世界一のゴミクズに生まれた (Dr.凡愚)
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世界一のゴミクズに生まれた

 初めての作品投稿です。至らぬ点が多々ございますがご了承願います。


 俺が生まれる前から連載してた大人気漫画。

100巻を越えてまだ続いているこの作品は、俺のオタク人生の中でもトップクラスに気に入っている作品の1つだった。

 俺は連載雑誌で最新話を追いかけつつ、単行本やアニメ等もほぼ全て購入、視聴しているためそこそこに詳しい。真のマニア達には負けるが、それなりによく知っている方だと思う。

 最近はクライマックスに向けて、今までの伏線を回収しつつ新しい話に入ったばかりで、今後どうなっていくのかが大変楽しみだったわけなのだが……

 

 

 最悪なことに俺は事故で死んだ。

 

 何が原因だったかはよく覚えてないが、多分どこかで足を滑らせて頭でも打ったんだろう。部屋はちゃんと片付けておくべきだったな。

 

 

 そんなわけで俺は死んだはずなのだが、気がつけば自分よりも遥かにデカい人間らしきものに囲まれていた。更に、なんじゃこりゃとつぶやこうとして自分が口にした音でも驚いた。

 

「あぶぶぶぁ」

 

 そう、俺は赤子になっていた。

 周りにいる人間らしきものは多分大人だろう。生まれたばかりの赤子は目も耳もほとんど機能してないと聞いた覚えがある。

 なにか騒いでいるようではあったが、よく見えないし何を話しているかも聞き取れない。俺は次第にまぶたが重くなり、一旦眠りについた。

 

 

 

 

 何日経ったかはよくわからないが、次第に目が見えるようになり言葉も聞き取れるようになってきた。だが、自分の世話をしに来るのはほとんどが死んだ顔をして、首に何かをつけている人たちだけだった。

 

 まさかなとは思っていたが、俺の想像が正しかったと確認できたのは俺の親が顔を見せたからだった。

 

 

 その日俺の顔を覗き込んだのは、独特の髪型をし、弛みきった面をしたおっさんだった。ジロジロと俺の顔を眺め、にちゃりと笑いながら俺の世話をしてくれる人たちに話しかけた。

 

「これが我が息子かえ? わちしにあまり似ておらん気がするが…まあいいえ。お前たち、息子になにかあったら犬の餌にしてやるから覚悟しておくんだえ」

 

 そう言い捨てると、俺の親らしきおっさんは重そうな体を揺らしつつ部屋を出ていった。

 そして俺は悟った。俺が生まれ変わったのは、この世界で最も地位が高く、最も嫌われている天竜人(ゴミクズ)らしいと。

 

 

 実に最悪である。大好きな作品の世界に転生できたという事実には感謝しよう。しかしながら転生先がよろしくない。何を好き好んで天竜人(ゴミクズ)なんぞに生まれなければならなかったのか。

 赤子の体ではできなかったが、できるのであれば顔を覆って叫んでいたところだ。

 

 とはいえ、この世界は前世のような優しい世界ではない。海賊が海を荒らし、政府の手の届かないところでは犯罪が横行しているような厳しい世界である。

 そんな世界で、命や生活の心配をする必要がない天竜人に生まれることができたのは、一応いいことだったと思うことにした。

 

 

 

 そんなこんなで私は3歳になった。

 

 私の親は子供にあまり興味がないらしく、年に数えるほどしか会うことはなかった。特に母親は年に一回顔を見ればいい方だった。生活や金についてはいくらでも出してくれたので、そこはやはり天竜人なんだなと納得した。ついでに言えば、私専属の奴隷以外は1年と経たずに顔ぶれが変わっていくので、やっぱり天竜人(ゴミクズ)天竜人(ゴミクズ)なんだとも再確認した。

 

 原作の何時頃なのか調べるため情報収集したところ、そろそろホーミング聖のところで第一子が生まれると聞いた。ありがたいことに本編よりも大分昔だった。

 

 

 

 

 

 

 そして私は目標を定めた。

 今の天竜人(ゴミクズ)としての金や権力をフル活用して、原作における不幸をなるべく減らす事を。

 

 

 

 

 

 



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クソガキがクソガキを育てる?

筆が遅くてすいません。
次話投稿になります。


 

 ホーミング聖の第一子が生まれて一月が経った。何も考えてないクソガキのフリをしつつ、赤ん坊を見てみたいとホーミング聖の家に押しかけた。若干驚いていたホーミング聖だったが、喜んで家に上げてくれた。

 

 生まれ変わってから初めて見る赤子が将来、親を殺し、海を荒らし、弟を殺し、七武海になり、国を乗っ取る……かもしれないとは夢にも思わないだろう。私だって原作を知っていなければ可愛らしいただの赤子だと思う。正直、一番楽な方法はここで事故を装い……いや、それをすれば最初に定めた原作知識を活用して不幸をなるべく減らすという目標から外れてしまう。ドフラミンゴだって度重なる不幸さえなければもう少し優しい子に育って……くれたかどうかは少し怪しいものだが、私が軌道修正してやれば少しは優しい子に育てられる……はず! と思っても流石に荷が重そうだと思わずにはいられない。

 

 複雑な思いで赤子の顔を見ていると、ホーミング聖が話しかけてきた。

 

「どうだい? うちの子は可愛いだろう」

「え、ええ。この子の名前はなんていうんだえ?」

「この子はドフラミンゴ。優しい子に育ってほしくてつけた名前なんだよ」

「そうなんだえ。ドフラ……言いにくいからドフィだえ。ドフィ、このわっちガルフレドがお前を兄のように育ててやるえ!」

「おや、ガル君は一人っ子だったと思ったが」

「だから弟か妹が欲しかったんだえ。ドフィはわっちが弟みたいに可愛がってやるんだえ」

「そうか! 良かったなぁドフィ、お前にお兄ちゃんができたぞ」

 

 ホーミング聖は私の言葉を疑うこともなく受け入れ、ドフィを抱き上げ頰ずりしている。この人に疑うという考えは最初からないのだろうか。

 ドフィはすやすやと眠っていたのを邪魔されたのが嫌だったのか大声で泣き出し、それに慌ててホーミング聖があたふたし始め、それに混乱したドフィが更に泣くという悪循環をなしている。私はため息をついてホーミング聖に話しかける。

 

「ドフィは急に抱き上げられて驚いているんだえ。少し抱かせて欲しいえ」

「あ、ああ頼む。ドフィ〜どうか泣き止んでおくれ〜」

 

 ホーミング聖からドフィを受け取り、ゆっくりと揺らしながら前世のクラシックを鼻歌で歌う。すると、大泣きしていたドフィは次第に泣き止み、安らかな寝息を立て始めた。ようやく泣き止んだドフィを起こさないようにベビーベッドに下ろし、ホーミング聖に向き直る。

 

「赤ん坊はもう少し慎重に扱ったほうがいいえ。急に抱き上げたりしたら危ないえ」

「そうか、私も初めての子ということで慣れてないんだ。良かったら色々と教えてほしい」

「ホーミング聖、わっちはまだ3歳児だえ。普通はわっちの方が教わる方だと思うえ」

「あれ、そうだったかい? あまりにしっかりしてるからもう少し年上の子だと思っていたが。良かったなぁドフィ、しっかりしたお兄ちゃんができて」

 

 子供に教えられることも子供に注意されることも頓着していないホーミング聖を見ていると毒気が抜けていく。私の親にこんなこと言ったら絶対ぶん殴られて、奴隷が1人か2人は減ることになるだろう。ただの人としてはとても優しく、良い人だ。しかし、やはり天竜人としては異端すぎる。今からゆっくりと話していけば、この人達がマリージョアを出ていくことはないかもしれない。だが、それでは歴史が変わりすぎてこの先の予定が大幅に変わってしまう。更に奴隷の扱いに心を痛めて、ホーミング聖達が早死にする可能性もでてくるだろう。

 まだ関わったのはほんの少しだが、私はこの人が傷つくのは嫌だと思った。なので元々考えていた計画を実行に移すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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クソガキの計画

計画 : 1
世界政府に干渉されない。又は干渉されにくい場所に奴隷などの避難所を作る。

世界政府非加盟国がいい?
どこにするべきか
広い場所
他種族を受け入れられる
侵入されにくい→侵入できなくする?


先日世界政府から外された国
他種族協和を掲げていた
国土は広い ※未開拓の土地も多い

詳細不明の宝?
古代兵器→原作にはないので可能性は低い
財宝→ありそう
歴史の本文→多分違う
悪魔の実→ものによっては食べときたい

移動方法
海軍の軍艦

来る海兵
ガープ→ない
センゴク→話によってはもしかしたら
おつる→場合によっては協力してくれる?
ゼファー→本命 味方にしておきたい
その他→よくわからん 口が固くて味方につけやすくて覇気を教えられるやつなら考える

 ケースバイケースで臨機応変に対処する!




 

 家に戻った私は、父親に下々の世界を見たいとねだった。それを聞いた父親は、相変わらずのにちゃりととした笑みを浮かべお前もそろそろ奴隷に興味を持ったかと喜んだ。たいへん苛立ったが、それを顔に出すと“お願い”を聞いてもらえなさそうだったので笑顔で答える。

 

「わっちもそろそろ自分で選んだ奴隷が欲しいえ。それに下々の無様に働く姿を見て笑える別荘に島も欲しいえ」

「すばらしいえ。そろそろお前も天竜人として下々の扱いを学ばせようと思ってたところだえ。実にちょうど良かったえ〜」

 

 私の言葉に父親は豚みたいに笑い許可を出した。多分何も考えてないんだと思うが、どれだけ金がいるか理解してんだろうかこの豚、と思った私は悪くないと思う。

 

 

 それはそれとして、早速候補地を探すため世経を眺めて良さげな場所を検討する。欲を言えば海賊に襲われたせいで天上金を支払えなくなりかけてる国のある島とかがいい。交渉次第で都合のいい場所にできるかもしれない。

 

 少し探せばどうせあると思っていたが、やはり海賊に襲われたせいで天上金が払えなくなりそうな国があった。取り寄せた地図で島の大きさなどを確認し、軍艦を呼び出した。天竜人のクソガキの戯れにつきあわされる海兵には少々悪いとは思ったが、この先の悲劇を減らすためなので我慢してほしい。

 

 

 軍艦を呼び出して数日、海軍中将が率いる軍艦1隻が到着した。父親はなぜ大将が来ないのだと喚いていたが、私としては中将ならもしかしてといった顔も思い浮かぶので少々期待しながら軍艦に向かった。

 私が到着すると、海軍中将ゼファーが率いる軍艦が到着していた。

 

 正直言って大当たりだ。今の海軍で一番顔を合わせておきたかった人物が来てくれた。

 

「海軍中将ゼファーと申します。今回はガルフレド聖を護衛させていただく光栄を賜り恐悦に存じます」

 

 キレイな敬礼をしつつ思ってもないだろう言葉を述べるゼファー。この後もう全力で働いてもらおうと思う。

 

「このわっちを護衛させてやるからにはせいぜい頑張るんだえ」

「しかし我が息子よ。本当に護衛も世話をする奴隷も連れていかなくていいんだえ?」

「そんなのこいつらにさせればいいんだえ」

「おお、さすが我が息子。頭がいいんだえ」

 

