただけると。


「ね、ねぇ、シャディク? シャディクを疑うわけじゃないんだけど……本当にこんな"合体"とかしてくるのかなぁ?」

 

 ちょっと理解できなくて、と決闘の前日にイリーシャはおどおどしながらシャディクに尋ねた。

 

 リーダーとしてシャディクに全面の信頼を置いていることは変わらない。

 

 ただ、そのシャディクが渡してくれた決闘での敵方の戦術予想とそれに対抗する策。第一回戦を単身で任されたイリーシャに渡されたそれに書かれていたのは紛れもなく"合体MS"という、イリーシャの常識の範囲内からは理解できないものだった。

 

 すると尋ねられたシャディクは苦笑いしながら淡々と語り始める。

 

「まず前提として、ミオリネは一回戦に地球寮の三人組を出してくると思う。アイツはリスクをとってでもリターンを大きくする、思い切りのよすぎる傾向があるからね。先の決闘を考えると、アスムや水星ちゃんの足手まといにはなっても、助力にはならない地球寮組は後々に残さないだろう。彼等の相手をさせることでこちらの消耗を狙うはずだ」

 

 ルールとして一度出場したパイロットは出てこないのだから。一人一人がエース級のグラスレーチーム。例えるなら序盤のLV1キャラにLV50のキャラを当てるようなもの。それでいて使ったキャラは再登板できないとなる。

 

 この決闘をゲームのように見れば、いかに自分の手札を押さえて、相手の損耗を高めるかという駆け引きなのだ。

 

 イリーシャも兵士さながらの軍事教練を受けた身、そこまでは理解しやすい。

 

「う、うん……それは私にもわかるよ」

 

「だがミオリネは一回戦を捨てて勝てると断言するほど、俺を舐めてはいない。ミオリネの理想は俺が一回戦をとるために二人でも三人でも投入して、なるべくアスムや水星ちゃんが一対一で戦える状況になることだけど……まあ、この通り俺に予想されているからね。こちらが一機だけを投入するという最悪のパターンも想定しているさ」

 

 そしてその場合、ミオリネにはピンチとチャンスが同時に訪れる。

 

 ピンチは二回戦など後の戦いで、数的不利な状況に勝ちを見込めるパイロットを放り込んでしまうこと。そしてチャンスとは、たとえエース級でも一人なら勝ちを拾えるワンチャンスが生まれること。

 

 ただ後者を狙うとすれば、機体性能でも戦闘技能でも勝るグラスレー側のパイロットを、地球寮組で撃破する必要がある。

 

 だからこそ……

 

「だからこそ、合体だ」

 

「………………えーっと、シャディク熱ないよね?」

 

 シャディクは言い切り、イリーシャはそっとシャディクの額に手を当てた。しかしシャディクはといえば、

 

「俺はいたって冷静だよ?」

 

 『むしろなんでわからないんだい?』というきょとんとした表情になる。シャディクの得てきたこれまでの常識からすれば、この予想は確実に起こりうる事態なのだ。

 

 シャディクは至極まじめに、敵のロマンに染まり切った思考をトレースしていく。

 

「地球寮のチュアチュリーちゃんはなかなかの技能があるが、機体性能と本人の技能がかみ合っていない。イリーシャ相手なら数十秒も持たないだろう。他のメカニック科二人はもっと早い。

 かといってロングロンド社にチュアチュリーちゃんがすぐに使えるハイエンド機なんてないから、デミトレーナーを戦えるレベルまでに強化するのが一番現実的かつ、こちらの意表をつける方法だ」

 

 そしてその方法が

 

「合体なんだよ」

 

「…………うぅ、メイジー、シャディクがおかしくなっちゃった」

 

「いや、なんで半歩退いているんだい……」

 

 これでも理解されないかとシャディクは考え、確かにそれもそうだと思いなおす。

 

 なぜなら一般常識として三機を一機にまとめるというのは悪手に他ならない。戦いは数だよと有名な戦略家が叫んだとも伝わる。……が、今回に限っては別だ。

 

 1/3人前が三人そろって、ようやく一人前になるという足し算。

 

「メカニック科二人も照準を合わせて引き金を引くくらいはできるだろうし、メインパイロットを視覚的に補佐することができるだろ? チュアチュリーちゃんもサポート付きで実力をいかんなく発揮できる状態になる。

 つまりアスムのロマン主義とミオリネの現実主義のどちらも満たしている案なんだ。あの二人がやらない手はない」

 

 そしてシャディクは三度断言する。

 

「だからこそ、合体だ」

 

「も、もしもし、医務室ですか……? えっと、グラスレー寮で診察をお願いしたいんですけれど……」

 

「どうしたんだい? 誰か風邪でも引いているのか?」

 

「う、うん……たぶん手遅れだと思う」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 そして現在、イリーシャの目の前でガチャガチャとデミトレにパーツがドッキングして、ごつくでかく、なんとなくつよそうなスーパーデミトレーナーが組みあがった。

 

 それはドッキングの時に謎の白煙を噴出している威圧感たっぷりだけれど、やっぱり顔はどこか愛嬌のあるデミトレーナーというアンバランスな姿。

 

 なにより、シャディクが事前にイメージ図として示したものと全く同じ。

 

(ほ、本当にシャディクの予想が合ってた……けど、シャディク大丈夫かなぁ?)

 

 数年前にチームの方針を大転換したときもシャディクの精神状態をめぐって仲間がそれぞれ心配したことがあった。特にサビーナは動揺して、あのロマン先輩と決闘したり入院したり、大変だったのだけれど……その後は仲間たちに良い変化も起きた。

 

 だからこのシャディクの変化もほほえましいものだとは思うし、奇策まで予想してみせたことはリーダーとして頼もしい……のだが、それはそれでこのままロマンの深淵に潜らせても大丈夫かと心配になってしまう。

 

「と、とにかく、まずは決闘を終わらせないと……!」

 

 イリーシャはおどおどしながら、カメラ向こうで気炎を吐いているチュチュと合わせて宣言する。

 

「勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず!」

 

「そ、操縦者の技のみで決まらず……!」

 

「「ただ、結果のみが真実……!」」

 

 そして、

 

「うぉらあああああ! いくぜ、いくぜ、いくぜーっ!!」

 

『ひぃいいいい』

 

『こーなったら自棄だわなー』

 

 チュチュの叫び、オジェロの悲鳴、ヌーノの諦めが混じった違法デミトレが爆炎を上げながらイリーシャに向かって突撃してきた。

 

 それはまるっきり"あの"ヴィクトリオンと似通った戦術だが、向こうは外見もヒロイックでスーパーロボットじみているから絵になるのであって、こんな魔改造されたキメラなMSの突撃はただただ不気味で恐怖をかきたてるものでしかない。

 

 なので、

 

「ひっ……! こ、こんな"変なの"と戦うのやっぱりむりだよぉ……!?」

 

 元から引っ込み思案で自罰的なイリーシャは、チュチュの鬼のようなプレッシャーに押されて、涙目で逃げの一手を打った。

 

「あっ! こら、逃げんなっ!!」

 

「いやぁあああ……!」

 

 チュチュの怖い声を尻目に逃げるイリーシャ。

 

 そしてこの戦場は逃げに有利な地形だ。

 

 都市部での対ゲリラ戦を想定しているのか、倒壊した建物や割れてねじ狂った道路など、遮蔽物はたくさん。

 

 MSを動かすだけでも大変な地形だが、バランスがよく多局面で活躍できるベギルペンデの長所がイリーシャの優れた操縦テクニックによって活かされ、苦なく廃ビルや瓦礫の中をするすると流れるように移動していく。

 

 その動きはまさに華麗の一言。

 

 一方でチュチュのスパデミはと言えば、

 

「しゃらくせえええ!!」

 

 ドンドンドン、と吹き上がる噴煙に轟音。どこぞのロマン男よりもなお乱暴に、膂力と火器を使って最短ルートで突進していくのだ。

 

 猛牛の突撃でもまだ品がある。

 

 しかしそれがチュチュの望みでもあり、このバランスが悪すぎるスパデミを運用する最適解でもあった。

 

 装甲で膨れ上がった巨腕に取り付けられた大型ビーム砲を撃ちながら、チュチュは入学以来感じていたフラストレーションを解消していく。

 

 元々、チュチュの気質的には接近戦が合っている。しかし貧乏所帯の地球寮にある機体は、現行機の二三世代は昔の型落ちデミトレーナー。チュチュが慣れない射撃の腕を育てて狙撃戦仕様にしていたのも、そうしなければ勝負の土俵にも立てなかったからだ。

 

 しかし今回、ロマン男から悪魔の取引が持ち込まれる。

 

『思いっきりMSで大暴れしたくない?』

 

『のった……!!』

 

 チュチュは即答だった。

 

 その案こそがデミトレーナーにヴィクトリオンのパーツを無理矢理くっつけ、そしてオジェロとヌーノを両肩部にくっつけるという突拍子もない内容だが、チュチュは力を求める戦士。でかつよの欲求には耐えられなかった。

 

(はっ……! いいじゃねえか、この機体!! パワーが体に伝わってくる!!)

 

 ヴィクトリオンのベース機自体も最新鋭機と比べると型落ちな一世代前の機体。だが、あのジェターク社を潜在敵と定め、一時期はその牙城を崩しかけた傑作機だ。

 

 その二機分のスラスターが背面につき、装甲まで追加されているのだからパワーは十分。ボロボロの廃墟など拳一つで突き抜けることが可能だった。

 

「おらおらおら! いつまでも背中向けてんじゃねえ!!」

 

「ひゃあっ!?」

 

 デミトレが太くなった腕で瓦礫を掴み、ベギルペンデへと向かって投げる。さらには全身に増えた重火器を撃ちまくり、暴れに暴れまくるデミトレーナーと、ぴょんぴょんと跳ねながらスマートに逃げていくベギルペンデ。

 

 ついでにイリーシャはコクピットで涙目になりながらか細い悲鳴を上げており、これで追走側が男性パイロットであれば学園中のイリーシャ守り隊から命を狙われていたはずの犯罪的な光景でもあった。

 

 永遠に続くとしたら、チュチュたちが有利な追いかけっこ。だが、それはできない。チュチュはこの機体のリスクを知っている。

 

(ちっ……! もうデミトレーナーにガタが出始めやがった!)

 

 わかり切っていたことだが、ヴィクトリオン二機分の出力にデミトレーナーのフレームが耐えられるはずがない。イリーシャが逃げの一択を選択しているのも、その弱点に気づいているからだろうとチュチュは予想する。

 

「そりゃそうだとしか言えねえけど!」

 

 元々がデリケートな操縦などできない魔改造品。このまま長期戦を挑まれたら、機体が自滅して終わりだ。

 

 なので、チュチュは早々に決断した。

 

 自分たちは有利な状況にあり、相手はどう見てもこちらにビビッて逃げまくっている。そしてこのまま自壊などでやられては、もったいない。

 

 せめてやりたいことは全部済ませてから、勝敗を決めたいとチュチュは決めた。

 

 機体の影響か、どこぞの先輩のようにロマンに身をゆだね始めたチュチュが叫ぶ。

 

「二人とも、あれやるぞ……!」

 

『『……いえっさー』』

 

 男子二人の諦めの境地が入った声を聞きながら、デミトレーナーが両腕を前に突き出した。

 

 そして展開していく装甲と、両腕の中に生まれる巨大な砲門。それはかつてスレッタとの決闘でロマン男がエアリアルへと打ち込んだヴィクトリーカノンの発展型。いや、二機分が合わさってそれよりもなお、でかくごつい。

 

「はっしゃよーい!!」

 

 チュチュの号令でチャージされていくエネルギー。

 

 凶大な威力ゆえに発射までのシークエンスは長いが、そこはメカニック科二人がカバーする。

 

「デミトレーナー、キャノンモードへ移行……!」

 

「パーメット循環オーバロード。ヴィクトリオンリアクター、一番、二番、直結……!」

 

 砲門に体に悪そうな光がたまっていく。

 

「ランディングギア、アイゼン、ロック!」

 

「チャンバー内、加圧中!」

 

「ライフリング回転開始!!」

 

「「撃てるぞ!!」」

 

 そしてチュチュが、不本意でも磨いてきた狙撃の腕を使って逃げるベギルペンデをロック。

 

 叫びとともに引き金を押し込むのだ。

 

「スーパーデミトレキャノン、はっしゃああああああ!!」

 

 瞬間、暴れ狂う暴風のように。

 

 砲身すら焼き付かせながら発射された極太のビームは、周辺のビル群をさらに細かい破片に変えながらイリーシャへと向かっていく。

 

 その光景に観客席ではイリーシャファンたちが血の涙を流しながらイリーシャの無事を祈り、シャディク以外のグラスレーチームは『いくらなんでもやりすぎだろ』と冷や汗を流し、オリジナルのヴィクトリオンのコクピットではバカが目を輝かせながら映像記録を撮っていた。

 

 株式会社ガンダムの名誉のため、これでも決闘用のレギュレーションを守った出力であることは明記しておく。

 

 そんな中で狙われているイリーシャはと言えば、コクピットの中で震えながら……

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 ブツブツとおびえる女の子のようにつぶやき、

 

 

 

「こんなすごいの壊して、ごめんなさい……!」

 

 

 

 そしてベギルペンデが、宙を舞った。

 

「…………は?」

 

 その光景にチュチュが目を丸くする。

 

 あと少しでビームに捉えられようとした矢先、ベギルペンデが腰を低くして高く高く空へと跳躍したのだ。それはあの全速力で逃げていると見えた時より速い。

 

 バク宙の姿勢になり、反転した視界の中、イリーシャはなんども謝りながら

 

(シャディクの言ったとおりに……!)

 

 冷静にチュチュのスパデミの頭部に狙いを定め、シャディクの指示を思い返す。

 

『ロマンに性能を振った機体、それもヴィクトリオンベースなら短期決戦以外に道はない。

 チュアチュリーちゃんの性格上、接近戦での決着を望むだろうけど、その手には乗らず、まずはひたすらに逃げを選んでくれ。

 そうすればいずれ、しびれを切らして大技を繰り出してくるだろうが……それこそが致命的な隙を生む』

 

 そう、ここまですべて指示通り。

 

 逃亡時は八割ほどにスピードをとどめ、敵が大技を繰り出した瞬間に全出力で離脱という、相手にベギルペンデのフルスペックデータがなく、どこが全出力かわからない状態だからこそのフェイント。

 

 イリーシャを単身で向かわせたのも、臆病でありながら任務は完遂するという、イリーシャの特性を発揮するためのもの。これがサビーナやメイジー相手なら、チュチュもここまでテンションを上げずに警戒を続けていただろう。

 

 そして……

 

「…………ごめんなさい」

 

 イリーシャは静かに引き金を引き、ライフルの一閃がデミトレーナーの頭部を破壊した。

 

 

 

『第一回戦 勝者:グラスレー寮』

 

 

 

 それを見た瞬間、チュチュはヘルメットを脱ぎ、悔しそうに全身を震わせる。

 

「はぁーっ! くそっ!!」

 

『しゃーねーよ、こればっかりは』

 

『善戦はしたほうじゃね?』

 

「ってもよぉ……!」

 

 確かに当初想定されていたような瞬殺はなく、戦術試験区域に文字通りの大きな足跡を残すことができた。なにより暴れるだけ暴れることができたので、チュチュにとってもすっきりはした戦い。

 

 だとしても負けは負けで、悔しい。

 

 その克己心こそが、チュチュの強さでもある。

 

 さらに、これはただの敗北ではない。

 

「次はぜってーリベンジしてやる……! ってことで、あーしも、やることはやっといたぜ! 社長!」

 

 チュチュが悔しそうに連絡をした先、管制室でミオリネは冷静に頷き、次の指示を"二回戦の出場者"へと送った。

 

「上出来よ、チュチュ! 次は……任せたわよ、スレッタ!」

 

『はい、がんばります……!』

 

 スレッタの気迫に満ちた言葉とともにコンテナがレールに乗って戦術試験区域へと出撃する。

 

 二回戦の出場者はたった一名、スレッタ・マーキュリー。

 

 それはある意味当然の選択だった。

 

 一回戦で敗北することが高確率で予想されるなら、二回戦で確実な一勝を得なければ三回戦などやってこない。ここだけはどうしても負けられない戦い。

 

 だからこそ、ミオリネは最強の懐刀であるスレッタに任せた。

 

 だが問題はスレッタの対戦相手だ。

 

 ミオリネは考える。

 

(最悪の場合、向こうはボイコットをしてくる……)

 

 ルール上、相手をわざと不戦勝させるというのも反則ではない。無敵を誇るエアリアルに三機も四機も投入しても勝てるかどうかわからないのだ。ならば一勝を戦いもせずに株式会社ガンダムへと贈って、残る三回戦を

 

 アスム・ロンド&エラン・ケレスVSシャディク・ゼネリ&グラスレー寮四人

 

 という構図に持っていくこともできる。

 

(っていうか、私ならそうするわよ。あのバカもエランも優秀なパイロットだけど、エアリアルみたいに不可能を可能にするほどの力はないもの)

 

 ただ……

 

(でも、アイツなら……)

 

 ミオリネは一つだけ、確信していることがあった。

 

 確かに勝つためだけなら、敵はこの戦術を選択してくる。

 

 しかし相手のトップ、シャディク・ゼネリならば……と。

 

 そしてその答え合わせはすぐにやってくる。

 

 一足は早くにコンテナから出てきたエアリアルと、そのコクピットのスレッタは、反対方向からやってくる一機のコンテナを見た。

 

 そう、一機。

 

 エアリアルに対して一機だけ。

 

「っ……やっぱり、来たんですね」

 

 スレッタが冷や汗をかきながら前方をにらみつける。

 

 ゆっくりと開いていくコンテナの扉。その奥に眠っているのは、病的なほどの白に彩られた異形の腕を持つ機体。

 

 

 

『KP003、シャディク・ゼネリ……ミカエリス、出る』

 

 

 

 そう敵は……シャディク一機。

 

 その事実を認識してミオリネは眉を顰め、ロマン男は笑みを深くしながら

 

『漢じゃねえか、シャディク……!』

 

 と呟く。

 

 そしてシャディクはカメラ越しにスレッタと対面しながら言うのだ。

 

『宣言通りに奪いに来たよ、君から花婿の座を……。それで水星ちゃんは見つかったかな? 君が戦う理由を』

 

「はい……それが正解かどうかわからないけど。私がやりたいこと、ちゃんと見つけました……!」

 

『それなら結構。じゃあ言葉はもう不要だね。……始めようか』

 

 

 

 

『勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず』

 

「操縦者の技のみで決まらず……!」

 

「『ただ結果のみが真実……!』」

 

 

 

 株式会社ガンダムの未来を賭けた、文字通りの決闘が始まった。




最新情報を基にすると、うちのロマン君

ロマン父「戦争シェアリングに参加するぞ!MSつくって御三家相手に追い越せ追い抜け!」→暗殺
ロマン男「戦争シェアリング? んなのロマンじゃねーから抜けた! 兵器作るのもやめっ! 差別構造から何とかしたいからアニメ作って民間教育、学校も盛り上げて希望を作るぞ!」

なので、シャディクたちの好感度あがるムーブはできていたのかなぁと思ったり。あとガンダムの敵陣営って性的な被害者なパターンも多いので、最初から性の匂いゼロな精神年齢十歳児にしておいたのも良かったかもという余談です。



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50. 水星の魔女とロマン

ずっと書きたかった場面でした。





「み、ミオリネさんはシャディクさんのこと、どう思ってるんですか?」

 

 それは決闘の始まる数日前。スレッタはミオリネと一緒に農園でトマトを世話しながら尋ねた。

 

 スレッタには迷いがあった。自分がどうして戦うのか、なんのために戦うのかわからなかった。いや、正確には何か戦う理由がある気がするのだけど、それが言葉にできなかった。

 

『俺は人生を賭けてこの決闘に挑む。

 だから……君も考えておくといい、君が戦う理由を。誰かの借りものじゃない、自分だけの意思でね』

 

 シャディクに告げられた言葉が頭から離れなかったのだ。

 

(だって、シャディクさんは本当にミオリネさんのことが……)

 

 あの時のシャディクの目は真剣だった。自分に告白してくれた時のグエルと同じくらいに真剣で、シャディクがどれだけミオリネを大切に思っているのか、そしてミオリネの隣に立とうとしているのかが伝わってきた。

 

 だからどうしても、自分というものが見劣りして感じてしまう。

 

 シャディクの言う通り、自分は流されてばかりだ。

 

 何も知らないままホルダーの座を手に入れてしまったし、株式会社ガンダムだってエアリアルが世界の役に立つかもしれないし、エアリアルとずっと一緒にいるためだからと入ったが、そのためだけに大切な家族であるエアリアルを傷つけるのは正しいと思えない。

 

 ミオリネに対しても……大切な友人だと思うけれど、結婚相手や恋人とは違う。

 

 だからもしミオリネがシャディクのことを大切に思っているのなら、スレッタは潔く負けて、あるべき形に戻してあげるのが正しいのではないかとさえ思ってしまう。

 

 だけどそんな質問をされたミオリネはと言えば、顔色一つ変えないまま。

 

「シャディクは……バカね」

 

「……へ?」

 

 と、あのロマン男と同じ評価をシャディクに下した。

 

 ミオリネはため息を吐きながら、腕組みして言う。

 

「あの真正のバカと違って、アイツは考えすぎるのよ。なまじ頭がいいからって、ごちゃごちゃと余計なことまで考えすぎて変な方向に突き進むの。やりたいことがあるなら正攻法で行けばいいのにね。昔っから、こっちが効率良いとかこっちがリスク少ないとか、回り道ばっかり!

 ……覚えておきなさい? いくら知能が高くても、それがいいことばかりじゃないって」

 

「そ、そうじゃなくて……! そ、その、ラブみたいな……そういうこと、ないんですか?」

 

「そうね……まぁ、バカだけどありっちゃありよ」

 

 ミオリネはやっぱり顔色を変えないまま続ける。

 

「少なくとも、私を尊重してくれるのは確かだし。アイツと私が協力すればすぐにでもグループを掌握できる。私は恋愛感情なんかで判断を左右されたくないけど、それでもアイツはパートナーとして選ぶなら第一候補よね」

 

 それは口調こそぶっきらぼうで情の欠片すらない合理的なものだったけれど……ミオリネという人間にとってその言葉は最上級の評価としか思えなかった。

 

 その言葉を聞いて、スレッタはうつむきながら小さく呟く。

 

「や、やっぱりそうですよね……私なんかより、シャディクさんの方が……」

 

 花婿にもパートナーにもふさわしい、と。

 

「話は最後まで聞きなさい」

 

「あいたっ!?」

 

 だけど、結論を下そうとしたスレッタのおでこをミオリネがピンとはねた。

 

 突然の痛みに額を押さえながらスレッタが涙目でミオリネを見ると、ミオリネはスレッタの目をじっと見つめていて。スレッタはその美しい顔になぜかドキリとしながら目が離せなかった。

 

 しかしスレッタの内心には気づいていないミオリネは、真正面から続ける。

 

「なんでアンタがシャディクに引け目を感じてるのか知らないけど、私はスレッタをアイツより劣ってるなんて思ったことないわよ?」

 

「……え?」

 

「少なくともスレッタは、私の人生で初めてできた、無条件で信用できる友達だと思ってる。あのバカもシャディクもマシだけど、結局ベネリットの鎖はあるしね。

 でもスレッタは会社のしがらみもないし、嘘もつけないし、優しいし、約束も守ろうとしてくれるし……一緒にいて嫌だったことはない」

 

「……ミオリネさん」

 

「だからスレッタ・マーキュリー、私はあなたになにも強制しない。アンタよりシャディクがいいなんて言わないし、だからといってホルダーが嫌だったらやめてもいい

 ……最後はスレッタが決めればいいのよ。自分が何のために戦うのか、なにをしたいのかは」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「私が、やりたいこと……!」

 

 スレッタはミオリネとの会話を思い出しながら、エアリアルとともにシャディクへ向かって行く。

 

 決闘の第二戦、相手は同じく単騎で乗り込んできたシャディク・ゼネリ。そして一戦目を落とした株式会社ガンダムにとっては負けることが許されない戦いだ。

 

 会場の外でも、あのエアリアル相手にタイマンを選んだシャディクに対し、無謀だといぶかしむ声もあれど、大多数はその男気に賞賛を送っている。

 

 そんなシャディクが駆るのはミカエリス。

 

 これもまたグラスレーの最新機であり、またかなり実験的な機体だ。

 

 ベギルペンデのようにグラスレーはバランスと操縦性に優れた機体が売りな堅実な企業だが、ミカエリスの場合は右手のマニピュレータを廃して大型の複合兵装『ビームブレイサー』が取り付けられ、持ち味であったバランスを捨てている。

 

 だがその複合兵装を使いこなすことができれば……

 

『行くよ、水星ちゃん……!』

 

 ガンビットを射出して早速オールレンジ攻撃に移行しようとしたエアリアルへと、ビームブレイサーの三本爪が開き、そしてヴンという鈍い音とともに特殊なフィールドが形成される。

 

 その途端にガンビットたちの動きが鈍り、スレッタのコントロールから外れてしまった。まるで操り人形の糸が切れてしまったように。

 

 見たことがない事態にスレッタはうろたえる。

 

「みんな……!? もしかして、これがミオリネさんの言ってた……!」

 

 21年前のヴァナディース事変にて、そしてそれ以前のドローン大戦を終結させた切り札。パーメットを介して行われる情報通信を一方的に切断する、無線誘導殺しの技術。

 

『そう、『魔女に下す鉄槌』アンチドートさ』

 

 言いながらシャディクとミカエリスはエアリアルへと加速して、左手に持ったビームサーベルでエアリアルの右肩を深くえぐる。

 

 エアリアルの特徴は間違いなくGUND-ARMを使ったガンビットの操作。それがなくなればあくまでオーソドックスなMSでしかない。

 

 初手でGUNDを封じてくる事態でも、ブレードアンテナを落とされずに済んだのは、スレッタの純粋な腕前によるものだった。

 

「ほんとに、みんなの声が聞こえないなんて……!」

 

 歯噛みしながら、辛うじて廃墟の中に潜り攻撃を回避するスレッタ。

 

 だが、シャディクはさらに手を打つ。

 

『君とエアリアルは怖いからね、慣らす時間を与えたら対策をしてきそうだ……!』

 

 そう伝えると、アンチドートを切ったのだ。

 

「えええ……!?」

 

 途端にエアリアルの動きは正常に戻るが……それもまたスレッタの意識外で起こった出来事。集中状態にあるのに、いきなり別の操作を要求されるのだ。特に、ガンビットのコントロールと機体の操作性が変化することはパイロットの負担になる。

 

 縄で縛られた人間がいきなり解放されたからと言って、すぐに自由に動けるはずがない。GUND-ARMのように自分の意識を機体まで拡張するシステムなら猶のこと。

 

 シンプルに機体を操縦して状況から逃げることに集中していたのに、ビットのコントロールまで戻ればスレッタといえど行動にはラグが生まれる。

 

 そして、シャディクはその隙こそが狙い。

 

 戸惑いが動きに出たエアリアルへと、ビームブレイサーを有線で射出し、内蔵のビームキャノンを潜んでいる廃墟もろともに浴びせていくのだ。

 

『悪いけれど、君の思い通りになんてさせてあげないよ?』

 

「やっぱり、シャディクさんは強い……!」

 

 その攻撃もスレッタは卓越した操縦と、元に戻ったビットによる防御も使って回避するが、あとは何度もその繰り返し。

 

 シャディクのペースのままじわじわとエアリアルは削られていく。

 

 スレッタが動きに慣れてきたと思ったら、アンチドートを発動し調子を狂わせ、そしてGUND-ARMなしに慣れたらアンチドートを切る。

 

 ただひたすらに相手の調子を崩す戦法。

 

 シャディクはただ男の意地で戦いに挑んだわけでもない。まして、アンチドートさえあれば勝ちを得られるなんて安直な考えはしない。

 

 魔女殺しの特化武装すら、あくまで一つの手札。頼りとするのは、それを用いて冷徹に考え抜いた戦術。その頭脳と冷静さがシャディク・ゼネリの強さ。

 

 パイロットが人間であるからこそエアリアルにも勝機があると考えた選抜戦と同じように、スレッタが人間であるからこその妨害策を仕掛け、そこに勝機を見出していた。

 

(っ、だめ……! みんなをうまく動かせない……!! このままじゃ何もできないまま……)

 

 結果として、エアリアルは防戦一方だ。

 

 元々が遮蔽物の多いフィールドで、シャディクもその隙間を縫うように攻撃をしてくる。なのでガンビット自体の有効性自体が少ないのに、アンチドートによって柔軟な操作を崩されては決め手となりえない。

 

 獲物となってしまったスレッタの焦りは高まるばかり。

 

『そろそろかな……!』

 

 そして、そんなエアリアルを見て、シャディクはさらに一計を案じる。

 

「また来る……!? でも、次こそ……!!」

 

 スレッタが身構える。

 

 エアリアルに迫る、ワイヤーで射出されたビームブレイサー。その爪が開き、アンチドート発動の光が生まれる。何度もギリギリの戦況で見せられた景色に、今度こそはとスレッタは決意する。最初からガンビットたちが使えなくなるとわかっているなら、その心づもりをすればいいと。

 

 しかし、ガンビットたちのコントロールは……失われない。

 

『残念、フェイクだ』

 

「えっ……?」

 

『前ばかりを気にしてると、事故の元だよ……!』

 

 予想していたはずの結果が来なかったことに一瞬茫然となったスレッタ。そこでワイヤー操作によりビームブレイサーを先行させていたミカエリスがエアリアルの後ろに回り込み、ビームサーベルを振りかぶったのだ。

 

 同時にビームブレイサーもビームキャノンを発射。それはよけようとしたエアリアルの右腕を破壊し、挟み撃ちの形にしたミカエリスのビームサーベルも、エアリアルの左肩の装甲を深々とえぐってしまった。

 

 そう、シャディクが使ったのは簡単なトリックだ。

 

 アンチドートの発動手順を何度もスレッタに見せることで、次も同じ手が来ると予想させて、実際は発動させないことでラグなしに同時攻撃を行ってみせた。

 

 だがその一手の効果は絶大だ。

 

 スレッタはもう、相手の行動を何一つ信用することができない。

 

 アンチドートを発動させるか、させないか、そして発動させるフリまで選択肢に入ってきた。どれも警戒しなければいけない状況では、意思と連動するエアリアルは万全の動きをすることができない。

 

 コクピットで機体からの警告を受けながら、スレッタは冷や汗を流す。

 

「気にしたらダメなんて言われても……!」

 

 とっさに頭部を守ることには成功したが、右手を失った以上、戦力は半減。頼みのみんなもこんな状況ではうまく指示できない。

 

 この状況のまま進めば、万に一つも勝ちはないことが分かる。シャディクの行動には無駄など一つもなく、きっと彼の描いた予想図通りにスレッタは動いているし、その先に勝利の図式まで見えているのだろう。

 

 スレッタの頭をよぎるのは、あの選抜戦のラスト。

 

 シャディクの指示によって狙撃でやられた場面。

 

 あの時も信じてくれていた仲間がいたのに、勝利をもたらせなかった。託されたのに、期待に応えられなかった。

 

 なのに、今度はもっと大切な場面で同じ事態に陥っている。

 

「エアリアル……ごめんね」

 

 このままじゃダメだ。また負ける。

 

「たくさん傷つけちゃって、これからも戦いになるかもしれなくて……」

 

 もう手はない。今のままの自分では勝てない。

 

 

 

「……でも」

 

 

 

 スレッタは前を見た。

 

 

 

「私……負けたくない」

 

 

 

 信じてくれているミオリネのため、地球寮の仲間のため、それに戦っているシャディクだってスレッタがなにも成長しないままやられるなんて望んでいないはずだ。じゃないとあんな叱咤激励みたいなこと言ってくれるはずがない。

 

 なにより、

 

「エアリアルと一緒にかなえたい、夢があるから……!!」

 

 

 

 

「スレッタさんが戦う理由?」

 

「はい、ミオリネさんには好きにしていいって言われて……」

 

 ミオリネと会話した後、結局答えをもらえなかったスレッタはロマン男の元を訪ねていた。ミオリネはスレッタがミオリネと一緒にいる自信をくれたけれども、だとしてもスレッタが戦うことはスレッタの意思に任せるというもの。

 

 結局スレッタは悩んだ末に、答えを見つけられずに先輩の元にやってきてしまった。

 

 するとロマン男は「うーん」と悩むそぶりを見せて、

 

「俺からもああしろ、こうしろっていうのは難しいなぁ……だって、俺が決めちゃったらスレッタさんの戦う理由じゃなくなるだろ? 言われた通りにやれってことになっちゃうんだから」

 

「そ、そうですよね……。ごめんなさい、こんなこと尋ねて……」

 

 こうなったらお母さんに聞くしかないと、スレッタは席を立とうとする。

 

 けれども、そこでロマン男はスレッタをその場にとどめて、軽い調子で言うのだ。

 

「だったら今から探してみようか、スレッタさんのやりたいこと♪」

 

「え……?」

 

「スレッタさん、前に教えてくれただろ? この学園に来て、勉強して、やりたい夢があるって」

 

「は、はい……! 水星に学校をつくることです!」

 

 それが送り出してくれたみんなと、母親に期待されていることだから。

 

 スレッタの言葉にロマン男はうんうんとうなずきながら、

 

「その先には何があるの?」

 

 と尋ねてきた。

 

「その、さき……?」

 

 スレッタは質問に頭が真っ白になる。それが目標なのに、もっと先があるのだろうか、それとも先輩にとってはこの夢はそんなに大事なものだと思ってもらえていないのかと。ぐるぐる回りそうになる思考の中で、少年はスレッタに諭すように言う。

 

「大丈夫、君の夢は立派なものだよ。だから、それを掘り下げてみよう。

 水星に学校ができたらさ、水星はどうなる?」

 

「えーっと、それは……人が、増える?」

 

 この学園のように子供たちがたくさん勉強できるようになるかもしれない。

 

「おお、いいね! じゃあ人が増えたらどんないいことがあるのかな?」

 

「さびしく、なくなります。友達が増えたり、楽しい出来事もあって……」

 

「この学園みたいに水星が豊かになるわけだ……!」

 

 そんな調子でスレッタは想像していく。

 

 水星に学校ができたら。

 

 たくさんの人が水星に住むようになる。おいしいものも売れるようになるかもしれない。老人ばっかりだった世界に活気が増えて、大きな街もできるかもしれない。きっと水星に住んでいた人がもっと幸せになれる。

 

「でも、それだけじゃなくて……」

 

 スレッタは学園に来てから得た友人たちの顔を思い描く。

 

 きっと今の水星はみんなにとって来るのも住むのも大変な場所。だけれどスレッタが水星に戻って、そのままみんなと会えなくなるのは寂しい。

 

 水星の環境が良くなれば、外の世界のみんなも簡単に遊びに来ることもできるし、みんなにも水星がいい場所だねって言ってもらいたい。

 

 そうだ、それは自分がこの学園に来た時と同じように……

 

「私、この学園に来た時、とっても幸せだったんです。水星の外に出て、こんなに広い世界を知ることができて……お母さんがこのチャンスをくれたことにも『ありがとう』って……」

 

「そっか……」

 

「だから、私も……水星以外の人にも、外の世界を見てワクワクしてもらいたい。来るときは不安でも、大丈夫だよって言えるくらい楽しい場所にしたい」

 

 かつてのスレッタの世界のような、誰かが選んだゆりかごの舞台じゃない。

 

 この学園に来て、スレッタの人生が豊かになったように、みんなが自分の物語を作れる場所を水星にも。

 

 そしてそれを聞き届けた先輩は、静かに尋ねるのだ。

 

「じゃあスレッタさん、今から始まるチャレンジは……その夢につながっているかい?」

 

 その答えは分かっていた。

 

「は、はい……! ミオリネさんが言ってました! エアリアルのことがもっとわかれば、安全なガンダムができれば、宇宙をもっともっと開発することができるって!

 きっとそれが叶ったら……あっ」

 

 スレッタは言葉を途切れさせる。

 

 ふと、なにかが生まれたのだ。

 

 それは小さなイメージだ。

 

 その中で、スレッタはエアリアルと一緒に宇宙を飛び回っている。水星だけじゃなく、もっともっと先の世界を開拓していく。スレッタの視界の中にはエアリアルによって笑顔になった人がいて、スレッタも学園に来た時のような新しい景色を見ることができる。

 

 想像するだけで幸せな、ワクワクドキドキする未来予想図。

 

「……私、もっともっと知りたい。もっともっとエアリアルと一緒に世界を見たいし、いい場所に変えていきたい。こんなに楽しい、大切な学園みたいに……」

 

 スレッタはぎゅっと胸の前で手を握りしめる。

 

 自分が掴んだものを離さないように。

 

 それがきっと……

 

 

 

 そして、コクピットの中でスレッタはエアリアルへと呼び掛ける。

 

「株式会社ガンダムで、エアリアルと一緒に世界をもっと良くしたい! 医療で、宇宙開発でみんなを幸せにしたい……!!

 それでみんなと一緒に、もっともっとドキドキしたい、新しいこともしてみたい……!」

 

 その見果てぬほど大きな夢が、

 

「私の……ロマンだから!!」

 

 学園に来て、漠然とした目標を飛び越えて形作られた夢。

 

「だからお願い、エアリアル……! 私の夢のために、力を貸して……!!」

 

『―――――!』

 

 余人には聞こえない声なき返事。

 

 だけれど、その答えは明白だった。

 

「っ、これは……!」

 

 アンチドートの発生下。にもかかわらずエアリアルの周りにガンビットが集結していく。

 

 赤い血管のようだったシェルユニットの発光が青くなっていく。

 

「そうか、それが本当の水星ちゃん……いや、スレッタ・マーキュリーなんだね?」

 

 まるで物語に出てくる魔法使いのように。

 

 少女の夢を叶えるべく、エアリアルは覚醒した。

 

 

 

「行きます、シャディクさん……! 私のかなえたい、ロマンのために……!!」




まだまだお母さんへの依存心は強いけれど、ちゃんと夢は持った本作スレッタちゃん。

まあ叶えるにはたーくさん障害があるのですが……なんとかなるかな?



「こんなすてきな夢ができるなんて、やっぱり学園に行かせてくれたお母さんはすごいなぁ♪」



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51. 王子とロマン

ずっと引っ張ってたシャディク過去回です。

温めてきた話だけに、ちょっと怖い気持ちもあります。よろしければどうぞ…!


「シャディクは……本当に変わったよね」

 

「同じことをよく言われるけど……そんなにかな?」

 

 シャディクは肩をすくめながらエナオに尋ねる。

 

 それはいつかの日常で。授業終わりに寮でくつろいでいるときに言われたこと。

 

 だけど同じように「シャディクが変わった」と伝えてくる学生は多かった。

 

『前よりも優しそうに見えます』

 

『話しかけやすくなりました』

 

 なんて異口同音に。

 

 おかしな話だとシャディクは思う。

 

 昔からシャディクは人の顔ばかりを気にして生きてきた。

 

 祝福など受けられなかった自分の生まれに、同胞も仇も平等にいない世の中に、そしてその中で胸に抱いた大望のために。常に笑顔の仮面を作って、誰からも好かれるように過ごしてきた。

 

 だから、自分の素を一瞬でも出してしまったというのは失態に他ならない。だというのにその後の方が、シャディクは周囲に好かれるようになっている。

 

 実際にエナオも微笑みながら言う。

 

「別に、悪いことじゃないわよ? 確かに計画は大きく変わったし、そんなシャディクについていくべきかもみんな考えた。

 でも……今のシャディクなら、もっと大きなことをしてくれそうだとも思ってる」

 

「それは……どうなのかな?」

 

 確かにシャディクや周囲は多かれ少なかれ変化したが、自分の根っこの部分まで大きく変わったということはないとシャディクは思う。

 

 計画のためにテロやクーデターといった武力行使を用いるという選択肢を外したのは確かで、陰謀めいた企みからは解放された。けれど、逆にそれらの短絡的な手段を失ったことで、頭を悩ませる機会は倍増しているのも事実。

 

 だから自分は相も変わらず策士で策謀家のシャディク・ゼネリ。あのバカみたいにまっすぐな男には天地がひっくり返ってもなれやしない。

 

 このままでは今までと変わらず、文字通りに人をたぶらかした妖怪に一生振り回されることになるだろう。

 

「まったく……アイツに出会ったせいで、俺の人生はめちゃくちゃだよ」

 

 それはあくまで自嘲のつもりの呟き。だけど、

 

「ねえ、シャディク気がついてる? 今、すごくいい笑顔になってたって」

 

「はは、まさか」 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 そして今も、シャディクは妖怪に振り回されている。

 

「まったく、あのバカは……とんでもないモノを呼び起こして」

 

 シャディクはミカエリスのコクピットで、青く光り輝いたエアリアルを見ながら苦笑いを浮かべた。

 

 エアリアルの周囲には遊泳する魚のようにガンビットが動いていて、それがまた有機的で異質さを示している。このアド・ステラ世界のどのMSにおいても、こんな事例はないだろう。

 

 ましてアンチドートのコントロール下で動くGUND-ARMなんて。

 

(下手をしなくてもパンドラの箱だ。グラスレーも、いや、世界の全てがエアリアルを中心に動き出すことになる)

 

 そんな規格外の魔女を、あのバカは目覚めさせてしまった。

 

 きっとスレッタに対しても、熱量たっぷりにロマンを引きずり出したのだろう。シャディクに宣言したスレッタには確かな自信と自己が感じられたから。

 

「お前は分かってるのかな? 自分が何をしているのかって」

 

 かつてシャディクはアスム・ロンドをして「夢を見せる才能がある」と評したことがある。それは彼がアスムと出会ってから変わらぬ評価だ。

 

 究極のポジティブ思考。頭十歳児。ロマン信者。

 

 夢という不確かなものを、未来を、他者に信じさせてしまうほどの大バカ野郎。

 

 その夢とロマンに振り回される立場になったシャディクからすれば、このエアリアル覚醒なんてどうやって収拾をつければいいのかわからないほどの事態だというのに。

 

「だけど、それでこそお前だ……!」

 

 エアリアルへ向かってミカエリスを駆りながら、シャディクは笑みさえ浮かべて思い出す。

 

 アスム・ロンドに人生を狂わされた日のことを。

 

 

 

「アスム・ロンド、僕たちの仲間にならないか?」

 

 あのインキュベーションパーティーから三年。ミオリネとアスムと三人で運営してきた会社を成長させ、総仕上げとして売却に踏み切ろうとしていた時のこと。

 

 シャディクはアスムを呼び出して、そう切り出した。

 

 目的は文字通りの勧誘。

 

 それまでの三年間、シャディクは裏でアスム・ロンドという人間を徹底的に調べあげた。シャディクの描いているベネリットグループの解体と、それによる地球と宇宙との戦力格差解消……新たなる冷戦構造の構築のために、彼がどれだけ役に立つか、あるいは脅威かを計るために。

 

 そしてその結果……シャディクは彼を仲間に引き入れようと企んでいた。

 

 シャディクからすれば大きな博打。

 

 これまでその野望を明かしたのは、同じ孤児院で辛苦を共にした仲間たちだけなのだから。

 

 当然だろう。彼の計算ではこの計画の実現のために多くの後ろ暗いことをしなければならない。人殺しや裏切りは当然、虐殺もありうる。それでもこの戦争シェアリングなんて馬鹿げた道理で回っている社会を変革するためには必要な犠牲。

 

 そんな野望を共有できる人間なんて、そうはいない。

 

 だが三年を通して構築されたアスム・ロンドのプロファイルから、うまく彼を引き入れれば大きく計画を進展できるという目算があった。

 

 家族をアーシアンに殺され、スペーシアンの親族にも裏切られた過去。それによる兵器産業からの離脱という決断と、アーシアン差別どころか積極的に支援しようとする姿勢。それは彼がこの社会問題の解決に並々ならぬ信念を持っていることを示していた。

 

 さらにシャディクが目を付けたのは、彼が持つメディアへの影響力。

 

 ベネリットグループの地球への売却に、その後に続く地球と宇宙との緊張関係の維持。それを成し遂げ、世論をコントロールするためにメディアの力は不可欠だ。

 

 グラスレーでは得られないそれを、アスム・ロンドを引き込むことで達成できる。

 

(それに……もしもの時も、彼程度なら始末するのもたやすい)

 

 この頃のシャディクは既にいくつかのテログループとつなぎを作っており、そこにはアスムの家族を奪った者たちも含まれている。それらを利用すればアスム・ロンドを"事故"に合わせられるという事後処理の算段もばっちりという状態。

 

 純粋にシャディクとの友情を信じ、これまでもシャディクが侮られるたびに矢面に立って抗議してくれた少年へ情がないとは言い切れないが、計画のためには切り捨てもやむないと割り切っていた。

 

 そこまで準備し、シャディクは言葉巧みにアスムへと誘いをかける。

 

 この世界を停滞に追いやる罪過の輪と、その打破という最終目標を。

 

 彼好みの理想論でデコレートしながら。

 

「それで……どうかな?」

 

 二人きりの室内に、薄く笑みを浮かべたシャディクの問いかけが響く。

 

 黙ってシャディクの言葉を聞いていたアスム・ロンドは俯きながら、肩をかすかにふるわせており、それだけを見るとシャディクの演説のようなプレゼンテーションに感じ入ったようにも見えている。

 

 だからシャディクは仮面の奥でひそかにほくそ笑んだ。

 

(……かかった)

 

 ひとたび承認すれば、こちらのもの。あとは彼にも工作の片棒を担がせ、共犯関係を結べば終わりだ。彼とて一企業を預かる身なのだから、シャディクが弱みを握ることでコントロールできると。

 

 その考え方は確かに合理的。

 

 しかし一つだけシャディクが考慮に入れていなかったのは……

 

「……シャディクっ!!」

 

「っ!?」

 

「俺は……! 俺は……!! 猛烈に感動した!!」

 

 相手がシャディクの想像を超えるほどにバカだったこと。

 

 アスム・ロンドは涙さえ浮かべながら、シャディクの手を取って言うのだ。

 

「あの時、俺が感じたのは間違いじゃなかった! 俺たちが一緒に動いたら、きっと世界を変えられる! ロマンを実現できるって!! しかもこんなことまで考えるとか……! ほんっとにすごい! 打ち明けてくれてありがとうっ!!」

 

「あ、ああ……」

 

 直観的に『まずい』とシャディクは思った。

 

 言うなれば見えている爆弾に着火してしまったような悪寒だ。

 

 本来なら自分がこの熱量を操って、自分たちの有利に動かさないといけないというのに、目の前の少年は赤熱する太陽のようにテンションを上げ続け、コントロールするどころではない。

 

 シャディクの困惑を他所に、少年は夢見ごこちに語り続ける。

 

 自分もこの世界の仕組みを変えたかったこと。そのための仲間が欲しかったこと。地球と宇宙との格差と、それによって生まれる戦争に心を痛めていたこと。

 

 そこまではシャディクにとって計算通り。

 

 その後に言われた一言以外は。

 

「これで世界中が幸せになれるなっ!!」

 

「しあ、わせ……?」

 

 目を輝かせながら、純粋すぎるほど純粋に放たれた一言に、今度こそシャディクは頭を真っ白にさせた。

 

 なぜなら、それはシャディクが知らない概念であり、そして計画には考慮されていなかったことだから。

 

 アスム・ロンドは気圧されるシャディクにかまわずまくしたてる。

 

「だって、お前はこの世界から戦争をなくそうとしているんだぞ!? 誰も兵器で死ぬこともない、虐げられることもないっ! みんなが笑って、平和に暮らせて、学校も、食料も、手の届く場所にある!! そんな未来を創ろうとしてるんだっ!!

 お前の夢はすごいロマンにあふれてる!!」

 

「…………っ」

 

 違う、とシャディクは反射的に言おうとした。

 

 シャディクの思い描く未来は、そんな間が抜けたほど単純なものじゃない。

 

 ベネリットグループの権力を握るだけでもどれだけの血を流すかわからない。テロのような後ろ暗い方法だって当然のように用いなければいけない。

 

 ましてシャディクの想定では、最後には地球と宇宙との間に果てしなく続くにらみ合いを作ろうともしている。

 

 断じて、みんながハッピーエンドなんていう未来を描けていない。

 

(お前は説明をまともに聞いていたのか? それともそれが理解できないほど楽天的だったのか?)

 

 だがシャディクの戸惑いを理解してか、アスム・ロンドは笑顔で言うのだ。

 

「できるさ、お前なら! だってお前は、こんな世界を変えようとしているヒーローなんだからっ!」

 

「ひー、ろーだって……?」

 

「ああっ! それでお前の活躍が子供たちの夢になる。俺たちの子供も、そのまた孫も、みんなが世界を良くしようとしたお前の物語を聞いて、それで次は自分もって希望を持つようになる。

 ずっと思ってたんだ。ヒーローが必要なんだよ。この世界には子供たちが憧れるヒーローが……!」

 

 それがシャディク・ゼネリだと。

 

 ギラギラした眼で言い放つアスムは、シャディクからは甘言で誘う悪魔にも、世の理から外れた魔の者のようにも感じられた。

 

 その育ちからシャディクの知らない、知るはずもなかった甘い理想を与えてくる妖怪。

 

 妖怪ロマン男。

 

 何処までも楽天的に、楽観的に。未来に待つのがハッピーエンドだと少年の強い視線が語り、交渉だからと視線を逸らすことを許されないシャディクは、真正面からそれを受け止めさせられる。

 

 そして自分も幻視してしまうのだ。

 

 幸せもヒーローなんて概念もシャディクの人生には何一つなかったというのに、あまりにも少年の語り口が確信に満ちていて。

 

 既に血にまみれていると思っていた自分の手が、誰かの幸福を生み出せるのではと……希望を持ってしまった。

 

「やってやろうぜ、シャディク! アーシアンもスペーシアンも関係ない。みんなが幸せでロマンを掴める世の中に! そうしたらきっと……俺の夢だって叶う!」

 

「ちょ、ちょっと待て……! そもそも……君の夢はなんだ?」

 

 それは、このまま吞まれまいというシャディクの苦し紛れの方向転換。

 

 だがアスムは「よくぞ聞いてくれました!」とばかりに椅子から立ち上がり、宙を見上げて宣言する。

 

 

 

「俺はこの世界から……モビルスーツをなくすっ!!」

 

 

 

「………………………………は?」

 

 そして、再度シャディクは頭を真っ白にした。

 

(ちょっと待て、このバカは何を言った?)

 

 ベネリットグループに属しながら、あれだけロボットに熱意と執着を燃やしながら、そのモビルスーツをなくす?

 

 文字通りの妄言としか聞こえない言葉。

 

 しかし言い間違えたというわけでもなく、妖怪は続ける。

 

「正確にはモビルスーツを兵器から解放する! 人を守ってロマンを体現するスーパーロボットに回帰させる! それが俺の最終目標だ!」

 

 詳細に語ったところでさらに訳がわからない内容にシャディクは思わず反論してしまう。

 

 おそらく今現在のシャディクなら、ここで話に乗ってしまった時点でアウトだとわかっているが、熱にうかされた状態ではそんな判断はできていなかった。

 

 これがロマンという沼への手招きだと知らないまま、シャディクはアスムを促してしまうのだ。

 

「そんなの……できるわけがないだろう。グラスレーもジェタークも、ペイルも……いや、グループ全体が敵になる……!」

 

「いーや、できるねっ! ついでに未来予想図もできてるし、計画も実行中!!」

 

 いつの間にか攻守は逆転している。アスムがシャディクへと熱弁をふるう番へと。

 

「結局、戦争シェアリングも兵器に需要が生むために無理くりやってることだろ? ドローン大戦を繰り返さないためとか父さんは言ってたけど、それは当初の理想論。

 今はその聞こえのいい名目で経済を回してるだけだ。

 だけどさ、実際には地球の貧しい人たちの間で兵器需要を生み出して、金を巻き上げてるだけ。最後は地球も宇宙もどんづまりなのは目に見えてる」

 

「あ、ああ、その通りだ」

 

 だからこそシャディクはスペーシアンにも平等に緊張感を与えて、双方に軍備拡張をさせることで経済が回るようにするつもりだった。

 

「うーん、それも確かにありだけど……。だいたいアニメだとそれで絶滅戦争に行っちゃうし、宙と大地とでにらみ合ってたら発展も何もないじゃん?

 だから俺は別の案を考えたんだよ! 富裕層のスペーシアンもMS開発に投資するように!

 方法はなにかって? エンタメだよ!」

 

「まさか……MSを娯楽の道具にするというのか?」

 

「さっすが理解速い! だからアニメ流して、ルネサンスよろしくロマン再興やってんだよ!

 それに……知ってるか? アスティカシア学園で決闘の試用が始まってる。それを聞いたときビビッと来たね! このフォーマットは役に立つ!

 MSを使った試合をプロ競技化して、それを中心に経済が回るようにする! そうすれば戦争以外でもMSや兵器に需要が生まれるだろ?」

 

 地球に、宇宙に、無数の競技場を作り、人が死なないMS競技を開催して経済を回す仕組みを作る。そうすればMS開発をとどめることなく……いや、兵器としての廉価性や汎用性の追求を廃して、さらに高性能機の開発に集中できると。

 

 なによりそうすれば……モビルスーツは人殺しの兵器から解放される。

 

「ワクワクしないか? 地球で、水星で、月で、もっともっと人類が先に行けば太陽系の外で! スーパーロボットたちが活躍する! みんなが楽しみながらお金を投じて、ロマンが世界を回していくっ!」

 

「アニメ放送の影響と意識変化は検証できたから、次は学園でもいろいろやるつもりなんだよ! まずはアーシアン差別が酷いって言うから、そこから変える! 将来、地球で事業が回せるように学生から意識改革!!」

 

「それから決闘をエンタメ化するのも試さないとな! よぉーし、俺はリアルのヴィクトリオンを作って乗り込んでやる! 実況解説に出店にスタジアム! MS大暴れの体育祭もいいなっ!!」

 

「やることはいっぱいだけど、まずは三年間! アスティカシア学園からロマンを始めて、最後は世界に!」

 

 「それが俺の夢の形だ」と興奮冷めやらぬ様子でアスム・ロンドは言い切った。

 

 そして、

 

「…………いや、バカな」

 

 シャディクはその言葉に強く頭を抱えた。

 

 頭の中がまとまりが生まれないほど混乱していた。

 

 そもそも妖怪が言っていることは全般的に無理がある。

 

 ベネリットグループがそんな方向性に舵を切る可能性が皆無の上に、今のアーシアンとスペーシアン対立から地球と宇宙を巻き込んだエンタメ旋風が生まれるわけがない。

 

 既にあるMSの兵器需要はどうする? 一時的にでも戦争を止められない限り、そんな急な方向転換など承認されるはずもない。

 

 さらにスポーツで街おこしなんていくつもの事例があるが、失敗したのがほとんどだ。その更に大規模なものをロマンの一言で実現しようなんて妄言どころか、幻覚でも見ているようなもの。

 

 そんな何万もの否定の言葉は出てきても……シャディクにはそれを口に出すことはできなかった。その理由は自分でもわからない。

 

 あるいはアスムがシャディクとの出会いによって、その夢が形になると無邪気に信じているからか。それともその甘すぎる理想の先に、自分のような子供の笑顔があるかもしれないと毒されてしまったからか。

 

 ……その両方か。

 

 そして、アスム・ロンドはシャディクの手を潰すほどに握りしめながら言うのだ。

 

「不可能? 無理? 言わせておけよっ!

 だって俺達が生きてるこの世界だって、昔の人には夢物語だった。宇宙進出も巨大ロボットも、みんなみんなファンタジーから生まれてる!

