アドマイヤアナザー ~もう一つの一等星~ (煎餅さん)
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序章 始まりの話
生誕


 そんなわけで過去編です。内容的にもやっぱ最初からこっちのがキャッチーだったんじゃない? 横着したから出だしからわりと転けてる感じになったんだぞ煎餅よ、割られる覚悟は良いな?
 あとタイトルもこの際おしゃれから離れて、いっそ今流行りのもうちょっと簡潔なタイトルにするか悩む。

 今後は現行の投稿済み作品を時系列順に描写を編集すると思います。過去編で言及した部分を現行の内容から省いたり、それで減った分の加筆が主な作業になるかなと。
 今回の試みの初期案として現代編との平行も挙げてましたが、さては無理じゃな?


 気づけば暗い闇の中に居た。

 

 何故そんな所に居るのかは分からない。けれど不思議と不安はなく、むしろ居心地の良さを感じていた。

 

 とくとく、ぷかぷか。心地よい音と振動、心地よい浮遊感が俺を包んでいた。

 

「──────」

 

 誰かの声が聞こえた気がした。しかしくぐもった音で、意味のある音には聞こえなかった。

 

「──────」

 

 また誰かの声がした。こちらは少し近かったのか、先ほどよりは明確に聞こえた気がした。女性の声の様だ。

 

 再び声がして、こちらも先ほどより近づいたのか明確に聞こえた気がした。男性の声だ。

 二つの声が言葉少なに、何かを話していた。けれど、やはりその内容は不明瞭。

 

 そうして悩んでいた時だった。

 こつん。そんな風に何かが当たった気がした、近くに何かがあるらしい。

 

 とく、ととく。ぷか、ぷか。

 

 心地よい音と振動が二つ分、重なるように聞こえた気がした。自分と同じような状況に、誰かもう一人居るらしい。

 

 声をかけようとして、声が出ない事に気づく。それどころか、呼吸すらしていない事にも気づいた。

 けれどそれに慌てるといった事も不思議と起きず、そんな事もあるかと思うに留まった。

 

 そうこうしていれば、少し眠くなってきた。しばし眠るとしよう。

 

 ぷかぷか、こぽこぽ。近くに居るらしい誰かも、同じように考えたらしい。

 

 一層静かになった気配がした。

 

 

 

────☆☆☆────

 

 

 

 ふいに違和感を覚え、目を覚ます。

 

 目を覚ますという表現があっているのかもわからないが、何やら騒がしくなった気がする。隣に居る誰かも起きたのか、ぐずる様に動く気配がした。

 

 何やら窮屈な気がする。息苦しい。

 

 隣にいる誰かも同じ気持ちらしい、寝苦しそうに動き出す。

 

「────!」

 

 くぐもった声が聞こえた気がした。怒鳴っているらしい、周囲からも慌てふためくような気配が複数した。

 

「────! ──────!!?」

 

 くぐもった、怒鳴るような大きな声が聞こえた気がした。どこか心配するようなニュアンスを感じる。

 

 息苦しさが増していく。隣の子は俺よりもだいぶ余裕があるらしい、周囲の気配に無邪気に動く気配がする。なんだ、お前はただ寝起きが悪かっただけか。

 

 状況が全く分からない、流石にわずかに不安が込み上げる。

 

 しばらくして、徐々に音が鮮明になって行く気配がした。

 

「────子宮、露出しました!!」

 

 ほぼほぼ鮮明になった言葉が聞こえた。意味のある言葉を聞くのは久しぶりだった。

 

 だからこの時、その声が意味する物を理解できなかった。子宮ってなんだっけ、どうにも思考がぼやけている。

 

「子宮を切開、中の胎児に気を付けろ! 一人じゃないんだからな!!」

 

 子宮、切開、胎児。なんだったっけ、そもそも胎児って赤ん坊だったか。

 

 息苦しい、ダメだ、考えが纏まらない。

 

 

 

 ズブリ。纏まらない思考に、そんな鋭利な音が差し込まれる。

 

 それと同時に光が差し込み、今度こそ完全に、声が鮮明に聞こえ始めた。そしてそれと共に、隣にいた誰かが何かに持ち上げられる気配がした。

 

 

 

「一人目の胎児を娩出! 二人目も急げ、こっちが本命だ! チアノーゼを起こしかけてるぞ!!」

 

 その声が上がると共に、その後ろで赤ん坊の泣き声が聞こえた。そうか、これは出産か。元気な赤ちゃんが産まれましたって奴だな。

 

 あれ、チアノーゼってなんだっけ。確かヤバい症状だった気がするんだけど。

 

「二人目の胎児取り上げるぞ、臍帯の切断準備!」

 

 朦朧とする意識の中、そんな事を考えていれば何かに掴まれる感触。そのまま浮遊感を覚えて、直後に何かが切られた感覚がした。物理的にも、精神的にも。

 

「……自発呼吸確認! チアノーゼも快復していきます!」

 

 切り離された、そう気づいた時には反射的に泣いていた。身体が勝手に泣くので、別に抑えるような事も無い。

 一方で息苦しさから解放され、意識もはっきりしてきた。そして聞こえてきたその言葉の意味を、今度は正しく理解した。チアノーゼ、要は酸素が体内から枯渇した状態。自分がそれだったという事か、道理で思考もろくに定まらないと思った。

 そして同時に、少し意味が分からなかった。何故俺は赤ん坊の姿で、そんなチアノーゼなんて物になって死にかけてたんだろう。少しずつ記憶を遡って行こう。

 

 そう、遡れる記憶がある。俺には明確に、元々成人男性であった記憶があった。

 そして俺は少なくとも、その人生の良し悪しは兎も角、最低限の知識と共に社会の荒波に揉まれて生きていた。少なくともそれだけの記憶があるし、事実チアノーゼなんて言葉の意味も理解できている。

 

 

 

 憶えている事を確認していく。先ずは自分の名前。思い出せない。靄がかかるとかそういうレベルでなく、ごっそりと抜け落ちている感覚だ。

 

 自分の家族について。思い出せない。こちらもやはり、ごっそりと抜け落ちている。知人友人も同様だった。

 

 ならば先のチアノーゼなんて単語含め、一般教養に加えてその他雑学。これはそもそも意味を理解できている時点で確かめるまでもなく、感覚としては普段通りに思考が出来るのだから覚えているのだろう。

 

 趣味。覚えている。タバコは興味を持ちつつも結局やらなかったが、酒はやった。アニメや漫画、ゲームもそれなりに嗜んだ。所謂オタク趣味として派生で二次創作にも随分ハマったものだ。付け加えれば、ハマったゲームの影響で競馬にも。こちらは専らレースを見る程度だったが。

 

 

 

 こうして記憶を思いつく限り確認していれば、なんとなく気づいた事があった。覚えている事とそうでない物の違いだが、ある種の個人情報かどうかではないかと感じた。

 ある程度の地名や施設名、歴史的な人物は辛うじて覚えているらしい。だがそれ以外、個人情報となる名前やそれに関連する住所等は一切が抜け落ちている。

 一方でハマっていたアニメや漫画、ゲームのキャラクターの名前は概ね覚えていた。流石に声優などについては、個人情報の括りに含まれたのか記憶には残っていない。ついでに芸名もアウトなのか、例えばお笑い芸人という存在の知識はあってもどんな芸人が居たという記憶がない。

 

 要は特定個人の固有名詞に関する情報がごっそり抜けている。そしてそういった者達を指す記号としての芸名もまた、同様に抜け落ちているらしい。何故か一部の歴史的な人物、それこそ織田信長とかは覚えているが別の法則があるのだろうか。

 

 兎に角、最後に思い出すべきはこうなる前の事だ。何故、自分がこんな姿になっているのかを思い出さねば話にならない。もしかしたら夢かもしれないし、それならばどう目を覚まそうかと考えなければいけないのだ。

 

 そして思い出す。なるほど、俺は死んだのか。

 まぁ信号待ち中、大型トラックが来てるのに親の手を振り切って車道に突っ込んだ子どもを助けようとすれば死にもするか。

 次回からは子ども用ハーネスを付けて出掛けるんだぞって叫んだ心算だが、聞こえただろうか。あと助けるためとはいえ思いっきり親の方に向かって子どもぶん投げちゃったけど、あの子無事かな。俺のせいで余計な怪我してたら、心境的にちょっと複雑だし。

 ちなみにその直後、トラックが体にぶつかる瞬間からの記憶はない。まぁあるのは痛みやろくでもない情報だけだろう、あっても困る。

 

 自分の最後と、今の状況を照らし合わせればイヤでも何が起きているか理解できる。伊達にオタクとして一次・二次・三次問わず創作物を読み漁っていない。これが所謂転生という物である事ぐらいは理解できる。それも前世の記憶を保持したまま。

 願わくは平穏無事な世界であってほしい。謎の敵の襲撃に遭って人類滅亡の危機に瀕してたり、一見普通の世界だけど裏では異能力者が日夜ドンパチしてたりとかしてないで欲しい。平和に過ごしたいのだ。幸い、現状を鑑みるに一定の医療技術があるみたいだし現代的な世界なのだろう。カルチャーショックは避けられそうだ。

 

 

 

「母体バイタル安定。開放部の縫合完了、唯一の懸念点であった子宮の温存もできた。術式は成功。加えてウマ娘は内臓の治りも早い、一ヶ月もすれば再度妊娠をしても問題なく出産は可能なはずです」

 

 さて、状況の確認をしていれば医者らしき人物がそんな事を言った。子宮の温存という事は、もしや自分を出産してそれで終わりな可能性があったという事だろうか。というか記憶を少し辿って思い出したが、たぶんあの中には俺だけでなくもう一人居た筈だ。双子を妊娠したは良いが、何か問題があって自然分娩から帝王切開に切り替えた感じだろうか。

 大方俺の状況からして、胎盤か何かに異常があって片方に正常に栄養が回らなくなったとかだろうか。転生先でいきなり死に直面するとかシャレにならない。

 

「ふふ、お父さん。腰を抜かしている場合じゃないですよ、貴方の子供たちです。身体は少し小さいですが、元気なウマ娘ですよ」

 

 なるほどお父さんは腰を抜かしていたのか。大体煩くなるイメージがあったが、あくまでイメージか。でも冷静に考えれば帝王切開ともなれば出血も凄いだろうし、そりゃ腰も抜かすか。

 しかしなるほどウマ娘か、元気なウマ娘ですってありきたりな報告だよな。本当に言うんだって思った。そうか、俺はウマ娘か。

 

 

 

 あれ、ウマ娘ってなんだっけ。聞き覚えが凄くある。そう、確か俺のハマってたゲームが確かそんな名前だった筈だが。いやいやそんなまさか。

 

「双子のウマ娘の例はあまり多くないので、苦労なされる事も多いでしょう。ですがこの子達は、困難を乗り越えて生まれてきたのです。大変かと思われますが、確り支えてあげてください」

 

 あ、ダメだ。聞き間違いじゃなかった。そもそも「男の子・女の子」が普通は来るところに「ウマ娘」とか聞き間違えようのない物ではあった。諦めて受け入れよう。

 つまるところ、、俺はウマ娘の世界に転生したという事らしい。まぁ平和と言えば平和な世界だし良しとする。でも本当に平和だろうか、シンデレラグレイ見た感じウマ娘も大概殺伐としてないだろうか。走らなければセーフかな、そうかな、そうかも。

 

「……奥さんも今処置が終わりました、みんな無事です。少し重荷になってしまうかもしれませんが、快復するまでの間は貴方だけが頼りです。彼女たちが退院するまでは我々も最後まで確りと支えます、頑張りましょう!」

 

 身体が好き勝手泣き叫ぶ中でそんな事を考えていれば、父親らしき男性がお医者さんに激励されていた。当の本人はボロボロに泣いて頷く事しか出来ていないが、こういう人はちゃんと出来る人だというイメージがあるので親への不安はひとまず保留で良さそうだ。

 いやまぁ最悪自分の面倒を自分で見るという手段もあるが、それは自力で動けるようになる半年後以降。しかも下手に意思疎通が淀みなく出来ると、それはそれで気持ち悪い気がするので控えたいし。

 

「この後奥さんはICUで様子を見て、一般病棟に戻ります。赤ちゃんも一緒に経過を見て、同じタイミングで移れると思います。何事も無ければ、あとは体力が回復次第退院できると思いますよ」

 

 あれやこれやとお医者さんに説明されながら一先ず一度帰るらしい父親を見送り、俺を抱えたお医者さんが母親らしき人物の傍へ寄って行く。流石に身体も泣き止み、正直ものすごく眠いがまだ我慢だ。一緒に生まれたもう一人の顔や、母親の顔ぐらいは拝んで置きたい。

 

「さぁ、この人がお母さんですよぉ。お姉ちゃんももう傍に居るから、顔合わせしましょうね」

 

 どうやら俺は妹らしい。そりゃそうだ、先にもう一人が取り上げられたのだから。

 動かせる範囲で首を動かし、覗いてみれば確かにそれらしい女性が居た。麻酔が効いているから意識は無いが、眠っている彼女の直ぐ傍に私の姉らしい赤子が添えられている。

 しかしとんでもない美人さんの子どもに生まれたものだ。茶髪の、いやこの場合は鹿毛か。鹿毛のウマ娘で、意識が無く眠っている姿も中々映える。ウマ娘自体が美形ぞろいというのは良く聞くが、それでもこんなに美人さんがこれから家族だなんて緊張してしまう。

 その上、デフォルトでケモ耳種族なのだからずるいと思う。さらに隣に居る自分の姉らしき赤子に目を向ければ、なるほど美人に育つのがわかる可愛さだ。というかウマ娘って結構毛が生えそろって生まれてくるのか、流石に長くなり過ぎはしないようだが耳にも尻尾にも必要最低限は生えているように見受けられる。母親とお揃いの鹿毛だ、たぶん俺も同じ色なのだろう。双子とか言ってたし。

 

「本当なら、生まれてすぐにお母さん達からお名前を確認するんだけどね。お父さんは泣きっぱなしでそれ処じゃなかったし、お母さんも自然分娩を待つと貴女が危険だからって知って手術の為に麻酔で眠ってて……もう暫く待っててね? それまでお母さんたちと一緒に、おねんねしましょうね」

 

 そうか、自分の名前は暫くお預けか。確かウマ娘の両親は子どもの名前が自然と浮かんでくるみたいなのを何処かで聞いた覚えがある、元々前世での記憶力は良くなかったので出所は不明だが。とはいえこのお医者さんの言い分からして間違ってはいないらしい、ならば俺も今は我慢せずに寝てしまおうか。お医者さんもおねんねしましょうって言ってるし。

 

 

 

────☆☆☆────

 

 

 

 さて、あれから少し時間が経った。俺も姉も生後の経過は良く、母親もまた術後の経過が良いらしい。

 ちなみに検査の時間や何やらで巧く時間がかみ合わず、俺や姉がぐっすり眠ってしまっていたりで名前は今の今までお預けを食らっていた。どうせなら俺達がちゃんと起きている時に名前を口にしたかったらしい、なんだかすまない事をした気がする。でも子どもの睡眠はわりと重要だから見逃して欲しい、あと泣くのもね。

 

「ようやく貴女達の名前が呼べるわね」

 

 そういって優し気に微笑む母親。自分の母親相手にドキッとしてしまうが、たぶん今後は自分の姉にもドキッとしてしまうのだろう。前世はこんなに顔が良い女性に好意的な笑顔を向けられた事が無いので耐性が無いのだ。心臓が持つか不安である。

 

「先ずはお姉ちゃんから、貴女の名前はね」

 

 そういえば、前世では実際の競走馬は双子が発覚した時点で片方の胚を潰すとか聞いた事があるな。競争能力に影響が出るからとかで、実際に前世で俺の推しであるウマ娘も元の馬は双子だったらしく片割れを失っている。だが悲しいかな、ウマ娘世界でもそれは反映されてしまい彼女の妹は死産だったとの話だ。

 ついでに競走馬の双子繋がりで調べていた時に、アイネスフウジンの妹に当たる子が双子だったのは知っている。競走馬として登録されはしたが、どちらも二戦だけして敗戦。未勝利のまま終わったらしいと、確かに競争能力に影響はあるのかもしれない。成長にムラも出るかもだし、ある意味仕方がないが。

 

 そう考えると、ある意味で殺伐とした環境のトレセン学園に進まずに済むとも捉えられる。そうなれば本当の意味で平穏無事にこの世界でのんびりした生を謳歌出来るだろう。

 どのみちたぶん、ゲームでいうモブの類に生まれている筈だ。そういう意味でも余計な悲しみを背負うことなく突っ走れるだろう。

 

 

 

 なんて、気楽に考えていた。けれど現実はそう甘くはなかった。

 

「──アドマイヤベガ、素敵な名前でしょう?」

 

 

 

「──ぅあ?」

 

「あら? ふふ、貴女じゃなくて、お姉ちゃんのよ。貴女の名前はね、アナザーベガっていうのよ。貴女もとっても素敵な名前。……元気に育ってくれれば、それ以上は何にも要らないの。貴女たちが幸せになれるように、お母さんもお父さんも、いっぱい頑張るから……」

 

 

 

 たぶん、凄く間抜けな顔をしていたと思う。赤子なんだから常に間抜け面な気もしないでもないが、それはそれでこの世全ての赤子に対して失礼な気もするので撤回しておく。

 そして同時に、凄まじい絶叫を上げそうになったのを抑えた事をだれか褒め称えて欲しい。突然飛び出た前世での推しの名前に、発狂しなかった事を褒めて欲しい。

 母親が何か凄く大事なことを言ってくれたが、ニュアンスから鑑みてつまりはそういうことだろう。

 

 

 

 なんだ、つまりあれか。俺は生まれる筈じゃなかったポジションに生まれた、そういう事なのか。双子に生まれる事のデメリットを思い出していた矢先に、こんな現実を突きつけてきたというのはそういう事なのか。

 

 どうやら俺は平和な世界とか、殺伐とした世界とか、そんなちゃちな物では済まされない所に生まれたらしい。

 

 

 

 ──地獄。

 

 そう、地獄だ。

 

 

 

 推しに、アドマイヤベガに、本来居ない筈の妹が居る。

 それはとても幸せな事の筈で、諸手を挙げて祝ってやりたい筈なのに。

 

 それは俺の知っているアドマイヤベガなのかと、疑問が浮かぶ。

 それは、近い将来に本当は妹が居た事を知り、自分がその妹の分まで走らねばと自分を縛り付けた彼女と同じ存在なのか。

 

 そして何よりも、双子に生まれた競走馬の戦績は先に思い出していたばかりだ。

 ウマ娘は、別世界の魂を受け継いだ存在とされる。しかしだからといって、そのウマ娘の世界で双子に生まれてしまった場合は関係ないかもしれない。元の世界、俺の前世で持っている知識の通りになってしまうかもしれない。

 

 

 

 どうやら俺は、とんでもない世界に生まれてしまったらしい。

 推しが、推しらしく走れないかもしれない世界。性格も何もかも、俺が知っている推しと全く違う物になるかもしれない世界。

 

 質の悪い二次創作みたいな世界に生まれてしまった。

 

 くどいようだが何度でも言おう、ここはきっと地獄だ。推しが自分という存在に依りキャラ崩壊を起こしている様な世界は、少なくとも俺のようなオタクにはただの苦痛でしかないのだ。

 

 

 

 赤信号に突っ込んだ子供をトラックから助けたら、本来妹を亡くしている推しの妹に生まれるとかいう地獄に放り込まれた。いじめかな。




 ちなみに過去編での『馬』は仕様です。順応前なので。
 べつに世界の強制力とか使っても良かったんですが、これまで感想や誤字報告で来てたのを突っぱねてきていきなり変な設定ねじ込むのも可笑しな話だと思うので。
 特殊タグって言うんですかね、たまに見かけますがああいうの使えたら楽なんでしょうけど。勉強するのが億劫なので実装は先の話になるかなぁ。


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頑張って受け入れてみましょう

 えっとねー、えっとねー!
 先週のRTTTで脳を焼かれて死んで、水星の魔女で情緒をやられて死んで、アニポケもついでに見ようと思って観たらポケモンやりたい欲が出て来ちゃってポケモンSV初めてました!!

 そして昨日もほぼ同じ流れで最後にまだ見てなかったポケモン3話を見て癒されることでどうにか立て直しました。SVは始めて三日程でザ・ホームウェイまでクリアしてフォロワーさんの手伝いもあり推しポケのバクフーンもゲットしました。だから進捗がゴミカスだったんですねぇ。

 そんなこんなで過去編二話です、前回のガバ描写補完の設定とかの回でもあります。あと家の大きさとか。


 さて、一先ず冷静になろう。

 

 確かにここは地獄みたいな世界なのは理解したし、いじめとしか言いようのない環境なのは事実だ。しかし俺も大人だ、ここでヤダヤダ言って駄々こねるほど子供じゃない。いや今は赤ん坊だけど。少なくとも一時期流行ったスイープ因子は継承していない。してないよね、大丈夫だよな、神様の悪戯なんて物が無い限り大丈夫だと思う。そう信じよう。

 

 ただそれはそれとして、俺という存在が推しの進退に影響しかねない状況というのが凄まじく精神に来る。

 もちろん全部が全部俺の予想ってだけで、実際にそうなるかは分からない。杞憂に終わる可能性だって十分にあるのだ、どの道まだ赤子の状態だから競争能力なんて分かった物じゃないしね。

 しかし最大の問題は母親の反応が完全に憐みのそれだから、事実としてこの世界には双子のウマ娘の競争能力には問題がある可能性が高い事だろうか。これに関しては正直祈るしかない。もしかしたら名馬のウマソウル的な物が確立してさえいれば、こっちの世界でイレギュラーがあっても頑張り次第でどうにかなる可能性もあるし。ほら、アプリトレーナーとかそうじゃん。いやアレも大事故起きれば負けるけども。

 

 

 

 兎にも角にも、冷静になったら先ずは状況確認だ。

 先ほど母親が言った俺の名前、アナザーベガだったか。直訳したらもう一つの一等星、何か意味がありそうで実は特に無いとかありそうだから今深読みするのはやめておこう。

 次に周囲の状況だが、見てみればやっぱり父親の方もちょっと無理して笑顔浮かべてるな。娘が無事に生まれてうれしい反面、ウマ娘として生を受けたのに双子ってだけで道を一つ明確に失ってると考えると当然ではあるか。

 

 そこまで考えてふと気づいた事がある。なんかめちゃくちゃ視界が良好な気がする。

 というか生まれてすぐの時も、母親の顔を視認できてたしな。普通の赤ん坊ってこんなに視覚ハッキリする物なのかな、単にウマ娘ってその辺も結構普通の人間と違ったりするんだろうか。この辺りは大きくなったら少し調べてみるとしよう。

 

 気を取り直して、最後にアドマイヤベガ改め我が姉を見る。推しである事には変わりはないが、それはそれとして彼女は現世での姉である。であれば、俺は妹として素直に彼女を慕っておくのが良いだろう。

 そもそも例え俺が生まれた事が罪であったとしても、彼女には何も罪はない。ならばせめて彼女には幸せになって欲しいし、そのためには俺が妹としての役割を全うする必要がある。妹として、彼女を支えて見せようじゃないか。

 

 正直短絡的だし不謹慎極まりないのだが、俺が消えれば疑似再現出来るんじゃないかとも思った。だがアプリウマ娘の様に死産なら兎も角、一度生まれてしまってからだと状況次第では監督責任やらで両親に迷惑がかかる。普通にその後の推しの成長に影響が出そうだし、大人しくこの状況を受け入れて生きて行くしかない。双子に生まれた時点でもう身体的には変わらなさそうだし。

 

「あら、お姉ちゃんに夢中なのね。名前にも反応してたし、妹に愛されて幸せ者ねぇ」

 

 なんて考えていたら、母親がそんなことを言った。少し見すぎただろうか、まぁ赤子のする事だし深い意味で取られることもないだろう。事実可愛らしい解釈をしているし、こういうちょっとしたことも両親には良い思い出になる筈だ。

 

「うーん、そうねぇ……お姉ちゃんはアヤベ、貴女は……ザーガにしましょう。お父さんも、それで良いかしら?」

 

「僕もそれで構わないよ。可愛い呼び名だと思う」

 

 どうやら呼び名を決めているらしい、というか決まったらしい。アヤベはアヤベで、元のまま。史実だとアドベと呼ばれていたらしいが、そっちは女の子に付けるには可愛くないしまぁ没だよな。

 ならば俺の方はと言えば、ザーガというのも中々少年ちっくな雰囲気がある気がする。しかし他に何か良いのがあるかと言われれば微妙なところで、アザベとか捻らずアナザーとかしか浮かばない。そしてどちらも結局わりとゴツイ呼び名になり、ザーガが幾らかマシと消去法で決まった感があるのは気のせいだろう。

 

「さぁ、みんな経過が良いから明後日には帰れるんだ。病院とは雰囲気が変わってビックリするかもしれないけど、お家に早く慣れてくれるといいなぁ」

 

「ふふ、そうねぇ。そうだあなた、この後哺乳瓶を買い足しておいてくれる? ザーガがあまりお乳を飲みたがらないのよ」

 

