Silent Hill〜五等分の罪〜 (仙豆大名)
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第一章 招かれた旅人たち
第1話 待ちに待った修学旅行


 五等分の花嫁の修学旅行編とサイレントヒル2のクロスオーバー作品です。

※間違って削除してしまったので、再投稿しました。ごめんなさい(汗


(来週は修学旅行。行き先はなんとアメリカだ……。いや、ありえねぇ……。今頃は修学旅行で海外に行くものなのか……)

 

 上杉風太郎たちが通う旭高校では、三年生になると修学旅行というイベントがある。風太郎含むクラスメイトは、先生の説明を聞いて驚愕した。なんと、行き先がアメリカだというのだ。

「修学旅行で海外ってマジかよ!」

「俺、ずっと海外に行きたいと思ってたんだよ!」

「ついに私たち海外デビューってこと!?」

「良い観光スポット、見つけておかなきゃ!」

 「修学旅行でまさか海外に行くことになるとは!」と胸を弾ませる者、「初めての海外旅行だ!」と、まるで宝くじで一等が三回当たったかのように大騒ぎし歓喜する者達で三年の教室は賑わっていた。

 

(でも、海外か……楽しみだなぁ)

 

 風太郎の家庭は貧しく借金を抱えており、とても旅行に行ける状況では無かった。海外旅行となれば尚更だ。

 だが、修学旅行では学校側が旅行費を一部負担してくれる分出費が減るし、家庭教師のアルバイト代(一回あたり5000円を五人分)と日頃の節約により分割払いで何とかなる程度にはお金に余裕ができていた。

 風太郎はこの修学旅行を、人生で最大の機会だと心の中でひっそりと喜んでいた。

 

 修学旅行の内容をざっくり説明すると、一日目が自由見学で、ここでは単独での行動も可、二日目は事前に組んだ班ごとでの団体見学、三日目はコース別体験学習といった内容だ。

 風太郎は、同じクラスの男子二人と三人で班を組むことになった。その二人とは、風太郎と同じく成績優秀な武田とヤンキー風な前田だ。

「班長誰がやんだコラ」

「お前も同じクラスだったんだな……」

「この僕を差し置いているまい!」

 風太郎達の班は、班長を決めているところだった。

「なんでこうなるのよ……」

「結局いつも通り……」

「はは……フータロー君に友達ができて良かったね……」

 二乃、三玖、一花は風太郎と同じ班を組むことを望んでいたが、武田と前田に先を越されてしまった。彼女たちは、世にも珍しい五つ子のうちの三人で、風太郎の教え子である。姉三人が揃いも揃って、同じ男を好きになっていた。

 

 同日の放課後、風太郎は五つ子の一人である四葉からスマホを借りていた。自分のガラケーよりもスマホの方が検索に便利だと思ったのだ。

「上杉さん、何を調べているんですか?」

「観光スポットだ。せっかくの海外旅行なんだし、少しくらいスポットを見つけておいた方が良いだろう」

 風太郎は観光スポットをネットで探していた。自由の女神像みたいにメジャーなものばかりではなく、自分がまだ知らないスポットを探索してみたかったのだ。

 しばらく探していると、あるリゾートタウンが目に留まった。スマホの画面には、『自然あふれる山々、落ち着きある素朴な町並み、そして早朝、昼間、夕暮れと時間の変化と共に幾つもの美しさを見せる湖』という宣伝に加え、何枚かの写真が載せられていた。このリゾートタウンの名前は「サイレントヒル」というらしい。

「ありがとな四葉、良い場所が見つかったぜ」

「私にも見せてください」

「ほらよ」

「うわぁ、良い眺めですね! そうだ、上杉さん! もしよければ、一日目の自由見学で、私たちと一緒に行きませんか? 一花も二乃も三玖も五月も、きっと行きたがると思いますよ!」

「一日目の行動は、班ごとじゃなくても良いんだっけ? なら、俺と一緒に来るか?」

「やったー! では上杉さん、後悔のない修学旅行にしましょうね!」

 

 時は変わって同日の夜、中野姉妹の住むマンションにて……。

「というわけで、上杉さんとサイレントヒルっていう所を回ることになったよ!」

「でかしたわ四葉! ふふ♪ フー君と一緒に回れるなんて光栄だわ!」

 風太郎と共に回れることに対し、喜びに満ちた表情を浮かべる一花、二乃、三玖、四葉。しかし、一人だけ何か考えている顔をした者がいた。五つ子の五女、五月だ。

「五月ちゃんはフータロー君と一緒に回るのは嫌?」

 一花が五月に対してそう問いかける。

「いえ、そういうわけでは……ただ珍しいと思ったんです」

「どういうこと?」

 「珍しい」という意味を尋ねる三玖。

「上杉君は町並みだとか景色には無関心な人だったはずなのですが……」

「うーん、まぁせっかくの海外旅行なんだし、少しでも風情のある場所を回りたかったんじゃないかな?」

 五月の疑問に対して、一花は自分なりの推測を話した。

「でも、言われてみればフータローにしては珍しいかも……」

 五月の疑問に共感する三玖。

「みんな、もうこんな時間だわ。早く寝ましょ」

 夜遅くであるため、二乃は他の姉妹たちに就寝を催促する。

 

 

 修学旅行当日までの一週間はあっという間に過ぎ、いよいよ待ちに待った修学旅行を迎えるのであった。



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第2話 サイレントヒルに向かって

 修学旅行初日、この日は宿泊先への移動のみだ。日本からアメリカへ移動した後にのんびりと見学をしている暇がないのだ。実際に辺りを見学するのは二日目からとなる。実質明日が一日目のようなものだ。

 

 アメリカに到着し飛行機から降りると、背の高い建物が、もはや隙間が無いと言わんばかりに幾つも並んでいる光景が映っていた。学生たちはその街並みに圧倒されていた。

 日本とアメリカの誤差は約14時間で、日本が夜中の11時だとしても、アメリカではまだ同日の朝9時程だ。宿泊先のホテルへ着き、チェックインを済ますと、すぐに各自で入浴を終えて就寝に入れと指示された。どうやらアメリカ時間を基準に行動するようで、それに合わせるための長さの就寝時間を設けたようだ。

 

 アメリカ時間で15時30分、5時間程の就寝を終えると、すぐにホテルのホールで集合し、22時30分までに戻るように説明を受けて、ついに自由見学の時間となった。

 風太郎は、この日は先に武田と前田と共に2時間半程周辺を回り、残りの4時間半を中野姉妹と共にサイレントヒルの見学に費やすという計画を立てていた。幸い、ここからサイレントヒルまではそこまで離れておらず、行き帰りの移動時間を考慮しても4時間弱は探索できそうだ。

 

 時は変わり、風太郎は武田と前田と別れ、約束の集合場所へと到着した。そこには、既に同じ顔をした五人が集まっていた。

「悪い、待たせちまったか?」

「あっ、上杉さん! 私たちもついさっき着いたばかりですよ」

「それじゃ、フータロー君も来たことだし、早速向かおうか」

 六人はサイレントヒルに向けて足を進める。その途中、五月は風太郎に対してとある質問をした。

「上杉君は、何故あそこへ行きたいと思ったのですか?」

「宣伝文句に釣られちまってな、んで写真を見たらその町の景色に惹かれたってわけだ」

「珍しいですね、あなたがそんなことを思っただなんて……」

 

 歩くこと7分程度、六人はサイレントヒル目前まで辿り着いた。

「なんか、急に天気が悪くなったわね」

「凄い霧だね、前がよく見えないや」

 二乃と四葉が急な天候の変化に反応する。

 サイレントヒル目前まで来ると、先ほどまで晴れていた空は曇り、霧がかかっていた。サイレントヒルへと通じる階段を下っていくごとに霧が深くなっていく。道中、宣伝にもあった湖「トルーカ湖」が広がっていたが、その雄大な景色は霧に覆われふさがっていた。

「ねえ、流石に今日は止めとかない?いくらなんでも視界が悪すぎるよ」

「それはそうだが、せっかくここまで来たんだ。もう少し先へ進んでみようぜ」

 あまりに視界が悪く、引き返すことを提案した一花だったが、せっかくここまで来たからとさらに奥へと足を進める風太郎。中野姉妹もそれに続いていく。

 

 さらに少し進むと、いつのまにか墓地へ入り込んでいた。

「あの、サイレントヒルってこんな不気味なスポットでしたっけ?」

「あの時サイトで見たのはあくまで町中の情報だ。あともう少しで町に着くはずだ。そこまで行けば、雰囲気も視界も晴れるだろう」

 臆病な五月は、異様な空間に不気味さを感じていた。風太郎は表情が曇っていく中野姉妹たちに、あと少しで町中に着くと知らせ、気を高揚させようとする。

 

 しばらく進み、踏みしめる地面の土の感触がアスファルトの固いものへと変わった。ようやくサイレントヒルの町中まで到着したのだ。だが、辺りは依然として濃霧で覆われている。

「まさか町中まで霧で覆われているなんてな……こりゃ探索どころじゃないな。仕方がない、今日は諦めよう。班ごとの団体行動にはなるが、まだ明日がある」

 そう言って、来た道を引き返そうとする。その時だった。

「ねぇ! あれ……」

 三玖が何かに気がついた。

「嘘……さっきはあんなもの無かったのに!」

「まさか、閉じ込められたのですか!?」

 四葉は突然現れた何かに驚き、五月は自分たちが閉じ込められたことを察した。

 振り返ると、いつの間にか巨大な壁が音も無く現れていて、道を塞いでいた。ここへ通じる道は一本道なので、ここ以外に出口は無い。

「どうなっているんだ!? ……やむを得ん、この町を探索するしか無いようだ」

 風太郎と中野姉妹は、この町のどこかに地下道のような抜け道がないかと探すことにした。



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第二章 変わり果てた町
第3話 異変


 町の外へ通じる抜け道を見つけるために、六人は手分けをして町の探索をすることになった。幸い、圏外では無かったため通話やメールでの連絡ができることに一同はホッとした。

 

 

 五人と別れた風太郎は、あらかじめ用意していた地図を見ながら大通りを歩いていた。

 濃霧の所為で住民が住居に引きこもっているからなのか、車は全く走っておらず、人影も全く見当たらない。それにしたって静かすぎる。どの住居からも生活音の一つも聞こえないのだ。聞こえるのは自分の足音のみ……。

 とある交差点に差し掛かった時、衝撃的な光景が目に入った。大量の血痕が路面に染み付いていた。しかも、まだ乾いていない鮮血だ。彼は呆然としてそれを凝視していた。霧に紛れて犯罪が行われたのかと想定した。辺りを見回すが、視界が効く範囲に被害者や加害者らしき姿は見当たらない。救助を求める声も聞こえないし、辺り一帯が封鎖されていないので、被害者はまだ病院に運ばれていないのだろう。

 そんなことを考えていると、ベタベタと足音が聞こえてきた。その方向へ振り返ると、ふらつきながら向こうへ歩いていく人影がうっすらと見えた。おそらく被害者のものだ。

 風太郎はその人影を全力で追いかけた。人付き合いに無関心な彼とはいえ、流石に死に直面している人間を見過ごす程、捻くれてはいなかった。待てと呼び止めるが人影は立ち止まることなく、ふらふらしながらも意外に早いペースで去っていく。

 路面に点々と残った血痕を頼りに走り続けていると、工事中の高架下トンネルに辿り着いた。この先へ逃げたのかと、バリケードをくぐり抜けて進もうとする。すると、トンネルの奥からふらつく人影が現れた。間違いない、先ほどまで自分が追っていた人影だ。

「おい、大丈夫か? ……っ!?」

 心配して声をかけたが、それは人間ではなかった。そいつには両腕が無く、顔のパーツも無いのっぺらぼうだ。怪我人なんかじゃない、むしろ加害者だ。路面に残った血痕は、踏みつけた鮮血が足の裏についただけだったのだろう。酒に酔ったかのように、身体をふらつかせながら近づいてきた。

 足はかなり遅いので、運動音痴な風太郎でも余裕で逃げられる相手だ。しかし、風太郎は逃げなかった。ひょっとするとこの先に、この町の外へと通じる抜け道があるかもしれない。こいつを倒してでも先へ進みたかった。

 バリケードを組んでいた木材を一本、解体して入手し、武器にして構えた。そして、「クネクネ」の頭に叩きつけると、口が無いのに悲鳴をあげた。

 何度も木材を振るい続けた後、腕を休めると、くねくねした化物はぴくりとも動かなくなっていた。一応、生死を確認しようと木材で突いてみるが、反応は無かった。

「こいつは一体……」

 考えたところで得体がわかるはずもなく、化物の存在を目の当たりにした風太郎は混乱していた。

 そんな時、風太郎の携帯電話が鳴り出す。電話の相手は三玖だった。

『フータロー、何か見つかった?』

『すまない、まだ見つけられていない』

『私たちもまだ見つけられていないんだ。それより、大変なの! この町、化物がいっぱいで、何度も襲われそうになった』

『っ! 俺の所だけじゃなかったか! 三玖、何か武器になるものを持った方が良い。いざという時に抵抗するためにな』

『わかった。気をつけて、フータロー……』

 通話を終えると風太郎はトンネルの奥へと、再び歩き出した。




クリーチャー解説
・クネクネ(ゲームでの名前:ライングフィギュア)
 風太郎に襲い掛かった化物。のっぺらぼうで両腕がなく、ふらつきながら近づいてくる。胴体の亀裂から毒霧を噴射させて攻撃する。


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第4話 化物の巣窟

 中野姉妹は風太郎と別れる前に、風太郎からサイレントヒルの地図を映した写真をメールで受け取っていた。中野姉妹は、一花と三玖、二乃と五月、四葉に分かれて探索していた。

 

 

 一花と三玖は、「ローズウォーター公園」を目指して大通りを歩いていた。と言っても、ローズウォーター公園に辿り着くこと自体が目的では無く、歩いている最中に偶然抜け道を見つけられるという算段だ。途中、並んで歩く人影が二つ見えた。一花と三玖は、突然現れた巨大壁のことや抜け道の在処を聞こうとその人影に近づいた。

「あの、すみません。聞きたいことが……っ!?」

 一花が声をかけるが、異変に気づき声を途切らせた。霧にぼやけていた相手がこちらを振り向くと、のっぺらぼうで両腕の無い容姿が顕となった。そいつらは、身体をふらつかせながら近づいてくる。

 一花と三玖は、得体の知れない存在に恐怖し、逃げ出した。途中で化物の方を振り向くと、かなり遠く離れた位置にいた。どうやら化物の足はかなり遅いようで、それに安心した二人は体力を回復し温存するためにスピードを緩めた。

 この方角がだめなら別の通りから迂回すればいいと判断し、さっきは真っ直ぐ進んだ交差点を右へ曲がった。……のだが、やっぱ左へ行かなければならなくなった。くねくねの化物が道の中央で通せんぼしていたからだ。

「三玖、こっち!」

「一体何なの!?」

 町の至るところでクネクネがうろうろしていた。三玖はスマホを取り出し、風太郎に電話をかけると抜け道らしきものを見つけられたかどうかの質問をし、大量の化物がうろうろしていることを知らせた。そして、風太郎からいざという時に抵抗するために武器を持った方が良いという助言をもらった。

 また化物が向こうでうろうろしている。全ての道が塞がれ、これでは先へ行くことができない。どうしたものかと頭を抱えていると、近くに鉄パイプが落ちているのが見えた。一花はそれを拾い上げると、化物に向かって走り出した。やむを得なくなった一花は、拾った鉄パイプで化物を殴り倒そうとしたのだ。

「危ない!」

 何かを察知した三玖が大声で呼び掛けた。一花が、化物の醜く歪んだ体の目の前まで迫った瞬間、鼻腔の奥を焼くような腐臭が彼女を襲った。一花はその場にしゃがみ込み、鼻をつまみながらゴホゴホと咳き込んだ。頬の辺りの感覚が無くなり、口の中の舌がどこにあるのかさえわからなくなってしまいそうだった。

 毒だ。そう一花は断定した。でも、一体どこから?化物を見上げると、胴体に裂けた部分があり、黒ずんだ内臓が覗いているのが見えた。きっとそこから毒霧を吐き出したのだろう。

 化物はのけぞり返り、深呼吸するような仕草を見せた。また毒を浴びせるつもりだ。そうはさせまいと咄嗟に立ち上がり、両手で化物を押し倒した。すぐに起き上がろうとするが、両腕が無いが故にもたついている。その隙に、持っていた鈍器を化物に向けて何度も振り下ろした。

「一花、大丈夫!?」

「うん、何とか……ゴホッゴホ」

 一花の体調を心配した三玖が駆けつけてきた。まだ咳き込んではいるが、程度がマシになってきている。わずかに毒が引いたようだ。

 一方、化物は悲鳴を漏らして身をくねらせ、がに股のポーズで足を必死に動かすと、匍匐前進を始めた。一花たちから逃げ去るのかと思いきや、二足歩行のときよりも素早いスピードでUターンして戻ってきた。

 二人は身体の隅々まで毒が回ったかのように、全身に鳥肌を立たせ、脚を震わせながら後退した。背後の金網のフェンスに寄りかかった時、ガタガタと揺れ動く感覚が三玖の背中へ伝わった。

「っ! 一花、早くこの中に!」

 三玖が寄りかかっていたのは扉だった。フェンスの反対側に逃げ込めば、化物も追ってこれないはず。急いで向こう側に入り込み、扉を閉めて鍵をかけた。

 入り込んだ先には、三階建てで木造の集合住宅があった。玄関のプレートには、「ウッドサイド・アパート」という名前が刻まれていた。

 化物の姿はもう見えない。安全圏内に逃げ込むことができた二人は安堵のため息をついた。一花の頬の麻痺はまだ少し残っているが、あとは何の問題もなかった。

「ねぇ、一花。このアパートに誰か住んでないかな? もしかしたら、この町について何か聞けるかもしれない」

「そうだね、とりあえず順番に回ってみようか」

 一花と三玖は、何か情報を掴むため、アパートを訪ねた。

 

 

 二乃と五月は、とりあえず片っ端から巡回するという計画を基に行動していた。その途中、五月は二乃にある提案をした。

「そういえば、二乃には二年生の頃にできた女友達がいましたよね? その人たちに知らせて助けを呼んでもらえばいいのでは?」

「そっか! ちょっと待ってて、今かけてみるわ」

 社交的でコミュニケーション能力が高い二乃は、二年生の夏に旭高校に転校してきて早々、二人の女友達ができていた。彼女たちに電話をかけようとするが……。

「なんで? つながらない……」

「そんな!? 圏外ではないのに……」

 電話がつながらなかった。通話がだめならとメールを送ろうとしたが、それもできない。だが、圏外ではない。第一、圏外だとしたら風太郎からの地図付きのメールは受け取れないはずだし、閉じ込められた六人の間で通話することもできない。次に四葉に電話をかけてみる。今度はつながった。何故、四葉との通話はできるのに女友達とはできないのか?

「もしかして、あの壁が関係しているのではないのでしょうか?」

 五月が閃いて話した。あの壁とは、この町の唯一の出入り口を塞ぐ巨大壁のことだ。通路だけではなく電波すらも阻んでいると推測したのだ。二乃は四葉にこのことを伝え、電話を切った。

「これじゃあ外へ連絡できないわ……。仕方ないわね、抜け道を探しましょうか」

 二人は、町の外への連絡は諦め、大人しく抜け道を探そうと歩き出す。その矢先、後ろから足音が聞こえてきた。ただ、何かおかしい。コツコツという靴音ではなく、べたべたという奇妙な音だった。二人はじっとして、霧の中からだんだんと見えてくる人影を注視していた。そして、ついにその人影の正体が明らかとなった。

「っ!? 何よ、あれ……」

「ヒィ! ば、ばけもの!?」

 二人はくねくねした化物に慄いた。特に、怖がりの五月は恐怖のあまり正気を失いかけていた。

「二乃! 早く逃げましょう!」

「あっ、待ちなさい!」

 五月が真っ先に逃げ出し、それを二乃が追う。どこへ行っても化物で通路が塞がれていて、化物と遭遇しては五月が一足先に逃げ出し、二乃が追うという流れを繰り返していた。そんな流れを何度か繰り返していると、ようやく化物のいない通路へと着いた。

「ハァ、ハァ……何だったんですかあれは?」

「ハァ、ハァ……まったく、この町のどこが心地よいっていうのよ」

 二人は息を切らしながら呟いた。体力を回復させようと、その場で留まっていると風太郎からメールが届いた。化物に抵抗できるように武器を持っておけという内容だ。二乃は抜け道よりも先に武器になるものを見つけようと再び歩き出そうとした。しかし、五月が問題だった。

「五月、何してるの? 早く行くわよ!」

「い、嫌です! あんな化物がうろついている町なんて歩きたくないです!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? ここまであの化物が追って来るかもしれないのよ!」

 五月は泣きながら喚いた。異形な生物がうろついているというのに、その場を動きたくなかったのだ。だが、今居る場所が安全地帯ではなくなるのも時間の問題だった。さっき出会った化物が、ここまで迫ってきていた。

「嫌ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ちょっ、待ちなさいってば! ……まずいわ、どこへ行ったの?」

 五月がまた猛スピードで走り出し、霧の中へと消えた。二乃は五月を見失ってしまった。

 

 

 四葉は、町の外周に沿って歩いていた。もしかしたら、本当はもう一本別の通路があって、そこから町の外へ出られるのではないかと踏んだのだ。しかし、現実はそれを許してはくれなかった。あの巨大壁は、あの道を塞いでいるだけではなく、町を囲むように立ちはだかっていたのだ。

 四葉は、これ以上外周を探索するのは無駄だと踏ん切りをつけ、町の中央へと向かった。その途中、スマホから着信音が鳴った。二乃からの電話だ。

『もしもし、どうしたの?』

『四葉!? 私の声が聞こえてるのね! さっき友達に電話をかけてみたんだけど、つながらなかったの。メールを送ろうとしてもだめだった』

『えっ、何で? 圏外じゃないのに。私とは通話できてるのに……』

『あの壁が原因かもしれないの。あの壁の所為で電波が届かないんだと思う』

『そんな、じゃあ助けを呼べないってこと……?』

『そういうことになるわね……早く抜け道を見つけましょ! 五月はこの空間に完全にビビっちゃってるし』

『うん、そうだね。お互い頑張ろう!』

 通話を終え、町の中央を目指して再び歩き出し、数分が経過した頃、今度は風太郎からメールが届いた。化物に抵抗できるように武器を持っておけとのことだ。四葉はこのメールの意味を理解できなかった。「化物ってなんだ……。この町にはそんなやばい生物がいるのか?」という思考が頭の中を支配した。

 考えても仕方がなかったので、とりあえずメールの意味を考えるのは後回しにして、今は探索に専念しようと切り替え、大通りへ入る。すると、霧の中で人影が蠢いているのが微かに見えた。四葉は、風太郎や他の姉妹のうちの一人、或いはこの町の住民だと思い込んだ。仮にこの町の住民だとしたら、抜け道の在処を聞き出せるかもしれない。この機を逃すまいと、その人影の下へ駆け足で近づいた。

「おーい……えっ?」

 四葉の目は、クネクネの姿を捉えた。そして、ようやく風太郎が送ってきたメールの意味を理解した。まだ武器を持っていない彼女は、なす術がないためクネクネから逃げ出した。抜群の運動神経から成る足の速さにより、身体を震わせながらもあっという間に化物から大きく距離を離していた。至るところに化物がいて、しばらく走り回り、化物がいない小路へと身を潜めた。

 身体能力にはそれなりの自信を持っている四葉だが、化物と戦うとなると話は別だ。相手の攻撃手段が分からないし、下手をすれば一撃で命を奪われかねないからだ。無闇に素手で攻撃を仕掛けるような無謀行為はしたくない。四葉は、風太郎のメールでの指示に従い、武器を探すことにした。

 意外にも近くに落ちていた。拳銃だ。四葉はそれを武器として選び、拾った。拳銃を持ち歩くだなんて物騒なことであるとは承知していたが、こんな状況の中ではそうも思っていられない。

 使い方がわからないので、スマホを使って調べようとした。その時、遠くから何者かの声が聞こえてきた。その声は段々とこちらへ近づいて来ている。さっき見た化物の声? いや、人だ! 間違いなく人間の声だ!しかも、よく聞き覚えのある声……。

「五月!」

「四葉……四葉ああぁぁぁぁ!」

 五月は大泣きしながら四葉に抱きついた。そんな五月を、四葉は頭を撫でてやりながら慰めた。

「二乃と一緒のはずじゃ……」

「化物から逃げていたら、はぐれてしまったんです」

「じゃあ、今二乃は一人で……早く二乃を見つけよう! この空間で一人になるのは危険だよ!」

「そういえば、上杉君も一人だったような……」

「行こう、五月! 二乃と上杉さんを見つけに!」

「でも、化物が……」

「安心して! さっきこれを拾ったから」

 五月を安心させようと、拾った拳銃を見せた。

「ヒィ! あ、あの、私は撃たないでくださいね……」

「狙いを外さない限りは大丈夫だよ」

「怖いこと言わないでくださいいぃぃぃぃぃ!」

 こうして、四葉と五月は合流し、風太郎と二乃を見つけるために歩き出した。



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第5話 アパートへの訪問

 くねくねの化物から何とか逃げ切った一花と三玖は、町の情報を入手するために、ウッドサイド・アパートに暮らす住民たちに尋ねようとしていた。二人は玄関に向かって歩いていく。

 玄関の脇にゴミ箱が設置されていて、ゴミ箱のすぐそばに古新聞の束が落ちていた。それを見た時、二人は思い出した。長々と書き連ねられた英語の文字……。ここはアメリカだ。日本ではない。この異様な空間に対する緊張のせいですっかり忘れていた。

 自分たちの英語力で、アメリカ人と会話ができるのか不安になった。前に、英語を話す子供に病院の場所を聞かれた時は何とか答えられたのだが、今回も上手く話せるという保証は無い。しかし、アパートを目前にして今更諦めるわけにもいかないため、当たって砕けろという勢いで入っていった。

 悪天候で陽の光が射さないというのに、電灯が点けられておらず、中は暗かった。スマホのライト機能を使って照らすと、玄関ホールの奥に、一階の住居スペースに続く扉があり、その脇には階段があるのが見えた。一階の住居スペースに続く扉には鍵がかかっていた。ノックをしながら一声かけるが返事が無い。一階は諦めて二階へと上がった。

 二階の住居スペースには入ることができた。東西に横たわる廊下を西から東へと、近い部屋から順番に扉をノックしていくが、相変わらず返事が無い。だが、東端の205号室だけ扉が半開きになっていた。

「Excuse me(すみません)」

 一花は一声かけて部屋の中を覗いた。室内に一つの影を見つけた。その影の下へ近づくが、話しかけても無意味な相手だった。ブラウスとスカート、カーディガンを着たマネキンがポツンと立っているだけだった。住人の姿は見当たらなかった。もしかして、この町の異変をいち早く察して逃げ出したのだろうか?