 俺たちは誰かのロマンの上で生きてるんだ……! だから、きっと俺たちの夢も……!!」

 

 それがロマンだからと。

 

 疑いもしない目で。

 

「…………」

 

「どうだ? いい夢だろ♪」

 

「…………ほんとに、お前はバカだったんだな」

 

 シャディクに出せたのは、それが精いっぱいだった。

 

 ほうとため息を吐きながら、椅子に背を沈ませる。

 

 どっと疲れが出て、めったにないほどに動悸が止まらない。

 

 せめてと考えたのは、このどこまでも壮大な夢物語をぶち上げた男を、本当に仲間に迎え入れるのかという当初の目的のこと。だがそれを頭によぎった途端否定する。

 

(……俺には、こいつを制御することができない)

 

 むしろ今この時さえ、この底抜けのロマン主義に当てられてしまってる。

 

 直射日光に焼かれて、頭がくらくらするようだ。

 

 シャディクの頭には処理しきれないほどの熱が押し込められて、このままではシャディク自身の計画にもノイズが入ってしまいそうで。

 

 だから、この男への対処をまずは考えないといけないと……

 

「あ、もしもし、ミオリネ? シャディクがすごい夢を教えてくれてさ! そうそう、ベネリットグループを地球に売って、世界平和をつくるんだよ!」

 

「お前はなにをやってるんだ!?!?」

 

 思わずシャディクは妖怪の首根っこを掴みながら叫んでいた。

 

「へ? だってこんなすごい夢なんだからミオリネも誘わないと……」

 

「おまっ……! このバカはっ……!!」

 

 必死に止めようという行動は……どう考えても遅きに失している。

 

 妖怪から奪った端末には呆れ顔のミオリネが映っていて、じーっと見定めるようにシャディクを見つめていた。

 

 そしてそんな彼女の口から出たのも、意外な言葉。

 

『もしもし、シャディク?』

 

「っ、ミオリネ……」

 

『乗るわよ』

 

「……は?」

 

『だからその案、乗るって言ってんの。

 糞親父の地盤をめちゃくちゃにするのにちょうどいいし、このままじゃ、ベネリットの先行きが悪いのは分かり切ってたもの』

 

「さっすがミオリネ! よっ、将来の女帝!!」

 

『そうなったらアンタの会社は真っ先に斬ってやるから』

 

「ひでえ……!!」

 

「なっ、なんで……」

 

 わからない。

 

 それがシャディクを支配した感情だった。

 

 ミオリネにだけは知られてはいけない野望だったというのに、こんなあっさりバラされて、しかも当のミオリネまで乗り気。

 

 もう計算なんてどこかに消えてしまった。

 

 だけど初めて、

 

「………………はは」

 

 シャディクは顔を覆って、心の底から小さな笑い声をあげた。

 

 そして一秒だけ沈黙し、顔を上げたシャディクは微笑みながら言う。

 

「……悪い、二人とも。ここまで話をしておいてなんだけど……今は、冗談っていうことにしてもらえるかな?

 二人のせいで、いろいろと考えなくちゃいけないことが増えてしまったから」

 

「おっ! そっか! じゃあさ、アスティカシア卒業するときにまた話そうぜっ!

 俺はそれまでにロマンを学園に広めてみせる! だからその時に……!!」

 

 

 

「教えてくれよ、お前のロマンを……!!」




この先原作でも出るかはわからないですが、ハーフとして望まれない生まれだったシャディクにとっては、たぶん夢を見るなんてできなかったんじゃないかなと。

アニメで野望が進んでいるのに欠片も楽しくも嬉しくもなさそうなシャディクを見て思っています。



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52. 友情とロマン

すごく大事な回だったので、めちゃくちゃ時間がかかる+長くなってしまいました。でも、ここまでは描きたかった!

よろしければお楽しみくださいませ。


『教えてくれよ、お前のロマンを……!!』

 

 

 

 無責任で無鉄砲な言葉をロマン男が言い放って数年。

 

 だが、そんなことが世界の片隅であったからとて、地球と宇宙の問題が大きく様変わりすることはなかった。相も変わらず搾取される側とする側の極端な二極に別れ、世界は緩やかに衰退への道を歩んでいくばかり。

 

 そんな中、シャディクはグラスレーでの地位をさらに固めて後継者候補としてアスティカシア学園に入学し、アスム・ロンドもまた宣言通りに自作スーパーロボットを引っ提げて学園中を混乱の渦に叩き落とし始めていた時のこと。

 

「やあ、体調は大丈夫かい?」

 

「…………」

 

 シャディクは少しだけ疲れた顔をしながら、医務室を訪れていた。

 

 人工の夕暮れに照らされた、オレンジに染まった小さな病室。清潔で、薬品の匂いが香る、かつての自分たちが求めても得られなかった医療という贅沢。

 

 だがシャディクは怪我をしたわけでも、体調を崩したわけでもなかった。

 

 シャディクが来た目的は、その部屋のベッドの上で横になる、頭や右腕に包帯を巻いた少女の見舞い。

 

 その少女……サビーナはシャディクを見ると、力なく尋ねた。

 

「見ての通りだが……私を処罰しに来たのか?」

 

 処罰。

 

 それは言外に『切り捨てる』という選択肢を意味するものだと、シャディクもサビーナも理解していた。むしろ、サビーナもそれが当然だと受け入れるつもりでいた。

 

 サビーナが学園内で行った騒動を思えば、彼らの本来の思惑においても、グラスレーという仮の身分においても、厳しい処分は当然だろうと思っていたからだ。

 

 けれどもシャディクは首を横にふることで否定する。

 

「そんなつもりはないよ。この件は"事故"ということでカタがついた。しかも向こう側がわざわざ自分が原因だとか言い出したものだから、グラスレーとしても痛手がない形でね」

 

「…………ロングロンドか」

 

「ああ、その通りだよ」

 

 わざわざ"被害者"が自分が悪いとリスクを背負ってまで頭を下げてきたのだ、元々グラスレーも事を荒立てたくもなく、故意か事故かの判別もつかない状態。学園でのちょっとした騒動として、世に出さずに済ませて良いのならと双方が合意した。

 

 そしてシャディクとしても、今まで副官として信頼を寄せてきたサビーナを処断するというのは苦しいものがあった。

 

 冷静にして果断。サビーナはいつでもシャディクを支えてくれたのだから。

 

 だからこそ、シャディクはサビーナに尋ねた。

 

「なあ、サビーナ……どうして、こんな決闘を仕掛けたんだ?」

 

 それは、答えを求める口調ではない。

 

 むしろ、その答えは分かっているのだけれども、自分でも認めたくないというようなそんな逃げから生まれた質問だった。

 

 あのサビーナがどうしてこんな大事になるような決闘を挑んだのか。しかも……シャディクとは"表面上"友人関係であったアスム・ロンドと。

 

 そしてその結果として、サビーナはこんな形で入院をしてしまっていた。

 

「君らしくない。あんな無茶な条件まで出して」

 

「……ああすれば、たいていの男なら乗ってくると思っただけだ」

 

 決闘は双方が勝敗に係る要求を合意することで成立するが、サビーナが出した条件は大いに問題だった。なにせ勝った場合は『アスム・ロンドはシャディクと今後一切の関わりを持たないこと』。サビーナが敗北した時は『サビーナ・ファルディンは勝者の要求を無制限に実行すること』。

 

 という聞くだけでわかる、サビーナらしくもないめちゃくちゃな条件。

 

 だが、サビーナとしてはそれこそ『なんでも受け入れる』というところを強調して戦いに誘い出した。誘い出さなければいけないと思っていた。

 

 年頃の男子学生に、しかもベネリットグループの一社長としてサビーナの来歴を知りうる者に対価として差し出すには、あまりにもリスキーな条件だとしても。

 

「元々、奴になにも許すつもりはなかった。勝っても負けても、な」

 

「つまりサビーナは……最初から死ぬつもりだったのか? アスムを巻き込んで、あんな自爆までしでかして」

 

 シャディクの承諾も得ないまま、単身実行した決闘。

 

 ハインドリーとヴィクトリオンとの一騎打ちの形式で行われたそれは、ヴィクトリオンが優勢で進んでいた。軍隊仕込みの整った戦法をとるサビーナにとって、トリッキーにもほどがあるアスム・ロンドの動きは対処しきれるものではなかったのだ。

 

 そしてその決着がつこうとした刹那……ハインドリーがアスムの乗るヴィクトリオンに組み付き、大爆発を起こした。

 

 シャディクには分かっている。それが事故ではなくアスム・ロンドを殺害することを目的とした自爆であったと。

 

 サビーナは自嘲するように包帯のない手で額を押さえながらつぶやく。

 

「少なくとも、アスム・ロンドを排除するのは最低条件だったさ」

 

「……どうしてだ? アイツはベネリットの一社長だぞ。仮に事故を装ってコクピットを狙ったとしても、その後は君へ厳しい追及が向かうはずだ」

 

「それも承知の上だ。お前も言っただろう? 最初から死ぬつもりだったと。私から万が一にもシャディクと計画のことが漏れないよう、幕引きは自分でやるはずだった。同級生を死なせた自責の念だとでも言えば、筋は通るからな」

 

「だから、どうして……」

 

「わからないとは、言わせない」

 

「っ……」

 

 サビーナの静かな言葉に、シャディクは黙らされる。

 

 それは言外に責任の所在を明確にするもので……そしてシャディクにはその自覚があった。

 

「俺が……俺の煮え切らない態度が原因か」

 

 シャディクは奥歯を噛みしめながら言う。

 

 心当たりならば、ありすぎるほどある。

 

 シャディクもサビーナも同じグラスレー出身で地球にルーツを持つ孤児。そしてこの世界を変革させようと決意を共にした同志でもある。

 

 そしてとうとうグラスレーのバックアップを受けて学園に入学し、その身分を使って計画を実行する寸前まで来ていたのだ。

 

 だというのに、彼女たちのリーダーであるシャディクに異変が起きていた。

 

「支援組織を一方的に手切れ……いや排除したかと思えば、計画は実行するとばかりに裏工作は指示し、かといってアスム・ロンドやミオリネ・レンブランとの交友関係は健在。

 ……お前の行動は私からは整合性のない、迷いだらけのものに見えた」

 

「ああ、そうだね……自覚はあるよ」

 

「今だってそうだ……。昔のお前なら、こんなところに会いに来ることもせずに私を処分していただろう。私たちが信じていたお前なら」

 

 サビーナはシャディクに期待をしていた。

 

 大人たちの理不尽に巻き込まれ、得られるはずだった幸福を奪われてきた自分たちを率いて、この世界のルールを壊そうとする指導者。そんな彼を支えるためならば、全員が命を投げ出してもいいとさえ思っていたというのに。

 

 そのシャディクが迷ってしまえば、自分たちはどうすればいい?

 

 自分たちの目指していた大義はどこに向かえばいい?

 

「変わっていくお前が不安だったんだ。だから、原因を求めた。お前に元に戻ってもらいたかった。そして……アスム・ロンドを排除しなければいけないと思ったんだ。奴がお前を篭絡したのだと、そう思わずにはいられなかった」

 

 アスム・ロンド。

 

 恵まれた生まれ、恵まれた地位、恵まれた才能。それでいてアーシアンの盾になったり、学園で突拍子もない行動をとる狂人。

 

 彼がシャディクとミオリネ・レンブランと共に起業した顛末を加味しても、そんな男が遊びのようにシャディクを惑わせているのなら……許せることではない。

 

「それにロングロンドに条件を伝えた時、奴はすぐに乗ってきたからな。欲に負けるくだらない男だと決意は固まったよ」

 

 だから命を懸けて使命を果たそうとして……

 

 けれどもそこでサビーナは口をつぐむ。

 

 まるで自分が見てきたものが夢幻だったのではないかと思うような、そんな様子で。

 

 そしてシャディクはサビーナの揺れる瞳を見ながら、静かに確認した。

 

「だけど、もうそんな風には思えないんだろう? アイツは君が欲しかったわけでも、ただの考えなしでもない。なにより、君はアイツに救われてここにいる」

 

「まったく……なにを考えていたんだろうな」

 

 サビーナは追想するように目を閉じる。

 

 ヴィクトリオンのコクピットが開かないようにハインドリーで羽交い絞めにしていたというのに、なぜかヴィクトリオン頭部の口パーツが開いたかと思えばロマン男が飛び出してきて。

 

 それで逃げ出すのかと思ったらハインドリーのコクピット目掛けて個人携行のブースターで飛んで来るという奇行に走ったバカ。

 

 そしてサビーナのいるコクピットを外部から開けて、動揺するサビーナを無理矢理に引っ張り出して脱出したのだ。

 

 元々ハインドリー自体がパイロットの生存を優先するために外部からハッチを開けられる造りになっているのを知っていたのだろうが、あの異常な状況下で救助のためにためらいなく男は突っ込んできた。

 

 しかも、自分を殺そうとしていた相手を命がけで助けるために。

 

「さっき、アスム・ロンドがここに来たんだ」

 

「なんとなく何を言ったのかはわかるけど……アイツはなんだって?」

 

「『これからは自分を大事にしろ』、それが私への要求だそうだ。

 ……この体でも金でも他になんでもあるだろうに、それだけ守ってくれればいいと言われたよ」

 

「そうか……」

 

 アイツらしい、とシャディクはそんなことを思った。

 

 同時にサビーナの心中も、その動揺も分かってしまう。

 

(俺にも君にも、そう言ってくれる人はいなかったものな)

 

 シャディクは最初から、サビーナも戦争によって。本来は庇護されてしかるべき年齢だった少年少女は、幼いころから自立を余儀なくされてきた。グラスレーの施設で表面上は裕福に見えても、それは変わらない。

 

 むしろ会社が求める、役に立つ人材であること……大人になることを求められる日々。

 

 誰かに甘えることも許されず、むしろそんな弱みを見せれば切り捨てられるだけの立場だ。

 

 だから自分たちだけでやろうとしていたというのに……

 

「シャディク……彼はなんなんだ?」

 

 サビーナは心の底からわからないというようにつぶやく。

 

 そしてそれはシャディクも同じだった。

 

「さあ、なんなんだろうね……」

 

 わからない。

 

 そう、わからない。

 

 シャディクには全てがわからなくなっていた。自分がなすべきことも、進むべき方向も、傍から見れば親友であるともいえるアスムやミオリネとの関係も、なにもかもが。

 

 そしてその原因は……あの日のロマンにまみれた子供の夢。

 

(いつからだろう、お前の言葉が頭をちらつくようになったのは)

 

 最初は何をしていても平気だった。

 

 友の仇だと知っているテロリストを利用することも、紛争をコントロールして地位を上げることも。

 

 むしろその異常な"平気"こそが彼には必要だった。

 

 革命なんてなにかに酔っていられなければ成し遂げられることではない。迷いがあれば不可能な夢物語。だからシャディクは犠牲にも良心にも背を向けて、いつでも笑顔の仮面をつけたままで野望に耽らなければいけなかったというのに。

 

 だけれどその横で、バカは夢に向かって走っているのだ。満天の笑顔で、物語の主人公のように。

 

 学生の身でありながら理事になって、学園内で不当な扱いを受けた学生がいれば盾となって決闘をして、そしてあのヴィクトリオンを使ったバカみたいな戦い方でグエルともライバル関係になって学園中を盛り上げて。

 

 すべて、彼が語った夢の通り。

 

 そしてそれを知るたびにシャディクの脳裏にはだんだん『これでいいのか』という疑念がわいてしまった。狂気から覚めてしまったのだ。

 

 シャディクとて罪悪感がないわけじゃなかった。人の命が失われることに、それを自らの手で実行することに躊躇いがないわけがない。

 

 それでも世界を変えるには他に手がないから、自分たちがやるしかないからと思っていたからこその計画だったのに。

 

(お前が見せた希望は……俺には毒だったんだ)

 

 何かをするたびにアスム・ロンドの夢がちらつく。

 

 ヒーローだとか、世界平和だとか、笑顔だとか。

 

 シャディクが知らなかった眩しい何かを押し付けて、そして頭の中でささやく。

 

 もっと救える命があるんじゃないか、もっと人を傷つけない方法があったんじゃないか……優しい世界が作れるんじゃないかと。

 

 なまじ眩しすぎる希望を見てしまったせいで、シャディクの計画を動かしていた世界への諦観が揺らいでいった。

 

(なあ、俺はどうすればいい?)

 

 答えなどもらえないとわかっていながら、幻の中の妖怪に尋ねる。

 

 今さら何もかもなかったように友達になれるとでも? 自分はその友達の仇と共謀していたのに?

 

 今さら平和主義者になってロマンを追い求められるとでも? とっくにこの手は血でそまってしまっているのに?

 

 もっと早く出会えていれば、いや、グラスレーではなくロングロンドに拾われていれば、なんていくつものもしもを思い浮かべながらシャディクは底知れぬ苦悩を抱き続けて……

 

 そして、その迷いの末にシャディクが起こしたのは彼の人生において一番の"間違い"だった。

 

 

 

 

「シャディク・ゼネリ、俺と決闘しろ! タイマンだ!!」

 

 数日後、ロマン男は威風堂々とシャディクを指さし宣言していた。

 

 アスティカシアの校舎前で、多くの学生が取り巻く中。どこかのアニメやドラマで見たような絵になる光景の中で少年が言う。

 

 宣言とともに放り投げたロマン男の制服が宙を舞い、シャディクとのちょうど真ん中に落ちる。

 

 その宣言を、シャディクは苦い顔で受け止めていた。彼にはアスムのその宣言がまるで理解できない狂ったもののように感じられていた。

 

 シャディクは奥歯をぎしりと鳴らしながら言う。

 

「どういう、ことだ……? なぜ君が俺に戦いを挑む? "ホルダー"の君が」

 

 そう、シャディクとアスムの真ん中にある制服の色は白。アスム・ロンドはホルダーの証である白い制服を放り投げながらシャディクに決闘を挑んだのだ。

 

 こんなものに価値はないというように。

 

(バカな、どうしてわからない? これがお前にとっての最適解だろうに)

 

 既にミオリネの婚約者が決闘によって選ばれると公布されており、ミオリネの入学前と言えどアスム・ロンドにはその資格がある。このまま彼がホルダーになれば、御三家と並ぶほどにロングロンド社は力をつけられる。

 

 それに以前のホルダーであったグエルともあれだけ戦っていただけに、学園ナンバーワンという称号にロマンを感じていたことも間違いない。

 

 なのにわざわざ決闘を、それも学年三位で自分と互角以上の力があると認めているシャディクを相手に挑むなど、一つも合理的ではない。

 

 だが妖怪は勝気に笑いながら言うのだ。

 

「ははっ! わかってんだろ? 俺が求めるロマンはこういうことじゃないって!

 だから俺がお前に求めるのは、もう『こういうこと』をしないこと! 逆にお前が勝ったら、この結果も何もかも受け入れて言う通りにしてやるよ!」

 

 言外に少年が言う意味を、シャディクは知っている。

 

 もう"決闘に横やりを入れるのはやめろ"ということだ。

 

 アスム・ロンドがホルダーになったのは、当然に前ホルダーのグエルを決闘で破ったから。

 

 グエルとアスムとの決闘自体は珍しいことではなく、本人たちもそのぶつかり合いを楽しんでいる節があったが、いつもは僅差でアスムが負けていた。

 

 しかし、今日に限って結果が違う、

 

 グエルに機体トラブルが発生し、結果的にアスムが勝者となったのだ。

 

(証拠なんてなかったはずなのに……またお前の野生の勘か、あるいはグラスレー内部に子飼いがいるのか)

 

 もちろん機体に細工をしたのは、シャディクが買収していたジェターク寮の学生。

 

 シャディクがそうした理由は言うまでもなく、アスム・ロンドをホルダーにすることだ。

 

 シャディクはそんなアスムの視線から目をそらすと、愚痴るように言う。

 

「理解できないな……。このままお前がホルダーになればいいだろう? ミオリネも気心知れたお前なら安心して学園生活を送れる。ロングロンドはミオリネの後ろ盾を得て、躍進できる。

 口上でも言われているだろう。この決闘は、結果だけが真実だと」

 

 だから裏工作でもなんでも受け入れればいい。そんなものは全て自分が引き受ける。

 

 シャディクはサビーナとアスムとの決闘から、一つの諦めを抱いていた。

 

 もはや最側近である彼女すら追い詰めるほどに堕落してしまった自分に為せることはない。だったら同じく世界を変えようとしている同志として、アスムの不可能な夢を後押しするくらいしかできないと。

 

 シャディクはこれからあらゆる手を使って、最後には武力や暗殺という手を使ってでも、アスム・ロンドをホルダーにするつもりだった。

 

 そうすれば彼自身もミオリネも幸せになれる。世界も変わるかもしれない。

 

 少なくとも今よりもっと少年は夢を叶えられる地位を手に入れられる。

 

「なのに、なにが不満なんだ……!」

 

 自分が野望を諦めてまで力を貸しているというのに。

 

 シャディクの困惑に、妖怪は歯をむき出しに笑いながら言う。

 

「それを決闘で教えてやるよ、マイフレンド……!! アニメの定番だからな、友達と殴り合いの喧嘩ってのはな!!」

 

 

 

 わからない。

 

 決闘のさ中、それだけがシャディクを支配する。

 

 自分は最適な答えを用意した。少なくともアスムもミオリネも不幸にならないように、彼らの望みをくみ取って最大限配慮した。

 

 アスムは大きすぎる夢に向かって邁進しているが、それを達成するためにはベネリットグループの頂点、少なくとも御三家をしのぐ発言権を得なければいけないことくらいわかっていたはず。その近道がホルダーとなってミオリネを手にすることだ。

 

 ミオリネもそう。もはや父親になんの期待もしていないのか、あの腹立たしいほどにミオリネを粗末に扱うホルダー制度にも『そう』と冷淡な反応を示していたが、いつもの鋭いまでの強い言葉が出なかっただけで彼女の内心がシャディクには想像できた。

 

 だがアスムがホルダーとなれば、ミオリネは不埒な輩から守られるし自由も保証される。グエルも父親に似ていない気の良い男だとはわかっていたが、勝手知ったる仲の方が気が休まるはずだ。

 

 それに……シャディクも仮に彼らが結ばれるのならば、もろ手を挙げて祝福できる。

 

 もはや計画が修復不可能なまでに乱れた以上、グラスレーでの地位も何もかもに価値はない。自分の存在さえ、これまでの策謀が明らかになれば彼らの足を引っ張るものでしかない。

 

 必要であればグエルやエランを学園から追い出し、自らにも引導を渡す。

 

 それがシャディクが考えた、自分にできること。

 

 けれど、それを……

 

「この、大バカ野郎がァアアアアアア!!!」

 

「ぐっ……!」

 

 バカの大きすぎる声を伴いながらヴィクトリオンが拳を放ち、ハインドリーの顔面を撃つ。

 

 精彩を欠くハインドリーが許してしまったクリーンヒット。だが、本来はそこでブレードアンテナを折ればいいというのに、バカはどこぞの漫画のように頬を殴って吹っ飛ばすだけだった。

 

 プライベートチャンネルだからと、彼らへの利を説いたシャディクへ返ってきた自称親友の返答がそれ。

 

 ヴィクトリオンが腕を組み、仁王立ちになりながら目をビカビカと光らせ、その中で少年が叫ぶ。

 

「こんなこと俺もミオリネも望んでないっての! なに勝手に俺達のことを決めてんだっ!!」

 

 ああ、それは確かにそうだろうとシャディクは思う。

 

 だが、

 

「……お前の方こそ、勝手だろう。いつもいつも、余計なことばかりをまくしたてて、俺が考えたことなんて一つも思い通りにしてくれない」

 

「あったりまえだろが! そりゃお前は頭がいいさ、俺より何十倍も頭がいい!! だけど、お前には大切なものが抜けてる!!」

 

「っ、だったら言ってみろ……! 俺になにが足りないって言うんだ……!」

 

 お前のような良心か? それとも夢を信じる純朴さか?

 

 手に入るわけがない。お前は俺の過去を知らないだろうが、そんなものを抱けるような境遇じゃなかったんだから。

 

 戦闘のテンションと、ロマン男の無責任な言葉に憤りながら、シャディクはそんなことを言ってしまう。

 

(言えよ、言ってみろよ、アスム・ロンド……! お前に俺のなにが分かる……!!)

 

 そして、

 

「お前の幸せが、どこにもねえんだよ……!!」

 

「…………え?」

 

 その涙でも混じったかのように濁った叫びに、シャディクは頭を真っ白にした。

 

 もはや決闘のルールも忘れたように、ヴィクトリオンが力なく倒れたハインドリーの両肩を掴み、顔面をぶつけるような勢いで少年が叫ぶ。

 

「お前の計画ぜんぶそうだ! 俺が全てを被れば、俺が責任をもつから……! 俺が、俺が、俺がってぜんぶ背負いやがって! 今回だってばれたら自分一人が処分されたらいいとかそんなこと思ってんだろ!? ふざけんな……!! それを俺が許せると思ってんなら、俺のことぜんぜんわかってないからな……!」

 

「やめろ……」

 

「いいかっ!? お前はお前が嫌いみたいだけど、俺はめっちゃ好きだぞ!? お前は俺のたった一人の親友で、頼れる仲間で、お前がいなかったら俺の夢だって叶うわけがない!!

 そのお前が……! シャディクっていうお前が、お前自身を大事にしないのがめっちゃむかつくっ!!」

 

「やめろ……!」

 

 もはや泥仕合となった決闘で、二機のMSが取っ組み合う。

 

「なんでお前はいつもそうなんだ……! バカで、まっすぐで、自分勝手で……!! だけどそんなお前がうらやましくなる……!!」

 

 そうだ、とシャディクは思う。

 

 結局、なんで迷っていたのかと言えば、自分もこうなりたかったと思ったからだ。

 

 理不尽があっても、大切な人を奪われても、希望を捨てずに立ち向かう強さも。その明るさで周りを変えて、誰かを守り守られていくまっすぐさも。

 

(こんな俺を、友達だと呼んでくれるお前が……!)

 

 無手になったハインドリーが初めてマニピュレーターでヴィクトリオンの胸を小突く。元から格闘戦など想定していない機体で、シャディクも慣れていない。だけれど、その子供のような不器用なパンチこそが、初めて見せたシャディクの本音かもしれなかった。

 

「だけど、できるわけがない……! お前は知らないだろ、俺がなにをしてきたのかを……!」

 

「ああ、知らないねっ! けど関係あるか!?」

 

「関係あるさ……! お前の仇を利用して、人を殺して……! そんな俺がお前たちの仲間になれるとでも!?」

 

 その質問の答えは……アスム・ロンドにとっては当然一つだった。

 

「うっせー、バーカっ!!!! だったら今からそんなのやめて、ちゃんと仲間になれよっ!!」

 

「っ……!?」

 

「ごちゃごちゃごちゃごちゃ……! んな言い訳はここで全部捨てちまえ……!!

 っていうか、お前の夢は世界を変えることなんだろ?! そのためならなんだってできるってんだろ!?」

 

 だったら、

 

「友達を頼って、惚れた子に告白するくらい! してみせろよ、このヘタレ!!」

 

「そんな簡単に言えるのが……!」

 

「裏工作とかしてる方が難しいだろ、常識的に考えて!」

 

「お前が常識とか口にするな……!!」

 

「じゃあ、さっさと告白しろよ!? 今ここで!! 俺でもわかんだからな、お前がミオリネのことが好きなくらい! なーのに、なにが俺がホルダーやれだ、俺とミオリネがくっつけばハッピーエンドだ!! お前にとっちゃめっちゃバッドエンドだろ!! 頭いいなら、それくらいなんとかしろってんだ!!」

 

「言いたい放題、このっ……」

 

 どれだけ自分の気持ちを殺してきたのかも、自分の思いに蓋をしてきたのかも知らないままで、ひたすらに煽ってくるバカ。

 

 だけどこんな言い争いも、誰かと取っ組み合いになって声をぶつけ合うこともシャディクにとっては初めてで……

 

 もう計算も計画も何もない。

 

 理屈じゃない。

 

 そんなシャディクが考えてきた綿密な知略などとは程遠い低次元のケンカこそがシャディクにとって必要で、与えられてこなかったものなのかもしれない。

 

 俺だって、とシャディクが思った。

 

 仮面はとっくに壊れ、ヘルメットの奥には血走った目と、汗でだらだらに乱れた表情があった。

 

 そして、

 

(俺だって、俺だって本当は……!)

 

「俺は、俺は……!」

 

「言え、言ってしまえ、言うんだ……! 言えよ、シャディク……!!」

 

 

 

「俺は……! ミオリネが……好きだぁああああああ!!」

 

 

 

「ははっ……!!」

 

 子供のように格好の悪い、けれど心からの叫び声をあげた友人を見て、アスム・ロンドは笑う。

 

 戦いの中で愛の告白なんて、少年が考える最高のロマンであるし、何より……

 

「やっぱりお前は最高の友達だ……!!」

 

 そんな友達となら、きっと世界だって変えられると思ったから。




次回:はっちゃけシャディクVSスレッタ決着



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53. 告白

今話はあまり間を開けたくなかったので連続投稿です。


『ばかばっか』

 

 それがアスムとの決闘の後にミオリネから言われた一言だった。

 

 そして、それを言われたシャディクはと言えば、苦笑いをしつつ『そうだな』としか言えなかった。改めて考えても、これまでの自分はバカだったと認めざるをえなかった。

 

 結局あの子供のような決闘は、もつれあいの末にシャディクの敗北で終わり。しかも、あのミオリネへの愛の告白がなぜかスピーカーで流れるというおまけ付きで。

 

 最初はバカがわざと流したのではないかと思ったが……そのバカが必死の形相で否定してるのでとりあえずは信じることにしている。もしかしたら、本当にあのバカには妖怪が取りついているのではないかと思いながら。

 

 そして決闘と告白によって、シャディクの学園での立場は大きく変わった。

 

 プレイボーイでキザな御曹司と思われていたところへ、幼馴染への熱烈な愛の告白。

 

 最初はからかい半分、応援半分、様々な生暖かい視線を受けることになったシャディクは人生で初めて羞恥という感情を味わったのだが、むしろ学生の半分くらいからは、

 

『シャディクも人間だった』

 

『クールなようで一途、嫌いじゃないわっ!!』

 

 なんて好感度が上がるような言葉をもらったりしている。

 

 しかも義父であるサリウスに呼び出された時など、強く叱責されるのかと思えば、サリウスによる『女性へのアプローチ講座』が始まる始末。ちなみに大半が老人の昔はよかったな自慢話だったので、シャディクの人生の中でもっとも無駄な時間を過ごすことになった。

 

 けれど……ある意味で地位も名誉も底に落ちたというのに、シャディクはすっきりしていた。

 

 自分にもこんなバカなことができる心があったということもあったし、いろいろとぶちまけた相手であるアスムがシャディクの負い目も許すと告げてくれたこともある。

 

 そして、とうのミオリネからは上記の呆れ切った返事だ。

 

『……ま、頭の片隅に置いておくわ。けど、そんな子供っぽいこと言うだけで靡く女だと思わないことね。ホルダーになるなりグラスレーを乗っ取るなり、私があんたとくっつくメリットを用意したらそこで考えてあげるわ』

 

 なんて、傍から聞けばトンデモない女だと思われそうなことまで言われたのだが……シャディクもアスムも、そんなミオリネの耳だけが真っ赤だったことを見逃していない。

 

 聞いた瞬間にアスムと顔を見合わせて、声を上げて笑ってしまうほどだった。

 

 それからもちろん、サビーナたちとももう一度話し合う時間を作ることにした。

 

 これからの動き方、暗殺やテロリストを利用することはやめること。そして、アスムやミオリネと協働していけばそれでも計画を実現することはできると、今の気持ちを素直に伝えて理解を求めたのだ。

 

 ただ、この急な方向転換だ。

 

 おそらく一人くらいには刺されるだろうと覚悟していたのだが……

 

『シャディクが決めたことなら、私たちは従うわ』

 

 と苦笑しながらのあっさりの許諾。

 

 彼女たちも元からアーシアンもスペーシアンも憎んでいたわけじゃないし、方法は変えることになっても地球と宇宙の現状を変えるために動きたいという方針は一致している。

 

 迷いを断ち切ったシャディクならばと。

 

 なんだかとんとん拍子に解決していく事態を前に、シャディクはため息をつきながら穏やかに思った。

 

(……俺は、意外と恵まれていたのかもしれないな)

 

 愛されるわけがないし、愛が手に入るべくもないと思っていたというのに、気がつけば周りには自分を支え理解してくれようとする者ばかりがいる。

 

 それは今も苦難に喘いでいる人々からすれば何を呑気にしているのかと憎悪されることかもしれないが、そんな仲間たちを切り捨て罪を背負わせることに意味があるなんて、もう思えなかった。

 

 そして、ホルダーの行方はといえば。

 

「なんだい、結局グエルにあっさりと負けるなんて。これなら俺が手を貸してあげても良かったんじゃないか?」

 

「くっそー……やっぱグエルのやつ、つえーな。まあ、ヴィクトリオンも連戦してたし、予備パーツが少なくてボロボロだったしでコンディション悪いのはあったけど」

 

 元の青緑色の制服に戻ったアスムとシャディクはそんな愚痴を言いながら歩いていた。向かうのはラウンジでラウダと談笑していたグエルの元。

 

 そのグエルは二人が歩いてくるのを見ると警戒するように目を細めたのだが……

 

「すまなかった、グエル」

 

「シャディク……?」

 

 シャディクが素直に頭を下げるのを見て、グエルは毒気が消えたようにぽかんと口を開けたのだった。

 

 シャディクは頭を上げないままで続ける。

 

「お前も薄々と感じてるかもしれないが、前のアスムとの一戦で工作をしたのは俺だ」

 

「大方そういうことだろうとは思ってたが……そのお前が謝罪に来るなんてどういう風の吹き回しだ? お前、そんなキャラじゃなかっただろ。なんつーか、不気味だ……」

 

「まあまあ、シャディクも思うところがあったわけだし。ほら、事故で流れちゃったアレを聞いたらそうした理由も分かるだろ?」

 

 アスムもまた、シャディクを擁護するように。

 

 それを聞いたグエルもあの決闘でシャディクがぶちまけた告白を思い出して、ため息を吐く。

 

「……はぁ、そこまでミオリネ・レンブランが大事だったってのは理解してやるよ。そして二度と同じことをしないというなら俺からはもう何も言うことはねえ。こうしてホルダーの座も奪い返したからな」

 

 仕方ないから許してやるという口調なのに、グエルにはどこか嬉しそうな様子さえあった。

 

 もちろん仕掛けられた時には憤懣やるかたないという気持ちになったのだが、トロフィーなんて役目を押し付けられたミオリネを不憫に思うところはあったし、それを聞いて友人として立ち上がったという心意気はグエルにとっても好ましいものだったからだ。

 

 実際にはシャディクのコンプレックスやら何やらがごちゃごちゃになった末の決闘だったのだが、当事者以外に伝わったのはそれくらいのこと。

 

 ただ、グエルとミオリネにとっても良かったのは、グエルから見たミオリネが誰かが大切にしている女性だという認識に変わったことだった。

 

 幼馴染たちはグエルを見据えて、静かに言う。

 

「「グエル・ジェターク。男と見込んだ、ミオリネを頼む」」

 

「……ああ、わかったよ。ミオリネを粗末に扱うことはしない」

 

 大の男二人が揃って、そう言って頭を下げて願うのだから、それを無下にするのは人としてあり得ない。

 

 そしてグエルは気を取り直すと、二人に言うのだ。

 

「いいか、俺はホルダーの座を譲る気はねえ! だがな……ミオリネとの婚約とかには興味がない。てめえらが卒業するまでにホルダーを奪うでも、ルールを変えるでもなんでもいい、どうにかしやがれ」

 

「そうだね、とりあえずはチャンスを見つけたら挑むとしようか。俺にできる限りの正々堂々で」

 

「うわぁ……、ぜってえ地形トラップとか仕掛ける顔してるぞ。でも、それもシャディクらしくてロマンだな!!」

 

 これがスレッタが入学する前に起こった学園での顛末。

 

 ミオリネも幼馴染たちが動いたことで気が休まったのか、ひたすらにジェターク寮を振り回したりと女王様ムーブで学園に君臨し、フェルシー達をはじめとする寮生に『ミオリネだけは無理』と思わせるほどに暴れまくるようになる。

 

 そしていつか来る決戦のためにシャディクは虎視眈々と準備をしていたし、アスムは相変わらずロマンを探求し続け……

 

 けれど、ホルダーの座は今、グエルでもシャディクでも、アスムのものでもない。

 

 

 

「行くよ、水星ちゃん……!!」

 

 時は戻り、廃墟群の中からミカエリスが飛び出す。

 

 敵は青く輝き、ガンビットを従えたエアリアル。何が起こったのかはシャディクにも分からないが、アンチドートの効果すら受け付けずによみがえった魔女のモビルスーツ。

 

 見るからに不気味……いや、神々しささえ感じる格上の姿。

 

 だがそれでも……

 

「俺は……負けないっ!!」

 

 いろいろと考えたことはある。株式会社ガンダムや、その道を選んだ親友たちの将来も。

 

 だけれど、今この時だけはシャディクを突き動かすのは一つだ。

 

 ガンビットがミカエリスへ向けて一斉に舞い踊る。

 

 乱打されるビームの嵐と、もはや人そのもののような動きでこちらに向かってくるエアリアル。

 

 真正面から向かったら勝ち目はないのが明白であり、シャディクもその愚策はしない。幸いにも盾となる廃墟はいくらでもあるのだ。

 

 決闘仕様のビームは廃墟群の壁を貫通するほどの威力はない。不器用でも狭いスペースに隠れ、純白のボディを擦り傷と汚れだらけにしながらシャディクは戦っていく。

 

 そして、叫ぶのだ。

 

 どこぞのバカの言葉を真に受けて、そしてこの戦いで求める一つだけの願いを。

 

 もはや恥でも何もないとオープンチャンネルでの宣言である。

 

「水星ちゃん! 俺はミオリネが好きだ! 大好きだ!! あの子のことをずっと愛してる!!」

 

「ふぇっ!?」

 

 突然、シャディクらしからぬ口調で聞かされる告白に、エアリアルの中でスレッタが目を丸くする。そしてその瞬間にエアリアルの動きにも動揺が反映されるのだが、それこそシャディクの狙いでもあった。

 

 さっきまでのアンチドートを使ったトリック戦法と理屈は同じ。GUND-ARMは人の意思とモビルスーツを直結させる技術なのだから、乗っている人の精神状態にも依存する。

 

 中の人間を揺さぶれば、他のモビルスーツよりも影響は顕著に出るのだ。

 

(パーメットスコアだったかな? エランのファラクトよりもだいぶ上のはずだろうが、その分、動きが人間臭くなっている。水星ちゃんを揺さぶることこそが、この状況で勝ちを拾うチャンスだ)

 

 もちろんそれとは別に、ミオリネに気持ちを伝えるという意図と、立場上は恋敵であるスレッタへと宣戦布告する意図もある。

 

 だがとにかく、シャディクは大胆にも学園の中で告白をし、そのあまりにも堂々としすぎた姿は熱気を伴って学園中を駆け巡っていく。かつてのそれは事故によるものだったのに、今度は二年越しにシャディクが本気で告白しているのだ。見ている生徒たちも燃えないわけがない。

 

 腹の底の思いをさらけ出すことへの不思議な快感と、それでも燃え盛るような恋心。それをシャディクはぶつけていく。

 

「あいつの気高いところが好きだ! 父親だろうと誰にも決して折れない気の強さが好きだ! こうと決めたら動かないあの頑固さも、めんどくさいところも全部が好きだ……!!」

 

 言いながらビームブレイサーから大型ビームサーベルを起動してエアリアルと切り結ぶ。

 

 一閃、二閃、すぐにビットが周囲を囲むが今度は地面にサーベルを叩きつけて粉塵を起こし、また廃墟の中へと飛び込む。

 

 かと思ったら、

 

「うん、後ろだね……!!」

 

 ガンビットと会話しながらスレッタが迷いなく後ろへとビームライフルを発射する。そこにはキャノンモードにしたビームブレイサーを構えるミカエリスがいたが、その異形の腕をスレッタの狙撃が打ち抜き、ミカエリスもエアリアル同様に片腕となる。

 

「やるな、水星ちゃん……!」

 

「シャディクさんも、すごい、です……! でも……!」

 

 向けられた強い思いには応えないと。

 

 それが先輩から教えられたロマンの作法だとばかりに、スレッタもまっすぐにシャディクへと向かいながら言う。

 

「シャディクさんの気持ち、わかります……! 私もミオリネさんのそういうところ、好きだから……!! だから本当はシャディクさんのことも応援してあげたいけど……でも、今はダメです! 私の、私たちの夢がかかっているから!!」

 

 ミカエリスの右足を、エアリアルのすれ違いざまの斬撃が切り捨てる。

 

 これで今までのような廃墟に潜り込むという方法も取れない。

 

 だが、それでも……

 

「まだ、この足と腕がある……!!」

 

 ミカエリスがふらふらとしながらもブースターを点火してエアリアルへと向かう。

 

 対してエアリアルの周囲には十一のガンビットが勢ぞろい。それは旧時代の長篠の戦のように、つるべ打ちの様相。

 

 けれどもシャディクは止まらない。

 

「俺はミオリネと添い遂げる……!!」

 

 

 

「ミオリネの隣に立つのは……! 俺だっ!!!!」

 

 

 

 歯をむき、獰猛なまでの笑顔さえ浮かべたシャディク。

 

 その気迫はスレッタをおびえさせるが……

 

『大丈夫だよ、スレッタ』

 

「うん……、シャディクさんと同じ。私たちの夢も、大切だから」

 

 だから、

 

「私とエアリアルは、負けません」

 

 エアリアルが手を伸ばすと同時にミカエリスはビームの嵐に飲み込まれた。

 

 両の手足をなくし、頭部さえ破壊されて地に伏せるミカエリス。

 

 それは決闘であっても凄惨な敗北の現場であるというのに。

 

「ふふふ……!」

 

 ミカエリスの中から、シャディクの笑い声が聞こえたのだ。

 

「はははは……! あー、まったく……こんなことをしちゃうなんて。後継者レースには一歩後退かな」

 

 ヘルメットを脱ぎ、汗にまみれた髪をかき分けながらシャディクは愉快そうに言う。

 

 きっと今頃はグエルやアスムと同じように、この告白も学園中に公開されているだろう。というか、自分が公開するようにしてしまったのだけれど。

 

 それがどんな影響を及ぼすかはわからないが……愉快だった。

 

「シャディクさん?」

 

「水星ちゃん……いや、スレッタちゃん。キミとの決闘、楽しかったよ。あんな風に暴れたのはアイツとの決闘以来だ。付き合ってくれて、ありがとう」

 

「い、いえ……! 私のほう、こそ……。でも……私、シャディクさんの邪魔しちゃって……」

 

「ああ、ホルダーのことかい?」

 

 そのスレッタの純朴な後悔に、シャディクは微笑む。

 

「諦めるわけないじゃないか。これから何度もチャンスがあれば、俺は君に決闘を挑むよ? そりゃあ、簡単にエアリアルは倒せないだろうけど、スレッタちゃんに俺の気持ちは伝えたからね。

 あんなことを聞かされたら、キミもこれから戦いづらいだろう? 次こそは、俺が勝たせてもらうからね♪」

 

「え……? え、じゃあ、今の告白も、そのために……!?」

 

「君ももう少し、裏の裏まで読めるようにならないと」

 

 スレッタが慌てている姿を見ながら、あくどそうに言うシャディク。

 

 ただ、対スレッタ相手ならそれでいいのだけれど……

 

『アンタ、それであんなことを名指しで言われた私はどうすればいいのかしら?』

 

「み、ミオリネ……?」

 

 突然、シャディクのモニタに現れたミオリネは静かな表情だけれど、確かな怒りのオーラをまとっていた。

 

 その背後には地球寮生が面白いモノを見たというようににやにやとしており、ミオリネがさんざんにからかわれたことを伺わせる。

 

 やらかした、とシャディクは珍しく思った。

 

 興奮と衝動に身を任せたのは良いが、そうしているロマン男も大体同じパターンになっているので自分もそうなってしかるべきと、そんなことを忘れていたのだ。

 

 ミオリネは静かに言う。

 

『ほんと、ばかばっか』

 

 プツリと、それで終わり。

 

 途端にさーっとシャディクの血の気が引くが、もはやどうすることもできない。

 

『しゃ、シャディクさん、ファイトです……!!』

 

 スレッタの的外れな励ましを聞きながら、シャディクは頭を抱えるしかなかった。

 

 こうしてこの学園にまた一つ、伝説が生まれた。

 

 これが100年先まで語り継がれる『アスティカシア三大恥ずかしい告白』の一つにして、歴史研究家から二年にかけて行われたことが効果的だったと認められたことから、第一弾として挙げられる、

 

 『シャディク・ゼネリの純情』である。

 

 

 

 第二戦はスレッタ・マーキュリーの勝利。これでグラスレーと株式会社ガンダムはどちらも一勝一敗。

 

 勝利は第三戦にゆだねられることになる。

 

 もはや双方に残った人員が限られるので、おのずと対戦カードも決定。

 

 グラスレーのサビーナ、エナオ、レネ、メイジー。対するはアスムとエラン。

 

 株式会社ガンダムからすれば二倍の数の相手をしなければならないし、サビーナたちは凄腕のパイロットと不利な状況だ。

 

 加えて集団戦法を得意とするグラスレーで、四人もいる。おそらく綿密な連携攻撃を仕掛けてくることが考えられ、それをアスムとエランがこじ開けなければいけない。

 

 ただ……

 

「いいか、アスム・ロンド。条件を忘れるなよ? 僕たちがこの決闘に勝利したら、ファラクトを元に戻すと」

 

「えぇ……そんなに嫌か? じゃあ黒くするのどうよ? ファラクトノワールとか、鴉っぽくてよくね?」

 

「まずは翼を取るところから考えろ……!!」

 

「それをすてるなんてとんでもない!」

 

「僕がこのファラクトのせいで、どれだけの苦労をしていると……!!」

 

 始まる前から、白い六枚翼のファラクトに乗ったエランとロマン男がケンカしているので、連携もなにも取れそうになかった。

 

 一方でグラスレー側は対照的。

 

 全員がベギルペンデという同一種に乗っている上に、動きも整然としている。

 

 ぎゃーぎゃーと色物機体が取っ組み合ってる株式会社ガンダムチームと比べると、どちらに勝ち目がありそうなのかは明白だ。

 

 ただ、

 

「全員、わかっていると思うがアレを見ても油断はするなよ?」

 

「コピー。ロマン君だもんね、なにやってくるかわからないし」

 

「あの氷の君のファラクトだっけ? 前は宙域戦闘だったけど、地上戦のデータは少ないし、あっちも要注意だよね♪」

 

「ま、アタシがどっちも倒してやるけど♪ あーでも、そっか……」

 

「レネ……?」

 

 突然レネが隊列から離れてロマン男たちに手を振り出す。

 

 それをいぶかしむサビーナだが、レネは立会人のロウジを呼び出してこう言うのだ。

 

「ねえねえ、ロウジ君♪ 全体の決闘条件とは別に、この戦いに勝った時の条件って交渉してもいいの?」

 

『えっと、そうですね……今回の決闘自体がかなり特殊ですし、双方が合意するなら大丈夫だと思います』

 

「ありがと♪ じゃーあ、ロマン先輩に決闘を申し込みます♪」

 

「おれ……?」

 

 不思議そうなアスムへ、レネは楽しそうな調子で続ける。

 

「そう、もしレネ達がこの戦いに勝ったら……」

 

 

 

「サビーナと付き合ってください♪」

 

 

 

「「…………は?」」

 

 そんなレネの言葉に、当事者のはずのサビーナもアスムも言葉をなくすのだった。




もう一人の恋愛ヘタレもそろそろ決着。

シャディクがあんな風に公開告白したのも、サビーナのケツ叩く意味合いもあったりします。俺だって告白したんだから、迷ってないでさっさとやれと。

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54. 戦争と遊戯

『サビーナと付き合ってください♪』

 

 全校放送にレネのその言葉が流された時、一瞬だけ学園を沈黙が支配した。

 

 その直前までシャディクによる公開告白ver2が流されていたことで学生たちははしゃいだり、口々に噂を広げたりと興奮しきりであったのに、それがピタッと止んだのだ。

 

 しかし知る人は知っている。それが嵐の前触れだと。

 

 

 

「「「はぁああああああああああああああ!?」」」

 

 

 

 学園中から響き渡る大絶叫のツッコミ。

 

 それはとんでもないモノを見たという興奮から、ひそかにサビーナに恋をしていた男子の絶望の叫び、目が肥えたサビーナ親衛隊の『やっと来たか』という推しの幸せを願った歓喜の声やらなにやら。

 

 さらにその中には株式会社ガンダムチームの管制室でモニターを掴みながら取り乱す女子二人がいたりする。

 

 そんなモニターを超えて決闘の会場にまで響き渡る大爆音の中で、その当事者であるロマン男は目を白黒させながらレネに尋ねた。

 

「あ、あの、レネちゃん……つきあうってその……」

 

「えぇー、この期に及んで『買い物に付き合って』とかそういうことに解釈するなら、マジでロマンじゃないですよ? そのまんまの意味です、ロマン先輩♪」

 

「……ですよねー」

 

 言いながらアスムは頭を抱える。

 

 精神年齢十歳児。恋愛ごとには口では興味があると言っていたくせに自分がその当事者になるとはつゆとも思っていなかった男。

 

 それがとうのサビーナから告白されたわけではないという、奇妙な形で恋愛ごとに巻き込まれた結果。

 

『ぷしゅー……』

 

 直立不動で沈黙していたヴィクトリオンの頭部から煙があふれ、ポンと音を立ててブレードアンテナが吹っ飛んだ。

 

 第三回戦、アスム・ロンド敗北……なわけはない。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「どういうつもりだ、レネ……!」

 

 ヴィクトリオンの頭爆発という搭乗者の心理状態を表しているようなリアクションに学園が笑いに包まれる中、まったく笑い事じゃないサビーナが慌ててレネと回線をつなぐ。

 

 こんなことを言い出すなどとはもちろんサビーナは承諾していないし、そもそも、この恋心だって胸にしまって生涯明かすつもりはなかったのだ。

 

 だというのに、こんな場面で。

 

 しかしレネはと言えば、悪びれる様子もない。むしろ堂々とした調子で腕を頭の後ろで組むと、頭部の修復作業をしているヴィクトリオンの様子を楽しみながら言う。

 

「どういうつもりって、じれったいから尻叩いてやったのよ♪ だいたい、アンタが告るつもりなくても、知ってるやつはとっくに気づいてたんだから」

 

「なっ……!」

 

 サビーナが絶句する様子を横目で見て、レネはこっそりため息をつく。

 

 数日前に発破をかけて失敗した時から、この堅物な恋愛ヘタレを動かすには強引に行動するしかないとわかっていた。それがたまたま今日だっただけで、いずれレネはこうしていただろう。

 

 それにサビーナ本人は隠しているつもりでも、サビーナのファンクラブやらグラスレー寮生にはサビーナからアスムへの感情が向けられていることなど周知の事実だった。

 

 冷静沈着で、いつも鉄面皮。淡々と自分の役目をこなす美しくも鉄の女。

 

 それが対外的なサビーナであったというのに、あのロマン男と一緒にいる時だけは口の端を緩ませて少女のような微笑みを浮かべている。

 

 本人は無自覚だろうが、いつもの表情が氷点下の極寒だとすれば、アスムと並んでいるときは春の木漏れ日のような大きな違いだ。誰だって気づく。気づかないロマン男と気づかれていると思わないサビーナが鈍いだけだ。

 

 そんなサビーナの様子を見て、サビーナの過激なファンが『あのロマン男とサビーナ様が釣り合うわけない』などと燃え上がったこともあったが、ファンとは推しの幸せを望んでこそ真のファンという教義の元、意中の人と少しの会話の機会があるだけで上機嫌になるサビーナのいじらしい様子を見る中で『片思いしてるサビーナ様推せる』と方針転換していた。

 

 さらにシャディクがあんな公開告白してまで背中を押そうとしているのだ。

 

 周囲はとっくに『さっさと告ってくっつけ』モードに入っている。

 

 加えて、

 

「っていうか、サリウス代表からの命令、果たさないといけないんでしょ? なにかしらのアクションしておかないと言い訳もできないじゃない」

 

 サリウスからのアスム・ロンド篭絡命令が出ている以上、少なくとも接近しようという姿勢を見せなければサビーナの進退にも関わる問題。

 

 私的にも公的にも、逃げ道などとうにふさがっているのにサビーナの往生際が悪すぎた。

 

 これで本人が心底嫌がっているならレネ達だって妨害のために全力を尽くすが、本人は相手が好きすぎて手が出せないという、何度も言うがヘタレ極まる状態。

 

 むしろ背中を蹴り出さない理由がない。

 

(ま、アタシらの境遇もあるし、素直に言い出せなかった気持ちは分かるけどさ……。でも、アンタが惚れた男なら受け止めてくれるわよ)

 

 当のレネだって彼への恋心はないが、それでも政略結婚で御三家や他のベネリットの重役家系の誰かを選んで結婚しろと言われたら、迷わずアスム・ロンドを選択する。

 

 見かけはどこまでも能天気で、行動は奇人そのものだが、本質的には底抜けに優しく気のいい男性だ。女性に高圧的に接したり、身分が低いからと侮ることなんて想像もできない善人。

 

 それにシャディクの見るも無残だったハリネズミ状態を解消しただけじゃなく、シャディクとともに世界を変えようとしているのだ。

 

 自分でも、他の姉妹のような仲間の誰かでも、彼に託せるというのなら文句はない。

 

 そしてそれは、他の仲間も同じ。

 

「私もレネの意見に賛成。決闘条件はそれでいいわ」

 

「エナオ!?」

 

「あはは♪ サビーナもいい加減に覚悟決めなよ♪」

 

「お、おめでとう、サビーナちゃん……」

 

「メイジーにイリーシャまで……!」

 

 きっとこの様子を聞いているシャディクも、自分たちと同意見だろうとレネは確信している。

 

 むしろシャディクなどは自分が告白してしまったこともあるし、けっこうこの状況を楽しんでいるに違いない。

 

 だが、レネも分かっている。これはあくまで、第三者の余計なお世話。

 

 当事者たちが納得しなければ、この決闘が成立するわけがない。

 

 そして……

 

「……サビーナは、この条件のことどう思ってるんだ?」

 

 ヴィクトリオンの修理を終えたアスムがサビーナに通信してきた。

 

 まだ彼自身の中でもこの状況を咀嚼できていないだろうに、あくまでサビーナの意見を聞きたいという様子。

 

 それを聞くレネ達は苦笑いしながら、

 

『やっぱり、サビーナはいい人を選んだ』

 

 と思ってしまった。

 

 レネ達は客観的に自分たちの容姿が優れていることなど、これまでの半生でさんざん理解しているし、それがために不快な思いをしたことだって数知れない。

 

 『サビーナと付き合える』なんて決闘条件を出せば、男子の九割は二つ返事で飛び込んでくるだろうに、それでも少年はレネ達や学園の熱狂に任せるではなくサビーナの心に寄り添おうとしている。

 

 そして、そう問われた意味をサビーナが一番理解できているだろう。

 

 ここで逃げればアスム・ロンドは深入りしない。だけれど、進めば……

 

「私は……」

 

 サビーナは自信なさげに、口数少なく……

 

「私も、それで、いい……」

 

「……そっか」

 

 まだ迷いの中だと誰の目にもわかる状況。

 

 仲間の思いも、相手の気遣いも、そしてサリウスからの命令違反を公然と表明できないという状況も合わさった結果だが、同意は同意だ。

 

 すかさずレネは上機嫌を装って、アスムへと言う。無理矢理に告白の土俵に引っ張り出して、サビーナを同意させたのだから、最悪の場合はレネが調子に乗りすぎて迷惑をかけたという体で場を納めるためにも必要なこと。

 

 だから、

 

「それじゃあロマン先輩が勝った時のことも考えないとですよねぇ♪ うーん、レネが言いだしちゃったことですしぃ……」

 

 

 

「レネ達五人がメイドになってご奉仕しますね♪」

 

 

 

「「「「はぁああああああああああああああああああああああああああああ!?」」」」

 

 

 

 またも放たれた衝撃発言に学園の男子全員が怨嗟の声を上げた。

 

『レネちゃんと……!』

 

『エナオさんと……!』

 

『イリーシャちゃんに……!』

 

『メイジーちゃんも……!』

 

『『『『そんなことしたらロマン男、マジ〇す!!!!』』』』

 

 地獄のような声に、アスムも慌てるしかない。

 

「ちょ、ちょっと待て!? 俺はその条件は望んでないし……!」

 

「えぇー、レネ達じゃダメって言うんですかぁ……くすん、ロマン先輩がレネ達じゃご褒美にならないって言ってますぅ。……レネ、かなしいなぁ」

 

『『『『それはそれでロマン男、〇す!!!!』』』』

 

「どっちだよ、お前ら!?!?」

 

「珍しいな、キミがツッコミ側に回らされるなんて……」

 

「エラン、教えてくれ……! 俺はどうすればいいんだ……」

 

「笑えばいいんじゃないか?」

 

「笑える状況じゃねえだろ……!!」

 

「少なくとも僕はけっこう笑える」

 

 まだ決闘が始まっていないというのに既にわちゃわちゃと収拾がつかない状況。

 

 このままでは双方が条件を飲むまでに何日かかるかわからないという有様。

 

 だが、それが心底メンドクサイと思っている女帝もおり。

 

 

 

「もうどうでもいいから、その条件でさっさと始めなさいよ」

 

 

 

 とロマン男の生死などみじんも考慮しないミオリネの英断によって決闘の条件が整えられることになった。

 

 ヴィクトリオンの中で、改めてアスムはうなだれながら愚痴る。

 

「はぁ……どうしてこんなことに」

 

「真面目にやってこなかったからだろ。

 それで? サビーナ・ファルディンとのことはどうするんだ? さすがにお前が決闘に集中できないというのは僕としても困るんだけど」

 

「……まずはちゃんと決闘する。話はその後だ」

 

 言いながらアスムは肩をぐるぐると回し、手を組んでパキパキと鳴らしてから操縦桿を握る。

 

 顔を上げた時には、その瞳はらんらんと輝く妖怪のものに早変わり。

 

「よぉし! それじゃあ、行くぜエラン! よくわかんねえけど、ロマンのために!!」

 

「僕は平穏な学園生活を取り戻すために」

 

 そしてサビーナたちも。

 

「サビーナ、いける?」

 

「誰のせいでこうなったと……」

 

「それには百回くらい反論したいけど。なに、そんなに嫌だった?」

 

「…………私はどうすればいい?」

 

「終わった後のことは終わった後に考えろっての」

 

「そう、だな……」

 

 サビーナもまた冷静に心を落ち着けるために、目を閉じて一定のリズムの深呼吸。軍隊でも使われる精神安定のテクニックの一つだが、それをこなした時にはもうその表情は冷徹なものに変わっていた。

 

「全機、わかっているな。すべてはシャディクの勝利のために……いくぞ」

 

「「「コピー!」」」

 

 そうして四対二の全機体が揃い、代表してアスムとサビーナが画面越しに向かい合う。

 

 

 

「勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず……!!」

 

「操縦者の技のみで決まらず……」

 

「『ただ結果のみが真実……!』」

 

 

 

 フィックスリリース

 

 

 

 瞬間、サビーナたち四機は一斉にアスムの駆るヴィクトリオンへと向かった。

 

 当然ながらこの戦いの組み合わせもシャディクが事前に予想したものであり、特にロマン男の取るだろう行動は詳細に共有されている。

 

(ロマン君のことだから……)

 

(まずは初手で……!)