 退院後の生活に想いを馳せる父親に同意しながら、母親がそんな事を言った。まぁ中身が中身だからちょっと抵抗があるのは事実だ、流石に免疫力とかの獲得に初乳は必須という知識があったので心を無にして初乳とその後暫くは貰ったけれど。

 それとは別に、単純に姉のお乳を飲む勢いが凄いというのもある。ウマ娘のその辺の機構がどうなってるか知らないが、母親の胸が枯れるんじゃないかってぐらい飲む。実際初乳を頂いた翌日、抵抗虚しく姉の後に再び頂く時明らかにサイズダウンしていた。単純に張りが無くなってそう見えただけかもしれないが、それを見てしまったら羞恥とかを抜きにして心配が先に来る。以降はずっと抵抗していやいや飲むのを徹底して、哺乳瓶にシフトさせるよう仕向けた。どうやらそれが実ったらしい。

 

「そうなのかい? 分かった、用意しておくよ。お姉ちゃんが沢山飲むって聞いてはいたけど、もしかしてそれで遠慮しちゃうのかな?」

 

「あらあら、もしそうならお姉ちゃん思いのいい子ね。案外この子の方がお姉ちゃんらしいかもしれないわ」

 

 なんだこの両親、エスパーかよ。冗談はさておき、無事に意図が伝わって一安心だ。いや伝わるのかよと思わなくもないが、そこはまぁ親の力なのだろう。

 

 そして幾らか言葉を交わした後、また明日来ると父親は言って母親にキスをして去って行った。お熱い事で。

 その後色々とお世話をされたり、母親が食事をしたり与えられたり。特筆すべき事も特になく時間は過ぎて、あっという間に退院となった。

 

 

 

 退院してこれから俺たちが住む家を初めて見た時、口を開けて驚いた。その様子を両親と、あとそんな両親を真似てか姉に笑われた。

 いやだって、めちゃくちゃデカい。小さめのお屋敷ぐらいあるんじゃないかってぐらい、デカい。具体例を挙げるなら一般的な大きめの一軒家二棟分の大きさ。こう言い表すと小さめのお屋敷が大袈裟な表現に聞こえるな。要は兎に角でかい。

 

「あはは、初めてお義母さんやお義姉さんにこの家を紹介された時の僕と同じ反応してる。ちょっと嬉しいような、やっぱり改めて大きい家だなって感じるような……」

 

 よかった、父親は庶民派だった。父親の反応に安堵するが、どの道この家で暮らす事は変わらない事に気付いた。シングレのタマモクロスやオグリキャップたちと何処で差がついたのか。

 

「私の実家を見れば予想は付いたでしょうに、まぁ私も大きいとは思うけど。将来もし子どもたちが、みんな巣立って独立するなんて言い始めたら寂しくて泣いちゃいそう」

 

 単に母親の家族がデカかったらしい。そういえばアヤベさんのシナリオで母親がティアラ二冠ウマ娘らしいみたいな話があった気がする、そう考えると実家が多少太くても不思議はないか。

 というか、元競争ウマ娘だからこそ俺達が双子な事に思うところがあったのだろう。余計に不安が増すが、ここはグッと我慢だ。確信を得られる決定的な何かを得るまで、無駄に不安がってストレスを負うのはよろしくない。

 

 家の中に入ってみれば、やっぱりめちゃくちゃ広い。たぶん家政婦さんとか居るだろうなと思わせる広さだ。掃除大変でしょこれ、俺なら即投げる。

 何であれ、ここから新しい人生が始まる。当分のうちは何もできないが、そればかりは時間が解決してくれるのを待つしかない。

 

 がんばるぞ。えい、えい、むん。

 

 

 

───☆☆☆───

 

 

 

 気付けば早いもので、二年の月日が経過した。

 

 この家に来てからの最初の半年は偶のお出かけとなる通院を除いて、敷地内から出る回数は数える程で特に目立った出来事は無かった。

 あるにはあるのだが、それも内容としては僅か半年未満で二足歩行が可能になった程度の事。俺だけでなく姉さんですら危なっかしくも歩行できており、俺に至ってはバランスを自分で考えて取れる関係もあってほぼ完璧と言って良い。そしてそれに対して両親は特に驚く事もなく、せいぜい俺が直ぐにスムーズに歩けた事でうちの子は凄いかもしれないとはしゃいだぐらい。

 それから成立する会話も同様で、こちらは生後二ヶ月目辺りから姉さんが意味のある言葉を明確に言い始めた。そして三ヶ月目に突入する頃には難しい言葉は分からず活舌も安定しないが、普通の会話は問題なく出来た。俺は当然として、姉さんがである。なんなら文字も概ね把握しつつあり、養育絵本のとあるページを指して「ふわふわ、うさぎさん!」と叫んだ時なんかは心の中のアグネスデジタルが爆発した。俺も誘爆した。両親は奇声を上げた俺にびっくりした、不可抗力だったが今後は自重しよう。

 

 そしてそうやって意思疎通も出来て歩ける様になったならと、幼ウマ娘用育児補助ハーネスを付けられての散歩が始まった。通称ポニーリードと呼ばれるこれは、こちらの世界ではメジャー処か必須用品の扱いらしい。というか最初の半年間で外出が殆どなかった原因の一つでもあり、このポニーリードを着けない外出は車等での通院を除き条例で禁止されているレベルなのだ。

 そしてこのハーネス、安全性の為に身長が最低でも65㎝程度になるまで着けられない。殆どの場合は歩けるようになるのと同時にそれぐらいの身長になるのが大半らしいが、私達はウマ娘としては小柄に生まれた方で丸々半年を要した。

 ちなみに初めて行った公園では既に数ヶ月通っている子の中に入るので抵抗があったが、みんな優しかったりして何も気にせず一緒に遊べた。この年の子って何をするんだろうって一瞬思ったが、大抵は公園内に設けられた専用のコースでのかけっこと、ステージでのダンスが主な遊びだった。まぁよく考えたらそうだよな、同じウマ娘のお姉さま方が走る姿を毎週のように見ていれば子どもは走りたくなるだろうよ。

 あと誰も双子な点は突っ込まなかった。子どもだからか、どうなのかは不明だったが。

 

 兎に角そんなこんなで経過した二年、とりあえずハッキリしたのはウマ娘が想定以上にフィジカルお化けである事だ。幼少ながらに父親が移動に苦労する大荷物を持ち上げるのは朝飯前、確かにこれは人間がウマ娘に敵うわけがない。しかも生まれてから単独行動が出来るまでのスピードだけ見ても桁外れと来ている、とんでもないな。

 改めて思い出せば生後二ヶ月で言葉を理解し、三ヶ月目には会話と文字を理解した。そして半年と掛からずに二足歩行が可能になり、バランスさえ取れるようになればほぼ自立行動が可能。そこに二年の月日が経てば、まぁかなり流暢に会話が出来るようになった。何度でも言うが俺は当然として姉さんがだ、俺と違って前世補正の無い姉さんが。

 

 

 

 さて、所変わって此処は病院。その中でも託児スペースとも言える一角に俺たちは居た。両親は産婦人科でお腹の中の赤ちゃんの様子を診て貰っている。そう、弟だか妹が増えるのだ。まぁあんなに大きい家だから、家族が増える事は喜ばしい。推しに双子の妹と別に下の子が居た事が吃驚だ。ちなみにそろそろ十ヶ月が経つ、十月十日とは言うが実際には九ヶ月と少しと考えればもうじき出産だろう。

 

 あと最近気づいたというか現実逃避していたのだが、よくよく見れば母親も何処かアドマイヤベガの面影がある。そんな彼女がお腹を大きくしていて、やや複雑な気持ちになったのは内緒だ。まぁこの世界に生まれた以上は順序が逆で、母親の面影が俺達に引き継がれた形になるのだけどね。前世があるというのも考え物だなぁ。

 

「ザーガ、えほん読もう?」

 

 そんな事を考えていれば推しの面影のある幼女が首を傾げながら、そんな事を言って来た。何を隠そう我が姉の事だ、これが成長して見知ったアヤベさんの顔になるのかと思うと感動する。

 ちなみに最初の時こそデジたんさながらの尊み爆発芸を見せていたが、ほぼ毎日やられていれば流石に慣れる。というより、精神が肉体に順応し始めたというのが正しいかもしれない。最近は比較的年相応の言動をする様になったと自分でも思う。幼女の群れの中に居たら、まぁ自然にそうなる気がしないでもないが。

 

「うん、いいよ。なにを読むの?」

 

 なんにせよ今は姉の相手だ。病院の備品なのでどんな絵本があるのか把握できていないが、まぁ公共の託児スペースなのだし変な物は無いだろう。

 

「えっとね、ヒトとウマ娘のちがいってえほん!」

 

「うーん、それは、えほんじゃないねぇ」

 

 その言葉と、実際にお出しになられた物を見て即座にツッコんでしまった。どこぞのマッドサイエンティストみたいな口調で否定してしまったが、まぁ良いだろう。

 

「そうなの? でもヒトとウマ娘がどうちがうのか気になるもん、パパがこの前『弟』って言ってたし」

 

 そういえばそんな事を父親が漏らしていた気がする。そっか弟で確定か、前世の家族構成は思い出せないけど元男だから世話は任せろ。

 しかしなるほど、姉なりにウマ娘以外との付き合い方を把握しておきたいという所だろうか。まぁウマ娘のパワーが凄まじいのは子どもながらに実感しているのだろう、少なくとも父親をポニーリードで引きずって動くのはざらだし。男は子どもウマ娘にも負ける、そう学習されてしまっているのだ。

 

「わかった、それじゃいっしょに読もうか」

 

 そして私達は母親に勝てない、同じウマ娘ならば年功序列は競争能力を除いてそのまま機能するからだ。であれば父親よりもさらに弱い男の子なんて、私達からしてみれば壊れ物に等しい。そう考えるとこれは私にとっても、割と重要な知識な気がしてきた。

 そう思い至り、肯定しながら共に本を開く。そして真っ先に目に付いたのは、ウマ娘とヒトの子どもの成長曲線。これを見る限りだと、既に実感して予想をしていた通りだった。どうやらウマ娘の赤子の成長速度は凄まじいらしい。人間の子どもが大雑把に平均して一歳程度で立って歩き会話が出来る様になるのに対して、ウマ娘は半年以下でそのどちらもこなしてしまうと記載があった。加えて生後間もない時点で視覚や聴覚は明確で、嗅覚も受容体から羊水が剥がれれば問題なく機能するらしい。それで生まれてすぐだった筈のあの時、周囲の状況を認識出来ていたのかと少し納得もした。

 

「へぇ、私たちみたいに直ぐにはおしゃべりできないんだ?」

 

「みたいだね。うーん、私たちが力かげんを上手にできないと、さわるのも危ないかも?」

 

「そっかぁ、がっかり。お姉ちゃん、弟のこと抱っこしてみたかった」

 

 私が触るのも危ないかもと言ってみれば、姉は耳をしょんぼりと下げて言葉でも態度でもあからさまにがっかりした様子を見せる。まぁ気持ちも分からなくはないが、どの道私たちも体の大きさ的にバランスが取りにくいだろう。お互いの安全を考えるとしない方がマシだろうと思う。

 

「私たちがもっと大きくなったら、抱っこでもなんでもさせてくれるよ。それまでは、お母さんたちの事を助けてあげよう?」

 

「……うん!」

 

 とりあえず今はこれでいい筈だ、出来ない事があるなら代わりの物をさせて我慢させる。そしてその代わりの物が必然的に誰かを助ける事に繋がると理解できていれば、むしろ前向きになれるものだからね。

 というか実際問題、そんなわがままを通すよりは支えてやった方が両親は助かるだろうし。

 

 

 

 そしてそんな話をしてそうかからない内に、私はついに妹から姉に昇格した。




 ここまで読んで、勘のいい方はなんとなく気づいているかもしれませんが。この主人公、いう所の22年年末までウマ娘知識で止まってます。なのでアヤベさんに弟たちが居る事を知らないので、吃驚してます。

 ところでトレーナーはトレーナーでもポケモントレーナーやってたので、トレーナー試験イベント全然やってないからやらないと……。というわけでまたちょっと遅れるかもしれません、感想返信もその時に良い感じの言葉が思い浮かばなくてまた後で→忘れるとかやらかすので大目に見てもらえるとありがたいです。


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出立前夜(旧プロローグ)

思いつきをほぼそのまま投げっぱなしジャーマン

(1/15)※文章に若干の修正を加えました。説明足りな過ぎる部分とか逆に不要そうな部分とか、要らん変換とかの軽微な修正です。

(1/31)※文章の流れ的に微妙な部分を修正しました。

(3/29)※誤字報告を戴きましたが、本作にて「馬」の字を使っていないのは仕様です。煎餅さんの脳みそ(煎餅に脳…?)は割とポンコツなので、どうせミスるなら全部統一してミスはミスとわかりやすくしようっていう脳筋理論で「馬」という字を纏めて使用しない事にしています。その為それを加味してお読みいただければと思います。
 逆に言えば今後「馬」の字を使った際はミスです、容赦なく誤字報告を戴ければと。


 世界の異端、異物。そんなモノも特異点とでも呼べば、少しは気も紛れるだろうか。

 

 呼び方や感じ方一つで心の持ちようが変わるのはヒトの利点であり、欠点でもあると思う。それに助けられているのもまた、事実ではあるのだが。

 

 

 

 私は世界の異物である。

 

 私は世界の特異点である。

 

 私は世界に存在してはならないモノである。

 

 私は、本来存在しないモノに入れられた漂流物である。

 

 

 

 この世界で私が獲得したパーソナルデータを除き提示するなら、私についての情報は述べた通りだ。当然公にはできない情報ではあるが、それでも私を私として構成する上で前提としなければならないモノだ。

 私は所謂、転生者と呼ばれる類のモノ。これでここが普通の世界であれば、私もここまで捻くれた自己認識は持たなかっただろう。しかしながらそう考え、そう結論付けるには十分な環境に私は生まれてしまったのだ。環境が悪かった、そう言うしかない。

 とはいえ、さんざん自分が異端だ何だと言っても生きていれば楽しいこともある。だから自覚があるだけで、今いるこの世界で生きていること自体は前向きに受け入れている事は明記しておこう。

 

 さて、改めて私についての情報を並べていこう。と言うのも、私は今度ある学園へ入学する事が決まったからだ。この世界に来てから予感はしながら、とはいえあまり望ましくない。とはいえ今の環境的には一大イベントである以上、無視できない。

 自己紹介の時に、自分への理解が先に述べたモノだけだと困るのだ。というか、バカ正直に言ったらただの痛い奴である。最悪頭が可笑しいと笑われるだろう。

 

 基本的な情報から並べよう。まず私の名前は、アナザーベガ。ウマ娘だ。親しい間柄からはアナザー、もしくはザーガと呼ばれている。後者についてはサーガにかけている心算かもしれないが、少なくとも女の子に付ける愛称では無いと思う。だがボーイとかツヨシとか、そういうのに比べればマシかもしれない。

 次いで好きなモノは珈琲。ブラックで飲むのが特に良い。ちなみに前世から好きなので、自覚を持ってからすぐに飲み始めた。結果として今世での家族からも珈琲好きと認識されている。最初期は前世のノリで飲んで、カフェイン酔いや腹痛に悩まされたがそれもいい思い出だ。

 最後に将来の夢といったモノを述べるのが普通なのだろうが、生憎私が通う学園は普通ではないので一工夫が必要だ。そもそもウマ娘なんてモノが存在する時点で、前世と比べれば普通の世界ではない。ある意味当然と言えば当然だが。

 

「……目標、か」

 

 私は、頭の中だけで情報を整理するのを中断する。万が一にも聞かれたくない情報が混じっているので黙っていたが、流石に行き詰まってしまえばそうもいかない。

 声に出して情報を整理するのは極めて合理的な手段であり、一人言もバカにならないのだというのは前世での知識。たぶんこの世界にも既にありそうだが、今のところ見かけてはいない。わざわざ探すモノでもないので、いつか何処かで見聞きする事もあるかもしれない。

 

 少し思考がそれたが、今は先ほど自身の口からこぼれた『目標』についてだ。これは大事なものだから考えないわけにはいかない。

 

「でも、目標って言ってもなぁ……」

 

 この世界での目標、もといこれから入学する学園での目標。これが少々難しい、なにせこの世界では自分とは無縁だと思っていた事だ。過去の自分のしでかした事だが、当時は当時で必死だったので怒るに怒れない。

 気を取り直して考える。有名どころならば、日本ダービー。そしてそれに付随する形で目指すならば、クラシック三冠。

 次いでトリプルティアラ。前世では牝バ三冠と呼ばれていたが、コチラではティアラと呼ばれ親しまれている。どの道走るのはウマ娘、オスもメスも無いので自然にこうなったのだろう。

 しかしそれらのどれもが、マイル以上の距離を走れて初めて目指せる目標だ。私の場合はたぶん、姉の事もあるので大丈夫だと思うが。少なくとも前世での記憶通りに事が進めば、私の姉はダービーウマ娘にはなれるのだから。

 

「姉がダービーウマ娘なら、妹はオークスウマ娘? それとも、姉妹でダービーを取りに行く? デビュー時期でどっちかは、取れなくなるかもしれないのに?」

 

 実家の自室で、ふわふわに整えられたベッドに腰かけていたのを無造作に倒れ込む。柔らかな衝撃の後、毛布が私を包み込むように、沈む。流石は私の姉だ、油断すればあっという間に眠りの世界へ落ちてしまいそうな程に、ふわふわだ。

 しかしそれで意識を手放すわけにも行かず、倒れ込む時に一度閉じた瞼を再び開けて天井を見つめる。物心ついた時からずっと見てきた天井、今となっては見慣れた天井。

 目標について考えているのに、その目標が自分の姉の目標を潰すかもしれないと、そう考えると尻込みしてしまう。勝負の世界だと知っていて、それに絶対は無いのだと分かっていてもだ。

 

 

 

 何故尻込みするか、その説明をするには私の前世について説明しなければならない。

 私はごく平凡な日本国民だった。面白みのないその辺に居る成人男性だったのを記憶している。逆に言えば自分についての事で憶えているのはそれぐらいで、今となっては自分の名前も家族の事も何一つ思い出せない。

 対外的な事象や、娯楽や学術的知識については記憶がある。そしてその中でも前世で流行っていて、自分もハマっていたゲームを幾つか憶えていた。その一つが、今私が居るこの世界を舞台としたモノ。ずばり『ウマ娘 プリティーダービー』だった。そしてこれこそ、私が自身の事を異物だと定義するに到った理由だ。

 

 前世の事を知っている、この世界の原作の事を知っている。普通のゲームや物語なら、それはこの上ない優位に立てる情報だ。だがウマ娘の世界は常に可能性に満ちていて、少なくともアプリ版の育成シナリオであれば原作での怪我も引退もなんのそのと走り切っている。大なり小なり原作との乖離は常であり、せいぜいが世界からの修正力染みたナニかで世間からの印象変化を受ける程度。大抵はそれらを乗り越え、ウマ娘本人の心情的に納得できず更に次を目指すといった内容で話が進む。ゲーム以外の媒体もあったし、それぞれで内容に若干の差異がある。その為、原作を知っている事の優位性なんて微々たるものだろう。

 そもそもアプリで語られたそれら事象も大抵は確りと納得できる内容であり、そうなるに至る原因も殆どの場合は定義されていた。それ故にそのウマ娘個人の物語として、見守り、切磋琢磨して育成を進める事が出来たとも言える。

 

 そして改めて自らの立場を鑑みれば、特に原作知識など有って無い様な物だという事に改めて目を向ける他無いのだ。

 

 

 

 さて、ここであるウマ娘の未来の話をしよう。もちろん前世での記憶の話だ。

 彼女には、生まれてこなかった妹が居た。それをある日知ってしまった彼女は、生まれて来る事が出来なかった妹に勝利を捧げる為走ると心に決めた。決めてしまった。

 そうして走り続けた彼女はついにダービーウマ娘となった。その後多くのライバル達、トレーナーの支えもあって自らの中の妹の呪縛から解放された。自らの中に束縛し歪めてしまった妹を、本来の姿へ解放したとも言えるだろうか。

 

 ここで重要なのは、彼女の妹は生まれてこなかったという事だ。

 

 そのダービーウマ娘の名は、アドマイヤベガ。

 

 私の、姉の名である。




ちなみに執筆者の読みやすいように書いてる
アプリ育成や二次創作で色んなウマ娘の可能性の世界を見て来たけど、土台崩すような設定スタートの当事者になった主人公の未来はどっちだ

投稿の為にこれ書いてて冷静に考えたけど、もしかしてキャラ崩壊状態のアヤベさん書く事になるからワイのメンタル常にボロボロにならんか?
クールビューティふわふわ属性アヤベさんがシスコンふわふわ属性アヤベさんにジョブチェンジしたのとか書けるのか? 既に胃が痛くなって来た

(3/29)※前書きで「馬」の字を使わない事について更に付け加えるならば、本作の主人公であるアナザーベガはウマ娘世界に生まれて既に十数年経過しています。その為に常日頃から「馬」の字を使わない、意識しない生活をして来た為に思考ですら「馬」という字を認識しなくなっていると思って頂ければ多少納得出来るかなと。要はウマ娘世界に順応した結果みたいな感じですな。まぁ馬偏とかの例外もありますが、そこを含めての順応という事で。


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第一章 トレセン学園
門出


 ウマ娘。それは別世界に存在する名馬の名と魂を受け継ぐ少女達。

 彼女達はヒトとは違った耳を持ち、尾があり、超人的な脚がある。

 時に数奇で、時に輝かしい運命を辿るとされる神秘的な存在達。

 ならば、本来受け継ぐ筈の名も、魂も無いならばどうなるのだろうか。

 この世界に生まれた少女達の運命は、きっと誰にも分からない。


 四月。世間一般では学生達の卒業と入学、その他諸々を含めて出会いと別れの季節とも言われる時期。私達もその例に漏れず、今まで在学していた小学校を卒業した。

 そして今日、私達はトレセン学園へ入学する為に実家を発つ。名残惜しくも思うが、今生の別れでもない上に距離もそんなに遠くない。余裕ができれば寂しがり屋な弟達に会いに行くぐらい、可能だろう。

 

「忘れ物は無し、制服も不備は無し。うん、準備は万端ね」

 

「私も準備OKだよ。あの子達どうする、起こす?」

 

 さて、現在時刻は早朝の4時半。良い子はまだ寝ている時間で、私たちの弟達もまた例外なく眠っている。

 尤も起きようと思っても、前日に行われた小学校卒業とトレセン学園入学を祝うパーティーでさんざん騒いで夜更かしをしていたので、厳しいだろう。

 ちなみに前日開催を提案したのも、夜更かしをするように仕向けたのも私だった。何故かと言えば、私も姉も、弟達が好きなのだ。いざ出発の際にごねられて、平静で居られる自信がないという理由だ。

 

「自分で起きれないようにして、よく言う。ゆっくり寝かせてあげましょう、昨日たっぷりお別れの言葉は聞いたし十分でしょ?」

 

「それもそうね。父さんも深酒して起きれないだろうし、戸締まりだけ確りやって向かいますか」

 

 ちなみに父さんも、私がそうなるように仕向けた。悪い人では無いのだが、むしろ良い人過ぎて偶に予想を超えた事をしてくる。早朝から車で送る程度で済めば良い方で、既に学費や制服、体操着に各種消耗品と出費しているのに入学祝いだとか言って道中でリクエストをしつこく聞いてくる可能性があった。気持ちは嬉しいが、姉さんは兎も角として私は期待に副える活躍が出来るか怪しいので勘弁願いたい。

 実際の所、無事で居ればそれだけでも十分な気はするが、そこは私自身の気持ちの問題だった。なので前世でも趣味程度に嗜んでいたカクテルの知識を用いて、家にある酒でサプライズと称して先ずスレッジハンマーを振舞った。その後バラライカ、食後にプラチナブロンドと度数高めの物で攻め立てたのだ。元々洋酒を嗜む両親で助かった。結果として普段よりへべれけに酔っぱらった父さんが出来上がったが、チェイサーも挟んでいたので悪酔いはしてないはずだが起きてはこれまい。

 

「なんというか、ザーガって妙に用意周到よね? あの子達も、お父さんの事も。お別れは騒いで、出発は静かに行きたいって事かしら」

 

「そんなところ。でも、アヤベもあんまり大袈裟にされても困るでしょ? 七星や夏彦、最後まで『本当に行っちゃうの?』って顔してたし、いざ出発ってなったら……ね?」

 

「……確かに、それは困るわね。それで遅刻は、私も避けたいわ。説明が恥ずかしすぎるもの」

 

 そう言って困った様に笑い、しかし耳と尻尾は満更でも無いとピコピコと嬉しそうに揺れる姉。そんな彼女を見て、自分の立ち位置は微妙であるがこういう時ばかりは役得だと思う。

 とはいえ流石の私でも、出発の見送りが皆無というのは寂しいものだ。だからこそ手を出さなかった最後の人物が、私達の居る玄関に近づいてくる気配がした。

 

「おはようアヤベ、ザーガ。もう殆ど準備万端みたいね」

 