 205号室が用済みになり、二人はその部屋から出て、東端の突き当たりから北へ延びた廊下を進んだ。その途中、何かに気づいた三玖が立ち止まる。

「どうしたの、三玖?」

「あそこ……」

 三玖が指を差した先に、首のないマネキンらしきものが見えた。何故あんな所に? 徐々に近づいていき、やがてその姿がはっきり見えた。

 妙なことに気づいた。マネキンの肩に脚が取り付けられていた。足首から先が欠けた脚である。二つの下半身が、上半身と下半身の境目同士でくっ付いたような姿をしていた。

 「マネキン」が不意に動き出し、身体を前後に揺らし始めた。二人は吃驚して目を見張る。こいつも化物だ。クネクネとは異なる姿だが眷属だ。やばい相手であることはわかってる。一花はアパートの中に入る前に、鉄パイプを手放してしまっていた。あんなものを持ったまま人様の住居へ入れば大騒ぎになること間違いなしだからだ。二人は踵を返して逃げ出した。

 東西に横たわる廊下の中央から北へ延びる廊下にも化物の姿があった。もはやお馴染みになってしまったクネクネだ。あちこちに化物がうろついている。こんな有様だ。住人たちが返事もせずに部屋に引きこもるのも、205号室の住人のようにアパートから脱出して部屋を手放すのも納得がいく。

 素手の状態でここを回るのは危険だし、そもそも住人と呑気に話をしていられるような状況ではないため、二人はこのアパート内を回るのを諦めて次の場所へ向かうことにした。

 

 

 クネクネを倒し、工事中の高架下トンネルをくぐり抜け、向こう側へと辿り着いた風太郎。しばらく探索をするが抜け道は見つからず、これ以上辺りを回ってもキリがないと諦め、中野姉妹と別れた地点まで戻って来ていた。

 抜け道は見つけられなかったが、武器は見つけられた。拳銃を偶然発見し、手に入れていた。しかも、銃弾の予備も十数本ある。一応、最初に会った化物を倒すのに使った木材も持っているが、あれから何度か化物にぶつけていたことで、へし折れそうになっていた。

 案の定、通りはクネクネだらけだ。だが、やつらの動きが鈍いのはわかっている。あと、毒ガスを吐き出し、それを吸い込むと痺れてしまうことも。風太郎も一花と同じようにガスを吸ってしまった経験がある。

 風太郎は貴重な銃弾を無駄に消費しないように、化物をかわしながら進むことを第一に考えた。そのため、できるだけ道が広く、かつ化物の数が少ないルートを行くように意識した。どうしても、化物との距離を十分に取れない時に限り拳銃や木材で応戦する。その方が武器も体力も無駄に消耗せずに済むので一石二鳥だ。

 

 そんな感じで、町中を渡っているとアパートに着いた。ウッドサイド・アパート……。一花と三玖が町の情報を聞こうと訪ねたアパートだ。風太郎は、彼女たちと入れ違いでこのアパートに到着したのだ。風太郎もまた、町の情報を得られるだろうと玄関へ向かう。

 玄関の脇にゴミ箱が設置されていて、すぐそばに古新聞の束が落ちていた。何気なくそちらへ視線を向けると、ある見出しが目についた。見出しには『スプーンを突き刺して自殺!』と英語で書かれていた。次に本文を読む。さすが勉強星人、そこに書かれた英語の文章の内容を、だいたい理解した。

 過去にこの町でとある兄妹が殺害される事件が起こり、その事件の容疑者が拘置所の独房内で、食事についてきたスプーンを自分の首に突き刺し自殺した。容疑者の同級生の話によると、子供を殺すような人間には見えず、学校では穏やかで親切であったが、逮捕される少し前の様子がどうもおかしかったらしい。というのも、「あいつは俺を殺そうとしている。裁こうとしている。赤い悪魔だ、怪物だ。許してくれ。やったのは俺だけど、俺じゃないんだ」と妙なことを口走っていたようだ。

 このような旨の記事だった。自殺の方法は痛々しいが、結局は一人の囚人が自殺しただけにすぎない。ありふれたケースだ。

 

 だけど……なぜかはわからない。妙に惹きつけられる感覚がしたのだ。

 

 そして、ある文字が脳裏に焼き付いて消えなかった。

 

 

 

 赤い悪魔




クリーチャー解説
・マネキン
 二つの下半身が、上半身と下半身の境目同士で繋がったような姿をしている。近づくと、上側の脚を振り回して攻撃する。


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第6話 遭逢

 古新聞を読み終えた風太郎は、アパートの中へと入っていく。中は暗かったので、携帯電話の画面の光で闇を照らした。一階の住居スペースには入れなかったので、二階へと上がって住居スペースの扉を開けた。

「っ!? ここもか!」

 二階の住居スペースの廊下は化物に占拠されている。クネクネにマネキンもどき……。二階はいったん後回しにし、三階へと上がった。恐る恐る住居スペースの出入り口の扉を開けて覗くと、廊下には化物がいないようだった。気配も感じないし、足音も聞こえてこない。

 とりあえず、部屋番号順に訪ねてみよう。301号室の扉をノックして声をかけてみるが返事が無い。鍵は開いていて、中を覗いてみるが誰もいないようだ。302号室も返事が無く、ここは鍵が閉められていた。303〜306号室にも招き入れられることはなかった。

 307号室の扉を前にした時、中から物音が聞こえてきた。ようやく住人のいる部屋まで来たかと悦に入た瞬間、悲鳴が響いた。まさか、この部屋の住人が化物に襲われているのか!? ドアノブを回すと鍵が開いていた。風太郎は急いで部屋の中に入り、銃を構えた。

「大丈夫か……っ!?」

 しかし、その瞬間、風太郎の背筋が凍りついた。咄嗟に玄関脇のクローゼットの中へ身を隠し、携帯電話からの明かりを消した。危うく気づかれるところだった。

 見るのが怖いが見ずにはいられず、風太郎はクローゼットの格子の隙間から覗き込む。三体の化物が2対1で争っていたのだった。二体側はマネキンもどき、もう一体は初めて見るやつだ。

 奇妙な三角錐の頭を持ち、それは年月と風雪で腐食した鉄にこびりつく赤錆のような色をしていた。そして、袖を排除したトレンチコートのような形状の白い衣装を纏い、足には膝まであるロングブーツを履いている。

 悪魔だ。と、風太郎は思った。不意に、あの新聞の記事の中にあった文字が思い出された。赤い悪魔……。三角頭のそいつは、化物というより悪魔と呼ぶに相応しい。

 マネキンもどき二体をものともせず、「三角頭」は圧倒的な強さである。細身のくせに桁違いの腕力で、二匹を重ねて折り畳み、その息の根を止めた。二匹のマネキンもどきは、折り重なった姿のまま動かなくなった。

 風太郎の全身が震える。どっと冷や汗が流れる。これまでに会った化物は、恐怖こそ感じるが、ここまで怖気付く程ではなかった。だが、コイツは違う。格が違いすぎる。奴の視界に入った時点で死んだも同然のような感じがする。大袈裟だと思うかもしれないが、決して大袈裟ではない。

 三角頭が部屋から出ようと、出入り口に向かって歩き出す。そして、風太郎が隠れているクローゼットの側を通ろうとする。

 

 怖い、怖い、怖すぎる……。息を殺し、気配を消す。

 

 コツ、コツ、コツ、コツ……。クローゼットを通り過ぎて、ようやく部屋の中から消えた。なんとか見つからずに済んだ。

 生きた心地がしなかった。何故あいつに限ってここまで恐怖を感じたのだろうか? 他の化物よりも強いから? ただならぬオーラを感じたから? もはや自分でもわからなかった。

 

 化物が部屋を出て行ってから、少なくとも10分は経った。さすがにもう大丈夫だろうと風太郎はクローゼットの中から出た。あの三角頭の足音はもう聞こえない。

 安堵して、緊張していた身体の力が抜けて床に座り込み、惨殺されたマネキンの死体をボーッと見つめた。

 

 

 五月とはぐれてしまった二乃。何度か五月に電話をかけるがつながらなかった。きっと化物から逃げるのに必死になっているのだろう。これ以上かけても埒が明かないと踏んだ二乃は、電話は諦めてただひたすら五月の無事を祈った。

 二乃は、ある住宅の門の、鉄格子の欠片である鉄棒を武器として持っていた。鉄棒の長さは、自分の手首から肩までの長さよりも少し長く、化物に抵抗するには十分なリーチだ。

 現在、彼女は辺りに化物がいない通りの建物の壁を背もたれにして座り込み、休憩していた。鉄棒を振るい続けたことによる腕や肩の疲労を回復するために、また、マップを見て自分の居場所や近くの構造を確認するためだ。

 休憩しながら、とある人物に電話をかけた。

『もしもし、どうしたんだ?』

『フー君、今どこにいる?』

『アパートだ。ウッドサイド・アパートっていう名前だ』

『今からそっちに行きたいんだけど、いいかしら?』

『ああ、待ってるよ。ところで、二乃はたしか五月と一緒だったよな? もし、まだ武器を見つけてないなら二人分こっちで探そうか?』

『私は武器を持ってるわ。ただ、五月とはぐれてしまったの。電話をかけてみたけどつながらなかった。きっと化物から無我夢中で逃げてるんだと思う』

『ということは、今二乃と五月は一人っていうことか!? 二乃、今お前がいる所とウッドサイド・アパートってどのくらいの距離だ!?』

『えーと、そこまで離れてないわ。たぶん、普通に歩いても5分はかからないと思う。私のいる場所は口では説明しずらいから、こっちから向かうことにするわ』

『わかった。合流した後に五月を探そう。一人でいるのは危険だ。気をつけてな』

『ええ』

 二乃は場所がわかりやすい風太郎の下へこちらから向かうことにした。通話を終え、急いで風太郎の待つ場所へと向かう。幸いにも、進行方向の通りには化物がそれほどいなかったので、かわして進むことができて無駄に戦わずに済んだ。

 途中、四葉から電話がかかってきた。五月と合流したこと、これから二乃の場所へ向かいたいという内容だ。二乃は風太郎のところへ向かう途中であることを伝えた。四葉と五月は二乃が無事であることと風太郎に会いに行こうとしていることに、二乃は五月が無事であることに胸を撫で下ろした。

 二乃は再び風太郎に電話をかけ、五月が四葉と合流していることを伝えると二乃と同じようにホッとしている様子だった。

『じゃあ、俺はお前を待ってる間にもう少しアパート内を回ることにする。アパートに着いたら連絡してくれ。すぐにそっちへ向かう』

『わかったわ』

 二乃は、五月を四葉に任せ、風太郎と行動を共にすることにした。

 駆け足で通りを渡ること約3分。アパートの姿が見えてきた。二乃はアパートまで来たことをメールで知らせるために、スマホを取り出そうと制服のポケットに手を伸ばす。その時、何かが地面に引き摺られるような音が響いてきた。その方向へ視線を向けると、アパートの敷地の出入り口付近から、右手に持った巨大な何かを地面に引き摺りながらこちらへ歩いてくる人影が見えた。

「あれは!」

 その人影の形は、濃い霧のせいでぼやけているが、二乃は一目見て確信した。あの背丈、細身だがどこか頼もしさを感じるシルエット……。風太郎だ!

「フー君!」

 自分の意中の人との対面に、二乃は胸を弾ませながら、飛び込む勢いでその人影の下へ走って行った。




クリーチャー解説
・三角頭
 風太郎がアパートの307号室で目撃した化物。袖を排除したトレンチコートのような形状の白い衣装を纏い、足には膝まであるロングブーツを履いており、ピラミッドを彷彿とさせる三角錐状の赤い兜を被っている。
 細身だが力強い。

※三角頭は、本ストーリーにおける重要なキャラクターで、ストーリーが進むにつれてどんどん情報が追加されていくという形にしたいと思います。そのため、情報が追加される度にキャラクター紹介で記していくという感じになります。


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第7話 赤い悪魔

「フー君! 会いたかった!」

 風太郎の下へと、無我夢中で全力疾走する二乃。

 

「え……?」

 人影だけで風太郎だと判断したのが間違いだった。すぐ近くまできた時にようやく気づいた。そいつは風太郎じゃない。赤いピラミッドの形をした頭を持つ人型。悪魔だ……赤い悪魔だ。

 そして、右手に持った巨大な何かとは鉈だった。大鉈だ。見るからに重たいそれは、もはや人間には扱えまい。オリンピック記録を持つ重量挙げの選手でも到底不可能だろう。それを地面に擦り、金属音を鳴らしながら近づいてくる。

「い、嫌……。来ないで……」

 腰が抜けて尻もちをついてしまった二乃。恐怖のあまり身体はガクガクと震え、起きあがろうにも起き上がれない。鉄棒を持っているが、そんなものはこいつには効かないということは考えるまでもなかった。

 三角頭が、座り込み動けない二乃の傍まで近寄ると、持っていた大鉈を両手で持ち上げ、刃の先端を彼女に向ける。そして、悪魔を見上げる彼女の顔面に突き刺し、貫いた。

 大鉈を引き抜くと、顔面中央にできた穴から血が大量に噴き出し、三角頭の体に浴びせられた。悲鳴を上げることも無く、亡骸はそのまま地面に倒れ込んだ。

 さらに追い討ちをかけるが如く、今度は大鉈を振り下ろし、亡骸の上半身と下半身の継ぎ目を切断し、もう一度振り下ろして首を刎ねた。

 二乃を殺した三角頭は、彼女の首を左手に持ち、血まみれになった現場に背を向け、アパートへと引き返した。

 

 

 二乃とアパートで落ち合うことになった風太郎は、二乃がアパートに着くまでの間にアパート内の見回りをすることにした。

 風太郎は、三階の部屋に全て訪れたが結局住人には会えなかった。三階を後にし、意を決して化物だらけの二階の住居スペースへ向かう。

 住居スペースに通じる扉を開けた瞬間、クネクネが待ち伏せしていたと言わんばかりに、いきなり毒霧を吐き出してきた。風太郎は反射的に後ろに下がり、微量を吸い込んでしまったものの、身体がほんの少し痺れる程度で済んだ。

 風太郎はこれまでに数々の化物と戦ってきたことで、戦闘にある程度慣れていた。クネクネがもう一度毒霧を吐こうと予備動作を行なっている隙に木材でぶっ叩くことなど、今となってはもはや朝飯前だ。

 何度か振るっているうちに木材が折れてしまった。アパートの廊下は、町の通りみたいに広くはないのでかわして進むのは至難の業だろう。勿体ない感じはするが、拳銃を使うしかない。このアパート内でも銃弾の予備を新しく見つけていて、元から拳銃に入っていた分も含めれば40発くらいある。

 クネクネやマネキンは、銃弾を2〜3発食らわせれば倒せるほど脆かった。ただ、やはり数が多い。風太郎は、化物に遭遇するたびに足止めをされ、銃弾を消費してしまうことに対して恐怖するのではなく、むしろ苛ついていた。

「くそ、消えろよ!」

 初めてだった。こんな暴言を吐いてしまうくらいに苛ついたのは。いや、初めてではない。暴言を吐くことはなかったが、同じくらい苛ついた過去がある。しかも、今の状況とある意味似たような経緯でだ。思い出す度に腹が立つ……。

(いかんいかん、こんな時に何を思い出しているんだ。いつまでも過去の事を恨むだなんて馬鹿馬鹿しい。それよりも今は化物退治に専念しなければ……って、あれ?)

 苛ついていた風太郎は、ハッとなって冷静さを取り戻した。我に帰り、辺りを見回すと化物はほとんど倒れていた。我を失っている間の出来事だった。

 自分が怖くなってしまった。だって、まるで化物どもに八つ当たりをしていたみたいじゃないか。このアパートにあの姉妹たちがいなくてよかった。もしかしたら、見境が無くなって……。いや、もうやめよう。考えたくもない。

(……ところで二乃はまだアパートに着いていないのか? もう15分以上経っているのにまだ連絡が来ない。普通に歩いても5分はかからないと言っていたのに。まさか、化物に……いや馬鹿な! あいつに限ってそんなはずはない! きっと化物を避けるために遠回りをしているんだ、俺がせっかちなだけだ! 頼む……無事でいてくれ。二乃……)

 風太郎は、二階の部屋を番号順に回っていく。201〜204号室は鍵が掛かっていて返事もない。205号室は、鍵は開いていたが誰もいなかった。そんな流れを繰り返していると、ついに最後の部屋まで来た。

 鍵は開いていた。声をかけて覗いてみるが誰もいない。というよりも、元から住んでいなかったようだ。インテリアが何も置かれていない。

 なんで未使用の部屋の鍵が開いていたのか気になるところだが、そんなことはどうでもいい。銃弾の予備を見つけた。30発分もだ。たぶん、町の不良たちが何らかの方法でこの部屋に忍び込んだのだろう。廊下の化物の駆除で、かなりの数を使ってしまったのでちょうどいい。

 弾の予備を手に入れ、部屋を後にしようとしたその時、廊下の方から金属らしきものを床に引き摺るような音が聞こえてきた。その音はこっちへ近づいてくる。そして、この部屋のすぐそばまで音が近づいてきた時、風太郎は二乃かと思い声をかける。

「二乃……っ!?」

 ついに死角からそいつは現れた。307号室で見た悪魔だ。しかも、今度は右手に巨大な刃物を持っている。最初に見かけたとき以上の威圧感が風太郎を襲った。津波の前触れのように顔面から血の気が引いていき、冷や汗が全身をびっしょりと濡らした。

 三角頭の足元には、風太郎がまだ仕留めていなかったクネクネの死体が転がっていた。その死体を跨ぎ、怪物は一歩だけ風太郎に近づいた。風太郎からすれば、一歩近づかれただけで何十倍も恐怖が増した気がした。

 暗くてよく見えないが、左手にも何かが握られている。ボール? いや、ボールにしては形が歪すぎるし、それに毛のようなものが大量に生えている。

 そんなことを考えていると、左手に持った何かをこちらに投げてきた。床に落ちた何かは、不規則にバウンドし、風太郎の足元まで転がってきた。

「うわああああああああああああああ!」

 風太郎は絶叫した。足元に転がってきたのは……顔面のど真ん中に大きな穴が開けられ、血まみれになった二乃の首だった。

 風太郎は、巨大な刃物を持ち二乃の返り血を浴びた悪魔が目の前にいる、刎ねられた二乃の首がそこにあるというショッキングな光景を目の当たりにし、戦慄のあまり身動き一つ取れなくなってしまった。

(殺される……。ついに俺は殺されるんだ。あのマネキンのように身体を折り曲げられて死ぬのか? いや、普通に考えて首を刎ねられるんだ。二乃のように)

 もう悪魔に殺されるしかないと諦めて跪いた。

「すまない、二乃……お前を助けられなかった。すまない、一花、三玖、四葉、五月……お前たちにはまだ教えてやりたいことが山ほどあるのに……」

 死を悟った風太郎は、五つ子への遺言を唱え、顔を俯かせながら悪魔による処刑を待った。

 

「……何してるんだ?」

 いつまで経っても処刑が行われず、痺れを切らして顔を上げると、三角頭はまだ一歩も動いていなかった。そして、あろうことか風太郎に背を向けて部屋を出て行ってしまった。

 予想外な三角頭の行動に対し、呆気に取られてしまった風太郎。しかし、ある可能性が頭をよぎった。

(あいつは、俺が怖がっているのを楽しんでいるんだ。姉妹たちが惨殺された姿を、俺に見せびらかして、恐怖のどん底に叩き落とそうとしているに違いない。俺を極限まで怖がらせてから殺そうとしているんだ。畜生め! なんてたちの悪い怪物だ!)

 あの三角頭に弄ばれているような感じがして、恐怖に混じった怒りが湧いてきた。せっかく九死に一生を得たのにちっとも喜べなかった。

「とにかく、みんなに知らせないと!」

 風太郎は、三角頭の存在やそいつに二乃が殺されたこと、次に四人のうちの誰かを狙いに来るかもしれないことを他の姉妹たちに知らせるために携帯電話を取り出し、メールを送った。




クリーチャー解説
・三角頭(追加情報)
①巨大な鉈を武器として携帯し、地面に引き摺りながら持ち運ぶ。

②二乃を殺した。

③風太郎の殺害をあえて後回しにして、姉妹たちの死を見せびらかすことにより、風太郎に恐怖心を植え付けて楽しもうとしている?