 

(大爆発♪)

 

 そしてその言葉の通りに、

 

「必殺! ロケットパァアアアアンチ!!!!」

 

 雄たけびと共に発射された右拳が、向かってくるベギルペンデの手前に着弾。瓦礫を吹き上がらせるほどの勢いで爆発した。

 

 だが……

 

「やっぱ、みんなすげえな……!」

 

 アスムが牙をむき出しにして笑う。

 

 砂煙の向こうから飛び出してきたベギルペンデに隊列や動きの乱れは一つもない。

 

 初手のけん制目的かつエランのファラクトが上空に飛び出すまでの時間稼ぎだったが、動揺の一つも引き出せなかったことに、改めてこの女子たちが一流のパイロットであることを認識する。

 

 先頭になって盾を構えたサビーナが言う。

 

「フォーメーション、g-24!!」

 

「「「コピー!」」」

 

 ベギルペンデの大きな特徴として、その全身を覆い隠せるほど巨大な盾がある。

 

 縦一列。それぞれがお互いを被弾からかばう様に盾を配置させれば、突撃形態の完成だ。

 

 アスムもビームライフルを構えて撃ち込んでいくが、あっさりと盾にはじき返され、接近を許してしまう。

 

「ロマン先輩、もーらいっ!」

 

 そして接近した瞬間、四機は一気に散開。すべるようにヴィクトリオンの四方を囲むと、背後を取ったレネが一息にそのブレードアンテナをサーベルで切り落とそうとして……

 

「頼んだ、エラン……!!」

 

 ロマン男が叫びながら地面に向かって打撃。ヴィクトリオンの大質量で撃ち込まれた廃墟ビルにはぽっかりと穴が開いて、そこからスポッとヴィクトリオンが下へと逃れる。

 

 空振りとなったレネの攻撃。そこへお返しとばかりに……

 

「……ターゲット、ロック!」

 

 上空で巨大な大口径ライフルを構えたエランのファラクトが、極太のビームを発射した。

 

 試作型バスタービームライフル。

 

 なぜかロマン男が『綺麗で美しい機体にはごついビームが似合う』と言い張って開発された、ファラクト・ブランシュの新装備。

 

 それはグラスレー四人がいる地点を根こそぎ破壊するほどの威力で襲うのだが……

 

「散開!」

 

「「「コピー」」」

 

 これまたシャディクがそこまで読んでいたので、着弾の前に避難することに成功する。

 

 初手はお互いに必殺とならないが、それまた互いが理解していたことだ。

 

(……あのファラクトの機動力と、それによってイニシアティブをとられながら撃たれる大火力、やっかいだな)

 

 サビーナは冷静にファラクトの脅威を推定する。

 

 一方でMSサイズに積める推進剤には限度があり、重力下戦闘では短期的にしか飛行できないと弱点も看破していた。

 

 エランの役目は密集して動くサビーナたちを散らして、各個撃破させるための下ごしらえと言ったところだろう。

 

 その各個撃破の役目をもつヴィクトリオンが初手ロケットパンチで右手を喪失している状況だが……

 

「はーはっはっは! ふっかーつ!!」

 

 ビルを蹴飛ばして出てきたバカの機体にはなぜか右手が生えていた。

 

「こんなこともあろうかと、今日は予備パーツを背負ってきたんだよ!!」

 

 自信満々の言葉に『そもそもパンチを飛ばさなければいいだろ』というのはロマン男以外の全員が思った感想である。

 

 だが、この状況をロマン男も冷静に考える。アスムの頭は情熱で爆発しながらも、思考はクリアだ。いつでもロマンできる瞬間を見逃さないようになっている。

 

(初手ロケットパンチも、エランの空中からの一撃もマジで読まれちゃってるなぁ。さすがマイフレンド……どこまで読んでる?)

 

 開戦前にいろいろと考えていたプランはある。

 

 背負ったバックパックの中にはまだロケットパンチの残弾がいくつかあるし、そうでなくてもびっくりどっきりな仕掛けも準備済み。

 

 だが……

 

「やーめた」

 

 アスムはその用意していたプランを全部捨てた。

 

(あいつは俺のことを全部わかってる。そのつもりでやるしかない。その上で、シャディクが予想しなかった方向から崩す!)

 

 そのためにも……

 

「さあ、こい!!」

 

 ヴィクトリオンは向かってくる四機に対して、仁王立ちになった。

 

 一応構えているにはいるが、漫画のように見栄だけある実践的じゃない構え。それを見ていぶかしむ四人だが、そこに罠を予想するほどの危機は感じない。

 

「あのバカは……! そんな無防備に……!」

 

 むしろ慌てたのはエランだ。

 

 アスムに早々にリタイアされたら四人相手に勝てるわけもなし。だというのに隙だらけなアスムを援護するためにバスターモードから通常モードに変形させたビームで攻撃を行うが、それは巧妙に盾で防がれ、通らない。

 

 先ほどと同じ縦列形態になったベギルペンデが盾の隙間からライフルを構えてヴィクトリオンを狙撃しようとする。

 

 しかし、

 

「よっと……!」

 

「なに……?」

 

 背部のブースターを吹かせたヴィクトリオンが大きくジャンプをして、先頭のサビーナ機の盾を踏み台にしながら後方へ避けた。

 

「ハハハハ! ジェットストリームアタックなら、攻略法は分かってんだよぉ!!」

 

 高笑いするロマン男。

 

 一方で、

 

「ジェット……って、なんのことかわかる?」

 

「どこぞのアニメで知った用語だろう」

 

「ロマン君、そういうとこあるよね」

 

「っていうか、そういうとこしかないし!」

 

 ガールズ四人は意味が分からず訝しむばかり。だが、そのアニメ知識で避けられてしまうならば陣形を変えるだけだ。

 

 なのに、そうはならない。

 

「包囲して切り崩す……!」

 

「知ってるぞ! 旋回活殺自在陣……!」

 

 四人で包囲して順番に切り込んでいけば、なぜか喜びながら避け。

 

 一機が突撃した影にもう一機が隠れて迫れば、

 

「フォーメーションヤマトだ!!」

 

 とまたも喜ぶ。

 

 最後には十字陣形を取ったサビーナたちを指さしながら、

 

「インペリアルクロスだ! インペリアルクロス! 初めて見た!!」

 

 と機体をジャンプさせながら大喜び。

 

 一事が万事そんな調子なものなので、

 

「「「「真面目にやれーっ!!!!」」」」

 

 サビーナたちは自分たちの攻撃を避けまくる妖怪にそう叫んだ。

 

 彼女たちもバカの戦術意図は分かる。

 

 サビーナたちがアスム主体の攻撃を読み切っていると判断しての、徹底的な受けの姿勢。

 

 だが、こんな風に相手が理解できない用語を嬉々として叫びながら、あの鈍重なヴィクトリオンで巧妙に避けられると、もうプランも何もあったものではない。

 

 今の現状を旧世代の人間風に言うならば、残り一名で四方を囲まれたドッジコートの中、やたらとうまいよけ方をする子が残っているようなもの。

 

 決して機動兵器に乗って戦っている人間がすることではなかった。

 

 だけれど、

 

「……ぷっ」

 

「あはは♪ ロマン君ってほんと……!」

 

 レネがたまらずといった調子で、次いでメイジーが口を開けて笑い出してしまう。

 

 だって彼女たちにはおかしくってたまらない。

 

 自分たちが攻撃に使っているのは、グラスレーのアカデミーで叩きこまれた軍隊の戦術だ。人を傷つけ、あるいは殺すことを目的にしたものだ。

 

 だというのに、それをかっこいいアニメの技か何かのように妖怪は言い、見るだけで喜びながらはしゃいでいるのだ。

 

 それが自分たちが血も涙もない兵士ではなく、クラスメートと遊んでいるただの学生のように思えさせてくれて。

 

「ロマン君を見てると……なんだか楽しくなるよね」

 

 エナオさえが微笑みながら言った言葉が、きっと彼女たちの代弁。

 

 彼の前では立場も何もない。スペーシアンもアーシアンも、孤児も、ハーフも何もかも関係がない。彼には自分たちもロマンを目指している友達にしか見えていない。

 

「…………そうだな」

 

 サビーナは思う。それがどれだけ自分たちにとって救いなのかを彼はきっと知らない。

 

 そして知らないからこそ、何一つ打算や裏表がないからこそ自分はここまで……

 

「だとしても、勝利は譲れないわよ」

 

「うん♪ シャディクのためにも」

 

「ここであっさり負けたらロマン先輩的にもつまんないだろうしね♪」

 

「ああ……次で決めるぞ」

 

 四機は今度こそヴィクトリオンを倒すべく新たにフォーメーションを組んで仕掛ける。

 

 これまでの動きで、アスムがどう避けるかも大方予想はついていた。あとは、その隙も無いほどに猛攻をすればいいだけ。

 

(これで……!)

 

 スーパーロボットに迫る、リアルロボットという名の兵器。

 

 それは容易く、リアルという敵の土俵に紛れ込んでしまったスーパーロボットを駆逐する……はずだった。

 

「いまだ、エラン!!」

 

「まったく、こんな手をよく思いつくよ! このバカ!!」

 

 アスムとヴィクトリオンが位置どっていた大きな廃墟の後ろから、エランの声。

 

 瞬間、あの初手の狙撃に使われた極太のビームが廃墟を両断した。

 

(なっ……!)

 

 サビーナたちはあまりのことに絶句する。

 

 そもそも、ファラクトが撃ったビームはこの大きな廃墟を崩すほどの威力ではなかったはず。しかもサビーナたちよりもこの状況でピンチなのは、倒れるビルの根元にいるヴィクトリオンだ。

 

 あくまで決闘用のステージであり、MSが潰されることはない程度の強度の廃墟だとしても、この一手が打てるはずがない。

 

 けれどもそこで、サビーナの脳裏に一つの光景が浮かんだ。

 

(まさか、一戦目の……)

 

 あの合体した巨大デミトレーナーが放ったもっと極太のビーム。それは確か、このあたりで放たれて周囲の障害物に大きな爪痕を残していたはずだと。

 

 その攻撃で崩壊寸前だったビルを選んだ……いや、違う。わざと使えるように準備していた。

 

「さあ、ここからは俺のステージだ!!」

 

 そしてそのチャンスを作ったヴィクトリオンとアスムは、瓦礫が流星群のように降り注ぐ中、重MSの面目躍如とばかりに突撃を敢行する。

 

 多少の瓦礫なんてヴィクトリオンの装甲の前には意味なんてない。ここまで避けの一手をとっていたうっぷんを晴らさんと全身をビカビカに発光させながらの大爆走。

 

 ヴィクトリオンは両腕からアンカーを発射すると、まずは面食らっているメイジー機に取りつき、

 

「きゃあっ!?」

 

 忍者さながらの動きですれ違いざまにブレードアンテナを切断した。

 

 軍隊仕込みの教練でも、こんな瓦礫の雪崩のような状況は想定していない。それが対処を遅らせたのだ。

 

 さらにアスムはレネを目掛けて再びアンカーを出してターザンのように接近、

 

「このっ……!」

 

 レネはビームライフルで応戦するが、土煙と瓦礫に阻まれ狙いが定まらない。それでも射撃と瓦礫を避けながらの後退を同時に成し遂げたのはさすがの腕前と言ったところだ。

 

 だが、この状況ではもう一つ、意識しなければいけないものがあった。

 

「もらったよ……!」

 

「エラン・ケレス……!?」

 

 唯一、地形の影響を受けない上空から、そして彼が最も得意とするスナイプ攻撃。

 

 バスター、ノーマル、スナイプという無駄に三段に変形するビームライフルを用いての攻撃が、レネを戦闘不能に追い込む。

 

 そして残りは二機。

 

「……サビーナは下がって!」

 

「エナオ!?」

 

「ロマン君とちゃんと話したいでしょ?」

 

「っ……」

 

 エナオはそう言い残すと、土煙に紛れてファラクトへと挑んだ。

 

 レネを見事なスナイプで撃墜していたが、それがファラクトの最後の攻撃だったのだろう。

 

 見るからに飛ぶのが限界という様相。あんな高出力ビームを何発も撃ったり、空中にずっと飛んでいるからそうなるのが自然だ。

 

 そして倒れこむビルを駆け上がるようにベギルペンデはしなやかに動き、

 

「サビーナの邪魔はさせないわよ」

 

「まったく、君たちはおせっかいだね」

 

 ファラクトの頭部を射撃。

 

 そのブレードアンテナを破壊するのだが、そこまで。

 

「ロケット……パァああああンチ!!」

 

 眼下から飛んできた漆黒の質量弾が頭部をえぐるように破壊して、エナオ機もリタイアとなった。

 

 ずん、と音を立てて倒れこむ廃墟。

 

 そこから抜け出して、埃だらけ装甲を堂々と見せびらかすようにロマン男と愛機が姿を現す。

 

 ロマン男はふぅと息を吐くと、まっすぐにサビーナを見ながら言う。

 

「なんかいろいろあるし、俺も全然理解できてないけど……勝負はシンプルだ」

 

 第三回戦、

 

「さあ、タイマン張らせてもらうぜ? サビーナ」

 

 最後の一対一。




水星の魔女がクライマックスに向けて収束し始めましたね。

もっと投稿ペースを増やしたい……!

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55. 鳥になりたい

今週の原作視聴感想…シャディク、最初からぶちまけとけばよかったのに。






「サビーナは鷹に似てるよな」

 

 少年が空を見上げながらそういったことを、サビーナは覚えていた。

 

「俺も図鑑でしか見たことがないんだけど、地球にいるすごく大きい鳥でさ。大きいのにとんでもなく速くて、目標を見つけたら一直線って感じなんだよ」

 

 まだアスティカシア学園の一年生の頃の話だ。

 

 もちろんアーシアンであるサビーナは少年が楽しそうに話す鷹のことを知っていたし、見たこともあった。

 

 だが、サビーナが彼に自分が元アーシアンであったことを告白していなかったので、そんな彼女に熱心に説明するロマン男の様子は、全てを知っている者がいたならば少し滑稽な姿に映っただろう。

 

 だけれど、邪気なく話す少年にそんな野暮な話をすることの方がサビーナには嫌なことで、話に合わせながら探るように少年に尋ねた。

 

「それは……私が恐ろしいという意味か?」

 

 表情を変えることなく、むしろ視線を鋭くしながら。

 

 だけれど内心では少年が自分をどう思っているのか、恐る恐ると。

 

 すると少年は一瞬だけきょとんと呆けて、次いでくすりとほほ笑みながら言うのだ。

 

「まさか! サビーナのことをそんな風に思ったことはないよ。

 むしろ、かっこいいって思ってる。サビーナも鷹も、ちゃんと前をまっすぐ見て、力強く飛んでいける奴だから。それってすごくロマンあるだろ?」

 

 明るく、どこまでもそれが事実だと信じているような声。

 

 彼は知らないだろう。

 

 彼が無邪気に少女をほめる言葉に、その笑顔に、彼女が切なく胸を焦がしていたことを。彼と話した言葉の一つ一つを、少女が決して忘れないようにしていたことを。

 

 そして、

 

(私はそんなに大層な存在じゃない……)

 

 サビーナが自分の浮き立つ心を必死に押さえつけていたことを。

 

 地球にいたころ、サビーナはよく空を見上げた。

 

 そこに飛んでいる大きな鳥に手を伸ばした。

 

 それは薄汚れて、その日の生活にも困り、挙句の果てには人には決して言えないことまでしなければいけなかった困難な暮らしから、文字通りに連れ出してくれることを子供心に期待して。

 

 だけれど鳥はサビーナを一瞥すると、ただ自分の道を行くように羽ばたいては姿を消した。

 

 まだまだ幼い少女はそのたびに落ち込んで、そして自由な鳥を憎んで……けれど分別がつくようになってからはむしろ、それでいいのだと思うようになる。

 

 鳥はあんなにキレイで自由なのだから、私のような人間がぶら下がってはいけない。

 

 こんな汚れた自分なんて気にせずに、ずっとずっと自由に空へ……

 

 そして今サビーナは、出会ってしまった奇妙な少年のことを、その鳥のように思っている。

 

 彼が気高いなどと過大評価する自分よりも、もっと自由で勇敢で、見上げる人々すべてに夢を与えるような鳥。

 

 だから、そんな彼と結ばれたいなどと思ってはいけない。

 

 自分と一緒にいれば、彼を汚してしまうだけなのだから。

 

 サビーナ・ファルディンは血にまみれた罪人なのだから。

 

 そうして少女はずっと、自分の心に蓋をしていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 だというのに、

 

「行くぞ、サビーナ!!」

 

「くっ……!」

 

 少年は鋼鉄の巨人に乗って、少女の目の前にいる。無遠慮に、少女の葛藤など気にも留めないほどの元気さで。

 

 その意気が乗せられたようなヴィクトリオンの突進を、サビーナのベギルペンデが片手に備えた盾で受け止め、そして反撃に出るためにもう片方の手でビームサーベルを抜き放ち、切りかかる。

 

 すると今度はヴィクトリオンが一歩後ろに下がると、ビームサーベルを大上段に振り下ろし、サビーナ機とつばぜり合い。

 

 時間にすると数秒だが、大型のMSを自在に操るという点で、二人の実力は拮抗しつつ、それでいて傑出していた。

 

 そしてそこから攻防が始まる。

 

 ベギルペンデは盾とサーベルを使った堅実な戦術を取り、対するヴィクトリオンは時に大胆に行動を変化させて。

 

 それはまるで中世の騎士と、野生の獣が戦いをしているかのような異種格闘戦の様相。

 

 だが、

 

「きれい……」

 

 エアリアルに乗りながら見ていたスレッタは、攻防の様子をそう評した。

 

 二機はお互いの動きが分かっているかのように巧妙に攻防を入れ替えながら行動を続け、かといって止まることもない。

 

 それはあのインキュベーションパーティーで、搭乗者の二人がダンスをしていた姿に重なって見えたのだ。

 

 なによりロマン男がそんなサビーナとの戦いを心の底から楽しんでいることが、ヴィクトリオンのいきいきとした動きで外野にも伝わってくる。

 

「ははは! さすがだ、サビーナ! 最高にロマンしてる!!」

 

 そしてその喜びをぶつけるように、決闘の最中とは思えないほどに満面の笑顔でアスムは言う。

 

 一方でサビーナはと言えば、

 

「まったく、お前という奴はいつもいつも……!」

 

 めちゃくちゃだ、と。

 

 汗のにじむ顔で呟いた。

 

 そうこの男はサビーナにとって、いつも常識の破壊者だった。

 

 ロマンばかりを追い求め、無茶をして、セオリーを無視し、波乱ばかりを巻き起こす。

 

(だけど、お前は……)

 

 絶対に誰かを笑顔にしてしまう妖怪ロマン男。

 

 そんな彼との踊るような戦いの中、サビーナの脳裏には彼と初めて刃を交えた一年の頃が思い出されていた。

 

(ああ、そうだ……あの時もこんな風に戦っていた)

 

 シャディクを助けるためという大義に酔って、無実の少年を殺そうとしていた殺人者。

 

 それがあの時のサビーナという少女。

 

 学生らしくもない軍隊仕込みの戦術を駆使したサビーナは、本気でアスム・ロンドを殺しにかかっていたというのに、それを少年はいなしながら、おおよそ戦術のセオリーからは外れた動きで対応してみせて……

 

 結果、サビーナは敗北となり、あのシャディクにも多大な心労をかけることになる自爆騒動まで起こすことになった。

 

 けれど、何の因果だろう。

 

 彼女はそんな本気の殺意を向けた相手に、今度はまったく真逆の感情を秘めながら戦っている。

 

 サビーナは動きを止めないまま、自問自答する。

 

 仲間たちの余計なお世話のせいで、その立場で、この決闘が始まった時点でもう逃げ出すことはできない。

 

(私は、どうすればよかったんだろうな。入学前にお前をシャディクから離しておけば? そもそもお前と関わりを持たなければ? 決闘を仕掛けたりしなければ?)

 

 いや、きっとどんな選択を選んだとしても、サビーナという少女は彼を知ろうとしたはず。

 

 シャディクとともに社会を変える道には、彼が必ず立っていたはずだから。

 

 だからきっと、

 

(どんな道を選んでも、私はお前に恋焦がれていた……)

 

 きっとコクピットで楽しそうに笑っている少年を想いながら、サビーナは考える。

 

 彼と出会ってからの一分一秒の全てを。

 

 あの決闘の後、サビーナはアスム・ロンドを観察するようになった。

 

 自分を殺そうとした女を許し、それでいて『自分を大事にしろ』なんて、大人の誰もかけてくれなかった心配をしてくれた不思議な……いや、理解不能な少年。

 

 シャディクがそんな彼とともに世界と戦うと決めたことで、その人となりをもっと知るというのは彼女にとって必須事項となったからだ。

 

 だからずっとサビーナはアスム・ロンドを見て……そして彼を知っていく。

 

 彼は笑顔の似合う少年だった。自分の楽しみよりも、他の誰かの喜びを見た時の方が何倍も嬉しそうに笑っていた。彼の周りには笑顔があふれていた。

 

 優しい少年だった。弱いものが傷つけられた時、その人よりも強く憤って、弱者の盾になることを厭わなかった。その優しさに守られた人々は、彼の力になろうと共に立ち上がっていた。

 

 強い少年だった。アーシアン差別の防壁になって、上級生から何十、何百の石をぶつけられようと、度重なる細工や暴力を受けようと、決して自分の意思を曲げることはしなかった。

 

 なにより、その夢を追い求める姿は……どこまでも眩しかった。

 

 彼が見ている明日は明るくて、希望にあふれていて、自分たちは現実の戦争にすりつぶされてきたというのに、それでもと思わずにはいられないほど素敵な夢だった。

 

 シャディクが彼を見て、自分たちの行動に疑問を持ったのも、今なら納得できる。

 

 シャディクも自分たちも、これから自分たちがなそうとしている罪を理解していた。その罪が先々の平和に、地球と宇宙をつなぐ道になればそれでいいとさえ思って吞み込んでいた。

 

 だというのに彼は、サビーナたちが大義を為そうとするために知らずに切り捨てた人間性と呼ばれるものを、誰よりも力強く示し、理想を実現していくのだ。無視できるわけがない。

 

 そして彼は時に激しく、時に慎重にロマンと名付けた夢を追い求めて、とうとうこのスペーシアンの負の面が凝り固まり、歪となっていた学園すらも変えてしまった。

 

(だから私たちも、変わることができた……)

 

 エナオは口数が少ないがシャディクと彼が並んでいると微笑むようになった。

 

 メイジーとイリーシャもより自然に年頃の少女のような感情を見せられるようになった。

 

 レネだってそうだ、こんな風にサビーナを応援するような真似、あのままならすることはなかっただろう。

 

 そしてサビーナも、

 

(いつからだろう、お前の顔を見るたびに胸の奥がうずくようになったのは)

 

 彼とすれ違い挨拶を交わすだけで心が楽になった。

 

 彼から笑いかけられるだけで、どんな困難にも立ち向かえるようになった。

 

 その心が恋愛などという、捨て去ったはずの感情だとサビーナが理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

 けれど、

 

(命を助けられたからじゃない……私はお前と共に過ごす中で、お前に恋をしてしまった)

 

 命を救われたのはただのきっかけ。

 

 そんな一つの出来事で心を変えるほどにサビーナの過去は軽くはない。

 

 ただ、それでも自分がアーシアンだと彼に打ち明けた後も、まったく少年は変わらずに自分と接してくれたことは大きなきっかけだっただろう。

 

 シャディクやグラスレーとの関係を考えると、捨て去るべき感情だと理解していたが……だからこそ気持ちは捨て去れずに強くなっていく。

 

 名前で呼ぶのを頑なに禁じ『ロングロンド』と呼び続けても無駄だった。

 

 何度も彼と結ばれた夢を見て、目が覚めた後に情けなさに涙を流した。

 

 自分自身の笑顔のひとつも浮かべられない頑なさを何度も呪った。レネのように愛想よく、エナオのように柔軟に、メイジーのように朗らかに、イリーシャのように可憐になりたいと思うようになった。

 

 シャディクがミオリネへの感情に悩み続けたように、一度自覚してしまった感情は本人の理性に関係なく、ただ膨れ上がるだけだ。

 

 もっと彼の近くに、もっと彼と親しく。

 

 そして叶うならば……彼の心も欲しい。

 

 だけど、それは叶わない。叶えてはいけない。

 

「だって、私にはその資格がない……!!」

 

 サビーナは言葉を食いしばりながら、シールドバッシュの要領でヴィクトリオンを弾き飛ばす。重MSを浮かすには、自分の体ではないMSを使って正確に力点を狙うことが必要だが、動揺する心のままでもサビーナはそれが可能な技量を持っていた。

 

 何度も何度も盾を振り回し、ヴィクトリオンを後退させていく。

 

 それはまるでサビーナの心を表しているように。

 

 ずっと自分を律して守ってきたあまりにも繊細で脆い本音を、誰にも聞こえないからとぶつけていく。次第に口調も崩れて、年頃の少女になっていく。

 

「力になりたいと思った! お前を守りたいと思った! そうして私も変われば、いつかお前と一緒にいられるかもしれないと希望にすがった!」

 

 シャディクが応援してくれた体育祭など、他の生徒の手前で鉄面皮を崩せなかったが、内心はこんな幸福があるのかと思うほどに満たされていた。

 

 アスムに協力して、共に夢を実現したいというのはずっと願っていたことだったから。

 

 だけれども、それをとうのサビーナが壊した。

 

 アスムに対してニカ・ナナウラが接触し、彼の秘密を地球寮に暴露したと聞いた時、サビーナを支配したのはただただ強い怒りと殺意。彼との思い出を汚され、そして彼自身の理想を踏みにじられたと思い、気がつけば拳銃を取り出してニカに突き付けていた。

 

 シャディクが止めなければ、きっと引き金を引いていただろう。

 

 なのにその被害者であったはずのアスム本人がニカを引き留め、救い、そして自分の庇護下に置いてしまったのだ。

 

 希望を捨てずに追いかけた彼と、簡単に諦め手を汚そうとした自分。

 

 そうして気づく。自分がやろうとしたのは、彼のためでもなんでもない。ただ自分の優しい思い出を汚されたからという私欲にまみれた殺人未遂だと。

 

 三つ子の魂百まで。

 

 あの時、シャディクを救うためだとアスムを殺そうとしたのと同じで、まったく変わりようがない。

 

 殺人という選択肢が自分に沁みついてしまっていたことにサビーナは絶望した。

 

 幼いころに見た鳥と同じだ。

 

 いくら手を伸ばしても届くはずがない。いや、届いてはいけない。

 

 血にまみれた両の手は、きっと鳥を捕まえた瞬間に翼をへし折ってしまう。

 

「だから……! 私はお前とは関わらないと決めたのに……!!」

 

 

 

「なんで、この心はお前を求めるんだ……」

 

 

 

 やめろ、と理性が何度も訴えるのに、この手は操縦桿を離さない。

 

 彼のためだと、地球と宇宙の未来のためだと、何度もお題目を並べて諦めたはずなのに、勝てば彼と結ばれるのだと言われただけで、勝ちたいと思ってしまう。

 

 なんて浅ましい。

 

 そんな自分が恥ずかしい。

 

 冷酷で味方さえも敵ごと撃ち抜ける覚悟はどこに行ったのか。

 

 こんな自分、消してしまいたい。

 

 だけど、それでも、

 

 

 

「それもロマンだろうがぁあああああ!!!!」

 

 

 

「っ……!?」

 

 ヴィクトリオンがベギルペンデの盾を貫かんとばかりに拳を突き出し、サビーナ機を大きく揺らした。

 

 聞こえていたのかと、サビーナが思わず機器を確認するほどのタイミングでのスピーカー越しの怒声。サビーナが動揺する中、接触回線でアスムの顔がモニターに映される。

 

 そして少年はサビーナをまっすぐ見ながら言うのだ。少女にとって、意外な言葉を。

 

「知ってるか? 戦ってるだけで相手の気持ちがわかることがあるんだってさ。ロボットものでもアクションものでもめっちゃ常識的な話なんだけど、俺も今日、その気持ちがわかったよ」

 

「ロングロンド……」

 

「俺も事情は知らない。サビーナがなにに悩んでそんな顔してるのかはわからない。けど、戦ってるの見るだけで今のサビーナがめっちゃ青春してるのは分かる!」

 

「これが、青春だと……?」

 

「もちろん!」

 

 アスム・ロンドは笑顔で言う。

 

「悩んで、つまずいて、それでもあきらめきれないで成長する! それが青春とロマンだろ!!」

 

 だから今のサビーナは最高に青春をしているのだと。

 

 ほかならぬ妖怪ロマン男は保証した。

 

 それに、

 

「シャディクにも言われたけど、俺は自分の恋愛ごとには疎いみたいだし、きっとサビーナがこんなに悩むなら、あのサリウスの爺さんが余計なこと言ったりとかいろいろあるんだろうけど。

 俺は……サビーナが俺のことそう思ってくれてたなら、すごく嬉しいよ」

 

 最後の言葉は少し照れくさそうに。

 

 サビーナは知らずに流していた涙をぴたりと止めて、少年の顔を見る。

 

 それはサビーナと少年が出会ってから初めて見た表情だった。

 

「…………お前は、どこまでも」

 

 どこまでも楽観的で、人を信じて、人の良いところばかりを見て。

 

(こんな私でも、いいと言ってくれるお前が……!)

 

 そしてサビーナは、

 

「っ…………!!!!」

 

 思い切り盾を振りかぶり、ヴィクトリオンへと向けて投げつけた。

 

「うおっ!? サビーナ!?」

 

 そのやけくそのような動きにアスムが仰天する中、

 

「私は勝つぞ、ロングロンド……!」

 

 こぼれそうになる涙を我慢しながら、サビーナはベギルペンデを操縦する。

 

 それは先ほどのように統制された軍隊仕込みのものではなく、どこまでも不格好で、だけれどもサビーナらしい鋭さにあふれた動き。

 

(ああ、私はこの期に及んで理解していなかったのかもしれない)

 

 確かに少年は鳥だった。

 

 だけれど自分の翼で自由に飛びたてる、そんな勇敢で上品な鳥じゃない。

 

 ロマンというおいしそうなエサが見つかれば、その持ち主ごと空高くにもっていってしまう、ハゲタカのような大バカ者だ。

 

 だったら、サビーナだって。

 

「私は勝ちたい! シャディクのために、なにより私のために……!」

 

 三年間。

 

 ずっと、ずっと恋焦がれた。

 

 何度も何度も機会があったのに、ヘタレて逃げてしまった。

 

 最後まで言い訳ばかりをして、レネ達に尻を叩かれるまで勝負の土俵にすら立てなかった。

 

 だけれどそんな情けなく、手も汚れている自分でも、この少年は肯定してくれる。

 

 そんな人なんて、この先の人生で二度と現れるわけがない。

 

(だから……!)

 

 サビーナはただ勢いに任せてビームサーベルを振りかぶる。

 

 もう迷いはない。狙うはただ一つ、ブレードアンテナ。

 

(ああ、シャディクがあそこまで熱くなったのも今ならわかる。気持ちをさらけ出しながら戦うというのは、こんなにも清々しいんだな)

 

 だからサビーナは、自分たちのリーダーと同じように。

 

「お前の隣に立つのは、私だ!!」

 

 宣言した必殺の一撃は、

 

「いいねえ、いいロマンだ……!」

 

 だけど、

 

「勝つのは俺たちだ……!!」

 

 ベギルペンデを抱きしめるような勢いで組み付いてきたヴィクトリオンによって避けられ、そして倒れながらベギルペンデのブレードアンテナが破壊されていた。

 

 

 

『第三回戦 勝者:株式会社ガンダム』

 

 

 

『よって勝者:株式会社ガンダム』

 

 

 

 瞬間、学園中で歓声が爆発し、そして数秒後に

 

『お前、ロマン男ふざけんなっ!』

 

『レネちゃんたちメイドにするとかマジ死刑!!』

 

『サビーナ様と付き合う流れでしょそこは!?』

 

 とロマン男への大ブーイングが始まってしまう。

 

 それを聞く株式会社ガンダムサイドの管制室でも、ようやく一回戦の疲れから回復したオジェロとヌーノが、

 

「そういえば、うちの会社の存続かけた戦いだったなぁ……」

 

「いろいろありすぎて、まじ忘れてた」

 

 と言う始末だ。

 

 おそらく学園中が同じ意見で、合体デミトレやらシャディクの恥ずかしい告白やら、ロマン男のメイド権獲得やらで当初の目的や決闘条件は完全に忘れ去られているだろう。

 

 ただ、その当事者というより株式会社ガンダムの代表であるミオリネはといえば、

 

「始まったばっかりなのに、うちの会社のイメージがぁ……」

 

 この全世界に流されている決闘の結果に頭を抱えていた。

 

「み、ミオリネさん、大丈夫ですよ! な、なんだかたのしいなーってことは分かりますしっ!」

 

「それのどこが大丈夫なのよ!? 完全に色物枠になりそうじゃないっ!!」

 

「でもぉ……ガンダムが呪いって言われるより、私はずっといいと思います」

 

「…………はぁ、スレッタってホントにたまにいいこと言うわね」

 

「そ、それってほめてます!?」

 

「誉め言葉よ。……って、あのバカ、外に出てなにやってんのよ?」

 

「サビーナさんもいますよっ!」

 

 ミオリネ達が言う様に、廃墟区画の中、地面が安定した場所に移動したヴィクトリオンとベギルペンデからパイロット二人が下りていた。

 

 アスムは精一杯ロマンに挑戦できたことで嬉しそうに。

 

 そしてサビーナはと言えば、どちらかと言えば意気消沈しているような面持ちだ。

 

 アスムは朗らかにサビーナに言う。

 

「悪いな、株式会社ガンダムのためには負けられなかったから」

 

「その結果があの大ブーイングだが、ここは私に勝ちを譲る方がロマンだったんじゃないか?」

 

「うっ……いや、それはけっこー悩んだわけだけどさ。ま、学園のみんなも楽しんでくれたみたいだし、おっけーおっけー」

 

「お前ってやつは本当に……」

 

 サビーナはそんなアスムの態度に呆れたようにため息をつく。

 

 そしてそんな彼を見るたびに、まだまだ足りないとばかりに高鳴る自分にも。

 

「…………ロングロンド、そこを動くな」

 

「……へ?」

 

 サビーナが突然発した、警察のフリーズのような鋭い声に思わずアスムが足を止める。

 

 その声はいかにもアスムに危機がせまっているような真に迫っていて、一歩も動かさないというほどに本気に満ちていた。

 

 そんなアスムの元へとサビーナは一歩、また一歩と近づき……

 

「……一応断っておく、嫌なら私を突き飛ばせ」

 

「え、なにを……んん!?」

 

 瞬間、少年の唇に温かいものが重なっていた。

 

 鼻孔をくすぐる甘い香りに、視界を覆う、きれいな顔。

 

 なにをされているのかを理解するまもなく、とっさにアスムはサビーナの背に手を回していて、待ち望んだ反応に体を震わせたサビーナはさらに強く唇を押し付けていた。

 

 十秒、それほどの短い時間。

 

 だけれど、サビーナにとってはそれで十分だった。

 

 まだ呆けている少年へ向けて、サビーナは見せたことのない穏やかな微笑みを浮かべながら言う。

 

「アスム、ロンド……」

 

 

 

「ずっと……、ずっとあなたのことが好きだった」

 

 

 

 そしてその言葉はお約束のように拡散し、学園中が黄色い歓声に包まれるのだった。




本作では珍しいガチめな恋愛描写でしたが、いかがでしたでしょうか?

とはいえ、これで決着というわけではなく
「…………は?」
と剣呑な雰囲気を出している女子二人もいたりするわけで。

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次回は決闘の後始末回です。


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56. (株)ガンダム大勝利!!希望の未来へレディ・ゴーッ!!

第一部完というか、前半戦終了な展開。

しかしもちろんまだまだ続きます。


 一つの戦いが終わった。

 

 アスティカシア学園に熱狂の渦を巻き起こし、この後に何年も語り草になるグラスレー寮と株式会社ガンダムの総力戦。

 

 それはシャディクとミオリネの関係から史上最大の痴話喧嘩とも呼ばれたり、あるいは少しだけ事実が歪曲して、ロマン男が学園のアイドルメイド化計画を企んだという笑い話になっていたりと様々な形で後世に伝わるのだが、それは置いておく。

 

 ともあれ、株式会社ガンダムの勝利に終わった決闘により、正式に株式会社ガンダムの開業は認められ、ミオリネたちは自分たちの夢に向かって進み始められる…………はずだった。

 

 

 

「ええ、義父さんのご要望通り。全てうまくいきましたよ」

 

 

 

 訥々と、無感情に。

 

 シャディクは暗がりの中、学生手帳に向けて怪しい笑みを浮かべながら話しかけていた。

 

 そこに映っているのは土気色の顔をしながらも眼光は衰えない老獪、シャディクの養父であるサリウス・ゼネリ。

 

 シャディクは薄ら笑みを浮かべながら、サリウスに自らの策が成就したことを報告していく。

 

「株式会社ガンダムの戦力分析、そしてエアリアルの持つアンチドートへの耐性まで明らかにすることができましたし、この決闘を利用して、彼らの懐に入ることができました」

 

『……それにしては随分と騒ぎが大きくなったようだがな』

 

「ふふふ、木を隠すには森の中というやつです。

 あの経緯なら、僕が恋愛感情に流されて暴走したようにしか見えないでしょうし、彼女たちの僕への警戒も下がっていることでしょう。

 それにグラスレーのアンチドート技術が欲しいミオリネにとって、僕の身柄を抑えられるというのは願ってもない機会だったでしょうから」

 

 これでシャディクは学園の誰に疑われることなく、株式会社ガンダムに侵入することができる。

 

 そうして狙っているのはもちろんガンダムの情報と、必要ならば破壊工作。

 

 現在の立ち位置なら他の企業が狙っているエアリアルの秘密を堂々と探ることもできるし、その結果如何によっては株式会社ガンダムに対する武力制圧も指示することができる。

 

 いくらグラスレーの間諜が優れているとはいえ、学生主体の内輪な企業の情報はつかみにくいのは当然だ。シャディクがサリウスの要求を達成するためには、自然な形で株式会社ガンダムに浸透する必要があった。

 

 そう、あの公開告白も、いったい何が目的だったのかも分からなくなった決闘もすべてはフェイク。

 

 あえて騒ぎを起こし、あえて自らの恋心を暴露し、周囲にシャディクが私欲で決闘したように見せかけた。

 

『よくやった、シャディク。今後も進展があれば逐一報告するように』

 

「了解、義父さん……」

 

 こうしてシャディクとサリウスの企みは知られることなく進行。

 

 シャディクは通信を切り、策謀家としての笑みを浮かべると、

 

 

 

「ということで、お世話になるから。以後、よろしく♪」

 

「「「「なんなんだよ、おまえっ!?!?」」」」

 

 

 

 会話の一部始終を聞いていた地球寮の全員から、困惑のツッコミを受けることになった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

「まったく、大仕事だったよ……」

 

 あー、疲れたとばかりに地球寮、現株式会社ガンダムのオフィスの椅子にどかりと座ったシャディク・ゼネリ。

 

 先ほどの怪しい顔した策謀家からの豹変ぶりに、オジェロ達は『マジかよこいつ』という心底信じられないものを見る視線を浴びせかける。

 

 だが、シャディクはそんな視線慣れっこだとばかりに、テーブルに置いてあった紅茶を勝手に入れて飲み始める始末だ。

 

 先ほどのサリウスとの会話はミオリネ達を始め、株式会社ガンダムの眼前で行われたもの。

 

 決闘の翌日、勝利の余韻に浸っていた地球寮を突如として訪れたシャディクは、明かりを落とすように指示すると、さっきの会話を始めたのだ。

 

 しかも内容は『自分はグラスレーのスパイです』と告白するようなもの。それをスパイしている相手の前で言い出すのだから訳が分からない。

 

 ただ、ミオリネだけは心底呆れたような顔をしながら、シャディクにジト目を向けて言うのだ。

 

「そんなことだろうと思ったけど、この状況がアンタの目的だったってわけね」

 

「ああ、これで俺は義父をごまかしたまま株式会社ガンダムに協力できる。向こうには俺がスパイをやっていると思わせておけばいい。アリバイ作りに多少の情報の横流しはさせてもらうけど、それもうまく利用して、こちらの有利に働かせてみせるよ」

 

「アンチドート技術の提供は?」

 

「そちらも抜かりなく。あの決闘で義父もさすがに肝を冷やしたはずだ。なにせアンチドートが効かないガンダムだからね。

 おそらく技術研究を再開させるだろうけど、その対象であるエアリアルは株式会社ガンダムのものだ。実証のためにも、俺が少しつつけば実物を送ってくるさ」

 

 そんな会話をするミオリネの顔に、困惑や怒りの色はまるでない。

 

 淡々と、あくまでこれが筋書きの通りだったとでも言うような平然とした様子だ。 

 

 チュチュたちも会話の半分は理解できていなかったが、そのミオリネの姿にようやくとシャディクのスタンスを飲み込み始める。

 

「っつーことはアンタ、最初からあーしらに協力するつもりで?」

 

「ああ、その通り」

 

「で、でも、あの決闘は手を抜いてる感じじゃなかったですよね!? もし私たちが負けてたら……!」

 

 会社がつぶれて協力も何もないじゃないかと。

 

 そんなリリッケの焦った声にも、シャディクはさらりと甘い笑顔を浮かべながらのたまう。

 

「その時は君たちは俺の管理下で動けばいいっていうだけだよ。正式にグラスレー傘下になるから今より信用性は上がっただろうし、ミオリネは共同経営者という形にすればいい。

 ああ、学生起業規則に関しては、学生企業の体裁じゃなくせばいいだけだから、君たちが確保しているベルメリア博士でも、俺の部下のグラスレー社員でも名目上のトップに置けばそれで解決だ。学生起業規則の適応範囲は学生だけだからね。柔軟にいこう、柔軟に♪」

 

「「「「えぇ…………」」」」

 

 つまりシャディクが言うには、勝っても負けても結果は大きく変わらない。

 

 もちろんトップがミオリネと大っぴらに言えなくなるし、グラスレー傘下となってしまうことで研究の自主性は多少損なわれるだろうが、それにより得られる利益もあるのでトントンというところ。

 

 逆にシャディクが言うことが正しいのならば、

 

「ってことは、あの決闘なんの意味もねえじゃん!? 俺らがデミトレでひどい目に遭った意味は!?」

 

「そうだよ、最初っから素直に協力するっていえばいいじゃんか」

 

 オジェロとヌーノはくたびれ損だと不満顔。

 

 チュチュやリリッケ、それにスレッタもどうして決闘をしなければいけなかったのか理解できていない様子。

 

 ただその中でもティルだけは思案顔のままで言った。

 

「そうか。あれはアピールでもあり、同時に試験でもあった……ということかな?」

 

「話が早いね。ミオリネやアスム、それにティル・ネイス。君は理解しているようだけど、他の子はもっと自分がタブーに手を出していると理解したほうがいい。もちろん、スレッタちゃんもね」

 

 シャディクはかみ砕いて説明する。

 

 決闘の副産物としてエアリアルのアンチドート耐性が明らかになって、アンチドートデバイスを供与されやすくなったというのもあるが、あの決闘は株式会社ガンダムの信用を内外にアピールするために必要だった。

 

 過去の騒動から機動兵器としてのGUND-ARMに対する忌避意識と恐怖はまだ根強い。

 

 株式会社ガンダムへ投資をしたのは、あくまでミオリネという存在に期待しただけで、この宇宙の大部分はGUND-ARMの暴走や将来性について危惧を抱いている。

 

 もし学生たちが取り扱いを誤ったら、もしテロリストに襲われてガンダムが奪われたら、あるいは機体が暴走したら。

 

 医療と宇宙開発を謳っている信用第一の企業なのに、当の技術が大きな足かせとなってしまう。

 

 だから示す必要があった。

 

「君たちがただの学生じゃなく突発的な事態にも対処できる力があるとね。

 そして今回、俺たちグラスレーの精鋭を真っ向から打ち破って見せたことで。エアリアルの存在を抜きにしても、実力を世界に示すことができた。そしてそれはガンダムという大きな武力を御せるという一つの論拠にもなる」

 

 ガンダムが暴走したらどうしますか! → 合体デミトレでもヴィクトリオンでも引っ張ってきて止めます!