 父を誤魔化すためだが、心にもない言葉を言わなくてはいけないのは辛い。日々頑張っている海兵達にそんな事は思ってもないが、父に報告をしかねない者を近くに置いておきたくはなかった。

 そんな言葉を聞いて腹が立っているのだろう。ゼファーの後ろに並ぶ海兵から歯ぎしりが聞こえる。自分が害されるとは夢にも思っていない父は気づいていないが、私にはその怒りが痛いほどに聞こえてきた。

 

「さて、それじゃあ行ってくるんだえ。二月くらいで帰ってくるえ」

「楽しんでくるえ我が息子よ」

 

 

 

 さほど嬉しくもない見送りを受けて軍艦は出港した。暫くは甲板からマリージョアの方を睨みつけていたが、ゼファーがやってきて話しかけられた。

 

「ガルフレド聖、あまり潮風に当たりすぎるとお体に障ります。船内に移られてはいかがでしょうか」

「そうか。黒腕のゼファー、話がある。艦長室あたりで2人きりで話したい。案内しろ」

「ガルフレド聖? その言葉遣いは」

「いいから早くしろ。誰にも聞かれないようにだ。頼む」

「……分かりました。ご案内します」

 

 下手に聞き返すこともなく、ゼファーは俺を案内し始めた。道中すれ違う海兵達は、私の姿を見るなり慌てて頭を下げる。そんなされたくもない行動を取らせなければならない自分の身分がやはり嫌いになる。

 程なくして艦長室についた。

 

「ガルフレド聖、こちらが艦長室になります。どうぞお入りください」

「うむ、苦しゅうないえ」

 

 私が中に入ると、ゼファーは警備についていた海兵に話しかける。

 

「今からガルフレド聖と内密の話をする。何が聞こえても他言無用であり、話の内容が漏れたと発覚した時点で厳罰を与える。分かったな」

「はっ!」

「また、茶などは……ご入用ですか? ガルフレド聖」

「別にいらんえ。早く来るえ」

「かしこまりました。茶などの差し入れは不要だ。何人もこの部屋の中に入れるな」

「了解しました!」

 

 海兵に注意を行ったあと、ゼファーは部屋へ入り鍵をかけた。自ら茶を淹れ、私の前に出してきた。

 

「茶はいらんと言ったつもりだったが」

「話が長くなりそうでしたので淹れさせていただきました」

「そうか、感謝する」

 

 来客用のソファーに座り、ゼファーの入れてくれた茶を飲むため、下に降りてからずっとつけていたシャボンをはずした。

 

「話というのは、その天竜人らしからぬ振る舞いのことですかな?」

「話が早くて助かる。あなたは私の旅の理由をどう聞いている」

「……世界政府非加盟国一歩手前の国を見学なさる為、と聞き及んでおります」

「そうだ。そしてその国が本当に非加盟国となるようであれば、”島ごと私だけの別荘"にするつもりだ」

「それはっ!」

「今から話すことは他言無用だ。私はそこを奴隷たちの隠し場所にしようと考えている」

「どういった意味でですか」

「我々のような天竜人に虐げられる種族や奴隷たちの避難場所としてだ」

「ッ……」

 

 私の言葉にゼファーは絶句した。それはそうだろう。現行制度の恩恵を一番受けている筈の天竜人の子供が自分の存在を否定するような事を言い放ったのだから。

 

「なぜ、そのようなお考えに至ったのかお聞きしても?」

「……物心ついたときから"声"が聞こえるのだ」

「声?」

「”痛い"、”苦しい”、”助けて”、”帰りたい”、”殺してくれ”、”家族に会いたい”、”なぜ自分がこんなことに”」

「何を言っておられる?」

「朝となく、昼となく。隣の部屋から、隣の家から、地下から。目覚めている限りこんな”声”が聞こえ続ける。こんな生活をどう思う」

「気が……狂うでしょうな」

「それが私の日常だ。今も扉の向こうから聞こえるぞ。”なぜ我々があんなゴミクズのために働かねばならんのだ”とな」

「そんな事はッ」

 

 勢いよく立ち上がるゼファーに向けて手のひらをだし、制止する。

 

「それが天竜人というものだ。私とて貴様らと同じ立場であればそう考える」

「そのお年でなぜそこまで……」

「知らん。だがこれが私だ」

 

 ゼファーは力なく艦長椅子に腰を落とし、黙り込んだ。現状の私を説明するに、言葉は足りていないだろうが普通の天竜人と異なるという事は説明できた。

 

 せっかく淹れてもらった茶は、冷めてしまっていたが存外美味しかった。茶を飲みながらしばらく待っていると、ゼファーが口を開いた。

 

「ガルフレド聖のお考えはなんとなくですが理解いたしました。それで、私に何をやらせたいのですか?」

「現状貴様にやらせたいことは3つだな」

「それは、何を」

「1つ、私の行動をどこにも報告するな。1つ、私の行動に協力しろ。1つ、私に六式と覇気を教えろ。以上だ」

「1つ目は了解しました。ガルフレド聖の行いについてどこにも報告しないことにいたします。2つ目も場合によりますが協力させていただきます。ですが、3つ目は……」

「できんか?」

「お体の出来上がっていない今のガルフレド聖では……」

「そうか。覇気の基礎程度であれば問題なかろう。確か、見聞色と武装色だったか?」

「仰るとおりです」

「私が日々聞いている”声”は見聞色とやらのせいではないか? であれば最低でもそれの扱いは教えてくれ。そうでなければ苛立ちと罪悪感で早晩自死しそうだ」

「分かりました。明日からでもよろしいですか?」

「ああ、頼む」

「それと、私の部下にだけでもガルフレド聖の真意をお話いただけませんか。私の部下たちは口も固く、信頼できる者たちばかりです」

「話すのはいいが、私の戯言を口外すれば侮辱罪程度ではすまんぞ。一族郎党首輪を付けられるかもしれん」

「ご安心ください。絶対に口外などさせませんので」

 

 そうゼファーに促され、甲板へと連れ出された。甲板にはすでに手の離せないもの以外は全員集められている。ゼファーの命令で集められたらしい彼らは、何が起こるのかとざわついていた。

 

「傾注! これから、ガルフレド聖よりお言葉を賜る。心して聞くように!」

 

 ゼファーが集まった海兵へむけ大声で怒鳴りつける。ここまで大げさにやるとは聞いていなかったため、ため息を付きながら私は甲板へ姿を現した。シャボンをつけず、外の空気を吸っている私に海兵達は驚きの目を向ける。天竜人が下界の空気を穢れていると言って嫌っているのは周知のことだからだろう。

 ざわつきながら私を見ている海兵達に拡声電伝虫を向けつつ、声を発する。

 

「まずははじめましてと言うべきだろう。私がガルフレドだ。この2ヶ月程度の旅の間世話になる。よろしく頼む」

 

 大分上から目線の言葉ではあるが、天竜人が頼むなどといった言葉を発したことに海兵達はどよめいた。

 

「この旅の目的地は次の天上金を支払えず世界政府から脱退することとなる国、ソムニアであることは知っているな?」

「「「はっ!」」」

「その目的は、ソムニアを島ごと私の所有物にするためである」

「「「!?」」」

「疑問はあるだろうが最後まで聞け。私はそこを我々のような天竜人(ゴミクズ)に虐げられる種族や奴隷たちの避難場所、隠し場所にする。当然、他の天竜人などを入れることはない。楽園とは言わんが、私のもとに平等で平和な場所として運用する予定だ。質問があれば言ってみろ。この場においては一切不敬罪に問うことはしない」

 

 そう言って海兵達の返答を待つが、ざわついてはいてもこちらへ質問をしてこようとする者は出てこない。誰か一人でも質問をしてくれれば、少しはうまく説明できるかもしれない。そう期待しながら海兵達を見回すが、私と目が合いそうになるとサッと逸らされる。ため息をついて話を終わりにしようとすると、ゼファーが口を開いた。

 

「ガルフレド聖は奴隷を買ったことはありますか」

 

 ゼファーの質問に海兵達は息を呑む。不敬罪に問わないと言われても、実際に質問をしたら罰せられるのではないかという不安にかられ、口を開けなかったのだろう。先陣を切ってゼファーが質問をしてくれてたすかった。

 

「私が奴隷を買ったことはない。ついでに言っておく。私は奴隷を与えられたことはあるが、その者をムチで打ったり屈辱を与えるようなことはしたことはない。貴様の質問の答えはこれでいいか、ゼファー」

「ありがとうございます」

「他の海兵達よ、もう一度言う。好きに質問しろ」

 

 それからは口火を切ったように様々な質問が飛び交った。最初の目的以外になにか考えはあるのか。同じ天竜人は嫌いなのか。天竜人なのになぜ天竜人が嫌いなのか。好きな女はいるのか。好きな食べ物は。嫌いな食べ物は。どんな女がタイプか。等々、最後の方は下ネタな質問が多くなり、ゼファーから一体相手を何歳だと思っとるんだと怒号が放たれ、一気に通夜のような空気になった。

 

「ッフ、フハハハハハハッ! 貴様等、最初の怯えようは何だったのだ! 遠慮もせずに阿呆な質問ばかり重ねおって。実に楽しく、良い者達ばかりだなゼファー」

「大変失礼なバカばかりで恐縮でございますが、いざとなれば頼れる部下ばかりでございます」

「お前達は私の共犯者となってもらう。今の私だけでは、先程の目的を達するための金と権力はあっても実行する力が足りん。そのためにお前達の力を借りたい。とはいえ、私の目的が表に出れば確実に失敗する。目的を隠し、私の犬であるといった汚名を被ってもらわねばならん。口止め料程度は払ってやる。はした金ではできんというのであれば口止め料を受け取り、この船を降りろ」

 

 私の言葉を聞いて船を降りたいという者は誰一人としていなかった。むしろ、絶対に喋らないから協力させてくれと大騒ぎになりかけたが、ゼファーの一瞥でぴしりと整列した。

 

「この通り、我が船の部下たちはガルフレド聖の目的のために協力は惜しみません。どうか、私も含め協力させていただきたい」

「そう固い言葉を使わんでいい。明日からは貴様を師と仰ぎ強くならねばならん。よろしく頼むぞ、ゼファー」

「ふふ、では明日からは厳しくいきますのでしっかりと覚悟をしておいてください」

 

 ゼファーの言葉に、明日からの日々がどうなるかと楽しみになる。又、軍艦一隻分の協力者を得られるとは思ってもいなかった為、正直嬉しくて仕方がない。

 

 

 

 そしてソムニアに着くまでの間、私はゼファー直々の特訓を行うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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クソガキと滅びかけの王国

 

 マリージョアを出発して3週間と少し。私を乗せた軍艦は、もうすぐソムニアへ到着するところまで来ていた。

 

 乗船中の訓練は私の体が幼すぎることもあり、甲板でランニングをするか、マストの綱を登り降りして体力をつけることしかできなかった。又、見聞色を扱えるように、目隠しをして軽く投げられるボールを避ける訓練だけはやらせてもらえた。ただ、武装色はまだ危険だということでどのようなものかを見せられるだけで、実際に扱わせてはもらえなかった。

