霊能力者、鷹村ハルカは改造人間である。 (ボンコッツ)
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『G3あるのにギルスがないのはおかしいだろ!』

どくいも様作【カオス転生ごちゃまぜサマナー】の三次創作です。

本編URL https://syosetu.org/novel/238682/



 

 肉を裂く音が周囲に響く。

 

 その『異形』は臓物を裂き、砕き、悪魔のハラワタを地面にブチまける。

 

 普通ならばそれは道理に合わない。悪魔というのは人間を食らい、貪り、この世に恐怖を生み出しながら血肉をブチまける側だ。

 

 そんなグロテスク極まるこの世の道理に、鋭い爪牙による暴力でもって反逆する『異形』。一見すれば怪物同士の共食いにしか見えないそんな戦場を、後方から見ている視線があった。

 

 

(なんという……これは神話の戦いか? それとも悪魔に幻覚を見せられているのか!?)

 

 

 彼女はこの地を守る退魔一族『鋒山(ほうざん)家』の術師であり、悪魔の蔓延る『異界』で戦い続けてきた歴戦の霊能力者だ。

 

 未熟な者ならば一度か二度踏み込んだだけで、悪魔に食われて死ぬか精神を犯され壊れる『異界』に何年も挑み、命がけで悪魔達を狩り、人々を守ってきた。

 

 戦前に一族の先祖が振るった力の一端である『縛り矢の術』や『式神の術』を僅かに残された文献や資料から再現・体得し、鍛え上げた肉体は家宝の霊刀と合わされば悪魔と一対一で切りあえる。

 

 彼女が幼い頃より上げた成果によって『鋒山家の神童』と呼ばれ、己の心にあった誇りと慢心は、目の前の光景に木っ端微塵に打ち砕かれていた。

 

 緑色のツノと外骨格を持ち、血のように赤い眼を光らせ、鋼鉄よりもなお硬い爪を振るい、彼女では3匹に囲まれたら死を覚悟する『魔獣』が僅か数秒で5匹以上は死んでいく。

 

 そんな衝撃的な光景をただ見ているしかできなかった彼女の肩を、ポンと叩く手が1つ。

 

 びくっ、と子猫のように跳ねた彼女には、異界に踏み込む前まではあった女傑の気配は失せている。

 

 

「どうだい? 俺の弟子は。見ての通り大暴れする以外はとりえのないタフガイだが、中々だろう?」

 

(中々……これが、中々!?)

 

 

 内心では「理不尽の間違いだろう」と叫んでいる彼女も、流石にソレを口に出さないだけの冷静さは残っていた。

 

 最近噂になっているガイア連合なる組織から派遣されてきた2人の霊能力者。

 

 とんでもない大資本に加え、最上級の霊能力者を多数抱えているという噂を聞いた時はフカシにもほどがあると思ったものだが、もはや否定する気にもなれない。

 

 一人は今彼女の肩を叩いた男、中々の長身に鍛え上げられた肉体を持つ好漢だ。戦闘用に改造された錫杖で、こちらも寄ってきた悪魔をあっさりと殴り飛ばしている。

 

 

 もう一人は、先ほど目の前の異形に『変身』した、この男の弟子を名乗る少年。

 

 内に感じる力はどちらも私より上だとなんとなくわかってはいたが、この男とは違い少年はまだ理解できる範疇だったはずだ。

 

 それがあの異形になってからはどうだ、この男と同じ、自分では足元にすら及ばないほどの圧倒的な力を肌で感じてしまう。

 

 感じる力が大きすぎてどれだけ格上かすらわからないのだ。雲を突き抜ける塔を2本見せられてどちらが高い? と聞かれている気分を彼女は味わっていた。

 

 

「師匠、片付きました」

 

「お、早かったな。リベラマの効果はまだ続いてるから、とりあえず異界の主以外は掃除できたようだ」

 

「異界の主を叩きに行きますか? ボクの体力は問題ありませんが……」

 

「んー、そうだな、俺のアガシオンも回復アイテムも温存できてる。

 とっとと仕留めて終わらせちまおう。 鋒山家の嬢ちゃん、それでいいな?」

 

 

「っ……はい、判断はお任せします」

 

 唐突に声をかけられた少女……『鋒山 ツツジ』がぎこちなく返答する。

 

「(本音を言えば彼らを失うのはこの国の大いなる損失に等しい故、無理せず引いて貰いたい……しかし、明らかに私以上の術者二人の判断に意見を差しはさめるほどの根拠もない……!)」

 

 普段ならば誇りと信念を柱として胸を張り、一族の霊能力者やその弟子たちを齢19にして率いる彼女の威厳などとうに消えていた。

 

 異界と化した霊山の麓でなんとか悪魔が外に出ないよう退治するのが精いっぱいだった彼女たちからすれば、異界の中に踏み込み悪魔を打ち払い『主』に手をかけている現状が既に異常。

 

 外来の術者のお目付け役という名目で援護についてきた自分が足手まといにすらなれない。

 

 

(それでも……私達の誇りと引き換えに大勢が救われるのなら、それでいい)

 

 

 彼女は既に本家がこの後どういう行動を取るのかを予測していた。

 

 ガイア連合に頭を垂れ、かすかな希望に縋って彼女をこの二人のどちらかの妻、無理でも愛人や妾、最低でも種だけは確保しようとするだろう。

 

 どうか我々を御救いください、どうかこの地をお守りください、捧げられるモノなら全て差し上げます、と。

 

(自分のような武骨極まる女等欲しがるとは思えないが……。

 一晩、遊び程度に抱いてもらうのを期待する他ない、か)

 

 

 

 異界の主の領域に踏み込み、彼女が10人いようと全滅しそうな二頭の魔犬を屠る光景を見ながら、鋒山ツツジは8割現実逃避した思考でそんなことを考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあそんな覚悟を決めてるであろうツツジちゃんの前で彼女の両親をまとめてメス堕ちさせたりしたいんだよ俺は!!」

 

「いい加減刺されますよ師匠」

 

 異界の主討伐を終え、もはや何度目かの光景である地元霊能者一族の『引き止め』を回避しつつ予約しておいたホテルに戻った後、3分もしない内に発せられた師匠……『阿部』の発言であった。

 

 黙っていれば(濃い顔ではあるが)堀の深い美丈夫だというのに、その実態はとんでもない破戒僧である。

 

 両性愛者(バイ)で変態でサディストでマゾヒストでついでに絶倫かつ漁色家……霊能力者じゃなければ不倫や不貞でお縄になるか、浮気しまくって刺されるかの二択だったであろう男だ。

 

 

「いや、確かにツツジさんのご両親は儚げ美人&線の細いイケメンの夫婦でしたけど、夫まで……?」

 

「俺は女はロリから熟女まで行けるし、男はメス落ちが似合いそうなら女より好きなぐらいだからな!」

 

 

 またこれだ、と弟子……『鷹村ハルカ』は頭を抱えた。

 

 かつて色々あって彼に救われた身ではあるが、

 それはそれとして「この破天荒っぷりは常々自分にはついていけない」と感じている少年である。

 

 

「だからってツツジさんに見せつける理由ないでしょう?!」

 

「バカだなぁその方が興奮するじゃないか。

 みろ、考えただけで俺の股間の富士山がズボンを押し上げて宝永山だぞ」

 

「やめろ見せるな迫ってくるなボクの傍に近づくな!! あと富士山と宝永山に謝れ!!」

 

「ショタオジに同じ事言って殺されかけたから今更さ」

 

「自分の組織のトップが治めてる霊山をシモネタに使うんじゃなぁい!」

 

 

 幸いにして強姦魔ではないので無理やり押し倒される事こそなく、

 常々『お前も好みだ』と言われてる割に彼は直接的な被害にあったことはない。

 

 しかし、そういう趣味・性癖に偏見こそないが、

 ガチのガチな人が身近にいてそういうモーションかけてくると

『まだ中学校にギリギリ入るか入らないか』の年齢であるハルカにとっては忌避感が隠せないわけで。

 

 

「そ、それよりも! 最近知り合いの技術者が改良したっていう『廉価版デモニカ』の先行量産型。

 ツツジさんに渡しちゃってよかったんですか?」

 

 少々露骨だが話題をそらし、阿部の思考が少しでもマトモな方に回ることに賭けた。

 

「ん? ああ、『G3MILD』タイプか。まあ、俺たちが持っていてもしょうがないしなぁ」

 

 現在の標準型である『G3』タイプや装甲やパワーアシストを強化した高級仕様の『G3X』タイプ。

 そして数をそろえることを優先した『G3MILD』タイプ、これを阿部はなぜか受け取っていた。

 

 廉価版とはいえデモニカはデモニカ。

 寧ろ軽量化や尖った機能のオミットされ、使いやすさで言えば最先端ともいえる機体。

 安いからといって配る理由がハルカには分らなかったのである。

 

「理由はいくつかあるが……主に2つ。

 ここの一族は今の日本じゃ相当な『上澄み』だ。MILDタイプが1機あるだけでも相当違う。

 あのレベルの異界に対して水際での対処だけでなく安定した間引きの目が出てくる程度には。

 こういう家にツテを作っておいて俺たちが遠出するまでもない異界は自分で対処してもらい、 

 気が付いたら人間が貪り食われる餌場になってる、って状況だけは阻止する。

 最低でも対処不可能な異界が出た時に『連絡』できるか否かってのは相当違う」

 

 なるほど、とハルカが相槌を打つ。

 

 彼はあくまで阿部たち『黒札』と呼ばれる幹部級の人間の下、『金札』と呼ばれている立場。

 

 なので機密情報までは入ってこないが、それでもガイア連合レベルの組織力で日本全土をどうこうするのは無理というのは分かる。

 

 霊能組織としては破格を通り越して意味不明の粋にあるガイア連合でも、あくまで組織。

 国そのものを守り切るようなマンパワーは持っていないのだ。

 

 だからこそ任せられる部分は現地の霊能組織に任せつつ、恩を売って首輪をつけ、さらに鉱山のカナリア代わりにもするというのは理解できた。

 

 

「もう一つは……ぶっちゃけ在庫処分だ」

 

「在庫、え、はい?」

 

「いやだってなあ!? 俺確かにG3好きだよ? G3に対する愛を語った事もあるよ? 

 でもね、俺はG3そのものじゃなくて氷川さんのあれこれも含めて好きなわけであってね? 

 G3だけ試作品って言われて送り付けられても置く場所に困るっていうかさぁ!」

 

 

 

 何を言ってるんですか貴方は、というハルカのツッコミもほぼスルーして、

 妙に回る舌でべらべらと訳の分からないことを語りまくる阿部。

 

 やれ『マスク割れ実装はよ』だの『ケルベロスの開発はまだか』だの

『俺たち用のデモニカだって欲しいわ!』だの、愚痴なのか要望なのかわからない言葉のられつの後。

 

 

「ぶっちゃけお前の改造に使った式神も

『G3あるのにギルスがないのはおかしいだろ!』

 で発注したからそんな外見なんだし」

 

「だから何を言ってるんですか貴方は、

 というかボクの体がこんなグロテスクなのってそのよくわからないこだわりが原因なんですか!?」

 

 

「いいか弟子、よーく覚えておけ」

 

 

 突然顔を引き締めた阿部に、思わず背筋が伸びたハルカに告げられたのは。

 

『ガイア連合の黒札なんて大半そんなもんだ』という、頭痛が悪化するような一言。

 

 そんな組織が今の日本で最後の希望扱いされている、という無常さも含めて、鷹村ハルカはこれからの受難を覚悟するのであった。

 

 




登場人物資料 『鋒山ツツジ』

年齢 19歳

LV 6

縛り矢の術(敵一体にシバブー)
式神の術(LV1~2程度の式神を1体作成&使役)

とある地方の霊能一族である『鋒山家』の次期当主。
現地人としては相当な上澄みであり、上記の術だけでなく近接戦も(レベル相応に)こなす。
才能で言えば他が『ロバ』なら『オープン戦なら勝てる、超運が良ければ地方重賞もいける』。
霊感も(現地人基準とはいえ)かなり強く、疑似エネミーサーチや疑似アナライズじみた第六感も持つ。
(ドラゴンボールでよく見る「す、すげぇ気だ……!」みたいな感覚)

管理している異界が平均LV1~3の『魔獣』が出る異界だったこともあり、ムド等の対策無しでは即死するような手段にあまり遭遇しなかったのも大きい。

元は彼女含めて5人の兄弟姉妹がいたが、彼女以外は悪魔との戦いで殉職。
両親は古傷もあって戦えない状態のため、阿部と鷹守がこなければ両親が人柱となり異界を抑えこむ予定であった。

兄弟姉妹を食らった悪魔やその主がいる異界が潰れた事(間接的な敵討ち)
ものすごい対悪魔甲冑(デモニカG3MILD)
ガイア連合への本格的な紹介と傘下入り(説明不要)

という大恩を受けてしまったこともあり、毎晩両親が寝室に阿部と共に入っていくことについては死んだ目で見送りながらも何も言わない(言えない)日々を送っている。

そんな自分を慰めてくれたハルカに打算抜きでちょっと惹かれつつもある模様。



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思い出したくない思い出話 『出枯らし』


きっと彼は、人より我慢強いだけのただの良い子だった。



 

彼は、幼いころから『人とは違う』家に生まれたと認識していた。

 

 

 

 

 

 

 

とある地方都市にある霊地を守護する一族……『鷹村家』。 

 

『柳生友景』の弟子が起こした陰陽道の家であり、祓い清めた水を用いて磨いた霊刀を用いる名家。

 

物心ついたときには筆と紙で札を作る練習をさせられ、霊刀を振るための鍛錬も欠かさずやらされる。

 

だが、それ自体は彼にとって苦ではなかった。

 

元より努力を惜しまぬ心をもって生れ落ち、物覚えは並みだが試行錯誤を惜しまない。

 

いずれは天才とまではいかずとも、今の日本なら並より上の霊能者にはなれたはずが……。

 

 

 

徹底的な成果主義にして才能主義、それがこの家の伝統であり。

 

 

 

 

「あの家の『双子』はなぜああも違う?」

 

「兄の方はまるで平凡、あるいはそれ以下だ」

 

「弟のショウゴ殿と比べて兄の方は……」

 

「あれではいずれ悪魔に食われ死ぬだろう」

 

「相打ち程度に役に立てばよいがな」

 

 

 

 

 

彼にとって最悪の悪習であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……家、帰りたくないなぁ)

 

 

 

肩を落とした少年が、放課後の通学路を家に向けてとぼとぼ歩いていく。

 

人間というのは愛情を注がれ、こつこつ小さな経験を積み重ねて自尊心を育むものだ。

 

その自尊心が社会の荒波で摩耗し折れることはあるが……『最初から育ちようがない』場合もある。

 

 

(ショウゴ、今日もきっと家の皆に褒められてるんだろうなぁ)

 

 

憂鬱の種はいくつもあるが、真っ先に思い浮かぶのは弟の『鷹守ショウゴ』の事であった。

 

双子の兄弟として生まれ、仲良く子供らしい遊びをした記憶すらおぼろげな弟。

 

自分とは違い霊能力者としての才能に恵まれ、覚醒修行もあっさり終えて。

 

今では覚醒にすら手間取ったせいでマトモに戦えない自分と違い、家に伝わる術すら修めている。

 

 

(きっと、ショウゴは将来多くの人を救える、自分と違って)

 

 

そんな鬱屈した感情を必死に押し隠し、じわりと目の奥に感じた切なさを抑え、

 

誰かに嫉妬するのはいけないことだ、という紙のように薄い理屈で己を律し……。

 

 

 

「チッ……ああ、なんだ。愚兄じゃないか。帰ってきたのか」

 

 

 

家の門をくぐって、舌打ちと共に開口一番こんなことを言ってくる弟に殺意を覚えた。

 

「おかえりの一言もなしかよ」なんて軽口が叩ければいいが、どろりと濁った感情を抑えるので精いっぱいだった。

 

 

 

「……ああ、今日は帰りのホームルームが長引いたからな」

 

「『普通の学校』は雑で嫌ですね、まあ、愚兄にはお似合いだけどさ」

 

 

昔の彼はここまで歪んでいなかった、少しばかり生意気な所はあるが、普通の弟だった。

 

しかし、本人の優れた才能に加えて周囲の環境があまりにも人格形成に悪影響すぎた。

 

成果を出し続けるショウゴを持ち上げる周囲、弟だけを可愛がり双子の扱いを露骨に変える母親。

 

父親は物心ついた時には既に悪魔との戦いで死んでおり、次の跡取りはほぼ内定状態。

 

そして兄という『見下すことを許された相手』を見つけた瞬間、ショウゴは盛大に歪んだ。

 

ショウゴの恰好は、地元の名門私立小学校の制服だ。量販店で購入した安物の衣服である自分とは違う。

 

教育も、待遇も、親を含めた周囲からの扱いも、ありとあらゆるものが区別されてきた。

 

 

 

 

「どうせロクな死に方もできないんだから、勉強なんて無駄なのに」

 

「……ボク、鍛錬があるから」

 

「もっと無駄な鍛錬(コト)しにいくとか、愚兄通り越して愚者なんじゃないか?」

 

 

 

 

 

ギリ、と歯噛みしながらもギリギリで殴り掛かるのを耐えるハルカ。

 

霊能力者としてだけではない、剣士としても優れ、進学校でも贔屓無しで学業優秀な弟。

 

毎日弟の倍以上の鍛錬と勉強をこなしても、並みかその少し上の成果しか出せない兄。

 

本邸に大きな部屋を与えられている弟とは違い、離れの別邸にある私室まで足早に戻る。

 

  

 

「ッ……くそぉ!!」

 

 

 

ランドセルを怒りのままに地面にたたきつけようとして、寸前で思いとどまるハルカ。

 

『万が一壊れたらあの母親は自分の為に新しいランドセルなんて買ってくれない』

 

そんな悲しすぎる理性がギリギリで働き、荒い息を整えながらも身支度を整え、鍛錬場に向かう。

 

 

 

 

 

霊刀を模した模造刀の素振りは、毎朝毎晩彼が欠かさず行っている鍛錬だ。 

 

家に伝わる『霊破の術』や『治癒の術』が使えない彼は、ひたすらに霊刀戦に打ち込んだ。 

 

自分の半分も鍛錬しているか怪しい弟が自分以上に伸びても、それでも折れずに振るい続けた。 

 

家の人間が通りがかるたびに『無駄な努力を』『それが分からぬ阿呆なのだ』という声まで聞こえる。

 

 

 

ショウゴが次代を継ぐのがもはや確定である以上、彼の価値など家の中ではスペアかそれ以下であった。

 

だからこそショウゴに媚びたい家の人間は彼を罵り、ショウゴに合わせた価値観を抱いていく。

 

  

 

(……何年もボクの鍛錬を見もしない母さんよりはマシかもしれないけどさ)

 

 

 

素振りを終え、模造刀の手入れを行いながら鬱屈した感情を思考だけで整理する。

 

ハルカの才能に早いうちに見切りをつけた母親は、小学校に上がる前に彼を見なくなった。 

 

世話は適当な使用人に任せ、ショウゴのために出来ることを表も裏も尽し支える。

 

鍛錬1つをとってみても、師がいるかいないかはあまりに大きい。

 

しかもこれは命がけの戦いに挑むための鍛錬なのだ、つまり。

 

 

 

 

(母さんは、俺が異界で死のうがどうでもいい)

 

 

 

 

鞘に納めた模擬刀を握る手に、無意識に力がこもる。

 

離れにある浴室へ向かう足も、やはり重い。自分の初めての実戦は間違いなく数年以内だ。

 

しかし、3歳の時から続けている鍛錬も、覚醒した後はコレといった成長がみられない。

 

『ハルカは初実戦で死ぬ』、一族の霊能者が口にした嘲りが事実に等しいと認めざるを得ない。

 

親に愛されず、弟に見下され、周りの人間に蔑まれる人生を歩み、彼は死ぬのだ。

 

 

 

 

 

 

 

彼は、幼いころから『人とは違う』家に生まれたと認識していた。

 

 

彼は、それを恵まれていると思えたことは、一度もない。

 




登場人物資料 『鷹村 ショウゴ』

年齢 10

LV 3

霊破の術(ザン)
治癒の術(ディアの劣化版)


ハルカの生まれ故郷である霊能一族『鷹村家』の次期当主であり、彼の実弟。

正確は傲慢で冷酷、霊能力以外の才能にも満ちていたため、人を見下す性格に育つ。

家の敷地内では堂々と兄を罵るが、外では優等生の仮面を被っているため評判は良い。

生まれた時から若干の小悪党気質ではあったものの、あくまで常人の範囲内なので環境さえよければマトモに育っていた。

が、母親が典型的な毒親のパターンである『搾取子と愛玩子』タイプ。

さらに血統のせいで幼い頃から取り巻きができてしまったために盛大に拗らせる。

苦痛を伴う鍛錬を嫌がったり、戦闘時の覚悟を決めるのが死ぬほど下手だったりと、根本的にヘタレ。

つまり『霊能力者の才能はあるが戦うのに向いてない』性格だが、実戦がまだなので判明していない。

才能は『ロバ以上サラブレッド以下(勝ち上がりはできるがオープン戦あたりが怪しい)』

元々霊能力者以外にもいろいろこなせる器用な才人ではあるので、1を聞いて10を収められる天才ではあった。

しかし根本的なレベル上限+本人の精神性もあって、伸びしろは低い。



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忘れられない思い出話 『初陣』

 

学校というものは、定期的に生徒の教育のために様々なイベントを開催する。

 

運動会やマラソン大会しかり、修学旅行や林間学校しかり。

 

ハルカの通う小学校でも、秋になれば学校からほど近くにある整備された山での自然学習があった。

 

ちょっとしたハイキング気分であり、インドアな小学生にはキツいが概ねはしゃいでいる子供が多い。

 

鷹村ハルカもまた、こういう行事の時だけは、ただの小学生になれたような感覚を覚えていた。

 

 

(……普段の鍛錬のおかげか、整備された山道ぐらいなんてことないな)

 

 

彼の家が地元の名家であり、彼自身は蔑まれて育ったといっても周囲の扱いは変わる。

 

教師はハルカを持て余し、子供たちもなんとなく空気を察するのか、ハルカに親しい友人はいない。

 

流行りのゲームなんて買ってもらえるはずもなく、アニメを見る時間も勉強や鍛錬に当てた。

 

そんな彼でも、たとえ山道を登る間に一言も誰かと話すことがなかったとしても。

 

皆がシートの上にお弁当を広げる中、ロクに使わないお小遣いで買ったパンを木陰で齧っていたとしても。

 

『今だけはただの子供でいられる』 それがハルカにとって最大の幸福であり……。

 

 

「佐野先生、野犬が一匹こっちに……」

 

「なんだって!? ……ちょっと男性教師陣で追っ払ってきます、鈴木先生は生徒を見ていてください」

 

 

昼食をとっていた広場の隅に野犬が迷い込むというトラブル、それだけならよかった。

 

その野犬……『屍鬼 ゾンビドッグ』が、追い払おうとした男性教師の腕を食いちぎり、

静かな広場に響き渡る断末魔の悲鳴を上げさせるまで、彼はただの小学生でいられた。

 

 

 

 

 

ダークサマナーと呼ばれる職業・集団がある。

 

霊能力を悪時に使う人間の総称であり、それが拝金主義なのか破滅主義なのかは個人次第だ。

 

依頼を受ければ対象の呪殺からダーティな暴力沙汰までやる無法者たち、それがダークサマナー。

 

そんな連中の仕事の1つに『破壊に失敗した呪物の遺棄』がある。

 

対処できない呪物を手元に抱え込みたくない連中が、他の家や一族が管理する土地に放棄するのだ。

 

自分の手でやる者もいれば、ダークサマナーを雇ってやらせる者もいる、問題は。

 

その呪物のせいでこの山の一部は新たな異界と化しており、野犬の死体がゾンビドッグ化。

 

よりにもよって今いる広場の周辺が異界に含まれた事で、昼食のメニューはお弁当から子供たちの血肉に早変わりだ。

 

教師が喉笛を食いちぎられて殺され、血の匂いによってきた新たなゾンビドッグが乱入した事で、一瞬で広場は地獄になった。

 

 

「マ゛マ゛ああぁぁぁぁ!!」

「逃げて、皆逃げてぇ!?」

「やだぁ!やだ、びギュッ……」

「あじぃい、あだじのあじぃ!?」

 

 

地獄に変わった広場の中で、曲りなりにも自分ができる事を考えられたのは鍛錬の賜物か。

 

次の行動のための準備を整えながら思考をまわす。

 

(ここは異界から遠い場所のはず、なんでこんな場所に悪魔が現れた!?いや、そもそも……『なんで悪魔なのに生徒や教師に見える』!?)

 

悪魔というものは一般人には見ることすらできない、覚醒する、あるいは霊視のための修行を積んでようやく見ることができる存在なのだ。

 

ハルカは霊視の修行こそ適正のせいでロクに進まなかったが、覚醒してからは悪魔をみる・見たモノが悪魔かどうかを判別する程度は可能だった。

 

だからこそハルカの霊視能力が告げている『あの野犬は悪魔』という事実に驚愕したのである。

 

 

正確には、あのゾンビドッグは一般的なゾンビドッグとは少々成り立ちが異なる。

 

近隣の住民がこの山に捨てた飼い犬が野垂れ死んだ死骸、あるいは悪徳ペットショップが捨てていった犬の死骸。

 

それがダークサマナーによる異界化の影響で生まれた『浮遊霊』や『動物霊』の悪魔の依り代となってしまったのだ。

 

つまり彼ら彼女らに見えているのは『悪魔の操る犬の死体』であり、憑依して操っている悪魔自体は見えないままなのである。

 

……当然ハルカは知らぬ事だが、だからこそ救われない。

 

呪物を投棄し山を異界にしたダークサマナー、生まれてきた悪魔の依り代となる捨て犬や死骸を生み出した街の住人。

 

 

この地獄を生み出したのは、そんな身勝手な人間の『人災』に他ならないのだ。

 

 

「山道へ走れ!アイツらは反対側の林の方から出てきた!!ボクたちの上って来た道へ走れ!!」

 

乱入したゾンビドッグに近かった生徒や教師が食われるのをしり目に動き出す。

 

近くにいて咄嗟に動けた生徒数人、それが彼が大声を上げて誘導できた限界人数だ。

 

腰を抜かしていたり、フリーズしていた生徒は見捨てた、そうするしかなかった。

 

教師を食いちぎった時の動きで分かる、1匹ならもしかしたらを考えられたが、数匹もいる時点でハルカが勝てる相手ではない。

 

遠足だろうと普段の授業だろうと手放さない、荷物の底にこっそり隠してきた『霊刀の脇差』、彼がそれを抜いても2匹で詰む。

 

所詮は予備の模擬刀を砥石で研いで刃を立たせ、見よう見まねで霊水を使い磨いた無いよりマシ程度の武器だ。

 

ならば自分が誘導できるだけの人数を連れて下山し、逃げ遅れた人間が食われている内に逃がす。

 

 

吐き気のするような計算を組み立てながら、名前もよく覚えていない少年少女を山道に急かした。

 

脇差を取り出し、駆け下りていく生徒たちの最後尾を進む。

 

さっきは『ハルカが戦っても救える人数が増えない』から見捨てた。

 

 

だが、今は違う。

 

 

万が一あのゾンビドッグが追い付いてきたのなら、ここで殿をやれば他は逃げ切れるかもしれない。

 

無駄に命を散らす気は毛頭ない、が、その行為が有益ならば彼は一切躊躇わないだろう。

 

ある意味、鷹村家の誰よりも『護国の霊能者』としてふさわしい精神を彼は育て上げていた。

 

 

「バウッ!バウッ!!」

 

「ッ、きたか! 全員そのまま走れッ!!」

 

聞こえた吼え声は、わかりづらいが2つあった。つまり追ってきたのは二匹。

 

脇差を抜きながら足を止め、生徒たちが必死に駆け下りていくのをしり目に振り替える。

 

覚悟は決めた、腹は括った、10歳の子供にあるまじき精神力で恐怖をねじ伏せて。

 

 

「……こいッ!犬畜生!!」

 

 

片手で正眼に脇差を構え、大きく息を吸い込み、止めて。

 

大口を開けてとびかかってきたゾンビドッグの口目掛け、脇差を突き出した。

 

ほとんど賭けに等しい、相手が跳躍した勢いを利用し、比較的柔らかいであろう体内へ脇差をブッ刺す。

 

脇差が腕ごと口内に突き刺さり、喉を貫いて刃が首の後ろまで飛び出したのは、完全に偶然だ。ラッキーパンチと言っていい。

 

しかし問題は、悪魔……それも屍鬼(ゾンビ)というモノは、物理には意外とタフだという点だった。

 

 

 

ぐちゃり、ごきり、という音が響く。

 

 

脇差を突き刺されたゾンビドッグが、絶命(既に死んでいるが)する前に、ハルカの腕を骨ごと食いちぎった音であった。

 

 

「ッッッ……づぁっ、ぎっ……!?」

 

 

痛い、ではなく、熱い、としか感じられない感覚。

 

一気に血が噴き出したせいか視界が揺らぎ、腕ごと持っていかれた脇差を回収する余裕もない。

 

二匹目のゾンビドッグの動きは見えなかった、視界から消えたと思ったら、わき腹に全く同じ感触。

 

脇腹の肉を通り過ぎざまに食いちぎられたようだが、ハルカはそれどころではない。

 

ほとんど反射的に、自分の血肉を口から零しながら再度とびかかろうとするゾンビドッグに振り向く。

 

 

(ああ、ボクは死ぬのか)

 

恐怖はなかった、後悔と未練は山ほどあったが、腹を括った自分の度胸だけは褒められてもいいと思えた。

 

足に食いつかれる、もう片方の足で蹴っ飛ばす前に、腐っているのに強靭な顎で膝から下を千切られた。

 

朦朧とした意識が走馬灯を映し出す、ロクでもない思い出ばかり、楽しい記憶が浮かんでこない。

 

 

(母さんやショウゴは、ボクが死んだら泣いてくれるかな。 泣かないだろうなぁ)

 

 

咥えていた自分の足をかみ砕き、飲み込み、もはや這って動くことすらできないハルカをみるゾンビドッグ。

 

ガンガンと鳴り響く耳鳴りの中に聞こえる複数の足音、他のゾンビドッグも寄ってきたらしい。

 

途切れそうな鼓動と呼吸を意思で無理やりつなぎ止め、せめて死ぬ時まではあがいて、あがき続けて、逃げた皆が逃げ切るまでの時間を稼ごうとする。

 

 

(生きたい。まだ、生きていたい。ひどい思い出ばかりだけど、楽しい事なんて、浮かばないけど)

 

 

体の複数個所に食いつかれた感触、血が足りないせいか、意識が途切れかけているせいか、痛みもマヒしているのが幸いだった。

 

そんな中で、鷹村ハルカは生まれて初めて『夢』を見た。

 

夜に見る夢ではない、人生の目標、展望、そういうニュアンスの『夢』である。

 

 

(死にたくないわけじゃない。でも、せめて……『ボクが死んで泣いてくれる人ができるまで』……生きていたいッ!!)

 

 

やぶれかぶれに拳を突き出そうとしたが、ゾンビドッグに手首ごとむしられる方が早かった。

 

あと1秒もあれば、ハルカの体は八つ裂きにされ、その不憫に過ぎる人生は終わりを告げる。

 

 

 

その刹那。次の瞬間には未熟な命の灯が吹き消される、ほんの一瞬の空白に。

 

 

 

「マハジオンガ」

 

 

 

幾筋もの雷光が降り注ぎ、ハルカを囲んでいたゾンビドッグだけを撃ち抜き消滅させる。

 

側撃雷も感電もない、ひどく奇妙な雷鳴がハルカを救った。

 

真っ赤に染まった視界で、こちらに駆け寄ってくる影を見た。

 

重そうな戦闘用の改造錫杖、動きやすい衣服に身を包んだ美丈夫が膝をつく。

 

その手から放たれた白いもやのような光がハルカの体を包むと、少しずつ痛みがやわらいでいく。

 

 

(誰、だろう。でも、この光……あったかい……)

 

 

「少年、聞こえているなら返事……いや、返事はいらない。残酷かもしれないが、意識だけ保て」

 

 

眼球を僅かに動かし、男の話す言葉に残る五感と意識をかき集める。

 

自分が最後に感じることになるかもしれないモノなのだ。せめて、刻み付けていきたかった。

 

 

 

「君はもうすぐ死ぬ、俺の治癒の術では君を直しきれない。失った肉と内臓があまりにも痛い。

 だが……『人間をやめていい』のなら、君はまだ生きられる。どうする」

 

 

答えは言うまでもなかった。鷹村ハルカはさっき、初めて夢を手に入れたのだから。

 

人が産まれるのはいつか、母の胎を出ておぎゃあと泣いた時か?否。

 

『この世に生きていい理由』を見つけた時である。

 

彼は母に愛されなかった、父は彼が母の胎にいる間に死んでいた。

 

ならば、この死線の中でついに『産まれた』少年が、生きる選択肢を取らぬ理由が無いのだ。

 

 

 

「……い、き、たい、よ」

 

「! まて、喋るな!目を見ればいいたいことぐらい分かる!」

 

「いき、たいよ。まだ……!ボクは、まだ……! なんにも、できて、ない!」

 

喉をせりあがってきた血を吐き出しながら、命を縮めることをわかっているのに、言葉を吐き出す。

 

 

「ボクは いき、たい!まだ、いきてたい!」

 

 

どんなに命を削っても、この言葉だけは言うべきだと、彼は思ったのだ。

 

 

「……わかった、任せろ。俺が……俺たちが必ず生かしてやる。

 運がよかったな、少年。俺の『式神』が完成直前で、なおかつ俺がトラポートを使えて。

 本当なら目覚めた時に言うべきだろうが、今のうちに言っておく」

 

 

 

『ようこそ、ガイア連合へ』

 

 

 

最後にそんな言葉を言われた気がして、ハルカの意識は闇に沈んでいった。

 

 




登場人物資料 『阿部 清明(アベ ハルアキ)』 その1

『超人 アベ ハルアキ』

年齢 28→30

LV 38→???
(過去編→現在)

※主な習得魔法のみ抜粋

マハジオンガ
ディアラマ
メディア
マハムド
マハンマ
マカカジャ
エストマ
etc.

ガイア連合の『黒札』と呼ばれてる転生者達の一人。

ショタオジ主催の『富士山覚醒体験オフ会』以前から霊能力者として活動していた『俺たち』の一人。

とはいえショタオジほど師匠や環境に恵まれたわけではなく、唯一の家族である祖母にある程度の手ほどきを受けていた程度。

霊地も持っていないしこれといって組織とのつながりもなく、日雇いの仕事を転々としながら全国津々浦々を旅し悪魔退治をしていた自由人であった。

(当然この時点であっちこっちで男も女も食いまくりだった)

ガイア連合発足後は元々ある程度の知識・技術・能力があったこともあり、ハードな修行もこなして一気にレベルを上げ頭角を現す。

が、後に霊視ニキや狩人ニキといった『上の上』の後輩には追い抜かれ、自分の才能が『転生者の中では下の方』であると自覚。

転生者の才能は最低でもG3勝てるサラブレッド級で、上の方は無敗三冠だの七冠だのやりきって、稀に赤兎馬やペガサスがいるらしいが、
彼はG3いくつか勝てる程度の才能
+幼少期の教育によるスタートダッシュ
+傾向と対策を怠らない性格
+俺たちの中ではかなり上振れしたメンタリティ。
等のおかげでここまでレベルが上がった。

本人曰く

「ショタオジがフリーザ様で、狩人ニキや霊視ニキがギニュー特戦隊。
 千代ちゃんとか銀時(レベル上げ後)がベジータ(初期)とかキュイだ。
 俺はちょうどその中間、ドドリアとかザーボンぐらい」

とのこと。

『運命に愛された枠の俺たち』以下だが『全力で頑張ってる運命凡人俺たち』よりは上、という中途半端な位置ともいえる。

とはいえ経験値は非常に高いので、オカルト関連の知識や豊富な戦闘経験からレベル以上に厄介。

ステータスは【知】【速】型。
そのため火力はそれほど伸びず、バフデバフや状態異常をバラまいたり、
自作式神で数の暴力したり、古典的な呪術等を使い知識量で殺しに来る。
『レベルをひたすら上げた転生者』あたりなら格上でも狩れるタイプ。

が、前述のギニュー特戦隊レベルになるとそんなもん小細工だとばかりに押しつぶされる。

現在は

アガシオンや簡易式神やデモニカ等の技術開発協力。

後発組の転生者や比較的才能がある現地人といった後進の指導。

あるいは地方霊能組織との繋がりを作ったり、それらから黒札に行われるお見合い攻勢を捌いたり。

時には「そんなに種が欲しいならくれてやるよオルァン!」ってノリで強引に事を収める

……等が主なお仕事。

掲示板での愛称は『くそみそニキ』。モロに外見と名前と性格からである。

言うまでもないが外見は『阿部高和』、ただしツナギ姿よりスーツや法衣が多い。

頼りになる兄貴分で面倒見も良いが、気に入られたらケツ狙われそうで怖いともっぱらの評判。


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「……アッチョンブリケ」





 

突然だが、阿部と鷹守が地方に出向くのは、基本的にガイア連合山梨支部の指示に従って、である。

 

ガイア連合に救援を求めてきた退魔組織や霊能一族に対する『救援依頼』を受諾し、現地に赴くのだ。

 

そして現地でほとんど片手間に悪魔を消し飛ばし、異界を潰し、歓待を受け、

阿部が賢者タイムになり、ハルカが常備薬になった胃薬を飲みながら帰ってくるのがルーティーンだ。

 

それ以外の時は技術部に顔を出して実験に付き合ったり、修行用異界で鍛錬を積んだり……。

 

阿部が周囲の黒札から『ガチ勢』と呼ばれている側なのもあり、

ハルカが日々こなすスケジュールも相応に厳しい。

 

遠征で金を稼ぎ、技術部で最新鋭の装備を見繕い、修行用異界でギリギリの戦いを繰り返す。

 

手に入れたフォルマやスキルカードで戦力を整え、武術の鍛錬や知識の習得も欠かさない。

 

上には上がいる世界とはいえ、『LV30』の壁を越えている師が行う鍛錬の基準ともなればこうなる。

 

強敵との死戦も重要だが、日々の鍛錬に勝る蓄積は無いのだ。

 

 

鋒山家の管理する土地への遠征を終え、G3MILDの運用データを回収した二人が向かったのは、

ガイア連合山梨支部にある技術部の一室であった。

 

 

「おぅい、頼まれてたG3MILDの運用データ持ってきたぞ」

 

 

ドアを開けて中に入った二人を出迎えたのは、白衣を身にまとった垂れ眼の美女であった。

 

赤みの強い紫の髪、出るとこは出てるグンバツのスタイル、服装を整えればモデルでも通りそうだ。

 

とはいえよくわからない物品や素材が山と積まれたラボの中では、やぼったい服装と相まってマッドサイエンティスト風味もそれなりに出ている。

 

 

「やーやーあっくん、しばらくぶりー!今回はどうだったー?」

 

「そうだなぁ、夫婦共にテクの方はイマイチだが穴の締まりは中々……」

 

「そっちは聞いてないよあっくん」

「寧ろなんでそっちだと思ったんですか師匠」

 

「そりゃあ、俺はデビルバスターである前にイイ男だからな!

 ……それで、『シノ』。G3MILDのテスト結果はどうだ?」

 

 

シノ、と呼ばれた彼女の名前は『兎山(とやま) シノ』。ガイア連合技術部の技術者であり、廉価版デモニカスーツ『G3MILD』の開発者だ。

 

外見こそロングヘアのゆるふわおっぱい美女であるが、阿部ほどではないにしろそれなりにトんだ部分が目立つ、いわば平均的な頭ガイア連合である。

 

先日G3MILDを鋒山ツツジに譲渡する旨を電話で報告したところ

「譲渡はいいけど、それなら実戦運用したデータをコピーしてもってきてねー」

……とあっさり許可が出たので、運用データを入れた情報媒体をラボに持ってきたのだ。

 

 

「とりあえずこれを解析して、戦闘用のアシストシステムに反映しなきゃねー」

 

「オートでG3のAIが動きを補正して戦闘を補助してくれる機能、でしたっけ?」

 

「そーそー。当然だけどAIに情報をたくさん学習させた方がいろんな状況に対応できるからね!

 五島部隊との演習の後に、自衛隊向けの機能をオミットされて開発された一般向けデモニカだけど、

 いざ運用してみたらアレが欲しいコレはいらないって意見が当然出たからねー」

 

その辺りを整理し、デモニカのバージョンアップと共に再設計したのが『G3』

アレが欲しいを重視して性能を上げ、高級機体として完成した『G3X』

コレはいらないを重視してコストを下げ、廉価版として完成した『G3MILD』

 

とはいえアシストシステム等は共通、MILDを拡張・改造して上位機種にするのも可能なので、

ちょっとお高いけど手に入るMILDで数をそろえ、レベルアップに合わせて改造する者もいた。

 

 

「まあそもそもガイア連合の黒札クラスにコネがないと購入すらできないがな!」

 

「師匠みたいな黒札が特別扱いされるのってそういうところですよね……」

 

 

『黒札』、というのはガイア連合の幹部クラスを差す隠語であり、

世界が滅んでも使えます!をキャッチコピーにしたガイアポイントカードの格付けを現したモノだ。

 

ガイア連合が経営しているジュネス等で普通に作成できるポイントカードだが、

本当に『世界が滅んでも』使えるように取り計らわれている……というのは置いといて。

 

ガイア連合外でも手に入るブロンズやシルバーのカード。

その上にガイア連合内で出回るゴールドやプラチナのカード。

 

さらにその上に、ガイア連合の一部だけが持つブラックカードが存在する。

 

このブラックカードを持つ、様々な特権を持ったガイア連合の重鎮を『黒札』と呼ぶのである。

 

 

「なにはともあれ、これでまたMILDの改良が進むよ!ありがとねー、あっくん!たっちゃん!」

 

「お礼を言われたぞ、よかったなたっちゃん」

 

「いつも思うんですけどなんでボクだけちゃんづけでタッチの主人公みたいになってるんですか?

 双子の兄だからですか?色々と複雑なプライベートをネタにしないでくれません!?」

 

思わずツッコんでしまったハルカ、この場で唯一の10代なのにすっかりボケ役は大人二人である。

 

まったくもう、と嘆息したハルカが話題を先に進めるように促す。

 

今回ラボを訪れた理由の1つはデータの提出だが、もう1つはハルカ用の新装備の開発である。

 

 

 

今のハルカは式神『ギルス』の肉体を移植した式神人間ともいうべき状態……『ではない』。

 

『式神の肉体を人間に移植した』のではなく、『人間の重要部分だけを式神に移植した』のだ。

 

脳を含めたハルカの人格を形成する部分+無事だった内臓等を摘出し、ギルスの肉体に結合させたのが今のハルカの状態である。

 

 

「実質ブラックジャックのピノコみたいなモンだからな、お前」

 

「……アッチョンブリケ」

 

「言動までピノコにならなくていいよ、たっちゃん?」

 

 

目の前の中性的な少年風貌は、ハルカの人間時代の肉体を『変化』スキルで再現している。

 

つまり正確に言うと彼は『常時人間に変身しっぱなし』で、ギルス形態になるのは『変身解除』に当たるのだ。

 

当然、ギルスに『戻る』際に肉体も膨らむので服は破れるしギルスの体格想定の武器は少年モードでは持ち運びづらいし、と問題が多発した。

 

幸い武器の方は戦闘スタイルが素手+クローで固定化されたので大きな問題は無いが、やはり防具に関してはなんとかしたいと思うのは当然だろう。

 

 

「特に状態異常への耐性がネックでして……スキルカードで追加するのも限界ありますから」

 

「ギルス状態から人間に戻る時は変化スキルで服作るから素っ裸になるのは避けられるが、逆はなぁ。

 変化スキルで防具作っても外見だけだし、なんならギルスの生体装甲の方が下手な防具より頑丈だ」

 

なんとかならないか?と問いかけてきた二人に、シノが怪しい笑みを漏らしながら立ち上がる。」

 

「んふふふふひひひひ……これはきちゃったねぇ、シノさんの時代!新発明披露のお時間!!」

 

アレとかアレとかどこやったかなーと発明品の山をひっくり返し始めるシノ。

 

基本的に整理できない系というか、作った後は報告書だけ提出して次の発明品に取り掛かるタイプのため、彼女のラボには採用されなかった試作品が色々転がっているのだ。

 

「あったあった。デビルシフター用の伸縮自在プロテクター素材!ドラゴンボールでベジータが大猿になっても戦闘服が壊れなかったのを見て思いついたんだよ!」

 

「デビルシフター……たしか悪魔に変身する能力を持った異能者、でしたっけ」

 

「ああ。当然体格も大きくなったり小さくなったり千差万別……なるほど、ソレ用の素材で防具を作ればギルスに戻っても伸縮してフィットするな」

 

「コストとかの問題で正式採用は保留されちゃったから、サンプルの布が残ってるんだ!まっててねー、ちょっぱやで仕上げるから!30分ぐらいで!」

 

「どういう製作速度ですか」……とハルカが突っ込む前に奥の部屋で何やら作り始めるシノ。

 

ぎゅいーん、とか、ガガガガガ!とか、明らかに服の製作過程で出ていい音じゃないナニカが出ている。

 

が、夢中になった彼女はいつもこんな感じだ。出てくるモノの品質だけは保証されるのだが。

 

やれやれといった風にハルカと阿部は苦笑しながら、完成品の到着を待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして30分後…………。

 

 

 

 

 

 

 

「なんっ、で……黒いゴシック&ロリィタドレスなんですかぁ!!!」

 

黒いゴスロリ(それもノースリーブ&ミニスカ)を着せられたハルカがいた。

 

完成した直後にシノによって奥の部屋に引っ張り込まれ、シノの式神の手によって強制お着換え。

 

下手に暴れてラボのアレコレ壊すわけにはいかないのでされるがままにされた結果がコレだ。

 

小柄で顔立ちも整っている美少年ということもあり、中々に倒錯的な外見となってる。

 

……腕とか足とか、筋ショタ系のちょっとゴツめな細マッチョなのでマニア受けしそうなのも含めて。

 

 

「どうよ!シノさん特性のデビルシフター用バトルドレス!」

 

「あーだめだめエッチすぎますエチチチチチチチチ!」

 

「うるさいですよ師匠!なんで貴重な素材で、それも男性用装備なのにこんなデザインなのか聴いてるんです!!」

 

「シノさんの趣味だけど???」「知ってた(絶望)」「知ってた(欲望)」

 

 

前述の伸縮自在素材によって、ちょっとの手直しでロリ体系からジャイアント馬〇まで対応可能なフリーサイズ。

 

装着者が着たまま悪魔に変化しても、ある程度は体格・体系に合わせて変化し動きを阻害しない。

 

さらに防具相性は真女神転生1の『全対応』。無効化こそできないが、あらゆる属性・状態異常にある程度の耐性がある。

 

デザインもかなりコスプレ臭が強いが秀逸なスーパーゴスロリドレスだ。

 

 

「それにしてもなんだこのハルカの格好は。ハレンチすぎてけしからん!ハレンチ!ハレンチ!ハレンチ警察出動だ!ハルカを逮捕する!」

 

「うるさいって言ってるでしょ師匠!こっちくんな師匠!やめっ、おい師匠!やめろっつってんだろ阿部ぇ!!」

 

 

セクハラとかボディタッチとかスキンシップならセーフなんじゃないか?みたいなノリで迫ってくる阿部を捌きつつ、シノにリテイク要求を出したハルカなのであった。

 

阿部は最後まで残念そうにしていたが、ハルカの「このままだとゴスロリドレス身にまとったギルスが誕生するんですけど?」の一言でリテイクに同意。

 

最終的に同じ素材を『ベルト』等に加工し、ギルスの式神ボディの調整と合わせた『ギルスのベルト』等の全対応装備を受け取った。

 

神話の如意棒のように縮めて持ち運びできて、必要になったら取り出す&少量のMAGを注ぐことで肥大化し腰に巻いて変身解除すれば自動でぴったりフィットする便利装備である。

 

この全対応装備に加え、式神ボディにデフォで備わっている物理耐性、さらにスキルカードで追加した耐性を合わせることで対応する路線となった。

 

余談だが、せっかく作ったゴスロリドレスの方は後にシノが修行用異界での素材稼ぎのために自分で使用。

 

顔見知りの黒札たちから「うわキツ」の嵐を食らい半泣きでお蔵入りすることになった。美女とはいえアラサーには厳しかった模様。阿部ならソコがいいと言うのだろうが。

 

 

「ホントに最初からマジメにやってくださいよシノさん、このベルトとか文句なしなんですから」

 

「たっちゃん、徹頭徹尾マジメにやってくれる人間なんてガイア連合じゃ希少種だよ?」

 

「そこはせめてガイア連合技術部じゃ、にしてほしかった……!!」

 

 

だが、戦闘系黒札の中でも相当な上澄みなのが自分の師匠であるアレ、もとい阿部な時点でシノの言ってる事の方が正しい。

 

それを理解できているからこそ、ハルカはため息1つついて自分のカバンを開いた。

 

 

「とりあえずコレ、鋒山家への遠征の時に買ってきたお土産です」

 

「わーいお饅頭ー!あとでおやつに食べるね!あ、なんなら今お茶いれよっか?」

 

「いや、この後も修行が立て込んでますから遠慮します。他のラボにもお土産配らなきゃいけませんから」

 

 

式神ボディの調整や健康診断、アガシオンや簡易式神の調達等、彼が世話になっている技術者は多い。

 

元は彼の移植手術に協力してくれた古参技術者達なので、なんだかんだ長い付き合いがあるのだ。

 

遠征のたび、彼ら彼女らにお土産を買ってくるのもルーティーンに含まれていた。

 

 

「たっちゃんはマジメだねー、おけおけ、じゃあシノさんはあっくんの装備の調整してるからー」

 

「30分後に一階のロビーに集合な?」

 

 

分かりました、と返事して、お土産の詰まったカバンを担いでラボを出ていったハルカを見送る二人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホント、マジメなよいこに育ってくれたよねー。たっちゃんは。 『私』たちみたいなヒトデナシと違って」

 

「師匠の教育が良いからだろうな」

 

「ヒトデナシ筆頭がそれを言うー?」

 

 

口調こそ大きく変わってはいないが、さっきまでのハイテンションな様子はどこへやら。ややダウナーな調子で阿部の座っていたソファの隣に腰掛けるシノ。

 

ハルカのいる場所では『昔』のテンションに近づけるように明るくふるまっているが、最近の彼女はこういう雰囲気がデフォルトだ。

 

 

「……君がさ、ほとんど死にかけの彼を連れてきて、自分の式神をバラして移植してくれって言ってきた時。私はもう手遅れだって思ったんだ」

 

 

「移植が無理でもショタオジに治療頼もうと思ってたが、別件に掛かり切りだったらしいからな。

 蘇生に関してもショタオジの能力が未知すぎて、万が一死んで取り返しがつかないのが最悪だった。

 いやまあ、後で確認とったら現時点では式神への移植が最適解だって返答来たんだが」

 

「技術者の皆のさ、『10歳の子供を改造するのか』とか『流石に論理的に』とか『頭メシアンかよ』とか、その方が正論だったよね」

 

「ああ。そしてお前もそっち側で、お前らの言う事の方が正しかった……あくまで『一般人の論理』としてはな」

 

 

阿部の肩にしなだれかかるシノ、どろりと濁った眼には、深い親愛と憎悪が入り混じった退廃的な色がみえる。

 

 

「実際、『俺が全部の責任を取るから!』で押し切ったもんねぇ……私は惚れた弱みで口説き落とされたけど」

 

「……悪かったと言うつもりはない。贖罪を求められたら腹を掻っ捌くつもりだったしな」

 

「あはは、なんなら協力したみんなに袋叩きにされてもなんにも言わなかっただろうね、あっくんは。今でも許してないの、私ぐらいだけど」

 

 

技術部へのケジメとして、彼はショタオジに頼み込み『覚醒修行がイージーモードに思えるほどの生き地獄』を味わい、しかもそれらを座禅を組んだまま微動だにせず受け切った。

 

あの生き地獄を知っているからこそ、技術部の協力者は『そこまでやるなら』とだいぶ引きつつも彼を許容し、治療完了したハルカが誠心誠意お礼を言いに来たことでわだかまりも解消している。

 

シノがまだ阿部を許せないのは、もっと個人的な情念の話だ。

 

 

「君が、ガイア連合に入った後も漁色家を続けてる理由は知ってるけどさ、それを踏まえても……悪い男だね、あっくんは」

 

「ああ、自覚はある。ひでぇ男さ、俺は」

 

「……それなら抱いてくれてもいいのに」

 

「お前を抱いたら俺は漁色家でいられなくなるからな、多分」

 

 

最低、と言いながらシノが阿部の唇を奪う。二人の関係は、恋人と言うには情念が拗れすぎているし、かといって増悪に染まり切ってもいない。

 

『自分の愛情を利用したのは許せないけど愛情が冷めない』女と『愛しているのは事実だが世界のために愛した女を利用できる』男。

 

少々退廃的な比翼連理、そんな男女であった。

 

唇が離れた後、見つめあいながら言葉を紡ぐ。

 

 

「終末を超えるまでは『君を独占する』のを待っててあげる。だから、それまで死んじゃだめだよ?」

 

「ああ……わかってるさ」

 

 

 

 

待ち合わせの時間ギリギリまで、二人はただ寄り添い、言葉を紡ぐだけの時間が過ぎるのであった。

 

 




登場人物資料 『兎山 詩乃(とやま しの)』

年齢 26歳

LV 21

※主な習得魔法のみ抜粋

ブフーラ
ジオンガ
メディア
ペンパトラ
テンタラフー
etc.

外見は無限の成層圏を作った某ウサミミマッドな声帯田〇ゆかり。

ただしファッションセンスはやや野暮ったいが普通なので、磨けば光る系の美女である。

ガイア連合技術部の古参の一人で、山梨支部の技術部に所属している。

某工科大学を飛び級で卒業した『表』でも優秀なエンジニアであり、専門外のアレコレも習得している技術キチ。

前世から高IQのギフティッドであり、オカルト云々には(転生という現象以外は)関わらずに2度目の人生も過ごしていた。

が、転生者故の高い霊的才能が住んでいた町の小規模な異界に近づいてしまったことで覚醒。

おまけに知的好奇心で異界に踏み込んでしまい、悪魔に追い回されて殺されかけた。

そこにガイア連合に入る前、あちこち旅してた頃の阿部が偶然かけつけて救い出したことで関係が始まる。

阿部に一時期弟子入りし、大学を出た後だったので各地の旅に同行しながら『悪魔』についての研究をしていた。

ガイア連合発足後は阿部と共に所属、旅の中で自分は戦闘向けじゃないと感じていたこともあり、ショタオジの持つ技術の習得を第一とする。

主な開発理念は『全体の底上げ』。一部の強者を更にとがらせるよりも、ある程度の数と質を揃えることを目指した発明品を作る。

『デモニカG3MILD』はある意味彼女にとって最大の成功作である。


ちなみに余談だが、前世も今世も男性経験はほとんど無い。阿部とのキスが唯一の男性経験となっている。



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「うちはただ、股間に穢れたバベルの塔がついた美少女になりたかったんや……!!」

 

荒い息を吐きながら前へ前へと疾走する、既に彼女が率いていた霊能者たちのほとんどは脱落した。

 

今彼女たちがいる霊山は恐山や富士山のようなメジャーどころの霊山よりいくつも格落ちするが、それでも霊地は霊地。

 

近隣の汚れを吸い上げ、悪魔の発生を抑えるろ過装置でもあった霊山は、メシア教による破壊工作によって機能不全を起こしていた。

 

じわじわと霊山そのものにも溜まっていく穢れを儀式で浄化し、またろ過装置として活用できるようにするというのが本来の仕様。

 

しかし、メシア教の手によって儀式は失われ、戦後から溜まりに溜まった穢れによって霊山はそのまま異界へと堕ちた。

 

管理していた一族の生き残りが立ち上げた霊能組織もなんとかしようと足掻いたものの、詳細な資料も有力な霊能者も欠いた組織では如何ともしがたく。

 

それでも意地で突き止めた原因は、この場所を焼き払ったメシアンが霊山を要塞として使われぬよう、異教の呪物を埋めて異界になりやすいようにしていた、という殺意を覚える事実のみ。

 

事ここに至っては強硬手段を募るほかなく、故郷を守るために立ち上がった決死隊が各々できる限りの準備を整え異界の主への特攻を画策。

 

それを率いるのは、この霊山を管理していた巫女一族の末裔であり、組織で最も高い霊能力を持った退魔の巫女であった。

 

 

(大丈夫、大丈夫だよ、やよい!さつき!お姉ちゃん、かならずみんなを助け出して見せるから……!!)

 

 

……決死隊のほとんどは、今回の霊山の異界への『対処』に反対した霊能者であった。

 

各家から霊力の高い霊能力者を招集し、それらを『人柱』として結界を構築。

 

悪魔を霊山の内側に閉じ込めることで封印する……それが組織上層部の決定だ。

 

決死隊を率いる彼女、『一二三 睦月(ひふみ むつき)』も、自分の妹二人が人柱に選ばれたからこそ特攻を画策したのである。

 

組織上層部からしても、これで異界の主を討てればよし、そうでなくても失うのは人柱に使わない霊能力者のみ。

 

最後のワンチャンスの賭けとしては悪くないからこそ『黙認』された、たったそれだけの事なのだ。

 

 

(皆が命がけで道を切り開いてくれた!異界の主の領域寸前で殿に残った人たちが突破される前に、異界の主を相打ちになれればあたしの勝ち!!)

 

 

切り札は、ある。霊山から採取した薬草の乾燥粉末と、近隣の活火山で採取した硫黄、さらに洞窟から採取した硝石を調合して作った『対魔火薬』。

 

ただの黒色火薬ではなく、霊的に力のある土地のモノを使い、儀礼を挟みながら調合することで悪魔に対する有効打になるよう工夫したシロモノだ。

 

火矢に少量くくりつけて悪魔に放った結果、十分な破壊力があることは確認済み。

 

これをありったけ服の中に仕込み、異界の主に接近してから着火、もろとも吹き飛ぶのが考え抜いた唯一の手であった。

 

 

(これでようやく解放される。私も、妹達も、待っている皆も)

 

 

 

「これで、終りだあああぁぁっ!!」

 

 

 

遠目に見えてきた、明らかに他と格の違う悪魔目掛けて踏み込む。

 

決死の片道切符は既に切られた、残るは……彼女の命がどこまで届くのか、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※数時間前 ガイア連合山梨支部

 

 

 

「え、師匠一人で出かけるんですか?」

 

「ああ。ちょいと地元に用事ができてな」

 

ラボでの装備品更新と山梨支部の修行用異界での鍛錬を終えた翌日。

 

今日も鍛錬の続きだと意気込んで出てきたハルカに阿部が告げたのは、これから阿部が数日ほど外出するという報告であった。

 

何で急に、と聞こうとしてハルカが口ごもる。こういう時はいくつか候補があるが、大抵黒札だけに知らされている情報関連のことが多い。

 

そうでなくても阿部の『地元』という言葉、なにかしら故郷でトラブルでもあったんですか?と掘り返すのも微妙に躊躇われた。

 

 

「一週間程度で戻ってくる、遅くても来週の週末までにはな。その間はシノの式神と『鬼灯』を呼んである」

 

「……『鬼灯』さん、ですか。まあ、実力は確かですね」

 

「ああ、修行用異界での鍛錬だけじゃなく、今入ってる遠征依頼にも付き合ってくれるそうだ。『LV30』を目指すための修行メニューは無理なくこなせる」

 

現在、ハルカのLVは『25』。阿部に弟子入りしてから約2年弱、厳しい鍛錬を日々こなして積み上げた実力は確実に身になっていた。

 

ただレベルを上げるだけでなく、変化した肉体の使い方を覚えるための組手、各種オカルト知識の勉強に、各地の霊能組織から入る依頼を共にこなすことで実戦経験も積み上げる。

 

それこそスライムしか出ないようなザコ異界だけでなく、並みの黒札でも油断したら危険な地方の高難易度異界の攻略に付き合わされた事も一度や二度ではない。

 

「確か、師匠の言う『半終末』って言われる状態になるまでにLV30まで上げる……が、目標でしたよね」

 

「ああ。今のペースで言えば多少は余裕をもって達成できそうだな。流石にLV35は無理だが、30~31ぐらいは十分目指せる」

 

「……いまだに実感わきませんね、師匠たちみたいな超人の領域に、俺が踏み込むなんて」

 

「おいおい、LV25だって一般的にみたらとんでもない超人だからな?一般人から見ても、霊能者から見ても」

 

それもそうでした、と苦笑したハルカが阿部を見送る。わさわざついてこなくてもいいぞと阿部は言うが、こういう時に気を効かせるのも弟子の役目だとハルカは考えていた。

 

普段から阿倍の言動その他がアレでアレでアーッ!なのでわかりづらいが、ハルカから阿部への信頼度は非常に高い。

 

それでいて信頼度は高いが妄信はしないバランス感覚があるからこそ、阿部は2年近くもハルカの面倒を誠心誠意見ているのである。

 

……万が一メシア穏健派みたいな言動をハルカがしはじめたら間違いなく縁を切っていただろうし。主に恐怖と警戒で。

 

 

「今回お前が遠征する先の資料については鬼灯に渡してある。合流時に確認してくれ」

 

「わかりました……ところで、ボクと鬼灯さんに加えて『アイツ』まで必要な任務なんですか?」

 

「ああ、ちょいと厄介な案件らしいんでな。念には念を入れたいんだ」

 

 

 

「おいおーい、オレに遠慮してるのは分かるけど、もっと頼ってくれてもいいんだぜー?」

 

 

 

阿部とハルカが会話しながら待ち合わせ場所に向かっていると、後ろから声をかけられた。

 

低温の渋い声、ハルカにとっては聞きなれた……というか、先日無理やり自分をゴスロリドレスに着替えさせた犯人その2。

 

若干、いやそれなりのウザさを感じる妙に馴れ馴れしい態度に、はぁー、とため息吐きつつ振り返り。

 

 

「……『テンノスケ』。僕はまだ昨日の事を許してないぞ」

 

「いやアレは仕方ないだろ?オレもマスターのいう事には逆らえないんだ」

 

「『ウフフー、お着換えしまちょうね?』とか言いながらノリノリだっただろうが!!」

 

 

濃い目の青色がついた半透明の体、全体的に四角い人型に顔がくっついただけの超シンプルな造形。

 

名を『テンノスケ』。なんでも昔、阿部とシノが共同で作った式神らしい。

 

ガイア連合に入った後もバージョンアップが重ねられたため、今ではガイア連合産の式神に劣らない性能を持っているらしいが……見ての通り、なんというか、個性的だ。

 

 

(コイツに加えて鬼灯さんまでいるとか先が思いやられる……い、胃が痛い)

 

阿部と共にいつものノリでゲラゲラ笑いながら談笑したり、突発的にテンノスケが砕かれたり再生したりする光景を見ながら、今回の胃痛の元その2との待ち合わせ場所に移動。

 

山梨支部1Fのロビーで鬼灯を探すが、どうやらまだココにはきてないらしい。

 

阿部は「もうすぐあいつらもくるはずだから、俺は先に出発するよ」と言って出ていってしまったので、二人で待ち合わせ用に備えられたソファに座った。

 

小柄な美少年と青い謎生物が隣り合って座っているのはシュールな図だが、そこにスパイスをもう1振り。

 

 

「遅いな、鬼灯さん。待ち合わせまであともうちょっとのはず……」

 

「もうきとるよ?たっちゃん♪」

 

「おわっはぁ!?」

 

 

後ろから耳元へ声をかけられ、思わず変な悲鳴が上がるハルカ。隣のテンノスケがぷるんと震える。

 

振り返った先には、ショートヘアの美少女が一人。ハルカと同じく小柄な体躯で、メイクはやや古風な趣を感じさせる。

 

衣服の方も、どうやら着物を色々と魔改造したモノらしいが、少々どころじゃなく露出度が高い。

 

一応公共機関とかを使うときはコートなりなんなりを羽織ってくれるだけマシだが、表を歩いてたら完全に痴女である。

 

……が、多少気を抜いてたとはいえハルカの背後を取れる隠密技能は、彼女もまた黒札の上澄みであると再認識させられた。

 

 

「鬼灯さん!悪ふざけもほどほどにしてください!!」

 

「ふふふ、かんにんえ、たっちゃん。悪気はなかってん」

 

 

悪気しかないでしょうがと言われてもケラケラ笑っているのが、今回同行する黒札。『鬼灯 焔(ホオズキ ホムラ)』である。

 

文字通り人外じみた美貌を持つ黒札だが、ハルカからすれば同じ黒札ということを差し引いても師匠である阿部と同類である。なぜかといえば……。

 

 

「というか貴方『男』でしょう!?背後に忍び寄られると師匠に近づかれたのと同じ危機感感じるんですよ!」

 

「ああ、うちはちゃんと性癖面はノーマルや、美少女やら好きやさかい」

 

「師匠からとっくに聞いてますよ!理想の外見になるために戦闘力そっちのけでそういう姿に改造したって!どこがノーマルだ!!」

 

「うちはただ、股間に穢れたバベルの塔がついた美少女になりたかったんや……!!」

 

「もう一度いいますよ、どこがノーマルだ!」

 

 

穢れたバベルの塔については何も言わない、ツッコんだらもっと面倒な事になるし、別にメシアンがキレても構わないし。

 

ぎゃーすかとやり取りしながら支部を出て、電車とバスとタクシーを乗り継ぎ現地へ向かう。

 

途中で鬼灯から届いていた資料を渡され確認。今回の案件は……。

 

 

「異界化した霊山の対処?」

 

「せやなぁ、管理しとった霊山を管理しきれず異界にしてもうて、その異界を対処してほしいって依頼や」

 

「それはまた……確かに結構強力な悪魔がいそうですね」

 

「そゆこと。実際、ガイア連合の初動調査によると主の強さは推定LVは25以上30未満。先に来とった黒札が「オレらじゃ無理!」いうて回してきおった」

 

戦闘系黒札もピンキリまであるが、LV20代の黒札はそこそこいる。これが30以上になると所詮ガチ勢ということで相当数が減るのだが。

 

つまり、これから踏み込むのはハルカ一人では対処不可能な異界という事になる。

 

 

「とりあえずここが現地みたいですし、おまけに遠目にその霊山見えてきましたし……まずは現地の霊能組織に事実確認だけしますか」

 

「せやろな、難易度高いだけあって大口の依頼や、少しばかり休息してから……」

 

 

「あの、ガイア連合からの派遣霊能者様ですか?!」

 

目的地の方向から、こちらに駆け寄ってきた少女が一人。

 

あちこちすりむいた跡が見える、転んだりつんのめったりしながら全速力で駆けてきたのだろう。

 

年齢はハルカより少し下、10歳になるかならないか程度に見える。

 

(アナライズ……LV1、一応覚醒してる?)

 

「なんやぁ、これから行く予定の組織の出迎え……にしちゃあ奇妙やなぁ」

 

「っ、わ、私は『霊山同盟』の、巫女見習いです!ガイア連合様!お願いします!私にできることなら、なんでもします!」

 

 

お姉ちゃんたちを助けてください!と言いながら地面に頭を擦りつける幼女に、鬼灯とハルカは顔を見合わせ、

 

壺に入れて持ち運ばれているテンノスケは「厄介ごとのよかーん」と呟くのであった。

 

 




登場人物資料『鬼灯 焔(ほおずき ほむら)』

年齢 21歳

LV 32

※主な習得魔法のみ抜粋

ファイアブレス
アイスブレス
毒ガスブレス
パワーブレス
フォッグブレス
マリンカリン
ハピルマ
etc.

外見はFGOの『酒呑童子』、ただし普段の露出度控えめかつツノ等は無い。

ガイア連合の覚醒オフ会で覚醒した異能者の一人であり、覚醒時期はやや遅め。

といってもオフ会自体は初期から参加しており、中々覚醒せずハード修行に途中で切り替えてようやく覚醒。

その際の「俺はチ【ピーッ】のついた美少女になりたかったんだー!!」という叫びに加えて
『鬼女』『妖鬼』系のデビルシフターに覚醒しちゃったせいで肉体ごと変質。

叫びの内容といろんな意味でアレな覚醒にショタオジとネコマタを盛大にドン引きさせつつも覚醒者となった。

デビルシフターの能力である悪魔化を解除しても『悪魔の時の肉体が人間になった』ような外見に『戻る』ようになってしまい、
一時期は戸籍その他も使えない家なき子状態になってしまったため、ショタオジの所に居候しながら修行続きの日々を送っていた。

そのためちょっとした結界や祈祷のような術は使えるようになっており、ほかにやることもないから、とハードめの修行をしてたおかげでLV30の壁を突破。

根願寺にツテができてからようやく戸籍その他をイロイロ裏技を使って用意することができたので、最近は美少女♂ボディで外を練り歩いている。

性格は意外と性癖以外はマトモ&マトモ。

ちょっとからかい癖はあるものの、黒札の中では地方の救援要請等を積極的に受けている側。

自分の命をかけてまで人を救えるタイプではないが、余裕の分ぐらいは人助けしよう、と思える善人。

阿部とは無戸籍状態の時に知り合い、山梨支部で鍛錬に付き合ってもらった恩人。

阿部視点だとかなり好みの外見なのだが、幸か不幸か距離感は程よい友人ぐらいでとどまっている。




登場人物資料おまけ 『テンノスケ』

LV 28

こいつの解説をマトモにやるのを作者が拒否したのでオマケにつける。

トコロテンとゼリー、各種オカルト素材、あとは素敵なものをいーっぱいで作られた式神。

かつてはガイア連合に入る前の阿部とシノが協力して悪乗りで作った式神であり、現在は各種改造を経て普通にハイスペックになっている。

『家事』『料理』等のスキルカードを差してあるため、主な役目はシノの身の回りの世話。

攻撃性能は端的に言ってゴミだが、挑発&無茶苦茶なタフさでタンクとしては優秀。

他にも様々な謎機能(縮小化して壺で持ち運びとか)がついているため、ほどよいウザさに耐えられるのなら君も1つ、あ、いらない?そう。

阿部&シノからはほどほど雑に使われてるが、ハルカとは悪友関係。だいたい原作のヘッポコ丸ポジション。



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「なんで全員事態を盛大にややこしくする方向で思い切りがいいんですか!?」

 

「……状況を整理しましょう」

 

あの後、天下の往来で少女を土下座させるわけにもいかないので、とりあえず近くのカラオケボックスに飛び込んだ一行。

 

鬼灯がマリンカリン等である程度誤魔化してくれたからいいものの、危うく異界突入前に警察沙汰であった。

一刻も早く救援に向かってほしいと願う少女、『一二三 弥生(ひふみ やよい)』をなんとか宥めて事情を聴きだしたところ……。

 

「事の始まりは2日前、ガイア連合から派遣されてきた霊能者が、初動調査を終えてから……ですね」

 

「『私達では手に負えない、十分な用意と増援を準備してくる』ゆうて撤退した、そやな?」

 

「……はい。ですが、あの時来てくれたお二人と連れていた式神ですら神話の英雄のごとき力の持ち主。

 それ以上の術者や、同格の術者を多数連れてくるなんてありえないと判断した、らしいです。

 もし万が一奇跡的にあったとしても、それは霊山周辺の霊障がもっと悪化してからだろう、と」

 

あちゃあ、とハルカが額を抑える。その懸念は一切間違っていない。

 

今回の異界は初動調査によって判明した異界の主のLVが『25』。

 

放置していればよりMAGをため込んで強化される可能性もある以上、安全マージンを考えればLV30以上の黒札が望ましい。

 

それに加えてガイア連合の基本は(一部のバカ除いて)確殺だ。安全マージンを取れるレベルを持ちつつ、この異界に相性がいいスキルの持ち主がなるべく受けるのが望ましい。

 

当然だが、所詮他の黒札から『ガチ勢』と呼ばれる『LV30の壁』を超えた黒札は少ないし、この異界に相性がいいガチ勢がこの依頼を受けてくれるかどうかとなると相当な低確率だ。

 

今回、たった2日でこの条件(LV30以上、火炎攻撃持ちを指定していた)に該当する鬼灯が補助戦力であるハルカまで連れて来訪できたのは奇跡に近い。

 

「初動調査に来た二人のレベルは『22』。トラ系の魔法を揃えていて、異界のマッピングや悪魔の分析、場合によっては主のアナライズまで終えて撤退する堅実な黒札コンビです」

 

「あー、うちも何度か世話になっとるわあの二人。戦闘面はちょいと小粒やけどバランスは悪ぅない……とはいえ、LV25の異界の主に準備不足で吶喊するタイプでもない、か」

 

 

寧ろ資料を可能な限り早く・正確に分析して山梨支部に届け、今回の異界に相性がいい鬼灯まで回るよう最速で依頼の手続きを整えてくれたのもその二人だ。

 

『サスガブラザーズ』と名乗っている黒札のコンビだが、どちらかと言えばお人よしの部類にはいる双子の黒札。

 

命がけて異界の主に吶喊カマすほどのヒーロー体質じゃないが、かといってお仕事終わったらはいさよなら、するほど冷血でもなかったのだろう。

 

 

「で、噂のガイア連合の術者ですらダメだった、もはや一刻の猶予もない!となった『霊山同盟』の取った手段が、『分家』って呼ばれてる君たちを使った人柱の封印?」

 

「そう、なりますね。」

 

「……一つだけ聞いてええか?お嬢ちゃんと人柱になるお姉ちゃん、いくつ?」

 

「私は先月、9歳になりました。皐月お姉ちゃんは11歳です」

 

 

ウソだといってよバーニィ、と思わず天を仰ぐ鬼灯。キャラづけの京言葉エミュまで外れている。

 

しかもこの感じだとガイア連合の撤退後には『本家』がすぐ行動を開始しており、翌日の午前中(シノのラボでのあれこれ)には分家の霊能者を招集し、人柱による結界計画を発布している。

 

 

「で、それに待ったをかけたのが分家の中から出てきた傑物(※現地民基準)だった君のお姉さん?」

 

「『自分たちが異界の主を討伐出来たら人柱結界計画を取りやめてくれ』

 って本家の屋敷に乗り込んで、トップである巫女長様に直談判したんです。

 15歳なのに熟練の巫女である巫女長様と同等、将来性を考えればそれ以上の霊力がある姉さんは、

 普段冷遇されている分家派閥のトップですから……」

 

「それに加えて派閥争いまで絡むんですかこの話題!」

 

「その、本家自体は戦時中に途絶えてて、一番大きかった分家が今の本家で、数だけはある他の分家もみーんな本家狙える立場なので……」

 

「なんていやな戦国時代だ」

 

「あー、せやからはねっかえりの多い派閥になっとる決死隊の特攻を止めんかったんか……」

 

 

というか9歳でこれだけ明晰に話せて事情通でもあるこの子も相当な傑物である。

 

分家とはいえ名家、恐らく幼少期から霊能力以外も英才教育をされているのだろう。

 

育児放置気味だったハルカには身についていない教養に、若干ハルカが気まずく感じているが、ともあれ話を続ける。

 

 

「姉さんが決死隊を率いることになったので、一番幼い私だけは我が家の血を繋ぐために人柱が免除されましたから……多分、姉さんの狙いはそれだと思います」

 

「相打ちになれれば全員助かる、自分が死んでも一番下の妹だけは助かる、と。本家も酷だな、自分たちだけ残ろうなんて……」

 

「……その、あくまで巫女長様の説明なんですけど。

 この術は術者にかかる負担も大きくて、霊力(MAG)がカラッポになって死んじゃう事もあるので、

 巫女長様を含めた本家から結界設置に携わる術者の皆さんは命がけだとか」

 

「上から下まで全員ガンギマリとかどうなっとるんやこの組織……!?」

 

「いやぁボクの実家がアレだっただけでこのぐらいはそこそこ……ボクとしては寧ろ」

 

 

サスガブラザーズが撤退を決定、増援なり自分たち以上の霊能者を呼んでくると言って去る

巫女長、0.1秒でこりゃマズいと判断。人柱を使った結界設置を立案し本家・分家を招集。

本家の発布した人柱計画により、分家を中心に人柱候補が選定され始める。

(※タイムリミットその1『人柱結界を設置させない』)

弥生の姉、0.1秒で巫女長の決断に異を唱え、分家派閥の志願者を率いての決死隊を組織

分家派閥の霊能者、死出の旅路と分かった上で弥生の姉に0.1秒で同意。

昨晩夜中まで可能な限りの準備を整え英気を養う。

本日未明、決死隊出発。

(※タイムリミットその2『決死隊の救出』)

ハルカ、鬼灯、あとオマケが到着。弥生に事情説明を受ける。

 

 

 

 

「なんで全員事態を盛大にややこしくする方向で思い切りがいいんですか!?」

 

「48時間でここまで状況が動くとか流石に予想できへんわぁ……」

 

「……それで、昨晩まで決死隊の十数名ができる限りの準備を整えて、出発したのが2時間ほど前なんです」

 

 

この町から異界となった霊山までの距離を考えれば、既に霊山のふもとまで到着して登り始めている頃だ。

 

異界の主まで最短距離で山道を駆け上がったとして、途中で奇跡的に全滅しないと仮定したら……。

 

 

「残り一時間って所ですね」

 

「間違いなく霊山に到着する頃にはぜぇんぶ終わっとるねぇ」

 

そんな、と弥生がうなだれる。ぽたぽたとテーブルに涙が落ち始めた。

 

なんとか声をかけようとしたハルカに弥生がガバっとすがりつく。

 

弥生はすでに半分正気ではなかった、迫る死の恐怖と姉を失う恐怖で、幼い心は狂いかけている。

 

人柱から免除されたとしても、異界が発生し続ければ真っ先に悪魔に襲われるのは覚醒している自分なのだと理解しているのだ。

 

「お、おね、おねがいします!家のお屋敷は、古いですけど土地と一緒に売りに出せばお金になります!」

 

「まってくれ、やるやらないじゃなくてできるできないの話で……」

 

「魔石とか、巫術に使う触媒も、霊能組織なら買ってくれます、それと、あと……」

 

「待っ……いや、だから。まず霊山に一気に行く方法が……」

 

 

ないんだ、と言い切る前にハルカの言葉が途切れた。

 

残酷な現実に打ちのめされ続け、自分もこれから死ぬかもしれない。

 

そんな少女に正論を投げつけるのに何の意味があり、どんな救いがあるというのか。

 

 

「欲しいなら、せ、成功報酬になりますけど、私がなんでもします!どんなことでもします! 

 たった二人の家族なんです!!お父さんもお母さんも死んじゃって……!

 お姉ちゃんたちしかいないんです!もう、あんな山なんかに誰かを食べさせないでよぉっ!!」

 

 

泣きながら懇願してくる少女に、ハルカは返す言葉を持たない。

 

自分は救われた側だ、導かれた側だ。今も、阿部という師匠の庇護下にある。

 

確かにここで決死隊の救援にいくメリットは大きい、少なくとも遺品でも回収できれば相当違う。

 

異界と化した霊山も、それを管理する霊山同盟も、まとめてガイア連合が総取りするチャンスではあるのだ。

 

しかし、長々と準備していたら決死隊は確実に全滅。

霊山同盟は既に人柱を用いた結界の準備を始めているはずなので、何人もの少女が命を落とす。

 

 

(……分岐路だ!今、ボクは分岐路にいるッ!!)

 

 

ここ2年は阿部に言われたとおりに人を救い、阿部についてあちこちを巡ってきた。

 

その場その場での判断こそ自分で行っていたが、こういった全体の流れに関する判断は基本阿部に丸投げだったのだ。

 

しかし、鬼灯に頼ろうにも鬼灯はあくまで今回『自分の付き添い』。戦力としては鬼灯が主力でも、阿部の代理人としてきているハルカが前に出なければいけないのである。

 

小学生にそんなもん任せるな、という意見はしごく真っ当だが、阿部がそんな常識的な理屈を加味してくれるはずもない。

 

最近の阿部は妙にハルカへのスパルタが加速している、いずれGPが高まり到来する『半終末』までに教えるはずの事を、急激に詰め込んでいるのだ。

 

今回の依頼もそうだ、明らかにハルカにとってギリギリの決断が要求される状況を予期しているような……。

 

(いや、これは今考えることじゃない。時間が無いんだ、覚悟を決めろ!)

 

 

「鬼灯さん。 正直、今から異界に突っ込むのならどこまで付き合ってくれます?」

 

「……異界の主までの露払い、ついでに、たっちゃんが負けそうな時のカバー。どないやろ?」

 

「十分に過ぎます。 あとは移動手段……!レンタカー借りるか、いやいっそ走るか!?」

 

いくつもの手段がハルカの脳裏をよぎる。しかしタイムリミットは長く見積もっても一時間。

 

霊山までの距離をトラ系の魔法で0にする事も考えたが、そもそも二人は使えないし、アレは行った事のない場所にはいけない。

 

……という『詰んだか?』というタイミングで。

 

 

 

「「話は聞かせてもらった!!」」

 

「何奴っ!」

 

「「とうっ!」」

 

防音のカラオケボックスの外でどうやって聞いたってんだ、と言いたくなる。ドアをあけ放って現れた二人組。

 

しゅたっ、と跳躍し、テーブルの上にスーパーヒーロー着地。

 

よく似た顔立ちだが割と平凡な顔面偏差値、しかし見覚えがあるコンビが現れた。

 

 

「サスガブラザーズはん!?」

 

「どうしてここにいるんですか……!?」

 

 

「あの『リ美肉ニキ』が依頼受けたって聞いてな!」「うちのことか?」

 

「現地で足がいるかと思って駆けつけてきたんだ」「なあそれうちのことか?」

 

「そしたら雰囲気おかしいから探ってみたら人柱がどうのこうの」「バ美肉ならぬリ美肉ってなんや?」

 

「こりゃあただ事じゃないと二人を探してたってわけさ!」「リアル美少女受肉の略か?お?」

 

 

「チン〇ついた女の子になりたい願望のなにがあかんのや!!」

 

「「「全部」」」

 

ハルカまでハモった3連合唱に、なんでや、なんでや、とヘコみ始めた鬼灯。

 

それをほどほどにスルーしつつ、サスガブラザーズに重要事項だけ確認するハルカ。

 

「どこまで行けますか!」

 

「トラポートなら異界の入り口まで飛べる。要救助者を確保したらトラエストだ」

 

「トラフーリやエストマも使えるからな、ザコ悪魔との戦闘は相当避けられる」

 

「「だがMP怪しいから戦闘は勘弁な!!」」

 

山梨支部には回復用の施設もあるが、トラポートが使える二人はあっちこっちに仕事のマラソン状態だ。

 

今回駆け付けたのも結構無理をしているため、行動補助はともかく戦闘補助までは勘弁してほしいのが本音らしい。

 

 

「最高じゃないですか……鬼灯さん、行きましょう。条件はさっきのままで大丈夫です」

 

「……露払いとフォローはしたるさかい、無茶は前提でええな?」

 

「了解です。 ……弥生ちゃん」

 

「は、はい!」

 

立ち上がったハルカがぽふ、と弥生の頭を撫でた後、一言だけ囁く。

 

『信じて待っていてくれ』、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げほっ……ぐ、ぅ……!!」

 

異界の奥、主の領域にて、睦月は痛みと無念に呻く声を絞り出す。

 

服の内側に仕込んだ火薬を爆破しようとした瞬間、悪魔の放った『ブフ』で足を負傷。

 

当然だが袴の下に仕込んであった分の火薬もダメになったたため、急遽作戦を変更。

 

咄嗟に上着だけを脱ぎ捨て、異界の主に投げつけ『アギ』で爆破したものの……。

 

 

「フン……僅かに驚いたぞ、ほんのちょっぴりだけな。

 『焚火の後を踏んだら燃え残った火の粉が足に飛んできた』……その程度だが」

 

 

ガシャリ、という足音と共に剣と盾を持った骨の怪物が近づいてくる。

 

『幽鬼 ベイコク』。ネイティブアメリカンの伝承に登場する邪悪な悪魔だ。

 

LVは25、物理攻撃に対する耐性まで持ち、文字通り現地人にとっては『死神』に等しい。

 

火炎に弱いという特性もあるので睦月の特攻手段そのものは間違っていなかった……が。

 

『純然なレベル差』というどうしようもない壁が立ちふさがっていた。

 

 

「まずは貴様の臓腑を抉りだし、生きたまま肝臓を食らってやろう。

 私の力をもってしても、この山の外へ異界を広げるのは手間なのでな……」

 

盾を構えていた左手が近づいてくる、もう切り札の火薬まで使い切ってしまった。

 

明らかに手加減をしている異界の主にすら、かすり傷を負わせるのが精いっぱい。

 

『これが自分の限界だ』という最悪の事実に涙すら出てこないほど絶望するしかない。

 

残る手段は、自分の中の霊力全部をかき集めてもう一度アギを叩きつける程度。

 

かすり傷に加えて火傷の1つが増える程度かもしれないが。

 

体の下で握りこんだ拳に霊力を集中させ、イタチの最後っ屁を放とうとした所で。

 

 

ベイコクの動きが停止した。

 

 

「……?」

 

ベイコクの視線がこちらを見ていない事に気づいた睦月が、とっさにその視線の方向に目を向ける。

 

地面に這いつくばったまま後ろを振り向いた彼女の視界に映ったのは……。

 

(……男の、子……?)

 

山の中の天気は変わりやすい、いつの間にか来た道には白い霧がかかっていた。

 

そのせいで若干輪郭がぼやけているが、小柄な少年がこちらに歩いてきて、立ち止まる。

 

「アナライズ……幽鬼 ベイコク LV25。情報通り物理耐性持ちか。

 おい、そこの悪魔。

 

 泥仕合になるぞ、覚悟はいいか?ボクはできてる」

 

 

その後ろから、『緑と黒の体を持ち、赤い瞳を光らせる異形』が少年の隣まで歩いてきた。

 

異形からは睦月ですら感じ取れる異常な大きさの力を感じる、それこそ異界の主と張り合えるほどの。

 

そして、少年の姿が霧に溶けるようにゆっくりと消えていき、異形だけがその場に残る。

 

しかし、異常な光景だがベイコクと睦月には本能的に理解できた。あの異形こそが少年なのだ。

 

入れ替わりに現れたのに『なぜか』同一の存在だと理解できてしまう。

 

 

「……なん、だ、貴様は!?」

 

 

ベイコクが驚愕と共に発した疑問への答えは、全脚力を解放した疾走と、

 

 

「ヴォオオオオオオオオアアアアアアアァァァァァァッ!!!」

 

 

肉を引き裂き喰らう姿を幻視してしまうほどの、異形の戦士の疾走であった。

 

 




登場人物資料 サスガブラザーズ

流石兄者/流石弟者

年齢 20

LV22

※主な習得魔法かつ双子の共通技能のみ抜粋

トラポート
トラエスト
トラフーリ
エストマ
リフトマ
ライトマ
テトラジャ

etc.

移動系・補助系の魔法をやけに覚える双子の兄弟黒札。
一応戦闘系魔法も使えないことはないが、全体的に戦闘力は控えめ。
とはいえ地味にカンのいい兄者と意外としっかり者な弟者の相性はよく、
作中で鬼灯が言っている通り『ちょいと小粒だけどバランスは悪くない』。

ガイア連合に保管されているオカルト系資料を調べ上げ、呪物の収集や異界の探索・偵察。
行方不明事件等が増加している土地に危険な異界が発生していないか、等を調査する敏腕調査員。

……微妙にオーラが足りないというか、ほどほどに小物っぽいというか、わき役顔なのはご愛敬。

式神は最初俺の嫁系を兄者が押していたが、他の転生者が俺の嫁を前衛に出来ない問題に挫折しているのを見て弟者がゴリ押しで変更。

いざというときのすばしっこさも考えて、『メダロット』の『サムライ』と『シンセイバー』をモチーフにした人形型式神となった。

どちらもノリがよく微妙にお人よしだが、兄者がバカっぽくて弟者がしっかり者。

ただし悪党とは程遠い上に結構腕も良いので、彼らの集めてくる情報は金を出してでも買いたい人間が多い。



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「……なんという安楽の道か」

書こうと思ってた話の前に思いついちゃった話。
だいたいこの小説の『ちょっと精神力が上振れした一族』の基準としてどうぞ。
ハルカは一人だけ盛大に上振れした枠です。


 

巫女装束や袈裟をまとった一団が、祝詩を唱えながら山へと向かう。

 

霊山と異界の境目をぐるりと囲うようにつくられた村々は、すべて霊山同盟の本家と分家、その関係者が住む集落だ。

(そこから麓に下りれば何も知らない一般人の暮らす農村があり、彼らは『山の祈祷師様』として霊山同盟をお祓いや葬式で頼っている)

 

そして霊山同盟の集落中から、人柱役に選ばれた者と本家から選りすぐった術者が進んでいく。

 

巫女を中心に少数の山伏、近隣の生き残った霊能者一族が戦後に合併を繰り返し続けた集団ということもあり、宗派も装いも微妙に異なる。

 

しかし、各々の心は1つ。死が確定している人柱たちですら足を止めることなく霊山目掛けて歩いていく。その原動力はシンプルだ。

 

 

自分と娘が『半覚醒』までしか至れなかったせいで母に無理をさせ、老齢の母を墓に入れる骨すら残せず悪魔に奪われた女がいた。

 

男手一つで娘を育て上げ、どこぞの馬の骨に嫁にやって浴びるほど酒を飲んだ数日後に、娘夫婦をまとめて食われた男がいた。

 

優しかった母が悪霊に心を蝕まれ、発狂した果てに骨と皮だけになるほど痩せて死ぬのを見せられた少女がいた。

 

 

 

この場にいる人間で、あの霊山の異界に親しい者を奪われてない人間はいない。

 

皆が皆、己の心血と命を注ぎ込み、異界から湧き出る魑魅魍魎と戦い人々を守ってきたのだ。

 

祖先がそうしてきたように、父が、母が、兄が、姉が、弟が、妹が、妻が、娘が、孫が……。

 

それらすべてが積み上げてきた執念の果てに立っているのだ。

 

 

「総員、傾聴! これより我々は人柱を用いて、霊山を覆う結界を設置する!」

 

 

先陣を切っていた女性が振り返り、合わせて周囲に並んだ『本家』の術師たちも振り返る。

 

中央に立つ彼女は『霊山同盟』のトップである巫女長だ。

 

既に60近い年齢のはずだが、厳しい修行と覚醒が影響してか、30代でも通る外見を保っている。

 

本人は『見せかけの若さより力が欲しい』と常々言っているが……。

 

 

「霊水と札、盛り塩と祝詩によって邪気を払った後

 人柱の霊力(MAG)を吸い出し本家の霊術師に集中!

 全力の大儀式を用いた結界により、霊山を封鎖!

 

 ……『いずれこの山を制覇する者』が現れるまでの、時間を稼ぐ!!」

 

 

そう、霊山同盟は決してヤケになったわけではない。

 

ガイア連合の超人的な霊能者を見て思ったのだ、『あるいは彼らが十分な準備を整えれば』と。

 

それは希少な霊薬かもしれないし、とんでもない霊力を秘めた秘宝かもしれない。

 

あるいは単純に修行による霊力の上昇、もしくは自分たちでは想像もつかぬほど高性能な式神。

 

一朝一夕で用意できるモノではない以上、一分一秒でも異界と霊障の拡大を食い止めなければならない。

 

だから、自分たちでは真っ当な手段での時間稼ぎすら厳しくなりつつあるこの異界を『持たせる』ためにここにいる。

 

少しでも異界が広がるのを抑え、ガイア連合が異界の主を討つまでに死ぬ人間を一人でも減らすために。

 

死にに来たのではない。今まで先祖たちがどれほどの血を流してでも護り続けた、無辜の人々を守るために。

 

 

『戦い』に来たのだ。

 

 

「人柱は、骨と皮になるまで霊力を吸われ死ぬだろう! 

 私を含めた術者も皆、あふれ出た霊力に身も心も魂も焼かれ苦痛の中死ぬだろう!!」

 

 

声を張り上げる。見た目こそ若くとも老婆と呼ばれる年齢に差し掛かっている彼女から、覇気をまとった声が一同を打ち据えて。

 

 

 

 

 

 

「……なんという安楽の道か」

 

 

 

 

 

 

一転して穏やかな語り口になった巫女長を、ただただ見守り続ける一同。

 

腹を括った顔つきになった面々は、恐怖こそ消しきれていないが、それを意思でねじ伏せている。

 

 

「悪魔を知らぬ人々をみよ、彼ら彼女らは悪魔を見る事すらできぬ、備える事もできぬ。

 いつの世も無力なままで、悪魔がその気になればエサとなる以外の道を見出せん。

 いや、エサとなれるだけ幸運であろうな。生き地獄の1つや2つ味わうだろうよ。

 

 そんな生涯を過ごさねばならぬ多くの只人に比べて!

 ほんの一時の苦痛で済む我々の!なんと無様なことか!

 

 あのくそったれの異界に!せめてひと噛み!ひと刺し!

 それを成して死ぬことができる我々の!なんと幸運な事か!」

 

 

それを笑う者はいない、それを狂っているという者もいない。

 

なぜならそのために生きてきた、そのために鍛えてきた。

 

悪鬼悪霊に立ち向かう力を持たぬ人々の、明日の平穏を守るため。

 

霊山同盟を作り上げた初代から続く信念である。

 

 

『問題はない、少数だが『血』と『信念』を繋いでくれる者は残してきた』。それが一同の共通認識だ。

 

 

「……今まで名家として散々ふんぞり返ってきたのです、御役目程度は果たさないと、ねぇ?」

 

 

威厳のある『巫女長』としての言葉は終わりだ。

 

いつものように、訪ねてきた霊能者見習いの子供たちに牡丹餅をふるまい、若い巫女や山伏に小言を言って、

自分と同じように『生き残ってしまった』数少ない知り合いを生涯の宝と思い続ける。

 

家の数が多すぎる事もあって一部の分家とは少しぎくしゃくしているが、それでも不器用なりに後輩を見守る、ただの老婆の笑みがあった。

 

 

「おうさ、祈祷のたびにいっつも山菜や川魚を下流の村から分けてもらってるからねぇ!」

「ちょっとした悪霊避けをやるだけで山もりの握り飯が出てくるぜ!」

「流行りのドラマは見れないし、週刊誌も発売日に届かないのが玉にキズだけれど……」

 

 

『故郷とそこに生きる人々のためなら』

 

 

 

それだけはきっと間違いじゃない。そう信じて、霊山同盟は片道切符だけの死地へ踏み込んだ。

 

 

 




登場人物資料 山根 紫陽花(やまね あじさい)/巫女長

LV 10(カンスト)

年齢 57歳

※主な習得魔法のみ抜粋

ディア
パトラ
ザン
アギ
ハマ
ドルミナー

etc.

霊山同盟のトップである『巫女長』を受け継いだ女性。

外見は普通の巫女服になった『八雲紫』。

才能はロバの上澄み程度だが、50年以上悪魔と戦い続け、幸運の助けもあって生き延びてきた大ベテラン。

破損・紛失の激しいオカルト関連の資料や技術の復元に人生をかけて取り組んでおり、人柱を使った大結界はその集大成。

ガイア連合の結界や帝都の結界の足元にも及ばないとはいえ、現地人が作れる結界としては破格のシロモノ。

性格は穏やかで面倒見がよく、こんな世界だからこそ若い者には自分のような老爺・老婆になるまで生きて欲しいと思っている。

しかし有事の際は巫女長としてのカリスマ性を存分に発揮、今だ恐怖を隠しきれない人柱や術者たちを奮い立たせた。


霊能者としてだけではなく神秘学者としても研究を続けたからこそ『この異界は自分たちの手に負えない』ことを理解してしまっている。

睦月と若干ギスってるのもこの辺りの意識の違いというか、彼女の諦念と睦月の青さがバッティングを起こしており……


巫女長「アレは災害だから犠牲者を0にするために対処療法を研究しなさい!」
※ただし対処療法に自分の命ベットまで含む

睦月「私達で何とかすればこれから出続ける犠牲者を0にできる!」
※ただし何とかするために決死隊率いて特攻できる


というガンギマリ同士の『これ以上犠牲を出さないために』の発想がバチバチにぶつかっている状態だった。

巫女長からすると睦月の才能も青さも『個人的には』評価したかったが、若手が彼女の思想に染められすぎると特攻くり返して詰みが見えている。

今回の『特攻の黙認』も苦渋の決断であり、理想を言えば彼女には自分が儀式で死んだ後の霊山同盟の柱になって欲しかった模様。

夫には病気で先立たれており、今は娘や孫と共に暮らしている。

……彼女もなんだかんだで人であり、孫には少々甘く、ねだられると牡丹餅や大福を友達の分までたんと拵えてくれる。

※そして孫が夕飯を食べられなくなって自分の娘に孫と一緒に怒られるまでがセット。



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「終わったよ……」

 

異界の主とギルスの泥仕合は、まずギルスの一撃から始まった。

 

睦月の隣をすさまじい速さで駆け抜けて、咄嗟に盾を掲げたベイコクの盾ごと全力でブン殴る。

 

乗用車同士が衝突事故起こしたような音と共に、ベイコクが体ごと後ろへ押し流された。

 

 

(ッ?!な、なんという剛力!?こやつ一体何者だ!?)

 

「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

ベイコクに考える暇も与えず吶喊、拳の連打を物理耐性と盾を頼りに防ぎ、捌き、耐える。

 

とはいえ少なくとも、この時点ではベイコクにはだいぶ余裕があった。

 

明らかに物理型の敵、それもさっき『ベイコク』の能力をつぶやいていたのに火炎系の攻撃を使ってこない。

 

つまり『近接戦用の火炎系スキル』を持たない相手である、それならば物理に強いベイコクにとってはカモだ。

 

ベイコクは『ハマ』系の術に関しても弱いが、明らかに術者タイプじゃない相手のハマで消滅するかと言われれば怪しい。

 

 

(確かに私以上の剛力には驚愕したが、殴りかかってくるだけのイノシシならば!)

 

 

盾で防ぐのではなく、ナナメに受けて反らすことを重視して威力を逃がし、長引く前に右手の剣で首を狙う。

 

ギルスの防御をすり抜けて迫る一閃はしかし、肩と首で刃を『挟み込む』ことで止められた。

 

それでも微かに刃が首に届いてはいる、届いてはいるが……妙に通りが悪い。

 

 

(こいつも物理耐性持ちか!?泥仕合とはそういうことか!ええい!)

 

 

ガイア連合の式神、それも高級なモノは一律で物理耐性を付与されている。

 

あらゆる物理攻撃を半減させる耐性であり、スキルカードによって斬撃・銃撃等の耐性を重ねがけすることもできる優秀な防御機構だ。

 

ギルスにも当然採用されており、それに加えて体の表面を覆う生体装甲によって並みの式神を凌駕する防御力を獲得していた。

 

一瞬早く動いたギルスの前蹴りがベイコクの胴体を直撃し、互いの距離が再度離れることで仕切り直しとなる。

 

互いに鋭くにらみ合った後、再びギルスの拳とベイコクの剣が交差した。

 

 

(す、すごい……あの異界の主が押されている!)

 

 

睦月が特攻をかけても軽いやけどを負わせるのが精いっぱいだった異界の主を、その腕力だけで押し込んでいく異形。

 

怪我さえなければ今すぐ五体投地で必勝祈願の祈りを捧げたくなるほどの奇跡が顕現している。

 

『いや、凍ってる足が砕けるかもしれないけどワンチャン祈れるんじゃ』と思い始めたところで、後ろから誰かに肩を担ぎ上げられた。

 

 

「OK、要救助者確保」「流石だよな俺ら」

 

「! さ、流石さん!なぜここに!?」

 

「その質問今回で2回目だからスルーでいい?」「そんなんだからモテないんだぞ兄者」

 

 

ベイコクをギルスが相手してる間に、決死隊をマッハで確保して回っている流石兄弟であった。

 

二人のMPは3割を切っているが式神の『サムライ』と『シンセイバー』、そしてアガシオンはまだまだ余力がある。

 

沸いて出てくるザコ悪魔を切り払いながら、ベイコク及びギルスから距離を取って避難を始めた。

 

 

「ま、待ってください!アタシまだはなんとかなります、それよりもあの、異形になった少年に助力を!」

 

「やっべ程よく柔らかい女の子の感触がする(いや、俺らも連日の作業で余力がなくて)」

 

「一度死んだ方がいいぞ兄者、寧ろ流石家の恥をさらす前に一度死んでおけ。

 母者と妹者には兄者は【自家発電】しすぎて心臓発作で死んだって言っておくから」

 

「それ俺の死後の尊厳が盛大に凌辱されてない?ある意味【餃子】よりひどくない?」

 

 

コントじみたやり取りを続けながらも、睦月は流石兄弟にベイコクとの戦いに介入できる余力がない事は理解できた。

 

そんな、と悲鳴じみた声が漏れる。押しているとはいっても、あの緑の異形はじわじわと傷を負っていた。

 

 

あまりにも動きが速すぎて時折眼で追いきれない時もあったが、やっているのは消耗戦。

あれではよくて相打ちだ。自分が死ぬなら良い、霊山同盟の皆が死ぬのも覚悟の上。

しかし彼は外部の術者……(多分)人間だ。この山の為に死んでくれ、と軽々しくは言えない。

 

 

「なぁに、心配すんな。アイツ……『ギルス』は俺たちより強いから」

 

 

後ろから聞こえてくる打撃音が小さくなってきたあたりで「おーい」と向かう先から渋い声。

 

まだ同行者が?と顔を上げた睦月がみたのは……。

 

 

「それで最後か?この形態で山登りは結構つらいから、早めにトラエストで運んでくれー」

 

 

巨大な青い人面プッ〇ンプリン状のナニカの中でぷかぷか浮いてる決死隊の面々であった。

というか、プリンやゼリーみたいな形状に巨大化&変形したテンノスケであった。

 

 

「みんなァー!?ちょ、ちょっとあれ、たべ、食べられ……っ!?」

 

「あ、いや、アレ一応治療行為だから。ああ見えて中に突っ込んだ生き物を修復する機能持ちだから」

 

「『回復』じゃなくて『修復』だから死体にも有効で、おかげで突っ込んでるだけで蘇生魔法の成功率が上がるオマケつき」

 

「さすがに生きてたのは2~3人だったしな……というわけで」

 

 

話を区切ったサスガブラザーズが、よっこらせと二人で睦月を担ぐ。

えっ、えっ?えっ?!と状況が飲み込み切れてない睦月をブランコのように前後に揺すってから。

 

「「これで全員救出だオラァー!!!」」

 

「いやああああああああああああああッ?!」

 

テンノスケに投げ込まれた少女の絹を裂くような悲鳴と共に、決死隊救出ミッションが完了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こ、この異形、妙にタフだと思ったら……!?)

 

細かいヒビの入り始めた盾、剣も刃こぼれが目立ち始めた。

 

MAGによって構成されているといっても別に不壊というわけではない、同等の獲物とぶつかればこうもなる。

 

問題は『持ち主であるベイコクの一部でもあり、物理耐性が適応されているはずの剣と盾が物理で砕かれかけている理由』だ。

 

先ほどからベイコクとギルスの鍔迫り合いが何度かあったが、そのたびにギルスが押し切ってきた。

 

ベイコクは『それほど膂力に差があるのか!?』と思っていたが、ようやく原因に思い至る。

 

 

(ヤツの力が強いのもあるが、それだけではない!『私の力が抜けている』のだ!)

 

 

剣と盾もそうだ、打ち合うたびに構成しているMAGを微量ずつ奪われることで劣化が早まったのだろう。

 

そしてこの現象は『ギルスの腕がベイコクや武具に触れている』時だけ発生している。

 

 

(この外見と戦闘方法で『エナジードレイン』持ちかキサマぁ!?夜魔の得意技だろうが!!)

 

 

当然吸い上げたMAGはギルスの力に変わっており、ブン殴るたびにじわじわと傷が治っている。

 

さらにドレイン系統のスキルは『万能属性』であり、一般的には防ぐ・軽減するのが難しい。

 

なにより殴るのと同時に発動する、というより『攻撃した時だけ発動する』ようになっている。

 

恐らく式神の魔法・スキルを微調整する機能の応用だろうが、コレのせいで殴り合っているとギルスの方だけゆっくりと回復していくのだ。

 

これはいかん、と剣で薙ぎを放ち、間合いを開けて魔法戦に持ち込もうとする。

 

ベイコクはブフ系に加えてシバブーとムドまで使える悪魔だ、魔力はあまり高くないが、物理一辺倒なギルス相手に撃ちこむだけなら十分。

 

「凍結と拘束で動きを止めつつ削る!」と作戦を決めたところで……。

 

 

「シャアッ!!!」「ぐゴッ!?」

 

バックステップで下がろうとしたベイコクの首へ、腕から生やした多節触手『ギルスフィーラー』を巻き付け拘束する。

 

まるで1つの意思を持ったイキモノのように動いているコレは、ギルスの両腕部に格納した『武装型式神』だ。

 

そも、ギルスが【魔】依存のスキルである『エナジードレイン』を撃ったところで大した威力にはならない。

 

【魔】【耐】を高めに調整した体内の武装型式神に、ギルス本体が殴るのと同時に発動させることで十分な威力を確保しているのだ。

 

ついでに一種の寄生・共生関係にあるため、お互いのMPを共有し武装型式神が吸い上げた分を本体に還元する、あるいはその逆も可能と来た。

 

(こ、この触手、切れん!?しかも巻きつけられると力が吸われッ……!?)

 

巻き付いた相手に『BIND』『STUN』の状態異常を付与する能力を持つギルスフィーラーは、格闘戦から逃れようとする相手には非常に凶悪な効果を発揮する。

 

強度に関してもデフォルトでギルスの生体装甲に比例した防御力を誇り、武装型式神故にスキルや耐性、リソースの分配を絞れる分、同レベル帯では破壊は困難。

 

さらに、変化スキルを利用した形状変化機構により……『ジャキン』と音を立てて腕から『鎌』が飛び出す。

 

逆側の腕の武装型式神がギルスフィーラーではなく、もう1つのメインウェポン『ギルスクロウ』へと変形したためだ。

 

本体のギルスに加え、四肢にそれぞれ『武装型式神』を仕込んだ『合計5体の式神を使用したハイエンド改造人間』、それこそ今の鷹村ハルカである。

 

「グルオオオオオオオオオオッ!!!」「がふぁっ!?」

 

ギルスフィーラーを引き寄せることで無理やりベイコクを引きずり出し、ギルスクロウを使った『アクセルクロー』の連撃。

 

物理ダメージは軽減されるが、オマケのようについてくる万能吸収攻撃は確実にベイコクの肉体を蝕んでいた。

 

咄嗟に盾を突き出し凌いだが、ついに限界がきたのか盾が砕け、モロに残りの攻撃をもらってしまったベイコクが吹っ飛んだ。

 

当然躊躇なく追撃、首に巻き付いていたギルスフィーラーを両腕で掴んで綱引きのように引き寄せ。

 

 

 

「グルァ!!」「げぶぅ!?」

 

まず胴体に膝をねじ込み、

 

「ガアァッ!」「ぐほぉ!?」

 

無防備な背中にダブルスレッジハンマーを叩き込み、

 

「ウルアアアアァァァッ!!」

「バッブァアアアアァァア?!」

 

ギルスフィーラーによる拘束がターン経過で解除されるのと同時に、渾身の回し蹴りが側頭部をとらえた。

 

物理耐性の上から馬鹿力と連打で無理やりゴリ押してくる上に、攻勢に回っている間は反撃で受けた傷も使った体力も魔力も回復する。

 

またもフッ飛ばされて地面にたたきつけられたベイコクに、最初の余裕など無くなっていた。

 

 

(か、かか、勝てん!この異形には勝てん!)

 

盾も砕かれ、剣もMAG不足でナマクラ以下、骨の体はところどころヒビが入り、最後の一撃で頭蓋骨に穴まで開いた。

 

向こうはその分ベイコクのMAGを吸収して下手すれば戦闘開始前より元気になってるまであるのに、だ。

 

(……と、なれば。 『あの手』しかない。使いたくはなかったが!!)

 

「ぶ、ブフーラぁ!!」

「グオッ!?」

 

倒れていたところから、ガバっと起き上がり不意打ち気味に小規模な吹雪をギルスの上半身へ放つ。

 

両腕を交差して防御、ダメージは入ったようだがベイコクはすでにそれを見ていなかった。

 

凍結でもなんでもいい、ギルスの足が止まっている間に『ある場所』へ向かうのが目的だったからだ。

 

ギルスに背を向け走り出す、異界の主としてはあまりにも情けない敗走の姿。

 

だがこれは心が折れて逃げたのではない、この『異界の主の領域』に隠されてる切り札を取りにいったのだ。

 

ギルスが追ってこないかちらちらと後ろを確認しながら、藪をかきわけ目印にしていた大木にたどり着く。

 

 

 

 

 

(あの根元に埋めてある『アレ』があれば……目にモノを見せてくれるぞ、異形めぇ!)

 

「あぁ、なるほど。アンタ、ここにアレを隠しとったのか」

 

「なっ……!?」「『ファイアブレス』」

 

樹上から放たれた炎の息吹がベイコクを飲み込み、悲鳴を上げて転げまわるベイコクをよそに、『切り札』が産められた地面に着地する陰。

 

額に角を生やし、露出度高めの改造和服を身にまとった、人外の美貌を持った美少女♂

 

ベイコクとギルスの戦闘前からずっと気配を隠して潜んでいた、鬼灯 焔の姿があった。

 

「き、貴様!どこから……!?」

 

「場所って意味ならずーっと木陰や木の上で、タイミングって意味なら闘い始める前から。

 ……『コレ』の場所を知りたかったさかいな」

 

LV30を超えた脚力が、木の根元の地面を震脚のように砕く。そしてひび割れた地面に腕を突っ込み……『禍々しい気配を放つ骨でできた短刀』を引き抜く。

 

「おかしいとおもったんや、あまりにもアンタだけがいくつもの意味で異質。

 ここの異界は『LV10以下の地方霊能組織でもギリギリ管理できる程度の強さ』、

 やったら異界の主の強さはせいぜいLV10代の中ほどがええとこ。LV25はレベル詐欺に過ぎる。

 

 そしてここは日本の霊地、主として適しているのは当然日本の悪魔。

 海外悪魔もナシやあらへんけど、それならLVは上がるどころか下がってもおかしゅうない。

 

 そして、霊山同盟が調べ上げた『海外から持ち込まれ、異界発生の原因になった呪物』

 霊山への破壊工作が行われたんは戦後や、やったのはGHQに紛れてきたメシアン。

 高確率で呪物の出どころはアメリカや、つーまーりー……」

 

「ぬ、ぐ、ぐぐ……」

 

「『ネイティブアメリカンがベイコクを祭り上げ祟りを避ける』目的で作った呪物を、

 異教同士で共食いさせるのにちょうどいい、とメシアンのクソペ天使共が使った結果。

 アンタは霊地と異界、そして呪物の3つが揃ったことで顕現に成功した……。

 

 当然この短刀もMAGを集めて貯蔵するのにはちょうどいい、いざってときは取り込めばパワーアップするやろなぁ?させへんけど」

 

なにせそのためにわざわざ気配を隠して隠れ続け、ハルカがベイコクを追い込み『切り札』に向かうのを待ったのだ。

 

サスガブラザーズは調査員、ガイア連合が集めている呪物関連の資料もこまめに勉強し頭に入れていた。

 

『この異界が色々おかしいのこういう原因じゃね?』という仮説を山に突入する前に聞かされたのでカマをかけてみれば、ビンゴ。

 

ベイコクの切り札は明らかに自分より格上の術者の手に渡ってしまった。

 

 

「それと、うちの役目はもぉ1つ……アンタ相手の時間稼ぎや」

 

「な、なに?」

 

「本命……アンタにとっての死神は、もう追って来とるよ」

 

ボロボロの上にファイアブレスを食らい、もはや瀕死と言っていい状態のベイコクはようやく気付いた。

 

背後から、藪を踏みしめ木々をへし折り、こちらへ何かが近づいてくる音がする。

 

悪魔だというのに体の震えが収まらないベイコク、恐る恐る背後を振り向き。

 

 

「く、くく、く、くるな」

 

「───ォ──ォオ─────」

 

「くるな、くるな、来るな!」

 

「オォ───ォ───オォ!」

 

 

 

 

 

「来るなバケモノおおおぉぉぉ!!!」

 

「ヴォオオオオオアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!」

 

 

手入れされていない山の木々を吹き飛ばし、現れたギルス。

 

ほとんど反射的に放ったベイコクのブフーラを跳躍して避け、足の武装型式神を変形。

 

脚からもギルスクロウを出現させ、カカト落としの要領で肩を砕きつつ、ギルスクロウを敵の肩甲骨あたりに突き刺し。

 

 

「グルオァァッ!!」

 

「ガギャッ!?」

 

 

『もう片方の足』で敵を蹴ってトンボ返りすることで、カカトから生やしていたギルスクロウでベイコクの胴体を背後からブチ抜く。

 

『ギルスヒールクロウ』……今のギルスの持つ最大威力の攻撃だ。

 

 

「ア、ガ、ガガ、ガアアァァァァッ!?!」

 

 

直後に、異界の主の領域にて謎の爆発が発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……決死隊を救出してくれたことは、礼を言います。しかし……」

 

「まあ、2日も3日も待ってくれってわけじゃないんでホント」

 

「ハッタリでもなんでもなく、俺らより上の霊能力者が来てるんですよ」

 

 

人柱を使った結界儀式を行っている祭儀場にて、下山したサスガブラザーズは巫女長と対面していた。

 

決死隊は全員確保、死亡している者もガイア連合で『蘇生の術』が使える者を手配すると説明した。

 

それに加えて、異界の主と戦っている『自分たち以上の霊能力者』がいるので、人柱を捧げるのはもう少し待ってくれ、と。

 

 

(正直、信じられない……あくまで常識的に考えれば、ですが)

 

 

二人への信頼度とかそういう問題ではなく、何年もかけて積み上げられた諦念がその理由だ。

 

1つの希望を10の絶望で上塗りされる日々は、強靭な心をもってしても少しずつ摩耗する。

 

50年間をその絶望の中で生き延びた後も心が折れていないだけ超人の域にいると言っていいのだ。

 

 

(だが、もしかしたら)

 

 

そして、心が折れていないということは、ほんのわずかだが心の底に希望があるという事だ。

 

 

(もしかしたら。何もかもが上手くいったとしたら)

 

 

あまりにも残酷な世界、期待を裏切られた事など50年で数え飽きた、しかし。

 

 

(もう一度、世界を信じさせてくれるのなら、どうか、どうか)

 

 

ゆっくりと、両手が合掌の形を取り、無意識に目を閉じ、霊山に一礼。

 

ほんの願掛け、その程度のつもりであった。

 

そんな彼女の頬を、生涯感じた事が無いほど清らかな風が撫でる。

 

(……? なに、今の風は)

 

霊山が異界と化してから、霊感のある者にとっては山から吹き下ろす風はどこか淀んでいた。

 

ゆっくりと目を開ける、なぜか周囲の術者たちが唱えていた祝詩が止まっているが気にならない。

 

周囲にいた人柱候補たちの困惑も、今の巫女長の目には映らない。

 

霊視ができる者の全神経は、巫女長すら例外なく目の前の霊山に囚われていたからだ。

 

 

「山の瘴気が……消えて……!?」

 

 

一般人からすればただの山にしか見えないが、霊視持ちからすればどろりとした霧が一年中かかっているような魔境の霊山。

 

その瘴気の霧が恐ろしい速度で薄れ、美しい霊山の姿が瞳に移る。

 

人柱候補の面々にも低位の霊能力者は混じっていたため、徐々にこの変化……いや、『奇跡』に気づく者も出始めた。

 

 

 

「……あぁ……嗚呼……ッ!!」

 

もはや抑えきれない、両目から滂沱のごとく流れる涙が頬を濡らす。

 

全ての動作が自然に行われた、霊山に祈りの作法で跪いて、ただただ歓喜と感謝を込めて祈り続ける

 

術者たちも同じだ。霊障を抑えるための霊力を込めた祝詩ではない、偉大な霊山を称え、日々の感謝を紡ぐための祝詩を唱えて祈りを捧げる。

 

人柱になるはずだった面々もそれに続き、段々と『すべてが救われた』実感を得た者から泣き始めた。

 

そんな中で、藪をかき分け下りてくる気配がいくつか。

 

 

「……よ、結構かかったな。キツかったか?」

 

「見た感じ体そのものは無事だけど、割とボロボロだな。ハルカだけ」

 

「泥仕合でしたからねぇ、主に凍傷が……」

 

「うちはピンポイントでMVPばりの活躍したさかい、ゆるしてや?」

 

 

顔立ちの整った少年と、人外じみた美貌を持った小柄な美女♂が山から出てくる。

 

完全に偶然だが、人の気配を多く感じる方へ降りて着たらここに行き着いたらしい。

 

そして同時に、その場にいた一同は察した。

 

彼らこそがこの『奇跡』を起こした英雄なのだと。

 

 

 

 

(……巫女長として、やらなきゃいけない事が沢山できたわね、本当に、たくさん)

 

ガイア連合の面々に告げる感謝の言葉を頭の中で考えながら、それでもせめて、一時祈ることを許してほしいと巫女長……『山根 紫陽花』は謝罪する。

 

 

届けたいのだ、届けてほしいのだ、せめて祈りと共に、一言でいいから。

 

悪魔という名の神ではなく、本物の神仏がいるのなら、あの世という者があるのなら。

 

 

この奇跡を見る前に逝ってしまった者たちへ。

 

この光景を待ち望んだまま終わってしまった者たちへ。

 

たった一言、届けたい言葉を紫陽花は呟く。

 

 

 

 

「終わったよ……」

 

 

 

 

その言葉が届いたことを、彼女は天を仰ぎ願い続けた。

 

 




登場人物資料『鷹村 春花(たかむら はるか)』 その1

『式神 超人 ギルス(ハルカ)』

年齢 10→12歳
(過去編→第一話)

LV 1→25→26
(改造前→第一話→ベイコク戦後)

※主な習得魔法・スキルのみ抜粋

エナジードレイン
アクセルクロー
食いちぎり
丸かじり
逆薙
咆哮
物理プロレマ
万能プロレマ
地獄のマスク
食いしばり
ミナゴロシの愉悦
ハイリストア
etc.

地方霊能組織『鷹村家』出身の霊能者。
同時に、肉体の大半を戦闘用高ランク式神に置換……
というよりもはや式神ボディの方に重要臓器だけ移植した『改造人間』。

カオス転生外伝のTS槍使いさんと似たような状態だが、
アレよりも前の時系列(移植技術が発展途上)&式神ボディが異常性能で定着するか怪しかった。
つまりだいたいやめろーショッカー!で誕生した偶然の産物。

ステータスは【力】【耐】型、【速】もそれなりな典型的な前衛。代わりに【運】が悲惨。
徹底的に【物理攻撃】【万能攻撃】【HP・MP吸収】【状態異常耐性】に割り振った成長をしており、
とにかく『近寄って耐えて殴って蹴って刻んで食らって吸ってブチ殺す』に特化している。

攻撃力もそうだが、それ以上に高いのは継戦能力。
本人の精神的なタフガイっぷりと合わさって、削りあいの消耗戦に異常に強い。

これが集団戦だと異様に硬い前衛かつHP・MPのリソースを『殴りながら』削り取ってくる上に、
倒せないとクリティカル多発アクセルクローやら力依存の万能攻撃である逆薙なんかが飛んできて非常に痛い。
それどころか油断してたり状態異常で動きが止まると『ギルスヒールクロウ』であの世一直線である。

※ギルスヒールクロウ=敵単体に物理属性の大ダメージ&高確率クリティカル&クリティカルすると威力上昇

さらに『再生能力』を強化されているため、何度も吸収攻撃を当てればもげた腕ぐらいは生えてくる。
(外伝の『人間にもスキルカード差せるのか』で言及されてた『持続時間の長いディア』等の派生技術)
属性攻撃に対しても『特別な耐性は無いが弱点も無い』よう調整されたので、弱点を突いて倒すのも困難。
全対応装備&地獄のマスクで状態異常も通りが悪いので、絡め手の類も有効ではない。

手足から生える『ギルスクロー』や腕に格納された『ギルスフィーラー』も上記のスキルと併用できるため、
切りつけながら吸収とか拘束しつつ吸収して追加攻撃まで可能。

欠点は遠距離攻撃の類が牽制レベルしか存在しないので、【速】型に引き撃ちされるとほぼ詰む事。
アーマードコアで言う重量二脚とかタンクみたいなモノを想像するとわかりやすい。
後衛型である阿部と組んで阿部や補助用の式神やアガシオンの盾になるために作られたボディなので当然だが。
テンノスケ?アイツだけに前衛やらせると物理以外に弱点が無いヤツが来た時がキツい。

式神ボディや装備も本人の希望で『痛覚カット』分のリソースを各種スペックに割り振っているため、
阿部が精魂込めて作ったハイエンド式神ボディと合わせ、同レベル帯の中では頭1つ抜けたタフさを誇る。
(ちなみに腕切り落とされたり胴体に大穴が開いた『程度』なら気合で耐えて反撃してくるので無問題)

……なお、変身方法は普通にギルスの変身ポーズを取る事が多いが、無くても変身可能。
原作ギルスの『変身者とギルスが並び立ち、変身者が消えていく』もできるが、原理は不明。
ギルスヒールクロウでトドメを刺すとなんか相手が爆発するけどその理由も不明。
阿部とショタオジいわく「がんばりました」とのこと。

性格はだいたい『俗っぽいジョナサン・ジョースター』。
2~3割ぐらいジョセフとジョニィ混じってるジョナサンでもいい。

むやみに命を賭けるほどお人よしのバカではないが、それで多くの人間を救えるなら躊躇なく死地に踏み込む。

自分の命をリソースとして『上手く使い切る』計算が非常に的確。だからこそ阿部は目を付けた。

現在は阿部の元で修行しながら、ガイア連合の金札として各地の異界に赴いている。
地方の高難易度異界に踏み込むことも多いため、レベルアップの速度は相当に早い。
さらに式神の自動レベルアップに加え、上記の戦闘方法なので『効率的にMAGを吸い上げられる』。


……ついでに、阿部に感じている恩義はガチであり、なんなら阿部が本気で迫れば受け入れるレベル。
ただし恋愛感情の類は一切無いしアーッ!な性癖も無いので、泣きながらベッドに来るとかそういうのになる。
なので阿部も「弟子をホモレイプはちょっと……」ってことで手は出されてない。
たまにセクハラされるし、何かしらの理由で必要ならやるだろうし、ハルカも受け入れるだろうけど。
(※式神と【プロレス】したら式神に経験値入る機能はついてない。というかつけるなら女の式神にする)

好みの女性は母性を感じさせる年上、この辺は彼の境遇を考えると若干闇が深い。


外見は『星光の殲滅者/シュテル・ザ・デストラクター』。
性別が男&成長に障害が無い程度は鍛えてるので脱いだら分かる程度に筋ショタ化しているシュテルである。

シノと会話してると声帯田村ゆ〇りが二人になるので微妙にややこしい。

移植の際に【汚れたバベルの塔】は残してくれたので、式神ボディだけど子作りは可能。

式神ボディ+高レベルになった魂+MAG容量もあり、子供ができれば黒札の子供ぐらいには上振れを期待できる。



…………大前提として【まだ精通してない】という問題が残っているが。


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「今話しているのはお礼の方法であって、いかにして産業廃棄物を押し付けるかという謀略ではないのですが?」

 

「セッ〇ス!【ズキューン】!【禁則事項】!【プロレス】! みんな【ピーッ】し続けろ!」

 

「やめないか!」

 

開始早々最低なやり取りが飛んできたが、そんなやり取りが行われているのは巫女長の屋敷。

 

霊山開放の勢いで秘蔵の地酒やお神酒をありったけ振る舞う宴を開き、本人も瓶に貯めておいたお神酒を一気飲みするわ、

飲んで吐いて飲んで吐いてを数回ほどループした末に撃沈した巫女長が、二日酔いをパトラで治してもらった直後に言い放った発言であった。

 

ちなみにいろんな意味で最低な発言を遮ったのは、巫女長の娘である『山根 柚子』のしごく真っ当なツッコミ。

 

ツッコミついでに巫女長の顔面へ右ストレートが飛んだがコラテラルダメージである。

 

 

「どうしたんですか、ついに瘴気が頭にまで回って発狂したんですか?」

 

「ち、違うのよ。決して発狂したわけでも悪ふざけしたわけでもなくて……」

 

 

赤くなった鼻をさすりながら巫女長は語る。『約束の報酬はもちろん全額支払うが、どう考えてもそれじゃ足りない』と。

 

ちょっと古いが屋敷もあるし、霊山がマトモになった今、保有している無駄に広い土地を売ってしまえば金銭は確保できる。

 

なんなら霊山そのものが欲しいと言われても巫女長はイエスと答えたはずだ。霊山同盟ごとガイア連合傘下に入るセット販売だけど。

 

が、霊山の大悪魔を討伐した報酬をガイア連合に支払い……残ったモノからさらに個人的にハルカや鬼灯、サスガブラザーズにお礼をするなると。

 

 

「年に小瓶1本しか作れない秘蔵の霊薬……」

 

「ガイア連合の傷薬とやらの方が効果が上ですね」

 

「破魔の力を込めた霊石を山ほど……」

 

「ガイア連合のハマストーンとやらの下位互換ですね」

 

「先祖代々受け継いだ対魔装備!」

 

「ガイア連合の量産品装備にすら劣りますね」

 

「若い巫女たちでハーレム!」

 

「一人は12歳の少年なんですけど?それに我々の都合混じりですよねソレ。主にあのとんでもない霊能力者の血が欲しいっていう」

 

「ならいっそ私を!!!」

 

「今話しているのはお礼の方法であって、いかにして産業廃棄物を押し付けるかという謀略ではないのですが?」

 

「自分の母親を産業廃棄物扱いしないでちょうだいな!?」

 

 

外見は美熟女とはいえ、流石に10~20代の少年・青年に50代をぶつけるのはどうよ、と思うだけの常識はあった模様。

 

いやまあ、元々は血を繋ぐため・より強い血族を作るためということで無駄に人数だけは多い霊山同盟の婚姻は進めていたし『そういうこと』もあった。

 

が、今回は『お礼』なのである。つまりは向こうが価値があると思えるモノを出さないといけないのである。

 

仕事の『報酬』ともまた違う、末永くガイア連合と縁を繋ぐための贈り物選びは難航していた。

 

冒頭のアレもあんまりにもアイディアが浮かばないものだから、もういっそ巫女全員妾ポジのお土産として持って帰って!という思考から巫女長が錯乱したせいである。

 

※なお巫女全員ということは本人も含む。

 

 

「はっきりいってガイア連合なら超人級の『女の霊能力者』も所属しているはず……強い血を、という意味なら我々の価値はありませんよ?」

 

「そうなのよねぇ、顔も可愛らしくて、宴で話したけど性格も善良。おまけに大悪魔である異界の主を下せる力の持ち主……引く手数多でしょうね」

 

 

なお、ガイア連合俺たち(女)の一部、具体的には「美ショタカモーン!」とか言ってる面々からは確かにモテる。

 

とはいえ生前は童貞/処女のままだった比率もひじょーに高いし式神を作ってしまった後の者も多いので、今の所オネショタ案件は発生していない。

 

もっというと師匠が『あの』阿部な時点で下手に手ぇ出すとアヘ顔Wピースするハメになりそうと思われているのも大きい。

 

……ので、遠征のお土産とか言ってスパチャ的に消耗品(傷薬とか各種ストーンとか)を渡してくるショタコンが割と多いが、それはともかく。

 

『師匠が阿部』というのは、実は霊山同盟にとっても懸念事項であった。

 

 

「まさか、あの『破界僧』の一番弟子とは……」

 

「全国を巡り、各地で異界を潰してきたと噂の高僧。しかし戒律には一切従わない事でも有名……。

 それゆえに『破界僧』と呼ばれることになった、とか」

 

「霊能組織のヨコのつながりで流れてきた程度の噂だけれどね。それでも弟子があの強さなら真実でしょう」

 

 

ガイア連合発足前から各地で悪魔退治をやりつつメシアの追跡から逃げ切ってた男だ、そりゃあ噂ぐらいにはなる。

 

都市伝説とか誇張ありきだろ流石にとかそういう扱いではあるが、弟子であるハルカの力を見た後の二人ならするりと信じられた。

 

 

「で、本題に戻るけど……ホントにどうしましょっか。若い巫女集めて全裸土下座博覧会する?」

 

「それで喜んでくれるのならやりますが間違いなくドン引きする善人だらけなんですがそれは」

 

「じゃあどうするのよ!もういっそ今から私が全裸で足舐めて何が欲しいか聞いてくる!?」

 

「やめてください!媚び売るためにそんなド変態プレイする組織のトップがいてたまるものですか!」

 

※います

 

「……誠心誠意お礼を言いながら、何が欲しいのかを会話の中から探り出しましょう。幸い麓の村にある駅に電車が来るまではまだいくらか時間もあります」

 

「それしかありませんね……」

 

 

 

 

とまあ、こんな会話があったのが日の出前の早朝であり、本家の屋敷にある客間に泊まっていたハルカたちが山の幸たっぷりの朝食に舌鼓を打った後、最後の会合が行われた。

 

……だったのだが。

 

「此度は異界調伏に加え、霊山の浄化まで行って頂き誠に……」

 

深々と礼をする巫女一同に対し、ちょっとすいません、とハルカが発言。

 

 

「あ、すいません。話をさえぎって申し訳ないのですが、異界の主倒したのは確かなんですけど浄化とかはまだ終わってなくて……」「えっ」

 

「例の呪物のせいで霊山の一部が別の色のMAGに染まったままですし、元が汚れを集める地脈の点だったので異界の再出現が近そうで」「えっ?」

 

「呪物自体は封印処理してから撤去したんですけど、このままいくとベイコクより1~2周り下……LV20未満ぐらいの異界の主は出てきそうで」「えっ、ちょっ」

 

「地脈を歪めてた呪物は消えましたから、主以外の出現する悪魔自体の強さ寧ろ上がりそうですし……今はLV1~5ぐらいですが、LV10以下なら普通に出れこれそう」「えっ、はっ?」

 

「それに加えて高ランクの呪物や霊遺物があればそれ以上の悪魔が出てくる可能性がある、っていうのも確か。ダークサマナーによる破壊工作されたら元の木阿弥」「えっ、ちょ、えっ?」

 

「でもあの霊山に最適な浄化方法の儀式とかは失伝してるらしいですし、その辺りを色々試しつつ結構な危険地帯(現地人基準)になるわけで」「は、えっ、えっ!?」

 

 

「……どうしましょっかコレ?」

 

「……そうね、どうしましょっか」

 

巫女長は頭を抱えた、文字通り。もうお礼どころの騒ぎではない。

 

霊山同盟を霊山ごとガイア連合に売り払うにしても、このままでは霊山が不良債権だ。

 

ガイア連合基準でも『最大LV20ぐらいの主がいてLV10以下の悪魔がでてくる異界ができそうな霊山』

……なんていう危険地帯を管理したいはずもない。

 

いや、管理自体は可能なのだろう。それに割くリソースを払う理由が無いだけで。

 

 

(マズいマズいマズいマズいマズいッ!考えろ紫陽花、脳細胞の全部を使って思考力を絞り出せ!!)

 

 

周囲の巫女達が青を通し越して真っ白な顔色になりながらこちらをすがるように見つめてくる。

 

真偽のほどは彼らの言葉だけ、しかしこれが真実なら自分たちは今度こそあの山に全員食い殺される。

 

そして『そんな無意味な嘘』を使う理由もない、自分たちから何かを搾り取りたいのなら今回の恩を使って搾ればいいだけだ。

 

つまり『ただ分かった事実を報告に来ただけ』……これが、現状なのだ。

 

どんな手を使ってでもいい、ガイア連合にこの地を管理してもらうメリットを提示できなければ霊山同盟は滅ぶ。

 

 

(かっ……ひゅ……!!)

 

 

しかし、思いつかない。元々彼らへの『お礼』ですら難儀している状態だったのだ。

 

最大の利益だったはずの霊山が不良債権……下手すれば『産業廃棄物』だと判明した時点で、走馬灯レベルにまで加速した思考回路でも名案等浮かぶはずもない。

 

さっき柚子が言ったジョークが現実になってしまった。それも最悪の形で。

 

脳みそは高熱を出したように熱いのに、首から下は滝行の最中のように冷たい。

 

 

 

「……だからこそ、ガイア連合はいくつかの提案をしたい」

 

「……えっ?」

 

「師匠にも連絡を取って許可は取りました。ガイア連合側は『今からボクのする提案』を飲んでくれてる。

 ……巫女長さん、いや紫陽花さん。あの霊山の浄化及び管理をガイア連合に任せてほしい」

 

「で、ですが!あんな不良債権を押し付けるなんて!それに我々はまだ貴方がたにお礼の1つすら!」

 

 

言葉だけの礼などいくらでもいえる。しかし、あの霊山の管理を任せるのにふさわしいほどの返礼の品など思い浮かぶはずもない。だが……。

 

 

「いいんです。元より、僕らはこの場所にいる『誇り高い霊能者』達を、そしてそれらが護る人々を救いに来たのですから」

 

「ッ……!?しかし、それでは貴方がたには何の得もありません!こんな自己犠牲のような……」

 

「自己犠牲に満ちているのはそちらもでしょう?ああ、でもそうですね……『どこかに管理を手伝ってくれる霊能者の集団』がいれば楽になるかも?」

 

「! も、もとより霊山同盟は霊山と共にガイア連合に下るつもりでした。しかし霊山という利益が無くなってしまっては、今更我らの力など……」

 

「必要なのです」

 

 

背筋の伸び切った見事な正座のまま、まっすぐな視線が巫女長を貫く。

 

MAGがどうのとかLVがどうのとかではない、信念によって立つ人間の意思が宿る眼だ。

 

 

「皆さんが誠実なのは分かります、なんなら今のやり取りだってそう。

 ここぞとばかりに霊山と自分達を売り込んでしまえばいいのに……

 『ガイア連合に何の益も無い』『なんの返礼もできない』事を悔やんでいる。

 そういう事がいえる誠実さがあるからこそ我々は手を貸したいし、助けたいのです。

 

 ……少なくとも自分を助けてくれた人々は、そういう相手を気にいる者ばかりですから」

 

鷹村ハルカの強い心は、自分を死の淵から救った『正義』によって信念を得た。

 

無論、打算もある。ガイア連合から派遣する人間を最低限にしないと、この山に何人もの黒札と式神を常駐させる必要が出てきてしまう。

 

オマケにあの霊山もレベルを考えると『後発の黒札』の修行用異界としてはひっじょーに都合がいい。

 

使役している悪魔を異界の主にして異界を調節し、奥へ進むほど強い悪魔が出る異界の性質を利用すれば、修行用異界として有益に過ぎる。

 

ちょっとアクセスは悪いが、公共交通機関を使って山梨支部から数時間程度なら許容範囲だ。

 

なにより地元霊能組織として考えると霊山同盟はかなりの上澄みだ、人格的にも、戦力的にも。

 

そういう相手に『可能な限り恩を売りつつ取り込む』ための手順は踏んだ、踏んだが。

 

 

(…………だいたい建前だけどな!!この人たち助けるための!!)

 

 

ショタオジ達に話しても『オッケーそういう建前(りゆう)ね、許可!』してくれるぐらいには外も内も詰めてから来たのである。

 

やっぱり12歳に任せることじゃないが、まあ、今回は阿部とスマホで連絡とりながらなのでまだマシだろう。

 

 

「……わかりました、すべての条件を飲みましょう。 これより我ら霊山同盟一同、その全身全霊をもって御山を守護・管理し、同時にガイア連合に下りまする」

 

「! はい、ありがとうございます。これからも末永く」

 

「ええ、末永く……ところで、ハルカ殿」

 

「殿……殿かぁ、僕が殿……まあいいや、なんでしょうか?」

 

 

肩の重荷が取れた、という清々しい笑顔で、紫陽花は言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一二三家の三女と『救ってくれたらなんでもする』という契約をしたようですし、

 何年後かに孕ませて頂いてもまったくかまいませんよ?ついでにウチの孫も同年代ですしいかが?」

 

「台無しだよバカヤロー!!」

 

「あ、もしかして成熟した女性の方が好みでしょうか?でしたらあちらに私の娘が。

 まだ30代なので子は産めますし未亡人ですし……なんなら私でもまったくもって問題なく」

 

「師匠ォー!誰か師匠呼んできて!あの人なら親子丼超えて祖母母娘の三色丼やってくれるから!!」

 

 

 

色ボケ脳とお見合いおばさんを併発した巫女長が自分の孫どころか一族全員勧めてくるわ

多少は常識あるけどよく考えたらこれ通れば次代がすごいことにと考えてる娘は止めるか悩むわ

後に弥生と巫女長の孫娘が恋のライバル的なナニカになるわ……。

 

 

最後の最後まで騒がしい、鷹村ハルカによる異界調伏物語。

 

これにて、堂々閉幕!

 

 

 

 

 

 

 

「あ、終わりやないよ?もうちょっとだけつづくんや」

 

「誰と話してるんだ鬼灯さん」「つーか今回俺たち出番これだけ?」

 

ハルカの後ろでずーっと正座してた三人なのでしたとさ。ちゃんちゃん。

 

 

 

『霊山同盟』編 END

 

 

 NEXT STAGE

 

 

『エンジェルチルドレン』編

 

 

 to be continued……

 



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転換期の思い出話 『凱旋と凶兆』

 

(まさか、こんなことになるなんて……!!)

 

鷹村ハルカが『行方不明』になってから一か月と少し後。

 

学校行事の一環として向かった山がダークサマナーの手で異界化し、それによって発生した悪魔によって多数の死傷者・行方不明者が出た。

 

その中には彼女の実の息子、鷹村ハルカも含まれていたのだが……。

 

 

(そんなことはどうでもいい!『所詮犠牲になったのは一般人が十数人から数十人』程度、パトロンである名家の子息もいない)

 

 

さらに『発生した場所』も隔離が容易で、なおかつ事件後の隠蔽も問題なく行われた。

 

マスコミ各所や、オカルトに関係ない地元の名家との横のつながりを使えば偽装工作はたやすい。

 

野犬の乱入による死傷者多数……そんな風に偽装してやればいいだけなので、通常の悪魔事件のようにガス漏れ等でごまかすより簡単だったぐらいだ。

 

問題は、『偶然』居合わせた霊能者、ガイア連合の『破界僧』阿部によって施された『異界の封印』だ。

 

現場に霊能力者を送り込んだ時には『霊視』なしでは見る事もできない結界が張られており、近づこうとするといつの間にやら現場から離れるように歩いている始末。

 

その後、この鷹村家本邸に訪れた阿部によって説明がなされた。

 

あの結界は中の悪魔を一か月程度だが完全に隔離することができ、同時にダークサマナーが妙なことをしないように『一定以下の技量の霊能力者』も近寄れないようになっている、と。

 

鷹村家で結界に近づけたのは当主である彼女……鷹村ハルカと鷹村ショウゴの母『鷹村菜花(タカムラ ナバナ)』だけだった。

 

しかも近寄れたとしても『外』の存在も隔離されているようで、中に入ることすらままならない。

 

まあ、それ自体は別に良かった。寧ろ外に出てくる悪魔がいないので一か月間は楽ができる、と思ったぐらいだ。

 

彼女にとって最悪な出来事は、その結界が消えた頃に再度阿部が訪れた後……つい数時間前から始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……主を討ち、異界の調伏を行う。それは理解いたしました」

 

頭に上りそうになる血を全力で抑え込みながら、目の前でのんきな顔をしている阿部をにらみつける。

 

実際彼の実力ならば可能だろう、いくつもの異界を潰してきた『破界僧』は、地方霊能組織にとっての英雄だ。

 

「……我々はあの異界を潰すには実力不足であり、根願寺経由でガイア連合に届いた依頼を受け貴方が来た。それもわかります」

 

結界が消えた後、彼女は一族の霊能力者10名、そしてショウゴを引き連れ異界の調査に向かった。

 

あくまで入り口を探る程度の簡単な調査、もう1つの異界の『湧き潰し』ができている以上、この程度なら安全だろうと判断したのだ。

 

ショウゴに実戦経験を積ませつつ、新たな異界の調査という武名のハクづけもできる、

 

 

……結果は死者一名、重軽傷者五名という最悪な結果に終わった。

 

一族の霊能力者(LV1~2)が殺され、特に優秀な霊能力者(LV3~4)ですら一瞬油断すれば死ぬ魔境。

 

元々管理していた異界の悪霊や妖魔(LV0.1~0.5、稀に1)とはくらべものにならない悪魔だらけなのだ。

 

『最低でも』LV1~2の『屍鬼 ゾンビドッグ』や『ゾンビ』、少し運が悪いとLV3以上の『ゴースト』や『モウリョウ』といった悪魔が容易く出てくる。

 

いきなりとびかかってきたゾンビドッグに一名が負傷し、撤退か応戦かを選ぼうとした瞬間に左右から悪霊系悪魔の挟撃を受けたのだ。

 

どうやら外に出ようとした悪魔が結界のフチ……つまり『異界の外ギリギリ』に溜まっていたらしい。自分たちはそうとも知らず群れの中に突っ込んでしまったのである。

 

次期当主であるショウゴを連れていく以上、連れてきた霊能者は一族の上澄みも上澄み。元々管理していた異界で悪魔退治の経験も積んだ精鋭部隊だったのだ。

 

(……これも、まあ、大問題だがまだいい。最悪分家の霊能力者を盾に使って元々管理していた異界で本家の人間を鍛えればいい)

 

こういう時のために、一族の人間は妾や愛人を飼って『分家』を作らせてある。そういった人間を肉盾に使いつつ、本家の人間に悪魔退治をさせる。

 

そう、ここまでは問題ない。最大の問題は……来訪した阿部が『連れてきた弟子に異界の調伏をさせる』と言い出した時だ。

 

この提案自体も問題はない、あの破界僧の弟子なのだ、阿部が認める程度の実力はあると判断していいだろう。

 

『連れてきた弟子』本人が大問題、寧ろ今回の問題の中心だった。

 

 

「……どういうこと?ハルカ。私に説明できるよね?」

 

 

真一文字に口を結び、姿勢をピンと立たせた正座で阿部の隣に座る『自分の産んだ失敗作』に問いかける。

 

 

「お断りします。ボク……いや、私はガイア連合所属の霊能力者。 『依頼と関係のない質問』に答える必要はありません」

 

「ッ……この愚兄!母さん、現当主にむかってなんて口の利き方を!」

 

「ならば母親らしいことや一族の当主を1つでもしてから言って頂きたい」

 

「今まで誰があなたを育てたとッ!」

 

「はいはいはい、そこまで」

 

 

キリがない、とうんざりしたような顔で阿部が宥める。話を通しにきたのに話にならないんじゃ来た意味がない。

 

周囲の鷹村家の霊能力者もぎゃいぎゃいとハルカに対してうるさいので、とにかく阿部が圧をかけながら話を通す。

 

……すこしプレッシャー放っただけで覇王色の覇気ブッパしたみたいになったが、話しを続ける。

 

 

「ウチの弟子、鷹村ハルカに異界にて悪魔討伐の実戦を積ませる。

 可能ならそのまま異界を潰す。万が一の為に俺も弟子に付き添い異界に潜る。

 たったそれだけの事だ、何の問題があるので?」

 

(問題?……問題だらけでしょうがっ!)

 

 

自分の息子(モノ)を勝手に使われているという不快感、当主である自分より格上の霊能力者に対する劣等感、次期当主であるショウゴの存在を脅かす危機感。

 

ありとあらゆる負の感情が腹の中を渦巻いているのに、彼に依頼する以外にあの異界を抑える方法がないのが現状なのだ。

 

ぎり、と歯噛みしながら怒鳴りつける寸前で癇癪を抑える。所詮相手は腕が立つだけの新興組織の派遣霊能力者。

 

この依頼が終われば他の霊能組織と協力してこの地域一帯から締め出してしまえばいい、と。

 

 

「……わかりました。しかし一年も二年もかけさせるわけにはいきません。異界攻略の期限は一週間、潜る際は最低三名のお目付け役をつけますが」

 

「かったるいねぇ、ま、かまわんが。 じゃ、今から潜りますんでとっとと見繕ってくださいよ、お目付け役」

 

「はあ、今から………… え、今から?」

 

聞き返した時には阿部は立ち上がり、脇に置いていた錫杖含めた荷物を取って歩き出す。

 

ハルカも立ち上がり、一礼の後にそれに続いた。

 

とっとと選ばないと俺らだけで潜りますからね、と全力で小ばかにしたようなことをいいながら、鷹村家の屋敷を出ていく阿部とハルカ。

 

正直キレ散らかして怒鳴らなかっただけでも自分を褒めたい、と菜花は思っていたが……怒鳴りつける気力も、異界攻略を見ている内に失せた。

 

念には念を入れて、前回もこの異界に潜るために集めた精鋭霊能力者を再度招集、ショウゴも含めた7名で阿部とハルカの監視を行ったのだが……。

 

 

「ずいぶん慣れたな、ハルカ。感覚はどうだ?」

 

「例の修行用異界に比べれば準備運動ぐらいですよ」

 

「ガチ勢【俺たち】基準の訓練に一か月つき合わせたしなぁ……」

 

 

結論から言うと、菜花は『アレ』が本当に自分の息子なのか確信を持てなくなっていた。

 

対悪魔用の武装らしき手斧を振り回し、出てくる悪魔を一刀両断していく少年。

 

モウリョウやゴーストには『ハマ』を使い、効率的に異界を突き進んでいく。

 

霊視と感知を使い、不意打ちだけは受けないようにしながら進んでいく自分達とはあまりに違いすぎた。

 

 

「ウソだ……こんな……あの愚兄があんなに強いはずが……」

 

 

前回の敗走と今回の光景でプライドをへし折られたショウゴがブツブツと何かを呟いているが、それをなんとかする余裕すらない。

 

異界の主らしき人面の怪鳥(※幽鬼 おしち LV7)すら苦も無く討伐し、それどころか

 

「ジオストーンはもったいなかったかな?」

 

などと余裕を見せている人間が、自分が見もしなかった息子だと信じたくない。

 

 

(……そうだ、『そんなことは間違ってる』)

 

なぜなら息子の才能を見抜けなかったとしたら、自分が間違いを犯した事になる。

 

ありえない、『鷹村菜花が間違っているはずがない』。

 

ならば間違っているのはこの二人なのだ、そうじゃなければいけない。

 

 

(だから、私は何も悪くない)

 

「……異界調伏、お疲れさまでした。明日、報酬の支払いをさせていただきます」

 

「おう、耳を揃えて頼むぜ?」

 

 

表向きは丁寧に接しながら、腹の底でどろりとした殺意をあふれさせる。

 

『今までしてきたことも、これからすることも、何も間違っていない。間違っているはずが無い』

 

『なぜならこの土地を守るのは鷹村菜花と『あの人』じゃないといけないのだから』

 

『悪魔の手で『あの人』が死んだ今、自分こそがこの土地を守る『権利』があるのだから』

 

極まった独善思考、しかしそれを正せる『あの人』……死んだ彼女の夫は、もういない。

 

 

(それを奪い取ったこの二人を、正しく誅する事に何の間違いがあるっていうの)

 

 

自分の思考のあまりの身勝手さや矛盾にも一切気づかない、鷹村菜花は『そういう女』だ。

 

自分の正しさを疑わない、ハルカ以外には向けられる自己犠牲や献身もすべてはエゴから発せられたモノ。

 

『この土地を守る霊能力者』というヒロイックな立場に酔ったまま今まで生きてきた『子供みたいな大人』である。

 

……子供のころから『大人びた子供』だったので、それがそのまま年を取った、という方が正しいか。

 

報酬の支払いの約束を終え、ハルカのあまりの変化に意気消沈している面々を連れて屋敷に戻る。

 

ショウゴなどは現実逃避が極まったのか走って部屋に戻り出てくる気配もない。

 

一族の霊能力者も、今頃自分とハルカのどちらにつくべきか密談中だろう。

 

(まあ……『どっちもどうでもいいけれど』)

 

この鷹村一族も、才能がある方の息子も、菜花にとっては『人を救って満足したい』というエゴイズムを満たすための道具でしかない。

 

自分と死んだ夫がヒーローとヒロインをやるための道具がぎゃあぎゃあと騒いだところで気にもしない。

 

だが、自分の『エゴイズム』を否定するようなマネをした愚か者二人は別だ。

 

本邸の奥、当主だけが入れる祭具殿に仕舞われている『密書』。

 

かの蘆屋道満が書き残したとされる呪法に満ちた禁書であり、菜花が数年前にある『ツテ』で手に入れた切り札だ。

 

 

(『生贄』の数は問題ない、生み出される『モノ』についての制御法もある。実験もなんどか重ねてきた……)

 

 

頭の中で可能かどうかの算段をたて、可能だと判断。ありったけの呪具を揃え準備を整える。

 

狙うは、阿部晴明と鷹村ハルカの命だ。あの二人を消し、ガイア連合には異界攻略に失敗したと言えばいい。

 

そしてあの二人を殺した『モノ』で異界も潰せば、満を持して自分はこの土地の支配者になれる。

 

 

 

(本当に……いいモノを売ってくれたよ。 『無亜居士(ないあこじ)』殿は!)

 

 

 

数年前、この土地に訪れていくつかの霊能道具や書物を取引した『黒い肌の僧侶』を思い出しながら、鷹村菜花は儀式の準備を整えるのだった。

 

 



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最後の思い出話『ボクたちはあちらに戻れない』

 

「ハルカ、お前の母親ヤバいぞ?」

 

 

え?と返すハルカ。宿泊していたホテルで突然阿部がそんなことを言い出した。

 

母親が世間一般ではアレな親……というのは察していたが、この場合はそんなニュアンスではない。

 

思わず背筋に力がこもる。明らかに厄介ごとの予感がした。

 

 

「母さんは、何を企んでますか?」

 

「覚醒者を生贄にした大怨霊の召喚儀式。生贄として本家の術者を使う気だな」

 

「…………はあ!?」

 

 

どうやって知った、なんて聞くまでもない。『読心』の術ぐらい阿部は心得ている。

 

何度かハルカの心を読んで、読めることを知った上で修行を実践して見せた事がこの一か月だったのだ。

 

……そして、これが阿部からハルカへの『最終試験』である。

 

 

「というわけで、俺たちはこの件に対処しなけりゃならん。『まだ』儀式は行われていないようだな」

 

「……式神ですか?」

 

「正解、どれだけバラまいたかは秘密だが、連中の動きは手に取るように分かる」

 

「……少なくとも『バラまいた』って表現するぐらい大量に設置したんですね」

 

「お、いいねぇ。それは加点要素だ」

 

 

当然、最初からこの里帰りが『最終試験』であることもハルカには伝えてある。

 

条件は1つ、『最大限ガイア連合の利益になるように立ち回れ』だ。

 

根願寺経由で来た依頼のついでに最終試験までやるあたり、最初から阿部にとって鷹村家そのものは優先度が低かったのだろう。

 

 

(下調べした時点でも悪い意味で地方のお山の大将、これといって光る才能があるヤツもいない。

 ……しいて言えば『例の禁書』だな。アレは解析が必要だが……)

 

既に禁書に関しては手は打ってある。つまり、あとはこの一件をハルカがどうまとめるか、だ。

 

阿部としてはいくつか解法は想定しておいた、その中にも合格不合格はある。

 

だが少なくとも、この少年ならそれなりの結果を出してくれる。そんな期待をしていた。

 

「……師匠。師匠から情報はもらえますか?式神から入ってくる情報とか、呼ぼうとしてる悪霊の推定LVとか」

 

「(ほう?)……そうだな、この一か月でお前が修行用異界で稼いだマッカとフォルマの半分でどうだ?」

 

「買います」

 

「……即答か?はっきりいってボッタクリだぞ?」

 

「事前に『僕が失敗した時のフォローはしてくれる』って聞かされてますし、それなら欲しいのは時間です。金で時間が買えるのなら、買います」

 

(……うん、今の所100点満点だなコイツ)

 

鉄火場で注ぎ込むリソースを惜しまず、普段は逆に無駄遣いしない。こういうタイプは間違いなく必要だ。

 

そしてそのリソースを注ぎ込む先は『情報』。アフターケアありきとはいえ、こういう霊能力者は伸びる。

 

……本当に『霊能力の才能』だけが足りなかったタイプ、ともいえる。

 

式神から入ってきた鷹村家の情報をハルカに伝えながら『ホントにメシア教は余計な事しやがって』と内心でいつもの愚痴を呟く。

 

「それで、情報が手に入ったんだ。即決即断で叩きに行くか?」

 

「いえ、介入するタイミングは……」

 

情報を精査し、作戦を立て終わったハルカが今後の動きを説明する。

 

作戦会議というよりは、阿部への『作戦確認』だろう。阿部も阿部で動く以上、バッティングは避けないといけない。

 

あくまで作戦確認、それを完遂できるかどうかはまた別だ、しかし。

 

聞き終わった阿部は一言だけハルカに言葉をかけた。

 

 

 

 

 

「お前、120点」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呼び出した一族の人間の『残骸』から背を向け、自分の意のままに動く『大悪霊』を連れて霊地を出る。

 

 

生贄の確保は容易かった、自分たちを裏切りハルカにつこうとしているとはいえ未だに当主は菜花のまま

 

『異界調伏の祝い』という名目で屋敷に集めた霊能力者に一服盛って意識不明にしてから、全員を車に押し込み霊地に運び込んだのだ。

 

禁書に書かれていた呪毒だ、丸一日は目を覚まさない。それから異界化していない霊地に運び込み、儀式を行った。

 

見ての通り結果は成功、溶け切った肉体から人面が複数浮き出たようなグロテスクな外見だが、自分の力をはるかに超えた大怨霊だと一目で分かる。

 

菜花は詳細な力まで見えないが、もしこの場にアナライズ能力を持った人間がいたならこういうデータが表示されたハズだ。

 

 

『屍鬼 コープス LV14』

 

 

(……素晴らしいッ……!!)

 

『しかも自分の命じるままに動く、この力さえあればうっとおしい分家すらいらない、エサにしてしまおう』

 

『そして邪魔者二匹も誅殺し、最後はショウゴを形だけのトップに据えてこの『使い魔』で悪魔を殺し続ければいい』

 

『この土地を救うのは私だ、それが正しいんだ』

 

……あまりにも見るに堪えない妄言を脳内と言葉の両方で奏でていた菜花が、霊地から出てすぐに歩みを止める。

 

 

「……まさかそっちから出てくるなんでね、忘八者」

 

「そっくりそのままお返しするよ、忘八者」

 

ぎりぃ、と菜花が歯噛みする。煽り返された時点で沸点が振り切れたらしい。

 

 

「……命乞いすれば助けてあげようと思ってたけど、その慈悲も今、失せたよ」

 

「あ、そう、どうでもいいや。心底どうでもいい。お前の慈悲なんかにすがるつもりは毛頭無い」

 

 

親指を立て、自分の背後を指さすハルカ。何の意味があるのかわからず怪訝そうな顔をする菜花。

 

 

「ここからボクと師匠の泊ってるホテルまで、相当量の人間がいる。お前はどうするつもりだった?」

 

「……見てしまった者はしかたないね、口封じとエサの確保のために食い殺すよ」

 

「そうか。 こっちも今ので慈悲が失せた」

 

 

ゆっくりと、何かをかきむしるような手の形を作り、腕をバツの字に胸の前で交差させる。

 

 

「ここから先には『ただの人間』が大勢いる。今日も平穏を享受している只人が、数えきれないほど」

 

体の中のスイッチが切り替わる、あくまでイメージだが、撃鉄を起こしたような『ガチン』という感覚だ。

 

「そんな只人の住む温かい世界の価値は、僕にはわからない。

 家族がいて、幸福があって、居場所がある。そんな感覚を味わった事もない……

 でも、1つだけ分かるんだ。これだけはこの世の真理だって。

 あの世界にいていいのは、温かい世界を生きる資格がある善き人々だけだ」

 

 

『ボクたちはあちらに戻れない』

 

そう言い放った直後に交差させていた腕を勢いよく解いて腰だめに構える。

 

 

 

 

 

「──────────── 変身ッ!!」

 

 

叫んだのと同時に跳躍、胸を張ったようなポーズのまま空中に飛び、そのままハルカの体が『変身』する。

 

『緑色の短いツノ』『同じ色の生体装甲』

『虫と人間の両方を思い起こさせる肉体』

『血のように赤い瞳』

 

 

 

 

霊能力者、鷹村ハルカは改造人間である!

 

彼を改造したガイア連合は、世界平和を願う善の秘密結社である!

 

鷹村ハルカは人間の自由のために、闘うのだ!

 

 

 

 

 

そこからは、もはや詳細を語るべくもないだろう。

 

最初こそ五分かコープス有利と思われた勝負は、『緑の異形』のツノが伸びた瞬間に形勢逆転。

 

どうやらオーバースペックな式神ボディの性能を使いこなせるようリミッターがかけられていたらしく、ソレが外れた瞬間一気に形成が傾いたのだ。

 

 

 

(ありえない)

 

霊力を絞りつくし、術の1つすら使えなくなった菜花がひたすら現実逃避する。

 

(あっていいはずがない)

 

目の前でコープスが断末魔の悲鳴を上げMAGに還っても、なお現実に戻ってこない。

 

(こんなものは間違って……)

 

そんな思考を中断させたのは、ギルスによって首を掴まれ締められる苦しみだった。

 

 

「あ、ぐ……?!わ、私を、殺す気なの……!?この、親殺しが……!」

 

「そうだ。ボクは人殺しで親殺しだ。 それで?」

 

「お前のような異形が、正義の味方きどりか……!?」

 

「そうだ。ボクは正義の味方きどりの異形だ。 それで?」

 

「ッ……そんな偽善者が私を殺していいわけが……」

 

「関係無いな。 ボクがお前を殺すのに善も悪もない。復讐でもなければ義務でもない。

『ボクはそういう存在』だからお前を殺すんだ」

 

 

抵抗されないよう、右腕で首を掴んだまま、左手のギルスクロウをみぞおちに突き刺す。

 

くぐもった悲鳴を上げる菜花を見ながら、ハルカの手も足も心も、まったく震える事はなかった。

 

滴る血を見れば見るほど暴力的な衝動が湧き上がってくる。今までやられてきた屈辱を倍にして返せ、と。

 

お前にはその権利がある、獣欲のままに殺せ、食らえ、犯せ。頭の中で本能がささやく。

 

 

……そんな衝動全てを抑え込み、ただ、自分がするべきことだけを実行した。

 

 

「親殺しが悪ならそれでいい、殺すことで大勢を守れるんならそうしよう。

 人殺しが悪ならそれでいい、他の誰かがやらねばならない分もボクがやろう。

 偽善者が悪ならそれでいい、善人には救えない人や守れない人を僕が庇おう。

 

 こんな痛みも苦しみも、知る人間は少ない方がいいはずだ」

 

 

それ以上何かを言う気もない、とばかりにギルスクロウを引き抜き振り上げる。

 

最後に「やめっ……」と何かを言おうとして、菜花の首が宙を舞った。

 

吹き上がる血が頬を汚す、仮面の下のハルカの表情はわからない、だが。

 

 

鷹村ハルカが親に愛される可能性は、この瞬間完全に消え去ったのだ。

 

 

「……あとは、ショウゴを確保……そして、後始末か」

 

 

菜花の死体を確保すると、屋敷に向けて歩き出す。

 

その足取りは、まるで泥の中を進んでいるかのように重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショウゴの確保はあっさりと終わった。阿部にも協力してもらい、簡易式神で部屋を包囲してから変身、扉をブチ破る。

 

何事かわめきながら術らしきものを放ってきたが、昔はともかく今のハルカにとってはそよ風に等しい。

 

首根っこを掴んで引きずり出し、無理やり広間まで運んでから放り出した。

 

 

「ぎゃっ……ひっ、ひぃ……!?」

 

 

『ショウゴは自分と違って父親似な事にこれほど感謝したことはない』と後にハルカは語る。

 

顔を涙と鼻水で汚し、広間の畳を恐怖のあまりアンモニア臭のする液体で濡らす少年が自分と同じ顔でなくてよかった、と。

 

「ここの畳も無駄に高いんだがなぁ」と言ってギルスクローを突き付けながら、脅すように言葉を続ける。

 

 

「お前はこの瞬間から鷹村家の当主だ、そして『前当主』のやらかした事の責任を全部取ってもらう」

 

 

阿部が死体袋から菜花の生首を取り出すと、もはやショウゴの顔色は青を通り越して土気色であった。

 

これならどんな条件も何も言わず全て受け入れると確信してからハルカは畳みかける。

 

 

「僕たちガイア連合への依頼料は迷惑料込めて倍額支払い、それに加えて『現当主』の退陣。

 ……さらに『鷹村ハルカ』の当主就任の承認だ。当然迷惑料分は『お前が』払え」

 

 

これもまた当然だが、少なくともガイア連合への依頼料は個人がポンと払える額ではない。

 

鷹村家の財産を使えれば別だが、ショウゴは数分後には『前当主』扱いになるので使えるはずもない。

 

個人の貯金?……子供には過ぎた額の小遣いをもらっていたようだが、雀の涙もいいところだ。

 

 

「断ってもいいが……その場合は生首が2つに増えるな。

 なに、安心しろ。『就職先』は斡旋してやる」

 

 

 

ギルスクローを首元にチラつかされて、出しきったと思った小水の追加を漏らしながら、鷹村ショウゴは頷くほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでよろしくお願いしますアシハナさんッ!!!!」

 

「えぇ……」

 

もうしょっぱなから困惑以外の感情が表情に出てきてない男の名は、ガイア連合の黒札が一人『阿紫花英良(あしはな えいりょう)』。

 

ひょろりとしたキツネを思わせる雰囲気の男ではあるが、見る眼のある者ならその中に鋭い剃刀のような気配を感じ取れる腕利きだ。

 

現に、数か月前に出来たばかりとはいえガイア連合支部『賭場・地獄湯』を任されてる男でもある。黒札の中でも相応以上の信頼度と腕を持っている証拠だ。

 

……余談だが、この二年ほど後、つまりこの小説の一話あたりで『クレマンティーヌ』という現地霊能者がなんやかんやあってここでカモにされることになる。

 

 

閑話休題。

 

 

ともあれ、今回の事件の資料とか今までのいきさつを説明し、ノータイム土下座かましてるのがハルカである。

 

「いや、ウチ人身売買はやってないんですがね……」

 

「別に解体(バラ)して売れって話じゃないですからね?いや、ホントに」

 

復讐の為にそういう事を頼みに来たんじゃないのかと疑われたが、

『それなら師匠に頼めばこの世の地獄と天国をまとめて味わわせるでしょうし』

というぐうの音も出ない正論が飛んできた。

 

 

「……地獄湯は現在も拡大中、このままいけば二年以内には結構な地方都市になるでしょう。

 そのことを考えれば『契約で縛れて『コキ使っても心が痛まない悪党で最低限の能力がある』

 霊能力者は必要になると思います。そのうち横の繋がりで人の都合も付きそうですけどね」

 

「む……」

 

現代風に言えば『ソシャゲのスタートダッシュキャンペーン』とかそんなモノだ。

 

もちろん、現地霊能力者ができる程度の仕事等、アシハナと専用式神なら片手間で終わる。

 

だがその『片手間』の分の労力すら惜しいのが創業期というモノ、雑務を任せられて使い倒せる人材は確かにありがたい。

 

 

「なにより、こういう悪党を契約で縛ってボランティアに放り込むの、得意でしょう?」

 

「得意とまでは言いませんし、得意なのはあっしの『相棒』の方ですがねぇ」

 

 

「…………まあ、今は仕事中ですし、『相棒』呼びで構いませんよ」

 

 

『魔神 ヤマ』。閻魔大王という名前が日本では有名だろうか。

 

彼女はそれを模した式神であり、内蔵された悪魔は後にランクアップにより『ヤマ』に到達してしまう成長株。

 

外見はちょこんと座っている小柄な少女、しかしこの場においてはアシハナと彼女が実力の2トップだ。

 

先日のコープス戦でLV14にあがったハルカだが、数か月前ここに巣くっていた『邪鬼ウェンディゴ LV30』を討伐している二人には遠く及ばない。

 

というか威圧感がヤバい、ミシミシと部屋がきしんでいる錯覚すら覚える。

 

 

「あ、それで頼みごとの件なんですがね」

 

「土下座のままなのに軽いですね貴方!?」

 

「一応そこらの霊能力者なら腰抜かすプレッシャーなんですがねぇ……」

 

「ほら、師匠が師匠ですから……『神主』さんがちょっと引くような修行を一か月やらされたので」

 

「「あぁー……」」

 

 

いろんな意味で同意&納得してしまった二人、とはいえこのままじゃ話が進まないので続けるが。

 

 

「それで、そっちのご家族をあっしらに預けて何がしたいんです?」

 

「まあ、ボクらどんなに言い張ってもカタギの職業じゃありませんから。

 その行動が正義だろうと裁く権利なんてありません。『死者』は仕方ないにしろ……

 生者をとっつかまえた所で、これといって裁きを与える権利なんてないんです。

 だから『契約の上でオカルト関連の奉仕活動』という落し所のあるお二人に頼みたいのが1つ」

 

 

『悪党を現行犯でぶっ殺すのはいいとして』とさらりとアレなことを言うが、女神転生ってそういうものなのでスルーする。

 

「もう1つは、ここで殺すとどうイイワケしても『家族殺して家を奪った』って悪名がつくことです。

 ボクはもうガイア連合の所属霊能力者、組織にまで悪名を波及させるわけにはいきません」

 

「……なるほど」

 

 

ちらり、とアシハナがヤマを見る。少なくとも読心等のアシハナ達の持つ技能ではハルカの発言に『ウソ』はなかった。

 

……そう、ウソはない、つまり。

 

 

「アンタ、家族を生かしたいって理由でココに連れてきちゃいないんですね、カケラすらも」

 

「仮にそうだとしても、それを口にする権利はボクにはありません」

 

「……そうですかい」

 

 

ウソではないのだろう、必要とあればこの少年は親すら手にかける。

 

自分が手に入れられなかった暖かく平和な日常、それを大勢の人間が謳歌できる秩序。

 

そんな優しい世界を守るためなら手を汚すことも躊躇わず……、

同時に、そうやって手を汚すのは可能な限り自分だけでいいと思っている。

 

無論、自分一人で全てを背負いきれるなんて言うほど傲慢じゃないので、こうしてアシハナたちに頼りに来てるわけだが。

 

 

(自分を『無価値』かそれに近しいナニカに考えてやがる。オマケに極限まで合理的。

 だから『自分より価値があるモノ(=世の中の多くのモノ)』のための献身をためらわない。

 ……ま、美意識ぐらいはあるようだから、優先順位はありそうですがねぇ。

 

 見ていて怖気がする、なんで10歳のガキがこんな目ぇするハメになってんだ)

 

 

厄介なのはこの価値観はあの環境によって『後天的』に植え付けられた、ある種歪んだ自己犠牲ということだ。

 

そしてそれを取っ払っても根っこのところが英雄気質、つまりこれに加えて『生まれつきヒーローメンタル持ち』。

 

つまり生まれついての英雄が環境で盛大にアレな方向に育ち切ってしまったのが『鷹村ハルカ』という人間なのである。

 

 

※ちなみに母親と弟は美意識に基づいて価値がマイナスぶっちぎったのでこんな対応になった模様。

 

 

「……まあ、引き受けましょう。 この『二人』の契約と仕事の斡旋をね」

 

「ありがとうございます! 「ただし」 ……な、なんでしょう?」

 

「世の中の基本は等価交換、タダより高いモンはねぇ。『二人分』の身元を引き取るんです、取引ってことにしましょうや」

 

とはいえ、長々と交渉するつもりはアシハナにはない。シンプルかつ単純に、親指と人差し指で輪を作る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お代はいかほど、いただけるんで……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

この一週間後、地獄湯の従業員が二人増えた。

 

給料は高くない、オカルト関連の依頼を引き受ければほとんどを借金の返済に持っていかれる。

 

ガイア連合への違約金に加えて『蘇生術が使える術者の手配』の代金は安くない。

 

 

 

それでも、その『親子』はただの『人間』として、次の一歩を踏み出していた。

 

 

 

 

『仮面ライダーになってしまった男』編 END

 

 

 NEXT STAGE

 

 

『エンジェルチルドレン』編

 

 

 to be continued……

 

 



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「修行回は地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)ぐらい斬新じゃないと飽きられるんだよ」

 

「というわけでやってきました、今回の修行用異界です」

 

「おい、霊山同盟から帰ってきて即日拉致ってどういうことだオイ」

 

 

霊山同盟で色々と台無しなエンディングを迎えたその日の夕方。

 

山梨支部に戻ってきたハルカが疲労困憊のまま食事とシャワーを終えてベッドに入った。

 

……目覚めたらなぜかベッドごと阿部と二人で見知らぬ景色にいた。意味が分からない。

 

一番意味が分からないのはわざわざ山梨支部の備品であるベッドごと運んできたことである。

 

とりあえず渡された普段着(対悪魔用加工済み)に着替えるハルカ、周囲はなんか人里っぽくないし覗きもいないだろう。

 

目の前にいる阿部が一番危険? 世の中には危険と分かっててもどうしようもないモノがあるのだ。

 

 

「いや、どうも占星術で【凶兆】が見えててな?

 それが早けりゃ今年中には何かしらの形で来そうだから、

 その前にLV30の壁を突破させようと思って。これなら『色んな』鍛錬ができるし」

 

「……レベルの壁超えるだけなら、山梨支部の修行用異界がいいのでは?」

 

 

なんせ今の阿部ですら「深層は無理」って断言するようなとんでもない場所である。

 

ほどほどの深さまで潜って悪魔と戦っていれば丁度いいのでは?と思うのも無理はない。

 

 

「そうだな、『正面戦闘なら』あそこが最適だ。

 が、お前は今後、今回みたいに俺のいないところで行動することも増える。

 戦う為の力は必要分は身に着けた、ここからはLVを上げつつそれ以外も学ぶ時間だ」

 

「……なるほど」

 

「異界攻略にしても、ワナや特殊な性質を持った空間なんかが普通にあり得るからな。

 俺以外にも指導役をつけて色々学ばせつつ、トラポートで各地の高難易度異界に挑む。

 様々な経験をさせつつ、死闘レベルの戦闘を何度も行うわけだ」

 

(あ、さてはこれ普通に死ぬやつだな???)

 

「修行回は地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)ぐらい斬新じゃないと飽きられるんだよ」

 

「何十年前の漫画の特訓を斬新って評価するつもりですか」

 

「いいじゃんアレいまでも斬新だぞ。きっと荒〇先生はショタオジの同類だ」

 

 

この前の霊山もそうだが、地方の霊地の中には一般黒札がヤバいと判断するレベルの異界も存在する。

 

外伝で『銀さん』が「あの異界の奥は俺じゃヤバい」と発言していたように、低ランク異界でえっちらおっちらしてる土地でもこういった異界は存在しうる。

 

そんなガチ勢俺たち担当の異界に突撃して適度に死にながら異界攻略になれつつレベル上げ!手ごろな異界が無い時は阿部のツテで雇った教師に色々と習う!

 

月月火水木金金みたいなスケジュールを大真面目に提示された小学生(ハルカ)がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ムド』『ムド』『ムドオン』『マハムド』『マハムドオン』

 

「やっぱりこれ死ぬヤツじゃないかあああぁぁぁっ!!!」

 

 

ギルスに変身(正確には変身解除)することなく、消防斧に偽装した対悪魔用の武器を振るう。

 

飛んでくる呪詛をひたすらに避け、時にはハマで相殺。

 

といってもマハムドやムドオンはどうしようもないので弾幕ゲームをするしかない。

 

何が一番理不尽かといえば、式神としての標準機能が読み取ったデータである。

 

 

『狂神 ??? LV33』

 

 

LV33、はっきり言って修行を始めた時のハルカには手に余る相手だ。

 

なんならギルスに変身してもワンチャンスを狙うしかない格上である。

 

黒札ガチ勢の基準がLV30以上という事を考えたら、縛りプレイ込みで戦ってるハルカが生きてる事が既におかしい。

 

周囲は異界攻略では見慣れた山林風景だが、明らかにこの『狂神』を封じている秘境か何かだ。

 

外見は巨大な『影』、一見すれば巨大化させたモウリョウとかゴーストに見えなくもない。

 

物理耐性はない、寧ろ物理には弱いようだが、斧の一撃で肉体をそぎ落とし続けても終わりが見えない。

 

 

即死サイズの雹が降る中で、巨大な雪山をスコップで切り崩しているような作業が続く。

 

 

(呪殺に対する耐性はある、が……この数全部を『運よく』耐えきれるか!?無理だろ!!

 肉体を構成するマグネタイトが妙に脆いから格上でもダメージが通ってるけど、それだけだ!)

 

何より面倒なのは、この『呪殺魔法』の性質だ。

 

この世界における魔法は使用者の技量によって同じ魔法でも威力も性質も大幅に変わる。

 

たとえばガイア連合のトップである『神主』から習えるアギは、対悪魔に特化してるせいで物理的な破壊力は低く、焚火の火つけにも苦労する性質を持っている。

 

この狂神が使うムドは、呪殺+ダメージの『真女神転生V』仕様に近い性質を持っている。

 

つまり『呪殺耐性』があろうとダメージ自体は入ってしまうのだ。

 

その上まるでシューティングゲームのようにバカスカと呪殺とデバフをばらまいてくる。

 

『呪殺無効』があればどうという相手ではないのだが……用意されていたのは耐性装備。

 

ダメージは軽減できるが、ごく低確率で即死することを考えればそう何度も喰らえない。

 

となると今やっているように『ひたすら避けて隙を見て削る』戦術になるわけで。

 

 

(狙いが分かってきたぞチクショウ!『喰らって耐える』ができない状況に対応させるためだ!!)

 

 

ハルカ及びギルスの戦闘力を強化するための修行として選定した異界シリーズなだけあって、

皮肉なほど今のハルカに最適な相手ばかり選ばれる。

 

※なお阿部にどうやって選んだか、と聞いたら「占い」という返答が帰ってきた時点で考察はあきらめた

 

物理無効&回復持ち、高い【速】を生かして魔法の引き撃ち、『吸収無効』というドンピシャすぎる耐性持ち。エトセトラエトセトラ……。

 

そんなイヤガラセのような悪魔と連戦させられた後のコレである。

 

なんと現在徹夜五日目、突入&殲滅した高難易度異界(推奨LV20以上)はこれで『7つ目』。

 

いかに霊地活性によって異界の発生頻度が上がっているとはいえ、塩漬けになってる高難易度異界をスタンプラリーか何かと勘違いしているような勢いだ。

 

移動時間などという甘えたモノすら存在しない、阿部のトラポートやトラエストで到着は一瞬。

 

異界突入→勉学&修行→異界突入……がループしている。

 

式神ボディなのでその辺の無理は効くが、だからといってパフォーマンスがおちないわけじゃない。

 

 

(その分は気合で補う!)

 

 

精神の仮面等から力が発生するペルソナ使いほどではないにしろ、メンタル面が霊能力者に与える影響は大きい。

 

その点で言えば、アホみたいに強靭かつ魔人ブウの肉体並みの再生能力があるハルカのメンタルは非常に霊能力者向きである。

 

阿部が目を付けたのもその辺り含めてだろうが、それはともかく。

 

今回ギルスに変身させず、生身で弾幕シューティングの自機をやらせてるのはそれが理由だ。

 

変身スキルによって人間形態になってる間、ギルスとしての能力の多くは封印される。

 

その分MAGの消耗が少ないとかアナライズを偽装する能力が手に入るとかメリットは色々あるが、なんにせよ本気で戦うのならギルスに変身するのが基本だ。

 

しかし、ギルスはあまりに強力すぎる。耐性のない攻撃でも生体装甲で無理やり防いだり、HPが回復すれば四肢欠損程度は生えてくるし、

ちぎれた手足を雑にくっつければ回復すら必要なく再生するし、そのほかにもハイエンド式神としてのオプションはフル搭載。

 

それに頼りすぎれば『ギルスに変身する事前提の戦い方』が染みついてしまう。それを防ぐためのギルス変身制限だ。

 

そして、その制限は間違いなく成果を上げていた。この五日間でハルカの動きは加速度的に精度を増している。

 

現代の軍隊においては実戦よりも訓練のほうが練度を上げるのに最適という結果が出ているが、霊能力者には当てはまらない。

 

無論、修練・修行も大事だ。しかしそれだけでは行き着けない領域がある。

 

同時に、力任せに闘うだけでは手の届かない領域もある。

 

ギリギリの死線を何度も超えさせて……ようやく見えてくる頂を目指すのだ。

 

 

(いいぞ、感覚が研ぎ澄まされてきた)

 

 

呼吸を整え、迫る呪殺……いや、『殺意』や『悪意』の波をすり抜けるように走る。

 

この呪殺攻撃、どうやら怨念や呪念が強いようで、おかげで『敵意』全般に対する感覚が磨かれてきた。

 

元々武術は物心ついた時から(ほとんど教本読みながらの独学だけど)嗜んでいるし、この二年間で阿部や山梨支部の武術担当式神からがっつり仕込まれた。

 

素手、刀、手槍、弓、斧、棍、果ては鞭に鎖鎌に手裏剣術に……精神と時の部屋じみたインチキがなかったら到底身につかないアレコレである。

 

といっても総合評価は『悪くないけど天才ってほどじゃない』と一言で纏められてしまいハルカは盛大に落ち込んだ。

 

なにはともあれおかげで『間合い』を見切る力は相当ついた、そこに今この瞬間磨かれている『敵意』を感じる感覚。

 

呪殺の雨を潜り抜け、怨念の塊をそぎ落とし、間合いを開けて仕切り直して、また呪殺の雨を潜り抜け……。

 

段々と、この怨念の塊の核らしきものが見えてきた。

 

 

(おそらく何らかの呪物や依り代を核にコイツは召喚されている!

 異界のMAG濃度を考えたらLV30以上の悪魔なんて体現できる場所じゃない!

 その核を破壊、無理でもこの怨念の塊から引きはがせれば……!!)

 

樹木を駆け上がり、枝の反発を利用し跳躍。

 

くるり、と空中で受け身を取って逆側の地面に着地、狂神がこちらに照準を定める前に駆け出す。

 

すぅ、と大きく息を吸い込み斧を振り上げる。

 

 

「ヴォオオオアアアアアアアアアァァァァァァッッ!!!」

 

 

ギルスに変身しているときの咆哮が癖になっているようだが、声帯が人間形態のままなのでだいぶ可愛らしい雄たけびが上がる。

 

両腕を使って横なぎに振るった斧で怨念を切り飛ばし、一瞬だけ空いた穴に体をねじ込む。

 

あとはシンプルだ、核らしきモノまで距離を詰め……全身全霊でサッカーボールキック。

 

「あれ、結構重い!?」と驚愕こそしたが、核を遠くまで蹴り飛ばし切除することに成功した。

 

怨念の塊がMAGへと分解されて消えていく。かはっ、とようやく肺から息を吐きだした。

 

 

「……クッソ、師匠め。どっかで見てるんだろうけどマジで後で覚えてろよ……」

 

 

といっても模擬戦や組手では毎回ボコボコにされてるので、阿部が「すまん忘れた」とか言い出しても何もできないのだが。

 

なにはともあれ異界の主らしき悪魔の討伐は完遂、あとは異界の様子を観測しつつ、今しがた蹴り飛ばした『核となっていたモノ』を回収して帰るだけなのだが……。

 

 

(なにか『割れた』、あるいは『砕いた』感触がしたぞ?)

 

チャリ、と足元で靴に何かが触れた感触。

 

「割れた石、いや岩……?」

 

 

有名な所では殺生石等がそうだが、霊力を込めた石や岩は封印の要としてよく使われる。

 

アギストーンや魔石等のアイテムが石を核にしているのもそういう理由だろう。

 

割れた岩の破片について考えを巡らせつつ、蹴っ飛ばした何かが飛んで行った藪へ歩いていく。

 

 

(瘴気をため込んだ岩を核にした、のか?いやそれにしては……)

 

 

アナライズ結果が悪霊でも外道でもなく『狂神』だったのが気になる。

 

荒れ狂う神というだけでなく、本来のあり方からゆがめられた神性等も該当しうる種族だ。

 

警戒心を引き締めなおし、斧を構えたまま藪をかき分け、奥へ。

 

例え何が出てこようと対応できるように構えを解かず、呼吸を整えながら……邪魔な枝葉を切り払うため、斧を振り抜いた。

 

 

「……は?」

 

 

藪の中には目をまわしてひっくり返っている『少女』が一人。外見だけならハルカより多少年上に見える。

 

黒い髪がぼっさぼさに伸びており、服装は古代日本を思い起こさせる神御衣で小柄な体を包んでいる。

 

感じる気配は悪魔のソレ、しかしさきほどの怨霊よりはだいぶ『マトモ』な気配だ。

 

肝心のアナライズ結果は……『国津神 イワナガヒメ LV25』

 

 

「イワナガヒメ……石長比売(いわながひめ)!?」

 

 

石長比売(いわながひめ)。磐長姫や苔牟須売神(コケムスメ)とも記録される日本神話の神だ。

 

妹である木花開耶姫(コノハナサクヤ)と共に天照大御神(アマテラス)の孫である瓊瓊杵尊(ニニギ)に嫁いだことで有名だが……。

 

 

(ニニギ的に好みじゃないっていうか、端的に言えば『ブサイクだから』って送り返されたんだよな、イワナガヒメだけ……)

 

 

その後、コノハナサクヤとニニギは火照命、火須勢理命、火遠理命の3柱の神を産むがコノハナサクヤはこの出産で死亡。

 

火遠理命が初代天皇の祖父にあたるので、すんごい血筋の神様ではあるのだが……。

 

諸説あるが、メジャーな説の1つだと石長比売が姉妹で嫁入りしたのは姉妹の父親である大山津見神(オオヤマツミ)の采配であり、

姉であるイワナガヒメが岩のような永遠を、妹であるコノハナサクヤが花のような繁栄をつかさどっていた。

 

それで永遠を担当してた姉の方だけ面食いのニニギが拒否りやがったので、子孫である天孫……つまり天皇家の寿命は神と違い『永遠』ではないのだ、というモノだ。

 

勿論現代語訳の差異とかどの資料を採用するかとかあちこちの言い伝えとかである程度変わるが、ハルカが知っているのはまあこんな神話である。

 

 

……そのはずだ、そのはずなのだ。

 

 

「そんな神様が何で怨霊に飲まれて核になってんだ……?」

 

そっからしてさっぱりわからないので、とりあえず目をまわしているイワナガヒメをお米様だっこして阿部の所まで運ぶことに決めた。

 

最後に、アナライズで自分の能力をチェックする。

 

 

『式神 ハルカ LV31』

 

 

「……ミッションコンプリート、だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊山同盟の前身の祭神ゥー!?!?」

 

 

異界から戻った直後、ハルカの叫びが木霊する。

 

 

「そうだよぉ!ココの霊山は数少ない私だけをまつった神社があったんだ!

 なーのに要石以外の神社も鳥居もメシアンにぶっ壊されるわ!

 連中が壊せなかった要石は霊山の汚れ集めすぎて殺生石モドキになるわ!

 最近は本体から時々届く『他の神が信者マウントとってきてウザいから信仰獲得はよ』

 ってお告げはうるせーわ!なんで肥溜めモドキの中で封印されてる私に送ってくるんだよ!!」

 

「ほかに送れる分霊がないぐらい祭ってる神社が少ないからじゃ……」

 

「ケフッ(吐血)」

 

「やめてください阿部殿!お願いですから!!コノハナサクヤビメ様と一緒に祭った神社はいっぱいあるでしょう!?」

 

「実質コノハナサクヤビメのセット商品扱いだし……」

 

「カヒュ ヒュー ヒュー(過呼吸)」

 

「イワナガヒメ様ぁー!?」

 

 

現在地はおなじみ、霊山同盟の巫女長の屋敷。

 

阿部が連れてきた異界というのは霊山同盟の管理している広大な山地の1つだったようで、

ベイコクを討伐した霊山よりさらに奥へ踏み込んだ場所だった。

 

なんでそんな場所までわざわざベッドごと運んだんだと言いたくなるが……。

 

 

「なにはともあれベイコクトラップついでに神社もぶっ壊されて、祭神についての記録なんかも破棄されてた、と」

 

「はい……何を祭っていたのかまで不明でしたから、てっきり我が家は山岳信仰なのかと」

 

「氏子の子孫に自分の存在が伝わってないのがツラい。おのれメシア教!!」

 

 

ぎゃーすか喚いているイワナガヒメからある程度の事情は聞き出せた。

 

彼女はここまでボロボロになる前の霊山同盟の前身と共に神社で徹底抗戦を続けていたようで、地の利もあり攻略にてこずったメシアンは要塞化できる霊山を危惧。

 

イワナガヒメの氏子を『粛清』してから神社を破壊、さらにベイコクトラップまで仕掛けてから去っていった、と。

 

 

「だ、だが封印が解けた今が好都合!この霊山を拠点に今度こそ復権だ!」

 

「……具体的に何するんです?」

 

「サっちゃん(コノハナサクヤ)の2割、いや1割でいいから人気が欲しい……!!

 なんで神話にすらブサイクって刻まれなきゃならないんだ……!!」

 

 

(((哀れだ……)))

 

 

涙とか鼻水流しながらささやかなのか大望なのかさっぱりな野望を掲げるイワナガヒメ。

 

頑張れイワナガヒメ!