 

 と、字面は冗談を言っているようにしか聞こえないが、グラスレーの最新鋭機に勝利したことで少なくとも机上の空論ではない実績が手に入った。

 

「逆に君たちが負けたなら、そんな状態でミオリネとアスムにガンダムを扱ってほしくはないからね。グラスレーの庇護下で活動してもらった方が誰にとっても安全だ」

 

「よく言うわよ、事前の説明もなかったくせに」

 

「何度も心配だとは言ったじゃないか。それに君が勝利したことでグラスレーを破ったという箔付けも、世間へのアピールもできた。なによりあんなにエンタメ尽くしの決闘をしたんだ、世間からの風当たりも弱くなるだろう」

 

 というのが、シャディクが唐突に挑んだ決闘の背景。

 

 ちなみにほぼだまし討ちに近い形をとったのも、元々ミオリネとアスムと距離が近いと目されていたシャディクが八百長を仕掛けたと思われないための偽装だったとのことだ。

 

 そしてそんな長ったらしい説明を聞いたチュチュたちは頭を抱えながらうめく。

 

「うげっ……あーし、頭痛くなってきた」

 

「俺も……」

 

「まじめんどくせ……」

 

 めんどくさい。

 

 どこまでもそれに尽きる。

 

 シャディクの感情の原点は友人と想い人を守ってあげたいし、その夢を叶えるために協力したいという純情そのものだというのに、出力されるのが二重にも三重にも遠回りした複雑なものになってしまっている。

 

 しかも当の本人は「なぜそんな顔をするんだい」みたいな、理解される前提で話しているというのもおかしい。

 

 そしてそれに対してフラットに対応できてしまうミオリネも末恐ろしいと感じるのだ。

 

 ミオリネはシャディクを小突き、にらみつけながら言う。

 

「最初から言っとけってのは……サリウス・ゼネリにシャディクと協働してるって知られないためには無理だっただろうけど、察しろってのも不親切すぎるのよ」

 

「そこは君たちを信用した結果だよ。俺の狙いに気づいてくれるとね。ちなみに、最初に感づいたのはいつ頃なんだい?」

 

「アンタが決闘を仕掛けに、この門をくぐったときよ」

 

「ほう?」

 

「シャディクが本気で妨害する気なら、こんな正面から来るはずないでしょ? だからアンタらしくメンドクサイアシストを仕掛けてるってのは薄々と気づいてたわよ。

 で、狙いの確信を持ったのは、決闘の直前に『株式会社ガンダムもよこせ』なんて追加条件を出してきたこと」

 

「ははは、確かにあれはあからさまだったね」

 

「『そちら側も条件を追加していい』なんて、横暴に見せかけた誘導じゃない」

 

 だから狙い通りにシャディクの身柄をミオリネは要求した。

 

 傍から見るとだまし討ちをしてきて、しかも会社の実権まで狙ってきた男だから、グラスレーへの人質にしつつ、監視下に置いて身動きを取れないようにするというのは合理的だからだ。

 

 ともあれ、これでシャディクとミオリネの狙い通りに決闘が終了。

 

 決闘の結果、シャディクへの一定の命令権がミオリネに与えられることになり、そんなミオリネはびしりと書類をシャディクに突き付けながら宣言する。

 

「シャディク、アンタには株式会社ガンダムの社外取締役兼監査担当を任せるわ。それでサリウス・ゼネリへの言い訳もたつでしょ?」

 

「了解したよ、ミオリネ社長。とはいえ、毎日顔を出すわけにはいかないからね。エナオ達をなるべく交代で連絡要員として置くようにしよう」

 

「そうしてちょうだい。あと、グラスレーが旧ヴァナディースの資料を接収していたら横流ししてくれると助かるわ」

 

「それはまた無茶言うなぁ……」

 

「エアリアルの修理にファラクトの改修でクエタまで行かなくちゃいけないのよ。その余計な出費分は働けっての」

 

 なんて既にミオリネとシャディクはビジネスモードで会話を始めてしまっている。

 

 そこにはあの決闘で、あんなに情熱的に愛の告白をした男と、告白された女という甘酸っぱい雰囲気は感じられない。

 

 ただそんな様子をミオリネの隣で見るスレッタは、なにやら口をもにょもにょさせてしまう。

 

(なんだか、ミオリネさんも楽しそう)

 

 きっと世に言う恋人同士のような甘い雰囲気を、この二人は出すことはないのだろう。

 

 どこまでもビジネスライクで、見た目はドライで冷め切っているかもしれない。

 

 だけれどそんな二人だからこそ、相性が良いこともあるのだとスレッタにもわかり始めていた。

 

 と、そこでふとスレッタは気づく。

 

「そういえば、今日は先輩来てませんよね?」

 

 シャディクの行動の裏なんてとうに気づいていた、あるいは信じ切っていただろうロマン男が、このシャディク合流というロマンあふれる場面にいないことを不思議に思ったのだ。

 

「そういえば……」

 

「それでか、静かすぎるとおもったんだよな」

 

 もしここにいたのなら、あの大きすぎる声でロマンだ青春だとギャーギャー騒いでいただろうに、影も形もない。

 

 そして不在なのはアスムだけではなかった。

 

「アリヤも用があるって出かけてったし」

 

「あのニカも、今日はいねぇな」

 

「実はうちのサビーナも外せない用があるって言ってたんだけど……アイツもそろそろ腹をくくったのかな」

 

 

 

 シャディクが昨日の大騒動を思い出して苦笑いを浮かべていたころ、話題のロマン男は少しだけ緊張した面持ちで木漏れ日の中を歩いていた。

 

 いい天気だ。

 

 人工の光だけれども、春の日差しのように温かく、少年の心を落ち着けていく。

 

 そしてアスムが向かうのは、学園の中でも静かに過ごせると穴場になっている自然も豊かなスポット。彼はそこにある人を呼び出していて……

 

「…………おっ」

 

 待ち合わせは五分後、だというのにもうその人影はしっかりとベンチに座ってアスムを待っていた。元から美しい顔立ちが、柔らかい日差しに照らされて、ことさらに魅力的に輝いていた。

 

 そんな彼女に対してアスムは声をかける。

 

「わるい、待たせちゃったなサビーナ」

 

 そしてサビーナもまた、立ち上がるといつもの淡々とした調子で応じるのだ。

 

「いや、ちょうど私も来たところだが……何かあったか?」

 

「まあ、ちょっとな。女の子って強いなーって思わされたよ」

 

 いつもと少しだけ様子が違うアスムの様子を怪訝そうに見るサビーナに、アスムは頬をかきながら苦笑いする。

 

 ただそれは困りごとがあるというよりも、どこか照れくさそうで、それでいて相手をすごいと心から尊敬しているといった言い方だった。

 

 それを聞いてサビーナも気づく。

 

「ニカ・ナナウラとアリヤ・マフヴァーシュか」

 

「うん、さっき二人に別々に呼び出されて……少し話をしてきた」

 

「そうか……」

 

 話の詳細をあえてロマン男は言うこともない。

 

 だが目を少し伏せたサビーナには彼女たちがなにを彼に告げたのかは手に取るようにわかってしまった。

 

 昨日、不意打ちのように彼の唇を奪い、積年の思いを込めてした告白。

 

 同じように彼に思いを寄せていた彼女達は、さぞかし驚き、行動をするきっかけとなったに違いない。元からアリヤは告白めいた言葉を伝えていたとも噂に聞くし、ニカはあのアスムの告白騒動の当事者だ。

 

 なにより彼女達が彼に向ける真剣な想いも、同じ女性としてサビーナには痛いほどわかっていた。目を見るだけでとは、よく言ったもの。

 

 だから正直なところを言えば、サビーナには彼女達を出し抜いてしまったことへ、申し訳ない気持ちもある。

 

 かといって彼を諦めることなんてできないし、その程度の気持ちでキスを捧げたわけでもない。

 

 だからサビーナは想い人からの返事を得るために約束を交わし、こうして彼を待っていた。

 

 内心では当然に不安と恐怖が渦巻く。

 

 拒絶されたらどうしよう、あるいはアリヤやニカに快い返事をしているかもしれない。

 

 MSに乗って戦い、そして犬死することも恐怖ではなかったというのに、サビーナはただの少年の言葉をこんなにも真剣に待ってしまう。

 

 そして、

 

「それで……お前はどうしたい?」

 

 あとはアスムがどう決断をするか。

 

 サビーナは内心の動悸を隠しながら、アスムをじっと見つめて。

 

 そしてアスムは彼らしくない淡い笑顔を浮かべながら、静かに口を開いた。

 

「まず、今までずっと気持ちに気づけないままでごめん。……他のみんなが言ってたみたいに、俺はロマンにかまけすぎてて、サビーナの気持ちをずっと見逃してしまっていた」

 

「そんなことは……」

 

「いや、みんなを幸せにするって言ってたのに、ずっと苦しい思いをさせちゃったんだから。でもきっと……原因は忙しかったせいだけじゃないんだ」

 

 アスムは言いながら、そっと目を閉じる。

 

 今も思い出す、鮮明に焼き付いた血と煙の景色。

 

 そこで失われた、小さな小さな大切な家族。

 

「俺は、怖がってた。友達よりももっと大切な人を作ることに。俺はこういうやつだし、立場もあるから、いつ狙われてもおかしくないって」

 

 自分一人ならいい。友人を守るために躊躇なく飛びだすことも、周囲の反発を理解しながらもロマンの名のもとに改革をしていくことも怖くはない。

 

 だけれど家族は、大切な人は二度とそれに巻き込むことはしたくない。

 

 だから大切な人を作らないようにしていたのだろうとアスムは自分自身のことを思う。

 

「ほんと、まだまだ修行がたりないな! アニメでも漫画でも、特撮でも! 愛は一番の力だっていろんな作品が教えてくれたのに! 俺は怖がって踏み出すことができなかったし、ちゃんと向き合うことができなかった」

 

 アスムはサリウスがサビーナに告げたことを知る由もないが、彼は自分がみんなを大切にしながらも平等に下に見てしまっていたのだという自嘲した。

 

 しかし、サビーナはしっかりと首を横に振って、

 

「いや、それはちがうさ」

 

「……サビーナ?」

 

「お前は誰かを愛さなかったわけじゃない。お前の愛は大きすぎて、全員を愛しすぎてしまうんだよ」

 

 ミオリネもシャディクも、スレッタや地球寮の友人たち、それにエランにニカ、アリヤ……もちろんサビーナ本人も。

 

「お前が誰かを愛さなかったなんてあるものか、私たちはみんな、お前の愛を感じていた」

 

 友達が危機に陥っていたなら、命をかけて飛び込む。

 

 友達が困っているなら、キャリアも何もかも捨てる勢いで助け舟を出す。

 

 たとえ家族を相手にしても、恋人を相手にしても、それをノータイムで行えるほど愛情深い人間なんてそうはいない。

 

 あのシャディクとミオリネも、アスムがそういう人間でなければ心を開くことはなかった。そして少年がシャディクを変えなければ、今頃のサビーナたちは取り返しのつかない道を歩んでいたと彼女自身は思っている。

 

 決してこの手が綺麗だとは言えないが、もっと非道なことでもしていたはずだと。

 

 だから彼に同じくらいの愛情が返ってくるのも当然で、それを彼が友情の延長としてとらえてしまっていたというのも当たり前の話だ。

 

 彼にとっての友情や親愛は、並みの愛情を超えてしまっていたのだから。

 

(だからサリウス代表、あなたの言葉は間違っている)

 

 アスム・ロンドは大切なものを持っていないのではなく、全てが大切だと心から思っている。

 

 ……もっとも、だからこそ自分の命さえ軽視してしまう危うげな面があるというのは正しいだろうが。そんな一面も含めてサビーナは彼が愛おしいし、支えてあげたいと思う。

 

 全てが大切な彼だから、自分だけの特別な愛情を向けられることがないとしても。後悔なんてない。

 

「私が愛しているのはそんなお前だ。これで夢やロマンを諦めるなどと言ってみろ、すぐに私は愛想をつかすぞ」

 

 最後は少しだけからかいの色を混ぜて。

 

 アスムはそんな言葉を聞いて、口をぽかんと開けると、納得したというように口を手で押さえながら笑った。

 

「……そっか。ほんと、俺のことよくわかってるんだ」

 

「当たり前だ。どれだけお前のことを見てきたと思っている」

 

「……ありがとう。じゃあ、俺もちゃんと返事しないとな」

 

 アスムは思う。

 

 もちろん彼にだって照れや不安もある。サビーナが言ってくれたようにみんなが大切だから、誰かを明確に愛していると断言できないし、この決断が正しいかどうかなんて自信もない。

 

 でも、サビーナも含めて三人も、こんなに弱い自分を好きだと言ってくれる人がいた。

 

 その言葉はどれも、切なさも混じっていたが、アスムの心を熱くしてくれた。

 

 だったら少なくとも今の気持ちを誠実に返さなければ、ロマンじゃない。

 

 だからサビーナの目を見つめながら、アスムは心からの気持ちを込めて言う。

 

「俺はまだ恋とか愛とかよくわかってないし、やりたいこともあるから、パートナーとして責任を果たせないかもしれない。

 けど……昨日、サビーナに気持ちを伝えてもらえて……すごくうれしかった。うれしくて、すごく心が熱くなった」

 

「…………っ」

 

「だから……そんな君のことを大切にしたいし、もっと一緒にいたい。恋愛っていうロマンを一緒に知っていけたら幸せだと思う」

 

 そしてアスム・ロンドは小さく息を吸うと、勇気を出すように拳を握りしめながら言った。

 

 

 

「俺でよかったら……、付き合ってください」

 

 

 

「っ…………わたし、こそ」

 

 サビーナの声は震えていた。

 

 サビーナは手を胸に当てて必死に抑えようとしたけれども無理だった。

 

 震えて、ただ震えて、温かい気持ちがあふれて仕方なかった。

 

「わたしこそ、っ……わたしで、いいなら……!」

 

 ああ、こんな感情が私にあったのか。

 

 そんなことをサビーナは思う。奪われて、憎んで、彼と出会うまでは命だって安いと思えるほどになにもなかった体に、今はこんなに涙が出るほどの喜びが隠れていたなんて、彼女自身にも信じられなかった。

 

 そしてそんな彼女をアスムも見る。

 

 気丈にふるまって、誰かを支えるために、何かを変えるためにいつも一生懸命になっていた女の子の泣きながらの笑顔を。

 

 それは彼の胸を詰まらせるほどに切なくて、けれどもとても愛おしいと思った。

 

 知らず、彼は少女に近づいて、おずおずと彼女の肩に手を添える。そっと引き寄せると、なんだか初めてではないかのように少女が少年の胸の中に納まって、少年の胸の奥も不思議な多幸感でいっぱいになる。

 

「……大切にする。これからよろしく、サビーナ」

 

「ああ、私こそ……アスム」

 

 こうして少年の学園生活は一つの転機を迎えた。

 

 人生で初めての恋人と、仲間と作り上げていく新しい会社。

 

 それはきっとまだ見ぬロマンにあふれていて、彼らの未来を照らす……

 

 

 

 

 

 

 ……はずだった。

 

 

 

 

 

「…………ソフィ、なにを見てるの?」

 

 学園から遠く離れた青い星の、小さな片隅で。

 

 幼い少女は乾いた目で仲間を見つめていた。

 

 するともう一人の少女は固い机を並べたベッドの上から体を起こし、無邪気な笑顔で仲間にソレを見せる。

 

「これ、あのアスティカシアって学校でやってた決闘なんだって! ほら見て、エアリアルにあの変なヴィクトリオンってのも出てるの!」

 

 携帯端末のモニターの中にはその少女、ソフィの言う通りに白と青のモビルスーツや、アニメから飛び出たようなごつごつしたモビルスーツが所狭しと動き回っている。

 

 ソフィはそれを楽しそうに見ていたのだが、

 

「……それ、消して」

 

「えー、いいじゃん。もう少し見ててもさぁ」

 

「いいから消してっ!!!!」

 

 癇癪を起こしたように叫び出した仲間の手によって、携帯が叩き落された。

 

 ふぅー、ふぅーと荒げた息と憎しみに染まり切った瞳をモビルスーツに向ける仲間に、ソフィは心配そうに見つめる。

 

「……どうしたの、ノレア?」

 

「ごめん……そのモビルスーツ、見たくないから……」

 

 地面に落ちたことで一時停止になっただろうモニターの中で、カッコよく決めポーズをしている"兵器"を見て、ノレアは吐き捨てる。

 

「スペーシアンが、へらへらとして……」

 

 自分たちを搾取し、苦しめ、命を奪い、それでいて宇宙のどこかで安穏としながらゲームに興じている。

 

 だから必ずいつか、

 

「ぜったいに、殺してやる……」

 

 少女は幼い殺意を宿しながら宣言した。




告白を受け入れて、第一ヒロインはサビーナでお送りします。

アスム君も「好き」とは言えてないし、きっとアリヤやニカに対する好意の間にそこまで差はない。ただ、それでも二人で歩いていきたいという気持ちは本物で、その先を見てみたいというのも彼の感じた誠実さとロマンなのでしょう。
(今はなあなあにしても良くない?と聞いたら「そんなのロマンじゃねえ!」と返されました)

アリヤとニカがどうするのかは次回すぐ。ただ、書いてて強い子たちだなと思ったりしました。

ここからはクエタ事変編までの二か月を、単発的な話中心に数話お届けします。
グエスレの行方、オリジナルエラン様とか、メイド事件とか。

冒頭で述べたように本話で実質、第一部完。
よろしければこれまでの感想やご評価をいただけると嬉しいです。

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57. 共同戦線

箸休め的な話です。


 株式会社ガンダムが正式に成立して数日のこと。

 

 サビーナは外に出ようとグラスレー寮の中を一人で歩いていた。

 

 シャディクとミオリネの協約により、グラスレーの業務でシャディクが学園内にいないときにはサビーナたちの誰かが株式会社ガンダムの様子を見ることになっている。

 

 これはサリウスCEOの命じた監視が、実際に行われているという名目づくりのためでもあるし、同時に共に働いていく仲間たちとの交流の場づくりという目的もあった。

 

 元をただせばシャディクもサビーナもアーシアン。

 

 そしてこの世界を正しい方向にしていこうという試みの中で、ミオリネとシャディク、そしてアスムもまた既存のベネリット以外の場を作ろうという思惑は一致しており、アーシアンとスペーシアンが共に手を携えて運営される株式会社ガンダムは、その理想の一歩となりえたからだ。

 

 そのようなわけで、今日はサビーナが株式会社ガンダムに向かう日。

 

 彼女らしく定時よりもかなり早くに出発していたのだが、そこでサビーナのポケットの生徒手帳から音が鳴った。

 

 ただ一人にだけ設定した特別な音。それを聞いて、サビーナが生徒手帳を取り出すと、そこには彼氏となったアスムからのメッセージが届いている。

 

『悪い! 会社の業務で少し遅れる! でも、必ずそっち行くから!』

 

『了解。そんなに焦る必要はないぞ』

 

『でもサビーナと一緒にいられるチャンスなんだから! 急いでいく!』

 

 なんて、声が聞こえてくるような彼らしいメッセージに、サビーナは頬を緩ませてしまう。

 

 恋人同士。彼女からしても夢のような話。実際にはお互いに恋愛は初心者なのでまだまだ手探りという段階だが、関係は確かに進展した。

 

 あいにくとアスムもロングロンド社や自治会の仕事で多忙であり、サビーナもグラスレーの業務に関わる立場なので同様に忙しく、あの日以来、顔を合わせて話すことはできていなかったが、メッセージ一つをとっても心の距離が近くなったのを彼女は感じる。

 

 元から定期的にしてくれていたアスムからのメッセージや電話の頻度も、多くなった。

 

 夜寝る前に少しだけでも会話をしたり、何気ないタイミングでメッセージを送ってきたりと、彼なりにサビーナと関わる場面を作りたいと思っているのは明らかだ。

 

(最初は何を話すべきかと思ったのだけどな……)

 

 元から口数の多くないサビーナ。彼とのやり取りがうまくいくか、あるいは退屈させないかと戸惑いもあったのだが、妖怪ロマン男のあだ名は伊達ではない。何日あっても足りないほどに話題が飛び出てくるので、それに乗っかる形で緊張感もなく話をすることができている。

 

 それはどちらかと言えば愛をささやく恋人同士のものではなく、お互いの毎日にあった楽しいことや興味を持ったこと、あるいはサビーナの故郷である地球のことであったり、友達の延長線上のような会話が主だったが、サビーナはそれで満足していた。

 

 そんな短い会話を終えて、生徒手帳をしまうと、

 

「あ、サビーナ様!」

 

「お出かけですか?」

 

「ああ、君たちか」

 

 すれ違ったグラスレー寮の後輩二人が足を止め、サビーナに挨拶をしてきた。見覚えがある、というよりも自分のファンを自称する子たち。

 

 サビーナはあまり"様"をつけられたり過剰に持ち上げられるのは好ましいと思っていないが、後輩の中にはどうしてもと言ってくるものが多く、好きにさせている。

 

 いつもは彼女たちに対して、サビーナは軽く挨拶をしてすぐに立ち去るだけなのだが、今日は少しだけ彼女たちの様子が違っていた。

 

「あれ……? サビーナ様、髪型変えました?」

 

「あっ! そういえば靴も!!」

 

 後輩たちが目の色を変えてサビーナを見てくる。

 

 確かに彼女たちが言う様にサビーナは外見をアレンジしていた。

 

 普段は編み込んだロングヘアを髪の後ろでがっちりとまとめているのだが、今日はその結びを緩めてポニーテールのようにしているし。いつも身に着けていた右肩のマントもない。靴も高いヒールをつけていたところ、動きやすいようにか高さは半分くらいに。

 

 さらによく見ると、目線が鋭くなるようにしていた目の周りのアイシャドウや化粧も変えて、少しだけ親しみやすいものになっていた。

 

 いつも騎士のように例えられるサビーナと比べると、女性的な印象が強くなっている。

 

 それに彼女たちにとって最も意外だったのは、サビーナはきゃあきゃあと騒ぎ出す後輩を宥めると、

 

「その……少し心境の変化があってな。君たちから見て、似合ってるだろうか?」

 

 なんてわずかに頬を染めながら尋ねてきたことだ。

 

 そして後輩たちの答えは決まっていた。

 

「え、そんなの……」

 

「もちろん似合ってますっ!!」

 

「いつものサビーナ様も最高ですけど、今日はかわいいって感じがしていいですっ!!」

 

「そ、そうか……。……ありがとう」

 

 サビーナは彼女たちのギラギラした反応に戸惑いながらも礼を言うと、淡い笑顔を浮かべて歩き出す。

 

 ふわりと花が咲いたような、穏やかな顔。

 

 そんなサビーナに後輩たちはぽかんと口を開いて、数秒してようやく正気を取り戻すと、

 

「ね、ねえねえ、あれって……!」

 

「うん、そういうことだよね!!」

 

「「きゃーっ!!!!」」

 

 すごいものを見てしまったと手を取り合って叫び出してしまった。

 

 だが確かにそれはしゃぐほどに話題性があること。

 

 あのサビーナ様がカワイイ系のコーデに変えて、しかも笑顔で出かけるというのなら、相手も目的も一つだ。

 

「「もうあの二人、付き合ってるよね!!」」

 

 そうしてサビーナとアスムが付き合っているという噂は、瞬く間に学園中に広まっていく。

 

 そして当然のごとく、学園新聞の号外とロマサビカップルグッズが量産される結果となり、大いにサビーナを困惑させることになるのだった。

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 後輩たちとのそんなやり取りを終えたサビーナが地球寮の前にたどり着いたのは、それから少し後。

 

 外見を大胆に変えたサビーナは、他の寮生や他寮の者からも注目の的だったので、何回か足止めをくらってしまっていたのだ。

 

 それは彼女にとって煩わしいことだったけれど、今まであえて男性的に、威圧的に見せていたところから女性らしくみられるように変えたのだから仕方ないことだとも考えている。

 

 せめて彼といる時くらいは、彼に緊張感を与えないようにしたい。そんないじらしい理由だ。

 

 そして、その相手であるアスムと会うことを意識して、少しだけ鼓動が早くなる中、サビーナは地球寮の門をくぐる。

 

 まだまだ簡易的ではあるが、ロングロンド社経由でオフィス用品なども運び入れたことで、会社という体裁は整っている。

 

 けれどもそこで、サビーナは足を止めてしまった。

 

 目の前に一人の少女がいたからだ。

 

「おはようござ……あっ」

 

「……ああ、おはよう」

 

 黒い髪に東洋人らしい外見をした少女。直接会話するのはあの体育祭での一幕以来な、ニカ・ナナウラだった。

 

(いや、予想できていたことだ……)

 

 彼女は、サビーナにとってはいろいろと気まずい相手である。

 

 あの時に殺意を向けてしまったことは深い後悔となっている上に、おそらくはアスムに告白をしたライバル。

 

 彼女が望んでいた立場を手にしてしまった自分を相手に、少なくとも好意は抱いていないだろうと。

 

「…………」

 

「…………」

 

 サビーナがグラスレー生の共用として設定されている机に座るも、二人の間に気まずい沈黙が流れ続ける。

 

 ただ、それも一時的なこと。これから他の地球寮生も集まってくれば喧騒に巻き込まれて、それも霧散していくだろう。

 

 だけど、

 

「あのっ……! ちょっとお話、いいですか」

 

 それを良しとせずに、声をかけてきたのはニカからだった。

 

 決心したようにずんずんと歩いてきたニカは、サビーナの前に立つと、少しだけ緊張した様子で言う。

 

「私も、社長に告白しました……」

 

「……そうか」

 

「はい。でも……付き合ってほしいとは言えなかったんです」

 

「…………」

 

「あなたが告白したのを見て、ようやく自分の気持ちが分かりました。あの時の社長からの告白は勢い任せの事故だったかもしれないけど、今の私は、やっぱりあの人に恋をしてるって。できることなら力になって、一生でも一緒にいたい。

 でも……今の私じゃダメです。勉強も始めたばかりで、会社のこともひよっこで、そんな私からあの人に返せるものは何もないから」

 

 だから、

 

「もっと頑張って一人前になって、それからもう一度告白するつもりです! だから、その……諦めませんから!」

 

「…………」

 

 サビーナはそんな彼女を無言で見つめながら、だけれど心の奥で納得のような気持ちを得た。

 

 宣戦布告のようなものなのだろう。

 

 ようやく想い人と結ばれた相手に言うには、争いに発展してもおかしくない言葉。

 

 だけれどそれはあまりにもまっすぐで、テロリストの仲間にされてしまっていたニカの過去から想像できないほどに正直で。

 

 なによりあの少年と同じような不思議な心地よさを彼女に感じた。

 

 理想のままの素直さ。子供っぽいけれど憧れてしまうロマン。

 

 ここで彼女が勇気を出したのも、何も言わないまま鬱屈とするだけの自分をかっこ悪いと考えたからに違いない。

 

 そしてそんなニカを見て、サビーナもようやくアスムが彼女を引き留めた理由に納得ができた。

 

 サビーナは立ち上がると、ニカへと頭を下げる。

 

「すまなかった、ニカ・ナナウラ。……あの時、君に銃を向けてしまったことを、ずっと私は後悔していた」

 

「えっ……!? い、いや、でも……正直言うと、今の私があの時の私を見たら同じことしててもおかしくないですし……」

 

「そんなことはないさ。君は強い。私なんかよりもずっと。だから……君の気持ちも、アイツとの関係にも、私から口を出すことはない。

 選ばれたものの傲慢ではないと思ってほしいが、アイツを大切に思う者として、君みたいな子がアイツの傍にいてくれると心強いんだ」

 

「サビーナさん……、ありがとう、ございます。

 あっ! 私、諦めたりはしないですけど、あなたのことが嫌いとかそういうのはありませんから! むしろ同じチームとして、できることがあったら助けますから言ってください」

 

「ああ、ありがとう……ニカと呼んでもいいか?」

 

「はい、もちろんです」

 

 そうしてニカは微笑んで頷いた。

 

 サビーナも素直に笑顔になれていた。

 

 彼女たち自身にも不思議なことだが、お互いに恋敵だという立場なのに、それをきっかけとして仲良くなれそうな気さえするほどに。

 

 だが、その四角関係とも呼べる中にはもう一人いて。

 

 二人の背後から、くすりと微笑む声がして振り返ると、

 

「修羅場にならないかって心配していたけど、取り越し苦労だったようだね」

 

 アリヤがやれやれというジェスチャーを取りながら、ゆっくりとやってきていた。

 

「アリヤ……! も、もしかして聞いてた?」

 

「ああ、ちょうどサビーナさんが入っていくところが見えたからね。ニカも一度話したいだろうと思ったから、外で待っていたんだ。

 そして、サビーナさんも久しぶり。あまり話したことはなかったけど、アスムからたびたび聞いていたよ」

 

「ああ、私も君のことはよく聞いていた」

 

「そっか……」

 

 そしてアリヤもまた、少しだけさみしそうに笑いながら言う。

 

「私もニカと同じで、アイツにちゃんと告白したよ。今度は友情とか誤解されないように、ちゃんと。それで……まあ、私は選ばれなかった」

 

「……」

 

「でもさ、不思議なことに、選ばれなかったくらいであなたのこともアイツのことも嫌いになんてなれないし、なりたくないんだ。きっとアイツが好意を持ってくれていたのは、そんな私だろうし、あなたが先に勇気を出したことを尊敬しているから」

 

「そうか……」

 

「ふふ、好きでいるのは自由だろ? だから、好きなだけ追いかけてやろうと思ってる。ちょうどロングロンド社のインターンにも合格したしね」

 

 それに、とアリヤは不意に懐から石を三つ取り出してみせた。

 

 それぞれ青と黒と、紺色。

 

 アリヤが占いに使っている石だ。

 

「昨日、ちょっと占ってみたんだけど、私たち三人は相性がとてもいいらしいんだ。あの朴念仁に振り回される者同士、仲良くやろう」

 

「……まったく、強いな君は」

 

 親しみのある笑顔を浮かべるアリヤに、サビーナはアーシアンらしい逞しさを感じた。

 

 逆境を恨み、そのためにテロすら辞さないという決意を固めてしまっていた過去の自分たち。それに対してアリヤは、正攻法でアスティカシアへの入学を勝ち取り、学内のマイノリティという立場の中でも戦ってきた。

 

 だからこそ、多少のことでへこたれもしない。

 

 そこにはあのロマン男が、恋人にならなかったからと言って友情さえ捨てるような男だなんてありえないという確信もあるのだろう。

 

 まだわだかまりはある。それはそうだ。

 

 一人の人を好きになって、選ばれたのもまた一人。

 

 だけれどその関係性の中でも、お互いを尊敬できることがあれば、争う必要もない。

 

「ああ、二人の気持ちもちゃんと受け取った。ただ……私だってアイツと結ばれた以上は譲る気はない。いつでも受けて立つし、アイツの気持ちが離れないように努力していく」

 

「はい、わかりました」

 

「アスムももったいないね、こういう話をしているの見たら、ロマンだって思うだろうに」

 

 少女たちはそのまま、鈍感男の話をダシに話し始めてしまう。

 

「でもこれでようやく、あの精神年齢十歳児も恋愛感情を理解したからね。こちらのやる気も出るってものさ」

 

「たしかに……! 今まではいくらアピールしても効いてるかわからなかったし。

 やっぱりサビーナさんのアレがよかったんですよ」

 

「っ、そ、それは……あまり言わないでくれ。自分でもあの時の気持ちは理解しづらいんだ」

 

「ふふ♪ それで……恋人になったアイツとはどんなことしているんだい?」

 

 アリヤは面白半分、敵情視察ちょっとの気持ちで尋ねてみる。

 

 あの少年が恋人になった相手になにをするのかというのは、将来のためにも、話のネタとしても興味深いことだったからだ。

 

 けれど、

 

「いや、特に真新しいことは何も」

 

「「え……?」」

 

 サビーナの何気ない言葉に、二人は顔を引きつらせる。

 

「しいて言えば、電話が増えたことくらいだな」

 

「「はぁ!?!?」」

 

「ど、どうした?」

 

「あ、ありえなくないですか? え、デートをしたりとか、そういうのもなし!? 予定も!?」

 

「まだ数日だ……そんな急には……」

 

「いーや、アイツのデリカシーがないっ! あんな告白をされたんだ、初デートくらいは自分でおぜん立てするべきだよ!」

 

「そ、そうなのか……?」

 

「そうだ!!」「そうですよ!!」

 

「そ、そうか……」

 

 いつの間にかサビーナは、ニカとアリヤの勢いに押されてしまっていた。

 

 サビーナとロマン男とのことなのになぜライバルの方が怒っているのだろうと。

 

 しかし、サビーナが大概ピュアな恋愛を望んでいるとしても、いくら何でもあれだけ気持ちを押さえつけた挙句に告白できた少女に対して、アスムは奥手が過ぎると二人は思う。

 

 ニカはオタク脳としてそういう空想の恋愛知識は豊富であったし、サビーナやニカと違って比較的裕福なアーシアンであるアリヤは、まっとうな恋愛の心構えは有している。

 

 だからこそ、鉄は熱いうちに打て、ではないが恋愛もお互いが熱量をどれだけ高められるかにかかっていると知っていた。

 

 なので、アリヤとニカはアイコンタクトで頷きを交わすと、事態の解決を図り始める。つまりは、初デートの準備だ。

 

「ニカ、君なら社長のスケジュール調整もできるだろう? 今すぐアイツのスケジュールを抑えてくれ。できるだけ早いうちに」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「うん! いつもはマリーさんの管轄だけど、私も多少の権限はあるし……って」

 

 しかしそこでニカは手を止めた。

 

 タブレットで開いたのは社長であるアスムのスケジュール。今からそこで半日でもデートの時間を捻出しようと考えていたのに。

 

「な、なにこれ!?!?」

 

 ニカは驚愕の悲鳴をあげて、タブレットを強く握りしめるのだった。

 

 

 

 そんなことが地球寮で行われているとはつゆ知らず、ロマン男は少しだけ悩まし気に、地球寮への道を歩いていた。

 

 考えているのはこれから会うサビーナとのこと。

 

 恋人となった彼女と会えることは素直に嬉しい。それは昔と変わらないところもあれば、今は不思議なドキドキとするものも加わっている。

 

 ただ……

 

(こればっかりは仕方がないけれど)

 

 地球寮、いや株式会社ガンダムにはアリヤやニカもいて、彼女たちの前でサビーナとどういう態度でいればいいのかというのは少年には想像もつかなかった。

 

 アリヤもニカのことも嫌いではない。むしろ人間としてはとても好意を抱いているし、一生友人や仲間として付き合っていきたいと思っている。

 

 だけど、恋愛という少年にとって未知のものが絡んでくると、もしかしたら彼女たちに負担を強いてしまうんじゃないかみたいな気持ちにもなるのだ。

 

 もちろん、皆が仲良くロマンを追いかけられるというのがベスト。

 

 けれど、ことに人間関係はそううまくいくことはないというのも真実で、少年にそこ辺りをへらへらと躱すような不誠実さは存在しなかった。

 

 なので、しばらく悩んだ末に大きく息を吐き、少年は決意する。 

 

「とりあえずはいつも通り元気に行くしかねえ!!」

 

 自分は変わらない。サビーナもアリヤも、ニカも大切な人。であれば、それは示すしかない。

 

 変に悩んでいる方が、彼女達も微妙な気持ちにさせてしまうだろう、と。

 

 なので少年は、そのまま勢いよくダッシュしながら地球寮に入り、

 

「俺、参上!! みんな、今日もよろし……え?」

 

 少年は目を丸くした。

 

「ニカ、ロングロンド社の決済が必要な書類はそっちにまとめた。内容別に分けてあるから、あとであのバカに確認させてくれ」

 

「はいっ!

 アリヤ、株式会社ガンダム関連の機器発注は終わったよ! 他になにすればいい?」

 

「自治会の相談依頼が何件も残ってる!

 文章回答で済ませて良いのは、私たちで担当していいと確認もとった。そっちを頼むよ」

 

「うん……!」

 

 なんて鬼気迫る勢いで女子三人が仕事に取り組んでいたからだ。

 

 オーラが出ているほど、見るからに切羽詰まった雰囲気。

 

「アリヤたち、こえー……」

 

「俺達の入る隙間が……」

 

「こ、これが修羅場っていうものですか、ミオリネさん!?」

 

「違う意味だけど修羅場ね」

 

 などとそれを見た他の株式会社ガンダム社員は、社長のミオリネも含めて隅に追いやられている始末。

 

 必然、ド派手に決めポーズで入場してきたロマン男など、全員の眼中になかった。

 

「えーっと、これどういう状況?」

 

 なのでロマン男は困惑しながら周囲に説明を求めたのだが、

 

「「「!!!!」」」

 

「っ!?」

 

 ギラン、と修羅場に突入していた女子三人がそのバカにとんでもない眼光を向け、一斉に

 

 

 

「「「今すぐ休め、このバカ!!」」」

 

 

 

 と言い出すのだった。

 

 そして数分後、

 

「どうりで会うこともできないはずだ」

 

「サビーナさんもデートくらいしたいだろうってスケジュール調整しようとしたら」

 

「アスム……君のスケジュールはどうなっているんだい?」

 

 ロマン男は正座の姿勢のまま、女子三人に囲まれていた。

 

 中央にはサビーナが、その両脇にニカとアリヤが。

 

 サビーナは呆れたような視線で、ニカはぷんすかと怒りながら、そしてアリヤはニコニコと危険な笑顔で。

 

 ロマン男は汗をだらだらと流しながら、彼女達に突き付けられたスケジュールを見る。

 

「はぁ……株式会社ガンダムに、ロングロンド社に、学生自治会に、他にも文化祭の実行委員も。そんなに詰め込んだら、こんなびっしりしたスケジュールにもなるさ」

 

「いつ休んでいるのかって思ってたんですよ」

 

「睡眠時間が一時間を切っている日もあったぞ。……言い訳は?」

 

「い、いやぁ……なんか動いてる方が楽しいっていうか、ロマンがあふれすぎてつい……」

 

「「「この大バカっ!!!!」」」

 

「ごめんなさい!?」

 

 ちなみにロングロンド社の面々にこの状況を聞いてみたところ、

 

『社長は昔からああでしたので。

 ちなみに定期的な精密検査はもちろん行っていたのですが、こんな健康体はいないという結果でしたよ』

 

 とは冷静な秘書の言葉。

 

 世には睡眠をほとんどとらなくても健康な人間もいるというが、ニカ達はこれを聞いて目の前の男が本物の妖怪かもしれないという疑念を深くした。

 

 元からロマン追及に余念がない会社の面々にとっては、ある意味で平常運転なのかもしれないが、この仕事量は尋常ではない。

 

「好きだからっていろんな部署に手を出しすぎなんです。社長なんですから、もっと部下に任せてください……!」

 

「とりあえず、一日だけでも休ませないとね。はぁ……そういえば、三年間も同級生やってて、アスムが休んでいるところなんて見たことがなかったよ」

 

「私もだ。シャディクもたいがいハードワーカーだが、こいつは段違いだったな」

 

 と全員が呆れ果て、サビーナとの時間捻出のためにも、妖怪に人間らしい最低限度の生活を与えるためにも分担して仕事を片付けようということになってこうなった。

 

 人間、共通の敵が現れると一致団結するということがあるが、この場合女子たちの敵はこのスケジュールと、それをよしとする妖怪だ。

 

「なあ、ミオリネ……こんなときどんな顔をすればいいのかな?」

 

「土下座」

 

「はい……」

 

「「「その前にさっさと休め」」」

 

「はい……」

 

 一応の全面的な反省のポーズを見せると、女子三人はまた仕事に戻って行く。

 

 CEOという立場上、アクセスできない仕事も多数あるが、自治会や株式会社ガンダム関連の案件はサビーナたちでも処理できるし、重要案件以外にもやりたいからと引き受けている仕事が山ほどあった。

 

 それらをなくしても忙しさという点では多少マシになる程度だが、三人共に想い人が過労死するリスクを下げられるならそれがいい。

 

 後日、この時の少女たちの説得文句にあった「もうあなた一人の体じゃないんですよ!」が学内記者にすっぱ抜かれて、それはそれは大騒動になるのだが、それはまた別の話。

 

 そうしてフロントが夕暮れを投影し始めたころ。

 

「ふぅ……ようやく終わった」

 

「株式会社ガンダム関連はミオリネ社長や他のみんなにも割り振ったから、これで社長も楽になるね」

 

「……いや、アイツの場合は監視していないとまたロマンの名目で余計な仕事を持ってくるぞ」

 

「「たしかに……」」

 

 軽くなった身をこれ幸いと、新しい事業案やらを引っ提げて動き始めることは想像に易かった。

 

 ただ、これで……

 

「はい、サビーナさん。二日後に時間を作れましたよ」

 

 ニカはタブレットをサビーナに渡す。

 

 そこでは確かに、午後半日を空き時間とされていた。午前中の業務も大きな打ち合わせなどはなく、さらに切り詰めれば一日をフリーにできるほどだ。

 

「予定を入れるなら今のうちだよ、アイツがまたロマンを発症する前に約束を取りつけた方がいい」

 

「そう、だな……」

 

 しかし、どこかサビーナは思案顔だった。

 

 デート、それも初デートと言う響きはとても甘美だ。

 

 まっとうな男性経験が皆無だったサビーナにとっては、自分が得られるとも思っていなかった夢物語の実現でもある。相手の少年にとってもロマンの響きがあって、いざとなればサビーナをエスコートして楽しませてくれるだろう。

 

 ただ、

 

「……ちょっと待っていてくれ」

 

「「え……?」」

 

 サビーナは生徒手帳を取り出すと、シャディクに対してメッセージを送る。

 

 それから数秒して返信が来ると、サビーナは立ち上がって、二人に言うのだった。

 

「今日は助かった。私のために力を貸してくれて、本当に感謝している」

 

「まあ、自分もこうなっていたかもって思うと他人事じゃないしね」

 

「私もこの機会にって、会社での権限を増やしてもらいましたし」

 

「だが……それでも、私だけ楽しむというのはフェアだと思えない」

 

 だから、二人がよければと。

 

 もちろんカップルを近くで見せつけるような真似にはしないと言って。

 

「シャディクがちょうど近くのフロントにいい施設があると教えてくれてな。グラスレーも事業に関わっているから、チケットも人数分が手に入っている」

 

 だから友情を深めるためにも、全員で出かけないか。

 

 サビーナは緊張のにじむ声でそう言った。

 

 その様子にニカとアリヤは顔を見合わせて、すぐに破顔する。

 

「サビーナさんがいいなら、もちろん」

 

「でも二人っきりの時間くらいは作ってくださいね? 私たちもお邪魔虫にはなりたくないので」

 

「あ、ああ……!」

 

 待ち合わせは二日後、行き先は『ドキドキざぱーん』なるプールリゾート。

 

 そうして少女たちは約束を交わして、

 

「ぐすっ……! 美しい友情……! これこそロマン……!!

 俺の余計な心配なんて、いらなかった……!!」

 

 

 

「「「だからさっさと休め!!!!」」」

 

 

 

 強制的にロマン男をベッドに縛り付けるのだった。





次回、唐突な水着回!!

個人的にそれぞれに似合いそうな水着は考えているのですが、この子にこういう水着似合うかもな意見があったら感想とかで教えていただけると嬉しいです!

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58. カノジョが水着に着替えたら

キャリヴァーン、かっけー!!

箒型ライフルとかめっちゃロマンやん!!!!


 A.S.122年。

 

 人類は母なる星を離れ、地球圏を中心とした宇宙に居住区画フロントを建設。

 

 宇宙開発を加速度的に進め、今やあらゆる機器に使われるパーメットが宇宙でしか取れないことから、地球と宇宙との経済格差はいつの間にか逆転。

 

 そうしてスペーシアンとアーシアンの区別が生まれ、その覆せない人種意識のまま、歪んだ宇宙時代は進行している。

 

 しかしながら、地球で暮らしていようと宇宙で暮らしていようと、人類の感性に大きな進歩はない。

 

 だから宇宙で暮らす人々には、宇宙で暮らすなりの娯楽が必要であった。

 

 そして、

 

「あ、あの、社長……? ほんとに、ほんとにやるんですか?」

 

「もちろん! ここに来たからには伝統のアレをやるしかないっ!」

 

「はぁ……すごい目立つよ、これは。君はただでさえ派手なんだから。サビーナさんだっているんだし」

 

「私は……アスムがやりたいなら、やるだけだ」

 

((うわぁ……健気すぎる))

 

 顔を赤らめながらも彼氏と思い出を作りたいなんて純情を爆発させているサビーナに、ニカとアリヤが見とれる中、ロマン男は承認を得たとばかりにテンションを上げながら叫ぶのだ。

 

 かつて地球が文化の中心だった時代に、何度となくされていたという伝統の儀式を。

 

 少年少女四人組は互いに手を握って、

 

 

 

「「「「海だーーーー!!!!」」」」

 

 

 

 水辺に向かってジャンプ。

 

 だが、あいにくとここは海ではない。プールである。

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 彼らがやってきたのは、『ドキドキざぱーん』というプールリゾート。

 

 そこはアスティカシア学園から輸送便で一時間ほどのフロントに存在していて、そもそもフロント全体がショッピングモールやレストランなど、娯楽施設が満載になっている。

 

 人の感性が変わらないのと同様に、宇宙に居を移しても人が暮らしやすい場所は変わりがない。

 

 娯楽は一か所にまとめたほうが便利であるし、かといって騒々しさから居住区には向かない。結果、このフロントのように、人々の居住フロントから程よい位置に娯楽フロントが建設されるようになっている。

 

 そして、その中でも二月前にオープンした『ドキドキざぱーん』は人気の娯楽施設だ。

 

 アド・ステラ以前のとある島国で有名な換算方法を使うと、『トーキョードーム』五つ分にもなる広大な敷地に、ウォータースライダーやら流れる巨大プール、疑似的なビーチエリアや、ホットスプリング、サウナまでと、あらゆる水に関する娯楽が結集した場所。

 

 それに惹かれて、主に高所得のスペーシアンから人気を博しており、既に一年先まで予約でいっぱいという状況。だが運営がグラスレーの子会社であったため、サビーナはチケットを手に入れることができていた。

 

 実際にはシャディクから『使用状況のリサーチも頼むよ』と仕事も依頼されているのだが、チケットを融通してくれる建前だろう。

 

 ともあれ、到着早々にアスムは広大な海の景色(模造品だが)に大興奮で飛び出し、女子はそんな彼に苦笑するという一幕があった。

 

 それはどこまでも子供っぽく見えるところもあるのだが……そこは惚れた弱みというものだろう。ロマン男がその名のままに満開の笑顔でいると、彼女たちも満足してしまう。

 

 だが、あくまでまだ到着しただけ。

 

 水着に着替えてからの遊びが本番だ。

 

 なので男女で分かれて、更衣室に移動したのだが。その着替えの途中でニカはぽつりと、隣にいるサビーナにつぶやいた。

 

「私、こういう風に遊ぶのも初めてなんですけど……びっくりしました。宇宙でも水って貴重な存在なのに、あるところにはあるんですね」

 

 地球にいたころは遊ぶどころの環境ではなかったニカ。

 

 だから、その口調には贅沢を謳歌できるスペーシアンへの軽い羨望も混じっている。

 

 そして事実として水を大量に消費できるこの施設は異質でもあった。

 

 言うまでもなくフロントの外、つまり宇宙空間は無重力だ。

 

 水があっても、外へと放出されて蒸発するばかり。そもそも水を持たない宇宙空間は液体の水を保つのに相性最悪で、それでいて人は水を必要としている。

 

 今は水生成プラントもあって、宇宙開発初期のように水を運び出すために地球と争う必要もなくなったが、それでもこの規模で水を娯楽に使えることをニカは羨ましく思ってしまう。

 

 地球と宇宙の格差はこれほどまでに広がっているのだと。

 

 すると元アーシアンであるサビーナは静かに、ニカにとっては意外なことを伝えるのだ。

 

「実はな、ここはシャディクが考案した施設でもあるんだ」

 

「えっ!? シャディクさんが!?」

 

「ああ。……どうして、と思っただろう?」

 

「えっと、それは……はい」

 

 ニカはシャディクがテロリストと企てをしていた過去を知っている。なので、こんなスペーシアンだけに贅沢をもたらす施設を、彼が主導で作るとはニカには思えなかった。

 

 今も彼はやり方を穏便に変えても地球と宇宙の格差をなくそうとしていると聞いていたのに、これでは逆効果に見える。

 

 しかしサビーナは淡々とその意図を伝えだす。

 

「表面的にはただの娯楽施設。だが、実際にはグラスレー系列で開発した新型浄水装置のテスト運用と、その開発・量産資金を得るための場でもあるんだ。見る限り水質などにも問題ないし、たいした性能だな」

 

「え? でも、そのやり方って……」

 

 どこかの妖怪がやりそうな二枚舌。

 

 ロマン実現のために、軍事教練という建前をつくって開いた体育祭。今回は遊びが建前ではあるが、考え方はよく似ている。

 

 そして実際にサビーナは穏やかに微笑みながら言うのだ。

 

「ああ、アスムとシャディクが考えた策だ。元々、貴重な水を使って遊びたいという欲求はスペーシアンの間に大きくてな、二人はそこに目を付けた。

 ……将来的に、地球環境を浄化することを目的としてな」

 

「地球を!?」

 

「ことエンターテインメントに関しては、やはりアイツは目ざといよ」

 

 ドローン大戦や今も続いている紛争のために、かつて豊かだった地球の水源は大部分が重金属などで汚染されている。

 

 水が目の前にあるのに飲めず、我慢しきれずに飲んで命をなくす子供も多くいる惨状だ。

 

 母なる地球を綺麗にするために、その大本となる水環境の改善は必須。だがそれを改善しようにも多額の資金がいるし、その財をもつスペーシアンは地球環境には無関心。

 

 その意識を変えるのも一朝一夕ではできないとなれば、策を弄するしかない。

 

「だから、この施設を?」

 

「施設へと娯楽目当ての富裕層が金を落とし、その利益を使って浄水装置量産化を行う。

 そしてそれを地球にも提供し、地球環境を改善させるというのが二人のプランだ」

 

「でも……スペーシアンの人たちが、地球の浄化に使うって言って納得してくれるでしょうか?」

 

「そもそも支払った料金がなにに使われているかを気にする人間はそう多くない。自分たちの目に見える不利益にならなければな。もちろん投資家はその点も見るが、彼らは営利を求める。地球での需要の高さは理解できるだろうし、適正な値段で売買すれば地球の負担も少なく、投資家にも利益を返せる。であれば、文句をつける者もいないだろう。

 それに加えて仕掛けもある。このリゾートの一番の売りは、ビーチ施設だが。実はあそこは地球に実際にある場所を模している。今は環境汚染で見る影もないが」

 

「もしかして、ここで遊ぶだけ遊ばせて?」

 

「地球に行けば、地球をよくすれば、もっと広いビーチで遊べますよと喧伝する。地球は水の星だ。そういった観光地が多くあったというのも事実だからな。

 富を手にした人々の欲求には際限がない。いずれ狭い施設でチケットを待つくらいなら、地球に行く手間をかけても、より広い海で思うまま遊びたいという人も多くなるだろう」

 

「それで、ですか……」

 

 どこまでも娯楽の皮を被った、シャディクとアスムの策が隠された施設。

 

 だが、ニカはサビーナの話を聞きながら思い出したことがある。アスムと仕事の合間にした会話だ。

 

『ニカに質問です。

 人間はどうすれば人助けのために、喜んでお金を出してくれるでしょうか?』

 

『えーっと、まずは困っている人の現状を伝えます。それで、あなたの助けが必要だってことも、救える命があることも』

 

『うん、それも一つの正解。っていうか正攻法だし、それで必要なお金が集まればいい。ただ……それで助けてくれる人はごく一部だ』

 

『……やっぱり、そうですよね』

 

 実際にそんな優しい人ばかりなら、地球で貧困が生まれるわけもない。

 

 そしてアスムも苦笑いしながらそれを肯定しつつ、だけど、とその先を説明するのだ。

 

『残念だけど、人間はどこまで行っても動物。自分の利益を求めるし、損やリスクを負いたくない。覚えておいて? そんな人間を理解することがビジネスの一歩だ。

 だからこそ俺達も、人々の需要、つまり彼らが求める利益を見極めて、製品を売ってる。そして……嫌な言い方に聞こえるかもしれないけど、人助けも商品でもあるんだ』

 

 もちろん人には感情があって、人助けをしたいという良心もある。

 

 だが大部分はそれと自分の利益とを天秤にかければ利益を取るし、それ以前に遠く離れた土地での悲劇には無関心。それが事実。

 

 人助けをしたいなら、その人間を直視しなければいけないとアスムは語り……そして次の瞬間に笑顔で言う。

 

『でも! そんな利己的な人間も……娯楽には喜んで金を払ってくれるんだよね!

 なぜなら、それが楽しいから!』

 

 楽しみとは、人間と他の生物を分ける不思議な感情。

 

 食事という原始的欲求と結びつく娯楽ならわかるが、人間は思い出という無形なものにも娯楽を見出し、リスクを払うことさえしてしまう。

 

 観光地に出向いたり、時間を浪費したり、それでいて相場より高い値段であっても楽しいからとリスクを喜んで差し出す。

 

 だから、人助けがその人の娯楽と結びつくならば……喜んで金を出させることができる。

 

 それを聞いたサビーナは頷きながら言うのだ。

 

「アイツや今の君のように自分から問題解決に動こうとしてくれる人もいるが、全体では少数だ。それでもと強引に改革を迫るなら、奪いとるしかない」

 

 かつてシャディクが無理矢理にでもベネリットの資産を地球に下ろそうとしたように。

 

 だが娯楽の皮を被せるだけで、人は喜んで資金を出すのなら、武力を用いる必要はなくなる。要は人々が気持ちよくリスクを許容できる建前を用意すればいいのだから。

 

 もちろん、それで得た資金の運用方法を決定する企業の首脳陣が、問題を意識していることは必要だが、一般市民全体までそうある必要はない。

 

「ということだから、ニカがこの施設でどんなふうに遊んでも、巡り巡って地球の利益になる。

 ……なんのためらいもする必要はないぞ」

 

「……はい! ありがとうございます!」

 

 サビーナがそうして話を締めくくると、ニカは元気に返事をして、微笑みながら着替えを始めた。先ほどまでは自分がこんなことをしていいのかとためらいがあったのだが、それも切り替えてくれたようだ。

 

 そんな彼女を見ながら、サビーナもどこか心が温かくなる。

 

 思えばシャディクも自分も、かつては結果を最短で求めていた。それが必要な側面もあるし、実際に今も失われる命を想えば、あちらが正解だったという場合もある。

 

 だが、少なくともこんな娯楽の皮を被せて地球支援に結び付けようなんて策は、アイツと一緒にいなければ思いつかなかっただろう。

 

 そんな風に自分たちが変われたことも嬉しいし、柔軟なアスムのことも頼もしく思う。

 

(ああ、そうだ。アイツもそろそろ待っているだろうし、私も準備をしなければな)

 

 サビーナもまた気持ちを入れ替えて着替えを始める。

 

 ニカに説明したように、今回の休日には客として施設の利用状況や人々の反応を見る側面もあったのだが、それ以前に彼とのデートでもある。

 

 あまり待たせるわけにはいかないと、シャツや下着を脱ぎ、そしてレネ達のアドバイスで選んだ水着を身に着け……

 

(私から誘ったことだ、ニカ達も、もちろんアスムも楽しんでくれるようにしなければな……私も水泳教練以外で水着になるのは初めてだが……ん?)

 

 しかしそこで気づく。

 

(…………ちょっと待て、水着?)

 

 そして鏡に映る自分をサビーナは見た。

 

 どう見ても水着姿で、必然的に肌の露出は激しくて。

 

 ついでに言えば、これから会う彼氏も水着姿。

 

 アスムも元から鍛えていることは知っているし、シャディクみたいに普段からさらけ出すようなことはしていないから見たことはないが、プロポーションは優れているだろうと予測できる。

 

 つまり、ほぼ半裸状態でデートすることになるわけで……

 

「っ…………!?」

 

 かぁっと、火がついたように頬が熱を持つ。

 

 なぜ、思い至らなかったのかと今更になってサビーナは頭を抱えだしてしまった。

 

 世間一般のデート知識も本などの聞きかじりしか知らないサビーナ。だが、その中でも手を組んだり、抱き合ったり、キスをしたりといった、少し前までは浮ついているとしか思えなかった行為をするのが明白で……

 

(それを、水着で!?)

 

 ハードルが高い。高すぎる。

 

 キスだってまだあの不意打ちの一回だけで、手をつないだりもしていない。だというのに素肌で触れ合いをするなどというのは急展開にもほどがある。

 

(誰だこんな提案をしたのは…………シャディクだっ!)

 

『みんなで遊びに行くと言うなら、このプールリゾートはどうだい? アイツ好みのロマンだし、それにリサーチの依頼も来ていたから渡りに船だ。サビーナ、行ってきなよ』

 

 とか、 初デートにプールで水着などという数段飛ばしのプランを出してきたのは、あの策略家。

 

 レネたちもそうだ。

 

『ロマン先輩相手なら、こういう水着がいいんじゃないの♪』

 

 とか何とか言って水着一式を仲間全員で押し付けてきた。

 

 あの時、やたらとレネがにやにやしていたのは、こうなるのを確信していたからだろうとサビーナはようやく気付く。

 

 それを初デートの嬉しさにぽやぽやしていたサビーナは気づいていなかった。

 

 あるいは彼女にとってその浮かれポンチ状態のままで彼に対面したほうがまだ被害は少なかったかもしれないが、ニカに施設をめぐるビジネス話をしてしまったせいで、恋愛脳が覚めて現実を直視することになってしまったのだ。

 

 結果、

 

「サビーナさん、こっちも着替え終わったし、そろそろ……」

 

「……って、サビーナさん!? どうしたんですか!? 顔まっ赤……!!」

 

「…………もうだめだ」

 

「「どうして!?!?」」

 

 結局、サビーナを更衣室から引っ張り出せたのは、それから十分も後のことだった。

 

 

 

 

「夏! 海! そしてロマン!!」

 

 一方その頃、先に着替えを終えたアスムは更衣室から少し離れたとこで仁王立ちしながらビーチを眺めていた。

 

 その恰好は……驚くほど普通。

 

 ひざ丈までの短パンに、前を開いたラッシュガード。どれも変なアニメのガラなどは入っていない。

 

 というのもシャディクから、

 

『いいかい? 女子との初デートなんだ。まずは相手が楽しめることを第一に考えること。

 お前が好きな炎やらドラゴンやら青い稲妻な水着は、サビーナみたいなクール系美人と並んだら大変なことになるからやめておくんだ』

 

 と懇切丁寧に何度も何度も念押しされたのでやめている。

 

 なので今のアスムは元からの王子様っぽい顔立ちに、くっきりと割れた腹筋やらパイロットをする中で鍛えられた両手足も相まって、かなり欠点のない外見だ。

 

 通りすがりの女性たちもそんな彼をちらりと見て『あ、かっこいい人いる!』とか思ったりするのだが、次の瞬間に、

 

 ずももも

 

 と音がするほどうずたかく積まれた浮き輪やらなにやらのビーチグッズを見て、『あの人やばい』と逃げ出すことになる。何事も度が過ぎるというものがあるのだ。

 

 シャディクのアドバイスはちゃんとアスムも理解している。

 

 理解しすぎている。

 

『つまり、みんながプールでエンジョイできるように全力を出す! 全力を!!』

 

 だが持ち前の変なバイタリティが作用して、夏を前に羽目を外しすぎている男になってしまっていた。

 

 さて、そんな風に女子たちを出迎える準備を、十分すぎるほどにしていたアスムだったが。

 

「サビーナさん、ほら頑張って!」

 

 ようやくニカたちの声が後方から聞こえてきたので、勢いよく振り返る。

 

 そして、

 

「みんな、やっとき…………」

 

 アスムもまたフリーズした。

 

 彼の目の前には、ある意味でアニメやゲームで憧れた景色、そして純情な精神年齢十一歳児(恋人ができたので昇格した)には刺激の強すぎる景色が広がっていたからだ。

 

「あの……これ、どうでしょうか?」

 

 まずはニカ。

 

 全体を見ると彼女の髪のインナーカラーである青を基調にしたビキニスタイル。ただ、露出は多くならないようにひらひらとフリルで装飾されており、下半身もスカート状。

 

 落ち着きと清楚、それでいて女の子らしさを強調する格好。

 

 だが過去にドレスを着た時にアスムは知っていたのだが制服姿では着痩せて見えてしまう豊かな胸部は体型を隠す水着でも目立っている。

 

 東洋人らしい可愛らしい顔立ちと、小柄ながら豊かなプロポーションを活かしたコーデだった。

 

 次に、

 

「ふふ♪ こら、あまりじろじろ見るのは失礼だよ? って……もしかして、固まってるのかい?」

 

 アリヤはニカともサビーナとも違って、ワンピーススタイルだ。

 

 彼女のエキゾチックな雰囲気とトロピカルな花柄の調和性もよく、それでいてオフショルダーや少し大胆に開いた胸元が褐色の肌をなまめかしく強調する。おそらく水を浴びると、その色気と呼べるものはもっと華やかになるのだろう。

 

 アリヤはニカほどに起伏がないが、そのほそりとしたスタイルを大人っぽさで補っていた。

 

 そして最後に、

 

「そ、その……、あまり見ないでくれ」

 

 顔を真っ赤にしながら右手で左腕を掴むようにして、体をよじっているサビーナ。

 

 彼女は一言で言えば煽情的だった。

 

 黒のビキニは大胆に胸元が開かれているが、それでいてセクシー一辺倒ではなくワンポイントでリボンが可愛らしく飾り付けられているし、ホルターネックのスタイルもほどよい大人感を出してサビーナの美人な雰囲気にマッチしている。

 

 下半身もロングのパレオをつけているが、その状態でもよく鍛えられて引き締まったシルエットが分かり、目に毒といった状態。

 

 パイロットとして、さらには軍事教練によって日ごろから鍛えられた彼女は、下手なモデル顔負けの引き締まった抜群のプロポーションを持っていて、その大人びた外見と一目で初心とわかる表情とのギャップが強烈だった。

 

 三者三様の水着。

 

 それに優劣をつけることはできない。可愛らしいニカに、エキゾチックな魅力のアリヤ、そして上品で大人っぽいサビーナと、どれもが素晴らしい魅力にあふれていた。

 

 そしてそれを見せられたロマン男は、さっきまでのプールを前にはしゃぐテンションがどこにやら、彼の『ロマン』と『すごい』しかない語彙力の限界に挑もうとしているように口をパクパクさせて……

 

「その、すごく……すごく似合ってる。三人とも、かわいくて、きれいで……ああっ、くそっ! ごめん、言い表せないけど、すごく好きだ」

 

 なんて照れながら言うしかなかった。

 

 そしてそれを見たサビーナたちは一瞬きょとんとして、

 

「「「ぷっ……あはは」」」

 

 顔を見合わせて笑ってしまう。

 

 彼の背後に積まれた水遊びのグッズを見ると、どれだけ彼がテンションを上げてプール遊びを楽しもうとしていたのかがわかる。ただ、それはどちらかと言えば少年心を元にしたもので、女子と遊ぶのだという意識が薄いものだ。

 

 だけど今、彼ははしゃぎまわることを忘れて、わかりやすいほどに女性の水着姿に見とれて照れている。

 

 もちろんロマンを追いかけている彼を魅力的に思っている三人だが、それでもお互いに彼に女性として見てほしいという願望だってあるのだ。

 

 なんだかロマン男という妖怪に一矢報いた気持ちで楽しくなってしまっていた。

 

「でも、社長? 彼女さんはあくまでサビーナさんなんですから」

 

「そうだよ。まずはサビーナさんと並んで、ほら。それでちゃんと褒めてあげないと」

 

「こ、こら、二人ともっ……! いきなりは心の準備が……!!」

 

「「まあまあ、てれないで」」

 

「~~~~っ!」

 

 なんて二人のおせっかいでサビーナは背中を押されて一歩前に。

 

 必然的に彼女とアスムとの距離は近づいて。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………そのっ!」

 

「な、なんだ……」

 

 ここで誉め言葉の一つも言えないようならロマンじゃないと、サビーナのか細い声にアスムは決意を固める。

 

「サビーナの水着、すごく似合ってる。ほんと、似合いすぎてて……アニメのヒロインみたいで、すごくロマンがあって、ドキドキしてる……」

 

「っ…………」

 

 その言葉はどう見ても少年の本音で。

 

 サビーナは照れよりも喜びの感情で胸を満たされていく。

 

 だが、その言葉を返すのはサビーナの方もだ。

 

 身近に年がら年中半露出狂みたいなシャディクがいる上に、孤児院時代から寝食を共にしてきた彼を見ることに羞恥心などない。

 

 だけど目の前の恋人の水着姿は違った。彼女から見てとてもカッコよく、魅力的で、普段とは違う息が詰まるような胸の苦しさを抱いてしまうほど。

 

「お前の方こそ……とても魅力的だ。一緒に歩けることが夢のように思うくらいに」

 

「そ、そっか……! シャディクからアドバイス受けてよかったよ」

 

「ちなみに……それがなかったらどんな水着にする予定だったんだ?」

 

「えっと、第一候補はアニキのYo Sayなやつ。ガムテープとか言われてるの」

 

「ふふっ、どんな水着なんだそれは」

 

「絶対に世界でオンリーワンだと思うんだよな、あのデザイン」

 

「つまり、私に合わせるために考えてくれたんだな……ありがとう」

 

 ああ、このままお互いに見つめ合っているだけで幸せだ。

 

 そんな多幸感がサビーナを支配する。

 

 そもそもが男女での遊びに慣れていない二人であるし、一段も二段も飛ばした水着デートというのは恋愛初心者にはハードルが高い。

 

 なので、本来であればこのままお互いの距離を探るというのもありではあるのだが、

 

 

 

『行動、開始』

 

 

 

 そうは問屋がおろさない。

 

 見つめ合ったまま動かないでいるアスムの背後を小柄な人影が通り、

 

「きゃー、こけちゃったー」

 

 などと棒読みにもほどがある声でアスムをポンと押したのだ。

 

 すると、

 

「うおっ……!?」

 

「アスム……!?」

 

 背の高く、バランス感覚にも優れたアスムを的確に転ばすという偶然にしてはできすぎた、クリティカルヒット。そして転びそうな彼を支えようとサビーナが前に出ると、自然に抱き合う形になってしまう。

 

「「っ……」」

 

 息を呑んだのは同時。

 

 男性的な逞しさと、女性のやわらかさを素肌で感じてしまった二人は飛び跳ねるように距離を取って

 

「そ、その……人が多いから大変だな! ハハハ!」

 

「そうだな、あまり離れないようにしないとな……」

 

 などとぎこちない会話を始めるのだが、その態度に先ほどよりも甘いものが混じっているのをおせっかいな乱入者は見逃さなかった。

 

『HQ、こちら作戦第一段階終了。ロマン君、かなり意識しているわよ』

 

『HQ了解。引き続き、第二、第三に移行するよ』

 

 通りすがりの観光客を装い、アスムをサビーナの方向へ押し出した女性……エナオがサングラスとウィッグを取ってその顔をさらけ出す。

 

 そして彼女が連絡を取っていた者もまた、もはや明白だ。

 

 施設のセキュリティセンターの中心に陣取って、そしてレネ、イリーシャ、メイジーを従えながら親友と家族を怪しく監視する……シャディク。

 

 

 

「さあ、始めようか。君の心をサビーナに渡してもらうよ、アスム」




原作でもシャディクは結局、ミオリネの尻に敷かれそうな件について。

次回はプールでドタバタラブコメ!
なるべく早く仕上げてまいります!