「おはよう、お母さん。ごめんね、お父さんやあの子達を任せちゃって」

 

「おはよう母さん、最後まで苦労かけちゃってごめん。もし弟達が想定以上に騒がしくなったら、数年後にはなるけど色付けたお年玉を送るから我慢させておいてよ。結構現金な所あるし」

 

 苦笑を浮かべて声をかけて来た母さんに、二人してそんな言葉をかける。全くもって迷惑しかかけた覚えが無い、それこそ生まれるその瞬間からずっとだ。少なくとも私にとっては。

 だが母さんは首を振って、気にするなと言外に示しつつ私に視線を向けた。何だろうと思って首を傾げれば、呆れたようにため息を吐かれた。どうした急に、解せぬ。

 

「それでザーガ、貴女本気でそのまま行くつもり? アヤベは諦めちゃったみたいだけど、流石に母親として、なによりトレセンOGとして見過ごせないわよ」

 

 そう言って、母さんはカーディガンのポケットから小さな包みを取り出した。

 しかし、そもそも何の話をされているのかも理解できていない私には、それが何かを察する事は出来なかった。

 

「アヤベはちゃんと年頃らしくお洒落はするのに、ザーガは最後まで無頓着。どうしてここまで差が出たのかしらね?」

 

「ああ、確かにそうよね。指摘するのに疲れて、見ないふりしてたけど……トレセン学園へ入学する以上は無視できないわよね」

 

「えっ、何、状況を理解できてないの私だけ? 味方は居ない感じ?」

 

 じっとりとした見事なジト目を母さんから投げつけられ、かと思えば姉からもジト目を向けられた。もはや十数年前の記憶となっているが、アプリで見た覚えのあるアヤベの生ジト目だと喜ぶ暇も無い。

 何故そんな視線を向けられているのか分からないのに、流石の精神年齢だけなら両親以上な私も平静では居られない。

 

「本当に興味が無いって分かる反応をありがとう、包みを開けて見なさい」

 

 ジト目を止めて、ハッキリと諦めの籠った呆れ顔を浮かべた母さんに包みを手渡される。流石に傷付くぞと思いつつ、しかしこの中にこの話題の答えが入っていると考えて努めて冷静に開けていく。

 

 そして、彼女達の表情と今までの会話の内容を確りと理解出来た。否、お洒落だとか無頓着だとか言われていた時点で察せなかった方がどうかしていた。

 

「これ、姉さんのと色違いの……イヤーカバーと、耳飾り?」

 

「実際のレースだとメイクなんかは現地のスタイリストさんがやってくれるけど、普段から耳飾りもメンコも付けずに居るのはウマ娘としてどうかと思われるからね。細やかな物だしザーガだけになっちゃったけど、私からの入学祝いよ」

 

「ザーガがお揃いのメンコを付けるの、私も嬉しいから最高のプレゼントよ。私からもありがとう、お母さん!」

 

 尻尾を振って喜ぶ姉を余所に、私はそんなに耳飾りって大事かと困惑した。しかしすぐにアプリでもお洒落に無頓着そうなタキオンですら耳飾りを付け、シンデレラグレイでもオグリが母親からお洒落には気を遣うものとして耳飾りと別にカチューシャを送られていた事を思い出す。

 確かにそれらを踏まえれば、この場合の私は異端も良い所だ。悪目立ちするし、年頃の乙女ばかりが集うトレセン学園ではそれとなく指摘を受ける可能性はある。

 まして母さんはかつてトゥインクルシリーズで名の知れたウマ娘だ、その娘の片割れがとなれば母さんにまで迷惑が掛かる可能性すら出て来る。それでようやく、事の重大さに気付いた。

 

「……ありがとう、事の重大さを理解できてなかった。早速着けても良い?」

 

「理解してもらえたなら十分、そういう理解力は高いんだから今後はお洒落にも気を遣いなさい? あと着けるのは良いけど初めてで出来ないでしょ、私が着けてあげるからこっちにいらっしゃい」

 

 耳が痛い。質素な私と対比になって姉が目立てば良いと、そんな安易な発想で意に介さずに居た。しかしそれは今までの話、これからは誰もが個を輝かせる場所へ行くのだ。対比なんて意味がない、むしろ評価の際に足を引っ張る邪魔物でしかないじゃないか。

 とはいえ落ち込んでも居られない、学園で姉を支える以上、私は今まで以上にしっかりしなくては。

 

 母さんに促されるまま、少し屈んで頭頂部にある耳を委ねる。母さんに耳を触らせるのも久しぶりだなと思い、待つ事十数秒。

 手を放されて、終わったと声をかけられる。下駄箱横に取り付けられた姿見を見れば、今は同じトレセン制服に包まれた姉に似た姿。けれどその頭頂部には、姉とは違う色。

 

「……うん、悪くない。良い感じだよ、本当にありがとう母さん!」

 

 白を基調に、青色の線が四芒星を象ったデザインのイヤーカバーを左耳に。両耳の付け根には同じく四芒星の耳飾り。

 姉と同じデザイン。けれど色も位置も反転したようなそれを、耳をくるくると動かして着け心地を確かめながらそう伝える。

 

「貴女が尻尾まで揺らして喜んでくれるなら、甲斐があったわ。これで今度こそ本当に準備万端ね?」

 

 それに頷いて答え、改めて自分の荷物を抱え直す。そのまま母さんに向いて、横目で姉を見る。同じ様にしてコチラを見ていた姉と目が合って、それを合図に私達は告げる。

 

「行ってきます!」

 

 胸を張って、一時の別れを宣言する。私達は今日、新たな門出を向かえたのだから。




とりあえずザックリとした全体図と最序盤のプロット構成が固まって来たので、取り急ぎ更新。

タグにある通り独自解釈に加えてその解釈に基づいた設定や、呼び方が無いと不便な存在に対して名前を設定したりと色々やってます。序盤にシレっと出てる名前っぽいのは弟達の物ですし。この辺は必要に応じて纏めて公開しようと思いますが、ハーメルンの機能をまだちゃんと理解し切れてないので追々。

ちなみにザーガは転生してから十数年を少女として過ごしている為、一人称や口調は大分女性的に染まっています。お洒落には無頓着だったり、けれど少女として最低限の仕草は半ば自然と身に付いていたりとチグハグな状態がデフォです。
今後作中でも言及させるつもりですが、まぁ更新が遅くなるだろうなと思い予め明記しておきます。

また目次のあらすじですが、全体のコンセプトを整理する内に少々変質してしまったので若干の変更を致します。

そして最後に。頼む、続いてくれ。頼んだぞ未来のワイ


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入寮:前編

アナザーベガのヒミツ①:じつは、ワンチャン育成シナリオ(中等部3年目か高等部辺り)入る直前にひと悶着あって姉のストイックスイッチが入り、ギリギリキャラ崩壊回避してくれないかなとか思っている。

アドマイヤベガのヒミツ①:じつは、過去にふわふわを追い求めて妹を揉みくちゃにした事があり、現在も週一の頻度で妹でふわふわを得ている。


 家を出てからは交わす言葉も程々に、姉と共に駅へ向かう。着いたらそのまま電車に乗り込み、背後で扉が閉まるのを感じながら周囲を見渡せば、前世では考えられない程に空いている。

 この光景も初めてではないが、毎度の事ながら違和感が拭えない。まして前世と同じ様に、自発的な行動が取れる様になってからは特にだ。とはいえ今の私達からすればこの空き具合はありがたく、一先ずは席へ座る。流石のウマ娘といえど、そこそこの量がある荷物を抱えて一時間半を電車で揺られるのは堪える物があるのだ。

 

「トレセン学園までの推定所要時間は端数切り上げで2時間として、それでも現地に着いたら1時間は余るね。どうする、どこかに寄って食事にする?」

 

 さて、腰を落ち着けた所で時間を見る。気合を入れて早朝から行動していた為に時間は余る予定で、それもやや過剰な為にそんな提案を姉に向けてみる。

 彼女は数秒だけ考える仕草をして、頷きながら笑って答えた。

 

「そうね、早く着いても向こうで食べられるらしいけど……折角だしどこかに寄りましょうか。何か希望はある?」

 

「珈琲が飲めれば何処でも」

 

「殆ど絞られるじゃないの、それ。じゃあ何処かパン屋かカフェを探しましょうか、駅中なら良い所もあるでしょうし」

 

 彼女に聞かれ、素直に答えれば呆れた様子で笑われる。我ながらその反応も当然とは思うが、今朝は家で淹れる事が出来なかった。なので求めてしまうのは仕方がない、身体が珈琲を求めているのだ。

 

 そんな他愛の無い事から始まりあれやこれやと話すうちに、私達はこれといった問題も無く乗り換え予定の中継駅へと到着する。流石に都会付近の各種路線への乗り換えが出来る大型のプラットホームだ、ここまでくればヒトもかなりの人数が居る。それでも少し人の流れがある程度で、広さに対して人数は多いと言えない程度ではあるが。

 何にせよ食事を取る店を探そうと、姉と共に周囲を見渡す。流石に使う人の多さに比例して、食事処や様々な店が各所に立ち並ぶので目移りするが目的は珈琲だ。目的が定まっているから、探すべき店は自然と絞られる。

 

「ザーガ、あのパン屋さんとかどうかしら。自家焙煎の珈琲ですって」

 

「へぇ、期待させてくれる謳い文句だね。そこにしよっか」

 

 そう言って姉の指差す先を見て、彼女の言う通りの文言を視界に捉えてそれに頷きながら答える。

 歩いて近づいて、営業時間を確認すれば問題なし。むしろモーニングメニューの揃えも良く、早朝の客を狙った店にも思えた。前世では中々強気な店だと思えるが、ウマ娘の世界ではこれでも食べていける程度に人足は集まるらしい。現に時間に対してこの店の席はそれなりに埋まっていて、視界の端に幾つか空席が見える程度しか無い。

 後方からこの店目当てらしい足音を耳が捉え、邪魔になる前に早々に店に入る事にした。

 

 鼻腔を擽る珈琲の香りに、食欲をそそる小麦の焼けた香りで溢れた店内にスタッフの案内で歩いて行く。壁際奥の二人用の向かい合った席に通され、二人で共にメニューを眺める。

 内容は何処にでもあるパン屋のモーニングと言って差支え無いが、珈琲に関しては謳い文句にするだけあって種類が多い。むしろ専用メニューがある程度には多いので、パン屋というよりは喫茶店ではと考えてしまうが気にするのも無粋か。

 何にせよさっさと目的を済ませてしまおう、この手の店はパンを適当に選んでも美味いので手早く決める。本題の珈琲は、種類が多く少し悩む。

 

「思ってたより多い、というか自家製ブレンドと他に幾つかって思ってたんだけど」

 

「そうね、私もそう考えてた。……焙煎所も兼ねてたみたいね、メニューにも書いてあるし」

 

 その言葉と共に、指先が動く。それを追って見れば、丁度他の客が会計を済ませる所らしかった。支払いが終わり、最後に珈琲豆の入っているらしい物を店員が渡していたので間違いは無いだろう。

 

「……何か買って行こうかな」

 

「せめて入学式を終えてからにして。まして入寮日に、私物の嗜好品を買って行くなんてあまり良くないわよ。そうでなくても、貴女先月も月末には金欠になってたじゃない」

 

「ぐうの音も出ない正論……耳が痛い」

 

 焙煎所とわかると、私の性分としては欲しくなる。なるのだが、残念ながら姉の言う通りに学園側の心象はあまり好くないだろう。ここは一先ず我慢だ。

 今後姉と別行動を取る事も増えるだろう、前世から続く自分の衝動買いの癖はいい加減に治さねば金欠は免れない。

 

 自分の耳が萎れるのを感じつつ、結局無難にブラジル豆をチョイスした。とりあえず気持ちを満足させる事を優先させ、さっさと誘惑の魔の手から抜け出そうという魂胆であった。

 結果として思惑通りに気は紛れたし、味も良かったしで大満足である。また機会があれば来るとしよう、学園の近場に良い焙煎所が無ければだが。ここはトレセン学園からだと距離があり過ぎる。

 

 朝食を終えて一息ついて、再度府中へ向けて行動を開始する。と言ってもここまでくれば後は府中方面行きに乗って、電車に揺られ続けるだけだ。あわよくば誰か他のトレセンの生徒と出くわさないかと思ったが、そううまい話も無い。

 

 これといってトラブルも無ければ、特筆すべき事も無くトレセン学園へ到着するのであった。

 

 

 

 さて、トレセン学園に到着した事で本日の目的は殆ど達成したと言っていい。

 今日はあくまで入寮日であり、寮で生活をする生徒が先んじて学生寮に集まる日だ。基本的に殆どの生徒が寮生活になるので、この入寮日に同い年のお隣さんとは顔見知りになる。

 

 また同室相手はその時々で変わるが、一般的には年上の先輩ウマ娘と同室になる。偶に諸々の理由で空き部屋になった場所へ割り振られ、同室が同い年だったりする事ももちろんある。一人部屋になり、翌年以降に後輩が同室相手になる事も当然あり得る。

 少なくともカレンチャンの事もあるので姉の同室相手は居ないか、居ても翌年以降には卒業か引退だろう。前世持ち故に姉の同室相手の知識がある以上、後者だった場合気持ちの良い事では無いので最初から居ない方がありがたい。

 ちなみに栗東寮と美浦寮のどちらかまでは事前に通知が来る。そもそも先にそれぐらいは分からないと荷物すら送れないので当然ではあるが。

 

「二人とも栗東寮で良かったわ。同室は流石に無理でしょうけど、あんまりザーガと離れ離れなのも変な感じだし」

 

「そうかな、私としてはいっそ別の寮の方が良かったんじゃないかと思うけど。主に見た目的な意味でさ」

 

 そんな姉の言葉に、しかし意地悪で否定の言葉を返してみる。

 私の返答に困ったような顔を浮かべて、それも一瞬で直ぐに苦笑に変わる。彼女も何が言いたいか気付いたらしい。

 

「ああ、確かに同じ寮内だと間違える人が多そうよね。でもたぶん、別々の寮だったら今度は本人確認が必要になりそうじゃない?」

 

「ははっ、確かに。同じ寮内で入れ替わりの悪戯ならまだ可愛い方かもね」

 

 改めて、私達はとんでもなくそっくりな姉妹だ。

 容姿は瓜二つで、本格化を向かえていない現状では身体的特徴も殆ど同じ。髪色も髪型も、尻尾すらも長さ含め全て一緒なのでメンコが無ければ見分けが付かない。

 とはいえ当然ながら筋肉の質や毛の手入れによる質、性格の細部には明確な差がある。だが共に走るか、もしくは付き合いが長ければ分かる程度の違いだ。現状ではきっと誰も判別がつかないだろう。

 要はそんな状態で別々の寮に振り分けて、もし仮に私達が悪戯好きの問題児だったらどうなるかという話であった。入れ替わりで、本来所属していない寮に入り浸るという事態になる可能性も学園は考慮しなければならないだろう。

 寮対抗の催し事が無い訳でもない以上は警戒されて当然な気はする。無論、そんな事はしないのだが。

 

「おや、随分早い到着だね。そんなに楽しみだったのかな、可愛いポニーちゃん達」

 

 さて、そんな事を話しながら歩いて居ればいつの間にか栗東寮の前に来ていたらしい。そして私にとっては聞き覚えのある声と、呼び方にそちらを向く。

 

「初めまして、私はフジキセキ。そうだね、年は君たちより一つ上の先輩で、この栗東寮の寮長補佐をしているよ」

 

 そして予想通りの名前を名乗ったウマ娘が、そう笑顔で挨拶をしてきた。

 

「初めまして、アドマイヤベガです。隣が妹のアナザーベガ。これからお世話になります、フジキセキ先輩」

 

「あはは、フジで良いよ。それにしても姉妹とは聞いてたけど、本当にそっくりだね? メンコやリボンの色が同じだったら、もう一人が鏡の世界から飛び出して来ましたって言われても信じたかもね」

 

 丁寧に返す姉と、気さくに振舞うフジキセキ。アプリやアニメと違い、どうやら今の彼女は生粋の寮長という訳では無いらしい。そもそもアプリでのアドマイヤベガやフジキセキは高等部、私達が今こうして中等部から入学して居る以上はこの程度の差異は当然ではある。

 何にせよ、姉にばかり話させているのも体裁が悪い。この辺りで私も会話に参加して置こう。

 

「ならば私の事も気軽にザーガ、姉はアヤベと呼んでください。家族や親しい者達からはそう呼ばれていますし」

 

「へぇ、声もそっくりなんだ。わかった、アヤベさんにザーガさんだね? これからよろしく頼むよ! それで早速、寮での部屋割りについてなんだけど────」

 

 第一印象はそんなに悪くは無いと思う、やたらとそっくりな点に驚いていたので興味は持たれたかもしれない。

 そうでなくとも、姉とは史実で異母兄弟の様な関係なので必然的に私もその括りに入るだろう。そういった感覚的な物があっても可笑しくは無いし、実を言えば現にそんな感じはしている。妙に親近感を感じるというか、そんな程度だが。

 

 何にせよ今は部屋割りだ。寮長補佐である彼女曰く、どうやら姉と彼女は同室らしい。内心で驚きはしたが、しかしすぐに「正式に寮長に就任したら、専用の部屋に移動しちゃうんだけどね」と残念そうに笑う彼女の言葉で納得した。確かにそれなら時期にも依るだろうが、ちょうどカレンチャンと入れ替わりになるのだろう。

 そして私はといえば、姉やフジキセキの部屋からは少し離れた場所との事だ。同室相手は会ってからのお楽しみと言うが、正直全く予想がつかないので正しく会ってからのお楽しみな点が不安である。仲良く出来るとよいのだが。

 

 そうしている内に、別のウマ娘達もちらほらと見え始めた。手早く説明を切り上げ、寮内の詳細は夜にでも同室の子に聞くようにと厳命された。細かいルールがあるらしいので、必ず二人以上で確認し合うように徹底しているらしい。

 

 そんなこんなで姉とも一度別れ、私は自分が割り振られた部屋へと向かっていた。道中では寮を利用する新入生達の荷物が各部屋の前に置かれており、それを見て皆荷物が多いなと考えていれば見覚えのある段ボール箱が視界に入る。

 

「……少ないとはよく言われるけど、こうも同年代の子の荷物に囲まれると際立つなぁ」

 

 そしてそれを見てから困ったように後頭部をかき、そんな事をぼやいて、こぢんまりとした私が自宅から送った荷物を見る。箱数で言えば、姉や周りの子の荷物の半分以下。そして箱の大きさもその殆どが、周囲にある箱の平均サイズよりやや小さい。

 例えるなら、平均的なシングルベッドの上に殆どの子の荷物は乗りきらない中で、私の荷物はベッドの上に置き切れてしまう程度に。

 ハッキリ言って同室相手に妙な心配や誤解をされかねない、こればかりは少し反省をする。姉を含め、他の家族からも常々心配されていた理由をこういう所で痛感するとは。なまじ前世があると、変なところで無欲になってしまうのは良くなかった。加えて前世ではこういった寮生活の経験も無かった上、荷物の少なさに違和感を持っていなかったのが拍車をかけたか。

 

 とはいえやってしまった物は仕方がない、時間が戻る訳でも無いので意を決して扉に向き合う。そしてそのまま勢いに任せてノックをし、扉を開けた。私の同室相手は誰だろうかと少しの不安と期待を胸にして。




ザーガ:自室の荷物が少ない。代わりに珈琲等の趣味の品は衝動買いしがち。でもそんなに大きくないのでやっぱり大した荷物にはならない模様。

???:同室予定の子の荷物が少なすぎてビックリ、案の定ちょっと心配してる。



アヤベ:平均的な荷物量+ふわふわ。ふわふわ職人は場所も相手も選ばない。

フジ:まだ寮長見習い、その内寮長になる。実は荷物の件でちょっと警戒してたけどバレてない。なおこの日の夜、彼女は布団乾燥機の購入を決意する事になる。



ちなみに本作では史実アドマイヤベガが二卵性双生児(馬は殆どの場合二卵性らしいという雑なリサーチにより仮定)とし、ウマ娘世界ではボディ自体は一卵性双生児として生まれています。その為見た目で殆ど見分けが付かず、しかし耳飾りの位置は……といった具合になっております。
左耳属性なのは煎餅さんの趣味ですが、それとは別にただの色違いだと面白みが無いとか、冷静に考えて視覚的に考えるとマジでパッと見で判断付け難いな?という理由でそうなっています。
なので別にアレコレ理由を付けて合法的に実質アヤベさんのブルマ姿をやましい理由で無く想像出来るという算段ではなく、作中登場キャラ達が視覚的にアヤベとザーガの区別をつけやすく出来る為の処置です。

あとアヤベさんがザーガで得ているふわふわはたわわなふわふわと大きなおみみのふわふわです。


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入寮:後編

基本遅筆に加え偶に筆が乗ったと思えば乗り過ぎて余計な物が生えて消したり設定の詰めが甘かったりなのでスローペースで仕掛け処誤ったり過ったりして追い込みや差しに大失敗してゴールが遠のくスタイルがデフォ。そもそも妄想するのは好きだけど書き出すのはあまり得意ではないのだという弱音をゴミ箱にシュートして超エキサイティング

(2/22)そういえば史実改変的なタグを他所で見かけたのを思い出したので史実ともアプリとも違う路線のマルゼン出してるなら該当するのではと思い至り追加しました



アナザーベガのヒミツ②:じつは、前世の趣味で洋酒に少し明るい。父に振舞ったカクテルもそこから。シェーカーはノンアルのカクテルジュースにも使えるので、見た目のカッコよさからも弟達に人気だった。

アドマイヤベガのヒミツ②:じつは、小学二年生ぐらいまでは走るのが嫌いだった。


 さて、ノックから数秒を置いて扉を開けた私の前に居たのは。

 

 と思ったが、顔が見えない。近すぎて私の目の前には、それなりに豊満なバストがあった。

 というか何でそんなに近くに居るのだろうか。確かにノックを聞いてから扉に近づくには十分な時間だったが、だからと言ってここまで近くに来る必要は無い。

 扉が後ろで閉まる音がして、改めて確認するべく視線を上げて顔を確認する。

 

 直後、私の顔の横を彼女の腕が通過した。背後にある扉に手を強く突いたのか、それなりに派手な音がする。形としては所謂壁ドンという奴だが、それ以上に私は彼女の顔を見て絶句する事となった。

 

「初めまして、私はマルゼンスキー。よろしくね」

 

 たった今自己紹介をしていただいたが、確かにマルゼンスキーがそこに居た。前世での記憶もそうなのだが、それに加えて比較的最近テレビで見た顔だった事もあって思考がオーバーフローを起こす。辛うじて冷静な部分が、何故彼女が私にこんな事をと考える。しかし困ったことに、本当に困ったことに、今回に関しては心当たりがあり過ぎた。

 だがそれはそれ、これはこれ。挨拶をされた以上、挨拶は返さねばならない。古事記にもそう書かれていると、どこかで見かけた気がする。

 

「ど、ドーモ、マルゼンスキーさん。アナザーベガです」

 

 内心で直角九十度のお辞儀をしながら、そう挨拶を返す。実際には目の前の豊満にぶつからない様に頭を下げる程度だが。

 何か微妙に間違っている気がしないでも無いが、そんな事にまで思考を回す余裕はこの時の私には無かったので良しとする。

 

 ちなみに目の前に居るマルゼンスキーだが、今年からドリームトロフィーリーグに上がったスターウマ娘だ。諸々の戦績としてはジュニアの朝日杯FSを始めとして、クラシックでは幾つかのオープンレースと重賞では宝塚記念で勝利。シニアでも春秋の三冠路線を噂されたが、結局出走したのは大阪杯と天皇賞(秋)の2レース。有マ記念でも票を集めたが、クラシックの時もシニアの時も体調を崩した事を理由に辞退している。

 生まれや国籍の問題でクラシックレースを走れなかったのはやや史実準拠だが、アプリの育成シナリオでも走っていた安田記念やスプリンターズSも走らなかった事は印象に残っている。

 そして去年、私達姉妹がトレセン入学に向けて身体づくりの仕上げ段階に進み始めた頃ドリームトロフィーリーグに移籍を表明。どうやらこの世界ではトレセン入学後すぐにデビューしたらしく、現在も確か一般的な高校二年生と同程度の年齢だった筈だ。

 

 兎に角、私の前に居るのは間違いなくトゥインクルシリーズで去年まで絶対的強者と呼ばれたウマ娘の一人だ。

 画面越しではなく、直接の対面。その迫力に気圧されるのが分かる。精神面が成熟していても、中身は平和ボケした日本でのんびり生きていただけの大人だ。彼女程のウマ娘の迫力に耐えられる気概は持ち合わせていなかった。

 挨拶を返してから既に一分ほど沈黙していた気がするが、正直よく分からない。ジッと見つめて来る彼女の迫力はそれだけ私に圧力をかけているのだ。

 

 冷汗が出始めようかという所で、ようやく彼女が動いた。

 扉に当てた手と反対の手を、私の頬に添えて微笑む。顔が良いから許されるような行為だと思うが、彼女の場合はそれに加えて迫力を備えているから困る。もはや脳が命の危機と錯覚し、吊り橋効果の様に妙な高鳴りすら覚え始めた。そんな私を前に、彼女は口をゆっくりと開く。