 

 短期間ではあったが、若干の体力向上はできただろう。更に、見聞色は軽く投げられるボールであればほぼ避けられるようになった。ボールの速度が上がれば避けられるのは半々といったところだが、避けるだけでなく迎え撃つのであればそれなりの速さでも可能だった。

 

「もう少しキツめの鍛錬をしても良いのではないか?」

「身体も出来上がってないガキのくせにあまり生き急ぐな」

「そうか、今のところは我慢しておこう」

「あまり勝手なことをするようであれば鍛錬はせんぞ?」

「まだ体が出来上がっていないのは事実だ。そこについては成長するまで待たねばな」

「そうだな。そのためにも適度な運動とバランスの取れた食事を心がけねばならないな」

「そのあたりの調整はよく分からんから頼む」

「うちの優秀なコックたちに任せておけ」

「ああ」

 

 他の成果としては、ゼファーが口調を崩して話してくれるようになった事。最初の頃は天竜人用の堅苦しい話し方しかしてもらえなかったが、1週間もすれば天竜人らしくもない子供に硬い言葉を使い続けるのが馬鹿らしくなったのか、砕けた口調で話してくれるようになった。

 今後ゼファーに頼みたいことが多数あるため、話しやすくなったことは大きな成果だ。私からの口調が横柄なのは見逃してほしい。いくら私が天竜人としての自分が嫌いでも、その身分を無視しすぎると相手の為にもならないからだ。

 

「ところで、ソムニアには後どれほどで到着できる」

「そうだな。2,3日の間には着けるだろう」

「……なるべく急いでくれ。救える命が減る」

「分かった。全力で急がせよう」

 

 

 

 急がせた軍艦は2日でソムニアに到着した。

 

 

 ソムニアは偉大なる海の前半に存在する国で、島の広さとしてはアラバスタ王国とほぼ同程度。しかしながらその広大な土地に反して人の住んでいる範囲は狭い。その理由として、沿岸部を除く島の奥地は太古から続くとも言われる広大な森が広がっている。その開拓の為には多大な労力が必要とされるため、放置されている。そのため、ソムニアに住む人々は沿岸部から少しだけ切り開かれた唯一の土地で平和に、平凡に暮らしていた。

 

 しかし、1月程前に島の奥地に宝が眠っていると言う噂を聞きつけ、ソムニアに海賊が攻め込んできた。奥地を調べるための拠点として街を欲した海賊たちは、街を荒らし回り、金品を奪い、歯向かう人々を皆殺しにしようとした。

 だが、ソムニアの人々はそれに抗った。国王を中心とした国王軍や、自分たちの国を守るために立ち上がった有志の全力の抵抗によって、どうにか海賊たちを追い出すことには成功した。

 ただし、その代償は大きかった。国王は大怪我を負い、将来を期待されていた王子は討ち死に。それ以外にも、命をかけて戦った兵士や、有志の人々も多くが戦死。街は戦闘や略奪でボロボロ。守りきれなかった場所では民間人の犠牲も多く、国としては終わったようなものだった。

 

 当然、海軍もソムニアを守るために出撃はしたのだが、唐突な嵐に阻まれてしまい、ソムニアに到着した頃にはほぼ全てが終わっていた。

 

 更に運の悪いことに、ソムニアは数年前から続く不作などのせいで天上金の支払いが滞っており、加盟国として存続させるかが議論されていたらしい。我々の航海の途中に行われた臨時の会議で、とうとう世界政府加盟国から外されてしまった。そのため復興もままならず、荒廃したまま放置されることになっている。

 

 

 

「全海兵へ告ぐ。優先順位は第一に妊婦と赤子。次に女子供だ! それ以外の者も決して死なせるな! ”全ての民”を平等に助けろ!!」

「「「了解!!!」」」

 

 ゼファーの声を受け、接岸した軍艦から慌ただしく海兵達が飛び出してゆく。救える命をこれ以上失ってたまるかと言わんばかりに、各々が全力で行動を開始した。突然現れた海兵達に驚きを隠せないソムニアの民達は、困惑しながらも海兵達を案内し始めた。

 

 民達は雨風をしのげる場所に集まって集団生活を行っていた。多くの人が家を失い、家族を失い、行き場を失くして寄り添って生活していた。

 

「ゼファー、私と共に王城へ行ってくれ。残っている王族と話をつける」

「分かった。王城はここからも見える通り壊れてはなさそうだ。中には負傷者なども収容されているだろう。医療部隊と物資も一部持って行かせよう」

「そう……だな。なるべく急いで向かおう」

 

 手早く王城へと向かう人員と、市街地で救援活動を行う人員を分ける。私とゼファーは、分けた人員を伴って王宮へ急いだ。

 道中には戦闘の跡や壊れた建物がそのまま放置されており、復興する余力も残っていないことが見て取れる。

 

 王城へ着くと、門の前で包帯をした兵士が警戒していた。構わずに門へ近づいていくと、槍を向けられ誰何された。

 

「貴様らは……海兵か。世界政府からも見捨てられたこの国に何の用だ」

「救援と、この国の王と話に……だな」

「何だ? ボウヤ、こんなあ、ぶ、な、な、な。て、天竜人!? も、申し訳ございません!!!」

 

 私が話しかけると、案の定兵士達は平伏した。

 

「頭を上げて道を開けろ。この奥に負傷者たちがいるはずだな。後ろの者達を案内しろ。今すぐにだ」

「え、あの、ですが」

「突き当りの広間か。悪いが通るぞ」

「あ! お、お待ち下さい!」

 

 私を奥へ案内していいか迷う兵士を無視し、奥の方から聞こえる”声"を頼りに王城の中を進んでいく。突き当りにあった大扉を開くと、中には大勢のけが人やその家族らしき人々が集まって暮らしていた。

 

「ゼファー」

「ああ。医療班はけが人の治療、その他のものは炊き出しの準備! ソムニアの皆様! 私達は海軍中将ゼファー及びその部下です! 只今より食料の炊き出しとけが人の治療を行わさせていただきます!」

「ほ、本当に海軍が私達の為に来てくれたのか?」

「海軍としてではなく私の道楽という名目だ。それをゼファーが手伝っている形になる」

「あれ、子供? って。て、天竜人!?」

 

 ゼファーの影から私が顔を出すと、広間の中にいる人々は悲鳴を飲み込み平伏し始めた。助けに来たつもりの相手に平伏されるのは悲しいものだが、自分の名前で恩を売る予定のために顔を見せておかない訳にはいかない。ため息をついて平伏した人々に話しかけた。

 

「顔を上げよ。私の名はガルフレド。世界貴族の一員たる天竜人だ。まずは海兵たちが持ってきた食料や薬などで腹を満たし、治療を受けろ。無礼討ちなどは一切ない。早くしろ」

「ガルフレド聖の言う通りだ。治療はより重症のものを優先して行う。医療班を案内してくれ」

「は、はい。こちらになります」

 

 混乱冷めやらぬも、医療班や食料を運んできた海兵たちが案内されてゆく。ゼファーはそれが滞りなく行われるよう見張っていた。

 問題なく治療などが行われ始めた事を確認してから、私は近くの老人に話しかけた。

 

「そこの老人」

「はい、何でございましょうか」

「この国の国王たちはどこにいる」

「国王陛下方は城外の避難所に残り少ない食料などを配りに行きましたので、しばらくすれば戻ってこられるかと思います」

「そうか」

 

 しばらく待っていると、屈強そうな体に包帯と貧相な服を纏った壮年の男が慌てた足音で広間に駆け込んできた。

 

「救援が来たというのは本当なのか!? 民は助かるのか!?」

 

 息を切らしつつ広間に駆け込んできた男は、近くにいた海兵につかみかかり質問した。首元を掴まれた海兵はガクガクと揺らされ答えようにも答えられそうにない。

 

「救援物資を届けに来たのは事実だ。助けられる命は助けるよう尽力させる。それよりも貴様がつかみかかっている海兵の命のほうが危険にさらされているぞ」

「ん? ああ、すまなかった」

 

 私の言葉でようやく、自分がつかみかかっている海兵が泡を吹いていることに気づいた男は、半分意識を失いかけている海兵をそっと地面に横たわらせた。そして私の方に向き直ると、両手を地面につき頭を下げた。

 

「それで、貴方様が我が国の為に海軍を連れてきてくださったのですね。そのおかげで多くの民が救われることになりました。大変ありがとうございます」

「頭を上げろ。ただの善意で行ったことではない。私にとっての利のために必要だったからしたまでだ」

「それでも、世界政府から見捨てられた我が国にとっては得られるとは思っていなかった救いの手です。ところで、お名前を伺っていませんでしたが……よろしければお聞きしても?」

「ガルフレドだ。一応は天竜人の末席に名を連ねている」

「私はソムニア国王ソルドと申します。ところで、このソムニアにいらっしゃった本当の理由をお伺いしても?」

「……話すには人が多すぎるな。どこか内密な話がしやすい場所を用意してくれ。後からゼファーと共に向かわせてもらう。そちらは残っている王族を全員集めておいてくれ」

「分かりました。王宮の中で内密な話ができる場所となると王家の私室が比較的マシでしょうな。準備をいたしますのでしばらくお待ち下さい」

「分かった」

 

 そう言ってソルド王は広間を後にした。

 この後の話が私の計画において一番重要になってくる。私ははやる心を落ち着かせながら、広間にいる人々が治療を施されたり食事を摂るのを眺めていた。

 

 

 

 

 



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クソガキと計画の詳細?