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59. HOT LIMIT

水星の魔女終わってしまいましたねぇ。

いろいろ感想あるけれど、この作品としては一つだけ。

シャディク!

「さようなら」じゃねえからな!?

ぜってーにお前もハッピーエンドにしてやるから待ってろよ!!!!


 あくまで俺の持論だけど、と断って。

 

「恋愛とは頭脳戦なんだ」

 

 プールリゾートの奥、利用客の目が届かない監視エリアにて。アロハシャツにサングラスをかけたシャディクは、椅子にふんぞり返りながらそう言った。

 

 その周りで思い思いの水着を着ながら、ジュースを飲んだり、イルカ浮き輪を抱きしめたり、カメラで自撮りをしている少女たち。

 

 彼女たちは一様にシャディクへ『いきなり語り始めたな、こいつ』なちょっと呆れ気味の視線を向けるが、シャディクは気にしない。

 

「恋愛感情も脳の伝達物質による化学反応の一種。

 一定の好意がある条件下なら、適切なシチュエーションやテクニックを用いて、互いの好意を再現的に高めることができる。恋愛とはそれをどうやって手繰り寄せるかということなのさ」

 

「シャディクさあ」

 

「ん? どうしたんだい、レネ?」

 

「ミオリネ相手に、それできる?」

 

「ぐっ……!?」

 

「わかってるなら、さっさとやればいいのに♪」

 

「う、うん……化学反応とかいうの、なんか言い訳っぽい」

 

「こ、これでもちゃんとやってるじゃないか。ほら決闘の時にも告白をしたし」

 

「あれ、いきなり言われてもドンびくって」

 

「返事もないでしょ?」

 

「シャディクからも返事、聞こうとしてないし」

 

「…………わかった。もう、そこまでにしてくれ」

 

 あるいは胡散臭い恋愛セミナーの講師のように、頭でっかちなシャディクの恋愛理論は、レネたちの事実陳列の前に粉砕される。

 

 生来、他者へ利を説くことで味方を増やしてきたシャディクは、恋愛においても理屈っぽくなってしまうのだろう。レネたちはそんなシャディクがミオリネには理論も利も投げ捨てて、子供になってしまうところが弟みたいでかわいいとも思っているのだが、当の相手であるミオリネとゴールインを迎えるのはまだまだ先のことになりそうだ。

 

 シャディクは気を取り直して咳ばらいをすると続ける。 

 

「と、とにかく、今日の俺たちのミッションはサビーナとアスムの仲を進展させること。特に恋愛感情が目覚めているかもわからないアスムにサビーナへの好意を自覚させることだ」

 

 サビーナは自分にとって苦楽を共にした家族であるし、アスムもまた歪み切った自分に親身になってくれた自他共に認める親友。

 

 彼らが恋人となり、そしてゆくゆくは家族になるというのはシャディクにとっても喜ばしい。だからこそ、こうしてサビーナが恋愛にうかれている隙を見て、プールへと送り込んだり、わざわざ出向いてサポート作戦を実施しようとしていた。

 

 そして、その気持ちはレネたちも同じ。

 

 もっとも"あの"堅物だったサビーナが恋人とどう過ごすのかという野次馬的な興味も半々くらいだが、まじめに応援しようと思ってシャディクについてきている。

 

 ただ……『それにことは早い方がいい』とシャディクは声には出さずに考える。

 

 サビーナとアスムの結びつきが強くなることは、将来的に彼と大事を為そうとしているシャディクにとっても益になる。グラスレーとロングロンド間の業務提携なども円滑に進められるであろうし、サビーナならばアスムを変に誘導することなく献身的に支えるだろうと信頼しているからだ。

 

 しかし一歩間違えれば、彼らの関係は大人の事情によってゆがめられてしまうという側面もあった。

 

 特に問題なのは、シャディクの義父がサビーナに出した『あの余計な指令』。

 

 サリウスがわざわざ暴露するような悪趣味な為人はしていないと、シャディクも理解しているが、それでも。

 

(仮に表に出れば、ロングロンドCEOが篭絡されたとみなされて、今後のアスムの立場がまずくなる。そうでなくても世間がサビーナに向ける目は厳しくなるだろう。

 二人が無事に結ばれるために、内外に向けて完全に恋愛関係でつながっていると早々に見せる必要はあるんだ)

 

 サビーナがここにたどり着くまでにどれだけの努力をしてきたかを知っているし、一途すぎる思いが報われてようやく少女らしさを取り戻しているのも好ましい。

 

 それを余計な詮索や風聞で台無しにされるなど、万が一に避けるために、ハニトラやら政治の匂いがまるでないくらいに純愛で結ばれているという既成事実を作る必要があった。

 

 わざわざチーム全員で休みを作り、サビーナにばれないように作戦を実行しにきたのはそんな様々な理由から。

 

 するとそんなシャディクに対して、レネがトロピカルジュースを飲みながら尋ねてくる。もうキープ君に送る自撮りは気が済んだようだ。

 

「でもさ、正直なところアタシ達もまともな恋愛経験とかないし、そもそも相手がロマン先輩とサビーナでしょ?」

 

「そうだよねー。レネもキープ君を相手に猫被ったりしてるけど、ああいうのは参考にならないと思う」

 

「どっちかっていうと、アイドル? っていう感じ、だもんね?」

 

「まあ、キープ君たちはアタシのこと好きっていう前提があるから、なにやっても喜んでくれるところあるからね」

 

 実際に今も自撮りをグループチャットに贈るだけで、好意的……いや狂信的な反応が返ってきている。きっと彼ら訓練された信者たちはレネが歩いた足跡さえも石膏に固めて保存したがるだろう。

 

 翻って、今回のロマン男の場合を考えてみる。

 

 まず相手のサビーナはもう好意バリバリ。告白成功から数日の間に桃色オーラを浴びさせられたレネは、血液が砂糖に変換されたのかというくらいの胃もたれを経験した。

 

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の逆でロマン男がしてくれることなら、サビーナはなんでも好意的に受け止めるだろう。

 

 実際にサビーナが熱心にタブレットに何事かを記録していたので、興味半分でレネがのぞき込んでみると、なんとロマン男がおすすめした特撮作品を大真面目に研究していたり。レネも思わず『染まりすぎだろ』と青ざめた。

 

 あの自分たちの前でさえニコリともめったにしない堅物がこれである。

 

 孤児となってからこれまで、ずっと感情を律して抑制してきたタガが外れているとしても外れすぎ。今日だってあの露出多めで過激な水着を、身につけるまで気づかなかったほど。

 

 一方でロマン男も、噂によれば三人同時に告白されたという状況からサビーナと付き合うことを選んだという時点で、一定の好意をもっていることは明らかだ。

 

 しかしあの男の場合、ロボットやアニメに向ける『好き』と恋愛的な『好き』を混同しているという可能性も捨てきれないのが困る。

 

 レネたちにとってはありがたいことではあったのだが、彼との短くはない付き合いの中で、アスム・ロンドから性欲的な下世話な視線を浴びたことなど一度もないからだ。

 

 他の男子が年相応にそういう目で見てくるのに対して、まったく一切ない。となるとまともに女性に対する情緒や欲望があるのかすら不明なのである。

 

 異性愛者ではあるようだが、ロマンに脳を侵食されすぎた結果、恋愛を司るところまでロマンに染まっているのかもしれないという危険があった。

 

 その不安を解消するための本日の作戦だが、

 

「で、なにやるの?」

 

 レネの問いかけにシャディクは頷きながら答えた。

 

「さっき言ったように恋愛には頭脳戦の側面がある。あの朴念仁が相手でも適切なタイミングで最適なシチュエーションを提供すれば仲は深まるはずだ。

 まあ見ててくれよ、これでもちゃんと準備はしてきたんだ」

 

 そのためにも、と。

 

「みんな、協力してくれ。今日一日でアイツを……落とす」

 

「「「こぴー」」」

 

 女子たちの『ほんとに大丈夫かなぁ』な声を浴びながら、シャディクの人生において最も才能を無駄遣いすることになる一日が始まった。

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 一方その頃、

 

「わっ、しょっぱい!?」

 

「へぇ、本当に地球の海を再現しているんだね。小さいころに行った砂浜と、砂の感触までそっくりだよ」

 

「アドバイザーに地球環境の専門家を招いたとも聞くから、その影響だろうな」

 

「うぉおおおお! これ、あれができるんじゃないか!? 砂の城!!」

 

「社長、あんまり子どもっぽくはしゃぐのは……って、もうできてる!?」

 

「しかもデカいしディテールが細かいし……」

 

「アスム、その前にこっちに荷物を集めてくれ」

 

「はーい」

 

((サビーナさんがお母さんみたい……))

 

 どこぞの中世の城のような砂の彫刻から離れ、いそいそと荷物整理を始めた妖怪を前に、ニカとアリヤはそんなことを思っていた。というか、サビーナがはしゃぐアスムのことをとても愛おし気に見ている辺りで、この人も筋金入りだと思った。

 

 今、四人はメインコートであるビーチエリアの片隅にパラソルやシート、ビーチチェアを作って拠点としていた。

 

 先ほども背中を押されたくらいに、中の人は多いのだが、チケット制にしているだけあって密集エリアから出ればのんびりできるだけのスペースは用意されている。

 

 なによりアスムが張り切りすぎて用意した浮き輪やら水鉄砲やら、クッションやら各種ボールやらを置くのに、一定の広さは必須だった。

 

 そうしてひと心地がつけば……まずは疑似的ではあるが海水浴。

 

「おぉっ! 波がけっこう強いっ! けど、気持ちいいなっ!」

 

 ザバンと勢いよく海に一番乗りしたアスムが、上半身を水面に出しながら言う。

 

 それはどこまでも子供っぽく、無邪気な笑顔なのだが、

 

「「「っ…………」」」

 

 少女たちはそんな少年の姿に見入ってしまっていた。

 

 濡れたことで色気を増した筋肉質の上半身。雫が滴る金髪をかき上げる様子もこれまた、どこぞのモデルが計算してやっているかのようにサマになっている。

 

 そんな青年が純度百パーセントのオリジナル笑顔をこちらに向けてくるのだから、好意を持っているという前提に立っても少女たちには毒だった。

 

 しかもこの男の厄介なところは、順応性やノリの理解が高すぎるところ。

 

 最初の数分は女子の水着に照れるという年頃な男子の反応を見せていたのに、いつのまにやら切り替えて、

 

「ほら、サビーナもこっちに……!」

 

「あっ……!」

 

 自然にサビーナの手を引いて、波打ち際に連れ出してしまう。

 

 サビーナからすればどうすれば自然なタイミングで手をつなげるかと葛藤していたのに、それを勢い任せでやってくるのだから性質が悪い。

 

 元から男子相手でも首に腕を回したりと距離感の近さや気安さは相当なものだったが、恋人だからといまやその距離感は女子相手にも適応されているようだった。

 

 そんな少年の手のぬくもりにドギマギとしながらも、サビーナも足を水につける。

 

(きもちいい……。だ、だが、手の感覚が……)

 

 ひざ下まで感じる水の冷たさ、それが得も言われぬ心地よさをもたらすが、腕に感じる少年の温度は対比されることでさらに強く。しかも至近距離で少年の楽しそうな笑い声まで聞こえてしまえばなすすべがない。

 

 ニカとアリヤもそんな光景にちょっと嫉妬しつつ、だけれどこの場面で恋人以外を優先しない対応にほっと胸をなでおろして二人に続く。

 

 遊び道具はそれこそたくさんだ。ビーチバレーの要領でボールを打ち合ったり、一定距離のフラッグのある場所まで競争をしたり、時には戯れに水をかけあったり。

 

 遊び好きなロマン男の面目躍如とばかりに休む間もなく、レクリエーションが続いていく。

 

 ニカもサビーナも遊びの経験がほとんどないので受け身がちだが、『今日の仕事はみんなを飽きさせないこと』と決めていたかのようなアスムの行動に、退屈を感じることはない。むしろ人生で初めてというくらいに自由な時間をおっかなびっくりながら楽しめていた。

 

 そのまま賑やかに休日が進むと思われた、のだが。

 

 そんなきゃっきゃうふふを良しとしないおせっかいが潜んでいる。

 

『えー、ただいまよりビッグウェーブタイムが始まります♪ 局所的に大きな波にご注意くださーい♪』

 

「「「……え!?」」」

 

 突然、大きく響き渡るどこかで聞いた声によるアナウンス。

 

 そして局所的と言った言葉そのままに、コントロールされているのではないかと思うくらいに四人がいるところへ大波が押し寄せてきたのだった。

 

 なぜか天井モニターに『タイダルウェーブ』やら『アクアラグナ』やら表示されているが、どちらにせよ漫画でよくあるような見た目は大層な波である。

 

 ちなみにこれでも高度な水流操作により、客が流されないようにしているとかなんとか。

 

 だが、それを知らない彼らにとっては、大きすぎる波は身の危険を感じさせるもの。

 

 そしてそれを見たサビーナの反応は早かった。

 

「危ない……!」

 

「っ……!」

 

 波に危険を感じるどころか、目を輝かせながら『なぜか』正拳突きでもしようとしているアスムを引っ張って、地面に押し倒すサビーナ。

 

 その二人の上に、波がざぶりと覆いかぶさり、そしてすぐに引いていく。

 

 第二波が来ないことを確認したサビーナは顔を上げ、 

 

「大丈夫だったか?」

 

「あ、ああ……でも、その……」

 

「あっ……!」

 

 見下ろすアスムの戸惑う顔を見て、サビーナは小さく声を漏らして、そのまま固まってしまった。

 

 すぐ目の前に、少年の顔があった。じっと自分を見上げる顔に、密着してしまっているたくましい胸板。

 

 それは少年にとっても同じ。サビーナの水を被って赤面が合わさって色気がたっぷりな表情に、胸に押し付けられている豊満で柔らかい感触。

 

 事情を知らずに傍から見ると、サビーナが押し倒した形だ。

 

 そして意識していなかった急すぎる接近に少女の頭から冷静という字が消えていく。

 

(そういえば……あれ以来、キスもしていないな)

 

 ふとそんなことがサビーナの頭をかすめた。

 

 孤児であった頃や、アカデミーの時代を含めて、彼女の幼少期には恋愛を忌避するようになる出来事が多くあった。直接的であれ、間接的であれ、眉目に優れた社会的弱者が受ける行為はそう変わらない。

 

 だから、アスムと出会う前にはそんなことをしようという気すら起きなかったというのに、今はもう一度と、もっと感情よりも深いところで彼を求める自分自身がいるとサビーナは感じていた。

 

 あの汗や涙にまみれて、お世辞にも完ぺきとは言えなかった不意の口づけも、おずおずと背中に回してくれた手も、何もかもが甘美で、一生でも続けたいと思うほど少女の記憶に刻み付けられている。

 

 そんな、彼女が求めてやまないものが目の前にあって、

 

「…………っ」

 

「…………さびー、な?」

 

 少年の小さな声に理性がぷつりとちぎれて、

 

 

 

「「こほん、こほん!!」」

 

 

 

「「っ……!!」」

 

 同じように濡れネズミになっているニカとアリヤの赤面混じりのわざとらしい咳に、二人は正気を取り戻して距離を離した。

 

 サビーナは立ち上がると、彼女の人生で初めてくらいのうろたえ方で手を振りながら否定する。

 

「い、いや、これはなんでもない……」

 

「そ、そうそう! 波がすごかったから、助けてもらっただけで……」

 

「へぇー、そうですか。このまま『ズキューン』とかしそうな感じでしたけど……ねぇ?」

 

「恋人同士だっていうのは理解してるけど、目の前でいきなりやられると……ねぇ?」

 

「ごめんなさい」「す、すまない」

 

 さすがに今このタイミングで衆目の中でというのはまずいと言う理性の方が二人にもあった。

 

 しかし……

 

「ちっ! あと少しだったのに!!」

 

 そんな二人を監視塔から双眼鏡で眺めていたレネは、そう舌打ちをする。

 

 当然ながらいきなり波を強くするのもシャディクの作戦。

 

 というのも、

 

『アスムもサビーナも献身的な人間だ。加えてアスムはヒロイックな行為に憧れている面もある。

 不意に危機的な状況に陥れば、必然的にお互いをかばい合うことになるだろう。そしてそこでこそ水着が最大の効果を発揮する』

 

 恋愛における単純接触効果は侮れない。

 

 そしてお互いに一定の好意を持っている状況下で、普段とは違う素肌での接触が多くなったならば、お互いに意識することは必然だ。

 

 しかも互いに『助けてくれた』という非日常の体験が吊り橋効果となって、さらに好感度を倍ドン!というのがシャディクの策。

 

 しかし、レネは唇をとがらせながら、無線の先にいるシャディクに愚痴を言う。

 

「でもさぁ、いい加減まどろっこしくない? もうサウナとかホテルに放り込んで鍵かけとけばケリつくんじゃないの?」

 

 なにがとは言わないが、レネ的には既成事実をつくればロマン男が相手を手放すことはないだろうと短絡的な案を出す。しかし、シャディクはその案を即座に否定した。

 

『アイツがどこまで女性への接触を許容するかが情報不足だからね。下手をすると邪な想いを抱いたと恥じて、健全であることにこだわるかもしれない。具体的には卒業してからとか、三年たってからとか、婚前交渉はダメとかだ。それじゃあ遅すぎる』

 

「えぇ……そんなめんどくさいことある?」

 

『あるさ。アイツはロマンっていう教典に従って生きてるから、女性となし崩しに関係を持つなんてロマンから外れる行いは拒否する。逆に……今みたいにロマンチックなシチュエーションを自然と作れれば、これもロマンだと動くだろう。もちろんサビーナに対して好意があるという前提でね』

 

 レネはそれを聞いて、かつて地球で生まれたという恋愛ゲームとその攻略法みたいと思ってしまう。

 

 適切なシチュエーションを用意すればハートマークが自然と増えて、最後にはGOOD ENDというやつだ。

 

 それを一人の人間に当てはめるとか真面目に言い出すなんて、『現実をみろよ』と怒りたくもなるが、ことロマンという栄養をむさぼる妖怪に対してはそれが正解だと思わせてしまう何かがあった。

 

『ということで、今がチャンスだ。たたみかけるよ』

 

「はーい♪」

 

「が、がんばる……!」

 

「了解」

 

 水辺のロマンで妖怪のロマンゲージを高め、その理性を削る。

 

 その目標のために必要なのは莫大な量のイベント。

 

 ゲームならばのんびりと昇華されるはずのそれを三倍速で繰り出してしまえというのが作戦の要だ。

 

 なので、

 

『チキチキ! 豪華賞品争奪! 水鉄砲大会ー!!』

 

「おぉ! 面白そうっ! みんなで参加しようぜ!!」

 

 相手の陣地をカラー水で染めた方が勝ちという大会を急遽開いたり。

 

 そこでわざとサビーナを狙い撃ちしてくるイカの着ぐるみを来たお邪魔キャラが出てきたり。

 

 絶好のシチュエーションを前にテンションを上げた妖怪が『俺のサビーナに手を出すな!』とか言い出して、少女を精神的にノックアウトさせたり。

 

 そこから回復したかと思えば

 

「へい、そこの姉ちゃん、一緒にお茶しない?」

 

「彼女たちは私の友人だが、なにか?」

 

「ひぃ!? すんません!?」

 

 なんてコテコテの世紀末ファッションなヤカラが絡んでくるというテンプレなイベントが発生して、今度はニカとアリヤを前にサビーナがイケメン過ぎる啖呵を切って、別に恋愛なときめきにつながらなかったり。

 

「こちらカップル割引となっておりますぅー」

 

「はいはい、俺たちカップルです!」

 

「あ、アスム!?」

 

 運よくカップル限定ドリンクがプレゼントされたり。

 

 他にもウォータースライダーを二人ですべることになったり、流れるプールでおしくらまんじゅう状態になって密着したりと、不自然なほどにロマン男の周りでイベントが発生するのだった。

 

 それはどこまでも楽しく、賑やかな休日。

 

 しかし、

 

『おかしい……』

 

「シャディク?」

 

『これだけのイベントをこなしたんだ。もう一段階は関係が進展するイベントが発生してもおかしくないんだけど……』

 

「……シャディク、頭大丈夫?」

 

「イリーシャ、そんな直接言ったらだめだよ?」

 

「本人は真面目にやってるつもりよ。あれでも」

 

「あちゃー、シャディクこわれちゃったかー」

 

『ん? 俺は大まじめだよ?』

 

「「「「それが問題」」」」

 

『うーん、みんなが言うならそうなんだろうけど……。仕方ない、最後の手段を使うとしよう』

 

 策士だと自己を規定するシャディク。

 

 このまま目標を達成することなく楽しく遊びましたというのは許されない。

 

 だからこそ、ここで乾坤一擲の手に出ることとした。

 

 

 

 

 それはそろそろ遊び疲れて、のんびりしようと拠点のエリアに戻ろうとアスム達がしていた時のことだ。

 

 不意にチャイムの音が鳴り響き、

 

「なんか……」

 

「またなにか……」

 

「ああ、起きそうな気がするな……」

 

 女子三人がもはや作為的にしか感じないイベントの発生を予感し、

 

「うははは! すっげーなこのプール! イベント盛りだくさんじゃん!!」

 

 新たなロマンの供給にアスムがテンションを振り切らせる。

 

 そして次の瞬間、

 

『ただいまより、ベストカップルコンテストを実施しまーす♪』

 

 などという声が、プールに鳴り響くのだった。

 

「べすと?」

 

「カップル?」

 

 アスムとサビーナがよくわからないと呆ける間に、なぜか砂埃をたてながらどかどかと会場のテントからお立ち台までが一行の目の前にやってくる。

 

 そして、周囲は一瞬で情熱的なカップルの集団に囲まれてしまうのだった。

 

「なんなんですか、さっきから!?」

 

「もうここまでくると潔いね……」

 

「あ、い、つ、ら…………」

 

 焦るニカと苦笑いしか出てこないアリヤ、そして静かに怒りを燃やすサビーナ。

 

 もう、ここに至っては誰が介入しているかも明らかだった。

 

 元からグラスレー関連企業という地の利があり、これだけのサクラを動員できる能力を持ち、かつこんなおせっかいをしてくる人物など一人しかいない。

 

 だが、

 

(君がいくら気づこうとチェックメイトだ。既に場は俺が制している)

 

 運営テントの奥で某探偵アニメのように黒塗りになったシャディクらしきシルエットが言う。

 

 そしてそれは事実であった。

 

「おおーっと! そこの初々しそうなカップル! どうぞ壇上へ!」

 

「なっ……!?」

 

「お、俺たち!?」

 

「みんな、そこのロマ……じゃなくて無駄イケメンと堅物女をつれてきて♪」

 

「レネ!? レネだろう、お前!?」

 

「あーあー、聞こえないー。とにかくおねがーい♪」

 

「うぉおおおお!? な、なんか周りの連中の目の色が!?」

 

 突如として甘い声を発した司会の女性の一言で、周りの男性たちが一糸乱れぬ動きをし始める。

 

 これがキープ君たちをキープし続ける力なのだろうか。

 

 とにかくその勢いで壇上にサビーナとロマン男は上げられてしまった。

 

「さて、ここでルールの説明です♪

 これからこのカップルにはこの箱の中から一つを選んで、お題に挑戦してもらいます!

 無事にお題をクリアできたら、豪華景品をプレゼント!」

 

「豪華景品!!」

 

「さすがロマンせんぱ……じゃなくて彼氏さん、いい食いつきっぷりですね♪

 しかも景品はグラスレーの某御曹司が私費でかき集めた、往年のロボットグッズです! 非売品まで入ってるらしいですよ♪」

 

「さ、サビーナ? も、もしサビーナがよかったらだけど」

 

「…………はぁ、ここまでするとアイツの作戦勝ちだな」

 

 仕方ないと、サビーナはレネ(バニーガールに変装中)から箱を受け取ると、一枚の紙を取り出す。

 

(シャディクたちも下手なお題は出さないだろう。無難なものをクリアして、アスムにプレゼントできれば……なっ!?)

 

 しかし、そのサビーナの少し浮かれた目論見は露と消えた。

 

 

 

『キス』

 

 

 

 シンプルにして最強の愛の誓い。

 

 それがお題。

 

「な、な、ば……!」

 

 バカとシャディクを罵りそうになるが、その処理を脳が行ってくれない。

 

「どんなお題が……え゛!?」

 

 アスムもまた、予想外のお題の出現に表情をこわばらせる。

 

 どうする、どうする、と二人が逡巡する中、レネたちの企ては終わらない。

 

「おおっと! キスがお題ですね! ここは熱々カップルらしく、一気にやってしまいましょー!

 せーの、キース、キース!」

 

「「「「キース、キース!!!!」」」」

 

 場内に鳴り渡るキスコール。

 

 ニカとアリヤは『流されるなー』と声を張り上げるが、それも場の喧騒にかき消されてしまう。

 

 人間は空気を読む生き物。

 

 いけないと分かっていながらも、周りから煽られれば、真逆の行動はとりにくい。

 

 ましてや自分がひそかに望んでいることならば。

 

「っ…………」

 

 サビーナの目がちらりとアスムの唇へと向けられる。

 

 こんな満座の中でキスをするなど、浮かれ切ったバカップルの所業であり彼女が好むことではない。だけれどキスをしたいというのは彼女の欲望であり、自分が羞恥を我慢すれば、彼が好むものをプレゼントできる。

 

 ならば、自分がとるべき方法は……

 

 と、サビーナが決意を固めようとした時だった。

 

「ちょっと、失礼」

 

 アスムがレネ(変装中)からマイクを受け取ると、サビーナをかばう様に前に立ち、衆人に向かって言うのだ。

 

「悪いけど、キスは……しないっ!!」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 真っ向から煽りに対する声。

 

 そしてアスムは真面目な顔でサビーナを見ながら言った。

 

「サビーナも俺も、キスとかそういうことはすごく大事に思ってる。

 だからこんな風に周りに煽られてとか、見世物にするようなことは絶対にしない」

 

「えー? 全世界公開生中継とかでもですかぁー?」

 

「ぐっ!? そ、そこまでいくとロマンだけど……少なくとも今日はしない!!

 それが彼氏として、俺ができる誠実なことだからなっ!!」

 

 これで終わり、とマイクをレネへと放り投げてアスムはサビーナの手を引いて檀上を降りる。

 

 そんなアスムへとサビーナは小さく尋ねた。

 

「いいのか? 景品はお前の好きなものなんだろう?」

 

「いいっていいって♪ 本当に欲しかったら自分で探して手に入れるから。

 それにそんなものよりもさ、サビーナとの時間の方が大切。それが俺のロマンだから!」

 

「アスム……」

 

 言い切った少年の笑顔は悔いなどないというように晴れやかで。

 

(ああ……)

 

 この人でよかったと、サビーナは胸を高鳴らせてしまった。

 

 子供っぽく、情熱的で、現実を見ながらも理想を追いかける無鉄砲。それは自分と真逆の性質だけれど、決して曲がったことや間違っていることは選ばない。だから自分たちも世間に胸を張れる人生に立ち返ることができたのだから。

 

 そんな人になら、

 

「……サビーナ?」

 

 サビーナはアスムの手を引いて、立ち止まる。

 

 いま、ちょうど周りには誰もいない。

 

 だったら、ほんの少しならば……

 

 サビーナはあの時と同じようにアスムに一歩近づいて、わずかに頬を染めながら……

 

 

 

「っ、そこだ!!」

 

 

 

 ひゅん、と隠し持っていたペンを背後へと投げつけた。

 

 それは運営テントの中へと吸い込まれていき、パリンと大きな音が鳴って、双眼鏡がテントから転がり出てくる。

 

「危ないところだった……」

 

「サビーナ?」

 

「おかしいと思ったんだ。アイツはこれまで、巧妙に私たちの接触回数を増やそうとしていた。なのにこんな羞恥をあおるようなやり方で強引にことを進めるというのは、道理に合わない」

 

 だが、相手はアスムの趣味趣向を自分以上に理解しているシャディク。

 

 ならばと直前でサビーナはシャディクの狙いに気がついた。

 

(あいつはアスムが誰の面前だろうと、キスを断ると理解していた。

 そしてそんなアスムに私が惚れ直すことも。そこで、この誰も見ていないスペースだ)

 

 どうせ人払いをしていたのだろう、と。

 

 サビーナは黒いオーラをまといながらテントへとつかつかと近寄り、それを引っぺがす。

 

「や、やあ、サビーナ! こんなところで奇遇だね?」

 

「………………」

 

「ま、まて、無言は怖い。そしてなんで生徒手帳を取り出すんだ? ちょ、ちょっと待ってくれ、ミオリネはミオリネに通報するのだけは……!」

 

 数分後。

 

 制裁は終わった。

 

 あとには真っ白になったシャディクと、そんな彼を面白がって撮影するガールズの姿があった。

 

 

 

 そして、

 

「はぁ……なんだかすごく忙しかったね」

 

 最初に来たビーチエリアにて、地球そっくりな人工の夕焼けを見ながらニカが呟いた。

 

 途中からはシャディクによる妨害?というよりもおせっかいイベントが立て続けに発生したせいで休む暇もなかったが……それでも楽しいという気持ちの方が強い。

 

 もちろんできればサビーナの立場で、彼氏彼女として来たかったが、それでもアスムと一緒で楽しい時間を過ごすことができた。

 

 それは隣にいるアリヤも同じ。彼女は苦笑いをしながらうなずく。

 

「まったく、アスムといると退屈しないよね。それが彼の良いところではあるし、ちょっと大変なところもあるけれど」

 

 おかげで楽しかったと思う。

 

 学園の生活ももちろんスリリングで、楽しい毎日ではあるが、学園の外でいつもとは違ったメンバーでの遊びというのも悪くない。

 

 それに、

 

(サビーナさんとアスムが一緒でも、楽しかったのは良かった)

 

 それはニカもアリヤも、言葉には出さないが同じ気持ちだ。

 

 実際に今日の一日に思わないところがなかったかと言えば、そんなことはないし、明確に距離が近くなったサビーナとアスムの姿に、私もああなりたかったという嫉妬がないかと言えばNOだ。

 

 でもそれ以上にプールではしゃぎまわり、自分たちを連れまわす妖怪はいつも通りで、嫉妬よりも楽しかったという思い出は大きい。

 

(なんだっけ、ほろ苦いのも青春だったかな?)

 

 もしかしたらこの思いが成就することはないかもしれない。その時、自分の気持ちが最後にどうなるかはわからない。けど、そうであっても。この一日を共有できたことに後悔はしないだろう。

 

「今頃、社長とサビーナさん、なに話してるのかな」

 

「アイツのことだから、多分いつもと変わらないよ」

 

「そ、それはそれで恋人としてどうかと思うけど……うん、それっぽい」

 

「今度は女子会でも開いてみるとしよう。その時はサビーナさんに根掘り葉掘り聞こうじゃないか」

 

 

 

 そして、そんなことを話されている二人はと言えば。

 

「へぇ、けっこう安定するんだな。ほら、中央に寄った方がバランスいいらしいから」

 

「そ、そうか……あっ」

 

「あぶなっ! ……大丈夫だった?」

 

「あ、ああ……その、すまない」

 

「大丈夫。もうちょっとだけこっちに来て」

 

 ぷかぷかと、二人分のスペースがある浮き輪型のチェアに、肩がくっつく距離で。

 

『最後くらいは二人っきりでデートしてきてください』

 

 とアリヤとニカの二人に送り出された二人は、ナイトプールエリアでのんびりと過ごしていた。

 

 今日はプラネタリウムの設定になっているらしく、淡くライトアップされたプールから天井を見上げると、色とりどりの星が瞬いている。

 

 あの後、『あとはごゆっくりー』なんて反省してなさそうな言葉を残してシャディク達は撤退していった。レネたちはシャディクの私財でたんまり買ったお土産を持ってだ。

 

 その仲間たちの姿を思い返しながらサビーナはため息をつく、

 

(まったく、おせっかいめ……)

 

 結果的にはアスムとの距離も若干は縮められた気持ちもするが、それでも今後はデートの行き先を考えないと、今回の二の舞が起こりかねない。

 

 そんなことを考えながら星を眺めていると、

 

「サビーナ」

 

「ひゃっ!?」

 

 ちょん、とアスムが水をかけてきてサビーナは驚いて飛び跳ねた。

 

 アスムはそんな彼女を見ながら、くすりと笑うと、

 

「なんか難しい顔してたから♪ ほら、リラックスリラックス♪ なんも考えないでのんびりすると気持ちいいぜ?」

 

 なんて言いながらフロートに背中を預けて、脱力する。

 

 それはどこまでも自然体で、サビーナが隣にいることにも安心してくれているようで。

 

 少し欲を出して、サビーナはアスムの手を取り、自分の肩に回す。

 

 彼に抱き寄せられているような恰好というのは大胆だったが、周りの人も同じような姿勢になっているのでカップルであるならばそう不自然なものではないのだろう。

 

 ただ、今日を通して一番アスム・ロンドを感じる姿勢になって心臓の高まりも最高潮なのだが。

 

 その中でおずおずと、サビーナは尋ねた。

 

「その、今日はどうだった?」

 

「どうって?」

 

「いや……私は、こういうことをしたことがない。ずっと訓練や、勉学ばかりで、それに笑うのも苦手で……。そんな私といても、楽しくなかったんじゃないかと」

 

 それは自分だけが楽しんでしまったのではないかという不安。

 

 だけどそれをアスムは意外そうな顔をしながら否定した。

 

「ぜんぜんっ! 俺はすごく楽しかったよ。俺だって女の子とデートとか初めてだったけど、サビーナと一緒でよかった。それに……」

 

 アスムは自然とサビーナの手に、自分の手を重ねながら言う。

 

「気づいてないかもしれないけど、サビーナもすごく笑ってたぞ? それで……すごくきれいで、かわいかった」

 

「っ……! さ、最後のは余計だ!!」

 

「え、そう?」

 

「そうだ」

 

「あー、そのー、とりあえず黙る」

 

「……今はそうしてくれ」

 

 薄暗い中でよかったとサビーナは思う。

 

 この距離で赤くなって緩んだ顔を見られたら、次からどんな顔で会えばいいのかと思ってしまうだろうから。

 

 そうしてたゆたうように、のんびりと水の流れに乗りながら。

 

 少年たちの賑やかな初デートは、とても穏やかに幕を下ろすのだった。




夏バテとか季節の変わり目って大変ですよね……

今日までけっこうバテバテで書いたりする気力がわきにくく、遅れてすみませんでした。

でも水星の魔女最終回に気合いチャージされたので、ここから更新ペースも戻していこうと思います。



その上で、
めっちゃ評価とかお気に入り登録をいただけると気力がわきます。
こればっかりは本当で、書き手として励みになることがすごく多いです。

そんな弱いな私で申し訳ございませんが、筆者の夏バテ解消のためにもお気に入り登録と評価をバンバン入れて応援いただけると幸いです。

ちゃんと完結させるから、お願いします!!

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60. 呪いの在処

今回は真面目な話です。


 その日、株式会社ガンダムでは一つの実験が行われることになっていた。

 

 重大なことだと、外部監査役であるシャディクとグラスレー女子も含めた全員が集合。

 

 技術アドバイザー(という名目)として株式会社ガンダム社で雇っている元ペイル社のGUND技術者ベルメリア、ロングロンド社の基幹メカニックも待機する厳戒態勢。

 

 その物々しい雰囲気に、特に地球寮の下級生は緊張感と若干の恐ろしさをにじませている。

 

 そして代表であるミオリネはそんな面々を見渡すと、静かに告げた。

 

「それじゃあ、人体へのパーメット流入。つまり、データストームの影響を調べるわよ」

 

 データストーム。

 

 それはGUND-ARMの副作用として知られる、人体へのデータ逆流問題。

 

 小型の義手や義足においてGUNDを用いる分には微量で悪影響が少ないとされているが、モビルスーツという大型の、あえていうが、義体と接続したときには、莫大なパーメットを人体に流し込むことになる。

 

 それがゆえにモビルスーツを拡張された人体として扱うことができるが、モビルスーツから反動として人体に流れるデータストームは魔女の業火のように人体を害し、最悪の場合、命が奪われることになる。

 

 GUND-ARMが封印されるに至った原因がそれだ。

 

 もしエアリアルが学園に来なければ、ミオリネも一生ふれようとはしなかっただろう。

 

 しかし、今はもう違う。

 

「みんなには伝えた通り、わが社はあくまでGUNDを医療として使用することを前提としてるわ。

 そしてベネリットグループにもGUNDの生命倫理問題を引き受けると言った以上、データストームの問題を未解決にはできない。

 その解決の一歩として、影響をこの目で見ないわけにはいかないのよ」

 

 言いながら、ミオリネは背後にそびえたつ二機のMSを見上げる。

 

 エアリアルとファラクト。

 

 共にGUND-ARMが使われた最新鋭機。

 

 しかし一方のエアリアルにはデータストームによる影響はなく、ファラクトからはその影響があると、データストーム問題を考えると対照実験にもってこいの機体たちだ。

 

 なにがエアリアルとファラクトの差なのか。

 

 どうすればエアリアルのように無害なGUND-ARMを作れるのか。

 

 それを兵器化することはないとしても、実体を知らなければ安全だと喧伝することもできない。

 

(まして宇宙開発に応用するとするなら、大型のGUND-ARMは必須だものね。

 エアリアルを惑星開発用のMSとして量産できたなら、パイロット育成も安全策も大幅にコストカットできる。それは地球に負担をかけなくても宇宙開発を発展できるということ)

 

 糞親父たちが渋々やってる……いや、私腹が目当ての輩も多いだろうが、戦争シェアリングという現状を打破する一手にもなる。

 

 だから今日、ミオリネたちはデータストームを実際に体験することで課題解決の糸口を見つけようとしていた。

 

 ただ……

 

「で、アンタがほんとにやるの?」

 

「もちろん♪ 俺も責任者の一人だし。ミオリネにやらせるなら、俺がやるよ」

 

 その被験体を買って出たのが、トップの一人であるアスムというのが頭痛の種だ。

 

 他の誰にやらせても危険なことに変わりはない。

 

 だが地球寮の社員は雇われの立場だから、彼らにやらせるのも体裁と良心の両面でよくはない。

 

 であるならばエアリアルに乗っているスレッタか、ファラクトに乗っているエランが候補になるのだが……エランはそもそも強化人士という表に出せない裏事情がある上に、ガンダムの犠牲になりそうなところを保護したという流れがある。

 

 スレッタにしてもエアリアルがデータストームの悪影響を無効化した特異例であるから、一般人とは言い切れない。

 

 他の学生から募集をかけて、取り返しのつかないことになったら会社は廃業まっしぐら。

 

 結局、言い出しっぺである責任者が乗るというのが角が立たない方法であり、かといって体が強いとは言えないミオリネを実験に使うというのも嫌だということで、アスム本人から挙手した。

 

 妖怪が一般人かはともかくとして、アスムの体質が人と変わらないのは確認済み。

 

 そして今から害がある実験に向かうという本人は……意外なことに真剣な調子かつ、ためらいはない様子で準備を進めていた。

 

 むしろ心配そうなのはニカやアリヤ、そして無表情ながらに手をぎゅっと握りしめているサビーナの方。

 

 そんなアスムにいつも以上の沈黙を貫いていたエランが話しかけてきた。

 

「一応、体験者としてだけど。

 僕は強化人士としてデータストームに対して高い耐性をもっているからスコア4まで上げられるが、キミの場合はスコア2までにすること。ロマンだからといきなりリミットブレイクするのは本気でやめておけよ」

 

「わかってるって。人の命の問題だから、俺だってそこは真面目にやるさ」

 

「……まったく」

 

 呆れたようにエランは肩をすくめる。

 

 ベルメリアが事前検査をして、アスムの体質的にスコア2ならば問題ないと判断している。

 

 だがそれでも万が一というものがある。そしてその万が一が起こった時は、エランもベルメリアも庇護者を失って、ペイルに逆戻りの最悪が待ち構えている。

 

 アスム本人はミオリネとシャディクがいるから大丈夫だろうとでも思っているのだろうが、エランにとって一番信頼に足るのが誰かと言えば目の前のバカしかいない。

 

 ただ……こうして妖怪が珍しくも責任感を前面に出して課題にも向き合おうとしているのも、きっとエランの問題を解決するためでもあるのだから、ぐちぐちと文句を言うのもはばかられてしまった。

 

 だから最後に念押しのために、

 

「アスム・ロンド、だったら一つだけ忠告がある」

 

「ん?」

 

 

 

 

「死ぬほど痛いぞ」

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

『あばばばばばばば!?』

 

「…………意外と平気そうね」

 

『平気じゃねえって!? あっ、そこ、そこはダメっ!?』

 

 数十分後、実験開始とともにファラクトのコクピットからバカのバカみたいな悲鳴が響いてくるのを、ミオリネはしかめっ面をしながら聞いていた。

 

 とりあえず事前に決めたNGサインは出していないので余裕はありそうだが、その余裕がほんとにギリギリなものなのかギャグをやれる程度のものなのか判断ができない。

 

 その点でサンプルとして失格だったと、今更ながらにミオリネは反省した。

 

 だが、

 

「ぜぇー、ぜぇー、あー、あたまがぐるぐるするぅ……」

 

「社長、しっかり……!」

 

「ほら、水を持ってきたからまずは飲め……!」

 

「あ゛ー」

 

 コクピットから這い出してきたアスムは常日ごろの元気100倍という様子からは程遠く憔悴しており、実際に受けた苦痛の大きさをまじまじと実感させるもの。

 

 今もニカとサビーナが介抱しなければ、パイロットスーツもまともに着脱できなさそうな脱力具合である。

 

 それを見るエランは呆れたように頭を抱えた。 

 

「だから言ったのに……」

 

「まあ、アイツが言い出したことだから仕方ないさ。それよりもエラン、お前の場合はスコア2だとどうなるんだい?」

 

「そうだね……全身の神経がいらだつ程度だね。スコア3まで行くと明確に脳に痛みが走るし、スコア4はそれがシェイクされている感覚になる」

 

「……話には聞いていたし、お前には悪いけど。

 俺は体験するのも御免こうむりたい。なんにせよ、既存のGUND-ARMが禄でもない代物なことは確かだな」

 

 シャディクは人前だから顔にださず、アスムの無茶を内心で心配しながら言う。

 

 あのバカがああなるというのなら、一般人はそれこそ耐え難い苦痛だろう。

 

 それを堂々と商品として売り出そうとしていた21年前のオックスアースは正気の沙汰とは思えないし、逆にそれを許容していた世界の人命軽視ぶりは今よりも酷いものだったと想像に難くない。

 

(戦争シェアリングの……いやデリング独裁時代の現在がましかもと思わされるなんて、世も末だな)

 

 はたして管理された、どこかの誰かに負債を押し付ける現在が正解か。

 

 あるいは人が機械の部品のように消費され、その力が管理されずに行使される過去がマシか。

 

 前者の被害者であるシャディクにとっては憤懣やるかたないことではあるが、人の世の業というものの根深さを感じてしまう。

 

 一つ叩けば、別のゆがみが顕在する。

 

 闘争や戦争は永遠に続くワルツのようなものだとは、よく言ったものだ。

 

 ただ、とシャディクは自問する。

 

「……だとしたら、エアリアルはなんなんだ?」

 

 このデータストームを解決した唯一の機体。

 

 そしてそれをプロスペラ・マーキュリーが学園に送りこんだ理由も。

 

「そうだよっ! そこが問題だっ!」

 

「っ!? いきなり復活するなって、驚くから」

 

「君、残機制とかになっていないかい? 死亡したら土管から出てくるような」

 

「失敬な! ちゃんと体は人間だっての!」

 

「「いやいやいや」」

 

 水を飲んだだけでピンピンするのは人間じゃないとシャディクたちは思いながら、しかしまだ顔が土気色になっているアスムの話をまずは聞くことにする。

 

 アスムは地面にどかりと座ると、体をいたわるようにこすりながら言う。

 

「とりあえず、データストーム汚染がどんなものかってのは身をもって分かった」

 

「というと?」

 

「結局のところ、あれは情報の逆流なわけで神経系に負担がかかってるっていうのは資料で読んだ通り。実際に神経がビリビリする感覚だった。

 ただ……体験した感じだと、人とモビルスーツとの違いってのが大きいと思うんだよな」

 

「それは、どういうことだい?」

 

 シャディクの得心いっていない様子に、アスムは説明を続ける。

 

「まず事実として、人間の脳はかなりの処理能力を持ってるだろ? 内臓を動かしたり、筋肉をこまかく動かすこともできるから人間はこんなに精密なモノづくりができている。

 その点、大きくなったからってモビルスーツ全体の構造パーツの方が情報量が多いって感じはしないんだよな」

 

「まあ、それはそうだね」

 

 義手にせよ、モビルスーツにせよ、人間の細胞一つ一つを部品としてみればそれよりも構成パーツは少ない。

 

 人間の脳はデータストームを処理できるだけの能力を有している。

 

「じゃあ、どうしてデータストームで人間に被害が及ぶんだ? おかしいじゃないか?」

 

「そこなんだけど……あ、ベルメリアさん!」

 

「わ、わたし、ですか?」

 

 不意にアスムがベルメリアに声をかける。

 

 するとベルメリアはまだこの妖怪に対して不信感があるのか、神経質そうに体をびくつかせながら近くにきた。

 

「これは専門家として間違ってたら教えてほしいんですけど、もしかして人間とモビルスーツの構造の違いってのがデータストームの原因なんじゃないかなって」

 

「構造の、違い、ですか?」

 

 アスムは頷き、自分がリンクを開始したときの感覚を思い出す。

 

 パーメットリンクを開始したときに、最初にアスムが感じたのは違和感だ。

 

 自分の体が機械に変わっていくかのような。筋繊維の一本一本がなくなり、鋼と駆動系に代替される感触。

 

 それが強烈な違和感になっていた。

 

「素人意見だから、ほんとにそう思っただけなんですけどね。

 例えば人間は動くときに神経と骨や関節、筋肉を使いますよね? でもモビルスーツの場合はパーメットの伝達系に、駆動モーターとか機械系の駆動系を駆使します。もしかして、その違いを無理矢理に脳で処理させようとしているからこうなってるんじゃないかなって」

 

 GUND-ARMの最大の利点は、人間の感覚でモビルスーツを操縦できるようにすること。

 

 しかし、その感覚というのが鬼門ではないかとアスムは言う。

 

 人間の脳は人間の手足を動かすことに最適化されている。

 

 しかしそこにまったく理屈の違うモビルスーツの運動処理を当てはめようとしているのがいけないのではないかと考えたのだ。

 

「たとえがあってるかもわからないけど、スパロボの理屈でリアルロボットを動かせないっていうのかな?」

 

「ご、ごめんなさい、よくわからないわ……」

 

「あー、問題ないです。足を動かそうとしても手は動かないっていうほうが分かりやすいかな。でもGUND-ARM操縦の実際って、それを可能にしちゃうっていうか」

 

 パーメットという情報伝達に優れた物質を使うことで、本来ならばリンクしえない領域をつなげてしまうが故の負荷ではないかとアスムは考えた。

 

 実際にスコア3から可能になるガンビットの操作など、わかりやすい例だろう。

 

 人間の体でもないのに、空間の中を自由に動かせるようになる。そんな器官をもたない人間にとって、処理できる情報の種類ではない。

 

 そこまで説明すればシャディクは理解が早い。

 

「……待てよ? アスムが言っていることが正しいとしたら、そもそも人間の構造がGUND-ARMに適合していないことになる。データストームは人が人であるが故の副反応。なら……」

 

「ああ、つまり僕みたいなのを作ったのはそういうわけか。人間には無理だからって」

 

 シャディクの言葉を遮ってエランはベルメリアに皮肉めいた言い方をする。

 

 強化人士などと人からより優れた人類を作るように言っておいて、人体を人体から変貌した異分子に変えようとしているということだ。

 

 ベルメリアも顔色をわずかに悪くしながらうなずく。

 

「ええ、実際にあなたたちに移植したパーメット用の神経系は、そういう伝達に適応するように作られているわ」

 

「でも、データストームは起きると」

 

「一部だけ適応できたからと言って、元からある神経は残っているし、脳を総入れ替えするわけにもいかないだろうからね」

 

「ええ、それにパーメットの伝達原理にはまだ未解明なところが多くて……」

 

「じゃあ俺の感じたことも当たらずともって感じか」

 

 うーん、とそこで男子三人は頭を悩ませる。

 

 なんとなく課題は見えたが、その課題を突破するのが大問題。

 

「シャディク先生! ぱっとSF的に考えた解決策があります!」

 

「とりあえず与太でもいいから言ってごらん、アスムくん」

 

「君ら、ほんとに仲いいね」

 

「慣れだよ、慣れ。キミもいずれはこうなるさ」

 

「…………はぁ」

 

 シャディクとエランがひっそりと言い合っているのを聞かず、アスムは指を二本突き出しながら提案する。

 

「一つ、人体と全く変わらないモビルスーツを作ります!」

 

「エ〇ァじゃないか」

 

「人造人間じゃロボットじゃないだろ?」

 

「お、おまっ! 旧世紀から議論されていることを……!!」

 

 だが、モビルスーツと人間との構造的不和を解消するならそれが一番だ。

 

 ただ、元から複雑な人間の構造を再現するというのだけでどれだけの研究と資金が必要かがわからない。

 

「じゃあ二つ目! 人間の体を機械に寄せます!」

 

「僕みたいにかい?」

 

「いや、脳だけ残してあとはアンドロイドにする」

 

「攻〇か……。それも技術的に難しいだろうね」

 

「……エラン、気づいていないと思うけれど。すらすらとタイトルが出ている時点で、お前も大概毒されているよ?」

 

「……なん、だと?」

 

 エランが戦慄する中、アスムは頭の後ろで手を組みつつ、大きく伸びをした。

 

「はぁ、うまくいかねぇなぁ。ま、簡単にうまくいくならヴァナディース事変は起きなかったし、GUNDが封印されたりもなかったわけで」

 

 しかしこの難題には一つのヒントがある。

 

 

 

 そしてそのヒントを持つ少女はと言えば……

 

「スレッタ先輩、だいじょうぶですか?」

 

「気分が悪いなら、休んでてもいいわよ?」

 

「だ、大丈夫です、ミオリネさん、リリッケちゃん……!

 ただ……すこしだけ、怖いなって思っちゃって」

 

 スレッタは椅子に座りながら、顔を暗くする。

 

 彼女が怖いと思ったのはデータストームのこと。そしてそれを浴びて苦悶の声を出していた先輩のこと。

 

 明るい様子でごまかしていたが、たった数分の曝露だけで、いつも元気な先輩が弱り切っていた。そしてそれはきっとエランも同じで。

 

(これが、ガンダムが怖がられている理由……)

 

 乗れば死ぬモビルスーツの現実。

 

 一歩間違えれば、それが自分になっていたかもしれないという実感がスレッタをすくませる。

 

 そして、

 

(じゃあ、なんでエアリアルは大丈夫なのかな……?)