 

「早速で悪いのだけど。貴女の荷物について、説明して貰えるかしら?」

 

 そう、マルゼンスキーは問いかけた。

 そして、その問いが意味する事を正確に理解した私は、一気に冷静になる。

 同時に逃げられない状況である事も把握して、ただ半ば茫然としながら首を縦に振るしか無かった。

 

 強いて言うならば『アナザーベガのやる気が下がった』なんて、そんなメッセージが脳裏を過ぎった気持ちだった。

 

 

 

 それでは、ここで私の荷物を公開する。誰も得しないが、マルゼンスキーの迫力に圧されてしまってはしない訳にはいかなかった。とりあえず彼女への説明をしながら荷物をバラしていく。

 前提として衣類用洗剤は共用の物があり、拘りが無ければ持ち込まなくて済む事。私は拘らないので共用の物を使うつもりなので、持ち込んでいない。同様の理由で入浴時に使うボディソープやシャンプー、リンスやトリートメントの類も持ち込んでいない。他スキンケア用品や、ドライヤー等も貸出品があるらしいので、やはりこちらも持ち込んでいない。

 その他にも細かい物があるが、列挙すればキリが無いのでこの程度に留めて置く。

 

 さて、先ずは一箱目。私服としてYシャツとスラックスが数着分、下着としてスポーツブラとショーツが同じく数セット。後は学園で使うジャージが数着と、今着ているのと別の替えとなる制服が一着。

 敷板の段ボールを挟んで下には、梱包材を詰め動かない様固定したシューズが二足に蹄鉄がトレーニング用と普段使い用で幾つか。更に敷板を挟んで一番下のスペースに教科書の類を敷き詰めている。

 

 次に二箱目。正直必需品の大半は既に一箱目に集約されている為、こちらは殆ど趣味の物ばかりだ。〇リタ社製のハンドミルに、同社のドリッパー。〇リオ社製のフレンチプレス、サイフォン。ドリップケトルにサーバー、ペーパー含む各種フィルター。そして〇ップロックに入れられた珈琲豆数種と、後で詰め替える為のキャニスターが幾つか。あと保存用の脱酸素材。

 それらを梱包材で敷き詰めて固定し、敷板を置いて冬用のテーラードジャケットと手袋、幾つかの防寒具。今付けている物の替えになる髪留めリボン、それと他幾つかの小物を複数。

 

 最後の三箱目は寝具一式。真空圧縮した各種セットと、寝間着が替えを含め二着。あとはバスタオル等が数枚。こちらは嵩張る為、これらで一杯となるので以上で終わり。

 

「以上です」

 

「……これだけ?」

 

 これだけである。正直私物を引けば二箱で足りると考えているし、何故みんなして五箱六箱と多くなるのかよく分かっていない。なんて考えていた時期が私にもあった。

 

 何を隠そう今朝のやり取りで、お洒落の重要性を知った今となっては浅慮であったと痛感している。ましてウマ娘は髪のみならず尻尾だってあるし、必然的に毛髪ケアだけでも拘りが出て来る物だ。

 もちろん出自に依ってはそんな余裕も無い場合だってあるが、少なくとも私の場合は比較対象として姉が居る。確か姉は七箱は送っていたはずだ、その荷物の半分以下となると確かに心配もされよう。それこそ送り状を間違えたのではないかと、他者は思うだろう。

 

「……趣味の道具もこんなに揃ってて、冷遇なんて事も無いか。うーん、これはまいっちんぐだわ……」

 

 とはいえ私の荷物で唯一の救いとして、私物が充実していた事だった。まして珈琲関連の道具なんてのはそれなりに良いお値段がするし、珈琲豆も拘り始めたら100gで数千円なんて良くある事だ。

 漏れた言葉からして、やはり私の荷物の少なさに何かしら誤解をしていた様だ。とはいえ実情を見て警戒心が薄れて来ただろうか、言動や纏っている空気が少し和らいだ気がする。何なら困った様な笑みを浮かべ始めた。

 無論これは少し前までの私の考えの浅さが招いた事だ、謝罪をするのが筋という物だろう。

 

「ごめんなさい。私は姉と違ってお洒落に疎くて、特に拘りも無いからと共用の物を使うつもりで用意してたんですけど……心配をおかけしました」

 

「気にしないで、勝手にアレコレと考えちゃったのは私達。……うん、こちらこそごめんなさい! 勝手に勘違いして変な態度も取っちゃったし、お詫びに色々聞いちゃうわ! なんでもござれ、ってね!」

 

 こちらから切り出し、彼女の思う事が杞憂であると示す。結果として無事に誤解は解け、口調も聞き覚えのある物に戻って来た。

 流石に第一印象は最悪に尽きると自覚しているらしく、普段よりは言葉を選び大人しい印象を受ける。とはいえ私達はあくまで初対面だ、そしてこういう時は遠慮しつつも受け取るのが丸く収めるには早い。

 

「非はこちらにもあるので、少し気が引けますが……お時間を頂けるなら、寮の案内や規則の確認をさせて貰いたいです」

 

「余裕のよっちゃんよ! 本格的なお詫びはまた今度、改めて用意させてもらうわね」

 

 両手で親指を立てて了承の意思を示すマルゼンスキー。そして笑みをそのままに、悪戯っぽく人差し指を顔の傍に寄せて後半の言葉を紡ぐので、これは諦めて受け入れるとしよう。

 元々する予定とはいえ時間を取る事に変わりないので提示してみたが、残念ながらこれでチャラにはさせて貰えない様だった。

 

「お手柔らかにお願いします。とりあえず先に開けた荷物だけ整えちゃいますね、どうせ少ないですし」

 

 些細な事とはいえ、レジェンド級ウマ娘のお詫びなんて規模が予想できない、怖い。そう畏怖を込めてそんな事を言いながら、自分の荷物を整えていく。

 とはいえ説明がてら開封して取り出した物を、棚や机にと置いてとしていたのでそれらを整理したりするだけで済む。布団もシーツやカバーを現在の物と取り換えたりするだけなので時間も取らない、結果として一時間も掛からなかった。

 

 

 

 さて、早く終わった所でお昼にはまだ早い。というか私達はかなり早い時間に来たので、まだ午前十時だ。姉の荷物はある意味平均的な量がある為、その荷解きに十分な時間をと来ているので当然ではある。

 かといってこのままでは手持無沙汰な上、珈琲も来る途中で堪能している。どうしたものかと少し考えて、しかし直ぐに姉の荷解きを手伝いに行こうと思い至る。

 ちなみに出向いた先で何故かマルゼンスキーも後を付いて来ているのに気付き、姉が荷解き処ではなくなる事態に陥りかけた。どうにか無事に終わったからいいものの、やり場のない興奮や何やらで姉から理不尽に怒られた。再び脳内にて『アナザーベガのやる気が下がった』と表示されたような気がした。

 

 何はともあれ、良い時間だと昼食にしようかと姉と私、マルゼンスキーの三人でカフェテラスへ向かう頃。行き交うウマ娘達の数が増え、同時に視線を多く感じた。

 なんだろうと思って周囲を見れば、どうやら他の入寮生らしいウマ娘達がこちらを見ていた。より正確に言うならば、私達姉妹と共に歩くマルゼンスキーを見ていた。

 

「あらあら、流石に目立っちゃうわね」

 

「当然です、マルゼンさんはスターウマ娘なんですから。私だって驚いたんですよ?」

 

 驚きすぎてたっぷり数秒硬直していたとも言う。ちなみにその後、せめて事前に連絡を入れて欲しいと怒られたのが事の経緯。私も付いてくるならば、先に言って欲しかった。

 

 しかしトレセン学園に来たからか、単に制服姿の姉を見たからか、前世でのアドマイヤベガの姿や態度が無視出来ない程度に私の中に根差していた。

 私の知る彼女なら、著名人と対面したからと言って取り乱しただろうか。当然苦言こそ零すだろうが、恐らく多少驚きはすれども目立って浮足立つような事は無かったと思う。

 

「あはは、メンゴメンゴ。半分勝手に付いて来ちゃったから、ザーガちゃん達には悪い事したわね」

 

 本当に今後は勘弁してほしい、理不尽に怒られるのは如何に姉と言えども納得しかねるのだ。

 マルゼンスキーの言葉にそんな事を思いつつ、湧いてきた元々知っているアドマイヤベガの偶像を必死に脳の奥底へと追いやる。私が居る以上、生半可な事では私の知るアドマイヤベガにはならない。そう理解している、理解している心算だとも。

 

「……先が思いやられるなぁ」

 

 今後も同じ様な事態に遭遇する事はあるのだろう。それこそシンボリルドルフやミスターシービーなんて最たる例だろうし、彼女達と遭遇しないというのはあり得ない筈だ。少なくともシンボリルドルフならば、私達姉妹の存在を最低限チェックするだろうから。

 そんな事を思って、つい言葉が漏れた。しかし幸いにも話の流れから、マルゼンスキーが勘違いをしてくれる。

 

「も~、本当に悪いと思ってるのよ? 大丈夫、次からは事前に連絡を入れるわよ!」

 

「それ、暗に今後も付いてくるみたいに聞こえるんですが?」

 

「ダメ?」

 

 そんな不思議そうな顔をして首を傾げないで欲しい、心臓に悪い。顔の良い女性の可愛らしい仕草は私に刺さる。

 

「……デビュー前の小ウマ娘相手じゃ、あんまり面白くないんじゃ?」

 

「デビュー前だからこそ良いんじゃない! 私は貴女たちは走れると見てるし、教えられそうな事は教えてあげたくなるのが先輩の性って物よ?」

 

 やんわりと距離を置こうと思ったら更に詰められた。頼れる先輩ムーブをし始めたマルゼンスキーに、姉も目を輝かせ始めた。たしかに有名な強いウマ娘が目の前で、自分達が走れると見た上で簡単な手ほどきをすると言うのだ。普通は舞い上がるだろう。

 

「そう言って頂けると、私達も嬉しいです! 都合が付くなら是非お願いします!」

 

 案の定、姉はそう言って大袈裟に尻尾を揺らす。良くも悪くも走れると言ってくれるヒト達は周りには多くなかったので、実を言えば私もそれなりに嬉しくは思う。というか実際、私の尻尾もそれなりに揺れているのだ。

 

 だがそれはそれ、個人的には妙なやっかみを受けるのが怖いなとか思ったりしている。女子校とか初めての経験だし、女性は嫉妬深いとか前世から引き継いだ知識もある。ウマ娘に何処まで通用する知識かは分からないが、用心しておくに越した事は無いのだ。

 

「嬉しい申し出ですけど、サプライズで助っ人とか呼ばないでくださいね? 先輩の場合はその助っ人が負けず劣らずの有名人になりそうですし、心臓が持ちませんよ?」

 

「あら残念、ルドルフやシービーちゃんに可愛い後輩が出来たって自慢しようと思ったのに」

 

 案の定である。未デビューウマ娘にそんなレジェンド達の指導なんて重圧以外の何物でもないだろう、勘弁してほしい。少なくとも彼女らの強さに憧れを持つ姉は兎も角、今の私にとって彼女たちの存在は劇物でしかないのだ。

 

 

 

 夢や目標が希薄な私には、特に。




ザーガ:食事の後にまたあちこち案内を受け、良い時間になったのでお風呂へ行った。マルゼンと入るのにちょっと罪悪感を覚えたが、直後にアヤベからシャンプーは毛の質に合わせないと違和感が出ると指摘される。後日買い出しに出る事が確定した上に浅慮さがここでも悪さをした事にやる気が下がった。現在絶不調。

アヤベ:ザーガが各種洗剤を何一つ持参していない事に呆れつつ、それを口実にお風呂の時間を合わせてもう暫くは一緒に入れると内心ウキウキしている。
「ザーガはしっかり者だけど、こういう所は私が居ないとダメなのよね」

マルゼン:案の定ザーガがシャンプー周りで姉に指摘されているのを見て苦笑して、しかしブラシやコーム等はキチンと揃っているのでお洒落に疎いというより色々抜けてるだけなのではと感じている。



この世界のマルゼンさんはアプリ時空とも微妙に違うローテで走ってますが、特に深い理由はありません。単につらつらレース名並べるとくどいなと思ったので省いてるのと、ザーガが所々すっとぼけてるだけです。前世の記憶があるといってもこの世界で既に十数年過ごしてますから。しかし有馬を体調不良で辞退しているのは事実で、史実マルゼンスキー号の屈腱炎辺りの因子が作用した結果かもしれませんね。

こんな具合に今後も史実やアプリの展開を参考にランダムで原作と噛み合わない行動を取る子は出して行こうと思ってます。まぁ現状ですと捕らぬ狸の皮算用並みの信用できない予定ですが。
またデビュー時期や学年をバカ正直に年代ごとに管理するとベガ姉妹がデビューする頃にはマルゼンが二十代後半突入しちゃったりするので大幅に弄ってます。あんまり大筋には影響しませんが、デビューの順番すっ飛ばしてない?とか出て来ると思うので先んじて。


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入学式

未だに競争能力について言及すら無いのは仕様(仕様と言い張る事で誤魔化すスタイル)



アナザーベガのヒミツ③:じつは、神社やお寺に長時間居ると体調を崩す。またお守りやお札に触れると、ちょっとだけピリピリして嫌。

アドマイヤベガのヒミツ③:じつは、寒い日は妹に触れて暖を取っている。


 入寮日は反省点の多い一日だった。

 私にとっては激動の一日を終えて翌日。学園で執り行われる入学式の場で、偉い人達の言葉をBGMにして問題点を整理していく。

 

 そもそも折角の門出からしてこれまでの身の振り方を改める事を求められたし、それは寮の関係者たちを多少なりとも心配させた事によって明確に自覚もさせられた。なんならあの後鉢合わせたフジキセキからも、実は心配をしていたと言われてしまえば申し訳なさで穴に入りたいと思った程。

 他にもシャンプーだとか化粧水の合う合わない問題や、所持していた各種ブラシ類の不足。兎に角、諸々の認識の甘さから来る準備不足を痛感する一日だったと言う問題点しかない日だった。これを整理せずに今日この後の時間に挑むのは、厳しいと言わざるを得ない。

 

 先ず正直を言えば、前世の記憶という物に少し甘え過ぎていたかもしれない。

 人生二周目みたいな物だからと高を括っていたのは事実だったし、その結果として頓着無頓着の差や物事の捉え方が周囲とあまりに差があった。そしてそれらが、同年代の子ども達のそれとは全く噛み合わない程に。

 それに気付いて改められる場面は今までもあったのだろうが、生憎小学生の時はそれどころでは無い事情もあった。そもそも気付いた所で、たぶん私はこうして痛い目を見なければ反省する事も無かった気もする。事実姉からはそれとなく注意されたりもしたし、母も直接は言わないが凄い顔をしていた記憶がある。冷静に考えれば父は直接言い難いだけだったろうし、弟達はまだそこまで気にしていないだけだったのだろう。

 改善をせずに居た場合、今後成長した弟達から辛辣に「ダサい」と言われる可能性もあったのかもしれない。そう考えて想像してみた所、予想以上にダメージが大きかったのでこれはダメだと意思を固める。

 兎に角、現状は反省した上で改善を急ぐしか無い。

 

 さて、先日までの反省は程々にしてこの後の予定を検めよう。もしすっぽかしたら何をされるか分からない。入学式とその後のクラス挨拶が終わり次第、直ぐに姉と先輩の所に合流する必要があるので行動順序を振り返っておく。

 というのも、昨日は荷解きをして姉と共にマルゼンスキー先輩と食事を取った所までは良かった。良かったのだが、その際困った事に姉と先輩が意気投合したのが拙かった。

 元々私の服装への無頓着に物申していた姉が、門出の際の母からの言いつけと、先輩という私の同室かつ、同じく無頓着に物申す存在を味方に付けない筈が無かったのだ。

 話の雲行きが怪しくなった事に気付き、しかし引き止める間も無く私の予定が埋められてしまったのである。

 

 ちなみに食事の後は案内の後に私と先輩の部屋で、何が必要かを詰める作業で残りの時間が全て溶けた。

 外に着て行っても恥ずかしくない衣類や、その他細かい美容品に諸々と多数。購入予定の品数が多く、しかも予算は少ない為に優先順位を絞っていく必要があったのだ。そのせいで今後暫くは珈琲にお金を割けない事に気付き、私のやる気はもはや絶不調といった処か。

 

 余談だがその後のお風呂で更にシャンプーや化粧品の問題が浮上し、キレた姉に普段の三倍マシで揉みくちゃにされたのはまた別の話。

 

『──以上を以て、中央日本ウマ娘トレーニングセンター学園、入学式を終了とします』

 

 そんな事に思考を割いていれば、退屈な入学式の挨拶がようやく終わる。

 これからお世話になる場所でその態度は無いだろうと思わないでもないが、しかしこの場に居るのは全員が小学校を上がってすぐの女子中学生。それもジッとしているより走るのが大好きなウマ娘だ、過半数が同じ思いだろう。そしてそれは在校生も例外ではない。

 教師たちもそれを理解しているらしく、実を言えばヒトミミの学校のそれとは格段に短い。最低限の要点だけ押さえたお話をしておしまい。おかげ様で私もあくびが出る前にこの窮屈な環境から抜け出せるという訳だ。

 

 流石に現生徒会長であり、無敗のクラシック三冠で現在四冠のウマ娘であるシンボリルドルフの挨拶は全員が清聴していた。だが難解な言い回しが多い為、何人かは頭上に疑問符を浮かべて小首を傾げていたのが実情である。もう少し簡単な言葉を選んであげて欲しいが、かと言って彼女自身のイメージが浸透している以上それも難しいのかもしれない。イメージを崩さない様、けれど新入生には優しくと思うと大変なのだろう。頑張って欲しい。

 

 

 

 入学式が終わった後、事前に割り振られていた教室へと向かう。クラスメイトとの顔合わせと簡単な挨拶がメインで、後は授業の流れや午後の時間の使い方等の説明が行われる予定だ。

 特に挨拶がある意味私にとっての最大の鬼門であるが、残念ながらいまだに答えは見つかっていない。覚悟を決めるとしよう。

 

「皆揃って居るな? 本日よりこのクラスで君たちを担当するプルートーンだ、よろしく」

 

 教室に入り、全員が自分の席に着いた頃にそう言って入って来たのは大人のウマ娘。僅かにウェーブの掛かったセミロングの白毛に、瞳には僅かに金に輝く光彩を持つ強面のウマ娘だ。

 不思議と見覚えがある気がするが、前世で似た人物でも見たのだろうか。ウマ娘に関連しない記憶は流石に十数年も経って希薄だが、稀にこうして既視感を覚えるので意外と煩わしい。

 とりあえず全員が少々疎らながらも、彼女の挨拶に返答。それに静かに頷いて、ゆっくりと各種説明をし始めた。

 

 説明は概ね学業について。基本的な部分は一般的な学校と大差がないが、肝心なのはデビューした後に遠方へ前日に移動する場合の簡単な流れや、テスト等の存在とその評価。

 遠方に行く、要は遠征の際はトレーナー側で申請。そうする事で出席免除が発生し、不測の事態が起きれば即時対応が出来る事。別途授業範囲が宿題として配られるため、その分はトレーナー監修の下で移動中にでも学習する様にとの事だった。

 またテストについては、授業時間の都合もある為そもそも学力成績は低くなる事を前提に評価される。要するにあんまり酷い場合は「最低限この程度も出来ないとなると、レース所じゃなくなるぞ」とお達しが来るらしい。この辺りは仕方がない、学業を疎かにした挙句競争成績も悪かったら目も当てられない事態になりかねないからね。

 

「──以上だ。繰り返しになるが、君たちは競争科である為に座学は午前の僅かな時間しかない。だがそれは学業を疎かにして良い理由にはならないので注意する様に。

 最後に簡単な挨拶をして今日は解散とする、名前と……話の取っ掛かりになるだろうから趣味や好きな物、誰がクラスでライバルになるかの指標として学園での目標を挙げてもらおう」

 

 そして最後に、私にとって憂鬱な時間が始まった。席の並びはこれといって法則は無く、幸い私は教室に入って奥側の後ろ席。この手の挨拶が比較的最後らへんに来る。

 ちなみに姉は別のクラスだ、その為このクラスには見知った顔は無い。前世で見覚えがある子が居るかもと思ったが、そもそもほぼ全員が本格化前で体格や顔立ちが幼い。それっぽい子が居ても確証がなかった。なので今回の挨拶の中で、誰か知ってる名前の子は居るか確認するしかない。

 

 そう思いながら、静かに全員の自己紹介を聞いて行く。

 ニンジンが好き、読書が趣味。クラシック三冠を取りたい、春や秋のシニア三冠を取りたい。趣味や好みはもちろん、競争を志すウマ娘なら珍しくも無い目標を連ねていく。しかし珍しくも無いが、同時に生半可な気持ちでは言っていない。少なくとも、今この瞬間では全員が「私が一番速いんだ」と信じてやまないのだから。

 才能と努力と想い、その総決算がレースだと認識する私としては彼女達が眩しく思える。

 

 そうしていれば、何人目かに立ち上がったウマ娘に目が行った。

 セミロングのやや明るい栗毛のウマ娘。彼女は周囲に顔見せする様に振り返りながら。

 

「ナリタトップロードです! 好きな事は誰かの笑顔を作る事! 夢は私を応援してくれる人達の期待に全力で応えて見せる事です! よろしくおねがいします!」

 

 なんて、お手本の様に明るい笑顔で言って見せた。

 そして彼女の声も名前も、聞き覚えがある。確かにアドマイヤベガのライバルの一人、あのナリタトップロードで間違いは無いだろう。

 知っている名前の子と同じクラスなのは嬉しいが、ゲームの時は確か姉と同じクラスでは無かっただろうかと疑問も浮かぶ。とはいえそれも高等部での話だったし、中等部は別のクラスだった可能性も十分にあり得る。

 更に考えてみれば、ゲームで同じクラスだと描写のあったエアグルーヴやBNWの面々の事も気になる。そもそも彼女達は私達と同い年なのだろうかという疑問もある。

 というかルドルフが現在四冠な時点で、色々と時系列が知っている物と違うのだが。シニア一年目で今月末には春の天皇賞がある、五冠目を戴く姿を見れると思えば美味しくはあるけれども。

 

 しかしそんな事を考えている内に、無情にも自己紹介は進んでいく。流石に聞いてなくて名前を忘れたは失礼だ、気持ちを切り替えて考えるのは後回しにする。

 そうして黙って居たが結局ナリタトップロード以外に覚えのある名前の子は居らず、気付けばもう私の番だ。大した目標は無いが、一先ず無難な事を言っておけば良いだろう。

 

「アナザーベガです。趣味は珈琲で、美味しい豆の情報や淹れ方募集してます。目標はG1制覇。よろしく」

 

 そう言って見渡せば、他の子達と変わらない疎らな拍手。あわよくば近所で美味しい珈琲の店の情報が入ればと言ってはみたが、完全に蛇足な気がしてならない。とはいえ言ってしまった物は仕方がないので、このまま珈琲ジャンキーのキャラで通すとしよう。

 

 そうして間も無く私の後ろの子達の挨拶も終わり、そのまま解散となった。

 集合場所に向かう為に動こうかという所で、この後親睦を深める為にと幾つかのグループからお誘いを受ける。しかしこの後別のクラスの姉と予定がある事を伝え、お断りしてまたの機会に持ち越した。そうでなくても同行者の片割れがレジェンドだ、すっぽかしたら彼女のファンから村八分に遭いそうで怖い。世代がまだ近い時期なので余計にだ。

 

 そうして無事に校内で指定していた待ち合わせ場所へ向かえば、既に来ていたらしいマルゼンスキー先輩が手を振っていた。それに合流して一つ二つ言葉を交わせば、直ぐに姉もやってくる。

 幸いな事に先輩はまだ免許を取得していない為、公共の移動手段を使う。これが来年再来年以降には愛車での移動に切り替わるのかと思うと恐ろしい、少なくとも一コマ漫画ではスペシャルウィークに対して吹っ飛ばないようにシートベルトを促していた筈。つまり相応の速度を出すという事だろう。

 

 そんな先の心配で顔を青くする私に二人は不思議そうな顔をして、早く行こうと手を伸ばしてくる。

 先輩とはまだ短い付き合いだが、来年再来年になっても先ず確実に構って来るだろう事は容易に想像が付く。

 

 姉の事もある、今の内から安全運転を刷り込んで置こう。そう心に決めて、彼女達の手を掴むのだった。




ザーガ:珈琲ジャンキー。美味しい珈琲のお店は随時募集中。焙煎所があればなお良い。

トプロ:みんなの役に立ちたい、色々聞いて行かなきゃ。そういえばあの子珈琲のお店探してるんだっけ、うちの近所にあったあそことか良いかも。あの看板娘のウマ娘さんも可愛いし、気に入ってくれるかな。とか思って既にザーガをロックオン。もう逃げられないぞ。

アヤベ:今回は出番なし。ザーガがパッと見確り入学式の挨拶を聞いてるから真面目に聞いてた。その後まったく別の事考えて時間を潰してたと知って後に怒りの3倍マシ揉みくちゃを実行する。