 

負けるなイワナガヒメ!

 

君の信者獲得への道はまだまだ険しいぞ!

 

 

……なにが険しいっていうと具体的には君の醜態をきっちり見ているスポンサー(※ガイア連合)の刺客×2の視線とか!!

 

 

 

「特技はマハムドオンとありますが」

 

「アッハイ……」

 

 

 

 

(……私が信者獲得(モテ)ないのはどう考えてもメシアンetc.が悪い!!!)

 

 

 




登場人物資料 『国津神 イワナガヒメ』

年齢:悪魔なので不明

LV 25

霊山同盟が管理(管理できてるとは言ってない)している霊山・霊地の奥に封印されていた神。

日本神話の石長比売(いわながひめ)の分霊であり、どんな神なのかはだいたい本編で語った通り。

外見は『わたモテ』のもこっちに二次元っぽい神御衣着せた姿。

ただし性格面は2~3割ほどこのすばのアクア様混じってる。

霊山同盟の巫女長が代々若々しいのは彼女の加護である『老化抑制』を血筋として受け継いでいたからであった。

しっかりと本人(本神?)から加護をもらえば美容健康だけでなく、何気にレベルダウン系の耐性もつく地味に便利な加護。

この世界では老化やなまけでのレベルダウンが発生するため、恐山の若返りの水とは相互互換にあるこの加護は地味に貴重。

他にもムド系・ンダ系の魔法の効果が上がる『呪いの加護』も持っている。



性格は上記の通りだが、もうちょっと細かく書くと『ほどほどに面倒見がよくて人間臭く、氏子ひいきしがちだけど若干ものぐさ』。

神話にブサイクと刻まれているが顔立ちはどこまで悪くない。が、雰囲気が暗いしコミュ力もやや低め。

多分ニニギは太陽神の系譜で陽キャなので清楚系美女のコノハナサクヤが好みだったと思われる。

陽キャもなにもアマテラスは天岩戸に引きこもりだったじゃねーかって?知らんな。



霊山同盟についても最初は「でもみた感じ才能イマイチだしなー、どうせ逃げ出したやつらの子孫だしなー」とか思っていた……が。

霊山同盟のガンギマリっぷりと、残された資料や言い伝えから彼女の氏子たちが命がけで逃がした闘う力のない女子や赤ん坊の子孫だと発覚。

祭神なのに盛大にゲザってから
「任せろ!私がほどほどに手ぇ貸していい感じに幸せにしてやるからな!!」
とどこぞの不運地母神ばりに働き始めた。


現在はガイア連合傘下の霊地の1つとして、オカルトアイテムの製造や土地の整備、霊地の修行場化を行っている模様。

だいたい巫女長に丸投げしてる事も多いが、神としては相当善良な部類である。

ちなみに要石が砕けたせいで狂神の時よりレベルダウンしていたが、代わりのモノをガイア連合技術部から調達してもらい、
神社も霊山のもうちょっと都合の良い場所に再建中。じわじわと霊格を取り戻している。


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「───── 相も変わらず、世の中クソだわ」

 

手の中のちいさな命をしっかりと抱きしめたまま、雨に打たれる廃墟の街を駆け抜ける。

 

路地を通り抜け、時には侵入できる廃墟を通って後続を攪乱しながら走り続ける。

 

肺が痛い、それでも手放すという選択肢だけはない。

 

『私は『正しい』と思えることをやっている。

 大勢から糾弾されるかもしれない道をたどってきたが、

 それでも、今やっていることは正しいはずだ』

 

たったそれだけの小さな誇りが、今の自分を支えている。

 

服の裾が地面に擦れる、それでも脚は止めない、止められない。

 

歩きなれていない場所のせいで、適切な逃げ道もわからないが、それでも走る。

 

自分たちを救ってくれると思っていたモノが追ってくる。自分の命と、手の中の温もりを奪うために。

 

 

(……それでも、これは間違ったことじゃ、ないはずだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20XX年、某月某日、15:32。 

 

アメリカ合衆国よりICBMが発射。ガイア連合は全力で対処に動き、最新鋭兵器及び高位神の分霊により迎撃に成功。

 

しかし地球そのもののGPが急上昇、国外は裏路地を歩くだけで悪魔に遭遇するような危険地帯と化した。

 

他にもアフリカと欧州は終末の四騎士が大暴れしてるわ、中東はトランペッターによりアバドンへ堕ちるわ。

 

アジアでは666の獣にまたがる大淫婦と神の戦車メルカバーによる現地人を巻き込んだ大決戦。

 

アメリカではクトゥルフ系邪神とプルートと名付けられた装置と謎の機械生命体によって大乱世。

 

それ以外は正体不明かつ強力な悪魔である【魔人】の発生により、完全に地上は悪魔の跋扈する地獄と化した。

 

とはいえ日本はICBMそのものは迎撃でき、仕込まれていた悪魔召喚プログラム系の機能による高位悪魔・天使の降臨も討伐に成功。

 

……が、世界規模の懸念事項であるGPの上昇はどうしようもなく、異界の発生率は全国的に上昇。

 

レベル1未満の悪魔なら異界以外でも発生するような状態になってしまった。

(※ただしMAG不足によって自然消滅することも多い)

 

とはいえ、GPの上昇は人間にもプラスの作用を及ぼす。

 

覚醒者の増加に加え、レベルアップ速度の上昇やレベルキャップの開放。

 

物理法則の緩和……まあ、これはプラスマイナス両方なのでここに含んでいいのか微妙だ。

 

勿論個人の才能や霊格によってこれらのプラス要素がどれだけ作用するかも変わるので、

才能がない人間視点だとLV5がLV10になったと思ったら悪魔の平均はLV10がLV20になってた、

って状態になるだけなのだが。

 

なんにせよ、GPの上昇によって日本でも覚醒者及び悪魔の被害者の数は上昇の一途を辿っている。

 

 

 

……故に、覚醒者が己の異能を用いて『よろしくない』形で我欲を満たすのもまた、必然であった。

 

 

ガイア連合結成当初、根願寺が把握しているだけでも20を超える霊能一族が断絶し、50を超える霊能力者が死亡した時。

 

当然だが日本各地の霊地や異界を含めて『完全に管理』するマンパワーはガイア連合には無く、

 

メシア穏健派も各地の霊能組織との相性は最悪未満にぶっちぎっているため把握もできず、

 

根願寺も帝都の結界維持が最優先、寧ろそれ以外にほとんど役に立つことは無く(キョウジさん除く)

 

結果的に『オカルト関係者の手が及ばない空白地帯』がいくつか発生した。

 

この周辺に著名な霊地が無いためそもそも悪魔関連の事件が起きず、同時に何らかの邪悪な儀式等を行うには不向きだった、という事もある。

 

しかし、そのせいで比較的近い場所の霊能組織はこの空白地帯への人材派遣や調査を後回しにし続けた。

 

ガイア連合も現在の日本の状態……『半終末』ともいうべき世界で秩序を保つためにフル活動中。

 

上記の『空白地帯』へ対応できる人材などいるはずもなく、

GPの上昇から繋がる一連の流れで発生した覚醒者や異能者、それもややdark-chaos寄りの人材が終結。

 

元々バブル期の無茶な拡張によってゴーストタウンじみた区画が発生していた衰退期の地方都市なのもあり、ヤッパやチャカの代わりに低位の異能を使うヤクザまで発生。

 

媚薬や麻薬の代わりに劣化版のハピルマやマリンカリンを使う合法・非合法の風俗嬢。

 

霊能組織によるダークサマナー狩りを運よく生き残ったダークサマナー。

 

現代日本だというのに、ジェネリックロアナプラじみた犯罪都市へと急速に発展しつつあった。

 

この状況に、通りすがりの這い寄る混沌は「うーん乱世乱世」というコメントを残している。

 

 

そんなジェネリックロアナプラ……もとい、地方都市『黒羽市』の一角。

 

ゴーストタウン区画に不法滞在する『少女』がいた。

 

金髪に染め上げた髪、年齢は中学生ぐらい。スレンダーな体だが顔は中堅アイドルぐらいには整っている。

 

だいぶ『スレた』雰囲気が漂っており、散らかった部屋の中でノートパソコンを開いていた。

 

 

「『予約』は表が2件、裏が1件、全部カモだねぇ」

 

 

名を『七海 梨花(ナナミ リカ)』。半終末に入ってから覚醒し、そのままダークサマナー側に染まった少女だ。

 

覚醒後は覚醒者だけがアクセスできるインターネット掲示板に入り浸って情報収集、非合法の児童売春に潜り込んで生計を立てている。

 

今流行り(流行っていないほうが健全だけど)のパパ活等が主な収入源の家出少女である。

 

……といっても、体を誰にでも許しているわけではない。素人相手なら食事やデートしながら『ハピルマ』をかけるだけで簡単に金を巻き上げられるのだ。

 

小柄な少女だろうと非覚醒者からすれば熊やイノシシレベルの身体能力があるのには変わりなく、

同じくゴーストタウン区画に住んでる一般人の不良から金を巻き上げたりもする。

 

といっても自分が所詮覚醒者一人という自覚もあるので、オカルト持ちのヤクザや本職のダークサマナーには目を付けられない程度に『小悪党』をやっていた。

 

新米覚醒者の中では頭一つ抜けた強さを持ち、最近この町にも増えてきた『悪魔召喚プログラム』や、それに類するアナライズ機能持ちのアイテムによる強さの基準『DLV』。

 

先日ついに『DLV10』を記録し、今もじわじわとDLVが伸びていることを考えると、彼女は『才能がある側』らしい。

 

結果としてこの町の『元素人』の中では頭一つ抜けた強さへとスタートダッシュでき、より上を目指せる有望株の霊能力者……。

 

 

「───── 相も変わらず、世の中クソだわ」

 

 

……それが幸せなはずもあるまい。

 

オカルトの力を得ようが下卑た視線を向けてくる男に媚びて金を絞り、グレた野郎共を脅して金を巻き上げ、

 

保護者も身元保証人もいないから家も借りられず、ネットカフェと廃墟の拠点を入れ替えながら寝泊まりして、

 

自分がこの力に目覚めた後は、通っていた中学校だって登校どころか近寄りもしていない。

 

そんな生活で鬱憤が溜まらないはずもない、はっきり言って不良からのカツアゲは半分ストレス発散だ。

 

万が一バックに組織がついてる不良に手を出したりしたら自分は終わる、それは理解できている。

 

が、肥溜めの中でじわじわと腐っていく自分からの現実逃避の結果が、非行未成年同士の『共食い』であった。

 

 

 

(表の予約は……ま、適当に相手してご飯食べて帰ればいっか。見た感じどっちも童貞臭いし。

 裏の方は……掲示板で調べた感じDLV4か5って感じかな。念のため『スカウター』もっていこ。

 天気予報だと……しばらくは曇り空が続く、降水確率は低め、か。デートコースはどうしよっかな)

 

『スカウター』……最初見た時は某少年漫画のパロディ・ジョークグッズかと思ったが、霊視してみればじんわりと霊力を纏っているのが見えたので購入した。

 

どこぞの組織が作り上げた『デモニカスタンダード』対応の測定器であり、目に装備してスイッチを押すと自他のDLVを測定することができる。

 

ある程度なら能力の詳細まで見ることができるため、彼女の『裏の予約』では重宝するアイテムであった。

 

※なお、出どころはガイア連合技術部が余った材料で作って外に売ったモノが流れ着いた模様。

 

こういったオカルトアイテムが、ジャンクショップやシルバーアクセの露店に並んでいるのが今の黒羽市である。

 

 

 

食事を『デート相手』に驕らせることで食費を浮かせ、2件のデートをサクサク片付け、弱く放ったハピルマでうまいこと言動を誘導し、デート代をもらってとっとと離脱。

 

あの幸福感は数時間ほど続くので、帰ってからSNSやマッチングサイト等で彼女の評判を書く時までは持続できる。そうなるように特訓を繰り返した。

 

スカウターで自分をアナライズする、HP/MP共に残量は問題なし。

 

裏の予約で指示された住所に到着、入居者のいなくなった雑居ビルの前に立ち、スカウターのエネミーサーチを起動しながら中に踏み込んだ。

 

 

「来い、『グリゴリ』」

 

 

彼女の背後から大柄なヒトガタが出現する。肥満体の人間が黒い全身甲冑を装備しているようにもみえるが、少なくとも出現方法からして人間ではあるまい。

 

一部の黒札が見たら「黒いマン・ロディ?」と言いそうだが、それは置いといて。

 

『ペルソナ』と呼ばれる異能の一種だ。己の別人格の具現化だの集合無意識がどうのだの、掲示板で調べたところ梨花には頭が痛くなるような単語の羅列だったので理解はあきらめた。

 

最終的に『ジョジョのスタンドみたいなモノ』と勝手に納得し、こうして便利に使い続けている。

 

 

……『堕天使 グリゴリ』。堕天使シェムハザと共に堕天した天使の一体、らしい。

 

本来はこの堕天した天使全部をひっくるめてグリゴリと呼ぶらしく、つまりこのペルソナはその中で『名前が後世に残らなかった堕天使がグリゴリという皮を借りて出てきている』のだ。

 

だいたい『天使 エンジェル』みたいなモンである。

 

 

ペルソナを出したまま雑居ビルをサーチ、反応は多くない。

 

霊視に引っかかるモノが出たら即座にアナライズしつつ、1体1体叩いていく。

 

 

(倒した悪霊のDLVは1、3、2、1……この分ならボスはDLV5ってトコロかな。うん)

 

 

悪霊系の悪魔がちらほら出る程度のビル、そこそこの霊能力者なら対処できるが、この街では少々どころじゃなくガラの悪いのばかり。

 

だからこそ彼女のような『アマチュアあがり』の霊能力者に仕事を斡旋するツテが出てくるのは当然だった。

 

ガイア連合も『支部』や『出張所』や『ガイア連合産アプリ』で似たようなことをやってはいるが、まだまだ広がり切っていないのが実情であった。

 

閑話休題、ボスであるDLV5の『モウリョウ』をグリゴリのアギで焼き払い、指示された場所に盛り塩をしてから依頼達成の連絡を入れる。

 

一時間もすれば待ち合わせ場所に斡旋先の人間が現れ、現金の入った封筒を手渡し依頼完了というわけだ。

 

口座振り込みを使わないのは『お互いに』身元を明かしたくない立場だからだろう。

 

封筒を受けとり、温かくなった懐に少しだけ上機嫌になりながら帰路に就く。

 

 

(どうしよっかなぁ、今日は奮発してビジネスホテルでも泊まっちゃおっか。うーん、でも久々にケーキバイキングにも行きたいし……)

 

 

ともあれ使い道は明日ゆっくり考えよう、と思考を切り替え、ゴーストタウン区画にある隠れ家へ向かう。

 

警察の見回りをうまくやり過ごし、水たまりを避けながら路地を進んでいく。

 

暗くなる前に戻らなきゃと思っていると……。

 

 

『おぎゃあ、おぎゃあ』と泣き声が聞こえてきた。

 

 

(……は、赤ん坊? いやいやいや、悪魔でしょ多分……アジトの近くか。

 こっちは一仕事終えて疲れてるのに、イヤなタイミングで出るんじゃないわよ!)

 

安眠妨害になる前に討伐しようと、スカウターを取り出し、いつでもグリゴリを出せるようにしながら発生源へ向かう。

 

アジトに向かう途中の廃墟に入る、泣き声が反響する空間でエネミーサーチとアナライズを起動。

 

スマホのライトを頼りに、薄暗い中を進んでいった先で見たものは……。

 

 

 

 

 

「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ……!」

 

「……は、え?ちょ、ウソでしょ……!?」

 

 

 

 

 

『人間 アカンボウ LV0』

 

 

正真正銘、ただの人間の赤ん坊が、おくるみに包まれて放置されている光景であった……。

 

 

 





登場人物資料 『七海 梨花(ナナミ リカ)』

年齢 13(中学一年生)

LV 3


アギ
ハピルマ
セクシーダンス
子守歌
体当たり

※ペルソナ『堕天使 グリゴリ』のスキルも含む


黒羽市(くろは~)に住む中学生、中学校は登校放棄中。

外見はデレマスの『城ヶ崎莉嘉』。ただし表情や雰囲気はだいぶスレている。

両親が悪魔関連の事件に巻き込まれて死亡し、この街の親戚の家に引き取られるも親族との関係が悪化。

中学に上がってから更に素行が荒みはじめ、髪は染めるわ中学サボるわと盛大にグレる。

同時期に半終末に突入、偶然ごく低レベル(1未満)の悪魔に遭遇し、そこでペルソナに覚醒、撃退。

その後はずぶずぶとオカルト業界にのめりこみ、地理的な利点もあって順調にDLVを上げながら生活している。

霊能組織やメシア系のおさがり装備も一応購入しているが、その中で一番の大当たりが『スカウター』なので、特筆すべき武装はない。


性格は年相応以上にスレているリアリスト、現在も非行少女なのもあって異能を軽犯罪に使う事に躊躇いがない。

とはいえ面倒見そのものは良いようで、同じくゴーストタウン区画に勝手に住み着いている同年代の家出少女たちにとっては頼りになる同輩。

彼女たちがここでレイプ被害に合わないのは、梨花と同じ『覚醒者の非行少女』たちが多少の抑止力になっているのも大きい。

彼女たちの情報網はちょっと便利な噂収集機程度だが、ソレがあるとないとでは大違いなのがこの街である。


……根っこでは家族愛を求めており、なおかつ愛情がやや依存系。

自分の愛が重いことも承知しているので、非行少女たちを『時々手助けする』程度の関係にとどめているのはのめりこみすぎて共倒れしないためである。

ペルソナは『堕天使 グリゴリ』。

シェムハザを筆頭として堕天した200の『グリゴリの天使』の名もなき一体である。

外見は鉄血のオルフェンズの『マン・ロディ』。ただし黒と灰色メイン。


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「なんで参考資料がた〇ごクラブ通り越してひ〇こクラブに突入してんのよ!」


今作でのDLV(デモニカスタンダード)は、LV×3.3で計算しております。

LV30をLV100として計算らしいので、3.3にすれば30×3.3で99。

端数は切り上げたり切り下げたり適当にしてヤーポン感を出しつつ(

滅びろヤードポンド法!!


 

依頼はシンプル、野犬が取り壊し予定の廃墟に住み着いており、作業員が追い払おうとしたところ負傷。

 

どうやら動物同士の縄張り争いで覚醒するか『魔獣』等に変異しているようで、保健所職員だろうが猟友会だろうが一般人ではどうしようもなくなった。

 

土建屋絡みのヤクザ配下のチンピラ(DLV3~4らしい)が数名押し入ったものの返り討ちにされ、負傷者を出しながらも伝えてきた情報がこれだった。

 

 

(遭遇した悪魔のDLVは低くて4、高くて7、ただし数が多すぎる、と)

 

 

といっても、覚醒こそしたがスキルも魔法も無いチンピラでは殴り合いしかできないので、魔獣に囲まれてしまえばほぼ詰みだ。

 

魔獣とはいえ獣の性質は中途半端に残っているようで、この廃墟の中にそれなりの数が群れを成してる。

 

どうやら腹をすかせた悪魔による死者も出たようで、これ以上地価を下げたくない連中も出てきた。

 

特にワケアリ物件を取り壊してコンビニにでも建て替えたいヤクザその他からすれば目の上のタンコブだったのだろう。

 

 

(……まあいいや。今のアタシなら油断しなければいける)

 

スカウターのエネミーサーチを起動、臨戦態勢を整える。

 

 

「いくよ、グリゴリ」

 

 

装甲に見合った耐久力で吶喊し、裏口の扉を蹴破りながら突入するグリゴリと梨花。

 

早速とびかかってきた『魔獣 ノライヌ』や『屍鬼 ゾンビドッグ』をグリゴリで殴り殺す。

 

近寄られた場合は護身用警棒を引き抜き撲殺、ペルソナを出している間、梨花の身体能力は人知を超えた粋に到達する。

 

普段から人間離れした動きができる他の覚醒者より少々面倒だが、その分数の有利を補えるのは大きい。

 

狭い通路に合えて陣取り、2~3匹で襲ってきたところをグリゴリで受けとめ、まとめて『体当たり』に巻き込んで吹き飛ばす。

 

あくまで保険に保険をかけた戦術であり力押しでもなんとでもなるが、この世界で『油断・慢心』は死につながると梨花は十分に学んでいた。

 

次の階層に踏み込んだ瞬間、エネミーサーチに複数の反応。どうやら戦闘音につられて階段に駆けつけてきたらしい。

 

『記憶から』経験を引っ張り出し、『DLV7』と表示された大型犬ゾンビドッグと、ソイツが引き連れてきたゾンビドッグ数匹に右手を向ける。

 

 

「『マハラギ』!」

 

 

先週覚えたばかりのとっておきである『広範囲火炎魔法』を放って、一切合切焼き払った。

 

最初はボヤ騒ぎを起こしかけていたこの魔法も、試行回数を増やせば力加減がわかってくる。

 

目の前をふさいでいたゾンビドッグの群れが灰と消える。DLV7以下、それも火炎に弱い屍鬼ではこんなものだろう。

 

そこから先は流れ作業だ、引き付けて、マハラギで焼いて、奥へ進む。

 

この群れのボスだった『魔獣 ガルム DLV9』も片づけた。

 

……梨花のDLVは既に『18』を記録している。『あの一件』から表の仕事を減らし、短時間で高額を稼げる裏の仕事を増やした影響であろう。

 

広範囲を焼き払える『マハラギ』を覚えたことで、格下の悪魔を一気に殲滅できるようになったのも大きい。

 

『DLV10』の壁は元々突破していたが、これによって効率的に依頼をまわすことができるようになり、資金・時間共にだいぶ余裕が出てきたのである。

 

が、そんな余裕を一切感じさせることもなく、エネミーサーチで残党がいない事を確認したら速攻で報酬を受け取り帰路につく。

 

 

 

 

……帰りにスーパーで半額コーナーのお惣菜とおにぎり、そして『紙おむつと粉ミルク』を買ってから。

 

 

 

 

「ただいまー!チビスケの様子どうだったー?」

 

「あ、ナナのアネゴー!おかえりッス」

 

梨花の使っている拠点では現在、彼女が拾ってきた赤ん坊……通称『チビスケ』が匿われていた。

 

現在はゆるい繋がりのあった非行少女たちが持ち回りで世話をしており、なんとかどうにか今までやれている。

 

その分生活費などは梨花がハイペースで依頼をまわして出しており、

なおかつ梨花とのつながりが深くなれば下手に手を出してくる不良も減るためお互い様な関係であった。

 

現在世話を頼んでいるのは『アカネ』と名乗っている少女だ、女子高生ぐらいに見えるけど、具体的な年齢も本名も梨花は知らない。

 

というか、ここの少女たちはみな同じようなモノであり、梨花も本名を縮めて『ナナ』とだけ名乗っている。

 

 

あの時、梨花はどうしてもこの赤ん坊を見捨てられなかった。

 

面倒になるのが分かり切っていようと、人に胸を張れるような人生送ってなかったとしても、

この無垢な赤ん坊を見捨てたらその瞬間自分の中の『ナニカ』が折れるような気がしたのだ。

 

かといって警察に届けようにも、色々とワケアリだらけな彼女たちでは面倒な騒ぎになりかねない。

 

この辺りには赤ちゃんポストのある病院もない、児童養護施設だって街の治安を考えれば裏に何がいるかわからない、アウトだ。

 

(※ちなみにメシアがバックについてる施設ならある。カルト全開なのでちょっとネットに潜ってるとオ〇ムと同じ扱いされてるけど)

 

市役所に関しては……まあ、ここに堕ちてくるような少女たちからすれば、頼りにならない相手第一位である。

 

 

なので、この市を出て信頼できる児童養護施設に入れるまでの間だけ世話をする……という理由で持ち回りをして育てているのだ。

 

風邪の1つでも引いたら病院に駆け込まないといけない(=預けに行った人間が面倒な事になる)状態なので、はっきり言って薄氷の上の平穏だが……。

 

それでも、梨花が命がけで資金を稼いできてるおかげでなんとか成立していた。

 

 

「オムツとミルクはこれでよし、と。 はあ、まさかインスタントコーヒーの代わりに粉ミルク飲む生活になるとは……」

 

「味ほとんど無いっスけど、高カロリーで栄養あるッスから、半額の食パンをこれでふやかしてミルク粥っぽくして食うと腹も膨らむッス!」

 

「アタシらはファンタジー世界のシスターか!子育てにしても段階が欲しかったわよ!

 なんで参考資料がた〇ごクラブ通り越してひ〇こクラブに突入してんのよ!

 ……つーかまずこんなアタシを養ってくれるスパダリが欲しいわよー!!」

 

「アネゴ、チビスケが起きちゃうッス」

 

「おっと……」

 

 

すやすやと隣の部屋で眠っているチビスケが起きないように声を抑える梨花。

 

ちなみに叫んでいるように見えて、声を一定以上出さないクセはチビスケを拾ってから身に着けたので、意外と声量は出ていない。

 

 

「市内で行ける範囲だといい感じの児童養護施設ってないなぁ……明らかにメシアかヤクザのひも付き……」

 

「かといって市外となるとチビスケの移動が心配、なんスよね?」

 

「車がつかえればいいんだけど、免許持ってる知り合い一人もいないしね。

 チビスケ、体重はかった感じ生後三か月ぐらいだからもうそろそろ首が座るはず。

 そしたら電車で移動もできるから、なんとか……」

 

所詮は素人かつ子供である彼女たちに、いつまでも赤ん坊の世話ができるとは本人たちも思っていない。

 

だからこそ信頼できる施設に預けたいが、市内の施設はどれもこれも信用できず、市外に出るにはチビスケの首が座っていないのがネックだ。

 

いくら覚醒者であろうとペルソナを出していなければ身体能力はそれほど高くないし、周りにいる面々もほとんどが未覚醒者。

 

目の前のアカネは一応『DLV2』あるが、悪魔と戦えるような強さではない。

 

 

(だからこそ、この無茶な自転車操業を少しでも長く続けて、外に出る準備が整ったら……お別れだ)

 

だが、もしそれをやりきることができれば。

 

長くて一か月程度だろうが、この奇妙な同居生活をやりきることができれば。

 

自分の中の何かが変わるかもしれない……そんな予感があったのだ。

 

 

『う、ぅー、おぎゃあ!おぎゃあ……!』

 

「っとぉ、起きたみたいだね。ミルクかな?」

 

「さっきおしめは変えたッスから、多分そうッスね。ウチが作ってくるッス」

 

「お願いね、お湯は沸かしてあるから。アタシはあの子なだめてくるよ」

 

 

隣の部屋に移動する、中古の暖房器具を移動させ、低体温症等にならないよう少しでも断熱を工夫した即席のベビールームだ。

 

泣いているチビスケの頭を撫でて、しばらくあやしていれば泣き止んでくれた。

 

アカネがもってきたミルクをゆっくりと上げて、ゲップもさせて……。

 

古本屋で買ってきた何冊かの育児本を必死になって覚えたのは、どうやら無駄じゃなかったらしい。

 

 

(でも、この生活ももうすぐ終わる)

 

 

窓の外の曇り空になんとなく視線を向けながら、落ち着いてきたチビスケをあやしつつ思案を巡らせる。

 

チビスケはちょっとずつ首を動かせるようになりはじめた。首が座って、抱いたまま長距離の移動ができるようになる日も近い。

 

市内では見つからないってことは、逆に言えば市外でいいならいくつか候補は絞ってある。

 

 

(なあ、チビスケ。アンタはアタシみたいにやらかさずに、幸せに生きなよ?)

 

 

腕の中の小さな命を愛でていると、窓ガラスに雨粒が当たる。

 

 

「……あ、そういえば予報だと雨か……アカネー、洗濯物取り込んであったっけ?」

 

「アネゴが帰ってくるちょっと前に取り込んだッスよー」

 

「ありがと、それじゃあチビスケが寝たら畳んでおこっか。夕飯はお惣菜買ってきたから一緒に食べよ?」

 

「わーい!アネゴのオゴリだー!」

 

「いやまあオゴるけどさ……あと年下をアネゴって呼ぶのはいい加減……」

 

 

ピピッ、とポーチの中から音がする。

 

寝ている間に迷い込んだ悪魔に襲われないよう、スカウターの『エネミーサーチ』は数秒に一回更新され、反応があるとアラームが鳴るようにセットしてあった。

 

それが鳴った、ということは……。

 

瞬間、アカネに「伏せて!!」と叫びつつ、チビスケを抱えこんでポーチの上に覆いかぶさった梨花の判断は最適だった。

 

窓ガラスが勢いよく砕け、即席ベビールームの中にガラス片と折れ曲がったサッシが飛び込んでくる。

 

吹き込んでくる雨と冷たい風、そして今の音でチビスケが泣きだすが、梨花からすればそれどころではない。

 

『今窓から飛び込んできた存在』を全力で警戒しながら、チビスケをかばったままスカウターを取り出し、スイッチを押す。

 

(DLV……20、30、40、50……まだ上がる!? …………『DLV92』?!!)

 

ふざけんな、という声が上がりかかる。

 

梨花の知る限り、この街でトップクラスの異能者ですらDLV30超えがせいぜい、DLV40すら見たことが無い。

 

それがいきなりDLV90オーバー、それもスカウターに表示されたこの悪魔の名前は……。

 

 

「『天使 アークエンジェル』……!?」

 

 

白と茶色の鳥のような翼に、藍色の鎧を身にまとった中性的な美女。

 

清廉な気配を纏った剣を携え、背後には『天使 エンジェル DLV33』を二人従えている。

 

さきほど窓を破ったのはエンジェルの放った『ザン』であろう。

 

 

「……人の子よ、部下が先走ったことは謝罪しよう。あとで部屋の修復もする。

 だがその前に、その赤子を渡してもらいたい」

 

「……わ、渡せない、と、いったら?」

 

「貴様、アークエンジェル様に口答えなど!」

「アークエンジェル様、この人の子からは堕天使の気配も感じます。今のうちに始末を……」

 

「よい、下がっていろ。 ……あまり手荒なマネはしたくはない、わかってくれ」

 

 

ごくり、と生唾を飲み込む音がやけに響く。

 

後ろで腰を抜かしているアカネと、手の中にいるチビスケ。両方を庇いつつコイツらを倒す……。

当然不可能だ、なんなら真っ向から戦えたとしても手下らしきエンジェル一体すら厳しい。

 

「もう一度聞くわ……この子を渡したら、どうする?」

 

「その子は国内に残っていた『メシア教過激派』の実験で生まれた赤子だ。

 既に過激派は対処したが、実験内容を考えれば、明らかに見え透いた地雷。

 ……私の責任をもって、始末する」

 

「……あっそう、なら、答えは決まったわ」

 

 

 

梨花がポーチの中に手を突っ込むのと、アークエンジェルが不穏な空気を感じて腰の剣に手をかけるのはほぼ同時。

 

アークエンジェルが『一瞬剣を抜くのを迷う』ことがなければ、ここで二人そろって切り捨てられていただろう。

 

瞬間、梨花が投げた『電球のようなモノ』が破裂、強烈な閃光を生み出す。

 

梨花が取り出したのは、とあるアニメを参考にマグネシウムと電球で作った『閃光弾』だ。

 

いくつも失敗し、なんとかマトモに作れたのはほんの2~3個だが、悪魔相手の咄嗟の目つぶしには最適であった。

 

 

「ぐあっ!?」「くっ?!」「ぬうっ!?」「目が、目がぁー!?」

 

「アカネアンタはふざけてないで走る!!」

 

緊張のあまりついムスカごっこに走ったアカネを急かし、チビスケを抱いたまま外に飛び出す。

 

装備は仕事帰りなのでコートの下に着こんだまま、警棒等もポーチの中なので持ったまま。

 

それでも、あの天使3匹を不意を突いた程度で倒せるとは到底思えなかった。

 

なんとかチビスケが雨にうたれないようかがんだまま、外へ飛び出した。

 

 

手の中のちいさな命をしっかりと抱きしめたまま、雨に打たれる廃墟の街を駆け抜ける。

 

路地を通り抜け、時には侵入できる廃墟を通って後続を攪乱しながら走り続ける。

 

肺が痛い、それでも手放すという選択肢だけはない。

 

 

 

『アタシは『正しい』と思えることをやっている。

 

 大勢から糾弾されるかもしれない道をたどってきたが、

 

 それでも、今やっていることは正しいはずだ』

 

 

 

たったそれだけの小さな誇りが、今の自分を支えている。

 

コートの裾が地面に擦れる、それでも脚は止めない、止められない。

 

歩きなれた廃墟の街を駆け抜けて、袋小路を避けながら逃げ続ける。

 

自分たちを救ってくれなかったモノが追ってくる。自分たちの命と、手の中の温もりを奪うために。

 

 

 

 

(……それでも、これは間違ったことじゃ、ないんだから……!)

 

 

 



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「通りすがりの霊能力者だ、覚えておけ!」

 

「はあっ、はあっ……!!」

 

 

赤ん坊を抱えた『シスター服の女』が、荒い息を吐きながらよろめく。

 

細かい負傷は足を止めさせるために放った『ザン』が掠めたことでついたモノだろう。

 

彼女はメシア教のシスターだった。覚醒者であり、悪魔の討伐にも参加してきたエリートの一人。

 

温厚柔和、悪に対しては正義をもって立ち向かい、罪なき者には愛をもって接する『善き人』。

 

……だからこそ、だろう。過激派の実験体とはいえ、赤子を殺す事に反発したのは。

 

それが、天使の命に背き『赤子を連れ出して逃げる』という行為を選ばせたとしても。

 

メシア教穏健派の追跡を振り切るのには、彼女では到底力不足だったとしても。

 

『間違い』ではないはず。それだけが彼女の支えだった。

 

 

黒羽市の外れ、山林地帯手前にあった廃屋の一角に彼女は追い詰められた。

 

周囲の廃れた畑といい、おそらくずいぶん前に廃村にでもなった村だろう。

 

泣いている赤子を抱えたまま、もはや一歩も走れないほどに消耗していた。

 

 

 

「……シスター・ヘレン。どうかその赤子を、渡していただけませんか」

 

 

アークエンジェルが『頼むからイエスといってくれ』という願いを込めながら話しかける。

 

横にいる二人のエンジェルは『こんな背教者は赤子ごと殺すべきだ』と言って憚らない。

 

これが最後のチャンスだと、この場にいる全員が把握していた。

 

2つ、アークエンジェルに想定外があったとすれば。

 

 

「……NO、です。 『トラポート』!!」

 

 

 

1つ目は彼女が『自分一人転移させるのが精いっぱいのトラポートで赤子を転移させた』事。

 

以前からトラポートが使えるのは把握していたが、他者を飛ばそうとすると燃費が大幅に悪化し使い物にならなかった。

 

しかし、赤子という軽く小さいモノならギリギリ飛ばせたらしい。

 

 

「貴様ッ!!」「この背教者め!!」

 

「ッな、待……!?」

 

 

人間軽視が露骨だった部下二人が、自分が制止するまえにシスター・ヘレンを串刺しにしたことだ。

 

一言『待て』と言えれば、上下関係が絶対である天使は不服だろうと止まっただろう。

 

しかしそれは間に合わず、残されたのは息絶えたシスターのみ。

 

トラポートの性質を考えれば彼女が立ち寄った場所にしか送れず、あの疲労困憊状態では遠くへは飛ばせない。

 

それゆえ彼女の逃亡ルートを逆順で巡り……たどり着いたのが、黒羽市ゴーストタウン地区であった。

 

 

(神よ、どうか教えてください……なぜ、このような試練を人の子に課すのですか……?)

 

 

そしてある雨の日、ついに廃墟に匿われている『赤子』を見つけたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走れ走れ走れ!とにかく他の隠れ家まで走るのよ!!」

 

「ひい、ひい……あ、アネゴ、死んじゃう!ウチ死んじゃう!」

 

「まだ生きてるから肺が苦しいのよ!!」

 

 

雨の中を時折振り返りながら走り続ける、土地勘がある二人だからこそなんとか天使たちから逃げ隠れできていた。

 

彼女たちが住んでいたのはビルの3階、窓から飛び込んできたことを考えれば飛行能力があるのは明白(そもそも翼生えてるし)。

 

なので上から見えづらい建物の中を経由し、なるべく屋根のある道を使い、別の廃墟の地下に作っておいた予備の隠れ家に向かっていた。

 

その先まで考える余裕はない、とにかくやり過ごしてから今後の事を考えるしかないのだ。

 

 

「! アネゴ、マキからメッセ!天使っぽいのが3手に分かれたって!」

 

「オッケー、それなら……」

 

こういうときでも、少女同士のネットワークは有効に作用していた。

 

半覚醒レベルでも悪魔は見える少女たちがいるので、彼女たちが窓からこっそり外をみて、天使を見かけたらメッセージアプリで連絡をくれる。

 

とはいえ相手は3手に分かれた、このままいけばいずれは見つかる。

 

隠れ家まで到着するには、どこかで『バクチ』を打つ必要があった。

 

 

「……アカネ、作戦通りにいくよ」

 

「ほ、本当に大丈夫ッスかね?」

 

「大丈夫じゃなかったら全員まとめて死ぬだけよ、エラソーな天使はともかく、他の2匹は人間ぶっ殺すのに躊躇なさそうだし」

 

 

ならば、この場においての『バクチ』とは何か。

 

 

(手下らしき天使を何とか排除!まだ話の通じそうな天使だけを残す! 

 頭数が減れば、迷路みたいなゴーストタウン地区はアタシたちのホーム!逃げ切れる!

 ほんのちょっぴりでも警戒してくれれば向こうが一時撤退する可能性もある!)

 

楽観的&希望的観測なのは彼女自身も自覚している。

 

だが、力も手札も足りない人間にとって、土壇場で脳細胞が積み上げた一手はクモの糸に等しい。

 

その糸を辿って這いあがるのか、あるいは重さで切れて地獄に落ちるのかは、手繰り寄せて登ってみなければわからないのだ。

 

この相談から数分後、別れて索敵を行っていたエンジェルは眼下に対象を発見する。

 

 

(見つけた……!あのコートの女!)

 

内側に対悪魔用の装備を着込むために着ているゴツいフードつきコート、それを目にした瞬間、エンジェルは全速力で下降した。

 

メシア教のテンプルナイトや天使に配給されている剣を構え、一息にくし刺しにしようと迫る。

 

アークエンジェルから『赤子以外はなるべく殺すな』という命令を受けてはいるが、

『なるべく』という解釈がいくらでもできる命令なのがマズかった。

 

『任務達成のためならやむをえない』、そんな思考1つで抜けられる程度の拘束力になってしまったのである。

 

これが『赤子以外の命は奪うな』ならば、エンジェルはそれに従っただろう。メシア教において上下関係は絶対だ。

 

結果としてエンジェルは『油断』『慢心』から最短ルートで標的に迫り……。

 

 

(っしゃあ、釣れたァ!)

 

「(!? この女、赤子を連れていた人間ではない、もう一人の……) ぶギュッ!?」

 

 

……その油断と慢心を突かれ、五体を潰され地面のシミとなった。

 

二人が取った手はシンプル、しかし『バクチ』にふさわしい内容。

 

まず、アカネに自分のコートとチビスケを渡し、フードも使って体格を隠して自分のフリをしてもらう。

 

その状態で少女たちの連絡網で回ってきたエンジェルの位置を把握、囮になる。

 

エンジェルが梨花に化けたアカネにつられて突撃した瞬間、『周囲のビルの最上階』に待機していた梨花も行動開始。

 

グリゴリを出し、その背につかまって窓から飛び降り、全重量をかけたフライングボディプレスをエンジェルに叩き込んだのである。

 

各個撃破をするのなら可能な限り早く敵の頭数を減らすのが必須、しかし彼女らにエンジェルを一撃で仕留められる破壊力はない。

 

それを補うための大バクチ、わずかでもタイミングが狂えば自分が地面に叩きつけられる諸刃の剣。

 

だが、ギリギリのギリでクモの糸をつかみ取った。

 

 

「あっだあぁあぁ……!ぜ、全身ぎしぎし言ってる……!」

 

「あ、アネゴ、大丈夫ッスか?」

 

「チ、チンピラに750cc(ナナハン)ブチかまされた時と一緒よ、まだまだイケるわ」

 

「アネゴが柴千春みてーなこと言ってるッス……!」

 

MAGになって消滅していくエンジェルをちらりと見てから、悲鳴を上げる全身にムチうって立ち上がる。

 

ボディプレスで壊れないようアカネに渡していたポーチを受け取り、中のスカウターを取り出して付け直した。

 

 

「三手に分かれたっていうなら、こっちにはしばらく来ないハズ。今のうちに……!」

 

「……いいえ、ここまでですよ。 不心得者共」

 

は?と梨花の口から声が漏れた瞬間、彼女の体を『ザン』が打ち据える。

 

アカネの悲鳴じみた声が聞こえるが、脳震盪と眩暈で細かいことがわからない。

 

蓄積ダメージのせいかグリゴリも消えてしまったようで、残っているのは少女二人とチビスケだけだ。

 

格下とはいえ悪魔退治の仕事をハイペースでこなし、休みなく雨の中を走り回り、格上の天使を特攻じみた方法で倒す。

 

ペルソナ使いとはいえ肉体の限界を迎えるのは当然だろう。

 

 

「アークエンジェル様は本当に賢いお方……。

 3手に分かれた上で、私とアークエンジェル様は『高度』を上げたのですよ。

 下を見渡せるのと同時に、自分より下に陣取った者が見えるように」

 

 

3手に分かれたら分断・各個撃破される危険性も十分に理解し、その上で『誰かが分断されても他の天使がすぐ気づける陣形』を組んでいたのだ。

 

ボディプレスで撃破した天使が一番下、それより少し上にこのエンジェル、一番上にアークエンジェル。

 

数秒ほど遅れてアークエンジェルも到着する、今しがた駆け付けたエンジェルを追ってきたのだろう。

 

 

「殺しては、いないようだな」

 

「ええ。『なるべく殺すな』という命令でしたから……ですが、これから殺す事には変わりありませんよ?」

 

「……理由を述べよ、エンジェル」

 

「理由と言われましても、当然ではないですか!

 『シェムハザの因子』を継いだ赤子を庇う、堕天使の力を使う女!

 殺さない理由がどこにあります!どちらも二度目の『大洪水』を誘引しうる!!」

 

「……大、洪水……?」

 

「答える義理は「エンジェル……少し待て」! ……はっ!」

 

 

一歩後ろに下がったエンジェルと、弱弱しいながらもグリゴリを出して自分を支えさせた梨花。

 

チビスケが濡れないよう建物の影まで下がったアカネもいるが、

これ以上離れようとすればエンジェルは確実にザンを撃ってくるだろう。

 

『詰み』……それでも、少しでも息を整える時間を得るために、梨花は会話を続ける。

 

 

「……その赤子は、シェムハザという堕天使の力を宿した『母体』から生まれた赤子だ。

 実験記録によると、この方法で生まれた赤子は『堕天使』と『ネフィリム』の因子を持つ」

 

「堕天使なんとなくは分かるけど、ネフィリム……?」

 

「人と天使、あるいは人と堕天使の間に生まれた巨人だ。

 現代では天使と人間の混血は『エンジェルチルドレン』と呼ばれる事もあるが……。

 ……君のペルソナであるグリゴリの堕天使は、人を愛するために天使の座を捨て堕天した、

 あるいは禁忌を犯し、人と愛し合ったことで堕天した天使の総称。

 そのグリゴリのリーダーとされていたのが、堕天使シェムハザだ」

 

 

梨花の体を支えている巨体を指さしながら、アークエンジェルは本題である『チビスケを殺さなければいけない理由』を語り始める。

 

 

「ネフィリムは体も大きく、力も強く、かのバベルの塔を建築するのにも役立ったという。

 しかしその体に見合った大食漢であり、ありとあらゆるものを食欲のままに平らげた。

 動物も植物も……人間も……ついには同族で共食いを始めた」

 

「ンなっ……!?」

 

 

その因子を継いでいるチビスケが『成長したらどうなるのか』、確かに、危険生物の赤子に他ならない。

 

それでも梨花もアカネもチビスケを手放す気は揺らがない。どちらも見捨てられた側だからだ。

 

人食いのバケモノに育たないようなんとかしてやる!という気概すらあった、しかし。

 

 

「そして神は、増えすぎた上にありとあらゆるモノを食い尽くそうとするネフィリムを、地上を一掃するほどの大洪水で押し流したのだ」

 

「……ちょっとまって、まさかアンタたちの言う大洪水って!?」

 

「そうだ、過激派の計画はシンプル。その赤子が子を成し、増やし。

 いずれ因子に覚醒した子孫たちがネフィリムと化し、地上に混沌をばらまけば!

 『穢れた地上を神がかつてのように浄化してくれる』!」

 

 

メチャクチャ極まる、はっきり言ってこの場にいる全員(エンジェル除く)が方向性は違えど「頭おかしい」と思うような計画だ。

 

一番救われないのは過激派はこんなことやっておいて自分は穢れていないと思ってるので、かつての『箱舟』のように救われる気マンマンという事。

 

 

「……だが、はっきりいってネフィリムに目覚める可能性は相当低い。

 堕天使の因子が一番強いはずのその赤子ですら、アナライズでも『人間』と出る。

 しかし……子孫がごく低確率で『先祖返り』を起こす可能性も、0ではない」

 

「じゃあ、つまり、なに?アンタ50年後100年後にこの子の子孫がやらかす可能性を消すために、この子を殺そうっていうわけ?」

 

「……そうだ」

 

「ふ、ふざ、ふざけんじゃないわよ!この子なんにも悪くないじゃない!生まれただけじゃない!

 アンタたちのお仲間のクソみたいな実験に巻き込まれて、生まれただけじゃないのよ!

 それが『悪い事』って言うのか、アンタたちは!?」

 

 

返答に詰まり、歯噛みしながらうつむくしかできないアークエンジェル。

 

が、もう一体のエンジェルはそうではない。今の梨花の発言であっさりと沸点を振り切った。

 

 

「ふざけているのは貴様だ、背教者め!堕天使の力を使う淫売が何をぬかす!!

 せいぜい明日明後日の事しか考えられない短慮な人間と我々は違うのだ!

 貴様も、その赤子も罪ありき!故に討つ!そして……」

 

 

構えていた剣が、チビスケでも梨花でもなく、アカネに向いた。

 

 

「そこな女には、この辺りに進出しようとしていた我らが盟友『ガイア連合』を妨害した疑いがある!」

 

「……は、え、あ、アタシ……?」

 

 

まさか自分が名指し(名前呼ばれてないけど)されるとは思わず、アカネが間の抜けた声を漏らす。

 

しかしエンジェルの殺意はしっかりと理由があり、同時にこの上なく理不尽なモノであった。

 

 

「とぼけるな嘘つきめ!貴様、ジュネス建設反対デモに参加していた人間のリストにあったぞ!ダークサマナーの手下共が!」

 

「……あ!先月受けたバイト! に、日給八千円出るからってデモのサクラやってただけで!?

 そんなことで殺されなきゃならないんスか!?」

 

「当たり前だ、我らが最高の盟友にして今の世界を導くノアの箱舟、最後の希望!!

 ……ガイア連合の邪魔をする不心得者は何人たりとも生かしてはおけん」

 

あんまりにもあんまりな言い草に、アカネが思わず反論する。

 

しかし、この考えはエンジェルのみの価値観ではない。ジュネス建設を妨害する『ダークサマナー』を排除した組織は他にもある。

 

問題は、ここらのダークサマナーは自力ではやらず、貧困ビジネスを盛大に利用して肉盾にしたことと、

 

エンジェル含めたガイア連合の盟友()からすれば、そうやって使われた人間だろうと必要とあれば始末するだけということだ。

 

……そして、その理不尽さは感覚的にはほとんど一般人であるアカネにとって、必死にこらえてきた感情を爆発させる火種には十分だった、ということだ。

 

 

「……なら、ならウチらはそんなに悪いことをしたんスか!じゃあどうすりゃよかったんスか!?

 パパは最初からいなかった!ママは毎日遊び歩いてた!いつもボロボロの服で、友達もできなくて!

 親戚の人に制服代だって借りて、ようやく中学はいったら、無駄におっぱいばっかり大きくなって!

 ママの連れてきた何人目かもわからない愛人に風呂覗かれるわ、揉まれるわで、家飛び出して!

 

 ……どぉすりゃ良かったんスか!!どうしたらウチらは幸せになれたんスか!?

 カミサマはいつだって救ってくれなかったじゃないッスか!!そんなにウチが悪いんスか!!

 それなのにカミサマの使いが!必死になんとかしようとしてるアタシらを殺すんスか!?

 ふざけんなぁ!お前らが死ねよ!!!」

 

 

支離滅裂にアカネはキレた。もう自分でも何言ってるのかわかってないのだろう。

 

滂沱の涙を流し、それでもチビスケだけは抱きかかえ、その場にへたり込んで泣き続ける。

 

どうしようもない、と理解していても『お前が悪い』『お前が弱い』を叩きつけられて受け入れられる人間はそうはいない。

 

 

「───────── いいや、君は何も悪くない」

 

「あ、アークエンジェル様!?」

 

 

……同時に、『お前が悪い』を受け入れられる天使は、もっと貴重であった。

 

今の世では『お前たちは悪くない』と言ってくれる天使もまた、貴重であった。

 

 

「何も悪くない、あるいは我らの全能なる父……神ならば別の答えを出すやもしれん。

 君を断罪するかもしれんし、神であれば何らかの救いを用意するやもしれない、が。

 残念ながら我々は所詮、天の使いの一端でしかない。与えられる救いも限られている。

 

 神の声を聞くこともできない木っ端であろうと、この世を救わねばならぬのが定め。

 結果として私が悪と裁かれ、堕天使に堕とされるのか、あるいは地獄に落ちるのか。

 

 もしくは……ありえないとは思うが、我らが父から一言でもお褒めの言葉を頂けるのか。

 私には所詮分からない、が、しかし……」

 

 

迷いはある、後悔もある、目の前でシスター・ヘレンを死なせてしまったのもそうだが。

 

一応は同輩である過激派と殺しあい、ただ生まれてしまっただけの赤子を武器を手に追いかけ。

 

それを庇おうとする『善き人達』に、神の敵と戦う為に鍛えた力を向ける。

 

ありとあらゆるものが、アークエンジェルの心をへし折りに来ていた。

 

 

『それでも』とアークエンジェルは言葉を続ける。

 

自分に許されたのは、『それでも』と言いながら進む事しかないのだから、と。

 

 

「それでも、誰かが背負わねばならぬ。これが間違いであったとしても!

 『いずれ間違いだった』と証明されて、私が地獄の業火に焼かれるとしても!

 かつての神の子が、騙された後も『病気の子供はいなかった』と安堵したように!

 愚かな選択であると言われたとしても!磔刑によって息絶えるとしても!

 

 それでもっ!……それでもだっ!!」

 

 

迷いを振り切ることはしない、彼女(彼でもあるが)は永遠に迷い続けるのだろう、きっと。

 

 

「……背負うべき罪は、私が背負おう。無垢な赤子を『危険かもしれない』と討つ、罪を」

 

「……きれいごと、ならべんじゃ、ないわよっ!結局、殺すんでしょうが!」

 

 

そう、どれだけ互いが清廉であろうと、互いの持つ意思が尊くまっすぐであろうと。

 

所詮はその一点で受け入れられない者同士、闘う以外の選択肢はない。

 

 

状況は同時に動いた。

 

 

ふらふらの体を気力で立ち上がらせて、グリゴリを前衛に出す梨花。

 

一瞬迷ってから、せめてこの子だけでも!とアジトへ駆け出すアカネ。

 

未だに良心の叱責を抑えきれず、血を吐くような思いで剣を構えるアークエンジェル。

 

皮肉にも、この場において最も行動が早かったのはエンジェルであった。

 

このエンジェルの心にあるのは『神の敵になりうる赤子とそれを庇う不心得者を排除する』というただ1つ。

 

アークエンジェルより一瞬早く飛び出し、逃げようとするアカネに右手を向ける。

 

所詮LV1あるかどうか怪しい覚醒者だ、LV11のエンジェルが放ったザンを叩き込めば、重傷で済めば御の字。

 

抱えている赤子ごと吹き飛ばされまとめて即死、も十二分にありうる結末だった。

 

それに気づいた梨花が、グリゴリごと間に入って盾になろうとした。

 

アークエンジェルも、必要ない命を奪うなとエンジェルに叫ぼうとした。

 

 

 

 

 

 

それら全てよりも、当然躊躇なくザンを撃とうとしたエンジェルよりも早く。

 

『何者か』が飛び降りてきて、手に持った斧でエンジェルの突き出した腕を切り落とした。

 

 

「……は?」

 

 

自分の腕が切り落とされた、という光景と痛みが脳で処理し終えるまえに、飛び降りてきた『何者か』が斧を振るう。

 

エンジェルの肉体が『横に』分断される。上半身と下半身がちぎれ飛び、吹き飛んだ。

 

軽く斧を振るって血肉を振り落とすと、飛び降りてきた『少年』はあまりの急展開に固まっている面々を見回して。

 

 

「随分と派手にモメてるね、メシア教穏健派支部のアークエンジェルさん?」

 

「……貴方、は、一体……?!」

 

「ボク?ボクは、そうだな……」

 

 

斧を軽く地面に突き刺し、返答の前に腕を胸の前で交差させる。

 

目の前のアークエンジェルは『警戒するだけの強さがある』と判断したからこそ、出し惜しみはしない。

 

 

 

「ガイア連合霊山同盟支部長とか、ガイア連合ゴールドカードとか、対魔組織鷹村家当主とか……

 まあ、いろんな肩書はあるんだけどさ。今はシンプルにいくよ。

 

 ……通りすがりの霊能力者だ、覚えておけ!」

 

 

「変身ッ!!」の掛け声と共に腕を腰だめに構える。緑と黒の異形が少年に重なる。

 

まるで蜃気楼かなにかのように2つの像が重なっていき、やがて異形だけがその場に残る。

 

梨花がそれを見てスカウターのボタンを押したのは、ほとんど習慣づいたクセであった。

 

「……50、60、70、80、90、100…『ボンッ』きゃっ……は、えっ!?」

 

スカウターが過負荷に耐えられず吹っ飛んだ……わけではない。

 

ガイア連合の技術部が『測定不能になったら壊れる』ように趣味で仕込んだ機能であった。

 

 

(ガイア連合の『金札』!?それも支部長クラス!?

 ……い、いや、それも重要だがそうじゃない!この異形から感じる力と気配は……!?)

 

 

驚愕の表情を浮かべるアークエンジェルと少女たちの間に立ち、盾になるように構えを取った。

 

 

「そこな赤子など問題にならないほどの……濃密な『ネフィリム』の因子だと……!?」

 

 

「ヴウヴォオオオオオオオオアアアアアアアァァァァァァッ!!!」

 

 

降りしきる雨の中、エノク書の『エンジェルチルドレン』である『ネフィリム』の力を継いだ異形の戦士。

 

 

ガイア連合の改造人間、ギルスの咆哮が木霊した。

 

 

 



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「しいて言えば、希望さ」

 

……黒羽市の一件から数年前、ガイア連合山梨支部にて……。

 

 

「それで、『ネフィリム』と『アレ』のフォルマを中心に式神を改造するのかい?」

 

「ああ。『ギルス』の戦闘スタイルを考えれば、『邪鬼 ネフィリム』が最も相性がいい。

 他の式神も魔王やら鬼神やら高レベル悪魔のフォルマ使ってるんだし、

 このぐらいなら式神の安全装置の許容範囲だろうさ」

 

「まさか原作再現重視のためにネフィリムに加えて『あの悪魔のフォルマ』まで集めてくるとはね。

 相当貴重なフォルマだろう?これ」

 

「まあ、そこは俺お得意の占星術で、な?」

 

「……他の術はあと50年は負けるつもりはないけど、本当に占いだけは意味不明の領域だね、君」

 

 

『いったいどこまで、いや、何が見えてるんだい?』という神主の言葉に、阿部は苦笑いで答えた。

 

 

 

「しいて言えば、希望さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なるほど、ガイア連合はすでに……ネフィリムの対処法を生み出しているのですね)

 

少なくとも目の前の『異形』から感じる力はネフィリムのソレ。

 

しかも、過激派の実験で作られた赤子と比べれば雲泥の差を感じるほどの濃い気配。

 

アレを許容範囲とするのなら、既にガイア連合はあの赤子を問題視などしないだろう。

 

……まあ実際の所、問題視しない、までは合っている、合っているが。その内実は……。

 

 

『そういえば神主、ギルス製造によるネフィリムの大洪水の件だが』

『これで四文字が大洪水するならネフィリムが出現する山梨支部異界深層の時点でアウトだよね?』

『せやな!フォルマかき集めるために狩りまくってたしな!!』

『それにこの手の神話上アウト事案ありまくりだしね』

『魔王やら魔神やらのフォルマ使った式神がそこそこいる時点でな、うん』

 

 

こんなノリなのだが。

 

そんなもん言い出したら世界が滅びそうな要素としてこじつけられるモノをガイア連合はいっくらでも抱えている。

 

一応は終末をなんとかするための組織のはずだが、いつのまにかアトラス院みたいになってるガイア連合であった。

 

なにはともあれ、アークエンジェルからすれば既に赤子を殺す理由はなくなった。

 

残るは『後始末』である。

 

(一部の天使の暴走……そういう形で片づけないといけない)

 

メシア教穏健派支部にまで、あるいはその上にまで迷惑をかけるわけにはいかない。

 

『ならば自分は可能な限り全ての責任を背負い、死ななければならない』

 

……アークエンジェルの覚悟は一瞬で決まった。

 

誰かの命を奪う事にくらべて、自分の命1つで済むだけの試練のなんと気楽なことか。

 

 

(ああ、きっと私は天使に向いてないんだろうなぁ)

 

 

最後なのだ、内心でぐらい素を出すことも我らが父も許してくれるだろう。

 

他の天使がやっているように、天の父が敷いた秩序の敵に対して躊躇なく力を振るうことができない。

 

自分の持つ力に自信を持つことができず鍛錬を積み重ねてしまうほどに、己に自信が持てない。

 

天使の身でありながら、力任せに武器を振るうのではなく、剣術まで学び修めたのはそのせいだ。

 

さて、目下の問題は。

 

 

(……どうやってこのややこしい問題を説明しよう……?)

 

 

自分があんまり口が回る方じゃないという自覚のあるアークエンジェル。

 

『言葉で説明して納得してもらう』というのはひじょーに頭の痛い問題であった。

 

誠実さと実直さは自信があるが、過激派の天使がよくやるペ天使プレイとの相性は最悪である。

 

では、一方のギルス(ハルカ)の方はどうか。

 

 

(……ノリで飛び込んでしまったけど、現状どうなっているんだ……!!)

 

 

こっちも盛大に混乱していた。

 

式神ボディの優れた聴覚で、雨の中でもこの面々の会話は聞こえていた。

 

が、彼にとっても理解できたのは後ろにかばっている赤子が厄ネタである、という事ぐらい。

 

対メシア知識のために聖書各種(日本語訳)は読まされたのでネフィリムは知っている。

 

なのだが、目の前の天使から『まったく殺気を感じない』理由がさっぱりわからない。

 

 

アークエンジェルの方は「あとは私が死ねば解決なんだけどどう説明しよう……?」と悩んでいて

 

ハルカの方は「なんでコイツ僕の立場じゃなくて『ギルスの姿』で安堵してるの……?」で悩んでいる。

 

ハルカが介入してギルスを見せた時点で戦う理由が無くなってしまったのである!

 

そのせいで二人とも次の行動が宙ぶらりんなのだ!

 

 

「……とりあえずそっちの要求を聞きたい。戦おうって気配を感じなくなった理由も含めて」

 

「……そうですね、まずはそこから説明するべきでしょうか」

 

 

最初に言葉を発したのはハルカであった。

 

悩んでいたアークエンジェルと違い、とりあえず『次』の行動は決まってたのが大きい。

 

後ろの3人をかばいつつ、説得でも戦闘でもいいから落としどころを探る。それは正しい。

 

(※ちなみにギルス形態だと盛大に声が低くなるが、普通に発音・会話は可能)

 

問題は……。

 

 

「とりあえず、私の首をハネてからこの一件は私の暴走ですとガイア連合に言っていただけると」

 

「いやどういう事!?」

 

 

このアークエンジェルは前述通り実直であり、腹の探り合いとかさっぱりできないという事である。

 

一足飛びに結論に至られてもわからないので、1つ1つをかいつまんでアークエンジェルから聞き出す。

 

梨花とアカネはチビスケを連れて近くの廃墟の中へ避難したが、背を向けて逃げるには状況が混沌としすぎていた。

 

万が一背を向けて逃げた瞬間に二人そろって梨花たちを追ってきたら『完全に詰み』になるからだ。

 

つまりこの状況で、4人(+チビスケ)は情報が出そろうまで派手な動きができないのである。

 

 

「……あー、つまり、あの赤ん坊に仕込まれてる厄ネタよりヤバいのが僕の肉体で、

 それを抱え込んでるガイア連合は対処法も確立してるだろうから追う理由がなくなった、と?」

 

「はい……というより、知らなかったんですか?」

 

「僕をこの体にした師匠からは、この体のスペックしか聞いてないよ。

 ただ、この体になってから二年は経過してる。製造時期を考えればもっとだ。

 ……少なくともその間、大洪水とやらの兆候はない」

 

「ええ、そのようです。 あとはどう落とし前をつけるか……そういう段階ですよ。

 ですので私の首を……」

 

「構えろ、その武器」

 

 

は?とアークエンジェルが声を漏らした瞬間、ギルスが一瞬で眼前まで接近。

 

とんでもない速度で放たれた後ろ回し蹴りを、反射的に剣の腹で受け止める。

 

勢いに逆らわず後ろに跳び、吹っ飛んだ体を翼でブレーキをかけ着地する。

 

 

(ッ……打撃が重いっ!さすがはネフィリムの怪力ッ!!)

 

(不意を打ったのに反応された、それに『自分から後ろに跳んで』威力を殺したな?)

 

(ほ、ほとんど影しか見えなかった……これがDLV90超え、バケモノ同士の戦い……!)

 

(なにがなんだかさっぱりッス!?)

 

 

観戦者である梨花とアカネにはさっぱり、いや、梨花には多少見えていたがどっちにしろついていけない。

 

そういうレベルの一撃だった、と全てが証明していた。

 

 

「うん、いい腕だ。『咄嗟に』防御できるぐらい練り上げてある」

 

「ッ、いや、これは……!?」

 

「あー、違う違う。死ぬ気が無いとかそういう事を言いたいんじゃないんです。

 それだけ練り上げた力が、振るうべき鉄火場じゃなく、ただ自裁の為に消える。

 それはなんていうか……すっきりしない」

 

 

アークエンジェルは何かの理解に至ったような表情をして、梨花とアカネはクエスチョンマークを頭に浮かべる

 

その様子を見たハルカが、少しだけ長く言葉を繋げる。

 

 

「貴方は僕に自分の後始末を任せたいみたいだけど、それじゃあ僕に何の得もない。

 それどころかスッキリしない殺しをするハメになる分、マイナスまである。

 もちろんそういうモノを背負う覚悟もしてここにきた、きましたけども……

 

  ……どうせなら全力でやりあって気持ちよく倒したい!!」

 

 

(何いってんスかコイツ!?)

 

 

「な、なるほど!」

 

 

(なるほど!?この天使今なるほどって言った!?)

 

 

比較的一般人な思考回路が残っている梨花とアカネからすれば、トンチキ同士の会話にしか聞こえない。

 

が、いろいろと修羅場もくぐってきてる二人にはなにかしら通じる所もあったらしい。

 

端的に言えば『どうせなら気持ちよく死地にいこうぜ』で終わってしまう程度のやり取りだ。

 

もうついていけねー、とアギで焚火作ってあったまってる二人と、

空間を満たす殺意がなくなったのを感じたのかお昼寝タイムに入りつつあるチビスケをよそに、

段々と弱くなっていく雨の中、天使と異形が向かい合った。

 

 

「確かに、貴方からすれば私の自殺の手伝い等迷惑千万、思慮不足でした」

 

「教義での自殺禁止っていうのもこういう時面倒だな、と思うよ僕は。

 そして天使はそれに逆らえない……とりあえず、終わった後の後始末はしておきます」

 

「ええ……だからこそ過激派の連中は何をやっているんだ、となりますが。

 それはまあ、今はいいでしょう。抵抗したほうが私の首を取りやすいというなら是非もなし。

 なにより『後の事』まで任せながら、鍛錬の成果を出しきって逝ける……ところで」

 

「なんです?」

 

「私が勝ってしまったらどうします?」

 

「…………そういうのはさぁ」

 

 

水たまりが飛沫を通り越し、霧になるほどの勢いで弾け飛ぶ。

 

足元のコンクリートすら踏み込みの勢いでヒビが入り、直後に強烈な接触音。

 

右腕から出現させたギルスクロウと、アークエンジェルの剣が打ち合った音だ。

 

 

「勝ってから言えやァ!!」

 

「……なるほど、一理あるッ!!」

 

 

右のギルスクローでアークエンジェルの剣を抑え込みつつ、左腕を突き出しつつギルスクローで追撃を狙うギルス。

 

咄嗟に左のギルスクローで刺されないように左手首を掴んで反らすアークエンジェル。

 

組み合うような姿勢の状態から、アークエンジェルが『マハラギ』を唱えた。

 

至近距離での広範囲火炎魔法はそのままギルスの上半身を飲み込む。

 

が、その状態でも炎の中を突き進んでくるが、アークエンジェルもここまでは織り込み済み。

 

本命は火炎の勢いでギルスの不意を突き……。

 

「ふんっ!」「ぐおっ!?」

 

ギルスの腹目掛けて膝蹴り、同時に組み合いを解き仕切りなおす。

 

互いにダメージは小さい、しかし、この時点でおおよそ互いに手札が見えつつあった。

 

 

(剣術は守り主体、魔法も絡めた近~中距離型。手堅くまとまってるしスキがない)

 

(とんでもない膂力とタフさ、さらにそれが最適と判断すれば火炎の中を突っ切る決断力)

 

 

((こいつ、手ごわい!そして……))

 

 

「『ヒートウェイブ』!」

 

「ヴォアアアアアアアアアアアァァァァァッッ!!」

 

 

((…… 凄いッ!!))

 

 

基本スペック、特に身体能力では劣ると判断したアークエンジェルが牽制を挟む戦闘スタイルに切り替える。

 

広範囲を巻き込む衝撃波、本来は複数の敵をまとめて巻き込むための技を躊躇なく切る。

 

単体向けの直線的な攻撃は、ただ放つだけでは避けられると判断したからだ。

 

避けきれないと判断したギルスは速攻を選択、両腕を交差してガードしたまま衝撃波を突っ切っていく。

 

 

「(足止めにしかならないか!) 会心撃ッ!!」

 

「ヴォオオオオオアアアアアアアアッ!ヴアアアアアァァァァァァッ!!」

 

本来は精度を引き換えに破壊力を上げた技を、無理やり衝撃波を突破したギルスへの迎撃に使用。

 

ギルスも破壊力を手数で相殺するためにアクセルクローを発動、距離を詰めながらラッシュで追い込む。

 

アークエンジェルの鎧が砕け、ギルスの生体装甲が切り裂かれる。

 

エナジードレインによってソレを回復する前にアークエンジェルの追撃が来た。

 

相殺で『力が抜けた』時点で何らかのドレイン系の攻撃を受けていると判断。

 

さらに吸われている感覚がするのは『切りあったときだけ』なので、射程距離等の制限があると仮定。

 

 

(中距離から削りつつ、向かって来た所を迎え撃ちながら隙を見て空を飛ぶッ!)

 

 

常に後退を頭に置き、密着することだけは避けながらマハラギ・アギラオ・ヒートウェイブで削っていく。

 

下がりすぎれば迎撃の手が緩み、逆に捨て身の特攻を食らう危険性が増える。

 

時折動きを止めた所に、左腕から生えた触手のような鞭(ギルスフィーラー)が飛んでくるが……。

 

 

(早い上に不規則に動くが、見切れないほどではない!)

 

(クソ、なんとか削り合いに持ち込みたいのにッ……!)

 

 

剣でギルスフィーラーを素早くいなし、カウンターのようにアギラオを放つ。

 

敵本体を捉えなければ麻痺・拘束の効果は発動せず、

こうして最小限の接触でいなしてしまえば武器の劣化も遅くすることができる。

 

アギラオで体制を崩したところで、空中へのがれ引き撃ちに徹する算段だった。

 

 

「(甘いッ!)ヴォラァァ!!」

 

「ッ!?(今いなした鞭がもう一本……?!)」

 

 

が、相手の計算をそのまま通すほどギルスも甘くない。

 

右腕のギルスクロウをギルスフィーラーに変形、アギラオを『突き抜けさせて』突破。

 

当然アギラオは直撃するが、気合で意識を維持しつつギルスフィーラーを操作。

 

アギラオを放つために突き出していたアークエンジェルの左腕に巻き付いた。

 

 

(込められている魔力は……拘束に、麻痺か!ぐ、なんとか抵抗できるが、動きが鈍る!)

 

「ヴォルアアアアアアアアアアァァァァァ!!」

 

(そして『待った』を受け入れてくれるほど甘くはないかッ!当たり前だな!)

 

(ギルスフィーラーだけで完全に止まってくれるほど容易くないッ!当然ッ!!)

 

 

((なら答えは一つ!正面から押し切る!!))

 

 

右腕の拳撃、食らったフリをして首ひねり(スリッピングアウェー)の要領でいなす。

 

反撃の突き、喉狙いなので体をかがめて潜り込むように下へ避ける。

 

ギルスクロウを展開している左腕でアゴの下から脳天への突き上げ、上半身を仰け反って回避。

 

先ほどのように上半身のやり取りに集中させている間に足技で不意打ち……

よりも早く、仕掛けようとしていた脚のつま先を踏み抜いてカット。

 

 

ガンッ!!という衝撃音。互いにほぼ同時に選んだ次の手が『ヘッドバット』だった。

 

アークエンジェルの額から一筋の血が流れ、ギルスの角(ギルスアントラー)にヒビが入った。

 

流石にアナライズ等の機能がある中央の宝石(ワイズマンオーヴ)は無事だったようだが、伝わった衝撃で角の方が耐えられなかったらしい。

 

 

(さっきからマトモに攻撃が当たってない!ドレインでじわじわ吸い上げるぐらいしか削れてないぞ!)

 

(この巻き付いた触手からも吸われている感触がする、長期戦はこちらに不利!切り札を切る!)

 

 

「グルアァ!!」「そこだぁ!!」

 

互いに半歩だけ距離を取り、もう一度左腕のギルスクロウを突き出す。

 

それをスレスレで回避、わずかに側頭部を削られながら胸元へ飛び込んだ。

 

 

「この距離なら、回避はできないな!」

 

「グァ、なにっ!?」

 

「ネフィリムの弱点、それは……『ハンマ』!!」

 

 

ネフィリムはかつて、この世に生れ落ちた後、しばらくは人と共存しバベルの塔建設にも大いに役立った。

 

 

しかし大食漢に過ぎたネフィリムは地上のありとあらゆるモノを食い尽くし、やがて共食いを始めた。

 

 

それを穢れと断じた神によって大洪水が起き、箱舟に乗った命以外の地上の全ては押し流された。

 

 

つまり、ネフィリムは『神に存在を許されなかった穢れた命』なのである。

 

 

ハマ系魔法、それもメシア教などの一神教が使うタイプは天敵だ。

 

 

「ぐっ……な、なぜ……?!」

 

 

天敵の、ハズだった。

 

 

(ハンマが……『跳ね返ってきた』!?)

 

 

ハマ系に高い耐性のあるアークエンジェルには、ダメージも25%程度しか通らないので痛みはほとんどない。

 

ギルスが咄嗟に回避しようとギルスフィーラーを解いており、

跳ね返ったハンマが当たってさらに距離が開いただけだが、精神的な動揺は大きかった。

 

装備の効果で跳ね返されたのならまだわかる。

 

しかしギルスの装備はベルト等のごく少数。あの中に破魔反射の効果を持つ神聖な気配の防具はない。

 

おかげで少し冷静になって『仮に今のが効いて殺してしまってたらマズかったんじゃ?』という考えも浮かんできたが、それはそれ。

 

なんにせよギルスは『ハマ反射』の耐性を持っているのが確定……『ではない』。

 

 

(な、なんでだ?スカウターで見たデータだと確か、アイツのハマ耐性は『普通』だったはず)

 

 

途中から両者の動きにヤムチャ視点になっていた梨花でも、ハンマが跳ね返った異常さは理解できる。

 

そう、ギルス本人に一般的なハマ耐性はない。だからこそハルカも至近距離でハンマを食らうのを警戒したのだ。

 

今までも日本神話系の悪魔等からハマを食らった事が何度かあり、そのたびにヒヤヒヤしていたのである。

 

彼は種族的には『式神』、全適正装備であるギルスのベルト等を装備していてもハマとムドは突発的に飛んで来たら警戒対象だ。

 

……ところで、この世界には物理耐性に複数の種類があるのはご存じだろうか。

 

ガイア連合の高級式神についている物理全般への耐性以外に、剣耐性、銃耐性、刺突耐性に打撃耐性と細かく分割できるのである。

 

そして神主から習ったアギは物理的な破壊力は低く、悪魔には良く効くが焚火を起こすのにも苦労する……というのもご存じの通り。

 

つまり『耐性』は細かく分割でき、『魔法の効果』も分類可能なのだ。

 

故に、阿部と神主の手で細かく調整されたギルスの『耐性』も盛大に尖らせてあった。

 

具体的には……とある『仕込み』を行うことでハマ系への耐性を変化。

 

 

『一神教系のハマのみ反射』とかいう、製作者の意図が丸見えの耐性に。

 

 

(過激派メシアへの尖兵にしか思えない耐性ッ?! ……いや、それよりも……)

 

 

「ヴ、ヴヴ、ヴヴヴアアアアァァァ……!!ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ……!?」

 

 

(苦しんでいる?いや、違う……悶えている……?)

 

 

目の前の異形から感じる威圧感が恐ろしい勢いで増している。

 

殺意ではなく、単に『力』が恐ろしい勢いで膨れ上がっているのだ。

 

ハルカ/ギルスの意図ではない、本人も自身の変化に混乱極まっている。

 

そしてついに彼の内蔵MAGだけでなく、式神ボディの変化という形でも現れ始めた。

 

 

ミキミキメキメキと生々しい音をたて、ギルスの体が『変身』する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで、この機能本気でつけるのかい?』

 

 

『本気だよ、神主。コイツはメシア穏健派の暴走や、過激派の上陸に投入する可能性も高い。対メシアンや対天使を考えた調整をしないとな』

 

 

『それもわかるけど、リミッターの解除条件が

【自分とレベルが近い、あるいは自分以上の一神教系の属性を持った相手】

 と戦う場合……これはまた、なんでさ?』

 

 

『意思の問題さ。コイツが本気でメシア教や天使と戦うことになった場合のみ解放される。

 

 その後はある程度使えるようにするが、最初から開放されてたら性能頼りになりすぎる。

 

 今の国内の悪魔相手に、リミッター全開放のスペックは成長の邪魔にしかならない』

 

 

『……解せないな、式神の行動は契約者である君の意思1つだ。

 君がメシアンに襲いかかれ、って思った瞬間に解除されるリミッターになんの意味がある?』

 

 

『ふふ……まあ、ソコは秘密だ。一応、いち特撮好きとして『強化フォーム』は温存したいってのもある。だから2つ目の条件に『LV30を超える』を設定したんだぜ?』

 

 

『……前にした質問をもう一度するよ。 君に何が見えてるのかな?』

 

 

『ならもう一度同じ答えを返す。 希望さ。だからこそ手間暇かけて作って、つけたんだ』

 

 

 

 

『ただ一人ノアの箱舟に乗ることを許されたネフィリム。

 

 即ち聖書の神の基準でも穢れ無きネフィリム『オグ』のフォルマを核にした式神。

 

 普段は『ネフィリム』の力のみ、条件を満たした後だけ『オグ』の力が開放される。

 

 そして最後のリミッター……【超変身】システムをな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体内に埋没し、リミッターとなっていたパーツ『ワイズマン・モノリス』が胸部に浮上、リミッターではなく強化パーツとして起動開始。

 

手足の武装型式神は、MAGの追加投入によって強化され真っ赤に染まった『ギルスクロウ』を展開。

 

背中には生体装甲の一部、紅の触手武装『ギルススティンガー』が生え、今にも襲い掛かろうと蠢いている。

 

余剰エネルギーが全身からMAGによる爪牙を形成し、全体的なフォルムがより『凶悪な異形』として完成する。

 

 

「……ね、ネフィリムの真の姿……なのか、これが……!?」

 

「なんだよ、あれ……?」

 

「ば、バケモノ極まってるじゃねーっスか……」

 

 

三者三様の反応を見せる中、唯一『自分と同じ気配』を感じ取ったチビスケだけがきゃっきゃと笑う。

 

 

 

 

 

「ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ ッ ッ ! ! ! 」

 

 

 

 

それに呼応したのか、あるいは有り余る力を抑えきれない事を示すための咆哮か。

 

 

この世で最も純粋なネフィリムの戦士……『エクシードギルス』が誕生した。

 

 




ギルス→エクシードギルス

LV31→33→43

※エンジェルチルドレン編までに+2LV成長

式神『ギルス』の全てのリミッターを解除した形態であり、対メシア用強化フォーム。

一神教(特にメシア)系の魔法・スキルを無効・反射する固有パッシブスキル『純粋なるオグ』を獲得。

武装も一時的にMAGの供給量が大幅に増えることで破壊力を増しており、通常攻撃でギルス時のスキル攻撃並みの威力が出る。

レベル・ステータスの上昇も含めて、基本的にはギルスの強化形態と言える。

ただしネフィリムの『暴食』の概念も強く、燃費は最悪。

常に相手にドレインスキルを使い続けてMAGを吸い上げ喰らい続けなければ強制的に変身が解除されてしまう。

本来は式神AI&安全装置がなければ強烈な『飢餓』によってところかまわず食い荒らしかねないが、ハルカの場合は安定のド根性+安全装置で一応制御が可能。

その代わり『頭の中がキレた時の100倍カっとなる』と例えるぐらいに戦闘意欲が活性化される。


阿部は元々ギルスを対メシア用に投入する強力な式神兵器として運用するつもりだったので、ここまで尖った性能となった。

とはいえ元が高レベルフォルマを使ったハイエンド式神なので、普通に前衛としても強力。


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(神よ、この出会いに心よりの感謝を)

 

「ヴヴヴヴヴヴヴアアァァァッ……!!」

 

(先ほどまでよりも一層の異形、威圧感、そして闘志! ……別物と思った方がいい!)

 

 

唸り声を響かせるエクシードギルス。異形の体は『殺意』を全身で体現していた。

 

警戒心を一層強めるアークエンジェル、少なくとも肌をぴりぴりと刺す感覚は気のせいではない。

 

まずはマハラギやヒートウェイブで様子見を、と思った次の瞬間。

 

 

「グルァッ!!!」

 

「ッ!?(早っ……)」

 

 

瞬き1つするかしないかの間に、エクシードギルスの拳が目の前にあった。

 

咄嗟に剣を前に出せたのはほとんど偶然だ、動体視力は追い付いていなかった。

 

が、その抵抗も圧倒的な暴力の前にはねじ伏せられる。甲高い音を立て、剣がへし折られる。

 

それでも勢いは止まらず、アークエンジェルの顔面を殴り飛ばした。

 

 

「ごっ!?は、あ……?!」

 

 

ちなみにアークエンジェルも物理耐性持ちだ、ベイコクといいハルカはこの手の相手に縁がある。

 

が、LVが14も違う上に圧倒的な膂力を持つエクシードギルス相手では、ただの物理耐性では足りない。

 

かといって物理無効を持った所で、貫通や万能攻撃で無理やりダメージを通してくる。

 

接近戦……それも肉弾戦が行える間合いでは、エクシードギルスの強さは頭2つほど抜けている。

 

アークエンジェルがいかに個体の中では鍛錬を積んで上澄みレベルになったとしても、LVは28。

 

技術・戦術でひっくり返せる戦力差には限界がある。それを超えれば蹂躙だ。

 

 

(マハラギや……アギラオでは、無理だ。会心撃やヒートウェイブも、決め手にはならない。

 ハンマは反射される、メディアを使って耐えても焼け石に水、か)

 

 

勝機がまるで見えんな、と苦笑するしかないアークエンジェル。

 

それでも、一度剣を手に取り最後まで戦うと決めた以上、引くという選択肢は無かった。

 

折れた剣を捨て、残る手札から最後の反撃の作戦を練る。

 

しかし作戦を練る時間すら、エクシードギルスは与えてはくれなかった。

 

 

「ヴォアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!!」

 

「待ったなし、だろうなッ!……『アギラオ』!!」

 

 

イチかバチかの一手に選んだのはアギラオ、手の中に貯めたソレにありったけのMAGを込める。

 

至近距離でこれを当てるのが最後のアークエンジェルの反撃手段であった。

 

しかし、間合いに踏み込む直前にギルスフィーラーを上回る速度で背面の赤い触手『ギルススティンガー』が射出。

 

アギラオを貯めていた腕に巻き付き、無理やり狙いをそらされた。

 

 

(ここまで……差があったのか……!)

 

 

次の瞬間、深紅のギルスクロウがアークエンジェルの胴体を貫通。

 

血肉をアークエンジェルの背後にまき散らしながら、腹と胸に致命傷となる大穴を開けた。

 

 

「……ここ、までか……」

 

「ああ……僕の勝ちだ」

 

既にまき散らした血肉はMAGへと還元されつつある。アークエンジェルの体もうっすらと透け始めた。

 

両手がだらりと垂れ下がる。生き足掻くためではなく、せめて死ぬまでに彼と言葉を交わせるように、すべてのMAGを『維持』に回す。

 

指の先からゆっくりと消えていく感触を味わいながら、それでも言葉を紡ぐ。

 

 

「一つだけ……聞いても、いいかな?」

 

「……なんだ?」

 

「ガイア連合は……まだ、この街に、ごふっ!……人を、派遣する余裕は……なかった、はず」

 

 

『なぜ君は現れた?』 物語の一番初めの疑問を、アークエンジェルが口にした。

 

 

「……本当なら、この街に来るのは僕じゃなくて、知り合いの双子の黒札だったんです。

 その黒札と顔見知りのシスターが、この近くのメシア教穏健派の支部にいるから、って。

 それで先行して訪れた双子が、そのシスターが赤ん坊拉致して失踪したって調べ上げて……。

 穏健派も『大丈夫です、こちらで処理しますから』としか言わないから独自に動いたんです」

 

 

だいたいいつもの『彼ピのために厄介ごとはこっちでやっときますね♪』のアレである。

 

半終末に突入してガイア連合の負担が増えているのは把握されていた。

 

そのためメシア穏健派は『善意で』この件の抹消を決定。

(特に実質のトップの一人である『テンプルナイト・サチコ』と近い考えの派閥)

 

支部のアークエンジェルを中心とした小隊を派遣し、シスターの追跡と赤子の殺害を図ったのだ。

 

 

「で、調査した先でシスターの遺体を発見。ガイア連合に持ち帰って『蘇生』して……

 凡その事情が把握できたので、すぐに動ける戦闘班である僕が派遣されたんです。

 今頃穏健派の支部長とテンプルナイト・サチコがガイア連合に呼び出し喰らってますよ」

 

「! ……彼女は生きて、いや、蘇生できたのですか!?」

 

「まあ、ガイア連合の治癒能力持ちの黒札なら、めった刺しの覚醒者の死体ぐらいはなんとかね」

 

 

これが一般人とか、あるいは死体の状態が極端に悪ければ蘇生の難易度は上がっていた。

 

が、刃物による刺突で殺害された腐敗も少ない覚醒者の遺体なら、黒札の蘇生持ちならどうとでもなる。

 

ショタオジならそれこそサマリカームで一発だろう。

 

 

「……そうですか、それは、よかった……」

 

 

未練は消えた、もはや留まっている理由すらなくなってしまった。

 

自分の存在が世界に希釈されていくのがわかる。すでにアークエンジェルの姿は陽炎のようだ。

 

五感も薄れ、意識も消える、その寸前に。

 

 

「……強かったよ、アンタ」

 

 

(……まったく、最後の言葉まで用意してくれるとは……。

 どうやら、私は最後に……最高の好敵手に、恵まれたらしい)

 

 

異形の頬を優しく撫でながら、アークエンジェルは『真摯に祈った』。

 

叶うのならば、せめて彼の行く先に、我らが父の加護がありますように……と。

 

 

その時が来るまで、静かに祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから幾何かの日数が経過し、日本某所『ガイア養護学園』

 

 

「……それじゃ、チビスケは今日からここで預かってもらえるのよね」

 

「ええ、『黒札』の一人が設立した、オカルト関連でワケアリの子供を預かる児童養護施設です」

 

 

新築の立派な建物の前で、梨花とハルカがこの施設についての簡単な説明を行っていた。

 

一応パンフレットとかは事前に渡してあるが、それでも実際に言葉で聞いたほうがいいだろう……というハルカのフォローである。

 

なにせ……これから当分、彼女は赤ん坊には会えないのだ。

 

 

「黒羽市には今後、ガイア連合の手が入ります。ゴーストタウン地区も行政の介入で解体されますよ」

 

「まあ、マトモな都市計画があるならいいけどさ……」

 

「少年少女の一斉補導とか今の状況だととんでもないスキャンダルですし、

 汚職政治家はガイア連合と縁のある政治家がお掃除しますし、多分なんとかなりますよ」

 

 

既に政治家俺たちや警察俺たちが介入を開始しており、ジュネスの建設に合わせ地元の非合法組織は次々解体されている。

 

暴力方面に関しても、高くてLV10程度の戦力が限界であるこの街のアマチュア霊能者やダークサマナーではどうしようもなく。

 

後発黒札が銃耐性持たせた式神を前衛にして「臨時収入じゃー!」とばかりに正義の味方ごっこをやっていた。

 

警察?ジェネリックロナアプラの警察が役に立つわけないじゃないか。

 

寧ろそっちも政治家俺たちや公安俺たちの点数稼ぎにフルボッコにされ、現在記者会見の真っ最中である。

 

マスコミの仕事はしばらく尽きる事もなさそうだ。

 

 

「アカネも保護観察処分になって、今はガイア連合の『バイト』しながら暮らしてるしね」

 

「少年院行きになった知り合いはほとんどいないみたいでよかったじゃないですか」

 

「まあ、どいつもこいつも情状酌量の余地あり、ってことで軽い処分になったのよ」

 

 

ちなみに『バイト』はお察しの通り、覚醒していることもあり危険度の低いオカルト関連の依頼である。

 

デモニカ等を支援されるほどではないので、今は霊視ができるのを生かして『その土地が異界か否か』を判断する仕事をしているらしい。

 

『いずれは装備を揃えて悪魔退治もするッスよ!』と、最後まで笑顔で別れてきた。

 

 

「あ、それから……その子の名前、教えてください」

 

「名前?……え、名前?!いや、アタシ親じゃないしつけてないよ?!」

 

「ならここで考えてくださいよ。そのぐらいの責任はあるでしょう?」

 

「そんなこと言われても……」

 

 

苗字に関しては施設の方で手配すると言われたが、名前は付けてあげるべきだと。

 

うんうん悩みながら、チビスケと呼ばれていた赤子の名前を絞りだす。

 

 

(名前っていうと、この子がどう育って欲しいのか……そう考えてつける、って聞いたことあるけど)

 

 

自分たちの人生に当てはめて考えてみる。自分やアカネは常に何かに飢えて、乾いてきた。

 

アレが欲しいとかコレが欲しいとか、そんなことばっかり考えて生きてきた。

 

そして、そういうことを考えてる時が一番つらいのだと知っていた。だから……。

 

 

「満(みちる)。この子は、今日からミチルって呼んでちょうだい」

 

「……一応、由来を聞いても?」

 

「足るを知る、って言葉もあるけど、どうせだったら『何かが欲しい』って思わないぐらい、幸せに満ちた人生を送って欲しいのよ」

 

「……良い名前だと思いますよ。世辞抜きに」

 

 

程度や環境は違えど、満ち足りたことのない少年期・少女期を送った同士だからこそ同意できた。

 

待ち合わせの時間になったので、養護施設の職員と待ち合わせ、手続きを終えてミチルを預ける。

 

これから、梨花はガイア連合との契約によってペルソナ使いとしての『仕事』に挑む。

 

ガイア連合でもペルソナ使いは貴重らしく、ペルソナ使い向けの仕事は相当滞っているらしい。

 

なので在野で覚醒したペルソナ使いは確保しておきたい、という事情だそうだ。

 

……当然、この施設に何度も面会に来れる状態ではなくなる。彼女は『情状酌量の余地が大きいダークサマナー』という扱いだ。

 

契約も呪術契約であり、逃げ出すことは許されない。ノルマを考えれば次に会いにこれるのはいつになるか。

 

だからこそ、仮にこれが最後の別れになってもいいように、梨花はお別れを告げに来た。

 

 

「……いい、ミチル。アンタはね、そりゃ生まれた場所からは歓迎されなかったでしょうけど……アンタに無事に育って欲しい、ってヤツは結構いたんだからね?」

 

 

あの時、ミチルの世話をしていたのは梨花とアカネだけではない。

 

彼女たちの知り合いである家出少女たちも、入れ代わり立ち代わりに訪れて皆でミチルの世話を焼いていたのだ。

 

誰もかれも家族にも社会にも自分を肯定してもらえなかった少女たち、だからこそ見捨てられたミチルを見捨てられなかった。

 

 

『こんな風に見てくれる人がいれば、この子は自分のようにならないんじゃないか』

 

 

甘い幻想かもしれないが、そう考えてしまったらもう見捨てるという選択肢は消え去ったのである。

 

 

「だから、めいっぱい生きて、幸せになって……おなかいっぱいになるまで人生を楽しみなさい。アタシがいえるのは、それだけよ」

 

 

これ以上一緒にいると未練が残りそうだ、という理由で、梨花はミチルに背を向ける。

 

職員の手に抱かれたミチルがこちらに手を伸ばすのが見えたが、それでも歩みは止めない。

 

……だが、覚悟を決めたはずの足が止まる。

 

 

「まんまぁ」

 

 

本来、初めての言葉を赤ん坊が話すのはもっと後だ。

 

もしかしたら堕天使の因子によって早熟なのかもしれない。

 

だが、少なくともこの瞬間に理屈をつけるのは『無粋』以外のなんでもない。

 

奇跡が起きた、それでいいのだ。

 

 

「ッ……づ、ぅ……!」

 

 

思いっきり自分の舌を噛みしめ、痛みで無理やり思考を切り替える。

 

後ろから聞こえてくる『自分をよぶ声』に背を向けたまま、もう一度歩き出す。

 

だが、梨花の胸中に『もう二度と会えないかも』という諦念は無くなっていた。

 

 

 

 

「……ねぇ」

 

「なにかな」

 

「……ちゃんと仕事頑張ったらさ。もっかい、ここに来れる?」

 

「その時は僕が手続きするさ」

 

「そっか……そっかぁ……!」

 

施設を出るところまではこらえていた涙があふれる。

 

自分の半身が引き裂かれたような感覚に折れそうになる。

 

それでも『先』を目指して、もう一度梨花は一歩を進める。

 

 

「アタシ、生き残るわ。どんな悪魔が相手でも。

 それでもう一回会いに来て、あの子を抱きしめてあげるのよ。

 

 今度は、なんの憂いも無しに」

 

「……立派な目標じゃないですか。胸を張れる答えだ」

 

「ありがと……アンタ、こう見ると結構いい男じゃない。ちょっと顔が女々しいけど」

 

「うるさいよ」

 

 

少しだけ軽くなった気持ちのままに、ハルカをからかいながら、もう一歩。

 

七海 梨花の長い人生は、これからが本番なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、霊山同盟支部にて。

 

「で、師匠」

 

「なにかな?」

 

霊山同盟支部の一室である休憩スペースで、クッキーの箱を開けながら会話を始める師弟。

 

色々と今回の一件で『確認』したい事項ができたので、阿部に都合をつけてもらっておいたのだ。

 

 

「強化形態(エクシードギルス)とかネフィリムの事はいいんですよ、まだ。

 いや、これについてもあとで詳細は説明してもらいますけどね?」

 

「うん、まあ当然だな。後で児童向け特撮書籍っぽい解説書をやろう」

 

「なんで作ってんだそんなモン!?」

 

「子供向けの解説書として必要かなって」

 

「バカにしてんのか!?」

 

 

早速のツッコミ、もはや懐かしいノリである。

 

ちなみに後で押し付けられたが、ほんとに子供向けというか

 

『ギルスクロウ(ぎるすくろう) どんな あくまでも きりさくぞ!』

 

とかそんな解説がついてる書籍が用意してあった。

 

 

「ちなみにガイア連合黒札なら1000マッカで購入可能」

 

「対策にも解析にも役に立たないとはいえ人の写真集を無許可で売るな!!」

 

「問題ない、人じゃなくて式神だ」

 

「ブン殴るぞテメーッ!!」

 

 

とまあ、いつものボケとツッコミが応酬されるのだが、そこで一人の女性が入ってきてお茶を淹れる。

 

さきほどから休憩室に併設された給湯スペースで用意していたらしい。

 

香りからして紅茶のようだ、茶葉こそ市販のモノだが、ちゃんと手間暇かけておいしく淹れてあった。

 

 

「で、エクシードギルスやネフィリム以上に聞きたいことってなんだ?」

 

「はい、私も聞いていて何のことなのかさっぱり……」

 

「お前だよお前ェー!!!」

 

 

紅茶を持ってきた『天使』……いや、元『天使』、現『式神』を指さし盛大にツッコむ。

 

そう、衣服・装備こそ変わったが、明らかに先日ハルカが撃破したアークエンジェルであった。

 

霊山同盟の面々(※メシア嫌いMAX)を刺激しないよう天使としての特徴は抑えられ、あくまで式神の一体として処理されている。

 

 

「いやな、ちょうどあのあと俺も現地に駆け付けたんでな?無駄に意思が強かったせいかうっすら死体が残ってたから……」

 

「蘇生&式神化処理に加えて、ガイア連合で開発中の『十戒プログラム』のテストヘッドになったんです」

 

「台無しだろあの戦いが!?なんだったのあの決死の一撃!」

 

「実験体確保のためのお仕事」

 

「やめろぉ!なんだか僕がすごい悪いことしてる気分になってくる!!」

 

「いいじゃねーか結果的に天使に安全装置を搭載した式神のプロトタイプができたんだから。

 コスト的に今後作るかについてはボツだけど。心情的に作らない黒札の方が多いし」

 

「結果良ければ、で全部押し通そうとするな!つーか変だと思ったんだよ!『指先から消えてった』はずなのに『ギルスの頬を撫でる指』が残ってる時点で!」

 

「ま、まあまあ……ガイア連合の方でも、『天使』というだけなら受け入れてもらえてますから……」

 

「ショタオジはむしろ『式神ボディの分普通の天使より安心できる』って言ってたしな」

 

 

ガイア連合天使部、なんてモノまで存在するので、天使を仲魔にした黒札そのものは存在する。

 

とはいえ元穏健派の天使をそのまま仲魔にするのは安全面が怖いので、阿部とショタオジの手で式神ボディを作成。

 

そこに死にかけというか消えかけの死体だったアークエンジェルを押し込み、式神プロテクトに加えて十戒システムまで組み込んだ試作品である。

 

一応利点として『元の天使』の強さをほぼ受け継いでいることがあげられるが、逆に元の格に見合った天使系の能力しか獲得できないので早熟型だ。

 

だったのだが……。

 

 

 

「式神化と十戒プログラムによるプロテクトの結果……。

 なぜか完成直前に私の階級が『天使プリンシパリティ(LV32)』になってしまいまして。

 一応、今は個体名『レムナント』を名乗っておりますが、なぜか強化されてしまいました」

 

「なんで……?」

 

「さっぱりわからん」

 

 

『製作責任もてやァー!』というしごく真っ当なツッコミをするハルカ。

 

『神主でも笑うしかない事態だもーん』と笑いながら逃げ回る阿部。

 

クッキーと紅茶が巻き込まれないようさらっと避難させるレムナントは、そんな騒がしい光景を見ながらわずかにほほ笑む。

 

死して天の国か、いや、地獄に落ちるはずだった自分がここにいる。

 

運命なのか、あるいは導きなのか、神ならぬこの身にはわからないとしても。

 

 

 

 

 

 

(神よ、この出会いに心よりの感謝を)

 

 

 

祈りを捧げるぐらいは許されるはずだ、と、『鷹村ハルカ』の式神であるレムナントは祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エンジェルチルドレン』編 END

 

 

 

 NEXT STAGE

 

 

 

『泣いた悪渦鬼』編

 

 

 

 to be continued……

 

 

 

 



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「上官がカルトに洗脳された異常な軍隊かカルト企業が作ったマトモな傭兵かの究極の二択だぞ!?」

 

右手に握った『GM-01 スコーピオン』にあらたなマガジンを装填する。

 

突撃銃というカテゴリーらしいが、対悪魔用に弄った結果サブマシンガンに近い仕様に変わった変態銃だ。

 

彼女が初めてこの銃の詳細なスペックを見た時の感想を一言でいうなら

 

『間違いなく製作者は『MC51』や『ShAK-12』に頭をやられている』であった。

 

前者は小銃を無理やりサブマシンガンまでダウンサイズさせた珍兵器。

 

後者は対物ライフル用の弾丸でアサルトライフル並みの弾幕を張れるように作られた珍兵器。

 

どちらも『銃とは人間が扱う兵器』という事が開発者の脳みそから零れている事を除けば優秀な兵器だ。

 

 

『GM-01 スコーピオン』は前述通り実質サブマシンガン。

 

装弾数72、並列弾倉式。装甲車両等に対して使用する小銃・機関銃用ライフル弾(徹甲弾)を標準使用。

 

そう、サブマシンガン並みのサイズと連射速度でありながら『装甲車』をブチ抜ける破壊力を持つのだ。

 

半面反動抑制等はほとんど考えられておらず、生身でこんなものを撃てば腕やらなにやら大変なことになる。

 

専用のパワードスーツを装備して撃つか、ゴリラもびっくりの超人に握らせ撃たせるか。

 

彼女は『両方』であった。

 

 

「こちら『クーガ1』、指定ポイントに到着。エネミーソナーの反応はイエロー。オーバー」

 

 

彼女が身にまとっている『デモニカスーツTYPEG3』、通称『G3』に装備された通信機のスイッチを入れ、他のメンバーに通信。

 

反応イエローということは、すでに悪魔が出てもおかしくない危険地帯。

 

後ろに控えていた『G3MILD』装備の分隊員が警戒しながらも後に続く。

 

 

 

『G3ユニット』

 

5名で1班、2班で1分隊、3分隊で1小隊。『彼女』が率いる一個小隊30名が総戦力の私設部隊だ。

 

ガイア連合技術部のとある技術者が私費を投じて編成した部隊であり、すでにいくつかの異界を消滅させてきた武闘派だ。

 

厳しい身体検査、対悪魔適正試験(一般的には覚醒修行と言うらしい)、覚醒した『超人』向けの訓練を乗り越えた精鋭部隊である。

 

ガイア連合技術部の試作兵器の実地試験という名目も作られているため、有用性はバラッバラだが最新鋭の装備にも恵まれている。

 

統一規格のデモニカスーツを用いた対悪魔部隊の噂は地方霊能組織にも広まりつつあり、最近ではガイア連合の即応部隊として多少は名が売れてきた。

 

同じような私設部隊を持つ黒札としては『マキマ』が有名だが、彼女が地方都市を拠点として自衛隊のノウハウを合同訓練で吸収している即戦力部隊なら

 

こちらは新たなノウハウを生み出し試すため、自衛隊とは別のアプローチでデモニカスーツ運用の試験を行う『モルモット部隊』である。

 

それを率いる女性……『ソフィア・ミハイロヴナ・パヴリチェンコ』は、女傑と呼ぶに相応しい兵士だ。

 

顔や体に火傷に切り傷、銃創その他が刻まれた前身は、元が豊満ボディな美女だったと察せられるだけに怯える者も多い。

 

元はロシアの陸軍大尉であり、悪魔による被害が悪化の一途を辿るロシアで上層部から捨て駒にされかけた『対悪魔部隊』の生き残りだ。

 

『G3チーム』は彼女のようなワケアリの覚醒者ばかりで構成されており、スネにキズのある人間も少なくない。

 

 

「こちら『ドラコ1』、同じくエネミーソナーの反応はイエロー。想定ポイントを確保。オーバー」

 

 

裏口から一個分隊を率いて回り込んでいた副隊長である『タティアナ・アラーベルガー』が通信を返す。

 

豊満ボディなソフィアとちがって平坦なのが残念だが、童顔のブロンド美女というラノベにしかいなさそうな属性の女兵士である。

 

こちらはドイツ陸軍の元中尉、メシアによる工作で上官が洗脳されつつあることに気づいてしまい、消されそうな気配を察知して一足早く日本に亡命した。

 

編成中だった対オカルト対策班の候補生だったため、一応は『霊視』が可能だったのがこの部隊に誘われた理由である。

 

 

母国からの亡命に罪悪感は?次に裏切らない保証は?と聞かれたこともあるらしいが

 

「上官がカルトに洗脳された異常な軍隊かカルト企業が作ったマトモな傭兵かの究極の二択だぞ!?

 週7で教会に通って讃美歌歌ってる上司じゃなければ裏切る気はない!!」

 

というガイア連合関係者なら納得しかない二択を選んで脱走&亡命してきたそうな。

 

 

 

今回の任務は、異界化している廃校のクリアリング。MAGの濃度などを計測し、どの程度の難易度なのか調べる偵察任務である。

 

そのため正面玄関から一個分隊、裏口から一個分隊が潜入し、残る一個分隊は緊急時に応援要請を送るために外部で待機しつつ退路の確保に徹している。

 

所属は違えど『元軍人』も何人かいるだけあって、統率と連携は本職レベルにまで鍛えられていた。

 

 

ガイア連合技術部が開発した『破魔弾』が火を噴く。元居た対悪魔部隊には無かった『悪魔殺しに特化した弾丸』は、確実に成果を上げていた。

 

道中に出てきた『悪霊』や『屍鬼』や『幽鬼』には火炎弾や破魔弾が非常に有効、分隊員の一斉射撃による弾幕で大抵の場合は押し切れる。

 

仮に危険な悪魔が出現しても『煙玉』という歩兵用のスモークを使えば悪魔ですら一時的にこちらを見失う。

 

私設部隊、あるいは傭兵らしく確実に、己の力量に見合った成果を上げるプロフェッショナル達なのである。

 

 

「こちらドラコ1、予定していたルートの巡回終了、オーバー」

 

 

「こちらクーガ1、同じく予定ルートの巡回終了。指定ポイントに移動する、オーバー」

 

 

この異界はやろうと思えば今の戦力でも攻略できそうだったが、それは今回の仕事ではない。

 

クリアリングを徹底しながらマップを作製、廃校舎から脱出すれば、デモニカに蓄積されているアナライズデータを元にこの異界の詳細をテンプレ化。

 

ガイア連合の事務方に回し、この異界にちょうどいい実力の霊能力者を派遣……見つからなければG3チームのボーナスになるだけだ。

 

『サスガブラザーズ』のように自前でも超人的な実力を持ってるエリート調査員ではないが、堅実かつ確実な任務遂行能力を持った実験部隊という。

 

603試験隊なのかコンスコン隊なのかはっきりしろといいたくなるメンツなのであった。

 

 

(さしたる消耗はなし、G3のメンテナンスと弾薬の補充、あとはメディカルチェックか……)

 

小隊員のメディカルチェックが異界の外に備え付けられたテントで行われ、そこで科学・オカルト両方から異常が無いかチェックされる。

 

といっても、オカルトについてはデモニカに搭載されたモノより高性能なアナライズ機器を使った解析に頼り切りなのだが。

 

……それでもそこらの霊能力者組織の霊視よりよっぽど細かく分析できてしまうあたり、ガイア連合の技術力は群を抜いている。

 

一通りの事後処理が終わり撤収作業が始まったころに、ソフィアに声をかけてくる女性がいた。

 

 

「やーやー、そーちゃん!たーちゃん!お仕事おつかれさまー!」

 

「! ……お疲れ様です、シノ司令官。珍しいですね、現場までくるなんて」

 

「前に会ったのは……破魔弾の実戦配備の時でしたか」

 

「うん、ちょっと野暮用でねー」

 

 

現れたのはガイア連合山梨支部技術部所属の黒札『兎山 詩乃(とやま しの』。ご存じG3MILDの開発者である。

 

普段はソフィアたちが収集したデータ等を後方で分析、あるいは山梨支部以外の支部で待ち合わせて会議をするのが主な顔合わせの機会であり、現場で出会う事は少なかった。

 

当然、ソフィアはそんな『頭でっかち』に対してはうすっぺらい表面上の敬意しか払わないタイプだが、ガイア連合の『黒札』、それも彼女のような実力者は例外である。

 

 

(当時率いていた部下数名と共に挑んで、鎧袖一触にされたからな)

 

 

ナイフや警棒で武装していた屈強な男を容易く投げ飛ばし、自分の放った『アギ』をあっさりと『ブフ』で打ち消した彼女は、ソフィアから見ても十分『合格点』である。

 

あの時の組手も拳銃等の銃火器があればもう少し戦えたんじゃないか、と最初は思っていたが、最近『銃耐性』なんていう軍隊イジメにしか見えない装甲の存在を知り、諦めた。

 

そんな彼女ですらガイア連合では中堅程度の戦闘力と知った後は、もう理解の範疇を超えたのでしっぽを振る以外の選択肢が残されていなかったのである。

 

なんにせよ、今では『G3ユニット』の小隊長を任されているソフィアなのだが……。

 

 

「そーちゃん、ちょーと新しいお仕事が入ったんだ! 偵察じゃなくて、実戦想定」

 

「実戦想定、ですか?異界攻略か……はたまたダークサマナーの殲滅で?」

 

「前者かな。ただし主な任務は異界の主討伐に向かうガチ勢黒札の援護!」

 

「……なるほど、かなりの重大任務と判断します」

 

 

普通なら、『ガチ勢』と呼ばれている黒札に援護等必要ない。目の前のシノすら超えた超人、いや怪物の集団なのだから。

 

それでも援護が必要と判断されたのなら、それはつまり『敵の数か規模、あるいは状況が面倒』という証拠。

 

 

「ちょっとダークサマナーとやりあう可能性もあってね、対人戦の経験も豊富な戦力が欲しかったんだ」

 

「なるほど、それなら我々がうってつけかと」

 

「だよねー!あ、今回はシノさんも同行するから、護衛もお願いね!」

 

 

『またクライアントのワガママか』と若干頭痛を覚えるソフィア。

 

最近は多少慣れてきたが、シノとその周りにはクセモノと変人とキジルシしかいない。

 

このシノですら比較的マシな常識人という魔境である。

 

『ジャパニーズって一皮剥けばみんなこうなのかしら』と考えてしまったせいで未だに日本になじみ切れないソフィアであった。

 

 

「……それで、異界の対処に向かう黒札とは?サスガブラザーズですか?鬼灯氏ですか?」

 

 

「あっくんだけど?」

 

 

 

「……………… 破界僧、が…………?」

 

 

破界僧の噂はソフィアも知っている、当然タティアナもだ。

 

というよりシノ繋がりで会ったこともあり、その実力は黒札ガチ勢の中でも上の方なんじゃないか、と認識している。

 

他の黒札ガチ勢がバケモノなら、あれから上は天災。それがGチームの面々の共通認識である。

 

 

「まあ、シノさんも新しい発明品試したいからね。今回は戦力で言えば豪華だよ!」

 

 

(戦力以外の懸念事項が多すぎる……!?)

 

 

護衛対象の追加、破界僧が必要なレベルの異界、明らかに新兵器使う気マンマンの上官。

 

母国の軍隊にいた時よりも胃薬の量が増えている二人なのであった……。

 

と、ここでタティアナが何かに気づいたように声を上げる。

 

 

「あ、しょ、少々お待ちいくださいっ!破界僧が必要な異界とは、一体……!?」

 

「……そうだね、先にそれも説明しておこっか」

 

 

笑顔のまま振り向いたシノ、しかし、その笑顔に何やら不吉なモノを感じる二人。

 

厄ネタというのは分かっている、しかしこれは……『シャレにならない』。

 

間違いなくろくでもない事になる、と二人の直感が告げていた。

 

 

「ガイア連合はね、少し前から各地に封印された日本の神々の開放作戦をやってるんだ」

 

 

それは二人も知っている。メシア教の影響を受けたGHQ等によってめちゃくちゃにされた日本中の霊地。

 

そこに封印された日本の神々を復活させ、ガイア連合の協力者に組み込んでいるのだ。

 

 

「でもね、その中の1つに……どうも、封印が緩んでた神がいたみたいでね。

 ダークサマナーらしき集団が、その神……しかも荒魂に近いソレを悪用してる」

 

「アラミタマ、というと……」

 

「この国の神々の荒ぶる側面、ですね」

 

 

邪神というには邪悪さが足りないが、少なくとも神の形をもった災害。

 

台風や地震、津波等の抽象化ともいわれるのが荒魂だ。

 

 

「それで、肝心の異界と、神の名前は?」

 

「……異界名を『大江山百鬼夜行』。 荒魂の名は『首塚大明神』」

 

 

場所と名前で、外国人である二人すら一発でピンときた。

 

日本のオカルト関連の名前で真っ先に聞いた1つであるビッグネーム。

 

『ソレ』はまずい。たしかにマズい。ダークサマナーらしき集団が利用しているとしたら。

 

 

(異界のある周辺一帯が全滅する可能性すら十分にありうる……!)

 

 

「推定、異界の主は『酒吞童子』……大仕事だよ、これは?」

 

 

 

 

犬も猿も雉も、日本一の桃太郎もいない。

 

頼光四天王も、源頼光もいない。

 

 

現代日本の鬼退治が、ここに開幕した。

 





登場人物資料 

ソフィア・ミハイロヴナ・パヴリチェンコ

年齢 38

LV 14

外見はブラックラグーンの『バラライカ』。

火傷顔(フライフェイス)は健在であり、本人曰く『ロシアで顔面に悪魔のアギを叩き込まれた』。

かつてはロシア陸軍対オカルト特殊部隊『ジェド・マロース』を率いていた元大尉。

しかし迫るメシア過激派の脅威そっちのけでの上層部の権力争いの結果、半ば捨て駒のような形で対メシア戦線の最前線に投入。

命からがら生還するも、死んだ部下の扱いが囚人兵以下だったことで祖国を見限る。

「後から考えれば、あの上官もタティアナの所みたいに『羽』が頭に埋まってたかもしれないけどね」と語るが、どちらにせよロシアに戻る気はないらしい。

現在はガイア連合の手引きで日本への帰化申請をしつつ、ガイア連合私設部隊『G3ユニット』の小隊長を務めている。

性格は冷酷かつ残忍、ただし『必要とあれば』やれるというタイプであり、残酷な行為を好んでやるタイプではない。

北海道に漂着したはいいが、物資が尽き凍死寸前だった自分たちを拾ってくれたガイア連合には深く感謝しており、
とくに彼女を『拾った』当人たちへの忠誠は異常なレベル。

とはいえ、元は『霊視ができる』という理由だけで集められた部隊だけあってレベルはイマイチであり、
G3系列の初期ロットが配備されてから本格的に動き出した。

元々使っていたマシンピストルの感覚に近い『GM-01 スコーピオン』を愛用。肉弾戦も当然嗜む。

任務外では意外と柔和な面も多く、最近できた趣味は編み物。

アーチェリーも嗜んでいたので、平和になったらもう一度やってみようか、と考えている。


タティアナ・アラーベルガー

年齢 24

LV 12


外見は幼女戦記の『ターニャ・デグレチャフ』、ただし年齢+10相応に成長。
(そのバストは平坦であった)

ドイツ陸軍のある派閥が編成中だった『対オカルト対策班』の戦術顧問に選ばれた英才。

士官学校を飛び級で主席卒業し、対メシア過激派も視野に入れた部隊運用プランの雛形を独自に開発する等、オカルトにも通じる才女。

が……メシア教過激派の脅威を上層部が認識し、色々と動くのがあまりにも遅かった。

過激派によって直属の上司が『洗脳』されていることに気づいたものの、所詮は一介の中尉でしかない彼女には限界があり、

高レベルの過激派天使が思いっきり待ち構えてる拠点への無謀な攻撃指令が発令された際に前線行きを志願。

まとめて始末するのに好都合、とそれを許可した上官の目を盗み、MIAのフリをしてドイツから亡命した。

こちらは率いる部下もおらず、旅行者等に紛れて離脱できたため、日本への渡航自体は無理なく成功。

とはいえ非正規亡命者に食や生活の当てが簡単に見つかるはずもなく、顔を隠しながら半ばホームレスじみた生活を送る。

その後、廃墟をねぐらにしていたら廃墟が異界化、悪魔が出現。

偶然『怪物が出る』と噂のある廃墟の調査に来ていた阿部&ハルカに保護され、霊視ができることからG3ユニットに推薦される。

性格は効率主義で論理主義、リアリストとも言う。

以外と根っこはマトモであり、本人が冷淡に物事を言うので必要以上に冷たい人間だと勘違いされがち。

が、本人の性格は意外と普通の人間の域を出ておらず、阿部やハルカの周囲ではかなりの常識人寄り。

『GS-03 デストロイヤー』による白兵戦に優れるが、射撃技能も十全にこなす。

本人は前線勤務より、元の後方勤務に戻りたがっているものの、覚醒者は貴重なのでその願いが叶うことはまず無い。


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「あの二人は心臓に毛がアフロみたいに生えてる人種だから……」

 

 

「 とおりゃんせ とおりゃんせ 」

 

 

厳かな声で歌う一団が、異界の山道を登っていく。

 

 

「 ここはどこの ほそみちじゃ 」

 

 

着物や巫女装束等、様々な格好だが、共通して古風な和装だ。

 

 

「 てんじんさまの ほそみちじゃ 」

 

 

集団の中心には目隠しをされた少年少女がおり、震える脚で歩いている。

 

 

「 ちっととおして くだしゃんせ 」

 

 

すすり泣きや弱音も聞こえるが、周囲の面々は淡々と歩みを急かし、進ませる。

 

 

「 ごようのないもの とおしゃせぬ 」

 

 

たどり着いた場所には、古ぼけた社(やしろ)が1つ。

 

 

「 このこのななつの おいわいに 」

 

 

鳥居や灯篭、来歴を刻んだ石碑も破壊され、残るは社とその中の首塚1つ。

 

 

「 おふだをおさめに まいります 」 

 

 

社の前に少年少女を並ばせ、その後ろに彼ら/彼女らと大差ない年齢の巫女が立つ。

 

 

「 いきはよいよい かえりはこわい 」

 

 

無地の目隠しをした面々と違い、瞳を模した模様が描かれてた目隠しをして。

 

 

「 こわいながらも 」

 

 

薄く笑みを浮かべたまま大幣をひと振り、そして……。

 

 

「 とおりゃんせ とおりゃんせ 」

 

 

何かが潰れる音。

 

 

悲鳴と絶叫。

 

 

最後に残るのは大幣を振る音だけ。

 

 

巫女装束の少女は、血の海と化した地面に一歩踏み出して、

 

 

自分の体を濡らす暖かな血の感触に、酔いしれるように舞いを踊った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実の所、今回の仕事はそう単純じゃあない」

 

「シリアスな話はせめて駅弁食うのやめてから始めてください」

 

「断る」

 

 

メシア教穏健派による内部粛清露呈事件から数か月。

 

あの事件の直後にテンプルナイト・サチコが見事な土下座でギリギリ首の皮一枚を繋げ、

 

さらに過激派のクリスマスICBM666発事件もあってなんだかんだうやむやになり、現在3月。

 

春の芽吹きがそこかしこに見えてきた頃であった。

 

 

 

異界のある日本某所の『古都』に向かう電車の中で、駅弁を食べながら阿部が語る。

 

この車両だけちょっとした貸し切り状態になっており、ボックス席で駅弁を食べながらオカルトの話をしていようと問題はない。

 

阿部いわく『ちょっとした人避けの結界』らしく、他の客はなんとなくこの車両を避けて乗りたくなるんだそうだ。

 

そんなガランと空いた車両の中で、これから行く異界についての簡単な打ち合わせが行われていた。

 

じっくりと作戦を立てようにも、調査に向かったサスガブラザーズの手によって様々な情報が集まったのが二日前。

 

緊急性が高いと判断され、阿部を含めて質・量ともに十分と判断された面々が現地に移動を始めたのが昨日であった。

 

阿部のトラポートを使って各地のガチ勢を集めることも考えた、が……。

 

 

「ちょっとアメリカ行ってくる」

 

「嫁さんがハワイで拉致されかけたんだが……」

 

「タルタロスソロアタックつらいんゴオオオオオオオオ!」

 

「またあの這い寄る混沌がクソギミック組んできてる……」

 

「電脳異界の調整で頭がパーになっちゃう!!!」

 

 

などなど、阿部と集めた面々だけでもギリなんとかなる(推定)異界に誘うには、今の世の中がカオス極まりすぎていた。

 

それでもなんとか縁のある戦闘系黒札を含めた戦力を確保できたのは阿部の交友関係の広さを物語っている。

 

4人が座れるボックス席には、阿部、鬼灯、レムナント、そしてハルカが腰かけている。

 

今回集めた戦力の中では下限が『黒札ガチ勢』クラスというガイア連合の精鋭たちだ。

 

 

「HUNTER×HUNTERで言えば陰獣ぐらいの戦力ってことだな」

 

「師匠、それだとすんっごい噛ませ犬っぽく聞こえるからやめてくれません?」

 

 

彼ら以外にもシノが『G3ユニット』を率いて現地で合流予定。ついでにテンノスケも持ってきている。

 

さらにサスガブラザーズも各地を飛び回って少しでも戦力をかき集めている。

 

 

「……あれ、すいません。(質はともかく)現地の霊能力者組織はいないんですか?

 あの『古都』ならそういう組織の1つや2つ……」

 

「それがさっき言った面倒な問題でな……流石兄弟の調査報告書を読んだんだが、

 どうも異界周辺の霊能組織が大江山の主に取り込まれてる可能性が出てきた」

 

「うーわぁ……」

 

 

古来から、鬼というのは人と近しい種族だ。無論、近いと言っても化生と人では壁があるのだが。

 

とはいえ人が鬼に変じた逸話は多く、悪魔の中でも比較的人間が『化けやすい』種類ではある。

 

混血等の『人との亜種』も誕生しやすく、今回の荒魂のように神の側面があれば加護も授けられる。

 

すなわち霊能組織が鬼の誘いに乗って何かしらの共生関係なり支配関係にある、というのは十分ありえるのだ。

 

 

「実際、根願寺の名前を出しても霊能組織とのアポがとれなかったらしい。

 ガイア連合の名前はこっちにも届いてるはずなのに霊能組織が非協力的。

 仕方ないから流石兄弟がちょっとしたスニーキングミッションした結果、

 異界の拡大や内蔵MAGの濃度上昇といった危険兆候が判明したからな」

 

「あの二人本当に色々と器用にこなしますね」

 

「うちも隠密は得意やけど調査となるとそこまで得意やないからなぁ……あ、駅見えてきたわぁ」

 

 

空になった駅弁を阿部が片付け終えた頃に、目的地である古都の一角にある駅に到着した。

 

改札を通り、古い町並みが今も残る都の中を進んでいく。

 

といっても、観光名所になってるようなあれやこれやからは若干外れていくのだが。

 

 

「いくつかダミー含めて宿を確保してある。今日は今から渡すメモに書かれた民宿に泊まってくれ」

 

「用意周到な上に念には念を入れてますね師匠」

 

「とりあえず本格的な調査、戦闘までは2~3日あるはずだ。古都の観光でもしながら英気を養っておけ」

 

「入れてたはずの念どこにいったんですか師匠」

 

「ま、まあまあ。主殿。私も古都には興味があります。ぶらりと歩くのもいいじゃないですか」

 

「あ、うちは先に民宿行っとるよ。さっき駅で買った地酒で一杯……」

 

「まだ昼過ぎなんですけど!?」

 

 

シリアスになり切れない阿部に、昼間っから酒盛りする気マンマンの鬼灯。

 

こんなんで大丈夫かなぁ、とため息を吐くハルカは小学生ながら一番の苦労人であった。

 

レムナントも理解者ではあるが、良くも悪くも控えめな性格なのでストッパーになれないのである。

 

 

「俺はサスガブラザーズの情報を元に現地霊能組織にもう少し探りを入れる。

 何かわかったら連絡を入れるさ。シノとG3チームも明日には到着するしな。

 決戦は早くても明後日だ、それまで気を張りっぱなしじゃ疲れるぞ?」

 

「まあ、言いたいことはわかりますけど」

 

「それだけじゃない。お前の吉兆に『一人散策するとよし』と出た。

 詳細までは占わなかったが、こうして別行動してお前が動くのに意味があるんだろうさ」

 

むう、とハルカも押し黙るしかない。

 

阿部の占いは本物だ。吉兆・凶兆のドンピシャリ具合は気持ち悪くなるほど。

 

 

「……了解しました、休息を取っておきます」

 

「うん、それでよし」

 

「それと師匠、芸者遊びは禁止ですからね。舞妓さんナンパするのもです」

 

「うん、それはよろしくない」

 

 

『よろしくないってなんだコラァー!』というハルカのツッコミキックをさらりと避け、舞妓さん目当てに古都へと繰り出していく阿部。

 

あのアホは……と嘆息をもう一度。若干12歳で背負う苦労ではない。

 

苦笑しながらまあまあと宥めてくるレムナントに癒されつつ、愛用の胃薬をペットボトルの麦茶で流し込んで歩き出した。

 

 

「といってもお寺だのなんだの見ながらヒマ潰すのもアレだし……。

 僕らお昼まだだから、公園でも探して駅弁たべよっか」

 

「阿部殿と鬼灯殿は平然と電車で食べてましたからね……」

 

「あの二人は心臓に毛がアフロみたいに生えてる人種だから……」

 

 

というわけで、スマートフォンの地図アプリを開き公演を探す。

 

どんどん古都らしくない風景な方に歩いて行ってるのはまあ、仕方ない。

 

途中で小さな公園を見つけ、ベンチに腰掛け駅弁を開く。

 

 

「……オスシ、でしたっけ?私が知っている形と違いますが」

 

「手鞠寿司ってやつだね。あ、生魚大丈夫だっけ」

 

「好き嫌い以前に食事の経験自体ほとんどありませんので……」

 

「お、おう。 まあ、悪くなるまえに食べようか」

 

 

たわいもない話をしながら、手鞠寿司をもぐもぐと食べる二人。

 

レムナントの外見は20代半ば程度に見えるので、年齢差を考えれば姉弟か従妹に見える。

 

『師匠が美味いっていうだけあっていけるなー』とかぼんやりと考えていると、少し公園の一部が騒がしくなった。

 

 

「またいるぜ」「あっちいこうよ」「ママに怒られちゃう……」

 

 

口々になにかしらを話しながら走り去っていく子供たち、年齢はハルカと同じぐらいに見える。

 

つまり月末に春休みを控えている、小学生ぐらいの子供たちのはずだ。

 

それらが遊び場を離れ、公園から出ていく素振りすら見せている。今日は日曜日、遊ぶ時間はたっぷりあるはずだが……。

 

手鞠寿司の最後の1つを口にほうりこみ、麦茶で流し込んでから立ち上がる。

 

 

遠目に見えたのは、着物姿の子供。

 

手にボールのようなモノを抱え、纏う雰囲気は泣きそうな幼児のソレだ。

 

 

(明らかに避けられてるな……イジメか?)

 

 

いやまあ現代で着物姿で公園来たらさけられるか?と周囲に割とアレな恰好(※鬼灯の露出強和装+コート)なのがいたせいでズレた感覚を微調整。

 

レムナントに荷物を見ててもらい、着物姿のその子に歩み寄り声をかける。

 

可能な限りフランクに、今の一連の流れは見ていないフリをして。

 

 

「よっ、ヒマしてるのか?」

 

「! …………(こくん)」

 

 

衣服のせいもあるだろうが、色白で小柄な子供だ。

 

切りそろえられたぱっつん前髪、髪は綺麗な黒髪のセミロング。

 

出来の良いひな人形を子供ぐらいの大きさにして命を与えたような整った顔をしている。

 

手には綺麗な模様が印刷された小さめのゴム鞠を持っており、

どうやらこれを手にさっきの子供たちの仲間に入れてもらおうとしたらしい。

 

(古都って未だにこういう遊び流行ってんのかな……?)

 

鞠遊びって昭和以前の遊びじゃないか?と首をひねりつつ、よし!と思考を切り替える。

 

「ちょうど食後の運動もしたかったし、僕で良ければ付き合うけどどうする?」

 

「……いいの?ボク……」

 

「まあ、ヒマだったし。 というかボクっ子か、師匠なら喜びそうだな。

 いやだめだ、会わせたらまたろくでもなことに……」

 

「……どうしたの?」

 

ん、ああ、いや。こっちの話。と会話を切り上げ、とりあえず広場に出る。

 

さっきいた少年少女は別の遊具のところにいったか家に帰ったようだ。

 

小さな公園にいるのは、着物姿の子供とハルカ、ベンチに座ってるレムナントの3人だけだ。

 

 

「といっても手鞠遊び詳しくないけど、何して遊ぶ?」

 

「……キャッチボール」

 

「それ手鞠遊びか……?まあいいや」

 

 

少し距離を開け、いつでもいいぞー!と声を上げる。

 

いくよー、という声の後。綺麗なフォームで投げたゴム鞠が飛んできた。

 

ちょっとしたドッジボールばりの勢いだったソレをハルカは「うおっと!?」と声を上げつつキャッチ。

 

 

「しょっぱなから豪速球だなぁ!?よし、こっちも……」

 

高レベル故のとんでもない腕力をうまく制御、普通の子供の範疇で投擲。

 

「わ、ぁ、と、と……」

 

「うおっと、強すぎたか?」

 

「……ん、だいじょう、ぶ」

 

キャッチングになれていないのか、小さな手のひらからゴム鞠がこぼれていった。

 

ぽんぽんと跳ねていったゴム鞠を追いかけていき、拾って戻ってくる。

 

その顔は最初の落ち込みきった子供のソレではなく、ただ友達との遊戯に興ずる子供であった。

 

またも勢いよくかえってきたゴム鞠をキャッチしつつ、ハルカがふと気になったことを聞く。

 

 

「あ、そうだ。名前聞いてなかったっけ。なんて呼べばいい?」

 

「……なま、え?」

 

「ああ。僕はハルカ……鷹村ハルカ。君は?」

 

「……蔵土師。 蔵土師 紅葉(くらはし もみじ)」

 

 

それじゃあモミジって呼ぶね、と会話しつつ、ハルカは表情に違和感を出さないように苦心していた。

 

彼の肉体は式神だ、アナライズやエネミーソナーは道具を使わなくても五感と同じように行える。

 

 

(……『人間 モミジ LV7』……明らかに覚醒してるんだよなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古都の一角、古く大きな屋敷の前に立つ阿部と鬼灯。

 

 

 

「ここか、例の霊能組織」

 

「真昼間から酒盛りするフリまでしてから合流したんや、なんも無かったら怒るで?」

 

「何かあると読んだからこそお前に声をかけたのさ。

 

 今の古都で大江山の次に穢れが見える場所だからな」

 

 

 

『蔵土師家』の屋敷の前で、錫杖を突きながら阿部はにやりと好戦的な笑みを浮かべた。

 

 



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「ああ。また明日」

 

 

「ぐ、お、ぉお……!?」「何故このような……」「我らの鬼の力が……」

 

「楽勝だったな、うん」

 

「LV20にも満たないザコ何人そろえても無駄や、無駄」

 

 

蔵土師家の屋敷に若干強引にアポをとり入った直後、なんやかんやあってこうなった。

 

もうちょっと詳しく説明すると、大江山の異界調伏を担当することになった霊能力者である、という名目を話したおかげかアポはとれた。

 

そして屋敷に招かれ中に入ったはいいが、来客を出迎える雰囲気じゃないな、と思った瞬間に周囲を囲まれ襲い掛かられた。

 

が、所詮はLV10前後の術者たち。中には体の一部を異形に変えるほど鬼に近づいている者までいたが、

それらもLV15前後で『他よりちょっとタフ』程度で全員まとめて片付けられていた。

 

目の前で突っ伏している組織の長ですらLV20に届かない以上、阿部と鬼灯からすれば片手間で終わる集団である。

 

倒した面々を山積みにしてその上に腰掛けるマンガの強者ムーヴをやりつつ……。

 

 

「で、どうする?無駄な足掻きしてみる?」

 

「……痴れ者共めッ……我らが古都の霊的防護を担う一族と知っての狼藉か……!?」

 

「その一族が異界の調伏よりも外来の術者の排除を優先してるんじゃねーよ。

 何より、俺たちとしてもお前たちを放っておいて異界調伏に向かえない理由ができた。

 

 明らかに異界『大江山百鬼夜行』と同じ匂いの穢れが溜まってる、どういうことだ?」

 

「ッ……ぐ、ぬぅ……!」

 

 

なにより『上から下までLV10を超えている』という現状がまず異常だ。

 

LV1~2程度の術者がほとんど、LV5もあれば一流、LV10なら組織のトップが務まるようなのが今の日本の霊能組織の現状だ。

 

半終末になって多少レベルの上限が上昇したとはいえ、終末前の霊山同盟巫女長クラスの霊能力者がポンポン生まれるとも思えない。

 

あるとするなら、四国の霊能組織『大赦』のように、外部から加護等で力を取り入れている可能性が最も高い。

 

 

「そういうわけだ、キリキリと1から10まで吐いてもらう」

 

「フン、貴様らのような力ばかりの若造に話すことなど……」

 

「あっそう」

 

 

次の瞬間には、阿部が組織の長の首根っこを掴んで片手で持ちあげていた。

 

長には自分が持ちあげられる瞬間どころか、いつの間に近寄ってきたのかすらさっぱりわからない速度。

 

そのままミシミシと首の骨がきしみを上げ……。

 

 

「悪いがこの屋敷に来てから『凶兆』の予感がしてるんだ……死体になって吐いてもらう」

 

 

そのまま、割りばしでも折るかのように首をへし折った。

 

 

「どうするん?ブチのめした他のやつらに吐かせるん?」

 

「いいや、生きてる人間より死体のほうが吐かせやすい。

 『ネクロマ』で蘇生して、操り人形になった長に1から10まで喋らせる」

 

「……卑劣様みたいなことしおすなぁ」

 

「流石に五乗起爆札までやらせたことがあるのは式神だけだ」

 

「やらせとるんかい」

 

 

長がやられたことで心が折れたのか、まだ意識のあった術者たちもだいぶ『素直』になった。

 

そんな面々の前でネクロマを使用、この地に起きていた異変の情報を絞り出す阿部なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅葉様、御迎えにあがりました」

 

「あ……」

 

 

しばらく公園でキャッチボールをしていたが、その最中に数名の大人が近づいてくる。

 

福本マンガに出て着そうな黒服たちだ。サングラスはかけてないが、カタギじゃない匂いがする。

 

即座に警戒をMAXにしたレムナントがベンチから立ち上がり駆け寄ろうとするのをハルカが手で制し。

 

 

「家の人?」

 

「……わかるの?」

 

「着物が高そうな布だったし、いいとこの出ってことぐらいは」

 

「……そっか。 うん、うちの人たち」

 

「悪いが、紅葉様は多忙なお方だ。遊ぶのはこれまでにしてもらう」

 

 

しょんぼりとした顔になった紅葉が、大人たちに連れられて帰っていく。

 

よくよく見れば公園の外に高そうな車が止まっていた、あれで送迎するのだろう。

 

(ワケアリくさいけど家の人に送り迎えしてもらえるのはうらやましいなぁ)

 

なんて微妙にズレたことを考えつつ。

 

 

「何日かはこっちにいるから、明日また遊びにくるよ」

 

「……明日?」

 

「ああ。また明日」

 

 

紅葉はすこしだけ考えこんだ後、足元のゴム鞠を拾って振り向いた。

 

ぽい、と放物線に投げれたそれを「おっと!?」と言いながら咄嗟に受け取る。

 

 

「あげる」

 

「へ?」

 

 

ほんのりと微笑を浮かべ、紅葉は今日初めて柔らかな笑顔を見せた。

 

 

「あげる、それ。 ……また遊ぼうね」

 

「……あ、ああ!また明日な!」

 

 

家人だという黒服達に連れられて帰っていく紅葉へ手を振る。

 

どこか手を振る動作もぎこちなかったが、車に乗った紅葉は小さく手を振り返してきた。

 

たまらず公園の入り口まで追っていき、走り去っていく車を見えなくなるまで見送った。

 

 

「主殿。そろそろ我々も宿に顔を出しませんと……」

 

「え、あ、うん……そうだよね」

 

 

しばらくぼうっとそこに立っていたが、レムナントに声をかけられて我に返る。

 

普段のハルカらしくないというか、妙に幼く、そしてぎこちない仕草で返事をした。

 

……その変化にレムナントが戸惑うのも当然だろう。

 

レムナントの知るハルカは、年不相応の精神力と決断力を持った現代の英雄だ。カリスマ性も相応にある。

 

もう少しだけ器を育てる時間さえあれば、ガイア連合でも出世コースに乗れる……それだけの素養はあるはずなのだ。

 

その少年が、普通の少年らしい一面を不意に見せてきたことに困惑しているのである。

 

 

「主殿、その、なにかありましたか?」

 

「……約束をしたのってさ、初めてなんだ」

 

「はい?」

 

「また明日、って。契約なら色々してきたよ、悪魔とも人とも……でも……」

 

 

ぎゅ、とゴム鞠を握る手に、少しだけ力が入る。

 

 

「守らなきゃいけない皆みたいにさ……また明日ね、って……初めて、だったんだ」

 

 

余りにもアレな家族のせいで子供らしい子供じゃいられなかった10年間。

 

その後の2年間もひたすら修行と、勉強と、悪魔との戦いに費やした。

 

そうしなきゃならないとわかっていた、そうでなければ生き返った意味が無いのだから。

 

自分に不相応な力を得たのだから、それにふさわしい生き方をしなければ、と。しかし。

 

 

「……でもさ、でも……嬉しかったんだ。ちょっとだけ。

 今だけは、今日だけは、って思うぐらいは許されるんじゃないかって、思ったんだ」

 

「あるじ、どの……」

 

 

『自分はとても残酷なことをしているんじゃないか?』

 

『自分はまた何か間違えたんじゃないか?』

 

『自分と主殿はこのままでいいのか?』

 

 

そんな思いがレムナントの中に芽生えるが、それを言語化することはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし、シノ。聞こえてるか?俺だ、阿部だ。

 

 ああ、そうだ。想定してた中ではかなり悪いパターンで始まってやがる」

 

 

『古都』某所、蔵土師家の屋敷の人間を全員拘束した後、既に阿部は行動を開始していた。

 

どうやら思ったよりも状況は悪いようで、シノたちに連絡を取りながら自分も動き出している。

 

 

「どうも『本邸』にいた人間とは別に実行班がいるみたいでな……。

 

 全員ブチのめして吐かせたが、どっちにしても下手に止めたら変な暴発しかねん。

 

 こっちで調節して可能な限り『外に被害が出ない形で』地雷を爆発させるしかないな。

 

 『古都』各所への仕込みはなんとか作戦開始までに間に合わせる。

 

 G3ユニットを大江山の異界へ誘導してくれ。流石兄弟が集めてきた黒札を連れてくる。

 

 蔵土師家の連中が『儀式』を始めるはずだから、そこにこっちで介入をかける。

 

 ああ、ハルカたちは鬼灯が回収する。あとで落ち合おう」

 

 

(クソッタレめ、中途半端な知識で余計に状況を悪化させやがる!)

 

 

携帯電話(阿部はいまだにガラケー)の電源を切り、ポケットに入れて走り出す。

 

認識阻害の結界を自分に張って、通行人の目をごまかしながら超人の身体能力で飛び回る。

 

古都の各所に『仕込み』を行い、作戦決行時刻……急遽決定した『今夜』のために備えるのだ。

 

蔵土師の当主に吐かせた、胸糞悪くなるような『儀式』の内容を思い出し、つい舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『三歳の時に、3人。五歳の時に、5人。七歳の時に、7人。

 子の手で同い年の人柱を捧げさせるのじゃ……』

 

 

もうしょっぱなからガイア連合の大半がキレそうなワードが飛んできた。

 

性癖以外は意外とマトモな大人である鬼灯も青筋を浮かべ、阿部も普段とは違う真剣な顔だ。

 

 

『三歳、五歳、七歳……七五三(しちごさん)……?』

 

『七五三を行うのは二十八宿の鬼宿……鬼の出歩かぬ日と言われてる。

 つまり逆に言えば「鬼がいるべき場所にいる」日だ。貴様まさか……!』

 

『……その日だけは、首塚大明神様の祠から感じる鬼の力が増す……。

 そこで……鬼の力を宿したい「鬼子」と、人柱を並べ……。

 天鈿女命(アメノウズメ)の舞を模した儀式で……首塚大明神様の『力』を引き出し……』

 

『引き出した力で、3歳のガキに人柱を殺させるんか!?』

 

『そうじゃ……そして儀式が終わればさらなる力をえる。

 年々、鬼子に宿る鬼の力は強くなっていく……。

 それだけではない……周囲にいた術者にも……おこぼれ程度だか力が宿る……』

 

 

LV10~19の集団が襲ってきたのはそれが理由だろう。

 

LV10~14なのが『おこぼれ』、LV15以上なのが『鬼子』。

 

『鬼子』の数が少ないのは、1年に一度しか儀式を行えない上、

毎回1人のために7年かけて合計15人も幼子を殺さねば儀式を完遂できないためである。

 

その代わり、LV15以上の『鬼子』を安定して生み出せる。

 

あまりにも吐き気のする『効率化』を果たした儀式がそこにあった。

 

 

『お前らの強さはそれが理由か……大江山の様相も理解できた。

 コイツらが生贄捧げまくったせいで、生前の酒呑童子としての側面が強くなっている!

 首塚大明神として『鬼神』に近いはずの属性が、『妖鬼』や『邪鬼』になってやがる!!』

 

『我らの霊力と……首塚大明神様の加護さえあれば……

 にっくきメシアを追い払い、日ノ本を取り返し……』

 

『それでこの国滅ぼしかけとったら世話ないわぁ……!!』

 

 

鬼灯もマジギレする寸前だ、なんなら喋る死体と化している長をミンチにしかねない。

 

それを阿部がギリギリで抑え、続きを喋らせる。

 

阿部にはまだいくつかの『懸念事項』があった……それを解決するまで、この老人には価値がある。

 

 

『……おい、それで完了じゃないだろ。

 もしそうなら『3月』なのに本邸にこんだけ霊能力者が詰めてるのはおかしい。

 おまけに儀式の準備らしき気配もある。七五三をやる『11月』なら分かるが……

 

 お前ら、何する気だ』

 

『……『十三詣り』のために、13人の生贄を……』

 

『ッ……空海が聞いたらブチ切れるぞ!!』

 

『……なあ、阿部はん。『十三詣り』って確か、京都とか奈良で有名な……』

 

 

鬼灯は京言葉ロールプレイしているだけであって、別に京都出身ではない。

 

とはいえロールプレイのために色々学んでいる内に、ある程度の知識はつけており……。

 

 

『ああ。七五三と同じように一定の年齢になった子供がやるお祝いだ。

 空海が行った『虚空蔵求聞持法』っていう知恵を授かる修行に肖ってるんだが……。

 七五三と十三詣り、どちらも今じゃ子供の健やかな健康を祈って行われるモノだ。

 

 ……そこに血なまぐさい生贄と殺人を絡めて『鬼子』に育てる儀式として最適化してやがる!』

 

 

この日は『3月13日』、十三詣りを行うには最も適した日。

 

だが、見たところこの屋敷には人柱と鬼子候補がいなかった。

 

 

『おい!鬼子と人柱はどこにいる!!』

 

『人柱は……異界に運んだ……鬼子は……一族のものが、迎えに。

 先ほど、お前たちで……儀式を、行うようにと、連絡を……』

 

『……俺たちが暴れ始めた時か。電話か何かで連絡しやがったな。

 車とかの移動手段を使ってる可能性も高い、途中で確保は厳しい。

 大江山で張っててもいいが……儀式を中断させるリスクもヤバい』

 

 

しかし、完遂すれば余計に首塚大明神/酒呑童子の状態は悪化する。

 

地脈の状態を見る限り、明らかに封印に負担がかかっている。

 

この儀式で水漏れのように首塚大明神の加護を借りている上、

鬼としての側面が強くなった首塚大明神/酒呑童子が暴れているのだろう。

 

パソコンで例えるなら毎回電源のオンオフを電源ボタンだけでやっているようなものだ。

 

『直ちに影響はない』だけで、長く続ければ不具合も出てくるのである。

 

そして、恐らくこれは半終末に突入してから初めての儀式だ。

 

完遂してしまえば明らかに妖怪化している首塚大明神/酒呑童子の封印が解けてしまう危険性も高い。

 

 

では儀式をやめたらいいのかといえばそうでもない。

 

こういった儀式は途中でやめたほうがデカいしっぺ返しがくるのが基本。

 

こっくりさんを無理やり中断して低級霊に憑かれた、なんてレベルじゃなくなる。

 

 

『……鬼灯。ショタオジへのホットラインは確保してあるんだよな?』

 

『? せ、せやな。万が一のための式神通信でのショタオジ召喚が……』

 

『なら儀式の妨害は行う、だがそれが成功しても失敗してもいいように動く!

 最悪酒呑童子がフルパワーで復活しても、俺なら準備さえあればなんとかなる』

 

ショタオジなら一方的な鎮圧も可能だろうさ、と苦笑交じりにそう言って……。

 

 

『俺はギリギリまで準備をする、お前はハルカ達を回収してシノと合流。

 

 一足早く大江山へ向かって、儀式の妨害に入ってくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼灯の承諾を得て、各自動き出したのがついさっきであった。

 

タイムリミットは不明、既に『鬼子』を確保しているであろう別動隊は大江山に向かっている。

 

ハルカとレムナントを鬼灯が回収、シノと合流しつつ大江山に向かって追い付けるかどうかは微妙だ。

 

なんせ屋敷にはその鬼子の写真すらなかった。異界化している大江山で人探しとか冗談じゃない。

 

LV10前後の悪魔が出る環境なのだ。鬼灯たちはともかく、G3チームはタイマンだとキツいのである。

 

当然固まって動くことになるので効率は落ちる……事態が動くのが急すぎた。

 

 

(先んじて諜報やってくれてたサスガブラザーズの『なんかおかしい』って意見がなけりゃ、そもそもココにこれなかったけどな)

 

 

そして儀式は完遂され、ガイア連合は完全に後手に回っていただろう。

 

各所の仕込みを急ピッチで進める、この仕込みが終われば、阿部はフルパワー酒呑童子相手でもなんとかやりあえるはずだ。

 

真女神転生ではLV49? ……はっきりいってアテにならない。

 

大江山という最適な環境、長年かけて積みあがった生贄、分霊としても低位か高位か不明。

 

少なくとも阿部は『黒札運命愛され勢』が来るべき案件だったかもしれない、と後悔し始めていた。

 

それこそ、ガイア連合最大のアドバンテージの1つである『ショタオジの詳細な実力は外に出してない』という手札を切ってでも。

 

その不確定要素こそが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……まさか、俺に『死相』が見えるなんてな)

 

 

己にまとわりつく、あまりにも近く濃密な『死の予感』であった。

 

 



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「なんてところからとんでもないモノもってきちゃってんのアナタ!?!?」

 

黒塗りの高級車から、数名の黒服に囲まれた紅葉が降りてくる。

 

誰一人として言葉を話すことはない、もはや彼らにすることは決まっているからだ。

 

現れる悪魔も護衛である一族の面々にとっては大した相手ではない。

 

最近は『少し』数と質が上がっているようだが、その程度ならば誤差の範疇だ。

 

ダークサマナーらしき集団に本邸が襲撃されたという連絡もある、素早く儀式を終え、本邸の確認に戻らなければならない。

 

 

「人柱は?」

 

「既に祠の方に運び込んであります」

 

「よし、鬼子の準備も済んでいる。儀式を行うとしよう。 紅葉殿?」

 

「……はい」

 

 

車の中で着替えを終えていたのだろう、巫女服に着替えた紅葉が外に出てきた。

 

その表情はさっきまでの紅葉と違い冷え切っており、これで『四度目』故か諦念も混じっている。

 

この儀式は『鬼子』の人間性を削り落とす。3歳で殺人に手を染めるハメになるのだから当然だが。

 

それに加えて『鬼の力』を取り込む事による悪魔化の悪影響もある。

 

後天的なデビルシフター能力の付与に近い、覚醒ではなく、付与。

 

文字通り心身が鬼と化していくのだ。

 

儀式の精度が中途半端な事が逆に幸いしており、あえて中途半端な鬼化に収めることで人間性が保たれている。

 

スパゲッティコードの雑な運用が、ギリギリでバランスを保っていたに過ぎない。

 

そして、半終末によってそのバランスは崩れ去った。

 

そうとも知らず、護衛に囲まれたまま『歌』を奏で、山を登る。

 

 

 

「 とおりゃんせ とおりゃんせ 」

 

 

「 ここはどこの ほそみちじゃ 」

 

 

「 てんじんさまの ほそみちじゃ 」

 

 

「 ちっととおして くだしゃんせ 」

 

 

「 ごようのないもの とおしゃせぬ 」

 

 

「 このこのななつの おいわいに 」

 

 

「 おふだをおさめに まいります 」 

 

 

「 いきはよいよい かえりはこわい 」

 

 

「 こわいながらも 」

 

 

「 とおりゃんせ とおりゃんせ 」

 

 

 

『七五三の区切りが7歳であること』を歌詞と合わせ、わらべ歌である『とおりゃんせ』を儀式に組み込みMAGの集中を助ける。

 

『とおりゃんせ』自体が様々な憶測や陰謀説を向けられる比較的古い歌というのもあり、意外なほどにこの2つは相性が良かったようだ。

 

MAGは精神と情報に反応する。多くの人々の認識にオカルトとの繋がりがあるこの2つを組み合わせた儀式は、

 

作成者にも詳細不明なスパゲッティコード儀式である事と、人道的にアウト極まる事に目を瞑れば完成度は高い。

 

 

(……ごめんね、ハルカ君。ボク……君と遊んでいいような子じゃ、ないんだ……)

 

 

山に入る前に、『鬼子』専用の目隠しを巻く。

 

ここからさきは護衛に守られつつ、鬼化によって得た視覚以外の感覚に頼って山を登らないといけない。

 

だからこそ、鬼子だけは特別製の目隠しを巻く。

 

 

 

 

 

『真っ赤に燃える三つ眼』が描かれた、目隠しを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで毎回僕たちは現地に着くと余裕がなくなるんですか!?」

 

「そーいう運命に愛されとる人間が稀にいるんよ、たっちゃんは明らかにその系譜やぁ」

 

「うれしくねぇ!!」

 

 

公園から民宿に徒歩で移動したところで鬼灯が合流、手早く事情説明し、全力疾走で大江山に走っていた。

 

走りながらハルカも公園で出会った紅葉の事を話せば、鬼灯が「それやぁー!」と若干キャラ崩しながら絶叫。

 

公園から大江山へ向かうルートの1つを人外の脚力で突っ走っているのである。

 

阿部から預かっている認識阻害の護符のおかげで人に見つかることもなく、サラブレッド顔負けの速度で走り抜ける3人は大江山へ近づきつつあった。

 

 

「G3ユニットとシノ殿は!?」

 

「トラック数台まとまってうちらと同じ道は走れへん、別ルートで急行しとる!

 一応、ウチらよりは早く到着して準備出来次第突入っていうとった!」

 

「流石兄弟さんは!?」

 

「予定通りガイア連合繋がりで手の空いてそうなヤツに声かけとるわ!

 ……ちひろちゃんの方からも依頼出しとるから、ある程度は集まるはずやけど」

 

 

危険度、という意味では同時期に『這い寄る混沌』やら『メシア過激派』やらが色々起こしてるせいでそっちにも手が取られている。

 

自衛隊ゴトウ派も即応で京都に動けるほどの対応力はなく、

メシア穏健派は先日の騒動からの内部引き締め&海外支援のために主力テンプルナイトを派遣中。

 

流石兄弟ならトラポートで大江山に直行できるが、それをやったら各地からの黒札招集が間に合わない。

 

ギリギリで異変に気付いたはいいが、本当にギリギリすぎた。

 

ガイア連合最大の弱点である『マンパワー不足』がここにきて響いている。

 

 

(くそ、せめて僕らだけでも大江山に急行しないといけないのに……!!)

 

 

焦りばかりが募る中、三人の背後でクラクションが鳴る。

 

認識阻害してるのに!?と驚いた3人が振り向くと、こちらを追ってくる巨大な影が一台。

 

パンクとは無縁のチューブレスタイヤ、対悪魔用加工がされた強化ジェラルミン製ボディ。

 

青を中心としたカラーリング、『G3』と『ガイアカンパニー』のロゴが描かれている大型トラック。

 

G3ユニットの移動基地『G3トレーラー』一号機であった。

 

 

「たっちゃん!こっちこっち、3人とも一旦荷台の方に乗って!アムロ君スピードおとして!」

 

「アムロじゃないです!尾室(オムロ)です!尾室 怜(おむろ れい)!」

 

「いいからとっととスピードおとして連邦の白い悪魔!」

 

「だからアムロ・レイじゃないです!!」

 

 

助手席の窓を開け、運転手であるオムロとコントしながらこちらに叫んでいるのは……。

 

 

「よっしゃー!追い付いた!我ながら最高の判断だったね!!」

 

「シノさん!?なんでこっちに……G3ユニットは!?」

 

「そーちゃん(ソフィア)に指揮取ってもらって別ルートで向かってる!

 私達より早く、あと数分で到着するよ!それより早く!!」

 

「は、はい!」

 

 

全力走行しているG3トレーラーの後部ハッチが開き、そこから乗り込め、と言われているようだ。

 

3人が飛び込むように中に乗り込めば、運転席から荷台の移動基地へ続くドアを開けてシノが入ってきた。

 

 

「とりあえず、時間が無いから手短に言うね!G3ユニットはしらみつぶしに探すことはできる。

 だけど、集団行動になるから目的地と思われる『首塚大明神の祠』までは間に合わない!!」

 

「それはっ……そうですが!」

 

「だから、到着したら麓だけでも周辺の悪魔を叩いて突入可能にしておく!

 ハルカ君は単独でシノさんたちより早く先行、大江山に突入して儀式を妨害!」

 

「は、はあ!?いや、単純な移動速度なら僕と後ろの二人そんなに変わらないんじゃ……」

 

「せやな、寧ろ空飛べるレムナントちゃんやレベル高いウチの方が早いかもしれへん」

 

「そのための『新兵器』を持ってきたんだよ、シノさんは!」

 

 

新兵器?とハルカたちが首を傾げた所で、シノが「じゃんじゃかじゃーん!」と言いながら荷台に積んであったシートをひっぺがす。

 

その下から現れた『モノ』に、一同が『新兵器』をここに運んできた理由を理解した。

 

 

「……バイク?」「バイクやなぁ」「バイクですね」

 

 

緑と黒と金、ギルスそっくりのカラーリングが特徴的な大型二輪車。

 

全体的にどこか生物的なフォルムを思わせる。甲虫や昆虫が二輪になったようなデザイン。

 

同時に、この車体から『それなりの強さ』を感じる時点で異常事態だ。

 

 

「タダのバイクじゃないよ!デモニカ専用支援バイク『トライチェイサー』の調整モデル!

 G3X用のハイエンド機である『ビートチェイサー』にギルスと同じ生体装甲を採用!

 

 式神搭載型試作二輪戦闘車両……『ギルスレイダー』さ!」

 

「……え、これ式神なんですか!?」

 

 

 

「自衛隊に納入予定の多脚戦車なんかのデータをフィードバックしてるけどね!

 

 一般的なバイクを戦闘用にブラッシュアップした操縦系統、しかも脳波コントロールできる!

 

 同調機能と各種センサーつきだから、ギルスレイダーの入手したデータはギルスも感知!

 

 ギルスと同調することでオフロードバイクすら軽く超える走破能力を獲得!

 

 『80度の急斜面』までは粘着して駆け上がることも可能で、パンクとも無縁!

 

 『全門耐性フィールド』を形成して障害物でも炎でも吹雪でもブチぬいて突撃突破!

 

 機械部分も式神だから回復魔法や回復アイテムで再生・修理可能!メンテナンスフリー!

 

 っていうかHP自動回復とディアラハン持ってるから破壊されても36時間以内には元通り!

 

 ハイエンド式神相当のAIも積んであるから自分で走って駆け付ける!!

 

 おまけに周囲に寄ってきた相手に『衝撃刃(万能属性)』で迎撃する機能付きー!!」

 

 

 

「説明なげーよ!あと盛りすぎでしょ!!これいくらコストかかってるんですか!?」

 

「ショタオジ特性拠点防衛用巨大式神として配備予定の『シキオウジ』3機分ぐらい」

 

「バカじゃねーの?!」

 

 

しかもハルカが式神アイでアナライズしたら『LV35』と出た。

 

シキオウジのLVが『60』と考えると、恐らく初期LVではなく成長性と機能拡張、そしてAIに振っている。

 

あとはシキオウジは地脈のMAGを利用して維持できるが、こいつはハルカのMAGと本体の貯蔵MAG次第なので初期レベルを絞ったのだろう。

 

エンジェルチルドレン編から数か月経過し、今のハルカのLVが『36』。エクシードギルスで『46』と考えるとこの辺りが妥当と判断されたらしい。

 

 

「……あれ、でもシノさん。つまり僕がコレにのって大江山に突っ込めってことですよね?」

 

「そうだね!異界の山道ぐらいは余裕で突っ切れるスペックはあるよ!」

 

「いやそうじゃなくて、僕小学生!バイクの運転なんてできません!!」

 

「無免許運転はいいんですか主殿……」

 

「そ、そこはギルスになる前から銃刀法違反してたし……」

 

 

話が脱線しかけたところでシノが「だいじょーぶい!」と胸を張る。

 

豊満バストがたゆんと揺れるがそれで取り乱す者はこの場にはいない。

 

阿部なら1揉みぐらいはしてたかもしれないし兄者ならまた弟者に突っ込まれる発言してただろうけど。

 

 

「先月の調整の時に、ギルスのボディに『運転』のスキルカード差しといたから!」

 

「いつのまにぃ!?ってうわホントだ!一般スキルの方に増えてる!?」

 

「完成までは自己アナライズで見えないようにしてたからね!サプライズのために!」

 

「やっぱしこの人ほどほどにマッドサイエンティストどすなぁ……」

 

 

が、やっぱりそれでも不安は付きまとう。

 

運転スキルは確かに便利だが、所詮は『一般スキル』。

 

スキルカードはフォルマの一種、人間や悪魔から抽出した概念をマグネタイトで物質化したモノ。

 

一般スキル(食事、性行、釣り等)は記憶の転写に近く、そこまで概念として重くない。

 

そんなスキルでこんなモンスターマシンの操縦とかできるのか?という疑問が浮かぶが……。

 

 

「大丈夫!少なくとも廃材だらけのビルの中ぐらいは走れるから!」

 

「えーっと、それは何を根拠に?」

 

「だってこのスキルカード、記憶元を提供してくれたのが成〇兄弟だから」

 

「なんてところからとんでもないモノもってきちゃってんのアナタ!?!?」

 

 

まさかの〇田兄弟、仮面ライダークウガとゴ・バダー・バの中の人である。

 

そりゃこんなモンスターマシンでも乗りこなせる、寧ろこの兄弟以上とか世界に何人いるかもわからない。

 

ギルスの超人的な身体能力や動体視力と合わせれば、特撮の世界が現実になる。

 

なお、記憶入手に関してはガイアカンパニーが主催するトライアル競技の大会で、健康診断のついでにさくっと入手してきたとのこと。

 

お礼にCM撮影の仕事が出演料超マシマシで依頼されたのでセーフ!とシノは笑顔で言い切った。

 

 

「というわけで!条件は全てクリアされた!」

 

「それ単独戦力で状況をひっくり返される側が言うセリフちゃうの?」

 

「ゆけいギルス!いいや……『仮面ライダー』!!」

 

「カメン……仮面ライダー?いやまあ確かに今からバイクのるから『ライダー』だけど……?」

 

 

疑問符を浮かべつつ、ギルスレイダーにまたがるハルカ。

 

同調機能と人類最高峰の運転スキルが起動し、身長140㎝ぐらいのハルカに合わせて一時的に車体が変形。

 

0.1秒未満でこれらの変形が行われるため、乗っている最中に変身・変身解除しても問題なく対応できるのだ。

 

説明の為に一度閉じられていた後部ハッチがもう一度開き、マシンタラップが展開。

 

 

「ギルスレイダー、発進!」

 

 

カタパルトに設置されたギルスレイダーが車G3トレーラー後方へと投下される。

 

非常に危険かつ難易度の高い作業だが、極まった運転スキルによってあっさりと成功。

 

(※G3系デモニカも運転サポートAIによって同様の投下が可能)

 

本来バイクは加速に従ってクラッチレバーとチェンジペダルを使いギアを上げていくのだが、

 

ギルスレイダーはハルカ/ギルスの思考と同調してタイヤの回転数を操作できるのでそういった作業も不要。

 

全速力で走れ、というハルカの意思そのままに、ギルスレイダーはG3トレーラーを追い抜き駆けていった。

 

 

「……よぉし、それじゃあほーちゃんとれーちゃんはこのままG3トレーラーでついていこっか!」

 

「まあ、全力疾走でスタミナ使うのもアホらしいしなぁ」

 

「わかりました。では少しでも早く主殿に追走を!」

 

「オッケー!アムロ君アクセル全開!」

 

「オムロです!了解!」

 

 

G3トレーラーのハッチが閉じ、トラックとは思えない速度で大江山へ向けて駆け抜けていく。

 

一応は覚醒者かつ、技術部とはいえ黒札である尾室の知覚能力なら事故とも無縁だ。

 

 

(……しっかし、シノさんがあんなの作ることになるとはねー)

 

 

元来、ギルスレイダーのようなワンオフ機はシノの趣味ではない。

 

シノのモットーは『多くの人に使える技術こそ発明の理想』。

 

F1カーも嫌いじゃないが、高性能高燃費な軽自動車こそ自分の理想だった。

 

だからこそ『G3MILD』を完成させたし、あれこそ自分の理想の体現だと思っている。

 

G3シリーズ共通規格によるパーツの融通、G3やG3Xにも換装可能な拡張性の高さ。

 

重量も(雀の涙程度だが)軽量化、それでいてデモニカに必要な機能は最低限搭載されている。

 

コストはG3から3割軽減、製造工程もだいぶ短縮できるし製造難易度も下げてある。

 

ブラックボックスと一部重要パーツ以外はシノ特性の『式神マザーマシン』での生産も可能。

 

細かいバージョンアップこそ今後も必要だが、基礎設計は既に完成といってよかった。

 

そんな彼女がなぜ、このようなワンオフ機極まりないバイクを作ったのか。

 

 

(やっぱさ……仮面ライダーには乗っててほしいじゃない、バイク)

 

 

電王はいいとして、と例外は置いといて、それでも『前世のヒーロー』にはよりヒーローらしくいてほしかった。

 

ただそれだけだ。阿部からの協力の願いを受け、ギルスレイダーを作ったのは。

 

こんな救いもクソもない世界で、ヒーローにヒーローらしくいてほしい。

 

たったそれだけの願いを込めて作られたマシンが、ギルスレイダーであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兎山司令から連絡、3分後に『特記戦力』であるギルスが到着予定!」

 

「よし、各部隊に通達!眼前の敵に『GG-02』を使用!

 一気に悪魔を殲滅してから道を開ける!」

 

『GG-02 サラマンダー』……GM-01 スコーピオンに連結して使うグレネードランチャーである。

 

対戦車榴弾も発射可能であり、自衛隊の最新式戦車ですら貫通・撃破可能な超火力装備だ。

 

当然スコーピオン以上の反動があるため、生身での使用は超人以外厳禁。

 

だが、現在G3シリーズに標準搭載されている武装の中では最高火力の切り札である。

 

 

「『GG-02』、アクティブ!いけます!」

 

「よぉし、撃てェ!!」

 

 

放たれた対戦車榴弾が悪魔の肉体を貫通し、体内で炸裂。

 

異界の出口付近で戦闘中だった『妖鬼 オニ』が次々と討ち取られる。

 

どれもこれもLV10以下だが、阿部やシノの予測では『儀式』が進むとさらに強化・増殖する。

 

その前になるべく数を減らし、後からくる『黒札』級の戦力の突入を補佐。

 

さらに比較的低レベルの悪魔が異界の外に出ないよう殲滅するのがG3ユニットの役目であった。

 

 

「『ギルス』、来ます!」

 

「総員退避、退避ーッ!道を開けろー!!」

 

 

前線で指揮をとっていたタティアナの号令で、G3MILDたちが慌てて道を開ける。

 

タティアナの『G3』やソフィアがこの任務の為に強化した『G3X』も横にどいた。

 

そうしてできた空白に、生物的なシルエットの二輪車が突っ込んでくる。

 

 

「……ご武運を、『仮面ライダー』!」

 

「はい、ソフィアさん! ……変身ッ!!」

 

 

赤絨毯ばりに整えられた舞台に突っ込み、車上で変身。

 

『相棒』とそっくりの深緑の生体装甲、赤い瞳に黒いボディ。

 

ギルスレイダーが『ギルス』との同調にさらなる唸りを上げ、衝撃刃で木々を切り裂きながら山道を駆け上がっていく。

 

G3ユニットの面々があまりの速度とアナライズ結果にざわつく中、ソフィアだけが仮面の下で薄く笑みを浮かべていた。

 

 

『師匠、こっちですこっち!ほんとに人が倒れてます!』

 

『おお、俺の美女アンテナはやはり現役だな! ……ちいと年上だが!』

 

『言ってる場合ですか!運びましょう!!』

 

 

海棲悪魔から死ぬ気で逃げ回り、稚内のどこかに漂着したソフィアたち。

 

身元も知れない死にかけの人間をその背に背負い、自分たちの拙い日本語を理解して。

 

凍傷寸前の体の治療どころか、自腹を切ってこの火傷跡まで直そうとしてくれた二人。

 

その片割れであり、あの小さな体で自分を背負って雪原を歩いていたハルカを、ソフィアは今でも敬愛している。

 

もう一人の恩人である阿部が言っていた、彼女にとってのヒーローの称号が脳裏をよぎった。

 

 

「タティアナ」

 

「? どうしました、隊長」

 

「メシアの連中が言うような神を、私は信じていない。ジャパンで信じられているホトケとやらもな」

 

 

神や仏を名乗る悪魔はいても、本物の神仏はこの世にいない。

 

自分達を救ってくれるような神も仏もいるはずがない、それはG3ユニットの共通認識だ。

 

タティアナも「何故急にそんな話を?」と思いつつ、発言には同意した。

 

 

「それでもな、私は信じてみたいことがある。お前も信じてみないか?」

 

「……何をですか?」

 

「決まっている」

 

 

火傷と傷だらけの体、威圧感満載の強面のはずなのに、どこか少女のような笑みを仮面の下に隠して。

 

トライチェイサーやビートチェイサーのテストドライバーをした際に見せられた、ギルスレイダーにシノが残した言葉を思い出す。

 

あのマシンは『仮面ライダー』というヒーローのための相棒なのだ、と。

 

 

 

「たとえ神も仏もいなかったとしても……『仮面ライダー』はいる、ってな」

 

 

 



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「だから見ててくださいッ!!僕の……」

 

 

……実の所、今回現場にいる人間で最も焦っていたのは鷹村ハルカであった。

 

 

『鬼子』の儀式の事は鬼灯から聞いた、だからこそ未だに迷いもある。

 

仮に紅葉が人柱なら何も言うことはない、助け出してそれで終わりだ。

 

どんな強敵が立ちはだかっても、どれだけ不利な状況でも、ハルカは揺らがないだろう。

 

だからこそ、最も恐れている事態が常に頭をちらついている。

 

 

(もしも紅葉が鬼子だったら……僕は、どうすればいい……?)

 

 

鬼子は儀式の過程で既に15人の少年少女を殺害している。

 

それは紛れもない『悪』であり、場合によってはハルカが討たねばならない事もあるだろう。

 

しかし、あの時ハルカと遊んだ紅葉からは、そんな行為を嬉々としてやるような狂気は感じられなかった。

 

ならば人柱なのかと思ったが、それにしては周りの人間に大事にされすぎている。

 

ぐるぐると思考が同じところをループする、一体自分はどう向き合えばいいのか。

 

 

被害者ならば何としてでも守るだろう、そして救おうとするだろう。

 

加害者ならば何としてでも倒すだろう、そして討とうとするだろう。

 

たとえそれが肉親であろうと、ハルカは決断した後に迷うことはなかった。

 

 

(だけど……『被害者であり加害者』であるのなら、どうすればいい?)

 

 

紅葉の全てを諦めたような色を塗りたくった眼を、ハルカは知っている。

 

かつて阿部に救われる前の自分を、鏡越しに見たときとそっくりだ。

 

あの時の自分を、ハルカは明確に『被害者』だと思っている。

 

ただただ自分の手に入れた力に酔いしれるような性根ならば、あんな目はしない。

 

何一つ答えの出ないまま、ギルスレイダーは立ちはだかる『妖鬼 オニ(LV8~10)』を粉砕しながら駆け抜けていき……。

 

 

「何者だ!?」

「鬼ではない、異形の怪物か?!」

「紅葉殿に近寄らせるな!者共かかれ!」

 

 

護衛達に守られながら巫女服を身にまとった紅葉と、目隠しをされ泣きじゃくる少年少女たちを見てしまった。

 

分かり切っていたことだった、ただ、受け入れる時間がもう少しだけ欲しかった。

 

鷹村ハルカにとって、生まれてから10年間で刻み込まれたこの世の真理。

 

 

(世界はいつだってクソッタレだ)

 

 

最初に襲ってきた護衛の男を、ギルスレイダーから飛び降りつつ殴り倒す。

 

鬼の力を発揮し変貌した護衛の剛腕を、木の枝のようにへし折る。

 

アギ系らしき魔法を放った女に突っ込み、火球を弾き女を蹴り飛ばす。

 

ギルスレイダーに指示を出し、人柱らしき少年少女を蕎麦の配達みたいに無理やり積み込んだ。

 

念力のような物資運搬補助機能があるらしい、こんなことに使うのが初使用とは思わなかったが。

 

ついでのように倒れている護衛もくくりつけ、引きずって持って帰ってもらう。

 

 

そして、ついに対峙するギルスと紅葉。

 

目隠しをしていても見えているのか、紅葉はうつむき表情が見えない。

 

なんとか握りしめようとする拳に力が入らない、普段なら燃え上がる闘志が燻る。

 

みるからに普通の子供だった、今日、ほんの少し遊んだ程度の間柄。

 

だが、まるで鏡映しのように紅葉の事が理解できてしまったのは、きっと気のせいではない。

 

彼もまた、これだけ強靭な意思と正義の心があっても『力』の一点でどうしようもなかった。

 

権力も武力も霊力も財力も、そして数という力すら奪われれば容易く抑え込まれてしまった。

 

力のない正義なんて、綺麗ごとを吐くだけの夢想家・思想家と変わらない。

 

ただの子供だった自分に、何ができたというのか。

 

そして、それは紅葉も同じだ。

 

少しばかり当時の自分より力はあるが、その程度では何も変わらない。

 

大人たちの身勝手な都合に振り回される子供に、選択肢など無いのだ。

 

 

「…………『鬼子』は、君か?」

 

 

必死に意思の力を絞り出しながら、問いかける。

 

 

「……はい。 ボクが、蔵土師家の今回の鬼子です」

 

 

どこか諦めたように、紅葉が言い切った。言い切ってしまった。

 

折れそうになる心と膝を無理やり奮い立たせ、自分の信念を保つ。

 

誰かの為に、人の為に、自由の為に、未来の為に。

 

しかし……。

 

 

「ボクからも1つ、質問いいですか?正義のヒーローさん」

 

「……なんだ」

 

「なんで、もっと早く来てくれなかったんですか?」

 

 

 

その一言が、鷹村ハルカの鋼の心にヒビを入れた。

 

 

 

「五歳の時や、七歳の時に来てくれれば……人柱の数は、もっと少なくて済みました。

 

 三歳の時に来てくれれば、ボクはそもそも、人を殺さずに済みました。

 

 いや、もっと早く、もっともっと早く来てくれれば……こんなことには、ならなかった」

 

 

 

脚が震える、吐き気がする、頭痛と悪寒が止まらない。

 

 

 

「ボクは、なんとか自分を正当化しようとしました。つらかったから、苦しかったから。

 

 生贄を殺す事も……そのために、ボクが鬼子として教育されるのも。

 

 生贄の子たちと違って、いつもいつも霊能力の修行と勉強ばかり……。

 

 サッカーだって、野球だってやってみたかった。ゲームもマンガもアニメも見たかった」

 

 

 

どうしようもないぐらい、紅葉の言い放つ言葉は被害者である子供のソレであり。

 

 

 

「だから、必死に恨もうとしたんだ。人柱の子たちは自由に遊んでる。

 

 ボクが必死に修行をしてる間、好きなように、なんだってできる!

 

 お父さんもお母さんも鬼に食われたボクと違って、親もいるんだ!

 

 ……それなら、ボクの恨みをぶつけるぐらい、いいんじゃないか、って」

 

 

 

恨みつらみがあったのは本当だろう、今の言葉には憎悪もこもっていた。しかし。

 

 

 

「それでも、それだけじゃ殺せなかった。3歳の時は訳が分からないまま殺してしまった。

 

 5歳の時はもう少しわかってたけど、それでも大人たちにやれと言われて殺してしまった。

 

 ボクが、被害者と言えたのはここまでなんです。七歳の時に、ボクは、ボクは……」

 

 

 

憎悪だけで殺せるほど、身勝手にはなれなかった。その結果。

 

 

 

「『これは人々を守るために仕方のない事なんだ』って、そう思いながら、殺したんだ……!

 

 なんで、どうして!ボクが『加害者』になるまえに、助けてくれなかったんですか!?

 

 何で今更……ボクが『裁かれる側』になったとたんに、現れるんですか!?

 

 不公平だ!人柱の子たちは今まで愛されて、自由に、好きかってに生きて……

 

 なんで、救いに来る正義の味方まで、奪われなきゃいけないんですかッ!!」

 

 

 

恐らく、これは紅葉にとって初めて『本気で人に憎悪を向ける』瞬間なのだ。

 

儀式の中断のせいか、あるいは『七五三』の生贄までは完了していたせいなのか。

 

じわじわと紅葉の憎悪に反応し、祠から血なまぐさいMAGがあふれ出してくる。

 

 

 

「こんな着物や巫女服なんて着たくなかった!ボクは……ボクは『男の子』なのに!

 

 もっとお外で遊びたかった!学校で変な目で見られる女の子の着物なんて大嫌いだ!!

 

 魔除けの風習とか!庶民の視線なんて気にするなとか……できるわけないじゃないか!!

 

 なんでこんなに苦しみ続けたのに、貴方は、ボクを救ってくれなかったんですかッ!?」

 

 

……着物の上から見える『骨格』で、ハルカは紅葉が『彼女』ではなく『彼』であると気づいていた。

 

だからこそ、ゴム鞠で遊ぼうと言ったときに手鞠歌等ではなくキャッチボールだったことをあっさり受け入れたのだ。

 

我慢の限界を迎えたのか、集まってきたMAGを身にまといながら涙を流す。

 

鬼に染め上げられる苦しみと共に、ようやく見つけた『自分の怒りをぶつけてもいい相手』に対して向き合ったのだ。

 

 

『自分を救ってくれなかった正義の味方の敵になる』

 

 

字面だけみれば身勝手極まりないが、この状況で紅葉を責められる人間は多くはない。

 

なんせ事情を知ってる人間からすれば、大人の食い物にされた虐待児童同士の共食いである。

 

 

「これはただの癇癪と八つ当たり、そんなことはわかってる、でも……。

 

 このまま人柱の子たちだけがあっさり救われる。そんなの絶対に耐えられない。

 

 ボクは……このまま鬼に……『茨木童子』に染まるぐらいなら!

 

 ボクの『癇癪』まで、奪われるぐらいならッ!!」

 

 

紅葉に集まっていたMAGが形を成していく。ギルスは知る由もないが、それはマヨナカテレビ等で起きる『シャドウ』という現象に似ていた。

 

紅葉の前世は『茨木童子』、酒呑童子の右腕である、大江山のナンバー2だ。

 

そう、紅葉が今回の鬼子に選ばれるほど高い霊能力を持っていたのは、茨木童子の転生者だったから。

 

既に『覚醒』と共に自分の前世について認識し、自分が儀式によってじわじわと『茨木童子』に近づいているのを一人抱え込んでいたのである。

 

オマケに茨木童子の『女装をして渡辺綱から切り落とされた腕を奪い返した』逸話から、余計に茨木童子とのシンクロ率が上昇。

 

 

心の中の影の代わりに前世の形を使い、それに儀式によって得たMAGで肉体を与える。

 

シャドウの亜種ともいえる過程を経て、ついに紅葉は新たな姿に変貌する。

 

周囲に浮かぶ鬼火の玉、意のままに動き、紅葉の周囲を飛び回る。

 

民間伝承の『八尺様』以上の女の巨体、推定身長は5mほど。

 

赤い肌に露出の多い着物を着ており、顔には鬼の面を被っている。

 

そして胴体に当たる部分に、巫女服姿の紅葉が磔のように埋まっていた。

 

 

【 邪鬼 イバラキドウジ LV49 】

 

 

『ボクの八つ当たりを受けて、力尽きろ、遅れてきた正義の味方ッ!!』

 

 

巨体から放たれた回し蹴りが、戦意喪失寸前のギルスを蹴鞠のように吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(僕は……なんのために……)

 

 

自分の体を掴み上げられ、木々を巻き込みながら投げ飛ばされる。

 

蹴られ、殴られ、空中で鬼火の力を使った『アギダイン』で追撃まで喰らう。

 

痛みも苦しみもあるのに、それでも闘志は燃え上がってくれなかった。

 

ヒーローはいつだって、誰かが傷つくような場面になってから動き出すものだ。

 

逆に言えば、『既に傷ついた人』はヒーローが救えるとは限らないし、『傷つかないよう守り切れる』とも限らない。

 

名探偵だって救世主だって英雄だって、何かコトが起きてから役にたつからこそ、そう呼ばれるのだ。

 

 

(こんな力が、あったって……救えやしないじゃないか……)

 

 

今の紅葉の心に響く言葉を、ハルカは持ち合わせていない。

 

同じように理不尽な世界に虐げられて、何もできなかった側だからだ。

 

贖罪のように紅葉からの暴力を受け止めながら、ふらつく体を立ち上がらせる。

 

 

力を手に入れて、変われたと思っていた。

 

生まれ育った家と決別して、変われたと思っていた。

 

霊山同盟のみんなの笑顔を見て、変われたと思っていた。

 

エンジェルチルドレンたちの再起を見て、変われたと思っていた。

 

 

(なんにも変われちゃいない……ちっぽけな、子供のままだ)

 

 

それでも、ギルスは立ち上がる。

 

みぞおちを蹴り上げられ、体が宙に浮いたところに回し蹴り。

 

地面と水平に吹っ飛んでいき、大木に叩きつけられてようやく止まる。

 

 

(なあ、鷹村ハルカ。お前はなにを自惚れていたんだ?能無しのくせに)

 

 

それでも、ギルスは立ち上がる。

 

頭を掴まれ、小さなクレーターができるまでなんども地面に叩きつけられる。

 

振り回され、投げられ、アギダインを撃ちこまれ、もはやどちらが上かもわからない。

 

 

(お前に出来ることなんて、今も昔も1つだけじゃないか)

 

 

それでも、ギルスは立ち上がる。

 

連発されたアギダインのせいで、周囲は火炎地獄のごとき山火事だ。

 

生体装甲にはヒビが入り、体中にどれだけ怪我と火傷を負っているのか考えるのもイヤになる。

 

それでも、ギルスは……いや。

 

 

『仮面ライダー』は立ち上がるのだ。

 

 

「……紅葉。僕も勘違いしていたことがあるんだ。

 君の心に響く言葉の1つでも探そうとしたけど……

 殴られながら考えても、何一つ浮かばない」

 

 

(……声は低いけど、『僕』?それにボクの名前を……?)

 

 

わずかに覚えた『違和感』から紅葉が答えに行き着く前に、ギルスが声を張り上げる。

 

 

「僕にできるのはいつだって、体を張ることだけだった。いつだって、どんな時だって!

 

 誰かを救うために、守るために!それしかできない能無しだった!

 

 過去の君は救えない、でも!それでも今、今の君に間に合ったなら!

 

 目の前の君を、他の誰でもなく……君を救いたいんだッ!!」

 

「ッ……まだそんな綺麗事を!」

 

 

偽善者の甘ったれた綺麗事なんて聞きたくもない。

 

そう言おうとした紅葉の殺意を、それ以上の気合で押し返す。

 

 

 

「綺麗事だっていいじゃないか!だからこそ現実にしたいんだ!

 

 本当は綺麗事がいいんだ、誰だって!最後が涙だけなんて悲しすぎるじゃないか!!

 

 バカみたいな綺麗事を言う『ヒーロー』がいたって、いいじゃないか!

 

 いないっていうなら……僕がそんなヒーローになる!」

 

 

 

あまりの気迫に「うっ」と紅葉……イバラキドウジがたじろぐ。

 

融合が進んだせいで、悪魔であるイバラキドウジの意識も幾分か混じりつつある。

 

それでも一歩、後ろに仰け反った。気迫だけで名高き鬼を怯ませたのだ。

 

 

 

「これ以上ッ!こんな悲劇のためにッ!誰かの涙は見たくない!!

 

 皆に笑顔で……いて欲しいんですッ!!

 

 だから見ててくださいッ!!僕の……」

 

 

 

ギルスのベルト『メタファクター』にはめられた宝石、通称『賢者の石』と呼ばれるMAG供給装置が色を変える。

 

ギルスの緑からエクシードの黄色へ……そして鮮血や業火を思わせる『赤』へ。

 

 

 

「 変 身 ッ ! ! ! 」

 

 

 

全身から爪(ギルスクロー)が飛び出す、エクシードギルスへの変形。

 

しかし、同時にそのギルスクローが『発火』する。

 

アギダインによって巻き起こる火炎に飲まれたのかと錯覚するほどの熱量。

 

しかし、逆にその火炎を侵略するほどの『業火』が巻き起こる。

 

 

基本的なフォルムはそのままに、胸の制御装置兼強化装置『ワイズマン・モノリス』まで真紅に染まり、

 

全身に巻き付いた触手型生体装甲『ギルスワーム』、それに繋がった拘束用触手型武器『ギルススティンガー』までもが高熱を帯びている。

 

その発生源は、メタファクターを囲むように追加された『ドラゴンズアイ』というパーツ。

 

これがフィルターのように賢者の石から伝達されたMAGを炎エネルギーに変換、ワイズマン・モノリスによって制御し。全身に循環させているのだ。

 

 

明らかにエクシードギルスとは違う『変身』。

 

余りにも大きすぎる力の本流に、本能のままギルスが咆哮を上げる。

 

 

 

 

「 ヴ ォ オ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ ァ ァ ッ ッ ! ! ! 」

 

 

 

 

 

『 エクシードギルス バーニングフォーム 』

 

本来は存在しない姿と力。

 

しかし『アギトの力』ならば、あるいはあり得たかもしれない異形が顕現した。

 



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「師匠が言ってたからね。『男は同じ男が惚れ込むようないい男になって一人前』って」

 

「炎……だって……!?」

 

 

自分がさっきまで放っていたアギダインを上回るほどの熱量。

 

それを体の内側から生み出し、爪にまとわせながら一歩一歩近づいてくる。

 

しかし、見るからに歪な変身だと紅葉/イバラキドウジですら一目で理解できた。

 

あまりの熱量が体中を駆け巡るせいで、自分の熱で自分の体を焼いているのである。

 

そして焼けた端から肉体が高速再生、再生速度が上回ってるので直ちに影響はないレベルに収まる。

 

地獄の苦しみのはずだ、なのに、それを感じさせる動作を一切しない。

 

 

「ッ……このっ!!」

 

 

自傷行為込みとはいえ炎を生み出す肉体、イバラキドウジは火炎耐性があると判断。

 

巨体任せの剛腕を振り下ろす。そこらの悪魔なら一撃で地面のシミに変わる打撃だ。

 

それを目にもとまらぬ速さで連打。『暴れまくり』と呼ばれるスキルである。

 

 

だが、ギルスは『丸めた新聞紙を手ではらいのける』ような軽さで、右手だけで受け流す。

 

 

「なっ……」

 

「ヴォアアアアアァァァァッ!!」

 

 

そこからカウンターのように振り上げられた左手のギルスクロウが、まるでバーナーで銅板、いや飴細工を焼き切るような軽さでイバラキドウジの手首から先を切り飛ばす。

 

痛みに呻く間もなくもう一度刃が翻り、横薙ぎの一閃がイバラキドウジの右膝から先を切り落とした。

 

 

(早いっ!?目で追うのがやっと……これだけ強力な鬼を宿したのに!?)

 

「ヴオオオオオオオォォォッ!!!!」

 

「っ!?」

 

 

右足を切り落とされ、体制を崩したイバラキドウジにとびかかるギルス。

 

ほとんど反射的に残っていた腕で殴り掛かるが、それをギルスクロウを出した腕で迎撃。

 

しかしイバラキドウジもMAGを集中させることで刃のように爪を伸ばし、ギルスクロウを受け止めた。

 

 

「『ええい、『爪刃』まで使うことになろうとは!現代の異形め、やりおる!!』」

 

(!? ボクの声じゃない、イバラキドウジの声?!)

 

「ヴヴヴヴヴ……!!ヴオオオオオアアァアアアァアァァアアッ!!!」

 

 

ディアラマを唱え、切り落とされた脚と腕を再生させるイバラキドウジ。

 

ダメージこそ受けたが内蔵MAGを考えれば瀕死には程遠い。

 

核となっている紅葉の限界がくればどちらにせよ終わりだが、それでも幾分余裕はある。

 

イバラキドウジとの融合が進んだことで、戦闘慣れしていない紅葉が引っ込んだのもプラス材料だ。

 

紅葉では目で追うのがやっとなギルスの動きも、イバラキドウジならば反応できる。

 

 

 

一方のエクシードギルスは若干動きが鈍りつつある。

 

全身から放出している高熱はエクシードギルス自身も傷つけ、ほぼ常時自動回復が発動しているせいで貯蔵MAGを垂れ流しているに等しい。

 

元々エクシードギルスは燃費の悪い形態だ、はっきりいって『仕様外形態』であるバーニングフォームは色々と無理がある。

 

 

……ついでに言うと、体内に収納されているギルスクロウ等が高熱を帯びているということは、

 

全身に巻き付いているギルスワームと合わせて遠赤外線効果も真っ青の直火焼きに等しい。

 

痛覚カットをオミットする代わりに再生能力を強化しているボディなので、

体中に焼けた鉄杭を何本もぶっ刺されながら火炎放射器で焼かれているような痛みを常時感じている。

 

 

(MAGの減る速度を考えて、この形態は持って3分!残り2分を切ってる!)

 

 

だが『その程度』の痛みでぎゃあぎゃあ騒ぐようなら彼はギルスに選ばれていない。

 

星霊神社式ハード苦行を次々と乗り越え、ショタオジをして『前世は覚者か何かかな?』と思ってしまうような精神力の持ち主。

 

魔法の才はない、武術の才も並の上、知力も少しばかり早熟だが賢者には程遠い。

 

しかし、人を引き付ける魅力とメンタルの強さ、この2点に関しては間違いなく超人である。

 

痛みを気合で押し潰し、烈火の咆哮と共に疾走する。

 

『爪刃』を両手に生やしたイバラキドウジがそれを迎え撃った。

 

ギルスクロウと爪刃が交差するたびに甲高い音と火花が散り、火花は一瞬で業火に飲まれ消えていく。

 

時折蹴りも交えてヒールクロウを使った攻撃で不意を突き、ギルスフィーラーでの拘束といった搦手も狙っていくが、しかし。

 

 

(この異形、予想以上に戦えるが……あふれ出る力を制御しきれていない!攻撃が荒いぞ!

 

 炎に強いこの体すら焼く『業火』の秘密は気になるが……十分に勝てる!!)

 

「グウウゥゥ……!!」

 

 

バーニングフォームの第二の弊害。単純に出力が高すぎてぶっつけ本番で使うには持て余す強さなのだ。

 

マウスをちょっと動かしたら画面の端から端までカーソルがすっ飛んでいくような状態、と言えばいいだろうか。

 

抑えようと思えば力が出ない、解放しようと思うと空回りする。

 

余りにもピーキーでじゃじゃ馬な形態、それがバーニングフォームだ。

 

私の愛馬は狂暴です、なんて次元じゃない。

 

 

(だが少しずつ動きになれつつあるな……完全に馴染む前に仕留める!)