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第8話 悲報

プチ告知
 第2話のタイトルを変更しました。一つだけ英語なのはどうもしっくりこなかったので……。


 アパートの探索を中止した一花と三玖は最初の計画通り、ローズウォーター公園に向かい、偶然その途中で抜け道を見つけられないかと歩いていた。だが結局見つからず、何も収穫がないまま公園に着いてしまった。

「ねぇ一花、少し休憩したい」

「ずっと歩きっぱなしだったもんね。ここには化物がいないみたいだし、あそこのベンチに座ろうか」

 長い間歩きっぱなしで脚が疲れた二人は、公園の東側の出入り口付近にあったベンチに腰掛け休憩することにした。公園には化物の姿が無かったのでちょうどいい。

「ねぇ、一花……。私たち、ここから出られるのかな?」

「きっと大丈夫、何とかなるよ……」

 三玖は自分たちが本当にこの町から脱出できるのか不安になっていた。一花は三玖を励まそうとするが、自分の言葉に確信を持てず自信が無い様子である。

「帰りたい……。六人全員で生きて帰って、またみんなと勉強したい……」

 三玖が半べそをかいて口ずさむ。一花はそれを黙って聞くことしかできなかった。

 

 しばらくの間、二人は黙り込んだまま座り続けていた。いつの間にか40分近く経っていた。

「少し休み過ぎちゃったね。そろそろここから出ようか」

 一花の言葉を合図に三玖も立ち上がる。スマホの画面を確認すると、二人のスマホにメールが届いていた。姉妹たちに向けて一斉送信された風太郎からのメールだった。メールを見ると、次のような文が書かれていた。

『落ち着いて読んでほしい。二乃が殺された。犯人は三角頭の化物だ。でかい刃物を持った悪魔だ。地面を引き摺るような音が聞こえたらすぐに逃げろ! 絶対に戦おうとするな! 俺たちには勝ち目が無い』

 二人は愕然とした。自分たちには勝ち目が無いという悪魔。大きな刃物。そして何より、二乃が死んだという事実……。

 二人は、メールの内容を受け入れることができなかった。自分たちの大好きな姉妹の一人が死んだという知らせを急に受けたのだから無理はない。

「嘘だよね……?」

「フータローに確認してみる……」

 三玖はメールの内容について確認するために、風太郎に電話をかけた。

『フータロー、二乃が殺されたって本当なの……?』

『フータロー君、嘘だよね……? 嘘って言ってよ!』

 一花は思わず声を荒げた。二乃の死を否定したかったのだ。だが、期待していた返事がされることはなかった。

『本当だ。アパートの前に遺体があるんだが……上下に真っ二つにされていて、首を切り落とされている』

 あまりにも無残な二乃の状態を知らされて二人は絶望した。

「酷い、酷すぎる……。許せない」

「私も……。でも、私たちには倒せない」

 一花と三玖は涙しながら悪魔に対して怒りを抱いた。だが、三玖の言うように自分たちにはそいつを倒すことができない。大事な人の命を奪われたというのに何もできない自分たちが惨めと思い落胆していた。

「とにかく、抜け道を見つけよう。また犠牲者が出る前に」

 少しだけ冷静さを取り戻した三玖の発言により、一花も気を切り替えて公園を後にした。

 今度は町を適当に歩き回ってみることにした。来た時とは反対側の出入り口から公園を抜け出した二人は、ある物音を耳にした。

「何、この音?」

「何かが地面に引き摺られるような……っ! 一花、早く逃げなきゃ! フータローが言ってた音だよ!」

 金属が地面のコンクリートを擦るような音……。悪魔だ! 悪魔が近づいてきたのだ! 二乃みたいに二人を八つ裂きにするために……。

 メールの内容を思い出して走り出す一花と三玖。ふと後ろを振り向くと、交差点から現れた悪魔のものであろう人影が二人のいる方とは逆側へ曲がっていくのが一瞬見えた。どうやら気付かれずに済んだようだ。

「さっきの人影、右手に何か大きいものを持ってた」

「たぶん、フータロー君が言ってた刃物のことだよ。見た感じ、刃渡りは私たちの身長以上あると思う。厄介だね、この町を出るまでずっと追われっぱなしだなんて」

「他の化物と同じで足は遅かった。逃げるのにはそこまで苦労しないと思う」

「でも油断はできないよ。強さが桁違いらしいし、二乃が殺されてるからね……」

 

 

 一方、四葉と五月はある場所に向かって歩いていた。歴史資料館だ。二人は、抜け道の在処はもちろんだが、この町の異変についても気になっていた。もし、過去にも似たような異変が起きているならば解決の手がかりが残されているかもしれない。そして、異変の解決によって町を囲む壁が消えて脱出できるのではないかと踏んだのだ。

 歴史資料館へ行く途中には、クネクネやマネキンが立ちはだかっていた。四葉は拳銃を使って応戦するが、まだ武器を持っていない五月は四葉の身体にしがみついているだけにすぎなかった。

 ある程度の数の化物を倒し、スペースを確保した四葉は、五月の手を引っ張ってそのスペースを走り抜けた。

 歴史資料館の手前で、鉄柵の欠片の鉄棒と銃弾が落ちていた。四葉は、自分が持っていた拳銃に銃弾を詰めると五月に渡し、代わりに鉄棒を手に持った。怖がりな五月には遠距離での攻撃をさせる方が良いと思ったからだ。

 歴史資料館の入り口まで辿り着いた二人だったが、扉には鍵が掛けられていた。

「げっ、鍵が掛かってる」

「そんな、せっかくここまで来たのに。休館日だったのでしょうか?」

 目的地まで辿り着いたはいいものの、中に入ることができずに途方に暮れていた。仕方なくその場を後にし、次の目的地を決めるために地図を見ようとスマホを取り出した。

 画面を開くと、風太郎からメールが来ていることに気づいた。メールを開いた瞬間、二人は呆然とした。真っ先に、二乃が殺されたという文が目に入ったのだ。後ろに三角頭の化物とやらの説明が続いていたが、全く頭に入ってこなかった。

 五月は風太郎に電話をかけ、メールの内容の真偽を確認しようとした。ただ、事実であることは薄々わかっていた。彼は冗談でそんなことを言うような人間ではないからだ。

『上杉君、本当なんですか? 二乃が殺されたって……』

『ああ。メールに書いてある通り、三角頭の化物にやられたんだ』

『二乃……そんな、二乃が!?』

 五月はその場に膝から崩れ落ち、号泣した。四葉もその知らせを受けて動揺していた。

 まともに会話ができなくなった五月に変わり、四葉が風太郎に問いかける。

『上杉さんは大丈夫だったんですか!?』

『それが……一度は追い詰められたんだが、殺さずに引き返して行ったんだ。もしかしたら、お前たち姉妹を皆殺しにした後で俺を狙うつもりなのかもしれない』

『えっ、どうして……?』

『明確にはわからないが、俺に恐怖心を植え付けて楽しんでいるんだろう。俺にはそれしか考えようがない』

『上杉さん、今どこにいますか? 私たちは歴史資料館の近くにいます』

『俺はサンドフォード通りへ通じる橋の付近にいる』

『ということは、すぐ近くですね! 一人は危険ですし、私たちと三人で行動しましょう!』

『ああ、そこで待っててくれ。こっちから向かうよ』

 

 

 ウッドサイド・アパートを後にした風太郎は、サンドフォード通りへ向かおうとしていた。歴史資料館のすぐ近くの橋を渡って辿り着ける場所だ。

 新しく入手した鉄パイプを振るい、行く手を阻むクネクネやマネキンの相手をする。クネクネやマネキンならすっかり見慣れてしまい、戦い慣れて、脅威に思う相手ではなくなった。

 風太郎にとって、そいつらへの感情は恐怖ではなくイライラに変わっていた。鉄パイプで叩きのめすたびに心が晴れる感じさえしたのだった。何度も足止めされることが億劫になったからであろうか? それとも二乃を殺された腹いせだろうか?

 片っ端から化物を倒していると、マネキンが一体逃げて行くのが見えた。深追いをする必要は無いし、むしろかえって危険なのは承知のはずだ。次の機会に仕留めればいい。……しかし、風太郎はそうしなかった。逃げて行くマネキンにダッシュで追いつき、鉄パイプで殴りまくった。

 何故そんな愚かしい選択をしたのか自分でもよくわからない。衝動的にそうしてしまっていた。せっかく相手をしてやっているのに逃げ出すという無礼な態度が許せなかった。

 ハッとなって荒ぶった感情を押し殺した。誰かから電話がかかってきていた。電話の相手は三玖だった。内容は二乃の死についてだ。三玖と一緒にいた一花が嘘だと言って欲しいと声を荒げた。だが、その通りにしたところで二乃は生き返らないし、紛らわしくなるだけだ。事実を淡々と話すしかなかった。

 

 ようやく橋の前まで来た。橋の向こう側でも何も見つからなかったらどうしたものかと心配していたが、杞憂だった。悪い意味で……。

 橋が壊れていたのだ。崩落した橋の前で風太郎は茫然と立ち尽くした。戦争でも起きたのだろうか。化物の存在といい、やはりただ事ではない。

 気落ちして俯いていると、橋の支柱に釘で留められた紙が目に入った。紙を引きちぎり、裏を見てみると町の地図が描かれていた。風太郎が持参したものよりも範囲が狭いものだ。ある地点にバツ印が描かれている。「ブルックヘイヴン病院」だ。

 バツ印にはいったい何の意味があるのかと考えていると、今度は五月からの電話がかかってきた。おそらく、三玖の時と同じ内容だろう。

 電話に出ると、案の定二乃の死について聞かれた。二乃と特に仲が良かったであろう五月のためを思い、遺体の状態には触れないでおいた。バラバラにされたなんて聞いたらどうなることやらと懸念したのだ。

 五月の泣き声が響く中、今度は四葉が話しかけてきた。風太郎と合流したいとのことだ。お互いの居場所がちょうど近かったため、風太郎は四葉に歴史資料館で待つように伝え、そこへ向かった。



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第三章 真相の追究
第9話 入院患者の記録


お知らせ
 今まで、お知らせを前書きや後書きでしてきましたが、次回から概要欄(あらすじの下)で行うことにしました。その方が真っ先に目に入りやすいと思ったからです。


 歴史資料館で、風太郎は四葉と五月と合流した。五月は二乃が死んだことに対するショックから立ち直れずにいる。

「五月……気持ちはわかるが、いつまでも落ち込んでいるんじゃ何も進展しない。せめて、残りの俺たちだけでも脱出するんだ。きっと、あの世にいる二乃も喜ぶだろうよ」

「上杉さんの言う通りだよ。みんなで生き残って、二乃の分まで楽しい生活を送ろう!」

「上杉君、四葉……ごめんなさい。どれだけ願ったところで二乃は帰って来ない。なら、残りの五人だけでも生き残りましょう! それが天国にいるであろう二乃への最高の贈り物です!」

 風太郎と四葉の励ましにより奮起した五月。せめて、残りの自分たちだけでも絶対に生き残ろうと志した。

「上杉君、抜け道の他に気になることがあるんです。この異変をどうにかして解決できないかと。過去にも似たようなことが起こっているとしたら、手がかりが残されているのではないかと思ってここへ来たんです。異変を解決できれば道を塞ぐ壁も消えて脱出できるのではないかと考えたのですが……」

「確かに一理ある。だが、資料館の入り口は施錠されていて入れない。ここは一旦諦めるしかなさそうだ。実は俺も気になるものを見つけたんだ」

 風太郎は、橋の支柱に留められていた地図を二人に見せる。

「ここにバツ印が描かれてるだろ? どうも気になるんだ。もしかしたらこの病院に何かあるんじゃないか?」

「確かに気になります。上杉君、四葉、行ってみましょう」

 印を付けられた場所に何かがあると踏んだ三人は、ブルックヘイヴン病院に向かって歩き出した。

 

 歩くこと二十数分、ブルックヘイヴン病院の玄関前まで辿り着いた。玄関の扉は、まるで三人を誘っているかのように開放された状態だった。

「気を抜くなよ。病院の中にも化物が湧いているかもしれないからな」

「わかってますよ、上杉さん! 三人で協力し合えばどんな危機だって乗り越えられるはずです!」

 玄関の入り口をくぐり抜け、病院内へ入った。相変わらず人の気配は感じられない。中は暗かったが、四葉のスマホのライト機能でどうにかなった。

 掲示板に病院のマップが貼られていた。探索の役に立つだろうと、風太郎はそれを手にした。

 まず、すぐそばの受付の中に入った。受付には特に何も無いようだ。強いて言えば、患者の症状を記した用紙が机の上に置かれていたが役に立ちそうにはなかった。

 次に、隣の書類保管室へ入った。四葉と五月は特に重要なものが無いと判断して引き返そうとするが、風太郎は違った。机の上に無造作に置かれた書類が目に入り、それが何となく気になったのだ。

 どうやら、とある精神病を患った入院患者について記された物のようだ。

 

『この病の要因は全ての人の中に存在し得るものであり、そして何らかのきっかけがあれば、彼のように向こう側へ行ってしまうことも容易にありえる。

「向こう側」という言い方は正しくないかもしれない。その間に壁はない。ちょうど現実と非現実の境目が曖昧であるように。近くかもしれず、遠くかもしれない場所だ。

 私は時には疑問を抱かざるにはいられない。確かに彼の想像は、我々にとっては虚構である。だが、彼にとってはそれが現実に他ならない。そして彼はそこで幸せなのだ。それなのに、我々は、彼にとっては苦痛でしかない「我々にとっての現実」に引き戻すための治療をしなくてはいけないのだろうか?』

 

 風太郎は、「非現実」というワードに着目して考え込む。

(突如現れた巨大な壁、消えた住民、異形の化物。あまりにも現実味が無さすぎる。もしかして、ただの幻にすぎないんじゃないのか?)

 風太郎は、とても現実的とは言えない町の異変や化物の存在を幻だと結論付けようとした。

 だが、一瞬にしてそれを否定した。町から出られないこと、これまでに数々の化物と戦ってきたこと、二乃が殺されたことと矛盾するからだ。信じ難いが、町の異変は実際に起こっていて、化物も実在しているということになる。

 ならば何故、現実的にありえない現象が立て続けに起きているのかが気になる。何がそれを引き起こしているのだろうか?

 風太郎は、今度は「想像」に焦点を当てて考えた。

(この町は誰かの妄想の世界に成り代わってしまったのか? 妄想の主は、書類に記されていた患者のものなのか? それとも、他の誰かのものか?)

 

「上杉さん、何してるんですか? 置いていくところでしたよ」

「すまない。気になるものを見つけてな」

 考えごとをしていると、四葉が尋ねてきた。風太郎は書類について考えていたことを二人に説明した。

「にわかに信じられません。誰かの想像が具現化するだなんて。それこそ非現実的だと思いますが……」

 五月は、想像が具現化することこそ非現実的だと否定した。しかし、もはや何でもアリと言わんばかりの現象が連続で起きているのだから、風太郎はその説でさえもあり得ると思ったのだ。

 町の異変のわけ、化物たちの存在理由は何なのかと頭を悩ます三人。だが、どれだけ考えても正解らしい答えは出てこなかった。これ以上考え込んでも仕方がないので、とりあえず探索を進めようと別の部屋へと向かう。

 

 周辺の部屋には特に気になるものは無かったので、病室のあるスペースに行こうとした。しかし、そこへ通じる扉は開かなかった。鍵がかかっているというより、奥で何かに押さえられているような感覚だった。

 ここから入れないなら回り込めばいいと、二階へ上がる。そして、先に二階を探索することにする。

 

「……」

 風太郎はボーッとしながら廊下を歩いている。あることを気にしていた。三角頭についてだ。もちろん町の異変や化物たちのことも気がかりではあるが、一番の謎は三角頭の目的だ。

 風太郎の命を後回しにして一体何になるというのか? これまでは、中野姉妹の死を見せつけて恐怖心を植え付けようとしているのだと思っていた。

 だが、言うまでもないが、彼と三角頭は初対面だ。冷静に考えると、初めて顔合わせしたばかりだというのに、そんなことをするのは不自然ではないだろうか? あの時に風太郎を見逃したのは、本当にその目的による行動なのだろうか? それとも--

「危ない!」

 四葉の声に風太郎はハッとした。

「うぉ、あぶねっ!」

 風を切って振り下ろされたものを寸前でかわした。二階の廊下の角を曲がった直後の事である。

 風太郎の頭をかち割るはずだったものが、床に叩きつけられて鈍い金属音を鳴らした。如何にも本気の攻撃だ。

 ふと相手の方を見ると、ナース服を身に纏った女だった。人だと思ったが、顔を見た時に異常に気づいた。化物だ。腐乱死体のように、目鼻の在処がわからないほど醜く膨れた顔が何よりの証拠だ。

 一旦、「ナース」から距離を取り、拳銃を構える。狙いを定めて2、3回発砲した。すると、ナースの化物はあっさりと倒れた。クネクネやマネキンと同様に、耐久力はそこまで高くなさそうだ。

「大丈夫ですか? 上杉さん」

「すまない、ボーッとしていた」

「しっかりしてください。気を抜くなと言ったのは上杉君でしょう」

「申し訳ない。それと四葉、ありがとう。お前が声をかけてくれなかったら、頭をかち割られていたところだったよ」

 

 二階を一通り探索した後、今度は三階へ向かった。三階にもマネキンやナースの化物が徘徊していた。通路が狭いので、一体一体を相手にしていくしかなかった。風太郎と五月は正面から迫って来る化物たちを拳銃で倒していく。二人とも、使っているうちに扱いが慣れてきたようだ。

 

 三階の探索も徒労に終わり、三人は屋上に出た。病院をうろつくうちに、いつの間にか夜になってしまった。辺りを見渡してみるが霧と闇に町は埋もれ、空の星々も隠されている。

 辺りを見渡している時、地面を擦る金属音が下から微かに響いてきた。霧と闇のせいで姿は見えないが、風太郎は三角頭の怪物だとわかっていた。

「四葉、五月。聞こえるか?」

「はい。もしかして、二乃を殺した化物ですか?」

「気をつけろ。あいつに目をつけられたら厄介だ」

「二人とも、何が聞こえてるんですか?」

「よく耳を澄ませてみてください。何かが地面を引き摺るような音がするでしょう?」

「……。何も聞こえないよ」

「遠くの方へ行ってしまったみたいだ。音はもう聞こえない。とにかく、四葉。お前も気をつけるんだ。音が聞こえてきたらすぐに逃げるんだぞ」

 風太郎と五月は三角頭の音を聞いて話をしていたが、四葉は音が小さいせいで聞き逃したようだ。

 

 風太郎は、先ほどの音を聞いて再び考え込んだ。

(あいつも誰かの妄想の産物なのか? もしそうだとしたら、一体誰があんな悍ましい化物を産み出したんだ?)

 三角頭の目的や正体について、色々と考察するがわかるはずもない。

 ただ、何となくわかったことがある。あの入院患者の記録が、真実を知るためのカギとなる……。




クリーチャー解説
・ナース(ゲームでの名前:バブルヘッドナース)
 ブルックヘイヴン病院で遭遇した、ナース服を身に纏う女型のクリーチャー。鉄パイプを振り回して攻撃する。

・三角頭(追加情報)
①巨大な鉈を武器として携帯し、地面に引き摺らせながら持ち運ぶ。

②二乃を殺した。

③風太郎の殺害をあえて後回しにして、姉妹たちの死を見せつけることにより、風太郎に恐怖心を植え付けようとしている?(これについては、少し疑わしくなっている)

④誰かの妄想が具現化したもの?


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第10話 果てしない謎

 二階、三階、屋上を全て探索し終えた三人は、病棟の一階へと降りた。何かに押さえられて進めなかった扉の向こう側だ。

 全ての病室を探索したが、特に気になるものは無い。「まさか、あの地図のバツ印は、入院患者の記録のためだけに描かれたものなのか?」という疑いを風太郎は持ち始めた。

 次に処置室と書かれた部屋の扉を開けた。救急車に運ばれて来た患者に救命処置を施す場所だ。三人は手分けをして、何かないかと部屋中を探る。

 

 結局何も見つけられなかった。残るは地下室のみ。……だが、ここまで何も無いとなると、地下室の探索なんて無駄だと思えてしまう。

 三人は、そんな思いを堪えて地下室に向かうことにする。処置室を後にしようとドアノブに手をかけたとき──。

「あれ、何だこれ?」

「どうしたんですか、上杉さん?」

「ドアノブが動かないんだ」

ドアノブが固定され、扉を開くことができなくなっていた。

 威嚇する獣めいた唸り声がした。処置室の暗がりのどこからか……。天井だ。天井からぶら下がって何かいる。ぶらり、ぶらーり。振り子のような動きで化物が迫ってくる。

 四角い枠の中に、ぶよぶよとした肉塊がある。鯨にでも飲み込まれた人間が、消化途中で吐き出されたかのようだ。皮膚や筋肉は半ば溶け、内臓が剥き出しになり、あらぬ場所から手足が突き出ていた。

「ぶら下がりの化物」は三体もいた。風太郎たちを取り囲み、ジリジリと迫り来る。

 だが好都合だ。こちらも三人いる。3対3での戦いだ。

 風太郎、四葉、五月は三手に分かれて、一体ずつ相手をした。風太郎と四葉は鉄パイプで、五月は拳銃で応戦する。拳銃の弾はいざという時に、特に三角頭と出くわした時のために取っておきたかったが、五月の武器がこれしか無いためそうも言ってはいられなかった。

 意外にタフなやつらだ。既に15発くらいは攻撃を当てているが、まだ三体とも倒れていない。集中力を再び研ぎ澄ませ、さらに攻撃を続ける。

 出来るだけ間合いを取りつつ攻撃するが、五月が距離を詰められてしまった。ぶら下がりの化物は、下側から生えた二本の足で五月の首を締め上げた。

 五月は息ができなくなってもがき出すが、相手の力には敵わなかった。──が、それに気づいた風太郎が化物に向けて一回発砲すると、化物は怯んで五月を放した。

 

 戦いにある程度慣れていた風太郎と四葉はようやく化物を倒し、残るは五月が相手をしている一体だけとなった。風太郎と四葉は五月の加勢に入り、ついに三体とも撃退した。

 固定されていたドアノブが動くようになり、処置室から出られるようになっていた。処置室を後にし、三人は地下室に向けて足を進める。

 あの扉を押さえていたのは車椅子だった。扉と壁の間につっかえていたのだ。車椅子をどかし、扉を開けて管理棟へ戻ってきた。

 管理棟の階段から地下へと降りた。電気室、ボイラー室、ポンプ室は鍵が掛かっていて入れなかった。入れるのは二つの倉庫のみだけだ。

 まずは、階段の向かいの方の倉庫を探索する。倉庫ということもあって色々なものが置かれていたが、役に立ちそうなものは無かった。

 次に、ポンプ室に面する方の倉庫を調べる。……やっと求めていたものが見つかった。町の地図だ。橋の支柱に留められていたものと同様に町の一箇所を示すバツ印と、文章が書かれていた。

『深淵に見つめられることを怖れる者には、深淵を覗き込むことはできない。真実は進むことでしか得られない。地図に従え。手紙がある』

 新たな道標を入手し、病院での目的を果たした三人は、もうここには用が無くなったため次の場所へと向かい、一階へ戻ろうとする。

 その時だった。ある音がこちらに向かって降りて来るのが聞こえた。

「この音って、まさか!」

五月が最初に反応した。

 風太郎にとってはこれまで何度も聞いてきた、五月にとっては屋上で一回耳にした、四葉が屋上で聞き逃してしまった音が近づいてくる。聞き慣れたくもない、床を擦る不愉快な音だ。

「こっちだ! 早く!」

 風太郎がエレベーターに向かって走り出し、その後に五月が続く。

「ちょ、ちょっと! 待って!」

 四葉がワンテンポ遅れて二人を追いかけた。

 エレベーターの降下ボタンを押し、地下室まで下がって来て扉が開くと、急いで中に入った。

 エレベーターに乗り込み、走って来た方へ振り返ると、意外と近くまで三角頭が迫って来ていた。このままでは、エレベーターの扉が閉まる前に追いつかれてしまう。

 まずいと思った風太郎は、拳銃を取り出して三角頭に銃口を向けると数回発砲した。三角頭は怯んで動きが鈍くなるが、徐々にこちらとの距離を詰めて来ている。

 だが、そいつがこちらへ追いつく前にエレベーターの扉が閉まり、上昇した。危機一髪とはまさにこのことである。

 一階まで上がって病院を後にし、しばらく走り続けた。三角頭の気配や床を擦る音はもうしない。ひとまず撒くことができたようで、風太郎と五月は安堵のため息を漏らした。

 

「……」

 四葉は頭が真っ白になって沈黙していた。たぶん奴の威圧感に怯えてしまったのだろう。

 

 地図の目印の場所へと向かい、足を進める三人。レンデル通りを西に行き、マンソン通りからソール通り、ニーリィ通り、サンダース通りを経て、リンジー通り沿いに目指す場所がある。

 ソール通りの途中は高架のような建物の下をくぐるトンネルになっていた。内部はいっそう濃い闇に覆われている。

 工事中のような金網床の下の穴の底に、蠢く黒い人影のようなものが覗いて見える。化物に違いない。クネクネやマネキン、ナースとは異なるようだ。

 風太郎は駆け抜ければ平気だろうと思った。正直足の速さに自信は無いが、それでもやってみるしかなかった。

 携帯電話の画面の光で足下を照らし、風太郎は「レディ・ゴー!」と心の中で唱えてダッシュした。

 金網を揺らす彼の靴音に混じって、下側から音が聞こえてくる。穴の底から這い上がって来た化物が金網を伝って迫り来る。

 そいつは、棍棒状の両腕の先端に吸盤の様な口がついており、その口で金網の床にぶら下がっていた。

 巧みな動きで風太郎に迫って来ている。何か言いたいことがあって追いすがるかのように──。

「おねがいだ、きいてくれ、わかってくれ……」と言わんばかりに訴えかけている。金網の格子からはみ出した腫瘍のような吸盤で風太郎の足に咬みついた。

「やめろ、こいつ!」

 吸盤に向かって鉄パイプを叩きつけるが、金網を揺らすばかりで、その下の「吸盤の化物」にダメージを与えるのは難しかった。

 痺れをもたらす足の痛みによろめき転んでしまいそうになるのを、トンネルの壁に手をついて堪えた。

 転んだらおしまいだ。身体のあちこちに吸盤が咬みついて金網に貼りつけられ、逃れる術を失って少しずつ肉を食い破られながら死ぬのだ。

 足の感覚が無くなってきた。まだ走れるうちに走らなければ……。とにかく逃げるしかない。トンネルの出口へ向かい、風太郎は必死で化物の吸盤を振り切り、悲鳴とも雄叫びともつかぬ声を張り上げて猛進した。

 四葉と五月は大丈夫だろうか? 二人のことを心配した風太郎が、後ろを振り向くと信じられない光景を目にした。自分はあれだけ必死に走り抜けた金網の上を、二人は何食わぬ顔をして渡っていたのだ。

「お前ら、平気なのか?」

「何のことですか?」

 おかしい。四葉の返事はあまりにも不自然なものだった。あんなやつに襲われて「何のことですか?」と言えるはずがない。

「あなたこそ大丈夫ですか? びっくりしましたよ。急に走り出したかと思えば、突然大声をあげるものですから」

「五月……。お前まで何言ってんだ? 金網の下に化物がいただろ!? 両腕の先端に吸盤みたいな口がついた……」

「もしかして、疲れていますか? そんな化物はいませんでしたよ。四葉だってそうでしょう?」

「うん。私も、何もいなかったと思うけど……」

 見間違いのはずがない。ひどい足の痺れが残っているからだ。……だが、四葉や五月の言うことには納得できた。実際、二人は平然と金網の上を渡っていたのだから。

 だが、自分の目には間違いなくあの化物の姿が映っていた。そして、襲われさえもした。あれも誰かの妄想の産物だとすると、自分のみに向けた当てつけなのだろうか?