 

 秘密を解明できたなら、ガンダムの呪いを解けたなら。

 

 みんなでそれを為すことの責任の重さもスレッタは感じていた。

 

 するとそこに。

 

「おーい、スレッタさん! 次はエアリアルに乗ってもいい?」

 

「先輩!? も、もう大丈夫なんですか?」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ、ほら体も軽くなったし!」

 

 言いながらバク宙してヒーロー着地する妖怪に唖然としながら、スレッタはうなづきを返す。

 

「は、はい、じゃあ、大丈夫です! エアリアルも先輩ならいいって言ってくれてますし!」

 

「おっ! そっか、それは嬉しいな♪」

 

「はぁ、ほんとにちゃんと比べるなら体調を万全に戻してからの方がいいんでしょうけど……エアリアルが安全っていう前提があるから仕方ないわね」

 

「おうっ! 今やる方が感覚的に比べ易いと思うからな!」

 

 そうと決まれば、と一同は今度はエアリアルの前に移動する。

 

 エアリアルの姿はグラスレーとの決戦の時以来、簡易的な修復が行われただけだ。明日にでもベネリットグループが所有する巨大MS開発施設、プラント・クエタにて本格的な修理、もしくは改修を施される事になる。

 

 そのエアリアルに乗り込むと、アスムは静かに目を閉じた。

 

 勘のようなものだろうか、誰かに見守られているという感触がある。それはどこか神秘的で、けれども悪い感じではない。

 

 そっと操縦桿に手を触れると、アスムはゆっくりと言った。

 

「よろしく、エアリアル」

 

『うん、ボクこそ』

 

「…………え?」

 

 瞬間、アスムの意識は別の空間に引きずり込まれていた。

 

 

 

『ここは……』

 

 気がつくと、そこは不思議な空間だった。

 

 どこか視界全体にもやがかかったような、自分と空間との境目がわかりにくいような、そんな場所。よく目を凝らすと、ここは地球寮の格納庫にも似ているように感じた。

 

 そしてそれを認識した瞬間、

 

『おぉおおおおおお!? 不思議体験、キター!!!!』

 

 アスムは歓喜の声を上げて、両手を上げた。

 

『え、なにこれ、なにこれ???? イデ?? それともNTの謎空間?? 虚数空間とかでも面白いし、ミラーワールドとか……!!』

 

『よくわからないけど、そんなに楽しい?』

 

『楽しいって! めっちゃロマンじゃん!! 俺、生きててよかったぁ!!』

 

『そ、そっか……やっぱり君って変わってるね』

 

『そりゃあ伊達に妖怪と呼ばれては……ん?』

 

 不意にアスムは誰が自分と会話しているのだろうと思った。

 

 コクピットの中は自分一人しかいなかったし、このような声は聞いたことがない。生来、誰かの顔と名前と声を覚えるのは得意なアスムだ。そんな彼の知らない声は……

 

『な、南無阿弥陀仏! エイメン!! エクスペクトパトローナム!!!』

 

 振り返るなり、とりあえず思いつく成仏系の呪文を言ってみるアスム。

 

 だが、そこにいたのは幽霊でも物の怪でもなく、

 

『あはは、酷いなぁ。ボクは幽霊じゃないよ?』

 

『…………君は?』

 

 アスムはその姿に茫然とする。

 

 幼い子供だった。

 

 誰かによく似ている子供だった。

 

 その誰かは、彼の大切な後輩で……

 

 そして赤髪の少女は静かに少年へと言うのだ。

 

 

 

『初めまして、アスム・ロンド。

 ボクはエリクト・サマヤ。いつもスレッタを助けてくれてありがとう』




次回、早すぎるネタバレ!!

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61. Sisters Noise

感想への返信が遅れてすみません!
週末になるべくお返しします!

今は調子のいいうちに、書けるところまでいきます!


『エリクト、サマヤ……』

 

 自らをそう名乗ったティーンにも満たない外見の少女。アスムは彼女を見つめながら、小さく呟いた。

 

 その名前に、特にファミリーネームに彼は覚えがある。

 

 ベルメリアから聞いた、二十一年前に行方不明となったヴァナディース機関の一員の名前。それが確かエルノラ・サマヤであり……

 

(プロスペラさんの正体だろうって、思ってたんだけど……)

 

『うん、正解』

 

『うえっ!?』

 

『ふふふ、キミの考えなんてお見通しだよ♪』

 

 アスムが脳内で考えただけのことに反応しながら、エリクトは楽しそうに笑った。

 

 それは単なる勘働きとは違う、相手の考えに確信をもっての返事で。アスムはうへーと苦笑いしながら続ける。

 

『まいったな。俺が頭で考えたことまで知られちゃうんだ……。いや、そもそもが逆で、これが脳内の出来事なんだろうな』

 

『正確にはデータストームの中、パーメットによってつくられた空間。ボクの生存できる唯一の場所だよ』

 

 それはつまり、

 

『……エアリアルの内部』

 

 なるほど、とアスムは静かに頷く。

 

 いきなりの事態であるが、彼にとっては恐ろしいことではない。むしろ夢の中では何度も体験してみたいと思っていた不思議体験であり、だからこそアスムの脳はフル回転しながらこの現象を理解する。

 

 エアリアルとリンクした瞬間に起こったパーメットへの意識の転移。

 

 さらにここまではっきりと意思疎通ができる人格を持った未知との遭遇。

 

『隠し事はできないみたいだから正直に言うけど、エアリアルに乗っているスレッタさんがどうしてデータストームの影響を受けないのかってのには、いくつか仮説を立ててたんだ』

 

 人を害する禁忌の機体とその例外。あるいは特定個人にのみ操縦が許される機体。

 

 それはある意味でロボットアニメのお約束であり、アニメ知識を総動員すればおのずと選択肢は限られてくる。

 

 その中には、実はエアリアルが未来からやってきたガンダムであったとか、外宇宙から漂流してきたという与太なものもあったが、特に有力な説は……

 

『データストームを誰かが肩代わりしている』

 

 つまりは、

 

『別の人が中にいるってこと。で、その人が機体とパイロットとの仲介をして、人間が処理できるようにデータストームを変換してるって説だ』

 

 先ほどファラクトで体験して感じた仮説が正しければ、モビルスーツに適応していない人間の体に直接データストームを流す方法では永遠に問題は解決しない。人間が種として変貌しなければ無理だ。

 

 だが、例えばその機械からの信号を、人間に解釈できるように変換してくれるソフトがあれば、無理な処理を行って体が負担を受けることもなくなる。

 

 あくまで仮説は仮説。

 

 そんな高性能のパソコンやAIが組み込まれている痕跡はエアリアルにはなかったので、確信を持てずにいたのだが……ここにきてエリクトの存在だ。

 

『キミだったんだろ? スレッタさんを守っていたのは。

 ……スレッタさんの、お姉さん?』

 

 その言葉にエリクトはふよふよと浮いたまま、呆れたようにため息を吐いた。

 

 見た目は本当に十歳にもみたない姿だというのに、受け答えはかなりしっかりしているし、その様子を見ると自分よりも年長であるかのように少年は感じる。

 

 それ以上に、どこか浮世離れした……シチュエーションを考えれば当然だが、そんな雰囲気をエリクトからは感じていて、それがエアリアルに感じていたミステリアスの正体なのだとアスムはだんだんと理解した。

 

『はぁ……まったくオタクの妄想ってすごいね。ほとんど正解だよ。

 っていうか、キミは前からその可能性に気づいていただろ? あのボクとスレッタと戦った決闘の時から』

 

『そりゃあもう♪ あんなロマンあふれる戦いと、ロマンの化身なエアリアル相手だからな!

 妄想も空想もしまくったっての!』

 

『ちなみに、参考になったのはどんなアニメなの?』

 

『〇ヴァとか鉄〇とか』

 

『ちょっと待ってね? ……あー、人の脳とか魂を生贄にとかそういうのじゃないから、一応』

 

 エリクトはなにやら顔をしかめると『一緒にされるのは心外』とでも言いたげな様子。

 

 それはロマン男が出した作品を知っているかの如き振る舞いで。ロマン男は目を丸くしながらエリクトに尋ねた。

 

『え、今の一瞬でアニメ一本見終わったの?』

 

 万能じゃん、と。

 

 しかしエリクトは得意げになることもなく、ごく普通に続ける。

 

『君が想像したところだけだよ。ここにいる間なら、時間をかければもっといろいろとキミの思考を読み取れるけどね』

 

『うわ、エスパーとかうらやましいなぁ。

 でも脳みそとか魂を乗っけてないなら、どうやって?』

 

『ボクの……あえて生前っていうけど、生前の生体データ、特に記憶や人格のところだね。それをデータストームの中に転写したんだ。

 だから魂とも言い換えられるかもしれないけど、元々それをしないと死んじゃうところだったし、非道な人体実験とかじゃないからね?』

 

『……テセウスの船とかスワンプマン。いや、これは余計な口出しだな』

 

 話を聞く限りでは、このエリクトと生前のエリクトが同一存在かと言えば疑問が残るが、本人に連続した記憶があり、おそらくはプロスペラも娘として扱っている以上は、外野からは余計な詮索でしかないのだろう。

 

 だからアスムが気にするとしたら一つだ。

 

『スレッタさんは知ってるのか? それと……』

 

 スレッタ・マーキュリーとは。

 

 エリクトはこの質問には真剣に、真摯に答えた。

 

『生まれはキミが想像した通りだけど、スレッタはボクの大切な妹。お母さんの娘。それだけだよ。ただ、ボクが姉だってことは知らない。こうして誰かの意識に干渉できるようになったのもつい最近だから、これまではエアリアルを通して簡単に意思を伝えるしかなかった』

 

『おっけ―、じゃあそれを信じるよ』

 

『…………ほんと、キミっていい性格してるよね?』

 

 エリクトはにこやかにスレッタの存在を許容した青年を見て、肩をすくめる。

 

 これまでエアリアルを通して見て来たとおりであるが、少年は肩書や生まれにまるで頓着しない。あるがまま、その相手の人格だけに重きを置いている。

 

 おそらく聞く人が聞けば、顔をしかめるであろうスレッタの生まれにも『スレッタさんがカワイイ後輩なことに違いないし』とごく当然のように受け止めていた。

 

 だからこそ、ボクは姿を見せたのだけど、と。

 

 声には出さずにスレッタの姉はアスム・ロンドを見る。

 

 そのロマンに汚染されまくった思考の奥を見定めようとする。ちなみに今もアニメやラノベという娯楽小説の知識がひっきりなしに表れては消えているので、ノイズがすさまじい。

 

 ただ、そんな変人であっても……

 

(ああ、いい人だね)

 

 エリクトは静かに思う。

 

 世にいう主人公気質というのがあるならば、彼はそれに当てはまる。いや、そうであろうと自己を規定している。

 

 人にやさしく、愛情深く、勇敢で、誰も分け隔てることない。

 

 もちろんそれは幼少期の体験から生まれた、すこし歪んだものであるかもしれないが、彼の気質によってエリクトの妹は世界を広げることができた。

 

 今もそうだ。

 

『えーっと、それでエリクト?

 俺って、向こうの世界だとどうなってんだ? さすがにエアリアルに乗って死にましただと、スレッタさんにも申し訳ないんだけど』

 

 ただでさえデータストームの被害を実際に見て意気消沈気味だったというのに、これで親しい友人がエアリアルに乗って命を落としたらトラウマでは済まないだろう、と。

 

 ……そこで自分の体の心配をしないのはほんと"アスム・ロンドらしい"。

 

 エリクトは少し返事に迷って。

 

 そして意地悪をしたくなった。

 

『うーん。あ、ごめんミスした。キミ、もう死んでる』

 

『はぁ!? ちょ、まだ見終わってないアニメが!!』

 

『ぷっ、くくく♪ 冗談だって、冗談!

 君の体は無事だよ。リンクスタートした一瞬を切り取って、その体感時間を拡張しているんだ』

 

 つまり、外では一秒ほどの出来事を今は一時間ほどに拡大しているのだとエリクトは説明する。

 

『あくまでデータと量子の世界での出来事だから、こういうこともできるみたい。まあ、ボクも詳しい仕組みは分からないし、無駄に時間を延ばしても暇なだけだからめったにやらないけどね』

 

『無量空処とかイザナミ? いや、クロックアップとか?』

 

『だからイチイチアニメとかで例えるのはやめてよ、話がそれるから』

 

『とりあえず俺はロマンの最前線にいることは理解した』

 

 アスムはそう言って腕を組みながら、この出来事を生涯忘れまいと脳に刻み込む。

 

 なにせロボットに乗ったら精神と時の部屋に連れてこられて、後輩そっくりな女の子に翻弄されているのだ。まさにアニメの一場面。現在の科学では到達していない魔法の領域にいることには間違いない。

 

 だがここで一つ疑問だ。

 

 どうしてエアリアルの中に、目の前のエリクトは誘ってくれたのか。

 

 話の本題はそこであろう。

 

 ずっと誰にも正体を明かさないままで過ごしてきたと推測できるエリクト。そんな彼女が自分に接触してくれたのにはきっと大いなる理由があるはずだ。

 

 そしてその答えを聞こうと気合を入れたロマン男へと、エリクトは意外過ぎる答えを言うのだった。

 

 

 

『アニメを見たいから、協力して』

 

 

 

『……へ?』

 

 言われた意味が分からず茫然とする少年。

 

 しかし次の瞬間にエリクトは駄々をこねた子供のように、あるいは日ごろのうっぷんを晴らすように声を荒げて言う。

 

『だからアニメだよアニメ! わかるでしょ!?

 ここ、退屈なのっ! あの子たち以外はスレッタとお母さんしか話し相手いないし、スレッタが持ち込むのは頭お花畑な少女漫画とかばっかりだし、お母さんはいつまでも子ども扱いで『良い子の昔話』とか送ってくるの!』

 

『お、おう……』

 

『でも、お母さんも苦労してるし『送ってくれる作品がつまらない』とか言えないし……

 だからアニメでも漫画でも何でもいいから、面白い作品をエアリアルを通して送って! 送り先はキミの生徒手帳に記入しておくから!』

 

『……もしかして俺を呼んだの、それだけ?』

 

『重要なことだよっ!

 何も知らないままなら退屈も許せたけど、最近のスレッタはキミが見せた作品の話ばっかりするし、それ以外はキミや、あのミオリネとかグエルの話ばっかり!

 外には楽しいものがあるって、そのせいでボクも知っちゃったんだ! このままじゃ狭くて窮屈な生活がもっと苦しいものになっちゃうんだよっ! なんとかしてよっ!』

 

『…………』

 

 つまるところ、こんな人類未到達の不思議体験をアスムにさせておきながら、エリクトが望んでいたのは自分の退屈解消ということらしい。

 

 確かにその点でロマン男を選ぶというのは正解に近い。

 

 なにせ旧時代の娯楽という娯楽を掘り起こしてアーカイブ化し、再提供しているような筋金入りだ。お望みのままに届けてくれるだろう。

 

 だが、なんか他に方法ないのかなぁとアスムは思わずにはいられなかった。

 

 そんな100%わがままとしか言いようがないエリクトの要求だったが。

 

 ロマン男の答えは決まっている。

 

 

 

『任せろ!』

 

 

 

『っ、ほんとにいいの?』

 

『当たり前じゃん! ロマンを布教するチャンスだし、楽しみたいってやつがいるなら協力するのが俺の生き方だよ。とにかく一生でも見切れないくらいのデータと推薦リスト送る! 約束するよ、これからはエリクトを退屈させたりしないって!』

 

 そして、

 

『あと、エリクトのことはみんなにはナイショで、だろ?』

 

『うん、スレッタにはいつか話すけど……まだミオリネたちにも話すのはやめてほしい』

 

『だよなぁ』

 

 正直に言えば、アスムは話したい。

 

 シャディクやミオリネとも事実を共有して、未来のための計画を進めていきたい。

 

 特にこのパーメットに生体情報を転写することなんて、再現できれば世界が一変する。外宇宙に進出するのに寿命の心配をしなくても済むし、危険な地域への探査もお手の物。地球にいながら、宇宙を開発することだって夢じゃない。

 

 だが、夢の技術がもたらすのは夢だけじゃないこともアスムは知っている。

 

『事実上の不老不死の実現。安全なGUND以上のデリケートな話題だし、原理が分からない限りは再現を狙って人体実験が山のように行われることになる。エアリアルも今度こそバラバラに解体でラボ送りだ。

 それは許されないけど、今の俺たちじゃ防ぐことはできない。……株式会社ガンダムが力を持っていない今は、その時じゃない』

 

 そして言葉には出さないが、

 

(プロスペラさんがずっとエリクトのことを黙っているのも、何か企てがあってのことだろうし)

 

 エリクトもアスムの考えを読み取っているはずなのに反論しないので、その予想は当たっているのだろう。

 

 企てはおそらくデリングまで巻き込んだ大それたもので、その秘密を明かしてくれるほどにエリクトもアスムのことを信用していない。

 

 エリクトが姿を見せてくれたのは、退屈解消という理由に加えて、プロスペラへの何かしらの影響を与えることを期待してのものかもしれない。あるいは彼女に利することをさせるため。だが、秘密をばらしたと悟られたら最後、エリクトがこちらにコンタクトをしてくれることはなくなる。

 

 シャディクとは互いに隠し事はなしだと約束しているが、『隠し事ができちゃったけど、言えない』とでも話して、察してもらうしかない。この間も同じ理論で決闘を吹っ掛けられたからお相子だ。

 

 アスムも、自分一人で秘密を抱え込むことへのリスクは承知している。

 

 だけれど、それ以上に彼には譲れないものもある。

 

『困っている女の子を見捨てるのは、ロマンじゃねえよな』

 

 言い切り、少年は笑顔を浮かべた。

 

 そして小指を突き出して、エリクトへと向けるのだ。

 

『じゃあ約束な。俺は秘密を守って、キミに娯楽を提供する。で、交換条件じゃないけど……』

 

『うん、わかってるよ。キミたちの安全なGUND-ARMに協力できることがあったら、ボクの知識を提供する。ただあんまり期待はしないでほしいけどね』

 

 方法を知っているのはエルノラの方で、エリクトは感覚的に理解しているだけだからと。

 

『それじゃあ』

 

『うん』

 

 

 

『『指切りげんまん』』

 

 

 

「んっ……?」

 

 ふ、と水の上に浮上するように、アスムの意識は目覚めた。

 

 今いる場所は眠る前と変わらないエアリアルのコクピット内で、

 

『ちょっと、ぼーっとしてんじゃないわよ』

 

「あっ……わるい、なんか眠くなっちゃって。きっとさっきの実験の影響だな」

 

 アスムは怪訝そうな顔をモニタ越しに向けてくるミオリネに、すまんすまんと頭を下げた。それはまさに実験を開始しようという光景で、なにも変化した様子はない。

 

(……あの子が言っていた通り、外界での時間経過はなし、か)

 

 アスムにとって、思い返してみても夢のような出来事。

 

 もっと言えば魔女のかけた魔法のような奇跡。

 

 むしろ夢だったと忘れる方が現実的なのだろうけど、

 

『夢じゃないからね!』

 

『わかってるって』

 

 耳元で聞こえてきてエリクトの声に、アスムは苦笑いしながら心の中で答えた。

 

 不意にリアルロボット世界からスパロボに突入したような不思議な感覚がある。

 

 それはとても厄介で、一歩間違えれば世界を壊してしまうほどの秘密。

 

 しかし、この現実に起こっている理不尽を解決する力にもなりうる。

 

 その未来のためにも一歩ずつ。

 

(まずは最高のアニメセレクションでロマンを教えてやらないと)

 

 ロマン男は次なるロマンへの期待に、顔を輝かせた。

 

 

 

 そして次の日、エアリアルの中にて。

 

『あっ、もう送ってきたんだ』

 

 エリクトはふよふよと空間を浮かびながら、アスムが送ってきたデータを確認する。それは確かに膨大な量の映像データで、これからクエタでの長い改修の間に見切れないほどの量。

 

 ご丁寧に『これ面白いぞ!』なリスト付きだ。

 

『ふふ♪ 律儀な子だね』

 

 なんてエリクトも、初めての家族以外へのコンタクトがうまくいったことに胸をなでおろしながら……

 

『それじゃあ、さっそく見てみようかな。えーっと、おすすめの一番上にあるの、子供向けっぽいけど……』

 

 

 

『まどか、マギカ?』

 

 

 

 その後、クエタに到着したエアリアルから荒れ狂うデータストームが検出され、プロスペラが大慌てする一幕があったとかないとか。




次回、シン・エラン!!

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62. シン・エラン

お待たせしました。

まだ万全じゃないですが、少しずつ体調も投稿ペースも戻していきます。

そして……今回はギャグです。


「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

 カチリ

 

「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

 カチリ

 

「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

 カチリ

 

「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

 カチリ

 

 お経のように、あるいは壊れたラジカセのように小さな声が延々とコクピットの中にこぼれる。

 

 死んだ目でブツブツと呟いているのは、ヘルメット越しでも眉目秀麗であることが分かる青年。その様子からも一心不乱に目の前の課題に向き合っているのは伝わるのだが……

 

『LP002、エラン・ケレス! 命中率20%! 追試だ!!』

 

 その試験を監督していた教員から無情なお達しがきた挙句、

 

『ヘタクソ! ヘタクソ!』

 

「あぁあああああ! うるさいぞ、このポンコツ!!」

 

 操縦補助としてセットされていたハロにまでダメだしをされてしまうのだった。

 

 そして、

 

「っ、なんでこの俺がこんな目に……!」

 

 ヘルメットを脱ぎ、目の前のモニタにぶつけながら、二年生のパイロット科転入生にして、現ペイル寮の筆頭であるエラン・ケレス(オリジナル)は怒りを吐露した。

 

 そう、彼は三年生に在籍するエランとは顔も名前も同じ。

 

 しかして真実は三年生でロマン男とつるんでいるエランの方が、オリジナルの影武者として名前と顔を与えられただけの赤の他人だ。

 

 それがロマン男のふざけた策略によって学歴も何もかもを明け渡すことになってしまい、かといってタネがバレている以上は新たに影武者を投入することもできず。

 

 結局はこうして、オリジナルのエランはアスティカシア学園のパイロット科生として転入することを余儀なくされたのだが……

 

 肝心のエランは操縦がどヘタクソだった。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 ガンっ!

 

 と、更衣室のロッカーに強く打ちつけられた音が響く。

 

 それは試験が終わって追試の手続きをした後のエラン(真)による苛立ちの発露であり、だが特殊な合金で作られたロッカーには傷がつくこともなくエランの足が痛くなるだけだった。

 

「バカにしやがって、バカにしやがって、バカにしやがって……!」

 

 ロッカーからも侮られていると思い、エランは歯噛みする。

 

 頭に去来するのは『こんなはずじゃなかった』という思い。

 

 元々エランはペイル社に連なる確かな家柄の出身だ。幼少期から不自由をしたことはないし、要求を出せばなんでも通った。

 

 しかもペイル・グレードの判定によって次期CEOの座まで内定したのだから、もう怖いものなどない。

 

 ペイル社の行く末を文字通り示す高性能AIによってあらゆる能力が最高水準にあると示されたエランを現CEOであるゴルネリ'sも尊重していたし、あと十年もすれば弄することなく一大企業のトップになることができていた。

 

 エランは苦労することなんて嫌いだ。

 

 努力や練習なんて、何かを成し遂げたと思いたい精神的マゾがやる非効率なものだと思っている。

 

 であるから、AIによる判定に従うという効率的な行動をとるペイルを好いていたし、その恩恵でふんぞり返りながら他人を顎で指図できるポジションは彼にとって心地よいものであった。

 

 しかし、そんな順調な人生のレールが大きくゆがんだ。

 

 原因はどこにあるのかと言われればエランの特性によるものだろう。

 

 あらゆる能力に秀でたエランだが、唯一パイロット適性は低かった。

 

 もちろんそれは会社を経営する上ではなんの得にもならないバロメーターである。どこの世界にトップがモビルスーツで出撃する企業があるのだ。指示をだし、かじ取りをする立場は軍艦や本社フロントでふんぞり返っていればいい。

 

 だが、あの時代錯誤な軍人上がりのデリングによる影響か、あるいはスペーシアンに蔓延する貴族主義によるものか、ベネリットグループにおいてパイロット技能というものは尊重され、アスティカシア学園においても一番のエリートはパイロット科生になっている。

 

 とんだ脳筋集団。

 

 しかもデリングが古臭い決闘制度を学園の中枢に据えた挙句、そこでの勝者を娘の婚約者にすると言い出したのだから話がさらにこんがらがった。

 

 それはミオリネの持つベネリットグループの株を総どりできる権利であり、事実上次の総裁を決定するゲーム。

 

 結果、ペイル寮も決闘ゲームに乗らなければいけなくなり、そこでエランのパイロット適性の低さが仇になった。

 

(だからわざわざ強化人士のモルモットに俺の顔も名前もくれてやったってのに……!)

 

 単純な話だ。

 

 自分に苦手なところがあるなら、他人にやらせればいい。

 

 どうせ深く追求する者もおらず、御三家も多かれ少なかれ後ろ暗いところがある者同士、替え玉一人を潜り込ませてもバレやしないと思っていたが……

 

『元"エラン・ケレス"! おめーの席、アスティカシアにねぇから!』

 

 今もエランは、あの時のロマン男の得意げな顔を見るたびにはらわたが煮えくり返る。

 

 エランは自分を人を従わせる、振り回す側の人間だと定義している。

 

 性格が悪いなどと言われても、それで翻弄される弱者が悪いし、わざわざ慮ってやる必要などない。面白そうなおもちゃがいれば、一生でも弄り回してやると思っている。

 

 なのにあのバカのせいで、自分が振り回されているのだ。

 

 おかげで経営戦略科にいれば間違いなく学年トップなのに、苦手なモビルスーツにわざわざ乗せられて落第続き。なのに名目上は寮の代表パイロットなんて屈辱的な立場に追いやられた。

 

 ペイル寮のマッドどもはこれ幸いと『超人薬』やら『豪水』やら変なメモリやメダルやらを使ってエランを実験動物にしようとするし、他の寮生からは『三年のエランはすごいパイロットなのにアイツはダメだな』みたいな目線で見られる毎日。

 

 そして挙句が今日の、何回目かも忘れた落第通知。

 

「くそがぁ……!!」

 

 もう辛抱たまらんと、エランは最後にもう一発、ロッカーを殴ってしまう。

 

 人生山あり谷ありなんて言葉を元にするならば、今のエランは谷底だ。

 

 そうして日ごろは優等生の仮面をつけていたエランが、誰もいないとばかりにうっぷんを晴らしていたところに……

 

「あのぉ……」

 

「っ……!!」

 

 気弱そうな声が聞こえて、エランは慌てて顔を上げた。

 

 するとそこにはロッカーから顔を半分だけ出している気弱そうな男子学生の姿があった。

 

 エランは慌てて笑顔を作って、弁明する。

 

 これでエランが二重人格だとかストレスでおかしくなったなどと言われれば、ペイルのマッドどもに人体実験させるいい口実となってしまうからだ。

 

「あっ……! こ、これはその、そうっ! 誰もいないから不良ごっこをしたかっただけで……!」

 

「そ、そうなんですね……!」

 

「……ちなみに、どこから聞いてました?」

 

「えっと、エランさんが部屋に入って来たところから」

 

「最初からじゃねえか!? 取り繕う意味ねえじゃん!?」

 

「ひぃっ! ごめんなさい!?」

 

 エランは怒声とともにもう一度ロッカーを蹴り、そして少年は悲鳴を上げた。

 

 まったく、とエランは男子学生を見ながら考える。この少年をどうやって口止めしようかと。

 

 幸いなことにエランには少年に見覚えがあった。

 

 元々エランの記憶能力は優れているし、彼はエランと同じくパイロット科の試験での落第常連。ここまで会話をすることもなかったが、名前も所属寮も覚えている。

 

「たしか、トーリだったよな。ロングロンド寮の」

 

「は、はい……! よく覚えてましたね?」

 

「忘れるわけないだろ、あのバカのところなんだから」

 

 いつか殺してやると決めている男だ。

 

 寮の人員など最初に調べ上げている。

 

 エランは横目でトーリという黒髪の少年を見ながら、肩をすくめて言った。

 

「それで、条件はなんだ?」

 

「条件?」

 

「ああ、お前は俺の弱みを見た。いいぜ、口止め料を払ってやるよ。どれくらいほしい?」

 

「僕は別に……お金も何もいらないですし」

 

「なんだ? じゃあ、俺の弱みをずーっと握っていたいってのか? 性格悪いな、お前」

 

「そ、そんなことないですよっ!」

 

 トーリは慌てて手と頭を振りながら否定すると、逆にエランに微笑みながら言うのだ。

 

「むしろ、僕もエランさんの気持ちは分かりますから……。悔しいですよね、何度も何度も期待に応えられないのって」

 

「……期待、ね」

 

 それはエランの内心とはかけ離れた、的外れな意見だった。

 

 しかしトーリはベンチに力なく腰かけると、訥々と話し始める。

 

「僕も同じなんです。でも、僕にはエランさんみたいに怒る気力もない。

 アスム先輩に憧れてアスティカシアに来て、みんなが応援してくれたからパイロット科になって。でももう二年もたつのに落第ばかりで……。毎日、辛いんです」

 

「ふーん……」

 

 そのトーリの顔は、自分に対する悲しさを孕んでいた。

 

 他人の期待に応えたいなんて"殊勝な"感情をエランは理解しないが、それがあり得ないことだとは思っていない。そういう弱者はどこにでもいるし、エランもそういう相手を操作することにはたけていた。

 

 何も言わないエランが自分に同情しているとでも思ったのか、トーリも寮の仲間には打ち明けにくい話を、勝手に同類認定したエランに吐露していく。

 

 どうやらトーリはロングロンド社の奨学金プログラムで入学を果たしたらしく、エランには欠片も良さが分からないが、あのロマン男に強い憧れを抱いているらしい。

 

 少年によればアスム・ロンドは力強くリーダーシップがあり、それでいて勉学にも秀で、モビルスーツを駆れば学年上位。なのに偉ぶることなく、寮生を兄のようにまとめ上げ、学園の問題を解決するヒーローみたいな存在。

 

 なんて、エランが思わず吐き気を我慢するほどの美化されたフィルターで妖怪を見ている。

 

 だがその分、エランには少年は御しやすく見えた。

 

 自分の弱さをさらけ出すなんて、文字通りに弱者のすること。

 

 ここでエランが同類だと思わせれば、いずれ来るロマン男を処理する場面で役に立つこともあるかもしれない。

 

 だから、

 

「そうか……キミも辛いな」

 

 エランは自分でも気色が悪いと思う猫なで声で少年の肩を叩くと、さも自分も理解したというような調子で話し始めた。

 

「俺も同じなんだ、世話をかけてくれたCEOには顔向けができないし」

 

(ゴルネリ以外、名前も知らねえけど)

 

「従兄のエラン君の顔にも泥を塗っているし」

 

(絶対にアイツも追い落としてやるけど)

 

「キミのところのロマン先輩みたいに俺もなれればいいのに……」

 

(あいつだけは願い下げだがな……!!)

 

 面従腹背。

 

 その言葉がこれほどふさわしい男もいないだろう。

 

 エランは心にもないことをペラペラとそれっぽく話していく。

 

 だがそれに気づかないトーリは、エランへと涙目になった顔を向け、

 

「エランさん……! 僕、初めて同士を見つけた気がします……!!」

 

「ああ、俺もだよ、トーリ……」

 

 なんて安い青春ドラマのようなやり取りを続ける二人。

 

 そしてその裏でエランは考える。

 

(こいつをとっかかりに、あの妖怪の弱みの一つでもつかめれば御の字だ。

 アイツの手元にある強化人士のせいで、ペイルとの力関係が拮抗しているからこそのこの停滞。それを崩す一手があれば、アイツを排除することも訳はないし、強化人士も手元に戻せる)

 

 もちろん、自分が手を汚すなんて面倒な真似はしないが。

 

 エランはその聡明さゆえに自分の能力も正しく認識している。相手とのネゴシエーションもお手の物。このままトーリの信頼を得て、望むようにコントロールすることも十分に可能。

 

 ただしそれはここまでのこと。

 

 話はエランの予想もしない方向に転がり始める。

 

 エランは失念していた。

 

 腐っても相手はロングロンド寮生。

 

 つまりはあのバカのロマンに感染しきっていることを。

 

 トーリはひとしきり感動した後、元気を取り戻しながらエランに言うのだ。

 

「先輩は言ってたんです!

 一人じゃなくて二人なら……! 仲間がいれば力は単純に二倍になるだけじゃない。三倍にも四倍にもなるのが真の仲間だって……!」

 

「へぇ、面白い理論だね」

 

(そんなわけないだろ)

 

「はい……! もしかしたら、今ここでエランさんと出会えたのも運命かもしれない……!

 エランさん、こんなうわさを聞いたことがありませんか? この学園には学生を最高のモビルスーツパイロットにする秘伝の書が隠されているって……!」

 

「秘伝の、書?」

 

 それは寝耳に水の言葉。

 

 というよりも信憑性もなにもない与太話。

 

 エランは怪訝な顔をしながら否定した。

 

「そんなのあるわけないだろ? 俺達ができないのは元から向いていないってだけだ。そんなマニュアルを読んだくらいでうまくなるわけがないだろ」

 

「いえ、アスム先輩は言ってました! できる理由はいくらでも作れるけど、できない理由なんてこの世にはないって! 努力すれば夢は叶うんです!

 それに、この話は先輩たちが入学したころからあった学園の七不思議のひとつで、本当にその書を見つけて成績トップで卒業した人もいるらしいんですよ!」

 

「いやいや……!」

 

 どう考えても胡散臭い話にエランは頬を引きつらせる。

 

 だが、次の話を聞いて、エランもまた他人事ではいられなくなった。

 

「エランさんは本当に知らないんですか? なんでもそれを残したのは、ペイル寮の卒業生らしいんですけど」

 

「……なんだって?」

 

「はい、なんでも高性能AIによって算出された、『サルでもエースになれる』ってふれこみの虎の巻だって」

 

「ペイルが……」

 

 エランはそこで、眉根を寄せて考える。

 

 一笑にふすことは簡単だ。

 

 だが、それをできないものがエランにはあった。

 

(俺も聞いたことがある。ペイル・グレードを作った技術者は、学園始まって以来の天才児で、そのプロトタイプは今も学園に眠っていると。それに、寮生のマッドどもが言っていた『開かずの間』の存在……」

 

 怪しい実験にせいを出している学生たち曰く、ペイル寮の地下には巨大な空間があり、そこは諸事情により固くロックされているというのだ。

 

 一説には非合法の実験によって生み出された怪物が眠っているとも、この世界を一変させるほどの禁忌の研究が封印されているとも。

 

 だが、エランにはそのロックも意味はない。

 

 寮の代表であるエランに与えられたのは、最高ランクの権限。

 

 いかに厳重なロックでもエランならば突破できる。

 

 それをつい漏らしてしまうと、トーリは目を輝かせながらエランに言うのだ。

 

「きっとその先にあるんですよ! 秘伝の書が! 虎の巻が!

 それが補助AIだとしたら、納得です! あのジェタークが開発した意思拡張AIの力はエランさんも知っているでしょう?」

 

「……確かに。どう考えてもあり得ない話だったのに、可能性が見えて来たな」

 

 トーリを篭絡し、ロングロンド寮への反撃を準備するというのはあくまでエランにとっては脇道。

 

 あくまで目的は試験での落第を回避すること。

 

 このままエランの評判が落ちれば、内定しているCEOの座も危うくなる可能性がある。

 

 だが優秀なAIの補助を借りることができれば、学園での試験くらいなんのこともなくなるだろう。エランは労せず、優秀な成績を収めることができる。

 

 それは理想的なゴールに思えた。

 

 トーリはエランが興味を持ったことに気づくと、その手を掴んで熱っぽく言う。

 

「エランさん、一緒に行きましょう! それで虎の巻を入手するんです……!」

 

「……元々ペイルのものだって言うなら俺が把握していないわけにもいかないな。それに誰に文句をつけられることもない。ペイルは俺のものなんだから」

 

 それに、

 

(仮に出てくるものが違法なものでも、弾除けとスケープゴートのこいつがいる。

 バカな奴だ。他寮生のお前がペイル寮に侵入して、機密を探ったなんてことがバレればあのバカの弱みになるなんてことにも気づいていない)

 

 本当に現状を打破するAIでも見つかれば御の字。

 

 そうでなくてもロングロンドへの攻撃に使える。

 

 今のエランにとっては賛同しない理由はない。

 

(なにより所詮は学生が作ったもの。どうせ、ろくなものは出て来やしないさ)

 

 エランは内心でそうほくそ笑みながら、トーリを連れてペイル寮へ向かう。

 

 その考えを後悔することになるとはつゆ知らずに。

 

 

 

「へぇ……ペイル寮の中ってこんな風になっていたんですね」

 

 エランと共にこっそりと裏門から入ったトーリは、ペイル寮の内装を眺めながらそんなことをつぶやいた。

 

 端的に言えば、そこは真っ白。

 

 病的なほどに真っ白。

 

 実際に病的という表現は間違っていない。

 

 正常な判断力を持つ人間がこの純白の空間に居続けると、あまりの白さに精神的な苦痛を感じるとされるくらいの白さだ。しかしペイルに染まり切ったマッド共は『この白さが我らの知性を刺激する!イーっ!!』なんて奇声を発するのだ。

 

 SAN値を常に削る環境に適応しきった彼らは、むしろ強化人士よりも人間離れし始めていた。

 

「ああ、まったく頭が痛くなるよ。それからそこらの扉を開くんじゃないぞ。どこから何が飛び出てくるかわかったもんじゃない」

 

「ゾンビとか、ターミネーター的な奴ですか?」

 

「……それが出てこないと言い切れないから嫌なんだよ」

 

 言いながら、二人はエレベーターに乗り込むと、エランが地下13階へのボタンを押す。それは表示される限りにおいて最下部の階層。しかし、エランは道中で同じボタンを何度も連打するのだ。

 

 地下13階を13連打。

 

 すると順調に数字を刻んでいたモニターにノイズが走り、

 

「わっ!?」

 

 トーリは態勢を崩しながら悲鳴を上げる。

 

 突如としてエレベーターが奇妙な加速を遂げ、モニターの表示も乱れに乱れ、最後には『H13』という謎の表記に至るのだ。

 

 隠された階層。

 

 寮生の中でも上層部だけしか知らない研究フロア。

 

 ぷしゅーというエレベーターの扉らしからぬ音とともに開かれた先はまたもシャッターがいくつも並ぶ奇妙な空間で、エランはそこを仏頂面で、トーリは恐る恐るついていく形で進んでいった。

 

 シャッターのいくつかには『B.O.W.』やら『G-cell』やら『Aroma Ozone Water』などいう文字が見え隠れするが、二人はあえて見ようとはしなかった。

 

 そして、

 

「ここだ」

 

 エランが突き当りで立ち止まる。

 

 そこにあるのは大きなシャッターで、その手前には生体認証用の端末が置かれている。

 

 ペイル寮の開かずの間。二人が探し求める補助AIがあるだろう場所だ。

 

 エランは後ろに立つトーリを一度伺う。するとトーリは何を勘違いしたのか、こぶしを握って頷きを返すのだ。おそらく『自分は大丈夫』だとでも言いたいのだろうから、エランには都合がいい。

 

「それじゃあ、開けるぞ」

 

「はい……!」

 

 エランがかざした手に緑色のスキャンレーザーが当たり、反応した扉がゆっくりと開かれていく。

 

 ごくり、とトーリが緊張でのどを動かす中で……そして地獄の蓋は解き放たれた。

 

「…………ここは?」

 

 エランは一歩、歩みを進めると目を凝らす。

 

 部屋の中は薄暗闇になっているが、横を見ても前を見ても壁がない。それだけ広い空間だということは理解できた。

 

 一方で、思っていたようなハイテク機器や発明品のたぐいも見つかりはしない。

 

 二人の視界はがらんとした大きな空間が広がるだけだ。

 

 ちっ、とエランは舌打ちをしながら言う。

 

「少しは何かがあるだろうって期待したけど、とんだ外れくじじゃないか。あーあ、期待して損したよ」

 

 目的の虎の巻もなければ、トーリをはめるための貴重品もないとなればエランは落胆するしかない。

 

 しかしトーリはと言えば生徒手帳の懐中電灯機能を使って部屋を照らしながら、何事かがないかを探っていくのだ。

 

(いいか、トーリ。秘密の扉の奥にはな、絶対に秘密の部屋もあるもんなんだよ。壁を押したらガコンとなったり、暗号が必要な奴とか! 秘密の扉を作ろうってロマンあるやつは、そういうの外さねえからな!!)

 

 とは彼が敬愛するロマン男の言葉。

 

 ならばきっとこの部屋にも……

 

「あれ、エランさん? ここにレバーがありますよ?」

 

「なんだって……まさか、まだ先に何かがあるのか?」

 

 トーリに呼ばれたエランは、確かにタイルの一枚にレバーがつけられているのを発見する。

 

 わざわざかがまないといけない足元にレバーを設置するなんて奇妙だと思うが、ここまで来て何物も見つからないというのはもったいない話だ。

 

 なので、

 

「ふんっ……!」

 

「あっ!? ちょっとそんないきなり!?」

 

 エランはなんのためらいもなく、そのレバーを蹴って起動させる。トーリは慌てて止めようとするが、既にレバーは作動してしまった。

 

 エランは鼻を鳴らしながら言う。

 

「心配するなって。どうせ大したことは……」

 

 しかし、その時だった。

 

 Biー! Biー! Biー! Biー! Biー! 

 

 突如として鳴り響くサイレン、二人を囲むように起動していく巨大なモニターの数々。

 

「な、なんだ!?」

 

 エランが慌ててレバーを戻そうとするが、それは固定されたように動かない。

 

「こ、これって……!」

 

「知っているのか!?」

 

「し、知りませんけど……! これってゲームとかアニメでやばいのが出てくるときの……!!」

 

「やばいのって、なんだよ!?」

 

 エランは泡を食ったようにトーリの頭を振るが、彼から答えが得られるわけもナシ。

 

 そして彼らの周囲のモニターに文字が現れていくのだ。

 

『From Dr. Serizawa、Maki、Saotome、Well……』

 

 それは何十名もの連名。

 

 そしてそのどれもが、

 

「あれは……!」

 

「知ってるんですか、エランさん!?」

 

「ああ、かつてのペイル寮生の中で、特に危険な思想にまみれた科学者たち……! あのババアどもが御しきれないと追放した極めつけのマッド連中だ!!」

 

 しかも彼らが在籍した年は被っているわけでもない。

 

 おそらく長年にわたってこの秘密の研究室で、研究が引き継がれていたのだとエランには推測できた。

 

 では、そこまでして研究してきたものはなにか……

 

 

 

 グポン

 

 

 

 部屋の最奥で二つの目が光る。

 

 それは小さな地響きとともに身じろぎをし始め、次第に二人はそれが巨大なモビルスーツだということに気づくのだ。

 

 モニターは示す。

 

 その悪魔の名前を。

 

『これぞ我らが最高傑作。

 魔女のつくったガンダムを凌駕すべしと、自己再生・自己増殖・自己進化の原理を取り込ませた究極のモビルスーツ』

 

 魔女を超えた、悪魔。

 

『デビル-G』

 

 

 

 

『我々は好きにした、キミらも好きにしろ』

 

 

 

「ふざけるなぁあああああああ!?!?」

 

 エランの叫びがむなしく響く中、その一生封印されるべきだった怪物が目を覚ますのだった。




次回:アスティカシア滅亡

なわけないです。


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63. G消滅作戦

なんとか書けるくらいに体調が戻ってまいりました……!

とはいえ多忙と夏ばてにやられているのは変わりなく、よろしければ評価やお気に入り登録で応援をいただけると幸いです……!すごく力になります。



ともあれ、真エラン編後編。


 ペイルはいつから"こう"なったのか。

 

 あるいは設立当初から"こう"だったのか。

 

 今のエランにはその判断がつかなかった。

 

 ペイル寮全体がおかしくなったのは、ロマン男が活動を始めたここ数年であることには間違いはない。寮が奇妙な白に染まったのも、学生たちが白昼堂々と人体実験に片足を突っ込んだことをやり始めたのもそうだ。

 

 しかし、火のない所に煙は立たないというもので、いくらロマン男でも無から有にすることはできない。それができるのは魔法使いというものだ。

 

 彼が行ってきたのは、相手が心の中でくすぶらせていた願望を開花させたり、背中を押してロマンという名目で谷底へ突き落とすこと。

 

 その様はまさしく悪魔や妖怪に例えられてしかるべきものだが、ペイル寮には元々MADの精神が存在したのだろう。だからこそ、ここまで弾けてしまった。

 

 実際に真エランが述べたように、過去にはペイルの歴史からも抹消された極めつけの馬鹿者どもがころころと現れていた。彼らは例外なく寮でもはみ出し者であったけれども、であるからこそ、ペイルは一味違うのだと後輩たちもかすかな憧れを抱いていたのだろう。

 

(御三家って立場にありながら健全とは程遠いGUND-ARMやら強化人士やらを許容している時点で、ペイルは大概の企業よりはMADだよなぁ)

 

 その強化人士に替え玉を任せるなど、がっつり絡んでいる張本人であるエランは、現実逃避しながらそんなことを他人事のように考えていた。

 

 それでもこの研究空間が秘匿されていたのは、まだMAD共にも人目に触れさせてはまずいという常識の欠片は残っていたのか、あるいは忘れ去られたころに発見されたほうがサプライズ性が高いと考えたのか。

 

 だがそんなペイル出身者の精神分析に意味はない。

 

 考えたところで、真エランを取り巻く状況は何も変わることがないからだ。

 

「うわぁあああああ!?」

 

「ちっ……!」

 

 この魔窟へ同行してしまった、まぎれもなく哀れな子羊なトーリへと、突如として現れた巨大なGはパイプ用のようなものを射出してくる。それはどこぞの文化でよく見る触手やらなにやらと同じような挙動で少年二人に向かうのだが、

 

「ぼけっとするな、バカ!」

 

 エランがタックルするようにトーリの体を突飛ばし、その射線から逃すことに成功した。

 

 転がるトーリを急いで立たせると、エランは急いで部屋を出る。

 

「あ、ありがとう、エランさん……!」

 

「お前のためじゃない! こんなところで学生の死人を出してみろ、ペイルは一貫の終わりだ……!」

 

「で、でも、助けてくれたわけですし……」

 

「そんなに感謝の気持ちを伝えたいなら、あのデカブツを倒す方法でも考えろ……!」

 

 その言葉にトーリは目を丸くし、次いで慌てて手を振った。

 

「えっ!? エランさん、アイツを倒すんですか!? 無理ですよ!? 普通のモビルスーツの二倍くらいデカかったですし、説明見たら、自己増殖とか自己進化とか……!

 僕ら学生に対処できることじゃありませんって!! いそいでフロント管理に……いいえ、ドミニコスに通報しないと!」

 

「だから、そんなことをしたらペイルが終わるんだよ……!」

 

 エランは苦虫をかみつぶした顔ではき捨てる。

 

 確かにエランもトーリの意見には同意する。

 

 どう考えても学生二人の手に余る事態であり、むしろ軍隊の力を借りなければ収束できない類のバイオなハザードだ。

 

 だが、そんなことを実行した時、ペイル社はどうなるか。

 

(だいたい元から強化人士っていう特大の爆弾を抱え込んでいるんだ。

 追加でこんな大量破壊兵器なんて出てきて暴れまわったなら、グラスレーやジェタークが嬉々として潰しに来るに決まってる! いや、破綻ならまだしも刑務所行きも濃厚だ!)

 

 世の中には連帯責任というものもあり、ついでに監督責任というものがある。

 

 いくら卒業生のMADたちが『僕たちの楽しい卒業制作』なノリで作ったとしても、バケモノを生み出した予算と資材はペイルのもの。ついでにそのバケモノを起こしてしまったのはエランなのだから、追及は免れない。

 

 エランは苦労なんて嫌いだ。友情努力勝利なんて反吐が出る。

 

 だが、第一に優先すべきは自分の身の安全と名誉であり、ここは多少の無茶をしなければそのどちらも失われるという瀬戸際だった。

 

 だから、

 

「俺達二人で、アイツを潰す……! 誰にも知られないようにな……!」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

「はぁ、はぁ……よし、この部屋で何かないか探すぞ」

 

 エランは持ち前の権限で開けた扉に飛び込むと、息を整えて周りを見渡す。

 

 見る限り、モビルスーツの装備品でも開発していたのか、大小さまざまな武器のようなものが転がっていた。

 

 けれども、完全に殺る気に満ち溢れているエランへと、不安そうにトーリは問いかける。

 

「本気なんですか……? あのバケモノを倒すって」

 

 今もトーリたちを探しているのか、ゴウンゴウンと脈動のような音が遠くから響いてくる。

 

 それは正しく怪獣やクリーチャーじみていて、ついでにGという名前もGUNDやらそれと関係する以外にとんでもなく厄ネタな意味が込められている気がしてならなかった。

 

 しかしエランは鼻を鳴らして言う。

 

「ああ、それ以外に俺が生き残る道はないからな。あと、生徒手帳を見てみろ。電波も遮断されている。アイツに意思があるのかどうかなんて知ったことじゃないが、俺達をここから出すつもりはないんだろうな」

 

「あっ、ほんとだ……! でも、倒すって言ったってどうやって?」

 

「それを今から考えるんだよ」

 

 エランは先ほど見た部屋でのデビル-Gというバケモノの姿を思いだす。

 

 頭は確かに魔女のモビルスーツ、GUND-ARMによく似ていたが、体の各部は歪に膨れ上がったように人の体形をしていなかった。ついでにGUND-ARM特有のシェルユニットも見当たらない。

 

 あるいは自分たちを触手で捕えようとしていたのは、パイロットが不在だと本来の性能を発揮できないということなのだろうか。

 

 エランは極めて優秀な頭脳をもっている。モビルスーツの操縦にはあいにくと才能がなかったが、それでも頭脳だけでアド・ステラ世界のトップになれるほどの"性能"がある。

 

 だがあくまでそれは通常の社会活動でこそ活躍する能力であって、こんなロマンどころかアポカリプスな事態を想定してはいなかった。むしろこういう時に対応できる脳を持っているのは……

 

「お前には何か案はないのか? あのロマン男の担当分野だろ、こういうのは……」

 

「で、でも僕には……」

 

「お前が自分をどう認識しているかなんて関係がない。

 大事なのはこの事態をどう収束するかだ。それでそのアイデアを出すのにお前の尊敬する先輩ってやつは適材だろ。お前は……その弟子だ。なんでもいい、考えろ」

 

「うっ、うーん……」

 

 そしてトーリは腕を組み、うんうんと唸りながら言う。

 

「えっと、僕は怪獣映画とか好きなんですけど……だいたいこういう時って」

 

「うん」

 

「周りの酸素ごと消滅させたり」

 

「……ん?」

 

「火山に突き落としたり、氷の下に閉じ込めたり、あとは変なバクテリア撃ち込んだり、ブラックホール作ったり、絶対零度だったり、体の内側からドリルでぎゅーんとか!」

 

「…………なんか、いくつかはカイジュウってやつよりも被害デカくなりそうじゃないか?」

 

 特にバクテリアやら火山やら、ブラックホールやらは下手をするとフロント全体が崩壊する類のもの。エランはそれを聞きながら、ペイルよりもそんなアイデアがぽんぽんと出てくるロングロンド寮の方がよほど性質が悪いと思い始めた。

 

 だがそのアイデアをこの局面で実行できるわけはない。

 

「と、とにかく! ああいう大きな怪獣とかの弱点って共通してて、核とか不思議エネルギーを生み出す動力なんです! 温度下げたりするのも、その反応を弱めるためで」

 

「…………動力か。そういえば」

 

 そこでふとエランは思い出す。

 

 あのGは背後に何本も巨大なパイプとつながっていたことを。

 

「……そうか、アイツもおなじだ。あの巨体を動かすには、莫大な動力が必要になる。きっとこのペイル寮の主電源にパスをつないで電力を奪っているんだろう」

 

 他のMSと同様に内燃機関を有しているだろうが、それだけで全てを賄えるほどの大きさには見えない。さらに長期間放置されていたことからも、外付けの動力源は必要になると思えた。

 

 そして機械である以上、動力が失われればすべての機能は止めることができる。

 

「つまりアイツを動力から切り離すことができれば、動きが止められなくとも鈍るはず。そこで本体を破壊すればいい」

 

 幸いなことに、いくらMADどもが天才であろうとも学生は学生。

 

 扱える資産と材料には限りがある。ここまで秘匿されていたのだから、ペイルをごまかしてちょっとずつちょっとずつ理想のモビルスーツを作っていたのだろう。

 

 それが"発表"されていないあたり、後継者がいなくなったのか、さすがに無理が通せなくなったのかわからないが、未完成のままであると判断できる。

 

(仮に完成していたら、なぜか地球圏全体が乗っ取られるイメージがわいてくるが……今の俺には好都合だ)

 

「なるほど……! でも、どうやってパイプを破壊とかするんですか?」

 

「足と武器がいるな。モビルワーカーでもなんでもいい、アイツの近くまで移動できる機体、それに武器を探す」

 

「でも、それを本当に僕たちだけで……?」

 

 トーリの目に難色が生まれたのを、エランは見る。

 

 確かにここでGを人知れず処理したいというのはエランの都合だ。

 

 トーリにその火消し付き合う道理はない。

 

 ペイルのMADな悪行と、それによって生み出されたバケモノが暴かれて困るのは、エランとゴルネリたちだけなのだから。

 

 だがエランにはトーリが必要だった。

 

 彼とて一人でバケモノを潰せる確信はないし、一人でも都合のいい弾除けがいれば生存率は跳ね上がる。エランはこんなところで失脚する気も死ぬ気もない。

 

 だから、言うのは毎度のことながら口から出まかせだ。

 

 エランはトーリに向き直ると、その肩を掴んで言う。

 

「お前には悪いと思ってる。アイツを起こしたのも俺だし、お前は俺についてきてしまっただけだ。

 だが、俺は謝らない。

 起きてしまったことはしょうがない。

 アイツをこのままにしたらフロント管理社やドミニコス隊が到着する前に地上に飛び出して、この学園をめちゃくちゃにする。そうしたらお前の仲間や先輩たちの命も危ないだろ」

 

 "憧れ"や"なりたい自分"なんてことを口にする、英雄志願者。

 

 あのロマンバカのようなタイプを相手に交渉するときは、自分以外の誰かの危機を煽ればいい。

 

 そうすれば……

 

「みんなを守るために、お前の力が必要なんだ……!」

 

「エランさん……」

 

 こういう手合いは勝手にドラマを感じて、

 

「わかりました……! 僕、がんばります……!」

 

(計画通り……)

 

 怖いだろうに勇気を振り絞る同級生を見ながら、エランはこっそりと邪悪な笑顔を浮かべた。

 

 これで使える駒は自分を入れて二つ。

 

 武器は今いるエリアを探せば何か見つかるだろう。謎の黄緑色の粒子がはいったカプセルや、なぞの光の輪っかやら、どこにつながっているかもわからない黒い渦やら、何かは分からないが何か良くないことだけは分かるものが大量にある。

 

 後はそれを相手に撃ち込むための機体が必要。

 

 だが悠長にそれを探す時間はなかった。

 

 

 

 ぐぉおおおおおお……!

