ブラック・ブレットー暗殺生業晴らし人ー (バロックス(駄犬)
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プロローグ

 どうも、長い間このハーメルンでお世話になっている。 今回新作で選んだのはこのブラック・ブレット。 アニメから原作見て、ハマった所存です。 なんであの某時代劇風にブラック・ブレットを描こうと思ったか・・・・私の趣味です。 ちゃんと蓮太郎やその他のイニシエーター達の出番も日常回で用意する予定であります。 



『ハヤテのごとく』も同サイトで連載中。


東京エリアの昼下がり、どこか平和を感じさせるようなこの場所では現在、物騒な音が響いていた。 

 

 

周囲には誰もいない、市民の安全を守る為に警察はこの居住区は誰も入れないように封鎖されているのだ。

 

 

 

―――この封鎖地域にいる者は大抵決まっている。

 

 

まず、その一。

 

 

「延珠、そっちいったぞッ 逃げるつもりだ! 何が何でも仕留めろ!!」

 

プロモーター。 短い黒髪の、くせっ毛のあるスーツにも見えた学生服に身を包んだ少年が両手で構えた真っ黒な銃のトリガーを容赦なく引き、標的を追い詰める。

 

 

その二、ガストレア・・・それは人類の敵。

 

 少年の放たれた弾丸を数発その体躯に受けた巨大な生物は真っ黒な体毛に覆われたクモの形をしていた。 よほど鉛玉の応酬が効いたのか、痛みを表したかのような叫びが一般市民のいないこの居住区に響き渡る。 

 

 

「蓮太郎ッ 最後は妾にぃ・・・任せろォ―――――!!」

 

その三、イニシエーター。

 

痛みに耐えられなくなった巨大グモは弱っているような唸り声を出しながら空高く跳躍。 逃げようとするが、その遥か上空の、電柱の上で待機していた長髪のツインテールの少女が飛び蹴りとばかりにクモの真上から必殺の蹴りを食らわせたのだ。

 

 

 

地面に叩きつけられた巨大グモは風船でも割れたかのように弾け飛んだ。 辺りの道路や壁には生々しいほどの肉塊と毒腺から溢れ出した毒液だけでなく紫色の体液もぶちまけられている。

 

はっきり言って、初見の者がいた場合はトラウマになるであろう一面であった。

 

 

 

「ステージⅠ、モデルスパイダー撃破・・・っと、延珠、怪我はないか?」

 

目標の絶命を確認した黒髪の少年、先程『蓮太郎』と呼ばれていたその少年は目の前で巨大グモの体液に身をまとって明らかに嫌悪感をあらわにしている『延珠』と言う少女に

駆け寄る。

 

 

「うえぇ・・・最悪だぁ。 お気に入りのこの服がぁ、ボロボロになるよりタチが悪いではないかぁ・・・」

 

べっとべとになった服をつまむ延珠を見て蓮太郎は持っていたハンカチで顔を拭う。 

 

「元気そうでなによりだ。 安心しろ、服なら最強の洗剤『ホールド』で一発だ」

 

「『ファーファーファー』ではダメなのか?」

 

「あのクマさんではダメなんだ延珠。 この頑固なガストレアの体液を綺麗さっぱりなくすには濃縮洗剤のホールドでなくちゃ」

 

ふーん、と延珠は思い出す。 我が家のおんぼろアパートにはもうその洗剤は無いに等しいような状態だった気がすることを。 細かいことを聞くのは面倒だと考えたのか延珠は話題を変えた。

 

「それよりも見たか蓮太郎ッ 妾の見事な仕留め技をッ」

 

嬉々として問う延珠に蓮太郎は頷いてみせた。 何か一言気の利いたことでも言おうとした瞬間に延珠が言い放つ。

 

 

「そうかそうか、妾のパンツもその目に焼き付けたか」

 

思わず蓮太郎は吹き出した。

 

「お、お前! 一体何を言い出しやがる!!」

 

「いいや、妾はちゃんと見ておったぞ! 電柱の下からもの凄い真剣な顔だった・・・流石の妾もドン引きだ」

 

「ちょっと待てよお嬢さん。 勝手に俺を真正の変態野郎に仕立て上げるんじゃねー!」

 

 否定をする蓮太郎ではあったが、延珠のターンはどうやら終わらないらしい。 この手の話に対して延珠はあらかじめ用意していたかのようなネタを持ってきて対応してくる。

 

 

「しまいにはカメラなんて持ち出して妾にレンズを構えながら『クソッ! フィルムがないッ!』というキメ顔で後悔する始末ッ いいではないか蓮太郎、家に帰れば好きなだけ妾のこのせくしーぼでぃを堪能できるのだから」

 

 目の前の蓮太郎を悩殺しようと意識しているのか延珠はウィンクをしながら体をくねらせる。 だが、一見可愛らしく見える動作だが体についたガストレアの体液が二三滴ほど地面に垂れたお陰で全て台無しである。

 

「・・・ほら延珠、さっさと帰って木更さんに報告するぞ。 その前にシャワーだけどな」

 

「あーっ蓮太郎! 今のジト目は何だ! どうして無視した!」

 

背を向いて歩き出した蓮太郎に対して延珠は指を刺して怒りの声を露わにした。

 

「やはりあれか! あれなのか!木更のおっぱいがいいのか! あんな脂肪の塊にどんな魅力があるというのだこの薄情ものォ―――!!」

 

 

 

 2021年、人類はガストレアに敗北した。国土の半分を占領された日本は各地の『モノリス』を一時的に閉鎖。 世界各国も同じ措置をとり、十年を掛けて当時の文明レベルまで回復。 その後、民間警備会社、通称『民警』を結成し、藍原延珠と里見蓮太郎などこの二人のような存在は開始因子(イニシエーター)と加速因子(プロモーター)と呼ばれれた。

二人で一組の『民警ペア』、それは人類にとって最後の希望なのだ。

 

 

 

 

 

 

異形の生物、ガストレア。 先程、蓮太郎達が倒した存在を専門的に扱っている組織がある。 『民間警備会社』、通称『民警』だ。

 

 

人類の天敵であるガストレアを殲滅するためにこの組織は存在している。 ガストレアと人類、この二つの単語が一体どういう意味をもたらしているか、すべてを語るには長すぎるので簡単に説明すると『10年くらい続いている宇宙戦争』だ。

 

ガストレアが宇宙から来たのか定かではないが、出自がわからない以上、こういう常軌を逸した意見も出てきてしまう。 この東京エリアの街中にある『天童民間警備会社』も、そのガストレアを駆除する立派な『民警』の一つなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「里見くん。 お金はまだかしら」

 

 

 自分の務める会社に戻ってきた途端、ここは自社ではなく、ヤクザの部屋だっただろうかと蓮太郎は錯覚した。 目の前には、まるでこちらを餌のように眺めて油断する隙をずっと伺っているハイエナがいたのだ。

 

 

長い黒髪をなびかせたその少女の名前は天童 木更。 この天童民間警備会社の社長。 若干16歳である。

 

 

「依頼の報酬をまだ受け取っていないってどういうことかしら。 たしか、現金で渡してくれるって言ってなかった?あのメガネの人」

 

 

グランドピアノほどある巨大な黒檀の執務机に、よくなめされた皮革製の肘掛け椅子に座る彼女は明らかに殺気を纏っていた。 一社員である蓮太郎は言葉を選びながら弁明を図る。

 

「いやな木更さん? 俺もちゃんと聞いたんだけどさ。 依頼してくれた警察の人が『二日ほど期限をずらしてくれないか』って言ってきたんだ。 真面目そうな人だったし、ちゃんと支払ってくれるって!」

 

「・・・」

 

しばしの沈黙の後、蓮太郎は静まった木更を見て一瞬だけ緊張を解いたが、次の瞬間目に入ってきたのはいつの間にか日本刀を鞘から抜いていた木更の姿だった。

 

「つまり、処刑してくださいってことね里見くん?」

 

 

「どうしてそうなる!?」

 

 

「簡単よ里見くん。 私は今日もらった報酬で今月のこの会社にかかるお金を払わなければならなかったの。 そして支払った暁には、その足で今日こそビフテキでお腹いっぱいにしたかったのに、甲斐性なしの里見くんときたら・・・このお馬鹿!!」

 

 

・・・この社長! 俺たちの稼いだ金でビフテキ食う気だったのかよ!

 

 至極羨ましい事である。 民警の仕事は基本、命懸けの物が多いので、そこら辺の仕事よりは多くもらっている方だろう。 だが、蓮太郎はそれでも爪に火をともすほどの極貧生活だ。 今日も六時からタイムセールスで近くのスーパーにお世話になるのが確定済だし、今月もあと僅かではあるが仕事のトラブルで木更がめちゃくちゃに壊してしまった看板を直すのに給料の半分は消えたので、ビフテキなんてもちろん、メザシともやしの味噌汁がセットの定食が当たり前だった。

 

 

「なぁ木更さん、もちろんそのビフテキ祭りには俺たちも参加させてもらってもいいんだよな? だって俺たちが頑張ってこなしてきた仕事だし」

 

もちろんよ。と、木更はニッコリと笑った。

 

 

「延珠ちゃんとならね」

 

「なぜだ!」

 

叫んだ。 当然である。

 

「里見くん、貴方は曲がりなりにも男の子でしょ? つまり、私たちのような乙女たちよりもたらふく胃袋にビフテキを収めることができる。 それだと私たちの分がなくなるじゃない!」

 

「どこまでビフテキ食いたいんだアンタは!!」

 

「だってビフテキよ! 昭和の時代なら給料もらってその日の家庭がほとんど口にしている高級食材よ!」

 

 

 それは本当の話をしているのか、と蓮太郎は呆れていたのだった。 お嬢さま学校である美和女学院に通うこの美少女は、黙っていれば誰もが一度は目に止める程の美人だ。 だが、蓋をけてみるとそれは食い意地の張った、金に目の眩み易い猛獣なのである。

 

「大丈夫よ里見くん、間違えて連れて行ったとしても牛脂くらいなら食べさせてあげるから」

 

「2箱分くらいでなら納得してやってもいいけどよ」

 

 

納得するんだ。と、木更は同じ極貧を味わっている者として少々同情するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ち着きを取り戻した二人は暫くして、それぞれの持ち場に座り、茶を飲むなり、テレビを見るなり、くつろぎ時間帯へと突入した。 蓮太郎にとっては六時までのタイムセールスまで時間があるし、木更にとっては依頼金が先延ばしになって意気消沈としたためか、ぼーっとテレビの画面を眺めている。

 

 

「そういえば、最近増えたわよねぇ・・・『民警殺し』」

 

画面を見ながら発した木更の一言に、連太郎は持っていた湯呑を一度机に置いた。

 

 

画面にはデカデカと赤文字で『またもや起きた、民間警備会社の社員、殺害される』

 

 

『民警殺し』・・・最近起き始めた民間警備会社のペアを狙った殺人事件だ。これは東京エリアのみで起きていて、その件数は10件目だとか。

 

 

「犯人、まだ見つかんないのか・・・今の世の中、民警を襲う理由なんてどこにあるんだ?」

 

 

「実際、理由なんてたくさんあるんじゃないかしら。 でも極力絞って出す答えとしてはやっぱり、『民警同士のトラブル』かもね」

 

実際、民間警備会社はこの世界に多数存在しており、10万なんて余裕で越える。 さて、同業者がそんな数存在すれば同業者同士で仕事の取り合いや遺恨やら禍根やらでいざこざがあっても可笑しくはない。

 

 

「なんでも、民警同士のトラブルって可能性が高いから、とばっちり喰らいたくない警察は手を出しにくいっていう話もあるわ」

 

「畜生、いい加減すぎるだろ! 何やってんだよ警察は!!」

 

今は民警同士と片付けているかもしれないが、もしかしたらその被害が一般市民に及ぶかもしれない。 蓮太郎は、今まったく無力にも等しい警察の姿に激しい怒りを感じていた。 無論、何も出来てすらいない自分にも。

 

 

「殺害方法は『射殺』、しかもバラニウム弾よ。 この線から、警察は犯人が民警だって断定しているわけね・・・バラニウムは一般にはあまり支給されてはいないはずだから」

 

 

希少鉱石、バラニウムは人類の天敵であるガストレアに唯一有効打のある物質だ。 これを加工した武器も多数存在し、蓮太郎が持っているXD拳銃や延珠の靴の底はバラニウムでできている。

 

バラニウム製の武器で傷を負ったガストレアはその傷を再生することができない。 これは、ガストレアだけでなく、ガストレアウイルスの因子をもつ延珠たちの「呪われた子供たち」にも非常に有効なのだ。

 

 

 

「辛い・・・世の中ね」

 

テレビを消した木更がぽつりと意味深に呟いた。 蓮太郎も腕を組んでいると、ふとパソコンの画面の電子時計を見て、はっと気づくことがある。

 

 

「いけね。 もう少しでタイムセールだ・・悪ィ木更さん、俺はこれで」

 

台詞を言い切って、木更に背を向ける蓮太郎に対して、木更は思い出したかのように手を叩いた。

 

 

「里見くん、そういえば私最近、『民警殺し』とは別にもう一つ変わった話を聞いたのよ。 ちょっと聞いてくれないかしら」

 

「それ・・・どうしても聞かなきゃならないのか」

 

「これを言わないことにはお話が始まらない気がするの! 何のためのプロローグなのってさっきから私は思うわけよ! そして今日の仕事の不始末は忘れてないでしょうね・・・甲斐性なしの里見くん」

 

俺の落ち度はないと何度言ったらわかるのか、と心で怒った蓮太郎だが、これ以上言い合っていてもセールスの時間に遅れるだけだと、蓮太郎は仕方ないと言った表情で木更と向き合った。

 

木更は木更で、満面の笑みを浮かべて勝ち誇ったように胸を張ってみせると人差し指を立てて言った。

 

 

 

「里見くん・・・・『晴らし人(はらしにん)』って知ってる?」

 

 

 

 

 

 

――――その同時刻。 東京エリアと外周区の境界線の海が見える場所に一人の深緑色のコートを着たおっさんが立っていた。

 

 

「ぶえっくしょいッ!!!」

 

 

盛大なクシャミをしたそのおっさんは、どこかで自分の噂話がされているのだと静かな波の音を立てる海を遠い目で眺めながら、一杯のビール缶を開けたのだった。

 




プロローグが長すぎるって? スミマセン。 でもほのぼのとした天童民間警備会社を描いていたらこんな事に。はっきり言って、ガストレアと人類とかの歴史の説明はプロローグでは省きました。 本編の中で簡潔に述べていくつもりです。 この小説当面の目標は日常回で壬生朝霞を登場させる事にあります。 私がこの作品を見て心射抜かれたキャラです。ついでに、木更さんにお馬鹿って言われたい。

天童民間警備会社にテレビがあったかは分かりませんが、勝手に設置させていただきました

*この作品では原作の影胤事件が始まるかなり前からスタートしています。 若干違和感があるかもしれませんが、ご容赦ください。


7/17:勝手ながら第一話の次回予告を追加しました。





―――――――――――――――――次回予告。

木更「私の会社に所属する永遠の召使こと里見蓮太郎くんが、晴らし人の話そっちのけでもやしのセールスに繰り出します」


延珠「もやしは蓮太郎の得意料理だからな!」


木更「ひと袋6円のもやし、その為だけに荒ぶる主婦からパンチ、肘、キック、果てはお尻まで触られてしまう可哀想な里美くん・・・」


延珠「な、なんと! 蓮太郎は熟女に襲われるのか!!」


木更「そんな熟女に気がある里見くんは帰り道、衝撃の現場にて一人の謎の男と遭遇する!」

延珠「取り敢えず、妾のご飯が遅れるという事だけは分かった」

木更「放たれる鉛玉、吠える里美くん、止まらぬ民警殺し、集まる刑事達、この物語は一体どこへ向かっていくというか!」

延珠「あれ? もしかして妾の出番って?」


木更「次回暗殺生業晴らし人・『民警無用』。 」


延珠「時代劇は、「必殺」なのだ!!」

蓮太郎「もはや小説の内容が変わってる!!」


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第一話~民警無用~①

どうも、記念すべき第一話がとんでもない私のミスで色々と意味不な一話が皆さんに出回ってしまいました。 違いは特にありませんが、蓮太郎が殴られた先が結構キツイのでご容赦ください。


デジャブかもしれませんがもう一度同じネタを。

アユカタさん、シリアスにはならないといったな、アレは嘘だ。


「晴らし人(はらしにん)?」

 

木更が言った聞いたこともないその一言に、連太郎は首を傾げてみせた。

 

「天気が雨だった日に晴れにしてくれるのか?」

 

「違うわよお馬鹿!!」

 

テーブルから立ち上がり、両手をテーブルに叩きつける。 そんなに怒らなくても、と蓮太郎は内心でそう感じながら頬を掻いた。

 

 

「お金を払いさえすれば、どんな人でも殺してくれる暗殺者・・・ええーっと、お馬鹿な里見くんでも分かり易いように言うなら、昔の時代劇にあった・・・」

 

「仕事人(しごとにん)?」

 

「そう! それよ里見くん! さっすが庶民慣れしている男の子!」

 

なぜだろうか、褒められているようだけどとてつもなく貶されている気がする。

 

「あの作品って、たしか今からだと50年くらい前の日本の時代劇だろ?」

 

「そうねぇ、携帯だって今のようにスマートフォンじゃないし、かといってガラケーのような薄さじゃなくて、ほんと無線機並みのデカさだった時代よ」

 

50年も昔・・・まだ東京エリアが東京都で、神奈川県や千葉県が一つの県として存在していころだ。 あの頃はガストレアもいないはずだし、さぞかし平和だったに違いない。

 

 

「実は、この東京エリアに居るらしいのよ。 その暗殺者が」

 

「マジでか」

 

「都市伝説だけどね」

 

蓮太郎はずっこけた。

 

「あのなぁ木更さん、そんな話するためだけに俺を呼び止めたのか?」

 

だってぇ、と木更は続ける。

 

「たとえ空想のお話だったとしても、『晴らせぬ恨みの為に』っていう流れがあまりにも人気すぎて事件起きちゃったくらいだし。 それくらいの影響力があったのよ? それが本当に存在したとなれば――――」

 

その台詞を言い終える前に、蓮太郎が扉を開けた。

 

「例え存在していたとしても、金もらって人殺してれば・・・ただのゲスな犯罪者、殺人鬼と変わりねぇよ。 もう行くぜ木更さん、もやし1袋6円なんだ」

 

 

冷静にそう言い放ち、扉が静かに閉められた。 残ったのはただの世間話をしただけなのに冷徹にもあしらわれた木更だけである。

 

 

「もう! なによなによ! ちょっとくらい興味もってもいいじゃないのよお馬鹿――――――!!」

 

 

どすん。と再び椅子に勢い良く座り込む。 くそう、と悔しさを紛らわせる為に背もたれに身を預けて天井を見た。 いくつ数えたかわからないようなシミの数。

 

 

「もし本当にいたら・・・私の”恨み”も晴らしてくれるのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎ、ギリギリだった・・・・ま、間に合った!」

 

 

いつもお世話になっているスーパーへ加速装置を使用したようなスピードで自転車を飛ばした蓮太郎。 その努力のおかげもあってか、セールスの開始までに間に合うことができた。

 

 

・・・途中でババアにケツ掴まれたときはどうしようかと。

 

蓮太郎にとってセールスとは、もはや荒ぶる主婦との戦争だ。 ここにいる主婦は突如として現れるステージⅠ、Ⅱのガストレアなんかよりもタチが悪い。 たかだかもやし1袋の為に肘やグーパンを使ってくる主婦もいるのだが、たまに男漁りも目的にしているのもいる・・・今日の蓮太郎がその被害者だ。

 

 

・・・さっさと帰らねぇと、マジで延珠に怒られるな。

 

無事セールスという戦いを生き残った蓮太郎は勝利の報酬となるもやしをレジ袋へと詰めた。 こうしている間にも家で待っている延珠を思い浮かべる。

 

今頃、いつもの彼女なら小さなテーブルにちょこんと座り、早く用意しろと言わんばかりにフォークとスプーンを打ち鳴らしているに違いない。そう考えると、急がなければと思った。

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 用事を済ませ、帰路についていた蓮太郎はアパートに急いで帰るために路地裏を通って近道をしていた。このエリアに住むようになってからもう少しで一年になる。 行かなくても良い学校帰りに少しでも早く帰って延珠にご飯を作るために蓮太郎が休日を利用して試行を繰り返して発見した最短ルートだった。

 

傍から見たら路地裏を理由もなく何度も往復する不審者だと思われているが。

 

 

 そんな蓮太郎が足を止めた理由は遠くから間延びしてくるように響いてくる『音』だった。 たしかこの辺りには重機プレスのような工場はもう廃墟となって無くなっているはずだし、何度も響いてくる不自然さに蓮太郎は違和感を覚えた。

 

 

 

「・・・・ッ」

 

 

思わず足が音の方へ動かすことに抵抗を覚える。 蓮太郎が長いあいだ培ってきた直感が『行かない方がいい』、そして『見ないほうがいい』という事を悟らせた。

 

 

だが。

 

 

彼は行った。 しかも走って。

 

 

・・・なんだ? 途轍もなく嫌な予感がするッ

 

 セールスで手に入れた袋も投げ出して、蓮太郎は感じた。 最初に感じた二つの直感と、最後の直感。 上二つは理解できる。 実際、今ここで帰らなければ家で待っている延珠が泣きそうな目でずっと待っているだろう。

 

だがそれよりも、『行かなければならない』という答えが蓮太郎を走らせた。 向かわなければ、絶対に後悔してしまうような。

 

 

 

 

 

 ほぼ本能の赴くままに駆けた蓮太郎がたどり着いた場所は小さな工場だった。 工場といっても既に廃工場であり、無くなる前は有名な工場だったのだがガストレアウィルスに感染した従業員から次々と感染爆発(パンデミック)を起こしてしまって事件解決後に潰れたらしい。

 

 

 

そしてその場所にやって来て瓦礫の影に隠れた蓮太郎が抱いた感想は、『見なければ良かった』というものだった。

 

 

目の前には男たちがいる。その数は8人、年齢は全員20代を越えているだろうか。 中心の人物をまるで『籠の鳥』の遊びのように一人の少女を取り囲んでいる光景だった。 

 

4、5人の男が手に鉄パイプやらバットなどを持ち何かを叩いている・・・いや、そんな生易しい音では無かった。

 

 

「オラァッ!」

 

「コイツ・・・かてぇッ!」

 

明らかに、殴っている音だった。 蓮太郎が確認した少女は、自分の相棒の延珠と同じ、紅い瞳をしていた。

 

 

 

 紅い瞳を持つ子は、ガストレアウイルスをその身に宿しておりその全ては『呪われた子供たち』と呼ばれている。 ガストレアウイルスを持っていると言っても、そのウイルスに対して抑制因子があるため全てが人類を襲っているガストレアになるというわけではない・・・侵食率50%を超えるという条件を除いては。

 

 

 

ガストレア大戦で、人類は大きな傷を負った。 肉体的にも、そしてなにより心にも。 ならば、その異形の紅い瞳は人類のトラウマになってしまう、中にはその紅い目を見ただけでショック症状を起こしてしまう程の者もいるとか。

 

だから大戦以降、『呪われた子供たち』の差別はもはや世界共通だ。 虐待、捨て子、リンチによって命を失くしていく『呪われた子供たち』は後を立たない。 この今目の前で繰り広げられている光景も、今まで起きてきた数々の事例の一つだろう。

 

 

 

「・・・・うっ」

 

蓮太郎は胃から喉にかけて押し上げられてきた異物を手で押さえた。 半分中身が出て少しだけが地面に垂れるがリンチ中の彼らは気づくわけがない。

 

 

・・・本当に、同じ人間なのかよッ

 

 

ただ蓮太郎は感じた。 同じく、大戦で心と肉体に傷を受けたその報復を何も事情も分からないまま捨てられてしまった少女へと繰り返される暴力。 それを嬉々として行えている彼らは本当に人間なのだろうか。

 

人間の皮を被って、擬態したガストレアのほうがまだ可愛げがあるものだ。

 

 

 

 

・・・ゆる、さねぇッ!!

 

 

動かずにはいられなかった。 吐き気も催し、彼は理解していた。 自分の思考が通常の者とは今はかけ離れていることを。 だがそれでもいい、この状況に何もしないほど、自分は出来た人間ではないのだから。

 

 

「お前らぁぁぁぁあ!!!」

 

 

即座に所持していたXD拳銃を取り出して、蓮太郎がその現場に乗り込んだ。

 

「な、なんだこのガキッ!?」

 

 

一人の叫びに、蓮太郎が返事とばかりに一発の銃弾を空へと放つ。 一度目の前の男達の注意が一斉にこちらへと向けられた。

 

「民警だッ 全員まとめてこの場から離れろ。 じゃなければお前らの頭に鉛玉ブチ込むぞッ!!」

 

 

なに!? 民警ッ!? なんでこんな所にッ!?と男たちの中から声が上がる。 蓮太郎は内心でこの一つの脅しでたじろいでいる彼らを見て安堵していた。 

 

幸いな事に、中央でぐったりと倒れている少女の肩は僅かだが上下している。 生きているのだ。今から全速力で病院へと駆け込めば助かる可能性だってある。

 

 

 

・・・延珠には申し訳ないが今日の飯は少しだけ遅れるのを我慢してもらって――――。

 

 

 

 

 

はっきり言って、蓮太郎はこの時『油断』していたのかもしれない。 拳銃を持っていた自分に、『民警』という単語に動揺している目の前の彼らを見て。 そうした油断は数コンマの遅れを全ての判断に支障をきたす。 彼は気づかなかった。

 

 

 

 

 

自身の死角となっている左方向から男が近づいてくるのを。

 

 

 

 

「――――――ッッ!?」

 

 

一瞬だった。 肩を掴まれ、蓮太郎が振り向いた瞬間、膝が砕け、地面へと沈む。己の体が鈍い衝撃とともに崩れ落ちたのを確認するのに何秒ほどかかったのだろう。

 

 

身長は180前後だろうか、深緑のコートに身を包み、コートのしたには地味な白のシャツ、灰色のズボン。 白髪が少しだけ混ざったオッサンがそこに立っていた。

 

 

 

「俺は・・・なにを」

 

何をされたのだ、と蓮太郎はそのオッサンが持っている警棒を見て、自分が警棒で殴られたのだと理解した。

 

 

 

「銃声が聞こえたから何があったのかと思ってきてみれば・・・・」

 

持っていた警棒をその辺に投げ捨てたオッサンは息を大きく吐いて、蓮太郎を含めた全員を見る。

 

 

「なかなか愉快なことしてるじゃないの君たち」

 

ニヤリと笑っていたオッサンはゆっくりと自身の懐に手を入れて、手帳のような物を取り出して全員へと目に入らぬかと言わんばかりに見せつけた。

 

「どうも、警察です。 お前らか、巷で暴れまわってる逃走中のガキどもは」

 

 

警察手帳に『八洲許(やすもと)』書かれたソレをしまったそのオッサンはゆっくりとバットを持っている男たちに近づいていく。 

 

 

「今度は警察かよ・・・」

 

「ど、どうせ偽物だ」

 

二人の明らかにうろたえている声を聞いたオッサンはニッコリとした笑顔でコートをまさぐり、何かを取り出したものを一番オッサンの近くにいた男の口に突っ込んだ。

 

 

 

彼が突っ込んだのは、拳銃だった。

 

 

「ッッッ!?」

 

 

「ほーれよく嗅いでみろよ悪ふざけ少年たち、火薬の匂いがぷんぷんだ。実際に舐めてみた感想も聞かせてくれ。 ついでに言うと、全弾装填済みだぜ」

 

 

「ン~ッ!ン~ンッ!!」

 

 

口を完全に塞がれた男は恐怖からか完全に涙を流して口からはだらしなく涎が溢れている。

 

 

「ばっちいなァオイ」

 

汚い物を見るようにオッサンは口から拳銃を引き抜くと涙目の男を突き放す。

 

 

 

「おい、アンタ!」

 

 

ん?とオッサンが振り向くと、未だに倒れている蓮太郎が叫んでいた。

 

「警察なんだろ! この状況、見て分かんねぇのかよ!」

 

「わかってるさ。 おイタの過ぎたガキどもが『たむろ』してんだろ?」

 

何を言ってるんだ。 と蓮太郎は息を飲んだ。 違うだろ、と注目すべきは『そこ』ではない。

 

 

「子供がッ! そこで倒れてるのが分かんねぇのかよ!?」

 

「紅い瞳の奴? ああ、いたいた」

 

まるでそれまで気にはしていなかったかのようなわざとらしさで、冷たい目をしたおっさんは堂々と男たちの輪をくぐり抜けて中央に辿り着く。

 

 

「あちゃー 随分やったなお前ら、これじゃあもうすぐ死んじまうよ」

 

膝をついて、もしもーしと、少女の頭をぱしぱし叩くオッサン。 惨状をまるで見慣れているような口ぶりだった。 次に蓮太郎は、衝撃的な発言を耳にした。

 

 

「『奪われた世代』の俺としては複雑な気持ちだァ だからいっそのこと、コイツを楽にしてやろう」

 

 

耳を疑った。 蓮太郎も、周りにいた最初にこの少女をリンチしていた男たちも。

 

 

「ちょっ、と! 待てッ!」

 

覚めていた沸点がいつの間にか臨海を超えて、蓮太郎は立ち上がろうと体に力を込めたが、起き上がらない。連太郎は思い出した。 自分が殴られた場所は三半規管を司る『顎』だ。

 

 

目の前のオッサンは、ゆっくりと拳銃をハンカチで拭って水色の髪をした少女の即頭部に近づけると大きく声をあげた。

 

 

「さーて、私の個人的実験です。 いかに『呪われた子供たち』でも頭にトンネルが開通してしまった場合で生きていられるのか」

 

 

 

・・・何を言って――――。

 

 

思考の中でそう呟いている途中だった。

 

 

最初の銃弾が少女の頭に放たれた。 それを示すように空の薬莢が地面を転がる。

 

 

「ン~ンッ まず一発」

 

たった一発の鉛玉でも、倒れている少女はその特性からか大量の出血をするだけで済んでいた。 だが、間髪いれずにまた一発。

 

「オイッ」

 

二発。

 

 

「止めろ・・」

 

三発。

 

 

「止めろって言ってんだろ!!」

 

四発。 この時、既に少女の体全体が血だまりと化していた。 まるで血の池だ。 

 

 

「もうちょいかな」

 

 

「てめぇぇぇぇぇえ!!!」

 

 

そして、五発目を撃った辺りだろうか、最初はビクンと銃弾が頭に当たるたびに体を跳ねさせていた

少女の動きが、完全に停止したのは。

 

 

 

誰もが、出来るわけないと思った。 仮りにも、市民を守る警官が。 正義の元に行動する警官が、相手が呪われた子だからと言って、簡単にも銃殺できるものだろうか、と。

 

 

「『いい死に芸を身につけたな』お嬢ちゃん、一発芸なら80点くれてやる。 あと始末ぐらいは俺がきっちりしてやるからよ。 恨まないでくれや」

 

 

そう言ったオッサンは拳銃をしまうと、者も言えなくなった少女を肩に担義始めた。 周りにいるリンチ組の男たちも先程のこのおっさんの所業に怯え、辺りを離れてしまっている。 オッサンが立ち上がって周りに目も暮れず立ち去ろうとした時だ。

 

 

 

「・・・・し・やる」

 

 

「あん?」

 

 

振り返るとそこには、獣がいた。 未だに動けないでいる哀れな獣が。  

 

「殺して・・やる!」

 

 

鼻息を荒くして、そう殺気も込めて発せられた言葉に、オッサンは頭を掻いた。

 

「若ェの、いいことを教えてやる。 世の中にはこういった、汚く腐った大人もいるもんだ。 今日はいい授業になったなァ。 俺みたいな大人にはなるなよ」

 

 

後ろでひたすらにらみ続ける蓮太郎など気にも止めず、そう言い残したオッサンはその先一言も喋らずその場を去った。

 

 

 

その直後だろうか、複数のサイレンとともに4、5台のパトカーがやって来たのは。

 

 

「見つけたぞ悪ガキども。 お前ら窃盗と暴行繰り返して逃げ回ってた連中だな!? もう逃げられねぇぞ、逮捕だァ!」

 

黒縁メガネをかけたしろのワイシャツを着た刑事が現れて、同時にパトカーから警官がぞろぞろ現れ始めた。男の一斉の合図に警官たちがリンチをしていた男達に飛びかかる。

 

 

 

 

・・・・ちくしょう。

 

 

警官に捕まり、涙を流す者もいれば、必死に抵抗する者もいただろう。 だが、そんなことは蓮太郎にとってはどうでも良かった。 

 

 どうしようもない、脱力感と虚無感が蓮太郎を襲う。

ようやく動けるようになったとしても、既に遅い。 己の無力さのせいで、彼女は死んでしまった。もうどうすることもできないのだ。 

 

蓮太郎は瓦礫に背を預けて、その逮捕の一部始終を見ることなくただ崩れかけの天井を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 蓮太郎くん? 蓮太郎くんじゃないか」

 

 

途方にくれていた蓮太郎に対し、かけられる若々しい声がした。 ふと視線を少し下げると人がいた。 オールバックの黒髪に若干濃い目の肌、右目の下にできたほくろがトレードマークだ。

 

 

「浜田(はまだ)・・・さん」

 

「どうしてこんな所に、取り敢えずこんなところじゃアレだ。 立てるかい?」

 

差し出された手に対して蓮太郎は一瞬、もういなくなった少女のことを思い出して伸ばした手の動きを止めたが、向こうの手が蓮太郎の手を力強く引っ張った。

 

 

浜田 由紀夫(はまだ ゆきお)、この男は前回で天童民間警備会社にガストレアの駆除の依頼を行った人物である。

 




???「もうちょっとかな」 *主人公です。



幼女の皆さん、そして幼女好きの皆さん御免なさい。 改訂版っていってもあまり変わってないし、明らかになったのは主人公のゲスさ。 そして現れた浜田さん、改定前の後書きで出てきてもいないのに名前出しちゃった。  やっぱり浜田さんがイケメンに見える、フシギダネ。

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~民警無用~②

急に文字数増えやがったチクショウ! やっと幼女が書けるー。


東京エリア、それは元々一つの都道府県東京だったがガストレアによる侵攻により隣接する神奈川県と千葉県の一部が吸収され生まれた都市国家である。 

 

ここは、その東京エリアの駅前通り。 蓮太郎と延珠はこの人だかり賑やかな通りにあるラーメン屋へやって来ていた。

 

 

「蓮太郎・・・大丈夫か?」

 

カウンターの席で隣に座っていた延珠にそう言われた連太郎は心配してくれている彼女の頭に手をぽん、と乗せた。

 

「大丈夫だ・・・別に大きな怪我をした訳じゃねぇからよ」

 

「やぁ、お ま た せ」

 

カウンターの奥からやって来た男が蓮太郎の隣に座る。オールバックにメガネを掛けているこのインテリヤクザっぽさを醸し出している男、浜田 由紀夫(はまだ ゆきお)。 この人物によって蓮太郎と延珠はこの場所に連れてこられていた。

 

 

この男が、前回のガストレアの駆除の依頼を天童民間警備会社にした依頼人だ。

 

「ここのラーメン屋はね、とても安くて学生向けにボリュームがあるから人気なんだ」

 

そう言うと、厨房からハチマキを巻いた店員がラーメンを持ってくる。 浜田から延珠まで均等に配られたそれを見て蓮太郎は目を疑った。

 

「も、もやしで麺が見えない・・・ッ」

 

どんぶりを覆い尽くすほどの山盛りで重ねられたもやし。 その下には麺があるのだろう。 そしてもやしの上に乗せられた巨大な一枚の豚肉が貧乏人二人の鼻を刺激する。

 

「あぁ、安心してくれ。 今日は僕の奢りだ・・・報酬金が遅れてしまっていることもあるし、蓮太郎くんには同じ職業の人間が迷惑をかけたみたいだからね」

 

 

地獄に仏とはこのことか、と蓮太郎は思った。

 

蓮太郎は浜田に最初出会ったときの印象を思い出していた。 所見でその手の人間だと思い、懐から警察手帳を見せようとしただけなのにその場にいた全員が各々の武器を構えたのは今だと恥ずかしい限りだ。

 

「教えてくれ、あの男・・・一体誰なんだ」

 

ラーメンを食す前に蓮太郎は明らかにしておきたかった。 あの男が何者でどうしてあんなことをしたのか分かるまでは、とても奢りであるラーメンを口にすることはできない。

 

 

そうだね、と浜田がお冷を飲み干すとコップを置き、語りだした。

 

「彼の名前は八洲許 勇次(やすもと ゆうじ)、巡査部長だ」

 

「・・・巡査部長?」

 

「そう、だけど『部長』じゃない。 万年ヒラみたいな人だ」

 

「れんふぁろー、このらーめんふといぞぉ」

 

真剣な男の話そっちのけで隣の延珠は既に形成されているもやしタワーを胃に収め、下の層である麺まで到達していた。 麺が手作りなのかかなり太い、それに苦戦しているようだ。

 

「あの人は色々と問題の多い刑事だ。 月一回でも真面目に働いているかどうかだし、君たちから聞いたように、呪われた子供達がいたら殺してしまう・・・とにかく、いい噂は聞かないよ、賄賂をよくもらってるっていうし」

 

賄賂、その言葉に蓮太郎が首を傾げた。

 

「つまり、あの金の延べ棒を上からもらって悪事を見逃したり・・とか?」

 

「蓮太郎くん、時代劇でも好きなのかい?」

 

浜田は笑って続けた。

 

「まぁ間違っていないさ。 でも呪われた子供を殺す理由はなんでだろうな」

 

「アイツは『奪われた世代』って言ってたけど。 親族でも殺されたのか」

 

いや、と浜田は麺をすする。

 

「奥さんはご健在の筈だ。 僕もそこまで彼について知っているわけじゃない。 警察はそこまでアットホームじゃないから」

 

「そうか・・・俺は、アレを同じ人間なのかって疑ったよ。 最初にリンチしてた奴らもそうだ・・こんなんで今の東京エリアは平和を謳ってるのだとしたら・・・狂ってやがる」

 

蓮太郎は、ずっと湯気を上げているラーメンを見たまま動かない。 

 

「だが蓮太郎くん、東京エリアはまだいい方だよ」

 

ずるり、と浜田が麺を飲み込む。

 

「『呪われた子』に対する差別運動はこのエリアでは穏やかなくらいさ。 『呪われた子』を引き取ると報奨金でお金が払われるのも、この東京エリアだけだしね」

 

知ってるかい、と浜田は箸を置き腕を組んだ。

 

「大阪エリアでは、ここよりも排除運動は活発だ。 今日みたいな出来事はほぼ日常茶飯事、あちこちで悲惨な目にあってる『呪われた子』がいると言ってもいい」

 

 

 

 

蓮太郎は隣にいる延珠を見た。 どうやらもう麺は食べ尽くしてしまったのか今度は脂分のある濃厚なスープを飲み干そうと、ギトギトスープめぇ、こうしてくれるわ!ぬおー、と丼を一気に飲み干すことに挑戦している。

 

 

 

「時々、わからなくなる・・・俺たち民警がこうやって活躍することで、世界でちょっとでも『呪われた子どもたち』の認識が変わればいい、そう思ってた」

 

だが、現実は違うのだ。

 

「あの場所にもし、今日助けられなかった場所に・・・もし延珠がいたら俺はッ」

 

がしっ、と強く蓮太郎の肩を掴む手があった。 それは延珠のものではなく、浜田の物だ。

 

「蓮太郎くん、希望を捨てちゃいけない」

 

浜田の熱い視線は諦めてはいけないと言っていた。

 

「君が少しでも希望を持っているならば、絶望しないで進んでいくことが君には大切なことだ。 もちろん、延珠ちゃんにもね」

 

 

 

人間、捨てたものではないな、と蓮太郎はこの時溢れ出そうな涙をこらえた。 ただただ嬉しかった。少ない味方がこの場所に存在してくれていたことが。

 

「僕にも目標がある。 今は警部補だが、最終的に目指すのは警視総監だ。 そこで今までのような警察の悪しき風習も見直して、君たち民警との関係も改善していこうと思ってる」

 

 

「警視総監・・・あんたなら、できるぜ浜田さん」

 

そうかい、と照れて笑った浜田がポケットの中をまさぐった。 振動音と一緒に取り出されたのは浜田の黒いケータイだ。

 

「ん? ちょっと失礼」

 

と、浜田は断りをいれるとその場で携帯の通話ボタンを押した。

 

「ああ、お疲れ。 『仕事』かい? じゃあちょっと待っててくれよ、今行くからさ」

 

そう言って携帯の電話を切った浜田は食べかけのラーメンの丼の上に箸をおいて立ち上がる。

 

「すまない蓮太郎くん、僕はこれから野暮用でね。 同僚に呼び出されてしまった」

 

「そうか、急な呼び出しに対応しなきゃいけないなんて・・・やっぱ警察ってのは大変なんだな」

 

「君たちほどではないさ、延珠ちゃん、僕の分も食べてくれ」

 

うむ、と嬉しそうな笑みを浮かべて延珠が丼をもらうと、浜田は店の暖簾をくぐって外へと出て行った。

 

 

 

「延珠・・・」

 

浜田がいなくなったあと、蓮太郎は二杯目のラーメンに手をつけている延珠を見て呟く。 

 

「なんだ蓮太郎」

 

「これから・・・頑張ろうな」

 

 

「・・・・ふぁっ!?」

 

突如とした蓮太郎の発言に延珠は面食らったように、喉を詰まらせて慌てて咳き込む。蓮太郎はどうしたといったように咳き込む延珠の背中をさすったのだ。

 

 

「どうしたんだよお前?」

 

「れ、蓮太郎! 『これから頑張る』って急すぎるぞ! 流石の妾も不意打ちだ! まるで野獣、野獣のようだぞ!そんなに夜の相手がしたいのか!」

 

 

「そっちじゃぁねぇッ!」

 

一瞬にして周りがざわついていた。 同時にひそひそと声が聞こえてくる。 「いやだ、ロリコンよ」、「へんたいよ、変態がいるわ、警察に連絡よ」

 

批難の視線が連太郎に向けられていた。 どうしてこう、自分はこんな目に逢う事が多いのか。 そう考えずにはいられず肩を落とした蓮太郎であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蓮太郎が浜田に奢られている同時刻、東京エリア18地区にある居酒屋『行灯(あんどん)』で三人の男が座敷に座って酒を飲んでいた。

 

「うむ、ここの酒は全体的に質がいいな・・・烏賊の塩辛なんてそこらじゃこの店に叶わねぇ」

 

ビールを片手に、小さな皿に乗せられた烏賊の塩辛を口に含んだ八洲許はしたづつんだ。 後ろでは厨房で若い小太りの男が照れ隠しに笑みを浮かべている。 この男が作ったのだろう。

 

「やっさん」

 

向かいの中年の男性が八洲許にそう言ってビールを置いた。

 

「なんだ多田島警部どの。 そういえば今日はお前の呼び出しでもあったよなぁ・・・一体どう言う了見だよ」

 

「しらばっくれるなこの昼行灯(ひるあんどん)」

 

 

さてなんのことだか、と八洲許はビールを持つ手で隣を見る。 八洲許のとなりには黒縁メガネをかけた中年の男がいた。

 

「木下ァ、なんのことだと思う?」

 

八洲許にそう聞かれて、木下と呼ばれる男は無我夢中で山盛りにされていたフライドポテトを口へと運んでいた最中だった。 当然、話の流れなどわかるはずもなく、さぁ? と言わんばかりの首の傾け。

 

多々島は頭を掻いた。

 

「スーパーで学生の万引きをゆすって見逃したな? あと、路地裏で発砲したのもお前だろ」

 

あちゃ、バレてた? と八洲許は歳に合わないくらいの笑顔で舌を出して自分を小突いた。 てへぺろである。

 

 

「俺の部下が偶然見たのと、顔をブルーにして小便漏らしながら逃げてきた男が『人殺しィィ!!』って口走ってたんだ・・・特徴を聞いたら深緑のコートにガラケーの男ときたもんだ。 お前しかいねぇだろ」

 

 

あのなぁ、と八洲許は呟いた。

 

 

「言っとくが温情措置なんだぜ? 万引きの学生なんて金持ち大学、法学部の出だ。 これからの彼の将来を考えた上で前科を付けるにはかわいそうだからと思ったこその約束金よ・・・あと、最後に関してだが、生憎俺は人は殺してねぇ」

 

人呼吸おいて、八洲許は言った。

 

「目の赤いガキどもは、『人』だと認められてねぇ。 むしろ、一般市民を脅かす可能性のある存在だ。 あいつらが本気を出せば、あの程度のガキどもなんてすぐに殺せるんだぜ。 撃って何が悪い」

 

 

 

「危険なのは百も承知だ。 確かに『呪われた子供たち』による一般市民の集団リンチ殺人事件だって起きてる。 俺が言いたいのは、安易に銃を抜いて解決を図るなって事だ」

 

 

「こんな飲み屋でそんな喧嘩したって酒がまずくなるだけですよ二人とも」

 

まぁまぁ、と一触即発ムードの二人を制止に入ったのは木下だった。 彼に言われて納得したのか、二人はお互いに深呼吸するなりビールを飲むなりして落ち着きを取り戻す。

 

 

暫くして、木下(きのした)が口を開いた。

 

 

「多々島よ、お前『民警殺し』の犯人を追ってるんだって?」

 

 

瞬間、八洲許の目つきが変わった。 二人はその変化に気づくことなく、会話を進めていく。

 

「ああ、ホシのつけ所が全くもって難航しているが、色々と掴めてきたぜ。 やっぱりこの『民警殺し』・・同じ民警による殺人で間違いないと思うぜ」

 

 

多田島は、持っていた手帳を開いた。 手帳には箇条書きで今回の『民警殺し』についての要点が書かれている。

 

 

 

 

・殺害されるのは決まって民警ペア。 それも、酷く小さな民間警備会社。 プロモーターと社長を兼業で行っているといったほうがいいだろう。

 

 

・二人とも、頭部を打ち抜かれて即死。 使用された弾丸はガストレアに弱点のある弾、バラニウムの弾。

 

 

・イニシエーターはプロモーターに覆いかぶさるような体勢で死亡している。これは全ての事件に共通していることだ。

 

 

以上が、多田島が得た『民警殺し』の情報だ。

 

 

 

「ふぃー、多田島。 やめとけやめとけ」

 

ビールをちび、と口につけた八洲許が顔を赤くしていう。 恐らく、酔っているのだろう。

 

「こりゃ結構、あぶねぇヤマだ。 下手したらお前もタダじゃ済まねぇぜ」

 

だがよ、と八洲許は続けた。 ちょっと顔を沈めて周りにあまり聞こえないように多田島に近づく。

 

「もし犯人の目星がついたらよぉ、その手柄・・・俺に譲ってくれね?」

 

「クズ野郎」

 

毒を吐き捨てるような目で、多田島は言った。 そうすると木下がまたしてもまぁまぁ、と多田島のジョッキにビールを追加していく。

 

それを見てか八洲許が口元を歪めた。

 

 

「いいなぁ木下ちゃんはさー。 あのバリバリやり手の浜田由紀夫(はまだ ゆきお)くんとこの部下になって、仕事いっぱいもらえて、もうすぐ多田島と同じ警部になっちゃうしー、美人な奥さん捕まえてるしー」

 

はは、と苦笑を浮かべている木下に対して多田島が悪い笑みを浮かべて言った。

 

「お前ところにもいるじゃねぇーか、立派な『お嫁』さんが・・・りっちゃんだっけ?」

 

「おい馬鹿やめろ。 あれは『嫁』じゃねぇ。 亭主をこき使う悪女そのものだぜ」

 

「婿養子は辛そうだねぇ」

 

変なタイミングではあったのだが、三人は笑ってしまった。 一体先程までの険悪な雰囲気はどこにいったのかと、周りの客もそう思っているだろう。

 

そして手を二三回叩いて軽快な音を鳴らした八洲許がビールを持つ。

 

「さァ、我ら警察の『お仕事』のお話は終わりだ。 むしろこういう酒飲む場所で仕事の話をするのが無粋ってもんだぜ。取り敢えず、飲んじゃいましょ飲んじゃいましょ」

 

「お前が『仕事』の話すんじゃねぇっ お前のデスクの上、競馬雑誌とパチンコ玉でいっぱいじゃねーかっ!」

 

「おーい! 生三つ追加で!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっさん、飲みすぎだぜ」

 

 

月が完全に笑っているようにしか見えないこの真夜中、八洲許と木下は繁華街を歩いていた。 と言っても、八洲許が酔っ払っている為、木下が肩を貸している状態だが。

 

 

飲みが本格的に始まってから2時間で、八洲許がトイレに駆け込んでゲロした瞬間に今日の飲み会はお開きとなった。 

 

「ちくしょー多田島の野郎ォ、いつの間にか俺らを追い越していきやがって。 調子乗ったなァ」

 

「調子に乗ったのはやっさんだぜ。 なんで熱燗をイッキでやろうと思ったのさ、学生のノリじゃないんだから」

 

「ばかやろーおめぇ、あれぐらい飲めなきゃ、や、やってられねぇよばきゃろー」

 

もう酔いが周りに回っているのせいか、八洲許の口調は酔っ払いのそれだ。 やれやれ、といったメンドくさい表情で木下は頭を掻く。

 

 

「でもやっさん、俺らもいい年になったなァ」

 

「ああ、もうお互い44歳・・・あと20年以内にはお役御免よ」

 

 顔を酒気で帯びた八洲許が答える。 東京エリアが出来上がる前から二人は知り合っていた。 同じ警察官学校に入学し、ともに口うるさい教官の愚痴をバレないように持ち込んだ酒を飲みながらこぼし合う。 二人で協力して事件を捜査したこともあった。

 

結局『真面目な木下』と『不真面目な八洲許』で大きな差が開いてしまったが。

 

「やっさん、15年以上あんたと付き合っているがあんたについては、未だに分からないことの方が多い。 分からないことは、この東京エリアだってそうだ。 一つだけわかってることがあるとすれば、警察の仕事も、民警も、一般市民も、呪われた子も、この世の中では理不尽な事が多すぎる」

 

だから、と木下は続けた。

 

 

「そんなところを、知らなければいいことをアンタは知っちまったから、そうなっちまったんじゃねぇのか」

 

 

木下に言われて、八洲許は夜風にあたって少し酔いが醒めたか、肩を借りることなく歩き始めた。 そしてコートのポケットからタバコの箱を握り、一本だけ取り出すとライターで火を点けて吸い始めた。

 

「俺はなぁ木下ァ、ただ単にメンドくせぇだけなんだよ。 民警の御陰でやつらの補助作業が多くなった今の警察の仕事なんかよりも、競馬で一発当てたり、銀玉をへそにぶち込んで大当たりを目指している方が、俺はまだ楽しいもんだぜ」

 

 

やれやれ、と言って木下は肩を落とした。この男は、15年以上の付き合いのある同僚に対しても隠さなければいけないことがあるらしい。

 

 

「・・・・」

 

本来なら、また笑って済ましておきたい木下であったがその表情は真剣な表情だ。 その木下が呟く。

 

 

「なぁ、やっさん。 この先、俺に『何か』があったらさ、息子と妙子の事・・・頼むぜ」

 

「どしたァ? 意味深だなァオイ。 これから死ぬみてぇじゃねぇか」

 

八洲許がタバコを口から離すと木下は小さく笑った。

 

「もちろん、簡単にくたばりはしねぇよ。 でも『もしも』ってやつがありそうだからさ、この仕事は」

 

 

ガストレア大戦以降、民警が結成されてからガストレア関連の現場に警察が直接関わるには、民警の協力が不可欠となったこの時代、仕事のお株を奪われたと思っている警察と民警は非常に仲が悪い。

 

なのでいざ現場で行こうものなら民警より先に手柄を取ろうとして感染源のガストレアに襲われて死んでしまった血の気の多い若き警察官が多くなった。

 

「ほらやっさん。 そろそろ急いで帰らねぇとお前の娘さんが心配するぜ」

 

「おっと、そうだった・・・じゃあな木下ァ、『民警殺し』の件が落ち着いたらまた三人で飲もうぜ」

 

その時は既に木下は遠くに居たが八洲許の声は届いたのだろう。 一度止まってから振り返って大きく手を振っている。 

 

 

「あー寒い寒い」

 

小さく背を丸めた八洲許は寒さを増した夜風に耐えながら彼は帰路へと着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里見蓮太郎の相棒のイニシエーターこと、藍原延珠の通う勾田小学校は、蓮太郎の通う勾田高校の二つ隣にある。 蓮太郎に自転車で送られていくのがいつもの流れだ。 

 

今日もその流れで登校し、自分のいるクラスの教室へと駆け込んでいく。

 

「む、舞ちゃん! おはようだー!」

 

「あ、延珠ちゃんおはよー」

 

教室に入ってすぐ目の前には延珠と同い年くらいのくせっ毛のある少女ともう一人。

 

「七海(ななみ)ちゃんもおはようだ!」

 

「おはよう延珠ちゃん、そして勝負よ延珠ちゃん」

 

不敵に笑った同い年の少女、七海 静香(ななみ しずか)がそう延珠に向かって呟いた。 腕を組んで首あたりまでに伸びた艶のある茶色の髪、前髪はピンで留めたその少女は周りの女子がスカートでいる中、一人だけジーンズの半ズボンの彼女は少女といよりちょっと男の子ぽい。

 

「いきなり勝負とは・・・昼ではダメか、七海ちゃん」

 

「待てない、延珠ちゃん風に言わせてもらうなら『待てぬ!』

 

「延珠ちゃんでもそんな喋り方しないかもよ~」

 

拳を握り締める七海に舞が語りかける。 延珠は長いツインテールを揺らしながら机にランドセルを置くと改めて七海と向き合った。

 

「はっきり言うとだぞ。 昨日の天誅ガールズ、天誅レッドのお株を奪ったのは戦犯バイオレットだぞ? 前回の次回予告から既に裏切りを開始していたのだ。味噌大根食べたさに敵に寝返ったのだ!」

 

 

延珠が言う『天誅ガールズ』というのは、義父・朝野を殺された大石内蔵助良子(魔法少女)が仲間である同じ魔法少女を引き連れて憎き仇である吉良邸に討ち入るまでを描いた大長編アニメである。

 

 ここ最近の言葉で表すと、赤穂浪士系魔法少女萌えというらしい。 

その中でレッドやブラックなど色々なキャラが存在するのだが唯一、人気のない存在が今延珠が口にしたバイオレットなのだ。

 

巷のヒーローショーなどでは夢と希望に満ちあふれた子供たちの歓声がレッド、ブラックなどにかけられる中、バイオレットの着ぐるみだけは子供たちから殴る蹴るというぞんざいな扱いを受けてる暗黙の了解が存在する。

 

 

 

某掲示板ではバイオレットを慰める会などが存在するとかしないとか。

 

 

延珠の目の前にいる七海は不遇扱いされている、天誅バイオレットの肩を持つ数少ないファンなのである。

 

「違う、違うよ延珠ちゃん! あれは囚われてた街人を助けるための芝居だったの! 敵を騙すにはまず味方からというじゃない!」

 

「見終わった後、妾はネット掲示板で検索をかけたところ、レッドとブラックを演技で引っぱたいて高らかに高笑いしたあのシーンだけでサーバーが落ちたらしいぞ」

 

「『無駄にシーン引っ張って、しょうもない事で出番増やそうとするんじゃねぇッ』って凄い叩かれてたね」

 

笑顔で言う舞がちょっとだけ怖いと感じた延珠である。 唯一のバイオレットファンの七海は涙目で頭を抱えた。

 

「どうして、どうして皆バイオレットに厳しいのッ  天誅ハートチェーンがせこくて卑怯だなんて言うのッ こんなの・・・こんなの絶対おかしいよッ」

 

「振り回して引っ張ったら戻ってきて首に当てるというのはどうも・・・地味じゃあないか?」

 

「せめて『トリッキー』って言ってよッ!!」

 

 

天誅ガールズバイオレット、彼女が陽のあたる世界がいつか来るのだろうか。 そんな事を考えながらその二人の相対を見ていた舞は思い出す。

 

「あれ~? 一体なんの勝負だったの?」

 

それを聞いた瞬間、延珠と七海は同時に振り返ると、それは・・・と続けて、ぎゅっと拳を握って言い放った。

 

「「愛だよッ」」

 

「どういうことなの?」

 

見事に息ぴったりな事に随分とお二人さん、仲がよろしいようで。

 

 

「はーい皆おはようー、席についてー」

 

扉の戸を引いて入ってきたのは延珠たちのクラスの担任の男性教諭だ。 教師の掛け声に反応して全員がそれぞれの席に着き始めた。 延珠や七海は話の続きができないのを残念がったが、舞を含めて延珠のすぐ近くの席には七海がいるのであまり気にはならなかった。

 

 

「えー、今日はちょっと皆にお知らせがあります。 皆も今日気付いていると思うけど、同じクラスの木下正樹(きのした まさき)君がいません」

 

ほんとだ。と、延珠や七海、ほかのクラスメイトも周りを見渡した。 教師の言う正樹くんはクラスではあまり目立ちたがらないがどこか心が強く、正義感あふれる少年だった。

 

 

 

 

 

 

「実は、彼の警察官のお父さんが・・・今朝亡くなりました」

 

 

 クラスの皆は思い出していた。 いつかクラスの中で授業中にあった『将来になりたいもの』、各々がそれぞれの夢を描いた。

 

 

延珠なら『死ぬまで蓮太郎の嫁』、舞ちゃんなら『天誅ゴールド』、七海は『必殺剣劇人』。

 

 

その中、警察官の父を持つ正樹くんは健気にも『お父さんのような警察官』であった。 彼いわく、弱い人を助けて、悪い人はお父さんと一緒に捕まえるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 木下正樹の父、木下 誠治郎(きのした せいじろう)が亡くなったのは、19地区のとある公園だった。 その公園は、ホームレスなどが勝手に持ち出してきたドラム缶に火が灯っており、誰がその火を維持しているのか不明だが、雨や風が極端に吹かない以外ならば一日中火がある公園で有名だった。

 

 

 

彼は、この公園でなくなっていたのである・・・他殺だった。

 

 

原因は頭部に開けられた穴を見ればわかる・・・単純な事に、銃による殺人だ。

 

 

 殺しの起きた現場では既に遺体は鑑識によって運ばれ、捜査員が辺りを詮索し、木下が倒れていたであろうブランコの側には倒れていた形に沿って、チョークでマークされていた。

 

 

「・・・・・」

 

その光景をタバコをふかしながら見つめる男がいた。 八洲許である。

 

 

――――この先、俺に『何か』があったら、息子と妙子の事、頼むぜ。

 

 

・・・お前は、何を知っていた。 そして、何に巻き込まれたんだ木下ァ。

 

 

「やっさん!」

 

 

その現場に走ってかけてくる男がいる。 息を荒くしているのは多田島だ。

 

 

「おう」

 

「お前も・・来ちまったか。 昨日の今日だからよぉ、俺はァまだ信じられねぇんだ」

 

視線の先には、木下が倒れていたであろう人の形に沿って描かれたマーカーだ。

 

 

「今回の『民警殺し』と関係がありそうだ・・・」

 

「なんでそう思う」

 

八洲許がタバコを外すと、多田島が言うのだ。

 

「使われたのは、バラニウム弾だ・・・くそっ、遂に『民警以外』にも手を出しやがった!」

 

 

手口が、これまでの民警殺しとほぼ同じなのだ。そういうことなのだろう。

忌々しく多田島は吐き捨てるように言うと、八洲許は近くで片付けをしている捜査員の肩を叩く。

 

「おい、聞きたいことがあんだけどよ」

 

「あ、ご苦労様です」

 

八洲許に反応した捜査員に彼は続けて問う。

 

「木下・・いや、死体はどんな風に倒れてた?」

 

「は?」

 

と、突然の事にそう答えた捜査員に八洲許が舌打ちしながら続ける。

 

「なんでもいい。 死体がどんな感じで倒れてたか、使われた弾の種類とか」

 

「そ、それでしたら」

 

剣幕におされたか、捜査員は当時の状況を説明していく。

 

「死亡推定時刻は午前4時頃、現場で見つかったのは被害者の死体付近から見つかったライフルの弾です」

 

「あとは・・・気になるところとか」

 

えーっと、と思い出そうとする捜査員から、何も聞けなさそうな気がしたので八洲許が帰ろうとした時だ。

 

 

 

 

「そう言えば、気になる事が一つだけ・・・被害者の携帯、死亡したであろう時刻に奥さんの方に電話が入ってるんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間とかからなかった。 現場にはKEEPoutと書かれた黄色の帯が公園の出入り口に貼られている。 多田島は途中で帰った。 なんでも、もう一度『民警殺し』についてもう一度洗うとのこと。 

 

そして、絶対に犯人をこの手で捕まえてやると目を赤くしていたのを八洲許は忘れない。

 

 

「俺の予想が正しければ・・・ん?」

 

 

 粗方話を聞いて、もうこの場所にいる必要のないと判断した八洲許が帰ろうとした時だ。 黒塗りのリムジンが彼の真横に止まる。リムジンといえば、高級車で、電話一本で呼べるのだとどこかの民間警備会社の社長は仰ってるらしいが、定かではない。

 

少なくとも、八洲許は買った覚えも読んだ覚えもないのだから。

 

 

 

 車のパワーウィンドがゆっくりと下げられ、中に居たのはヒゲを伸ばした運転手である黒服の男と後部座席に座る、一目見ただけで外人ではないかと勘違いするような銀髪の少女だ。 胸元には長さ余った銀の髪を二つの三つ編みを垂らしたその髪型は黒い女子制服に身を包んでいる。   凛とした佇まいはお嬢さまそのものの風格だ。

 

 

 

「八洲許さん」

 

透き通るような彼女の声に八洲許は顔を合わせることなく敢えて背を向けたまま話を聞いた。

 

「急ですが依頼が入りました・・・『仕事』です」

 

 

小さく頷き、ゆっくりと紫煙を吐いた八洲許はタバコを捨てて、足で完全に踏み潰してその場を去郎とした時だ。

 

「八洲許さん・・・」

 

少女の呼びかけに、思わず足を止めた八洲許が振り返るとパワーウィンドから露出した黒い制服に包んだ彼女の二の腕が地面を指している。 

 

そこには先ほど捨てた八洲許のタバコがあった。

 

 

「ポイ捨ては・・・いけません」

 

「・・・へい」

 

やる気なさそうに言う彼はもう一度その場所に戻り、捨てたタバコをまた拾う羽目になったのだ。

 

 




仕事人風にやろうとすると文字数が重なるというのが今回分かりました。 一応、次で一話完結するのですがこれからもこんな感じで一話が大抵三つぐらいに分かれると思うのでご理解をいただければと思います。 できれば端的にわかりやすくできるよう努力していきますんで。取り敢えず、幼女もっと書きたいぜ(迫真)

原作と仕事人を同時に見て参考資料としている私ですが最近『アカメが斬る!』という作品も参考資料として加わるかもしれません。


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~民警無用~③

 一話で総文字数24000文字ってなんだコレw 最後のところだけ妙に長くなっちまった。
それではうすっぺら殺人の種明かしをご覧下さい。



 夜の9時過ぎというのは、夜にしてはまだ明るいほうだと夜の男たちは言う。 東京エリアの繁華街のことを指すが、この場所は夜のお店や街灯などによって自然と暗闇とは無縁の場所である。

 

 逆に、まったくもって静かな場所もある。それは、19地区の西に電灯が一本だけ立っている不気味な広場、別名『呪われた広場』だ。

『呪われた子供たち』が昔、大量に惨殺されて捨てられていた広場だったという噂が流れているがあくまで噂なので気にしない人もいれば気にする人もいる。

 

 まぁ噂の評判というのはかなり高いようで、夜に灯りが消えてる日は惨殺された『呪われた子供たち』の霊が彷徨っている日で、近づくものには呪いを与えるとかどうとか。

 

 

 その静かな広場に一人佇んでいる男がいる・・・ジェラルミンケースをぶら下げた浜田 由紀夫だ。もう片方の手に持った携帯電話で誰かと通話している最中である。

 

 

「・・・というわけだ。 警察の狙いも大きく外れてしまったこともあってか、この『民警殺し』はかなり大事になりつつあるよ。 近々、大掛かりな捜査も行われるみたいだ蓮太郎くん達も気をつけた方がいい」

 

『そうだったのか・・・大丈夫なのか? 浜田さん、あんたのところの部下もやられたんだろ?』

 

通話の相手は蓮太郎だ。

 

「・・・木下さんもこの仕事に就くからにはある程度覚悟してただろうね。 ただ悲しいよ、真面目で、正義感が強くて優秀な人だった」

 

 真上で輝いている電灯を見つめる。何匹かの蛾が光に誘われて辺りを浮遊していた。

 

「彼の無念を晴らす・・とまで行かないかもしれないけど、犯人は必ず捕まえてみせる」

 

『民警だからどこまで手を貸せるかわからないけど、力が必要になったら俺たちにも手伝わせてくれ・・・・ところで、どうしてこんな時間帯に電話を?』

 

 

そうだった、と浜田が目的を思い出してその問いに答える。

 

「遅くなったけどこの前の仕事の報酬金が用意できたんだ。 実は僕は明日から別の地区へ出張しなくちゃならなくて・・・今のうちに渡したいんだ」

 

『ああ、そういうことなら・・・じゃあ今すぐにでも』

 

「そうだ、来るときは延珠ちゃんも一緒でね・・場所は、19地区の西にある広場だ」

 

そう言い終わると蓮太郎の返事を待たずに彼は携帯の通話を終了させる。

 

 

「・・・ふぅ」

 

 大きく息を吐く浜田は携帯をポケットの中へと戻すと暫くして体をくの字に折り曲げた。 思わず持っていたケースを落として小刻みに肩を震わせる。

 

 

両手で顔を隠して必死で何かをこらえるようにしていた彼が零したのは・・・。

 

 

 

 

 

 

「クククッ・・・ば~か」

 

 

卑しいほどの腐った笑みだった。

 

 

 

 

・・・いいよなぁ、ああいう馬鹿で正直な民警くんはさァ! とてもとても、とっっっっても利用しやすい!

 

地面に落ちているケースを拾い上げる。 報酬として渡す金額として札束を入れたが、それを浜田は愛おしそうな目で見つめながらそれを抱きしめた。

 

 

・・・誰が貴様ら『民警』なんぞにこの金を渡すものかァ! これはなぁ、『俺ら』がこの世界でのし上がるために必要な裏金なんだよォ!

 

 

 

 

 

「木下も哀れだよなぁ、俺が『民警殺し』の犯人だったのを気づいていたならただ黙ってさえいればいい物を。 待ち合わせを指定したら真面目だからホントにその場所に『一人』できやがった!」

 

浜田の笑いは止まらない。 そこにある男の姿はまるでお笑い番組で変にツボってしまった視聴者の姿そのものだ。

 

「そこに殺し屋(スナイパー)が待ち伏せてるとも知らずになァ!」

 

 

・・・後は、あの不幸ヅラのアホな民警君がここに来るのを待っていればいい。 そしたらいつもの通り、スナイパーとの連携でッ

 

 

手の形を銃に変えて撃つ素振りをした。 簡単なシュミレーション、だがこれをこなすだけで自分に高額な報酬金が丸々入ってくるのだ。 もう人に引き金を引く事に対してなんも重みも感じない。

 

「まだかなぁ・・・ん?」

 

 

まるで遠足を待つ子供のような笑みを浮かべていた時だった。 遠くの広場の入り口から、一人の男がゆっくりと入ってくる。

 

 

・・・もう来たのか? いやまて、あれは誰だ。

 

浜田が疑問を浮かべたのはまず容姿だ。 ゆっくりと入ってきたその男の身長は180以上はある。 里見蓮太郎の身長と一致しない。 

 

ペアであるイニシエーターを連れて来いと言っていたのに、一人なのもだが極めつけはその長身に合ったコートだ。

 

 

・・・誰だ。

 

 

 

 やがて、浜田の頭上にある電灯にその影が近づくにつれて、その姿は明らかになっていき、彼は目を細めた。 その人物が来ていたコートが深緑だったという事もあって、浜田は一瞬で見当がつく。

 

 

 

「八洲許・・・?」

 

 

「よう『民警殺し』の浜田くん」

 

 

浜田とは違った笑みを浮かべた安元がそこには立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕が『民警殺し』の犯人だって? 一体なんの冗談だ?」

 

 

内心で焦りながらも表に出さないように浜田は思考を停止させないように努めた。 冗談だったとしても、なぜそんな答えを、この男が出せるのか、と。

 

「とぼけちゃあいけないや」

 

と、彼は自身の首を捻った。 関節が固まっていたのかゴキゴキ、と鈍い音がなる。

 

 

「実はさぁ、勝手に君の通帳調べさせてもらったんだけどさぁ、最近すっごい莫大なお金が君の所に流れ込んでるねぇ、なんと総額5500万円超!」

 

「き、きさまいったいどやって! い、いや・・・だから、それがどうした!」

 

思わず、息を呑む。 浜田は一斉に溢れ出した汗、そして身を包む寒気に対してすぐさま平常を装ってみせた。そうでもしなければ、不当な金だということを認めてしまう。

 

「これさ、多分だけど・・・殺害した民警に支払うはずのお金だったんじゃないの?」

 

八洲許は大きく手を広げて続けた。

 

 

「お前には協力者がいるな? 軍の関係者か、その手の人間か、もしくは・・・遠距離支援型のプロモーターが」

 

手順は非常に簡単だ。

 

 まず、狙いを付けたのは小さい民間警備会社。 理由は殺しのリスクが減るから。 自営業のような形でやっているのなら、完全に金をもらうにはここを狙うしかない。 そういった民間警備会社は仕事に困ってるから、疑いもせずに飛び込んでくるだろう。

 

 依頼が終わったら今回のように、人気のない場所に誘い込む。 だがそこは、腕利きのスナイパーがお待ちかねだ。 

 

 

 後は流れ作業、いつものようにプロモーターの方から頭を狙って一撃必殺。 中には勘のいいイニシエーターがいるからケースを渡して手がふさがっているのを確認してから狙撃。

 

 

「どうだァ、うすっぺらい殺人の手口だァ、ミステリーの欠片もないが許してくれ。 民間警備会社の仕事の依頼を全部自ら行ったのはまずかったな、どう考えても不自然だぜ・・・お前の担当した民警だけが後日死ぬってのはよぉ」

 

 

 

両手の手のひらを広げて、彼は年甲斐もなく舌をべろん、と出した。 完全に馬鹿にされていた浜田であったが彼の場合はもうそれどころではなかった。

 

 

「証拠はァ! 俺がやったていう証拠はあるのかァ!」

 

「お前・・・それ探偵漫画だとフラグなのに」

 

と、八洲許が取り出したのは一本のケータイだった。 頭に疑問符を浮かべた浜田が、首を傾げる。

 

 

「これはなァ、木下の携帯だ・・・アイツが殺された時、その実況中継を生で聞いていた人がいるんだよ」

 

 

それはな、と彼はその携帯を開いた。 その履歴には『木下 妙子』と表記されている。

 

 

「あいつもただでは死ななかったってことだ。 奥さんとグルになって、お前が犯行を白状するところから木下を殺して高笑いするところまでのその音声は録音されてたんだぜ? たいした夫婦だ」

 

「ばァかァなァッ! あの野郎ッ 余計なことしてくれやがってぇぇぇ!!」

 

 

先程からすでに理性の枠から外れた浜田の表情はとても冷静とは言えなかった。 ポマードで固められたオールバックヘアーを指でかき乱し、顔を真っ赤にしている。

 

 

・・・どうするッ! もうこの男を生かしておけないッ!  殺すしかないッ!

 

最終手段として、彼は右手をあげようとしていた。 この右手をあげるだけで、800m先で待機している彼の相棒であるスナイパーはこの男を射殺してくれるだろう。 

 

それも簡単に、いつものように。 

 

・・・殺すッ!

 

その為の右手を、肩まであげた時だった。

 

「なァ浜田くん」

 

そんな様子を見ていた八洲許が唐突に口を開いた御陰で、浜田の腕の動きがピタリと止まった。

 

 

指が、輪っかを作っているのを見て、浜田は腕を下げた。

 

 

「俺にいくらかくれない?」

 

 

「はッ!?」

 

 

本当に唐突だったためか、浜田は面を食らった。

 

・・・何を言っているんだコイツは!

 

 

「いやぁ、俺も悪魔じゃないからさぁ金額によってはこの一件黙ってやっても・・・」

 

 

「俺をゆする気かッ!?」

 

 

「違う違う、俺と組もうぜ浜田くん」

 

 

・・・正気かコイツッ!?