 しかし、そうだとすれば犯人は風太郎の身近な存在ということになる。家族、親戚、学校の先生や同級生、まさかとは思うが……中野姉妹のうちの誰か。そして、風太郎を家庭教師として雇っている中野姉妹の父親。この中に、吸盤の化物を産んだ人物がいる。

 

 風太郎は、学校の同級生が犯人である可能性が最も高いと踏んだ。今まで人付き合いに無関心で、人と関わることを避けていた。それで、彼に不満を持った同級生の中の誰かの想像が、あの化物を産み出したのだろう。

 

 じゃあ、三角頭を産んだ人物も同級生の中に……? 風太郎の存在を消そうとして? 

 

 でも、そうであると仮定すると二つの疑問点が生じる。

 一つは、三角頭が中野姉妹にまで襲いかかるということだ。現に二乃が殺されている。

 風太郎と中野姉妹の六人のことが気に入らないという人物によるものだろうか? ところが風太郎はともかく、中野姉妹は容姿端麗だと、男子からも女子からもちやほやされるくらいだ。中野姉妹に関する悪い噂も聞いたことがないし、同級生の中に彼女たちを憎んでいる人物がいるとは考えにくい。

 もう一つは、三角頭が風太郎を見逃したということだ。恐怖心を植え付けた上で殺そうとしているにしても、完全に追い詰めた状態という絶好の機会をわざわざ蔑ろにする意味はないはずだ。

 もしかして……風太郎は「対象外」なのだろうか? しかし、四葉と五月には吸盤の化物の姿が見えていなかったことを踏まえるとそうでもなさそうだ。もし本当に対象外だとしたら、風太郎には三角頭の姿は見えないはずである。いずれ命を狙われる身にすぎない。

 

 考えれば考えるほど、かえって謎に包まれていくばかりだ。




クリーチャー解説
・ぶら下がりの化物(ゲームでの名前:フレッシュリップ)
 ブルックヘイヴン病院の処置室で遭遇した化物。格子に組み込まれた肉塊のような姿をしていて、天井にぶら下がっている。
 下から生えた二本の足で蹴飛ばしたり、首を締め上げたりして攻撃する。耐久力が高い。

・吸盤の化物(ゲームでの名前:マンダリン)
 ソール通りの途中にある高架下トンネルで目撃した化物。棍棒状の両腕の先端に吸盤の様な口がついており、その口で金網の床にぶら下がっている。
 金網越しに腕の先端の口から刃を出して攻撃を仕掛ける。
 何故か風太郎だけに見えていて、四葉と五月には見えていないようだが……。


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第11話 歴史資料館の導き

 間違って途中のものを投稿してしまったため、再投稿します。申し訳ございません。


 リンジー通り沿いの、ごく普通の住宅の玄関前に手紙があった。そこには、謎を解くヒントが歴史資料館にあること、歴史資料館の鍵が公園にあることが書かれていた。

 

 風太郎、四葉、五月は、ローズウォーター公園に向けて歩いていた。その途中……。

「あれは……一花、三玖! よかった、無事だったんだな」

「フータロー君! それに、四葉と五月ちゃんも!」

一花と三玖と合流した。風太郎は一花と三玖に、この町の謎を解こうとしていること、ローズウォーター公園に向かっていることを話した。

「確かに、一理あるかも。はっきり言って、抜け道はいくら探しても見つからなさそうだし、私たちも協力するよ」

「私も一花と同意見。それに、どうしてこんなことになったのか気になる」

 一花と三玖は、風太郎たちの考えに納得し、行動を共にすることにした。公園に向かう途中、五月が一花と三玖に尋ねる。

「二人は、三角頭の怪物を見ましたか?」

「大きな刃物を持っていたのは見えたよ。三玖と歩いてる途中で例の音が聞こえて、逃げている最中に後ろを振り向いたらうっすらと見えたの」

「あれからも、何回か音が聞こえてきて、その度に逃げ回ってた」

どうやら、一花と三玖は三角頭の姿をはっきりとは見ていないが、床を擦る音は何回か耳にしていたらしい。

 

 五人はローズウォーター公園に辿り着いた。手紙によると、祈る聖女の像の足元に鍵を埋めてあるらしい。像の足元を見ると、一箇所だけ土が盛り上がった部分があった。

 風太郎は、それを手で掘っていく。すると、木製の箱が姿を現した。箱を開けると中に鍵が入っていた。歴史資料館の鍵だ。

 一同は、今度は歴史資料館へと向かう。歴史資料館まで歩く最中、クネクネやマネキンがときどき現れては五人の前に立ちはだかる。だが、これまでに幾度となく化物の相手をしてきた彼らの敵ではなかった。手際よく、分担して次々と化物を蹴散らしていく。

 

 歴史資料館の入口の扉の前に辿り着き、鍵を開けて中に足を踏み入れる。ロビーを抜けて入った次の部屋は絵画の展示室になっていた。

 昔のサイレントヒルの風景画が壁に並んでいる中で、一枚だけ場違いとしか思えない絵があった。作品のタイトルは、『霧の日、裁きの跡』。巨人のような大男が槍で人間を串刺しにした場面を描いたものだった。

「あいつだ……」

 風太郎は、絵画の中の巨人に指を差してつぶやいた。

 灰色の空を背景に巨人は黒い人影として描かれているが、その独特なシルエットは、三角頭の怪物のものに違いなかった。

 これをどう解釈すればいいのやら……。他の絵にはある説明書きが、この絵にだけ添えられていなかった。

「あれがフータローの言ってた三角頭の怪物のこと?」

「ああ。そして、二乃を殺した悪魔だ」

「絵画越しでも悍ましい雰囲気を感じる。あんなものに追われているだなんて……」

「二乃……。さぞかし怖かったことでしょう……」

 絵画を見つめながら、風太郎と一花、三玖、五月が話している。

「……」

 四葉は、呆然として風太郎が指を差していた方をただただ見つめていた。

 

「もしかして……」

 五月が作品のタイトルを見直した時、ある考えが浮かんだ。二乃は、三角頭の怪物にただ殺されたのではない。処刑されたのだ。

 

 

 時は遡り、風太郎が中野姉妹の家庭教師を勤めてまもない頃──。風太郎が初めて、勉強会を開こうと中野姉妹のマンションに訪れた時の事だ。今でこそ、五人は真面目に勉強会に取り組んでいるが、当時は四葉以外の四人は風太郎に対して反抗的で、勉強会に参加しようとはしなかった。

 特に、しつこく勉強をさせようとしてくる風太郎が気に入らなかった二乃は、差し入れの水に睡眠薬を混ぜ、それを飲ませて強制排除に及んだ。

「睡眠薬を飲ませた」というのが問題で、これは「傷害罪」に値する。風太郎本人はこのことを寛容していたが、仮に彼がこのことを訴えていたら間違いなく刑罰を受けることになっていただろう。

 その後も、二乃は何度も勉強会の邪魔をしていた。これも「業務妨害」という立派な犯罪行為である。

 

 

 霧の日、裁きの跡……。裁き……。

 

 あの悪魔は、罪を裁こうとして二乃を殺したのか? 罪人を罰するためだったのか?

 

 

「あの、ひょっとして……」

「ん、どうした?」

 五月は皆に、三角頭が、罪を負った二乃を裁くために殺したのではないのかという考えを話した。

「確かに……あの怪物が処刑人だとしたら納得できる。ただ、お前たちに聞きたいんだが──」

 風太郎は少しの間の後、四人に問いかける。

「お前たちって、罪を犯したことってあるか?」

 風太郎には、またしても疑問がよぎった。仮にあいつの目的が罪人を裁くことだとして、自分たちが狙われるようなことはした覚えがない。二乃はともかく……。

 

「強いて言えば、学校に遅刻した時に四葉の変装をして先生を騙したことかな……?」

 三玖が苦し紛れにそう言った。四葉以外の四人が、見た目がそっくりなことを利用し、既に登校していた四葉に変装して生徒指導の教師の目を欺き、生徒指導室行きを免れた事を言ったのだ。

「いや、流石にそれはないと思う」

 風太郎は即否定した。そんなことで命を狙われるだなんてあまりに馬鹿げている。

 そんなくだらないことが悪魔に狙われるわけになるというのならば、風太郎は数多のわけを持つことになる。

 

 五月と初めて会った頃、彼女に向かって「太るぞ」というノーデリカシー発言をして怒らせてしまったこと(これがきっかけの一つとなって、五月は当初、勉強会に参加したがらなかった)。成績の悪い中野姉妹を馬鹿にする発言をしたこと。学生同士の恋愛を「学業から最もかけ離れた愚かな行為」と揶揄したこと。などなど……。

 

 だが、どれも命を狙われるわけというには不十分だ。くだらなすぎる。二乃みたく、満場一致で罪とみなされるような行為ならわかるが……。

 新たな観点から考察するが、結局三角頭のことは分からず終いだ。

 それだけじゃない。町の異変、他の化物のことも。そもそも、想像の主が一人なのか複数なのかもわからない。──それ以前に、まず町の異変や化物の存在が誰かの妄想によるものだという根拠も無い。あくまで風太郎の考察にすぎないのだ。

 探索を続けていくうちに、三角頭の目的や正体についての新たな説が加わっていく。──が、どれも辻褄の合わないものばかりだ。

 謎が解かれていくはずが、かえって増えていた。ヒントを得るたびに謎が迷宮と化していく感じがした。

 

 考えあぐね、次の部屋に移った。今度は写真を飾る展示室のようだ。ブルックヘイヴン病院や、トルーカ刑務所のかつての姿であるトルーカ捕虜収容所が映されている。

 奥へ向かって進んでいると、やけに最近のものらしき写真を見つけた。他の写真はセピア色に褪せた白黒写真だが、その写真だけがカラー写真だった。

 「レイクビューホテル」だ。何故この写真だけこんなにも真新しいのだろうか? 気になって近寄ると、壁に何回か折られた紙が貼られているのが写真からはみ出て見えた。

 その紙を剥がし取り、広げて読んだ。

『一応、忠告しておこう。真相の中には知ってはいけないものが存在する。知ったことで後悔することもあるのだ。

 ただ、もし君が、それを覚悟した上で知ることを望むのならば、先へ進むといい。

 レイクビューホテルの306号室のテレビの電源をつけろ。そこに答えを用意した』

 レイクビューホテルに謎を解明する答えがある……。最後の行き先だ。

 一同は、ついに真相を知ることができるのだと悦に入たが、同時に不安でもあった。

 

 もしその真相が、自分たちの知りたくなかった内容だとしたら……。

 

 だが、謎を解かなければこの町から脱出することもできないかもしれない。意を決して、五人はレイクビューホテルへと足を運んだ。




クリーチャーの解説
・三角頭(追加情報)
①巨大な鉈を武器として持つ。

②二乃を殺した。彼女を殺したのは、罪を裁くため?

③風太郎の殺害をあえて後回しにして、中野姉妹の死を見せつけることにより、恐怖心を植え付けようとしている?(少し疑わしくなっている)

④誰かの妄想が具現化したもの?


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第12話 深き底へ

 歴史資料館を出て、レイクビュー・ホテルを目指していた五人。──だったが。

「しまった。そういえば、橋が崩れているんだった」

レイクビュー・ホテルへの通り道となる橋が壊れていて、先へ進むことができずにいた。

「どうしましょう? これではホテルに辿り着けませんよ」

「どこかに別の通路があればいいんだけど……」

 五月と三玖が話す。

 その時、風太郎はあることを思い付いた。マンホールの中を通って辿り着けないかと。地上に道が無いなら地下道を進むしかない。

 もしかしたら町の外へ続いているかもと一瞬思ったが、そんな都合の良い事は起こらないだろう。とにかく目指すはレイクビュー・ホテルだ。

 蓋を開けると、奈落の底が顕となった。降りてみよう。奥がどうなっていようとも……。

 

 地下道に降りて、スマホで辺りを照らしながらしばらく先へ進むと、水路に出た。膝下までの水位の下水道だ。

 制服姿のまま入るのは躊躇われるが、謎を解くための答えが彼らを待っているのだ。今さら後には引けない。五人は渋々と下水道に踏み入る。

 下水道の途中にも、クネクネの集団が待ち構えていた。先頭を歩く風太郎は、慣れた手つきで鉄パイプを振り、一体ずつクネクネを撃退する。何体か、仕留めきれなかったクネクネが逃げていくが、追いはしなかった。水に浸かった足場ではどうせ追いつけまい。

 ほどなくして、水路の終点らしき場所に着いた。水路から一段高い乾いた通路が延びていて、途中には壁が崩れたことによってできた穴があった。

 その穴の中へ入ると、独房らしき部屋に出た。どうやらトルーカ刑務所の地下エリアにいるらしい。この穴はたぶん、囚人が脱獄するために開けたものだったのだろう。

 独房から廊下に出た。長い廊下の真ん中で向かい合わせに扉が並び、片方は脱衣所のような場所、もう片方の部屋は広間のような空間だった。

 広間の中央に何か大きなものがそびえていた。処刑台だ。絞首刑のためのロープが輪を作り、ぶら下がっている。

 もし、ここで三角頭の怪物に捕まってしまえば、この刑を受けることになるのだろうか?

 

 両腕を身体の後ろで縛られて処刑台に立たされた風太郎たち……。

 そして、裁判官気取りの看守たちが罪状を読み上げる。一花、三玖、四葉、五月、風太郎の順に読まれていく……。

 罪状が読み終わり、今度は三角頭の怪物が現れ、「早く首を輪にかけろ」と急かしてくる。

 準備が完了し、看守の合図と同時に足元の床が開かれて首吊り状態になる……。

 

 風太郎は不本意ながら想像してしまった。そして、猛烈な吐き気を催しその場に座り込んでしまった。

「フータロー、大丈夫!?」

「上杉君、急にどうしたんですか!? 凄く顔色が悪いですよ!」

 四人は心配して風太郎のそばに駆け寄った。

「す、すまない。俺たちが絞首刑を受けるシーンを想像してしまったんだ」

「なっ、フータロー君! 何てことを想像してるの!?」

「縁起が悪過ぎますよ、上杉さん!」

「怖いことを言わないでください!」

 四人は、風太郎の思いもよらぬ言葉を聞いて顔を青くした。

「と、とりあえずここから出ようよ。この部屋、不気味だもんね。特に何もなさそうだし、フータロー君は体調が悪そうだし」

 一花たち四人の女性陣は、風太郎の身体を支えながら共に部屋を後にした。

 続いてやって来たのは、刑務所監視員の待機所らしき部屋だった。待機所の奥は武器庫になっていた。武器庫の中には問題の解決へと導いてくれる答えなどありはしなかった。だが、化物退治に打って付けのものならある。

 風太郎はライフルとその弾薬を手に入れた。この強力な武器が、五人の恐怖心を和らげてくれた。たぶん、クネクネ程度なら一撃で吹っ飛ばせるだろう。頑丈な敵への応戦も幾分やりやすくなるはずだ。

 一同は新たな武器、そして予備の弾薬を持ち、先へ進む。

 途中、通路がいくつも枝分かれした地点に着いた。それぞれ延びた通路の行き止まりには階下に降りる階段があり、迷路のようになっていた。刑務所にこんなところがあるなんて不自然だ。これもまた、町の異変とやらの仕業だろう。サイレントヒルの秘密を暴こうとする者を惑わすために違いない。

 階段を降りてみると、金網の床の通路に出た。金網の下で蠢くものがいる。ソール通りのトンネルで風太郎を襲った、吸盤の化物だ。

 風太郎は思わず後退った。トンネルでの記憶が甦り、実はまだ少し残っていた足の痛みが疼いた。

「どうしたの、フータロー?」

「あいつだ……。吸盤の化物だ」

「吸盤の化物……? そういえば、ソール通りの途中でもそんなことを言ってましたね。上杉君の見間違いじゃなかったんですか?」

「フータロー君、一体何が見えてるの?」

「お前らには、やっぱり見えていないのか?」

吸盤の化物は、やはり風太郎にしか見えていないようだった。

 その場で戸惑っていると、暗闇の奥から、金網をガシャンガシャンと踏み鳴らして何かが近づいてくる。スマホの光を向けた先にいたのは、強烈な威圧感をまき散らす悪魔……三角頭だった。

 大鉈を引きずる音がしなかったのは、手にした物が変わっていたからだ。太く長い槍を抱えていた。歴史資料館にあった絵と同じように。

 身体が自然と震え上がった。あれで自分たちの身を串刺しにされるのかと思うと、戦慄が湧いてくる。二乃を殺された憎しみや復讐心よりも恐怖心が勝り、心に巣くっていた。

 踵を返して階段を駆け上がり、上階の通路に逃げ戻った。そして、別の階段の所まで大急ぎで走る。三角頭が追いかけてくる恐怖に背中を炙られているようだった。どの通路がどこまで続くのかはわからないが、迷っている暇はない。闇雲に迷路を進んだ。

 

 いつの間にか三角頭は撒いたようだ。

「まさか、ここまで追ってきていたとは……」

「先回りしてたのかもね……」

 風太郎と一花は、逃げきった安堵から、その場に座り込んだ。直後、四葉が何かに気づいて喋った。

「ねえ、三玖と五月は……?」

 辺りを見回すと三玖と五月の姿がなくなっていた。

「あいつら、どこ行ったんだ!? 早く見つけないと!」

 逃げている最中に分かれてしまった。迷路内には、まだ三角頭がうろついているはずだ。今、はぐれてしまうのはまずい!

「とにかく、片っ端から探っていこう。くれぐれも離れ離れにならないように気を付けてくれ」

三人は、三玖と五月を見つけるために迷路を彷徨った。

 

 だいたい20分が経った。──が、二人は見つからなかった。風太郎と四葉が再び歩き出そうとすると、一花が尋ねてきた。

「ねえ、フータロー君。フータロー君の推理をもう一度聞かせてくれる?」

「ん、推理? サイレントヒルの謎のことか? 病院にあった入院患者の記録について話したろ? あれを見て思ったんだ。

 まず『非現実』という言葉から、目に見える異変は全て幻なんじゃないかと考えた。だが、町を囲む壁や化物の存在は間違いなく本物だ。よって、この説は誤っているということになる。

 だけど、まさかあんな現象が自然に起きたとは考えられない。それを引き起こすきっかけがあるはずなんだ。

 そして、今度は『想像』という言葉に焦点を当てて考えてみたんだ。誰かの想像が具現化しているんだって。まあ、それこそ馬鹿馬鹿しい考えだとは思うが、幻でもなく自然に起きたものでもないとすれば、俺にはこの説しか思い浮かばなかった」

「もし、仮にフータロー君の説が正しいとしたら、あの三角頭の怪物も誰かの想像ってことになるよね? 私……心当たりがあるんだ。私たちを狙う人物について」

「えっ、本当か!?」

「実はね、今のお父さんは、お母さんの再婚相手で、実の父親じゃないの」

「そういえば、五月から聞いたことがある。でも、それが今の状況と何の関係があるんだ?」

「その実の父親についてなんだけど……お母さんのお腹の中にいる子供が、私たち五つ子だとわかった途端に姿を消したの。たぶん、今もその罪悪感に苛まれてると思う。でも、あんな無責任な人のことだから……」

「待てよ……。まさか!」

「あの人は、私たちを消すことで罪から逃れようとしてるんだ。私たちの存在が鬱陶しくなって……」

「それで、この町に閉じ込めて、三角頭の怪物を生み出し、そいつにお前たち姉妹のことを始末してもらおうと願ったわけか……」

「フータロー君も追われているのは、きっと私たちに関わったからだと思う。さっき言った事実を知られるかもしれないと思って、フータロー君のこともターゲットに含んだんじゃないかな? フータロー君だけじゃなく、私たちに関わった人は全員……」

「そうだとすれば、親父やらいは(風太郎の妹)、それにマルオ(中野姉妹の「現在の」父)さんも対象になっているわけか。もし、ここにいたらみんなも三角頭の怪物に追われていたっていうのか!」

 衝撃的な告白だった。まさか、中野姉妹の母親の再婚の背景にはそんな過去が絡んでいたとは。それはそうと、まったく無責任な奴だ。自分の子供の顔すら見てやらずに逃げ出すなんて。その上、存在が邪魔だから消そうと考える始末である。逆恨みもいいところだ。

 三角頭の謎の核心に至った気がした。あの怪物が誰かの想像が具現化したものだとして、その想像の主が中野姉妹の実の父親だとしたら、今までの考察よりも遥かに筋が通っている。

 アパートで風太郎を見逃したのは、中野姉妹の殺害を優先したかったからだろう。罪悪感の根本的な要因となる彼女たちを先に殺したがるのは、別におかしなことではない。

「三角頭の怪物の謎は解けた。あとは、町の異変自体のきっかけと他の化物のことも知れるといいが、たぶんレイクビュー・ホテルのテレビを見ればわかるだろう」

 最も知りたかった謎が解決し、とりあえず一段落がついた。

 

 三玖と五月を探して歩いている最中、四葉が口を開く。

「あの、三角頭の怪物についてなんだけど、実は私──」

 

「ぎゃああああああああああああああっ!」

 

 四葉の言葉を遮って、耳をつんざくような悲鳴が鳴り響いた。

「今の声は、五月ちゃん!」

「まさか、あの怪物に! あっちから声が聞こえた。急ごう!」

 三人は、五月の悲鳴が聞こえた所へと猛ダッシュした。五月が悪魔に襲われているのだ。スタミナの消耗など考える暇もなく走り続ける。途中で通せんぼしていたクネクネは、ライフルの一発で蹴散らしながら悲鳴の元へと急いだ。 




クリーチャーの解説
・三角頭(追加情報)
①大きな槍を武器として持つ。

②二乃を殺した。

③正体は、中野姉妹の実の父親の妄想?(これまでの考察の中で最も信憑性が高い)

④中野姉妹を全員殺した後、彼女たちに関わった人間(主に風太郎)も殺そうとしている?