 

 待つこと30分程度だったろうか。ソルド王が私とゼファーを呼びに来た。ソルド王の後ろには、王妃らしきソルド王と同年代らしき女性と、その娘と思われるお腹の大きな女性がいた。

 

「大変お待たせいたしました。場所の準備ができましたのでお二人を案内させていただきます」

「分かった。行くぞ、ゼファー」

「はっ」

 

 

 

 ソルド王の案内で城の奥にある王族の私室へと案内された。若干荒れてはいたが、中には机と椅子が用意されており、私達はそれぞれ示された席に座った。

 

「それではまず、我々の自己紹介からさせていただいてもよろしいですかな?」

「構わん」

「ありがとうございます。改めまして、私がソムニア国の王ソルド。隣にいるのが私の妻、フラン。反対におりますのが我が子グラムの妻、リスタと申します」

 

 ソルド王の紹介に合わせてそれぞれが席を立ち、礼をしてくる。鷹揚にそれを受け、自らも自己紹介をする。

 

「私はガルフレド。世界貴族というゴミの末席に名を連ねる者だ。こちらはゼファー。海軍中将であり、私の道楽に手を貸してくれる優しい男だ」

 

 私の自己紹介と自分の紹介のされ方にゼファーがこめかみを抑えため息をつく。そして、目の前にいる3人は世界貴族をゴミ呼ばわりした私に目を白黒させていた。

 それを見たゼファーは、もう一度ため息をつき口を開いた。

 

「ガルフレド聖、いくら内心でそう思っていても口に出してはならない事があるぞ」

「分かっている。だが、ここで話を少しでも早く進める為には私が普通の天竜人とは異なることを示しておくのが一番だろう」

「だからと言っていきなりあのような言動では相手を混乱させてしまうだけだろう」

「やはり頭が硬いなゼファー」

「俺の頭が硬いのではなくお前の言動が非常識なのだ!」

 

 私の言葉にゼファーが少し声を荒らげた。しかし、すぐにソムニアの王族の前であることを思い出し、咳払いをして神妙な顔をした。それが面白く軽く笑っていると、ソルド王が話しかけてきた。

 

「あの、失礼ですがガルフレド聖はなんの目的があってこのソムニアを訪れたのでしょうか。この国は先日、天上金を支払えず世界政府非加盟国になりました。そのような国に世界貴族の方が一体何の用で訪れたのですか?」

 

 ソルド王は単刀直入に質問をしてきた。その問いに対し、私は率直に答える。

 

「この国、及びこの島を私の別荘地にすることにした」

 

 私の答えにソルド王は席を立ち上がりかけたが、ゼファーが視線で圧を送り席に戻った。

 

「その理由は……我が国をまるごと奴隷にでもするおつもりですか」

「違うな。私はここを奴隷や多くの種族の避難所のように使うつもりだ」

「避難所?」

「世界では、天竜人を始めとして奴隷を使う者たちが多くいる。そのために強制的にであったり、拐われる等して奴隷になる者も多くいる。それ以外にも迫害される種族はより奴隷にされやすい。その者たちを世間の目から隠し、元の場所に戻したり解放するためには時間と、何より場所が必要だ。その為の場所として、ソムニアがほしい」

 

 先に説明しておいたゼファー以外は全員絶句している。天竜人がこのような事を言った事。そして、その天竜人が私のような小さな子供だという事。それ以外にも混乱する要素はあるだろうが、衝撃が大きすぎて何も言葉が出なくなっていた。

 

 最初に立ち直ったのはソルド王だった。

 

「この計画は、全てガルフレド聖ご自身で考えられたものなのですか」

「私はこの計画を聞かされていただけで、内容は全てガルフレド聖ご自身が考えられたのでしょうな」

 

 ゼファーの方を向き、信じられないといった顔で質問をし、その答えにやはり信じられないといった顔で私を見る。

 

「この計画を考えているのは全て私だ。ゼファーにはそれを手助けしてもらっている」

 

 ソルド王は大きく深呼吸をし、私に鋭い視線を向けた。

 

「それでは今後、この国はガルフレド聖の統治下におかれるということですかな?」

「いいや、ソルド王達がそのまま治めてくれ」

「なぜです?」

「私個人は外で他にやることがある。この国ばかりに関わっているわけにもいかん。方針や、やって欲しい事については口を出すが、それ以外についてはある程度自由にやっていい」

「それでは、失礼ですがこの国の民が奴隷にされることはないと断言していただけますか」

「おい、それは流石に不敬だと」

 

 それまで静かに話を聞いていただけのフラン王妃が私に顔を向け問いかけてきた。ソルド王が遮ろうとするのを止め、王妃に向き直る。

 

「この国の民を奴隷にすることはない。奴隷だった者たちを連れ込みはするがな」

 

 私が答えると、フラン王妃は私の目をじっと見つめ、暫らくしてから大きく息をはいた。

 

「申し訳ございませんでした。この国は私共にとって何よりも大切な場所なのでございます。例え国としての体を保てずとも、民にはなるべく苦しんでほしくないのでございます。ガルフレド聖のお言葉に嘘は感じられませんでした。旦那様、私はこの方を信じて良いと思いますわ」

「信じてくれて感謝する」

 

 

 

「私は信じられません」

「リスタ!?」

 

 それまで黙っていたリスタ妃が突然口を開いた。

 

「なぜ、今更我が国を必要とするのです。つい先日まで加盟国であったのに、その時には何一つとして支援もしなかったくせに」

 

 リスタ妃の目は暗く淀んでいた。

 

「目障りだったのでしょう? この国が。世界政府加盟国の中でも異端とされるこの国が。人間だけでなく、魚人族や人魚族を始めとして多くの種族が平等に暮らしているこの国が! レヴェリーにおいてもキレイ事ばかり抜かす小国として目障りだったんでしょう! その所為でソムニアは! 旦那様はッ! ウワァァァーッ!」

 

 喋っているうちに感情が昂ぶってしまったのか、リスタ妃はこちらを睨みつけながら泣き出してしまった。

 

「ソルド王、リスタ妃を落ち着かせてもらえないか。話以前にリスタ妃にも、お腹の子にもよろしくない」

「あなた達のような天竜人に心配などされたくないッ! 旦那様の代わりにあなた達が死ねばよかったんだッ!」

「ゼファー! 医者を連れてこい! このまま癇癪が続けばリスタ妃の体に障る! ソルド王! リスタ妃を抑えてくれ!」

「分かった!」

「う、うむ!」

 

 立ち上がり泣き叫ぶリスタ妃をソルド王に抑えてもらい、その間にゼファーに医者を連れてこさせる。

 

 

 

 さほど時間をおかずゼファーが医療班の一人を連れて戻り、リスタ妃に鎮静剤を打った。するとリスタ妃は糸が切れたように倒れかけ、慌ててソルド王と医療班の海兵が支えた。

 

「お腹の子供への負担を考え、それほど強い薬は打っていないはずですが……」

「我が子であるグラムが海賊共と相討ちになってからというもの、リスタはまともに寝たりできておらんかったのだ。気丈に振る舞ってはいたが……」

「それも我々の罪の一つだな。ソルド王、リスタ妃を寝所等に連れていき休ませてやれ。海兵、医療班に女性がいれば優先的にリスタ妃につけろ。避難者の中に助産師かいなければ出産の経験のある者をつけておけ」

「はっ! ですが、助産師などはなぜでしょう」

「気の所為であればいいが……。ソルド王、リスタ妃はそろそろ臨月ではないのか」

「え、ええ。何事もなければもう少し先だと宮廷医に診断されていたはずですが」

「精神的負荷により出産が早まることがあると先日読んだ書籍に書いてあった。今がその状態だろう」

「言われればそのとおりでございます! 急いで避難民の中から助産師などを探してまいります!」

 

 慌てて海兵が広間へと走っていった。助産師などを呼びに行っている間に、リスタ妃をベッドのある部屋へと移した。

 さほど時間をおかず、呼ばれてきた助産師たちに後を任せ、私達は元の場所に戻り席についた。

 

「先程は私達の娘であるリスタが大変失礼をいたしました」

「構わん。愛する者を亡くし、その原因ならずも遠因になった者達の筆頭のような輩が突然現れ、愛する者が守った国を己のものにするなどと抜かしたのだ。気の1つや2つ動転するのも無理はなかろう」

「ご配慮いただきありがとうございます」

 

 ソルド王からの謝罪を受けたが、正直心が痛くてたまらない。ソムニアが襲われたことについては何も関与していなかったが、ここの情報を得た時には自分の計画に都合のいい場所ができたと喜んでしまった。多くの国民が犠牲になったと、紙の上の数字でしか考えておらず、その裏でどれだけの人々が悲しみ、苦しんでいたのか理解できていなかった。これから多くの奴隷たちを救うとぬかしておいてこの体たらく。この世界の厳しさを改めて叩きつけられた気分だ。

 

「あの、ガルフレド聖。やはりご気分を害されましたでしょうか」

 

 そんな風に考えつつ黙り込んでいると、フラン王妃が焦りを顔ににじませつつ話しかけてきた。

 

「あ、いや。そうではない。己の至らなさに歯噛みしていただけだ。気分を害したわけではない」

「そうでございますか。失礼いたしました」

 

 その答えを聞いてフラン王妃は安堵したように息をはいた。先程の質問はリスタ妃の事を心配してのものだろう。それほどまでに愛されているところを見るに、大変仲が良いのだろう。少し羨ましくなる。

 

「フラン王妃、良ければリスタ妃の所へついていたらどうだろうか。目覚めたときに家族が側にいれば安心できるだろう」

「よろしいのですか?」

「この後の話はソルド王だけでも問題ない。早く行ってやるといい」

「ありがとうございます。それでは」

 

 よほどリスタ妃のことが心配だったのか、フラン王妃は挨拶もそこそこに足早にリスタ妃の方へと走っていった。

 それを見送って、ソルド王の方へと向き直る。

 

 

「さて、ソルド王。今後の方針としてだが……ソムニアには鎖国してもらう」

「は? 鎖国、ですか?」

「そうだ、かの有名なワノ国のようにな」

「鎖国と言われましても、今のソムニアはそれ以前の問題でして……」

「分かっている。だからまずは、この国が飢えずに済む程度まで復興させよう。それ以降の計画については又時間を置いて話すとする。何しろ私はこれでも3歳児なのだぞ。流石に疲れた」

「あ……そ、そうでしたな」

「そういえばそうだったな。振る舞い方が堂に入っていたから忘れていた」

「忘れてくれるな」

 

 今更思い出したといったようにぽかんとした顔のソルド王と、腕組みをしながら頷くゼファーに苦言を呈しつつあくびをする。実際にそれほど動いたつもりはないが、3歳児の体はすでに休息を欲していた。

 

「ソルド王、明日は城の宝物庫等を見せてくれ。金銭に変えられるようなものは残していないだろうが、使えるものがあれば使ったほうがいい。ゼファー、すまんが軍艦の部屋まで運んでくれ。眠くて動けそうにない」

「分かった」

 

 返事をするとゼファーは、私を荷物のように肩に担いだ。

 

「私は荷物ではないのだぞ。もう少し、考えた運び方をしてくれんか」

「お前ならこの運び方でも問題なかろう」

「そうか……。それではソルド王、また明日」

「え、ええ。また明日……」

 

 唖然とした顔をするソルド王を尻目に、私はゼファーに担がれて部屋を後にする。

 思った以上に疲れていたのか、ゼファーの肩で揺られつつ私は意識を手放した。

 

 

 

 



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クソガキと宝物庫

 

 

 

 翌朝、目が冷めてからすぐに日課となったジョギングを行う。海兵たちに挨拶をされつつ軽く汗を流し、用意されていた朝食をとる。

 朝食を食べ終わった頃にゼファーが部屋に顔を出した。

 

「そろそろソルド王たちも起きている頃だろう。行くか?」

「うむ、すぐに支度をする。少し待て」

 

 いかにも天竜人といった服を着るのは好きではないが、現状外で身を守ってくれるのはこの身分が一番強い為、しかたなく袖を通す。動きにくそうな見た目にも関わらず、思った以上に動きやすいのが釈然としない。

 

 

「待たせた。行こう」

「ああ。俺とガルフレド聖は王宮へ向かう。お前達は昨日と同様、瓦礫の撤去等を行え」

「「「はっ!」」」

 

 ゼファーが海兵たちに指示を下すのを待ち、私達は王宮へ向かった。

 

 

 

 昨日と同じ道を辿って王城へ歩く。海兵たちの頑張りのお陰で、道の瓦礫は昨日よりは片付けられていた。

 道中、作業をしている海兵から挨拶を受けつつ、王城へ到着した。

 

「お、お疲れ様でございます!」

「あ、ああ。ご苦労」

 