 

「ほら、俺も今月ピンチでさァ、 俺もいい年だ。 娘もいるし、もうちょいしたらこの仕事もお役御免だ。 でも月のお金は殆ど『嫁』の懐よ・・・わかるだろ? ちょっとお小遣いが欲しいのさ」

 

 

よく警察官が務まるな、とツッコミを入れてみたかったが、自分も人には言えないと気づいた浜田はそのまま何も言わず考えた上で内心、勝利を確信した。

 

 

・・・勝ったッ。

 

 

心の中で安堵する。 どうやって殺人の手口や金の流れを調べたかは分からないが、このまま彼を利用し続ければ、自分の野望が近づく。

 

 

「俺が提供するのは『殺しの現場』。 俺がガストレアのガキどもを始末してるのは知ってるだろ? あんま人に見つかんない絶好の場所があるのよ・・・長い経験の上に裏付けさせた信頼度は保証するぜ。 お前にも必要なんじゃないのか? 『絶対に足がつかない殺しの場所』・・・遺体を眩ませた行方不明にさせる場所を俺は腐る程知ってるぜ」

 

 

この男は知っている。と浜田は感じ取った。 行方不明という形が一番、捜査にとって難しいことを。

 

これからのこの裏の仕事で、奥の手は必要だ。 絶対に足がつかない、それは浜田にとって魅惑の一言につきる単語だった。

 

 

「い、いいだろう!」

 

 先程までの動揺を完全に消しされないままでも、浜田は充分な判断をする冷静さを取り戻しつつあった。それを見た八洲許も、にっこりとした笑顔で手を差し出す。

 

 

「おお、やったぜ。 握手握手、和解&同盟の握手」

 

 

 不本意だったが、耐えるのは今だけだ、と浜田はその手を握る。己がいつか磐石の地位を築いた後で、この男を始末すればいい。彼はそう考えた。

 

 

その手を握った八洲許が笑顔のまま口を開く。

 

「ひとつ聞きてぇ、プロモーターの方から先に殺るのはなんでなんだ?」

 

「ん? ああ、それはなァ聞いてくれよ」

 

 手をとった浜田が笑いながら続けた。完全に安心していた彼にはもう先ほどのように笑うほどの気力が戻っていたらしい。

 

「最初はひとつの実験だったんだけどよ、プロモーターの方から殺すとだなァ、イニシエーターって奴らは必ず冷静な判断を失う・・・イニシエーターってのははぶかれものだ。 それを認めてくれる存在のプロモーターに、奴らは酷く依存する・・それこそ、『調教』されてるってレベルでさァ」

 

 

またしても、浜田は卑しい笑いをこらえた。 だが、そのまま話し続けたので、ヒヒッという声が混じりながらだ。

 

 

 

「あいつら(イニシエーター)ったらさぁっ・・・ひひっ、自分の頭に銃口突きつけられてるのにっ、気づかないでいやがんのっ! 鼻水と涙にまみれながらさ、死体にっ、話しかけてんだぜ!? 『ねぇ起きて、起きて!』とか! 『死なないで!』ってぇっ! 傑作だったよ!」

 

 

「・・・・・」

 

 

見た目は、心に反するとかなんか、彼の頭は既に狂っていたのだろう。 笑いすぎて涙目まで浮かべていた浜田の手を離した八洲許は目を細めて――――。

 

 

 

 

「そうか」

 

 

静かにそう言った。 

 

 

「ははっ八洲許、そう言えば『金』の話ししてなかったなぁ? いくらだ? いくら欲しいんだ? 200万でも300万でもくれてやるぞ?」

 

 

はてさて、と八洲許は頭を掻きながら考える。 そして考えをまとめたか、顔を伏したままの彼は小さく、わざと聞こえないようにして呟いた。

 

 

「・・・全部」

 

 

「・・・なに?」

 

 

顔を伏せていた八洲許が顔の八洲許は小さく浮かべた笑みで改めて浜田に言った。

 

 

 

 

 

「5500万・・・・全部」

 

 

その瞬間、浜田の全身に悪寒が走った。

 

 

「ッ!!・・・は、葉隠(はがくれ)ッ!!」

 

どこから持ってきたと言わんばかりには垂れる殺気に思わず、彼はこの広場の外でライフルを構えているであろう元プロモーターの男の名前を呼ぶと同時に、ライフル発射の許可を出す右手を完全に空へとあげた。

 

その合図に従って、目の前のこの男が、頭から血しぶきを上げながら倒れるはずだった。

 

 

だが、倒れるどころか、協力者であるスナイパーの銃弾がいまだこちらに届いていない。

 

 

「!? どうした葉隠ッ、 なぜだ!? なぜ返事をしないッ!?」

 

 

必死に携帯を取り出してそれに呼びかける浜田だが、それとお構いなしに目の前の八洲許は続けた。

 

 

「お前さん、『晴らし人』って知ってるか? 晴らせぬ恨みの為に、金をもらって人を殺す職業さ」

 

「な、何言ってんだ・・・そんなものが存在する訳がッ 都市伝説だッ!」

 

「良かったなァ浜田。 お前の命は、200万だ・・・納得いかねぇが」

 

 

その言葉に、浜田はケースを手放して背にある電柱にしがみつきながら、懐から拳銃を突き出した。

 

「き、来てみろォ・・・う、撃つぞ!」

 

構えた浜田に対して、八洲許は冷静だった。

 

 

「真面目に働いて無残に死んでいった木下のことを考えると、この俺が直接手を下してェのは山々なんだが・・・生憎、お前さんの恨みを買っちまった奴が『もう一人』いてな」

 

 

余裕を見せつけるように、彼は両のポケットに手を突っ込んでみせた。 武器が飛び出すのかと一層浜田が彼を警戒し、引き金をひこうとした時だった。

 

 

 

「がぎっ、な、なにぃっ・・・・!?」

 

浜田は、己の体に何か異物が入り込んだのを感じた。 異物は酷く、冷たく、そしてそれは自分の心の臓を的確に突き刺し、体を貫いている。

 

 

 

左胸から突き出ていたもの・・・それは、刃。

 

 

ナイフなんてそんなちゃちなものじゃない、ナイフにはない切れ味を限界まであげた薄さ、歪みなくまっすぐ伸びているのは・・・刀だ。

 

 

「な、なんでェッ・・・!?」

 

 

溢れ出る血液が地面へと流れて大量の雫を作り出す。 刃を手に握りながら首を動かした浜田は自分を刺したその人物を見て驚愕するのだった。

 

 

否、まず本当に『ヒト』という種なのかと疑った。

 

 

まるで江戸時代を彷彿させるを白の着物の上に羽織った黒の羽織、腰から下は赤の袴。

 

それを身に纏っているだけでも異質なのだが、それよりも気になったのは電灯に照らされているその髪だ。光を浴びて輝く白銀の髪は腰の部位までに伸びており、背後からでも十分確認できる『呪われたこども』に現れる真紅の瞳。

 

そして最後に目を引いたのは、頭部からぴょこん、と出ていた動物の耳だった。 

 

 

「お゛、お゛ま゛え゛ぇぇぇっ!!」

 

口から血の泡を吹き出す浜田をじっとその紅き双眸で見つめたその少女は、突き刺していた太刀を捻りながら、更に深く突き刺した。

 

激痛とともに持っていた拳銃も地面へと落とし、苦痛の表情を浮かべた彼を少女は鋭い眼光をより殺気立たせて言った。

 

 

 

 

 

「ドブネズミ・・・・死ねッ」

 

 

そう吐き捨てて、少女は突き刺していた太刀を一気に引き抜いた瞬間、物言わぬ体となった浜田が静かに前のめりに倒れ込んだ。

 

 

倒れ込んだ浜田に近寄ったその少女は、コートの端を一枚の布で挟んで持ち上げると、コートの端を刀に被せてその真っ赤に垂れている血を拭い、その後で刀を収めた。

 

 

「地獄で会おうぜ、浜田」

 

もう絶命している浜田に、八洲許はそう呟くと目の前で鮮やかな殺しを繰り広げた少女が八洲許へと駆け寄る。

 

 

「勇次・・・終わったよ。 向こうの人も、仕留めておいた」

 

 

さっきまで『ドブネズミ』と吐き捨てながら殺しを行っていた少女とは思えないような柔らかさのトーンでそう言う少女が、紅い瞳が解かれた瞬間、彼女の体に変化が起きる。

 

数分前までは光を浴びて輝いていた白銀の髪の色が短くなると同時に変色していき、やがては首あたりまで縮んでしまう頃には艶のある茶色になってしまった。 

 

頭部に生えていた耳も今はどこへ行ったのか、引っ込んでしまっている。

 

 

「仕事は終わりだ・・・帰るぞ七海(ななみ)」

 

首を鳴らした八洲許は七海にそう言うと、彼女が横たわっている浜田の死体を眺めて動かない。

 

 

「どうした七海、ほかの奴らが来る前に帰るぞ」

 

「ねぇ勇次、さっき言ってた『地獄で会おうぜ』ってどういう意味なの?」

 

八洲許の顔を見た七海の表情は心配をしていると言った表情だった。

 

 

「勇次は地獄に行かなきゃならないの?」

 

「んーとなぁ、昔のご先祖さまが言うには、『人の命を頂くからには、いずれ私も地獄行き』っていう言葉があってなぁ」

 

えー、という七海が腕をぶんぶんと振った。

 

 

「それじゃあ私も地獄行きなの?」

 

「おおとも、だけどせめて最後は暖かい布団の上で死にてぇよな?」

 

うん、と七海が頷いくと、八洲許も続けた。

 

「野垂れ死には御免だ。 だから無事に歳とって死ぬまでは―――――」

 

「めいっぱい生きるんだ」

 

「分かってるじゃねぇか。 つまんねぇ事、いつまでも気にすんな。 あの世で木下もありがとうって言ってるだろうぜ」

 

 

帰るぜ、と言わんばかりに八洲許は七海の頭に手を当てて、くしゃくしゃとかき乱す。

 

「待って・・・お祈りだけ」

 

 

振り向いた視線の先にある浜田の遺体を七海は目を閉じて両手を合わせた。

 

 

・・・まだまだ甘い、か。

 

殺した相手には『殺されても仕方ない』理由がある。 罪を犯した悪党は、問答無用で地獄行きだ。 成仏など出来るはずがない。

 

だから、殺した相手に御免なさいは八洲許は行わないのが信条なのだが、この少女は優しさを持ってしまった為か、今まで殺してきた相手に必ず両の手を合わせている。

 

だが、それが彼女の持つ、七海静香たる所以なのだろう。

 

 

気が済んだのか、七海がこちらに戻ってくるのを見て、八洲許は歩き出した。 それを追って少しだけ七海が駆け足になる。

 

 

「ねぇ勇次、そろそろ私ばっかりに仕事させないで、ちゃんと働いて」

 

「え? やってるじゃん、捜査とコロンボ並みの犯人の追い詰めを」

 

「私命のやり取りしてるじゃん! 一番怖いの私なんだよ!!」

 

いやいや、と手を振って八洲許は七海の言葉を否定した。

 

 

「怖がってる人は、後ろからブッ刺して『ドブネズミ、死ね』なんて言いません」

 

「あー言えばこう言うし! 私これじゃ殺人狂と思われちゃうよ!」

 

 

 

 

 

 月夜の道に照らされて二人並んで帰路へとつくその姿は、どう見ても親子のそれだった。 二人はまた明日、いつもの日常へ戻るだろう。

 

 

――――八洲許は表でうだつのあがらない昼行灯刑事として。

 

 

――――七海はただの人間の元気な小学生として。

 

 

 

だが人々の恨みを晴らす為ならば、二人は裏の暗殺稼業の晴らし人となり、許せぬ悪を裁くのだ。

 

 

 

この物語は、殺しの業に身を焼きながら、それでも”生きる”という願いを胸に、破滅の運命に抗い続けた者たちの物語。

 

 

 

 




取り敢えず、一話終了。多分ですね、長編のシリアスくらいしかまともな必殺を描かないかもしれません。 今は仲間がいません、一緒に依頼金を持って行ってくれる仲間がいないので仲間集めを中心に進めていきたいと思います。 

あと、シリアスばっかもあれなんで勾田小学校と高校でギャグ回でもやってみようかと思います。

あぁ~、早く夏世ちゃんを書きたいぜ(迫真)




―――――――次回予告。


木更「いつものように勤務していた八洲許刑事はお昼休み中に義手義足義眼の高校生に捕まり、ボコボコにされます」


蓮太郎「アレ、これって俺のことじゃね」


木更「笑い続ける八洲許を『お前ホント主人公か』ってくらいに容赦なくタコ殴りする里見くん。その姿はまるで街に迫りくる巨人を狩る兵士の如くッ!・・・この一方的なワンサイドゲームの果てに、里見くんが見たものとは!?」

延珠「イェーガー!!」

蓮太郎「俺の名前出ちゃってるよ木更さん!」

木更「次回、暗殺生業晴らし人~八洲許、高校生にボコボコにされる~」

延珠「この仕事、仕掛けて仕損じ無し!」

蓮太郎「なんだろう、次って俺が悪役のパターン?」


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第二話~八洲許、高校生にボコボコにされる~

ちょいと遅れてしまいましたが無事第二話更新でございます。 幼女成分が少なくて死にそうだぜ。


 この世の中、『暗殺』を生業として生活をする者たちがいる。 それは2031年、人類がモノリスより内側に篭ってからも変わることはなかった、現在進行形の現状である。

 

 そもそも、暗殺とは政治的に権力的に、要人殺害を計画して不意打ちで相手を謀殺することである。何千年という歴史を辿れば、『暗殺』というカテゴリーに当てはまった歴史上の人物は数知れない。

某国の大統領、独裁者が狙われるのは珍しいことではないのだ。

 

 

 

 その暗殺集団の中で人の『恨み』をお金で買い、望む相手を殺す・・・そんな職業が存在する。それが『晴らし人』だ。もともとの起源は江戸の前期から始まっていたらしい。 

 

『晴らし人』という名前も、数ある暗殺稼業の一つであり、もっと多くの名が以前より存在していた。

 

 

 

 始まりとなった『仕掛人(しかけにん)』、『からくり人』、『仕業人(しわざにん)』、『仕置人(しおきにん)』、『商売人(しょうばいにん)』、『仕事人(しごとにん)』、『剣劇人』・・・などなどと人の恨みを晴らすためのこの暗殺稼業は、事あるごとに名前を変えてその存在を維持し続けてきた。

 

うらごろしを入れてない? あれはなんか違うだろ。

 

 

 

そして、現代2031年には『晴らし人』・・・と、そう呼ばれるべきだがガストレア大戦により多くの人間が死んでしまった事もあって『暗殺業』自体が成り立たなくなってしまい、その存在は曖昧となりつつあったのだ。

 

 

 

 

~東京エリア、第18地区警察署~

 

 

 

「なぁ、渋野くん聞いてくれよ」

 

 

「はぁ・・・」

 

 

 

 書類整理をしていた前髪を垂らした渋野(しぶの)という男は、デスクの上にてド派手な雑誌を広げて椅子にどかっと背を預けた中年のオッサンの話し相手に付き合わされていた。

 

 

八洲許 勇次(やすもと ゆうじ)、44歳・・・巡査部長、その人である。

彼もまた暗殺を稼業とする「晴らし人」の一人だった。

 

 

 

「この前新台でいい台を見つけたのよ。 釘の調整もなめらかで、今が狙い時な旬の台をな」

 

「はぁ」

 

「あれは時速で10万は手に入る今季希に現れる神台だ。 お前、給料明日になりゃあ出るだろ? ちょっと下見に打ってこい」

 

 

 

 一応、この男は仮りにも『警察官』という職業に身を置く人間です。 

 

「はぁ」

 

「お前さっきから『はぁ』しか言わねぇなオイ! さてはまだ『パチンコ』を経験したことないなッ!?」

 

「はぁ」

 

今度はこくん、と首を縦に振った彼は勢い良く自分のデスクを叩いて立ち上がる。

 

「ようし、渋野巡査。 最近ここに配属された君に大人の世界を教えてやろう・・・まず手始めに20年ほど前に流行っていた某アイドルグループのCR機からやらせて――――」

 

 

「八洲許さん!」

 

 

途端に割って入ってきた甲高い声に、八洲許の背筋がピンっと立たさった。

 

・・・この耳に残り続けるようなオカマ口調ッ。

 

「なんでしょうか田中さん」

 

背後に立っていた甲高い声をあげた者の正体は、意外にも男性だった。 細身の体で肌は色白く、背は八洲許より少しだけだが低い。

 

「私のことは田中刑事課長とお呼びなさい。 それより、また貴方は『警察』という職業に身を置きながらパチンコですか?」

 

 この男、田中 熊九郎(たなか くまくろう)と言う、この第18地区警察署では有名な男だ。 主に、オカマ口調の警部として。

 

 

「別に禁止されてるわけじゃないでしょう。 知人に居ますよ、休暇の日に一日中店の中で右手を捻ってる男が」

 

「八洲許さん」

 

八洲許のけらけらとした笑いに田中もにっこりと笑顔で対応、だがその直後にその笑顔は豹変して。

 

 

「それは貴方のことでしょうッ!!!」

 

 

盛大に突っ込まれたのだ。 そのツッコミに、周りの刑事たちもくすりと笑っている。 これはこの警察署では見慣れた光景なのだ。

 

 

「一般市民を守るという大義を任せられた我々警察に、貴方のような人がいるというのが、私は全くもって理解ができません! ・・・まったく、まだ『民警殺し』の犯人は見つかっていないというのに」

 

「ああ、ありましたねぇそんな事件」

 

 数日前から民警の会社のみを狙っていた民警殺しは、件数を10件目にしてピタリとその凶行をやめていた。それもそのはずである、事件の元凶であったその犯人は、もうとっくにこの世にはいないのだから。

 

「でももうあれから一件も起きていない訳ですし、別のエリアに逃げちゃったんですよきっと」

 

 

「貴方は馬鹿ですか?」

 

即座に田中が八洲許を睨みつけた。

 

「『大量殺人犯』が一箇所で多くの人間を集めて一気に殺害を起こす習性があるように、『連続殺人犯』の殺人には必ず期間が空く『冷却期間』があります、今回がソレなんですよ」

 

 

「へぇ、よくご存知で」

 

・・・まぁその犯人殺しちゃったの俺なんだけど。

 

 

内心ではそう思いながらも、八洲許は上司の機嫌を損なわせないために敢えての反応だった。

 

 

「だからこの事件はまた起きるでしょう。 そしてこの私の独自の考察により、この事件の犯人・・・おおよそ見当はついています」

 

 

自身のデスクから写真を取り出し、田中は八洲許へと突きつける。 その写真には黒塗りの大剣を背にぶら下げた大男と、小さな少女が写っていた。

 

「これは?」

 

「今回の容疑者であろう、プロモーターの伊熊 将監(いくま しょうげん)です・・・このちっこいのはイニシエーターの千寿 夏世(せんじゅ かよ)」

 

 

ほう、と八洲許は顎に手を当てながらその写真をまじまじと見た。

 

 

「こりゃ厳つい男ですなぁ、こんな馬鹿でかい剣持って肩疲れないんですかねぇ」

 

「ホント貴方はどうでもいいところしか気にならないんですね!!」

 

唾まで飛ぶんじゃないかというくらいの勢いの怒声が田中の口から放たれて八洲許は思わず指で耳を栓をする。

 

「 喧嘩早く、よくトラブルを起こす輩で、殺害された全ての民警に接触経験はあるそうです・・・なによりも見てくださいよこの悍ましい風貌、チャラそうな顔です。 きっとあのスカーフの下は人を殺した薄気味悪い笑みを隠しているのでしょう」

 

この男が犯人です、と言い切った田中に対して八洲許は唖然としていた。

 

 

「いやそれ見た目だけの判断じゃ」

 

事件捜査の方向性ももはやこの男によって捻じ曲げられてる気がするというくらいの勘違いっぷりに八洲許は頭を掻いた。

 

人を見た目で判断しない、ダメ、絶対。

 

 

「とにかくいいですか? 貴方は近々、この男の近辺の情報収集を渋野くんと一緒に行ってくださいッ いいですねッ」

 

「ええ? 私一人でいいじゃないですか。 この『はぁはぁ』新人と仕事なんてしたくありませんよ!」

 

「おだまりッ!!」

 

田中は八洲許のデスクを強く叩いて彼の意見を一蹴する。

 

 

「貴方は目を離せばどっかに抜け出すかもしれませんからねッ 渋野くんはその監視役で―――――あれぇっ!?」

 

 

くるっ、と背を向けた瞬間に田中の足が宙へと投げ出される。 そのまま背中を地面に預けて、すっ転んでしまった。

 

 

「イタタタ・・・・なんですかこれはッ!!」

 

何事か、と痛みのする背中をさすりながら辺りを見渡した田中が指でつまんだソレは、銀色の玉、パチンコ玉であった。見るとそこら辺には数発転がっているのが目に見える。

 

 

さきほど田中が八洲許のデスクを叩いた時に上に置いてあったのが床に落ちたのだろう。

 

「八洲許さんッ!!」

 

声を張り上げて原因の男を捉えようと視線を戻した時には、そこに八洲許の姿はなく、元凶はそそくさに扉から逃げようとしていた。

 

 

「あ、田中さん私・・・お昼ご飯食べに行ってきますんで」

 

 

田中の制止も目に止めず、彼はバタン、と笑顔で扉を閉めてその場を後にした。

 

 

「や、八洲許ォォォォォォ!!」

 

 

第18地区警察署に、田中熊九郎の怒りの叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・俺のせいじゃねぇからな、自業自得だざまぁ見やがれ。

 

 

そそくさに警察署を抜け出した八洲許はコンビニに入ってお茶とおにぎりを二つほど購入する。鮭のマヨネーズが彼の好物だ。 

 

 

お昼の時間はかなり長い(八洲許が勝手に時間をのばしている)為、彼はその足でいつものように公園でぶらからとしていても良かったのだが、彼は今日は『ある場所』に足を伸ばすことにする。

 

 

 

「うーん・・・海の青さを見ていると、まるで日頃の疲れが抜け、心が洗われていくようだ」

 

 

彼がやって来たのは、地区の端っこ・・・外周区と地区を海で国境線のように挟んだ場所だった。 八洲許から見て海の向こうに見える場所には戦争によって形を変えたアスファルトの上に何人かの少女たちが座っているのが見える。

 

 

その者たちは全員、目が紅い。 呪われた子供達だ。

 

 

八洲許は目が特別に良いというわけではないが向こうの数人がこちらに向けて手を振ってきたのが見えたので返事とばかりに手を振り返してみる。

 

 

・・・よくまぁあんな場所で生きてられるよなぁ。

 

まったくもって謎だ、と率直に思う。 呪われた子供たちはその身に宿したウィルスが原因で怪我などの治癒、細胞の再生が異常に早い。 また、病気などとは無縁などと人間にとっては良いとこ尽くしだろう。

 

なので、外周区のような生活環境の整っていない場所でも、ある程度の食料があれば生きていられる。 それどころか、向こうの少女たちはいつも元気で活発だ。

 

既に何人かの少女たちはこちらに向かって体を使った人文字で遊んでいる。 7~8人の少女たちが組体操で何か文字を表していた。 

 

 

・・・ありゃあ、『ABC』か? よく表せたないオイ。

 

 

「さて、帰らないと上司がうるさい・・・あばよ幼女達」

 

 

 やって来てすぐ帰ってしまうのはどうかと思うがここに来るだけの電車の時間で帰った時にはお昼の時間終了間際まで来ている。 あのオカマ上司に色々言われるのは大変だとそう思って歩き出した時だ。

 

向こうから、近づいてくる影があった。 

 

 

「・・・・・ん?」

 

 

「・・・・・ん?」

 

八洲許の真正面、自転車に乗った高校生らしい少年がいた。 それはどこかで見たことがあると彼が目を凝らしてみると。

 

 

「お前は・・・あの時の刑事!!」

 

突如として顔を曇らせたのは以前、あの路地裏で出会った里見 蓮太郎だった。

 

 

 

「ああ、なんだお前か」

 

 

・・・やっべー、なんか超めんどくさそうな奴が来たんだけど、マジやべぇー。 どれくらいヤバイかっていうとマジヤバイ。

 

冷ややかな一言の裏にある明らかな動揺。 八洲許は感じていた事があった。 この少年は放っておいたら自分に危険なことを及ぼすのだと。

 

その前に逃げなければならないと。

 

 

「学校はどしたァ、サボりなら学校に連絡するぞ不良少年」

 

蓮太郎の前でタバコを取り出した八洲許は人目が無いことをいい事にどうどうと吸い始める。

 

 

「アンタ・・・この前の『アイツ』は・・・?」

 

 

対して連太郎は静かにそう言った。 八洲許は考える、目の前の男が言う『アイツ』とは。

 

 

「はて?」

 

「とぼけんじゃねぇよッ! あの日、お前が殺したあの子だ!」

 

 

 

・・・そらみろ、やっぱりメンドくせぇ事だった。

 

 

目を背けながら海を見た八洲許は大きくため息をつく。 紫煙が同時に吐かれたのとき、彼はこう言うのだ。

 

「あー? ンなもん分かるかよ。 何人殺ってると思ってるんだァ馬鹿が、そんな事いちいち聞いてんじゃねぇ」

 

 

ふざけるな、と目の前の蓮太郎は叫ぶが、八洲許はとんとん、と指で自分の頭を数度小突いた。

 

「お前は・・今まで食ってきたパンの枚数をいちいち覚えてるのかァ?」

 

「340枚とその内パンの耳が1360本だッ!」

 

「ネタにガチレスしてんじゃねぇよッ!!」

 

真剣に答えた蓮太郎に一杯食わされたと突っ込みながら八洲許は怒号を上げる。 どこの時代でも、こういう熱い男はメンドくさいのだ・・・と、彼は適度に話をしながら切り上げる事を画策する。

 

 

「お前と会ったあのガキならなぁ・・・そこらへんのゴミ収集車にブチ込んでやったぜ」

 

 

「・・・なんだと?」

 

 

目の色を変えた蓮太郎に、八洲許はだから、と続けた。

 

 

「後始末はちゃんとしなくちゃいけねぇや。 街に落ちてるゴミはなぁ、しっかりゴミ箱に捨てる・・・・お母さんから教わらなかったのかい高校生」

 

 

けらけら、と頭を抱えながら言う彼に対して、蓮太郎は肩の震えが止まらない。

 

 

これは明らかに怒りから来るものだった、気づくまでにあと何秒ほどかかるのだろうか。

 

 

「嘘だろ・・・ッ」

 

「冗談じゃねぇぜ?」

 

 

即座に八洲許は返す。

 

 

「俺はァ、ガキがプレスで潰されていく様をビデオ撮影しながら実況中継したのよ。 金属プレスがガキを巻き込んだ時のあの骨が潰れる音? ありゃあ家の瓶割った時とはまた違う音がするんだな」

 

 

八洲許は思う、我ながら正義にあふれる好青年をこう絶望させるのは楽しいものだと。

 

 

以前、多田島に注意された『大学生を相手に万引きを金で見逃した』事を思い出す。 あの二人は、『俺たちが日本の法を変えるのだ』と大義名分を掲げながら、入学した当初から万引きを繰り返す小さき器の人間だった。

 

 

正義を謳い、小さきを見逃せとは・・・この世の中はまったくもって腐っていると、八洲許は考える。

 

 

「お前・・・人間じゃねぇよッ!」

 

唐突に、蓮太郎が吠えた。 

 

「ウィルスを宿したからなんだってんだッ あいつらだって・・・・ちゃんと産まれて、『命』を宿した『人間』だろうがッ!!」

 

蓮太郎は、怒号を吐きながら頭の中で常に笑っていた延珠を思い出した。 彼女も確かに一度は人間を諦めた。蓮太郎も、彼女とプロモーターとイニシエーターの関係だけで済まそうと考えていただろう。だが今は違うと断言出来る。

 

 

泣いたりも、笑ったりも、友達だって作ることができる人間なのだと、蓮太郎は言う。だが、目の前の男は、そう簡単に首を縦に振ろうとはしなかった。

 

「違う」

 

あくまで冷静に八洲許は返すのだ。

 

 

「将来必ず、『ガストレア』になる希少と殺意を身に纏った『化物』だ」

 

 

性懲りもなく力任せに返そうとする彼に、八洲許はうんざりしたのだろう。 だが、うんざりしたのとは別に、違う事もあったのかもしれない。

 

 

「体内侵食率からは逃れられない、限界に到達すればお前が『人間』だとほざいているあのガキが、次の日には世界を破滅させる大群のお仲間だ!」

 

一歩ずつ、ゆっくりと彼は蓮太郎に近づいていく。 蓮太郎は熱くなる自分の体温を感じたまま、その場を離れようとしない。

 

ついに、八洲許がニヤけた笑みを浮かべながら蓮太郎の耳元で卑しさたっぷりにこう呟くのだ。

 

 

「お前も・・・そう思ってるんだろう」

 

 

 

次の瞬間、八洲許の顔面を蓮太郎の拳が抉っていた。

 

 

 

 

「ごふぅ・・・」

 

 

・・・え? なに? お前の手、どうなってんの?

 

 

殴られた痛みよりも、八洲許には違和感バリバリの蓮太郎の拳がこの上なく気になっていた。

 

だが、目の前で怒号を上げながら突っ込んでくる蓮太郎には聞く耳はきっとないだろう。

 

 

「お前ぇぇぇぇッ!!!」

 

 

追撃とばかりに立ち上がった八洲許に渾身のストレートが炸裂する。 まるで投げられた紙飛行機が空気の抵抗でくるくると回るような回転ぶりを見せつけて彼は地面へと倒れふす。

 

 

・・・これ、何、ガンダニウム合金ででも出来てるのコイツ!?

 

自分の頬をえぐる拳が、金属を打ち付けてきている音を叩きだしているのに八洲許は違和感を拭えない。 それもそのはず、蓮太郎の右腕はバラニウムよりも高度のある金属、『超バラニウム』で作られている義手なのだから。

 

 

 

「どうしたクソ野郎! 不意打ちじゃなけりゃこんなもんかッ!」

 

肩で息をしながら近づいてくる蓮太郎は腕をぐるぐると回しながら八洲許の襟首をつかみ、高校生の腕力買って思うくらいに彼を持ち上げる。

 

 

怒りに燃える蓮太郎に対して八洲許は。

 

 

・・・これが若さかッ!!

 

 

血でかすむ視界に八洲許はそう感じていた。 感情に任せて行動する・・・実に幼稚だ。 だが、そこには、その拳には揺るぎない信念を感じる。 どれほどの思い入れがあるか知らないが、本気で呪われた子供たちを人間だと思っているのは間違いないようだ。

 

警官という立場の自分を問答無用で殴りにかかる・・・まさしく主人公の特権だ。

 

 

「どうしたオッサン!」

 

無造作に、力任せに彼を投げ飛ばしたあと、そう吐き捨てるが当の八洲許にはダメージが効いているのか反応が悪い。

 

 

・・・ちょっ、マジでやばいんだけど。

 

 

頭を揺らされるという生易しいものではない、トゲ付き棍棒で思いっきりぶん殴られた気分だ。 もはや意識もだんだんと遠くなるのを感じる。

 

身近に迫ってきている死を、八洲許は感じていた。

 

 

 

 

彼は「晴らし人」という地獄の稼業をするにあたって覚悟していることがある。それは、死ぬときはロクでもない死に方しかできないということだ。

 

人の命を頂戴するからには、いずれ私も地獄行き、言葉の通りで、八洲許の仕事仲間たちもロクな死に方しかしていない。

 

 

ある時はヤクザに拷問の末に舌を噛み切った奴。

 

殺害相手の母親からの復讐による凶刃に倒れた奴。

 

身元が割れて警察に滅多撃ちに会った奴。

 

 

兎に角、ロクな死に方をしないのだ。 そういう事を見てきた彼だからこそ、生涯現役を心がけて、必ず七海に見守られる形で布団の上で死ぬというのが理想の人生だった。

 

だが、それもこれで達成できないのだろう。 まさか、死因が怒りを買った高校生にタコ殴りにされて死ぬだと誰も思わなんだ。

 

 

・・・やっぱり俺はロクな死に方をしねぇな。 すまねぇ七海。

 

 

「うおおおおおおお―――――いでっ!!」

 

八洲許が死を覚悟した瞬間だった。 拳を上げていた蓮太郎の頭にぶつけられた物があった。 ぶつけられた痛みに頭を抑えると彼は地面に転がった石の塊を発見する。

 

「なんだ一体―――――ぐぼッ!!」

 

 

石を拾い上げて、正面を向いた時だ。 突然、蓮太郎の臀部の当たりに痛烈な衝撃が駆け抜けた。 その丸太による突きをくらったかのような衝撃に身を守る事もできなかった蓮太郎は思いっきり後方へと飛ばされる。

 

 

「な、何が起きたんだ・・・」

 

 

起き上がった蓮太郎が見たのは、衝撃的な光景だった。 それは顔の血を拭った八洲許にも言えたことだろう。

 

 

「・・・・・」

 

 

綺麗な水色の髪をなびかせたのは、少女だった。 服装は、お世辞にも綺麗とは言えない酷く汚れ、所々に針で塗ったようなツギハギの服を着ている。

 

 

「・・・・なんでお前が?」

 

 

蓮太郎は目を疑った。 なぜなら、あの時、路地裏で無慈悲にも八洲許の手によって射殺された筈の呪われた子供の少女が目の前にいたのだから。

 

 

「オイオイオイオイオイ」

 

 

むくりと立ち上がった八洲許はふらつく体をなんとか立たせて少女の元へと歩み寄った。

 

 

「お、お前なんでこんなところに来てんだよ~。 俺にはもう関わるなって言っただろうがぁ」

 

 

 

・・・は?

 

と、蓮太郎は目を丸くしてみせた。 一体どうなっているのか分からない。 なぜ目の前で殺された筈の少女が生きているのか。

 

 

「だって・・・おじさんは命の恩人・・・だよ」

 

 

小さくそう呟いた少女に蓮太郎は首を傾げる。

 

 

・・・命の恩人? ど、どういうことだよオイ。

 

 

 

「私が殺されそうになったとき、『死んだフリしろ』って言ってくれたから。 実際撃たれたのも、最初の一発だけだったし、あとの全部血糊を仕込んだ弾だったよ」

 

 

「いやいや、一発目で気絶してたお前がなんでそんな事知ってんだよ」

 

 

「私を治療してくれた女のお医者さんが教えてくれたよ」

 

 

・・・あの野郎、余計なことしやがって!

 

内心で日夜大学の研究室で血色の悪そうな顔で薄気味悪い笑みを浮かべる女医者の顔を殴りたいと思った安元だ。

 

 

「はぁ~」

 

大きくため息をついた八洲許は少女の両肩に手を置いた。

 

 

 

「どうしてくれんだよ。 せっかくダーク♂路線のブラックでダーティ系の主人公を狙っていこうと頑張ってたんだぜ俺。 ちょっと心が痛かったんだけどなんとか悪キャラつかもうとしてたんだぜ・・・主演男優賞おじさんはよぉ狙ってたんだぜぇ・・・お前なんてことしやがるッ!」

 

 

唐突に怒鳴った八洲許は立ち上がると同時にその水色の少女を担ぎあげた。 そのまますっぽりと八洲許の背中に収まった少女は落ちないように首に手を回す。

 

 

「あぁもう色々とメンドくせぇ! おいそこの高校生! 俺はコイツを送り届けてやることになった! あんまこの事言いふらすと暴行罪でワッパ(手錠)かけてやるからな!」

 

 

指差してそう言い放つ八洲許は少女を背負ったままその場から走り出した。そして携帯を取り出してガラケー特有の片手のスナップを聞かせた開き方をしたあとにある人物へと電話をかける。

 

 

「おい松崎ィ! ガキが俺の所に来ちまってんだけど! 早く引取りに着やがれッ 仕事サボってんじゃねぇッ!」

 

 

 

 

 

・・・な、なんか俺は凄い勘違いをしてたのか?

 

 

今更ながらにも蓮太郎は地面に座ったまま蓮太郎は走り去っていく八洲許を眺めていた。 真実とは、意外なことであったりするものだと改めて実感する。

 

 

「あぁ~もう、どうなってんだか分かんねぇよッ!!」

 

 

頭を掻きながら彼は大きな声で叫んだ。 色々と腑に落ちない点でいっぱいだ。 なぜ呪われた子供達を殺したと見せかけて逃がしているのか、敢えて汚名を被るような事を自分から進んでやっているのは何故なのか。

 

 

だが、あの少女が生きていたのは事実。 若干だが、彼の中であの男の評価が変わりつつあった。

 

 

・・・取り敢えず、帰ろう。

 

 

留まるべき理由もなくなった蓮太郎が帰ろうとしたその時だ。

 

 

ガチャ。

 

「ん?」

 

 

右足に引っかかっている何かを感じ取った蓮太郎は思わず自分の足元を見た。 良く見ると、自分の座っている場所の足元には自転車があり、いつの間にか手錠が自転車のフレームと繋がれていた。

 

 

「ハッハーざまぁ見やがれクソ高校生ッ!」

 

 

 

遠くから聞こえた嘲笑の声に、蓮太郎が視線を変えると遠くでこちらに向けて指を差しながら大笑いしている八洲許の姿があった。

 

 

「誰が『タダ』で帰すと思った! 警官殴ってんだ、それぐらいで済むんだから安いもんだと思いやがれ!!」

 

 

「やったのはわたしだけどねー!」

 

後ろにいる少女が快活にも大きく手を振ってそう言ってるのが聞こえた。

 

 

 

 

・・・・訂正してやる、やっぱりクソ野郎だった。

 

 

蓮太郎が、一瞬でもあの男を評価したことが誤りだったと気づいた時には、もう遅かった。 そして蓮太郎は足につながったままの自転車を抱えたまま、自宅へと帰る羽目になったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ勇次、そいつ斬り殺してもいい? 仕返しならいつでもやるよ」

 

 

 

夕食中の七海の口から飛び出した物騒な一言に勇次は飲んでいたお茶でむせてしまった。

 

 

「オイオイ、なんて物騒な事を言うんだお前は。 そんな事やんなくてもいいんだよバカヤロ」

 

 

「だって勇次なんも悪いことしてないのに一方的に殴られただけだよ! こんなのないよ! あんまりだよ!」

 

 

ちゃぶ台に思いっきり手を叩きつけた衝撃で本日の汁物が大きく揺れる。 

 

 

「仕方ねぇだろ。 アイツ等を逃がすには一度その場で死んでもらうしかねぇんだよ。 人間ってのはな、有名人か知人でもない限りは死んだ人間を時間が経てば経つほど忘れるのさ」

 

・・・それに、死んだ人間は警察は追う必要はない。 

 

 

「だったら勇次、依頼人として私に依頼して、それなら文句無いでしょ。  お金だしてよ・・100万くらいもってるでしょ」

 

 

「なんか後半の文面だけだと娘に恐喝される弱い父親の構図に捉えられるからヤメロ」

 

 

晴れた顔の状態とは裏腹に軽快に口に米を運ぶ八洲許はその後もしつこい七海になんと言われようとも依頼する気はないと突っぱねた。

 

 

まず相手の名前を知らないし、ああいう真面目で己の正義を貫く男は殺したくはなかったからだ。

 

 

 

「取り敢えず、お前は飯食ったんなら早く注射して寝ろ。 もう風呂入ったろうな」

 

 

食事を終えて、後片付けも済ませた八洲許はドライヤーで髪を乾かしているパジャマ姿の七海に言う。

七海はいつもの箱から何かを取り出す。

 

取り出されたのは、針を使わない圧力式の注射器だ。 イニシエーターに配られている体内侵食率を抑える薬をそのまま使わせてもらっている。

 

「もちろんですとも」

 

手慣れた手つきで自ら腕を出す。 最初は八洲許が行っていたが、今では自分で注射をするようになった。

 

 

・・・まぁよくもこんなに成長してくれたなぁ。

 

 

一時期、引き取った七海を連れてこのアパートで住み始めた当初は、七海は今ほどご飯を食べていなかった。 いや、食べていなかったと言っていいだろう。 理由は色々と複雑で、食べても吐いていたのを八洲許は覚えているが、今はたくましくもご飯をしっかりと食べて、苦手な注射を自分で行っている。

 

 

「・・・ん?」

 

そんな昔のことを思いながら七海を見ていた八洲許は腕に注射器を当てている彼女がこちらを見つめているのを知って声を漏らした。

 

 

七海は注射器のピストンを押すと、悪い笑みを浮かべて言うのだ。

 

 

 

「へっへっへ・・・これが最高に効くんですよ」

 

 

「ハイ、タイーホ」

 

注射を終えた七海に八洲許は手錠を彼女に振り回した。

 

 

「うわっ! ごめんごめん! 冗談だって! ちょ、ノリ悪いって勇次!」

 

 

「タイーーーホ」

 

 

「にょわ――――――!許してェェェ!!」

 

 

 

色々とあった一日だが、今日も八洲許家は平和だ。

 




必殺2014を見たあとに作ってしまったこの第二話、だからといってどこも影響を受けているわけではありませんが。東山さんの殺陣がもっと見たかったと思ったり。

今回出てきた田中 熊九郎、仕事人そして田中と聞いたら必殺好きなら誰もが知っているあのオカマ上司。 伊熊将監の名前が出てきたのはまぁ、シリアスの伏線です。 次回ギャグ回、ノーマル、仲間登場、夏世ちゃん。 という感じでやっていきたいと思います。

次回予告、カオスにつき。



――――――次回予告。



木更「『黙れ化物!』と、延珠ちゃんの通う勾田小学校の教室に響くのは無情の声」

延珠「違う! 妾は人間だ!」

蓮太郎「おい! ギャグ回じゃなかったのか!」

木更「そして突如として開幕する勾田小学校サッカー大会! 悲しみに沈む少女の恨みを晴らす為、延珠ちゃんと七海ちゃんが立ち上がる!」

延珠「妾のラビットシュートをくらえぃ!!」

蓮太郎「延珠止めろ! ボールが粉々になるぞ!」

木更「次回、暗殺生業晴らし人第三話「悪戯無用(いたずらむよう)」。 荒ぶる舞ちゃん、はじけ飛ぶ延珠、燃やせ魂ィ勾田小学校サッカー部ッ!」

延珠&七海「ボールは友達ィッ!」

木更「そして勾田高校に通う里見くんにホモの魔の手が迫るッ!!」

蓮太郎「やっぱりギャグ回じゃねーか!!」


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第三話~悪戯無用~①

ちょっと諸事情でもたついてまして、一日に執筆時間が一時間と満たない状況が続いて遅れてしまいました。予告にあったとおり、サッカー対決を行っていきたいと思います。





 世の中、『知っている』ことよりも『知らない』事のほうが多い。 それはどの時代でも変わらない。アイツの家がどうした、とかアイツの家は金持ちだ、とか至極どうでもいい話だが、大抵その『知らない』事はほとんどが『知らないほうが良かった』といったものである。

 

 

「延珠ちゃーん、おはよーう!」

 

 

彼女、七海 静香(ななみ しずか)には秘密がある。 表でこそ、彼女は可愛らしくも笑顔を見せるごく普通の小学生だ。

 

 

「うむ、七海ちゃんおはようなのだ!」

 

「おはよー二人とも~」

 

向かってくる七海に延珠と舞が手を振っていた。 彼女らは三人仲良しで、普段遊ぶのなら大体がこのメンバーである。

 

 

「そう言えば、この前のバイオレットの新技が出たんだよ!」

 

肩を並べて歩き出した途端、彼女たちはアニメの『天誅ガールズ』の話に突入した。

 

「ああ、あの鎌をぐるんぐるん振り回すやつだろう? 相変わらず地味だな」

 

「違うよ! バイオレットシザーズハリケーンだよ延珠ちゃん!」

 

 

鼻で笑った延珠に対して、七海が両手を振り回しながら技名の解説をし始める。

 

 

「30mの範囲だったらどんな敵でも粉みじんに切り刻むあの技は私の心を掴んだの! 電流が走った! まさにハートキャッチッ!!」

 

嬉々として目を輝かせている七海に呆気に取られる二人だったがやがて延珠の隣にいた舞が物申した。

 

 

「静香ちゃん」

 

「どうしたの舞ちゃん」

 

「あの技使ったその日、バイオレット以外も巻き込んでたじゃない、しかも味方ごと」

 

 

そう、何を隠そう、バイオレットがその日放った必殺技は敵を切り刻むだけでなく味方のレッド達にも被害を及ぼしていた。 それをバイオレットがあざとくも「ゆるしてー」と涙を流しただけで、その日バイオレット以外の天誅ガールズファンから痛烈な苦情が殺到したらしい。

 

「舞ちゃん・・・」

 

事実をあらかじめ知っていた七海はどこか遠くを見る目で言うのだ。

 

「戦いに勝つ上で犠牲は付き物だよ」

 

 

「よーし行くぞ舞ちゃん! 教室に誰が最初につくか競争だ!」

 

悲壮感漂わせる七海をよそに、延珠がはつらつとした声を上げていきなりレースを開始した。 隣にいた舞はまるで阿吽の呼吸の如く同時にスタートしたが何か浸っていた七海は完全に出遅れていた。

 

 

「アレ!? 無視!? 無視されるの!? やめて! 私までバイオレットみたいな扱いをしないでぇ!」

 

これはテロだ。 テロという名のイジメなのだと七海は涙を飲んだ。そして彼女は思うのだ。

 

 

・・・はぁ、なんで私の『表』ってこんな感じなんだろう。

 

 

話を元に戻すが、まさかこんな少女が人の恨みを晴らす為に刀を握って『ドブネズミ、死ね!』なんて吐く暗殺者だったなんて誰も知るよしもないだろう。

 

 

・・・もういっそのこと、「イニシエーター」になっちゃおうかなぁ。でもプロモーターは勇次じゃないとダメだし。

 

七海静香はいわゆる「呪われた子供たち」だ。 モデルとなった動物は単純にも『犬』・・・つまり、モデル・ドッグだ。 能力を解放する瞬間、彼女の姿はウィルスの因子が濃くなり、その影響で耳が生えるという。 髪の毛が伸びて変色するのは彼女の担当している医者でも「理解不能」と言われている。

 

 

・・・昔はあの犬耳と白い髪が制御できなくてめっちゃ苦労したんだっけ。

 

 

 

過去の未熟な自分を思い出す。 今も未熟なままだが、あの時は色々と苦労したものだ。

 

 

・・・でも序列がないと自分たちの強さがどれくらいなのか分からないのが嫌だなァ

 

 

自分の父親代わりとなっている八洲許が警察官でプロモーターではないように、七海もまたイニシエーターではない。

 

 

故に、二人にはIISOが規定し、発行している『IP序列』というものが存在しない。 そんな彼女が今日までしっかりと生きてこれたのは食事や学校に行かせてくる八洲許の他に、薬などを提供してくれている後援者の存在によるものが大きいだろう。

 

 

以前、七海は勇次になんでIISOに登録させないのかと質問したことがある。 朝食で梅干を丸呑みした彼は涙目を浮かべながらこう言った。

 

 

 

『IISOに登録したら要はお国の飼い犬だろ? そんなところに登録してお前ェ「裏の仕事」やってみろ、下手したら登録した情報から足が割れちまうかもしれねぇ』

 

 

もちろん、飼い犬は嫌だ。と彼はそう付け加えてこの話題を切り上げたのを七海は覚えている。 深く問いたださなかったが、何か深い意味はあるのだろうか。

 

 

・・・いや、それよりも気になることがある。

 

もっと、彼は自分に隠している事があるんじゃないかと、『裏の仕事』を通して感じるようになった。 常に殺しの最後の段階を勇次が行っているのではなく、七海に行わせているのは何か理由があるのかもしれない。

 

もう彼の殺しを見てないのはどれくらいになっただろうか。 そんなことを考えながら、彼女は小学校へと入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

ここで七海静香についてもう少し語らせていただこう、ついでに藍原延珠についてもだ。

 

彼女たちは一見普通の女子小学生に見えるのだが、その実は、藍原延珠がイニシエーター、七海静香が暗殺者という奇妙な組み合わせである。

 

 

 

だが奇しくも、この事実を藍原延珠と七海静香はお互いに隠している。 延珠は七海が暗殺者だと知らないし、七海は延珠がイニシエーターだということを知らない。

 

 

お互いが身分を隠す必要があるのは、仕事の都合上と、自分たちが『呪われた子供たち』だということだ。

 

延珠の場合は民警のペアの中にはイニシエーターを普通の一般人と偽って学校に通っているイニシエーターも少なからずだが存在している。 これで浮かび上がってくる問題は自分たちの正体がバレてしまった時だ。

 

確実に、延珠は学校には居られなくなるだろう。

 

 

七海は暗殺者という職業柄、こんなものがバレればそれは殺人鬼の領域の所業だし、ヘタをすれば牢獄行きにこの世界にまだ首切りの刑が残っているのなら、断頭台に送られることも止む無しなのだ。

 

だから二人は正体がバレないように普段の紅い目を封じ、身体能力も極力抑えるという条件で学校に通っているのだ。

 

 

・・・だけども、最近このバレるかバレないかの瀬戸際で繰り広げられる緊張がたまらんのですよ!

 

 

と、内心でこの状況を楽しんでいる七海静香なのであるが、そんな彼女たちにも注意を引くような単語がある・・・例えば。

 

 

 

 

「うるせぇ化物ッ!!」

 

 

 

 

延珠と七海が背筋を伸ばす程の大きな声に、教室一帯が響き渡る。 

 

 

「なんだろ」

 

「あれだよ、延珠ちゃん。 いつもの吉田くんの・・・」

 

思わず、自分たちに向けられた言葉ではない事を理解した二人が内心で安堵する。

延珠の隣に居た舞が目で送った視線の先には二人の男女がにらみ合っていた。

 

 

「よ、吉田くん! ど、どうして、どうして私に酷いことするの!?」

 

にらみ合っていた片方の少女は、口調を震わせながら涙目であった。 向かいの少年は鼻をふんと鳴らして反論する。

 

「うるせぇ! お前がいつまでもトロくてデブだからいけねぇんだろ!」

 

 

この二人は同じクラスメイトの松子ちゃんと吉田くんだ。 いつも事あらば吉田くんが松子ちゃんに対して暴言など吐いて場を騒がせていくのがこのクラスのお決まりみたいなものだ。

 

 

「ちょっと男子ぃ、いい加減にしなさいよ! いくら松子ちゃんが飼育係の餌やりを忘れたからってそこまで怒ることないじゃない!」

 

「い、いいのよケメコ。 私が悪いのよ! 私がデブなのは認める! 確かに私はデブよ! 松子デラックスのように身体がアレな私だけど、せめて『ふくよか』って言ってもらいたいわ!」

 

周りで見てられなくなった女子の一人が割って入ったが、すぐさま松子が制して涙を拭う。

 

・・・うーん、モノは考えようなのかな。

 

もうちょい怒ろうよ、と一向に泣くだけで反論を見せない松子に七海は溜息をついていた。

 

 

「よし、妾が止めてこようではないか!」

 

 

その横で延珠がすくっ、と立ち上がっていった。 何か戦いに向かう戦士のような勇ましさで彼女はハリケーンの中へと突っ込んでいく。

 

 

「延珠ちゃんって大胆だねぇ」

 

舞のセリフにうん、と頷きながら七海は腕を回している延珠を見る。 彼女は未だに喧騒を続ける男女の中に割ってはいるとどうどう、と場を諌めた。

 

 

「落ち着くのだ二人とも、理由はともあれ、松子ちゃんをそこまで愚弄するのはいかがなものか」

 

「藍原、ひっこんでろよ。 うさちゃんがどれだけ空腹な思いをしたかわかってるのか!」

 

 

うっ、と延珠は内心で吉田の言う言葉に一理あると感じてしまった。

このクラスの決まりで飼育小屋のうさぎの当番はこの吉田と松子になっている。その役割は絶対に忘れてはならないものだし、見つかったときのうさぎの状態はものすごい空腹で震えていたとか。

 

ましてや延珠はモデル・ラビットのイニシエーター。 あまり関係はないのかもしれないが、『うさぎ』という単語に思うところがあったのだろう。

 

 

続けざまに吉田の罵倒が炸裂する。

 

「だいたいいつも思うんだよ。 決めたことも守らないようなやつに、飼育係を任せられるかってんだ! そうだよな皆!」

 

と、彼は後ろに佇んでいる数人の男子に呼びかけると、お、おう、という弱い声が帰ってきた。 負けじと延珠も反論する。

 

 

「いいや、お主だって人のことは言えんぞ! この前の飼育小屋の掃除も松子ちゃんに任せてばかりでお主はずっと遊んでおったではないか! 」

 

そうだそうだ! と、延珠の後ろにいる女子数名から批判の声が上がった。

 

 

「うるせぇ! ヒモ野郎とつるんでる奴なんかに言われたくない!」

 

 

吉田くんの突如とした一言に、延珠の動きが止まった。

 

 

「お、お主・・・今、なんと言った」

 

「何度でも言ってやるぞ藍原、お前の所に住んでる男は女に飯を食わせてもらっているヒモ男で情けない男だ!」

 

 

瞬間、延珠の中で何かがぷつん、とキレた音がしたのを七海たちは心の耳で聞いた。

 

「よくも妾の『ふぃあんせ』をッ 侮辱したなァ!!」

 

 

一歩足を踏み込んで延珠は言う。蓮太郎は悪くないと。

 

 

「確かに蓮太郎はアレだ! 一度妾からお金を借りて生活したことがあった! それで周りの人から『情けないヒモ男』と呼ばれたとも。でもそれは家賃とやらを払うためだ。 そして本当の蓮太郎は情けなくはないッ 夜の方は凄いんだぞ!」

 

 

「アレ、ヒモであることは認めるんだ延珠ちゃん」

 

と七海。

 

「夜が凄いってどういうことなんだろうねぇ・・・」

 

「舞ちゃん、それはきっと、夕食の料理のことだよ。 延珠ちゃんのお兄さんはもやしに選ばれた『もやしマイスター』だからその事を言ってるんだよ、ウチは作ってる人がアレだからたまに朝昼晩で納豆が出てしまうけど」

 

七海はふと料理のことで思い出す。 そろそろ彼の納豆レパートリーから抜け出したいと。 彼は実家から抜け出してこの地区のエリアのアパートにひとり暮らしをしているわけだが、当然のように七海がやって来るまでも男としての料理の腕はイマイチだ。

 

だいたい44歳のオッサンが作る料理なんてカップ麺が基本なのだろうが。

 

 

そうこうしていくうちに、話はどんどんと進んでいく。

 

 

「蓮太郎の文句はッ 妾に言えッ!!」

 

 

どこぞの暗殺拳伝承者の台詞を吐きながら延珠が吠えた。 それに対して、目の前の吉田くんは腕を組みながらその怒号を悠々と受け止める。 まるでその姿はどこかの世紀末覇者のごとく。

 

 

「いいだろう藍原、ならば貴様との因縁もこれで決着をつけてやろう・・・」

 

 

・・・ノリがいいよなぁ延珠ちゃんと吉田くん。

 

 

遠い目で眺めていたのは七海はそんな事を思う。 クラスの悪ガキの吉田くんだが、天真爛漫の延珠とはノリの良さだけはかなり合っているようだ。

 

 

・・・でもなんで吉田くんって松子ちゃんにちょっかいだすんだろう?

 

 

思えば、この吉田と松子の喧騒は今に始まった事ではない。だが、あまり大ごとにはならないのも事実だ。 何故か先生が一度だけ割って入ったが、男子数人に連れられて数分後先生がちょっとホッコリした顔で

 

『君たち、度を過ぎたことはしないようにしておくんだぞ早く解決しなさい』

 

 

と言っていたのを思い出す。 

 

 

・・・なんか賄賂もらってる勇次を浮かべちゃうなぁ

 

なんて、教師が生徒に脅される図はないだろうと七海は自身で結論を出す。 さっさと働け勇次、と心の中で同時に思うのだが。

 

・・・考えることとすれば。

 

 

もしかしたらと思うが吉田が何回も松子に突っかかるのは何か深い理由があるのではないか。そう思わずにはいられない七海だった。

 

 

 

「勝負はサッカー対決だッ 場所は明日の昼休み、人数はちゃんと11対11でやるからな仲間集めとけよ藍原! 」

 

 

「いいだろうッ 負けた側のチームは勝ったチームの言う事を『なんでも』聞くッ ただし吉田くん! 君は必ず謝ってもらう、松子ちゃんにだ! インテリヤクザばりの銀行員並みの土下座を私は要求するからなッ」

 

 

「望むところだ!」

 

・・・ん? 今なんでもするっていったよね? でもサッカー対決って、それ不味いんじゃないかな。

 

 

吉田と延珠のやり取りに、七海は思い止まる。 確か吉田くんはサッカーが得意だ。 その取り巻きでも言える彼らの男子は同じく休み時間でよくサッカーをしている。 

 

これはもう分かりきったことだった。 サッカーが得意な吉田くんの土俵に延珠は既に引き込まれてしまった。

 

 

だが制止しようにも二人のこの昂りようはもう限界点を超えていた。 今更、やっぱやめようとは到底言えない雰囲気である。

 

 

かくして、勾田小学校で一人の少女の仇を討つための戦いが明日、行われる事になった。

 

 

 

「いやぁ熱い戦いの予感だねぇ七海ちゃん」

 

「そうだねぇ、私は解説に回ることにするよ舞ちゃん、私の名前はサッカーの解説をするためにつけられた名前だと思うのッ!!」

 

 

ふっふっふ、と笑みを余裕の笑みを浮かべていた七海。 彼女はこの争いには我関せずというのを貫く覚悟でいた。 

 

スポーツというのは戦いだ。 ふとしたことで、自分の正体がバレそうになってしまうという展開はごめんである。この勝負も、ひたすら観戦するという形で見守ろうとしていた七海ではあったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

・・・アレ? なんで私囲まれてるの?

 

 

言葉の通り、放課後となった七海は教室にて数人の男子に囲まれていた。

 

 

延珠や舞は忘れ物を取りに行くと言って先に帰らせてしまっている。 忘れたものを見つけた時だった。突如として、教室の扉を閉められ、ロッカーから教卓から、机の下から、全員で8人くらいの男子が現れたのだ。

 

 

 

・・・こ、これはッ なんだ! 薄い本的な展開なのかッ

 

 

この小説はある程度は健全です。

 

 

 

「ちょっと、一昔前の映画にいたエージェントなんちゃらみたいに出てこないでよ。 私に何の用?」

 

手短に七海がそう言った時だ。 一人の少年が勢い良く地面へと伏した。 文字通り、土下座である。

 

 

「頼む七海! 力を貸してくれッ」

 

下げていた頭を上げたのを見て、七海は驚愕する。 その人物は、吉田くんだった。 そう懇願する吉田の横から少しガッチリとした体型の少年が現れる。

 

「すまん、七海・・・俺からのお願いや。 コイツの力になってくれんか?」

 

「君は・・・同じクラスでサッカー好きの本田(ほんだ)くん!!」

 

 

本田と呼ばれる少年、彼は第のサッカー好きでサッカーに対してはとことんストイックな性格だ。地元のサッカー少年団からも声がかかるほど上手く、小学生にして無回転ボールが蹴れるらしい。 関西弁と標準語をきれいに使い分けることができる。

 

 

 

一度ある有名な選手に憧れて小学生にして金髪にしたことから『不良』のレッテルを貼られた事がある。

 

 

「でも本田くん、いくらなんでも今回の事は情状酌量の余地はないよ。 どう見ても吉田くんが悪いよ」

 

 

それは分かってる、と本田はそう繋ぐと座っていた吉田が口を開いた。

 

 

「俺が悪いことは分かってる。 俺はアイツに謝りたいだけなんだ」

 

 

「どういうことじゃ?」

 

 

首を傾げる七海に対して隣の本田がかいつまんで説明していく。

 

 

 

「実はな・・・コイツ松子の事が好きなんだってよ」

 

「ファッ!?」

 

「ち、ちげーよ馬鹿! 誰があいつなんかと!!」

 

一瞬、目が飛び出そうな感覚に襲われ、七海はのけぞった。 横に居た吉田が顔をまるで湯立ったように赤くして慌てて立ち上がる。

 

 

「俺はただちょっと言いすぎただけだから謝りたいだけだし! 好きなわけねーし! あんな奴全然好きなんかじゃねーし!」

 

「と、まぁこのようにコイツは筋金入りのツンデレや」

 

「なるほど」

 

「納得すんなよ!!」

 

吉田が突っ込むとがくっ、と膝を抱え込んだ。 ほかの女子に知られる事が相当へこんだらしい。

 

「コイツもそこまで悪気があったわけじゃないんや、いつも。 ただなんていうんやろ・・・うーん」

 

 

腕を組んで唸る本田に七海は閃いた。

 

 

「好きな女の子にはちょっかいを出したくなってしまう・・的な?」

 

「そう、それ。 今まではこいつがちょっかいを出して先生がくるやん。 でも先生も男だから、結構陰ながら応援してくれてる」

 

 なるほど、と七海は納得する。

そういうことなら、これまでの不自然なほどの吉田くんの松子ちゃんへの暴言の原因や先生がどうして大袈裟にしない理由が分かった。

 

 

・・・いや、それでもその現場を見逃すなよ教師。

 

 

「だったら今回の事も勝負で決めないでフツーに謝ったら? そのほうが絶対解決早いよ」

 

 

七海のいうことも一理あり、無駄な争いを避けて、彼が本心で謝れれば何も問題はないのだ。 だが、吉田はそれを否定する。

 

 

「それは無理だ七海。 俺は藍原と決闘の約束をした、男が女に勢いとは言え一度言いだしたことに背を向けるわけにはいかねぇ」

 

 

・・・変な所で男らしいッ!!

 

 

こう言ったプライドが邪魔しているから話がこじれてきたのではないだろうか。 と七海は男について呆れる。

 

「でも私は観戦だよ。 延珠ちゃんの方にも誘われるかもしれないけど断る方針でいるから――――」

 

 

と七海が断固たる決意で断ろうとした時だ。 ふと、机の上に本田の手から何かが置かれる。

 

 

置かれたものは袋に詰められたお菓子だった。 中には七海が好きな『天誅ガールズキャンディ』もある。 思わず手を伸ばしかけて彼女は手を引っ込めた。

 

 

「・・・こんなもので私を釣ろうなんて百年早いわ」

 

 

「すっごい釣られそうだったけど。 絶対後数秒くらいで掴みそうだった!!」

 

「そんなわけがない! 延珠ちゃんは私の友達よ。 それを裏切るなんて、そんな・・・有り得ないわ」

 

 

と、先程から机の上にあるお菓子を何度もチラ見するその様子を見て、後一押しだと考えた策士・本田は次の一手に出る。

 

「なら七海、コイツはどうや」

 

 

ポケットから奥の手を繰り出す本田に七海は目を疑う。 その手に握られていたのは一枚のカードだった。 

 

 

「なッ! 馬鹿なッ ソレはッッッ!!」

 

 

息を呑み、彼女はそれを見つめる。 まるで探し求めた財宝を見つけ出した海賊の如く、その眼差しは欲望にまみれている。

 

 

「天誅バイオレットのXレアカードッッ」

 

「男子顔負けの身体能力を持つ藍原・・コイツに対抗するにはお前が必要や」

 

もはや人気になって説明する必要もないだろうこの天誅ガールズにもカードが存在する。 人気なレッドやブラックのXレアになるとネットオークションでは1万を越える金額を付けられる程だ。 なんでも相当有名な絵師が描いたイラストが人気でそれがオタクたちに広まったとか。

 

 

ではこのバイオレットのカード、どれくらいの価値があるかと問われば・・・衝撃なことにあまり価値はない。

 

・・・しかしこれは初期の限定版ッ あまりの不人気ぶりに開発陣が発狂してそのまま製造中止になったレア中のレア。

 

 

いくらXレアというくくりではあっても、『所詮バイオレットですしおすし』と蔑まれ、オークションでは最も安くついた値段でなんと20円。

 

まさかの20円、チロルチョコと同等。

 

 

そんな『誰がいるか捨ててしまえ!』と言われ、家にはカラス除けとして使われるバイオレットカードでも、目の前にいる超がつくほどのバイオレット好きの七海にとっては喉から手が出るほど欲しいものなのだ。

 

 

「賢いお前ならわかるはずや。 これが手に入るには、何をしなければならないか」

 

悪い笑みを浮かべて七海は苦悶の表情だ。 なぜならこれを取ってしまうということは、友達である延珠を裏切るという事になるのだから。

 

入学してすぐ、その自由で元気な性格からすぐに打ち解け合った二人。 舞なども連れて色々な場所に行くのもいつも一緒だった。

 

競争の時も同じ運動神経の良さから張り合っていた二人・・・言葉を変えればまさしくそれは強敵(とも)と呼べる存在。

 

 

そんな彼女を七海は裏切ることが出来るのか。 彼女の決断はこうだ。

 

 

 

 

「も、もう一声・・・」

 

 

「握手会イベント限定、バイオレットオプションカード『不人気の連鎖』L(レジェンド)レアカード追加」

 

 

「よしのった」

 

 

 

それはこれ以上にない力強い返事だったという。

 

 

 

 

「というか、本田くんはなんでいつも両腕に腕時計つけてるの?」

 

 

「これか? これは常にclassicを求めてるからや」

 

 

 

 

 

次回に続く。

 





この小説を書きながら、この作品のスポーツ状況はどうなってるのかと考えたバロックスです。 ガスとレア対戦で相当な死者が出たはずですし、日本も都市国家となって分断された今、甲子園球場や東京ドームはどうなったのか。

サッカーで私の好きな選手たちは一体どうなってしまったのか。 結構気になっている私です。




あまり小学校のお話が掘り下げられてなかったためちょっと作ってみた今回のお話。ええ、これは日常回でギャグ回ですよ。 ワールドカップに熱中してたからサッカー題材にしてお話作りたかっただけですよ。

前予告でホモと木更さんがでる話になっていましたがナゾのデータ破損により次のお話で出ることになりました。 ついでに、データ破損と一緒に木更さんの出番も無くなりました。



感想などいつでもお待ちしております。


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~悪戯無用~②

なんか長くなったんでいつものように分割。 サッカーの試合は③にて。 今回は蓮太郎くんとホモの出番です。


里見蓮太郎、彼はプロモーターというくくりから外れてしまえば、一般の男子高校生である。 彼は延珠の通う勾田小学校の二つほど隣にある勾田高校に通っている。

 

 

・・・正直、学校なんてかったるい。

 

 

朝日に照らされた通学路を歩きながら蓮太郎はそんな事を思う。 プロモーターが主な仕事である蓮太郎にとって学校というのはさほど大事な場所ではなかった。

 

この高校に通っているのは、弾薬や薬を提供してくれている後援者(パトロン)の条件なのである。補給を受けさせて貰っている身としては不本意だがその条件を飲まないわけにはいかない。

 

 

 

この前の数学の授業で5回ほど質問を当てられたのをどこ吹く風でスルーしまくり、アンケート用紙を催促してくる女子を目を合わせることなく無視すると周りで女子がヒソヒソと陰口を叩くのはいつものこと。

 

 

・・・マジでプロモーターの仕事だけやれたらどれだけ楽だったか。

 

 

故に、彼に高校で『友人』と呼べる人物はひとりもいない。 むしろ男女問わず敵のほうが多いんじゃないかってくらいの一匹狼っぷり。

 

 

 

だがそんな狼さんにも唯一高校で声を掛けてくる物好きが存在する。

 

 

「やぁ蓮太郎くん」

 

 

快活な口調で後ろから走ってきた人物に彼は思わず、げっ、と言葉で発してしまった。 眼鏡を掛けて、ツンツンとした短い金髪の男がそこにいた。

 

 

「グッモーニン、我が心の友よ」

 

「誰も友になっとつもりはないんだが東(あずま) 先輩」

 

そうかい? と東と呼ばれた男はてへ、と自身の頭を小突いた。 殴りたい。

 

 

彼の名は東 秀(あずま ひで)。 蓮太郎の通う勾田高校の三年生だ。 一応先輩なのだが、しつこく、なれなれしい、ウザイの三拍子で彼は朝昼と声を掛けてくるので蓮太郎にとっては邪魔な存在と認識されている。

 

 

「げへへ、それよりもロリコン紳士の蓮太郎くん、例のお願いをそろそろ聞いてくれてもいいんじゃないのかい?」

 

 

先ほどの快活な口調とは打って変わってのゲス声で彼は蓮太郎の耳元で囁く。

 

「俺はロリコンじゃねぇッ それにアンタのお願いなんて聞くつもりもないからな」

 

ええー、と身をよじらせる秀はどうしても蓮太郎に言い寄る。

 

「頼むよ! 君のとこのお子さん、藍原延珠ちゃんの写真をッ 全体写真じゃなくても寝顔の写真でもあればッ 一枚でもプリーズッ!!」

 

「ぶん殴るぞテメェッ」

 

「わー! 旦那旦那ァ、冗談だってッ!」

 

拳を構えた彼は身を守るように両手をクロスさせて一歩引く。

 

「なんでそこまで延珠の写真が欲しいんだ」

 

そこまで延珠に固執する理由が蓮太郎には分からなかった。 最初は、自分たちの関係を知っていての脅しをかけるつもりだったのかも、と疑っていた蓮太郎ではあったのだが。

 

「決まってるだろう、俺の・・・『真正幼女コレクション大全』の一枚を埋めさせて欲しいんだッ」

 

カバンの中から取り出した一冊の本、もはや辞書と呼べるのではないかという分厚さの本を取り出した秀はその扉絵を蓮太郎の眼前に突きつける。

 

「見たまえ、この無垢な瞳とこの健気な笑顔に溢れる天使たちを! 2031年、ガストレアによって地獄と化した現代にとって彼女たちはまさに砂漠の中のオアシィス!!」

 

 

 

「・・・・」

 

その本を受け取り、本を開いた蓮太郎は絶句した。 

 

 

 

 

一ページ一ページに貼られた少女の写真で埋め尽くされたそのページ。 その中の少女たちは皆10代前半くらいだろうかと呼べるくらいの幼さで、全員が全く別人の少女たちだ。

 

 

だが真に気づかなければいけないのはその写真が『様々なアングル』から撮影されているという事だ。

 

 

ある一枚は電車の荷物置き場からとったであろう上の角度や、車で親と談笑している時の微笑ましい光景などや。 どれもこれも『少女はカメラ目線ではない』。

 

つまり、全く了承得ていない撮影なのだ。

 

 

 

一番目を疑ったのは冷蔵庫の中から牛乳を取り出している時の少女の写真だった。 これは明らかにおかしい。 なぜか『冷蔵庫の内側』から撮影されているこの状況はもはや恐怖しか感じない。

 

 

「どうだい旦那ァ、友にロリを愛でる同士、ここは一枚3000円で譲ってやってもいいんですぜ?」

 

「全部アウトだこの馬鹿ヤロォッッ!!」

 

本を閉じた途端、蓮太郎は目の前の変質者に鈍器とも呼べるその分厚い本を秀の脳天に叩きつけた。

 

 

「ぎゃあああああ! 俺の幼女たちがァ!!」

 

脳天を叩かれた激痛よりも、彼は叩いた弾みで本から漏れた少女たちの写真がばら蒔かれた事に悲痛な叫びを上げていた。

 

 

・・・こ、こんな奴に構っていたら俺まで変質者のレッテルを貼られてしまうッ

 

 

逃げなくては、と額から溢れ出る汗に蓮太郎は直感を働かせた。 ただでさえ延珠の御陰でヒモのレッテルやロリコンの情報を一般大衆に植え付けつつあるというのに、この男のせいでそれに拍車がかかろうものなら彼の人生はお先真っ暗だ。

 

 

そう思って、犯罪の匂いしかしないその場を逃げようとした時だ。

 

 

「ちょっとお兄さん、この写真落としましたよ」

 

「ッッッ!?」

 

 

と、蓮太郎の後ろで低い声を発したのは写真を拾い上げている秀だった。 口元がニヤリと歪み、眼鏡がシリアス時のコナンと同じ光り方をしている。

 

「おれは関係ないッ」

 

 

「いいえ、完全にお兄さんが落としましたねぇ」

 

 

・・・コイツ、俺を共犯者にするつもりかよッ

 

 

ゲス顔を浮かべる秀に蓮太郎は拳を握り締めた。 殴りたい、その一心だが周りに集まってきた一般人の目を気にしてしまいそれが出来ない。

 

傍から見るとその判断はこの写真の持ち物を蓮太郎のものだと勘違いさせる可能性があるからだ。 目の前の秀は写真を落とした時の対策として蓮太郎を巻き込むための算段を既に考えていたのだ。

 

 

「お、覚えとけよ変態めッ」

 

致し方なし、と蓮太郎は即座に秀と一緒に写真を拾い上げていく。 この場合は何事もなかったように済ませるのが一番だ。

 

 

ものの数秒で全て拾い上げた蓮太郎は乱暴にその本を秀に押し付けた。

 

 

「あ、アンタ・・・一体何がしてぇんだよッ」

 

肩で息をする蓮太郎に、秀は眼鏡をくいっと上げて不敵に笑うのだ。

 

「分ってるだろう? 延珠ちゃんだよ延珠ちゃん。 君の対応次第では、この奥の手を今後一切使わないと約束しよう」

 

 

彼の言う『奥の手』というのは、先ほど見せた一般大衆に共犯の可能性を植え付けさせる写真のバラ撒きだろう。 もちろん、ここで写真を出せば彼は引き下がってくれるだろう。 実際蓮太郎の携帯の中には、延珠の催促で撮った写真が保存されている。

 

 

だが、この悪党変態仮面に従う理由はこれっぽちも蓮太郎にはない。 

 

 

「ふざけるなッ お前みたいな変態野郎に渡す写真なんか一枚もねぇぜッ」

 

 

割と本気の声で彼は拒否の声をあげた。 秀はそれを聞いて、ほんの数秒考えたあと笑顔で本を閉じる。

 

「合格だよ蓮太郎くん」

 

 

「俺は何に合格したんだッ!?」

 

「ロリコンマスター・・・自分の幼女だけは必ず守るというその気高き精神・・・やはり君は真正のロリコンだった!!」

 

 

感極まった彼はそのまま拳を握り締めたまま続ける。

 

 

「だがそれでも延珠ちゃんの写真が欲しいッ 頼む蓮太郎くんッ この俺に一枚譲ってくれッ 金なら出すッ もし金がダメならこの身体を売ろうじゃないかッ」

 

 

「お前はロリコンなのかホモなのかどっちなんだよッ!?」

 

 

「ロリーネバーダイッ!! 君にもいつしか分かる時が来るだろうッ 幼女に埋もれる天国の未来を

ッ」

 

 

「どう言う意味だッ お前の描く未来、断じて共用できねェ!!」

 

 

 

蓮太郎は決意した。 この目の前にいる勾田高校随一の変態、東 秀を延珠には絶対に近づけてはならないと。

 





秀くん、というか名前を聞いたら誰がモデルかわかるはず。 仕事人のほうがモデルだよ。 間違っても「ひできらい」の方じゃないよ。

暴走しすぎたのですいません。 次回はサッカー対決の本番です。 内容は薄いかもしれませんが。


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~悪戯無用~③

この小説書き始めて、思ったこと『あれ?木更さんプロローグ以来名前すら出てなくね?』


怒涛のサッカー対決、開始。 内容は薄いかもしれないけど。 
そして相変わらずのカオス次回予告。


 

 

「そんなッ 七海ちゃんッ!! そんなの嘘だッ」

 

 

その日の勾田小学校の昼休みは良く風が吹く日であった。グラウンドは風に吹かれて砂煙が舞い、勾田小学校の風見鶏は強風に煽られあっちこっちへと向きを変えている。

 

 

 

 

向かい合った列、延珠の向かいには青い縦縞のユニフォームを身に纏った七海がいたのだ。ここで延珠は初めて七海が敵のチームになっていたことを知る。

 

 

「残念だったね延珠ちゃん、私は常に利益の出る相手としか組まないの。 これが真理よ」

 

 

カード数枚で敵に回った外道です。。

 

 

「お主だけは、お主だけはッ 正義を信じてくれる仲間だと思っていたのにッ 心までバイオレットに成り下がったかッ!?」

 

 

「その暴言は聞き捨てならないね延珠ちゃん・・・決着は試合でつけようよ。 私、久し振りにキレちゃったよ」

 

こめかみ付近に怒りマークを浮かべながら彼女は笑みで答える。 二人が背を向いて自分の陣地へと戻っていった。 

 

 

二つのチームはお互いに円陣を組み合うと、延珠の声を皮切りに彼女が募った男子生徒たちを奮い立たせた。

 

 

「聖戦だッ!! 松子ちゃんの仇を絶対取るぞ! 妾に続けェッ」

 

 

『イエス! マイプリンセスッ 天誅ッ 天誅ッ!!』

 

 

 

 

 

・・・なんか雰囲気が異色とも言うべきか、いつから女ジェネラルになった延珠ちゃん。

 

変なテンションの延珠チームと裏腹に、七海のチームは偉く静かだった。 

 

 

「皆・・・」

 

チームの柱の本田が口を開く。

 

「向こうは藍原を前線に出してくる。 アイツにはボールは渡してやるなよ。 あっちの助っ人で何人かサッカー部の連中が混じってる・・・サイドの香川とキーパー川島、ミッドフィルダー遠藤。 そいつらにも気をつけろよな」

 

 

まさしく司令塔と言うべきか、彼は若干10歳にして即席のこのチームを完全にまとめあげていた。

 

流石は未来の日本代表を背負うリトルホンダ、というべきか。

 

 

 

「七海、お前も延珠が攻めてこれないようにアイツを見張っておいてくれ。 アイツと同等のタクティクスを持つのはお前しかおらん」

 

 

「た、たくてぃくす?」

 

良く分からない単語に七海が首を捻ると、彼はへんに小さく笑った。

 

「ま、細かいことはええんや。 行くで、みんな」

 

 

おう、と言う整った返事が返ってきてみんなが散らばる。 

 

 

ボールの支配権を決めるのはコイントスが行われた。 10年以上経っても、この方式はあまり変わらないらしい。 コイントスで裏表を両者が選び、出た目でボールの所有権が決まるというものだ。

 

 

 

「裏」

 

と言ったのは七海。 それに続くように、延珠は、表だ、と言った。その二人の間に立ったクラスの室伏くんがコインを構えた。

 

 

「では、入ります」

 

どこぞの博徒だ、と突っ込みたくなった七海だが勝負の前だ、そういうのもアリだろうと考えてコイントスを見守る。

 

「出目はピンゾロの・・・間違えた、表」

 

 

・・・なんで間違えた。 なんで間違えた!!