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第四章 明かされる真実
第13話 終着点へ


少し雑談

 こんな残酷な小説を作っているので説得力が無いかもしれませんが、私は風太郎も中野姉妹(五人全員)も大好きですよ。ちなみに私は四葉推しで、四葉→一花→二乃→三玖→五月の順に好きです。


 五月の悲鳴が上がる前の事……。

 風太郎と一花、四葉とはぐれてしまった三玖と五月も、三人を見つけるために迷路を歩いていた。

「どうしましょう? 連絡した方がいいのでは?」

「でも、目印になるものが無いから伝えられない」

 入り組んだ迷路となっているため、場所を知らせようにも上手く伝える術が無かった。仕方なく、片っ端から探っていくことにする。

 

 しばらく歩いたが、やはりそう簡単には見つからなかった。

 通路を歩いていると、向こうにある扉から物音が聞こえてきた。

「もしかしたら、あそこに上杉君たちが!」

扉を開けると、そこは住居になっていた。質素なリビングルームの雰囲気で、いかにも貧乏人が暮らすような空間だった。

「どうして、こんなところにこんな場所が?」などと考えている余裕は無かった。風太郎たちの代わりに化物がその部屋にいたのだ。ドアノブが固定されて、扉を開けなくなっている。

 新種の化物だった。人のようにも見える二体の肉塊が、寝台の上に覆いかぶさったような姿である。覆いかぶさる体から寝台を突き破って伸びた両手と両足が、そのまま四本の脚になっていた。

 その不自然な脚を無理矢理に駆使する小刻みな動きで二人に迫ってくる。熊が敵を威嚇するかのように、四つん這いの体勢からいきなり立ち上がった。爛れたような肉をプルプルと震わせながら迫ってくるのは、二人に覆いかぶさって押し潰すつもりだ。

 三玖と五月は、素早く「寝台の化物」に銃口を向け、連射した。狭い部屋の中で化物との間合いを取るのは難しかったが、幸い化物の動きはかなり鈍くて攻撃も隙だらけだ。これまでの戦いの経験も相まって、苦戦はしなかった。

 

 何度か銃弾を打ち込むと、ようやく絶命した。ドアノブも動くようになっている。

「結構な時間を取られてしまいましたね。早く三人を見つけましょう」

 扉を開き、通路へ出て左に行こうとした時、五月が何者かとぶつかった。風太郎だろうか?

「うえす──っ!?」

違った。大きな槍を持った三角頭の怪物が扉のそばで待ち伏せしていた。寝台の化物との戦いに夢中で接近に気付かなかったのだ。

 三角頭は五月の首を片手で掴んで持ち上げると壁に叩きつけ、そして床に叩きつけた。五月は仰向けに倒れたまま動けなくなったが、まだ意識がある。

「五月!」

 三玖は、追撃を阻止しようと三角頭に向けて拳銃を連射するが、全く応えず怯みすらしなかった。拳銃を連射する三玖をよそに、倒れた五月を見下ろして威嚇している。

「お願い、もうやめて!」

 銃弾が尽きてどうしようもなくなった三玖は、泣きながら懇願した。だが、そうしたところで話が通じる相手ではなかった。

「ぎゃああああああああああああっ!」

 三玖の懇願に答えたのは、五月のけたたましい悲鳴だった。三角頭が五月の右膝を踏み潰したのだ。続いて、左膝も同じように踏みつけて粉々にする。五月の悲鳴が再び鳴り響いた。

 両脚を破壊して五月の身動きを封じた三角頭は、持っていた槍の先を五月に向けて振り上げる。

「やめてええええええええええええ!」

 三玖は、喉が張り裂けんばかりの大声で叫んだ。──が、手遅れだった。叫び終えた頃には、既に五月の胸の中心が貫かれてしまっていた。

「そんな……」

 三玖は絶望し、五月の亡骸をただ見つめている。二乃に続き五月まで……。

 だが、これで終わりではなかった。三角頭の怪物が今度は三玖を仕留めようとこちらへと歩いてきた。三玖は腰が抜けて動けなくなってしまった。自分もここで殺されるのだ。三玖の目からこぼれていた涙の勢いが増していく。

(死にたくない。助けて、誰か……)

 三角頭が三玖を貫こうと槍を振り上げる。

 

「待ちやがれ!」

 風太郎の怒号が鳴り響き、それに続いて銃声がした。ライフルの音だ。

 ライフルの弾が怪物の胸の中心を貫いた。不意を突かれた怪物は体勢を崩して、床に尻を付いて転んだ。

「大丈夫か、三玖!?」

「フータロー……ありがとう」

 風太郎が三玖の手を引き、立たせた。三玖は、五月の死に対する悲嘆と自分が助かったことによる安堵が混じったような表情を浮かべる。

 三角頭が立ち上がろうとした時、風太郎は再びライフルの銃口をそちらへ向けて連射した。

「終わりにしてやるぞ、この悪魔が!」

ライフルの弾が尽きるまで三角頭の胸を打ち続けた。一時は完全に倒れ込んだが、すぐに弾痕から血を流しながらも立ち上がった。しかし、都合が悪くなったのか怪物は去っていった。

「そんな、あれだけ銃弾を打ち込んでも生きているなんて。不死身なのかあいつは!?」

 高威力の弾を何度も食らわしても平然と歩いていた三角頭を見て、風太郎は驚愕した。

「三玖、大丈夫だった!?」

 一花が三玖のそばで駆け寄った。

「うん、フータローのおかげで。でも五月が……」

 五月の亡骸は苦悶に満ちた表情を浮かべていた。

「五月ちゃん……五月ちゃんまで」

 一花はすぐそこに倒れた亡骸を見るなり泣き出し、哀れんだ。

「すまない、五月。あの時にはぐれなければ……もっと早くお前たちを見つけていれば、お前のことも助けてやれただろうに」

 風太郎は合掌して、五月に謝罪の言葉を述べた。

 

「あの、みんな」

 四葉が他の皆に問いかけた。

「みんな、さっきから……いや、ずっと前から変だよ! 上杉さんも一花も三玖も五月も! 一体どうしたの!? この空間のせいでおかしくなっちゃったの!? 今まで黙ってたけど、もう流石に我慢の限界だよ!」

 唐突な四葉の言葉に他の皆は困惑した。

「は? 急に何言ってんだ?」

「一体私たちのどこがおかしいの?」

「フータローも一花も五月も私も、ただ町から脱出するために行動してただけだよ」

「そうじゃない。みんなそろって私を置いて走っていくし、上杉さんに関しては突然何もない所に向かって銃を連射するし狂っているとしか思えないよ! ……いや、ごめん。やっぱ何でもない。狂っているのは私の方かもしれない……」

 今度は急に冷静になって謝りだした。

「えっ……そ、そうか。じゃ、じゃあ先に進もう。これ以上犠牲者が増えないうちに早くレイクビュー・ホテルに行って306号室のテレビを見て、この町から抜け出す答えを掴むんだ」

 風太郎は戸惑いつつも、先へ進もうと指示を出した。

 

 これまでの推理を踏まえると、あの三角頭の怪物の正体はこいつら姉妹の実の父親の妄想の産物で間違いなさそうだ。

 俺は他人の家庭の事情に口出しすることはあまりしたくはないが、今回ばかりはそうもいかない。俺の大事な教え子が二人も犠牲になったんだ。できることならその父親に問い詰めてやりたい。「どうして自分自身の罪から逃げるんだ?」って。

 でも、どこにいるのかがわからない。なら、せめてそいつが生んだ三角頭の怪物に……。話が通じないのはわかってる。それでも!

 俺は、なぜ罪から目を背けてまであいつらを狙うのかという疑問を抱えていた。だが二人の仇を取る……そんなふうに意識してはいなかった。あくまで罪から逃れるわけを知りたいだけだ。

 あの怪物に一方的でもいいから疑問をぶつけてやりたいと思った。それは同時に、自分の教え子を二度も護り損ねたことを、あの怪物のせいにして納得しようとする自分の「闇」である気がした。

 なぜだろう、知りもしないはずの五つ子たちの実の父親の姿に自分自身が重なる。俺もあの父親と同じように逃げているというのか? だとしたら……俺は一体何から?

 

 

「ここはどこだ?……」

 通路から広い場所に出た。踏みしめる地面の感触は土。

 ライトを向けると向こう側で光輪が描かれ、四方を囲む壁の存在が確認できた。光は他にも、土の上に立つ石の群れを照らし出し、それは墓石だった。墓地である。

 埋葬された者の名前が墓石に刻まれている。何気なく周辺を見回していると、よく知った名前を見つけて四人は愕然とした。偶然では済まされない、四つの名前だ。

『Ichika Nakano(なかの いちか)』

『Nino Nakano(なかの にの)』

『Miku Nakano(なかの みく)』

『Itsuki Nakano(なかの いつき)』

 四人の墓石が一緒に並び、一花と三玖の墓穴がぽっかりと口を開いていた。飢えた獣の口のように、埋葬される死者を待ちわびる穴。まるで二人の運命を示しているかのようだ。

 これも中野姉妹の実の父親の仕業だと風太郎は思った。自分の子供の遺体はちゃんと埋葬してやりたいとせめてもの情けをかけたのだろう。しかし、それならどうして四葉の墓が用意されていない? 自分の子供が五人いるのは知っているはずだろう?

 三玖の墓穴には階段がある。次の場所に向かう入口のようだ。あるいは死後の世界に通じているのかもしれないが……。

 一同は恐る恐る三玖の墓穴の階段を下った。この先も通路になっていた。先ほどのような迷路ではなく、まっすぐな廊下である。その先にあった扉を開けると、いきなり冷気が四人の全身を包み込んだ。

 ここは冷凍庫だった。奥の方にまた扉がある。扉を開けると今度は自分たちの通う旭高校の体育館並に広い冷凍倉庫で、解体された無数の食肉が吊るされていた。

 また扉が待ち構えていた。冷凍倉庫を出た先は、霧が立ちこめる外界だった。あれだけ地下深くに降りたはずなのに、地上に戻ってきたようだ。

 これが妄想の世界なら夢と同じで不思議ではなく、そうではなくて現実だとしたらサイレントヒルの異変は空間まで歪めていることになる。

 外は明るくなっていて、ここは船着場だった。さっきの冷凍倉庫はトルーカ湖の対岸に食品を搬送するためにあったのだろう。

 桟橋の板張りを軋ませて歩き、二人乗りのボートを二艇に分かれて漕ぎだした。トルーカ湖を渡ってレイクビュー・ホテルに向かうつもりだ。

 

 

 レイクビュー・ホテルの目の前までやって来た。船着場から湖岸の石段を上り、庭園に入った。霧にしっとりと濡れて鮮やかな緑の芝生、その中に点在する優美な噴水の石像といった風情ある佇まいだ。

 ようやく終着点に辿り着いた。抑えられない胸のざわつきを覚えた。この町の異変の真相を知ることができるという期待。その一方で不安が渦巻いている。歴史資料館にあった手紙の中にある一文。

 

『真相の中には知ってはいけないものが存在する』

 

もしも答えがその類だとしたら……。そのときの落胆が恐ろしくて、早くも気分がふさぎがちになった。

 複雑な思いのままで玄関ホールに足を踏み入れた。煌びやかなシャンデリアの照明は四人を迎えてはくれなかった。ライトを向けて玄関ホールの奥まで探ってみても、内部には従業員や宿泊客がいる気配はまったくなく、濃い闇に満ちているばかりだ。

「ん?」

 ライトの光に一瞬浮かび上がったものが四人の目を惹いた。ライトを戻して再び照らしたそれは、館内の案内図が描かれたプレートだった。プレートに手書きの文字が綴られていた。306号室の箇所だ。

『ここに来い』

 一階のロビーのフロントに306号室の鍵を取りに来た。やはり誰ひとりいないが、経営難でホテルが閉鎖され、廃屋と化した様子ではなかった。埃どころか塵ひとつない掃除のいきとどいた絨毯や喫茶コーナーのテーブルにある飲みかけのコーヒーカップのような、ほんの何日か前までは客で溢れていたであろう形跡がそこかしこに窺える。

 フロントの中に入る。呼び鈴を鳴らしたところで誰も出てこないのなら自ら赴くしかない。フロントのキーボックスから306号室の鍵を拝借した。

 

 306号室の前までやって来た。この部屋に入り、テレビの電源を点ければ求めていた答えがある。鍵を開けて部屋の中に入ろうとすると、一花と三玖と四葉がその場に踏みとどまった。

「ねえ、フータロー君。テレビの映像はフータロー君だけが見て、後で私たちに伝えるっていうことにしてもらえないかな?」

 風太郎は一花の意図を何となく理解していた。彼女たちの実の父親が三角頭の怪物を生み出し、彼女たちを抹殺しようと仕向けた……彼女たちからすれば、自分たちの実の父親がそんなことをするなんて想像するだけでも怖いはずだ。その映像を見ようものならなおさらだ。

「わかった。テレビの映像は俺だけで見ることにする。そこで待っててくれ」

 風太郎は独りで306号室へと入っていった。




クリーチャーの解説
・寝台の化物(ゲームでの名前:アブストラクトダディ)
 四角い板の上に人型の肉塊(正確にはベッドの上でうつ伏せになっている人間と、それに背後から覆い被さっているもう一人の人間)が張り付いているかのような不気味な姿をしている。
 攻撃時には後ろ足で立ち上がり、身体ごとのしかかるような形で体当たりを仕掛けてくる。

・三角頭(追加情報)
①大きな槍を武器として持つ。

②二乃と五月を殺した。

③正体は、中野姉妹の実の父親の妄想の産物?

④中野姉妹を全員殺した後、彼女たちに関わった人間(主に風太郎)も殺そうとしている?


お知らせ
 次の第14話で、ついに真実(一部)が明らかになります。


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第14話 真実

 ついにこの時が来た。俺の目の前にあるテレビを点ければこの異変の謎が解けるんだ。

 ここに来て緊張感が大きく増してきた。どうしてもあの手紙の忠告が気になってしまうんだ。でも、少なくとも三角頭の怪物を生み出した人物が俺たちの身近な存在ではないのは確かだ。

 中野姉妹の実の父親の仕業だと仮定した時、最もしっくりくるからだ。母親のお腹の子が五つ子だと知って姿を消し、その罪から逃れるためにあいつらを始末しようとした。それをあの怪物に任せたということだ。

 

 風太郎は、テレビを点ける前にもう一度三角頭の怪物についての考察を振り返り、自分の身近な人間によるものではないことを改めて確認する。納得のいく説明だった。そうに違いないと風太郎は思った。

 足取りが少し軽くなる。……が、辻褄の合わない点が一つあった。墓地にあった中野姉妹の墓のことだ。あれが死んだ娘たちを埋葬するためのものだとしたら、どうして四葉の墓だけが用意されていなかったのだろうか?

 テレビの横に置かれたリモコンを手に持った。とにかく、テレビを見てみるしかなかった。その中に疑問を解く糸口があると信じて。

 リモコンの電源ボタンを押してテレビを点けた。ニュース番組が流れていたが、突如砂嵐の映像に切り替わり、しばしの砂嵐の後、画面には自分の姿が映し出された。

 風太郎は目を疑った。家庭教師の仕事一日目で、初めて中野姉妹のマンションに行こうとしている自分が映っている。

 

 

『なに君、ストーカー?』

 マンションの場所がわからなかったので仕方なく五月の後をつけていく形で歩いていたところ、五月と一緒にいた二乃に足止めされたシーンだ。今、風太郎はストーカーだと勘違いされているところである。

 

『嫌です。そもそもなぜ同級生のあなたなのですか? この町にはまともな家庭教師は一人もいないのでしょうか?』

『嫌、なんで同級生のあなたなの? この町にはまとも家庭教師は──』

『もー勉強勉強って、せっかく同級生の女の子の部屋に来たのにそれでいいの?』

 なかなか顔を出さない四葉以外の姉妹たちを連れて行こうと各々の部屋に赴いた時の映像だ。五月、三玖、二乃、一花の順に部屋を訪ねたが、五月と三玖には拒絶されてしまった。二乃はそもそも部屋にはおらず、一花は風太郎をからかって楽しんでいる様子だ。

 

『私の体操服が無くなったの。まさか……』

 一花の部屋を訪れた後、三玖から体操服を奪われたという濡れ衣を着せられたシーンだ。幸い、すぐに誤解は解けたが……。

 

『ばいばーい』

 二乃が風太郎に水を差し入れしたシーンだ。一瞬気が利く奴だと思ったが、その水の中には睡眠薬が入っていて、眠らされてしまった。二乃は風太郎を追い出すためにその手を使ったのだ。ちなみに、後日改めてマンションを訪れた時もこの件については反省していない様子だった。

 少し苛々してきた。昔の事とはいえ、映像で改めて見ると流石に腹が立ってくる。

 

『逃げろ!』

 家庭教師二日目、風太郎は五人にテストを解かせた。自身の負担を減らそうと、合格ラインを下回った者だけを相手にすると考えたのだが、結果は全員不合格。そして、二乃の合図とともに五人そろって逃げていく始末だ。

 

『この写真は上杉被告で間違いありませんね』

 ある日、風太郎がマンションに財布を忘れて取りに来た時のことだった。風呂上がりでバスタオル姿の二乃と鉢合わせしてしまい、被告人として裁判にかけられているところだ。裁判長は一花、検察官が五月、弁護士は三玖、そして原告人は二乃だ。

 風太郎の苛々が増す。睡眠薬を盛った二乃は何も咎められなかったのに……。なんで俺だけ?

 

『赤点を取ればクビね。いいこと聞いちゃった』

 ある時、雇い主である中野姉妹の父親から「五人の赤点を回避できなければ、家庭教師を辞めてもらう」というノルマを課せられた。それが不幸にも二乃に知られてしまった。

 できることならこんな仕事なんて辞めたかった。どうせ歓迎されないのなら……。だが、風太郎の家庭は貧しくて借金を負っておりそうもいかなかった。でも、自分は雇われている立場であるため、下手に行動するとかえって家庭教師の立場が危うくなる可能性があった。

 

『あんたなんて来なければよかったのに』

 二乃と五月が喧嘩をして家出した頃の映像だ。二乃はホテルで泊まっていて、連れ戻そうとそこへ訪れたが説得に失敗し、追い返されてしまった。

 風太郎は納得できなかった。なぜ、彼女たちが勝手に始めた喧嘩を自分のせいにされなくてはならないのか。自分は家庭教師として彼女たちをサポートしようとしに来ただけなのに。お金儲けが一番の動機だが……。

 

 風太郎の苛々が限界まで高まってきた──その時だった。風太郎の苛々に反応するかのように、テレビの映像の中の自分の胸の中心辺りが光りだした。

 神のような神々しいものでもなく、幸せを象徴する煌びやかなものでもない。邪悪だ。どす黒い光が映像の中の風太郎の胸の中で不気味に輝いている。

 そして突然、暗黒の光だけを取り残して画面が暗転した。暗転した画面の中で、光が少しずつ姿を変えていく。

 人型だろうか? 下の方から段々と形が作られていく。そして、ついに全貌が明らかとなった。

 

 

 

 

 

 

  風太郎や中野姉妹に幾度となく襲い掛かり、二乃と五月を殺して自分たちを絶望へと追いやった、三角頭の怪物だった。

 

 

 床に跪き、風太郎は叫ぶように呻いた。耐えられない現実だった。知ってはいけなかった。いや、知らなければならないが知りたくなかった。

 背後でドアが開く音など耳に入らなかった。

「フータロー君?」

一花に声をかけられたのにも気づかず、悲嘆に暮れていた。一花は風太郎の後ろから話しかける。

「ごめんね、なかなか出てこなかったから気になったんだ」

 そばに寄ってきて、風太郎の顔をキョトンと見つめた。

「フータロー君……泣いてるの? まさか、あの手紙にあった知ってはいけない真相を見て?」

「お前たちに謝らなければならない」

「え?」

「二乃と五月は……俺が殺したんだ」

 一花がまじまじと風太郎を見つめる。そして、泣きながら風太郎の頬を平手打ちした。

「ばか! なんでそんなことしたの! 人殺し! 返して、二乃と五月ちゃんを返してよ! あの時のこと、まだ恨んでたの!? 二人とも心を入れ替えて、フータロー君に付いて来たっていうのに……」

 一花の声が次第に小さくなっていく。少しの間硬直した後、部屋の出口に向かって走りドアを開けた。涙ぐんだ目で風太郎を睨みつけ、出ていった。

「一花、ごめんよ……」

 取り残された部屋で風太郎はつぶやいた。共に泣いてくれた一花をありがたく思った。

 できれば一花と三玖、四葉にすべてを打ち明けたい。けれど、理解してもらえないだろう。仲良しでずっと一緒だった姉妹のことだ。よけい傷つけるだけだ。

 

 

 

「みんな早く次の場所に向かおう」

 部屋を後にした一花は三玖と四葉にそう言い、足早に去っていく。

「ちょ、ちょっと待ってよ。次の場所ってどこ? それに上杉さんは?」

 四葉が慌てて質問する。だが、一花はそれに答えようとせずひたすら歩いていく。三玖と四葉は走り出し、一花を追いかけた。

「待って、一花。フータローがどうかしたの? 人殺しとか聞こえてきたけど……」

 一花に追いつき三玖が問いかけた。

「フータロー君は……」

 一花は、風太郎が二乃と五月を殺した犯人だと訴えようとした。だが、途中で声が途切れた。

 思うところがあるのだ。さっきはつい取り乱してしまったが、風太郎はそんなことをする人間ではないはずだと。そもそも、二乃はどうかは知らないが、五月に関しては三角頭の怪物が手に掛けたところを見ている。

 もしや、三角頭の怪物を生み出したのは実は風太郎だったのか? でも、そうだとしてもそれは風太郎だけが悪いと言えるだろうか? 風太郎の心に闇を募らせた者、いわゆる「苦悩の根源」のせいでもあるのではないだろうか?

 

「一花!」

 四葉がなにやら深刻な様子で呼びかけた。

「三玖がどこかに行っちゃったの」

 辺りを見回すと、ついさっきまで共に話していた三玖の姿が消えていた。

「どこ行っちゃったの? とにかく近いところから探そう!」

 

 

 

「どこ、ここ……」

 ついさっきまで一花と四葉と一緒に行動してたのに、気づいたらどこか知らないところに飛ばされてた。ここがレイクビュー・ホテルなのは間違いない。……だけど、まるで廃墟みたいな景色に豹変していた。

 とにかく一花と四葉、フータローを見つけなくてはならない。私は変わり果てたホテルの廊下を歩いていく。

 廊下の曲がり角から足音が聞こえてきた。一花たちではないかと思い、その音に向かって走った。

「一花、四葉、フータロー! ──っ!?」

 違った。三角頭の怪物だった。そんな、ここまで追いかけてくるなんて……。私は逆方向に向かって走り出した。あいつに捕まったら確実に殺される。

 何かおかしかった。その怪物の服装には二乃や五月のものであろう返り血が付いていなかった。新しく生まれたの?

 怪物から逃げていると、その先の方からも足音が聞こえてくる。

 最悪だ。反対側からも三角頭の怪物が現れた。私は二体の悪魔に挟まれてしまった。

 

 嫌だ。誰か助けて……。

 一花、四葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フータロー。




 次回、本ストーリーについての解説を後書きに記載します。


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第15話 己の弱さと向き合うための戦い

 306号室で一人だけ取り残された風太郎。彼は今も悲嘆に暮れて項垂れている。

その時、部屋の外から聞き慣れた声が聞こえてくる。

「一花、四葉、フータロー! 助けて!」

風太郎はハッとした。聞き違いではない。明らかに三玖の声だった。

 風太郎はすぐに立ち上がり、部屋を出ていった。また犠牲者が増えようとしている。これ以上誰かが死ぬところなんて見たくなかった。

 

 306号室を出て、風太郎は竦んだ。豹変した景色──。ホテルの館内が、荒廃の様相を呈している。亀裂が入って剥落した壁の漆喰、うっすらと土埃に覆われた廊下、蜘蛛の巣が張った天井、裏庭に面した窓は濁ったように曇り、割れた箇所もあった。ほんのしばらく部屋にいた間に……。

 また、三玖の声が聞こえてくる。

「私はここだよ!」

風太郎は微かな希望を見出した。三玖はまだ生きている。このホテルのどこかで。

 館内に進み行くごとにホテルの荒廃が増していく。あたかも、自分の荒らんだ心の奥底へ潜るかのような下降感。闇が濃さを増し、ライトに照らされる廊下が色褪せていく。

 空気が重く、息苦しかった。ねっとりとした圧迫感が風太郎を押し返してくる。これ以上の侵入を拒むかのように。

 狂気を帯び始めた館内は、空間すら歪んでしまったようだ。西棟で二階から一階に降りようとすると、なぜか東棟の三階の廊下に迷い込んでいて……その異常な空間移動にしばしば見舞われた。風太郎の前進を妨害しているとしか思えない。

 三角頭の怪物を生み出した犯人はもうわかった。だが、全ての謎が解けたわけではない。

 

 誰の意志だ? この混沌を生み出すのは? 何をそんなに恐れているんだ?