 

 

 

「わっ……!」

 

「アイツ、俺達を探してる……?」

 

 怪獣じみた声が近づき、振動は大きくなっている。この扉の先でGがどんな姿で待ち受けているかなんて考えるのもエランは嫌だが、躊躇っている暇もない。

 

 なのでエランたちは様々な残骸が集まり、怪獣墓場みたいになっている地下空間を駆けまわり……

 

「っ……! エランさん、こっちにMSの格納庫が!」

 

「でかした!」

 

 そしてそれを見つけた。

 

「っ……!」

 

 同じように長く放置されていたのだろう、埃をかぶった、されど電気だけは煌々とした格納庫の中。黒く、細身のシルエット。その機体を見上げながら、

 

「っ……ふざけんなよ」

 

 エランは小さく毒づく。

 

 ペイル社製らしい特徴的な脚部からスラスター。

 

 しかしてザウォートとは違う鋭い頭部と、各部に輝く独特のクリアパーツ。そこに魔女の紋様が浮かび上がれば、誰だってその正体に気づくだろう。

 

 

 

「GUND-ARM、ファラクト……そのプロトタイプか」

 

 

 

 そう言えば、とエランは思い出す。

 

 GUNDフォーマットから強化人士の製造までは医療工学に特化したベルメリアの仕事。しかし、それで作られた強化人士を載せる機体を製作した者の名前は、なぜか抹消されていたことを。

 

 確かに既存のザウォートらを上回るあの機動性と、どこか狂気に染まっているスタンビットなんてオシャレ兵装の合わせ技を考えるのは、あのゴルネリたちっぽくはない。

 

 その人物がまだペイルに残っているかはわからないが、おそらく学園の卒業生で、他の卒業生と同じく学園の地下で試作していたとしてもおかしくはなかった。

 

 しかしそれ以上に、

 

(俺に、これに乗れっていうのか……?)

 

 真エランは運命やオカルトを信じてはいないが、どこか意地の悪い作為のようなものを感じてしまう。

 

 もちろんGUNDフォーマットなんて欠陥品を使うつもりはないが、神とやらがどこかにいるのなら自分を皮肉っているような気がしてならない。

 

 偶然に見つけた使えそうな機体が、これだけだなんて。

 

 だが、エランに選択肢はない。

 

 その"道を選べない"という状況さえも、自分が強化人士に強いてきた状況と似通っていて。

 

「くそっ……!」

 

 エランはそう吐き捨てて、一歩を踏み出した。

 

 因果応報という言葉がよぎりながら、エランはこのファラクトを自在に操り決闘で活躍した偽物のことを考える。

 

 その結果はゴルネリたちを怒らせ、そして最終的に彼を救い、真エランをこの地獄へと叩き落したのだが、それはもう関係ない。大事なのは彼は自分以上の操縦技術でもって学園の誰もを魅了していたこと。

 

 本物であるはずなのに、転入してからずっとエランは偽物の放った強力な光に苦しめられてきた。

 

 今まで受けた無数の嘲笑と失望の視線がエランの脳裏によぎる。

 

 だが、

 

「誰がエランの偽物だ、誰が弱い方のエランだ……!

 どいつもこいつも俺のことをなめやがって。俺は、エラン・ケレスはお前たちよりも優れた、選ばれた人間だ。俺の行く先に一つの障害も、傷も残すべきじゃない……!」

 

 エランにも理想はある。

 

 誰もが自分の優秀さを認める環境で、自分と少し下くらいには優秀な人間を集めて、そいつらを顎で指図しながら会社を大きくしていく。

 

 そしてどこかに面白そうなやつがいたら、それを振り回して困惑する顔を見ながら毎日楽しく仕事をしてやるのだ。

 

 ストレスはかけない。

 

 むしろストレスだけ押し付ける。

 

 そんな身勝手で性格の悪い未来のためにエランは動く。

 

 だから、

 

(強化人士4号……。ファラクトに乗れるのも、お前だけじゃないんだよ……!)

 

 

 

 幸いにも動力源と機体の整備は問題がなかった。

 

 スタンビットの類は用意されていないが、ザウォートに代表される機動性は健在のよう。叶うならば専属のメカニックに見てもらい万全としたかったが今の状況では致し方ない。

 

 エランはそれを確認すると呟いた。

 

「……ファラクト・ゼロ、スタンバイ」

 

「こっちもザウォートの準備整いました!」

 

「ソレ、魔改造ザウォートだから、こちらを巻き込まないように気をつけろよ。ブースターの最大出力が通常の30倍になってる」

 

「は、はい……!」

 

 同じく格納庫にあった赤いザウォートに乗ったトーリから元気のよい返事がくる。

 

 エランがファラクトを選んだのは、まだ最新機よりなファラクト・ゼロの方がパイロット生存率が高そうだったからだが、トーリは気づいていないようだった。

 

 格納庫のロックを遠隔で外しながら、エランは言う。

 

「作戦について改めて説明するぞ。まずは一人が陽動、もう一人が攻撃役だ。

 お前の方がMS操縦の点数は高かったから、陽動は任せる」

 

「はい、それでエランさんが後ろからビームライフルを発射するので、Gの注意がこちらを向いたら後ろに回り込んでパイプを破壊ですね!」

 

「それで最後は動きが鈍くなったところで、敵中枢を撃ち抜く」

 

(……無事に当たればだけど)

 

 自分の射撃成績の悪さを考えると不安要素が強すぎるが、この成績不良者チームでバケモノ退治をするにはそれくらいしか方法がない。

 

 しかし失敗すれば自分も下手をすれば死亡。生き残れてもGの存在が露見したら社会的に死亡。

 

 エランの人生の分水嶺がここだ。

 

「…………いくぞ」

 

「はい……!」

 

 そして二機は発進した。

 

 元々地下空間なのもあって、ペイル社シリーズの柔軟な機動力を存分に活かせるスペースはない。だが、

 

「っ! 来ました!」

 

「ただのパイプだ! 変な動きしてようと切り落とせ!」

 

「はいっ……! えっと、ビームサーベルは……これっ!」

 

 格納庫から出た途端に、数個の触手みたいなパイプが飛んで来る。しかしファラクト・ゼロも魔改造ザウォートも直線距離での高速移動が可能だ。

 

 旧式のAI制御と思われるGの判断力は、それについていけない。

 

 それゆえに前衛のザウォートはおぼつかない動きながらもパイプに対処できる。

 

「一本! 二本! さん……あっ!」

 

「なんだ、変な声出して」

 

「いや、これってゲームとかでよくあるイベントシーンに似てるなぁーって」

 

 トーリが思い浮かべるのは、イベントムービー中に特定のボタンを押すタイプのゲームだ。QTEとも言う。

 

 今のシーンをゲームに例えるなら、攻撃個所にポップアップが生まれ、指定されたコマンドを入れると敵が破壊されるというもの。

 

(あっ、でもこういうゲームって驚かせるのが目的だから……)

 

「っ……! エランさん!」

 

「えっ……はぁああああ!?」

 

『グルルゥオオオオオオ!!』

 

 トーリ機が後ろを振り向くのと、エラン機に向かって巨大なモビルスーツが壁を突き破って突撃してきたのはほぼ同時だった。

 

 予期せぬ方向からの奇襲。

 

 ついでにこの揺れで絶対にアスティカシア側にばれた。

 

「くっ……! お前なんかにやられるほど、俺の命は安くないんだよ!!」

 

 真エランは間一髪で突撃を躱しながら、ビームライフルを構える。

 

 それは一見すると普通のライフルに見えるのだが、

 

 ギュウン、と銃口にビームが収束する工程を挟み、高出力のビームを放つ。

 

 ビームマグナムなどと開発者は名付けた試作品らしいが、覚書によると意図した攻撃力に達しなかったので失敗作扱いされたらしい。本来はザウォートの腕が発射の反動でもげるくらいが理想だったとか。

 

「なんで自爆前提の装備を作りたがるんだ、馬鹿どもは……!!」

 

 だがその威力はバカの理想通りにはならずとも強力。精密射撃が苦手なエランに必要だった大雑把な火力として理想通りだった。

 

 Gのさらされた背中にある動力パイプをいくつか粉砕し、その後はファラクトらしいバックブーストで離脱する。

 

 いつまでも最前線にいる真エランではない、バトンタッチするように果敢に突っ込んできたザウォートに前を譲る。ザウォートの動きは先ほどよりもキレを増しており、エランが活躍したから自分も役に立たないとなどと殊勝なことを考えているようにも見えた。

 

『ぐぉおおお!』

 

 そんなザウォートに対してGは腕を振り上げて威嚇……いや、腕に内蔵されていたビームを発射する。

 

「よかった! 決闘出力になってる……! これなら!!」

 

 一撃死はない。もちろん危険性はそう変わりはしないが、学生の操縦には心の余裕が必要だ。

 

 大回りながらも見事にビームの追従を避けるザウォート。

 

 そして両肩部に設置したビームガトリングガンでさらにパイプを破壊した。

 

『グゥウウウウ!!』

 

「ははは……! ざまあないな、デカブツ! MS風情が俺に歯向かうからだ!」

 

「悲鳴をあげるって、なんかほんとに生物っぽいですよね……なんなんだろ、ほんとに」

 

「知るか! さっさとマッド共の遺産を潰して脱出するぞ!」

 

 成功体験にいい気になったエランは、ビームマグナムを敵の機体中央部に向け、照準を合わせる。

 

 この威力ならば装甲を貫通して中枢を破壊できるだろう。

 

 だが……

 

「っ…………!?」

 

 その"命"の危機を感じたのは敵も同じだった。

 

 エランの視界が光に染まる。

 

 次いで体が重力を失い、あらゆる方向にガンガンと揺らされる。

 

 気がついたときには、パイロットスーツのパーメット接続部を支えに地面にむかってぶら下がっていた。

 

「な、なに、が……?」

 

 茫然としながらエランは呟く。

 

 まだ何とか生きていたモニターを見渡すと、地下空間の全てが焼けこげ、その中心にGが君臨していた。

 

 Gはわずかに前傾しながら、口にあたる部分から光をこぼしている。さらに同じような光の痕跡がセビレのような部分にも見えた。

 

 だがそれは敵にとってもオーバーヒートを起こす類のもので、胸部を中心に赤熱した装甲が広がっている。

 

 おそらく拡散ビーム砲。それによって全方位に攻撃をしたのだとエランには想像がついた。エランに直撃しペイル社総辞職とならなかったのは運がよかっただけに他ならない。

 

 次いでのろのろと、エランはファラクト・ゼロの状態を確認する。

 

 マグナムを握っていた右手は平気だが、左手は墜落の際に破損したのかマニピュレータが反応しない。両足は膝から下が消失している。それがバランスを崩して墜落した原因だった。

 

「くっ……うごけ、うごけ……! うごいてくれ……!」

 

 レバーをガチャガチャと動かしながら、エランは言う。

 

「いま、動かないとダメなんだ……! 動かないと、俺が死んじゃうんだ! だから、だから……! 動いてくれ……!」

 

 あるいは機体に意思があれば、その必死な願いを聞き届けて覚醒するということもありうるだろうが、あいにくとファラクト・ゼロにそんなものはない。

 

 そして、

 

「ひっ……!」

 

 エランは小さな悲鳴を上げる。

 

 Gがずん、ずんと大きな音を立てながらこっちへ向かい、その腕に内蔵された銃口を向ける。

 

 それは紛れもなく人類を超えた怪物、いや長じればGODとなりうるようなポテンシャルを秘めているように見えて、エランは人生で初めて相手への恐怖を感じた。

 

 このまま一秒の後には、真エランは命を落とす。

 

 だが、そうはならない。

 

「エランさん……!」

 

「っ、おまえ、生きて……!?」

 

 横なぐりの衝撃にエランが目を見張る。

 

 真っ赤なザウォートがお姫様抱っこのような格好でファラクトを持ち上げ、後方へと退避したからだ。

 

 だが、そのザウォートも片足を失い、別の機体を抱えたバランスの悪すぎる状態。

 

 それを追うために再びパイプが二人を追ってくるが、それを壁にぶつかったり変な旋回をしながらなんとか避けているという状態だった。

 

「おい、お前! 落とすなよ! ぜったいに俺を落とすなよ!」

 

「それ落ちるフラグ!!」

 

「なんでもいいから落とすな!?」

 

「落としませんよ! っていうか、さっきから薄々わかってたけど、あなためちゃくちゃ性格悪いですよね!!」

 

「っ……! なら、どうして助けに戻った」

 

 この口ぶりでは最初から弾除けにするつもりだったことも分かってきているのだろう。実際には弾除けになったのはエランの方だったが。

 

 先ほどのエランに敵の注意が向いている場面ならば、離脱して助けを呼ぶことも可能だっただろう。それが合理的でトーリにとっては最善の選択。であるのに、この落ちこぼれは逃げることをしなかった。

 

「逃げちゃだめだ」

 

「は……?」

 

「先輩が言ってたんです。逃げたら一つ、進めば二つ。あのスレッタさんが教えてくれた言葉だって。でも、僕はきっと逃げても進んでも手に入るものは少ないから……」

 

 だから、

 

「僕はロングロンド寮生です。先輩のロマンに憧れた、夢を応援してもらった人間です。だから、逃げることだけは、先輩たちに、この学園に泥をかけることだけはしたくない!」

 

「……お前の夢ってなんだよ?」

 

「僕の夢は、いつか誰も見たことない宇宙を旅すること! モビルスーツ乗りとして、宙を開拓すること!」

 

 そう歯を食いしばって言うと、トーリはさらに自分に言い聞かせるように。

 

「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……! 逃げないで、アイツに勝つ方法……!」

 

 だが巧い策は思い浮かばないようで、トーリは顔を歪ませる。

 

 けれどもそこでエランは呆れたように息を吐きながら言うのだ。

 

「はぁ、お前にはなんの得もないってのに。そんなにこの学園が好きになったのか、ロマン男ども」

 

「エランさん……」

 

「もうこのファラクトじゃ、脱出は無理だ。俺はあいつを倒す以外に生き残る道がない。だから今回だけ助けてやるよ」

 

「すみません、エランさん……」

 

「謝罪じゃない、そこは感謝だ」

 

「ありがとうございます、エランさん」

 

「"さん"じゃない、敬語も抜き。ここは呼び捨てだ」

 

「……わかった、エラン」

 

「ふんっ、やるぞロマン二号」

 

 言いながら、エランのファラクトはバーニアを再点火させる。

 

 元々マニュアルの類は即暗記できるエラン。この逃亡時間に最低限動かせるように設定を組みなおしていた。

 

 そしてファラクトは赤ザウォートから離れると、

 

「人間をなめるな、バケモノ……!」

 

 ビームマグナムでけん制を打ち込む。

 

 Gもその威力を学習しているのか、パイプを射線上に集結させて簡易的な盾とするが、それすら貫通しかけるほどの威力に、エランは初めてマッドに感謝した。

 

(これで邪魔なパイプは一時的にでも消えた!)

 

 そして、

 

「っ……!!」

 

 赤いザウォートが加速する。

 

 通常の30倍の最大推力というバカげた機体だが、それゆえに敵はその動きに対応できない。AIである以上、その学習元であるデータが絶対。他の誰もしないだろうバカな真似は天敵だ。

 

「うぅ……体がちぎれそう、だけど……!!」

 

 ザウォートは背部からカプセルのような物体を取り出す。

 

 その表面には「G-Destroyer」なんていかにもGに効きそうな名前が彫られているので、念のために持ってきていたのだ。

 

 ザウォートはそのまま敵が対応する間もなく急接近すると、

 

「薬は注射より飲むにかぎるよ! Gさん!」

 

 その頭部にカプセルを押し込むのだった。

 

 もちろん、その距離での接近だ。

 

 Gの頭部にある拡散ビーム砲の射程圏。

 

 それを覚悟の上の決死の突撃。

 

 だが今度はGの意識がザウォートに向いたので、

 

「俺を忘れるな、バケモノ……!」

 

 エランの最後のビームマグナムが、遠距離から頭部を直撃したのだ。

 

「エラン……!」

 

「今すぐ脱出するぞ!」

 

 Gの頭部がバチバチと放熱し、それによって点火されたのか謎の緑色の光がG-Destroyerからあふれていく。それはだんだんとGの全身に浸透すると、体を崩壊させていき、

 

『グォオオオオオオオオオオ!!』

 

 むなしい断末魔とともにGは地面に崩れていくのだった。

 

「えっと、あれ何が入ってたのかな……」

 

「ぜったい知らない方がいい。俺も考えないようにする」

 

「う、うん、わかった……!」

 

 そのまま機体を乗り捨てて、絶対あると思ったフロアの自爆装置を押して後処理をする二人。

 

 だがうめきながら炎に呑まれていくGを見てこう思わずにはいられなかった。

 

 あのGが最後の一匹だとは思えない。

 

 もしマッドどもの実験がまだ行われているとしたら、また世界のどこかに現れるかもしれないと。

 

 

 

 だがひとまず、アスティカシアの危機は去った。

 

 ここからはその後日談である。

 

 無事に地下空間から脱出した二人は、気づかれることなくペイル寮からも脱出。ただ、ペイルの地下で何かが起こったことは通報されており、フロント管理社による詳細な調査が行われることになる。

 

 あるいはペイル万事休すかという事態だが、倉庫に置かれていたマッドな発明品が謎の反応を起こしたのか、大概の物品は消滅しており、違法な研究の類は表に出ることはなかった。

 

 だが二人に気がかりだったのはGの存在がまったくと言って良いほどないこと。

 

 あの巨体であるからパーツの少しぐらいは見つかるのが当然だっただろうに、どこかへ逃げ去ったかのように見つけることができなかったという。

 

 そして二人がこんな大冒険を繰り広げた原因である追試についてだが。

 

 一月後。

 

「ふん、まあ俺にかかればこんなものだね。今月の試験は無事にパスできたよ」

 

 エランは得意げにゴルネリたちと通話をしていた。

 

 まだ誇らしいと言えるほどの成績ではないが、確かに合格点。赤点続きと比べれば明確な成長で、エランを内心バカにしていた学生からも見直すような声が聞こえている。

 

 その原因が泥臭い特訓だとは、エランは認めたくなかったが仕方ない。

 

『一緒に特訓しよう、エラン!』

 

『えぇ…………?』

 

『二人であんなGを倒せたんだから、もう怖いものなんてないよ! 今日から毎日特訓だ!』

 

 なんて火がついたロマン二号に振り回され、結果として人並の成績を取ることになった。

 

 もちろんホルダー争いには関与できるものではないが、このまま続ければペイルの後継者として恥ずかしくないものに……

 

 

 

『エラン様、余計なことはしないでいただきたい』

 

 

 

「よけい、なこと?」

 

 ゴルネリたちの言葉に、エランは顔をこわばらせた。

 

『ええ、あなたに求められるのはそのままのあなたであること』

 

『ペイル・グレードが判定をしたのは学園に通っていないあなたです』

 

『それが下手にパイロット訓練なんかして、能力値が変動したらどうするのですか』

 

『あなたに費やした投資も見直さなければいけません』

 

 にべもない言葉に、エランは冷静を装いながら言う。

 

「つまり、こういうことかな?

 俺はAIが望む、まったく変わらない俺のままでいろってこと?」

 

『ええ、その通り。

 あなたには人格の変化も成長もいりません。ペイル・グレードが正しい道を示すので、それに従えばいいだけなのです』

 

「それじゃあ、CEOになったところで俺に何の自由があるんだ?」

 

『私生活ではどうぞご自由に。女でも金でも、その役割を果たした分だけ褒美はありますよ。

 ですが、判断はすべてペイル・グレードがしてくれるのです。あなたはその判断を正確に実行する能力があると認められたから、後継者として選ばれたのですよ?』

 

 ああ、そうか。

 

 エランは心の芯を冷やしながら悟った。

 

 重役家系でありながらも何の実績もない若造を好待遇で扱い、影武者まで用意したのもすべてはAIが望んだから。自分の判断を実行するただの手足として。

 

 それは確かに究極のストレスフリーだろう。

 

 事実上のトップとしてはふるまえるし、考えるなんて面倒なことはAIに任せてやればいい。"使われている"という認識を持たなければ不満なんて生まれようもない。

 

 だが、

 

(ああ、なんで俺はこんなに冷めているのかな)

 

 今さらこの道を捨てるなんて合理的じゃないことはしない。ペイルが健在な以上、裏の裏まで知ったエランが離脱したとてその身を十全に保証するとは思えない。

 

 だが、この先の人生であのような怒り、興奮するようなことはないのだとエランは確信してしまった。

 

『ところでエラン様、そろそろ学園から離脱する準備をお願いします』

 

「……離脱? それまた随分と急な話だね?」

 

『ええ、ミオリネ・レンブランとアスム・ロンドからは秘匿していた強化人士5号の調整が終わりそうですので』

 

「だけど、それに何の意味がある? アイツらがいる限り、なんど強化人士を送り込んだところで…………ちょっと待て?」

 

 エランの頭によぎった考えをゴルネリは代弁する。

 

『ええ、ですから申し上げているのです。

 あの二人が排除されると。そしてもちろん……デリング・レンブランも』

 

「っ……おい、俺は暗殺なんて手を汚すことはしないと言っただろ?」

 

『もちろん我々ではありませんよ。しかし、東洋のことわざにもあるではありませんか。棚から牡丹餅と。同じように彼らを目障りと感じている者はいるのですよ?』

 

 だから、

 

 

 

『エラン様、どうぞお喜びを。あなたの望み通り、あなたの学園生活はもう終わりです』




次回、グエスレ回……と見せかけたラウダ回?



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64. ニカ・ナナウラの業務記録

すみません、かなり久しぶりになってしまいました。

感覚を取り戻しながら、再開していきます。

まずは時間が空いてしまったので現在の人間関係などの再確認回から。


 午前五時半、まだ全天照明が薄明かりの時間。起床。

 

 ニカ・ナナウラの朝は早い。

 

 ジリジリという古風な目覚ましアラームの音にすぐに反応すると、ぼんやりと目をこすりながら固くなった体をほぐすために、ベッドの上で全身を揺らしていく。

 

 工場で強制労働をさせられていた時も、テロの予備軍として教育されていた時も、起床時間は厳守。破ったならば一食抜きどころか体罰があった生活と比べると、なんとも平和な目覚めだとニカは自分でも思う。

 

 アスティカシアに編入してからしばらく魘されていたあの悪夢もほとんどニカは見なくなった。良き出会いに良き未来。人生の中でこんなに日々が穏やかだったことはない。

 

 だが、だからと言って惰眠をむさぼることをニカは良しとしない。むしろ嫌々と労働やら訓練をやらされていた過去と違い、今は自分の望むままに勉学と仕事に励むことができるのだから、やる気に満ち満ちている。

 

 そんなニカの心情を反映するように、部屋の中の様子も当初と比べると様変わりしていた。

 

 まず私物が多い。

 

 生活費は身を寄せるロングロンド社からの奨学金と将来の社員に対する投資という名の援助に頼っている。なので贅沢は禁物……なのだが、何といってもそのあしながおじさんな会社がエンタメ重視な会社なので、

 

『この仕事は人の喜ぶものを作ることだよ。だったら君自身の好きを追及するのも仕事のうち! 娯楽を知らない人に、娯楽が作れると思う?』

 

 と世話になる人すべてから暗に『好きに使え!』と説得させられてからは、ニカも私生活の楽しみを増やすようになった。

 

 夜毎に読み漁っているメカニック系の参考図書の山。いつか自分が作るメカを夢見て凝りすぎたフルスクラッチのプラモ。恩人兼想い人な社長が無邪気に送ってくる特撮ヒーローのフィギュアなどなど。

 

 そんな自分の好きで囲まれた部屋の中でニカは予習を済ませ、七時の頃合いを見計らって制服に着替えると、元気に部屋を出る。

 

 今日もアスティカシアの生徒として、仲間とロマンを追及する一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 

 突然だが、ロングロンド社にはライバルが多い。

 

 御三家やその他上位企業には純然なるMS開発では劣るとしても、コンテンツビジネスの分野やいわゆるメディア戦略の分野では他社の追随を許さない。メカニックに関しても、兵器は作らずともブースターやら他の企業では到底出てこないだろうトンチキ装備の専売という独自のシェアを有している。

 

 その装備も一見トンチキだが、局地的な救助活動や宇宙開発にはめっぽう役に立つので重宝されているのだ。

 

 御三家であっても"ある意味"で到達していない、あるいは到達したくない領域に行きついてしまったキワモノ。必然的にそれら技術を狙ったスパイが敵の第一である。

 

 また、社長であるロマン妖怪の行動が行動だ。

 

 自分から喧嘩を売りに行くタイプではないが、良くも悪くも仲間を見捨てられないので、ひとたび騒動に仲間が巻き込まれると『やめるんだロマン!』『乗るんじゃねえ!』と言われても某海賊みたいに敵に突撃する。

 

 しかも自社のメディア戦略やら(主に女帝ミオリネという)人脈やらをつかって相手をおちょくりながら勝ちをもぎ取ってしまうので、それはもう敵が増えまくる。

 

 学園の半数から嫌われているとミオリネが評したのと構図は同じだが、なんだかんだでロマン男の起こすイベントは好んでいたりする学生に対して、他企業のそれは本気で追い落としてやろうという敵意で性質が悪い。これが第二の敵。

 

 そしてロングロンド社の出先機関でもあり、将来のロマン信者を生み出しているロングロンド寮に対しても嫌がらせやら、産業スパイ目当ての監視が頻発するのも当然なのだが……

 

 ニカが入寮するだいぶ前にはそんなことはぴたりと止まっていた。

 

 そして、その原因はニカが毎朝のように見ている、この景色であったりする。

 

「元気のGは~?」

 

「「「始まりのGーーーー!!」」」

 

 奇妙な掛け声とともに、男子生徒全員が肩を組みながら足を高らかに上げている。

 

 それは古のアニメ由来だと知らなければミッドなサマーばりに頭のおかしいカルトか、緑色のヤバいものをキメているような奇行。

 

 しかしてその正体はロングロンド寮男子の朝の日課である『ロマン体操』だ。

 

 先頭に陣取って音頭取りをしているのは、説明するまでもなく妖怪ロマン男である。

 

「社長たち、今日も元気だなぁ」

 

 などと既に毒されきったニカはこの光景に何の疑問も持たないが、悪意をもって寮に潜入した敵たちは、一様にSAN値ピンチな状態に陥ったという。そしてそれを報告されたライバル会社の上層部も解釈に悩んだ挙句、寝込んだ者がいるとかなんとか。

 

 ちなみにこのダンスは時々変化し、先週はゲ〇ナーダンスだった。

 

 ニカが通りすがりに、知らず知らずのうちに寮の門番と化している男子たちに手を振ると『おはようございました!』という某オレンジ卿の黒歴史な挨拶が返ってくるが、それもいつも通り。

 

 いつも通りの平和でロマンなロングロンド寮の一日。

 

 只人はそれを人外魔境と呼ぶ。

 

 ちなみに女子生徒は混ざらない。さすがに乙女のたしなみまで捨て去るのは、それはそれでロマンでないからだそうな。

 

 食堂で朝食をとった後と、ニカは校舎へと向かい授業を受ける。

 

 社員見習いという公的な身分を手に入れているニカだが、正式な社員となるまでにはもちろんハードルがある。某グラスレーのアカデミー並みに弱肉強食あるいは蟲毒をやっているわけではないが、投資をした以上はちゃんとした社員に育ってもらわなければ困るのは当然。

 

 なので授業があるときには学業を優先。成績が振るわなければ会社が用意した追加プログラムでの自習も組まれる。

 

 逆に成績が良ければ、早々に本社やアスティカシア内の出先機関に入り浸って、社員に混ざって作業ができるというのだから向上心のある生徒にとっては理想的な環境だろう。

 

 そしてニカの授業での様子はといえば、

 

「あっ! ナナウラさん! この課題が分からなかったんだけど教えて!」

 

 ニカが教室に入った途端、仲良くなった他寮の同級生たちが泣きついてくる。

 

 彼女のタブレットに示されているのは今日の授業内容であるMSの電算系についての回路図だった。ニカも昨晩に課題は終わらせたが、担当教員がひっかけ問題のような工夫を凝らしていて、かなり悩ませる内容になっている。そのひっかけのせいで解けなかったのだろう。

 

 それは一見すると奇妙な構図だ。

 

 まともな学習環境になかったニカに対して、裕福で基礎学習は納めているスペーシアンの学生が泣きつくというのは。

 

 だがニカは特定の分野において一日の長がある。

 

 強制労働ながらも工場での整備を死ぬ覚悟でやらされ、実際のMSも鞭うたれながら整備してきた身。その経験が皮肉にも温室育ちが多いアスティカシア生の中で突出したメカニック技術となっていた。

 

(やっぱり教養系の科目はちょっと苦手だけどね)

 

 などとニカ本人は考えるが、一般学生レベルまで追いつくのは時間の問題だろう。

 

 なので、ニカの授業風景に対してはさして語るべきことはない。

 

 いつも通りに授業に出て、時々友人とおしゃべりをしながらも結果は出すという優等生の日常が続いているだけである。

 

 しかし、今日の午後からは違う。

 

 彼女がロングロンド社のプロジェクトとして出向、あるいは見習いとして参加している株式会社ガンダムでちょっとしたイベントがあった。

 

 

 

 株式会社ガンダムの本格的な始業は午後三時になっている。

 

 これは構成メンバーの大部分が学生で、ニカのような一・二年生は午前に必修の授業が多いためである。

 

 本格的と言ったのは、必修科目の大半を終えている三年生なロマン男やアリヤたちが一足先に作業をしていることが多いからだ。だが、いつもの面子が集まり、賑やかになるのは午後から。

 

 そして本日も始業時間を迎えた学生たちの会社では、

 

「そんじゃいくぞー」

 

「はーい! 記録おねがいしまーす!」

 

 ヌーノの声に、スレッタが大きく返事をする。

 

 ニカも記録用の測定器を構えて、ごくりと息を呑む。

 

 その実験は株式会社ガンダムの本社扱いとなっている地球寮の前、MSの搬入などもあるために広くなっている道路で行われていた。

 

 スレッタは頭にパーメットリンク用のヘッドギアをつけて、どこか不格好な人間の下半身を模したロボット……試作第一号のGUND義足の上に座っている。

 

 ベルメリアやプロスペラから預けられた古いGUNDに関する資料を元に、学生たちで四苦八苦しながら復元して見せた成果物がこれだ。

 

 見てくれはいまいちかもしれないが、性能は学生がひと月ちょっとで仕上げたとは思えない出来栄えである。

 

「スレッタ・マーキュリー、行きますっ!」

 

 スレッタが掛け声をあげるとゆっくり、ゆっくりと義足は歩き始めて、その前方にある障害物のところに向かう。段差や傾斜、平均台のように細い道。

 

 人間なら普通に越えられるソレら障害物を義足かつ脳による遠隔操作によって乗り越えられるか。

 

 特に平均台の上などはただでさえバランスを崩しやすいうえに、スレッタが義足の上に乗っかっている姿勢のため、さらに操作難易度は高い。

 

 しかし、

 

「おおっ……!」

 

「これはなかなかだね」

 

 チュチュやアリヤが歓声をあげる。

 

 スレッタの操る試作GUND義足がなんなくそれらの障害を越えて行ったからだ。

 

 数か月前までガンドのガの字もよく知らなかったような学生の作った義足が、ここまでの操作性を誇るのは驚異的なこと。

 

 それは元から地球寮のメカニック技術が優れていたことに加え、ロングロンドやグラスレーからも陰ながらのサポートが入った結果でもある。

 

 だがそれらを差し引いても一番の原因は、

 

(手軽で高性能。GUND技術がそれだけ優れていたっていうことだよね。

 でもこんなに簡単に動かせちゃうなら……)

 

 映像記録を見返しながら、ニカは改めてGUND技術の危険性も理解する。

 

 なぜなら、あまりにも簡単すぎるのだ。

 

 学生が短時間で作ってもこれほどの性能。しかも操作には習熟がいらず、スレッタがヘッドセットをつけるだけで良い。

 

「これが義手義足なら確かに画期的な医療器具になるけど……。問題はMSでも同じことができちゃうってこと」

 

 医療に使えば神経を接続するための装具も必要なく、脳で考えたままに動かせるので失われた手足とそん色ない。それでいて安価に作れる夢の義手義足が完成。

 

 だが実際にGUNDが封印されたように、兵器操作に使われてしまえば子供でも大型MSを縦横無尽に動かすことができてしまう。

 

 人を救うどころか、人道的にかなり危うい代物に早変わりだ。

 

 うかつに手を出せないデータストーム問題が存在したのは、神か何かが禁忌の技術を扱おうとする人間にストップをかけたのではないかと思わされてしまう。

 

 便利と危険は表裏一体。

 

 しかし不安だけ抱くわけにはいかない。

 

 その問題を解決するにもトライをしていくしかないのだから。

 

(っと、変なことばっかり考えてもしょうがないよね)

 

 だからニカも頭を振ると、測定器から目を話してスレッタへと声を張る。

 

「スレッタ! 体の調子はどう? データストームは数値上ほとんど発生していないけど、神経がピリピリしたり、皮膚が痛かったりとかはない?」

 

「はいっ! ぜんぜん大丈夫ですっ!」

 

「そっか、よかったぁ」

 

 ほっと胸をなでおろしたところにアリヤがひょっこりと機械を覗き込むように話しかけてくる。

 

「じゃあ、このサイズでGUNDを運用する限りは人体に影響は少ないと見ていいのかな?」

 

「そうだね……超長期的に運用したケースがまだないから安全を完全に保証できるとまでは言えないけど、今の観測データから見たら安全基準は通過できると思う」

 

「十年、二十年と利用した時の影響か……」

 

「うん、パーメットは体内にため込まれるものじゃないから理論上は安全だけど。データストームの発生を考えたら、有害物質の蓄積なんかも想定しないといけないと思う」

 

「でもでもっ! これはいけんじゃねえの!! 早速売り出して大儲けっ!!」

 

「そーはうまくいかねーだろ」

 

「そうですよぉ! まだまだ試作品なだけですっ!」

 

 と、そんな風に成功体験に酔っている学生たち。そしてそこに、

 

「じゃあ! 次の実験だな!!」

 

 と、どでかい声が響いた。

 

「「「…………」」」

 

 続くオジェロたちの沈黙には「来やがったよ」という戦々恐々の声が隠れている。なぜなら、

 

「はーっはっはっは! プロトタイプの試験とは、これすなわちロマンの原点!

 ピーキーな選ばれしプロトタイプも、あふれかえる量産機もロボはすべからく尊い!

 くぅうううう! 俺は今! ロマンの中に生きている!!」

 

 などと小型トレーラーの上に乗っかったバカが大仰なポーズをして現れたのだから。

 

「しゃ、社長!? そういえばいないなーって思ってましたけど、なんなんですかこれ!?」

 

「よく聞いてくれたね、ニカ! せっかく株式会社ガンダムの試作GUNDができたんだから、これからの未来を描こうと思って!!」

 

「はぁ? 未来ってなんのことだよ?」

 

「聞くなってチュチュ! どうせろくな事じゃねえから!!」

 

「そ、そんなことないと思いますよ? ほ、ほら! 先輩は『きょーどーけいえいしゃ』ですし!」

 

「スレッタ、その肩書をバカにもたせたことをミオリネが一番後悔してると思うぞ」

 

「あはは。ミオリネ先輩、元気でしょうか……。あのCM流れた後、真っ白になってましたけど」

 

「「「南無」」」

 

 遠い空の向こうに旅立った(出張)ミオリネの『もうネタ扱いから逃れられない』という疲れきった顔を思い出し、社員一同は冥福を祈る。

 

 そこまでミオリネを憔悴させた株式会社ガンダムの公式CMとは、なぜか劇画調になった世界観で囚われのミオリネを助けるためにスレッタとエアリアルが奮闘し、これまたなぜかGUNDが最後に世界を救うというシュールなアニメだったりする。

 

『誰がこんなものを見て、うちの会社を支持するのよ!!』

 

 とミオリネはキレたのだが、スペーシアンの低年齢層にはバカ受けして、SNS上にはヒロインミオリネのファンアートがあふれかえる結果になったのだ。

 

 ちなみにこのCMが流れることを、ミオリネは放送まで知らなかった。

 

 ちなみにちなみにCMはもう一本あり、それは今を時めく『YOASOBI社』からの全面バックアップを受けて製作した、草原の中をエアリアルと戯れるスレッタという芸術性の高い作品であったりする。

 

 会社設立以降の例の決闘から、これまでの学生生活までの妖怪の所業を思い出すと、もはや傍観では済まない社員一同は顔を引きつらせるしかないのだ。

 

 ロマンに狂った妖怪がなにを言い出すのか。そしてその予想に違わず妖怪はトレーラーに乗ったコンテナを開いて、中のものを見せつけた。

 

「聞いて驚け、見ても驚け! これがGUNDの未来だー!」

 

 それは義手義足の先にくっつくサイズの、さりとて手足につけるにはどでかいドリルやらランチャーやら、なぜかチェンソーやカメラまで。総勢40個はありそうなアストロでスイッチなアイテムから出てきそうなオプションパーツ。

 

 そのガラクタと呼ぶにはハイテクな機械を前に、妖怪は両手を空高くつき上げながら言う。

 

「将来のGUNDに搭載するためのびっくりどっきりアイテム!! 宇宙キター!!!!」

 

「「「なにつくってんだこのバカ!!」」」

 

「あ、株式会社ガンダムの金は使ってないから安心してくれ! 全部俺のポケットマネーだから!!」

 

「「「もっとバカだ!!!」」」

 

 顔をひきつらせたオジェロたちの抗議に対して、ロマン男は目をギラギラとさせながら『目指せロケットドリルキック』などと熱弁をふるっていく。

 

 この会話を会社外の人に聞かれたら、一発でドミニコスに通報されるだろう内容。

 

「せっかくこの間、挨拶に行ったのにぃ……」

 

 完全にギルティな悪の秘密結社になりそうな未来にマルタンは顔を青くして天を仰いでいた。

 

 そのうち、

 

『やめるんだ、株式会社ガンダムぅー!』

 

 みたいに改造人間が生まれそう、というより社長自らが改造人間になりそうな勢いである。

 

 ある意味でロマン男らしい、いつも通りの展開。

 

 しかし今日は、その熱意と狂気に異を唱える少女がいた。

 

「……でも、楽しいかもしれなくても。これはダメな気がします」

 

 小さく呟いたのはスレッタだった。

 

「おっ♪」

 

 それはロマン男が持ってきた案の否定。だけれど当の妖怪は嫌な顔一つせずに、楽しそうに先を促す。

 

 そしてスレッタは恐る恐るながら、自分の意見を言い出した。

 

「わ、私たちの作るのは人を助ける技術です! 手足がなくなった人に、元通りの生活をしてもらうためのものです! だから、その……そこに武器をつけるのはよくないと思います!」

 

「スレッタ……」

 

「そりゃそうだな」

 

「ああ、ここはゆずっちゃいけねーラインだわ」

 

「社長、私も……たしかにロマンとして興味ありますけど。

 別の方向を考えた方がいいと思います」

 

 だんだんと声は大きく、最後にはニカからも反対の声が上がる。

 

 確かに楽しいことはやってみたい。どこまでこの義肢が面白いことできるのか試してみたい。そんな学生らしい興味や欲求はあるけれど、会社は会社。遊びではない。

 

 それに、

 

「私たちには、あの人たちにした約束がありますから」

 

 ニカは数日前のことを思い出しながら、社長に対して反対意見を言った。

 

 

 

 数日前、ニカたちはロマン男の手配で近くのフロントまで出張した。

 

 そこはベネリットグループの軍事部門、治安維持部隊の拠点基地であり、出迎えたのは意外な人物。

 

『まったくねぇ、坊ちゃん! アンタは昔っから行動が早すぎるんですよ。こっちだってもう少し前に言ってくれたらちゃんと手配できたのに!』

 

 と手を腰に当てながら社長へとプンプン怒っている小太り……というには太りすぎている男性だ。だが、お茶目な外見とは裏腹に彼の肩書は株式会社ガンダムの面々の表情を強張らせた。

 

 ケナンジ・アベリー。

 

 かつてヴァナディース事変で鎮圧にあたった当事者であり、今現在の魔女狩り部隊ことドミニコス隊の司令。

 

 立場から言えば反GUND筆頭でなければおかしい人物である。

 

 だけど、軍人という風に厳めしい感じはなく。アスム相手に苦笑いしている様子は、親戚の子供に振り回されているおじさんのようだったとニカは感じた。

 

 実際に話を聞くと、ロングロンド社の先々代、つまりアスムの祖父とも関わりがあったらしく。その縁で妖怪とも旧知の仲なのだと紹介された。

 

 そんなケナンジに連れられて出会った人々は、ニカ達にとっては衝撃をもたらした。

 

 清潔な病室の中にたたずむ、何かを失った人々。

 

 それは腕や足であり、中には耳や目、もっとひどい場合にはあるはずの半身が無い人まで。

 

 紛争鎮圧やらテロ防止、経緯は数あれどそれは傷痍軍人であった。

 

 いきなりの展開に茫然とするニカ達にアスムは言う。

 

『事情は話してあるから、実地調査をしよう。

 彼らがGUND義手に求めること、望むこと。それを知らない限りいい製品は作れないからね』

 

 そして促されるまま小一時間ばかり、学生たちは患者と向き合って話をすることになった。

 

 中には相手がアーシアンの学生だと聞いて複雑な表情をする者もいた。逆にチュチュなどは相手がスペーシアンの軍人だと聞いて、最初は近づくことをためらう様子だった。

 

 しかし、

 

『腕が戻ったら、か……軍人を辞めて一般職について、今度は家族とのんびり過ごしたいな』

 

『昔はランニングが趣味でね。今の体だとそれも難しいが、また思いっきり走ってみたいんだよ』

 

『まだ子供が小さいんだ。抱きかかえてあげたい』

 

 彼らから伝えられる願いにスペーシアンもアーシアンもない。ただ純粋に生活を良くしたいというもの。

 

 そして話を聞くうちにニカやスレッタ達も自覚していく。

 

 医療器具。

 

 それは誰かの生活を救い、支える物作り。

 

 自分たちの活動が誰のために行うことなのか、学生たちは深く考える契機になった。

 

 そして帰り際、ケナンジもまた次のような言葉を言った。

 

『魔女狩り部隊のトップとしては、表立ってGUND技術を支持できない。

 けどな、一人の軍人として、アイツらの今後に責任を持つものとしては、技術に善悪を持ち込みたくはないとも思う」

 

 今の技術で救えない人がいる。

 

 高価な義手や、追随性を高めるための施術にリハビリ。

 

 そうして新たな手足を得ても、自分の体だという認識まではほど通い。

 

『だから、キミたちには期待してるよ。

 もし体と変わりなく動かせる義肢が作れるなら、それは間違いなく希望だからな』

 

 

 

 そう託されたのは呪いではなく、希望。

 

 だから、

 

「先輩の案には、反対です」

 

 スレッタたちは立場が上のアスムにも言い切る。

 

 この義肢は武器を載せるものではないと。

 

 そしてそれを聞いたロマン男と言えば、

 

「よしっ! じゃあ、これはボツ!!」

 

 と言いながらボタンをポチリと押す。

 

 すると変なオプションパーツが真ん中からパカっと割れて、宙へと花火を打ち上げだすのだ。ボタンには『クリーンスレートプロトコル』などと書いてあったとかないとか。

 

 夕方だというのにやたらとカラフルな花火。この瞬間にも『また株式会社ガンダムだよ』というミオリネにとっては悪評が広がるだろう。

 

 しかしその花火を打ち上げたアスムはといえば、どこか嬉しそうに。

 

「いやー、すまんすまん!

 今日はロマン脳が変な方向に動いちまった! でも、さすがミオリネが選んだみんなだな! これからもどんどん意見を言ってくれよな!」

 

 などとサムズアップをし、トレーラーと共に嵐のように去っていくのだ。

 

 後に残ったニカ達はと言えば、そんな奇行を茫然と見送った後にお互いに顔を見合わせる。

 

「なあ、今のって」

 

「もしかしなくても、試してたってことだろうな。スレッタ、ないすぅー」

 

「えっ、えっ……!?」

 

「ロマンパイセンの抜き打ちテストって感じか。めんどいけど、まっ、やるわな」

 

「うんうん。これで私たちまでノリノリになるようだったら、自覚が足りないっていうことだろうからね」

 

 事前に傷痍軍人と自分たちを会わせた妖怪のことだ。

 

 あの出張と合わせて社員研修の一環だったのだろう。

 

 上司へと意見を言えるほど、信念をもって医療に取り組めるかと言うのを確かめたかった。あるいはただのロマン暴走だったという可能性もあるにはあるが、妹を亡くしているという過去から考えると、妖怪ロマン男はこの事業に対して至極まじめな考えを持っているに違いない。

 

 そしてそんな彼に対して意見を言ったスレッタはと言えば、仲間からほめられると嬉しそうにしながらも、

 

「最近、なんだか自信が持ててきたんです。今やっていることは、私の夢は……誰かに言われたり、やらなきゃいけないことじゃなくて、私が選んだ『やりたいこと』なんだって」

 

 そう言って笑うスレッタの顔は、少し大人びて見えたという。

 

 

 

 その後も実験データをレポートにして、夜が更ける前に業務時間は終わる。

 

 地球寮の面々はそのまま寮に入るだけだが、ニカの場合はロングロンド寮まで歩いていかなければいけない。

 

 安全に管理された学園に不審者はいない。

 

 だが、苦手な人間はいる。

 

「やあ、ニカ・ナナウラ。今日もお疲れ様♪」

 

「……こんばんは、シャディクさん」

 

 どこぞのロマン男のように街灯に背をもたれかけながら、妙に気取ったポーズで挨拶をしてくるシャディクへ、ニカはわずかに警戒しながら会釈した。

 

 彼との関係はあいかわらず微妙だ。

 

 彼の仲間であるサビーナとは恋敵とは思えないほど仲良くしているのだが、どうにもシャディク本人に対する苦手意識は解けない。おそらくシャディク自身も、ニカに対しては警戒するような気持ちを残しているからだろう。

 

 例の決闘から薄々と感じているのだが、このアスムとミオリネの良き友人は過保護すぎるきらいがある。彼らの自由や夢を尊重しているが、その代わりに彼らに降りかかる火の粉を払いのけるためには文字通りなんでもやるくらいの気持ちでいるのだろう。

 

 アスム・ロンドが疑わないのならば、自分は疑う。

 

 ニカ自身も自分と同じような経歴の人間をアスムが保護し始めたら、そうやすやすと信用できないだろう。だからシャディクを苦手に思いつつも、その考えを否定できずにいた。

 

 そんなシャディクはなにやら話をしたいことがあるようで、寮に向かう道に同行しながら株式会社ガンダムでの実験の様子を聞いてきた。

 

(隠す必要はないはず。この人は会社のデータに対して、私以上にアクセスできる権限をもっているから)

 

 だからあえて語らせる必要がないことをニカに語らせているのには理由があるのだと思った。

 

 そして、

 

「へえ、スレッタちゃんがそんなことを。あの子も成長したね」

 

「そうですね……この間の、軍人さんたちをお見舞いに行ったのが大きかったんだと思います。スレッタは昔から救助活動をやっていたって言っていましたし、元からそういう意識が強かったんでしょうね」

 

「なるほど……それで君は? ロングロンド社の次期エースは、ドミニコス隊の基地にわざわざ行ったことをどう捉えているんだい?」

 

「どうって……スレッタと同じ気持ちです。GUND技術をちゃんと人の役に……」

 

 しかし、その言葉をシャディクは遮った。

 

「まったく、困るんだよね。その程度の気持ちでいられると」

 

「……え?」

 

 思わずシャディクを見上げると、その目は真剣に、それでいて冷たい光を湛えていた。

 

 シャディクは諭すように、あるいはたしなめるように続ける。

 

「傷痍軍人なんていくらでもいるだろうに、なんでわざわざアイツはドミニコス隊の基地にまで行ったのか。ケナンジ・アベリーに引き合わせたのか。

 まだ学生であるスレッタちゃんたちはともかく、これからもアイツの側にいるだろう君にはもっと考えてもらわないと困るよ」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「つまりね、アイツが君たち全員を引き連れたあそこに言った理由は、ドミニコスに君たちを面通しするためだってことさ。今の君たちが無垢で、なんの害意もない真摯な一般学生だと知らしめるためにね。

 なぜって? 決まっているじゃないか。いざという時に君たちの身の安全を確保するためだよ」

 

 かつてのヴァナディース事変では、詳細は伏せられているが非戦闘員が容赦なく皆殺しの憂き目にあった。そしてそれを実行したのが当時のケナンジたち。

 

 もし今後、株式会社ガンダムがヴァナディースのように強制査察の対象となったときに同じような目に遭わないとは誰が断言できようか。

 

「けど、職業軍人だって人間だ。知っている人間が相手なら銃口だって鈍るし、キミたちの善意を知っていれば皆殺しなんて命令に抗議してくれる人も現れるかもしれない。

 かつての二の舞を踏まないように、あえて敵対勢力の懐に君たちを入れたんだよ、アスムのやつはね」

 

 けれど、とシャディクはどこか遠くを見るように言う。

 

「アスム・ロンドにはその庇護は効かない。そんな事態になった時、リーダーであるアイツは責任を負わなければいけない。たぶんミオリネの分の責任までひっかぶろうとするだろう。

 なぜかといえば、それがトップの仕事だからね。あの訪問は君たちだけの安全を守るためだった」

 

「…………」

 

「わかるかい? あいつはそう言うところがある。自分は後回しで、ロマンと友達が最優先。そしてそんなアイツを支えたいと思うなら、そういうアイツをもっと理解してもらわないと困るんだよ」

 

 だからニカにくぎを刺しに来たのだと、シャディクは言外に言う。

 

 側近としてアスムの自己犠牲的な側面を止めるか、あるいは一緒に支えるか。何も知らないまま庇護にいるような立場ではいけないのだと。

 

「っ……」

 

 それを指摘されてニカは唇を噛む。

 

 悔しさと、憤りと。

 

 シャディクへの感情もあるし、なにより自分の至らなさへの悔恨。

 

 助けてもらった恩を返す。そして憧れであり、想い人と共に夢を叶える。その自分が抱いている目標を達成するためには、自分がまだまだ足りないということを痛切に感じていた。

 

 だが、

 

「ありがとう、ございます。そのことを教えてくれて」

 

 一度や二度の悔しさで何かが変わる程、ニカの目標もやわじゃない。

 

「次はぜったいに、シャディクさんにそんな指摘はさせません。社長の考えも、夢も、全部理解して支えられるようになってみせますから」

 

「そうかい。じゃあ、それに期待するとしようかな」

 

 皮肉めいた笑みとともにシャディクはひらひらと手を振りながら去っていく。

 

 腹立たしい男。

 

 だけれど誰よりも友の未来を案じている男。

 

 彼に認められるくらいにならないとニカはいけない。

 

 夜の静けさと寒さが肌に浸透してくるように、ニカも決意を固めるのだった。

 

 

 

 だが、その決意はすぐに試されることになる。

 

 ニカが抜け出したと思った過去は、まだ彼女を追いかけていた。




次回こそグエスレ&ラウダ回


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65. デートアライブ

「くっ、落ち着け……落ち着け……」

 

 グエルは震える手で胸を押さえながら、自分へと小さく語り掛けていた。

 

 グエルは自他ともに認める正々堂々とした男だ。絶え間ない自己研鑽とそれに裏打ちされたプライドを持ち、グエルが寮長を務めるジェターク寮生は皆、彼を自分たちのアニキの如く慕っている。

 

 それは家風がゆえに教育によって備わったものでもあるし、そもそも父親であるヴィムもかつてはそのような気骨を持った男だったので、遺伝的資質もあるのかもしれない。

 

 強いカリスマを備えた、雄々しいジェタークの獅子グエル・ジェターク。

 

 とあるロマンバカのせいで、本人が望まぬまま全世界にファンが生まれる結果になったが、そうして慕われる素養自体は彼本来のものだ。

 

 しかし今、そんなグエルが臆病な小鹿のように震えながら立っている。

 

 場所は学園エリアから離れたショッピング街の一角。

 

 オシャレな噴水が中央に添えられた広場のそこは、言葉を選ばずに表現するならば絶好の待ち合わせスポット。グエルはその場所に立って、緊張のにじむ顔をしているのだ。

 

 格好もいつもの上着を肩にかけた俺様スタイルではなく、暖色のやわらかい色のジャケットにシンプルなシャツという組み合わせ。髪型もライオンのように逆立てていたのを心なし撫でつけて、見るからに好青年という風情だ。

 

 場所も姿も、そこから導かれるグエルの状況を如実に表している。

 

 あからさまにデートである。

 

(それも人生初……ってのとはまあ、違うかもしれねえけどな。父さんの指示や会社の付き合いで若い女と出かけたこと自体はあったし)

 

 ただその時のグエルはべたべたとくっついて、あからさまに誘惑してくる女性たちに辟易とするばかり。フェルシーたちがついてくるのをハーレムなどと呼ぶ不心得者もいるが、実際には妹分という意識しかない。

 

 だから本当に心の底から恋焦がれる女性とのデートという意味ならば、間違いなく今日がグエルにとって初めてだ。ハニートラップやら会社の利害関係もなく、そしてジェタークと言う家も関係ない男としての戦いがそこにあった。

 

 そして、その相手はもちろん……

 

「ぐ、グエルさん……! お待たせしました!」

 

 不意に緊張した声が聞こえてきて、グエルは肩をびくりと跳ね上げる。

 

 その声は間違いなく、グエルが待っていた人のもの。

 

 グエルは声のする方向へと振り向きながら、

 

「いや、俺も来たばかりで……っ!?」

 

 なんてデートのテンプレな台詞を言おうとして固まってしまう。

 

 目はギンと見開いて、口は半開きのまま。手はぎゅっと握りしめられたまま動こうともしない。

 

 そしてそんなグエルの様子を見て、デートの相手……スレッタ・マーキュリーは不安そうに顔を俯かせた。

 

「あっ……その、やっぱり似合ってないでしょうか?」

 

 だが、その自信なさげな声にグエルは再起動した。

 

 デートの初手から相手を悲しませることなど、グエル・ジェタークにはあってはならないし、そもそもがスレッタにそんな顔をさせることを自身に許さなかったからだ。

 

「ち、違う! 今のは俺が見とれちまっただけで……!!」

 

「ふえっ!?」

 

「スレッタが悪いわけじゃないし、悪いわけもない……その、すごく似合っている。変な意味じゃないが、カワイイと思っちまった」

 

「…………」

 

 スレッタはその言葉に頬を赤くしながら、自分の恰好を見る。

 

 グエルとのデートだと聞いて、アリヤをはじめとした地球寮女子が見繕ってくれた服。それは白の清楚なワンピースで、スレッタの純朴とした雰囲気を引きたてつつもオシャレにまとまっていた。

 

 くしくもグエルの恰好との相性もばっちりで、旧世代の大学に二人を配置したらキャンパスデートを楽しんでいるしゃれた大学生と言っても通じるだろう。

 

 スレッタ自身にとっても、初めての恰好。

 

 初めてのデート。

 

 しかも相手は一度は告白されて、事実上キープしてしまっているグエルだ。

 

 その経緯やその後の交流もあって憎からず思っている相手で、しかも体育祭の副賞という貴重なチケットを自分のために使ってくれるという、相手からの好意をはっきりと感じるシチュエーション。

 

 これが場慣れした女子ならば、相手からのあからさまなアプローチをうまく利用することもあっただろうが、スレッタは万人が認める純情少女。

 

 だから不安だったのだ。

 

 相手は大企業の御曹司で、学園でも皆のリーダーを務めている上級生。そんな彼とのデートで粗相をしてしまわないだろうか、変な格好をしてしまっていないだろうかと。

 

 けれど、グエルはそんなスレッタの不安を真っ赤になった顔で否定してくれて……

 

「えへへ♪ ありがとうございます、グエルさん」

 

 スレッタの胸に不安とは別の温かい感情が満たされていく。

 

 それはグエルへの信頼と、恋や愛には育っていないけれど、間違いなく親愛の感情。

 

 この人とだったら今日のデートを楽しむことができる、と。

 

 だからスレッタもグエルの顔をまっすぐ見ながら、小さく頭を下げた。

 

「グエルさん、今日はよろしくお願いします!」

 

「ああ、俺こそ……よろしくな、スレッタ」

 

「はい♪」

 

 生まれも育ちも、社会的な立場も大きくかけ離れた少年少女。

 

 けれども今はそのしがらみから解き放たれて、一組のカップルとして。

 

 二人は楽しい毎日を過ごすだろうと思われた…………のだが、

 

 

 

「ぐぬぬぬぬぬ……!」

 

 

 

 そんなグエル達を監視しながら血の涙を流す男がいた。

 

 男というか弟がいた。

 

 ラウダ・ニールが広場を見渡せる建物の上層から、バズーカのような望遠鏡を構えて監視をしていたのだ。

 

(なんでだ!? なんで兄さんはあんな田舎者の水星女とデートを!?