 

内心で突っ込みのオンパレードが続くが、これで延珠のチームにボールの所有権が渡ってしまう。延珠がニヤリと笑ってボールを受け取った。

 

 

延珠がボールを地面において、七海と向き合う。不思議な事だが、戦いの前だといういうのに二人は不敵に笑うのだ。

 

 

「七海ちゃん、狂える凶暴星・・・死すべき時は来たッ!」

 

 

「延珠ちゃん、天に還る時が来たんだよッ!」

 

 

今からでも世紀末タッチになってしまいそうな雰囲気。 互いに激闘を予感させるような前触れの証拠に、また風が強く吹いた。

 

 

 

 

午前12時10分、キックオフ。絶対に負けられない戦いがそこにはある。

 

 

 

 

 

「藍原ッ」

 

 

鳴り響いたホイッスルとほぼ同時に、大きくボールが蹴られた。 延珠チームの速攻である。

 

 

 

 

「な、なんだァ あの無意味に蹴られたロングパスボールはァ!? あんなの誰も取れる訳がねェッ」 

 

 

「気をつけろッ どこでもいいッ そのボールを誰かクリアするんや!!」

 

誰しもが理解していなかった中で唯一、本田だけがその無意味なロングボールの意味に気付いていた。 

 

 

「え?」

 

ボールを正面に捉えていた仲間の一人が気づいた時には既に延珠がその付近まで接近していたのに、彼は一気に踏み込もうとするがタイミングが遅く。

 

 

「もらったのだッ!!」

 

 

ボールが彼の胸に収まるであろうその瞬間、延珠が猛スピードでボールを頭で小突き、その軌道をずらす。 

 

 

転がり落ちたボールは守備陣が誰もいない地点と向かった。 一番最初に放られたロングパスの御陰で、かなり奥の陣地まで延珠がやってきてしまっている。

 

 

「ディフェンスッ 戻れッ」

 

 

本田が声を掛けるがそれよりも早く、守備を駆け抜ける影がある。それはもちろん延珠だ。

ボールを足元に収めた延珠はスピードを落とすことなくゴールへと全速前進。

 

 

「森崎くん!!」

 

遠くでポジションをキープしていた七海が叫ぶ。 ゴール付近にはキーパーである森崎くんしかいない。 だが、このチャンスを延珠がみすみす見逃すわけがなく。

 

 

 

「どりゃあ!!」

 

 

右足で振り抜かれたボールは七海のチームのゴールネットを大きく揺らした。 開始わずか三十秒足らずの出来事である。

 

 

 

「森崎くん・・・・だから獲れなーい!!」

 

 

と七海。

 

「こいつはたまげたなぁ・・・」

 

 

感心といった表情で、本田は思わず声を漏らした。 ロングパスの上手いサッカー部員が向こうには居たのだろう。 開始直後にボールを彼に蹴らせて後は延珠のスピードを活かした電光石火の奇策。

 

 

「流石は延珠ちゃん、あいかわらずのスピードだね」

 

 

「えっへん! 見たか七海ちゃん、もう勝利はもらったも同然なのだ!!」

 

 

「おのれ小娘!」

 

 

陣地へと一人戻っていく延珠が七海に向けて勝利のVサインを送る。 それを見た本田がふん、と鼻を鳴らした。

 

 

「アホなこと言ったらアカン。 まだ試合は始まったばっかやで・・・七海、次からは藍原のマークしっかりや、こっちも攻めたる」

 

 

 こくん、と七海が頷いて試合が再開された。 本田がチームの攻撃の指示をすると同時にパスを回していく。 右と左の選手を使い分けていくそのパスワークは小さきながらもまるで無敵艦隊のスペインのようだ。

 

 

延珠たちは気づいていなかっただろうが、確実に延珠たちの陣地に七海たちのチームのオフェンスのメンバーが入り込んでいっている。 地道なパス回しだが、この方法が一番確実だ。

 

 

「させないッ」

 

 

ゴールへと20m弱、といった所だろうか前線から延珠が戻ってくる。 延珠が向かうのは、ボールを持っている本田の場所だ。

 

 

 

モデルラビットの力を使わないといえ、日夜戦闘の日々に身を置いてきた彼女である。 その身のこなしは測りしれない。

 

一瞬にして回り込み、本田の前に壁になるように立ち塞がった。

 

 

「さすがや藍原・・・なぁ、女子サッカーのチーム作らへんか? お前ならプロの世界でもやっていけるで、未来のナデシコや」

 

「生憎だが妾はスポーツに准ずる事はないのだ。妾はこの先ずっと蓮太郎に永久就職するつもりなのだからな!」

 

 

・・・・戦いの最中だというのにノロケ話! これが王者の風格!!

 

延珠のスタートダッシュに追いつけなかった七海が本田の背後へと迫る。一気に本田と延珠の横を通り抜けて、本田からスルーパスを貰うという戦法だろう。

 

 

だが、簡単に『抜け出し』が成功するほど、サッカーは甘くない。 本田は知っていた。

 

 

七海の向かう先には、延珠チームの守備の要、田中マルコスがいるということを。 いくら同等の身体能力を持つ七海といえど、彼のラフプレーまがいの守備は厄介だ。

 

 

そう判断した本田は一つの作戦を実行する。

 

 

・・・さぁ、藍原、俺の目をみろ。

 

 

視線を横を通り過ぎようとする七海に向けた瞬間だった。 目の前の延珠が本田の目線を感知してわずかだが、その身を七海へと向けようとする。

 

 

反射神経故の反応速度だ。 だが、これで延珠の本田に対する警戒心が一瞬だけ薄まるのだ。

 

 

その一瞬を見逃さなかった本田は、弱めのボールを浮かせるように蹴る。 狙ったのは、延珠の無防備な左腕だ。

 

 

 

「なッ」

 

ボールが自身の左腕に当たった瞬間、延珠はしまった、と思っただろう。 その直後、今まで審判だったのかも分からなかった舞が笛を鳴らして試合を中断させる。

 

 

延珠のハンドをとったのだ。

 

 

 

「くそうぅ、本田くん。 狙ったな?」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 

悔しがりながらそう問う延珠に本田は不敵に笑ってみせる。 プロの選手なら敵のペナルティエリアでディフェンスの腕を狙ってボールを当て、ハンドを誘うのはよくある事である。 ゴール付近のペナルティーエリアでファールを取られると、キーパーと一対一のペナルティーキックとなり得点の大チャンスとなるのだ。

 

 

ともあれ、今回はペナルティエリアではないのでゴールから20m弱の距離からのフリーキックである。

 

 

 

 

「へいパース! 本田くんパースッ そろそろ私にも出番ちょうだいパースッ」

 

 

ゴール付近で繰り広げられる攻守のメンバーの中で全く緊張感のない七海がジャンプしながらボールを要求していた。 

 

 

・・・いや、お前のそのポゼッションでボール放っても意味ないやろ

 

七海は2人のディフェンスに挟まれてそこからボールを寄越せと言っているのだが、わざわざボールを相手に渡すようなパスをするほど、本田は馬鹿ではない。 馬鹿なのは真にサッカーの初心者である七海が悪いのだ。

 

 

 

 

舞が笛を鳴らした瞬間、本田は軽いステップを踏んで流れるような動きでボールを蹴り込んだ。 左足でまっすぐと蹴られたボールはキーパーの届かない位置、上の隅の一つを的確に狙っていた。

 

 

絶対的なコース。 誰もが七海たちの得点を疑わない。 だがそこに立ちはだかったのは、またしても延珠だった。

 

 

「見えたぞッ! 本田くんッ!!」

 

守備の頭を超えるのではないだろうかというほどの大跳躍を見せた延珠は絶対コースまっしぐらのボールをその目で捉える。 目視だけでなく、その位置は少し足を届かせるだけで充分な高さだった。

 

 

「もらったァ!!」

 

延珠が宙に浮いているガストレアを蹴り倒す要領で目標に蹴りを叩き込んだ時だ。

 

 

 

延珠のハイキックが空を切ったのだ。 延珠を避けるように軌道を変えたサッカーボールは吸い込まれるように延珠チームのゴールネットを揺らした。

 

 

「・・・な、なんだ今のはッ」

 

 

 

延珠には理解しがたい光景だっただろう。まるでボールが意志を持ったように軌道を変えたのだから。 その摩訶不思議なシュートを決めた人物の本田は腕を組んでこう呟いた。

 

 

「俺は・・・もってる」

 

「本田さんカッケー!!」

 

歓喜に似たような声が七海たちのチームから上がる。 先ほど、本田が放ったボール。それは無回転ボールだ。ボールの回転数を極力無くし空気抵抗を受けやすい状態にすることによってボールがブレるような変化をするのである。

 

 

有名な選手ならば、クリロナやピルロなどが得意としているボールだ。

 

 

ともあれ、1-1、 試合は振り出しに戻る。

 

 

「まだまだ負けたわけじゃないぞ! 勝負はこれからだ!」

 

 

「よっしゃあ! もう一息や! お前らももっと攻めんかい!!」

 

 

延珠が本田が、同時に吠えてチームを鼓舞する。 白熱する試合の展開に、全体の士気がおのずと上昇する。この一体感こそが、スポーツの醍醐味と言えるだろう。

 

振り出しに試合は戻ったわけだが、 そこからはまさに両者一歩も譲らないといった試合内容だった。

 

 

延珠が攻めよう物なら、七海チーム一のサイドバック、長友が延珠を押さえ込み、本田の決定的なパスを延珠

と田中マルコスの二人がかりで潰しにかかる。 お互いに得点が入ることはなかった。

 

白熱する戦いにただ時間だけが通過していく。 昼休みが終わりに近づいてきた時だっただろうか、事件が起きる。

 

 

 

 

・・・というか私全然活躍してないじゃん!!

 

真剣勝負をもはやただ眺める存在となりつつあった七海が今更ながら気付く。 そういえば、今日は一度もボールに触っていないのを思い出した。

 

 

「サッカーできないからね、しょうがないね」

 

所詮は身体能力だけでスカウトされたこの身。 サッカーについてはまったくもってど素人。 最初は延珠のマークについていたのだが、今はそのポンコツっぷりに前線から外され、ひたすらディフェンスの中に入り込んでいる。

 

 

・・・剣でボールをたたっ斬るのなら得意なんだけど。

 

自慢にはならないかもしれないが、七海の剣術はそこそこの腕前であり、ある流派の初段ではある。だが、それは暗殺にこそ生かされるものであり、このスポーツの中では意味なき事だ。

 

 

だけど、と彼女は決めている。 例えこの試合で負けようとも、勝とうとも、役立たずの烙印だけは押されないようにされなくてはと。

 

 

・・・いかんいかん、マイナス思考だけはやめなきゃ

 

 

よく勇次に言われる事がある。 お前は不安な時は顔に出やすい、と。 もし今がそうだとしたら、周りに迷惑をかけてしまうのは必然だ。

 

 

 

心を切り替えて、彼女は顔をパシンと数回叩いた。 

 

 

「というわけで私はじっと動き回るボールを眺めながら最後衛で守らせていただきます」

 

 

ディフェンスのなんたるかを彼女はまったく理解していなかった。

 

 

 

その頃同じくして、延珠は焦っていた。 何にかと言われたら、いつまでも決着がつかないこの均衡状態についてだ。

 

攻めても攻めても、向こうは守りを固めては攻めあぐね、あちらは優秀なパス出しの司令塔がいてもなかなかチャンスに繋げられない。  

 

どうせなら向こうにも決めて欲しかっただろう、と思わせる場面もあった。 均衡状態の試合というのはある一種のストレスを与えるものだ。

 

 

・・・松子ちゃんの為にもなんとかしなければッ

 

だからとて、こちらには負けられない理由があるのだ。 絶対に吉田には謝ってもらいたいし、その為に延珠は七海もこちら側に引き込んで戦おうと望んでいたのだが。

 

 

・・・だが一番許せないのは七海ちゃんだ! まさか吉田くんたちの肩を持つなんて!

 

 

怒りに似た感情を延珠は胸に抱く。 直感ではあったのだが、どこか似たような者同士ではないかと思っていた延珠は七海が『自分と同じ正義の心』を持った人間ではないかと感じていた。 

 

だが今回、まさかの敵となってそれがわからなくなってしまう。 人間とは恐ろしいものだ。 彼女も吉田くんの事情を知ったらどういう展開になっていただろうか。

 

 

 

・・・これに勝ったら七海ちゃんのあだ名は一週間限定でバイオレットにしよう。うん、そうしよう。

 

と、勝手に納得して彼女は頷く。 だが、どうすればこの状況を打開できるか、その問題はまだ解決していなかった。

 

 

 

ふと、彼女は思いつくことがある。 ある種一つの解決方法だが、これは危険度マックスのリスクの高い方法だ。

 

 

それは、能力を使うことだ。

 

 

 

・・・ほんの一瞬だけ開放すればバレないかも・・・でもバレたら、退学だ。

 

 

 

ごくり、と延珠は唾を飲む。 もちろん、ここで力を使えばボールを相手のゴールに叩き込むのは赤子の手をひねるより楽な事だろう。 だが、悪いケースを迎えた場合最悪学校には居られなくなる。

 

 

せっかくできた多くの友達から畏怖され、追い出されるような事は絶対に避けなければならない。

 

 

「残り時間、三分ッ!!」

 

 

中央で佇んでいた舞が残り時間を告げた。 これで一層、延珠の焦燥感が加速する。

 

 

幸いにも今はボールを相手陣地で支配しているのは延珠たちのチームだ。 チャンスはこちらにある。ちょっとした隙があるならば、積極的にボールをもらい、ゴールを目指すというのを延珠が頭の中で浮かべている。

 

 

 

だがその時だった。 凄まじいほどの強風が吹いて、辺り一帯の砂煙がゴール付近を覆い尽くす。 

 

 

「ぐわぁ!」

 

「ぎゃあ! 目がアァ!!」

 

 

生徒たちが悲鳴をあげ、中には地面を転がる者もいるこの状況で延珠は感じ取った。チャンスだと。

 

 

現在、周りの生徒たちは強風により舞った砂によって視界が遮られている。 そしてゴール付近はその影響で守備は手薄だ。

 

 

 

「残り60秒―――――ッ」

 

 

砂で視界が悪くなろうとも、目をつぶりながら残り時間を示唆する舞はまさしく審判の鏡であった。

 

 

・・・一瞬だ。 加速が付いたらすぐに力を抑える!! 妾にならできるはずだ!!

 

延珠は覚悟を決める。 一瞬、こんな事の為に能力を使うことはいかがなものかと考えた。 だが、ここで今吉田の悪を見逃すのであれば、この先での生活で自分は愚か、いじめられた松子がどんな扱いを受けてしまうだろうか。 

 

 

そんな悪は絶対に許せない。自分には、それを打開するための力があるのだと、彼女は自分に言い聞かせた。 一際風がまた強くなって更に視界が悪くなる。 行くならここしか無かった。

 

 

「勝負ッ」

 

 

もう自分が目指すべきゴールすらも捉えきれない視界の中、バウンドしていた白いボールだけが太陽に照らされてうっすらと光ったのを目標に、延珠は跳ぶ。

 

 

助走もつけず、一瞬だけ紅い眼を解放して両足の脚力で地面を蹴ると、まるでロケット花火の如く彼女はまっすぐ跳んだ。 モデルラビットとしての瞬発力を得た延珠は誰にも捉えることはできない。 

 

 

すぐさま紅い目を解除するが、能力を失ってもその加速したスピードが失われるわけではない。 風の力も借りて、延珠は戦闘時以上の加速力を体感していた。

 

 

自分でもこれヤバイんじゃないかというくらいに。

 

 

 

・・・だが、これでよいッ

 

 

充分な加速を身につけた延珠がボールを目前に捉える。 ボールはちょうど延珠が蹴りやすい位置にバウンドしていた。 このまま体制を整えて前に蹴りさえすれば良い。 そこは相手のゴールなのは確かだし、誰も砂のせいで何も見えないから入るのは当たり前だ。

 

 

「貫けェェェ――――――うわっ!?」

 

 

地面を跳ねようと延珠が一度地面に足をついた瞬間、彼女は地面の何かに躓くの感じてバランスを崩す。延珠は視界が悪くなりすぎて気づかなかっただろう。 砂煙で地面を転がっていた生徒に足を引っ掛けたのだ。 だが加速が付きすぎていた延珠は体制を前に崩しただけでその直線運動を続ける。 

 

 

当初の予定と違ったが、この位置ならば『ヘディング』という形の方が理想的なシュートになると考えた延珠は自身の額でボールの中心部を穿った。

 

 

 

結果的にはゴールしたと言えるだろう。 延珠のその豪快な、インチキバリバリともいえるそのヘディングは見事に七海チームのゴールネットを揺らした。

 

 

 

2-1、それが延珠がもたらした勝利。揺るがない事実。

 

そのヘディングはサッカー部からも賞賛された。 オランダ代表のファンペルシーのようなゴールへの嗅覚とまるでドイツ代表のビアホフを彷彿させる華麗なヘディングだった。

 

多分これが生中継されるような試合だったら、その試合のマンオブザマッチは彼女のものだっただろう、多分マンデーセレクションで第一位にも輝いたかもしれない。

 

 

 

 

ボールと一緒に、七海静香をゴールへと叩き込んだという事実を除いたのなら。

 

 

 

「七海ちゃん!!」

 

 

砂埃が消えて、視界が晴れてきた時に生徒たちが見たのはゴールにもたれ掛かった七海を涙目ながら必死に起こそうとしている延珠の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・あれ?」

 

 

暗闇が晴れ、眼を開けた七海が次に見た景色はお世辞にも綺麗な空ではなく、無機質な真っ白の天井だった。

彼女は知っている。 ここは保健室の天井だと。

 

 

・・・確か目に砂が入ってゴール付近をよろよろとしてたら腹部に凄い衝撃がしたところまでは覚えてるんだけど。

 

 

まるで強烈な突きをくらったかのような深い刺さりようだったのを七海は体感で覚えている。

 

 

事の顛末はこうだ。 加速し、人間魚雷と化した延珠のヘディング先には視界を失ってゴール付近をよろよろしていた七海が居た。 

 

ただボールと視線が重なっていた延珠は七海の姿を捉えれず、しかもかなり近距離だったために七海の腹部にボールを含めて激突したのだ。 

 

しかもボールと密着した状態で七海は延珠と激突したため、ほぼ超加速で威力のついた頭突きをモロに受けたのである。もし七海が『呪われた子供たち』でなかったら気絶では済まなかっただろう。

 

 

「あっ! 七海ちゃんが起きてる! 延珠ちゃん見て七海ちゃん生きてるよ!!」

 

・・・死ぬほどの騒ぎだったのかな

 

保健室の扉が開いて入ってきたのは延珠と舞だった。 延珠は自分たちのランドセルと一緒に七海のランドセルも持ってきていた。 外を見ているともう夕方だ。 放課後になったのだろう。

 

 

「あ、おはよー延珠ちゃん七海ちゃん」

 

「朝と一緒の挨拶してる! ダメだ延珠ちゃん! 衝撃で頭がおかしくなってる、保健室のマッドサイエンティスト先生を呼ぼう!」

 

「いやいや、私至って健康なんですが舞ちゃん」

 

 

超絶縁起悪いなぁと七海が眼を細めていると、傍に居た延珠が七海の腰の辺りに抱きついた。

 

よよ? と七海が驚いていると

 

「すまぬ・・・すまぬっ! 妾のせいで!」

 

延珠が能力を使ったことをほかの子供たちは知らない。 ただ、延珠にとって能力を使ってまで身体能力が普通の友達を傷つけてしまったのだという後悔に延珠は囚われていたのだ。

 

 

「酷い事いったりして悪かった! バイオレットに成り下がったなんて言って悪かった! 許してくれ、許して・・・」

 

 

涙ながらに懇願する延珠に七海は。

 

 

・・・やべぇ、シリアスに引き込んじゃったよ。 これってギャグじゃないの?

 

ここまで謝られると、怒る気も全くない、というかまず事故なのは事故なのであって相手も反省しているのだから許す事にはなんら異論はない。 気絶させられるまでは全く誤算だったわけだが。

 

取り敢えずこの局面はなんとかしよう、と七海は考えるのである。

 

 

「さて延珠ちゃん、コイツはなんでしょう」

 

「・・・・?」

 

抱きしめていた延珠が一旦離れると彼女はきょとんとした目でそれを見る。 七海が取り出したのは今日使われたサッカーボールだった。

 

 

「そう言えば七海ちゃん、気絶してからもずっとボールを抱きかかえて放さなかったねぇ」

 

横で舞がその時の状況を思い出していた。気絶後も七海はボールを抱えて、離さなかった。 それを見た本田は彼女こそキーパーの鏡だと賞賛を送ったのだという。

 

「私が今回得た教訓は、私って超頑丈だと思うの、どれくらい丈夫かって言うと雷獣シュート食らって『あれ?こいつ死んだんじゃね?』って視聴者から総ツッコミくらったキャプツバの翼くんくらいの耐久力」

 

 

「え、つまりどういう・・・」

 

 

頭に疑問のマークを浮かべる延珠に七海は構わず続けたのだ。

 

 

「つまり、ボールは友達ってことだよねッ!」

 

 

親指を立てて笑顔の七海の一言に周りが静寂に包まれる。

 

・・・アレ? シリアスブレイク失敗?

 

内心で流れ出る汗を感じた七海であったが暫くして舞が小さく笑う。

 

「やっぱり七海ちゃんって延珠ちゃんと同じくらい変だよねー」

 

その笑顔を見て七海が安堵した。

 

 

「キーパーの森崎くんのことも考えてあげようよ。 今回のことで森崎くん、正ゴールキーパーから降格されるみたいだよ?」

 

 

「え、そうなの・・・」

 

ちょっと悪いことした、と七海は思う。 今度会ったら肩を叩いて励ましてあげよう。

 

 

「というわけで、誰にでも過ちはあるのだよ延珠ちゃん。 私が大丈夫なのだからそれでいいのだ」

 

 

「最後妾をパクったな・・・でも、良いのか七海ちゃん」

 

 

延珠は恐れている。 今回のことで、七海とそれを取り巻く友人関係が一変してしまうことに。 友情なんて些細なことで簡単に崩れてしまうし、信じていた相手に何度も裏切られてきた延珠には蓮太郎に逢うまで人間に対して全否定の人生を送ってきたのである。

 

 

もしかしたらその笑顔の裏で、凄い黒い感情が七海にはあるのではないのかと思っていたくらいだ。 だが、今の七海の表情や言葉から、悪意などは微塵も感じられない。

 

 

「じゃあ」

 

と最後まで折れてくれない延珠の為に、七海がそっと手を差し出す。

 

「握手をしよう」

 

そう言った。

 

 

「握手ってよく使われるよね。 スポーツの試合前とか、選挙の時とか、和平を結ぶ時とか」

 

 

全世界共通の握手。 利き手を差し出すことで互いに武器を隠し持っていない事などを示すらしい。 地域によっても握手する手が違うなど言ったように様々な作法が存在している。

 

 

「人との繋がりを示すって意味でも使われてる握手だから、ここは仲直りの握手だよ。 藍七平和条約と名付けようよ」

 

 

「変な条約だなぁ、妾とお主の名前から一文字とっただけではないか・・・でも」

 

と文句をたれながらも彼女は七海の手を握る。 

 

 

「ありがとう」

 

 

延珠は感謝しながら彼女の手をまた力を込めた。 己が強い力を持っていたなんて、そんな事はない。 力の使い方を間違えてしまえば今回のような傷つく人が出てしまうのだから。

 

 

「意外と硬いのだな、七海ちゃんの手って」

 

「そりゃあ、毎日素振りして鍛えてますから」

 

 

何で鍛えてるのだ、と延珠は思うが彼女の笑顔を見ているだけで些細なことだと思えてくる。

 

 

うんうん、とそれを見ていた舞が頷いて口を開いた。

 

 

「はいはーい、二人ともそこで百合百合してないで帰ろうか」

 

 

「いやいや深い意味はないよ舞ちゃん!!」

 

 

「そうだ! 妾が真に愛するは蓮太郎だッ!!!」

 

 

総ツッコミでその意見を否定する。何はともあれ、彼女たちはなんもわだかまりもなく仲直りしましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば延珠ちゃん、吉田くんと松子ちゃんってどうなったの? 私寝てたから全くわからなかったんだけど」

 

「おお、あの後謝罪と同時に吉田くんが松子ちゃんに告ってたぞ。 顔に強烈なビンタくらってたけど」

 

「でも松子ちゃん顔紅かったねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――~悪戯無用~、完。

 

 

 

 

 

 

 




今回は連続投稿という形になりました。 小出しにしていくのもまぁアリかなと思ったので。結局、本田△がやりたかっただけという暴走気味な第三話になってしまいました。 なぜ最後シリアスになってしまったんだ。 と心の中で悔やみます。 ギャグ回だと思っていた読者さんには申し訳ありません。 たまに路線変更あるかもです。

一応、学校でのお話は延珠や舞との友情話的な感じで最終話まで持っていければと思っています。






―――――次回予告。



木更「学校帰りに天童民間警備会社に立ち寄った里見くんは、扉越しに私の喘ぎ声を聞いてビックリします」

蓮太郎「いやびっくりだよ! 今ここでもびっくりしてるし、一体何があった木更さんッ!」


延珠「ビデオの撮影かな」

木更「拳銃を構えた里見くんが中に入るとそこには見るからに怪しいオッサンが! 犯罪の匂いを感じた里見くんがオッサンを捉えようとするが返り討ち、今度は里見くんが喘ぐという衝撃的展開にッ!!」


延珠「さっきから喘ぐ喘ぐしか言ってないな木更」

蓮太郎「俺は一体どうなっちまうんだ・・・」


木更「この表現アウトかセーフか!? この作品はどこに向かっているというのか!? 第四話~快楽無用~ 今、雄たる里見くんの理性が試されるッ」


延珠「なんだろう、木更変態じみたこと言わされてるのに嬉しそうだぞ」


蓮太郎「久しぶりの出番だもんな・・・」



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第四話~快楽無用~

今回は別に木更さんがNTRされるとか、六巻の内容を先取りしたとかそんな事は全然ないので、勘違いなさらないようにお願いします。 ええ、至って健全なギャグ回ですよ。


――――天童民間警備会社。

 

 

 東京エリアの雑居ビル『ハッピービルディング』の三階にその会社は存在している。 

 

この東京エリアを守るために存在する民間警備会社の規模は大きければ大きいほど、その所有位している財力は大きい。 所属するプロモーターが序列を上げれば上げるほど、スポンサーとは契約を結んで武器などの提供を受けることができる。CMのような効果でお互いに利益を得ることが出来るからだ。

 

だが、この天童民間警備会社も一応世界を守るための民警なのだが、世界を守るという崇高な使命を果たして遂行出来るのか怪しいというくらいに廃れている場所だった。

 

 

 

・・・まぁ、客が寄って来ない理由はあらかた想像できるわけなんだが。

 

 

 事務所が存在する三階を目指す里見蓮太郎は、この天童民間警備会社の一社員であり、会社の経済の基盤ともいえようプロモーターでもある。 

 

 

蓮太郎が想像するとおり、自分が身を置くこの事務所は最悪的に立地が悪かったのだ。

 

 

雑居ビル『ハッピービルディング』には一階から自社を間にした四階までにかけてのテナントが素晴らしく人目を避ける物件である。 一階がゲイバーで二階がキャバクラ、四階なんて闇金だ。

 

 

「あら、蓮太郎ちゃん。 今日も元気なのね・・・どう? こっちにこない?」

 

一階の階段を登ろうとした時に窓の方からスラッとしたタレ目のオネェが蓮太郎に声をかけていた。 冥府魔道に引きずり込もうとしようとその右手はこちらを手招きしている。

 

 

「だ、誰が行くか!」

 

「あん、もう! 強い意志で断るのね! でも嫌いじゃないわ!」

 

 

強くそう蓮太郎に否定されるとオネェは自身の両肩を交互に掴んで、見るだけでMPを吸い取られそうな腰使いで身をクネクネと揺らした。

 

 

「嫌いじゃないわ!!」

 

 

・・・なぜ2回も言った。

 

 

早く事務所へと向かおうと、蓮太郎は内心で突っ込みながらもその階段を駆け上がっていった。 二階に行けばケバい女が、四階の階段からはパンチパーマのお兄さんが現れるこのとてもユーモラスな雑居ビルに挟まれるように存在する天童民間警備会社、この時点で簡単に仕事が舞い込んでくる事がないと多方理解できただろうか。

 

 

 

 

 

・・・しかし木更さんはなんで俺を呼んだんだ?

 

 

 

自分の会社の社長である天童木更の名前を浮かべたのは、蓮太郎が携帯メールで「来て欲しい」というメールを放課後に受信したからであった。 仕事の依頼ならば喜ばしいことなのだが、この間のように依頼金の引き伸ばしを喰らうような仕事は御免であった。

 

蓮太郎と同じく極貧を強いられている木更は、あの聖天使の側近である天童菊之丞の孫である由緒正しきお嬢様だ。 そんな彼女が、天童家に復讐を誓い、天童家を出奔したのはかなり前の事だ。 

 

 

全ては謀殺されたであろう、木更の両親の無念を晴らす為、蓮太郎はその協力者だ。 だが木更のやろうとしていることは『殺し』、『殺人』だ。 人の道から外れた所業なのだ

 

 

・・・ましてや、その復讐を手伝い、成し遂げたとしても、二人が戻ってくる訳ではない。

 

 

両親が死んだ当時の事が原因で、木更の腎臓は後遺症でその機能を失っている。 ひたすら復讐の為に剣の腕を磨き、痛みの為に人工透析を続けている彼女がその目的を遂げても失った両親は戻ってこない。 蓮太郎は最初こそ木更との共犯を望んでいた。 だが、延珠と暮らすようになりそれが間違いではないかと思うようになった。

 

 

一度、事務所で木更がうたた寝をしていた時だ。 蓮太郎は彼女の寝言を聞いた。寝言にしては物騒で、生々しいものを。

 

 

―――――ぜったい、に、全ての天童を・・・殺す。

 

 

これを聞いて、蓮太郎は彼女の心がここまで天童の幻覚に蝕まれている事を知った。 

 

 

悔しかった。 代わってあげられない、彼女の支えになってあげられない自分が。

 

 

 

 

 

・・・いつか、俺になんとかすることができるだろうか。 あの人の心を復讐から解き放つことが。

 

 

 

いつになく重々しい顔で彼は自分の事務所の扉の前で立ち止まる。この向こうにはいつもの笑顔で社長の机に座っている木更が居ることが彼にとってそれだけでもその日は幸せなのだと実感できる。 

 

 

 

そんなシリアス全開の蓮太郎が事務所のドアノブに手を伸ばそうとしたその時だった。

 

 

 

『あんッ ちょっ、と・・・!!』

 

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

『だ、だめぇ・・・ッ!!』

 

 

 

「ッッッ!?」

 

 

 

思わず声が上がりそうになったのを寸でのところで抑えて蓮太郎は伸ばしていた手を引っ込める。 

 

 

事務所越しに聞こえた謎の甘い声は聞き覚えのある声だった。

 

 

 

『そ、ソレぇ・・・! だ、ダメなのぉ』

 

 

 

「き、木更さん?」

 

明らかにその甘い声の正体は天童木更その人の物だ。 彼女がそんな声を出すのかと驚いた彼だが、それよりも驚かなければならない点がある。

 

 

 

なぜ彼女が一人で喘いでいるのだろうか。 もしかしたら蓮太郎は遭遇してはいけない現場に突入してしまうところだったのではないのか。

 

 

 

もしこのまま突入してしまったら『どこのエロゲーだ』と言わんばかりのワンシーンに遭遇するだろうが、その後、雪影を構えた木更の姿が嫌でも浮かぶ。

 

 

・・・こ、これは俺の、俺だけの秘密にしておこうッ

 

 

喉を鳴らして、一歩引く。 この場に延珠がいないことが何よりも幸運な事だった。 延珠なら問答無用で突入して、見よ蓮太郎ッ これがあの女の本性だ!とカメラ片手に激写するに違いない。

 

 

彼女の為を思ってその場を後にしようとした時だ。蓮太郎は更に信じられない声を聞く。

 

 

 

 

『ん、や、止めさせてェ・・・お、おじさまッ』

 

 

『へっへ、なんでぇ ソコが弱かったのかい。 安心しろ、ただ疲れが溜まってる証拠じゃねぇか』

 

 

 

中から聞こえた木更とは違う、もう一人の聞き覚えのない渋い男の声。 蓮太郎は目を見開いた。

 

 

 

・・・だ、誰だこの声はッ!?

 

 

今まで聞いたこともない。 つまり他人だ・・しかも男の。 そして中にいるのは謎の喘ぎ声を上げている木更。

 

 

 

この構図を想像して、蓮太郎は最悪の予想をしてしまった。

 

 

 

・・・まさか木更さんッ あまりにも金がないからって体を差し出しちまったのかよ!!

 

 

 

知らずのうちに歯を食いしばっている。 木更ほどの美人ならば其処ら辺にいる男の一人や二人、引き寄せる事は簡単だ。 だが、そんなことを蓮太郎が許すはずがなかった。

 

自分の想い人がそんな間違いを犯してしまっていることを蓮太郎は酷く悔いている。

 

 

・・・どうしてッ 俺に相談してくれなかったんだッ 俺が頼りないからかッ!

 

 

 

甲斐性なし。 そう言われていたのを思い出して、その言葉が蓮太郎の肩に重くのしかかってくる。 もっと自分が仕事をこなせないばかりに。 彼女の心の負担が増えていたのだ。

 

 

 

「いや、まだ間に合うッ」

 

 

これは間違った事なのだと、天童の名を背負う彼女為ではなく、一人の女としてのプライドの為に蓮太郎は右足を一歩引く。

 

 

『アンッ もうダメッ 限界ッ・・・き、きちゃうッ!』

 

 

『エエ!? お嬢ちゃん、まだ半分も終わってないんだぜ?』

 

 

 

「木更さぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

蓮太郎は雄叫びを上げながら、床を踏みしめて目標である事務所のドアを見据える。

 

 

――――天童式戦闘術、ニノ型十六番。

 

 

「隠禅・黒天風ッ!!」

 

 

 

目標を誤らずに放たれた回し蹴りは人間なら確実に即死級の威力だった。 事務所の木製のドアがその威力に耐えられる筈もなく、ドアは勢い良く吹っ飛ばされる。

 

 

 

 

「木更さんッ それ以上はダメだッ・・・・・・・ってアレ?」

 

 

中に突入して、いざ職場の風紀を乱す悪鬼を討伐せんとしていた蓮太郎が見たものはこの小説がR指定してしまうような生々しい現場ではなかった。

 

 

「え!? 里見くん!?」

 

 

「な、なんでぇ! 何が起きてんだオイ!?」

 

 

蓮太郎が確認した人物は自身を除いて三人いた。

 

 

まず一人は目に入ってきたのは確かにベッドに寝かされていた木更だ。 だが全裸とかそんなのではなく、組立式の簡易ベッドで紺色のジャージを履いた制服姿と、至って健全である。

 

 

「えっ、ちょ・・・これ、なに?」

 

二人目はその寝転がっている木更の腰の辺りに手を添えている外側に跳ねたくせっ毛のある赤髪の少女の姿だった。 少女は何が起きたのかと周りを見渡してその視線を漸く蓮太郎へと据える。

 

 

「オイオイ嬢ちゃん、このうだつの上がらねぇ不幸ヅラはなんだい。 お嬢ちゃんの彼氏かい?」

 

 

最後にもう一人はこの東京エリアでは珍しく表面は黒、赤い裏地の着物を纏っていた坊主の男だった。 どこの江戸時代からやってきたと突っ込みたくなる蓮太郎である。

 

 

 

「ち、違います! この人は・・・・そうッ ウチの甲斐性なし社員の里見くん!!」

 

 

坊主の男が最後に発した言葉に木更が恥ずかしそうに全力で否定した。 

 

 

若干蓮太郎がヘコんだのは言うまでもない。

 

 

「き、木更さん・・これはどういう――――」

 

 

やがて木更が誤解をしているであろう蓮太郎にこう言うのだ。

 

 

 

 

「えーっと、里見くん? 何か誤解をしてるようだから手短に話すけどね?」

 

「あー、俺が言うぜ嬢ちゃん」

 

その一言を説明しようとしたとき、坊主の男が口を開く。

 

 

「俺はァ、最近ここにやって来た按摩屋(あんまや)の伊堵里 墨(いどり すみ)ってンだ。 んで・・・」

 

 

ひょい、と片手で十歳程の赤髪少女のコートのフードの部分を掴みあげた。

 

 

「コイツは相良美濃(さがら みの)。 俺の助手」

 

「ど、どうも・・・・」

 

地面から足を離した少女はぷらんぷらんと足を揺らしてこちらを見て一礼した。

 

 

 

 

「え・・・・」

 

 

キョトンとした蓮太郎は深呼吸をして心を落ち着かせる。 そして数十秒スクワットをなぜか行ってその後で。

 

 

 

「ええええええええええええええ!?」

 

 

 

雑居ビル『ハッピービルディング』全体に響き渡るくらいの声を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「按摩屋?」

 

 

 

「そうだっつてんだろに」

 

 

腕を組む着物の男、墨がそう吐き捨てる。 どうやら蓮太郎は漸く勘違いをしていたことを理解したらしい。

 

 

「このおじさまが疲れてそうだからって・・・そうしたら事務所で施術することになって」

 

 

「そうなのか、でもなんでこの子がマッサージをやってるんだ?」

 

蓮太郎は横になっている木更に再度マッサージを再開している美濃を見る。 本当なら墨が行うべきことではないのだろうか。

 

 

「馬鹿野郎お前、今マッサージと称したセクハラとかで俺みたいなやつが簡単に女にマッサージできねぇの。訴えられたら勝てねぇの。女の客にはこの美濃がやるようにしてるの。けどコイツの腕は保証するぜ」

 

 

「いや、もっと根本的な事忘れてないか? 免許とか」

 

「つべこべ言ってんじゃねぇよ! ンなもん『なぁなぁ』にしとけば通っちまうんだからッ」

 

バシンと蓮太郎の背中が叩かれて蓮太郎は背を曲げる。 強烈過ぎたか、背中を自分でさするようになでていた。

 

*免許無しはホントにマズイですよ!

 

 

「でも里美くん、この子上手なのよ? もう私の疲れとか腎臓の後遺症も治っちゃいそうな勢いでッ・・・んんっ」

 

 

 

 

若干トロンとしたような表情の木更がベッドで寝転んでいる。 美濃が木更の腰辺りを指で押していく度に木更の口から小さく甘い声が漏れる。

 

「・・・・」

 

 

蓮太郎はそれを見て、なんとも言えない気持ちになった。 良く見ると、よほど自分が来るまでに激しいものだったのだろうか(マッサージが)、木更の口元は小さく涎が垂れていてベッドにしかれていたシートに数滴ほどのシミが出来ている。

 

 

 

「そうだ。木更さん、なんで俺をこんなところに呼んだんだ?」

 

 

 

あ、そうだった。と木更は目的を思い出してか、顔を上げて口についていた涎を拭う。

 

 

「実はね私ここ最近誰かさんの仕事ぶりの悪さで経営がうまくいかず、資金不足なの。 それにこの人たちの施術料・・・結構高そうなの」

 

 

「え?」

 

と、蓮太郎がそう発した途端に木更が笑顔で言った。

 

 

「里美くん、多分昨日辺りATMでお金おろしてたわよね?」

 

 

「お、俺をたかる気かよ! ついでにアンタ俺と一回も会ってないはずだ! なんだ? 予知なのか!?」

 

「二、三万くらいあるでしょ?」

 

「いや施術料たけーよ! ぼったくりじゃねぇのか!!」

 

 

「おいおいちょっと待てよ」

 

二人のやり取りに墨が割ってはいる。

 

 

「こっちだって腕一本で生活する為にこの商売やってんだ。 いずれはこの東京エリアで一番の按摩師になるつもりだぜ?施術効果だって保証するし・・・そう考えたら安いもんだろ?」

 

 

「いや可笑しいだろ! 普通の施術だって高くてもオプション付きで一万越えるか越えないかだ!」

 

「ねぇおじさま? どうにかならないかしら? 私たちこのダメ社員の御陰で今月ピンチなの・・・よよよ」

 

 

猫かぶりもいいところだ、と蓮太郎が上目遣いで応対する木更を見て頭を掻く。 墨はその木更を見て心を変えたか、少々悩むように首を小さく捻って鳴らした。

 

 

「ンンーーー、そうだなァ。 おい小僧、いくら持ってんだ」

 

 

「・・・一万とちょっと」

 

 

金額を応えた蓮太郎に対して墨は鼻の辺りを掻くと小さく舌打ちする。

 

 

「わかったァ、木更嬢ちゃんのお願いだ。 一万で勘弁してやる・・・小僧、お前の身体も施術してやるぞ」

 

「やったー!」

 

 

横でうつ伏せになっている木更が子供のような笑みで両手を上げる。 社長よ、それでいいのか。

 

 

「んじゃあ美濃、やってやれ」

 

 

「え、でも・・・」

 

 

「女だけじゃなくて、男の方も慣れてけ。 心配するな、俺が女に触るのは世間一般でアウトだが、お前の年齢の女がコイツに触るのはコイツにとっては世間一般ではご褒美だ」

 

 

それを聞いて若干引いたようなジト目で美濃は蓮太郎を見て木更の影に隠れる。

 

 

「こ、こわいね」

 

 

「ンなわけねぇだろ!!」

 

蓮太郎は怒号を飛ばした。 それを見て、施術を終えた木更がフフフと怪しげな笑みを浮かべる。

 

 

「フフフ・・・覚悟したほうが良いわよ里見くん。 彼女のその魔手に貴方は狂わされるの、そう! 数十分前の私のような痴態を私の前で晒すがいいわ!!」

 

 

「木更さん、その庶民感丸出しのジャージ・・・まだ着てるのか」

 

 

「ちょっ、見るなぁ! お馬鹿! 嫌い! ハイカラ最低!」

 

 

「おーい、とっとと始めるぞ」

 

 

こいつら、いつもこんな感じなのか、とまたしても頭を掻いた墨だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう、里見のお兄さん」

 

 

 

「お、おおう・・・・!」

 

 

うつ伏せになった蓮太郎は彼女、相良美濃の施術に圧倒的な快楽を与えられていた。

 

 

 

蓮太郎は右腕と右足が義手のため、施術をお願いしたのは首と腰だった。 義手がバレても困りはしないが、相手に変な気持ちにさせたくはなかったのだ。

 

 

 

・・・す、凄い!

 

 

端的な答えだったがこれが理にかなっていた。 美濃の差し込まれた指は的確に首筋のツボを刺激して、痛くもなく弱くもない程よい強さが心地よい気分を誘うのだ。

 

 

「くっ・・・!! これは一体ッ」

 

 

「多分、姿勢悪いんじゃないかな? 若干猫背でしょ」

 

 

「ま、まぁそうだが・・・最近授業中、身体丸くして居眠りしてたからかな」

 

 

「首とか肩に負担がかかるような姿勢はダメだよ。 疲れだってすぐ溜まるんだから」

 

 

ぐいっ、と美濃が首筋を押す。 まるで皮膚に溶け込むように彼女の指が蓮太郎の皮膚を沈めていく。 その度に全身に電撃が駆け巡るような甘い痺れが蓮太郎を襲うのだ。

 

 

「ッッ・・・お前、スゲェよ」

 

「あ、ありがとう」

 

「フフ・・・里美くん、いい感じよ! 『悔しい! でも感じちゃう!』っていう感じの声だわ!予想通りよ!!」

 

「社長、ちょっと黙っててくれ」

 

 

蓮太郎の震えが伝わってきたのか、美濃は礼を言いながらも加減を調整する。 

 

 

「フツー、こういう人体の仕組みって覚えなきゃいけねぇんだろ? 勉強したんだな」

 

蓮太郎は顔を伏したまま続ける。恐らく自分はあまり他人に見せられるような表情をしてはいないだろう。

 

 

「オイ、あんまコイツを褒めんな」

 

 

聞いていた墨が突如としてその場から動かずに割ってはいる。

 

 

「何言ってんだよ。 コイツは・・・悔しいが本物だ。 俺は今日、これまでこんな腕のいいマッサージされたことねぇぜ?」

 

「そういうことじゃねぇんだ。 そいつな、あんま褒めすぎると―――――」

 

 

どうかしたのか、と問おうとした蓮太郎だったが、不意に蓮太郎は施術中の美濃の指が止まっていることに気づいた。

 

 

「ど、どうした・・・?」

 

振り向いて、彼女の表情を見た蓮太郎は一瞬を目を見開く。 美濃の表情は何故だか羞恥で真っ赤になっていた。

 

 

「お、お上手なんて・・・そんな事言わないでェ―――――――!!」

 

 

次の瞬間、ゴリッという音を立てて美濃の指が蓮太郎の首を刺した。

 

 

「ぎゃああああああああ!!!」

 

「もうお兄さん! ほ、褒めたって何も出ないんだからね! お、折るよ! 殺しちゃうよ! ちょうど首だから首やっちゃうよ! 触ったら生首ぽろんって的なホラーな感じで!!」

 

 

「さ、最後の方がよくわからんがッ・・・もうちょ、い、弱く!」

 

 

首からいつの間に腰に手を回していた美濃だがその強引なスタイルは変わらず、圧迫するような痛みが連太郎を襲っていた。溜息をついていた墨が呟く。

 

 

「美濃はなぁ・・・極度の照れ屋なんだ」

 

 

「そ、それを先に言ってくれ」

 

 

魂抜けかていた蓮太郎だったが、途端に美濃の手が蓮太郎から離れる。 顔を未だに真っ赤にした美濃は近くに居た木更の体にしがみついた。

 

 

「す、墨さん! わ、私もうダメ! 暫くこのおっぱいに隠れるから! お兄さんに弄ばれた!」

 

 

「こ、こらぁ! 離れなさいよ・・・あぁんもう! くすぐったい!」

 

 

 

・・・な、なんて羨ましいことをッ。

 

 

心の中でそう思う蓮太郎だったが、若干殺気のような物を感じたので前を向くと、そこには笑顔の墨が立っていた。

 

 

「・・・オメェ、腰が痛ェんだっけ?」

 

「あ、イヤ・・・もういいんで、ありがとうございます」

 

 

思わず敬語を使ってしまった蓮太郎だがもう時既に遅しといった感じか。 逃げようとする彼を墨は片手で持ち上げるとまるでピザ職人が指先で生地を回すように、連太郎を片手で回し始めた。

 

 

・・・コイツ! 腕力やべぇ!

 

 

思わず十万馬力でも積んだ鉄腕ロボットなのかと疑ったくらいだ。 墨は叩きつけるようにベッドに向けて蓮太郎をうつ伏せになるよう叩きつけた。

 

 

「ここからは俺が代わりをやってやらぁ。 今の俺は目の前で娘を弄ばれたのを見せつけられて非常に気分がイイ。 特別コースで相手してやる」

 

「ちょっと待て! 子供の言う事を本気にすんなッ!!」

 

 

 

「問答無用ッ! だいたい・・・なぁッ!!」

 

「げふっ!!」

 

勢い良く蓮太郎の背中に馬乗りになるように墨が跨った。 重さで蓮太郎の肺の空気の一部が口から漏れる。

 

 

「オメェみてぇな軟弱野郎に細けぇ施術なんざ必要ねぇんだ。 そんな弱っちい精神だからすぐに体がへばっちまう!!」

 

「いてててててて!!!」

 

 

墨は蓮太郎の足を持ち上げると、彼が逃げないように腰に体重を掛けて海老反りの形になるように蓮太郎の足を彼の頭の方向に思いっきり引っ張った。

 

 

「俺がここでその性根、鍛え直してやるッ このロリたらしスカタンがッ」

 

 

「あ、ああッ! アッ――――――――――!!」

 

 

 

「イイッ イイ表情よ里見くん! 記念に一枚撮って延珠ちゃんに送っとくわね!! 私からのハッピーなプレゼントッ! 『ハッピービルディングから送信する』ってだけにッ」

 

軽快な木更のスマホのフラッシュ音と同時に一際大きな蓮太郎の叫び声が、ハッピービルディングに再び響いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京エリアの十八地区の夜の街にて、二人の人影が歩いている。 仕事を終えた墨と美濃だ。

 

「ったく・・・もうちょいその照れ屋直せこのバカタレッ」

 

「ご、ごめんよぅ」

 

ぽこん、と小さく墨が美濃の頭を小突いた。 墨としては弱めに叩いたつもりらしいが、彼女にとってそれは痛烈だったらしく、痛みから頭を必死に抑える。

 

「お前がもうちょい立派になってくれたらよぅ、俺も楽に任せて仕事できるんだけどなぁー」

 

どこか遠い目で見るように、彼は街に並んでいる街灯を眺める。 どういった意図でその言葉が吐かれたかを察した美濃は目を細めてそっぽを向いた。

 

 

「どうせ売上の殆どは綺麗なおねーちゃんとふたりっきりになれる宿屋に行くためのお金に消えるんでしょ!」

 

 

「な、なに言ってやがる! お前ガキのくせに舐めた事言ってんじゃねぇぞ!!」

 

「じゃあ教えてよ! この前会ってた『マチコ』って誰さ!」

 

「うっそーん! 見てたのお前!」

 

「・・・そのあとすぐどっか行ったから知らないけどさ」

 

むすっ、とした表情で言う美濃に墨が視線を合わせて腰を低くして彼女の両肩を掴んだ。

 

「な、なんも無かったんだよ美濃ォ ただ一緒にお酒飲んだだけだって!」

 

「・・・どこも触ってない?」

 

 

おう、と墨は胸を叩くと胸を張った。 だがすぐに彼女から視線を逸らして。

 

 

・・・いや、太ももと尻は触ったかな。

 

 

「あとついでに朝帰りだったよね、なんで?」

 

 

・・・どこまで尾けてたんだチクショウ。

 

一応女遊びは美濃の衛生上宜しくないと考えた彼が美濃が寝てから女遊びをしていたわけだが、どこかで尾行されていたのだろう。 店に入り込む勇気は流石になかったらしいが。

 

 

これから暫く夜遊びはできないなと墨は心の中で泣いたのだった。

 

「あー、もうつまんねぇ話は辞めんぞ! さっさと歩きやがれこのアホ!!」

 

「まーたはぐらかして・・・ねぇ墨さん、こんなにお酒とつまみ買ってさぁ、どこに行くの?」

 

話を変えた墨に対して美濃が気になったのは墨がここに来る間に買い込んだ数々の酒とつまみだ。 今日の売上のほとんどを使っているこの両の酒とつまみの用途が気になっていた。

 

どう見ても一日で食いつくせるほどの量ではない。

 

 

「へっへっへ・・・実はなぁ、俺の知り合いがここら辺に住んでてなぁ、そいつにこれから会いにいくわけなのよ・・・確かァ十年ぶりだっけなァ?」

 

 

墨の仲間と聞いて、美濃は思い当たる節を浮かべて彼に問う。

 

 

「もしかして、その人も『晴らし人』なの?」

 

 

その言葉に墨がニッコリと笑みを浮かべた。 

 

 

「おうよ、めっちゃ強いぜ。 ついでに、お前と同じ奴もいるからな」

 

 

「ってことは・・・私と同じ『呪われた子』なの?」

 

墨が首を縦に振って、美濃も笑みを浮かべた。 墨がそれを見て、空いている左手で嬉しそうな顔の美濃の頭を撫でる。

 

 

「良かったなァ、友達になれるかもしれねぇぞ。 『もしかしたら』だけど」

 

 

「いいよ! 全然いいよ! むさい墨さんと一緒なだけだと毎日が辛かったから断然いいよ! 早く行こ! どこなのその家!!」

 

 

・・・俺って凄い言われようだ。オッサンって辛い。

 

嬉々として飛び回る美濃に墨はおいおい、と頭を掻く。 そして彼は足を止めて目の前にあるアパートを指差すのだ。

 

 

「せっかちだなぁ美濃ちゃんは。 ここだぜここ」

 

 

「ここ?」

 

 

再び楽しそうな笑みを浮かべて墨は言った。

 

「元気にしてっかなぁ、やっちゃんは」




よしッ 今回も健全だったなッ(白目)
 
 久し振りに木更さん書いて思った事。『アレ? 俺の書く木更さんって結構ネタに汚れてね?』
ち、違うんだ! ただ合法的に女性キャラにお触りできるキャラを出そうという欲望が現れた訳じゃないんだッ! 今いるキャラだとお触りで確実にタイーホされちゃうから穏便に済ませる方法でやりたかっただけなんです! 

本当なんです! 信じてください!


とまぁ、言い訳がここら辺にして。 この新キャラの美濃ちゃん。 どういう役割するかって言ったら、ブラブレの女キャラ全員揉むため役割ですよ。 揉む? ああ、マッサージだよ。


女キャラ担当、相良美濃と男キャラ担当、伊堵里 墨。 こんな感じで。 たいてい男性キャラが損するパターンです。今回の蓮太郎のように。

美濃ちゃんのモデルは某暗殺時代劇でまだ行ったこともない外国の世界に夢を見るあの人。そして中村主水にトラウマを植え付けたあの人。

墨さんのモデルはまぁ粗方想像できちゃうかと思いますが、観音長屋の必殺シリーズ最強の骨接ぎ屋。







―――――次回予告。



木更「突如八洲許のいるアパートに現れた伊堵里 墨。 彼もまた、八洲許や七海と同じ『晴らし人』だった!」


延珠「おい木更! どういうことだ! 蓮太郎が男に海老反り固めされて恍惚な表情を浮かべてる写真をなぜ送ったァ!」

蓮太郎「ヤメろォ!!」

木更「十年ぶりの再会。 懐かしむ暇もなく、墨はチームを組まないかと八洲許を誘うが、彼はそれを拒否する・・・一体なぜ!?」

延珠「蓮太郎もアレか!? 妾という者が居りながら・・・お、男に身を捧げるなどッ!!」

蓮太郎「いい加減にしろ!」

木更「そして始まる久しぶりの仕事。 七海と相良のコンビ結成!? さて、気になる美濃の殺し技とは!? 墨はチームを組む事が出来るのか!?」


延珠「そうか! 妾が蓮太郎を揉めば良いのだ! これで万事解決だ!」

蓮太郎「す・る・か!!」

木更「次回、暗殺生業晴らし人第四話~仲間無用(なかまむよう)~・・・・七海静香と相良美濃の初の共同作業、にフェード・イン!!」


蓮太郎「作品コロコロ変えるなぁ――――!!」


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第五話~仲間無用~①

結構、間が空いてしまいましたなぁ。 久しぶりのお仕事! 新キャラ美濃の殺し技もとくとご覧アレ。




 満月が、窓の向こうからその姿を覗かせる。

街は静まり返り、辺りは数箇所の街灯だけが道を照らしているのはこの街が夜は人気のない通りだということを分からせてくれる。

 

夜は誰も好んでこの付近を通りたがらない。 ひったくりや殺人などが多く発生するからだ。

 

 

「やっちゃーん。 そんなところでドスケベなオッサンみたく窓覗いてんなよ。 そんなとっから、女の裸でも見えるのかぃ、ちょっと俺にも見せてくれ」

 

窓の付近で外を眺めていた勇次が振り返ると、耳にピアス、右腕にブレスレット、黒い着物の坊主が一升瓶を片手にそんな事を言う。

 

 

・・・まったくコイツは変わんねぇな。

 

勇次は窓を閉めて、鍵を掛けた。 携帯の画面を見たのは、先に出かけた静香と美濃の二人が出てから何分経ったと確認するためだ。

 

「墨、おめぇ・・・まだ生きてたのか」

 

やがて重々しく口を開いて、勇次は腰を落ち着かせる。 八畳一間のこの部屋で静香と二人で暮らすには事足りる空間だ。

 

 

「今更なに言ってんだ・・・けど、ガストレア大戦が起きて皆が散り散りになってから10年か。 まぁ、あんな事があったんだ。たしかに死んでても可笑しくはねぇ」

けどよ、と墨は酒をお猪口に注ぐとそれを持って高らかに言うのだ。

 

 

「俺は生き残ったぜ。 化物共の牙から、爪から、終いには人に化けた奴等までもが俺に襲い来る中、俺は死ななかった・・・なぜだか分かるか?」

 

「しらねぇな」

 

そうかい、と彼は一口酒をその口に含むと呑み干して言うのだ。

 

 

「お天道様がなぁ・・俺にここで死ぬなとほざきやがるのよ。 ここで死ねねぇ分、お前にはもっと相応しい残酷な死に様を用意してるんだぜって仰ってるのさ」

 

 

「お前のそういう発想がまたアレだな。 頭が逝ってらぁ・・・いいか? 俺たちは散々人殺してきたんだぜ? それがお前、いつ首くくられてもおかしくねぇんだ。 そういう最後しか期待できねぇのはあたりまえじゃねぇか」

 

 

墨もまた晴らし人であり、勇次もまた晴らし人だ。 二人とも、ロクな死に方をしないというのは心の中で最初から分かっていたことだ。

 

「お前・・・今でも殺しを?」

 

 

勇次のその問いに、墨は笑顔で首を縦に動かした。

 

「あの大戦が起きた後、要人が死にすぎたせいで『仕事』がなくなっちまった。 生計が成り立たねぇんでな。 金欲しさにバラニウム鉱山の採掘現場で働いてた」

 

 

彼は一口注いでその当時の事を思い出したか、目が完全に据わっていた。

 

「地獄だったぜぇ・・・あんま知られてねぇことかもしれねぇが、あそこにも裏の顔がある。 採掘現場の作業員は殺人やら、裏商売でお縄を食らったスネに傷持つ奴等ばっかりよ。 中には普通の場所もあるだろうが、俺は悪いところに当たっちまった」

 

「そういう奴らを『お国の為に』と銘を打って死ぬまでコキ使う訳だ。 当時はバラニウムが発掘されててんやわんやだったからな・・・酷ェ話だ」

 

 

だからね、と墨はにっこりと勇次に微笑みかけた。

 

 

「俺こわくて逃げてきちゃったの」

 

「やっぱりか」

 

そんな墨の言動にも対して裕二は驚かなかった。 この男はいつもこうなのである。

 

嫌なことはイヤ! 楽しいことは死ぬまで楽しみたい! お酒と女大好き! 

 

 

まさしく自由奔放、伊堵里 墨とはそういう男だ。

 

「さっきのガキもお前が拾ったのか?」

 

「正解」

 

 勇次が言うガキとは、墨が連れていた跳ねた赤髪の少女の事だ。やたら笑顔でいたのが印象的だったのを自分は覚えている。

 

 

「3年くらい前だったかぁ、鉱山の仕事逃げてる途中に美濃を拾ってなぁ。 呪われたガキどもの今までの例の如く、捨て子だとよ」

 

 

「よく”こっち”の世界に引き込んだな」

 

 好き好んで殺しの世界に踏み込む者などあまりいない。 勇次はそれを理解していた。始める者は大概が色々と事情を抱えているものである。 勇次も墨も同時にこの殺しの世界に入ったが、あの少女が殺しの世界に張り込んでしまったのにはそれ相応の理由があるのだろう。

 

 

・・・そういえば七海を殺し屋にする時は俺は結構、猛烈に渋ったけなぁ。 思い出すわ。

 

 

 随分と昔の事を思い出しながらも彼はお猪口に注がれている酒を飲む。 空になったお猪口に墨がまた酒を注いできた。

 

 

 

 

「まぁ・・・それは追々、話してやる。それよりもやっちゃん、チームの結成の話さ、考えてくれかよオイ」

 

 

ああ、と勇次は顔を険しくて腕を組んだ。

 

 

「昔みたくチームを組んで仕事するってんだろ? 俺と七海、お前とあのガキンチョか」

 

「おうよ。 チーム組めば、一人でやる危険な仕事も楽に出きらぁ。 その分デケェ山にも当たれる・・・そしてなにより、お前んとこの七海ちゃんには裏で仕事する仲間が必要だろ?」

 

 

 墨の言う事も最もで、過去の暗殺者たちは一人の有力な権力者を暗殺する際にそれぞれの暗殺者達と協力して暗殺をすることが多かった。 一人で行う殺しのリスクはかなり減るというのが一番のメリットだろう。

 

 

・・・たしか七海も友達欲しそうだったなぁ。

 

 

勇次は、過去に静香に聞かれた事がある。 勇次はお仕事仲間がいないの?と。 それに対して自分はいないと答えたのだが、静香は小さく笑って言った。

 

 

『勇次はぼっちだね。だいじょーぶ、私も立場的にはぼっちだから』

 

 多分だが、学校に友達がいないという訳ではない。 いつぞや帰宅中に静香が変な喋り方をするツインテールの少女と楽しそうに談義していたのを見たことがある。 友達はいるはずだ。

 

ただ『暗殺者』と『呪われた子供』という身分を隠している彼女にとって、普通の子供達との関係はどこかで苦しいと感じる部分があるのだろう。

 

要は、腹を割って話せる同年代がいないのだ。 だが同年で、しかも呪われた子供で暗殺者なんてそうそういない。

 

「チームのことだが」

 

それを全て、静香の諸事情も踏まえた上で勇次は答えを出す。

 

 

 

 

「俺は反対だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? なんで断ると思うの? 七海ちゃん」

 

 

 相良美濃は夜の月がよく見える一件の住宅の屋根の上に静香と居た。 

現在は深夜0時過ぎ。 どこも家の灯りが消えているので頼れるのは真上の月の光だ。

 

 

美濃の問いに対して七海は腕を組みながら言うのだ。

 

 

「だって勇次は金の亡者だよ。 ”分け前が減るから絶対やだ!”って絶対言うね」

 

「なんか大人なのにセコイね」

 

「いや、なんかあの人の言う分には”大人はね、セコイくらいがちょうどいい”らしいよ」

 

よくわからんね、と静香はお手上げのように手を掲げた。 自分の相棒である墨にも似たようなところがあるが、殺し屋に限らず、まさか警察官までそういう考え方をする人がいるとは。

 

「それより」

 

屋根に座った静香が口を開く。

 

「お仕事の内容・・・もういっかい確認しよ」

 

「うん、今回は二人で組んでの暗殺だからね」

 

その言葉に静香がこくん、と首を縦に振る。 美濃が同じくして静香の隣に座った。

 

 

「殺しの的は大平病院の院長、朝野龍平(あさのりゅうへい)っていう人と、山泥組(さんでい)の寺田淳(てらだあつし) 」

 

「あ、その人知ってる。 たしか結構テレビで有名になった医者だよね。 医療ミスとか執刀中の居眠りとかで」

 

うん、と美濃はその男に関する情報の提供を続ける。

 

「最近だと急患を引き取れる状態だったのに、断って裁判にかけられたけど無罪だったんだよね・・・断られた患者さん、死んじゃったのにさ」

 

 

「詳しいね」

 

 

「実はね、その死んだ患者さん。 私たちがこっちに来てからよく按摩屋に来てくれてる常連だったんだ・・・最近、調子悪いから心配してたんだけど、まさかあんな事になるなんて」

 

 

酷い話だね、と美濃は言った。 東京エリアに墨と二人でやって来て、按摩屋をやり始めてからの第一号の客であり、美濃の初めての按摩の相手だった。 

 

初老の女性で、笑顔が素敵な人だった。 仕事で会う度にお菓子とか渡してくれたし、何より自分の手を『優しい手』だと言ってくれたのはあの人が初めてだったかもしれない。

 

こういう人を大切にしていきたいと思っていた矢先に起きてしまった不幸だった。

 

 

「朝野って人が処罰されないのは、裏で手を組んでる人がいるのさ。 それが山泥組(さんでい)の寺田淳(てらだあつし)・・・」

 

 

「その二人が手を組む理由って?」

 

 

「なんか難しい話で良くわからないけど、死んじゃった人の目とか身体の物を高く売るんだってさ。 朝野はその死体の提供者だね」

 

 

こういった話が本当にあるものだろうかと、美濃は改めて疑ってしまう。 仮にも人を助けるはずの医者が、命を弄ぶなどしていいはずがない。

 

 

「それは、許せないね・・・名前が名前だけにチームバチスタ的な事をやってそうなのにッ」

 

静香も怒りがこみ上げていたのか、刀を手の取り、その刃を一瞬だけ覗かせる。 刃に映ったその表情が明らかに人殺しのソレだった。

 

 

・・・凄い、殺気だ。

 

能力も開放していないのにこの感じられる殺気は本当に同年代なのかと疑った。 自分も確かに『晴らし人』だ。もちろん墨ともこれまで色々な殺しを経験している。 殺気の纏かた、目つきなどは精通している者ほど据わるというが、静香のは同年でもそれを感じさせたのだ。

 

 

・・・いけないいけない。

 

呑まれてはいけない、と自分に言い聞かせて美濃は話を戻す。

 

「今夜は月一回の朝野と寺田が会う日なんだ。 そこで金をもらってるらしいよ。場所はもう分かってるから後は・・・段取りだけ決めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「段取りだけ決めよう」

 

 

 

 冷静にそう言う美濃に対して、静香は刀を納めて落ち着きを取り戻した上で思。、彼女は冷静な判断力を持っているのだと。依頼人の事情を踏まえた上で、関係のない自分が怒りを感じているのに、彼女は同じ年代にも関わらず冷静に仕事の段取りを持ち出してきた。

 

 

・・・結構、場慣れしてるのかな。

 

 

 静香は勇次と共に裏の仕事を初めて今年で一年だ。 最初はよく小さいヘマを起こして、迷惑をかけてた未熟な自分を思い出していたが、それを乗り越えることである程度は熟練されたのではないかと思っていたが、冷静な美濃を見ると、それが錯覚だったと感じてしまう。

 

 

何年くらいこの仕事をしてるのかな、と素直に思っていた静香に美濃が段取りを説明していく。

 

 

「場所は組長・寺田の邸宅。 周りには見張りが二人いるけどあの人達は私がやるから、七海ちゃんは寺田を。 んで、逃げようとする朝野を私が殺る」

 

おお、と美濃の説明に静香が感嘆の声をあげた。

 

「す、凄い、まるでリーダー! リーダー並みの指示力だよ!」

 

「そ、そう? ウチはいつも墨さんが考えてくれてたから、それを真似してみただけなんだけど・・・」

 

「いや、それ真似できるのが凄いよ! 私なんて家入って後ろから”グサッ!”逃げてる奴を”グサッ!”しか言えないからね!」

 

我ながらゲスい、と思う。 刀なんて扱ってるからかもしれないが。

 

 

「で、でも。 論より証拠・・だよ? 細かい作戦よりも頭の中でのイメージを実行できるかだし、七海ちゃんが浮かべてやりやすいならそのシンプルさがいいんじゃ・・・あ、あと私をあまり、ほ、褒めないで」

 

 

え? と首を傾げる静香は目の前で顔を赤くしている美濃を見る。 見たところ、彼女は両の人差指をつん、つんと合わせていて、ちょっと身を捩っている。

 

 

「え、もしかして照れ屋? 照れ屋さんなの美濃ちゃん!?」

 

 

事実を突きつけられたか、美濃は静香の肩を掴んで大きく揺らし始めた。

 

 

「だ、だってぇ! 私、あまり慣れてないんだよ人に褒められるの! 墨さんに褒められるのは大体慣れたから平気だけど、初対面で同い年の子に言われるのは初めてで・・・・うわー!」

 

 

「ぐへっ、美濃、ちゃん! 人が起きるよ!」

 

静香の途切れ途切れの言葉に反応した美濃が、はっ!と気付いて動きを止める。

 

 

「深呼吸、深呼吸しましょ。 大抵の心の乱れは深呼吸で解決できるから・・・さん、ハイッ!」

 

 

「ひっひっふ――――っ! ひっひっふ――――っ!!」

 

 

 

・・・まさかのラマーズ法ッ! ハイレベルな深呼吸だね美濃ちゃんッ!

 

 

既存である呼吸法を行う美濃が数回ほど繰り返して落ち着いたか、小さく息を吐いて肩をぐったりと落とす。

 

 

「お、お恥ずかしいところを・・・お見せしました」

 

「う、うん。 し、仕事に差し支えるから、これからはあまり褒めないようにするね? うん、それがいい!」

 

え、と声が漏れた。 それは静香の口からではなく、美濃の口からだったのに気づいた静香は美濃の顔を見て目を数度見開く。

 

 

その時の美濃はまるで捨てられた子犬のような目だった。 これから自分がダンボール箱に詰めて雨の中捨てるかのようなそんな罪悪感を自分は今感じている。

 

 

悪逆非道。 そんな言葉が脳裏を過ぎった。

 

「いや、違うよ! 悪逆非道の静香じゃないよ! 私は皆の愛犬! ラブラドールレトリバー! 柴犬ビックリ! 今日のワンコに特集されそうな癒し系のワンコだよ! だからそんな目で見ないで!」

 

 

勇次がいたら”心まで芸人になっちまったか。 お前は今日から芸人犬(げいにんいぬ)だな!”と言われそうだ。 それに対しての美濃の反応は。

 

 

「もうだい、じょうぶ、だから・・・仕事、いくよ? ね?」

 

 最初から最後までツッコミ満載のネタを披露し、重い雰囲気を和らげるつもりの静香だったが、そんな渾身のギャグに応える事もなく、涙目を浮かべながら美濃は立ち上がって、その足で屋根を走り幅跳びの要領で次から次へと飛び移っていく。 能力を開放しているのか、凄まじいスピードだ。

 

 

 

ひとり残された静香は息を飲んで、先ほどの涙目を浮かべた美濃を思い出しながら一つの結論を出した。

 

 

 

 

「やっべー! マジやべー! 仕事に影響する! 絶対死ぬ! 私たちまとめて絶対しぬー!」

 

 

 

静香は飛び去った美濃を全力ダッシュで追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある邸宅の一室に、男が二人居た。 和室にて、灯篭だけの光で周りは暗いと思うかもしれないが、二人だけならば充分な明るさだ。

 

 

 艶のある黒塗りのテーブルを挟んで男が向かい合っている。 一人はヒゲ生やした目に隈のある中年の男。もう一人は、脂の乗った角刈りの太った男だ。

 

 

「朝野さん」

 

 

角刈りの太った男が、テーブルの上にアタッシュケースを乗せた。 ケースは随分と重みを増しているのか、テーブルに置いた瞬間、ゴトッという鈍い音を立てる。

 

 

「今月も、なかなかいい値段で臓器の売買ができました。 貴方のお陰です」

 

感謝するように言われて、彼は傍にあったワインをグラスに注ぐと、目の前の朝野と呼んだ男に差し出した。

 

「いえいえ、寺田さんの商売ルートがあってこその、私も医師としてのやりがいがあるというものですよ。 私に目を掛けてくださって・・・感謝するのは、こちらの方です」

 

 

上っ面の、明かに下手にでる朝野はそう笑うと、深々と頭を下げる。 寺田もそれを見て、花柄の扇子を開いて自身を仰いだ。

 

 

「では、次回も頼みますよ。 いいですか、新鮮な臓器でお願いします。 鮮度ではありません、若々しい臓器です。 今好意にしてくださってる商売相手は裏の取引用に10~30代前半の臓器をリクエストしているようです。間違っても、機能が低下している老人の臓器はもって来ないでくださいよ」

 

 

卑しい笑みを浮かべた寺田に対して、朝野も小さく、フフと鼻で笑ってワインを飲み干す。 アルコールが喉を、食道を、胃をと、それぞれの器官を通っているのを感じながら彼は言う。

 

 

「いいでしょう。 ちょうど今、18歳と25歳のガン治療の患者、脳梗塞で半身麻痺になったギリ30歳の女性が一人・・・この人は手術中の助手の睡眠薬の量のミスという事で上手いこと死亡させましょう・・・その時の『ごまかし』も、よろしくお願いします」

 

 

ほっほっほ、と扇子を閉じた寺田が高らかに笑った。

 

 

「任せなさい。 我々にかかれば、裁判は確実にあなたに有利になる。 ふふ、これで次回も商売が捗ります。 それにしても、朝野さんはまさしく、『名医』でございますなぁ!」

 

 

「寺田さんも、見事な『商売人』でございます」

 

 

儲け話に華を咲かせる外道共は、こうして金を受け取り、数々の非道を繰り返してきたのだ。 助かる命、助からない命を全て『死』へと向かわせ、その魂抜けた身体の一部を金で世界へ売り飛ばす堕ちた極道、そしてのその御零れで甘い汁をすする堕ちた医者。 命弄ばれ、散った命、その恨みは数知れず。

 

 

 

 

 

 

今こそこの恨み、晴らすべき時は来た。

 

 

 

 

「一掛け(いちか)、二掛け(にか)、三掛けて(さんか)――――――」

 

 

 

 

障子の向こうからの謎の声に、二人は思わずその冷たい歌に身を震わせた。

 

 

「だ、誰だ・・・!!」

 

 

 

 無用心だが、そのリスクを覚悟で灯篭おの光で商事に映し出された小さい影に、寺田は近づいていく。

聞こえてきたのは冒頭の部分だけでも分かる、知っている人は知っている、鹿児島の西郷隆盛に関連するわらべ歌だ。

 

 

 

 

 

 

「仕掛けて、殺して、日が暮れて―――――」

 

 

 丁度障子一枚挟んだ距離まで寺田が近く。 不可解にも、歌はそこで途切れ、続かなくなる。 その影の正体を確認すべく、寺田が息を呑んで障子を開こうとしたその時だった。

 

 

 

「ぎっ・・・・!!」

 

 

 突如として、寺田の胸部に異変。 何か、冷たい物が心臓の辺りに入り込んでいるような感覚。 数秒後、その違和感はやがて激痛となり、全身を駆け巡る。

 

寺田が自分の胸に目を移した時、その表情はみるみる青ざめていった。 鉄のような棒が、自分の心臓に値する位置に突き刺さっていたのだ。

 

彼は、それが刀だということも認識する事は出来なかっただろう。 痛みで定まらなくなった思考で確認できたこととすれば、その鉄の棒が障子の先から伸びているという事だった。

 

 

「そ、そん・・・なッ」

 

 苦し紛れに鉄の棒を握り締める寺田だが、それが刀だということに気づかず、握った手からは止めど無い血が刀を伝い、流れ、数滴が畳の上へと落ちていく。

 

 

薄れゆく意識の中、寺田は障子の向こうから、自分に向けての最期の言葉を聞かされる。 

 

 

「アンタ如きがッ 『商売人』を語るんじゃないッ!!」

 

 

そう吐き捨てた障子の向こうの少女はトドメと言わんばかりに刀を捻りながら押し込んだ。 寺田は痛みに耐え切れず体を丸めるがそれが更に刃を深めていくことになり、次第に立つ力も失い、畳へと沈んだ。

 

 

 

「ひっ! こ、これは一体・・・・!!」

 

 

後ろから見ていた朝野は終始何が起きたか理解できていた。 突然と寺田の背から飛び出たのが刀で、そこから出てきた夥しい量の血で彼が刺されたのだということを彼は確認できたのだ。

 

 

逃げようとする朝野が足を動かそうとした時、一箇所だけ穴の空いていた障子が勢い良く開かれる。 そこには一人の少女が居た。

 

 

「晴らし人、七海静香ッ 外道の命、貰いに来たッ」

 

黒の羽織を纏、刀を構えた、そして動物の耳を生やした白い長髪の少女がそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 晴らし人、七海静香の暗殺技は『刀』を用いた斬撃・突きである。 その剣技は歳に合わず、それなりに精錬されているものであるが、武器も持っていない殺しの的に対して、彼女が仕損じる可能性はまずないだろう。

 

 だが、『刀』という得物は必ずしも『暗殺向き』という訳ではない。 理由は、壁に挟まれた路地や柱、壁などがある室内で振り回すのは空振りをした拍子に壁に突き刺さるなど大きな隙を生むからだ。

 

余程の熟練者でなければ、狭い室内で刀を振るうという行為は出来ないだろう。

 

 

しかし、静香がこのデメリットを解決したのは、彼女が会得しようと、現在修練中の『流派』の賜物であると言っても良いだろう。

 

 

 

――――奥山新陰流(おくやましんかげりゅう)。 それが彼女の修練している流派だ。 これは戦国時代から安土桃山時代までに活躍いた剣客、奥山公重の流れを汲んだ事により生まれた流派である。

 

 

 

あらゆる死角から、殺気を閉じ込めた一撃必殺の『突き』に特化したこの流派は、長刀を扱う彼女には絶対必須な技術である。

 

 

・・・急所をしっかり突けたッ! 今日もナイスエフェクトッ!