 

 階段を降りて階下に向かおうとするが、その度に不可解な空間移動に遭う。エレベーターならどうだろうか? エレベーターを使い、地下へと向かった。

 地下に着いてエレベーターの扉が開くと、腰の高さまで浸水を受けていた。でたらめな異変ぶりである。水浸しの迷路を脱する出口を求めて広いフロアのバーに入り、厨房を通り抜け、ホテルの裏口に通じる通路に出た。ボイラー室や倉庫が並ぶ通路を行き着いた先に非常階段があって、そこを昇れば東棟の一階に戻れるはずである。空間移動が起こらなければの話だが。

 扉を開けると階段があった。廊下とは様子が全く違っていた。踊り場には浸水の形跡すらなく、からからに乾いていた。廊下の浸水は幻影だったのだろうか? 己の虚ろな心の現れか? 風太郎は瓦礫の散らばる階段を踏みしめ、東棟の一階に上がった。

 曲がりくねった廊下に並ぶ部屋の扉は、どれも朽ちた様子で歪み、開けることができなかった。行ける場所にいくしかない。行き着く場所へ。心の奥の、行き止まりまで……。

 また声が聞こえてきた。今度は一花と三玖、それに死んだはずの二乃と五月の声まで。一花、二乃、三玖、五月の順に声が響いた。

「なんでお節介焼いてくれるの?」

「あんたなんて来なければよかったのに」

「なんで同級生のあなたなの?」

「あなたからは絶対に教わりません」

 風太郎を突き放す言葉だった。

 

 そうだ、俺はあいつらに必要とされていなかったんだ。金儲けのことばかり考えて、あいつらの気持ちなんて考えていなかった。あいつらにとって、俺はお荷物でしかなかったんだ。

 

 四人の声が、先ほどと同じ順番で響いてくる。だが、風太郎を突き放す言葉ではなかった。

「あなたが先生でよかった。あなたの生徒でよかった」

「私のことをもっと知ってほしい。私がどれだけフータローを好きなのかちゃんと知ってほしいの」

「今度こそ私たちはできる。フータローとならできるよ」

「あなたは……私たちに必要です」

 

 いや、違う! 勝手な思い込みをしてるだけだ! 確かに最初は俺のことを拒絶しているようだった。でも、みんな心を入れ替えて俺に付いてきてくれたじゃないか! それなのに、俺は……。 

 

 借金返済のために引き受けた五つ子の家庭教師の仕事。それは風太郎にとって苦痛でしかなかった。勉強を教えに来る度に反抗され、拒絶され、邪険に扱われて……お金を得るどころか逆に失ってしまったのだ。貧乏な暮らしの中でも決して壊れなかった心を、誰かに必要とされるはずの自分の存在意義を。

『あんたなんて来なければよかったのに』

 この二乃の言葉が決め手となった。誰かに必要とされたくて、最初は金儲けのことばかりだった思考を改め、全力で彼女たちに向き合っていくと決意した。だからこそ、この言葉が応えたのだった。存在意義がすっかりなくなった気がした。どうしたら彼女たちに必要とされるのか、彼女たちから頼られる存在になれるのかを気にしていた。

 その一方で、風太郎の心の中で自分でも気づかぬうちに闇が芽生えていた。

 

 そもそも、俺は金を稼ぐことで家族の負担を軽くしてやりたかっただけた。家族を救うという至極真っ当な目的を果たすために家庭教師の仕事を引き受けただけだ。

 それなのに、どうしてこんな思いをしなければならないんだ!? あんな頭も人間性も出来の悪い奴らにはもう付き合えん! 

 でも、家庭教師を辞めてしまえば今以上に金を稼ぐ手段は無くなってしまうだろう。らいはや親父につらい思いをさせるだけに違いない。

 そうだ、俺が消えるんじゃなくてあいつらが消えればいいんだ! そうすれば、俺が家庭教師を辞めたとしても納得してくれるはずだ。頭が悪くて人の心を蝕むような奴らの方が不要な人間に決まってる!

 誰か……俺を救ってくれ。俺の心をズタズタにした罪深い奴らを罰してくれ……。

 

 風太郎は耐えられなかった。心が醜く衰えていく自分自身の有様に。誰かに必要とされるという信念を持つ彼が誰からも必要とされないのであれば、そこに残るのは抜け殻の肉体だけだ。

 だから風太郎は……自分自身をこれ以上見失うのが嫌で、これ以上苦しみたくなくて、悪魔を生んだのだ。自分の代わりに彼女たちを始末してくれる悪魔を……。

 みんなが勉強会に積極的に取り組むようになったことで、苦悩は解決されたように見えた。でも違った。解決したのではなく、押し殺していただけだったのだ。自分のことを信じようとする彼女たちの姿勢も無視して。いつまでも根に持って……。

 

 

 

 廊下の突き当たりにあった扉は開き、不自然な廊下が延びていた。床が金網だけで出来た廊下だ。床下から這い上がってくる吸盤の化物を、もはや恐怖さえ潰えた心で淡々と撃ち落としていった。地下の倉庫で見つけた弾丸を浪費して。

 廊下の先に現れた部屋の、そのまた奥にあった扉の前に立つ。圧迫感を覚えた。鉄鋼の扉の向こうから、これまでにない強い抵抗を感じる。侵入されるのを嫌う気配だ。

 意を決して扉を開いた。一階のロビーが眼前に広がった。だが、見知った風景ではなかった。宿泊客が憩う応接テーブルやソファーも、喫茶コーナーもフロントすらない。だだっ広い監獄めいた空間だ。唯一残った部屋の中央にある大階段だけが、ここがロビーであることを主張していた。

 大階段の上に女の姿があった。あれは三玖だ! 倒れた彼女の傍らには処刑人がいた。巨大な槍を構えた男……三角頭だった。風太郎たちが太刀打ちできなかった相手が二人も並んでいた。公開処刑をするつもりだ。

「フータロー! 助けて!」

 三玖が叫んだ。必死に助けを求めている。風太郎がここに辿り着くまでの間に暴行を受けていたと言わんばかりに、涙にまみれた三玖の顔は痣だらけになって醜く腫れていた。

 怪物が殺すところを見せつけようとしている。たった一人の見物人に対して。

 風太郎が悲嘆の声で言った。

「やめろ……もう、やめてくれ。何度も俺を苦しめないでくれ」

 だが、三角頭たちはそれに答えようとはしてくれなかった。二乃と五月の返り血を浴びた方の怪物が三玖の頭を鷲掴みして持ち上げ、もう一体の怪物が三玖の背後まで移動した。

「頼む、やめてくれ、お願いだから。これ以上、俺の勝手な願いで誰かが犠牲になるのは見たくないんだ……」

 風太郎は再び懇願するが無駄だった。三玖の背後にいた三角頭が槍の先を彼女の後頭部に向ける。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 風太郎は大声で叫んだ。もう遅かった。槍は三玖の頭を貫き、先端が彼女の口の中から飛び出していた。

「うわああああああああああああああああああっ!」

 風太郎は床に崩れ落ち、絶叫した。悶え苦しんでいるのだ。自分の願いによって大切な教え子──いや、パートナーを三人も犠牲にしてしまったという事実に……。

 

 二人の処刑人が彼を凝視している。いつの間にか風太郎を両側から挟むように立っていた。次の罪人を処刑するために。

 三玖を殺した方の三角頭が風太郎を貫こうと近寄った。その時、風太郎がつぶやくように二人の怪物に語りかけた。

「俺は弱かった。家庭の環境や自分の立場を言い訳にしてばかりで、自分の心の闇と向き合うことができなかった。そして、自分のせいであいつらが死んだことを認めたはいいものの、どうやって罪を償えばいいのかわからなかった。

 だからお前たちの存在を望んだんだ。俺の苦悩の根源を消してくれる誰かを必要として……。俺を罰してくれる誰かを必要として……。

 でも、もういらないんだ。自分のことは自分で決着をつける」

 拳銃を取り出して立ち上がる。何かを悟った表情を浮かべ、三角頭の怪物に向けて銃を発砲した。

 

 

 

 

 

 今やっとわかったんだ。

 混沌としてでたらめな町の異変のわけが。行く手を阻む化物たちの存在理由が。三角頭の怪物の目的と正体が。

 それが誰の意志によるものであるのかを……。

 いや、とっくの前からわかっていた。少なくとも、病院で入院患者の記録を目にした時には……。

 認めたくなかっただけだ。希望にすがり、現実を忘れたいと願って。ある時は、「二乃たちを殺したのはあくまであいつだ」と俺の罪をあの怪物に押しつけて。ある時は、「あの怪物を生み出したのは、他の誰かだ」と他人に濡れ衣を着せてまで……。

 すべてが俺の創り出したものではない。けれど、サイレントヒルに自らの意志で手を貸した。いわば共犯者だ。だからこそ、招かれたのだ。この町に、あいつら姉妹と共に。約一年という長い月日を経て。挙句の果てに、俺まで閉じ込めてあいつらの死に様を無理矢理見せつけようとした。

 くねくねする化物は「拘束」を、吸盤の化物は「承認欲求」を、三角頭の怪物は「断罪」を元にして、俺が無意識のうちに生み出してしまった存在……俺の心の暗い部分だ。

 俺の妄想を現実のものとしたのは、サイレントヒルに渦巻く力だ。不可解な暗黒の力が、俺の無意識にあった妄想を自分のものとして取り込み、この町に出現させた。

 が、純粋に物理的な存在ではない。生み出した本人、似たような闇を持つ者、その闇の矛先を向けられた者だけがサイレントヒルの暗黒に同調し、目に見える。個人個人で心の闇の種類が異なるから、俺や五つ子たちが同じ化物を見ているとは限らない。吸盤の化物が俺にしか見えていなかったのがいい例だ。俺の承認欲求は「俺」を知らない奴らに向けたもので、五つ子たちは既に俺のことを認めていたから見えなかったんだ。たぶん、逆に俺には見えなくてあいつらにしか見えない化物だっているだろう。

 やっと理解できたよ。ずっと不思議でならなかった四葉のことが。なぜ俺たちが三角頭の怪物に恐怖している中、一人だけよそよそしかったのか。刑務所の地下迷路の探索中、なぜあんなことを口走ったのか。

 四葉には三角頭の怪物が見えていなかったんだ。俺の最大の闇の矛先が向いていなかったから。いや、正確には最初は向いていたかもしれないが、いつの間にか外れていたと言うべきか。

 四葉だけは、他の四人と違い初めから勉強会に参加してくれていた。それだけでなく、俺はその他の面でもあいつに助けられてきた。お節介というほどに……。気がつけば、四葉だけが俺の心を癒してくれる存在になっていたんだ。一番頭が悪いけど、素直で献身的で、俺はそんな四葉の虜になっていた。だから俺は四葉に矛先を向けるのをやめたんだ。

 ……いや、噓だ! 四葉だけじゃない! 他の四人だって同じはずだ! 俺は他の四人を信じることから逃げていただけだ! プライドを傷つけられたことをいつまでも根に持って、あいつらのことを理解してやろうとしなかったんだ。あいつらだって最終的には四葉と同じように俺に付いてきてくれたのに、俺はそいつらを信じることを放棄した。その結果、この惨劇が起きてしまったんだ。

 ごめんよ。一花、二乃、三玖、四葉、五月。自分の教え子のことすら信じることができない俺がお前たちの家庭教師で……。

 ごめんよ。一花、四葉。俺の勝手な思い込みで、お前たちの大好きな姉妹を三人も犠牲にしてしまって……。

 これだけは言わせてほしい……。俺は、お前たち全員に感謝している。お前たちがいなければ、俺は勉強以外に何も見えない人間のまま成長できなかっただろう。

 俺を救ってくれてありがとう。

 

 

 

 

 大好きだ、みんな……。

 

 

 

 

 

 

 

 風太郎は二人の三角頭に銃弾を浴びせ続けた。自分の尻は自分で拭く。始末しなければならない。自分が生み出した悪魔を、きれいさっぱりと。

 銃弾の残りなど念頭になかった。今ある銃弾を全てぶち込むだけだ。勝算などありはしない。ライフルの連射ですらくたばらなかった怪物だ。倒せなくてもいいと諦めていた。倒すことよりも、倒そうという気持ちが大事だと感じていた。それで少しは腰抜けの烙印を免れる。たとえ返り討ちにされようとも。

 心なしか、三角頭の動きが鈍い。もとから鈍重な奴ではあったが、振り回す巨大な槍がいかにも重たそうだ。二人がかりですら風太郎を追い詰めることができずにいる。

 妄想の産物ゆえに、風太郎の心のありようが、三角頭の動きに影響を及ぼしているのかもしれなかった。それまでは、風太郎の心の闇が怪物を屈強にしていた。心のどこかで彼女たちの死を望むことが、怪物にパワーを与えていた。それが消えた今、三角頭はクネクネやマネキン程度の雑魚に成り下がっていた。

 だが、桁外れの頑丈さは相変わらずだ。拳銃程度の威力では、多少怯みはするものの膝を屈することはなかった。

 

 戦いの幕が降りた。銃弾が尽きたのだ。

「これまでか……」

 風太郎は苦笑いをした。巨大な槍の前に躊躇いもなく身を晒す。鋭い穂先を見つめ、目を反らしもしない。

「殺るなら殺れ、さあ!」

 

 三角頭の動きが止まった。突然襲うのを止めて自ら三角錐の兜を持ち上げ、その猛々しい槍を喉に突き入れた。槍が柱となった格好で、彼らは立ったまま微動だにしない。

 風太郎は眉をひそめ、怪物に接近して様子を伺った。拳で触れてみると岩のような感触があった。怪物は石像のようになり、それはもはや悪夢の残骸だった。

 

 まるで呼応するかのように、町を囲んでいた壁が消えた……。




 ストーリー全体の解説を記載しています。化物の存在理由、町の異変、三角頭の正体のヒントについて説明します。


 まずは、化物の存在理由についてです。この項目については、クリーチャーの最後の解説も兼ねて説明していきます。

・クネクネ
 風太郎の、五つ子に対する「意地でも勉強させたい」という『拘束』の精神が元となって誕生した。

・マネキン
 二乃から告白をされたことで生じた、風太郎の『恋の悩み』が元となっている。

・ナース
 風太郎や五つ子の、事故または病気により亡くなった自分の母親と看護婦のイメージが融合した存在。

・ぶら下がりの化物
 風太郎や五つ子が抱く、病床での母親の姿の象徴。

・吸盤の化物
 風太郎の、「自分のことを理解してほしい」という『承認欲求』が具現化したもの。
 五つ子には見えなかったのは、彼女たちは風太郎のことを既に認めていたからである。

・寝台の化物
 五つ子の、実の父親に対する嫌悪の感情が具現化したもの。
 ちなみに、ゲーム名の「アブストラクトダディ」を翻訳すると、「理想的な父親」となる。
 なお、吸盤の化物とは正反対で、五つ子だけに見えていて風太郎には見えない。
 戦場となった部屋は、五つ子とその母親がかつて住んでいたアパートの部屋がモチーフになっている。

・三角頭A
 第6話で初登場し、二乃と五月を殺した方の三角頭。風太郎の、「自分を苦しめる存在(四葉を除く五つ子)を罰してほしい」という『断罪』の精神を元にして誕生した、かつてのサイレントヒルに存在した死刑執行人。対象外の四葉には見えていない。
 第15話で風太郎を狙うようになったのは、風太郎が自分の意志により二乃と五月を殺した(間接的ではあるが)ことを認め、苦悩の根源が「彼女たちから風太郎自身へ」と変わったから。

・三角頭B
 第14話で初登場し、三玖を殺した方の三角頭。自分の願いで二乃と五月が死んだことを自覚した風太郎が、「自分を罰してほしい」と願うことで誕生した。
 風太郎のみが殺害対象であるが、三玖を殺したのは、これまで自分の罪から逃げていた風太郎に対して罪の意識を持たせるためである。
 最期は、生み出した本人である風太郎から「もういらない」と告げられたことで存在意義を無くし、三角頭Aと共に喉を槍で突き刺して自殺した。


 次に町の異変についてです。箇条書きで示します。
・町を囲む巨大壁は、風太郎の「心の闇を蓄えるもの」の象徴である

・謎の空間移動は、真実を「知りたい」という想いと「知りたくない」という想いが葛藤した風太郎の心理を意味する


 最後に三角頭の正体が風太郎の妄想の産物であることの伏線について紹介します。
・第7話や第13話で、二乃や五月が三角頭を風太郎と見間違えるシーンがある。→三角頭と風太郎の体格が似ている。

・三角頭が他のクリーチャーを無差別に殺害する。→風太郎が八つ当たりでクリーチャーに攻撃していたシーン(第7話、第8話)と重なる。

・五つ子の銃撃は全く効かないが、風太郎の銃撃にだけは怯む。(第13話で三玖が三角頭に向けて発砲した時は怯みすらしなかったが、第10話で風太郎が発砲した時は怯んでいる)


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第五章 行き着く場所
END1 罪と共に


 ついにエンディングです。エンディングは全部で3つあります。


「ここは……」

 ついさっきまでロビーで二体の三角頭の怪物と戦っていたんだが……気がつくと、レイクビュー・ホテルの玄関前にいた。

 そうか、俺は勝ったんだ。だから今、ここにいる。

 

 風太郎は何気なくアメリカの観光地の一覧が載ったサイトを覗いた。修学旅行前、観光地探しの時に使ったサイトだ。

「やっぱりそうだったか」

 そのサイトからサイレントヒルの項目だけが消えていた。いや、始めからそんなものは無かった。思った通りだ、あれは風太郎たちをこの町に招くための幻だったのだ。

 

「もうここに用は無いな……」

 ボソッと呟き、風太郎はトルーカ湖のすぐ前に立つ。そして、携帯電話を取り出して一花と四葉にメールを送った。

『町を囲っていた壁は消えた。たぶん化物ももういない。早く宿泊先のホテルに帰れ。お前たちの居場所はわからなかったから一人で向かっているところだ』

 修学旅行の宿泊先のホテルに早く戻るように伝えた。とっくに日にちが変わってしまって、どのみち先生からはこっぴどく叱られることに変わりはないが、少しでも早く帰るに越したことはない。

 だが、風太郎は嘘をついている。風太郎はホテルに帰るつもりはない。行くべき場所が他にあるのだ。罪深い存在として……。

 けれど、いざとなるとなかなか、あと一歩を踏み出すことができない。三角頭に勝利して決心がついたつもりだったが、そう簡単には勇気がわいてこなかった。

 しかし、ふと思った。二乃と三玖、五月は、彼女たちからすれば得体の知れない怪物に殺されたのだ。とても怖かったに違いない。息の根を止められた顔がどれも戦慄に満ちていたのが何よりの証拠だ。

 

 そうだ、あいつらの方がずっと怖かったはずだ。それに比べれば……。一体俺は何を怖れていたんだろう。自らの意志で大切な人を失うこと以上に怖いことなんて、この世にありはしないのに……。

 やっと決心できたよ。最初からこうすればよかったんだ。

 

 風太郎は行くべき場所へのあと一歩を踏み出した。微笑みながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フータロー君! どこにいるの!?

 上杉さん! いたら返事して下さい!

 

 

 一花と四葉の声が聞こえた気がした。どうやら俺のことを探し回っているみたいだ。だが、俺はもう戻らない。

(一花、四葉。お前たちなら、俺がいなくたってできるはずだ。自分を信じるんだ。

 二乃、三玖、五月。俺が言うのも何だが、お前たちは天国で幸せに暮らしてろよな)

 碧色に濁った視界を黒く染めながら、俺は五人への最後の言葉を心の中で唱えた。



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END2 四葉と共に

このエンディングをトゥルーエンドとします。


「ここは……」

 ついさっきまでロビーで二体の三角頭の怪物と戦っていたんだが……気がつくと、レイクビュー・ホテルの玄関前にいた。

 そうか、俺は勝ったんだ。だから今、ここにいる。

 

 風太郎は何気なくアメリカの観光地の一覧が載ったサイトを覗いた。修学旅行前、観光地探しの時に使ったサイトだ。

「やっぱりそうだったか」

 そのサイトからサイレントヒルの項目だけが消えていた。いや、始めからそんなものは無かった。思った通りだ、あれは風太郎たちをこの町に招くための幻だったのだ。

 

「もうここに用は無いな……」

 ボソッと呟き、風太郎はトルーカ湖のすぐ前に立つ。そして、携帯電話を取り出して一花と四葉にメールを送った。

『町を囲っていた壁は消えた。たぶん化物ももういない。早く宿泊先のホテルに帰れ。お前たちの居場所はわからなかったから一人で向かっているところだ』

 修学旅行の宿泊先のホテルに早く戻るように伝えた。とっくに日にちが変わってしまって、どのみち先生からはこっぴどく叱られることに変わりはないが、少しでも早く帰るに越したことはない。

 だが、風太郎は嘘をついている。風太郎はホテルに帰るつもりはない。行くべき場所が他にあるのだ。罪深い存在として……。

 けれど、いざとなるとなかなか、あと一歩を踏み出すことができない。三角頭に勝利して決心がついたつもりだったが、そう簡単には勇気がわいてこなかった。

 しかし、ふと思った。二乃と三玖、五月は、彼女たちからすれば得体の知れない怪物に殺されたのだ。とても怖かったに違いない。息の根を止められた顔がどれも戦慄に満ちていたのが何よりの証拠だ。

 

 そうだ、あいつらの方がずっと怖かったはずだ。それに比べれば……。一体俺は何を怖れていたんだろう。自らの意志で大切な人を失うこと以上に怖いことなんて、この世にありはしないのに……。

 やっと決心できたよ。最初からこうすればよかったんだ。

 

 風太郎は行くべき場所へのあと一歩を踏み出そうとした。

「フー君」

「フータロー」

「上杉君」

 聞き慣れた声が三人分聞こえてきて風太郎は後ろを振り向いた。すると、そこには三角頭に殺られたはずの二乃と三玖、五月が並んで立っていた。

「お前たち……何でここに? 死んだはずじゃ……」

「ええ、間違いなく私たちは死にました。でも、あなたが私たちに会いたいと望んだからここにいるんですよ。といっても、幻ですけどね」

 風太郎は三人を見つめながら呆然として立ち尽くしていた。しばしの沈黙の後、風太郎が口を開いた。

「二乃、三玖、五月……すまない。俺は誰かに必要とされる人間になりたかった。小学生の頃、とある女の子と交わした約束の一つだ。だけど、俺はお前たちから拒絶されて存在意義を無くし、自分自身を見失ってしまった時があった。それが苦しくて耐えられなかったんだ。心を入れ替えて俺に付いてきてくれたというのに、ずっと根に持ってお前たちのことを信用してやろうとしなかった。お前たちのことを憎んでいたんだ。消えてしまえばいいのにとさえ思った」

 風太郎は自分がこれまでに抱えていた感情を吐露した。その直後、激しくかぶりを振って否定した。

「いや、違う! 逆恨みしてただけだ。五月と初めて会った頃、お前を怒らせるような発言をしなければよかったんだ。それだけじゃない、俺が家庭教師としてお前たちの下に来ることを拒否された時点で潔く諦めればよかっただけのことだ。お前たちが望んでもいないのに、俺は無理矢理お前たちの居場所に足を踏み入れた。俺は金稼ぎのことしか考えていなかったんだ。拒絶されて当然だ。お前たちは何も悪くないのに、俺は……」

 風太郎の目から涙がこぼれる。

 二乃も涙を流しながら話した。

「フー君……ごめんね。フー君は家族や私たち姉妹を支えようとしてあげたかっただけなのに、私は何度もフー君にきつく当たってしまった。恨まれて当然よ。だから私は裁かれたんだわ」

「やめてくれ、謝らないでくれ」

 二乃の謝罪に対して、風太郎は拒絶した。自分の罪が肯定されることを怖がっているのだ。

「俺が謝ってもらう義理は無い。俺はお前たちの死を望んだ悪魔なんだ。あの怪物と同類だ」

「違うよ、フータロー」

 今度は三玖が語りかける。

「私が殺される間際に言ってたよね。『何度も俺を苦しめないでくれ』って。フータローは私たちが死んだことで苦しんでる。それで充分だよ」

 三玖に続いて五月が話す。

「自分を責めないでください。私たちはあなたを困らせた罪人です。そんな私たちを見かねた神様が天罰を下しただけですよ」

 風太郎の涙の勢いが増した。三人は穏やかに風太郎のことを見つめている。

「フー君。私はあんたのことを恨んでなんかいない。むしろ、私が恨まれるべきだわ。でも、フー君がどれだけ私のことを恨んでいようと私の気持ちはずっと変わらない。好きよ」

 最後の告白の後、二乃の姿が透けていき、やがて消えた。

「フータローが私の家庭教師でよかった。私に自信を持つことを教えてくれてありがとう。勉強を教えてくれてありがとう。そして……素敵な恋を教えてくれてありがとう。私はフータローが好き」