 緊張からか、不思議な挨拶をする兵士たちの守る門を抜け、避難民の居る広間へと向かう。

 

「面白い兵士だったな」

「おい、自分が天竜人だという事を忘れていないか?」

「忘れてなどいない。私がこんな態度だからあの兵士もどのような言葉遣いをすればいいのか分からんのだろう」

「分かっているのなら笑ってやるな」

「面白いものは面白いのだ」

 

 雑談をしながら歩いていると、すぐに広間へついた。

 昨日のような暗い雰囲気は薄れ、耳に入る話し声も若干明るいような気がする。

 少し周囲を観察していると、奥からソルド王がやってきた。

 

「おはようございます。本日は昨日の件ですな」

「ああ。その前にリスタ妃の容態はどうだ?」

「あまり芳しくはないようです。医者によれば、早ければ今日にでもとの話だそうで」

「そうか、何事もなければいいな」

「ええ。では案内いたします」

 

 他愛のない雑談を交えつつ、宝物庫へと案内される。道中にはいくつかの鍵付き扉を挟んでおり、無闇に侵入できないようにされていた。

 

「宝物庫とは思っていたよりも厳重に守られているのだな。どこの国もこのように厳重なのだろうか」

「ここまで厳重に守っている国は少ないでしょう。今は私がすべての鍵を持っていますが、実際は1つずつ別の者が持つようにされておりましたので」

「なぜそこまで警戒するのだ? それほど貴重なものがこの国にあるのか」

「海賊の襲撃後、支援を求めるためなどで大半の宝飾品や美術品、貴金属は放出してしまいましたので……。現在残っているのは価値がないと言われたり、手放してはならないとされているもののみです」

「そうか。まぁ何か利用できるものが残っているかもしれん。見るだけ見ておこう」

「分かりました」

 

 ようやく宝物庫に着くと、これまでで一番厚い扉があった。

 

「この向こうです」

 

 ソルド王が鍵を開け、ゼファーと二人で両開きの扉を押し開けた。中はガランとしており、古そうな箱や武器が数点転がっているだけだった。

 中に入り、残っていたものを手にとって見てみる。

 

「ゼファー、転がっている武器が業物だったりしないか?」

「残念ながら俺が知っている限り、ここにある武器に業物は混じっていないな」

「一応箱の方なども見ておくか」

 

 転がっていた武器は残念ながらただ古いだけで、価値のある業物であったりはしなかった。同じく箱の中身も確認はしたが、一緒にされていた説明を読む限り歴代の王族の些細な記念品ばかりで、金銭に替えられるものは残っていなかった。

 

「残念だな。なにかいいものが残っていて復興の足しになるかと思ったのだが」

「そう上手くはいかないでしょう。私達もどうにか民を助ける足しになるものはないかと虱潰しに探しましたので」

「でしょうな。ガルフレド聖、諦めたほうがいいだろう」

「扉の外で待っていてくれ。大人の目では分からんところに何かあるかもしれん」

「分かった。何かあれば声をかけろよ」

 

 ゼファー達は扉の外へ向かい、私は宝物庫の床を眺める。

 実を言えば、この宝物庫に入ったときから何かに呼ばれているような気がしていた。転がっている武器や箱の中かと思ったのだが、聞こえる声に変わりはなかった。

 じっくりと床を眺めつつ宝物庫の中を歩いてみる。すると、中央から奥に行こうとすると微かに"声"が強く聞こえる気がした。

 若干ホコリの積もった床に顔を近づけてよく観察すると、ほんの少し動きそうな床板があった。

 

「ゼファー、ここに動きそうな床板があった。動かせるか」

「何?」

 

 ゼファーを呼び、床板を動かさせる。その下にあったのはピタリと収まる石で閉じられた地下への通路だった。

 

「なっ、宝物庫の床にこんなものが!?」

「あったのだな。普通、宝物庫にはそれなりの量の財宝が置かれている。床を見る機会もそう多くはないだろう。気づかんのも無理はないだろうな」

「そうだな。ゼファー、抜けるか?」

「まあ任せろ」

 

 ピタリと収まった石に武装色で固めた指で穴を開け、ゆっくりと引き抜いていく。思った以上に深く嵌まっていた石を壊さないようにゆっくりと引き抜いていき、2メートル程度引き抜いたところでようやく抜けきった。

 

「ぞ、存外深かったのですな」

「ここに来てから一番神経を使ったぞ。で、穴の中はどうだ」

「そこまで深くはなさそうですな。大体3メートル程で底になるでしょう。ですが……」

「そうだな」

 

 地下への抜け穴が見つかったのはいいのだが、その大きさがよろしくない。直径が40センチ程の円形で、その内側に手や足をかけられそうな掘り込みがしてある。

 

「大人では入れそうにないな」

「明かりになりそうなものを持ってきてくれ。私が入ってみよう」

「なっ!? させる訳がないだろう! 自分をなんだと思ってるんだ!」

「そ、そうです! 天竜人にもしものことがあれば!」

 

 大人では入れそうにないため私が行こうとすれば、全力で止められた。

 

「分かっている。少し降りて中を覗いてみるだけだ。長く続いているようであればすぐ戻る」

「……絶対にすぐ戻るんだぞ」

「いいのですか!?」

「よければ一筆書くぞ。この件については責任を問わんと」

「馬鹿なことを言わないでください。お願いですからすぐに戻ってきてくださいね」

「うむ」

 

 ちょうど宝物庫にあった、小さなぼんやりと光る石を懐に入れ、私は穴の中をゆっくり降りた。底につくと、私が立って歩ける程度の横穴があった。

 石を使い軽く照らしてみると、そこまで長くは続いておらず、数メートル進んで行き止まりになっている。

 特に仕掛けがあるわけでもなさそうであったし、何よりずっと聞こえていた"声"は奥にある箱から聞こえていたようだった。

 

「ゼファー。下には横穴があった。すぐ奥に小さな箱がある。危険な感じはせん。取ってくる」

「何を言ってる! 確認できたのなら戻れ! おい!」

 

 ゼファーが大声で呼んでいるが、目の前からする"声"の方がより強く私を呼んでいた。警戒はしているつもりだが、なぜか吸い寄せられるように箱へ近づいていく。

 何事もなく箱へとたどり着き、石で外観を照らしてみる。箱をよく見てみると、寄せ木細工の秘密箱のようだ。

 開け方を知るわけもないはずなのに、なぜか順番が聞こえる。聞こえたように動かしていくと、その中に入っていたのは……悪魔の実だった。

 

「なぜこんな場所に悪魔の実が?」

 

 混乱しつつも"声"をよく聞いてみるが、もう聞こえなくなっていた。箱の中をよくよく調べてみると、古い紙が入っている。何が書かれているのか読んでみると、それは悪魔の実の名前だった。

 

超人(パラミシア)系:ユメユメの実か。私が考えられる能力ならば……。まあ一度持って戻るか」

 

 正直を言えば、ここでこの実を食べてしまったとしても誤魔化しは効くだろう。しかしながら、それをやってしらを切り通せる程、面の皮はまだ厚くない。

 箱を元のように閉じ、縦穴の場所まで引きずっていく。それほど重くはなかったため、私一人でもどうにか引きずることができた。

 上に続く穴から覗き込んでいる顔を見ると、ソルド王はホッとした表情をしていたが、ゼファーは凄まじいまでに青筋を立てていた。

 

「すぐ戻ると言っただろうが」

「だからすぐに戻ったではないか」

「中を少し覗いたら戻ると言っただろう」

「ほんの少し奥に行ってみただけだ。それよりも中に箱があった。引き上げさせたい。何か紐を持ってきてくれ」

「早く上がってこい。すぐという言葉の意味を教えてやる」

「ハァ……。ソルド王早く紐を持ってきてくれ」

「いや、あの……分かりました」

「おい! 聞いているのか!」

 

 完全にブチ切れているゼファーを無視してソルド王に指示を出す。ゼファーの顔を見て一瞬どうするかと迷ったようだが、下手なことを言って矛先を向けられる前にと宝物庫を出ていった。

 

 さほど時間をおかずに、ソルド王が紐を持って戻ってきた。その間ゼファーはずっと怒っていたが、ソルド王が戻ってきたのを確認すると一度矛を収めた。

 

「さっさと縄を縛り付けて登ってこい。説教はそれからだ」

「結局説教をするのか」

 

 箱に降ろされた紐の先端を巻き付け、しっかりと固定する。

 

「固定した。引き上げてくれ」

 

 声をかけるとすぐに箱は持ち上げられていった。それに続くように上へと上がる。穴を出るとすぐにゼファーからの拳骨をもらった。

 

「すぐに戻ると言ったのは何だったんだ小僧」

「危険はないと感じたからの行動だ。実際に何もなかっただろう」

「もしも何かあったらどうするつもりだったんだ! お前一人の問題ではなくなるのだぞ!」

 

 拳骨の痛みをこらえながら反論してみるが、ゼファーの怒りに油を注ぐだけであり、暫くゼファーからの説教を聞き続ける事になった。

 

「いいか、自分の身分を考えてわきまえた行動をしろ。何もするなとは言わんが、危険に率先して首を突っ込むのはやめておけ」

「善処しよう」

 

 ゼファーの説教をききながし、ソルド王の方へ向き直る。私達のやり取りに口を挟むこともできず、箱を目の前に半ば置物のようになっていたが、私の声でようやく口を開いた。

 

「私のことは忘れられているものかと思いました」

「すまん。私のせいで余計な時間を食わせたな」

「いえ、そんなことは……」

「それよりも。その箱だが、なにか知っているか?」

「あいにく、こんなものがあるとは先代からも聞いたことがございません」

「そうか……」

 

 箱のことは何一つとして伝わっていないようだ。

 

「この箱の開け方は?」

「俺は分からんな」

「申し訳ありませんが……」

「壊しそうであれば止めるので、私が試してもいいか?」

「い、いいですが。その」

 

 ソルド王はゼファーの顔色をうかがう。

 

「火薬の匂いもせん。試すだけ試してもいいだろう」

 

 ゼファーからの了承を受け、先程のように寄せ木細工の箱を動かしていく。時折、わざと順番が分からないふりをしつつ、時間をかけて箱を開けていく。

 たっぷりと時間を使い、ようやく箱を開け終えた。蓋を開くと、その中を見たゼファーとソルド王は驚きの声を上げる。

 

「悪魔の実だと!?」

「悪魔の実ですか!?」

「そのようだな。良かったではないか。悪魔の実は高く売れると聞いたことがある」

「ですが、これは……。多分売りに出せません」

「なぜ……。あぁ、先日の海賊の所為か」

「あの海賊共はこの島に宝が眠るという噂でやってきました。それを裏付けるようなものはとても表にはできません」

「そうだな」

 

 ソルド王の言葉で、自分の考えが浅かったと思い知った。何か財宝でも出ればそれを元手に復興の足がかりにできるとしか考えていなかった。

 もう少し深く考えなければと反省しようと思ったが、そこで一つ思いついた。

 

「ソルド王。その悪魔の実、箱ごと私に売れ」

「な、それだとしても結果は同じでございます。むしろ、天竜人が手に入れたがる宝がある時点で噂を補強することになりかねません!」

「なに、中身がなければ問題なかろう」

 