 

 

イバラキドウジの判断自体は間違っていない。

 

バーニングフォームがどれだけ維持できるかイバラキドウジにはわからない以上、

純粋なスペックでは自分を上回りかねない力が制御できるようになるのを恐れるのは当然だ。

 

今も爪剣が高熱で焼き切られかねないほど押し込まれているのだ、長引いてまた手首ごと切り落とされるリスクは無視できない。

 

『破壊力』に関してはイバラキドウジが全力で警戒するモノがあの業火にはあるのだ。

 

 

(MAGの密度は下手をすれば酒呑童子様の鬼火、あるいはそれ以上!いったいなんだあの炎は!?)

 

 

カグツチの火でも全身から噴き出しているのか?とイバラキドウジが疑ってしまうほど。

 

それほどまでにあの『業火』は異質だ。しかもイバラキドウジのような『魔』に対する特攻らしきモノまで感じる。

 

 

(あの火を見ているだけで何故か気分が悪くなる……一気に仕留めさせてもらう!!)

 

(だめだ、このままだとギルスのボディが先に限界が来る!速攻でカタをつける!!)

 

 

お互いに『短期決戦』という答えに至り、後退のスイッチを同時にブチ壊して前に出る。

 

とはいえ体格からくるリーチの差は圧倒的だ。ギルスが身長2mなのに対し、イバラキドウジは4~5m。

 

単純に腕の長さも倍近くある以上、ギルスはイバラキドウジの急所を狙う事はできない。

 

なにより、この世界は『体格』や『種族』によるステータス差が存在する。

(byカオス転生外伝)

 

たとえば手のひらサイズのピクシーと一般的な成人男性の覚醒者がいたとして、どちらも『力』のステータスが5だったとしよう。

 

その場合、体格差によって成人男性の方が『力』は強くなる。

 

ダイダラボッチのような『巨人』とか『剛力』の逸話がある悪魔は当然それに比例して『力』に補正がかかる。

 

つまり、仮に人間で『力』255まで育てた者がいるとして、自分より巨大な悪魔の『力』255には純粋な腕力で押し負けるのだ。

 

そしてイバラキドウジは人間ではありえない巨体として自分を構成した。物理型にとってこれほど厄介な相手はいない。

 

 

 

そのイバラキドウジを一本背負いでブン投げるギルスがいた。

 

 

 

「『ぐおっ!?』」

 

(人間に近い体格なら『人間を想定した』武術が通じるんだよぉっ!!)

 

 

山梨支部にて、精神と時の部屋じみた時間異常空間でスイキ・フウキ・キンキ等に徹底的に仕込まれた武術。

 

まだまだ『積み上げる』余地こそあるが、スペック重視で戦う一般的な悪魔では対応できる範疇を超えている。

 

もちろん、普通なら身体能力の差で『格闘技素人の熊』VS『空手5段のアリ』みたいな勝負になる以上、そもそも一般的な悪魔に武術を学ぶ理由はない。

 

だが、このレベルに至った超人の身に着けた技術は、間違いなく悪魔に通じる武器となっていた。

 

 

「ヴォオオオオオオアアアアアアァァァァァァァアア!!!」

 

(残り1分! 持つか!? 持ってくれよぉ!! 全開だァッ!!!)

 

 

「『調子に乗るなよ人間ゥッ!!』」

 

(まずい!依り代になってる人間(紅葉)のMAG出力が足りん!)

 

 

ここにきて、核になっている『部品(パーツ)』の性能差が出てきた。

 

ギルスはガイア連合のハイエンド級式神、その基本性能は黒札転生者にも匹敵する。

 

しかしイバラキドウジは疑似的なシャドウ、どうやっても核となる紅葉の才能限界が足を引っ張る。

 

無論戦闘力で言えば互角だが、『ここぞという時に無茶ができるか』という1点で差がついたのだ。

 

いくら紅葉からMAGを吸い上げようと、LV7である彼から供給されるMAGには限界がある。

 

周囲がイバラキドウジに最適な環境である事、酒呑童子の祠から漏れ出したMAGを吸収した事。

 

さらに『胴体に埋まっている紅葉の手足までMAGに変換する』ことでギリギリ肉体を維持していたのだ。

 

 

その明確な『差』は、素早く起き上がったイバラキドウジの突き出した爪刃が、腕ごとスライスされるという結果で現れた。

 

咄嗟に後ろに引いてアギダインで牽制しようとしたイバラキドウジの足に、高速で伸びてきたギルススティンガーが巻き付く。

 

 

「ヴォオオオオオオアアアアアアァァァァァァァ!!!」

(ギルスクロウは今ので限界!!ギルススティンガーもだいぶマズい!!)

 

「『こ、のぉっ……!!』」

 

 

ギルスクロウは武装型式神、こちらにも自動再生機能はついているが、ギルス本体とMAGを共有しているという性質が仇になった。

 

全身どころか体の内外が燃え上がるバーニングフォームは恐ろしい勢いでMAGを消耗する、武装型式神に割く維持コストを払いきれなくなるほどに。

 

ギルスクロウを収納、残った力全てを火力に回し、それを腕に集中する。

 

 

「……十分、だろうが、もう!」

 

「なに……?!」

 

「今まで何十人、何百人も、生贄を食らって来ただろうが!

 

 あの一族の自業自得とはいえ……腹いっぱい、食ってきたんだろう!?」

 

 

イバラキドウジが左腕を振り上げる。

 

ほとんど同時に、エクシードギルスも右腕を構えた。

 

 

「もういい……」

 

 

互いの拳が同時に突き出され、激突。

 

業火を纏った『バーニングライダーパンチ』が、爪刃を砕きイバラキドウジの打撃と相殺。

 

周囲の木々を焼き払い吹き飛ばすほどの高温と衝撃が生まれ、互いの姿を陽炎の中に覆い隠す。

 

 

 

「もういいだろぉっ!!!!」

 

 

 

『バーニングライダーパンチ』とは、バーニングフォームの必殺技である!!

 

自身の生み出した業火を拳に纏い、全力のライダーパンチを放つ!!

 

相手に撃ちこまれた業火は、敵を一撃で爆砕!粉々に吹き飛ばすのだ!!

 

 

(この、この炎はまさか!?あのクソッタレのメシアン共が使っていたソレに似ている!?

 いや、もっと純粋で、さらに古い……!?)

 

 

イバラキドウジの拳の中に業火が撃ち込まれ、腕に真っ赤なヒビを入れながら駆け上がっていく。

 

肩を通りこし胴体に到達、イバラキドウジの全身がヒビだらけになり……。

 

 

「ぐ、ぐあああああああぁあああぁああ!?貴様、まさ、か、シナイの ────── 」

 

 

内側から炎を吹き出しながら、体がはじけ飛んだ。

 

四肢をMAGに変換され食われていた紅葉も、その衝撃で放り出される。

(※

ちなみにもう少しバーニングライダーパンチの出力が強かったら巻き込まれていた)

 

四肢を無くしたその体を、ついにギルス形態すら維持できなくなったハルカが受け止める。

 

肉体再生が追い付いていないようで、全身のあちこちに重度の火傷を負っている。

 

黒く炭化した部分すら見えるその肉体で、それでもしっかりと紅葉を抱き留めた。

 

 

「ああ、やっぱり……君、だったんだ」

 

「……気づいてたのか?」

 

「うん……そんな気が、してたんだ」

 

「……そう、か。嫌いに、なったか?」

 

「ううん。 寧ろ……惚れ込んだ、かも」

 

「……そりゃあ光栄だ。

 

 師匠が言ってたからね。『男は同じ男が惚れ込むようないい男になって一人前』って」

 

 

ハハハ、と互いに笑みを漏らす。

 

全身全霊で殴り合った、お互いに生まれて初めての『友達』とのケンカだ。

 

だから、さっぱりするまで殴り合ったから、それでいいのだ。

 

 

「とはいえ、お互いMAGもすっからかん……死ぬ前に下山して、治療しないと」

 

「……できるの?ボク、もう手足無いけど……」

 

「なに、僕だって似たようなモンだったし、師匠ならきっとなんとか……」

 

 

その時、暗がりから「ぐ、う」といううめき声が聞こえ、即座にハルカは臨戦態勢を取る。

 

腕に抱えた紅葉をぎゅっと抱きしめながら、声の主……瀕死のイバラキドウジをにらみつけた。

 

 

「ぐ……まさか、『聖霊』のごとき加護を得た者が、このような異形とはな……」

 

「……?(『精霊』?フレイミーズとかサラマンダーのことか?)」

 

 

盛大なアンジャッシュをしながらも、会話は続く。

 

 

「だが、私も大江山の副首領……野望だけは、果たす!」

 

「っなにする気だ?!もう負けただろ、お前は!!」

 

「ああそうだ、私は負けた!だが……大江山の喧嘩はここからだ!」

 

 

ゴウッ、と最後の力で鬼火を起こし、身構えたハルカを無視して『首塚大明神の祠』に叩き込む。

 

 

「酒呑童子殿、『メシアンの封印』は破壊いたしましたッ!!

 

 どうか私を……『最後の生贄』として、お使いくだされ!!」

 

 

『────────── お前はいつも真面目だな、茨木』

 

 

重低音の、威圧感に満ちた声が聞こえる。

 

それを聞いたイバラキドウジがどこか満足したような笑みを浮かべ、MAGへと溶けて消えた。

 

妖術に長けたイバラキドウジの手により、その血肉を『最後の人柱』として儀式が完遂する。

 

いつものようにごくごく小さな『封印の綻び』が発生、本来ならここから漏れ出た酒呑童子のMAGを『加護』として吸収するのだが……。

 

 

メキィ、と軋むような音を立て、空間にヒビが入り広がっていく。

 

地面の少し上にできたひび割れは、そのまま木々を追い越し上空へと伸びていく。

 

つられて二人の視線も上に上がり、段々とヒビが大きくなるほど大江山の周囲の人間も異変に気付く。

 

麓で戦っていたG3ユニット、ハルカたちの方に向かっていた鬼灯とレムナント。

 

流石兄弟がかき集めてきた戦力も、高まっていく鬼種のMAGに何事かと視線を上げていく。

 

 

 

『何百年ぶりだァ……本気の喧嘩なんざ。メシアン共は俺が寝てる間に封印しやがったからなァ……』

 

 

はっきりいって、この『鬼の王』はGHQにまぎれてきたメシアンが封印できるような悪魔ではない。

 

元々頼光四天王や地蔵たちが施した封印があり、その地蔵たちをメシアンが粛清。

 

封印が緩んできたので上からメシア教式の封印を重ねただけなのだ。

 

蔵土師一族が使っていたのは、この2つの封印の隙間……例えるならウィルス対策ソフトを同時起動したせいで起きたエラーだ。

 

無論、どこぞの這い寄る混沌がそのエラーに目をつけて、悪用できる儀式を横流ししたのだが。

 

結果として、血なまぐさい儀式によって酒呑童子の『怪物としての側面と力』は最高潮に達し……。

 

 

 

『──────── 京の都吹っ飛ばしても暴れたりねぇぞぉ!!!!!!』

 

 

真っ赤な肌、立派な角、筋骨隆々の肉体。

 

まさしく『鬼』というイメージそのままの大悪鬼、酒呑童子が復活した。

 

そしてなにより問題なのは、その『サイズ』と『強さ』だ。

 

 

「……なん、だよ……この、バケモノは……!?」

 

 

酒呑童子の足元で、茫然としたようにハルカが呟く。

 

酒呑童子は『巨体』というレベルではなかった。いつか阿部に連れられて見学したお台場ガンダムよりなおデカい。

 

50mか、あるいは60mか、なんにせよ人間が生身で相手していい大きさを超えている。

 

 

「しかも、レベルが……『計測不能』……?!」

 

 

アナライズ結果は 『妖鬼 シュテンドウジ LV ???』

 

 

ハルカの式神アイによるアナライズは、対象悪魔をガイア連合基準で『LV99』まで計測できる。

 

つまり、目の前の大悪鬼のLVは『100以上』ということになる。

 

威圧感に飲まれた紅葉は一瞬で失神しており、ハルカもビリビリと感じる気配に押しつぶされかけていた。

 

心が、ではない。あまりに濃密なMAGのせいで物理的な圧力がかかっているのである。

 

 

「……それで、お前がイバラキドウジを仕留めた人間か」

 

(あ、終わった)

 

「敵討ちってのはオレたちの流儀じゃないが……ま、寝起きの運動に付き合ってくれや」

 

 

少なくとも認識された時点で『死』が確定した、とハルカの本能は察した。

 

なんとかして紅葉だけでも退避させる方法を全力で探す。

 

あのサイズだ、一歩踏みしめられただけで自分など塵のように消し飛ぶ。

 

とにかく距離を取らないと終わる……と思った次の瞬間。

 

 

「 マ ハ ジ オ ダ イ ン ! ! 」

 

 

「ぬっ!?」

 

「うわっ、なにっ!?」

 

 

巨大な落雷が落ち、シュテンドウジの顔面にブチ当たる。

 

下に意識を向けていたシュテンドウジが、自分に『ダメージ』を通せる存在が現れたことにニヤリと笑みを浮かべながら視線を上げた。

 

 

「よくやった、ハルカ。お前にしては上出来だ……あとは任せろ」

 

「し、師匠!?」

 

「麓に戻れ、何をするにも治療を受けてからだ!

 

 ……俺の準備が整うまで儀式を遅延させたんだ、十分に過ぎる!」

 

 

絶体絶命のタイミングで『式神 妖魔 イッタンモメン LV50』に乗った阿部が空中に現れた。

 

ガイア連合のイッタンモメン型式神そっくりだが、こいつはちゃんと妖怪である『妖魔 イッタンモメン』と悪魔交渉して式神にしたモノ。

 

アガシオン等と同じく封魔管や悪魔召喚プログラムとは別枠で使える便利なヤツだ。

 

そして、阿部の空中戦用の脚でもある。

 

 

「古都の結界の応急処置、ほとんど半日かかっちまった。これで何をやっても大江山の外に被害は出ない」

 

「ほぉ!あの忌々しい結界を修繕できるほどの陰陽師か……面白い!」

 

「そりゃあどうも。どうせなら邪魔が入らないトコにいこうじゃねーか。山頂なら異界化で隔離できる」

 

「いいだろう。思い切り喧嘩するとオレの寝床まで無くなっちまうからな」

 

 

大江山の山頂にシュテンドウジが陣取り、異界化によって山頂周辺の空間が拡大される。

 

これで麓や中腹で戦っている面々まで流れ弾が飛ぶことはない、阿部はそこまで計算して『喧嘩の場所』を用意させたのだ。

 

まあ、もっとも……。

 

 

「これで『お互い』心置きなくやれるな?」

 

「おいおい、デカすぎるが気遣いのできるイイ男じゃねーの」

 

「フハハハ!毒を盛って首を跳ねる連中よりはマシだと思ってな!!」

 

 

「そうかい……んなら、こっちもそれに応えよう。 本気で行くぜ。

 

 我は汝、汝は我……」

 

 

阿部の背後に、もう1つの人型が形成されていく。

 

阿部に匹敵する力のソレを、逃げる際中のハルカはその目で見た。

 

 

「来い、ペルソナ……『アベノセイメイ』ッ!!」

 

 

『ペルソナ 超人 アベノセイメイ LV???』

 

 

日本の陰陽師として最も有名と言っては過言ではない偉人、『安倍晴明』をかたどったペルソナが召喚された。

 

「『なるほど、酒呑童子……これは私を呼ぶわけだ。我が来世』」

 

 

しかも、どういうカラクリか。

 

まるでペルソナが人格の影ではなく『別の人格がある』かのように阿部に話しかけている。

 

 

「来世じゃなくて『来来世』じゃないか?お前さん俺の『前前世』なんだから」

 

「『ハハハ、なるほど。これは一本取られましたね。しかしまさか来来世でも京の都を守ることになろうとは』」

 

「来世は陰陽師なんてブラック企業はいやだー、って願いをこめた術で一般人に生まれ変わったのにな」

 

 

その術まさか来世どころか来来世まで続いており、転生者を呼び込む神々の力と相殺した結果『黒札転生者の下限ギリギリの才能』として呼ばれてしまったのは何の因果だろう。

 

さらに『ペルソナ』の方に前前世の人格が現れてしまったのは、因果を通り越して運命すら感じる。

 

前前世悪魔、前世俺たち、今生が転生者というタイプの黒札としては上澄みだというのに、前前世の選択が今も付きまとっていた。

 

 

「まあいいさ、ともあれ、今回も鉄火場だ。油断なくいこう」

 

「『うむ、いつも通り全力でだな』」

 

阿部の手に握られる二本の『封魔管』。

 

ライドウ等も使っている悪魔を使役する道具であり、悪魔召喚プログラムが産まれる前の日本ではこれが最も効率的な使役術ともいえる。

 

ただし、基本的に同時に召喚できるのは1体までという欠陥があり、ライドウなどが行っている2体同時召喚は高等技術なのだが、阿部は当然習得している。

 

……だからこそ、このような裏技が可能だった。

 

 

 

「俺が『青龍』と『朱雀』だ」「『では私が『玄武』と『白虎』を』」

 

 

 

合計『四本』の封魔管。阿部が2本、アベノセイメイが2本を制御することで実現した、4体同時使役だ。

 

悪魔召喚プログラムなら簡単にできる事かもしれないが、封魔管を用いた使役としては『異常』の一言である。

 

 

『式神 霊鳥 スザク   LV58』

 

『式神 龍神 セイリュウ LV62』

 

『式神 龍神 ゲンブ   LV55』

 

『式神 聖獣 ビャッコ  LV57』

 

 

四方を守る霊獣『四神』が陣を組み、古都の結界によるバックアップでレベル以上に力を増す。

 

その中央に座するのは、この場における酒呑童子対策の最高戦力。

 

 

『超人 アベハルアキ LV99』

 

 

現代日本の鬼退治、その最終章が始まろうとしていた。

 






資料 この小説における戦闘力基準(半終末~終末)



各作品主人公の最終的な強さ
(フツオとかホーク(アレフ)とか
 人修羅とかライドウとか etc.)

ショタオジや閣下や四文字等

LV200の壁

黒札運命愛され勢

阿部

LV100の壁

黒札ガチ勢

ハルカ
(形態によって上下。
 エクシードでLV+10 バーニングフォーム(制御不足)でLV+15)

拠点防衛用巨大式神シキオウジ(LV60)

LV50の壁

その他(黒札含めて)いっぱい




ショタオジは『各作品のラスボスと互角ぐらいの戦闘力』として計算。

総合的には主人公より上だけど、主人公補正込みでワンチャン通されるぐらいの立ち位置。


LV100の壁は運命愛され勢等転生以外にも補正がかかってる面々。

阿部はその中の下限ぐらい。
今回出てきた奥の手等フル使用で運命愛され勢に届くかどうか、という強さ。


LV50の壁はシキオウジ相手にワンチャンでも勝ち目があるかどうかの壁。

ハルカは姿によって上下。人間状態のままだと普通にシキオウジに負ける。

エクシードやバーニングフォームで速攻をかけるのが吉。

なのでシキオウジ複数とか連戦とかだとすりつぶされる。

黒札ガチ勢相手でも千代ちゃんあたりはLV40以上の仲魔を10体ぐらい並べてくるので不利がつく。
(LV38の大悪魔()視点で測定不能が並んでるので最低でもこのぐらい)

逆に物理型黒札とかなら格上食いも可能。エナジードレインでバーニングフォームがめっちゃ長持ちする。




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「いやなんで白米まで炊いてるんですか?!」

 

異界 大江山百鬼夜行 Eフィールド総合作戦本部。

 

こたびの酒呑童子復活という事件に対し急遽作られた作戦司令部である。

 

 

 

「……状況を整理しよう。

 

 『レベル測定不能』クラスの悪魔である酒呑童子が復活してから約二時間が経過。

 

 現在大江山を囲うように防衛ラインを設置、各フィールドで戦闘中」

 

 

移動基地であるG3トレーラー数台が分散、大江山の四方を囲むように配置される。

 

異界でも使える広域映像通信装置は技術部の新発明だが、サイズの小型化はまだまだ進まない。

 

幸いG3トレーラーに積んで移動できるサイズにはできたので、通信・補給のための移動前線基地としてのG3トレーラーの価値はかなり高い。

 

ちなみに自衛隊からも既に数台の注文が来ている。シノの研究費はうっはうはだ。

 

ともかく、そんなG3トレーラーの中でソフィアが各所から集まってきた情報を整理。

 

各地に配備されているG3トレーラーに通達され、待機している面々にも説明が届く。

 

 

「東西南北を4つのフィールドに区切り、それぞれに部隊を配置。

 

 中核になるのはガイア連合から派遣されてきた『黒札』の高位霊能力者チーム。

 

 彼ら彼女らは大江山中腹を目指して進出、比較的高レベルの悪魔を討ってもらう。

 

 理想は遠隔アナライズによって確認された『大江山四天王』の討伐だ」

 

 

E(東)W(西)S(南)N(北)と区分けされた地図を映像に表示。

 

『BC(ブラックカードの略)』と書かれたマークが麓から大江山中枢に移動していく。

 

目標は『大江山四天王(推定LV40前後)』。黒札の中でも中の上以上のメンバーが狙う相手だ。

 

 

「そして我々G3ユニットや、各地から集められた黒札の協力者である霊能力者チーム。

 

 これらは黒札チームの援護だ。周囲の『妖鬼 オニ』を中心にした悪魔の掃討だな。

 

 推定LVは10~25。ガイア連合アプリからの依頼も『DLV30以下には受注不可』になっている。

 

 まあ、それ以下は足手まといになる相手なのでな」

 

 

緊急クエストだが報酬は高いので、交通費さっぴいても黒字になる(比較的)レベルの高い霊能力者が集結しつつある。

 

トラポート持ちの黒札にも依頼が回され、有料で大江山までの片道ワープ依頼を受ける者が多発。

 

といっても大半は現地人かつLV10前後、麓に陣取り、複数人で『妖鬼 オニ』を囲んで殴るのが仕事だ。

 

阿部の修復した古都の結界により、悪魔は大江山の中心から離れて古都に近づくほどに弱体化する。

 

なので低レベル組はギリギリまで引き付けて囲んで棒で殴り、高レベル組は異界に突っ込んで首狩り戦術という役割分担を行っている。

 

ガチ勢ではないが戦闘経験はある黒札や現地人SSR(半終末でLV20~30)も麓組であり、

万が一にも防衛ラインを抜ける悪魔を出さないための主力となる。

 

説明を引き継ぐため、タティアナが一歩前に出る。

 

 

「はっきりいって集まった戦力に連携らしい連携は期待していません。

 

 もとより彼ら彼女らの技能など詳細に把握できていないし、各自連携の訓練もしていない。

 

 なにより我々には明確な指揮権も無い……ガイア連合幹部である阿部殿からの委任程度。

 

 黒札組からすればつっぱねられる権限でしょう。

 

 

 我々の仕事は降りてくる悪魔を殲滅し、破界僧が酒呑童子を討つまで耐える事。

 

 現在、この異界は酒呑童子の復活によって妖鬼・邪鬼が発生しやすい状態になっています。

 

 さらに酒呑童子のMAGにアテられた鬼系悪魔はさらに力を増す傾向にある。

 

 それらを加速させている大江山四天王を叩く」

 

 

つまり大江山四天王を落とせば落とすほど、麓での時間稼ぎの難易度は下がる。

 

そして四天王を落とした者にはガイア連合から『特別報酬』が出るという通達があった。

 

……それだけで黒札ガチ勢と呼ばれている強者達の目の色が変わったのを二人は見ていた。

 

 

「各自、どのエリアから突入するかはガイア連合経由で通達済み。

 

 従う従わないは自由ですが……基本的に戦力は均等になるよう割り振っています。

 

 従わず別の所にいってもライバルが増えるだけ、これといった得にはなりません」

 

 

無理に『命令に従え』と言ったところで従う者は少ない。実質民兵の集団なのだから当然だ。

 

 

(おまけに一部の黒札は霊能力の高低『だけ』で人を見るフシがある。

 

 確かに重要な査定基準ではあるが、それだけを見て作戦など立てられん。

 

 それこそ黒札の更に上澄み……『ガチ勢』とか呼ばれてる面々まで行ければ別だが)

 

 

ガイア連合がそれで回っているのは、ガバガバな組織がオーバーキルな技術力とマンパワーでゴリ押せてしまっているからだ。

 

例えるなら会社の社長から平社員まで全員渋〇栄〇とジョ〇ス、開発部をノーベル賞取った技術者だけでそろえた巨大コングロマリット、それがガイア連合である。

 

そりゃ多少組織がガバガバでもなんとでもなる、効率的な運用なんぞクソ喰らえでもどうとでもなる。

 

他の会社が100のリソースのうち9割を効率的に運用してるとして、ガイア連合は1割程度しか効率的な運用できてなくても分母が1億とかそういう域だ。

 

なので、良くも悪くもクソ真面目であるタティアナからすれば『ガバガバすぎるのは気に入らないけど自分がサラリーマンやるのにはちょうどいい』組織なのだ。

 

 

(……そんな組織で、私以上の霊能力者をたっぷり抱えてるのに前線行きだがな!!)

 

 

その点に関してはガイア連合もマンパワー(質じゃなくて数)が足りていないのと、彼女のモデルのせいである。

 

 

「防衛ラインに投入されている中核戦力的にはどうだ?」

 

 

「あくまで比較的著名な面々の抜粋ですが……。

 

 Eフィールドには『鬼灯 焔』を中心に我々が。兎山司令も先ほど合流。

 

 Wフィールドには多数戦に強い『虫使いの千代』を招集しました。

 

 Sフィールドには『デビルハンター・マキマ』とその私兵が展開済み。

 

 Nフィールドは『白夜叉』に加えて『サスガブラザーズ』も参戦しています。

 

 それと……戦力の逐次投入は悪手ですが、サスガブラザーズ以外のトラポート持ちの黒札が各地から戦力を追加招集中です」

 

 

「錚々たる面々だな、一部の黒札は1人でも我々Gユニット全員以上の戦力かもしれん。

 

 ところで……」

 

 

 

いい加減目をそらすのも難しくなってきたのか、Gトレーラーの後方に設置されたいくつかのテントに目を向ける。

 

医療班や物資集積所等が置いてあるのだが……。

 

その一角からカレーの良い匂いとともに、ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえる。

 

 

 

「魔石だ魔石!あと宝玉!尻からもねじ込め!!」

「尻はやめて!やめろ!!お願い!!」

「主殿チャクラドロップです!口を開けて!!」

「あががががが溶けない溶けない量多い!!」

「がんばってたっちゃん!もう少しでガイアカレー用のご飯も炊きあがるから!」

「いやなんで白米まで炊いてるんですか?!」

「ヒノエ米だからちょっとだけMAGの補充になるよ!!」

「ならばよし!!」

 

 

「……タティアナ、あれはなんだ?」

 

「治療行為です、多分、おそらく」

 

 

シノ、レムナント、テンノスケに囲まれて、多種多様な回復アイテムを無理やり押し込まれるハルカがいた。

 

口はガイアカレーとチャクラドロップでパンパン、テントにはチャクラポットが焚かれ、傷薬や魔石がガンガン使われる。

 

肉体的なダメージだけではなく、MAGの過剰使用によって体内に収納している武器型式神までHP・MP・MAGが全てすっからかんになっていた。

 

医療班に治療を受けている紅葉の隣で、だいぶシュールな回復……いや、『修復』作業が行われていた。

 

アナライズすれば、激戦を終えて帰ってきたのだろう。彼のレベルは『40』まで上がっている。

 

しかしHPもMPもMAGも悲惨な数字であった、あれぐらいの荒療治は必要だ。

 

そこから目線を反らし、映像で送られてくる各防衛ラインの光景に目を向けて見れば……。

 

 

 

『すいませええええええん!!休憩所の糖分が切れてるんですけどおおおおお!?』

 

『うおおおおおおお!!あかりちゃんに誤魔化すのがそろそろキツくなってきたから経験値のために死ねぇー!!!』

 

『トゥーンとは完全無敵の生命体を意味するのデース』

 

『鬼の【ピーッ】って体格相応に立派なんでしょうか?』

 

『変態が喋っている』

 

 

 

「……隊長、頭痛薬ください」「ガイアカレーでも食ってろ」

 

 

黒札連中が十人十色ということは知っていた、知っていたが。

 

一応は古都を守る最終防衛ラインだというのに緊張感とかそういうモノが盛大に死んでいた。

 

これでそこそこの頻度で超人クラスの霊能力者が混じっているからこまる。

 

幸い指揮に関してはソフィアが行っているので、タティアナは頭痛解消込みで悪魔をいくらか撃ち殺してくることに決めた。

 

……そろそろ前線に出たがりそうなシノのお目付け役、という意味もある。

 

と、そこで「そういえば」とタティアナが声を上げた。

 

 

「なんでわざわざ戦域を日本語ではなく英語で区切ったんです?」

 

「一部黒札の猛烈なプッシュの結果だ」

 

 

主にガノタ俺たちのせいであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【異界 大江山百鬼夜 Eフィールド防衛ライン】

 

 

 

「ええい、妖鬼ってタフだから嫌いなのよ!」

 

「そこのお嬢さん!無理せず援護を受けながら戦って!」

 

「了解、元々無理する気なんてないけどね!ようやく面会時間とれたんだから!!」

 

異界 大江山百鬼夜 Eフィールド防衛ラインのやや後方。

 

山の麓より下にオニが下りないように、結界に近づいて比較的弱体化したオニだけを狩っている後方支援組だ。

 

 

『黒い鎧の堕天使』を引き連れた少女と、それを援護する『巫女服の集団』。

 

巫女服の集団は『霊山同盟派遣部隊』。霊山『岩永山』を管理する一族から派遣されてきた面々である。

 

鷹村ハルカが支部長を務める『ガイア連合霊山同盟支部』が置かれている霊地の1つだ。

 

女神イワナガヒメを祭神とした集団であり、ここにいるのはその中でも選りすぐりの精鋭部隊。

 

巫女長直々に先陣に立ち『今こそご恩を返す時!!』と士気MAXで駆け付けた面々である。

 

……現地人基準の精鋭なので『一人を除いて』LV5~10の集団だが。

 

 

「成仏拳!かーらーのー、ハマ!!」

 

 

『一二三 睦月』、かつて霊山同盟の決死隊を率いていた少女である。

 

あのあとガイア連合のアナライズを受け、力・魔の二刀流型であることが発覚。

(某ゆかりさんの完全劣化とも言う)

 

護符で作ったお手製バンテージを手に巻き付け、悪魔をブン殴って0距離で魔法をブッパするスタイルを身に着けた。

 

レベルはガイア連合基準で『14』。ロバ脱却組である。

 

 

「フン、殴り合いと魔法がバラバラな時点でまだまだね!見せてあげるわ、お手本を!」

 

 

一方の堕天使を操る少女、堕天使は本物ではない。心の仮面が具現化した存在『ペルソナ』だ。

 

『七海 梨花』。黒羽市にてデビルバスターをやっていた少女である。

 

エンジェルチルドレン事件から数か月、ガイア連合の依頼を受けながら時折ハルカと共に修行のために異界に潜り、相応の経験を積み上げてきた。

 

元来現地人としてはレベル限界を超えやすいペルソナ使い、なおかつ精神力は強靭。

 

今では『LV18』に到達している現地人SSR組である。

 

『堕天使 グリゴリ LV18』と共に前衛を務め、同じように『妖鬼 オニ LV15』と殴り合っていた。

 

 

(『飛び蹴り』+『アギラオ』+『一斉攻撃』!)

 

 

お手本を見せると言って動き出しただけはあり、スキルの組み合わせは慣れたものだ。

 

チャージ+物理系スキルの応用みたいなモノで、複数のスキルを同時発動させるのだ。

 

跳躍と共に体を大きくひねり、ペルソナであるグリゴリと己の動きをまったくの同一にする。

 

両足にアギラオの炎を纏い、グリゴリと共にオニへとオーバーヘッドキック。

 

 

「『バーニングディバイド』ぉっ!!」

 

「ぐぎゃあああああぁぁっ!?」

 

 

同時に燃える飛び蹴りを叩き込む『バーニングディバイド』。今の七海の切り札であった。

 

喰らったオニが吹き飛ばされ、炎に飲まれて燃え尽きる。

 

しかし1体を倒してもまた1体、たまに追加で1~2体、そんな戦闘が続いている。

 

 

「援軍まだ来ないわけ!?ジリ貧よこれ!」

 

「アイテムはまだまだありますけどキッツいです精神的に!」

 

「弱音吐かない!ディア!はいもう一戦!」

 

 

とはいえ巫女長もじわじわと押されてきているのは自覚があった。

 

HP・MPはアイテム等である程度補える、オニも今の所は安定して処理できている。

 

しかし、聞いた話では四天王を倒さないかぎりこのオニはじわじわ数と力を増していくらしい。

 

自分達では到底大江山四天王の討伐など望めないので、終わりの見えない持久戦をするしかない。

 

そうなれば当然精神的な疲労は溜まり、ミスが増え、ミスから繋がる不慮の事故もありうる。

 

当然、実戦での事故=死だ。

 

 

(黒札級とは言わないまでも、せめて七海ちゃんや睦月ぐらいの前衛が欲しい……!)

 

「─────── 助けが必要か?」

 

「! 何者!」

 

 

不意に頭上からかけられた声に視線を上に向ける巫女長。

 

木々の合間、太い木の枝の上に立つ少女がいた。

 

妙にぴっちりとしたスーツ(対魔忍スーツ)の上から、あまりボディラインを隠せてない黒いジャケットを羽織り。

 

なぜかガイアカンパニーのマークが刻まれた鉢金を斜めに巻いて片目を隠している。

 

霊刀らしきモノを腰に差しているが、それ以外は完全に変質者だ。

 

普通にスタイルがいい美少女なのにファッションセンスが独特すぎる何者かが参上した。

 

 

「鋒山ツツジ、見参! ……それとこの格好は性能重視で選んだ結果なので私の趣味ではないことを留意されたし!!」

 

「あ、あぁー……イルカの帽子(ドルフィンヘルム)被ってる人の同類か……」

 

(痴女かと思ったら……『DLV73』!?アタシ(DLV59)より強い!?これが!?)

 

 

DLV73=LV22 現地人としては相当な上澄みの戦闘力である。

 

かつて阿部たちに助けられた際に渡された、初期ロットのデモニカ(G3MILD)。

 

それで地道に鍛錬を積んでいたが、ある異界への遠征で片目を負傷し……。

 

 

「それに、最近ようやく『コレ』の使い方に慣れてきたんだ……悪いが一瞬で決めさせてもらうぞ」

 

 

またも新たなオニがこちらに近寄ってくるのを察知し、木の上から飛び降りて七海や睦月の近くに着地。

 

ぐい、と鉢金を上げて通常のつけ方に戻す。

 

……その下から現れた『真っ赤な巴模様の眼』。

 

式神パーツである『眼球』の一種であり、『技術部俺たち』がロマン重視で作ったパーツ。

 

 

「ガイア連合の手によって作られた人工魔眼『写輪眼』の力、とくと味わえ、悪鬼共!」

 

 

現れたオニを『写輪眼』の視線が見据えると、オニがうめき声をあげて動きを止める。

 

拘束の魔法?と七海が推測した瞬間、オニの体が足元から石になり始めた。

 

驚愕する一同が見ている前でオニが完全に石になる。その体にツツジがケリを入れ、木っ端みじんに砕いた。

 

 

「これぞ写輪眼の瞳術『天岩戸(アマノイワト)』!見たものを石に変える力!!」

 

「えっげつなぁ……でも欲しいわソレ……」

 

「抵抗できなかったらほとんど死んだようなモノですもんね……」

 

 

(あれ、でもたしかガイア連合の販売アイテムに石化の治療薬なんかもあったような……)

 

 

霊山同盟のトップである巫女長は、ガイア連合なら『石化』も毒や睡眠と同じような状態異常ぐらいの扱いなんじゃないか?という事実に気づいた。

 

……が、なんだかきゃぴきゃぴしてる若い子たちの心を折らないよう言わないで置いた。彼女は空気が読める大人の女性なのである。

 

 

ちなみに、アマノイワトの正式名称は『ペトラアイ』。

 

ゴルゴーン等のフォルマで作った、アナライズ・エネミーサーチ・動体視力向上等の効果も付いた無駄に高性能な式神用パーツなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっぷ……よし、もう大丈夫」

 

「といっても相当体に負荷かかってるから、例のバーニングフォームは使えないよ?

 使っても数秒で解除されそうだし、エクシードギルスですら長持ちしそうにない。

 

 それでもいくの?」

 

「ええ、いきます。なんとかそれで持たせて見せますよ」

 

 

出撃前にシノによるメディカルチェックを受け、『ベストコンディションには程遠いが戦闘可能』というお墨付きを得たハルカ。

 

鬼灯は大江山四天王討伐に向けて出発しており、テンノスケもシノたちと共に防衛ラインに残るという。

 

自分の目的についてきてくれるのは、レムナントだけだ。

 

 

「……本気なんだね、あっくんの所にいく、って」

 

「僕は師匠の弟子ですからね、一応。せめて弾除け程度には役に立たないと」

 

「弾除けにもならず死んじゃうかもよ?」

 

「それでも行きます。『行かない』って選択肢だけは、取れません」

 

 

ギルスレイダーも補給を終えており、いつでも大江山を駆け上がれる。

 

操縦にも慣れてきた、レムナントと二人乗りでもなんとかなるだろう。

 

 

「……わかった、もう止めない。こっちは任せて。

 

 だから……あっくんと一緒に、帰ってきてね。『仮面ライダー』」

 

「さっきもそれ言ってましたけど、なんなんですか仮面ライダーって」

 

「あ、あー、そっか。知らないよね、君は。

 

 仮面ライダーはね、ヒーローの名前なんだ。シノさんやあっくんや、他にも沢山の人にとっての。

 

 あっくんが君を『仮面ライダーのように』したのは、きっと……」

 

 

『ヒーローになってくれることを期待してたんだと思う』。そう兎山 シノは締めくくった。

 

ただ緊急的にギルスボディに移植した、までは分かる。

 

だがそのあと、ベルトやバイクまで用意したのは『期待』以外の何物でもない。

 

阿部 清明は、間違いなくハルカの中に『仮面ライダー』を見たのだ。

 

そして、ギルスレイダーにまたがったハルカに声をかける人間がもう一人。

 

 

「ハルカ、本気で……行く気なの?」

 

「! 紅葉、意識が戻ったのか」

 

「うん、ついさっき……その、あんなとんでもない鬼に、また……挑むの?」

 

 

見ただけで紅葉は心が折れ、意識すら一瞬で手放した。

 

それほど強大で、凶悪で、恐ろしい強さと気配の鬼だったのである。

 

そんな鬼にもう一度挑もうとする『友人』を、止めに入るのは当然だった。

 

 

「やめようよ、きっと、今度こそしんじゃう……!」

 

「……それでもいい。いや、よくはないが、このままよりは。

 

 僕は戦う、誰かの為に。もうこれ以上、誰かの涙は見たくないから」

 

 

うっ、と紅葉の言葉が詰まる。間違いなく、紅葉はその言葉に救われた側だからだ。

 

そして、今酒呑童子に挑めるほどの力を持った人間はほとんどいない。

 

ハルカですら全力を出して弾除けになれるか否か、それでも、弾除け上等で突っ込んでいけるだけハルカはマシなほうだ。

 

レムナントやシノですらいてもいなくても大差ない、ソフィアやタティアナや紅葉など空気にもなれない。

 

干渉できるだけの力も理由も、そこにはなかった。

 

 

「……僕は決めたんだ、例えこれが間違った道でも。罪深い道でも。

 

 どこかの誰かの……真っ当に幸せに生きられる誰かの、明日の為に。

 

 『自分にできる事』をやる。それで少しでも世の中がよくなるんなら、それでいい。

 

 この体は僕のモノじゃない、師匠がガイア連合の『戦力』として作ったのが、ギルスだ」

 

 

だから、と言葉を区切り、まっすぐに紅葉を見据える。

 

 

「ギルスの、いや。仮面ライダーの力は、人の夢の為に生まれた。

 

 この拳……この命はその為のものだ」

 

 

正面から言い切る。自分が死地に向かう理由を包み隠さずに。

 

正義をエゴだと笑いたくば笑え、偽善者だと蔑みたいならするがいい。

 

『仮面ライダー』はそんな嘲笑すら背負って戦うヒーローなのだ。

 

人々の自由と、未来の為に。

 

 

「……ハルカは、だから、いくんだね」

 

「ああ」

 

「……それ、じゃあ……」

 

 

いかないで、と言いたい。

 

そばにいて、と言いたい。

 

死なないで、と言いたい。

 

初めてできた友達を失いたくない、そのための言葉が浮かんでは消えて。

 

それでも、紅葉は上を向いた。

 

 

 

「……がんばれ、『仮面ライダー』……っ!」

 

 

「───────── 応ッ! 変身ッ!!」

 

 

疲れ切ったはずのハルカの全身に活力が漲る。

 

それに呼応するように、ギルスレイダーが唸りを上げた。

 

ギルスが夜の闇を切り裂き駆け抜ける、狙うは酒呑童子の首1つ。

 

 

Eフィールドの防衛ラインに突入、周囲の霊能力者を轢かないように。

 

襲ってくるオニを処理しつつ駆け抜けようとしたところで……周囲で爆発が起きた。

 

 

「いってきなよ、仮面ライダー!!あっくんは任せたからねーっ!!」

 

「! シノさん!?それに……」

 

 

ビートチェイサーを駆るシノらしきデモニカ。

 

最初は『黒くカラーリングされたG3X』かと思ったが、細部が違う上にミサイルランチャーらしき武器まで担いでいる。

 

 

 

「高レベル用デモニカ『G4』システム!試作品の一号機、試させてもらおうかー!!」

 

「タティアナ、シノ司令を援護しろ! ……酒呑童子は任せました、仮面ライダー」

 

「了解! 後方は任せてくれ、仮面ライダー!虫一匹、いや鬼一匹通さない!」

 

「巫女長、仮面ライダーです!ハルカ君ですよ!」

 

「ええ……ええ!頑張って、仮面ライダー!!」

 

「戻ってきたのですね、鷹村殿……仮面ライダー!」

 

「もしかして今のハルカ?!ああもう話す時間が無い!

 生きて帰ってきなさいよ、仮面ライダー!」

 

「うおおー!俺のところてんボディが無くなる前にもどってきてくれよ、仮面ライダー!」

 

「……行きましょう主殿、いや、仮面ライダー!!」

 

 

「「「「「頑張れ、仮面ライダーッ!!!!!」」」」」

 

 

 

……後ろを振り向くことなく、右手でサムズアップだけ返し、駆け抜けてく。

 

 

 

 

 

『仮面ライダー』 鷹村ハルカは改造人間である!!

 

 

彼を改造したガイア連合は 世界平和を願う善の秘密結社である!!

 

 

鷹村ハルカは人間の未来と自由のために、闘うのだ!!

 

 



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「トラップタワーでも作ってろ!!」

 

「まったく、タフな相手だねぇ、こりゃあ……!!」

 

飛んでくる岩塊の弾幕、それに混じる樹木や土塊を避けながらイッタンモメンを操る。

 

僅かな殺気を感じた瞬間にスクカジャを使い、イッタンモメンの速度をハネ上げて加速。

 

一瞬後に自分がいた空間を通り抜けていった巨大な腕を見ながら、即座に次の、そして次の次の手を練り上げる。

 

 

(打ってくる手は単純、だからこそ余計に面倒くさい)

 

 

山頂に作られた酒呑童子の異界は、シンプルかつ広大な山林のソレだった。

 

面倒なギミックもなし、ケンカの邪魔になりそうなモノを省いた結果だろう。

 

つまりこちらも小細工を仕込む余地があまりない、という事でもある。

 

普通ならこういう土地では木々の間に隠れて不意打ちなりこちらに有利な仕込みをするのだが。

 

 

『フハハハハハッ!!フンッ!!!』

 

「また来た!飛ばせイッタンモメン!!」

 

 

そこらの山を『殴って砕く』。比喩ではない、本当にパンチ一発で山がいくつもの塊に砕けるのだ。

 

そして砕いた山を適当に抱えて持ち上げ、大量の岩と土と木をブン投げてくる。

 

テトラカーンでの物理反射も考えたが、量が量だ。

 

テトラカーンの効果が切れた瞬間に次の土砂が降ってくる上、物理無効だろうと物量で埋まってしまう。

 

生き埋めになったら反射も無効も関係ない、そのまま窒息死で終わりだ。

 

 

(つまり避けつつ反撃するしかねーんだけどよぉ……!

 

 コイツタフすぎるんだよ!こっちのMPが尽きるぞ!)

 

 

またも飛んできた『さっきまで山だったモノ』。

 

マハザンダインで弾幕に穴をあけて無理やり通り抜け、追撃で放たれた『マッスルパンチ』を急上昇で回避。

 

再度召喚されたセイリュウが『ウィンドブレス』で反撃。

 

封魔管から四神を出し入れすることで、この弾幕でまとめて薙ぎ払われることをさけているのだ。

 

高レベルとはいえ、後衛型である阿部では力押しではどうしようもない。

 

 

(幸い手札は多い、1つ1つ針の穴を通す作業で最善手を打ち続けるしかない!)

 

 

ちなみに、仮に阿部がLV100前衛型の超人だったとしたら既に詰んでる。

 

イバラキドウジの時にも話したが、『この世界では体格や逸話がステータスに影響する』。

 

今回のようにアリとゾウみたいな差があるとこれは顕著になる。

 

ごくごく単純に『空手5段のアリは子供のゾウに勝てない』というだけの話になるのだ。

 

 

「ハッハァ!反撃がヌルいなあ、陰陽師!!」

 

「いってろ大悪鬼!!そっちこそちょっとバテてきたんじゃないかァ!?」

 

(そうだ、勝ち筋はある!俺がするべきなのは持久戦ッ……!)

 

 

じわりじわりと、それこそ雨粒が岩を穿つような気の遠くなる作業だが、阿部は少しずつ酒呑童子を追い詰めつつあった。

 

戦闘開始した時の酒呑童子のレベルは、阿部の推測だと『125』。

 

阿部の最強の手札である『ペルソナ アベノセイメイ』が『108』であることを考えれば、1~2段は格上の相手だ。

 

それなのになぜ今まで凌いでこられたのか……それは酒呑童子が『だいぶ無理して出てきた』のが大きい。

 

半終末かつ酒呑童子に最適な霊地、かつ封印中に貯めこんだMAGがあったとはいえ、LV125の大悪魔なんぞを支え切れる場所ではないのだ。

 

某地母神がアメリカに叩き込んだ高位分霊のさらに上となれば、あっという間にMAGは枯渇していく。

 

……が、その割に消滅の気配はまだまだ見えない。そこにはとあるカラクリがあった。

 

 

(霊格(レベル)をじわじわ削って維持用のMAGに回してやがる!レベルダウンの代わりに戦闘継続時間を延ばしてるんだ!)

 

 

現在の酒呑童子は『LV104』にまで弱体化している。

 

無論元の強さが強さなので、レベル差が逆転したとしても強敵には違いない。

 

だが、ダメージを与えたり時間経過すればするほど弱体化する、というのは分かりやすい攻略法であった。

 

 

「普通なら5秒で死ぬがな!!」

 

「『アイテムもそろそろ三割を切る、どうする?』」

 

「……『発信機』を撃ちこむ。最悪は使うぞ」

 

「『なるほど、了解した』」

 

 

『発信機』……来るべき終末後に稼働予定の『ターミナルシステム』を着想に得た阿部の発明品だ。

 

トラポート等の原理も利用し、事前に用意しておいた『転移用コンテナ』の中の物体を『発信機』の周辺へランダム転移させる。

 

一方通行だし座標は最大数メートルはズレるしトラポート持ちにしか使えないしコンテナ内部のどれが転移するかわからないし……と、はっきりいって輸送手段としては欠陥だらけ。

 

しかし、阿部はこれを『攻撃手段』として運用するつもりで調整した。

 

 

(空間を拡張した転移用コンテナに詰めた『10万を超えるアギラオストーンの山』。

 

 コンテナ内部のモノをまとめて転移するように起動すれば、異界ごとまとめて吹き飛ばせる。

 

 ……俺も巻き込まれるがな)

 

 

あまり離れすぎれば『発信機』に転移の信号を送ることができない。

 

できる限り酒呑童子に近づき、可能なら酒呑童子の体に『発信機』を撃ちこみ、起動。

 

 

(発信機は俺が作った、それに合った戦術もな…己の体でやるのは初めてだが)

 

 

どこか卑劣な気配を漂わせつつ、体に仕込んだ発信機……ダーツのような大きさの矢に少しだけ意識を向ける。

 

ギリギリのギリまで酒呑童子を削り、これを撃ちこみ爆破。酒呑童子の肉体を大きく破損させ、既にMAGの枯渇が深刻な酒呑童子をMAG不足で消滅させる。

 

可能ならトラフーリ等で退避するが……自分がソレをできるということは相手もソレが可能ということだ。

 

当然、奇跡でも起きなければ後出し転移で退避できないようにしてある。

 

元はネクロマで操ったそこらの悪魔の死体等に発信機を埋め込み発動させていた奥の手だ。

 

とはいえ、今回は最初から自爆用に持ってきたのだが。

 

 

(ザコ悪魔の死体をコイツに接近させられる気もしないからな、足踏みだけで発信機ごと潰されて終わりだ)

 

 

酒呑童子のファイアブレスをイッタンモメンの『火炎ブロック』で防ぎ、得意のマハジオダインで酒呑童子の全身を雷で貫く。

 

撃った直後に再度回避に専念、返礼のように飛んできた横なぎの拳の下を潜り抜ける。

 

既に四神の式神も残るは青龍だけ、先ほどから蘇生を挟んで戦線を立て直しながら戦っているが、段々と戦線維持が厳しくなってきた。

 

現在はセイリュウとスザクが残り、ゲンブとビャッコが蘇生待ちという状態。

 

酒呑童子のLVは100を切ったとはいえ、このペースだとLV80前後でアイテムとMPが完全に枯渇する。

 

いくらレベルが逆転しようと、古都の大結界を操作して四神を強化しているのは阿部とアベノセイメイだ。

 

その二人が力尽きれば古都の大結界によるバフは消え、四神はレベル差もあって酒呑童子には薙ぎ払われる。

 

そして、レベルが上だろうと阿部はあの巨体を殴り合いで倒せるような史上最強の生物ではない。

 

そんな風に考えながら戦っていると、管に戻すのが一瞬遅れたせいでセイリュウが岩塊の雨に飲まれた。

 

阿部は管に戻す前にセイリュウの姿を見失ってしまい、逆に目ざとく見つけた酒呑童子の拳が振るわれ、セイリュウがあっけなく砕け散る。

 

 

「くそっ、スザク!」

 

『リカームドラ』

 

自身の命をコストに仲間全員を蘇生・回復させる魔法をスザクが使い、戦線が一時的に押し返される。

 

紙一重、ギリギリのギリギリまでリカームドラを温存しつつ、スザクだけは最優先で管に戻せるようにして仕切りなおす。

 

早すぎれば酒呑童子を削れない、遅すぎればリカームドラを抱え落ち。まさしくシューティングゲームのソレだ。

 

封魔管の中のスザクを蘇生するタイミングを図りつつ、今のミスを除けば計算通りにコトが進んでいることに薄く笑みを浮かべた。

 

 

『……あん?山がねぇ!?』

 

「整地作業を頑張りすぎだ、土建業者かマイクラ廃人かテメェは。

 

 トラップタワーでも作ってろ!!」

 

 

走り回りながら目についた山を砕いて投げる、という脳筋極まりない攻撃を繰り返した結果。

 

山林地帯だった異界だというのに近くの山をほとんど砕いてしまい、咄嗟に手の届く範囲の山が無くなってしまったのである。

 

そして当然これは阿部にとって計算通り、酒呑童子の打撃がギリギリ届かない位置に退避済み。

 

即座に『サマリカーム』を使用。スザクを蘇生し、召喚。

 

 

「畳みかけるぞ!一斉攻撃チャンスだッ!!」

 

アベノセイメイと四神が呼吸を合わせ、連携攻撃を放つ。同時に阿部も切り札を切った。

 

 

『ファイアブレス』

『アイスブレス』

『ウィンドブレス』

『ナルカミ』

『精霊召喚』

 

 

「『合体魔法・式神召喚!!』」

 

 

『竜の眼光』

『マカカジャ』

『マカカジャ』

『竜の眼光』

『マカカジャ』

『マカカジャ』

『竜の眼光』

『コンセントレイト』

 

「『マハジオバリオン』!!」

 

 

アベノセイメイと阿部が、同時に切り札として温存していた魔法を放つ。

 

他多種多様に変化する式神召喚の光と、それを切り裂く極限の雷光が視界を埋め尽くす。

 

異界の中に吹き荒れる衝撃と爆風に煽られながらも、なんとか体制を立て直して。

 

『どれだけ削った?』と戦果を確認しようとした瞬間。

 

 

『フッハハハハハハハッ!!!』

 

「ッイッタンモメン!!」

 

『ハハハハッ!遅いッ!!』

 

 

突然上がった大笑いに回避の指示を出すが、一瞬だけ遅かった。

 

直接攻撃が届かない距離は保てていたが、酒呑童子もちょっとだけ脳みそを使う。

 

両腕が足元……『砕いてぐちゃぐちゃになった山でできた大地』に突き刺さり、

 

海で子供が足元の水を両手ですくってかけるようなフォームで『担ぎ上げる』。

 

地面どころか岩盤ごと引き抜いたような音。

 

下から上へ、砕かれた大地そのものが『重力に逆らい空へ降ってくる』。

 

そのうち1つの巨大な土塊が、イッタンモメンごと阿部を撃ち抜いた。

 

 

「ぐおっ……!ぐ、ビャッコッ!!!」

 

 

イッタンモメンから叩き落され吹き飛ぶも、吹っ飛んだ方向にいた四神のビャッコに自分を回収させ、他3体で酒呑童子を足止め。

 

吹っ飛んできた阿部を空中でキャッチ、そのまま酒呑童子から距離を取りつつ疾走する。

 

 

(イッタンモメンは……くそ、吹っ飛んだあとに直接攻撃でやられてる!

 

 空中戦をするならスザクかセイリュウを使う、あるいはイッタンモメンを蘇生するのが必須!

 

 だがスザクはリカームドラの為にフリーにしないといけない、つまり実質セイリュウが脚!

 

 悠長に隊列変更を向こうが待つわけがない、イッタンモメンを蘇生するまで凌ぐしかない!

 

 それまでは、地上戦か……!)

 

 

残るHPとMP、そしてMAGでどこまでやれるか……と歯噛みする。

 

今の一撃は相当酒呑童子を削った、予定だったLV80前後まで削り切るほどに。

 

だが、手持ちの回復アイテムは今から使う分でほとんど終わる。

 

一応、金丹や反魂香等の蘇生アイテムは残っているが、これは自分に使うモノではない。

 

しかしレベルダウンと共にHPも相当削ったはず、現に酒呑童子の体はボロボロだ。

 

焼かれ、抉られ、通常の悪魔なら消滅してそうな傷を無理やりMAGで補って立っている。

 

 

(もう一撃、今のと同レベルの一撃を叩き込めばMAGで補う余裕すらはぎ取って勝てる!)

 

 

発信機抜きでの勝利条件がようやく見えてきた、その瞬間。

 

『ブオオオオォン』と、背後からエンジン音が鳴り響く。

 

今いる場所は異界の境界線ギリギリ……だからこそ『聞こえてきた』のだろう。

 

 

「……フッ、まったく待たせやがって」

 

 

アイツは来る、と最初から確信していた。来ないわけがない。

 

自分にそっくりなあの弟子が、一人戦う誰かの救援をしないはずがないのだから。

 

遅いぞバカ弟子、と一言言ってやろうとして……。

 

 

 

 

「っちょ!?まっ、どいてどいてどいてええええええぇぇぇえぇ!?」

 

「おぼっぶぅ!!??」

 

 

 

 

 

ウィリー走行かつ大ジャンプで飛び込んできたギルスレイダーの前輪が顔面を直撃。

 

阿部のHPを綺麗に0まで削り切った。

 

 

阿部 清明 ここに死す……!

 

なおその扱いは照井竜レベルとする。

 



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『(ぽかーん)』

 

 

「では問題です。今回何が悪かったでしょうか?」

 

「はい、初手で敵を轢かなかったことです!」

 

「正解!」

 

「正解じゃないですが!?見てくださいよ酒呑童子ぽかーんとしてますよ!?」

 

『(ぽかーん)』

 

 

盛大に阿部をひき殺した直後、とりあえず阿部が持ってた金丹で阿部(ついでにイッタンモメンも)を蘇生。

 

そして蘇生して5秒後の光景がコレである。

 

ギルスレイダーのディアラハンでHPも回復済みなので、いろんな意味でこの師弟はいつものノリであった。

 

 

「運転スキルもありますし、ギルスレイダーはAI搭載ですけど、空はさすがに飛べませんからね」

 

「まあ空中で方向転換できないってのは分かったが……次からは安全運転でな?」

 

「無免許運転については?」

 

「それはいいや」

 

(いいんだ……)

 

 

阿部的にはそもそも仮面ライダーのマシンは無免許運転とかハナで笑える違反車ばっかりなので、意外と

その辺の基準は緩かった。

 

もっというとアマゾンとか免許明らかに取れないだろってライダーもいるのでやっぱりその辺も緩かった。

 

自分が事故死した件についても、そもそも修行の中でハルカをサマリカームまで追い込んだ事がごまんとあるのでお相子だと考えている。

 

 

『……(ハッ?!)フン、どうやら弟子とやらが助けに来たようだが……

 その程度でどうにかなるもんじゃねぇぞ?さあ、おっぱじめようや!』

 

(すっごい気を使ってくれてる!いい鬼(ひと)だ!)

 

「交渉ターイム!!」

 

『認める!!』

 

(ホントにいい鬼(ひと)だ!?)

 

 

逆に段々いたたまれなくなってきたレムナントだった。

 

一方のハルカの方も若干やりづらくはある。基本的に相手の事情も知らずに殴りかかってハイ解決、できるタイプでもないのだ。

 

少なくとも会話ができると判断した相手を一方的に害することができるタイプではない。

 

え、先日真っ二つにしたエンジェル? 頭メシアは例外。

 

 

「そも、貴方の目的は何ですか。封印が解除されたら速攻で暴れだして……」

 

『数百年もロクに動けなかったから暴れて殺して食って犯して楽しみてぇ』

 

「すごくシンプル!ありがとうございました! ……妥協は不可能で?」

 

『無理だな。第一俺より弱い連中と妥協する必要がどこにある。

 

 怪物だの神だの、お前らが言う人外ってーのはすべからくそういうモンなんだよ。

 

 人間ってやつの都合を推し量る方が少ないんだ』

 

「うん、徹頭徹尾その通りですね。強いんなら自分の意見を押し通せる、遠慮なんて必要ない」

 

 

実にガイア連合的にも理解できる価値観だ。

 

基本的にガイア連合(特に黒札組)は『力』で押し通しがちだ、暴力・霊力・財力・技術力と様々だが。

 

中途半端に妥協点を探すのではなく、パワープレイで押し通るのがガイア連合のやり口である。

 

……結果的に本来のガイア教を人助け集団にしたような組織になりつつある。

 

 

「じゃあ、貴方ブチのめして諦めさせればいいんですね?」

 

『おぉ、話が早いじゃねぇか。顔のわりに話せるしな』

 

「異形顔はお互い様でしょう?どうしても戦いたくない相手以外とは戦うようにしてるんです。

 

 ……戦わなければ生き残れない。僕らはそういう世界に生きている。

 

 だからこそ、闘うのならスッキリした戦いがいい」

 

『ソコは同意だ、毒盛られて不意打ちなんざごめん被る』

 

 

軽く腕を回してから、再度ギルスレイダーに乗り込むギルス。

 

阿部も最低限の回復が終わったのか立ち上がり、もう一度アベノセイメイを呼び出した。

 

四神が阿部の周囲で陣を組み、レムナントも支援の為に後衛につく。

 

 

『さぁ、最後の1勝負……楽しんで殺し合おうかァ!!!』

 

 

開始のゴングは酒呑童子の『ファイアブレス』から始まった。

 

あの巨体はすべての攻撃がデカくて広い。吐き出す火炎の息すら火砕流に匹敵する。

 

先ほどのように自分に当たりそうな余波を火炎ブロック等で防ぐのならともかく、

 

直撃してしまえば周囲の酸素が燃やし尽くされてるせいで窒息死もありうる、非常に面倒な攻撃だ。

 

 

羽を展開したレムナントと、空が飛べるセイリュウやスザク、イッタンモメンは空中に退避。阿部もイッタンモメンの背に乗り空をかける。

 

ビャッコとゲンブは管に戻して緊急回避、ギルスはギルスレイダーのアクセルを踏み込み、一気に到達した最高速度でファイアブレスを横切るように回避。

 

 

(ファイアブレスのおかげで、足元に転がってた木々が燃え上がってちょっとした山火事か野焼きだな……煙に紛れて近づく!!)

 

 

空中で阿部たちの攻撃が始まったのを確認してからルートを変え、ファイアブレスによって燃え上がった木々が生み出す煙を目くらましに使い接近。

 

酒呑童子の足元に潜り込めば攻撃が届く、と考えた所で……。

 

 

『フンッ!!そぉりゃあ!!』

 

 

先ほど阿部に対してはなった『大地投げ』を再度発動。

 

MAGによって固めたのだろうか、ギルスがいるあたりの地面まで巻き込まれかけて慌てて退避。

 

 

(ウッソだろぉ!?これじゃあ下手に近づけないぞ?!)

 

『ん?そんなところにいたか、緑のヤツ!!』

 

「やばっ!!」

 

 

地面と一緒に持ち上げられることを回避するために煙から出たのがアダとなり、酒呑童子が目ざとくギルスを発見。

 

振り下ろされた『マッスルパンチ』を急ハンドルを切って回避。

 

しかしマッスルパンチによって砕かれた大地が散弾のように迫ってくる。

 

素早くギルスレイダーをAIに任せて走行させ、自分は腕の鞭『ギルスフィーラー』を伸ばし、それをヌンチャクのように振り回す。

 

 

「はぁっ!せいっ!!オラァッ!」

 

 

飛んでくる土塊や岩片を撃ち落とし、踏みつぶそうとしてくる酒呑童子の足を避け、そのまま股の間を通って後方に抜ける。

 

 

『ええい、ちょこまかと……』

 

「今だ、同時に撃て!!」

 

 

追撃するために振り向こうとした酒呑童子の隙だらけの体に、地上に再召喚されたゲンブとビャッコを加えた四神の攻撃が直撃。

 

さらに阿部の号令で阿部の『ジオダイン』に合わせてアベノセイメイとレムナントからも魔法が飛ぶ。

 

 

(もうマハジオバリオンやマハジオダインを連発する余裕はない!

 かといって燃費のいいザン系じゃ威力が足りない!

 ジオダインで少しでも足を止めさせて、一撃を狙う!

 

 ……これ以上の弱体化は期待できないんだからな!!)

 

レベルが下がれば、当然燃費もよくなり維持するためのMAGの負担も減る。

 

この異界のMAG濃度や諸々の条件を加味すると、阿部の計算ではぎりっぎり『LV70~80』の酒呑童子は維持できてしまう。

 

無論本当にギリギリ、それも過去に貯めこんだMAGを切り崩しながらの自転車操業だが。

 

つまり、ここから先はレベルダウンの期待できない酒呑童子を相手に攻撃を続け、MAGかHPのどちらかが切れるまで削り続ける『いつものボスバトル』に突入したのである。

 

 

(だが、向こうも自分のレベルまで削ってMAGの問題を何とかしないと戦えないぐらいの枯渇具合。

 

 大技を使う余裕もないはず、あとはどこまで俺たちが粘れるか……)

 

『しょうがねぇ、だったら1匹ずつ仕留めてやらぁ!!』

 

 

酒呑童子が右手を地面に突き刺し、たっぷりと土塊と岩塊を握りしめる。

 

この時点で盛大にイヤな予感がした阿部が「避けろ!」と叫んだ直後、酒呑童子が掴んでいたソレを全力投球。

 

山ごと両腕で抱えてぶん投げてたときより大きく量は減ったが、代わりに速度は目で見切れる範囲ではなくなっていた。

 

 

「【テトラカーン】!!」

 

 

咄嗟に阿部はテトラカーンを使ったが、守りきれたのは近くにいたレムナントとセイリュウ、乗っていたイッタンモメンのみ。

 

酒呑童子が集中的に狙ったスザクは穴だらけにされて死亡、ビャッコと共に脚に攻撃を仕掛けて投擲を中断させようとしていたゲンブは踏みつぶされた。

 

蘇生アイテムの数も限られる上、蘇生のための時間稼ぎも厳しい。

 

幸い、地上戦を指揮していたアベノセイメイはビャッコに乗って素早く離脱していたが……。

 

 

『逃がすかァ!』

 

『むうっ!?』

 

 

次の狙いをアベノセイメイとビャッコに絞った酒呑童子の拳が振り下ろされる。

 

一か八かでアベノセイメイはビャッコから飛び降り、ビャッコもアベノセイメイと逆側に跳躍。

 

全速力で正反対の方向に動けば、あの巨体でも巻き込める可能性が高いのは片方のみ。どちらかが生き残ることに賭けたのだ。

 

結果から言えば賭けは成功、しかし、狙いを片方に絞ったことでビャッコは抵抗もできず粉砕された。

 

 

『ペルソナの方、もうMPもロクに残ってねぇだろう?さっきから魔法の頻度が落ちてるぜ!!』

 

『……見抜かれていましたか』

 

 

阿部とアベノセイメイは別々のMPを使用している。

 

供給源は阿部のMAGだが、そこから魔法のもとになるMPの貯蔵を別にできる。

 

イメージとしては影分身の術の貯蔵チャクラとか風の偏在の貯蔵魔力に近い。

 

満身創痍の酒呑童子を削り切ることを優先するという作戦を立てたので、

支援魔法の多いアベノセイメイではなく攻撃魔法の多い阿部が多くのMPを割り振られたのだ。

 

ちなみにHPも別管理であり、そのためアベノセイメイがやられても阿部に影響はない。

 

さすがにペルソナ使いが倒れたらアベノセイメイも消えるが、かなり融通の利く存在なのだ。

 

(トラ系の魔法で逃げてもいいですが、そうなれば私は下位の魔法すらロクに使えないお荷物になる。

 ……殴り潰される前にアギかハマでも撃っておきますか)

 

自分が潰される前に抵抗しておこう、と思った瞬間。

 

 

「ヴォオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

『何ッ!?』

 

 

マッスルパンチを放つために振り下ろしていた腕を、ギルスレイダーに乗ったギルスが駆け上がってくる。

 

デコボコした人体に近い、急な坂道通り越して絶壁のようなソレを勢いよく突っ走る。

 

咄嗟に虫でも払いのけるように酒呑童子が右腕を振るが、べったりとタイヤが腕に吸着して離れず、そのまま二の腕のあたりまで突っ込んできた。

 

 

『この、アリかキサマ?!』

 

「カミキリムシかカマキリと言え!それはともかくゥ……ふんっ!!」

 

 

左手で蚊でも叩くように右腕のギルスを叩き潰そうとした瞬間、ギルスが全力で跳躍。

 

酒呑童子の眼前まで一気に迫る。

 

驚愕、という感情を表情に浮かべた酒呑童子の眉間に、ギルスの一撃が突き刺さった。

 

 

「『ライダーキック』ッ!!」

 

『ぬぐおっ!?』

 

 

覚えたばかりの新技、どうやら『飛び蹴り』の上位互換である物理技らしい。

 

綺麗なフォームで蹴りを叩き込み、ギルスヒールクロウの要領で顔面を蹴って跳躍。

 

地面に落ちる前にギルスフィーラーをギルスレイダー目掛けて伸ばし、巻き付けて自分を引き寄せ、再度乗り込み離脱。

 

流れるようなヒットアンドアウェイであった。

 

 

「くそ、あの一撃でもあんなもんか……かとってギルスクロウの攻撃じゃ蚊が刺したようなもんだし」

 

「……いや、いい一撃だった」

 

「! 師匠!」

 

 

いつの間にやら、退避中のギルスレイダーの近くまで阿部とイッタンモメン、そしてセイリュウが飛んできていた。

 

他の面々は酒呑童子の注意を引いているようで、アベノセイメイもレムナントがもってきたチャクラドロップを齧っている。

 

そして阿部が口を開き、今の攻防を見て思いついた『作戦』を説明し始めた。

 

 

「それで、だ。 ちょいと1つ、賭けに乗る気はないか?」

 

「ベットするのは?」

 

「全員の命」

 

「リターンは?」

 

「酒呑童子の命」

 

「やりましょう」

 

 

即答、0.1秒も開けずに決断。

 

元より阿部の教えで『可能な限り早く決断して動け、ただし足元をおろそかになするな』と学んでいたのもある。

 

しかし、霊山同盟の一件で『長々と考え込む時間が無い場合もある』と経験した事も大きかった。

 

経験は人を成長させる、訓練や学問だけでは得られない生の体験が重要なのだ。

 

決断力……その一点において、ハルカは師に追いつきつつあった。

 

 

【あるもの】を手渡し、作戦の詳細を手早く説明。

 

酒呑童子の側面に回り込みつつ、ギルスのやや前をイッタンモメンとセイリュウが飛んでいく。

 

先ほどからの大暴れで、小高い丘のようになった地形を選択。 

 

 

「いけっ、ギルスレイダー!!駆け抜けろ!!」

 

 

ギルスレイダーのエンジン音が唸りを上げて、その丘をジャンプ台替わりに大跳躍。

 

さらにイッタンモメンが跳躍したギルスへ追い付き、その前方で『滑り台のような形になる』。

 

最大限体を長く伸ばしたイッタンモメンを足場に、滑り台を下から上に逆走する要領でギルスが疾走。

 

真上に飛びのいた阿部の下を潜り抜け、イッタンモメンのジャンプ台を使い、もう一度跳躍。

 

酒呑童子の首ぐらいの高さまでギルスレイダーは飛び上がってきた。

 

さらにセイリュウもこれを追走、2つの影が酒呑童子に迫る。

 

 

『何ッ!?』

 

『総員、ギルスとセイリュウに支援を集中!仕掛けるぞ!』

 

 

アベノセイメイの号令で、タルカジャやスクカジャがギルスとセイリュウに集中。

 

飛んできた2つの影を咄嗟に迎撃しようとした酒呑童子だが、不意を打ったギルスとセイリュウの方が一手早い。

 

 

「 超 変 身 ッ ! ! 」

 

 

ギルスレイダーを足場に、『エクシードギルス』が跳ぶ。

 

さらにとぐろを巻きながら上昇していくセイリュウが、まさしく『昇竜』という言葉にぴったりの軌跡で追随。

 

空中で体をひねって体制を整えるギルスへと、阿部が用意した最後の一手が起動する。

 

 

「【発信機】起動!ありったけのアギラオの力をギルスに!!」

 

 

転移用コンテナに詰め込んだ、10万個を超えるアギラオストーンを『発動しつつ転移』。

 

ギルスに手渡した【発信機】目掛けてアギラオストーンが飛んでいき、起動。

 

ただし敵にぶつけるためではなく『合体魔法・合体スキルのリソース』として注ぎ込む。

 

ライダーキックの構えを取ったギルスの後ろにセイリュウが回り込み、アギラオと同時にウィンドブレスを発動。

 

暴風の吐息が炎を纏ったギルスを押し出し、酒呑童子目掛けて迫ってくる。

 

 

 

 