 しかも僕に黙って……!!!!)

 

 グエルは今日のデートのことを誰にも明かしてはいなかった。

 

 おおむねスレッタ派なジェターク寮の女子たちにも気恥ずかしくて相談しなかったし、どう考えても反対されるだろうラウダにももちろん極秘。

 

 しかしながらポーカーフェイスが苦手なグエルである。

 

 その様子がおかしいことなど、グエルファンクラブ会長兼名誉0号、グエルグッズの保持でついにギネス記録を達成したラウダには筒抜けで、ならばスレッタ関連だとすぐに察しがついた。

 

 そして今、ラウダはたった一人で監視を続けているのだが……それはもちろん応援などではまったくなく、ひとえに妨害のため。

 

 ラウダはちぎれそうなほどに前髪を引っ張りながら考える。

 

(今日のデートが成功したら、兄さんは勢いでスレッタ・マーキュリーに告白するかもしれない。もし! もし、そんな最悪な事態になったら……!!)

 

 

 

『俺、スレッタと結婚するよ!』

 

『よろしくお願いします! 義弟さん!!』

 

 

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」

 

 

 

 なぜか魔女のコスプレをしたスレッタが満面の笑みでグエルを連れ去っていくイメージを想像して、ラウダは地面に頭をぶつけながら悶絶した。

 

 とにかくラウダはグエルとスレッタの交際など認めない。

 

 そもそも自分の許可がないグエルのデートも交際も、ましてや結婚など認めない。

 

 自分こそがグエルを支える弟だという自負があるからだ。

 

「見ていろ、水星女……!」

 

 だからラウダは今日のために無駄に考えまくった妨害策を実行しようとして……

 

 

 

 

「愉快な遠足のはじまりだ!!!!」

 

「うわぁああああああ!?」

 

 

 

 背後から聞こえたバカのバカみたいな大声に腰を抜かした。

 

 ラウダは慌ててバズーカみたいな望遠鏡を構えて振り返る。すると、そこには予想をしたくなかったけれど予想通りの妖怪がいた。

 

「よう♪ 面白そうなことしてんじゃん、ラウダ♪」

 

「お、おまっ、なんでここにいる!?」

 

「なんでってそりゃあ……」

 

 問われてバカ……アスム・ロンドは自身の後ろを振り向く。

 

 そこに立っていたのはこれまたしゃれた私服を着ているサビーナ・ファルディンの姿があった。本人はそんな気もないのだろうが、元から美人なので立ち姿だけで絵になっている。

 

「俺達もデート中……だったんだけど、なんか変なことをしてるラウダを見つけてさ♪」

 

「まったく、お前は本当に言い出したら聞かない……」

 

「ごめんな、あとでちゃんと埋め合わせするからさ」

 

「別に責めてはいない。それに、お前のそういう面倒見のいいところが私は好きだ」

 

「……やば、今のぐっと来た」

 

 なんて勝手にいちゃつき始める始末である。

 

 しかしそんな二人を他所にラウダは冷や汗を流しながら考える。

 

(最悪だ……!)

 

 バカはまだいい。バカだから。

 

 だがサビーナはまずい。

 

 サビーナの背後にいるのは誰かと言われれば、彼女が秘書のように付き従っているシャディク・ゼネリであり、その更に背後が誰かと言えばジェタークからしたらライバルのグラスレー社。

 

 そもそも二人が付き合っているなんて言うラウダからしたらウルトラCな出来事も半信半疑だったのに、その二人にそろってラウダの護衛活動(※ストーカーというルビがつく)を見られてしまったのだ。

 

 妾腹とはいえ、ジェタークの血族がそんなはしたない行動をしている。

 

 この弱みを握られてしまえば、グエルを守るどころではなくなるだろう。

 

 かくなる上は、差し違える覚悟で排除するかと、物騒極まりない思考に染まりかけたラウダだが、サビーナはため息を一つつくと、呆れたように言うのだ。

 

「心配しなくても、この件をグラスレーに伝えるつもりはない。

 私だって立場とは関係なくデートを楽しむつもりだっただけだ。仕事や政治的な話を持ち込みたくはない」

 

「……それを信用できる材料がないだろう」

 

「そこまで言うなら秘密保持契約でも結ぶか? 私はかまわないが」

 

 なんて鷹のように鋭い目で、言外に『私をそこまで小さい女だと思うのか』と威圧されてしまえばラウダもばつが悪い。

 

 隣のバカはともかく、サビーナの人格や能力の高さは同学年に知れ渡っているし、ラウダも癪ではあるが認めるところだ。

 

 ライバル関係にあるグラスレー寮とジェターク寮でも、フェルシーのようにサビーナのことを先輩として素直に慕っている子は多い。

 

 そんな彼女がなんでアスム・ロンドと付き合っているというのは何度考えてもラウダにとっては理解しがたい事象であるのだが、これ以上、彼女を疑うのは自分の狭量をさらすようで逆に不利益に思えた。

 

 ラウダは肩をすくめると、サビーナにバツが悪そうに頭を下げる。

 

「すまない、疑いすぎた。このことは黙ってくれると助かる」

 

「ああ、私にとっては関心がないことだからな。ただ……こいつは興味津々だが」

 

 サビーナがため息混じりに言う。彼女の視線の先にいる妖怪は、クールなサビーナと対照的に目を蛍光塗料を塗りたくったようにギラギラと好奇心で輝かせながらラウダを見つめていた。

 

 妖怪は逃がしはしないとばかりにラウダの退路を断ちながら尋ねてくる。

 

「それでそれで? スレッタさんとグエルのデートを見ながらなにを考えていたのかなぁ?」

 

「ぐっ……! 貴様、なぜ兄さんのことを!?」

 

「いや、そんなの学園中で噂になってたぞ」

 

「はぁ!?」

 

「私の方でもメイジーとレネが楽し気に話していたな。とうとうビッグカップルが誕生するとかなんとか」

 

「なっ!?」

 

「そりゃあ、グエルもスレッタさんもわかりやすいしな」

 

 アスムが言うには、ここ数日のグエルとスレッタの様子がおかしかったし、すれ違うたびになんだかピンク色のラブい空間を発生させていたのだから、デートでもするのだろうと予想されていたという。アングラ新聞が号外記事を用意していたほどだ。

 

 そして、それを聞いたラウダは、自分のストーキングがバレたのとは違う狼狽を始める。

 

「まずいぞ、ジェターク以外にばれていたなんて!?」

 

「えっ、なんかまずいの?」

 

「……なるほど、ヴィム・ジェタークか」

 

「あー、そっか」

 

 サビーナとアスムの言葉にうなずきはせず、しかし苦虫を嚙み潰したような顔でラウダは同意する。

 

 学園中で話題になったとなれば、確実にヴィムの耳にも入っている。

 

 現状、グエル個人の影響力が爆上がりした結果として、グエルにヴィムからおいそれと手を出すことはできない状況になっている。グエルを学園から退学させたり、スレッタとの恋路を邪魔したりすると、緊急株主総会が開かれるくらいにジェタークの株が急落するからだ。

 

 いわばジェターク内での冷戦構造によってグエルとヴィムの関係は成り立っていた。

 

 しかしグエルがそのレッドラインを超えるデートや告白へと進むことになり、それが父親にばれたらどうなるかと考えると、ラウダは楽観的ではいられない。

 

 そもそもグエルほどに父親を慕っていないラウダからすれば、ヴィムは善き父親の面もあれども、時代錯誤のどうしようもない父権主義者だ。

 

 そんなヴィムを悪い意味でも信頼しているからこそ、今度こそ強権を発動してグエルを意のままに動かそうとしてくるだろうと想像がついた。

 

 そうなれば……

 

「でも、それはラウダにとって好都合なんじゃねえの?」

 

「っ!?」

 

 突然バカの放った言葉に、ラウダは水をかけられたように体を震わせた。

 

「な、なにを言ってる!? 僕が兄さんが追い詰められるのを望んでいるとでも言うのか!?」

 

 しかし声が上ずっているのは、頭をよぎったことが事実だという証明でもあった。

 

 そんなラウダに向かって、妖怪は至極まっとうな意見だという様子で続けるのだ。ラウダが考えてしまいそうになっていたことを。

 

「だってさ、ジェタークCEOが強権を働かせたら、グエルとスレッタさんの仲は引き裂かれることになるぞ? 妨害しようとしてたお前にとってはラッキーだろ?」

 

「で、そのままジェタークの子会社とか、いいとこのポジションにインってことで、学校生活も終わり。俺っていう厄介な奴がいるところから離されて安心」

 

「グエルの弟って立場からすれば、願ったりかなったりな話だ。ほら、グエルはお前の望み通りにジェタークの後継者ルートに一直線♪ 最高だろ?」

 

 なんて続けるバカに、ラウダはギュッと顔を真っ赤にさせる。

 

 確かにスレッタだけの件を考えるなら、ヴィムにすぐにリークして、グエルを学園から物理的にはがす方が正しい。

 

 だが、それは……断じて違う。

 

「僕を見くびるなよ、アスム・ロンド!!」

 

 ラウダはバズーカ望遠鏡を放り捨てると、立ち上がりながら宣言する。

 

「僕が望むのは兄さんの幸せだ! いくら相手が父さんでも、兄さんの輝かしい未来を! この学園での生活を奪わせたりはしない!」

 

 全身グエルグッズに包まれていてもなお、それはそれはアスム判定でロマンあふれる啖呵だった。

 

 それを見て、サビーナは『今日のデートは延期だな』と諦めのため息を吐き、アスムは妖怪ロマン男としての本性を発揮しながら言うのだ。

 

「その言葉を待っていた」

 

 

 

 そして数分後。

 

 とある喫茶店の角の席で一組のカップルをこっそりと見守る三人がいた。

 

 主に監視をしているのはラウダで、サビーナとアスムはこれまたこっそりと二人の会話を楽しんでいるという奇妙な状況。

 

 そしてその事態の中心にいるラウダはと言えば、

 

「どうしてこうなった!?」

 

 と今更ながらに後悔の念に苛まされていた。

 

 そもそもが嫌っているロマン男との行動が癪なのに、そのロマン男が自分の彼女といちゃついているのを近くで見続けながら、これまた尊敬する兄が嫌いな女子といちゃついているのを監視するというふざけたシチュエーション。

 

(なんだここは、地獄か?)

 

 兄とスレッタはといえば、なんとも楽しそうに一緒にパンケーキなんていうグエルのイメージに合わない軟弱な食べ物をつついているし、スレッタの話に声をあげて笑っている。

 

 そして自分の背後では、ラウダ個人から見てもパイロット成績で自分を上回り、品行方正でやることなすこと欠点がないというパーフェクトガールだったサビーナが、よりによってロマン男の一挙手一動に恋する少女丸出しな顔で話している

 

 いつまでも納得がいくように情報が完結せず、今にも頭がバグりそうだ。

 

『僕の脳にゴミのような情報を流すんじゃなぁい!!』

 

 と本来ならば怒鳴りつけていてもおかしくないが、ラウダは兄への愛をもって中和することで耐えていた。

 

 ラウダにとっての精神攻撃としか言えない状況。それは隣のいちゃついてるバカが言い出したことが原因であった。

 

『つまりラウダが優先するのはグエルの幸せ。なら、スレッタさんと付き合うのがグエルにとっての幸せだって分かったら、二人の仲も認めるし協力するんだろ?

 じゃあそれをちゃんと見極めてみろよ、俺達も協力するからさ』

 

 なんて至極まじめな調子で言い出したのだ。

 

『で、最終的にグエルの幸せにつながらないってんなら、妨害でもなんでも好きにすればいい。お前の家の話で、お前の家族なんだから。俺もその時は邪魔したりしない』

 

『だけどそれがスレッタさんが憎いだけとか、そういうお前個人の話だってんなら、俺はマジでラウダを妨害する。そんなのロマンじゃねえからな』

 

 そしてラウダは熟考した。それはもう脳内時間で二十年経つくらいまで熟考した。

 

 けれども最後にはその提案を受け入れるしかなかった。

 

(こいつが言ったように、この状況で僕が妨害しようとしたら妖怪が敵に回るからな)

 

 妖怪ロマン男の判定基準はロマンだ。

 

 それをラウダはよくわかっている。

 

 そのロマン強度で言えば、スレッタとデートをしているグエルサイドが100ロマンくらいで、それを後追いしているラウダが60ロマンほど。

 

 今現在は謎の共闘関係が生まれて、40ロマンがプラスされて合計100ロマン。天秤が釣り合っているのでロマン男は中立の立場にある。

 

 しかしそこでラウダが暴走してグエルたちの妨害をしてみたらどうだ?

 

 今度は悪友のデートを妨害から守り抜くという200ロマンオーバーな状況が生まれて、この妖怪はグエル達の味方となる。ただでさえ騒がしいバカがさらに騒ぐとグエルにラウダの追跡がバレてしまうかもしれない。

 

 そうなればグエルからラウダへの好感度は下がるうえに目的も達成できないのだ。

 

(このバカはロマンっていう光にまっすぐ向かって行く虫みたいなものだ。適切にロマンをコントロールしたほうが害は少ない)

 

 三年間、幾度となくロマンの名のもとに振り回されてなお、敵意を失わなかったラウダは、ある意味でロマン妖怪博士と言えなくもなかった。

 

 とにかく業腹ではあるが、ラウダに今できることはグエルとスレッタのデートを徹底的に観察して、スレッタがグエルにとって悪影響であるという証拠を妖怪に突き付けるというもの。

 

 ぐうの音も出ないほどのそれを見つけてやる、と。

 

 だからラウダはオシャレな喫茶店には似つかわしくない、灼熱の気合でグエル達を見つつめる。

 

「くっ、水星女め……なにが『ミオリネさんたちとトマトソースを作ったんです♪ それでピザとか作ってみたんですけど、今度グエルさんも食べてみませんか?』だ!

 ミオリネ謹製のトマトなんて、ジェタークにだけ効く毒が入っていてもおかしくないだろう!!」

 

「なにが占いの結果だ…! ジェタークの獅子は占いなんかに頼らない! 兄さんは自分の人生は自分で切り開き、僕はそれを支えていく! 胡散臭い情報でたぶらかすな!」

 

「ヤギのミルク、だと!? な、なんの隠語だ!? くっ、水星女は意外と肉食系だと聞いたが、なにを企んでいる…!!」

 

 出てくるは出てくるわ、妄想どころかやばい方面のいちゃもんの数々。

 

 あまりにもあまりな内容に、ラウダの妄言を聞いていたサビーナが半目でぽつりとつぶやいた。

 

「なんなんだ、この無駄な読唇術と無駄な危機意識は」

 

「ラウダはだいたいこんなんだぞ?」

 

「お前の前ではな。……だが、それもお前の手口なんだろう?」

 

「手口?」

 

「意識的にも、無意識的にも、お前は人を怒らせるのが得意だ」

 

「うぇっ!? そ、そんなことねーし!」

 

「さっきの言い合いや、シャディクの告白騒動もそうだったろう。ミオリネとのファーストコンタクトにエランとの話もそうだと聞いている。

 ラウダもシャディクもため込む上に表面は取り繕えてしまうタイプだからな、本音を出すには怒らせた方がいいというのは分かる」

 

 そしてガードが下がったそこにバカのバカみたいなストレートが刺さった結果、シャディクは愉快な公開告白男になってしまったわけだ。

 

 同じことがラウダにも起こっている。

 

 今の彼の心情は傍から見ても分かりやすい。むすりと口を閉ざしながら前髪をいじいじするという、ハリネズミ全開でいじけているのと比べると、ガードが下がっているのは一目瞭然だ。

 

 友情と喧嘩は男のロマン、とでもいうのだろうか。そこに突っ込むことを恐れないことがアスム・ロンドという少年の人心掌握につながっているのだろうとサビーナは分かっていた。

 

 そしてそんなことを彼女から言われたアスムはといえば、ちょっと気まずそうに頬をかきながら言う。

 

「……あー、そういうの直した方がいい?」

 

「どうしてだ?」

 

「いや、サビーナに迷惑かけたくはねーし」

 

「なにを言ってる。私だってお前にそうやって本音を出された側の人間だ。

 そうでないと……今こうして、お前と一緒にはいられなかった。だから、その……私はそういうところも含めて、好き、だから……」

 

「サビーナ……」

 

「アスム……」

 

「だからお前たちは、僕を忘れていちゃつくな!!」

 

 バンと机を叩くほどの勢いで、領域展開され始めた桃色空間を中和したラウダ。

 

 だがそこでサビーナから向けられるのは『邪魔しやがって』な視線なので、モノ申したくなる。『僕がこうしているのはお前たち(主にバカ)のせいだ』と。

 

 ともあれ、ここで争ってグエルにばれてしまってはどうしようもない。

 

「兄さんたちがもう外に出る。行くぞ」

 

 とそそくさとラウダは兄たちの背中を追うのだった。

 

 

 

 その後も、

 

「あの水星女! 兄さんにあんなダサい柄のシャツを着せるなんて万死に値する!!」

 

「なんだそのコーヒーカップっていう乗り物は! 破廉恥な! えっち禁止! 死刑!!」

 

「があああああ!! なにをどさくさに紛れて兄さんにタッチしているんだぁ!? 厭らしい雰囲気にしてるんじゃあないっ!!」

 

 などとラウダの狂乱ストーカー日和が続いていった。

 

 こうしてグエルとスレッタの初デートは表面上はとても和やかに、裏ではラウダの怨嗟のナレーション付きで行われて……

 

 そして天蓋ディスプレイが夕焼けの色を示し始めた頃、グエルとスレッタは街を一望できる高台へと向かおうとしていた。

 

 その瞬間、ラウダに電流が走る。彼には未来が見えていた。

 

 グエルがまたアタックをかける気なのだと。

 

 グエルのわずかに緊張した足取りに、握っては開いてを繰り返されている右手がその証拠だ。

 

 そして

 

(ダメだ、このままいかせるわけにはいかない!)

 

 ラウダはだんだんと目の前を真っ暗にさせながら、致命的な一歩を踏み出そうとして。

 

「おいっ!? そんな前に出たらバレるだろうが!?」

 

「駄目だ! 兄さん! 行くな! そんな『今度はいきなりプロポーズみたいなことはしない。まずは試しでもいい。恋人として、付き合ってくれ』なんて女々しい告白をしたらダメだ!」

 

「いや、そこまでわかんのコエーよ!?」

 

「HA・NA・SE!!」

 

「担架ー! 誰か担架ー! この子、バーサーカーなソウル、インストールしてますぅ!」

 

「わけのわからないことを言うなっ! こんなことしてるうちに兄さんは……!」

 

 羽交い絞めしながら、ラウダを食い止めるバカと、そのバカに負けないくらいに暴れまわるラウダ。

 

 後にサビーナはこれがMSに乗っていない状態で良かったと語る。もしMS戦だったなら、史上最も低レベルな争いになっているはずだと。

 

 けれど、そんな争いは……

 

「いい加減に素直になれよ、ラウダ!」

 

 というバカの言葉でぴたりと止まった。

 

「すな、お……?」

 

 ラウダは顔全面に疑問符をはりつけたまま、バカのバカみたいな顔を見つめてフリーズする。

 

 ラウダは意味が分からなかった。

 

 自分は何も隠し事をしていない。

 

 ただ兄を敬愛し、その兄の邪魔になるだろう水星女を糾弾し続けてきただけだ。

 

 なのに、なにを自分は偽っているというのか。

 

 けれどその答えを返したのは、アスムではなく二人を呆れながら見ていたサビーナの方だった。

 

「ラウダ・ニール。お前には見つからなかったんだろう?

 スレッタ・マーキュリーの欠点が」

 

「は!? な、なにを言ってる!?

 僕はずっと言ってきたじゃないか。水星女は兄さんにはふさわしくないと!」

 

 だがサビーナは『こいつ、自分で自分をわかっていない』という目をする上に、ロマン男まで便乗してくる。

 

「いや、そんな風に聞こえなかったぞ?

 むしろグエルと楽しそうで羨ましいって、そう言いたげだったじゃん!」

 

「どこを取ったらそういう解釈になる!?」

 

 あんなに一分単位でこき下ろしていたというのに。

 

 だが、

 

「だってラウダ、スレッタさんの人間性にはケチつけなかっただろ?」

 

「ああ、全て行動だけだ」

 

 その言葉に、ラウダは言葉を濁した。

 

「それ、は……」

 

 ラウダはじんじんという奇妙な静けさを頭の奥で感じる。それは、自分の中の理性と呼べるもので……

 

 バカはその正体が分かっていると言いたげに言うのだ。

 

「今日のスレッタさん、服装とか完璧だっただろ。テーブルマナーもばっちりで、グエルへの細かい気配りなんかもちゃんとしてた」

 

「ああ、上級生の私にはまだ親しく話すのは難しいのに、グエルに対しては怖気づくこともなく、相手を楽しませようとしていたな」

 

「それは……っ、けど」

 

 そう、ラウダは血眼になって探した。

 

 田舎者の水星女で、兄さんの立場も身分も顧みることない無礼者。兄を振り回して立場を危うくさせるだけの疫病神。

 

 そうであったはずなのに。

 

 たった少し見ない間に、スレッタは確かに変わっていた。

 

 ラウダが見ようとしなかった、その成長。それを見ていた"先輩"は言う。

 

「最近のスレッタさん、がんばってんだよ。株式会社ガンダムって、夢につながる場所ができてさ。今はミオリネも出張がちになって、スレッタさんも対外的に株式会社ガンダムの顔みたいになってる。

 だからミオリネや俺に頼るんじゃなくて、力になりたいって自分磨きをしてるんだ」

 

 それに、

 

「グエルとも友達として、恥ずかしくないようにしたいって思ってたんじゃないかな」

 

「レネ達にも相談していたようだな。ファッションや、マナー、表舞台に立つときの仕草もそうだ」

 

 アスムとサビーナが口々に言う事実。

 

 それはラウダが田舎者の水星女をあげつらおうとして、用意していた貧相な罵倒を使えなかった理由。

 

(でも……)

 

 アレはガンダムに乗ることと、ミオリネの婚約者でホルダーという価値しか持たない存在だったはずだ。……誰かと同じように。

 

 だけれどバカの口車に乗って、丸一日その行動を監視した結果、それが間違っていることにラウダも薄々と気がついてしまっていた。先走ってしまう感情の奥で、確かに認めてしまっていたのだ。

 

「…………あの水星女が、努力を?」

 

 

 

「そりゃするだろ、だって学校はそういう場所なんだから」

 

 

 

 学生だから未熟。

 

 それは変えようがない事実。だけれど、その未熟を少しずつ何とかしていこうとする場所が学び舎であり、そして青春なのだ。妖怪は至極当たり前のことを言うように告げた。

 

(水星女も変わっていく? じゃあ兄さんは? 僕は……?)

 

 茫然と見上げた先の、敬愛する兄の姿。

 

 スレッタ・マーキュリーの手を引いていくその顔は、ラウダがまったく見たことのない、柔らかな笑顔だった。

 

 

 

 

「………………」

 

 そして数分後、三人は夕暮れの中、ゆっくりと帰りの道を歩いていた。

 

 サビーナとアスムが前で並んで歩き、その後ろをうつむいたままのラウダが続くという形。

 

 あの後、ラウダはグエルとスレッタの場所へと突撃するのをやめて、一言も発さないままでいた。

 

 怒りに震えているわけでもなく、ただ何かが抜け落ちたような静かすぎる姿だった。

 

「おい、どうする? このままラウダを帰すわけにはいかないだろう?」

 

「い、いや……まさかラウダが脳破壊されるとは……」

 

「ジェタークにばれたら、今度こそロングロンド社もおしまいだな」

 

「くっ、まさかグエルとスレッタさんのデートでこんなことになるとは……!」

 

「……その時は、私もグラスレーを抜けて、お前と二人で」

 

「え?」

 

 

 

「聞こえているぞ、バカップル」

 

 

 

「「聞かせてたんだ」」

 

 ラウダの魂が再び定着するように、わざと妙な会話をしていたカップルが息の合った様子で振り向く。

 

 それを見たラウダは、呆れたようにため息を吐いて、サビーナに尋ねた。

 

「サビーナ・ファルディン。キミはその男のどこが良いんだ?」

 

「どういう意味だ?」

 

 むっとしながら問いただすサビーナ。しかしラウダはアスム・ロンドを罵倒する意図で言ったわけではない。ただ純粋に知りたがっただけだった。

 

「そいつに良いところがあるっていうことは分かる。僕だってそれを認められないほど狭量じゃない。だけど、今日なんて君とのデートをほっぽり出して、僕やスレッタ・マーキュリーの世話焼きを始めたおせっかいだ。

 そんな男と付き合って、君に何のメリットがある? また次も、恋人をほっぽり出していくかもしれないんだぞ?」

 

「確かに、それはそうかもしれないな」

 

「だったら……!」

 

「だが、それがいいんだよ。私にとっては」

 

「っ……」

 

 言い返すサビーナの声も表情も、とても穏やかだった。

 

 今のラウダが気圧されてしまうほどに、そこには相手への好意と信頼があった。

 

「確かにアスムは子供っぽくて、単純で、何かを思いついたらブレーキの利かない暴走男。話していることの半分は私がまだ分からないアニメや特撮ネタの上に、彼女を放ってロマンに走るような甲斐性なしでもある」

 

「けっこう言うじゃないか。その彼氏がショック受けて崩れ落ちているぞ?」

 

「事実は事実だからな。ただ……そんな欠点でも愛おしいんだ」

 

 暴力や謀略で利益を得ようとする輩よりも、自分の利益も考えないで人助けをしてしまうようなバカの方がいい、と。

 

「……趣味が悪いな」

 

「誉め言葉だと受け取っておくさ。だが、私はお前の兄がスレッタに向ける気持ちも同じだと思う。お前もそれを知りたくて、あえて聞いてきたんだろう?」

 

「ああ、そうだな」

 

 どんくさい田舎者、身分の上下もわきまえない世間知らず、化粧気もなく地味な容姿に、大局観もなく会社の発展にも役に立たない水星女。

 

 ラウダからすればスレッタは欠点だらけ。

 

 だけど、

 

「兄さんは……あんな顔で笑うんだな」

 

 穏やかで安心しきって、家族や会社のことなんて忘れているかのような表情をグエルはスレッタ・マーキュリーに向けていた。

 

 そもそもあの決闘の時だってそうだ。

 

 父やラウダの妨害行為に憤っていたグエルが、スレッタにプロポーズをした時のことをラウダは鮮明に思い出せる。

 

 取り繕った獅子の顔ではなく、ただ純粋に男としてスレッタとの絆を欲していた。そのグエルの表情に、世界だけでなくラウダも引き込まれてしまっていた。

 

 だからこそ、

 

(ああ、だから僕は悔しかったのか……)

 

 自分には決して見せてくれない表情を、他の誰かが向けられることに。

 

 だいたい冷静になると、先に挙げた身分の上下や社交マナーも熟知して、美貌に優れて大局観を持ち、会社の発展に寄与できる相手となれば、真っ先に候補に挙がるのはミオリネである。そのミオリネと結ばれるのが最善だなどと口が裂けても言えない以上、ラウダの考えるグエルの結婚相手と言うのは最初から破綻していた。

 

 結局、ラウダの問題は自分の心の拠り所のなさなのだ。

 

 自分にはグエルとの絆しかない。だから外に出ることなくジェタークという枠組みの中で自分だけを頼ってほしいと。……そして、その役目はグエルのためではなく、自分のためだけに欲していたことを。

 

 ラウダだって本当は知っていた。

 

「兄さんは、もう僕を必要としないのかもな」

 

 しかしその弱音を否定したのは妖怪だった。

 

「んなわけねえだろ」

 

「なに?」

 

 ラウダの思考を呼んだように、ロマン男が苦笑いしながら言う。

 

「弟をいらないなんて言う兄貴はいないさ。まあ、死ぬほど仲が悪い家族もいるだろうけど、お前は違うだろ?」

 

「あ、ああ……だが、兄さんは僕にあんな風に頼ってはくれない」

 

「それも当然だって。弟の前では精一杯自信満々で、頼れる存在でいたいもんなんだから」

 

 だがそんな風に気を張ってばかりでは、心が疲れてしまうことがある。

 

 だからこそ、人はひとところではなく、違う拠り所が必要だ。

 

「グエルにだって、ジェタークも家族も関係なしに、一人の人間として一緒にいたい相手がいてもいいだろう?」

 

「ふん、随分と見透かすようなことを言うんだな。お前になにが……っ」

 

 ラウダは苛立ち混じりに吐き捨てようとして、口を紡ぐ。

 

 そしてアスム・ロンドはどこか遠い目をしながら静かに言った。

 

「わかるよ」

 

 彼らしくない、少し寂し気な表情。

 

 サビーナは思わずアスムの手を取りながら、ジロリとラウダをにらみつける。

 

 それを見たラウダもばつが悪そうに目を背けた。

 

「……今のは、僕が悪かった」

 

 当然知っていたことだ。アスム・ロンドが家族を亡くしていることは。その中に彼の妹がいたということも。

 

 けれど、それに気を悪くした風でもなく何事もなかったようにアスムは続けた。

 

「まっ、だから兄貴の気持ちも少しわかるんだよ。

 でも、どこまでいっても家族は家族だ。グエルはお前を大切に思ってるし、これからも一緒にいてほしいと思ってるはず。

 だって損とか得とか、あのグエルがそんなカッコ悪いこと考えてるはずがないじゃん!」

 

「本当にお前は、グエル・ジェタークを昔から評価しているな」

 

「へへへ♪ ずっと俺は思ってるんだよなっ! グエルのヒーロー属性はすごいって!!」

 

「私からすればお前がそれなんだがな」

 

 なんてまたいちゃいちゃし始めたカップルに呆れながら、ラウダは呟く。

 

「……損も得も、関係なしに、か」

 

 思い出すのはグエルと初めて会った時のこと。

 

 妾の生まれで母に見捨てられ、引き取られた先で出会った気の強そうな兄。

 

 彼の母親も、自分の母親と父の関係のせいで出奔したと聞いていた。ラウダはきっと兄にとって母親を奪った憎き相手。きっと歓迎されないだろうと暗鬱な気持ちでいたというのに。

 

 兄から返ってきたのはただただ温かい抱擁だった。

 

 その記憶を思い出しながら、ラウダは呟く。

 

「いつから僕は兄さんを父さんみたいな人間だと思っていたんだろうな……。それが理想だと、なんで思ってしまったんだろうな」

 

 グエル・ジェタークとは人間的な温かさに満ちた、思いやりのある兄。そしてラウダはそんな兄に救われた。

 

 なのに、いつのころからか。母や自分たちを傷つけたヴィムの言うままにグエルの道を狭めようとしてしまっていた。

 

 そして実際にアスティカシアに入学した当初のグエルは、ジェタークの跡取りと言う看板を過度に守ろうと、ヴィムのように弱者を踏みにじる器の小さい男のようにふるまってしまっていたのだ。

 

 彼の本質はそこにはないとラウダ自身が知っていたはずなのに。

 

(だったら僕がやるべきことは)

 

 ラウダはすぅと息を吐くと、

 

「そこのバカップル。今日は世話になったな」

 

「なんかトゲは感じるけど、役に立ったならいいさ」

 

「…………近いうちに、また世話になるかもしれない。その時は頼む」

 

「なんのはなしだ?」

 

「すぐにわかるさ。じゃあな、妖怪」

 

 ラウダはぎゅっと拳を握り、何かの決意をしたように去って行った。

 

 

 

 そして次の日、

 

「兄さん、当面の生活費と身の回りで必要なものはバッグに詰めておいたよ」

 

「ラウダ!? おまえ、どうして……」

 

 ジェターク寮の裏口で、夜遅くにラウダはグエルと対面していた。

 

 グエルの恰好はまさに着の身着のままという風。

 

 それもそのはずで、まもなくヴィムの手の者がグエルを学園から強制退去させることになっていた。会社の中のグエル派閥(非公認)が「そんなのあんまりだぁ!」とグエルにリークしていなければ、それは達成されていただろう。

 

 原因はもちろんグエルとスレッタのデート。

 

 その結果をラウダは知らないが、兄の様子を見るに悪くはないものだったに違いない。

 

 そしてそれがヴィムの逆鱗に触れ、とうとう強硬手段に出ることになった。

 

 だからグエルはそうはさせまいと寮を脱出することに決め、ラウダは……

 

「僕も協力する。僕は父さんがすべて正しいとは思わない。僕を支えてくれた兄さんを、全力で支える」

 

「ラウダ……」

 

「さすがの父さんも兄さんなしで強制退学なんてマネはできないはずだし、父さんの怒りが収まるまで二週間ほど隠れていた方がいいと思う。僕もできる限り説得するから」

 

 思わぬ弟の助力に少し戸惑いながらも、グエルは表情を緩めながら尋ねる。

 

「だが、ラウダ。学園内でテント生活をするわけにもいかん。なにか当てでもあるのか?」

 

「もちろん、そのために準備をしていたんだよ」

 

 ラウダは微笑み、グエルへと一枚の紙きれを渡す。

 

 それを見たグエルは驚き、次いで顔を真っ赤にしながらもとある方向へ向けて走っていくのだ。

 

 兄の背中を見送りながら、ラウダはそっとため息を吐く。

 

「恋愛か……兄さんがあんなに夢中になるなら、僕もしてみようかな」

 

 ラウダも三年。青春らしい青春というのを送れるのもあとわずか。

 

 だが、その前に兄を救うためにどうやってヴィムを説得しようかと、ラウダは苦笑いしながら考えるのだった。

 

 そして翌日から、なぜか地球寮に「ボブ」と名乗る覆面の大男が加わるのだが、その正体を突き止めたり指摘しようという者は学園にはいなかった。




次回、出張帰りのミオリネが…?


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66. ミオリネ・レンブランの帰還

「あ゛ーーーーーっ! つっかれたぁあああ!!」

 

 持ち前の美貌とはかけ離れた濁点のついた声を出しながら、ミオリネはふかふかなシートへと体を沈めた。

 

 見る者が見れば百年の恋も覚めようという仕草であるが、幸いにも周りにはそのような者は誰もいない。補佐役として連れてきたティル・ネイスはいつも通り冷静かつミオリネに変な幻想を抱いてもいないので『しょうがないなぁ』程度の微笑ましい気持ちになるだけだった。

 

 ミオリネが身をよじらせて頬をシートに押し付けると、新品の化学繊維の匂いがする。いい匂いとは言えないが、不快感があるわけもなし。大きな出費となったが、中古でなく新品の航宙艦を買っただけあったとミオリネは思う。汗やらの匂いがついていたら、今のストレス過多なミオリネには耐えられなかっただろう。

 

 ミオリネは目を閉じながら、この二か月間の出張という名のあいさつ回りを思い返す。

 

 そう、わざわざアスティカシアの授業を休み、会社を仲間たちに任せて旅立ったのも、全ては方々に頭を下げるためのもの。

 

 競合になりうる医療機器メーカーには技術提携や販路について協力をしてもらえないかと頭を下げに行き、GUNDに対して偏見をもっているグループ企業にはプレゼンをして理解を求めて頭を下げ、そして顧客となりうる一般市民へもテレビ出演やインタビューをいくつも受けては頭を下げて。

 

 女帝ミオリネの学園での振る舞いを知る者からは意外なほど、コメツキバッタのようにぺこぺことしなければいけなかった。

 

 しかしそれは新興企業にとっては大事なこと。

 

 世間一般では社長と言うと、高い椅子にふんぞり返っているように思うかもしれないが、それは社長がイチイチ動く必要のなくなった成熟した企業での場合だ。

 

 株式会社ガンダムのようにスタートアップしたばかりの会社では社長こそが一番にビジョンを理解して、責任者として出資を求めなければいけない。文字通りの馬車馬のように働かなくてはならない立場なのである。

 

 ただ、その立場に不満はない。

 

 ミオリネにとって最初からわかり切ったことでもあったし、シャディクとあのバカと共に起業した際に一度経験したことでもある。先方の態度で言えば、もっと子供であったあのころと比べて名が売れた今の方が感触は良かった。

 

 これから飛躍するために必要な労力だから厭う必要はない。

 

 しかし、

 

「あのド級のバカ、ドバカのせいで私の評判はめちゃくちゃよぉ……」

 

 ミオリネは頭を抱えながら思い出す。

 

『ああ、株式会社ガンダムさんでしょ? よく存じ上げてますよ、あの合体したロボットとか!』

 

『天使とかロケットパンチとか面白いことやってますねえ!』

 

『例のCM、見ましたよミオリネ社長。いやいや、ご自身がヒロインのアニメを作るとは……なかなか愉快なお方ですね』

 

 企業に訪問するたび、異口同音に同じようなことを言われるのだけは堪えるのだ。

 

 曲がりなりにも経営者としてロマンバカのやりたかったことは分かる。

 

 とにもかくにもGUNDのイメージ払しょく。

 

 人を呪い殺すなどと言う医療器具にあってはならない風評をなくし、会社に親しみを持ってもらうためには何か別のインパクトのあることで上書きするのが一番。

 

 なのだが、一言いいたい。

 

(他にやり方があるでしょうが……!!)

 

 おかげで一般家庭におけるミオリネと言えばアニメ調でガンダムに救われるお姫様である。

 

 仕事で訪れたとあるフロントでは、ミオリネを一目見ようと小さな子供たちが集まっているほどだった。

 

 そんなものなので、出資者たちにも株式会社ガンダムの理念や義肢の話がどれだけ通じたものか。

 

 しかもCMの話をミオリネは知らなかった。知っていたらボツにしていたに決まっているというのに。

 

「あのバカ……! うぐぁあああああああ……!」

 

 ミオリネは羞恥に悶える。

 

 ミオリネの目標は変わらず、会社で実績を残してデリングという糞親父に対して下剋上をかますことと、その糞親父がガンダムを放り込んできた意図を知ることだ。そしてそこに医療で人を救うことや、スレッタとエアリアルの無事を確保すること、なにより自分もGUNDという技術に可能性を感じてることなどの諸々が付随する。

 

 だというのに初手からトンチキ決闘が起こり、トンチキCMが流されては、糞親父に下剋上どころかグループ内でもネタ企業一直線である。

 

 とはいえ、

 

(まあ、でもわかっていたことよ……アイツを中に入れたらこうなることは)

 

 羞恥とは別に、冷静なミオリネもいる。

 

 ミオリネがバカに求めるのは推進力だ。

 

 論理的なミオリネと対照的に、あのバカは情熱と非合理で動いている。だが、その度を越えた非合理と情熱が人を惹きつけるのも事実。

 

 癪なことではあるが、バカはミオリネとは別分野でのトップの器があるのだ。

 

 特に人々を扇動する力。

 

 あのロングロンド社のように社員を一丸にして、目標までデスマーチさせるような真似をできる経営者がどれだけいるか。それだけの信任を集めるのはミオリネでは無理なこと。やるとしたら父親に倣って社員を締め上げるという手しかない。

 

 だがそれはあくまで無理矢理であり、仕事への情熱が失われるマイナスを考えると取りたくない手段。

 

 だからあのバカが自分から首を突っ込んできたのはミオリネにとっては渡りに船でもあったし、今回のあいさつ回りでバカを学園に残したのも、ミオリネがとやかく指示を出さなくても社員の皆に適切……かどうかはともかく情熱の灯をともすことを期待したからである。

 

 ミオリネは心の底からバカをバカとしか思っていないが、バカはミオリネを一方的に幼馴染や友達だと思っているのもちょうどよい。

 

 共に手を携える上では相性がいいのだ。

 

 これで向こうが邪なことを考える輩ならクーデター一直線だが、バカに限ってはそれはない。いい意味でその信頼感はある。

 

 悪い意味でロマンにまみれた奇行をするという信頼もあるのだが。

 

「ま、ともかく……」

 

 ミオリネは窓の外の宇宙を見ながら、息を吐く。

 

 長い長い出張はひとまず終わり。

 

「ようやくアスティカシアに帰れるわね」

 

 

 

 機動戦士ガンダム 水星の魔女

 アスティカシアの中心で『ロケットパンチ』と叫んだ男

 

 

 そして数時間後、アスティカシアの宇宙港にて。

 

「ミオリネ、おかえりー!」

 

「ふんっ!」

 

「ぬらばっ!?」

 

 タラップを降りたミオリネが最初にしたことは、出迎えたドバカの腹に全力で正拳を叩きこむことだった。それは女帝だけが持つ覇気が纏われ、アスティカシアの天が割れそうな迫力をもった一撃だったという。

 

 そしてギラギラと七色に輝く笑顔でミオリネを迎えたドバカが奇声をあげながら転がることになったのだが、ミオリネはまだ収まらない。

 

 バカの首根っこを掴むと、ぶんぶん振り回しながらミオリネは言う。

 

「このバカっ! アンタなにやってくれてんのよ!!」

 

「うごぉおお……! ど、どれのことかわかんねえ」

 

「はぁあああ!? どれのことって、アンタいったい何回バカをやったの!? バカ!!」

 

 自分の受けた仕打ちが氷山の一角だと知りミオリネは青筋を浮かべる。

 

「ようやくアスティカシアに戻ってこれたと思って、宇宙船から窓の外を見たらなによアレは!?」

 

「ほらミオリネ社長の帰還は社員にとって一大事だから!」

 

「宇宙から見えるほどのデカい文字で『オカエリミオリネ』じゃないわよ!? 入港するときだって変なBGMを流して……!」

 

「メカの入退場にはワンダバ流すもんだろうが!!」

 

「どこの世界の常識よ!? 光の国に帰れ!! それからこの空港中に流れているアニメな私のCMもいますぐ止めなさい!!」

 

 しかしミオリネが憤怒に染め上がるも遅きに失している。

 

 プリンセスミオリネのCMが流れる中で共同経営者をフルボッコにしているミオリネの映像は『株式会社ガンダムって愉快ですねー』な感想とともに学園中を駆け巡るのだった。

 

 しばいてもしばいても某ゲームの神のようにコンティニューしてくるバカとの追いかけっこにつかれたミオリネは、もうどうにでもなれと言う気持ちになるしかない。

 

 はぁ……と大きな息を吐くと、ティルが運んでくれたスーツケースをバカにぶつけながら言うのだ。

 

「帰ってきて早々にコレとかほんと悪夢だわ。ほら、さっさと荷物を運びなさい。早く会社に戻るわよ。アンタがバカやった結果を確認しないといけないから」

 

「イエス、ユアハイネス!!」

 

「だから、いきなり立ち上がって変なポーズするんじゃないって!?」

 

「殴ったのはお前だろ!?」

 

「殴ったのとポーズは関係ないでしょう!?」

 

 まったく、とミオリネは頭を押さえながら、どたどたとミオリネの私物トランクを抱えるバカを従えて歩き出す。

 

 その行動を見て周りの学生たちは「やっぱりあのバカを従えるミオリネやべえ」と誤解ではなく事実が広がっていくのだが、ミオリネも疲労がマックスになっていたことで気づかなかったりした。

 

 ちなみにミオリネの足取りは、タラップを降りた時は異なり生き生きとしたものだったという。

 

 そうしてミオリネは株式会社ガンダムの社屋となった地球寮へとたどり着いたのだが、

 

「…………ちゃんとしてるわね」

 

 ミオリネは意外という感情を顔に張り付けながらつぶやいた。

 

「そうだろぉ♪」

 

「誉めてないわよ。ただ、てっきり二、三体は巨大ロボットがいてもおかしくないと思っていたから安心したわ。アンタにも辛うじて常識ってものがあったのね」

 

 そう言うミオリネが見る先にはミオリネが出発する前と大きくは変わらない地球寮の作業スペースがある。時々、奥の方からガッチャーンコなどと言う音が聞こえている気がするが、きっとただの作業音だろう。

 

 取り急ぎ目立った変化と言えば、コンテナの中できれいに整列されているプロトタイプの義足と義手。それも喜ばしいことに、起動試験を行ったと報告を受けたものより格段に見た目が洗練されている。

 

 その場にいたリリッケとアリヤに頼んで動きのデモンストレーションをしてもらったが、動きにしてもかなり人体に近い動きができるようになっているのだ。

 

 これはミオリネの誤算であるが、嬉しい誤算である。

 

(元々のGUND義肢の技術の完成度のせいもあるけれど、想定していたものよりも進捗が早いわね。もしかしたらすぐにテスターを募集して実施試験から販売までこぎつけられるんじゃないかしら? その場合は市場の基準試験にも提出して……)

 

 表に出せるモノがあるというのは強い。

 

 今すぐにシェアを奪うというのは現実的ではないが、モノを出せるのと出せないのとでは追加融資の可否に大きく影響する。初期投資でモノが作れなかった会社に、追加で融資しようというのは出資者にとってリスクだからだ。

 

 思いがけない成果に興奮しながら、頭の中でこれからの道筋を修正していくミオリネ。

 

 だが、そこで隣のバカがミオリネをこつんと肘でこづいた。

 

「な、なによ?」

 

「ミオリネ社長? 頭の中でごちゃごちゃ考える前に言うことあるんじゃねえの?」

 

「言うことって…………あっ」

 

 ミオリネもバカに言われてすぐに気づく。

 

 試作品の説明をしてくれたリリッケがミオリネを見ながら期待と不安の両立したような表情をしているのを。

 

 アリヤはと言えば、バカと同じように『しっかりしてよ社長』とでも言いたげな達観した顔をしていた。

 

 ふぅ、とミオリネは息を吐いて落ち着きを取り戻すと、リリッケに笑いかけながら言う。

 

「すごい出来栄えじゃない。私の想像以上よ。あなたたちにこの仕事を任せて良かったわ」

 

「わぁ……! ありがとうございます、ミオリネ先輩! 他のみんなにも伝えてこないと!!」

 

 まだ一年のリリッケにとって、ミオリネからの誉め言葉は想像以上に嬉しいものだったのか、リリッケはかわいらしい走り方で奥へと向かう。

 

 部下の成果を認めてモチベーションを上げるのも上司の仕事。その点でミオリネには経験が少なく、バカにはその経験が有り余るほどあった。

 

 それをさりげなく教えてくれたのだから、ミオリネ自身は隣のバカにも感謝するべきとは思う。この短時間でこの完成度まで高めたこと。それを成し遂げた社員のモチベーションを引き出したのはバカの手腕だからだ。

 

 ただそのバカがあまりにもにやにやと笑っているので、

 

「調子に乗んな」

 

 と、ミオリネはいつもよりトーンを控えめにして、口先をとがらせながら言うのだった。

 

 その後、

 

「ところで……さっきからこっちをチラチラ見ているあの大男は誰よ?」

 

「ボブです」

 

「…………は?」

 

「ドーモ、ミオリネ=サン。ボブデス」

 

「ちょっ、その声、グエ……ど、どうなってんのよ!?」

 

「「ボブデス」」

 

「だからどうなってんのよ!?」

 

 みたいな一幕があったりしたのだが、おおむね株式会社ガンダムは平和。

 

 ちなみにミオリネには「見せられないよ!」なアレヤコレヤが格納されている地下スペースが生まれているとかいないとか……真実はバカしか知らない。

 

 

 

 そんな形で社内の状況やら、ミオリネも出張した成果を簡単に報告し終えること小一時間。紅茶とちょっとした菓子をつまんで一息入れたミオリネは、大きく伸びをしながらバカへと尋ねた。

 

 会社に戻ってから今まで、すぐに聞こえるだろうと予想していた子の声がしていないからだ。

 

「ところで、スレッタはどこに行ったの? あの子、私がいない間に寂しがっていなかった?」

 

「ミオリネがいよいよお母さんムーブしはじめた!?」

 

「誰がお母さんよ、誰が」

 

 まだそこまで人生を早送りしているつもりはない。

 

 だが、出張中のミオリネがスレッタのことを気がかりに思っていたのは確かだ。

 

 学園にいたころは四六時中とまでは言わないが、かなりの頻度で一緒に行動していたスレッタとミオリネである。それはホルダーとしての体裁もあるし、ミオリネから見たスレッタはまだまだ危なっかしい子でもあったからだ。

 

 それがいきなり二か月もの間、一人で学園に残してしまった。

 

 エアリアルのパイロットとして、スレッタもあいさつ回りに連れていくのは選択としてありだったのだが、まだ学業を優先するべきスレッタを長期間学外に連れまわすのはやめておいたのだ。

 

 だがミオリネもスレッタとは毎日のようにメールのやり取りはしていたが、『今日も元気に過ごしました』みたいな子供の夏休みの日記みたいな情報しかスレッタは返してこないので、本当に元気でやっていたのかは友達として心配なのである。

 

 そしてそれをミオリネから聞いたロマンバカはきょとんとすると、苦笑いしながらスレッタの居場所を教える。

 

「ありがと、じゃあ行ってみるわね」

 

 会社を出てミオリネが向かったのは、学園の中にある喫茶スペースだった。

 

 恰好は制服に戻っている。スレッタと会うのに着の身着のままというのもなんだか気恥ずかしく、ひとまず身の回りの荷物を部屋に運ぶついでに、身支度も整えたのだ。

 

 形だけの婚約者で、別に恋愛感情があるわけではない。

 

 だが、スレッタのことは大切な友人だと思っている。

 

 そんなミオリネはストレスの多かった出張の疲れを、スレッタとのんびりお茶をしながら解消したかったのだ。

 

 しかし、喫茶スペースにたどり着いたミオリネはスレッタに声をかけることなく立ち尽くすことになる。

 

「それでね、キープ君13号ったらおっきな薔薇の花束を持ってきててぇ♪」

 

「えーっ、薔薇の花束って重くない? 私だったら食事とかで充分なんだけど」

 

「いいじゃん♪ 愛の大きさってやつだよ!」

 

「やっぱレネの感覚はわっかんないなぁ」

 

「ねえねえ、スレッタはどう? 彼氏からプレゼントとかもらえるなら何が欲しい?」

 

「私ですか? えーっと、私はのんびり過ごせる時間とかもらえたらいいなーって思います」

 

「うんうん、水星ちゃんらしい♪ イリーシャは?」

 

「あっ、私もスレッタちゃんとおんなじ……。静かなところとかに行きたいかも」

 

「へー、スレッタもイリーシャもえっちだねぇ♪」

 

「え、えっちってなんですか、レネちゃん!? イリーシャちゃんも私も、普通のこと言っただけですよぉ!」

 

「いや、だってさぁ……」

 

「「レ・ネ?」」

 

「うぅ、わかったって! なんでもないわよっ!」

 

 顔を真っ赤にしたイリーシャとスレッタの抗議に言いつのろうとしたレネは、なにやら『二人に余計なこと言うなよ』と圧を強めたメイジーとフェルシーによって口をつぐんだ。

 

 それは恋バナに花を咲かせる年頃の学生らしい姿。

 

 だが、

 

「…………なにこれ」

 

 ミオリネはその光景を見ながら石化していた。

 

 スレッタを呼びかけようと上げかけた手は中途半端な形で固定化されている。

 

 彼女達が語っている内容が分からないわけじゃない。

 

 だが、それを語っている中に自然とスレッタがいるという事実を脳が受け入れられずにいた。

 

 ほんの二か月前は誰と話すのもおどおどしていたスレッタ。

 

 耳年増というか、人の恋愛ごとには興味深々なのに自分のこととなると照れてかわいかった純朴少女が、あのレネたちと仲良く話をする関係に進化している。

 

 それは数段飛ばしのワープ進化、いやミオリネにとっては暗黒進化そのもの。

 

 ミオリネは父親や他の経済界の重鎮と出会った時にもなかったほど混乱していた。頭の中はぐるぐるとカオスに融合され、

 

『わ、私のスレッタがギャルに……!』

 

 なんていう混迷を極めた叫び声を上げそうになったその時、そんなミオリネに気づいたフェルシーが肩をびくりと跳ね上げて叫んだ。

 

「うえっ!? み、ミオリネ!?」

 

 すると当然、スレッタ達もミオリネの方へと振り返る。

 

「あっ、そっかぁ。今日が出張帰りだったっけ。おかえりー、ミオリネ」

 

「お、おかえりなさい」

 

「おーっす、ちゃんと会社の宣伝できた?」

 

 などなどグラスレーの二年組三人からは三者三様の挨拶。

 

 そしてスレッタも、

 

「ミオリネさん、おかえりなさい!」

 

 と元気な返事を返しながら、ミオリネのところへ駆け寄ってくる。

 

「出張、お疲れさまです。もう会社の方には行ったんですか?」

 

「え、ええ……その、試作品とか見て来たわ」

 

「そうですか! ミオリネさんが帰ってくるまでに完成させて驚かせようって、みんなで頑張ったんです♪ 驚いてくれましたか?」

 

「そ、そうね……。すごくしっかりしてて、よかったと思う。それで、その……」

 

「ミオリネさん、どうしたんですか?」

 

 スレッタが首をかしげる。

 

 ミオリネの様子がおかしいのはスレッタにも明らかだった。

 

 なにせ目を合わせない、それになんだか自信がなさそうに肩も縮こまっている。

 

 そんなミオリネに困惑するスレッタだが、自分自身のことに混乱しているのはミオリネも同じだった。

 

(な、なによこれ……なんでスレッタ相手にこんなおどおどしているのよ私は。こういうしゃべり方するのはスレッタの方で、私はいつもスレッタを引っ張って……)

 

 そんないつもの自分らしくない自覚のまま、ミオリネは無理矢理な笑顔を作ってスレッタへと言った。

 

「よ、よかったら、今日の夜とか食事どう? ひさしぶりに会えたんだもの、ゆっくりしない?」

 

「今日の夜ですか?」

 

「ええ、きっと地球寮に戻るだけでしょう? だったらお店にでも行って……」

 

 しかし、スレッタが即答したのはミオリネにとって意外な答えだった。

 

「ごめんなさい! 今日はフェルシーちゃんとペトラちゃんとお出かけする用事があって。その、ぐえ……じゃなくてボブさんの相談とか」

 

「あ、そ、そうなの……それじゃあ、明日は?」

 

「ごめんなさい、明日はレネちゃんとメイジーちゃんたちからお誘いされています」

 

「じゃあ、明後日は……?」

 

「それもごめんなさい! エナオさんとサビーナさんとお買い物にっ!」

 

「そ、そう……」

 

「えーっと、予定だと……あっ、四日後なら空いてますし、そこでどうですか?」

 

「…………うん、任せるわ」

 

「はい……!」

 

 学生証を見ながら、予定を書き込むスレッタ。

 

 そのスケジュール帳には二か月前にはなかった友達との外出の予定などがびっしりと書き込まれていた。

 

 それを、ミオリネはちらりとでも見てしまった。

 

(っ……!? な、なにやってるのよ! スレッタのプライベートをのぞき見するなんて、なんて下品な……!!)

 

 ミオリネは頭を押さえながら、数歩下がる。

 

 ぐるぐるとする感覚はもっとひどくなるばかり。

 

 だがスケジュール調整に夢中でスレッタは気づかず、

 

「これで大丈夫です! この間、先輩と一緒に行った美味しいお店を予約しておきました! ミオリネさんのお帰り会です♪」

 

 それは純粋にミオリネを慕う笑顔。

 

 二か月前と同じであった……はずなのに。

 

「う、うん……わたしも、たのしみにしてる」

 

 ミオリネはしなびた大根のようなオーラを発しながら、ふらふらと立ち去っていくしかなかった。




次回からクエタ編開幕です。


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