 そう言って私は、中に入っていた悪魔の実を持ち上げかぶり付いた。口の中に想像したこともない不味さが広がる。なんとも形容し難い絶妙な不味さで、一口以降かじり付きたくない。が、悪魔の実があったという証拠を残すわけにもいかないため、むりやり口の中に押し込んだ。

 突然の私の行動に、ソルド王もゼファーも呆気にとられたまま見つめているだけだった。だが、私が最後のひとかけを口に入れた瞬間、我に返り私に掴みかかった。

 

「なっ何をしているんだ! 吐け! 今すぐ全部吐き出せッ!」

「ガ、ガルフレド聖が悪魔の実を? いやまさかそんな。私はまだ寝ているようだ。早く起きねば」

「ソルド王! お気を確かに! これは現実だ! それよりも、いいから早く吐き出せえ!」

「残念ながら手遅れだな。もう全て飲み込んでしまった」

「この大馬鹿者がーッ!!!」

 

 こうして、ゼファーの怒声を聞きつつ、私は能力者になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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クソガキの能力

 

 

 悪魔の実を食べた私に対し、ゼファーは延々と説教をしてきた。やれ馬鹿だの、やれ2度と泳ぐことができんのだぞだの、やれ天竜人が何をしているだのと。全て聞き流し、再びソルド王の方を向く。

 

「さて、これで私が買うのはただの珍しい箱だけになった。天竜人の道楽で買うものに大きな価値はない。噂を補強するようなことにはならんだろう」

「な、なるほど? 確かにそれであれば誤魔化しは効くかもしれませんな」

「まぁ誤魔化しが効かずとも、天竜人の手が入った場所に手を出そうというバカはそうはいないだろう」

 

 これで金銭に関する問題はひとまず解決したとしておく。ソルド王も若干の不安はあれども一応の納得を見せた。

 

「ところで小僧。お前が食った悪魔の実の能力は何だったんだ」

「ふむ、そうだな。ゼファー少しこちらへ来てくれ」

「? 何だ?」

 

 ゼファーが私の近くへ寄り、しゃがみこんだところで声をかける。

 

「"眠れ"」

 

 すると、ゼファーはゆっくりと床に倒れ込んだ。

 

「え? あ、ガルフレド聖!? 一体何を!?」

 

 それを見てソルド王は私を警戒した目で見る。

 

「私の悪魔の実の能力だ。ゼファーのことは心配するな、ただ眠っているだけだ」

「眠っているだけ? 一体何の能力なのですか」

「箱の中に古い紙が入っているだろう。そこに私の食った実の名前が書かれている」

「古い紙?」

 

 ソルド王は寄せ木細工の箱の中を覗き込んだ。そして古い紙を見つけ、中の文字を読む。

 

「ユメユメの実……ですか?」

「そうだ。この実を食った者は夢に関するありとあらゆる事ができるようになる……かもしれん」

「かも、ですか」

「ああ。実際に何ができるのかは追々確認しなければならんが、とりあえず起きている者を夢の世界に引きずり込むことはできるようだな」

 

 そう言ってゼファーの方を見る。床に倒れ込んだゼファーはそのままの姿勢で寝息を立てていた。

 

「では、何時ゼファー殿は起きられるのですか?」

「分からん」

「え!?」

「とりあえずは少し待て。夢の中のゼファーと話している」

「夢の中?」

 

 首を傾げるソルド王を放っておいて、夢の中に集中する。夢の中では、ゼファーが私に襲いかかっていた。

 

 

 

 話は私がゼファーを眠らせたところまで戻る。

 

 能力で眠らされたゼファーは、気づけば何もない荒野にいた。

 

「ここは、どこだ? 小僧とソルド王はどこに行った?」

 

 あたりを見回すが、人どころか何の生物も居そうにない。見聞色で辺りを探るが、何も感じ取れなかった。

 

「おい! 誰かいないのか!」

 

 声を上げ周囲を見渡す。やはりここには自分ひとりしか居ないと確認できた。

 

 すると突然、目の前の空間がぐにゃりと歪み、そこからガルフレドが現れた。

 

「ふむ、こうなっているのか。面白いものだ」

「おい小僧。貴様一体何をした。ここは何だ」

 

 突然現れて辺りを観察する私を睨みつけ、ゼファーが詰問する。

 

「答えろ! さっきの悪魔の実の能力か!」

「ああ、私の悪魔の実の能力だ。私が食ったのはユメユメの実というらしい。能力を確認するため、試しにゼファーにかけてみた。今ゼファーと私が居るのは夢の中といったところだな」

「ソルド王にはかけていないだろうな」

「ゼファーにしかかけていない」

 

 それを聞きゼファーは、安堵してよいやら怒ればよいやらといった感じでため息をつく。そして、ふと思い出したように顔を上げた。

 

「そういえば小僧。ここは夢の中と言ったか?」

「? ああ、言った」

「ではここで起こることは現実には何も関係ないんだな?」

 

 なぜか獰猛な笑みを浮かべながらこちらを見てくるゼファー。大分嫌な予感がしつつも正直に答える。

 

「この中で起こったことは現実には反映されんが……それがどうしたというのだ?」

「そうかそうか」

 

 私の答えを聞き、満面の笑みを浮かべつつゼファーがこちらへ歩み寄る。だが、その笑みは嬉しいや楽しいというよりも、獲物を見つけた肉食獣が舌舐めずりしているような笑みだった。拳をゴキリと鳴らしゆっくりと近づいてくる。

 何をしようとしているのか薄々想像がつくが、丁度いい。夢の中における能力の把握のために付き合うことにした。

 

「いい加減小僧の勝手な行動には灸をすえてやらんといかんと思っていた所だ。ここが現実に関係ないのであれば一切の容赦はいらんな!」

 

 そう言い放ち、ゼファーが殴りかかってきた。その腕は黒く染まっており、一切の手加減も考えていないことは明白だった。

 大ぶりの一撃を後ろに下がって躱し、距離を取る。早めに避けたおかげで、砕かれた地面に足を取られることもなく距離を取ることができた。

 

「ほう。よく避けたな」

「見え透いた一撃だったからな」

「ならば連続でぶん殴るとしよう!」

 

 最初の一撃を躱されたゼファーは笑みを浮かべ、再び殴りかかってくる。横薙ぎの拳を下に潜り込んで躱すと、すぐさま下から突き上げるように拳が飛んでくる。それを後ろに転がりながら避け、次の打ち下ろしを横に避ける。

 かすっただけでも吹き飛ばされそうな連撃を休むことなく躱し続ける。現実であればすぐに体力が尽きてしまい躱しきれなくなるだろうが、夢の中であれば体力が尽きる事もない。精神を削るような猛攻を見聞色で紙一重で躱し続けていると、拳が当たらないことに痺れを切らしたゼファーが挑発をしてきた。

 

「おい! 小僧! 避ける! しか! できんのか! 少しは! 反! 撃! してみろォ!」

 

 拳を振るう合間に一言ずつではあるが挑発をされる。こちらとしても攻撃をされるばかりで少しは反撃したいところだったので、大振りの一撃を躱すと同時に大きく距離を取った。

 

「どうした。少しは反撃するつもりになったか。それとも俺の拳を受け入れる気になったか」

「そうだな。ゼファーの拳を受ける気はサラサラないが、貴様ばかりに攻撃させるのも面白くない。私からも少しは反撃してみよう!」

 

 そして私は周囲の地面に意識を向け、土や岩を拳の形に変え浮かべる。

 

「な、に?」

 

 驚愕の表情を浮かべるゼファーを無視してその拳を増やし、大きく作り上げる。出来上がったのは、私の身長より少し大きいサイズの二対の拳だった。

 

「おい、それはどういう……」

「ここは夢の中だからな。できると思ったのでやってみた」

「そうか……俺にもできるのか?」

「知らん。やってみたらどうだ?」

「そうだな」

 

 私の言葉に同意して、ゼファーも地面を操れるのかどうか試し始めた。それを気にせず、作った拳を圧縮したり動かしてみる。適当に宙を舞わしてみたり、思い切り速度を出して地面に叩き込んだり軽いコンビネーションを試す。

 暫く遊んでいたが、ゼファーから声をかけられ振り向く。

 

「俺ではできんようだな」

「そうか。やはり能力者本人でなければ夢の中を自由に操ることはできんのかもしれんな」

「もしくは能力者本人の許可がいるのかもしれんぞ」

「そうか、では今ならできるか?」

「そうだな、試してみよう」

 

 ゼファーの思いつきを受け、なんとなく許可を出してみる。そしてゼファーが地面へと意識を向けると、地面がゆっくりと持ち上がった。しかし持ち上がったのはいいが、持ち上がる速度もその形が変わるのも緩慢で、私のときのように簡単に変わりはしなかった。その上、出来上がったものも丸い土の塊といった感じで、お世辞にも拳とは言えないものだった。

 

「それが限界か?」

「そのッ、ようだなッ!」

 

 更に、その形を維持するために極度に集中しなければならないようで、拳のようなもの1個を維持することにゼファーは酷く集中していた。能力者の許可があろうとも、能力者本人でなければ夢を好きに操れはしないようだ。訓練をすればその限りではないかもしれんが、流石に意味がないだろう。私が許可しなければ、もしくは私が協力しなければかもしれんが、夢を自由に扱う事ができないのだから。

 そんな事を考えつつ、自分で作り出した拳を同じく適当に作った壁に連続で叩き込み続けていると、ゼファーが集中を切らしたのか土の塊を地面に落とした。

 

「やはり能力者本人でなければ自由自在にできるわけではなさそうだな。ところで……それは何をしている?」

「ん? 暇だったので適当な壁を作って先程の拳を試し打ちしていただけだ」

「そのでかい壁にか」

「ああ、それなりの威力だろう?」

「それが、それなりか」

 

 ゼファーが絶句しているが、別にそれなりの威力だろう。ただ少し、小型の海王類程度の壁が地面から生えては岩の拳で粉砕されるのが繰り返されているだけだ。どこぞのゲンコツジジイは山をサンドバッグにしているのだからそれなり程度だろう。

 

「さて、では本格的な反撃をさせてもらうとしよう。準備はいいか? ゼファー」

「……ところでだが、夢の外はどうなっている? 俺の体やソルド王は?」

「む、確かにな。ソルド王もお前の体を動かしたほうがいいのかと狼狽えてしまっているか。よし、では夢の中から出すのを試してみるか」

「ああ、そうしてくれ」

 

 何故かため息をつくゼファーを不思議に思いつつも、夢の中から能力をかけた相手を出す方法を考える。まあ、出る方法であれば光に包まれて目を覚ますといったイメージでも大丈夫だろう。

 そう考えた瞬間、私の足元から強烈な光が発せられて夢の中すべてを包んでいった。

 

 

 

「あの、ガルフレド聖?」

 

 夢の中に意識を集中させて暫くすると、しびれを切らしたのかソルド王が話しかけてくる。

 

「ああすまん。もうすぐ起きるか」

「はい?」

 

 それに答えてすぐ。眼の前で寝息を立てていたゼファーがピクリと動き、うめき声を上げながらムクリと起き上がった。

 