 

 

 

寺田に押し込まれていた長刀を引き抜くと、べっとりと付着していた寺田の血を刀を振って払う。 その動作で、血飛沫を見た目の前の朝野は完全にビビっていた。

 

 

「ひ、ひぇえええ!!」

 

 

 

なんとだらしない姿だろうか、鼻水も涙も垂らしたその朝野の姿は先程までの悪人の顔とは思えないほどの豹変ぶりである。

 

 

死んでたまるか、と一言残して朝野は後ろの障子を開けてその部屋から逃げ出した。

 

 

・・・ま、私の片付けは終わったからね。

 

和紙を取り出して絶命している寺田の服を和紙を挟んだ手で掴むと血のついた刀を綺麗に拭き取る。 錆は刀の天敵だ。 この後、手入れはするのだが取れる汚れは今のうちに取っておいたほうがいい。

 

 

・・・美濃ちゃん、なんか心配だなァ。

 

 

この邸宅に入り込む直前に見た美濃の表情を静香は思い出す。 先ほどのように暗く沈んだ顔はしてはいなかったが。

 

 

「なんか凄い地雷臭がするんだけど・・・アレ? もう既に私、地雷踏んでる?」

 

美濃にとっての『褒める』ということは、ただ単に『照れ屋』という事を表している事だけなのかもしれないが、褒めることを自分が否定したとき、彼女が浮かべた表情はたしか。

 

 

・・・『悲しい』というか、『怖い』というか・・・まぁ、ニオイ的にだけどねッ

 

 

 動物の、しかもモデル・ドッグ故か嗅覚に対しては非常に敏感だ。 嗅覚に優れすぎたせいでキツイ臭いとかにはかなり応える時があるが、他人の臭いを嗅ぎ分ける事によって、ある種『感情』が臭いとして解るようになってしまった。

 

 

・・・勇次はタバコと親父臭しかしないから中身が分からないけど・・・美濃ちゃんのは間違いなく地雷! 私、地雷踏んでますッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寺田の邸宅の屋根に座った相良美濃は、家の中から男の叫び声を聞いて、それが寺田が死んだ事の合図だということを感じ取った。

 

 

・・・やっぱり、七海ちゃんはかなりの手練。

 

 

 段取りの時点で纏っていたその殺気はただならぬものだったが、実力違わず、彼女は本物だった。 寺田が彼女に始末されたとなれば、いずれ出口に一番近いこの場所に現れてくるだろう。

 

「どうした!!」

 

 

その屋根の真下、寺田と朝野の護衛役でもある黒スーツの男が声を上げる。 合流される前にこの二人を黙らせなければならない。

 

 

・・・この人達は殺しの的じゃないもんね。 だったら!!

 

 

 能力を開放し、屋根に両足を引っ掛けて、ぶら下がるように上半身を投げ出すと、丁度慌てた護衛二人の背後を美濃は取った。 護衛二人の間隔が両腕の届く距離であったのを確認して二人の首めがけて手刀を振りかざす。

 

 

・・・まず、極限まで力をセーブして、かるーく!

 

 

ドスンッと、その手刀がヒットした瞬間、まるで糸が切れた人形のように二人はその場で崩れ落ちた。美濃は二人がすぐに二人に駆け寄って首筋に手を当てて、脈があるのを確認するとほっとした息を吐いた。

 

 

・・・よしッ 二人とも生きてるッ ワンチョップ気絶成功!

 

よくアクション映画で見られるワンシーンを真似てやってみたのだが、案外うまくいったりする。 子供の力では成し得ないが、能力を開放してはオーバーキルで首の骨を折ってしまいかねないので、極力セーブを心がけてやらなければいけないのがこの技の難点か。

 

 

ちなみに、首チョップで気絶する原理は脊椎を叩かれた事により、脳内の情報混乱が起きて失神を招くからとか。

 

「ち、ちくしょう! どうなってんだ!」

 

落ち着いたのも束の間、美濃の前方の障子が開け放たれて逃げてきた朝野が息を上げて現れる。

 

 

「来たね・・・朝野!!」

 

 

自分にとっての本命。 そんな敵が現れても彼女の心は冷静だった。 今目の前のターゲットである朝野が心臓を細かく刻んでいるのに対して、美濃の心臓は常に一定のリズムだろう。

 

 

「おばさんの恨み・・・生きたいと願っていたあの人の命を弄んだお前を、私は許さない」

 

 

「クソガキがッ」

 

 ヤケにもなったのだろうか、相手が赤目の少女だということも承知の上で、冷静な判断を欠いたまま、朝野は美濃に接近する。

 

狙うは美濃の首。 両手で掴んで力のある限り握りこんで、その骨をへし折ってやる魂胆だった。

 

 

「ふんッ!!」

 

 狙い丸分かりの攻撃は自分にとっては誠に都合が良い。 狙っている場所が首だと分かった美濃は両手で朝野の手を合わせて掴むと、組み合う形となった。

 

 

「こ、コイツ・・・な、なんだこの力は!」

 

 

 本来なら大人である自分が負けるはずはない。 だが相手は呪われた子供、多少の腕力に差が出てしまうだろうが、それでも目の前の少女は足場を揺らすどころか、眉一つ動かしていない。 美濃は完全に腕力のみで朝野を押さえ込んでいた。

 

 

 

 

 

ガストレア因子はベースになった生物によって、様々な能力をその子供に与える。 ウサギならずば抜けた瞬発力、フクロウなら夜目が効き、イルカなら高知能、クモなら粘着性の糸を出せるなど。

 

 

 

相良美濃に与えられたのはパワー系の因子。 パワーといっても様々な生物が存在するのだが、彼女は昆虫をベースにした因子を持っていた。

 

 

 

ならば、一体どんな昆虫なのか。

 

 

 例えば、力の代名詞『カブトムシ』。 この昆虫は自重の五十倍の物体を牽引するが、カギ爪を持った昆虫が条件の整った足場ならこの程度の力を持つ昆虫はいくらかいる、だが――――。

 

 

全生物を人間大の大きさにした時、カブトムシよりも上の・・・自重の百倍の重さを牽引することができる生物がいる・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――それは、蟻(アリ)である。

 

 

 

相良美濃のベースとなった因子はモデル・アントだった。 それ故に、強力な怪力を有している。

 

 

「ぎゃあああッ!!」

 

 美濃が力任せに握力のみで朝野の手の骨を粉砕した音が響き、同時に悲痛な叫びが上がる。膝を着いて痛みに唸る朝野だったが、髪を掴まれた彼は顔を無理やり上を向かされ、首に美濃の指が突き刺さる。

 

 

「――――――ッ!?」

 

 

次の瞬間、全身に電気が走ったかのような衝撃を朝野は叫ぼうとするが、驚いたことに、その声を発することが出来なくなっていた。

 

 

「声が出なくなる秘孔突いた・・・・お前はもう叫ぶことは出来ないッ」

 

「―――――――ッ! ―――――ッ!」

 

 必死に、何かにすがるように、涙を流し、嗚咽を漏らしながら彼は首を振る。 死にたくないとそう訴える彼だが、目の前の少女は許す価値すらないと決め、その両頬に手を添える。

 

 

次の瞬間、浅野の首が鈍い音と共に百八十度以上回転した。まさしく力を誇張した技でもあるこの『首廻し』は美濃の十八番でもある。

 

 

「そうやって助けを求めた人を・・・お前は何人殺したんだ」

 

 

泡を吹きながら、完全に絶命した朝野の体が地面へと沈むのを確認すると切なげな表情でその場を後にした。

 

 

 




 なんとなく、今回の仕事の依頼形式は『アカメが斬る!』方式になってしまいました。 だれかが取り敢えず依頼を持ってきて、依頼人の事情を淡々と話してすぐさま仕事が始まり・・・みたいな。

 仕事人とアカメが違う部分は依頼人と仕事人たちが密接に話に食い込んでくるという事。 アニメだと30分でまとめなきゃならないかもしれませんが、依頼人とナイトレイドの関係があんま濃く描かれてなかったなというのが印象的。

原作では結構濃いのかもしれませんが、仕事人は時代劇ということもあり、一時間という長い時間があるのでそれくらい濃くなるのは仕方ないかもしれません。


取り敢えず、八洲許のチームに犬とまさかの蟻が揃いました。 というか、美濃ちゃんのモデルの説明、どう見てもテラフォーマーズでした。スミマセン。 だってやりたかったんだもん! 七海の『奥山新陰流』とか! オリジナル流派も考えたけど仕事人意識したらこれしかなかったんだもん!

 美濃のキャラのモデルが仕留人の『糸井貢』ということですが、殺し技はどちらかというと念仏の鉄。 ん、なんか違うぞ? と思うかもしれませんが、ご容赦ください。


次回はぱぱっと短くまとめて、終わりにします。 そんな間隔は空かないと思いますので。あぁ~早くイルカちゃんを書きたいぜ。


では次回!



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第五話~仲間無用~②

この小説の木更さんはキチラサンにはならない気がする・・・


 伊堵里 墨は本日3本目の日本酒の瓶を両腕で抱き込むように腕を組ながら首を傾げていた。その内容は、チーム結成の件を勇次が反対したからである。

 

 

「どういうことだい、やっちゃん。 おめぇ、仲間が居れば仕事が捗るなんて言ってなかったけ?」

 

墨の問いに同じく腕を組んで座っている勇次はうん、と首を縦に動かして口を開く。

 

「確かに、仕事の仲間が居ればその分、分担形式でリスク自体は軽くできらぁ。 分け前が減っちまうのは仕方ねぇ・・・けど俺たちは仲良しこよしで『裏の仕事』をやるんじゃねぇんだ」

 

酒を口に含んで飲み干し、彼は続ける。

 

 

「七海も喜ぶさ、その美濃とかいうガキもな。 だがな、どっちか死んじまった時の事考えろ。 芋づる式で俺らも捕まるかもしれねぇし、そうなったら俺らも終わりだ・・なにより、仲間が死んじまった事を俺たちは平気かもしれねぇが、十代のガキどもが精神的に耐えられるわけがねぇッ」

 

それを考慮してんのか、と勇次は墨に言った。それは過去の経験ゆえからの墨への叱託である。 

 

 

「わかってるぜ、やっちゃん。でもなぁ・・・アイツは殺しの味を知っちまったのよ」

 

墨は力なく笑った。

 

 

「何も信じられなくなっちまったアイツ(美濃)を俺はどうにかしてやりてぇのよ。 人殺しだけの機械に、俺はあいつをさせたくねぇ。 せめて人間らしい感情ももったままで意味ある人生にしてあげてェ」

 

 

墨は思い出す。 鉱山から逃げ出してきた道中で自分が見た、一番最初の相良美濃の姿を。 それはまさしく獣だった。 血に飢え、人の心も捨て去ったかのような彼女と拳を交わし、時を経て、あそこまで彼女の心が和らいだ事に、自分は複雑な思いだった。

 

 

だが殺しの世界を知った彼女は宿命のようにまた同じ道へと戻ってしまう。 それは墨には止められないことだった。 それは自分もそうだったからだ。

 

 

ならばせめて、彼女には人として生きさせてやりたい。学校には行けずとも、自分の隣でその笑顔を他人の為に役立たせてやりたい。 その一心で、自分は美濃を一生面倒見ると決めたのだ。

 

「・・・んー」

 

話が途切れた時、勇次が頭を掻く。 深く溜息をついて彼は言う。

 

 

「お互い・・・ガキなんて持つもんじゃねぇよなぁ」

 

それを見た墨が口角を引き上げて笑った。

 

 

「タマなくなったんじゃねぇの、やっちゃん。 昔の血気はどこいったよ」

 

 

「バカ言え、俺は落ち着いたんだ」

 

彼は酒を手に取り、お猪口に傾けながら揺れる水面を眺める。

 

 

「ま、結局は全部七海が決めることにする・・・アイツが拒否ったらこの件は無しだ。 今日お前とは、会わなかったことにするぜ」

 

 

 

そう言い切った時だ。 勇次の後ろで閉められていた窓枠がガタガタと震えだす。 お帰りだ、と勇次が鍵を開けると仕事終わりの静香と美濃が入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「チーム? 賛成ッ! 私美濃ちゃんとチーム組むッ!!」

 

 

戻ってきた静香は勇次にチーム結成の案について聞かれて、静香は笑顔で応えた。その簡単な発言に提案した墨も、先程から渋っていた勇次も目を丸くしている。

 

咳払いをして、勇次が言った。

 

「えーっとな七海。 仮りにも仲間が出来たら色々と大変だ・・・そう、連携。 お前らあんま意識してないだろうが、個人プレーはまじでダメだからな。 組んだら相手の事も考えて仕事しなきゃならねぇ、そこらへん考えてんの?」

 

 

その勇次の問はまたしても静香の笑みで一蹴されることになる。

 

「大丈夫ッ 今日の仕事を見て確信した! 私と美濃ちゃん、最強ペア確定だよッ だから美濃ちゃん!」

 

「ひっ!」

 

続けるように静香は美濃に顔をぐいっと近づけた。美濃も驚いたようで顔を引きつらせる。

 

 

「私に・・・北斗神拳を教えてッ!」

 

「いや、アレ北斗神拳じゃないから・・・ただの人体のツボ押しただけで」

 

恐縮する美濃に静香が、違うよ、と否定する。

 

 

「アレは間違いなく伝説の暗殺拳! 私が夢にまで見た、”指先一つでダウンさ”を現実のものとさせる存在に私は背筋に電撃感じたッ これはまさしく運命って奴だよねッ」

 

 

「いや、爆散とかまでは流石に出来ないから・・・」

 

「大丈夫! 修行すればできるよ。 その証拠に美濃ちゃんの胸には、北斗七星をなぞるように七つの傷があるはずさ!」

 

がしっと美濃の肩を掴んだ静香の目を見た美濃は額から嫌な汗を流す。 身の危険を感じた彼女だったが既に静香の必殺の間合いに踏み込まれている為に逃れることが出来ない。

 

「脱げッ脱ぐんだ! その七つの傷を確認するからッ」

 

 

「やめろ」

 

「あうッ!」

 

暴走状態に近い静香の頭を勇次が手刀を叩き込んで黙らせる。 勇次は話を元に戻した。

 

 

「美濃とかいったか、お前の意見も聞いときてぇ、見ての通り、コイツ(静香)は超のつくほど変人だ。これからも色々迷惑をかけるかもしれないが・・それでも組みたいか?」

 

それを聞いていた墨がニヤリと笑みを浮かべた。 勇次のこの言葉は九割がた、この件を承諾していると言っても良い発言だったからだ。最終的には、美濃の意見に委ねられることとなる。

 

 

「私は問題ないよ。 私・・・今まで同い年の友達とかいなかったからその、話かたとかよく分からないけど・・・よ、よろしくお願いします」

 

 

礼儀正しく、丁寧に頭を下げた彼女に墨が美濃の肩を叩く。

 

 

「かたっ苦しいんだよ美濃。 いいじゃねぇか、これで俺たちは同じ殺しの片棒を担いだ者同士だ・・・・『良かったなァ、地獄への道連れが増えたぜラッキー☆』って感じにしときゃいんだよ」

 

「誰かしら裏切らなければ死なねぇけどな・・・ところで墨」

 

 

相変わらずの軽い発言をする墨に勇次が言った。

 

「お前、今回の仕事ってもしかして・・・」

 

 

おうよ、と墨がよく分かったという笑みを浮かべる。

 

 

「お前らんとこの『元締め』から紹介されたんでな・・・お前らも世話になってるそうじゃねぇか」

 

 

「あのアマ、余計なこと喋りやがって!」

 

 

「とっても綺麗な人だったね~」

 

「そうでしょそうでしょ、しかもあの人は胸にかなりのメロンを二つ持っている」

 

「め、・・・メロン?」

 

静香の言うメロンという単語に首を傾げる美濃。胸の事ということが分かっていないらしい。

 

 

「元締めからは抑制剤やら、武器やらで色々と世話になってる。 お前らも薬くらいは手配してもらえるからな、ちゃんとその子にも薬、やっとけよ」

 

 

「そうだな、良かったな美濃」

 

ぽん、と墨が美濃の頭を叩くと嬉しそうに彼女は頷いた。

 

 

 

よし、と声を出したのは静香だった。彼女はいつの間にか寝巻きに着替えて目を輝かせて菓子を数袋とコントローラーを手に取る。

 

「夜、夜です! 親交を深めるにはスマブラですッ美濃ちゃん、勝負ッ スマブラで勝負しようッ」

 

「いいよ七海ちゃん! 私のキャプテン・ファルコン止められるかな!」

 

「ならば私は秘蔵の最強キャラ、デ・デ・デでお相手しましょう!」

 

 

目を輝かせた二人は即時テレビ画面と向かい始め、昔のゲーム機種を設置し始める。 テレビを取り上げられた大人二人は互いに目を合わせると落胆したように酒を取った。

 

「こいつら、俺らの楽しみ奪いやがった!」

 

「いいじゃんよ、やっちゃん。 テレビ見ながら酒に花咲かせるなんて無粋なんだよ。 ほらほら、飲んだ飲んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜が明けて次の日。

 

 

 

―――――第十八地区警察署。

 

 

 

 

「八洲許さんッ 何をグズグズしているのッ」

 

 

「うぅ、へ、へーい・・・」

 

 

完全に力を失った声で勇次は上司である田中熊九郎のオカマ口調の怒声に頭を痛めながら出勤した。その後も、彼の怒りは留まることを知らない。

 

 

「本当に使えない人ですね。 近々、重大なお仕事があるんですから、しっかりしてくださいよ!!」

 

 

「そんなキンキン叫ばないでくださいよ・・・私二日酔いで頭が、いたたた。 仕事ってなんなんです?」

 

 

そう耳を指で塞いでいる勇次に熊九郎は顔を更に真っ赤にして怒鳴った。 さながら怒れる富士山が噴火したように彼の頭をパシンと叩く。

 

 

「ムキィィィィッ!!馬鹿ですか貴方はッ 伊熊将監ですよ! 民警殺しの疑惑のあるプロモーターですよッ ネタは私が独自に捜査して揃えましたッ 貴方は渋野くんと一緒に彼の近辺捜索・そして可能であれば足止めしてくださいッ 隙を見て私が一気に警官隊を率いて拘束します!」

 

 

・・・え、マジ? コイツ本当に冤罪着せるつもりでいるの?

 

 

 声に出して民警殺しの犯人は死んだだと言ってやりたいが、それをこの堅物上司に説得させるのは無理があるので、この無能な男に冤罪を着せられてしまうその伊熊将監とうい男に、果てしない同情を与えてあげた勇次だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




スマブラXのデデデは壁際での掴み+↓のループコンボが決まると楽しい。






次回予告




木更「民警殺しという、無実の罪を着せられて牢獄へとぶち込まれた将監! 冤罪覚悟ッ、田中と八洲許の首ちょんぱは待ったなし!?」


延珠「逮捕だぁールパーン!」


木更「無実の罪だが疑いが晴れる数日拘束されることとなった将監。 その間、彼のイニシエーターである千寿夏世を引き取らされた八洲許! 現役刑事が幼女に手を出す五秒前!」


延珠「事案発生だぁー! 逮捕だぁルパーン!」

木更「打ち解け合う静香と夏世。 だが暗殺者故の宿命が悲劇を生むッ 」


延珠「妾の出番はどこいったー! ルパーン!」


木更「次回、暗殺生業晴らし人~仮面無用(かめんむよう)~喜劇か、悲劇か! この結末はいかに!? そして八洲許にも仮面を被ったホモの魔の手が迫るッ!!」

延珠「なぁ、蓮太郎。 今日はやけに大人しいな」


蓮太郎「うるせぇ! もう予告はお前らだけで好き勝手にやれよッ!! もう突っ込まないぞ! 天地がひっくり返ろうとも、絶対に俺は突っ込まないからなッ!!」



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第六話~仮面無用~①

イルカちゃぁぁぁん!! 


「うおぉー! 遅刻だ遅刻ー!」

 

 

 七海静香は小学生であり、暗殺者『晴らし人』である。 若干十歳にして殺し屋となった彼女が磨くのは剣の道。

 

その腕は不器用ながらも、持ち前のモデル・ドッグの動物的カンと日々の鍛錬で少しながらその実力を高めつつあった。 彼女が今、こうして竹刀を片手にダッシュをしていることもまた、鍛錬の一つなのである。

 

 

では、彼女はどうやって剣の腕を磨いているのだろうか。 彼女は小学生という身分でありながら、剣術という、しかも多くの流派の免許皆伝を数多く取得しようとしている・・・いわば変わり者だ。

 

 

 日々の鍛錬で、近くには素振りするような場所は庭しかなく、彼の剣術を初めて教えてくれた八洲許は日々の仕事の為、滅多な日でもなければ相手をしてくれない。

 

 

 七海は困っていた。 どこかになかなか腕の立つ、剣を教えてくれそうな優しい人は居ないかと。そうやって何度か鍛錬と称して走り回っていた時だ。 彼女が今、現在走り向かっている場所に、その悩みを解決してれた人物がいる道場がある。

 

 

「師匠――――――!!」

 

 扉を開けた七海はそう叫びながら靴を脱ぎ捨ててヘッドスライディングの要領で道場の中へと滑り込んだ。野球でありそうな感動を呼ぶヘッドスライディングだが、木の床の上で行ったヘッドスライディングはとても痛い。

 

 

そこは古くも、よく手入れされているようで床の一面が朝日を浴びて輝いていた。 七海はむくりと顔を上げて、ツルツルとなっている床を撫でてその美しさを確認する。

 

 

・・・今日もいい仕事してますなぁ! 

 

 

別に、誰がこの道場を手入れしてるのかは知らなかったが、それでも物を大事に扱うという事を念頭に置いた、この職人技とも呼べるこの輝きに七海は思わずうっとり。

 

 

だが、そんな彼女の前に一本の竹刀が渇いた音を上げて突き刺さった。 七海がゆっくりとその顔を

上げると、そこには笑顔を浮かべてデンジャラスなオーラを纏った黒セーラー服の女性が立っていたのだ。

 

 

「おはよう七海ちゃん。 15分ほど遅刻なのだけれど、弁明の余地があるのならその理由を教えてくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

「し、師匠・・・っ! これは・・・っ! 違うんです・・・っ!」

 

これが漫画だったら「ざわ・・・」とかついてきそうな福本タッチの七海静香は土下座をしながら、目の前の女性に必死に弁明した。だが目の前の黒セーラ女は、ニコニコとした笑顔で直立不動のまま竹刀を一度七海の眼前に突きつける。

 

 

「またそんな事言っちゃって、夜更しでもしたんじゃないのかしら?」

 

 

ギクリ、と七海の心臓が鼓動を打った。 

 

 

まさしく、図星・・・その言葉が一番的を得ている。 昨夜はアニメ天誅ガールズの放送日だった。 第四十話、「バイオレット・金色になれ!」という意味不明のタイトルだが。

 

 

「ですが師匠! 仕方なかったんですッ 昨日の第四十話はッ 番組初となるバイオレット主役回ッ! その勇姿を直接この目に焼き付けるために夜更しは仕方なかったことなのですッ」

 

 

 ただ単にパワーアップアイテムでバイオレットの武器が金色になっただけだったが、それでもバイオレット好きの七海には神回だったに違いない。ちなみにその放送終了後、『天誅ゴールドのお株を奪ってんじゃねぇッ』というゴールドファンからの苦情がテレビ局に殺到したらしい。

 

 

「あらそうなの、バイオレットはここでまさかの鎧を召喚してかの有名な黄金騎士に華麗に変身!人々の心に巣食う闇、『魔獣ホラー』を倒すのね・・・って、お馬鹿!!」

 

 

・・・ノリツッコミ! ノリツッコミです! 流石天童式抜刀術免許皆伝! 私も見習いたいものですッ

 

 

いつになく、キレのある突っ込みに七海は感心していた。 剣術ではなく、芸風を見習うというのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・しかしまぁ、どうしてこうなったんだっけ?

 

 

この道場の主である天童 木更は目の前の土下座をしている七海という少女を見つめながら彼女がこの道場に通うことになった日を思い返していた。

 

 

丁度数ヶ月前の話だろうか、いつものように素振り、もとい、雪影による居合による斬撃で遠くの木材を斬っていた時だ。

 

 

 

天童式抜刀術一の型一番・滴水生氷という、自身の斬撃がその数メートル先の的を斬り落とした時、扉の一部が開かれて突如この少女、七海静香がやって来たのだ。

 

 

 

『し、師匠ッ 師匠と呼ばせてください! そのヒテンミツルギスタイルはどうやって身につけたのですか!?』

 

 

出会い頭、そんな言葉を言っていったのを思い出して、木更は苦笑した。なにせ、その後で急に自分に剣術を教えてくれと頼んできたのだから。

 

 

「き、木更師匠・・・もう怒らなくてもいいじゃないですか」

 

 

「んっふっふっふ・・・まだ、まだダメよ七海ちゃん。 師匠である私を怒らせた罪は大きいわ・・・もう少し私に頭を撫で撫でされてなさい」

 

 

木更は今、恍惚に似たような笑みを浮かべて七海の頭を優しく撫でていた。 何故か七海の頭は撫でやすい感触がある。 撫でるとどこか気持ちよさそうに目を細めて、もっとくれ、とせがんで来そうな、これは例えるなら動物・・・具体的に言うなれば。

 

 

「七海ちゃんは犬ね!!」

 

「そんなはっきりと言われるとなんでしょう! 私傷つきますッ!! いや、確かに私、犬だけど!」

 

最後の方は良く分からなかった木更だが、構わず撫でるのを続ける。 困惑する七海が状況を打開すべく木更に提案する。

 

「師匠。 そろそろ例のブツが冷めてしまいます・・・稽古の時間も削られるので、早くしないと」

 

 

「あ、そうだった」

 

 

と名残惜しそうに七海の頭から手を離すと七海は背負っていた風呂敷からあるものを取り出した。

 

 

 

 

二つのおむすびと、金属のポットだ。

 

 

 

「いっただきまーす!」

 

 

まるで子供のような、嬉々とした表情で彼女は海苔が巻かれたおむすびにかじりつく。 中身を見ると、そこには梅が仕込まれていた。

 

 こんな姿を、社員である蓮太郎には決して見せまいと木更は内心でそう考えていた。 こんな子供からご飯を提供されているという事実を彼に知られたら多分自分は一生彼の手のひらで操られる人生を送ることになるだろう・・・大袈裟かもしれないが。

 

 

仕込まれていた梅の酸味を感じながら、彼女は次にポットから溢れ出る味噌汁を取るとプラスティックのスプーンで味噌汁をひとすすり。

 

 

「プロの味ね・・・これはッ」

 

 

「いや師匠・・・これ、レトルトです」

 

 

木更の表情が凍る。まさかここまで自身の舌が庶民派になっていたとは。 だが、彼女は天童の女、毅然として優雅に。 その乱れた心を相手に見せてはいけない。

 

 

「そう、レトルトとはつまり偽物・・・でも、これは偽物であるが故、本物を越えようとしているの七海ちゃん! 本物に近づこうとした偽物は、最終的に本物を超えるのよ! 偽物であっても本物に劣るという道理はないわ!」

 

 

どこのエミヤだ。と七海は突っ込みたくなるのだが、彼女のプライドに関わる問題なのかもしれないと察した彼女は首をこくりと、縦に降ってその場を凌ぐ。 どっちかというとその場を凌いだのは木更だが。

 

 

「でも、これ全部七海ちゃんが作ったの?」

 

木更の問に、七海が元気よく、はいっ! と答えた。

 

 

「味噌汁はレトルトですが、おむすびは私がしっかりと握りました。 スプーンは100円ショップで家に数袋貯蔵しています」

 

 

「へぇ、感心しちゃうわ。 こうして朝一食を条件に朝稽古をやる約束をしたけど、この際夜の分も作ってもらおうかしら」

 

「いや・・・ちょっとそれは難しいかな、と。夜は私も忙しいので」

 

 

ふーん、と木更は二個目のおむすびを手に取った。 彼女も小学生だ。 日々の勉強や宿題などもあるのだろう。その時間を削らせてまでこの道場に足を運んで貰うほど、自分は落ちぶれてはいない。

 

 

木更は知らないことだが、七海にとっての『夜の忙しさ』というのは別の意味合いがあるのだが。

 

 

 

「それじゃあそろそろ始めようかしら。 七海ちゃん、準備宜しくね?」

 

 

木更が全ての米粒を食し、味噌汁を掻き込んでそう言ったのを合図に七海は延珠にも負けないくらいの笑顔で床に持っていた竹刀を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――打ち込む。 

文字通り、七海は目の前に青眼の構えでこちらを見据える木更に対して、踏み込みからのひと振りを打ち込んだ。

 

 

木更と七海の竹刀が交差する度に、竹刀特有の渇いた音が道場内に響く音がなんとも気持ち良さを感じる。 二三度ほど、撃ち合う後で七海が突きを繰り出すと、木更は、おっ、という少々の驚きを感じたようで、その竹刀の刀身を横から軽く打ち付けて軌道をずらすと、間髪いれずに七海の脳天に竹刀の一撃が響いた。

 

 

 

「あぐぅ・・・」

 

 

公式試合でいう完璧な面による一本。 七海は頭を摩りながら目の前の木更を見る。彼女は構えを解くと、微笑みながらこちらに歩み寄ってきた。

 

 

「びっくりしたぁ・・・最近、”突き”がかなりのレベルになってきてるわよ。 思わず反射的に打ち込んじゃった」

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

 

悔しそうになりながらも、七海は褒めてくれた木更に対してそう返す。

 

・・・く、悔しいけど、まったく勝てる気がしない!

 

 七海は笑顔でこちらに視線を送る木更を見上げながらそう思った。 

天童式抜刀術の免許皆伝の天童木更の剣術はまさしく非の打ち所のない、精錬された物だった。 足の運びから竹刀の握り具合、肩の力の抜き方、踏み込み、全てが研ぎ澄まされており、一連の流れが一つの次元を超越しているように感じる。

 

 

――――――完璧。

その言葉が浮かび、恐らく能力を開放しても今の自分には勝てないだろうと、七海は顔をしかめた。

 

 

 七海にとって、剣術を教えてくれる存在が居るということは、殺しの腕を上げるという事に活かす事が出来る。 一応、八洲許からは時間の合間で何度か教えてくれることはあったが、表の仕事で時間が取られるので練習は独自で行えという彼の提案から彼女は木更を見つけたとき、歓喜した。

 

 

・・・最初は弟子入り断られたけど、頼み込んで三日目に『朝食持ってきます!』って言ったらOKしてくれたんだっけ? 懐かしいなァー。

 

 

「七海ちゃん」

 

 木更には自分が晴らし人であることもその素性を明かさず、単に剣道好きの少女として認識されたようだ。七海が過去を懐かしんでいると木更が口を笑みを浮かべて見せる。

 

 

「 一ヶ月程前最初は握り方から教えてたあの頃を覚えてるかしら?私はあの頃が懐かしいわ・・・って思うくらいに今の七海ちゃんは上達してる・・・でもまだ甘いわ。 まだ七海ちゃんの竹刀の振り方は力みすぎ」

 

 

そう言って木更は七海の背後に回ると、両の手を取って竹刀を構えさせた。

 

 

「あの・・・力み過ぎっていうのは?」

 

 

疑問を浮かべる七海に木更が、そうね、と自分の肩に手を置いてきた。 重量を感じさせないほどに柔らかな手が乗っかる。

 

 

「このへんかしら、まだ七海ちゃん、腕力だけで振ってる感じがするわ。 剣術は何でもかんでも力んだらダメ。 踏み込みもしっかりしないと、それだけで威力が半減するんだから」

 

 

「でも師匠、威力をあげようとすると力んじゃいます。 踏み込みの事を考えるとそっちに意識がいっちゃって・・・つまり両方なんてできません!」

 

 

「じゃあちょっと見ててくれる? 竹刀の振り方もやり方一つで段違いになるから」

 

反論してみせた七海に対して木更は竹刀を取ると、構えから一歩踏み込んで相手の面を叩く意識で竹刀をまっすぐ振ってみせた。

 

 

ブンッ、といったような重々しい音が響いて七海は食らったら痛そうだ、と思っていると木更が口を開く。

 

 

「今のが七海ちゃんの。 結構腕の力だけでやってみたのだけど、難しかったかしら・・・じゃあ次は私のやり方ね」

 

 

そう告げて、木更は一層目を細めると静かに、竹刀の軋む音すら立てずにその柄を握り返すと、目を大きく見開いて、素早い踏み込みからその竹刀を振るった。

 

 

ヒュンッ、と言う風を、空間を切り裂くような音を七海は聞いた気がした。 その音を聞いただけで背筋に寒気が走り、アレが真剣ならどれくらいの威力があるのかと考察する。やがて木更はその一本を振っただけで構えを解いた。 

 

 

「まず、音が違うの。 足の運びと踏み込みと竹刀の振りの連動。 これが出来るようになれば七海ちゃんもも抜刀斎を越える実力を身につけることが出来るわ」

 

 

「マジすか師匠」

 

「マジよ。 ほら、やってやって」

 

 

ふふ、と笑ってみせた木更に急かされて七海が竹刀を振るう、ブンッという木更の言う、良くない音が生まれると木更がまたしても背後に回った。

 

 

「もっと、力を抜いて・・・はい、手首の方も」

 

 

「むほっ!」

 

手首に木更の手が触れた瞬間、七海は襲ってきた背中の二つほどの柔らかい感触に驚いた声を上げた。

 

 

 

・・・や、やはりというべきか、デカイッ!!

 

剣術そっちのけで七海は煩悩を抱え込む。 この天童木更という女性は、顔立ちも目を惹く美しさもあるがその内に秘められた弾力を秘めた特有のプロポーションは周りの男共を釘付けにするだろう。

 

 

「あら、七海ちゃん。 まだ力んでるわ・・・心臓の音が早くなって出来ない事に焦っているのが丸分かり」

 

 

・・・違いますッ! あなたのそのダイナマイトバディに焦ってるのですッ! 自分の圧倒的実力の違いというものにッ! そうかわかったぞッ これが敗北の味だッ! おのれ脂肪の塊めッ!!

 

 

ぐいぐい、と押し込まれる二つの感触に七海は内心で続ける。

 

 

・・・ま、まだだ!まだ終わらんよ! 私はまだ、若干十歳。 師匠の年齢に並ぶまでには七年程の時間を有している・・・この意味が分かるか? 

 

 

 

自問自答しても答えが帰ってくるわけでもなく、剣術よりも煩悩に頭をやられた七海は突如として真顔で振り返って木更を見上げた。

 

 

「どうしたの七海ちゃん?」

 

 

首を傾げる木更に対して、七海は緊張からか喉を鳴らして鼻息を荒くしながら竹刀を置き、両手をわきわきと動かしながら木更に迫った。

 

 

「師匠ッ! おっぱいを揉ませてくださ――――――いッ!!」

 

 

「煩悩退散ッ お馬鹿ッ!!」

 

 

次の瞬間、目に見えぬ早業で振り下ろされた竹刀が七海の脳天に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・いやー、早く終わんねぇかな、割とマジで。

 

 

煙草の紫煙を撒き散らす男、八洲許勇次は第18地区警察署内、取調室でそんな事を考えていた。

 

 

よく刑事ドラマで見られるテーブルとライトスタンドに一枠の窓、真ん中に置かれた木製のテーブルなどを想像してもらえれば誰でも想像がつく。 今、ここでは『民警殺し』の被疑者に対する取り調べが行われていたのだ。

 

 

「だーかーらぁ!」

 

 

窓側に座った一人のタンクスーツの男が声を上げた。 ドクロのフェイススカーフで口を覆っているが布の動きで大きく口を開けて怒鳴っているのが分かる。

 

 

「俺はなんもやってねぇって言ってんだろうがッ! 俺はぜってー『民警殺し』に関係ねぇッ!!」

 

 

「おだまりッ」

 

 

その怒声をものともしないオカマ声が響く。 男の目の前で血眼でそう叫んだ男はこの第18地区のオカマ刑事で有名な田中熊九郎刑事課長だ。

 

 

「伊熊将監(いくま しょうげん)ッ、私の調べた情報によれば、貴方は殺害された全ての民間警備会社で数多くの因縁があるそうじゃないですかッ 過去に何度も乱闘沙汰になって怪我もさせたそうですねぇッ」

 

 

チッ、と舌打ちした後で将監と呼ばれる男は横目で田中を見据える。

 

 

「あー、確かにあったなぁ、でもあんなの、ただ向こうが勝手に因縁つけてきただけで、俺はその相手を軽く押しただけだ。 それなのに勝手に『骨が折れたー!』だのほざきやがってよ、ちゃんと社長からも通して全部の会社には謝ってんだよ」

 

 

だから俺はやってねぇッ、と気迫こもった、または明らかにメンチを切るような目つきで彼は田中を睨みつけると一瞬だけたじろいた田中はスタンドの角度を傾けてその光を浴びさせる。

 

 

思わず光量にまぶしさを感じた将監が顔を逸らして田中が強がったのか、近づけながら問い詰める。

 

 

「いずれ確たる証拠が見つかるでしょう・・・そうすれば貴方のプロモーター人生は終わりですッ IP序列千千五百八十四位!? 知ったことないッ 相手が誰だろうが、もし犯罪を犯し、世の全てを恐怖に陥れる輩とは私は全力で戦いますともッ」

 

 

 

・・・いい台詞だ、感動的だな、だが無意味だ。

 

 

「ゲフッゲフッ」

 

 煙草の煙でむせた八洲許が内心でそんな事を突っ込んだ。 こう自分に対して口うるさい上司ではあるのだが、警察としての責務の重さはちゃんと分かっているようなのでその心意気には感心している、ただ今回は全くもってその心意気は空回りしていると言ってもいいだろう。

 

 

なんせ件の『民警殺し』はもうこの世にいないのだから。 これが明らかに無罪放免になるのは時間の問題だろう。

 

だがこの馬鹿上司は、どうにもこの第18地区警察署のメンツなど気にしているからか、自分の地区内で起きた事件は何が何でも解決しなければいけないと思っている。 それが今回のような無駄な捜査を呼んでいるのだ。

 

 

ただ、それを黙って聞いている伊熊将監ではない。

 

 

「・・・・殺すぞ?」

 

 

 見開かれた三白眼が殺意を込めた台詞と共に田中に向けられると田中は思わず身体をビクつかせた拍子で持っていたスタンドをその机の上に落としてしまった。

 

 

「い、いずれ貴方には処罰が下るでしょう・・! や、八洲許さん! 私は少し休憩してきます! いいですか、私のいない間に抜け出したりしたらダメですからねッ」

 

 

「えっ!? ちょっ、田中さん!? どこ行く気ですか!?」

 

「と、ととととトイレですッ 一時間ほどッ すぐ戻りますッ」 

 

 

・・・全然『すぐ』じゃねぇッ!!

 

 

震え声でさっきは無かった余裕の表情はどこかへ消え失せて、田中は大量の汗を垂らしながら取調室から飛び出していった。 完全にビビっている。

 

 

 

「・・・・カッ」

 

静まり返った取調室に将監の呟きが一つ。 煩いのが居なくなったからか、将監は背もたれに完全に背を預けると両足を組ながらその足をテーブルの上に乗せた。

 

 

「おい渋野くん、カツ丼一つ持ってきてくれ」

 

 

先程までに田中が座っていた八洲許がダルそうに座ると、横の壁にて髪を垂らすエロゲ主人公風の男にそう頼むと彼は、はぁ、と呟いて取調室を出て行った。

 

 

完全な密室にて、八洲許と将監だけが残った。 先程まで八洲許の上司相手に喧嘩を吹っ掛けてた男だ。この状況で八洲許自身に何が起きても可笑しくはない。

 

 

 

「伊熊将監、IP序列千五百八十四番、所属は大手、三ヶ島ロイヤルガーター・・・結構デけぇところで仕事してるのね・・・どうよ、プロモーターって結構お金貰えんの?」

 

口を先に開いたのは八洲許だった。 それを皮切りに目の前の将監も答えを返していく。

 

 

「化物相手に身体張ってんだからそれなりだ・・・オッサン、無実の罪でここに拘束されてる俺、どう思うよ」

 

自嘲気味に答えた将監に八洲許は頭を掻いた。

 

 

「結構可哀想だなぁ、と思ったりするぜ俺。 でもまぁ、お前にも原因があると思うぜ。 お前さんのことはちょっくら調べさせてもらったが、どうにも黒い噂が絶えねぇ」

 

 

煙草の火を灰皿にて磨り潰して彼は続ける。

 

 

「例えば・・・お前が行ったお仕事、何度か別の会社とチームを組んだ仕事ではかなりの確率で一組のプロモーターが消息不明だ。 お前は途中ガストレアに食われたとか証言してるわけだが・・・」

 

「・・・・ふん、事実を言ったまでだぜ」

 

八洲許の問に視線を逸らした将監を見て、彼は目を細めて数度頷いた。

 

「ま、今行われてる取り調べはあくまで『民警殺し』についてだ。 ウチの上司は、お前の昔の事を根掘り葉掘り調べるだろうが、プロモーター消失の件については、ウチの上司が躍起になったところで肝心の死体がなけりゃなんも立証できねぇからな」

 

 

そして取調室の扉が開いて煩い上司が帰ってきたか、と思った八洲許だったがやって来たのは田中ではなく、渋野巡査だった。

 

 

お盆に乗せられて湯気を放っているのは丼に盛られたカツ丼だ。

 

 

「あっれー渋野くん、超早くなぁい? 出前って5分くらいで来るものだっけ?」

 

「はぁ・・・自分、一応今日の為に作ってきました・・・朝から」

 

「手作りかよッ しかも温め直しただけかよッ」

 

なんと温かみのないカツ丼だ。これでは某刑事ドラマ風に涙を誘えない、と八洲許はそれを受け取ると机の上に置いて渋野に手を振って、あっち行けと合図を送る。

 

 

最後に、はぁ、と訳が分からず取り敢えず出てけという意図を汲み取った彼は直ぐに取調室を出て行った。また二人だけの空間になったとき、八洲許は煙草を取り出して火を付けだした。 それを見て将監が口を開く。

 

「オイ、仕事しねぇのかよ」

 

そう言われて、八洲許はなにもない上の空間に紫煙を吐き散らした。

 

「どうせ今日の取り調べはもう終わりだ。 クソ上司・・・間違えた、田中さんはどっちにしろ一時間どころか、下手すれば今日はもう早退するかもしれん」

 

「へっ、根性無ししかいねぇのかよ、ここの警察は・・・俺はいつぐらいに出られる?」

 

うーん、と八洲許は腕を組んで唸った。

 

 

「そうだなぁ、今日はまず無理だし、早くて三日はかかるなぁ。お前らの身元を保証してくれる奴が居れば、早く帰れるかもしれねぇが」

 

「生憎、ウチの社長はロシアで新しい武器会社との契約中だ。 連絡取ろうにも、携帯は没収中だしよ」

 

 

そう薄目で八洲許は苛立ちを覚えている将監に対して内心で”しめた”と言葉を作ると真剣な顔で彼に言った。

 

「ひとつだけ方法があるんだが・・・」

 

 

八洲許は人差指と親指を合わせた。 無言の八洲許に将監はまた苛立つ。

 

 

「どういう意味だそりゃァ・・・あ?」

 

 

「まぁ、もしお前から俺に『いくらか』渡せるんなら、俺から上司に掛け合って一日くらい早めてやってもいいんだぜ? もし賛成なら、内密に頼むぜ」

 

 

八洲許が真面目に言うそれは、『賄賂』だ。 いくらかを渡す事で日数を軽くすることを言うのだろう。

 

 

「時代劇の見過ぎじゃねぇのオッサン」

 

「ここは時空がソッチ寄りなんだよ。 文句ならいくらでも言え、いくらでも聞いてやる・・・んでどうすんだよ」

 

 

「そうかよ。んじゃあ、俺からの回答を聞かせてやる」

 

 

将監は小さく笑って八洲許と向き合う。明らかにこちらを舐めきったような、姿勢で言うのだ。

 

 

 

 

 

 

「テメェら警察に媚を売るくらいなら死んだ方がマシだッ クソ野郎ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳だ・・・えーっと、伊熊将監のイニシエーター・・・」

 

 

「千寿夏世(せんじゅ かよ)です。刑事さん」

 

 

「ああ、そうだそうだ。 済まないな」

 

 

数時間後、休憩室を訪れた八洲許は革室のチェアーに腰掛けていた落ち着いた色の、長袖のワンピースにスパッツの少女を相手に言われて、頭を掻いていた。

 

「暇じゃなかったか? 休憩室はテレビもないし、漫画もなかったからな」

 

「それは勿論。 いきなりここに連れてこられて、ここに居ろと命じられたのですから」

 

彼女は伊熊将監のプロモーターで、取り調べが始まってから今の今まで、この場所で一人で居たらしい。

 

「誰もここに来なかったのか?」

 

 

「呪われた子供がいるというのが分かっている部屋に好んで来る人は居ません」

 

 至極当然、と分かりきっている事のように夏世は言うが、なかなか内容はヘビィな事である。 どんなに民警としての知名度が高かろうが、『呪われた子供』という邪魔な肩書きがあるために、周りの一般人からは腫れ物扱いされることは八洲許も夏世も分かっていたことである。

 

 

・・・やっぱイニシエーターってのは何かと不便だよなぁ。

 

 

 正直に八洲許は思った。この時、やっぱり七海をIISOに引き取らせなかった判断はまさしく正しい、一人で勝手に頷いていた彼である。

 

 

その時に夏世が、あ、と思い出したように呟いた。

 

「そう言えばお昼頃にカツ丼が届きました。 なかなか美味しかったです」

 

 

と、お盆に乗せられた丼を一緒に八洲許に見せると彼は首を傾げて夏世に問う。

 

 

「これは・・・どっから?」

 

 

「えーっと、ここで待っていたら急にエロゲ主人公風の前髪垂らした男の人が入ってきて、お茶と一緒に『はぁ』と言い残して置いていきました」

 

 

「あー、そりゃウチの新人の渋野だ。 他になんか変な行動は?」

 

「三十分後くらいでしょうか、いちごのショートケーキと置いていきました・・・紅茶もセットで」

 

随分と勇気のある行動をするものだ、と八洲許は思う。 

 

誰もが『呪われた子供』と聞いただけでその場所から逃げ出そうとする。 この警察署に民警ペアがくるという話が触れ回っただけで署内が大掃除波に慌ただしくなった程だ。 職務上、皆が仕方ないと言った感じで対応するが、中には本当に『恐怖』を抱いているものもいる訳で。 そんな中でも渋野巡査の行動は夏世にとって少しでも時間つぶしや、安らぎになったに違いない。

 

 

 

 

 

・・・さてはアイツロリコンだな!?

 

 

ちょっと気をつけよう、と思った八洲許だったが、また夏世が思い出したかのように人さし指を立てて言う。

 

 

「あと、勝手に写メ撮って行ったんですが」

 

 

・・・やっぱロリコンじゃねぇかッ!!

 

渋野の八洲許にとっての認識が重要危険人物と認定された瞬間だった。

 

 

 

「気を悪くしたんなら謝ろう・・・ところで、話は変わるんだがお前さんのプロモーターはどうにもウチの上司のせいで取り調べは数日はかかりそうだ。 お前さんをどっかで引き取ってもらえる場所とか連絡先ねぇか?」

 

本来なら一緒に居たイニシエーターの夏世も疑惑がかけられるのだが、どうにも田中は目の前の伊熊将監にしか目がないようで、彼女の事について聞くと。

 

 

『いいですかッ この子は命令されていた可能性があります。いかにこの子が呪われた子であったとしても、あの厳つい男に迫られたら従わざるを得ませんッ よって彼女には軽い質問だけで済ませますッ』

 

 

 

これを聞いて八洲許は絶対人相だけで決め付けてるよ、と思ってしまった。ただ、意外にも田中は幼女には優しいのかもしれない。

 

 

「ん? どうした。 引き取ってもらえる場所とかねぇのか?」

 

 

「まぁ、会社に戻れば寝泊りできるかもしれませんが・・・残念なことに社員食堂も閉まってますし、何より会社の営業時間はもうとっくに過ぎてます。 お金もありません」

 

 

つまり、と夏世は八洲許に言う。

 

 

「野宿確定です」

 

 

見つめるような視線で夏世が続けざまに何か不思議なジェスチャーをし始めた。

 

 

両手でお腹の部分を抑えて、悲しげな表情をしてみせる。

 

 

「なんでぇ、腹痛ぇのか」

 

 

「・・・・」

 

 

無言のまま、夏世はジェスチャーを続ける。 なんかクイズがいきなり始まったと焦った八洲許だったが、夏世のお腹が鳴ったのを聞いて、それ『お腹が空いた』という意味だったのを理解して溜息をつく。

 

 

「お腹がすきました」

 

「ついには声を出して言いやがった!」

 

 

それでも若干、恥ずかしかったのか夏世は声を少しだけ震わせている。 七海と同じ年頃を考えると、この七時を過ぎた時間帯では空腹になるのは当然だろう。

 

 

・・・弱ったなァ。

 

 

正直、この少女がお腹を空かせているのを見てしまうと、自宅のアパートで夕飯をせがんでくる七海の姿と酷くダブるのだ。 同じ年齢で、しかも同じ『呪われた子』だというと、尚更だが同情に似たような感情が湧いてしまうのは必然だといったところか。

 

 

 

「・・・そう言えば、最近牛丼食ってねぇな」

 

 

「・・・・!!」

 

 

八洲許のわざとらしく漏らした言葉に一瞬だが笑みを浮かべた。 それを見て溜息をついた八洲許は携帯を取り出して、七海に連絡を取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば刑事さんは私の事あまり怖がらないんですね」

 

 

「ん? ま、まぁ・・・お前らのような奴らの相手は慣れてるからな」

 

 

 





我らが闘神・将監さんなら、警察相手でもこれくらい噛み付くと思うんだ。 思ったより、仲間無用は長引きそうだ。





資料がてらに漫画版が欲しい。


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~仮面無用~②

ハメの洞窟に自分の作品乗ってるんだけど、これって叩かれる意味でヤベェのかな。


「わーい牛丼だ! 牛丼だ!」

 

夜の八時、店の中で嬉々として箸を片手に持つ少女がいる。 七海静香のものだ。

 

 

 空腹の夏世を満足させるために、八洲許は七海と連絡を取り、三人は外食をすることに。やって来たのは東京エリアなら数百以上はあるであろう某牛丼のチェーン店だ。

 

 

「はしゃぐな七海。 一緒に来てる夏世『ちゃん』に迷惑だろ」

 

 

 複数人で座れる長椅子に腰を置いている八洲許は、ずっと静かなままの夏世の事を気にしてか、口元に人差指を立てた。向かいに座っている二人の内、夏世は手を振ってそれを否定する。

 

「あまり気にしないでください。 私は大丈夫ですから」

 

「そうもいかん。 店に入ったからには、それ相応のマナーを客は守らなきゃならん」

 

腕を組んで言う八洲許の言葉を理解した七海はゆっくりと持っていた箸をテーブルの上に置くと、こほん、と咳をした。

 

 

「ご、ごめん勇次、気をつけるよ・・・夏世ちゃんもごめんね?」

 

 

笑ってそういう彼女に夏世は小さく笑みを浮かべた。 

 

「大丈夫ですよ。 私も、初の牛丼屋に来たためか、いささか緊張しているようです」

 

「緊張って・・・この店に来た事ないの? 他の地区に行けば取り敢えず目に止まるのに」

 

 不思議そうに聞く七海に夏世は、まぁ、と曖昧に答える。 プロモーターである伊熊将監にすらこういう場所にはあまり連れてきて貰ったことはない。 食事は基本会社か自宅のみである理由は、自分が『呪われた子供』であるということが露見したときの事を考えてか。

 

 

 最初は八洲許の外食に戸惑った夏世ではあったのだが、彼の『目が紅くならなきゃバレねぇだろ』という一言にやって来たのはいいものの、周りには一般人もいる訳でもしバレたらの事を考えると萎縮してしまうのはしかたあるまい。

 

だがその緊張も時間がどうにかしてくれたらしく、次第に周りの視線も気にならなくなってきた。

 

 

「さぁ夏世ちゃん、遠慮なく頼むのです。 勇次は太っ腹だから、一番高い奴でも勇次は何でも買っちゃえるからッ」

 

おうとも、と七海が調子よく言うと八洲許は胸を叩いて言ってみせた。

 

 

「ガキはあんま我慢しねぇで食え。 二人分の食費は大人の財力でどうにでもなる・・・刑事(デカ)なめんな」

 

 

遠慮なく食え、そう言って、八洲許たちのテーブルに注文していた牛丼が運ばれてくる。

 

 

お盆の上に乗せられた丼、そして白米を肉が覆い隠し、味わいを感じさせるようなその香ばしいニオイに夏世は思わず喉を鳴らした。

 

 

・・・よろしいのでしょうか。

 

と心の中でそう確認したのは、八洲許の許可が降りるかどうかという『指示』を待っていたからだ。だが、隣に居た七海が笑顔で、どうぞどうぞ、と手を差し出すジェスチャーを見て、夏世は箸を手に取り、その肉を口に運んだ。

 

 

「~~~~~~ッッッ!?」

 

 

 甘い汁と共に炒められたであろう牛肉が舌を刺激する。米を口に運べば、汁と玉ねぎの甘さも相まって、これもまた絶妙な味を作り出す。

 

 

『うまい』

 

その一言に尽きる。 たかだか並盛り、400円程度の商品・・・夏世は軽んじていた。 世には安くとも、最高に美味い物があるのだと。

 

 

「どう夏世ちゃん、これがパワーアップ期間を乗り越えたこの店の姿だよ!」

 

 

「パワーアップ・・・期間?」

 

 

同じくしてチーズが乗っかっている牛丼を頬ぼる七海に夏世が疑問形で答えて、七海が意気揚々と説明する。

 

 

「なんでもこの店、『パワーアップしたら帰ってきます』っていう張り紙出してから営業やめてたんだって。でも去年くらいから24時間営業も復活しててさ、店長もマッチョになって従業員さんも増えて店も繁盛したからこれは間違いなくパワーアップ成功だよね!!」

 

 

傍にあったお冷を呑み干して彼女はついでに言うのだ。

 

 

「ちなみにパワーアップに失敗したお店は更地かただの駐車場になるよ!!」

 

 

・・・それはただ単に従業員不足による深夜の営業が出来なくなっただけでは?

 

 

内心でツッコミを入れている夏世だった。ガストレア大戦以降が終わって十年、まだ世界は平和なのかもしれない。

 

「しかしまぁ、夏世ちゃんの災難だねぇ。 お兄さんがお仕事で数日出張で面倒見れないから、知り合いの勇次に世話を任されたんだっけ?」

 

「ええ」

 

 

 

夏世と八洲許は七海に対して隠している事がそれはこの千寿夏世がイニシエーターであること、そして伊熊将監が、彼女のプロモーターであるということだ。

 

伊熊将監は八洲許の知り合いで、数日の出張で遠出になり、その間に夏世を任されたという設定になっている。

 

夏世にとって身分を隠す理由は簡単で、一般人である七海に対して『呪われた子供』という事実は酷く混乱を招くかもしれない・・これは八洲許と夏世が同意した事である。

 

 

 一応、八洲許は将監と話をつけておいたらしいが、ひたすら睨みつけられて唾を吐かれた後に『好きにしろ』言ったらしい。自分の相棒をそう簡単に他人に任せるのはどうなのだろうか、と思ったりする八洲許だが自身も仕事を終えて空腹だ。 牛丼を胃に掻き込む事にする。

 

 

牛丼を食している間にもう食べ終えた七海が口を開いた。

 

「でさ? 夏世ちゃんはご飯が終わったらどうするの? おうちに親御さんいるんだっけ?」

 

「いえ、将監さんとの二人暮らしなので帰ってくるまでは一人です」

 

 

そうなんだ、と少しの間を開けて何か閃いたように笑みを浮かべると彼女は夏世と向き合い、

 

「だったら私の家に泊まってったら?」

 

 

その言葉を聞いた八洲許が食べていた牛丼を喉に詰まらせた。 数度咳き込み、慌てて夏世に差し出されたコップを受け取ると喉に詰まった異物を押し込むように水を飲み込む。

 

「おいッ 勝手に決めんなッ」

 

異物が消えてスッキリした八洲許は抑え目ながらもはっきりとした口調で怒鳴る。 対して七海はそっぽを向くように視線をワザと合わせないようにしながら、

 

「この辺は多いんだよねぇ~ 幼い少女を襲う変態ロリコンが。 ハイエースされてゆくへ不明とかよくある地区なんだよ~ 帰り道一人でいる女の子をそんな危険な目に遭わせようっていうのかなぁ警察の人は」

 

余計な事をしてくれた、と八洲許は内心でそう思う。 その表の仕事の立場上の事を言われると従わざるを得ないじゃないか、と。

 

・・・一番困るのはお前なんだぞッ

 

 

その会話を聞いていた夏世がオロオロし始める。

 

「別にそこまで気を使っていただく必要は・・・私、一人でも帰れますし」

 

「いや、その考えはダメだよ。夏世ちゃん」

 

がしっ、と七海は夏世の手を掴んだ。

 

「人間、一人より二人、二人より三人の方がいいんだって。 私は夜一人で悲しく泣く夏世ちゃんを想像したら何もせずにはいられないんだよ」

 

「私は夜一人になったくらいで泣きはしませんが」

 

「素直じゃないねぇ夏世ちん」

 

「夏世ちん!?」

 

あだ名で呼ばれ始めたことに違和感を声に出した夏世だったが馬鹿にしてるといった感じは七海からは無かったので怒る気にはあまりなれない。

 

「ねぇ勇次ぃ、ダメかな」

 

間延びした声で七海は潤んだ瞳で八洲許を見つめると彼は頭を掻いて苛立つ気持ちを抑えて、

 

 

「仕方ねぇ・・・」

 

そう言った。それを聞いて、七海がワザとらしく口に三日月の笑みを作ってはしゃぐ。だがすぐに八洲許が鋭い目つきで七海を制した。

 

「ちゃんとこの子を家に上げる前に『お掃除』はやっておけ」

 

『お掃除』という合図のような言葉に夏世は首を傾げるが、七海はその意味を理解していたようで静かに首を縦に振ってみせた。

 

「というわけで夏世ちん、今晩は寝かせないよ。 友情を深める為に、朝までゲームしよう」

 

「は、はぁ・・・」

 

自分が『呪われた子』というのがバレてはいないのだが、見ず知らずの他人を簡単に家に上げる事に戸惑いを隠せなかった夏世ではあったが、七海の人を疑う事を知らぬその笑顔に脳内の疑問はどうでも良い程に消え去っていった。

 

 

・・・不思議な子だ。

 

夏世は小さくお辞儀して、八洲許家に厄介になる事が決まった。

 

 

 

 

 

 八洲許勇次がこの後気にしていて仕方が無かったのは二つの事だった。一つは、これから夏世を自分の居るアパートに上げる事である。

 

この事に関しては問題は幾つかあった。何せ、七海と夏世はお互いが『呪われた子』と言う事を隠している。だがそれが一瞬でわかってしまう問題の種が自分のアパートにある事を知っている。

 

 それはイニシエーター等に配られる抑制剤だ。七海に使っている抑制剤は民警ペアと同じものを使用しているので使い慣れた薬剤がなぜ普通の子供がいるはずのアパートにあるのかと夏世に問われたらもう終わりだ。ガストレア大戦で多くの後遺症を残した人達にとって、赤目の『呪われた子』はトラウマスイッチだ。 七海の正体がバレたとき、今の小学校には居られなくなるし、これまで親しかった周囲の人々からは差別と偏見による熱い手のひら返しが待っている。

 

 また、この事情がバレてしまった時に八洲許もただでは済まない。もし、七海の正体がバレてしまうと『警察が呪わた子を匿っているぞ』と猛烈な批判が来るし、これまでのように商店街で買い物しよう物なら『赤目を庇うクソ野郎には何も買わせねぇ!』と言われるかもしれない。そして、もしかしたら『警察』というその職業すらも追い出され、辞職という形になるかもしれない。そうなると実家の嫁と伯母になんと言われるかは大抵想像できる。

 

 

―――――婿殿ッ 大役を仰せつかった職を辞めるとは、なんとも、なんとも情けない・・・この代々警察官の血筋を守ってきた八洲許家の一生の恥ッ!!歴代のご先祖様には合わせる顔がありませんッ 今回ばかりは愛想がつきましたよ、コノ種なしカボチャ!!

 

 

―――――あなた・・・私は今日限りであなたと夫婦の縁を切らせていただきます。

 

 

八洲許にとって、『裏稼業』と『七海の正体』がバレることは人生が終わると同じと言っていいだろう。

 

 

「はは・・・」

 

 

「どうしたんですか刑事さん」

 

 

苦笑する顔が夏世の目に映ったのだろう、心配していそうな目でこちらを見ている。八洲許は平常心を装いながら暗くなった夜空を見上げて、

 

「いやぁ、婿養子ってクソ辛いわ・・・って」

 

「婿養子・・・?」

 

 何が何だかと言った表情で夏世は視線を前へと向けて、八洲許はため息を小さくついた。願わくば、このまま何事もなく終わってくれることを夜空の星に願いながら。

 

だが、その願い虚しくと言った所だろうか・・・その事をある程度察していた八洲許が突然とその歩みを止める。いわゆる、八洲許が気になっていたもう一つの事だ。

 

「どうしたの勇次? 痔でも再発した?」

 

とても十歳児とはかけ離れたそのセリフのセンスに八洲許は肩を落としながら表情を出来るだけ変えずに、

 

「お前ら、ちょっと先に家に帰ってろ。 お仕事で野暮用ができちまってな・・・署の方まで一回戻んなきゃならねぇ」

 

嘘なのだが、と八洲許は内心で付け加えた。 この先ほどから背筋を刺す冷たい殺気が自分だけに向けられている。そのいざこざにこの二人を巻き込むわけにはいかないと彼は悟ったのだ。まだ何も分からない少女二人の内、七海が笑って言うのだ。

 

「分かった勇次! これを機に屋根裏にある変な本と変なビデオ捨てろってことだね! 任せて!夏世ちんと二人で鑑賞して中身を吟味した後でジャッジメントを下したら即ボッシュートしてあげるから!!」

 

「おいざけんなッ!なんで場所知ってんだよお前・・・・ンな事はどうでもいいからさっさと行きやがれッ!!」

 

 軽い怒声を飛ばした後、何も知らない七海は夏世の手を引きながら、わーい、と八洲許から逃げるようにダッシュ。それを見てるだけ幾らか心が和らいだ気がした。

 

 

 

 二人の姿が見えなくなったのを確認した八洲許は周囲を警戒しながら、殺気を漂わせる裏路地の方へと移動していく。この通りはビルとビルを挟んで出来ている通りであり、昼では日があまり差し込まないし、それが夜ならば殆ど見えない。まるで『魔界道路』だの、振り返ったら無数の手が地獄へ引きずり込む『振り返ってはいけない小道』だのとあらぬ名前が付けられている。辛うじてその路地の向かいに存在する線路を走ってくる電車の光がその路地を照らす唯一の光だった。

 

 

「やぁ」

 

 前へと進む八洲許に掛けられた声がある。八洲許は立ち止まると目の前に一人の男が笑みを作って立っているのが分かった。ただその笑みは、無機質な仮面によって作られた借り物の”笑み”だが。

 

辛うじて路地のネオンによる光から照らされたその姿は、一言で表すならば”マジシャン”だった。黒のシルクハットに白いマスケラ、タキシードというその姿は巷の人間が見れば誰もがそう思うだろう。だがマジシャンにしてはこれから手品を披露するとは思えないような殺気と狂気・・・それが自分に向けられているのだと八洲許は牛丼屋を出た辺りから知っていた。

 

「我が・・・友よ」

 

仮面の男は八洲許を迎い入れるように両の腕を広げてみせる。まるで再会を懐かしむような声色が八洲許にとっては気色悪いものでも何でもない言ったようだったのか小さく舌打ちをしてみせて言うのだ。

 

「久しぶりだな・・・蛭子影胤(ひるこ かげたね)ッ」

 

 

 

 





そう言えば、どこかのSSで影胤さんがひたすら蓮太郎に『私の嫁になるんだ』って誘うブッ飛んだSSがあったような・・・(個人的にかなり好き)











~ちょっとした小話~①

なんで八洲許勇次と七海静香がこの作品で生まれたか、八洲許勇次に関しては仕事人シリーズを見て、ブラック・ブレッドで暗殺者のオッサンを頑張らせようと思ったからでした。 ならばイニシエーター的なポジションで七海静香がどうして生まれたか、これは新・仕置人の第一話にて、主人公の家に突然やってきて主人公が飼うことになった野良犬をヒントにして七海静香が生まれました。モデルドッグもこれが由来だったり。 

そしてなんで犬耳で髪が白になるの? これは個人的な趣味全開なのですが、偶然その時に見た『百花繚乱サムライブライド』のサムライブライドになった柳生十兵衛がイメージにピッタリだったから。 アレが犬か猫かさておき、イメージはあれが幼女サイズになった感じだと思ってます。

これなら暗殺時も姿形が変わってわからなくなる、とても便利ッ!! どうでもいいお話でした、また次回ッ。


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~仮面無用~③

ハレルヤおじさん、好き。


千寿夏世は七海と八洲許が住んでいると言われているアパートへとやって来ていた。最初は他人の家で寝泊りするという事に遠慮をしていた夏世ではあったが、自宅前まで来てしまったらもう引き下がる事は出来ない。

 

「楽しみだね」

 

と七海が数分ほど前に言ってたのを思い出して、考えることがある。

 

・・・そう言えば、人の家でお泊りするなんて初めてのことでしたね。

 

いつもは将監と一緒に居ることが当たり前だったか、慣れないこをすることは酷く緊張するものなのだと夏世は理解する。暫くすると、彼女が言うアパートが見えてきた。

 

 

「はーい着いたよ夏世ちん! ここが我らが住まう城ッ 山根荘(やまねそう)だよ!」

 

「・・・・」

 

 

見据えた先にあるアパートを見て、夏世は唖然。取り敢えず頭に浮かんだ言葉が『ボロい』の一言だった。赤色だったのであろうその屋根のペンキは剥がれかけて、変色しているし、恐らくクリーム色であったであろう壁は色の塗り直しが全く行われていなかったのか、黒い汚れが残されたままだ。おまけに、薄く汚れた字で看板のアパート名は最初の『山』と『根』としか書かれていない。

 

駐車場スペースはそれなりにあるが月で5000円という値段は高いのか。

 

 

「ちょっと聞きたいことがあるのですが」

 

「なんだい夏世ちん」

 

「ここの家賃は?」

 

「敷金礼金無しで三万ジャストだよッ」

 

 

・・・なるほど、東京エリアでは恐ろしい程の破格の家賃なのですね。

 

 

自分の住んでいる場所が冗談ではないくらいにマシに見えてくる場所だとさえ思った。一介の公務員であればもう少しマシな場所に住むことは出来るのかもしれない、だが値段以外に職場にここからの方が近いという理由でもあるのだろうか。

 

一階の丁度真ん中辺りになるだろうか、103号室とガムテープで貼り付けられた札の扉を前にして二人は止まる。やがて七海が扉を開けると手を夏世の前に突き出して止めた。

 

「じゃあちょっとだけ待っててねハイスピードに『お掃除』終わらせてくるからッ」

 

「はぁ」

 

今日の休憩室にやってきた男の真似ではないが、そう言って七海は扉を閉める。その後、けたましい騒音が部屋の中から聞こえてくるが、気にしたら負けなのだと夏世は扉を背に寄りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

場所は戻り、暗闇の路地にて二人の男が異様な雰囲気を纏い、対峙していた。

 

 

「まだ生きてたのかよ、蛭子影胤(ひるこかげたね)・・・」

 

忌々しげにそう吐き捨てた八洲許が睨みつけるよう視線を影胤に向けると目の前のシルクハット、仮面を被った男、影胤は不気味な笑い声で応える。

 

 

「君こそ、変わりないようだね・・・・おや、少し老けたかな? 八洲許刑事」

 

 

大きなお世話だ、と八洲許は返すと煙草を取り出してライターで火をつけようとするが。

 

 

・・・チッ、湿気てやがる。

 

最近上司の田中のいびりでストレスマッハだったためか煙草を吸う機会が多くなっていたのは事実だ。ライターの石が無くなるのはもう少しだろうとは思ってはいたが、このタイミングで火が着かないのはとても恥ずかしい。

 

 

「・・・火が無いのかい?」

 

「ちょ! その仮面で顔近づけるなッ 気色悪い!」

 

それを見た影胤が二三歩ほど歩いて近寄るが、それを八洲許は極度の嫌悪感を表した。

 

 

「人の好意はありがたく受け取るべきだよ」

 

そう言うと煙草の近くで指を鳴らす。 軽快な音を響かせると同時に、八洲許の煙草から火が点いた。 ミスターマリックもびっくりな手品である。

 

 

「・・・お前、マジシャンなれよ」

 

 

「格好だけに、なかなか様になっているがお断りだ・・・こう見えても今重要な仕事をしているからね」

 

 

ヒヒ、と薄気味悪い声を漏らして彼はシルクハットの唾を指で掴んだ。

 

 

「我が友よ。 5、6年ぶりの再会だが、今でも君の気持ちに変わりはないようだね・・・娘さんは元気かい?」

 

「すこぶる元気だ。 お前んトコの娘は? たしか四人くらいいたろ」

 

 

ああ、と八洲許の問いに、なんかそう言えばいたな、というような気づき方をした影胤は右手の人差指を一本だけ立てた。

 

「あの後、四人から一人になったよ」

 

「・・・何をしたかは聞かないでおいてやる。 聞いたところで、ロクな答えが帰ってこないだろうが」

 

 

呆れたような聞くだけ無駄だと考えた八洲許はそれ以上その答えを詮索することは無かった。

 

 

ところで、と八洲許が影胤に問う。

 

 

「まだ諦めてねぇのか? 七海のこと」

 

 

ああ、そうだとも。と影胤は両の手を広げて言う。

 

「私の見立て通りなら、彼女は立派な『狂犬』になる素質を秘めている。 だが酷い飼い主の御陰でまだ彼女はチワワだ」

 

 

電車が近くを通り過ぎていく、その通りに差し込まれた電車の光が二人を照らし、妖しい光り方をする瞳が八洲許を見つめていた。

 

「彼女は力の正しい使い方を知らないのだよ八洲許刑事。 呪われた子供達のあの力は神より授かれし選ばれた力なのだ。 もっと衝動的に、楽しむように扱わなければならない・・・彼女に足りないのは狂気だよ」

 

 

続けて彼は腰を低くして言うのだ。 ねっとりと、まとわりつくような口調で。

 

「”邪魔する奴は皆死んじゃえ!私に歯向かう奴は皆殺しだ!”っていうくらいの可愛い、狂気がねッ!!」

 

 

「・・・・・」

 

 

心底むかつく奴だ。と八洲許は心の中で思いながら、彼は大きく肺に紫煙を溜めて、数秒後に影胤に向けてスモークブレス。もわん、と影胤の周りを紫煙が漂う。

 

 

「ヘビースモーカーも大概にしたまえ。 知っているかい? 君くらいの年頃の男性が一番恐れているのは喫煙による肺ガンだ」

 

紫煙を当てられて、むせることもせず影胤のまさかの体を気遣った忠告に八洲許は呆気にとられた。

 

 

「俺の身体心配してくれるの? ハレルヤ仮面」

 

 

「その名はやめたまえ。私がネタキャラになってしまうだろう」

 

 

「いや、お前その姿でネタキャラじゃないって言い張るのは無理あるだろオイ」

 

タキシードにシルクハットと仮面。 これでマントなんて付けてたらどこのタキシード仮面だと突っ込まれるようなその姿に八洲許は初対面の時から『あ、コイツネタキャラ臭する』と思っていたりする。5、6年位前の話とは言え懐かしい話だ。

 

 

「話を戻すが、彼女の『復讐』を・・・君はまだ手伝っているのかい?」

 

 

『復讐』、その単語に八洲許の動きが止まった。影胤は話を強制的に本筋に戻すことができてる手応えを感じて肩を震わせる。

 

「まだ分からないのかい? 彼女の復讐の道は、儚くも辛い、地獄への道だ。 復讐の真実に彼女が辿り着いた時、その『絶望』に彼女の心は耐えられるのかな?」

 

 

「何を言い出すかと思ったら・・・」

 

八洲許は煙草を吸い、紫煙を空へと向かって吐き出して続けた。

 

 

「そうならねぇよう、俺がいるんだ」

 

「ヒヒ、とても楽しみだよ。 八洲許刑事・・・それでこそ、彼女を『こちら』に引き込む事にやり甲斐があると言うものだ」

 

いっとくが、と不敵に笑った影胤に八洲許は指を差しながら詰め寄るのだ。 仮面の鼻先までに煙草の点火している部分が迫る。

 

 

「七海にお前が変な事は吹き込むのは『ルール違反』だ。 そんな事したら昔みたく、また娘を襲っちゃうぞ俺」

 

「昔の彼女達とは違って、最後の一人は私の想像を超えた逸材となったのだ。 昔の君を凌ぐ程の実力があるといっても過言ではない、ましてや、老いて衰えた、そして『その体』でイニシエーターとの戦闘・・・2、3分も持つのかな?」

 

「・・・そうだなぁ、昔みたく無理は効かねぇし、筋肉も体力も衰えた・・だが―――」

 

 

挑発に似た言葉に八洲許は笑って対応するが次第に笑みが消え失せ、殺意を込めた瞳を影胤に向けて彼は言う。

 

 

「来るなら来てみやがれ・・・全員叩き殺してやるッ」

 

「・・・おお、怖い怖い。勿論、あの時決めた『ルール』を破るつもりはないよ。だがその『ルール』が適用されるのは私だけであって、娘には何も意味は持たないはずだ」

 

八洲許に対して背を向けて、影胤は首を捻って八洲許を視線に収めてから言うのだ。

 

「近いうちに娘を紹介しよう。 あれからどれくらい成長したのか・・・実に見ものだ」

 

「姑息な手を・・・」

 

舌打ちする気も失せたか、八洲許は頭を掻いてその場を立ち去るように背を向ける。数歩ほど歩いた時か、後ろで影胤の声が聞こえた。

 

 

「また会おう、八洲許刑事」

 

「・・・俺は出来ればお前とは二度と会いたくねぇぜ」

 

振り返ることもなく、二人は歩き出した。影胤は闇に溶けるように暗闇奥底へ、八洲許は七海たちが待っているであろう自分の居場所へと。

 

 

そして人の居なくなった路地にて小さく震えるように、ゴミ箱が動き出す。 閉じられていた蓋がパカっとサザエさん風に開けられるとそこから人が現れる。相良美濃と伊堵里 墨だ。

 

 

「ちょ、ちょっと墨さん・・・今の会話ってどういうことなのさ」

 

「お、俺に聞くなよ美濃。 10年くらいやっちゃんと会ってねぇんだから、知らねぇやつらと付き合いが増えることくらいあるんだろうよ、だがあの仮面野郎は間違いなく、裏の人間だ」

 

身に纏った雰囲気で分かる。自分もそこまで衰えてはいないと確信していたその隣で、美濃が提案してみせた。

 

「あの仮面の人・・・尾けてみようか?」

 

「バカ言え、お前なんてすぐブッ殺されちまうぞ」

 

 それほどまでに、あの男は危険だという事を美濃はまだ分かっていない。あの時、彼女がこの場に一人であったのなら間違いなくあの仮面の男を尾行しただろう、そして無残なまでに殺されてしまっていただろう。

 

「やっちゃん、オメェ一体・・・どうしちまったんだぃ」

 

墨のその疑問に答えてくれる者など、誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七海静香は鼻息荒く、部屋の惨状を見渡して何故かファイティングポーズを取っていた。理由は酷く簡単で、このアパートでは八洲許が頻繁に掃除をしてくれないため、たまに七海が掃除をするのだが、この前に墨が遊びに来て飲み会を繰り広げて行ったのでその時のゴミがまだ残っているのである。

 

 

「うわ臭い・・・酒臭い・・・昨日のビールとかまだ缶に入ってるし・・」

 

とてもじゃないが人をあげられるようなスペースはない。七海は意を決して掃除に取り掛かる・・・が、その前に。

 

「えーっとまず最初は・・・」

 

七海が最初に向かった場所はタンスの引き出しだった。引き出しから取り出したのは四角形の黒い箱だ。その中には、イニシエーターなどが使用する侵食率抑制剤が入っている。七海はこれを取りに来たのだ。

 

・・・もしこれが夏世ちゃんにバレたらどうなっちゃうんだろ。

 

 抑制剤が入っているその箱をもって、七海は考える。もし自分の素性が、『呪われた子供』だという事が露見したら夏世はどんな顔をするだろう。ましてや人を殺している『晴らし人』だという事も知られてしまったら、彼女はどういう顔をするだろうか。

 

 以前、七海は18地区の商店街で店の果物を盗んだ呪われた子供に遭遇した事がある。その子供が呪われた子供だと分かったのは、特徴的な紅い目を見たからだ。その子を捉えようと大人たちは必死だったし、何より隣に居たクラスメイトが、恐怖し、畏怖の眼差しを向けていたのを七海は複雑な心境で見ていた。

 

やはり怖がられるだろうか。その時のクラスメイトと同じ顔をする夏世を想像して、七海は顔を横に振って小さい脚立を取り出して屋根の一枚を外すとその箱を屋根裏へと置いた。

 

・・・大丈夫。バレなきゃ犯罪じゃないって這い寄る混沌さんも言ってたし、この場所はちっとやそっとじゃ見つからない場所ッ 夏世ちゃんに分かるはずが―――――。

 

「七海さん、気になったのですが・・・やはり手伝いましょうか?」

 

「にょわっ!!」

 

扉を開けた夏世の声に驚愕した七海が足を滑らせて脚立から落下した。大きな音に何事かと上がった夏世は居間にまでやって来る。

 

「あうぅ・・・」

 

「生きてるようですね、安心しました」

 

 流石に畳の上に落ちたからと言って死にはしないだろう、と七海は身を起こしながら辺りを見渡した。幸いにも落ちる前に天井の板は戻していたので夏世に天井裏の存在を悟られることは無かった。

 

「それにしても、随分と・・・アレですねぇ。まるでどこかのテレビでネタにされそうなゴミ屋敷一歩手前と言ったところでしょうか」

 

 部屋の惨状を見てあからさまに”うわぁ”と言う声を漏らしながら夏世は倒れている七海に手を伸ばす。周りのビール缶にまだビールが残っているからかその酒臭さに華を袖で抑えながら七海の手を掴んで引き上げた。

 

「いやぁ、見苦しい所を見せちゃった・・・ちょっと昨日、勇次が友達と飲んでたから散らかったままなんだ」

 

「ええ、大抵見れば分かります・・・ではさっそく掃除に取り掛かるとしましょう」

 

え?ときょとんとした七海が夏世の肩を掴んだ。

 

「い、いいんだよ夏世ちん! お客さんなんだからドガーッと座ってて! そこらへん!そこらへんの空いているスペースに座ってて! 一人で!一人でスマブラやってていいから!」

 

いいえ、と目の前の夏世は毅然とした態度で言った。

 

「二人ならすぐ終わるはずです。それに、一人でパーティゲームをやらせるなんて、なかなか鬼畜な案を出してくれます。私はそこまで上級者じゃありません」

 

・・・アレ?夏世ちんの目が凄い事になってるよ?