『アギラオ』

『アギラオ』

『アギラオ』

『アギラオ』

『アギラオ』

『アギラオ』

『アギラオ』

『アギラオ』

『アギラオ』

 

~~~中略~~~

 

『アギラオ』

『アギラオ』

『アギラオ』

『アギラオ』

『ウィンドブレス』

『ライダーキック』

 

 

 

 

『こ、これは……!?』

 

 

酒呑童子の肌でもビリビリと感じる威圧感。

 

これは自分を殺しうる一撃だと判断した時点で、即座に受け止めることを選択。

 

元より巨体のせいで避けるという選択肢はない、ならば歯を食いしばって耐える方が『自分らしい』。

 

徹頭徹尾、外道はあっても横道はなし。そんな鬼の王目掛け……。

 

 

「これが僕たちの最後の一撃!!

 

『ドラゴンライダーキック』だああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

炎を纏ったギルスが、朱き流星となって着弾した。

 



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『それでも、生きていくしかない。終わりが来るまではな』

 

【Eフィールド 総合作戦本部】

 

 

 

『各自、状況知らせ』

 

 

Gトレーラー内部の大型通信設備が、各フィールドの通信機による連絡網を構築。

 

異界内部でも繋がる技術部特製の無線機から、各戦線の戦況がリアルタイムで共有されるのだ。

 

 

『こちら鬼灯、Eフィールドのケリはついたで。

 

 【金童子】討伐完了。はぁ、キツい相手やった。

 

 まあ、満足いくまでしばき合えたさかいええけど』

 

 

『えーっと、これに話しかければいいんだよね?

 

 Wフィールドの佐倉です!【虎熊童子】の討伐、成功しました!』

 

 

『Sフィールド突入班、班長のマキマです。

 

 【熊童子】の討伐完了、重傷者はいません。

 

 こちらで手当てしてから下山します』

 

 

「……Wフィールドの流石弟者です、【星熊童子】の討伐完了。

 兄者と銀さんがボッコボコのボッロボロなんで宝玉プリーズ」

 

『了解した、こちらで可能な限り退避ルートを掃討し、安全に下山できるよう支援する。

 Wフィールドには回復魔法持ちの黒札が向かえるよう手配しよう』

 

 

届いた内容は双方にとって吉報であった。

 

大江山の防衛線を左右する、大江山四天王討伐の正否。

 

各戦線で内部に突入した黒札からの討伐報告は、まさに指揮官にとって値千金の情報なのだ。

 

 

(まーさか俺たちで【四天王】討伐するハメになるとはなぁ)

 

 

ガチ勢を最低一人割り振るはずが、来る予定のガチ勢の地元で別のトラブルが発生。

 

それらに手を取られた結果、現地にいる黒札によって対処するのが最適……となってしまった。

 

結果としてガチ勢の半歩下ぐらいの強さである【白夜叉】と【サスガブラザーズ】が突入班に移動。

 

兄者と銀時が白目むいてるが、なんとか討伐に成功したのである。

 

……ただし、予定外の援軍もあったのだが。

 

 

「まさかアンタらが助太刀に来るとはなぁ。

 阿部さんの呪詛で縛られてるとは聞いてたけど、士気も妙に高いし」

 

「……もとより、この大江山は我ら『蔵土師家』の管理する異界ぞ。参戦せずしてどうする。

 といっても、肉壁と露払い程度にしか役に立てんかったがな」

 

 

そう、この山で血なまぐさい儀式を行い、それが理由で阿部に一掃&拘束されていた蔵土師家。

 

その後阿部が呪詛契約を押し付け、いざというときは予備戦力として突っ込ませる手筈だった。

 

ところが自ら最前線、それも危険地帯を望む者が続出。

 

蘇生された一族の長と共にWフィールドに突入し、星熊童子相手に散っていったのである。

 

弟者の目の前にいるのは、阿部にネクロマで操られたりもしていた一族の長老である。

 

 

「……我らはどんな手を使ってでもこの国を守りたかった。たとえ死後、地獄に落ちるとしても。

 

 どのような裁きでも受けるつもりだった。先の世を、悪魔やメシアに汚されないために」

 

「まあ、その覚悟だけは買うけどさ……」

 

「構わんよ、我らも認められるとも、受け入れられるとも思っていない。所詮鬼と同じ外道だ。

 だが、この古都を守る一族は我らも含め8つ……そのうち半数は既に途絶えた。

 諸君らの言う『行儀のいい』方法にこだわっていた一族から順にな」

 

 

それしかなかった、それ以外になかった、だからそうした。

 

蔵土師家はつまるところたったそれだけの一族だ。外道であることは確かにそうだが……。

 

 

「外道になる必要があった。そうでなければ、持たなかった。

 すべての家が途絶えれば、古都の人々はまとめて悪魔の餌場に堕とされる」

 

「……それは、そうだが……」

 

 

やりきれない、という表情の弟者に、長がボロボロの体を引きずって言葉を続ける。

 

 

「だからこそ、諸君らに言えることがある。

 

 ……君たちは『こちら側』に来るな」

 

「!?」

 

 

うつむいていた弟者がはっと顔を上げると、憑き物が落ちたような長の顔があった。

 

 

「犠牲を当然と思うな、殺す事を当たり前と思うな、人の死を仕方ないと割り切るな。

 その果てが我らの末路、鬼を討つために鬼になり果てた愚者の集団ぞ。

 君はまだ若い、色々と道を探すといい。それだけの力と時間はあろう。

 ……すまんな、このような老いぼれの戯言を、さも説教のように」

 

「いや……金言にする、じゃなくて、します。

 

 少なくとも、ここにいる面々の力が欠けてたら星熊童子には届かなかった。」

 

「……そうか。なら、無駄に長生きした価値もあったらしい」

 

 

(そうだ、根性出せば届いたじゃねーか、俺たちは……あとは、酒呑童子)

 

 

このままいけば朝まででも防衛ラインは堪えられる。

 

しかし、すべては山頂にいる面々があの規格外の鬼を討ち取ることが前提の作戦だ。

 

もはや彼らにできるのは祈る事だけ。

 

(あとは任せたぜ、仮面ライダー)

 

神でも仏でもなく、仮面ライダーに祈りを捧げ、弟者は自分にできる事に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い流星となって酒呑童子に突撃したハルカは、炎の中で過去のことを思い出していた。

 

 

(確か……ギルスになって半年くらい経ったときだっけ?)

 

 

走馬灯にしてはピンポイントだな、なんて頭の中で呟いていると、記憶が倍速映像のようによみがえってくる。

 

あの頃のハルカは山梨支部での修行をひと段落させて、阿部と共に日本各地の霊能一族や霊能組織を巡り、異界の調伏等を行い始めた頃だった。

 

大抵の場所ではあまり期待されないが、悪魔を倒し、異界を潰せば感謝感激雨嵐と称賛の言葉が降ってくる。

 

毎回のように自分の貯金通帳に増えていく金と、彼の住んでいる場所に増えていく魔石やマッカ。

 

……それに耐えきれず、一人宿を抜けだし、泣いていた事があった。

 

 

『どうかしたのか?』

 

『……師匠、追ってきたんですか?』

 

『まぁな。こういうのは得意でね……で、何があった。感謝されてる間も沈んだ顔しやがって。

 おかげで夜這いに来る女を待ってたのに飛び出してくるハメになったぞ。ハメてねーのに』

 

『最低ですよ師匠。 ……耐えきれなく、なったんですよ。誉め言葉に』

 

 

涙をぬぐう事もせず、誤魔化す事もせず、鷹村ハルカは生まれて初めて誰かに弱音を吐いた。

 

 

『この力は……僕のモノじゃない。ただ貰っただけだ、なんにも努力せず、苦労せず。

 褒められるんなら、それは僕じゃない。ギルスを作った皆であるべきなんだ。

 自分の誇れる力でもないのに褒められる、それこそ恥以外の何物でもない!』

 

『……まあ、お前の美意識にはとやかく言わんが』

 

『それだけじゃない!僕は……僕は称賛の言葉を聞いて……嬉しいと思ってしまった!』

 

『? それの何が悪い』

 

『何もかもです!さっきも言ったでしょう、あれは僕の『力』への称賛だ!

 僕が受け取っていいものじゃない!それなのに僕は……喜んでしまった!

 生き恥にもほどがある!僕だけの体じゃなければ、今すぐ腹を掻っ捌きたいほどに!』

 

 

余りにも低い自己肯定感、ある意味彼の母親の真逆だ。

 

弟に母の愛を独占され、一族の皆から存在そのものを否定され続け。

 

己の命に、人生に、そのすべてに価値を感じられなくなった少年がそこにいた。

 

 

『僕は……礼を言われるような人間なんかじゃ、ないんだ。

 僕は、人に褒められる人間なんかじゃ、ないんだ。

 

 だって殺した、母さんをこの手で!必要だからって生贄にされた一族の皆も見捨てて!

 弟を放逐して、家を乗っ取って……こんなの、鬼だ!外道だ!鬼畜の所業だ!

 今でもあの時の……首を跳ねた感触が取れなくて……僕は……』

 

 

鷹村ハルカは必要なら己の手を汚せる男だ。

 

しかし、汚したことを受けいれ飲み込むには、あまりに彼は幼すぎた。

 

すこしばかり早熟な所もあるが、その在り方は純粋で清廉な子供そのもの。

 

悪を悪として見ることができる瞳は、己を悪と断じる事すらできてしまった。

 

 

『僕は最低だ……多くの人を幸せにするために、一部を切り捨てて……。

 ダークサマナーなら殺してもいい、メシアンなら罪悪感も抱かない、って人もいる。

 でも僕は……僕が殺したのは……家族なんです。たとえ、ダークサマナーでも』

 

『なら、それは悪いことなのか?』

 

『……悪いに、決まってるじゃないですか。でも、その悪いことを僕はしなきゃいけないんだ。

 そうじゃなきゃ……やらなきゃ生きていけないんだ……いいや。

 

 生きてちゃ、いけないんだ。やらなきゃなんの価値もないんだから……』

 

 

彼の本質は【価値】にある。価値こそがすべてを決めると思っている。

 

自分はなんの価値もなかった、だから生まれてからあのような扱いをされてきた。

 

今は力という価値がある、皆自分の価値である力を褒めてるのだ、と。

 

 

『なら、お前は死にたかったのか?あの時の生きたいって言葉は嘘か?』

 

『……それが、分からなくなったんです。あの時はどうしてもいきたかった。

 生きて、自分の価値を証明するまでは死ねないって。どうしても死にたくないって。

 僕が死ぬときに誰かが泣いてくれるようになるまで、死ぬわけにはいかないんです』

 

『ああ、そうだ。

 それでも、生きていくしかない。終わりが来るまではな』

 

 

こくん、とハルカが頷く。涙は止まらないが、言葉は少しずつ落ち着いてきた。

 

 

『……褒められて、うれしいって思って、そんな自分が本当に嫌いで、でも……。

 褒められることができた、ってことは、それだけは……無意味でも、無価値でもないから。

 だから、もうちょっとだけ生きたいって……もうちょっとだけ、褒められたいって。

 

 褒められて……認められてる内は、僕みたいな命でも、生きてもいいんじゃないかって。

 

 業突く張りで、強欲な欲張りで、足るを知るを知らないって言われそうだけど。

 

 僕は生きたい。生きることを素晴らしいと思えるまで生きたい。

 そう思っても、いいんでしょうか』

 

 

あまりにもあんまりな、「自分は生きててもいいのか」という質問

 

しかし、阿部はまっすぐにそれを受け止めた。答えはずっと1つだった。

 

 

 

『ああ、お前は生きていてもいい。

 

 お前が自分の価値を見つけるまで、生き続けろ。

 

 そしてお前が見つけたお前の価値を、俺に見せてくれ』

 

 

そういって笑う阿部に、泣き笑いのような表情で返すハルカ。

 

不器用極まる師弟の一幕……それが、今もハルカを支える1つであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

一瞬が何時間にも感じる回想を経て、場面は鬼の王と赤い流星の激突に戻る。

 

腕を交差させ、ドラゴンライダーキックを受け止めている酒呑童子。

 

ありったけの力を脚に込めて、その防御を貫こうとするエクシードギルス。

 

両者の力は完全に拮抗していた。

 

 

(師匠……僕は、まだ自分に自信が持てません)

 

 

それでもこの場に立っているのは、来るときに受けた声援が背中を押すからだろう。

 

仮面ライダーという英雄を称える声、それを自分が背負っているという自負。

 

自分を仮面ライダーと呼んでくれる人々のために、仮面ライダーであり続ける。

 

その誇りが彼の新たな支えとなった。

 

 

(少しだけ……力が足りない!なら!!)

 

 

体の中の新たな力、バーニングフォームに感覚を伸ばす。

 

まだほとんど制御できていない莫大なエネルギー、疲弊している今では数秒も持たない。

 

だが、シノからの忠告を理解したうえで対策があった。

 

 

(僕の肉体を再生する分と、バーニングフォームを生み出す分でMAGを浪費するのなら!

 

 再生能力を切って、僕の体全部を薪にすればいい!

 

 僕の体が燃え尽きるまでの時間は、バーニングフォームを維持できる!)

 

 

酒呑童子を撃ち抜くまで持てばいい、そんな投げやりにすら見える判断。

 

しかしギルスに、いやハルカにとっては当然なのだ。

 

茨木童子との戦いで確信した『自分にできるのは体を張ることだけ』という真実。

 

張りこむ体を惜しむ、なんて思考は彼の中に存在しない。

 

 

「超変身ッ!!」

 

 

高速再生をカットし、自分の全てを燃料として投入。

 

体中が内も外も絶え間なく焼かれ、絶叫しそうなほどの痛みが襲う。

 

それら全てを根性と気合で抑え込んで、エクシードギルスの脚に炎を集中。

 

バーニングライダーパンチの時に掴んだ要領で全ての力を注ぎ込む。

 

 

「ブチ抜けええぇぇぇええええぇぇぇっ!!」

 

 

自分の全てを炎に変え、酒呑童子にぶつけようとしたその瞬間。

 

 

瞬きの内に、鷹村ハルカは真っ白な空間に放り出されていた。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

さっきまで全身を苛んでいた熱と痛みが消えている。

 

それどころか、ギルスへの変身まで解除されていた。

 

人間モードのまま、上下前後左右になにもない白い空間に放り出されている。

 

 

「なんだ、酒呑童子の幻術か……?」

 

「幻術じゃない、こっちを見ろ」

 

 

さっきまで何もいなかったはずの背後から声がかけられる。

 

思わず飛びのきつつ振り向いたハルカの眼に映るのは、見慣れた異形。

 

二本の角に、朱い眼。黒と緑の昆虫を思わせる肉体。

 

ハルカからすれば何度も見てきたその姿は……。

 

 

「……ギル、ス……?」

 

 

「ああ、ようやく会えたな。しかし、そうか。

 

 『あの男』も俺をその名前で呼んでいたが……。

 

 俺のこの姿は『ギルス』と言うんだな」

 

 

鷹村ハルカの持つ力、ギルス。

 

それと瓜二つの何者かが、ハルカと向かい合っていた。

 

 

 



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「ありがとう、仮面ライダー」

「……あの、どこからきたどなたのなにさまのどちらさまですか?」

 

開口一番このセリフを発してしまったハルカにそれほど責任はあるまい。盛大に言語能力はバグっているが。

 

目の前の異形……『ギルス』そっくりの何者かに尋ねるが、仮称『ギルス』も少し悩んだ末に。

 

 

「どちら様、と言われてもな……見ての通りなんだが」

 

「見ての通りだとビジュアル怪物がいるんですけど」

 

「……お前も本来は似たような姿だろ」

 

 

なにから話したもんかな、と言いよどむギルス。あまり饒舌なタイプではないらしい。

 

 

「本霊通信……だったか?アレで呼び出された『本霊』に当たる存在が俺だ」

 

「え、いや、待ってください!それはおかしい!

 アレは式神のAIであるスライムの元になった悪魔の力を借りる、って方法のはず!

 ギルスはスライムを搭載する前に肉体だけを移植に使ったはずです!」

 

「ああ。だからその肉体の方に呼ばれたんだ」

 

 

肉体の方?と首をかしげるハルカ。

 

エンジェルチルドレン事件の後、ハルカはエクシードギルス等について阿部に説明を求めた。

 

結果として判明した『ネフィリムのフォルマを使用した対メシア教用の式神』というルーツ。

 

そこから推測される目の前のギルスの正体は……。

 

 

「『ネフィリム』……?」

 

「正確には『それに該当する存在』だがな。

 お前の中の『ネフィリム』の呼びかけが届いた結果呼び出されたんだ。俺には別に名前がある」

 

「……なんだかよくわからなくなってきました」

 

「だろうな、俺もだ。 とりあえず、今は力を貸してくれる存在……と覚えればいい。

 こっちも『アイツら』に受けた説明程度しか知らないからな」

 

 

アイツら、については『こっちの話だ』と会話を打ち切り、本題にはいる。

 

 

「お前の新しい力……『バーニングフォーム』のことだが。

 正直、これを制御できるようになるのは当分先だ、今すぐどうこうはできない」

 

「まあ、そうですよね……」

 

「だから一時的に俺が力を貸す。これで消し炭になることだけは避けられるはずだ。

 貸した力がなじむかどうかまでは保証できないけどな」

 

「とりあえずギルスボディも馴染むかどうか賭けだったので気合でなんとかします」

 

「勇ましいな……まあいい。手を握れ、あとは俺がやる」

 

 

若干引いたような反応をしつつ、右手を差し出すギルス。

 

それに応えるようにハルカも手を出し、握手するように握りこんだ。

 

そして、ハルカの中に何か不可思議な感覚が流れ込んでくる。

 

例えるのなら水の中にたっぷりの油を垂らしたような、醤油に中農ソースを流したような。

 

『似ているが違うモノ』が入ってくる感覚、若干の異物感と言えばいいのだろうか。

 

 

「俺の『アギト』を少しだけ譲渡した。これで『バーニングフォーム』にも最低限適応できる。

 

 俺にとっても貰い物だから、使いこなせるかどうかは別としてな」

 

「……『アギト』?」

 

「そこからか……人間の進化を促す力、と覚えておけばいい。俺も詳しいわけじゃないしな」

 

「オカルトじゃなくてファンタジーみたいだ……」

 

 

と、ここまで説明を受けた所でギルスが疑問の声を上げた。

 

 

「……なあ、また貸しだから詳細もわからない力を押し付けてくる初対面の異形だぞ?

 なんでそこまで素直に信じられるんだ。寧ろ信じるな」

 

「信じますよ。 貴方の眼は真摯にこちらと向き合ってるのがわかりますから」

 

「眼、と言ってもお前、この外見じゃ……」

 

「物理的なモノだけじゃなく、もっと抽象的な……カンと言われても否定できないんですけど。

 だけど、そうじゃなかったとしても僕はあなたを信じていたと思います。

 そんな言葉を言う人が嘘をつくとは思えないし、なにより……」

 

 

偉そうなことを言えるほど、人生経験を積んできたわけではない。

 

12年程度生きただけの自分より、ずっとつらく苦しい人生を送ってる人間はいるのだろう。

 

それをわかっていてもなお、ハルカは真っすぐにあり続ける。

 

 

「どうせなら騙すよりは騙される方がいい……そうでしょう?

 もし騙された時はひとしきり泣いて、悩んで、それから殴りに行くかどうか決めます。

 でも、もし騙す側になったら……だました後、ずっと悩まなきゃいけないから」

 

「……お前は、その青さと心中するつもりでもあるのか?」

 

「どちらにせよ、曲げたら折れます。捨てれば砕けます。

 諦めが悪くて、前に進み続ける事を諦めない心だけが僕の武器ですから」

 

 

『分岐路だ!今、ボクは分岐路にいるッ!!』

 

『こんな痛みも苦しみも、知る人間は少ない方がいいはずだ』

 

『立派な目標じゃないですか。胸を張れる答えだ』

 

『いないっていうなら……僕がそんなヒーローになる!』

 

 

「悩んで迷って、それでもはいつくばって進みます。決めたんです。

 この両の手が届く限り、誰かに手を伸ばして涙を拭い続けると。

 声なき叫びに駆け付けて、この力をそのために使うと。

 

 きっとそれが……『仮面ライダー』だから」

 

「『仮面ライダー』……俺をここに導いた奴も、そんなことを言っていたな。

 なるほど、仮面ライダー……仮面ライダーギルスか」

 

 

表情も分からない異形(ギルス)が、どこか微笑んだような気配をハルカは感じる。

 

しかしすぐに雰囲気を引き締めると、ギルスが自分の後ろを親指で指さした。

 

 

「出口はあっちだ。走り抜ければ元の場所に戻る。時間軸なんかは心配するな。

 ……『そっちの世界』は任せたぞ」

 

「……はい!ありがとうございました、色々と!」

 

 

ギルスの隣を駆け抜けて、出口だ、と指さされた方向に駆け出すハルカ。

 

白い光に包まれ、その先へ……彼の闘う世界へと戻っていく。

 

そして不可思議な空間に残されたギルスも、元居た世界へと駆け出していく。

 

二人の姿が、突如現れた『銀色のオーロラ』に包まれて消えていく。

 

 

(あの『赤と黒のバーコード模様』のヤツに送り込まれたが……悪くない体験だった。

 

 それに、この世界の『ギルス』は……俺や津上よりも、氷川に似ていた。

 

 ならきっと、『人間』として戦い抜けるはずだ)

 

 

「『俺達』は、不死身だ。そうだろ?」

 

 

仮面ライダーギルス……『葦原 涼』は、共に戦った二人の事を思い出しながら、『終わりが来るまで生きていく』と誓った世界へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんだっ……突然、コイツの力が増した……!?)

 

赤い流星と化したギルスの圧力が跳ねあがり、酒呑童子の巨体がじわじわと押され始める。

 

両の足を全力で踏ん張っているのに、60m級の巨体が流星によって後ろにずれていく。

 

バツの字に組んだ腕も悲鳴を上げ、ありったけのMAGを肉体の維持に回しているのに体が持たない。

 

 

『グオオオオオォォォッ!?なんだ、貴様……この力はッ?!だ、だがまだだ、まだ、負けられんっ、まだッ……!!』

 

 

両腕にありったけの力を籠め、エクシードギルスを押し返しにかかる。

 

 

 

 

 

「これが……仮面ライダーの力だァー!!!」

 

 

両腕にヒビが入り、まるで陶器を叩きつけた音を何百倍にもしたような轟音と共に腕が砕け散る。

 

ガードを突き抜けたドラゴンライダーキックはそのまま胸元に着弾、酒呑童子の上半身をそのまま押し倒す。

 

それでも勢いは衰えず、酒呑童子の胸に大穴を開けながら背後へ貫通。

 

体の内外から炎が吹き上がり、仰向けに倒れようとしていた酒呑童子を火柱が包み込んだ。

 

 

『お、オオオオォ、オオオッ……!?』

(負けたッ!言い訳の1つもできん、完璧な負けだッ!!天晴、見事ォ……!!)

 

 

酒呑童子の肉体が内から外から焼き尽くされる。

 

こうなってしまえば超高位分霊であろうと消滅は免れない。

 

かつて毒殺された無念すら消し飛ばす、まさに英雄の一撃。

 

最後に一言でも仮面ライダーに賛辞を贈ろうかと考えたが……。

 

 

(いや、こやつは死に際の敵に賛辞されて喜ぶ類ではあるまい!寧ろ罪悪感を覚える者だ。それならば……)

 

 

『おのれぇっ、仮面ライダーッ!

 

 ぐわあああああああああああああああぁぁぁ!!』

 

 

「アイツ仮面ライダーの敵として完璧な死に方しやがった!?」という阿部の感想の直後、酒呑童子が木っ端微塵に大爆発。

 

それをバックにエクシードギルスが空中で受け身を取り、荒れ放題になった地面にヒーロー着地。

 

巻きあがる業火が収まり、MAG不足で変身を解除したハルカが振り向く。

 

 

「……ハルカ!」

 

「あ、師匠……うぉ、っと……」

 

「主殿!?」

 

流石に肉体の限界が来たようで、ふらついたハルカの体を駆け寄ってきた阿部が受け止める。

 

レムナントも大慌てで駆けつけてディアをかけており、火傷と疲労で体中ボロボロになっていた。

 

 

「生きてるか?バカ弟子」

 

「生きてますよ、クソ師匠」

 

「そうかい……ならいい。助かったぜ、今回は」

 

「……ええ、どういたしまして……」

 

「二人とも無茶をしただけなのにやり切った風な顔をしないでください……」

 

 

どこか満足げな笑みと共に、レムナントにツッコまれた師弟がフっと微笑んで視線を合わせた。

 

馬鹿なことをやった、という自覚はある。だが、やり抜いたことに妙な満足感があった。

 

阿部に肩を貸してもらいながら、イッタンモメンに乗って消えゆく異界から脱出。

 

レムナントのお説教と愚痴が混じったありがたいお話を聞きながら下山し……。

 

 

……途中でMAG不足によりイッタンモメンが盛大に墜落。

 

「なんでMAGの残量を確認してないんですか!?」

「しょうがねーだろ疲労困憊でそれどころじゃなかったんだよ!」

「羽が!天使の羽が枝に引っかかって!?MAG不足で飛べないんです!主殿助けてー?!」

 

 

三人そろってぎゃいぎゃいと喧嘩しながら歩いて下山することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもうまったく、師匠のせいでとんだ災難だ……」

 

「轢き殺した件と相殺でいいぞ」

 

「自由に天使の羽を消せる機能がなかったらモズの早贄でしたよ……」

 

 

怪我こそ直したが疲労困憊の体を引きずり、なんとか大江山から降りてきた一行。

 

四天王討伐に加えて『オニ』も相当削られていたようで、異界化が解除されたあとはまったく遭遇しなかった。

 

藪をかき分け、木々を踏みしめ、なんとかどうにか山道を下っていく。

 

 

「しかし、まさかお前が『仮面ライダー』を自分から名乗るとはなぁ」

 

「そう呼ばれましたから、いろんな人に。そうあろうと思ったんです……なれた気はしませんが」

 

「そんなことはありません!主殿は間違いなく英雄でした!ロウヒーローと呼ばせてください!」

 

「その呼び方はやめろレムナント……ま、お前が仮面ライダーにふさわしいかどうか、聞いてみろよ」

 

 

誰に?とハルカが聞き返す前に森を抜ける。

 

直後、ハルカの全身を『衝撃』が打ち据えた。

 

すわ「ザンでもくらったか!?」と少し焦るが、すぐに衝撃の正体に気づく。

 

 

これは『音』だ。

 

空気を震わせる『音』。

 

コンサートが終わった後の演奏者が、拍手の振動を全身で感じるように。

 

余りにも大きな『歓声』が、ハルカに向かって降り注ぐ。

 

 

 

「戻ってきたぞ、仮面ライダーだ!」

「くそみそニキもいるぞー!」

「よーくもまぁあんな怪物に突っ込めるもんだ」

「うーん……もうちょっと破天荒なら好みなんですが……」

「あら、私はああいうウブそうな子大好きですよ、マキマさん?」

「あーもー!二人とも今だけはそういう面出さずに拍手しません!?」

「元凶である我らはここにいてもいいのだろうか……?」

「兄者と銀さんだっているんだしいいんじゃないかな」

「弟者、俺も頑張ったから。割と今回はマジで頑張ったから」

「お疲れ様です、阿部殿……そして、仮面ライダー」

 

 

山道の出口に、今回の一件のために集まっていた面々が集合している。

 

口々に戻ってきた3名をほめたたえる声に、ハルカが茫然とした顔で周囲を見回す。

 

無傷の者から手当をしたばかりの者まで、老若男女様々な顔ぶれがいて。

 

少なくとも鷹村ハルカの記憶において、こんな沢山の人から称賛されたことはなかった。

 

まあ、そもそも褒められる事自体が少ない人生だったのだが……。

 

 

「……こ、れは……」

 

「みーんな俺達を待ってたんだぜ?」

 

「主殿は、身内びいきを除いても英雄(ヒーロー)なのです……私は、そう信じます」

 

 

どんな過酷な現実よりも、この優しい世界が受け止めきれない。

 

そんなハルカの脳内で、『僕はこんな称賛を受ける人間じゃない』という思考が過る。

 

だから、そんな周囲の皆をなんとか宥めようとして……人混みのなかから出てきた、車椅子の少年に動きを止める。

 

無くなったはずの四肢の内、両腕は『再生』されていた。

 

「紅葉……!?」

 

「ガイア連合の人に、腕を直してもらったんだ。それで、せめて一言お礼をいいたくて」

 

「っ……だけど僕は、何も間に合わなくて、最後にやってきてなんとかしただけで!」

 

 

「……違うよ。 君は間に合ってくれたんだ。ボクにとっては。

 ボクが生贄にした人たちのことは、ボクが背負わなきゃいけないモノなんだ。

 きっと皆、許さないから。ボクは許されないまま、裁かれて当然だった。

 

 ……だけど君は、そんなボクが完全に鬼になり果てる前に……助けてくれた」

 

 

車いすを前に移動させ、身を乗り出しハルカの体を抱きしめる。

 

高さの差で紅葉の顔がハルカの胸あたりにくる状態になるが、それでもしっかりと腕をまわし。

 

ハルカも咄嗟に紅葉を抱き留め、同じように背中へと腕を回す。

 

 

「君のおかげで、ボクは生きてる。

 

 君が自分を好きに慣れないなら、君の分までボクが好きになる。

 

 ありがとう、仮面ライダー」

 

「……ぅ、ぁ……」

 

 

もう、限界だった。

 

膝から崩れ落ち、それでも紅葉はおとさないように抱きかかえ。

 

紅葉の体を抱きしめたまま、ハルカの両目からじわりと涙の粒が浮く。

 

そのうちそれは滂沱の涙となり、幼子が泣きじゃくるような声が漏れ始める。

 

どちらが助けた側のかも曖昧になりそうな、そんな光景。

 

ただ、1つだけ確かな事がそこにある。

 

 

嗚咽を漏らし、抱きしめた相手に縋るように泣いてる少年。

 

彼は今日、仮面ライダーとなり。

 

彼は今、自分を肯定してくれる友人(モノ)を見つけたのだ。

 

 

 

 



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「いってきます」

 

大江山全体を見渡すことができる上空で、二つの人影が祝福される『仮面ライダー』達を見下ろしていた。

 

一人は、マゼンダと黒のバーコード状の『仮面』を被った『仮面ライダー』。

 

もう一人は、首から足元まで真っ黒な衣服を着こんだ中性的な青年。

 

 

「この世界のギルスは随分気合入ってるな……中身がオッサンじゃないし」

 

「僕の世界のギルスは中々に覚悟が決まっていたが、君の世界のギルスは違うのかい?」

 

「一人で全部背負い込もうとするタイプではあったな」

(まあそもそも俺が見たのは『エクシードギルス』だけなんだが)

 

 

随分仲良さげに会話しているようにみえるが、互いに互いへの警戒は一切怠っていない。

 

どちらも目的の為に一時協力しただけであって、本来は交わることのない相手だからだ。

 

バーコード顔の仮面ライダーは『この世界であるものを探すために』。

 

黒い衣服の青年は『この世界のある者から依頼を受けたために』。

 

酒呑童子とギルスの戦いに介入できなかったのも、目の前の相手が酒呑童子以上の脅威になりかねないとお互いに考えているからだ。

 

 

「……『この世界の僕』からの依頼も済んだ。僕は元居た場所に戻るとしよう」

 

「この世界に来る前にも聞いたが、この世界にもアンタみたいなのがいるのか?」

 

「ああ。僕よりずっと早く『世界を見守る』選択肢を選んだようだし、名前も違うが同じものだ。

 ……といっても、ちょくちょく人に力を貸している形跡があるが。

 寧ろ、君は帰らないのかい?」

 

「ああ、探し物がまだ見つかってないからな」

 

 

見下ろす先には、人々に囲まれてもみくちゃにされているハルカの姿。

 

少々複雑そうな顔をしながらも、かつて彼が『アギト』に向けていたソレより視線は柔らかい。

 

 

「彼のもつバーニングフォーム……あれは『シナイの神火』。

 

 僕の世界では光の力……『プロメス』が司っていたモノだ。

 

 恐らく『この世界の私』か『プロメス』、それに近しい者が加護として与えたのだろう」

 

「なるほど、だいたい分かった」

 

 

銀色のオーロラが謎の青年……『オーヴァーロード・テオス』の背後に現れる。

 

居酒屋の暖簾でもくぐるような気楽さでそれをくぐりながら、彼は小さく微笑んだ。

 

 

(神火はまだ使いこなせてはいないようだが、アギトの力が馴染んでくれば、あるいは。

 

 ……皮肉なものだね、僕が、別の世界とはいえ人がアギトになるのを望むようになるとは。

 

 いまだに『答え』は出ていない。アギトが人に受け入れられるのか、排除されるのか)

 

 

『ああ……きっと俺が、勝つさ!』

 

 

(……まだしばらく、君の勝ちは決まらないらしいよ)

 

 

オーヴァーロード・テオスはオーロラの向こうに消えた。また、人の結末を見守るために去っていったのだろう。

 

そして、銀色のオーロラが消えた後も、マゼンダと黒の戦士……『仮面ライダーディケイド』はこの世界に残っていた。

 

もう一度時空を越えた旅に戻る前に、することが残っている。

 

 

「どこいったんだ、ユウスケのやつ……!!」

 

 

……この世界で(何度目かの)ソロプレイになっていると思わしき仲間の捜索であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって、時間も変わって、古都の某所。蔵土師家の屋敷。

 

阿部と鬼灯の大暴れによって破壊されていた個所も修復が終わり、今では古めかしくも立派な屋敷に戻っていた。

 

その客間で、数名の男女が向かい合っている。

 

「それで……結局両脚は戻さなくていいの?ガイア連合なら高性能な義足だってあるんだよ?」

 

脚を崩し、女の子座りで座っているのはシノ。

 

テーブルをはさんだ向かい側に座っているのは、紅葉であった。

 

「はい。 この手足は可能な限り、無くなったままがいいと思ってるんです」

 

「うーん、でもこれから蔵土師家とガイア連合の間に立って霊地の管理もするんでしょ。五体満足じゃないとキツくない?」

 

そう、あれからガイア連合と蔵土師家で改めて話し合いの席が設けられ、引き続き大江山については蔵土師家が管理することに決まったのだ。

 

血なまぐさい儀式があったとはいえいままで管理してきたことは確か。

 

なおかつ古都の特性上ジュネスを立てるのも難しく、ガイア連合は出張所を建てて対応することに決定したのだ。

 

 

「それに、阿部殿が古都の大結界を修復してくださりましたから。今後はアレ頼りでなんとかなりそうですし」

 

「我ら蔵土師家でも維持可能な指南書までまとめてくださり、なんと感謝を述べればいいのか……」

 

「あー、まあねえ。帝都の結界ほどじゃないけどトンデモバリアだもんね、アレ」

 

紅葉に続くように、彼の周囲に控えている蔵土師家の術者達も頭を下げる。

 

古都及び周辺の霊地に強力に作用し、人の住んでいる区画への侵入を防止。

 

さらに古都から他の土地へつながる道も保護、近隣までなら異界化による地形改変の影響すらシャットアウト。

 

今は悪魔退治による修行場として使うためにあえて出力先を限定しているが、やろうと思えば大江山を含む霊地・異界の悪魔を大幅に弱体化可能。

 

最低限の管理の方法は蔵土師家でも理解・実行可能なマニュアルにまとめられ、出張所にいるガイア連合の人間抜きでもメンテナンス程度はできる。

 

 

「あっくんが一晩でやってくれました。いやー、ほんとチートに片足突っ込んでるよね」

 

(ちいと?)

 

「この手の作業やらせたら明確に上なのってショタオジぐらいじゃないかな!」

 

(((逆に言えばこれ以上の術者がいるのか、ガイア連合……!?)))

 

 

改めて自分達ではどうにもならない質と数をそろえた組織だった、と明確に認識した一同。

 

元々古都の大結界に加えて大江山の激闘でその認識には十分だったのだが、上には上がいる発言はそこへの追撃には十分だった。

 

だいたいの一族の認識は「こんなことならもっと手広く情報収集して土下座して足舐めておけばよかった」である。

 

まあ、情報に鋭くないと死ぬはずのフリーのダークサマナーだったクレマンティーヌですらガイア連合の詳細まではつかめてない時期もあったので、

古都周辺で引きこもりやってた蔵土師家が蜘蛛の糸を掴めた可能性は皆無に等しいのだが。

 

 

「ま、かわりにガイア連合特製車椅子を持ってきたからさ!悪魔とも戦える特別製!」

 

「それは果たして車椅子なんですか……?」

 

「技術部のスティ……S氏特製!」

 

「なんで本名出さないんですか……?」

 

「シノさん以外の黒札に知られたらシノさんがゲンコツ貰う相手だから」

 

(いったいボクはどんな車椅子に乗せられるんだろう……)

 

 

あははー、というのーてんきな笑い声のシノに冷や汗を流しつつ、そういえばと呟いて。

 

 

「その、今日はハルカは来てないんですか?普段皆さんが来るときはついてきてくれてたんですが……」

 

「え?あー。ほら、そろそろ『アレ』だからさ。そっちの準備に掛かり切りなんじゃない?」

 

「アレ?」

 

シノの指さした先にあったのは、部屋に飾られていたカレンダー。

 

それを見て紅葉も「ああ」と納得の声を出す。

 

「ボクは足がコレなので遅らせる予定ですけど、そうですよね。もうすぐ『アレ』ですもんね」

 

「そうそう。やー、あっくんもたっちゃんも妙に張り切ってたよ!」

 

 

そこから先は、事務的な会話混じりの雑談がにこやかに進んでいく。

 

『仮面ライダー』の繋いだ縁は、確かにこの土地を救った。

 

守ったのではない、救ったのだ。

 

『悪事』の『渦中』にいた『鬼子』が笑えるようになるまで。

 

もう、この街に泣くだけの『悪渦鬼』はいない。

 

鷹村ハルカ……仮面ライダーギルスは、『街の涙を拭う、二色のハンカチ』になってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山梨某所、黒札・金札向け対オカルト対策万全のマンションにて。

 

 

「ティッシュは持ったか?」

 

「持ちましたよ」

 

「主殿、ハンカチは?」

 

「持ったってば」

 

「折りたたみ傘は?」

 

「持ってるってば!アンタら僕の世話係か!?」

 

 

「かーちゃんではなく?」「母親がそんな丁寧に世話してくれるわけないでしょ」という闇深トークを交えつつ、ハルカが阿部とレムナントを振り切る。

 

今日からこのマンションの一室を借り、ハルカはレムナントと二人暮らしすることになった。

 

家事などのスキルも習得したレムナントのおかげで生活面は問題なく、諸々の手続きも阿部を含めた黒札ならコネと金でどうとでもなる。

 

ちなみに二人暮らしとはいえ割と頻繁に阿部がやってくるし泊っていくので、4LDKの無駄に広い部屋を借りるハメになった。

 

 

「午後からは小雨が降るかもしれんから気をつけろよ」

 

「ニュースの天気予報ですか?それとも占い?」

 

「両方だ」

 

 

おろしたてのスニーカーを履きながら、リビングのテーブルで食後のコーヒーブレイクを楽しんでいる阿部と会話する。

 

レムナントは既に食器を片付け始めており、風景だけ見れば穏やかな朝の一幕だ。

 

1名天使、1名変態、1名改造人間というアレすぎる内情に目を向けなければ、だが。

 

そしてドアノブにてをかけたところで「それからハルカ」ともう一度声がかかり。

 

 

「もー!朝っぱらから何なんですか!?余裕はあるけど一応いそいで……」

 

「制服、似合ってるぞ」

 

「はい、よくお似合いですよ、主殿」

 

「……ん、な……」

 

 

ハルカの顔にわずかに朱が差す。不意打ちでくらった誉め言葉マキシマムドライブは効きすぎた。

 

褒められ慣れてないハルカの性格は、大江山の激闘から三週間後の今も変わっていないらしい。

 

ブレザータイプの制服に身を包んだハルカはなるほど、ちょっとだけ以前より大人びて見えた。

 

 

「……不意打ちは卑怯ですよ」

 

「素直な感想さ、女を口説くときも、口説き文句が回り道すぎると飽きられるんだぜ?」

 

「知る気も無かった情報ありがとうございます」

 

「男を口説くときもそうだ」

 

「そっちは知りたくなかったです」

 

 

あーもう、と額に手を当てるが、いつものやりとりが挟まったおかげか緊張は解けた。

 

こんこん、とつま先を床に当て、スニーカーの履き心地を確かめてからドアノブを握りなおす。

 

僅かに開けたドアから朝日が差し込み、ハルカの顔を微かに照らした。

 

 

 

 

「いってきます」

 

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 

 

 

20XX年 4月某日

 

鷹村ハルカは中学生になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『泣いた悪渦鬼』編

& 

第一部『AWAKING THE SOUL』 END

 

 

 

 

 

 NEXT STAGE

 

 

 

 

 

『第二部プロローグ』編

&

第二部『A NEW HERO A NEW LEGEND』 

 

 

 

 to be continued……

 

 

 





第一部、完結!

しばらくは感想返信とか充電期間に当てまーす!


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【危険が】スクールライフが地獄です……【危ない】


本命のシナリオ行く前に掲示板形式とか色々試してみるテスト。


1:名無しの霊能力者

 

助けてください生きた心地がしないんです。

 

 

2:名無しの霊能力者

 

初っ端からホットスタート切ってるな……。

 

 

3:名無しの霊能力者

 

つーかスクールライフってことは学生?

 

 

4:名無しの霊能力者

 

とりあえず>>1、焦るのは分かるがテンプレ埋めてこい。

 

① 言える範疇でプロフィール

② DLV(レギュも)

③ オカルト系の得意分野

④ その他備考

 

 

5:名無しの霊能力者

 

スレチやけどレギュってなんなん?

 

 

6:名無しの霊能力者

 

>>5

DLVの基準値のレギュレーションのこと。LV×レギュ=DLV。

元々DLVはガイア連合基準のLV30をLV100として設定されてたけど、

デモニカやCOMPの性能とか設定でこの基準がブレまくるから確認必須になった。

例えばレギュ3だと10はDLV30になるけど、レギュ5ならDLV50になる。

今はデモニカスタンダード初期から使われてるレギュ3.3が主流。

 

 

 

7:名無しの霊能力者

 

DLV20向けの依頼だしDLV30の俺なら楽勝www

みたいに軽々しく受けたバカが割と死ぬな。

レギュ3だとDLV20は6~7だが、レギュ5なら4だ。

仮に依頼がレギュ3でだされてて、受ける側がレギュ5使ってたりすると……。

 

 

8:名無しの霊能力者

 

楽勝どころか自分と同格、あるいは格上の悪魔が出てくるのか(白目)

 

 

9:>>1

 

テンプレ埋めてきました。

 

① 学生(10代) 

  新米デビルバスター

  一応霊能力者一族の次女

 

② DLV31(レギュ3.3)

 

③ ストーン系等の作成

  COMPの改造(軽度)

 

④ デモニカスーツ所持

 

 

10:名無しの霊能力者

 

典型的な『悪魔召喚プログラムに適応できた地方の霊能力者』って感じか。

ってデモニカスーツ!?どこで手に入れたんだ!?

 

 

11:名無しの霊能力者

 

DLV31はかなり高いな……。

 

 

12:名無しの霊能力者

 

DLVは10ごとに壁があるからな。

霊能の才能無いヤツは10で躓いて、戦闘の才能無いヤツは20で躓いて。

最後に30でそれらが揃ってても死ぬときは死ぬで躓いて。

 

 

13:名無しの霊能力者

 

ちなみにCOMPはどのぐらい改造できるん?

 

 

14:>>1

 

>>10

姉がガイア連合の所属で、そのコネで手に入れました。

姉曰く一番ポピュラーな『G3』タイプだそうです。

 

>>13

 

アナライズの精度をちょっと上げたりする程度が精いっぱいですね。

あと、ガイア連合基準LVとDLV、レギュレーションをより手早く切り替えできるようにしたり。

そのうち同じようなアプデ来そうですど……。

 

 

15:名無しの霊能力者

 

んでストーン作成となると、どっちかといえば本職デビルバスターよりも支援型か。

 

 

16:名無しの霊能力者

 

自分が使える魔法のストーン作っておいて疑似的に魔法使える回数ふやすのは鉄板だもんな。

 

 

17:>>1

 

はい、そんな感じです。

……といっても、姉がくれるガイア連合のストーンとは天地ですけど。

 

 

18:名無しの霊能力者

 

あそこを基準にしてはいけない(戒め)

 

 

19:名無しの霊能力者

 

10代って書いてあるイッチと同年代か下手すりゃ年下でDLV50超えてるバケモノがいる組織だし。

 

 

20:名無しの霊能力者

 

50ならいいじゃねーかこっちはDLV60超えと仕事したことあるぜ。

悪魔の群れがチリ紙みたいに吹っ飛んでいくんだ……。

 

 

21:名無しの霊能力者

 

おい話が盛大に脱線してるぞ。

 

 

22:名無しの霊能力者

 

いつものこといつものこと。

 

 

23:>>1

 

と、そうでした。ええと、少し背景をぼやかして説明するんですが。

自分の通ってる学校は俗にいうマンモス校で、このご時世でも結構生徒数が多いんです

ただ、ここに通ってる生徒がいくつか問題でして……。

 

 

24:名無しの霊能力者

 

ああ、仲が悪い地方組織の子供同士が通ってるのか。

 

 

25:名無しの霊能力者

 

小規模な学校は潰れまくってるだろうからマンモス校に入れるしかなかったやつだな。

 

 

26:名無しの霊能力者

 

ついでに敵情視察や素質ありそうなやつを引っ張れればなおよし、と。

 

 

27:>>1

 

なんで皆さんウチの家の事情まるっと当ててくるんですか(困惑)

 

 

28:名無しの霊能力者

 

比較的状況がマシな地方じゃよくある事だからな。

 

 

29:名無しの霊能力者

 

悪魔退治そっちのけでマウントの取り合いとかあるある。

ほらほら続けて続けて。

 

 

30:>>1

 

は、はい。ええと、それで学校内が結構ピリピリしてるというか。

いくつかの家の跡取りとその取り巻き同士が名家風吹かせて派閥作ってて。

ウチの家は正直半分空気みたいなモノなので今は巻き込まれずに済んでますけど、

高飛車というか高慢ちきというか、そんなノリで自分の派閥に誘ってくる人が増えまして。

 

その跡取りの人たち、みんなDLV10前後、高くてもDLV15なんですけど……。

取り巻きはDLV5以下がほとんど……なんであんな偉そうにできるんだろう。

 

 

31:名無しの霊能力者

 

まあ10代でDLV31はな、下手すりゃ一族最強の霊能力者でもDLV10~15とかザラにある世界だし。

 

 

32:名無しの霊能力者

 

COMPで使役できる悪魔の有無ってホントにデカいからなぁ。

最低限の機械知識必須だから古風の家ほど導入できないけど。

 

 

33:名無しの霊能力者

 

しかもデモニカやCOMPほどのアナライズなんて無いしな普通!

多分全員>>1との力の差を理解してないんじゃね?

 

 

34:>>1

 

どうもそうみたいです……露骨に格下っぽく見下してくるので。

そもそもこのあたりは大規模な異界もないので、このレベルでもやっていけてて……。

私も姉のコネでガイア連合の管理している異界で修行してレベルを上げましたから。

 

 

35:名無しの霊能力者

 

うわぁうらやましいっていうか自慢かコラ!

 

 

36:名無しの霊能力者

 

落ち着け、その代わり学校生活が灰色になる対価を支払ってる。

 

 

37:名無しの霊能力者

 

最初から灰色だったヤツにはノーリスクじゃね?

 

 

38:名無しの霊能力者

 

やめろその言葉は俺に効く、やめてくれ。

 

 

39:名無しの霊能力者

 

突然無差別にムドぶちかますんじゃねぇ!

 

 

40:名無しの霊能力者

 

スレ主、そもそもそんなギスギス状態ならガイア連合所属の姉に頼んだら?

それだけ色々スレ主に回せるなら、姉の方も相当な霊能力者だろうし。

他の家全員ひとにらみすれば終わるぞ、多分。

 

 

41:>>1

 

姉はいまガイア連合の仕事とかで連絡つかないんです。

元々突っ込む異界の性質のせいで一週間は連絡取れない、と聞いていたので。

姉は私と双子なので、学校に来るのも一週間遅らせると言っていました。

 

実は私もとある事情で入学が遅れており、5月の今になって初登校でしたので……。

 

 

42:名無しの霊能力者

 

あー……となると姉が返ってくるまで待つのが無難か。

 

 

43:名無しの霊能力者

 

一週間後には帰ってくるなら、それまで玉虫色の返事してスルーだな。

 

 

44:名無しの霊能力者

 

スレ立てて相談するほど地獄ってわけじゃないな、こりゃ。

 

 

45:>>1

 

すいません、実はここまでが前座なんです。

私が恐れてるのはこの名家()の皆さんが地雷を踏む事なんです。

 

 

46:名無しの霊能力者

 

うん?

 

 

47:名無しの霊能力者

 

地雷ってなんのこっちゃ。

 

 

48:>>1

 

3月末に姉とともに異界に踏み込んだはいいが異界の時間の流れが違ったせいで一か月近く経過してたり、

その後も遠征先の霊能力者一族から引き止め()を受けまくったせいで登校が遅れたまではいいんです。

そして登校初日に名家()の皆さんから上から目線な勧誘受けたのも百歩譲って我慢しました。

 

まさかウチのクラスにも関係者いたりしないよね?とこっそり持ちこんだCOMPでアナライズしたんです。

これが地獄の始まりでした。

 

 

49:名無しの霊能力者

 

どういうことなの……。

 

 

50:名無しの霊能力者

 

セルフ浦島太郎は草。

 

 

51:名無しの霊能力者

 

強引な引き留めもなー、寧ろそれやって印象悪くなる方が多いだろうに。

噂じゃ全裸で足ペロした組織もあるらしいけど。

 

 

52:名無しの霊能力者

 

しかし、アナライズで地獄?関係者が10人ぐらいクラスにいたとか?

 

 

53:名無しの霊能力者

 

最近は一般覚醒者も増えてるし、クラス全員覚醒済みだったとか。

 

 

54:>>1

 

そこまではいきませんが、クラスに数人ほど覚醒者が……。

中にはDLV20超えの人までいました。

というか私のクラスに偶然集まったとも思えませんし、学校中に何人いるのやら……。

 

 

55:名無しの霊能力者

 

あれ、さっき名家()の皆さんは高くてもDLV10~15って言ってなかったっけ?

 

 

56:名無しの霊能力者

 

……もしかして名家()とは完全に別口?

 

 

57:>>1

 

はい……念のため昨日色々調べたんですが、

少なくともクラスの数名はここらの一族の出じゃありません。

普通に地元の一般人みたいです。家にある各家の家系図との照らし合わせ程度ですが。

 

あと、一部メシア系っぽい人もちらほら……関わりたくないですけど。

 

 

58:名無しの霊能力者

 

地元の一般人ってことは外から流れてきたわけでもないだろうしなぁ。

 

 

59:名無しの霊能力者

 

でも地獄って程か?

 

 

60:名無しの霊能力者

 

今後名家()の面々とモメること考えたら地獄かもよ?

スレ主は絶対に巻き込まれるだろうし。

 

 

61:>>1

 

問題は次でした。

 

クラスの男子の一人が『DLV 計測不能』です。

レギュレーション3.3でした、間違いありません。

 

 

62:名無しの霊能力者

 

は?

 

 

63:名無しの霊能力者

 

いや草、草じゃないが。

 

 

64:名無しの霊能力者

 

計測不能ってどういうことだ?

 

 

65:名無しの霊能力者

 

いくつかパターンはあるが……。

普通に考えるならCOMPやデモニカがアナライズできる上限をブチ抜いてる場合だな。

 

 

66:名無しの霊能力者

 

一番で回ってるCOMPが、たしかレギュレーション3.3でDLV99が上限。

ガイア連合基準でLV30までだっけ。

 

 

67:名無しの霊能力者

 

LV30ってどのぐらいヤバイの?教えてエロい人!

 

 

68:名無しの霊能力者

 

一人で突っ込んで異界潰せる。

 

 

69:名無しの霊能力者

 

そこらの霊能者一族なら片手間で皆殺しにできる。

 

 

70:名無しの霊能力者

 

人間なのにウチで祭ってる祭神様と同格。

 

 

71:名無しの霊能力者

 

つまり人間の形した神様みたいなモンって事じゃねーか!!

 

 

72:名無しの霊能力者

 

そうだよ(白目)

 

 

73:>>1 

 

流石にCOMPの故障を疑いました、スカウターの故障を疑うナッパやドドリアの気分です。

ですが自己アナライズその他は問題なし、なのでレギュをガイア連合基準モードにしたんです。

 

 

74:名無しの霊能力者

 

ん?それなにか違いあるのか?

 

 

75:名無しの霊能力者

 

どのレギュでもDLV100を超えれば計測不能になる。

例えばレギュ5ならガイア基準のLV20超えたらほぼ測定不能だ。

でもレギュ3ならガイア基準でLV33ぐらいまではギリ観測できる。

 

ガイア連合基準LVレギュなら、実質そのCOMPの限界まで観測できるわけだ。

 

 

76:名無しの霊能力者

 

ちなみにスレ主のCOMPの性能どんなもん?

 

 

77:名無しの霊能力者

 

たしか携帯サイズだとガイア連合基準LVで30~40が限界だっけ。

あ、でもガイア連合のコネでもっといいCOMP持ってるかも?

 

 

78:>>1

 

LV50未満なら計測できるよう姉の知り合いにアップデートしてもらったんです。

姉曰く

「LV50以上とか単体で国家の危機起こせる災害みたいなもんだからこれで十分」

って言われたので。

 

なので、レギュをガイア連合基準LVに切り替えて再度計測してみました。

……それでも『計測不能』なんです。ほんの数m以内にいるクラスの男子が。

 

 

79:名無しの霊能力者

 

おい     おい。

 

 

80:名無しの霊能力者

 

えらいこっちゃ。

 

 

81:名無しの霊能力者

 

流石に笑えないんだが。

 

 

82:名無しの霊能力者

 

ガイア連合基準LVで50以上って雲の上すぎてイミフだぞ!?

ガイア連合の黒札でもLV基準なら20とか30とかだろ!?

 

 

83:名無しの霊能力者

 

そこそこの頻度で『測ってみたけど計測不能でした』、って黒札遭遇者が出てくるから、

上澄みのLVは上は不明だけどな。

 

 

84:名無しの霊能力者

 

実は計測不能だった黒札の面々は俺らが考えた33~40ぐらいじゃなくて、

どいつもこいつもLV50以上のインフレじみたヤツばっかだった可能性……?

 

 

85:名無しの霊能力者

 

いやさすがに無いだろ。 ないよね?

 

 

86:名無しの霊能力者

 

全員ではない、無いとは思う。

少なくともLV50とかいうイミフの領域にいる霊能力者はガイア連合でも多くない、はず。

 

 

87:名無しの霊能力者

 

DLVだとレギュ3でも150とかいうインフレの極みみたいな数字になるもんな。

 

 

88:名無しの霊能力者

 

レギュ3でDLV30もありゃ一流の仲間入りな世界で150とか出してくるんじゃないよ!

ってまて、スレ主と同じクラスってことはソイツも学生?

 

 

89:名無しの霊能力者

 

入学、って言ってたから中学高校大学のどれか、なおかつ一年目のはず。

大学でクラスとは言わんから中学か高校、つまり12歳か16歳。

その年でレベル50かぁ……。

 

 

90:名無しの霊能力者

 

才能の差って残酷やなって。

 

 

91:名無しの霊能力者

 

おのれメシアン。

 

 

92:名無しの霊能力者

 

マジで滅びろよ漂白手羽先共……。

 

 

93:名無しの霊能力者

 

おいまて、会話が脱線しきる前に気づいたが。

名家()の連中はその推定LV50超えのナニカがバケモノだって気づいてないんだよな?

万が一名家()ムーヴでキレさせたりしたら……。

 

 

 

94:名無しの霊能力者

 

あ。

 

 

95:名無しの霊能力者

 

やばい。

 

 

96:名無しの霊能力者

 

スレ主、マジでどこの県に住んでるかだけでも教えてくれ。

当分近づかないから。

 

 

97:名無しの霊能力者

 

秒で相談放棄してて草。

 

 

98:>>1

 

>>96

 

見捨てる判断はやくない???

 

ともあれ、なんとかして名家()を足止めしつつ、

姉が返ってくる一週間後まで生き残る方法を相談しに来たんです。

こんなことになると思ってなかったから今週は異界調査のクエストもあるんです……。

 

 

99:名無しの霊能力者

 

アナライズした時の種族表示はどうだった?

人間に化けてる悪魔じゃないなら交渉もいけるだろ。

 

 

100:名無しの霊能力者

 

そもそもドコの所属かもわからんしなぁ。

……十中八九ガイア連合だけど。

 

 

101:名無しの霊能力者

 

逆にガイア連合以外でLV50いそうな組織ってどこよ。

 

 

102:名無しの霊能力者

 

海外のメシア過激派。

 

 

103:名無しの霊能力者

 

いそうだけど認めたくねぇ……。

でも実際交渉しかないだろこれ?

 

 

104:名無しの霊能力者

 

実力行使とか天地がひっくり返っても無理だからなぁ。

スレ主もDLV30超えだから相当なもんだけど、スレ主が100人いても皆殺しだ。

 

 

105:名無しの霊能力者

 

そして頼りになる姉が返ってくるまで日数があり、

その間にヤバさを理解できないギリ身内のバカがやらかしかねない、と。

 

 

106:名無しの霊能力者

 

マジでやらかす前に頭下げて取り入るしかねーじゃん。

 

 

107:名無しの霊能力者

 

つまり……スレ主が全裸で足ペロ!

 

 

108:名無しの霊能力者

 

スレ主が美少女ならワンチャン。

 

 

109:名無しの霊能力者

 

四国のスケベ女テンプレは学生がやっちゃアカンやろ。

 

 

110:>>1

 

>>99

一応種族表記は『超人』だったので、人間だとは思います。

 

さ、流石に一応女として初手全裸足ペロはちょっと……。

見苦しくない程度の顔だとは思いますけど……。

とりあえず、明日学校で話を聞いてみます。昼間なら実力行使もしてこないだろうし。

相談ありがとうございました、うまく行ったら報告にきます。

 

 

111:名無しの霊能力者

 

それが彼女の残した最後の言葉であった。

 

 

112:名無しの霊能力者

 

殺すな殺すな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『公立城南中学校』

 

S県某所に存在する公立中学校であり、学費の安さと反比例した設備の充実具合。

 

そして周辺の市町村レベルの公立中学が廃校になっていったことで児童が集中したこともあり、

 

このご時世にマンモス校を維持できている活気にあふれた学校である。

 

もちろん行政としては各地に分散させたいのだろうが、こればかりは今のご時世が末法の世であることを嘆くしかない。

 

そんな学校の一角、校舎の1年生のクラスがある廊下にて、思い悩む少女が一人。

 

 

(いけるのかなぁ、これ)

 

 

現在時刻は昼休み、この学校は給食ではなく弁当or学食なので、

 

教室だけでなくロビーや中庭や食堂など思い思いの場所で昼食をとる生徒を見かける。

 

そんな中、青いリボンと水色の髪が特徴的な少女……。

 

前述のスレ主こと『葛葉 葵(かずらば あおい)』は母親に持たされたサンドイッチを牛乳で流し込み、廊下の端で待機していた。

 

この先も中庭に続くのだが、日当たりの微妙に悪い体育館脇の中庭につながっているため、昼食で使う学生は少ない。

 

特に一般的に陽キャと呼ばれてる面々には3年間体育の授業と昼休みのバスケ以外で縁のないエリアである。

 

かといって逆に開き直ってサブカルの方に振り切った面々はそれはそれで教室で同じ趣味の同級生と集まったりしてるので、

体育館はともかくこちらの中庭を使う生徒は少ない。

 

 

いわばに陰キャやぼっちとっての最後のオアシス……!

 

誰にも邪魔されず、友達が0か少数の同類ばかりなので気をつかわずに済む……!

 

便所飯という地獄に堕ちなくてもすむカンダタに垂らされた蜘蛛の糸なのだ……!

 

 

(ってセンパイが言ってたけどホントに昼休みだけこの向こうから異界かなにかかって勘違いする負のオーラ出でる!?怖っ!!)

 

 

ちなみに彼女は別にこの向こうでお世話になるタイプの交友関係ではない。

 

小学校時代から続く友人も多いし、友達100人とはいかないが社交的なので一緒にランチを楽しむ相手ぐらいはいる。

 

双子の姉も生まれてこの方大阪行ったことないはずなのに妙に板についたエセ関西弁ってことを除けば同類なのだ。

 

故に、彼女の狙いはここを通って『出てくる』相手にある。

 

 

「学食のカツサンド、イケるよなぁ。弁当無い日はこれ安定だよな!」

 

「安くてボリュームあるし、ソースの味が最高に男の子だからねー」

 

「それそれ!ソース!なんでも、市販のヤツじゃなくてちょっとお高い喫茶店用のヤツを工場から買ってるって噂がさぁ……」

 

「ソース(sauce)の話なのにソース(source)求めるのも無粋だと思うけど、ホントにその手の噂話好きだね」

 

 

来た!と表情を引き締めなおすアオイ。

 

ターゲットである少年と、彼の隣の席の男子生徒が連れ立って歩いてくる。

 

女の子と見まごう小柄な体のターゲットと、つば付き帽子がトレードマークな少年は判別も簡単だった。

 

 

ターゲット『鷹村ハルカ』

 

その友人『太宰イチロウ』

 

 

測定不能をたたき出した鷹村ハルカもそうだが、太宰イチロウのDLVも『30』。決して低くはない。

 

ごくり、と生唾を飲み込んで、声をかける。

 

 

「……鷹村君?」

 

「やっぱり中に塗られたマスタードがって、確か……同じクラスの葛葉さん?」

 

「おぼえててくれたんだね、ありがとう。それで、ちょっと話があるんだけど……」

 

 

入学して一か月、あんまり話した事のないクラスメイトの名前はうろ覚えな生徒も多い時期に自分を覚えられてたことをちょっと意外に思いつつ。

 

本命である一言を切り出す。

 

 

「放課後、体育館裏……用具倉庫のトコロに来て欲しいんだけど、いいかな?」

 

「…………………………」

 

「マジカ……マジカ……」

 

「鷹村君?」

 

「え、アッハイ行きます!」

 

 

何故か数秒ほど停止したハルカにクエスチョンマークを浮かべるアオイだが、目当ての返事が貰えたので一安心。

 

隣にいる太宰イチロウのぽかんとした顔といい、妙に緊張してるハルカの様子といい微妙に違和感を覚えるが、アオイも割といっぱいいっぱいで指摘する余裕はなかった。

 

 

「それじゃあ、放課後……待ってるね?」

 

 

ハイ!とこれまたなぜか元気よく返事が返ってきたので、こてん、と首をかしげながらアオイは廊下を引き返していった。

 

COMPのメンテと充電は十分、姉に貰った魔石やストーンも念のためもってきた。

 

話し合いが決裂、あるいはハルカがダークサマナーだった時のための自衛用である。

 

が、しかし。一方のハルカといえば……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が世の春が来たあああああああぁぁぁぁぁ!!具体的にはモテ期いいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!」

 

 

「シンプルにうらやましいぃぃぃ!!!」

 

と嘆くイチロウをよそに、人生初の『告白の前振り』に狂喜乱舞。

 

なんだかんだ青春を謳歌しているのであった。

 

 





登場人物資料『葛葉 葵(カツラバ アオイ)』

年齢 12歳

LV 9

主なスキル(デモニカ込み)


狙い撃ち
裏拳
飛び蹴り
アギ
ディア
ハッピーステップ

物理耐性
呪殺耐性

etc.

外見はVOICEROIDの『琴葉 葵』。つまり姉の方もお察し。

S県某市一帯を取りまとめる霊能組織の末席の次女。

といっても分家等ではなく、周囲の霊能一族の寄り合い所帯といったところ。

彼女の家は覚醒者の不足から半分一般人になるレベルで廃業寸前であり、

彼女の姉がガイア連合所属で彼女にも現地人R相当の才能が無ければオカルトから足を洗っていた模様。

元々横の繋がりも薄かったため、ちゃっかりガイア連合の庇護下に入って安全圏に一抜けするつもりらしい。

彼女の姉である『葛葉 茜(カツラバ アカネ)』もそれが狙いで、家族全員を異界シェルターに呼べる金札にする予定。


霊能力者としてはR相当なだけあってデモニカ無しでもそこそこ戦える。

姉とのレベリングやデモニカ(G3)での補佐もあり、現地人としては上澄み。

金札用異界でパワーレベリングすればデモニカ込みでLV20超えも目指せる逸材である。

姉が段ボール箱にたっぷり詰めて送ってくるガイア連合産ストーンと比べれば当然劣るが、1日に1~3個程度なら『アギストーン』も作れる。

総じて『丁寧に育てられた現地人R』。中学一年生と考えればこれからだろう。

装備はデモニカスーツ&COMP(PDA型、デモニカから取り外して使用可能)。

武器はG3ユニットでも使用されている電磁警棒『ガードアクセラー』や、モデルガンに偽装している『対悪魔拳銃』。

銃弾に関しては『霊山同盟』が量産を始めた『銀弾(通常弾+弱ハマ効果)』と『呪弾(通常弾+弱ムド効果)』。
切り札としてガイア連合製の対悪魔弾(撃つどころか投げただけでもヤヴァイあれ)を所持。

『簡易式神』や『アガシオン』も所有しており、前衛型に調整したこれらを前に出して後ろから銃や魔法でサポートするのがスタイル。

ガイア連合事務員からの戦闘評価は『良まであと半歩ぐらいの可』。

性格も真面目で割と常識人、割と奔放な姉に振り回されてきただけあってストッパーにもなれる。

ただし今回の話を見ての通り若干天然混じりなので、ツッコミを任せるには一抹の不安が残る模様。

具体的には『ガイア連合では姉ですら常識人寄りどころかツッコミに回る異常さ』を知った時点でツッコミを諦めるぐらいのツッコミ適正。


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「ろくでなしのロイヤルストレートフラッシュかな???」

 

放課後呼び出し宣言から数時間後、本日最後の授業を終えた城南中学1年B組。

 

名前のあいうえお順で決まった席なので、鷹村ハルカと太宰イチロウが隣になったは偶然である。

 

たか~たさ(だざ)の間に入る名前の生徒がこのクラスにいなかっただけだ。

 

そして盛大にボッチやってたハルカと空回りしまくってクラスでも浮いてたイチロウ。

 

彼らが友人になるまでには、アオイの知らない一か月で色々あったのだが……それは別の機会に語るとしよう。

 

今重要なのは。

 

 

「なあ、太宰。女の子との待ち合わせって何かマナーとかあるのかな。僕初めてなんだけど」

 

「お、俺だって経験ねえよ!相談されても困るって!」

 

「よし、こういう時は師匠が役に……だめだ絶対ロクな事にならない」

 

「鷹村、お前の師匠たまーに話題に出るけどヤバいって事しかわからないんだけど……」

 

「それだけ覚えてればいいよ。だいたい1師匠が0.3シノさんで0.5鬼灯さんで0.8ミナミさんだから」

 

「なんだその謎単位!?あとシノさんと鬼灯さんとミナミさんって誰!?」

 

 

この後来る大舞台に向けて相談を続ける二人。

 

しかし、彼女なんていたこともなく、告白なんてする方もされる方も未経験な二人では有効な対策など思いつくわけもなく。

 

結局「あんまり待たせた方がマズいよなぁ、多分?」というイチロウの言葉にそれもそうだとなったのか、うんうん悩みながらもハルカは待ち合わせ場所に向かった。

 

背後のイチロウから最後にエールを貰い、緊張した面持ちで歩くハルカ。

 

酒呑童子の元へとギルスレイダーで突っ込んだ時と同レベルの緊張である。

 

 

それどころか緊張のあまり

 

『同じぐらい緊張するんだしもう一回酒呑童子に凸ってぶっ殺して丸く収まるなら何回でもぶっ殺すわ、それでいいじゃん同じぐらいの緊張なんだし』

 

とかいう第一部のラスボスに対してあんまりな扱いを脳内でする始末。

 

師匠である阿部は「いいよ別に酒呑童子だし」というコメントを残している。

 

さて、そんなわけで。

 

無駄に気合を込めて歩く学校の廊下の先、下駄箱で入学時に買ったスニーカーに履き替えて、待ち合わせ場所である体育館裏に向かう。

 

高まる鼓動をなんとか抑え、途中で自分の顔が真っ赤なのに気づいて外の水道で顔を洗い、水を勢いよく出しすぎて首から上をびっしょびしょにしてからまた歩き出す。

 

カバンの中に入れておいたタオルで顔を拭いて「うん、さっぱりしたと思おうそうしよう」と頭を切り替え、今度こそ体育館裏にやってきた。

 

視線の先には、壁に寄りかかって待っていたらしいアオイの姿。

 

 

(やばいどうしよう、一昨日始めて見かけた時は普通だったのにすごい美少女に見える!おかしいなぁ魅了とかかけられてないはずなんだけど!?)

 

 

流石に芸能人並みとかアイドル級とかそういうわけではないが、クラスで「あ、可愛い」ってなるぐらいの彼女がとても魅力的に見える。

 

成長期・思春期の男子なんてひと皮剥けばだいたいこんなもん。あの子俺のこと好きなんじゃね?!とか思った瞬間妙に相手が可愛く見えるアレだ。

 

 

そして、ついに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなこったろうとおもったよちきしょおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「な、なんだかごめんなさい……」

 

「太陽のばっきゃろおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

(あ、さてはこれ意外と余裕あるな?)

 

 

開幕一発目から「実は私の姉がガイア連合所属で~」とか「教室内をアナライズしたら~」とか

 

「名家()の面々ともめ事を起こす前に~」といった説明をわくわく顔で聞いていたハルカは、

 

そのあたりで「あれ?これ甘酸っぱい青春イベントじゃなくない?」という事に気づいて……これである。

 

寧ろもっとはやく気づけと言いたいが、彼も彼で浮かれていたのだろう。

 

もっというと生まれて初めての甘酸っぱい男女のイベントに期待するあまり若干オカルト絡みのアレコレだというのを認めたくなかった、ある種の現実逃避も含む。

 

この時、ハルカは「僕は死ぬまで現実から逃げないぞ……」と決断したらしいが、まあ、いつかその覚悟が役に立つ日も来るだろう。

 

 

「で、そのー……一応何者か聞いてもいいかなぁ、って。私の事情はそういうわけなんだけど」

 

「あー、ああ、うん。まあ、そうだよね。普通なら気になるよね」

 

 

アナライズでLV含めたステータスを見られているのなら当然だ、と呟いてから、さてどう説明した者かと頭をひねる。

 

流石に『式神ボディに脳とかその他を移植された改造人間です』はアウトだろう、ガイア連合が悪の組織認定まっしぐらだ。

 

※なお最近正義かどうか微妙に怪しいと思っている。

 

と、ここでなにかを思いついたのか、懐に手を入れてごそごそとまさぐりながら何かを取り出す。

 

 

「ガイア連合霊山同盟支部長、対魔組織鷹村家当主……そして」

 

 

取り出したのはガイアポイントカード。ガイア連合の関係者の中ではこのカードがそのまま身分証になる。

 

特にゴールド以上のカードはガイア連合において一種の特権階級だ。

 

ブラックカード……通称黒札と、その関係者と言われている『ゴールド』だ。

 

アオイも姉からゴールドカードを貰っており、ハルカの持っている『銀色っぽい』カードのデザインも色以外は同じモノ。

 

一瞬アオイは『シルバー?』と首をひねったが、シルバーカードにしては妙に白い。

 

 

「それ……ガイア連合の『プラチナカード』!?それに霊山同盟支部の支部長って……!?」

 

「プラチナに認定されたのは先月末だけどね。霊山同盟支部長も運営よりは協力関係に近いし。

 それに半分ぐらいお飾りだし……とはいえ、身分証としては十分だろう?」

 

 

ハルカ個人の英雄性と、妙に多くの人間に慕われるカリスマ性。

 

黒札ガチ勢に匹敵する武力、苦難に挑む精神力、大衆に理解できる方向・性質の善性。

 

これらに目を付けた阿部の根回しにより、霊山同盟支部の支部長だけでなく近隣で友好的な霊能一族の取りまとめまで任されてしまった中学生である。

 

※鋒山家や鷹村家、半終末から増えだしたデビルバスター(七海等)も含む。蔵土師家はちょっと遠いので出向扱い。

 

とはいえ、阿部も今のハルカにそんなことしてる余裕が無いことは重々承知。

 

その上で『将来性』と『見せ札』を理由にプラチナカードの申請を他の幹部に提案した。

 

将来性は前述通り、とはいえこれだけでは通らなかったが……即効性がある『見せ札』としては効果を期待されていた。

 

具体的には『金札持ちへの対応』『本人の実力と合わせて金札や霊能組織への威嚇』あたりである。

 

金札同士のトラブルは十分起こりうるし、そういう場合どっちの金札のバックにも黒札がいるのでガイア連合は動きづらい。

 

そもそもトラブルの原因が黒札だったりする最悪のパターン(例・仮面ライダーあかりのライダーバトル)まで考えると。

 

『デモニカ持ち金札より強くて金札より権限・権威があって黒札じゃないので最悪切り捨てても良い存在』

 

プラチナカードの認定必須とはいえ、こういう存在はひっじょーに有難かったのだ。

 

霊山同盟支部の巫女長等に地域の取りまとめを任せつつ、いざと言うときの武力行使と権威・権限だけはプラチナカードという形で付与。

 

霊山同盟の組織力と彼の武力があれば、ガイア連合が直接何かしなくてもある程度自活できるエリアが作れるかもしれない。

 

将来的には霊山同盟支部長としてそのエリアのトップを丸投げする……というのが阿部の計画であった。

 

主に自分がそんなことしたくない&そういうの取り仕切ってるのが国内外共にメシア穏健派だからこのままだとヤヴァイというのが理由である。

 

 

「十分というか十二分というか……それはそれで新しい火種になるというか……」

 

「プラチナカードはマズかった?」

 

「いや、マズいのは霊山同盟の方。聞いた感じ、霊山同盟でも結構な地位にいるんだよね?」

 

「巫女長の家にアポ無しで行っても笑顔で出迎えてくれて高いお茶とお菓子が出てくるぐらいには」

 

「ですよねー……」

 

 

あちゃー、とアオイが額を抑える。

 

霊山同盟が問題なのか?と疑問を覚えるハルカに、アオイが1つ1つ説明し始めた。

 

 

「……この辺りの名家には、出身が戦前の霊山同盟だった一族が多くって。

 GHQやメシアンからのオカルト狩りに徹底抗戦しなかった一族というか、そのー……」

 

「ああ、逃げたのね」

 

「ハイ……ただ、その辺りの経緯が残ってるのウチみたいな零細だけ。

 名家()の家では『臥薪嘗胆のために潜伏した霊能力者の生き残り』

 みたいな改変されてまして……そうしないと名家()の権威維持できないから」

 

「ろくでなしのロイヤルストレートフラッシュかな???」

 

「おまけに名家()の面々からすると、霊山同盟は自分たちと分かち合うべき霊山を占有してる上に新興組織であるガイア連合に霊山ごと身売りした組織で……」

 

(読心使った感じこりゃマジかぁ……)

 

 

ギルスの肉体に覚えさせた『読心』スキルで思考を覗きつつ、こりゃ面倒なことになるぞぉと空を仰いだ。

 

実力という意味でははっきりいって全員まとめてかかってきてもハルカ一人で鎮圧できる。

 

なんなら一人たりとも殺さないどころか骨の一本すら折らないまま全滅させられる。

 

が、下手に大暴れするとどこまで敵に回すのか予測できないし、向こうがヤケになって民間人を巻き込む危険性だってある。

 

どこぞの霊能組織である大赦は「え、民間人の犠牲とか大事の前の小事では?」というスタンスだし、蔵土師家の一件でハルカは十分に学んでいた。

 

人間はその気になればいくらでも残酷になるし、ろくでもないことでもやる、と。

 

 

「……分かった、派手に動くのはやめておく。とりあえずさっき聞いてた君の姉が帰ってきてから、師匠も交えて相談しよう」

 

「アリガトウゴザイマス……あ、これガイアチャット*1のアドレス、何かあったらココにメッセくれたら返信するから」

 

「オーケー……なんで中学生の僕らがこんな事悩んでるんだろうなぁ」

 

「わかんない……あ、ちなみに私、この辺りで異界に潜って悪魔退治とかもやってるんですが……」

 

「あ、僕は僕で回されてる仕事があるから多分手伝いとかは無理。 逆に手伝ってとか」

 

「すいませんLV50超えのお仕事とか死んじゃいますごめんなさい」

(うう、これはいつも通りガイア連合アプリで集まったフリーの面々と行くしかないなぁ……)

 

 

二人してため息を吐き世の中はままならないなぁ、とぼやくのだった。

 

 

そして、葛葉葵にとってのままならない日はまだ終わらない。

 

 

その日の夜、市内某所の異界化した元工業地帯の調査クエストのため、葵はフル装備で廃工場に到着。

 

異界か否かの判定は既に初期調査が終わっており、レギュ3.3でDLV15以上かつハンターランクを相応に上げている者だけが受けられるクエストだ。

 

葵以外にも3名の霊能力者がおり、皆この手のクエストで同行したこともある面々である。

 

既に終わっている初期調査では出現悪魔のDLVは10前後、異界の主は詳細不明。

 

今回の主な仕事は異界化によって内部がどのように変異しているのか、どんな罠や危険地帯があるのか、可能なら悪魔のアナライズデータの収集だ。

 

異界の主の討伐も一応ボーナスに含まれてはいるが、安全マージンをとって戦うタイプであるこの4名は無理せず異界の調査だけで終える計画を立てる。

 

曲りなりにもガイア連合事務局から『可』以上の評価を得ている面々。

 

『まだいけるはもう危ない』をモットーに、今回も予定通りに仕事を追えるはずだった。

 

だったのだが……

 

 

 

 

「走れ走れ走れッ!追い付かれるぞ!?」

 

「なんなのよあの悪魔、主じゃないの!?」

 

「知るかよ、言ってる間に走れ!足やられたら終わりだ!」

 

(どうしてあんな悪魔がこんなところに……!?)

 

 

4名は脱兎のごとく異界の外を目指して走っている。

 

その後ろからは2つの足音が追ってきており、このままでは脱出できるかどうか微妙な差。

 

問題なく調査を進めていた4人の前に、屋根の上から飛び降りてきた二匹の悪魔。

 

ここまで遭遇した悪魔とは段違いの強さに、即座に4人は撤退を決断したのである

 

 

(出現悪魔のDLVは10前後のはずだったのに、なんであんな……!?)

 

 

『獣人 オセロメー DLV43』。アオイたちを追っている二匹の悪魔の正体だ。

 

アステカ神話の神、テスカトリポカの従える戦士であり、別名はジャガーマン。

 

黒曜石の武器か木製のこん棒を持ち、ジャガーの皮をかぶって武装した戦士。

 

恐らくその伝承が『獣人』という形で悪魔になったのだろう。

 

どちらにせよ、一番強いのがDLV31のアオイであるこの4人では無理がある。

 

1匹なら数の差を生かして一気に畳みかければ勝てるが、二匹では間違いなく後衛の誰かがやられる。

 

なにより複数いるということは、この悪魔は異界の主ではない。これ以上増えたら一人たりとも生き残れない。

 

それでもなんとか、廃工業地帯の出口近く。最後の建物まで来たところで……。

 

 

「!? なんだこれ、廃材で出口がふさがってやがる!?クソ、別の出口を探すんだ!」

 

「ダメだ、他の出口を探してる余裕はない!ぐっ……何とか廃材は動かせる!廃材をどかすんだ!」

 

「どうするのよ、もうアイツらがすぐそこに……!」

 

 

「……私が足止めするから、3人は出口をこじ開けて!」

 

 

アガシオンと簡易式神を呼び出し、オセロメーが追ってくる方向へ向き直った。

 

右手に対悪魔拳銃、左手にガードアクセラーを構えて迎え撃つ。

 

最初に出てきた一匹をアガシオンに任せ、自分はもう一匹に接近。

 

ディアを覚えさせた簡易式神を回復役にして遅延戦闘に挑んだのだが……。

 

 

「あぐっ!?」

 

 

オセロメーの『蹴り』がアオイの体を浮かせる。

 

追撃に振るわれたこん棒を咄嗟にガードアクセラーで防ぐものの、崩れた体制では受け切れず、工場の機械の上を転がされながら吹っ飛んだ。

 

「づっぁ……」

 

出血はデモニカが止めてくれる、骨折程度なら動けるようにもしてくれるし、HPが0になるまでは死にはしない。

 

とはいえ、痛みを完全に消してくれるわけでもない。

 

うめき声を漏らしながらなんとか立ち上がり、こちらに迫ってくるオセロメーに『アギ』を放つ。

 

オセロメーが『火炎弱点』だったことは唯一の幸運だった。一瞬ひるんだオセロメーに対し、切り札のガイア連合製『対悪魔弾』を素早く装填。

 

「そこぉ!!」

 

『グオオッ!!』

 

アオイの放った弾丸がオセロメーの脳天を捉えるのと、オセロメーの投げたこん棒がアオイの胸を打ち据えるのはほぼ同時であった。

 

額に空いた穴から血が噴き出し、オセロメーの体がゆっくりとMAGに分解されて消えていく。

 

しかしアオイにも相応にダメージが入ったようで、G3の胸部装甲にはヒビが入り、本人も「げほっ……!?」とせき込みながらふらふらと立ち上がる。

 

 

(肺や心臓は……無事みたい。よし、あとはなんとか、アガシオンやシキガミと合流してもう一匹を……)

 

 

そこまで考えた所で、アオイの背中に何か重いモノが投げつけられた。

 

「がはぁ!?」と肺の中の空気を無理やり絞りだされ、再度コンクリの地面へと叩きつけられる。

 

不意打ちのせいでガードアクセラーと対悪魔銃がアオイの手を離れて地面を滑っていくが、拾う余裕もない。

 

ぐらぐらと揺らぐ視界でも無理やり目を開けて、ダメージの表面化が隠せなくなってきたG3が立ち上がるが……。

 

 

(!しまった、戦闘に夢中でCOMPの表示を見てなかった!?アガシオンがやられてる!?)

 

 

簡易式神は無事だったのでこちらに戻ってきたが、どうやらアガシオンを倒してフリーになったオセロメーその2が、そこらにあったスクラップを投げつけてきたらしい。

 

オセロメーその1との戦いで相応に魔石等も使ってしまった、残るは簡易式神のディア頼りの泥仕合だけ。

 

ちらりと出口の方を見れば、既に廃材の向こうにうっすらと空間が見えつつある。

 

自分の足止めが間に合うかどうかは……だいぶ厳しいだろう。

 

 

(ごめん、お姉ちゃん。私ここまでかも……!!)

 

じわり、と目じりに涙が浮かぶ。痛みだけではない、あの明るい姉を泣かせてしまうかもしれない、という罪悪感からだ。

 

恐怖もあるが、それ以上に『自分が死んで泣く家族や友達の顔を想像するのがつらい』、葛葉 葵はそんな少女である。

 

それでも一縷の望みをかけ、残り少ない魔石を使おうとしたところで……気づいた。

 

オセロメーの視線が、自分に向いていない。

 

そして、オセロメーの視線の先に『光』が見える。

 

 

『ナニモノ、ダ……!?』

 

「ッ……?(なに、人影?それに……『光るベルト』?)」

 

 

オセロメーですら困惑してしまうほど、常識はずれな出来事が目の前にある。

 

近づいてくる人影は、暗がりと『まばゆい光を放つベルトのような装飾具』の輝きに遮られてシルエットしか見えない。

 

しかし、その光は目も眩むほどの光量でありながら、アオイには不思議と違和感も不快感も感じなかった。

 

清らかで、清廉で……『光というモノのルーツがそのままここに現れたのなら、きっとこんな光景なんだろうな』なんてことを考えてしまうような。

 

オカルトとのかかわりで常識外のアレコレに触れてきたアオイですら、神秘的だと思ってしまう光だった。

 

そのシルエットが一歩一歩近づいてきて、顔の輪郭がアオイに見える前に『ベルトの両脇』を手で思いっきり叩くように押し込む。

 

 

反射的に目をそらしてしまうほどの光が放たれ、その後に現れたのは……。

 

 

「金色の戦士……『アギト』……?」

 

 

アナライズデータを読もうとするが、何故か文字がガサつく。

 

まるで『映像を撮る』行為に対する妨害が働いているかのように。

 

それでも読み取った名前……『AGITO(アギト)』を、ついぽつりとつぶやいた。

 

 

『超越肉体の金(グランドフォーム)』

 

 

こことは別の世界で、そう呼ばれる姿の戦士が顕現した。

 

 

*1
ガイア連合傘下企業が作ったチャットアプリ。だいたいLI〇E、オカルトによる盗聴への対策は万全



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「……俺が悩んで考えて、自分で出した答えなんだから。俺にとっては正解なんだ!」

 

『アギト……ダト?』

 

「……」

 

無言のままオセロメーをにらみつけている【アギト】と、黒曜石の刃をつけた槍をアギトに向けるオセロメー。

 

ぴりぴりとした空気が肌まで痺れさせる、それほどのプレッシャーをアギトは放っていた。

 

この上なく純粋な力、しかし同時にどこか【異物感】も感じてしまう。

 

赤い絵の具一色で塗られた景色に、一滴だけオレンジが混じったような異物感。

 

その【異物】が一歩ずつ、脱力したままにしか見えない歩みでオセロメーに近づいていく。

 

 

『ヌゥ……!?グ……ウオオオオオオォォ!!』

 

 

ざっ……と一歩だけオセロメーが下がった。

 

放たれるプレッシャーと、どこか【自分と違う】と本能的に察せられてしまう感覚。

 

そしてそれ以上に、野生動物に匹敵する野生のカンが『コイツは危険だ』と警報を鳴らしている。

 

それを振り切るように叫びを上げ、黒曜石の槍を構えたまま一気に突撃。

 

その感情が『恐怖』だと認めてたまるか、というかのような突きを放つ。

 

 

「……」

 

『ヌアッ!?グウッ!』

 

 

その突きをまるでそよ風のようにいなし、避け、裏拳をオセロメーの背中に叩き込む。

 

オセロメーが体勢を整える前に後ろ回し蹴りで追撃。先ほどのアオイ以上の勢いで吹っ飛んで、スクラップを巻き込みながらもんどりうって倒れこんだ。

 

 

『ウ、ウウッ……ウオァァ!!』

 

 

カッ!と口を大きく開き、アギト目掛けて口から【ガル】を放つ。

 

人一人程度はたやすく吹き飛ばし砕く突風の弾丸を、しかしアギトは払いのけるように【弾く】。

 

まるで子供が投げたゴムボールを大人がミットをつけた手で払いのけるような軽さであった。

 

弾かれたガルがアギトの背後にあったスクラップを砕き、埃と塵が舞い散る。

 

 

『ウ、ウ、ウオオオオッ!!』

 

「……はああぁぁ……!!」

 

 

もはや魔法すら通じないとヤケになったオセロメーが、もう一度立ち上がって槍を構えた。

 

全力の肉弾突撃でイチかバチかのチャンスをつかむつもりらしいが……アギトはそれ以上の『全力』で応える。

 

ジャキン、と頭部の角【クロスホーン】が展開。アギトの力を限界以上にまで引き出し、次の一撃のための準備に入る。

 

 

(アギトの足元が……光った!?その光が集まって……)

 

 

アギトの足元に大地のエネルギーが浮き上がった『アギトの紋章』が出現。その紋章を光として足に吸収、集中させる。

 

オセロメーの特攻に合わせ、両足を揃えたアギトが跳躍。

 

槍の軌道から上に逸れつつ、全力の飛び蹴りを叩き込んだ。

 

 

「ハアァーッ!!」

 

『ガハァッ?!』

 

 

【ライダーキック】……グランドフォームのアギトがフルパワーで放つ飛び蹴りである。

 

全力の一撃を叩き込まれたオセロメーの体が鞠のように吹き飛んでいき、地面を転がっていく。

 

僅かに呻いた直後にオセロメーが内側から吹き飛び、謎の爆発を起こした。

 

爆炎をバックにアギトが照らされ、何とか起き上がったアオイと向き合う。

 

 

「貴方は……一体……?」

 

「……」

 

「バッ……アオイ!」

 

パーティの一人が駆け寄ってきてアオイを抑える。恐らく刺激せず立ち去って貰おうという魂胆だったのだろう。

 

どうやら既に瓦礫の撤去は終わっているようで、それでも3人とも残っていたのはお人よしと言えばいいのか、なんと言えばいいのか。

 

なんにせよ、アギトはアオイにそれ以上近づくことも、かといって質問に答えることもなかった。

 

そのまま背を向けて、異界の奥へと消えていく。アオイたちにはそれを追う余力も残っていなかった。

 

ボロボロのアオイを3人が庇いつつ、異界の出口から這うように脱出したのである。

 

 

 

元工業地帯の異界が消滅したのは、その数分後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うーん……)

 

翌日の昼休み、アオイは友達との昼食もそこそこに体育館裏で悩んでいた。

 

デモニカに関しては問題ない、メンテナンスフリーかつ『ディア』をかければ破損も治るというトンデモ装備であるG3タイプは、帰ってから簡易式神のディアだけで修理できた。

 

自分の体についても家にストックしてある傷薬1本飲むだけで全快。持ち運べる量に限りがあるだけで、傷薬や魔石は姉が大量に持ってくる。

 

しかも「あまりモンやから好きにつかってええよー」とかゆるーい一言を付け加えて、だ。

 

おかげで最悪の場合は魔石を使ったゾンビアタックも可能になってるが、それはともかく。

 

 

(今の所、私はアギトについて何も知らない。一番事情通である『彼』に聞くしかない!)

 

「よっ、ごめん待たせた?」

 

「! ううん、私も今来た所」

 

 

二日連続で体育館裏で男女が密会、これだけなら甘酸っぱい気配がしているが、内実は10割情報交換である。

 

今日の朝、ガイアチャットを使ってハルカに『話したいことがある』とメッセージを送り、体育館裏を待ち合わせ場所に指定して呼び出したのだ。

 

なお、流石に二日連続なので青春のアレコレとか感じるほどハルカもバカではなく、家でメッセージを受け取った時、

 

死んだ目で(はいはい分かってる分かってる)って感じの虚無顔をしていたせいでレムナントに心配されていたのを追記しておく。

 

 

「とはいえ、呼び出した理由はこっちも察しついてるんだけどね……『金色の角をもつ仮面の戦士』だろう?」

 

「鷹村君も知ってるの!?」

 

「知ってるっていうか、僕の師匠から調べるように言われてた仕事が『ソレ』でさ。

 

 霊能力者・オカルト系の掲示板でも噂になってて、この辺りに出没したって情報を手に入れて調査に来たんだよ。

 

 師匠曰く、ガイア連合の黒札や幹部クラスすら注目してる案件らしいからさ。本当は『ガチ勢』って呼ばれてる上澄みの黒札が調査する予定だったんだって」

 

 

黒札が派遣されなかったのは、ハルカには『半終末に突入して戦える黒札は大忙しだから』と説明されてる。

 

……が、現実は。

 

『リアル仮面ライダーktkr!』

『俺のイマジン型式神とコラボさせようぜ!』

『いいや私の作った555型デモニカと!』

『妖鬼系デビルシフターだから響鬼っぽくなれる俺と!』

『やだやだシノさんの作ったG3ユニットとがいい!』

 

 

現地人から生まれた仮面ライダーギルス&何故か出現したガチ仮面ライダーというコンボに、特撮クラスタ俺達が盛大に食いついたせいである。

 

このままでは収拾がつかないと判断され、黒札がかかわるのは最低限調査が終わってからというショタオジの一声でモロモロが確定。

 

その上で、『この件に対処できて黒札以外の人材』という条件に該当するハルカが初期調査担当として任されたのだ。

 

 

「……僕が昨日、廃工場の異界で遭遇したのも『ソレ』だろうね」

 

「!? あの場にいたの!?」

 

「目撃情報を追っていったらあの異界に出現する可能性が高いって推測ができたからね。

 

 君たちとは別の入り口から侵入して、まずは異界の主がいるって予想される方に向かったんだ。

 

 それで異界の主である『邪鬼オセロット』を協力して倒したんだけど……」

 

 

『邪鬼オセロット LV30』。アステカ神話における『人類を食い尽くした怪物』だ。

 

アステカ神話は(インド神話ほどじゃないけど)世界が滅んで産まれたという概念を持っている。

 

その中の1つで、テスカトリポカがケツァルコアトルに打倒された後に人々を食い尽くし、なんやかんやあって世界を滅ぼす一助になった怪物がオセロットである。

 

オセロメーが出現したのも、同じアステカ神話の『悪(テスカトリポカ)』側に分類される者であり、

 

テスカトリポカの化身であるオセロットとテスカトリポカの部下であるオセロメーがセットで出現するのはある意味当然だろう。

 

……まあ、それがテスカトリポカとケツァルコアトルによる仁義なきヤクキメサドンデスバトルの結果、

 

散逸して芸術品と共に海外から流れてきた呪物をダークサマナーが悪用した結果によるモノなあたり、盛大に世界は終わりに向かいつつある。

 

 

「そのまま話しかける前に現地解散という名の逃走劇になっちゃったんだよなぁ、向こうもこっちを警戒してるみたいだし」

 

「捕まえる……というわけにもいかないよね。敵対してるわけじゃないから」

 

「そうなる。 ……だから『次の手』を持ってきたよ」

 

 

ピロン、とアオイのCOMPに着信音。

 

見て見なよ、とハルカに促されてCOMPを起動すると、『指名依頼』の文字。

 

依頼元は『霊山同盟支部』、依頼内容は『未確認生命体確保作戦への協力』。

 

 

「これ、ハルカ君が出したの?!」

 

「そうなるね。霊山同盟支部にいる『巫女長』さんに連絡とって、君に依頼を出させてもらった。

 

 今必要なのは戦闘力じゃない、単純な『マンパワー』だ。僕とイチロウだけじゃ手が足りない。

 

 霊山同盟支部から人を呼ぶのも厳しい、聞いた感じここらの名家()と仲悪いみたいだし。

 

 こっちでも何人かに声をかけて呼び寄せてる。主にやるのは確認されてる『異界』の監視。

 

 僕らが追っている『未確認生命体』は、異界に出没して主を倒して回ってるみたいだからね」

 

 

つまり、アオイの役目は異界内部を調査し『未確認生命体』の痕跡の捜索。

 

あるいは未確認生命体そのものを確認したら、無理に接触せずハルカに連絡。

 

ハルカは連絡を受けたら現場に急行、今度は『追跡』のための準備を強化した上で未確認生命体と接触。可能なら交渉する。

 

そういった説明を実質的な依頼主であるハルカから受け、アオイはしばし思い悩む。

 

 

「僕は今夜から確保作戦に動き始めるつもり。急かすわけじゃないけど、依頼を受ける期限は『未確認生命体が捕まるまで』、かな」

 

(お姉ちゃんが返ってくるまで最低でもあと4日……。

 でも、ここで依頼を受ければハルカ君に1つ恩を売れる。聞いた感じかなリ人手不足だし。

 近隣の異界をまとめて監視できるぐらいの人は集められてないんだ)

 

 

プラチナカードといっても、認定されたのはつい数日前。

 

しかもこの辺りで主流なのは例の名家()の面々。ガイア連合との関係ができる前なので、プラチナカードの権力も意味が無い。

 

本命である霊山同盟支部からも前述の理由であまり人が呼べず、鋒山家と七海にまで声をかけているのが現状だ。

 

だからこそ、出会って日は浅いとはいえ『人格と実力』が最低限担保されており、なおかつ金札のアオイに声をかけてきたのだろう。

 

依頼一覧をザッピングすれば、霊山同盟支部名義で近隣異界調査のクエストも出ている。

 

フリーの霊能力者を異界調査名義で未確認生命体の調査員にするつもりなのだろう。

 

騙して悪いが、というほどではない。なんせ異界の情報自体は何の詐欺でもないのだから。

 

当然一般依頼のソレよりも指名依頼の報酬はよく、オマケに前払いで『金丹』の文字。

 

死亡したアガシオンの蘇生に必要なアイテム……姉ならば持っているだろうが、アオイに手に入れる方法は多くない。家にも置いていなかった。

 

 

(……異界の調査だけ、未確認生命体らしき痕跡を見つけたら追加報酬。

 未確認生命体の手がかり見つからなくても異界の調査が終わっていれば相場以上の報酬。

 信頼度に関してはガイア連合プラチナカード……受けない理由は、ない)

 

「わかった、受けるよ。でもホントにあんなとんでもないのと戦うとか無理だからね!?」

 

「ありがとう。 当然だ、万が一戦うことになったら僕が出るさ」

 

 

できれば穏便に済ませたいけどね、とボヤくハルカに対し、アオイが思ったことは1つだけ。

 

 

(あ、これ絶対穏便に終わらないヤツだ)

 

 

ハルカがそこはかとなく不憫・苦労人枠だと本能で察し始めたアオイちゃんであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後、日がすっかり落ちた市内某所の廃屋。

 

なんでも大正時代に建てられた洋館だが、20年ほど前に持ち主が病死した後に相続関係で遺族がモメて長い間持ち主が決まらず。

 

持ち主の孫が相続した時には老朽化も進んでおり、取り壊そうとしたところ事故が多発したので売りに出されるも買い手が見つからず。

 

ガイア連合傘下の不動産屋に二束三文っで売り払った後に調査が入り、異界化が判明。

 

オカルトチーム『アイテム』の偵察により、内部異界のDLVはおよそ『12~20』と判明。

 

ただし『玄関から入ると裏門から、裏門から入ると玄関からしか出られない』という微妙に面倒な仕様が発覚している。

 

空間拡張もなく、マップさえ頭に叩き込んでおけば玄関から裏口まで直通数分で脱出できる。

 

 

※悪魔とのエンカウントは考慮に入れないものとする。

 

一階中央ロビーや入り口付近が最も浅く、地下や二階、あるいは洋館の端に向かうほど悪魔が強くなっていったことから推測されるのは……。

 

 

「異界の主がいるのは地下室の奥、あるいは館の一番端の部屋……分かりやすいね」

 

「だよなぁ。えっと、俺達は無理せず、一階をグルっと回って痕跡探し……でいいんだよな?」

 

「うん。ブリーフィング通り、それでいこう」

 

 

アオイの隣で自信なさげにしている少年……太宰イチロウと、今回の予定について軽く相談する。

 

なんでもハルカの友人兼協力者らしく、覚醒している上にDLV30を超えているのも彼に鍛えられたかららしい。

 

自分と姉のような関係かな?と考えながら、アガシオンと簡易式神を召喚した。

 

イチロウの方も『管』のような道具を取り出すと、中からぬるりと長い体を持った犬頭の悪魔が出てきた。

 

同時に取り出したイッタンモメンみたいな外見の簡易式神はアオイも持っているが、悪魔の方は初見である。

 

 

「『式神 魔獣 イヌガミ LV8』……?」

 

「あ、ああ。ハルカに貰ったんだ。この『封魔管』の使い方も習ってさ。俺、才能あったみたいで」

 

「へー……」

 

 

さらにイチロウの防具はただの衣服に見えてガイア連合製の高品質防具、単純な強度や耐性ではデモニカよりも上だ。

 

腰に下げている消防斧に偽装した武器はハルカのおさがりらしく、イチロウよりずっと格上の悪魔にも通じる対オカルト武装らしい。

 

オマケにトレードマークらしいつば付き帽子は『改造型ドルフィンキャップ』、イルカのマークがついてるのがちょっとキュートすぎるが、高い呪殺耐性を付与する防具。

 

(あれ、防具込みだと下手すれば私より強い?)と若干アオイちゃんがショックを受けたが、G3状態なのでバレなかった。

 

ともあれお互い仲魔を呼び出し、イヌガミとアガシオンを前衛、簡易式神×2をバックアタック対策の後衛に置く。

 

アオイとイチロウを中心の陣形で、玄関から異界に踏み込んだ。

 

 

出てくる悪魔は一階だけならDLV12~20……つまりLV3~6がほとんど。

 

二階や地下といった異界の深部にはもっと凶悪な悪魔が出てくるし、異界の主はDLV40を超えかねない大物だろうが、

エネミーサーチを細かくチェックして遭遇を避け、奥に踏み込まずちょっかいをかけなければ問題ない。

 

DLV20以上の悪魔は一階には出てこないので、DLV30超えの二人からすれば簡単な調査である。

 

……異界に踏み込んだ直後、異界のどこかから『戦闘音』が響いていなければ。

 

 

「ッ……あ、アタリ引いたのか、まさか!?」

 

「みたいだね……音の出どころを避けつつ、裏口を目指そう。外に出ないと連絡ができないから」

 

「お、おう、分かった!いくぞ、イヌガミ、シキガミ!」

 

 

今しがた入ってきた後ろの玄関は、異界のルールによって裏門から入らないと出入りができない。

 

二人が連絡するためには、一階を通り抜けて建物の裏門を目指す他ないのだ。

 

ちなみに庭の迂回も可能だが、毒エリアなどの異界化による危険地帯があるので非推奨、と資料に書かれていた。

 

ともあれ、脱出までの最短ルートは頭に叩き込んでから突入した二人は全速力で洋館を駆け抜ける。

 

玄関側の東棟と裏門のある西棟、間をつなぐ渡り廊下という構造がこの異界。

 

時折出てくる『ゾンビ』や『ゾンビドッグ』、『モウリョウ』や『ゴースト』を最短で始末しつつ、戦闘音の方向だけ常に気を配る。

 

途中まで聞こえていた戦闘音は、西棟の端、おそらく二階から。

 

幸い裏門からは遠そうなので、これを避けてとっとと脱出するつもりが……。

 

庭に面した渡り廊下を走っている最中、がしゃん、と窓ガラスが割れる音が響いた。

 

直後、どさりと庭に何かが落ちてくる音。それに続いて何かが着地する音。

 

 

『ギイイイィィ、ギイイィィ……!』

 

「くっそぉ、気持ち悪いビジュアルな上に数ばっかり多いな!これで5匹目……って、人!?

 

 ……しかも『G3』!?」

 

「うわこっち見た!んで『未確認生命体』が喋った!?てか喋れたの!?」

 

 

どうやら悪魔と戦っていた『未確認生命体』が悪魔の体を窓をブチ破って蹴り飛ばし、それを追ってきたことで一気に近づいてしまったらしい。

 

おちてきた悪魔は『悪霊 レギオン DLV56(LV17)』、それも3体。

 

とんでもない強敵だが、未確認生命体はこれを単独で追い詰めてるらしい。

 

互いの距離は数メートル程度、庭から丸見えな渡り廊下では姿を隠す事など不可能だった。

 

未確認生命体との不意打ちすぎる接触に硬直する二人。

 

だがしかし、アオイにとっては『別の驚愕』が襲ってきていた。

 

 

「……未確認生命体、え、アレが!?」

 

 

金色の角の戦士……確かにハルカはそう言った。

 

自分が見た金色の角の戦士『アギト』、確かに目の前の未確認生命体も金色の角を生やしている。

 

が、似ているのは首から上と全体的なシルエットぐらいで、それ以外は大幅に違っていた。

 

体を覆う装甲は金ではなく赤、装飾品の意向も教会にありそうな神秘的なソレというよりは遺跡にありそうな古代の遺物に近い。

 

 

(アナライズ結果は…………『英雄 クウガ』……DLV測定不能!?)

 

 

探していた対象が先日遭遇した相手とはまるで別者だったという事実に驚愕している間に、イチロウが前に出た。

 

 

「あ、アオイちゃん!俺が殿やるから、早く逃げるんだ!そして鷹村を呼んでくれ!」

 

「……はっ、え、いや!?『デモニカ』がある私が残ったほうが……」

 

「いや……デモニカ込みでも、多分俺の方が適任だと思う、きっと!」

 

 

は?と呟いてしまったアオイが問い返す前に、イチロウがバッ!と両手をキレのよい動きで動かす。

 

すると、イチロウの腰に『先日見たばかりのベルトのような装飾品』がにじみ出るように現れた。

 

名を『オルタリング』……プロメスが人間に授けた、光の力の行き着く先を現すモノ。

 

 

「ちょ、それ、そのベルト……!?」

 

「鷹村に怒られそうだけど、緊急事態だし、多分これが正解……正解だといいなぁ!いいやきっと正解だ!

 

 ……俺が悩んで考えて、自分で出した答えなんだから。俺にとっては正解なんだ!」

 

 

若干半泣きになりながらも、イチロウは勢いよく『ベルトの両側のスイッチ』を押し込みながら、

 

『その言葉』を力いっぱいに叫んだ。

 

 

 

「 変 身 ! ! ! 」

 

 

 

途端にイチロウの体がまばゆい光に包まれ、その体が膨張・変化する。

 

アオイが咄嗟に目を細め、その光の先に見たものは……。

 

 

「……アギト……?!」

 

「そんな、アギトだって!?」

 

 

G3(アオイ)と未確認生命体(クウガ)が、驚愕混じりの声でその変身を見届ける。

 

金色の角と装甲、赤い瞳、クウガとどこか似通ったフォルム。

 

 

超越肉体の金……『アギト グランドフォーム』が、レギオン目掛けて駆けだした。

 

 



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「ごうらむっ!?」

 

(……私は一体何を見せられているのだろう?)

 

黄金の戦士が流麗な動きで悪魔を打倒し、紅蓮の戦士が荒々しい動きで悪魔を吹き飛ばす。

 

自分も邪魔にならない程度に対悪魔銃で援護しているが、無いよりはまし程度だろう。

 

未確認生命体の正体、となりにいた少年の変身、自分より格上の悪魔がバカスカ吹っ飛ばされる状況。

 

アオイの脳は「頭がフットーしそうだよぉ!」と悲鳴を上げている。

 

シキガミやイヌガミ、アガシオンによる支援と合わせて有利を通り越してヌルゲーの難易度でなければケガの1つでもしていそうな混乱具合。

 

幸いこのレギオンは悪霊としての面が強いので銀弾がよく効くが、それでも彼らのような規格外の前衛がいなければ安定して援護射撃など考えられない。

 

考えられないのだが……。

 

 

「これで何体目だっけ!?」

 

「た、多分14体目です!」

 

「おかしいだろ!?何体出てくるんだよ!?」

 

「…………」

 

「このアギトは一言もしゃべらなくて怖いし!」

 

 

未確認生命体……アナライズで『クウガ』と表記された赤い戦士が愚痴を漏らす。

 

それでも迫ってくるレギオンに蹴りを叩き込んで撃破してるあたり、戦闘力はアオイの比ではない。

 

アギトの方も詳細なレベルは不明だが、動きを見る限りクウガほどでないにしろ格上だ。

 

 

(うん、邪魔にならないよう離れて援護してよう!クウガさんも悪い人……人?じゃなさそうだし!)

 

 

アギトについても詳細不明だが、イチロウのイヌガミやシキガミが引き続き支援していることから同一人物なのは間違いない。

 

対悪魔銃をリロードしつつ、物陰に隠れながらの援護射撃。

 

15体目のレギオンが倒れた所で、ようやく悪魔の波が一時的に途切れた。

 

 

「な、なあ!確かこういう怪物って、このヘンな世界のボス倒せばまとめて消えるんだよな?!」

 

「え、あ、はい!多少のタイムラグはありますけど消えます!」

(『異界』と『異界の主』の事、だよね……? え、待ってその辺りの知識も無いの!?どういう出自で現れたのこの人!?まだ人かどうかわかんないけど!)

 

 

なにせ登録ネームが『未確認生命体』である。人でも動物でも悪魔でもないナニカぐらいの扱いをされている。

 

あのガイア連合がそのような分類分けをしたのだ、間違いなく『何か』ある。そう判断する材料には十分だろう。

 

……実態は特撮クラスタ俺達による盛大な悪乗りの結果であると誰が思おうか。

 

同じクラスタって名前なのにメタルクラスタホッパーもびっくりの大暴走である。迷惑っぷりで言えば互角くらいかもしれないが。

 

 

「ボスの場所、分かる!?」

 

「ええっと、地下室か、館の二階のどこかです!建物の端の方、ここまで通ってきたとき地下室につながる階段でもエネミーサーチがそこまで悪化しなかったので……多分二階!」

 

「よし!二階なら何とかなる!」

 

 

駆け寄ってきたクウガが追ってきたレギオンと戦いながら「それ貸して!」とアオイの握っていた対悪魔銃を指さす。

 

思わず「あ、はい!」とクウガ目掛けて放り投げてしまったソレを、クウガは戦っていたレギオンをキックで引きはがしながらキャッチ。

 

横合いからアギトが追撃をすることで手が空いたスキに……。

 

 

「 超 変 身 ! 」

 

 

クウガの体が、赤から緑に変化する。

 

さらに受け取った対悪魔銃がクウガの専用武器『ペガサスボウガン』*1に変化した。

 

【邪悪なるものあらば その姿を彼方より知りて 疾風の如く邪悪を射抜く戦士あり】

 

これこそ、古代人『リント』の作り出した戦士・クウガの力の一つ。

 

 

「か、変わった……!?」

 

 

説明しよう!

 

仮面ライダークウガは『超変身』という能力により、その時の戦況に応じて自在に己の姿と戦闘スタイルを変化させる事ができるのだ!

 

さっきまでの赤い姿は『マイティフォーム』。バランスの良い能力を持ち、素手での格闘に長けた姿である。

 

そしてまさに今!変身した緑の姿こそ『ペガサスフォーム』!

 

格闘戦こと不得手だが、代わりに超人的な五感を持ち、手にしたペガサスボウガンを用いた『狙撃』に特化した形態である!

 

 

 

空気の流れや僅かな息遣い、さらにこの世界に来てから感じるようになった『妙な力』。

 

悪魔やMAGの可視化ができる『霊視』にも当たり前のように目覚めており、ペガサスフォームになればその感覚すら拡張が可能だった。

 

館の内部まで手に取るように察知できる超感覚が、その中に蠢く『MAGの濃い存在』を感知。

 

その方向へペガサスボウガンの銃口を向けた。

 

 

「そこだッ!!」

 

 

ペガサスボウガンの後部についた引き金を引き絞り、クウガの使う力の1つである『封印エネルギー』を込めた空気弾……『ブラストペガサス』を放つ。

 

本来はクウガが戦う相手である『未確認生命体』を撃破・封印するための技だが、単純な高速空気弾と言うだけでもこの世界では『疾風(ガル)』属性として扱われる。

 

……『高度数千mを時速200㎞以上で飛行する人型サイズの怪物を狙撃・殺害できる』というとんでもない精度と威力を持っているだけで。

 

館の窓と壁を貫通し、中へ飛び込んだブラストペガサスがいまだに姿すら見せていない異界の主を直撃。

 

障害物に阻まれてくぐもった悲鳴のようなナニカが聞こえたが、詳細不明のまま謎の爆発が起きて窓ガラスが何枚か内側から吹っ飛んだ。

 

 

「異界の主を……狙撃で倒した……!?」

 

 

湧いてくる悪魔を切り払いつつ、白兵戦で撃破する……それが常識だったアオイにとっては割とショッキングな光景である。

 

無論、低位(悪魔のLVが1~3、高くても8)とはいえ異界調伏の経験すらあるアオイは現地人の中では上澄みも上澄みなのだが。

 

そして撃ち終えたクウガが「超変身!」の掛け声と共に赤のクウガに戻るが、アオイの目には随分と疲弊しているように見えた。

 

 

「ぷはぁ……!(15秒ぐらいで解除したからもう少しは行けるけど、やっぱりだいぶ消耗してるな……休憩入れないと『究極の闇』は使えそうにない……)」

 

 

……ペガサスフォームには『40秒』という光の巨人もびっくりな制限時間があり、それを過ぎれば大幅に弱体化、最悪変身が解除されてしまう。

 

オマケにこの形態を使うと『変身解除後は6時間ほど変身できなくなる』という制限までついた、まさに狙撃による一撃必殺特化の姿なのだ。

 

 

「ありがとう、助かったよ……はいこれ」

 

「ア、ハイ」

 

 

衝撃の光景連発すぎてそんな返答しかできないアオイちゃん。

 

クウガが手に持っていたペガサスボウガンが元の対悪魔銃に戻り、ひょいと手渡されたソレを受け取る。

 

レギオンを撃破したアギトもこちらに駆け寄ってきた。そして……。

 

 

「その、すいません。正直何が何やら……」

 

「それは俺もなんだけどなぁ……あ、そっちのアギトも助かっ、があっ!?」

 

 

バキィ、という重々しい打撃音。

 

駆け寄ってきたアギトの拳が、そのままクウガの顔面にめり込んだ音だ。

 

 

「はぇっ!?」

 

「う、ぐっ……一体なにを、うおっ!?」

 

 

アオイが驚愕のせいか裏返った声を漏らし、アギトはそれに構わず続けて拳を振るい、疲弊したクウガが必死に捌く。

 

実力と経験で言えばクウガの方が一歩も二歩も上をいくようだが、やはりペガサスフォームを使った疲労が大きい。

 

力の源であるベルトの霊石『アマダム』も疲弊しており、変身を維持するだけでも精いっぱいだ。

 

今にも倒れそうな彼が戦っていられるのは、やはり『世界の破壊者』と共に様々な戦場を渡り歩いた結果だろう。

 

あと、ボッコボコにされる事が割とちょくちょくあったので戦況が不利に進むのに慣れているという悲しい事情もある。

 

しかし、それもあくまで『凌げる』だけだ。巻き返すには色々と厳しい。

 

……『普通』ならば。

 

 

(だけど……『俺の知ってる』アギトほどじゃない、いける!)

 

 

普通じゃなかったのは、クウガは『より完成度の高いアギト』と遭遇した経験があった事。

 

さらに、アギトが『超越肉体の金』を用いた肉弾戦以外の手札を持っていなかったことが大きい。

 

仕切り直し目的でアギトの腹に膝蹴りを入れて、よろめいたスキに後ろ回し蹴り。

 

そして残る力をかき集め、疲弊している霊石に活を入れるように力を籠める。

 

 

「 超 変 身 ! ]

(『敵の戦い方に付き合うな』、だよな、あねさん!)

 

 

尊敬していた女刑事の事を思い出しながら、距離が空いた一瞬のスキをついて再度超変身。

 

【邪悪な者あらば その技を無に帰し 流水の如く邪悪を薙ぎ払う戦士あり】

 

赤でも緑でもない『青』……俊敏性と跳躍力に優れた『ドラゴンフォーム』に変身した。

 

アギトが体勢を立て直す前に素早く飛びのき、先程の異界の主で壊れた建物から落ちてきた建材の一部を掴む。

 

棒状のソレを軽く一振りすれば、ドラゴンフォーム用の専用武器『ドラゴンロッド』に変化した。

 

 

(今の弱り切った俺じゃ、アギトとのパワー勝負は『紫』を使っても分が悪い!なら!)

 

 

追ってきたアギトをリーチのある棒術で牽制し、細かく移動しながら攻撃を積み重ねていく。

 

シャラン、という独特の涼やかな音がドラゴンロッドから鳴るたびに、アギトに蓄積されるダメージが増える。

 

いかにアギトが膂力で上回っていても、機動力とリーチで常に優位を取られ続ける現状は如何ともしがたい。

 

「はぁっ!」というクウガの気合と共に脚を払われ、そのまま地を這うような軌道で振るわれたドラゴンロッドに追撃を食らう。

 

 

「ウッ……!?」

 

「い、イチロウ君!?」

 

「大丈夫だ、殺さないように手加減する! ……気絶は、してもらうけどさ!」

 

 

限界が近い霊石から絞り出せる封印エネルギーでは、どちらにせよアギトを仕留めるなんていうのは厳しい……とは情けないので言わなかった。

 

ドラゴンロッドを数度ほど振るう。シャラン、シャラン、と音を鳴らしてから、起き上がろうとするアギトめがけて跳躍。

 

 

「おりゃああああああっ!!」

 

 

封印エネルギーを込めた突き……『スプラッシュドラゴン』がアギトの胸に直撃。

 

吹っ飛んだアギトは館の壁に衝突し、「うぐっ」と声を漏らして地面に転がる。

 

ゆっくりと金色の肉体が霧のように解け、その下にあった変身者……太宰イチロウの姿に戻った。

 

 

「イチロウ君! ……はー、よかった。気絶してるだけみたい……魔石使っておこう」

 

「チラって変身する前が見えてたけどやっぱり子供か……よかった、このぐらいで済んで」

 

 

アナライズでイチロウが死んでいないことを確認し安堵するアオイ。

 

一方のクウガも、流石に精魂尽き果てたのか大きく息を吐きつつ戦闘態勢を解く。

 

ドラゴンロッドが廃材に戻り、青かった体が白……不完全形体『グローイングフォーム』に変化した。

 

戦意が不足していたり、極端にクウガが消耗・負傷した時に変化する形態であり、能力も当然のように低い。

 

 

「アギトは子供でG3は女の子、こんな世界今まで……いやワタルがいた世界がそんな感じか」

 

「えーっとそのー、それでちょっと……いいですか?」

 

「へ?ああ、何?」

 

「いやその、ウチの組織の偉い人が未確認生命体……クウガさんを探してまして。できれば会って欲しいなー、と」

 

 

(……『クウガ』を知ってる?それに俺が『未確認生命体4号』ってことも?)

 

 

自分が知らない相手が自分を知ってる、という状況に少々の不気味さを覚えるクウガ。

 

が、よく考えてみれば自分の事を自分以上に知ってそうな謎のおのれディケイドオジサンとか、

だいたい分かったで危険に突っ込んでホントにだいたい何とかしてる親友がいたのですぐに疑念が吹っ飛んだ。

 

こういう楽天的でお人よしなところも彼の特徴である。*2

 

なにはともあれその『組織の偉い人』とやらについて一応聞いてみようかな、と思ったところで、異界が完全に消え去ったことで『外の音』が聞こえ始めた。

 

具体的には、遠くから轟音を立てて迫ってくるエンジン音が。

 

……それも彼らの『上』から。

 

 

「え、上?」

 

 

横なら分かるけどなんで上から?とクウガとアオイが視線をゆっくりと上に向けていく。

 

オンボロだが大きな屋敷の上、天井をバキバキ砕きながら突っ込んでくるナニカ。

 

エンジン音の発生源……『ギルスレイダー』は天井を滑走路にして大跳躍し……。

 

 

「ライダアアアアァァァァァァ……ブレェイクッ!!」

 

「ごうらむっ!?」

 

「クウガさーんッ!?」

 

 

完全に戦闘終了モードで気が抜けていたクウガを跳ね飛ばした。

 

ちょっとくすぐったくなりそうな悲鳴と共に吹っ飛んでいったクウガが、渡り廊下の二階部分の壁にブチ当たって跳ね返り、茂みの中に落下する。

 

 

「まさかアギト……イチロウでも手に負えない強さとはね。僕が前に出るべきだったよ」

 

「いや誰!?というか仮面の戦士3人目!?」

 

 

変身後なので『葦原 涼』ボイスになってるせいか、突然現れた異形……『仮面ライダーギルス』の正体に、アオイはピンと来ていないらしい。

 

ギルスレイダーを降り、臨戦態勢MAXでクウガに歩み寄っていく。

 

 

「イチロウには調査が終わり次第連絡するように言っておいたからね。

 異界突破の予定時刻を過ぎた時点で、念のためにココに向ってよかったよ。

 

 さあ、立ちなよ。色が白いってことは同種の2体目……『未確認生命体二号』でいいのかな?

 

 ここの異界の主やアギトを倒せる君が、不意打ちの一撃程度で倒せるとは到底……」

 

 

……前述通り、グローイングフォームはクウガが極端に消耗した時に強制的に変身する姿である。

 

つまりこの姿になった時点で、理由は多数あれどクウガは『戦闘不能寸前』なのだ。

 

今回の場合は……

 

 

『ペガサスフォームを使った事による霊石の消耗』

 

『悪魔からの攻撃&アギトとの戦闘によるダメージ』

 

『それらを押して無理やりアギトを鎮圧した事による反動』

 

『そこから全速力で突っ込んできたギルスレイダーによるライダーブレイク』

 

 

……という要因が重なっており、結論から言うと。

 

 

「もう、ダメ……」

 

「……あれ?」

 

「く、クウガさーん!?」

 

 

変身が解除され、荒れ放題の庭の中に横たわる仮面ライダークウガ……もとい、世界レベルの迷子『小野寺ユウスケ』。

 

彼は腹の底から絞り出す根性まで出しきったせいで、精魂尽き果てながらその意識を手放すのであった。

 

 

 

*1
射撃武器を『モーフィングパワー』という原子・分子に働きかける力を用いて作り変えて生み出した専用武器。

*2
なお、長所でもあり短所でもある模様。



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「全ての不可能を消去してしまえば……か」

 

【S県某所 金札向けマンション ハルカの部屋 リビング】

 

 

「ほんっとうにすいませんでしたー!!!」

 

「いやいやいや、大丈夫だから!ほら、傷もさっぱり治ってるし!」

 

「この度は腹かっさばいて詫びますので何卒!!」

 

「いいから大丈夫だから!?というかいつの時代の謝罪の作法!?」

 

 

前回までのあらすじ 『必殺技(ガチ) ライダーブレイク』

 

しかもしょっぱなから中学生の土下座で始まってしまった。

 

そんな新章開幕初手を飾ったのは、出番が回ってきたと思ったらひき殺しアタック誤射(2回目)をカマした主人公、鷹村ハルカであった。

 

そして、中学生が土下座してる光景に罪悪感がマッハな青年……前回ラストで気絶していた『クウガ』こと、小野寺ユウスケもカオスすぎる状況に置いてけぼりである。

 

 

「そこまでにしておけ、ハルカ。人のいい相手に土下座は暴力にしかならん」

 

「でもぉ、ししょぉお……」

 

 

連絡を受けてかけつけた阿部が、とりあえずガチ泣きのハルカの襟をつまんで子猫みたいに起こす。

 

フローリングに全力土下座カマしてたのは、ハルカの方も本人なりに必死にやった結果が盛大に悪手引いてしまったからだろう。

 

良くも悪くも同格か格上、それも準備万端な悪魔ばかり相手してきたせいで、到着した時点で相手が死にかけ……みたいな都合がいい状況など初めてなのだ。

 

あと、メタ的に言うとハルカ本人の『運』が本気で終わってるせいで盛大に状況を悪い方向に向かわせている、というのもある。

 

 

「……ともあれ、小野寺さん。今回はウチの弟子が申し訳ない。治療は万全に行いましたが、後遺症等は?」

 

「あ、いえ。大丈夫です。傷一つ残ってないですし……」

 

 

流石に変身に必須の条件である『霊石アマダム』の疲弊はどうしようもないようだが、それも数時間程度で自然回復する。

 

寧ろ小柄な中学生がガチ土下座している、というシチュエーションの方がユウスケのメンタルにダメージを与えていた。

 

 

「それで、ええと。右も左も分からないから、出来れば説明が欲しいんですけど……」

 

「……そうですね。俺達も貴方について色々聞きたいことがあるので。ゆっくり時間も取れましたし」

 

「えーっと、師匠。イチロウはいいの?気絶してるから奥の部屋で寝かせたままだけど」

 

「あのまま寝かせておけ、念のためドルミナーかけたから、朝までは起きない」

 

「……アオイさんを先に帰らせたのも?」

 

「ああ。ゴールドカード以下には話せない情報が含まれる可能性が高いからだ……」

 

 

レムナントが淹れてくれたお茶が各自に配られ、土下座をやめてイスに座ったハルカも交え、世界をまたいだ『話し合い』が開始された。

 

口火を切ったのは阿部、ガイア連合についての『小野寺ユウスケに話してもいいレベルの情報』を明かす。

 

 

さきほど戦った『悪魔』という生物に対処する組織である事。*1

 

とある『秘術』*2によって『ここ以外の世界』を観測することが可能な事。

 

それによって『仮面ライダー』の情報をこの世界にいながら*3手に入れられた事。

 

 

……ざっくりとだが『嘘は言ってない』レベルの隠蔽も交えつつ、これらを語って見せた。

 

 

「ななるほど……ようは警察なんかの代わりにあの悪魔、って怪物と戦ってる組織ってことか。

 それで、なんかすごい魔法か何かで俺たちの事を見た、と」

 

「ええ、そうなります。まあ、最近は警察や自衛隊にも秘密裏に協力を頼んでいますが……おおむねその認識で問題ありません」

 

 

今までさんざん常識はずれな目に会ってきたせいか、ユウスケはあっさりと阿部の説明を飲み込んだ。

 

怪人に対処する警察以外の組織というのは、仮面ライダー絡みならそこそこ見るのがあの世界である。

 

結果、「今回はこんな感じかー」ぐらいの認識で通った、通ってしまった。

 

 

「それで……貴方が『世界の破壊者』と共に歩んだ道のりについては概ね存じ上げております。

 問題は、なぜ貴方がこの世界にいるのか。かの『ディケイド』と共に訪れたんですか?」

 

「それが、俺もさっぱりで……士とも暫く会ってないし、気づいたらこの辺りの廃墟に倒れてたんです」

 

 

ふむ、と阿部の表情が険しくなる。

 

もしかして疑われてるのか?!とユウスケが一筋の冷や汗を流すが、本当に彼の視点だとそうとしか言いようがないのだ。

 

世界の破壊者……またの名を『仮面ライダーディケイド』。

 

彼の親友でもある門矢 士(カドヤ ツカサ)の変身する仮面ライダーであり、いくつもの『仮面ライダーの世界』を共に旅して戦ってきた。

 

経緯は省くが、色々あって仮面ライダーの世界を滅ぼす『世界の破壊者』となったディケイドと戦うことになって、自分は相打ち狙いの特攻を仕掛けて敗北。

 

他の仮面ライダーたちも皆ディケイドに敗れて全滅した。

 

その後、これまた細かい経緯は省くが自分を含めた仮面ライダーたちは全員復活。

 

最後に士と会ったのは、復活した直後に大ショッカーを引き継いだスーパーショッカーと戦ったあの時だ。

 

 

「それで、俺は元の……俺のいた『クウガの世界』に戻って、今度は士に頼らなくても自分の世界を守れるようにならなくちゃって思って過ごしてたら、ここにいたんです」

 

 

ユウスケが語り終えると、阿部は「なるほど」と一言呟いた。彼がホントにシリアスな空気の時しかしないマジメな顔をしているので、ユウスケは気が気ではない。

 

内面こそド変態でバイでヤリチンな、到底ユウスケと同じよいこのニチアサ空間に出しちゃいけないキャラなのだ。全裸ベルトの尻彦さん?知らんな。

 

 

一方のハルカの方は、完全にヒーローショーを見に来たチビッコの顔になっていた。

 

中学生にしては幼い容姿も相まって、ユウスケを見る目が完全にニチアサヒーロータイムにテレビの前にかじりついてる子供のソレ。

 

【仮面ライダー】という概念を、ガイア連合の黒札が妙に好いていることが多い英雄の名前……ぐらいしか知らなかったハルカにとって、本物との出会いは強烈だった。

 

いくつもの世界を渡り、悪魔とは違う怪人たちと戦って人々や世界を守ってきた歴戦の勇士。

 

色々失敗もあったとはいえ、ハルカからすればユウスケは『偉大な先人』である。

 

アレキサンダー大王がアキレウスを見るような表情に、ユウスケの方がちょっと気まずさ感じてるぐらいであった。

 

 

「わかりました、ひとまず貴方の今後についてはガイア連合の方で面倒を見ます。

 

 ハルカ、罪悪感を感じてるんなら、この家に小野寺さんを泊めてやれ」

 

「! えっと、いいんですか、師匠?」

 

「いいんだよ、まあ実際、今回の事も最後はゴタゴタしたが仕事はこなせてるしな。及第点だ。

 

 俺は山梨支部に行って今回の件の報告をしてくる。しばらく頼んだぞ?

 

 小野寺さん、奥の客間が空いておりますので……それと、生活費についてはこちらのカードを」

 

「? カード?」

 

 

ユウスケに手渡されたのは、阿部が普段から携帯している『ガイア連合ゴールドカード』の一枚であった。

 

ハルカのような才能がある現地人を見つけた時のスカウト用であり、既にアカウントが作られ、阿部が入れておいた手付金ならぬ手付ポイントが入っている。

 

「中に1ポイント1円相当で『50万ポイント』入っています、クレジットカードと同じような感覚で使えますので……現金の方は申し訳ない、今財布が空で」

 

「いやいやいやいや!?!?そもそもポンと50万円渡されても困りますって!?」

 

「大丈夫です、俺にとってははした金ですから……ああ、もしもこれも罪悪感がおありでしたら、

 50万ポイントのかわりに1つ頼みが……その報酬が50万ポイント、でどうでしょうか?」

 

 

頼み?と聞き返すユウスケ。

 

普通なら頼み事1つで50万円なんて話は怪しすぎるし、のってくるはずもない。

 

が、小野寺ユウスケはなんというか、一度信じた相手への懐がガバガバなのだ。

 

正統派主人公タイプの熱血単純お人よしな性格、と言えばいいのだろうか。

 

具体的にはこの流れであっさりと「俺に出来る事ならなんでも!」とか言っちゃうのが彼の性格の証明である。

 

 

「ちょ、小野寺さん!?」

 

慌ててハルカが止めに入る、なんせ相手はヒーローとはいえ美形だ。

 

阿部なら「じゃあ俺とベッドで1発」とか最低な事を言い出しかねない怖さがある、と考えていた。

 

フフフ、といやーな笑みを浮かべて懐に手を入れた阿部に、アホなこと言ったらケリ入れてうやむやにしようと身構えていたのだが……。

 

 

 

「……この色紙にサイン貰えますかね。小野寺ユウスケ名義と、仮面ライダー名義で」

 

「「どっから出したんですかその色紙?!」」

 

 

懐からにゅっと出てきたサインペンとサイン用色紙(約24×27㎝)に、思わずツッコんでしまったハルカとユウスケなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【数時間後 ガイア連合山梨支部 技術部 兎山シノのラボ】

 

 

 

「……そっかー。やっぱりショタオジとも話した感じ『そういうこと』なんだね?」

 

「ああ、治療するフリをしながら『小野寺ユウスケ』の体を調べたが……アナライズの詳細データを合わせると、ほぼ間違いない」

 

 

ユウスケからサインをもらってほくほく顔で部屋を出ていった時とは真逆、またも先程見せたシリアス顔に引き締まっている阿部。

 

神主の許可を得てシノにも見せているのは、仮面ライダークウガ/小野寺ユウスケのアナライズデータだ。

 

 

「『英雄 オノデラ ユウスケ』……人間形態でもLV50、変身したらもっと上がるだろうね。

 真・全門耐性に、攻撃手段は物理/万能。ちゃんと『超変身』もあるみたい。

 LVにしてはステータスが大人しいのも、変身した時の強化に特化してるからだと思う」

 

「ああ。マイティやドラゴンなんかの基本フォームならまだハルカでも対処可能だろう。

 

 まかり間違って強化形態である『金の力』に目覚めても、『運命愛され勢』ならなんとかなる。

 

 ……『凄まじき戦士』出されたらショタオジ呼ぶしかねぇけどな」

 

 

クウガ最強の形態である『凄まじき戦士』の強さを思い出し、互いに頷く。

 

とはいえ、小野寺ユウスケの性格は二人がテレビの前や映画館で見たままのお人よし。

 

よっぽどの事が起きなければあの力がガイア連合に向くことはないだろうし、そもそもこの強さなら使う必要がある相手もそうはいないだろう。

 

 

「幸い、黒札の特撮クラスタ組は俺やショタオジが回してるレベルの情報でコレにたどり着けるヤツは少ない。寧ろ『女神転生』に詳しいヤツのほうがたどり着くかもな」

 

「特撮好きだからこそ、ディケイドの存在のせいで引っかかるワナだよねぇ、これ。 いや、熱心なディケイドのファンなら寧ろ気づくかも」

 

「ああ……あの小野寺ユウスケには、特撮ファンから見てもメガテンファンから見ても、それぞれ別々の『違和感』が存在する。そして、その両方に通じてるヤツなら考えりゃたどり着ける場所に『答え』がある」

 

 

アナライズデータの詳細、小野寺ユウスケから聞き出した今までの来歴、仮面ライダーの歴史、女神転生の設定。

 

思考停止をせず『真実』を突き詰めていけば、どの『違和感』からでも道をたどり、答えの一端にたどり着ける『謎』。

 

 

「全ての不可能を消去してしまえば……か」

 

「『緋色の研究』?」

 

「ついでに言えば、大半の人間は目で見るだけで観察ということをしない。

 見るのと観察するのとでは大違いだ」

 

「『ボヘミアの醜聞』……って、どっちもシャーロック・ホームズ?」

 

「ああ、こう見えてファンでな。『瀕死の探偵』が一番好きなんだが……話がそれたな。

 少なくとも、小野寺ユウスケが小野寺ユウスケであることは間違いない。真実が少々酷だがな」

 

 

テンノスケが入れたコーヒーにスティックシュガーを5本注ぎ込み、一気に飲み干す。

 

過剰摂取した糖分が、使いすぎてエネルギー切れになった脳みそをもう一度回転させてくれた。

 

 

「しばらくは経過観察、あとは黒札の特撮ファンに引き続き聞き込みだな。俺たちもそれなりにファンだが、見落としてる作品があるかもしれん」

 

「だよねぇー、聞いた感じ、あの小野寺ユウスケの時間軸は『MOVIE大戦2010』のすぐあと。

 

 『小野寺ユウスケの映像作品での最後の出番』の直後とか、出来過ぎだもんねー」

 

「今の所他の黒札にもそれとなく聞いて回ってるが、少なくともメジャーな映像作品だと

 『あの映画の後に小野寺ユウスケは登場していない』

 

 

「俺も小説版とかマンガ版なんかはチェックしきれてないけどな」と付け足してから……。

 

 

「黒札の特撮クラスタに聞いて、俺も毎週見てた『仮面ライダーエグゼイド』と始まったばかりの『仮面ライダービルド』が最新作だ」

 

「シノさんは研究忙しいから撮りためて一気見だけどねー。

 転生前の時系列に多少ブレがあったとしても、『ビルド』を最後まで見た人すらいない。

 

 なら転生者が前世で死んだ時期は一番新しくても『2017年9月』前後になるわけで……。

 

 まあ、特撮とかカケラも興味ない人がもっと後から転生してきてる可能性もあるけどさ」

 

 

「だが、少なくともそれまで小野寺ユウスケにデカい出番はなかったハズだからなぁ。

 

 そう考えるとこの『小野寺ユウスケの仮説』は大きく間違ってはいないはずだ。

 

 大江山の一件で心配だったけど、仮面ライダーの世界からの過度の干渉は受けづらいと思う。

 

 なんにせよ、過度な干渉は禁物。小野寺ユウスケがこの世界に現れた『原因』の究明に移ろう」

 

 

オッシャー!と気合を入れるシノと、次に寝れるのは何日後だろうなー、と肩を落とす阿部。

 

彼/彼女は知らない。皮肉にも観察の一歩先、未来予知に近いナニカを前世で持っていなければたどり着けない要素。

 

 

『2018年』の事件がまだ起きていない事を……彼らは知らない。

 

 

 

*1
大目標は終末対策だが、霊能組織というくくりなら『悪魔に対処する組織』なので嘘ではない

*2
転生者の事。嘘は言ってない

*3
前世を思いだすのと同時に手に入れたので、『この世界にいながら』というのは嘘ではない



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「「ロクなもんじゃないですよ天使なんて」」

 

ライダーブレイク誤射事件(約二か月ぶり2回目。小野寺氏の「俺もライダーキックをモモタロスに誤爆したことあるから」で示談)から一晩明けた朝。

 

土曜日ということもあり、小野寺ユウスケは昨日の疲れが出たのかぐっすりと爆睡していた。

 

客間は和室であり、布団乾燥機でふわふわになっていた布団の誘惑には抗いがたく。

 

5月とはいえ朝方はちょっと肌寒い日もある季節の布団の重力は、ユウスケからすればン・ガミオ・ゼダよりも強敵にすら思えた。

 

とはいえ、そんな惰眠の楽園はいつまでも続かない。襖をあけて入ってきた人影が両手に持っていた『ソレ』を掲げ……。

 

 

「阿部殿直伝、死者の目覚めーッ!!!」

 

 

ガンガンガンガン!という金属音に、たまらずユウスケも「うわぁー!?」と声を上げて飛び起きる。

 

その正体は人影……この家の家事炊事担当であるレムナントが、手に持ったおたまとフライパンをシンバルのように叩きまくった音であった。

 

阿部が「ねぼすけ親子でも起きる秘奥義なんだから覚えとけ」ってネタで作ったスキルカードを差したら、なぜかペンパトラと同じ効果になった。睡眠を解除できるからかもしれない。

 

 

「おお、阿部殿はこれならどんなねぼすけでも起きると言っていましたが、本当ですね」

 

「な、何事かと思った……朝からグロンギでも出たのかと……」

 

「グロンギ?」

 

「あー、いや、こっちの話……うん、おはよう」

 

 

ふあぁ、とあくびを一つしてから布団を出る。

 

寝ぼけ眼をこすりながら洗面台に向かい、昨日サインの後にコンビニで買ってきたマグカップと歯磨きセットで歯を磨き、顔を洗う。

 

さっぱりしたあとに一度大きく伸びをして、そこでようやく風呂場に誰かいる事に気が付いた。

 

どうやらユウスケが洗面台に来る直前にシャワーを浴び始めていたらしい。

 

置いてある着替えは少年向けのモノ……おそらく中にいるのはハルカだろう。

 

鉢合わせにならないように手早く口を濯いでリビングに行けば、数分後にハルカが続いて出てきた。

 

 

「あ、おはようございます、ユウスケさん」

 

「おはよう、ハルカ君。寝汗でもかいたの?」

 

「いえ、毎朝ランニングと木刀の素振りが日課になってるので」

 

「…………剣道クラブとか通ってたりする?」

 

「い、一応悪魔退治の特訓です……あんまり役に立ってないけど」

 

 

剣術も(神主特製指導用式神のスパルタ特訓込みで)修めているが、どうしても斧やこん棒のような多少雑な武器の方が使いやすいのである。

 

それこそ超一流の剣士ならば霊刀を用いてずんばらり、でカタがつくのだろうが、どうにも彼の剣術の才能は高く見ても一流に今一つ届かない程度。

 

スキルカードによる習熟も併せてみたが、ガイア連合黒札級になれば同じことは皆試している。

 

となればLV50以上、つまり半終末後の黒札ガチ勢以上の強さの重要ポイントでもある『適正と習得スキルが合っているか』が重視されるわけで。

 

彼の才能は素手での格闘、そして斧や棍のような重量武器が優れている。

 

ランニングについても無駄ではないが、既に不眠不休で何日も走り続けられるハルカからすれば、フルマラソンですらちょっとした散歩気分だ

 

なので素振りやランニングはそこまで成果を上げていないのだが、こればかりは剣術を始めた3歳からの習慣なので日課になっていた。

 

 

「へぇー……すごいなぁ。その年でマジメでさ!」

 

「いえ、ほとんどクセみたいなモノですから……」

 

「いやいや、継続は力なり、って言うじゃないか。続けてるってことが大事なんだよ、きっと!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

うぅー、と若干赤くなりながら朝食のハムエッグをもぐもぐしているハルカ。

 

褒められ慣れてないのもあるが、ユウスケのまっすぐすぎる言葉は意外と素直な子供であるハルカには特攻であった。

 

それはそれとしてレムナントが「我が主尊い……」って顔をしているが、二人は努めてスルーすることにした。

 

 

「え、ええと。ユウスケさんの事情を調べるために、今日はユウスケさんが倒れてたっていう異界に行こうと思うんです!」

 

「あー、そっか。俺、目覚めた後はわけもわかんないまま……悪魔、だっけ?アレと戦ってる内に脱出してたみたいだからなぁ」

 

「はい。場所はS県F市、富士山の麓にあるさびれた牧場ですね」

 

 

富士山をまたいだ反対側には山梨支部があり、同時に神主にとっての霊山でもある富士山。

 

そこにある廃牧場の1つが異界化したのはつい最近であり、富士山そのものが日本でも最高クラスの霊山だけあって異界の質も高い。

 

出現悪魔の平均LVが30を超えるとあってはそうそう凸れる黒札もおらず、人外ハンター協会も黒札ガチ勢以上がチームを組んで探索することを推奨していた。

 

念のため黒札ガチ勢が一度調査に入っており、異界の主こそ

 

 

「僕とユウスケさんとレムナントで先行して向かって、可能なら入り口付近の悪魔を間引き。

 師匠の到着を待って深部へ突入します。あとは悪魔退治をしながら内部調査……って感じですね。

 これといって面倒なギミックは無し、ただし広々としてるので乱戦になる可能性高し、と」

 

「うん、だいたいわかった! ……士ならこう言うはずだからな」

 

「士?……あ、昨日言ってた、ユウスケさんの親友の?」

 

「ああ! 頭はいいし、強いし、ちょっと口は悪いけどさ……頼りになるヤツなんだ」

 

 

スーパーショッカーとの戦いの後、元の世界に戻ったと思ったら気づいたらここにいたユウスケからすれば、親友の安否も気になるところなのだろう。

 

文字通り『世界』をまたにかけた戦いを乗り越えた戦友同士なのだから。

 

 

(いいなぁヒーロー、師匠もやってることはヒーローなんだけどなぁ)

 

(どうしよう、昨日話した時俺の活躍をちょっと盛っちゃったせいか罪悪感が……)

 

 

といっても、流石にディケイドそっちのけで過度に自分の活躍を盛ったわけではないあたり、ちょっと後輩ライダーに見栄を張りたくなった程度だろう。

 

と、ここでユウスケが「あ、そういえば!」と声を上げた。

 

「例の『アギト』……イチロウ君だっけ。気絶させてたけど、大丈夫そう?」

 

「あ、はい。一応師匠にも見てもらいましたけど、負傷よりもアギトの力を使った後の疲労で眠ってるだけみたいです。

 

 いつも使った後は丸一日寝てますし、部屋で寝かせておけば今夜には目が覚めますよ」

 

「そ、そうなんだ……そっか、だから俺が見た時は戦闘中なのに使わなかったのか」

 

「オマケに本人に制御できてませんからね。変身すると勝手に戦ってるみたいで」

 

(なんでアギトはみんな自分の力を制御できてないんだ……俺の『究極の闇』がデフォなのか?

 

 いや、でもハルカ君は『見た目はちょっと違う』けどギルスを制御できてるし、個人差かな?)

 

 

なにはともあれ朝食を食べ終えて、身支度を整えてから3人は富士山の異界に向かう事となった。

 

ギルスレイダーの変形機能を使いサイドカーを生成、ユウスケが乗り込み運転する。

(※ちなみに運転免許については『なぜか』この世界でも問題ないモノに変化していたが、ユウスケ曰く「今までもそんな感じだった」とのこと)

 

サイドカーにはハルカが乗り込み、レムナントはハルカの入学と同時に購入したバイクに跨る。

 

こっちはスキルカードにより運転スキルも免許証(ガイア連合の方で用意した)も万全なのであった。

 

 

 

……ちなみに、スキルカードの出どころは阿部のガチャのハズレアである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【富士山某所 廃牧場異界入り口】

 

 

 

「ここですか、ユウスケさん?」

 

「ああ、ここのイカイ?の中で気づいたら倒れてたんだ……」

 

「よく悪魔に襲われませんでしたね……」

 

「何故か変身した状態で倒れてたから仲間と思われたんじゃないかな……」

 

 

廃牧場の異界、現在地は放牧等に使うスペースで、元は牧草が生えていたであろう大地は雑草が伸び放題。

 

入り口は一見すると古びた牧場の木の門であり、周囲は木の柵でぐるりと囲まれている。典型的な牧場の光景だ。

 

畜舎があったほうが異界の深部扱いのようで、回り込んでそちらから侵入してもこちらに飛ばされてしまう。

 

故にこちら側から精鋭のみで侵入し、悪魔がわらわら寄ってくる外側を一点突破。

 

異界の主がいると思われる畜舎に突入、これを撃破する。

 

当然、途中で厳しいと判断したらトラフーリやトラエスト等で撤退する準備も整えてきた。

 

 

「僕が『LV50』、ユウスケさんは変身すればそれ以上。レムナントとギルスレイダーLV40だからまあ……僕らだけでも入り口のザコ狩り程度は可能でしょうね」

 

「私も『天使 パワー』になったおかげでパワーアップしてますからね」

 

「ホントなんでいつの間にかランクアップしてるんだよお前……」

 

「寧ろ俺はレムナントさんが本物の天使様っていうのが衝撃の真実すぎるんだよなぁ」

 

「「ロクなもんじゃないですよ天使なんて」」

 

「ハルカ君はともかく天使のレムナントさんが言っていいのソレ!?」

 

 

まるで常識ですよと言わんばかりにハモる二人に、盛大にユウスケがツッコんだ。

 

なんとなーく気まずさが湧いてきたのか、咳ばらいを1つしてから話題を仕切りなおす。

 

 

「ご、ごほん。あ、あー……それがアナライズってやつかぁ。

 すごいよなぁ、概ねの強さとか得意不得意まで見るだけで分かるなんて」

 

「精度とか限界はそれぞれ変わりますけどね。普通は機械でやりますし」

 

「へぇ…………あれ?さらっとギルスレイダーを戦力に数えてたけどそのバイク戦えるの!?」

 

「スピードとタフさと回復魔法が特技です!」

 

「実はファイナルフォームライドされた仮面ライダーだったりしないよな、このバイク……」

 

 

士ならやりかねない、という微妙にアレな信頼?のようなモノを頭に浮かべるユウスケを前に、ハルカがスマートフォンを立ち上げる。

 

どうやら阿部に連絡を取っているようで、しばらく会話した後に通話を切った。

 

 

「もうすぐ到着するから、入り口まわりの悪魔だけでも掃除しておいてくれ、だそうです」

 

「よぉっし、それじゃ……先輩ライダーとして恥ずかしいところは見せられないな!」

 

 

ハルカとユウスケが異界の入り口に立ち、同時にポーズを取る。

 

腕を胸の前で交差させてから、腰だめに両腕を構えるハルカ。

 

手を腰に翳してベルトを出現させ、左腕を腰、右腕は前に突き出すユウスケ。

 

 

「「変身!!」」

 

 

二人の体が『変身』し、ギルス&クウガとなって走り出す。

 

異界内部に突入し、後ろからギルスレイダーとレムナントが後に続く。

 

突入して真っ先に見えたのは、こちらに気づいて駆け寄ってくる牛頭と馬頭の巨体。

 

 

「闘鬼ゴズキと闘鬼メズキ!LVは34と35! 力が強いです、気を付けて!」

 

「わかった、任せろ!」

 

 

ギルスとクウガが前衛として前に出て、それぞれ目の前の悪魔を迎撃。

 

ゴズキの武器をギルスクロウで受け流し、反撃で腕を切り落として武器を取り落とさせるギルス。

 

メズキの大振りの一撃を潜り抜け、武器の間合いの内側に踏み込んでみぞおちに拳を振るうクウガ。

 

二人が敵を抑えているからこそ、レムナントとギルスレイダーは補助・回復に専念できる。

 

屈強な肉体を持つはずの闘鬼二体があっさりと物理攻撃だけで押し切られる。

 

 

「力が強いんなら、これだ! 超 変 身 ! ! 」

 

 

ゴズキが落とした剣を拾い上げ、超変身を使用。

 

奪い取った剣が両刃の大剣『タイタンソード』に変化し、全身を覆う屈強な鎧を身に纏う。

 

【邪悪なるものあらば鋼の鎧を身に付け、地割れの如く邪悪を切り裂く戦士あり】

 

シンプルに力と防御力に特化した紫の戦士、『タイタンフォーム』へと変身する。

 

メズキの降りおろした剣を鎧ではじき返し、逆にタイタンソードの一撃で切って捨てる。

 

ギルスの方も、ゴズキがヤケクソでくりだした片腕の薙ぎ払いを容易く掴む。

 

さらに背負い投げで勢いよく地面へ叩きつけ、ギルスクロウでしっかりトドメをさした。

 

MAGになって消えていく悪魔から目を離し、次なる悪魔はどこかと振り向く。

 

出てくる悪魔は大半が『獣人』や『魔獣』、稀に『凶鳥』や『邪龍』。

 

元牧場というだけあってゴズキやメズキ以外にも『獣人 ミノタウロス LV37』や『邪龍 コカトリス LV32』等が湧いてきた、が。

 

「ちょっと力が強いゴズキです、問題なし!」

 

「さっきの二体より頑丈だけど押し切れるッ!」

 

 

ミノタウロスはゴウキ&メズキと同じ巨体のパワータイプ。少しレベルが上がっても前衛二人のコンビネーションで殴り倒され……。

 

 

「状態異常はしっかり耐性つけてるんだよぉ!この程度……」

 

「ゴホッ!ゴホッ、ぐ、毒ガス!?」

 

「そっちは利くの!?ギルスレイダー!」

 

「『ポズムディ』」

 

「お、おお。楽になった。ホントにRPGみたいだな……待って!?今このバイク喋った!?」

 

 

コカトリスは毒や石化等の状態異常を駆使するものの、ギルスはその手の搦手への対策はゴリゴリに固めてあり。

 

クウガは『毒ガスブレス』や『毒ひっかき』に若干苦しんだがギルスレイダーの『ポズムディ』のおかげで立て直す。

 

ともあれ、状態異常さえ克服すれば俊敏性に優れた『青』に超変身したクウガが追い込み、レムナントの『タルカジャ』で強化されたギルスがトドメを刺す。

 

ちなみに『石化』には何故か耐性があった。多分オリジナルの先代が石化→ミイラ化しても生存してたからだろう。

 

 

「ふー、よし……ユウスケさん。次の悪魔が来る前に回復を!」

 

「と、分かった!この傷薬とチャクラドロップってのを飲めばいいんだよな? 

 ……これ、元の世界にいくらか持って帰れないかなぁ」

 

士や夏美ちゃんにまた会えた時に見せてあげたいな、と呟いてから、チャクラドロップと傷薬をギルスレイダーについているコンテナスペースから探す。

 

ちなみにクウガの口部分は開かないので、一部の回復アイテムを使うにはわざわざ変身を解除する必要がある、という弱点が発覚した。

 

噛みつき攻撃もできるギルスの時には分からなかった欠点である。

 

便利だけど毎回変身しなおさなきゃならないのが面倒だなー、なんて考えながらアイテムをあさっていたが、それらを使う前に違和感に気づいた。

 

 

「……? あれ、悪魔が来ないな」

 

「変ですね、入り口でも暴れてるとそこそこの頻度で寄ってくる、って資料にはありましたけど」

 

「……『緑』で探ってみようか?」

 

「アレ使うと消耗するんでしょう?まだ温存しましょう……偵察用の簡易式神を出します。ギルスレイダー、アレを出せ!」

 

 

ガシャン、とギルスレイダーのボディの一部が変形。

 

射出口のようなモノが展開し、異界の奥に狙いを定め始める。

 

 

「『ギル3(スリー)ホッパー』、展開シマス」

 

「やっぱ喋ってるよコレ!?」

 

 

ユウスケのツッコミはスルーされ、ぼしゅっという音と共に『航空ドローン型に作られた偵察用簡易式神』が射出。

 

式神AIに従って情報を収集し、リアルタイムでギルスレイダーにデータを送信する。

 

ギルスがギルスレイダーと同調し、情報を共有。異界内の解析が高速で進んでいく。

 

 

「悪魔の数が妙に減ってる……誰かが討伐してるのか?」

 

「俺たちや後から来る阿部さん以外で、ここに来てる人は?」

 

「いないはずです、先日サスガブラザーズのお二人と鬼灯さんが調査に来たぐらいで……」

 

 

遠隔アナライズやエネミーサーチでの索敵を駆使しつつ、入り口から離れすぎないように進んでいく。

 

敵影が溢れてきたりしたときの為にいつでもトラエストが使えるよう準備しつつ、ここでギルスが何かに気づく。

 

 

「っ! ……エネミーサーチの表示が『赤』から『オレンジ』になった。悪魔が出ないんじゃなくて、減ってます!」

 

「え、ってことは誰かが悪魔と戦ってるってコト?」

 

「はい、ギル3ホッパーから送信されてるデータもそれを示しています……!

 

 でも異界の奥の方はまだレッド反応、ってことは『元凶』は近くにいます!警戒を!」

 

 

山の中の異界だからだろうか、闘っている内に少しずつ霧が出てきたようで、まったく見えないというほどではないが遠くを見渡すのが難しくなってくる。

 

ざっ、と3人+1台が警戒していた異界の奥の方から、歩み寄ってくる人影が1つ。

 

 

マゼンダと黒を基調とした、バーコードのような仮面を被っ戦士。

 

手には可変式武装『ライドブッカー』をソードモードにして携え、いかにも戦闘後、という雰囲気。

 

ユウスケにとって慣れ親しんだ姿の『仮面ライダー』、その名は……。

 

 

「……あれは、まさか。ユウスケさんが言ってた……!?」

 

「つ、士? ……士ぁ!!」

 

 

ギルスの隣を走り抜け、クウガが喜色満面といった声色で門矢 士(かどや つかさ)……『仮面ライダーディケイド』に駆け寄っていく。

 

彼からすれば二か月近くこの世界をさまよってからの再開だ。しかも最後に見たのは最終決戦、心配にもなるだろう。

 

それ以上に、やはり自分の知り合いが一人もいない世界に自分一人……というのが久々だったのもある。

 

なんだかんだ仲間と共に旅をしたからこそ乗り越えられてきたのだ。

 

 

「いるなら早く声かけてくれればよかったのにさ!悪魔と戦ってたのか?なんだよ、水臭いな!言ってくれれば手伝ったのに……」

 

「ユウスケ」

 

「? どうしたんだ? あ、まさか一人で戦ってる内にケガとか……!?」

 

 

心配しながら駆け寄ってくるユウスケの前で、スッ、とディケイドが一枚の『カード』を引き抜く。

 

ギルス……ハルカは昨夜、ユウスケからディケイドについてある程度聞いていた。

 

ユウスケの戦友である仮面ライダーディケイドは、様々な『カード』の力を引き出して使うのだ、と。

 

遠近攻撃、補助、挙句の果てに他の仮面ライダーの『姿形とその力』まで使いこなせるのだ、と。

 

 

「ユウスケさん離れてッ!!?」

 

「えっ……?」

 

「もう遅い」

 

 

可変武器『ライドブッカー』のカードブックから引き抜いたカードを、変身ベルト『ディケイドライバー』でスキャン。

 

『アタックライド ソード』という機械音声が流れ、ディケイドの持っている剣『ブッカーソード』にエネルギーが集まり、破壊力を強化。

 

タルカジャに近い効果を発揮しつつの攻撃技『ディケイドスラッシュ』が放たれ、クウガの生体装甲を切り裂いた。

 

「ぐあっ!?」と悲鳴を上げながらクウガの体が地面を転がり、ギルスが「ユウスケさん!?」と彼の名前を呼びながらそれに駆け寄った。

 

レムナントとギルスレイダーも一拍遅れて駆け出し、ダメージを受けたクウガを庇うように陣形を組む。

 

 

「つ、士……なんで、こんな……」

 

「ユウスケさん、喋らないで!ギルスレイダー、ユウスケさんの治療を!レムナントは俺と一緒にあのバーコード仮面を……」

 

「……先に言っておく。 何も見ず、言わず、聞かず……離れてた方がいいぞ」

 

『アタックライド イリュージョン』

 

 

またも鳴り響いた機械音声の後、ディケイドの体が複数に分身する。

 

ただの幻影ではない、1体1体が実体をもった分身体だ。

 

この手の能力を持つ悪魔は高位の神格にいなくもないが*1、当然ハルカもレムナントも初体験。

 

増えた!?と驚くヒマもなく、ユウスケとギルスレイダーを庇うように前に出た二人が押され始める。

 

1体を相手してる間にもう一体が、それを相手しようと思ったらまた別のが背中を……という最悪のパターンにハマってしまったのだ。

 

囲まれて連撃を食らい、最後にクウガとギルスレイダーの前に転がされる二人。

 

 

「ぐあっ!?く、くそ……!(こうなったらエクシードで……!)」

 

 

数の差を純粋なスペックアップで埋めて一気に押し切るべく、エクシードギルスへと変身しようとしたところで、飛ばしっぱなしだったギル3ホッパーから新たな情報が届く。

 

入口側から異界へと新たに侵入者一名。

 

アナライズ結果……『超人 アベ ハルアキ』。

 

「師匠!ナイスタイミング!!」

 

相手は格上だが、自分が前衛をやって阿部が後衛をやれば勝ち目はある!と一縷の望みを託して振り向く。

 

しかし、振り向いた先にいた阿部の雰囲気に違和感を覚えた。

 

シリアスな時はシリアスにできる男というのはよーく知っている。が、今回はそれを踏まえても様子がおかしい。

 

どこか険しい表情でこちらに歩み寄ってくる阿部に、ハルカ一行だけでなくディケイドまで警戒を露にする。

 

 

「思えば……君と初めて会った日から違和感はあったな。

 

 君が『アマダム』によって改造された人間であろうと、それによって人間を超えようと。

 

 ガイア連合のデータを基準にすれば、君は『超人』か『魔人』になるはずだ」

 

「……し、師匠?」

 

「『英雄』は、源義経やジークフリード等、歴史上の英雄をカテゴライズする種族。生きた人間に使われる種族じゃない」

 

 

ひりひりと張り詰めるような緊張感と、じっとりと背筋を濡らす嫌な汗。

 

思わず「あれは本当に師匠なのか?」と思ってしまったハルカが声をかけるが無視された。

 

なにより、何か『聞いてはいけない事』を聞かされているような錯覚すら覚える……そんな雰囲気。

 

世界各国の神話に残る『見るなのタブー』を犯そうとしているような……『不安』を掻き立てる空気。

 

阿部が一歩、また一歩と歩みを進めながら、彼とシノ、そしてガイア連合技術班や神主が探り当てた『真実』を暴露していく。

 

 

「次に、霊視。どれだけとんでもない存在でも、この世界にきてMAGやオカルトに触れ、霊的なチャンネルを開かない限り悪魔は見えない……。

 

 だが、彼は来た当初から悪魔が見えた。それどころかペガサスフォームをつかった霊視の拡張までしてみせた。まるで『霊視が最初から自分の機能の1つだった』かのように」

 

「なにが、言いたいんですか?阿部さん……」

 

「お前、まさか『あの事』に……?!」

 

 

いまだに疑問だらけなのか、あるいはたどり着きかけている真実を認めたくないのか、ユウスケは尋ねるように阿部に言葉を投げる。

 

半面、士は『その真実』に阿部がたどり着いている事に驚愕していた。

 

 

「それだけじゃない。君たちは基本的に『オーロラカーテン』という現象で次元を移動する」

 

「! なぜそれを!?お前はこの世界の住人なんじゃ……」

 

「情報の入手先は重要じゃない、今は目の前の疑問から解いていこう。

 

 ユウスケ君、君は先日聞いた話だと『気が付いたらこの世界に倒れていた』そうだね。

 

 ……つまり、オーロラカーテンを通過した覚えはないんだろう?」

 

「あ……!?」

 

 

そういえば、とユウスケは思い出す。

 

本当に気が付いたらクウガの姿でこの世界で気絶していたが、今までは必ずあの『オーロラのような現象』を通過した時に別の世界に移動していた。

 

人為的に起こされて怪人を呼び出された事まであるのだ、アレが自分達にとって数少ない次元を渡る手段なのは間違いない。

 

しかし、ユウスケはどれだけ頭をひねっても、この世界に来るときにあのオーロラに包まれた記憶が無いのだ。

 

クライマックスタイム、阿部が一段階(で済むのか疑問だが)テンションを上げて、この謎の核心へと話を進めていく。

 

 

 

小野寺ユウスケェ!

 

 何故君が修行も無しに霊視を習得できたのか!

 

 何故オーロラカーテン無しにこの世界にやってきたのか!

 

 何故アナライズすると『超人』ではなく『英雄』なのかァ!

 

 

「それ以上言うなァーッ!」

 

 

「その答えはただ1つッ!!」

 

 

「やめろーッ!」

 

 

ディケイドは『真実』を知っているからこそ阿部を阻止しようと走り出し。

 

ギルスは自分の第六感が盛大に警報を鳴らしたからこそソレに続いた。

 

しかし、二人の阻止よりも阿部の暴露の方が一手早かった。

 

 

 

小野寺ユウスケェッ!

 

 君はこの世界の住人じゃない……だが、『クウガの世界』の住人でもなぃッ!

 

 そもそも、そこのディケイドと共に旅をした小野寺ユウスケでもないッ!

 

 君の正体は本物の『仮面ライダークウガ』が生み出した『分霊』だァッ!

 

 この異界に呼ばれてしまった『英雄 クウガ』という悪魔、それが君なんだ!

 

 

「俺が……悪魔……? 本物の小野寺ユウスケじゃ、ない……!?」

 

 

「悪魔は最初から他の悪魔をみる事ができる!故に霊視は最初から身についていた!

 

 オーロラカーテンを通過した記憶がないのも当然だ、最初からそんなもの使っていない。

 

 君はそれ以外の手段でこの世界に呼ばれた、本体から零れ落ちた分身のようなモノ!

 

 人間ではなく、歴史に謳われる英雄をモデルにした悪魔にだけ使われる種族……。

 

 『英雄』としてアナライズされるのがその証拠だッ!!」

 

 

今明かされる衝撃の真実……当然、ハルカもユウスケもレムナントも受け止めきれない。

 

 

「ウソだ……俺を騙そうとしている……」

 

「ウソかどうかは君の親友……ディケイドがご存じなんじゃないか?」

 

「そ、そうだ、士!ウソだよな、俺が……士?」

 

「……ぐっ……!」

 

 

ディケイドに縋りつくような視線を向けるクウガだが、そのディケイドが目をそらしたことで『本当』だという現実を直視することになった。

 

確かに、理屈は通っている。というか阿部はユウスケの体を治療するついでに調べていたので、悪魔であるという事自体は昨夜のうちに調べがついていたのだ。

 

重要なのは、そこから先。

 

 

「そして、ディケイドがクウガを襲っている図を見て確信した……ディケイド、君はこのクウガを殺すつもりだな?」

 

「ッ!? え……!?」

 

「……そうだ、俺は……このユウスケを、倒さなきゃならない」

 

 

今日何度目かの『信じられない』、あるいは『信じたくない』という声を漏らすクウガ。

 

血を吐くようにそれを肯定するディケイド。

 

この場は間違いなく、異界も魔界も超えた地獄に片足を突っ込んでいる。

 

 

「師匠、いったいどうして……そんな、ユウスケさんを殺さなきゃいけない理由なんて!?」

 

「分霊は本体のリソースを消費して作る分身、あるいは分御霊のようなものだ、と教えたよな?」

 

「え、あ、はい。高位の神仏なんかが、自分の魂なんかを分けた弱い悪魔を派遣して、MAGやマッカなんかを稼いで持って帰らせる、っていう」

 

「ああ。そしてお前は知ってるはずだ。大江山で戦った酒呑童子のように、本体MAG&マッカの消費度外視でいいなら、遠距離に高レベルの分霊も作り出せる事を」

 

「は、はい。たしかアメリカに地母神セドナの超高位分霊が*2……まさか!?」

 

 

「ああそうだ、人間が分霊作るなんていうイレギュラー……まあ実質生霊みたいなモンだな。それもほとんど本体と変わらない強さの分霊だぞ?

 

 『本物の小野寺ユウスケ』は今頃衰弱で生死の境をさまよってるはずだ。この『クウガ』を維持するためのエネルギーを搾り取られてるんだからな。

 

 なんせ世界をまたいだ分霊派遣だ、エネルギー効率も最悪だろうさ」

 

 

ギリッ、と歯噛みしたような音がディケイドから聞こえたのは、聞き間違いではなさそうだ。

 

 

「……二か月間、俺は他の世界とクウガの世界を行き来しながらユウスケを治す方法を探した。

 

 幸いユウスケの体……いいや、命を維持するための方法はいくつか見つかった。

 

 それでも病院のベッドから起きるどころか、意識すら戻らない。

 

 根本的な解決には程遠い。だが、この世界で手に入れた『分霊』の知識からすると……」

 

「分霊は消滅した後に本体に還元される……なるほど、『英雄 クウガ』を倒せば確かに小野寺ユウスケは治るな」

 

「他のヤツに気取られるわけにはいかない、夏みかん*3や海東*4、ワタル*5には、特にな」

 

「……だから、一人で来て、ユウスケさんを……」

 

 

全てが飲み込めたハルカが膝をつく。

 

あまりにも、あまりにも重く苦すぎる『真実』であった。

 

まだ中学生だからとか、そんなことは関係無い。並の人間が背負える現実ではない。

 

 

 

「…………うわあァあああぁあああぁあアアアああぁぁアあァッ!!!」

 

 

 

そして、全てが真実だと理解して『しまった』ユウスケ……。

 

いや、『英雄 クウガ』の慟哭が響き渡った。

 

*1
ツクヨミ等

*2
カオス転生外伝 とある大悪魔の半終末

*3
二人の仲間、光 夏美のあだ名。『仮面ライダーキバーラ』

*4
仲間というよりトリックスター、『仮面ライダーディエンド』

*5
『キバの世界』で出会った『仮面ライダーキバ』、ユウスケと仲が良かった。



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「リアルライダーバトルを見逃す手とかなくね?」

 

(どうしたらいい?)

 

 

鷹村ハルカにとって、救うとした人を救えなかった経験は別に初めてではない。

 

支援に向かった地方霊能者組織が悪魔やダークサマナーの手で滅んでいたことも、

 

異界へ救出にいったら救出対象がとっくに悪魔に食われていたこともあった。

 

阿部はそういった【教育】に一切の手心を加えなかったのだ。

 

世の中には悲劇がありふれていて、その悲劇はいつだって容赦なく襲ってくる。

 

だからこそ、自分は戦う力のない人々の為に、そんな悲劇と向き合い戦い続けなければならない。

 

そう思っていた。

 

そう思っていたのに。

 

 

(なんとかする方法が、思いつかない)

 

 

ここではない世界で『小野寺ユウスケ』が死のうとしていて。

 

目の前の『小野寺ユウスケ』は本物じゃなくて。

 

でも自分の知る『小野寺ユウスケ』は目の前の彼だけで。

 

そんな思考がぐるぐると脳の中をループし続けている。

 

だから、目の前で慟哭するクウガに対し振り上げられたディケイドの剣を……。

 

 

「……どういうつもりだ?」

 

「分からないや、自分でも」

 

 

両腕から生やしたギルスクロウで受け止める。

 

そんな自分に、疑問以外の感情を抱けなかった。

 

続いて振るわれたブッカーソードを、今度は右のギルスクロウで横に反らすようにいなす。

 

ディケイドの体がその勢いで流され、体制が崩れた所を左のギルスクロウで反撃した。

 

 

「ぐっ……!?」

 

「はああっ!!」

 

 

そのまま腕力任せにディケイドの体を押し返し、【狂乱の剛爪】*1による連撃で流れを掴む。

 

 

(ディケイドの能力は【カード】が起点だ!カードさえ使わせなければ勝てる!)

 

 

一息すらつかせず連打をねじ込み、攻撃の開店を一切緩めない。

 

ブッカーソードをギルスクロウで抑え込み、蹴りやもう片腕のギルスクロウによる攻撃をねじ込む

 

後先なんて考えていない、とにかくクウガを庇いながら戦う、以外の思考が吹っ飛んでいた。

 

 

「主殿!今援護を……」

 

「待て」

 

 

タルカジャを構えつつ援護に入ろうとしたレムナントの肩を、阿部が掴んで押しとどめる。

 

同時に『シバブー』をかけられたようで、レムナントの体の自由が一瞬で奪われた。

 

指の一本すら動かせない、当然のように魔法も使えないのに口だけは回せるという妙に細かい制御で束縛された。

 

 

「ッ!なぜ止めるのです、阿部殿!?」

 

「俺たちの任務は異界攻略、つまりアレはハルカの『私闘』だ。『私闘』に余計な茶々を入れる権利はお前には無い」

 

「バカな!?私は主殿の式神です!これが決闘だというのならまだ納得いたしましょう!

 

 ですが私闘だというのなら、それこそあのディケイドという男を排除し任務を遂行するべきです!

 

 一体どういうつもりなんですか!?」

 

「そうだな、ガイア連合の構成員としても、主に仕える式神としてもお前が正しい」

 

 

ならば!と言葉を続けようとするレムナントの体から、ガクリと力が抜けた。

 

束縛だけでなく、麻痺などの他の状態異常まで重ねがけされたらしい。

 

うつぶせに倒れたレムナントは、意識こそハッキリしているものの体は全く動かせなくなった。

 

 

「だがな、正しいだけで全部の選択肢を選ぶのは無粋なんだよ。具体的には……」

 

 

主の指示無しには勝手な参戦をしないギルスレイダーと共に戦いを見守る阿部。

 

どかっとレムナントの隣に腰を下ろして、観戦する体制まで整えてしまっている。

 

そして、レムナントの『どういうつもりなのか』という質問への返答が来た。

 

 

 

「リアルライダーバトルを見逃す手とかなくね?」

 

(阿部えええええぇぇぇぇぇぇッ!!!)

 

 

こいつはいつも通りの人生エンジョイ勢なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減、に、しろっ!!」

 

「うぐっ……?!」

 

無理な攻撃のスキをついてディケイドがギルスの懐に潜り込み、クロスカウンターで殴り返す。

 

一瞬ギルスの手が止まったスキをつき、前蹴りで無理やり互いの距離を引きはがした。

 

そして、ギルスが体勢を立て直す前の一瞬でカードを引き抜き、ドライバーに叩き込む。

 

『アタックライド イリュージョン』

 

「ッしまった!だが……」

 

 

先程も使用した『イリュージョン』を使用。

 

ディケイドの実体付き分身が2体出現、本体と合わせて同時に迫ってくる。

 

レムナントと組んで3対2でも苦戦したこの攻撃、それでも一度見ている以上は対応できる。

 

 

「二度も同じ手が通じると思うなッ!」

 

最初に殴りかかってきた分身1の攻撃をいなし、次に仕掛けてきた分身2をギルスフィーラーで拘束。

 

最後に仕掛けてきた本体の攻撃を分身2を盾にして防ぐ。

 

さらにギルスと分身2を引きはがしにきた分身1に、分身2の背に蹴りを入れて蹴飛ばし、分身1に叩きつけて相殺。

 

ディケイドが次のカードを引き抜いたのを確認し、それが先程も使われた『スラッシュ』なのが見えた瞬間に飛びのいた。

 

 

「二度も三度も同じ手を……!」

 

『アタックライド スラッシュ』

『アタックライド ブラスト』

『アタックライド ブラスト』

 

「……はぁ!?」

 

 

思わず電子音がした方向に振り向くと、体制を立て直した分身の手にもディケイドの武器である『ライドブッカー』が握られていた

 

それも、本体が使っている『ソードモード』ではなく、射撃用の形態である『ガンモード』で。

 

まずい、と思ったがもう遅い。分身から追尾式の光弾『ディケイドブラスト』が連射され、ギルスに直撃。

 

そのスキをついて、本体が放った『ディケイドスラッシュ』が追撃となった。

 

 

「がはっ!?あぐ、う……!?」

 

「ハルカ君!?士、お前!!」

 

「手加減はした!命に別状はない。しばらく立てなくなるだけ……何?」

 

 

ディケイドの言う事は事実だ。これが本気だったのなら、ギルスは致命傷に近いダメージを受けているはずである。

 

生体装甲は貫かれ、四肢はもげ、体は見るも無残な状態になっていることだろう。

 

だからこそ、ダメージの跡こそあるが体そのものは全くの無事であるギルスの様子からして、手加減したというのは事実なのだろう。

 

……しばらく起き上がれない程度に痛めつけたはずのギルスが、立ち上がってくるのを見るまでは。

 

 

(手加減しすぎた?いや、それ以上にこれは……)

 

「僕、が……ワガママ言ってるのは、分かってるんです」

 

「……何の話だ?」

 

「死なせておいて……見捨てておいて……取りこぼしておいて……今更なにを、って。

 

 偽善者のヒーロー気取りって言われても仕方ないのは、分かってるんです、でも……」

 

 

母の首を跳ね、弟を追放し、本家に加担する一族を見捨て……もう3年ほど前になるあの日から、ハルカは己を『人でなしのろくでなし』と思い続けている。

 

自分の命が自分のモノであるのなら、とうの昔に腹をかっさばいて地獄に落ち、ヤマの裁きに身を任せていただろう。

 

しかしそれでも、大江山での激戦から、ハルカは変わり始めた。

 

 

「それが正しい、っていうのはわかります。理屈の通らないワガママを言ってるのは僕だ。

 

 それでも……目の前で『死ななきゃいけない』って言われた人を見捨てられない!

 

 正しさのために何かを捨てる事は、二度としないし、出来ない。

 

 それだけなんです……それだけなんですよ、僕が貴方と戦う理由なんて!」

 

「……なるほど、確かに子供のわがままだな」

 

「くっ……!わかってます!」

 

 

でも!と続けようとしたハルカの発言を、ディケイドが手で遮る。

 

 

「だが……それは確かに『仮面ライダー』の言う理屈だ。

 

 困ってる誰かを見捨てられない、自分にとって大切なナニカを守りたい。

 

 ちっぽけな理屈だ……ちっぽけだから守らなくちゃいけないんだけどな」

 

 

そして、ついにディケイドが『そのカード』を引き抜く。

 

先程まで使っていた『アタックライド』が強ボタン攻撃なら、これはゲージを使う必殺技。

 

ゆっくりとそれをドライバーに挿入しながら、ディケイドもついに腹を括った

 

同時に、そのカードから感じる力を読み取ったギルスもまた、迎え撃つ構えを取る。

 

 

「だからこそ……『戦う罪』は俺が背負う。ユウスケのヤツを救うためにも!」

 

『ファイナルアタック ライド ディディディディケイド』

 

「殺させはしない、ユウスケさんを守るためにも!貴方に『友達の命を奪った』重りをつけさせないためにも!」

 

 

ディケイドの体がふわりと宙に浮き、ギルスとの間に半透明のカードのようなエフェクトが発生する。

 

飛び蹴りの姿勢を取ったディケイドがそのエフェクトを取り抜けるたびに加速し、エネルギーを高めていく。

 

『ディメンションキック』……追尾機能までついた厄介な必殺技だ。

 

 

それに対し、ギルスはMAGを右足に一点集中。

 

各部の武器式神に回す分もカットして、左足を軸にして体を捻り、右足を遠心力で振りかぶる。

 

自分に迫るディメンションキックを、全力の『回し蹴りライダーキック』で迎え撃つ。

 

お互いに目の前の相手をなぎ倒す覚悟で放った必殺技、少なくともぶつかり合えばタダじゃすまない。

 

そして、ディメンションキックとライダーキックが交差する瞬間……。

 

 

 

「もう……やめてくれえええぇぇぇぇっ!!!」

 

「ッユウスケ!?」「ユウスケさん!?」

 

 

飛び込んできたクウガ……小野寺ユウスケが、二人のキックの間に割って入る。

 

咄嗟に二人ともブレーキをかけたが当然のように間に合わず、前後から必殺技がクウガに直撃。

 

ギルスとディケイドも目測が盛大に狂ったこともあり、発生したエネルギーの余波が3人を纏めて吹き飛ばした。

 

 

「ぐうっ……!?ユウスケさん!大丈夫ですか!?」

 

「くっ……ユウスケ!?」

 

 

ギルスだけでなく、さっきまでクウガを仕留める気マンマンだったディケイドまでつい声をかけてしまう。

 

覚悟を決めてやってきたとはいえ、ディケイドにとっても彼は友人の分御霊。

 

簡単に1から10まで割り切って戦えるほど、軽い関係ではなかったのだ。

 

 

「げほ、ごほっ……へ、へへ、効いたぜ、今のは……」

 

「ぶ、無事……じゃ、ないですね。明らかにボロボロですし」

 

「ユウスケ、お前何をした?」

 

「……あ、『食いしばり』!」

 

 

食いしばり?と首をかしげるクウガとディケイドだが、ギルスにだけはピンときた。

 

クウガが悪魔になった際に、おそらくこちらの世界の規格に合わせていくつかのスキルを習得している。

 

その1つが『食いしばり』。致命傷を受けた時にギリギリで耐え凌ぐスキルだ。

 

 

「……そ、それだと俺、本当なら死んでたって事じゃ……」

 

「まあ、そうなりますね」

 

「受けて無事で済むような技じゃなかったからな、どっちも」

 

「そんなのを味方同士で使うなよぉ!あいででで……!?」

 

 

HP1の状態は流石に答えたようで、起き上がろうとしたクウガが痛みに呻く。

 

ディケイドは一足先に立ち上がるが、ギルスはふらついて尻もちをついた。

 

やはり、消耗を考えてもディケイドの方が一枚上手だったらしい。

 

すっかり戦う空気じゃなくなったその場で、真っ先に口を開いたのはギルスだった。

 

 

「……門矢さん。一度、ガイア連合の技術部にこの件を預けてくれませんか?」

 

「何?」

 

「もしかしたら、ですけど。もっと平和で丸く収まる解決方法があるかもしれません。

 

 希望的観測って言われたらその通りですし、結局は人任せって言われても何も言えません。

 

 でも……もしかしたらがあるのなら。僕は諦めたくない。

 

 大切なものを取り戻すために。確かに1人では無理かもしれないけど…」

 

 

「ああ。だからこそ助け合い、一緒に支えあう相手が必要なんだ。

 

 世間ではそれを……『仲間』と言うらしい」

 

 

ふっ、とディケイドが小さく笑い、倒れたままだったギルスとクウガに手を差し伸べる。

 

ギルスも同じく、仮面の下で小さな苦笑を浮かべながら手を取った。

 

クウガもまた、少しだけ照れ臭そうにディケイドの手を取ろうとして……。

 

 

 

 

ギルスとディケイドの体を、クウガが渾身の力で突き飛ばした。

 

一体何を、と言おうとした二人の前で、さっきまで三人がいた場所が爆炎に包まれる。

 

ただ一人、それに気が付いて咄嗟に二人を逃がしたクウガを飲み込んで、火柱が突きあがった。

 

 

「ッマハラギオンか!?」

 

「ユウスケ!?」

 

 

ギルスは火力と範囲から攻撃方法を素早く予測し、ディケイドは爆炎に飲まれたクウガに呼びかける。

 

炎が収まった先には、ついに限界を迎えて体が崩壊していくクウガの姿があった。

 

何者だ!と叫ぶギルスとクウガの前に、牛頭の巨大な悪魔がのっしのっしと近づいてくる。

 

古代中華風の鎧を身にまとい、混鉄根を肩に担いだ高位悪魔……。

 

【鬼神 ギュウマオウ LV57】、この異界の主であった。

 

 

「邪魔な戦士を纏めて片付けるつもりが……邪魔が入ったわ」

 

「【牛魔王】……!この異界の主か。クソっ、どうやって不意打ちを……!」

 

 

ギル3ホッパーといい、阿部とレムナントによる警戒といい、そう簡単に魔法を叩き込めるような状況ではなかった……が。

 

 

「フン……あのうっとおしい監視のハエが消えたスキをついたのよ。丁度仲間割れで疲弊しているようだったしなぁ?」

 

「MAG補充のためにギル3ホッパー収納しちまってたからな、すまん。

 

 俺もライダーバトルに浮かれて周辺警戒を怠ってた。レムナントは麻痺してるし」

 

「このクソ師匠!!」 

 

 

後で一発ぶん殴る!もはや何度目になるかもわからないハルカの腹が決まる。

 

なにはともあれ、牛魔王を警戒しながらボロボロのクウガに駆け寄るギルスとディケイド。

 

 

「とにかくディアラハン、いやサマリカームを……!」

 

「……は、ハルカ、君。つか、さ……」

 

「! ユウスケさん、喋らないで!今治療をしますから!」

 

「いいんだ……治療は、しないでくれ」

 

 

回復用の宝玉を押し当てようとしたギルスの手を、クウガが掴んで止める。

 

もはや虫の息、体がMAGに変換されて消えていく最中に治療を拒んだ。

 

 

「ッ、何故!?」

 

「俺にトドメを刺したのは……異界の主だ。

 

 これで俺が消えれば……手にかけたのは、君でも、士でも、ない。

 

 もし、万が一、ガイア連合の技術でもどうしようもなかったら……。

 

 その時、もう一度士が覚悟を決めなくちゃいけなくなる。それは、嫌なんだ」

 

 

既に両足はMAGの粒子へと変わり、変身解除よりも先にクウガの姿が消えつつある。

 

それでも……ギルスはその手の宝玉を使うことはできなかった。

 

正しさや間違いではなく、クウガのその言葉が『思いやり』からきているとわかってしまったからだ。

 

 

「士……俺は、お前と旅した【ユウスケ】じゃないけど……後の事、頼んだ」

 

「……ああ、任せろ!」

 

「そう、か……あり、がとう。安心、した……」

 

 

二人の目の前で、『英雄 クウガ』は風になった。

 

MAGの粒子となってその肉体は消え、魂は分霊のルールに従いクウガに還元される。

 

そして、残るは……。

 

 

「フン、ようやく死んだか……そして貴様らも相当疲弊しているな?

 

 1体1体片付けて食ろうてやろう!!」

 

「……師匠、コイツなんで実力差分かってないんです?特に師匠との差」

 

「俺はアナライズへの妨害かけてるからな……で、どうする?手伝おうか」

 

「いりません、レムナントの治療だけしておいてください」

 

「そういうことだ……俺も少々ムカついててな」

 

 

ギルスとディケイドが前に出て、拳を鳴らしながらギュウマオウをにらみつける。

 

敵意と闘志がカンストぶっちぎってるせいか、処刑用BGMが聞こえてきそうなほどの威圧感だ。

 

ギュウマオウが「むぐっ…!?」とわずかにたじろぐほどの気迫を見せつつ、二人が臨戦態勢を取る。

 

 

「面倒な問題を片付けてくれたことだけは礼を言うぜ……代金は本気の攻撃で払ってやる」

 

「なら、こっちは切るに切れなかった切り札を使わせてもらいます」

 

 

バキボキと拳を鳴らして今にもとびかかりそうなディケイドの横で、ギルスが体の奥底の『熱』を引き出す。

 

大江山での決戦の跡、山梨支部で受けた検査で『あの力』が自傷につながったメカニズムは解明できた。

 

シノ曰く

 

『エクシード形態は全身のリミッターを外した出力120%状態なんだよねー。

 

 だから、どんな力を使っても……それこそ自分の限界超えちゃう力でも最高出力しか出せない。

 

 要は到底制御できない出力まで無理やり挙げられてるから、自傷ダメージ発生するわけ。

 

 つまり、その力はエクシードとの相性が悪いって事。だったら……』

 

とのこと。

 

つまり解決方法はシンプル、【エクシードギルス形態じゃなくてギルス形態で使えばいい】。

 

腹の奥からせりあがってくる熱が、体の表面に噴き出し、形となる。

 

エクシードギルスで使ったときと違い、その火力も形状も自由に操れた。

 

自分で制御できる範疇の火力に抑え、形状も操作しやすく固定する。

 

 

「……赤い、マフラー?」

 

「……なるほど、そう来たかハルカ……!!」

 

 

見覚えのある形状に疑問符を浮かべたディケイドと、納得と歓喜に手を叩く阿部。

 

赤い炎がマフラーのようにギルスの首に巻き付き、しかし皮膚は一切焦がさない。

 

風にたなびくように揺れるマフラーから感じる力は、あまりにも神聖で純粋だ。

 

揺らめく陽炎の中を、一歩一歩ギルスが踏みしめていく。

 

そして「…………しゃあっ!!」と気合を入れなおし、一気に地面を駆け抜けた。

 

 

ギルス・バーニングフォーム……否。

 

 

エクシードギルスになぞらえた……『バーニングギルス』の誕生であった。

 

*1
敵全体にランダムで2~4回の大威力物理攻撃



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『貴様らそれで何もかも押し通せると思うなよ?!』

 

『フン……ちょいとばかり炎の力を使えるだけで調子に乗るな、ハエがぁ!!』

 

 

【鬼神 ギュウマオウ】が咆哮と共に、その手に持った混鉄棍を振り上げ【火龍撃】を放つ。

 

炎を纏った鉄塊に対し、狙われたギルスが取った行動は【防御】であった。

 

両腕を頭上に構え、両足を地面に踏ん張って混鉄棍を受け止める。

 

自動車同士が正面衝突したような轟音、ひび割れる地面、吹き荒れる熱波。

 

まずは一匹……と口をにやけさせたギュウマオウだったが、しかし、振り下ろした棍が持ち上がらない。

 

一体何がと状況を把握する前に、ギュウマオウの巨体が宙に浮いた。

 

 

『なあぁっ!?』

 

「セイヤーッ!!!」

 

 

両手で受け止めるどころか、燃える鉄塊をそのままバックドロップの要領で真後ろに持ち上げる。

 

両腕を焼く炎を一切気にしていないのは、バーニングの制御によって獲得した火炎耐性のおかげ……。

 

 

……などでは断じてない。

 

 

外から【ぬるい】炎であぶられる程度なら、今のギルスにとってはサウナ未満、エアコンの暖房の風が体に当たった程度の感覚に等しい。

 

なにせセルフで焼けた杭を腕にブッ刺しながら戦うのに等しいのがエクシード&バーニングだったのだ。

 

こと【我慢強さ】の一点においては、間違いなくギルス……鷹村ハルカは上位争いの大本命だ。

 

そして、体ごと宙に投げ出されたギュウマオウにはコンビネーションで追撃が入る。

 

 

『アタックライド スラッシュ』

 

「はあああぁぁっ!!」

 

『ぐはぁっ!?』

 

 

空中に投げ出されたせいで踏ん張ることもできないギュウマオウに、ディケイドの追撃がブチ当たる。

 

混鉄根がギュウマオウの体と共に放り出され、バラバラの位置に落下する。

 

それを見逃す二人ではない。

 

ギルスはギルスクロウを、ディケイドはブッカーソードを構えてギュウマオウに駆け出した。

 

容赦はしない。

 

遠慮もしない。

 

込めるのは『友』を消し飛ばされた怒りと痛みだけ。

 

 

『な、舐めるなキサマら!【マハジオンガ】!!』

 

「うっ!?」「っぐ……!」

 

 

放射状に広がる雷撃が二人目掛けて放たれ、ジオ系魔法の性質もあって二人の足が止まった。

 

そのスキに体勢を立て直したギュウマオウが、転がっていた混鉄棍を拾い上げる。

 

 

(こ、コイツら予想以上に強いぞ!?ぐ、かくなる上は……)

 

「来い、我がシモベたちよ!!」

 

 

異界の主としての能力の1つなのだろう、号令と共にこの異界に出現する悪魔が湧いてくる。

 

現れた悪魔にゴズキやメズキ、ミノタウロスといった獣人系の悪魔が多いのはギュウマオウの影響だろう。

 

各々が手に武器を持ち、ギルスとディケイドを群れとなって包囲する。

 

 

「5、10……15ってところですね。いけます?」

 

「余裕だな」

 

 

背中を合わせた状態になり、ギュウマオウを重視しつつ他の悪魔にも警戒を向ける二人。

 

包囲した悪魔の群れが一斉に襲い掛かってくるのと、二人の仮面ライダーが刃を振るったのはほぼ同時であった。

 

 

「はっ!せやっ!!」

 

『アギッ!?』『グゲッ……』

 

 

ブッカーソードを振るうディケイドが、スタイリッシュな動きで悪魔を翻弄し、

 

 

「ヴオオオオオオオォォォォォッ!!!」

 

『ギャアアアァァッ!?』

 

火炎を吹き出すギルスクロウを悪魔に突き刺したギルスが、そのまま悪魔を真っ二つに焼き切る。

 

悪魔の群れを相手している間も、ギュウマオウからは支援攻撃やバフ・回復といった補助が群れに跳んでくるのでうざったいことはうざったい。

 

が、それに対する対策はシンプル。

 

メガテンにおいて、レベル上げが面倒になったプレイヤーが一度は到達する基本戦術。

 

 

「「強化(バフ)かけて真正面から物理で殴ればいい!!!」」

 

「二人ともタルカジャ使えないでしょうが!!」

 

 

そう、タルカジャかけて物理。これも1つの真理だ。

 

麻痺から回復したレムナントが援護に割り込み、こちらもカジャ系魔法でバフをかけて二人を援護。

 

いつのまにやらギルスレイダーも回復役として合流していた。

 

 

「いや、レムナント!今は僕ら仮面ライダーが戦うべき時であって!」

 

「知りません!もーしりません!主殿はいっつもいっつもそういう感じなんですから!

 だから勝手に助けます!勝手に世話を焼きます!命令違反とかお節介とかしったことですか!

 私がそうしたいからそうするんです!我らが父に堕天させられる覚悟でやってあげますよ!!

 

 だから!私たちに!助けられなさい!」

 

「アッハイ、なんかごめんなさい」

 

「お前の式神、怒った時の夏みかんを思い出すんだが……」

 

 

怒った女の子(天使には性別ないけど)には勝てないのがヒーローである。

 

だが、まだ怒ってくれるレムナントとなんも言わず回復するだけのギルスレイダーはマシだ。

 

 

「いいぞー!仮面ライダーがんばえー!」

 

「手ぇ出すなって言ったのは僕らだけどさぁ!

 

 文句言える立場じゃないんだけどさぁ!

 

 マジでぶっ殺すぞ阿部!そうなったら師匠殺し二度目だぞ阿部ぇ!!」

 

「一度はやったのか……?」

 

 

完全にヒーローショー観戦モードに移った阿部に関しては盛大にハルカがキレ散らかした。

 

手を出すな、とは言ったが、デパートの屋上に来てる5歳児のテンションになれとは一言も言ってないのだ。

 

目の前にいたメズキを苛立ち混じりに殴り倒し、そのスキをついて背後から襲い掛かってくる別の悪魔には……。

 

 

「『薙ぎ払え』ッ!!」

 

『ッナニ!?グワアアァァ!??』

 

 

炎のマフラーが『変形』。

 

『一対連結の炎剣』となって飛び出し、ブーメランのように飛行して襲ってきた悪魔をまとめて切り裂く。

 

一瞬だけ、その炎が『剣の形をした炎』ではなく『炎を纏った剣』になったようにも見えたが……瞬きの間に只の炎へと戻る。

 

再度炎のマフラーとしてギルスの首元に巻き付いたソレは、もはやギルスの意思一つで変化する第三の腕だ。

 

目の前の悪魔をギルスクロウで引き裂き、背中を狙う悪魔はマフラーで対処。

 

数で押すためにまとめてとびかかってくれば、ディケイドとの連携で翻弄して同士討ち。

 

あっという間に、10を超えていた悪魔たちはMAGへと還された。

 

 

『ヌ、グゥ……!?』

 

「ああ、そういえばさ」

 

 

僅かにたじろいだギュウマオウに、前に出たギルスが言葉をかける。

 

 

「さっき、僕らの事をハエって言ってたよね。なら君はなんだ?

 図体がデカいだけのアブか何かか?肝っ玉は蚊より小さいみたいだけど」

 

『……殺すッ!!』

 

「やってみろッ!!」

 

 

ギュウマオウの【暴れまくり】を相手に、嵐の中へ突っ込んでいくような勢いで踏み込むギルス。

 

大振りの連撃をいなし、避け、踏み込み……アッパーカットがギュウマオウのアゴを撃ち抜く。

 

思わずよろめいたギュウマオウのスキを逃すことなく、ギルスが跳躍。

 

右足を大きく振り上げ、カカトから【ギルスヒールクロウ】を展開。カカト落しのように振り下ろした。

 

肩から胸にかけてを大きく引き裂き、悲鳴を上げたギュウマオウの、かろうじてくっついている腕を掴んで引きちぎる。

 

その腕に握られていた棍棒も宙を舞い、ギルスの背後に転がった。

 

 

『グオオオオォォォ……?!』

 

「挑発に乗った時点で底が知れたな、牛頭」

 

「元々【ギュウマオウ】のLVは『40弱』程度……この異界の拡大に伴って強化されただけの悪魔です。

 格落ちなんですよ、僕らからすれば。LVだけ強化された相手なんて。

 ……アンタも元は天軍の将だったのなら分かるだろう!ギュウマオウ!」

 

『な、なにィ!?』

 

 

この異形の若造が何を!といきりたった牛魔王はしかし、その気勢が少しずつ萎えていくのを感じていた。

 

不意打ちで先手を取った自分が、正面からこの二人に押されているのは紛れもない事実。

 

なにより(ナルシズム入ってるマゼンダバーコードの戦士はともかく)緑の戦士からは牛魔王への『見下し』が無かった。

 

相手の判断を誤らせるための挑発こそあれど、そこにあったのは兵法の心得以上でも以下でもない。

 

格下と侮らず、確実に相手のスキを突いて仕留めに来た。

 

力の差を理解させられたからこそ、牛魔王には『牛魔王になる前の』側面がわずかに表れていた。

 

 

「少しばかり前より増しただけの力と、寄せ集めの悪魔の軍勢が力になるもんか。

 強さの基本は【心・技・体】!LVの暴力なんて【体】のいち要素でしかない。

 その辺鍛えておけばLV40差ぐらいまでは行ける!LV80差でもギリ生き残れた!!」

 

『いやそれはお前がおかしい!』

 

「知恵と勇気と鍛えた肉体があれば行ける!!」

 

『だからそれはお前がおかしい!』

 

「それが俺達仮面ライダーだ……覚えておけ!」

 

『貴様らそれで何もかも押し通せると思うなよ?!』

 

 

説明しよう!

 

仮面ライダーにとってデータ上のスペックというのはほぼ飾りである!

 

かの仮面ライダーストロンガーは、敵の能力が効かなかった理由を『オレが知るか!』で押し通した!

 

かの仮面ライダースーパー1は科学の化身だから効かないとかいう謎理論で魔術への完全耐性がある!

 

かの仮面ライダーBLACK RXは……なんかもう説明不可能である!!

 

 

 

そしてこれは女神転生でも言える。

 

真・女神転生において、本来撃破できない無敵モードの魔王ベリアル(LV52)。完全なシステム的無敵耐性を持ち、一定ターン経過で戦闘が強制終了となる。

 

だが耐性の穴があり、テトラカーンやマカラカーンによる反射ダメージは通る。

 

そしてこれらの反射ダメージは『本来対象が受けるダメージ』によって決定される!

(※作品により変わりますのでご注意)

 

 

なので魔王ベリアルを倒すには……。

 

『先手を取ってテトラカーン・マカラカーンを張れるなるべく低レベルのキャラ』

&

『ひたすら反射ダメージを稼ぐための超低レベルのキャラ』

 

……という足が速いだけの貧弱パーティを編成すればいいのだ!

 

寧ろLVを上げすぎてしまうと反射ダメージが伸びなくなり、一定ターンでの戦闘終了に引っかかってしまう。

 

故に、女神転生と言う世界観において『LVが超高い』だの『チート級の無敵』だの『オンリーワンの最強スキル』だの。

 

データ上での最強無敵なスペックを誇る事自体がナンセンス。

 

敵に回ったショタオジですら、女神転生という世界にいる限り『データさえ揃えば攻略可能なボスキャラ』に過ぎない。

 

この世界において最後にモノをいうのは、ひたすらに積み上げられた『相手を攻略するための綿密なハメ殺し戦術』だ。

 

 

すなわち!

 

 

「敵を詰ませる戦術を練り上げる『知恵』パンチ!」

 

『げふぁ?!』

 

「練り上げた策を狂いなく実行できる『勇気』チョップ!」

 

『ぶふぐぅ!?』

 

 

右腕から放たれた知恵のパンチ!

 

左腕から放たれた勇気のチョップ!

 

ギュウマオウの抵抗能力を最大限削ってから放たれるそれは……。

 

 

「そして、鍛え上げた心身から放たれるこれがァ!」

 

「俺たちの体に宿る『正義』を込めた……!」

 

 

ギルスが跳躍と共に炎を纏い、放たれる必殺の飛び蹴り……『バーニングライダーキック』

 

ディケイドがスキャンしたカードに込められた必殺技……『ディメンションキック』

 

この2つが、同時にギュウマオウに叩き込まれる。

 

 

「「ダブルライダーキックだァー!!!」」

 

『結局知恵でも勇気でもなく暴力だろうが貴様らぐはあああああああぁぁぁぁ?!!!?』

 

 

ギュウマオウの抗議を破壊力で押し流し、地面にクレーターを遺す程の衝撃で必殺技が炸裂。

 

直後にギュウマオウが大爆発を起こし、異界がその強度を維持できず崩壊していった。

 

ギルスとディケイドは、その爆発をバックに向かい合い……コツン、と軽く拳同士を打ち合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の事件全部ユウスケさんの自業自得ゥ~~~~~~~!?!?」

 

「まあ、端的に言えばそうなる」

 

「ヒーローってやつはちょっとしたポカミスでも事件になるんだなぁ、アッハッハ!」

 

 

ギュウマオウを撃破し、牧場の異界を消滅させた翌日。

 

怪我の手当てと休養を終え、自分の世界に帰ることになった士を見送りに来たハルカは、安部と士に説明された『この事件の真相』に、アゴが外れそうなほどあんぐりと口を開けてしまった。

 

余り人気のない公園のベンチでなければ、周囲の奥様方にクスクス笑われてそうな光景である。

 

 

「じゃ、じゃあ、何ですか。最初はユウスケさんが世界ごと移動して『自分の世界』に戻る最中に、この世界とちょっとだけ『波長』が合って……」

 

「その時に聞こえた助けを求める声に、ついうっかり『助けに行く!』って意思を持ったらしいな、あのバカ」

 

「その意思がクウガの力を引っ張り出して生霊を生み出し、それが俺たちの世界に流れつき、一気に力を吸われた本物のユウスケ君は元の世界で衰弱……。

 

 仮面ライダーディケイド、いや。門矢 士がそれを察知し調査に乗り出した、と」

 

 

オマケに、あの牧場の異界は最初、あそこまで凶悪な異界ではなかった。

 

こんな経緯で流れ着いた『英雄 クウガ』は、クウガの力ごと流れ着いたせいで最初から高いLVを持っていた。

 

それが牧場の異界に出現したせいで、周囲のGPが急上昇。

 

LV30を超える悪魔が容易に出現し、主であったギュウマオウはLV50を超える事態になってしまったのだ。

 

幸い、ギュウマオウがMAGを貯めこんでより上位の悪魔に変貌する前に叩いたので、国を巻き込む一大事のような事件には発展しなかったのである。

 

 

「な、なんて人騒がせな……」

 

「ま、文句は今度会った時に言うんだな」

 

 

ベンチに座っていた士が立ち上がり、軽く手を上げれば『銀色のオーロラ』が現れる。

 

安部の言っていた『世界を繋ぐ銀のオーロラ』とはコレのことだろう。

 

 

「あっ!?ちょ、ちょっと待ってください!文句も何も、僕の会ったユウスケさんは、もう……」

 

「……おい、コイツ分霊についての勉強まだだったのか?」

 

「ああ、これから受けさせる予定だった……よな、たしか?」

 

「え?あ、はい。自分で調べた程度の知識はありますけど……」

 

 

そもそも分霊の知識そのものが高度なオカルト理論のソレだ。流石のハルカも、自己学習では知識に偏りが出る。

 

分御霊と同じようなモノ……という感じで一応の理解はしたが、細かい部分の知識・認識に穴があったのだ。

 

 

「分霊の体験した記憶や経験は、分霊が消えれば本体に還元される。得たMAGも、食った物の味も……思い出もな」

 

「ガイア連合と同盟関係にあるとある地母神は、アメリカに派遣した分霊の記憶まで還元しちまって破産寸前になったしな」*1

 

「っ! じゃ、じゃあ……!?」

 

 

ぱあ、とハルカの顔が花の咲くような笑顔に変わった。

 

 

「平和になったら大手を振って会いに行けばいい。そんときゃ俺も協力してやるよ。

 

 世界を超えるなんて、どっちにしても今のお前だと一朝一夕じゃ無理なんだからな」

 

「師匠っ……! はい、はい!必ずもう一度、会いに行きます!」

 

「……そうか。 なら、これもってけ」

 

 

ひゅんっ、と何かを士が投げる。アニメやマンガでよく見るトランプ投擲のように。

 

ぱしっとハルカが受け取ったソレは、名刺より二回りほど大きいカードであった。

 

ディケイドが何度か使っていた『アタックライド』などでスキャンしていたアレである。

 

なんでこれを?と疑問に思いながらもひっくり返してみると……。

 

 

「……!? これ、『クウガ』のカード!?」

 

「正確には『英雄 クウガ』のカードだ。いつの間にか増えてた。 

 きっと、ソレにふさわしい持ち主はお前だ。俺には俺のクウガがある」

 

 

仮面ライダーディケイドには、出会った仮面ライダーの力を『カード』に変えて収集する能力がある。

 

今回であった『英雄 クウガ』はどうやら別カウントになったようで、新たなクウガのカードが生成されたのだ。

 

 

「スキルカード、だったか?それに加工することも可能なはずだ……使いこなせよ、ユウスケの力」

 

「はい!ありがとうございました!!」

 

(……ありがとう、って、あれだけボコボコにされた相手に言えるのはユウスケそっくりだな。仲良くなるわけだ)

 

 

どこか苦笑交じりの笑みを浮かべながら、仮面ライダーディケイド……門矢 士はオーロラを潜る。

 

それと同時に『懸念事項』を思い出し、ぎゅっ、と顔を引き締めた。

 

 

(ユウスケの分霊発生は、世界移動中のイレギュラーに加えてユウスケが人並み外れたお人よしだったのが原因……『だけじゃない』。この世界に調査に来てハッキリした)

 

 

各地を巡って『英雄 クウガ』を探しながら、士はこの世界と『仮面ライダーの世界』の次元的な距離や壁の厚さも測定していたのだ。

 

結果から言えば、上記の要素を含めてもこんな現象が起きるとは到底思えないほどの遠さがあった。

 

女神転生の世界と縁がある世界……例えば『デビルメイクライ』の世界ならフラっとこの世界と縁ができるかもしれないが、それだけじゃない。

 

追加の原因は、女神転生の世界と仮面ライダーの世界、両方にあった。

 

 

(あのアベってやつが突き止めた『仮面ライダーという存在の信仰』が広まりつつあることで、日本には仮面ライダーという悪魔が召喚されやすい土壌があった……というのがこの世界の原因)

 

 

流石に転生者の事は隠したが、元々世界の外を確認する技術があったというハッタリ交じりの理由はユウスケにも話してある。

 

ガイア連合の転生者が『仮面ライダー』という概念をこの世界に持ち込んだことで、ユウスケの分霊がこの世界に呼ばれやすくなったのだ。

 

 

(もう一つは……近頃俺たちの世界で誰かが時間や空間に干渉してやがる。

 そのせいで仮面ライダーの世界の側から、世界を隔てる壁が曖昧になったんだ。

 

 ……調べる必要があるな。念のため、装備も一新して)

 

 

次なる世界へと向かう士。

 

彼はそこで『最高最善の魔王』を目指す仮面ライダーと出会い、新たな戦いに巻き込まれていく。

 

だが、それはここで語ることではない。

 

ただ一つ言えるのは、終末へと加速していく世界と時間と空間が乱れ捻じれる世界。

 

 

 

 

この2つが再び交わるのは、互いの世界の『崩壊』を乗り越えた先の事であろう……。

 

 

*1
カオス転外伝 とある悪魔の半終末



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【危険が】スクールライフが地獄です……【危ない】その2

321:>>1

 

ひと段落ついたので報告にきましたー。

 

 

322:名無しの霊能力者

 

生きていたのかイッチィ!正直9割がた死んだと思ってたぞ。

 

 

323:名無しの霊能力者

 

今北産業。

 

 

324:名無しの霊能力者

 

クラスメイトがLV50超え(推定)

昼休みに話したらガイア連合の支部長だった

その支部長から回された依頼を受けて今に至る

 

 

325:名無しの霊能力者

 

死んだ後は雑談スレにして埋めようぜとか言ってたしな。

それはそれとして事の顛末kwsk。

 

 

326:>>1

 

皆ひどくない……?

まあ一応スレ主の義務として何があったのか程度は話しますけども。

それはそれとしてガイア連合の偉い人から口止めされた部分は話せないからね?

 

 

327:名無しの霊能力者

 

わーいって待て、ガイア連合の上役から口止め!?

 

 

328:名無しの霊能力者

 

イッチお前どんな厄ネタにかかわったんや(震え声)

 

 

329:名無しの霊能力者

 

やめろうっかりイッチが話して掲示板見てる全員が行方不明とかシャレにならん。

 

 

330:名無しの霊能力者

 

あっ(察し)

じゃあ俺ここでオチるんで、ほなまた……。

 

 

331:>>1

 

>>330

逃がさへんぞ(ガシッ)

 

それはともかく、どっちにしても私が知った情報なんてだいたい大したことないけどね。

まず、例の同級生君は『仮面ライダー』の一人だった。

 

 

332:名無しの霊能力者

 

あー……そりゃピンキリあるとはいえつえぇわな。

 

 

333:名無しの霊能力者

 

仮面ライダーってなに?教えてエロい人!

 

 