「ここは……現実か」

「おはようゼファー。突然能力をかけてすまなかったな」

「その通りだ。俺であったからいいようなものを、気をつけろバカ小僧」

「うむ、善処しよう。しかし、ここにいるのは私だけではないのだから言葉遣いには注意したほうがいいぞ」

 

 目を覚まして早々私への小言を始めるが、ここにはソルド王も居るため控えてもらいたい。そう伝えればピタリと口を閉じ、ゆっくりとソルド王の方へ向き直る。

 

「申し訳ないが、今のやり取りは内密に……」

「いえ、誰かに教えようとも誰も信じないでしょう。私の胸の中にしまっておきます」

「本当に申し訳ない」

 

 そんなやり取りを見つつ、話題を変える。

 

「さて、宝物庫の中も確認したことだ。もう用もあるまい。一度出んか?」

「そうですな。では、次はどこを案内いたしましょうか」

「そういえばリスタ妃は大丈夫なのか? 昨日はさほど気にかけられんかったが」

「い、いえ。そんなガルフレド聖が気にするようなことでは」

「ソルド王の大切な家族の一員だろう。気にせん訳にもいかん。それに、私のせいで寝込ませたようで気分も悪い。一度見舞いに行ってもよいか?」

「え、ええ。顔を見る程度でしたら大丈夫だと」

「そうか。では行こう」

 

 私達はゼファーに見つけた箱を運ばせ、宝物庫を後にする。途中の扉を一々閉め直しつつ広間へと戻り、他の海兵に箱を預けた。

 

 そして、ソルド王の案内でリスタ妃の寝所まで足を運んだ。

 

 

 

 

 

 




 どうも皆様、作者です。
 筆が遅くて申し訳ないとは思っておりますが、文章を出すのが下手なのでご了承下さい。

 話は変わりますが、ガルフレドとゼファーにいい加減読者に感想を返せと怒られましたので、ゆっくりにはなりますが返していこうと思います。
 感想が増えますと執筆の励みにもなりますのでできればよろしくお願いします。


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クソガキと約束

長らくお待たせしました。

REDロスがこんなに響くとは……


 

 

 

 ソルド王についていき、リスタ妃が寝ている部屋の前まで着いた。部屋の扉をノックし中に入っても大丈夫か確認すると、リスタ妃から返事が帰ってきた。

 

「お義父様、どうぞお入りになってください」

「あの、だなリスタ。ガルフレド聖も来ているのだが……入っていただいてもいいだろうか」

 

 遠慮気味にソルド王が私達も入ってよいか聞く。しばらく沈黙が続いていたが、落ち着いた声で了承された。

 

「良い……ようだな。ソルド王、先に入ってくれ」

「は、はい」

 

 ソルド王を先頭に、扉を開け部屋へと入る。リスタ妃は寝台の上で体を起こしており、こちらをじっと見ていた。

 

「元気かい? リスタ。昨日も会ったが、こちらがガルフレド聖。その後ろにいるのがゼファー中将だ」

「昨日は大変失礼をいたしました。ソムニアの王太子妃、リスタと申します。このように寝台の上からの挨拶で失礼ですがお許しくださいませ」

 

 こちらをじっと見つめながら頭を下げられる。その姿から感じ取れるのは素直な謝罪の気持ちと、その裏に隠された恐怖。

 この恐怖は昨日の事……だけでもないのか? 

 

「昨日のことであれば気にすることはない。それに、リスタ妃は妊婦だろう。なるべく体に負担をかけんようにした方がいい。と、自己紹介を返すのが先だな。私がガルフレドである。世界貴族の末席に名を連ねてはいるが、今はそこまで堅苦しくしなくともよい」

「そうですな。この場においてはこの小僧はただの3歳児のガキだ。おっと失礼、自己紹介が遅れましたが、私はゼファーと申します」

「おいゼファー。ここでそのような態度でいいのか? 後で誤魔化せんぞ」

「いい。リスタ妃にお前が安全だと知ってもらわんといかんだろうが」

「そうか。感謝する」

 

 自己紹介でゼファーは私に気安い態度で接してきた。これを知る者を増やしていいものかと思うが、ゼファーなりの気遣いらしい。リスタ妃に安心感を与えて話しやすくするために、わざとこのような態度をとってくれた。

 

「あの、失礼ですがガルフレド聖とゼファー様は仲がよろしいのですか?」

「そうだ、といえばそうだな。このような閉じた場所で、他の天竜人等に密告するような者がいない場合はこの態度でも許している」

「ガルフレド聖はあのような接し方も許してくださる。リスタ妃もそこまで怖がるようなことはないですよ」

 

 ゼファーの行動と言葉で少しは納得できたようで、感じられる恐怖が薄れている。実際の表情もだいぶ柔らかくなり、硬かった笑顔が自然なものになってきた。

 

「さて、リスタ妃。体の具合の方は大丈夫だろうか」

「おかげさまで今は安定しております。お医者様も大丈夫だとおっしゃっておりましたし」

「そうか、それは良かったな。お腹の子の方はどうなのだ?」

「順調だそうです。近日中に陣痛が来ると言われております」

 

 そう答える表情はとても優しいものだった。しかし、その表情に少し影があるように見えるのは気のせいだろうか。ソルド王やゼファーは気づいていないようだが、何か憂いのある感情が僅かながら感じ取れる。

 

 リスタ妃の様子を見ていて、ふと思い至った。もしかすると……

 思い立った事を確認したいが、それを聞くのであれば一対一で話したい。

 

「リスタ妃。すまないが、貴女と二人きりで話がしたい。ソルド王達に席を外してもらっても良いだろうか」

「え?」

 

 私の問いにリスタ妃は困惑した声で聞き返してきた。

 もう一度だけ、お願いをしてみる。

 

「貴女と二人で話がしてみたい。絶対に危害などは加えん。駄目だろうか」

「あの……」

「おい小僧。妊婦相手に無理を言うな。リスタ妃の様子も見られたんだ。そろそろお暇させてもらうぞ」

「そ、そうですな。リスタ、何かあれば控えている医者に声をかけるんだぞ」

 

 答えをもらう前に、ゼファーに猫の子のように持ち上げられ部屋から連れ出されかける。だが、扉をくぐり閉める直前でリスタ妃が答えてくれた。

 

「あの、私も、ガルフレド聖とお話してみたいです」

 

「……いいのか?」

「はい。お父様、ゼファー様。よろしいでしょうか」

 

「ソルド王」

「リ、リスタがいいのであれば……」

 

 リスタ妃の答えを、ゼファーは不承不承。ソルド王は混乱しながら受け入れ、私とリスタ妃は二人きりで部屋に残されることになった。ゼファーが出ていく際、耳元で絶対にリスタ妃に能力を使うなと釘を刺された。最初から使うつもりなどなかったが、やはり先程使ってみたことに警戒は差れているのだろう。

 

 

 苦笑を浮かべつつ、寝台の側に置かれている椅子へと登り腰掛ける。そして、こちらをじっと見ているリスタ妃に向き直った。

 

「さ、て。何から話そうか」

「お話してみたいとは言いましたが、いざ二人きりになると何を話していいものか分からなくなってしまいますね」

「実にそのとおりだな」

 

 いざ話すとなると二人とも何から話すか迷ってしまった。そんな相手の様子に、二人して苦笑を浮かべた。二人きりになったことでまた少し固くなった空気が緩くなる。

 緩んだ空気をありがたく思いながら、リスタ妃に質問を投げかけた。

 

「リスタ妃。貴女は、なぜ私を怖がっているのだ?」

「え……」

「最初は、私が天竜人だからだと思っていた。だが、それとは関係なく貴女は私の何かを怖がっていた……ように感じた。違うか?」

 

 私が一番聞きたかったのはこれだ。リスタ妃は私に対して何かしらの恐怖を抱いていた。最初は、昨日天竜人たる私に無礼を働いてしまったからだと思った。だが、よくよく思い出してみれば、昨日の時点でも私に怯えていた。その理由を問い詰めるようなことはしたくはないが、どうしても知りたかった。

 

 どう答えていいものかと悩んでいるのだろう。しばらく黙っていたリスタ妃だが、ゆっくりと口を開いた。

 

「それは……その通りでございます」

「ふむ、なぜだろうか。答えにくいのであれば答えずとも良い」

「私は、昔から人の"声"を聞くことができるのです。人の心が発する"声"を聞き、人と関わってきました」

「なるほど」

「そして、昨日。ガルフレド聖がいらっしゃった時、私はガルフレド聖の"声"を聞くことができなかったのです」

「? なぜだ?」

「分かりません。今までこのようなことは無かったので……」

 

 リスタ妃が聞いていた"声"というのはおそらく見聞色の覇気だろう。しかし、私の"声"だけが聞こえなかったというのはなぜだ?

 

「その、"声"が聞こえなかったというのはどのような感じで聞こえなかったのだろうか」

「どのような……。何か、壁のようなものがあって、その奥に"声"が隠れている? でしょうか」

「壁か……。それは今もか?」

「あの、昨日よりは壁が薄くなっているようですが…が」

「そうか」

 

 心に壁。単純に考えるのであれば、他者との関わりを避けたい者は心に壁を作り、人と距離を置く。だが、私は関わりを避けているつもりはない。むしろ関わらなければ今後の行動に支障がでてしまう。

 

 全くこのような事で他者に恐怖を与えてしまうこの身分は大嫌いだ。その身分を捨てることもできずに甘んじるしかない自分も憎たらしい。

 

 

「ガルフレド聖? 何が、嫌いで憎たらしいのですか?」

 

 自分の中でぐるぐると思いを巡らせていると、リスタ妃に声をかけられた。

 

「どうかしたのか? 私は何か口にしていだろうか」

「いえ、ガルフレド聖の"声"が少し聞こえたのです。何をそんなに思いつめていらっしゃるのですか?」

「思いつめて……か。リスタ妃は先程、私の"声"に壁があると言っていたな」

「は、はい」

「私なりに考えた。なぜそんなものがあるのか、と。今の事でようやく思い至った。私の醜い内面を見せたくないからだ」

「そんな。ガルフレド聖はこの国を助けに来てくださいました。昨日は責めたてもしましたが、その事実に変わりはありません。そんな方の内面が醜いなど」

 

「いいや、私はゴミクズだ。私がこの国を助けに来たと言ったな。それは違う。私は私の利のためにこの国を利用しようと考えてここに来た。そして、この国の現実を知った。考えの足りんバカ小僧が偉そうなツラをして、この国を己のものにする等とのたまって、それを貴女に怒鳴りつけられた。こんな醜悪な者であるなど、誰にも知られたくはないだろう。そのせいだ。私の"声"に壁があったのは。リスタ妃のお陰で私の愚かさを再認識することができた。ありがとう」

 

 笑いが抑えられない。蛙の子は蛙ということか。

 己が、自分は違う、あんなゴミクズにはならないと嫌っていた存在と、何ら変わりのないゴミクズであると理解した。理解できてしまった。

 

 くつくつと声を抑えるように笑っていると、急にリスタ妃に抱き寄せられた。なぜこのようなことをされたのか分からず目を白黒させていると、リスタ妃が泣きそうな声で話しかけてきた。

 

「そのように、自分を卑下しないでください。貴方は優しい子です。他の天竜人のような非道なモノではありません。人のことを思いやり、涙することができる貴方はゴミクズなんかじゃありません」

 

 涙を流している? 疑問に思って手を目の下にやると、確かに涙が出ていた。

 

「なぜこんなものが……」

 

 拭っても、拭っても後から涙が溢れ出す。

 

「止まれ……止まれ……!」

 

 私はこんなものを流していい人間じゃない。こんなことで涙を流す権利もない天竜人(ゴミクズ)なんだ! 己を憐れむなど許されんのだ!