 三玖も思いを告げた後、姿を消した。

「上杉君。本音を言うと、あなたは私の理想とする教師像からかけ離れすぎています。でも、あなたがいたから……あなたが私たちの家庭教師を引き受けてくれたから、私たちは変わることができたんです。勉強の面においても、人としても。あなたでなければ、きっと私たちは成長できなかったでしょう。つまり上杉君……君だって私の理想なんだよ。最後にそれだけ聞いてほしかったの」

 五月の姿が消えていく。

「ありがとう、上杉君……」

 五月の姿が完全に消えた。

「お前たちだけじゃない。俺だって、お前たちと出会ったことで変わることができたんだ。ありがとう、俺を必要としてくれて……。俺を救ってくれて……」

 風太郎は天を見上げ、もういなくなった三人に向けて感謝の言葉を述べた。

 

 ……そうだ。あいつらは俺のことをずっと信用してくれていたんだ。だから俺が二度も家庭教師を辞めることにしようとした時、あいつらはそれを引き留めてくれたんだ。

 

「フータロー君!」

「上杉さん!」

 一花と四葉が駆けつけて来た。

「お前ら、まだここにいたのか」

「三玖がいなくなっちゃったの。見かけなかった?」

「一花、三玖は……」

 風太郎は深刻な表情を浮かべた。

「そっか、三玖まで……」

 一花と四葉はその意味をすぐに察した。目尻に涙が溜まる。

「そんな、三玖もやられちゃったんですか……?」

「すまない、俺のせいだ……」

「え、それってどういうことですか?」

「俺があいつらを消してくれと願ったんだ。それを怪物が叶えたんだよ」

 四葉は啞然とした。まさか自分の姉妹の死に風太郎が関わっていたなんて……。

「どうして……どうしてそんなことを!」

怒りの口調で風太郎を責めた。泣きながら風太郎を睨んでいる。

「待って、四葉」

 一花が四葉を制止した。

「フータロー君は傷ついていたんだよ。私たちに反抗されて、特に二乃からはきつく当たられて……。それで心を病んで、無意識に願ったんだよ。私たちが反抗しなければ……フータロー君の心の闇に気づいてあげられればよかったんだ。私たちの責任だよ」

 この惨劇の真相をある程度知っている一花は、風太郎を何度も困らせ、彼の心の闇に気づいてやれなかった自分たちに責任があると、風太郎を擁護した。

「上杉さん……私にも説明してくれませんか?」

 風太郎は真実を改めて伝えた。ホテルの306号室で見た映像のこと、四葉だけに見えていなかった三角頭の怪物のこと、姉妹たちの死を望んだわけを。

「そういうことでしたか……ごめんなさい。上杉さんのことを何も知らずに責めてしまって」

「いや、お前は何も間違ってねえよ。大事な姉妹の死に関わっているんだから、当然の反応だ」

 四葉は納得した様子だ。怒りのこもった表情はもう見られない。

「ねえ、フータロー君。もしかして、湖に飛び込もうとしてたでしょ?」

「……ああ。相変わらず勘がいいな」

「気持ちはわかるけど、それだけはやめてほしい。私はもっとフータロー君から教わりたい! フータロー君じゃなきゃだめなの」

「私も、もっと上杉さんから勉強を教えてもらいたいです! 二乃と三玖、五月の分も……」

「お前ら……」

 風太郎はやっと気づくことができた。自分がすべきことは自ら命を絶つことではない。一花と四葉が自分を必要としてくれる限り、彼女たちのそばにいてやることだ。それが正しい罪の償い方だと思った。

「フータロー君はいつも自分のせいにしたがるよね。でも、今回ばかりはフータロー君に責任はないよ。私が保証する。それでも罪の意識が消えないのなら……私たちの罪の重さとフータロー君の罪の重さを三人で分け合えばいい。そうすれば、きっと少しは楽になるよ」

 一花の言葉の通り、本当に身軽になった気がした。風太郎はまた救われたのだった。

 

 

 修学旅行の宿泊先のホテルに戻ると案の定、教師たちからひどく怒られた。罰として三人は反省文を書くことになってしまったが、二乃と三玖、五月を失ったことに比べれば軽いものだ。

 教師たちからの説教の後、風太郎たちは班ごとの行動に移った。

「珍しいね。上杉君が先生の言いつけを破るだなんて」

 風太郎と同じ班の武田が言った。

「道に迷ったんだよ。入り組んだ道が続いていて地図を見てもわかりにくかったんだ」

 風太郎は道に迷ったと誤魔化した。あの出来事を話したところで誰も信じないだろう。

 同じく風太郎たちの班員の前田が言う。

「そういえば、少し不思議な話を偶然耳にしたんだけどよ。修学旅行の旅行費が三人分多く支払われてたみたいだ。ホテルの予約人数も三人多かったみたいなことを先生たちが話してたんだ。おかしいと思わねえか? 普通もっと前に気づくはずなのによ」

「確かに不思議だね。旅行費の過不足や生徒の人数はあらかじめ確認するものだと思うけど」

「しかも生徒の人数の間違いはともかく、旅行費の余りがきっかり三人分って偶然にしては上手すぎねえか?」

 風太郎は前田の話を何となく聞いていたが、『旅行費がちょうど三人分多く支払われていた』というのがどうも気になった。前田の言う通り、誰かがたまたま多めにお金を出していたとしても偶然にしてはちょうどよすぎる。そもそも、事前に金額の確認をした時に気づくはずだ。

 それにもう一つ気がかりなことがある。二乃と三玖、五月の存在についてだ。なぜ教師たちは三人がいないことを気に留めない? 別のクラスの担任はともかく、風太郎や五つ子のクラスの担任なら彼女たちがいないことくらいわかるはずだろ?

 

 

 修学旅行の最終日、ついに日本へ帰って来た風太郎たち。旭高校からの解散となり、風太郎は途中まで一花と四葉と帰路を共にし、家に辿り着いた。

「ただいま」

「おかえり、お兄ちゃん」

「よっ、久しぶりだな風太郎」

 家に入ると、妹のらいはと父の勇也が風太郎を迎えた。

「お兄ちゃん、修学旅行は楽しかった?」

「ああ、悪くなかったぞ」

「おーい風太郎。風呂の湯入れてあるから、先に入ってきたらどうだ?」

「ありがとう、そうさせてもらうよ。そうだ、お土産買ってきたからここに置いとくぞ」

 他愛もない話を済ませ、風太郎は風呂に入る。

 入浴を済ませてリビングに戻ると、らいはが風太郎の携帯電話を渡して話した。

「お兄ちゃん、一花さんから電話がきてたよ」

「ああ、ありがとな」

 風太郎は携帯電話を受け取り、一花のスマホに電話をつないだ。

『もしもし、フータロー君?』

『どうしたんだ?』

『あのね……お父さんがおかしいの』

『え、お父さんってマルオさんのことか? マルオさんがどうかしたのか?』

『記憶が無いらしいの。二乃と三玖、五月ちゃんの……』

『いや、そんなわけ……待てよ』

 風太郎は思い出した。旅行費がちょうど三人分多く支払われていたこと、誰一人として二乃と三玖、五月の失踪について触れなかったことを……。

 嫌な予感がした。まさかとは思い、風太郎はらいはと勇也に質問した。

「らいは、親父。中野二乃と三玖、五月っていう人を知ってるか? 俺の同級生の女子なんだけど……」

 知らないはずがない。らいはも勇也も会ったことがある人だからだ。

「さあ、知らないな。その子たちがどうかしたのか?」

「もしかして、お兄ちゃんの気になる人だったりして」

 嫌な予感が的中してしまった。らいはも勇也も三人の記憶を無くしてしまっている。

 言葉だけでわからないのなら実際に見てもらうしかない。二年生の頃、らいはと五月との三人で撮ったプリクラの写真を見せた。せめて五月のことだけでも思い出してほしいと願って。

「ほら、見てくれ。これが五月だ。何回かここに来たことがあっただろ?」

「お兄ちゃん……一体何のことを言ってるの?」

 らいはが呆れた様子で言った。

「ガハハハ! お前、時差ぼけのせいで頭までボケてんじゃねえか」

 勇也はギャグをかまして大笑いをした。

「いや、何言ってんだ! ここにいるのが……え?」

 風太郎は写真を見て呆然とした。五月が立っているはずの箇所に彼女の姿が見られない。皆の記憶からだけでなく、写真からも消えてしまったのだ。まるで最初からいなかったかのように……。

 

 

 修学旅行後の連休が終わり、風太郎が自分のクラスの教室に入るとなにやらありとあらゆる噂が広まっているようだ。

「ねえ、修学旅行の時からこのクラス、変だと思わない?」

「わかる。旅行費の件もそうだけどさ、教室の座席の数も三人分多かったの知ってる?」

「知ってるよ。今日俺が登校してきた時に、先生たちが机と椅子を運んでたんだ」

「怖いよな。なんで今更気がついたんだろう? もっと早く気がつくはずなんだけどなぁ」

 風太郎はすぐに察した。二乃たちのことを言っているのだと。まるで最初から彼女たちがこのクラスにいなかったかのような言い様だ。

「おはよう、上杉君」

「よお、上杉。出入口の真ん前に突っ立ってると邪魔になるぞ」

 武田と前田が風太郎に挨拶をしてきた。風太郎は二人に尋ねる。

「武田、前田。二乃と三玖、五月って名前の生徒を覚えてるか? 同じクラスで中野って苗字の……」

「うーん、そんな名前のクラスメイトはいなかったと思うけど」

「このクラスの中野といえば、一花さんと四葉さんしか思いつかねえぞ」

 武田も前田も、三人のことを覚えていないようだ。

「そうか……ありがとな」

 風太郎は雑に礼を言って、屋上へ上がった。そして、自分の雇い主である中野姉妹の父のマルオに電話をかけた。

『どうしたんだい、こんな時に?』

『えっと、少しお尋ねしたいことがありまして……。お父さんには子供が五人いましたよね? そのうちの三人の記憶が無くなったというのを一花から聞いたのですが……』

 ぎこちない口調でマルオに問いかけた。

『君にお父さんと呼ばれる筋合いはないよ。それに僕の子供は元から、一花と四葉の二人だけだ』

 案の定マルオも三人の記憶を無くしてしまっている。

『いや、違う! 二乃と三玖、五月は俺が手に掛けてしまったんです。ごめんなさい。あなたの大事な子供を三人も犠牲にしてしまって。謝って済むことではないのはわかっています』

『上杉君、君は相当疲れているようだね。たまには息抜きをした方がいい。過度な疲労は肉体的にも精神的にも大きな影響を及ぼす』

『いや、そんなことは──』

『まあ、人のことを言える身ではないけどね』

 珍しくマルオが自分のことについて話し始めた。

『僕もずいぶん前から疲労が溜まっていたようでね、色々とミスを犯していたんだ。例えば、今まで君への給料を三人分多く渡してしまっていた。それから、マンションの部屋の契約をした時、どういうわけか五人用の部屋を選んでしまったんだ。幸い仕事でのミスはまだ無いが、気をつけなければならないね。ちなみに、多めに渡してしまっていたお金についてだが、今更返金してもらうのも決まりが悪いし、そのまま受け取ってくれて構わないよ。君の功績に対する僕からのご褒美だと思ってくれたまえ。──おっと、外せない用事ができた。すまないがここまでにさせてもらうよ。他に言いたいことがあるなら後で受け付けよう』

 電話が途切れた。

 風太郎は確信した。皆の記憶が無くなったのではなく、最初からいないことになっているのだと。プリクラの写真から五月の姿が消えていたのが何よりの証拠だ。

 

 

 通話を終えて教室へ戻る途中、一花と四葉に会った。

「フータロー君、お父さんだけじゃなくて同級生も三人の記憶を無くしてるみたいだった」

「何でこんなことに……」

「記憶を無くしているというよりは、始めからいなかったような様子だ。たぶん、サイレントヒルで死んだ人間は元から存在していなかったことになってしまうのかもしれない。あるいは、俺がそう願ったからか……」

 クラスメイトが会話で盛り上がっている中、三人はただ悲嘆に暮れていた。

「嫌だよ……。二乃と三玖、五月がみんなの記憶から消えちゃうなんて」

 四葉が嘆いて言った。

「大丈夫だ、四葉。例えみんなの記憶から消えたとしても、あいつらは俺たちの記憶の中で生き続けている。せめて俺たちだけは覚えていよう」

 

 

 同日の放課後、風太郎は四葉から屋上に呼び出された。

「四葉、どうしたんだ? こんな所に呼び出して」

「上杉さんに話さなければならないことがあるんです」

 真剣な表情で四葉が語る。

「上杉さんが小学生の頃、京都で会った女の子のことを覚えていますか?」

「え、どうしてお前がその子のことを?」

 風太郎が驚いて尋ねた。

「私は……上杉さんとの約束を破ってしまいました。勉強して頭が良くなって、必要とされる人間になろうって誓ったのに」

「まさか……お前が」

「ごめんなさい、上杉さん。いや……風太郎君。ずっと言えなかった。言いたくなかったの。風太郎君にがっかりされるのが怖くて。でも、風太郎君は二乃たちの死に自分が関わっていることを告げてくれた。だから私も……」

 四葉は、昔風太郎が京都で会った女の子が自分であることを告白した。

「そうか、お前だったのか」

「幻滅したよね……。思い出の子が私だったなんて」

「いや、お前には感謝しなければならない」

 風太郎は四葉の発言を否定した。

「お前と出会ったからこそ、俺は必死に勉強するようになった。だから今の俺がいる。お前が始まりだったんだ。お前が俺を導いてくれた」

 続けざまに風太郎が話した。

「それに、俺だって約束を守れなかった。勉強のことばかりを意識していた結果、誰にも必要とされる人間になれなかった。でも、お前たち姉妹と出会って、あいつらと分かり合えたことでようやく約束を果たせたんだ。お前もいつかはきっと果たせるさ。俺がサポートしてやるから、これからも勉強を頑張っていこうな」

 四葉が風太郎に尋ねた。

「勉強はどうにかなるとして、私は誰かに必要とされてるのかな?」

「お前はいろんな部活のサポートをやっていただろ。それを称賛する声を俺は何度も聞いてきた。向こうからお願いされることもあったはずだ。それは間違いなくお前が必要とされているからだ」

 四葉が微笑んで言う。

「ありがとう。あのね、もう一つ言いたいことがあるの」

 風太郎に一歩近づいて……。

「好きだったよ。ずっと」

 唐突な恋の告白を受けた風太郎は少し顔を赤くした。だが、真剣な表情で言った。

「それはありがたいけど……俺は自分の願いによって、お前の大事な姉妹を三人も犠牲にしたんだ。それでもお前は俺のことを?」

 四葉は迷わずに言った。

「私の気持ちは変わってないよ。風太郎君のことを想い続けてる。それに言ったでしょ、私と一花と風太郎君で罪の重さを分け合おうって。風太郎君が二乃たちの死を望んだ悪魔だとしたら、風太郎君に心の闇を持たせて、それに気づけなかった私たちだって悪魔だよ」

 四葉の言葉を受けた風太郎は、思い立って言った。

「なら……俺からも言わせてくれ。俺はお前が好きだ。過去の約束なんて関係ない。お前がいなければ、俺はとっくにつまずいていた。俺は弱い人間だから、この先も何度もつまずき続けるだろう。その時には四葉、俺のそばにお前がいてくれると嬉しいんだ。お前は俺の支えであり、俺はお前の支えでありたい」

 四葉は目から涙を流して……でも、嬉しさで溢れた表情を浮かべた。

「よろしくね、風太郎君……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五年後、風太郎と四葉は結婚した。結婚式を終えて三週間後、二人は新婚旅行でアメリカへとやって来た。高校の修学旅行の時に満喫できなかった分をこの新婚旅行で取り戻そうという算段だ。

「二度目にはなるが、案外飽きないもんだな」

「あはは、あの時は全然回れなかったもんね」

 二人は修学旅行の時のことを振り返りながら街を歩いていた。良い思い出ではないが。

 

 

 しばらく歩いていると、見覚えのある通路に出た。サイレントヒルに通じる階段がある通路だ。

 あの時と同じようにサイレントヒルは濃い霧で覆われている。だが、不気味な気配は感じられなかった。風太郎の心の闇が消えたことを示唆しているのだ。

 きっと三人のことを気にしているからだと風太郎と四葉は思った。

 通路を歩いていると、聞き覚えのある三つの声が風太郎には聞こえていた。サイレントヒルの方から……。

 

 

 

 

 

フー君

フータロー

上杉君

 

おめでとう、お幸せにね。




雑談


 風太郎と二乃、三玖、五月の最後の会話のシーンで泣いちゃいました。


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END3 一花と共に

「ここは……」

 ついさっきまでロビーで二体の三角頭の怪物と戦っていたんだが……気がつくと、レイクビュー・ホテルの玄関前にいた。

 そうか、俺は勝ったんだ。だから今、ここにいる。

 

 風太郎は何気なくアメリカの観光地の一覧が載ったサイトを覗いた。修学旅行前、観光地探しの時に使ったサイトだ。

「やっぱりそうだったか」

 そのサイトからサイレントヒルの項目だけが消えていた。いや、始めからそんなものは無かった。思った通りだ、あれは風太郎たちをこの町に招くための幻だったのだ。

 

「もうここに用は無いな……」

 ボソッと呟き、風太郎はトルーカ湖のすぐ前に立つ。そして、携帯電話を取り出して一花と四葉にメールを送った。

『町を囲っていた壁は消えた。たぶん化物ももういない。早く宿泊先のホテルに帰れ。お前たちの居場所はわからなかったから一人で向かっているところだ』

 修学旅行の宿泊先のホテルに早く戻るように伝えた。とっくに日にちが変わってしまって、どのみち先生からはこっぴどく叱られることに変わりはないが、少しでも早く帰るに越したことはない。

 だが、風太郎は嘘をついている。風太郎はホテルに帰るつもりはない。行くべき場所が他にあるのだ。罪深い存在として……。

 けれど、いざとなるとなかなか、あと一歩を踏み出すことができない。三角頭に勝利して決心がついたつもりだったが、そう簡単には勇気がわいてこなかった。

 しかし、ふと思った。二乃と三玖、五月は、彼女たちからすれば得体の知れない怪物に殺されたのだ。とても怖かったに違いない。息の根を止められた顔がどれも戦慄に満ちていたのが何よりの証拠だ。

 

 そうだ、あいつらの方がずっと怖かったはずだ。それに比べれば……。一体俺は何を怖れていたんだろう。自らの意志で大切な人を失うこと以上に怖いことなんて、この世にありはしないのに……。

 やっと決心できたよ。最初からこうすればよかったんだ。

 

 風太郎は行くべき場所へのあと一歩を踏み出そうとした。

「フー君」

「フータロー」

「上杉君」

 聞き慣れた声が三人分聞こえてきて風太郎は後ろを振り向いた。すると、そこには三角頭に殺られたはずの二乃と三玖、五月が並んで立っていた。

「お前たち……何でここに? 死んだはずじゃ……」

「ええ、間違いなく私たちは死にました。でも、あなたが私たちに会いたいと望んだからここにいるんですよ。といっても、幻ですけどね」

 風太郎は三人を見つめながら呆然として立ち尽くしていた。しばしの沈黙の後、風太郎が口を開いた。

「二乃、三玖、五月……すまない。俺は誰かに必要とされる人間になりたかった。小学生の頃、とある女の子と交わした約束の一つだ。だけど、俺はお前たちから拒絶されて存在意義を無くし、自分自身を見失ってしまった時があった。それが苦しくて耐えられなかったんだ。心を入れ替えて俺に付いてきてくれたというのに、ずっと根に持ってお前たちのことを信用してやろうとしなかった。お前たちのことを憎んでいたんだ。消えてしまえばいいのにとさえ思った」

 風太郎は自分がこれまでに抱えていた感情を吐露した。その直後、激しくかぶりを振って否定した。

「いや、違う! 逆恨みしてただけだ。五月と初めて会った頃、お前を怒らせるような発言をしなければよかったんだ。それだけじゃない、俺が家庭教師としてお前たちの下に来ることを拒否された時点で潔く諦めればよかっただけのことだ。お前たちが望んでもいないのに、俺は無理矢理お前たちの居場所に足を踏み入れた。俺は金稼ぎのことしか考えていなかったんだ。拒絶されて当然だ。お前たちは何も悪くないのに、俺は……」

 風太郎の目から涙がこぼれる。

 二乃も涙を流しながら話した。

「フー君……ごめんね。フー君は家族や私たち姉妹を支えようとしてあげたかっただけなのに、私は何度もフー君にきつく当たってしまった。恨まれて当然よ。だから私は裁かれたんだわ」

「やめてくれ、謝らないでくれ」

 二乃の謝罪に対して、風太郎は拒絶した。自分の罪が肯定されることを怖がっているのだ。

「俺が謝ってもらう義理は無い。俺はお前たちの死を望んだ悪魔なんだ。あの怪物と同類だ」

「違うよ、フータロー」

 今度は三玖が語りかける。

「私が殺される間際に言ってたよね。『何度も俺を苦しめないでくれ』って。フータローは私たちが死んだことで苦しんでる。それで充分だよ」

 三玖に続いて五月が話す。

「自分を責めないでください。私たちはあなたを困らせた罪人です。そんな私たちを見かねた神様が天罰を下しただけですよ」

 風太郎の涙の勢いが増した。三人は穏やかに風太郎のことを見つめている。

「フー君。私はあんたのことを恨んでなんかいない。むしろ、私が恨まれるべきだわ。でも、フー君がどれだけ私のことを恨んでいようと私の気持ちはずっと変わらない。好きよ」

 最後の告白の後、二乃の姿が透けていき、やがて消えた。

「フータローが私の家庭教師でよかった。私に自信を持つことを教えてくれてありがとう。勉強を教えてくれてありがとう。そして……素敵な恋を教えてくれてありがとう。私はフータローが好き」

 三玖も思いを告げた後、姿を消した。

「上杉君。本音を言うと、あなたは私の理想とする教師像からかけ離れすぎています。でも、あなたがいたから……あなたが私たちの家庭教師を引き受けてくれたから、私たちは変わることができたんです。勉強の面においても、人としても。あなたでなければ、きっと私たちは成長できなかったでしょう。つまり上杉君……君だって私の理想なんだよ。最後にそれだけ聞いてほしかったの」

 五月の姿が消えていく。

「ありがとう、上杉君……」

 五月の姿が完全に消えた。

「お前たちだけじゃない。俺だって、お前たちと出会ったことで変わることができたんだ。ありがとう、俺を必要としてくれて……。俺を救ってくれて……」

 風太郎は天を見上げ、もういなくなった三人に向けて感謝の言葉を述べた。

 

 ……そうだ。あいつらは俺のことをずっと信用してくれていたんだ。だから俺が二度も家庭教師を辞めることにしようとした時、あいつらはそれを引き留めてくれたんだ。

 

「フータロー君!」

「上杉さん!」

 一花と四葉が駆けつけて来た。

「お前ら、まだここにいたのか」

「三玖がいなくなっちゃったの。見かけなかった?」

「一花、三玖は……」

 風太郎は深刻な表情を浮かべた。

「そっか、三玖まで……」

 一花と四葉はその意味をすぐに察した。目尻に涙が溜まる。

「そんな、三玖もやられちゃったんですか……?」

「すまない、俺のせいだ……」

「え、それってどういうことですか?」

「俺があいつらを消してくれと願ったんだ。それを怪物が叶えたんだよ」

 四葉は啞然とした。まさか自分の姉妹の死に風太郎が関わっていたなんて……。

「どうして……どうしてそんなことを!」

怒りの口調で風太郎を責めた。泣きながら風太郎を睨んでいる。

「待って、四葉」

 一花が四葉を制止した。

「フータロー君は傷ついていたんだよ。私たちに反抗されて、特に二乃からはきつく当たられて……。それで心を病んで、無意識に願ったんだよ。私たちが反抗しなければ……フータロー君の心の闇に気づいてあげられればよかったんだ。私たちの責任だよ」

 この惨劇の真相をある程度知っている一花は、風太郎を何度も困らせ、彼の心の闇に気づいてやれなかった自分たちに責任があると、風太郎を擁護した。

「上杉さん……私にも説明してくれませんか?」

 風太郎は真実を改めて伝えた。ホテルの306号室で見た映像のこと、四葉だけに見えていなかった三角頭の怪物のこと、姉妹たちの死を望んだわけを。

「そういうことでしたか……ごめんなさい。上杉さんのことを何も知らずに責めてしまって」

「いや、お前は何も間違ってねえよ。大事な姉妹の死に関わっているんだから、当然の反応だ」

 四葉は納得した様子だ。怒りのこもった表情はもう見られない。

「ねえ、フータロー君。もしかして、湖に飛び込もうとしてたでしょ?」

「……ああ。相変わらず勘がいいな」

「気持ちはわかるけど、それだけはやめてほしい。私はもっとフータロー君から教わりたい! フータロー君じゃなきゃだめなの」

「私も、もっと上杉さんから勉強を教えてもらいたいです! 二乃と三玖、五月の分も……」

「お前ら……」

 風太郎はやっと気づくことができた。自分がすべきことは自ら命を絶つことではない。一花と四葉が自分を必要としてくれる限り、彼女たちのそばにいてやることだ。それが正しい罪の償い方だと思った。

「フータロー君はいつも自分のせいにしたがるよね。でも、今回ばかりはフータロー君に責任はないよ。私が保証する。それでも罪の意識が消えないのなら……私たちの罪の重さとフータロー君の罪の重さを三人で分け合えばいい。そうすれば、きっと少しは楽になるよ」

 一花の言葉の通り、本当に身軽になった気がした。風太郎はまた救われたのだった。

 心臓が高鳴る感覚がした。

 

 

 修学旅行の宿泊先のホテルに戻ると案の定、教師たちからひどく怒られた。罰として三人は反省文を書くことになってしまったが、二乃と三玖、五月を失ったことに比べれば軽いものだ。

 教師たちからの説教の後、風太郎たちは班ごとの行動に移った。

「珍しいね。上杉君が先生の言いつけを破るだなんて」

 風太郎と同じ班の武田が言った。

「道に迷ったんだよ。入り組んだ道が続いていて地図を見てもわかりにくかったんだ」

 風太郎は道に迷ったと誤魔化した。あの出来事を話したところで誰も信じないだろう。

 同じく風太郎たちの班員の前田が言う。

「そういえば、少し不思議な話を偶然耳にしたんだけどよ。修学旅行の旅行費が三人分多く支払われてたみたいだ。ホテルの予約人数も三人多かったみたいなことを先生たちが話してたんだ。おかしいと思わねえか? 普通もっと前に気づくはずなのによ」

「確かに不思議だね。旅行費の過不足や生徒の人数はあらかじめ確認するものだと思うけど」

「しかも生徒の人数の間違いはともかく、旅行費の余りがきっかり三人分って偶然にしては上手すぎねえか?」

 風太郎は前田の話を何となく聞いていたが、『旅行費がちょうど三人分多く支払われていた』というのがどうも気になった。前田の言う通り、誰かがたまたま多めにお金を出していたとしても偶然にしてはちょうどよすぎる。そもそも、事前に金額の確認をした時に気づくはずだ。

 それにもう一つ気がかりなことがある。二乃と三玖、五月の存在についてだ。なぜ教師たちは三人がいないことを気に留めない? 別のクラスの担任はともかく、風太郎や五つ子のクラスの担任なら彼女たちがいないことくらいわかるはずだろ?