334:名無しの霊能力者

 

エロい人じゃないが教えよう。

仮面ライダーとは!ガイア連合の一部が名乗っているコードネームである!

黒札が名乗っている場合もあり、対悪魔戦の前線で戦っている者がほとんどだ!

ピンキリはあるが、黒札が名乗ってる場合は例のごとく『レベル測定不能』だぞ!

 

 

335:名無しの霊能力者

 

ガイア連合の特殊部隊なんてウワサもあるな。

特定の能力や資格を持った霊能力者が名乗ることを許されてるとか。

 

 

336:名無しの霊能力者

 

デモニカG3シリーズとデザイン似てるから、

G3シリーズは仮面ライダーの使ってる装備の量産型なんて噂もあるな。

 

 

337:名無しの霊能力者

 

結論・よくわからないけどガイア連合のエリート戦士が名乗ってる称号。

 

 

338:名無しの霊能力者

 

あの組織が全体的によくわからないのはいつもの事じゃないか……?

 

 

339:名無しの霊能力者

 

仮面ライダーについてもマジで噂ぐらいしか流れてこないからな。

何人か名前が売れてるメンツがいるのと、割と善性のヤツが多いぐらいか。傾向的には。

イッチ、その仮面ライダーの名前とかって分かる?本名じゃなくて、仮面ライダー○○みたいな。

 

 

340:>>1

 

えーっと、これは言ってもいいヤツですね。

『ギルス』って名乗ってました。

 

 

341:名無しの霊能力者

 

うわぁ。

 

 

342:名無しの霊能力者

 

マジか、マジか……。

 

 

343:名無しの霊能力者

 

よりにもよって『破界僧』のトコかよ?!

つかガイア連合の支部長って言ってたよな?!

……まあ噂がガチならそのぐらいの実力と実績はあるか。

 

 

344:>>1

 

すいません、そんなに『ギルス』って有名なんですか……?

 

 

345:名無しの霊能力者

 

有名っていうか、ここ1~2年でデカい事件にいくつも関わってる。

 

 

346:名無しの霊能力者

 

ある程度の情報通なら掴んでるレベルでいいならだけど……。

 

霊山同盟が管理してる『岩長山』の異界を調伏。

封印されていた祭神を開放し、貯めこまれていた穢れも払う。

オマケに祭神である『岩長比売(イワナガヒメ)』が名指しでギルスを恩人と言い切る。

 

日本各地に『瞬間移動の術』を用いて連続出現。

ガイア連合の黒札ですら攻略に手間取っていた異界を1日で複数調伏。

この時解放された神も多数、おおむねイワナガヒメと同じ感想を抱いているらしい。

 

メシア教穏健派の一部が暴走した『粛清事件』を単身で鎮圧。

主犯らしきアークエンジェルを屈服させて改宗&部下にする。

 

数か月前に起きた『百鬼夜行討伐作戦』に参加。

復活した『茨木童子』を大江山の異界に単身踏み込んで討伐。

さらに茨木童子が封印を解いた『酒呑童子』を師匠である『破界僧』と共に調伏。

 

 

347:名無しの霊能力者

 

今は大江山で『首塚大明神』として人類に友好的な神やってるが、

マジでアレは調伏に失敗したら日本滅ぶ案件だったらしいからな。

 

 

348:名無しの霊能力者

 

ガイア連合の悪魔召喚プログラムに入ってる悪魔図鑑にデータ入ってるけどさぁ、

茨木童子が『LV40』で酒呑童子が『LV49』とかどんな冗談だよ……。

 

 

349:名無しの霊能力者

 

DLV(レギュ3)に直すとDLV120とDLV147とかナメとんのかマジで。

 

 

350:名無しの霊能力者

 

インフレの速度が速すぎるッピ!

ドラゴンボールのナメック星編じゃねーんだぞ。

 

 

351:名無しの霊能力者

 

つーかガッツリ日本の神々にコネあったり、メシア教のアークエンジェル改宗させてたり。

表に出てる仮面ライダーの中ではきっちり『組織の拡大』に動いてるのがヤバい。

 

 

352:名無しの霊能力者

 

まあ、ガイア連合の支部長らしいからな。

黒札の中には行動原理がよくわからんのも多いけど、人助けしがちな組織人と考えれば……。

いやまてスレ主と同い年ってことは学生だから既におかしいな?!

 

 

353:名無しの霊能力者

 

推定未成年で、ガイア連合の支部長で、LV50以上で、既にオカルト系の事件を複数解決。

 

なろう主人公かな?

 

 

354:名無しの霊能力者

 

黒札連中はそんなのばっかなんだよなぁ……。

 

 

355:>>1

 

でも本人は自分より強い黒札を何人も知ってるって言ってるんだよなぁ……。

 

 

356:名無しの霊能力者

 

ウセやろ……え、マジで?

 

 

357:名無しの霊能力者

 

なんで大妖怪を調伏できる人間より格上の霊能力者がいっぱいいるんですかねぇ。

 

 

358:名無しの霊能力者

 

そもそも【破界僧】の弟子ってウワサだし、師弟関係にあるなら破界僧よりは下やろ……。

 

 

359:名無しの霊能力者

 

散歩気分で異界バカスカ潰してる師匠と一日に複数の異界潰してる弟子の時点で富士山とエベレストの比較するようなもんじゃねーか!

 

 

360:名無しの霊能力者

 

まあ俺らじゃ酒呑童子が率いてる一般通過オニ一匹すら無理だしな。

 

 

361:名無しの霊能力者

 

レギュ3のDLVで30~45がうようよいるのが鬼なんだよなぁ……。

 

 

362:名無しの霊能力者

 

普通なら一匹出てきただけで割と死闘を覚悟する相手ですよね?群れて出てくるんじゃねぇよ。

 

 

363:名無しの霊能力者

 

その群れを突っ切って四天王と茨木童子と酒呑童子全滅させたのがガイア連合なんだよなこれが。

 

 

364:名無しの霊能力者

 

何であの組織は桃太郎みたいな連中をダース単位で抱えてるんだよ。

 

 

365:>>1

 

ともあれ、依頼されたお仕事の詳細は機密だから家無いけど無事完了。

マッカやガイアポイント以外にも色々もらえたから、当分は学業と修行に集中できそうです。

 

 

366:名無しの霊能力者

 

おつかれイッチ。

 

 

367:名無しの霊能力者

 

実質黒札案件みたいなもんだしな、支部長にコネできたのはよかったんじゃねーの。

 

 

368:名無しの霊能力者

 

元々姉がガイア連合の人間なんだよなぁ。

霊能一族の長女らしいし、黒札お気に入りの金札とか?

 

 

369:>>1

 

いえ、姉は黒札ですね。

本人曰く中堅以下らしいですけど、それでもLV30は超えてるはずですし。

 

 

370:名無しの霊能力者

 

ファッ!?

 

 

371:名無しの霊能力者

 

おいなんだスレ主の周囲どうなってんだ。

 

 

372:名無しの霊能力者

 

え、まって。んで来週には姉が学校に戻ってくるんだよな?

1クラス40人前後の中に黒札と金札と白金札(支部長)がいんの???

 

 

373:名無しの霊能力者

 

なんという過剰戦力。

 

 

374:名無しの霊能力者

 

スレ主がDLV30……ガイアLV基準でLV10以上だよな?

普通なら一流どころに足かけてるはずのスレ主が格下に見えるって一体……。

 

 

375:>>1

 

ギルスさんの右腕っぽい『アギト』さんもLV20は余裕で超えてますし、

なんだか私だけショボい気がしてきた……これでもLV14なんですけど。

 

 

376:名無しの霊能力者

 

冷静になれスレ主、LV14は普通にヤバいって14!?

 

 

377:名無しの霊能力者

 

数日前まで推定LV10だったスレ主に何が……いや、これも厄ネタか。

 

 

378:名無しの霊能力者

 

明らかにその仕事とやらでレベルアップしてるもんな。

 

 

379:名無しの霊能力者

 

スレ主ィ!お手軽レベルアップの方法があるなら教えて!

 

 

380:>>1

 

詳細は言えませんがLV15~18の悪魔がわらわら湧いてくる環境で支援戦闘です。

 

 

381:名無しの霊能力者

 

はい解散。

 

 

382:名無しの霊能力者

 

うっかり一匹でも近寄られたら死ねるわ。

 

 

383:名無しの霊能力者

 

ここにいるヤツの大半はDLV10~20だからな!なんならスレ主は上澄みも上澄みだ!

 

 

384:名無しの霊能力者

 

DLV30あったら一般霊能掲示板じゃ盛大にマウント取れるからなぁ。

DLV40超えのスレ主とか寧ろ相談する側じゃなくてされる側だろ。

 

 

385:名無しの霊能力者

 

でもさー、スレ主の周囲の環境ってクラス内だけでも

 

支部長『ギルス』  LV50以上

その右腕?『アギト』LV20以上

スレ主の姉の黒札  LV30以上

スレ主       LV14

 

名家(笑)の皆さん LV1~5×多数?

 

こうだぜ?

 

 

386:名無しの霊能力者

 

スレ主のヒエラルキーが絶妙に低くて草。

 

 

387:名無しの霊能力者

 

なお名家(笑)の皆さんはアナライズもできないのでスレ主より強い面々につっかかっていく模様。

 

 

388:名無しの霊能力者

 

「俺の子を産め!」とか「私の種馬にしてあげてもいいわよ?」とか言い放つのか……。

アカン最悪血の雨が降る。

 

 

389:名無しの霊能力者

 

しかもスレ主いわく「そこまで凶悪な異界がなかったからやってこれちゃった」らしい。

これは……危機感足りてない系組織の可能性が……。

 

 

390:名無しの霊能力者

 

あれ、まてよ。支部長いるってことは近くにガイア連合の支部があるんだよな?

このままいけば順当にガイア連合に飲み込まれて終わるんじゃね?

 

 

391:名無しの霊能力者

 

まあ、最近は異界の悪化もひどいからな。

そのうち名家(笑)の人間が悪魔に食われまくってからガイア連合が霊地抑えるっしょ。

 

 

392:名無しの霊能力者

 

というか、そもそもギルスが支部長やってるのってどこの支部よ。

 

 

393:名無しの霊能力者

 

たしかS県S野の山中からK県H根あたりの『霊山同盟支部』だったはず。

芦ノ湖一帯を県またいで管理してた組織だったはずだ。

あの辺の巫女やら山伏やらのまとめ役だしな。

 

 

394:名無しの霊能力者

 

あー……イワナガビメ繋がりか。納得。

まああの辺もコノハナサクヤヒメの方がメジャーなんだがな。

 

 

395:名無しの霊能力者

 

大手支部の山梨支部とも近いし、割とアリじゃね?

つーか、寧ろなんで今までガイア連合はS県への進出が鈍かったんだ?

 

 

396:>>1

 

姉曰く、これといって緊急性のありそうな案件もおいしい異界もなかったからだそうです。

富士山は山梨支部で抑えてますし、それ以外の霊地は他の県と似たり寄ったりですし。

 

 

397:名無しの霊能力者

 

世知辛ァい!

 

 

398:名無しの霊能力者

 

ああうん、ようはオイシイ案件が無かったから放置されてたのね。

結果、スレ主の胃を攻撃してる名家(笑)が今も残ってる、と。

 

 

399:名無しの霊能力者

 

メシア系の人間も入ってきてるらしいからなぁ。

仮に名家(笑)が他の霊能組織と同じような手のひら返しした場合……。

学校内で支部長狙いのハニトラ合戦にならない?

 

 

400:名無しの霊能力者

 

そうだ、スレ主の姉とギルスがくっつけばいい(錯乱)

 

 

401:名無しの霊能力者

 

実力的にだーれも文句言えないけど盛大な暴論やめーや。

 

 

402:>>1

 

ううーん、ウチのお姉ちゃんだと若干厳しい気がする。

顔は悪くないと思うけど、魂が関西人!とか言ってエセ関西弁で話すし。

私もそうだけど、木っ端の家だからゴリゴリに「御家のため!」って感じでもないし。

多分よくて同じ組織の仲間ぐらいで収まるんじゃないかな……。

 

 

403:名無しの霊能力者

 

自分の姉にほどほどに辛辣で草。

 

 

404:名無しの霊能力者

 

ある意味幸運だったかもしれないけどな。

ガンギマリの家に生まれてたらがっつり教育されて歪んでそうだし。

 

 

405:名無しの霊能力者

 

ともあれスレ主、一番の疑問だったクラスメイトの正体は判明したけど、これからどーすんの?

 

 

406:>>1

 

とりあえずお姉ちゃんが帰ってきたら真っ先に相談。

それまでは本家の連中と支部長さんがモメないよう調整かな……。

最悪本家にデモニカでカチコミかけてでもトラブルは起こさせない。

 

 

407:名無しの霊能力者

 

うわぁスレ主腹くくってるよ。

 

 

408:名無しの霊能力者

 

割と真剣に逆鱗に触れたらどこまで被害の規模が広がるか分からん相手だからな。

 

 

409:名無しの霊能力者

 

頑張れスレ主、負けるなスレ主。

解決するまでS県には近寄らないから早めにな。

 

 

410:名無しの霊能力者

 

S県から逃げ出してるヤツがガチでいて草。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、スレへの報告はこれでいっか。次に顔出すのはお姉ちゃんが帰ってきてからにしよ」

 

 

ノートパソコンの専ブラを閉じ、クリーンアップソフトと自動シャットダウンを立ち上げて伸びをする。

 

未確認生命体との遭遇後、葛葉 葵は【依頼達成】の通知を受け、報酬を受け取って家に帰された。

 

報酬がいくらか上乗せされていたのは【口止め料】込みだろう。

 

少なくとも、あの一件についてはあの【破界僧】と【ギルス】から他に話さないようにと警告を受けた。

 

その際に霊能力者向けのスレに相談してたことも話し、これとこれは報告に使ってオーケー、という情報の添削を阿部から受けたのである。

 

先程書き込んだ内容はすべて報告可能なモノのみであり、そもそも呪術的な契約によって許可されていない情報は書き込めないようになっていた。

 

 

(強くなったはずなのに、上には上がいるなぁ、この世界……)

 

 

LV14……デモニカ込みとはいえ世間一般で言えば一流。

 

下手すれば超一流という扱いだってされる霊能力者になったはいいものの、無力感が消えることはなかった。

 

葵が関わることができたのは、あの『未確認生命体』と呼ばれていた悪魔を確保する所まで。

 

イチロウの使っていた【アギト】という力は、翌日学校で詳しく聞いたところ

 

『まだ制御が完全じゃないけど悪魔にだけ襲い掛かるぐらいには制御できてる』

 

らしいので、少なくともデビルシフターではなく悪魔であるのは間違いないのだ。

 

だが、特殊な悪魔だった『未確認生命体』が一体なんなのか、あれからどうなったのか。

 

そんな真実を知る場面まで葵が関わることはできなかった。

 

 

(力も、覚悟も、知識も、コネも、権限も足りない、かぁ……)

 

 

葵は決して正義の味方志望者ではない。ごくごく一般的な範疇の善人だ。

 

とはいえ、鍛えてきた自分の力が通じない領域に遭遇し、それに対してなんの対策も取らないほど楽天的ではなかった。

 

あんな領域の戦いに突っ込んでなんとかなるとは思えない。しかし、せめて生き残れるぐらいには鍛えなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそぉ……俺、今回もダメダメだ……」

 

 

同時刻、同じように非力に悩む少年が一人。

 

【アギト】こと太宰イチロウは、手早くシャワーを済ませた後、両親に絡まれる前に自室へ戻り机に突っ伏していた。

 

体の傷こそ治ったが、確保対象だった【クウガ】に襲い掛かった事や、返り討ちにされて負傷した事が彼を打ちのめしている。

 

LVこそアギトの力を利用したアナライズ偽装を解けば『22』に到達しているが、どちらかといえば戦闘力ではなく精神力の不足を嘆いていた。

 

 

「こんなんで、ホントにアイツみたいになれんのかな、俺……」

 

 

ふと、一か月前のハルカとの出会いを思い出す。

 

いつものように空回りしたヤル気のままに、動画サイトやSNSに投稿するための動画撮影の最中だった。

 

最近はオカルト関連の動画がバズりやすくなってる事から、ソレをマネしてちょっとした怪談のある廃ビルに忍び込んだ。

 

しかし、異界化していたソコは尋常の空間ではなく、一人で迷い込んだイチロウは【覚醒】こそしたものの逃げ回る以外の選択肢はなかった。

 

悲鳴を上げ、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、明らかにビルどころじゃない広さに広がった建物を逃げ回り。

 

疲れ切って倒れこみ、追ってきた悪魔がとびかかってきたところで……。

 

 

 

『通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけ』

 

 

 

唸るエンジン音と共に、バイクに乗って現れたハルカ……『仮面ライダー』に救われたのだ。

 

炎を纏った拳を振るい、眩い光と共に悪魔を薙ぎ払う姿に、イチロウは自分が求め続けてた【正しさ】の究極系を見た。

 

あんな風になりたい、あんな風になれればきっと、何が正しいのかという自分の悩みに納得できる答えがでるはずだ、と。

 

その時にハルカが放っていた神々しい光がわずかに自分に吸い込まれ、ハルカと同じ【変身】が出来るようになったと気づいた時は、自分の人生の絶頂だったに違いない。

 

だからこそ、その【変身】に振り回されている現状がもどかしくて仕方ないのだろう。

 

 

「……制御できるようにならなきゃ、ダメだ。 俺の憧れた『正しさ』に、ちょっとでも近づくなら、絶対に……!」

 

 

未だ、太宰イチロウに【明確な信念】は無い。

 

しかし、信念というのは大樹のようなもの。

 

正義の味方に憧れた事で芽生えた【新芽】は、きっと少しずつ育っていくことだろう。

 

 

 

((ゴールデンウィークは過ぎてるから、私/俺が集中的に修行できるのは……夏休み!))

 

 

 

それはそれとして、いち中学生である二人には修行のスケジュールも中々自由にいかないのが現実なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『二部プロローグ/NOVEL大戦MEGAMAX』編 END

 

 

 

 

 

 

 

 NEXT STAGE

 

 

 

 

 

 

 

『救えぬ者/救われぬ者』編

 

 

 

 

 

 

 

 to be continued……

 

 

 

 





おまけ・その頃の師匠


安倍「ショタオジ、いいこと思いついた」

神主「また俺のケツの中で(ry とか言ったら魔界に叩き落すけど?」

安部「今回の事件で仮面ライダーの分霊を呼び出す可能性が出来ただろ?
   銀さんのいる四国の支部で召喚すればRX呼べるんじゃね?
   これで四国の永久の安全は約束されたようなモンだぜ!」

神主「僕らが『ゆ゛る゛さ゛ん゛っ!』されたら第二のゴルゴムやクライシス帝国にしかならないから禁止」

安部「まあ世間一般で言うと実質ショッカーだしなガイア連合。ちょっと人類の最終防衛ラインなだけで」

神主「無駄に才能のある趣味人が集まった結果できたショッカー(善)だからね僕ら」

というわけで、仮面ライダー召喚の儀はショタオジ権限で却下された。



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「今世紀最大の侮辱と屈辱だぞテメーッ!!」

 

「仕込みは上々、と言ったところだな」

 

 

S県某市の高台にて、眼下の街並みを見下ろす男女一組。

 

背格好からすると、姉弟か母息子と言ったところだろう。

 

だが、その二人の放つ気配だけで、周囲の森林から野鳥が逃げ出す程の邪悪な圧を放っていた。

 

 

「もうすぐだ、もうすぐ俺の奪われたモノが取り返せる……そのための贄だ、この土地は」

 

「ええ、ええ……せいぜい踊ってもらいましょう。『私』の愉悦の為に、ね」

 

ほくそ笑む少年と、銀色の髪をなびかせる女性。

 

この二人が運んできたのは、新たな風という名の厄介ごとの気配であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アギト】の放った上段突きを、清らかな流水、あるいは舞う花吹雪のような動きでハルカがいなす。

 

アウトボクサーのような軽快なフットワークと、拳法のような流麗な動作を一体化させた格闘術。

 

変身前、しかも高LV故のステータスを制限した状態でもアギトの打撃をさばき切れるだけの技量は備わっている。

 

アギトの方もその特性故、最適化された綺麗な格闘術をもって躍りかかるが……完成度の差は歴然だ。

 

オーソドックスなファイティングポーズであるアギトと、独特な構えを取るハルカはそこも対照的だ。

 

突きを払い、蹴りをいなし、組みつきを解き、僅かにできた隙にカウンターのボディブローが入る。

 

ぐお、と呻いたアギトの懐に飛び込み、腕を掴んで抱えこみ、反転。

 

腹を殴られたことで前かがみになったことで、重心が前に傾いたアギトが空中で一回転。

 

世間一般で【一本背負い】と呼ばれている技がするりと決まり、見事に背中から地面にたたきつけられた。

 

 

「かはっ?!けほっ……!!?」

 

「落ち着け、息を吸えないだけだ。ゆっくり息を吐けば勝手に酸素は入ってくるよ」

 

 

受け身が下手だからそうなるんだ、と嘆息しているが、コンビネーションをいなしてからカウンター打撃→投げに流れるように繋がれて受け身を取れる方が少ない。

 

比較対象が神主の使役している指導用式神、あるいは格闘技にも精通している阿部のレベルを想定しているのだ。

 

寧ろ「異界の中なら時間の進みが違うから修行し放題だな!」と師弟揃って精神と時の部屋扱いして鍛錬積みまくってるコイツらの基準がおかしいのである。

 

 

「それでも、オートがセミオートになる程度には制御できるようになってきただけマシかな。変身中も意識はあるんだろう?」

 

「あ、ああ……なんていうか、ビデオ通話かなんかで景色見てる感覚だけど……」

 

「進歩があるだけでも十分さ。一歩一歩進んでいくのが大事なんだ。

 ……というか、僕だってまだまだ強くなりつづけてる最中なわけだし。未熟だからね」

 

「どこまで強くなるつもりなんだよ……もうそこらの神様より強いんだろ?」

 

 

そう言っているアギト……イチロウの方も、クウガの一件から一か月弱の間、連日の修行とレベリングでようやく『LV30』に手が届いた。

 

オカルトに触れてから二か月と少しでこの域に達している時点で、ガイア連合黒札からの評価が「さすが原作キャラ……」となっていることを知らないのは本人ばかりである。

 

無論、ハルカから流れた『アギト』の力の後押しもあるのだろう。が、イチロウが【神や天使に属する力】であるアギトと妙に相性が良かったのも大きい。

 

変身後は自動で周囲の悪魔を倒すだけになってしまっていた件についても、感覚的には自分の体をラジコンのように動かすレベルとはいえ意識を保てるようになった。

 

まあ、逆に言えばオート戦闘状態でも『クウガが悪魔である』と見抜ける観察眼はあったのだが。

 

 

「『そこらの』神様よりは強いけど、世の中上には上がいるからね。人生常に修行と鍛錬!」

 

「マンガに出てくるバトルジャンキーがいいそうなセリフをリアルで聞くことになるとは思わなかったよ……」

 

「そうかなぁ、ガイア連合にはたまにいるけど」

 

「俺より強い葛葉姉が中堅って言われる集団は参考にならねぇ!」

 

 

最初に関わったオカルト関係者がハルカだったせいで盛大に感覚が狂っていたイチロウであったが、休日に遠出して他の霊能力者とも会う内にだんだん常識がつかめてきた。

 

自分ですら今の日本ではぶっちぎりの超人の範疇に入り、LV20が見えてきた葵の時点で超がつく一流。その姉は自分すら超えた『人間の形をした神様』レベルの超越者。

 

そんな3人を纏めて相手にしても勝てそうな目の前の友人は、実際に大妖怪や封印された神を相手にしてきた現代の英雄なのだ。

 

 

「……そういえば、今日は葛葉姉妹は来ないんだっけ」

 

「ん?あー、家の方の都合で今日の鍛錬は休む、って連絡来てたよ。僕は色々『裏技』があるから家の事や支部の事も並行してなんとかしてるけど、あの二人はどうしてもね」

 

 

 

クウガの一件が解決した後、同じクラスで共に同じ事件に関わった縁もあり仲良くなった三人。

 

その数日後に帰ってきた葛葉の姉……【葛葉 茜(かずらば あかね)】も加えた四人でつるむようになってから一か月。

 

この辺り一帯に根を張っている『名家』への対策を相談しつつ、こうして早朝から組手をしたり、ハルカのツテでガイア連合から紹介された異界で修行したり。

 

イチロウやアオイに合わせた異界となるとLV40近いアカネにとっては準備運動、LV50超えのハルカに至っては散歩気分のソレだが、後進の育成はとても重要である。

 

とはいえ、それで納得しきれないのが『年頃の男の子』というものだ。正義の心が芽吹いているならば、なおさら。

 

 

「はあ……あの二人は名家のお嬢様で、葛葉姉にいたっては超人で……

 お前はそれに加えてヒーローで……なんか、俺だけ……これでヒーローなんてなれんのかな」

 

「……イチロウ。 そもそも二か月頑張った程度でなれるほど甘くないと思う」

 

「そこは励ませよ!?」

 

「ツッコミ入れられる程度の元気が残ってるならいけるいける。まだ時間あるし、組手もう1本いくぞ!」

 

「ちくしょぉ!最近毎朝特訓の後にシャワー浴びてるから水道代もったいねぇって母親がうるさいんだぞぉ!」

 

「いいじゃないか、取れない加齢臭漂ってるアンタと違って汗臭さは洗えば落ちる分だけマシって言ってやりなよ」

 

「言えるかぁ!お前最近性格悪いって自分で言ってた師匠に似てきてないか!?」

 

 

言い切った瞬間、開始の合図も待たずにハルカの上段回し蹴りが飛んできた。

 

 

「ころちゅ♪」

 

「なんで!?」

 

「今世紀最大の侮辱と屈辱だぞテメーッ!!」

 

「自分の師匠に似てるって言われるのが?!」

 

 

人避けの結界を張った郊外にて、本日何度目かの組手が始まり、イチロウの悲鳴が爽やかな朝の空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「生徒会長から呼び出しぃ?」」

 

「そうなんだよねぇ……」

 

「急な話で堪忍なー。ただ、今後の事を考えると会ぉておいた方がええと思うて」

 

 

その日の昼休み、覚醒してからはこの程度の鍛錬なら回復魔法をかけただけで日常に復帰できる二人にとっては退屈な授業を無難に終え、中庭の隅で集まる。

 

家の都合とやらでここ2~3日鍛錬に参加していなかった、葛葉姉妹から『名家の現状』を聞くためだ。

 

ハルカが簡単な防音の結界を張り、その中で昼食を取りつつ報告を受け取る。

 

今後この辺りの異界を霊山同盟支部管轄で管理したいハルカにとって、現地における協力者である二人からの情報は値千金の価値があった。

 

 

「前にも話したけど、この辺りの霊能力者一族は戦後に霊山同盟の前身から分かれた家なんだよね」

 

「ぶっちゃけメシア教との決戦から逃げ出したり媚び売って生き残った恥さらしの子孫やけどな」

 

「そ、そこまで自分の先祖を下げなくても……」

 

 

逆にガンギマリで闘い続けて玉砕し、闘えない女子供だけは逃がし切って血を繋いだのが霊山同盟の先祖である。

 

それもあってか、この辺りの一族の先祖は露骨に霊山同盟を敵視しているのだ。

 

 

「……理由が『自分たちがメシアンの眼を逃れて生き残ることの邪魔にしかならなかった狂人ども』って思ってたかららしいけどね」

 

「媚び売って生き残る時に元同門がメシアンと戦っとるからな、まぁ臆病者の理屈やけど。

 ともあれそんなわけで、霊山同盟を取り込んだガイア連合にとっても面倒な相手なんよ」

 

 

「最初から向こうがインネンつけてきてる組織って事だしな……というか、その歴史については他の家は知ってるの?」

 

「ノータイムで抹消してるに決まってるじゃん……私達は木っ端の家だし先祖もただの臆病者だったから後悔MAXな手記残ってたたけど、今の名家()が霊山同盟を敵視してるのは『自分たちが管理すべき霊山を勝手に占拠し続けた挙句他の組織に霊山ごと下った』からだよ!?」

 

「逃げてきた先祖は媚び売るのに邪魔だから憎んどって

 その子孫はメシアンに媚び売ってた事実を隠しとって

 現在はジェネリック聖地奪還問題とかおファックですわよって言いたくもなるわい!」

 

 

うわぁ、という声がハルカとイチロウでハモった。

 

しかもここに出現悪魔が(今は)低レベルだからガイア連合の協力無しでもギリ現状維持できるというオマケつき。

 

ガイア連合が「ここらの悪魔は低レベルな上に現地に協力者いないし後回しにしよう」ってなる土台がそろっているのだ。

 

現地出身の黒札である茜、実はS県出身なので他人事じゃないハルカ、それにつづいた葵とイチロウという未成年メンバーが頑張ってる時点でアレなのである。

 

 

「霊山同盟支部としても動く準備は整えてるけど、組織として動いて反発が出たら最悪オカルト戦争待ったなしだからね」

 

「ダークサマナー扱いでアホな名家だけは消し飛ばしたいぐらいやけどなウチは!」

 

「いやいやいや!?流石に俺、この流れで殴り込みとか行きたくないぜ!?なんとかしないと悪魔の凶悪化が始まったら被害がすごいことになる、ってのはわかってるけどさ!」

 

 

半終末によるGPの上昇はS県にも表れており、霊山同盟支部で管理している異界はともかく、把握しているだけの異界はじわじわと悪魔のレベルが上がりつつある。

 

そしてガイア連合の予測では、少なくとも今年の『8月』には名家()が管理している異界にも影響が波及。

 

悪魔の間引きすらできなくなった異界が一気に膨張し、周辺の人里にまで被害を出すという予測を立てていた。

 

 

「というわけで、今月いっぱいで何とか出来なかったら主に僕が名家()の皆さん全員殴り倒して全取りします」

 

「あと3週間でなんとかしろってことか……」

 

「まー、荒っぽい手段取らんでええんやったらその方がええからなぁ。実際、異界潰し自体はヌルゲーやから」

 

「……で、そのために重要なのが今回の生徒会長の呼び出しなんだよね……うちの生徒会長、名家の顔役になってる2つの家の次期当主だから」

 

 

霊山同盟のように多数の家の寄り合い所帯でもあるこのあたりの霊能一族では、霊力に優れた2つの家を実質的なトップにした縦割り構造だ。

 

さらにオカルト以外に関しても『名家』らしい権益を確保しており、不動産や土地、あるいは地元企業の上役や市議・県議等にもこれら名家の人間が入り込んでいる。

 

その顔役となる家の片割れ、しかも次期当主ともなれば、数年後にはこの地方では一目置かれる権力者となるのがほぼ内定しているようなものだ。

 

 

「……今更だけどなんでもっとエリートが通うような私立に通ってないんだ?俺達の通ってる城南中学、人数以外はよくある中学校だろ」

 

「私達みたいに、そういう学校通えない木っ端の家の人間も取り込まないといけないから……」

 

「顔役2つ言うたやん?そりゃ一人でも多く霊能力者の家の人間取り込んで組織力増やしたいんよ。

 相手の家より上に行くために。ほなら、少しでも人数が多いマンモス校に通って格下の家を取り込みつつ、

 さらに稀に見つかる覚醒したノラの霊能力者候補も取り込めればなおよし、と……」

 

「あー、人数の分母最優先でこの学校選んだのね……」

 

 

納得がいった、という顔をするハルカとイチロウだが、だからこそ今日の放課後の『呼び出し』が大きな意味を持つと理解できた。

 

呼ばれているのは茜とハルカの二人、葛葉家の長女である茜と、ガイア連合支部長であるハルカ。

 

葵とイチロウが呼ばれていないのは、恐らくなるべくトップに近い人間同士で話がしたいという事なのだろう。

 

 

「そういえば、アオイやアカネから俺達の事を話してくれたのか?」

 

「まー、一応木っ端とはいえここらの霊能力者の一員やし、それとなーく、な。ハルカ君から許可された事しか話してへんけど」

 

「元々どっちの顔役にもついてなかったから、向こうもうちの家を取り込もうとしてたみたいだから……誘いにきた時に話してみたの」

 

「せいぜい『最近霊山同盟を掌握したガイア連合の人間がウチのクラスにおる』程度の事を3日前に話した程度やから、向こうも今回の会談で見極めたいっちゅうことやろ」

 

 

良くも悪くも地元密着しすぎてる、悪く言い切れば『井の中の蛙』なのがこの辺りの霊能一族なので、ガイア連合の事もおそらく噂程度にしか理解していないのだろう。

 

危険な情報に敏くなければやっていけないフリーのダークサマナーであるクレマンティーヌですら、ガイア連合については名前すらうろ覚えだったのだ。

 

S県内の一部でお山の大将だった一族の面々にとって、ガイア連合は本当に『霊山同盟を取り込んだ新参者』ぐらいしか情報が無いのである。

 

 

「なるほどね……ま、となるとまずは僕らで情報交換からか。イチロウ、今日の鍛錬は休みだ。疲労を抜いて明日以降に備えるように」

 

「お、おう……その、大丈夫なのか?」

 

「それを決めるのは僕じゃなくて生徒会長かなぁ……だいじょばないことになるのも生徒会長だけど」

 

 

はあーやれやれと嘆息するが、これも支部長の仕事だと気を取り直すハルカ。

 

だがしかし、ハルカはこの会談は青天の霹靂だが、同時に蜘蛛の糸でもあったと後に語る。

 

それほどまでに、生徒会長……『名 緋目(ニノウエ ヒメ)』の語った内容は衝撃的であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ニノウエ生徒会長、今なんと?」

 

 

若干だが、ニノウエの語る言葉に驚愕と疑念を隠せないハルカ。

 

隣に座ってるアカネもまた、どういうこっちゃ、という顔をしている。

 

向かい側で生徒会長用の机でゲンドウポーズを取っているニノウエは「うん?」と首を傾げた。

 

中学生離れしたグラマラス・スタイルとロングヘア、顔だちも名家の淑女らしく気品が見える。

 

なんだか『凛っ!』って感じの効果音まで見える。目安箱とか作らなきゃいけない気がしてくる。

 

 

「うむ、顔役の片割れである『不(ヒノシタ)』家が外から高名な霊能力者を雇ったと聞いて、

 こちらも他の霊能組織に頼るという選択肢を持って対抗を……」

 

「その前!不家が雇ったっていう霊能力者の名前は!?」

 

「む?私も確かにそれほど県外の霊能力者に詳しいわけではないが、クズノハほどではないが有名な者なのか?」

 

 

ふむ、と少し考えてから、ニノウエは不家に雇われたという『霊能力者の名前』をもう一度口に出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ギルス』と呼ばれている霊能力者らしい」

 

 



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「……そのセリフはもっと色気のあるシチュエーションで言われたかったとか思ってへん?ハルカ君」

 

実の所、この三名の話し合い自体は割とスムーズに進んでいた。

 

 

「鷹村ハルカ君だね、一年の。 実の所、私は前から君に注目していた」

 

「……僕に、ですか?それほど目立つ生徒じゃなかったと思うんですけど」

 

 

覚醒者としての超人的な身体能力を制御するための訓練はたっぷりと積んでおり、体育の授業では平均やや上を完全にキープ。

 

学業の方も式神ボディのとんでもない記憶力や演算能力を封印し、得意教科と苦手教科で平均前後をいったりきたりしていたはずだ。

 

校内で大きな問題を起こした経験もなく、アナライズされなければどう見ても普通の男子中学生として過ごしていた。

 

 

「以前、廊下ですれ違った時にな。君の呼吸と立ち振る舞いの異常さに気づいた」

 

「……呼吸と、立ち振る舞い?」

 

「うむ!静かだが一定のリズムで効率よく酸素を取り込む呼吸。

 武術界では『息吹』とも呼ばれる技術だ。現代スポーツでも古武術でも、呼吸はとても重要だ。

 さらに重心にほとんどブレがなかった。体幹を相当鍛え上げている証拠!

 

 なにより、自然体で歩いているのに不自然なほど隙が見当たらなかった。

 老齢の達人が子供の体で歩いているような違和感を覚えたのでな!」

 

「いやハルカ君もおかしいけどソレを見ただけで分かる会長もなんやねん」

 

 

思わず、といった風にアカネからツッコミが入った。

 

無論、彼女は会長の家であるニノウエ家の特性は知っているものの、元々家格違いすぎてあんまり交流も無かった相手である。

 

盆と正月の親族の集まりで、遠い親戚なので上座に座る彼女を下座から見た事がある程度だ。

 

学内でもだいたいスクールカーストのトップを通り越して天にいるので近寄りがたいのである。

 

 

「ニノウエ家は対悪魔においては武門の名家!

 この五体と武器をもって悪魔を討つのが家訓!

 私自身、去年の時点でヒグマを素手でひねり殺せる程度の腕力は有している!

 こう見えて空手初段、合気道二段、柔道は特例も使って四段の昇段試験を受けて合格した!

 

凛っ!という効果音と共に胸を張る。そのバストは豊満であった。

 

「無論、合否に家の力は使っていない。自分で言うのもなんだが相応に武術は修めている!

 君の立ち振る舞いで武術を嗜んでいることに気づけたのはそのためだろう」

 

(まあ、LV2~3の悪魔でも熊ぐらいの強さはあるからなぁ……この人、アナライズした感じLV5だし、そのぐらいはできるか)

 

(キョウジさんの使役しとるオキクムシも、LV2やけどクマ並みの身体能力に散弾じみたスキルに訓練した動物並みの知能と普通ならトンデモなモンスターやからなぁ)

 

 

空手初段、合気道二段、柔道四段に加えて学業も優秀。生徒会長を務め、実家は地方の名家で実は悪魔と戦う霊能力者。

 

スタイルは中学生離れしたボンキュッボンの美少女で、ちょっと、いやだいぶ上から目線なことが多いが悪党ではない。

 

ここまで書けば普通ならレギュラーキャラの設定そのものだ。この世界がメガテンじゃなければだが。

 

 

「まあ、代わりに結界や霊視は不家に劣るのだが、それはともかく……。

 どうやら、不家はこの差を埋めるために外部の霊能力者を引き込んだようでな」

 

「外部、ですか。その情報はどこから?」

 

「蛇の道は蛇というが、雇うときの金の流れを家の息がかかった金融機関が掴んでな。

 大金を引き出したのにローンを組むわけでも大きな買い物をするわけでもなし。

 探ってみたら不家についている霊能一族が漏らした情報を拾った、というわけだ」

 

(もう盛大に色んな法律に引っかかってる気がするけどそれはともかく……銃刀法とか僕も偉そうなこと言えないし)

 

「それで、雇い入れた霊能力者というのは?」

 

「うむ、まだつかめたのは名前だけだが……」

 

 

 

そして、前回のラストへと視点を引き戻す。

 

 

 

「ギルス……ギルスか……」

 

「いやいやいや、ありえへんやん!?ギルスってそれ……」

 

「アカネさん、ストップ」

 

 

むう、とお口チャックしたアカネを見つつ、ニノウエに視線を戻すハルカ。

 

ギルスの名前が自分のあずかり知らぬ所で出た時点で、ハルカの警戒心はMAXをブチ抜いた。

 

ハルカの中で、その『雇われたギルス』の正体はいくつか仮説が上がる。

 

 

1.師匠と同じく【仮面ライダー】の知識を有する何者かが名乗って偶然ダブった。

 

2.自分がギルスとして活躍したことに何者か(人間・悪魔問わず)が乗っかって騙ってる。

 

3.大江山の時やユウスケの時のように【ギルス】がこの世界に訪れている。

 

 

概ねこの3つの可能性が最有力として思い浮かんだ。

 

どのパターンだったとしても、ここで自分たちの情報をぺらぺら話すのが危険だという判断は間違ってない。

 

 

「ギルス、というのはガイア連合に所属している霊能力者です。一応は支部長の地位にいる僕が動向を把握できている彼が、僕に無断でこの問題に介入することはありえない。」

 

「むっ、なるほど。つまり不家が抱え込んだギルスが名を騙る偽物であると疑っているわけか……」

 

「無論、僕が気づかない内に(主にギルスのロールプレイしてるガイア連合の黒札が)協力してしまっている可能性はゼロではないですが……それについては急ぎ調査をします」

 

「よし、相分かった!……それで、本題であるニノウエ家との協力は?」

 

「支部長である僕個人としては、前向きに善処しようと思います。とはいえ、今できるのは僕ら個人レベルでの協力が限度ですね」

 

「支部レベルでの連携は支部での手続きがいるし、それ以上は組織の幹部に話を通さないとアカンからなぁ」

 

 

むう、と一瞬表情を曇らせたが、すぐに気を取り直し、凛とした笑顔でハルカとアカネに向かい合う。

 

元より閉鎖的だった両家の中では例外極まる改革派なのが彼女だ、この程度の足踏みで焦るようなメンタリティはしていない。

 

そんな焦りやすい性格ならば、ヒグマをひねり潰せる腕力で現当主をぶっ飛ばして家を乗っ取るぐらいはやってるはずだ。

 

 

「では、個人的な協力者であるキミタチに1つか2つ、情報をまわしておこう。

 ヒノシタ家はこの機会にこちらをけん制したいようでな、週末に会合の予定が入っている。

 あちらの屋敷での会食込みだが、恐らくソコに件の【ギルス】を連れてきて牽制するつもりなのだろう」

 

「! なるほど、そこに僕らがいれば!」

 

「うむ!その【ギルス】何某が何者なのか判断がつくはず。

 少なくとも君らの知るギルス氏なのか、その名を騙る偽物なのかは分かるだろう。

 

 手続きはこちらで進めておく、週末の予定は開けておいてほしい」

 

「……そのセリフはもっと色気のあるシチュエーションで言われたかったとか思ってへん?」

 

「え゛っ!? い、いや、そんな。こんな真面目な雰囲気で思うわけないでしょ!!」

 

「いやその『え゛っ』はなんやねんそれなら」

 

「む? ……ああ、なるほど!逢引の誘いにも聞こえるな!」

 

 

あ゛ーもう!とちょっと顔を赤くして二人の言うことを否定するハルカを、この後20分ほど散々女性二人が弄り倒して、ようやく解散の流れにもっていくことができた。

 

経過時間は合計で一時間弱かそこらだというのに、フルマラソンも余裕で完走できるはずのハルカがぐってぐてに疲れ切っている。

 

半面、弄りっぱなしだったアカネと生徒会長は妙にツヤツヤしていた。

 

 

「いやぁ、こういう会話もいいものだな!

 普段は生徒会の面々や同じ一族の同年代もどこか敬って接してくるので新鮮だ!

 それにハルカ君、君はどうも胸襟を開いて会話したくなる空気を出すのが上手い!無礼講を作る才能がある!」

 

「まー、どうやっても家柄違いまくりやし、オマケに覚醒してるせいではなっとるプレッシャーがシャレにならんからなぁ」

 

「そのせいで僕のメンタルがボッコボコなんですけど……」

 

 

ぐでぇーん、という効果音が背後に見えるほどに疲弊したハルカが、生徒会室の机に突っ伏している。

 

ガールズトーク+被害者一名という地獄のような時間は終わったが、ハルカからすれば酒呑童子との殴り合いのほうがよほどマシだったらしい。

 

まあ、思春期の少年には難易度高すぎるミッションだろう、少なくともオトシゴロにはきつい時間だ。

 

 

「それにええやん、ちょっと本音交じりにガールズトークしたおかげで、生徒会長の夢が『普通に恋人作ってラブラブチュッチュする』ってわかったんやし」

 

「それが分かったところで僕になんの得が……?」

 

「う、ううん、ちょっと恥ずかしいからあんまり言いふらさないでほしいが、うむ」

 

 

なんだこの甘酸っぱい空間、と半分グロッキーなハルカは考えたが、夢の内容そのものは理解もできる。

 

鷹村家で生まれ育ったハルカからすれば、名家の次期当主なんて恋愛結婚から最も遠い立場だ。

 

なるべく霊的才能が高く、それでいて自分達と同じ霊能一族から異性を引っ張ってきて嫁か入り婿にする以外の選択肢は基本的に無い。

 

ガイア連合の黒札へのお見合い攻勢とか種付け懇願とか自慰行為後のティッシュをこっそり回収して人工授精とかが絶えないレベルで他の土地では霊能力者が足りないのだから。

 

この辺りの地区はそこまで切羽詰まっていないが、それゆえに権力維持のためのしがらみは余計に多いのだろう。

 

 

「卒業後は間違いなく、遠めの親戚で霊能力を持ち、なおかつ市議か県議……。

 もしくは地主あたりの親族から誰かが選ばれて婿に来るはずだ。拒否権は無い。

 

 だからこそ、普通の女子のような恋愛に憧れはある。少女漫画でしか見たことがないからな」

 

「生徒会長、少女漫画とか読むんか……」

 

「うむ!家の者がうるさいのでな、り〇んとか毎号こっそり買って部屋で読んでいる!

 アニ〇ル横町は単行本もそろえて押し入れに隠しているぞ!」

 

「予想以上に俗!」「ア〇マル横町ってなに……?」

 

 

思ったよりも年相応な会話というか、生徒会長も一皮むけば中学三年生なのだと分かる会話であった。

 

なにより、こんな空気でも『運命の相手と真っ当な恋愛をしたい』という夢は純粋かつ真剣で。

 

地方の名家に生まれながらも、生徒会長として普通の学生たちを見て成長したからこそ抱いた夢であった。

 

 

「とはいえ、クマをひねり殺せる女に惚れてくれるような奇特な趣味の男性などそうはいまい。

 ……霊能力者相手でも、夜伽の最中にうっかり相手を絞め殺しかねないからな。

 だからこそ叶わぬ夢だと分かってはいるが……せめて小娘の間ぐらいは、な」

 

「ニノウエ生徒会長……」

 

「……すまない、少し暗くなってしまったか。話すことは話した、今日はここまでにしよう。

 招待状に関しては明日までに郵送する。週末の一件、頼んだぞ?」

 

 

話し込んで外が暗くなったのか、あるいは雰囲気が暗くなったのか。

 

その答えは3人とも触れないまま、ハルカとアカネは生徒会室を後にした。

 

ちょっとだけしんみりした空気で、生徒の気配が薄くなった廊下を歩く。

 

文化系の部活は部室棟で行われ、運動系の部活はグラウンドか体育館、はたまた近所にある市民陸上競技場等を借りて行っている。

 

そのため、生徒会室や職員室のある校舎は放課後になると一気に静かになるのだ。

 

 

「……ハルカ君は、なんか夢とかあるん?」

 

「え、夢ですか? ……ううん、あんまり思いつきませんね」

 

「あれ、意外やな。てっきり仮面ライダーとか正義のヒーローとか言うもんやと……」

 

 

ハルカの今までの戦いは、ガイア連合黒札ならばガイア連合の掲示板ログを漁ればすぐに見つかる程度には周知されている。

 

シノの手によって戦闘シーンの切り抜き動画だの児童書風の解説本だのプロマイドだのまで作られているので、アカネも出会う前からハルカ……ギルスの事は知っていた。

 

だからこそ、夢を叶えたかあるいは夢の途中だと思っていたのだろう。

 

 

「ギルスは……『仮面ライダー』であることは、僕にとっては水や酸素と同じなんです。

 それがあるから生きていける、それがあるから、僕が生きている価値がある。

 だから夢となると……将来の展望とかしたいことだからなぁ。パっとは浮かばないよ」

 

 

英雄(ヒーロー)であることが生きる意味であり、貰った力はそのためのモノ。

 

平和な世界や無力な人々のための盾となり、鍛えた心身をもって災厄を打ち破る。

 

先天的にも後天的にも、英雄としての道を歩む以外の選択肢がない精神性だからこそ、彼は阿部によって見出されたのだ。

 

……それが『占いによって検索したら最高のタイミングで偶然阿部が拾うことができた』という事情があろうとも。

 

あの出会いで阿部の興味を引けたのは、彼の振り切った精神性に他ならない。

 

内心では(歪んどるなぁ……)と思ってるアカネもそれを口に出すことはなかった。

 

結局の所、ハンパに善人な『俺達』メンタルであるアカネからすれば、こんな闇が深い問題をなんとかできるほど自信が無いのである。

 

 

「ウチは、まあ。実は趣味でトランペットやっとるんよ。ジャズが好きで、将来はジャズのトランぺッターが夢なんや」

 

「へぇ……渋くていい夢じゃないですか(ちょっと中学生にしては珍しいけど)」

 

「昔行った事がある喫茶店で、えらいキレッキレのジャズが流れとってな。

 なんでも海外から取り寄せたレコード音源だったらしいけど、それからもう、ジャズの虜や。

 ちゃんとトランペット教室にも通ってて、そこそこ上手いんよ?」

 

 

当然というかなんというか、アカネの『昔』とは前世のことだ。

 

ごくごくありふれた中流未満の家庭に生まれ、高校を出たら地元の中小企業で働いて。

 

そんな中で、偶然軽食ついでの息抜きに入ったジャズ喫茶でジャズにハマり、事故で死ぬまで数少ない趣味として浸り続けた。

 

 

(そう、前世じゃ日々の生活に必死で音楽の勉強どころじゃなかった。だから今世こそ……)

 

 

彼女が黒札として頑張り続けられるモチベーションは、ソレだ。

 

前世で叶わなかった夢も、今ならば霊能力者をやりつつ音楽の勉強をすれば十分に叶う。

 

黒札として稼げる金額に、将来入る予定の都市ごと結界で覆うシェルターを選ぶ時に音大がある場所を選べばいい。

 

ちょっとメシア穏健派が余計な手助けしてきそうなのを気を付ければ、前世で叶わなかった『夢』が現実になる所まで来ているのだ。

 

 

「……夢っちゅうんは、呪いにもなれば祝福にもなる。会長みたいな叶わん夢は呪いと同じや。

 せやけど、それでも……夢の事を考えてると、ぐわーって胸が熱くなんねん。

 だからきっと、一度夢を見てもうたら捨てられへん。かなわなかったとしてもな。

 胸の中にしまい込んで、引きずって生きてくしかあらへんのや」

 

「呪いに、胸が熱く、かぁ……」

 

 

二人そろって、中学生にしては達観しすぎている会話を交わしながら校舎を出る。

 

互いに途中までは方向が一緒なので帰路につきながら、夕焼けが二人の顔を赤く照らす。

 

 

「……アカネさん」

 

「ん、なんや?」

 

「夢じゃないですけど、1つだけ決めたことができました。まだ、上手く言葉にはできないけど。

 言葉にできるようになったら、アカネさんにも教えます、きっと」

 

「……ん、そか。楽しみにしとく」

 

互いの家に向かう分帰路まできたところで、アカネに背を向け歩き出す。

 

今しがた胸に抱いた思いを、1文字ずつ言葉にしながら、ハルカは次の『山場』になりそうな週末の会合へと意識を切り替える。

 

 

(流石兄弟さんに内偵頼んで、師匠にも声かけておこう。最低でも占いは出してもらう。

 シノさんには念のためアイテムを郵送してもらって……鬼灯さん呼べるかなぁ)

 

 

……自分のツテを遠慮も油断もせず可能な限り使い、ギルスを名乗る何者かに備えるのであった。

 

 

 



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「レディースエェーンド!ジェントルメェーン!」

 

時間は流れ、会食を数時間後に控えた日曜日。

 

この日の為に、ハルカは持てる限りのコネと権限をもって手札をかき集めた。

 

阿部に連絡を取って占術等を使った先読みを頼みつつ、可能なら現場に駆け付けれくれるよう手配。

 

事前調査については流石兄弟が一晩でやってくれました状態なので資料を読んで対策をたてればいい。

 

そこから必要になりそうなアイテムや装備をシノに注文し、G3ユニットにも当日は屋敷の周囲で待機してもらう手筈は整えた。

 

霊山同盟の巫女の招集も考えたが、相手をやたらと刺激しないよう距離を開けた場所にあるホテルで待機して貰っている。

 

鬼灯はどうやらガイア連合の重要な仕事があるとかで来られなかったが、その分は支部長としてハルカが頑張るしかないだろう。

 

同じく、ペルソナ使いなので専門の案件に当たっている七海や、物理的に距離がある鋒山や紅葉も呼ぶには厳しかった。

 

なにより各自担当している霊地や異界があるのだ、不穏ではあっても決定的な証拠がない案件に呼べるほどではない。

 

 

(サスガブラザーズの資料、やっぱタメになるなぁ……流石に問題の根幹である偽ギルスの正体までは分からないけど、ヒノシタ家とニノウエ家の内部事情はほとんど丸裸だ)

 

 

まず、ヒノシタ家が件の偽ギルスとやらを招き入れたのは推定で今週の月曜日。

 

そこからニノウエ家の次期当主である生徒会長がヒノシタ家の不審な動きに気付き、週末の会食の前に色々探り始めたのが火曜日。

 

木曜日に『ギルス』の名前を掴み、放課後に自分とアカネを呼び出して生徒会室で密談。

 

ここからハルカが木曜日の夜に流石兄弟含めた面々に連絡を取ったので、二日間だけで2つの家の内部事情を探り切ったことになる。

 

管理している異界や主な霊能力者、市議や県議、地元企業に入り込んでいる名家の人間までリストアップ。

 

本人たちは「OK、裏帳簿ゲット」「流石だよな俺ら」とかサラっと言ってたが、2つの家を脅せそうなアレコレまでさらっと渡してきた。

 

 

(実は忍者か何かなんじゃないかあの二人……それでも『偽ギルス』に関する情報はほとんどないな。

 せいぜい先週の終わりあたりにヒノシタ家が招き入れた可能性が高い、ぐらいか。

 これに関しては生徒会長から聞いてる情報と大差ないな)

 

 

ニンジャ・リアリティ・ショックを起こしそうな想像をしつつ、会食のための最後の準備を進める。

 

どうやら立食パーティ形式にするようで、それぞれの家の霊能力者やオカルトを知っている権力者なんかも集める気らしい。

 

生徒会長から送られてきた資料もあるが、ソレがファ〇通の攻略本に見えてくるぐらいサスガブラザーズの持ってきたデータは裏の裏まで網羅していた。

 

『調査』に関しては一流というのは知っていたが、オカルトに関係ない資料まで揃いすぎである。

 

 

「まあ、いいや……とにかく、僕とアカネさんが会場に来客として潜入。

 イチロウはアオイさんと外で待機。連絡用の式神や無線機に異変があったら踏み込んでくれ。

 ……何事もなければ、会食のお土産を持って帰って終わりだけどね」

 

「なんつーか、警戒がガチだな……気になる事でもあるのか?」

 

「いやな予感がするのもそうだけど、ギルスになってから毎回毎回この手の異常事態の予感が丸く収まったことは無いんだ。だいたい予想以上のナニカになって襲ってくる」

 

「お、おう……」

 

 

なんとなく嫌な予感がする、そんな予兆だけでも警戒心を120%まで引き上げるようになってしまった少年の姿であった。

 

が、確かに彼がギルスになってから巻き込まれた事件で、イヤな予感がするというふんわりした予兆の後に何も起こらなかったパターンは存在しない。

 

ガイア連合黒札勢曰く、『運命愛され勢』と呼ばれるド級のトラブルメーカー体質の持ち主たち。

 

間違いなく彼もその一人であった。

 

 

閑話休題。

 

 

一通りの確認を終えて、会食の準備のために礼服等に着替えようとするハルカ。

 

礼服の下には対悪魔用の霊的防具が仕込まれており、そのまま異界に潜ることも可能な特別性だ。

 

一方のイチロウも、今までの依頼でコツコツ貯めたマッカやガイアポイントでそろえた霊的防具をしっかり着込んでいる。

 

あとは迎えが車でたいきするだけ……そんなタイミングで、ハルカがふと口を開いた。

 

 

「なあ、イチロウ。君には何か……夢はある?」

 

「夢?夢かぁ……やけにとうとつだな。どうした……?」

 

「いや、先日ちょっとアカネさんや生徒会長とそういう話になって」

 

 

『今後の相談しにいってそうなるってそれはそれで唐突だな』と思いながらも、なんとなく真剣な雰囲気を感じてイチロウは考えこんだ。

 

将来なりたい職業とか、そういう方面の夢はさっぱりと思い浮かばない。

 

ハルカを見て憧れた『正義の味方』を挙げようと思ったが、さすがに本人の前で言い切るのは恥ずかしさが勝った。

 

 

「夢、って言っていいかわからないけどさ。オヤジとオフクロがもーちょっと仲良くなってくれればいいかな、って思ってるよ。オヤジに言われた事をするとオフクロに怒られて、オフクロに言われた事をするとオヤジに怒られて……なんて生活だからなぁ」

 

「……家族仲良く暮らしたい、ってこと?」

 

「ま、そんなところだなぁ……まあ、ちっぽけな目標かもしれないけどさ」

 

 

世界平和とか、そういう立派なことを言いだしそうなハルカに比べたら……という羞恥心からか、イチロウは軽く頬を掻く。

 

だが、一方のハルカはそれを笑うこともバカにすることもなく真剣に受け止めていた。

 

 

「いい夢だと思うよ、ソレ。家族は仲良く暮らせるほうがいいからね」

 

「お、おう。そうか?」

 

「ああ、世事抜きにそう思う。 ……僕にはもう叶わない夢だからさ

 

 夢があると、時々ぐわーっと胸が熱くなる……らしいから。

 

 ……叶わない夢は、呪いらしいけど」

 

 

え?とイチロウが疑問の声を上げた所で、待機していたハルカのマンションの前に迎えの車が来たらしく、インターフォンが鳴った。

 

オートロック式であるこの建物は、入り口で用のある部屋のインターフォンを押して外から呼び出すタイプである。

 

 

『主殿、ニノウエ家から迎えの車が来たようです、今、一階のロビーで応対しています』

 

「ありがとう。すぐ向かうと伝えてくれ」

 

 

念には念を入れ、ロビーでレムナントを待機させて迎えの車が本物かどうかまで確認させた。

 

レムナントも式神ボディである以上、アナライズ機能やエネミーサーチは標準搭載。

 

アナライズ結果に異常があったりアナライズジャマーがかかっていた場合、即座にこのマンションが戦場になっていただろう。

 

……真面目にレベル上げしてる黒札やデモニカ配布済みの金札までいるこのマンションに殴り込むのは普通に自殺行為だが。

 

 

「しかし、まさかこの年でスーツ着ることになるとはね……なぜか師匠が用意してくれてたし。何が見えてるんだあの男には……」

 

「いいじゃないですか、お似合いですよ?」

 

「お世辞はいいって、あきらかに着られてるのが見え見えだから」

 

「と、特殊な趣味の需要はありますから」

 

「信じられるか?これで堕天するどころか天使としての格は上がってるんだぜ?」

 

 

いつのまにか天使プリンシパリティからパワーを通り越して『天使 ヴァーチャー LV44』になっていた式神にツッコミを入れつつ……。

 

元々小柄で女顔なのもあって、はっきりいってハルカはあんまりスーツが似合う体格をしていない。

 

いっそドレスのほうが似合う可能性もあるが、それはそれで鍛え続けた筋ショタボディがノイズになる。

 

変身スキルによって別人に化けるという手も考えたが、招待客の特徴を受付に伝えてあったらアウトだ。

 

結果として、ハルカはあんまり似合わないスーツ姿で会食の会場に入ることになった。

 

少し造りは古いが、金はあるのか中々に豪華な西洋風の屋敷が建っている。

 

『まあ僕の実家も無駄に広い武家屋敷だったしなぁ』とロクに帰っていない実家の事を思い出しながら、受付を済ませて中に入った。

 

レムナントは入り口までの付き添いであり、現在は駐車場で待機して何かあれば即座に飛び込んでくる手筈になっている。

 

 

(ドレスコードは『スマートエレガンス』だから、このスーツでいいはずだけど……洋式のパーティは慣れないなぁ。和式の会食なら何度かあったけどさ)

 

「あ、ハルカくん。ここにおったんか!いやー、この手のパーティだといっつも端の方でコソコソしとるかそもそも呼ばれへんから探したわ」

 

「あ、アカネさん。 似合ってますね、その服」

 

「い、いやぁ。いっそ素直に馬子にも衣裳でええんよ?」

 

 

ブラウスの上からボレロを羽織り、立食パーティ用の動きやすいスカートを合わせたアカネは、控えめに言っても美少女のソレである。

 

関西弁で元気っ子でノリがよくて転生者でボイスロイドでそのバストは平坦な美少女である。

 

ちょっと属性盛りすぎな気もするが、なんにせよパーティの付き添いとしてこの上ない相手だろう。

 

 

『アオイからレムナントさんと合流したって連絡も来とる、イチロウ君も一緒や。会食会場はガッツリ包囲されとるよ』

 

『用意できるモノはしましたけど、それでも不安は消えませんね』

 

 

読心スキルやそれと同じ効果のアイテムを使い、互いの心を浅く読むことで目配せだけで会話する。

 

当然、対読心の準備も万端だ。ちょっとした作戦会議でも外に漏れないようにしないと、この業界ではそこから何もかも筒抜けになる。

 

対策していない人間に機密を話し、そこから心を読まれて芋づる式……なんてマネをされては困る。

 

アオイもイチロウもG3チームも、ガイア連合が施せる読心対策は施してあるし、この二人はそれ以上にガッチガチだ。

 

今回はお互いの読心スキルだけを通すようにチューニングし直したのである。

 

……逆に言えば、その手の対策をまだとっていない面々には、どれだけ親しくても一切重要なことは話していないのだが。

 

というわけで簡単な確認を行っていたが、その最中に声をかけてくる影が1つ。

 

 

「ほう!二人とも中々可愛らしい装いになったな!」

 

「あ、生徒会長」「二人ともって何ですか二人ともって」

 

 

朗らかに対応したアカネと、逆にむすっとしているハルカ。ヒメの方はニッコニコだが。

 

ワンピース・ドレスに身を包み、中学生離れした豊満バディのラインを見せているのはなるほど、美女に片足を突っ込んだ美少女であるという自負の表れだろう。

 

自信満々で大胆不敵な改革派である彼女らしいセレクトとも言えた。

 

 

「例の『ギルス』とやらの顔合わせは、もうすぐ行われる開宴の挨拶で行われるらしい。

 季節の変わり目の会食という名目だが、実質は外部からの助っ人招集だからな。

 なるべく先手でインパクトを遺し、どっちつかずの分家を引き込みたいのだろう」

 

「顔役2つとついてくる家が大小さまざま……面倒なことになってますねぇ」

 

「この世に面倒じゃない組織なんて存在しないんよ、ハルカ君」

 

「ごもっともで」

 

 

軽く肩をすくめるハルカと、くすりと笑うヒメ。

 

お互い規模は違えど、場所は違えど、中学生ながらに面倒な組織というモノに振り回されてる側であった。

 

そんな歓談を楽しんでいると、パーティ会場の舞台に人の気配を感じる。

 

簡単なアナウンスがあり、どうやらようやく開宴の挨拶が始まるようだ。

 

舞台に上がってきたのは、初老に差し掛かった男性。中々に威厳のある風貌である。

 

生徒会長が小声で『ヒノシタ家の当主だ』とささやいてくれたが、ハルカは流石兄弟からの資料でしっかりと予習済み。

 

 

(LV4……これといったスキルもなし。まあ、よくある地方霊能組織の長ってところか)

 

 

言っては何だが、特筆すべきところはなにもない。

 

政治的なやり取りもできる地方名家の金満霊能力者、それがすべてだ。

 

そして彼の子供や孫たちも、アカネが『ヒメ生徒会長が一番マシ』と断言するような面々。

 

名家であることをハナにかけ、露骨に分家を見下す。ガイア連合と馴染めないタイプの一族である。

 

 

(……そんな一族が、何を理由に外の霊能力者を招いたのか。気になるのはソコだ)

 

 

長々と続くヒノシタ家当主の話を右から左にスルーしつつ、思考を高速で巡らせる。

 

ニノウエ家とヒノシタ家の主導権争い、そのカードとして招くのなら相当強力な霊能力者でないとデメリットがメリットを上回る。

 

そこはヒメやアカネと相談した時から出ていた問題であり、だからこそ超人クラス……LV20を超えるぐらいの霊能力者を連れてこないと割に合わない。

 

が、そんなレベルの霊能力者がポンポンいるのはガイア連合かメシア過激派ぐらいだ。

 

ゴトウ部隊ですら歩兵ではなく多脚戦車もってこないとコンスタントに超えられないのがLV20の壁である。

 

だからこそハルカは『どこぞの悪魔が化けて当主をマリンカリンでたぶらかしてるんじゃないか』という仮説も立てていたが……その答えがようやく明らかになった。

 

 

「今回、我が家に客人として招き入れることになった『ギルス殿』と……」

 

 

当主の誘導に従い、舞台袖から出てきた『偽ギルス』。

 

厚ぼったいコートで首から下を覆い、顔はフードでしっかりと隠されている。

 

パーティのドレスコードなんてガン無視の恰好に会場がざわつくが、ハルカは即座にいくつかの違和感を見抜いた。

 

 

(なんだ、男……多分未成年の男子、だよな?見えづらいが、骨格がおかしい!)

 

 

立ち振る舞いや体重移動、体つき等で服の上からでも男女の違いやおおよその年齢を割り出せる『眼』をハルカは鍛え上げている。

 

だが、あの『偽ギルス』は性転換手術を受けた人間以上にその境目が分かりづらいのだ。

 

 

(なにより、アナライズが通らない!?自衛隊やガイア連合の技術部が開発したっていう『アナライズジャマー』か!?)

 

 

アカネの方もこっそり持ち込んでいるCOMPでアナライズして違和感に気付いたのか、既に服の下に仕込んだ武器に手を伸ばし臨戦態勢だ。

 

こちらが向こうを認識しているように、向こうだってこちらの存在を認識していて当然。

 

最悪の場合はパーティ会場で取り押さえるために、後始末の手筈としてG3ユニットなどのプロを招集したのである。

 

ハルカもいつでも飛び出せるよう、腰に力を入れてこっそりと『ベルト』を出現させ……。

 

 

その瞬間、『偽ギルス』の後ろからひょいと出てきた少女が、当主のもっていたマイクをひったくって前に出た。

 

 

会場のざわめきは最高潮に達する、無礼な!あの女を下がらせろ!いったいどういうつもりだ!そんな困惑と怒号が響き始めた。

 

そのすべてを雑音とばかりにスルーして、『銀髪の少女』はマイクに口を添える。

 

いや、少女のようにもみえるが、成熟した女のような色気も同時に持つ、奇妙な女性であった。

 

こちらはスーツ姿であり、顔だちは美少女と言って差し支えないが……ヒメとは別種の上から目線を感じる。

 

ヒメのそれは名家のプライドによるノブレスオブリージュに近いモノだが、これは例えるなら『家畜や奴隷を見下すような視線』だ。

 

「ご紹介に与りました、霊能力者『ギルス』の補佐を務めさせていただいております……」

 

ぺこり、と一礼し……顔を上げるのと同時に、ニマァと三日月のように口をゆがめた。

 

 

「二代目……『無亜居士(ないあこじ)』と申します」

 

 

「全員下がれェッ!!! 【変身】ッ!!!」

 

 

その名前が聞こえた瞬間に、ハルカは変身しながら飛び出した。

 

体内の危険信号すべてがレッドランプで回転する。

 

正体を暴くのは後回し、とにかく始末しなければまずい!そんな警戒心が肉体を突き動かした。

 

 

そして、その警戒は正解だった。

 

 

躊躇なくギルスに変身したハルカは、増幅された脚力で前に出る。

 

『偽ギルス』が同じタイミングで前に出て、無亜居士目掛けて突撃したギルスの行く手を阻む。

 

振るわれたギルスの拳を『偽ギルス』が両腕でガードし、衝撃でフードとコートが吹き飛んだ。

 

露になった、その顔は……。

 

 

 

「……は、え……?」

 

「「また会ったな、愚兄/愚息」」

 

 

 

そこにあったのは、マトモな人間の顔ではなかった。

 

例えるなら2つ別々の福笑いを混ぜて、1つ分のパーツだけを選んで遊んだあとのような。

 

その遊んだ結果として、奇跡的に顔のパーツが正しい位置に当てはまってしまったような。

 

聞こえてくる声も、右耳のイヤホンで原曲を、左耳のイヤホンでカバー曲を流しているような。

 

不気味の谷という現象を、そのまま人間に整形したような存在が目の前に立っていた。

 

 

「……ショウゴ……母さん……?」

 

「レディースエェーンド!ジェントルメェーン!」

 

 

正体に至ったギルスが茫然と呟く中、上機嫌に舞台の上の無亜居士……否。

 

『這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)』が、司会進行のお株を奪うように宣言する。

 

 

こちらにありまするはぁ!私、無亜居士の傑作が1つぅ!

 

 己の長男を無価値と断じた事が間違いだと認められない毒親と!

 

 贔屓され続けてエゴばかりが育ちすぎた愛息子の次男を素材にいたしました!

 

 

ぐじゅり、と菜花/ショウゴのようなナニカの体が変形する。

 

ハルカにとって縁深く、見覚えのある、その姿に。

 

 

『緑色の長いツノ』

 

『同じ色の生体装甲』

 

『虫と人間の両方を思い起こさせる肉体』

 

『夜の闇のように黒い瞳』

 

 

まるで芸術家が己の作品を発表する時のように、ニャルラトホテプは高らかに宣言した。

 

 

 

 

「【母子合体魔人 ギルス・アバター】にございます!」

 

 

 

 

 

 





「世界中の子供たちに愛と勇気をね!」

「与えてあげる前提で、まず怖がらせるだけ怖がらせてあげちゃうよーん!」

「一生残る恐怖と衝撃で一生残る愛と勇気をね!!」


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「……仮面、ライダー……」

「はあ、はあ、ひぃ、ひっ……!?」

 

最初は、ちょっとした度胸試しだった。

 

ある日SNSでバズる動画を撮ろうと、出るとウワサの廃ゲームセンターに忍び込んだ。

 

クラスで浮いていたことへの焦りもあったのだろう、最近流行のオカルト動画でバズって、友達を作るきっかけにしようと思ったのだ。

 

それなのに不可思議なバケモノが突然現れて、ぎゃあぎゃあと喚きながら自分を喰らおうと追ってくる。

 

 

あれはよくないものだ、あれは自分を害するものだ、と本能で理解して逃げ出したものの……。

 

 

「っい、行きどまり!?」

 

 

土地勘もない廃墟で逃げ回れば、当然そのうちこうなるわけで。

 

しかも異界化によって変貌した建物は迷路のように変化しており、出口までの道筋もいつの間にか見失っていた。

 

すぐさま引き返して別の道を選ぼうとしたが、時すでに遅し。

 

例のバケモノが数匹、後ろの通路をふさいでじりじりとにじり寄ってきた。

 

 

(あ、これ死んだ)

 

 

床にへたり込んであとずさりして、背中に壁の感触を感じ、恐怖に怯えながらも妙に思考だけは冷めきって。

 

つまらない人生だったなぁ、なんて諦念が心を支配したところで、そのバケモノ……『幽鬼 ガキ』たちが自分目掛けて躍りかかり。

 

横合いから壁をブチ破って現れた、異形の二輪バイクにまとめて引き潰された。

 

 

「!? は、えっ……!?」

 

生き残ったガキが爪を使って攻撃を仕掛けるものの、その異形はたやすくそれをいなし、反撃の拳でガキを四散させる。

 

数多くの人修羅を葬ってきたガキも、レベル差が開けばこんなものだ。

 

さらに数匹のガキが湧いて出てきたが、その異形が神々しい光と共に炎を放てばチリ紙のように燃え尽きる。

 

どう考えても聖なるモノではない異形だが、しかし、放つ光はイチロウの心が穏やかになるほど神聖なモノだった。

 

 

「……無事か?ボ……いや。 私は、味方だ」

 

 

差し伸べられた手に、イチロウの両手が縋りつく。

 

……人生には運命の転換期というモノがあるという。

 

太宰イチロウにとっては、この『正義のヒーロー』との出会いこそがそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アカネさん、生徒会長!皆を避難させてくれっ!」

 

「アンタはどうするんや!?」「そうだ、私も戦わねば……」

 

「巻き込まれて何人死ぬと思ってるんだ!早く行けッ!!」

 

突然の悪魔と異形の襲撃に、既にパーティ会場は大混乱だ。

 

我先にと逃げ出そうとする人々、覚醒をおえている霊能力者も格の違いを肌で感じ、一瞬で心が折れた

 

ギルス・アバターと無亜居士にかけられていた、アナライズジャマーと同じ効果の呪詛らしきモノは解けている。

 

それが解けた瞬間、アナライズ可能になるとともにとんでもないプレッシャーが放たれたのである。

 

 

【 魔人 ギルス・アバター LV55 】

【 邪神 ニャルラトホテプ LV53 】

 

 

対するハルカ……ギルスのLVは『55』。

 

片方だけなら互角に戦えるだろうが、両方同時に来られたら当然のように不利がつく。

 

しかし、この場にいる中で二番目に強いのはアカネ、その彼女ですら『LV34』。

 

半終末になって真面目にレベル上げしている黒札としては十分な強さであるが、あまりにも相手が悪い。

 

 

(アカネさんより強い黒札……戦力になりそうなのは最低でも『白夜叉』や『サスガブラザーズ』

 可能なら『デビルハンター』や『蟲姫』、あるいは鬼灯さんが欲しい相手だ!

 前衛が複数いるならアカネさんの援護が欲しいけど、僕一人じゃ前線を維持できない!)

 

 

 

「相談してる余裕があるのかァ!ッハハハ!!」

 

「ぐぁっ!?」

 

ギルス・アバターの腕の一部が一瞬触手になり、それが硬質化して『ギルスクロウ』そっくりに変化。

 

『虚空爪激』*1が放たれ、ギルスの胸部生体装甲をズタズタに引き裂く。

 

火花と共に吹き飛んだギルス、しかし追撃の手は緩めない。

 

 

「『ザンダイン』ッ!」「うああっ!?」

 

 

後衛についたニャルラトホテプの衝撃魔法がギルスをさらに吹き飛ばす。

 

うめき声を上げながらもなんとか立ちあがるが、その直後にニャルラトホテプが構えた魔法で『狙い』を悟ったギルス。

 

反撃ではなく移動に全力を尽くし、一気に目的地へと駆け付けて仁王立ちになった。

 

 

「さあ、正義の味方らしく助けてみなさいな、『マハザンマ』!」

 

「うっ!ぐああああああっ!!?」

 

 

ニャルラトホテプが狙ったのは、ギルスではなく我先に逃げようとしているパーティに参加していた人々だ。

 

生徒会長ですらLV5、当主の男でもLV3、参加者の大半はLV1にすら到達していない一般人。

 

マハザンマどころかザン一発ですら死にかねない。

 

広範囲魔法相手では、避難する面々の前に立ちふさがったとしても庇いきれないだろう。

 

だからこそ、ギルスは無茶に無理を重ねた。ギルス・アバターの爪に切り裂かれながらも前に出て、ニャルラトホテプの眼前で全ての衝撃を自分の体で受け切ったのである。

 

 

(そうだ、もっと苦しんで、足掻いて、絶望しなさい!)

 

 

追い付いてきたギルス・アバターに背後から切り裂かれたギルスにザンダインを打ち込みながら、ニャルラトホテプは暗い愉悦に頬を歪める。

 

ガイア連合やメシア教穏健派にバレないよう、日本各地で仕込み続けた玩具の種。

 

お気に入りのプレイヤーであるカヲル君にぶつけるために用意していたソレらを、遊ぶ前に先回りして叩き潰し続けたのがこの師弟だ。

 

ギルスの実家である鷹村家もそう、本当ならギルス・アバターの材料になった一族で長く遊べるはずが、ニャルラトホテプが収穫するまえに阿部が叩き潰した。

 

ならばと愛弟子であるギルスを殺して阿部を絶望させようと、【対ギルス】向けに調整した異界とその主を育てていたら、育成中にギルスの練習相手として刈り取られ。

 

大江山では愚かな一族による身内殺しをニッコニコで観戦していたのに、茨木童子と阿部のせいで『劇場版 仮面ライダーギルス 大江山の大悪鬼』って感じに乗っ取られた。

 

ニャルラトホテプは吟遊GMである。あるいはこまったちゃんである。

 

自分の作ったシナリオでPLを阿鼻叫喚させるのが一番好きで、次点でカヲル君のようにマンチプレイで乗り越えてくるのを見るのが好きなのだ。

 

書いてる最中のシナリオという名の玩具を、横から出てきてライターで燃やしていく師弟を好きになれるはずもない。

 

だからこそ、今回は自分の遊興の邪魔になる師弟の片割れを、高位の分霊まで出して始末しにきたのだ。

 

無論、ただ始末するだけでは這い寄る混沌としての沽券にかかわる。

 

 

(地味に苦労したんですよぉ?貴方の母親と弟を探し出し、オカルト関連の仕事中に声をかけて。

 無亜居士の名前を出したらホイホイ乗ってきましたから、その体から精巧なレプリカを作って。

 二人にかけられてる監視・追跡用の契約呪詛をレプリカに移し替えてから拉致!)

 

いつまでも誤魔化せるものではない、長くても『十日』が限度。

 

それ以上は地獄湯の閻魔とその相方は確実に違和感に気付き、偽装に使っているレプリカ……『外道 スワンプマン』からニャルラトホテプの暗躍に気付く。

 

だが、この二人は所詮ガイア連合にとってさして重要なコマでもないのが幸い/災いした。

 

元ダークサマナーであるクレマンティーヌですらあんな扱いなのだ、はっきりいってこの二人の扱いはガイア連合でも些事の中の些事。

 

だからこそ、ニャルラトホテプはギルス相手の嫌がらせ10割で【母子合体魔人】を用意したのである。

 

……戦力として使うのなら、別にこの二人をつかった母子合体魔人でなくていいのだから。

 

 

「うっ、ぐ……アカネさんッ!!早く!!」

 

「ッ……すぐ援軍呼んで戻ってくるさかい、それまで死ぬなや!?」

 

「葛葉くん、しかし!?」「いいから来いや!!」

 

 

アカネがヒメの首根っこを掴んで無理やり避難させ、彼女が呼び出した専用式神。

 

本人曰く【東北姉妹】と呼んでいるソレが殿となり、パーティ会場の人間の避難がようやくスムーズに進み始めた。

 

 

(まあ、素直に逃がすわけありませんけどね?)

「召喚、ムーンビースト」

 

パチンとニャルラトホテプが指をはじくと、彼女の周囲にMAGが集合。

 

巨大な青白いヒキガエルの頭部だけを触手に置き換えたような悪魔が2体、ずるり、という音と共に湧き出てきた。

 

『外道 ムーンビースト LV12』。普段ならばギルスにとって相手にもならない悪魔だが、この状況では最悪に近い。

 

なにせ、ギルスガン無視で非難する人間の方を追い始めたのだから。

 

 

「ッええい、『ガルダイン』ッ!!」「『マハジオ』!」「『きりたん砲』!」

 

 

即座にアカネたちが反応し、避難誘導と並行してなんとかムーンビーストを食い止める。

 

しかし、ギルス・アバターがギルスを相手している間に、ニャルラトホテプはMAGが続く限りいくらでもムーンビーストを呼びだすだろう。

 

なにせ数日前からヒノシタ家の当主を魅了してこの会場に入り込んでいたのだ、ムーンビースト召喚のための仕込みはいくらでもできた。

 

 

「私の娯楽を妨害し続けた罪は、ヒーローとしての全てを否定される事で払ってもらいましょう」

 

 

絶望的な戦力差を前に立ち向かってくるギルスに、ニャルラトホテプは愉悦と共に嘲笑を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ、避難誘導のせいで時間かかった!」

 

「ムーンビーストの対処で手一杯ですよ……一体どれだけの召喚装置を仕込んだんだ、あの邪神は!?」

 

 

避難を開始した直後、会場に使われているヒノシタ家の屋敷の各所からムーンビーストが湧いてきたのだ。

 

客間に書斎に廊下にロビーに、挙句の果てにトイレまで。

 

一か所につき1~2匹程度とはいえ、おそらく時間差でムーンビーストが召喚されるようにニャルラトホテプが仕込んでいたのだろう。

 

事実、会場の周囲に待機していた面々は突入と同時にムーンビーストの対処に手を取られていた。

 

愚痴りながらもムーンビーストを駆逐しているG3ユニットの面々、このレベルの悪魔なら大江山の妖鬼軍団で経験済みだ。

 

「レムナント氏、ここは我々G3ユニットでなんとか抑え込みます!貴方達は奥へ!」

 

「タティアナさん!ソフィアさん! ……わかりました、イチロウ君、君も!」

 

「は、はい!ギルスレイダー、頼むぞ!」

 

レムナントがギルスレイダーにまたがり、その後ろにイチロウがしがみつく。

 

邪魔なムーンビーストをギルスレイダーの【ぶちかまし】を使用しつつフルスロットルで跳ね飛ばし、空いた空間を駆け抜ける。

 

庭をブチ抜き、廊下を突っ切り、階段をすっ飛ばし、時折邪魔なドアをけ破りながら、一気にパーティ会場への最短ルートへ突入。

 

一切ブレーキをかけるつもりもなく、このままムーンビーストも障害物も蹴散らしてパーティ会場に突入するつもりだった。

 

……その途中、『あるもの』が視界の端に映るまで。

 

 

「! レムナントさん、ブレーキ!!」

 

「ッはい!」

 

 

躊躇なくブレーキを踏んだのは、一瞬だけ遅れてレムナントもイチロウと同じモノを見たからだろう。

 

停止したギルスレイダーからイチロウが飛び降り、ブレーキをかける原因になった『彼女』に駆け寄る。

 

 

「何をしてるんですか会長、こんなところで!?避難したんじゃないんですか!?」

 

「ッ……君は、太宰君か。そうか、そうだな。鷹村君と共にいた君も、そりゃあこっち側か……」

 

 

パーティの時のワンピース・ドレスではなく、対悪魔用と思われる装備に身を包んだニノウエ ヒメがそこにいた。

 

装束と霊刀を手にここにいるということは、明らかにパーティ会場に戻って悪魔と戦うつもりだったのだろう。

 

恐らく、アカネにひっぱられて避難した後にこっそり持ち込んでいた装備に着替えて戻ってきたのだ。

 

イチロウの横を通り抜けて奥へ向かおうとする彼女の手を、イチロウは反射的に掴んでいた。

 

 

「今行けば死にますよ!?実力差ぐらいわかるでしょ!?」

 

「(っ振りほどけない!?やはり彼も……) だが、逃げるわけにはいかない!

 私はニノウエ家の次期当主!そしてニノウエ・ヒノシタ両家で最高の霊能力者だ!

 ……君たちからすれば矮小な力だろう、だが……!」

 

 

言い切る前に、イチロウはヒメの手を放し、そのいく先に仁王立ちする。

 

 

「……俺もどかせないようじゃあ、奥に行ったって足手まといだ!

 今掴んだ手、ガタガタに震えてるじゃないか!なんで無茶をしたがるんだ!」

 

「わ、私は……だって私は!このために生きてきたんだ!悪魔と戦うために!!」

 

 

食い止めようとするイチロウに対し、ついにヒメの感情が爆発した。

 

とっくに心など折れている、パーティ会場での戦いで、あの異次元の戦いを見てしまった時から。

 

手足の震えは止まらない、それでも、彼女にはそれ以外の選択肢がなかった。

 

 

「だって、皆私より弱かった!だぁれも私を助けてくれなかった!いっつも助ける側だった!」

 

「……だから?」

 

「だから私は助けにいかなきゃならない!助けてくれる人なんているわけがない!」

 

「……それで?」

 

「そんな都合のいい、夢物語のヒーローみたいな存在があるものか!だから、だから……」

 

 

イチロウとヒメの押し問答は続く。

 

いや、一方的にヒメが喚き散らし、イチロウがそれを受け止めている状態だった。

 

しばらく心の内を吐き出した後、ついに彼女はへたり込み、俯いて泣くだけになってしまった。

 

次期当主として、生徒会長として、周辺で最高の霊能力者として。

 

若くして抱え続けた重さすべてに、この土壇場で耐えきれなくなっただけの、ただの少女がそこにいた。

 

 

「……いるさ、ここに。半人前の『仮面ライダー』だけど」

 

「……え……?」

 

ぽす、と顔を上げたヒメに、イチロウのトレードマークだったつば付きの帽子が落とされる。

 

顔を覆ったそれを手に取ってもう一度見上げれば、腹をくくった男の顔があった。

 

 

「泣き顔のまま外に出るのもアレだろ、それ被って隠しときなよ……衣装との取り合わせ、最悪だけどさ」

 

「太宰、君……?」

 

「俺もさ、立派な人間じゃないんだ。よくてハルカの友達……悪く見れば腰巾着。だけど……。 

 なあ、会長。会長って、夢はあるか?」

 

「……あ、ある。小さな、夢だが……」

 

 

そっか、と答えたイチロウが立ちあがり、ヒメに背を向けた。

 

奥の廊下から出てきたのは、恐らくアカネたちが取り逃したムーンビースト。

 

パーティ会場は目と鼻の目前である、ここさえ突破すれば、鉄火場の最前線にたどり着く。

 

イチロウはイヌガミとアガシオンを召喚し、生徒会長を守って外に逃げろ、と命令を出した。

 

 

「夢ってやつは、叶わないと呪いだけど……持ってるとぐわーって胸が熱くなる、らしいぜ。

 

 俺には人に誇れるほど立派な夢は無いし、ハルカの夢はもう叶わないって言ってた、でもな」

 

 

迫りくるムーンビーストに、イチロウは『構え』を取る。

 

光と共に腰にベルト……『オルタリング』が現れ、眩い光が闇を照らす。

 

その時ヒメが見た光景は、かつてイチロウがギルスに助けられた時に見たモノとよく似ていた。

 

 

「夢を守ることはできる。  …… 変 身 ッ !!!

 

 

 

 

光に包まれたイチロウの体が、進化し続ける黄金の戦士……『アギト』へと変身する。

 

とびかかってきたムーンビーストを容易く蹴り飛ばし、レムナントと共にギルスレイダーに再度搭乗。

 

今度はイチロウ……アギトが運転を担当し、残ったムーンビーストを蹴散らしながらパーティへ踏み込んでいく。

 

 

「……仮面、ライダー……」

 

 

そんなアギトの背を、少しだけ頬に朱の差したヒメが見送ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減諦めたらどうです?英雄気どりの愚か者さん?」

 

「ぐ、う……!?」

 

 

一方、ギルスはギルス・アバターとニャルラトホテプの波状攻撃に追い詰められつつあった。

 

ムーンビーストはアカネたちがなんとか対処してくれている、しかし、そもそも同格の相手二人と戦って無事で済むはずもない。

 

アカネたちが援護に回ろうとするが、範囲攻撃に巻き込まれて余計に回復の手間が増えかねない状態。

 

万が一ギルス・アバターと肉弾戦にでもなったら、前衛型の東北姉妹はともかく後衛型のアカネがきびしい。

 

蘇生のためにリソースを割けば一気に押し込まれる、そんなギリギリの戦況なのだ。

 

そんな状況で、ぎゃははは!と下品な笑い声を上げながらギルス・アバターが襲い掛かってくる。

 

 

「「今の俺/私と同じように、貰った力でイキり散らしてきたんだろォ!」」

 

「ぐっ……!?」

 

「「生まれついた力を磨かず、ズルして得た力で好き放題やった罰を受けろ!死ね!

 

  私がこれからも続けるはずだった正義の味方としての日々を奪った罰を受けて死ね!

 

  俺がこれから手に入れるはずだった鷹村家の全てを奪った罪を背負って死ね!

 

  死ね、死ね、死ね!!愚兄/愚息ッ!!!」」

 

「ふざ、けるなぁ!!」

 

 

振り下ろされた爪をギルスクロウで受け止め、わき腹に回し蹴りを放って距離を取る。

 

ぐおっ、と鈍い悲鳴を上げたギルス・アバターに、ギルスは渾身の感情を込めて言い返す。

 

精神的にボロボロに追い詰められるような状況でも、彼の心は奮い立つ。

 

 

「お前たちと一緒にするな!僕は……僕はこの力を誰かの為に使うッ!!

 

 たとえ僕一人だけになったとしても、それで何も得られなかったとしても!

 

 僕は、この命に意味と価値を生み出して死ねるんならそれでいい!!」

 

 

 

そんな事を言い放つギルスの背後、パーティ会場の出入り口が轟音と共に粉砕され……。

 

 

 

 

「それはそれでいいわけあるかバァーカ!!!」「主殿避けてェ!?イチロウ君、前、前!!」

 

「げぶろんっ!?!?」

 

 

突っ込んできたギルスレイダーの前輪が、ギルスの後頭部に盛大に直撃した。

 

グロンギが体につけてそうな魔石みたいな悲鳴を上げて、もんどりうって倒れこんだギルス。

 

そこにギルスレイダーから飛び降りたイチロウ……アギトが駆け寄る。

 

当然抱き起すわけではなく、胸倉のかわりに肩を掴んで無理やり引き起こした。

 

 

「いっづづ……い、イチロウか?」

 

「そうだよ!それよりハルカお前、援軍に駆け付けてみたら……。

 何が、僕一人になってもいい、だ!何も得られなくてもいい、だ!

 そんな心持で死んで、それでいいなんて……納得できるか!!」

 

がくがくとギルスの頭を前後に振りながら、後ろでレムナントが腕を組んで「わかってるじゃないか」みたいな顔してるのに微妙にイラつきを覚えるギルス。

 

だが、何か言い返す前にイチロウが言葉を浴びせかけた。

 

 

「俺がいる!レムナントさんもいるし、アカネちゃんやアオイちゃんだって!

 お前がいつも言う師匠もいるし、他にも沢山……沢山、いるだろうが!!

 

 お前をひとりぼっちで戦わせて、ひとりぼっちで死なせてたまるか!!」

 

「イチロウ……そうだ、そうだ、よな」

 

 

ぐらつく視界が戻ってくれば、アギトの手を借りてギルスは立ち上がる。

 

もう一度腹の底に気合を入れて、ニャルラトホテプ陣営に向き合った。

 

どうやらムーンビーストの召喚を加速させたようで、その背後には10を超えるムーンビーストが見える。

 

だが……。

 

 

「それで、うすら寒い友情ごっこでなにが変わると?」

 

「変わるさ……僕達は、そこの力だけのまがい物とは違う」

 

 

ぴくり、と侮辱されたギルス・アバターが反応するが、無視してギルスとアギトが前に出た。

 

先程までの消えかけの線香花火のような熱ではない、心の底から燃え上がるような闘志がギルスに満ちていく。

 

孤独な闘いだとずっと思っていた、しかし自分の道をついてきて、背を追い、支えてくれる者がいる。

 

もはやカケラほどの絶望も無い、負ける気すらしなかった。

 

 

「邪神に、魔人に、月の獣の群れ……敵は多いな、イチロウ」

 

「そうだな……でも、大したことないな、きっと!」

 

「ああ……ああ! なにせ今日は……!」

 

 

ギルスとアギトが並び立ち、闘志をそのままに戦闘態勢を取った。

 

並び立った仮面ライダー、まさしくヒーローの姿というほかない。

 

そして、正義のヒーローはいつだって、闇を切り裂き、光をもたらすのだ。

 

 

 

 

「「僕/俺とお前で、ダブルライダーだからな!!!」」

 

 

 

 

 

*1
敵全体にランダムに2~3回の大威力物理攻撃



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「……まだいけるな、イチロウ?」 「……ああ!まだまだいけるぜ!」

 

「「調子に乗るなぁ!イキりのチート野郎共!!」」

 

「僕はギルス・アバターを抑える!イチロウ、ニャルラトホテプは任せた!

 レムナントとギルスレイダーは僕らを支援しつつムーンビーストを殲滅!」

 

「わかりました!」「任せろ!」

 

 

(ニャルラトホテプ陣営はギルス対策に物理・火炎耐性を重視して強化してきてる。

 だったらそれ以外の属性で攻めるか、力業で押し切るッ!!!)

 

ギルス・アバターの爪をいなし、反撃の前蹴りがギルス・アバターの腹部をとらえた。

 

うめきながら前かがみになったギルス・アバターの頭を抱え込み、そのまま鼻っ面に膝蹴り。

 

二度、三度と膝をねじ込んだ後に、本家本元ギルスクロウで袈裟懸けに切り裂く。

 

 

「「ぎっ、があ!?」」

 

「まだまだァー!!!」

 

ダメ押しとばかりに右拳を振るうが、突き出した拳から『雷電』が迸った。

 

続けて振るわれた左拳からも電流が弾け、火炎耐性はともかく電撃耐性がやや甘かったせいか、ギルス・アバターの血肉が焦げる音がする。

 

図らずしも、ギルスクロウで生体装甲を切り裂いてから電撃を流し込むという形になったのも大きいだろう。

 

 

「なんだ、電撃!? ……そっか、士さんから貰ったカードを元に作った、『クウガ』のスキルカード!」

 

 

前回のクウガ・ディケイド絡みの一件の後、ディケイドから貰った『クウガのライダーカード』。

 

これを元に作られたスキルカードは、詳細不明ということもあって作成者であるシノは使用を推奨しなかった。

 

元々カードという形に加工されていたせいか、最低限の加工でスキルカードにできてしまった事もあり、はっきり言って解析も不十分なままでブッ刺したのである。

 

……一応データだけはガイア連合技術部のありとあらゆる方法でスキャンして保存してあるが、大ショッカーの技術を一朝一夕で解析するのは流石に無茶というものであった。

 

なお、一部の技術部特撮俺達はこのデータをもとに仮面ライダーの再現ができないか挑戦しているようだが、それはともかく。

 

『クウガ』のスキルカードの影響か、ギルスは自由自在に体から電撃を出す力が備わっていた。

 

よぉし、と気合を入れて、今度は意識して電撃を放出。右腕にまとわせてギルス・アバターに叩きつける。

 

 

「「がっはぁ!?」」

 

「お、おおぉ!『変わった』!ならもう一発!!」

 

 

右腕の手首に『金色の腕輪のような装飾』が現れ、続けて振るった左腕の手首にも同じものが。

 

元から緑、黒、赤、そして金というカラーリングだったギルスに金の装飾が追加され、より原始的で生々しく、ワイルドなイメージが湧きたつ。

 

さらによろめいたギルス・アバターに右のハイキックを叩き込むと、黄金の足甲のような装飾品まで右足に追加された。

 

この世界に存在しない古代文字を読み解けば、下記のような言葉が浮かび上がる。

 

『炎の技よ 雷の力を加えて 邪悪を鎮めよ』

 

 

「ゴールド、じゃ成金みたいだな。バーニングに合わせてライトニング……ちょっと長いか?

 アメイジング……だと狙いすぎかな。スパイダーマンが好きな黒札に怒られそうだし」

 

「「お、お前!俺/私をナメるのもいい加減にっ……」」

 

「よし決めたァ!!」「「ぐほぁ!?」」

 

新しい力のネーミングに悩むようなそぶりを見せるギルス、既に先程までの精神的に追い詰められた気配は微塵もない。

 

そんなギルスに何本目かの堪忍袋の緒が切れたのか、激高しながら食って掛かったギルス・アバターに反撃の裏拳。

 

一回転しながら床に転がったギルス・アバターを見下ろしつつ、まとめ上げた思考のままにギルスは宣言する。

 

 

「【ライジング】……これが僕の新しい力だ。悪いが君たちで試させてもらうよ。

 まあ、今まで誕生日プレゼントもロクにくれなかったんだ、このぐらいはいいだろう?

 

 とりあえずは一発……もうネーミング考えるのめんどくさいからシンプルに【電パンチ】*1!!」

 

「「ぐ、が、がああああああっ!!!」」

 

 

スタンガンも真っ青の高圧電流を纏ったパンチがギルス・アバターを吹っ飛ばし、残っていたテーブルやイスを粉砕しながら壁に激突させる。

 

ムーンビーストの援護もなく、ギルスを再現した再生能力・HP自動回復も追い付かなくなってきたギルス・アバター。

 

一方で、憧れのヒーローから託された新しい力と友に与えられた闘志の燃料を得たギルス。

 

このマッチアップの勝敗は決しつつあった。

 

 

一方、イチロウとニャルラトホテプの方は……。

 

 

「後衛型の私に一対一でぶつけるのなら、多少レベルが低くても何とかなると思いましたかァ?

 甘いですねぇ、あまあまです。ギルスと接近戦になった時のための対策ぐらいとってますよ!」

 

 

ぐずり……と二代目無亜居士としての姿が溶けたアイスクリームのように崩れ、頭部から赤い触手を伸ばした姿へ変貌する。

 

【月に吠える者】【血塗られた舌】【闇に咆哮する者】。

 

主にそのような名前で呼ばれるニャルラトホテプの化身であった。

 

【邪神 月に吠えるもの LV53】。ニャルラトホテプが肉弾戦を見越して用意しておいた手札である。

 

 

「へっ……寧ろ女の子の姿じゃなくなってやりやすいぐらいだ!」

 

「そうですか?それは結構……」

 

 

そして、人間としての表情が無くなったからこそニャルラトホテプは口元を笑みに歪める。

 

自身の変身でアギトの視線を自分にひきつけ、初手で使ったのは眷属招来……つまり、ムーンビーストの召喚だ。

 

ただし、先程までのように自分の背後に召喚するのではない。

 

この会場の絨毯の裏に仕込んだ召喚陣を起動、アギトの背後に二体が出現し、背中目掛けて襲い掛かる。

 

いかにも真正面からの殴り合いをします!というセリフを言って、さらに派手な変身で視線を引き付けてから配下を呼び出しての不意打ち。

 

これでイニシアチブをとって一気に押し込む……はずだった。

 

 

アギトがオルタリングの【右のスイッチ】を押すまでは。

 

 

瞬間、背後から音もなく襲い掛かったはずのムーンビーストが横薙ぎに両断される。

 

いつのまにやらアギトの両手には炎を纏った長剣【フレイムセイバー】が出現しており、それを用いて【カウンター】*2を発動。

 

手に槍を生成してとびかかってきたムーンビーストの物理攻撃に対し、振り向きざまの一閃で二体纏めて両断したのだ。

 

 

「ッ……な……!?」

 

「なるほど……ちょっとこの力の使い方が分かってきた!」

 

 

【超越感覚の赤(フレイムフォーム)】

 

炎の力を持ち、超人的な五感をもって対象を切り裂く朱い戦士である。

 

一瞬たじろいだニャルラトホテプも、アギトの新たな力が【火炎】属性だと気づいて思考を冷静に戻す。

 

ギルス対策で【物理・火炎】属性についてはガッチリと対策を組んでいる。

 

仮に【貫通】を持っていようと、レベルが上のニャルラトホテプを削り切るのは厳しいハズ。

 

 

「【ザンダイン】ッ!」

 

「っとぉ、魔法か!?くっそ、こういう時この力はちょっと不便だよな!?」

 

 

イチロウ=アギトの遠距離攻撃の手段はかなり限られる、なんとかして肉弾戦に持ち込まなければ勝機はない。

 

ニャルラトホテプは取り戻した余裕のまま、再び口元をゆがめた。

 

 

『なんのことはない、どうやらあの赤い姿はスピードが落ちるようだ』

『距離を保って魔法で削り、あとはレベル差と耐性で押し込めばいい』

 

 

……ヒーローの前で悪役が調子に乗るというのがどういう結果を生むのか、中々学習しないのがニャルラトホテプの悪癖だ。

 

何度用意したシナリオをカヲル君に粉砕されても反省しないあたり、ニャルラトホテプには『痛い目を見て学ぶ』という能力が決定的に欠如している。

 

そして、そのツケを払うのもニャルラトホテプ自身なのである。

 

 

「だったら、こっちだ!」

 

 

アギトが今度は【オルタリングの左のスイッチ】を押し込む。

 

放たれたザンダインが直撃すると思った瞬間、アギトの姿が掻き消えた。

 

 

「ッ……消えた、どこに!?」

 

 

なんのことはない、スポーツで使われるチェンジオブペースという技術と同じだ。

 

一度フレイムフォームという普段より遅い姿に目が慣れたせいで、いきなり速度が上がったアギトの姿を見失ったのである。

 

「だああぁぁぁー!【妖花烈風】*3!!」

 

「ッ上!?ぐああああぁあっ!?」

 

 

素早く跳躍してザンダインを飛び越えたアギトが、風を纏った槍【ストームハルバード】を振り上げ、ニャルラトホテプの体に全力で振り下ろす。

 

斬撃と共に【風】が吹き荒れ、疾風属性への対策は火炎・打撃ほど積んでいなかったニャルラトホテプをズタズタに切り裂いた。

 

【超越精神の青(ストームフォーム)】

 

風の力を持ち、跳躍と疾走に優れた青い戦士である。

 

 

そして、ギルス・アバターとニャルラトホテプが会場の床に転がされた。

 

どうやらギルスの方ではギルス・アバターの首根っこを掴んでぶん投げたらしい。

 

 

「併せろ、イチロウ!」「おう!」

 

 

上半身をなんとか起こしたギルス・アバターとニャルラトホテプへ、跳躍したライジングギルスとアギト・ストームフォームが迫る。

 

 

空中で右足に雷の力を集中させたライジングギルスと、素早くグランドフォームに戻ってクロスホーンを展開したアギト。

 

鏡合わせのような飛び蹴りの構えを取って、渾身の一撃が同時に炸裂した。

 

 

「【ライジングライダーキック】!!」

「【フルパワーライダーキック】!!」

 

「「「ぐわああああああああぁぁぁぁぁっ!?!?」」」

 

雷電の蹴りは、ギルス・アバターに。

大地の蹴りは、ニャルラトホテプに。

 

これは決まったか!?とムーンビーストを殲滅していた一同は期待に胸躍らせた、が……。

 

 

「はあ、はあ、ぐ、うっ! ……まさか、この手を使わないといけないなんて……!!」

 

「! まだ立つか、しぶとい!」

 

胸に大穴が開いた両者だが、ニャルラトホテプの方はえづきながらも起き上がる。

 

一方のギルス・アバターの方は、MAGへと体が分解されつつあった。

 

「「いだいいぃ、いだいいいいぃぃ!?なんで、なんで俺/私が負けるんだ……あぎっ!?」」

 

「決まってるでしょう、貴方は私の非常食兼盾として作ったからですよ。あとはまあ……趣味?」

 

「!? アイツ、仲間を!?」

 

どすり、とニャルラトホテプの右腕にあたる触手がギルス・アバターの腹を貫く。

 

ずぎゅん!ずぎゅん!とナニカを吸い上げる音がするたびに、ギルス・アバターの血肉がしぼんでいき、ニャルラトホテプの穴がふさがっていく。

 

そしてギルス・アバターの全てを吸い尽くした後、ニャルラトホテプは【月に吠えるもの】から更なる変身を遂げようとしていた。

 

 

「チッ、回収できたMAGは5割ってところですか……まあ、コイツらを始末するには十分でしょう」

 

 

触手で構成されていた肉体が、ギルス・アバターに近い硬質的かつ生物的なフォルムへと変貌していく。

 

しかし、ギルスと瓜二つだったギルス・アバターと違い、全体的なイメージがより歪でおぞましい。

 

触手や突起が増えたデザインはエクシードギルスに見えなくもないが……これではまるで、仮面ライダーではなく【怪人】のそれだ。

 

 

「切り札でもダメな時のために奥の手を持つ……当然ですよねぇ?

 しかしギルス・アバターという名前は負け犬なので縁起が悪い……うん、いい名前を思いつきました。

 

 【アナザーギルス】。これでいきましょう」

 

 

【魔人 アナザーギルス LV80】

 

これ以降もこれ以前も誕生しえない、ニャルラトホテプの作り出した正真正銘の奥の手であった。

 

 

 

「……まだいけるな、イチロウ?」

「……ああ!まだまだいけるぜ!」

 

 

だが、それに絶望するハルカとイチロウでは……いや、【仮面ライダー】ではない。

 

ハルカは【ライジング】の力を一度鎮め、代わりに肉体のリミッターを完全に外す。

 

一方のイチロウは、オルタリングの両側についたスイッチを【同時に】押し込んだ。

 

 

ギルスの各所から刃が生まれ、触手が生え、金色が血のような赤に染まる。

 

超越肉体の金、超越精神の青、超越感覚の赤、3つの力が三位一体となってアギトに宿る。

 

【エクシードギルス】と【アギト トリニティフォーム】が並び立ち、全力の闘志をもってアナザーギルスをにらみつけた。

 

ムーンビーストもタネが切れたのだろう、アカネや東北姉妹、レムナントやギルスレイダーも後に続く。

 

 

 

「さあ、最終ラウンドだッ!!ヒーロー気取り共ッ!!」

 

「……行くぞ、ニャルラトホテプッ!!!」

 

 

今ここに……二年前の【鷹村家での事件】から続くハルカとニャルラトホテプの因縁。

 

その清算となる戦いの、最終決戦が始まろうとしていた。

 

 

*1
敵単体に力依存・電撃属性の大ダメージ。耐性を貫通する

*2
敵の物理攻撃にオートで反撃

*3
敵全体ランダムに2~5回、中威力の疾風属性攻撃



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「「正義の心は、死なないッ!!」」

 

「ぐああっ!?」

 

「くそっ、こいつ……!」

 

 

前回勢いよくタンカを切った二人だが、ガメルと戦った時の仮面ライダーバース&プロトバースのCM明けぐらいに追い詰められていた。

 

 

『ハハハハッ、そんなものですか、ヒーロー気取り共!』

 

「【ソルクラスター】*1!回復と支援を絶やさないで!」

 

「わーっとるわ!前衛が死んだら完全に終わる!【マハスクカジャ】*2!」

 

 

各種カジャ・ンダ系と回復魔法がひっきりなしに飛び交い、攻撃魔法や銃による支援も絶え間なく続く。

 

が、アナザーギルスの耐性とステータスが支援攻撃の効果を落としていた。

 

 

【弱点】 無し

 

【通常】 万能

 

【耐性】 銃撃 電撃 疾風 地変 破魔

 

【無効】 近接 火炎 水撃 念動

 

【反射】 氷結 衝撃

 

【吸収】 重力 核熱 爆発 呪殺

 

 

【貫通】系スキル持ちであるギルスやアギトは無理やりこれを突破してダメージを通せるが、後衛組はそこまで殴り合いに特化したスキルビルドになっていない。

 

電撃や疾風の属性弾でちまちまと削ったり、各種デバフで妨害するのが精いっぱいなのだ。

 

レベル差と耐性もあって状態異常魔法が通るのも期待できず、ひたすら前衛を支援し殴り殺す以外の手が見つからない。

 

が、その前衛二人も攻めあぐねている。

 

とにかく手数と速度が違う、ギルスとアギトが1回ずつ行動するのを2回行動で無理やり相殺し、全体攻撃で後衛を脅かして回復の手間を増やし、

 

スクカジャ・スクンダが切れて速度差がさらに広がれば、そこにムーンビースト召喚まで絡めて手数を増やしてくる。

 

結果として後衛はスクカジャ・スクンダを絶対に途切れさせてはならず、同時にディアラハンではなくメディラマでの全体カバーを重視せざるを得ない。

 

HPをゴリっと減らしては回復し、ギリギリのタイミングでスクカジャ・スクンダを張り直し、時には【泡沫の波紋】*3を撃たれてあわててイチからやりなおす。

 

結果、前衛による泥沼の殴り合いが唯一のダメージソースとなっていた。

 

 

 

『【拡散閃影弾】!』

 

「イチロウ、後ろで構えてろ!【ギルスフィーラー】!」

 

放たれた紫色の毒々しい光の弾幕を、腕から延ばした触手【ギルスフィーラー】を用いて迎撃するエクシードギルス。

 

ヌンチャクのようにギルスフィーラーを振るい、弾幕を凌ぎ切ってから腕にギルスフィーラーを巻き付けて「ハァァ……!」とカンフーの達人のように残身。

 

もう一度深く息を吸い込み、弾幕が消えた空間にジャンプで飛び込んでいくアギトを援護する。

 

 

(足を捕らえる!そこからイチロウが追撃でッ……)

 

 

残身から素早くギルスフィーラーを振るい、アナザーギルスの両足を狙う。

 

しかし、巻き付いて捕らえる寸前でアナザーギルスが跳躍。イチロウを空中で迎撃に出た。

 

 

「まずっ……イチロウ、気をつけろ!!」

 

「任せろ、今度こそ!」

 

 

飛び蹴りの姿勢に入ったイチロウの【ライダーキック】が、同じように飛び込んできたアナザーギルスに迫る。

 

だが、それにタイミングを合わせたアナザーギルスは、イチロウ/アギトそっくりの【飛び蹴り】の姿勢をとった。

 

 

「【ライダーキック】!!」「んなっ、うわぁあああ?!」

 

ギルス・アバターに搭載していた(ただし使わなかった)【ライダーキック】まで吸収・適応させ、アギトのライダーキックを迎え撃つ。

 

「イチロウッ?! 「【フレイダイン】ッ!」 ぐあっ……!?」

 

ライダーキック同士が空中衝突、一瞬の拮抗の後、アギトが押し負けて吹き飛ばされる。

 

ほんの一瞬、後ろに控えていた自分より後方へ吹っ飛んでいったイチロウに気を取られたスキに、着地したアナザーギルスが放った【フレイダイン】*4の爆炎に飲み込まれる。

 

互いにダメージを受けすぎたのか、ギルスはMAG残量不足による強制セーフティ化で人間モードに、アギトは変身を維持する力を使い切ってイチロウの姿に戻される。

 

鈍いうめき声をあげながら、それでも朦朧とする意識をギリギリでつなぎとめる。

 

這うように立ち上がろうとする二人の代わりに、ソルクラスターを使用した後のレムナントが前に出た。

 

 

「私が時間を稼ぎます!その間に回復を!!」

 

「イタコとギルスレイダーは回復!ずん子ときりたんはレムナントさんを援護!!」

 

 

携えていたアーミングソードを勢いよく引き抜き、アナザーギルスが腕から生やした【ギルスフィーラー(偽)】*5を振るって迎撃。

 

硬質なナニカ同士がぶつかり合う音が響き、一瞬だけレムナントの表情がゆがみ、逆にアナザーギルスからは嘲笑が漏れた。

 

レムナントとアナザーギルスではLVに2倍近い差がある、ステータスもそれ相応に開きがある。

 

そも、肉弾戦においてはレムナントより1段も2段も上なギルスとアギトが2対1でも押し切られたのだ。

 

レムナントが烈火の気合をもって挑んでも、持って数秒。それが残酷な現実だ。

 

 

『唯一神の従僕が、どこまで粘れますかね!その作り物の体で!』

 

「いつまでもだッ!!!!」

 

 

首を狙って再度飛んできた右のギルスフィーラー(偽)を、振り上げた剣で打ち上げいなす。

 

何?と疑問の声を上げたアナザーギルスへ向けて、【風龍撃】*6を軸にして切り込んでいく。

 

各種バフ・デバフありきでも、今のレムナントがニャルラトホテプに肉薄することは常識的にはあり得ない。

 

そう、【常識的な】方法ではありえないのだ。

 

 

『貴様、MAGを過剰燃焼させて!』

 

「そうだ!この心身の全てを武器として燃やせば、一瞬ならば持ちこたえられるッ!!」

 

 

大江山の酒呑童子が、短時間とはいえLV125というありえない数字をたたき出したのと理屈は一緒だ。

 

貯蔵MAGをオーバーロードさせ、悪魔=情報生命体である己の肉体を一時的にブーストさせる。

 

どう考えても燃費が悪く、リスクも大きく、そう長い時間もたない自爆技。そんな手札を躊躇なくレムナントは切った。

 

 

『ええい、邪魔くさいですね!神への信仰とやらはそこまでさせますか!堅苦しい!』

 

「違う!ここにいる私は今、信仰のために戦っているのではないッ!!」

 

 

ギルスフィーラー(偽)をギルスクロウ(偽)に変化させ、格闘戦に打って出たアナザーギルス。

 

突き出された魔爪を剣で受け止めたレムナントであったが、ついに刀身にヒビが入った。

 

元々LV40相応の装備としてガイア連合技術部が量産した品だ、LV80と切りあうことは想定していない。

 

既に四肢の人工筋肉は悲鳴を上げ、骨格パーツには細かなヒビが入りつつある。

 

神経や内蔵に当たる【部品】が崩れ、肉体が崩壊する痛みを感じるたび、レムナントは心底思うのだ。

 

 

 

(この体が、作り物でよかった)

 

防ぎそこねた魔爪が頬の肉を抉り、口裂け女のように右頬が裂ける。

 

(この痛みが、私のモノでよかった)

 

フェイントを交えて鳩尾に突き刺さった膝蹴りが、アバラと胃をまとめて砕く。

 

(主殿……いいえ。 『ハルカ君』や、人の子たちの痛みでなくてよかった)

 

MAGによって再現された血液が喉をせりあがってきて、酸素と共に口から吐き出される。

 

オーバーロードの出力に、式神ボディや天使の肉体のほうへガタがきた。

 

メディラマやメディアでの回復は間に合っておらず、メディアラハンが使える者もいない。ギルスレイダーのディアラハンもハルカとイチロウの回復に使用中。

 

仮に回復が済んでいたとしても、前衛組が変身して割り込むのも、ギルスレイダーがこちらに来て回復するのも、ほんの1瞬だけ届かないだろう。

 

それでも、最後の力を振り絞って横なぎに振るった剣は、アナザーギルスのギルスクロウ(偽)の一閃で砕け散る。

 

返しの一太刀が己の眉間に迫るのを見て、もはや指一本動かす力も残さなかったレムナントは、己の死を前に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「お前……何してる」

 

いつまでたってもこない痛みに、指すら動かせない体だったのに、なぜか瞼を上げる事ができた。

 

意識を手放し眠ってしまえという心身・魂の声をあえて無視し、かすんだ視界で前を見る。

 

眉間に突き刺さる寸前のギルスクロウ(偽)が、横合いから伸びてきた『右手』が掴んで止めていた。

 

掌が鋭利な爪で裂けるのも構わず、その右手の主……鷹村ハルカはさらに力を籠める。

 

 

「ッ主殿、生身のままで……!?」

 

 

間に合った理由はシンプルだ、変身してから割り込むのでは間に合わないのなら、変身せず人間形態のまま割り込めばいい。

 

レムナントだけでなくアナザーギルスですら一瞬思考を停止させる『愚行』はしかし、ギリギリのところでその手を届かせた。

 

 

「僕のッ!」

 

ギルスクロウ(偽)を腕ごと振り払ってガードを開けさせ、

 

「仲間にッ!!」

 

アナザーギルスの思考が冷静に戻る前に、空いていた左手を振りかぶり、

 

「何してんだって聞いてんだよオラぁッ!!ブチ殺すぞテメェ!!」

 

『ぐばああぁッ!?』

 

 

生身のままの拳が、アナザーギルスの顔面に突き刺さった。

 

【ライジング】の力が漏れ出したのか、電流がショートして火花が弾けたような音を立て、ニャルラトホテプの顔面が焦げる。

 

もんどりうって後方に倒れこんだアナザーギルスを、脳天に血が上るのを通り越してつむじから吹き出しそうなほどにキレ散らかしたハルカが見下ろす。

 

 

 

そう!鷹村ハルカは己の境遇や苦痛に怒りを覚える男ではないッ!

 

聖人ではないため鬱屈した感情はため込むだろうが、それを悪意として他者にぶつける才能が決定的に欠けているッ!

 

だがしかし、己の友や、仲間や、恩人や、あるいは力なき民衆が傷つけられる事にはバチクソにキレるタイプッ!

 

邪神の悪趣味な遊興であろうと、唯一神の法による剪定であろうと、何らかの信念に基づいた粛清であろうと!!

 

その胸に宿る『受け継いだ正義の心』が燃え上がる限り、鷹村ハルカは相手がどんなに強くても立ち上がり、仮面ライダーであり続ける!!!

 

 

 

『ぐ、変身していない貴方の体は戦闘用ではないはず……この威力はいったい……!?』

 

「たとえ変身していなくても、お前を殴り飛ばすことができるはずだと思ったからさ!僕に……ライダーの資格があるなら!」

 

『説明になってないじゃないですか!』

 

 

そうこう言ってるうちに、MAGの補給とHPの回復を終えたイチロウとアカネも前に出てきた。

 

アカネがレムアントを後ろに下がらせ、ハルカとイチロウは倒れこんだアナザーギルスが立ち上がる前にベルトを出現させる。

 

二人がゆっくりと深く息を吸い込み、吐いて、心身のスイッチを『戦闘』 に向けて切り替える。

 

戦うための心を整え、力を得て、姿を変える。

 

だから彼らは、その力を使うときにこう言うのだ。

 

 

「 「 変 身 ッ ! ! 」 」

 

 

今度は最初から【ライジング】と【トリニティ】を使用、流れがきている内に一気に畳みかける。

 

だが、アナザーギルス……いや、ニャルラトホテプもこの程度では押し切れない。

 

そもそも不意打ちで顔面に一発もらっただけだ、戦況的には未だに圧倒的有利なのである。

 

 

『いい加減に折れろ!正義の味方気取り共ッ!なぜ心が折れない、挫けない、死なないッ!?!』

 

「折れるかよ!お前、そんなこともわからないのか!」

 

「わからないのさ、コイツには。だが、分からないなりに僕らが教えてやる!」

 

 

アギト・トリニティフォームに変身したイチロウが、先手を取ってストームハルバートを振るう。

 

同じようにライジングギルスも前に出て、反対側から雷撃をまとった右のミドルキックを放つ。

 

それをギルスクロウ(偽)を生やして防ごうとしたニャルラトホテプであったが……。

 

 

「「正義の心は、死なないッ!!」」

 

『がああああぁっ!!?』

(ぎ、ギルスクロウが生えない!?なぜ!?)

 

 

意思に反してギルスクロウは出現せず、そのまま生身の腕にストームハルバートが直撃。

 

苦痛に喘ぐヒマもなく、ライジングギルスのミドルキックが脇腹に深く食い込む。

 

アナザーギルスの右腕が切り飛ばされ、アバラから何かが折れる音が響き渡った。

 

 

 

『がはっ、あ、ああ!?一体どうなって……はっ、こ、これは!?』

 

 

パーティ会場に落ちていたワインボトルの表面に、アナザーギルスの顔が映りこむ。

 

さきほどハルカに殴られた頬に、見慣れないマークが刻み込まれていた。

 

とっさに手で拭って消そうとするが、当然消えるはずもない。そしてアナザーギルスは気づいた、このマークが己の力を封じている事に!

 

『封印エネルギー』……仮面ライダークウガの使用する、未確認生命体(グロンギ)を封印するための力である。

 

原子と分子に干渉する『モーフィングパワー』や能力を変化させる『超変身』と合わせて、クウガの主力とも言える能力だ。

 

ライジングギルスが放ち纏う雷撃は、この封印エネルギーの具現化である。

 

強い感情と共に生み出された雷撃を当てられた者は、その力を封印エネルギーによって封じられる。

 

さらに多量に流し込まれれば石像となって数百年ほど封印されるか、あるいは内部から大爆発する。

 

レムナントをかばって割って入ったときに感じた『邪悪への強い怒り』が、この力を呼び起こしたのだ!

 

 

「イチロウ、今のアイツはギルスクロウもギルスフィーラーも、魔法1つすら使えやしない!トドメを刺すぞ、僕に併せろ!」

 

「よし、分かった!」

 

『ナメるなぁ!』

 

 

アナザーギルスの力も月に吠える者の力も不具合を起こしている、そう判断したニャルラトホテプは残った左腕の『変身』を解除。

 

月に吠える者形態での触腕へと変貌させ、それを伸ばしてムチのように振り回す。

 

言ってしまえば通常攻撃なのだが、レベル差によるステータスの暴力と攻撃範囲は脅威だ.

 

だがしかし、どこまでいっても追い詰められた悪党の悪あがき。

 

イチロウが先手をとって踏み込み、触腕の薙ぎ払いを潜り抜け、右腕のフレイムセイバーから炎を、左腕のストームハルバートから疾風が巻き起こる。

 

頭部の黄金の角……クロスホーンが開き、イチロウの中に宿るアギトの力が最大にまで高まった。

 

 

「【ファイヤーストームアタック*7!!」

 

『ぎゃあああああああっ!!?』

 

 

右腕の火炎の力が燃え上がり、左腕の疾風の力が嵐を呼び、大地の力を持つ肉体がしっかりと支える。

 

武器を連続で振るうたび、ファイヤーストームの名にふさわしい火炎旋風が一気に大きくなっていく。

 

フィニッシュとばかりに回転切りを放てば灼熱の風が舞い上がり、天井を貫通しながら天高くアナザーギルスを打ち上げた。

 

 

「ギルスレイダーッ!!跳べッ!!!」

 

 

それを、ギルスレイダーに乗り込んだハルカが猛追。

 

アクセルを全力で振り絞り、ギルスレイダーの最高速度で壁へ向かって突撃。

 

ほとんど直角の壁でも登れるギルスレイダーの超スペック任せに、パーティ会場の壁をジャンプ台にしてギルスレイダーは跳んだ。

 

 

『き、きさ、きさま……!きさま……!?』

 

「これで終わりだ、ニャルラトホテプッ!!」

 

 

火炎旋風に巻き上げられたアナザーギルスに追いついたライジングギルスが、右足の黄金の装飾品……『マイティアンクレット』にライジングの力を集中。

 

増幅された封印エネルギーが漏電するように足から放たれ、展開されたカカトの刃『ギルスヒールクロウ』へと集中していく。

 

電気メスあるいはバーナーのように『焼き切る』ための刃……その威力を察して目を見張ったニャルラトホテプは、最後の悪あがきを開始した。

 

 

『は、ハルカ!?お母さんを二度も殺す気なの!?』

 

『そうだ兄さん、考え直してくれ!俺達は家族じゃないか!!』

 

 

自分の主人格を一度引っ込め、内部に取り込んでおいた母親と弟の人格を使った説得である。

 

ファイヤーストームアタックによって体の自由が利かないニャルラトホテプにとって、これが最後の抵抗であった。

 

だが……。

 

 

「家族?」

 

 

ライジングギルス……鷹村ハルカにとって、『家族』というワードで思い起こされるのは身勝手な母親でも、最低な弟でも、顔もロクに覚えてない父親でもない。

 

下半身にだらしない恩師。

 

変な発明ばっかり作る博士

 

汚れたバベルの塔云々とうるさい先輩。

 

霊山同盟の巫女と山伏。

 

今も赤ん坊を守るために戦っている少女達。

 

京都にいる初めての友達。

 

 

そして、今も眼下で自分の勝利を祈っている仲間たち。

 

 

「それなら代わりがいる。 ちょっと冴えないけどね」

 

『『こ、この親不孝者/愚兄がああああああぁぁぁッ!!!』』

 

「千の貌も所詮化けの皮……ついにはがれたな、ニャルラトホテプ!!」

 

 

ギルスレイダーを足場に跳躍し、仰向けに打ち上げられたアナザーギルスの上方に陣取る。

 

全パワーを右足へ、さらにそこから足先へ、さらにさらにそこからヒールクロウへと集中。

 

高く振り上げた右足を両手で支え、アナザーギルスの腹……いや、『ベルト』へと切っ先を叩き込む。

 

まるで『お前にベルトはふさわしくない』と言うかのように、腰に巻かれた『メタファクター(偽)』を貫き、砕き、切断し……。

 

そこから、アナザーギルスの体内へ過剰なほどの封印エネルギーを叩き込んだ。

 

 

「『ライジングヒールクロウ』ッ!!!」

 

 

『『『ぎゃあああああああっ!!?おのれっ、おのれ……仮面ライダーあああああぁぁぁぁッ!!??』』』

 

 

ニャルラトホテプ、鷹村菜花、鷹村省吾、3人の声が混じった断末魔の悲鳴を上げるアナザーギルス。

 

ついに【ヒーロー気取り】とすら言えなくなった這いよる混沌は、ライジングヒールクロウによって真っ二つに両断された。

 

さらに全身に回った封印エネルギーが連鎖炸裂、ニャルラトホテプのMAGにまるで引火するように反応を起こし、屋敷の上空で大爆発を起こす。

 

その爆炎を背に、ギルスはパーティ会場だったホールの中心へと着地した。

 

ゆっくりと上空を見上げ、大爆発によって空に満ちた煙を見ながら……。

 

 

 

「……さようならだ、今度こそ……永遠に」

 

 

 

その言葉にどこか寂しそうな色が感じられたが、それを聞くものは幸いにしていなかった。

 

ハルカにとって二度目となる家族との別れ、しかし、今度は永遠の死別だ。

 

ニャルラトホテプによって食い尽くされた魂は、蘇生することは叶わないだろう、しかし。

 

 

(それでも、僕は生きていくしかない……終わりが来るまでは)

 

 

今度こそ、二度と会えない『家族だったモノ』に背を向ける。

 

こちらに駆け寄ってくる仲間たち、変身を解除した親友に、こちらも人間モードに戻って駆け寄って。

 

パシン、と高く上げた掌同士を打ち合わせた。

 

 

 

 

*1
味方全体の全能力を上昇

*2
味方全体の回避・命中を上昇

*3
敵の有利な状態変化を全て解除する

*4
敵1グループに核熱属性の大ダメージ

*5
敵単体に物理属性の中ダメージ+拘束

*6
敵単体に力依存の衝撃属性攻撃

*7
敵単体に力依存の火炎・疾風・大地属性の大ダメージ



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「大丈夫だ、問題ない」

 

【ヒノシタ家での一件の翌日 日本某所 喫茶店『アセンション』】

 

 

「つまるところ、予知も予言も占いも、その本質は未来の【観測】と【確定】だ」

 

 

少し古風でオシャレな隠れ家的カフェの一角、壁際の奥の席に座った男が口火を切る。

 

名を【阿部 清明(アベ ハルアキ)】。言わずと知れた【破界僧】であり、鷹村ハルカの師匠でもある陰陽師だ。

 

元々ガタイが良い上に、ぴしっとしたビジネススーツのせいもあってか若干カタギじゃない雰囲気まででているが、それは割愛。

 

今回は待ち合わせの相手がいたようで、向かい側に二人の男が座っている。

 

ブロンドの髪に白いシャツの若い男性と、黒い髪に黒いジャケットの男性。

 

どちらもなぜか地肌にワイシャツ&ジャケットを羽織っており、示し合わせたようにE〇WINのジーンズ(約10万円)を履いている。

 

カフェオレで喉を潤しながら、阿部は【共犯者】でもある二人との会合を続けた。

 

 

「まだ見ぬ未来を【観測】し、それをピンどめするように【確定】させる。

 予言でも予知でも占星術でも因果操作でも、結局のところ未来を操る術はそこに行きつく。

 

 変えられない?観測だけで終わる?

 そもそも観測した時点で【変えられない未来を観測した】世界にシフトしてるのさ」

 

「それはわかる。 だからこそ我々は聞きたいんだよ、アベ ハルアキ。

 我々も予知や予言の手札はいくつかあるが、君は明らかに何らかの方法で【未来を変えた】。

 ……予言や予知は確定した運命を知る、あるいは運命を確定させる力に等しい。

 これを変えられるのは、一部の【運命力】ともいうべき何かを持った英雄だけだ」

 

 

黒いシャツの男が、一見すると軽薄そうな口調で話しかけてくる。

 

しかし、その視線は阿部の一挙一動すら見逃さない、超越者としての観察眼に満ちていた。

 

 

「当然、私も隣の彼もそんなことは不可能だ。君の所で厄介になっている『別側面』でもな。

 君の弟子……鷹村ハルカは、本来あのような形で這いよる混沌を討つはずではなかった」

 

 

こちらはブラックを一口飲んでから、香りをしっかり楽しんで話を続ける。

 

 

「親族を殺害した罪悪感でその精神は拗れに拗れ、

 正義への絶望に己の信念と道程すらも疑い、迷い。

 しかし強すぎる心が悪に染まることを許さず……

 

 全ての悪徳を討ち滅ぼす『秩序の英雄(ロウ・ヒーロー)』として覚醒するはずだった」

 

「そうだな、俺が占った未来でも、だいたいそんな結末になる可能性が高かった。

 ……勘違いしないでほしいのは、俺ができることは少しばかり手札が多いだけだ。

 手札の強さ自体は、俺より上の人間はガイア連合でも複数いる」

 

 

びっくりどっきりなユニークスキルで無理やり未来を変えたわけではない、と彼は言う。

 

というより、ユニークスキルだと思われてるスキルの大半もスキル・魔法の組み合わせなのがほとんど。

 

つまりは彼の行った【何か】に関しても、やってる事自体は基礎の延長線上にあると言っているのだ。

 

この喫茶店での密会がわかりやすい例だ、と言って店内を軽く見まわして。

 

 

「一応結界なんかで対策はしてあるし、尾行(つ)けられてないかも念入りにチェックしてある。 だが、この密会が絶対にバレない理由は他にある……【この密会がバレない未来】を俺が占星術で観測したからだ」

 

「前にも聞いたが、その時点で我々にとっては少しばかり驚く事実なんだがね」

 

 

そう難しいことじゃないさ、と言いながら、阿部はもう一口カフェオレを口に含む。

 

密会予定の場所をいくつかに絞り、そのいくつかを『占う』ことで吉兆を探り出す。

 

そして、阿部が観測できる範囲では【この喫茶店での密会がバレる】という凶兆が見えなかった。

 

つまり『偶然顔見知りが喫茶店に来た』とか『広域探知に偶然引っかかった』とか、なんなら『後日訪れたサイコメトラーがこの喫茶店の過去を読み取った』……なんて荒唐無稽なモノまで一切あり得ない。

 

仮に何かしらの運命の抜け穴を使って密会の証拠をつかんだとして、【凶兆】は観測されていない以上、阿部にとって大きな損となる結果にはならない。

 

戦闘力で言えば運命愛され勢やショタオジには劣るものの、盤外戦術がとんでもなくえげつない男である。

 

なお、うっかり自分に【死相】出しちゃったせいで一度死んだ模様。

 

高性能で高精度、ガイア連合のトップである神主すら上回る占星術による運命の定着は、自分に出した『死相』すら何らかの形で発揮させねばならないほどの域にあるのだ。

 

 

「まあつまり、俺ができるのは現状確認されている予知や予言の高精度版でしかない。

 運命を変えるんじゃなく、ありうる別の可能性に誘導するぐらいが関の山だ。

 99.9%と0.1%って状態じゃ、俺が必至こいても焼け石に水だろう?」

 

「なるほど、つまりタカムラ ハルカがロウ・ヒーローにならなかった可能性に誘導したと」

 

「いや、逆。むしろ俺ができる範疇でロウ・ヒーローになる可能性に全力投球した」

 

「何?」

 

 

今度こそ黒スーツの男が困惑を口にする、白ワイシャツの男は注文したいちごムースを食べて我関せずだが。

 

黒スーツの男の知る限りでは、彼ら【ガイア連合】はロウ陣営……それもメシア教勢力の拡大に嫌悪感を示す者が多い。

 

好き嫌いとか憎悪好感とか、そこまで強い感情ではなく『単純にウザい』『胡散臭い』ぐらいの感覚とはいえ。

 

わざわざロウ陣営にモロに染まった力の化身である、秩序の英雄 ロウ・ヒーローの誕生を後押しする理由が思い浮かばないのだ。

 

 

「(それも、自分の弟子を犠牲にしてまで……だ。ふむ)理由を聞いてもいいかな?」

 

「簡単さ、アイツが『俺ごとき』が星の巡りを弄って強化した程度の運命を覆せないんなら……『仮面ライダー』の資格はない」

 

「またそれか……君は仮面ライダーとやらへの信頼が重すぎないか?」

 

「俺にとっては永遠のヒーローだからな! ……ま、その永遠のヒーローを顕現させるために頑張る羽目になってるんだが。レベル上げも、暗躍も」

 

 

元々、阿部の占星術はここまでとんでもない性能ではなかった。

 

ハルカと出会ったときは吉凶の精査を行い、己にとっての吉兆となる選択肢を選ぶ……というオカルト界隈でもよくあるレベルの占星術であった。

 

しかし、ハルカと出会った後に『ある未来』を予知してしまったのが運の尽き。

 

その日から二年以上、山梨支部にある異界の深層まで潜り続け、大江山百鬼夜行事件の時点でLV99に到達。

 

さらに精度を増し、レベルアップと共に増していった予知・予言の手札をフル活用して暗躍し続けている。

 

……その『とんでもない占星術』による運命の固定を、鷹村ハルカ=仮面ライダーギルスは打ち破った。

 

因果操作だの未来予知だの運命変転だの、概念レベルでわからん殺しができる存在じゃなくなってしまった証拠だ。

 

 

「それに、ハルカは大江山で死ぬ可能性も十分にあった……アンタらが手を貸さなかったらな。

 まさか『シナイの神火』までネフィリムを経由でハルカに流すとは、予想以上の厚遇っぷりだ」

 

「それは私ではなく隣の彼さ、私は彼の介入がバレないように動いたにすぎない。

 第一、シナイの火も……『バーニングフォーム』だったかな?彼の新たな力として定着した。

 もはや取り上げることもできない、彼が振るう彼の力だ」

 

「制御のための助っ人まで来る羽目になったがな……本霊通信で『あの人』が来るとは思わなかったけど」

 

 

追加注文したフルーツゼリーに舌鼓を打つ白ワイシャツの男を指さす黒ジャケットの男。

 

ハルカがバーニングフォームとして振るっている炎は、仮面ライダーギルス……『葦原 涼』がディケイドの助けを借りて本霊通信で介入する前から目覚めていた力である。

 

あのバーニングフォームは『神炎を生み出す謎の力』と『それを制御するアギトの力』の二重構造だ。

 

このうち『アギトの力』は、かつて葦原 涼が『風谷真魚』や『真島浩二』から貰ったものを少し分け与えたのが出所だ。

 

並行世界の『四文字』であるアギトのラスボス、オーヴァーロード・テオスからも黙認された『脱法アギト』、あるいは『輸入品アギト』である。

 

そして『神炎を生み出す力』……これは、白ワイシャツの男が持っていた力を、ギルスの素材となっているネフィリムを経由して本霊通信で授けた結果だ。

 

エクシードギルスとの相性が最悪すぎたせいであんなことになってしまったが、本来は新たな力の覚醒で終わるはずだった。

 

 

「俺とアンタらは、俺が予知しアンタらが確信した『あの災厄』を退けるための同盟関係だ。

 だからこそある程度の干渉は事後報告でも納得するが……ハルカに何を見た?」

 

「それも、私より彼に聞くべきだな。因みに私は『要観察』以上でも以下でもない。

 メシア教大嫌いなロウ・ヒーローという面白いナニカになりそこねた相手、程度だ」

 

「地味に趣味悪いなお前。まあ、それじゃあ改めて……」

 

 

フルーツゼリーを食べ終えたブロンドの男に向き直る。

 

顔立ちは整っているが、若者なのに長い時間を生きた老爺のような雰囲気を感じさせる男だ。

 

敵意や悪意だけでなく、明確な意思すらつかみきれない雲のような気配をまとう長身の男性。

 

彼には72通りの名前があるから、何て呼べばいいのか……そう、たしか今名乗っている名前は……。

 

 

 

【大天使メタトロン】……アンタの目から、ハルカはどう見える?」

 

「……『義人』だな。神の価値観においても、現代の広義的な意味でも」

 

白ワイシャツの男……『天の書記』大天使メタトロンはこう語った。

 

義人とは、一神教において聖人が持つ称号の1つ。

 

『義なる人』『正しい人』。すなわち神の眼から見ても正しい事を行う人間という意味だ。

 

広義的な解釈では『堅く正義を守る人。わが身の利害をかえりみずに他人のために尽くす人』という解釈が広辞苑に記されている。

 

 

「彼は悪に堕ちることが『できない』人間だ、悪に屈することや折れることのない人間だ。

 

 苦難に膝をつくときも、己の内なる神や友の声で立ち上がる不屈の心の持ち主だ。

 

 常に茨の道を選び続け、弱き人々の代わりに茨の棘を四肢に突き刺し続ける人間だ。

 

 英雄性が強すぎて忘れがちだが、彼の本質は『誰かのために』と生きることにある。

 

 自分のために生きる事にむいてない……誰かのためにこそ魂を輝かせる善き人間。

 

 それが、私の眼から見た【鷹村 ハルカ】という少年だよ、阿部」

 

 

「……つまり、神的にも個人的にも善き人間だから手を貸した、ってことか?」

 

「彼(メタトロン)は昔からそうだよ、アベ。君が思っている以上に人の話を聞かない。

 英知も善性も確かだが、思い込んだら即決即断で行動してしまうところがある。

 まあ、そこまで間違った見立てじゃない事がほとんどなのが幸いだが」

 

 

訳知り顔にふふっと笑っている黒ジャケットの男に、阿部は「お前が言えた義理か」という顔をして。

 

 

「反抗期拗らせて聖書の神にケンカ売ったドラ息子よりは、天然ボケのノッポのほうがいいだろ。

 

 …………【堕天使ルシフェル】

 

「おっとぉ、これは藪蛇だったか」

 

 

神主と共に行動している『魔王 ルシファー』の別側面……魔王と化す前の姿である『光を掲げる者 ルシフェル』はおどけたように笑う。

 

大天使と堕天使、それも最高位に近い二体と対面しているというのに、阿部の方はごくごく冷静にカフェオレのおかわりを注文していた。

 

そして追加のカフェオレにスティックシュガーを3本ブチこみ、頭を使った分の糖分を補給しながら会話を纏めに入る。

 

 

「俺達の目的、それは【帝都】で起きる一件のせいで引き起こされる【もう一つの災厄】への対処」

 

「予言通りに行くとしたら、まわりまわって我らが父のやらかしの総まとめだ。協力は惜しまない」

 

「私は【ルイ・サイファー】ほど天の父への悪意はないが……ま、面白いんじゃないかな。

 ところでメタトロン、協力は惜しまない……なんて言ってしまって大丈夫か?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 

それ以外にも、今後の3人の動き方についても討論を重ね、すっかり冷めてしまったカフェオレを飲み干したところでお開きとなった。

 

誰一人、それこそ千里眼を持つ神ですら【うっかりみのがす】ように手配されたこの会合。

 

当然、阿部は身内であるガイア連合にすら明かしていない密会だが、それを言ったら神主も含めて仲間に話していない事情など山とある。

 

そのうえで、彼にとっての暗躍とは『ショタオジがガチで裏どりしても今回の密会の事が漏れない』レベルの対策の事を言う。

 

すなわち、彼の『隠し事』の全貌を知っている人間は、実質的にこの世に阿部 晴明ただ一人なのだ。

 

 

(さぁて……ハルカの奴はどんなふうにニノウエ家とヒノシタ家をまとめたのやら。ま、霊山同盟の巫女長も色々動いてる、悪いようにはならんだろう。

 

 ……運命は変わった。俺の占いが、ようやく外れる)

 

 

今しがた、世界の命運にロケットランチャー叩き込むような会合を終えてきたばかりだというのに。

 

阿部 晴明はまるで散歩の帰り道のように、コンクリートで固められた帰り道を歩いて行った。

 

 



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「やってることが悪の組織だよぅ!!??」

【パーティ会場での一件から一週間後 霊山同盟支部 ロビーにて】

 

 

「まったく我ら【S県とK県の名家】をこうも雑多に呼び寄せるとは」

「霊山同盟も力に驕ったか、あるいはガイア連合に染まったか!」

「ニノウエ家とヒノシタ家のとりなしがなければ来なかったものを……」

 

(名家としてのプライドが先行し、嫌悪感を抱いているのがこのあたり)

 

 

「まさかガイア連合殿の方から声をかけてもらえるとは、なんという幸運!」

「霊山同盟が先に支部となった時は、我らの方まで庇護が届くのは何年後になることやらと」

「できれば黒札、あるいはその縁者に子を嫁がせたいところだが、高望みか……」

 

(ガイア連合を知っていて今か今かと待っていたのがこのあたり)

 

 

「霊山同盟支部の支部長はあの【鬼殺し】と聞くが、真実であろうな?」

「霊山同盟とニノウエ家・ヒノシタ家を従えた今、私達に声をかける理由があるか……?」

「霊能力者としてはともかく、支部長が若いのが少し気になる。誰かの傀儡でなければよいが」

 

(情報に敏い分、良い意味で中庸なのがこのあたり、か……)

 

 

霊山同盟支部の一室、建てたばかりの市役所みたいな建物のロビーに集まっているのは、S県とK県の霊能一族や霊能組織の代表者だ。

 

ニャルラトホテプとの決戦の後、ニノウエ家とヒノシタ家は新たにニノウエ家の当主となったヒメを中心に纏まる事となった。

 

あの場には前当主であるヒメの父親もいたのだが、大暴れするニャルラトホテプとそれに対峙するギルスをみてすっかり心が折れたらしく、今では半隠居状態だ。

 

ニャルラトホテプを招き入れてしまったヒノシタ家の当主に至っては、SANチェックに盛大に失敗して不定の狂気を発症、現在は精神病院である。

 

結果として両家のトップがまとめていなくなった上、ヒノシタ家は偽ギルスを強引に招き入れた際のイザコザで元から内部がガッタガタ。

 

結果としてヒメがガイア連合のバックアップも受けながら大鉈を振るうことで無理やり収め、その勢いで両家のトップにのし上がってしまったのである。

 

 

(その結果としてこのカオス空間に放り込まれているんだがな!!)

 

 

そんな彼女の最初の仕事は、非常に広い表と裏のコネを使って可能な限り多くの霊能一族・霊能組織に声をかける事であった。

 

まだ詳細は聞いていないが、ガイア連合霊山同盟支部はS県・K県を跨いだなにかしらの計画があるらしく、それに着手するにはどうしても各地の霊能組織に話を通す必要があるらしい。

 

K県とは反対側のA県は別の支部があり、K県も東京寄りになればガイア連合の派出所や支部がゴロゴロある。

 

つまり、霊山同盟支部の担当は【S県全域】と【K県西部の県境沿い】となる。

 

今回集められたのは、その担当エリアの中でニノウエ家とヒノシタ家に縁があった名家の代表たちだ。

 

中には霊山同盟支部の【幹部】が横のつながりで集めてきた組織や一族の代表もおり、確かにこれだけの人数をまとめて傘下に置ければ、実質S県の掌握は終わる。

 

K県から呼んだ面々に関しては、ガイア連合の支部設立やジュネス建設を東京よりの地域にとられた面々が多いので、今回の件は渡りに船だろう。

 

情報通の者もやや少ないがいるようで、中にはダークサマナーに片足突っ込んでるような組織もあるが、それはまあいい。どうせダウトなら契約書その他で縛られる。

 

問題は、この時期でも比較的悪魔が弱く、今までギリッギリとはいえやってこれちゃったせいで名家のダメな所が出ている一番上の連中である。

 

 

(神話の戦いを見る前の我々とほぼ同じだな……どうするんだ鷹村支部長、これをまとめ上げるのは並大抵の事じゃないぞ?)

 

 

そう、あのパーティ会場での一戦は、良くも悪くも両家の抱えていた誇りや尊厳といったモノを木っ端微塵に叩き潰して粉になるまで挽いてそのまま蕎麦かうどんに加工するぐらいに打ち砕いた。

 

LV5のヒメが神童だのなんだの持て囃されて権力争いの要になるのが彼らの【基準】、はっきり言って当主がLV3という時点でお察しだが、数ばかりで質はお粗末なモノだ。

 

ニノウエ家とヒノシタ家がS県屈指の名家をやってこれたのは、市議・県議や地元企業の重役に親族を入れていく藤原道長スタイルを取ったからである。

 

金はある、土地もある、権力もある。だが肝心の霊能力はメシアの焚書&断絶政策によってボロボロになったまま。

 

そんな彼ら/彼女らが、LV50以上が殴り合い、LV10以上がわらわら沸いてきて次々消し飛んでいく風景を見ればどうなるか。

 

大半はベッキベキに心を折られ、残りはガイア連合に全裸土下座でもなんでもする状態に早変わり。

 

パーティには霊能者以外の……つまりは表の権力者でもある親族も招いていたおかげで、アレに対抗する為にはガイア連合が必須!の一言で両家を表・裏共に三日で纏めきれたのが唯一の救いである。

 

おかげで三日三晩寝ずにあちこち駆けずり回り、夜中まで電話対応その他をするハメになったが……それはまあ、おいておこう。

 

なにせ騒めく名家の面々の前に、金色の縦ロールを靡かせて『担当者』が現れたのだから。

 

 

「案内役を仰せつかりました。ガイア連合霊山同盟支部の『友恵 マナミ』と申します。奥にて支部長がお待ちです、こちらにどうぞ」

 

 

「支部長が出迎えるどころか係の者をよこすだけか、不快な!」

「鷹村家と言えば相応の名家だったはずだが、これでは程度が知れる」

「ニノウエ家のご当主も何か言ってくだされ!」

 

「……いえ、私が言うことは、特に何も」

(やめろォー!頼むから私を巻き込むな!鷹村支部長に頼まれて連れてきたとはいえお前らに声かけたの私なんだから!!)

 

 

心の内では盛大に悲鳴を上げながら、表面上だけはキリっとした表情を全身全霊で取り繕う。

 

せめてロビーから指定された部屋に移動する間ぐらいは静かにしてくれ!というのが彼女の本音10割だろう。

 

建物の奥へと通され、途中で移動している面々に気づかれないように多数のアナライズ装置が起動。

 

悪魔が化けた人間やらN案件のスパイやらメシア教が混じってないかをじっくり確認されつつ、最奥にある大きな扉の前まで通された。

 

『会議室』と書かれたプレートが設置してあり、どうやら目的地はここらしい。

 

「中へどうぞ」という友恵の案内と共に扉が開く。文句の1つでも言ってやろう、と真っ先に入っていったのはガイア連合反対派の代表者だ。

 

続いて賛成派の代表者、最後に中立派の代表者とヒメが中に入っていき……。

 

 

全身を覆う悪寒と重圧に、ヒメは一瞬己の死を覚悟した。

 

 

「がっ……?!」(なん、だっ、これは!?)

 

「おうこらガキ共!無駄な威圧バラまくんじゃないよ、年寄りの寿命縮める気かい!」

 

 

ヒメが今にも膝から崩れ落ちそうな重圧、周囲の名家の面々には失神寸前の者もいる。

 

やや口の広いコの字型に長机が並べられ、入り口から入ってきた面々を囲むようにそれが配置されている。

 

座れるようにパイプ椅子と机も並べてあったが、そこまでたどり着いて席につける余裕がある者はいなかった。

 

そんな中、脂汗が止まらないヒメから見て、左手側から老婆の声がした。

 

何とか視線を向けてみると、初老を少し過ぎた年齢のシスター服の老婆が座っている。

 

この威圧の中でも平然としているが、さすがにぴりぴりと肌を刺すプレッシャーはうっとおしいようだ。

 

 

「まったくせっかちだね……『試す』にしたってもうちょっと順序があるだろうに」

 

 

『シスター グリムデル LV17』

 

レムナントやシスター・ヘレンを受け入れてくれた一神教系宗派【調和派】のシスターである。

 

はっきりいってメシア教と比べればマイナーもいいところであり、世界がこんなことになっている以上、実質的に地方の土着宗教レベルの宗派だ。

 

が、一神教宗派としての特徴を、グリムデル氏の言葉でざっくりいうと……。

 

 

『とりあえず週に一回ぐらいは教会にきてミサに出な!』

『無理しない範囲で家族と知り合いぐらいは助けな!隣人だからね!』

『他の宗教?聖書には『真の信仰知らなくて哀れ』って書いてあるだけだからほっとけ!』

『人間のために信仰があるんであって、信仰のために人間があるんじゃないよバカタレ!』

『聖書なんざこれを覚えておけば人生そこそこ健やかに過ごせますよってマニュアルだよ!』

 

 

以上。はっきりいってメシア教が聞いたらブチ殺しに来そうな概要である。

 

が、それ故に最近はメシア教に絶望した信徒の駆け込み寺になってるところもあり、霊山同盟支部では公に布教が推奨されている。

 

なおシスター本人は『教会は受け入れる場所であって誘って入れる場所じゃないんだよ!これ以上仕事増やす気かい!』というスタンスなので布教は消極的。

 

結果、本人のあずかり知らぬ所で黒札の好感度を余計に稼いでしまった模様。LV17も謎のスパチャ+プレゼントされたデモニカ+本人のRぐらいの才能の影響である。*1

 

霊山同盟支部の幹部の中では『ククク、奴は四天王の中でも一番の格下』ポジだが、メシア教からの駆け込み寺という需要が唯一無二なので外されることはないだろう。

 

そして、それに続いて席についている【幹部】たちが次々と発言を重ねていく。

 

 

「シスター・グリムデルに賛成です。霊山同盟が蛮族のように見られてしまいます」

 

「いやアンタも殺気出してた側だろうが、なにサラっと押し付けてるんだい」

 

 

『巫女長 山根 紫陽花 LV19』

 

霊山同盟支部の前身である霊山同盟のトップであり、今年で58歳ながら30代、下手すると20代でも通る『巫女長』である。

 

才能はC~UC程度ながら式神パーツ移植を受けており、レベル限界が上昇したことで名実ともに巫女長らしい力が手に入った。

 

現在はハルカの組織運営を親身にサポートしている実質的な副支部長、霊山同盟の巫女たちからの信頼も厚いいぶし銀の霊能力者である。

 

 

「すいません、あまりにその……現実が見えてないようでしたので」

 

 

『巫女 一二三 睦月 LV21』

 

かつて異界と化した霊山に突入した決死隊の一人であり、霊山同盟分家組のまとめ役である少女だ。

 

現地人としては上振れした才能*2を持ち、ガイア連合からの支援もあって十分なレベリングに成功。

 

才能も巫女としての能力に合致しており、現地人が強くなる条件である『才能の方向性と習得した技術が一致している』パターンである。

 

タルカジャをかけて殴って0距離でハンマをブチこむ、これだけでいい。

 

 

「そーそー、アタシ一人でも全滅させられそーなザコばっかじゃない、ソイツら」

 

 

『ペルソナ使い 七海 梨花 LV29』

 

エンジェルチルドレン事件にてハルカに保護され、少し前までは監視付きで仕事を回されていたペルソナ使いの少女。

 

ハンターランクは当然のように上位、黒札の付き添い等でペルソナ使いにしか回されない案件を攻略する内に急速成長。

 

現在は監視も解かれ、名実ともにガイア連合霊山同盟支部の幹部に推薦されたばかりの新米幹部だ。

 

近々学校も住所もこちらに移すつもりのようだが、その前から異界攻略にダークサマナー退治にと様々な活躍を残し、実力と信頼は折り紙付きである。

 

事件の前から彼女を慕っていた少女達も霊山同盟支部に合流し、現在は危険度の低い依頼をこなすオカルトチーム【ラッキークローバー】として活躍中。

 

 

「……否定はしないが、それでも私達の計画には必要な面々だぞ、七海」

 

「いやアンタが一番ヤバいプレッシャーはなってたでしょ」

 

「それはそれ、これはこれだ。力なき人々の盾になる霊能組織が……嘆かわしい」

 

 

『超人 鋒山 ツツジ LV30』

 

霊能一族『鋒山家』の現当主。デモニカ+式神移植+SR級の才能+能力の一致……というフルコンボの結果、LV30の壁をついに超えた『魔払いの剣士』。

 

式神パーツである『写輪眼』を片目に移植、耐性のない相手なら見るだけで石化させる瞳術『天岩戸(アマノイワト)』*3を持つ。

 

霊山同盟支部の幹部の中でも武闘派で知られており、普通にエンジョイ勢の黒札より強いんじゃないか、なんて噂まで流れるほどの達人だ。*4

 

恩人である阿部とハルカへの忠誠心も並外れているが、同時に阿部は『彼女の両親まとめて愛人にしてる』事情があるのでいろいろ複雑な女子高生である。

 

 

「いやー、うちら姉妹みたいなエンジョイ霊能一族には耳が痛いなぁ、葵?」

「お姉ちゃんよりはマジメにやってるんだけどなぁ、これでも……才能の差って残酷……」

 

 

『超人 葛葉 茜 LV41』

『超人 葛葉 葵 LV20』

 

元はヒノシタ家とニノウエ家が管理していたエリアの隅っこで細々とやっていた霊能一族の跡取りである双子の姉妹。

 

ガイア連合の黒札と金札であり、姉は大江山百鬼夜行事件にも参加したバリバリの黒札マジメにレベリング勢*5

 

妹は流石に黒札級ではないものの、ついに『超人』の域に足をかけた新鋭気鋭の霊能力者である。

 

デモニカも【G3X】にグレードアップ、最近はついに単独での異界攻略に成功。あの【アイテムの麦野】*6に匹敵するとすら言われ始めた。

 

まだ中学一年生という伸びしろの大きさも相まって期待のホープ扱いである。姉?はいはい黒札黒札。

 

 

「アタシの氏子も増えたなー……いや普通にアタシより強いのがいるとか黒札やっぱやべーわ」

 

 

『女神 イワナガヒメ LV38』

 

上座にさらっと座っているのは、霊山同盟の守護する霊山の祭神である『石長比売』だ。

 

霊石の再設置や神社の再建、霊山の土地の浄化に霊脈の整理に信者の増加とうっはうはの信仰バブル状態。

 

周辺の土地もガイア連合に気前よく貸し出すことで開発も進んでおり、市内にジュネスが建設されたことで完全に支部としての機能が確立。

 

オカルトアイテムの生産工場やらマイナー神格の保護&漁業や農業にまつわる神を招く事による終末対策と大忙しだがウッキウキの神様である。

 

なお、本人は神の中だとそんなにコネないんで父親*7に土下座して紹介してもらった。親の脛は齧れる限り齧る模様。

 

 

(…………なんで俺、ここにいるんだろう………)

 

 

『超人 太宰イチロウ LV49』

 

人類を進化させる力『アギト』の担い手であり、仲魔・式神の扱いにも長けた霊山同盟支部の戦力三番手。

 

現地人UR*8+アギト補正+ガイア連合バックアップをキメた結果、いつの間にかこんな強さになっていた。

 

ただし本人はニャルラトホテプ戦でのタンカ切りはどこへやら、普段は割と小心者な少年Aなので、この中でもトップクラスの強者なのに小さくなっている。

 

尚、トレードマークの帽子はヒメにあげてしまったので、今は前髪が邪魔にならないように髪を逆立てたヘアースタイルに整えている。

 

 

「では私もこちらの席に……といっても、私は事務方なので皆さんほどではありませんが」

 

「ガイア連合に入る前から電磁警棒片手に悪魔殴り殺しとったウォーモンガーがなんか言っとる」

 

「ウォーモンガーはやめて?」

 

 

『超人 友恵マナミ LV17』

 

霊山同盟支部の事務を一手に取り仕切るオフィスのトップ、当然のように彼女も黒札だ。

 

事務員なのにその辺の悪魔なら魔法抜きでキックするだけで倒せる霊能力者である、事務員なのに。

 

現在は新人指導や事務所の拡大を指揮しつつ、空いた時間にレベリングもこなしている。

 

 

「同じく、技術部だけど特になーし!寧ろG4XとG3MILDの量産用マザーマシンの製造で徹夜18日目だから部屋で寝かせてマジでシノさん死んじゃう」

 

「手早く済ませて帰る方向で頑張れ、シノ……というかシノは山梨支部所属じゃないのか?」

 

「あっちにも研究室持ってるけど、近々こっちに移籍予定だからいーの!」

 

 

『超人 兎山シノ LV37』

『超人 士村 桜  LV33』

 

 

ガイア連合霊山同盟支部のトップとナンバー2、主に内部で開発担当のシノと外部で建設・技術指導担当のサクラだ。

 

G3MILDの開発者であるシノと、霊山同盟支部の工場の管理者でもあるサクラ。この二人がいなければ霊山同盟支部のお財布は破綻する。

 

最近は県内にある自衛隊駐屯地の取り込みも開始、さらにG3MILDの輸出先*9が新潟にもできたことで大忙しだ。

 

……大忙しすぎて二人ともゾンビかなにかと勘違いする顔色だが、まあ、うん、がんばれ。

 

 

「……では『主殿』。皆様に挨拶をば……」

 

 

『式神 天使 ドミニオン LV52』

 

ニャルラトホテプ撃破後、またなんか出世しているレムナントである。

 

ついに『天使』の中では最高階級である第四位【ドミニオン】に昇格、ここより上は大天使(セラフ)しか存在しないという所まで来た。来てしまった。

 

最近はお給料*10で行くファミレスで食べるお子様ランチが週に一度の楽しみである。

 

外見は大人の女性な銀髪の美女*11がお子様ランチをもっきゅもっきゅしているのだが、最近は店員も慣れたそうだ。

 

そんな残念美人かつ元メシアの天使だが、なんだかんだ霊山同盟支部では戦力ナンバー2なのもあって受け入れられつつある。

 

 

……そして、レムナントの合図に合わせて、一人の少年が立ち上がる。

 

祭神であるイワナガヒメや、霊山同盟の主であった巫女長。ガイア連合の黒札たちを差し置いて『中心の上座』に座っている少年。

 

ようやく呼ばれた面々も気づいた。この少年の放っているプレッシャーは、周囲にいる面々と比べてさらに1つ2つ上だと。

 

彼にひと睨みされたのなら、自分たちは平服し、命乞いをしながら服従を誓うしかないのだと。

 

 

「初めまして、皆さん……ガイア連合霊山同盟支部……まあ、S岡支部とも呼ばれていますが。

 

 私はその所長……名を『鷹村 ハルカ』と申します。以後、お見知りおきを」

 

 

一見すれば、小柄で女の子のようにも見える顔立ちをした少年だ。

 

だがしかし、周囲にいる全員がこの少年が上座に座ることに一切の異議を持っていない。

 

神であるイワナガヒメですら、恩人だからという理由*12で上座を譲るほど。

 

そして、この場の支配者である少年が言葉を紡ぐ。

 

 

「早速ですが、皆さん。 ガイア連合の『大事業』への協力……お願いできますよね?」

 

 

『 超人 ギルス LV66 』

 

 

見える選択肢が『はい』『イエス』『どうかいのちばかりは』しか無くなった時点で、名家達の心は折れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってることが悪の組織だよぅ!!??」

 

「主殿、ガイアグループスは元々暗黒メガコーポです」

 

「仕方ないだろ暗黒メガコーポにならなきゃ経済破綻するんだから!なんもかんもメシア教過激派が悪い!」

 

 

顔を真っ青にした名家達が去った会議室にて、そうだそうだー!とメシア教アンチな一部幹部達から同意の声が上がる。

 

まあ実際だいたい過激派が全部悪いので、過激派はどんだけディスってもいいのがここのルールだ。

 

 

「砲艦外交ってやる側になると楽しいのね、初めて知ったわ」

 

「アタシたちはメシア教にやられる側だったからなぁ」

 

「戦後の微妙な闇をさらっと出さないでくださいよ……」

 

 

今回の圧迫面接の立案者である巫女長とイワナガヒメが「ねー?」と顔を合わせて笑顔になっているのにツッコみつつ、ハルカは一度仕切り直しのために「それでは」と声を上げた。

 

 

 

「一同から善意の協力も確約されましたし、改めて例の【大事業】のツメに入りましょっか」

 

「善意……善意かあれ……?」

 

「イチロウ煩い。 既に土木作業のための予算や工事予定、導入する結界・霊道の素材や施工する霊能力者は手配済み。今日ここに来なかった面々にはそれにあたってもらっています」

 

 

幹部集会といっても、あくまで今日都合のついた面々を招集しただけで、この場に並ぶ資格のある人間はまだいくらか霊山同盟支部に所属している。*13

 

今回名家たちを砲艦外交使ってでも引き込んだのは、ほかの支部と合同で以前から進めていた【大事業】のツメのためだ。

 

霊山同盟支部ができる前から、周辺の県にある支部が合同で進めていたガイア連合のとある計画。

 

最後の一手に必要なS県とK県の取り込みにかかるタイミングで偶然霊山同盟支部が発足し、ハルカが支部長になった直後にその計画を聞かされ担当を任されたのだ。

 

邪魔をする悪魔をなぎ倒し、積み上げた土砂とセメントと霊木と結界で作り上げる【大事業】、それは……。

 

 

 

 

 

「【東海道霊道化計画】。その最終フェーズを開始します」

 

 

本州の東西を繋ぐ、超巨大な霊道の敷設計画であった。

 

 

*1
だいたいあかりちゃんにとってのゆかりちゃんが数名いると思えばいい。

*2
SR級だが、FGOで例えるなら『強化クエスト来る前のセイバーリリィ』

*3
なお技術部俺達が悪乗りで名前変えただけで効果はただのペトラアイ

*4
ただしレベル上限と成長率は黒札の方が当然上

*5
坂田銀時等が該当。怪我する前に引き返すタイプ

*6
カオス転生外伝 とある現地の新人サマナー 等

*7
メガテンでおなじみ、オオヤマツミ

*8
原作キャラの中でも後半のボスキャラになりうるキャラが該当。ワルボウ(カオスヒーロー)等。マヨーネ(風見幽香)は原作だとLV40そこそこなので推定SSRぐらい

*9
『故郷防衛を頑張る俺たち 自衛隊との協力体制構築』参照

*10
紙くずになる日本円+ガイアポイント支払い。ハルカが払っている

*11
イメージはリリカルなのはの『リインフォース』

*12
あと、目立つ席に座るとジンマシンがでるとかなんとか

*13
メタ的には今後短編集の方で霊山同盟支部所属の人間が増えたときのためのセーフティ





登場人物資料 『名 緋目(ニノウエ ヒメ)』

年齢 13

LV 5


S県の大手霊能一族である【ニノウエ家】と【ヒノシタ家】のトップになってしまった少女。

外見はめだかボックスの【黒神めだか】。スタイルは発展途上だが既に中学生離れしている。

現地人としては相当上振れした才能を持ち、小学校の時点で既に両家の当主(LV3)を超え、修行と称してクマやイノシシを素手で狩る等、一般人レベルで言えば十分に超人であった。

名家故の上から目線とプライドこそあるが、それを踏まえても善性。生徒会長の座も学年トップの成績も家の力を借りずに手に入れたモノである。

容姿端麗・成績優秀・文武両道・名血(現地人基準)と、ぶっちゃけこれが学園ラブコメならチートキャラ扱いされるスペックの持ち主。

現在はガイア連合の力を借りて掌握した両家の采配に四苦八苦しつつ、合間を見てレベリング中。

才能はR~SR級、睦月と同じ【強化クエスト来る前のセイバーリリィ】ぐらい。

ちなみに、最近はハルカやイチロウ、葛葉姉妹と共に昼食を取ることが多い。

元々完璧超人かつ家柄のせいで慕ってくる相手はいても対等の友人はおらず、初めてできた友人に毎日の学校生活が100倍ほど充実している。


……ニャルラトホテプの事件後、学校に【イチロウから貰った帽子】を必ず身に着けてくるようになり、
何故か購買でパンを買おうとするイチロウに手作りのお弁当を差し入れたりするようになっているが、葛葉姉妹は生暖かく見守っている。

ハルカはノータイムでその日の鍛錬の時間にイチロウにギルスヒールクロウを叩き込んだ。


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「んふふふふ、わっかんないかなー、わっかんないよねー?いやー、我ながらシノさんって天才!」

 

【霊山同盟支部 会議室 会合後】

 

 

【東海道霊道化計画】……これは霊山同盟支部の計画ではなく、ガイア連合全体が行っていた大計画の1つだ。

 

元々東海道は歴史的にも【道】としての概念が強く、現在でもなかなかの交通量を誇る流通の要所。

 

そのため霊道化処理の費用対効果が非常に高く、各県の支部は霊道化の際に真っ先に東海道を加工。

 

そこを【本流】として、主要な施設や現地霊能組織の集落等に【支流】を伸ばす、という方法で霊道を構築していったのである。

 

そして東海道の霊道化が進んでいくと、各県の東海道そのものを【大霊道】として繋ぎ、終末後にも使える県をまたいだ流通路として整備しよう!という計画が立案されたのだ。

 

それまで各県支部が勝手にやっていた東海道の霊道化を山梨支部にて一括管理、霊道化した東海道同士を繋げていったのである。

 

ターミナルシステムも終末後の一発テストを考えれば、こういったアナログな対策も必須だったのだろう。

 

……が、当然のように県に支部があったり現地の開発に意欲的な黒札が多い県ほどこの計画はスムーズに進み、その逆である県は遅々として進まない、という事象が発生。

 

特に支部もなく、出身黒札にとって山梨支部に所属するハードルがひじょーに低いS県の計画遅延はかなり頭の痛い問題であった。

 

現地に稼ぎのオイシイ異界も少なく、切羽詰まってる霊能組織も少ないため取り込みづらく、山梨支部があまりにも近すぎる。

 

S県出身黒札はこぞって家族ごと山梨県に移住し山梨支部に所属、S県でわざわざ支部を作る黒札が皆無になってしまったのである。

 

東海道を日本地図で見ればわかるが、S県~K県の部分がちょうど中心に当たり、一番計画が進んでない県が一番重要度が高いという頭痛モノの案件だったのである。

 

ショタオジ含めたガイア連合の幹部は「どーっすっかなコレ」と頭を悩ませていた問題であり、いっそ手厚く支援する約束を取り付けてS県出身黒札を派遣して支部でも作らせるか……なんて話まで出ていた。

 

そんな折、ドンピシャリのタイミングで阿部の指示を受けたハルカが霊山同盟と岩永山を解放。そこに霊山同盟支部を設立する。

 

最初は実質派出所で支部(笑)状態だったソレに、ガイア連合幹部とS県出身黒札は飛びついた。

 

彼ら/彼女らの思いは一つ。

 

 

『そうだ、自分たちがS県でアレコレするのは面倒だし、あの支部を支援して全部やってもらおう!』

 

 

……これが、短期間で霊山同盟支部が急速に発展できた裏話である。

 

こんな事情があるのでガイア連合からの支援も手厚く、ハルカの後見人兼師匠の阿部からも援助が届き、ハルカ個人も特撮俺達からとんでもない量のスパチャで溢れかえる。

 

土地や現金については当初は何気に地主・資産家である霊山同盟や鋒山家の支援を受け、現在はニノウエ家・ヒノシタ家まで取り込んだため一切の心配がない。

 

市議・県議やにも太いパイプがあるため、ガイア連合の政治家・官僚黒札にも話を通し、ほぼ最速で東海道の大規模工事計画を通すことができたのだ。

 

え、国土交通省の中でどんな裏取引が行われたのかって?まあ、ぶっちゃけメシア穏健派が一言「やれ」と言えば「はい」で終わるのがこの国である、気分的には最悪だけど。

 

というわけで、S県各地の霊能組織を抑えた今、霊山同盟支部で始まった【デモニカの量産】と合わせて対オカルトの戦力増強が本格的にスタートしたのである!

 

 

「……でも僕にできることって書類仕事と悪魔退治と各支部との交渉ぐらいですよね?いやまあ、師匠から結界構築は学んでますけど、ジュネスのほうが100倍いいですし」

 

「それはまあそうなんですが、いや、ほら、各地に封印されてる日本神話の神々も、S県だけは手つかずの封印がありますし……」

 

「そうですよ主殿。復活した日本神話の神と交渉するなら太宰君より主殿の方が向いています。性格的に」

 

「悪魔退治の延長線上なんだよなぁ……」

 

 

スタートした、のだが。

 

幹部達も各々の仕事に戻り、三人だけが残った会議室にて、ハルカが巫女長とレムナントに愚痴をこぼす。

 

霊道化は道路の補修工事ついでに霊的な加工を施すのがメインなので、依頼を受けた技術部黒札をメインに霊山同盟支部の巫女や各地の霊能組織の霊能力者が補助につく。

 

質だけでなく数が必要な作業なので、ハルカが向かっても黒札ほどの活躍はできないし、それならここで支部長のお仕事してるほうがよほど役に立つ。

 

巫女長である紫陽花の眼から見ても、ハルカが最も適正がある分野とは『組織運営』や『集団指揮』だ。

 

事務員用式神に使う予定のスキルカードによる事務能力の獲得こそあるが、適切な人員配置に人を引き付けるカリスマ性。

 

最適な予算分配能力に幹部候補を査定する審美眼に即決即断で動ける決断力に……と、組織のリーダーをやるのに最適な才能がこれでもかと眠っていたのである。

 

今まで多くの人々が彼に協力しその下に集ったのは、利害の一致もあるが彼の背中にはついていきたくなる『引力』がある、というのが大きい。

 

指導者寄りの英雄の気質……おそらく、天職は霊能力者ではなくベンチャー企業の社長か政治家。なんなら宗教の教主でもいい。

 

もんのすごい雑な例えをするなら『ペルソナがスライムだったやる夫が救済の力の代わりに戦闘力を得た』*1のが鷹村ハルカという存在だ。

 

いや、まあ、やる夫と違って自分に才能がないままだったらとっとと後方に引っ込む選択肢を選ぶタイプだが、それはともかく。*2

 

 

「とりあえずいつも通り【アレ】で業務を並行させるよ」

 

「わかりました、定時連絡も予定通りに……いっそ、もう少し休んでもいいのですよ?」

 

「大丈夫、それに元々、僕が普通に学校通いたい!ってワガママを叶えるためにやってるんだからさ」

 

(……子供が学校に通いたい、という思いをワガママと断じなければいけないとは……私の死後は地獄行でしょうね)

 

 

内心では己の罪を悔いる事しかできない巫女長であるが、それを口に出すことはしない。

 

今までも若い巫女や山伏を、何人も悪魔と戦うために死なせてきた。

 

己が地獄に堕ちる覚悟等、とっくの昔に決まっている。

 

 

「僕の実家も一応声はかけておこうかな……今じゃ僕のイエスマンだけどさ」

 

「確か、分家の子供を名目上の代理に立てたのでしたっけ?」

 

「うん。今日の会合には来てない……というか、意図的に呼ばなかったんだけどね。あくまで幹部じゃなくて代理でしかない、ってアピールのために」

 

 

セメント対応に見えるかもしれないが、むしろ良い思い出ひとっつも無いのに今回呼んだ霊能一族の面々よりは厚遇してる時点でだいぶ甘い。

 

本家は壊滅状態で、唯一の生き残りであるハルカはガイア連合所属の絶対不可侵レベルの当主。

 

この状況で下手に判断力のある大人を立てて、ハルカという獅子の皮を盾に変なことされてはたまらない、

 

なのであえて分家の中では比較的霊能力者の才能があった子供を代理に立て、その子供に式神の護衛兼監視をつけた。

 

G3MILDのテスト先に選んだり、さすがにジュネスは誘致できなかったが町を覆う結界ぐらいは設置したりと、いろんな意味で『ひいきにならない程度の援助』をしているのが実情である。

 

なお、ハルカが帰郷する頻度は義務としての視察以外ではロクに無い。思い入れどころかトラウマしか無いのだから当然である。

 

分家の子供云々に関しても、年齢で言えば未成年ではあってもハルカより年上だ。

 

本人も年齢的には子供なせいで『子供が戦うなんておかしい』という価値観だけはイマイチ理解できないのがハルカの欠点とも言えよう。

 

周囲がそういう理由で止めるのなら理解するし、将来的な芽を摘むのは非効率的という理由での子供の保護はする。

 

が、子供である=弱者である、という概念に関しては理解こそすれ納得できないハルカなのであった。

 

 

 

なにはともあれ、時間がきたので会話を切り上げ立ち上がる。

 

会合が終わればあとは行動の時間だ、ハルカにもまだまだ仕事が残っている。

 

……が、知っての通りハルカは中学生。週に5日は一日のほとんどを学校で過ごさなければいけない立場だ

 

そこにレベリング、書類仕事、支部の運営、他支部や霊能組織との交渉、悪魔退治etc.

 

はっきりいって物理的に時間が足りないのだが……実は、かなり前に解決策を『習得』していた。

 

 

「じゃ、後のことは残ってる『僕』と一緒に処理しておいてよ……【実像分身】!」

 

 

ハルカの姿が一瞬かき消えて、次の瞬間には部屋に『3人の鷹村ハルカ』が出現する。

 

【実像分身】……ハルカとほとんど同じ能力を持つ分身を2体生み出すスキルである。

 

霊山同盟支部の活動が本格化してきた時に、ふらりと訪れた阿部からこのスキルカードを使うように指示を受けたのだ

 

その後は分身Aが支部に待機して各種の判断を執り行い、分身Bは主に外回りを担当して各地を巡り。

 

本体は学校生活を送りながら重要な案件の時だけ駆けつける、というスタンスを取っている。

 

常に意識は共有されているようで、ハルカ曰く『すごい複雑なラジコンを2つ同時に動かしながら生活してる』感覚らしい。

 

神主もといショタオジはあっさりとこれの上位互換じみたことをより多数かつ広範囲で行っているので感覚がマヒしがちだが、本体と大差ない分身とは普通に脅威なのである。

 

ただし維持をするためのMAGが必須、かつそれなりの集中力を使うので、本体が本気で戦う場合は分身の操作ができないという欠点があったが……。

 

 

「じゃ、作った分身に師匠から預かってる護符を持たせて、と。あとは任せたよ、巫女長さん?」

 

「はい、お任せください」

 

 

それについても、阿部が開発した『ギルスの人格を9割以上再現した札』によってフォロー。

 

本体からの操作が切れた場合、札に込められた疑似人格とMAGでしばらくは分身を動かせる。

 

これにより、ハルカは日に30時間の鍛錬を超えた『一日72時間の労働』の矛盾を達成したのだ!

 

睡眠・SEX必要なし!な超人ボディだからこそ可能なゴリ押しこそ大正義!

 

……ブラック企業とかそういうレベルではないが、中学生である。

 

 

(……そういえば、そろそろシノさんがあの二人に『説明』してるころかな)

 

 

会議室を出る直前、ハルカは今頃霊山同盟支部の開発室で行われている『説明』の事を思い浮かべたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【霊山同盟支部 技術開発室】

 

 

「やーやー、呼び出しちゃって悪いね二人とも!」

 

「それは構いませんが……顔色が悪いですよ。そろそろ休んだ方が……」

 

「そーよそーよ、寝不足はお肌の天敵なんだから。見た感じクマもすごいしさ」

 

「これが終わったら久々に6時間眠れそうだからそう思うんならサクっと終わらせて」

 

「「あっはい」」

 

 

いつもの朗らかな顔と声ではなく、マジのガチトーンで言われれば黙るしかない二人。

 

『鋒山ツツジ』と『七海リカ』、この二人は会議後に技術開発室へと向かうように指示を受けたのだ。

 

どちらも幹部の中では武闘派寄りのメンバー、LV30前後という霊能力者の中でも上澄みクラスの戦力を持った二人。

 

ここに二人そろって呼ばれた時点で、ある程度戦闘力が必要な案件である、というのは察していた。

 

 

「それで、アタシたちを呼んだ理由は?早く寝たいんならとっとと済ませましょ」

 

「おけおけー。じゃ、サクラちゃん!テンノスケ!アレもってきてー!」

 

 

助手であるサクラと式神であるテンノスケに指示を出し、奥の方から台車に乗せたナニカを運んでくる。

 

組み立てた後のガンプラをランナー利用して飾ってるようにしか見えないソレだが、二人にとっては見慣れたモノだ。

 

 

「『G3X』……?いや、にしちゃ細かい部分のディティールが違うわね」

 

 

デモニカスーツの中でも主流である『G3』シリーズ、その高性能機であるG3Xによく似ていることに気づいたのはリカであった。

 

が、装甲の形やカメラアイの色等が違う事にもすぐに気づくと、もしやこれは『新型』なのではないか?と思い至る。

 

かつては『G3』シリーズを使っていたツツジも同じ考えに至ったのか、シノに「博士、これは……?」と若干困惑しながら問いかけた。

 

 

「はっはっはー!これこそ『G4X』!高レベル霊能力者向けに調整された、デモニカG3シリーズの最新機体だよー!!」

 

「G4X……って、『G4』!?アンタが【大江山百鬼夜行事件】で使ってた!?」

 

「アレは試作機だから量産が難しいと聞いていましたが、まさか……?!」

 

 

G4Xのひな型となったワンオフハイエンドデモニカ【G4】については、二人とも大江山での一件でその性能を目にしている。

 

アレなら1機ぐらいは欲しいと思うのも当然で、コトが済んだ後購入を打診したものの、ワンオフ機なので非常に高くつくというのが理由であきらめたのだ。

 

 

「それがねー、技術部からの依頼で聞くも涙語るも涙な創意工夫*3があったのだよ!

 まあ、それをイチから語ってるとシノさんの眠気が先に来るから、ざっくり概要と案件だけ説明するね!」

 

 

『デモニカG4X』、これはLV30以上の高レベル霊能力者向けに開発されたハイエンドデモニカスーツだ。

 

装着するだけで食いしばり機能がつく【絶対防御】システム。*4

 

体の各所にセットすることで、デモニカスーツの耐性を変化させられる【耐性障壁】スロット。*5

 

LV30以上の戦闘速度にも対応できる【思考操作】と【新型AI・UI】。

 

代わりに重量及び作成・維持コストの増加等、手軽に装着・戦闘できるG3MILDとは正反対の方向に調整された機体である。

 

……が、基礎フレームは同じなのでパーツの追加・改造によってG3MILD→G3→G3X→G4Xと強化が可能なのが最大の利点だ。

 

 

「一応初期ロットが5号機まで完成してて、2号機と3号機はG3ユニットで実戦テスト中。4号機はサクラちゃん用に確保、

 5号機はガイア連合ロボ部*6に実機サンプルとして回しちゃってるから、1号機のテストをツツジちゃんに任せたいんだよねー」

 

「わ、私ですか?確かにG3シリーズは使い慣れていますが……」

 

「頼むよー、G3シリーズに触れててレベル30以上の霊能力者とかめったにいないんだ!いやマジで!

 黒札にはいないこともないけど、シノさんが今から交渉してアレコレしてる時間も惜しいんだよね!」

 

「……いえ、分かりました。受けましょう。 元より貴方達から頂いたG3MILDの恩も返せぬままでしたから」

 

 

式神移植を行う前のツツジにとって、阿部とハルカから譲渡されたG3MILDは信頼できる武具であった。

 

阿部のガチャの余りスキルしか入っていない状態であったが、当時は一山いくらの霊能力者だったツツジにとっては神話の鎧に等しく。

 

彼女が片目を失うことになった戦闘で破損した後も、ガイア連合技術部に依頼して修理され、現在は他のG3MILDと共に鋒山家にて運用されている。

 

その時の恩を返すと考えれば!というテンションのせいか、むしろ士気は上がっていた。

 

 

「……言っとくけど、アタシは無理よ?」

 

 

……が、一方のリカの方はあんまり乗り気ではなかった。

 

G4の購入を打診していたのは、当時のリカはペルソナ使い向けの依頼である『タルタロス』や『マヨナカテレビ』等の浅い層の探索がメインだったから。

 

ようは行く場所がある程度決まっており、頻繁に住居・住所を移動する必要がなかったからである。

 

多少持ち運びに難があっても強い武器・防具が欲しいというのが当時の事情だったのだ。

 

 

「今のアタシ、全国津々浦々……とまではいかないけど、遠征も多いのよ。

 こんなデカブツ持ち運ぶのはちょっとキツいわ、目立つし、運送業者に頼むのも不安だし。

 今からデモニカ育てなおす手間考えたら、アタシよかツツジ一人に絞った方が……」

 

「んっふっふー……だぁーれが『リカちゃんにもG4Xを任せる』って言ったのかなー?

 

「は?」

 

 

なら何のために呼んだのよ、とリカが聞き返す前に、シノが「サクラちゃーん!テンノスケー!アレも持ってきてー!」と再び指示。

 

開発室の奥から現れた二人が持ってきたのは、G4X以上の大荷物。

 

G3ユニットにて運用されているデモニカ用バイク『トライチェイサー』……その系譜を汲んでいると思われるバイク。

 

そして、サクラの手には『【GAEA CORPORATION】とロゴが入った金属製のアタッシュケース』が抱えられており、リカの前まで歩いてきてソレを開く。

 

中には『金属製のベルト・グリップ型無線機・ビデオカメラ』が入っていた。

 

 

「……ベルト?それになにこれ、ピストルのグリップ……いや、アンテナついてるし無線機?それにビデオカメラ……?」

 

「んふふふふ、わっかんないかなー、わっかんないよねー?いやー、我ながらシノさんって天才!」

 

 

若干イラっとする自画自賛だが、おそらく徹夜18日目のテンションのせいである、そうだと思いたい。

 

リカとツツジに見せつけるようにアタッシュケースからベルトを取り出し、シノは自分の腰に巻き付けた。

 

ピストルグリップ型無線機を取り出すと、それをゆっくり自分の口元へもっていく。

 

 

 

「 変 身 」

 

『standing by』

 

「んなっ!?」「それは!?」

 

 

二人にとっては聞き覚えがある、いや、ありすぎる『ワード』だった。

 

ベルトに備え付けられたホルスター型のパーツにそれを装填すると、『complete』という電子音声が流れた。

 

直後、物質化したMAGが銀色のラインを描き、シノの体に『見覚えのないデザインのデモニカスーツ』が展開されていく。

 

ギリシャ文字の『Δ(デルタ)』をモチーフにした頭部、黒いボディに銀のライン、オレンジのカメラアイ。

 

全体的なデザインは、G3シリーズよりスリムな印象を受ける。

 

だがしかし、放っているプレッシャーはG4やG4Xといった最新型デモニカと大差ないモノであった。

 

 

「新世代デモニカ……『展開型デモニカ試作1号機』。名を『デモニカΔ(デルタ)』、そして……『5821』

 

 

今しがた変身に使ったばかりのグリップ型無線機『デルタフォン』を引き抜き、再度口元で数字を音声入力。

 

ガシャコン、と鈍い音が響いた直後、リカとツツジの目の前でバイクが『変形』した。

 

金属製の武骨なボディ、しかしロボットアニメから出てきたようなヒロイックなデザイン。

 

盾にもガトリングにもなる万能武器『バスターホイール』を構えており、モロに戦闘用だと丸わかりであった。

 

 

「『DEMOuntable Next Integrated Capability cAR』*7、通称デモニカー。

 それを参考に作成した対悪魔用戦闘ロボット……『種族・マシン』の式神だよー!

 ただ、デモニカーの基礎設計かつバイクのサイズで戦闘させるとなると、変形機能まで含めたら強度が不安でねー。

 

 ……先日、ロボ部から送られてきた『ヒヒイロカネ』を使って変形部分のパーツを形成。*8

 『N案件』対策の防壁も積んだけど、あっくんから聞いた感じしばらくは心配なさそうだし。*9

 各パーツのブラッシュアップをしないと量産には向かないから、

 その辺は図面をロボ部に送って共同作業にするとして……アイツらもロボット作るんならやる気出しそうだし?」

 

 

 

仮面のせいで表情が見えないながらも、喜色満面な笑みを浮かべているのが丸わかりな声色で、シノが二人の前で両手を広げる。

 

 

 

「ツツジちゃんにはハイエンドデモニカ『G4X』

 リカちゃんには展開型試作デモニカ『Δ(デルタ)』と、

 デモニカ支援用試作機『マシン オートバジン』

 

 ……これらのテストを頼みたいんだ。受けてくれるよね?」

 

 

 

 

 

 

『救えぬ者/救われぬ者』編 END

 

 

 

 

 

 NEXT STAGE

 

 

 

 

 

『ゾビゾビ、バヅボドブブン!』*10

 

 

 

 

 

 to be continued……

 

*1
カオス転生外伝 ざこそな 等

*2
なお、鷹村家にいた頃はそんな選択肢なんぞ無いので前に出るしかなかった模様。毒親どころか毒一族である。

*3
改造人間短編集 『PROJECT G4』 page2 参照

*4
デモニカ本体を身代わりに装着者を致命傷から守る機能。代わりにデモニカは高確率で破損する。

*5
属性・状態異常の耐性を追加・削除・変更できる機能。各種スキルカードを『カートリッジ化させた装甲の一部』に覚えさせ、それを取り換えることで変化させる。読み込み時間が必須なので戦闘中の変更には向かない。

*6
故郷防衛を頑張る俺たち 参照

*7
【求む】カオス転生でダークサマナーが就職する方法 『DEMOuntable Next Integrated Capability cAR』参照

*8
故郷防衛を頑張る俺達 【祝G4X】技術開発班ロボ部【量産化!!】Part.60 参照

*9
カオス転生ごちゃまぜサマナー ☆ニャルラトホテプについて語るスレ Part659(道草) 参照

*10
ドキドキ!夏の特訓!





登場人物資料 『鷹村 ハルカ』 その2

プロフィール

身長 148㎝ 
   本人は変化スキル無しでもうちょっと欲しいと思っている。

体重 筋肉質なのでだいぶ重い。
   ただし変化スキルがあるので増減自由。

外見 魔法少女リリカルなのはシリーズの『シュテル・ザ・デストラクター』。
   性別が男なのでやや筋肉質。腹筋は割れている。

肩書 ガイア連合霊山同盟支部支部長(プラチナカード)
   破界僧の弟子
   仮面ライダーギルス

好きな食べ物 仲間と食べるのならなんでも
嫌いな食べ物 一人で食べるのならなんでも

趣味・特技 修練(武術から勉学まで)
      読書(愛読書は『トム・ソーヤーの冒険』)
      料理(肉じゃが等の家庭の和食が得意)
 
仲魔

レムナント(天使 ドミニオン LV52)
ギルスレイダー(式神 LV47)


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「なにするんですか、あやうく防犯ブザー鳴らすところでしたよ」

 

【7月某日 城南中学校 通学路】

 

 

(ようやく一学期が終わった……濃い四か月だった……)

 

4月に学校周辺の異界を潰して回ってたらイチロウが巻き込まれてアギトに覚醒し。

 

5月に仮面ライダーらしき【未確認生命体】を追ってたら世界の破壊者と出会い。

 

6月に偽ギルスの正体を確かめに行ったら過去の因縁を清算するために邪神と戦うハメになり。

 

その後は【東海道霊道化計画】のために霊能組織や自衛隊との交渉の日々。

 

城南中学の終業式を終え、夏模様のじっとりとした外気に汗を流しながら通学路を歩く。

 

イチロウやアカネ・アオイといったいつもの面々や、先月からそこに加わったヒメとは先ほど別れた後だ。

 

 

とはいえ霊山同盟支部の幹部の面々も忙しいのは同じであり、寧ろこうして中学生らしいことができるだけハルカはマシまであった。

 

元霊山同盟の巫女たちは、ガイア連合の支援込みならそれなりに強力な結界を張ることもできるようになってきた。

 

それを活かし、東海道から伸びる道を中心に『支流』となる霊道を作ったり、災害時の避難所を結界で覆ってシェルターにしたりといった終末への備えを行っている。

 

リカは傘下のオカルトチームである【ラッキークローバー】を率いて、スライムやモウリョウ、ゴーストやガキ等の低位悪魔しか出ない異界をしらみつぶしに潰している。

 

リカが『自分はともかくほかのラッキークローバーじゃキツい』と判断すれば、ツツジが合流して異界へ殴りこんで主ごと根切だ。

 

利用できそうな立地条件・異界の状態が整っている場所を見つけたら、それを霊山同盟支部の技術部から派遣された面々が異界ごと『加工』。

 

金札向け修行用異界や、魔石・マッカの産出用異界、特定のアイテムを製造するのに向いた異界、これから祭る予定の神様向けの神社を建てた異界。

 

とにかくコントロールできる異界……霊山同盟支部では『管理異界』と呼ばれているソレを増やし、霊道・シェルター・管理異界の3つをもって終末に立ち向かうつもりなのである。

 

S県内の主要な地方都市はジュネスを建設し『都市ごと覆ったシェルター』としても確立。

 

商店街とかほとんどシャッター街になってるので大手スーパーマーケット同士の殴り合いになっていたのが功を奏した。

 

このあたりはヒメが家の権力をフルに使い、反対運動を最小限に収めることで西部・中部にもジュネスの誘致を進めている。

 

自衛隊にはG3MILDのレンタル・購入を進めており、新潟で成果を上げている【戦術甲冑 震電】についても試験的に導入を始めようか検討中の駐屯地もあるらしい。

 

 

……が、ここにきて技術部、というかシノがキレた。

 

 

「いい加減寝かせろバカヤローッ!!こちとらデルタギアの運用データ解析しつつ【カイザ】と【ファイズ】の試験も進めつつ【展開型デモニカ量産タイプ】の設計も進めつつG3用式神マザーマシンの追加生産までやってるんだぞーッ!!サクラちゃんが新潟からの出張終えて戻ってきたらサッカーロッド・ポンプの異界対応型までデータ飛んでくるしさーッ!ストライキするぞテメーッ!!!」

 

 

……というマジギレコールである。帰ってきた助手から「あ、コレを相良油田向けに調整する作業も追加です」と言われた時の発言である。

 

一応霊山同盟支部の技術部も、山梨支部の技術部から『俺にもベルト作らせろー!』とか『こっちが地元だから……』とかで黒札が移籍してきたり、

 

元霊山同盟の巫女やラッキークローバーの構成員から技術部志望の霊能力者も出てきたので、質はピンキリだが人員は確保できるようになりつつあった。

 

ハルカも前々からシノとサクラのオーバーワークは由々しき問題だと判断しており、山梨支部技術部でツテのある人間のスカウトや、技術者志望の現地人の育成を進めていたのである。

 

というわけで、出張から帰ってきたサクラとそれを出迎えたシノは、霊山同盟支部の近くにあるH根の温泉にてしばらく寛いでくるそうだ。

 

幸い温泉旅行に行く前の最後のひと踏ん張りで、数基の『式神マザーマシン』を作り上げ、【展開型デモニカ量産タイプ】の草案もまとめ上げてきた。

 

 

(展開型デモニカ……悪魔召喚プログラムや武装型式神、および初期型式神の設計を利用してつくられた、持ち運びの手間と装備の時間を非常に短縮したデモニカか……)

 

 

ガイア連合で運用されている式神は、初期の頃はMAGで肉体を形成するパターンが主流であった。

 

だがこれはMAGの燃費的に効率が悪く、そのうち元から式神ボディを用意し、そこにMAGでパーツを形成するタイプが主流となっていったのである。

 

とはいえ、そこは技術的な発展による燃費の改善やMAGバッテリーの大容量化によって、ある程度なら消費MAGも許容範囲に収まるようになってきた。

 

そこに着目したシノは、MAGを消費し各パーツを順序に従って【召喚・形成】することで、デモニカを瞬時に装備できるようになるのではないか?と考えたのである。

 

G4Xまで発展していった【G3シリーズ】の最大の欠点は、持ち運びと装着に手間がかかる事。

 

性能・コスト・生産体制を改良されつづけたG3シリーズは、コストパフォーマンス及び工業製品としての安定性の二点においてはデモニカの最高傑作と言っていい。

 

が、現場においては緊急出動が求められる場合も少なくないし、あんな大荷物を持ち運べるのは相応に数がそろった部隊だけ。

 

そこでシノは某花札屋お得意の『枯れた技術の水平思考』を発揮。

 

基礎設計はG3シリーズのモノを流用して可能な限りコストダウンし、G4Xまでで集まったハイエンドデモニカのデータやAIの蓄積も入念に解析。

 

 

初期型式神の『MAGによる物体形成』を応用し、ベルト型専用COMPから『武装型式神に近づけたデモニカスーツ』を召喚・形成する。

 

補助戦力としてジェットスライガー・サイドバッシャー・オートバジンという『マシン』種族の式神3種まで発明してしまうあたり、シノの入れ込みっぷりは相当だ。

 

各種テストやナナによる『デルタ』の実戦運用により、ジェットスライガーとサイドバッシャーは試作機一機で開発が保留されてしまったものの、オートバジンは開発計画が認可。

 

とはいえ、G4の余剰パーツを元に作った『デルタ』は明らかに量産型としてはコストオーバー。

 

他2種の試作機である【カイザ】と【ファイズ】がこれから実戦投入され、さらに簡易量産型の【トルーパー】という仮称がついたベルトも併せて検討される事になっている。

 

 

……という超絶重要なプロジェクトを、霊山同盟支部のオカルトアイテム生産工場の拡張に使う式神マザーマシンの追加生産と合わせてこなしていたので、そりゃキレる。

 

既に霊山同盟支部ではG3MILD生産のオートメーション化が進んでおり、ほとんどの交換用パーツぐらいなら式神マザーマシンさえあればなんと現地人の技術者でも作れる。

 

交換用ブラックボックスこそ黒札技術者しか作れないが、逆に言えば高度な式神技術が必須であるブラックボックス以外のG3MILD部分は黒札が必要ないのだ。

 

 

(G3MILDの供給不足は解消されつつある……とはいえ、売り先は無数だが工場は有限。

 新潟にできる予定の工場にG3MILD用式神マザーマシンを1基貸し出してレンタル料を取るか?*1

 ブラックボックス作れる技術者も呼ぶなら、完成したG3MILDは売っても使ってもアリだろうし。

 ……休暇中のサクラさんは送れないし、僕の分身Bを新潟に向かわせよう。

 霊器改造コシヒカリの件も、こっちは稲作に向かない火山灰地も多いからアリだ。

 ヒノエ米一極集中は、将来的にジャガイモ飢饉じみた事件につながりかねないし……。

 霊酒の有無も聞いてみよう、あるなら大江山にもっていけば酒吞童子との取引に使える。

 

 あ、そうだ。長野でG3R売られてるって情報がシノさんや流石兄弟から流れてきてたな。*2

 いっそのことこっちから声かけるか……でも向こうにデモニカ作れる工場あったっけ?

 無いんならマザーマシンのレンタルより、こっちで作ったG3MILDの販売窓口を任せるか。

 シノさん経由ってことは技術部ともつながりある人だろうし、上手くいけば卸し先になる。

 念には念を入れて、生産したマザーマシンの配備先を3割は白紙にしておいてよかった)

 

 

重ねて言うが、彼は終業式を終えたばかりの『中学一年生』である。

 

黒札のような転生者でもなく、組織運営など霊山同盟支部の支部長を阿部に押し付けられてから巫女長に学んだ程度。

 

名家生まれとはいえ、毒親によるネグレクト状態なので帝王学なんてモノとは無縁。

 

そんな彼がここまで『組織の長』をやれてるあたり、巫女長の『彼の天職は政治家か社長か教祖』という見立ては正しいのだろう。

 

 

(……くそぉ、こういうとき自分が黒札でも大人でもないのがもどかしいな……)

 

 

だが、支部長としての悩みは尽きない。

 

彼はプラチナカードまで出世した霊能力者ではあるが、黒札(ブラックカード)のような特権は一切持たない。

 

なんなら黒札がバラまいているゴールドカードですら、彼は申請や手続きをして少数に配布するのが精いっぱいである。*3

 

そして、どれだけ組織運営の才能があろうが、彼は13歳の中学生。

 

シノや阿部、あるいは巫女長といった後見人が無ければ交渉の1つすらできないのだ。

 

これからガイア連合の別の支部・派出所との交渉に臨む予定ができたが、それも『阿部の弟子だから』『シノの協力者だから』向こうは話を聞いてくれるのである。

 

もっと頼りがいのある立派な人間にならなければ、自分の力でほかの支部に『対等な交渉相手』と思わせる事すらできないのだ。

 

 

……と本人は思い込んでいるが、実際はガイア連合がすんっごい身内贔屓な組織であり、身内とはだいたい黒札の事を指すからである。

 

ハルカがナメられているというより、黒札という立場が特殊すぎてマトモな組織感覚でそこら辺を考えるとバグるのだ。

 

阿部の弟子・シノの協力者だからという考えも間違いではないのだが……正確には『黒札というバックがいなければ別に大人だろうと割と軽く見られる』。

 

他の黒札=【俺ら】の身内だから、というワンクッションがあるかないかは非常におおきいのだ。*4

 

とはいえ、己の未熟さが足を引っ張ってる!もっと精進しなきゃ!と考えられるのは良い事だろう。

 

 

「よし、分身に思考送信&操作完了。とりあえず家に荷物置いて……」

 

「どこへ行くんだァ?」

 

「うおわぁああ?!」

 

 

下校中の男子中学生に変質者が声をかける事案発生、という見出しで明日の地方新聞あたりに乗りそうな光景であった、と後にハルカは語る。

 

帰宅してからの事を考えていたハルカの背後に、突如現れた人影1つ。

 

何気にハルカと再会するのはディケイドとの一件以来しばらくぶりな、ハルカの師匠のイイ男・阿部 清明であった。

 

 

「なにするんですか、あやうく防犯ブザー鳴らすところでしたよ」

 

「おいおいつれないな、ハルカ。久々の師匠とのスキンシップってやつをまてまてまて防犯ブザーのヒモに手をかけるなかけるな鳴らそうとするな!

 

 

鞄についていた防犯ブザーのヒモに手をかけるハルカに、あわてたようにストップをかける阿部。

 

ごまかす方法など10でも100でもあるのだが、それはそれとしてLV99の陰陽師でも防犯ブザー鳴らされるのは心臓に悪いらしい。

 

ともあれハルカがようやく防犯ブザーから手を放し、ふう、と一息ついた阿部が話し始める。

 

 

「夏休みで時間がとれるようになっただろう?今のお前にちょうどいい修行場所を用意してきたんだ」

 

「修行……ですか。その、今以上の力がいるような案件が来るんですか?」

 

「来る。 断言する、今のお前では力が足りないと感じられるほどの『何か』が来る」

 

 

うっ、とハルカがうめく。真剣な時の阿部の予言や占いは10割当たるのだ。

 

適当に言ってるときは占ってない戯言をくっちゃべってるだけだが、真剣に言う占いで誰かをだますような事はしない男だ。

 

自分が『先』を見通す目を持っているからこその感覚だろう、ハルカには理解できないが、予言者や占い師はある壁を超えるとそうなるらしい。

 

……実際はその占いを一度『外された』からこそハルカへの期待値が増えているのだが、そんなことは知る由もない。

 

 

「……わかりました、受けます。 それで、どこへ向かえばいいんですか?」

 

「安心しろ、移動手段は準備してきた。今からでもすぐに行ける」

 

「(トラポートかな?)……どのぐらいかかるんですか?夏休み全部とか?」

 

「時間の流れが外と違うタイプの異界だ、最短なら一週間もあれば終わる」

 

(なるほど、なら問題なさそうだな)

 

 

最短で一週間なら、上手くいけば7月中に修行を終えられる。

 

ハルカはなるべく早く宿題を済ませ、8月の予定もしっかり立てていた。

 

お盆には夏祭りや花火大会に行って、暑さがひどくなる頃には市民プールの準備もした。

 

当然、イチロウや葛葉姉妹、ヒメといった面々に、リカやモミジ*5も夏休みを利用して駆けつけるらしい。

 

モミジに至っては一生車椅子で過ごすつもりが、負担が少ないタイプの式神移植手術の実験台に無理やり担ぎ込まれて両足が治ってしまったそうだ。

 

 

……ハルカにとって、生まれて初めての『友達と過ごす夏休み』。その第一歩は……。

 

 

 

「よし、なら行ってこい」「えっ……?」

 

 

ドンッ、という音と共に、ハルカの体が宙に浮く。

 

阿部が手でハルカの胸を突き飛ばし、同時に『ザン』を放ったのだ。

 

が、手加減したザン程度なら今のハルカにとっては変身前でもロクなダメージにならない。

 

問題は……車道めがけて突き飛ばされたハルカの真下の道路に、【巨大な黒い扉】が現れたことだ。

 

 

「~~~~~~~~~~~~っ!!?」

 

 

阿部との修行によって磨かれた、【危険を感じ取る第六感】。

 

酒呑童子やニャルラトホテプとの戦いでも常に発動して危機を潜り抜けてきたソレが、全力で警報を鳴らす。

 

バタンッ!と音を立てて開いた扉の中へ、ハルカの体がとんでもない勢いで引きずり込まれていく。

 

まるでふわふわと浮いている綿毛に強力な掃除機のノズルを向けたような勢いだ。

 

引きずり込まれる前に変身してギルスフィーラーを使い脱出しようとするも、その前に阿部の『シバブー』によって自由が奪われてしまった。

 

 

「そういうわけだ、後は頼んだぜ?『女王様』。安心しろハルカ、分身の方は【札】で制御されてっから、お前がやる予定の仕事や交渉はなんとかなる」

 

『ああ、安心するといい……しっかりと儂の世界に招き入れよう』

 

「ちょっ、ちょっ、まっ……!?」

 

 

 

拘束された体をもがくように動かしながら、伸ばした手は到底元の世界に届かず……。

 

 

 

「ゾビゾビ、バヅボドブブン!*6の舞台、

 

【影の国(ダン・スカー)】の入り口。一名様、ご案内~♪」

 

「クソ師匠がああああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 

バタムッ!!と扉が閉じ、鷹村ハルカはこの世から消え去った。

 

 

 

*1
故郷防衛を頑張る俺たち  【祝G4X】技術開発班ロボ部【量産化!!】Part.60 参照

*2
マイナー地方神と契約した男の話   EX5 デモニカ販売 参照

*3
独自設定です。プラチナカードについては『貰うには支部長クラスの権限が必要』と『黒札以外では最高』ぐらいしか情報無いので。

*4
ざこそな! のやらない夫の扱いがわかりやすい。

*5
蔵土師 紅葉(くらはし もみじ)古都でハルカと友人になった和服女装男子。茨木童子による取り込みで四肢を失ったが生き残り、現在は古都の派出所担当になっている。

*6
リント(人間)の言葉で『ドキドキ、夏の特訓!』



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「み゛ゅん゛ッ!!?」

 

【7月某日 影の国(ダン・スカー)】

 

 

(さて、影の国に招いたあの坊主はどうなっているやら)

 

 

紫の長い髪、ボディラインが丸見えの戦士装束、呪いの朱槍と緋色の目。

 

しかし、磨き抜かれたその闘気はいかなる刃よりも鋭く、手弱女のようなしなやかな肉体には数多の勇士を上回る技と力が秘められている。

 

その美女の名は『女神 スカサハ』……影の国『ダン・スカー』の門番であり女王、師範であり戦士でもある英傑だ。

 

光の御子『クー・フーリン』を始めとした数多の勇者・英雄を育て上げた『ヒーローメイカー』、それこそこの女神の正体である。

 

そんな彼女も、人の尺度では測り切れないほどの長い時間をこの『異界・影の国』で過ごしてきた。

 

女神転生の世界には、金剛神界の役小角や魔界の魔王たちのように、人間の世界から隔絶された異界を支配している悪魔がいる。

 

当然彼ら/彼女らは歴史や神話に名を遺す大悪魔だらけ、それらの支配する領域に踏み込むというのは、よほどの英雄でなければ死と同義だ。

 

 

当然この影の国もそれに等しく、入って最初に出迎えるのはLV20オーバーがアベレージとなる凶悪な魔獣・妖獣が群れを成しひしめく広大な荒野。

 

それを超えれば、そんな魔獣・妖獣をエサにするLV30オーバーの妖鳥・凶鳥が空を埋め尽くし、だだっぴろくて隠れられる場所もない草原が視界の果てまで広がる。

 

さらにそれを超えれば、そんな妖鳥・凶鳥がうかつにも果実に口をつけるだけで逆にエサにされるLV40オーバーの妖樹や、そこに潜む妖虫だらけの鬱蒼とした森が生い茂る。

 

さらにさらにそれを超えれば、足元に地面があるだけ有情とばかりに荒れ狂う海が渦を巻き、オマケに『妖獣 クラーケン LV51』を始めとした水生悪魔の縄張りを通らねば向こう岸へは渡れない。

 

そして命からがら向こう岸に渡ったと思ったら、今度は多種多様な邪龍が巣を作り、各々の財宝を巡って四六時中殺し合っている大渓谷。これを飛び越えて初めて『スカサハの城』の入り口にたどり着くのである。

 

どの難所も恐ろしいほどに広い上に、構造上かならず困難な道を進むことを強いられる。

 

例えば荒れ狂う海を飛んで超えようとすると、『スカサハの試練を拒否した』という扱いになって異界の入り口に戻されてしまうのだ。

 

他の試練も、知恵と勇気と武力を振り絞ることは大前提。そのうえでさらにもう一歩先へ行ける『勇者候補』だけが突破できる難行である。

 

……あくまで『常識的な感覚』なら。

 

 

(アベめ、自分の弟子がここに来るから期待していろ……といっていたが、初日に荒野で魔獣に追い掛け回されている時点で興が冷めたぞ)

 

 

当然のように、影の国への扉を通ったハルカは一番最初の荒野へと放り出された。

 

かつて自分に師事することを求めたケルトの戦士たちですら、着の身着のままではこなかった。

 

己の最も得意とする獲物と水と食料、その程度は持ってから来ていたものである。

 

そんな戦士たちですら、スカサハのもとへたどり着けるのはごく一部。大半はどこぞで野垂れ死んだ。

 

まあそもそも上の道程の時点でお前たどり着かせる気あんのかという難易度だが、

 

頭ケルト的にはこんなもん女神の試練じゃなくてちょっとした入門試験ぐらいの感覚だから仕方ない。

 

というわけで、そんな入門試験その1である魔獣ひしめく荒野でひいひい言ってた時点でスカサハは興味を無くしていた。

 

遠見の術式を先ほどまで切っており、ああ、そういえば指の一本でも残ってたらアベのやつに投げつけてやるか、程度の気分でもう一度覗き込んだのだ。

 

 

(……? 妙だな、荒野に見当たらないぞ)

 

 

が、どれだけ探しても広大な『魔獣の荒野』に痕跡が存在しない。

 

スカサハの視点は影の国の中にいる限りは千里眼に等しい、遠見の術式と併用すれば、恐ろしく広い荒野ですらすべてを見通すまで十数秒だ。

 

魔獣の腹の中にすっぽり収まった……にしては、血痕もMAGの形跡も服の破片すら残っていないのはおかしい、そして。

 

 

(魔獣の数がやや少ない、か……?)

 

 

前述通り、この荒野はLV20~30の魔獣が群れを成して闊歩している。

 

中華戦線でLV50クラスの現地人英雄がLV30の天使×1000とかに押し切られるように、数の差は圧倒的になると実力差を埋めきってしまう。

 

ここの魔獣もそういう特性持ちであり、不用意に戦おうものなら次から次へと寄ってきて、100倒そうが200倒そうが群れごと襲ってくるのが止まらない。

 

水も食料もほとんど手に入らない影の国において、特に緑の少ない荒野でそんな戦いをすれば飢えて乾いて死ぬだけだ。

 

仮に食料を持ち込んでいても、四六時中魔獣と殺し合うハメになればそれを食うどころではない。

 

 

……そんな環境で、『魔獣の数が減る』とはどういうことなのか。

 

 

まさか、という思いを抱きながら、荒野へと飛ばした感覚を動かし、振り落としの試練の道程を順々に覗いていく。

 

狂暴な怪鳥が空を埋め尽くす草原は、普段ならロクに見えない空がちらほらと見える程度には。この世にあらざる猛禽の羽が地に落ちていた。

 

魔獣や怪鳥すらも餌にする妖樹とそれに集る妖虫の密林は、まるで下手な伐採業者でも入ったかのように一直線に禿げた大地が突き抜けている。

 

大渦坂巻く大海は、見た目こそ大きな変化はないが……しばらく見まわした後に向こう岸まで視界を動かせば、そこで明らかにクラーケンを調理して食った形跡があった。ジャパニーズ・サシミだろうか。

 

アレを食うのか……と軽く引いたスカサハが次に見たのは、首を落とされた多数の邪龍と、その遺骸が積み上げられた山の隣に積まれた、同程度の高さの財宝の山。

 

生き残っている邪龍たちも、何かを恐れるように財宝に手を出す気配がない。

 

 

何より面白いのは、ここまで『戦闘』と言える形跡が一直線に続いている事だ。

 

獲物を狙ってあちこちを駆け回るとか、余計な相手にちょっかいをかけるとか、そういう気配は微塵もない。

 

勇士候補というのは蛮勇さを大なり小なり持っているもので、影の国の城壁が遠目にも見えているというのに最短距離を行かない者も多いのだ。

 

だが、この道程を歩んだ者は違う。

 

道筋を直進だと定めたら、倒すべき悪魔は襲い掛かってくる者だけに絞り、明らかに自分に手を出してきた悪魔以外を無視して先へ先へと進んでいる。

 