マルゼン:高2だからまだ免許持ってない。ちなみに安全運転の件はモチのロンよ、任せちゃって♪と答えて無事に安全運転超特急スーパーカーとなる。

ルドルフ:現在シニア1年目、入学式時点で四冠。同月中の春の天皇賞で五冠目を戴く。

プルートーン:ザーガとトプロの中等部担任。元中央トレセンサポート科所属、教員勤務4年目。



作品を書く事に関しては素人も素人、故に先の話とかの妄想ばかり先走る。
所で僕はTS娘は曇らせてなんぼだと思ってるんですよ、やっと今の自分を受け入れて居場所が安定したって所に基盤を崩すような事をしてやりたいって思うんですよ。ましてオリキャラなんていう(作者自身にとって)都合の良い存在なんてそうするにはもってこいな存在だと思ってるんです。
でもザーガは下手にやるとアヤベさんが曇るし、危害を加えるのは論外。僕はウマ娘ちゃんを曇らせたいわけじゃなくてあくまでTS娘を曇らせたいんです。悩ましい。

それとは別に序盤の部分からして勢いで書いてたのは否定できないので、追々書き直したい。色々無駄が多い気がして、もっと短く済ませられるし他に書く事あったよな感はあるので。
まぁそこまでやる気力があればですが。
あと前回にマルゼンがシニア2年目まで居た事を記載漏れてました。そこからザーガ達が入学する年にドリームトロフィーリーグに移籍してます。間にルドルフとか一部世代挟むと、そうじゃないとズレますからね。


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準備期間:お買い物

ちなみに3000字前後の小出し式なのは煎餅さんが極端な飽き性&面倒くさがりで、ある程度細々と提出させて置かないと簡単に手を付けなくなるからだよ。結果として前後で描写に細かい矛盾が出易いとかの記憶能力や設定の作りの甘さから来るミスが頻発しやすいよ、生暖かい目で見てあげよう。



アナザーベガのヒミツ④:じつは、学園指定の体操着は短パンが良かったが、どうにも違和感があって泣く泣くブルマにした。

アドマイヤベガのヒミツ④:じつは、弟達がザーガに良く懐くのを羨ましく思っている。


 公共機関を使うに当たり、マルゼンスキー先輩が一緒であるために何かしらトラブルを覚悟していた。

 しかしいざ蓋を開けてみれば平穏無事、むしろ遠巻きに指を向けられることはあれども声すら掛けられずに目的地へ。拍子抜けして目をぱちくりさせていたら、それに気付いた先輩からお言葉を頂いた。

 

「新入生の案内を先輩がしてるのよ? それを邪魔したら野暮ってモノでしょ」

 

 そう言われて、納得する。確かに如何に有名人といえど、元を正せば学生だ。加えて連れているのが明らかに本格化を迎えていない新入生となれば、話し掛けられる事はないのも頷ける。

 これで私たちも何かしら重賞を勝つなどしていれば話は違ったのだろうが、少なくとも今はそうではない。

 トレセンに通っている時点で大概エリートの部類ではあるが、ウマ娘なら兎も角大衆からしてみればその世代の重賞ウマ娘の方が目に留まる。よって今の私達は「トレセン学園に通っているだけの学生ウマ娘」という事だ。実際にこの立場になってみると、何とも贅沢な見方だなと思うが。

 

「ちなみに一人の時はどうなんですか?」

 

「そりゃもう変装をするか、オフだから近づかないでオーラバリバリに出しておかないと大変よ? あっという間に人だかりが出来ちゃうんだから、初めて遭遇した時は驚き桃の木山椒の木よ」

 

 しかし試しに聞いてみたらそんな答え、やっぱりそこは有名税みたいなモノなのだろうか。流石に都合よくマナーが出来過ぎた世界という訳でも無いらしい。否、現状こうしてスムーズに移動できている時点でマナーは十分良いと思うが。

 だが苦笑を浮かべてそういう彼女は、それでも目に見えて応援してくれる人が沢山居るのを実感できて良いとも言う。その辺りの感じ方も人それぞれなのだろうが、私の場合はどうなる事やら。現状では、捕らぬ狸のなんとやらでしかないけれど。

 

「とりあえず買い物を済ませちゃいましょうか、先ずは服を買いに行くわよ!」

 

 私と姉の手をそれぞれ掴んで、問答無用で引っ張って行く先輩に転ばぬようついて行く。一瞬逃げない様に掴まれているのかと邪推するが、普通に楽しそうにしている様子から深い意味は無いらしい。

 そもそも姉も一緒に掴まれている時点で楽しいだけなのだろうが、どうも自分で思っているよりも抵抗があるらしい。マイナスに思考が走っている気がする。

 

「そういえば、どんなお店に行くんですか? 私あまり派手なのは嫌ですよ?」

 

「昨日までYシャツにスラックスしかまともに着た事無い子に、いきなりゴテゴテした物なんて着せないわよ。というかYシャツとスラックスも悪い訳じゃないのよ? ただ全部同じ色同じデザインじゃね……」

 

「そうでなくても男物はどうかと思うのよザーガ、尻尾通しはサービスで作って貰えるとはいえ限度があるわ」

 

 酷い言い草だった、それに普段着の評価も戴いてしまった。どうやらファッションとしてのチョイス自体は悪くは無いらしいが、そのにチョイスした物品の特性に問題があったらしい。目に付いた物で自分好みの服を買っていただけなのだが、それが軒並み男物だったのが悪かった様子。

 

「ジャケットがあったから少しは評価高くなってるけど、それ以外がダメね。そうね……予算の事も考えればシャツとスラックスをちゃんとしたのに変えるだけでもマシになるわよ? 男物だと骨格の関係で少しダボついて見えちゃうけど、ちゃんと女物を選べばそれだけで変わるから」

 

「一応今までも何度か同じ事は言ってたんですけど、もう買ったし勿体無いからと聞かなくて。昨日の一件で意識が変わってくれたのは嬉しいですが、ちょっと複雑です」

 

「反省してます……。あと本当にごめん、姉さん……」

 

 先輩にかつて姉に言われたのと全く同じ事を言われ、それに対してやや悲し気に苦言を漏らす姉とダメージが蓄積されていく。とりあえず掴まれているので、片手ではあるが拝み手で謝っておく。色々違う気がするがそんなものだろう。

 

 そんなこんなで結果的にシャツとスラックスを購入するだけで事が済んでしまった。流石に量販物と違い一着当たりの値段が嵩んだが、レジェンドに選んでもらった付加価値と考えれば安い気がしてきた。前世が軽率に推しに貢ぐタイプのオタクだったらしく、不思議とお金を出す事に抵抗は感じなかった。初めて前世のオタク気質に感謝した気がする。

 そして実際に着てみて分かったが、確かに別物だった。身体にフィットしてボディーラインが確り出てしまうのが少し気になるが、しかしそれが逆に自分のスタイルを気にする要因となるとゴリ押された。意識して体型を維持するのもトレセン生の仕事との事。

 だがそれさえ我慢すれば、なるほど全体的にシュッとした印象を受ける。今までのダボっとして野暮ったい印象からはかけ離れている、衣服選びって大事なんだなと実感する。

 ついでにインナーも幾つか見繕い、透け対策も万全だ。よく考えたら基本的にアドマイヤベガと同じ顔同じ体型なのだ、私の透けブラは同時に彼女の透けブラを見せるに等しい。それは避けねばならない。私は姉と違いオールウェイズスポブラなので正直色気も何も無いが。

 

「さて、それじゃ次は下着を買いましょうか!」

 

「待って、下着は今の物で十分なはずです!」

 

 しかし先輩はこちらの気持ちなどお構いなしな様子で、透け対策をしたのはその為だと言わんばかりにイイ笑顔を浮かべて宣った。

 

「先輩、私達まだ本格化前なんですよ。だから今買ってもすぐ付けなくなるんですよ!?」

 

「大丈夫大丈夫、私からのプレゼントだと思って? それに買うといっても今回はナイトブラだし、本格化するまでの発育補助には良いと思うのよ」

 

「それ、本格化の急成長で抑え付けられる事になったりしませんか? 私も興味はあるんですけど、母が昔それで痛い思いをした知人が居ると……」

 

「そうそう、なので本格化迎えてからで良いと思うんですよ!」

 

「なんかザーガちゃん必死ねぇ、お姉さんびっくらぽんよ。何がそこまで駆り立てるの?」

 

 下着売り場での攻防、私は必死に食い下がり、更に今回は珍しく姉が味方だ。というのも、姉が二年ぐらい前にナイトブラに興味を示した際に母から昔の話を聞いた事があった。

 一夜にして見違えるほど身体が大きくなるのは本格化では珍しくない、それ故に当時は本格化前の子がナイトブラを付けたまま本格化した際絞めつけられる形となり、数日跡が残る事態になったらしい。

 それを聞いてから姉は興味が消え、私も私で当分は下着で気をもむ必要は無いと安堵していた。スポブラはまだ良いのだが、可愛らしかったり色気のある様な下着というのは抵抗があるのだ。

 

 兎に角、私としては断固拒否したい。勿論クーパー靭帯だとかそういった観点から見て非常に重要な物であると理解はしている、理解はしているがだから着けるかと言えばそうではない。

 しかしこういう時に限って、姉は反旗を翻すのだ。言い方は悪いが、私としてはそう見えるので仕方がない。

 

「ちなみにそういう事なら心配ナッシングよ! 最近はウマ娘の本格化に対応して、伸縮性に優れた物もあるの。だから仮に一晩で体格が二回り以上大きくなっても少しキツク感じる程度だし、安全機構も組みこまれてるから一定以上の負荷が掛かると自壊する様になってるから安心よ!」

 

 そう、姉が反旗を翻すのは極めて単純な理由。自分がそれを抵抗する理由が無くなった、それだけなのだ。

 

「ザーガ、先輩の好意に甘えましょう? 大丈夫、仮に少し苦しくなっても私達は姉妹だもの。お互いに受ける苦痛は変わらない、最後まで一緒よ」

 

「そんな一心同体は嫌だなぁ……!」

 

 そう言って目を輝かせた姉に、心からの言葉を返した。




ザーガ:どうして中身はヒトムスコソウル入ってるのに左耳飾りにブルマなんですか????

アヤベ:体操服がお揃いじゃなかったのが少し残念。ただ勝負服までお揃いとも行かないだろうから覚悟はしてた。

マルゼン:こないだのお風呂で揉みくちゃにしてたけど、あれ毎回やってるなら……いいえ、やめておきましょう。お姉さんの勝手な予想で彼女達を混乱させたくは無いわ。



ちなみに煎餅さんは本格化後から基本的な身長体重3Sが公式プロフィールと同程度になると考えており、現在のアヤベ・ザーガは本格化前で近い子で言えばマヤノぐらいちっちゃいです。何もかも。とはいえ発達途上にある以上は保護しなきゃいけない部分は当然あるので、諸々はキチンと着用してます。ザーガも必要性は理解しているので妥協案としてのスポブラ着用となります。ただ自分が可愛い感じのを着用するのはちょっと……って感じで未だにスポブラ以外には抵抗があります。着けられるのが可愛いのとも限らないのにね。


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準備期間:意識改革

マルゼンスキーのエミュが安定しない、ちゃんとシナリオ読んでバブリー語録の使用タイミングとか言動の癖をラーニングしないと……。

あとちょっと構成的に発言や表現に今後支障が出る所があったので「入寮:前編」でのフジキセキの台詞と地の文(ザーガの思考)に修正かけてます。本当に微細な物なので見なくても良いです。



アナザーベガのヒミツ⑤:じつは、ヘア・テールカットが巧い。

アドマイヤベガのヒミツ⑤:じつは、『葦毛は走らない』等を始めとした『○○は走らない・大成しない』といった説が大嫌い。


 結局、姉と先輩に引きずられてランジェリーショップへ入店する。

 見渡せば所狭しと並べられた女性下着があり、中身に独身男性をインストールした私には酷な環境であった。

 

「何故こんな事に……」

 

 自分の耳が萎びて倒れるのを感じながら、眼前で繰り広げられる姉と先輩が「あーでもない、こーでもない」と並べられた商品を手に取る様子を眺めて呟く。

 私はといえば、今までの傾向からしてどうせ飾り気のない可愛くないのを選ぶからと後方待機。否定も出来なかったので一人寂しくお留守番、といった所だ。すぐ傍に居るけれども。

 

 しかし手持無沙汰なのも考え物で、しかしウマホを出すのも気が引けた。大丈夫だと分かっていても、抵抗感を覚えてしまう。今後はこういった環境にも慣れなければいけないのかと思うと、少し憂鬱であった。

 

「そんな所で何してるんすか?」

 

 ふいに声が掛けられ、片耳がそれに反応して立ち上がる。それに振り向けば、黒鹿毛のウマ娘が居た。

 そして彼女は前世でこそ見覚えは無いが、去年のジャパンカップで日本初の勝利を挙げた事で私も知っている。

 

「えと、貴女は……カツラギエースさん?」

 

「応。ウマ娘達のエース、カツラギエースとはあたしの事さ! って、やっぱ流石に名前知られてるか。騒がれない分マシだけど、初対面で一方的に知られてるのも変な気分だなぁ」

 

「それは、確かに複雑かもしれませんね。私はアナザーベガといいます、ザーガとお呼びください。……それで最初の答えですが、先輩と姉の買い物を待っている最中ですね」

 

 彼女もまた有名税に苦心する者らしく、一先ずは自分の名を明かして置く。そうして現状を簡潔に説明しつつ視線を姉たちに向ける。少し目を離した隙に店員を巻き込んで白熱し、どうやら試着するらしい幾つかのデザインがその手にあった。

 やや先輩と店員の勢いに姉も引いてる気がしたが、しかしそれよりも楽しいという感情が勝っているらしく直ぐにその気配は消える。それを見て再び耳が萎びて倒れ、今度は尻尾も同じ様にぴたりと止まる。

 

「マルゼンが一緒なのか。そうか今朝に後輩と買い物行くって楽しそうに言ってたのは、この事だったんだな」

 

「ああ、ご存知でしたか。まぁそういう訳でして、私はついさっきこの服装が男物から女物にランクアップしたばかりのファッション壊滅勢なので……はい」

 

「ああ……そうか、ご愁傷様だな。いやさ、なんか下着売り場の端っこで気まずそうに立ってたから、大丈夫かなって思ったんだよ。その様子じゃ大丈夫とも言い難いが、問題がある訳でも無さそうで一安心だ」

 

 うん、改めて説明すると凄く恥ずかしい。目の前のカツラギエースも苦笑気味の対応で、しかしあまり深入りしない優しさが余計に刺さる。今後は絶対に言わないようにしよう。

 とりあえず話を逸らそう、そもそも何故彼女がここに居るのかも気になる。確か同期にミスターシービーや、スズカコバンにニホンピロウイナー。メジロモンスニーにダイナカールと挙げればキリがない名ウマ娘が居たはずだが、そんな彼女らと買い物にでも来ているのだろうか。

 

「そういえばカツラギエースさんは何故ここに? そちらも何方かとお出かけですか?」

 

「ああ、あたしはシービーの奴とな。マルゼンが後輩とこっちに買い物行くらしいって話したら、私も行くって言い出してな」

 

「……で、その肝心のシービーさんは何所へ?」

 

「うーん、それがここに着いて直ぐにフラフラ歩き始めたと思ったら、そのまま見失ってはぐれちまってな。それで探してたら、偶然ザーガの姿が見えたって事だな」

 

「噂に違わぬ自由人ですね……」

 

「んー、普段なら一緒に行動してるんだけどな。今日は何か気になる物でもあったのかねぇ」

 

 予想はしていたが、とんでもないビッグネームに気が遠くなりながらも所在を伺うとそんな答え。やはり相当な自由人なのだなと思い感想を洩らせば、今度は思いがけない答えが飛んで来た。

 

「普段は一緒なんですか?」

 

「ん? ああ、シービーとどっか出かけたりする時はな。べつに暇な日は毎日って訳じゃないさ、偶然出先で会ったり今日みたいに共通の知り合い目当てに一緒に行く時って所さね」

 

 思わぬ情報だった。確かミスターシービーのトレーナーですら、一緒に出かけると気付いたら何処かへ消えているとか以前テレビで見たインタビューでは言っていた。だが目の前のカツラギエースは、一緒に出掛けていてはぐれるのは珍しいみたいなモノ言いだった。

 前世の嗜好が顔を覗かせ、もう少し踏み込んで話を聞きたい。そう思った所で、背後から気配が近づく。振り向けばそこにはマルゼンスキー先輩と姉の姿、そして姉の手には幾つかのデザインが違うブラ。

 

「あらエース、貴女も買い物?」

 

「いや、シービーと一緒にマルゼンが気にかけてる後輩たちを様子見にな。つっても、肝心のシービーがどっか行っちまったけど」

 

「あらあら、この子達は私が面倒をみるんだから横取りは嫌よ?」

 

 どうやら気の知れた仲らしく、先輩達は軽く挨拶を交わす。姉はと言えば私の隣にいる相手がカツラギエースだと気付いた辺りで、手にしていたブラ達を身体の影に隠していた。同性な上に場所が場所だから隠す必要も無い気はするが、まぁ初対面相手に気にするなというのも無理な話か。今後の仕草の参考にしよう、こういう細やかな部分は見て学習するしかないし。

 

「そんな無粋な真似はしないって。でも何かあれば気軽に声をかけてくれよ? マルゼンの友人ならあたしの友人でもあるんだ、それこそ困った事があれば何でも言ってくれ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 社交辞令と分かっていても恐縮である。ただでさえ私生活の面倒を先輩が見てくれている状態で、更にジャパンカップで日本の英雄的活躍をした彼女にもそんな言葉を掛けられるのだから素直に緊張もする。

 引きつった返答しか出来ないのは見逃して欲しい。

 

「にしても、お二人さんそっくりだな。姉妹か?」

 

「ええまぁ、こちらが姉のアドマイヤベガです。共々お願いします」

 

「よろしくお願いします、カツラギエースさん」

 

 というか私ばかりサシで会話してて負担が大きい、この辺りで姉にパスを投げて置く。丁度カツラギエースが姉に興味を示した為、軽く紹介する。案の定緊張で顔が引きつり、しかし直ぐに表情を整えて確り挨拶をした。流石は我が姉だ。

 

「ああ、よろしくな。とりあえずあたしはシービーを探してくるよ、もしそっちで見かけたらウマホで連絡入れる様伝えてくれないか?」

 

「その程度お茶の子さいさい、余裕のよっちゃんよ。まぁどうしても連絡が取れなかったら、私達と学園に帰りましょう?」

 

「助かる、アイツが居ないと帰れないからな……。うん、それじゃ頼んだ、またな!」

 

 そう言って颯爽と何処かへ行ってしまう。しかし何の事だろうとマルゼンスキーに視線を向ければ、彼女は苦笑して答えてくれた。

 

「エースは電車が苦手なのよ。一本で着くなら兎も角、複数路線があったりするともうダメダメでね」

 

「ああ、何となくわかりました」

 

 その情報だけで察せてしまう。たぶん初手で別の路線に乗ったり、乗り換えを間違えたりを頻繁にやらかすのだろう。確かにそれは一人で電車に乗せられない、まして本人が苦手意識を持ってしまっていては一朝一夕で治る物でもない。

 

「まぁエースの事は兎も角、今は貴女たちの事よ。早く試着しちゃいましょう?」

 

「うん? 何で私の手を掴むんです?」

 

「当然貴女が着るからよザーガ、客観的に見た方が似合っているか分かりやすいからね」

 

「はぇ?」

 

「見た目が殆ど同じって、こういう時にイイかもね? その上片方がファッションに無頓着だから、少なくとも今は好みもハッキリしてないし好きに選べちゃうもの」

 

 そう言われて、試着室にグイグイと押し込まれる。何故か姉さんの持っていた試着用の下着を先輩が預かり、私と共に試着室へと納まる。

 少なくともここまでされれば、私は体のいい着せ替え人形として使われるのは分かった。絶不調通り越して直ぐに帰りたい気持ちで一杯だが、しかし先輩が一緒に居るのは理解できなかった。

 

「私が着せ替え人形にされるのは分かったんですが、何故先輩も一緒なんですか?」

 

「何でって、貴女一人で着けられるの? スポーツブラと違って丁寧に着けてあげないと、紐とか捻じれたら変に食い込んで痛いわよ?」

 

 そういう物なのだろうか。そうかな、そうかも。確かに言われてみれば、留め具とか接合部なんかは着け方をミスれば痛そうだ。普段余計な刺激が無い部位の肌はそういった長時間の食い込みで容易に傷が付く、そして大抵暫く痛む。

 

「わかりました、そういう事ならお願いします」

 

 私としても痛いのは嫌だ、中身が大人でも関係ない。一瞬の痛みなら耐えられるが、長期間に亘る痛みは老若男女平等に避けられるなら避けたい物の筈だ。

 身近な例で言えば、予防接種や虫歯治療みたいな物である。その場での痛みを乗り越えれば、後に受けるか続くであろう苦痛を回避又は緩和出来るのだから。今回も一時の羞恥と引き換えに、今後受けるかもしれない羞恥と着用法の誤りからくる負傷の回避を取るだけなのだ。そう自分に言い聞かせる。

 

「素直でよろしい。先ずは服を脱いで、裸になってちょうだい?」

 

 兎に角、ここは大人しく彼女の指示に従うとしよう。そう思い、シャツとその下の透け防止に買わされたキャミソールを脱ぐ。そのままスポブラを外して、試着室内に用意されているハンガーにそれぞれ掛けていく。

 ふと思ったが、ここは同性相手でも隠したり恥じるべきなのだろうか。ちらりと覗き見れば、先輩は変わらずニコニコと笑みを浮かべてこちらを見ている。少々気恥ずかしいし、ついでに気まずい。どうせこの後に指摘されるついでに触られるのは、初めてスポブラを着けた時に母からされているので分かっている。だから今の所特に気にもせず脱いで仁王立ち、とまでは行かないが普通にしている心算だ。これが正解なのか、どっちなのだろうと心配にはなる。

 

「えっと、上は脱ぎはしましたけど。もしかして下もですか?」

 

「モチのロンよ、上下セットで着ないと似合ってるかとか確認しにくいでしょう?」

 

「思ったんですけど、別に誰かに見せるわけでもないのに似合ってるのは意味あるんですか?」

 

 前世男性からすると少し理解が及ばない部分、どうせファッションに疎いキャラが既に定着してしまったので今更だと聞いてみる。

 案の定困った様に、呆れた様に眉を下げて笑って彼女は言う。

 

「別に誰かに見せる事はしないけど、それはそれとして自分が好きなデザインを身に付けてると気分が上がる物よ。下着に限らず自分の好きな色、デザインの小物を持ち歩く事ぐらい経験はあるんじゃない? それでどうせ身に着けるなら、自分に似合ってる方がずっとテンションもアゲアゲになるってな訳なの!」

 

「ああ……なるほど、それは確かに納得出来ますね。お気に入りの色やデザインで気分を上げる、少し覚えがあります」

 

 身近な物で言えば普段使いの食器、ウマホや文具だろうか。基本的に性能で選ぶが、それでも人によってはデザイン性やカラーリングで好みは出て来る。むしろそうでも無ければ全て単一色、同一形状で済んでしまうし。

 みんな違ってみんな良いとはよく言った物だが、好きな物や色を始めとした個性があるからこそ何かしらの主張や意欲は湧く。

 それこそ例え拘りが無くても、目に付いた中で他よりは良いと選ぶ。わざわざ嫌だと少しでも感じる物を選ぶのは少数だろう。

 

 思考がだいぶ脱線したが、要は自己の認識から来るやる気の向上に近い気はする。誰だって好きな物はある、それが色であってもだ。

 言ってしまえば今朝の朝食が自分の好物だった、今日の夕飯は豪華なステーキだみたいな物だ。いやかなり違うが、考えの方向性は概ね同じだと思う。

 他者には一切関係無いが、本人としては気分が上がる要因足り得るという事だろう。些細な好きな物、好きな事の積み重ねがその日の精神的コンディションに影響を与えるのだ。個人的な解釈だけれど。

 

「でしょう? まあ勿論トレセン学園は要は女子校だし、そういうのを気にしておくと良いっていうのはあるけど」

 

「あ、やっぱりそういう所もあるんですね」

 

 結局はそういう側面もあるらしい、とはいえ先ほどカツラギエースとのやり取りで幾らか身に染みているので重要性は理解している。

 どうせ重要ならば、ちゃんと自分の好きな物を選んだ方がただ着せられるよりずっと良いかもしれない。

 

「……この後、時間まだ余裕ありますか? 私もちょっと選んでみたいな、なんて」

 

「勿論、自分からそう言ってくれてむしろ嬉しいぐらい! ケツカッチンにはまだ早いから安心して頼ってね!」

 

 つい出てしまった提案だったが、帰って来た返事は快諾だった。それに安堵して、とりあえず今は姉の選んだ下着を試着していく。冷静に考えればこのやり取りの間、私はずっと半裸だったのだ。言い出すタイミングも今後は考えねばと少し反省。先輩もどうせなら指摘してくれても良かったのに。