 

 

 修学旅行の最終日、ついに日本へ帰って来た風太郎たち。旭高校からの解散となり、風太郎は途中まで一花と四葉と帰路を共にし、家に辿り着いた。

「ただいま」

「おかえり、お兄ちゃん」

「よっ、久しぶりだな風太郎」

 家に入ると、妹のらいはと父の勇也が風太郎を迎えた。

「お兄ちゃん、修学旅行は楽しかった?」

「ああ、悪くなかったぞ」

「おーい風太郎。風呂の湯入れてあるから、先に入ってきたらどうだ?」

「ありがとう、そうさせてもらうよ。そうだ、お土産買ってきたからここに置いとくぞ」

 他愛もない話を済ませ、風太郎は風呂に入る。

 入浴を済ませてリビングに戻ると、らいはが風太郎の携帯電話を渡して話した。

「お兄ちゃん、一花さんから電話がきてたよ」

「ああ、ありがとな」

 風太郎は携帯電話を受け取り、一花のスマホに電話をつないだ。

『もしもし、フータロー君?』

『どうしたんだ?』

『あのね……お父さんがおかしいの』

『え、お父さんってマルオさんのことか? マルオさんがどうかしたのか?』

『記憶が無いらしいの。二乃と三玖、五月ちゃんの……』

『いや、そんなわけ……待てよ』

 風太郎は思い出した。旅行費がちょうど三人分多く支払われていたこと、誰一人として二乃と三玖、五月の失踪について触れなかったことを……。

 嫌な予感がした。まさかとは思い、風太郎はらいはと勇也に質問した。

「らいは、親父。中野二乃と三玖、五月っていう人を知ってるか? 俺の同級生の女子なんだけど……」

 知らないはずがない。らいはも勇也も会ったことがある人だからだ。

「さあ、知らないな。その子たちがどうかしたのか?」

「もしかして、お兄ちゃんの気になる人だったりして」

 嫌な予感が的中してしまった。らいはも勇也も三人の記憶を無くしてしまっている。

 言葉だけでわからないのなら実際に見てもらうしかない。二年生の頃、らいはと五月との三人で撮ったプリクラの写真を見せた。せめて五月のことだけでも思い出してほしいと願って。

「ほら、見てくれ。これが五月だ。何回かここに来たことがあっただろ?」

「お兄ちゃん……一体何のことを言ってるの?」

 らいはが呆れた様子で言った。

「ガハハハ! お前、時差ぼけのせいで頭までボケてんじゃねえか」

 勇也はギャグをかまして大笑いをした。

「いや、何言ってんだ! ここにいるのが……え?」

 風太郎は写真を見て呆然とした。五月が立っているはずの箇所に彼女の姿が見られない。皆の記憶からだけでなく、写真からも消えてしまったのだ。まるで最初からいなかったかのように……。

 

 

 修学旅行後の連休が終わり、風太郎が自分のクラスの教室に入るとなにやらありとあらゆる噂が広まっているようだ。

「ねえ、修学旅行の時からこのクラス、変だと思わない?」

「わかる。旅行費の件もそうだけどさ、教室の座席の数も三人分多かったの知ってる?」

「知ってるよ。今日俺が登校してきた時に、先生たちが机と椅子を運んでたんだ」

「怖いよな。なんで今更気がついたんだろう? もっと早く気がつくはずなんだけどなぁ」

 風太郎はすぐに察した。二乃たちのことを言っているのだと。まるで最初から彼女たちがこのクラスにいなかったかのような言い様だ。

「おはよう、上杉君」

「よお、上杉。出入口の真ん前に突っ立ってると邪魔になるぞ」

 武田と前田が風太郎に挨拶をしてきた。風太郎は二人に尋ねる。

「武田、前田。二乃と三玖、五月って名前の生徒を覚えてるか? 同じクラスで中野って苗字の……」

「うーん、そんな名前のクラスメイトはいなかったと思うけど」

「このクラスの中野といえば、一花さんと四葉さんしか思いつかねえぞ」

 武田も前田も、三人のことを覚えていないようだ。

「そうか……ありがとな」

 風太郎は雑に礼を言って、屋上へ上がった。そして、自分の雇い主である中野姉妹の父のマルオに電話をかけた。

『どうしたんだい、こんな時に?』

『えっと、少しお尋ねしたいことがありまして……。お父さんには子供が五人いましたよね? そのうちの三人の記憶が無くなったというのを一花から聞いたのですが……』

 ぎこちない口調でマルオに問いかけた。

『君にお父さんと呼ばれる筋合いはないよ。それに僕の子供は元から、一花と四葉の二人だけだ』

 案の定マルオも三人の記憶を無くしてしまっている。

『いや、違う! 二乃と三玖、五月は俺が手に掛けてしまったんです。ごめんなさい。あなたの大事な子供を三人も犠牲にしてしまって。謝って済むことではないのはわかっています』

『上杉君、君は相当疲れているようだね。たまには息抜きをした方がいい。過度な疲労は肉体的にも精神的にも大きな影響を及ぼす』

『いや、そんなことは──』

『まあ、人のことを言える身ではないけどね』

 珍しくマルオが自分のことについて話し始めた。

『僕もずいぶん前から疲労が溜まっていたようでね、色々とミスを犯していたんだ。例えば、今まで君への給料を三人分多く渡してしまっていた。それから、マンションの部屋の契約をした時、どういうわけか五人用の部屋を選んでしまったんだ。幸い仕事でのミスはまだ無いが、気をつけなければならないね。ちなみに、多めに渡してしまっていたお金についてだが、今更返金してもらうのも決まりが悪いし、そのまま受け取ってくれて構わないよ。君の功績に対する僕からのご褒美だと思ってくれたまえ。──おっと、外せない用事ができた。すまないがここまでにさせてもらうよ。他に言いたいことがあるなら後で受け付けよう』

 電話が途切れた。

 風太郎は確信した。皆の記憶が無くなったのではなく、最初からいないことになっているのだと。プリクラの写真から五月の姿が消えていたのが何よりの証拠だ。

 

 

 通話を終えて教室へ戻る途中、一花と四葉に会った。

「フータロー君、お父さんだけじゃなくて同級生も三人の記憶を無くしてるみたいだった」

「何でこんなことに……」

「記憶を無くしているというよりは、始めからいなかったような様子だ。たぶん、サイレントヒルで死んだ人間は元から存在していなかったことになってしまうのかもしれない。あるいは、俺がそう願ったからか……」

 クラスメイトが会話で盛り上がっている中、三人はただ悲嘆に暮れていた。

「嫌だよ……。二乃と三玖、五月がみんなの記憶から消えちゃうなんて」

 四葉が嘆いて言った。

「大丈夫だ、四葉。例えみんなの記憶から消えたとしても、あいつらは俺たちの記憶の中で生き続けている。せめて俺たちだけは覚えていよう」

 

 

 同日の放課後、風太郎は四葉から屋上に呼び出された。

「四葉、どうしたんだ? こんな所に呼び出して」

「上杉さんに話さなければならないことがあるんです」

 真剣な表情で四葉が語る。

「上杉さんが小学生の頃、京都で会った女の子のことを覚えていますか?」

「え、どうしてお前がその子のことを?」

 風太郎が驚いて尋ねた。

「私は……上杉さんとの約束を破ってしまいました。勉強して頭が良くなって、必要とされる人間になろうって誓ったのに」

「まさか……お前が」

「ごめんなさい、上杉さん。いや……風太郎君。ずっと言えなかった。言いたくなかったの。風太郎君にがっかりされるのが怖くて。でも、風太郎君は二乃たちの死に自分が関わっていることを告げてくれた。だから私も……」

 四葉は、昔風太郎が京都で会った女の子が自分であることを告白した。

「そうか、お前だったのか」

「幻滅したよね……。思い出の子が私だったなんて」

「いや、お前には感謝しなければならない」

 風太郎は四葉の発言を否定した。

「お前と出会ったからこそ、俺は必死に勉強するようになった。だから今の俺がいる。お前が始まりだったんだ。お前が俺を導いてくれた」

 続けざまに風太郎が話した。

「それに、俺だって約束を守れなかった。勉強のことばかりを意識していた結果、誰にも必要とされる人間になれなかった。でも、お前たち姉妹と出会って、あいつらと分かり合えたことでようやく約束を果たせたんだ。お前もいつかはきっと果たせるさ。俺がサポートしてやるから、これからも勉強を頑張っていこうな」

 四葉が風太郎に尋ねた。

「勉強はどうにかなるとして、私は誰かに必要とされてるのかな?」

「お前はいろんな部活のサポートをやっていただろ。それを称賛する声を俺は何度も聞いてきた。向こうからお願いされることもあったはずだ。それは間違いなくお前が必要とされているからだ」

 四葉が微笑んで言う。

「ありがとう。あのね、もう一つ言いたいことがあるの」

 風太郎に一歩近づいて……。

「好きだったよ。ずっと」

 唐突な恋の告白を受けた風太郎は少し顔を赤くした。だが、真剣な表情で言った。

「それはありがたいけど……俺は自分の願いによって、お前の大事な姉妹を三人も犠牲にしたんだ。それでもお前は俺のことを?」

 四葉は迷わずに言った。

「私の気持ちは変わってないよ。風太郎君のことを想い続けてる。それに言ったでしょ、私と一花と風太郎君で罪の重さを分け合おうって。風太郎君が二乃たちの死を望んだ悪魔だとしたら、風太郎君に心の闇を持たせて、それに気づけなかった私たちだって悪魔だよ」

 四葉の言葉を受けた風太郎は、思い立って言った。

「なら……俺からも言わせてくれ。俺はお前が好きだ。だけど、お前の気持ちには応えられない。俺が本当に想いを伝えたい人が他にいるんだ。すまない、お前はせっかく勇気を持って伝えてくれたのに」

 風太郎は断りの言葉を話した。だが、四葉はどこか清々しい表情を浮かべて言う。

「そっか……でもよかった、やっと私の想いを伝えられた。もう未練は無いよ。風太郎君、早く想いを伝えてあげて。たぶん、ずっと前から風太郎君のことを想ってるから」

 どうやら四葉には、風太郎が想いを伝えようとしている相手が誰なのかは見当がついているようだ。

「最後に改めて言わせてくれ。俺はお前には何度も助けられてきた。お前たちの家庭教師を続けられた主なきっかけはお前だ。ありがとう」

 風太郎は去り際に言った。

「頑張ってね」

 去り行く風太郎に向かって呟いた。

 

 

 屋上を後にした風太郎は自分のクラスの教室へ向かった。教室に入るとそこには一花がいた。他のクラスメイトは既に下校している。自分と一花だけが教室にいる状態だ。この機会を逃すわけにはいかない。

「ちょうどよかった。一花、お前に伝えたいことがあるんだ」

 もう後には引けまい。彼女への想いを全て伝えてやるだけだ。緊張して声を微かに震わせながらも話した。

「俺を救ってくれてありがとう。お前が思っていた通り、俺は二乃と三玖と五月を犠牲にしてしまった罪を償うためにトルーカ湖に飛び込んで自殺を図っていた。俺もあの町で死ぬことで罪滅ぼしになると思ったんだ。でも、お前のおかげで気づくことができたんだ。一花と四葉が俺のことを必要としてくれる限り、お前たちのそばにいてやることこそが俺のすべきことだって。『三人で罪の重さを分け合おう』って言われた時は、正直嬉しかった。苦しみが軽くなった感覚がしたんだ」

「私だって、フータロー君に救われてきたよ。フータロー君が私たちの家庭教師を引き受けてくれなかったら、きっと進級できなかった。何ならまた転校することになってたかもしれない。これまでの試験を突破できたのはフータロー君のおかげだよ。こちらこそありがとう」

 一花がお返しの言葉を言った。

「えっと、まだ続きがあるんだが……」

「え?」

「思えば、俺は何度もお前のお世話になったよ。五月と仲違いをしていた時、お前は仲直りをする手助けをしてくれたな。それに、お前たち姉妹と分かり合うためにどうすればいいか悩んでいる時にアドバイスをしてくれたのもお前だった。結局俺はそのアドバイスを活かせなかったけどな。とにかく、お前といることで救われる気がするんだ。どんな困難にだってお前となら立ち向かえる。何より、お前だけが俺の苦しみを和らげてくれる存在なんだ」

 一花への想いを次々と述べていった。

 そして、顔を赤くしてついに言う。

「つまり……俺はお前のことが好きなんだ」

 風太郎の言葉に一花は動揺した。

「わかってる、俺はお前の姉妹を三人も犠牲にした罪人だってことは……俺にこんなことを言う資格はないってことを……。でも、それでも伝えたかった。ずっと言えずにいるよりはマシだと思った。お前の気持ちを聞かせてくれ。嫌いならそれでいい」

 風太郎の告白に対する一花の答えは……。

「言ったでしょ、フータロー君のせいじゃないことは私が保証するって……。私はフータロー君のことが好き……」

 嬉し涙を流しながら返事をした。

 そして、風太郎に抱きつき、彼の胸に顔をくっつけて言った。

「ずっと好きだった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五年後、風太郎と一花は結婚した。結婚式を終えて三週間後、二人は新婚旅行でアメリカへやって来た。二泊三日の旅行だ。高校の修学旅行の時に満喫できなかった分をこの新婚旅行で取り戻そうという算段だ。

「随分込んだスケジュールだね」

「この旅行が終わったら、お前とはいったんお別れすることになっちまうからな。後悔しないようにしないと」

 一花は、女優活動のためにしばらくアメリカに滞在することになった。悔いを残さず一花を送るために、風太郎は事前に旅行のスケジュールを綿密に立てていた。

 

 

 旅行最終日、風太郎は一花を残して、一人で日本へと帰った。一花と二人で住む一軒家に到着し、玄関前のポストに溜まった郵便物を回収してリビングに入った。

 郵便物を順に見ていき、その中には親族や元同級生からの結婚祝いの手紙やハガキがあった。

 その余韻に浸りながら郵便物を次々と見ていく。すると、目を見張る封筒を見つけた。その封筒には送り主の名前が書いている。よく見覚えのある三つの名前……二乃と三玖、五月からだ!

 あの世で書いた手紙を魔法やら超能力やらで届けたのだろうか? それともただの悪戯か? 不審に思いながらも、封筒を開けて手紙を読んだ。間違いなく彼女たちの筆跡だった。

 

 

 

 

 

 

 フー君、結婚おめでとう。突然こんなものを送ってごめんね。びっくりさせちゃったかな?

 私はフー君と一花の結婚を祝福してる。だけど、同時に悔しくもある。それが私だったらって思うと少し妬けてしまう。

 でも、私はフー君のいる世界にはもういない。叶うはずもない願いだった。それは私の自業自得だ。

 改めて謝りたい。ごめんなさい。フー君の苦労を知らずに反抗してばかりで、傷つけてしまって。フー君は私たちと誠実に向き合おうとしていたのに、私はいつも突き放していた。あの時、どうしてあんなことをしてしまったのかと今でも後悔している。

 特に酷い時には、睡眠薬を盛ったり家庭教師の仕事の邪魔をしたりした。私は罰を受けなければならなかった。だってフー君だけが傷ついて、私だけがいい思いをするなんて不公平でしょ。だから私はあの三角頭の怪物に処刑されたんだと思う。

 最初は、なぜ私が殺されなければならなかったのかと思っていた。でも、あの怪物を生み出したのがフー君だと知ってようやく納得した。それは逆恨みでも八つ当たりでもない。私の辿るべき末路だ。

 悲しかった。私の好きな人が私の死を望んでいたなんて。でも当然の報いだ。私の許されない罪、あなたを傷つけてしまった罪に対する報いだ。あなたのことを傷つけなければよかっただけのことだ。

 だけど、後に私たちの死を嘆いてくれたのは嬉しかった。きっと、本心ではなかったのだろう。

 フー君は私のことを好きでいてくれる? フー君が私のことをどう思っていようと、私の気持ちは決して変わらない。私はフー君のことが大好き。

 あなたしかいないんだ。私たちに対してあんなにも誠実に向き合ってくれる人は。もっと早く知りたかった。

 

 

 フータローのことが好きだったからこそ、最初からフータローに協力してあげられなかったことを後悔している。

 フータローの好きな女子のタイプの一つが料理上手だと知ってから、私は必死に料理の練習をした。私の大好きなフータローに振り向いてもらうために。

 私はいつも自信が持てなくて、事あるごとに卑屈になっていた。そんな私を変えてくれたのがフータローだった。

 フータローは自分ではわかっていないだろうけど、人の気持ちに寄り添える温かさを持っている。その温かい心に私は溶かされた。

 私はフータローに好きになってもらいたくて、勉強も料理も頑張った。二年生の最後の期末試験で、姉妹の中で一番の点数を取ったらフータローに想いを伝えるって決めていたけど、それはできなかった。でも、諦めなかった。今度は修学旅行の自由行動で、私が作ったとっておきのパンを食べてもらった時に想い伝えると決めた。けれど、結局どれも実現できなかった。

 振り返ってみると、そうやって先延ばしにしてばかりだった。いざ自分の気持ちがフータローに知られたら、私なんかじゃダメだと思ってなかなか踏み出せなかった。

 だからこそ、自分自身との決着をつけ終えた風太郎が私たち三人を呼んでくれた時に想いを伝えた。やるなら今しかないと思った。この機会を逃したら、もうチャンスが無いと思った。

 フータローに出会えたから、私は私を好きになれたんだ。そして、フータローのことも。

 ずっと私のそばにいてくれてありがとう。本当に嬉しかった。

 

 

 私は、初めて会った時のあなたの態度が気に入らず、それをずっと根に持っていた。そして、あなたから勉強を教わることを拒否し続けた。

 でも、本当はあなたを頼りたいという思いもあった。ただ意地になっていただけだ。素直になれなかった。

 上杉君は私の成長を心の底から喜んでくれていただろうか? 本当は私が嫌いだったのではないか? 私が憎かったのではないか? あなたの心の闇を知ってからそう思い込んでしまう節もあった。

 それもしかたない。自分の意地のままにあなたを傷つけた。私と真剣に向き合おうとしてくれたのに、私はそれを蔑ろにした。だから、私を憎んで私の死を望んでもおかしくはなかった。

 でも、それ以上にこんな私をずっとサポートしてくれたのが嬉しかった。出来が悪くて飲み込みも遅い私のことをずっと支えてくれた。

 ただ思いつくままに言葉にするせいで、とりとめのない手紙になってしまっていると思う。

 腹を立てていたとはいえ、あなたを苦しめてしまったことが私はとても悲しかった。あなたからはたくさんのことを学んでおきながら何ひとつ返すことができなかった。

 あなたはたぶん、今も私たちを犠牲にしてしまったという罪の意識に苦しめられているはず。でも、そんなものはもう捨てて欲しい。あなたが罪を背負う必要はない。全て私たちが背負うべきものだ。

 どうか罪の意識を忘れて生きて欲しい。きっと一花や四葉も喜ぶから。

 

 

 

 

フー君。

フータロー。

上杉君。

 

私たちはあなたと出会えて、とっても幸せでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺こそ、お前たちと出会えてよかった。幸せだ」

 手紙を見つめながら口ずむ。

 手紙という形ではあるが、久しぶりに三人と触れ合うことができた。

 その手紙を自分の部屋の机の引き出しに大事にしまった。

(これからもずっと一緒にいよう)

 風太郎は幸福を噛みしめていた。




 本作「Silent Hill〜五等分の罪〜」はこれで完結となります。最後まで見て下さりありがとうございました。

 初めての小説にしてはなかなか上手く書けたと思っています。
 僕が意識したことといえば、やはり斬新さでしょうか。五等分の花嫁とサイレントヒルのクロスオーバーなんて今までにないでしょうし、今後も出ることはないのでは……。
 五等分の花嫁の修学旅行編だけに焦点を当てたのも拘った点です。五つ子との出会いから始まる二次創作の小説なんてありふれたものだし、二番煎じどころじゃなくて飽きられてしまうのではないかと考えたので、本作のように一つの編だけに焦点を当ててみたといった感じです。
 というか、そもそも五つ子との出会いから書き始めるとなると余裕で100話を超えそうだし、僕のやる気がもたないと思います。

 ところで、完結後に尋ねるのもおかしなことではありますが、このクロスオーバーってどう思いますかね? ジャンルが全く違うし、サイレントヒルの方のジャンル的にどうしてもグロテスク、暴力的な表現は欠かせないわけで……。
 五等分の花嫁側の恋愛要素に関してはエンディングでちょこっとあるレベルでしかないし、五等分の花嫁の二次創作としては大問題のような……。


 話は変わって今後の活動についてです。現時点で二つのことを計画しています。
 一つは、この小説のリメイク版をpixivにあげるということです。何故そんなことをするのかというと、もっと読んでもらいたいと思った他、自分でストーリーを見返した時に思うところがあったからです。
 例えば、入院患者の記録を読んだだけで中野姉妹の実の父親が犯人だと考えるというのが少し安直だったと思います。特に僕がこれだけは直したいというのが、三角頭と風太郎の最終決戦のところです。ラスボスとの戦いなのに風太郎があっさり勝利するという、緊張感が全く無い戦闘になってしまいました。
 こういった点を直した形のものを投稿したいと思います。遅くても、今週中には始めるつもりです。その際、リンクを概要欄に貼っておきます。
 二つ目は本作の続編を出したいと思っています。少しだけ予告をしておくと、大人になった中野一花が主人公です。
 ただこれに関しては現在検討中です。まず、サイレントヒルシリーズのうち、どの作品をクロスオーバー相手に選ぶのかを決める必要があります。そして、本来サイレントヒル2とストーリーの繋がりが全く無い作品とのコラボで、如何にして本作と繋がりを持たせるかを考えなければなりません。よって、この予定を実現できない可能性もあります。リメイク版を完結させるまでには結論を出したいと思います。


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