 

 別に色が変わったとかそんなのではなく、散らかっている部屋に対する視線が明らかに獲物を狩るような目をしていたからだ。もしかしたら、かなり綺麗好きなのもかもしれない。そう考えていると既に家のゴミ袋を手に取り、散らかるゴミを集め始めた。しっかりとアルミ缶とスチール缶、ペットボトルのキャップとラベルもゴミ袋毎に分別してみせる彼女はまさに、

 

 

・・・お嫁さんッ 最高にお嫁さんしてるよ夏世ちん!

 

という事は私が旦那さんか、と、何ともだらしない旦那だなと妄想していると何もしないで突っ立っていた自分に夏世はゴミ袋を手渡した。

 

「さぁ七海さん、ここからが本番です。私は掃除機を掛けますので、七海さんは天井隅に存在する蜘蛛の巣の撤去をお願いします・・・あ、台所にも酒瓶が転がってますね、今日は刑事さんが戻ってくるまで大掃除です」

 

「か、夏世ちん・・・なんか手馴れてるね」

 

「ええ、慣れてますから」

 

 

そこには歴戦の主婦、千寿夏世の姿があった。

 

 

 

 

 

 

―――――一時間後。

 

 

六畳の間にドライヤーの音が響いている。 赤のドライヤーを手にして髪を乾かしているのは夏世だ。

 

「へぇ、家ではお掃除の殆ど夏世ちんがやるんだ。 凄いね」

 

「ええ、最初は手間取っていたのですが、慣れてしまえば簡単な物です・・・あと将監さんは脳みそまで筋肉で出来ているので、家事洗濯は得意ではないようです」

 

難しい話だなぁ、とパジャマを着ながら七海は腕を組んだ。時間が経って、掃除がひと段落した所で二人はお風呂を済ませた。湯船に浸かりながら、夏世の白い肌がとても印象的だったのを覚えている。

 

今しがた髪を乾かしていた所だ。先ほどとは変わって、部屋は酒の缶やらゴミで散乱していた場所とは思えないほどのスッキリした状態となっていた。家具やゴミ箱の位置、本棚の並び方、天井の蜘蛛の巣などを取払ったその部屋はとても築23年のアパートのそれとは思えない。夏世の掃除の技術にも驚いた。明らかにおばあちゃんの知恵袋的な掃除の仕方とか、エアコンの掃除の仕方も知っていたのは最早脱帽もの。

 

 

 

そんな彼女に、七海は冷蔵庫から奥にしまっていたアイスを取り出すと、居間のちゃぶ台前にちょこんと座っている夏世の前に置き、そっとテレビのスイッチを押した。画面が光って数秒後、時間的にもニュースが流れてくる。だが聞こえるのはテレビの音だけで、夏世はひたすら押し黙っていた。

 

「あんれ? 夏世ちん、どうしたの?」

 

「・・・・・」

 

差し出されたアイスを夏世がじっと見つめていたのを気にしたか、七海が首を傾げる。目の前の夏世は表情こそは変わらないのだが、何かに戸惑っているようだった。やがて視線を七海からずらすと渡されたアイスをそっと七海の方へと返した。

 

「迷惑じゃ・・ありませんでしたか」

 

「へ?」

 

口も同じく”へ”の字にしている七海に夏世は続ける。

 

「今更ですが、ちょっと失礼だったと思いました。 家の掃除とか、お風呂とかも借りてしまったし・・・」

 

 

本当に今更だな、と夏世は自分で思う。家での掃除を頻繁に行っていた為か、七海の家の惨状を目の当たりにしてつい癖で熱が入ってしまった。その後で風呂も自然な流れで借りてしまったわけだが、今日初めて会った分際でここまで馴れ馴れしくなってしまった自分を恥じる。

 

「やはり、今からでも帰ります。終電に乗れば、夜中辺りには家に着くと思うので」

 

立ち上がろうとしてちゃぶ台に手を置いた時だった。その手を掴む手がある。それは七海のものだ。

 

 

「いいんだよ夏世ちん」

 

その表情を見て、夏世は何を思ったのだろうか、思わず呆気にとられてしまった。今日の行動パターンを見る限り、どこでも陽気な笑顔を絶やさない彼女はこの場面でもそういう笑みを浮かべると思っていたのだが、夏世の予想とは裏腹に、彼女は悲しみを帯びた、砕けた笑みを浮かべていたのだ。

 

「これはさ、実は・・・私の我が儘なんだよ」

 

「わが、まま・・・?」

 

うん、と夏世の問に七海が頷いてみせた。

 

「私の名前って、変だなとは思わなかった? ほら、”八洲許勇次”の娘なのに、七海静香なんだよ?」

 

「それは・・・」

 

正直、警察署で八洲許に会って牛丼屋で七海の紹介をされた時から気になってはいた。だが、ある程度理解のある物ならこの手の話題にはあまり口を出すことはNGだ。そう思っていたからこそ、夏世は何も聞いていなかった。

 

「色々とごちゃごちゃしてるから省くんだけど、私さ、ガストレア大戦が終わって親が死んじゃって勇次に引き取られたんだ。その後、勇次に連れられて行ったのがその人の実家・・・今は13地区にあるんだよ」

 

「あれ?刑事さんのお嫁さんは実家で暮らしてるんですか? 夫婦なのに?」

 

それはね、と七海はタンスの上に置かれた写真立てに視線を移す。四人の人物が写っていた。真ん中に八洲許、その足元に抱きつくように七海、その横には並ぶように女性と老婆の姿があった。

 

「あまりにも勇次がお仕事できなくて、おばちゃんが怒っちゃってさ。 ”婿殿には成果を上げるまではここでは暮らさせません”って追い出されちゃった――――それで、その家に連れてこられた時に私言われたんだ」

 

 

 

――――『厄介者』、『邪魔者』、『無用のお荷物』

 

その時、七海静香はそう呼ばれていたのを思い出した。あの頃はまだ6歳だったか、漸く紅い目の制御や、白い髪の毛が落ち着いて正体を隠す事を前提で実家に連れて行ってくれた時だ。

 

だが現在、八洲許家は八洲許勇次の給料と年金だけで暮らしているような物だ。八洲許の嫁は稼ぎには出ていないのでその生活はギリギリであったと言えるだろう。なので、七海を引き取ると言う意味合いで連れて行ったときに、八洲許の妻と伯母は猛烈に反対した。それはもう一人食費が掛かってただでさえギリギリな生活が更に厳しいものに。

 

「それで明らかに腫れ物みたいな目で見られたよ。〝勝手に住んで御免なさい”とか、〝迷惑かけてごめなさい”なんていつも思ってた・・・当然だよね、いきなりやって来て、今日からここで暮らしますって言うんだもん。不躾にも程があるよ」

 

だからさ、と七海は落ち着いた表情で言う。

 

「なんとなくだけど、夏世ちんの気持ちわかっちゃうんだよ。 その、なんでだろうな・・・一緒にしちゃいけないんだけど、私にしたらそんな夏世ちん見てたら―――」

 

 

放っておけなくて、と七海は俯く彼女を見て夏世は分かった事があった。

 

 

・・・そうか、この子は・・・優しいんだ。

 

 底知れず、お人好しとも取れるその行動。だが、それが夏世にとってどれほど救われたか。七海は知らない。一見、同情されているようにも見える。だがそんな言葉が霞んでしまえるほどのこの手の温もり。この温もりこそ、七海静香の心そのものだと、千寿夏世は感じ取る。だが一つ気になる違和感があった。

 

 

自分は知っている、この温もりの手を持つ者を。

 

 

 握られたその手に、どこか覚えがあった。いつ頃だっただろうか、そんなに前ではなかった気がする。七海のように、面と向かって自分の手を握るのではなく、不器用で、自分に背中だけを見せ、ただひたすら力強く手を引いていくそんな人物が、たしか居た気がする。

 

 

―――俺たちは、正しいんだッ!

 

 

・・・将監、さん。

 

 

握られたその手に、今は署の方で身動きできないであろう自身のプロモーターの事を夏世は思い出していた。常に道具になれと言っていた彼。道具になれば、与えられる『痛み』も、『悲しみ』もない。道具として『扱われる』という事は、夏世の頭の中で『守られる』という言葉に置き換えられた。 その言葉を、イルカの因子を持つ夏世はその理由を理解できてしまったのである。

 

しかし彼女は言葉で分かってはいても心のどこかで、その意味を受け入れられないでいた。だが、それを否定すれば、自分は必要とされなくなるだろう。相棒と認識してくれる将監からも、『使えない道具』として捨てられてしまうだろう。

 

 

「・・・・ッッ」

 

思わず目を逸らして、夏世は自分が、既に踏み込んではいけない領域に入り込んだ者なのだと言い聞かせた。もう、将監の命令で人を殺めてしまっている。自分は陽の目を見るのに値しない人間だ。いや、人間ではないのかもしれない。この本性を知ったら、例え菩薩の心を持つ人間でも卑下の瞳を向けるはずだ。

 

 

「・・・七海さん」

 

だが、せめてこの目の前の少女、こんな自分に優しく接してくれた七海静香の心は裏切らないようにしよう。この少女の顔を悲しませることだけはしたくない。

 

 

「ありがとう」

 

 

夏世は今作れる精一杯の笑顔で七海の手を握り返した。

 

 

 

 

 

 

「・・・ん?」

 

 

影胤との予期せぬ遭遇から何事もなく話を済ませ、七海達が待つ山根荘に帰還した八洲許は部屋を開けて思わず目を疑った。

 

 

・・・あれ? 家、間違えたかな?

 

彼が扉を開けて視界に飛び込んできたのは綺麗に掃除された玄関に、整えられた靴だった。 赤のスポーツタイプの靴は七海で、その横にある靴は夏世のものだろう。

 

一度中に入らず、扉を閉めて部屋番号を確認する「103」。確かに自分の部屋だ。幻覚だと思って左端の部屋から順にその部屋番号を確認したが紛れもなく自分の部屋だ。

 

 

「・・・おお」

 

もう一度扉を開けて、今度は目の前に広がるありとあらゆる部分に目をやった。そこでようやく、炊飯器の隣に先日買い置きしてたインスタント食品が積まれているのを見てここは自分の家だと確信した。

 

とにかく、とても綺麗だった。冷蔵庫の中身は整頓されてるし、台所のシンクはハイターを使用したか、塩素の臭いがまだ漂っている。その為に換気扇が稼働もしていた。生ゴミ臭いゴミ箱の中にあったダークマター達も片付けられている。

 

「なんてこった・・・こんなの、俺の家じゃねぇッ!!」

 

八洲許には一人暮らしをする上で決めていた事があった。如何に他人と暮らそうが、どんな時でも己の自由気ままなその生活スタイルは貫くのだと。だから家の掃除も自分で勝手に好きな時にやり、配置替えも己で決める。それを崩されることは彼のプライドが許さない。

 

 

恐らく七海や夏世たちによるものだろう。居間へと踏み込み、一発殴ってやろうかという勢いでその場所へと向かう八洲許だったが。

 

 

「オゥ・・・」

 

静まり返ったその空間。 視界に入ってきたのは二人の少女だ。 部屋から何も音がしないから予想はしていたが、七海と夏世は既に布団で眠りに入っていた。部屋には八洲許と七海の布団しかないので二人で一枚の布団を使用している。

 

 

二人を起こさないように、そろりそろり、と足を忍ばせて荷物を置く。居間にも彼女たちの手が回っており、配置や部屋の臭いもすべて一新されていた。

 

「こ、この香りは・・・ミッチーだな!? さてはアイツ等、コンビニで買ってきたか」

 

この家には本来無かったはずの『フェブリーズ』という消臭剤が置かれていた。ちなみに『ミッチー』とはその商品のCMに出てくるイメージキャラなのだが、七海が画面を見て『ミッチー!腹黒!ミッチー!』と連呼していたので八洲許もそう覚えたのだ。

 

それは、さて置いて。

 

 

・・・なんとか、正体バレずにやり過ごせたようだな。

 

寝息を立てている二人を見る限り、お互いに正体を隠せたようだ。もしバレていたらこの部屋は唐突な修羅場と化していたかもしれない。それが避けれたことは幸いだった。

 

誰にでも人あたりの良いのが七海の良い所だと、八洲許は理解している。だから初対面の美濃に対しても簡単に打ち解けられたし、仲間になる事が出来た。

 

だが、それは七海が内心で寂しさから来る『心の隙間を埋める行為』ではないかと八洲許は考える。実はこう見えても七海は寂しがり屋だ。彼女を引き取って数年、獣耳が引っ込むまでは人前には勿論出せなかったし、その後の実家でも嫁や伯母からは煙たがられていた。今はその関係は改善はされたが、その間は彼女には酷く寂しい思いをさせてしまった。彼女のお人好しとも取れるその行為はその自分の心の隙間を作ってしまった過去が原因で生まれているのかもしれない。

 

「このまま何も起きずに終ればいいんだが・・・」

 

 

コートを壁に掛けて、静かに眠る二人を見て八洲許はそう呟くのだった。

 




バリアンの面白き盾「おのれ影胤、姑息な手を・・・」(サルガッソの灯台を墓地に送りながら)

腹黒いブドウの人「でもそうすれば舞さんは振り向いてくれるんですよね!?」ミツザネェ!!



あれ、もう夏世ちん正ヒロイン化してるんじゃねコレ。


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~仮面無用~④

最近ブラックブレットの小説増えて来てる気がするな。2期を願う者としてはもっと盛り上がって欲しいぜ。


―――翌日、第18地区警察署にて。

 

 

「おはようございまーす・・・あれ、どうしたんです田中さん」

 

朝出勤し、軽快な挨拶とともに扉を開けた八洲許が見たのはデスクに頭を突っ伏している田中だった。その田中がむくりと顔を上げると寝不足なのか目に隈が出来ている。

 

 

「・・・署長からお叱りを受けました」

 

にひっ、と八洲許が口元を歪ませるがすぐに田中の睨みが飛んできたので慌てて視線をずらす。

 

 

「”証拠不十分”、”誤認逮捕”・・・結局『民警殺し』が将監に繋がる線が見つからなかったのです。私はこのままでは減俸処分・・もしくはそれ以上の罰が・・・そう考えると昨日はもう眠れなくて眠れなくて・・・」

 

 

そりゃそうだ、と八洲許は荷物を置いてお茶を汲む。同時に田中がため息混じりにこちらを見て、

 

「私のも頼みますよ」

 

「へいへい」

 

小声でそう言って、もう一つ湯呑をバスケットから取り出す。バスケットに入っているのは皆自前で持ってきた湯呑だ。八洲許のは七海が図画工作で作った古い湯呑だが形はしっかりとしている。だが、図画工作で作る湯呑でオリジナルを出す為に絵を書くのだが、皆が花や線などを描く中、七海が描いたのは漢字で『犬』であった。これは使用するにはかなり恥ずかしい。

 

自分の湯呑と田中の湯呑を持って、デスクへ向かうとその花の色模様の湯呑を田中に渡した。よほど落ち着いていられないのか、受け取った途端にそのお茶を直ぐに口にする。

あっという間に飲み干してしまった。

 

 

「即クビ切られなくてヨカッタじゃないですか。いやーヨカッタヨカッタ。人間ミスなんてする生き物です田中さん、ここは切り替えて行きましょうよ。どうせ私たちは下っ端役人、偉い人たちに扱き使われるだけですよ・・・今夜、景気付けに飲みにでも行きません?」

 

「ムッキィィィ! それらしい言葉を並べないでください!私を精神攻撃するつもりですか!! それに、貴方に言われる筋合いはありません! こうしてる間に私の処分が・・・そう思うと胃がイタタタタ・・」

 

顔を怒りで真っ赤にする田中だがすぐに自分の胃のある部分を抑えてデスクにしゃがみこむ。よほどのストレスとなっているのだが、これは彼の自業自得だ。

 

「まぁ胃薬持って来ます・・・? あ、それじゃあ伊熊将監はもう釈放されるんですなぁ」

 

 

「ああ、伊熊将監ならもうとっくに釈放されましたよ」

 

田中の一言に、え?、と目を八洲許は数度見開いて田中に詰め寄った。

 

「ど、どういう事ですか。 釈放されるって言っても早すぎません?」

 

慌てる八洲許に田中も思うところがあったのか、しどろもどろといったように視線を逸らして、

 

「”あの”矢野橋海洋運輸機構から将監に民警としての『依頼』が来たんですよ。すぐさま彼が必要だったらしくて、そうせざるを得なかったんです! 言っときますが、特に圧力はかけられてませんよ! 不正はなかった!」

 

 

・・・目が泳いでるじゃねぇか。

 

多分、余程その依頼主が急いでいたのだろう。警察署の内部の人間を金やら何やらで買収し、将監を開放するようにしたのではないだろうか。

 

「なんでそんな大手が・・・それにしても田中さん、貴方、世を恐怖に陥れる輩とは全力で戦うって言ったじゃないですか」

 

「バカを言いなさいッ!!」

 

 

途端に、田中のオカマ声が怒鳴り声とともに飛んだ。

 

「いいですか、矢野橋(やのはし)と言ったら表は有名な運輸会社で通ってますが、裏では武器密輸とかバラニウム盗掘とか、とにかく裏でヤバイ事やってるって噂の絶えない会社なんですよッその名の通りブラック企業ですよッ たった一度、関わりでもしたら死体が出てくることだってあるんです。 こういう厄介な所には、関わらないのが一番ッ」

 

・・・おい、正義の警察、何やってんだよ。

 

自分も言えたことではないが。そう思いながらも、八洲許は釈放された将監の事を考えて頭を掻いた。

 

 

・・・くそぅ、七海と夏世は今出掛けてんだっけな。 変な事にならなければいいんだが。

 

 数千円程をお小遣いに七海と夏世は遊びに出た。今日は土曜なので学校は休み。将監が戻らない間に夏世の為だとかと言ってエリアを探索するのだとか。二人はもう将監が釈放された事は知らない。必ず夏世を連れ戻しに行くだろう。そして矢野橋というヤマの依頼関連で将監が呼ばれたという事は、恐らく穏やかな仕事ではないはずだ。直感的だが、何も起きない筈はないと八洲許は悟る。

 

「田中さん。私、ちょっと急用ができましたので・・・実は私持病の癪が」

 

申し訳なさそうに腰を低くしてその場を去ろうとする八洲許だが、すぐその肩に田中の手が伸びる。

 

「八洲許さん、抜け出そうったってそうはいきませんよ。釈放された将監と貴方は何も関係ないはずです。どうせ美味しいお茶を汲むぐらいしか能がないんですから、黙って簡単な書類整理でもしててください」

 

「うげぇ・・・・」

 

上司の言う事には逆らうことが出来ない。がくり、と肩を大きく落とした八洲許であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

空は澄んだ青によって支配されている。 その日、東京エリアは雲一つない快晴だった。鳥も羽を伸ばして風に乗れる穏やかな風が吹き、洗濯物が飛んでいく心配もないだろう。

 

座布団の敷かれた長椅子に座る千寿夏世は、果てしなく澄み渡る空の先に見えた黒い巨大な壁、『モノリス』を見つめていた。今日は雲がないためか、その全体像を肉眼で確認することが容易である。

 

「かーよーちー!」

 

「ひゃっ!」

 

不意に夏世の右頬に冷気を纏った物体が触れる。その冷たさに身を震わせた彼女だが、その横に二つの瓶を持った七海が居たのを確認して落ち着いた息を吐く。

 

「ビックリしましたよ・・・」

 

「えっへっへ、ラムネだよ。飲む?」

 

七海が持っている、自分の頬にも当てられたその瓶を夏世は受け取った。 瓶の中身ははっきりとした着色料を使った青色で、炭酸水なのか中で空気が溜まっていた。ラムネは昭和の時代から親しまれている古い炭酸系の飲み物だ。普通はキャップが線をしているのだが、この瓶はラムネ玉によって栓が施されており、そのラムネ玉を瓶内に押し込むことで飲むことが可能となる。

 

「酷く、面倒なものですね。昔の飲み物って」

 

「そうだねぇ、昔の人は中身のラムネ玉欲しさにビンごと割ったらしいから。でも、この『駄菓子』って結構奥が深い食べ物だと思うの」

 

七海たちが座るその背後にはすだれの掛かるその一件の店は『大夢』(おおゆめ)と書かれた駄菓子屋がある。人気もなければ活気もないが、よくも今日まで営業できるものだと感心できるレベルである。

 

「例えば、このカルメ焼きですが・・・さぁ夏世ちん、コイツをどう思う」

 

七海がまるで縮小させたメロンパンのような塊を取り出して、夏世はひと欠片をもらい口にする。

 

「・・・たしかこれって砂糖と重曹混ぜてふくらませただけですよね」

 

「た、確かにそうだけど、これは不思議な味というか・・・シンプルだけど惹かれない? この造形的なフォルムに」

 

「いいえ」

 

「今日は厳しいね夏世ちん。 じゃあこれはどう?」

 

「紐付きアメですか」

 

七海が取り出した紐のついたアメを夏世に見せる。色が多種あり、七海のアメはオレンジ色だ。

 

「当たりハズレで大きさが変わるらしいけどね、私のはフツーだ。夏世ちんのはどうだった?」

 

「・・・一本引いたらこんな物が」

 

と、夏世が取り出したのは夏世の握り拳ほどの大きさのある巨大なアメだった。

 

「デカイッ デカすぎるよ夏世ちん!!」

 

「砂糖の・・・無駄使い」

 

「それは言わないで」

 

遠くを見るように七海はそう言った。暫くして二人で座り時間が流れるのを待つ。 やがて遠くに佇むモノリスを眺めて七海が呟いた。

 

「モノリスってどの位の大きさがあるんだっけ?」

 

「唐突に話の主体が変わるのですね・・・東京エリアのモノリスの幅は一キロ、全長は一・六キロぐらいでしたか。昔はあれより低かったらしいですけど、飛翔能力のあるガストレアがエリア内に入ってきた事があるので増設されたそうですよ」

 

なるほど、と七海は頷いてみせる。思えば、人類をガストレアの侵入を防いでいるモノリスの事をあまり知らない。七海が認識している事と言えば、全部がバラニウムで出来ているという事だけだ。隣に居た夏世がモノリスを見つめたまま続ける。

 

「知ってましたか? あれって一枚壁じゃなくて、キューブ状に何個も積み重ねられてるんですよ?」

 

「マジスカ夏世さん」

 

ええ、と言う夏世に七海はあまりにも自分が無知であると思い知らされて自分の無知さを恥じたが、

 

「夏世ちんって凄い詳しいね」

 

思わず褒めてしまった。夏世は別段気にしていないといった表情で、

 

「まぁ、趣味で調べていたら身に付いたというか。 他に何か質問はありますか?」

 

自慢げに答える訳でもないが、夏世がそう言うと七海が小さく唸りながらも手を上げて声を出すのだ。

 

「はい、夏世先生! モノリスが倒れてしまうとどうなりますか?」

 

 

「七海さんは宇宙戦争スケールで物事を考えるのが好きですね・・・・まぁ、ちゃんと質問には答えますが」

 

突拍子もない質問に戸惑うことなく、夏世は教科書通りの口調で続ける。

 

「モノリスに含まれているバラニウムがガストレアにとって有効な物質だという事は知ってますよね」

 

こくん、と首を縦に動かす。 バラニウムが発生させる磁場はガストレアの持つ再生能力を阻害する効果があるのは何故か知っているようだ。

 

「現在、モノリスは東京エリアを囲むように建てられている訳ですが、これが一つでも倒れてしまった場合、そのモノリスの隙間から一気に大量のガストレアが入り込んでくるでしょう」

 

「そ、そうなるとどうなるの?」

 

恐ろしい質問をしてしまったか、と七海が後悔をした表情だ。 夏世はあまり言いたくはないのだが、恐怖を煽らないように冷静に言葉を選んで言う。

 

「最悪、東京エリアの住人がたちまち感染爆発(パンデミック)を起こして、エリアは壊滅するでしょう・・・ですが、今の所そのような兆候は見られないので大丈夫です」

 

「な、なるほど・・ラクーンシティでいうバイオハザード状態か、最後はミサイルで町ごと爆破オチだね。 じゃあ、どう言う状況だったらモノリスは倒れるの?」

 

「バラニウムを溶かす個体がガストレアにいたら・・・或いは」

 

「そんなピンポイントチート機能のガストレアが居るの?」

 

「もしかしたらです。ガストレアはレベルを上げる事に様々な生物の特性を取り込んでいきます。仮にも生物なので、環境に適応する力もガステレアにはあるのかもしれません。 キリンが木の草を食べれるように進化した結果、首が長くなるように。生物は自分の劣悪とも取れる状況を解決する為に長い年月を掛けて進化をしていきます」

 

「な、なるほど。 まさに生命の神秘、生物版”プロジェクトX”だね! つまりガストレアは己の進化の為に日々挑戦し続けてるワケだ。 でもガストレアは基本モノリスには近づけないんでしょ? そんなチートガストレアがいてもモノリス自体に近づけないんじゃ?」

 

「恐らくですが、モノリスを形成する上でバラニウム以外に不純物とかを混ぜてバラニウムの純度を下げて効果が薄まってしまえばあるいは・・・それでも特別バラニウムに耐性のあるステージⅤのようなガストレアが現れない限りは有り得ませんね」

 

ふぅ、と夏世は長い説明を終えてそう一息つく。 一応分かり易いように説明をしたつもりだったが、説明を受けた七海は『バラニウムの純度? す、ステージⅤ?』と分からぬ単語に頭を悩ませているようだ。

 

 

「他にもまだ説明したいのですが、かなり時間が掛かるのでまた今度に・・・今度?」

 

 自分で発したその一言に、疑問を浮かべてしまった夏世だ。今は将監が帰ってこないのでこうしていられるが彼が解放されたら、また民警としての仕事が始まる。今回のケースが稀だったからこうした休暇のような過ごし方が出来たが、また同じように七海に会えるという保証はない。

 

 

「いいよ!!」

 

今度、という言葉を訂正しようとした時だ。横に居た七海が笑顔でそう言った。思わず呆気に取られた夏世である。

 

「いつでも待ってる! 今度会えたら、もっと一杯、夏世ちんが知っていること教えて! あと勉強も!」

 

その純粋さが、とても眩しい。自分から見たらなんと羨ましい事だろうか。 

 

 

・・・でも、私はこの光に今救われてる。

 

民警のイニシエーター千寿夏世としてではなく、一個人として認識してくれている存在に夏世は思う。自分もこんな輝きが放てないのか、と。

 

「分かりました。 ですが、勉強の方は自分で何とかしましょう。もし出来なかった時しか、私は知恵を貸しませんので」

 

「ええーっ!? 酷いよ夏世ちん! おせーておせーておせーて!」

 

駄々っ子のような反応の七海を見て、夏世が笑う。釣られて七海も笑う。心が安らいだのは久しぶりだな、と思いながら彼女は再び空を見て、

 

・・・今度来る時はもっと七海さんに分かり易いように纏めなきゃいけませんね、ノートも必要かも。 でも将監さんが許してくれるでしょうか。いや、休暇とか使って一日お暇を貰えればいけるはず。

 

 

初めて、無駄に知識を蓄え込むのではなく、戦闘だけではなく、誰かの為に知識を使う事を考える自分を不思議に思う夏世だった。その原因は間違いなく七海によるものなのだろう。

 

――――もっと、彼女と一緒に居れれば。 そう願わずには居られなかった。

 

 

だが、そう言った願いというモノは予想外な出来事で簡単に叶わなくなってしまう事を夏世は知らなかった。

 

 

 

「おい夏世」

 

 

持っていた瓶が地面に落ちたがそれを気にするよりも夏世は目の前の男の姿を見て、身を震わせた。

 

 

「将、監さん・・・」

 

 

自分のプロモーターである伊熊将監が目の前に現れたのだから。

 

 

 

 

 

 

どうしてこのタイミングで来てしまったのだろうか。そう思わずにはいられない夏世だった。何もかも安心しきっていた時に限って予想もつかない事が起きるのだ。しかもそれは、基本最悪な状況へと転ぶ出来事である。

 

「・・・お前、何してんだよここで。探したぜ?」

 

将監の三白眼が夏世を見つめ、思わず視線を逸らした。 その様子が気になった将監だったがいつもの事のように彼はそんな事も忘れ、頭を掻いて、

 

「ンな事より、仕事だぜ夏世。 いつまでもこんな所にいるんじゃねぇ」

 

「将監さん、待って・・・っ」

 

「待てねぇよ」

 

ずいずいと詰め寄って夏世の手を取るとそのまま七海に目も暮れず歩き出す将監に対し、夏世は自力で足を動かして、その場に留まろうとするが能力も開放していない夏世が男の将監の力に叶う事はない、引っ張られるというよりも、引き摺られる形になった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

 

だがその将監の目の前に立ちはだかる影がある。 七海だ。

 

「夏世ちんが嫌がってるだろ! その手を離せ!」

 

「あん?」

 

足を止めた将監が”誰だコイツ”と言った目つきで七海を見る。 うざったらしくしょうがないと言った感じだった。苛立ちを含めた舌打ちの後、視線を舌に向けて、

 

「おい、夏世。 コイツは誰だよ・・・」

 

目を見開いたまま、そう問う。 何故だか夏世には理解できないが、その瞳には怒りが込められていた。夏世は将監を諌めようと説明しようとしたが、それよりも早く七海の口が開く。

 

「友達だッ」

 

 

確固たる意思を灯したかのようなその瞳が将監に向けられるが将監は笑ってみせる。

 

「おい、おいおいおい。 夏世ぉ、お前一体どうしちまったんだ?」

 

頭に手をやり、その手で両目を覆うように隠すと背を曲げている将監に夏世は言い知れぬ不安を感じた。このままでは、余計な事を、言わなくてもいい事を喋ってしまいそうな予感がしたからだ。

 

 

「将監さん、この子は関係ないんです――――」

 

遮るように、将監が大きく溜息を吐く。

 

「夏世、俺の『道具』の夏世よぅ・・・友情ごっこは楽しかったかよ。俺のいない間が、そんなに楽しかったかよ」

 

 

お願いです、やめてください、と正直にそう言えたらどんなに楽だったか。 いつも冷静に判断して処理できるはずなのに、将監の威圧感に圧倒されて夏世は今、正常な思考が出来ない。

 

 

「お前、一応お兄さんだろ! 夏世ちんを道具扱いするなッ!!」

 

「お兄さん?」

 

指を刺して、巨漢の将監に七海が言い放つ。 その嘘の設定を初めて聞かされた将監は少しだけ考えてすぐさまその意味に辿り着いたかのように、若干笑みを浮かべる。

 

「はは、そうかあのおっさん・・・夏世ぉ、お前色々と隠しながらやってたのか・・・もういいだろ、ネタばらししちまおうぜ」

 

「将監さん、や、やめて・・・」

 

震えながらも絞り出した声に構うものか、と将監が膝を折り、敢えて七海と同じ目線の高さを合わせて、夏世の頭を掴みながら言う。

 

「おいちびっこ」

 

「ちびっこじゃない! 七海静香だ、この筋肉ダルマッ」

 

眉間に皺を寄せる将監だったが、堪えたのだろう。 拳を握り締めて彼は言う。

 

 

「いい事を教えてやる。俺は三ヶ島ロイヤルガーターのプロモーターの伊熊将監だ。 そしてコイツは・・・俺のイニシエーター、千寿夏世」

 

つまり、と将監は続ける。

 

 

「コイツは・・・・『呪われた子供』なんだよ」

 

その言葉が発せられた瞬間、将監の服の一部を握っていた夏世の手が力なく垂れ下がった。そして同時に思う、”終わった”と。

 

 




夏世「混ぜ物されたモノリスなんてただの黒いドミノですよ」



椎名かずみ「イルカさんがあんな事を仰ってますが」

天童和光「大丈夫だ、理論上は問題ない」


アルデバラン「やぁ」

椎名&和光「」






最近人間辞めたオレンジの人「伊熊将監・・・ぜってぇ許さねぇッ!!」



あれ、これじゃあ将監さんが悪役みたいじゃないか。


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~仮面無用~⑤

さて、必殺ではよくある光景「内輪揉め」です。


 夜の八洲許の住む『山根荘』の103号室。居間のちゃぶ台を囲む人物が四人いた。テレビやラジオなどは一切つけられても居なければ、別に夜食をするという訳でもなく、料理などは存在はしていない。

 

「勇次はさぁ・・・」

 

静寂に包まれていた重々しい雰囲気の中、七海が呟いた。

 

「知ってたんだよね、夏世ちんが私たちと同じ『呪われた子供』だって」

 

時折睨みつけるような視線が目の前で鎮座している勇次に向けられて、彼は腕を組んで小さく頷く。だが彼は申し訳ないと言った素振りも見せず、

 

「お前の諸事情を隠すって言う事が如何に大事なのかって、分かるだろうよ七海。 それでなくても、俺たちは「人殺し」をする「晴らし人」だ。 お互いに気づかず、何事もなく終れればそれで良しって腹だったんだがなぁ。 運が悪かった」

 

歯を軋ませた七海がその台を強打した。まるで怒りを表すかのような音に、そのやり取りを見守っていた一同が動きを止める。

 

「せめて「呪われた子供」ってだけでも、バラしても良かったんじゃないのッ!? そうすれば、もっと分かり合えた筈なのにッ!!」

 

「違ぇだろ七海」

 

まるで彼女の綺麗事を正すかのような口ぶりに七海のちゃぶ台に置かれていたその腕がぴくり、と動いた。

 

「俺たち「晴らし人」はなぁ、何が何でもその正体をバラしちゃいけねぇんだよ。俺は『警察』、墨と美濃は『按摩屋』、七海、お前は『小学生』だ。 皆『表』の仮面持ってんだ。 その『裏』がバレねぇように、今日まで頑張ってきたんじゃねぇか。 その為にお前ぇ、あの夏世ちゃんに正体ばらしてみろ。そいつが周囲に言いふらして、お前学校にもいられなくなるんだぞ」

 

「夏世ちんはそんな事しないッ! 絶対だッ!!」

 

否定する。意地でも彼女は八洲許の意見を否定する。それはまるで知られたくもない事を知った、それを認めたくないと言う必死さが感じられた。

 

 

「おいおーい、ここで俺ちょっと質問があるんだけどよぉ」

 

今にも七海が八洲許にとってかかろうという際、声と共に手が上がる。陽気な声でそう言うのは墨だ。

 

「七海ちゃんはその夏世ちゃんが「呪われた子供」って聞いても、さほど気にしないと思うんだがなぁ、逆にその場で将監って野郎に噛み付くと思うんだわ俺」

 

確かに、と横にいる八洲許が疑問を感じ取った。呪われた子供だったというその事実を聞かれても、それだけではその場にいた七海はこうやって一人でしょぼんと帰っては来ないだろう。

 

何かがあったのだ。その『呪われた子供』という事以上に、衝撃的な事実が。

 

「その将監に、何かされたか・・・或いは何かを言われたかだ」

 

「七海・・・お前ぇ、何を言われたんだ。 言えッ」

 

墨、八洲許と順に迫られる中、七海はひたすらに下を見つめている。 苦悶に染まった表情を確認した美濃は、震えているその七海の手を取り、

 

「七海ちゃん、言ってよ・・・・私、心配だ」

 

共にその悲しみを受けているような悲痛な表情を見て、七海は視線を下に戻しながら震えるように喉を絞って声を出す。

 

「夏世ちんが・・・人を殺してるって」

 

 

 

 

 

 

七海が振り絞って紡ぎ出した真実に、一同がそれぞれ腕を組んだ。彼女が言うには呪われた子供という事実を突きつけた後に七海が食い下がらず、逆に食いついて来た後に言われた事であったと。

 

恐らく、七海にとってもこの事実だけは衝撃的で受け止めきれなかったのだろう。戸惑いながらも反論してみせたが、もうそこからは心理的にも七海も動揺し、将監に押し切られて、夏世は将監に連れ去れられてしまった。

 

 

「アイツ等・・・やっぱやってやがったか」

 

「どういう事だ。やっちゃん」

 

うん、と墨の問にそう頷く八洲許はその将監の言う人殺しの件に覚えがあったのだ。

 

「調べて分かってた事だが、アイツ等の民警としての仕事では組んだ他の民警のペアがこぞって行方不明になってる。 決まってその時には伊熊将監と千寿夏世がいてな」

 

点と点が繋がるかのように、彼は続ける。

 

「民警同士組んでの仕事は金の報酬欲しさに、分け前を多くする為に競争相手のペアを殺す事がある。将監もその一人だったって訳だ」

 

「じゃあさ八洲許さん、そういう人達を、逮捕したりは出来ないの?」

 

「無理だなぁ美濃。民警同士のそう言った『いざこざ』は、俺たちは関与できねぇようにされてんだ・・・暗黙のルールって扱いでな。関与できるとしたら、聖天使が直々に捕まえろ、とか言ってくれたりとか、余程の事がねぇといけねぇ。 捜査しようにも肝心の死体が現場にねぇんじゃあお手上げだ・・・恐らく、死体は無料でその地に生息してるガストレアがやってくれてるんだろうよ」

 

「チッ、相変わらず役に立たねぇなお前。十年前から何一つ変わってねぇ」

 

うるせぇ、と墨の嫌味を流して小さく溜息をついた。民警同士の暗黙のルールには八洲許も疑問に感じていたことだが、プロモーターやイニシエーターは一般人より強い場合があるのだ下手にほじくり返し、反撃を喰らい、それが原因で死んだ警官も居た事を八洲許は知っている。

 

その無念の死を遂げた者たちを知っているからこそ、八洲許も手を出せないのだ。

 

 

「夏世ちん・・・泣いてたよ」

 

ポツリと語りだすように七海が零す。その場面を思い出して、彼女が将監に引かれながらも去り際に発していた一言を七海は忘れられなかった。

 

 

―――ごめん、なさい。

 

 

もはや誤魔化して笑う事も出来なかったのだろう。絶対にバレたくなかった、そんな事実を知られてしまった彼女の心はもうここにはないと言った感じで。

 

「夏世ちん、嫌だったんだ。 人殺しも、道具っていう扱いもッ!それも全部、あの男が悪いんだッ!!」

 

伊熊将監。口布を巻いたあの男の顔を、七海は忘れることが出来ない。忘れるものか、まるで親の敵を見るような目に、周りの一同に緊張が走る。

 

「アイツは・・・私が殺す!!」

 

「ダメだ」

 

七海の怒りは、平常心の塊である顔をした八洲許により、簡単に否定された。勿論、ただ黙っている七海ではない。

 

「なんでだよ勇次! アイツが居なくなれば、夏世ちんは幸せになれるんだっ! なんでダメなんだよ!!」

 

ちゃぶ台を乗り越し、八洲許の胸ぐらを掴む七海に動じることなく、八洲許は冷静に返していく。

 

「なんでってお前・・・頼み人はいるのかよ」

 

頼み人とは、簡単に言うと殺しを依頼する依頼人の事である。「晴らし人」の仕事は基本は彼らを統べる「元締め」という存在に殺しの依頼が届き、それを裏取りや証拠などから相手が完全に「クロ」だと確定した後で八洲許達に依頼が届く。 その依頼料である「頼み料」を受け取り、「晴らし人」が殺しを行うのである。

 

今回の殺しの的(まと)を将監とすると、依頼人は誰も居ないのだ。被害の民警ペアの件は証拠を立証することは出来ないので裏取りは難しい。証拠を闇に葬った将監を殺しに掛けることは出来ないのだ。

 

 

「私がいるッ! 頼み人は・・・私だッ!!」

 

その力のこもった言葉に、墨と八洲許の顔が強ばった。美濃と七海がただならぬ雰囲気を感じ取り、息を飲む。最初に口を開いたのは八洲許だ。

 

「七海・・・それは、『外道仕事』をするって事か?」

 

「違う。将監は殺しをしているから、そいつを殺すんなら外道仕事じゃない」

 

七海は忌々しげにそう吐き捨てると、胸ぐらを掴んでいた手を離して、どすんと畳に座り込んだ。

 

『外道仕事』とは、罪のない、善良な相手を殺しに掛ける事である。「晴らし人」が殺しを行う上で何が何でも守っている”掟”が存在する。 それは罪のない人間を殺さないことだ。七海の言い分なら、将監は確かに殺しをしているし、本人がそう証言したのであながち間違いではない・・・だが、

 

「それを本当に見た奴はいたのか・・・」

 

「・・え?」

 

その呟きを発したのは墨だった。どこかで買ってきた豆を袋から取り出しながら、墨は続ける。

 

「その殺したっていう証拠を俺たちが掴めてるのか・・・目撃者はいたのか」

 

乗っかるように、八洲許が頷いた。

 

「もしかしたら、将監は本当は人を殺してねぇのかもしれねぇ。それがお前と夏世ちゃんを引き離すだけの嘘だったら・・・将監は無実だ。 無実っていうのを踏まえた上でお前が将監を殺すってんなら、それは掟破りの、外道仕事に当てはまる」

 

豆を貪りながら、墨が言った。

 

 

「殺しをしてる無法者の俺らが言えたことじゃねぇが、これは最低限、この世界では守らなきゃならねぇルールだ」

 

 

「元締めちゃんにも言ってみろよ。 この依頼内容聞いただけで多分あの娘はロケットランチャー構えて”無理”って言ってくるぞ」

 

七海の脳裏に、愛用しているロケットランチャーを構えるあの元締めの姿を想像して七海は動きを止めた。それを見て、八洲許がぱんっ、と自身の膝を叩く。

 

「こんな事もあるもんだ。お互い知らねぇ方がいい事情ってモンがあったんだ。俺らのことがバレなくてラッキーだって思いな・・・・ま、そんな事より仕事だ仕事。 墨、お前たしか今日元締めから紹介されてんだよな。 どんな内容だ」

 

話を切り替えるかのように彼は言うと、待っていましたと言わんばかりに墨は用意していた紙袋を取り出して、中身をちゃぶ台の上に置いた。

 

「ほっほー」

 

歓喜に似たような声を漏らすと八洲許はそのちゃぶ台に転がった札束を舐めるように眺める。ざっと300万くらいはあるだろう。 これが今回の依頼料だ。

 

「もちろん、今回は山分けというワケだが・・・その前に殺しの的が誰かって話だ。 聞いて驚けこのボンクラども」

 

墨の悪い笑みに八洲許や美濃が真剣に聞く中、七海だけは上の空だった。恐らく、先ほどのやり取りで納得できていないのだろう。そして、墨が口を開く。

 

「矢野橋 才蔵。 コイツは表じゃ名の知れた運輸会社の男だが、裏では色んな武器の密輸や、クスリ、バラニウムの盗掘をやってるクソ野郎だ・・・安心しろ、裏はもう元締めが探り入れて分かりきってる。『クロ』だ」

 

殺しの的が判明して、一同が納得する。美濃が安堵したような表情を浮かべて言うのだ。

 

「そうかぁ、まぁ大手の人だろうがいつも通りやれば関係ないね」

 

「いや、今回はそうもいかねぇぞ」

 

美濃の言葉に反して、そう割って入ったのは八洲許だった。

 

 

 

 

矢野橋才蔵。その名前を聞いて、八洲許は頭を抱え込んだ。突如の謎の動作に気になったのか、墨が声を掛けてくる。

 

「どうした。 なんか知ってんのかよ、オイ」

 

墨の恫喝にも似たような言葉に八洲許は声を発せず、小さく首を動かしてみせた。一瞬だけ視線を動かして、まだ俯いている状態の七海を見て八洲許は思う。

 

 

・・・これから、辛くなるなぁ。

 

殺し屋として、日常を何度も欺きながら生活してきた八洲許にとって、これから七海に起こることを考えるのは耐え難い事だった。もしこれから自分の行うことに、彼女は反発するだろう。

 

・・・だけど、これもお前の為だ。

 

そうでもなければ、あの日決めた二人の約束も果たせなくなってしまう。最悪、自分が七海に殺されるという事もあり得るだろう。だが、それでも進まなければならない、彼女の為に。自身も俯き、溜息をついた後、八洲許は顔を上げた。

 

 

「その矢野橋を殺るんなら、いくつか障害がある。 そいつには腕利きの護衛がいてな・・・護衛は二人、伊熊将監と千寿夏世だ」

 

 

 

 

 

二人の名を聞いていた一同は思わず耳を疑った。まさか、先ほどまで話をしていた将監と夏世の名前が今回の仕事に絡んでくるとは思いもしなかったからだ。勿論、疑問に思う人間もいる。静かに八洲許に問うのは墨だ。

 

 

「おい、なんでそんなことが分かんだ」

 

「今日の朝なぁ、将監を釈放する前に金やら圧力使って引き取ってったヤツがいる。 話を聞いたところ、それが矢野橋海洋運輸の名前を使ってたんだとよ」

 

「なるほど、腕利きの護衛を雇っちまうには越した事はねぇな。そうなると、今回はちょっと骨が折れるなぁ・・・そいつら、千番代の民警ペアだったか」

 

 

現在の民警ペアは二十万以上。その大多数の民警ペアにはIISOから発行されるIP序列があるのだが、数字が低い程、実力のあるペアということになる。 将監や夏世などのペアは千番代という事だが、この千番という数字は二十万というペアの上に居る存在なのでその実力の高さは折り紙つきと言えるだろう。

 

「ちょっと、待ってよ!!」

 

淡々と話が進んでいるように見えたが、その流れを受け止めきれない者が一人だけいた。 肩を震わせながら二人にそう訴えるのは七海だ。

 

 

「もし、その仕事で夏世ちん達に見つかったら・・・」

 

どうなるの、と言い切る前に目を細めた八洲許が口を開いた。それは重々しく、やるせないような声で、

 

 

「・・・決まってんだろうが。 二人とも殺すしかねぇだろ」

 

 

晴らし人は暗殺を行うときに気を付けるのは、標的を仕留める時ではない、問題は誰にも見られずその場を去れるかという事にある。目撃者がいようものなら、顔が割ることが簡単な現代だ。そうなれば、捕まるのは時間の問題と言っていいだろう。もし目撃者がいようものなら、その存在を消す必要がある。勿論、殺すという意味でだ。

 

 

「そんなの・・・できるわけないじゃんかッ!!」

 

両手を台に叩きつけて、七海が吠えた。衝撃で積まれていた札束が崩れてそれを墨が拾う。 八洲許は怒りで息を荒くする七海を諌めるように両肩に手を置いて、

 

「・・・依頼の金を受け取っちまったら、その仕事は何がなんでもやらなきゃならねぇ。七海、辛いがこれも、この稼業の宿命なんだよ」

 

 

「八洲許さん、本当にこれしか方法がないの? その二人を殺すって選択しかないの?」

 

嗚咽を漏らしていた七海を見て、どうにかしたいと思ったのか、美濃が震えそうな声でそう八洲許に言った。だがその美濃の頭にぽん、と墨の手が置かれる。

 

 

「千番代のペアが俺たちのような野郎をやすやすと見逃すとは思えねぇ。それほどの実力があるんだ・・・迷ったら死ぬぞ美濃」

 

 

その手に力がこもっていたのを感じた美濃はそれ以上、彼に言及することを避けた。 美濃が大人しくなり、八洲許が七海に何か言いかけようとした時だ。 不意に、その肩を掴んでいた手が振り払われる。

 

 

「・・・いやだ」

 

 

「おい・・・なんのつもりだ」

 

 

咄嗟に眉間に皺を寄せた八洲許が見たのは能力を開放し始めた七海の姿だった。 獣の耳と白い髪を伸ばして悲しみに染まった紅い瞳を八洲許に向けて、

 

 

「もっと・・・夏世ちんと一緒に居たいんだッ」

 

頬を伝わせる涙を抑えながら、

 

「遊びたいッ」

 

がむしゃらに抵抗するように、

 

「もっと仲良くなりたいッ」

 

意思を炎のように灯して、

 

「助けたいッ」

 

そう言い切って、七海が獣のように唸る。 まるで敵と戦う為の、臨戦態勢のようだった。状況がまずいと思った美濃が能力を開放して抑えに入る。

 

「ダメだよ七海ちゃん! 下手したら、八洲許さんを殺しちゃうよ!!」

 

「構わない!! それで夏世ちんが助かるなら!!」

 

完全に、ななみの怒りのメーターが振り切れていたのを羽交い絞めを決めながら美濃はそう感じ取った。納得できない事も多いだろう。実際、仕事を了解した美濃でさえも、まだその心は揺らいでいるのだから。 兎に角、この七海は危険だ。下手をすれば、その夏世という少女の為にこの場にいる八洲許や墨もその手に掛けようとするかもしれない。

 

そう考えたときに、止められるのは同じ能力を持つ自分だけだと美濃は思い、考える。 最悪は彼女を止める為に殺さなければならないと。

 

 

「わかった・・・」

 

 

一瞬で、場の空気を静まり返るような状態にしたのは八洲許の声だった。 唸っていた、今にも襲いかかってきそうな七海はその動きを止めて、端で枕を抱えていた墨も顔を枕から覗かせる。

 

だが次の瞬間、殺気を込めた視線を七海に向けながら、

 

 

「勝負しろ」

 

八洲許は言った。呆気に取られた一同を気にせず、彼は続ける。

 

 

「仕事は明日の夜だな、墨」

 

お、おう、と墨が枕を放り投げてしどろもどろしながら聞いて頷いてみせると、八洲許は頭を掻いて七海に言う。

 

 

「明日の朝5時。 俺が鍛錬してた剣道場で俺と勝負しろ。 そこでお前が勝ったら・・・俺らはこの仕事から手を引く。 そうできるように、俺が元締めと掛け合ってやる」

 

「本当に!?」

 

「ただし―――」

 

一瞬だけ、いつもの笑みを取り戻したかのように七海が顔を上げると直ぐに八洲許が彼女を睨んで、彼は言った。

 

 

「殺す気で来い・・・ちゃんと刀を使いな」

 

それは、明らかに昼行灯の警察官、八洲許勇次ではなく「晴らし人」としての八洲許勇次の顔だった。表ではどんな事にも基本「妥協」し、のし上がる事を諦め、媚びへつらうかのように腰を低くし、楽な方へと逃げていく。それが刑事としての表の彼だ。だが、ここに居る男は殺しの掟に準じ、自分や仲間の為なら「妥協」を許さない。厳格な殺し屋の顔があった。

 

 

「今日はお開きだ。さっさと帰れテメェら・・・俺はちょっと出掛けてくる」

 

 

そう言われ、墨が両の袖口に手を突っ込んで、仕方ねぇか、と呟いてからは美濃も雰囲気に呑まれながらも察したようで、皆が八洲許の部屋を去っていく。他の住人たちから見たら部屋から着物を来た坊主の男が出てくるという光景がやたら不自然には思われないものだろうか。

 

 

八洲許もそのまま家から用事で出て行ったので、部屋に残ったのは七海だけとなった。暫く放心状態となっていたが辺りを見渡して、墨が置いていった豆の袋が散乱しているのが目に入ったので掃除を始める。

 

「・・・あ」

 

指で摘んでいた袋がぽろっ、と畳に落ちて中の豆がまた散らばった。自分でも気づいていなかったのか、その手が震えているのが分かって、その腕をもう一つの片手で押さえ込む。どっちにしろ、両方とも震えているのでそれを見て七海は笑ってしまった。

 

 

「・・・どうしよう。 初めてだ、こんなの」

 

七海にとって、八洲許との喧嘩は初めてではない。やれ新しい服を買えだの、今日のご飯はアレが食べたいだのと、小さなスケールでならほぼ日常茶飯事で起こっている事だ。だが、今回のように「裏」の仕事に関してで七海が八洲許に反発して実力行使での喧嘩に発展したのは恐らく初めてであろう。

 

「勇次は、味方だと思ってたのにな・・・」

 

彼女がこれまで「裏」の仕事で文句を言わなかったのは、七海が八洲許に寄せていた絶対的な「信頼」というものが大きな部分を占めているだろう。どんな事があっても、八洲許だけは自分の理解者であり、永遠の味方なのだと、きっと今回の夏世の事も上手いこと策を用いてやり過ごしてくれるだろう、そう思っていたのだ。

 

顔を振って、煩悩を振り切るように七海は気を入れ替える。今は彼を倒すことを考えよう。

 

 

・・・絶対的な差は無いはずだ。あの時の、剣術習いたての頃の私とは訳が違う。木更師匠だって褒めてくれたたし!

 

つい最近、自身の太刀筋を褒めてくれた木更の言葉を思い出して奮起する。そこには大きな自信があった。剣術に関しては師である八洲許の方が上だろうが彼は殺しの現場からは最近離れており、殆どが七海が行っている。剣士としての「勘」はかなり鈍っている筈だ。

 

加えて、七海は「呪われた子供」にのみ与えられる爆発的身体能力がある。これだけでも普通の人間を、ましてや勘の鈍っている44歳のオッサン相手に遅れを取ること自体がおかしいのだ。

 

 

・・・戦いで必要なのは、イメージだ。 誰かが言っていた。”常に最強の自分をイメージしろ”と

 

紅い外套を身に纏った某弓兵の言葉を思い出しながら、七海は掃除を終えて即布団を敷くと丸くなるように潜り込んだ。後は睡眠と同時にイメージを行いながら戦いに備えての「戦略」を練ることにする。

 

だがこれは、ふと帰ってきた八洲許に顔を合わせない為に早く寝ようという意味もこの時の七海にはあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日、午前五時。

 

 

日は昇り、木の柵から光が差し込む中、古びた剣道場にて二人の影が見える。 一人は道着姿の七海と深緑のコート、いつもの仕事着の八洲許だった。

 

その道場は見た目は今にも崩れそうな場所ではあったのだが、内装はそれと反して綺麗であった。床は七海がよく通う木更の道場のそれ並みの輝きを放っている。

 

 

「さて・・・と」

 

特に表情を変化させることもなく、八洲許は横に置かれていた得物を拾い上げて、構えた。

 

 

「勇次・・・舐めてるの」

 

七海が持ってきていた真剣を構えながら歯を軋ませる。八洲許が持っていた武器はなんと「竹刀」だったのだ。真剣相手に竹刀という組み合わせはあまりにも馬鹿げてる。能力を開放して、刀身がぶつかったら刀身が無くなるのは八洲許の持つ竹刀の方だろう。

 

 

だが、八洲許は全く動じることもなく、

 

「俺はいつだって本気だ・・・あと、覚悟しとけよ」

 

「な、なにをさ・・・」

 

綴られた言葉の意味を七海は理解できないまま、刀を構える。すると、八洲許は冷ややかな視線をこちらへと向けて、

 

「侵食率・・・2%くらいは」

 

 

背筋を襲った悪寒に七海は息を呑んだ。 真剣で与えられる傷で2%ならどれくらいの深手なのかは想像は出来る。だが、竹刀で叩き込まれる侵食率2%の上昇とは一体どれほどなのか、考えただけでも恐ろしい。「呪われた子供」にとってはとんでもない脅し文句だ。

 

 

しかし、七海は引く事は出来ない。これで自分が負けたら、夏世は殺されてしまうかもしれないのだ。

 

 

「勇次ぃぃぃぃぃい!!!」

 

能力を開放し、殺意を露にしながら、その名を叫び七海は八洲許へ向かって跳んだ。




本物の飾り職の人「だったらなぁ・・!こんな仕事、始めから受けなきゃ良かったんだよッ!!」

うだつの上がらない昼行灯
「オメェに何が分かるってんだッ!!」


たしかこんな感じで内輪もめが起きてた。そのシーンを参考に。 お前ら、フリージングしてる場合じゃねぇぞ!!


え?戦闘? すぐ終わるよ。


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~仮面無用~⑥

もはやイルカちゃんだけで六話を使っている・・・ひとつの長編と化してる。大丈夫、もうすぐ終わるから(2、3話ほどで)


朝日も昇り、鳥の鳴き声が聞こえてくる。ボロく、崩れそうな道場の外にて相良美濃は膝を抱えながら壁に寄りかかっていた。隣では伊堵里 墨があくびをしながら髪の薄い坊主頭を掻いている。

 

「墨さん・・・」

 

 

「ん?」

 

眠気眼をこすって、こちらを見る墨に美濃は心配そうな瞳を向ける。

 

「七海ちゃん、大丈夫かな」

 

美濃の問に、墨は自身の肩を摩りながら素っ気ない態度で言うのだ。

 

「さぁな・・・俺らが知ったことかよ。これはアイツ等二人の問題だ」

 

「でもさ・・・」

 

壁の向こうで、けたましい声と竹刀の音が響く中美濃が俯く。その内容は聞くに絶えないものだった。

 

最初こそ、七海の威勢の良い声が聞こえてはいたのだが十分を超えた辺りから、”痛い”や”ごめん”など弱気な声が多くなってきた。二十分を超えて美濃は中で何が起きているのかを見る勇気が無くなって壁に寄りかかってただ時間が過ぎるのを待っていたのだ。

 

「おい、終わったみてぇだぜ」

 

 

やがて、竹刀の音が一切無くなって扉が動くと中からは汗だくの八洲許が一人だけその姿を晒した。彼はタオルでその顔の汗を拭いながら美濃たちを一瞬だけその視界に納めて、何も言わずに去っていく。若干息を荒くしていたのは年相応に疲れたからだろうか。

 

「七海ちゃん・・・」

 

事が済んだのが分かった美濃は急ぎ足で道場へ入り、先程まで二人がいた場所へと向かった。

 

 

 

「・・・あ」

 

美濃が目にしたのは、うつ伏せに大の字に倒れたボロボロの姿となった七海の姿があった。

 

 

30分、それがこの道場にいた時間だった。内容は完全に七海の惨敗。美濃はその試合内容がいかなるものか分からないが、道場から聞こえていたその声の種類でどんな内容だったかを容易に想像出来る。

 

・・・私の性格って結構最悪なのかな。

 

律儀にその種類を数えていた自分を卑下した美濃は濡れタオルを持って倒れている七海へと駆け寄った。

 

 

その三十分間、試合中に道場で響いた声。

 

”死ねぇ!” ・・・五回

 

”くらえ!” ・・・三回

 

”痛い!”  ・・・二十二回

 

”やめて”  ・・・十一回

 

”もうやだ” ・・・十二回

 

”死んじゃう”・・・十八回

 

”ごめんなさい” ・・・二十六回

 

全てが七海のものであった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・眠ぃ」

 

普通とはちょっと違う高校生、里見蓮太郎は休日の日曜日の昼を高校生らしい余暇を過ごすことなくただ一人自転車を漕ぎある場所へと向かっていた。坂道を下りながら、ボーっとする脳内の眠気を通り抜けていく風が覚ましていくのを感じる。それを少し冷たいと思うくらいだ。

 

彼が向かうのは海が見える場所だ。外周区へと繋がる道路が昔はあったわけだが、大戦時の影響かもしくは別の理由で道路は無くなり間に海を挟んでいる。

 

 

・・・今日は別に、延珠もいないしな。 たまにはいいだろう。

 

簡単な話が、気分転換が理由だった。いかに自分が俗世に興味をなくした鉄仮面であろうと、そこにいる個人としての感性はまだ学生である。たまには隣の口うるさくも頼りになる相棒を置かず、一人でボーっとしたい事があるのだ。当の延珠は今日は天誅ガールズの新カードパック『~決闘者の再臨~』とやらを買いに行くらしい。

 

 

暫く自転車を走らせて、その場所に到着した。ブレーキをかけ、地面へ足をつけると近くまでは自転車を押して歩くことにした蓮太郎である。

 

そこで、蓮太郎はある事を考えた。

 

・・・なんか変な事が起きそうな気がする。

 

ここ数日の出来事を思い返して見ると、総じてロクな事が無かった。呪われた子供達を殺す警官に出会い、依頼主が謎の殺人に会ったり、自分の会社の社長を喘がせるマッサージを行う少女と自身を激痛のフルコースで痛みつけた着物を着た坊主の男の事だ。特にこの場所は最初の呪われた子供を殺した刑事と再び出くわした場所でもある。

 

 

 

・・・いやぁ、あの時は頭に血が上って手が出てしまったが、普通は多分手錠掛けられるレベルだよな。

 

過去の自分の若さ故の過ちを恥じる。ここでお縄にかかろうものなら自分の高校生活は勿論、これまで以上に会社の自分の低い立ち位置が更に低くなってしまう。これからは、もっと冷静に対処出来るような思考を持ち合わせていこうと心に決めた蓮太郎だった。

 

 

「ん・・・? あれは・・」

 

到着地点までもう数メートルと言ったところだろうか。ふと蓮太郎が足を止めた時だ。その視線の先にはなんと、犬が居たのだ。 

 

 

いや、これは勿論比喩だ、と蓮太郎は顔を振ってそれを内心で呟いてみせる。彼が見たのは地面に座った一人の少女だ。そしてこの後ろ姿は自分が良く知っている人物である。 だがどこか様子がおかしい、顔を見なくても分かるという表現があるように、その背中から漂う負のオーラが何かを蓮太郎に感じさせた。

 

一人の少女がこんな所に来るわけがない、とそう思った蓮太郎は見知った人物の可能性もあったことに希望を抱きながら、その少女に声を掛けることにした。

 

 

「おーい、なにやってんだ」

 

自身の声に、座り込んでいた少女が顔を振り向かせた。その顔を見て、蓮太郎は見知った人物だと確信して安堵の息をつく。

 

 

「蓮太郎さん?」

 

「よう、静香」

 

 

その見知った少女は七海静香だった。

 

 

 

里見蓮太郎は、あまり人付き合いしない部類の方だ。本当に親しくなった人間としかコミュケーションを取っていないし、そのコミュニケーションをおろそかにした結果が彼の勾田高校での生活を表しているといったほうがいい。

 

 

だが、そんな男が延珠や木更と同じくらいの気を許せる人物がいた。それが七海だった。元々は延珠の友達繋がりからよく顔を合わせるようになった程度だったのだが、彼女は蓮太郎を物珍しい目で良く見ながら、彼にこう言ったのだ。

 

 

―――連太郎さんって、安心できる匂いの人だね。私ティンと来た!!

 

 

確かにこう言ってくれたのを蓮太郎は覚えている。その日以来、まるで道端にいた犬に餌をやったかの如く、なつかれてしまった。延珠からはその度に叱咤を受けることが多くなったのは言うまでもない。 

 

だが、その人懐っこい彼女の元気な姿はどこに見当たらない。これは何かがあったと見て間違いないだろう。

 

 

「・・・そうか、親父さんと喧嘩したのか」

 

 

「うん」

 

 

理由を聞いた蓮太郎自身も七海の隣に座って足を宙へと投げ出すような姿勢を取った。途中で購入して来たレッドマウンテンコーヒーを開けて彼女に手渡すがそっとそれを七海は手でいらない、というジェスチャーをした。

 

 

「ありがとう蓮太郎さん、でも私はプレミアム派なんだ」

 

「そ、そうか。 今度はちゃんと揃えておくよ」

 

コーヒーに妙な拘りを持っているのはなぜだろうか、と理由は聞くまい。

 

「今回の喧嘩でさ、私もうその人信じられなくなっちゃった。 ずっと味方だと思ってたのにさ」

 

妙な誤解を産まないように、そして『自分が晴らし人』だという事が露見されないように言葉を選びながら七海はそう言葉を漏らした。足をぶらんと動かして、やり場のないため息が最後に出る。

 

 

・・・そんなに重い話だったのかよ!