邪龍の財宝を遺骸の横に積み上げたのも、おそらくは財宝を持っていたら別の邪龍が際限なく襲い掛かってくると察したからだろう。

 

まあ、それを察したときには目に見える範囲の邪龍は完全に怯え切って財宝に手を出す気を無くしていたようだが……。

 

 

(なるほど、節穴は儂かッ!)

 

 

動かし続けた視界は、ついにあの光景を作り出した『勇士』を捉える。

 

スカサハがいる『影の国の城』(キャスリーン・スカイ)の外壁、7つの城壁の一番外側。

 

それぞれの城壁には、中に挑む勇士候補を振り落とすための守護獣が配置されている。

 

流石にその守護獣が戦闘を開始すれば、スカサハも意識を特に向けていなくても異変に気付く。

 

 

戦闘の気配を感じてあわててその場所に視界を飛ばせば……いた。

 

 

赤い瞳に緑色の甲殻と角、黒い肌にとげとげしい爪や牙……阿部から事前に聞いていた『ギルス』と呼ばれる姿になった鷹村ハルカが、城壁を登攀中であった。

 

城壁に門はなく、中へ通ろうとする勇士はこれを登るか飛び越える必要がある。

 

スカサハも修めている『鮭跳びの妙技』があればそれほど苦にしない城壁だが、そもそも大半の勇士はそういった妙技を学ぶためにここに来るのだ。

 

そうやって登ろうとする勇士候補には、スカサハが手ずから仕上げた『霊鳥 バイヴ・カハ LV46』。

 

……ここまで来た勇士にとっては簡単な相手に見える?相手が単独かつ平地ならばそうだろう。

 

多数のバイヴ・カハが連携を取り、勇士が城壁を登っている最中だけ攻撃を仕掛ける……というクソみたいな調教をされていなければ。

 

登るためには両手両足を城壁に向けていなければならず、必然的にバイヴ・カハのいる空には背を向けるハメになる。

 

背中側を飛び前悪バイヴ・カハの群れに目を向けていては、城壁の僅かな継ぎ目に指をかけて登るなどというマネはできない。

 

両手両足が自由にならない状況で、自由に空を舞う怪鳥に襲われ続ける。万全な戦いばかりに慣れている勇士候補が、背後から襲われ城壁から振り落とされて死ぬのをスカサハは何度も見てきた。

 

だからこそ、そんな城壁をいかにして登りきるのか後方師匠面で見ていたのだが。

 

 

『【超変身】ッ!からの……うおおおおおおおっ!!!』

(チャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカ)※効果音

 

「んぶふっほぉ!?」

 

 

スカサハは思いっきり吹き出した。

 

【エクシードギルス】と呼ばれる形態に変身したギルスは、背中から生えている触手【ギルススティンガー】を城壁に這わせ、虫の触角のように使い手足をかける継ぎ目を探す。

 

さらにバイヴ・カハではなく城壁に背を向け、地面にブリッジするような姿勢で城壁に張り付き、手足をチャカチャカと動かして登っていくのだ。

 

当然両の目はバイヴ・カハを捉えているので、その攻撃を回避するのも十分に可能。

 

死を感じ取る第六感だけでは移動速度が落ちている状態の飽和攻撃に対処できないので、どうしても何らかの方法でバイヴ・カハの姿を捉える必要があったのだ。

 

時にはギルススティンガーの一本をバイヴ・カハの迎撃に使い、もう一本を触角代わりにして上る、という器用なマネまでやってみせる。

 

 

「い、いや、他にも方法あっただろう、絶対!?」

 

 

スカサハがそんなツッコミを入れている間にも、ギルスは第一の城壁を登り終え、第二の城壁に向かう。

 

城壁の間には移動を阻む呪詛だらけの柵があり、さらに地面には様々な罠も仕掛けてある。

 

死の沼が足を捕らえ、毒虫や毒蛇に満ちた堀が口を開け、追尾の魔術をかけた矢や槍が挑戦者を襲うのだ。

 

それらを超えた先でようやく、次の城壁を守る守護獣と戦うことができるのである。

 

 

『【超変身】ッ!うおおおおぉぉぉ!邪魔だああああぁぁぁぁッ!!』

 

(……まあ、アリとしよう、うん。ああいうのもケルト的だしな!)

 

 

バーニングフォームに変身し、体中から『シナイの神火』を全力で放出。

 

行く手を阻む柵も呪詛も、よってくる毒虫も毒蛇も、飛んできた矢も槍も燃やし尽くしながら突貫。

 

綺麗なランニングフォームで城壁の合間を駆け抜けて、次なる守護獣に到達すれば。

 

 

『ライダアアアァァァ、キイイィィィック!!!』

 

(うむ、次なる守護獣を見越して最小の戦闘で済ませる。できておる候……)

 

 

突っ走ってきた加速を利用し、貫通付きの必殺技で一気に仕留めて駆け抜ける。

 

城壁を登るための体力の消耗を考えれば、何をどう考えても守護獣一体一体とマトモに戦ってはいられない。

 

ハルカ/ギルスもそれを理解しており、時には一撃で仕留め、時にはライジングフォームで麻痺させて通り抜け、時には気配を消してやりすごし、守護獣での消耗を最小にして進んでいく。

 

そしてついに7つ目の城壁……守護獣はスカサハが従えている悪魔の中で最強の『邪龍 クロウ・クルワッハ LV68』

 

邪龍の住む大峡谷の中でもとびきり強いヤツを捕らえ、屈服させ、鍛え上げた門番である。

 

スカサハが仕込んだ即死貫通+敵単体即死技『ヘルズアイズ』とかいうクソゲーを仕掛けてくる上に、物理的な戦闘力も高い強敵だ。

 

この異界に踏み込んだばかりのハルカ/ギルスならばほぼ互角……いや、地の利や疲労を考えれば、明らかにギルスが負ける相手である。

 

が、しかし。

 

 

『目だ!耳だ!鼻ァッ!!』

 

『ギョワアアアアアアァァァァァッ!!??』

 

(まあ、邪龍相手とか大峡谷で散々経験しただろうからな。目さえ潰せばこんなものか)

 

 

ここまでの道程でハルカ/ギルスのLVは70に達している。むしろ達していなかったらおかしい。

 

実力も上回り、邪龍という種族にも慣れ、アナライズで最大の武器が死の魔眼だとわかれば先制攻撃でソレを潰せばどうとでもなるのだ。

 

ついでのように聴覚と嗅覚も奪い、しっぽを抱え込んだジャイアントスイングでクロウ・クルワッハの巨体を毒蛇・毒虫まみれの堀へとぶん投げる。

 

いろんな意味でおぞましい光景を作り出し、悲鳴を上げるクロウ・クルワッハを無視して城壁を登り始めるハルカ/ギルスなのであった。

 

 

(うむ、クロウ・クルワッハはあとで救出しておこう。治療ではなく蘇生が必要かもしれんが……)

 

 

そして、ついにギルスは『キャスリーン・スカイ』の城門へとたどり着く。

 

最後の城壁を登り始めた時点で、スカサハは身支度を整え城の広間で待っていた。

 

目の前にある城門を開け、あの勇士候補が城に踏み込んでくるのを今か今かと待ちながら……。

 

 

(ふむ、やはりここは麗しの女戦士として威圧を放って……いや影の国の女王的には威厳を持って接した方がいいか?まてよ、最近の若い者はフランクに接した方がよいと聞くし、いやしかしこの後師弟関係になる者としてあまり軽いのは……)

 

 

……割とアホなことを考えていた。

 

なんせここにたどり着く勇士など何百年どころか千年以上ぶりというありさまだ。

 

最近目をつけていたガイア連合の勇士候補たちも、ガイア連合でのゆるゆる修行()やら脳レ〇プやらで鍛えるせいで一向にこっちに来る気配がない。

 

この世界でレベリングをしていた阿部も、スカサハからドルイドの予知を教わったらレベリングだけしてさっさと帰ってしまった。あれでは弟子とも呼べない。

 

その際に言い残した『いずれ俺の弟子が来る』という予言は、スカサハにとって久方の楽しみだったのである。

 

 

 

……ところで、お忘れだろうか。

 

ハルカは割とアレな経緯で影の国に連れてこられて、修行という名のスカサハ式トライアスロンに強制挑戦させられた。

 

オマケに連れてこられるときのやり取りで、クソ師匠もとい阿部とスカサハが協力関係にあるのはお察し。

 

まあ、つまり、ハルカからすればスカサハは『誘拐犯』なわけであって……。

 

 

「ここが!あの女の!ハウスねッ!!!」

 

 

「み゛ゅん゛ッ!!?」

 

 

回し蹴りで城門を蹴り砕き、ホールで佇んでいたスカサハの顔面に砕けた城門が飛来。

 

普段なら不意打ちだろうと叩き落せるソレを、アホなことしか考えてなかったせいでモロに食らったスカサハ。

 

 

……これが、無駄に長い付き合いとなる『教師と生徒』のファーストコンタクトであった。

 

 



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「10割だいじょばないです」

 

【7月某日 霊山同盟支部 支部長室 電話中】

 

 

「こんにちは、新潟の碧神殿ですね?はい、はい……霊山同盟支部支部長の鷹村です」

 

「士村さんの連絡回線をお借りしまして、はい。本人は今頃H根の温泉巡りしてるので」

 

「いえ、正確にはその代理といいますか……ああ、神主殿の分身や式神をイメージしていただければ」

 

「え、『神主みたいな事ができる人がほかにもいるんだ』?いや、色々と格が違いますから」

 

「アレと私を比べるのはゼウスの雷霆と乾電池を比べるようなモノですから。とりあえずこうして交渉できる程度の権限と信用はありますが」

 

「というわけで、本体が今日の午前中から所用で行方不明になっておりますので、今後は『私』が対応いたします。お気軽に『二号』とおよび下さい」

 

「とりあえず例の【霊基改造コシヒカリ】については、S県自衛隊の食堂から取り入れていく事になりました」

 

「その後は量を増やして、霊山同盟の巫女や傘下組織の食事、およびS県の備蓄米にしていく予定です」

 

「いきなりドーンと輸入すると既にある米の消費が追いつきませんからね。古米・古古米から順に消費して、空いた倉庫に順次運び込んで『備える』方向で行こうかと」

 

「S県の稲作ってホントに下火なんですよ、新潟と比べると約9分の1なんですよ?収穫量。富士山が過去にバラまいた火山灰が土台になってるせいで稲作に向かないんです」

 

「しかも隣り合ってるA県もK県もこんな状態のS県よりさらに下、なんなら山梨支部がある山梨県もそんな状態です。下手すると終末後はS県側から米の供給しなきゃいけないレベルです」

 

「というわけでヒノエ米一辺倒は沖縄ほどじゃないにしろ危険オブ危険なんですよ、トラブルでヒノエ米がとれなくなったら主食がパンになってしまう。『私たち』の朝は納豆ご飯とみそ汁から始まるので」

 

「ちなみにネギは青ネギを細かく刻んだものを入れる派で、ひきわり納豆の方が好み……失礼、脱線しました」

 

「G3MILDや各種対悪魔弾の販売・輸送については、ええ、ええ。自衛隊の方や普段の交渉窓口である九重家の方と、ええ。細かい数量の調整もありますし」

 

「あくまでトップ……まあ片方代理人ですが……同士でもこうして意見交換しておかないと、そのうち下の判断と上の判断が食い違ったりするものですから」

 

「もう一人の分身……『三号』が外回り担当ですので、そのうち新潟の方にもお邪魔すると思います」

 

「本体の方も早ければ一週間ぐらいで戻ってくるはずですから、より重要な案件はその後に……」

 

「え、『聞きそびれたけど所用で行方不明ってどういうこと』?」

 

「まあ、その、『私達』にとっては10歳の時からよくあることなんですが、師匠にいきなり拉致られて危険地帯に放り込まれることが頻繁にあったというか……」

 

「今回の居場所?その、あくまで『私』もあのガチホモクソ野郎から聞いただけですけどね……」

 

 

「『影の国(ダン・スカー)』だそうです。はい、ええ、ケルト神話に伝わるアレですアレ」

 

「え、そんな危険地帯に飛び込まされて大丈夫なのかって?はっはっはっはっは」

 

「まあとりあえず『私』が消えてないってことは死んでないんでしょうが、まあ、うーん。大丈夫か否かっていうと」

 

 

 

「10割だいじょばないです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【7月某日 影の国(ダン・スカー)】

 

 

 

「ひとつ、これから貴様に教えを与える者として講義をしてやろう。

 

 儂が思うに、戦術や意志力、咄嗟の機転や幸運でひっくり返せる盤面には【限度】がある」

 

 

ヒュン、と血に濡れた朱槍を振るう。そう簡単に血錆が浮く武器ではないが、もはやクセのようなモノなのだろう。

 

血液が強酸でできた魔獣だの、体内に呪詛を仕込んで武器を劣化させる魔女だの、そういった厄介な相手と彼女は戦いすぎた。

 

血糊を一振りで弾き飛ばし、カツ、カツ、と石造りの床を一歩一歩歩いてゆく。

 

 

「百に1つ、千に1つ、万に1つ……億、兆、京、垓、杼、穰、溝、澗、正、載、極。

 

 恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数に1つであろうと、1があるなら引き寄せられる。

 

 それが【逆転劇】というものであり……貴様のような【英雄】が掴みとる奇跡の総称だ」

 

 

影の国の女王【スカサハ】にとって、この世界は完全に己の庭だ。

 

その中でも特に、己の生涯の殆どを過ごした【影の女王の城】は、もはや庭を通り越して手足の先に等しい。

 

そんな彼女の居城は、壁にヒビが入り、床に穴が開き、絨毯やタペストリーはあちこちで破れ。

 

まさしく地震や台風でも過ぎ去ったかのような風体を見せつけていた。

 

 

「ならば、この【結果】はどういうことかと言われれば、まあ、分かりやすく言うと……」

 

 

朱槍の穂先が、緩やかにスカサハの歩む先にいる【獲物】へと突き付けられる。

 

影の国では嗅ぎ慣れすぎて新鮮味すら無い血の匂い、千切れとんだ血肉は床一面にブチまけられている。

 

再生するたびに貫き、潰し、砕き、斬り、穿ち、刺し……多種多様な方法で【解体】した。

 

それでもなお立ち向かってきた根性だけは彼女も認めるが、しかし。

 

 

1つもないほど【戦力】が違う。それだけだ

 

 【女神 スカサハ LV83】

 

 

(やばい、勝ち目が微塵も見えない)

 

 

ギリッギリ即死を避けて再生させたものの、既に十七分割どころじゃない回数だけギルスは肉体を破損している。

 

反面、スカサハの方は綺麗なままだ。なにせ全身どこをみても掠り傷すらついていない、良くて返り血で服が汚れている程度。

 

……対峙しているハルカ/ギルスが、MAGの薄い元の世界なら何十回・何百回ぶっ殺されたかもわからないほどバラバラにされているのに、である。

 

MAGが魔界並みに濃い影の国だからこそ、ギルスの再生能力は最大限に発揮され、今の今まで戦い続けてられるのだ。

 

 

あの正門破りの直後、阿部とスカサハの共謀にバチクソにキレていたハルカは当然スカサハにもキレ散らかした。

 

通学路歩いてたら影の国に拉致されて怪物だらけのトライアスロンである、そりゃキレないほうがおかしい。

 

……が、スカサハからすれば脳天に常時【?】マークが浮かんでいる。

 

阿部からも「本人の同意が取れたら合図する」と聞いているし、実際スカサハも阿部を経由して千里眼を繋ぎ、ハルカが【修行することに同意をした】タイミングで扉を設置した。

 

寧ろ世界中メシアン大暴れなこのご時世に影の国に一番近い【スカイ島】まで来い!と言わないだけ感謝してほしいとすら思ってるのがスカサハである。

 

この辺も「人間と悪魔って相容れないんだなぁ」という実例に使えなくもないが、それはともかく。

 

 

なんにせよ、城門をブチ破ってきた時点でスカサハからすればハルカの扱いは【侵入者】。

 

オマケに久方ぶりの弟子候補なので比較的優しく出迎えるつもりが、砕けた城門で顔面に一撃である。

 

これそのものは流れ弾だったのだが、スカサハの方も(現代人的には盛大な逆ギレとはいえ)それなりにキレた。

 

後の流れは簡単だ、とりあえず細かい事は一度殴り合ってから決めよう、というスカサハの提案にハルカが同意。

 

朱槍を振るう影の国の女王と、異形の肉体を持つネフィリムの戦士が激突したのだが……。

 

 

(クソ、思いつく限りの手は試したのに……!)

 

 

ハルカもLVが上の相手にやみくもに突っ込むほどバカではない。

 

最初は迷わずエクシードという手札を切っていき、ギルススティンガーとギルスフィーラーで拘束してから格闘戦に持ち込もうとした。

 

が、ギルスフィーラーは弾かれ、ギルススティンガーに至っては穂先で【寸断】。

 

すぐさま生えてきたとはいえ、武器式神ではなく肉体の機能であったギルススティンガーではたやすく切断されてしまうことが判明。

 

その後もスペックそのものの高さを活かして渡り合うものの、こちらの爪・牙はかすりもせず、向こうの朱槍は毎秒ごとにこちらの肉体に穴をあけてくる。

 

技術・速度共にハルカの基準から二回り以上先を行っているのだ。

 

 

ならばと火炎/高火力/範囲攻撃のバーニングと、電撃/高機動/封印エネルギーのライジングを切り替えて応戦。

 

バーニングの【シナイの神火】でスカサハが飛び回れないよう炎の壁を作り、一瞬でも足が止まればライジングに切り替えて一気に突貫。

 

封印エネルギーを用いてスカサハの力さえ封じてしまえば、という作戦だったが、これもたやすく破られた。

 

スカサハは【電撃弱点】……なのだが、体内のMAGを調整して耐性を細かく変えてくるせいで電撃無効どころか反射・吸収にされてる事も多くダメージにならない。

 

貫通属性持ちの技で攻撃しても、しっかりソレだけを見切っていなし、逆に強烈なカウンターが飛んでくる。

 

かといって攻め手を緩めてまごまごしていれば、こちらの手の届かない距離から多種多様な魔法を雨あられと叩き込んでくるせいで距離を取るわけにもいかない。

 

バーニングフォームでの火炎/万能属性を使った火力ゴリ押しも、互いにバフ/デバフ抜きのはずなのに基本速度が違いすぎてついていけない。

 

バーニングフォームの弱点である【機動力が他フォームより劣る】がモロに出た形である。疾風のように駆けるスカサハに追いつけないのだ。

 

 

(いや、重要なのは単純な機動力だけじゃない、これは……)

 

「気づいているとは思うが、お主と儂では【一手目】が違う。 このように!」

 

「ッづぉ!?」

 

 

眼前に迫ってきた槍の先、感じ取った死の予感に咄嗟に首をひねって回避する。

 

しかし直後に足元が光り、吹きあがってきた【ザンバリオン】がギルスの体を跳ね飛ばした。

 

床にたたきつけられ、がは、と小さく息を吐きながらも素早く受け身をとって立ち上がる。

 

 

「今のが悪手だ、小僧」

 

「ッ……が、ォ……!?」

 

 

そして、気が付けば首の後ろから何かを【突き刺される】感覚。

 

喉を貫通し、脊髄をへし砕きながら突き破ってきた朱槍……スカサハが背後から突き出したモノだった。

 

 

「儂の殺気を感じ取り、回避した『一手目』。それ自体はいい。

 だが『回避する』という行動に出るのが遅い、お主はとにかく初速と初動が遅い。

 殺気を感じ取るまではいい、だが貴様の行動が早ければ寸前での回避にはならなかった。

 察知→思考→行動、この中の『思考』にタイムラグがありすぎる。考えすぎだ、貴様は。

 

 一手目の【内容】は問題ではない、一手目を打つ【速度】の問題だ」

 

 

喉を貫かれ、槍を抜こうともがいているギルスに、しったことかと講義を続けるスカサハ。

 

そこから槍を抜くのを断念し、カカトから『ギルスヒールクロウ』を生やして背後のスカサハに蹴りを放った。

 

だが、薙ぐような回し蹴りの先には、やはりというべきかスカサハはいない。

 

それどころか、気が付いた時には喉を貫いていた朱槍ごといなくなっている。

 

 

「貴様と儂の速度そのものは、そこまで絶望的な差ではない。儂の方が速いのは確かだがな。

 だが、貴様はとにかく無駄が多い。最低限の技術を身に着け、良き戦場に恵まれた。

 その2つ……技術と経験がコンクリフトを起こしておる。悪運に愛されすぎた弊害だろう。

 二流の武術家が超一流の経験を積んでしまったせいでアンバランスになっておるのだ」

 

 

喉を再生させながら立ち上がったギルスに、いつのまにやら右方へ回り込んでいたスカサハ。

 

槍を構えなおすこともなく、これも講義の続きだとばかりに話し込んでいる。

 

そう、ハルカの武術は霊山同盟にかかわる前の二年間に学んだモノがほとんど。

 

当時は阿部の紹介で神主の式神であるスイキ達に引き合わされ、低レベルながら色々と身につけた。

 

……そう、色々な武術を『身につけた』だけだ。当然、達人のように極めたわけではない。

 

そも、当時はLV25未満だったハルカがいくら鍛えようと、ここで通じるような達人には程遠かっただろう。

 

だからこそ阿部も武術はLV相応の技術に達した時点で切り上げ、LV上げを重視したのだが……。

 

つまりは、LVを上げた『程度』では、無量大数に1つの勝ち目すら作れない相手が、女神スカサハということだ、

 

 

「なまじ数多くの技術と経験を身に着けすぎたな、選択肢は多ければいいというものではない。

 とはいえ、1つの技を極めて押し切れる天才でもあるまい……ならばとにかく思考を回せ。

 回す速度が問題なのだ、次の一手を決めるまでの速度と考える手の量・質を100倍に上げろ。

 だが、その前に貴様を教えたくなるだけの素質を示せ。儂も無能を鍛えるほど酔狂ではない。

 

 でなければ……」

 

 

「ッ……ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッッッ!!!」

 

 

槍先を地面スレスレに構え、ネコ科の動物を思わせる低姿勢でギルスを見据える。

 

一方のギルスは最後の力を絞り出し、両腕のギルスクロウを伸ばして前に出た。

 

 

「元の世界には戻れず、死ぬだけだッ!!」

 

「ヴォアアァッ!!!」

 

 

互いの武器が交差し、一瞬の激突音の後に突き抜ける。

 

スカサハの放つ穂先はさきほど穴をあけたギルスの喉を捕らえ、今度は穴どころか首の肉の大半を抉り飛ばしていった。

 

今にもぶちりと千切れ堕ちそうなギルスの首だが、皮一枚繋がっているせいか今も高速で再生されている。

 

『再生しきる前に脳髄も砕いてみるか……もう10度は砕いたんだが』とスカサハが振り向いた瞬間。

 

自分の右肩に走る『痛み』に気づいた。

 

 

「……何?」

 

 

ギルスを警戒したまま右肩をちらりと見てみれば、黒い戦装束ごと肩の肉が抉られている。

 

この程度ならディアラハンどころかディアラマで治る、治るが……それ以上に不可解だった。

 

ギルスが構えていた両腕の武器は常に警戒していた。槍でいなし、穂先で首の肉を抉るところまでしっかりと見えていたのだから。

 

だがしかし、振り向いたギルスの『顔』を見て、どうやったのか一瞬でたどり着いた。

 

 

……なるほど、儂を『食った』か

 

「ヴヴヴヴヴ……ッ!!」

 

 

ギルスの口内で、ぐちゅりぐちゅりと咀嚼されるナニカの肉。

 

【丸かじり】……対象に物理ダメージを与えつつHPを回復する技だ。

 

ギルスクロウを囮にして肩に噛みつき、おそらくは交差する一瞬を使って食いちぎったのだ。

 

強靭なのは見た通りの顎だが、どうやら歯の鋭さもそこらの魔剣に負けず劣らずのようだ。

 

でなければ噛まれた時点でスカサハも気づいている。あまりにキレイに食いちぎられたせいで痛みが後から来たのだろう。

 

そして、スカサハはこれに「及第点としよう」という一言で応えた。

 

 

「なればこそ……『合格点』に至れるかどうか、試してやる」

 

 

そしてそれじゃ終わらないのがケルト流、頭ケルトな女王の神髄である。

 

全身のMAGを燃焼させる、酒呑童子やレムナントがやっていたMAGのオーバーロード。

 

だがしかし、卓越したMAGの操作技術を持つスカサハにとって、これは瞬間的に火力を出すためのテクニックの1つでしかない。

 

現状からさらにマシマシ……『LV110』というスカサハの分霊の約二倍の数字。

 

女神スカサハにとって、本拠地である影の国の居城で『無理なく引き出せる』限界値である。

 

 

「絶技、発動……影の国の妙技、その秘奥が1つ。乗り越えて見せよ」

 

 

次の瞬間、さっきまでギリギリ目でとらえられていたはずのスカサハの姿を、ギルスは完全に見失った。

 

直後にアゴの下から突き上げるような衝撃。

 

いつの間にやら足元に潜り込んでいたスカサハが、昇り龍がごとき蹴り上げでギルスを宙に打ち上げたのである。

 

空中に投げ出されたギルスはしかし、それでも即座に体制を整えて真下を睨んだものの……。

 

 

明らかにヤバい呪詛の気配をプンプンさせている朱槍に、自分の死を予感した。

 

 

「呪いの朱槍を馳走してやろう……会心の覇気*1、そして。

 

 『ゲイ・ボルグ』ッ!!!」*2

 

 

弾丸、いや砲弾、いやICBMのように放たれた朱槍が、大気を粉砕しながらギルスに迫る。

 

真下から放たれた朱槍の狙いは、推定ギルスの胸部か腹部。とっさに全身全霊を防御に回し、交差させた両腕で受けようとしたギルスもひとかどの英雄であった。

 

無理に回避などしようとすれば、体勢が崩れたところへ追尾してきた朱槍が直撃、全身を粉々に粉砕して即死させていただろう。

 

だがしかし、『受け』を選んだところでその先も別の地獄である。

 

 

(これっ、なんっ、止まらなッ!?!!?)

 

 

バキャアッ!という音が響き渡り、ギルスが盾に使っていたギルスクロウより先に、支えていた肘が破損。

 

千切れとんだ両肘から先はゲイ・ボルグの放つ魔力の本流に吹っ飛ばされ、穂先はついにギルスの胴体に直撃。

 

頑強な生体装甲を障子紙のように突き破り、体内に潜り込んだ朱槍が致死性の呪詛を炸裂させながらさらに奥深くへと潜り込んでいく。

 

ギルスの肉体はその朱槍ごと真上にすっ飛んでいき、スカサハの居城の天井に大穴をあけながら影の国の上空へ放り出された。

 

最後に、ギルスの背中から脊髄と背筋、内蔵の大半をブチ抜いた朱槍が突き抜け……その肉体を『上下』に分割。

 

 

下半身は風にあおられて城のバルコニーに落下し、上半身はきりもみ回転しながらスカサハの元へと落ちてきた。

 

両腕は肘から先を損失、胴体で残っているのは鳩尾から上のみ、

 

ギルスへの変身を維持する力すら失ったのか、人間形態になってしまったせいで少年の惨殺バラバラ死体にしか見えない。

 

さらに全身に流し込んだ致死の呪詛によって再生能力が阻害されているのか、先ほどまでは生えたりくっついたりしていた肉体が再生の予兆すら見えなかった。

 

 

(……ふむ、少し興が乗ってやりすぎたか。アベのヤツに死体ぐらいは返してやろう)

 

 

うっかり殺してしまった、と全く反省していない影の国の女王。

 

手元へ飛んできた朱槍を慣れた手つきでつかみ取り、さて、日本は土葬と火葬どっちだったか……と思い出しながらハルカに近づいていく。

 

が、ハルカの元まで歩いてきたところで、かすかな息遣いをその肉塊から感じたのだ。

 

 

「ァ……ォ……ッ」

 

「……これで生きている、か。完全に死んだと思ったが……式神ボディの性能だけではないな。

 

 意思力か、運命力か、あるいは奇跡か。なんにせよ見込みはある」

 

 

肺も潰れているせいでマトモに声も出せない『ハルカだった肉塊』の髪をむんずとつかみ、ずるずると城の奥へ引きずっていく。

 

確か蘇生の薬草と肉体再生の霊薬がまだ残っていたはず……と在庫を思い出しているスカサハに対し、薄れゆく意識でハルカは思った。

 

 

 

 

分かっていたつもりだったが、世の中、まだまだ上には上がいる、と。

 

 

 

 

*1
自身に次に行う力依存攻撃が必中になり、必ずクリティカルになるチャージ効果を付与。

*2
敵ランダムに4~6回の物理ダメージ



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「くっ、スゴイ仮面ライダー的な特訓だ!なんだかやる気がムンムン沸いてくる!」

 

「さて、蘇生の薬草が必要なくなったのは良い事だな。まさかアレで生きておるとは」

 

「我ながらあの状態で死んでないのに驚きですよ、僕は……」

 

 

ハルカが盛大に惨殺されてから2時間後、すっかりと再生したハルカと治療を終えたスカサハは、城の裏手にある鍛練場へと足を運んでいた。

 

意識を失っている間にすっかり城は修繕されているようで、どのような魔術を使ったのか天井の大穴も、壁や床のヒビも、破れたタペストリーまで補修されていた。

 

この鍛練場もちょくちょく城を飛び出し駆け回りながら戦うのに使っていたはずだが、戦闘中に駆け抜けた時と変わりない状態に戻っている。

 

 

「まさか貴様が城門を叩き割ってから【七日七晩】戦うハメになるとは思わなかったぞ。呆れた生命力だ」

 

 

そう、実は前々回に扉を破壊してから前回の両腕・上半身・下半身の分割でギ/ル/スになるまでに、この影の国では約一週間が経過している。

 

一日や二日殺し合っただけではギルスを殺しきるまでは行けなかったようで、互いに一切の休憩無しに七日七晩殺し合っていた。

 

逆に言えば、ハルカはスカサハを七日間追い回してようやく一撃叩き込めたことになる。

 

それだけの【技量と経験の差】が、両者の間には存在するのだ。どうあがいてもハルカは13歳の少年、

 

数百・数千の時間を戦闘に費やしてきたスカサハには、純粋な【鍛練量】では遠く及ばないのだ。

 

 

「……なにはともあれ、これからよろしくお願いします、スカサハ先生」

 

「うむ。この影の国と外の世界の時間の流れは、おおよそ【外の一週間がこの世界の一年】……。

 見たところ、その非才の身では5年や10年では身に付きそうもないが、時間はたっぷりとある」

 

「それだと夏休みどころじゃ済まないので、きっかり一年で終わらせますよ」

 

「一年か……まあ、夢物語を語るのは未熟な若者の特権か。

 

 いや儂もまだ若いし、いけるし」

 

「何も言ってませんよ先生……で、最初は何から始めるんですか?」

 

 

盛大にナナメ方向に脱線しかけた話を軌道修正しつつ、鍛練初日は何から始めるのか、と問いかけるハルカ。

 

それを聞いたスカサハがつま先で地面を抉るように蹴ると、そこから朱槍が飛び出してきた。

 

……ハルカの顔面目掛けてすっとんでくる軌道で。

 

 

「うおっびっくりした!?あっぶな!?」

 

(ほう、不意打ち気味かつ手加減マシマシとはいえ、この程度なら変身せずとも掴み取れるか)

 

 

朱槍の切っ先を避け、そのまま掴み取ってくるりとひと回ししてから手に取る。

 

スカサハからすれば槍術は及第点未満だが、間違いなく危機察知能力と対応力は合格点。

 

心技体の『技』だけが極端に欠けている、という自分の見立てが間違っていないことを確信しつつ、修行プランを脳内で組み立て終えた。

 

 

「その朱槍を貸してやろう。すべての鍛錬が終わるまでに手になじむことを目標にするといい」

 

「……え、槍ですか?徒手空拳ではなく?」

 

「まあそれも教えてやれないことはないが……

 既に格闘術に関してはギリギリ合格をくれてやってもいいレベルだ、貴様は。

 おそらく貴様の師が一通りの事は仕込んでいる。奥義たる『何か』までは至っていないようだが」

 

 

スカサハの槍術で言えば、ゲイボルグのヒントだけ与えて自分で気づかせることを目標にしているような違和感を感じたのである。

 

この手の課題はスカサハも時折使う。奥義を教えるのではなく、その断片だけを与えて己の手でたどり着かせる。

 

ハルカは既に『何か』にたどり着くためのヒントを叩き込まれている、ここで自分が体術を教えて余計な要素を増やすのは、そこにたどり着く邪魔にしかならない。

 

スカサハはそう判断し、純粋な格闘技『以外』を用いてハルカを鍛える方針にシフトしたのだ。

 

 

「頭のてっぺんから足の先まで、血液の一本・神経の一端・筋肉の一筋まで使いこなす術を貴様に叩き込む。無論、影の国の妙技と共に。拒否権はないぞ?」

 

「最初から修行そのものは拒否する気ないですよ、理不尽には反抗で応えるだけで」

 

「よろしい。ならば『理不尽な死』に反抗し続けてもらうとしよう。 ……それと、当分変身は禁止で」

 

「えっ」

 

そうして、鷹村ハルカの影の国での修行の日々が始まった。

 

 

雨の日も。

 

「そら、影の国名物の『ハリネズミの雨』だ。

 降りしきる雨の全てが鋭い杭となって降り注いでいるぞ。

 そのなかを水の一滴・血の一滴すら流さずに駆け抜けろ!」

 

「無理無理無理無理無理!!雨粒が見えないレベルで透明度ありすぎて見えない!?

 一瞬で穴だらけになるッギャアアアアアアアアア!!!???」

 

 

風の日も。

 

「群れを成して飛んでくる『妖鳥 ステュムパーロス』を仕留めよ。

 仕留めた怪鳥が今日の貴様の飯だ、100は仕留めんと飯抜きにする。

 そして仕留めた怪鳥は全部食え、食うことも修行だ」

 

「どう考えても音速軽く超えてるんですけど!?しかも群れなんですけど!?

 一匹一匹がスズメ並みの大きさのくせに岩ブチ抜いてくるしさぁ!?」

 

 

雪の日も。

 

「影の国の雪は人間の体などたやすく凍てつかせる冷気を常に放っている。

 というわけでこの雪原を下着一枚で駆け抜けよ、足が凍る前に足を上げていけば凍らん。

 それと儂がよこで並走しながら雪玉を投げつけるから避けるのだ。雪合戦だな、楽しんでいいぞ」

 

「一方的に雪玉投げつけてきてるから『合戦』じゃねーだろこれ!?

 うわぁマジで凍る!0.1秒でも足下ろしたままにすると凍る!

 アイスヘルかここは!?センチュリースープはどこ?!」

 

 

雹の日も。

 

「む、雪かと思いきや雹になったか。よし、ハリネズミの雨の復習だ。

 そのまま魔獣の荒野と怪鳥の草原をマラソンしてこい」

 

「雹じゃない!これぜったい雹のサイズじゃない!?なくない!?

 5㎜以上は全部雹って基準なのはしってるけどそれ込みでも雹じゃないよこれ?!

 なんでちょっとした一軒家並みの氷塊が雨あられと降ってくるんだァー!」

 

 

霧の日も。

 

「影の国には猛毒の霧が出る。ひと呼吸で体がマヒするほどの麻痺毒と命を奪う致死毒の混合だ。

 息を止めたまま、この城の城門をスタートし、影の国の入り口まで走ってから戻ってこい」

 

(初日からココへたどり着くまで丸一日以上かかったんですけどおおおおおぉぉぉ!?

 ちくしょお!めちゃくちゃ文句言いたいけど口開けたら死ぬヤツだっ!!!)

 

 

雷の日も。

 

「FF10をプレイしていた人間なら見慣れてるやつだな」

 

「なんで雷が狙ったように人へ落ちてくるんですか!?しかもタイミング不規則にッ!?

 実質光速だから見てから回避じゃ間に合わないんですけどコレぇ?!」

 

 

刃の日も。

 

「足元には毒を塗った武器の山、ジャパニーズ・ハリノヤマをイメージした修行場だ。

 全速力でそれを駆け抜けながら儂の投げる槍を避け続けろ。当然変身はナシだ。

 代わりに最初に持たせた槍はつかっていいぞ。足の裏にMAGを集中して硬気功を切らすな」

 

「投げる槍全部ゲイボルグなんですけど!?朱槍使ってないのに追ってくるんですけど!?

 投げ方がゲイボルグなせいでどんどん追ってくる槍が増えてるんですけど?!

 足の裏に気血を集めてると上半身のガードがゆるゆるになるんだよぉ!!」

 

 

球の日も。

 

「さあ!この鎖で吊るした巨大鉄球を思いっきりぶつけるから体で受け止めろ!!」

 

「くそぉ!なんだか仮面ライダー的には今までで一番間違ってない気がしてきた!」

 

 

獣の日も。

 

「儂が駆る魔獣からひたすら走って逃げまわれ!」

 

「くっ、スゴイ仮面ライダー的な特訓だ!なんだかやる気がムンムン沸いてくる!」

 

 

食事の時間も。

 

「薬草のサラダと魔獣の肉と麦の粥だ。最低でも10人前は食え」

 

「ゲロみたいな味の薬草に臭みがスゴイ肉にドロドロの粥……。

 先生、明日から料理当番僕でいいですか?材料同じでいいので」*1

 

 

それはもう、ハルカは無茶ぶりのような特訓に耐えて、耐えて、耐え続けた。

 

意外なことにハルカは割と早いうちに影の国の環境や過酷な特訓に順応。

 

スカサハをして「成長力はそこそこ程度だが適応力は天才」と言い切るほどの粘りを見せている。

 

オマケに、修行を続けるうちにハルカの【性質】にもスカサハは気づき始めた。

 

 

(こやつ、心身共に追い詰めた方が能力が伸びるな……命の危機に瀕している時など、特に)

 

 

肉体がボロボロになるほど、精神が限界まで摺りつぶされるほど、ハルカはかわいたスポンジのようにスカサハの教えを吸収していく。

 

ついには三か月を少し超えたところで【鮭跳びの妙技】*2を習得し、空を自由に駆け回って怪鳥すら変身無しの槍一本で仕留め切った。

 

球の妙技、刃の妙技、盾の妙技……多種多様な妙技を普段はコツすらつかめないのに、死地へと放り込むと面白いほど身につけていくのである。

 

阿部がハルカを影の国へと預けた理由を、ここにきてスカサハは完全に理解した。

 

『この小僧は最高に儂の鍛錬と相性がいい』……その理解と納得を得た後は、ハルカの成長速度と修行の苛烈さはさらに増した。

 

追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、そこで今しがた教えた技術を駆使すればなんとか生き残れる。

 

そういう方式を取り始めてからは、最初は10年以上かかると判断していた修行の予定がどんどん短縮されていく。

 

 

(昨日はここまで進んだか……本来はここまで3年、いや5年はかけて進めるはずだった修行予定を半年で……)

 

 

快挙、と言っていもいいだろう。ハルカは別に武術の天才ではない。

 

少なくとも、スカサハからすればクー・フーリンやフェルグス、フェルディアやコンラといった勇士たちほどの輝く才能は見受けられない。

 

名前もロクに覚えていない名もなき弟子の中にならこのレベルもいたかもしれないが……。

 

はっきりいって、影の城にたどり着く前に力尽きた勇士たちと大差ない。それが鷹村ハルカの『武才』だ。

 

 

(もしかすると……この『男』なら、あるいは……?)

 

 

溶岩のど真ん中に立てた槍の穂先に足の親指だけで立て、という修練をこなしているハルカを見下ろしながら、スカサハは無意識に口角を上げる。

 

いつの間にか『小僧』ではなく、一人の男として見始めている少年の評価がじわじわと上がっていく。

 

1つ、また1つ。スカサハが本当なら何年も先にやらせるはずだった課題をこなし、先へと進むハルカ。

 

弟子が勇士となる姿は何度見てもいいものだ、と胸を張るスカサハ。ハルカが毎回のように挙げている悲鳴も慣れたものだ。

 

 

 

 

送り出す喜びは飽きぬものだ/だからこそ惜しい

 

師範としてこれ以上の充実はない/そだてあげた瞬間に去っていく

 

あのクー・フーリンのように/あのコンラのように

 

彼は英雄となるのだろう/二度と帰ってこないのだろう

 

 

(ああ、彼が儂/私だけの英雄であればよかったのに)

 

 

彼女は……女神スカサハは、英雄としての側面と女神としての側面を併せ持つ。

 

数多の勇士を育て上げた『ヒーローメイカー』であり、戦士としての頂に立つ『英雄』としての側面『スカサハ』。

 

影の国を統治し、魔獣や悪霊を従え外敵を滅殺する、女王として君臨する『女神』としての側面『スカアハ』。

 

『スカサハ』ならば問題はない、見込みのある弟子/生徒への試練がえげつないが、時に優しさも見せる師範として付き合える。

 

『スカアハ』でも直ちに影響はない、少々頭ケルトな所こそあるが、敵として認識されなければ慈悲深い女王だ。ケルト基準で。

 

 

だが、この2つが同時に顔を出した時、スカサハ/スカアハは『女神スカサハ』となる。

 

……生々しく言ってしまうと、スカサハ/スカアハ個人としての性質。つまりは『女』が顔を出す。

 

 

(今日で十ヵ月……ふふふ。本当に、本当に一年でほとんどの課題を終わらせてしまいそうなペースじゃないか。あのクー・フーリンのように)

 

師である英雄スカサハは、かつての最高の弟子を思い出す速度で修行を進めていくハルカに期待と愉悦を抱く。

 

(今日で十ヵ月……ああ、ああ、終わってしまう、『ハルカ』に教えるモノが。終わってしまえば帰ってしまう。あのクー・フーリンのように)

 

女である女神スカアハは、同じものを見ているはずなのに弟子の修行が終わってしまう事に焦燥と恐怖を抱く。

 

正反対に見えるスカサハ/スカアハの思考、しかしこれが自己崩壊を起こさないのは何故か。

 

応えはとても単純……英雄スカサハも女神スカアハも、頭ケルトなのは変わらないということだ。

 

 

(もしも一年で修行を終えるペースならば、最終日は儂が直々に相手をしてやろう。『儂』を殺す気で来い、ハルカ)

 

英雄スカサハは『自分を殺しうる勇士が生まれた』事に歓喜し、卒業試験を己との一騎打ちに決めた。

 

(また去っていくのなら、『私』の知らないところで私以外のために死ぬのなら。私の手で殺して永遠に手元に置こう、ハルカ)

 

女神スカアハは『私の元から去っていく前に殺してしまおう』という決断を下し、卒業試験を己との一騎打ちに決めた。

 

これが、英雄スカサハと女神スカアハが自己矛盾を起こさない最大の理由。

 

 

 

ようするにこいつら、同一人物の別側面でしかないから『よっしゃ殺し合おう』という最終的な決断にブレがないのである!!

 

 

 

……卒業試験まで、残り二か月未満。

 

外の世界では約24時間後に、鷹村ハルカにとって最後にして最大の試練が迫っていた。

 

こと、神話において『女神に愛される』というのはロクなことにならない、そういうことである。

 

 

*1
ちなみにわざとマズくしていたわけではなく、単にスカサハがメシマズであった。ハルカが調理した結果は「量の多い薬膳みたいな感じ」

*2
伝承によって詳細は変わるが、おおむね人外の大跳躍や空を駆ける影の国の歩法として伝えられる



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「……先生が十分に準備しろって言ったときはたいていロクでもないのがくるんだよなぁ……」

 

 

(ここにきて、もうすぐ一年。ようやく僕も……少しだけ、『術理』ってモノがわかってきた気がする)

 

 

襲い掛かってくる毒矢の雨を、最小限の動きで避けて回り込む。

 

そして、裸足のまますり足でぬかるんだ地面を駆ける。スケートのように淀みないスライドだ。

 

常人を遥かに超えた身体能力に頼るのではなく、筋線維の一本一本まで意識を広げ、流れる血液の動きすら四肢の駆動にフィードバックさせる。

 

考えてから動くのではなく、思考と運動、反射と直感、脱力と緊張をリンクさせ、五臓六腑の隅々までをコントロール。

 

ほんの僅かな殺気、直感、五感の感知。それらすべての『予兆』に対して対応する手を詰めていく。

 

一切の無駄な力なく、一切の意識の緩みなく、一切の技の揺らぎなく。

 

武人を構成する要素である【心・技・体】の完全なる合一。

 

これすなわち、今のハルカは己の細胞1つ・無意識下の情動・あらゆる妙技まで制御下に置いた行動が可能という事だ。

 

 

(……ついに土壇場で儂の『予想』を超えてきたか……)

 

 

毒の霧の翌日に、魔術を用いて影の国の天気を『ハリネズミの雨』に変えた。

 

毒霧はスカサハの魔術によって雲となって天に座し、その毒雲の水分をたっぷり吸って雫となったハリネズミの雨は、神代の毒を凍らせた毒矢に等しい。

 

その絶死の雨の中で、初日に与えた朱槍を持ったハルカが演武を舞う。

 

影の国の槍術の型を1つ1つ、投げ槍の妙技、水切り失神突きの秘法、槍登りの妙技、槍の天辺棒立ちの妙技といった槍に関する妙技も余すところなく演じてゆく。

 

肌をかすめるだけでも毒は一気に体に回るはず。すなわち、毒雨の中で傷一つ負わずにこの演武を終えねばならない。

 

さらに言えば、落ちた雨は当然のように皮膚から体に浸透する。これを避けるには、鮭跳びの妙技の応用で地面から常に浮き続けなければならない。

 

ただ大きく跳ねるよりも、なんなら空中で二段ジャンプするよりもずっと難しい歩法となる。

 

さらに、落ちた雨は少しずつ霧に戻り、今もハルカの周囲に元の毒霧として漂いつつある。

 

これを吸い込まぬように『呼吸の妙技』をもって息を吸わずに、あるいは最小限の呼吸で演武を舞わねばならない。

 

 

 

影の国からの卒業に向けてハルカに課されたのは、スカサハから学んだ全てを出し切らねば突破できない『三つの試練』であった。

 

その2つ目、『心技体の技』こそが、この演武を24時間雨天の中で舞い続ける事。

 

今まで学んだ妙技をいくつも並行して使い、しかもよどみなく使いこなせなければ毒で死ぬ。

 

それこそ『クー・フーリンやフェルディアより少し劣る』程度の勇士でも、こなせる者がほとんどいないほどの試練であった。

 

 

……1つ目の試練に関しては、こんな描写すら必要ないほどあっさり終わってしまっている。

 

『魔獣クリードと魔獣コインヘンの縄張り争いに突っ込んで両方殺してこい』である。

 

モロに『心技体の体』の試練であった。あっさりと魔獣の生首2つ担いで戻ってきたが。

 

 

「……終わりましたよ、先生?」

 

「うむ……ああ、ああ。見届けたとも」

 

(ハルカよ、気づいているか?もはや誰が何と言おうと貴様は木っ端ではない。

 これを超えた時点で貴様は、ケルト神話に名高い英雄の域に手をかけたのだぞ?)

 

 

一年間も共に過ごしていれば、スカサハ/スカアハもハルカの精神性に気が付く。

 

自己評価は常に底辺、誰かのためにとか何かのためにとか、二言目にはそんな言葉がついて出る。

 

こればかりは幼少期からの環境が悪すぎた。己のアイデンティティを育成するべき時期の周囲がアレだ。

 

食事の最中に少しずつ聞き出したり、阿部に連絡を取って聞いた程度の情報だが、スカサハもハルカの生い立ちは理解している。

 

 

(……というか、追い詰めれば伸びる特性に関してはこれ、恐らく式神ボディ関係ないぞ。

 コイツを無能と断じて放置していた一族は阿呆なんじゃないか……?)

 

 

忘れがちだが、改造する前のハルカの才能はロバ・オブ・ロバ。☆1、コモン、モブキャラである。

 

その上一族から放置状態、どころか小学生の時点で離れに住まされ、家事もほとんど一人でやっていた。

 

当然覚醒修行を含めて独学でやるしかなく、そんな状態では一生かけても覚醒など『普通は』不可能。

 

……が、追い詰められた時だけ妙に成長率が上がるという特性が仕事をした、してしまった。

 

親も兄弟も一族もハルカを精神的に追いつめ続けたせいで、常に成長ブーストかかっていたのである。

 

だからこそハルカは阿部と出会った時点で『LV1』に到達し、ゾンビドッグを返り討ちにできた。

 

 

結論・だいたい鷹村家の環境が多方面にクソすぎた。

 

 

まあいい、過ぎた事だ。とスカサハは一度思考を打ち切り、演武を終えたハルカの前で『雨を晴らす』。

 

といっても影の国は昼間でも厚い雲に覆われた曇天なので、本当に毒雨と毒霧を消しただけなのだが。

 

 

「相変わらずあっさりすごい事を……」

 

「いいぞ、もっと褒めろ。 では、最後の試練……『心の試練』だが。

 とりあえず湯あみをして、従前の準備を整えてから来い。準備不足を言い訳にできないように」

 

 

蒸し風呂ではなく湯舟があるので、服や髪に染み付いた毒霧はこれで落とすことができる。

 

ちなみに薪を割り、風呂を沸かし、乾燥させた薬草の束を沈めて薬湯にするのはハルカの仕事である。

 

影の国でしか取れない薬草だが、山梨支部の温泉のように沈めておくだけで解毒・解呪・回復促進の効果があるのだ。

 

 

「……先生が十分に準備しろって言ったときはたいていロクでもないのがくるんだよなぁ……」

 

「今すぐ始めてもいいんだぞ?」

 

「お風呂いってきまーす!!」

 

 

一年過ごしてスカサハがキレるタイミングも察知し始めたのか、全速力で城の中に飛び込んで浴室へと駆けて行った。

 

遠ざかる背中に「準備が整ったら城の広間に来るように」と声をかけてから、やれやれ、と小さくつぶやく。

 

少女のような顔立ちに、アンバランスなほど鍛えられていた肉体。その心は鋼よりも固く、柳よりもしなやか。

 

人を引き付けてやまない太陽のような魅力(カリスマ)と、己が罪罰を背負うのを前提に発揮される氷のような冷徹さの二面性。

 

 

(あやつは確かに英雄だが、人を率いる類の英雄であった方が大成したぞ、阿部……。

 いや、それを見越して支部を放り投げたのか?……そうだろうなぁ、あやつのことだし)

 

阿部が初めて影の国に来たのは、今から一年半ほど前になる。

 

ちょうどハルカを拾って修行している最中の頃、過去編から第一話の間の時期だ。

 

レベリングに使わせてくれ、と酒や菓子を手土産にやってきて、本当にレベリングだけして帰っていった。

 

当時はあまりにもヒマだったので半分無理やり弟子にしようとしたスカサハだったが、その際の阿部の言葉にまたも『待つ』ことを選んだのである。

 

 

『お前が待ちわびている男がきっと現れる。そう遠くない未来の予言だ』

 

 

スカサハ/スカアハも予言・予知・占いに通じているからこそわかる、阿部は稀代の予言者だ。

 

そして阿部の紹介で現れたハルカを鍛えるうちに、阿部の占いで出た『男』とはコイツだという確信が強まっていった。

 

自分の運命を変える者、それがどのような形であれ、影の国の停滞から解き放ってくれる者。

 

分霊を外に派遣した経験が無いわけではない、葛葉ライドウと共に帝都をかけた分霊もいる。

 

 

だが、そうではない。そうではないのだ。

 

女神スカサハは、彼女を知る者からすればびっくりするほどに根っこが『女』だった。

 

寄り添える相手が欲しかった、寄りかかれる相手が欲しかった、託せる相手が欲しかった。

 

が、クー・フーリンという特大の光に目を焼かれてしまったせいで、彼女にとっての『求める男』の最低ラインがクー・フーリンになってしまったのが運の尽き。

 

ケルト神話最大の英雄に追いつけというのは、ギリシャ神話で言えば『ヘラクレスになれ』、日本神話で言えば『日本武尊になれ』、北欧神話で言えば『シグルドになれ』というようなモノである。

 

神話の時代が終わり、あのような英雄が生まれる土壌が時代の変換で失われ、弟子候補である勇士すらも訪れなくなった影の国。

 

 

そんな影の国で、数百年~数千年も魔獣と悪霊だけを眺めながらただ生きていたスカサハ/スカアハ。

 

彼女にとってハルカという太陽は、目を焼かれるどころか魂を焦がされるレベルで鮮烈すぎた。

 

それこそ、己の手で殺して魂を影の国に永遠に留め置いて伴侶とする……なんて選択肢が浮かぶほどに。

 

ちなみに、アイルランドの光の御子はそんな女神スカサハの一面にこのようなコメントを残している。

 

『女王としてはともかく女としてはメイヴ*1の方がマシまである』

 

そして、そんな盛大に拗らせてる女王に、ついに向き合う時が来た。

 

 

「準備おわりましたよ、先生」

 

「……ああ、よし。それでは第三の試練……『心』の試練を始めるとしよう」

 

 

衣服を着替え、霊的防具である『ケルト式戦闘装束』*2を着込み、その上からガイア連合製の普段着に見える防具を羽織った姿で現れる。

 

ハルカが一年間使用していた部屋には、何故か初日から大量にハルカ用の衣服がしっかり用意してあった。

 

スカサハに聞いたところ「阿部が一年分置いてった」らしい。性能別に色々分けてあったので、ほとんど裸で挑む修行以外にはしっかり防具を選んでいる。

 

一見すれば夏用パーカーに七分丈ズボンというラフなスタイルだが、性能的にはそこらの悪魔の攻撃をたやすくはじき返す上質な防具だ。

 

……影の国には『そこらの悪魔』なんて一匹もいないので、鬼殺隊の隊服ぐらいにしか役に立っていないのだが。

 

 

「心の試練は単純にして明解、今まで学び続けた『技』と,鍛え続けた『体』をいついかなる時も活かせるか否かを見る」

 

「なるほど、常にベストコンディションを保つのならメンタルの維持も必須ですもんね」

 

「そうだ。だからこそこの試練は最後に持ってきた……内容は単純」

 

 

瞬間、何かが盛大に爆発したような音が響く。

 

鮭跳びの妙技を槍の刺突に合わせた、影の国流の前突き……『地獄突き』を放つ。

 

マッハいくつと考えるのもバカらしくなる速度は、物理法則が完全に崩壊している異界……あるいは崩壊しつつある『半終末』の世界だからこそ可能な『最速の刺突』だ。

 

多少レベルが高かろうと関係がない、反応できない速度で貫通攻撃を急所に叩き込めば死ぬ。とてもシンプルな理屈である。

 

だがしかし、ハルカの喉を狙って放たれた槍の切っ先が、ハルカの手にした朱槍で逸らされる。

 

カウンターのように放たれた回し蹴りを、どこからともなく取り出した『もう一本の朱槍』の柄で受け止められた。

 

互いに素早く後方へ跳び、構えを取って仕切り直す。

 

 

「最後はケルトらしく一騎打ち、と?」

 

「無論だ、師を殺してでも勇者にならんとする、その程度の覚悟無くばいずれ死ぬだけよ」

 

「こんの……」

 

頭ケルトめっ!と言いながらこちらも鮭跳びの妙技を用いて跳ねる。

 

変身は悪手だ、なにかしらのスキを作ってからでなければスカサハの槍は一瞬でハルカを穴だらけにするだろう。

 

変身途中には攻撃されない、なんて甘い考えはない。現に某始まりの男は変身中に攻撃されてピンチになっている。

 

故にスカサハとの槍術比べという、常人からすればどう考えても無理ゲーにしか思えない試練に挑むしかないのだ。

 

 

(でも、なんとか、ついていけるぞッ!!)

 

 

……そう、『常人』ならば、だ。

 

仮面ライダーという英雄は、変身前でも相応に強い者がざらにいる。

 

そして、仮面ライダー(特に昭和ライダー)は特訓すれば一気に強くなるのがお約束。

 

オマケにハルカは一年間、この影の国で神主のガチ修行とどっちが人でなしか黒札でも意見が分かれるレベルの地獄を生き抜いてきた。

 

寧ろ『生きてさえいれば何してもいい』神主の修行に対し、『まあ死んでも土に還るだけよ』なスカサハの方が命の危険という点ではマシマシだ。

 

だからこそ、元々阿部の修行によって手に入れた『危険察知能力』はさらに磨かれていた。

 

 

瞬きの間に30を超える刺突が飛んでくる、最短距離をまっすぐ駆け抜ける、影の国の槍術最速にして最強の技。

 

ゲイボルグの『突けば30の棘となって破裂する』という伝承の正体がコレだ……これは槍の機能ではない。

 

ゲイボルグの使い手であるクー・フーリンとスカサハの突きは、常人には1突きが30以上に破裂したようにしか見えないのだ。

 

この国での修行で、ハルカも多種多様な槍技は身に着けた。投げ槍の妙技や水切り失神突きの秘法等はその代表例だ。

 

それを踏まえても、なんなら必中にして必殺の投擲術『ゲイボルグ』と比べても、この突きこそが最強だとハルカは考えていた。

 

相手の思考を上回る速さで間合いに捕らえ、防御や回避が間に合わない最速をもって急所を抉り、殺す。

 

そこに呪詛や貫通を混ぜることにより、耐性等で『食らっても平気』なタイプの相手すらも一瞬で殺す。

 

ひたすらに効率よく、かつ的確に『命を奪う』事に特化した技、それこそがスカサハの『刺突』だ。

 

 

……ゲーム的に言えば、ターンが回ってきた時点で『龍の眼光』*3をひたすら連打しながら貫通物理クリティカルで殴り続けてくる。それがスカサハである。

 

ここは女神転生の世界ではあってもゲームではない、確実に勝てるのならそりゃそういう方法を取ってくる。

 

 

だからこそ、その刺突に合わせるようにハルカの刺突が重ねられ、ハルカの体から逸れるようにいなされる。

 

10、100、1000、10000……ほんの数秒で機関銃も真っ青の数だけ刺突が交差し、そのたびに死が駆け抜ける。

 

迫りくる『死の気配』は重なりすぎてもはや壁のようだが、その気配を1つ1つ紐解いていけば、ほんのわずかな『隙間』が見えてくる。

 

その『隙間』に槍を滑り込ませ、迫る死の気配……すなわちスカサハの刺突を横に逸らし、広がった隙間に体を収めることで命を長らえる。

 

そんな中、1つの突きがスカサハの目前に迫り、スカサハは咄嗟に首をひねってソレを避けた。

 

 

(惜しい、あと少し!)

 

(ッ……儂/私が『後手』に回された!?)

 

 

少しずつ、少しずつ、スカサハの突きを押し返しながら突きを返していく。

 

ハルカが一方的に受けに回るだけでなく、逸らすための槍さばきの中に『反撃』が混じり始めたのだ。

 

スカサハが二槍のうち片方を投げ捨てる、ここにきて『手数』に頼っていては押し切られると判断したのだ。

 

今競っているのは『どちらが早く切っ先を相手に叩き込めるか』の一点、不純物が混じるほどに敗色は濃くなる。

 

無論、スカサハほどの達人ならば二槍だろうと一槍と同等に扱える…………『極上の戦士を相手にしていない限り』。

 

二槍に割くリソースですら惜しい、一槍に全霊を込めて突きに集中せねば押し切られる。

 

 

……一槍を捨てる、というワンアクションのスキを突いたハルカの刺突。

 

そのひと突きがスカサハの髪を僅かに切り落としたことで、その判断が間違っていなかったことを確信した。

 

 

「……儂/私に先んじて当てるか、槍を……それもよりにもよって、突きを……!!」

 

「髪は女の命といいますし、これで決着……じゃダメですかね?」

 

「無いな、寧ろ滾ってきた。興奮しすぎて下っ腹が疼く!!

 だが認めよう、今貴様はこのスカサハを……『ひと突き分』上回った!」

 

 

スカサハ/スカアハの全細胞が歓喜に嘶く。どちらかといえば涼やかだった表情が笑みに歪む。

 

女神として、師範として、戦士として、魔女として、女王として、英雄として……『女』として。

 

これほどまでに滾った経験は、恐らくクー・フーリンが英雄として完成した瞬間以外に無かっただろう。

 

 

(だからこそ手放す気はない、クー・フーリンのように『他』に渡す気もない。

 

 だが安心しろ儂/私は全身全霊でお主を愛してやるぞ、ハルカ。その魂魄を大事に、大事に……。

 

 甘い夢を見せる揺り籠のなかで、世界が魔界へと堕ちて滅んだ後も、永遠に)

 

 

『刺突』でハルカが上回った事を認め、後ろに飛びのき投げ捨てた槍を拾って距離を取る。

 

そのまま全力で後退し、初日にハルカがやった正門破りを内から外へ決行。

 

城の庭にまで後退したのは逃げるためではない……『助走』と『跳躍』のためのスペースが欲しかったのだ。

 

ハルカもそれは察しており、しかしまっすぐ追っていくのは危険と判断。

 

わずかに迂回して窓を突き破り、同じように城の外へと飛び出してきた。

 

 

「良い判断だ、直進するようならば『投槍』を直接叩き込んでいた」

 

「でしょうね!全力で追ってる最中に正面から『アレ』食らったら死にます!」

 

 

ハルカが思い出すのは、最初のスカサハとの戦いで叩き込まれた『奥義』。

 

自信の全力のガードすら突き抜けて、五体を砕きバラバラにした槍術。

 

どのような理由があろうとも、あの一撃を超えないまま『卒業』は無いと確信していたのだ。

 

 

「【龍の眼光】【ラスタキャンディ】*4【ラスタキャンディ】【ラスタキャンディ】

 【龍の眼光】【ラスタキャンディ】【会心の覇気】*5さらに【禍時:蛮攻】*6……」

 

 

ありったけのバフを積んだスカサハが、距離を保ったまま姿勢を低く変更する。

 

スカサハの大腿四頭筋が二回りほど膨れ上がり、『加速』と『跳躍』のために全ての力を集約する。

 

同時にMAGのオーバーロードを開始、無理なく強化……などというリミッターをぶっちきぎ、一瞬だけ『LV140』まで到達する。

 

クラウチングスタートをさらに低姿勢にしたような構えを取り、そのまま地を這うように疾走。

 

最高速度に乗った瞬間、右手の槍が複数に弾けてハルカに襲い掛かった。

 

30以上に分裂したように見える刺突に、ゲイボルグ本来の分裂機能を重ねた必中の奥義。

 

 

「絶技、発動……刺し穿ち……」

 

 

その『刺突』をハルカが捌いている間に、地面に『一切の跡すら残さず』跳躍。

 

加減したのではない、あまりに跳躍が速すぎて『地面にヒビが入るのが間に合わない』のだ。

 

さらに途中で己を追い抜くように『真上』へと朱槍を投擲。呪いを纏って落ちてきたソレにタイミングを合わせた。

 

空中で加速度を保ったまま体ごと反転、ほぼ真下にいるハルカ目掛け、オーバーヘッドキックの要領で『足を使って槍を放つ』

 

 

「突き穿つ!これこそ我が必殺の絶技……『ゲイボルグ・オルタナティブ』*7ッ!!!」

 

 

足は腕の三倍の力があるというが、この投槍術は三倍どころの威力では済まない。

 

ゲイボルグ本来の『投げ槍』としての使い方、なおかつ力を集約させた足を使った投擲。

 

しかもゲイボルグの機能により、威力そのままに30以上に分裂。

 

対象をどこまでも追いかけ、殺す。1本ですら必殺のゲイボルグに、あまりにも凶悪な改造を施した【必中必殺の奥義】だ、

 

 

「貴様が死んだ暁には、貴様の魂は永遠に影の国へと留め置く!儂/私が永久に寄り添ってやろう、ハルカ!!」

 

「……そぉーですか!でもそれじゃ、対等じゃ、ありませんねッ!!」

 

 

刺突と共に放たれたゲイボルグをギリギリで凌ぎながら、投擲されたゲイボルグが重なるタイミングを見計らう。

 

『必中の刺突』と『必殺の投擲』、この二つを重ねることでどのような相手でも確実に葬るのがゲイボルグ・オルタナティブのキモだ。

 

だからこそハルカは『刺突のゲイボルグ』を捌きながら後方へ跳ねる。鮭跳びの妙技をもってしても、このゲイボルグには数秒しか稼げない。

 

 

(その『数秒』が欲しかった!このゲイボルグの……『死の気配』をじっくり見るためのッ!!)

 

 

この一年間、ハルカはゲイボルグへの対策を練りに練り続けた。

 

そもそも鍛練中も朱槍を使わないゲイボルグをさらっと投げられたりしていたのだ、対処できなきゃ死んでいる。

 

物理への耐性系で防ぐのは無理筋、回避も不可能、防御は可能だがここまでの数と威力では防ぎきれない。

 

 

(なら、答えは一つ……『相殺』!)

 

 

2つのゲイボルグが重なって己に襲い掛かる瞬間、隙間など見えないほどみっちりと詰まりに詰まった死の気配を真正面から見据える、

 

強靭な精神力の持ち主でも心がたやすく折れるソレを、強靭を通り越して狂人に踏み込みつつあるハルカの精神は耐えきった。

 

濃密すぎる死の気配、しかし、30+30の死が重なり積み重なったソコには、必ず小さな隙間が生まれる。

 

だが、その隙間が開くのは2つの絶技を重ねるためにわずかに『合わせる』その瞬間のみ。

 

当然、並大抵の技では隙間に突っ込んだところではじき返されるだけ。

 

ハルカもまた、全身全霊を込めた一撃を構えた。

 

 

「僕が勝ったら……」

 

(! 投げ槍の妙技、いや、あれはまさか!?)

 

 

ハルカからも立ち上る『死の気配』、今まさに放たれようとしているソレは、スカサハが何度もハルカに『見せすぎた』技。

 

追い込まれるほど覚えが良くなるという特性を分かっていながらも、追い込み続けるのに『使いすぎた』技。

 

この一年の間に、何度も何度も自分を殺しかけたその技を、ハルカが体得しようと努力しないわけがないのだ。

 

 

「アンタを(仲魔・部下として)貰っていくぞ、スカサハッ!!」

 

「な、儂/私を(妻・嫁として)貰っていくだとッ!!??」

 

「『ゲイ・ボルグ』ッ!!」

 

 

盛大なアンジャッシュを発生させながら、スカサハのゲイボルグが重なるその瞬間にゲイボルグを叩き込む。

 

必殺の呪いと必中の刺突の合間に飛び込んだゲイボルグは、2つの絶死を突き抜けるように空中のスカサハへと飛んでいく。

 

突き抜けた後のゲイボルグ・オルタナティブは、まるで花火のように四方八方へ飛び散った。

 

 

 

(あれ、ワンチャン相打ち狙いだったのに予想以上の効果!?)

 

(しまっ、驚きのあまり対応が遅れ……!?)

 

 

元々、コレで狙っていたのは威力の減退とスカサハへの反撃。

 

相殺によって威力の減ったスカサハのゲイボルグを何とか生き延びつつ、突き抜けたハルカのゲイボルグでスカサハを狙うはずだった。

 

……が、スカサハ/スカアハの両側面が盛大に動揺して制御を誤った所に『異物』を叩き込まれたせいで、技が失敗してしまったのだ。

 

ハルカが放った呪いの朱槍がスカサハに迫る。自分の技だ、下手な魔術や受け身ではしのぎ切れないのは分かっている。

 

それでもハルカへの執着から、鮭跳びの妙技で無理やり回避に挑戦しようとして……ふと気づく。

 

 

(…………あれ、負けても儂/私がアヤツのモノになるなら別にいいんじゃないか?)

 

 

さっきの『お前が欲しい』*8発言により、戦士モードのメンタルが乙女モードに切り替わりかけているスカサハ。

 

なんなら脳内にウェディングドレスを着た自分の姿まで浮かんでしまっている。

 

執念が途切れてしまったせいか、ポスンッ、と鮭跳びの妙技が盛大に不発。

 

スカサハが「あ、やべっ」と思ったときには既に遅く、ハルカの放った朱槍が胴体に直撃。

 

初日にハルカが食らった時を思わせる呪詛の炸裂が起き、スカサハの肉体を盛大に空中へブチ撒けていった。

 

黒札の面々や阿部が決着の場面を見ていたら、1つの感想を抱いただろう。

 

 

 

『きたねぇ花火だ』と。

 

 

 

*1
女王メイヴ。ケルト神話に登場するコナハトの女王。通称スーパーケルトビッチ。

*2
スカサハとか槍兄貴も使っているぴっちりスーツ。ハルカのはスカサハの予備を男子用に仕立て直したモノ。

*3
行動回数(プレスターン)を4回増やす。

*4
全能力1段階上昇

*5
必中&確定クリティカル

*6
消費MP二倍の代わりに威力二倍

*7
敵全体ランダムに30~60回の物理属性貫通大ダメージ。なおFGOでは『ゲイボルク』だが、女神転生では『ゲイボルグ』なのでこれで合っている。

*8
スカサハの主観である





Q 神話級のヤンデレメンヘラかまってちゃん女神への対処法は?

A 天然ボケ入ってる器のデカい漢を真正面からぶつける。


クー・フーリン「おう、そのまま俺の方に来ないよう被害担当艦やっててくれ」


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「…………また、いつでも来い。不味い茶ぐらいは出してやろう」

一日二話投稿……いけるぜ!ギリで!!脳みそフル回転させれば!!
というわけでお楽しみください。


 

「……む、う……?」

 

 

闇に沈んでいた意識が浮上する。気絶など一体何百年ぶりか、あるいは何千年ぶりか。

 

開いた瞳に移ったのは、影の城の一室。鍛練場から最も近い寝室だ。

 

なんにせよ、影の国の女王は目覚めと同時に全てを理解した。

 

 

(ああ、私は負けたのか)

 

 

起き上がってみれば、戦装束は丁寧に脱がされ、千切れとんだはずの上半身と下半身はくっついている。

 

まあ、『あの程度』の負傷であれば意識を失っていてもスカサハは死なない。

 

ちょっと体が真っ二つになった程度で死んでいたら影の国の女王などやっていけないからだ。

 

なんかおかしくね?と思ったそこの君。大丈夫、君は正常だ。この頭ケルトを通り越して全身ケルトの女王様がおかしいだけである。

 

魔獣の皮で作った寝床から、裸体に薬草を当てて包帯を巻かれただけの自分の体を診察する。

 

千切れとんだ体は一度回復魔法で最低限だけ再生させ、それから針と糸で荒く縫い合わせる。

 

そして匂いからして倉庫にあった治療用の霊薬と。それを包帯にしみこませて巻き付けたのだろう。

 

これらの治療アイテムはハルカにも場所を教えておいたし、緊急時の使用許可も出していた。

 

外科手術なんて呼べないような雑な処置だが、スカサハ級の存在になればこの程度でも十分すぎる。

 

なんなら千切れとんだ下半身を持ってきて押し付けておくだけでもそのうちくっつくはずだ。

 

そんなスカサハからすると、この処置ははっきり言って……。

 

 

(まったく、過保護な弟子だ。そんなに自分の女を死なせたくなかったのか?)

 

 

ふふっ、と小さく微笑みながらそんなことを考えている全身ケルトがそこにいた。

 

マトモな現代人からするとだいぶ意味不明だが、スカサハ視点だと

 

『かーッ!こんな丁寧な手当てするとか儂/私の弟子べたぼれすぎてつれーわーッ!美しくて強くて永遠に若くて知識も豊富な女教師属性って罪だわーっ!かーっ!』

 

になるのである。少なくとも好感度はさらに上がった。

 

意味不明を通り越してスカサハは少し錯乱しているといわれてもおかしくない。

 

幸いにして寝ている間に肉体の再生はほぼ終わっているので、巻いてある包帯を剥ぎ取り、念のため体内だけ回復魔法をかけて立ち上がる。

 

高すぎる再生力と現代では手に入らない霊薬のおかげで、スカサハの体には傷跡1つすら残っていなかった。

 

あの男からの傷なら残しておいてもよかったのだが、と少し残念に思う気持ちもある。

 

が、どうせ見せるのなら綺麗な女体の方がいいだろう、と気を取り直した。

 

ご丁寧に寝床の脇にはスカサハの戦装束が畳んでおいてある。目覚めたらこれを着ろ、という事なのだろう。

 

戦装束に手をかけたところで、部屋のドアが控え目にノックされた。

 

 

「先生ー、起きた気配したので粥持ってきましたけど食べられそうですかー?」

 

「む、ハルカか。問題ない。胃腸も完全に再生しているし、歯や舌には怪我もない。

 入っていいぞ、ちょうど腹も空いてきたところだ」

 

「そうですか、それはよかった。じゃ、失礼します」

 

 

木と青銅でできたトアを開け、ハルカが顔を出す。

 

そして0.1秒でドアを閉めた。

 

 

「……どうした?」

 

「どうしたじゃないでしょう!?なんで全裸のまま突っ立ってるんですか!?

 しかもなんで全裸のままなのに入室許可出したんですか貴方!?」

 

 

なんだそんなことか、とスカサハは嘆息する。

 

我が弟子ながらこれではまるで女も知らぬ未熟者のようではないか、と。

 

……ふと、このタイミングでスカサハは『とあるありえない考え』が頭をよぎった。

 

いやいやそんなバカなと戦装束にそれを通しながら、とりあえず遠回しに探りを入れてみる。

 

 

「それに儂が目覚めた時全裸だったということは治療する時にみているのではないか?

 ……ああ、もしや突っ立ってる儂を見て別の所が突っ立って困っているのか?」

 

「立つかァ!上半身と下半身分断されてたらどんなに美女でもそういう目では見れません!」

 

(つまりくっついている今の儂/私ならばそういう目で見れる、と)

 

 

その上でケルトの勇士らしく『俺の子を産め!』とばかりにグイグイ来ない。*1

 

自分の体が女として完璧過ぎる*2のを加味しても、やけにそれを見るのを避けようとする。

 

これらの要素を統合すれば、真実はいつも1つ!

 

 

(こやつ、童貞かッ!!)

 

当たり前である。

 

(くっ、抜かった!まさか13にもなって女の1つも抱いたことが無いとは……!!

 ケルトの勇士なら10になる頃には戦の後の興奮を侍女を抱きまくって鎮めるモノだろうが!

 フェルグスを見習え! ……いややっぱり見習いすぎるな、何事も限度がある)*3

 

 

そもそも13の男が女を抱いてるのは少数派である、もっというとケルトの勇士級に抱きまくってるようなのは日本だと希少種に等しい。

 

フェルグス並みとか言い出したら日本の薄い本でも中々見ないレベルのとんでもない性豪になってしまう。

 

どのぐらい性豪かって?詳しく描写するとこの小説がR18になってしまうので知りたい方は各自調べてほしい。

 

全く情けない、と若干好感度が下がりかけた所で……。

 

 

(……待てよ。 つまり、こやつの初めての女は、儂/私か?!)

 

 

その時スカサハに電流走る────ッ!

 

明らかに初心そうな美少年、しかもケルト的にもアリなぐらいに鍛えている筋ショタ男の娘。

 

それを自分が手取り足取り腰取りアレ取りコレ取りしながら絶頂へと導く。

 

正直彼女は想像すらしていなかったシチュエーションだ、まさかのケルト式保健体育プレイである。

 

色んなおもりが取れたせいか、2000年モノの独身女性*4らしい拗らせまくった思考回路と性癖になりつつある。

 

戦装束に着替えながら展開される桃色思考に、あの世にいる弟子一同が「うっわ……」って顔でドン引きしてそうだ。

 

何はともあれ着替え終わったので、改めてハルカを中に招き入れ、持ってきた粥を食べながら話を続ける。

 

 

「明日でちょうど一年。お前は十分に影の国の技法を修めた。

 妙技の数々、薬草や霊薬の知識、魔術の知識、悪魔の倒し方……。

 まさか教える気のなかったゲイボルグまで習得するとは思わなかったが」

 

「あれだけ毎日のようにポンポン投げ込まれて覚えない方が不勉強ですよ、先生」

 

「……それもそうか。セタンタの奴は教えればホイホイ覚えていったからな。

 己の意思で鍛える、まではともかく、己の意思で学ぶ、というタイプではなかった」

 

 

ハルカがありとあらゆる努力を惜しまない秀才ならば、クー・フーリンは1教えれば10を学び取る天才だった。

 

どちらも『最高の弟子』と言える逸材同士であるが、多くを修めるハルカと一つを極めるクー・フーリンは微妙にタイプが違った。

 

少なくとも、ハルカはゲイボルグ・オルタナティブまで至るのはもっともっと先だろう。

 

クー・フーリンはやろうと思えばできてしまいそうだが、代わりにハルカよりも修めたモノの種類は少ない。

 

 

……だが少なくとも、ハルカがクー・フーリンと同じ時代に生まれていれば

 

スカサハはクー・フーリン、フェルディア、ハルカの3人で『最高傑作の朱槍』を賭けた決闘をさせただろう。

 

ふと、ここでスカサハは『ある問題』に気が付いた。

 

 

(……まずい、クーフーリンやフェルディアに匹敵する勇士が卒業するというのに、渡す武具を用意していない!?)

 

 

初期の数か月は「まあ見どころあるんじゃね?」ぐらいのノリだったのでそれほど重要視しておらず、

 

中期の数か月は「おっ、なかなか見どころあるじゃん。クー・フーリンほどじゃないけど」って感じで、

 

後期の数か月は「んんんんんん!!スカサハポイント100000000点!」って感じなのですっかり忘れていた。

 

 

「……ハルカ。卒業の儀に少し準備がいる。元の世界に帰るのは明日でいいな?

 お主のモノ*5になるにしても準備がいる。儂/私は今すぐにはここから離れられん。

 なるべく高位かつ、意識を常時リンクさせた分霊を用意せねばならんからな」

 

「え?ああ、はい。一日ぐらいなら全然かまいませんよ。外の世界じゃ40~50分程度ですし」

 

「よし、今日はもう休め。明日の朝に卒業の儀を行い、それから出発としよう」

(セェーフッ!よし、明日までに必要なアレやコレやを徹夜で準備せねば!)

 

 

材料はあれとこれとそれと……と今城に何があるかを頭の中で必死に整理しつつ、粥を食べ終えたスカサハは水を飲み干し一息ついた。

 

まだまだやることはごまんとあるが、少なくともハルカにこれだけは言わねばならない、と。

 

木皿と木匙を片付けているハルカが帰ろうとしているので、少し待て、と呼び止める。

 

 

「卒業の儀の前に言っておく。 ハルカ、これからは自分を卑下するな」

 

「卑下なんて……」

 

「していない、とは言わせん。お前は少々……いや、だいぶ自分を下に見るクセがある」

 

 

自分なんて、自分よりも、自分ごときが……そんな価値観がハルカの根底にある。

 

やることなすことを一切評価されない10年間を送った経験が、これだけ成長した今も足を引っ張っているのだ。

 

ただでさえ英雄精神アリアリで献身的だというのに、後天的に植え付けられたコレのせいで過剰なまでに人に尽くしすぎる。

 

それがいずれ、ハルカの破滅を招くモノだとスカサハは看破していた。

 

 

「誇れ、ハルカ。お主は神話に謡われる英雄達に比例する試練を乗り越えたのだ。

 

 その誇りを胸に抱き、まっすぐに立ち、生きよ。お主にはその力と資格がある。

 

 資格ある者は多くを手に入れられる、その両腕でどれだけ抱え込めるかは、力と器次第だがな。

 

 ……?! こ、こら、泣くんじゃない!何故泣く!?儂/私はそんなに変なことを言ったか!?」

 

 

ぐすぐすと泣き始めたハルカに、戸惑い困惑するしかないスカサハ。

 

泣き言を言う弟子はいても、文字通り子供のように泣く弟子などいなかったのだ。

 

ハルカより年下の弟子となるとコンラがいたが、彼は父親譲りで生まれつき勇猛であった。

 

あの試練を超えてきた時点でひとかどの勇士ばかり、それが涙を流してうつむくなど……。

 

 

(……そうか、そうだな。こやつは子供であったな)

 

 

確かに英雄として、あるいは王としての器と勇気は持ち合わせて生まれたのかもしれない。

 

そして、種であるソレが立派な大樹となるほどに経験という名の雨を受け続けた。

 

だがしかし、コンラのように光神ルーの孫で光の御子クー・フーリンの息子というわけではない。

 

ほんの少しばかり霊能の力がある人間の家に生まれただけの英雄候補、それが鷹村ハルカなのだ。

 

泣いているハルカを抱きしめたまま、頭をなでたり背中をさすったりと、知りうる限りの『子供のなだめ方』を試す。

 

自分の娘にやったきりなので、本当に数千年ぶりだろう。*6

 

 

「……まったく、この分では当分挙式など上げられそうにないな。

 こんな良い女を前にして、抱くのではなく甘えて泣くとは。

 いや、これはこれで、意外と……いやしかしケルト的には……ううむ……」

 

「? ぐすっ……えっと、挙式?誰と誰の……?」

 

「ん?」「え?」

 

 

そして埋めたばっかりの地雷がとんでもないタイミングで炸裂した。

 

 

「……ハルカ、お主儂/私が欲しいと言ったな?」

 

「え、はい。正直僕は外に出ると知識も権力も技術も、ありとあらゆるものが足りないので……。

 スカサハ先生ならきっと、仲魔としても部下としても祭神としても指導者としても最高ですし。

 ……あ、やっぱり指導者としてはナシで。最低でもカリキュラムは僕と相談で」

 

 

「………………ふむ。 なるほど、なるほど、なるほど……うん、なるほど」

 

 

ゆっくりとスカサハがハルカから離れる。

 

軽く手首と足首を回し、準備運動のように体をひねってからゴキ、ゴキ、と首を鳴らした。

 

ハテナマークを浮かべているハルカの前で、いつものようにどこからともなく朱槍を取り出す。

 

色々な意味で信頼されているのは本当にうれしいのだろう。だがそれはそれとして、というヤツだ。

 

くるり、とソレを一回転。体の調子を確かめてから……。

 

 

 

「死にさらせこの童貞スケコマシ小僧ッ!!!」

 

「なんっでぇ!!??」

 

「そしたらお前がパパになるんだよ!おうあくしろよ!!」

 

「なんで着たばかりの服を脱ぎ棄てながら朱槍ブン回して襲い掛かってくるんですかちょっとぉ!?!?」

 

 

それから約二時間、影の城の中でスカサハ/スカアハの怒号とハルカの悲鳴が響き続けた。

 

直したばかりの影の城を盛大に粉砕しつつ、ハルカは全力で逃げ回る。

 

この騒動の後、ハルカはこう語った。

 

 

「裸の美女に追いかけられてるのにかけらもうれしくなかった」……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これにて卒業の儀を終える」

 

「城の中ボロッボロなせいで感動もへったくれも無いですけどね……」

 

 

翌日の昼頃、ズタボロになった影の国の城のホールにて、ハルカの卒業の儀が執り行われた。

 

といっても実はそんな儀などなく、ハルカへの贈り物を準備するためにスカサハがでっちあげたイベントなので、ちょっとした祝辞の言葉とそれっぽい儀礼で終わった。

 

ハルカからすれば小学校の卒業式よりシンプルに感じたイベントである。そもそもスカサハが片手間に3分で考えた内容だから仕方ないけど。

 

それをごまかすようにおほん、とスカサハがひとつ咳をして、後ろのテーブルに置いてあった何かを持ってきた。

 

いくつかの包みを纏めてあり、その中には槍袋のようなモノも入っている。

 

「だが、卒業証書等よりは良いものを持ってきたぞ?儂は。とりあえず、日本の流派ではこういうモノがあると聞いて準備した、影の国流武術の極伝書……」

 

「もうしょっぱなから胡散臭いんですけど先生???」

 

「何を言う、影の国の魔獣の皮をなめして作った獣皮紙で作った特注品だぞ」

 

「うわぁホントだ、これ下手な霊的防具より頑丈だよ……」

 

 

具体的にはLV50クラスの魔獣の皮にスカサハが割と本気の各種呪詛をしみこませ、劣化防止の効果があるインクで証書を書き連ねたモノである。

 

胸にくくりつければLV40ぐらいの悪魔の攻撃は防げる胸当てになるレベルのシロモノだ。無駄に力が入っている。

 

 

「次に、貴様がこの一年使い続けた朱槍だ。一番手になじんでいる槍だろう?

 だがこれは元々ゲイボルグの量産品なので、正直そこまで質は良くない。

 そこで、最後の試練で貴様が仕留めた二頭の海獣の素材を使って強化した。

 オリジナルにかなり近い仕上がりになったはずだ、持っていくといい」

 

 

今のお前なら使いこなせるだろう、とハルカに両手で槍袋を渡す。

 

手渡された槍袋からは、なるほど、今までの朱槍とは段違いの危険な気配。

 

『ああうん、これはマズいや』とハルカが直感で感じてしまうほどの危険物だ。

 

危険を感じ取る感覚が手に持ってるだけで作動するとかいうトンデモ武器である。

 

 

「あ、因みに持ち主以外が勝手に使おうとすると呪われるから気をつけろ。

 普段は封印の呪符を巻いておけ、これならお主以外も手に取って動かす程度は問題ない」

 

(すごい返品したいッ……!!)

 

 

……が、目の前でふんすっ!って感じの笑顔で差し出してくるスカサハを見ると、受け取らないという選択肢はない。

 

昨日は全裸で槍ぶん回して追い掛け回してくるスカサハが叫んでいる内容で、おおよそアンジャッシュの内容はハルカも察した。

 

逃げ回りながらも「そもそも日本じゃ13歳は結婚できない」「恋人いたことないからそういうアレコレもわからない」「できればもうちょっと時間が欲しい」という具合に説得を続け……。

 

最終的に『師弟以上恋人未満』という関係で暫定的に落ち着いた。

 

メンヘラヤンデレ発症させた全身ケルトで乙女心を2000年ぐらい拗らせてる女神相手と考えると、はっきりいって歴史的快挙である。

 

 

「最後にこれだ」

 

「……? 宝石?」

 

 

血のように赤黒い宝石、これからは死の匂いは感じないが、それはそれとしてやっぱり呪詛の気配がする。

 

というか影の国に死とか毒とか呪詛とかの危険な気配を放っていない物品は存在しない。

 

おかげで死を感じ取る直感も必死に制御しないと誤作動おきまくってたのだが、それはともかく。

 

 

「儂/私のフォルマの濃縮結晶だ。ガイア連合では色々と利用方法もあるのだろう?

 お主の所に送る分霊が入る式神ボディの素材にでも使えば、儂の分霊の強化にもなるはずだ」

 

「な、なるほど……」

 

「金が要りようなら売り飛ばしても構わんし、武具に加工するのもよかろう。好きに使え。

 

 ……なんなら婚約指輪に加工してくれても構わんぞ?」

 

「ぜ、善処します……」

 

 

いまだに「なんで僕こんなに惚れこまれてるんだろう……?」と首をかしげながらも、組紐でしっかりと自分の荷物を縛り、背中に背負った。

 

衣服に食料に水に薬に、今回卒業の儀でもらった祝いの品。なかなかの大荷物だが、なんだかそれが誇らしい。

 

『自分は少なくとも、目に見える範囲でもこれだけのものを得て、影の国の修行を終えたのだ』

 

少々現金かもしれないが、やはり目に見える成果はちょっぴり自信を後押ししてくれる。

 

……そう、『後押し』だ。ハルカはスカサハの言葉で、小さな自信の芽が生えた。

 

なにより、この修行を乗り越えたのに下を向いて生きていては、自分を育てた『師匠』と『先生』まで侮られる。

 

それはきっと、ハルカにとって『仮面ライダー』を侮辱されるぐらい許せない事だから。

 

 

正門からまっすぐに、初日に来た道へと歩みを進める。

 

最初はひいひい言いながら駆け抜けていた道も、今ではちょっとした散歩コースだ。

 

しかし、影の国の城から出てすぐの所で、後方から「ハルカ!」という声が聞こえた。

 

頭に疑問符を浮かべて振り返れば、正門まで見送りにきていたスカサハがいる。というか、元々この異界には彼女以外いないのだが。

 

 

「…………また、いつでも来い。不味い茶ぐらいは出してやろう」

 

「……はい!いろいろとありがとうございました、スカサハ先生!」

 

 

そして……久方ぶりに浮かべた柔らかな笑みで、卒業していく弟子を見送った。

 

スカサハは回想する、この一年の充実した日々を。

 

これからは分霊の五感を使ってハルカに寄り添っていくつもりだが、それでもこの一時は確かに『別れ』なのだ。

 

だがしかし、ハルカは『2つの点』であの『光の御子』を超えたとスカサハは感じていた。

 

 

一つ目は、修行期間。クー・フーリンがスカサハの修行を終えたのは『一年と一日目』。

 

ほんの一日の差だが、ハルカは確かにクー・フーリンよりも早く修行を終えて見せた。

 

おかげで今の彼は『超人 ハルカ LV84』。もはや神話の英雄に等しい。

 

二つ目は……。

 

 

(お前とは『さようなら』ではなく『またね』になる。そんな確信があるのだよ、ハルカ)

 

 

クー・フーリンは、影の国へ二度とは戻らず、スカサハと再会することもなかった。

 

分霊同士が会うことはあるが、それを再会とは呼ぶまい。

 

スカサハの弟子である『クー・フーリン』は、既にクーリーの牛争いを発端とする戦争で死んだ。

 

だからこそ、ハルカが真にクー・フーリンを超える時があるとするのなら……。

 

 

「生き残って、また会いに来い。ハルカ……」

 

 

 

一抹の寂しさを感じながらも、スカサハ/スカアハは『愛した男』の背を見送ったのであった。

 

これからも困難に挑み続ける、小さな体に大きな使命を背負った、英雄の背を……。

 

 

 

 

 

『ゾビゾビ、バヅボドブブン!』編 END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 NEXT STAGE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『激突、仮面ライダーVS終末のライダー!』編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 to be continued……。

 

 

*1
そもそもハルカは頭ケルトじゃないし現代ではアウトである

*2
ただし内面はメイヴと別方向にやべー女

*3
ケルト神話に登場するアルスターの王。とんでもなく性豪で、一度ムラっときたら7人の女性をアヘらせないと満足しなかったほど。

*4
ただし性的な経験は豊富だし、伝承では子供もいる。

*5
嫁的な意味で

*6
なお、母性本能は盛大に刺激されているので好感度はさらに上がった。さらに取り返しがつかなくなったとも言う。



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死の安らぎは 等しく訪れよう

 

鷹村ハルカは知っている、この世には努力してもどうしようもない事があると。

 

ギルスへと改造される前の彼は、十把一絡にされる程度の霊能力者だった。

 

仮にあの頃のハルカが今と同じ努力をしようとしても、どこかで死ぬのが関の山だ。

 

この世界においては、無茶な努力をこなせることも『才能』が絡む。

 

どれだけ必死に修行して、毎日自分に倒せるレベルの悪魔を倒しても、天才は容易くレベルを上げて凡才の努力を追い抜いていく。

 

改造によって『追い抜く側』に回ったからこそ、ハルカは努力の価値というものを正しく理解していた。

 

努力が無駄にならない『ギルス』という体を手に入れて、ハルカは『強くなる権利を貰った』のだ、と。

 

 

……だからこそ、ハルカはあれほど厳しい修行を終えて、強くなれたと思っていた。

 

 

「が、ふっ……ぉ、ぁ……!」

 

『ここまでのようだな、異形の守護者よ』

 

 

山道の一角で、目の前に立ちふさがる『骸骨の騎士』に対し、ギルスは満身創痍で地に伏せている。

 

深々と体を切り裂かれ、なんとか起き上がろうとする体は力がロクに入らず、呻きながらもがくことしかできない。

 

普段は悪魔を引き裂き潰す手足は、まるで自分のモノではなくなったように自由に動かない。

 

内蔵全てが腐り落ちているような苦痛が腹の奥から生まれ続け、全身の欠陥にヘドロが流れている錯覚すら受けるほど感覚が狂い続ける。

 

意思で苦痛をねじ伏せようが、脳から届く信号は肉体を動かしてはくれない。体内のMAGも乱れに乱れ、あらゆる力が使えない。

 

 

【魔人 ペイルライダー LV99】

 

 

圧倒的なその『力』の前に、ギルスの命は風前の灯火と化していた。

 

手のひらから己の命が零れ落ちていく感覚を覚えながら、ハルカの意識もまた、闇の中へと落ちていく。

 

その最中、走馬灯のように『ここに至るまでの思い出』が駆け巡っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【某月某日 S県某所 霊山同盟支部 終末案件緊急対策本部】

 

 

「GPの上昇が加速中、S県全土の異界発生率が急上昇!」

 

「『魔人 ヘルズエンジェル』が出現!LV42!対応できる霊能力者は!?」

 

「援軍に来た鬼灯氏が急行中!『オートバジン』も込みです、行けます!」

 

「新たな異界がS県西部で発生、これで今日何件目よ!?」

 

「簡易式神による偵察によればLV5未満の低位異界です、【ラッキークローバー】に委託しましょう!」

 

「海岸線にて『妖獣 クラーケン LV51』が出現……LV51ぃ!?」

 

「大丈夫です、そちらは【巨大シキオウジ】を投入して叩きます!」

 

 

ガイア連合の、そして世界の命運をかけた『最後の作戦』の開始を目の前にして、S県も盛大に修羅場に突入していた。

 

既に一般人にも『なんかおかしい』と思う者は増えつつあり、外を出歩けばネズミに襲われて入院とかいつの時代だよ、なんて言う者までいる始末。

 

悪魔による災害の隠蔽は限界値をぶっちぎっており、このままいけば遠からず『いざという時の準備』を使う時が来ると判断するには十分だった。

 

 

「ギリギリだった……【東海道霊道化計画】、ホンットにギリギリだった……!」

 

 

緊急対策本部にて指揮をとるのは、事ここにいたっては学業もなんもかんも投げ捨てて【支部長】としての義に準ずる覚悟を決めた鷹村ハルカ。

 

今までにかき集めた戦力を適切に投入し、どれだけ異界を潰してもGPが上がり続ける無間地獄を突き進む。

 

霊山同盟、ニノウエ家、自衛隊、ラッキークローバー、地方霊能組織、そして支部にいる黒札。

 

数が多い霊山同盟の巫女と自衛隊は、とにかく広範囲に情報網を張り巡らせるのを最優先させた。

 

現在、S県のドコに大悪魔クラスや新たな異界が出現しても、数分以内にはこの緊急対策本部に連絡が届く。

 

そうして集まった情報を整理し、対応できる戦力をトラポートやターミナルで派遣して叩く。

 

霊山同盟支部は【古都】の例を見ても分かるが、傘下となる派出所を各地に配置した組織構成となっている。

 

S県とK県の県境にある霊山同盟支部がトップとなり、各地の派出所を采配する、という形になっているのだ。

 

だからこそ、【東海道霊道化計画】は工事予定地に近い派出所を中心に活動させることで各地で一気に進めることができ、現在は他県の支部が霊道にした部分との接続も終わっている。

 

各地のシェルターや主要な地方都市部の結界による保護、管理異界の設置、終末後を見越した食料生産も進めていたし、ターミナルやシキオウジといった高級設備も誘致した。

 

 

そう、ハルカは【12歳で支部長に就任し、中学生のうちにこれらの計画を進めてきた】のだ。

 

黒札じゃないという理由で優先して設備投資が反映されない事などザラ、子供という理由で思いっきり侮る黒札の人間も一人や二人ではない。

 

前者は阿部やシノを通じて申請することで何とか間に合わせた。

 

後者は阿部が物陰に引きずっていったらなんとかなったし何をしたのかは知らないし知りたくない。

 

それでもなお、準備してきたモノをフル活用して何とかしのげる……そういうレベルの修羅場が始まっていた。

 

ラッキークローバーや自衛隊は独自の裁量で動きつつ、霊山同盟支部から回された情報を元に出撃先を調整。

 

地方霊能組織にもデモニカを中心に対悪魔装備は配布しており、LV5未満の低レベル悪魔程度なら対処できるように育て続けた。

 

それでもなおどうしようもない高レベル悪魔には、霊山同盟支部の幹部クラスが出撃して殲滅。

 

古都の方はVS酒呑童子の際に阿部が修復した大結界があり、異界【大江山】も首塚大明神が管理している。

 

S県とその周辺だけに霊山同盟支部の全戦力を使えるのが唯一の希望であった。

 

 

……問題は、ここにきてガイア連合最大の問題点である『支部の最高戦力が支部長な事が多い』が爆発したことである。

 

各地から届く遠隔アナライズデータを解析していた巫女が、悲鳴のような報告を上げる。

 

 

「ま、【魔人ホワイトライダー】が出現!LV52!!」

 

「クソ、ついに黙示録の騎士まで……」

 

「続いて【レッドライダー】【ブラックライダー】【ペイルライダー】が出現!それぞれ別々のルートからS県山中を移動中!!」

 

 

【黙示録の騎士】……ヨハネの黙示録に記されている終末の使者であり、それそれが司る災厄によって人類を滅ぼすとされる4つの災厄だ。

 

 

支配を司る【魔人 ホワイトライダー LV52】

 

戦争を司る【魔人 レッドライダー  LV55】

 

飢餓を司る【魔人 ブラックライダー LV61】

 

疫病を司る【魔人 ペイルライダー LV63】

 

 

この四騎士の出現は、紛れもなく【終末の前触れ】であった。

 

一体一体がこの国を滅ぼしかねない力を持ち、しかも馬に乗って高速移動しているために補足も難しい。

 

自立稼働する【数百機の量産型オートバジン】をあちこちにばらまき、自衛隊やG3ユニットとも協力して作り上げた索敵網がなければ取り逃していた。

 

さらに人口密集地を覆うように結界を生成、こういった強力な悪魔が現れた際に、『こちらが戦いやすい場所』へと誘導するように道を作り上げた。

 

人里離れた山中に『あえて』不安定な異界を設置。ここにMAGを集中させ、悪魔が出現しやすいエリアを設定しておく。

 

こうすれば、ある程度目ざとく強力な悪魔は『そのエリアにしか出現しない』。わざわざ出たとたんに飢え死に寸前になる人里から出てくるバカはいないのだから。

 

 

 

「各地の結界強度を最大限に上げろ!人里に近づく前に迎撃する!!」

 

 

だからこそ、ここからは霊能力者の仕事だ。

 

魔界からこちらに這い出してきた凶悪な悪魔を、指定エリアから出る前に殲滅する。

 

S県の対オカルト防衛思想は基本的にソレを軸に構成されたのだから。

 

【悪魔が出てきやすい場所をわざと作って結界で囲み、そこへ出てきたところを袋叩きにする】。

 

寧ろ、どうしても海岸線に結界を張って守るしかできない海生悪魔のほうが厄介な状態だ。

 

 

(四騎士はバラバラに移動してるって話だな……となると、戦力を分散させて当たるしかない。

 速度を考えれば、これを放置してたら山中の結界地帯を抜けて麓まで下りてくる。

 そうなったら人口の多い場所まで一直線だ、皆殺しどころじゃ済まないぞ……!)

 

「ホワイトライダーにはシキオウジ二号機を向かわせてくれ!レッドライダーにはイチロウを!

 ブラックライダーはスカサハとレムナント!ペイルライダーは僕が相手をする!

 巫女長、ここの指揮を引き継いで!そして撃破した者は回復済ませたらほかの四騎士を迎撃!」

 

「鷹村支部長、ですが!?」

 

「現状集めてる戦力で四騎士を迎撃するにはこれしかないだろう!?

 シキオウジ二号機は鋒山さんに任せる、イワナガヒメ神も援護をお願いします!

 僕の分身もレッドライダーとブラックライダーに当てる!」

 

いざという時は全体の指揮を巫女長が取れるようにしておいたのはこのためだ。

 

元々霊山同盟という組織を指揮し、悪魔と戦っていたのが巫女長である。

 

戦術レベルの指揮ならばG3ユニットの指揮官二人のほうが適任だが、人材配置と全体指揮なら彼女の方が適任だ。

 

寧ろ分身で三人分働いている&レベルの暴力による高い『知』と『速』による高速思考&生来の才能でゴリ押しが利くハルカがちょっとおかしいのだ。

 

無論、そのゴリ押しができないときでも巫女長&G3ユニット&ニノウエ家の上層部という、それぞれの分野の専門家に分担作業させることで運用できる準備は整えてある。

 

トップが前線に出る可能性を見越して、組織レベルでイチから作り上げてきた甲斐があったというものだ。

 

最低限の時間で引継ぎを終えると、本部を飛び出しギルスレイダーを呼び出す。

 

ペイルライダーの現在地は、ギルスレイダーに搭載した異界内部でも使える無線機を通じて連絡が入る。

 

 

最高速度に乗ったギルスレイダーが山中に踏み込み、沸いてきた悪魔をひき殺しながら突き進む。

 

スキルカードで追加したドライビングテクニックは健在なのか、木々の隙間を抜け、細い山道を最高速度のまま駆け抜けていく。

 

他の三騎士とは既に戦闘に入ったようで、選挙区はおおむね霊山同盟支部の面々が優勢。

 

一番遠い場所にいて、もっともレベルが高く、それゆえに人里に到着するまで余裕があるペイルライダーの担当がハルカになったのも当然だろう。

 

回復・補助を重視した能力になっているギルスレイダーとともに、速攻で倒すよりも確実に凌ぎ、得意な削り合いに持ち込もうとしたのも正しい。

 

三騎士を倒しさえすれば、分身を解除して再度発動。3対1に持ち込みつつほかの面々が駆けつけるのを待てばいいのだから。

 

 

そう、ここまでの判断に大きな間違いはなかった。

 

アナライズでわかる限りのデータをもとに立てられた、非常に精度の高い作戦【だった】。

 

 

「見つけたぞ、ペイルライダーッ!!」

 

『ム……人間か、私の告げる終末の先触れを阻止しに来たな?』

 

「話が速いな、お前に大暴れされて、疫病をばらまかれるわけにはいかないッ!!

 

 ここで倒れてもらうぞ……変身ッ!!

 

 

ハルカの姿が光に包まれ、ギルスレイダーと共にその光を駆け抜ければ、正義の異形『ギルス』の姿が露になる。

 

ほう?とペイルライダーが興味深そうにギルスの姿を観察していたが、直後にギルスレイダーが速度を上げた。

 

今のギルスレイダーのレベルは『61』。ペイルライダーの騎馬とも十分に張り合える速度と耐久性を獲得している。

 

峠道をとんでもない速度で駆け抜けながら、ギルスの触手鞭『ギルスフィーラー』とペイルライダーの鎌が幾度となく打ち合う。

 

アスファルトを粉砕し、木々を木っ端のように消し飛ばし、時にはウィリーじみた動きで引き潰す攻撃を『互いに』繰り返しながら駆け抜けていく。

 

ペイルライダーは騎乗能力で上回り、ギルスはレベルと基礎スペックで上回る。

 

こればかりはキャリアの差だろう、スキルカードで技能を習得し、騎乗戦闘の訓練も積んでいるが……相手は文字通りの人馬一体だ。

 

 

「だが……ここまでだッ!!」

 

『むうっ!?』

 

 

しかし、騎乗で半歩劣ろうと、戦闘においてはハルカが二歩・三歩先を行っている。

 

振るわれた鎌にギルスフィーラーを巻き付け、互いの距離を無理やり一定に固定した時点で形勢逆転。

 

人馬一体による繊細な『間合いの調整』は完全に崩され、ギルスの得意な接近戦へと持ち込まれる。

 

ギルスフィーラーではなくギルスクロウが鎌と打ち合った瞬間、ペイルライダーの態勢が崩れた。

 

 

『ぬっ!?』

 

「貰ったァ!!」

 

 

すかさずギルスフィーラーを引くことでさらに態勢を崩し、ペイルライダーの喉元目掛けてギルスクロウを突き出す。

 

入った、と確信する一撃。馬から振り落としてさえしまえば、ペイルライダーはハルカの敵ではない。

 

それでも油断はせず、ペイルライダーに一撃を叩き込んだ後は組み付いて引きずりおろして……と考えた所で。

 

ガギャインッ!という金属音。

 

ペイルライダーがとっさに鎌の柄を翳し、ギルスクロウの切っ先を防いだ音である。

 

 

(っ!あそこから防御を間に合わせた?!いや、驚いてるヒマはない、動きはこっちの方が速いんだ。もう一撃ッ……)

 

 

一瞬驚愕したものの、すぐさまギルスクロウを構えなおす。

 

冷静に、確実に、しかし闘志だけはマグマより熱く燃やす。スカサハの鍛錬の成果は大きかった。

 

だからこそハルカ/ギルスは、構えなおしたギルスクロウで淀みなく追撃を放ち……。

 

 

『後から降りぬかれた』ペイルライダーの鎌が『先に突き出されていたギルスクロウ』を追い抜いた。

 

ギルスが驚愕する間もなく、ペイルライダーの鎌はギルスクロウごとギルスの腕を両断。

 

片腕を喪失した激痛に襲われるギルスが、それでもギルスフィーラーを引き絞って鎌の自由を奪い取りにいった。

 

が、しかし。そんな抵抗を『腕力だけで』振りほどき、そのまま鎌の切っ先がギルスの胴を深々と捕らえ……。

 

 

「あガッ……!?」

 

 

その勢いのままま、ギルスレイダーまで刃が到達。

 

ボディをほぼ半分に引き裂かれたギルスレイダーがたまらず転倒し、ギルスと共に峠道へと放り出された。

 

 

「がはっ、おっ、ご……!!??」

 

『ほう、あれでまだ息があるか。予想以上のタフさだな』

 

 

片腕を失い、胴体を内蔵まで深々と切り裂かれ、相棒であるギルスレイダーを破壊され……。

 

それでも、ハルカ/ギルスはギリギリのところで命を保っていた。

 

しかしその脳内は『どうなっている?』という疑問形で埋め尽くされている。

 

 

なぜ、ナゼ、何故、WHY。

 

 

死にかけの体と脳みそで、それでも必死に思考だけは止めない。

 

せめて『なぜこうなったのか』だけは探り出して、後から来る味方に託さなければいけないからだ。

 

かすむ視界をなんとか首ごと持ち上げて、もう一度ペイルライダーをアナライズする。

 

 

【魔人 ペイルライダー LV99】

 

 

「なっ、れ、レベルが……?!」

 

『気づいたか、異形の戦士』

 

 

表情も分からないはずの骸骨の騎士が、ギルスを見下ろしながら近づいてくる。

 

その手に握られた鎌で、治療・蘇生される前にトドメを刺すつもりなのだろう。

 

 

『貴様の部下達は優秀なようだな、我以外の四騎士は全て、終末の先触れとなること叶わぬままに倒されたらしい』

 

(ぐっ……ギルスレイダーは、まだ生きてる。通信も、届いてる。よし、これは本当だ。あとはコイツを倒せば……)

 

『だが、少々急ぎすぎたな。ほかの三騎士を『ほぼ同時に』倒してしまうとは。

 

 おかげで奴らの持っていた『権威』が私に集中した、もはや敵はない』

 

(……『権威』?それに三騎士……まさか!?)

 

 

黙示録の騎士は、それぞれが【世界の四分の一を支配し、人間を殺害する権威】を持つという。

 

そして、基本的にこの四騎士は4体1組で扱われる存在だ。

 

四騎士が順に世界に現れ、己の持つ力でもって人類に災厄をもたらす。それこそがヨハネの黙示録に記された【黙示録の騎士】の役割だ。

 

 

「お、お前たちは……【黙示録の騎士】という概念を、四騎士に分散しているのかっ……!?」

 

 

『! ハハハッ、今の言葉だけで気づいたか。そうだ、そのとおり!

 

 我らは四騎士全て揃って【黙示録の騎士】。

 

 ならば一騎が欠ければ黙示録の騎士は不完全になるのか?否!

 

 そうなれば三騎士のみで黙示録の騎士を構成できるよう、欠けた騎士の『権威』が譲渡される!

 

 貴様らは四騎士のうち三騎士を纏めて排除した。よって、全ての権威が我に集中したのだ!』

 

 

一体を倒すごとに残る四騎士が強化される、三体を倒せば、当然最後の騎士は最も強い状態になる。

 

純粋な行動速度や腕力では上回っていたはずなのに、突然ギルスが押され始めた理由がソレだ。

 

ギルスがギルスクロウをもって攻撃したその瞬間、他の三騎士が倒され、【権威の譲渡】が発生。

 

反応速度も膂力もハネ上がったペイルライダーが、たやすくギルスの攻撃をさばききったのである。

 

 

(だ、だが、それでもおかしい!アナライズを見た限り、僕とこいつのステータスにそこまで隔絶した差はないはず!)

 

 

『超人 ギルス LV84』と『魔人 ペイルライダー LV99』。

 

レベル差は15、だが、ここまで高レベルになればどちらも相応に高いステータスを持っている。

 

いきなりレベルが上がったからといって、一方的にギルスを叩きのめせるほどの強さになったとは思えないのだ。

 

四肢に活を入れて立ち上がろうとしているギルスへと、ペイルライダーがフンと鼻を鳴らしてから言い放つ。

 

 

『逆だ。我が強くなったのではない……貴様が弱くなったのだ、異形の戦士』

 

「な……僕が、弱くなった?」

 

『いい加減気づかないのか?貴様の肉体が言うことを聞かないのは、負傷の影響だけではない。

 

 貴様の肉体は、我が『疫病の権能』によって既に病に犯されている!

 

 健康な状態と程遠いその体では、満足に戦う事もできまいて!』

 

 

立ち上がろうとしていた四肢が、ぐらり、と力を失い地面に崩れ落ちる。

 

目がかすみ、舌がもつれ、息が詰まり、四肢に力が入らない。

 

血を流しすぎたせいかと思っていたそれらの症状は、ペイルライダーの能力である『疫病の権能』によるモノ。

 

スキルではなく、高位の悪魔が持つ特殊な能力。ペイルライダーのソレは『疫病』を操る力だ。

 

当然、ギルスはもはや地球上のウィルスなど何もしなくても跳ねのけられる。インフルエンザもペストもコロナもギルスの免疫系を突破することは不可能だ。

 

 

だがしかし、ペイルライダーの持つ『疫病の概念』は違う。

 

それが生物でさえあれば、相手がどんな対策を取っていようと重度の疫病に感染させ、その五体の自由を奪い、命の灯をかき消していくのだ。

 

生物により近づけたパーツを作ってしまったからこそ、ガイア連合の専用式神も同様に『疫病』に感染してしまう。

 

例えLV99のキャラクターで固めたパーティを操作していようが、操作するプレイヤーが40度の熱を出していれば勝てるものも勝てない。

 

強制的に感染し、あっという間に自由を失い、命すら容易く奪っていく『病』こそがペイルライダーの力であった。

 

精神力が強くても関係ない、脳や神経の信号がバグってしまえば、精神の強さがあろうと肉体にソレが反映されない。

 

身に着けた技術も、繊細かつ高度であればあるほどこの状況では役に立たない。

 

原初の疫病という概念に犯されたギルスの肉体は、ありとあらゆる抵抗の事由を失っていた。

 

そして、ついにギルスの元へ歩を進めたペイルライダーの鎌が振り上げられる。

 

 

「が、ふっ……ぉ、ぁ……!」

 

『ここまでのようだな、異形の守護者よ』

 

 

 

死の安らぎは 等しく訪れよう

 

 

人に非ずとも 悪魔に非ずとも

 

 

大いなる意思の導きにて

 

 

 





修行回の後は無双タイム?

この世界はメガテンだからね、ちかたないね。


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「……夜更けのドライブが、一人と一頭では寂しいでしょう?」


ちなみに影の国での修行→四騎士出現の間には結構間が空いてます。

某月某日で表記されているのはそのため。

その合間に起きたアレコレは番外編とか短編でちまちま書いていきます。


 

 

 

『無駄に苦しませる趣味はない、一瞬で……終わりだッ!』

 

 

風を切り裂き、ペイルライダーの鎌が横一文字に振るわれる。

 

疫病の権能を込めた鎌、周囲にまき散らしている疫病と合わせ、対策しなければ一撃で相手を病死に追いこむ武装だ。

 

だが、今回はその権能も必要ない。ただ刃をもってギルスの首をハネればそれで終わりである。

 

……今にも振り下ろすその瞬間に、ペイルライダー目掛けて多数のミサイルが降り注がなければ、それで終わっていた。

 

 

『むうっ!?』

 

「イッタンモメン、ハルカを封印しつつ回収!」

 

 

しかしペイルライダーもひとかどの大悪魔。不意打ちの一撃をとっさに腕でガード。

 

追撃として放たれた多数のミサイルを感知し、青ざめた馬を走らせる。

 

一瞬だけ倒れたギルスにトドメを刺そうか迷ったが、そのギルスが『布のような悪魔』に包まれて猛スピードで遠ざかっていくのを見て思考を切り替えた。

 

五感をミサイルが放たれた方向……自身の上方、木々よりもさらに上の上空に向ける。

 

黒と銀のボディ、青い瞳、腕に抱えた大型ミサイルランチャー。

 

明らかに近未来的……というよりSFに半歩突っ込んだ装備に、ペイルライダーが困惑と警戒を同時に向ける。

 

 

「いいじゃないか『G4』。シノのやつが量産型まで作るわけだ」

 

『……何者だ、貴様』

 

「お前の目の前で死にかけた男の師匠さ……いや、死に『かけた』じゃないか」

 

 

イッタンモメンが巻き付き、ハルカごと疫病を封印したままミイラ男状態のハルカをG4……阿部の足元へ運んできた。

 

ちらりと視線を向ければ、既にハルカの心臓は停止し『死亡』状態になっているのを確認。

 

シノから借りてきた『G4』にもアナライズ機能は備わっているが、そのぐらいは機械無しでもできる阿部にとって、病人の診察などその目で『観る』だけで終わる。

 

……当然だが、そんな風にいつまでも冷静に行動できるほど余裕がある状況ではない。

 

 

『【マハブフダイン】!!』

 

「【マハジオダイン】!!」

 

 

ペイルライダーが放ったマハブフダインを、得意のジオ系魔法で迎撃。

 

吹雪と雷鳴が相殺し、一瞬で蒸発した氷が周囲に蒸気となって立ち込める。

 

そのスキを逃さず、周辺一帯目掛けて【疫病の権能】を使用し、病原菌をバラまくペイルライダー。

 

たとえ蒸気によって視界がふさがれていようが、感染さえしてしまえばほとんど勝ちは決まるのだから。

 

 

「あっぶな、【トラフーリ】!」

 

(! 逃げた、いや違う、これは!)

 

 

G4の姿が描き消える。【トラフーリ】によって安全地帯まで転移・離脱したのだろう。

 

同時に、ペイルライダーの進路を制限していた結界がより強度を増していく。

 

最短距離で人里を目指さなかったのは、この曲がりくねった山道にそって展開された結界があったためだ。

 

複雑かつ強靭、そして多重に展開された阿部特性の【対悪魔結界】。

 

ハルカが阿部に依頼を出し、悪魔が召喚されやすいように作ったエリアの周囲に張り巡らせた結界の迷宮だ。

 

レベルによるゴリ押しで無理に突き破ろうとすれば、ペイルライダーですらどんな悪影響がでるのか計り知れず。

 

かといって素直に山道を走ろうとすれば、空間がゆがまされているのかとんでもない長さの【一本道の迷宮】となってゆく手を阻む。

 

仮に対処困難な高レベル悪魔が出現した場合、この結界を用いて時間を稼ぐのが霊山同盟支部の対処策であった。

 

 

 

「イッタンモメンの体に使われてる呪符でハルカを封印して……あとはシノに任せるしかないか。

 

 アイツなら『メッセージ』にも気が付くはず。予言通りなら、ここまでは順調極まりない。

 

 ……問題ない、はずだ。ハルカには『あのスキルカード』を刺してあるんだからな」

 

 

予言が外れる『前例』を、よりにもよって脇に抱えた己の弟子が達成してしまったこともあり、不確定要素がちらつく阿部なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【二時間後 霊山同盟支部 対オカルト診療所】

 

 

最新鋭の医療設備と、ガイア連合山梨支部で開発されたオカルト医療機器。

 

それらを惜しげもなく投入した【対オカルト診療所】は、魔法による怪我から神々の呪詛まで対応できるスーパードクターの領域だ。

 

式神移植等の特殊な治療法も十分に実践可能であり、パーツ移植者や専用式神の定期メンテナンス等もここで行われている。

 

流石に山梨支部技術科には劣るものの、距離の近さとマネーパワーにあかせてガンガン設備を整えているだけあって、大抵のオカルト症例には対応可能であった。

 

 

……そう、対応可能【であった】。

 

 

そんな対オカルト診療所の奥にある【緊急隔離病棟】。

 

ここには、疾患しただけで周囲に被害を及ぼすタイプの呪詛等を食らった患者が個別に収容されている。

 

一室一室に徹底的な結界による隔離処理が施され、医療系黒札と技術系黒札の立ち合い無しには踏み込むことすらできない超危険区域だ。

 

 

その中でも特に隔離が厳しい一室に、鷹村ハルカは寝かされていた。

 

 

結界処理済のアクリルガラス越しに見えるのは、全身を呪符でぐるぐる巻きにされたハルカの人型のみ。

 

完全隔離状態で、医療用の式神を遠隔操作して治療行為が行えるのがこの施設のキモなのだが……。

 

『下手に手を出すと式神にすら感染する』という理由で、遠隔でアナライズによるバイタルチェックを続けるのが唯一の治療法、という有り様。

 

コロナウイルスに対して解熱鎮痛剤を処方し、あとは熱が上手く下がるのを祈るしかないのと同レベル。

 

つまりは『疫病の権能に対する特効薬無し』。それがガイア連合霊山同盟支部技術科及び医療科の結論であった。

 

 

そして、当然だが隔離病棟だからこそ見舞いの一つすらできない。

 

ハルカ/ギルスの敗北を聞いて駆け付けた面々は、隔離病棟の外で沈痛な顔で待つ以外の選択肢を取れない。

 

『疫病がさらに体を蝕む可能性があるから下手に蘇生魔法すら使えない』……そこまで言われてしまえば、希望が潰えるのも無理はないだろう。

 

 

「……なあ、ホントにどうしようもないのか?!」

 

「そうよ、いつもみたいにガイア連合のトンデモ技術でさ……!」

 

 

ぼそり、とイチロウが声を漏らす。同調するように七海が続いた。

 

太宰イチロウにとって、鷹村ハルカは生まれて初めての『親友』であった。

 

七海リカにとって、鷹村ハルカは絵本の中の王子様だった。

 

なにかとやる気が空回りしがちなイチロウにとって、しっかりと自分と向かい合って、あるべき背中を見せ続けたハルカに抱く感情は『憧憬』に近い。

 

自分と同じぐらいの年なのにこんな大きな組織を率いて、ひとたび前線に出れば『仮面ライダー』として特撮のヒーローのように大暴れする。

 

それでいて力に溺れることはなく、困った人に手を差し伸べて、どんな試練も克服し、巨悪に対して真っ向から立ちはだかる。

 

一人の人間として『あんなふうになりたい/あいつの隣に立ちたい』と思ってしまうのは当然だった。

 

 

「……厳しいな、蘇生そのものは儂らでも可能だ。だが、疫病の権能は……」

 

「今、兎山博士や阿部殿が解析を進めています……病原菌の除去さえできれば」

 

「感染を予防する『ワクチン』ならばなんとか作れたそうですが、既に感染した者への対処は……」

 

 

スカサハとレムナントも同様に、ハルカの背中に『心』を救われ、前を向かせてもらった女性たちだ

 

鋒山ツツジや、ここにくる時間もすべて使って指揮を執っている巫女長は、先祖代々の宿願を果たしてもらった恩がある。

 

人里に降りる前に県議や市議に働きかけ、土砂崩れをでっちあげて人々を避難させているニノウエ生徒会長もそうだ。

 

鷹村ハルカはいつだって、『誰かのために』戦い続けてここにいる。

 

その『誰かのために』が、これだけの人を集めて、黙示録の四騎士のうち三騎士を堕とすほどの成果をたたき出した。

 

 

「……『ワクチン』はある、って言ってたよな。ツツジさん」

 

「あ、ああ。さきほどサクラさんが生成できたと……といっても、マウス実験すらしていないシロモノだが」

 

 

それだけ聞いたイチロウが立ち上がろうとして、その肩をいつの間にか回り込んでいたスカサハが掴んだ。

 

 

「何をする気だ、未熟者」

 

「(ッは、早……!?) だ、誰かがペイルライダーの足止めしなきゃならねぇだろ!結界だっていつまでも持つわけじゃない!」

 

 

一応、イチロウの言っている事にも一理はある。

 

対オカルト診療所にハルカを届けた阿部は、そのままの足で結界の基部へと取って返した。

 

術者本人が補強・補修しつづけることで結界を強化するのは、はっきりいって錆だらけで穴の開きまくる水道管を修理工がひたすら穴埋めし続けるような遅延行為に過ぎない。

 

いずれ限界は来る上に、限界が来た時には阿部も疲労困憊で動けなくなっている……というその場しのぎでしかないのだ。

 

故に時間稼ぎとしては成り立っているが、それ以外の時間稼ぎの方法があれば阿部がフリーで動ける。

 

 

「そ……それに、あれが神話の疫病なら、俺に『対処策』がある!それが有効なら、ハルカが復活した後に託せるはずだ!」

 

「そのために死ぬ気か、阿呆」

 

「ち、違う!いや、死ぬかもしれないけど、そうじゃなくて!……恩返しなんだよ、これは」

 

 

オカルト動画の撮影、何て理由で異界に踏み込み、ギリギリで命を救われて。

 

その時に目覚めた力のイロハまで教わって、不仲だった両親もハルカの手助けのおかげでギリギリ丸く収まった。*1

 

その恩を、どれもこれもイチロウは返せていない……そう思っているのだ、ずっと、ずっと。

 

 

「なら、アタシも同じよ。貸し借りで言えば借りっぱなしじゃない」

 

「私もだ。左目への式神移植も、彼の手引き無しではどうしようもなかったからな」

 

「……恩返し、か」

 

「何か言う権利は無さそうですね、私達には」

 

 

七海とツツジが続く、スカサハとレムナントは言うまでもない。

 

イチロウの肩から手が離れ、一人一人が立ち上がる。

 

先ほどまでの俯いていた気配は微塵も感じられない。

 

全員の意思が『恩返し』と『報復』で1つになった。

 

 

「とはいえ全員で現地に向かうわけにはいかん。

 

 ツツジとナナミは超巨大シキオウジの修理が済み次第持ってこい。

 

 儂とレムナント、イチロウで現地へ向かう」

 

「ちょ、ちょっとまった!」

 

「なんだ、ナナミ。言っておくが貴様の実力では「そうじゃなくて!」む……」

 

 

ちょっと待ってなさい、と言いながら、彼女にとって最も因縁深い相手……レムナントを睨みつける。

 

かつて殺しに来た者と、殺されそうになった者。

 

今では同じ陣営とはいえ、幹部の会合でもほとんど会話どころか視線すら合わせようとしない二人組だ。

 

 

「今でもね、アンタの事は嫌いよ、クソ天使。元メシアンで、アタシや満やアカネを殺しにきて、そのくせ誰よりハルカのそばにいて……!」

 

「……ええ、その罪は許されることでは……」

 

 

懺悔の言葉を口にしようとするレムナントを「だけど!」と遮る。

 

驚愕しているレムナントの手に、七海が担いでいた【アタッシュケース】が押し付けられた。

 

 

「……今、ハルカのために働けるのは……アタシよりも、アンタなのよ。『レムナント』」

 

「ッ! な、ナナミさん。このアタッシュケースは、しかし!」

 

「いいのよ!あ、いっとくけど貸すだけよ!終わったら返しに来なさい!!」

 

 

【アタッシュケース】の中身は言うまでもない、七海が愛用している装着型デモニカスーツ『デルタギア』だ。

 

七海の手により相応のレベルまで育っており、スキル・耐性等もガイア連合から手に入れたスキルカードで補強されている。

 

元々『G4』の余剰パーツで作られたハイエンドデモニカ級の試作機なので、今のレムナントでも十二分に扱える性能だろう。

 

寧ろ、スカサハやイチロウより一歩劣るレベルのレムナントにとっては心強い装備だ。

 

 

「使い方は分かるわね?……今回必要なコードは、『9821』よ。

 

 結界のせいでトラポートじゃ侵入できないから、近くまで飛んだあとの足がいるわ」

 

「……はい……はい! 必ず、返しに来ます!!」

 

「よろしい。 ツツジさん、サクラさんとシノさんからワクチン貰ってきて!アタシは回復アイテムかき集めてくる!」

 

 

ツツジとナナミが急ピッチで準備を終えてから、イチロウとスカサハ、そしてレムナントは対オカルト診療所の出口へと向かう。

 

ワクチンは医療系俺達の手によって三人に投与されたが、効果は長く見積もっても『接敵してから30分』。

 

なおかつ【疫病系の技】で病原菌を上乗せされてしまえばさらに効果は短くなる……だが、これが今できる最大限の対処法だ。

 

既に、ペイルライダーに挑む三人の眼に迷いや恐れはなかった。

 

あるのはシンプルな……『仲間を傷つけられた怒り』だけである。

 

 

トラポートで可能な限り現地に接近し、山道の入り口に到達したところでレムナントはベルト……【デルタドライバー】を腰に巻いた。

 

ピストルグリップ型携帯電話【デルタフォン】を握りしめ、トリガーを引きながら口元に持っていく。

 

同時にイチロウが手を掲げると、彼の腰にもベルト……【オルタリング】が現れた。

 

キレの良い動きから、ゆっくりと手を突き出すような動きに切り替え、『その言葉』を叫ぶ。

 

 

「「 【 変 身 】 ッ!!!」」

 

 

銀色のMAGのラインがレムナントを覆い、神のごとき光がイチロウを包む。

 

光が収まったその後に、『デモニカ・デルタ』と『アギト・グランドフォーム』が降臨した。

 

 

「うむ、ハルカもそうだが何度見てもケルトの変身とは違うな。クー・フーリンのようなモノかと思っていたが*2

 

「言わない約束ですよ、それは……『9821』」

 

 

もう一度トリガーを引いて、音声入力でコマンドを入れる。

 

どこからともなく表れたのは、金と黒のサイドカー付き大型バイク。

 

デモニカ用支援戦闘機械『サイドバッシャー』……オートバジンとのコンペディションに敗れた試作機だ。

 

ちなみにコストや性能等は合格ラインだったものの、やはり自立戦闘が可能か否かは大きかったらしい。

 

イチロウは自分にまかされているオートバジンに乗り込み、レムナントとスカサハはサイドバッシャーに跨った。

 

 

 

 

 

【15分後 結界の迷宮内部】

 

 

夜の帳もとっくに落ちて、それなりに長い時間、結界の破壊や突破を試みているペイルライダー。

 

結界の迷宮も侵入阻止の防護結界も、ほんの少し、ほんの僅かにだが『修復速度』が落ちている……流石にペイルライダーの眼はごまかせなかった。

 

阿部とて人間、ペイルライダーが行うレベルの破壊を結界で抑え込み続ければ、いずれ心身の限界が訪れる。

 

そもそもペルソナ『アベノセイメイ』も使い、四神を呼び出して包囲し結界を補強しているのだ。燃費は決して軽くない。

 

このままいけば夜明けよりは早く突破できる……そんな皮算用をたてたペイルライダーの耳に、『バイクのエンジン音』が届いた。

 

何事かと振り向いたペイルライダーの背を目掛け、二台のバイクが追従してくる。

 

 

赤いラインに銀のボディの『オートバジン』、黒いボディに金のラインの『サイドバッシャー』。

 

乗っている面々もまた、先ほど戦った異形の戦士(ギルス)や黒い戦士(G4&阿部)には劣るものの強者である。

 

それを感じ取った瞬間、ペイルライダーは十分な警戒をもってその二台を睨みつけた。

 

 

「よう、ペイルライダーさん?ちょっと言いたいことがあってきたんだよ」

 

『……何用だ、忌々しい光の気配を漂わせる戦士よ』

 

「いや、俺だけじゃなくてさ。ここにいる三人とも同じこと言いに来たんだ」

 

「うむ、儂らの言いたいことはシンプルに1つ」

 

「……夜更けのドライブが、一人と一頭では寂しいでしょう?」

 

 

バイクの放つ重低音が一層濃くなると、一時的に二台がペイルライダーの愛馬を追い越す。

 

ドリフトターンの要領で、結界の突破を目指すペイルライダーの前に二台と三人が立ちふさがった。

 

その体に、溢れんばかりの『闘志』を乗せて言い放つ。

 

 

 

「「「ひとっ走り付き合えよ!」」」

 

 

 

【魔人 ペイルライダー LV99】

 

 

 VS

 

 

【超人 アギト   LV59】

 

【女神 スカサハ  LV64】

 

【天使 ドミニオン LV60】*3

 

 

開戦。

 

*1
具体的には両親の勤め先を霊山同盟支部で買収してキャン言わせた。生活費のヒモ握ってるのが息子の同級生ならそりゃ家庭内不和どころじゃない。

*2
クー・フーリンは伝承通りなら戦う時に割ととんでもない変身する

*3
デモニカ補正込み



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「お前の脳細胞はどうなっているんだ」

 

夜の山道を、一頭の馬と二台のマシンが疾走する。

 

時折金属同士がぶつかり合う音を立てながら、夜の闇よりなお深い『目の前の相手』を切り捨てるために。

 

炎が巻き上がり、呪詛が飛び交い、疫病が霧となって舞い、朱槍が流星のように駆ける。

 

戦闘開始からしばらくが経過したが、ペイルライダーはイチロウ/アギトの取った『対策』に手を焼いていた。

 

 

『まさか、疫病を浄化できる炎を持つとは……!』

 

「おかげで炎しか使えないけど、なっ!!」

 

 

振るう鎌に疫病の権能を乗せ、掠り傷ですら一気に感染・衰弱する『疫病の鎌』を放つが、イチロウの持つ炎の剣……『フレイムセイバー』に打ち払われる。

 

アギトの力は、並行世界の四文字に相当する『闇の力(テオス)』が生み出した7人の大天使(エルロード)が一人、『光の力(プロメス)』由来のモノ。

 

この力によって生み出された光と炎は、メタトロンやウリエルのもつ浄化の力に近い。

 

イチロウが現在使っている『超越感覚の赤(フレイムフォーム)』は、右腕に炎の力を集中させた形態だ。

 

五感が限界まで研ぎ澄まされ、浄化の炎を纏わせた剣『フレイムセイバー』を用いて敵を切り捨てる。

 

本来ならスピードが落ちるという弱点があるが、互いに騎乗した状態での戦闘ならばソレを補える。

 

オートバジンの自動運転AIは優秀だ、対悪魔戦闘にも対応したオカルト仕様だから当然だが。

 

 

(シノさんの推測通りだ、オートバジンとサイドバッシャーに影響がない!これならいけるぞ!!)

 

 

シノはハルカに感染した疫病を、この短時間である程度だが解析しつつあった。

 

感染する条件に『生物』があるようだが、じゃあ生物か否かのラインはどこにあるのか。

 

式神であるギルスレイダーに感染した理由や、ハルカの式神パーツ部分にも影響が出ているのは何故か。

 

いくつかのサンプルにわざと疫病を感染させて割り出した結果は、相手の『種族』によって生物か否かの判定を行っているという事実であった。

 

さらにイッタンモメンのような簡易式神にすら感染する……が、その『浸食速度』は明らかにハルカやギルスレイダーより遅かった。

 

つまり、『感染するか否か』は種族で決まり、『より生物的な方が疫病の進行速度が速まる』ことが判明したのである。

 

ハルカの肉体は式神ギルスとして生体に近いパーツが使われており、ギルスレイダーもそれと同調するために生物に近いパーツが組み込まれている。

 

反面、AIチップ内部の脳細胞以外はほとんど機械であり、種族も『マシン』となっているオートバジンやサイドバッシャーにはそもそも感染しないのだ。

 

 

さらにさらに、前衛を務めているイチロウがフレイムフォームの浄化の炎で疫病を切り払い、後衛についたレムナントとスカサハが支援攻撃でペイルライダーを削る……というフォーメーションを取ることで戦闘可能時間をより長く確保。

 

ワクチンによって得た抗体が持つのは30分……しかし、これは疫病がシノの想定通りの速度で浸食した場合である。

 

フレイムフォームの炎で疫病の感染経路そのものを焼き払えば、症状の進行は最低限に抑えられる。

 

 

「『ラスタキャンディ』!」「『ゲイボルグ』!」

 

 

前衛でフレイムセイバーを振るうイチロウに対し、あくまでレムナントとスカサハは支援に徹する。

 

補助・回復魔法をバラまきながらサイドバッシャーを操縦するレムナントと、ゲイボルグや各種魔法による援護射撃を重視するスカサハ。

 

三人とも、あくまで自分たちの役目は『可能な限り時間を稼ぎ、ペイルライダーを削る事』だとしっかり理解していた。

 

だからこそ自身への疫病による影響は常に注視しつつ、フレイムフォーム&ワクチン&バイクを使ったダイナミックソーシャルディスタンスの併用で戦闘可能時間を稼いでいるのである。

 

 

『ええい、チクチクとうっとおしい……『マハブフダイン』!』

 

「『アギダイン』!」「『セイバースラッシュ』*1!」

 

『ちいぃっ……!!』

 

 

魔法攻撃で薙ぎ払いにくれば、スカサハとイチロウ/アギトが相殺し、合間を縫ってレムナントから射撃が飛んでくる。

 

疫病で弱らせてから確実に殺すという戦術は、逆に言えば『疫病さえ防げれば』持久戦が成立するのだ。

 

ペイルライダーの使用するスキルや魔法は、ハルカの式神ボディに残されていたアナライズデータや戦闘データから解析できた。

 

当然、この3人は対策を取ってからここにいる。

 

 

(ハルカのやつがギリギリまで粘ってコイツの手札を暴いてくれたんだ、無駄にできるか!)

 

『なるほど、少なくとも余興で終わらせていい相手ではないようだ』

 

「へ、へへっ……そうだろ?こうして俺たちが耐えていれば、そのうち援軍が『だが!』っ……!?」

 

 

……だがしかし、付け焼刃の『対策』を取った程度で倒せるのならば、ペイルライダーは終末の騎士と呼ばれていない。

 

LV99とは過不足なく『世界の危機』ぶっちぎりの相手だ。結界でこの山道どころか周囲の山をまとめて隔離し異界化していなければ、ほんの十数分でS県全体が未曽有のパンデミックに陥る。

 

逆に言えば、ペイルライダーの持つ人類を終末に導く力は『疫病の権能』に特化しているわけだが……問題が1つ。

 

ペイルライダーは他の3騎士が落ちた影響で『強化』された後であり、その強化分のデータには未識別な箇所が残っていたことだ。

 

 

『……山道を駆け抜けるまでの余興と思っていたが、撤回する。

 

 貴様らは敵だ、我が全身全霊を持って討ちとるべき敵だ。故に……』

 

 

『ここからは本気だ』

 

 

その言葉の意味をイチロウが咀嚼しきる前に、ペイルライダーが動いた。

 

初手は『疫病の権能』。名前だけ出ていたコレがどういうスキルかと言われれば、

 

『毎ターン開始時に敵味方全体に状態異常『疫病』*2を付与』というパッシブスキルだ。

 

疫病のやっかいな点は、ポズムディ等では治せないくせに『風邪』や『毒』がかかっている時限定のスキル*3は対象になることである。

 

そして、シノが作ったワクチンによる抗体の効果は『疫病によるデバフの大幅軽減』であって『疫病にかからない』ではない。

 

すなわち、イチロウ/アギトもレムナント/デルタもスカサハも、疫病という状態異常そのものにはかかっているのだ。

 

 

『そして、【悪化】!!』

 

 

ペイルライダーが振り上げた鎌から、黒い波動が壁のように三人へ迫る。

 

フォーメーション通りにイチロウが前に出て、右腕に纏った炎をフレイムセイバーまで伝番させ、黒い波動を切り払う。

 

「っな、なんで……?!」

 

……が、今までのように蜘蛛の子を散らすがごとき『浄化』が発生しない。

 

黒い波動はフレイムセイバーによってある程度は相殺されたものの、拡散し三人を飲み込んだ。

 

 

「っう、ぐ……!?体が、いきなり……?!」

 

「フレイムセイバーで切り払えないッ!?」

 

「……こ、れは!? イチロウ君、これは疫病の追加散布ではありません!

 

 おそらく【既にかかっている疫病を悪化させる】効果のスキルです!!」

 

 

【悪化】……状態異常『風邪』の敵にのみ真価を発揮するスキル。

 

その効果は『風邪』状態の相手のHPを強制的に1にするスキルである。

 

いくら疫病によるデバフやスリップダメージが軽減されていようが、いきなり死亡寸前まで追い込まれてコンディションに影響が出ない者はいない。

 

ぐらり、と意識が遠のき、ハンドル操作どころかマシンにもたれかかって倒れそうになる……。

 

 

「『ザンダイン』ッ!!」『むうっ!?』

 

 

……が、頭ケルトを通り越して全身ケルトなスカサハだけは例外であった。

 

HPを消費する各種スキルが使えないと察した瞬間、ザンダインをペイルライダーが乗る馬の足元に放ち、山道を大きく削ることでほんの少しだけ足を鈍らせる。

 

オートバジンとサイドバッシャーの戦闘AIが瞬時に状況を分析、ペイルライダーから距離を取った。

 

 

「気張らんか未熟者共ッ!!ハルカは肉体が上下に分割されても意識を保っておったぞ!!」*4

 

「うっ、ぐ……!」

 

「わかって、いますよっ……!」

 

 

無理矢理意識を引き戻しつつ、距離を取った状態で回復に徹する。

 

少なくともレムナントの『ディアラハン』があれば立て直しは容易だ、各自のマシンには回復アイテムも積んできた。

 

マハブフダインで追撃してくるようなら相殺、その間にレムナントは回復に徹する……予定だった。

 

 

『甘いわァ!』

 

(ッ再行動が速い!?回復が間に合わない!)

 

 

三人の行動よりなお早く、ペイルライダーが追撃の構えを見せなければ、建て直すための行動は通ったかもしれない。

 

それでもスカサハとイチロウは相殺のために前に出たし、レムナントはディアラハンの構えを取った。

 

この三人は追い込まれても最適な行動をとれる程度には戦闘慣れしており、寧ろスカサハに至っては『戦闘経験』の一点でいえばペイルライダーすら上回っているかもしれない。

 

……そのスカサハですら、ペイルライダーが次に取ろうとしている行動を察知した瞬間、己の失策を悟った。

 

 

「全員避けろォ!!」

 

『【メギドラオン】ッ!!』

 

 

万能属性の破壊の光が、三人の視界を埋め尽くす。

 

当然のようにこの三人を巻き込む『程度』の範囲では終わらず、背後にあった山をごっそりと削り取って突き抜けていく。

 

結界にも甚大な被害が発生、阿部が組んだ結界再生術式も間に合わず、ペイルライダーを阻んでいた障害が一気に穴だらけになった。

 

 

……この結果になった理由を一言で言うのなら。

 

ごくごくシンプルな【戦力不足】。それに尽きる。

 

対策を取り、十分な警戒をしていても……圧倒的な暴力によるゴリ押しは、時にそれらを些事として踏みつぶしていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【メギドラオン発動の少し前 霊山同盟支部 対オカルト診療所】

 

 

 

一方で、ハルカが隔離入院させられている対オカルト診療所では、急ピッチで『疫病』の解析が行われていた。

 

シノによればウィルスの変化があまりにも早く、しかもウィルスそのものが『悪魔化』しているという悪夢のようなデータまで上がってきた。

 

つまり科学的な薬品各種はほとんど効果が無い。体の防衛機能としての発熱ではなく『ウィルスが起こしている発熱』なため解熱鎮痛剤すら効果なし。

 

そもそも間違いなく医者にまで感染するから少量のサンプルを元に実験するしかない……という手探り極まりない状態であった。

 

それでも短時間で『30分程度はデバフを無効化できるワクチン』をひねり出せるあたり、シノは間違いなく天才なのだが……。

 

天才でも、限界はあった。

 

 

「ダメだ、どう考えても時間が足りない……!これじゃあワクチンの限界超えて戻って来た三人の疫病すら治せないッ!!」

 

「急ピッチで製造した『マシン 医療用オートバジン』で無理やり遠隔治療を考えたが……。

 

 『感染』することを考えれば、量産できる回復アイテムの使用が精いっぱいだ。

 

 永遠に続く下痢で抜けていく水分を点滴で補い続けるようなモノだぞ!」

 

 

隔離されているハルカ本人は、阿部による封印で疫病ごと封じられているため直ちに影響はない。

 

そこから採取したウィルスのサンプルに、現在様々なアプローチで消毒・滅菌できないかを試しているものの……。

 

数少ない有効な手段が、大天使クラスの浄化の炎による滅菌しかないという有り様。

 

一応ガイア連合なら使える者は少数だがいる*5

 

だがそんな方法を感染した患者に使えば、疫病で死ぬ前に蘇生できないほどの灰まで燃え尽きて消えるだけだ。

 

防疫としては一行の余地があるかもしれないが、治療法という意味では下の下である。安楽死の方法を探したいわけじゃないのだから。

 

 

(どうするどうするどうするッ!?そもそも疫病抜きにしてもペイルライダーがヤバい!

 

 たっちゃんをどうにか回復させて……LV50以上の面々で囲んで叩かないと終わる!

 

 他の黒札も日本中で起きてる『異常』への対処で手いっぱいだし、こっちには呼べない!

 

 特に『いざって時のショタオジ』ができないのが痛い!今【帝都】にかかりきりだし!)

 

 

ここで神主を動かせば『この後』がヤバい、しかしそもそもペイルライダーに対処するリソースが足りない。

 

県警のオカルト対策課も、自衛隊も、G3ユニットも、レベリングした現地霊能組織も、シキオウジも、

 

パワーダイザーも、オートバジンも、スマートブレインも、霊山同盟支部に所属している黒札も……。

 

投入できる戦力はほとんどすべて、S県各地で何らかの形で作戦行動中だ。

 

県外の支部・派出所も今は全力稼働中だという事を考えれば、応援も期待できない。

 

八方ふさがり……そんな現状に絶望しかけたとき、メールの着信音が鳴った。

 

 

「! ……シノ、阿部からのメールだ。本文は無し、画像添付のみ……」

 

「……画像添付だけのメール?このタイミングで?」

 

 

ウィルスの解析画面とにらめっこしていたシノが顔を上げて、サクラが見ている端末の方をのぞき込む。

 

当のサクラは「なんだ、文字化けか……?いや、そもそも画像データだろう?」とクエスチョンマークを浮かべている。

 

届いたメールに送付されていた画像には、何らかの『古代文字』らしきモノが映っていた。

 

象形文字に似ているが、それにしてはやけに1文字1文字がくっきり区切られている。

 

 

「……これ、クウガの『リント文字』じゃん」

 

 

『リント文字』……仮面ライダークウガに登場する『リント』と呼ばれる民族が用いていた文字である。

 

クウガのベルトである『アークル』を作った民族でもあり、グロンギの事やクウガの事等をこの文字を使って残していた。

 

作中では城南大学の院生である【沢渡 桜子】がこれを解読していき、それによって物語の謎が明らかになっていく……という重要アイテムである。

 

盗撮対策の暗号メールのつもり?と一瞬考えたが、そもそも明らかに暗号文には向かない文字だ。

 

なんせ番組内の伏線のために作られた言語なので、はっきりいって意味が限られすぎる。

 

 

「ええと、これが『戦士』で、こっちが……」

 

「……覚えてるのか?前世の特撮ドラマだろう?」

 

「シノさんは天才だからね、前世の事も3歳から先は全部覚えてるよ。何月何日にどこの自販機でどのジュース買った、までね」

 

「お前の脳細胞はどうなっているんだ」

 

サクラの常識的なつっこみをヨソに、カリカリと手元のメモ帳に和訳を書いていく。

 

だが、書いている最中でシノは『違和感』に気づいた。

 

 

(あれ、この文章『クウガ』で見たような……?)

 

 

文字の組み合わせで新しい文章を作ってきたのではなく、文章そのものが『クウガ』のどこかで見たことがある。

 

和訳が完了した『二行分の古代文字』の内容を記憶から引っ張り出し、そしてそれが『クウガ』のどこで使われたかも思い出し。

 

……直後、シノはリント文字の和訳から顔を上げ、部屋の一角にあった『ハルカのバイタルサインとリアルタイムアナライズデータ』に目を向ける。

 

 

「まさか、いやそんな……でもそうとしか。『あのスキルカード』の影響で?いやでもアレはリ・イマジであってオリジナルじゃないし、だけど作中で使われなかっただけで同じ機能があったとしたら……『胞子』に有効なソレが『ウィルス』にも有効だったとしか、いやカードをスキルカードに加工した時点でメガテンのルールに組み込まれた?バイタルデータの変化も記憶の通りなら……」

 

「お、おい、シノ?大丈夫か?寝不足でついにイカれたのか……?」

 

 

ぶつぶつぶつぶつ……とものすごい速度で何事かをつぶやくシノに、若干引きながらサクラが問いかける。

 

そんなサクラに今しがた和訳を書いたばかりのメモを押し付けて、シノは即決即断で動き出した。

 

 

「サクラちゃん!細かい説明は後でするから『トラポート』が使える人員を呼び出して!!」

 

「はあ!?一体何を……それに、トラポート?流石兄弟かシスター・ヘレン*6ぐらいしか……」

 

「どっちでもいいから早く! たっちゃんが目覚める前に!詳しいアレコレはそのメモとこの画面見て!シノさんは準備するモノがあるから!」

 

 

「……何?」

 

『ハルカが目覚める前に』、そんな世迷言じみた言葉に一瞬呆けてしまったサクラの横を駆け抜けて、シノが走り去っていく。

 

遺されたサクラはすぐさま正気を取り戻すが、やはり脳みそは混乱の極致にあった。

 

なにせ今もハルカの体は呪布でぐるぐる巻きの封印状態。蘇生魔法を使えば疫病キャリアにしかならないので蘇生もできない。

 

そんな状態で何が、と思ったが……。

 

 

(いや、シノならなにか考えがあるはずだ。 メモ帳と、ハルカのバイタルサイン、それにアナライズデータだったな)

 

 

長年の付き合いで、こういう突拍子もない行動をとり始めたシノは脳みそがフル回転してる時だ……という信頼があった。

 

まずは手元のメモ帳に目を移す。阿部から送られてきた『リント文字』を和訳したものだ。

 

内容はいたって簡単、そう長くない文章が二行だけ。

 

 

「『戦士の 瞼の 下 大いなる 瞳が 現れても 汝 涙する事 なかれ』。それに……

 

 『戦士の 瞼の 下 大いなる 瞳に なりし 時 何人も その眠りを 妨げる事 なかれ』……か?」

 

 

その文面を読み終えると、バイタルサインの画面へ移動するまでの数秒で脳細胞がフル回転する。

 

シノのような天才ではなくとも、サクラも高レベルかつインテリ勢だ。数秒もあれば考察は整う。

 

 

(戦士……阿部が送って来たということは、ギルスの事のはずだ。

 

 瞼の下 大いなる瞳……『瞳孔の散大』?)

 

 

人間の眼球……『瞳孔』は、心停止状態になると5㎜以上に散大する。

 

よくドラマ等で死亡確認のために眼球を見るのはこれを確認するためだ。

 

他にも薬物中毒等で散大することもあるが、一般的に有名なのは死亡確認だろう。

 

 

(『汝 涙する事なかれ』『その眠りを妨げる事なかれ』……。

 

 死んでいても諦めるな、余計なことをするな、という意味か?まて、待て待て待て!!)

 

 

2秒足らずで考察を終えたサクラが、齧りつくようにバイタルデータとアナライズデータを確認する。

 

ハルカが運び込まれた時点で、間違いなく彼の肉体は『死亡』していた。

 

当然、死体である彼の体温はじわじわと低下し始めている。式神パーツによる多少のブレはあるだろうが、死体の体温低下は一時間に0.5~1度。

 

気温と同じになるのには24時間ほどかかるが、既に平均体温を下回った数字になっていてもおかしくはない。そのはずが……。

 

 

体温が上昇している……!?

 

 

一度下がったはずの体温が、じわじわと上昇し始めているのだ。

 

それどころか、機械の誤作動でなければ脳波らしきモノまで観測され始めている。

 

 

「ゾンビ化か?いや違う、それなら体温など上がらない!

 

 ……【最初から仮死状態だった】とでも!?あ、アナライズデータは……!?」

 

 

若干脳みそが現状についていけなくなってきたが、どうにか画面を切り替え、ハルカのアナライズデータを呼び出す。

 

幸いなことにゾンビ化はしていない、しっかりと『超人 ハルカ』の文字が画面に表示された。

 

……だが、サクラにとって更なる衝撃が遅いかかる。重要なのは種族部分ではない。

 

ハルカ/ギルスの現在のステータス画面、その『状態異常項目』である。

 

 

「……状態異常『無し』……!?」

 

 

ますます意味が分からない。さっきまでは『疫病』『死亡』だったはず。

 

より細かくアナライズデータを見ていくが、既にハルカの肉体には『疫病のウィルス』が存在していない。

 

少なくとも、ガイア連合の最新型アナライズですら割り出せないほどにウィルスが殲滅されている。

 

……いまだにサンプルの除菌も目途が立たない殺人ウィルスが、だ。

 

それどころか、推定仮死状態だった肉体が、何もしていないのに蘇生しつつある。

 

ガイア連合では蘇生技術は珍しくないとはいえ、自発的に死亡して蘇る……。

 

なんていうのはメシア教が大好きな『かの救世主』ぐらいしかサクラには覚えがない。*7

 

 

「まさか……蘇るというのか……!?」

 

 

隔離用のオカルト処理アクリルガラスの向こう側に眠るハルカを見ながら呟くサクラ。

 

不意打ち過ぎる驚愕と戦慄に立ち尽くすしかない彼女の、その視界の陰で……。

 

 

 

ぴくり、と、呪布に包まれた少年の指が動いた。

 

 

 

 

*1
敵単体に力依存の炎属性ダメージ。さらに使用ターンに物理攻撃を受けた場合反撃する。

*2
当小説オリジナル状態異常。風邪(真4)+毒の効果。

*3
攻撃対象が毒状態の時のみダメージが増加する『ベノンハント』等。

*4
ただし意識より先に命が尽きた。

*5
運命愛され勢でニャルキラーのカヲル君、イチロウ(フレイムフォーム)、ハルカ(バーニングフォーム)等

*6
『エンジェルチルドレン事件』で赤ん坊をつれて逃げ出した元穏健派シスター。追ってきた天使に殺害されるも蘇生され、現在は調和派のシスターをやっている。流石兄弟の知り合い。

*7
なおサクラの仮面ライダー知識は和風な色が合った響鬼と声優押しだった電王ぐらいである。クウガは当然知らない。



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「こいよ理不尽(オカルト)、真正面から迎え撃ってやる」

 

【霊山同盟支部 対オカルト診療所】

 

 

「まあつまり、おおよその原因はシノさんが作った『スキルカード』なんだよね」

 

 

対オカルト診療所の隔離病棟にて、シノは砂糖を過剰なほどブチこんだコーヒーを飲みながら語り始めた。

 

 

「ディケイド事件の時に、たっちゃんはディケイドから『クウガのカード』を受け取っていた。

 前世で見た設定どおりなら、アレは仮面ライダーとしての力を凝縮したカードだったはず。

 それこそ、使用すればそのライダーに変身できちゃうぐらいのね」

 

「……それで、その『クウガのカード』をスキルカードに加工して、ハルカの肉体に刺したんだったよな?」

 

「そそ。ちなみに既存の情報媒体だとどう考えても容量オーバーだったから、

 シノさんの脳細胞を使ったスキルカード用触媒を試作してみたりもしたね!

 今AIチップに使ってる脳細胞シートの試作品みたいなモノかなー、アレは」

 

 

そして作ったのはいいが『量産化した際の問題点』が10や20どころじゃない量噴出したので試作品数個だけ生産して終わった模様。

 

とはいえ、クウガのカードの情報を叩き込める情報媒体はソレぐらいだったので、試作品の中で最も質が良いモノを使ってギルスの体に投与したのだ。

 

 

「そして、クウガには『命に関わるほどの重傷を負った時に、仮死状態になって時間経過で回復する』能力があった。 おそらくカードの中のクウガの力から、その機能を引き出したんじゃないかな?」

 

「……それは、毒や病気にも有効なのか?」

 

「原作で使った時も敵の毒胞子にやられて瀕死だったからだし、有効なんじゃないかな!

 ついでに復活した時に毒胞子の効果が出てなかったから、なんらかの耐性も獲得するみたい。*1

 あの毒胞子ほっとくと増殖していく上に体も崩壊させるやべー胞子だったから」

 

「どんな胞子だ」

 

 

特撮の毒って凶悪すぎやしないか?と額を抑えるサクラだが、なにはともあれ状況は変わった。

 

肉体が活性化するまでのプロセスは全て記録されている。電脳異界も使ったシュミレーションを使えば、ワクチンや特効薬も高速で開発できる。

 

生成するための機材も材料も、支部の倉庫をひっくり返せば山と積まれている。

 

隔離病棟内部の疫病も、『浄化の炎』で全体を焙ることで滅菌済。修理の手間はかかるだろうが、パンデミックが広がるよりはマシだ。

 

 

「さぁー……ここからは私達の挑戦(せんそう)だ」

 

 

にぃ、と口元を三日月のように歪めながら、兎山シノは集められたデータと向かい合う。

 

ワクチンの量産化、特効薬の開発、オートバジンの修理とやることはごまんとある。

 

 

……人類の発展の歴史は『工夫』と『積み重ね』、そして『発想』と『実験』にあるとシノは常々思っている。

 

兎山シノの尊敬する偉人……『トーマス・アルバ・エジソン』は、決して新しいモノを発明する『開発』の天才ではなかった。

 

実験室の中でしか再現出来ないモノを効率化し、量産し、新たなライフスタイルを探り出す……『普遍化』の天才であった。

 

だからこそ……兎山シノは誰よりも彼を尊敬する。アルキメデスよりも、レオナルド・ダヴィンチよりも、ニコラ・テスラよりも。

 

エジソンは偉い人、そんなモノは誰だって知っている常識なのだから。

 

 

「こいよ理不尽(オカルト)、真正面から迎え撃ってやる」

 

 

弾丸の一発も放たれないが、間違いなく人類の命運にかかわる戦争が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【S県某所 山中 結界内部】

 

 

 

「ぅ、ぐ……(なんだ、なにがどうなった……!?)」

 

 

メギドラオンが放たれてから数分後、横たわっていたイチロウはようやく目を覚ました。

 

しかし、全身を襲う激痛と虚脱感が、体を起こすどころか言葉を発することを許さない。

 

気絶している間に変身も解除されてしまったようで、生身のまま地面に横たわっていた。

 

じゃり、と指先に土の感触を感じる。さっきまでオートバジンに乗って走っていた山道のアスファルトの感触ではない。

 

かすむ目をどうにか開き、耳鳴りのする耳で無理やり周囲の様子を探ってみれば、なにか硬質で重いモノが地面を走り回る音がした。

 

 

(あ、れは……ロボット……?)

 

 

二足歩行の、オートバジンよりだいぶ大きいロボットがイチロウをかばうように立ちふさがり、青い疫病の騎士と打ち合っている。

 

赤熱化した4本の爪……【ヒートピント】を備えた右腕【グランドマニピュレーター】を振り回し、時折バルカン砲やミサイルを放ちながらペイルライダーを攻撃。

 

【サイドバッシャー バトルモード】。レムナントとスカサハが乗っていたサイドバッシャーの二足歩行戦車型戦闘形態である。

 

乗り込んでいるのは、やはりというべきか【デモニカ・デルタ】を身にまとったレムナント。

 

デモニカの戦闘補助AIと本人が習得している操縦スキルを利用し、どうにかペイルライダーを食い止めていた。

 

 

「目覚めたか……遅かったな、未熟者」

 

「! スカサハさん!?その怪我は!?いづっ……!」

 

「まだ起きるな、もうすぐ傷は塞がる……流石に貴様ら二人を助けつつ、無傷で切り抜けるのは無理があっただけだ」

 

 

メギドラオンが放たれるその瞬間、スカサハはサイドバッシャーからオートバジンに飛び移った。

 

そのままイチロウの首根っこを掴みつつ、鮭跳びの妙技でメギドラオンの回避を狙ったのである。

 

しかし無茶が過ぎたようで、かすめたメギドラオンがスカサハの左腕と左足、胴体の3割程度をえぐり取っていった。

 

さらに余波だけでスカサハとイチロウに十分なダメージを与え、回避が間に合ったレムナントとサイドバッシャー以外は一時的に戦闘不能に陥ってしまったのだ。

 

……とはいえオートバジンがギリギリでバトルモードへ変形し、二人の盾になってくれなければスカサハの全身が消し飛んでる。

 

 

「メギドラオンを放たれる直前に、レムナントの【ディアラハン】が儂に届いていなければ、

 どちらにせよこの負傷で死んでいたがな。とはいえ戦力の取引としては悪くない、

 貴様とオートバジンを失う所を、儂の手足にオートバジンで済んだ」

 

「そんな数学の宿題みたいに手足を換算するんですか……!?」

 

「当たり前だ。それがケルト流だぞ未熟者……が、流石にあそこまでの強者相手に文字通り片手落ちは自殺行為に等しい」

 

 

スカサハは頭蛮族で全身ケルトだが、決して脳筋でもバカでもない。

 

しっかりと勝算を練り上げて、針の一穴のような勝機に一刺しをねじ込んでくるからこそ、影の国の女王として数多の英雄の師範をやってこれたのだ。

 

イチロウに手持ちの回復アイテムを注ぎ込み、なにはともあれ無理やりにでも戦える状態に持っていく。

 

 

「儂の手足はレムナントのディアラハンでなければ再生しない。儂が前線にでなければじり貧だ。

 生命力(HP)は宝玉や魔石で何とかなるが……ここまで式神ボディを破壊されてはな。*2

 貴様に回復アイテムを注ぎ込んだのはそのためだ、回復したらレムナントの代わりに時間を稼いで来い」

 

(とはいえ、それでもじり貧だがな……)

 

 

元より時間稼ぎに加えて手傷の1つでも、という心算で始めた戦闘だ。

 

無茶に無理を重ねて、それでどうにか持たせていたモノに限界が来ている。

 

疫病の進行はさらに進み、ワクチンによるデバフの軽減でもごまかしきれなくなってくる頃だ。

 

応援が来るで持つかは賭けだな、とスカサハが呟いた瞬間、轟音と共にサイドバッシャーのグランドマニピュレーターが宙を舞った。

 

ペイルライダーの鎌による一撃が、サイドバッシャーの右腕をすっ飛ばしたらしい。

 

 

「くっ……?!」

 

『ここまでだな、機械の騎馬よ……【 霞駆け】*3!!』

 

 

放たれた鎌の連撃に、咄嗟にサイドバッシャーから飛びのくレムナント。

 

サイドバッシャーを盾にして回避するはずが、鎌の4連撃のうち3撃でサイドバッシャーが大破。

 

4撃目が下から救い上げるようにレムナントを捕らえ、真上に打ち上げた。

 

 

「がはっ!!?」

 

『容易い……所詮はからくり頼りの天使か』

 

「レムナントさんッ!やめろお前っ……変身ッ!!

 

 

跳ね上げられたレムナントの変身がダメージ超過で解除され、落ちてきた彼女の首をペイルライダーが掴んでぶら下げる。

 

イチロウが回復も待たずに飛び出し、素早く『アギト グランドフォーム』に変身して割り込もうとするが、ペイルライダーの馬が跳ねまわってそれをはじき返した。

 

普段ならばこの反撃も避けて割り込めたかもしれないが、疫病によって動きの鈍ったイチロウにとってはあまりにも厳しい。

 

がはっ、と肺の中から空気を吐き出し、なんとかフレイムフォームに変身しようとするも、その前に蹄に蹴り飛ばされた。

 

 

メギドラオンによって一変した周囲の景色、道路は抉られ、木々は倒れ、薄暗い闇が広がっている戦場。

 

跳ね飛ばされたイチロウは倒れた木々に突っ込み、木片をばらまきながら転がり、止まる。

 

スカサハの魔法による援護射撃も、瀕死の彼女が放った魔法では大した効果もなく、反撃で放たれたマハブフダインでスカサハが『凍結』状態となる。

 

 

「ぐっ……イチロウ君、スカサハ……!ぐあっ!?」

 

『他人を心配している余裕などないだろう、貴様には?これから一太刀で死ぬのだからな』

 

 

首根っこを掴んだままさらに力を籠める。首の骨がみしみしといやな音を上げ始めた。

 

そしてレムナントの見ている前で、疫病の鎌が大きく振り上げられる。

 

 

(……申し訳ございません、主殿……私はあまりにも、無力でした……)

 

 

自分への怒りと情けなさ、そしてなによりも自分の主への申し訳なさで目を閉じる。

 

しかし、いつまでたっても痛みが訪れない。

 

やるのなら一思いにやれ!という意思を籠め、ギリギリ途切れていなかった意識を総動員して瞼を開く。

 

 

ペイルライダーは、レムナントを見ていなかった。

 

レムナントの背後、メギドラオンによって様変わりした景色の先。

 

夜の闇の中を切り裂いては知ってくる、一筋の『光』に目を奪われていた。

 

 

『……生きてたのか、貴様…!?』

 

「えっ……!?」

 

 

どさり、とレムナントの体が地面に落ちる。

 

げほっ、ごほっ……と思わずせき込みながらも、くらくらする視界を無理矢理後ろへ向けた。

 

夜の闇を切り裂く光は、既に闇が押し返されるほどに強くなっている。まるで車のヘッドライトをゼロ距離で浴びせられているような眩さだ。

 

 

……その聖なる光の中を何かが走ってくる。

 

 

凍結が解けたスカサハも、どうにか木々をのけて戻って来たイチロウも、その光の方へ振り向いた。

 

余りにも身にまとった光が強すぎて、ざっくりとした輪郭程度しか見えてこない。

 

短いツノ、肉を食いちぎるようなうめき声、筋骨隆々とした手足を持った人型。

 

その瞬間、3人の横を光り輝く何かが駆け抜けて、ペイルライダーにとびかかった。

 

 

『ぬがっ!?ぐううっ!』

 

「ヴォオオオオオォォッ!!」

 

「……新手の悪魔か!?」

 

 

スカサハが思わず叫んだが、イチロウとレムナントには正体がわかった。

 

修行中に『ソレ』を禁止していたせいで、スカサハはあまり見慣れていなかったが……この二人は目に焼き付いている。

 

赤子や少女を庇って戦う姿と、自分を助けるために光を纏って現れた姿が。

 

 

……ツノの短いギルスですッ!!

 

 

イチロウが叫んだ直後、光が収まり姿が見えた。

 

緑の装甲、黒い肉体、とげとげしいフォルム、真紅の瞳……そして、『緑色の短いツノ』。

 

『不完全形態(グローイングフォーム)』ともいうべき姿になったギルスがそこにいた。

 

ギルスの機能の1つに、本体のパフォーマンスが非常に低下するとツノが短くなる、というモノがある。

 

状態異常の重ね掛けやMAGの枯渇、HP・MPの減少による瀕死状態などがこれに該当する。

 

つまり、あのギルスは本調子には程遠いのだ。当然、万全なペイルライダーと戦って勝てるはずもない。

 

このままいけばあっさりと振り落とされ、そして乗騎を失っている面々は機動力の差でまとめて蹂躙されるだけだろう。

 

 

だが、しかし。

 

 

「どりゃあああっ!!!」「ぐぬっ!このっ、大人しくしなさい!!」

 

『な、貴様ら!我が愛馬に何を……』

 

「ヴォアアアアアァァァァァアアアァアァッ!!!」

 

『ぬぐあっ!?』

 

 

イチロウ/アギトとレムナントが青い馬にとびかかり、組み付き、無理矢理動きを封じ込めた。

 

この場にいるのはギルス一人ではない、今まで彼が戦い続けた中で作り上げた仲間たちがいる。

 

ハルカ/ギルスがペイルライダーを羽交い絞めにして引きずり落としにかかるが、それでもなおペイルライダーは手綱を離さない。

 

千日手に陥りかけた所で……ペイルライダーが握っている手綱を、飛んできた朱槍が断ち切った。

 

 

「いまだ、ハルカ!引きずり落とせッ!!」

 

「応ッ!!」『こ、この阿婆擦れがああぁぁぁぁ!!』

 

 

左手で鎌を保持したままだったのがマズかった。

 

右手だけでつかんでいた手綱を切られ、バランスを崩したペイルライダーはそのまま地面に引きずり降ろされる。

 

そこから先はもみ合いだ、ペイルライダーが一度鎌を消し、咄嗟に握りこんだ拳でギルスを殴りつける。

 

一方のギルスも一切引かず、マウントポジションを取ってペイルライダーを顔面を連打。

 

互いに上下を入れ替えながら転がっていき、ついに山道だった場所から斜面へと転がり落ちていく。

 

 

「主殿!この馬は我々が抑えます!!そちらは任せました!!」

 

『ぐうぉっ!?』

 

「ああ、任せろッ!」

 

 

殴り合いながら斜面を転がっていき、ついに崖状になってる場所から空中へ放り出された。

 

「「うおおおおおおおおぉぉぉっ!?」」とまとめて悲鳴を上げてから、下にあった川に落下する。

 

大きな水しぶきが上がり、しかし直後に二人そろって水上へと飛びだす。

 

ハルカ/ギルスは鮭跳びの妙技で、ペイルライダーは氷結魔法で足場を作り、川の上で戦い始めた。

 

 

『おのれしぶといッ、いつまで終末に抗うかッ!!』

 

「いつまでもだ、バカ野郎ッ!」

 

 

横なぎの鎌の一撃を潜り抜けるが、石突による追撃で顔面を殴り飛ばされる。

 

ギルスフィーラーを取り出し、ヌンチャクのように振るって鎌をからめとるが、そのまま膂力差で振り回された。

 

そう、戦いにしては泥臭すぎる。今のハルカがやっているのは『悪あがき』に近い。

 

 

『貴様……一体何を芯として終末に抗う!人間など所詮、皮一枚向けば獣と同じ!追い込まれれば容易く畜生に堕ちる、それが真の姿よ!』

 

 

ギルスクロウと鎌が打ち合う、MAG不足で威力が出ないギルスクロウはしかし、疫病の鎌を受けとめて見せた。

 

間合いの差から踏み込めないが、それでも必死に食らいつき、互いに岸めがけて走りながら打ち合い続ける。

 

 

『貴様のような英傑が、態々庇って救うような価値など無いわァ!!』

 

「その『皮一枚』が大事なんだろうが!」

 

 

鎌を跳ね上げ、柄に蹴りをいれて距離を取る。

 

 

「皮一枚が人間性なら、それでいいじゃないか!皮一枚を保つために皆必死にやってんだ!

 

 追い詰められた姿が真の姿?それこそ偏見ってもんだろうが!

 

 追い詰められて出てくるのは『追い詰められた姿』でしかねぇんだよ!!」

 

 

燃え上がる闘志が、尽きたはずの戦う力を呼び起こす。

 

短くなっていたツノが勇壮に伸び、同時にツノと生体装甲が赤く染まる。

 

神聖なる炎の力が内から体に満ちていき、首元に巻かれるのは神火で編まれたマフラーだ。

 

岸にたどり着いたのと同時に、ギルス・バーニングフォームへと変身したハルカがペイルライダーと向かい合う。

 

 

「何故戦うかって?その『皮一枚』を守り続けるためだ!

 

 人間を……そんな人間を愛しているから!戦ってるんだ!未来を守るために!

 

 ようやくわかった、僕が戦う理由!僕の夢、目標!僕は……!!」

 

 

ハルカの背中で朝日が上る。彼の放つ光に負けないほどの、この星を照らす暖かな光。

 

暗い闇に染まった空が、少しずつ青く染まっていく。その空目掛けて、ハルカは右の手のひらを突きあげた。

 

 

僕は……僕は青空になるんだ!!

 

 長い夜も、冷たい雨も、いずれは明けて朝日が差す!

 

 そうして広がった青空を見上げて、誰かが穏やかな心を、『皮一枚』を取り戻せるように!

 

 悲しみのない未来にたどり着けるまで!僕は戦うッ!!

 

 

その手に『青空と日の光』を掴むように握りしめると、炎のマフラーが腕を伝って握りこぶしに集まっていく。

 

炎と光が棒状に伸びていき、途中でS字に曲がって形を形成。

 

棒状の部分が柄となり、S字の部分が刃となり、ジャキン!と音を立てて展開された。

 

【シャイニングカリバー】……神の炎と光の力を持つ双刃刀であり、シングルモードと呼ばれるこの形状はバーニングフォームの専用武器だ。

 

一度大きくそれを振るえば、刃に秘められた光焔が巻き上がり、ハルカ/ギルスを明るく照らす。

 

 

『その愚直さ……ここでへし折ってくれる!この一太刀でッ!!』

 

「……来いっ!!」

 

 

ほとんど同時に地面を蹴り、互いにありったけの力をこの一撃に込める。

 

外せばどうなるとか、仕留められなければとか、そんなことは一切考えない。

 

全身全霊を一刀に注ぎ込み、己が持つ最強の一撃でもって相手の命を奪い取る。

 

 

「【バーニングボンバー】ッ!!」

 

『【ペストクロップ】ッ!!』

 

 

大きく薙ぎ払うようなペイルライダーの一撃と、それを迎え撃つように放たれる炎の渦が二閃。

 

瞬きするよりも短い時間で交差を終え、互いが背を向けた状態で河原に佇む。

 

数秒の間をあけてから、ペイルライダーが口を開いた。

 

 

『貴様、青空になる、といったな。それは人間の守護者という意味か?』

 

 

「……それだけじゃないさ。弱い悪魔を虐げる人間がいるなら、悪魔の味方にもなる。

 

 僕は人間の自由と未来の味方だけど……無条件で人間を庇う気にはなれない。

 

 『皮一枚』を無くした人間も、見てきたからね」

 

 

『……もう一つだけ聞いておこう。  いつまで、そんな無謀な戦いを続ける?』

 

 

……答えは一つ、いつまでもだ

 

 

そうか、とペイルライダーが納得したようにつぶやいた瞬間、その体にナナメ一閃の赤い線が走る。

 

ペイルライダーの薙ぎを一撃目でいなし、ついで放たれた二撃目が胴体を切り裂いていたのだ。

 

その赤い線がヒビとなり、ペイルライダーの全身に炎のひび割れが広がっていく。

 

体の内側を天の業火と裁きの光に焼かれてなお、ペイルライダーは声を上げた。

 

 

『ならば、その愚直さ、無くすなよッ!』

 

『我ら終末の四騎士は、所詮この後に来る終末の先触れに過ぎん!』

 

『だが、貴様らは4つの死を打ち払ったのだ、その責任がある!』

 

『来るべき終末に抗い……最後の審判を乗り越えて見せよ!』

 

『『『『我らが全身全霊、破れたりッ!!!』』』』

 

 

ペイルライダーから『4つの声』が聞こえた次の瞬間、その体は内側から炎を吹き出しはじけ飛んだ。

 

罪も罰も浄化する清めの焔、終末の先触れである四騎士の抱える4つの死は、今完全に焼き払われた。

 

朝日に照らされたギルスが、ゆっくりと太陽の方に顔を向ける。

 

乗り越えた試練がまた1つ、今回も死と苦痛に満ちた戦いだったが、しかし。

 

 

「……守りきれた、それだけでも上出来さ、きっと……」

 

 

変身を解除したハルカの顔は、夜が明けるまで続いた激戦の後だというのに晴れやかで。

 

何かが近づいてくる気配を感じ取れば、崖状の斜面をずるずる降りてくるイチロウと、四肢を再生して駆け下りてくるスカサハ。

 

そして、久々に翼を展開して飛んでくるレムナントが見えた。

 

 

そう、ハルカにとっては何よりも、これが最大の報酬だ。

 

駆け寄ってくる仲間たちが、笑顔でこちらを見ている。

 

たったそれだけで、彼の心は青空のように晴れやかになれるのだから。

 

 

*1
35~40度でしか活動できない胞子なので、死亡&体温低下と共に死滅しただけの可能性もある。

*2
オリジナル設定。欠損がアイテムで一発なら式神移植で欠損補ったりとか必要ないしネ。

*3
敵全体ランダムに2〜4回中威力の物理属性攻撃。確率で幻惑を付加。



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「問題しかねぇだろ天の書記」

 

【S県某所 コ〇ダ珈琲】

 

 

「かくして黙示録の四騎士は討たれめでたしめでたし……そうはいかないのが世の中だ」

 

 

いつものように、ミルクコーヒーに口をつけて一息ついているのは、もはやお馴染みのガチホモ(実際はバイ)師匠こと『阿部 清明』。

 

向かいにはいつものように『メタトロン』と『ルシフェル』が座り、何度目かになる暗躍のお話し中であった。

 

……が、今回はここにもう一人、阿部が同行者を連れてきている。

 

 

「……師匠、いろんな意味でコレ、僕はキレてもいい案件だと思うんですけど?」

 

「紹介しよう、ルイ・サイファーさんとイーノックさんだ。」

 

「アナライズで『大天使 メタトロン LV68』と『堕天使 ルシフェル LV66』って出てんだよバーカ!」

 

 

アナライズジャマーすら解除して、ハルカの式神ボディに搭載されたアナライズ機能で見せつけてくるあたり確信犯である。

 

盛大なツッコミについては遮音結界で外には漏れないし、認識阻害の結界その他でこの密談がバレることもない。

 

……まあ、一番の防諜は『占いでバレない未来が見えた』とかいうひっでぇゴリ押しなのだが。

 

 

「……で、なんでどう考えてもアウトな悪魔二人連れて密談してるんですか。

 場合によってはここで変身して全員叩きのめしますけど」

 

 

まず、メシア教に属する天使……それも『大天使』クラスは現メシア教に対しても対応が二分している。

 

過激派寄りの天使はあの手この手で自分を召喚しようとしており、召喚された後は過激派に合流して絶賛最終戦争中だ。

 

では穏健派寄りの天使がどうかというと、こっちはこっちで『現世の問題は現世で解決するべき』と不干渉を貫いている。

 

穏健派が数で下回る過激派にフルボッコにされているのはそのあたりも大きい。

 

味方してくれる天使の大半はレムナント(ドミニオン)より下の天使ばかりなのだから。

 

……まあつまり、今の世界で『大天使』なんて見かけたら、10割過激派の重鎮だと判断していいのが常識である。

 

これが大天使メタトロンを『アウト』判定した理由だ。

 

え、堕天使ルシフェルはどうかって? 

魔王ルシファーの別側面にアウト判定出さないとか頭原作ガイアーズなの?

 

 

「うん、そういいたくなる気持ちも分かる……が、少しばかり話を聞いてほしい」

 

ハルカが盛大に追及してくるのは予想していたようで、注文したミニシロノワールをフォークでつついている。

 

内心で『味は最高だから最初からコッチにしときゃよかった……!』と謎の後悔をしながら、ハルカに事情を説明し始めた。

 

 

「まず、コトの始まりはお前を拾ってからしばらく後……まあ、つまり2年ほど前に遡る。

 

 最初にお前を拾ったときは、占いの吉兆に従って行った先で、瀕死のお前を偶然見つけた。

 

 で、運よく制作中だった『ギルス』をお前のボディに使った……ここまではいいな?」

 

 

「ええ、何度か聞いた僕の体の誕生経緯ですよね?」

 

 

「ああ……実は、あの時点で俺は『この後訪れる災厄』についての未来が見えていた。

 

 だが、それに対する『対抗策』については不鮮明だったんだ、

 

 メシア教関連ってぐらいは分かってたから、エクシードギルスは対メシア教用に作ったけどな」

 

 

一神教関連の一部スキルを反射・吸収する『ネフィリム・オグ』のフォルマを使って作られたギルスのボディは、天使やメシアンといった面々に対してテキメンに効く。

 

エクシードギルスはやろうと思えばもう1段階スペックを盛れたのを、占いに賭けて対メシア重視の調整にした結果がコレだ。

 

当時の阿部の予想では、大本命だったのが『大天使』もしくは『神の戦車』の上陸である。

 

そして、ソレらが【災厄】ならば今のハルカなら8~9割勝てる。それだけの強さに至っている……のだが。

 

 

「……【災厄】は確かに一神教関連だが、大天使でも神の戦車でもない。

 

 そして、詳細が判明した時にはバーニングその他でお前はもうほとんど式神じゃなくなってた。

 

 今から再改造して適応は不可能じゃないが……弱体化のリスクもある、危ない橋は渡れん」

 

 

「……待ってください、自分で言うのもなんですが、僕は相当強くなりました!

 

 LVもペイルライダーを倒して【89】まで上がっています!それでも危険なんですか!?

 

 一体何なんですか、師匠の言う【災厄】って!?」

 

 

ハルカからすれば、ガイア連合の語る【終末】を対策するために必死に頑張って来た。

 

S県全土を表からも裏からも掌握し、東海道の霊道化を完遂させ、各地に結界で覆ったシェルターを設置した。

 

警察、自衛隊、地方霊能組織をまとめて抱き込み、メシア穏健派からの過干渉も調和派を盾にして逸らす。

 

山梨支部から技術者をスカウトしつつ、日本各地の支部や派出所と連携して物資・技術の流動を作る。

 

数百機のオートバジン、3機の超大型シキオウジ、パワーダイザー、G3シリーズやガイアバックルといった量産兵器も完備。

 

さらにはG3ユニットやラッキークローバー等の下部組織まで作り、質・量ともに十全に揃えた。

 

 

……転生者でもない中学生がトップ張ってる組織でこれとか、もはやなろうか何かの域である。

 

まあ、G3ユニットや各種兵器についてはシノの手柄が大きいのだが、それでも十分な戦力。

 

それをそろえて、なおかつハルカがこれだけ強くなってもなお『危険だ』と判断する災厄なのだ。

 

 

「……ハルカ、お前にも聖書は勉強させたな?」

 

「? え、ええ。メシア教対策に一通り……知識の有無でだいぶ違いますから、対天使は」

 

「黙示録の四騎士は何に記述されてる?」

 

「……名前のとおり、ヨハネの黙示録。その六章から八章五節までです」

 

「そうだな。そして七人の天使がラッパを吹き、様々な災厄で地上の生命が奪われていく。

 

 これはこれから起こりうる【終末】……ガイア連合が戦う最たるものに該当する。

 

 この終末に対しては既に準備は整っている、完璧かどうかは分からんがな」

 

(俺の予知通りなら【エンシェントデイ】がその化身だ。対処するのは俺じゃなくてショタオジになるはず)

 

 

【神霊 エンシェントデイ】……メシア教過激派の万を超える聖者の祈りによって、地上へ無理やり引きずり降ろされる【神の力】の一端。

 

【終末】と【救い】の化身であり、これを用いて【約束の日】を無理矢理引き起こすのがメシア教過激派の最後の一手だ。

 

そういう意味では、阿部の予想は完全に大外れというわけではなかった。

 

これがカテドラル&四大天使の降臨とかのレベルなら、ハルカをぶつけて相打ちに持ち込んでいたからだ。

 

……が、重要なのはソコではない。エンシェントデイの降臨によって引き起こされる【副作用】ともいうべき【災厄】。

 

それこそが、阿部の予知した【世界を終わらせる災厄】なのだ。

 

 

「……黙示録の四騎士が現れ、これから【終末】が訪れる。

 

 つまり、今の日本は【ヨハネの黙示録】の流れに沿った神話が展開される土壌がある

 

 現に先日、ラッパを吹く者……【魔人 トランペッターLV91】を確認し、俺が殲滅した」

 

「さらっとペイルライダーよりちょっと弱いぐらいの魔人を殲滅しないでください!死闘の末に何とか倒した僕が泣きますよ!?」

 

「土下座して応援頼んだ霊視ニキまで加えてフルボッコにして勝てなけりゃ幹部の恥さらしだっての!

 

 ……で、だ。ハルカ、七人の天使がラッパ吹いた後は何がある?」

 

 

「え、そりゃあ天の神殿が開かれて、契約の箱が現れて…………まさか、噓でしょう?」

 

 

ぞわ、とハルカの背筋に悪寒が走る。

 

黙示録の四騎士、そして完全体ペイルライダーの恐ろしさ……いや、『おぞましさ』を味わったばかりなのだ。

 

あのレベルの悪魔は対処をミスっただけであっさりこの国を亡ぼす。それを身をもって体験している。

 

そして、四騎士の後にトランペッターまで現れた、ならばこの『次』に来るのは……。

 

 

「君の懸念は正しい。アベ、察しの良い弟子を育てたようだな?」

 

「一番いい暴露を頼む」

 

 

「……俺が予知し、この二人と秘密裏に組んででも対策しつづけていた【災厄】。

 

 それは【このS県を起点とした、ヨハネの黙示録の悪魔の襲撃】だ。

 

 現に、四騎士は元々アフリカと欧州に出現していたし、トランペッターは中東に出現していた。

 

 これが消えたと思ったらまとめてS県に再出現とか、確率論にケンカ売ってるどころじゃない」

 

 

どれか一体の悪魔を倒して終わり、という事件ではない。

 

次から次へと国が亡ぶレベルの悪魔が来襲し、それらの対処を1回でも失敗したらすべてが終わる。

 

しかし、ガイア連合の主なリソースは東京にて行われる【最後の作戦】*1に割り振られる。

 

当然だがそれ以外の……タルタロスやマヨナカテレビといったペルソナ勢の案件や、例の邪神といったアレコレも一斉に動き出す。

 

ガイア連合の使えるリソースは間違いなく底をつく。S県に持ってこれる戦力など払底する。

 

最悪の場合、神主はS県と山梨県の間に強固な結界を張ってS県ごと隔離、S県は封印された火薬庫と化す。

 

 

「……んだけど、俺の見た未来じゃ色々あってショタオジによる隔離作戦は失敗

 

 山梨支部にまで高レベルの魔人が押しかけてきて盛大に最終決戦第二幕スタート。

 

 からの、対応ミスって終末の対処はできたけどその後の事件で人類滅亡……みたいな?」

 

 

最悪のBADENDである、議論の余地もない。メリーバッドエンドみたいなおためごかしすら発生しない。

 

一応他の県の戦力を引き抜く未来も予知してみたが、それはそれで手薄になった場所で終末案件が発生してBADEND。

 

日本全土が終末でまんべんなく火薬庫になるせいで、どれか1つでもポシャったら終わりのクソゲーが始まっているのだ。*2

 

 

「ちょおっ!?はぁっ!?その予言の山梨支部で対処できない案件を、霊山同盟支部で対処できるわけないでしょう!?」

 

「そうだな、必要なのが武力や戦力や技術力だったらまあ、無理だ……。

 

 が、俺の見た未来で必要なのは別のモノだった。その1つがお前だ、ハルカ。

 

 いや、正確には……お前の持つ【とんでもなく強い運命力】だ」

 

 

予言や予知の類は、個人の持つ強烈な運命力によって覆される事がある。

 

『運命耐性』や『運命操作』なんてモノまであるのがこの世界だ。*3

 

予知や予言や占い、それらで観測した未来をひっくり返し、か細い可能性を手繰り寄せてハッピーエンドへもっていく『運命力』。

 

それが、当時山梨支部にいた黒札には足りなかった。

 

 

「俺たちの大半は基本的に『無駄に強いモブキャラ』だ。運命力が必要な場面だと役に立たない。*4

 

 もう1つか2つ足りなかったモノもあるが……そっちは俺が手回しした。

 

 あとはやってくる黙示録に記された悪魔を迎撃すればいい、それだけなんだが……」

 

「……間違いなく強敵ですよね?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「問題しかねぇだろ天の書記」

 

 

メタトロンの微妙に無責任な楽観主義にツッコミを入れながらも、ならこれから自分に何ができるのか、へ思考を回す。

 

情報源は目の前の3人。稀代の予言者、神に等しき大天使、明けの明星たる堕天使と、

 

はっきりいって全員そろってクソほど信用できない事を除けば規格外の情報源だ。

 

ここで情報を仕入れて、これから訪れる黙示録の怪物たちに対処しなければ全てが終わる。

 

腹をくくったハルカにとって、襲い来る困難は立ち向かう壁以外の何物でもない。

 

ならば、死力を尽くして立ち向かい、人々の未来と自由を守り切るだけだ。

 

 

「……それで、何が来ると予想しているんですか?」

 

「海からは【妖獣 マスターテリオン】か【魔人 マザーハーロット】と予想していたが……

 

 どうやら別の場所でマザーハーロットが討たれたようでね、メシア教過激派の大天使あたりとでもぶつかったかな?」

 

「あ、それは朗報ですね」

 

 

堕天使ルシフェルの語る言葉に、難敵が一人消えてくれたと安堵の息を吐くハルカ。

 

それを見てから、ニヤリ、と計算通りって感じの笑みをルシフェルが浮かべ……。

 

 

「残照がマスターテリオンと合体して【魔人 ホア・オブ・バビロン LV100】になってこちらに迫っている」

 

「クソァ!!!!」

 

 

思わず放たれたキレの良いツッコミに、クスクスと愉快そうに笑うルシフェル。

 

彼が【終末】や【災厄】の対処に協力するのは、こういう面白い人間まで全滅させないためだ。

 

善意だ慈悲だを期待するべきではない。明けの明星はもっとロクデナシである。

 

 

「……だが、大淫婦バビロンはまだ、マシだろう」

 

「そうだな、イーノック。最悪の精神汚染で人々を堕落させる淫婦だが……対処不可能、というわけではない」

 

 

精神操作への対策をガッチガチに固めて、その上で超強敵を相手できる戦力をそろえて海岸線で迎え撃つ。

 

非常に難易度は高いが、不可能ではない。なんせ相手は戦ってくれるのだから。

 

 

「……どういうことですか?」

 

「大淫婦バビロン、及び黙示録の獣の後には何が来る?」

 

「……【神の敵対者】

 

「大正解だ。コーヒーを奢ってあげよう。

 

 誇りたまえ、明けの明星にコーヒーを奢らせた男だぞ、君は?」

 

 

砂糖入れたミルクコーヒーでお願いします、と注文に訂正を加えつつ、恐らくは最後の難敵となる【神の敵対者】に頭痛を覚える。

 

そも、有名な【神の敵対者】はこの堕天使あるいは魔王とも同一視される存在だ。

 

実は裏でつながってるんじゃないだろうな、というハルカの疑惑の視線を感じたのか、ルシフェルが一つ笑みを漏らし。

 

 

「あの【神の敵対者】は聖書に記されているような単純なモノではない。正確には【神にすら敵対する可能性を持つ者】なのだから」

 

「……? 聖書の神にケンカ売りたい神なんて世界中にいるんじゃ……」

 

「いいかね少年、どれだけ恨みを買ってようが、ケンカを売っても【敵】にすらなれないのだよ。それらの神々は」

 

 

戦争や戦闘というのは、ある程度勝率が計算できる者同士だからこそ成立する概念だ。

 

己の土台となった宗教を破壊され、神としての格が零落した各地の神々では、聖書の神の対抗馬にすらなれない。

 

宗教としての規模で独り勝ちしてる一神教の主神はダテではないのだ。

 

 

「だが、【神の敵対者】は【聖書の神】と敵対できるだけの霊格を持つ。

 

 無論、派遣してくるのは分霊だろうが……間違いなく【裁きの化身】として顕現するはずだ。

 

 神の敵対者は、必要とあれば聖書の神ですら裁く。そういう存在だからな」*5

 

「……【神の敵対者】は、人間のやらかしを見て確実に人間の粛清に走る。

 

 【試練の化身】としての側面はあまり期待できない。確実に人類を滅ぼしに来る」

 

 

(((なにもかも【唯一神の力を引きずり降ろす】とかいうクソ采配した過激派のせいだがな!!!)))

 

 

「……?」

 

 

情報源である三人が、思い思いの方法で内心のマジギレをどうにか抑え込む。

 

シノワールをほおばる阿部、珈琲ジェリーを飲み干すメタトロン、ブラックの苦みで無理やり抑え込むルシフェル。

 

【神の敵対者】がキレるのも当然だ、唯一神の一部を力業で引っ張り降ろしているのだから。

 

 

「ぷはぁ……まあ、ともあれ。もうすぐ東京で始まる【ガイア連合の作戦】。

 

 お前の戦いはその最後も最後、東京の戦いの大詰めの直後に来る」

 

「我々も最大限サポートはする。それでもなお、厳しい戦いとなるだろう。

 

 一番いい準備を整えておいてくれ」

 

「……【神の敵対者】の取る人類粛清の手段だけは、アベが割り出した。

 

 大淫婦バビロン討伐と、人類粛清の阻止。この2つさえ完遂すれば災厄は終わる」

 

 

ごくり、とハルカは生唾を飲み込んだ。

 

敵はあまりにも強大だ、しかも強大すぎて下手に霊山同盟支部の戦力をぶつけられない。

 

弱いコマをいくらそろえても足手まといにしかならない、そういうレベルの相手だからだ。

 

だが……。

 

 

……上等ですよ。全部守り切って……青空に変えてやる!

 

「……やはり、君は『義人』だ」

 

 

どことなく嬉しそうにメタトロンが微笑を浮かべた、その後に。

 

全員の表情が引き締まる。もはやここから先に一刻の猶予もないからだ。

 

RPGで言えば、ラスボス戦前のボスラッシュが始まる直前の最後のセーブポイント。

 

もう一歩踏み込んだ瞬間から、彼らのノンストップの戦いが幕を開ける。開けてしまう。

 

 

覚悟を決めた目をする一同を、阿部がぐるりと見まわし……。

 

 

 

 

 

 

「……目標は【魔人 ホア・オブ・バビロン】の討伐、そして……。

 

 【神霊 サタンによる、メギドアークを使った人類粛清】阻止!

 

 これが、正真正銘最後の戦いだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『激突、仮面ライダーVS終末のライダー!』編 END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 NEXT LAST STAGE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『I am KAMEN RIDER』編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 to be continued……。

 

 

 

 

 

 

*1
カオス転生ごちゃまぜサマナー 約束の日ーエンシェント・デイー 参照

*2
メタ的に言うと、他の三次の皆さんが対処してる終末時の事件とかもガンガン発生してるコトになるので、S県に引き抜いたりしたらその事件で世界が滅ぶ。

*3
カオス転生外伝 終末後の外交官の必要性 参照

*4
大半の黒札は真1の場面にいればICBMで死に、真3にいれば東京受胎に巻き込まれて死ぬ。例外は『運命愛され勢』と呼ばれる主人公体質の持ち主だけである。

*5
真女神転生Ⅱ ロウルート 等





次回から最終章、始まります。


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「そんな事、僕が知るか!」

 

【S県某所 沿岸部】

 

 

 

東京にて唯一神の力の一端である『神霊 エンシェントデイ』が降臨した直後、S県の海に『ソレら』は現れた。

 

 

ヨハネの黙示録に記された『黙示録の獣』とは三体存在し、それら三体を差して『邪悪なる三位一体』と称される。

 

最初に現れるのは、サタンの化身たる『赤い竜』。

 

しかし、その竜は聖書に記述されたような『まだ理解できる外見』をたやすく超越していた。

 

S県の沖合に出現したそれは、この悪魔の基準からすれば目と鼻の先にある日本を無視し、そのまま天へと駆けあがる。

 

人間と竜と昆虫をいびつに融合させたような巨体を持ち、ウロコの生えた尾と骨のような尾をもち、六枚の翼で空を舞う。

 

腕、羽、指、乳房が6つずつ生えた、黙示録に記されし獣数字『666』を全身で体現した凶悪な姿。*1

 

 

『神霊 サタン LV135』

 

 

そのレベルと凶悪な姿に恐れを抱くかもしれないが、最も恐ろしいのはソレではない。

 

レベルだけで言えば、ガイア連合基準で200を超えている神主等が全力で当たれば十分倒せる範疇。

 

運命愛され勢と呼ばれるガイア連合でも上澄みも上澄みな者たちであれば、少なくとも『戦闘』が成立する相手だ。

 

……逆に言えば、それらと『戦闘』など成立させず、一方的に『裁き』を下すのにはどうすればいいか。

 

このサタンの高位分霊は、そのリソースの殆どを『移動』と『とある魔法』に注ぎ込んでいる。

 

前者の『移動』につぎ込んだリソースを使い、神霊 サタンは地球の重力すら振り切って大気圏外にたどり着いた。

 

人間の尺度で言えば『中軌道』と呼ばれる場所の入り口、人工衛星や国際宇宙ステーションがある場所よりもさらに外側。

 

そこで、この分霊はありったけのMAGを一発のメギドアーク*2に注ぎ込むためのチャージを始める。

 

『地球』という『敵単体』を丸ごと焼き払うために。

 

それ以外の戦闘能力や人格は最低限に絞った、本当に『人類を粛清する』事に特化した分霊こそ、裁きと挑戦の化身たるサタンが人類に下した裁定だ。

 

挑戦する事すら許さない、ただ罪科のままに焼き尽くされろ、と。*3

 

 

 

 

そして何より、人類の危機はこれで終わりではない。

 

 

 

 

 

 

『私はまた、一匹の獣が海から上って来るのを見た』

 

『それには角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた』

 

『わたしの見たこの獣は豹に似ており、その足は熊の足のようで、その口は獅子の口のようであった』

 

『龍(サタン)は自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与えた』

 

『その頭の一つが、死ぬほどの傷を受けたが、その致命的な傷もなおってしまった』

 

『そこで、全地の人々は驚きおそれて、その獣に従った』

 

『また、龍がその権威を獣に与えたので、人々は龍を拝み、さらに、その獣を拝んで言った』

 

『だれが、この獣に匹敵し得ようか。だれが、これと戦うことができようか』

 

 

ヨハネの黙示録に記された『第一の獣』。

 

 

『私は、そこで一人の女が赤い獣に乗っているのを見た』

 

『その獣は神を汚す数々の名で覆われ、また、それに七つの頭と十の角とがあった』

 

 

『この女は紫と赤の衣を纏い、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものと自分の姦淫の汚れとで満ちている金の杯を手に持ち』

 

『その額には、一つの名がしるされていた』

 

『それは奥義であって、「大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母」というのであった』

 

 

それに跨る大淫婦バビロン、あるいは『マザーハーロット』。

 

 

『わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た』

 

『それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った』

 

『そして、先の獣の持つすべての権力をその前で働かせた』

 

『また、地と地に住む人々に、致命的な傷がいやされた先の獣を拝ませた』

 

 

そして、それらの後に現れる『第二の獣』。

 

それらが1つの悪魔として融合し、【魔人 ホア・オブ・バビロン LV100】となって上陸しようとしている。

 

最初にアジアにて出現した『魔人 マザーハーロット』は、メシア過激派が支配領域を広げるにつれて当然のように過激派と激突。

 

大天使クラスが総動員され、メシア過激派に多大な被害を与えながらも致命傷を負い、己の半身である第一の獣と共に敗走を余儀なくされた。

 

しかし、その逃亡中に『第二の獣』と遭遇。ここにきて過激派がマザーハーロットと第一の獣に致命傷を負わせていた事が事態を悪化させた。

 

ヨハネの黙示録には『第二の獣は人々を傅かせ、致命傷を負った第一の獣を崇めさせた』とある。

 

つまり、マザーハーロットを追いこんだことで黙示録の再現が可能になってしまい、第二の獣を取り込んで完全体へと再誕。

 

過激派の追っ手を逆に殲滅し、邪悪なる三位一体の最後の一角である『赤い竜』の気配を感じ取ってS県の沿岸部から上陸しようとしている。

 

 

邪悪なる三位一体の完成による黙示録の再現。それこそが、阿部の予知した『災厄』の正体であった。

 

 

『なんとも……無粋な歓待もあったものだ。結界だらけで見るべき所もない。

 

 せめて真紅の絨毯と、余にひれ伏す裸の愚民の群れ程度は用意できないものか』

 

 

阿部の設置した防衛結界だらけの海岸を見て、『彼女』は芳醇なワインよりも甘い香りを混ぜ込んだ声を発する。

 

S県某所の砂浜に降り立ったその『女』は、まさしく人の意識が認識する『女』を凝縮し拡大したような外見をしていた。

 

豊満すぎる肢体、文字通りに人外じみた美貌、鮮血をぶちまけたような衣服に、下品な黄金の装飾。

 

6m級の長身を持ち、獣のような耳と角、禍々しくも艶やかなブロンドの髪を靡かせている。

 

黒札の一部ならば、彼女を見た時に【ソドムズビースト】という名称を口にするはずだ。

 

【第二の獣】と融合すると共に再生された【第一の獣】に騎乗し、眼前の全てを見下す淫靡なる絶対者。

 

【大淫婦バビロン(ホア・オブ・バビロン)】。黙示録の四騎士が警告していた【終末】の片割れである。

 

その細長い指を結界へと向けると、邪魔な障害を取り払おうと、戯れのように魔法を放った。

 

 

『【メギドラオン】』

 

 

甘い声色で紡がれたソレは、しかし甘さのかけらも感じさせない効果を引き起こす。

 

完全なる無色のMAGの暴威が爆発となって吹き荒れて、結界を割り砕きながら直進。

 

しかし、結界の内側に更なる結界、その内側にも……という多重結界構造の防衛ラインは、大淫婦バビロンのメギドラオンを耐えきった。

 

 

『ほう、余の一撃で割れたのは5割にも満たぬか……中々の術師が設置したと見える』

 

(しかし、今しがた空けたばかりの穴が急速に塞がっておるな……余の進軍にこのような手間をかけさせるとは)

 

 

面倒だ、万死に値する。それがホア・オブ・バビロンの抱いた感想の全てだった。

 

高位悪魔らしく感知能力も群を抜いているようで、優れた霊的感覚を広げていけば、結界の『基点』も手に取るようにわかる。

 

海岸線を大きく迂回した先の陸地から、点在するように結界の基点の反応を感知した。

 

 

『一つ、二つ……『七つ』か。丁度いい、完全体の力を試すとしよう』

 

 

ぐぱぁ、とホア・オブ・バビロンが腰かけている【第一の獣】が口を開くと、7つの首から1つずつ、毛玉のようなモノが吐き出される。

 

その毛玉はぐにゅぐにゅとグロテスクに形状を変えると、異形の獣へと姿を変える。

 

黄金の冠、老爺のような人面、第一の獣の権利の象徴である『鉄の杖』を尾で抱えている。

 

ホア・オブ・バビロンは仲間を呼んだ

 

『魔獣 マスターテリオン LV54』 が 七体 現れた

 

そこらの霊能組織など鎧袖一触にできる戦力、すなわち『第二の獣』の分霊が七体。

 

しかし、ホア・オブ・バビロンからすれば『ちょっと高級な兵士』に過ぎない。

 

トラポートを用いてそれぞれの基点目掛けて7匹のマスターテリオンが向かっていく。

 

あとは基点を潰して強度を落としつつ自動再生を止め、それからメギドラオンで結界を破壊すればいい。

 

 

……都合よくホア・オブ・バビロンが生み出せるマスターテリオンの数である『七体』と同じ基点が設置されているという、あからさまな『作為の匂い』には気づけなかった。

 

彼女はあくまで篭絡し蹂躙する者、策謀ではなく己の色香によって堕とし蕩けさせる者。

 

故に、この場所が【ホア・オブ・バビロン対策の防衛ライン】であることに思い至らない。

 

 

結界破壊までの算段をつけて、マスターテリオンを放った直後、ホア・オブ・バビロンの耳に【エンジン音】が届く。

 

響き渡る重低音、大型二輪バイク特有のハードな音程を響かせながら、結界の向こう側からこちらへ走ってくる影。

 

どうやら『外から中に』入るのには制限があるが、逆は抜け道があるらしく……坂を利用して大跳躍したその影は、結界を突き抜け、ホア・オブ・バビロンの前に着地した。

 

生物と機械を混ぜたような大型二輪車、跨っているのは……。

 

 

『……そこな小童、余はその結界が邪魔で邪魔で仕方ない。そのせいで不機嫌だ。

 

 だが、余は決して短気ではない……そなたのような美少年は中々に好みだ。

 

 疾く首を垂れ、その肢体を余に捧げよ。至高の快楽をくれてやるぞ?』

 

 

現れた【美少女と見まごう美少年】の顔を見て、一転してホア・オブ・バビロンは上機嫌になる。

 

元より淫蕩かつ享楽的な性質だ、大局的な観点よりも、その瞬間の快楽を求めるのが常。

 

自身が常に振りまいている、精神異常耐性を貫通し精神異常を発揮させる【大淫婦の権能】*4に染まっているであろう少年を、己の肢体へと手招きする。

 

まずは己の肉体に埋めて感触と匂いを覚えこませ、それから指と口で……などと考えていたところで。

 

 

「断る」

 

『……どうやら融合の不具合で聴覚が狂ったらしい。 なんと?』

 

「断る。男日照りなら一人で慰めてろ阿婆擦れ」

 

『あばっ……!? 

 

 その通りだがもっと言い方があろう!?』

 

 

断られるとは思っていなかった上に、帰って来たのはジャパニーズ・ビッチへの罵倒とくればいい返したくもなるらしい。

 

だが、少し冷静になれば現状の異常にも気づく。目の前の少年は、彼女の放つ【大淫婦の権能】に全く動じていない。

 

人間であれば、否、生物であれば容易く正気を失い己の虜になるはずの色香を受けてもなお、そのまなざしに一切の陰りはない。

 

彼女の嫌う【強い正義の意思】をもってして、ホア・オブ・バビロンを射抜いている。

 

 

『……解せぬ、いったいどのようなカラクリで……』

 

「気合と根性」

 

『ふざけるな貴様ぁ!!』

 

「そんな事、僕が知るか!」*5

 

『開き直るな!!』

 

 

クソビッチかつアバズレかつ盛大にdark属性であること以外は結構マトモな感覚をしていたようで、すっかり大淫婦バビロンは流れに乗せられていた。

 

はっ、と正気を取り戻し、一つ咳ばらいをしてから再度目の前の少年……『鷹村ハルカ』を見下ろす。

 

 

『むしろ、ここで余に媚びを売っておかなくてよいのか?

 

 まもなくこの海岸を覆う結界は砕け散る。そうなればこの地は第二のソドムとゴモラとなろう。

 

 余に傅き足を舐めよ、そうすれば余が飽きた人間程度は好きにさせてやってもよい。

 

 お主の顔と心は美しい、淫靡に堕落すれば至高の芸術となろう……』

 

 

「何度も言わせるな、断る」

 

『……そうか。まあ、愚鈍なる人間を『偽りの信仰』にて堕落させるのも、余の務めか』

 

 

叩きのめしてから染め上げてやろう、と笑みを深めたホア・オブ・バビロンに対し、ハルカはゆっくりと両腕を交差させる。

 

彼の腰に現れた【メタファクター】が、その中央にはめられた【賢者の石】から光を放つ。

 

ホア・オブ・バビロンの表情が歪む。

 

彼女が殺してきたメシアンや大天使よりも、さらに純度の高い【光の力】を感じ取ったのだ。

 

 

「……そもそもさ、結界がもうすぐ砕け散る、ってこと自体、確定じゃないんじゃない?」

 

『何……?』

 

 

僅かな違和感を覚えたホア・オブ・バビロンは、再度己の感覚を遠くまで広げる。

 

そう、既にマスターテリオンを放ってからそれなりの時間が経っている。

 

妨害が無ければ、結界の基点は既に七つとも壊れていなければおかしい。

 

 

……阿部の予知を元に、基点をわざわざ『七つ』設置。

 

ホア・オブ・バビロンが呼び出せるマスターテリオンの数に合わせることで、七匹のマスターテリオンを別々の基点に向かわせるよう誘導した。

 

そして、相手が戦力を分散させたところを、感知結界で居場所を特定。

 

トラポートにより『防衛戦力』を送り込んで割り込み、迎撃する。すなわち……。

 

 

 

「黙示録の獣、相手に不足はありませんね」

 

【5 5 5 ENTER】

 

「変身!」『complete』

 

【第一基点 防衛担当 レムナント(天使ドミニオン) LV65】*6

 

 

「獣狩り等、影の国で飽きるほどやっている。 最速でカタをつけてやろう、666の獣よ」

 

【第二基点 防衛担当 女神 スカサハ LV68】

 

 

「お、俺一人担当かァ……くそ、こうなりゃ腹くくるしかない! 

 

 変 身 ! !

 

 

【第三基点 防衛担当 超人 イチロウ/アギト LV62】

 

 

 

 

「こちら鋒山、これよりマスターテリオンを迎撃します!」

 

「同じく七海、マスターテリオンを迎撃するわ!」

 

 

【第四基点 防衛担当 超人 ツツジINシキオウジ LV60 ペルソナ使い ナナミ LV40】*7

 

 

「まさか援軍にきたそんあいやで前線とは。

 

 久々の出番が鉄火場……まあ、これもめぐり合わせやろなぁ。

 

 まあ、ええ加減に頑張らせてもらいまっしゃろか」

 

【第五基点 防衛担当 鬼灯 焔 LV67】

 

 

「各所の戦力配置完了、こちらもシキオウジ二号機で出ます!」

 

「アタシがバフと回復担当だ、思いっきり暴れてこい、巫女長!」

 

「はい!」

 

 

【第六基点 防衛担当 巫女 アジサイINシキオウジ LV60 女神 イワナガヒメ LV47】

 

 

「まーさか大一番でウチらがここにいるとはなぁ」

 

「言っておくけどお姉ちゃん、私ができるの援護だけだからね!?」

 

「わーっとるわーっとる、シキオウジから出たらあかんよー?」

 

【第七基点 防衛担当 超人 アカネ LV53 超人 アオイINシキオウジ LV60】

 

 

 

 

 

『……マスターテリオンを迎撃できるだけの戦力を、これほどそろえるとは……。

 

 なにものだ、お主は?』

 

 

ようやっと目の前の対象を【敵】と認識したのか、ホア・オブ・バビロンが臨戦態勢を取る。

 

威圧感は尋常のソレではなく、並みの霊能力者ならそのプレッシャーだけで絶命するほど。

 

しかし、彼は、ハルカは……【仮面ライダー】は折れない、ひるまない。

 

逆に一歩前に出て、己を戦士に変える言葉を言い放った。

 

 

 

「僕は……『仮面ライダー』だ! 変身ッ!!

 

ベルトから放たれた光が、あたりの景色を真っ白に染める。

 

眩い光の中で、走り出したハルカの隣に『異形』が出現し、ハルカの体が光の中に解けていく。

 

後に残ったのは、眩い光の中を臨戦態勢で駆け抜けてくる、緑と黒の体に赤い瞳の異形だけ。

 

 

『この気配……ネフィリムだとッ!?』

 

「ヴォアアアアアアアアァアアアァアァアアァァァァッッッ!!」

 

 

今ここに、世界の命運を決める一戦が始まった。

 

 

*1
ざっくりいえばメガテニストにとっては慣れ親しんだ『真・女神転生Ⅱ』の姿。

*2
敵単体に万能属性で特大威力の攻撃を1回行う。サタンの固有スキルであり、真・女神転生Ⅱでは兵器の名前。

*3
なお罪科の9割は唯一神強制降臨なので、悪いのはだいたいメシア過激派である。

*4
毎ターン、敵全体に魅了・幻惑・混乱をランダムで付与。自身に状態異常耐性を貫通する効果を付与。

*5
大先輩である仮面ライダーストロンガーのセリフ。『ストロンガー用に開発された』催眠ガスを食らっても何故か自我を保ったままだったのを『そんな事、俺が知るか!』で押し切った。仮面ライダーはこういった精神状態異常を割とデフォでキャンセルしてくる。W(ライアーメモリ)とかオーズ(ラブコンボ)とか盛大に引っかかった例もあるけど。

*6
デモニカ強化込み

*7
LVはシキオウジに準拠&デモニカ・デルタによるレベル補正アリ



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『だからこそ余は気づいた。戦いこそが、英雄(きさま)が最も美しく輝く瞬間なのかもしれない』

 

 

鷹村ハルカは、阿部に拾われる前……すなわち10歳までの人生において、何人かの大人に同じ問いかけをしたことがある。

 

最も身近な大人である家の人間には、家族から使用人まで完全に無視されて。

 

学校の教師もまた、彼の家が名家であることを理由に回答を濁し続けた問いかけが1つ。

 

 

『ぼくが苦しいのは、ぼくが悪い子だからなんですか?』

 

『それなら、ぼくは一体どんな悪い事をしたんですか?』

 

 

たったそれだけの質問に、彼の周りの大人は誰一人応えてくれなかった。

 

一人の『性格・性癖が盛大に破綻している霊能力者』に出会うまでは……。

 

 

 

 

 

【某月某日 S県沿岸部】

 

 

(予想以上に、弾幕が濃い!)

 

 

二人と二騎の決戦は、ホア・オブ・バビロンによるブレスと魔法の弾幕から始まった。

 

騎乗されているザ・ビーストが攻撃範囲を重視した魔法で退路を塞ぎ、そこをマザーハーロットが高威力の魔法で『砲撃』してくるコンビネーション。

 