 

 

 

 兎に角、今は姉の選んだ物を着て見せよう。そして次は私が選んで着せてやるのだ。先輩達と違って姉の裸体は実質私の裸体、アナザーベガの裸体はアドマイヤベガの裸体も同然なのだ。もはや自分の身体として認識して長いこの身体の裸と、先輩達の裸ではだいぶ抱く感情は違う。

 勿論初めの頃は、自分の身体を見ずに入浴するのを試みた。何を隠そう私の前世の推しはアドマイヤベガ、推しの裸体に等しい自分の身体をみるのもギルティである。

 しかしそれは直ぐに諦める事になった。単純に無理だ、なんなら雑に身体を洗うなと叱られたし、似た理屈でいけばトイレもろくに行けない事にも繋がる。結果、今となっては罪悪感も抵抗感も何も感じない。いやそれはそれでどうなのかと思うが、なってしまった物は仕方がない。諦めて受け入れ、活用して行くしか無いのだ。

 

 そして開き直った以上、姉の身体も少しは活用させてもらおう。客観的に見るのは大事らしいからね。

 

 そういえばカツラギエース先輩はミスターシービーと無事に合流できたのだろうか。後で先輩に聞いて確認してみようと思う。




ザーガ:前世の時もなんか裏側にキャラ絵の入ったネクタイとかあったもんな、別に見せたり共有しなくても自己満足で気分は上がるしそういうもんだろうって認識。それはそれとして意気込んだは良いが、普通に姉さんが選んだ奴色もデザインも好みなんだよな……。

アヤベ:なんか試着室で小難しい話をしてる気がするけど、変に声をかけるのもなぁ……。今回はやや空気。

マルゼン:いつ半裸で話し込んでるのに気付くかしら……。

エース:シービーの奴どこ行っちゃったんだ……? LANEにも既読つかないし……。

シービー:マルゼンの後輩見に来たけどお腹空いちゃった。あ、美味しそうな匂いがする。……うん、ここで食べよう。すみませ~ん。
 うんうん、匂いに違わぬ美味しさ。当たりだね。そういえばウマホ忘れちゃった、部屋に財布と一緒に置いてた気がしたなぁ。……都合よくエースが通りかからないかなぁ。


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準備期間:前途多難

前もってミスターシービー推しに謝っておきます、本当に申し訳ない。
でもなんだか似合う気がしたんだ、エースに対してちょっとアレなシービーが見たい。だらしないシービーを甲斐甲斐しく世話するエースのシビエス欲しい、誰かください。

あと書き忘れてたんでこっそり追記

誤字報告ありがとうございます、どうしても制作中のミスとか見落としてそのままぶん投げちゃうんで助かります。



~~

「――で、だからこの駅に向かうにはあの線が交差してる所で乗り換えれば良い。色で大体分かる様になってるから、後は電車の向かう方向にだけ気を付ければいいよ」

「なーるほど、気付いたころにはもうUmacaで乗り降り出来たから券売機上なんて殆ど見なかったが……これ効率悪くても最初はこういう方法で電車乗らせないと分からなくならないか?」

「そうかもね? まぁエースのは特別かもしれないし、一概には言えないかな」

「嫌だなぁそんな特別。そういやこのボタンで二人分買えるんだっけか?」

「うん、子供用のと間違えない様にね」

「……よし、買えた!」

「お疲れ様。でも別に良かったのに」

「折角教わってるんだ、ちょっとした礼みたいな物さ」

「そう? ありがとう、それじゃ行こうか」

「応!」



 カツラギエースはこの後「あの時切符を買う練習なんて言ってアイツの分も買わなければ、あんな事にはならなかったんだろうな」と語ったそうな。


 自分の買い物が済んだ私達は、先輩のLANE経由でカツラギエース先輩と連絡を取った。聞けばミスターシービーはまだ見つかっていないらしく、現在も捜索中らしい。

 この際合流してカツラギエース先輩も私達と一緒に帰る事も提案されたが、流石に心配に思い暫くの捜索を提案する事にした。こちらへ移動した後、体調不良でお手洗いに駆け込んでそのまま倒れたりなんて事態も絶対に無いと言い切れない。医療漫画の話みたいだが、私は前世の都合でそういうのも洒落にならないのだ。

 

「とりあえずエースさん達が別れたらしい場所には着いたけど、ここから如何探した物かしらね」

 

 さて、私はといえばどうせ全員が顔を知っている相手だからと、LANEのグループを急遽作って貰っての単独行動中だ。私がカツラギエース先輩達がはぐれたと思われる場所、姉さんは体調不良の線を探って施設内各所の御手洗いを回る。マルゼンスキー、カツラギエース両先輩は各々がミスターシービーの興味を持ちそうな場所を探して回るという役回り。

 勿論ショッピングモールなのだから、インフォメーションセンターで呼び出しをするのも手段の一つではある。しかし下手に呼び出しをしようものならヒトが集まりかねないというリスクもあり、出来れば最終手段にしたい。幾らこの世界のファン達が礼儀正しくとも、流石にクラシック三冠ウマ娘を相手に理性を保てるかと言われればそれまでだ。

 

 幸か不幸か、ミスターシービーが独特な雰囲気を放っている為にただ単独で居るだけでは騒ぎにはならない。というか不用意な騒がしさを好まないのか真偽は定かではないが、気付くとフラっと消える事が世に知れ渡っているからだ。

 逆に言えばそれを頼りに探す事が出来ないし、聞き込みを行おうにもある程度は顔が立場身分と共に知れ渡っていないとファンは口を割らないだろう。同じ学園の中にもファンは存在する為、トレセンの生徒だからと教えて貰う事も出来ない。

 

「そういえば、この辺は飲食店が幾つかあったっけ。喫茶店とか……」

 

 途中で回収した施設マップに目を落とし、一先ずの目安として何かないかと探した矢先だった。目に付いたのは幾つかの飲食店、軽食をメインに出す喫茶店が点在している。

 そういえば元々服選びが終われば、遅めの昼食を挟んで帰ろうかという話だった筈だ。それが気付けば下着選びを挟み、結果としてかなり時間を食ってしまった。入学式やその後のクラス挨拶がほぼ午前中に終わったので、遅くとも午後一時前後には食事にありつけると思えばいつの間にか午後三時。流石に空腹感が主張をし始めている。

 

「喫茶店をお探しですか?」

 

 不意に横から、そんな声が掛けられた。

 振り向けばそこには、明るい栗毛を揺らす見覚えのあるウマ娘。

 

「……ナリタトップロードさん、貴女もお買い物?」

 

「ええ、そんな所です。アナザーベガさんはこんな所で何を? 確かお姉さんと予定があるとの事でしたが、先ほど喫茶店と零していましたし食事場所をお探しですか?」

 

「うーん、ちょっとややこしいんですが。今日同行して頂いている先輩のご友人、その連れの方を探しているんです。買い物が終わったら食事にしようとしてたのが、予想外に時間が掛かった挙句、急遽捜索する必要が出て来てしまったので……」

 

 まさかこんな所でクラスメイトに会うとは思わず、一瞬名前が出て来なかった。とはいえ彼女は本格化前でも比較的面影があるタイプで、直ぐにその名前が出て来た事に安堵する。

 そんな心境を隠しつつナリタトップロードに状況を説明して、このまま彼女を巻き込んでしまおうかと少し悩む。確か彼女はアドマイヤベガから「お人好しのお節介」とも評されていた筈だ、捜索対象にやや問題があるのが懸念ではあるが助っ人は欲しい。

 あとぶっちゃけお腹が空いて来て辛い。

 

「お困りの様ですし、よければ私も探すのを手伝いますよ? どんな方なんですか?」

 

 案の定彼女の方から申し出があり、人手は多い方が良いだろうと打ち明ける事に決める。どうせこの子も将来的には名ウマ娘として大成するのだ、先輩達に今更もう一人くらい後輩と強い接点が出来た所で問題無かろう。

 

「えっと、ミスターシービーを探してます。同行者がマルゼンスキー先輩で、そのご友人がカツラギエース先輩で。その連れが、ミスターシービーなんです」

 

「……あれ、私もしや、すごくすごい事に巻き込まれてませんか? なんか、こう、とんでもなく凄いですねアナザーベガさんの交友関係」

 

 手伝うと言った矢先、やっぱりやめると言い難いのか、それとも聞いた上でも手伝うという意思なのか。巻き込まれる前提で彼女はそんな反応を見せる。

 確か感極まると語彙が極端に低くなるんだったか。とはいえこの場合は感極まるというより、突然の情報に混乱しているだけな気もする。それも含めて感極まる、と表現するなら同じ事だろうか。

 

「私も寮の同室がマルゼンスキー先輩だった時点でこれ以上は増えないと思ってたの。何なら変にサプライズとか言って他の凄い先輩紹介とかしないでくださいって言った翌日だよ? 向こうから来るのは想定外だったよ……」

 

 私自身も名ウマ娘に囲まれると身が持たない、だから先輩には初日の内に釘を刺したというのにこのざまだ。

 そう片手を額に当てて唸る様にそう言ってみせれば、ナリタトップロードは極一瞬だが哀れむ様な表情をして、それでもしっかりと私の手を握った。そしてそれを顔の高さまで持ち上げて、その動作に驚いて反射的に顔を向ければ、目の前には彼女の真剣な顔。

 

「大丈夫です、どんなに凄いウマ娘に囲まれても臆する事は無いですよ。アナザーベガさんはG1を勝つんですよね? なら、アナザーベガさんだって将来的には凄いウマ娘になるんです。私も先輩方の名前を聞いた時はビックリしちゃいましたが、私達はあのトレセン学園に入学した者同士なんですから。互いに切磋琢磨すれば、一緒に居たって見劣りしないウマ娘になれますよ!」

 

「……そ、そう? ありがとう。なんか恥ずかしいな、そう言われると……」

 

 まさか面と向かって、そんな事を言われるとは思っていなかった。遅れて顔が熱くなり、顔を隠そうとするも両手を掴まれているので顔を逸らして誤魔化すしか出来ない。

 というか感極まると語彙が極端に低下するというのは何だったんだろうかという程流暢だ。否、この場合は感極まるというよりは励まそうとして、結果的に語彙が平常な状態に戻ったのだろう。そう思う事にしよう。

 正直を言えば何を急にと感じたが、思い返せば私の発言はネガティブに取れる物だった。入学から短期間で名ウマ娘に囲まれてコンプレックスを抱くのも珍しくない事例だと母から伝え聞いているし、彼女もそれを知っていれば私が該当するのではと考えて励まそうとするのも頷けた。だからと言ってだいぶ急に思える、良くも悪くも真っ直ぐ故にそうさせるのだろうが。

 

「僭越ながらこのナリタトップロード、貴女のライバルを名乗らせて頂いてもよろしいですか? 勿論お互いに走る距離も路線も違うでしょうが、それでも競い合う仲というのは大事だと思うんです。そういう相手に私自身、憧れているというのも本音ではありますが」

 

「そ、の、私で良ければ。はい、よろしくお願いします」

 

 それはそれとしてこの娘、一度決めたらとことんグイグイ来る質なのか。

 あと分かってはいたが、やはり顔が良い。優し気なたれ目に、しかし闘志溢れるその態度に見合ったつり眉が見事なバランスだ。そして本人もお人好しのお節介焼きで、しかしストレートな物言いに加えて漏れ出る闘争心がまたアクセントになる。なまじウマ娘として育ち、入学までの間で姉から受けた拙くも立派な威圧感を受け培われた勘は確りとそれらを受け止め認識する。

 そう、言ってしまえば先日マルゼンスキー先輩にやられたアレと似た状況。たぶんライバルを求めるのもその闘争心の表れなのだろうが、そんな気迫で純粋な想いをぶつけられる。妙な勘違いをしてしまいそうで非常に、心臓に悪い。

 

「私だって節操無しじゃありません、貴女だからこそです。よろしくお願いしますね、アナザーベガさん!」

 

 実は口説かれてないか、ナンパにでもあっているんじゃないかと錯覚しそうな発言に心臓が高鳴る。もしや日常的にそうやってナンパ染みた口説き文句を他の子にもしているのでは、だからすらすらと言えるのではないかと勘繰ってしまう。

 

 誰か助けてほしい。しかし残念ながらこの場には私だけで、この状況を打開できるのももちろん私だけだ。頑張れ私、恋に落ちるのはまだ早いぞ。そもそも言うなればネームドに極めて近い位置に生まれた実質モブだ、ネームドに恋するなんておこがましい。筈だ。

 たった今自信を持てと、お前だから良いのだと言われたばかりでは自分を低く考える事が出来ない。非常につらい。本当に誰か助けてくれ、ハッキリと私じゃ釣り合わないと言ってくれ。勘違いしてしまうよ。

 

「その、アナザーベガだと呼びづらいでしょうし、ザーガで良いです。繰り返しになるけど、こちらこそ、よろしく」

 

「はい、ザーガさん! 私の事もお好きなようにお呼びください!」

 

 しかし結局勢いに負け、自ら愛称で呼んで欲しいみたいな言い方をする羽目になった。非常につらい。嫌いじゃないからこそ、こう迫られると辛いのだ。

 だが幸いな事に、一先ずは区切りが付いた。ここらで話を戻すべきだと、僅かな理性をかき集めて言葉を放つ。

 

「そ、それより! ミスターシービーを探さなきゃ!」

 

「はい、それならご案内しますね。付いて来てください!」

 

「あと一応勘違いしてそうだから言うと、私は別に先輩達にコンプレックスを抱いてる訳じゃ──……待って、今なんて?」

 

 今この子はなんと言っただろうか、付いて来てと、案内をすると言ったのか。

 

 それではまるで、ミスターシービーの居場所を知っている様な言い方じゃないか。

 

「実はさっき、それらしいウマ娘をそこの喫茶店で見かけたんです。もう少しお店を見て回ってからまだ居たら入ってみようかなと思ってたんですけど、その途中でザーガさんを見かけて『喫茶店』と呟いてたので」

 

「ああ、それで喫茶店を探してるのかなんて聞いたのね」

 

「もしそうなら、親睦を深めるのも兼ねて一緒にって思ったんです。あの喫茶店、珈琲も美味しいって評判ですし。豆の販売はしてないみたいですが」

 

「豆の販売はしてないのね、そこはちょっと残念。……いや違くて。そっか、それらしいウマ娘を見かけてたの、納得したわ」

 

 確かにそれならすぐに案内する姿勢に入れるだろう、既に目処が立っていたのだから。しかしミスターシービーがカツラギエース先輩と離れてかなり時間が経っている、何故未だに喫茶店に居るのか不思議だ。

 それにしてもナリタトップロード、彼女は今日知ったばかりなのに私の珈琲趣味に合わせて誘う気でいた。まさかこの調子でクラス全員の言った事を覚えていないだろうか、だとしたら凄いなと素直に思う。

 

 兎に角、理由を聞いて納得した以上は着いて行くしかない。本当に居ればそれでよし、居なければ居ないで再び捜索に戻るだけだ。

 

 

 

「ほんとに居た……」

 

 あっけなく見つかった。まさか施設に到着してすぐの場所で喫茶店に入り、今の今まで入り浸っていたとはカツラギエース先輩も予想出来なかっただろう。

 しかしだからこそ解せない、こんなにゆったりした環境でウマホへの着信に気付かない筈が無いのだ。何故先輩たちに連絡をしないのだろうか。

 

「あちゃ、満席かぁ。流石に一目見ようって人達で一杯ですね。どうします、待ちますか?」

 

「いえ、彼女の席が空いてますから相席させて貰いましょう。4人席に通されていて助かりました」

 

 案の定というかなんというか、ミスターシービーが居る事に気付いた通行人が続々と集まっていたらしい。喫茶店の中は満員で、待ちの並びもそこそこ。これを待つのは骨が折れるし、何より今回の主目的はお茶をする事ではないのだ。

 片手でLANEのグループに発見の報を飛ばし、現在地を送付して一先ず準備は完了。そのままナリタトップロードを連れて中へ入って行く。

 

「いらっしゃいませ。現在満席になっております、そちらに名前を記入していただき、外でお待ちください」

 

「いえ、先に来ているヒトが居るので」

 

 ホールスタッフの定型文にそう答えて、真っ直ぐとミスターシービーの居る席へと向かう。それに気付いたスタッフや周囲の客が騒めくが、堂々として居ればさほど大事にはならない。強いて言うなら、後ろにいるナリタトップロードがオドオドした様子を見せているのが気になる程度か。

 

「探しましたよ、ミスターシービー」

 

「やぁ。見ない顔だけど新入生? 相席の話なんて聞いてないけど」

 

 余裕のある笑み、彼女の所謂デフォルトの表情。常に余裕というより、常に自由。自由であるが故に、周囲の影響を受けない。周囲の影響を受けないからこそ、その余裕が崩れる事は無い。

 しかしだからと言って、自分のスペースに土足で踏み入る相手には容赦がない。自身の自由を害する相手には特に。だが今回の私はそれに対する反論を持ち合わせていて、物的証拠もある。懐柔は容易い。

 

「いいえ、貴女宛てに連絡は行っている筈です。十数分前からLANEで」

 

「あー、ごめん。ウマホを自宅に忘れちゃって。ちなみに誰を経由したの?」

 

「マルゼンスキー先輩です、私は貴女方が気にしていた彼女の後輩ですよ」

 

 なるほど、ミスターシービーが返事を寄越さなかったのはそういう理由か。確かにそれでは既読すら付かないだろう、現代人としてそれは如何なのかと思わなくも無いがヒトそれぞれと思っておこう。

 私の正体に心当たりを見つけたらしく、ようやく彼女の警戒が解ける。座る様に促され、恐々とした様子のナリタトップロードを宥めながら彼女の対面へと座る。

 

「そっか、キミがマルゼンスキーのお気に入りなんだ。聞いてたよりシュッとした印象があるけど、お買い物の後かな?」

 

「お気に入りって……何を聞いたのか知りませんが、貴女を探すのを手伝っている時点でお察しいただけるかと」

 

 とりあえず話を逸らしたが、先輩が私の事を何処まで話しているかでナリタトップロードに色々筒抜けになる可能性もある。とはいえこの際気にしないで置こう。カツラギエース先輩にも知られている、今更クラスメイトの一人ぐらいにバレた所で問題ないだろう。私のメンタルがちょっとダメージを負うだけで。

 

「まぁそうなるよね。いやぁ、今日はちょっと失敗しちゃってね。ある意味君たちは私の恩人って事になるのかな? 本当に助かったよ、もうエース達は呼んでいるんでしょ?」

 

「もちろん、そうでないとのんびりお話なんてしませんよ」

 

 彼女の言葉にそう返しながら、疑問の答えを探す。

 ウマホを忘れ、今までここから離れなかった。失敗、恩人。諸々のピースが繋がって行き、一つの解が導き出される。

 

 そんな事を考えていれば、ちょうど外が騒がしくなる。なんだか姉さんには申し訳ない事をした気もしたが、私の立ち位置も大概な気がしてきたのでこの際構わないだろう。

 そう考えていれば、騒めきが一層強くなると同時にカツラギエースが入店して一直線に私達の所へやってきた。

 

「シービー、ここに居たのか! 探したんだぞ?」

 

「あはは、ごめんごめん。ちょっと珈琲と軽食でもって思って入ったら、困った問題に気付いて出られなくなっちゃって」

 

「は? 問題? ……まさかとは思うが、シービー?」

 

 流石のカツラギエース先輩も困惑の色を隠せない様子で、しかしミスターシービーは構わずに続ける。彼女もプライドはあると思うのだが、それはそれとして予想通りの内容であればそれはそれで『彼女らしい気もする』と納得出来てしまうのもまた恐ろしい。

 

 そして困惑するカツラギエース先輩に、ミスターシービーは変わらぬ笑顔で答えを告げるのだ。

 

「財布忘れちゃった、お金貸して?」




ザーガ:チョロイン気質。単にイケメン系のウマ娘が多いだけではと本人は思っているがそれを差し引いてもチョロい。一応理由はあるがまたいつか。

アヤベ:前回といい今回も私空気過ぎないかしら。不服だわ。

マルゼン:同じ空気同士仲良くしましょ♪

エース:なんで今まで気付かなかったんだ、お前どうやって電車に……あ゛っ。

シービー:あっはは、財布を忘れるなんて事本当にあるんだ。自分でやるとは思ってなかったけど。帰ったら返すから、領収書は忘れずに貰ってね?

トプロ:一通りクラスの子と話せたし買い物に来たら早抜けして話せなかった子が居る!さっき凄いウマ娘が居る喫茶店もあったし珈琲も美味しいって評判だった筈だし珈琲好きって言ってたし友達になるチャンス!ってあれあれ、もしかしてこれは俗に言う名ウマ娘に序盤に囲まれてしまってコンプレックスを抱くという低確率で発生するあの!?ここは不肖ナリタトップロード、一肌脱がせていただきます!!今日から貴女は私のライバル、弱気になっている暇はありませんよ!!

 ……えっ?私の早とちり?



すまねぇ、ミスターシービー。でもちょっと思いついちゃったんだ、思いついちゃったらもう止まらなかったんだ。
それはそれとしてこの世界では普通に賞金やグッズ売り上げがウマ娘にも出る方式、財布さえ忘れてなければ支払い能力はちゃんとありました。ただ忘れたから支払い能力を失ったってだけで。


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出会いは突然に

まぁあのメンツと知り合ってあの子が来ない訳ないよね。

それと誤字報告ありがとうございます。誤字脱字衍字は友達。

今回は前回から時間をすっ飛ばして五月に入った頃のお話。



アナザーベガのヒミツ⑥:じつは、新調した下着が思ってた以上に着け心地が良くて、後日普段着用に追加で購入した。

アドマイヤベガのヒミツ⑥:じつは、ザーガとクラスメイトで距離も近いナリタトップロードに、言い表せないもやもやした感情を覚え始めている。


 私達がカツラギエース先輩にミスターシービー、そしてナリタトップロードと知り合った入学式の日から早数週間。その後は正しく平穏無事と言ったもので、あのバタバタとした一日は何だったのか疑う程に静かな日々が続いていた。

 

 強いて言うならば、下着を新調した数日は浴場で少なからず目立った。私に至っては不慣れな事も相まって、同室ゆえに随伴していたマルゼンスキー先輩にホックを留めて貰ったのが拙かったのだが。

 そうでなくとも私達姉妹は大変そっくりで、それが衣服のみならず耳飾りまで外してしまえば両親ですら判別不可能な程だ。少なくとも過去に私が風呂に入ろうと脱いでる最中、不幸にも脱衣所兼洗面所にてニアミスした父は私をアヤベと呼び間違えた。後で知ったが父はその事で姉さんにこっぴどく怒られたらしい、理由は複雑だったから覚えていないが。

 少し話が逸れたが、要はそっくりな姉妹であるが故に目立つのだ。それが入学初日の夜、寮の大浴場で明らかにおろしたての下着を大先輩に手伝って貰って着用していれば更に目立つ。柄が少し違うだけで色も形状も同じ下着なのも相まって、妙な噂が追加で数日流れた。流石に先輩を巻き込んだ噂だった為に、方々で動きがあり直ぐ収まったが。

 

 ともあれ、逆に言えば最初の一週間前後はやや忙しなかった程度。二週間する頃には慣れた様子で、特にこれといった注目もされなくなった。そして時の流れとは早いもので、いつの間にか五月へと突入していったのだった。

 この時期にもなると流石に寮生活や学園での勉強、共同トレーニングといった環境に慣れ始める。そして学園側もそれを見越して、入学後最初の各種測定がこの時期に行われるのだ。

 

「アヤベさん、身体測定のお話はお聞きになりましたか?」

 

「ええ、私の方でも今朝あったわ。それにしても、入学前にも測定はしたのにこんなに短い期間でもう次の測定があるのね」

 

 さて、この場に居るのは私と姉さん、そしてナリタトップロード。あの日ミスターシービーと合流後、姉さんにとっては知らない子が妹の隣に居るといった状態だった為に紹介するに到った。

 今となっては良き友人関係になり、こうしてカフェテリアで食事を囲む仲でもある。そして普段は更に数名の私やナリタトップロード、もしくは姉さんのクラスメイトが混ざるのだが今日は私達だけだ。午後の測定に備えた説明と実習がある為、特に仲が良いとされる少人数で固まって緊張をほぐすのを推奨されているからである。

 

「入学前のテストと、今回のテストじゃ結果は変わるだろうから仕方ないわよ。早い子は本格化の兆候がこの時期から出始める、加えて来月からはメイクデビューが始まると考えればそういう子を分けて選択を迫るのも不思議じゃないし」

 

 私もまた姉の疑問に私見を交えて答えつつ、手元の食事を口へと運ぶ。宥める様に、諫める様にを心掛けて丁寧に発音した。どう捉えるかは彼女達次第だが、どちらも聡明である為にこれだけで理解はしてくれるだろう。

 

 本格化とメイクデビュー、この二つは切り離せない物だ。

 本格化はウマ娘の身体能力が飛躍的に上がる現象で、同時に人によっては外見的な成長も著しい。例えばこの場に居る私達はまだ本格化を迎えていないし、外見的成長も今後著しい物が起こるタイプ。前世知識で言えば、今後入学して来るであろうメイショウドトウなんかは逆に身体ばかりが成長して身体能力の最適化は後から来るタイプ。それを見極めるには定期的な測定が一番である。