 

珍しくも口から放たれたシリアス全開のセリフに蓮太郎が気まずさを感じながら内心で思う。小学生十歳が疑心に駆られるとか、一体どんな家庭事情があるんだ、と。

 

 

「今私は、私自身も他の皆も信じられない。蓮太郎さんはこんな時にどうする?」

 

蓮太郎は知らぬ話だが、八洲許に負けて今夜には夏世の護衛対象を殺す事になってしまった。そこで夏世たちに見つかったら、問答無用でその夏世を口封じで殺さなければならない。 仲間達ももうやる気だ。自分だけがやらないというわけにはいかない。だが、友達を手に掛けたくはない。だが、自分の強さに自信も持てない中、今自分が何を信じればいいのか七海には分からなかった。

 

 

「そうだな・・・」

 

視線の先にいた蓮太郎は一瞬だけ空を見て、

 

 

「結局は、どっちにかに転ぶ感じだな・・・流れのままに、か、一周回って自分の信念を貫くか」

 

 

小学生相手に、難しい話をするなと蓮太郎は思う。自身の人生と重ねながら語るのは自己陶酔に近いのではないか。己の短い半生を振り返って、天童家にて木更の召使として世話になり、菊之丞に政治家にされるためののイロハを叩き込まれて、仏像も掘っていた彼だが、その自分の意志はあっただろうか。そんなレールの上の人生を歩くのを止めた今では、天童家を出て民間警備会社での生活を通し、木更や延珠の居る世界を守りたいという信念がある。

 

 

こう言った心の問題は色々と遠回りをして辿り着く事があるのだが、まだ自分や七海は年齢的にもその場所に至っているとは思えない。これはまだ途中なのだ。 そう思った蓮太郎は結局は難しい話をしようとしているな、と小さく笑って七海の頭に手を置いた。

 

 

「お前のようなチビッ子が、変に悩むな。確かに悩むことも大切だろうよ、流れのままに生きる事もあるさ。でも自分の芯を強く持っていることは全然悪いことじゃない。それを無くしちゃったら、自分の足で立つこともままならなくなる・・・もしかしたら、芯を持つって事が一番大事なのかもな」

 

とにかく、と蓮太郎は七海に向かってはにかんで見せた。

 

「笑えよ。 いつものように、延珠とバイオレット優劣論争繰り広げてるくらいの元気がねぇとさ、あいつも・・・延珠も寂しがるからよ」

 

思わず七海と延珠のやり取りを想像して、彼女にその笑顔を取り戻して欲しいと思った時だ。七海が小さく肩を震わせていることに気付いて、咄嗟に頭の上に置いていた手を蓮太郎は引っ込める。

 

 

「ど、どうした! 何か気に障ること言っちまったか!?」

 

 

まずい、と蓮太郎は冷や汗を流す。こんな所を人に目撃されたら幼女の頭を撫でて泣かせるという事案発生等見出しの書かれた新聞が東京エリアに知れ渡ることになるだろう。そんな最悪の事態を想像した蓮太郎だったが顔を上げた七海の顔は、

 

 

「ふふふ・・・」

 

笑っていた。 若干涙目になっているが、しっかりと笑っている。時間にして数十秒程だったか、後に彼女はこちらにほほ笑みかけながら言ったのだ。まるで悩みを吹っ切ったかのように、

 

「やっぱり蓮太郎さんはいい人だ。 私の鼻に狂いはなかった! やっぱり蓮太郎さんって、ある種才能の匂いがする!」

 

「お前初対面の時もそう言ってたよな。どう言う意味だよ」

 

その笑顔を見て蓮太郎は自分の事のように安心したのだ。七海はまるで延珠のような小悪魔的な笑みを浮かべて口元で半月を作りながら言う。

 

 

「コイツは臭ぇ! ロリたらしの匂いがプンプンするぜェ―――ッ!!」

 

「誤解を招くこと言うな! 延珠ひとりでもその手の対応には苦労してるんだッ これ以上俺を冥府魔道に誘うなッ!!」

 

くそう、と苦言を小さく呟くと七海は立ち上がって、蓮太郎に対して背を向けた。

 

「でもありがとう蓮太郎さん。 私、もうちょい頑張ってみる」

 

「お、おう」

 

何をだ、と言葉の意味を理解していない蓮太郎はそう頷いて見せることしかできなかった。 だが蓮太郎は確信することがある、今の七海には一つの信念のような物を感じると。

 

蓮太郎はその場に誰も居なくなったのを確認して買っていたもう一本のコーヒーを開けて飲み始めた。カフェイン中毒に最近なりかけている気がする、大丈夫だろうか。

 

 

「ああいう子供の親父さんって一体どんな人なんだろうな」

 

普段は延珠と同じくらいにハチャメチャな性格の七海が一度はあんなにしょげているのを見たのは蓮太郎は初めて見ただろう。その原因となった父親の事を彼は気になっていた。

 

・・・まぁ、あんなに元気な子供を育てたんだ、かなりの教育者なのかもしれないな。一度あやかりたいもんだ。

 

実際は、その父親と一度は会っているのだが、その事実を蓮太郎は知る由もない。

 

 

 

 

 

―――やがて、時間は経過して夜となった。作戦決行3時間前。

 

 

場所は変わり、八洲許たちは観音長屋(かんのんながや)と呼ばれる古い建物の中に入っていた。この観音長屋は、エリアのある林の中に存在している。現代の長屋はタウンハウスと呼ばれる鉄筋コンクリートでできているのだが、この観音長屋は江戸時代のテレビでよく見られる物と同じ作りであった。畳と中央には八洲許の家にもあるようなちゃぶ台が置かれ、風化した障子や壁などを見ているとさながら江戸時代にタイムスリップしたようである。

 

イメージは簡単に言うと、時代劇で見られる下町の人々が暮らす家を想像してもらえれば良いだろう。

 

 

その場所の畳に腰を下ろした墨は両手を広げて八洲許たちに言う。

 

「どうよ。ここなら人目も気にせずに仲間同士で集まれるし、作戦も立てられるな。裏の仕事用の時の為に、こういう所を探しといたのよ」

 

そう言う墨をよそに、何やら美濃と七海は辺りを手当たり次第に触り始めた。

 

 

「うわ、この壁ぼろい・・・触っただけで崩れてきそう」

 

「ねぇー墨さん。 この畳の裏にある『白衣の天使』っていう黒いパッケージは何かな」

 

既に何やら地雷を踏みかけている気がして慌てて大人たちが二人の行動を制限、直ぐに話を戻すことにする。

 

 

「んで、殺しの標的の矢野橋は今港の倉庫にいるらしい。密輸先に送るブツをチェックする日らしいぞ。こいつの周りには将監の他にも護衛が五人いる。合わせて七人だ」

 

ロウソクを灯り代わりに灯して八洲許が大きく地図を広げる。矢野橋のいる場所に大きく赤い丸が付けられているのを見ると、美濃や七海たちに説明するために工夫したようだ。

 

 

「はい質問」

 

そう手を挙げたのは美濃だった。八洲許が彼女に回答の権利を与える。

 

「なんだ美濃」

 

「普通こういうのって、社長クラスの人は直接出向いてこないんじゃないのかな。 間に何枚も足がつかない人を仕込んで、黒幕は我関せずっていうのをやるんじゃないの?」

 

いい質問だ、と八洲許が顎をさすった。

 

 

「この矢野橋って野郎はな、兎に角几帳面でな。自分が密輸する物を何が何でも一度はその目に通さねぇと送らねぇっていう仕事への拘りがあるんだとよ」

 

「へんな人だね」

 

七海の言葉に墨が笑って、いいじゃねぇか、と返す。

 

 

「そいつの家に忍び込むよりよっぽど楽だぜ、なんせ標的わざわざ外にその身を晒してくれるんだからよ。殺り易いったらありゃしねぇ」

 

確かにその通りで、社長となると家の警備も厳しい事もあり、現在のセキュリティでは潜入することも容易ではない。その点で考えると今回の彼の几帳面な性格はこの仕事を行うにあたって八洲許たちには非常にラッキーとも呼べる事だった。

 

「まぁその几帳面な性格のせいで千番代のプロモーターを呼び寄せちまったワケだ」

 

「だが、やっちゃん。俺は気になる事がある。民警でも流石にこの裏取引みてぇな危ねぇヤマにはあまり関わんねぇんじゃねぇのか。下手すりゃ護衛の将監も共犯者とも呼ばれるかもしれねぇんだぜ」

 

墨が唸るように首を傾げる。もし将監たちのような民警ペアを雇う場合は仕事の内容などを話すのだろうが、この裏取引の事情が露見された時は将監たちもタダでは済まない。最悪、墨の言うように共犯者にされる可能性があるのだ。

 

それを承知で二人が護衛を引き受けたという事は何かしら理由があるのだろう。八洲許は考察する。

 

「仕事内容が表向きの物で伝えられていて、事情を知らないか・・・或いは『繋がり』があるか、だ」

 

「繋がり?」

 

そう言ったのは七海だ。頷いて八洲許は続ける。

 

「分からねぇが、矢野橋が将監、もしくは三ヶ島ロイヤルガーターの何かしらの『弱み』を握っているとか、だ」

 

 

そうやって相手をいいなりにしてコキ使うというのは未だにあるものだ。裏の世界でもよくある事である。誰かの治療費を負担する代わりや、故郷の仕送りの為に殺しの片棒を担がせるなど。

 

ここで気づいたかのように八洲許が目線を七海へと移し、言葉を発した。

 

「ところで七海、お前今日この場所にいるって事は・・・この仕事をやる決心が出来たんだな? 俺はてっきり、今日は来ねぇかと思ったぞ」

 

誰もが触れようともしていなかった話題を持ち出したのは八洲許なりにも考えがあった。これを機に、七海の仕事に対する”覚悟”を聞いておきたかったのだ。七海は意志のこもった瞳で八洲許に言う。

 

「私は、この仕事を受ける」

 

「お前の友達の夏世ちゃんとも殺し合う事になるかもしれねぇだろ」

 

若干、雰囲気がざわついた。 墨や美濃が自宅で暴れる寸前までの状態になった七海の事を思い出して、また同じことが起きるのではないかと息を飲む。だが、七海は腕を組んで、

 

「殺さないよ」

 

言った。

 

「絶対に、殺さない」

 

自分の信念を表すかのように。八洲許も腕を組んでまた問う。

 

「どうやってやるんだ。自信はあるのかよ」

 

そう、顔を見られてしまえばすぐに身元が割れてしまう。 この世界で顔を見られた場合はその者を消さなければならない。そうならない方法を知っているかのように、七海は首を小さく縦に振った。

 

 

「勇次。私の因子は何故だか姿を大きく変えるよ。 髪だって白くなって伸びるし、服は和服で、瞳なんて能力を使っている間は紅い目になる・・・夏世ちんたちにとって、多分『晴らし人』の私は初めて見る相手になると思う・・・バレなきゃいいんだ」

 

「能力の特徴を上手に使うってのか。考えたなぁ」

 

「私は、私のやり方で乗り切るよ。勇次・・・いや、皆にも迷惑はかけない」

 

墨が腕を組んで、数度頷いて納得している。七海の能力は確かに姿にまで大きな影響を及ぼす。 服も変わるから余計に夏世が七海であると特定するのは難しいかもしれない。紅い目なんて、呪われた子供なら幾らでもいるのだから。

 

 

それを聞いた八洲許は小さく溜息をついて、頭を面倒くさそうに掻いた。

 

・・・まだ、まだまだ甘ぇよ、七海。

 

八洲許の目の前でこちらを睨む七海を見る。彼女はあくまで自分の信念を貫くつもりだ。七海が一度決めたら引かない性格だというのを八洲許は知っている。だが、この信念は良い方にも、悪い方にも転んでしまう諸刃の剣のようなものだ。

 

 

・・・そんな考えでいたらよぉ、どこかで折れちまうよ。一日だけ出会ったヤツの為に、もう二度と立ち上がれなくなっちまってもいいのかよ。

 

 

強い信念は強固な物は自分を支える大きな柱となる。だが、それが一度折られてしまえば、二度と立ち上がれなくなってしまう事もある。それは、八洲許が十数年以上の殺し屋の世界で味わって、経験してきた事だ。

 

 

―――なぁ、やっさん。俺たちは一体今まで何やってきたんだろうな。俺たちのやってきた事が、少しでもこの世の中の為になったことがあったか?

 

幾度となく、自分の理想を拒絶され、嫌な現実を見せられ、表の仕事に対する怒りを払拭するように殺しの裏稼業に身を投じた。表がダメなら裏だ。一度はその世界で結果的に世の中が良くなればいい、そう思った時期もあったかもしれない。

 

―――俺は今日を機に、この東京を出る。ここじゃあもう仕事なんて出来やしねぇよ。死んだあの二人は運が悪かったって諦めちまうんだな

 

 

だがそれでも世は変わらず、逆にガストレア大戦が起きて数年、呪われた子供に対する批判やバラニウムを巡っての争いなどが起き、己を含めた人間の醜い部分を見せつけられて彼の心は磨り減ってしまった。結局、殺しでも世界を変えられないと思った八洲許は一つの結論に辿り着く。 

 

 

所詮は殺し屋、人は殺せても、人を・・・ましてや世を救うことなんてできやしない。

 

 

―――や、八洲許はん・・・この「仕事」は・・・ぜ、絶対に辞めたらあきまへんでっ いつまでも、いつまでもっ・・・続けておくんなはれやっ!

 

 

それでもこの仕事を辞めなかったのは、過去に死んでいった者たちから託された想いを無碍にしないためであった。だがそれは裏稼業への道を更に深いものにする彼を縛る、強固な鎖となってしまった。それは今も尚、八洲許を縛り付けている。

 

まるで死んでいった彼らを忘れさせないように、または、早くお前も地獄に来いと引きずり込む為に。

 

 

「結局、これが裏の道に進んだ俺の宿命なのかもな」

 

自分の辿ってきた道を今の七海と重ね合わせながら、誰にも聞こえないようにそう呟くと八洲許は七海の頭を、がしっ、と掴んだ。少しだけ頬の筋肉が緩んだか、うっすらと笑みを浮かべて彼は言う。

 

「馬鹿野郎。 結局顔見られたら終わりなんだよ。夏世ちゃんはお前の顔を見たりして、一晩同じ布団で寝泊まりした仲だ・・・姿が変わってもすぐに見分けがつくわ」

 

そう言って手を頭から離すと八洲許は七海にあるものを手渡した。七海が受け取ったのは一枚のお面だ。無機質な白でまるで道化師のピエロのように目と口が笑っている半月の隙間が刻まれている。

 

 

「どうせなら、顔も隠しちまえ」

 

ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべて見せて、七海はまじまじとその仮面を見つめて顔を歪ませた。

 

「これ・・・ちょっと気味悪い。 普通さ、私に合わせて犬のお面とか無かったの?」

 

 

「うるせぇな、アイツこのタイプのお面しかストックしてねぇんだとよ」

 

アイツって誰さ、と顔をしかめた七海だったが仕方ないと行った表情でそのお面を被る。和服にお面・・・なかなかシュールだ。

 

 

「やっぱり見えにくいよ、勇次」

 

「それくらいの条件でやってのけなきゃ、晴らし人は務まらねぇぜ」

 

「むぅ・・・」

 

明らかに不満がなのが仮面越しにも分かるが、その光景を八洲許やそれを見守る墨もこれから殺しを行うというのに、思わず笑みを浮かべていたのだ。

 

 

「・・・七海ちゃん」

 

だが一方で目を点にして呆然となっていた美濃が七海の肩を掴む。何事か、と七海が見たときには彼女はロボットのように口をカチカチと動かし始めて、

 

 

「オナジフトンデネタッテ・・・ドウイウコトカナ」

 

「急にカタコトになってるよ美濃ちゃん!?」

 

「フジュンダヨ。イヤラシイコトガアッタンダ」

 

「怖い!怖いよ美濃ちゃん!何もなかったよ!本当に! スマブラやって寝ただけだって!!」

 

「嘘だッ!!」

 

 

まるでどこかの世界でひぐらしが泣いたかのような形相で美濃は続ける。

 

「七海ちゃんも墨さんと同じだ!墨さんも同じ布団でよく知らない女の人と半裸で寝てるんだもん!七海ちゃんだってそうなんだ!!不潔だよ!インモラルだよ!!」

 

 

「・・・・」

 

怒り心頭にそう言い放つ美濃の言葉を聞いて八洲許はその修羅場的な光景から目を逸らして口笛を吹いている墨にジト目を向けた。視線に耐えられなくなった墨は舌打ちをして、

 

「ちげーよ! 本番前だったんだよオイ! いざ試合開始ッ プレイボール!キックオフ!の時にはいつも美濃が部屋にやって来るの!! 全部未遂事件だったの! 不発弾だったの!! 一夜の夢から強制的に醒めさせられたの!!」

 

「そのまま一生寝てろテメェはァァァ!!」

 

拳による一撃が墨の頭をえぐった。

 

 

 

 

 

 

 

「かわいいよ、美濃ちゃん」

 

 

「え、えへへへ、そ、そうかな?」

 

 

数分後、観音長屋の中心では和んだ表情で蕩けた笑みを浮かべる美濃の頭を撫で続ける七海の姿があった。基本、美濃は照れ屋なので機嫌を悪くした後には墨は大抵この方法で乗り切っているらしい・・・なので。

 

「うん、くぁいい。世界一、かわいいよー!」

 

 

「~~~~~~ッッッ!!」

 

某王国民の儀式のごとく彼女は満面の笑みとポーズを美濃に送ると、般若の顔を浮かべていた美濃が次第にその顔を蕩けた笑みを浮かべしまっている。ちょろい。

 

 

「よし、なんとかなったぜ・・・」

 

「なってねぇッ!!」

 

畳の上で伸びている墨の頭を八洲許は平手で、ぱしん、と叩いたのだ。

 

「お前ら仕事する気にはなったんだろうがよぉ、将監のペアはどうすんだ」

 

八洲許の言うとおりで、この仕事の大きな障害は護衛にあたっている将監と夏世の民警ペアだ。千番代というのはこの上なく厄介だ。しかも情報によれば、夏世はもっぱら裏方のサポートで、前線の役は殆ど将監が行っているという。それならば、将監単騎でもかなりの実力の筈だ。

 

「当然、七海や美濃が当たれればいいが、出来れば一人は矢野橋を仕留める為に割いておきてぇ。だが千番代の野郎相手にガキ一人を向かわせるのは、ちぃと無理がある・・・何か作戦を考えねぇといけねぇな」

 

「あい、わかった」

 

足を組んでいて悩む八洲許の言葉に即座に反応した声がある。その声の主は身を起こして頭を掻いている墨であった。

 

「分かったって、お前・・・どうすんだよ」

 

「最低でもそのイルカの子の援護を無くせりゃいいんだ。その件、俺に任せろ。いい考えがある・・・上手く行けば、将監とイルカを分断できるかもしれねぇ」

 

「ホント!?」

 

七海の嬉しそうな声に墨が頷いてみせた。

 

「それにはちょっと道具がいるわけだが・・・やっちゃん。 出来れば今からでも元締めちゃんにお願い出来るかァ?」

 

「・・・金さえ積ませれば、なんとか」

 

そう言って、八洲許は携帯を溜息をつく。よし、と墨は自身の膝下を叩くと勢い良く立ち上がった。

 

 

「ガキどもにみっともねぇモン見せちまった詫びだ。俺が大人としての責任を取らせてもらうぜ」

 

「・・・つまり?」

 

おっ、と八洲許が身を乗り出すと、墨は頷いて自身の着物の右の袖から金属のブレスレットを巻いた右腕を露にしてニヤリと笑った。

 

 

 

「・・・将監の相手は、俺がやる」

 

墨が指を動かす度にバキバキと冷たく鳴り響いた関節の音に、一同は背筋に凍る物を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで七海、ちょっとその仮面被って”ハレルヤ”って言ってくれ。記念に動画に残したい」

 

「ハレルヤ!!」

 

ポチッ。

 

「よし」

 

・・・今度この動画を影胤に見せてみるか。

 




八洲許「おい影胤。ちょっとお前の仮面貸せ」

影胤「いいだろう我が友よ。べっこう、プラスティック、チタン、エコタイプ、ハイカラ仕様、蹴られて割られたVer、全部で百種類以上あるのだがどれをご所望かな?」

八洲許「ファッ!?」


実はこんなやり取りがあったり無かったり。もしかしたら後二話で終わるかもです。


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~仮面無用~⑦

間が空いてしまった理由! それは執筆のテンポを忘れたからッ!!


伊熊将監と千寿夏世はとある地区の港で佇んでいた。今回は大手社長の護衛任務。その護衛対象が入っていた倉庫の外で二人は不審な人物が通らないか確認しているわけだが。

 

 

「どうも臭ぇよな、この仕事」

 

口布を巻いた将監がため息混じりに舌打ちする。この仕事は警察署に居たときに突然と舞い込んだ仕事だった。変な男が来たとたん、”釈放”の言葉を聞かされ、外に出ると男は護衛の仕事を将監に依頼した。返却された携帯電話で社長に連絡を取ったが彼の社長である三ヶ島影以(みかじまかげもち)は重苦しそうに一言。

 

 

―――将監、迷惑を掛けるが・・黙って彼らに従って欲しい。

 

そう言って電話を切られたので将監は筋肉でしか出来てない脳みその知恵を振り絞って推測する。自分の予測が正しければ、この仕事は表向きには護衛任務という事になっているが、実際は裏取引の、密輸関係の物ではないかと。

 

 

・・・しかも、見覚えのある顔が何人かいたしなぁ。

 

 

そう首を鳴らして思い出すのは、倉庫へと入っていく矢野橋という男と作業員らしき男たち。 しかしこの差作業員たちに将監は見覚えがあった。実際に会話をした訳ではないが、全国のエリアで指名手配されている脱獄犯や、殺人、所謂『お尋ね者』の面々がちらほら見られたのだ。

 

こうなってくると益々この仕事は危険な物だと思ってしまう。だが、自分らの社長があれほどまでに重々しい雰囲気で話す事があっただろうか。考えられるとすれば、この矢野橋という男に、従わざるを得ない「弱み」を握られているという可能性の方が高い。

 

「くっそ、メンドくせぇ事になっちまったなぁ夏世」

 

「・・・・」

 

隣にいる相棒は一度こちらに視線を向けてくれたが、沈黙を続ける。あの昼間に会った少女、七海と別れてからずっとこんな感じだ。

 

 

「いい加減、機嫌直したらどうだ夏世。どうせアイツ等だってお前が呪われた子だって知ったときは追いかけてもこなかったじゃねぇか」

 

「それは・・・」

 

漸く一言を発していたが、弱い言葉だな、と将監はため息をつく。将監がこうも気落ちしている夏世を見るのは随分と久しぶりな気がした。だがこうさせたのは一応自分だが、これは全て、彼女の為を思って行った事だ。

 

世間の未だに呪われた子供に対しての批判は衰えることを知らない。あの晩、自分が警察署に拘束されている間は夏世は八洲許が家に上げていたらしいが、どうもこれは胡散臭い物を感じた将監だった。呪われた子供を自分の娘と遊ばせる八洲許の考えが珍しいかもしれないが、これはもしかするとただ呪われた子供と遊ばせたという武勇伝、もとい、ただの遊びなのではないかと。

 

 

・・・いや、違うな。

 

もっと根本的な理由があるはずだ。自分が夏世をあの七海という少女から無理やりにでも引き離そうとした理由が。

 

 

それは至極簡単な物だった。夏世が七海と普通に笑って、幸せそうにしているのを見た彼は何を思ったか。年相応に自分のイニシエーターという役割を忘れて、同世代の少女と語り合う彼女を見て、将監はあろうことか夏世を羨ましく思い、同時に、このままでは彼女が自分と同じ場所から離れていくのではないかと思ったのだ。

 

 

一度幸せを味わうとそれは味わった者にとって二度と忘れられない極上の味だ。人は知らずのうちにその幸せを再度求め、これまでの自分の過ちを悔いる傾向がある。将監や夏世にとっての過ちとは、この民警の世界で行ってきた自分たちの懐に入る配当金をより多くする為に同業者を蹴落としてきた殺人だった。

 

死体の処理なんて森の中ならば野生のガストレアが勝手に行い、証拠も何一つ残らない。この手口は将監の無い知恵を振り絞って考えた最高の策だった。だが夏世はまだ十歳の少女だ。この卑劣な手段自体に不満を持つだろう。

 

だが、呪われた子供として生を受けたからには、普通の生き方は許されない。ならば、ひたすら裏の世界で生きるしかないのだ。事実、民警というのは由緒正しい前科なしの者がいれば、殺人や罪を犯した者たちが逃げ込む場所でもある。これは将監にとっては、『力があれば何もかもがまかり通る世界』という事だ。

 

だから彼はひたすらこの世界でどんなに汚い手を使ってでも這い上がる事を誓った。巨大な黒の剣を手にガストレアを夏世と共に屠り、その辿りついた場所が現在の千番代という序列だ。

 

将監にとって夏世はその最初の場所から今を共に歩んできた相棒であり、彼の人生を支える道具だ。ならば道具を手入れし、大切に扱うのは使用者としての役割である。その彼女が『道具』を辞め、『普通』を生きようとしていたのが許せなかったのかもしれない。

 

 

我ながら、酷く、醜いものだと将監は思う。だが、自分は堂々と卑屈で強引であった方が色々と楽だと考えてきた。それはこれまでもそうだったし、これからも変わらない。取り敢えず、夏世がこの状態のままでは仕事に差し支える。何事もなく早く終わってもらいたいものだ、と将監は空を見上げた。

 

 

 

―――その時だった。倉庫の窓から強烈な光と共に破裂音が聞こえてきたのは。

 

 

 

 

 

 

夏世と将監が見張りをしているその最中、その倉庫の屋根の上に二つほどの影が月の光に照らされて現れる。美濃と七海だ。

 

「七海ちゃん、今回は時間との勝負だよ。 この閃光弾を中に投げ入れたら、七海ちゃんが中に入って、矢野橋以外の人を全員気絶させるんだ」

 

ごそり、と懐から取り出した黒の細な長い棒を取り出して美濃は言う。この作戦は『目くらましザックリ大作戦』と墨によって名付けられる。中の密閉した空間での閃光で視界を奪い、同時に七海が場を制圧させる。光と共に動き回る七海は誰にも捉えられないが時間を掛ければ掛けるほど、こちらの正体がバレる確率が高くなるのでまさに時間との勝負なのだ。

 

「分かったよ美濃ちゃん。将監の方は任せていいんだね?」

 

七海の問に、硬くも、安心してという言葉も伝わるように美濃が頷いた。

 

「上手いこと将監と夏世ちゃんを分断させるのは私と墨さんの役割だから。用が済んだら私はちゃんと墨さんと一緒にトンズラだよ。 七海ちゃんも、ちゃんと矢野橋だけは仕留めておいてね?」

 

七海が小さく首を縦に振って、美濃が準備に掛かるために七海の元を離れていく。この時は、ちょっとばかりこの作戦の難易度から不安を持っていた七海がまだ美濃に傍に居ては欲しかったわけだが、時間は待ってはくれない。

 

 

「こっからが勝負なワケだ」

 

渡された閃光弾を握って、七海は気持ちを入れ替える。自分の信念を通す為に、七海は刀と鞘口の部分を紐で結んで固定すると深呼吸をして取り付けられていた窓を開け、閃光弾を投げ入れる。その後は自分も被弾しないように窓から覗くのをやめると程なくして、強烈な閃光と音が炸裂した。

 

 

 

「今だッ!!」

 

即座に能力を開放して、窓から倉庫内に飛び込み、着地する。 中は灯りが数個ほどあったので見渡せばどれくらいの作業員がいるのかが分かった。数にして五人程だろうか、それっぽい作業服を着ており倉庫の中心には巨大コンテナがあり、中にはライフルなどの重火器が多く積まれていた。これが裏モノの銃器なのだろう。

 

 

・・・っと、仮面仮面。

 

八洲許から渡された気色の悪い仮面を被って、七海は走り出す。まずは目を両手で塞いでいる二人だ。間近で光を浴びたのだろう。この二人の内、一人の喉元を鞘で突き、もう一人は溝尾に一撃をかまして気絶させた。

 

「なんだコイツはッ!!」

 

運良く閃光弾の光を避けていた作業員がこちらを見て、叫ぶ。 仮面を被っていて正解だ、と七海は気づかれた後で安堵するが、残りの三人を首と頭を狙って確実に気を失わせた。

 

 

「ひぃっ!!」

 

後ろでその光景を見ていたハゲの男が見えた。 この男が事前に情報で聞いていた矢野橋だ。尻を地面について、無様な姿を七海に晒してしまっている。だが生への執着は確かにまだ持っているようで、自分が殺されるかもしれないという恐怖に駆られながらも、矢野橋はしっかりと立って、出口へと向かって走り出した。

 

 

「逃がさないッ」

 

応援を呼ばれる前に、この男を仕留めなければならない、と七海は鞘と刀を結んでいた紐を解くと一気に矢野橋に肉薄。その背中目掛けて必殺の袈裟斬りをお見舞いしようとした時だ。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

脳を駆け巡った電撃にも似た感覚に反応した七海が一瞬の判断で上体を横へとずらす、しかし次の瞬間、自分の左の肩に衝撃が走った。

 

 

「―――――ぐぁッ!」

 

激痛に思わず足を止めて、七海は膝を着いて痛みの引かない左肩を確認する。右手で肩の着物部分を触ると赤い液体がべっとりとその手に染みていた。

 

 

七海は確信する。自分は打たれたのだと。だが叫び声を上げなかったのはただ単に彼女の精神力が強い訳ではない。同じくらいの痛みを今日は一度味わっている。

 

 

・・・勇次との勝負の時と同じくらいの痛み・・・耐えれるッッ まだやれるッッ

 

 

歯を食いしばって気をしっかりと保った七海は鞘を杖替わりにして立ち上がる。視線の先には自分を撃った人物がいるはずだ。だが七海はこの時点で、ある程度は予測は出来ている。この倉庫の護衛を全員倒した後で攻撃されたという事は、つまり倉庫の外にいた護衛が中へと入ってきたということだ。

 

・・・やっぱりかッ 夏世ちん。

 

 

「・・・動かないでください。動いたら、撃ちますよ?」

 

 

痛みに耐えながら、七海は視線の先にいる黒いフルオート型のショットガンを構えた千寿夏世の姿を確認して下唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

―――数刻前。

 

 

「一体何が起きたんだオイッ」

 

伊熊将監は強烈な破裂音をその耳に聞くと音の発生源である倉庫の方を振り向いた。途中、作業員らしき男の叫びが聞こえては直ぐに聞こえなくなる。 これは何かがあったに違いない。

 

「チッ、夏世! 何かトラブルが起こりやがったッ 行くぞオイッ!!」

 

 

「は、はい!」

 

 

将監はバスターソードを、夏世はショットガンをそれぞれ構えると夏世が先に鉄の扉を開けて中へと入る。分厚い壁だが、呪われた子供の怪力ならば可能な事だ。

 

「何があった――――って、うおっ!?」

 

「将監さん!?」

 

唐突な将監の素っ頓狂な声に夏世が振り返ると、そこには出口に向かって引っ張られていく将監の姿があった。慌てて夏世が数メートル手前の出口に戻ろうとするが、将監の体が完全に倉庫の外へと出た瞬間、空いていた筈の扉がありえないスピードで閉まった。

 

 

「ぐおっ!!」

 

力のままに引きづられた将監が地面に後頭部を叩きつけられてやっと解放されたかと思い、目を開けると、その目に、霧状の何かが吹きかけられた。 それが目にかかった瞬間、眼球全体を走り抜ける痛み。

 

「ぐああああああああっ!! い、いてぇ! 目が、目がぁぁあ!!」

 

目も開ける事も許されない激痛が将監を襲う。まるで目を直接焼かれているような痛みに地面をのたうち回る。夏世に見られでもしたら暫くはネタにされるだろう。ここに居なくて良かったと思った将監だった。

 

「だ、誰だッ! どこにいやがる、畜生ッッ」

 

目を閉じたまま、握っていたバスターソードを力の限り振り抜いていく。 だが、どれもこれも放たれる斬撃は標的のいない空間を斬るだけに終わり、将監の叫びが虚しく響いている。

 

だが、次の瞬間、自分の右腕を掴むの物があった。生肌から感じられるこの感触は人の手の物だ。ならば、標的はこの右方向にいるのだ。と確信した将監は力の限りに剣を横に振るべく力を振り絞る・・だが、

 

・・・う、動かねぇッ!!

 

まるで巨木に腕を固定されているかのように自分の腕が動かない。腕っ節には自信があった。呪われた子供には劣るかもしれないが、自分には千番代という実力があり、それに違わぬように自分なりにも鍛錬したつもりだ。

 

 

・・・一体何者なんだ、コイツ!?

 

だが、その自分を圧倒する力が目の前に存在している。姿形も分からぬその人物はただひたすら将監の腕を握り続ける。そして次の瞬間。

 

「うおおおおおおおおッッ!!」

 

 

ゴキン、という音と将監の叫びとともにが彼が握っていたバスターソードがコンクリの地面に落ちた。やられたのは一瞬、自分の右腕があらぬ方向へと捻じ曲げられたという事実だけ。激痛が彼を襲い、思わず膝を着いた自分の額からは嫌な汗が流れているのが感じられる。

 

 

・・・折れて、ねぇな。 関節を外されたの、か?

 

感覚だけで分かってしまう自分に嫌気がさしたが、いずれにしても相手の正体が全く分からぬまま、『敵』の攻撃が続く。今度は真後ろに気配を感じたが、その頃には左足を掴まれていた。そして振り返る時間も与えられず、

 

「がああああああああッ!!」

 

ぐりん、と右足が向いてはいけない方向へと回ったような感覚と、音とともに激痛がまたしても将監を襲った。これでは、もう立つこともままならない。 武器を握ることもできず、立つことも出来なくなった彼を、敵はまだイジメ足りないのか、首を掴んで地面へ仰向けになるように叩きつけると、一瞬だけ目が開いて、涙でぼかされた視界が露になった。

 

 

「テメェ、は、いったい・・・」

 

 

最後に見えたのはうっすらと見えた坊主のシルエットがその右拳を自分の顔面へと叩きつけようとした姿だった。ここで、将監の現実世界との接続は完全に遮断された。

 

 

およそ一分弱。七海が倉庫内に閃光弾を投げ入れて、倉庫内を制圧して夏世と対峙するまでに起きた出来事である。

 

 

「ふぃー」

 

全てが終わったかのような涼しい顔で将監の顔に拳を叩き込んだ男、伊堵里 墨はゆっくりと拳を顔から離すとその手についた血を振って払った。

 

 

「す、墨さん・・・終わった?」

 

「おう、終わったぞ。 お前もご苦労さんな、扉のセキュリティー係。 マルソックもびっくりだぜ」

 

後ろでひたすら両手を使って力の限り扉を抑えていた美濃がいる。パワー系の美濃ならではの力技だ。作戦としてはイルカの因子を持った夏世が将監と一緒に行動されることを避けたかったので夏世は倉庫内に閉じ込める必要がどうしてもあった。結果的には分断にも成功したし、将監も無力化することにも成功したわけだが。

 

 

「す、墨さん。 その目潰しはなんの成分が入ってたの?なんか匂いからでも尋常じゃない物質が含まれている気がするんだけど」

 

美濃が強烈な匂いから苦い顔をするが決して扉を閉める手を緩めない。どうやら仕事は何が何でもやり遂げる真面目なタイプらしい。墨は先ほど使った”激・目潰し”と書かれた真っ赤なスプレー缶を取り出すと彼は自分の鼻をつまんだ。

 

 

「元締めちゃんの話によると・・・ハバネロやら唐辛子やら、兎に角ヤベェくらいの辛い奴が入ってるらしいからな。 あぁ、失明しない程度の調整具合だから安心して使ってくれだとよ」

 

「あの人、結構エグイ道具薦めてきたね。 以外にSの気があるんじゃ・・・」

 

「どうだろうなぁ、どちらかと言うと郡を抜いた外道・・・いやでも、あのナリでSっていうギャップがまた・・・ま、いいか」

 

と、墨は立ち上がってスプレー缶をしまうと、美濃にむかって手招きする。もう扉を閉じる必要はないという合図だ。 美濃が扉から手を離した時、中から銃声が数発ほど聞こえてくる。

 

 

「どうやら始まったようだな・・・俺たちは早いところずらかるぞ」

 

その場から立ち去ろうとする墨だが、肝心の美濃が動かない。どうやらまだこの場に残りたいようだ。

 

「美濃」

 

墨が美濃の手を掴むと美濃は悲痛そうな顔で墨の顔を見つめる。出来れば七海が出て来るまでは待ってあげたいのは墨も同じだったが、仮面などで顔を隠せない為にここに長居する事が出来ない。墨は小さく首を横に振ると、

 

 

「信じるんだ。アイツが帰ってくるのを」

 

そう言って彼女は納得したのか、うん、と首を縦に振り墨とともにその場を後にする。美濃はうしろ髪引かれる思いで七海と夏世がいる倉庫を視線に捉えると

 

 

・・・七海ちゃん、絶対に帰ってきてよ!

 

そう祈りながら、前を向いて走り出した。

 

 

 

 

 

 

千寿夏世は静まり返る倉庫の空間の中、自身の武器であるフルオートショットがんを目の前の的に構えて現在の状況を解析する。

 

・・・将監さんの声が聞こえない。

 

額から流れる汗に、夏世は動揺を隠せない自信があった。倉庫にいざ入り込もうとした時に将監が外へと何者かによって連れ去られた。扉もその時に閉まり、夏世も能力を使って閉ざされた扉を開こうとしたのだが、外からはとてつもない力によって開けることが出来なかった。

 

爆薬関係があれば扉を破壊することが出来るが、今回はこのショットガンと予備のカートリッジしか持ってきていない。我ながら準備不足だったことを後悔した夏世である。

 

 

「お、おい! どうなってるんだ・・た、助けてくれ!!」

 

後ろの方で情けない声を上げている依頼主の矢野橋に気付いて夏世は目の前の事に集中する。将監とのリンクが消えたのは気がかりだが、彼は頑丈さだけが取り柄だ。簡単には死なないだろう。

 

 

「貴方は私の後ろで待機を」

 

そう言いつけて、彼女は目の前の敵を見て、改めて思わず目を丸くした。

 

 

・・・いつの時代の人ですか。

 

 

思わずそう突っ込みたくなってしまった衝動を抑えて、夏世は顔を振る。着物に足袋、刀などまるで時代劇に出てきそうなものばかりだ。極めつけは正体を隠そうとしてる白い仮面だ。ここだけ時代が完璧に西洋風なので全体像としてはイマイチだ。だが、一つ分かっている事がある。 目の前の者は動物のような耳を頭部に生やし、仮面の目の部分からはうっすらとだが赤い光が見られる。つまり、呪われた子供という事だ。

 

 

「貴方の目的は?」

 

そうショットガンを向けて問うが返答の意志は見られない。声なども全て正体がバレるきっかけとなるからか、随分と用心深い。

 

恐らく、この男を暗殺する為にやって来たのだろう。依頼主が誰だが分からないが、夏世は倉庫内に置かれたコンテナの中に重火器などが積まれていた事からこの護衛の依頼はかなりブラックな内容だったことを理解して、彼がこの暗殺者から命を狙われる理由を理解する。

 

 

・・・単騎での戦闘はあまり得意ではないのですが。

 

 

身構えた夏世だが将監の手を借りられていない今、自身の戦闘力などは呪われた子供の力があるとは言っても、援護をすることに特化した物だ。面と向かっての戦闘に向いているとは思えない。しかも相手は刀などの武器を持っている事から、近接専門。 距離を詰められる事は避けたい。

 

 

・・・どうする。

 

だが、作戦を立てる暇もなく、暗殺者が最初に動いた。肩に銃弾を受けているとは思えない程の身軽な動きで暗殺者は夏世目掛けて一直線に接近。

 

 

「ま、真正面からッ!?」

 

 

夏世は驚愕する。なぜわざわざこちらの射程範囲内に入り込むような、しかも狙われやすい正面から向かってきた暗殺者に。普通は左右に身を蛇行させながら的を絞らせない動きをするはずだ。何も考えていないのか、余程こちらの射撃を躱す自信があるのか。

 

 

どちらにせよ、もう数メートル前まで迫ってきている。要人を守る為に、夏世は躊躇いもなくその引き金を引いた。ショットガンの礫が効果的に命中する有効距離での発射。これを食らったのなら、例えバラニウム弾でなくても、呪われた子供には有効なダメージを与えられる。

 

礫は確実に命中し、地面には血飛沫が飛び散る。 一瞬だけ暗殺者の速度が遅くなる。 夏世の見立てでは暗殺者がここで倒れる筈だった。

 

 

「ッ!? 向かってくる―――ッ!?」

 

暗殺者は、一度スピードを緩めた状態から一気に加速。しかも先ほどよりもスピードを上げて、こちらへと向かってきた。

 

 

・・・両腕を交差させて、ガードッ!? 銃弾をッ? 馬鹿ですかッ!?

 

 

良く見ると、暗殺者は両の腕をクロスさせて急所が被弾することを避けていた。身を出来るだけ低くし、被弾数を少なくすることでこちらの射撃を耐えたのだ。

 

 

・・・なんと、強引なッ!!

 

防御できたといっても、完全に無傷な訳がない。明らかに呪わた子供としての再生能力に任せた無茶な戦い振りだ。全くもって、自分の常識から外れた戦い方である。

 

 

すぐさまショットガンで迎撃しようとした夏世だが、既に暗殺者はこちらの目と鼻先まで肉薄してきていた。

 

 

「・・・ッッ」

 

 

薄気味悪い仮面とともに、刀が怪しく光る。 ショットガンの銃口は相手を完全に捉えてきれておらず、反応も完全に遅れている。暗殺者の刀が振り上がってこちらへと振り降ろされたとき、夏世は殺意を感じ取り、自分はこれから殺されるのだと、恐怖から思わず目を閉じた。

 

 

次の瞬間、金属音とともに何かが自分の立つ地面に落ちた。 目を開けた夏世であったが自分の首はまだ繋がっている。 足元を確認すると自分の持っていたフルオートショットガンの銃身が分断されて転がっているのが目に入った。

 

 

「武器を・・・斬った?」

 

 

「・・・ごふっ」

 

後ろで発せられた音に反応して夏世は振り向く。 目に映ったのは刀で胸を貫かれ、口らから血を流している矢野橋だった。

 

 

「・・・むんっ!」

 

 

暗殺者が力任せに男の体から刀を引き抜くと同時に矢野橋の体が前のめりに倒れこむ。 すぐさま絶命したのを確認すると暗殺者は夏世を見ずに全力ダッシュで倉庫の窓を突き破った。

 

 

「ま、待ちなさいっ!!」

 

武器を置いて、暗殺者を追う夏世が扉を開ける。先ほどとは違って簡単に開いた。違和感を感じた夏世だったが開いた視界の中で先ほどの暗殺者が海に向かって走っているのが見えた。そして次の瞬間、

 

 

「とうっ」

 

暗殺者は大きくジャンプすると海の中へとダイブ。 夏世は海面を確認するが、相手は一向に浮かんでこない。潜水に特化した能力を持っているのだろうか。と、考察した夏世だが、同時に違和感を感じていた。

 

 

―――なぜ、私を殺さなかったのか。

 

 

これだ。あの目の前までに近づいてきた瞬間、相手はこちらの隙を突いて、自分を殺す事が出来た筈だ。それをしなかったのは何故か。

 

思えば、あの暗殺者には疑問を感じる点が幾つかあった。相対した自分を逃したのもその一つだが、殺害したターゲットの矢野橋以外の作業員は皆生きているという事。普通は目撃者には素性がバレるのを避ける為に殺す事が殆どだが、相手はそれをしなかった。

 

・・・それをする必要がない、と?

 

仮面を被っていたから、その必要は無かったのかもしれない。だが、殺し屋としては随分と考えが甘ような気がしたのは言うまでもない。自分も、別の目撃者に人殺しを見られたら、その人物も殺せと将監に言われるかもしれない。そして、言われたら必ずそうしてしまうだろう。

 

そして静寂に揺れる海を見つめて、夏世は思う。あの暗殺者は確固たる自分の意志で行動しているのだと。あの無茶とも呼べる戦闘スタイルは、どうしてもああしなければならない、自分を貫く為の一つの戦い方だったのかもしれない。敵ながら天晴という言葉がよく似合う相手だった。

 

 

「う、うう・・・おい、夏世。 いるか?」

 

「将監さん?」

 

後ろの方を見て声がした方の地面には将監が顔面から血を流して横たわっていた。 慌てて駆け寄った夏世だが内心で生きている事にホッとしたのは内緒だ。

 

「く、くそ・・・目が見えねぇ」

 

「目をやられたんですね。失明・・ですか?」

 

そう問う夏世は将監の目を見ようとした。下手をすれば、プロモーターとしての人生を大きく左右することかもしれないのだが、将監はその手を遠ざけようと左手を翳してそれを制する。

 

「匂いからして、香辛料だ。 変な薬は入ってねぇだろうから安心しろ」

 

「安心はしてませんが・・・それよりも、将監さん。 護衛対象が殺害されました」

 

 

冷静な夏世の言葉に、やっぱりか、と舌打ちをした将監だった。恐らく自分を襲った相手ではないだろうが、それも矢野橋を殺した者とつるんでいる可能性が高い。でなければ、これほどまでに連携を取れないはずだ。

 

夏世と将監を分断させて、一瞬で腕と足を破壊し、標的を殺す。まずプロの仕業と見て間違いないだろう。本当ならこのまま追いかけて報復へと向かいたい将監だったが、

 

「夏世、逃げるぞ。この仕事、予想以上にブラックな仕事だったらしい。流石に社長も、弱みを握られてる相手が死んじまえば、この会社に従う必要もなくなるだろうよ」

 

「とんずらですね・・・分かりました」

 

そう頷いて立ち上がろうとするが、将監の様子がおかしい、どこか痛めているのか未だに立ち上がれないままだ。将監は頭を掻いてこもるような口調で

 

「・・・・ちっとは、手ぇ貸せや」

 

そう言ったのだ。将監からすれば、目も見えなければ、腕と足の関節が外されているので自力で歩くのは難しいだろう。そして夏世は思う、これを機会に恩を売るのもいいことだ、と。だがそれよりも彼女には考えがあった。

 

 

「ひとつだけ・・・条件があります」

 

 

 

 

 

「もーう、やっていられませんねぇ!」

 

人気のない漁港に立ち寄る一つの影が見える。男は頭にネクタイを巻いて、今しがた二件、三件と飲み屋を回ったかのような飲んだくれとなっていた。

 

 

田中熊九郎、その人である。

 

 

「ち、ちくしょう・・・」

 

目尻に年甲斐もなく涙を浮かべたのには理由がある。それは伊熊将監を誤認で拘束してしまった件だ。無実の人間に罪を着せようとした自分の行動は上層部の耳に入ってしまい、大きな注意を署長から受けてしまったのである。免職はまぬがれたが、減給は免れないだろう。

 

 

そうなれば、またしてもこの18地区警察署は八洲許を始めとするお笑い者集団の巣窟と成り果ててしまう。それを打開する為に、彼はこの件に打ち込んでいたのだ。だが、結果は空回り。 果てには評判を下げる手助けまでしてしまっている。そう考えると、飲まずには居られなかった。

 

 

ひたすら飲んで、酔いつぶれて、外で眠ってしまうのも良いだろう。しかも海の見える場所で。この漁港の倉庫付近を選んだのはそう言った理由からだ。

 

「おやおや、何やら倉庫の窓が割られていますねぇ。 物騒な事件でもあったんでしょうか」

 

 

千鳥足でだが、それも些細なことだと考えた田中は右手に一升瓶を担ぎながら倉庫の中へと入っていく。しかしそれが、今回の田中にとって思いがけない結果になったことを一体誰が予想できたであろうか。

 

 

「きゃあああああああああああ!!!」

 

田中が倉庫に入って数分後、倉庫内の惨状を目の当たりにした彼の絶叫が東京エリアの空に木霊した。

 

 

 

 

 





結構投稿までに時間が空いてしまいました。変なギャグネタを考えていた御陰で執筆のテンポは悪くなるわ、文字は間違えるわでたいへんたいへん。味気ない戦闘シーンだなぁオイ。 すいません、すぱっと終わらせてしまう形になりました。次は頑張ります。一応、次回にて仮面無用は終わりです。 矢野橋と三ヶ島ロイヤルガーターの関係ですが、最後の方にそれなりのオチを持ってくる予定なのでお楽しみを。

ちなみにこのお話が終了次第、インターバルでネタ回を挟みます。

誤字など気になる点がありましたご連絡お願いします。即修正に移りますんで。では、次回ッ


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~仮面無用~⑧

ようやくですが、イルカちゃんがメインの仮面無用は今日が最後ッ!!寄生獣のミギーが俺の中で最高のヒロインダゼ(錯乱


―――後日、第18地区警察署にて。

 

「おっはよーうございまぁす皆さぁん!!」

 

「・・・・」

 

自分のデスクにて茶を静かにすすっていた八洲許が嫌そうに頭を掻いた。署内に響いた声はスキップと鼻歌でやってきた田中熊九郎だ。彼は意気揚々とした笑みを浮かべてあろうことか、自分でお茶を汲み始める。

 

一体何が起きたのだろうか、と一同は思うがその理由は八洲許が広げた新聞紙の見出しにあった。

 

 

『大手運輸会社の闇、一人の刑事が暴く!!』

 

 

大きくそう書かれた文字を見て、八洲許はため息をついた。すぐさまニッコリとした笑顔の田中が近づく。彼はぱしん、と八洲許の肩を叩いて、

 

 

「どうしたんですか八洲許さん。お疲れのようですが、無理はしちゃいけませんよ?」

 

いつもなら”八洲許さん、何をモタモタしているの!”とオカマ口調の説教が始まるのだが、今回に限りそれはない。むしろ労いの言葉が向けられた。気味悪く思い八洲許は湯呑を置いてルンルン気分の田中の顔面に拳を叩き込みたい切に思ったがそれを抑えて、

 

「いえいえ、ありがとうございます。しかし田中さん、今回は大手柄でしたな」

 

対して田中は手を後ろでに組んで口角を上げた。

 

「ま、まぁ、私の捜査にかかればこの程度の事件なんてチョロイもんです」

 

と、態とらしく鼻を鳴らした。それを見て、やはり八洲許は笑顔の裏で思う。

 

・・・酔っ払って事件の現場にたまたま一人で出くわしただけだろうがッ

 

 

 

あの仕事の晩、誰も居なくなった倉庫に田中がやって来たらしく、そこには警察も現在指名手配中の犯人が気絶して倒れていたのだ、それも複数。これは七海が気絶させた者たちと八洲許は思った。そして極めつけは、殺害されていた矢野橋と、コンテナに積まれていた銃火器の数々。これは以前から噂されていた矢野橋海洋運輸の裏取引の現場なのだと、田中はビビリながらも推理。

 

 

すぐさま応援を呼び、指名手配犯を複数召し捕り、矢野橋海洋運輸の闇を暴いた田中熊九郎は一夜にして無能上司の汚名を返上するに至ったのである。ちなみに矢野橋海洋運輸機構はあれから数々の裏取引の内容が暴かれ始めて、これまでの複数の事件にも繋がりがあると考えられ、現在も捜査は続いているのだとか。

 

 

「全く、運が悪いんだか良いんだか」

 

「む、八洲許さん。何か言いましたか?」

 

「イイエ、ナニモ」

 

明らかにカタコトな返しに不審さを感じた田中だったが、そんな事よりと話題を変える。

 

「それよりも、聞いてくださいよ。私の今回の手柄! なんとあのスーパーエリートの櫃間(ひつま)警視総監からお褒めの言葉をもらえるのです!」

 

「ほう、良かったじゃないですか。 この前の厳罰処分も帳消し、評価も上がって一気に逆転しましたな。こりゃ私の出番なんて最初からなかったワケだ」

 

当たり前ですよ、と田中は薄目で当然のように言い放つ。

 

 

「誰も貴方には期待なんてしておりません。美味しいお茶を汲む事くらいしか脳がないんですから・・・おっと、そろそろ私は櫃間警視総監からのお呼び出しの時間がやって来たので、本庁に出かけてきます。くれぐれも私がいないからといって、仕事をサボるんじゃありませんよ。渋野くん!見張り宜しくッ」

 

 

 

「はぁ・・・」

 

隣で書類整理を行っていた渋野巡査にそう指示を出して、田中は部屋からまたしても鼻歌スキップで飛び出していったのだ。

 

 

「・・・くっそ、都合のイイところだけもって行きやがって。 やっぱやるんじゃなかったなーあの仕事」

 

ため息だけが漏れて、またお茶をすすった。結局のところ、今回の仕事は矢野橋を殺した事で結果的に窮地の田中を助けてしまうということになってしまった。厳罰処分か降格を望んでいた八洲許にとっては非常に残念でならない結末であった。

 

 

 

 

 

 

公道を走る黒塗りのベンツがある。どこぞの金持ちが乗っているのだと車のマニアなら誰もガ目を止めるだろう。その中には運転手と後部座席に座る二人の男がいた。

 

「退院おめでとう。将監」

 

「あんがとよ、三ヶ島さん」

 

運転するスーツの男、三ヶ島ロイヤルガーターの社長、三ヶ島にそう言われ将監はそっけなく返した。矢野橋の護衛任務後、将監は社長である三ヶ島の力も借りて病院に直行。二日ほどの治療を経て、無事に退院することが出来た。最初は痛みから開眼することも叶わなかった両目だが今は普通に開くことができている。

 

暫く無言の後、三ヶ島が呟いた。

 

「矢野橋はどこで知ったか分からないが、ウチの会社に関する重要な秘密を握られてしまってね。まぁ、文字通り今の私の立場を、または『三ヶ島ロイヤルガーター』を大きく揺るがしかねない弱みと言ってもいい。それを守る為に、君たちには危険な任務を押し付けてしまった事を・・・謝りたい」

 

 

「べつにいいんだぜ? こっちとしては、護衛対象が殺されて任務達成すら出来なかったからな。スケープゴートまがいな事されたのは間違いねぇから、ちとは有給休暇は通るんだろうな」

 

もちろんだ、と三ヶ島はバックミラー越しに頷いてみせた。

 

「しかし君が有給とは珍しい事もあるものだ。戦闘関連の仕事が暫くウチには来ていて、君がすぐに飛びかかってくるだろうと予想していたのに」

 

「三ヶ島さん、そりゃないぜ。俺はハイエナじゃねぇんだから」

 

残念がるように、将監は両手をあげて溜息をつく。やはり自らの評価というのは既に周りからは固定されているらしい。

 

「だが将監、どうしてまた休暇なんて」

 

「そりゃアイツが・・・」

 

次の言葉を言おうとして、将監が留まった。三ヶ島がある程度察して、ふーん、と小さく笑みを浮かべる。

 

 

「詮索無用・・・か。 まぁ、私にとっては君たちが我社の力となって良い成績を残してもらえればそれでいい。その為にもお互いの事をちゃんと気遣ってだな」

 

「あーもう、いいだろうがッ 早く夏世を拾いに行ってくれよ三ヶ島さん!!」

 

「そう言えば、彼女は今何をしているんだ?所要で出かけていると聞いているが」

 

「・・・・なんでも」

 

この問いに答えることもメンドくさいと感じる将監だったが、彼は頭を掻いて一言。

 

「友達の所だそうだ」

 

 

 

 

 

 

昼も近くなってきた頃、千寿夏世は待ち合わせとなっている公園のブランコに座っていた。平日なのに人が一人もいないのは当たり前なこの場所は夏世にとっても待ち合わせするにあたって都合がいいと思ったのだ。

 

だが、その相手がちゃんと来てはくれるかどうかは定かではない。一応、警察署の方で八洲許を通して言伝を頼んでおいたのだが、彼が自分の娘を思って何も言わない可能性もある。それは当然だ、なぜなら彼女は自分が呪われた子供だと知って恐れを抱いた筈なのだから。

 

 

「・・・ふぅ」

 

 

小さく溜息をついた後、脱力した瞳で空を移す。こんな鬱々とした気持ちを払拭してくれるくらいの快晴だ。この雲に紛れて飛んでいけたらどんなに楽なことだろうか、そんな事を考えていた時である。

 

「かーよーちーん」

 

背後からの声とともに夏世の視界が暗転する。それは明らかに人の手によって行われた目くらましだった。だがこう言った目隠しの場合、最初に視界を遮ってから自分が誰なのかを問いかけるという順番だったのではないか。

 

「・・・声でバレますよ七海さん」

 

 

「あはっ」

 

視界が明るくなり、夏世が振り返ると帽子を被った七海を見て夏世は少々驚いたようで、

 

「来てくれるとは思いませんでした。学校があるのでは?」

 

「勇次が用事で午後から登校するように学校に届け出してくれたんだ!時間的にもあんまりないけど、大丈夫だよ!」

 

そうなのですか、と夏世は一言告げて七海が隣のブランコに座った。そこからは暫く無言のままで時間だけが過ぎていく。お互いに気まずい雰囲気があったのは言うまでもなかったが、

 

 

「ごめんなさい」

 

その沈黙を最初に破ったのは夏世だった。

 

「七海さんの事を考えたら、私の正体、隠すしかありませんでした」

 

俯いて夏世続けていく。申し訳ないといったように膝の上で手を組んで、

 

「呪われた子供は大人から子供まで酷く嫌われているんです。同世代からも私は酷い事、言われたこともありました。それが慣れていたはずなのに」

 

自分の仕事上、呪われた子供だという事を聞いた人からは冷たい視線を浴びさせられた事が多かった。だが、将監の”道具になれ”という言葉で、心を押し殺して、そう言った冷たい視線を浴びても平気だったが、彼女、七海静香にだけはその畏怖の視線を浴びられることが耐えられなかった。

 

「簡単に言うなら、怖かったのかもしれません。七海さんが、せっかく出来た友達とも呼べるかもしれない相手が消えてしまうことに」

 

一晩だけだと言っても、夏世にとっては安らぎを感じた一時だった。自分に優しく接してくれた七海の心を裏切りたくない、そんな一心だったかもしれない。

 

「でもさ、夏世ちん。それは普通なんじゃないかな」

 

夏世の言葉に七海がこちらの顔を見て返した。

 

「私も、大切な友達がさ、どこか遠くに行ったりしたらヤダもん。そうならない為に自分の秘密を守ろうとすることあるよ。知られたくない事って、誰にでもあるしさ・・・」

 

「七海さんにも?」

 

「・・・うん」

 

七海はブランコの鎖を小さな手で、きゅっ、と握った。七海としても、自分の秘密も夏世と同じくらいに重大な物だ。確かに友人に隠し事をしない、という言葉もあるが知らなくても良い事もあるのだと七海は今回の仕事を通して知った。それが現状を大きく変えてしまうきっかけになってしまうことがあるからだ。

 

 

だが、七海は思う。”それがどうした”と、

 

「でも、そんなの関係ない」

 

自分が信じるのは千寿夏世のその心だ。また八洲許に青臭いなど言われるかもしれない。喧嘩の発端になるかもしれない。それは例え過ちを犯してしまった人だとしても、自分が信じる友達には変わりない。

 

「私はどんな事があっても、夏世ちんを信じるよ。勉強を教えてくれたり、一緒に遊んだりしてくれた優しい夏世ちんを、私は最後まで信じるって決めたんだ」

 

そして、過ちを犯しているとしたら自分も同じだ。だからその行為を辞めろとは言えない。そうしなければいけない事情があるのなら、仕方ないのかもしれない。だが、

 

「けど、戸惑い続けて欲しいんだ。ずっと、それが・・・多分、夏世ちんの本当の優しさだからさ」

 

殺しのマシーンとなったら終わりだ、とかつて八洲許に言われた事がある。確かに、ただ殺す為の道具になってしまえば、Yes,Noだけで行動を実行する楽な選択で殺しを出来るだろう。

 

だが八洲許は言った。

 

 

 

―――殺しに慣れたら終わりだ。お前は、これから一生、自分が殺した”業”を背負わなきゃならねぇ

 

 

彼から言わせたら、この稼業で人を殺した『罪の意識』という最大最悪の業を手放す事は、一番やってはいけないことだという。人を殺すという事にやるせなさと、切なさ、苦しさを感じ続ける事が、人間でいられる最低ラインなのだとか。

 

「七海・・・さん」

 

もしかすると、夏世はその一歩手前まで来ていたのかもしれない。だから、彼女がこれ以上遠くへ行ってしまわないように、七海の言葉は夏世にセーブを掛けるという意味で伝わった。勿論、これは七海が全て計算していた訳ではない。彼女が夏世を想う願いから生まれた偶然なのかもしれない。

 

 

「たまに遊ぼうよ。こうやってたまに会ったりしてさ。私の友達も紹介するよ!夏世ちんが知ってる色んな事、教えて欲しい。あ、あと・・・」

 

そう言うと、七海がポケットから自分の携帯を取り出した。

 

「友達同士、番号を交換しよう。 この前交換するつもりだったけど、ダルマに邪魔されちゃったから」

 

「・・・いいんですか?」

 

七海を気遣うような口調で夏世は言う。

 

「私が関われば、七海さんに迷惑が掛かる事が起きるかもしれませんよ。その時に一番辛い思いをするのは、七海さんなんですよ? それでも私と友達になってくれるっていうんですか?」

 

 

心の底では夏世は不安を感じていたのかもしれない。将監には友達に会いにいくと言って飛び出したのは良いが、これは自分だけが勝手に決めていた事だ。だからここで七海に拒否の反応を見られるのであれば、おとなしくさよらなだけを言うだけだったのに、

 

彼女は、七海静香はこちらを受け入れると言ってくれた。胸から溢れてくる気持ちは言いようがない。ただたまらなく、脇踊る何かを感じる。

 

そう戸惑っているか、喜んでいるかよく分からない感情にとらわれる夏世の背中を押すように七海が夏世の手を握った。

 

「何言ってんだよ夏世ちん」

 

七海は太陽のようににかっ、と笑って言うのだ。

 

「友達とは、”なる”のではなく、既に”なっている”ものなのだ!!」

 

深いようで、そうでないような言葉は、七海という人物を表すには一番適しているなと、夏世は思う。だが、自分はまさしく、この優しさに救われているのだと、この心の暖かさが示している。

 

「・・・ですよね、そうなのかもしれません」

 

お互いの表情は昨日知らずの内に殺し合っていた二人とは思えない。七海の光は夏世の曇っていた心を晴れやかにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その夜、八洲許の住むアパート『山根荘』。

 

 

 

「ほう、夏世ちゃんとメルアド交換できたか。良かったなー」

 

「えっへん! これで私の友達通帳に新たな名前が刻まれるのだ! 見たか勇次! 私は可能性の獣、七海静香!モブに出来ないことを平然とやってのける!!」

 

「残念だが、そこには痺れないし、憧れない。血だらけで帰ってきやがって、海水も染みてるから暫くはあの仕事着で仕事できねぇからな。着物の手入れは大変なんだ」

 

 

無い胸を張った七海を戒めるように八洲許は自分の布団を敷いていく。あの仕事の晩、七海は被弾しながらも海を潜って上手いこと夏世たちからバレずに観音長屋にたどり着くことが出来た。だが、夏世との戦いで着物は血だらけの海水塗れ。今は元締めに頼んでクリーニングに出しているという。

 

もう少し、スマートに仕事をやってもらいたいものだと思った八洲許だが、そんな事より七海に投げかける話題がある。これは、これからの彼女の晴らし人としての人生に関わる物だ。

 

「なぁ、七海」

 

「どうしたの勇次」

 

パジャマ姿の七海が首を傾げる。珍しく、八洲許が腕を組んで真剣な表情をしていたからだ。彼は小さく首を動かして言った。

 

 

「もしかしたら、これから夏世ちゃんみてぇな友達と殺し合いをする時があるかもしれねぇ。 お前がいいんなら、先に足を洗ってもいいんだぜ、この稼業からな。 墨とか美濃には話をつけておくからよ」

 

俯いて、七海は暫く黙る。八洲許の言うとおり、この先、どういった仕事があるか分からない。彼が選ぶ仕事には外道仕事は含まれないが、今回のように知り合った人物が仕事に関係のある場合があるかもしれないのだ。

 

 

「確かにさ、きつかったよ。夏世ちんに顔が分からないからって、銃口向けられて撃たれたのも。夏世ちんが自分の事を話してくれたのに、こっちは何も明かさないまま騙し通すのも」

 

お互いに顔が分からなかったら絶対に起きなかったであろう、と七海は思う。顔が割れていなかったとはいえ、友達である夏世に銃を向けられて、しかも撃たれるという事も、正体を明かさないまま彼女を騙したことは七海の心にはとても辛い事だった。

 

だが、そう言った事が平気で起きてしまうのがこの稼業だ。その辛い現実から八洲許は七海の事を想い、先に辞めさせようとしているのだろう。

 

「でも勇次、私は辞めないよ」

 

彼女は言う、強い意志を秘めた瞳で。

 

「絶対に、お母さん達の仇(かたき)をとるまでは絶対にやめないよ。その為に、勇次は私を晴らし人にしたんでしょ」

 

それに、と七海は続ける。

 

「私がいないと、勇次はただの怠け者になって仕事をしない人間になっちゃうから、実家の勇次の嫁に監視を任せられている身としては、引くに引けないのです」

 

 

深い、闇のようなその過去を思いながら八洲許は目を伏せる。確かに、彼女をこの道に引き込んだのは自分だ。ならば、その責任はしっかりと取らなければならない。それは他でもなく、彼女が目的を遂げるまでの見守り役としてだ。

 

 

「わかったわかった、この話は終わりだ。もう寝るぞバカヤロー」

 

「ば、バカっていうなし!バカじゃなくて名犬だし!」

 

自分で犬と言って恥ずかしくないのか、と八洲許は思ったがあまり気にしていてはただただ、このやり取りに疲れるだけだと彼は布団に入る、だが。

 

「・・・なんでお前まで入ってくるんだ」

 

何故か自分の布団に七海までもが入ってきたのだ。彼女は、八洲許の肩にしがみつく。最初は無理やり引き剥がそうかと考えて居た八洲許だが途中になってその考えを中断させた。

 

 

「・・・ごめんなさい」

 

小さく震えるその両肩が物語る、七海の謝辞に八洲許は彼女の頭の上に手を置いた。彼女は震える声で続ける。

 

「いっぱい酷いこと言って、ごめんなさい」

 

八洲許は彼女の頭を撫でる。犬の頭を撫でるように優しく、不快感を与えないうようにゆっくりとだ。

 

「俺も似たような事したろ」

 

「死ねとか言ってごめんなさい」

 

「竹刀でいっぱい叩いちまった。悪かった」

 

お互いが謝りながら八洲許は両腕で七海を引き寄せると何も言わずにその胸に抱きしめる。小さな七海の体温が、彼女の存在がとても儚いと感じられた。

 

 

 

これから、彼女の選んだこの血に染まった稼業の本当の戦いが始まるだろう。自分と同じように、どうにもならない現実と、悲劇に、惑う時が来るかもしれない。そこで彼女の心が壊れてしまわないように、自分が彼女を守らなくてはならない。それが、七海の父親替わりを務める自分の役目なのだ。

 

 

「今日は、ここで寝てもいいでしょ」

 

涙で安元の胸元のシャツを濡らした七海そう呟いて八洲許は、仕方ないと言った表情で頷いてみせた。

 

 

「お前がいいんならそれでいいぞ。 いつでも隣は空けておいてやるからな」

 

「えへへ」

 

小さく笑みを浮かべた七海は安心したように目を閉じた。八洲許もその顔を愛おしくも思いながら、同じく深い眠りについた。

 

 

―――七海の晴らし人としての戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・やっぱ無理」

 

 

 

しかし、暫くしてやっぱり八洲許の加齢臭が気になって結局は自分の布団を再度敷いて眠りに入る七海であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ちなみに。

 

 

 

 

「ところで社長。ウチが握られてた”弱み”ってのはなんだったんだ」

 

「私も気になります。会社の危機に関わることだとか」

 

「・・・これはトップシークレットだ。下手をすると、君たちの首を保証できなくなる、まさしく、社会の闇という奴だ」

 

・・・言えない。

 

「そ、そうか。なら無理して聞かなくてもいいよな夏世」

 

・・・断じて言えるわけがないッ

 

「そうですね。将監さんは脳筋バスターソードで戦えればいいんですから」

 

・・・この私がッ

 

「分かればいいのだ。まぁ将監の退院記念に今日は焼肉でも行くか、勿論この私の奢りだ」

 

「「やったぜ」」 

 

 

・・・三ヶ島ロイヤルガーターの社長であるこの私、三ヶ島影以がッ

 

 

夏世と将監の追求を上手く躱した三ヶ島は冷や汗を浮かべながら運転中にも関わらず正面に広がる東京エリアの青い空を見上げて内心で続けた。

 

 

 

 

・・・超高級SMクラブのVIP会員で、鞭打ちプレイにより恍惚な表情を浮かべている写真をネタに脅されていたなんて、絶対に言えるわけがないッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――仮面無用、完。

 




はい、終わりました仮面無用。 田中さまは七海が殺した矢野橋を見つけて大手柄を立てて見事逆転ホームランを打ちました。三ヶ島社長は外見有能なイケメン社長だけど凄い性癖の持ち主じゃないかなという腐った妄想から生まれた今回のオチでした。 仮面無用は長引いた。なんでこんなに長引いたって、これでも省略したほうなのです。 

本当はこの話、弱みを握られて矢野橋というキモデブ野郎に頭を無理やりナデナデされる涙目の夏世ちゃんが描きたかっんですが、”なげーよオイ!”とセルフツッコミを入れて没になりました。将監のところも、ホントは墨さんが気絶させた後に七海が夏世を将監から開放するために将監を殺そうとして、それを夏世が庇う、という夏世のダメンズウォーカーっぷりを出したかったのですが結局は没、とカットカット。急ぎ足になってしまったのが悔やまれますね。

蛭子親子はパパの方だけ顔出し、カマキリな鹿目まどかは後日出てくると思ってくれて構いません。取り敢えず、自分では結構シリアス続いたなぁと思ってました。最後のオチのせいで、ギャグじゃね?と思った人もいるかもしれませんが。 まぁこの話自体、犬とイルカの友情物語みたいなもんですし。最初は将監を物理的にフェードアウトさせて夏世を晴らし人にしようかと思いましたが、人殺しに戸惑ってる彼女を殺し専門にさせてしまうのはどうなのか、と思ったら無理でした。

そしてもう既に気付いている人もいるかもしれませんが、しれっと櫃間さんが出てたり。まぁ警視総監のほうですが。 トップの人から直接褒められること実際あるか?と思うかもしれませんが、まぁスルーしてください。


さぁ、真面目にやったしもういいでしょう。あいまいみーでも見ながら、私はギャグ回を書く事にしました。という訳で、次回予告も勝手にやります。だから木更さんのギャラはありません。


「暗殺生業晴らし人第七話、~蓮太郎、目玉焼きを焼く~」

なんだ、もうタイトルでネタバレじゃないか(白目)



次回も宜しくお願いします。


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第七話~蓮太郎、目玉焼きを作る~

もうチャージマン研のようなノリで作ってしまった今回。カオスへまっしぐらなギャグ回をお楽しみください。一応、原作主人公がメインです。



注意、今回に限り、原作の時系列がメチャメチャなIFストーリーなっています。


―――いつもの朝が来た。

 

 

それはこれまでとは全くもって変わらない、まさしく、不変の朝。空が雲によって濁る事も無ければ、陰鬱な雰囲気を消し飛ばす和やかな小鳥のさえずりさえも聞こえてくる。この蓮太郎の住んでいるアパートにも平等に変わらぬ朝がやって来ていた。

 

 

「ふしゅー・・・・・」

 

二階に住む男、里見蓮太郎は台所に一人立ち、精神を落ち着かせるべく深く肺に息を吸い込み目を閉じながら雑念を放り出すように息を吐く。臨戦態勢、今まさに戦いが始まるかのような静けさを前に蓮太郎は思考開始。

 

 

・・・今日の朝食は目玉焼きだ。

 

そんな事か、と誰もが総じて突っ込むことかもしれない。だが、蓮太郎にとって卵というのは貴重な食料源だ。一般家庭において卵というのは買い貯めしておいても最終的に焼いてしまえば良い。という考え方が出来る食材だ。貯めるといっても限度はあるものの、消費期限を計算に入れた上で蓮太郎は買い貯めをしている。

 

そして卵というのはよくセールの対象になり易い。蓮太郎がいつも買いに行くもやしもセールの度に喉から手が出るほど欲しい物になるのだが、卵もその対象だ。こうやって食材の事に思考を常に巡らせるのは、蓮太郎の部屋に住む同居人の延珠の為でもあった。

 

 

蓮太郎と延珠はこのアパートで暮らし始めてから今年で一年となる。だが、最初は敵意の眼差しを向ける延珠と向き合う為に料理を出したことがあったが、あまり出来が良くなかった為か苦い顔だった。そこから料理の勉強を始め、自信作を彼女に食させた所、満足した笑顔が戻ってきて自分も同じくらいに嬉しくなった。以来、彼は低予算でいかに彼女を自身の家計を守れるくらいの料理を編み出せるかを念頭に生活することとなる。そこで出されたこの目玉焼きというのは低コストの商品、まさしく蓮太郎の理想の食事だった。

 

 

・・・俺自身が目玉焼きを無性に食いたくなったのも事実だがなッ!!

 

 

だが一方で、自分の謎の欲望に駆り立てられたのも事実。それを相棒である延珠にも食してもらいたい。二つの思惑が絡み合った彼だが、延珠の事を優先に考えて調理の決意を固める。

 

 

「さて・・・」

 

朝六時。お互い、学校に行くには時間があるわけだが早めの行動が大切だ。と蓮太郎はエプロンを取り出して、腰に巻いて見せるとフライパンをコンロの上に置き、点火。フライパンが温まるその間にパンをトーストにセット。ダイヤルを回し、冷蔵庫から溜まっている一番上の卵のパックを取り出した。道具を粗方揃えた時には程よい位にフライパンは熱されていたので彼は油のキャップを外す。

 

 

適量をフライパンの上に流し込み、水を一滴垂らして跳ねるのを確認してから、パックから卵を一個取り出した。左手でフライパンを持ち、右手で卵を割、その流れでフライパンに流し込む。白身が熱されて焼かれる音を耳に心地よく感じながら、蓮太郎は水を少量入れて即座にフタをした。蒸気が行き場を求めてフタを揺らすが片手で蓮太郎が押さえ込む。ここからは時間の勝負だ。

 

 

・・・目玉焼きはフタをしてからの次に開けるタイミングでその硬さが決まる。それはもう、その時点で目玉焼きの味を決めると言っても過言ではない。そのタイミングは・・・今ッ!!

 

 

目を一気に見開き、フタを開いた瞬間、溜まっていた蒸気が溢れ出た。眼下に映った目玉焼きは形が崩れることもなく、美しい形を保っている。

 

 

―――完璧だ。そんな二文字が彼の頭に浮かび、笑みを作ろうとしたその時だ。

 

 

「ッッッ!?」

 

蒸気に隠れて良く見えなかったが、注視してみると目玉焼きの黄身の部分に小さな欠片が幾つか突き刺さっている。これは卵の殻だ。そう気付いた時に蓮太郎は自分が膝を折り、危うく倒れかけている事に気付いて体制を立て直す。

 

 

・・・どうする。これを延珠に食わせるか?

 

欠片を除けば食べられるレベルの物だろう。だがそんな事をすれば、黄身は崩れ中身が溢れてしまう。そんな未完成と言ってもいい物を自分の相棒に食べさせて良いものだろうか。

 

 

・・・否ッ!!

 

断じて、だ。と蓮太郎は更に、横から甲高い音を上げて突き出てきたトーストを見てその意思を固める。出来上がったトーストは真っ黒焦げになってとても食べられるものとは言えない。幸い早起きした御陰で時間はたっぷりと用意されている。蓮太郎はもう一度調理することにした。

 

 

だが、ここから苦難とも呼べる、彼の長い戦いが始まりだった事を誰が予想できたか。

 

 

 

 

二度調理しよう物なら、

 

 

・・・しまったッ! 殻を割る段階で黄身がッ!!

 

黄身自体を握ってしまい黄身は崩れてフライパンへと殻も含めて崩れ落ちてしまい。

 

「ま、まだだ」

 

 

三度調理しよう物なら、

 

 

・・・俺の、汗がッッ!!

 

熱中していたあまり、卵をフライパンに乗せた拍子に自身の額から飛び出した汗がその目玉焼きの上に降り注ぐ。暫く呆然としていた彼は一通りの流れで作ると、

 

「畜生ッッ!!」

 

中身を更に移した後、思わず声を出してフライパンをコンロへ乱暴に叩きつけた。 こういう時に限って何故綺麗に出来上がってしまうのか。

 

 

四度目。

 

 

「・・・ん?」

 

殻も抜いて、綺麗に出来上がった筈が一番見失っていはいけないフタを開けるタイミングを損ない、慌ててフタを開けた時には目玉焼きがフライパンから離れないくらいに張り付いてしまった。

 

目玉焼きはフライパンを逆さに振っても剥がれない。

 

 

 

―――数分後。

 

 

「出来た・・ッ」

 

会心の仕上がりに、今度こそと蓮太郎は額に浮かんでいた汗を拭い、フライパンに乗っていたものを皿へと移した。だが・・・。

 

 

「なん・・・だと・・」

 

蓮太郎がミスなく、完璧に作り上げたと思っていた物は目玉焼きではなく、まさかのチャーハンだった。まるでいつから自分が目玉焼きを作っていたと錯覚していた?と言わせんばかりに、蓮太郎は二つほどのチャーハンを作っていたのである。

 

「・・・うそ、だろ?」

 

思わずそう呟いていた蓮太郎がその目に確認したのはちゃぶ台の上に乗っていた物だった。

 

 

「なんでケーキがあるんだよ・・・ッッ!!」

 

何故かケーキがちゃぶ台の上には存在していたのだ。しかもご丁寧に、クリームによるデコレーション、そして表面にはチョコペイントで”小学生は最高だぜ”と描かれている。 

 

 

ふと、蓮太郎は自分の指を見る。そこには生クリームとチョコペイントが付いていた。この事から蓮太郎は衝撃的な事実に辿り着く。このケーキやチャーハンは自分が作ったのだと。

 

 

もはや、現実逃避だったのかもしれない。何度も目玉焼きを作ることに自分の力を、存在を信じられなくなっていった彼はどこぞの弓兵の英霊のように心を摩耗させ、現実から目を背けるようになってしまった。その結果、卵焼きではなく、チャーハン、果てはケーキまで作るという結果になったのだ。

 

 

「なんてことだ・・・ッ!!」

 

 

拳を思いっきり、延珠がまだ寝ているのにも構わず台所の壁に打ち付ける。勿論、敷金の事を考えて壁が破壊されないように気を配ったが、下手をすればそれくらいしてしまいかねない程の心の乱れがそこにあった。

 

 

・・・俺は、妥協しようとしていたのかッ!

 

頭を抱えてる。まるでそうせよと見えない力が働くように、彼は弱気になった。卵を握ってフライパンに垂らそうとしたが、それを拒絶するように手が震えだす。

 

 

「ダメだ・・・・・やれない。俺は・・・・・」

 

 

―――逃げ出したい。

 

 

まるで超電磁砲モジュール内で東京エリアの命運を担った当時のような緊張感。故に、悔しさから下唇を噛み締める。もう二度と逃げないと、どこかで誓った筈だ。木更や延珠の世界を守る為に、最大限の努力をするとその胸に誓った筈だ。己のパートナーの食事を、目玉焼きすら満足に作れない男が、二人を守る事など出来るものか。

 

・・・越えなくては。

 

己の弱気心の壁を乗り越えなくてはいけない。ましてや、これまでの自分の料理にかけてきた熱い情熱とプライドが、それを許す筈もなく。

 

「やってやる・・・」

 

シャツの袖をまくり、気合が入る。再度深呼吸で気を落ち着かせ視界を鮮明にしていく。

 

 

「元陸上自衛隊東部方面隊第七機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎・・・これよりお相手仕ろう」

 

煮えたぎるような想いを押し殺して、蓮太郎は静かに構えた。この天童式戦闘術”百載無窮の構え”とは、天地が永久無限の存在である事を示す攻防一体の構えである。

 

まさに全力全開。どこかの魔法少女も認める本気モードとなった蓮太郎は意地の戦いへと彼はまた身を委ねる。そう、まるで人を寄せ付けぬ狂った獣のように。

 

 

 

 

 

「ん・・あ」

 

 

 

油が跳ねる音が妙に耳についたか、布団の上から起き上がる少女がいた。藍原延珠だ。眠気眼をこすって、彼女が最初に感じたのは芳醇な香りであった。

 

きっと、蓮太郎が自分の為に朝ごはんを用意してくれてるのだろう、とその結論はあっさりと出て来るのは、ここで暮らし始めてからの彼女が何百回と見た光景だからか。

 

・・・ふふ、蓮太郎め。妾をびっくりするために気合を入れているな。昨日とは桁違いな良い匂いだ。一体何を作っているのだ?