状態異常を誘発する『女帝のリビドー』*1や『バビロンの杯』*2といった万能属性の魔法攻撃が、メギドラオンと混ぜられて飛んでくる。

 

これがターン制のRPGならともかく、同じ『万能属性の魔法』でも、弾幕の指向性も速度も攻撃範囲もバラバラなこれらに対し、同じ対処法は通用しない。

 

そして状態異常に関しては、『無効』ではなく『耐性と根性でレジスト』している以上、レジストのためのほんのわずかにだが集中力を乱される。

 

それでもなお、修行で身に着けた【危険を感じとる感覚】をもって弾幕を回避しつづけているのは驚異的と言うほかないが。

 

 

「気張れよ、ギルスレイダーッ!次が来るぞ!!」

 

『マハジオダイン』『トリスアギオン』

 

ザ・ビーストが口から吐き出した電撃と火炎が、つい一瞬前までギルスとギルスレイダーがいた場所を焼き払う。

 

運転スキルを常時フルに使用し、危機察知の直感も最大限まで精度を上げる。

 

このレベルの悪魔と戦うと、この手の直感は中途半端な精度では利用されて罠にかけられる。

 

運命操作だの殺気のフェイントだの時間操作による連続行動だの、インチキじみた行動が山盛りになるからだ。

 

だからこそストロングスタイル……能力の精度を上げるだげ上げて、相手の妨害をこちらの直感の『固定値』でブチ抜く。

 

強敵ばかりと戦わされて『全力で足掻いた末の死』を経験してきたのはこのためだ。

 

レベル上げをミスって死んだのとはわけが違う。ムドで『うっかり死』とボスラッシュで『すりつぶ死』ぐらい違う。

 

もっとも違うのは、目に見えるレベルに映らない『経験値』だ。

 

 

純粋な総合スペックでは自分を圧倒している【ホア・オブ・バビロン】の連携攻撃を、ギリギリのギリで回避しながらじわじわ間合いを詰めていく。

 

直線距離で無理に向かっていけば、今避けている魔法が全部直撃して足を止められ、そのまま拳の一発も当てる前に削り殺される。

 

ギルスが最も苦手なのは、こういう弾幕で圧殺してくる相手……だが、苦手と言うなら対策するための努力ぐらいは積んでくる。

 

 

(師匠から学んだ【生きるための技術】、先生から学んだ【戦うための技術】! どちらも、今の僕を支えてる!)

 

 

最初こそ、四肢を吹き飛ばしてからじっくりと『堪能』してやろうと思っていたホア・オブ・バビロンも、段々と困惑と焦りが混じり始める。

 

今のギルスは防戦一方、おそらく中~長距離の手札がそれほど豊富ではないのだろう。

 

仮に手札があったとしても、万能属性の高位攻撃を連発しているマザーハーロットどころか、多種多様な属性の呪文で弾幕を張っているザ・ビーストにすら届かない。

 

ゴリゴリの肉弾戦タイプ、その見立ては間違っていないが、しかし。

 

 

(……なぜ、仕留めきれない?)

 

 

決してノーダメージではない、時折魔法がギルスの肉をそぎ、骨を砕くのをマザーハーロットは確認している。

 

だがしかし、どれもこれも受けるダメージを計算して『当たりに行っている』ようにしか見えなくなってきたのだ。

 

無理にノーダメージで避けようとすれば、どうしてもギルスの回避運動は大きくなる。

 

そうなればいずれかの魔法が直撃し、一瞬でギルスの体は魔力の渦の中に飲まれて消え去るだろう。

 

 

今もまた、マハジオダインの雷光の隙間をギルスレイダーが駆け抜け、両側への回避を封じるために放たれたトリスアギオンとマハザンダインの間を突っ切ってくる。

 

そうして必中の状況を整えてからメギドラオンを叩き込んでいるのに、マハザンダインの方にスレスレでハンドルを切って、左肩をごりっと抉られながらも弾幕を抜ける。

 

これ以上範囲を狭めることはできない、無理に狭めれば魔法同士が干渉し、余計に回避できるスキマが増えてしまう。

 

 

『くっ……【アンティクトン】*3!!』

 

『アイスエイジ*4』『八色雷公*5

 

 

距離が近づいてきたことで、うかつに範囲攻撃が使えなくなる。巨体故に下手に撃つと自分までまきこまれるからだ。

 

その分威力や追加効果は上がっているが、密度の下がった弾幕相手に今更怯むギルスではない。

 

急加速と急減速を繰り返すことで目測をそらし、砲撃の射線を少しずつズラすことで回避できるスキマを無理矢理作り出す。

 

ドリフトターンで急旋回、フルスロットルで生まれたスキマに突っ込み、ついにホア・オブ・バビロンの足元までたどり着いた。

 

 

『ザ・ビースト!押しとどめよ!!』

 

「ッちい……?!」

 

 

しかしホア・オブ・バビロン……いや、司令塔であるマザーハーロットも愚かではない。

 

即座にザ・ビーストに【暴れまくり】を使わせて、複数の首による突撃と薙ぎ払いでギルスの行く手を阻む。

 

以前に酒呑童子との戦いで解説した通り、この世界においては一部パラメータは体格差の影響を受ける。

 

同じ力100でも、ピクシーとデイダラボッチではその効果は大幅に異なる。

 

クジラの上に巨人が乗っているような体格のマザーハーロットと、人間+バイクのギルスでは、サイズ差が大きなハンデとなってしまうのだ。

 

つまり、どちらかと言えば近接寄りのステータスをしているザ・ビーストによる【暴れまくり】は、ギルスからしても十二分に脅威。

 

1本、2本、3本……降りかかる首の殴打を切り抜け、5本目の頭による噛みつきも潜り抜け、マザーハーロット目掛けて跳躍の構えを取る。

 

 

『バカめ、あと二本あるわっ!!』

 

「【実体分身】!!」

 

『ッ何!?』

 

 

チャンスを待たずに攻撃の構えを取ったギルスに対し、よもや焦ったか!と嘲笑しながらもしっかり迎撃の指示を出したマザーハーロット。

 

だがしかし、その瞬間にギルスが3人に分身、分身である2体が先に跳躍し、先手を取って二本の首に蹴りを叩き込み、動きを止めた。

 

【実体分身】……普段は支部の運営のために使っているスキルだが、本来の使い方はこうして手数を増やす手段である。

 

あるいは本体の身代わりとして使うのも有効だが、どちらにせよ『切り札』として切るには非常に最高のタイミングであった。

 

何より、この分身は『自動操縦』ではなく『思考操縦』で動かしている。

 

すなわち、本体がガンギマリで精神干渉オートレジスト状態なら、下手すると本体よりスムーズに動く。

 

 

「隙ありィ!!」

 

『ッ……!(しまった、間合いを詰められた!?)』

 

 

ザ・ビーストによる阻止が失敗し、穴の開いた防衛網をギルスがまっすぐ突っ切ってくる。

 

メギドラオン等の魔法による撃墜は間に合わないと判断したマザーハーロットは、己の五体で迎え撃つ選択肢を取った。

 

いくら相手が近接型といっても、レベルは10以上ホア・オブ・バビロンの方が上。

 

しかも今のギルスは分身にMAGを割いている、分の悪い賭けではない……そう判断したマザーハーロットの判断は非常にマトモだ。

 

巨大な拳を握りこみ、振りかぶったそれに全身全霊の力を込めて突き出す。

 

 

……そう、マトモだからこそ、人間というモノは時折意味不明な領域に到達することを計算に入れ忘れた。

 

 

「テレフォンパンチすぎて、読みやすいっ!!」

 

『ンなっ……』

 

 

跳躍中に『バーニングフォーム』を使用。本邦初公開、吹き出す炎による飛行能力を披露する。

 

だが、それで飛び回って回避するのではなく、先ほどまでと同じようなギリギリの回避で拳をすり抜けた

 

ホア・オブ・バビロン……そしてマザーハーロットは、決して武術の達人でもなければ歴戦の戦士でもない。

 

ただただ人間を堕落させ、篭絡し、蹂躙する。絶対強者としての在り方こそが本質だ。

 

故に、人間の『体術』なんてものになじみがあるはずもなく……。

 

見る者が見ればあっさりと、突き出した腕をギルスに『背負うように』担ぎあげられる。

 

 

「セイヤーッ!!!」

 

『ぬああああぁぁぁっ!?』

 

 

【一本背負い】……空中で足場もなく、炎の噴出を使って再現したゲテモノな完成度だが、それでも効果は十分。

 

6mを超えるマザーハーロットの巨体が宙を舞い、一回転。

 

しかし地面にたたきつけるのではなく、自分ごと空中高くに放り投げるように腕を離した。

 

そして、最初から『互いに空中へ放り出される』事がわかっているのなら、準備していた者の方が『再行動』は早い。

 

 

両足から炎を吹き出し、バーニングギルスが再度、空中のマザーハーロット目掛けて飛翔する。

 

頭が地面を向いた上下さかさまの状態で放り投げられたマザーハーロットは、どうしても次の行動が1テンポ遅れた。

 

そして、この距離での肉弾戦の差し合いにおいて、その1テンポは致命的である。

 

 

「【バーニングライダーパンチ】ッ!!!」

 

『ぐっふぉぐっ!!??』

 

 

めきょっ……とかなり生々しい音を立てて、その巨体の鳩尾へ、綺麗に燃える拳がねじ込まれた。

 

【シナイの神火】をたっぷりと纏った拳が肉体にめり込み、体内を直接焼き焦がしながら衝撃が突き抜ける。

 

【ボギョバキャッ!】と固いものが砕ける音と生々しい潰れるような水音が同時に鳴り響く。

 

マザーハーロットの口からワインよりなお赤い鮮血が吐き出され、体内で骨と内臓が骨付きミンチとなり、そのまま神火でウェルダンに焼かれる。

 

それでもなお追撃の手は休めず、右拳をねじ込んだまま、左拳にも同様の炎が宿ったのをみて、マザーハーロットの血の気は完全に引いた。

 

 

 

「もう一発ッ……!」

 

『げぼっ、させるかァ!』

 

 

【バーニングライダーダブルパンチ】を放つ直前に、軋む全身を無理矢理動かし、両腕でギルスを抑え込んだ。

 

カウンターで放たれた一撃でマザーハーロットの右腕がマッチ棒のように折れたが、それを気にする余裕は持てない。

 

そのまま卵を温める鶏か、あるいは抱き枕に抱き着く少女のように、自分の目の前にいるギルスを抱え込んだ。

 

 

『この距離ならば、回避はできないな! 【メギドラオン】ッッ!!』

 

「なっ、がああああぁぁぁっ!!?」

 

 

自分の巨体でギルスを抱え込むと、その内側目掛けてメギドラオンを放つ、という荒業を決行。

 

女体に包まれた幸福感などと言っている場合ではない、いくらバーニングギルスといえど、ここまでの大悪魔からメギドラオンを放たれては無事ではいられない。

 

万能属性の白い閃光があふれ出し、マザーハーロットの手の中でギルスを巻き込んで爆発。

 

その爆発の中から、2つの塊が砂浜に落下してきた。

 

 

「ぐっ、は……クソ、無茶をする、あの女!!」

 

一方はバーニングギルス、咄嗟に自分の体をバーニングフォームの『神火』で覆い、メギドラオンをいくらか相殺したのだ。

 

とはいえダメージは大きく、全身を覆う赤い生体装甲はバキバキにひび割れ、ツノにまで亀裂が走っている。

 

 

 

『ハァ、ハァ……あ、あのまま、負けるよりはよい、負けるよりは……!』

 

一方のマザーハーロットだが、こちらも軽傷とは到底言えない重傷であった。

 

両腕は肘から先が消しとび、火傷のような傷が首から下を覆っている。

 

【バーニングライダーパンチ】による負傷も大きいのだろう、僅かに足元もふらついている。

 

 

互いに痛み分けのような状態、だが、ここで引くようならどちらもこのレベルまで上がってきてはいない。

 

ハルカ/ギルスは残るMAGを戦闘力の維持に回し、燃え尽きる寸前まで殴り続けてホア・オブ・バビロンを粉砕する構えだ。

 

ギルスレイダーによる回復も相まって、2秒とかからず肉体を再生し、再度必殺技でトドメを刺すつもりだろう。

 

だが、ギルスが再度距離を詰める前に、今度はマザーハーロットが先手を取って動いた。

 

 

『来い!終末の獣よ!!』

 

 

7本の首がとぐろを巻き、マザーハーロットに絡みつくように第一の獣がすっ飛んできた。

 

さらに各地に分散していたマスターテリオンから、生き残っているモノも呼び戻し、『合体』に巻き込む。

 

捻じり巻き付いたザ・ビーストは、そのまま体積を明らかに減らしながら濃縮されてゆく。

 

果実を潰して絞るような印象を受けるとともに、起きている『変化』は露骨だった。

 

巨体が放っていた威圧感やMAGの気配が一点に収束されていき、ザ・ビーストどころかマザーハーロットよりも小さいサイズに収まっていく。

 

 

『素晴らしい一撃だったぞ、小童……いや、違うな。 【仮面ライダー】よ』

 

そして、おおよそ大柄な人間と言えるだけのサイズまで濃縮されれば、ギルスの目の前でその形状がぐじゅぐじゅと変形・成形されていった。

 

『だからこそ余は気づいた。戦いこそが、英雄(きさま)が最も美しく輝く瞬間なのかもしれない』

 

太い手足と胴を持つ人型。両腕と頭部に、悪魔の象徴である『巨大な角』が生えてくる。

 

『この場にいるのは余と貴様、そして互いの乗騎だけだ。他には敵も味方もいない』

 

ワインレッドの生体装甲が形成され、10人中10人が【怪物】と表現する肉体は、しかし、暴力的なまでの『獣のごとき魅力』にあふれていた。

 

『そう、いないのだ。敵も、味方も……余か、貴様が、屈するその時まで、貴様という英雄を独り占めできる』

 

邪悪なる三位一体の最後の1つは、サタンの化身である『赤き竜』。神霊サタンがはるかな宇宙(ソラ)にいることを利用。

 

マザーハーロット/マスターテリオン/ザ・ビーストの三身合体による特殊合体を経て、『化身』としてそれを無理矢理出力する。

 

 

 

 

『……愛してるんだァ英雄(きみだけ)をオオオォォォォォ!!アハハハハハハハハハハハァッ!!』

 

 

【邪龍 レッドドラゴン LV108】*6

 

自分を腰砕けにまで追い込んだ『雄』を相手に、マザーハーロットという『雌』が用意した極上の器であった

 

*1
敵全体に大威力の万能属性攻撃。確率で魅了を付加

*2
敵全体に特大威力の万能属性攻撃。確率で混乱を付加

*3
敵全体に万能属性の特大威力攻撃。確率で攻撃力・防御力・命中・回避率ダウンの追加効果。ニヤリ時ではなくなっている。

*4
敵単体に氷結属性で特大威力攻撃。ニヤリ時ではなく、確率で貫通効果

*5
敵単体に雷撃属性の特大ダメージ。これもニヤリ時ではなく確率で貫通効果

*6
外見は『真っ赤なドラゴンオルフェノク龍人態』。『角』に該当するモノが両腕に2本ずつ、頭に2本という『合計6本』になっている。



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『決戦前夜』

黙示録ボスラッシュ開始直前のお話。


 

【霊山同盟支部 終末案件対策本部 多目的ホール】

 

 

帝都にて緊急事態警報が発せられ、S県にある霊山同盟支部もまた、襲い来る『終末』への対処に出撃する一時間前。

 

霊山同盟支部の広いホール内に集められたのは、【終末】に対応するための主な戦力……その代表者たちであった。

 

霊山同盟幹部、G3ユニット精鋭部隊、スマートブレイン幹部、S県警オカルト科代表、自衛隊各部隊隊長、S県各地の寺社の祭神、支部傘下霊能組織の長、県外から援軍に来た黒札、多種多様な式神たち、エトセトラエトセトラ……。

 

流石に全員を集めるわけにはいかなかったので代表者のみだが、それでも結構な人数である。

 

人も神も転生者も関係なく、ホールの先にある舞台に現れた『少年』を見上げていた。

 

 

「今回、S県の……いや、日本の、そして世界の危機を前に集まってくれたことを、心よりうれしく思う」

 

 

壇上に上がった少年……『鷹村ハルカ』が、この場に集った戦力、否、『勇士』たちをぐるりと見まわす。

 

少年ながらも、ここに集まった戦力の中では頭1つ以上抜けている強さを持ち、霊山同盟支部のトップとして組織を率い続けてきた彼の言葉には、既に子供とは思えない重さがあった。

 

 

「だが、そんな諸君らに問いたい。 諸君らは、なぜここで戦おうと思った?」

 

「自らの正義と信念に準じてか?素晴らしいな、人間の輝きの象徴だ」

 

「故郷の土地を守るためか?これもいい、多くの無辜の民を守る道だ」

 

「先祖代々受け継いだ誇りのためか?いいじゃないか、家族は大事にしろよ」

 

「単純に報酬目当てか?悪くない、自らの生活もまた守るべきものだ」

 

「あるいは力を得るためか?アリだな、ストイックな求道者もまたいいものだ」

 

「家族や仲間の安全か?それなら君は優しい人だ、その優しさを無くさないでくれ」

 

「……だが、その上で。君たちを立派な勇士たちだと確信した上で、言わねばならない」

 

 

「『世界のために命懸けで戦え、と』」

 

 

ぐるり、と集まった面々を見まわし、そこに一切の『躊躇』の色が見られないのを確認してから言葉を続ける。

 

 

「……人でなし、と蔑まれる覚悟はしてきたが、ソレを言うものもいないことを感謝する」

 

「諸君らの後ろには、今も災害と悪魔に怯える数多の人々が犇めいている」

 

「彼ら/彼女らは未だに何が起こったのかも知らず、不安に心を犯されている」

 

「諸君らは、そんな人々に未来と希望を届ける『最後の希望』であらねばならない」

 

 

「各々に役目もあるだろう、危険なものから、地味なものまで」

 

「前線に出て、武器を手に取り、凶悪な悪魔と殺し合い続ける者も」

 

「物資を背負い、この長く続く終末戦線を駆け回り補給する者も」

 

「食料やオカルトアイテムを製造し、飢え乾かぬよう供給し続ける者も」

 

「暗中を進み続ける勇士たちに、何が起きているかを伝達する者も」

 

「この異色なる軍勢を指揮し、有効な策を模索し続ける者も」

 

「ただ市民の前に立ち、誘導し。一時の安心と安全を与える者も」

 

 

「皆が一様に、どれ一つ欠けてもこの戦局を乗り切ることはできないと確信している!」

 

「だからこそ、皆が粉骨砕身の決意をもって職務に当たってほしい!!」

 

「若造が何をバカなと思うだろう、20にもなっていない子供が偉そうにと思うだろう」

 

「だが! ……必要なんだ、今は!」

 

 

少しずつ語気が荒くなり、声が大きくなるにつれて、周囲を『覇気』が飲み込んでゆく。

 

レベルアップによって得られる『人並み外れた存在感と魅力』、そして『生まれ持った扇動の才』。

 

言ってしまえば、一部の英雄が持つカリスマ性……衆愚どころか、並みの英雄ですら跪かせる器の発露。

 

といっても、これは別に魅了や洗脳の類ではない。もっとシンプルで熱いモノだ。

 

『この男についていきたい』

 

『この男の行く先が見たい』

 

『この男のようになりたい』

 

そんな、人々の中に燻っている青い衝動を刺激するだけの、単なる『演説』なのだから。

 

 

「諸君らが今、やらねばならないのは!」

 

「正面に悪魔と言う暗がりを見据え、その背にある暖かな世界を守り続ける事である!」

 

「誰かが黄昏の中に立ち、宵闇が人々を飲み込まぬよう踏ん張り続けなければならない!」

 

「……結構なことだと思う!立派な事だと思う!」

 

「十分な恩賞は用意しよう、必要な機材も、物資も……あるだけだ!出し惜しみはしない!」

 

「それを差し引いても、我らが挑むのは鉄火場を超えた修羅場だ」

 

 

「……だからこそ、最も危険な場所には、私がいの一番に駆け付ける」

 

「器も、有り様も、私は決して伝承に語られる英雄や歴史を作る偉人には遠く及ばない」

 

「だというのに、君達に挑ませるのは、そういった英雄や偉人にでも仕えてなければやってられない困難だ」

 

 

舞台を降り、集まった人々の前へと歩いていく。

 

途端に、まるで古の聖者が海を割ったかのように群衆が二つに割れた。

 

中にはS県にて祭られている神の化身や、立場で言えば彼より上を主張してもおかしくない黒札がいるのに、だ。

 

それらの面々すらも、一切のよどみなくハルカの歩む道を開けていた。

 

 

「理想を言えば、このような試練に挑み、痛みを知るのは私一人でいいとすら思っている」

 

「しかし残念ながら、私一人では何をどうやってもこの土地を守り切ることはできない」

 

「だからこそ、せめて君達に見せるのは私の『背』でありたい」

 

「私の……僕の背を見て、それに続く価値があるかどうかを見てほしい」

 

 

割れた人ごみのなかを一歩一歩歩いていく。その後ろから、彼の放つ『熱』と『光』に当てられた者が続いていく。

 

一度は折れていた巫女長が。

 

人に信仰されるべき神仏が。

 

本来は無茶や無謀を避け、安寧に生きる黒札が。

 

正義の味方を嘲笑するべき悲観論者(ペシミスト)達が。

 

明らかに死地へと飛び込もうとしている彼に、確かな足取りで続いていくのだ。

 

行く先にあるのは、世界を滅ぼす終末の渦の中。黙示録の怪物たちのボスラッシュ。

 

だがしかし、そこで戦う者がいるからこそ、渦の外側の人々は明日を信じることができる。

 

 

「非現実的な綺麗事だろうが、青臭い理想論だろうが、ひねくれた事を言いたいヤツには言わせておけばいい」

 

「……綺麗事に挑み続けるバカがいて、そのバカに続いた立派な人たちがいたことを、『僕』は誇りに思いたい」

 

「無駄死になんてさせない、僕たちの戦いの先に、終末を超えた未来があると信じてる」

 

 

彼の放った熱は、新たな熱を伴って伝番する。

 

彼の放った光は、見た者の眼を焼きひた走らせる。

 

人は希望無くしては生きられない、いつまでも暗闇を進み続けられるほど、人は強くない。

 

一度は中庸や混沌の結末を迎えた人類が、長い時を経て怠惰と安寧の秩序に流れるように、だ。

 

ならばそんな人々の心の熱を、燻らせることなく燃やし続けられる男がいたとしたら、どうか。

 

ヒーローとして……『仮面ライダー』として戦う男が、暗闇を進む灯台となって道を照らしていたとしたら、どうか。

 

……きっと、今よりほんの少し良い明日が待っている。そう信じて進んでいける。

 

理想に満ちた千年王国なんてモノはないけれど、今日と地続きの『明日』が来ることを信じられる。

 

そして、中にはより良い明日を創ろうと立ち上がる者だってでてくるだろう。

 

 

「シキオウジ全機、起動準備完了!パイロットは中へ!」

 

「デモニカ各機のリンク開始……完了!いつでもいけます!」

 

「オートバジン全機出撃、二輪形態を使う者はこちらへ!」

 

「各所の結界のチェック、オールグリーン!」

 

 

「……征くぞ、諸君!!」

 

「「「「「「応ッ!!!」」」」」」

 

 

そして、役者たちは戦場(ぶたい)に上がったのだった。

 

 





※中学生です


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「付き合ってやる……三分間だけな!」

 

【数年前 山梨支部 異界】*1

 

阿部 清明は、鷹村ハルカを拾い鍛えた一か月の間に、様々な事をハルカに叩き込んだ。

 

最初に始まったのは、適合が完全でない式神ボディの使い方。

 

『うぐっ、う、ぐっ……』

 

『そら、気張らんと今日も飯が食えんぞ』

 

手足の自由が利かず、芋虫のように這うのが精いっぱいのハルカを異界の一角に監禁し、皿の上に置いた食料まで自力でたどり着かせる。

 

当然ただ張ってたどり着くだけでなく、阿部の使役する低レベルの小鬼達が散々にそれを妨害する。

 

式神ボディの頑丈さを加味しても、ほとんど拷問のような日々。渇きと飢えの苦しみを芯まで叩き込む。

 

外との時間軸が違う異界であることをフルに利用し、何日も水の一滴すら飲めないまま、なんてこともしょっちゅうだった。

 

 

『ぜぇ、はあ、はぁッ……!』

 

『集中力を切らすな、まだたったの五日だぞ』

 

 

その次は、レベリングをかねた格闘技の訓練。

 

阿部の一族に伝わると言う、怪異を討つための格闘術……それを1から10まで仕込まれた。

 

霊薬を常時投与し、24時間休むことなく低位の悪魔をけしかけ、一時も休憩させずに戦わせ続ける。

 

三日間休まずそれを続ければ終わり、という条件を付けておきながら、ただ倒すだけでなく『教えた型や構えが崩れれば最初から』という条件のせいで盛大に地獄を見た。

 

 

『───────』

 

『……ホントに根性だけは天才以上だな、お前さん』

 

 

さらにはショタオジ特性脳レイプ、もとい八大地獄疑似体験を『無限ループ』させる精神修練まで叩き込んだ。

 

だが、一週目はともかく二週目からは座禅を崩すことすらなく、常に目を閉じ瞑想したまま八大地獄の苦痛を耐えしのぐ。

 

それはギルスのスペック云々ではなく、鷹村ハルカという少年の異常なまでの精神の強靭さにあった。

 

脆弱な肉体では到底収まらないほどの強靭な心、そこに式神ボディという器を与えたせいで、盛大に化学反応を起こして完成してしまった『特異点』が彼だ。

 

ただただ、残酷な運命とやらに愛されて、本人が超えられない難易度のクソみたいな試練ばかりが降り注ぐ。

 

そこに【最低限対応できる力】を与えたことで、人類規模で降り注ぐトラブルが彼の運命力に引かれて収束。

 

結果的に【鷹村ハルカの周りでやべー事件が頻発する】という運命が収束したので、ハルカを見張ってれば終末案件の幾つかが観測可能という超便利なヘイトタンクになったのである。

 

 

……というわけで、利用価値も相まって山梨支部にいる幹部たちの見解は『現状維持とある程度の支援』で一致。

 

阿部が後見人として面倒を見ることになり、とんでもなく教育に悪いんじゃないか?という疑惑を受けつつも育てる事に決まったのだが……。

 

 

『師匠、ぼくの人生は、何か悪い事をしたから苦しかったんでしょうか?

 

 ぼくは、この世に生まれてきて、本当によかったんでしょうか。

 

 産んだ人が祝福しない命に、何の価値があるんでしょうか。

 

 なんで、【自分が自分であること】を否定しながら、生きなきゃいけないんでしょうか』

 

 

……この質問への、阿部の答えが、鷹村ハルカの生き方を決めた。

 

 

 

【S県某所 沿岸部 砂浜】

 

 

『まずは挨拶代わりだッ!』

 

「どんな挨拶だッ!!」

 

ホア・オブ・バビロン改め、邪龍 レッドドラゴンが剛腕を振るう。

 

右腕の巨大な爪……いや、『角』が眼前を荒々しく薙ぎ払い、砂煙を巻き上げる。

 

技術もへったくれもない、シンプルなフィジカルという暴力によるゴリ押し。

 

怪物にふさわしい、この上なく単純で粗削り、そして合理的な戦術だ。

 

 

一方のギルスは、アナライズ含めてもレッドドラゴンの能力が不鮮明な以上、無理に攻め込むのは危険と判断。

 

パワー重視のバーニングフォームからスピード重視のライジングフォームに切り替え、余裕をもって攻撃を回避しながら僅かに間合いを開ける。

 

『技術がない』という欠点は流石に融合してもどうにもならないのだろう、短所はいったん置いといて、長所を伸ばして無理やり対応してきた。

 

サイズを人間レベルに変えた分、基礎ステータスが全体的に格闘戦向けに再調整されている。

 

怪物としての膂力と、人間としての小回りの良さ。その両方を併用しつつ、しっかりと『思考』しながら殺しにかかってくる。

 

大ぶりの攻撃も、技術が拙いなりの『計算』が見え隠れし始めた。

 

 

(無駄に振り回してるわけじゃないな、魔法で牽制しつつ、こっちが踏み込もうとしたタイミングで……)

 

口に当たる部分から吐き出された【トリスアギオン】を避けつつ間合いを詰めれば、大雑把極まる右腕の振り下ろしてレッドドラゴンの眼前が地面ごと抉られる。

 

踏み込みをわざと浅くして、振り下ろされる前に飛びのいていなければ、砂浜に臓物をブチまけることになっていただろう。

 

 

(……しっかり合わせてカウンターを叩き込んでくる。単純だが、フィジカルがある分やりづらい)

 

(むう、これも当たらぬか。格闘に関しては『余の元となった暴君』の記憶にある嗜み程度のパンクラチオンが関の山だからな)

 

 

両者ともに、自分が持っている手札を一枚一枚吟味しながら場に出していく。

 

レッドドラゴンの頭部の角が蛇のようにうねり、伸びる。

 

ムチのようにしならせて叩きつけ、槍のように尖らせ突き刺す。シンプルだが速度を考えると凶悪な攻撃だ。

 

物理法則がぐちゃぐちゃになっている『終末』だからこそ平然とだしているが、物理法則が健在の頃なら音を超えて空気の壁をブチ破るのが観測できている速度である。

 

それを、まるで『休日に公園を散歩してたらふいに子供からゴムボールを投げられました』ぐらいの軽さで受け流すライジングギルス。

 

二本の角で牽制してから、本命である両腕を叩き込むつもりだったのだろうが……その牽制で足が止まらないのなら意味がない。

 

叩きつけられた角目掛けて、電流の流れる拳が触れる。

 

 

「【電タッチ】*2!!」

 

『づっぶぁ!??』

 

 

説明しよう!【電タッチ】とは高圧電流を纏った手で対象に触れることで、対象を通電・感電させたり赤熱化させる必殺技である!

 

今回はレッドドラゴンの伸ばしたツノに使用、ツノを伝って電気を流し込み、レッドドラゴンの頭部まで届かせたのだ!

 

……え、これはクウガじゃなくてストロンガーの必殺技だろって?そんな事、俺が知るか!

 

なにはともあれ、流石のレッドドラゴンも頭部に雷撃を流し込まれれば無傷とはいかない。

 

【貫通】の仕様は作品によって異なるが、少なくともこの【電タッチ】は反射や吸収もブチ抜いてくるタイプの【貫通】のようだ。

 

【感電】の状態異常によって無理やりレッドドラゴンの動きを止め、即座に強化された脚力をもって懐へ飛び込む。

 

【ギルスクロウ】を両腕から出現させ、【貫通】をスキルに乗せてレッドドラゴンの胴体へねじ込む。

 

 

【狂乱の剛爪】*3ッ!!」

 

 

ガリガリガリッ、と音を立て、レッドドラゴンの装甲の表面をギルスクロウが浅く抉っていく。

 

 

『ぐっ!?(……ええいっ、やはりこういった駆け引きではあちらが上か!?)』

 

「(硬っ?!ギルスクロウが『滑った』!?どういう硬度してるんだ!?)」

 

 

爪跡こそ深く刻まれたものの、抉った深さを考えれば外部の装甲部分を穿ったに過ぎない。

 

その内側にある骨肉まではギルスクロウが届いてないのは一目瞭然だ。

 

シンプルに『強い』、シンプルに『早い』、そしてシンプルに『固い』。

 

第一形態であるホア・オブ・バビロンがゴリゴリの絡め手重視だったのもあり、レッドドラゴンも状態異常等の絡め手にはめっぽう強い。

 

だというのに肉弾戦においてはライジングギルスのギルスクロウが軽傷で済むタフさなのだ、はっきり言って相当な難敵である。

 

魔法系の大火力によって押し切るという手段についても、そもそも近接系ステータスが『上がった』のであって、ステータスを『ふり直した』わけではない。

 

万能型に近い乗騎であるザ・ビーストと、レベルは大きく劣るが近接型に近いマスターテリオンを『人工筋肉』と『生体装甲』に変換。

 

それらを効率よく運用するため、己のサイズをソレに収まるように縮め、悪魔合体で融合したのがレッドドラゴンである。

 

 

「(つまり、原理的には『デモニカ』と一緒か、これ!?)」

 

 

素材が『ザ・ビースト』と『マスターテリオン』、装着者が『マザーハーロット』で性能は『赤き竜』とかいう厄ネタのオンパレード。

 

その完成形が、元は覚醒していない人間を引き上げるために開発された『デモニカ』に近づいたのは何の皮肉だろうか。

 

外骨格やパワードスーツのように悪魔を身に纏うことで地力を底上げする、という原理そのものは一緒なのに、ひどくいたましいモノに見えてくる。

 

だが、逆に言えばデモニカの原理を考えれば『対処法』も見えてくる。

 

 

(無理に本体の急所を狙って『点』で攻撃するからダメなんだ。もっと『面』を見て……まずはデモニカの方を叩く!動物園のラッコが貝殻を叩き割って中の身だけを食うみたいにな!)

 

 

ギルスクロウによる斬撃ではなく、ギルスフィーラーによる拘束と打撃による装備破壊を狙いにいく。

 

スキル封印の雷撃は、ダメージよりも閃光による目くらましを優先。

 

打撃と共に雷撃を放ち、次の一合のイニシアチブを常に取りながら殴り続ける。

 

 

『【万物粉砕】ッ!!』*4

 

「【カウンター】ッ!」*5

 

 

振るわれたレッドドラゴンの右腕をダッキングで避け、カウンターの一撃が腹部を捕らえる。

 

おえ、と僅かにえずいたのと同時に、下がって来た頭部へ右フックを叩き込んだ。

 

ボディで体をくの字に追ってから顔面、ボクシングのような打撃系格闘技の基本だ。

 

やはりというかなんというか、格闘技を十分に修めているハルカのほうが、殴り合いの駆け引きには分がある。

 

大ぶりな打撃にカウンターを合わせ、じわじわとレッドドラゴンの生体装甲を削り落とす。

 

龍のウロコを一枚一枚ひっぺがしていくような戦い方だが、しかし……。

 

 

「だああぁっ!!」

 

『ぐガッ……!?』

(何故だ、速度は互角、腕力と装甲はこちらが上!だと言うのに……近接戦の駆け引きだけで、こうまで追い込まれるものか!?)

 

 

『根性だけは天才だ』……そう阿部に認められた不屈の心が彼にはあった。

 

少しでも装甲の薄い部分を狙い、打撃を打ち込み、小さなヒビも見逃さず攻撃を集中する。

 

一撃必殺の強打ではない、見かけは地味だが丁寧な連打をもって、レッドドラゴンの鎧を砕きつつあった。

 

 

「(もう少し、もう少しだ!ほんのちょっとだけでも欠けさえすれば……!)」

 

『(ええい、このままではじり貧か……賭けに出るなら、今だな!)』

 

 

『ヴオオオオォッ!!』とギルスの咆哮に負けじと叫び、大きく両腕の角を振るいながら吶喊する。

 

装甲がまだ残っている内に勝負を賭けに来たか!と判断したハルカ/ギルスもまた、拳を構えなおしてそれを迎え撃った。

 

突き出された角を避け、胸部を殴りぬきながら背後へ回り込む。

 

ソレを追って振り向いたレッドドラゴンの胸目掛け、狙いすましたかのような回し蹴りが叩き込まれた。

 

……そして、うめき声を漏らしたレッドドラゴンの胸部装甲が、ほんのわずかに欠けて穴が開いたのを見逃すギルスではなかった。

 

右腕のギルスクロウを再度出現させ、ライジングによって操る封印エネルギー入りの雷撃を纏わせる。

 

体制を立て直し、再度突っ込んできたレッドドラゴンの動きを見切り、カウンターのタイミングをドンピシャリで合わせた。

 

狙いは今しがた空いたばかりの小さな穴、それを目掛けて、全パワーを一点集中させた突きをねじ込む。

 

 

「【ライダースティング】!!」

 

 

輝く黄金の爪牙が、雷光を纏った高速の突きを伴ってレッドドラゴンの装甲を貫く。

 

装甲の内部にあるはずのホア・オブ・バビロンの肉体まで貫き、そのままギルスクロウだけでなく腕まで深く埋まっていく。

 

体内に直接注ぎ込んだ雷撃と共に、今度こそホア・オブ・バビロンを撃破した……はずだった。

 

 

「!? 手ごたえが軽い、これは……『抜け殻』!?」

 

『大当たりだ、英雄よ』

 

「何ッ、ぐはっ!?」

 

 

ギルスクロウが貫いたのは、レッドドラゴンの重厚なる外殻『のみ』。

 

この賭けに勝ったのは、レッドドラゴン……もとい、ホア・オブ・バビロンであった。

 

ギルスクロウが突き出された瞬間、外殻の装甲部分を全てパージしてバックステップ。

 

その場に残った外殻だけをギルスに貫かせてスキを作り、重い鎧を脱ぎ捨てたことで上昇した『速』を利用し不意を打ったのだ。

 

ゴツさ全開だった今迄の姿とは別に、全体的に細身でスマートな印象を受ける姿へと変貌したレッドドラゴン。

 

たわわな胸に合わせて胸部の装甲も変形しているようで、全体的に女性らしさを感じるフォルムとなっている。

 

 

【レッドドラゴン 龍人態】*6……とでも名付けるとしよう!となると、先ほどまでのは【魔人態】か?フフ……』

 

「ぐっ、早い!さっきまでとは段違いに……?!」

 

『ハハハハハッ!この程度ではまだまだ余の全速力とは言えんぞ、英雄よ!』

 

 

【龍の眼光】*7【スクカジャ】=【クロックアップ】*8

 

 

『シャラァッ!!』

「がふっ!?」

 

 

ギルスの眼にすら止まらぬ速度でレッドドラゴンが急加速、ガードが間に合わず、ギルスの顔面へ拳がめり込む。

 

そのまま腹、足、肩と次々にコンビネーションが叩き込まれ、やぶれかぶれに突き出したギルスの拳も空を切る。

 

僅かにつんのめった体を無理矢理引き戻せば、レッドドラゴンはギルスの間合いの一歩外まで下がっていた。

 

 

『この姿だと腕力や装甲は落ちるようだが……速度は今までの比ではない。

 何よりこの【クロックアップ】……素晴らしい力だ!【獣の眼光】すら遅く思える!』

 

「ぐっ……(『眼光』系スキルか、速度がハネ上がってる!)」

 

 

プレスターンを増やすスキルと、己の速度を上げるスクカジャを組み合わせた合体技。

 

元々【速】が上がる形態なのもあって、単に龍の眼光を使っただけでは追いきれないほどの速度をたたき出している。

 

ライジングギルスも速度重視のフォームだが、それを差し引いても『眼光』スキルの差が大きすぎる。

 

 

『ふっ……クロックアップできないお主など、余の敵ではない!』

 

「そうかな? ……とも限らないぜ? 【超変身】ッ!」

 

 

ギルスが超越形態【エクシードギルス】に変身し、体中にかけられたリミッターが吹き飛ぶ。

 

久方ぶりの『無茶』をやるのは未だ、と、ハルカも最後の賭けに出た。

 

 

「付き合ってやる……三分間だけな! 

 

超 変 身ッ!!」

 

 

エクシードギルスのままライジングフォームを起動、全身のリミッターが外れている影響で、制御不能の封印エネルギーがあふれ出す。

 

四肢に金色の装飾品が現れ、全身からは封印エネルギーを伴った雷撃が迸る。

 

リミッターが完全に外れているということは、悪く言えばエネルギーの抑えが利かないということだが、よく言えば『制御できてる時は出せない出力を叩き出せる』という事だ。 

 

外見にも過剰出力の影響は出ており、全身の生体装甲は『黒』一色に染まり、継ぎ目の部分に金色のラインが走る。

 

赤く光る瞳と合わせ、転生者ならばこう言うはずだ……『まるで【アメイジングマイティ】のようだ』と。

 

 

「【ライジングエクシードフォーム】……長持ちしないんでな、一気に決めさせてもらう!」

 

 

『……いいだろう、最終ラウンドだッ!!』

 

 

【獣の眼光】*9+【ラスタキャンディ】*10+【チャージ】=【スタートアップ】*11

 

【龍の眼光】+【スクカジャ】=【クロックアップ】

 

 

 

両者がほぼ同時に超加速し、目に見えぬスピードすら超えた超高速戦闘に突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何の価値もクソも、生まれた命はただの種だ』

 

『種の時点でそのものの価値全部が決まってたまるか』

 

『自分の価値ってやつを知りたいんなら、まずは生きてみろ』

 

『枯れ果てるまで生きた後に、ようやく答えが見つかるさ』

 

 

鷹村ハルカは、今も、この言葉を胸に生きている。

 

自分の価値は、生まれた時ではなく【生き様】と【死に様】で決まるのだ、と。

 

そう信じて、生きている。

 

 

*1
「予知が出たから!必要だから!」ってことでショタオジに頼み込んで一定期間だけハルカの使用許可を得た。(当時は)全身の式神パーツのセーフティが有効なので、ショタオジも許可。むしろ打てば響く人種だったので嬉々として嬲り……もとい修行してくれた。

*2
敵単体に力依存・電撃属性の大ダメージ。耐性を貫通する

*3
敵全体にランダムで2〜4回大威力の物理属性攻撃

*4
敵一体に中威力の物理攻撃。攻撃と防御を1段階下げる。

*5
敵の物理攻撃に対し反撃する

*6
外見は真紅の【ドラゴンオルフェノク 龍人態】。ただし一部がロブスターオルフェノクのような女性的な外見になっている。

*7
プレスターンアイコンを4つ増やす。つまり行動回数が4回増える。

*8
プレスターンアイコンを4つ増やす&使用者の命中・回避を2段階上昇。

*9
プレスターンを2つ増やす。ミナミィネキに作成してもらった【獣の眼光】のスキルカードで習得した。

*10
全能力を1段階上昇。

*11
プレスターンを2つ増やす&全能力を2段階上昇+自身にチャージ状態を付与。



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「ヒャア我慢できねぇゼロだ!!」

 

【某月某日 魔術的揚陸艦・『土隠あきつ丸』 内部】

 

魔術的揚陸艦・『土隠あきつ丸』。

 

ストレンジジャーニーに登場する『レッドスプライト号』を参考に、コボルトースという地中を走る力を持った悪魔を『剣合体』の要領で付与した、地面を潜る潜水艦だ。

 

【KSJ研究所】……またの名を【メシアンスレイヤー】と呼ばれる三人組が発案した大発明であり、この研究所の移動拠点でもある。

 

ハルカは一度、阿部の付き添いでコレに乗せてもらった経験があり、ついでに所用で訪れる予定だったスマートブレイン本社まで送ってもらった事があった。

 

……その土隠あきつ丸から降りる際、カズフサに呼び止められ、あるものを渡された。

 

 

『そういえば、コレ。くそみそニキ……じゃなくて、阿部さんから頼まれてたモノだけど』

 

『これ……【スキルカード】ですか?え、僕に?』

 

 

KSJ研究所の代表者が一人、『カズフサ』が差しだしてきたスキルカードを受け取り、ハルカは首を傾げる。

 

先日、ミナミィネキから受け取った『獣の眼光』のスキルカードの件と合わせて、最近は阿部の手配でスキルカードが届くことが増えたのである。

 

……受け取った後に阿部に確認して始めて知ることも多いが。

 

 

『あれ、聞いてなかったのかい?うーん、おかしいなぁ……』

 

『あー、いえ。多分僕に言ってなかったんだと思います。 あのクソ師匠はそーいうところあるので』

 

『そ、そうか……でも、言っちゃなんだけど、かなり使い方が限定されるスキルだよ?これは』

 

 

スキルカードの中に入っているスキルの説明を受け、ハルカは『あー……なるほど』とつい呟いてしまったが、それでも礼を言ってカードを受け取った。

 

カズフサと違って『このスキル』を利用できる下準備もできてないハルカが、なぜ迷いなく受け取ったのかを尋ねてみれば……。

 

 

『師匠が「コレが必要だ」って判断したってことは、きっとそういうことですから』

 

 

この一言が全てであった。

 

 

 

 

【S県 沿岸部 海岸】

 

 

『ダラァッ!』

 

「ヴォオアアアアアアアアァァアアァアア!!」

 

互いに地面を蹴って前に出た瞬間、その反動で周囲の砂と岩が巻き上がる。

 

砂浜といっても、海水浴場に使われるような広いビーチではない。周囲の岩はシンプルな障害物だ。

 

そして、跳ね上がった砂と岩が地面に落ちるよりも先に、10発、50発、100発ととんでもない速度の打撃が交差する。

 

互いの現在の速度は【マッハ51】以上。時速に換算すると【六万二千㎞】

 

50mを移動するのにかかる時間は【0.0058秒】、まさに純粋な速度だけで他の悪魔をぶっちぎりに抜き去っている。

 

眼光系スキルによる時間操作も相まって、時間操作+高速移動を習得していなければそもそも戦いにすらならないほどの初見殺しだ。

 

高レベルの霊能力者ですら、残像がとんでもない速度で砂浜や海を駆け抜けて交差しているとしか判別できない。

 

断続的に何かが破壊される音が発生しているが、それが聞く者の耳に届く時には10を超える破砕音が発生している、などというわけのわからない戦場だ。

 

だがしかし、既にレッドドラゴン……ホア・オブ・バビロンは『打開策』を見つけつつあった。

 

 

『(三分間だけ付き合ってやる。こやつはそう言った。つまり、こやつの加速はそう長く持たない!)』

 

 

そして、総合力ならともかく『行動速度』の一点ではまだレッドドラゴンが有利を取っている。

 

互いに殴り合う状態なら、白兵戦の経験値の差で痛い一発を食らっていたかもしれない。

 

だがしかし、僅かに自分よりスピードでは劣るハルカの動きを凌ぐことだけを意識しつつ、間合いを無理に詰めなければカウンターも食らわない。

 

アレはホア・オブ・バビロンの方から積極的に仕掛けるからこそ活きる技術だ、彼女が防戦を選択すれば腐る。

 

そして、計算通りエクシードギルスは全力を振り絞った攻勢に出た。

 

 

(あと一分……!)

 

 

ニィ、とレッドドラゴンの仮面の下で笑みを深める。

 

攻めっけが強くなりすぎれば、攻撃は全体的に荒くなる。当たれば痛いが、さばく難易度も下がる。

 

繰り出される拳の連打を払いのけるように防ぎながら、一秒、また一秒と頭の中でカウントダウンを刻む。

 

顔面への突きを受け流し、追いかけるように放たれた右のハイキックをスウェーで避ける。

 

時折その身に届く雷撃も、スキルを乗せなければ耐性でダメージを軽減できる。

 

 

そして、宣言した『三分』が過ぎるのと同時に、エクシードギルスの体がぐらりと傾いた。

 

 

『(勝った……!!)』

 

勝利の核心と共に間合いを詰め、全身全霊を込めた拳を振るう。

 

長引かせて回復・復活させてしまえば元も子もない、正真正銘、この一撃でカタをつけるつもりだ。

 

打撃音が響き渡る。生体装甲が砕け、鮮血が舞い、もんどりうって五体が地面を転がっていく。

 

 

『……な、が、ぶぇっ……!?』

 

 

……そう、地面に転がったのはレッドドラゴンの体であった。

 

放った拳は完全に見切られ、まるで達人がハエを箸でつまむような神業でもって受け止められた。

 

その直後、レッドドラゴンの顔面を抉りぬくように拳が突き抜け、頭部を覆う生体装甲を砕きながら振りぬかれる。

 

がしゃん、と音を立ててマスクが砕け、レッドドラゴンの鎧の下……ホア・オブ・バビロンの顔が露出した。

 

 

『ば、バカな……なぜ、ここまで、ダメージが……!?』

 

 

そう、明らかに互いに加速した直後の攻撃より、今の一発のほうが打撃が重かった。

 

『エクシードギルス ライジングフォーム』はどう考えても肉体に負荷がかかる強化形態。

 

ホア・オブ・バビロンの眼から見ても、ハルカの宣言した『三分』という制限時間は妥当なセンだ。

 

MAGの減少量を考えたら、今のハルカの攻撃は蚊の刺す程度のダメージしか与えられないはず。

 

 

「……『三分』って宣言すれば、防戦に徹すると思ったよ」

 

『なんだと……?!』

 

「逆だ、ホア・オブ・バビロン。僕はどうしても『三分間』稼ぎたかった!これが、その理由だ!!」

 

 

ハルカの全身に、どこからともなく大量のMAGが漲り噴出する。

 

それはそのまま轟雷となって体にまとわりつき、肉体を引きちぎり、焼き焦がしながら周囲を巻き込む。

 

が、高速で破壊されているはずの肉体は、それ以上の速度で再生・修復。自傷ダメージを自動回復が上回っているのだ。

 

 

『貴様、どこからそれほどのMAGを!?何万という信者でもかき集めたか!?それとも地脈に細工をして……』

 

「簡単な事さ、ホア・オブ・バビロン。

 これは、人々が僕に託した『生きる意志』だ!」

 

『人々の、意思だと……!?』

 

 

当然、このタイミングで都合のいい奇跡が起きたわけではない。

 

この『奇跡』は起きたモノではなく、『起こした』モノだ。カラクリがある。

 

そして、そのカラクリはこの場にいない人間達……『ガイア連合霊山同盟支部』の一部の黒札と、それに協力している数多の人々の尽力の結果であった。

 

 

 

 

 

 

【結界外部 結界基点】

 

 

「よぉし、ハルカとのパスは安定状態!シノ、いつでもいいぞ!」

 

『オッケー!この日のために積み上げてきた準備だったからねぇ!!』

 

 

ハイエンドデモニカ『G4』に身を包み、デモニカ強化用ロボット『パワーダイザー』*1に乗り込んだ阿部と、霊山同盟支部の司令部に残っているシノが暗躍する。

 

元々、ハルカのシキガミ移植先であるギルスは『阿部の専用式神の肉体』。

 

当然、阿部とハルカの間には『MAGの供給ができるライン』が繋がったままである。

 

ハルカの持つMAGでも十分にギルスは戦えるのだが、それでも足りなくなれば阿部のMAGを追加供給することも可能なのだ。

 

とはいえ、ハルカ/ギルスの超パワーアップにはこれだけでは足りない。阿部を絞りつくすまでMAGを絞っても、戦局が有利に傾く程度が限界だ。

 

 

『地脈とターミナルシステム、そして『電脳異界』を使ったMAGの供給ライン、整ったよ!』

 

「よし、集まった『スパチャ』からも片っ端からMAGを吸い出せ!全部俺に供給しろ、然るべき所に届けてやる!!」

 

 

……そう、阿部→ハルカのラインでMAGが供給できるのなら、阿部にとんでもない量のMAGを集めてハルカに供給させればいい。

 

日本の地脈・霊脈、さらにターミナルシステムと電脳異界まで使った『MAGとオカルトアイテムの輸送路』。

 

オカルトアイテムは変換効率が悪かろうとMAGに変換し、阿部に供給する。これなら有り余ったマッスルドリンコですら貴重なMAG供給源となる。

 

 

ならば、このラインに乗せるMAGやマッカやオカルトアイテム……シノの言う『スパチャ』はどこから集まっているのか。

 

その秘密は、読者の皆様もすっかり忘れているであろう、ギルスとレッドドラゴンの戦闘が始まってから放置されていた『ギルスレイダー』にある。

 

 

『ホア・オブ・バビロンとの戦闘は【全世界にDDSやガイア連合掲示板含めたありったけの回線で配信中】!そもそも【四騎士との戦闘】も含めて、特撮俺達の希望でたっちゃんの戦いは配信してたからね!!同接数すんごい事になってるよ!!』

 

 

これが、その秘密だ。ギルスレイダーの視界やセンサーをそのまま配信用カメラとして使用し、ギルスの激闘を世界中に配信。

 

ガイア連合内ではなく、ホア・オブ・バビロンやサタンといった【リアル世界滅亡の危機】を前に、様々な人間が大小あれど【スパチャと言う名の物資援護】を開始したのである。

 

ハルカが『三分間』とハッタリをかましたのは、阿部とのラインを通じて作戦の進行状況を把握し、ハルカへの供給が始まるタイミングを見計らっていたからだ。

 

この方法は、当然だがハルカ/ギルスの肉体にかかる負荷も非常に大きい。供給パイプになっている阿部も同様に、だ。

 

だからこそ、ギリギリのギリギリまでこのカードを温存しつづけた。ホア・オブ・バビロンが全ての手札を切り終えて、完全に『詰み』へ持っていける瞬間まで。

 

そして……。

 

 

 

『主殿にありったけのMAGを届けましょう!!』

『言うのは簡単だが、そろそろMAG不足で体が透けてきたぞ!』

 

『あ、頭くらっくらしてきた、もう気絶しそうだ……!』

『私もです……ほ、鋒山家の跡取りが情けない……』

『お姉ちゃん、これで魔石は終わりだよ!』

『せやったらチャクラドロップや!』

 

 

『今こそかつての恩を返すとき!巫女一同でMAGを注ぎ込みなさい!』

『古都派出所に負けたら恥ですよこれは!』

 

『首塚大明神様が後生大事に抱えてる霊酒も持ってきてください!』

『えっ、でもアレもうちょっと熟成させたら晩酌に使うつもりで……』

『早く!!』

『アッハイ』

 

『ラッキークローバーの貯蔵を担ぎ出せ!アカネ、倉庫から運んで来い!』

『スカンピンになっちゃいますよ姐さん!?』

『地球が滅んだら使う機会もないでしょうが!』

 

『清貧を尊ぶ教えは今だけ忘れな!シスター・ヘレン、アンタが作ってるハマストーンもだ!』

『は、はい!今トラポートで取ってきます!』

 

『S県内の霊能組織に連絡を取れ!今こそニノウエ家の権威を見せる時だ!』

 

『困ります!!困ります!!凍夜様!!困ります!!あーっ!!困ります!!それは輸出用のアクエスストーンで、あーっ!!』

『足りなかったら作るから!今は全ブッパの時だから!マネーイズパワーだから!!』

 

『MAGの貯蔵はたっぷりため込んである、いけるぞ!』

『……大半あきつ丸に補給した後じゃなかったっけ?』

『……不足コストはあきつドラから確保!!』

『え゛っ』

 

『G3ユニットはこれよりターミナル及び輸送物資の護衛に移る!MAG供給源に手を出させるな!』

『了解!』

 

『ノンナ!切り詰めに切り詰めれば傷薬の1本ぐらいは行けるわよね!?』

『少しならマッカも投入できます、賭けるなら今、ですね』

 

『アリサ、ナオミ!ICBM潰しもひと段落したし、今度は投資と行きましょっか!』

 

『たくさんスパチャしてパパにまた哺乳瓶でミルク飲ませてもらうのよ!!』

『杏様!?それとっておきのソーマ……いやまって!?『また』って言った!?』

『僕らの見てないところでナニやってるんですかちょっとぉ!?』

 

 

 

……色々と喧々諤々なスパチャ風景ではあるが、ハルカ/ギルスに世界中から支援が集まっているのは確かだ。

 

それによって基礎スペックと再生能力を同時に強化。レッドドラゴンを遥かに上回るパワーを一時的に得ているのである。

 

 

「僕と君の勝敗を分けたのはたった一つ……たった一つのシンプルな答えだ。

 

『自分を推してくれるファンの声援の差』だ!!」

 

『ぐっっっふうううぅぅ……!!?』

 

 

その一言は、恐らくハルカの思った以上にホア・オブ・バビロンの精神を砕いた。

 

大淫婦バビロンは、人を堕落させ、己を崇拝させ、神への信仰を裏切らせる。

 

まさしくスーパー黙示録ビッチ、そして旧約聖書のアイドル*2である、

 

そんな彼女が、戦闘力ではなく『自分を推す信者(ファン)の数で負けた』……悪魔にとってアイデンティティの崩壊に等しい。

 

どこぞのゼウスが乾電池との電力対決に負けるレベルの尊厳破壊である。

 

 

『ま、まだだ、まだ余は負けていない、ぐふっ……かならず、かならずこの国の人間を纏めて堕落させてくれる!!』

 

(あれ、なんだか想像以上に効いてないか……?)

 

『まずは貴様からだ、仮面ライダー!!』

 

 

再び【クロックアップ】を使用し、ICBMですらスローに見えてくる速度で迫りくるレッドドラゴン/ホア・オブ・バビロン。

 

それに対し、ハルカ/ギルスは腰を深く落とし、阿部から習った拳法の【基本の構え】を取った。

 

 

(自分から攻めるときはしっくりこなかった……それもそのはずだ、この構えの本質は【攻防一体】

 攻め気ではなく、守りにもまた重点を置かねばならない……)

 

そもそも、普段のギルスの戦闘スタイルは『タフさを活かした削り合い』。

 

故に、守りに徹していてはジリ貧になることが多く、多少危険を冒してでも攻め込む必要があった。

 

だからこそ、この大一番まで阿部が仕込んだ『最後のカード』が切られることが無かったのである。

 

同レベルかそれ以上の身体能力を持つ相手との肉弾戦が頻発し、『カウンター』を重視し始めたからこそ、パチリとパズルのピースがハマる音がした。

 

 

【カウンター】+【会心の覇気】

 

 

「赤心少林拳……【梅花の型】!!」

 

『対悪魔用として、既存の拳法を元に作り出された武術』……それが、阿部の生まれた霊能一族に伝わる技術であった。

 

阿部はそれを体得した上で、自分なりに盛大に弄りまくって強化。結果として『赤心少林拳』が完成してしまった。

 

とはいえ、無駄に完成度の高いそれをむやみに広める気はなく、ハルカにイチから叩き込んだ後は誰にも教えず秘匿し続けている。

 

しかし、度重なる激戦によってハルカはついに『カウンターの構え』である『梅花の型』に開眼。

 

突っ込んできたレッドドラゴンの一撃をたやすくいなし、逆にカウンターの拳が割れた仮面目掛けて突き刺さる。

 

強烈なカウンターにたたらを踏んだレッドドラゴンに、当然ギルスは一切の遠慮をしない。

 

今度は逃がさない……そんな意思を込めた雷撃が、出現したギルスクロウの先端目掛けて駆け上がっていく。

 

レッドドラゴンが顔を上げたのと同時に、その胸目掛けて『封印エネルギーを濃縮した突き』が放たれる。

 

 

「今度こそッ……! 『ライダースティング』ッ!!」

 

『がぁッ、は、ぁ……!?』

 

 

先ほど一度失敗した必殺技を、今度こそ、とばかりにねじ込んだ。

 

魔人態の時よりも薄くなった生体装甲をあっさり貫通し、レッドドラゴンの体内へ電撃と封印エネルギーが流し込まれる。

 

引き抜いた瞬間、ぽっかりと空いたレッドドラゴンの胸の穴に、『戦士の古代文字』が浮かび上がった。

 

十分な封印エネルギーを注ぎ込み、殺すのも封印するのも自由自在になった証である。

 

 

(か、体の自由が効かん……ぐ、ここまでか!)

 

「ギルススティンガーッ!そして来い、ギルスレイダーッ!!」

 

『ぐぉっ……何!?』

 

 

負けた、とレッドドラゴンが死を覚悟した瞬間、エクシードギルスが背負う赤い触手……『ギルススティンガー』が伸び、レッドドラゴンを縛り上げる。

 

次の瞬間、傍観と撮影に徹していたギルスレイダーがそれを跳ね飛ばし、ギルスがまたがった直後にレッドドラゴンをボディに乗り上げさせて走り出した。

 

一部の黒札にはひじょーに見覚えのある……『クウガがグロンギを運ぶ時のアレ』である。

 

 

『き、貴様、意味もなく敗者を嬲るとは、見損なったぞ!』

 

「意味があるからやってるんだよ! 師匠、今です!」

 

『応、待ちくたびれたぜ!!』

 

 

結界の一部に穴が開き、阿部の乗りこんでいるパワーダイザーが走行用の『ビークルモード』で駆け込んでくる。

 

速度を重視した車両形態『ビークルモード』、格闘戦用の巨人形態『パワーダイザー』を切り替えて使える可変式ロボットだ。

 

その阿部が予定していたポイントに到達し、パワーダイザーの最後の形態……『タワーモード』を起動する。

 

文字通りに機械でできた塔のような形状・……だが、見る人が見れば別の施設に見える『塔』。

 

G4とパワーダイザーのデータリンクに阿部の占星術を加え、はるかな空のかなたにいる『ソレ』を観測した。

 

 

『こっちの準備は完了だ、そっちはどうだ!』

 

「はい、レッドドラゴンの爆発は抑え込んであります!」

 

『よし!』「ば、爆発!?」

 

 

レッドドラゴンが素っ頓狂な声を上げる、いきなり自分が爆発する、などと言われればそんな声も出よう。

 

だが、この原因は『ライジングフォームの欠陥』にある。

 

ニャルラトホテプを撃破した際に、空中で真っ二つになったニャルラトホテプの体が大爆発したことをハルカは懸念したのだ。

 

阿部同行のもとで実験した結果、LV50以上の悪魔に対してライジングフォームをフルパワーで使うと、悪魔が大爆発を起こすことが判明したのである。

 

そして、爆発の威力と範囲は倒した悪魔のレベルに比例する。レッドドラゴンの爆発など、どれほどの威力か考えたくもない。

 

 

レッドドラゴンを拘束したまま、バックで『パワーダイザー・タワーモード』にギルスレイダーをセット。

 

ハルカ/ギルスもギルスレイダーに跨ったまま、ギルスレイダーがゆっくりと上方に傾いていく。

 

そしてほとんど直角に変わると、ギルスレイダーの後方にバカみたいな量のMAGが集中し始めた。

 

 

『占星術索敵ヨシ!目標、中層圏『神霊 サタン』!いけるな、ハルカ!』

 

「はい、任せてください!!」

 

『よーしロボ部への中継も切らすなよー!アイツらこの画を見たらジャンジャンスパチャ放り込むから!お前の『射出』に使うのもMAG燃料だからな、死活問題だ!』

 

「おい、待て!まさか、まさか貴様ら……。

 

余をサタンにぶつけて爆発で対消滅させるつもりか!?」

 

「Exactly(その通りでございます)」

 

 

何故か気取ったハルカの返答と同時に、阿部が「10,9……」とカウントダウンまで開始した。

 

サタンによる人類滅亡計画を察知した阿部は、あの手この手で宇宙に戦力を送り込む方法を模索。

 

この『パワーダイザー』がそれであり、ガイア連合ロボ部に『パワーダイザーがないと回避できない終末がある』とリークしたのはそのためだ。

 

『パワーダイザー・タワーモード』は、仮面ライダー+バイク+敵怪人を大気圏外まで射出する機能を持ったマスドライバーである。

 

純粋MAGを燃料にして、ショタオジが計画していた月への脱出計画で考案されていた『オカルト技術を使った弾道計算システム』も取り入れた、まさに宇宙(ソラ)へ仮面ライダーを打ち上げるためのワンオフ機。

 

さらにシノの手でギルスを全領域対応に再改造し、KSJ研究所のカズフサのスキルである『光玉の目』もスキルカード経由で習得した。

 

阿部の『宇宙って真っ暗闇だし、ダークゾーン対策がそのまま通るだろ』とかいう超絶雑な理論の結果である。

 

 

 

『ふざけっ……「ヒャア我慢できねぇゼロだ!!」

 

ヌアアアアアァァァァァァァァァ…………!』

 

 

抗議の声が二人の耳に届く前に、ホア・オブ・バビロン/レッドドラゴンは、ギルス&ギルスレイダーと共に、空の向こうへ撃ちだされた。

 

 

 

*1
故郷防衛を頑張る俺たち 【いきなりの】技術開発班ロボ部【終末検案】Part.76 等を参照

*2
ただし枕営業平然とやる炎上系アイドルである。同じ炎上系のりあむも真っ青な問題児だ。



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(……勝ったぞ、みんな)

 

【某月某日 コ〇ダ珈琲】

 

 

『……とまあ、これが【プランA】と【プランB】だ。

 大淫婦バビロンを対消滅用の弾頭にした、神霊サタンへの吶喊。

 それが【プランA】、これで倒せれば万事幸せにカタがつく』

 

『だが、それでも仕留め損ねた場合に備え、阿部と私とメタトロンがプランBという『二の矢』を準備しておく、というわけだ』

 

『一番いい次善策を頼む』

 

 

『……なる、ほど』

 

メタトロンとルシフェルの存在を明かされたあの日、ハルカは阿部から【予知の内容とそれに対処する計画】をほとんど全部聞かされていた。

 

阿部の予知の中で、どこの誰にも絶対にバレないタイミングがココしかなかったらしいが……なんにせよ、地球が滅ぶか救われるかの瀬戸際を防ぐ計画を、ハルカは全て知っている。

 

そして、その中には【ホア・オブ・バビロンを宇宙に打ち上げた後】の展開も含まれていた。

 

大爆発する寸前のホア・オブ・バビロンを拘束し、封印エネルギーを制御することで爆発を遅らせてから、片道切符の特攻弾として利用し対消滅させる。

 

それが失敗したときのための『次善策』……すなわち、サタンを仕留め損ねた時の作戦こそが【プランB】だ。

 

 

『……それしか、ないんですね。そうですよね、こんな状況じゃ……』

 

『俺たちもプランAで成功させるために全力を尽くす。

 だが、相手が相手だ。確実と言い切れん。俺たちは万能の神じゃないんだからな』

 

『ええ、大丈夫です。 その時は僕が……』

 

 

なぜ、阿部は【サタンが海上に出た時点で撃墜する計画を立てなかったのか】。

 

宇宙空間へ追いかけるよりも、出た直後に叩く方がずっと楽である。

 

なぜ、阿部は【結界を海に張ってサタンを閉じ込める計画を立てなかったのか】。

 

結界を使った時間稼ぎを利用すれば、もっと戦力が集まった瞬間に迎撃できた。

 

なぜ、阿部は【この2体を倒すタイミングをエンシェントデイ出現後になるよう調整したのか】。

 

サタンはともかく、ホア・オブ・バビロンは海を渡って日本へ襲来した。

 

つまり、日本に来て水際防衛に突入する前に対処する手もいくつかあったはず。

 

それら全部の機会を捨てて、この一戦に全リソースを集中した理由は、何故か。

 

それこそ、今ハルカに説明した【プランB】。

 

 

『やり遂げて見せます。僕はそのために戦ってきたのだから……!』

 

 

すなわち、【1つも失わずに10を得るプランA】と、【最小の犠牲で100を得るプランB】だ。

 

 

 

 

 

【日本列島上空 低軌道】

 

 

 

『がああぁっ!ぐっ、い、いい加減にッ……』

 

「悪いが敵に遠慮してられるほど余裕はない!このままサタンまで叩きつけさせてもらう!!」

 

酸素があった成層圏~中層圏を抜け、高温の熱圏を飛び出し、完全な宇宙空間まで飛び出したギルス。

 

大気圏と宇宙空間を分ける『カーマン・ライン』などとっくの昔に飛び越えていた。

 

パワーダイザー・タワーモードによる打ち上げ時の加速はまだまだ有効なようで、そのままの勢いで低軌道を駆け抜けサタンに迫りつつある。

 

サタンが鎮座しメギドアークのチャージを進めている中軌道は、地表から約2000㎞以上。

 

ここから先は、サタンのメギドアークが放たれるのが速いか、ギルスがプランAを完遂するのが速いかのチキンレースとなる。

 

だが、スペースシャトルの速度が時速約4800㎞。対してライジングフォーム時のハルカの最高速度は時速62000㎞。

 

もちろん地面のない宇宙空間なので単純比較はできないが、【獣の眼光】連打による時間加速を使った高速移動は健在だ。

 

そしてなにより、宇宙空間で移動するための手は既に考え付いている。

 

 

「借りるぞ、イチロウ! 【超変身】ッ!!」

 

 

ライジングフォームの力を使ったまま、有り余るMAGでゴリ押すようにバーニングフォームを発動させる。

 

角と装甲が赤く染まり、手足には黄金の装飾が現れる。

 

首元には炎で編まれたマフラーがたなびき、全身から神火と雷光を迸らせる。

 

真紅の瞳が暗い宇宙でも爛々と輝いて、生々しく生えてきた全身の棘が『生物』であることを強調していた。

 

『エクシードギルス トリニティフォーム』

 

超越(エクシード)/神火(バーニング)/金雷(ライジング)、全ての力を解放した、ハルカの切り札であった。

 

通常ならばMAG不足のせいで数秒で衰弱死しかねない無茶苦茶も、過剰なほどのMAG供給のおかげでごり押しが利く。

 

 

肉体の内外全てが、高圧電流と神話の劫火によって焼き焦がされる激痛が常に襲う『程度』の副作用はリスクとすら考えていない。

 

 

背中から神火が勢いよく吹き出し、パワーダイザー・タワーモードによって得た初速を維持し、加速させる。

 

ギルスレイダーが貯蔵していた分のMAGまで加速に回すことで、一気に地球の重力を振り切って宇宙空間を突っ切っていく。

 

 

(よし、カズフサさんから貰った『光玉の目』はちゃんと機能してる!真っ暗闇のはずなのに、見えるぞ!)

 

後ろを少しだけ振り向けば、青い地球をバックに自分が宇宙を走っているのが実感できる。

 

地上へ届く星々の光を後ろへ追い抜き、赤く燃える流星となって飛んでいく。

 

ライジングフォームの封印エネルギーを継続的にホア・オブ・バビロンヘ流し込み、復活しないように気をつけながら、ついに低軌道すら突破した。

 

地球の重力の井戸からは既に半分離れかけている。このまま加速し続ければ太陽系の隅っこまですっ飛んでいきそうだが、流石に目標地点はそこまで遠くない。

 

地表から2000㎞以上離れた中軌道の宇宙空間にて、ついにギルスの感覚は『神霊 サタン』を捉えた。

 

 

「出し惜しみは無し、一気に仕留める!」

 

『! 貴様ら、一体どこから……!?』

 

サタンの方もギルス達に気づいたようで、『漆黒の蛇』*1等のスキルによる迎撃が飛んできた。

 

流石にこれだけ距離が離れると、切り札の1つであったスパチャによるMAGの過剰供給も万全には届かない。

 

とはいえ、ギルスに蓄積されたMAGは万全の状態を大きくオーバーしてあふれ出しそうなほど。

 

無理に無茶を重ねたトリニティフォームも、これだけのMAGがあれば十分に維持できる。

 

何より、あの『神霊 サタン』は地球の粛清のために特化した能力配分がされている……というのは阿部の言だ。

 

すなわち、この宇宙空間でマトモに戦うようなリソースもすべて、移動能力とメギドアークの火力に割り振っているのだ。

 

宇宙空間でスラスターを吹かして移動するSF作品の宇宙戦闘機のように、神火の噴出口を弄ることで迎撃の魔法を避けながら近づいていく。

 

 

「そぉらっ!!」

 

『ぐぬぁっ!?』

 

『ちいっ……!』

 

神火の噴出方向を変えて急旋回、封印エネルギーによって半分石化しているホア・オブ・バビロンを弾き飛ばし、メギドアークの光をチャージ中だったサタンに叩きつけた。

 

回避のために移動しないのは、地球全土を焼き払うためのメギドアークをチャージするためにほとんどのMAGリソースを割いているからだろう。

 

迫ってくるギルスへの迎撃すら散発的だったのはそのためだ。

 

サタンはそもそもこの宇宙空間で戦う気は毛頭なく、『絶対に邪魔されない場所まで移動してから地球規模の即死技で終わらせる』ために全リソースをブチこんだのだから。

 

宇宙空間で戦える戦士をマスドライバーで中層圏まで精密射出する、などという頭ヒーホーなアイディアを本気で実行するバカがいるとか、サタンであっても想定外である。

 

そして、サタンからすれば『なんでわざわざホア・オブ・バビロンを連れてきたのか』が一切不明というのが、この後の不意打ちが決まる決定打となった。

 

 

「よぉし、これでいい……キメてやるッ!!皆の絆で……『未来』を掴む!!」

 

 

神火のマフラーを握りしめ、引き抜く。

 

炎が武器となって形成され、ペイルライダーとの戦いでも活躍した『シャイニングカリバー』に変形した。

 

両刃刀であるという点を活かし、片方の刃に神火を、片方の刃に封雷を込め、二度、三度と振り回して回転させる。

 

【スタートアップ】を使った連続高速行動も当然のように使い、サタンが何らかの対処をする前に先手を取って仕掛けた。

 

刃が放つ火と雷の輝きが増していき、ギルスレイダーから跳躍するのと同時に最高潮に達した。

 

 

「ライダー……超銀河フィニーッシュッッッ!!!!!」

 

『ガッ……ぐあああああぁぁあぁぁぁあっ!!?』

 

 

体ごと回転させる回転切りと共に、巨大な光の斬撃が宇宙空間を走った。

 

巨体を誇るサタンすら一刀両断できる大きさの飛ぶ斬撃が直撃し、その直線上にいたホア・オブ・バビロンを両断する。

 

すぐさまギルスは神火を放って後方にすっ飛び、ギルスレイダーに捕まって距離を取った。

 

直後に発生したのは、近くにいたギルスからすれば、間近にもう1つ太陽が生まれたかのような輝き。

 

ただでさえ封印エネルギーの過積載だったホア・オブ・バビロンに、神火と封印エネルギーを濃縮した斬撃を叩き込んだのだ。

 

資金距離でリトルボーイでも炸裂したのか?と言いたくなるような大爆発が発生、当然のようにギルスはソレに巻き込まれないよう全力で離脱する。

 

ギルスレイダーのMAGまでごっそり使って無理やり加速し、なんとか爆発に巻き込まれる前に安全圏へ移動したのだ。

 

戦略核もかくやという大爆発、これならばさしものサタンもひとたまりもない。

 

 

……と、思われたが。

 

 

「!? ……あれで、死んでない!?」

 

『まだだ、まだ……!』

 

とんでもない爆発の後に、光の中から顔を出す巨大な異形。

 

神霊 サタンは満身創痍ながらも、戦略核に匹敵する一撃を五体のみで耐え抜いていた。

 

しかもメギドアークの光も健在……その上、発射予定地点から移動を開始している。

 

 

「くっ……ギルスレイダー!追うぞ!!」

(結局、師匠の『予知』通りになるっていうのか……!)

 

ギルスレイダーに跨り、神火を噴出させてサタンを追う。

 

ライダー超銀河フィニッシュの一撃はサタンに深々と傷を刻んでいたが、ギルス/ハルカにとっても無視できない影響を与えていた。

 

距離の問題でMAGの供給が先細りしている現状で、あの一撃のために注ぎ込んだMPとMAGは軽くない。

 

サタンがギルスに追える程度の速度しか出せないのも、ギルスがサタンにもう一度必殺技を叩き込む余裕すらないのも、あの一撃に全てがかかっていたからだ。

 

爆発の影響か、皮膚のほとんどは焼けただれ、甲殻に近い部分は全体的にヒビが入っている。

 

横一閃の斬撃が若干ナナメにヒットしたせいか、体にはナナメに一本の切り傷が深々と刻まれた。

 

それでもなお、アナライズすればHPが1割を切っていようとも、サタンはあの攻撃を耐えきった。

 

……そして、当然阿部は『耐えきる可能性』を加味して【プランB】を練っていた。

 

あの場にいた全員*2が『プランA』での決着を望んでいたとしても、だ。

 

 

「逃がす、かぁっ!!」

 

『むうっ!?』

 

 

全速力で追いついたギルスは、そのままシャイニングカリバーをサタンの体に突き刺して固定する。

 

体に残った力を振り絞り、最初に地球を飛び出した時に近い速度に加速しつつあるサタンにしがみついた。

 

ギルスレイダーもサタンの体にタイヤを吸着させ、ギルスがしがみつくための足場を作りつつMAGを供給している。

 

ギルスレイダーに搭載されたMAGバッテリーも、残量は既に心許ない。しかし、そのわずかなMAGですら惜しいのが現状だった。

 

 

『邪魔をするな、人の子よ!我はサタン、裁きと粛清、難題と挑戦の化身ッ!

 人間は既に堕落した、天使は狂い地球を汚染した、挙句に唯一神の放蕩具合……。*3

 試練をもって粛清するか否かを試す段階は通り過ぎた!

 さすれば神話の大洪水が如く、人類を捌きの光をもって……!』

 

「余計なお世話だッ!明日も必死に頑張ろうとしている人たちが、あの星にはいるんだ!

 お前の都合だけで、一切合切を吹き飛ばされてたまるか!!」

 

『ならば何ができる!既にメギドアークで地球を狙い打てるだけの余力はない。

 が、チャージしたメギドアークごと地球に落着し、【自爆】*4する事ならばできるのだ!』

 

 

メギドアークの超エネルギーを自爆によって拡散させれば、直接照射ほどじゃないにしろ、地上の被害は甚大なモノとなる。

 

サタンは既に、人類も天使も唯一神も、己の使命に従って『裁く』べきモノとして扱っていた。

 

 

「そ、れ、でもっ!それでもッ!! それでも僕は戦う!生きるために……明日のためにッ!」

 

『MAGも枯れ果てようとしている体で何ができる、罪なきネフィリムを宿す人の子よ!

 もう間もなく地球に落着する、貴様らにできることはもうないッ!!』

 

 

中層圏をあっという間に駆け抜けて、低軌道に到達したサタンはさらに加速する。

 

既にメギドアークの光は臨界を迎えつつあり、このままいけば地表に到達した瞬間に大爆発を起こすだろう。

 

そんな状態でも、ギルス/ハルカはサタンに組み付いたまま離れない。

 

彼がいまさら立ちはだかった所で、サタンに大したダメージを与えられない事は分かっているのに、だ。

 

 

『なぜそこまで抗う!なぜ裁きを受け入れない!

 貴様の眼を見ればわかる!貴様は人間の醜さを味わってきた側だ!

 それなのになぜ、こうまで戦う!抗う!抵抗する!!』

 

「……ああそうだよ!その通りさ!世界で一番不幸だ、なんて言うつもりはない!

 でも……ロクでもない『人間』は、見てきたさ!!」

 

 

腹を痛めて産んだはずのハルカを、終始邪魔者としか認識していなかった母親。

 

醜悪なプライドを拗らせた挙句、見当違いな怒りで殺しにきた弟。

 

その両名に媚びを売り、一緒になって幼いハルカを差別してきた一族。

 

そんなヘドロのような人間達の中で10年以上を過ごし、阿部に拾われた後も様々な人間を見てきた。

 

ガイア連合の黒札ですら、怠惰だったり拗らせていたり、あるいはどう考えてもシャバに出しちゃいけない人間だったり。

 

色眼鏡なく黒札を見てきたハルカからすれば、大半の黒札は『才能がとんでもないだけの普通の人』だ。

 

それも、どちらかといえば大衆に流されるタイプの、才能がなければ衆愚に交じってもおかしくない『普通の人』である。

 

メシア教に至っては言うまでもない、穏健派も過激派も、神の秩序に脳を染められた気狂いだらけ。

 

支部長として多くの人々と出会ってきたが、大半の人格は『毒』か『毒にも薬にもならぬ』、それがハルカの知る人間だ。

 

だが……。

 

 

「それでも……笑ってほしい人達がいるからだ!

 明日を生きてほしい人達が、あの世界にいるからだ!

 たとえクソッタレな世界でも、僕にとって優しくない世界でも!!

 僕より不幸な人には幸福になってほしいし、そうじゃない人には明るい明日が欲しい!」

 

 

『青空になる』、そのためにハルカは戦うと決めた。

 

普通に暮らすのが夢だと、彼に力をくれた『ギルス』が望んでいたのを知ってか知らずか。

 

多くの人々が、曇天の中を俯いて生きるのではなく、晴天を見上げて歩んでいける世界が欲しいと。

 

理想論だと、綺麗事だと、青臭い戯言だと笑う者は少なくないだろう。

 

 

「……だから、僕は信じる。人間を信じる!未来を守る!世界を救う!

 絶対に諦めないぞ!誰に貶されても、バカにされても、笑われても。

 きっと最後は、温かい涙がこぼれる様な、大団円で終わるんだッ……!」

 

『ならばどうする!もはや地球への落着まで秒読みだぞ!!』

 

「そのために僕がここにいるッ!お前への……『マーキング』のために!」

 

『……マーキング、だと?』

 

 

サタンが疑問に思った瞬間、その巨体が意思を無視してどこかへと引っ張られる。

 

物理的な引力ではない、恐らくトラポート等による強制転移現象だ。

 

 

『これはッ……私を【トラポート】でどこかへ転移させるつもりか?!

 そうか、貴様は私に打ち込まれた【発信機】だったというわけか!!』

 

「正解、だッ!このまま僕と一緒に飛んでもらう!!」

 

 

阿部とハルカのMAGによる供給ライン……すなわち、式神と主の繋がりは未だに有効だ。

 

ソレを利用し、阿部・メタトロン・ルシフェルは、最大限まで増幅したトラポートを使った【転移トラップ】を地球にて準備。

 

ハルカ/ギルスのいる位置にピンポイントで発動させることで、三人の指定した座標までサタンを転移させるつもりなのだ。

 

メガテンプレイヤーどころか、多くのRPGプレイヤーにとってはお馴染みの『踏むと転移する床』の同類である。

 

 

『だが、残念だったな!地球のどこへ転移させようと、メギドアークは抑えられん!

 たとえ異界の深部であろうと、閉じ込めた異界ごと地球を焼き払うには十分!

 それとも、魔界の最奥にでも飛ばしてみるか?九頭竜*5の封印ごと消し飛ぶがな!』

 

「それも含めて、計算づくさ……既に師匠は対策済みだ!!

 要は『自爆しても影響が出ないぐらい隔絶した場所』に飛ばせばいいんだろう!?」

 

『なんだと……!?』

 

 

増幅トラポートによる転移現象に引きずり込まれ、サタンの体が地球の大気に触れる前に消え去る。

 

当然、発信機代わりとなっているギルス/ハルカと、それにくっついてきたギルスレイダーもサタンと共に飛ばされた。

 

転移の最中、サタンは『あまりにも懐かしい気配』を感じ、驚愕の色をより一層濃くした。

 

 

『バカな……バカなバカなバカなッ!?この気配はまさか……?!』

 

 

……冒頭の3つの疑問。そして、プランAで得られるモノが10なのに、プランBで得られるモノが100である理由がそこにあった。

 

メシア教過激派の最後のカードである『神霊 エンシェントデイ』が召喚された時。

 

阿部は何よりも真っ先に『逆探知』を始めた。

 

メシアンが『天界』と呼んでいる異界/魔界の一種から、エンシェントデイが現世に呼び出されるまでのルートを辿ったのである。

 

すなわち……。

 

 

 

 

 

 

 

 

【現在地 天界 最深部 唯一神の座】

 

 

『バカなァーッ!!?』

 

『……は???』

 

 

逆探知した座標にいるであろう、エンシェントデイの出所である『神霊 YHVH』の元へ、自爆寸前のサタンを放り込んだのである。

 

 

堕天使ルシフェルがニッコニコで協力するのも当然であろう。

 

それどころかメタトロンですら「あの方は一度痛い目を見た方がいい」と消極的に許可するほどだ。

 

得られる『100』とはつまりこのこと……ホア・オブ・バビロンとサタンの対消滅に、メシア教にとってのアイデンティティである唯一神すら巻き込める。

 

天界の隔離具合は魔界の最深部と同等かそれ以上、さらに唯一神のいる座ならば、サタンの自爆が現世に届く可能性は皆無に近い。

 

真ⅡやⅣの発言を考えると時間経過で復活するようだが、それでも終末直後に唯一神がフリーハンドになるよりはマシだと考えたのだろう。

 

よりにもよってエンシェントデイを引っ張り出されて一時的に弱体化し、

『ある目的』*6のために意識を他に割いている瞬間にコイツらは飛び込んできた。

 

全知全能の神が、全知全能でなくなったタイミングで、唯一神どころか天界ごと多大な被害が出そうな爆弾を放り込まれたのである。

 

 

「どうせ人類の後は唯一神だったんだ、別にここでもいいだろう?サタン」

 

『…………それもそうだな、順番が変わるだけか』

 

『なっ、待っ、待てサタン!?待ッ……!?』

 

 

巨大な人間の顔としか思えない外見のYHVHが、今使える力で必死に自爆を抑えようとするが、あまりに襲来が急すぎた。

 

ただでさえ使えるリソースが減っている上に、目減りしたリソースを別の目的に注ぎ込んているタイミングでの爆撃。

 

多少威力を抑えることはできようと、サタンの自爆は止められない。

 

そしてそれは、ハルカごと天界を消し飛ばすことになるという、逃れようのない現実の証明でもあった。

 

 

 

 

(……勝ったぞ、みんな)

 

 

 

 

その瞬間、天界(せかい)が輝いた!!

 

 

*1
敵一体に万能属性の特大ダメージ。

*2
ルシフェルだけは「できればプランBにならねーかなぁ」と思っていた模様。

*3
この期に及んで事態収拾に動かないどころか、聖者の祈り()で力の一部まで引きずり出されてエンシェントデイとか呼び出した時点でサタン的にも激おこぷんぷん丸。本当ならメギドアークで人類粛清した後は天界に攻め込む予定だった模様。

*4
敵全体に万能属性のダメージ。使用者は死亡する。

*5
真女神転生Ⅱに登場する悪魔。全ての首を解放すると地上が崩壊する。

*6
主にショタオジの子種回収






ハルカと阿部の関係は、『ハリー・ポッター』と『アルバス・ダンブルドア』が一番近い。


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「 変 身 ッ ! ! ! 」

 

【S県某所 結界内 沿岸部】

 

 

「まーたココに来てたの?アンタ」

 

「……ナナミさん、ですか」

 

 

黙示録の怪物たちの連続襲撃……のちに『霊山同盟黙示録事変』と呼ばれることになる事件から一か月。

 

霊道化した東海道を中心に、ブドウの房のように結界を作り安全地帯を作りつつ、大きめの地方都市等は丸ごと結界委で覆って東海道から『支流』のように霊道を伸ばす……という方法で作られたS県のシェルター。

 

各地に作った祭神による管理異界やジュネスも霊道で接続されており、ターミナルシステムも導入したことで終末後のS県はある程度の安定を取り戻しつつあった。

 

食料生産用の異界にはイワナガビメやオオヤマツミのツテを使って農耕神を招き、水質改善及び水神・漁業神の誘致によって淡水魚が安定して取れるようになった芦ノ湖や東部の港町等の漁業系も網羅。

 

とはいえ、当然ながらジュネスや東海道霊道等から離れれば離れるほど、結界の強度・安全性は落ちていくわけで……。

 

 

レムナントが黄昏ていた沿岸部も、ホア・オブ・バビロンとの決戦の際に作った結界の名残で保護されているだけの、危険地帯半歩手前な場所である。

 

終末になってからは地元の人間すら寄り付かない。頑丈な結界があるとはいえ、結界に穴でも開いた時点で死ぬしかないのだから。

 

 

「わかってるんでしょ?ココに居たって、アイツが戻ってくるはずないって」

 

「……はい。頭では,分かっているんです。でも……」

 

 

レムナントは、少しでも時間ができるたびに、この沿岸部で海を眺めていた。

 

今にも『遠くへ行ってしまった自分の主』が現れて、いつものようにただいまと言ってくれるのではないか、と。

 

どんな窮地も乗り越えて、その背中でこの世には『正しさ』があるのだと語り続けた少年なら、あるいは、と。

 

それが信仰なのか、信頼なのか、はたまた別の感情なのか、レムナントには判別がつかなかった。

 

少なくとも、頭で無駄だとわかっていてもココに来てしまう程度には、レムナントはハルカの事を諦められないのである。

 

 

(私の命は……レムナントの『人生』は、貴方と出会ったから始まったんですよ?主殿……)

 

 

ハルカに肉体を破壊され、起こりかけた悲劇を止められて、自分と言う自我のままに生きる権利を与えられて。

 

だからこそ、その身はハルカのために使おうと、最後まで役に立とうと戦い続けてきた。

 

しかし、ホア・オブ・バビロンとの戦いにおいては、精神異常無効装備を身に着けていても貫通しかねない以上、無理矢理精神系状態異常をキャンセルできるハルカ以外は最前線に立てない。

 

故に、レムナントは断腸の思いでハルカを見送って……その結果が、これだ。

 

帰って来た阿部の胸倉をつかみ上げ、世界のためにハルカを犠牲にしたのかと、そのために育てたのかと、血涙を流しながら食って掛かったことを思い出す。

 

そんなレムナントに対して、阿部はただ一言、シンプルに『そうだ』と答えた。

 

ハルカを拾った後の予知でおおよその計画を立て、それに合わせてハルカを改造し、育成し、確実にサタンと相打ちになって世界を救うように育てたのだ、と。

 

 

「思わず殴ってしまいました。周りの誰も止めませんでしたが」

 

「むしろ黒札の連中すら『もっとやれ』って言ってたものね……」

 

「……ですが、何度殴っても、主殿は帰ってきてくれません。

 そう思ってしまったら、それ以上殴る気が失せてしまいました」

 

 

もうすでに、レムナントは己の『生きる意味』を、ハルカのためだと定義していた。

 

誰に言われたからでもない、式神と主の関係だからでもない。

 

そもそも、主無しでも維持できるよう、今のレムナントはシキオウジと同じく地脈からMAGの供給を受けている。

 

故に、彼女にとっては『ハルカの歩む道を共に征く』事こそが、生きる目標だったのだ。

 

 

(これから先、私は何のために生きれば……)

 

(アタシもそうだけど、アイツいなくなった後の影響がデカすぎるのよ……ん?)

 

 

ぴりりり、とナナミのポケットの中で着信音が鳴る。

 

引っ張り出したのは『デルタフォン』、一見するとリボルバー用のグリップ部分だが、音声入力式の無線通信機だ。

 

デモニカ・デルタの一部ということもあり、終末後や異界でも通じる高性能通信機である。

 

……この特性のせいで、高級量産機である『デモニカ・カイザ』*1に対して『カイザフォン*2だけ売ってくれ!』という要望が届いているのだが、それはともかく。

 

トリガーを引いて通話を繋げ、二言三言話してから……。

 

 

「レムナント!感傷に浸るのはここまで!緊急事態よ!

 状況は移動しながら聞きましょ、アタシ達が呼ばれるってことは、相当ヤバいわ!」

「……! はい、わかりました!」

 

 

……終末後には、いなくなってしまった人々を想う時間も満足に取れないのだ。

 

 

 

 

 

【S県某所 結界内 支流霊道】

 

 

 

「ああもう!まーた多神連合のバカがやらかしたわね!?」

 

「君、君たらざれば、臣、臣たらず*3……という言葉を知らないんでしょうか連中は?!

 終末になったとたんに信者相手に好き勝手やり始める者ばかり……!!」

 

 

各々が自分用の量産型【マシン オートバジン LV30】*4に乗り込み、通報のあった地区へ向かう。

 

ここにきて、霊山同盟支部が終末対策の際に『リスク前提で飲み込んだ案件』のリスク部分が顔を出した。

 

はっきり言って、トップが黒札ではなかった霊山同盟支部は、多神連合やメシア穏健派、そして別の支部長からも他の支部より一枚軽く見られていたフシがある。

 

ハルカが実体分身を使ってあちこちと交渉し続けていたのも、三願の礼を尽くしてでも外交チャンネルを得るためだ。

 

……まあ、そこでメシア穏健派に一神教調和派を、多神連合主流派に日本神話&ケルト神話*5を、といった具合に懐に対抗できる派閥を抱え込んでにらみ合いさせたりしてるあたり、ハルカが全盛期イギリスばりに三枚舌外交やってたのも確かなのだが。

 

ともあれ、外交チャンネルを作りつつ『最低限の毒』を飲むのを承知で、県内の管理異界を少数とはいえメシア穏健派と多神連合に任せたのである。

 

半終末までは大した問題もなく、ハルカが間に立って『県内で戦争やったらどっちもブン殴るからね?』と暗に言っていたので纏まっていた。

 

これがいけなかった。

 

『ヒャッハー!目障りな仮面ライダーがくたばったんだ!俺らの天下だぜー!!』

 

というノリで管理異界を乗っ取って独立しやがる多神連合所属の神ばっかりだったのである。

 

当然といえば当然だが、多神連合で終末後にガイア連合と上手くやっていけるような神は、もっと大手の支部にうまいこと食い込んでいる。

 

比較的新しい支部かつ、トップが黒札でもない霊山同盟支部に来るような神は、終末後に経営破綻して地獄湯行きになるようなのばっかだったのだ。*6

 

それも思いっきり霊山同盟支部や多神連合に泥ひっかぶせた挙句、メシア穏健派や一神教調和派、たまに霊山同盟支部の管理異界にケンカ吹っ掛けるバカまでいる始末。

 

ハルカの側近ポジにいたのが、モロに元メシア教であるレムナントだった……というのも反感を招いた原因らしい。

 

 

かといって元メシア穏健派が問題ないかといえばそーでもなく、寧ろもっとアホみたいな問題を引き起こしていた。

 

元過激派を抱え込んだせいで将来的な癌を通り越した地雷になったとか、調和派含めた一神教とバチバチににらみ合ってるとか。

 

そういうのは他の終末後穏健派も同じ、なのだが……。

 

 

『サタンを倒して世界を救ったギルス様こそ真のメシア!

 

 これより我々はメシア教ギルス派として独立いたします!!』

 

『『何言ってんだおめぇ』』

 

『彼は罪なきネフィリムとして箱舟に乗ったネフィリム・オグの化身と言うではありませんか!

 つまり救世主の資格もありますし、何より大淫婦バビロンとサタンを倒しております!

 天界爆撃の件はきっと親子喧嘩……というより祖父と孫の喧嘩みたいなモノなのでセーフ!』

 

『『いやほんと何言ってんだおめぇ』』

 

 

なんかこんなこと言い始めるのがそこそこの頻度で出てきた。

 

なお、ツッコミを入れているのは『一神教調和派』と『メシア教穏健派』である。

 

しかも世界中に放送してしまった影響で、この『メシア教ギルス派』を名乗る者が各地で出現。

 

ハルカの本拠地だったS県を聖地扱いしながら、メシア教穏健派とギルスの解釈違いでにらみ合い状態なのである。

 

 

ちなみに、穏健派についてはギルスへの見解もバラッバラであり、

 

『天の父にサタンと大淫婦バビロン送り付けた挙句爆破した神敵』という意見から、

 

『でもメシアたるガイア連合が生み出したものだし……』という意見まで様々だ。

 

なお、テンプルナイト・サチコ率いる穏健派の主流は、

 

『死んじゃったんだし様子見で!メシアなら復活するし放置!というか何を言っても火種になるでしょこれ!?』

 

と頭を抱えていた。そりゃそうだ。エンジェルチルドレンの一件でただでさえ文句が言いづらい相手なのだから非難もできない。

 

何はともあれ、S県は東海道霊道やジュネス、霊山同盟支部の派出所に近い結界シェルターほど治安が良く、

 

そこから離れるほどメシア教の小競り合いや多神連合の暴君統治のせいで治安が悪くなる……という分かりやすい格差構造になりつつあった。

 

 

とはいえ、終末になる前からこの手の問題が噴出するのは予測していたので、各シェルターには周辺のシェルターに異変を伝える警報装置を複数設置。

 

特に問題を起こしそうなシェルターの近くには【AI制御のオートバジン部隊】等を設置しておき、何かあったら即座にLV30超えの自立行動マシンが突っ込んでくるように采配されていた。

 

現在も霊山同盟支部や山梨支部で量産されているオートバジンは、シキオウジほど高性能ではないが【自発的に動いてくれて相応以上に強い】ということで売れ筋商品である。*7

 

……それでもやらかす神(バカ)が絶えないあたり、人と悪魔の認識の差は埋めがたい。

 

 

「今回は何!?また穏健派のシェルターにでも襲撃かけた!?」

 

『いえ、どうやらあちこちに借金してからバックれる、という準備段階で露呈したらしいの。

 周囲のシェルターの管理者である穏健派天使や多神連合の神と殴り合いになったみたい。

 

 ……そのまま全員共倒れになって、管理異界が消えて、野良悪魔が結界の防波堤を超えて……』

 

「世の中クソだわ!!!」

 

 

 

 

そりゃキレる。誰だってキレる。まじめにやってた黒札ほどキレる。

 

事件の詳細を伝えてきたマミに電話越しにキレて八つ当たりする程度には理不尽な事態である。

 

向かう最中に次々と『G3ユニット』や『霊山同盟の巫女』、さらに『自衛隊と警察』が合流してくる理由がようやく腑に落ちたらしい。

 

結界は地脈からの維持システムもあるのですぐに壊れたりはしないが、管理していた悪魔が異界ごと消し飛んだのなら長くは持たない。

 

その前に現地へ急行して安全な後方に人間を避難させつつ、盛り塩等の古典的な方法になるが、結界を維持し時間を稼ぐ。

 

そして消えかけの管理異界に別の神を呼んで再構築……という手順を踏まなければならないのだ。

 

 

……ハルカがいないせいでトップ不在となり、三枚舌外交ができなくなった現状で、だ。

 

巫女長も組織運営では有能だが、シキガミ移植込みでも霊的な才能が劣るため、神々や悪魔を相手にした交渉では不利になりやすい。

 

となると、シノやマナミのような霊山同盟支部所属の黒札か後見人である阿部が前に出る必要があるが……。

 

 

(シノ殿はサタンとの戦いからふさぎ込んでいて、研究室から出てこない!

 トモエ殿はそもそもこういった交渉事には向いていない、むしり取られる!

 そしてアベ殿に至っては行方知れず……嗚呼、まったく!世の中は上手くいかない!)

 

巫女達が結界の修繕・維持のために配置につき、G3ユニットが班ごとに散開。

 

自衛隊と警察が対悪魔用の警戒網を形成しつつ、避難民の誘導を行う。

 

レムナントとナナミの仕事は、彼ら/彼女らでは対処の難しい高レベル悪魔への対応だ。

 

 

「なんでアタシ達が負けたら速攻で人間食べ放題パーティが始まるような鉄火場になってんのよ!ああもう、変身!」『Standing by』『complete』

 

「私に聞かれても困ります!」

 

 

悪魔の群れをオートバジンのタックルで引き潰し、レムナントの『マハジオンガ』とナナミの『マハラギオン』が焼き払う。

 

こういった防衛戦では、何も考えずフルパワーで暴れ続ければ息切れが先に来る。

 

後方の味方と連携しつつ、高レベルの者は効率よく敵を排除するのがコツだ。

 

 

『ギギ……天使、それも【大天使】ダトォ?!』

 

「神の名のもとに、とは言わない。 平穏に暮らす人の子のために消えよ!」

 

 

【大天使 ラミエル LV61】……マスターテリオンを撃破した後に、レムナントが昇格した天使の名だ。

 

『栄光の天使』たる三人の一人であり、『七大天使』の一角にも数えられる大天使だ。

 

雷と幻視を司り、神による最後の審判の助手を務めるとされている。

 

さらに、『エノク書』においては人との間に子をもうけようとした堕天使の集団『グリゴリ』の一人とも記された。

 

『大天使』の中ではやや格が低い*8とはいえ、それでも本質的に『仕える者』である天使とは一線を引けるほどの格がある。

 

「いっつもどおりとんでもないわねアイツ……まあ、味方なら頼もしいけどさ。こっちも行くわよ!我は汝、汝は我……!」

 

 

心の中の『仮面』を引きずり出し、精神が悪魔の皮をかぶって力となる。

 

手の中に現れた『恋人』のタロットカードを握りつぶせば、彼女の背後に『黒い影』が出現し、形を成す。

 

 

「来い、『シェムハザ』!!」

 

 

『堕天使 グリゴリ』……ではなく、『堕天使 シェムハザ』が彼女の背後に出現する。

 

人と子をなすために堕天した天使の集団『グリゴリ』、その200名の堕天使の筆頭とされる堕天使だ。

 

タルタロスやマヨナカテレビ等の『ペルソナ使い専門案件』に関わり続けるうちに、某妖怪タルタロス潜りのパワーレベリングに巻き込まれたりして変化したペルソナである。

 

火炎系の魔法を得意とし、近接戦も十分にこなせる『グリゴリの強化版』とも言える堕天使である。

 

レムナントがジオ系で動きを止め、シェムハザとナナミがアギ系で焼き払う。

 

ソレを抜けて肉弾戦に持ち込もうにも、そもそもこのメンツは全員前衛もこなせる肉体派だ。

 

そんなわけで、結界の穴に我さきと群がる程度の悪魔ならばどうとでもなるのだが……状況が悪すぎた。

 

 

「3か所同時に管理異界が潰れたせいで防衛ライン広すぎるわよッ!?」

 

「強力な悪魔が出た場所と、穴の大きい場所、それと避難が終わっていない場所を優先的に回りましょう!!」

 

 

一度や二度悪魔を薙ぎ払った程度で終わりはしない。

 

終末になってからは、はっきりいってカラスやスズメ以上の頻度で妖鳥・凶鳥が飛び交い、野良犬や野良猫以上の頻度で魔獣や妖獣が沸いてくる。

 

『外道』系の『ちんぴら』や『モヒカン』や『レイダー』といった人間型の悪魔*9も多く、コイツらはどっからか手に入れた悪魔化バイクに乗ってたりするので無駄に小回りが利く。

 

結果として、悪魔の群れを殲滅しながらあちこちを走り回り、小康状態になったらG3ユニットや自衛隊等が警戒につき、巫女たちが結界を張り直す……という作業を続けているのだ。

 

霊山同盟支部の巫女は順次式神移植施術を受けているので、直接戦闘はともかく結界の設置・修繕等は十分にこなせるのである。

 

が、高レベルの特記戦力は今でも希少。レムナントとナナミにかかる負担は大きすぎた。

 

 

「ダメ、D地区の結界の穴をふさぐのが間に合わないッ!このままじゃ避難民に魔獣が追いつく!」

 

「よりにもよって足の速い『魔獣』ですか……!?」

 

 

踵を返して該当地区に向かうものの、先行していた自衛隊の対悪魔部隊が苦戦している理由も分かった。

 

送信されてきたアナライズデータは『魔獣 オルトロス LV26』、それも複数。

 

神経弾*10や睡眠弾*11で時間稼ぎをしているようだが、自衛隊の部隊で相手ができる強さではない。

 

オートバジンの速度すらもどかしく感じる、既に人知を超えた視界にはオルトロスの小規模な群れが結界を突き破ろうとしているのが見えているのに。

 

視界に攻撃射程が比例しないせいで、このままではオルトロスの一匹が結界を突破する予測が立ってしまった。

 

 

(ダメだ、間に合わないッ……!!)

 

 

自分たちが残るオルトロスに対処している間に、あの一匹が避難民に襲い掛かる未来までくっきり見えてしまう。

 

ギリ、と己の無力さに歯噛みして、無慈悲なる神を呪って、叫ぶように声を絞りだす。

 

大天使である自分が、天におわす神以外に『祈り』を込めるなど、堕天してもおかしくない愚行。

 

しかし、それでもレムナントは祈らずにはいられなかったのだ。

 

 

 

「……助けて、仮面ライダーッ……!!」

 

 

 

エンジン音が、響いた。

 

オートバジンのソレではない、もっと重々しく、ずしんと腹の底に響く音。

 

一陣の風が、レムナントとナナミ/デルタ、彼女らが駆るオートバジンすら追い抜いていく。

 

え、と二人が気の抜けた声でつぶやいた瞬間、その『生体装甲に覆われたバイク』は、オートバジンを大きく引き離してオルトロスの群れに突っ込んだ。

 

2匹のオルトロスを跳ね飛ばし、その体をジャンプ台にして跳躍。結界の穴を抜けようとしていたオルトロスに、バイクの前輪が食い込んで吹き飛ばす。

 

一撃でオルトロスが消滅するデタラメな威力、しかし、そのまま車体をドリフトさせて強制的にブレーキをかけた。

 

 

「あ、れは……『ギルスレイダー』っ……!?」

 

「ウソでしょ……じゃあ、まさか!?」

 

 

あまりにも鮮烈な『再登場』を果たした何者かの背中を見ながら、オートバジンを止める。

 

レムナントも、ナナミも、オルトロスも、自衛隊も……その場にいる全員が、背を向けている『彼』が、ゆっくりとヘルメットを脱ぐのを見ていた。

 

 

『オ、オノレ!何者ダ、貴様ハ!』

 

「……僕が、何者かって?」

 

 

ヘルメットを投げ捨て、ゆっくりと振り向く。

 

その腰には、もはや見慣れたベルト型器官『メタファクター』。

 

ゆっくりと握りこんだ拳と腕を交差させると、彼の体を真っ白な光が後ろから照らしていく。

 

 

「丁度、これを聞くのが『二回目』の二人がいるんだけど……まあいいか。

 

 通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけッ!」

 

 

 

そして、組んでいた腕を腰だめに構えるのと同時に、彼は『その言葉』を力いっぱいに叫んだ。

 

 

 

「 変 身 ッ ! ! ! 」

 

 

*1
性能はG3X相当。強化オプションパーツを接続することでG4X相当にまで性能アップが可能だが、黒札かSSR現地人でもない限りデフォルトのカイザで十分。

*2
変身アイテムである携帯電話。当然これも終末後でも通じる。

*3
上司が人望のないアホなら部下はへこへこする必要なんざねーよ!という意味。

*4
ブラックボックスに当たる式神パーツ部分の調整により、LV1から製作者の技量次第で初期LVが変わる。参考までにシノが作ったブラックボックスならば『LV30』で量産可能だが、LVを上げるほど燃費も悪くなるので低レベルオートバジンの需要もある。

*5
スカサハのツテで呼び込んだ、比較的マトモなケルトの神。アヌや三柱女神といった豊穣神は特に優先して招いた。

*6
カオス転生ごちゃまぜサマナー 小ネタ 終末後のだめな方の【多神連合】等

*7
ただし、少なくとも合法的に買えるのは黒札か支部長クラスのみ。なおかつ下手に弄って兵器にしようとすると自爆・暴走するプロテクトが欠かけられてたりもする。

*8
真女神転生Ⅱの『大天使』の中では最もLVが低い(LV28)

*9
人間が悪魔化したモノから湧いて出たモノまで多種多様。

*10
命中すると確率でスタンさせる

*11
命中すると確率で眠らせる





※阿部による終末回避までのだいたいの流れ

エンシェントデイ、ショタオジと共にこの世から消滅

四文字、地球を魔界に軟着陸させる。

地球が魔界化したのでホア・オブ・バビロン&サタン、S県に襲来

サタン、中層圏に移動しメギドアークを準備

ホア・オブ・バビロン、ハルカ/ギルスと戦闘

ホア・オブ・バビロン/レッドドラゴン、ギルスに敗北。
使い捨て爆弾として大気圏に輸送される。

サタン、バビロン爆撃と超銀河フィニッシュを受けるも生存。
地球に落着してからの地球破壊爆弾を狙う。

ハルカ/ギルス、自分を目印にして阿部/メタトロン/ルシフェルのトラポートを起動。
サタンごと天界に跳ぶ。

一仕事終えてふぅーってなってた四文字さん。
ショタオジの子種採取の手続き終えたタイミングでサタンの自爆を食らう。

でも四文字は自動復活するので、ショタオジ復帰&子種泥棒&掲示板に書き込みは復活後にふつーに行う。



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「人間は皆ライダーなんだよ!!」

 

【サタンの自爆からしばらく後 天界】

 

 

「……ぅ、ぐ……?」

 

 

四肢どころか全身に走る激痛で、うめき声を漏らしながらも目を覚ます。

 

鷹村ハルカは生きていた……その状態を本当に『生きている』と言えるのならば、生きていた。

 

両腕・両足はほとんど炭化し、軽く身をよじるだけでボロボロと炭がはがれて落ちる。

 

全身いたるところの肉が抉れ、目には見えない部分の骨や内臓にもまんべんなく傷が入っている。

 

地球を遠く離れた時点でMAGの供給が揺らいだため、トリニティフォームの欠点である自傷ダメージがモロに体を襲い続けた結果だ。

 

本来はHP自動回復/肉体の自動再生と合わせて使うことでこのデメリットを相殺するのだが、*1MAGの枯渇でそれどころではない。

 

MPもとっくに尽き、ディアの1発すら使えない以上、炭化している手足どころかタンコブの一つすら治せないのが今のハルカだ。

 

……そんな状態でありながら、なぜ生き延びているのかと言えば……。

 

 

「……ギルスレイダー、ギリギリで、よく、やってくれた……」

 

 

爆発の瞬間、ギルスレイダーが自己判断でハルカにタックル。

 

そのままなけなしのMPで『トラポート』を発動させ、ハルカと共に飛べる範囲で遠くまで飛んだのだ。

 

天界から外に出ることは叶わなかったようだが、爆心地より大きく離れたことで爆発に巻き込まれるのを避けたらしい。

 

さらに、唯一神が天界を破壊させないために爆発の威力を抑えようと尽力したのもプラスに働いた。

 

……抑え込みチャレンジに挑戦した唯一神は消し飛び、トラポートで逃げたハルカとギルスレイダーが生き残っているのは皮肉だが、それはそれ。

 

なにより、本当に『生き残っただけ』の状態だ。

 

 

(ダメだ、どれだけ力込めても、指すら動かない……!)

 

 

既に肉体は限界を何度も飛び越え、その状態でさらに無理をし続けたのが今の彼だ。

 

意思でどうこうできる次元はとうに飛び越え、絞りだした余力の全てをサタンを討つために注ぎ込んだ。

 

立ち上がる事すら敵わない満身創痍、ギルスの現状はソレである。

 

 

(なにより、天界の様子がおかしい……多分だけど、これは……)

 

 

天界……あるいは天国というイメージそのままな異界の風景は、ところどころにヒビが入り、ボロボロといずこかに崩れ落ちつつあった。

 

サタンの自爆の影響は、唯一神が抑え込んでなお、天界に多大にして致命的な被害を与えたのである。

 

唯一神の一時的な消滅と合わせ、天界は崩壊しつつあった。*2

 

大天使たちの本体にも多大な被害が出ているせいか、死にかけのハルカを追ってくる天使の一匹もいないほどに天界の状況は切羽詰まっている。

 

このまま天界が崩壊した場合、通常の異界と同じならば異界の外にはじき出されるだけなのだが……。

 

 

(そもそも、ここって魔界と一緒で別の時空とかにある異界だよな……?それが壊れたら、どうなるんだ?)

 

 

少なくとも、都合よく日本のどこかに放り出される……なんて展開を期待できる状態ではない。

 

次元の狭間に飲まれてどことも知れない場所……それこそ並行世界や異世界、過去や未来まで飛ばされるか、もしくは永遠に『どこでもない場所』をさまようか。

 

それを避けるためには、天界が完全に崩壊する前に『トラエスト』等で脱出しなければならない。

 

が、ハルカ達がここに来るには阿部・メタトロン・ルシフェルによる強力な転移の魔法が必要だった。

 

当然、その逆もしかり……ボロボロの二人が持っている手段で脱出できるような場所ではない。

 

 

「……それ、でも、まだっ……!!」

 

 

だがしかし、それで折れる『程度』なら、ハルカはここまで戦い抜けていない。

 

立ち上がる事すらできない体で、天界の地面をイモムシより遅い速度で這うように進んでいく。

 

身をよじるだけでも全身に走る激痛、それすら歯を食いしばって抑え込み、ずり、ずり……とみっともなく這い続ける。

 

諦めない、折れない、挫けない。才能でもなんでもない、シンプルな根性と精神力。

 

その身命の全てを『それ』のために捧げられる『やせ我慢』こそ、鷹村ハルカの得意分野だ。

 

 

なによりも恐ろしいのは、それを『単身で』やってるわけじゃないことだ。

 

今にも千切れそうな手でギルスレイダーを掴み、その手で引きずりながら這っているのである。

 

『この場でギルスレイダーを見棄てて生き残るぐらいなら死んだ方がマシだ』。

 

言葉に出さなくとも、ハルカにとって譲れない一線だ。

 

救うと誓った相手を諦めない、守ると誓った相手のために一歩も引かない。

 

だからこそ、あの悲劇と理不尽に満ちた世界で『ヒーロー』を張っているのだ。

 

 

 

『……まさか、この期に及んでも『大団円』を諦めていないとはな、人の子……いいや、仮面ライダーよ』

 

「! ……なんだ、誰だッ!?」

 

 

既にグラグラに歪んでいる視界を無理やりにでも上にあげれば、ハルカが這う先から何者かが向かってくる。

 

やや緑の強い黒衣に身を包み、白、あるいは銀の神を逆立てた体格の良い男がそこにいた。

 

褐色の肌、鋭い気配、目元はゴーグルかアイマスクを思わせる装備で覆っており、胸元を大きく広げたデザインの衣装。

 

かろうじて起動していたアナライズの結果に、ハルカはかすれた声で驚愕をあらわにした。

 

 

【大天使 サタナエル】……!?」

 

『そうだ。貴様が先ほど打倒した【大天使 サタン】……その別側面である分霊だ』

 

 

キリスト教系異端宗教『ボゴミル派』、かつてバルカン半島地域に分布していた宗教だ。

 

このボゴミル派は、サタンとキリストについて、あるいはその他の天使や悪魔についても、キリスト教やユダヤ教、当然メシア教とも違う解釈をしている。

 

特筆すべき差異の1つがサタンの解釈であり、ボゴミル派においてサタンは『ミカエルの兄弟であり、かつては天使であった』とされた。

 

すなわち、ボゴミル派においてはサタンもまた堕天使、ならば天使であった頃の名と姿がある。

 

それこそ【大天使 サタナエル】……天使の名である『エル』を奪われる前のサタンの姿である。

 

 

『崩壊寸前とはいえ、天界に分霊を派遣するには【天使としての属性が強い側面】として分霊を派遣する必要があったのでな』

 

「……なるほど、ね。異端宗教とはいえ、天使は天使、か」

 

 

そもそも、メシア教だってヴァチカンあたりからは異端認定されてそうなトンデモ宗教である。

 

歴史の上では、大手の教会が相手の教会を異端認定クロスカウンターした例だってあるだろう。

 

それだけで【天使】でなくなるほど、悪魔の存在は軽くはない。天使であるというバックボーンが存在したのなら、それを引きずり出すことで多少の無理は利く。

 

 

「それ、で……何のために、来たのかな?人類粛清を阻止した、僕への、処断?」

 

『……いいや、違う。少しばかり……問答に来た』

 

 

問答?とハルカが声を漏らすが、それを無視してサタナエルは告げる。

 

 

『問いかけは1つだ、仮面ライダー……貴様はなぜ、死ぬと分かっていてここに来た。

 信じる神がいるわけでもない、その身を捧げる信仰があるわけでもない。

 親愛の情があるわけでもない、忠誠を誓う相手に命じられたわけでもない。

 神の裁きすら退けて、貴様は何処へ行こうと言うのか、何をしようというのか』

 

 

サタン/サタナエルにとって、信仰や忠誠、愛情を理由に命を捨てる人間など見飽きた部類だ。

 

だがしかし、サタン/サタナエルの眼で見る限り、ハルカはそれらの全てに縁が無い。

 

神を信仰するわけでもなく、何らかの組織や個人に忠誠を誓うわけでもなく、家族や恋人のために献身を捧げているわけでもない。

 

歴史上の『英雄』と呼ばれる人間ですら、そこには祖国や組織へのこだわりがあった。

 

鷹村ハルカを支える『何か』があるのは分かる。だがしかし、それが『何なのか』がわからなかったのだろう。

 

 

……サタン/サタナエルの知る限りで、『同じこと』をしそうな者は一人だけいる。

 

だが、しかし、もしそうだとしたら……。

 

 

『何故だ。何故貴様は、血肉の一片すら灰になるこの戦いに身を投じた?』

 

「……信じてる、から、だ」

 

『何をだ?この堕落しきった世界で、命を捧げるほどに何を信じた?』

 

「……人間、を。きっと、まだ、見限るには速いから……!

 

 人間は、人類は、きっと……醜悪なだけじゃ、ないから!」

 

 

這って歩くことしかできなかったはずのハルカの四肢が、もはやその体の何処にも力など残っていないはずの肉体が。

 

精神力で支えられる限界すらぶっちぎった満身創痍のヒーローが、魂から湧き出す力を漲らせて『立ち上がる』。

 

万里の道を行くよりも、この場で立ち上がる方が難行と言える状態で、鷹村ハルカはその体を立たせて見せた。

 

ただ、目の前の大天使を視線で射貫く、そのためだけに。

 

 

「まだ……僕は、人を、愛せているから……愛し続けられるようになりたいから!

 信じているから、信じていたいから……つらい過去もあるけど、思い出したくも、ないけど!

 僕より、ひどい環境にいる人まで、いて……世界が、嫌になることだって、あるけれどッ!

 泣いたり、嘆いたり、迷ったり!今までも、これからも、だけど!それでもッ!」

 

 

魂の炎が大陽がごとく燃え盛り、消えかけている命の灯に反比例するように眼の光が強くなる。

 

「……痛いのも、苦しいのも、背負うから!」

 

一歩を踏み出す。

 

「僕一人でも、背負えるだけ!沢山、背負うから!」

 

左腕が崩れて地面に落ちる。

 

「誰かの、苦しいとか、つらいとか……そういうのが、嫌だから!

 恐れないから、どんな困難も、苦難も、試練も、乗り越えるから!

 未来の事なんて、師匠みたいに、分からないし……知らないけどさ!」

 

血を吐くように……いいや、実際に『血を吐きながら』言葉を絞りだす。

 

「現実は残酷で……それを受け止めきれなくて、泣く人もいる!!

 だから僕は、青空に、なるんだっ!涙雨を晴らす青空に!

 晴れてても、曇ってても、空は空かもしれないけど……」

 

ギルスレイダーを右手だけで掴み、ふらつきながらも起こして支える。

 

「だけど同じ空なら、晴れてるほうがいい!!曇り空が晴れるまで、僕は戦う!

 晴れないのなら、僕が青空になって、無理矢理晴らす!何度でも、いつまでも!

 

 ……人の心が『青空になる』その日が来ると、僕は信じる……信じ続ける!」

 

 

『……それが、貴様が戦う理由か。ゴルゴダの丘を登った聖者にでもなったつもりか?』

 

「違う!僕は……『仮面ライダー』だ!いいや、僕だけじゃない!

 今まで支えてくれた人も、助けてくれた人も、今も無事を祈ってくれる人も……。

 皆、世界を救った仮面ライダーだ!人間は皆ライダーなんだよ!!

 

『その戯言で、人類の未来を認めろというのか?人類が今以上の愚行に走る可能性の方が高いではないか。メシア教の愚行を忘れたわけではあるまい?』

 

「それでも、人類の未来が閉ざされる事だけは、見過ごせない。悪いけど世界は消させない」

 

 

もはや、目の前の大天使に殴りかかる力すら残っていない。

 

立ち上がり、ギルスレイダーを引いて一歩、また一歩と歩いていく。

 

どうすれば帰れるのか見当もつかないまま、それでも『諦めて立ち止まる』という選択肢だけは放棄して。

 

一歩ごとに炭化した肉体が欠けて落ちることすら無視して、前に進むことをやめない。

 

その背を見ながら、サタナエルはしばし何かを考えこみ……口を開いた。

 

 

『どんな困難も、苦難も、試練も乗り越える……貴様はそう言ったな?』

 

「……ああ、言ったよ。それが?」

 

『ならば、試練の化身でもある私から、1つ貴様に試練をくれてやる』

 

 

ハルカが疑問の声を上げる前に、二人と一台が立っていた地面が崩れ去る。

 

なぁ!?とハルカが驚愕の声を上げたが、当然この状況に抗う方法などあるはずもない。

 

天界の崩壊と共に発生した時空の穴目掛け、ハルカの体が落ちていく。

 

しかし、なぜかサタンは大天使にふさわしい巨大な翼を広げ、そのハルカを追ってきた。

 

 

『貴様ですら人類を庇護しきれなくなるその日まで……人類の粛清を『保留』する』

 

「な……何!?」

 

『人が粛清に値しないモノへ変われるというのなら……貴様の全てをもって、変えて見せろ』

 

 

これは、決してサタンの慈悲ではない。

 

サタンの粛清の化身であり、同時に人類への試練の化身。

 

そのサタンによる人類粛清を止めたハルカは、サタンからすれば『試練を乗り越えた英雄』に等しい。

 

そして、試練を乗り越えた者には、加護と祝福があってしかるべきなのだ。

 

 

『日本の何処ぞに送ってやる……大言壮語を言い切ったのだ。 その信念、歪ませるでないぞ、仮面ライダー』

 

「……ああ。 きっと……『殺すほどじゃない』って、お前に言わせて見せるさ」

 

ならば良い、と言ってサタンが右手を掲げ、分霊に貯蔵されたMAGすべてを注ぎ込んだ『トラポート』を放つ。

 

次元の壁を飛び越え、どこにつながっているかもわからない時空にひずみも乗り越え、懐かしき地球へとその体が飛んでいく。

 

見送りの言葉も、別れの言葉もない。なぜなら、ハルカの挑戦はここからだ。

 

全てが終わったあの世界で、人間はまだ終わらせるほどじゃないと証明する。

 

そのために、自分の居場所へ帰るのだから。

 

 

眩い光に包まれながら飛んでいき、光を抜けた先では……。

 

 

(…………? 飛んで、いや……『落ちてる』?)

 

落下するような浮遊感を感じ、光りにくらんだ目をゆっくりと開く。

 

右を見る、一緒に飛ばされてきたギルスレイダー(半壊)がいる。

 

左を見る、水平線の向こうまで何にも見えない。

 

前を見る、雲一つない青空と眩い太陽。

 

 

そして後ろを見る…………どこまでも続く、大海原がそこにあった。

 

そして、ハルカとギルスレイダーは、空中に放り出されて落下している真っ最中だった。

 

 

「……いやこれ試練云々以前に堕ちた時点で死ッ……!!??」

 

巨大な水しぶきを上げて、ハルカとギルスレイダーが海面に落下する。

 

現在地は『日本海の某所』……それも、陸地も見えないほどの沖合であった。

 

衝突の衝撃で盛大に意識を吹っ飛ばしたハルカが、ぶぐぶぐぶぐ……と泡を立てて深海へ沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらガイア連合ロボ部所属戦艦、【日向】。瑞雲からの観測結果を受診。やはり瑞雲は最高だな』

 

『【くそみそニキ】殿からの情報提供通り、指定地点に【ギルス】の落着を確認!』

 

『港に待機している【土隠あきつ丸】に輸送して、秘密裏に霊山同盟支部・一等研究室に運び込む手はずを整えます』

 

 

*1
当然痛みは消えない。

*2
なお、唯一神はそのうち復活するので、それに合わせて天界も復活する模様。




サタン「やべ、座標ミスった」


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仮面ライダー、鷹村ハルカは改造人間である。

 

【結界が突破される数十分前。 ガイア連合霊山同盟支部 一等研究室】

 

 

「……ぅ、あ……?」

 

全身のけだるさを感じながら、鷹村ハルカはベッドの上で目を覚ます。

 

これが黒札転生者なら『知らない天上だ……』とか言いそうなシチュエーションだが、残念ながら彼はヱヴァンゲリヲンを見たことが無い。

 

霊山同盟支部の技術部が制作した、継続治療用包帯*1を巻かれた全身をどうにか持ち上げる。

 

眠っている間にMAGも供給されていたようで、万全とはいかないもののほとんど健康体に近い。

 

 

(周囲の景色からすると。一等研究室にある隔離病棟か……?)

 

 

霊山同盟支部にある施設は、支部長として当然全てチェックしている。

 

特に技術部は、放っておくとシノがヘンテコな発明品を作りかねないので重要チェック対象だ。

 

何度か監査に来たことがあり、なおかつ終末の四騎士との戦いで一度入院したこともある隔離病棟は、ハルカにとって(あまり慣れ親しみたくないが)見慣れた場所である。

 

そんな時、がちゃり、と隔離病棟の扉が開き……。

 

 

「たっちゃーん!!!」

 

「おっぶぇ!?」

 

 

体に走る衝撃、顔面に押し付けられるやわらかい感触。

 

LV40オーバーの身体能力をフルに活かし、入って来たのと同時に『兎山 シノ』がハルカに抱き着いた。

 

LV20以下の人間や悪魔ではいつ飛び込んだのかもわからないほどの速度である。

 

ついでにLV10以下だと今のハグの前段階であるタックルだけで死ぬ。黒札は無駄にデタラメだ。

 

 

「もー!ホントに心配したんだよ!?式神ボディは回復魔法で治らないレベルで壊れてるし!

 それどころか呪詛やら汚染やらで肉体も魂もMAGもベッタベタ!治せるのはショタオジぐらい!

 なのにショタオジいないしさー!時間かければ治せるあっくんもすごいけど!!」

 

「あ、そんな状態だったんですか……そりゃそうか……」

 

 

自傷ダメージで全身をボロボロにしながら『大淫婦』や『神の敵対者』と戦ったのだ。

 

大淫婦バビロンが周囲にバラまいていた魅了の権能による汚染に加え、サタンの自爆に巻き込まれたことでサタンのMAGによる汚染まで侵攻。

 

ハルカの肉体が、ノアの箱舟に乗る事を許された『穢れ無きネフィリム』である『オグ』のフォルマやデビルリソースで構成されていたからこそ、ギリギリ回復可能な域で収まっていたのだ。

 

そうでなければ回復魔法すら拒絶され、そのまま死ぬか傷ましい変質を遂げて悪魔として復活していたことだろう。

 

 

「肉体的にはほとんど完治してるけど、流石に絶対安静だからね!

 MAG欠乏症に広範囲のⅢ度熱傷、亀裂から複雑まで数えきれない骨折!

 内蔵までガッツリ損傷してる上に出血多量でショック状態まで発生!

 混ざりすぎてわけわかんなくなってる呪詛による生命力の喪失!

 そこから約一ヵ月意識不明!生死曖昧な状態で脳波も観測できず!

 

 ……いやホントなんで生きてるのか不思議だよ!?」

 

「か、仮面ライダーですから……っていうか一ヵ月寝てたのか僕……」

 

「すごいね仮面ライダー!っていうと思ったかぁ!流石の仮面ライダーも生身でこれだけやられて生きてるのは照井*2ぐらいだよ!!」

 

「誰ですか照井さんって」

 

 

起きて早々にいつものやり取りを繰り広げていたが、そこでふと、シノの後ろにもう1つ人影があるのに気づいた。

 

はあやれやれ、とでも言いたげな顔で腕を組んでいるのは、もはやお馴染みガチホモ(バイ)のイイ男、ハルカの師匠の阿部清明である。

 

どうやらどこぞでオカルト関連の仕事をこなしてきた後のようで、私服ではなく対悪魔用の防具を身にまとい、錫杖を手にしていた。

 

 

「そんなところで何やってるんですか師匠」

 

「この一か月治療してた俺に対して開口一番ソレぇ!?」

 

「あ、すいません。そこはちゃんと感謝してるんですが……師匠ですし雑でもいいかなって」

 

「もうちょっと敬意を持て!泣くぞ!?それはもうみっともなく!!」

 

「やめてください、身長180超えのガチムチマッチョメンが泣くのは全体的にいたたまれないので」

 

 

ふぇーん、と半泣きで抱き着いたままのシノを引きはがしつつ、こちらもまたいつも通りの師匠と弟子の弾丸トークが飛びかう。

 

ハルカは基本的に丁寧な態度で人に接するが、心を許した相手ほど、その『丁寧』のハードルが雑になる。

 

紳士的な態度で接している相手ほど、ハルカにとっては警戒対象なのだ。

 

つまり、師匠と弟子というデフォで丁寧に接する関係でありながらこの態度な阿部への信頼度は……推して知るべし、というやつだ。

 

 

「ま、なんにせよ今のお前は健康体だ。一応の検査を終えたら退院してもいいだろ。

 秘密裏にココへ運び込んで治療したからな、霊山同盟支部に顔も出してやれ。

 運んでくれたKSJ研究所とロボ部の艦隊には、あとで礼言っとけよ?」

 

「あ、はい……え、秘密裏に?なんでわざわざ?」

 

「メシア教がちぃっとやっかいな事になっててな……意識のないお前を表に出すのがリスクしかなかった」

 

「今度はなにやったんですかあの連中……」

 

「まあ……それは後でな?」

 

「いやでも」「後でな???」

 

(マジで何をやったんだよメシア教の連中……!?)

 

 

自分が寝ている間に何があったのか心配になって来たハルカに対し、何故かシノも阿部も多くを語らない。

 

が、その反応だけで間違いなくロクでもない事になってるんだな、と察せられるだけのカンの良さがハルカにはあった。

 

空気が読める子と言い換えてもいい。

 

空気を読む力を小~中学生に求める環境が既に何かおかしい気もするが、それはともかく。

 

丁度その時、ハルカの肉体にMAGが流れ出る感覚が走った。

 

 

「? ……レムナント、かな?MAGの供給ラインが復活したのか。*3でもこの感覚だと……戦闘中?」

 

「何かトラブルでもあったのか?ちょっと待ってろ」

 

阿部が各結界に飛ばしている連絡用の式神に意識を向ければ、S県各地の状況が一瞬で阿部に流れ込む。

 

式神と主のラインを利用してソレをハルカにも共有し、一瞬で相互理解が完了する。

 

戦闘の時はコンビネーションにも使える技術ではあるが。説明の手間が省けるという理由で普段からそれなりに出番はあった。

 

そして、前々回の『多神連合から抜けようとしたアホ神による連鎖結界崩壊』を把握し……。

 

 

「……この意味が分かる者は、ここに残れ」

 

((いや残るも何も俺/シノさんの二人しかいないよね?))

 

「言ったよな!?僕言ったよな!?僕が吹き飛んだ後は多神連合から少しずつ距離を取って、イワナガヒメ経由でマトモな日本神話の神を結界及び管理異界の担当にしていけ、って!?」

 

「た、たっちゃん、もとい支部長閣下。多神連合とメシア穏健派と日本神話で三枚舌外交やれる人間なんてそうそういなくてですね……」

 

「やらかしそうな多神連合の神もリストアップしてただろうが!損切りのできない後任人事なんてダイッキライダ!!」

 

「いや巫女長とかもお前が死んだと思ってだいぶヘコんでたからその影響もな?」

 

「柔軟に対応できない奴らはダイッキライダ!

 そもそも巫女長達は霊的な才能物足りないから交渉に向かないだろバーカ!」

 

「たっちゃん、一応私達も頑張ってたんだから、ね。ね!?」

 

「どーせ外交とかやりたくないから巫女長に丸投げしてたんだろうが!チクショーメーッ!

 多神連合は特にそうだが低レベルだとどんなに立場があっても話聞いてくれないんだよ!

 連中は霊能力者としての才能をドレスコードか何かだと勘違いしてるんだよ!!

 急に死ぬことになったせいでそのあたりの意識改革がタランカッタァ……!」

 

 

すさまじいマシンガントークで畳みかけつつ、いつのまにやらベッドから起き上がって大演説。

 

普通なら傷が開きそうだが、無駄に回復能力の高いギルスはハイテンションもあってコンディションが絶好調。

 

一応は黒札かつ師匠&恩人な阿部とシノ相手に総統閣下シリーズみたいな勢いで持論をゴリ押していた。

 

 

「連中と言えば学んでいるのは人間を食い物にする方法ばかりでクソの信用もできん!

 こうなったら俺もやるべきだった!やらかしそうな多神連合の粛清を!

 スターリンのようにやるべきだった!!」*4

 

「うん、それだけ元気なら大丈夫そうだな。

 それじゃあ今から最近多発してる多神連合の元所属神関係のトラブルとか、

 日本神話の神が他のオイシイ地区に行きまくってて中々こっちに来ない事とか、

 メシア教穏健派から誕生しやがった『メシア教ギルス派』とかいう連中の対処も頼んだ」

 

「何のナニのなに!?僕が寝てる一ヵ月の間に何があったの本当に!?」

 

 

ああもう!とヤケクソ気味に叫びつつ、寝ている間に着させられたと思われる患者衣の上着を脱ぎ捨て、ベッドから飛び降りる。

 

勢いで総統閣下シリーズしてしまったが、そもそもこの二人に八つ当たりしてもどうにもならない。

 

シノに自分の服がある場所を聞き、急いで着替えて病室を飛び出る。

 

一応は女性であるシノやガチホモ(バイ)である阿部の前で着替える羞恥心と警戒心は、悪魔の群れが結界を突破してくる危機感の前に吹っ飛んだ。

 

じゃあそもそも総統閣下シリーズやってる場合じゃねーだろ、と言われたらその通りだが。これに関してはだいたい教育役の阿部が悪いのですべては阿部の責任である。

 

 

「あ、たっちゃん!言い忘れてたけど、一等研究室の倉庫に『ギルスレイダー』があるから、それ使って!」

 

「……あ、そう言えば無事だったんですねギルスレイダー!すいませんすっかり安否確認忘れてました!!」

 

「一応自分の相棒なんだからもうちょっと気にかけてあげようよ!?」

 

 

ボロボロになっていたギルスレイダーも、ロボ部が管理している『日向』によって引き上げられ、そのまま『あきつ丸』に乗せられて運び込まれていた。

 

シノの手によってハルカと共に強化改造され、宇宙航行のデータをもとに陸海空宇宙まで割と何とかなるスーパーバイク型式神に変貌している。

 

……そう、強化改造されたのはギルスレイダーだけではない。ハルカ/ギルスもまた、トリニティフォーム等の反動に耐えられるよう強化改造が施されている。

 

唯一の欠点は、そもそもそんなトンデモパワーを発揮するような事態が今後もハルカに襲い掛かるのが避けられない点だろう。

 

倉庫に飛び込んだハルカは、そこに安置されていたギルスレイダーに飛び乗る。

 

MAG供給用のチューブ等をやや雑に引き抜き、シノの手によって地下倉庫の出口が外へと直通になった。*5

 

阿部とハルカ/ギルスがそうであるように、ギルスとギルスレイダーもまた、主と式神の繋がりがある。

 

あの死地を超えた一人と一騎は、人馬一体……いや、人機一体ともいうべき同調率を記録していた。*6

 

 

「……いこう、ギルスレイダー!!」

 

 

迷いなくアクセルを振り絞り、最高速度のギルスレイダーが外へと飛び出していった。

 

そして、視点は『最後となる現在』へと歩を進める。

 

 

 

 

 

 

 

【S県某所 結界内 支流霊道 結界の穴の付近】

 

 

『魔獣 オルトロス』の死体が次々と地面に叩きつけられ、MAGとなって消滅する。

 

あまりにもレベル差がありすぎる相手だった上に、無視して後方の一般人がいる区画に向かおうにも、ギルスレイダーであっさり追いつかれて始末される。

 

そのうちに、レムナントと七海が合流すれば、息の合った連携で残る悪魔の殲滅も終わった。

 

駆けつけた巫女……緊急事態だと判断したのだろう、巫女長直々に精鋭の巫女部隊を率いて来たらしい。

 

霊山同盟の巫女も、自衛隊も、警察も、G3ユニットも、ラッキークローバーも。

 

今回の事件のために駆け付けた面々が、修復された結界の中で一人の『英雄』を囲んでいる。

 

生体装甲が消えていき、あらわになったのは小柄な少年。

 

可愛らしい顔ながら、強い意志を瞳に秘めた『仮面ライダー』……鷹村ハルカが生きている。

 

 

「……あー、その、ごめんね?一ヵ月も顔出せなくて……「主殿ッ!!」ぷあっ!?」

 

 

 

殆ど不意打ちで、集団の中から飛び出してきたレムナントがハルカに抱き着いた。

 

本日二度目の豊満バストによる顔面ホールドに、思わず混乱しながらもなんとか引きはがそうとする。

 

しかし、レムナントの力は尋常じゃないほどに強かった。その腕の力は、レベルでもステータスでもなく『想い』の強さだ。

 

生きて帰ると信じたくて、しかし信じきれなくて、そんな『愛しい誰か』を出迎えるための両腕だ。

 

その腕に込められた感情が、ぐすぐすとしゃくりあげるレムナントのすすり泣きと、主と式神のラインを通じてハルカにも伝わっていく。

 

神への愛(アガペー)ではない、もっとちっぽけで、しかし温かい……『誰かが誰かを愛する』時の、陽だまりのような愛情だった。

 

それらを感じ取ったハルカもまた、無理に振りほどかず、レムナントの背中をぽんぽんと撫でて慰める。

 

 

鷹村ハルカはかつて、『自分が死んだ時に泣く人間もいないままに死ねない』と阿部に言った。

 

そして今、ハルカが『死んだと思ったのに生きて帰って来たこと』に、暖かな歓喜の涙を流してくれる者がいる。

 

レムナントだけではない、周囲にいる面々は、喜ぶ者・泣く者・感極まって失神する者まで様々だ。

 

もはや数秒後には全員にもみくちゃにされそうな気配を感じ取ったのか、レムナントとハルカは『自分の心から出た言葉』を交わす。

 

 

 

 

 

 

「……おかえりなさい、主殿」

 

「うん……ただいま」

 

 

 

『行ってきます』で始まった、鷹村ハルカ/仮面ライダーの戦い、

 

それは今、『おかえりなさい』と『ただいま』をもって、一つの節目を迎えたのであった。

 

これから先も、ハルカは終末を迎えた世界で戦い続ける。

 

自分を愛し、信じてくれる者達や、守るべき者達のために。

 

そして何より、人間の未来と自由のために。

 

 

 

仮面ライダー、鷹村ハルカは改造人間である。

 

彼を改造したガイア連合は、世界平和を願う善の秘密結社である。

 

鷹村ハルカは人間の自由のために、闘い続けるのだ。

 

 

 

 

【 霊能力者、鷹村ハルカは改造人間である。】

 

~完~

 

*1
布そのものに各種オカルト素材を使用した包帯。回復魔法で一気に直すのが難しい傷の回復速度を速めつつ、リハビリの期間も大幅に短縮できる。

*2
『仮面ライダーW』に登場する『照井竜/仮面ライダーアクセル』。作中から外伝から続編まで、何かあると死にかけるような目にあいつつ生きてる不死身の男。ハードボイルドである。

*3
ただし地脈からの供給も同時に受けている状態のため、ハルカからのMAG供給と混ざり合ったせいでレムナント側は供給復活に気づいていない。それどころじゃなかったし。

*4
流石に『おっぱいぷるんぷるん』は入らなかった模様。

*5
シノ曰く『ターミナルシステムのちょっとした応用』とのこと。

*6
ただし安否確認は忘れていた。





最終リザルト/ステータス

鷹村ハルカ/仮面ライダーギルス

LV 99


【弱点】 無し

【通常】 万能

【耐性】 近接 銃撃 疾風 地変 氷結 衝撃 爆発

【無効】 水撃 念動 呪殺 核熱

【反射】 破魔

【吸収】 火炎 雷撃


主なスキル パッシブ系

オートディアマイ(常時ディアマイ(毎ターンHP回復)を付与)
生命の泉(歩くごとにHP回復)
チャクラウォーク(歩くごとにMP回復)
地獄のマスク(状態異常耐性を得る)
覚醒(全てのステータスを上昇)
物理貫通・極(相手の物理耐性/無効/反射/吸収を貫通する)
仮面ライダーの加護(不思議な事が起きる)

etc.

『パッシブスキルをがっつり埋めて削り合いに持ち込んで殺す』と言う分かりやすい構成。

状態異常にもスキル・装備の両方で対応しており、特に精神系に関しては貫通で叩き込んでも『気合で耐える』ため非常に強い。

反面、このレベルになっても『遠距離攻撃の手段が非常に少ない』ため、一貫して単独だと速特化タイプに引き撃ちされるのが非常につらい。

とはいえホア・オブ・バビロン戦で習得した『スタートアップ(プレスターン増加&スクカジャ2回)』もあるので、引き撃ちする側にも相当の強さが求められる。

総合して『食らって耐えて回復しつつ殴る』というタフな前衛。

そのためギルスレイダーやレムナントといった自分の不得手を埋めてくれる仲間と連携するとひじょーに厄介。


……また、相手が『仮面ライダーが倒すべき敵』の場合、奇跡が起きたり不思議な事が起きたりしてなんやかんやで逆転フラグが整う。

恐らくショタオジが悪堕ちしようものなら『仮面ライダー 世界に駆ける』レベルで不思議な事が起きまくるので、そういう意味では最終兵器である。


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【格差】ガイア連合シェルター民雑談スレpart35【社会】


終末後の描写も増えて来たのでちょっくらこんなもんを作成。

設定お借りした作者の皆様、ありがとうございました。

そして恒例のせんで……告知。

新連載『君は、このソラを飛べる』も連載中&同時更新です。

https://syosetu.org/novel/320510/


 

 

132:名無しのシェルター民

 

やっぱり支部やシェルターごとに結構差があるんだなぁ。

 

 

133:名無しのシェルター民

 

山梨支部、めちゃくちゃ安定してるし広いけど。

特権階級の黒札様が超多いからなぁ……。

 

 

134:名無しのシェルター民

 

うっかり逆らったら『転校』しちゃうからね。

 

 

135:名無しのシェルター民

 

それ都市伝説扱いされてるけどガチなの?

 

 

136:名無しのシェルター民

 

わからん、というかこんな場末の掲示板に真実流れてくるはずもないしな。

 

 

137:名無しのシェルター民

 

でも、黒札本人はともかくその信者の目がヤバいからな……。

 

 

138:名無しのシェルター民

 

デビルバスターやってる知り合いいるけど、

黒札本人は一度会ったことあるが意外と普通らしいからな。あくまで性格は。

ただ、黒札に『配慮』したがる人間が超多いらしい。

 

 

139:名無しのシェルター民

 

あー、なるほど。

黒札本人は気にしてなくても、周囲が勝手にムラハチするのか……。

 

 

140:名無しのシェルター民

 

いやまあ、世界がこんなんになって何年か経つけど、

こんなんになっても維持できてるのはガイア連合と黒札のおかげってのはまあ分かるけどさ。

 

 

141:名無しのシェルター民

 

ここは非覚醒者でもある程度オカルト事情知ってる人向けだから黒札のありがたさは理解できるよな。

 

 

142:名無しのシェルター民

 

そもそも覚醒者はこんな掲示板こない定期。

 

 

143:名無しのシェルター民

 

そりゃそうだけど悲しくなるからヤメレ。

 

 

144:名無しのシェルター民

 

話戻すけど、山梨支部以外の支部とかシェルターってどうなん?

 

 

145:名無しのシェルター民

 

地方の都市型シェルターにいるけど、結構快適だぞ。

自衛隊もいるしな。なんでも都市のエライ人が事前に手配してたんだと。*1

 

 

146:名無しのシェルター民

 

こっちも結構快適。飯も悪魔が出てくる前と大差ないのが食えるしな。

バブル型シェルターってヤツだから隣町行くのもちょっと大変な程度?*2

 

 

 

147:名無しのシェルター民

 

宮城の方に住んでるけど、こっちはジュネス中心のシェルターだからなぁ。

一応近所にもガイア連合の結界あるらしいけど、ジュネス周辺で生活なんとかなるからあんまり出かけないし。*3

 

 

148:名無しのシェルター民

 

北海道住みだけどこっちもかなり安定してるぞ。

ただ、子供の資質検査とか覚醒者の強制移住とか、反対運動も強いわ。*4

まあ独り身の俺にゃなんもかんけーないけどな!!

 

 

149:名無しのシェルター民

 

涙拭けよ童貞。

 

 

150:名無しのシェルター民

 

どどど童貞ちゃうわ!

 

 

151:名無しのシェルター民

 

ただ、メシア系の支部とか多神連合系のシェルターよりはマシだよな……。

 

 

 

152:名無しのシェルター民

 

まあ、それはそう。

この掲示板、ガイア連合系支部の回線からしか書き込めなくなってるけど。

他の支部からの書き込みできるスレじゃ割と阿鼻叫喚だしな。

 

 

153:名無しのシェルター民

 

そしてしばらくするとパタっとそういう声が消える。

 

 

154:名無しのシェルター民

 

悪魔とか出てきてからあぼーんされたんじゃなくてガチで消された疑惑がな……。

 

 

155:名無しのシェルター民

 

まだいいよアク禁なりなんなら命を消されたなら。

ある日突然メシア教万歳!みたいな書き込みしかしなくなったIDを見ると寒気がする。

 

 

156:名無しのシェルター民

 

うっわぁ。

 

 

157:名無しのシェルター民

 

マジでガイア連合のシェルターには入れてよかったな俺等……。

 

 

158:名無しのシェルター民

 

じゃあそのシェルターの役に立つためにデビルバスターに志願するつもりは?

 

 

159:名無しのシェルター民

 

いや流石にちょっと……。

 

 

160:名無しのシェルター民

 

と、十勝支部で建築関係頑張ってるから……。

 

 

161:名無しのシェルター民

 

新潟支部で漁業やってるから……。

 

 

162:名無しのシェルター民

 

え、なんで新潟で漁業?

 

 

163:>>161

 

なんか食べられるけど魔法みたいな効果がある魚がいるんだと。*5

俺、半覚醒ってヤツらしいからスカウトされた。

 

 

164:名無しのシェルター民

 

半覚醒だと一気にできる仕事広がるらしいけど、やっぱ変わる?

 

 

165:>>161

 

廃墟が悪魔の巣かどうかを判定するお仕事とかも紹介されたぞ。

絶対やりたくないけど!!

 

 

166:名無しのシェルター民

 

いや草、まあ草じゃないが。

 

 

167:名無しのシェルター民

 

いっそのこと覚醒まで頑張ってみるとかは?

 

 

168:>>161

まあ、休日に修行?ってやつは付けてもらってる。内用は秘密。

ただ、正直そこまで才能には期待できないってさぁ。

 

 

169:名無しのシェルター民

 

はー、やっぱちょくちょく言われてる才能商売ってガチなんだなぁ。

覚醒できるような才能欲しかったわー。

 

 

170:名無しのシェルター民

 

俺、一応支部の戦闘班にいるけど、上を見たらキリがないぞ。

 

 

171:名無しのシェルター民

 

戦闘班……え、つまり覚醒者?

 

 

172:名無しのシェルター民

 

覚醒者がこんな場末の掲示板でなにやってるんですかねぇ。

 

 

173:名無しのシェルター民

 

釣りだろ釣り。

 

 

174:名無しのシェルター民

 

一応マジだよ、木っ端もいい所だけどな。

レベル*6だってようやく11だし。

 

 

175:名無しのシェルター民

 

まずレベル11がどのぐらいかわからん定期。

 

 

176:名無しのシェルター民

 

ドラクエとかFFなら序盤超えた所ぐらいだけど。

 

 

177:>>170

 

支部によってもその辺の基準かなり変わるぞ。>LV11の扱い

ウチの支部の場合、戦闘班に志願できるのはLV10以上だけ。

それ以下だと、悪魔関係の仕事にしても補佐役しかできない。

 

 

178:名無しのシェルター民

 

やっぱデモニカとか使うん?

 

 

179:名無しのシェルター民

 

知り合いの覚醒者が手から炎出してたけど、>>170は何かできる?

 

 

180:名無しのシェルター民

 

それで>>170の支部だとLV11ってのはどんぐらいなのよ。

 

 

181:>>170

 

>>178

 

一応使ってる。展開型デモニカの『ガイアトルーパー』タイプ。

持ち運びが楽だし性能は手堅いし、長い間俺の相棒だわ。

 

>>179

 

自分が撃つ銃の威力を上げる、って力が使える。地味だけど使いやすい。*7

 

 

182:>>170

 

>>180

すごいざっくりした基準だけど、ウチの支部だとこう。

 

LV0

一般人、未覚醒者か半覚醒者。悪魔とはまず戦えない。*8

 

LV1~5

覚醒者、ここから悪魔と戦えるようになる。

ただし死ぬ気でやってザコ悪魔とようやく戦えるぐらいの戦力。

主なお仕事は悪魔関係の雑用。それでもかなり貴重。

 

LV6~9

比較的戦えるようになった覚醒者。ウチの支部では『支援班』になる。

囲んで棒で叩けば自然沸きのザコ悪魔ぐらいは安定して倒せる。

戦闘班が安全確保した地区の見回りみたいな、悪魔と遭遇『するかもしれない』仕事も振られる。

 

LV10~19

戦闘班。支部の本拠地以外の結界にも出向いて悪魔を狩りに行ける基準。

俺もここに入るけど、その中だと下の方。

才能に加えて結構な努力をしないとここまで来れない。

 

LV20~29

戦闘班の隊長とか、特記戦力クラス。

ここまでくると完全に才能の問題で、『才能持ちの中でも凡人』じゃこの域に行けない。

俺より年下の女の子なのにバリバリ悪魔薙ぎ払ってる子すらいる。

 

LV30~

ウチの幹部様とか黒札専用の域。

 

 

183:名無しのシェルター民

 

はえー、こんな基準なのか。

 

 

184:名無しのシェルター民

 

というか>>170が何歳かわからないけど、めっちゃ強い女の子とかナニソレkwsk。

 

 

185:名無しのシェルター民

 

そうだそうだ!>>170の自分語りより需要あるぞ!

 

 

186:>>170

 

お前ら……まあいいや。

俺より少し早く戦闘班に入ってた女の子がいるんだよ。多分女子高生か女子大生ぐらい。

それがまあメチャンコ強くてな。今じゃLV20超えて戦闘班のエースだわ。*9

 

 

187:名無しのシェルター民

 

重用なのはそこではない。美少女かどうかだ。

 

 

188:名無しのシェルター民

 

あとおっぱいが大きいかどうかだ。

 

 

189:名無しのシェルター民

 

は?ひんぬーが正義なんだが?

 

 

190:>>170

 

スレンダー体系だけど八重歯の可愛い子だぞ。

 

 

191:名無しのシェルター民

 

っしゃああああ!貧乳は希少価値だ!ステータスだ!

 

 

192:名無しのシェルター民

 

おっぱいないならいいや

 

 

193:名無しのシェルター民

 

お前ら下半身に正直すぎるたろ常識的に考えて。

 

 

194:名無しのシェルター民

 

この基準で行くと、>>170は特撮の戦闘員ぐらいの立ち位置ってことか。

 

 

195:名無しのシェルター民

 

あるいは一話に出てくるタイプの怪人。

 

 

196:名無しのシェルター民

 

どっちにしても30分以内で撃破されるポジションだな。

 

 

197:>>170

 

ガイア連合を悪の組織扱いするのはやめてやれよ……。

一応俺等戦闘班もその下っ端なんだからさー。

 

 

198:名無しのシェルター民

 

すまんこ。

 

 

199:名無しのシェルター民

 

誠意のかけらもねぇな。

 

 

200:名無しのシェルター民

 

ところで、さっきの表だとLV30以上は別格みたいな扱いだけど、どんぐらいすごいの?

 

 

201:>>170

 

俺等が使ってる対悪魔用パワードスーツのデモニカあるじゃん?

アレ、LV30以上の人たちにとっちゃ逆にじゃまになるらしい。

自転車乗れる人間にとって補助輪はただのデッドウェイトだろ?そういうこと。

ウワサじゃそういう人たち向けのハイエンドデモニカとかもあるらしいけどな。*10

 

一度だけ戦ってる所見たことあるけど、ありゃ規格外だわ。比べる気にもならん。>LV30以上の幹部

 

 

202:名無しのシェルター民

 

どのぐらい強いの?教えてエロい人!

 

 

203:名無しのシェルター民

 

>>170がLV11で、支部の幹部でLV30となると、支部長はLV40~50ぐらいか?

流石に幹部と支部長でそこまでさがあるとは思えないし。*11

 

 

204:名無しのシェルター民

 

>>170が100人ぐらいいれば幹部一人ぐらいなら戦えそう?

 

 

205:>>170

 

少なくとも俺が戦ってる所見たことある幹部は一人だけだが、

あの人の強さ前提なら100人どころか1000人いてもムリ。

 

 

206:名無しのシェルター民

 

ファッ!?

 

 

207:名無しのシェルター民

 

いや、覚醒者ってとんでもない身体能力になるわ不思議パワー使えるわなんだろ?

>>170が1000人いてどうしようもないってどんだけ?

 

 

208:名無しのシェルター民

 

本当に人間、いやそれ以前に生物なん?

 

 

209:>>170

 

外見は……なんつーか、少年だったな。中学生ぐらいで小柄な少年。

顔は良かったけどびみょーに女顔で、雰囲気だけなら普通のよいこだった。

幹部の一人って隊長から紹介されて、今日は担当する結界の見回りについて来るって聞いたんだよ。

 

が、結界が破られたって報告受けて駆けつけたら、まあわらわら悪魔が侵入してきてさ。

これは死んだな、と思ったわけよ。

 

 

210:名無しのシェルター民

 

うわぁ。

 

 

211:名無しのシェルター民

 

男の娘幹部……だと……?

 

 

212:名無しのシェルター民

 

まて、ただの美ショタかもしれん!

 

 

213:名無しのシェルター民

 

ホモよ!

 

 

214:>>170

 

話を戻すけど、とにかく防衛線を張らないと結界の仲間で全滅するからな。

結界やそこらの建物でバリケード作って、援軍来るまで持久戦のはずだった。

 

その少年がどっからか真っ赤な槍取り出して悪魔の群れ全部ブチ殺した。

投げ槍一回で群れが消し飛ぶわ、瞬間移動みたいな速度で大暴れするわ。

気が付いたら一瞬で悪魔が数匹死んでる状態だから、

俺が1000人いても無双されて終わる。*12

 

 

215:名無しのシェルター民

 

なにそれこわい。

 

 

216:名無しのシェルター民

 

やっぱガイア連合で出世するヤツってやべーんだな……。

 

 

217:名無しのシェルター民

 

多分俺らの支部の偉い人も同じぐらい強いのいるんだろうなぁ……。

 

 

218:名無しのシェルター民

 

ま、まあ、逆に安心だと思おうぜ。

 

 

219:>>170

 

実際、他の支部との交流も盛んだし、メシもそれなりに美味いし、安全ではあるからなぁ。

ただ、本部とその周辺は文句なしに安全なんだけど、外輪に当たる部分の結界がな。

メシア結界だったりほかの神が管理する結界だったりで、割とトラブルが絶えない。

 

 

220:名無しのシェルター民

 

うっわぁ……ああ、そういえば結界に穴空いたって……。

 

 

221:名無しのシェルター民

 

江戸時代の日本みたいなもんか。

直轄領を中心に譜代と親藩で囲って、外様大名はその外側に、と。

 

 

222:名無しのシェルター民

 

>>170のいる場所は今後もトラブル絶えなさそうだな……。

 

 

223:名無しのシェルター民

 

言ってやるなよ、可哀そうだろ。

じゃ、俺は源氏鮎を捕る仕事に戻るから……。

 

 

224:名無しのシェルター民

 

俺も北海道で外壁の補修する仕事に戻るから……。

 

 

225:名無しのシェルター民

 

俺も自宅を警備する仕事に戻るから……。

 

 

226:名無しのシェルター民

 

働け。

 

 

*1
小ネタ 千代ちゃんの派遣業務

*2
【カオ転三次】故郷防衛を頑張る俺たち 様の新潟シェルターイメージ。恐らく食事グレードはシェルターの中でもかなり高い。しいて言えば黒札のジャンみたいな料理型転生者はいなかったはずなので、オカルト素材の調理という点では山梨支部に届かないと思われる。 あと凍矢君は設定上変人かもしれないが意外と常識人寄りの感性してるので、変人かつ変態がそこそこいる霊山同盟支部よりはマシだと思ふ。

*3
【カオ転三次】TS^2ようじょの終末対策 様の宮城県の派出所……から車で30分の所にあるジュネス。『転生ようじょ、本部に戻る。』で幼女ネキがorzしてたところ。派出所の方は今後どうなっていくのか作者も楽しみに見守っているが、終末後の一般人にとって車で30分の距離は終末前のブラジルより遠い。

*4
【カオ転三次】現地民とのぐだぐだ小話 様に登場する十勝支部のお話。ディストピアじゃねーか!と抗議する住民もいそうだが、メシアンのシェルターはディストピア通り越したナニカなんだよなぁ……その割にトイレットペーパーすら無い場所もあるらしいし。

*5
P4の釣り等で手に入る魚が確認されてるとのこと。

*6
DLVではなく、ちゃんとガイア連合基準のLV

*7
スキル『狙い撃ち』である。当然それ以外にもいろいろ使えるが、ここで言うほどバカではない。

*8
ただし高性能なデモニカ等を使えば戦力にはなる。カオス転生外伝『とある現地の新人サマナー』に登場する絹旗等。

*9
改造人間短編集『かまぼこ二枚分の人生』に登場する『佳乃 杏(ヨシノ アンズ)』

*10
改造人間短編集の『project G4』等で作成している『G4』や『G4X』や『デルタ』や『カイザ』の事。『ファイズ』に関してはレムナントが使ってる時はハイエンドデモニカだったが、シノが回収したときにハイエンドパーツを取り外しており、G3X相当の性能になってから杏に譲渡された。

*11
支部によるがめっちゃあることも少なくない。

*12
なお、お気づきのとおりこの幹部の正体は『鷹村ハルカ』。阿部から凶兆の占いを受けて同行した。『変身』せずに戦ってもどうとでもなる程度の悪魔だったので、今回の凶兆は軽い方である。 ※黒札ガチ勢及び仮面ライダー基準。





終末後の霊山同盟支部は、輸入したキクリ米の栽培やら、芦ノ湖で取れる魚やら、
高原での畜産(カタキラウワ等のフード系悪魔)で食料を賄っている。

ターミナルも県内の重要拠点に設置し、補えない物資はそれを利用して輸入。

逆に輸出品はシノの発明品や霊山同盟支部で生産されるオカルト物資等。
発明品には工場で量産体制を作ったモノも多い。
(終末後も使える通信機、G3トレーラー、オートバジン等)

需要一位の品物こそないものの『コスパ考えたら選択肢の1つに入るよね』
ぐらいの立ち位置を複数部門で維持。

なんのかんのいって幹部以上、特にトップであるハルカのフットワークも軽いので、ヨソのシェルターで戦力が必要になった時の傭兵業も盛ん。

助けを呼べばギルスがバイクで駆け付けてくれる事もある、という点で、特撮系俺達には『傭兵ギルスデリバリーサービス』は好評である。


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霊山同盟支部の終末準備


本編の『救えぬ者/救われぬ者』編&改造人間短編集の『PROJECT G4』 page3 の後ぐらいのお話。



 

「というわけで!突然ですがどーん!!

 終末時とか終末後ににどこの支部で過ごそう?と悩んでいるそこの黒札君!

 山梨支部でもいいけど、子供の成長とか考えたらあんまり健全じゃないよね!」*1

 

『8888888888』

『お、配信始まった』

『いつもながらノーブラかってぐらい揺れるなシノさん』

 

「うんうん、視聴者も続々来てるねー!あとちゃんとブラはしてるから!」

 

 

突如、ガイア連合会員向けの動画サイトで開始された生配信(当然アーカイブ化もされている)。

 

霊山同盟支部が動画配信を行っている『霊山チャンネル』の新作動画であり、動画に写っているのはいつもの兎山シノだ。

 

霊山同盟支部技術部のトップであり、株式会社スマートブレインの社長。

 

かつては山梨支部技術部でも特に高い技術を保有していた黒札の一人である。

 

技術系の才能を持っている黒札が真面目にレベリングして研究開発もガチでやってる

国立大学主席卒業クラスの一般教養

覚醒前から高IQというトリプルコンボ持ちのチートキャラだ。

 

なんならハルカや阿部よりも総合的なポテンシャルは上かもしれない。

 

ついでにこの動画チャンネルの開設者であり、霊山同盟支部やスマートブレインで販売している商品の紹介動画等をメインに投稿している配信者でもある。

 

そして、今日もいつもの商品紹介スタジオにて、ハイテンションな彼女が登場したのだが……。

 

 

「今回は霊山同盟支部の案件でねー、しがらみ案件というか、企業案件というか。

 霊山同盟支部に移籍してくれる人が出るよう、PR配信をすることになりました!

 特撮ガチ勢俺達はガンドコ移住希望来てるんだけどねー」

 

『ガイア連合技術部でライダー系のデモニカ作ってたヤツから何人か移籍してたもんな』

『元ロボ部もいるもんなぁ、工学系にめっちゃ強い支部になってるし』

『あちこちの支部に工場立てさせてッて交渉しまくってるってマジ?』

 

 

動画に流れてくるコメントは、ガイア連合に所属している特権階級……『黒札』のモノだ。

 

普段投稿している動画も、視聴者のアカウントによっては見れるモノ・見れないモノが区分けされている。

 

当然一般に流通しているガイアポイントカードでは殆どの動画は見る事が出来ず、ブラックカードでは全ての動画や生配信を見る事ができる。

 

今回の生配信も、ブラックカードを保有している『黒札』のアカウントのみが視聴できる配信であった。

 

 

「マジだよー?何より、まだまだ役所も日本政府一応生きてるしネ!

 スマートブレインで新しい工場作ります、って申請を出せば手続きも代行できるし。

 中身は地方で技術系俺達やってる黒札の工房にすればいいってワケ!

 ……まあついでにね?G3系のパーツもね?お仕事で作ってもらうけどね?」

 

『自分で作りたくないんだな』

『そりゃ技術部出身者は他に作りたいモノいっぱいあるしな』

『リース式でG3系の量産を他に任せてるのはそういう……』

 

 

「いいんだよー!というか寧ろ、それがシノさんの最終目標なんだからさ!

 G3シリーズも含めて、ある程度の技術は外部でも運用できるようになって貰わないと。

 独占技術って響きはいいけど、それ永遠にその技術の面倒見るハメになるって事なんだよ!?」

 

 

当然、整備にパーツ生産に改良案の作成に……新発明なんぞしてる時間は確実に無くなる。

 

シノの理想は『1人の天才が支えるのではなく、100人の凡才が支える組織』。

 

シノが生きてる内に、G3MILDぐらいは黒札抜きに製造・管理・運用できるようになって貰わないと困るのだ。*2

 

 

「というわけで本題!霊山同盟支部の魅力紹介のお時間でーす!

 今回は特別ゲストとしてー……支部長の【鷹村ハルカ】君に来てもらいましたー!!」

 

「ど、どうもー……よろしくお願いします」

 

 

シノに促され、舞台袖からいそいそとカメラの前に出てくるハルカ。

 

男の娘寄りな少年と侮るなかれ、ほとんど全身をハイエンドな式神パーツに移植し、現在も修羅勢クラスの特訓を積み。

 

さらに運命愛され勢クラスに様々な事件に巻き込まれまくる、霊山同盟支部の【仮面ライダー】である。

 

 

「ってうわ、スパチャがすんごい事になってる!赤スパ連打されまくってる!?」

 

「ちょ、皆無理しないでくださいね!?というか僕画面に出ただけでなんもしてないんですけど!?」

 

 

『出演料じゃー!』つ10000マッカ

『ファンブック買いました』つ1000MAG*3

『この前は撮影ありがとう』つ5000ガイアポイント*4

『グリスブリザード助かってます』つ10000円*5

 

 

「黒札限定配信なせいかコメントにすんっごい見覚えしかない!?

 え、えーっと……まず!霊山同盟支部は食料供給に関して安定しています!

 ターミナルシステムに加え、東海道霊道を用いた陸路での輸送も可能。

 農耕に関しても、イワナガヒメ神に父親であるオオヤマツミ神を紹介して貰いまして。

 そこから親族である『ウカノミタマ神』を招いておりますので……」

 

 

相変わらずよくキレるツッコミを披露しつつ、無理やりにでも流れを元に戻す。

 

元々箱根山脈を中心に規模を拡大していき、ショタオジの管理している霊山である富士山の周辺まで管理下に置いている霊山同盟支部。

 

何気にS県側とはいえ、山梨支部の隣県なだけあって富士山周辺というガイア連合にとってのアキレス腱まで握っている。

 

え、なんでそんな重要立地なのに黒札が支部長やってないのかって?

 

S県在住の黒札がそういう責任押し付けられるのを嫌って大半山梨支部に移籍したせいです。*6

 

 

「港に関しては、悪魔に任せた管理異界ではなく、ガイア連合特製の結界で覆ってます。

 東海道霊道とも接続してますから、近海でとれるレベルの魚なら終末後も水揚げできますね」

 

「もっと海神を招きたかったんだけどねー、オオヤマツミ神の縁者には水関係の神様少ないから。

 一応『伊古奈比咩命』神は関係がある上にそういう属性持ちだからまだマシかな!」

 

「伊豆諸島の具現化とも言われてるおかげで、伊豆諸島含めたS県付近の島を全部管理してもらってますからね……」

 

「あとは『引手力命(ひきたぢからのみこと)』もいるけど、すんっごいマイナー神だからね!」

 

「信仰してるのS県の神社1つだけですし……。

 まあ、この2柱の神様に港や島の結界・異界管理を任せてるわけです」

 

 

全国各地での日本神の解放は、当然S県においても行われている。

 

黒札だけでなくハルカも参加し、この2柱の神を封じていた結界はハルカが自分で破壊してきたのだ。

 

その後はイワナガヒメの関係者ということもあって交渉はスムーズに進み、現在S県の海はこの2柱の神が分担して管理している。

 

 

「ヒノエ米やキクリ米の作付けも安定してますから、終末後もお米が食べられます!

 川や湖での淡水魚の養殖も進んでますし……高原では牧畜も盛んですからね。

 元々いた品種に加えて、『フード』系悪魔も生産ラインに乗り始めました」

 

「いいよねオンモラキ。タマネギと鶏肉がまとめてとれて」

 

「カタキラウワも、子豚サイズ限定ですけど上質な豚肉ですよ。

 S県のブランド豚のノウハウを生かしてるので、柔らかくて美味しいです」

 

 

『S県の豚……ヨーグル豚(トン)か!』

『なにそれ?』『ダジャレかよ』

『ヨーグルト状のエサ食わせてるブランド豚。ちなみにちゃんとヨーグルトも食わせてる』

『腸内環境整ってそうだなその豚……』

 

 

新潟支部やサクナヒメの異界のように、これ一本で戦える!という食材は流石に無い。

 

が、米・肉・野菜・魚のそれぞれを安定して生産できるのが霊山同盟支部の強みだ。

 

終末後も食生活が大きく変わらないというのは大きなメリットになるだろう。

 

 

「治安に関しては、皆さんが移住することになる『親藩シェルター』に関しては問題ないですよ。

 山梨支部と比べるとアレですけど、安全性も利便性もかなり高いと思います」

 

「極論、シェルターの利便性っていうのは規模と流通がどれだけ整ってるかが命だからね!

 陸路は東海道霊道があって、海路はロボ部と協力すればオカルト加工した輸送船が出せる。

 ターミナルもあるし、空路は……他の支部が色々*7やってるからさー」

 

「焦って先駆者にならなくても、データ揃ってから二番煎じで後追いすればいいですもんね」

 

 

『こういう所が師匠のくそみそニキに似てるよな、意外とドライっていうか』

『ギレンの野望で偵察機を壁にしてミノフスキー粒子とビーム攪乱幕撒いて間接攻撃で沈めていくタイプ』

『声は高町なのはなのに思考回路は八神はやて』

 

(黒札から見た僕のイメージとは一体……?)

 

 

ハルカはアニメとかゲームとかほとんど触らない人生だったので、出て来たたとえ話が殆ど理解できていないのはある意味幸いであった。*8

 

 

「えーっと、現地霊能組織は『わからせ』られたので、種付け懇願みたいな問題とも無縁です」

 

「夏油クンとかキリちゃんシラベちゃんの例の件もあったけど、

 KSJ研究所とドっくんの助力もあって、色々絵ヅラがあれだけど解決したしねー。*9

 その後は名家(笑)のほとんど呼び出して脅しつけてからは全員腹見せたワンちゃん状態だし」

 

「ロボ部の皆さんの協力もあって、『量産型オートバジン』も順次配備が進んでます。

 現在既に80機が稼働中、霊山同盟支部の管理下にある派出所に配置されています。

 G3MILDやガイアトルーパー等の量産重視デモニカも配備良好ですから、

 ちょっとしたオカルト案件なら現地勢力だけで解決できるっていうのもありますね」

 

「ガキだのゴーストだのを対処するために隣町まで行きたくないでしょー?みんな。

 ロボ部に第一ロット300機分は頼んであるけど、残りは霊山同盟支部で順次生産予定!

 最終的には20000機をS県全土に配備するよー!」

 

「それに合わせて、量産型オートバジンの購入も霊山同盟支部の窓口で開始しました。

 黒札限定の販売で、レベルは10~30の間で調整可能。LVが高いほど高額ですが。

 力・耐高めの前衛型で、飛行及び高速走行、AIによる自動戦闘も可能。

 盾型武器『バスターホイール』による銃撃支援も可能な万能式神です」

 

「まあ、LV10でもトライチェイサーよりお高いって問題はあるけどね!

 ぶっちゃけトライチェイサーとLV10のアガシオンをセットで買ってもいいし」

 

「シノさん???」

 

 

『購買意欲削ぎにきててワロタwwww』等のコメントが流されながら、ハルカがきっちりツッコミ。

 

とはいえ、『魔』重視の調整が多いアガシオンとは違い、非常に頑丈で堅牢。

 

空も飛べて銃攻撃もできて、スキルカードによる改造も対応と、はっきりいってスペックそのものは非常に高い。

 

ロボ部が生産している『変形部分を中心に一部にヒヒイロカネ合金を使った初期生産タイプ』と違い、

あくまでMAGによる強化を用いたフレームを使った廉価版だが、それでも前衛式神に使うには十分だ。

 

専用式神を美少女タイプにしてしまった人間にとっては、寧ろボロボロになったほうが味があるロボット型の前衛式神は喉から手が出るほど欲しいハズ。

 

あと、特撮ガチ勢なら大金吹っ飛ばしてでも買うという確信がシノにはあった。

 

 

「と、というわけで!治安・流通・生産のどれをとっても、大きな穴が無いのが霊山同盟支部です!」

 

「さっきもチラっと出たけど、黒札が住むことになるのは霊道や支部から近い区画だからね。

 『親藩』シェルターとか呼ばれてるけど、聞き覚えはあるでしょ?」

 

 

『あー、小学校の時に社会の授業でやったような』

 

『江戸時代の大名の区分だな。徳川家に連なる【親藩】、昔からの家臣である【譜代】、最後に従った【外様】』

 

 

「そーそー。まず霊道や支部に一番近い、最も安定したシェルターが【親藩】。

 それを囲むように、信用できる神や現地霊能組織が管理してる【譜代】。

 

 ……最後に、比較的危険な外周部に、多神連合やメシア穏健派が管理してる【外様】。

 こういう状態になる予定だよ、終末後の霊山同盟支部……つまり、S県周辺は」

 

 

視聴者のほとんどが「あっ(察し)」という顔になる。

 

ガイア連合に所属している重要人物やその関係者は【親藩】シェルターで保護。

 

管理しやすい人間や、覚醒者等の『都合のいい人材』は【譜代】のシェルターで囲い込む。

 

最後に、獅子身中の虫になりうる『マーベルヒトモドキ』や、メシア穏健派や多神連合等は【外様】シェルターを与えて遠ざける。

 

マーベルヒトモドキが発生しても、収容先をメシア穏健派や多神連合管理のシェルターに指定してしまえばいい。

 

穏健派や多神連合の神の食い物にされるかもしれないが、逆に言えば霊山同盟支部が何もしなくても『被害者』になって処理されてくれる。

 

そして、万が一それらが問題を起こしたり反逆したりポカやらかして結界を破られたとしても、

真っ先に犠牲になるのは近くにいる【外様】シェルター、次に【譜代】シェルターだ。

 

立地的にも立場的にも、【親藩】シェルターはかなりの安全性を保障されている。

 

そして、黒札じゃないのに黒札修羅勢クラスの戦力を持ったハルカという存在。

 

わざわざ黒札が責任を負う必要すらない、言ってしまえば外部向けの土下座要員でもある筆頭戦力。

 

すなわち、終末後も黒札がわざわざ面倒な仕事をしたり、才能が原因で無駄に高い地位につく必要もない。

 

これらの存在が、黒札にとって『肩の荷を降ろして生活できる支部』という環境を作り出していた。

 

 

「……無論、僕は戦い続けます。可能な限り最善の選択肢を模索して。

 そして、今の僕にできる『最善』がこれでした」

 

「黒札や金札、支部の人員は【親藩】シェルターで保護して。

 戦力になる人員は【譜代】シェルターに配置して警戒に当たらせて。

 毒にしかならないヤツらは【外様】シェルターに押し込んで食い合い!

 

 いやぁ効率的だね!褒めてあげたいよ! ……それら全部の責任を君が背負ってなければ

 

 

覚悟の上です、とハルカは言い切る。

 

命の重さが分かっていないわけではない、寧ろ大半の黒札より理解してしまっている。

 

この選択がどういう結果を産むのか理解してないわけでもない、そもそもこのシェルター構築案を発案したのはハルカだからだ。

 

彼は、自分の手の広さというモノをよく理解している。

 

手を伸ばしても届かない命もあれば、救えないほどのクズがこの世にいることも理解している。

 

前者は彼の初めての友人が手にかけてしまった子供たちで、後者はよりにもよって彼の母親と弟だ。

 

だからこそ、自分ができる範囲で『最大限の人間を救い出せるシステム』を構築したのである。

 

 

 

「そういうわけで、どこかの支部とかを背負っていない黒札の皆さん。

 よろしければ、霊山同盟支部への移籍、考えてみたらいかがでしょうか?

 

 少々騒がしい土地ですが、平穏な終末ライフをお約束いたします」

 

 

……なお、ハルカの目がガンギマリ極まった状態でこの宣言をしたのがアダとなったのか。

 

移籍の可能性があった黒札の半分以上は『あの男の娘はヤベェ』という理由で移籍候補から外しましたとさ♪*10

 

 

 

「なんでじゃー!?」

 

「いやそりゃそうでしょ」

 

 

*1
黒札の中でも一般社会的な意味でマジメな層は「いや、黒札とその家族がめっちゃ特権階級扱いされてる山梨支部とか、子供の教育に良くないやん?」等の理由で別の支部を選ぶことが外伝で語られている。

*2
ただし当分式神パーツ(ブラックボックス)だけは独占技術にしてヒモつきで運用する模様。パクられすぎてAKみたいになっても困るからね。

*3
霊山同盟編のラストで阿部が作ってたヤツ。子供向けの特撮本みたいにギルスを解説している。

*4
おそらく幼女ネキと思われる。有料撮影サービスの常連。

*5
田舎ニキと思われる。え、なんで一人だけ日本円なのかって?田舎ニキがスパチャでマッカやらガイアポイントやらMAGやら払えるほどお財布に余裕あるわけないだろ!(過激派)

*6
この辺は所詮メンタルも責任感も俺らなので……。

*7
空中戦艦作ってる幼女ネキとか筆頭である。

*8
阿部に拾われた後は少しずつ手を出しているが、ちょっとブラックとか通り越したレベルで忙しいのでやってる時間がない。

*9
『ファッション無惨様のごちゃサマライフ』の『転生夏油さんの摩擦ライフ』及び、アビャゲイル氏の投下所を参照。

*10
ただし、特撮俺達や男の娘スキー俺達、シノの旧知である一部技術部俺達等はちゃっかり移籍した模様。



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霊山同盟支部の終末模様


終末→最終決戦→ハルカ帰還→イマココ、ぐらいのお話。


 

【霊山同盟支部 研究・実験棟】

 

 

「はっはっはっは……まーさかこんな需要があるとはね。見抜けなかった!この海のシノさんの目をもってしても!」

 

「いやそれ見抜けない側の代表だろう……S県内に配備されたオートバジンが1000機を超えたというのに、突然どうした?」

 

「最終的には2万機を配備するつもりだけど、とりあえずコレ見てよコレ」

 

 

1~3等までの研究室がある区画の長い廊下を歩いているのは、もはやお馴染み、霊山同盟支部のマッドサイエンティスト『兎山シノ』。

 

隣を歩く親友であり助手でもある『士村 桜』に見せているのは、先月のオカルトアイテム売り上げ一覧表だ。

 

『傷薬』や『呪殺弾・破魔弾』といった消耗品に加え、『G3MILD』や『ガイアトルーパー』等のデモニカ系。

 

三等研究室が受注生産で作っている『アガシオン』*1や、外部販売を開始した『オートバジン』*2等の使い魔系。

 

これらの名前がズラっと並んでいるが、終末に突入してから『ある装備』の需要が増えつつあった。

 

 

「……『ガードアクセラー』の注文が妙に増えているな?G3MILDの方はじわじわ程度にしか増えていないのに」

 

「いやー、意外な需要って言うか、当然と言えば当然って言うか。

 『人間を殺さず鎮圧できる武器』が必要になったみたいでさ?

 新潟支部とか長野支部みたいなリース先以外からの注文が来てるんだよね」

 

 

あぁ、と桜はここにきて合点がいった。

 

支部によって事情は様々だが、やはり終末に突入してから最初に問題になるのが『民衆の統制』である。

 

終末前は当たり前に可能だった生活から切り離され、悪魔と言う怪物が結界の外を闊歩する状態での日々。

 

人心がすり減るのは当然といえば当然で、各支部で頭を悩ませている問題であった。

 

 

「鉱山やらの強制労働にブチこんでる支部もあるけどさ、霊山同盟支部、そーいうのとは無縁だしね」

 

「代わりに『外様シェルター』に隔離してノータッチ、という扱いだからな。

 ……なるほど。デモ隊等の制圧のために需要が出て来たのか、ガードアクセラー」

 

「そ。『電圧調整機能付きガードアクセラー』なら、最小出力で使えば麻痺で済むし。

 『プリンパ』や『ドルミナー』を込めたガードアクセラーもサクっとリストに追加!」

 

 

元々『触れた相手に込めてある状態異常を発生させる』という機構にジオ系の魔法を仕込んだ電磁警棒(スタンロッド)、それが『ガードアクセラー』だ。

 

お値段リーズナブル、悪魔との戦闘に使えるほど頑丈で、なんなら殴らなくてもデモ隊に押し付けるだけで鎮圧できる。

 

低レベルの異能者にG3MILDを着せてこれを持たせるだけで、デモ隊の鎮圧担当には十分だ。

 

というわけで、S県各所の結界に配置されているデモニカ部隊や、外部のデモ鎮圧担当部隊。

 

あとは警察の対オカルト科や自衛隊にも売れ筋商品となったのである。

 

 

「といっても、わざわざ必要に応じてガードアクセラー買い直させるのもアコギすぎるからさ。

 リース生産許可してる支部には、ガードアクセラーver2の設計図送っておいたよ。

 式神マザーマシンを調整すれば、向こうで新造するのも十分可能だからね」

 

「確か、麻痺が利かない悪魔を相手にするための新機構搭載型だよな?」

 

「そそー。元々は打突部分と柄がセットで武器として成立させてたんだけど。

 柄部分だけで各種状態異常を発生させられるぐらい小型化に成功したからさ」

 

 

実物がコレ!と言って、護身用に持ち歩いているガードアクセラーver2を抜くシノ。

 

かしゃん、と柄の底が開くと、内部からジオストーンを加工したアンプル型カートリッジがするりと抜ける。

 

そして、ベルトのホルダーにセットしてあった別のカートリッジを柄の中にセット。

 

 

「これで『麻痺』の状態異常を『睡眠』の状態異常に切り替えられるってわけ!

 いちいち状態異常別のガードアクセラーを作るのは非効率的極まるからね!」

 

「……相変わらず、小型・軽量化に余念がないな、お前は」

 

「長期的に見ればその方がお得だからさ!それに、ガイア連合の技術者はどいつもこいつも頭ジオニックだし」

 

「お前は頭アナハイムすぎる」

 

 

デモニカに関しても、未だにG3系列以外はニコイチ修理不可能なモノが市場に氾濫しているのが現実だ。

 

無論、純粋な性能だけならそういったワンオフデモニカの方が上回る場合も多い。

 

しかし、シノからすればあれらは『戦える芸術品』だ。『兵器』ではない。

 

一定の品質が保証され、パーツの流用が効き、ある程度の数が揃えられる。

 

多少雑に扱っても壊れる事がなく*3、一目で味方だと分かるようにデザインに統一性がある。

 

言動と外見で勘違いされやすいが、兎山 シノはインフィニット・ストラトスを『欠陥兵器じゃん』と言い切るタイプの女だ。

 

 

「他の支部じゃ『マーベルヒトモドキ』なんて呼ばれてるけどさー。

 腹立つとはいえ、市民様も一応『人間』なわけでね?いや、ホント腹立つけど。

 名前も扱いも区別しすぎたら、異教徒キルユーなメシアンみたいになりかねないし」

 

「……その割に、穏健派や多神連合のシェルターに送り込んでいるな。

 あのハルカ支部長ですら止めはしないのが意外だったが」

 

「あー、たっちゃんはねー……支部長としての考えと個人の考えを完全に分けてるから」

 

 

鷹村ハルカは確かに正義の味方で、仮面ライダーだ。

 

だがしかし、同時に霊山同盟支部の支部長として『苛烈な決断』をしなければならない事もある。

 

シェルターを東海道霊道に近く安定したモノから順に『親藩』『譜代』『外様』と分けて、前者ほど信頼できる管理者で固めているのもその証拠。

 

この構造自体は終末より前に霊山同盟支部の幹部全員で話し合って決めたモノだが、ハルカも改善案の提案はしても廃案にはしなかった。

 

はっきりいって隔離政策、あるいは階級社会に近いモノを作りだすこの仕組みを、あの『仮面ライダー』が承認したのである。

 

 

「現状を最善だと思ってるわけじゃない、それはそれとして『責任は自分にある』と思ってる。

 どうやっても全部は救えない、だから救えなかった分の命は自分が不甲斐ないからだ、って」

 

「……子供をトップに祭り上げて責任から逃げた我々が、何かを言う権利はないな」

 

「まあ、ねぇ……霊山同盟支部にいる黒札って、良くも悪くも『ソレ』を理由に移籍してきた面々だし」

 

 

基本的に、黒札/俺らは自分が責任を背負い込むのを嫌がる。

 

一部の比較的人格者な黒札は支部を作って地方救済に動いていたが、それも市民様の悪影響や予想外の激務で放棄することもある。

 

そんな中、トップが子供とはいえ責任ある立場を丸投げできて、黒札と言うある種の特権階級そのものは保持されて。

 

オマケに山梨支部ほどじゃないにしろ戦力十分かつ結界が広く、自分達でもほどほどにヒーロームーヴができる。

 

……つまり『ちょっとだけやる気はあるけど管理職クラスはヤだ、それはそれとして尊敬はされたい』という絶妙にそこそこ数がいそうな『俺達』に需要があったのである。

 

一般的な会社で例えるなら『先輩として後輩に敬われたいけど係長になるのは嫌だ』みたいな。*4

 

 

「だからこそ、たっちゃんはその分を『個人的な活動』でバランスとってるんだよねぇ。

 結界が破られた時、毎回のように真っ先に駆けつけていくの、たっちゃんだし」

 

「式神ボディかつ様々な変異を起こしてるせいか、飲まず食わず寝ずでも活動できるからな。

 間違いなくこの支部で一番ブラックなのはトップである彼だ、私すら超えるぞアレは」

 

「3人に分身してるのに過密労働が一切マシにならないとかヤバいよね」

 

 

もっというと、この二人も技術班のトップとして結構な重労働こなしてるのだが、それでもハルカがダントツにヤバい。

 

三人分の肉体を動かす事で心身の疲労は常に三倍、だというのに食事や睡眠どころか休憩すら最低限。

 

いつか倒れるんじゃと周囲から心配されながらも、今足を止めたらS県のどこかしらで問題が起きるのも確実。

 

かといって、黒札は精神的に、それ以外は能力的に支部長の代わりが務まらない。*5

 

結果、黒札もそれ以外の幹部も『支部長には働いてもらいつつ自分達でサポートしよう』という結論で一致した。

 

 

「今日もデビルバスター希望者やシェルター管理者の面接に出ているからな、本当に支部長の仕事が減る気配がない……」

 

「いやー、ただ、前者についてはたっちゃんの影響で志願者増えてるのもあるからねぇ」

 

「……それはまあ、そうだな。彼の背中は凡人には少々眩しすぎる」

 

 

S県全土のMAG濃度やGPが高めなのもあって、外様シェルターでは結界も完全に安定したとは言いづらい。

 

それでもせめて真面目に管理していれば大きな問題も無いのだが、外様シェルターを管理しているのは『信用しきれない悪魔や天使』。

 

地獄湯送りになるような頭神代の加味や、この状況でもメシアの旗を挙げようとする天使達ばかり。

 

なので結界の維持失敗による防衛線の崩壊も度々起きており、その時にハルカは民衆の盾になるために出撃しているのだ。

 

 

「それでもたっちゃんに石を投げる連中*6はいるんだけどさぁ。

 ……マーベルヒトモドキ認定された人間を、多少なりともマトモにした前例もあるんだよね」

 

「『支援班』*7を目指して訓練している連中にも、元外様シェルター出身がいるからな。

 終末後に加わった面々だから、いないよりマシ、程度の戦力ではあるが……」

 

 

なお、そういう元マーベルヒトモドキの方々だが、ハルカ/ギルスが自分たちを庇って戦うのを見て盛大に脳を焼かれた面々である。

 

メシア教穏健派から派生した『メシア教ギルス派』*8の信者も多く、ハルカの胃痛の元凶になってる事から目を背ければ外様シェルターの上澄みな人材たちだ。

 

現在は他の新規デビルバスター希望者と共に、自衛隊や警察、G3ユニット等の指揮下にてデモニカG3MILDを装備して動ける程度の体力をつけるため訓練に励んでいる。

 

養殖じみたレベリングの方法はいくつもあるが、このぐらいの訓練についてこれないようなら足手まといにしかならない、という幹部勢の判断からだ。

 

既に前線で殴り合う戦力は揃っている以上、今必要なのは治安維持にも使える統率された戦力である。

 

力に酔ってデモ隊や犯罪者にアギぶっ放すような集団になられたら本末転倒なのだ。

 

 

「で、それとは別に『外様シェルター』を管理する悪魔の面接もやらないといけないんだよねぇ」

 

「ああ、こちらは読心スキルを防ぐような連中だからな。支部長に加えて幹部も同席必須……」

 

『ザッケンナコラー!スッゾコラー!!』

 

『待って待って待つがよい!話し合おう!まずは話し合うべきではないか!?』

 

 

そろそろ食事の時間だなー、なんて考えていた二人の元に届いたのは、聞きなれたCV田村ゆ〇りボイスの絶叫と、聞きなれないCV丹〇桜の悲鳴。

 

え、なんでクローンヤクザ?*9と二人して目をぱちくりさせながら顔を見合わせた。

 

とはいえ既に修羅場も慣れたモノ、これはただ事じゃないぞと二人そろって駆けだす。

 

常に護身用の装備は身に着けているので、シノは先ほどから手に持っていたガードアクセラーを、桜は腰のホルスターから対悪魔銃を抜いて声のした現場に踏み込む。

 

現場は予想通り、新たな外様シェルターのための悪魔面接会場であった。

 

 

「ちょ、どーしたのたっちゃん!?なんでギルスに変身してるの!?」

 

 

面接会場に使っていた部屋で、面接に来た悪魔らしき女性にギルスクロウを突きつけているハルカ/ギルス。

 

他に同席していた幹部である『イワナガヒメ』と『巫女長』も警戒するように構えており、いつでもギルスをサポートできる体制だ。

 

そして、タンマタンマというジェスチャーでギルスを制している『女悪魔』の外見とアナライズ結果を見て、シノの方は合点がいった。

 

 

『英雄 ネロ・クラウディウス LV50』……。

 ローマ皇帝の『暴君ネロ』か?いやまて、ならその外見は一体?」

 

「うわぁ、まさかの『赤セイバー』かぁ……っていうか、その外見ってことはもしかして」

 

 

赤セイバー……もとい、Fateシリーズの『ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス』。

 

日本だと『暴君ネロ』の名称で有名なローマ皇帝をモデルにしたキャラであり、量産型アルトリア顔シリーズの一人である。

 

低めの身長、たわわなトランジスタグラマー体型、ブロンドくせっけに色々見えてる紅白のドレス。

 

当然、史実のネロ・クラウディウスは男性であり、悪魔として召喚されても男性型になるはずなのだが……。

 

 

「良いではないか!この美少女ボディがお主のモノになるのだぞ!?

 それこそ、仲魔として戦闘から夜のお世話まで、棒から穴までたっぷりと……」

 

「お前顔の造形がマザーハーロットとクリソツだろうが!少しは隠せ!

 いややっぱり隠すな、こっそり入り込まれた方が問題になる!!」

 

 

そう、ハルカがかつて討伐したマザーハーロット/レッドドラゴン/大淫婦バビロンと、目の前の少女(ネロ)は同一人物レベルで顔がそっくりだったのだ。

 

この少女を数年ほど年を取らせて、巨女属性と異形属性を足せばモロにマザーハーロットである。*10

 

そんな彼女が結界管理者としての打ち合わせに堂々と入って来たのだ、そりゃハルカも変身ぐらいする。

 

 

「というかおかしいだろ、誰だよコイツ通したの!?」

 

「推薦と案内をしたのはお主の師匠だが」

 

「あのクソホモ破戒僧がァ!!」

 

「まあ、うん、でもあっくんならやるよ、こういうこと」

 

 

なまじ予言ガチ勢なせいで『ああ、こいつを招いても大きな問題は起こらないな』と判断した上で送りつけてくるのが面倒くさい。

 

もっというと、阿部が許可した時点で『英雄 ネロ・クラウディウス』を拒否する選択肢が無くなっている。

 

この支部の支部長はハルカだが、その後見人になっているのが阿部。

 

つまり、間接的に支部の権威を維持しているのは、ハルカのバックにいる『ガイア連合の幹部にして黒札』という阿部の肩書なのだ。

 

そりゃあもう、征夷大将軍と天皇ぐらいの力関係である。後者の戦闘力が幕府上回ってるだけで。

 

 

「……というか、なんでわざわざ分霊送りつけてくるんだよ、イヤガラセ?」

 

「何を言うか!余が最も強く魅力的な状態*11で顕現したというのに、その誘惑すら跳ねのけて人々を救った『雄』であるぞ」

 

「……だから?」

 

「これ以上の男、いや雄を捕まえられる機会などそうそうあるまい!

 『何故か』このぐらいの霊格かつ美少女で顕現できたから、嫁か妾か愛人希望だ!」

 

「ぶっとばすぞこのアマ。あと管理者の面接って言ってるだろうが」

 

(ああうん、多分黒札連中が『赤セイバー/ネロちゃま』の概念持ち込んだのと、

 元々ネロ・クラウディウスは大淫婦バビロンやザ・ビーストの側面をつけられてたから。

 その相乗効果で『赤王姿のネロ・クラウディウス』が分霊として作れちゃったんだろうなぁ)

 

 

早くも『英雄 ネロ・クラウディウス』がこの姿で召喚された理由を察したシノであるが、ネロがハルカにゾッコンな理由についてはびみょーに理解不能である。

 

恋はいつでもハリケーン!なんて便利な言葉もあるが、実の所理屈は単純。

 

マザーハーロットにとっては、男も女も自分に魅了されて当然というのが常識だった。

 

自分を倒しうるモノがあるとしても、それは魅了そのものを無効にするガンメタ積んだ無粋なナニカである、と。

 

しかし、ハルカは魅了を受けた上で根性で堪えて殴りかかって来た。*12

 

まあつまり、俺様系キャラがヒロインにそっぽ向かれて『おもしれー女』する現象の男女逆パターンが発生しているのである。

 

 

「……とにかく、師匠の推薦もあるから、まずは外様シェルターを管理して貰いつつ、時々支部からの依頼を受けてもらうよ。依頼を達成したら、シェルター運営に必要な物資の追加があるから」

 

「ほう、具体的にはどのような依頼だ?お主の雄の滾りを受け止めるとかか?」

 

「速攻でピンク色の脳味噌を発揮するの辞めろ淫乱痴女売女」

 

「そんな、淫乱に加えて痴女に売女などと……照れてしまうではないか♪」

 

「褒めてないんですけど?」

 

 

あ、これ意外とうまく回りそうだなー、とシノと桜が半分現実逃避していると、廊下の外からドタバタと集団が走ってくる音。

 

騒ぎを聞きつけて誰か来たのかな?とか考えていたら、ドアを開けて飛び込んできたのは、

 

霊山同盟支部の事務及び予備戦力担当であるシキガミ集団『ナンバーズ』*13の面々であった。

 

 

「ハルカ様の貞操の危機を感じました!!」

「アタシ達もまだ『お手付き』されてませーん!」

「いけませんねぇ、順番は守らないと……」

「勃〇してるのは確かだからイン〇でもホモでもないはずなのに!」

 

「よーし分かった、お前ら全員ブチのめしてシノさんに再調整させてやる!」

 

「待って、それ余も!?余も入ってるの!?理不尽ではないか!?」

 

 

「そこになおれ色ボケ共ー!」

「「「きゃー♪ケダモノー♪」」」

「なんで喜んでんるんだよ!?」

 

 

……とまあ、そんな大騒ぎが起きている霊山同盟支部ではあるが、黒札がトップじゃない支部としては安定度は非常に高い。

 

寧ろ、限定的とはいえ『トップが黒札じゃないのに黒札が多数所属している』という特殊状況なのもあって、山梨支部からもレアケースとして注目されていた。

 

元々地理的にココが魔界一色に染まると山梨支部も危険にさらされるので、緩衝地帯としての価値がグングン上がっているのである。

 

 

「……その結果として、原作メシア教じみた階級社会と原作ガイア教じみた自由主義が同居しているカオスな組織になりつつあるけどね!」

 

「言うな、精いっぱいやった結果なんだ」

 

 

秩序と混沌、それが妙に適切なバランスで『釣り合ってしまった』組織。

 

それこそが霊山同盟支部なのだと、改めてシノと桜はかみしめるのであった。

 

 

なお、紆余曲折ありながらもネロ・クラウディウスは外様シェルターの管理者として就任。

 

街並みが全体的にローマっぽくなるという点と、性風俗関連の店が繁盛しやすい事を除けば、結構な優良シェルターとして確立。

 

経営手腕及び優良管理者という認定を受け、譜代シェルターに格上げされるのはこの数年後のお話……。

 

 

*1
悪魔召喚プログラムが出回った後も、初心者サマナーにとって『金を払えば手に入る使いやすい低レベル悪魔』ということで需要がある。ポケモンでいう御三家ポジ。

*2
LVを1~30で調整可能、頑丈かつ高火力なので前衛も後衛もできる、バイクモードで騎乗・単独飛行も可能かつ高性能AI搭載という割ととんでもない使い魔。その分値段お高めだし、黒札クラスの紹介無しには買えない。ちなみにこれでも霊山同盟支部に配備されてるモデルの廉価版である。

*3
これはデモニカ全般に言える。

*4
これに関しては日本の管理職がクソブラックなせいもあるが。

*5
他の支部で支部長やれるぐらい責任感のある黒札なら余裕で務まるが、そんな黒札はUR超えて人権キャラみたいなモンなのでお察し。

*6
比喩表現だったりそのまんまだったり。

*7
比較的低レベルの覚醒者が所属する班。自然沸きするザコ悪魔の駆除や、悪魔が出るかもしれない地区の見回り等の雑務に投入される。

*8
最終決戦のあれこれが全世界放送されちゃったせいで誕生した宗派。ギルスを『メシア』として扱う一派である。以外にもこれといった問題は起こしておらず、ギルスを見る目が狂信者のソレという事を除けばマトモな勢力。

*9
ニンジャスレイヤーに登場する戦闘員ポジのキャラ。上記のような言葉しか喋らない。

*10
まあ、外見がFGO系の『ソドムズビースト』だったので、そっくりさんなのは当然なのだが。

*11
大淫婦バビロンモードのこと。魅了耐性ぐらいはあっさりブチ抜いて来るチート魅了持ち。ハルカは根性で耐えた。 どこぞのパンツとちょっとのお金があればいい先輩ライダーもラブコンボしてた回で変身したら魅了キャンセルできたしあんな感じである。

*12
なお、同じ理屈でハルカに精神系状態異常はまず通じない。昭和ライダー級のド根性である。 というか、仮面ライダーに洗脳とかそういうの使うのは最終的な敗北フラグ以外の何物でもない。

*13
外見は『魔法少女リリカルなのは』シリーズのナンバーズ+ナカジマ姉妹の合計14名。KSJ研究所が作成した式神を、阿部+αが美女・美少女型に改造した。改造人間短編集の『霊山同盟支部の新人達』参照。





ちょっとルビコン3で傭兵やってました!


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二人のお姉さんから見たハルカ/ギルス

 

【悪魔娼館内部 支配人スペース】

 

 

「結論から言うと私は絶対相手にしたくないですね」

 

「開始して1行で結論出されたら今回の話の意味なくない?」

 

 

悪魔娼館が管理しているモノは、なにも悪魔娼婦/娼夫を使った性風俗だけではない。

 

悪魔合体や式神等を含めた、ガイア連合特有の技術の研究・実施もサービスの内なのだ。

 

邪教の館が邪教は邪教でも俗説的な真言立川流系統になってしまったのは、開幕のセリフを言い放った『ミナミィネキ』のせいではあるが。

 

なにはともあれ、この悪魔娼館はガイア連合スケベ部の筆頭とも言っていい施設であり、だからこそ技術部との交流も盛んだ。

 

当然、霊山同盟支部の技術班トップであるシノもまた、こうして時折訪れては意見交換や技術交流に勤しんでいるのである。

 

そんな時、ふとシノが口にした疑問があった。

 

 

『実際の所、たっちゃんってどんぐらい強いの?』

 

 

言葉にすれば極めてシンプルな疑問であり、同時にシノには測りかねる領域の話である。

 

なにせシノのモチベーションは修羅勢には程遠く*1、終末後も地道にレベリングは重ねているが、それでもシキオウジには少し届かないぐらいのライン。*2

 

オマケに戦闘を専門にした黒札でもない以上、武術だのなんだのは素人よりマシ程度。

 

戦う時は『オートバジンをバカスカ呼び出して突っ込ませて後衛から銃と魔法で圧殺』が基本の火力偏重主義である。

 

というわけで、LV70超えの女神をブチのめして尊厳破壊してるような*3修羅勢や、

 

自分の美ショタハーレム強化&ハルカへのお貢ぎ目的で更なる境地に入っちゃった霊山同盟支部戦力ナンバー2の変態(ショタコン)*4や、

 

自分の恋人である阿部に匹敵し、なおかつこうして定期的に交流できる*5ミナミィネキに、ハルカの評価を聞いてみた結果が、冒頭の一言だ。

 

 

「いや、ミナミィネキってわりかし本気でショタオジ二代目も検討されるような上澄みでしょ?

 たっちゃんって戦闘スタイルはシンプルだし、近いレベルなら意外となんとかなるんじゃ……」

 

「幕ノ内一歩がインファイトしかできないから攻略は楽勝って言うようなモノですよ、それは」

 

「わぁーわかりやすい。そう言ってぶっ潰されたボクサー何人もいるよね」

 

 

確かにわかりやすい例えだが、それでも疑問は残る。

 

自分に都合のいいルールを敷いた結界の構築に、魅了耐性だろうと貫通する魅了に、周囲の野良悪魔を誘引しての数の暴力。

 

さらには高レベルの仲魔をフル投入することによる数と質を両立したゴリ押し……。

 

どれもこれも、シノがあの手この手を尽くしても抵抗できそうにない凶悪なラインナップのはずだ。

 

 

「まず大前提として……彼、耐性とか関係なく精神干渉が通らないと言うか。

 そもそもレベル100超えのマザーハーロットの魅了が効かなかった理由を聞いてみたら。

 

 『気合』の一言で済ませてしまう相手はもう搦手を考えるべきじゃないと言うか」

 

「ああうん、耐性もクソも『達成値が足りなくて不発』で済まされる感じだもんね、うん」

 

 

一応ハルカ/ギルスにも精神系の耐性はついているが、そのあたりはミナミィネキやマザーハーロットならば簡単に突破はできる。

 

問題は、突破した先で『ハルカの精神を魅了の力で支配する』段階が恐ろしいほど難易度が高い。

 

単純に『ハルカの精神力を魅了パワーで越えられない』のが原因なので、魅了の出力そのものを上げれば支配も可能、なはずなのだが。

 

『私の精神力は53万です』みたいなデタラメな達成値を要求されてるせいで、精神干渉系の状態異常がほぼ通らない。

 

 

「継戦能力を重視した相手に、特製夜魔軍団や野良悪魔をけしかけるのはエサをやるのに等しいですし。

 エロ奥義の数々は……そもそもギルスボディだと性感帯の類が消滅するので大半が通りません」*6

 

「あー、生身の性器とかがあるのは人間モードの時だけだもんね、たっちゃん」

 

「まあ別に性器だけが性感帯ではないのでそこはどうとでもなるのですがそれはそれとして。

 元々大淫婦を相手にする前提でボディを調整したのか、エロ奥義にはしっかり対策済み。*7

 となると仲魔を利用した暴力解決……はい、向こうの一番の得意分野ですね。

 流石の私もマッハ50越えて走り回る相手に前転は併せられません」

 

 

ギリメカラを中心にした対物理を重視した仲魔軍団もいるものの、流石に相手が悪すぎる。

 

なにより物理以外にも普通に万能と火炎と電撃と各種貫通まで持ってくるのだから。

 

 

「あれ、エロルール展開した結界は?」

 

「以前、調整後の式神ボディの試験運用のために模擬戦を頼まれた事がありまして。

 その時に試してみましたが、ギルスフィーラー*8と各種ドレイン系はエロルールの範囲内でした」

 

「えええぇぇ……」

 

「どうせならそこで負かした後に慰めた流れで童貞を頂こうかと思ったんですが……!」

 

「勝ててよかったねたっちゃん、いろんな意味で」

 

 

軽く頭痛を抑えるように額に手を当てるが、ふと、そこでミナミィネキのある発言が気になったシノ。

 

彼女は「『私は』絶対相手にしたくないですね」と言っただけだ。それはつまり。

 

 

「もしかして、ミナミィネキがとんでもなくたっちゃんに相性悪いだけってこと?」

 

「まあ、そうなりますね。そもそもマザーハーロットとサタン対策に用意した『英雄』でしょう?

 私にとって攻略しやすい相手のはずがないじゃないですか、寧ろ天敵ですよ。

 マーラにとっての仏陀みたいなものですよ彼、性欲はあるのに一線踏み越えないですし」

 

「あー、それもそっかー。んじゃあ、相性抜きにした純粋な実力なら?」

 

「『黒札修羅勢』以上、『黒札運命愛され勢』以下。そのぐらいかしら。

 『未満』とまでいかないのは、霊山同盟支部の特殊すぎる環境のせいですね」

 

 

終末後はGPが魔界相応になった地球であるが、それでも安全圏と危険域はしっかり存在する。

 

その中で、霊山同盟支部はギンッギンの危険度レッドゾーンにカウントされていた。

 

山梨支部が近いとはいえ、いざという時は救援ではなく『富士山を中心に結界展開してS県一帯を隔離しよう』という計画を進めている程度には。

 

 

「終末前後に駆け込み的に四騎士とマザーハーロットとサタンが降臨したせいで、あの辺だけGPがモリっと上がったからね」

 

「しかも定期的に管理を任せている多神連合の神や穏健派天使がやらかすので休む暇もなし……。

 他の支部ではLV20代の悪魔の襲来ってそこそこ大きな事件*9のはずなんですけどね」

 

「霊山同盟支部では週一ぐらいの頻度でLV20代の悪魔が群れを成して結界の穴に突っ込んでくるよ!やばいね!」*10

 

 

だからこそ、外様シェルターはそういう時の防波堤として存在しているのだ。

 

ここに送られる人間は、マーベルヒトモドキと呼ばれる『シェルター運営に取って不都合極まる人材』。

 

違法実験を裏で行っていた穏健派やら、紛れ込んだダークサマナーやら、破壊デモに参加した市民*11やら。

 

ハルカがどれだけ強くなろうと、霊山同盟支部の戦力が増強されようと、彼の下に集う黒札が増えようと。

 

1つの県を管理するレベルのシェルターともなれば、手の届く広さに限界は来るのだ。

 

 

「……『そういうところ』も、私にとって彼が天敵な理由かもしれないわ」

 

「? どゆこと?」

 

「だって彼、どれだけ私が愛して、蕩けさせて、溺れさせて、抱きしめたとしても。

 『困ってる人の声』を聞いたら、私の手の中を飛び出して助けに行ってしまうもの」

 

 

あぁ、とシノの口から納得とあきらめの声が漏れる。

 

彼は良くも悪くもヒーローすぎる、精神性も行動原理も。

 

それでいて、政治家じみたリアリストとしての二面性まで併せ持つ。

 

支部長として小を切り捨て大を生かし、切り捨てられた小にはヒーローとして手を差し伸べる。

 

幼少期からずっと詰られ、嬲られて、心身共にボロボロになって、一番誰かに助けてほしいはずなのに。

 

誰よりも『誰かを助ける才能』に恵まれてしまった少年。それが、鷹村ハルカという男なのだ。

 

 

『それは確かに救えないなぁ』……そんな声が出そうになったところで、ふとシノは気づく。

 

 

「え、マザーハーロットでもミナミィネキでもハルカ君とベッドインするのが困難とか。

 

 あの子、あの強さなのに子供作るの無理じゃない???」

 

「……し、師匠と同じ手*12で、なんとか」

 

「托卵でもないのに童貞受胎2件目は根本的な解決になってないよ!?」

 

 

お見合いや種馬をさせる気はないが、このままだと妻や子供という彼の捨て身のブレーキになりそうな要素が発生しない。

 

終末後でもナンバーズや周囲にいる女性陣との関係がまったく進展していないハルカに、一抹の不安を覚えたシノなのであった。

 

 

*1
技術者としては確実に修羅勢だが、研究のためにレベリングやってる感じ。

*2
終末前にLV30に届いてた面々は『シキオウジに勝てるか勝てないか』ぐらいのラインになったらしいので。シノさんは後者。

*3
カオス転生外伝 終末後、とある辺境にて に登場した『新条アカネ』と女神スカディ。

*4
アビャゲイル氏の投下所 & 改造人間短編集『悪魔しょうかんのお話』に登場した『伊予島 杏』。終末後は上記のアカネちゃんクラスの戦力なので、LV70クラスの悪魔でも一方的にブチ殺せると思われる。

*5
阿部は終末後もあっちこっち飛び回って暗躍してる様子。

*6
当然一般的な生物からかけはなれた相手に対抗するための手札もあるのだが、精神干渉に関しては前述の通りで暴力に関しては後述の通りである。

*7
作ったのはシノと阿部だが、この辺の対策は阿部が取った。

*8
ギルスが両腕から出す触手型武装式神。縛った相手を麻痺/スタンさせる効果がある。

*9
小ネタ 黒札無きガイア連合支部の様子 参照

*10
本編終盤でのオルトロスの群れ等。

*11
小ネタ 終末後のゆかりさんとあかりちゃん 等。他の三次ではマーベルヒトモドキとか呼ばれている人種。

*12
言わずもがな、ショタオジがやられた精〇回収されてどこぞで勝手に子供作られてたアレ。





ミナミィネキ「まあ、いざというときは結界で閉じ込めて10年ほど封印処理でいいですけど。その間に増援集めて対策取って袋叩きとか」

シノ「ああうん、『戦わなければ』どうとでもなるのね……」

なお、ハルカ君が精神系状態異常に強いのはトンデモメンタリティのせいもあるが。

ニチアサルールとエロルールの相性が最悪だからというのもある。


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霊山同盟支部の戦力PR

 

『ヴォアアアアアアアアァァァァァ!!』

 

 

烈火のごとき咆哮と共に異形の戦士『ギルス』が疾走する。

 

向かう先にいるのは、20mを超える鎧をまとった『巨人』。

 

【地霊 ティターン LV53】……今回、結界を破って侵入してきた悪魔の群れの主だ。

 

このレベルの悪魔が『稀によくある』レベルの頻度で結界をブチ破ってくる超危険地帯。

 

それが霊山同盟支部の管理する、S県一帯の魔界である。*1

 

ティターンが、その手に持った巨大な剣を横凪に振るい『ギロチンカット』*2を繰り出す。

 

それを跳躍で回避するのと同時に、ティターンの頭部とほぼ同じ高度まで跳躍したギルスは、自分の右腕から飛び出した『朱色のトゲ』を思い切り引き抜いた。

 

『魔槍ゲイボルグ』*3……影の国の女王『スカサハ』より貰い受けた呪いの朱槍の名だ。

 

ギルスの体内に縮小した状態で格納されており、その気になれば針山のように体から生やしたり、ニードルガンのように射出したりもできる。

 

師匠である阿部からは「『噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)』じゃん」と評されたが、当のハルカからすれば意味不明である。

 

なにはともあれ、その引き抜いた魔槍を跳躍の勢いを乗せて振りかぶり、ティターンの頭部目掛けて投げ放つ。

 

一瞬で音すら置き去りにする速度に加速した魔槍は、朱色の流星となって拡散。

 

30の呪弾となったゲイボルグは、攻撃後のスキを晒したティターンの頭部目掛けて殺到。

 

悲鳴の1つを上げさせる事すらなく、首を中心に胸から頭頂部までを穴だらけにして消し飛ばした。

 

 

着地したギルスの元へ、ゲイボルグが複雑怪奇な軌道を描いて帰還。それを片手で難なくつかみ取り、くるりとひと回ししてから体内に戻す。

 

まるで鞘にでも納めるように、ギルスの手のひらにスルスルとゲイボルグが飲み込まれていくのは、ある種のシュールさすら感じられた。

 

念には念を入れて待機していたギルスレイダーが、自動操縦で傍まで走ってくると、それに跨りどこかへと走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とまあ、これが霊山同盟支部の最高戦力、支部長でもある『ギルス』の参考映像だね!」

 

 