 加えてメイクデビューは六月から始まり、デビュー時期によってはクラシック級へ挑むまでの準備期間にムラが出る。その為自分の本格化の時期を見極め、トレーナーを探し、早々にデビューするというのはクラシック路線を望むウマ娘にとっては重要となる。それを外部からサポートするのが今回の測定という訳だ。

 もちろん、あえてずらす事で手の内が知れるのを最小限に抑えた伏兵的な戦術もあるので一概には言えないが。

 

「今回の測定って、トレーナーさん達も見に来るの?」

 

「見に来ると思うわよ、というよりは見に来ないと有望株を他に取られる事になる。だから必然的に来る事を迫られる、が正しいかしらね」

 

「ザーガさん、そんな事まで分かるんですね。凄いです、尊敬します!」

 

「でしょう? 私のザーガは凄いでしょう、自慢の妹よ」

 

 至極当然な事を言った気がしたのだが、何故か滅茶苦茶持ち上げられる。姉さんはどうもシスコンブラコンの気があるらしいので分からなくも無いが、ナリタトップロードはそれでいいのだろうか。いやまぁ、たぶん彼女の性格的には間違ってはいないのだろうが。言われる側である私の中身は成熟している為、苦笑を浮かべるしか無いのがまた辛い。いっそ開き直って誇れれば楽な気がしてきた。恥ずかしいからやらないが。

 

「そんなにいう程じゃ無いでしょ。それより早く食べて着替えちゃいましょう? 今日はプルートーン先生も説明と実習トレーニングに参加するらしいし、早めに行動するに越した事はないわよ」

 

「ザーガのクラス担任だったかしら、厳しい方なの?」

 

「それなりに、でしょうか。厳格で気難しい人ではありますが、私は同じくらい生徒をよく見てくださる善い先生だと思っています」

 

「トップロードさんに同じ。ただ時間を守るとか、そういう基本的な部分には凄く厳しいのよね。連帯責任でお小言も貰うし、「嫌なら基本的な物ぐらいは守るか、守るよう周囲からも言って聞かせろ」って正論で殴ってくるのよ」

 

 うまい事話題が逸れて、クラス担任のプルートーン先生へと矛先が変わる。

 ちなみに彼女は元々サポート科の生徒で、卒業と同時に現理事長にスカウトを受けて教師になった経緯を持つ。元々目標や将来という物に頓着していなかったらしく、二つ返事で就任したらしい。

 話にも上がったようにやや気難しい性格をしており、大半の生徒からはあまり好かれていない。というよりはむしろ好かれようとしていない節があり、あくまで教える者と教わる者の立場を明確にしている気もする。実際の所がどうかは分からないが。

 しかし私やナリタトップロードの様に、精神的に既に成熟していたり勘が鋭い場合はその限りではない。彼女の不器用な優しさに一度気付いてしまえば、むしろ好きにもなってしまう。そんなウマ娘だ。

 

「でもそのお陰で、私達のクラスは一ヶ月にしてかなりの連帯感が生まれたと思います。言い方は少し厳しいですが、あの人の言葉はどれもためになる事ばかりですから、皆自然と言いつけを守る様になっていったんですよね」

 

「へぇ、どんな人かちょっと楽しみになって来た。それじゃ第一印象は良くしておかないとね、早く食べてしまいましょうか」

 

 そう言って、姉さん達も手早く食事を済ませて片付け始める。本格化を迎えていない為か、思っていたよりはあまり量を食べられないのでこういう時は少し楽だ。とはいえそれでも私と姉さんは、ナリタトップロードや他の子と比べてやや多めに食べているのだが。

 

 兎に角、食事が終えた以上は手早く移動してしまう。腹ごなしにもなるし、更衣室の混雑を防ぐ意味合いもある。

 その移動中、ナリタトップロードが口を開いた。

 

「それにしても、今はもう慣れてしまいましたがよく食べますよね。最初はビックリしました」

 

「私からすれば、皆そんなに食べないんだなって思ったぐらいよ。小学校の頃に私が走るって決めた時から、ザーガに言われて多く食べる様にしてたのだけど……変だったかしら」

 

「いえいえ、アスリートは身体が資本。そして身体は食べる事で育ちますから、何も間違ってはいませんよ。その頃から意識して食事量を増やしていたんですねぇ、通りで周りと比べて体格が確りしている印象があった筈です」

 

 姉さんが答え、彼女もまたそれに納得していた。理解力が早いと非常に助かる、余計な説明をする必要も無い。

 

 これまたちなみに、食事量を増やしたのは前世の知識から来ている。史実アドマイヤベガ号は菊花賞の後長期休養を取るも、翌年の夏に秋のオールカマーへ向けた調教中に左前脚繋靭帯炎を発症し引退している為だ。

 正直どこまで効果があるかは不明だが、何もしないよりはずっと良いだろう。下地となる肉体を確りと作り、その上で普段のトレーニングも余計な負荷をかけない様に行って柔軟運動も取り入れる。あとはこのまま、これまでの努力が結実してくれる事を祈るだけだ。

 

「当時は色々あったから。出来る事を全部試して今がある、ただそれだけよ」

 

「詳しく聞く野暮はしません、お二人がここに居るというだけで今は十分だと思っていますから」

 

 釘を刺すつもりで言った私の言葉に、ナリタトップロードからはそんな返答。どういう意図で言ったかは不明だが、もし私達に正しく配慮しての発言であれば中等部に上がって間もない少女が言うのかと驚愕する所だ。しかしある意味では走る事に対して真摯であるが故の言葉とも取れ、この学園に通う生徒たちの志の高さに感服するばかりである。

 なんであれ、私達のする事は変わらない。今はただ走るだけなのだから。

 

 

 

 少し真面目な空気になってしまったが、気疲れしては元も子もないのでサックリと切り替える。そうして他愛ない会話をしていればあっという間に更衣室へ辿り着き、別クラスの姉と一度別れて着替えを済ませにかかる。

 流石に入学して一月近くも経過すれば多少周りの子の下着やらが見えてしまうのも慣れ、着替えで気疲れするという事も無くなって来た。加えて利用する生徒もまだ少ない時間な事もあり、快適に着替える事が出来た。

 強いて言うならば、ブルマの着用だけはやや抵抗があるぐらいか。短パンは短パンで違和感が凄まじい為、今度は満足に走れなくなるので仕方がない事ではあるのだが。

 

「ま、ジャージを着るから関係無いんだけど……」

 

 しかし正式なレースを除き、模擬レースやトレーニング中は基本的にジャージ着用が一般的だ。万が一にも転倒した際、皮膚表面を保護する役割を果たしてくれるのだ。流石に夏場は任意で着脱はするが、大抵の場合最低でも上半身は着用する場合が多い。

 レースでも着た方が安全なのではないかと疑問にも思うが、それに関してはちゃんとした理由があった。その理由も極めてシンプルで、トレーニング中と本番で出るパワーは桁違いな為にジャージでは性能が不足しているのだ。その為に下手に着用するよりは、万が一転倒し外傷を負った際に怪我の位置がすぐわかる体操着姿の方が良いという理屈なのだ。

 

「ザーガさん、着替えが終わったなら早く行きましょう! アヤベさんも待ってますよ!」

 

「分かった、すぐに行くわね」

 

 幸い独り言は聞こえなかったらしいナリタトップロードに急かされ、着崩れの有無だけ確認してジャージを上から着用する。最後にドリンクボトルと粉末スポーツ飲料、タオルにその他諸々を入れたバッグを持って移動する。

 そうして更衣室から出れば彼女の言う通り、姉が微笑みながら手を振って迎えてくれた。

 

「お待たせしました、それでは向かいましょう!」

 

 ナリタトップロードの音頭に合わせ、私達姉妹もまたそれぞれに応答を返す。

 そうして意気揚々と集合場所であるコースへと向かい、そこで目にした人物に私は後悔するのだった。

 

 あの日以来、同室であるマルゼンスキー以外の名ウマ娘達とは顔を合わせてはいない。厳密にはLANEでのやり取りは偶にするが、その程度だ。

 そう、その程度で済んでいたのだ。この時までは。

 

 初めは誰か一人、私達以外に早く来た生徒が居るなと思った。しかしその認識はすぐに改められ、私達に気付いて振り返った彼女の揺らす鹿毛とその特徴的な流星はその正体を確信させた。

 

「君達がナリタトップロードにアドマイヤベガ、そしてアナザーベガか。焦心苦慮の末に早く来た様子でも無し、むしろ泰然自若といった処かな?」

 

 そう私達を見て声をかけて来たのは、この学園に居るならば誰もが知る人物。

 つい先日行われた春の天皇賞を制し、五つ目の冠を手にした偉大なる皇帝。

 

「初めまして、入学の挨拶で知っているだろうが私はシンボリルドルフ。この学園の生徒会長を務めさせて貰っている。マルゼンスキー達から話は聞いているよ、私とも仲良くして貰えると嬉しいね」

 

 無敗の三冠、現在五冠。そして未来の七冠ウマ娘がそこに居た。




ザーガ:女子校って噂広がるの早すぎて怖い。あとレジェンド級ウマ娘ラッシュ味わったしもう無いと思ってたんだけど。時間差かぁ……。アナザーベガのやる気が下がった。

アヤベ:私の妹は時に姉よりも優れた知識で私を支えてくれるのよ、布団乾燥機と並んで欠かせない存在だわ。

トプロ:アヤベさんはザーガさんの事信頼してるし、ザーガさんはアヤベさんの事をよく見ているし。……凄く凄い、とんでもない姉妹愛ですね!

マルゼン:後輩のそっくり姉妹を下着からコーデして侍らせているという噂が広まり、本人は楽しんでいたし本当に侍らせちゃうのも面白そうとか考えていた。なおトレーナーとルドルフにそれは拙いと早々に火消しされた模様。

ルドルフ:マルゼンの件から当の後輩の事も知っておこうと聞いて、彼女の私見もあって興味を持った。今回の身体測定の前日説明にはそんな下心もあって同席を申し出た。教師陣は頭を抱えかけた。

お父さん:お母さん一筋なのでザーガ達の小学生ちんちくりんボディを見ても別にどうも思わないが、年頃の女の子だしそれらしいリアクションは取っておいた方が良いだろうと行動。しかし当のザーガはそんなこったろうなと何とも思っておらず、むしろ名前を間違えた事を切っ掛けにアヤベに露呈。無事多感なお年頃真っ只中のアヤベに怒られた。ザーガの裸は自分の裸も同然という理屈であった。



 余談ですが、ウマ娘未実装の子はなるべく控えたい(性格とか口調考えるの大変)という事で今後ジュニア級以降に進んだ際はライバル枠としてのオリウマ娘がちょこちょこ出始めます。基本的に設定に凝り始めると止まらなくなる悪癖があるため、元ネタを基に簡単なキャラ付けを行った子となります。元ネタに気付いても特になにもありません。
 あと感想の返信ですが、基本的に来たら兎に角返信してぇなってスタンス。しかし薄々お気づきの方も居ると思われますが、私色々と余計な事も一緒にお答えしちゃう事があります。その時は笑ってスルーして貰えると助かります。


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皇帝の苦悩

妄想を書き連ねる愉しさを思い出し始めてきたので、一話辺りの文字数がちょっと多くなる事が増えると信じて投稿。

でも無駄に真面目な話を書いた気がするからそれで長くなってるだけな気もする。てか会長、一人で生徒会切り盛りしてた時期があったと思うとほんまに学生でござるかぁ~?ってなるよね。


 予想外の展開に困惑していたのも束の間、諸々の準備を終えたらしい我らが担任が顔を出す。それに合わせてシンボリルドルフも動き、こちらに「また後で」と短く声をかけて去って行く。時間で言えばほんの一瞬顔を合わせた程度だが、去り際の一言のせいでこの後を考えてしまい気が重くなる。

 しかしそうしている間にも時間は過ぎ去り、あっという間に翌日の身体測定についての説明が始まるのだった。

 

「さて、既に各クラスで話はあったと思うが改めて言う。明日、入学後最初の身体測定が行われる」

 

 普段は姦しいという字も言葉も似合うウマ娘達も、どうやら私達のクラス担任であるプルートーン先生の噂は知れ渡っていたらしく粛々と話が進んでいく。むしろ先生を除く合同トレーニングを監修する教官たちの「普段もこう静かで素直ならな」という苦言が目立つ程度には、普段とは全く違う空気がこの場を支配していた。

 

「……これは説明とは関係のない余談だが、その場凌ぎで態度を繕っても必ず何処かでボロが出る。必要な時、相応しいタイミングで確実に相応の態度が取れる様に普段から意識をする様に」

 

 そして当然の様に、我らが担任はそんな教官たちの苦言を正しく拾う。これで彼女がただの厳しい教師であれば話は別だが、残念ながら私達と同じウマ娘だ。ウマ娘の耳の良さは私達が身に染みて良く知っているし、息を呑む気配もちらほらと周囲から感じる。これで今後のトレーニング態度が少しでも改められることを期待しよう。

 

 とはいえ、主題はそこではない。あくまでも明日から行われる身体測定が今回の主題だ。

 当然無駄な話にリソースを割く人物でもない、多少のお小言として口にはしたが既に手元の資料へと視線は向いている。今朝私達にも配られた資料だが、あくまで口頭で重要な部分を言って聞かせる為の物なので今この場で持ち込んでいる生徒は居ない。そもそも、良くも悪くも文章量が多い書類であった事もあってキチンと読む生徒がどれほど居るだろうかという話でもあるが。

 

 兎も角、内容としてはそう難しいものではない。変に格式張った書類にするから子どもは読まないのであって、こういうのは口頭で説明すると殆どは理解される場合が多い。もちろん偶におつむが緩い子も居るが、それに関しては根気強く付き合っていくほかに無いだろう。生徒間での支え合いも重要になる程度には大事だが。

 

 

 

 説明の内容は大別して、主に三つ。

 

 一つ目に一般的な身長と体重の測定と、スリーサイズの測定。

 これは主に入学時に測定した結果との成長曲線などの推移から、本格化の兆しを読み取る為の物だ。

 

 二つ目に、初等部でヒトと共学であった者には馴染み深い各種能力測定。

 私も前世では馴染み深いモノで、要は握力や瞬間的なパワー測定の類。こちらも一つ目と組み合わせ、筋力面での発達具合を見る為の物だ。特に本格化は筋力に影響を与え易い、その為にこれも兆しを確認する為の測定。単純に普段のトレーニング強度が入学前の物より上がった結果、急激な成長を見せる例もあるが。

 

 最後の三つ目だが、これは極めて単純。競争能力の測定だ。

 不思議な事に筋力面が多少劣っていても、速い者は兎に角速い。身体への負担を考え、ダート700mの直線コースを走って計測される。二つ目と同じ様にトレーニング内容で急激に成長を遂げている場合もあるが、その場合は大抵が走法に問題があるタイプな事が多い。そしてその場合は出鱈目な走法でも入学が出来る程度の競争能力を保持した逸材として、トレーナー達から目を付けられる要因にもなる。

 

 纏めてしまえば用紙一枚で済んでしまうが、流石にそこは体制もあって数枚に亘って用紙に書き記されている。むしろそのせいで、こうしてわざわざ口頭での説明が行われる等の弊害があるのだがこればかりは仕方がない。なにせ測定内容には乙女にとっては最重要機密みたいな物も含まれる、必然的に格式張った物になってしまうのだ。主に個人情報といった機密保持の側面で。

 

「基本的な説明は以上だ。気になる者は今朝配られた資料に詳細が記載されている、それを確認する様に。先ほどの説明でもよく分からなかった者は、とりあえずそれぞれ全力で事に当たればいい。どの道こちらで逐一指示を出す、測定前に疲れる様な事がなければ十分だ」

 

 そうして説明は終わり、後は通常通りに午後の合同トレーニングが行われる。しかし今回はその前にもう一つ話す事があると言って、プルートーン先生は一拍置いて口を開く。

 

「今日この後のトレーニングには、シンボリルドルフ生徒会長が視察に来るそうだ。また明日の測定、最後の競争能力の測定も同様に視察に来るという話だ。だからといって過度な緊張をしない様に、するとしても今日中に慣れておけ」

 

 そう、半ばやけくそ気味に言う。視界の端で誰かが手を振ったように見え、そちらを向けば当の本人。何人かが気付いたらしく、あっという間に騒ぎが全体に広がる。視線を先生方に戻せば、知ってたと言いたげに苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべてゲンナリとしている様子であった。

 

「……お疲れ様です、先生方……心中お察しします……」

 

 そして私はそんな教員達に胸中で合掌して、なまじ生徒会が力を持っているとこういう時に教師が苦労するんだなぁと同情するのであった。

 

 

 

 

 

 

 とはいえだ、生憎私は今更そんなレジェンドに見られているからと緊張する玉ではない。むしろこちらは常日頃、あのマルゼンスキー先輩と寝食を共にする仲である。今更見られている程度でどうもしないし、ナリタトップロードもまた私達姉妹と関わる都合で同様の心境だろう。

 

「とりあえず普段通り柔軟から始めて、一通りの基礎トレーニングかしらね?」

 

「異議なし。強いて言うなら、最後に軽く明日と同じ条件で走りたいかな」

 

「私も問題ありません。明日と同条件といいますと、ダート700mの直線コースという事ですか?」

 

 姉の提案から始まり、私の同意と追加の提案。そしてナリタトップロードの同意と、追加案への確認が並ぶ。

 私達のルーティーン、あの日知り合ってから今まで三人で行っている合同トレーニング中の班内行動の初動。いくら合同と言っても、教官の人員が限られている以上は数名で固まった班行動が手っ取り早い。更に言えば、どの道大した指導を得られないならば独立した行動でも何ら問題は無いのだ。当然ある程度の内容を共有し、必要に応じて監督指導してもらう事もあるが。

 

「それじゃ決まりね、教官たちに普段のメニューと追加メニューの提出をしてくるわ」

 

「お願いね、姉さん。それじゃ、こっちは先に柔軟しちゃいましょうか」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 周りと比べれば人数の少ない班ではあるが、それ故にメニューの構築や微調整も容易なのが利点だ。仲良しこよしで集まっている事に変わりは無いが、周りと比べれば少しばかり熱の入り方が違うのもまた事実。

 程無くして姉さんも戻り、三人での柔軟も終わろうかという時だった。

 

「やあ、先ほどぶりだね」

 

 シンボリルドルフが再び、私達の前へと現れた。私達は普段から周りの子達と微妙に離れた距離に居るのだが、今回はそれが逆に悪目立ちした様だ。

 

「聞いた話の通りだね、お陰で真っ先に君たちの所へ向かってもお咎めも無く済みそうだ」

 

 そう言って彼女は他の班が集まっている方向へ視線を向ける。私はわざわざ視線を向けずとも、そちらから注がれる無数の視線を感じているので注目されているのは理解出来た。

 尤も彼女の言う通り、繰り返しになるが私達は普段からこうして離れた位置で行動している。良く言えば目的が明確であるが故に流されない様独立していると言えるが、逆に言えば孤立して普段から見ている者でなければかなり目立つ。つまりシンボリルドルフが興味を持つのも必然で、しかし他の子達は私達が普段からこうしているのを知っているから妙な勘ぐりを受けないのだ。

 

「話を聞いているなら、私達がやろうとしているトレーニングが見てて詰まらない事はご存知だと思いますが」

 

「これでも私だって先輩なのだけどね。知恵分別は心得ているし、それを詰まらないと軽視する愚か者でも無い。そも、べつに面白さを求めて見に来たわけでも無い」

 

 マルゼンスキー先輩には、普段から私達が基礎トレーニングをメインに取り組んでいる事を教えている。きっとそれが目の前の彼女にも伝わっているのだろう。

 そしてそれを改めて伝えても、シンボリルドルフは道理も解し判断も適切であれば事の重要性は明白と言い、私達のトレーニングへの興味は依然変わらない様子であった。

 

「会長さんが私達のトレーニングをご覧になりたいという気持ちは変わらない様ですし、諦めて普段通り始めてしまいましょうザーガさん。アヤベさんも私も、今更緊張する様な事でも無いと思っていますから」

 

 ナリタトップロードの言葉に姉さんも頷いて、私を見る。こうして話している間も時間は過ぎていくので、早い所トレーニングを始めたいのは山々なのだが。

 

「緊張とか言うより、高名な先輩達に興味を持たれるのがストレスと言うか……」

 

 しかしここらで本音を零しておくのも良いかと思い、そう思ってしまえばあっさりと私の口はそんな言葉を紡いでいた。彼女には悪いと思っているし、聡明な彼女の事なので今回の視察だって悪影響を少なからず出す事は理解しているだろう。

 わざわざ言う必要も無かったとは思うが、それでもハッキリと言える者も少ない筈だ。自分で理解出来ていても、周囲から実際に言われるのとでは事の重みが変わって感じられる物だと思うし。

 

「本人を前にしてストレスか、これは手厳しいな。しかし私とて焦心苦慮の末ここに来ているのでね、言われたからと辞めるわけには行かないんだ」

 

「存じていますとも、ただ実際に言われる機会も少ないでしょうから」

 

 現生徒会は、現状彼女一人。だからと言ってワンマンでどうにかなる仕事量、という訳では無い。彼女一人で従来の生徒会フルメンバーで当たる業務を全てこなしてしまえる、そしてそれに対しての畏怖が増員を阻害している。

 まあ気持ちは分かる、なにせそれだけの事をして無敗の三冠を達成しているのだ。その後のジャパンカップ等での敗戦ですら、本人もトレーナーも生徒会の業務は一切関係ないと断言して学園への非難をシャットアウトしている。更に実際にその様子を去年の十二月にとあるエンタメ系番組が特集を組んで報道し、シンボリルドルフ生徒会長の驚異的な業務処理能力が世界的に広まるに至った。

 それ故に、彼女に意見できるヒトもウマ娘も滅多に居ない。彼女のトレーナーも生徒会の仕事には口出しをせず、当然学園行事に関しても何も言わない。学園側もむしろ粗を咎められはすれど、彼女の不備は殆ど指摘できずにいる。結果として今回の様な視察もまかり通ってしまうし、通常発生するデメリットすらも口八丁手八丁で好転させてしまうのだから質が悪いという噂すらある。

 

 しかしそれはそれ、これはこれ。噂は噂であり、彼女でも掬いきれない者は既に居るだろうし、今後もどうしたって出て来る。

 そして周囲が成功していれば、落ち零れた子がただ能力不足だったと思われたって仕方がない。例え特別緊張に弱く、終始ぎこちない動きを余儀なくされていたとしても。それを知る術は、周囲に存在しないのだから。

 だからこそ、言える時に言っておくのが大事なのだ。

 

「ザーガ、会長さん相手でも容赦ないわね……」

 

「そりゃね。クラスの緊張しいな子が馴染めずに本来出せた結果を出せず、本格化の兆しを見誤って行動が遅れたら大変だもの。言える時に言わないと」

 

 あと逆に張り切り過ぎて、本格化を誤認されてデビューを焦る様な事例も怖い。単に結果を思うように出せず心が折れる可能性すらあるし、身体が出来上がり切っていない状態で高負荷なトレーニングを始めかねないという危険性もある。大怪我の原因にもなるので避けたい事例だ。

 

「全くもって君の言う通り、私の苦慮もそこにある。現場の声が聞ければ一番なのだが、遠慮されては意味が無くてね」

 

「遠慮を察して辞めると言う手もあったのでは?」

 

「それも勿論考えたが、熱心な子はどうしても声が大きくなる。そうするとやがて余計な諍いを避けたい子達が、逆に私を求めて来てしまうんだ。不利だと分かっていてもね」

 

 それを聞いて、なるほど確かに苦慮もしようと同情する。悪手と分かっていても生徒側から求められ、更には彼女が見に来る事で不調をきたす子ですらクラス内の揉め事を避ける為に無理して求めに来る悪循環。

 今回の様な新入生のタイミングで辞めれば良い気もするが、残念ながら去年の初等部生徒向けの見学イベントで彼女が視察する姿を見せてしまっている。当時は夏、その時点でも無敗の二冠ウマ娘が新入生のトレーニングを見に来るのかと初等部は期待を膨らませた。そして入学後はと言えば、先日五冠目を戴いたばかり。そろそろ見に来ないかとソワソワする子も居て、実は彼女が来たのもそういう熱心な子の歎願もあったらしい。

 

「確かに、それは何処かのタイミングで明確にデメリットを提示した上で行動を否定した上で辞めないと後腐れが出そうですね」

 

「その通り。そして私の処理能力の高さは良くも悪くも知れ渡ってしまった、今更誤魔化すのも難しい。マスコミを黙らせる苦肉の策がここに来て仇になるとは、私も焼きが回ったかな」

 

「平然と言ってますけど、普通はそこまで先を読んで行動できる方が少数だと思います。というか、ザーガは何か打開策とか無いの? 貴女、こういうの解決するの得意でしょう。結構雑だったり強引だけど、理屈で押し通すのとか」

 