 

胸に期待を寄せながら、彼女は最低限の身支度済ませる。寝ぼけている顔を軽く手で叩いて筋肉を覚まさせたら本来ならいつも蓮太郎が片付ける布団だが、たまには良いだろうと延珠が片付ける。

 

「・・・ぃようし!!」

 

だがあまり布団をしっかりと畳んだことがない延珠はめちゃくちゃにその布団を丸める行為を畳んだということにした。ならば次は愛しの相棒の場所へ行き、目覚めのキスでも食らわしてやろうという思惑を抱いて延珠は台所へと向かう。

 

 

「れんたろー!おはようなのだ!」

 

 

暖簾をくぐって目に入ったのは相棒である蓮太郎の調理する後ろ姿だ。エプロンをそこら辺の主婦よりも着こなして、自分の為に料理を作っている彼のその姿に彼女は羨望の眼差しを移さずにはいられない。

 

 

 

「・・・れん、たろー・・・?」

 

 

だが、今日の蓮太郎は彼女の想像を遥かに越えていた物だった。それは彼の背中が物語る、勇ましくも禍々しいオーラによるものだ。これを延珠は息を飲んで、あるものと酷似していると感じ取った。これは、まさしく・・・

 

 

・・・ガスト、レア。

 

いや、間違いなのだが、その背中が纏う深い負のオーラがどこかで異形の生命体を感じさせた。そしてこちらの気配に気付いたか、彼はこちらを見ずに、だが肩だけを少し動かして反応する。

 

 

「延珠か・・・」

 

「ああ・・・」

 

口調もハリも全て本人のものだ。衣食住を共にしてきた延珠としても聞き間違えるはずのない蓮太郎そのものの声である。だが、それでも動物の因子を持つ彼女の本能が未だに彼を蓮太郎とは認めていないのか、曇った声が出る。

 

 

「・・・・ッッ!! コレはッッ!?」

 

現実から少しだけ逃避しようと目を向けた床を見て、延珠は絶句する。その目線の先には今日の蓮太郎の調子を表すように、あるものが大量に置かれていた。

 

 

 

 

 

床に置かれていたものは目玉焼きだった。

 

 

「なん・・・だと」

 

 

 

 

目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き。目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き目玉焼き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う・・あっ」

 

 

 

辺り一面を埋め尽くさんばかりの目玉焼きに延珠の思考が救難信号を上げる。これ以上は何も考えてはいけない、と。

 

この床に置かれている目玉焼きは、異常な数だった。台所のありとあらゆるスペースを占領し、終いには床にも置かれていったのだろう。

 

 

傍から見れば、皿に盛られた目玉焼きが蓮太郎を中心に囲んでいる光景は軽くホラーである。だが、蓮太郎はまるで気にしていないような口調で続けるのだ。

 

 

「・・・延珠、朝ごはんはちょっと待ってろよな。目玉焼き、食べるだろ」

 

 

そう告げた言葉に延珠は思う。

 

・・・蓮太郎は、疲れているのか?

 

思えば、自分の学校の送り迎えに加えて事務所の魔女・天童木更にこき使われて、家に帰れば自分の世話というハードのスケジュールだ。そんな毎日に彼が疲れないわけではない。所詮は彼は人だ。自分たちのように特に頑丈でもない普通の人間なのだ。

 

 

・・・スマヌ。妾はフィアンセと名乗りながら、蓮太郎の異常に気づくことが出来なかった! 許してくれ蓮太郎!!今日はもう、いい子にするからっ!!

 

 

とんでもない勘違いをさせてしまっているわけだが。所詮は目玉焼き生成が永遠と上手くいかなくてこうなっているわけだが。

 

 

「・・・う、うん」

 

先ほどの蓮太郎の問いに答えるように、延珠がそう手を伸ばしたのは自分の足元にあった目玉焼きだ。床に置いてあった食べ物を拾う事に、蓮太郎と出会う以前の生活を思い出してしまって一瞬だけ体を強ばらせたが、愛する彼の為だ。今日は出来るだけ刺激することないようにしようと考えて腕を動かす。

 

 

白い皿に、延珠の小さな手がかかろうとしたその時だった。

 

 

「――――――触るなッッッ!」

 

 

「ひぅ・・・!!」

 

突如として豹変した蓮太郎の声にビクッと手と心臓が跳ねる。蓮太郎の顔を目にしたとき、延珠は思わず口を開けて呆然としていた。まるで敵と対峙している時のような戦闘態勢時の瞳だったからだ。

 

 

「妥協はしない・・・延珠、お前には最高の目玉焼きを食べさせてやるッ」

 

 

 

・・・別にこれ、悪くない形だと思うんだが。それよりも、卵足りるのかコレ?

 

内心でそうツッコミながら、延珠は小さく頷いてみせた。蓮太郎はエプロンを再度つけると、何度タワシで洗ったかは分からないフライパンをコンロの上に置いて見せる。深呼吸をした後で蓮太郎は呟いてみせた。

 

 

「・・・俺に出来るのは、美味い目玉焼きをお前の為に作ることだけだ」

 

 

「お、おう・・・」

 

・・・な、なんだろう。すごく嬉しいセリフのはずなのだが、素直に喜べない。

 

 

木更が見たら自分と同じく残念な気持ちになるのではないかと思った延珠だが、突如、蓮太郎の身に変化が起きる。

 

 

「れ、蓮太郎・・・ッッ!?」

 

 

「大丈夫だ延珠。俺は、俺はまだ戦える」

 

 

「いや、一体お主は何と戦うのだ蓮太郎。 それに、その姿にはもうならないって・・・」

 

延珠が目にしたのは変貌した蓮太郎の姿だった。右腕と右脚の人工皮膚が青白く燃えたその上に現れたのは肌色ではなく、黒の金属。 超バラニウムの義肢だった。人前で、この姿を晒さないと誓っていた彼が、たかだか目玉焼きを前にしてこの姿を晒すとは何事か。

 

 

「―――義眼、開放」

 

 

蓮太郎の黒目内部に幾何学的な模様が浮かび上がる。グランフェン・トランジスタ仕様のナノ・コアプロセッサが起動し、演算が開始された証拠だ。蓮太郎の視界はより鮮明に広がっているはずである。

 

 

「・・・な、なんだコレはッ!?」

 

 

見えぬ敵と戦う相棒を見守っていた延珠が異変を感じ取る。その視線の先に存在していたのは、またしても床に置かれていた目玉焼きだった。

 

 

 

 

目玉焼きの黄身から、蓮太郎の義眼と同じ幾何学的な模様が浮かび上がっていったのだ。それも床に置かれていた目玉焼き全てに。

 

 

・・・これは、夢なのか。

 

 

見るもの全てが朱に染まっていく中、まるで呪詛を投げかけてくるようなこの部屋の雰囲気に思わず延珠は頬をつねる。

 

 

・・・アレ、痛くない。夢なのか、幻術なのか。

 

もう夢と幻術を別と捉えている辺り、自分の精神が限界なのかもしれない。そう思っていた矢先、

 

 

「いくぜッ」

 

蓮太郎が動いた。超バラニウムの右手が卵を掴み、油をひいたフライパンが熱くなるのをひたすら待つ。もはやシュールとしか言い様がない。

 

 

繊細な動きとともに、卵の殻が砕け、中身がフライパンへと雪崩込んでいく。だが不覚にも、この時すでに卵の白身には卵の殻がひっついていた。

 

だが、それを見逃す蓮太郎ではない。今の蓮太郎は、左目の義眼を開放している状態。高性能コンピューターを内蔵したその義眼がもたらす恩恵は、体感速度の倍加。つまり、蓮太郎は自分の体感速度を倍加することにより、見るもの全ての動きがゆっくりと動いているように見える。

 

 

しかしこの恩恵は全てがメリットという訳ではない。実際に蓮太郎が早く動いている訳でもないし、使い続けていれば脳が負担を受けて壊死する可能性もあるのだ。 主に使われるのは相手がトリガーを引いた時の瞬間を見分けて、回避運動を取ることだけである。

 

 

彼にとって殻が割れた瞬間から、白身に殻の欠片がついてくるのは見えていた。だから次の行動は誰よりも早い。

 

 

「―――隠禅・黒天風ッッ」

 

天童式戦闘術を飛び上がりながら、その回し蹴りをお見舞いする。といっても、放たれた蹴りは空を斬る結果に終わるが、その蹴りから生まれた風圧が殻だけを見事に吹き飛ばした。

 

 

着地と同時に、更なる試練が蓮太郎を待っていた。その動いた反動で額に溜まっていた汗が目玉焼きへとこぼれ落ちている。 だがこれも蓮太郎にとっては想定の範囲内だ。

 

 

 

既に彼の射程圏内。義眼の力を借りずとも、長年培われたその直感がこの事態にスムーズに蓮太郎の身体を躍動させる。

 

 

 

「天童式戦闘術一ノ型十五番ッッ  雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこりゅう)!!」

 

無双の硬度を持つ蓮太郎の剛拳が真っ直ぐに突き伸ばされる。神速とも呼べるかもしれないその拳速が生み出した衝撃波は蓮太郎の汗を正面の壁に叩きつけた。直後、卵が漸くフライパンの上に誘われ、その身を傷つけること無く、油により焼かれていく。

 

 

「ハアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

勢い良く、トドメを刺さんとばかりに蓮太郎は鍋蓋を取り出すと右の腕部からカートリッジを爆発させてフタを振り下ろした。

 

「隠禅・哭汀・鍋蓋撃発(なべふたバースト)ッ!! ――――――焼けろよッッ!!」

 

 

快音が決まり、力の限り蓋を押さえつける。数十秒後、適時に蓋を開けた瞬間に蓮太郎は歓喜に似た笑みを浮かべて見せた。

 

「・・・・ふぅ」

 

綻んだ笑みが示したように目玉焼きは見事な美しさのまま焼きあがっていた。

 

 

 

 

長きに渡る激闘に終止符を打ち、延珠は蓮太郎に言われて先に居間の方へと移動していた。現在は畳に正しく正座をしてひたすら蓮太郎が現れるのを待つのみである。

 

「・・・静かな朝だな。というか、静かすぎるな」

 

 

「今は戦争中だからな。住民も皆避難して、自衛隊や民警は皆前線で戦っている」

 

 

「そうなのか・・・」

 

投げかけた延珠の問いに、返ってくる声がある。蓮太郎の口から”戦争”という物騒この上ない二文字が聞こえたが、これは夢なのだなと理解していた延珠はさほど重要な言葉とは捉えることもなかった。

 

 

暫くして、蓮太郎が皿を持ってやって来た。彼はいつもの仏頂面ではなく、笑みを浮かべている。出来上がった目玉焼きの完成度に、さぞご満悦なのだろう。

 

 

「さぁ、延珠。食べてみてくれ目玉焼きを。お前の為に作ってみせた」

 

太陽のような笑みを浮かべて、延珠が内心で脈打った鼓動と共に目線をそらす。逸らした先には彼が作った目玉焼きには既に醤油が垂らされていて、箸でちょっとでもつつけば簡単に黄身が割れてしまいそうな絶妙な焼き加減だった。

 

 

上手く箸の上に乗せて、目玉焼きを口に運んで、咀嚼。黄身の味を感じながら喉を通り、井の中へと入り込んでいったのを感じた後に、延珠は一言。

 

 

「うーん、イマイチだ」

 

「ハハッ」

 

目を閉じて唸っていた延珠の額を小突くものがある。開眼してそれが蓮太郎の人さし指だと気付いた槐だったが、次第にその視界が暗転し、

 

 

「アレ?」

 

若干吐き気にも似たような気持ち悪さに体が傾いていく。薄れ行く意識の最中、蓮太郎に向けて手を伸ばした延珠だったが、それが届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてよ、延珠ちゃん」

 

 

「むぅ・・」

 

呼ばれる声に、延珠は目を覚ました。 意識を覚醒させた延珠だが、同時に耳と鼻を刺激する銃弾と激昂のオンパレードが空に響いている。

 

 

気づいた延珠は周りを見た。自分はどうやら、岩陰にて寄りかかるように気絶していたらしい。それが今まで見ていた事が全て夢であったということを物語っていた。目玉焼きもなく、狂った蓮太郎も見られない。

 

 

「漸く起きたね延珠ちゃん」

 

「・・・お主、誰だ?」

 

ふと、目の前を見るとそこには見知らぬ少女の姿があった。着物姿に動物の耳を生やした刀を持った白髪の少女。どこかで聞いた覚えのある声だが姿形が違う事もあって、知り合いではないという線が消えていく。

 

着物の少女は続けると笑みを浮かべて言った。

 

 

「さぁ行こう延珠ちゃん、私たちの戦場へ。 皆も待ってるよ」

 

「皆って・・・」

 

「それが蓮太郎さんの意志でもあるんだよ!」

 

そう言って、着物の少女は荒廃した平地を走り出す。延珠は思い出した。今この場所で、自分は一体何をしていたのか。

 

 

 

 

―――第三次関東会戦。モノリス倒壊による東京エリアの命運を掛けた一大決戦。多くの自衛隊と民警が手を組んで、侵入してきたガストレアを殲滅すべく、自分たちもその作戦に参加していたのだと。

 

 

「蓮太郎の・・・?」

 

 

思わず、周囲を見渡して延珠は相棒の存在を認識しようとしたが、戦闘によって激しさを増すこの場所で、蓮太郎個人を探す事はできない。一体、彼はどこへ行ってしまったのか、と延珠が焦り始めたその矢先。

 

 

 

「・・・・ッッ!?」

 

足元が柔らかく変化する。ガストレアが真下に潜り込んでいたのかと視線を向けた延珠は思わず目を見開いた。

 

 

 

延珠がいた地面が目玉焼きのような、柔らかい黄身へと変化していたのである。絶対にまだ夜明けまで時間があるであろうという空からは陽光が差し伸ばされ、辺り一面を照らしていく。

 

 

だがその陽光に照らされて、地鳴りと呼べる叫びと共に一体の巨大な影が現れた。まるで亀のよう首なが龍のような長い首とアルマジロのような甲羅を持ったその怪物の名を延珠は口にする。

 

 

「アルデバラン・・・」

 

この戦争の最大の壁。全ての元凶。あの敵を倒さない限りは東京エリアには未来がない。東京エリアの民警と自衛隊があの怪物を倒す為にこの場所に集まったのだ。

 

「え・・・?」

 

自分が見たものが幻か、と思ったような言葉が延珠の口から漏れていた。見上げるその延珠の目には、信じられない光景があったのである。

 

 

 

なぜかアルデバランの頭上に、腕を組んだ里見蓮太郎の姿があったのだ。

 

 

 

・・・どうして、蓮太郎が?

 

 

まるでガステレア側に寝返ったかのような構図に延珠は戸惑いを隠しきれない。ふらつく足元も目玉焼き特有のブヨブヨとした柔らかさで気持ち悪いと感じる程だ。

 

「これも・・・夢なのか」

 

受け入れられない現実に彼女の視界が、再び暗転していく。同時にガストレアが咆哮と共に延珠のいる場所に雪崩込んで来たのが、彼女がその世界で見た最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 

―――これが世界終焉のカウントダウンとなったのかもしれない。人類からガストレアへ裏切った里見蓮太郎が率いるアルデバラン軍に東京エリアの民警と自衛隊は敗北。数万と言うガストレアは東京エリアに雪崩込み、エリアの98%の住民が死亡・ガストレア化。

 

 

―――東京エリアの最高権力者、聖天使も行方不明となり、実質東京エリアは壊滅。バラニウムの生産元である日本がガストレアによって抑えられた事により数年後、世界のバラニウムの採掘量が限界値に到達。決定打とも呼べる武器を失った人類は次第にその生活圏を狭めていった。

 

―――天童菊之丞はひたすら前線にて戦い、数千という数のガストレアを駆逐していたようだが、三年後には彼自身が人類の敵であるガストレアに変貌した。

 

―――そして2040年、核も失い、相次ぐステージⅤの襲撃により最後の要であった一桁台のイニシエーターも全滅。宇宙へ行き、新たなる場所を求めようものなら、サジタリウスの狙撃によって撃墜され、リブラによる大気汚染が始まった時には地球に、人間という生命体は存在していなかった。人類は絶滅したのである。

 

 

 

「さぁ、行こう延珠。俺たちの新しい世界へ」

 

ステージⅤ、スコーピオンの頭上から、その腕に一人の少女を抱いた元・人間だった男は破壊し尽くしたその世界を再び二人で歩き始めたのだった。

 

「俺は・・・新世界の神となる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・という、夢を見たのだ。七海ちゃん」

 

「って、夢オチかよォォォォォ!!」

 

 

現実、勾田小学校にて七海のツッコミが木霊したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――オマケ。

 

 

 

 

「さて、いつまでも隠れていないで、出てきたらどうなの」

 

深夜。仕事を終えた七海が帰り途中、路地裏にてただならぬ気配を感じ、その声を投げかける。

 

「気づいちゃったんだ・・・ウェヒヒヒ」

 

その言葉に反応するようにドラム缶の影から現れる一人の少女がいた。瞳を紅くした彼女が自分と同じ呪われた子供だという事は容易に理解出来る。そして、その両の手に握られている刀が意味することも。

 

 

「私、蛭子小比奈(ひるここひな)。10歳・・・唐突だけどワンちゃん。斬ってもいい?」

 

黒ドレスを着た小比奈と名乗る少女は二本の太刀を構えると七海に向かって狂った笑みを浮かべながら襲いかかってきた。




これが・・・無限月詠の世界。ハスタロウがまさかの闇落ちというこのオチは以外と自分の中で最初浮かんでいたものでした。というか、今回の話に限って、ブラックブレットが完結してるっていう。もちろんバッドエンドですが。

え?タウロスとかを単独撃破している一位のイニシエーターがそう簡単に負けるはずがない?三体のステージⅤならどうだ!三体に勝てるわけないだろ!なんとも安直な考えか、まこと愚かの極み。と思った次第です。

まぁ今回はギャグで夢オチで、しかもIFストーリーという事でご勘弁を。元ネタは、偉大なる某忍者アニメの特典。公式が病気なアレ。



―――次回予告。

木更「まだ私たちとはまったくといっていいほど接触をしていない蛭子影種の娘、蛭子小比奈が晴らし人、七海静香の前に立ちふさがり、問答無用の真剣勝負が始まるッッ」


延珠「これより、貴様が挑むのは無限の剣。恐れずしてかかってこい!!」

蓮太郎「おい延珠、お前まさか”正義の味方”になんてならないよな!」

延珠「何をいう蓮太郎、妾の命は常に誰かの為に使われなくてはならない。そして誰もが望むハッピーエンドを妾は目指すのだ!!」

蓮太郎「それはヤバイ方の正義の味方だァ!ヤメろォ!!」

木更「ぶつかり合う剣と剣。ただの真剣で応戦する七海とバラニウムの太刀で襲いかかる小比奈に対し、七海はどう戦うッ!?」

延珠「目玉焼きを焼こう」(提案)

蓮太郎「それはやめろォッ!!」

木更「次回、暗殺生業晴らし人、第八話~犬の七海、カマキリ少女と喧嘩する~」

延珠「最後の一撃は・・・せつない」

蓮太郎「もう作品変わってんだよッ!!いい加減にしろッ!!」


では、次回。


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第八話~犬の七海、蟷螂少女と喧嘩する~①

よくタイトルがカオスになるけど気にしない気にしない!


 音が響いている。

その歌は、あどけない少女の歌声だった。少女が口にする歌にはまだ続きがあるようで、波が小さく打つ音ともに歌は静かな海に響いている。

 

 

「―――一掛け、二掛け、三掛けて。 仕掛けて殺して日が暮れて」

 

 

 

橋の欄干腰おろし、遥か彼方を眺めれば、この世は辛いことばかり。

 

片手に線香、華をもち、”お嬢さん、どこいくの”と尋ねれば。

 

私は暗殺生業晴らし人、七海静香と申します。

 

どこのどいつを殺りましょう。銭さえあれば誰問わず。

 

あなたの恨みを晴らしやす。

 

 

 

やがて歌い終えたか、響いている歌が止まる。月下、夜道を歩く一人の少女がいた。晴らし人の七海静香だ。着物姿に刀を携えた彼女は仕事終わりなのか、人気のない海辺を行く。

 

小波が揺れ、上から照らす月を見ると心が昂ぶりそうになるのは何故だろうか、と立ち止まって七海は思う。この波を眺めていれば、先ほどの仕事の凄惨さを忘れさせてくれるくらいの美しさだ。

 

 

仕事は内容は至って簡単だった。今回は元プロモーターだった盗人の暗殺。美濃と一緒に同行し、彼女が殺しの的を羽交い絞めにして動きを封じ、その隙に七海が心臓へ必殺の突きをお見舞いするという実にイージーな仕事であった。

 

 

・・・最近美濃ちゃんとの連携が上手くいってきた気がするなぁ。

 

時間が経ち、最初のぎこちない距離感を取っていた七海と美濃ではあったがここ最近になって仕事を通して暗殺の手際に連帯感を感じていた。

 

・・・一番キツかったのは、やっぱ間違って美濃ちゃんの頭に刀刺さった時だよなぁ。うん、アレはマズかった。

 

遠い過去の光景を思い出すように、七海はその時の失態が懐かしいものだと感じる。初めて連携を立てた時、今回と同じように美濃が相手を拘束して七海が刀で突き刺すという手順を行った時だが誤って七海の剣先が美濃の額に刺さってしまったのだ。

 

 

あの時の美濃の”どういうことなの・・・”と言わんばかりの顔は今でも忘れられない。剣先がちょっと刺さっただけで済んだから良かったがあれから数日くらいか、彼女は七海と口を聞いてくれなかった。

 

それも最終的にはいつものパターンで”世界一かわいいよ”コールで褒め殺して事なきを得たが。勿論、このような事態がこれから先起きないように、”突き”の精度に磨きをかけようと思った七海であった。最近ちょろいんとしての貫禄を積み重ねている美濃である。

 

・・・ちょっとは、強くなれたのかな。

 

浜辺に座り込んで、彼女は膝を抱える。あまり長居をしては、家で待っている八洲許を心配させるが、彼女が見渡した海にポツンと映る丸い月をもう少し見ていてもいいだろう。

 

 

・・・勇次に会って、晴らし人になって、木更師匠に会って、美濃ちゃんに会って・・・色々とあったけど。

 

と、振り返って見る。自分は最初に比べたら強くなったほうだろう。師匠である木更も剣術の太刀筋が良くなったと褒めていたし、その訓練の賜物か美濃との連携もうまくいった。

 

しかし、それでもまだ足りない。

 

あの日、八洲許と勝負を挑んだ時、七海は一太刀とも彼に入れる事が出来なかった。こちらが真剣を使用している故に一発でも入れば八洲許も大怪我するのだが。

 

身体能力を全て開放し、これまでの持てる力を全てを持って彼に迫った。だが、彼女は何もできず打ちのめされた。

 

七海は信じられなかった。竹刀で真剣を打ち返せるものなのかと。絶対何か仕込んでるだろ、と。

 

・・・勇次は強かった。オッサンになって堕落して、加齢臭したけど強かった。まだ私は弱い。

 

自身の羽織の裾を握る。今の自分の限界を感じながら、彼女は思う。まだ負ける事ができるということは勝つ為にその力を伸ばすことができという事だ。このプラス思考は都合の良い事にいつでも考えられるから便利である。

 

 

「そろそろ帰るかな」

 

立ち上がり、海に対して背を向けた時である。七海の視線の先には一人の少女が立っていた。

 

 

「♫~♫」

 

呑気に鼻歌を混じらせている少女は黒のワンピース、ウェーブの短髪姿だった。その陽気さはこの人気のない海辺に遊びに来たようにも見える。だが、七海は少女の手に持っている物を見て目を数度見開いた。

 

 

両手に持っていた物、それは黒い小太刀であった。同時に、彼女の瞳が妖しく紅に染まっていく。異様な存在だという事は、一目見ただけで明らかだ。

 

・・・私と同じ、呪われた子供?でもそんな事よりッ

 

彼女の全身から放たれるその種のオーラは”殺気”それと狂気を孕んだ何か。それが肌で感じた七海は咄嗟に刀の柄に手を伸ばした次の瞬間。

 

 

「キヒ――ッ」

 

少女半月の笑みを浮かべて、大地を蹴る。砂塵が舞い、そのスピードは一瞬ではあるが七海の視覚に”消えた”かのうよな情報をもたらす。しかし、それはあくまで錯覚で殺意を纏う少女は七海の目の前に接近し、右手の小太刀を上へと振りかざしていた。

 

「斬―――ッ」

 

大地を蹴った勢いは凄まじく、宙に浮いたまま振り下ろされる少女の一太刀。冷や汗のような物を背筋に流れたのを感じた七海は、真剣を抜くことを諦めて鞘でその一撃を受け止める。

 

「―――ッッ!!」

 

鞘の部分に刃がのしかかった瞬間、轟音と共に七海の足場が沈む。少女の繰り出した一撃は、想像していたより重いものだった。このままでは、鞘に収まった刀ごと、真っ二つにへし折られてしまうかもしれないと判断した七海は鞘を傾けて、一撃を”受ける”のではなく”流す”事へ変更。逸らした一太刀は地面へとめり込んだが、まるで斬撃が衝撃波を発したように数メートル先まで縦一直線に砂塵が舞う。

 

「ティヒッ!斬らせてッッ」

 

まだ少女の攻撃は止まらない。反転した少女は次の手として左手の太刀を横凪に払う。その刃は確実に七海の首を掻き斬ろうとする軌道であった。七海は刃を受けることをやめ、一歩だけその足を下げて回避に徹する。首と数センチの隙間を挟んで、その刃が空を斬った。

 

 

七海は、刀を抜こうにも抜くことが出来なかった。その理由は、目の前の少女が陣取っているその距離である。こちらが抜刀する機会を与えないように、二つの太刀が連撃を雨のように浴びせてくる。一度距離を空けるなどしなければ、こちらは応戦出来ない。

 

「アハ―――ッ! しぶといッ」

 

自身の斬撃がなかなか的を捉えれない事に苛立ちを覚えてる少女だが、それでも戦いを愉しむような笑みが七海の恐怖を煽る。腕だけでもかなり上を行く存在だ。手馴れている、そう感じた。

 

 

いつまでもこれでは拉致があかない、このままではジリ貧だと感じた七海は次の行動に出た。突き出された少女の突きに対して、七海は

 

「―――ッッ!?」

 

前に出た。本来なら、ひたすら後ろへ下がる方法で距離を取らなければいけないこの状況で。

 

 

全神経を集中させて、七海はひたすら少女の懐へと入り込む。黒ドレスの少女はこれを迎え撃ち、刀で迎撃、縦、横、下の七海の肉体部位を突き、払いで、ひたすら狙うが七海は最低限の動きで回避していく。途中で頬をかすめながらも、七海は歩みを止めない。能力を徐々に開放しつつ、七海はその接近スピードを一気に開放。

 

 

「ワンちゃん?」

 

黒ドレスの少女も驚愕しただろう。目の前に映った七海の姿は先ほどとは打って変わり、白の長髪と動物の耳を生やしていたからだ。直後、七海は鞘の腹を呆気にとられている黒ワンピースの少女の胸の辺りに押し当てると両手と足場に力を込め、

 

 

「―――破ッッ!!」

 

掛け声とともに、一気に黒ワンピースの少女を押して吹き飛ばした。数メートル先まで吹き飛ばされた少女は空中で姿勢を整えて後ろへ砂塵をまき散らしながらも両足で着地する。

 

 

「・・・・」

 

 

倒れずとも刀を杖がわりにして、少女は立ち上がる。七海はこれで相手が倒れてくれれば良しだと思っていたが。

 

 

「ワンちゃんだぁ」

 

まるで、道端で犬を見つけたかのように、先ほどのダメージなど気にしてもいないように七海を見てはしゃいでいる。

 

「ちょっとあなた誰よ!いきなり襲われる理由はないんだけど!!」

 

実際、殺される理由はこの稼業をやっている時点で山ほどある気がした七海だが、何も動くことのない現状に苛立ちを覚え、黒ワンピースの少女に問う。相手の少女は”あ、忘れてた”と言わんばかりに真顔に戻すと無機質に一定のトーンで、

 

 

「私、蛭子小比奈(ひるここひな)。10歳。ワンちゃん、私と仲間になろう」

 

「す、スカウト!?なんでスカウトなの!?その割りには殺す気満々だったじゃん!!」

 

猛然と突っ込んで見せた七海。だが、小比奈と名乗る少女は”うーん”と小さく唸って、

 

「なぜならそれは―――」

 

刀を構えて一言。

 

 

「私が斬りたいから」

 

 

「なんつー矛盾ッ!!」

 

狂人的なバトルマニア思考なのか、と目の前の戦闘態勢を解かない小比奈を見て、七海は彼女の理不尽な答えに反論してみせる。

 

「仲間にしたいなら、殺しちゃダメじゃん」

 

だが少女は真顔で首を傾げて言うのだ。

 

「ん? アレ? でもパパが半分だけ斬っていいって」

 

「半分どころじゃないよ。もう斬首する勢いだったよ」

 

引きつった顔で七海は密かに思う事がある。それは、先ほど小比奈の懐に入り込む際に貰った頬の傷だ。呪われた子供はその体にある因子の御陰で怪我をしてもその傷を再生する機能が備わっている。だが、七海が貰ったその傷は血を流すだけで、一向に再生する事がない。これを見て、七海は息を呑んで結論を出した。

 

 

・・・アレは、バラニウム製の太刀かッ

 

ガストレアには普通の銃弾は効かない。だが、バラニウムが生み出す特殊な磁場はガストレアの再生能力を阻害する事が出来る唯一の武器だ。そしてコレは、同じガストレアウィルスを持つ七海たち『呪われた子供たち』にも有効である。 

 

 

危険な武器だ。再生能力を持っている七海たちでも、これで心臓を突き刺されればその傷を再生する事ができずに死んでしまう、下手をすれば致命傷になるのだ。だが、この状況下で七海が思った事は一つ。

 

 

「おのれ・・よくも乙女の顔に切り傷をッッ!!」

 

ふつふつと沸き上がる怒りに全身の血が熱くなる。髪は女の命だ、と言われるように顔もそれと同等なのだ。自称将来有望と考えている七海にとって顔を傷つけられる事は激昂するには十分すぎる理由である。

 

 

「覚悟しろッ その首、即刻叩き斬ってやるッッ!!」

 

刀を抜いて、構える七海に小比奈も昂る熱気を感じたか二刀を交差し、構える。

 

「私のモデルはマンティス・・・接近戦なら、誰にも負けない」

 

「抜かせッッ」

 

瞬間、またしても小比奈が跳んだ。一直線に突進する小比奈は七海の首だけを狙いに定めて両の太刀を音速で振り抜く。手応えとともに、何かが砂浜に落ちた。

 

「とったッッ」

 

一瞬でも勝利を確信した小比奈はそこで後悔することになる。小比奈が切り落としたと思ったのは七海の首ではなく、七海が持っていた鞘であった。呆気にとられてた小比奈は真横から怒りで瞳を紅く燃やす七海がその刃を伸ばしてくる事に気付く。

 

その刃は小比奈の心臓を目掛けていたが、目視してからも小比奈にとっては十分反応できるものだ。余裕の笑みを浮かべつつ、胴を軽く捻る。脇腹のすぐ近くを七海の突いた刃が通過していく。小比奈はカウンターの要領で左手の小太刀で駆け抜けて来る七海の首を斬ろうとしたが、

 

「―――ッッ!!」

 

小比奈は気付いた。躱した七海の刃が向きを変え、こちらを向いていた事に。七海は突きが避けられる事も予測し、突きから水平斬りに移るという二段構えの攻撃を展開していた。

 

 

だが、それでも戦闘特化・二刀使いの蛭子小比奈はその攻撃にも己の直感で対応する。脇腹に七海の刃が迫る最中、右手の小太刀を差し込んだ。強力な金属音と共に小比奈の体が威力で砂塵を上げながらその一撃を受ける。

 

 

「・・・・やるね」

 

金属同士がぶつかり合った反動で痺れを感じる右手をひと振りとともに捨て去った小比奈は真顔で続けた。

 

「でもねワンちゃん。私には勝てないよ」

 

「どうしてかな?」

 

七海の問に、小比奈は笑って返した。

 

「だって私には二本の刀があるんだもん。ワンちゃんは一本、も私の勝ちは揺るがない」

 

「・・・知らないの?刀っていうのは、片手で振るより両手で振った方が威力があがるって事を」

 

不敵に笑って見せた七海だが、コレは漫画のお話である。実際、呪われた子供の身体能力ならば二刀を使う事にさほど不便な事はない。普通の人間だと基本は重くてまともに振れないからだ。だが、目の前にいる小比奈のスキルに加え、二刀というのはまさに最高最悪の武器だ。一刀使いの七海にとって不利な事この上ない。

 

 

・・・奥山新陰流よ。なぜ”突き”にしか特化していないのだ。

 

自身の腕もそうだが、この流派が心底暗殺特化だったということを悔やむ七海である。だが、最終的にモノを言うのは腕力云々ではなく、技量の差である。

 

 

―――勝負ッ。

 

意図することなくリンクした思考と同時に、二人が動いた。そのまま激突するのではないかという手前、小比奈は地面を引きずるように這わせていた左の小太刀を一気に振り抜く。地面の砂を巻き込んだそのひと振りが目暗ましの戦術だと七海が気づいた時には既に遅く、目に降りかかった砂は容赦なく七海の視界を狭める。

 

「くっ・・・!!」

 

七海がスピードを緩めた瞬間、勝機を得た小比奈が首目掛けて横一閃。視界が奪われている中、七海が感じ取ったのは”死”が首元に迫っている事だった。勿論、それは目が見えない中での直感的な捉え方。確信は出来ない。だがその直感を信じ、七海は咄嗟に頭部を下げた。

 

 

「嘘―――ッ!?」

 

 

完全なタイミングで視界を奪った上でなおも仕留めれなかった小比奈が驚愕する。舞い散ったのは首ではなく、七海の伸びていた白い長髪だった。一瞬でも宙を舞う白髪に見とれていたことが原因か、上段に剣を構えていた七海に対して小比奈の反応が遅れる。

 

 

「だぁあああああああ!!」

 

気合一閃。そう言わんばかりの一撃が上段から振り降ろされたとき、小比奈が両の太刀を交差させてガードの姿勢をとるがそれもお構いなしに七海は押し通る。重厚な一撃に吹き飛ばされそうになるが、地面に足をつけて小比奈は数メートル下がっただけで踏みとどまった。

 

 

 

「おのれ・・・またしてもッ」

 

仕留めれなかった事に舌打ちをする七海。相手の小比奈は多少息があがっていたが、本質である余裕をまだ保ったままだ。やがて構えていた刀を下げて、小比奈が口を開く。

 

「ねぇ、名前、教えて」

 

紡がれた言葉に戸惑いながらも、七海も答える。

 

「七海静香・・・モデルはドッグ」

 

「やっぱワンちゃんなんだ」

 

数度ほど頷いた小比奈は再度刀を構える。

 

 

「ナナミ・・七海、七海。覚えた・・・ねぇ、もういっかい斬り合おう七海」

 

「おう」

 

呼ばれた名前に、応じた七海だったが違和感がある。両手に持っていた刀が異様に軽い。戦闘でアドレナリンが分泌されると想像以上の身体能力が発揮されるというが、刀の重さまでも感じなくなるものか、と。

 

 

・・・もしかしたらこれが・・・”もう何も怖くない”状態ってやつ?

 

どこぞの魔法少女が感じていた高揚感なのか、と思いながらも七海が構えようとした時、彼女は刀の異様な軽さの原因が分かった。

 

 

「・・・・アレ?」

 

 

良く見ると、刀身が10センチほど残してその先は存在していなかった。

 

 

「折れた――――ッッ!?」

 

愛刀がへし折れた事に七海の叫びが海に響いていく。先ほどの上段斬りで七海の刀はその威力に耐え切れずへし折れていたのだ。

 

・・・いや、ちょっ! このタイミングで折れる!?確かに最近手入れ怠ってたけどさ!!

 

 

「よし、行くよ七海。死ぬまで斬り合おう」

 

「えッ!? ちょっ、タンマタンマ!!見て見て! コレ折れた!折れた折れた!!ストーップ!マジでストーップ!!」

 

 

予期せぬトラブルに足踏みする七海に、満面の笑みを浮かべた小比奈はお構いなしに斬りかかる。流石に武器なしで刀を持つ相手と戦う技量は今の七海にはない。

 

「ウェヒヒヒ、動かないでね?首、落ちるから」

 

「ギャ―――――!!」

 

今度こそ終わりだ、と七海が悟って目を閉じ、来るべき痛みに備えようとしたその瞬間である。

 

 

「小比奈、やめなさい」

 

 

凛々しい男の声が聞こえたかと思い、目を開けた七海は自分の首筋に小比奈の刃が寸止めされている事に気付く。

 

「おい影胤、まだ俺の娘の首は繋がってるかよ」

 

続けて聞きなれた声に七海が小比奈の後ろを見る。二人の男がいて、一人は煙草を加えた八洲許とシルクハットとタキシード、仮面を身に纏った人物だった。

 

 

「愚かな娘よ、殺してはダメだと言っただろう?」

 

仮面の男から発せられた言葉に小比奈は不満なのか、頬を膨らませながら

 

「ええー。半分だけ斬っていいって言ったのはパパじゃーん」

 

「殺しては意味がないだろう。小比奈、もう刀はしまいなさい」

 

「ちぇっ」

 

首元の刀を下ろして、鞘に二刀を収める。状況を理解できてない七海であったが、それを説明しようかというように仮面の男が手を後ろに組んで言った。

 

 

「初めまして私は蛭子影胤という。手短に言おう、七海静香・・・私の仲間にならないかね?」

 

 

 




やっさんとの約束をさっそく破ろうとするハレルヤおじさん。 八話は次で一応終わりです。やっぱ戦闘は難しい・・・救いはないね(レ


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第八話~犬の七海、蟷螂少女と喧嘩する~②

気づけばUAが一万超えてたよ。みなさんの御陰です。ありがとう、ありがとうッ


「手短に言おう七海静香・・・私の仲間になる気はないかね」

 

「なか・・ま?」

 

奇妙なマスクで顔を覆った男、蛭子影胤の言葉に七海は身を強ばらせた。八洲許もいるという事で考えられることは、同じ”晴らし人”の仲間という事だろうか。だが、彼の異様な雰囲気が別の目的があるのではないかという事を七海は感じ取る。

 

七海が息を呑んだ次の瞬間だった。

 

「ゴラッ」

 

ぺしん、と影種のシルクハットから剥き出されている後頭部を八洲許が叩いたのだ。

 

 

「・・・何をするのだ八洲許刑事」

 

叩かれた後頭部をさすった影胤は前かがみになっていた態勢を戻し、背筋を伸ばしてみせると元凶の男に抗議の声をあげる。八洲許はめんどくさそうに煙草を吐き出して、

 

「うるせぇ、ルール違反だ」

 

「彼女は意味を理解していなかったし、今のはノーカンだろう?」

 

「アウト」

 

頑なにそう言い切る八洲許に対し、影胤は”やれやれ”と両手をあげてお手上げといったポーズだ。だがこの影胤を叩くという行為を黙って見過ごせない者がいる。七海の隣にいた小比奈だ。

 

「パパをいじめるなぁ―――!!」

 

「勇次ッ!!」

 

飛びかかる小比奈を七海が叫ぶが対して八洲許はひらり、とその袈裟斬りを躱してみせる。さらに、スピードに乗っている小比奈の無防備な脚に自身の足を掛けると態勢を崩した小比奈は綺麗に前のめりに砂場に倒れ込んだ。

 

「いい太刀筋だお嬢ちゃん。その年で二刀流をモノにするとは・・・たいした奴だ」

 

だが、と彼は紫煙を撒き散らして続ける。

 

「怒って太刀筋が読まれるようじゃあ俺は簡単に殺れん」

 

ニヒルな笑みを浮かべてる間に、小比奈は砂が口に入ったのか、舌を出して何度も砂を吐き出している。

 

「ちょっと勇次、女の子には優しくしてあげなよ!大丈夫?はい、水」

 

七海が腰に持っていた水筒を差し出すと小比奈は両手で奪い取り、口に含んで一気に吐き出す。やがて小比奈は涙目になりながらも八洲許を指差して一言。

 

「パパァ! 私このおっさん嫌いッ!!」

 

「君も子供相手に容赦がないね」

 

「俺は自分の命を守っただけなのに、なんでガキからもお前からも批難されなきゃいけねぇんだ」

 

その後、畜生ッ、という八洲許のいらついた言葉が聞こえたが取り敢えず暫くお互いに落ち着くまで間を置いて、状況を一つ一つ理解するために七海が口を開く。

 

「えーっと、影胤さん?」

 

「なんだい?」

 

突如として、ぬっ、という擬音を纏った彼の白い仮面が七海の眼前に迫る。この状況は軽くホラーだな、と思いながらも怖気づいていては話は進まない。七海は苦笑いしながらも質問していく。

 

「おじさんは勇次の友達なの?」

 

「ああ、君のパパとは古くからの友達だよ」

 

「呼吸するように嘘をつくな嘘を」

 

またしても影胤の後頭部に八洲許の手刀が入った。小比奈がまた飛びかかろうと動作に入るが八洲許に睨まれると、先ほどの仕打ちが効いたのか次の動作に戸惑っていた。やがて八洲許が頭を掻いて、

 

「まぁ、裏関連なのは間違いねぇ。 だが、仲良しこよしやる間柄じゃあないんだよなオイ」

 

そう言って同意を影胤に求めた時、彼は”ああ”と頷いてから続けた。

 

「君のパパとは昔戦った事があってね・・・実に熱い戦いだった、まぁ私の圧勝だったがね」

 

「おい」

 

即座に会話に八洲許が割ってはいる。顔は引きつった笑みを浮かべた彼は影胤の肩を掴んだ。

 

「間違えるなよ。アレはどう見ても俺の勝ちだ。無理しちゃいけねぇよ?ん?俺の勝ちだから」

 

「何を言う」

 

八洲許はこう言う訳だが、影胤は八洲許と向き合うと小さく笑って対抗する。

 

「どう考えても私の勝ちだ。君があの時どうしても引き分けにしてほしいという顔をしていたから”仕方なく”引き分けにしてあげただけだ。本当なら私のマキシマムペインが君の体を貫いて―――」

 

「自分の娘の前だからってカッコつけんなよ」

 

「ほぅ、ならここであの時の続きを行ってもいいのだが」

 

お互いにグリグリと額を押し付け合いながら、二人は言い合っている。それは昔の事なのだろうが、当時の事情を知らぬ七海と小比奈にとっては、この話題はまったく分からない。

 

「うるさーい! 二人ともいい加減にしろォ!!」

 

 

次第に沸を切らした七海が叫んで漸く二人が舌打ちをして押し付け合っていた額を離す。険悪な雰囲気なのはよく分かったが別の視点からだと仲が良さそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「ふぅ・・・」

 

影胤はそう溜息をついて乱れていたシルクハットの位置を元に戻すと七海と八洲許に対して背を向ける。

 

「今日はここでお開きといこう八洲許刑事」

 

「えらく素直に帰るんだな」

 

彼の性格をよく知っているのか、八洲許は警戒を解いていない。影胤は笑った声を出してみせると首だけをこちらに向けて七海を見た。

 

「ただの顔合わせをしたかっただけだからね。ついでに、小比奈相手に負けるようなら、こちらに引き込む意味などないからね・・・」

 

「で?お前の目で、七海はどうよ」

 

「・・・及第点だな」

 

その言葉に、内心で”むっ”となった七海である。問答無用に襲われて、あまつさえ見知らぬ人間にその戦いぶりに難癖つけられるのは遺憾だった。

 

「行くよ、小比奈」

 

「はーい、パパァ」

 

間延びした声をあげて、影胤の後ろを小比奈がついていく。彼女は去り際に七海の方を振り返ると真顔で手を振りながら、

 

「ばいばいワンちゃ―――間違えた七海、次会うときはもっと斬り合おう」

 

そう言って去っていったのだ。

 

 

「ま、また私を犬扱いしたなァ!ちくしょー!」

 

飛び跳ねて抗議の叫びを二人が消えていった方向へ放つが、その叫びに返ってくる答えはない。気づけば、気配そのものも消え去っていた。最初のときのような慌ただしさはなく、ただ波が揺れる静かな浜辺となった。

 

やがてその場にしゃがんだ八洲許が口を開く。

 

「・・・ケガ、しなかったか?」

 

「ん・・・ちょっと頬を掠めたくらい、バラニウムの刀で斬られたんだけど・・・これって治る?」

 

「・・・見せてみろ」

 

七海は頬を見せて、八洲許はその具合を確かめる。血が小さくまだ流れているが見た感じ、深い傷ではないから大丈夫だろう。頭を軽く叩いて彼は言う。

 

「んー・・・こんくらいなら時間が経てば治る・・・一応、消毒と絆創膏な」

 

その言葉を聞いて、七海に安堵の表情が宿る。どうやら、相当気にしていたようだ。

 

 

「なんだってそんな気にしてんだ」

 

そう聞くと、七海は目を釣り上げて怒りの表情を見せた。

 

「勇次! 顔に傷ができるなんて、女の子にとっては死活問題なんだよ!お嫁にもいけなくなるッ!!」

 

「お、おう・・・すまん、悪かった」

 

彼女の剣幕に押されて、折れることしか出来なかった八洲許であった。身体的にそれ以上大きな傷はなっかった事から、無事だということを確認すると彼は煙草を取り出す。火をつけようとしながらその動作をやめた彼は一応聞いておくことがあった。

 

 

「ああ、そうだ。 他にはなんもなかったか」

 

 

「え”っ」

 

一応、という名目だったが大げさにも視線を逸らした七海を見て、八洲許は目を数度見開く。七海は額に汗を浮かべながら背中に持っていた刀を出し、八洲許の前で抜いてみせた。

 

「折れちゃった、てへっ」

 

 

次の瞬間、般若顔の八洲許が七海の側頭部に拳をねじ込んでいた。

 

 

「痛い!痛い痛い! 虐待ッ 虐待だよ! 児童相談所に訴えてやる!!」

 

うるせぇ!、と八洲許は折れた刀を見てうなだれ始める。

 

「うっそだろお前・・・これ、俺が晴らし人初期から使ってる愛刀・KOTETSUちゃん・・・まだローンだって残ってるのに」

 

「ローンなんか組んで買うほど高いヤツじゃないでしょこれ。 この前裏ヤホオクで12万で売ってるの元締めさんのネットで見せてもらったよ」

 

今度は事実を指摘されて八洲許は視線を逸らす。確かに、これは言われるほど高いモノではない。名刀と聞かれたらさほど有名なモノでもないし、ただちょっとよく斬れる日本刀だ。だが八洲許が晴らし人を始めた頃から使用していたのは事実である。七海が晴らし人になった祝いの品として譲った物だった。

 

一応、補足だが銘は本当にKOTETSUである。

 

「えっと、その・・・ごめん」

 

刀が折れた事に対して、申し訳なさそうに七海が頭を下げた。真面目だなぁ、と思いながらもその下げる頭に八洲許は手を置いて、折れたKOTETSUを見ながら呟く。

 

「純度の高いバラニウムってのは普通の金属より硬ェもんだ。それを二本も振り回す化物に、よく無事で帰って来れたな」

 

「・・・うん」

 

心配されていたという事に気づいた七海が八洲許の胸元に倒れこむ。七海としても、同じ呪われた子供で、しかも強敵との戦いはかなりの精神に疲労をもたらした筈だ。その緊張が今解けたのだろう。ぐったりとしたその小さい体を八洲許は背負うと、海に踵を向けて歩き出した。

 

 

「いいタクシーだろ」

 

「うん、いいタクシーだ。ちょっと加齢臭するのが難点だけど・・・」

 

・・・余計な事を言うな。

 

と、このまま減らず口を続けようものならこの背中から振り落としてやろうと思ったが眠そうに頭を揺らしていた七海が視線に入ってその行動を辞める。余程疲れたのだろう。

 

「ねぇ、勇次・・・あの二人は、なんなの?」

 

うつら、うつらとそう問う七海に八洲許は一度彼女を背負い直して、片手で自身の顎鬚を掻いた。

 

「七海、これから・・・アイツ等が誘ってくる事があるかもしれん今日見たく、あの娘が戦いを挑んできたようにな」

 

明らかにはぐらかしてしまったが、眠気に支配されつつ七海はその意図も分からないまま続ける。

 

「私は・・・どうすればいいのさ」

 

続けてそう問う七海に、一度自分の地面を八洲許は見た。少しばかり考えて、彼は言う。

 

「お前が仲間になりたければ、なればいい。でもその時は・・・俺とはお別れだ」

 

「そんなの・・・いやだ、な」

 

首に回されていた両腕が八洲許の首を締め付ける。肉体的に痛みは感じないものの、これから訪れるであろう彼女の過酷な道を思うと心が痛かった。

 

「なら、拒否を続けろ。だが、全てはお前の意志で決めるんだ・・・それと、俺からの願いはたった一つ」

 

八洲許は背負っている七海に視線を合わせることなく、続けて言い放った。

 

 

「強くなれ。時が来たら、全部話すから・・・って、アレ?」

 

 

「ぐー・・・」

 

「こ、このやろう・・・・大事な所で見事シリアス壊しやがった」

 

殴って目を覚ましてやろうか、と思った八洲許だが彼女の安らかな寝顔を見てその握り拳を解く。戦いから解放された彼女の寝顔を見て、思わず八洲許は笑みを浮かべた。

 

「このまま歩いて帰るのは疲れるな・・・元締めに電話するか」

 

片手で七海を抑え、携帯を取り出そうとした時だ。

 

 

『ゴーウィwwwゴーウィwwヒカリッヘ―』

 

懐からバイブレーションとともに奇妙なテクノソングが流れている。”俺の着信音こんなんだっけ?”と思いながらも自身のスマフォ画面を持つとその表示されている名前を見て首を傾げる。

 

 

「『ありんこ』・・・俺人外と友達になったっけ?」

 

疑心に駆られながらもその通話ボタンを押して、耳に当てるとそこからは聞きなれた声が聞こえてきた。

 

『あー、あー、八洲許さん聞こえますかー』

 

「お、おお? その声・・・美濃か」

 

『そ、そうだけど・・・ちゃんと連絡先教えた筈なのに、誰だと思ったの』

 

「いや、てっきり人外からの地球外通信かと」

 

『ドユコト』

 

カタコトの発声が聞こえて、まぁいいや、と美濃が続ける。

 

『墨さんから伝言ー、今お酒飲みに行ってるから私が伝えるよー』

 

・・・ああ、そう言えば墨って機械音痴だっけ。

 

そんな事を思い出しながら、八洲許は美濃から告げられたその内容を聞いて、眉間に皺を寄せて言うのだ。

 

 

 

 

 

「あん? 晴らし人になりたいヤツがいる?」

 

 

 

 




こんなギャグ寄りな影胤さんもアリだと思うんだ。武器破壊は新装備フラグ也。


色んな感想が来れば、それはとっても嬉しいなって(訳:ご意見や、感想がございましたら、気軽にお願いします!)






―――次回予告

木更「サッカー、目玉焼き、様々なカオス回を乗り越えて来た藍原延珠、謎の少女によって今度は財布のお金を盗まれたァ――ッ!!」

蓮太郎「嬉しそうだな木更さん」

木更「悲劇のヒロインとはまさにこの事かッ 泣き寝入りする延珠、そして今度標的となるのはやっぱり七海ちゃん!」

延珠「どうして妾はこう不遇なのだ」

木更「新たな晴らし人希望の人物と会う八洲許刑事。 この事件に繋がりはあるのかッ ”いつになったら本篇やるんだよ”なんてツッコミは言わせない! なぜなら、私のメイン回が控えているからッッ」

蓮太郎「あるのかよ」

作者「(多分彼女がキチるんで)ないです」

木更「うっ・・ぐすっ。 次回晴らし人第九話~延珠、財布の金を盗まれる~ もうやってられっか!」

蓮太郎「まぁ、木更さん。涙拭けよ」


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第九話~延珠、財布の金を盗まれる~①

やっぱこの時期のサンマは旬で最高だぜッ(訳:いつも読んでくださってありがとナス!!)


―――とある休日の昼下がり、街の人の空いている道を歩いている一人の少女がいる。ウサギの絵が書かれた髪留めをしたツインテールが特徴的な少女だ。藍原延珠である。

 

「ふんふふーん♫」

 

 上機嫌な彼女は鼻歌を交わせてスキップをしている。地面に掘られているタイルを色分けして一枚ずつ飛びながら進んで行くほどだ。当然、周りからの視線も気になるのだが今は昼時で、しかも自分が歩いているこの場所は極端に人が少ない。だから多少の奇行は許されるのである。

 

それでも、蓮太郎に見られては死ぬほど恥ずかしいものだが。彼は学校で補修を受けているらしい。

 

「天誅・天誅! 新作の天誅ガールズのカードパックが妾を待っておる!!」

 

笑みを浮かべる延珠の理由は先ほど述べた通りで、実はカード化している天誅ガールズの新作カードパック、『暁の咆哮』が今日発売されるとのこと。その新作を買うために休日の昼間に行きつけの店へと向かっていたのだ。

 

・・・七海ちゃんも来れば良かったのに。

 

内心でいつもは隣にいる舞や熱狂的な天誅バイオレットマニアの七海がいないことを寂しく思った延珠だった。当然、彼女もこの熱き祭典に参加するものだと思い、今日延珠は声をかけたのだ。だが当の本人である七海は顔をひきつらせて、

 

―――ちょっとお小遣いせがんでくるから、延珠ちゃん先に行ってて!

 

と言っていたので同伴を断られた。

 

・・・少しくらいなら妾が貸してあげてもよかったのだが。

 

延珠もイニシエーターとしての仕事を行っている事もあり、懐に入ってくる給金は小学生が得る金額を大幅に超えている。金銭感覚も多少狂っているのではないかと一度蓮太郎に指摘された事がある。この前8万以上するロデオマシンを購入した際は蓮太郎が玉ねぎでも切ったかと思わせるくらいの涙を流していた。

 

だが流石の延珠も友達相手にお金の貸すと言って連れ出すのは気が引けた。これだと金にモノを言わせて無理やり気を惹かせようとしている気がして嫌だったからだ。自分もそこまで腐ってはいない。

 

兎に角、開店時間前に間に合わせるべく延珠は急に走り出す。丁度今は十二時二十五分だ。店が開店するまで五分ほど時間はある。

 

 

「この財布に培った妾の三万円でッ 『大人買い』を超越した『箱買い』が妾の目的なのだッ 初日でXXレアの天誅ブラックを引き当ててからバイオレットカード全種を七海ちゃんに見せつけて愉悦を感じるのもまた一興」

 

一応、事前に店主との話は済ませており延珠用に五箱程別口で取り寄せてもらっている。このモノリスに閉じこもった現代であっても金銭が物を言うものだ。その力を自分は手にしている。延珠は愉悦の滲み出る勝利者の笑みを浮かべていた。

 

 

「あのぅ・・・もし」

 

 

だがその時、駆け足の延珠を呼び止める声がある。真横からだ。スピードに乗っていた延珠はすぐさまバラニウムを厚底に仕込んだブーツでブレーキを掛けるとどこぞのメカ少女のように減速して停止する。

 

 

「むっ、いま妾を呼び止めたのはお主か?」

 

「そうですのよ」

 

立ち止まった延珠の向ける視線の先には小さい路地裏へと通じる道。その出口付近で一人の少女がこちらを見て手招きをしていた。

 

「あら、かわいい。まるで兎みたい」

 

「褒めてもらえるのは嬉しいのだが、出来れば手短に頼む。妾はちょっとこの先に用があってだな」

 

延珠は目の前にいる声をかけてきた少女の姿をまじまじと見た。注目したのは黒のドレスよりも、縦ロール金髪でである。杖替わりに立てている黒の傘や左右の腕にレース、靴は革靴と見た感じ、どこかのお嬢さまのような風貌である。

 

「お主、日本人ではないのか?」

 

尋ねる素朴な疑問に金髪少女はくすり、と笑みを浮かべてその問いに答える。

 

「ええ、故郷はイタリアなのよ」

 

「・・・日本語が上手だな。 帰国子女というやつか」

 

「シチュエーション的にはそうなのよね。 日本語が上手くなった理由としては・・・」

 

澄んだ瞳がこちらに向けられて、一瞬だが延珠の胸を鼓動を打った気がした。気のせいか、と思った延珠は話をここで区切らせようとした。もう店はこの角を曲がれば目の前だ。時間も迫っているので早く切り上げたい気持ちだった。だが目の前の少女は、うん、と頷いて見せて、

 

「ええ、教えてくれた人がいたの」

 

「お、おう・・そうか・・と、取り敢えず・・・その、だ、な」

 

拒否の言葉を告げようとした時、延珠の視界が霞んで見える。まるで頭が熱を持ったかのようだ。自分はイニシエーターだ。発熱など、風邪などの病気には絶対に掛からないはずなのに。

 

「あら、どうしたの? 顔が真っ赤ではありません?」

 

「――な、なんでも・・・ないっ」

 

次第に息を切らしながら、ぼーっとするこの視界に延珠の足元がふらつく。この症状は金髪少女に出会った時からであり、先ほど感じた胸の高鳴りも気のせいとは思えないくらいに今は間隔を短くして刻んでいる。

 

・・・な、なんだ・っ、 頭がボーっとする。

 

 

どう考えても普通ではない。自分の体でこれまで起こり得なかった異常が起きていることに、延珠は不安を覚えた。

 

「安心しなさい。何も死ぬようなことではありません」

 

ふと、金髪少女が延珠の頬に手を添えた。突然の出来事であったが、延珠の不安が一瞬だけ和らぐ。その手は優しく頬を伝うように、延珠の首の後ろに手を回された。抵抗も何も、そんな力もなくしたかのように、延珠は彼女に引き寄せられてしまう。 

 

「お願いがございますの」

 

「ひゃっ・・!!」

 

引き寄せられた矢先、延珠の耳元に少女の冷たい息がかかる。ただそれだけで囁かられた艶かしさを感じるその言葉と共に延珠の頬が一層と赤熱し、身を電気が走ったかのように震わせた。

 

「う、あうぅ・・・っ!!」

 

大きく呼吸して、肩が上下に揺れる。原因が依然として分からないまま、延珠は霞む視界の中で最後に少女の目を見た。

 

 

―――少女の瞳は紅かった。

 

 

「実は私、とてもお金に困っていますの。貴女、今おいくら持っているのかしら? そのお財布に」

 

艷やかな笑を投げかけると延珠はとろん、と溶けたような表情でなんとか口を動かす。

 

 

「し、しゃ、しゃんまんえん・・・でひゅ」

 

「あら凄いじゃない」

 

両手を合わせて歓喜すると少女は延珠に向けて手を伸ばした。満面の笑みを浮かべて、

 

「くーださいな!」

 

「は、はひぃぃ・・・・」

 

言われるがままに財布から万札を取り出す延珠の瞳には既に自分の意志は宿ってはおらず、少女の手にその三万円を乗せていく。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・まーいどっ!」

 

「ふぇ・・」

 

フラフラとよろつき、頭を揺らす延珠の頬に軽くキスをして、少女はスカートの裾を軽くつまんでその場所から走り去っていく。

 

「Addio(アッディーオ)!!」

 

陽気に手を振ると、延珠も訳が分からず手を振って応じてしまっていた。微睡んだ視界で彼女は数分ほどその場にいた。

 

「・・んあ」

 

漸くマヌケ時空から脱出した延珠。時間にして十分ほど、彼女はその場に立ち尽くしていた。口から垂れている涎を拭きながら彼女は思う。

 

 

「妾は、一体・・・何をしていたのだ?」

 

思い出せない、自分は藍原延珠で、今日カードを買いに来たという事実を除いて。なぜあの場所で一人立ち尽くしていたのかが。

 

・・・誰かに、会ったような。

 

その時、延珠は自分の手にまだ取り出す段階ではない財布が握られていたのを見て、恐る恐るその中身を確認。息を呑んだ理由は財布の口が空いていたからだ。当然、その財布の中には今日用意していた軍資金の諭吉三人が存在しておらず、

 

 

「うわああああああああああああああああ!!妾の三万円がぁぁぁあああ!!」

 

 

東京エリアの空に、藍原延珠の絶望を孕んだ絶叫が木霊した。

 

 

 

 

「・・・ったく、こんな所に呼び出しやがって」

 

どこかで少女の叫びが聞こえていた同時刻、昼休憩中の八洲許は墨に指定されていた場所へと足を運んでいた。

 

 

「いいじゃねぇか。昼時でも勤務中でもお前は基本暇人だろう」

 

「別に構わねぇんだが・・・なんだってこんな気味悪い所に」

 

周りを見渡して人気のなさに気づいた八洲許。この指定された場所は以前影胤と一度遭遇した場所だった。前日にあの気味の悪い仮面の男と出くわした事を思い出して、因縁じみたモノを感じる八洲許である。。

 

「晴らし人希望者ってねぇ・・・」

 

煙草を口に加えて、彼は昨日の電話の内容を思い出す。美濃から伝えられた内容は、晴らし人になりたい人がいる、という事だった。

 

これまでの八洲許の経験からして、何度かこう言った知らぬ者がチームを組もうと提案してきた事があった。横にいる伊堵里墨も、その一人である。

 

他の仲間も勿論居た。自分よりも年配の男から、口うるさい女性の晴らし人もいた。今この場にいないのは、チームガストレア大戦時に散り散りになって逃げ延びたか、どこかでくたばったかの二択である。

 

「ここらで一人、年配が欲しいぜ」

 

八洲許は最近のチームが補強された事には最初は違和感を有していた。確かに七海や美濃のように呪われた子供が仲間になることは戦力が増える事に依存はない。だが、八洲許や墨のように子供達を監視する者が少ないというのが事実だ。

 

自分や墨が仕切っている間はまだいいだろう、だがそれは必ずしも『ずっと』という訳にはいかない。再生能力がない自分や墨などはいつどこで死ぬかわからないのだ。その時の監督役を引き継ぐ人間が出来れば望んでいた八洲許であった。

 

 

「んで?その希望者ってのはどこにいるんだ墨」

 

「あ? そうだな」

 

頭を掻いている墨に八洲許が問うと、彼は視線を遠くに移して指で示してから言った。

 

「お前ェの後ろ」

 

「へ?」

 

口の形をまさしく『へ』の字にした八洲許が振り返ると、そこには自分に向けて右手に細長い得物を持った男が振りかざしているのが目に入った。

 

「うおおお!!」

 

男が持っている物体の先が光ったことから武器だと察した八洲許はすぐさま彼の両手を掴み、その流れ男を背負投の要領で地面へと投げ飛ばした。

 

 

「ぐへぇ!!」

 

コンクリートの地面に激しく背中を強打した男がうめいた声をあげた。男の武器であろう細長いものが地面に音を立てて転がる。それは女性の髪留めによく使われている簪という物だった。”大理石の床で柔道はマジヤバい”という言葉がある。基本受身が効かないこの硬い地面では投げ技は危険だという事を皆は覚えておこう。

 

「得物は簪か―――って、おい墨。こいつはどういうことだ」

 

「どうって、俺が昨日言ってた晴らし人希望者」

 

袖に両手を隠した墨は目を細める八洲許の視線を気にすることなく欠伸をしてみせていた。八洲許は背を打ち付けて動けないでいる男を指差して、

 

 

「どう見たってガキじゃねぇかッッ!!しかも金髪ッ」

 

床に倒れている男が背中をさすって立ち上がる。髪は短めだが金髪というポイントが八洲許には印象が残ったかもしれない。金髪の青年は泣きそうな声でずれていた眼鏡を元に戻すと、

 

 

「す、墨の旦那ァ! このオッサンすげぇ強いじゃんかよ!!」

 

「おぉ、そりゃ強いよ。武器が無くて良かったな、こいつが武器使ってたらお前、今頃ナマス切りにされてたぜ」

 

ええ・・、と八洲許の方を見て恐怖の視線を向ける金髪の青年は息を呑んでまたしても身を屈める。まだやる気があるのか、と八洲許もファイティングポーズを取ろうとするが後ろに居た墨が声を上げた。

 

「おうおう、辞めろよ二人とも。 それに東 秀(あずま ひで)くん、別にこのオッサン相手に殺し合いしろって言ってんじゃねぇんだ。ただちょっと背中から驚かせてみろって言っただけなのに」

 

「やっぱりテメェがけしかけたが原因かッ このクソ坊主!!」

 

「♫~♫」

 

怒鳴り声に墨が”知りませーん”と言った遠くを見るような表情で耳を塞いでいた。本気で殺意が湧いた八洲許である。

 

「・・・お前、見たところ高校生ぐらいか。なんだって”晴らし人”になりてぇんだよ」

 

お互いに構えを解いて、八洲許が東と呼ばれる青年に問いかける。晴らし人や殺し屋など、裏稼業に身を落とす人間の事情は人それぞれだ。その理由を秀は淡々とした口調で、

 

「金が欲しいんだ」

 

 

そう言ったのに対して、八洲許は頭を掻いた。たまに殺人に対して享楽主義を抱いた人間がいるが、この青年はその類ではないということが八洲許には分かる。これは長年晴らし人を続けてきた彼が養った眼力というものか。

 

 

 

「・・・別に殺しを楽しもうっていう狂ったやつじゃねぇのは分かるが、この仕事をバイト感覚でやってもらっちゃ困んだよ」

 

「違う! そんなつもりじゃない!! 俺はただ家族を養う為にッ」

 

食い下がる秀に八洲許が動きを止めた。くるり、と身を翻して東に迫った八洲許は彼の肩を掴んだ。

 

 

「帰れ」

 

痛みで東の顔が歪むもの承知の上で、八洲許は真剣な表情で言うのだ。

 

 

「家族はそうやって養うもんじゃねぇ」

 

そのまま両肩を押し、東はその剣幕によって何も反応ができなかったか、腰を抜かしたように地面に尻餅を着いた。

 

「今日の事はなかったことにしてやる。死ぬ気でバイトすりゃあ高校生でもそれなりに稼げらぁ・・・いくぞ墨」

 

ビルの壁を背にもたれかかっていた墨が頭を掻きながら尻餅をついている東に手を振っている。余計な事はするなと言わんばかりに八洲許の視線が墨を睨みつけた。

 

 

 

・・・事情はよく分かるし、俺が言えたことじゃねぇんだが。

 

八洲許は小さく溜息をついていた。確かに今の秀の言うような、家庭の事情を解消するために裏稼業に身を落とした者を彼は何人も見てきている。両親が病気だの、手術代が欲しいだの、生活のためだの、あげて言ったらキリがない程に。

 

だが、それでも人を殺してまで家族を養うべきではない、と八洲許は考える。こうした裏稼業で命を落とせば、残されたものは更に深い悲しみを負うだろう。それと同時に、家族に自分が汚れた仕事をしていたことを知られて、更にショックを受けるはずだ。もっとも、八洲許の場合は辞めように辞められない所まできてしまっているからだろうか。

 

 

それは家族を持っている殺し屋・八洲許勇次だからこそ言えることなのである。東というこの青年はまだ若い、高校生ならばまだやり直しが効く。無理して道を外す必要はない。その意味を込めて、彼は拒絶した。八洲許や墨の二人が思う、これだけ言えば彼はもう諦めてくれるだろう、と。

 

 

「お願いです」

 

 

芯が通った声が後ろで聞こえて、八洲許は足を止める。振り返ると、そこには土下座をしてた東の姿があった。

 

 

「・・・俺を晴らし人に、仲間に入れてください」

 

その土下座は十代の若者がするような土下座ではなかった。頭部をしっかりと地面へとつけ、伸ばすべき場所をしっかりと伸ばし、腰の位置も揺らさない、精錬された土下座である。

 

 

・・・この野郎ッ、そこまで金が欲しいのかよッ

 

自分もかなり金に対しては強欲な性分だと八洲許は理解している。それでも、この青年から感じられるお金への執着は八洲許より高い。 だが、それ以外に感じるものがあるのは・・・

 

「・・・守りたいヤツがいるんだとよ。 裏事情持ちで、コイツはもう十人は殺ってる・・・」

 

「・・・フリーの殺し屋か」

 

心を読んだかのように、隣にいる墨が答えた。その言葉を聞いて、耳を疑った八洲許である。この年で、既に人を殺した経験を持っているとは、世の中まったくもって分からない物だと。

 

「・・・ちょっと墨、お前なんか変に肩入れしてねぇか」

 

「別にぃ~」

 

両腕を後頭部に組んだ墨は陽気にそう言う、八洲許は少しでも同情しかけていた自分を律するように目を再度見開いてから後ろの秀を視界に納めないように前を向いた。

 

「・・・関係ねぇ、俺は帰るぞ」

 

そう言い放って、彼は怒りを表すように歩幅を広げて去っていった。

 

 

「・・・くっ」

 

目的の自分が去って行ったことに、東は唇を噛み締めた。せっかく”目的”を果たす為のチャンスを手に入れたというに、何も出来なかった自分に対して拳を強く握り締めた。

 

 

「おう秀、何モタモタしてんだ。いくぞ」

 

と、悔しさに支配されつつある秀の肩を叩く人物がいる。秀をここに連れてきた張本人、伊堵里 墨だ。彼は不敵の笑みを浮かべて続ける。

 

 

「追いかけるぞ。こっからは根性の勝負だ」

 

「で、でもよぉ旦那ァ。 あの人、かなり頭かてぇよ」

 

弱気な発言を聞いた墨は一度舌打ちをして、秀の頭を引っぱたいた。予想以上に力が強くて、地面にまた叩きつけられるように土下座をしたのは言うまでもない。

 

 

「いいかぁ、向こうが頑固の頭ならお前ェ、こっちもそれ以上の・・・石頭になるしかねぇんだよッ 折れたら負けだ、金が欲しいんだろ?」

 

「そ、そりゃあ欲しいけど・・・」

 

「ならさっさと行けっつってんだ!!この根性無しロリコン小僧ッッ」

 

「アッ―――――!!」

 

トドメとばかりに、墨の蹴りが秀の尻に炸裂し、彼の悶絶声が路地裏に響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだろう、今日はやけに騒がしい気がする」

 

そう物騒な事を口にして道を歩くのは七海静香だ。ポーチを肩に掛け、彼女もまた天誅ガールズの新カードパックを買うためにその祭典に参加すべく行きつけの書店へと向かっていたのだった。

 

どうしてか、無音の筈なのに各地で色んな叫び声が聞こえた気がしたのだ。

 

 

・・・もう延珠ちゃん、パック買っちゃったのかな。いや、あの娘の財力からすると

 

 不安がよぎる。七海の友達である藍原延珠は、以外に金持ちだ。一度、彼女の家にお邪魔したことがあるが、八万するロデオマシンが置いてあり、机の上には十万程の価格がつくノートPCが存在していた。一見アパートは七海たちが住んでいる”山根荘”とタメを晴れるものでないかと思っていたが、まさかのブルジョアジーアピールだったので、彼女が『箱買い』という禁じ手を使用する可能性が高い。

 

 

・・・だが、私には小遣い三千円と、勇次から教えてもらった『レア抜き』があるッッ

 

拳を握りしめて、彼女は笑みを浮かべた。彼女の言う『レア抜き』とは、カードパックを触ってフィルムとカードの間が滑りやすければレア度の高いカードが入っているという、お店側にはホントマジで迷惑極まりないサーチ方法である。

 

 

勿論、そんなゲスの極みとしか言い様がない方法でレアカードを探すのは理由がある。それは、彼女が敬愛している天誅ガールズのメンバー、天誅バイオレットが理由だ。

 

 

・・・バイオレット! 私の憧れ! 例え『皆の踏み台』と周りが罵ろうとも、私は一生バイオレット命で押し通します。

 

信仰心というのは全くもって危険な物だと、七海は思う。自分の信仰する物の為に、これほど人は手を汚く出来るものなのかと。まさしく暗殺業をしている自分にとってふさわしい物だ。外道というには、かなりチープな手を用いているが。

 

 

・・・力(レア抜き技術)こそが正義ッ いい時代になったものだッ!!