 

 

 

 

 すると突然、顔をパチンと叩かれた。

 

 それは軽いもので、ほとんど痛みを感じなかった。

 

 しかし、突然叩かれたことに驚きつつ叩いた当人の顔を見ると、私などよりも酷い顔で泣いていた。

 

「あなたのような幼子が、そのようなことを思うのは止めなさい!」

 

 リスタ妃は、顔を歪めて大粒の涙をボロボロとこぼしながら私を見ていた。叩かれた事よりも、なぜそんなに涙を流しているのか。なぜこんなゴミの為に泣いてくれるのか。

 それが理解できなかった。

 

「リスタ妃?」

 

「あなたが、どのような経験をしてそのような考えに至ったかは分かりません。どうして、そこまで自分を苛むのかも分かりません。ですが、この国の為に動いてくださったことは事実です。この国の現状を憂いてくださったことは事実です。そんな優しいあなたが、自分のことをゴミなどと思わないでください。そんなに幼いのに、自分に絶望なんてしないでください」

 

 

 更に大粒の涙を流しつつ、私のことを擁護してくれる。

 こんな優しい言葉を受け取っていいのだろうか。

 何もできないくせに。人に頼るしかできないくせに。私なんかが、一生懸命生きている他の人達と同じように笑ってもいいのだろうか。泣いてもいいのだろうか。

 

「泣くことに誰の許可もいらないんですよ。ここには私と貴方しかいません。お好きなだけ、泣いてくださいな」

 

「ウッ……ウァァァアアーッ!!」

 

 

 生まれてはじめて。私は大声で泣いた。

 自分でも知らないうちに、ずっと溜め込んでいた涙をすべて出し切るように。リスタ妃の胸の中で、泣き叫び続けた。

 

 

 

 

 しばらくして、ようやく感情が落ち着いた。

 先程までの醜態を思い出し顔が熱くなるが、リスタ妃はそんな私よりも赤くなった顔を隠しながらうつむいていた。

 

「リスタ妃。貴女のお陰で気分が楽になった。ありがとう」

「う、ううう……自分のことでもないのにあんなに泣いて……恥ずかしい……」

「……それは貴女が人のことを自分のように感じられるからだろう。恥ずかしがる必要はない」

「ううう……ありがとうございます」

 

 この程度のことで感謝されるのも座りが悪い。

 1度、溜め込んでいた感情を吐き出したことでスッキリできた。こんな風に感情をさらけ出すことになるとは思ってもいなかったが、改めて自分自身と向き合ういい機会になった。

 

「リスタ妃。いい加減に恥ずかしがるのはやめてくれ。私も何か……その……居心地が悪いというか、むず痒くなる」

「そ、そうですね。ごめんなさい」

「謝らなくてもいい。貴女のお陰で肩の力が抜けた。もちろんいい意味でだがな」

「フフッ。それは良かったです」

「それに、貴女だけじゃなく、私も恥ずかしかったのだぞ? あのように人前で泣いたのは生まれて初めてだ」

 

 そんなことを言い合いつつ二人して笑いをこらえていたが、次第にこらえきれなくなり小さく笑い始めた。大きく口を開けて笑うほどではなかったが、何故か抑えることもできずしばらく笑い続けた。

 

「はあ。そこまで面白いわけでもないのになぜこんなに笑えたのだろうな」

「なぜでしょうね。でも、久しぶりにこんなに笑えました。ありがとうございますガルフレド聖」

 

 何気ないリスタ妃の言葉が、少し寂しく感じた。

 

 なぜだろうと首を傾げて考えてみて、ふと思い立った。

 

「リスタ妃。ガルでいい」

「はい?」

 

 キョトンとした顔をするリスタ妃に、もう一度言う。

 

「私の呼び方だ。貴女にはガルと呼んでもらいたい」

「それは……なぜですか?」

 

 当然の疑問だろう、突然天竜人から愛称で呼んでほしいと言われれば誰でも疑問を持つ。

 

「貴女と、友達になりたいからだと言ったら……笑うか?」 

「友達……ですか?」

「そうだ。私には友と呼べる者が殆ど居なくてな。貴女と、友になりたいと……すまん。忘れてくれ」

 

 話した時間は短いが、ここまで心を許せると思った相手はリスタ妃が初めてだった。だからこそ、友といった近い関係になりたいと思った。だが、急にそんなことを言われてもリスタ妃は困るだけだろう。この言葉は無かったことに――

 

 

「いいですよ」

「え……?」

「ガル。私とお友達になりましょう? そうだ。でしたら私のこともリスタと呼び捨てになさってください。その方がお友達らしいですよね」

 

 リスタ妃の答えは、是だった。

 

 受け入れてもらえるわけはないと思っていた。しかし、受け入れてくれた。

 

「ほ、本当にいいのか?」

「はい。ガルと私は今からお友達です」

「あ、ありがとうリスタ妃」

「違いますよ、リスタです」

「そうだな。ありがとう、リスタ」

「そう、それでいいのです。これからよろしくお願いしますね。ガル」

 

 私がリスタ妃と呼ぶと少しムッとした表情で訂正を求められた。慌てて言い直すと、パッと顔をほころばせて頭を撫でてきた。子供扱いされて嬉しいような、くすぐったいような、不思議な感覚だったが、不思議と振り払おうという気にはならなかった。

 

「そうだ。伴になってくれた礼といっては違うような気もするが、私にしてほしいことはあるか?」

「してほしい。ですか?」

「その通りだ。私にできることであれば何でもしよう」

「むぅ……」

 

 ふと思いついたことをリスタに聞いてみると、リスタは不機嫌な顔になって私の頬を両手で挟み込んだ。

 

ふぁひほふふほは(なにをするのだ)

「友達相手にそんなつまらないことを言わないでください。怒りますよ」

 

 そのまま頬をぐにぐにと揉まれる。少々馬鹿なことを言った自覚もあったのでされるままにしていたが、いつまで経ってもやめる気配がない。

 

ふぁあ、ひふは(なあ、りすた)ひふはへははっへひふほは(いつまでさわっているのだ)?」

「ハッ。あ、あんまりにもさわり心地が良すぎてつい夢中になってもみ続けてしまいました。痛くなかったですか?」

「いや、別に痛くはなかったが……そんなに楽しかったか?」

「あんなに柔らかい頬は初めて触りました……もう少し触っても?」

「すまんがまた今度にしてくれ。それで、だ。先程の何でもするというのは無しにしよう。そんなのは友とは言い難いからな」

「そうですね……じゃあ、友達同士の約束にしましょう!」

 

 いいことを思い付いたというように、リスタが手を叩いた。

 

「約束?」

「そう、約束です。何がいいでしょうか……」

 

 リスタはそう言いつつ考え込み始めた。しばらく首を傾げつつ悩んでいたようだったが、ふといいことを思いついたように手を叩き言った。

 

「そうです! ガルはこの国を自分の所有物にすると言ってましたよね」

「あ、ああ。世間知らずのガキの世迷い言と思うかとしれんが、私の夢のために必要なことだからな」

「じゃあちょうどいいですね。この国と、これから生まれてくる私の子のことを、愛して守って欲しいです。私たちと一緒に、この国を守ってくれると約束してもらえますか?」

 

 やけに真剣な顔で言ってくるので、少し驚いた。それでもじっと見つめてくるリスタに、しっかりと目を合わせて答える。

 

「その程度のことならいくらでも約束しよう。それに、この国を守るというのは私がこの国を所有物にすると決めた時点で絶対にしなければならない事だ。安心してくれ」

「ありがとう。約束ですよ」

「ああ、約束だ」

 

 私がしっかりと約束だと答えると、リスタは安堵したように体の力を抜いた。

 だが、体の力が抜けたのは安堵だけでもなさそうだ。長く話していたことへの疲れなどもあるかもしれないため、起こしていた体をゆっくりと寝台へ横たわらせた。

 

「ごめんなさい。少し、疲れてしまいました」

「問題ない。むしろ、長く話させてしまってすまん。腹の子のこともある。早めに休んだほうがいい」

「うーん。でもそんなに早く眠れないですよ」

「心配はいらん。いい夢が見られるようちょっとした呪いでもしよう。そのままゆっくりと目を閉じろ……”眠れ"」

 

 私が能力を使うと、リスタはすぐに穏やかな寝息を立て始めた。ゼファーにかけたときのように夢の中に意識を移すようなことはせず、リスタが望んでいる夢が見やすいように少しだけ働きかける。寝顔が柔かくなったのを見届けてから、音をたてないようにリスタの部屋を出た。

 

 

 

 部屋を出ると直ぐ側にゼファーが座り込んでいた。目を瞑り、腕組みをしている姿は石像のようで、誰かが見に来たとしてもすぐに引き換えしてしまうだろう。これでは、誰も私とリスタの話を邪魔することなどできなかっただろうな。

 

「ずっとそこで待っていたのか?」

「ああ。貴様がなにか馬鹿なことをしでかさんか見張る為にな」

「で、何か聞こえたか?」

「生憎、連日の疲労が祟ったか居眠りをしてしまってな。まともに見張りができんかったわ」

「……そうか。ならいいが、話は終わった。今日のところは船に戻らせてもらうとしよう」

 

 ゼファーは”偶然”話を聞いていなかったらしい。

 この男らしいが、目元の充血を隠せていない時点で本当はどうだったのか察することができる。どう思われたのかは分からんが、男の情けをかけられているのだろう。それに免じて、目元のことを聞くのは止めておくとする。

 

 

「さて、この部屋を離れる前に誰か呼んできてくれ。リスタ……妊婦を一人だけにしておくのは危険だからな」

「そうだな。しばらく待っていろ。すぐに呼んでくる」

 

 ゼファーは私一人を部屋の前に置いたまま、人を呼びに行った。それほど時間をおかず、ゼファーに呼ばれたソルド王とお付きの侍女がやってきた。

 

「長らく待たせたが、話は終わった。リスタ妃は疲労で眠っている。ソルド王にも心配をかけただろうが、もう問題ない」

「そ、そうですか。それで、この後はどうなさいますか?」

「ゼファーと共に船に戻らせてもらうとしよう。また明日も避難民たちを見に来る。では行くぞ、ゼファー」

「ああ」

 

 

 ソルド王の見送りを受けつつ、私たちは船へと戻った。他には、一部の要員を残した海兵たちと、地下から引きずり出した者たちと共に。

 

 

 船に戻ってからは特に変わったこともせず、普段通りの鍛錬を行い、本日のことについて改めてゼファーから説教をうけ、就寝時間を迎えた。

 

 

 

 私は、ちょっとした事をした後に眠りについた。

 

 

 

 

 

 



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