 そう言って姉が割り込み、その言葉にシンボリルドルフの視線が改めて私に向けられる。そんな私がお悩み相談窓口として機能しますよみたいな事をいうのは止めて欲しい、ましてその悩みを抱えている人物の前で。そも、私はそんなスキルは持ち合わせてない。

 

「ダメダメ、私のやり方じゃただでさえ絶賛記録更新中で畏怖されてる会長さんが更に敬遠されちゃうわよ。私のやり方は基本的にヒトの善意に漬け込んで甘い蜜を吸おうって奴にお灸をすえる物で、会長さんの場合は自分から配りに行った物が首を絞めてる自業自得に近い物だから性質も違うし……」

 

「確かに、その方法だと突き放しに近いかもですね。今回のケースでは自分から寄って行ってるので、いきなり突き放すのはどうかと思います……」

 

 私の返答にナリタトップロードも同意し、それもそうかと姉さんも思い直してくれた。新入生にわりと好き勝手言われている当のシンボリルドルフは複雑そうな表情を浮かべているが、まぁこの場合は仕方がないと割り切って貰おう。

 

「まぁ、気の長い話にはなりますけど生徒会のメンバーを増やすのが早いと思いますよ? 新メンバーの教育とか、その新メンバーからの提案を加味して体制の見直しをした結果とか色々それらしい言い訳は使えるようになると思いますし」

 

 正直言って、一番無難な回答はこれだろう。大人しく生徒会メンバーを増やして欲しい。

 というか、前世知識ではあるが最終メンバーがシンボリルドルフとエアグルーヴ、ナリタブライアンの生徒会長一名と生徒会副会長二名の計三名というのはどうかと思う。実際には書記とか会計も居そうではあるが、それも含めてほぼシンボリルドルフ一人でも済みそうな気がするから恐ろしい。

 そして現に対面している目の前のシンボリルドルフもまた、それが可能な能力を有している。どうなっているんだこの世界の学生は。

 

「やはりそれしか無いか。分かってはいた事だが、根気強く募集をしてみるとしよう……」

 

 後は私達一部の事情を知るか、単に緊張しいな子を集めて先ほど苦い顔を浮かべていた教員陣営と結託するかだろうか。こちらは序盤は水面下で、かつ情報規制を徹底して行わなければならないのでやるとしても他人に任せるが。

 

「応援してますね」

 

 とりあえず現状は他人事である。なってしまった、やってしまった事は他人ではどうしようもない。せめて私達がそういった近い役職に居たならば手を貸す事も出来ただろうが、生憎私達はただの新入生でそういった役職の話はまだ上がっていない。諦めて欲しい。

 

「はは、クールだねぇ君は。可能な限り最善を尽くすさ、君たちも可能なら不調そうな子には声をかけて貰えると助かるよ」

 

「ええ、その時はお任せください」

 

 流石にアフターケアぐらいは手伝おう。というより同期になる可能性の高い子が、そんな事で不調になっては面白くない。別に私がレースでやり合いたいとかそういう意味での面白くないではなく、後味が悪いとかそういう意味での面白くないである。私は戦闘狂じゃないし、そもそも入学の理由だって姉に同行したというのが半分以上だ。

 

 話も一区切り付いて、いい加減体を動かそうと肩を回す。それに同調して二人もまた動き始め、長話をして冷えた分を暖め直す。

 

「それじゃ、ちょっと遅くなったけどトレーニングを始めましょうか」

 

 そう言って大事な明日の身体測定に備えて、フォームの最終確認を主な目的にして三人で順番に走って行く。一人は横から、一人は後ろから軽く流して追う事で左右へのブレが無いかのチェックを行う。というよりはそれが主目的で、フォームの確認とは名ばかりのブレの有無のチェックとも言える。

 

 後は基本的な上半身と下半身を鍛えるトレーニングの後に、ある程度疲労が蓄積した状態で数回ほど本番形式で走る。

 

 徹底して基本を鍛える。正直、私を除いてこの二人は天才だ。余計な事をしなくても十分に強い。

 逆に私は基本を積み重ねてどうにか誤魔化しているが、たぶん模擬レースをする機会があれば底が露呈するだろう。それまでの時間稼ぎとも言えるかもしれない。

 

 それにトレーナーがつく前に、二人が変な癖をつけても嫌だしね。




ザーガ:基本の積み重ねが私たちを強くすると信じて。アナザーベガの次の活躍をご期待ください。

アヤベ:私の妹、怖い物知らずなのか抜けてるのかよく分かんない……。

トプロ:たぶん感覚麻痺してるだけな気がします。後日マルゼンスキー先輩に会長さんにこう思われてたらしいわよって話をされてベッドに沈む未来が見えますよ。(慣れ)

ルドルフ:聞いていた通り面白い子だった。しかし妙な違和感がある、姉や友人と遜色ない競争能力は有しているようだが……。

プルート他教員s:ああ、厭だ厭だ。サービス精神が旺盛なのは結構だが、こちらの負担も考えてほしいものだ。士気が上がるのは確かなんだがなぁ。


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一難去らずにまた一難

初めて走るシーンの描写したので初投稿です。
いやこれ世のレース描写してる人たちどう書いてるの、直線で走り心地やらの幾らかの描写すら省いてるからまだワイでも盛りようはあるけどここに更に駆け引きとか色々盛り込まなきゃとか普通にしんどいぞ……?

それはそれとして、活動報告の方にも書いてたんですけどこのシリーズだいぶ時間飛ばしながら書いてる自覚あるんですよ。
そしてそれに付随してTS定番のアレヤコレヤが既に乗り越えた後になってるんでぶっちゃけ不完全燃焼な所あるんですよ。

そういう事で過去編書きます。元々もっと先の方で挟み込む予定でしたが、たぶん普通にそこそこの話数分は食うと思うのでいっそね? 問題はプロローグ君がプロローグしなくなる事なので、別シリーズとして纏め直すか、プロローグを各章に設置する形で解決を図るかで思案中。たぶん後者になる。


 ダートコース、700mの直線。私達のトレーニングもこれで最後、基礎トレーニングの仕上げに体力が許す限り走るだけ。

 直線である事に加えて、あくまで時間を計るのが目的。三人で同時に走りはするが、そこに駆け引きは無い。純粋な身体能力による叩き合いだ。

 

 シンボリルドルフはといえば、彼女は少し前に私達の所へ戻ってきた。厳密には、スターター役に一人教官を寄こしてくれと言ったら代わりに来た。

 

 ちなみに彼女は、私達の基礎トレーニング最初のフォーム確認走行に三十分。その後に各々がどこが良かった、悪かったと言い合いながら改善や伸ばすための筋力トレーニングの割り出しに少し参加して計約一時間。ちゃっかり彼女も口出しして、その意見も取り入れながら組み上げたトレーニングを開始した頃に一度私達の所を一度離れた。それが戻ってきた形になる。

 まぁ要はただの筋トレだからね、私達のトレーニングって。特別変な事をするわけでも無い、結果として見てて何か面白いことがあるわけでもないので他の子を見てあげろと促したというのもある。

 

 それが一通り終わった数時間後に、今に至るといった具合。元々予定していた翌日の測定と同条件での直線レース、彼女としても私達が走るという事で気にはなったのだろう。自分のライバル達が傍目には肩入れしているウマ娘だし、私が同じ立場だったらちょっと気になる。

 

「提案した身でなんだが、今の君たちにはそれなりにハードな筋力トレーニングも混じっていた……もう平気なのかい?」

 

「はい、軟な鍛え方はしていませんから!」

 

 ナリタトップロードが元気にそう答えて、シンボリルドルフも少し安心した様子でそうかと頷く。

 実際、入学してたった一ヶ月ではある。だが元々姉さん達の素質は十二分な事も相まって多少強度を高めても問題は無かった。むしろその素質を伸ばす意味合いでずっと基礎トレを積んだのだ、これだけ設備も整った環境で一ヶ月もそうしていれば相応の伸びかただと思う。

 ある程度の重めなトレーニングに耐えられる身体が出来てきているのは今までのトレーニングを通して実感しているし、シンボリルドルフの提案を組み込んだのもその為だ。

 

「そもそも、強度の高いトレーニングに備えての基礎トレーニングですから。それなり程度で音を上げてはここひと月のトレーニングに効果が無かった事になりかねませんよ」

 

「なるほどな、随分と基礎トレーニングに拘ると思ったらそういう事か。私の提案を組み込んだという事は、内容は君たちのお眼鏡に適ったと思っていいのかな?」

 

「ザーガが言うには、トレーナーさんが付く前から強度の高いトレーニングをすると変な癖がついてしまうからだとか。なのでシンボリルドルフさんの提案を満場一致で組み込んだ事はそうですね、少し恐縮ですけど、そういう事になります」

 

 冷静に考えると、先輩の中でもかなり偉大な部類に入るシンボリルドルフの提案を取捨選択するという一大事。姉が若干言い辛そうにしつつも語り、少ししてから自分が答えればよかったと思うが後の祭りだ。今後に経験するであろうあらゆる胃痛案件、その内の一つを今経験したと思って貰うしかない。

 

「君たちは強いな。普通なら殆どの生徒が二つ返事で組み込んでしまうのだが、考えて有用性を理解してから決定するのは並大抵な事ではない」

 

「少なくともうちのクラスには、何人か骨のある子は居たはずですが?」

 

 シンボリルドルフの言葉につい、そう口をついて出た。実は私達のクラスはナリタトップロードを除いて、少なくとも二人は個性的かつレースセンスのあるウマ娘が居る。名をソフィアリブラスと、アレキゴルディアス。前世のゲームや史実でも聞いた事が無い名前なので、フジマサマーチとかベルノライトに近い存在かもしれない。モデルとなった史実が存在する作品オリジナルのウマ娘的な意味で。

 もしくは、私が生まれた事で同様にこの世界に発生した歪みの一端かもしれない。確かめる術も無いのだけど。

 

 ちなみにその内の一人、アレキゴルディアスに関しては過去に一度会っている。当時と全くキャラが違くて最初は誰だか分らなかったが。まぁ彼女についてはまた追々語る機会もあるだろう。

 閑話休題。

 

「ああ、確かに難色を示す子は居たし、決定するには性急が過ぎると諭す者も居た。流石に人数の多いグループに所属していたから、あくまで『何故その提案がされたかを考えてからにしろ』と遠回しに言うに留めていたがね」

 

「そうして果たしてどれだけの生徒が、その忠告を理解できていたか……そういう事でしょうか?」

 

「ナリタトップロード、その通りだよ。何人かは考えてくれたが、一部は妄信的だったのは確かだ。デビューがまだ先であれば余地はあるのだけどね……」

 

 そう苦笑して答える彼女に、少しの疲労を感じる。なまじ全てのウマ娘の幸福を望む以上、その幸福を掴む手立てとしての思考する力を持って欲しいのが本音なのだろうが、まぁ難しいだろう。

 これがせめて並みの戦績を持った先輩であれば話は違っただろうが、彼女はシンボリルドルフだ。無敗の三冠、未来の七冠。そんな彼女の言葉ならば大抵のウマ娘はもちろん、下手すればトレーナーすらもイエスマンに成りうる。

 

「そればかりは仕方がないですね、そもそも小学生から上がって間もない子ばかりですよ? 教養のあるお嬢様や、元々そういう気質だったり必要に迫られてそうなった子なら兎も角。今の貴女に投げられた言葉を、一度受け止めてから行動出来る子が殆どだったら逆に怖いですよ」

 

 全員が全員、無敗の三冠の言葉に一切動じることなくそれぞれ考えて受け止める事ができる新入生。絵面として想像すると普通に怖い。

 要は今のままがある意味一番自然で、どうしてもこうなってしまうのだ。少々悪手を取ってしまった感は否めないだろうが、そこは周りに頼る術が現状無い彼女に出来る精一杯なのだと割り切るしかない。いつの時代どんな職種、役職でも人手不足は悪だ。

 

「今できる事を着実にやって行くしかありませんから、私達は。気を取り直して……スタートの合図、お願いしますね」

 

 言って、今の私に出来る精一杯の笑顔を浮かべる。ちょっと引き攣ってしまったかもしれないが、それでもせめて『気にし過ぎるな』と思いを込める。こういうので正しく伝わる例が無いが、気持ちの問題なので良いとしよう。口にするのは少々気恥ずかしいし。

 

 

 

 とにかく今はただ走る、それだけだ。

 

 

 

 ダート700m、直線。

 季節、春。

 天候、晴。

 バ場状態、良。

 

 三人で横並びにコースへ立ち、各々走る前の軽い集中を行う。

 

 それを見守り、頃合いを見計らったシンボリルドルフが手を上げる。それを合図に私達はスタートの姿勢を取り、彼女がその腕を振り下ろすのを待つ。

 

「よーい、」

 

 今回はゲートが無いため、出遅れの心配はない。よほどのんびりしてたり、よそ見をしていればその限りではないだろうけれど。それはたらればの話だし、少なくともこの場では関係が無い。

 

「──スタート!」

 

 そう言って振り下ろされた腕を合図に、目立ったばらつきも無くスタートダッシュを決める。

 行ってしまえば直線の超短距離。最初の100mで加速を稼ぎ、そのまま600mでスパートを掛ける。言ってしまえばスパートの練習みたいなものかもしれない。

 ただでさえ能力試験よりも100mも短いし、単純に出せる最高速度を測る為の物とも言えるが。

 

 しかしこうして走ってみると、微妙に脚質の癖が出るものだと思う。

 

 姉ことアドマイヤベガは、後方脚質ゆえかややズブい出だし。早くも100mを通過しようかという頃合いだが、私とナリタトップロードに比べるとやや遅れ気味。一バ身あるか無いか。

 

 ナリタトップロードはといえば、前目に付く先行脚質ゆえに巧く加速に乗れている印象がある。しかしながら所謂大飛びに分類される程のストライド走法である為か、その走りは若干ぎこちなく思える。私の半バ身以下ぐらいの位置。

 

 そして私、アナザーベガ。良くも悪くも私は、走る事を決めたその日から後方脚質の姉の練習の為に前目に付く事があった。このメンバーの中では比較的容易に加速に乗る事が出来ていると思う。現在一番手。

 

 程なくして100mを超えた事を教えるハロン棒を通過し、そのままスパートを掛ける。

 別に競うわけでは無い、そう理解していてもどうせ走るのならと身体の奥底で何かが疼く。ただの雑念だと、自分の姿勢を深く、仕掛けの脚を強く踏み込む為に意識の外へ追いやる。

 

 その僅かな隙を縫って、ナリタトップロードが僅かに私を抜いて先頭へ躍り出た。加速の乗りは甘かったが、それを補って余るパワーが彼女の取り柄だ。大きく飛ぶようにして、着地した先でそのままパワーに任せてさらに前へ飛ぶ。これだけで容易く他を置き去りに出来る見事な脚だ。力任せに、しかしこれまで鍛えた体幹でブレを抑えて速度維持。距離を瞬く間に詰めて一番手に踊りでる。

 

 それに追随してアドマイヤベガも上がってきた、彼女の武器は切れのいい末脚だ。この世界でも私の存在に影響されず、ひとまずは彼女の武器として備わっていた。ナリタトップロードが恵まれた体躯から生み出されるパワーに対して、彼女の場合は天性の才能から導き出される脚運び。鋭い踏み込み、そして振りぬく際の蹴り出し角度。それらから生み出される推力は目を見張る物がある。最初のズブさが嘘の様に一気に加速し、私をかわして二番手へ。

 

 一転して三番手へと落ち込む私だが、これについては問題ない。ほぼ普段通り、いつもの流れだ。そして私は彼女の妹で、外見から何まで同じ。そしてそれは身体能力もまた同様で、走る時の脚運びもまた然り。

 

「やぁああああああああああ!!!」

 

 この時ばかりは、流石の私も必死になって走る。既に得ていた加速と、スパートでの加速。その有利はしかし、二人の天才を前には極僅かでしかない。ゆえに、必死に、全力で走る。そうでなくては意味が無い、そうでなくては彼女たちの糧にすら成れない。

 

 どうせ異物であるならば、せめて何かの足しにぐらいはなってみせろ。そう頭の奥底で、何かが叫ぶ。

 

 残り200m、すぐ横でアドマイヤベガもナリタトップロードが並んでいる。三人ともそれなりに近く、僅かにでも上半身がブレれば接触も危ぶまれる程だ。しかしここで普段の基礎トレが効いてくる、それなりに鍛え上げられた体幹はそのブレを抑え込んでくれるのだ。ナリタトップロードはその走法もあり、特に恩恵を受けていると思う。

 

 残り100m。僅かにアドマイヤベガが前に出る。必死に食らいつき、ナリタトップロードと共に追い立てる。

 

 残り50m。もはや周囲の様子など分からない程に、必死に脚を動かす。伊達にこの学園で一ヶ月もトレーニングをしていない。たとえ目的もろくに無ければ今一やる気に欠けたとしても、この学園のウマ娘であるならば最後まで必死に勝ちを取りに行く。

 

 ゴール。ゴール板を通過し、徐々に減速しながら走り続ける。周りを見ればアドマイヤベガも、ナリタトップロードも息を上げて同じように減速を始めていた。

 

「っは、はぁ。アヤベさん、やっぱり凄い、ですね。あそこから、まだ、……伸びるんですか」

 

「貴女も、大概、じゃない。今日こそは、引き離す、つもり、だったのに……っ、ああ、最初の一回なのに、出し切った感が凄いわ……」

 

 姉さんが言ったように、確かに最初の一回目で結構なパフォーマンスを出力した気がする。様子を見てこの後のインターバルを少し長めに取るのも良いかもしれない。

 

「二人とも、お疲れ様。想定してた以上の走りだったし、予定より少し長めにインターバルを取りましょうか。タイムの方は?」

 

 そう声をかけて、ついでにシンボリルドルフにタイムの計測結果を求める。

 ちなみにどうやって計測したかといえばなんて事はない、スタートの合図をした後、私達が必死こいて走っている横をサッと走りぬいて先にゴール板前まで来たというだけだ。なるほどこれが中央の現役選手か。

 

「うむ、結果としては一着のアドマイヤベガが51.2、ナリタトップロードとアナザーベガはそれぞれ二着三着の51.3といった処だ」

 

「うーん、また三着かぁ。二人という壁が大きい……」

 

 そういえば、オグリキャップの能力試験ってどうだったっけ。確か800mで、51.1秒だったか。私達のが100m短いんだけど、それを悠々と超えていくのが化物ということか。ザーガ覚えた。

 まぁ、そもそも本格化を迎えてすらいないから比べるだけ無駄なのだけども。というか本格化を迎えずに、ここまでのタイムを出せたと思えばかなり優秀な方ではないだろうかと思う。私の悩みも杞憂で済みそうだが、実はみんな能力値の上り幅が大きくてこれぐらいがデフォルトとかやられた時が怖いので用心はしておく。

 

「そうは言うが、君も中々素養があるのだぞ? 第一そっちの二人が息を上げているのに、君はそんな様子も見せないじゃないか」

 

 言われて、そういえばそんな気もすると自分と姉さん達の状態を確認する。

 息の整ってきた姉さん達二人と対照的に、私は既に呼吸は完全に落ち着いている。心拍数も平時よりはだいぶ早いが、それでもたぶん二人よりは緩いと思う。

 

「言われてみれば、そうかも?」

 

「ザーガさんの適正距離が元々長めだったりして。それならトップスピードで私達に並んでも、スタミナで優っているならあり得るんじゃないですか?」

 

 ナリタトップロードはそう言うが、それなら姉さんも同じ特徴を持っていたって不思議ではない。確かに如何に姉妹とはいえ、そこまで全て同じとは限らないのだろうけども。

 

「……考えたくはないけど、ザーガが手を抜いてた。とか」

 

「ないない、それは無い。普段なら兎も角、走ってる時は流石の私だって狙える勝ちは狙うんだから」

 

 我が姉ながら恐ろしいことを言う。そうでなくとも八百長は即死刑、とは言わないが即追放されるレベルの案件だ。村八分や私刑を受けても可笑しくはない。

 それになんだかんだで、ウマ娘としての本能はそれなりに有している。前世での推しが相手で、それが今の姉であったとしても、併走で競り合えば「負けたくない」と勝ちを目指す。先ほどのだってレースではないと分かっていても、次々抜かされた時には内心すぐにぶち抜いてやると走っていた心算なのだ。

 

「まぁそうよね、気迫自体は本物だったし。冗談でも言っていい事じゃなかったわ、ごめんなさい」

 

「普段から姉さん優先みたいな事やってるから自業自得だと思ってるし、気にしてないわよ」

 

 耳をしょんぼりと垂れさせて謝ってきた姉を制しつつ、少し考える。

 実際問題、スタートダッシュでは他の二人に有利をつけていた。距離の関係もあるのでそこで勝っているならば、よほど末脚が鈍くない限りは負けないと思ったのだが。

 

「スパートの直前に一瞬の躊躇いがあった、敗因はそれだろうな」

 

 しかし考え始めて程なく、そんな言葉が投げかけられた。この場に居た四人の誰でもない、五人目の女性の声だ。

 

 声のした方を見てみればそこには、中々おっかない顔をした女性が居た。身長は170cmを超えているだろうか、体格もガッシリとしていて軍人と言われても納得してしまう程だ。

 

「えっと、貴女は……?」

 

「挨拶が遅れた、私は霧峰という。先ほどお前たちの共同トレーニングを見る事が決まった、その矢先に腑抜けた走りを見せられたといった処だ。野良の連中のがまだ良い走りを見せるぞ」

 

 初対面で辛辣過ぎないかこの人。背後から怒気が漏れ始め、隣にいるシンボリルドルフでさえ耳をやや後ろに倒している。そしてそれを真正面から受けている筈なのに顔色一つ変えないあたり、相当な自信があるのだろう。自分の発言に対して。

 

「少々言葉が過ぎるのではないかな、まして彼女たちはデビューの予定すら無いジュニア級以前のウマ娘だ。貴女がどのような期待を持って彼女たちの走りを評したのかは知らないが——」

 

「ふむ、言葉が足らなかったな。そこの今怒っているウマ娘二人と比べて、だ。シンボリルドルフ生徒会長殿、貴女も気づいているのではないか? そこのウマ娘が本気で走れていない事に」

 

 一触即発という言葉が似合いそうな空気が場を支配し、シンボリルドルフが霧峰と名乗った彼女の相手をしているうちにせめて後ろの二人だけでも宥めようかと思った矢先だった。

 シンボリルドルフの言葉を遮って、言葉足らずだったとした上でそんな事を言ってのけた。私が本気で走れていない、そしてそれにはシンボリルドルフも気づいていると。

 

 流石にその発言を無視することも出来ず、かと言ってその前の辛辣な発言も無視できないのもまた道理。

 結局私達のトレーニングはこのまま終了となり、シンボリルドルフの提案で急遽理事長室へ向かう事になった。口が悪いだけで言っている事は正論なので、個人的には別に構わないのだが彼女たちはそうではないらしい。

 

 そんなこんなで、私は理事長である秋川やよいと顔合わせをする事になってしまったのだった。




ザーガ:なにこの女軍人擬きコワイ!? 本人としては出せる限りの力で走ってる心算。内心「あるぇー?」って感じなので解決の手立てがあるなら藁にも縋る。でも口が悪すぎてまさかの理事長室案件へ、まぁウマ娘に面と向かって走りにケチ付ければ残当。

アヤベ:何この失礼な人は!? 普通にブチ切れ案件。めっちゃ耳絞って土も足で抉ってる。芝じゃなくてよかったね。とはいえザーガの走りに感じた違和感が解決するなら我慢我慢。

トプロ:なんですかこの人、凄く……凄く失礼な人です!? 普通に激おこ案件。とりあえず当の本人が口答えもしてないし、あまり外野が言うのもどうかと思ったのでぐっと堪えた。

ルドルフ:なんだこの女は、口ぶりからして教官らしいが……無礼にも程があるだろう。何のつもりで教官職に任命したんだ、理事長達にも問いたださねば! あくまで理性的に怒りつつ、まぁ同じウマ娘なので普通にキレる。しかしそれはそれとして同じ事を考えていた事をバラされたので、内心何者だこの女はってなってる。

霧峰:フルネームは霧峰霞(きりみねかすみ)。くっそ読みづらい名前してる。口ぶり的には教官らしいけど何者だろうねって感じの急に出てきたネームドキャラ。歴戦の読者には即ばれる奴。元ネタも居るけど本編には関係ない作者の趣味だからノータッチ。身長172㎝、体重75㎏(筋肉)。黒髪セミロング、紅目にツリ目の強面女。

ソフィアリブラス:シレっと出てきたオリウマ娘枠。ザーガが他のウマ娘と違うと感じた理由は癖のある個性から。少なくともザーガが知ってるだけでもシンメトリーにめっちゃ拘る葦毛のウマ娘。均衡の押し売り宗教とかはしない。

アレキゴルディアス:シレっと出てきたオリウマ娘枠その二。こちらも癖がある個性を持っている、というか過去に出会った事があるしその時と性格がだいぶ変化しているらしい。運命とか占いが苦手な様子で、趣味も機械弄りと技術者気質な青鹿毛のウマ娘。メタル系の曲を好む。


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