 

どこかの南斗六星拳の使い手でお人形遊びが好きな殉星の男の如く、七海は不敵に鼻を鳴らす。想いを巡らせていると目的地間近まで近づいた。数百メートルという距離を走れば、神の祭典が行われている店はもうすぐだ。

 

嬉々とした笑みを浮かべ、一段と加速しようとしたその時、

 

 

「そこのお嬢さん」

 

「おっとっと・・え? 今私を呼んだ?」

 

横にあった一本の電柱から呼び止められた気がして、七海は前のめりに倒れそうになるがなんとか急停止。この忙しい時に何用だと彼女は不満を抱きながらも声のした方向を振り返る。

 

 

「Buon giorno(ブォン ジョールノ)・・・私(わたくし)、コーデリアと申します。ちょっとお願いを聞いてくださる?」

 

 

振り返った先に居た黒ドレスの金髪少女が笑顔をこちらに向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




レア抜きはマジでお店に迷惑かけちゃうから皆出来るだけやめちくり~。



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~延珠、財布の金を盗まれる~②

健全なお話だ(白目)


 路地裏にて声を掛けた金髪少女、コーデリアは目の前に立ち止まった七海を見て小さく笑う。”またカモがネギをしょってやって来た”と。

 

「・・・この日本では、テンチューガールズとやらが流行ってるそうじゃない」

 

「うん、流行ってるよ。 今じゃ世界に通用する文化になりつつあるから」

 

「そこまで発展してたとは思わなかったわ。ジャパニーズカルチャー、恐るべし・・・」

 

街を歩いていれば、嫌でも目に入ってしまう大画面に映る広告の少女たちがそこまで有名だとは知らなかったと、コーデリアは改めて日本の文化の深さを思い知る。相手がマニアだとこちらのニワカさが丸分かりになる。

 

・・・これをネタに釣るのならもう少し勉強が必要ね。

 

と、内心で続けて目の前の少女に問う。

 

「それで、私もハマリましてカードも集め始めましたの。でもどのキャラクターデッキが良いかわからなくて・・・オススメのキャラとか――」

 

「バイオレット」

 

「・・・はい?」

 

思わず、聞き直してしまったコーデリアだったが、目の前の七海が目を輝かせてこちらに詰めてくる。

 

「紫がチャーミングでッ チーム最高のトリッキー能力を誇るッ バイオレットがおすすめッ」

 

何かとんでもないスイッチのボタンを押してしまった気がしたが、間違いではないだろう。

 

「で、でも私はできれば黒の方が」

 

「ブラック? はん、ダメだね。 コーデリアちゃんが選んだ天誅ブラックはね、腹黒だよ。 変な銃持ってキャッほうしてるの。某エロゲにあんな感じの女忍者がいたし、レッドと中立的なポジションっていうところも解せないポイント。はっきりいってオススメしないね」

 

「貴女どれだけブラック嫌いなの」

 

ふっふっふ、と俯いて黒い雰囲気を纏ながら七海が呟いた。

 

「パープルが地味色? カラーキャラって”緑”と”黄色”が不人気なんじゃないの。 勇者アニメとかそうじゃん、まぁ月の美少女戦士はまだいいかもしれないけど・・・それでもなんで、なんでパープルは許されないの?」

 

そして、

 

 

 

「つまりバイオレットが最高なんだよッッ」

 

 

―――三十分経過。

 

 

 

 

・・・まずいですわ、まったくペースが掴めないッ 会話の主導権を決して握らせないように私に付け入る隙を与えないなんて、なかなかやるじゃない。

 

 

もはや果実の鎧武者宜しく、”こっからは俺のステージだッ”と言わんばかりの固有結界。そんなことも微塵も分からず、コーデリアは冷や汗を感じ取る。

これまでのコーデリア自信が相手してきた者達はどちらかというと話術とタイミングだけでどうにでもなるいわば簡単な相手だった。

 

先ほどのツインテールの少女も、少しだけこちらが能力を開放して”誘い”をかけるだけで簡単に堕ちた。

しかし、この七海には自分の”これまで”が通用しないような相手だという事をコーデリアは今のやり取りで感じ取る。

 

 

・・・多少強引でも構わないッ 全力でお相手して、『屈服』させてみせますわッ

 

壁という物は高ければ高い程越え甲斐がある。この一筋縄では行かなそうな相手を自身持てる技術で支配してこそ、最高のカタルシスが得られるというものだ。

 

その為の一手をコーデリアは放つ。

 

「実はここだけの話、今日発売の天誅ガールズのカードパック、色々と買いまして・・・お店にいったら私が買ったので最後でしたの」

 

 

「なん・・・だと」

 

まだこちらが何も仕掛けていないのにも関わらず、七海の足元が絶望の表情とともにふらついている。よほど新パックを買いたかったのだろう。

 

 

「それでですね、いくつかバイオレット系のカードが当たったので・・・宜しければ、貴女に差し上げましょうか」

 

「ええ!? マジでッ!? いいのッ!?」

 

死の淵から蘇るかの如く、七海の瞳に光が宿る。コーデリアは”ええ”と少し目を逸らしながら彼女に言った。

勿論、カードがあるなんて嘘であり、全てはこちらのシナリオのために用意した芝居である。

 

 

「ちょっと人前では見せられなくて・・・こっちに来てくださる?」

 

そう誘うように笑みを投げてかけて、彼女は能力を開放した。

 

「え・・、あ、うん」

 

自分のこの能力に即効性がないのが難点だが、その毒牙はしっかりと七海に食い込んだようで、少し眠気を感じたか、七海の瞼が上下に動いている。

 

「こっちですのよ」

 

七海を人気のない場所へ誘導するようにコーデリアが手招き。

まるで街灯の光に引き寄せられる蛾のように、七海が路地裏へと入り込んでいく。

 

・・・そろそろかしら。

 

ゆっくりと足を止めて、辺りを見渡す。塀に囲まれたこの場所は出口よりだいぶ離れているし、人気を感じさせない。まさに狩場にはうってつけの環境だ。

 

「あらあらどうしたの。顔が赤いわ、体調が悪いのかしら」

 

「い、いや・・・なんでも」

 

時間が経った影響か、彼女に仕込んでいた『毒』の効果が現れてきたようだ。蒸気を感じさせるような顔の火照り、そして揺れ動く足元。呂律が回らなくなってきているのもその証拠だ。ここでコーデリアは決めてに入る。時間的には充分だ、と。

 

 

「ところで貴女・・今日はお金はどのくらい持ってきているのかしら」

 

「えっ、それは・・・三千円くらい、かな」

 

 

息継ぎをしながらそう喋る七海は辛そうだ。身体の火照りのせいで足元がふらついているが、なんとかその言葉を口にしている。

 

・・・シケてますわねぇ。

 

だが一方で、コーデリアは彼女の所持金を聞いて落胆していた。これなら先ほどのツインテールの少女の方がまだ持っていたくらいで、同じ年代の子供にターゲットを絞っているが、コーデリアにとって、七海はハズレということになるだろう。

 

 

・・・まぁ、お金はお金。 貴重なものですのよコーデリア。貰っておいて損はなし!

 

自身に言い聞かせるようにコーデリアは拳を握る。 これから行う行為は貰うのではなく、『奪う』というものだが、それに対して突っ込む者は当然ながら居ない。

 

 

「では、そのお金を頂いても宜しいかしら」

 

「え、ちょっ・・・ダメだよ。 これはバイオレットの為の・・・」

 

目を逸らして、七海は否定する。こちらの目が紅いという事も気付いていないのだろう。だが、どちらにしても毒の効果から解放されれば、先ほど見ていた彼女の『現実』は、全て『夢』の出来事として処理される。そう考えれば、なかなか都合の良い能力だとコーデリアは思った。

 

だから、基本的にこうやって抵抗する相手に自分は強引に迫る事が出来る。

 

 

「・・・いいじゃありませんの」

 

「・・・へ?」

 

そう言い放つコーデリアが七海の肩を掴むと、ダンスでもするような静かな動きで、彼女を壁際に立たせた。

 

 

「無理しなくてもいいんですのよ?」

 

 

と、七海が逃げることができないように片腕を彼女の顔の横に突き出す。所謂、”壁ドン”という奴だ。

 

 

・・・”あの人”が言うには、女の子はこのシチュエーションにめっぽう弱いとか。

 

自身の主とも言える男の言っていた事を思い出しながら、コーデリアは手を進めていく。まずは相手の状態を把握する。

 

「な、なんで・・・こんな事を・・」

 

 

息があがり、完全に頬が紅潮している。こちらの顔が近い事もあってか、まるで”発情”しているかのようにも思えてしまう。

しかし、あながち間違いではない。こちらの”毒”は、時間が立つにつれ、相手の脳を覚醒させ麻痺させる。その状態はさながら性的興奮を抱かせているようなものなのだ。

確実にペースを取り戻していることを確信しつつあるコーデリアが笑みを浮かべて迫る。その距離は七海の耳元だ。

 

「私の”夢”のためですの」

 

「ひゃっ・・!」

 

小さく艶を孕んだくすぐったい息が七海の耳元に吹かれる。コーデリアの能力に囚われつつある七海にとってはちょっとした刺激でも効果的な物なのである。

 

 

・・・ちょろいですわ。

 

身体からの熱と、彼女の震えを見るだけでも感じ取ったコーデリアは内心でガッツポーズ。

七海の震えは恐怖から来ているものではない。全ての外部からの刺激がこういったこそばゆさを生みだしている。身体の火照りと耳への同時攻撃は快楽的責めに近いのだ。

 

 

「ささ、お財布お財布」

 

「ひゃ、ひゃめてぇ・・・」

 

ポーチからはみ出ていたその長財布を手に取り、ゆっくりと引き抜く。自分のこの能力が別の刺激で解かれないようにゆっくりと引き抜くのだ。

 

 

「勝った・・・ッッ」

 

 

細心の注意を払って、完全に財布を抜き取ったコーデリアが勝利を確信した時だった。

 

 

「がうッ!!」

 

「なっ!!」

 

コーデリアが驚愕する。七海が財布に噛み付いたのだ。

 

 

「い、犬!? 貴女犬でしたの!? それにしてもなんて力してるのかしら・・!!」

 

 

「ふしゅーーー!! びゃ、びゃいおれっとぉーーー!!」

 

財布を口に含んだまま発した言葉を理解はできなかったが、まだ意志が残っている。しかもしっかりと歯を立てて、ホールドされた財布はコーデリアの力では引き剥がすことが出来ない。こちらが無理に引き剥がすことも考えたが、強引に引っ張った衝撃で能力が解ける可能性がある。その手段はコーデリアにとっては宜しくない。

 

 

・・・なら。奥の手を使わせていただきますわ。

 

無理に引き離せないと悟ったコーデリアが、財布を手に掴んだまま顔だけを七海の首元に近づけていく。彼女の首筋が目前に迫るが、財布を取られまいと必死になっている七海にとってはコーデリアがこれから自分に何をしようとしているかが分からない。

 

 

「ん―――ッ!?」

 

直後、身を震わせるかのような痺れが背筋を駆け抜け、一瞬だけ七海の意識がとびかける。思わず財布を口から離しそうになるが力を込めて、ぐっとこらえた。

 

 

「・・・どうかしら」

 

聞こえた声に視線を下ろすと、コーデリアが七海の首筋に舌を這わせていた。

 

 

「ん・・犬の・・・くせにッ、弱点である喉元を晒すとは・・・んん」

 

言葉の区切りごと、彼女の喉元に舌を垂らしながら小さく、つつくきながらコーデリアは問いかける。

 

「・・・離せば楽になりますわよ」

 

「だゃ、だゃれが・・・」

 

 

「あら、残念」

 

そう言うと、彼女は首筋から舌を遠ざけた。それでも、財布を七海から引き剥がそうとする力を緩めるつもりはない。まだ揺さぶる事が出来るからだ。

 

「もっとイイコト・・・できますのに」

 

「ふぇ・・・にゃ、にゃに・・」

 

片目だけを開いた七海がこちらを認識している。まだ体力には余力が残っているというところだろうか、右手を伸ばして距離を空けようとする、だが。

 

「たとえば、こんな」

 

「ふあ・・・っ!!」

 

首元に吹きかけられた息に七海の伸ばしていた手が一気に引っ込む。それを見計らって、コーデリアが左の空いている手で七海の右腕を壁に押し付ける形で抑え込んだ。

 

 

・・・なかなか素質がありそうですわ。

 

だらしなく涎を垂らし、目尻に涙を浮かべながら耐え忍ぶ七海の姿に思わずコーデリアは沸き上がる嗜虐心とともに生唾を呑み込んだ。

本来なら、二次成長を迎えていないこの身体を能力で無理やり過敏にしているのでこの反応は仕方ないのだが。

それでも、刺激に対して過敏になっているとはいえ、必死にこちらの誘いを耐える姿はとてもたまらない。

 

首元は彼女自身の汗もあってか、未だに湿り気を帯びている。コーデリアがその部分に優しく息を吹きかけると。

 

「んん―――――っ!!」

 

冷気が刺激となって脳髄を刺激する。先ほどよりも強く、そして甘く。

七海は叫ばずに耐えようと口に咥えている自身の財布に一段と噛む力を込めた。

 

 

・・・大成功ですの。

 

コーデリアは身も心も手中に収めつつある七海を見て、思わずうっとりとしていた。

彼女自身がこの手を使うにあたって、何が何でも守り続けている最低限のルールが存在する。それは相手を恐怖させない事だ。

 

相手の心に、”恐怖”を植え付けるのではなく、まるで夢の世界へ誘うように”快楽”を与える。

痛みによる征服も出来るだろう。ひたすら拒む相手を自身の力で押さえつけ、嬲るように従わせる事も出来るのだ。だがそれをコーデリアはしようとはしない。なぜなら、

 

・・・それは相手の心を傷つける愚かな方法、ですものね。

 

自分がそうだったから分かる。痛みというものは、一度屈してしまえば絶対的な強制力を持ち、人間の深い意識にしぶとく根付くものなのだと。与えられる痛みが恐怖を誘発し、その痛みから逃れるために服従の意を示すように、やがて心を相手に差し出す。

 

逆らうならば”痛み”をもって更なる”支配”を。

従うというのなら”服従”という首輪を嵌めて逃げられぬように更なる”痛み”を。

それが、コーデリアが辿った業苦の世界。

 

 

「っと、時間がないですわね」

 

物思いにふけるのも考えものだ、とコーデリアは我に帰る。

目の前には息も絶え絶えな、もう一度刺激を与えれば簡単にその心を差し出してくれそうな少女を見て、薄く笑みを浮かべながら締めに入ろうとする。

 

・・・さぁ、終わりです。

 

 

その時だった。

 

 

 

 

『ハジマリハゼロwオワリナラゼッww』

 

 

唐突に、七海のポーチから奇妙な日本語ラップを含んだ着信音が流れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハジマリハゼロwオワリナラゼッw』

 

 

「・・・!!!」

 

ポーチから伝わった僅かな振動と、己のハイセンスから選ばれた着信音で、七海の意識が一気に覚醒する。先ほどから存在している自身の体温や頭のダルさがまだ残っているが、次第にその支配からも解かれていく。

 

・・・これは夢じゃないッ。

 

口に咥えている財布と、その先でこちらから財布を奪わんとする少女、コーデリアを再度認識してこれが夢ではなく、幻なのだと七海は理解する。

 

「なんですの、コレ」

 

謎の着信音に気を取られているコーデリアは、不用意にも視線をポーチの方へと移している。これ程大きな隙を見逃す七海ではなかった。

 

「このォ・・・・」

 

さっきまでとは段違いに動くようになった四肢に力を込めながら、七海は油断しているコーデリアの腹部に狙い定め、左の拳を強く握り始める。

そして、噛み締めている財布を食いちぎらんと力を更に込め、マウスピース替わりの役割を果たす事で生まれる全力の左ボディーを、

 

 

「ズェアッッ!」

 

コーデリアの腹部にピンポイントで突き刺した。

 

 

「ごふぅ!!」

 

めり込んでいく拳に、コーデリアが肺に溜まっていた空気を吐き出して、膝を折って倒れこむ。やりすぎかと思った七海だが、こちとら財布を奪われそうになった上、催眠プレイぎりぎりの所業を許す所だったのだ。正当防衛なのだ。

 

「はぁ、はぁ・・・痛くして悪かったけど、そっちが悪いんだよ。人の財布を盗んだら犯罪なんだって、勇次も言ってたから」

 

息を数度吐いて、倒れているコーデリアをゆする。まだ痛みが引いていないか、震えているようだった。

 

 

・・・あちゃー、結構キツイのが決まっちゃたか。

 

あの夜、蛭子小比奈との勝負の最中、刀を折られても相手と渡り合えるように”素手”での格闘を身に付けようとしていた事が原因か、まだ起き上がれないコーデリアに申し訳なく思う。

といっても、格闘術はてんでわからないのでボクシングの動画を見るだけだったが。

 

「あー、ごめんごめん。私が悪かった。 もう許してよ、ね?」

 

そう言ってコーデリアの顔を見ようとして七海は目を数度見開いて、身体を硬直させる。

 

「う・・っ、ぐすん。 う・・ううっ」

 

嗚咽を漏らしながら、コーデリアは涙と鼻水を流していた。地面の土と涙が入り混じったその顔面は先ほどの端正なお嬢さまからは想像が出来ないような汚れっぷりである。

 

「うわ―――ん!この薄情もの―――!!」

 

「ええ・・・」

 

終いには大声で泣き始めてしまったコーデリアに七海が呆気にとられながらそう言葉を漏らした。

 

「殴ることないじゃないのよもうっ!! 馬鹿! 駄犬! この雌犬!!」

 

「誰が雌犬だコラ! 仏の心を持つ私も流石に怒るよ!!」

 

コーデリアに対して飛びかかる動作を見せたとたん、彼女の泣き声が止まった。

しかし、その鬼気迫る七海の表情にコーデリアは身体を震わせてまた、

 

 

「うわぁぁぁああん!! 痛いのやだぁぁぁああ!!」

 

 

さっきよりも大声で涙を洪水のように流しながら叫ぶのであった。

正直、先程までのお嬢さまのような風格はどこにもない。

 

・・・ど、どうしよう。

 

今更ながら、殴ってしまった事を痛烈に後悔してる七海だ。幸いこの場所は人気がないこともあってか、コーデリアの叫びが今は他の誰かに気づかれる事はない、だがそれも時間の問題だ。

 

「う、うう・・・秀さん、助けて・・ぐすっ」

 

「いや、秀さんって誰さ」

 

嗚咽とともに漏らした誰かも分からぬその名に七海が肩を落とす。

取り敢えず、この泣き虫お嬢さまをどうやって沈めればいいかと案を模索しようとしていた時だ。先ほど自身のケ携帯が鳴っていたのを思い出す。

 

「あ、勇次だ」

 

スマートフォンの画面の着信履歴に彼の名が表示されていたので泣いているコーデリアそっちのけで七海は八洲許へかけ直す。

数度の呼び出し音の後、彼との回線が繋がった。

 

『おう、出るのおせーじゃねぇか。なんかあったか』

 

「あ、いや・・・ちょっと。 で、どうしたの勇次」

 

横目でまだ泣いているコーデリアを見ながらそう答え、電話の向こうにいる彼に問う。八洲許はややあってから、

 

『ああ、墨とか美濃には言ってるんだが・・・一度観音長屋に来て欲しいんだが大丈夫か』

 

「え、今はちょっと・・・」

 

「うわああああああん! 秀さぁああああん!!」

 

『・・・・』

 

数秒ほどの沈黙の後、何かを察した八洲許が口を開く。

 

『イジメかな?』

 

「違うからッ!! カード買いに行ったらイタリア人の金髪お嬢さまに声を掛けられて!催眠プレイすれすれの果てに、バイオレットのカード見せてもらおうとしたらいつの間にか相手にボディブローを決めてたのッッ!!」

 

 

色々と端折ってしまっているそのめちゃくちゃな答えに八洲許は、

 

『はいアウトー、ちょっと色々とまずい気がするから取り敢えずアウトー』

 

「だーからー! 誤解だってばー! 本当によく分かんないんだって!!」

 

と、電話の向こうで未だにこちらを疑ってる八洲許に七海は苛立ちを覚える。電話という端末でこの事の顛末を説明するのは難しい。

どうしたものか、と落ち着き無くコーデリアの周りを歩き始めていた七海だったが、電話の向こうで八洲許が溜息をついたのが聞こえて足を止める。

 

『で、そいつは今どうしてる・・?』

 

そう問われた七海は視線を下へと向ける。 コーデリアは未だに地面に体育座りをし、両腕で顔を隠しながら、

 

「ひ、秀さん・・・うぅ、助けて。 最後に一度、私を抱いてください」

 

 

「泣きながら”秀さん”、と、もの凄い重いセリフを口走ってます」

 

『秀・・・?』

 

その言葉に思う所があったのか、再度八洲許が間を空ける。誰かと話しているようだったが話が済んだのか再び電話に出た彼は一度咳き込んでから淡々と言った。

 

 

『ようし分かった。 七海、取り敢えずそのガキも一緒に連れて来い。観音長屋で保護者が待ってる、ってそう伝えろ』

 

 

 

 

 

 

 

昼時を過ぎた東京エリアの山に存在する、八洲許たちの隠れ家『観音長屋』にて小さくすすり泣くような女の声が聞こえていた。

 

「う・・・うぅ、お前さん、酷いですわ」

 

畳の上に座る金髪の少年の膝下に顔を伏せながらそう言う少女がいる。その少女もまた金髪だ。

泣いている少女、コーデリアを慰めるように秀は頭を撫でながら、

 

「ごめんなコーディ、でも言ったろ? 仕事探してくるまではあんま出歩くなって」

 

「うう、これは・・・その」

 

「コイツ私を辱めながらその隙に財布のお金を盗もとしたんだよ!!」

 

口篭るコーデリアに七海が顔を怒りで真っ赤にしながらそう指摘する。その事実を聞いて美濃が立ち上がった。

 

「・・・ちょっとコーデリアちゃん、だっけ? お外、いこっか」

 

「ひっ」

 

笑顔でそう言いながら、指をポキポキと鳴らす美濃に、コーデリアが小さく悲鳴をあげる。 周りの者たちもその威圧感に圧されたか、周りの大人二人も静かに壁際へと退避した。

それを見て、震えているコーデリアを抱きしめながら、秀が言う。

 

「すまん赤髪幼女、美濃ちゃん。 コイツが全般的に悪い、それは分かってる・・・友達の為に怒るなら、その怒りを俺にぶつけてくれ」

 

と、コーデリアを庇うように前に出る秀。 

その行為に一瞬戸惑った表情を見せる美濃だったが程なくして、彼が目を輝かせていることに気付く。

秀は両腕を広げながら高らかに、

 

「だが俺を倒せると思うな! 幼女の攻撃なんぞ俺にとっては回復の材料! ヒールスキル! どんなに殴っても無駄無駄ァッ!!」

 

告げる。 次の瞬間、秀の顔面に直撃する足があった、八洲許のドロップキックだ。

 

「オラァッ!!」

 

「ぎゃあああああ!!」

 

華麗に決まったドロップキックに叫びながら秀が畳を転がる。彼は壁に激突し、上に飾ってあった木材が頭に落下して動かなくなった。

 

「お前さぁああああん!!」

 

悲痛なコーデリアの叫び声が響く中、この劇場を見ていた墨が叫んだ。

 

「テメェらいい加減にしろォ!! 俺たちのアジトぶっ壊すつもりかッ!!」」

 

その怒号に、八洲許も同じく怒号で答える。

 

 

「うるせぇ! このロリコン小僧は一回シバき倒してやるんだ!!」

 

「そんなんだから嫁にも姑にもいびられんだ!!」

 

「いまカカアとババアは関係ねぇだろうが!!」

 

「まぁまぁ落ち着いて二人とも!!」

 

「そうだよ。話を進めてよ」

 

その間に割って入る七海と美濃。 とても四十を過ぎた大の大人とは思えないようなやりとりに呆れながら、二人を落ち着かせるように促した。

 

 

 

 

 

 

 数分後、気絶した秀が目を覚まし、七海や美濃、そしてコーデリアを含めて話が進められる。

内容としては、この目の前にいるロリコン少年こと秀とその相棒であるコーデリアを晴らし人とするかどうか、という物だった。

 

静まり返った空間の中で、八洲許が口を開く。

 

「これは俺の個人的な意見だが・・・フリーの殺し屋だったら、なんで俺らと組む必要があんだ」

 

確かに、と同じ意見を持っていたのか隣にいる墨が肩を鳴らす。

 

「依頼料総取り出来るじゃねぇか。 わざわざチームを組んで金を減らすなんてメンドくせぇ事してんだ」

 

 この仕事を行う上で、必ず承知しなければいけないのは依頼料の分配だ。元締めから貰った依頼料は必ず均等に分配しなければならない。

問題なく事が進めば良いのだが、希に依頼料を全て総取りする為に仲間を裏切る輩がいる。 八洲許が秀だけでなく、墨などのチーム加入を渋った理由としてはこれが最も当て嵌っている。

 

ならばこの少年、秀もその類ではないかと八洲許は疑った。 だが、秀は動揺する事も、二人の殺し屋に視線を刺されながらも物怖じすることなく口を開く。

 

「俺みたいなフリーの殺し屋は、必ずとも収入が安定してる訳じゃない。 元締めを介して仕事が入ってくるアンたらとは違って、こっちは生活に支障が出るくらいだ・・・俺の両親は殺しの腕を叩き込んですぐ死んじまった」

 

「・・・一家揃って殺し屋かよ」

 

 

頭を掻いた八洲許に秀が頷いて続ける。

 

「親父が殺し担当で、母ちゃんが情報担当。 二人ともある日突然、死体になって帰って来やがった」

 

足を組んで、彼は自身の手一点だけを睨みつけながら続ける。

秀にとって、それが裏の仕事関連であったことは幼い自分にとってもすぐに理解出来た。

 

「親戚もガストレア大戦のせいで死んじまったから頼れる人間はいない、二人が残してった金だけでやり繰りするのはキツイ。 しかも大戦が収束してから、暴徒とかも居て自分の身を守らなきゃいけなかった。殺しの技を持っている俺がこの道に入っちまうのも・・・わかるだろ」

 

「・・・・」

 

静かにそう語る秀に八洲許は黙った。 高校生のような若い人間にしては、あまりにも辛い道だ。

 

 

・・・こいつらも”生きるため”に必死なヤツ、か。

 

煙草を吸おうとして、切らしていたのを忘れていたか、まさぐったポケットに何も入っていないのが分かると忌々しげに舌打ちをした。

自身は生活する為に殺しの稼業に躍起になることは無かった。 むしろ、殺しをしなくても警察という職業柄、別に無理して殺しをしなくてもいい。

 

だが、今まで殺してきた仲間の事を考えたとき、自分だけおめおめと逃げる訳には行かなかった。 

そして今は、仲間たちが向かった地獄へ行く事をひたすら怖がっている。いつのまにか、自分の人生の目的が”ひたすら長く生きる”事へと変わってしまったほどに。

 

「お前さん・・・」

 

秀の横で正座に耐えられなくて足を崩したコーデリアが心配そうな瞳を向ける。 

大丈夫、とその頭の上に手を置いて秀は微笑んだ。

 

「別に居候のお前のせいだとは思ってない。 安心しろよ・・・俺がもし一人だったとしても、こうなるのは時間の問題だった」

 

そう言って秀は自身の両膝に手を置いた。景気のいい音が響いて、彼は八洲許と墨に視線を戻す。

どこか大人びたようなそんな目だ。

 

「頼む。 役に立たねぇなら、それで切り捨ててもらってもいい。 でも、できる限りのことはなんでもする・・・仲間にしてくれ」

 

土下座をして、頭を下げる秀に隣にいたコーデリアも同じく正座をしてから頭を下げた。

 

「私からもお願いします」

 

 

やや間ができても、二人は頭を上げない。 例え、ひたすら八洲許たちが黙っていようが二人はこちらが声をかけない限り、決して頭を上げないだろう。

強い覚悟が見えた。

 

「墨・・・」

 

怪訝な表情で、八洲許が言うと墨は視線だけをこちらに向けた。

 

「俺はつくづく思うぜ・・・”こんな稼業、やらなきゃ良かった”ってな」

 

「へへ、じゃあ辞めるか? オイ」

 

冗談じゃねぇぜ、と八洲許は続ける。

 

「今更逃げられるかよ。 それに、お前がよく言ってたじゃねぇか」

 

 

―――地獄への道連れは多い方が楽しいからな。

 

 

「・・・言ってたっけ、俺そんな言葉」

 

「墨さん・・・自分の発言には責任もとうよ」

 

恍けるように後頭部をさする墨に美濃が呆れたように溜息をついた。

ふざけんなよ、と内心で八洲許は思いながら土下座をしている二人を見て、口を開く。

 

「次の仕事次第だ」

 

そう言われて、秀が顔を上げた。八洲許は続けて、

 

 

「いい気になるなよ若造。 使えねぇと思ったら俺はマジで切るからな・・・墨、こいつの事しっかり見とけ」

 

「え、なんで俺?」

 

自身を指差して、彼は頭上にクエスチョンマークを浮かべている。どうしてこういつも抜けているのだろうか。

そう思いながらも、八洲許は彼を無視して無理やりその役を押し付けることにした。

 

 

「じゃあコーデリアちゃんは私達が監視してもいいかな」

 

「仲良くしようよ」

 

謎の笑みを浮かべてそう言うのは七海と美濃だ。 特に美濃に関しては若干恐怖を感じる笑い方である。

コーデリアはその笑みに引きつった表情を浮かべながら、

 

「いいですわよ・・・こちらこそ宜しくお願いしますわ。えーっと・・・」

 

名前が分からず、戸惑うコーデリアを見て七海と美濃がお互いに見合わせて、彼女に柔らかな笑みを浮かべる。

 

「私は七海!」

 

「私は美濃!」

 

「ナナミ、と、ミノ・・・と。うん、うん・・・」

 

名前と顔を交互に確認しながら、コーデリアは何度もつぶやいていく。 

顔と名前が完全に一致して、大丈夫だ、という笑みを浮かべた彼女は高らかに笑って見せた。

 

「宜しくてよ七海、美濃! 今から私の華麗なる下僕になる事を認めてあげますわ!!」

 

腕を組んで態とらしくエラそうに言う彼女に二人は、

 

 

「さぁ、早速調子に乗って参りました!! やっちゃいます美濃ちゃん?」

 

「やっちゃいましょう七海ちゃん」

 

 

二人が手の関節を鳴らして笑みを浮かべる。だが、今度浮かべたのはゲスな笑みだ。特に美濃に関してはゲスを越えた外道の笑みである。

 

「な、なんですの!? なんですの!?」

 

「昼間の仕返しじゃーい!!」

 

「せいやッ!!」

 

 

勢い良く突き出された美濃の突き刺し指がコーデリアの額を突き刺さる。まるで世紀末伝承者が秘孔を突いたの如く、”ビキーン”というSEが響くとコーデリアの身体がまるで糸の切れた人形のように動かなくなった。

 

 

「え、ちょっ! 動かないのですけど!!」

 

涙目で訴えるコーデリアに答えるのは、

 

「そう動けないよ、そして動けないコーデリアちゃんを私たちがどうするか、わかるよね? わかるよなぁ? わかるでしょ?」

 

「ダイジョブ。 マッサージするだけだよ。うん、ここまでの道のりは大体13キロだから足に疲れが溜まってるはず。 まずは足から行きましょうね」

 

ゲス道を極めたかのような笑みを浮かべた幼女だった。

 

「手つきが! 手つきが二人ともいやらしいですの! そう言って、私にエロい事するつもりですのね!! エロ同人みたいに!」

 

全く抵抗するどころか、動けないコーデリアに二人が飛びかかる。

 

相変わらず馬鹿なことしてるな、とそう思った八洲許がひとつの異変に気付く。

彼が見据えるその視線の先には、何故かカメラを持った秀の姿が。

 

「なんでお前カメラ持ってんだ」

 

そう問うと秀は目を輝かせてカメラを再び、七海たちの方へと構えた。

 

「幼女三人がッ 健全に絡み合・・・遊んでいるこの微笑ましい光景を収めなきゃ、と俺の使命感がそう告げるんだッ」

 

「・・・・」

 

その発言に一度咳をした八洲許は無言でそのカメラを掴むと、

 

「え、ちょ」

 

大きく振りかぶって、

 

「や、やめて」

 

力任せに、

 

「ヤメろぉぉぉぉぉ!!」

 

壁へと叩きつけ、完全に破壊した。

 

 

「うわああああああああ!!!」

 

観音長屋に、秀の叫びが木霊した。ちなみに、そのカメラは幼女撮影専用に後三つあるらしい。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

オマケ

 

 

 

 

 

「ぐすん・・う、ううっ・・・汚された、私は汚されましたわ!!」

 

「ちなみに私思うんだけどさ美濃ちゃん」(ゲス顔)

 

「どうしたの七海ちゃん」(恍惚)

 

「コーデリアちゃんって・・・死にそうだね。序盤で」

 

「そうだね、サガフロ的に、コーデリアは死亡フラグだからね」

 

「ちょっ! どういうことですの!! 答えなさいよ!! 答えなさいってば―――!!」

 

 

 

 

 

 

 

―――延珠、財布の金を盗まれる~  完  ~

 

 

 

 

 




第九話、長ったらしいので要約すると、変態お嬢さまとロリコンが仲間になった。これでおkです。

コーデリアさんのせいで、これだといかがわしいタグが一つ増えるんじゃないかなぁ。でもこんな描写もやってみたかったんだ。挑戦するしかない⇒すいません、結局下手くそでした。

サガフロの分岐ルートでコーデリアを選択し後悔した人は私だけじゃないはずだ(血涙を流しながら)


次回は休憩回にするので次回予告はなしです。代わりにこの小説では初の聖天使さまと菊之丞さんに出番が・・・あとゲス脇。

多分前に読者の皆さんには言ったと思いますが、この作品は原作の一巻がラストになりますのでご了承ください。


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~聖天子はパフェが食べたい~

 真面目に本篇やれよ! と突っ込まれそうな今日この頃。今回のメインは聖居の人達。


 東京エリアの第一地区には、”聖域”とも呼んでも良い場所が存在する。ネオゴシック建築によって作られた骨に似た石柱、湾曲した窓ガラスに傾斜した前門。白を基調とするその色合いは、邪悪な者を寄せ付かせない程の神々しさまでも感じさせた。

 

―――聖居。 東京エリアの三代目国家元首、聖天子が住む場所である。

 

 

 

ガストレア大戦後、日本のエリアが五つに分かれたその混乱を収めるにあたって東京エリアを治めたのが聖天子だった。その後、時代が流れてこの2031年に据えられている聖天子は三代目である。

 

 

「・・・・」

 

聖居の執務室。諸本が並ぶ本棚に囲まれた部屋の窓際、樫の木製の机にてペンを走らせる一人の純白の少女が居た。

 

 

その聖天子の三代目は他者を圧倒するほどのカリスマ、そして美貌は歴代の聖天子のそれとは比べ物にならないほど群を抜いている。 彼女のこの執務室で羽ペンを紙に向かって走らせるその動作だけでも絵になるというもの。

この光景を誰もが見た瞬間に見惚れて挙句の果てには”聖天子ちゃんマジ天使”などの語句を垂れ流す輩が現れるだろう。

 

 

彼女の向かう視線の先にあるのは一枚の資料だ。 だがそれは、机の横に置かれている数千と積まれている資料の一枚に過ぎない。 聖天子というのは常に外交というイメージがあるが一般的にも政治職というのは外交よりもまず自分が管轄するエリアの仕事が殆どだ。

 

ふと、なめらかに走るペンが止まり彼女は一息を付きながらもペンを持っている人差し指に自身の下唇を乗せてある事を思った。

 

 

 

 

 

―――あぁ、パフェが食べたい。 

 

 

 

 

 

 

 

2031年某月某日、東京エリア国家元首三代目聖天子はこの日に限り無性にパフェが食べたかった。

 

 

 

 

休憩のお話~聖天子はパフェが食べたい~

 

 

 

 

 人の七つの罪とも呼べる”食欲”、それは唐突にもやって来るものだ。 たとえ自分が食料を必要としない無機物の類でない限り、生物というくくりの中ではこの”食欲”というものは決して避けられぬ物なのである。

 

 

・・・何故でしょうか……無性に甘いものが食べたくなりました。

 

 

 目を摩って、自分の今日までの激務を思いだす聖天子の顔色はどちらかといえば平然と装っているが、それでも疲労の色が見て取れる。 昨日は朝から執務室にて資料へ目を通して、午後になれば来月に行われる会議の段取りやそれに伴う他の有権力者との会議の打ち合わせ。 

 今日にいたっても、明日の記者会見のデモンストレーションがこの後一時間くらい後に行われる予定だ。 そのあとは、東京エリアの各地区を回らなければいけないので聖居に戻ってくるのは早くて夕方になるだろうか。 その間にここで如何に山積みの資料を消化できるかで、今日の睡眠時間が決まってくる。

 

 

 だがここで問題となったのは、先ほどから自身をざわつかせる内なる欲求、”食欲”だ。 こればかりは如何に三代目国家元首であろうが、避けられない物だ。

 

 

・・・い、いけない……この後の会議の時間を考えるとここで現を抜かすワケにはッ!

 

 顔を横に数度振ってペンを再び走らせ始める聖天子。 だが、またペンを止めてしまう。そして、彼女が見つめるのは自身の足元に置かれた純白の箱だ。一応、見た目は座っている自身の膝ぐらいの高さだ。

 これは書類を入れる引き出し棚なのだが一番上にしか引き戸が存在していない。 簡単に言うと、書類を入れる棚にしてはスペースの数が少ない存在理由の低い棚なのだ。

 

 だがこれにはある仕掛けが施されている。

 聖天子は壁にかけられていた無数のカギの中から西洋的な形の鍵を取り出して、それを資料棚の真横に存在してる鍵穴に差し込んだ。右に一杯回してみせると中からガコン、と機械的な音とともに引き戸より下の無駄なスペースが扉となって開かれる。 その部分が開かれるとともに、ふわっ、と流れ出てくるものがある。 それは”冷気”だ。

 

「あぁ、気持ぃ……」

 

足元に降りかかる冷気に何とも言えない心地よさに仕事中にも関わらず頬を緩ませた。 この資料棚式”冷蔵庫”、その名を『冷やし丸・金剛型』は秘書である清美(きよみ)が作成してくれたものであった。

 

 

 

―――聖天子さまも、国家元首がございますが自身が女であるということを忘れないでください。 もし、疲れた時や息抜きがしたい時はこちらの鍵でここの仕掛けを解いて頂ければ。

 

 

そう言われ、最初は彼女が何を言っているのかが分からず、半信半疑でその仕掛けを作動させたのだが中に入っている”モノ”を見て聖天子は目を輝かせた。

 

 

 

―――秘蔵仕掛けの書類棚、その中に入っていたのはなんとパフェだったのである。

 

 

 

 

・・・清美さん、貴女はやはり私の味方ですね。

 

 思わず目尻に涙が浮かんだ聖天子だった。 清美は自分よりも年配で、いつもお堅いイメージがあったのだが、書類棚を冷蔵庫に改装するという驚愕な仕掛けを見て彼女を一層信頼するようになったのは言うまでもない。

 

きっと菊之丞では決して行き届かないこの配慮。

 

 激務に追われる自分を案じてこのような機能を作るとは、聖天子の秘書官は伊達ではなかった。ちなみに、この書類棚式冷蔵庫”冷やし丸”は他にも種類があり、最新機の”金剛”より前四つは”摩耶”と”榛名””霧島”そして”高雄”という名前らしい。

 

 

「どうしていつも大戦時の戦艦名がつけられるのかが疑問ですが」

 

 

 ペンを置いて、彼女はゆっくりと前へ姿勢を屈むとそのパフェを両手で掴んで机の上へと置いた。そう言えばこの前に清美が漏らしていた愚痴があった、と聖天子は思いだす。 いつもよりもズレ下がっていた鋭角的な眼鏡が彼女の不調を表すように口元を歪ませて清美は、

 

 

―――おのれ、妖怪・猫吊るし……!! 

 

 

 

 今思えば、その猫が一体何を示していたのかを聖天子は知る由もなかった。 現在清美は自身の室に戻り、仕事中のはずだ。 一応時間が迫ってきたときには顔を出しに来てくれる。何をしているかは分からないが。

 

 

・・・やはり、いつ見ても『ビストーリア』の作るパフェは……。

 

 

 ”美しい”、その一言に尽きる。 

高いグラスに盛られたアイスクリームはバニラとチョコクッキー、そしてその上にバランスよく彩られているフルーツの数々。アイスの下にまた贅沢にホイップクリームチョコソースのかけられたシリアル、積み重なったこの層を女性が見たならば一瞬で心を奪われる究極の造形美がそこにある。

 

 初めてこのパフェを口にした時、聖天子は自身が東京エリアの国家元首であるという事を忘れてしまっていた。疲れた体に甘いもの、と言われるが、疲弊した自身の身体に行き渡る甘味はまるで快楽。 職務を忘れ、その甘き塔を一口一口、丹念に味わった。 海の地平線を歩いるような感覚だったということを聖天子は思いだす。それは自身が国家元首であるという存在がひたすらちっぽけなものと感じるものだった。

 

 

一度、国家元首としての大きな会議の前日にこのパフェを食べた所、疲れは吹き飛び、会議も大成功した。 なので、軽い願掛けみたいなものも含まれている。結局は、パフェがどうしても食べたいという理由付けにしかならないが。

 

 

・・・一番最初はアイスから?それともやっぱりフルーツ……とすればピーチに。

 

銀スプーンを取り出してアイスクリームの上にこぼれないように一口サイズの桃を乗せる。自分はやはり欲張りだな、と思った聖天子である。 

 

 

一度手を止めて辺りに誰もいないということを確認してから、

 

「いただきまーす」

 

小さくそう言って、聖天子が口へと銀スプーンを運ぼうとしたその時である。

 

 

 

 

 

 

「失礼します。 聖天子さま、菊之丞でございます」

 

 

聖天子にとって今一番来て欲しくない人物の声がドアのノック三回とともにやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですか菊之丞さん」

 

「はい、聖天子さま。 もう少しで会議の時間になります、故にその準備の方は宜しいかと」

 

招き入れたその初老の男性は筋骨隆々としており、聖天子の身長を遥かに越えていた。天童菊之丞、その人である。

 

・・・なぜこんな時に入ってくるのですかッ 菊之丞さん、早くしないと……パフェがッ!!

 

ちら、と足元の床に置かれたパフェを見て聖天子が唸る。 バレないように置いている訳だがアイスクリームが半分を占めているこのパフェは常温では直ぐに溶けてしまう。 今でもこうして菊之丞との会話その一秒ごとに、アイスの表面が溶け出しているが肉眼でも確認できた。

 

「……ええ、菊之丞さん。準備は出来ています。 時間になったら清見さんがまた連絡してくれますので」

 

だから即座に、冷静に対応して退室してもらおうとする聖天子だが。

 

 

「ええ、ですがもう一つほどお耳にしておきたいことがあるのです」

 

聖天子補佐官である天童菊之丞は山のように動かなかった。 聖天子の顔が固まり、様子を窺った菊之丞だが構わず彼は続けて言う。

 

「最近東京エリアで多発している、連続殺人事件についてです」

 

 

 

 天童菊之丞は羨望の眼差しとともに、敬意の念を聖天子に送る。 その意は年甲斐もなく惚れているという感情とは天と地ほどの差があり、これは彼女を敬愛するゆえに生まれているものなのだと、彼は理解しているつもりだ。

 

 

「―――ふむ、少々この部屋は肌寒いですな。 少々温めておきましょう」

 

そう言って、彼は室温系を見て暖房の温度を高めに設定した。 東京エリアを束ねる国家元首、その身が風邪でもひこうものなら後後の会談でも大きな支障を出すことだろう。 そうした健康管理について口を出すのも補佐官としての勤めである。

 

だが彼が振り向くと、

 

 

「・・・・・・」

 

こちらの方に手を伸ばして何かを訴えている真顔の聖天子の姿がそこにあった。 どこかしら体調が悪いのか、その表情には汗が見える。

 

「なにか?」

 

「・・・いいえ」

 

残念そうな、致し方ないといったような感情を噛み砕いたかのような表情に菊之丞は首を傾げる。

 

 

・・・最近激務の連続だからな……無理もない。身体に疲れが溜まっているのだろう。

 

 健気にもこうして東京エリアの為に身体を張る彼女の姿を菊之丞は痛々しくも、見守らなければいけないという気持ちで一杯だ。 例え十六歳という若さであっても、その身は既に国家に捧げた身。 迫る会議などを平然と乗り切らなければいけないのが、彼女の国家元首としての宿命なのだ。

 

 

「それで菊之丞さん、貴女が言うその連続殺人事件とは」

 

「ご存知・・・ないのですかッ!?」

 

 聖天子の言葉に菊之丞の目が見開かれる。 それに驚いたか、聖天子が数度目を開閉させて。

 

「一応東京エリアの情報は入ってきていますが、殺人事件とは数え切れないほど起きているので、どのケースを指すのか・・・」

 

「おお、そうでしたな。 この菊之丞、一生の不覚」

 

小さくお辞儀をして見せて、菊之丞が続ける。今この東京エリアで起きてしまっている、謎の殺人事件を。

 

 

「つい先月起きた矢野橋運輸機構の密輸事件は覚えているでしょうか」

 

「ええ」

 

「その前に起きた民警殺し、山泥組と朝野病院院長の殺人事件も」

 

「もちろんです。 まだ犯人は捕まっていないとか」

 

聖天子は冷静に頷く。その情報を確認できていることで説明する手間がだいぶ楽になったと思った菊之丞出会った。 ならば、本題へ入る必要がある。

 

 

「これらの事件の犯人が同一人物の可能性が出てきましてな」

 

その言葉に聖天子が目を細める。

 

 

「どうしてそう思うのでしょうか。 全ての現場を見た訳ではありませんが、それぞれは別の地区で起きた事件です。 菊之丞さんがおっしゃる根拠は一体どこに?」

 

 

 当初東京エリアを騒がせた民警殺し、同じ民警による恨みによる犯行だという線で捜査が行われていた。 しかしそれは唐突に終わることとなった。 一人の警察官が刺殺され、それが皮切りになったようにピタリと犯行が終わったのだ。 一時期は全ての民警に警戒文書を送ろうかと聖天子と談義したのを思いだす。

 

 

「それは殺人の手口ですぞ、聖天子さま」

 

「手口・・・ですか?」

 

今度は菊之丞が頷いた。

 

「暗殺生業晴らし人・・・聞いたことはお有りでしょう」

 

「はい・・・」

 

 

 

 

―――晴らし人。 もはやガストレア大戦が終わった今となっては都市伝説とかした存在。

人々の晴らせぬ恨みを『金』で買い、望む相手を殺す。 まるで過去の時代劇にあった設定そのものだ。

 

 

だが聖天子と菊之丞は知っている。 テレビでシリーズ化されていたこの裏稼業は江戸時代から実際に存在していたことを。

 

 

「闇を追い、闇に溶け、闇の中にて標的を滅する、しかし滅するは悪人に限り―――その者たちの存在は、我が天童家も百年以上危険視していたほど」

 

 

 

―――あるものは刀を用いた一撃必殺の刺殺技を。

 

 

―――あるものは相手の骨を砕く剛手の技を。 

 

 

―――あるものは糸や紐を用いた吊るしの技を。

 

 

 

決して足は残さない。 一時期は正義の審判者とさえ言われた者たち、それが晴らし人。

 

 

「私が見てきた限りの全ての現場から推測するに、刀使いと骨はずしの晴らし人はこの東京エリアにいると思われます」

 

 連続していた殺人事件を見て、菊之丞は最初はただの間違いだと思っていた。 だが、その間違いは直ぐに訂正される。 現場を直接見て、天童式抜刀術の免許皆伝を持つ菊之丞は被害者の刀傷を見て驚愕した。これはかなりの手練による殺し技であると。

 

 

「今はまだ静かではありますが、これに乗じて他の晴らし人達も活動を始めるでしょう・・・時に聖天子さま、私は貴女にお尋ねしたい」

 

厳格な瞳を向け、菊之丞は口を開く。 全ては、国家元首である彼女の覚悟を知るためだ。

 

「東京エリアにて暗躍するこの者たち、貴女は東京エリアを代表する国家元首として如何なされるのか」

 

「決まっています」

 

聖天子はその厳格な菊之丞の視線を物ともせず、恐れず向き合った。

 

「例え恨みを晴らすとはいえ、彼らが犯したのは”殺人”という大罪。 彼らは裁かれなければいけません」

 

力強く、彼女は続ける。

 

 

「全ての罪は法の下で。 東京エリアでの狼藉はこの私が許しません」

 

 

 

 素晴らしい、と菊之丞は心の中で感嘆の言葉を唱える。 彼女こそ、自身が生涯を掛けて従い、そして守らなければいけない真の女王だ。 菊之丞は聖天子の瞳に覚悟の意志を見た。

 

 

「失礼します・・・長話になり、申し訳ございません」

 

 

・・・聖天子さま、私は貴女を守る剣となり続けましょうぞ。

 

 

 

敬意の眼差しと共にお辞儀をすると、満悦したかのような緩やかな笑みを浮かべた菊之丞は扉を開け、出ていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

菊之丞の居なくなった執務室の空間で、聖天使が虚な瞳で机に置かれたあるものを置かれていた。

 

 

―――耐えられるはずがなかった。

 

半分を溶けやすいクリームに包まれたその冷蔵物が、

 

 

―――溶けないはずが無かった。

 

菊之丞の策略(偶然)により暖房の温度を上げられたこの密室の空間で。

 

 

―――パフェは死んだ。 暑さに耐えられず、形象崩壊を起こしたのだ。

 

 

「わた・・し、の・・・」

 

どろり、とグラスからはみ出るクリームが机に堕ちていく。 その様を呆然と眺めつつ、聖天子は銀スプーンを取り出した。

 

 

「わたしの・・・・パ、フェ・・・」

 

 フルーツを乗せるが、最初のようにクリームと一緒に乗せようとしても、スプーンに掬われるのは白い液体だけだ。 既に手遅れだった。

 

 

「あ・・・・」

 

 か細い声と共に、机に落ちる音がある。彼女が掬ったピーチが力なく机の上に落ちたのだ。 これがトドメとなったのだろうか、彼女はまるで絶望の色をその瞳に浮かべ、頭を垂れる。

 その時、執務室の扉を叩く音がした。 中に入ってきたのは秘書である清見だ。

 

「失礼します・・・聖天子さま、会議のお時間になりました―――って、アレなんかこの部屋熱い」

 

 鋭角的な眼鏡をあげて、清見が見たのは絶望に見舞われて机に伏している聖天子の姿だった。 清見は周囲を見渡し、その原因が机の上に置いてある形象崩壊を起こしたパフェを見て事の顛末を予想し始めた。

 

 

「そう言えばさっき菊之丞さんが通ったような・・・」

 

「・・・・」

 

 聖天子は答えない。 そしてこの上げられた室温、聖天子にはやたら五月蝿い天童菊之丞だ。 恐らく、タイミングの悪い段階で彼がやって来て、長々と世間話をされたのだろう。

 

 

「まったく・・・菊之丞さんも間が悪いというかなんというか」

 

 ある程度察した清見が大きく溜息をついた。 聖天子の顔が机から離れて、こちらに向けられる。 先ほど涙を流したのか、少々目が紅い。

 

 

「ご安心を聖天子さま・・・こんな事もあろうかと、パフェはもう一つ用意してありますの」

 

その言葉を聞いた途端、絶望の闇にいた聖天子の目がみるみる輝きを取り戻していく。 やがて彼女は立ち上がっていつもの凛々しい雰囲気を取り戻し、

 

 

「さぁ清見さん、会議に行きましょう」

 

希望に満ちた笑顔で、会議へ向かうのだった。

 

 

 しかし、しっかりと涙目の顔を見ていなかったのか、この出来事が後に『涙目会議の聖天子』という名前で東京エリア新聞の一面を飾ったのはまた別のお話である。




 聖居に執務室があるかって? 清見さんがネタキャラだって? 聖天子がこんな仕事してるかって? すべて妄想です本当にありがとうございました。

パフェが食べれない「ぐぬぬ・・」顔の聖天子さまを思い浮かべたらできてたんだぜ。このお話は。

ゲス脇がいないって? よぅし、こうなったら彼メインで一本作ってみようじゃないか(ゲス顔)

次はゲス脇が出る。しかし四千文字でまとめる。


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登場人物まとめ~晴らし人編~

ゲス脇は犠牲になったのだ・・・まとめ編の犠牲にな。


八洲許 勇次(やすもと ゆうじ)

 

年齢:44歳

 

旧姓:中村(なかむら)

 

使用武器:不明

晴らし人歴:20年

 

 

・・・東京エリアに住む44歳のオッサン。主人公その一。職業は警察官で、階級は刑事。年齢的にはベテランの域だが、仕事が出来ず、同じ第18地区警察署にいる上司の田中熊九郎には常に叱られている。同僚や親しまれた間柄の人間からは「やっさん」という名前で呼ばれている。ちなみに、「やっさん」というのは”八洲許のオッサン”の略である。

 

 旧姓は『中村』で、ガストレア大戦が起こる前は大阪に住んでいたが28歳の時に代々警察官の血筋を伝えてきた八洲許家の縁談の話を受け、婿養子になる。しかし、仕事でのうだつのあがらなさや無駄に高いプライドを持つ嫁と姑の手により、第13地区にある実家を追い出されてしまった。子供が出来ず、姑からは”種無しカボチャ”という渾名が付けられている。

 初期は警察の仕事に熱い思いを抱いていたが警察内部で腐った内部に失望し、暗殺の裏稼業へと望みを託す。だが裏の世界でも仲間の死や、どうにもならない世の中に心を磨り減らして、今のような昼行灯刑事となってしまった。ガストレア大戦の後、呪われた子供の七海静香を引き取り、オンボロアパートにて二人で暮らしている。殺しの仕事を七海ばかりにやらせているのは理由があるらしい。蛭子影胤とは昔殺りあった深い仲。

 

本篇にて明らかにされていないが、『全国婿養子の会』の副会長である。

 

 

 

七海静香(ななみしずか)

 

年齢:10歳

 

モデル・ドッグ

 

使用武器:刀(銘刀:KOTETSU)

 

・・・八洲許勇次とともに暮らす、モデルドッグの呪われた子供たち。八洲許の配慮で正体を隠し、延珠と同じ勾田小学校に通っている。延珠や舞とは気の知れた仲。能力開放時はガストレアの因子が強く出るせいか、獣耳が生え、髪は白く背中まで伸びる。なぜ姿が変わるかは不明。 主に殺しの稼ぎ柱。 奥山新陰流を習得中であり、八洲許や木更の初歩的な剣術指南により”突き”に関してのレベルはかなり高いものとなっている。 その内、他の流派にも手を出していく予定。 延珠の影響や本人も興味があるせいか、彼女と同じく耳年増になりつつある。

色々な人たちに犬扱いされる子供。

 

 

 

伊堵里 墨(いどり すみ)

 

 

年齢:44歳

武器:素手

 

・・・赤い裏地の着物がトレードマークのオッサン。 ガストレア大戦が始まる前から八洲許とは晴らし人同士でチームを組んでいた。 ガストレア大戦が激化してきたこともあって殺しの仕事が減ったためか『殺し屋マジ無理』と考えた彼は八洲許たちと分かれた後、その日その日を生きるためにバラニウム鉱山の採掘現場で働いていた。結局、鉱山採掘も命が奪われる可能性の高いブラック会社だったため一年でトンズラ。 

 その道中で放浪者・相良美濃と出会い、彼女と拳を交えた後に互を認め合い、共に生活をするようになった。 東京エリアでは美濃とともに按摩屋を経営。 馬鹿力であり、殺し技は素手による相手の骨をはずす『骨はずし』。 無頼の女好きで夜は美濃を残して女遊びをすることが多く、それを美濃に咎められている。

 

 

 

 

相良美濃(さがら みの)

 

年齢:10歳

武器:素手

モデル:アント

 

・・・伊堵里墨が職場からとんずら中に出会った赤髪の少女。極度の恥ずかしがり屋であり、墨に褒められるのは平気だが、初対面の蓮太郎などに褒められると我を見失うほど。 モデルがアントということで怪力を生かした殺し技を用いいる。 墨同様に骨外しもするが、常に使っている殺し技は首を一回転させて相手を絶命させる。七海と二人で行動するときは作戦の説明を率先して行っていたことからリーダーの素質あり。

 絵本の中でしか外国の存在を知らず、彼女にとっての夢は『いつか外国に行く』事である。

 

基本褒められると誰が相手だろうと途轍もなくデレる訳だが、そのせいでちょろイン化が進んでいる一人。

 

 

 

東 秀(あずま ひで)

年齢:17歳

武器:簪

 

・・・蓮太郎と同じ勾田高校に通う高校三年生。フリーの殺し屋であり、一家揃って殺し屋の家計に生まれた少年。両親は既に死んでおり、現在は相棒のコーデリアと二人で暮らしていたが、資金繰りに厳しくなり伊堵里墨の紹介で八洲許の承諾を得て、晴らし人になろうとしている。次回の仕事で彼が晴らし人になれるかが決まるが果たして・・・。 重度のロリコンで、延珠の写真を求めて蓮太郎につきまとう男。 幼女大全コレクションという犯罪ブックを持ち歩いていて中には幼女の色々なアングルの写真が入っている。殺し技はまだ明かされていないが簪と名前だけでどんな殺し技かは大抵わかるはず。 

 コーデリアの事を大事に思っており、彼女の事情を考慮した上で晴らし人になる決意をしている。晴らし人になるのはお金に困っているという理由だけではない他の理由があるそうな。

 

 

コーデリア

 

年齢:10歳

武器:不明

モデル:不明

 

・・・金髪縦ロールで黒のドレスのどこかのお嬢さま。 初登場早々、延珠の財布から三万円を盗むというリアル窃盗を行ったイタリア人。 因子はいまだ明かされていないが延珠や七海を操るような描写から、幻惑系のものと考えられる。

 能力の特徴としては、相手を発情させたかのような状態にしていう事を聞かせている。後遺症といったものは残らず、能力発言中の出来事は当人からは夢と処理される便利な能力。 延珠に関してはキスだけで終わったが七海に対して行った行為は催眠プレイすれすれの事をやらかしたので観音長屋での会議の際は美濃をマジギレさせた。

 秀は恩人であり、彼女の愛する人でもある。秀の事を”おまえさん”と呼ぶのはそういった理由から。 自身が認めた親しい人物にはコーデリアではなく、『コーディ』と呼ばせる。

 

*サガフロ2にこんな感じの名前がいたけど決してフラグではない。ちょろインその2。

 

 

 

 




もはや言うまでもないだろう、ゲス脇のお話が全く浮かばなかったので没となり申した。彼の出番は暫くお預けということになります。

コーデリアや秀の部分は話が進むにあたって随時更新していく予定です。全部書くとネタバレになるからね。しょうがないね。

未だにやっさんだけ戦闘シーンがない。なんてこった。



―――次回予告。



木更「今は没落した名家の屋敷、そこは一度入ったら二度と戻ってこれない屋敷と呼ばれていた。中では男と女の情事が繰り返される」

延珠「蓮太郎、”じょうじ”ってなんだ」

蓮太郎「延珠、それは宇宙ゴキブリのことだ」(白目)

木更「全ては一人の姫の戯れ事。 誰ひとりとしてその遊戯を止める者などおらず、一人、また一人と、夫だけが無差別に消える事件は続く」

蓮太郎「シリアスなのか、シリアルなのか」

木更「屋敷に連れ去られた里見蓮太郎は、その屋敷に隠された闇の秘密を知ることになる」

延珠「うーむ。この流れだと蓮太郎が掘られるイメージしか浮かばないぞ」

蓮太郎「どういうことだよ」

木更「次回暗殺生業晴らし人第十話~男狩無用(おとこがりむよう)~ 次回もお楽しみに」

延珠・蓮太郎
「すげー! ちゃんと次回予告やってるゥ―!!」


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第十話~偽善無用~①

 お久しぶりです。 別の方の小説がひと段落つきましたのでこちらに戻って参りました。 十分な充電期間になったのでこちらも頑張って更新していきたいと思います。


「うっわー、こりゃヒデェや」

 

 玄関を開けた八洲許の鼻にやって来たのは濃い血の匂いであった。 眉間に皺を寄せて玄関を上がると自分よりも先に到着していた他の捜査員たちに軽めの挨拶を済ませて現場へと重い足取りを進める。 

 

「おえぇ・・・・自分、吐いてきていいっすか・・・・」

 

 一緒に同行した渋野が踵を返して外へと走り出す。 若い彼にとっては少々ハードな現場であることに間違いはない、だがこの血の匂いは晴らし人の八洲許にとっては嗅ぎなれた匂いなのだ。

怖気づきもしなければ、逆にワクワクしてしまったくらいである。

 

 

 死臭がした訳ではあるまいに、と頭を掻きながら八洲許は思う。最近の若い者は根性が足りない、と同時に思っていた。

 だが、渋野はまだ頑張っている方である。一言二言しか発さないがその他作業は黙々とこなし、呪われた子供には丁寧に対応したりと、そこら辺は肝が据わっているのは彼の長所だ。 ただ単に、幼女が好きなだけかもしれないが。

 

 そうこう思考を巡らせる間にも目的の場所に到着した。 玄関から数十秒足らずと言った所だろうか、良くも古式な作りの家には当然と言ったように和室がある。だがこの和室は静かな廊下と違った一室であった。

 

 

「ふむ・・・・」

 

 ぐるん、と辺りを見渡して目に飛び込んできた”赤”の色。 床、天井、壁、姿見にすらべっとりと付着しているのは紛れもなく”人の血”である。 まるで異世界、いきなり汽笛が鳴ってサイレンの世界に迷い込んだのではないのかと言う程の魔界っぷりには捜査員たちもさぞ困惑したに違いない。

 

 

 東京エリアにてこの殺人事件が起きたのは約数時間前。 被害に遭ったこの邸宅の主、大城土岐(おおきどき)は見るも無残な姿で近隣の住民に発見された。

 朝方、新聞やが玄関が全開の状態だったことを不審に思い中へと入るが和室から姿を見せた”人の手”とそこから流れている血に驚いて和室を確認する。これを聞いて、八洲許は第一発見者はさぞかし地獄絵図を目の当たりにしてトラウマになったに違いないと彼に同情すらした。

 

 

――――確認した時、第一発見者の視界は新鮮な血の世界。 そして玄関から見えた人の手の先は存在していなかった。 主を失った右手が第一発見者の眼に映ったのである。

 

 

 さらに辺りを見れば、何かが転がっている。それは人の足の形をしていたし、腕のようなものもあったという。

トドメには胴体と首が転がっていたそうな、聞いただけで渋野が4.5回は吐いてきそうな内容だ。

 

「遺体の四肢は全て鋭利な刃物により骨までもが綺麗に切断されていました。 犯行に使われた刃物はまだ見つかってはいません」

 

というのは捜査員の一人。 するとぞろぞろと数人の捜査員も入り込んで調査を開始した。その捜査員たちからひそひそとした声を八洲許は耳にする。

 

 

『こんなの人間業じゃねぇって。 絶対に呪われた子供たちの犯罪だよ』

 

『この家結構アコギな商売で金稼いでたからな、どこかの悪人が呪われた子供にやらせたんじゃねぇかって話だ』

 

 

 確かに、と八洲許は彼らの言葉には一理ある。 尋常じゃないパワーを持つ呪われた子供ならば、人間の四肢を抜き取る事などは容易い。

 だが、この被害者の場合は四肢は全て鋭利な刃物で切断されていたという。 これが八洲許に呪われた子供の犯行を否定させた。 骨をも綺麗に切断するという技は子供が出来るような芸当ではないからである。

 

 

 明らかに武器を使うことに長けた、達人クラスの実力を持つ者の仕業だ。 

 

 

「これは何か起きるぞぉ。 ヤダナー、お仕事怖いよー」

 

 八洲許の感じたのは同業者の可能性。 しかも達人クラスだ。 長年この表と裏の仕事をこなしてきた彼にはある一種の勘がある。 こういった事件の近い日の内に必ず裏の仕事がやって来るという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむむ・・・・・」

 

 眉を吊り上げた七海静香がその額に汗を一筋流し、対面する敵を睨んでいる。 八洲許のアパートの一間にて、静寂の中、激しい戦いが繰り広げられていた。

 

 正面にいる金髪ゴスロリ少女、コーデリアが妖しく笑う。 彼女達の間には散りばめられたトランプのカードがある。 晴らし人の子供たちは現在カードゲームにて絶賛戦闘中であった。

 

「まだ終わらないのババ抜き・・・・もう三十分くらい経ってるんだけど」

 

 七海の横で寝ながら本を読んでいるのは同じ仕事仲間の相良美濃。 すっかりとこの勝負が長引いていた為か彼女は退屈そうにページをめくっていく。

 

「くふ・・・・クフフフ。  さぁどうしたのかしら七海、早く私の手札からドローしなさいな」

 

「ぬぅ」

 

 コーデリアより差し出された手札は残り二枚。 このラストにて七海が上がりのカードを引けば、七海の勝ちである。 だが、その二枚の内に潜まれたジョーカーのカードを引けば、七海の敗北である。

 

 ババ抜きとは相手を騙すというテクニックを駆使して勝ちあがらなければならない、酷く心理戦に特化したゲームだ。 ポーカーフェイス、手の動き、残り枚数のカード、そして運。 そのゲームは今まさに佳境を迎えようとしている。

 

 

「さぁさ、私は言っていますよ。 『本命は右のカードです』・・・・・と」

 

 猪突猛進の七海だったら、迷わずに自身の本能のままにカードを選んでいただろう、だがコーデリアのこの発言が七海の選択を滞らせる。これは彼女の嘘ではないか、と。

 

 

・・・・コーデリアちゃんが言う右の”本命”がジョーカーなのか、私の上がりカードなのか分からない!!

 

 

 そう、彼女は”右に本命のカード”があると言っているだけで、七海の本命ともジョーカーであるとも答えてはいないのだ。 まんまと選んだカードがジョーカーであったらコーデリアの思うツボであろう。

 

 

そして、簡単に踏み出せない理由が七海にはもう一つある。

 

 

「ちなみに、最後に負けたらどうなるか分かっているかしら・・・・ゲーム開始前に私と交わした約束、覚えているでしょうね」

 

「くっ! 一体、何をする気だこの変態レズ野郎!」

 

「誰がレズですか! さっさと選びなさい!」

 

 悪びれる様子もない七海に再度カードを引かせようと迫るコーデリア。 このままでは埒が明かない。七海は一気に勝負に出る事にした。

 

「本当に私の本命は右のカード?」

 

「・・・・さぁ、どうでしょうね」

 

 今の質問の最中に七海には見えた。 コーデリアの視線が、一瞬右上に動く瞬間を。

 

・・・・前に勇次が言ってた。 人は嘘をつくとき視線が右上に泳ぎやすいって!

 

 心理を揺さぶられている側が逆に相手を揺さぶる、このカマかけ戦法によって勝利への最善を見出した七海が攻める。彼女が示した右のカードが嘘、だというなら七海の本命は恐らく左。

どちらが七海にとっての本命だとか、コーデリアにとっての本命だとかはすっかり忘れてしまっている七海である。

 

「七海ちゃんのぉ! シャイニングドロオォォォ!」

 

 コーデリアの手札から選ばれたカードが光の軌跡を描く。 勝利を確信した七海が満面の笑みで確認するとそこには、

 

「え・・・・」

 

 

 ジョーカー。 まさかのジョーカー!

 

 

「え・・・なんで・・・?」

 

 

 七海混乱。 だが、数秒後状況を理解してきた七海が目にしたのは自分がコーデリアに負けたという、事実。

 

 

「あ、あ・・・・・ああ!!」

 

 

 視界が歪む。 どれくらい歪んでるかと言うとどこぞの賭博黙示録の主人公の視界ぐらいに空間全体が歪んでいる。 その結果を受け入れられなかった七海は畳に倒れてしまった。

 

「七海ちゃーん!!」

 

 大げさにもほどがあるリアクションで美濃が叫ぶと、八洲許の一間に甲高い声が響いた。

 

 

「オーホッホッホ! 私の勝ちですのよー! イッツ・グレイトォ!」

 

 お嬢さま風に笑った彼女はニヤリと先ほどとは違う邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

「さ、私の言うことを聞いてくださいな、七海」

 

 

「あ、あばばばばばばばば」 

 

 

わきわきと怪しい動きをする手に七海は震えるばかりであった。

 

 

 

数分後の光景である。

 

 

 

「いやーん! ケモミミ最高ですわー!」

 

「う、うう・・・・・」

 

 

 アパートの一室、そこには能力を開放して犬耳状態へと変身している七海を嬉々として抱きしめるコーデリアの姿があった。

 

 

「あら、この耳なんてすごい。 そしてこの毛並み、質・・・・どれをとっても上質ですわぁ・・・・癒されるぅ」

 

「くっ・・・・こんな辱めを受けさせられるくらいならいっそのこと殺せ!!」

 

「いやですわ、貴女は私に負けた犬ですの。 犬は私の言うことをなんでも聞くのよ」

 

もはやこの世に神はいないのか、と七海は絶望する。 数日前、金目当てに身体を触って首筋をペロペロしてきた変態女にカードゲームで負けるのだ。 屈辱以外の何者でもない。

 

「でもどうして・・・・コーデリアちゃんの嘘は見破ったはずッ」

 

「嘘? 何を言ってますの? 私は最初から本当のことしか言ってませんわ」

 

先程からそのまま畳の上に放置されていた残りのカードをめくって見せつける。

 

「 嘘を吐こうとするから相手に読まれやすいの。 表情とか口の動きとか微妙に変化するから。

でも真実だけで語ってみなさい。 本当の事を言っている時は自然体のハズよ」

 

「わ、私のカマかけは良かったでしょ?」

 

「ああ、あの視線を追ったことですわね。ああやってワザと引っ掛かってあげれば、嘘の方に誘導し易いですわ」

 

何ということだろうか、コーデリアにとって七海の考えなど最初からお見通し。全て彼女の手のひら上で踊らされているに過ぎなかったのだ。

「ひ、卑怯だ! そんなのズルだぁ! ジャッジーーーー!」

 

「残念だけど七海ちゃん、こればっかりは救いようがないよ。慈悲もかけられない」

 

 隣の美濃も助け舟を出すこともできない状態だ。

 

「でも、私たちは殺し屋・・・・・都合上こうして嘘もつかなきゃいけない時があるんじゃないかしら」

 

 ふと、七海を撫でていたコーデリアの手が止まる。 七海が上を向いて彼女の表情を確認した時の彼女の顔は、いうなれば、10歳の少女がするようなものではない”達観”したものであった。

 

「目的を遂げる為に・・・・もしくは自分を護るために嘘をつかなきゃいけない時があるということを、七海も覚えておくべきよ」

 

と、ここで七海が違和感に気付く。 いつの間にか自分のお尻にコーデリアの手が掛けられていたのだ。

 

 

「・・・・・なにしてんのさ」

 

目を細めて七海が問いただすとコーデリアは口角を上げて言う。

 

「いやー、犬の因子だと聞いたのものだからてっきり尻尾があるのか確認したくなっちゃってー」

 

「ホウ」

 

そう告げたのは、七海ではなかった。 コーデリアの後方で構えていた美濃がコーデリアの肩に手をかけて、次の瞬間に強烈な腕力で引っ張られる。

 

「きゃっ! ・・・・・ちょっとなにするんですの! 私これから七海の身体検査を――――」

 

 無理やり正面を向けさせられて抗議の声を発しようとしたコーデリアの発言が許されなかったのは、その口を強制的に美濃の手が塞いだのだ。 

 それはそっと添えらえるような塞ぎ方ではなく、よく悪党があるような左右の頬に人差し指と親指が食い込むような荒っぽい塞ぎ方だ。

 

「アタマナデタリスルノワイイヨ、・・・・・デモオシリハヤリスギジャナイカナ?」

 

 笑顔でロボット語の美濃だが、瞳だけは完全に暗転している。 まるで人を殺す時のような冷たい視線だ。

 

「アンマリナナミチャンニチョッカイダスト・・・・ツギ、ナイヨ」

 

 

 美濃の手から力が抜けて、コーデリアの口元から手が離れていく。 だがコーデリアの頬には強烈に力が込められた美濃の手の跡がくっきりと残されていた。

 

 するとコーデリアは突然、押し入れを開いて七海が普段使っている掛け布団を取り出すと自身にそれを被せて、しゃがみこむ。 

 まるでビスケットオリバ、もしくはイゼルローン要塞の如き球体となったコーデリアを美濃と七海は黙ってみていたが次の瞬間。

 

 

『みゃああああああああああああ! 痛いですわぁあああああああ!』

 

盛大に泣き叫ぶ声が布団の中から聞こえてきた。

 

『うわぁあぁぁああん! 秀さぁん! 助けてぇぇぇええ!!』

 

「あー、美濃ちゃん。 ちょっとやりすぎだよー」

 

 鳴き声にぐったりしたように肩を落とした七海が能力を解いて、布団越しに頭があるであろう部分をゆっくりと撫で始める。 美濃も慌ててコーデリアを諌めるべく、その布団で背中の部分を撫で始めた。

 

「ご、ごめん・・・・・なんかブラックな感情が湧き出ちゃってつい・・・・ほら、なんていうの? 聖杯からなんかドロッとした液体が流れてくる感じで」

 

「いやー、ブラックだよ。 この世全ての悪になっちゃだめだよ美濃ちゃん、危うくコーデリアちゃん殺す勢いだったよ フェストゥム絶対殺すマンみたいな容赦なさだったよ」

 

 美濃もバツが悪そうに顔をしかめる。 だが、次には一つの疑問が生じており、美濃はその疑問を口にしたのだ。

 

「でも・・・・なんでコーデリアちゃんってこんなに”痛み”に対して敏感なんだろうね」

 

「そうだね、叩かれたりは勿論だけど石に躓いて転んだりとか、そんな大したことでもなくても泣くんだよね」

 

 さきほどとは打って変わって知的な姿は見えなくなり、赤ん坊のように泣き叫ぶコーデリアの豹変ぶりは今に始まったものではなかった。 七海との初対面の時も、能力未使用の腹パンをかましただけでその場に倒れて泣き叫んでいた。

 

 痛みに対して過剰に反応するコーデリア、きっとそこには二人の知らない深い闇があるのだろう。 それが呪われた子供として誰もが対面することもあった辛い想い出なのは間違いない。

 

「だけど、今の私達にはそれを確かめる事は出来ないよ・・・・・こういうのって、話す時は向こうからじゃん」

 

 誰しも、人に言いたくない過去の一つや二つはあるものだ。本人にしては掘り下げられたくない過去でもあるのもある、古傷を再発させるような行為を避けようと思った故の七海の配慮であった。

 

「次はやり過ぎちゃだめだよ。 コーデリアちゃん、泣き始めたら秀さんいない時だと半日は泣き止まないから」

 

「う、うん・・・・気を付ける。 ご、ごめん」

 

 自身の行為を諌められて表情を暗くする美濃に、七海が言葉を作る。

 

「ま、まぁ私もあんな風にお障りされたらぶん殴りたくなるから・・・・うん、臨機応変だしっ」

 

「う、うん・・・・・」

 

 さっきと同じトーンの口調に七海は思う。 これはマズイ状況だ、と。 このコンディションでは仕事が来ていざ連携した時に支障をきたしてしまう。 七海は問題を解決すべく、余っている手を美濃の頭に置くとゆっくりと撫で始めた。

 

「大丈夫、美濃ちゃんは世界一かわいいから! 仲間思い出超絶美少女だから!」

 

「ほ、本当!? え、えへへへ・・・・」

 

先ほどまでの沈んだ顔はどこへやら、蕩けるような笑顔の美濃が完全に調子を取り戻したところで七海は思うのである。 やっぱ美濃ちゃん、チョロイ、と。

 

 

・・・・・やっぱ皆色々闇が深いなァ。

 

 呪われた子供として生を受けた時点で、普通の生き方は許されない。 ガストレア大戦時に親族を失った大量の奪われた世代は血眼で自分たちを憎む。 ガストレアと同じ赤い目を見て発狂する人も居るくらいだ。 

 

 この東京エリアでは呪われた子供たちを引き取ってちゃんと虐待せず育てれば国から養育費を貰えるという制度があるが、この制度で貰えるお金の為に呪われた子供を引き取ってロクに育児する者がいないとも千寿夏世から聞いていた。 そうして、心に傷を負った者たちが生まれてしまっているということも。 

 

 

 七海は特にそういったバイオレンスな親に引き取られた訳ではなかったのでそういった話は半信半疑なのだが、この二人の態度を見ているから察するにその話は本当なのだろう。

自分たちは、望んでこの能力を手にした訳でもないのに、ただただ普通に、普遍的な人生を歩んでいきたいのにと、そう思っているのに。

 

 

「よーしよし、デリアちゃーん。 秀さん帰ってくるまでもう少しだよー、早く泣き止んでねー」

 

 胸の痛みを感じながら、その痛みを払拭するようにコーデリアの頭を再度撫で始める七海であった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 充電期間中に考えていた。 恐らく、この作品は仕事人のように依頼人の背景を長々とやっていたら多分本篇ストーリーの進行が遅れるだろう、と。 泣けるような話をかける訳でもないので、それだったらシンプルに原作キャラたちとの掛け合いを重点に置いた幼女中心のお話になるんじゃないか、という方向になりつつあります。 アイェェ....大人組みはほんと保護者みたいでたまにしか出番がない、とか。

だから第一巻の内容なのに、『アレ、お前なんで今出てんの? 』みたいな展開が出てくるかもしれません。 そこら辺は幼女ズの成長の為にご理解いただければと思います。


なので、今回のお話も充電期間中にだいぶ変わってしまって別のお話になってしまいました。一応、二、三話で区切るつもりです。 

大分遅くなりましたが、改めましてよろしくお願いします。


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