【参考にならなくて草】

【LV50代の悪魔を瞬殺しないでくれませんかねぇ】

【力・体が高めのティターンを物理で瞬殺しちゃうのかぁ】

 

 

終末発生後*4も続く、霊山同盟支部のPR活動。

 

シノが商品宣伝等で使用している動画サイトのチャンネルには、今日も【ギルス/ハルカ】や【アギト/イチロウ】の戦闘動画がアップロードされ、順調にスパチャを稼いでいる。

 

終末はシェルター型の結界で凌いだはいいものの、その後どこの支部に所属しようかなー、と悩んでいる黒札はまだまだ多い。

 

大半は山梨支部に行くことになるだろうが、山梨支部の環境が合わないと言う理由でそれ以外の支部を選ぶ黒札も多い。

 

はっきり言って、終末後の支部の環境は【黒札の数】で大幅に上下する。

 

既に技術部俺達や特撮ガチ勢俺達、昔の縁で来てくれた鬼灯や流石兄弟。*5

 

個人的にハルカに心酔している『伊予島 杏』や、師匠の縁で残っているシノ。

 

未亡人口説き放題じゃん!ってことで移籍してきた『鎮西 与一』*6等も霊山同盟支部に所属しているため、黒札の数という意味では既に安全ラインと言える。

 

この中の一人二人が『やっぱ山梨支部行くわ』したとしても、霊山同盟支部に骨を埋めるつもりの黒札は残るのだから。

 

 

(とはいえ、黒札の数が多いにこしたことはないからねぇー)

 

 

黒札というのは、基本的に全員現地人より霊的な能力が高い。

 

一人増えるだけで戦力的にも労働力的にも段違いのリソースが確保できるのだ。

 

あれだけのボスラッシュを突破して強くなったハルカですら、黒札修羅勢には相性で負ける事もある。

 

黒札運命愛され勢に至っては、自力で押し切られるのが目に見えている相手すらいる。*7

 

そんな規格外の黒札を、一人でも多く支部に招きたいと考えるのは当然だ。

 

黒札向けのPR動画なので、コメント欄の黒札たちの反応をチラ見しながら紹介を続けていく。

 

 

「そして、ナンバー2に該当するのが杏ちゃん鬼灯くんちゃん、『アギト』ことイチロウ君だね。

 黒札修羅勢である杏ちゃんはふっつーにLV80前後級の特級戦力で、アギトもそれに匹敵。*8

 鬼灯くんちゃんもデビルシフターらしく波は大きいけど修羅勢らしい戦闘力だし。

 超巨大シキオウジぐらいなら複数出てきても対処できるのがこのあたり」

 

 

【バケモノ集団がよぉ】

【半終末の頃のハム子ネキぐらいの戦力ってことか】

【つまり普通に超火力メギドラオンとか飛んでくるのかぁ】

 

 

「ここからもう一段下げると、たっちゃんの式神である『レムナント』ちゃんとか、

 同じく式神ボディで召喚されてる『女神スカサハ』に落ち着くね。

 ちなみにレムナントちゃんは【大天使 ラミエル LV61】だよー。

 流石ブラザーズとか与一君とかもこの辺。シノさんはもう一段下かなぁ」

 

 

おおよそこのあたりが【シキオウジに勝てるかどうかのライン】でしっかり区切られている。

 

レムナント(大天使ラミエル)や女神スカサハ、流石ブラザーズや与一は、被害の差はあれどシキオウジの撃破が可能だ。

 

が、戦闘職ではないシノはいくらLVが50前後あろうと、純粋なステータスの暴力で押し切られて終わる。

 

同じく技術部である桜も同様で、このあたりから黒札でも相当真面目にレベリングしている人間以外は到達できない強さなのだ。

 

 

「で、ここからさらに一段か二段落としたのが、ウチに所属してる現地人SSR勢だね。

 LV30超えを基準にしてるけど、素でLV50まで到達まで到達できてる子はいない、ぐらいの。

 ハイエンドデモニカ込みなら七海ちゃん*9とツツジちゃん*10かなぁ」

 

【逆に言えば中華戦線にいた上澄みクラスの現地人はいるのか】

【まあ、控え目に言ってS県の前線って鉄火場だしな】

【黒札と張り合える戦力があるって時点である意味安全、か?】

 

 

まあぶっちゃけこの辺になると大量生産中のバジンたん*11でいいんだけどさ

 

 

【色々と台無しで草】

【いやまあ、技術部上澄みがガチで式神量産すりゃあそうなるわな】

【逆に言えば俺らレベルの黒札が無理する必要もないってことなんだよな】

 

 

ある意味黒札へのハードルが低いというか、『適度に救世主できる』という意味では四国支部に環境が近い。

 

本気でヤバい悪魔は修羅勢以上の戦力とシキオウジが対応してくれて、数で押してくる相手にはオートバジンがいて。

 

大半の現地人では対応できないけど黒札なら余裕な『LV20~30ぐらいの悪魔』を適度に叩くだけでいい。

 

そして、オートバジンや現地人SSRのおかげで黒札がブラック労働する必要もないときた。

 

家族、特に子供がいる黒札にとって、黒札様扱いされすぎる山梨支部や、山梨支部から物理的に遠い四国支部よりこちらを選ぶメリットもあるというわけだ。

 

 

「で、バジンたんより下はLV30未満の『部隊』があれこれあるって感じかなぁ。

 結界の修理や設置、オカルトアイテムの量産*12を担当してる『霊山同盟巫女衆』*13

 下部組織である企業『スマートブレイン』所属のデモニカ部隊『ラッキークローバー』*14

 シノさんが個人的に抱え込んでる高レベル実験部隊『G3ユニット』*15

 霊山同盟支部の事務方がいつのまにか戦闘も兼業するようになった『ナンバーズ』*16

 それに『一神教調和派』*17『メシア教ギルス派』*18みたいな、比較的マシな宗教派閥。

 エジプト神話とかの他宗教も引っ張り込んで、うまい事睨み合いするように誘導してるしー。

 霊山同盟支部も戦闘班や支援班としてお抱えのデビルバスターを抱え込んでる。

 外部だとS県駐留の自衛隊に、警察の対オカルト対策課……そのぐらいかなー」

 

 

【タケノコみたいに戦闘担当の名前が挙がってるな】

【というかこれ、個人名じゃなくて部隊名とか組織名なのがおかしいんだよなぁ】

【県1つカバーする支部はダテじゃないってわけか……】

 

 

はっきりいって、個人レベルの質ならば霊山同盟支部を上回る支部・派出所は存在するだろう。

 

だが、ここまで組織的に拡大し、下部組織を多数抱え、広域を管理下に置いている支部はそうそう無いはずだ。

 

東海道霊道を中心とした広範囲の結界と、リスク覚悟でメシア穏健派や多神連合を利用した結果がモロに出ている。

 

 

「まあ穏健派や多神連合は外様シェルターに上手い事押し込んでヘイトタンクやってもらってるけどね!!」

 

 

コメント欄の【この人でなし!】【まあソイツらならいっか】という反応にニコニコで返答しながらも、シノの内心は真剣そのものだ。

 

破綻する外様シェルターも発生し、その部分を終末後に確保した【比較的信頼できる神々】や【霊山同盟支部の直轄】として譜代シェルターに取り込む。

 

それによりS県全体の治安と結界の安全性を向上させ、意図的に殴り合いをさせている多神連合とメシア穏健派、双方の弱体化を狙う。

 

最終的には姥捨て山のような扱いでこの2勢力の管理地を最低限残し、悪魔の群れや高レベル悪魔の発生する危険地帯をすり潰す。

 

 

(はっきり言って、シノさんが生きてる間に完遂できる野望じゃないんだよねぇ)

 

 

だが、ハルカはやる。やり遂げるまでやってしまう。

 

既に式神ボディとアギトの力のせいで肉体が変異し、人間の寿命などとっくに超越しているのがハルカ/ギルスだ。

 

100年だろうと200年だろうと、彼は人類の自由と平穏のために邁進し続けるのだろう。

 

 

(そのためにも、シノさんが出来る事はシノさんが生きてる内にやってあげないとね)

 

 

『それが、全ての責任を押し付けてしまった大人の責任だ』。

 

にこやかな顔で動画配信を続けながらも、兎山シノは一人の大人として、自分の全力を尽くす覚悟を決めたのだ。

 

 

*1
ただし当然危険度はピンキリであり、流石にティターンとエンカウントするようなのはS県内部でもド級の危険地帯に面している結界のみ。そして当然そういう結界は多神連合やメシア穏健派が管理する『外様シェルター』である。まあ、譜代シェルター級の場所でも週一でLV20~30の悪魔が寄ってきたりするのだが。

*2
敵単体に物理属性のHP依存ダメージ。確率でPALYZEの効果

*3
ちなみに女神転生では『ゲイボルグ』でFateでは『ゲイボルク』なので、元スレのAA通りにおっぱいタイツ師匠を採用しているこの小説ではどっちでもいい事になっている。

*4
終末突入→エンシェントデイをそぉい!→S県で黙示録発生→一か月後にハルカが帰還→イマココ、ぐらいの時期。

*5
ただし前者は傭兵業、後者は各地での調査依頼のために出かけている事も多い。

*6
改造任天短編集『レッツトライ!霊感商法』に登場。

*7
ミナミィネキは修羅勢~運命愛され勢の間ぐらいの強さはありそうだが、ハルカ/ギルスと相性が悪すぎる。

*8
ただし変身してるかしてないかで大幅に戦闘力が上下する。変身中かつ白兵戦ならアギト>杏だが、杏はそもそもメインウェポンがボウガンなので引き撃ち上等。

*9
エンジェルチルドレン事件で登場し、霊山同盟支部の幹部にもなっているペルソナ使い『七海 梨花』

*10
第一話に登場し、その後シキガミパーツ移植を受けて半終末でLV30の壁を突破した『鋒山 ツツジ』

*11
短編集等で開発した『マシン オートバジン』の事。S県に配備されている量産型オートバジンは『LV30』、かつ最終的に20000機に到達する。

*12
工業製品系以外の、傷薬やストーン系等はココが担当。

*13
新米巫女(LV1)から一二三 睦月&巫女長(終末後はどちらもLV30前後)までピンキリ。ヒノシタ家の面々やそれについてきた地方霊能力者も吸収し、数だけは多い。盛り塩等の魔払いの知識・技術も順次学んでいるので、主に後方支援担当。

*14
ガイアトルーパー等の運用テスト部隊→スマートブレインの商品全般の実験部隊へと拡大。 ちなみにスマートブレインの社長はシノなので、実質的にラッキークローバーとG3ユニットはシノが自由に動かせる。

*15
たびたび本編でも短編でも登場するシノの私兵。最新型デモニカや対悪魔用の先頭車両等、戦力的にはカオス転生本編で登場した『ゴトウ部隊』に匹敵するが、人員は数十名程度。

*16
ハイエンドデモニカ『カイザ』を使う黒札『友恵マナミ(LV30以上)』をリーダーに、KSJ研究所から送られてきた美少女・美女型式神14名で構成されている『無駄に強い事務班』。

*17
穏健派と比べれば弱小もいい所だが、終末後にメシア教に絶望したメシアン等も合流し、じわじわ拡大中。

*18
『ギルス教』とも呼ばれている、ハルカ/ギルスを救世主と崇める派閥。天使の支配からの脱却という意味では達成されつつあるが、天使も教徒もギルスに脳を焼かれた面々である。



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鷹村ハルカの贅沢

 

カーテンもつけていない窓から、朝の陽ざしが部屋の中に差し込む。

 

窓際に置かれた質素なベッドの上で、一人の少年が目を覚ました。

 

朝日を目覚まし時計代わりにして、これまたシンプルな毛布を畳んで起き上る。

 

身に纏っているのは下半身の七分丈だけというラフすぎる格好で部屋の中を歩き、住処にしている山小屋から庭へと出た。

 

慣れた手つきで井戸から水を汲んで、冷たい井戸水を頭からかぶる。

 

ついでに手でひとすくい程度の水で喉を潤し、完全に眠気の飛んだ瞳で空を見上げる。

 

 

「うん、今日もいい天気だ」

 

 

山小屋の主……『鷹村ハルカ』は、日課のルーティンをこなし始めた。

 

浴びた水程度なら、アギ系の魔法で軽く体を炙ってやればすぐ乾く。*1

 

薪を切り、天日干しにして乾かし、既に乾いた薪は薪棚に押し込む。

 

井戸水と干し肉、そして干した果実で簡素な食事を済ませ、庭に備え付けた素朴な木の椅子に座り、詩集を読む。*2

 

食事が胃に届き、そこを通り過ぎて血の巡りが速くなるまでの僅かな時間だけ、彼は書物の世界に心を飛ばす。

 

別に読書が好きと言うわけではなく、詩集などロクに買った経験もない。

 

ただ、心躍るような冒険活劇の正反対、心穏やかに読める本が欲しかっただけだ。

 

ぼんやりと数ページ読み終える頃には、心臓というエンジンが体のスイッチを入れたのが感じ取れる。

 

詩集を閉じ、山小屋の中に置いてから、今度はしばらく歩いた所にある川へと向かった。

 

川幅は広く、上流に少し歩けば滝もある。山の中ならばそれなりに見かける大きめの川だ。

 

 

(昨日は滝行だったし、今日は演武にするか……)

 

 

足の裏に意識を集中させてMAGを活性化、物理法則を僅かに上書きして、常識の上から『水面歩行』のスキルを書き足す。

 

ギルスという体に書き込まれたスキルにも同じモノがあるが、今回のコレはマニュアル操縦のようなモノだ。

 

スキルという補助計算式を借りるのではなく、純粋なMAGの操作をもって肉体を水面に浮かせる。

 

一歩、水面を足場に踏み出す。一歩、また一歩。

 

川の中腹まで来たところで、赤心少林拳の構えを取って、舞うように武術の型を1つ1つ実演する。

 

右の正拳から、追いかけるように右の上段蹴り。

 

想定する相手は人間に近い骨格を持つ妖鬼や邪鬼等の悪魔、その頸椎部を刈り取る軌道。

 

相手の方が体格が大きい事を前提に、懐へ飛び込み、肘で顎を、膝で股間を狙う動きも取り入れる。

 

鍛練という側面もあるが、ハルカにとってこの動きもルーティンに近い。

 

己を鍛える事が呼吸や食事・睡眠と同列になっている……いや、式神ボディのおかげで食事や睡眠は大幅に削れるので、下手をすればそれ以上だ。

 

生命活動を行い、鍛え、戦い、守り、救い……【そういう生き物】として、鷹村ハルカは完成しつつある。

 

しばし演武を舞った後に、今度は滝の方へ駆けだし、後ろ回し蹴りを滝に叩き込む。

 

跳ねあがった水滴は散弾銃すら超える密度の弾幕となるが、これを事も無げに拳の連打で撃ち落とす。

 

演武の間も水面から水しぶきが上がる事すらなく、これは彼のMAGの操作・流動が非常に滑らかであることを示していた。

 

霊的な才能の問題もあるだろうが、実戦でガンガンレベルを上げただけでは到底身につかない。

 

地味でキツい基礎鍛練を、欠かさず続けてきたからこそ身についた技術だ。

 

結果として、ハルカの体には汗以外の水分が一滴もつかないままに演武を終えた。

 

最後にシャワー代わりに滝に打たれて汗を流し、川から上がった後は森を目指す。

 

 

(そろそろ、この『休暇』も終わりだなぁ……せめて、今日こそは『答え』を出したい所だけど)

 

 

向かうのは、森の中の軽く開けたスペース、そこにある大きな切り株の上だ。

 

切り株の上で座禅を組み、ゆっくりと目を閉じて瞑想する。

 

瞑想のやり方は宗派や流派によって様々だが、彼が師匠である阿部から教わったのは『己の内面との対話』であった。

 

無心になるのはあくまで最初だけ、自分の心の外側を消すためだけに無心になり、己の深い部分と向き合い対話する。

 

精神修行の一環であり、ある意味高度な自問自答ともいえる行為だ。

 

己の心の奥、目をそらしたくなるような心の影(シャドウ)との対話こそが、この精神修行の本質である。

 

閉じた瞳の視界の中で、ぼんやりとした輪郭の『自分』との対話を通じて、己の目を背けたい本音と向き合う。

 

すなわち、『マヨナカテレビ』で発生した己のシャドウとの対面を、自分の意思で定期的に行うのがこの『瞑想』だ。*3

 

 

『恐れているのか?』

 

『……そうかも、いや、そうなんだ。僕は怖い』

 

 

語り掛けてくる己の深層心理を、跳ねのけるのではなく受け入れる。

 

どれだけ醜くても、受け入れがたい姿でも、それも自分なのだと。

 

 

『怖いんだろう?だから、支部の皆やナンバーズにそれとなく勧められても拒絶している。

 色々と気を遣われた移植手術のおかげで、男性としての機能に問題はないというのに』

 

『……あれが『それとない』誘いかどうかは意義があるけど、認めるよ。

 僕は怖い、親と言うモノになることが、どんな悪魔と戦うよりも怖いんだ』

 

 

元霊山同盟の巫女達や、師匠達が送り込んできた式神『ナンバーズ』。

 

更には、今までの事件の中で彼に淡い恋心を抱いているらしい少女たち。

 

それら全てを時に誤魔化し、時にツッコミで逸らし、時に常識を説いて。

 

恋愛や結婚については、正直に言ってそれほど忌避感があるわけではない。*4

 

だが、親になるというハードルに関しては……というか『親になりそうな行為』に繋がりそうなモノは徹底的に後回しにしてきたのだ。

 

 

『僕がやっているのは……いや、これからもやり続ける【正義の味方】は。

 はっきりいってこの土地を守る秩序のための生贄だ、それ以上でもそれ以下でもない』

 

 

言い方は悪いが、ヒーローと言うのは己の信じる正義に殉じる最大の犠牲者という見方もある。

 

大衆にとっての平穏と未来、そして自由を尊重するハルカの行きつく先は、どうあっても【人類に対する永遠の奉仕者】に他ならない。

 

かつてなりかけた【秩序の歯車(ロウヒーロー)】の道は、今でもハルカの行きつく可能性として残り続けているのだ。

 

 

『自分の生みの親が正義の味方……字面はいいだろうさ、字面だけは。

 だけど、僕は結局のところ【大衆の味方】で居続けなければならない。

 どんなに取り繕っても、隔離政策と階級社会を作った大悪党なのにね』

 

『そういう姿を子供に見られたくない、とでも?』

 

『それもなくはないけど、それ以上に……僕と同じ道を子供が歩むのが、心底嫌だ。

 僕がこの道を行くのはいいんだ、それしか選択肢が無かったとしても。

 だけど、自分の息子まで同じ立場に置くのは、嫌だ。

 【親の都合で子供の可能性を縛る】のはごめん被る、それだけだよ』

 

 

何処まで行っても自己犠牲の道、それを自分が歩むのはまだいい。

 

だがしかし、厄介なのはハルカの行く道は傍から見る分には綺麗に見える事だ。

 

その本質が【力があるだけの生贄や人柱】であろうと、子供が憧れるのには十分なほどに。

 

 

『……だけど、それだけじゃないだろう?いや、少し違うな。

 その拒否感の本質は【親の都合で子供の可能性を縛る】点だけだ』

 

『……まあ、そうだよね。僕だもんね、隠せないよね』

 

 

鷹村ハルカが子を持つことを拒否しているのは、自分の子が自分と同じ道を選んでしまうかもしれない、という点だけではない。

 

そも、現状ハルカに子供が生まれれば、ハルカが恐れている【親の都合で子供の可能性を縛る】事に繋がりすぎるのである。

 

 

『あくまで、さっき話したのは忌避感を感じる未来の一例でしかない。

 霊山同盟支部の将来のために息子を次期支部長に仕立て上げるかもしれない。

 霊的な才能を含めた適正で子供達の将来を【割り振る】ようになるかもしれない。

 そして万が一にも、自分が産ませた子供の中に、適性が低い子がいたとしたら……』

 

『……昔の自分が味わった地獄に放り込むかもしれない、それが一番怖いんだ』

 

 

かつて、ハルカは弟よりも霊的な才能に欠けていたのが理由でいないもの扱いを受けていた過去がある。*5

 

物心がついた頃には一人だけ屋敷の離れで生活することになり、使用人が食事を持ってくる事すらなくなった。

 

そして、地元の有力者である鷹村家でいないもの扱いということは、実質的にその地域では村八分寸前になっていくわけで。

 

家族は腫物のようにハルカを罵り遠ざけ、親に関わり合いにならないよう言われている子供達では友人など作れるはずもなく、教師も全てに見て見ぬふりをした。

 

【お前は不要だ】と言われ続ける人生が、鷹村ハルカの自己犠牲に満ちた人格を作り上げたのである。

 

それも【自分に価値がないのだから、もっと価値があるモノを守ろう】という、非常にいびつなロジックで生きる人格を。

 

 

『自分が、母親や弟、一族の連中と同じ悪党に堕ちるのも怖い。

 自分の子供が、あの孤独な世界に置き去りにされるのも怖い。

 

 そして何より……』

 

『外様シェルターなんて形式を許容している今の自分では、実の子供にそういうことをする可能性が現実的にあり得る事だから、か』

 

 

ハルカは自分が歪に育った自覚があり、なおかつかつての環境が十分辛いモノだったという認識もある。

 

自分は世界で一番不幸でございます、なんて考えをしたことはないが、だからといって誰にでも耐えられる苦痛じゃないと考えてもいる。

 

だからこそ、シェルター間の安全・治安格差を作り、重要なシェルターかそうでないかを分ける今の形式を許容した時点で……。

 

自分が【多数の女性に子を産ませ、才能と適正で扱いを選別する】という選択肢を取るかもしれないと考えているのだ。

 

 

『全員が全員、優れた才能を持って生まれてきてくれるとは限らない。

 ここまで鍛えた僕の霊的素質がどれほど継承されるかは、かなり運が絡む。

 そして、ナンバーズを含めて【産んでくれる女性】の候補自体は困らない。

 ……自分の子供で馬主じみたマネをし始める下地ばかりが整ってるよ』

 

『ならどうする?子を成すという選択肢を全て捨てるのか?』

 

『……少なくとも、【今】はダメだ。まだ終末を越えただけで、安定は程遠い。

 もっと支部の状況を安定させて、将来子供が取れる選択肢そのものを増やす。

 余裕がないからこそ、自分の子供すらリソースとして考えなきゃいけないんだから』

 

 

結局はそこに行きつく。鷹村ハルカが死力を尽くして霊山同盟支部を運営し、S県一帯をより安定させる。

 

自分が将来作る子供だけではなく、終末後に生まれ育つ子供にも、将来を選ぶだけの余裕を作りたい。

 

そのために必要なのは……。

 

 

『今も行ってる外様シェルターの【選別】*6。これは引き続き続けていく。

 それと、終末後に向けた教育機関……高等教育じゃなくて、初等教育を重視しよう。

 【終末後の常識】を教えられる学校を作るんだ。終末後に生きる人材を育てるために』

 

『まあ、僕らの寿命は既に人間のソレを超越しているようだから、不可能じゃないだろうね』*7

 

『5年か、10年か、あるいはもっと先か。

 子供が自分の未来を選べるようになったら、親になる努力をするよ。

 自分の子供を、しっかりと愛せる大人になれるようにね』

 

 

結論は出た、その答えをしっかりとかみしめて、ハルカはゆっくり目を開ける。

 

今も、鷹村ハルカの中にある『人間を愛するために頑張る』という誓いは揺らいではいない。

 

母親と弟、そして一族連中によって刻み込まれた人間への不信と嫌悪。

 

だがしかし、あの場所を離れてから出会った人々は、エキセントリックではあっても善き人が多かった。

 

ガイア連合という組織が、ハルカの人生に居場所を作ってくれたのだ。

 

人々を愛せるように、自分の子供を愛せるように、鷹村ハルカは今日も、正義の味方として生き続ける。

 

 

山小屋に戻り、中に仕舞ってあった衣服を手早く纏って山を下りる。

 

ここは霊山同盟支部が管理している異界の1つ、比較的安定している低レベル異界であり、ハルカが休暇を過ごしている土地だ。

 

外部と内部の時間の流れを弄ってあるので、数日ほどこの中で過ごしたとしても、外では一時間も経っていない。

 

激務続きのハルカにとっては、久方ぶりの休暇と言える時間なのであった。

 

 

入り口にまで出向けば、迎えに来てくれたレムナントとギルスレイダーが見える。

 

「休暇は楽しめましたか?」と問いかけてくるレムナントに、曖昧な笑顔で「ああ」と答えてから。

 

正義の味方に戻る前に、ハルカはこう言った。

 

 

 

「世界も人々も背負わなくていい時間を、3日も過ごす事が出来た。最高の贅沢だったよ」

 

 

 

*1
なお、高レベルとはいえゴリゴリの前衛であるハルカの魔力で放ったアギ程度では、ハルカのまつ毛すら燃えない。本人的にはドライヤーぐらいの気分である。

*2
なお前述通り読書中も七分丈オンリーである。

*3
この修業は『己のシャドウへの拒絶』を乗り越えなければ瞑想が成立しないので、ハルカをマヨナカテレビに叩き込んでも己から生じたシャドウが発生しない可能性が高い=ペルソナに覚醒する段階を踏めない。 逆に言えば『そもそもペルソナなんていらないぐらい元の精神が強靭である』という事でもある。

*4
ラブレター(勘違い)貰って大喜びしたりしてたし。

*5
なお、一族全員ロバ同士の団栗の背比べである。

*6
勤勉・従順な人間ほど安全なシェルターに、アレな人間は外様シェルターに送り込む。ただし、外様シェルターでも改心して真面目にやってればより上のシェルターに行けるし、覚醒修行に志願すれば非常に高く評価してもらえる。結果として悪魔とガンガン関わる職業につく人間(当然覚醒者だけ)ほど良い暮らしができる。

*7
式神パーツやアギトの力によって、既に人間より式神寄りの存在へと当の昔に変化している。オマケにアギトの力のせいで式神パーツのセーフティもブチ抜いちゃったので、多分ショタオジ的には魔人アリスと同レベルの監視対象。



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報告書『霊山同盟支部』


短い小ネタ。

山梨支部に提出された霊山同盟支部の報告書的なモノ。

さらっと今まで書いてなかった新事実もアリ。



 

【霊山同盟支部・報告書】

 

正式名称【霊山同盟支部】

 

他の名称・略称として【霊山支部】【霊同支部】【S県支部】等がある。

 

 

【概要】

 

S県一帯及び、山梨県を除く*1県境周辺までをカバーする大規模支部。

 

都市一つ分や市町村レベルでも十分に自活できているシェルターが多い中、わざわざ東海道を霊道化することで県一つを(ガバ多いけど)カバーすることに成功した特殊例。

 

終末前は360万人*2を抱えていたS県をまとめて抱え込んだ事もあり、マンパワー『だけ』は非常に高い。

 

様々な要因により低レベルや非覚醒者への差別意識が非常に低い土地ではあるが、設立後に打ち出された対終末計画によってある種の格差社会が形成されている。

 

 

【主な構成人員】

 

支部長  鷹村ハルカ(白金札)

 

副支部長 山根 紫陽花(金札)

 

後見人  阿部 清明(黒札)

     伊予島 杏(黒札)*3

 

技術部長 兎山シノ(黒札)

 

他、黒札多数

 

 

【戦力】

 

ここでは書ききれないほどの要因によって異常なほど強化された現地人『鷹村ハルカ』が最高戦力。*4

 

他にも修羅勢クラスの黒札が所属しており、シキオウジ前後クラスの戦闘力を持つ黒札も複数。

 

LV30未満の【質より数】という配下の覚醒者部隊や霊能力者組織も多数設立されており、ゴトウ部隊クラスのデモニカ部隊も保有。

 

極めつけは狂気の沙汰ともいえる【LV30クラスの量産型対悪魔マシン】を20000機ほどS県全土に配備している事。

 

シキオウジも保有している3体を東部・中部・西部の重用拠点に1体ずつ分散して配置。

 

穏健派天使や多神連合の神等も一応所属しているが、頻繁に脱退したり裏切ったり内部抗争おっぱじめたりするので戦力というより獅子身中の虫。

 

 

【経緯】

 

 

前身となっているのは、箱根山脈からS県西部までを管理していた地方霊能組織『霊山同盟』。

 

この時点では覚醒者の数こそ比較的多いものの、トップである巫女長もLV10。比較的マシな戦力の地方霊能組織でしかなかった。

 

これとガイア連合が依頼を通して接触した後、鷹村ハルカ(当時金札)をトップとした支部作りがスタート。

 

当初は山梨支部を含めた近隣の支部・派出所で不人気だった依頼の下請け・孫請けや、他支部で作らなくなった低級のオカルトアイテムの下請け等を引き受けている。

 

兎山シノの移籍後は技術開発及びオカルトアイテムの製造設備への投資を本格化。

 

廉価版デモニカ『G3MILD』、ハイエンドデモニカ『G4X』等が有名だが、そもそも『G3シリーズ』を量産性及び拡張性を重視して再設計。

 

他支部にもリース生産等を依頼することで、じわじわと共通規格を広めたのもこの支部の実績である。

 

それ以外にもコストパフォーマンスに優れた製品を多数生産しており、この支部の製品は黒札よりも白金札以下からの人気が高い。

 

また『黒札に頼らないアイテム生産』や『現地人の戦力化』を設立初期から意識しており、式神アガシオン等は黒札抜きでも量産体制を確立している。*5

 

 

現在はシェルターを【親藩】【譜代】【外様】の3種類に分け、前者ほどより安定した霊地や東海道霊道の近くに設置される状態に調整。

 

霊山同盟支部にとってより重要な人間ほど安定したシェルターに移住でき、そうでない者ほど下のシェルターに落とされる階級社会を形成している。

 

特に外様シェルターの管理者は多神連合の悪魔や穏健派の天使等がほとんどなので、管理をミスして結界が破壊されたり、契約を踏み倒して反旗を翻す事も少なくない。

 

 

【立場】

 

 

ガイア連合幹部にして霊山同盟支部後見人【阿部 清明】の説明によると、霊山同盟支部のガイア連合における立ち位置は表と裏がある。

 

表向きの立ち位置は、黒札以外をトップに置いた大型支部のモデルケース。

 

黒札に頼らないオカルトアイテム生産工場や各技術の簡略化等はその筆頭であり、

 

作りたいモノを作る!を最優先にしている黒札が、飽きて作らなくなったモノを依頼する下請け先としての側面もある。*6

 

ただしこのあたりの理由は設立時にでっち上げたモノでもある。だってS県の黒札ほとんど山梨支部に移籍して帰らないんだもん。

 

 

裏の理由は、支部長である鷹村ハルカの【運命力の高さ】を利用した、支部規模のデコイである。

 

運命愛され勢等を見ていると分かるが、運命力が高い人間はたいていの場合厄介事や面倒事を引き寄せる。

 

阿部 清明がハルカに支部長を押し付けたのもそういう理由であり、事実、彼はここまで多種多様な悪魔関連の事件に巻き込まれ続けた。*7

 

その性質を利用し、運命力が高い上に黒札じゃない彼を支部のトップに据える事で、地理的に近い山梨支部に降りかかる火の粉を少しでも押し付けようと画策したのが霊山同盟支部の【裏の】設立理由である。*8

 

この事実は霊山同盟支部に移籍する予定の黒札全員に知らされており、鷹村ハルカ支部長が色々なアピールをしても黒札の移籍者があまり増えなかったり、次から次へと県内で厄介事が多発する原因となっている。

 

それでも移籍する黒札が0ではないので、現在は切り捨てる前提のデコイから【山梨支部を巻き込みかねない大規模なオカルト事件に対処するための前線基地の1つ】という扱いになりつつある。*9

 

なお、この事実は黒札のみで共有されている機密事項であり*10、霊山同盟支部の人間はトップである鷹村ハルカですら聞いていない。

 

 

【総評】

 

 

この計画を考えたくそみそニキとショタオジと承認した幹部連中は人の心とかないんか?

 

 

【執筆者】

 

流石兄者 及び 流石弟者

 

 

*1
丁度山梨支部と霊山同盟支部の管理している土地の境目がかつての県境である。

*2
人口は都道府県別だと全国10位。とはいえ終末でガッツリ減った。

*3
ハルカが頼んだら0.5秒でなってくれた。

*4
阿部は神出鬼没なので。

*5
もちろん黒札が作った方が質も量も確保できるけど。

*6
技術向上のために作りまくってたモノが、より高度なモノを作れるようになったので作る理由がなくなった、等の場合もある。シノだってオートバジン作れるのにわざわざアガシオン作る時間なんて取られたくないし。

*7
詳しくは【霊能力者、鷹村ハルカは改造人間である】を読んでね!

*8
ついでに吉凶の流れに関してもショタオジや阿部が山梨支部でちょちょいと儀式すれば霊山同盟支部の方にそれなりの厄介事を押し付けられる。総量が多すぎるから焼け石に水だけど。

*9
それまでは物好きな黒札だけをターミナルなりトラポートなりで山梨支部に避難させてから、山梨県とS県の県境に強力な結界を張ってS県ごと事件の原因を隔離する計画だった。なお、現在も隔離用結界はいつでも起動できる状態である。

*10
移籍時にこの事を漏らさないよう、ショタオジ製契約書まで使っている。漏れて広がったら大規模なパニックが発生しかねないのが理由。



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ある日の晩酌

 

【霊山同盟支部 一等研究室 休憩所】

 

 

(当分G3作りたくない……)

 

そんな似合わない感想を脳内でリフレインさせながら、幽鬼か屍鬼のようにふらふらと廊下を歩く影が1つ。

 

この廊下は一等研究室内部に存在するため、黒札ですら入るのには手続きが必要な隔離区画だ。*1

 

更にその奥、各種認証識別及び、ブラックカードのIDを読み込ませることでのみ開くドアの先に、一等研究室の休憩所は存在する。

 

休憩所と言うが、その実は宿直室じみた生活スペースであり、シノとサクラは大抵の場合ここで寝泊まりしている。

 

部屋の中にしつらえた仮眠室はどんどん設備が豪華になっており、はっきりいってそこらのホテル顔負けのリラックスルーム。

 

……なのだが、その前にある休憩室は、控え目に言ってコンビニバイトの休憩室のソレ。

 

安っぽいテーブルとソファとパイプ椅子が並び、テーブルの上には雑誌と菓子とエナジードリンクの空き缶。

 

研究の合間にゴロ寝したりゲームしたり仮眠したりだべったりするだけのスペースである。

 

 

そんなわけで、各地から届くG3シリーズの注文をなんとか捌き終えたシノが、休憩室のドアについているロックにブラックカードを通す。

 

終末後に他のシェルター含めた取引先がどれだけ残るかわからないし、販路は広く繋いでおこう!という判断自体は間違いではなかった。

 

……が、予想以上にすんなりと終末を乗り越えられてしまったせいで、各地でオカルトアイテムの需要が爆増。

 

特にデモニカスーツは半終末頃を遥かに通り越した需要過多状態であり、日々式神マザーマシンを稼働させてG3シリーズのフレームを作りまくっていた。

 

とにかく質より量、未覚醒者をLV1でもいいから覚醒させるため、G3MILDを薄利多売覚悟であっちこっちに売りつけ、S県内部にも大量配備。

 

足りなければリース生産を依頼した支部にもガンガン製造依頼を打診し、どうにかこうにか納期に間に合わせたのだ。

 

というわけで、寝酒を飲んで疲労のままにごろごろぐっすりしようかな、と思ってここに来たのだが。

 

 

(……ん?)

 

 

認証を終えてドアを開けようとした瞬間、ドアの向こうから人の気配を感じたシノ。

 

この場所まで来られるのは、許可を得た黒札か、自分を含めた信頼できる数名か……『侵入者』。

 

反射的に袖の中に隠せるほど薄型にした『ハンドヘルドコンピュータ型COMP』に意識を向けて、デモニカ技術を流用した思考操作システムを起動。*2

 

服の下には展開型デモニカ用のバックラーも常に身に着けており、戦闘態勢に入った瞬間、仲魔の召喚とデモニカの装着が終わる布陣である。

 

自分が『戦闘者じゃない』という自覚が常にあるからこそ、枕元に刀を置いて寝る武士のような気構えを持っているのが彼女であった。

 

ゆっくりと休憩室のドアを開け、何か1つでも異変があったら即座に大暴れするつもりだったシノだが……。

 

 

「あれ、あっくん?」

 

「ん?ああ、シノか。邪魔してるぜ」

 

「邪魔するなら帰ってー……って感じでもないね」

 

 

テーブルの上には、普段並んでいるアレコレに加えて洋酒の瓶やつまみの乾物、ブフで保冷している氷まで並んでいる。

 

そんな自堕落な酒飲み風景の中で、ツナギ姿の阿部がショットグラスを傾けていた。

 

ツンと鼻に来るアルコールの匂いからして、おそらくウィスキーの瓶だろう。

 

 

「っていうか、なんでわざわざここで飲むのさ。拠点ぐらいいくらでもあるんじゃないの?」

 

「山梨支部の次ぐらいには酒飲んでても邪魔されない場所だからなぁ、ここ。各地のアジトはたまーに結界ブチ抜いて来る悪魔がなぁ」*3

 

「ふーん……でも、あっくんお酒はあんまり好きじゃないんじゃなかったっけ?」

 

「ん、んー、まあ、そうだな。下戸ってわけじゃないんだが……」

 

 

ぐいっともう一度ショットグラスを傾ける。

 

既に高レベルの覚醒者である阿部にとっては、スピリタスのストレートであろうと酔うほどの効果は無い。

 

わざわざ自分に呪詛をかけて、アルコールへの耐性を一時的に下げる事で酔っているのだ。

 

 

「……何かあった、って感じじゃないよね。一時的なアレコレならすぐ割り切るタイプだし。

 どっちかと言えば、色々抱え込んでようやく弱音はいてくれるタイプだもん」

 

「はは……敵わないな、そういうところ」

 

「アルコールに逃げる時点でバカでもわかるよ、今のあっくんの精神状態。で、どうしたの?」

 

 

どかっと向かいのソファに座り、グラスがないので未開封の酒を手に取り、封を開けてラッパ飲み。

 

阿部の「ちょ、それ高かったやつ!?」という言葉には、ぷはー、と口を離してから「相談料!」と言い切った。

 

あーあ、と若干残念そうにした阿部だったが、数秒後には『まあいいか』と気を取り直した。

 

元々酒の味を語れるほど酒好きな二人でもない、なんならウィスキーだって終末前に税金対策に買ってたモノばかり。

 

なんならここに並んでるのがストロングゼロでも一切問題は無い。

 

 

(とはいえ、『ヘンリー4世』をラッパ飲みした人間はこいつが初めてだろうな……)

 

「で、なにがどうしてこんなところで一人酒してたのさ。愚痴りたいなら懺悔室の真似事ぐらいはしてあげるけど」

 

「ン、ああ……まあ、しいて言えば……」

 

 

数秒ほどショットグラスを揺らし、酒の水面を見ながら一言。

 

『罪悪感からの逃避かもな』と、阿部はらしくもないしんみりした顔で呟いた。

 

阿部の『罪悪感』と言うワードで、ようやくシノも色々察したらしい。

 

 

「……たっちゃんの事?まあ、確かに盛大にブラック労働してるけどさ」

 

「それもある、だが、これまでの全部を考えるとな……飲まなきゃ誤魔化せんよ」

 

 

とにかく度数の高い蒸留酒ばかりを並べたのも、悪魔との交渉にも使うオカルト素材の酒を除けば、まだ『酔える』範疇のモノだったから。

 

酒の味を楽しむような明るい晩酌ではなく、現世の苦みを酒精で流し込むだけの自棄酒に近い。

 

僅かに赤くなった顔で、ぽつりぽつりと本音がこぼれ始める。

 

 

「元々は……大した理由も無く拾ったガキだったんだよ。死にかけてたからとりあえず運んで、占ったら助けるのが吉兆だったから式神の体をくれてやって……」

 

「あー、まあ、あの時はいつもの胡散臭いムーヴあんまりしてなかったもんね」

 

 

そも、本来の式神ギルスのスペックが『対天使特化』の調整をされているあたり、比較的低レベルだった頃の阿部は万能の預言者には程遠い。

 

もしもあの時点で今の未来を予測できていたなら、式神ギルスの性能はもっと違ったモノになっていたはずだ。

 

無論、それでもショタオジが一目置くぐらいの占術師ではあったし、成長していくにつれてその分野だけはショタオジを追い抜くほどの『予言者』となった。

 

だが、それはつまり。本編の未来アレコレを『観て』行動し始めたのは、ハルカを拾った後ということになるわけで。

 

最初にハルカを拾った時は、半分親切心、半分好奇心、10割気まぐれ。

 

そのぐらいの関係で始まったのだ、この師弟は。

 

 

「それが、あいつを拾って、俺もレベルが上がって色々と『観える』ようになって。

 観えた未来の行きつく先が、最悪の場合人類滅亡って時点で、手段を選ぶ余裕が消えた」

 

「あれ、ショタオジには頼らなかったの?」

 

「頼った未来も見たが、最悪は東京とS県、両方にリソースを分配して両方しくじってた

 ショタオジは全知全能の神じゃない……むしろ神(ソレ)は敵に回ってたしな」

 

 

エンシェントデイの一件は、あのショタオジが全力を出さないといけない特級の案件。

 

そして厄介な事に、S県で発生した黙示録は『エンシェントデイとショタオジが消えた直後に開始する』。

 

すなわち、黙示録の件をショタオジに話して対策する場合、ショタオジはエンシェントデイを本編以外の対処で何とかするのを強いられるわけで。

 

 

「結果としてエンシェントデイの対処に失敗、黙示録も当然遂行されて、世界はメシア教過激派の考える天界とマザーハーロットのソドム&ゴモラ&ファッキンパラダイス、そこにメギドアークがブチこまれて全世界ナイトメアだ」

 

「うっわぁ……」

 

 

全方位地獄とはこのことだ、東京受胎とかがまだマシに見えるレベルは流石に狂っている。

 

そう考えると、現状は最善と言わないまでもまだマシと言えなくもない。

 

ガイア連合は(時々脇道に逸れたり暴走したりしつつも)健全に運営されており、人類は問題なく存続し、時々アホやらかす神々は黒札修羅勢がキャン言わせている。

 

真面目にやってる支部長の労働量は支部の規模に比例しているし、黒札ならいざとなれば山梨支部に逃げ込める。

 

 

(そうでなくても、支部の規模を縮小すれば負担だって……ん?)

「あれ、たっちゃんよっぽどのことがないと規模縮小とかしなくない?」

 

「それな」

 

 

なにせ霊山同盟支部は規模だけで言えばS県丸々抱え込んでる超大型支部である。

 

終末前のS県の人口は350万人以上、死にまくって生き残りが1割と仮定しても35万人を超える。

 

都市型シェルターですら1シェルターにつき数千人と考えると、『限りなく少なく見積もって』35万人以上というのは破格もいい所だ。

 

そして、その35万人の明日の命と生活を背負っているのが、終末前後はまだ中学生であるハルカというとんでもない綱渡り支部なのだ。

 

で、ここまで大規模となると、ちょっと縮小しただけでも一般的な都市シェルター1つ分(=数千人)ぐらいは切り捨てる人間が出てくるわけで。

 

その責任と罪悪感は当然のようにハルカに叩きつけられる。なんなら実質切り捨て予備軍である外様シェルターの時点で精神的な負担は相当だ。

 

正義感が強くて真面目、それでいて冷徹な判断も(精神をゴリゴリ削りながら)下せて、オマケにメンタルは鋼だから折れもしない。

 

控え目に言って生き地獄である。

 

 

「元々、ハルカは霊山同盟支部の支部長なんざ延々とやらせるつもりじゃなかったんだよ」

 

「あ、そうなんだ。やっぱ別の黒札でも引っ張ってきて……」

 

「いや、予知通りならサタンの爆発で死ぬはずだった」

 

 

ぴしり、とシノの行動が凍り付いた。

 

いや、元々阿部がハルカの行く先をコントロールしていたのは知っていたが、やり方があまりにも惨い。

 

世の中に絶望した少年を拾い上げて、力と居場所を与え、最後は世界の為に特攻させる。

 

彼が合理主義なのを知っている人間から見ても、合理性を突き詰めすぎて人間味が無さすぎる。

 

 

「元々、霊山同盟支部は山梨支部の囮(デコイ)に使う予定の支部だった。

 終末までは囮として使い続けて、終末後はいずれ破綻するのを前提に動く。

 最後は結界で隔離して、文字通り臭いものに蓋をする計画だったが……」

 

「たっちゃんが予想以上に頑張ったり、黒札の移籍が相次いだり、現地勢がどんどこ戦力になったりで方針変更したんだっけ?」

 

「そうなんだよなぁ……おかげで膨れ上がった数十万の人口を抱え込む超大型支部が出来ちまった上に、このままだとハルカはソコを人間の寿命超えても管理することに……」

 

「 う わ あ 」

 

 

阿部も最初から未来が全部見えていたわけではないので、はっきり言って本編のあれこれはガバチャーにオリチャーを重ねた結果である。

 

レベルが上がり、情報が出そろうにつれて、ショタオジという最後の切り札が使えないことが判明し……。

 

本気で絶望していたところで、過去に気まぐれで拾った子供をジョーカーにして切り開ける可能性が見えた。

 

其の結果、低乱数引きまくってハルカが生存し、極まったブラック労働である霊山同盟支部の支部長なんてモノに座る羽目になったのが現在なのだ。

 

 

「ままならんよ、ホント。俺に罪悪感なんて感じる権利はないけども……」

 

「……飲まないとやってられない日もある?」

 

「そういうことだ。流石に人の心は捨てられないからな」

 

 

もう一杯、ウィスキーのロックを飲み干し、喉を焼くアルコールに溺れながら上を向く。

 

 

「それでも『やるしかない』……何せ退路は終末で断たれた後だ。

 出来るのは前に進む事だけ、自分の役目を果たせれば上々さ」

 

「……たっちゃんも心配だけどさ、あっくんは大丈夫なの?

 皆あっくんの事、黒幕とかなんでもお見通しみたいに思ってるけど、本当は……」

 

「分かってるさ、無理はしない。何せ俺は……」

 

 

阿部 清明は、人より多くの、そして先の事が見える。

 

阿部 清明は、黒札と言う特権階級である。

 

阿部 清明は、非常に優れた霊能力者である。

 

阿部 清明は……。

 

 

「人より強いだけの、ただの人間だからな」

 

 

自分にできる事を必死にやっただけの、平均的な黒札である。

 

 

*1
そもそも手続きすれば入れる時点で黒札だけは特別扱いである。

*2
ちなみに非売品、というかコスト度外視で手間暇かけて小型化と高性能化を繰り返した逸品なので、もう一個作れとか言われたらシノがキレる。一応設計図も山梨支部に提出しているが、エドニキ曰く『オカルト関連の技術じゃなくて伝統工芸の職人技とテラバイト級のスパゲッティコードを解析できるレベルの根気がいる』。それでも『やる気があれば』できそうな黒札はいるだろうが、その『やる気』が一番足りないのも黒札。

*3
なお、阿部の結界を抜いて来るってことは最低でもLV60overの怪物どもである。



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メシア教ギルス派のお話


名前だけ出てたメシア教ギルス派のお話。



 

S県内のロウ系(正確には一神教系勢力)は、大きく分けて3つ。

 

 

第一に、国内一神教系最大手、自称・ガイア連合の盟友を自称する『メシア教穏健派』。

 

終末の前から規模・人員共に最大規模だったこともあり、S県内でも多数のシェルターを管理している多数派である。

 

終末後は出自を隠した元過激派が紛れ込むわ、終末前から暗躍してる穏健派()もいるわ、KSJ研究所*1が思いっきり介入してるわと内部事情が非常にカオスな事になっているが、それでも規模『だけ』は大きい。

 

 

第二に、日本国内ではドマイナー宗派だったはずなのに、いつのまにか県の内外に誘致され始めている『一神教調和派』。

 

シスター・グリムデルという女傑が教育を担当しているためか、俗っぽい者も多いがその分メシア教ほど『振り切れた』者もいない。

 

日本人の嫌う『宗教臭さ』の薄い組織であり、一応のトップであるシスター・グリムデル*2からして……

 

『クリスマスケーキ食べた次の週に除夜の鐘を聞いて、その次の日に初詣に行くこの国のスタンスに合わせなアホ共!郷に入ればなんとやらだよ!』

『天使?神?バカいうんじゃないよ!人様に迷惑かけるんなら天の父だろうがオカンにケツひっぱたかれて当然さね!』

『相手の信仰や信念を否定しないと維持できない信仰は信仰じゃなくて依存だよおバカ!まずカウンセリング受けな!』

 

……という有様なのだが、それが逆に黒札にウケたことで一定の影響力を保有している。

 

 

そして第三に……終末以前からじわじわとS県内で広がり続け、終末の『例の放送』と共に一気に広がったのが。

 

メシア教の定義する救世主(メシア)、それこそ『ギルス』であると確信し、ギルスを信仰対象に仰ぐ一派。

 

すなわち『メシア教ギルス派』である。

 

今回は、S県某所の外様シェルター内にある『メシア教ギルス派の教会』をサンプルに、彼ら/彼女らがどういう集団なのかを見ていこう。

 

 

 

 

 

 

【メシア教ギルス派管理異界内 大聖堂】

 

 

「いらっしゃいませギルス様!!!!!」

 

(どうしよう既に帰りたい……)

 

 

見ていこう、と動物バラエティのVTRみたいなナレーションで始まったこの話だが、教会を訪れたハルカ/ギルスは訪れて3秒で帰宅したくなった様子。

 

何せ土下座である、この教会のトップのはずの大シスターである『シスター・カーラ』*3が、初手土下座でお出迎えである。

 

ブロンドのロングヘアが特徴的なスペイン系の美女だというのに、土下座の姿勢が妙にサマになっている。

 

というか、その後ろでもこの教会のテンプルナイト筆頭である『テンプルナイト・シモーナ』*4が跪いている。

 

普段は厳格な女騎士という雰囲気の彼女までがそんな状態な上に、後ろに控えるテンプルナイトやシスター達もほとんど似たようなモノ。

 

ゲザる者、祈る者、跪く者、とにかく全員ハルカに少しでも『頭が低く』なるような格好を秒で取った。

 

重ねて言うが、ハルカがこの教会を訪れてまだ3秒である。

 

なのに関係者一同総出でお出迎えからのコレだ、そりゃ普通なら帰りたくなる。

 

はっきりいって大淫婦バビロンやサタンと殴り合った時以上に後ろ向いて前進したい気持ちが沸き上がってくるが、なんとか堪えて踏みとどまる。

 

 

「普段から定時報告は届いていますが*5、今回は僕自ら活動内容を視察に来ました。

 先に言っておきますが、定時報告の内容より良すぎても悪すぎてもダウトです。

 可能な限りいつも通りにしてください、特別なことはせずに」

 

「はい!ご自由にどこでもどれだけでもご観覧くださいませ、ギルス様!!」

 

(すごい帰りたい……)

 

 

元より、霊山同盟支部の支部長として敬われる事すら微妙にケツのすわりが悪いと感じているのが鷹村ハルカという少年だ。

 

そも、あの自己肯定感皆無にしか育たない環境を経て、黒札修羅勢クラスの修行の日々を送り、正義の味方として世界の滅びに抗い。

 

トドメに「…お前を倒して…! この地上を去る……!!!」*6な竜の騎士メンタルで最終決戦に挑んだのだ。

 

当然ながら自分の事を持ち上げるような空間は苦手極まる。それが救世主への崇拝という形なら猶更だ。

 

ともあれ、仕事は仕事。メシア教ギルス派の活動内容と、現在の戦力をしっかり精査しなければならない。

 

 

「精鋭部隊であるテンプルナイトの平均レベルは『18』。

 廉価版デモニカ……『G3MILD』の配備も順調なようですね。

 でもなんで全部のG3がギルスカラー(緑・深緑・レッドアイ)なんですか???」

 

「はい!もちろん人数の問題で一般信徒はまだ未覚醒の者も多いですが、

 少なくともこの管理結界を維持できるだけの戦力は整いつつあります!

 あと、カラーリングについては自由にしたら全員この色になりました!!」

 

「訓練内容も、ちゃんと霊山同盟支部から配布したマニュアルに従ってますね。

 穏健派(に合流した過激派等)は無視して『ろくでもない戦力増強』してたりしますけど。

 ……今からでも塗り替えません???」

「まったく、嘆かわしい事この上ないと思います!

 天使様の言う通り、でガイア連合の足を引っ張った挙句、

 終末の引金を引く一助となった事を忘れたんでしょうか!*7

 ……救世主たるギルス様が命じるのならば即日にでも塗り替えます!」

 

「今天使様の言う通りじゃダメって自分で言ったばかりじゃなかったかな!?」

 

(シスター・カーラとテンプルナイト・シモーナも、レベルはそれぞれ『26』と『22』。*8

 本当、コレじゃなければ外様シェルターを任せることも無かったんだけどなぁー……)

 

 

メシア教ギルス派の『総本山』扱いであるこの『管理異界』は、霊山同盟支部の基準では『外様シェルター』となっている。

 

はっきりいってギルス派というハルカ自身もちょっと目を背けたいギルスファンクラブを押し込める先ということもあって、規模そのものは外様シェルターの中でもかなり大きい。

 

そして、東海道霊道に付随する『管理結界』ではなく、協力的な悪魔(神々含む)に維持してもらっている『管理異界』ということは、ここを管理する悪魔も存在するのだが……。

 

 

「ああ、そういえば……『アブディエル様』には会っていかれますか?

 今は丁度、テンプルナイト部隊と共に結界外周の見回りをしていらっしゃるはずですが……」

 

「ええ、それはまあ勿論。こういっては何ですけど、『大天使』は警戒されてますからね」

 

 

ですよねー……と苦笑するしかない二人に同じく苦笑いを返すが、ハルカの方も『まあ、そうなるな』と内心ではさらりと認めている。

 

『大天使 アブディエル LV60』……この終末後でもこのレベルを維持している『高位分霊』の一体だ。*9

 

はっきり言って、彼女*10がこのシェルターに来るまでの経緯も、ひと悶着ふた悶着あったものだ。

 

というわけで、そんなハルカの悩みと胃痛の種の1つでありながら、レムナントと並んで『天使らしくない』アブディアルに、しばらくぶりに会う事にした。

 

カーラとシモーナ、そして未だにその後ろで跪いてるテンプルナイト達に一端別れを告げて、表に待機させていたギルスレイダーに跨る。

 

 

結界の外周部付近……すなわち、侵入を計画する悪魔たちとの最前線で戦い続け、ロクにそこから離れない大天使の元へ向かうために。

 

 

(思えば、最初はイチロウを上手く誑かして潜り込もうとした疑いが濃厚だったんだよなぁ……)

 

 

ギルスレイダーを運転しながら、思い出すのはアブディエルとの初対面。

 

いつものように*11結界防衛線に穴が開いて、位置と距離の問題で向かうことになったのがイチロウだった。

 

とはいえイチロウ一人では防衛線の穴をふさぎきれない*12ことを覚悟し、それでも犠牲を一人でも減らすため、あの日もハルカはギルスレイダーに乗って現地に駆けた。

 

そこで見たのは、ズタボロになりながらも撃退に成功した戦闘班の面々と、わたわたしているイチロウと……。

 

 

『頼む。私の首一つで、人の子達の保護を願いたい』

 

 

地に頭を擦り付け、この場で一番の重傷である肉体を引きずりながら、自分が保護してきた人々の保護を求めるアブディエルの姿であった。

 

 

(過激派に反対する天使はそもそも地上に降りてこない、って話だけど……。*13

 まさか黙示録が始まったのと同時に降りてきて、避難民を保護してたとは……)

 

唯一神の定めた法と秩序に忠実な天使ほど、地上に降りて人を救おうとはしない。

 

唯一神の存在を免罪符として振り回し、自分勝手に世界を荒らしまわる天使が大多数という終わった世界。

 

……そんな中で

 

『黙示録が始まったんなら選ばれし人の子を救うのはセーフ!!私は様子見を辞めるぞ、ジョジョーッ!!』*14

 

というテンションでS県に突っ込んできて、結界に入り損ねた避難民を庇護しながら放浪していたのがアブディエルだ。

 

が、対過激派テロリストも加味して作られている結界は、疲弊したアブディエルでは通るどころか近づく事すら容易ではなく。

 

どうしようかと悩んでいる時に、上記の定期イベントで結界が破損。

 

自分を遠ざける結界の効果が弱まったタイミングで結界の穴に突っ込み、原因となった悪魔の討伐に協力。

 

そして、自分の首一つで保護していた避難民の収容を求めた……というのが、彼とアブディエルの初対面であった。

 

 

 

 

 

 

【メシア教ギルス派管理異界『ベテル』 外周部】

 

 

「あ、いたいた……アブディエルさん、しばらくぶりです」

 

「む……ネフィリ、ではなかったな。鷹村支部長か」

 

 

ついついギルスから感じる気配で『ネフィリム』と言いそうになるのを訂正するアブディエル。

 

怪我は治療され、現在はレムナントと同じく十戒プログラムその他のセーフティをガンガンにかけた式神ボディに入っている。

 

当然最優先で監視され、何かあったら遠隔で『自爆』のスキルを起動させられる事すら承知の上でここにいるのだ。

 

……まあそもそも、大聖堂で信者から信仰を集めるのではなく、危険地帯で悪魔と切った張ったしてる時点でだいぶシロなのだが。*15

 

 

「ええ、定期視察の日ですから……まあ、管理異界の維持以外、一切の権限も義務もない貴女は、そりゃ教会で待つ必要もないんでしょうけど」

 

「……もとより、私は何故堕天していないのかも不確かな身だ。そんな私が、責任ある立場になる気はない」

 

 

そう、アブディエルは『管理異界を維持するのに必要な異界の主になる』ために、様々な縛りを式神ボディに埋め込まれている。

 

十戒プログラムのテンプレート以外にも、監視装置や遠隔自爆装置を仕込まれたのもその一環だ。

 

端的に言えば、その力を持ってこのシェルターで『余計な事』をされないように。

 

それが、霊山同盟支部が彼女を抱え込むのに出した条件だったのである。*16

 

 

「テンプルナイト達は結界の補修中だが……呼んでくるか?」

 

「いえ、作業が終わった後でいいですよ。戦闘の気配が薄いってことは、しっかり異界の維持も防衛用の結界も機能してるってことですし」

 

「最近は少しずつだが襲撃頻度も減って来たし、テンプルナイト達の平均レベルも上がって来た。

 以前のように、泥沼の戦闘でごっそりと死ぬ……ということはまず無い」

 

 

アブディエルが来る前は、このシェルターは管理異界ではなく管理結界によるシェルターであった。

 

しかし、東海道霊道に接続される管理結界は、霊道から遠ざかるほど供給が不安定になり弱体化する。

 

外様シェルターであるここは当然東海道霊道からは離れた土地であり、結界の性能不足を戦力をじわじわすり減らして補っていたのだ。

 

 

「……どれだけ頑張ってもどうにもならない、っていう限界を見た気分でしたよ、僕は」

 

「……すまない、責めたつもりではなかったのだが」

 

 

そんなシェルターも、今ではアブディエルを主とした管理異界型のシェルターに改造。

 

平均レベルや各種装備も整ってきたことで、シェルターの状態は大幅に安定。

 

結果としてギルスファンクラブガチ勢ことメシア教ギルス派のメッカになっているのは海のハルカですら見抜けなかった誤算である。

 

だが、若干『早まったかなぁ』と思いつつも、ハルカの心に後悔の二文字は無かった。

 

 

「厳しい事を言いますけど……僕が信じているのは、貴方でもギルス派でもない。

 

 あの時のイチロウの言葉、それだけです」

 

「ああ、そうだろうな。 そして、それで十分だ」

 

 

ハルカは仮面ライダーであるのと同時に、霊山同盟支部の支部長だ。

 

実質的な格差社会である親藩/譜代/外様の区分けを作ったように、時には冷徹な判断も必要となる。

 

あの場において、アブディエルを生かすリスクはあまりにも高い。

 

なにせ霊山同盟支部は山梨支部の目と鼻の先。*17

 

ここが2人目の大天使を迎え入れた、なんてウワサが出回れば、過激派に乗っ取られた認定されてメシア教アンチな黒札がなだれ込みかねない。*18

 

それでもアブディエルを討たなかったのは、イチロウが必死に割り込み放った言葉を、ハルカが認めたからだ。

 

 

『【天使だから】を理由にして信用できなくなったら、いつか絶対、何かを間違えるぞ!?』

 

 

「……その通りだとしか、僕は思えなかったよ。

 もちろん、貴方を切り捨てる事が【論理的】で【正しかった】のかもしれない」

 

 

だけど……と、軽く横に首を振り、湧き出た迷いを振り払うように前を向いた。

 

 

「今まで僕は、悪い事をしたのなら、それを時には裁いて、時には許してきた。

 だけど、僕が知る限りで悪い事をしたのは、あくまで【過激派に与した天使】だ。

 そうじゃない天使まで纏めて恨むのは、筋違い極まりないし、傲慢だと思った」

 

「それは、確かに【優しい理屈】ではある。しかし……」

 

「分かってるよ。理屈は優しくても、世界は優しくない。

 それでも、僕は……討ち滅ぼす辛さも、取り返しのつかなさも、知っているから」

 

 

思い出すのは、結局最後まで分かり合うことが出来なかった、母と弟の事。

 

英雄願望に取りつかれた母と、家族すら見下し蔑むほどにねじれ切った弟。

 

変えることもできず、救う事もできず……未だに、過去の事だと割り切ることもできず。

 

ハルカの心に突き刺さった一本の杭として、心に鈍痛を与え続けているソレは、しかし。

 

同時に、ハルカに『力任せに解決してもロクなことにならない』と言う事を忘れさせない楔にもなっていた。

 

 

「だから……貴方たちを信じられる自分でいたいんだ。

 悪い事をした人を、許してあげられる自分でいたいんだ。

 今でも好きになりきれない『人間』を、愛せる自分でいたいんだ。

 

 だけど同時に……本当にどうしようもない時は、せめて。

 

 この心の痛みを知るのが、仮面の下で涙を流すのが、自分であってほしいんだ」

 

 

信じる難しさも、許す辛さも、愛する大変さも……切り捨てた時の痛みも、ハルカは背負い続けて来た。

 

だからこそ、今更アブディエルの事を放り投げる選択肢はなくなったのだ。

 

それでも信じられないからこそ、彼はアブディエルでもギルス派でもなく、友であるイチロウの言葉を信じた。

 

【受け入れられないモノを排斥・排除する】……その果てにおぞましいモノになり果てたのが、メシア教過激派だ。

 

善も悪もない、あんなモノになり果てる事になると……ハルカはイチロウの言葉で気づかされたのだ。

 

その事実と、恐ろしさに。

 

 

「……だが、その道は険しいぞ?」

 

 

「かもしれない。でも、僕は進むと決めたんだ」

 

 

 

既に、ハルカは自分の行く道がどれだけ長いとか、どれだけ険しいとか、そんなことは度外視している。

 

目の前に道があるのだから、それをただただまっすぐに進む。

 

歩いても、走っても、這ってでも、よじ登ってでも。

 

いつかたどり着くはずの『答え』に向かって、鷹村ハルカは歩き続ける。

 

 

 

「矛盾しているのかもしれない、中途半端なのかもしれない。

 ただの綺麗事かもしれない、でも、きっとその方がいい。

 

 本気で綺麗事を目指すからこそ、ヒーローだ」

 

 

 

*1
アビャゲイル氏の投下所 参照

*2
改造人間短編集『ハルカ君、修道士になる。』等

*3
外見はリリカルなのはシリーズの『カリム・グラシア』

*4
外見はリリカルなのはシリーズの『シャッハ・ヌエラ』

*5
流石兄弟だったりナンバーズだったり、大手のメシア教系の施設は何らかの監視がつけられており、定時報告はハルカや阿部の元に直通で届く。

*6
『ダイの大冒険』の主人公、ダイのセリフ。子供がコレ言う時点で英雄とか勇者なんて割と貧乏くじなのだ。

*7
彼女らが手に入る情報だとこれ以上の詳細は知らない。

*8
ただし『デモニカG3X』を使用しているので、才能そのものはRぐらいだった。

*9
オバタリアンに加工された女神スカディがLV74なので、このレベルの高位分霊は魔界堕ち後なら十分あり得るらしい。ついでに言うと、修羅勢クラスの黒札なら倒すを通り越して尊厳破壊も可能。

*10
天使なのでこの表現は適切ではないが。

*11
多神連合所属悪魔の裏切り、潜んでいたメシア教過激派のテロ、単に高レベルな悪魔による力業etc

*12
倒すだけならどうとでもなるが、避難している住民まで守り切るとなると難易度が跳ねあがるため。

*13
情報元はテンプルナイト・サチコ。穏健派に味方してくれそうなマトモな天使は大半『よく言えば見守る、悪く言えば様子見』スタンスなので降りてこないらしい。

*14
あくまで意訳なので色々とズレているが、アブディエルが地上に降りて来た理屈と理由はマジでこんな感じらしい。

*15
原作(真V)でもなんだかんだ前線に出てくるタイプだった上に、歴代ロウ陣営責任者天使で1、2を争うレベルでマトモな天使である。そりゃこんな状況なら前線にいる。

*16
当然、阿部やシノや天使部を間に挟んで山梨支部にも報告済み。といっても大天使から天啓受けちゃった某黒札とかに比べればまだマシなので、色々な監視付きで放置状態。

*17
終末後は物理的な距離がめちゃくちゃになってるかもしれないが、霊道はあるだろうし、なんならターミナルもある。

*18
メシアンスレイヤーとかその筆頭である。ハルカは当然正体に気づいてないけど。



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私が神話的ブサイクなのはどう考えてもニニギが悪い


『【カオ転三次】最速で出会った俺らのガイア連合活動記録』様でネタになってたアレコレがあったのでサクっと投稿。

あっちのイワナガヒメ様美人でいいよね!こっちは作者の性癖でこんなんだぜ!!

時期としては半終末突入前後、エンジェルチルドレン~大江山鬼退治あたりぐらい。



 

 

 

【霊山同盟支部 某所】

 

 

「え、イヤだけど???」

 

「ですよねー……」

 

 

しょっぱなから盛大に何かを拒否っているのは、この霊山同盟支部の(一応)祭神である『石長比売(イワナガヒメ)』だ。

 

結界や加護を維持・強化するための祈祷やら、巫女衆には作れないオカルトアイテムの作成やら。

 

どうしてもやって貰わなければならない他神との交渉やら、なんだかんだいってそれなりにお仕事やってる神様だ。

 

それに対面しているのは、もはやお馴染み仮面ライダーこと鷹村ハルカ。

 

後ろには巫女長も控えているが、ハルカの『ですよねー』と共に額を抑えている。

 

 

「まず言っておくが……私はもうお父様に会っただけでもメンタルやられかけたからな!

 嫁入り拒否られた娘が仕事の為に実家に行くってお前の予想以上に気まずいんだぞ!?」

 

「な、悩みが大人すぎて僕にはちょっと早いです、すいません。

 でも、ニニギとのアレコレについては大山津見神(オオヤマツミ)も猛抗議したんじゃ?」

 

 

日本神話の『天孫降臨』において、神武天皇の先祖である『邇邇芸命(ニニギノミコト)』は、オオヤマツミの二人の娘を嫁に勧められた。

 

姉のイワナガヒメ、妹の木花之佐久夜毘売(コノハナサクヤヒメ)の二人である。

 

しかし、ニニギノミコトは美人であるコノハナサクヤヒメだけを嫁に取り、イワナガヒメをオオヤマツミの元へ送り返した。

 

だが、これによりイワナガヒメを嫁に取る事で得られるはずだった『天孫(天皇一族)が岩のように永遠となるように』という加護は失われ、

 

以後、天孫の子孫の寿命は人と変わらぬようになってしまった、というのが比較的ポピュラーな日本神話の一節だ。

 

このあたりは一度イワナガヒメ解放時の話でもネタにしたが、作者が日本神話で好きなエピソードだからという理由で何度でも書かせてもらう。*1

 

 

「冷静に考えろ、父上がやったのは『私を嫁にしたら貰えるはずだった加護はやらん!』だ。

 なんだかんだサっちゃん*2の娘婿相手だから身内判定入ったのか対処としてはクソ甘い!

 普通だったらサっちゃんの嫁入りも解消かギリシャもビックリな神罰モンだろこれ!?

 あの面食い野郎*3の顔の皮ぐらい剥がして欲しいわ!!」

 

「それは、まあ、そうですね……」

 

 

ほがーっ!と叫びながら早口で言ってるからついつい勢いに押されて肯定している側面もあるが、言ってる事自体はそれほど間違っていない。

 

色々と神話の『都合』もあるのだろうが、オオヤマツミは確かにその辺の裁定が甘い。

 

もっというと、イワナガヒメとハルカがおずおずと『今後の為にツテのある神を紹介して欲しい』と頼みに行ったら……。

 

 

『まかせんしゃい!パパのコネ全部使って霊山同盟支部に百鬼夜行ならぬ百神夜行を並べて見せよう!!』

 

 

とか言い出したから冷静にするためにギルスヒールクロウ叩き込むハメになる程度には『身内』に甘い性格であった。

 

しかも身内判定がややガバいらしく、コノハナサクヤと結婚したニニギも身内判定に入った結果があの裁定なのだそうな。

 

 

さて、そんなわけで本題に戻ろう。

 

前述通り、イワナガヒメはほっとんど霊山から出てこないとはいえ仕事は真面目にこなすタイプの祭神だ。

 

そんな彼女が、実家帰省以上に拒否する案件はシンプル。

 

 

「イヤじゃー!!サっちゃんと会いそうな案件はイヤじゃー!!!」

 

「それ聞いたらコノハナサクヤ様泣きますよ……?」

 

 

『思いっきり女として幸せになった妹と顔合わせたくない』という、これまた非常に人間臭い理由であった。*4

 

 

「いいじゃん!私以外のイワナガヒメの分霊だっているんだしそっちに任せりゃいいじゃん!

 担当分野が『呪詛』と『若さ』の二点しかない分霊とかほっとけばいいじゃん!

 『岩・鉱石』系の分野任されたおかげでウハウハな分霊もいるの知ってんだぞテメー!*5

 しかも私と違って顔の造形整ってるしさぁ!神話級ブサイクどこいった!?

 ぶっ殺すぞ美人な方の私!ウンコからウンコへの転生を繰り返す感じの殺し方するぞ!」

 

「きゃあ、じぶんころし」

 

「ドラえもんのネタやってる場合か!こっちは数千年単位で先に結婚した妹と会いたくないんだよ!

 いや嫌ってはいないよ?嫌いとかじゃないの!嫌いとかじゃないけど……」

 

「ないけど?」

 

「出会い頭にリア充爆発マハムドオン一発ぐらいは誤射かなって」

 

「本当に嫌ってないんですよね?あと大問題になるからやめてくださいね?」

 

 

まあ、実際対面したらムドすら撃たないだろう、彼女はそういうタイプではない。

 

めっちゃ頑張って表情筋をひきつった笑みに固定しつつ*6、表向きだけは妹を気遣う態度をしつつ。

 

内心では「ウンコからウンコへの転生を繰り返せ!」と1秒に16連射のコマンド入力するだけだ。

 

 

「はぁー……この分だと【イワナガヒメ様のツテを使ってコノハナサクヤヒメ様系列の神社にツテ繋ぐ】のは無理、か」

 

「勘弁してくれ、サっちゃんの分霊と何度も会うとか胃がねじ切れるわ。

 30代独身OLの姉が20代新婚子持ちの妹と週一で会うよりキツいんだぞコレ」

 

「いやだから例えが大人すぎて僕にはわかりません、寧ろなんでイワナガヒメ様分かるんですか」

 

 

こう言っては何だが、イワナガヒメ信仰とコノハナサクヤヒメ信仰で言えば圧倒的に後者の方が手広く多い。

 

大抵は戦後にメシア教によって破壊しつくされた『跡地』でしかないが、中には霊能者としての一族を遺している神社もある。

 

奇跡的に『黒札』が一族に生まれた神社や寺というレアケースもある。信仰が広い日本神とのツテ繋ぎは、そのまま黒札とのツテ繋ぎにも繋がる。

 

といっても、別に今更黒札とのツテが欲しいというわけではない。

 

贅沢な話だが、ツテところか支部の中で仕事したり修行したり遊んだり*7してる黒札がいるのが霊山同盟支部なのだから。

 

じゃあなんでこんな提案をしにきたかといえば……。

 

 

「欲しいのは『横』の繋がりだろ?いつもながら律儀なこった……」

 

「ええ。はっきり言って、このまま『終末』が来た場合、穏健派が自動的に多数派になります。

 無論『黒札』という特権階級がいる以上、穏健派がトップになることはないでしょう。

 

 ……数十年、いや、百数十年は大丈夫です。数百年まで行くと怪しいですが」

 

 

ハルカは転生者ではない、当然、メガテン知識などカケラすらない。

 

しかし、たとえガイア連合があろうと遠い未来に『真女神転生Ⅱ』のような世界にならない保証はないのだ。

 

人は安心と安寧に流れるもの、秩序なくして生きられるほど強くはない。

 

問題は、その『秩序』を司る『最大手派閥』が『メシア教』な事だ。

 

黒札とて、何百年も生きて頑張ろう!なんて考えているのは希少種も希少種。

 

ショタオジを含めて生きようと思えば生きられる黒札はいるだろうが、『できる』と『やる』の間には分厚い壁がある。

 

 

「だからこそ、今のうちに非メシア教勢力の『横』の繋がりを少しでも太くしたいんです。

 まあ、これはこれで所詮日本神話勢力のパイプを太くする程度の悪あがきですけど……」

 

「ま、ホントにメシア教が覇権握る未来が来るなら、オマエの努力とか蹴っ飛ばされて終わりだもんな」

 

 

ぐうの音も出ない。とはいえ、黒札でもなければ転生者でもないハルカができる精いっぱいがこのラインなのだ。

 

というかこれ以上の事をしようとしたら下手すると黒札の不興を買うし、一部メシア教穏健派が反発しかねない。

 

イワナガヒメとコノハナサクヤヒメという『姉妹』の縁を使った『ちょっと大きめの女子会』ぐらいの緩い繋がり。

 

それがハルカの出してきた案だったのだ。

 

イワナガヒメが『女子会』なんてワードに縁のある神種(じんしゅ)ではなかったと言うだけで。

 

 

「……それでも」

 

「ん?」

 

「それでも、無駄な足搔きでも、足掻きます。それしかできませんから」

 

 

一瞬、そんなハルカを見たイワナガヒメが小さく目を見開き、それから「……はぁー」とため息を吐いた。

 

後ろで控えていた巫女長がほほ笑んでいる事に小さく舌打ちしつつ*8、戸棚に仕舞ってあった髪と筆を取り出す。

 

ハルカが「?」とクエスチョンマークを浮かべている間に、ものの数秒で紙の上に何かの文をさらさらと書き連ねた。

 

 

「私のMAGを墨にして書いた手紙だ。サっちゃんの高位分霊にアテがついたら届けてやれ。

 MAGの感覚で偽装じゃない事は分かるだろうし、内容は季節の挨拶程度に留めておいた。

 

 お前の言う『緩い繋がり』には十分だろ、寧ろ交渉だ取引だを匂わせたら重くなる」

 

「!? え、いいんですか!?」

 

「気が向いた時かつ高位分霊に絞った『文通』ならギリって話だからな!?

 そもそも、私より目端の利く『イワナガヒメの本体』が、もうツテ繋いでるかもしれない。

 その時は潔く諦めろよ?」

 

「……? いや、分霊ならともかく本体は1つじゃ……」

 

「石長比売とか磐長姫とか苔牟須売神とかいるけど全部イワナガヒメの本体だからな。

 日本神話はその辺雑だぞ。木花知流比売*9の分霊がイワナガヒメになったりもするし。*10

 というかそうであってほしい、私の本体はブサイクであってほしい。

 寧ろ美人ならなぜ私みたいなブサイクな分霊を作ったと呪詛と共に説教する」*11

 

「えぇ……」

 

 

イワナガヒメの外見や性格に盛大な差がでまくってるのはその影響も大きい。

 

『人の事を根っこでは信じてないが、人を知ろうとするし利と信仰の関係だけで満足している、ホストにちやほやされるのは好きだけどハマらないタイプ』なイワナガヒメもいれば*12

 

『人間への理解度が高すぎるせいで本人も人間臭く、ドライな関係でいようとしてるのに情が深いからついつい信じたり愛したりしてしまってガッツリ関わる』……霊山同盟支部のイワナガヒメのような者もいる。

 

分霊ですらやり方によってはカーミラとエリちゃんばりにズレまくるのがこの世界だ。*13

 

だからこそ、このイワナガヒメは意外なぐらいにお節介で、人間というモノを信じている。

 

 

「言っておくが、何枚も書かないからな。なるべく高位の分霊に回す分だけだ」

 

「はい!ありがとうございます。イワナガヒメ様!」

 

「……はあぁー……」

 

「?」

 

 

『素直に感謝されるとイヤミや皮肉も言いづらいんだよなぁ』という思いをたっぷりと込めたため息を吐くが、当の本人はイマイチ理解していない。

 

策謀・陰謀に対する嗅覚は鋭いくせに、こういう所が微妙にズレてる少年である。

 

……その後、この手紙*14はハルカから阿部を経由し、某浅間大社系列のコノハナサクヤヒメ*15に渡る事になるのだが、それはまた別のお話……。

 

 

*1
イワナガヒメから呪い食らいそうで怖いけど。

*2
コノハナサクヤヒメの事らしい。メガテンでは『コノハナサクヤ』。イワナガヒメの妹である。美人。

*3
ニニギノミコトの事らしい。

*4
ちなみにこういう『真面目だけど微妙にダメ人間感がある』側面もあって、何故か黒札からの評判はいい。

*5
『【カオ転三次】最速で出会った俺らのガイア連合活動記録』様に登場するイワナガヒメ。こっちのコレと違って普通に美人。

*6
自然な笑みにできるほどコミュ強ではない。

*7
某幼女ニキみたいに『遊びに来る』黒札までいる。多分最近はふぶ漬け出しても一息に飲んでからハルカやイチロウ探しに行く。幼女ニキだし(偏見)

*8
「お前こうなる事わかってたな?」「いえいえ、そんな」というやりとりがアイコンタクトと舌打ちだけで交わされている。

*9
コノハナチルヒメ。スサノオの義娘。イワナガヒメの別名という説もある。

*10
※あくまでこの小説独自の設定です。

*11
ブサイクブサイクと言っているが、なんだかんだ言って外見はわたモテのもこっち(黒木智子)が神御衣を着ている姿なので、別にとんでもないブサイクというわけではない。あくまで比較対象が神話級美人なコノハナサクヤヒメな事と、面食いニニギのやらかしで自分の顔面評価が底辺のその下まで死んでいるだけである。

*12
『【カオ転三次】最速で出会った俺らのガイア連合活動記録』様の所のイワナガヒメの性格への解説要約。

*13
カオス転生外伝で、そのせいで本霊通信が上手くいかない式神エリちゃんがいた。

*14
内容はすっげーフランクに言うと「季節の変わり目だけどそっちはどうよ」だの「お中元とかお歳暮用に住所だけは書いておくわ」だの「こっちはぼちぼちやってるわ」だのを多少丁寧に書いただけである。

*15
三度目ですが『【カオ転三次】最速で出会った俺らのガイア連合活動記録』様を参照。





見逃してなければ、現在の『最速で出会った俺らのガイア連合活動記録』様の現在(65話)の時系列は恐山攻略中~ICBM撃墜による半終末突入の間、だったはず。

で、ガイア連合が熱心に各地の日本神話の神々を解放している頃とすると、おおよそカオス転生本編の『★ガイア連合対メシア教対策総合雑談スレ その17+α』あたりと推測。

アメリカやべーことになってんぞ!?みたいな会話はなかったはずだから(見逃してたらゴメンナサイorz)、アメリカがクトゥルフ汚染される前。

つまり、『最速で(略)』様の65話の後にいあいあ汚染&ICBMで半終末に突入、その後ぐらいに今回のお話で出て来たお手紙がくそみそニキ経由で届く(かも?)……という感じです!多分!深夜の脳味噌だからなんか間違ってたらゴメンね!?

というわけでLilyala様、ちょっと使わせて頂きましたー!


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鷹村ハルカにできる事

 

さて、ご存じの通り月月火水木金金みたいな生活を中学生に上がる前から送っているハルカであるが。

 

今回は読者諸君も気になっているであろう、彼が仮面ライダーとして・支部長として活躍してきた中で出るであろう疑問の1つ。

 

『実際彼はどのぐらいの人脈や権限があり、どんな仕事をやっているのか』。

 

それについて、彼の仕事風景をちょくちょく切り取りながら解説していこうと思う。

 

 

 

【霊山同盟支部 支部長室 早朝~午前中】

 

 

いわずと知れた『霊山同盟支部』、S県のほぼ全体を直接的・間接的に管理している大規模支部である。

 

東海道そのものを霊道化した大型霊道『東海道霊道』を管理し、県内に元地方都市を加工した都市クラスのシェルターを多数確保。

 

東海道霊道を『本流』とし、そこから『支流』となる霊道を血管のように通すことで、県内に浅く広くインフラを構築。

 

支流の先には上記のような都市クラスのシェルターやメシア教のシェルター、ガイア連合に協力する悪魔を主とした『管理異界』を接続。

 

これらのシェルターや管理異界を『親藩・譜代・外様』とランク分けすることでシェルター規模での階級管理社会を終末後も維持。

 

さらに東海道霊道及び各地のシェルターの結界維持や、一部の選ばれたシェルターのみに設置される『ターミナルシステム』の審査権限。

 

 

即ち、終末後のS県各地ではハルカの一存でおおよその決定が纏まってしまう。シェルターの格付けも、ターミナルの有無も、支援物資の量も、インフラ支援の優先度も。*1

 

極端な事を言うと、ガイア連合と言う組織からの切り捨てすらハルカの一存で決まってしまうのだ。*2

 

 

例外は黒札個人の管理するシェルターだが……プラチナカードの特権として『黒札からの命令の拒否権』がある。*3

 

自分のシェルターを維持するためにハルカに協力を『要請』することはできでも、『命令』することはできない。

 

結果的に、霊山同盟支部が管理している区画は、社会構造こそ江戸時代みたいなことになってる以外は案外安定した秩序を保っている。

 

シェルターに階級制があるように、シェルター内の人間も『ガイアポイントカード』の色、そして『所属している部署』によって事実上の階級が決まっている。

 

支部長であるハルカ、そして霊山同盟支部所属の黒札たちが『一応の』最高責任者。*4

 

その下に支部の幹部筆頭である巫女長が続き、さらにその下に幹部たち。

 

さらにその下に各地の親藩・譜代シェルターの管理者や、戦闘班や支援班の隊長といった『派出所のトップ』や『支部の中間管理職』が続く。

 

そして、それらの下に下部組織である『スマートブレイン』の人間や、戦闘班や支援班の隊員、マナミの部下である支部の事務員等の平職員、となる。

 

ここまでが江戸幕府で言う『士分』に該当する。すなわち『覚醒者かつ霊山同盟支部の職員となった者』だ。

 

そして士農工商はなく、士分に相当する職員以上の者と『それ以外』が分けられている。

 

フリーランスのデビルバスターやメシア穏健派の人間、覚醒非覚醒問わない一般人、多神連合のシェルター所属の信徒等だ。

 

管理異界は『業務委託』のような扱いなので、異界の主に関しては『仕事を頼んではいるがあくまで交渉前提のビジネスライクな相手』という関係である。

 

 

……長々と終末後の霊山同盟支部に対して語ったが、上記のアレコレに該当する人間……。

 

すなわち、元S県と呼ばれていた地区の人間は最低でも数十万人いることを思い出していただきたい。

 

黒札や覚醒者まで含んだ数十万人規模の超大規模支部、その事実上のトップというのが鷹村ハルカの持つ『権限』なのだ。

 

その結果……。

 

 

「主殿、メシア穏健派の管理シェルターにて、潜り込んでいたらしき天使ドミニオンが信徒を焚きつけて反乱を……」

 

「何だよぉお、もおおお またかよぉおぉぉおおおお!」

 

 

抱え込んだ人間もシェルターも派閥も多すぎて、終末前も終末後もだいたいこんな光景が絶えないのがハルカである。

 

今日もまた、早朝から支部長室を飛び出してギルスレイダーに乗って件のシェルターに走っていった。

 

本人の精神的負担を除けば、時間的にも難易度的にも『朝飯前』の仕事ではあるが……。

 

 

 

 

【霊山同盟支部 支部長室 昼~夕方】

 

 

(ぷるるるるる、ぴっ)*5

「あ、もしもし九重さん*6ですか。はい、例のG3の海外輸出について。*7

 技術班からG3フレームのver2.8案が届きまして、その御連絡をば。

 アタッチメント等にマイナーチェンジを施し、現地仕様向けの改造がしやすくなると……」*8

 

 

(ぷるるるるるる、ぴっ)

「はいもしもし、鷹村です……あ、ミナミさんですか。

 え、ウチで扱ってる老化減退の霊水が欲しい?……恐山の若返りの水ではなく?

 ふむ、レベルダウン耐性を抽出すれば生体MAGの拡散を抑えられるかもしれない、と。*9

 わかりました。こちらでイワナガヒメ様に頼んで追加で用意できないか調べておきます」

 

 

(ぷるるるるるる、ぴっ)

「はいもしもし。 あ、カズフサさん。お久しぶりです。

 霊山同盟支部の戦闘班向け研修でも『例のビデオ』*10使う件ですけど、ええ、はい。

 限定的ですが採用することになりました。穏健派と溝が出来過ぎるのもマズいので。

 ここまで人数が増えると、メシア穏健派の分母も相応の規模になりますからね……。

 はい、万が一の時にメシア穏健派に『対処』する部隊の研修に使う予定です」

 

 

(ぷるるるるるる、ぴっ)

「はいもしもし。 ……(ぴっ)*11

 

「……あの、よろしいのですか?」

 

「いつもの『幼女案件』*12だからいいよ。どうせ明日あたり勝手に来るし*13

 

「は、はあ……」

 

 

(ぷるるるるるる、ぴっ)

「はいもしもし。 ……(ぴっ)」

 

「二回目!?」

 

「連絡先が大江山の鬼神サマだよ……あの鬼、大江山の管理異界担当で復活してから『ケンカしよーぜー!』って毎回誘ってくるんだもん……」

 

 

秘書についていたレムナントからのツッコミを受けつつも、両手で支部長の権限が必要な書類を捌く。

 

これらの会話は、通信装置を使った各地のシェルターや黒札とオンライン会議や電話交渉だ。

 

話す相手は大抵そのシェルターの黒札か、あるいは黒札から運営を任されている代理人。

 

ここで話した相手とのコネ1つだけでも、数えきれないほどの人間が欲しがるほどの人脈っぷりだ。

 

週末に突入する前から根気強く『横』の繋がりを作り、シノを中心とした技術班の技術交流希望を積極的に補佐・推奨した。

 

さらに特産物やオカルト製品の取引によって『取引先』という繋がりを各地に作り、浅く広く、霊山同盟支部そのものの繋がりを広げていく。

 

そうすれば、必然その『繋がり』をもつ霊山同盟支部の支部長であるハルカは、『物流』という流れからコネを繋ぐことができるのだ。

 

……そして、だからこそ。

 

ある意味この世界において最も面倒な事件に対して、ハルカは最適な手を打つ事ができた。

 

 

(ぷるるるるるる、ぴっ)

「はいもしもし……。師匠、例の『BC案件』ですか。

 やはりあのラインの合意でまとまったんですね、よかった」

 

 

ふぅ、と安堵のため息をつく音がした。ハルカにとって、終末後に起こった事件の中で1、2を争う大事件だったのだから。

 

被害は外様シェルター2つ、譜代シェルター1つ、管理異界2つに加え、支流霊道4本。

 

これだけの被害を叩きだした『犯人』への対処が今終わった、という阿部からの連絡であった。

 

 

「しかしまさか……僕を危険視した黒札からの破壊活動*14とか、シャレにならないんだけど」

 

「主殿を狙うのではなく、支流霊道の寸断によるインフラ破壊や、黒札のいないシェルターへの破壊工作……兵糧攻めをされた気分でしたね」

 

「あるいは近代のテロリズムだ。 ただ……」

 

 

首をかしげながら、既に『ガイア連合の幹部や盟主によって』対処された黒札の事を思い出す。

 

即座に阿部や流石兄弟、それ以外でも多くの黒札に連絡を取って、金もコネも総動員して調査開始。

 

主犯も黒札とはいえ多勢に無勢、これ以上の被害を出す前に式神と共に拘束された。

 

その後は霊山同盟支部所属の黒札一同を中心に、今回の件で間接的に被害を被った黒札*15の連名で山梨支部に『意見書』を提出。

 

鷹村ハルカも一応参戦し、他の黒札と協力して犯人を確保、事件は終息した。

 

 

「師匠の占いで犯人が『黒札』ってわかった時点で、手は思いついたからね。

 そも、黒札同士だって他の黒札へのスタンスは千差万別、十人十色だ。

 黒札同士の殺し合いが発生した例だってある以上、大規模支部への破壊工作は悪手だよ。

 どこを破壊したらどこに連鎖して誰にケンカ売るハメになるかわからないんだから」

 

「……ちなみにその、仮面ライダー的にはいいんですか、今回の対処法は……?」

 

「僕の中のライダー魂的なモノが『組織と協力するのはセーフ!』って言ってるからアリ。*16

 第一、僕を排除したいんなら、僕が今回やったのと同じことをすればいいのに……」

 

「同じこと、ですか?」

 

 

そうだよ、と返答してから、休憩がてらぬるくなった緑茶をぐびりと飲んで。

 

 

僕の排除論を山梨支部に提出して、ガイア連合の幹部の過半数ぐらいから賛成を貰えばいい

 

「……それは……難しいのでは?」

 

「うん。不可能じゃないけど、難しいとは思う。

 でもね、どこまでいってもテロや虐殺は『暴走』なんだよ。

 本気でガイア連合の事を考えるのなら、正当な手続きで排除するべきなんだ。

 ガイア連合そのものにツバを吐く、忘八者になるようなマネをせずに

 

「か、かなり辛辣ですね、主殿……」

 

「死者793名、負傷者3891名。多数のシェルターと支流霊道に重大な損傷。

 それだけの被害を『僕が気に入らない』なんて理由で出されれば腹も立つさ」

 

 

鷹村ハルカにどんな才能があるのか、と言われた時、巫女長は『政治家か新興宗教の教祖』と答えた。

 

人の心を惹き付け、組織を最適に運用する。その2点こそが鷹村ハルカの持って生まれた才能。

 

今回の場合は後者……組織の構造にダメージを与えることなく、捌きづらい案件をしっかりと処理した。

 

 

「それに、こういう『個人の暴走でガイア連合を巻き込んだ』事例は以前にあったらしいよ。

 それを聞いて、『前例』があるならそれに則った対処をするよう誘導できると思ったんだ」

 

「『前例』、ですか?」

 

「うん、『前例』。今頃あの黒札のお兄さんは……」

 

 

 

若干遠い目になりながら、阿部経由で知らされた、今日執行されるらしい『罰』の事を思い出す。

 

 

 

肉体的にも人格的にも性転換させられてる頃かな……

 

一体どんな『前例』なんですか!?

 

 

ゴトウにガイア連合の事をバラしたせいで、盛大に面倒な事態を引き起こした『自衛隊ニキ』。

 

彼の前提に則って、事件を引き起こした黒札は心身ともにチン〇とバイバイバタフリーすることになったそうな……。

 

なお、一般人相手でもやらかし過ぎた場合記憶消去からの脱退もあり得る*17のがガイア連合なので、今回の判決はかなりダダ甘のケースである。

 

*1
大半の黒札にとって顔も知らない現地人のシェルターがどうなろうとあんまり興味ないからね!

*2
ちなみにだいたいの場合やらかした元多神連合の神やら穏健派に潜伏してた過激派やらがこの切り捨ての対象になる。山梨支部に連絡とかしてたら絶対間に合わないし、黒札の許可が必要なら霊山同盟支部所属で何人もいるし。

*3
カオス転生外伝のプラチナカードの解説から。ちなみに『終末後はいくらか実装』とのことで、本小説では半終末時点でも『稀に』配布されていたモノとします。あるいはハルカ君自体が色々とイレギュラーなので『プラチナカードのテスター、もとい鉱山のカナリア』として扱われてた。 なおたぶんそういう役目に推薦したのはくそみそニキ。頭ダンブルドアはダテじゃない。

*4
ただし組織運営とかしたがらない黒札だらけなので、権力者としての責任とお仕事はだいたいハルカに丸投げされている。

*5
ターミナルシステムを利用した『終末後対応・ガイアチャットの音声通話機能拡張アプリ』を使ってる音。ちなみにシノの発明品であり、霊山同盟支部販売窓口にて有料配布中。 ただし最低でも小ターミナルを設置してるシェルター同士しか繋がらないので、実質黒札専用商品である。似たようなモノを自作してる技術部もいるだろうし。

*6
『【カオ転三次】故郷防衛を頑張る俺たち』に登場する『九重 静』。黒札である主人公の婚約者(後の妻)である現地霊能者である。

*7
『【カオ転三次】故郷防衛を頑張る俺たち』 近隣シェルターとの状況など 参照

*8
『G3砂漠用』等の仕様変更型が出る事は予想していたので、現地人技術者でも弄れる拡張性は残していたらしい。とはいえ『弄りやすい』かは別問題なので、次のバージョンアップでそのあたりに対応予定。 なお、ヒヒイロカネよりもG3砂漠型を含めた海外での運用データの方を喜ぶ&即反映するあたりがシノらしい。

*9
サボりや老化でのレベルダウンがある世界だが、これが実現すればそのレベルダウンをある程度抑えられるかもしれない。 ただし、仮にゲームで同じアイテムがあったら、真1や真2で言えば『歩いてる時に減少するMAGを一定時間減少』みたいな微妙な効果になる。

*10
とある転生者とメシアン嫁による、天使のNTRビデオレターその他の映像。ただし色々アレすぎて大の大人でも吐くレベルの内容。詳しく描写するとこの小説がR18になっちゃうからね!

*11
通話を切った音

*12
某幼女ニキによる定期襲来のこと。終末程度で収まるとも思えないし。

*13
ちなみに「霊山同盟支部かい?今から24時間後、支部長のプライベートをブチ殺しにいくぜ。 愚地独歩です」という内容だった。 一応『明日そっち行くわ』というアポ取りでもある。

*14
『【カオ転三次】現地民とのぐだぐだ小話』の魚無金剛氏(曰く「居住区近かったら手を出しかねない」)も含めて、ダークサマナー寄りのアライメントな黒札にはハルカを危険視する者もいる。 『やらかした』黒札も能力は相応以上に持っていたが、魚無金剛氏と違って理性が幾分緩めだった。

*15
そら黒札が霊山同盟支部に本気で破壊活動仕掛けたら外部への取引にもモロに影響が出るので、インフラ攻撃一発で霊山同盟支部所属の黒札や取引先の黒札全員が敵に回る。

*16
組織所属のライダーだって珍しくないご時世だし。

*17
カオス転生外伝『小ネタ リアルでエロゲ主人公をやる俺達』のドクオの発言より





解説・名も無き黒札


魚無金剛氏と同じく、ハルカとは致命的にソリが合わないダークサマナー寄りのアライメント持ち黒札。

メシア穏健派も大嫌い、現地人に契合する気も薄い、ガイア連合への帰属意識が高い、という割とそこそこいそうな価値観の持ち主。

彼の居住地が霊山同盟支部の管理区域(クソ広いけど)と隣接していたせいもあり、ハルカへの警戒と嫌悪が限界をぶっちぎり、テロリズム開始。

ハルカが対処するために出てきたら返り討ちにするための準備もしっかり仕込んであった。


……が、ハルカはゴ・バダー・バに対処するクウガばりに組織力をフル活用。

最初に霊山同盟支部所属の黒札、次に今回の件で間接的に被害を受けた取引先の黒札。

それらを経由して山梨支部や幹部たちに先手を打って根回し。拘束した時点で勝負がつく土壌を整えてから出撃してきた。

(ちなみに名も無き黒札さんが同じ根回しができるんなら本文通りハルカの排除論通せばいいだけなので、ハルカ排除論を通さず(通せず)テロに走った時点で負けが確定した)

殺さずに拘束して幹部に判決を任せる、ということをアピールしたこともあって、結構な人数の黒札がハルカと組んで襲撃。

しっかり山梨支部に引き渡され、○○ニキとよばれていた彼は『彼女』になった。

現在はとんでもない額になった借金を清算するためにどこかで頑張っている模様。詳しい事は特に決めていない。



『現地人とのぐだぐだ小話』の『3回目はもうベテラン 後編』のあとがきから着想を得たキャラクター。

Q 黒札が霊山同盟支部に無差別テロ仕掛けてきたらどうする?

A ハルカを合法的に排除できるんならそんな事する必要ない。
  つまり向こうは合法的な排除を諦めたので、こっちが法で殴る。
  黒札の暴走への罰則は自衛隊ニキと言う前例がいるので、
  それに則って心と体のチン〇をバイバイバタフリー。

Q ハルカ君を排除するにはどうすればいいの?

A 神主への恩返しになるレベルでガイア連合の運営を頑張る。
  当然幹部にもなって政治力も影響力も信用も積み上げていく。
  その上で上記の通りハルカ排除論を合法的に通す。
  こうすれば最低でもガイア連合から追放できる。

  あるいは正々堂々果たし状書いて合意の上で決闘して殺す。

Q というか黒札が暴走するのが短絡的すぎない?

A こういう『ご都合悪い主義』をハルカ君の運命力で発生させつつ、
  山梨支部の儀式で霊山同盟支部に押し付けるのが『防波堤』の役割です。
 
  by流石兄弟の報告書


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良い子には見せられない師匠の娯楽

 

(さーて……とりあえずBC案件で『見える範囲の』地雷は取り除いたし、しばらくはぶらっと羽を伸ばすか……)

 

 

『BC案件』から一週間ほど経過したある日、霊山同盟支部管理下のとあるシェルターに、ふらりと歩く阿部の姿があった。

 

良くも悪くもありふれた『外様シェルター』……霊山同盟支部所属の者以外は銀札未満の人間ばかり、銅札ですらエリート扱いされる、霊山同盟支部の最底辺。

 

管理担当はナンバーズ*1の一人『クアットロ』。

 

とはいえ、彼女も身分証として【金札】*2を所有している【特権階級側】であり、わざわざ外様シェルターにまでやってくる事はない。

 

結界内の治安維持を含めた『現地での運営』を担当しているのは地元の霊能組織所属だった面々であり、東海道霊道の整備が本格化した際、まとめて霊山同盟支部に屈服した面々である。

 

まあつまり、それなりによくある『黒札の寵愛が薄いけど規模はそれなりに大きいシェルター』の1つ、というわけだ。

 

元霊能組織所属だった現地の運営者も『銀札』、一般人から努力して覚醒し、霊山同盟支部の下部組織*3に何とか就職・所属できた人間が『銅札』。

 

それ以外の……大多数の『一般市民』は、カード無しの最下層階級として生きている。

 

親藩シェルターや譜代シェルターと違い、外様シェルターの環境は管理者によってそれなりに変わる。

 

共通点は『結界の端は普通に低レベルの悪魔が湧いてくる危険地帯で、運が悪いと強力な悪魔にいつ結界を突破されるか分からない』と言う点だ。

 

内部環境の方は、多神連合やメシア穏健派の管理下ならば『横』の繋がり、もしくは管理する悪魔/神の力で環境が激変しつつも整っていることが多い。

 

では、その2つに属さない外様シェルターはどういう状態なのかと言えば、元々その土地を管理していた組織や一族を霊山同盟支部が支援。

 

付近で管理異界を任されている神や悪魔*4等が祠等を立てて信仰を求める代わりに加護を与える。

 

その加護を元に何かしらの産業を興したり、もしくは親藩・譜代シェルターが費用対効果の関係で外部委託する事になった作業などを請け負う事で運営資金を稼いでいるのだ。

 

つまり、親藩・譜代・外様でピンキリあれど、個人用シェルターと違い最低限の産業が存在するのだ。*5

 

では、子受けどころか孫請けの産業が数少ない外貨獲得手段で*6外様シェルターの雰囲気がどうなっているかと言うと。

 

 

(ほとんど崩壊前のドヤ街、あるいは戦後の闇市なんだよなぁ)

 

 

小腹も空いてきたので、『占い』で『吉』と出た方角にあった食堂に入る。

 

元はコンビニか何かのテナントだったのだろうが、中に廃材で作ったテーブルとパイプ椅子を並べた食堂であった。*7

 

軽く『解析』をかけて、酒も飯も妙な混ぜ物をしてないことを確認。適当に注文*8をつつ席に座った。

 

東海道霊道のおかげで『崩壊前に近い土』はあるから野菜ぐらいは作れるし、未覚醒者でもできる日雇い労働もないことはない。*9

 

そして質を考慮しなければ、外様シェルターの覚醒者の比率は親藩・譜代シェルターよりだいぶ高いのだ。*10

 

そして危険区域が近いこともあって、東海道霊道の支流霊道を通って『出稼ぎ』にくるデビルバスターもそれなりにいる。

 

流石に結界から離れすぎるとLV20~30を超える悪魔がわらわら出てくる死地に突っ込んでしまうのだが、結界のすぐ外の湧き潰しや、結界から離れすぎない探索といった仕事はこなしきれないほど溢れている。

 

オカルトアイテムの作成といった比較的安全な覚醒者向けの仕事をするなら、親藩・譜代シェルターの方が求人は多い。

 

しかし、多少危険でも実入りのいい仕事を!となれば、外様シェルターに向かうのが最も『稼げる』のだ。

 

 

「はいよ、野菜あんかけ飯に酒ね!見ない顔だが、出稼ぎのデビルバスターかい?」

 

「どーも……ま、そんなところさ。こっちで悪魔狩りしてた方が稼げるんでね」

 

「お、ってことは『湧き潰し』の仕事をやってんのか、兄ちゃん凄腕だな!」

 

「兄ちゃんってトシでもないんだがな……」

 

 

中華鍋を振るいながら快活に話しかけてくる店主に返答しつつ、カウンターに置かれたあんかけ飯をレンゲで食べ始める。

 

今の阿部は、流れのデビルバスターに見えるよう、装備している武具やCOMPの形状も偽装している。

 

下手に黒札向けの装備で全身を固めて、LV90超えの威圧感をバラまきながら歩いたりしたら大パニックだ。

 

性能は普段使いしても問題なく、外見だけはLV15~20ぐらいのデビルバスターが使うモノを模した装備に身を包み。

 

スマートブレイン経由で購入できる対悪魔銃*11を腰に下げ、出稼ぎデビルバスターの上澄み程度をイメージして変装しているのである。

 

念には念を入れ、普段使っている黒札の証である『ブラックカード』とは別に、山梨支部に申請して発行してもらった『身分偽装用のゴールドカード』まで懐に潜ませている始末。

 

それもこれも、黒札と言う『特権階級すぎる立場』から離れて、こういう彼にとって落ち着く場所で過ごすための処世術だ。

 

この店のように廃虚を改造したような建物もあれば、屋台や露店を出す者、大きめのテント等で出店をやる者もいる。

 

軽犯罪の類は治安を考えれば絶えないだろうが、時折見回りに出ている『ガイアトルーパー』の姿も見えた。恐らくスマートブレインの社員だろう。

 

 

(アナライズに関してはジャミングをかけてあるから、量産型のデモニカに搭載されている程度のアナライズならば誤魔化せるけどな)

 

 

何せあのデモニカを設計した女が恋人なのだ、抜け道の10や20は思いつく。

 

時間は夕方、少し早めの夕飯時ということもあって、自分と同じように飯と酒を求めてやってくる労働者やデビルバスターも多い。

 

強いて言えば、デビルバスターは阿部から比較的遠い席を選び、彼の近くに座るのは覚醒者向けの結界内労働に従事している者ばかり、という差はあるが。

 

 

(見た所、テーブルやいすに修理の跡があるな。ま、こんな地域の飯屋じゃ喧嘩沙汰も絶えないんだろうが……目端の利くデビルバスターもそれなりにいるってことか)

 

 

しっかりと装備のチェックを怠らないデビルバスターであれば、阿部の装備が『外様シェルターに出稼ぎに来るデビルバスターの中でも上澄み』ということに気づく。

 

そして、この食堂で今日『運悪く』喧嘩沙汰になった場合、普段彼ら・彼女らが戦っている悪魔よりも一段強いデビルバスター*12にぶん殴られる危険性が出るわけで

 

そうなった場合、巻き込まれにくい遠めの席に座りつつ、いつでも店から逃げ出せるようにするのは正しい判断だ。

 

それを気にせず阿部の近くに座ってる客は、覚醒者だが結界内の労働だけをやっているか、あるいは非覚醒者向けの仕事で食いつないでるか……。

 

 

「……お兄さん、隣いいですかー♥」

 

(ほらきた)

 

 

上半身は下着か水着かと思うような肌色面積の衣服、下半身は太ももが良く見えるショートパンツ。

 

顔は案外悪くない、スタイルも同じく。*13そこに媚びるような笑みを浮かべた女性が阿部の隣に座って来た。

 

年齢は……20歳弱といったところか、女子高生と言うには大人びていて、女子大生と言うには子供っぽく見える外見だ。

 

 

「お兄さん、スゴ腕のデビルバスターなんですよね?もし懐が暖かいなら、もっと別の『暖まり方』も味わっていきません?」

 

「んー、どうするかな……まあ、確かに一仕事終えて、懐は温かいが……」

 

 

親藩シェルターならば、中にいる人間はほとんど全員が銅札以上だ。

 

譜代シェルターならば、『カード無し』はいても結界の縁にある危険地帯だけ。

 

しかし、この外様シェルターは前述通り、銀札ですらトップエリート扱い。銅札でも十分な成功者。

 

彼女の様に、管理者や権力者が一声上げれば結界の外に放り出される『戸籍に相当するカードを持たない市民』が多いのだ。

 

そうなると、日銭を稼ぎつつスマートブレイン支社やガイア連合派出所で行っている『覚醒修行』を受けて覚醒するのを待つしかないわけで。

 

では、未覚醒かつ外見が整っている彼女が、こういう治安の土地で手っ取り早く稼ぐとなれば……『コレ』、というわけだ。

 

 

「どうせなら一晩『楽しんで』いきませんか?ガイアポイントでも、マッカでも……。

 何なら『お試し』でタダでも構いませんよ♪」

 

「ふぅん、タダより高いモノはない、って言うけどねー?」

 

「だってお兄さん、装備も強そうですし、『流れ』ってことはブロンズより上*14……。

 シルバーぐらいは持ってそうですから♪『お得意様』になってくれたら最高ですし。

 恋人や奥さんがいるなら、二号さんとして囲ってくれてもいいですよ♪」*15

 

 

ガイア連合のシェルターにおいて、カードの有無は人権の有無だ。

 

銅札ですらあるとないとでは大違いで、カード無しは文字通り『いつ結界から追い出されて悪魔のエサになってもおかしくない』。

 

各シェルターの細かい管理は管理者・管理悪魔の裁量によるモノが大きい以上、彼女も『追放』された犯罪者がどうなったか、という『見せしめ』は体験している。

 

覚醒できなければどうなるか、人権(カード)が無ければどうなるか、金(マッカ)が尽きればどうなるか。

 

とっくの昔に心は折れて、『娼婦』としてふさわしい性格に仕上がっていた。

 

そして、そんな彼女を見ている阿部の内心は……。

 

 

 

(そう、これだよこれ……こういう退廃的なアバンチュールがしたくて態々俺は外様シェルターに来たんだよっ!!)

 

 

 

最高に最低な来訪理由をぶっちゃけていた。

 

外様シェルターでそれなりに腕の立つデビルバスターっぽい風貌でいれば、こういう女がそこそこの頻度で釣れる。

 

黒札を見せびらかして『差し出される』霊能一族の女を抱く、なんていうのは崩壊前に散々やってきた。

 

なんなら各地の霊能一族にそれなりに『種』を撒いており、認知と支援は最低限やってるだけの子供もそこそこいる。

 

重要なのはシチュエーション、崩壊後の人権ゆるキャラ大量発生してる環境だからこそ味わえる『娯楽』を味わいに来たのだ。

 

なお、恋人であるシノのコメントはシンプル。

 

 

 

『病気貰ってきたり他に本命作らないんなら、生きてるだけのオナ〇ールやダッ〇ワイフをコレクションするぐらい別にいいよ?』

 

阿部が阿部ならコイツもコイツであった。

 

なお、この忠告はしっかり守っており、目の前にいる彼女にもしっかりアナライズその他で解析。

 

悪魔が化けてるとかやっかいな『病気』持ちじゃない事を確認した後、彼女にも食事を奢って「その分サービス期待してるぜ?」と自然に口説きつつ。

 

 

酒を奢った彼女がほろよい程度に気分が良くなってきた当たりで*16、腰に手を回して裏路地の安ホテルへと消えていったのだった……。

 

 

*1
霊山同盟支部の事務班担当式神の一人。KSJ研究所製であり、色々事情があって美少女型に改造されて送られてきた。外見はリリカルなのはシリーズの【クアットロ】。

*2
一部の事務ガチ勢式神は【プラチナカード】すら所有しているが、流石に支部の事務担当式神全員にプラチナカードをバラまくわけにもいかないため、霊山同盟支部所属の黒札が協力して金札を申請して渡している。

*3
主にシノが社長をやっている『スマートブレイン』等が該当。一応各地に支社があり、オカルトアイテムの販売を行っている

*4
大抵は何らかの日本神話系の神の分霊、もしくは多神連合に加入しそこねたマイナーな神や悪魔。後者の場合は多神連合所属の神と違って下手な野心を持たないので(自分より強い多神連合の神がやらかしてどうなるかを頻繁に見てるし)逆に安定している。

*5
AV事業始める前のドクオシェルターが典型例。生き残れたけどその先どうする?みたいな状態よりはマシ、というのが外様シェルター。

*6
ついでに言うと、たとえLV1でも覚醒者が崩壊前の国家資格以上に最優先で採用される。

*7
雰囲気は『AKIRA』で廃虚になった後のネオ東京等が近い。大佐が入って金じゃなく抗生物質等で支払いを求められたあの店。

*8
ちなみに食い逃げ防止に全て先払いである。支払いはマッカかガイアポイント。阿部はマッカで支払った。

*9
とはいえ賃金は覚醒者向けの仕事よりだいぶ安い。

*10
治安が悪化する・低レベルの悪魔と遭遇しやすい状態が続く、などの条件で覚醒者の比率が増えやすい。 byマキマさん とはいえハルカは意図的にそういう狙いで外様シェルターを運用しているわけではなく、これしか方法がねぇ!というルートを通ったら偶然効率的に覚醒者ができる環境が整っただけだ。

*11
GM-01『スコーピオン』。ただし外見は同じでも、ハイエンドパーツやリミッター解除によって高レベル悪魔相手にも使えるようにした改造銃。

*12
実際は1段ところか100段でも足りない

*13
比較対象が美人揃いな式神だの高レベル女覚醒者だのになってるだけで、恐らく崩壊前なら中堅アイドルグループに入れる程度には美人。

*14
カード無しはシェルターから追放される事はあっても移住の許可が下りない。シェルター間の護衛や輸送だってタダじゃないのだ。

*15
ちなみにカオ転外伝『小ネタ 黒札の命令と対応について』で、ほぼ同じセリフを言うカード無しの女性がいるので、別に珍しい事じゃないらしい。

*16
当然阿部はシラフ。





ちなみに崩壊後の序盤こそ、くそみそニキはハルカ君のことや霊山同盟支部の事に罪悪感も感じていました。

……が、最近(崩壊してから1~3年後ぐらい)は「まあなるようになるか」ぐらいのテンションでそれなりにエンジョイライフに復帰しています。

根っこが『俺達』だし、本人も「いやでも俺、なんだかんだ言いつつ世界救うために頑張ったし、いいんじゃね?」って割り切り始めたので。


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強くなるという事(前編)

 

『強さ』とはなんだろう。

 

鷹村ハルカは、ヒマさえあればそんな疑問を悩み続けて来た。

 

 

武を鍛え極める事だろうか?

 

魔を学び修める事だろうか?

 

財を成し集める事だろうか?

 

権を求め高める事だろうか?

 

 

鷹村ハルカは、『現地人』というカテゴリで言えば間違いなくこの4つを規格外なほどに『得てしまった』存在だ。

 

だがしかし、どれだけ『力』を得ても、彼は自分が『強くなった』等とは思えない。

 

 

骨と関節を圧し折られた右腕を左腕で握り、無理矢理な骨接ぎで整え、素の自己治癒だけで骨を再生する。

 

腕を切り落とされたり内蔵に穴が開いた程度なら問題なく活動できる、痛みは必要に応じて無視できる。*1

 

生体装甲は4割が破損、順次再生しているが、このギルスの再生能力をもってしても完全再生が追いつかない。

 

即ち『ギルスを削りきって殺せるだけの相手と戦っている』事になるのだが……。

 

 

 

「流石に粘るなぁ、仮面ライダぁー……!魔羅がいきり立つ!!」

 

「立つモンねぇだろ。だがしかしここまで消耗するのは『予知』に無かったな。

 やっぱりこのレベルの運命力相手じゃ予知も覆されるか」

 

『常に数秒先の未来を見つつ戦術を立てても凌がれるあたり、彼の成長は予想以上だぞ、阿部』

 

 

【鬼神 クビヅカダイミョウジン LV82】

 

【超人 アベハルアキ  LV99】

 

【ペルソナ アベノセイメイ LV108】

 

 

かつて大江山にてハルカと激闘を繰り広げた悪鬼が鬼神へと変じた鬼。

 

現代の陰陽師でも10指、下手をすれば5指に入る*2術師と、その影(ペルソナ)である平安最強の陰陽師。

 

そして彼らを古都を守る【四神】*3がそれを援護する鉄壁の布陣。

 

おまけに戦場は【古都】の一角である【大江山】。地の利まで向こうに味方している。

 

 

(火傷、凍傷、細かな骨折、裂傷、打撲、内蔵の損傷、呪詛による肉体の寝食、MAGの欠乏。

 他、解析できる範疇で全身が負傷、だが戦闘続行可能。 つまり一切問題なし

 

 

始まりは、何度も大江山から届く果たし状(ラブコール)。

 

かつて大江山で討伐された酒呑童子は、阿部の手によって【鬼神 クビヅカダイミョウジン】として再召喚され、式神ボディというセーフティをつけられて大江山異界の担当となった。

 

放っておいて他の邪鬼や妖鬼が主になるよりは、まだ『一度負かした』事で話ができるようになったコイツの方がましだ、という判断である。

 

事実、大江山は修羅勢の一部が『現代の鬼退治』に挑戦するための修行場であり、ここでだけ生産できる霊酒『神便鬼毒酒』の生産拠点であり。

 

後にS県各地に作る事になる『管理異界』のモデルケースとしての実験場としても、上々の成果を出し続けた。

 

唯一の問題は、霊山同盟支部にしつこいほど連絡を取ってくるヤツランキング第一位に、この鬼神が常時君臨している事である。*4

 

ともあれ、定期的にハルカも自身の修行とクビヅカダイミョウジンの息抜きをかねた殴り合いに挑んでいたのだが……。

 

 

『(試練を)やらないか』

 

 

大江山異界深部にある『決闘場』に、クビヅカダイミョウジンと共にガチ装備*5の阿部がいて上記のセリフを放った時点で、ハルカは何度目かも分からない死の予感を感じ取った。

 

そこからは言うまでも無く、阿部はペルソナと式神を展開して完全に後衛支援の体勢。

 

クビヅカダイミョウジンは嬉々として最前線に殴り込み、ギルスと血みどろの削り合い。

 

純粋な肉体のスペックで言えば、この面々の中でギルスは頭2つほど抜けてはいる。*6

 

が、『それだけ』で押し切れるほど、この世界の闘争はシンプルではない。

 

 

「アッハッハァ!!『マッスルパンチ』*7ォ!!」

 

「づっ……『ギルスクロウ』!『狂乱の剛爪』*8!!」

 

 

両腕の内部に格納した武器型式神『ギルスクロウ』を出現させ、スキルを乗せた連撃でクビヅカダイミョウジンの打撃を相殺。

 

当然、そこから互いに『次』の行動を起こすが。

 

 

「『獣の眼光』*9!『ライダーキック』!!」

 

「がはぁ!?」

 

 

即座に『獣の眼光』を切って、回し蹴りタイプのライダーキック*10でクビヅカダイミョウジンを蹴り飛ばす。

 

そして二回目の行動で即座に後退、直後、一瞬前まで彼がいた場所に『ジオバリオン』*11と『ムドバリオン』(敵単体に呪殺属性の特大ダメージ&確率で即死)が降って来た。

 

消費の関係であまり多様出来ない『眼光』系スキルを切っても、一気に畳みかけるどころか回避を念頭におかなければならない。

 

威力が一番乗るハイキックではなく、ややミドルキック気味に放ったためか、クビヅカダイミョウジンの方も「ぺっ!」と折れた奥歯を吐きだして構え直す。

 

 

……そう、『ミドルキックが当たった』のに『奥歯が折れた』。

 

同じ体格同士だったら、腰や脇腹あたりに当たりそうな高さの攻撃で、だ。

 

クビヅカダイミョウジンの『今の姿』も、ギルスにとってやりづらさを加速させていた。

 

 

「……何度やってもキツい!!」

 

「まあ、身長差エグすぎて明らかに殴りにくそうだからなぁ」

 

「それもあるけど!論理感的に!!」

 

 

そう、元酒呑童子・現首塚大明神は、ガイア連合技術部の作った式神ボディに対応した外見になっている。

 

さて、読者諸君は少し考えてもらいたい。

 

あの変態技術者共が、こんな機会にマトモな外見の式神ボディを作ってよこすだろうか?

 

結論から言おう、んなわきゃない。

 

 

 

「なんで角の生えた幼女!?ものすごく殴りにくいんだよ!!」

 

「いやー、俺もなんでこうなったのかサッパリだ(ぐびり)」

 

「回復アイテムとして魔石や宝玉じゃなくて態々霊酒を持ち込んでまで酒を飲むな!」

 

(そう言いながら側頭部にライダーキック叩き込んでるあたり、もうだいぶ慣れてそうだけどな)

 

(どこまでいっても鬼相手ですし容赦なくブチのめすぐらいでいいと思いますけどね)

 

 

人の頭よりも長そうな二本角、茶髪のロングヘアーをなびかせ、何故か髪にリボンまで結ばれて。

 

白いノースリーブに紫色のロングスカート、腰には霊酒のたっぷり詰まったひょうたんをつる下げた幼女鬼がそこにいた。

 

黒札ならば「『東方』の『萃香』じゃねーか!」と口をそろえて言う外見である。*12

 

ちなみに付属の衣服は頑丈なだけでなくバラバラにしても再生する。

 

おまけに洗濯いらずということもあり便利なので着っぱなしなだけで、決してクビヅカダイミョウジンが女装趣味というわけではない。

 

そして、これだけ小柄なボディなのにギルスと肉弾戦ができるほど精密かつ強靭な調整がされているあたり、使われている技術自体はガチもガチだ。

 

 

「まあ俺の死体を材料にしたらしいから強靭なのは当然だけどな!」

 

「LV120超えを記録した妖鬼の肉体を元にした式神ボディとかさぁ……!!」

 

 

大江山の鬼退治の際、阿部は元の巨鬼からすればごくわずかと言える量だが、酒呑童子のフォルマやデビルソースの回収に成功していた。

 

それを山梨支部の技術部に持ち込み、人工筋肉やスキルカード、そしてこの『伊吹萃香ボディ』の製造に使われたのである。

 

当然、クビヅカダイミョウジンとの相性はバツグン。体格が大幅に変わったのに違和感なく動けている。

 

ちなみに、こういう会話をしている間もギルスとクビヅカダイミョウジンは盛大に殴り合っている。

 

そこらの悪魔なら激突の余波だけで粉々になるような殴り合いだ。

 

 

「クビヅカダイミョウジンが粘り続ければ、お前は『超変身』を使う時間が取れない。

 四神は援護に専念できるし、俺とアベノセイメイも火力役を担当するだけでいい。

 タイマンならお前が勝つんだろうが……ま、これもデビルサマナーの強みってわけだ」

 

「ちぃッ……!!」

 

 

なんとかクビヅカダイミョウジンを振り切って超変身を使おうとするが、そのスキをきっちり阿部とアベノセイメイが埋めてくる。

 

多少のレベル・スペックの差は四神によるバフデバフで埋められてしまう。

 

後衛を先に潰そうにも四神を盾にして時間を稼ぎ、またクビヅカダイミョウジンが割り込んで、その間に蘇生と回復で建て直される。

 

ギルスも継戦能力と生存能力に長けた前衛ではあるが、単独で戦い続けて勝機が見えてくる状況ではなかった。

 

そして、こういったギリギリの戦闘というものは、ほんの小さな事で拮抗が崩れる。

 

クビヅカダイミョウジンの攻撃を後退して避けようとした瞬間、ギルスの足が突然上がらなくなった

 

 

「……!?(右足の、足首から先だけ凍って!?)」

 

「しゃらあぁ!!」

 

「ぶぐっ!?」

 

 

派手な魔法だとスキをついてもギルスは確実に避けると判断した阿部は、ここにきて初歩的な魔法である『ブフ』を範囲を絞って発動。

 

ギルスの足元の地面から発生させることで、回避するために後退する一瞬だけ右足首から下を凍結させたのだ。

 

当然、そのスキを逃すクビヅカダイミョウジンではない。小さな体が跳躍し、飛び回し蹴りが顔面を捉える。

 

 

「しゃあ!顔面粉砕コォース!!」

 

「ぐ、ぅっ…!?(まずい、すぐ建て直さないと『次』が……)」

 

『【ムドバリオン】!』

 

 

強烈な一撃で脳を揺らされても次の一手を判断できるのは流石と言った所だが、アベノセイメイの方が一瞬だけ早かった。

 

最上級の呪詛の塊が地を這うように放たれて、ギルスの足元に到達した瞬間、間欠泉のように吹き上がる。

 

2mを超える長身であるギルスの体が、まるで全力で蹴り上げたサッカーボールのように宙を舞い、地面にたたきつけられた。

 

 

「がっ……ぅ、お……!?」

(今の、明らかに、『殺意』が……!?)

 

 

先ほどまでの『模擬戦』の延長線上にある攻撃ではない。

 

ギルス/ハルカも相応以上の修羅場を超えて来た身だ、殺気や殺意を感じ取る感覚は異常なほどに研ぎ澄まされている。

 

特に『呪殺』系の魔法は分かりやすい、込められている呪いの種類や術者の感情を肌で感じる事ができるからだ。

 

 

「なんの、つもりだ、師匠ッ……!」

 

「……流石に気づくか。立て、そして構えろハルカ」

 

 

全身を襲う呪殺の力を振りほどきながら、肉体を再生させつつ立ち上がるギルス。

 

あくまでいつも通りの表情と雰囲気、しかし、それは『淡々と敵を処理するときのいつも通り』な阿部。

 

クビヅカダイミョウジンは戦闘を楽しんでいるだけなので論外だが、阿部の変化は顕著であった。

 

そして、それは阿部のペルソナであるアベノセイメイにも伝番する。

 

クビヅカダイミョウジンがストッパーにならないのは分かり切っている。

 

この3人は、確実に自分(ギルス)を殺しにくる……そう確信するのに十分な根拠であった。

 

 

「今のお前は強くなりすぎた、俺の『予知』『占術』でも十分に見通せるとは言い難い」

 

 

阿部の愛用する武器である戦闘用錫杖を構え直し、次の魔法を込めながら言い放つ。

 

 

「お前が『この先の人類に必要なのか』……俺自身の目で、見定めさせてもらう。

 

 ……『マハザンバリオン』*13ッ!!」

 

「う、おおおおぉぉぉ!!?」

 

 

迫りくる特大の衝撃波の嵐が、ギルス/ハルカの体を盛大に吹き飛ばした。

 

*1
なお痛覚の遮断機能とかがあるわけじゃなく、もんのすごいやせ我慢である。

*2
なおトップをショタオジが独走、2~10位は恐らく陰陽師系の黒札で埋められている。

*3
青龍、朱雀、白虎、玄武の4体。阿部の仲魔であり式神。

*4
ちなみに二位は幼女ネキで、三位がS県外部の仕事を引き受けた時の伊予島杏。

*5
戦闘用の錫杖、技術部で作った最高級装備である法衣、さらに管等の隠しアイテムが盛りだくさん。

*6
純粋に高レベル&高品質な前衛型なので、運以外のステータス、特に力・耐・速はアホほど高い。というより運を1固定になるほど削ってその分他に注ぎ込んでる疑惑がある。

*7
敵単体に中~特大威力の物理攻撃。自身の残りHPに応じて威力が決定。

*8
敵全体にランダムで2〜4回大威力の物理属性攻撃

*9
行動回数を2回増やす。

*10
仮面ライダーカブトのライダーキックに近い。

*11
敵単体に電撃属性の特大ダメージ。

*12
『東方project』の『伊吹萃香』のこと。公式低身長の鬼である。

*13
敵全体に衝撃属性の特大ダメージ



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強くなるという事(中編)

 

【試練の3日前 ガイア連合山梨支部 会議室】

 

 

「……アイツに対する黒札の意見が割れつつある、か」

 

「ああ。だけどその顔を見るに『予想通り』って所かな、君にとっては。

 あるいは『予言通り』? ……どちらでも同じか」

 

「そこまでピンズドじゃないさ。予想の範囲内に収まってるってだけだ」

 

 

ガイア連合山梨支部の中でも、特に防諜を意識している箇所がいくつか存在する。

 

その中の一つがこの『会議室』であり、各種結界や加護を用いた防諜でガチガチに守られた一室だ。*1

 

この場にいる人影は2つ、どちらもガイア連合では上澄みも上澄みな実力者二名。*2

 

片方はガイア連合のトップ、現代最強の霊能力者。

 

神主、ショタオジ、麻倉ハ〇と様々な呼び名も高き【峰津院 堂満】。

 

もう片方は、その神主に占術・予言・予知『だけ』は上回るのではないか?とまで言われた現代の千里眼。

 

平安最強の陰陽師・安倍晴明の転生体。くそみそニキこと破界僧【阿部清明】。*3

 

絵面だけ見れば一部のお姉さま方が喜びそうなイイ男と外見美少年の邂逅なのだが、本人たちは至って真面目である。

 

 

「古参組で言えば、霊視ニキや狩人ニキ、あとやる夫は肯定・擁護組だな」

 

「現地人に肩入れしてる黒札筆頭みたいな所あるからね、あの子の出自を考えても擁護に回るのは予想できていた」

 

 

ガイア連合と同等かそれ以上に恐山に肩入れしているフシがある霊視ニキや、アメリカに凸ってTSした親友を救いつつアメリカ国民の救援をやっていた狩人ニキはハルカの存在に肯定的だ。

 

元々彼に力を与えたのは阿部と山梨支部の一部式神技術者であり、その後の動きも基本的にガイア連合に多くの利益をもたらしている。

 

その最たるものが『山梨支部に降りかかる災厄を引き受けるサンドバッグ』である霊山同盟支部の存在なのは、ハルカにとって皮肉極まりないが。*4

 

 

「中立、あるいは保留なのが美波*5……あと、千川*6のヤツも対応保留だったな」

 

「美波からすれば『個人的には擁護してあげたいけど立場上擁護できない』からね。*7

 ちひろの方は……ワルボウやオザワと比べればマトモじゃない?って言い切ったよ」*8

 

「良くも悪くも『肩入れもしないが排除もしない』で分かりやすいなアイツ」

 

 

そう、ここまでは問題ない。この面々やこれらと近い感性の黒札からすれば、ハルカは『ちょっと手助けするか遠い所から応援してるかノータッチ』当たりの対応で済む。

 

問題は『ダークサマナー寄りの価値観を持った俺達』や『ガイア連合の黒札という身内以外を敵視している俺達』である。

 

 

「前者はハルカとの人間的な相性が水と油だ、どうやっても『BC案件』*9の様にモメる。

 後者はガイア連合内部に黒札じゃないのにとんでもない戦力があるのが不安で仕方ない」

 

「後者に関してはスティーヴンや明けの明星がいる時点で今更だけどね」

 

「ハルカよりよっぽどリスキーなんだよなぁ。

 だがまあ、それでもまだマシだ。後者は言っちまえば身内以外に厳しいだけだ。

 こういう奴らはハルカだけじゃなくメシアにも根願寺にも多神連合にも厳しい。

 なんなら現地人を人間扱いしてないタイプだ。ハルカを狙い撃ちにする可能性は低い」

 

 

後者の連中というのは、よーするに『黒札にあらずんば人にあらず』的な思想の持主とも言う。

 

覚醒者としての質はピンからキリまでだし、なんなら未覚醒でガイア連合のおんぶにだっこな黒札ニートまでいるが、言ってしまえば悪い意味で『俺ら』らしい集団だ。

 

こういう面々は黒札以外の全方位を敵視しているので、ハルカ『だけ』に何かする事もないのである。

 

問題は前者……黒札の中でもダーティな手段を好む趣向の持ち主とか、

 

ガイア連合に属する前からダークサマナー含めた反社会的勢力所属だったりとか、

 

前世の悪魔が邪神・悪神系でその影響が現在の人格にもモロに影響してたりとか、そういう面々だ。

 

 

「『後者』は感情論10割な事が多いが、『前者』はそこんところ微妙でなぁ。

 純粋にガイア連合がこんな強者を『作ってしまった』事へのリスクを考えるヤツ、*10

 本人はリスクヘッジのつもりだが明らかに私情と個人的な嫌悪が入りまくりのヤツ、*11

 そもそもお人好しとか善人が大嫌いだからその権化みたいなハルカを嫌ってるヤツ*12

 

「要するに『鷹村ハルカと気が合わない』以外の共通点が無いわけだ。

 そして、『前者』の面々と違って鷹村ハルカ個人を狙って不満を零している、と」

 

 

サタンを討つためにありとあらゆる方法でギルスの戦闘を配信して元気玉(スパチャ)を募った弊害がここにきて出始めた。

 

あの時にギルスを応援していた人間や、利害を考えて支援した人間はまだいい。

 

あの中継を見て『世界を救ってるのは分かるけどヒーロー気取りが気に入らない』が理性を上回ってしまった人間が黒札にもそこそこいるのだ。

 

それが善性・英雄性への嫌悪なのか、ああなれなかった己を認めたくないが故の嫉妬なのかは置いておくとしても。

 

 

「あと、メシア教ギルス派なんてモンまで誕生したからメシア教嫌いのも意見が割と割れてる」

 テンプルナイト・サチコがギルスを持ち上げてたら敵に回ってたからまだマシだけどな。

 ……まあ、纏めると『この意見対立が諍いになるまえに何かしらケリをつけたい』」

 

「へぇ……ちなみに腹案は?」

 

「や、シンプルもシンプルだよ。要は利害論が2で感情論が8なのがこの問題だ。

 なら、比較的冷静に利害語ってる人間には『排除するのが割に合わない』と思ってもらう。

 感情で突っ走るヤツは……『突っ走っても排除できない』と身に染みて分かってもらおう。

 幸い、BC案件を起こしたアイツのおかげで『楔』は打てたからな」

 

 

『BC案件』を起こした黒札は、レベル的にも経験的にも修羅勢の一角を名乗るのにふさわしい実力者であった。*13

 

そんな黒札ですら、阿部や流石兄弟に居場所さえ割られればギルスの殴り込みで鎮圧されている。*14

 

つまり、ハルカ/ギルスより明確に強い運命愛され勢の黒札はともかく、ただ単に強い『だけ』の修羅勢では既にハルカ/ギルスを討ち取るのは不可能に近いのだ。

 

十重二十重の対策と策略を練ろうと『ここぞという時に』逆転の一手を打たれてひっくり返されて敗北する。

 

悪意を持ってハルカと相対すればするほど、運命の切り札は最後の最後でハルカの手元に来る。

 

ショタオジですら『自分が悪堕ちしてたらワンチャン掴まれるかもしれない』と警戒する程度には、ハルカの運命力『は』とんでもないのだから。

 

 

「それをを全員に理解させるために、俺が用意できる限りの手札を揃えてアイツにぶつける。

 言っちゃなんだが、ギリギリ『運命愛され勢』に踏み込む程度には強いという自負もある。*15

 BC案件のアイツどころか俺でも勝てないとなれば、大半の奴は手を出す事はなくなる。

 自分じゃ勝てないんだからな。愚痴を垂れるみたいにハルカ危険論を説くのが精々だろ」

 

「実際、黒札にとっては危険ではあるよ。

 同時に、僕らにとってこの上なく便利でもある」

 

「まあ、な。黒札がアレな事したら、裁けるのはガイア連合内だと黒札だけだ。

 とはいえ、黒札同士の殺し合いが頻発したり、ショタオジが何度も出張るのも非効率的。

 だからこそ、アイツという『黒札相手の鉄砲玉』は、管理する側からすれば便利だ。

 ……自分の手を汚さなくても済む、って点も大きい」

 

「……仮面ライダーというより魔進チェイサー*16になって来たよね、彼」

 

「か、仮面ライダーチェイサー*17になるかもしれないし……」

 

 

ともあれ、これにて方針は決まった。

 

阿部の全力をもってハルカを攻撃し、それを撃退させることで『暴走する黒札への抑止力』として完成させる。

 

だからこそ、ショタオジは1つだけ阿部に質問をした。

 

 

「……ところで、君が勝ってしまった場合はどうするんだい?」

 

「うん?そうだな、まあいくつか対処策は思い浮かぶが……」

 

 

ふむ、と顎に手を当てて考えてから、事も無さげに出てきた返答は。

 

 

「最悪ハルカは始末する。別の抑止力を育てる事にしよう」

 

「……僕も転生者じゃない人間や悪魔相手にはそれなりにドライだという自覚はあるけどね。

 

 君ほど人でなしにはなれないと常々思うよ」

 

 

電脳世界の魔人アリスの事といい、恐山の長老やゴトウといい、ショタオジは黒札以外には排他的に見えて以外と色々お人好しだ。 

 

そして、ショタオジからすれば阿部とハルカの関係は自分にとっての『黒札以外の親しい人間・情の湧いた相手』に該当する。*18

 

情の湧いた相手だろうと『まあ必要なら最悪殺してリセマラだな』と言い切れる阿部は、ショタオジからすれば下手な悪党よりもヤバい認定である。*19

 

 

そして阿部は準備した、それはもうガッチガチに準備した。

 

ギルスの設計図もアナライズデータも手元にある、フォームチェンジはエクシードギルス以外はやや不明瞭だが戦闘データもある。

 

それらを元に、それこそかつて短期間でLV99に上げるために山梨支部のダンジョン深層に籠ってた頃レベルで対策した結果……。

 

 

 

 

【現在 大江山決闘場】

 

 

 

 

 

「がはっ、はあ、はあっ、けひゅ……!」

 

(……ちょっと準備整え過ぎたか?)

 

 

生体装甲は7割が損傷、式神パーツの筋肉・骨格は重度から軽度まで全身満遍なく破損・欠損。

 

体内に埋め込んである武器型式神『ギルスクロウ/ギルスフィーラー』と『ギルスヒールクロウ』はMAG供給不足により機能不全。

 

自己再生能力もMAG不足により機能不全を起こし、先ほどから傷の直りがまばらになっている。

 

これによって内蔵機能にも影響が出始めたようで、悪魔だったとしても既に肉体を維持できなくなりMAGとなって霧散してるレベルのダメージだ。

 

女神転生と言うゲームで言えば、既にHPがマイナスに突入しているというバグとしか思えない状態である。

 

 

「んんーぅ、流石だ『仮面ライダー』。これほどまでに粘るとは」

 

「いや、逆にお前はなんでパっと受け入れられてるんだよ」

 

「ん?ふふ、当たり前だ。 アイツは常人(おまえら)とは違う。

 それはレベルだの、霊的な才能だの、魂の強度だの、そんな無粋な基準ではない。

 今も俺を捉えているこの拳の重さが、それを証明している!」

 

 

そう、そんな状態になってもなお、ギルスは膝すらついていない。

 

みしっ、ぎしっ、と嫌な音をたてる両足で地面を踏みしめて、クビヅカダイミョウジンと殴り合う。

 

「ヴォアアアアァ!!」「あっはははははは!!」

 

 

獣のような咆哮と、心底楽しそうな喜悦の声が、拳の衝突音と共に野蛮すぎるロックサウンドを奏でているのだ。

 

 

「コイツは『英雄』だ!先天的にも後天的にも!!

 そうとしか生きられん!そういう天命を与えられている!

 神や悪魔にではない!世界とコイツ自身が選び取った天命なのだ!

 運命も信念も、全てがコイツに波乱万丈の生を約束した!

 

 ご存じの通り……コイツはヒーローだ!相応しい!それでいい!最高だ!」

 

「……それは、俺がそう導いたからだ」

 

「違うね、断じて違う!寧ろ貴様は舞台装置として『導かれた』側だ!断言してもいい!」

 

 

何?と阿部が疑問符を発するのと同時に、ギルスのアッパーカットだクビヅカダイミョウジンのアゴを捉える。

 

ゴキッ、と音を立ててその顎と首の骨が圧し折れるが、すぐさま阿部のディアラハンによって再生。

 

のけ反った体を元に戻す勢いで腹目掛けて頭突きを叩き込むものの、それを膝蹴りで迎撃される。

 

ギルスの膝とクビヅカダイミョウジンの額が激突し、クビヅカダイミョウジンの額だけが割れて血が噴き出した。

 

 

「っ、はは!そうだ、それでこそだ英雄よ!最高だ貴様、魔羅がいきり立つッ!!

 覚えておけ陰陽師、本物の英雄というのはな、人が敷いた道で誘導できるモノではない!」

 

「何……!?」

 

「定められた運命(みらい)程度でコイツらを縛れるのなら苦労はしない!

 この姿を見ろ、血を溢れさせ、骨は折れ、肉は削がれ……だが!!」

 

 

『この世の何よりも美しい』

 

どんな美酒を飲み干した時でも感じられなかった『酔い』を、目の前の英雄との殺し合いの中で感じ取る。

 

鬼(かいぶつ)からすれば、英雄を推し量ろうというこの行為そのものが愚行だ。

 

なるほど、彼は英雄として惨酷な運命に翻弄されるのだろう。

 

なるほど、彼は英雄として逃れようのない戦いに挑み続けるのだろう。

 

そんな彼からすれば……『自分の価値を図るために仕組まれた試練』程度、乗り越えられないはずもないのだ。

 

英雄とは、無理難題のような試練を超えていくモノなのだから。*20

 

 

「貴様がどんな思惑でコイツとの喧嘩に誘ったのかは、聞かなかったし興味もない。

 だが、1つだけ……今のうちに腹の底から覚悟しておけよ、陰陽師」

 

『ああなるほど。確かに私の生前もいましたよ、こういう人。頼光四天王*21とか』

 

「その名前を出すなブチ殺すぞ。まったく生前から気に入らん!」

 

「……おい、それで。何を覚悟しろって?」

 

 

自分のペルソナ(前前世の記憶・人格持ち)が茶々を入れたことで話が脱線しかけたが、無理矢理本来の流れに引き戻す。

 

そして、ズタボロのまま赤心少林拳の構えを取るハルカ/ギルスに対峙するクビヅカダイミョウジンが、上機嫌に言い放った。

 

 

 

「英雄(ヒーロー)は追い込まれてからが本番だ。ここから先は死ぬほどキツイぞ?」

 

 

「 ――――― ヴォアアアアァアアアァアアァアアッッッ!!」

 

 

渾身の咆哮が、最終ラウンドのゴングを鳴らした。

 

*1
少なくともショタオジがゴリゴリに対策しててもあの手この手で諜報活動してくる連中(主に多神連合)がいるので、途中から持ち込む物品そのものを制限する事で対応していた。

*2
ただしG1馬と赤兎馬ぐらいの差がある。

*3
ちなみに本人曰く『正確には安倍晴明→英雄アベノセイメイ→前世→阿部清明(くそみそニキ)』という流れらしい。

*4
霊視ニキと狩人ニキはコレを知った後に阿部をサマリカーム10回分ほどシメた。

*5
みんなごぞんじミナミィネキ。悪魔娼館を経営しているガイア連合のセックスシンボル的な女性であり、ハルカの式神ボディを調整している一人。

*6
千川ちひろ。ガイア連合の事務・経理などを担当している黒札。外伝に登場し、オザワ等とのやり取りを見る限り『割と常人寄りの感性してるけどダーティな手段も許容してるリアリスト』というタイプ。

*7
何かあった時に自分じゃハルカを止められない、というのも大きい。逆に言えば霊視ニキや狩人ニキは(AA補正込みだが)前衛物理あるいはオールマイティな物理タイプなので対処できる。絡め手で叩くタイプからするとハルカは天敵に等しい。

*8
『現地人で超強いけど頭原作ガイアかつオザワと険悪なワルボウ』と『現地人で弱めで権力持ってるけど黒札からの印象最悪なオザワ』の二人と比べれば、『超強くて善性だけど現実見えてて真面目ちゃん』なハルカは相当な当たり枠だと思う。あくまで『ちひろさんみたいなビジネスライクな人間からすれば』だが。

*9
『BC(ブラックカード)案件』。ハルカを嫌悪・危険視したとある黒札修羅勢が、霊山同盟支部へテロ行為を仕掛けた事件。ハルカを狙わず徹底的に霊山同盟支部のインフラ破壊を狙うゲリラ戦(あるいは弱い者いじめ)を決行した。現在は鎮圧され、この黒札はガイア連合幹部による裁定を受けている。

*10
むぎのんぐらいならガイア連合的にも脅威でもなんでもないのだが、ハルカはVSサタンで(MAG元気玉するためとはいえ)強さをアピール『しすぎた』せいで危険視されている。これに関してははっきりいって残念ながら当然の懸念である。

*11
「あんなのが山梨支部の近くにいてしかも『俺ら』じゃないとか危険だろ!」と正論っぽい事を言ってるが、その実「偽善者のガキが気に入らねぇ!」みたいな本音が見え隠れしてるタイプ。BC案件を起こしたのもこういうタイプだった。

*12
世の中どうしても気が合わない人間はいるので仕方ないと言えば仕方ない。

*13
強さ的には外伝『とある辺境にて』で女神スカディに『わからせ』したアカネちゃんとかが近い。彼女は悪魔合体・悪魔改造系のツリーを伸ばしていたが、この黒札は破壊工作・ゲリラ戦のツリーを伸ばしていた。つまりLV70ぐらいの悪魔なら対策取れば完封できるガチ勢。

*14
既に『黒札同士の殺し合い』は発生しているとはいえ、何度も前例を作って黒札同士の引金が軽くなっても困るので、ショタオジも阿部もハルカ/ギルスを鉄砲玉として便利に使っている。

*15
ただし占術以外の素質は『俺達』の下限ラインなので、かつて大江山の一件の時に見せたあのレベルで戦闘力そのものはカンストしている。

*16
『仮面ライダードライブ』に登場する怪人(ロイミュード)の一体。ロイミュードの邪魔をする者を狩るだけでなく、やりすぎたロイミュードの粛清も担当している。

*17
魔進チェイサーがなんやかんやあって仮面ライダーになった姿。詳しくは仮面ライダードライブを見よう!

*18
ショタオジは黒札(転生者)>その他なのは変わらないが、転生者が記憶ごと売り払ったらきっちり見捨てるし、転生者の中で優先順位も決めている。そして『その他』に該当するモノに情が無いのなら魔人アリスとか危険分子でしかないのであんな風にグダグダやらずに消している。

*19
『自分以外どうでもいい・自分最優先』みたいな利己的なモノでもなく、『表向きの情愛だけ見せて裏では損得しか考えていない』みたいな利用してるわけでもなく、『ちゃんと弟子として本心から愛し育てた上で、必要なら迷いなく切り捨てられる』からこそやべーやつだと思われている。なんなら阿部はシノや鬼灯のような恋人・親友ですら同じように使える。完全に頭ダンブルドアだ。

*20
ギリシャ神話一同とかインド神話一同とかも「そうだそうだ」と言っています。

*21
源頼光を筆頭とした妖怪スレイヤー達の事。御伽草子等で彼らの活躍が語られているが、そのうち1つが『大江山の酒呑童子退治』。ただしやり方が正々堂々と戦って討ち取ったとかじゃなく、鬼に飲ませると毒になる酒を飲ませて不意打ちなので酒呑童子的には不満たらたら。



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強くなるという事(後編)

 

(強くなる、って、なんだろう)

 

 

とっくの昔に限界など振り切った肉体を、意思の力だけで無理矢理稼働させる。

 

ギルスという式神ボディの想定スペック上限は、エクシードギルス形態でのリミッター解除状態が限界値だ。

 

エクシードギルスが本来の上限である以上、ギルスとは『燃費を重視し、基礎スペックと追加機能を制限した状態』に等しい。

 

普段の人間形態はそれをより推し進めたモノで、非戦闘時を想定したMAG燃費最重視の形態である。

 

 

『では、バーニングフォームとライジングフォームとは何か?』

 

 

これはシンプルに、ギルスに『外付け』された力を解放した形態だ。

 

大天使メタトロンと並行世界の四文字及び大天理ウリエル*1から押し付けられた『シナイの神火』。

 

どこぞの世界の破壊者*2が置いていったクウガのカードから抽出した『封印の雷撃』。

 

リミッターを解除することによって得られるリソースをこれらの機能に振り分けることで、基礎スペックよりも『特殊能力』を重視した形態に変身できる。

 

シンプルイズベスト、基礎スペックを大幅に跳ね上げる『エクシードギルス』。

 

凶悪な破壊力と広範囲攻撃、火炎属性と万能属性を併せ持つ『バーニングフォーム』。

 

圧倒的な速度と連続攻撃、電撃属性と封印属性を併せ持つ『ライジングフォーム』。

 

どの形態だろうと、間違いなく『ハルカ』や『ギルス』の姿よりも強くなる。

 

それが『超変身(フォームチェンジ)』機能。ハルカ/ギルスが今まで生き残ることができた要員の1つだ。

 

 

(問題は、今の僕は『超変身する余裕もない』って事)

 

 

当然、そんな便利なパワーアップに何らかのリスクが無いはずもない。

 

ノーリスクなら常にエクシードの状態で戦い、必要に応じてバーニングかライジングに切り替えればいいのだから。

 

主なリスクは2つ、1つ目は、これらの形態は『使うだけで大量のMAGを持っていく』。

 

元々搭載してあったエクシードもそうだが、バーニングとライジングの燃費の悪さはそれに輪をかけて凶悪極まる。

 

使うタイミングを間違えれば、相手を削り切る前に自分のMAGが枯渇する諸刃の剣だ。

 

 

2つ目は……これは『仮面ライダー』だからこそ逃れられない『概念』としての弱点。

 

即ち、フォームチェンジの瞬間に明確な『隙』が発生してしまうのだ。

 

 

(ほんの『一呼吸』、ほんの『一行動』!それだけの時間があれば超変身が使えるのに……!)

 

 

阿部とアベノセイメイ、そしてクビヅカダイミョウジンと四神の波状攻撃は、ギルスにその『一行動』を許さない。

 

迫りくる攻撃に全力で対処し続けなければ、超変身を使う前にギルスの肉体が粉微塵にされる。

 

このギルスの肉体を作ったのは、阿部を含めた山梨支部の技術班。

 

そして、この肉体をサタン&マザーハーロットと相打ちにさせるために育て上げたのは阿部だ。

 

当然、長所も弱点も本人以上に把握している。超変身が使えるタイミングで確実にインターセプトを入れるのは十分可能だ。

 

そして当然、ハルカ/ギルスが切れるリソース全てを吐き切って『拮抗』させるのが精いっぱいということは、消耗の速度は圧倒的にハルカ/ギルスの方が速い。

 

HP・MP・MAGの全てがあっという間に削れていき、ギルスに本来備わっている機能も機能不全を起こしまくっている。

 

本当ならとっくに死んでる状態を気合で延命させる事で無理矢理延長戦に持ち込んでいるのが現状だ。*3

 

 

(答えも、何も……死んでしまったらそれまでだ。師匠が見たいのは多分、それだ)

 

 

だが、延々とジリ貧の殴り合いを続けていれば、ハルカ/ギルスにも阿部の狙いは見えてくる。

 

間違いなく殺意ある攻撃を繰り出しているが、ギルスにとって一番やられると困るのは『一気呵成に攻め込まれて潰される』事だ。

 

今以上に激しい波状攻撃を仕掛けられれば、向こうはいくらかのリスクを背負う代わりにより早くハルカ/ギルスをすり潰せたはず。

 

しかし、それこそ不必要なほどにリスクを避け、徹底的に詰将棋以上の慎重さでハルカ/ギルスを仕留めに来ている。

 

野球で言えば相手の4番バッターをノーアウト1・3塁でも毎回敬遠するぐらいの『不自然な慎重さ』なのだ。

 

少し野球を知ってる人間なら分かるが、4番バッターを避けた所でノーアウト満塁でクリーンナップの5番に回るのは変わらない。

 

だったらノーアウト1・3塁で4番と勝負!というのも、リスクはあっても十分アリな手筋。

 

つまり、度を越した慎重策は戦闘の遅延を招き、長引けば長引くほど『不確定要素』の発生率は高まっていく。

 

 

(師匠は僕の中の『何か』を見たい。その『答え』を探り出さなきゃいけない!)

 

「ヴォアアアアァアアアァアアァアアッ!!」

 

「ハッハッハァ!まだまだ行けるぞ仮面ライダァー!!」

 

 

問題は、その『答え』を出すよりも早くハルカ/ギルスの絶命が迫っていることだ。

 

とっくの昔に限界など振り切っている以上、ほんの少しでもハルカの精神が揺らげば肉体の制御が途切れる。

 

意識を失ったボクサーが、本能だけで対戦相手を殴りつけている状態に等しいのだから。

 

 

(この拮抗状態は『もってあと5分未満』!賭けに出るなら今だ!)

 

(ん?雰囲気が変わったな……仕掛けてくるか、仮面ライダー!!)

 

 

口角を耳まで裂けてるんじゃないかと錯覚するほど吊り上げながら、クビヅカダイミョウジンが剛腕を振りかぶる。

 

見た目が幼女だからと侮るなかれ、LV80overの鬼神の拳は、鉄球クレーン車の一撃すらも上回る。*4

 

無論、エクシードギルスならともかく、ギルスでは力づくで受けたらダメージは避けられない。

 

だからこそ『梅花の構え』で常にこれを受け流し、カウンターでもってクビヅカダイミョウジンにダメージを与えていたのだ。

 

そう、だからこそ、クビヅカダイミョウジンは神業とも言えるカウンターの痛みに耐えるために歯を食いしばり……。

 

「―――――――― は? 」

 

自分の拳があっさりとギルスの脇腹を貫いた事に、ほんの一瞬だけ思考がフリーズした。

 

カウンターどころかガードすらない、いや、それどころか生体装甲の再生すらも行われていない。

 

仮にだが、読者諸君も不意に顔をめがけて空き缶をなげられたら、咄嗟に顔を庇う・目を閉じるといった防衛行動を行うだろう。

 

今のハルカ/ギルスはそれすら行っていなかった。反射的に行う『体に力を入れる』という行為すら行わなかった。

 

ならば、打撃が当たる直前についに限界を迎えて意識か生命を失ったのかといえば……それもまた、否。

 

 

「これしか、ごふっ……思いつかなかったぞ!」

 

「ッお前!?咄嗟の防御を捨てて一手分の時間をッ!?」

 

 

獣の眼光を使おうと、手数の差で連続行動での対応『程度』では押し切られてしまう。

 

行動回数はこれ以上増やせない以上、連続行動で増えた手数の『内容』を吟味するしかない。

 

そうなった時、真っ先にハルカが下した決断がこれだった。

 

 

(思いあがるな鷹村ハルカ!!)

 

(僕は、貰った才能以外はただの凡夫、ただの人間だろうが!)

 

(だったら、こういうとき切り捨てられるモノなんて1つしかない!)

 

……『自分』しかないだろうが!!

 

 

防御をかなぐり捨てることで、自分の命を保持するために打っていた『一手』分を省略。

 

腹筋とあばら骨をブチ抜き、内臓をすり潰しながら背中まで抜けていくクビヅカダイミョウジンの拳。

 

食道をせりあがって口から吹き出す血と肉の混合物を無理矢理押し込み、逆転のための『一呼吸』をひねり出した。

 

 

「超変身ッッッ!!」

 

 

その体から湧き上がるのはシナイの神火*5

 

太古の昔から『聖四文字』の象徴の1つであるシナイの火が、ネフィリムの血肉によって作られた異形に宿る。

 

生体装甲は深緑から深紅に染まり、そのひび割れからは抑えきれない炎が噴き出す。

 

普段はマフラー状に形成しているシナイの神火も、今は細かい制御をしている余裕がないのだ。

 

だがしかし……『全力で放出する』だけならこれで十分。

 

 

「ぐおおおぉぉっ!お、お前、己の身体ごと焼く気か!仮面ライダーッ!?」

 

「そうだ、この状態なら逃げられないッ!!」

 

「ッ……させるか!『ブフバリオン』!」

 

 

腹をブチ抜いて背中まで抜けているクビヅカダイミョウジンの腕を両手でつかみ、体から放出した神火で自分ごと直火焼きに叩き込む。

 

制御できない炎のせいで自分の肉体は直火焼きどころか杭を刺した焼き鳥のように内外から焼かれているのだが、それでも腕を離す気はない。

 

当然、それを黙ってみている阿部ではない。アベノセイメイと共にブフ系の魔法で無理矢理鎮火しにかかる。

 

しかし、まるでそれをそよ風の様に神火は相殺した。

 

 

「収まらない!?なんという熱量……!」

 

「命も魂も燃やした炎だ、収まってたまるものか!!」

 

「があああぁぁぁっ!!(か、火炎耐性が障子紙ほどにも役に立たない!火炎と万能の複合属性か!)」

 

 

阿部とアベノセイメイの魔法をかき消し、クビヅカダイミョウジンの耐性を容易く火力で塗りつぶし。

 

一瞬で炭屑と化していく自分の肉体を見ながら、小さな鬼神はもう一度笑った。

 

 

ハハハ……やはり最高だな、英雄(オマエ)は……!

 

 

残った力を振り絞って放った拳は、ギルスの胸に当たったのと同時に砕け散る。

 

クビヅカダイミョウジンの身体は彼女を構成する式神パーツごと炭化し、MAGに還元されて消滅。

 

いまだに体から抑えきれない炎の名残と煙を上げながら、満身創痍のギルスが前を向く。

 

 

「まだ、やれる、まだ、まだッ……!!」

 

「……流石にこれは俺の予知にもなかったな。だが……」

 

 

一歩ごとに、生体装甲どころか、その下の皮膚や筋肉に当たる式神パーツすらボロボロと剥がれ落ちていく。

 

既に死んでない事そのものが異常、歩いて言葉を発する、そこまでいけば異常を通り越して奇跡だ。

 

だが、それは『勝利』に繋がる奇跡ではなく、『不屈』という言葉で終わりを遅延させているに過ぎない。

 

 

(とはいえ、ここまでやれば連中への『警告』にも十分か)

 

 

阿部とアベノセイメイ、そして四神の援護を受けたクビヅカダイミョウジンを討ち取れる怪物。

 

既にマザーハーロットとサタンの一件で『戦闘力的にどうしようもないんじゃないか?』という意見そのものは、ハルカ排斥派にもあった。

 

だが、あの時は戦闘開始と同時に各地からのMAG支援によって強烈なバフがかかった状態。

 

即ち『今ならやり方次第では排除できるんじゃないか?』という意見がそこかしこで見られたのである。

 

 

(あとはここで『一度殺して』、何かあった時は俺が始末をつける、という実績も作る。悪いなハルカ、恨むんなら俺と自分の運の無さを恨めよ)

 

 

もうMPも余裕がない、魔法攻撃だと先ほどのように肉体を燃焼させて炎を噴き上げることで相殺される危険性がある。

 

だが、阿部も修羅勢の一角を名乗れる程度には鍛練バカだ。近接戦の心得は十分以上に嗜んでいる。

 

ある程度のリスクは覚悟のうえで、トドメの一撃の為に戦闘用錫杖を振りかぶり、ハルカ/ギルスの首目掛けて横薙ぎに振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その錫杖を、ギルスの左手が鷲掴みした。

 

 

「なっ……!?(コイツ、まだ動いて!?)」

 

「ようやくだ、ようやく……!!」

 

 

 

 

左手のパーツを崩れ落ちさせながら、阿部とアベノセイメイが対応する前に後ろへ引っ張る。

 

バランスの崩しながら前のめりになった阿部に対し、握りしめるのは右拳。

 

その拳が炎……ではなく、眩い『光』を発し始めた。

 

 

射程距離内に……入ったぜ!!!

 

『阿部ッ!振りほどいて離れろ!!』

 

「この光……まさかお前、この土壇場で!?」

 

 

 

吹き上がる炎が収まり、装甲と血肉が内側から溢れ出た光に押し出されるように剥がれ落ちる。

 

バーニングフォームが『脱皮』するように、その下から現れた光を纏う白い肉体

 

神々しさを纏ったソレは、ギルスの『異形』すらも神聖なものだと思わせるほどの輝きを放つ。

 

 

『ソレ』が一体何なのかに思い至った瞬間……。

 

 

『シャイニングライダーパンチ』ッ!!

 

 

顔面に光り輝く一撃が叩き込まれ、阿部は意識を失った。

 

 

*1
オーバーロード・テオスと火のエルの事

*2
おのれディケイドオオオオオォォォ!!

*3
致命傷程度で大人しく死んでくれるほど仮面ライダーって甘くないよね!

*4
つまり修行前のV3なら大ダメージを受けるほどの一撃。修行すればいける、仮面ライダーだからね。

*5
本来は『敵全体(対象ランダム)に3〜7回中威力の万能属性攻撃』という攻撃スキル。バーニングフォームは常にこれを打撃や武器に纏わせている。つまり『通常攻撃と共に敵全体に複数回の万能攻撃が飛ぶ』とかいうトンデモフォームである。





ショタオジ「適当な所で負かして調節するって話じゃなかったっけ?」

くそみそニキ「師匠越えは定番のイベントだからな……」

ショタオジ「おいこら」


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強くなるという事(完結編)

 

「ッ……ぐっ……!?」

(気絶していた? 意識を回復させる術が作動したのか!?何秒『ト』んでた!?)

 

 

ギルスの打撃を顔面に受けた『三秒後』、地面を転がった阿部が己の肉体に仕込んでいた術によって意識を取り戻す。

 

意識が途切れるほどのダメージを受けた時に、自動で『ディアラハン』と共に意識を復活させる術。

 

しかし、この術の欠点は『ディアラハンによる回復終了と同時に意識が覚醒する』ようにしか出来なかった事。

 

つまり、ディアラハンでも『回復に時間がかかる』ほどのダメージを受けた場合、意識が戻るまでラグが発生するのだ。

 

 

(推定だが2秒から3秒!顔面への打撃一発でこれか!?

 ……いや、肉体の各所にダメージが伝番したような痕跡がある、

 回復遅延の原因はこれだ。一撃で全身が『破壊』されていた!)

 

 

ディアラハンによる自動回復と同時に、ハルカ/ギルスの拳の『追加ダメージ』が発生。

 

全身が破壊と再生を繰り返し、再生が上回って『修復』されるまでに3秒かかったのだ。

 

たかが3秒、と侮るなかれ。このレベルの超越者同士の戦闘では、3秒どころか0.1秒のラグですら致命的だ。

 

本来なら、この3秒で阿部は100回死んでも足りはしない。ペルソナも消えているだろうし、暴走対策に仲魔も意識を失ったら『管』に戻るよう設定している。

 

つまり、そもそも意識が戻る事すら本来はあり得ないのだが……。

 

 

「……殺されてない、って事は、話し合いの余地はあるって事か?ハルカ」

 

「そもそも問答無用で殴り掛かられたのは僕の方なんですけど?それ僕のセリフなんですけど?」

 

「はっはっは、スマン。いや今回は本当にスマン」

(さーて、どうしたもんかねこりゃ……)

 

 

HP・MP・MAG残量と言った数値上での有利不利は、圧倒的に阿部の方が有利である。

 

ディアラハンは正常に機能したおかげで五体満足、MPも細かく回復していたので8割は硬い。

 

MAGに関しても、ペルソナと四神を十分維持できるだけ蓄えて来た事もあってまだまだ余裕がある。

 

半面、ハルカは既に『ギルス』への変身すら維持できなかったようで、最後の一撃を放った直後に人間形態に強制変化。*1

 

HP・MP・MAGはすべて枯渇寸前、いや、恐らくとっくに枯渇したモノを気合と根性と精神力で*2無理矢理維持している。

 

人間形態に戻った際に服も再生されるのだが、これも血と汚れと焦げ跡でボロボロになっていた。

 

 

(ただ、『この距離』でヨーイドンして勝てる気しねぇんだよな。この状態でも)

 

 

そも、阿部清明という黒札の才能はまるで戦闘向きではない。

 

同じ黒札で言えばやる夫さんよりはだいぶマシだが、その才能の方向性は『予知・予言・千里眼・補助・結界/陣地の設営』等に割り振られている。

 

オマケに黒札内の才能ヒエラルキーでは下限ギリギリ、トップが赤兎馬、上位陣がG1馬だとしたら、彼はギリギリG3馬かそのあたりである。

 

徹底的なレベリングを施し、前々世の記憶から陰陽術を習得し、ハム子ネキ達に同行してペルソナ使いとしても修練を積み。

 

戦う前から予知した未来に必要な準備・対策を施し、時には人の心とかブン投げた方法もためらわず実行し。

 

その上でただの人でなしになったら詰む場面が多いので、ブン投げた人の心を犬の様に拾いに行くことで保持しつづけて。

 

そこまでやってようやく黒札運命愛され勢の最下層に指が届く。それが戦闘者としての阿部清明だ。

 

 

逆に、鷹村ハルカは徹底的に『戦士』である。

 

無論、組織運営や演説による人心掌握、阿部から学んだ陰陽術の知識*3、影の国で学んだ魔術*4といった、支部長として必要な技能は一通り学んでいる。

 

が、命懸けの激戦・強敵との死線を乗り越え続けた『戦士』としての能力と比べればオマケ以下だ。

 

未来視に等しい直感、不可視の存在すら見抜く第六感、磨き抜かれた刃のごとき戦闘センス、苦痛・激痛に耐える精神力。

 

特に、他の修羅勢黒札には中々見られない『己が嫌う行為』すら実行し続ける強烈な責任感は稀有だ。

 

『自分の好きな事の為ならどんな苦難でも耐える』という黒札は修羅勢以上ならそれなりにいるが、『必要な行為だからやりたくない事もする』という黒札は非常に少ない。*5

 

 

(まあどこまで行っても中身俺らだからそんな責任感持ってる方がおかしいんだが、それはそれとして)

 

 

現在、互いの間合いは1m前後、ペルソナも出していないし、仲魔も全て管の中。

 

ハルカが満身創痍を超えたナニカの状態でも、最後のあの一撃を見れば油断などできるはずもなし。

 

阿部が何らかの行動を起こすよりも早く、体内から取り出したゲイボルク*6で阿部の首をハネるだろう。

 

 

「それで、何か聞きたい事や言いたい事があるのか?聞くだけ聞くし、大抵の事は話すつもりだが」

 

「腹立つぐらいいつも通りですね師匠……」

 

「まあな。本当に話しちゃまずい情報は抜かれないよう自殺できる仕組みになってるし。

 客観的に見てもロクでもない行為をやって来たんだ、ここで殺されても自業自得だろ。

 その前に聞きたい事があるなら無理のない範囲で言うってだけで」

 

「本当に腹立つぐらいいつも通りですね師匠!!」

 

(……とはいったものの、コイツから殺意らしい殺意感じないんだよな)

 

 

鷹村ハルカは『自分を大切にする』という感覚が決定的に抜け落ちている。

 

ここまで全身をボロクソにされても、戦闘の気配が収まれば殺意も戦意もまるっきり感じない。

 

暴力的なまでのギルスの気配すら収まったせいで、完全にサイゼ〇ヤか何かで放課後にだべってる学生のノリだ。

 

 

「それで、本題に入りたいんですけど……今回襲われた理由、やっぱり黒札の意見対立ですか?」

 

「……誰から聞いた?」

 

「いや、予測ですよ。BC案件もありましたし、僕の存在が疎ましい黒札がいるんでしょう?

 逆に、妙に僕に味方してくれる黒札もいますし……シノさんとか、カズフサさんとか。

 ……リンちゃん*7はあれ味方なのかただのファンなのか微妙なラインですけど」

 

「そーかい……」

(ホント、武術方面はそこそこ*8だったが、こういう方面は少し鍛えただけで伸びやがって)

 

 

巫女長が『一番向いている職業は政治家か宗教の教祖』というだけあって、ハルカ本来の適性はやはりそっち側である。*9

 

今回の戦闘に発展した理由を過去の経験から推測し、その理由に至るまでの経緯もおおよそたどり着いていた。

 

その上で、ハルカが出さねばならない答えはシンプル。

 

『どうやってガイア連合内に自分の存在を許容させるか』、この一点だ。

 

 

「まあ、適当な所で俺が勝って『いうほど大したもんじゃないぞ』ってアピールが出来れば最善。

 それがダメでも俺が負けて『下手に手ぇ出したら痛いじゃ済まねぇぞ』と警告できれば次点。

 元々ショタオジは積極的に殺す気無さそうだからな、なあなあで済ませる気だったんだよ」

 

「ショタオジ……って、ガイア連合の盟主殿ですか。会った事ないですけど」*10

 

「あー……そうか。そういえばお前会った事ないんだな」

 

「ですが、性格の推測はある程度立てられます。

 基本的には身内*11びいき、かつ修行は苛烈ですが思考は比較的穏健。*12

 どちらかというと好々爺*13の様に感じますが……意外と繊細な所もありそうですね*14

 

「キッショ、なんでわかるんだよ」

 

「なんとなくですけどそれは師匠のセリフじゃない気がします。*15

 師匠を含めて、盟主殿の事を語る黒札は結構多いですから、そこからの推測です。

 その上で、盟主殿や僕を排除したい黒札が納得する解決策があればいいんですよね」

 

「……え、あんの?」

 

 

はっきり言って、阿部とショタオジが出した案は『先送り』に近い。

 

地球の魔界落ちによって各支部が物理的に引き離された以上、黒札とハルカの間の問題は一時的なモノだ。

 

無論、今後も遺恨は残るだろうが……BC案件の黒札の様に、霊山同盟支部にまで殴り込みをかけるバカはそうは出ない。

 

そも、あれはBC案件を起こした黒札の保持するシェルターが霊山同盟支部と隣接していたからこそ起きた『偶然』なのだから。

 

なら、ショタオジや阿部の懸念事項とは一体何か。

 

 

「僕を許容する黒札と、僕を排斥したい黒札の衝突。これが師匠や盟主殿が危惧してる事態ですよね?」

 

「……ああ、そうだ。お前と排斥派の黒札は地理的な要因でモメる可能性は低い。

 が、『お前への意見が正反対の黒札同士』が近い場所にいる可能性はそれなりにある。

 山梨支部みたいに黒札が多数いる支部や、そうでなくても複数の黒札がいる支部があるしな」

 

「なおかつ穏便な排斥方法である『ガイア連合幹部への陳述』はまず通らない、と」

 

「そりゃ利益考えたら通す理由ないしなぁ……なんなら霊山同盟支部がガイア連合から独立するハメになりかねん」

 

「いや規模が規模ですから独立したら四分五裂して本拠地周りしか残りませんよ多分!?」

 

「残せるだけでもヤバいんだよなぁ……」

 

 

極論、ハルカを含めた筆頭戦力で大暴れして、本拠地周辺の悪魔を屈服させて支配下に置けばいい。

 

S県一帯というアホみたいな広範囲を管理するからこそ、ガイア連合は霊山同盟支部に『支援という名の首輪』をつけているのだ。

 

もっと範囲を絞って現実的な規模の『大規模支部』に変えれば、案外独立できてしまうのである。

 

……もっとも、そんなことをしたら終末を生き延びた人間を数十万人規模で見棄てる事になるので、ハルカはよほどの事が無い限り取らない手だが。

 

 

「と、とにかく!要は黒札同士の衝突を回避すればいいんです!」

 

「いや、言うだけなら簡単だけどさぁ……」

 

「任せてください、僕にいい考えがあります」

 

「すごい心配……いやアレ実は成功フラグなんだっけ……?」*16

 

 

そして、ハルカの『アイデア』を聞いた阿部であったが……。

 

 

「……効果的だが、正気か?」

 

「この上なく。これで収まるのならそれでいいです」

 

「いや、まあ、そうだが」

 

 

色々と押し付けてきた側の阿部から見ても、少々どころじゃなくハルカの負担が増えかねない『アイデア』。

 

だが、黒札同士の激突を防ぐのなら、これ以上の手段は今の所思い浮かばない。

 

 

「なにより、ようやく『答え』が出そうなんです。ぼんやりとですけど」

 

「『答え』?」

 

「はい。 『強くなる』ってどういうことなのか。その答えが」

 

 

ボロボロの身体のまま、しかし背筋だけはピンと伸ばし、胸を張って言い切る。

 

 

「師匠は言ってたでしょう?同じ男からも惚れこまれるような男になれ、って。*17

 なら、僕にとっての強さの指針の1つは『イイ男になる』ことです」

 

「ん、まあ、そうだな……修業時代に言った事覚えてたのか」

 

「それなりに記憶力はいい方ですから。だからこそ思ったんです。

 ……胸を張って『強がり』を言えるのも、男の価値なんだ、って」

 

 

虚勢と言えばそれまでの『答え』かもしれないが、それでも貫き通せるだけの『信念』を、彼は持っていた。

 

 

「たとえ強がりでも、最後まで貫き通せば『男の意地』でまかり通ります。

 古臭いマッチョイズムだろ、って言われたらそれまでですが……」

 

「……いや……」

 

 

ふぅ、とため息交じりの苦笑を浮かべ、胸元から取り出した薬草タバコ*18をくわえて一息つく。

 

 

「俺も敵わないぐれぇイイ男の選択だぜ、間違いなくな」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【二日後 山梨支部某所】

 

 

「それで、細かい調整を終えて作成された『申請書』がこれ?」

 

「ああ。千川に頼んで事務・経理班を少し借りて、書類としての文面も詰めてみた。

 あとはコイツを元に魔術的な契約効果もある『契約書』にすればいい」

 

「それに関してはコッチでも手伝うけど……なんというか、ナナメ上の発想で来たね、彼」

 

 

山梨支部の某所にて、机に上に置かれた『申請書』を広げるショタオジと阿部。

 

まだ『契約書』としての加工は施していないものの、これから山梨支部の技術部が製造する事になる『申請書』の内容そのものはほぼ完成していた。

 

細かい文面等は、読者諸君も仕事場で読むハメになるような書類を読みにこの小説を開いたわけではないので割愛させていただく。

 

ざっくばらんかつシンプルに、某ダメダメ転生者のゆかりさんでも分かる感じで説明するのなら……。

 

 

 

『その1!この申請書は鷹村ハルカへの決闘を申し込む為の申請書だよ!』

『その2!申請書は黒札の要望があればいつでも有料配布されるよ!』

『その3!黒札以外が使うにはガイア連合幹部の承認がいるよ!』

『その4!申請が通った場合、鷹村ハルカとの決闘をセッティングするよ!』

『その5!場所や日時、決闘の運営は山梨支部の人間が行うよ!』

『その6!決闘に勝利した場合、鷹村ハルカの生死は勝者が決められるよ!』

 

 

うん、何度も見たから率直に言うけど君の弟子正気???

 

「我ながら育て方がユニークすぎたかもしれない」

 

 

合法的に黒札が鷹村ハルカを殺害する方法を作る、それがハルカの出した提案であった。

 

穏便な方法である山梨支部への陳述が通らない以上、大なり小なり暴力交じりの手段に出る黒札は出てくる。

 

ならば、経済的な損失や組織運営の障害になる『霊山同盟支部全体への攻撃』こそ最も避けたい事態なのは間違いない。

 

この方式なら最悪でも『鷹村ハルカ一人の死亡』でコトは収まるし、敗北した黒札の生殺与奪権はハルカに無いので黒札が死ぬ事もない。

 

勝敗判定は山梨支部の黒札や式神が行えば死ぬ前に止められるし、死んでもサマリカームでどうとでもなる。

 

鷹村ハルカへの不平不満で同じ黒札に暴力の矛先が向かう事を避けるには、鷹村ハルカを合法的に武力で排除できる手段を作るのが最善と考えたのだろう。

 

 

「これにビビって申請しない程度のレベルのヤツなら今後も何もしない。

 本気で殺したいと考えて申請出すヤツがいても、最悪犠牲はハルカ一人で済む。

 ハルカが勝って今回は残念でしたねまたどうぞ、で終れば全てが丸く収まる」

 

「ホントに『ナナメ上』の解決方法で来たね……でも、これ彼に何の得もないんじゃない?」

 

「申請書はそれなりの高額で有料配布になってて、しかも料金の何割かは霊山同盟支部のマージンだ」

 

「抜け目ねぇなオイ」

 

 

思わずショタオジが素でツッコミ入れてしまう程度にはアコギな商売である。

 

とはいえ、無料配布にしたらエンドレスで決闘申請を出す人間が出かねない。

 

山梨支部の方で日時を調節できるとはいえ、大量の申請でパンクさせないためには『黒札視点でもそれなりの値段』に設定する必要があったのだろう。

 

というわけで、最善かどうかはともかく、とりあえずベターな解決策は提示できたのだが……。

 

 

「で、今の所は大丈夫なのかい?」

 

「いや、今日の午前10から配布予約を募ってるんだがさっそく3件ほど申請がな……」

 

「……早くない?今12時だろう?」

 

「うーん、まあ内容がその……」

 

 

 

 

『イヤッホー!合法的にギルスとガチ殴り合いできる機会に行かない理由があるのか!いやない!うおおおおお今月のマッカ使い過ぎで尻叩き覚悟で買うぞおおおおお!!』*19

 

『直接支部を訪ねる事も考えましたが、公認でアフターケアありの決闘申請が可能と聞きましたので。そろそろリベンジマッチもいいかと』*20

 

『古都支部の黒札に土下座して申請してもらったぞ!再召喚されて早速だがもう一戦やらせろ!今度はタイマンで!!』*21

 

 

 

 

「こんなのばっかりでな」

 

「うん、申請だけ通して後は放置で」

 

 

まさかの需要が生まれたことで、これまた予想外な方向で霊山同盟支部の財源が1つ増えて終わるのだった。

 

 

*1
『ギルス』形態すら維持できなくなると、もっともスペックが低い代わりにもっとも燃費のよい『ハルカの身体』に変化することで生命を維持する機能がある。この機能が発動した時点でほとんど『詰み』のようなものだが。

*2
体内でメタトロンの加護やらアギトの力やらが色々アレコレしてるのもある。

*3
結界の設置や式神の作成は一通り可能。ただしLV99とは思えない強度・精度のモノだが。

*4
スカサハ曰く「まあ教え始めて1日でこりゃ才能無いなと確信したから基礎的なモノだけだがな」

*5
ちなみに阿部は後者に加えて『自分でもやりたくない事はするが人にもやりたくない事をやらせる』タイプである。何度目かになるが頭ダンブルドアだ。

*6
スカサハから貰った魔槍は、普段ハルカの体内に収納されている。出そうと思えば体の好きな部位から『生やせる』が、血肉ぶちまけながら出すハメになる上とても痛い。

*7
鵺原リンもとい幼女ネキ。支部長としての場では『鵺原さん』だが、プライベートでは『リンちゃん』呼び。肉体的な実年齢は年下だし、転生云々を知らないから。

*8
ハルカの才能は所詮武術面もロバなので、アホみたいな密度と量の鍛練+実戦で磨きまくった結果が赤心少林拳である。

*9
ちなみに『探偵』や『弁護士』等も恐らく向いている。

*10
ショタオジが式神等の視覚を通じて一方的に見た経験はあるが、ハルカはショタオジとは未遭遇である。

*11
主に黒札。後にゴトウや子供達も入るかも。

*12
身内判定の黒札を無理矢理カグヤ計画で逃がしたりしないので、割と手段そのものは穏健極まる。

*13
ジャックフロスト無限召喚とか、意外とおふざけもやる。

*14
やってることがメシア教みたい、って言われてメンタルにカンストダメージ受けたり。

*15
『ファッション無惨様のごちゃサマライフ』に登場する転生夏油さんとか。『アビャゲイル氏の投下所』の方で一応面識はある。

*16
元ネタはトランスフォーマーの「私にいい考えがある!」。失敗フラグのように扱われているが、実はこの言葉を発して失敗した作戦の方が少ない。

*17
大江山の一件にて、過去に阿部に言われた言葉である。

*18
吸うとMPが回復する、阿部特製の紙巻きたばこ。オカルト系アイテムの原料になる薬草などを使って作られているため、ニコチン無し。

*19
幼女ネキ以外の誰がいると言うのか。 いや特撮ガチ勢の黒札なら割といそうだな。

*20
『【カオ転三次】『俺たち』閑話集 』の『とある修羅勢の半終末旅行紀行』に登場した『星杖ニキ』。半終末の頃に一度ハルカと手合わせをしているそうなので。終末後にこんなお知らせが来たらね、全ツッパしかないよね。

*21
先日式神ボディごと粉砕されたクビヅカダイミョウジン。阿部がアフターケアとして大江山で再召喚してきた。コイツもブレない。





ちなみに時々ガチ殺意持ち修羅勢やメシア大嫌い修羅勢との決闘もあるが、

「当時の酒呑童子ほど格上じゃないし」
「這い寄る混沌以上のクソカスはいないし」
「マザーハーロットやサタンほど理不尽じゃないし」

というポジティブシンキングで乗り越えている模様。
勝てば殺さなくていい&負けても死ぬのは自分だけで済むから気楽まであるしな!


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鷹村ハルカと黒札達


この世界線での『ハルカに対する黒札勢の印象』を整理した話。

コラボ先の黒札さんの場合、向こうの作品では別解釈されてるかもしれないので、

あくまでこの小説内での解釈ってことで!


 

ガイア連合に置いて、黒札(ブラックカード)とはぶっちぎりの特権階級である。

 

白金(プラチナカード)持ちであるハルカはこの黒札からの命令を拒否する権利を持ち、

山梨支部へ訴えを起こせばそこらの黒札2~3人分よりは信用される発言力を持つ。

 

更に言えば、彼はガイア連合幹部の一人である破界僧『阿部 清明』の弟子。

 

そして、彼の作り出した『やらかした黒札向けの鉄砲玉』でもある。

 

当然と言えば当然だが、そんな彼に対する黒札の印象はピンからキリまで様々だ。

 

今回は、そんな彼と主な黒札との距離感をざっくりと書いていこうと思う。

 

 

 

 

【阿部 清明の場合】

 

 

「あ、全身生殖器(ししょう)、いたんですか」

 

「今お前なんて書いて師匠って読んだ?」

 

 

基本はこんな距離感。ハルカは信頼・信用できる相手ほど雑(フランク)に扱う傾向にあるが、ある意味その筆頭だ。

 

この人はこのぐらいの扱いでも怒らないだろう、という信頼の表れとも言える。

 

同時に『この程度で短気に走って自分を切り捨てず、最高効率で使い切るだろう』という信用の表れでもある。

 

 

「一応僕支部長ですからね?来るならアポぐらい入れてくださいよ」

 

「はっはっは、悪い悪い。あ、これ古都土産の羊羹」

 

「……丁度いい時間ですし、おやつにしますか。お茶いれますから」

 

「S県が茶所なのは終末後も変わらんなぁ」

 

「趣向品として価値が出る事を見越して保護してましたからね。

 終末後もシェアぶっちぎりですよ、S県産の緑茶」

 

 

ちなみに、バリバリ仕事がある日の午後3時頃にノーアポで訪れてこんな扱いである。

 

 

 

【兎山 詩乃&士村 桜&友恵マナミの場合】

 

 

うひょひょひょひょピンクのカバさんがみえりゅー!!

 

世界の悪意が……見えるようだよ……

 

寝てくださいマジで!!

 

 

はっきりいってハルカも相当なブラック環境だが、式神パーツ無しで同レベルにブラックなのがこの二人。

 

両者ともにLV40~50級の覚醒者だが、それでも体にガタがくるレベルで研究開発しまくるコンビである。*1

 

とはいえ、ハルカのプラチナカード取得後は少しだけマシになっている。その理由が……。

 

 

「じゃ、次の実験の為にこの書類を申請!」

 

「友恵さん、申請却下しておいてください」「了解しました」

 

「しょんなー!?」「や、やっと、寝られる……」

 

「「こうなる前に寝てください!!」」

 

 

こんな風に、プラチナカード権限を利用して実験の申請や研究予算の申請を無理矢理先送りできるようになったからだ。

 

本人がいない時も事務方トップである友恵がある程度受理を吟味する事で、過度のブラック労働を抑止。

 

それでも『これは一刻も早くやっておかないと』みたいな案件は多発するあたり、霊山同盟支部は今日も魔境である。

 

 

 

【鬼灯 焔&流石兄弟の場合】

 

 

「鷹村支部長、今いいか?」

 

「! あ、弟者さん、それに兄者さんと鬼灯さんも」

 

 

支部長室のドアをノックして入って来たのは、調査専門の黒札である流石ブラザーズと、汚れたバベルの塔を生やした鬼娘こと鬼灯。

 

終末後の流石ブラザーズは山梨支部所属のまま各地の調査を専門に活動。

 

主に結界拡張のための周辺調査や、シェルター内の不穏分子の内偵等を仕事にしている。

 

 

「持って来たぜ、例の危険区域の調査報告書」

 

「今回は大変な仕事やったなぁ。流石ブラザーズのお二人だけやのうて、ウチまで呼ぶなんて」

 

「僕や特記戦力*2の手が空いてないタイミングだったんですよね、どうしても……」

 

「ま、俺達としちゃバックアップが充実してるお得意様は大歓迎だがね」

 

人材豊富に見えても管理する土地が広すぎる以上、予算とコネで呼べる調査員&戦力は貴重だ。

 

阿部繋がりの縁ではあるが、現在もこの3名とは良きビジネスパートナーとして付き合っている。

 

 

 

【伊予島 杏の場合】

 

 

「パパー♪結界修繕のための『間引き』、終ったよー♪」

 

 

知り合いの黒札問題児その1・伊予島 杏のご登場である。

 

入室と同時にLV80overの身体能力をフルに活かし、とんでもないスピードでありながら書類の一枚すら舞い上がらない制動をかけてハルカに抱き着いた。

 

 

「お疲れ様です、伊予島さん……あと、その、パパ呼びはできるだけ控えてもらえると」

 

「やーだー!一週間も最前線に缶詰めだったんだからパパに甘えるぅ!!」

 

「仕方ないなぁ……」

 

 

念のために言っておくが、伊予島 杏は終末前~半終末の頃には悪魔娼館を利用していたバリバリの成人女性である。

 

もっと言うと、出会った当時は12歳前後だったハルカからすればずっと年上の女性で。

 

さらにさらに、その頃*3ですら『LV40』というかなりの高レベルに到達していた修羅勢の一人。

 

様々なアレコレがあって盛大に脳破壊する側&脳破壊される側に回ったことで性癖が粉々になっただけだ!

 

そして性癖と人間性が盛大にアレしたせいでメンタルケアのためにハルカ君が必須になっただけである!

 

 

「いやその、毎回すいません支部長様……」

 

「ウチの御主人様も頑張ったので……」

 

「ごめンなさイ、支部長さン」

 

「あ、いや、四人とも最前線で戦闘やら交渉やら頑張ってくれてたのは知ってるから。

 お疲れ様。僕にとって至らない所を支えてもらって、いつも助かってるよ。

 休暇は申請してあるから、温泉でも浸かってゆっくりと英気を養ってほしい」

 

「「支部長様……(トゥンク)」」

 

「あっ、パパの愛情で脳が焼け、ウッ」

 

「わー、ご主人サマ、支部長さンに褒められて、嬉しそウ!」

 

(あれ、なんだか部屋の湿度が増した……?)

 

 

説明しよう!伊予島 杏の連れている仲魔は、ミナミィネキが悪魔合体その他で加工した美少年ゴブリン×2*4である!

 

悪魔娼館の男娼だった彼らを、杏は身請け制度を引き取ったのだ!

 

更に、この二人は美少年型式神*5を見た時の感想が「ノンケなのに一瞬ドキっとしたぐらいの美少年」である!

 

そして、ハルカはKSJ研究所のカズフサニキ*6が「やばい新たな扉を開きそうだ」となって踏みとどまるぐらいには美少年である!

 

ほぼ全身式神ボディで悪魔にも通じる美貌を持つ。

+

外見は人間時代そのまんまなのに美少年。

+

成長するように調整した式神ボディなのに20歳近くになっても合法男の子。

 

……結果として、杏ほどではないが美少年ゴブリン×2の脳も盛大に焼いていた!

 

 

「パパが良ければすぐにでも4(ピーッ)で手取り足取り腰取りいろんなことを教えてあげたい……!」

 

(ご主人様マズいです!ボクはともかくアストルフォが色々戻ってこれなくなる!)

 

(いやギルもだいぶ怪しいからね?この前酔った勢いで支部長様とご主人様に【サンドイッチ】される妄想をぶちまけてたからね?ボク以外に聞かれてないけど)

 

(なんだろう、僕の中のギルスがすごい微妙な顔をしている気がする!)*7

 

 

なにはともあれ、こんなのでも実力・好感度ともにハルカ容認派の筆頭である。

 

ある意味『身内最優先の俺達』の一人であり、その身内判定に鷹村ハルカががっつり組み込まれているのであった。

 

絵面こそ変態ギャグだが、その内実は『地獄の底のような精神状態だった自分を救い上げて、その後も面倒極まる自分の世話を焼き続けている少年』なのだから。

 

……それに罪悪感を覚えつつも興奮と愛情が上回るあたり、彼女はいろんな意味で手遅れである。

 

 

 

 

 

 

【鵺原 リンの場合】

 

 

「決闘の申請書が受理されたぞ、ハルカ!」

 

「何度目だナウ〇カ」

 

 

知り合いの黒札問題児その2、幼女ニキこと鵺原リン、実に二話連続の登場である。

 

純粋な仮面ライダー、そしてギルスのファンガール(精神的にはファンボーイ)であり、スパチャガチ勢の一人でもある。

 

ハルカ/ギルスが特撮俺達向けに作った各種サービスの常連として、今日も霊山同盟支部にさらっと赤スパ投げてくる収入源だ。

 

 

「いや、例の申請書、一回目の決闘が予想外の結果で終ってしまったからな……」

 

まさか僕が触ると勝手にゴウラム形態に変形するとは……。

 使い方が不明だった『ファイナルフォームライド』ってスキル、これだったんだ*8

 

 

前話ラストの決闘だが、意気込んでフル装備で出て来たリンを、模擬戦ぐらいの心得とはいえ迎え撃ったハルカ。

 

しかし、今まで使っていなかったとあるパッシブスキルが、最初の交差と同時に発動。

 

リンが見に纏っていたデモニカがとんでもない変形を起こし、しかも自由行動が封じられてしまったのである。

 

 

「デモニカG1*9の方にハッキングされた形跡がないどころか、

 ゴウラム形態を実装してないG1でも触ったら変形したからな。

 ちなみに、やられた側の感想としてはちょっとくすぐったかった」

 

「『仮面ライダー系の敵・味方を『FFR』形態に変えて操作する』……なんでこんな限定的すぎる能力が……」

 

「絶対世界の破壊者が残したカードをスキルカードに変えて取り込んだせいだろ」

 

「やっぱりリンちゃんもそう思う……?」

 

 

ちなみに……精神年齢はともかく、肉体年齢は自分の方が年上&TS転生の事を知らない。

 

なので、未だにリンを『メンタルがオヤジっぽい幼女』として扱っているハルカなのであった。

 

 

 

【新田 美波の場合】

 

 

霊山同盟支部に何度目かの凸を慣行したリンを適当にあしらい、*10ターミナルシステムを利用して山梨支部へと転移。

 

今日は山梨支部で済ませなければいけない用事が2つほどあるので、まずはそれをこなしていく。

 

 

「まさか貴方から杏ちゃんに関する恋愛相談を受けるなんてねぇ……」

 

「これ恋愛相談でいいんですか?もっとドロっとしたものじゃありません!?」

 

「恋だの愛だのは古来からドロっとしているものよ、ハルカ君?」

 

「ドロっと具合がとんでもないんですけど。

 スムージーぐらいを想像してたらヘドロみたいのが渦巻いてるんですけど」

 

 

ミナミィネキこと新田 美波にとって、ハルカは従弟とか友人の子供みたいな距離感の相手である。

 

彼女が式神・悪魔合体関連の技術を身に着けて悪魔娼館を立ち上げた頃には阿部の紹介で出会っていた事もあり、何気にハルカとの関わりは長い。

 

阿部・ハルカの両名が『式神ボディの調整を任せてもいい』と信頼している数少ない一人というのも大きいだろう。

 

言動・行動が全体的にエロい以外は比較的善性の黒札なのだから。

 

 

「あ、もしも性的な方面で不安があるなら言ってね。

 彼女の体の弱点も性癖も、下手すると彼女以上に詳しいから♪」

 

「そっち方面では頼らないので大丈夫です!

 というかアレ、もし抱いたら絶対拗らせるヤツじゃないですか!

 依存か愛情か微妙なラインなのが一気に依存に傾くヤツじゃないですか!」

 

「男は度胸、何でも試してみるものよ」

 

「師匠みたいな事言わないでください!」

 

 

定期的な式神パーツの健康診断ついでの雑談では、大体毎回こんなノリに終始する。

 

……色々あったのにウブで純粋な所を残したままの合法美少年をからかいたい、というアレな欲求混じりなのも事実である。

 

 

 

【碧神 凍矢の場合】

 

 

「あれ、碧神さん。直接会うのは久しぶりですね」

 

「! ハルカくん、山梨支部に来るのは珍しいけど、何かあったの?」

 

「はい。ちょっと悪魔娼館山梨本店で式神パーツのチェックを。

 定期的な健康診断みたいなものですよ、シノさんが色々忙しいので」

(といっても、もう僕は変異しすぎてて半分式神から逸脱してるんだけど……)

 

 

鷹村ハルカにとって数少ない『常識人だと思ってる』黒札の一人だ。

 

しっかり修羅勢なので訓練・修行に関する基準はぶっ壊れているものの、

それ以外の点は『真っ当に話が通じる』時点で知り合いの中では『話しやすい』部類に入る。

 

ガイアプロレス関連で色々あったが、霊山同盟支部と新潟支部は大手の取引先という事もあり、相互に『太い客のトップ同士』という関係である。

 

 

「それじゃあ、今から悪魔娼館に?」

 

「いえ、健康診断はさっき受けてきて、今結果を待ってる所なんです。

 その間に千川さんに必要書類を届けたら、結果を受け取って帰ろうかな、と」

 

「あー……もしかしてプラチナカードの審査関連?」

 

「はい、プラチナカードは査定のための書類審査が必要ですから。*11

 ターミナル経由での通信は盗聴・改竄の危険があるので、直接出向いて届けてるんです。

 定期報告会までまだ猶予はありますけど、ウチの支部はいつ何が起きるか分からないので」

 

「書類なんて出してる余裕が無い戦況が続くかもしれない、と」

 

「そういうことですねー……」

 

(毎度思うけどプラチナカードっていろんな意味で割に合わないな……いや、彼の業務を考えれば必要ではあるんだろうけど)

 

 

あはは、と苦笑しているものの、プラチナカードは『ガイア連合でも極まったワーカーホリック・ゴールド専用の地位』と言われるほどのブラック管理職である。

 

そんな地位に中学生の時からついて、何かあればワンミスで万単位の人間が死ぬ事件に放り込まれ続けてきたのだ。*12

 

凍矢こと田舎ニキの性質は『英雄願望は薄いややお人好しの善性』。属性・善の俺達にそこそこいるタイプとも言える。

 

そんな彼からすれば『全力で助けるほどじゃないが、無理のない程度には手助けしてあげたい相手』ぐらいの距離感なのだろう。

 

 

 

【千川ちひろの場合】

 

 

「……はい!では報告書類の確認は完了しました。次回の報告は〇月×日の定期報告会ですね」

 

「ありがとうございます。またよろしくお願いしますね」

 

ガイア連合山梨支部経理部に書類を提出しに来たのだが、対応したのは経理部の顔とも言える黒札『千川ちひろ』であった。

 

彼女は『霊山同盟支部の発足理由』*13を知る一人であり、それもあって霊山同盟支部からの重要書類は彼女の担当業務となっていた。

 

報告の中に『山梨支部にまで飛び火するような案件』が無いかどうかを監査する以上、下手な人間には任せられないのだ。

 

 

(……この子を山梨支部の安定・安寧のために生贄にしてる、というのは、いつまでたっても慣れそうにありませんね)

 

 

それでも『必要ならばやる』あたり、彼女もまた阿部と同じく結構なリアリストである。*14

 

彼女からすればハルカは『力はあるが立場は生贄』という感想しか持てないので、ことさらに手助けをすることは無いが、同時に極度の排斥もしない。

 

『ガイア連合という組織に必要である内は擁護寄りの中立でいる』……経営部黒札一同はおおよそこういうスタンスである。

 

 

 

【KSJ研究所の場合】

 

 

定期健診の結果を受け取り、山梨支部の大ターミナルの1つへと歩いていくハルカ。

 

すると、大ターミナルから山梨支部へ転移してきたと思われる人影と出くわした。

 

 

「……カズフサさん?珍しいですね、山梨支部で会うのは」

 

「あ、ハルカ君。実は『レッドスプライト号』*15のオーバーホールが必要になってね。

 ハルカ君は……経理部の方から来たってことは、書類審査かい?」

 

「はい、プラチナカードは色々と審査項目も多いですから。

 こまめに出しておかないと、何か引っかかった時に書類が山に……」

 

「ははは……出世するほど仕事が増える社会の構図は終末後も変わらないからね」

 

「黒札ですら逃れられないルールですからね……」

 

 

KSJ研究所の一人、大森カズフサにとって、鷹村ハルカとの関係は『庇護者』に近い。

 

惨酷な運命、過酷な試練に挑み続けるハルカと、それを見えざる手を使って支援する者。

 

同時に、鷹村ハルカをちゃんと『子供』として見ている数少ない一人である。

 

 

「それじゃあ、僕はこれで。午後も仕事が満載なので……」

 

「お、おう……その、頑張ってね」

 

 

微妙に気まずい空気になりつつも、今度こそターミナルのある部屋に向かい……そこで、また新たな黒札とすれ違った。

 

 

 

【入即出やる夫の場合】*16

 

 

「……あ、どうも」

 

「……いや、こんにちは」

 

(え、なにこの空気……?!)

 

 

大森カズフサの知る限り、ハルカとやる夫は『善性』の一点で言えば間違いなく信頼できる2名である。

 

両者ともに『誰かの為に』で戦い続ける事ができるメンタルの持ち主で、事実、それに救われた人間も多い。

 

しいて言えば戦闘力だけは正反対だが、ここまで気まずい空気になるような二人じゃなかったはずだ。

 

「それじゃあ、僕はこれで」

 

「え、ちょっ……!?」

 

この空気で俺を置いていくの!?とカズフサが声をかけたくなったところで、ハルカはターミナルシステムを使って転移。

 

残されたのはカズフサとやる夫、そして彼の付き添いで来たスグリであった。

 

「あのー、やる夫さん?彼と何かあったんですか?」

 

「あー……いや、やる夫も直接何かがあったわけじゃないんだお。

 ただ、世の中どうしても性質(タチ)があわない人間はいるというか。

 人間的・人格的な相性がかみ合わない相手というか……」

 

微妙に気まずい空気を残したまま、やる夫はハルカと気まずくなった理由をぽつぽつ語る。

 

 

「彼は……やる夫が『なれなかった自分』そのものなんだお。

 力が無い状態で始まって、リスク覚悟で力を得られる手段を取って。

 大勢の人を助けて、今も守り続けてる」

 

「うーん、やる夫さんもガイア連合としては間違いなく貢献してる側じゃ……」

 

「周りはそう言ってくれるけど、彼も『年下なのに前線に立ち続けてる相手』なんだお。

 元々やる夫はそういう事態が起きてるからこそ強くなりたかったんだお。*17

 だけど……その守らなきゃならない相手が、寄りにもよって自分の理想形というか……」

 

「あー……」

 

「ハルカ君も微妙に気まずそうにしてるから……。

 向こうもなにかしらやる夫に思う所があるのかもしれないお。

 力のないヤツが前線に出てくるな!みたいな……」

 

 

そりゃあ複雑だ、複雑極まる。嫉妬というには思いやりがあるし、善意というには拗れている。

 

同時に、ハルカ側がやる夫に対して気まずい空気になってる理由もまた、カズフサは理解した。

 

 

「いえ、どちらかというとハルカ君がやる夫さんに抱いてる感情は……『羨望』じゃないですかね」

 

「『羨望』?」

 

「ええ。彼はその、『力』が無かったからこそ『居場所』も無かった子ですから。

 勿論、霊能力者としての『力』以外にも色々長所はある子ですけど。

 そういう長所は何一つ評価されず、『力』の有無だけで人生が決まる環境にいたんです」

 

 

地方の霊能一族で、長男でありながらロバの中のロバだったからこそ冷遇されて。

 

家にも学校にも居場所がない。そんな環境で物心ついた時から育てられて。

 

それでもなお、奇妙な運命の導きで『力』と『居場所』を得たのが、鷹村ハルカだ。

 

 

「そんな彼からすれば、力が無くても慕ってくれる相手がいて、居場所があって。

 直接的な力以外の長所を活かせる環境も、評価してくれる相手もいて。

 それなのにひたすら前線に出てこようとするやる夫さんは、なんというか……」

 

「ああうん、おおよそ分かったお。それは確かに複雑だお……」

 

 

自分がどれだけ望んでも得られなかったタイプの『居場所』を得ているのに、それでも満足していない様にしか見えないのだろう。

 

そして、やるべきことをやった上で、やる夫という人間の能力も十分分かっているからこそ『否定』もしづらい。

 

結果、好き嫌いで言えば間違いなく嫌いだけど、敵認定するような悪党じゃない……という非常に面倒な立ち位置にいるのだ。

 

……『お互いに』。

 

 

「まあ、幸い拠点も遠いですし、大きな問題にはならないと思いますけどね」

 

「それはそうだけど、やっぱり複雑だお……お互いが相手を羨望してる関係とか」

 

「……ねえカズフサ、これ新手のBLか何か?」

 

「「断じて違う(お)」」

 

 

やる夫さんの周りにいる女性?陣*18的にシャレにならないからやめようか、という気持ちになったカズフサなのであった。

 

 

*1
正確にはシノがつっぱしってサクラがついていかされる。

*2
霊山同盟支部で戦闘班以上の戦力を持つ者を指す言葉。四天王的なアレ。 おおよそLV30(以前は20だったが、分母が膨大なこともあってLV20~29がそれなりに増えたためライン上昇)超えの面々のみがカウントされ、霊山同盟支部所属の黒札、イチロウやレムナントやスカサハ、七海やツツジ(デモニカG4XアリでLV40~50)等。双子の妹であるアオイちゃんもデモニカありでLV30をギリ超えるため【現地人UC~Rがデモニカありで限界まで鍛えた強さ】があればギリ入れる。

*3
半終末突入前

*4
外見はFateシリーズの子ギル&アストルフォ

*5
脳破壊されまくった結果暴走した杏の式神。上でカタコトっぽい喋り方になってるヤツ。

*6
アビャゲイル氏の投下所に登場する黒札。メシア教絶対殺すマン。

*7
葦原「俺も女運は無いほうだったが、コイツの不運は妙な方向にすっ飛んでるな……」

*8
FFR(ファイナルフォームライド)。某世界の破壊者が使う能力で、他の仮面ライダーを武器や乗り物に強制変形させる。

*9
シノの発明した『G4』及び『G4X』の基礎フレームを元に作られた、肉弾戦重視型のハイエンドデモニカ。シノ曰く「ゲルググ元にギャンを作れって言われた気分」。とはいえ性能そのものは良好で、ロボ部の暴走でゴウラム形態まで実装されたらしい。

*10
決闘の日付は一週間後である。

*11
カオス転生外伝 小ネタ プラチナカードの指針

*12
少なくとも『ニャルラトホテプ&アナザーギルス』『黙示録の四騎士』はS県の人口数百万人がごっそり消し飛んでもおかしくない事件で、『マザーハーロット&サタンの襲来』は普通にショタオジ案件である。当時ショタオジはエンシェントデイとのあれこれで不在だけど。

*13
報告書『霊山同盟支部』等を参照。霊山同盟支部が山梨支部の災害防波堤であることを知っているのは、霊山同盟支部所属の黒札、山梨支部所属の一部黒札、ガイア連合幹部ぐらいである。

*14
オザワとの会話といい、わりと清濁併せ吞むタイプである。

*15
ストレンジジャーニーに登場する揚陸艦。ここでは『地中を潜航する』機能を持った小型潜水・揚陸艦である。

*16
原作では『やる夫さん』としか呼ばれてなかったはずなので、暫定的にこの苗字。

*17
『ざこそな!』で本人が前線に突っ込んでいく理由がこれ。

*18
TS勢とか男の娘パラダイス



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聖人/異端ポイントハイスコアRTA。これが一番高いと思います(参考記録)

 

【霊山同盟支部 第一研究室】

 

「ある意味予想通りで、ある意味予想以上で、ある意味予想外だな。

 いやあここまでくると楽しくなってくる。人生やっぱりエンジョイしないと」

 

「どうしよう、あっくんがノリノリの時点で嫌な予感しかしない」

 

 

終末後も技術研究部は大忙し、寧ろ終末前に広げまくった販路のせいでマイナーチェンジや新商品開発と案件が舞い込みまくる事態となっている。

 

幸いなことに、現地人のオカルト技術者が所属する第三研究室がそれなりの規模になって来た事や、量産品については各地の工場で賄えるようになったことが追い風となっている。

 

第一研究室でしか作れない品となると、それこそ黒札案件のオーダーメイド・一品モノばかり。

 

20000体を目標に生産されている『オートバジン』*1ですら、低レベルかつノーオプションでいいなら工場の生産ラインに乗せられるほどに簡略化が進んでいた。

 

 

「というか20000体全部シノさんがハンドメイドとか死ぬからね!

 もう何度か過労死でコンティニューしてるけど残機99じゃ足りなくなる!」

 

「土管用意しないとな」*2

 

「いやそういう問題じゃなく!」

 

 

パソコンと向き合ってオカルト対応3DCAD*3で製図を行いながらも、それらと全く関係ない会話も問題なく行う。

 

並列思考『程度』はこの二人にとってお手の物であり、なんならこの手の作業をするのに足りないのは『脳みそじゃなくて手の方』と言い切るのが阿部とシノだ。

 

マシン系の設計をシノが担当し、出来上がったハードに式神を応用したブラックボックス・コアというCPUを阿部が設計・最適化して搭載する。

 

この二人の共同作業となれば、それは概ね高レベル御用達の装備や霊的加工を施された戦略兵器だ。

 

なお、後者に該当する超巨大シキオウジをポコポコ量産してるのがショタオジとする。

 

 

「とりあえず、多脚戦車*4に搭載できるレベルでいいなら『結界装置』は完成したね。

 出力・稼働時間が低下する前提なら、ギリッギリオートバジンにも詰める、かなぁ。

 一応デモニカスーツのMAGバッテリーとも接続できるけど、G3Xぐらいの容量は欲しい。

 理想を言えばパワーダイザー*5レベルを推奨!」

 

「『時間稼ぎ』さえできれば避難も救援もだいぶ違うからな」

 

 

今回設計しているのは、シェルター等を覆うガイア連合基準の結界を『持ち運び』できるように改造した『結界装置』*6である。

 

大きさは大型ブラウン管テレビ程度、機動に必要なMAGは相応の量になるので、多脚戦車等に搭載されている『MAGバッテリー』前提の機械だ。

 

悪魔の侵入を物理的に遮断するバリア効果と、結界内部の悪魔発生を抑える抑制効果を両立した。

 

本来のガイア連合結界に付随する様々な細かい効果をオミットしているが、一時的に悪魔を押しとどめるには十分だ。

 

 

「シェルターや霊道を保護する結界が破壊された時点でオートバジンとデモニカ部隊が急行。

 可能なら多脚戦車やパワーダイザーも絡めて、結界装置の一斉起動で結界の穴を塞ぐ!」

 

「結界の基点そのものが壊されてて結界が消失してる場合は、そのままバリケード役だな。

 といっても、多脚戦車どころかパワーダイザーが来てる時点で大体なんとかなるが」

 

「これ以上の戦力ってシキオウジライン越えちゃうもんねぇ」

 

 

シキオウジはショタオジが『大天使が日本に上陸してきた場合の戦力』として数えられる基準で作られている。

 

スペックは全体的に『格下絶対殺すマン』*7なのだが、

 

サイズと基礎ステータスの暴力で大抵の大天使*8程度はどうとでもなってしまう。

 

そして、パワーダイザーも霊山同盟支部に襲来した『黙示録の決戦』において『魔獣 マスターテリオン LV54』を援護ありきで撃退するのに成功しているので、少なくともLV50代の悪魔ならばギリギリ対処できる。

 

つまり、現在霊山同盟支部における兵器のヒエラルキーは……。

 

デモニカ部隊(LV30以下)=オートバジン(LV1~30)≦多脚戦車(LV20~30)<パワーダイザー(LV40~50)<超巨大シキオウジ(LV60~)

 

おおよそこんな状態である。パワーダイザーで対処できない時点で黒札でも危険な異常事態なのだ。*9

 

 

「とりあえずこれが正式版の設計図だねー。試作機で運用データは溜まってるし、実機を組んでみて実験に回してみよっか」

 

「ふぅー、ようやく生産性上げるための簡略化の日々が終わりそうだ……部品点数1個減らすために徹夜するとかさぁ」

 

「その違いを軽視したせいでセガはゲームハード戦争に負けたんだよ、あっくん」

 

「セガサターンとプレイステーションの部品点数の違いなんてマニアックすぎるネタ誰が分かるんだよ」*10

 

 

なにはともあれ、この結界装置についてはしばらくは研究室でのハンドメイド製造、もしくは技術系黒札への委託生産で少数配備。

 

その後、工場等でのパーツ生産ラインを少しずつ増やしていき、最終的にはG3系やアガシオンと同じく量産体制を確立する計画を練る事になった。

 

 

まあその計画作るのは俺達じゃなくてハルカとか巫女長だけどな

 

「最近体三つでも足りなくなって体五つに増やした*11らしいけど本当に大丈夫なの……?」

 

「へーきへーき、式神ボディかつ肉体的にはだいぶ人間辞めてるから」

 

「巫女長さんもまたぶっ倒れかねないからほどほどにね!?

 いやまあ案件上に投げてるのシノさんもそうなんだけど!

 技術屋専門職だから管理職系のお仕事は苦手だしさぁー!」

 

 

良くも悪くも専業タイプの黒札の欠点がモロに出たタイプなのがシノだ。

 

職人気質で口数の多いコミュ障、専門用語を高速でブン回すような説明しかできないタイプなので管理職など夢のまた夢。

 

だからこそこうして専門の研究室を与え、技術開発や設計の見直しなどの『現場エンジニアの仕事』一本に絞っているのである。

 

 

「っていうか、今更だけどやっぱたっちゃん人間やめてるわけ?

 アナライズだと今でも『超人』って表記のままだけど……いつのまにか『式神』消えてるし」*12

 

「ああ。一時期『魔人』や『ロウヒーロー』になりかけてたが、最終的に『超人』で安定したな」

 

「ちょっとぉ!?」

 

 

いや、前者は分かる。ガイア連合の黒札にも『魔人』化した者はいるし*13、電脳異界で『魔人アリス』も保護?している。

 

つまり式神移植や蘇生等で『魔人』化した前例はあるし、魔人というだけなら監視対象になっても即座に殺されないのがガイア連合だ。

 

が、後者はおかしい。『ロウヒーロー』はそもそも個人名や称号であって『種族』ではない。

 

いや、百歩譲って『超人 ロウヒーロー ギルス』のような名称になるにしても、この世界にはすでに『ロウヒーロー』が存在している。*14

 

 

「ロウヒーローにはいくつか種類と基準があるようでな、ハルカはその1つを満たしかけた」

 

「……その、『満たしかけた種類と基準』って?」

 

「『コイツが天下取る可能性があり、かつ天下取ったら法と秩序に満ちた世界になる人間』。

 ものすごいざっくりとした説明ではあるが、その2つを満たしたタイプのロウヒーローだ」

 

「つまり……『ロウルート選んだ主人公』……!?」

 

「そういうことだ」

 

 

ものすごくか細い可能性ではあるが、運命力『だけ』はとんでもない数値を叩きだしているのが鷹村ハルカという人間だ。

 

彼の歩んできた道のりの中で、何かが違えば彼は『ロウルートの主人公』のように法と秩序を敷く側として君臨していただろう。

 

 

「あのさ、霊山同盟支部がこの規模で安定してるのって、そういう?」

 

「あー、まあ。そうだな。アイツの秘めてる『可能性』の発露と言えなくもない。

 ちゃんとルールにのっとった『統治』に対する適性がとんでもなく高いんだよ、アイツ。

 それが『秩序と法の神*15の性質』とも相性がいいってのが厄介なポイントだけど」

 

「……あの、もしかしてたっちゃんって最悪餃子*16ルートもあった?」

 

いや、元々はガイア連合産の餃子にして大淫婦&サタンと対消滅させる計画だったし*17

 

うん、何度聞いても人の心とか戸棚の奥に仕舞ったような計画だよね!そんなあっくんも好きだけどさ!

 

 

いやーんもうはずかしー!とくねくねしながら惚気ているシノ。

 

本人曰く『人でなしのイイ♂男が黒幕ぶってる裏で葛藤しながら超絶大局的な視点で生きてるのがたまんねー!』とのこと。

 

ホモ(バイ)でものすごい術者で人でなしで策謀家でそれでいて人の心を捨て切ってない、実質ダンブルドアな所が好みらしい。

 

シンプルに男の趣味が悪い。少なくとも作者はそう思う。

 

 

「あれ、じゃあもうたっちゃんがロウヒーローになる可能性って無いの?」

 

「そりゃあまあ、もうロウヒーローとよく似たモノに変質した後だからな」

 

「あ、そういえば肉体的には人間だいぶ辞めてるとかなんとか……あれ、今何に変質してるの?」

 

 

最近は肉体のメンテナンスも悪魔娼館の美波と阿部に任せていたシノが、ふと疑問に思って問いかけてみれば。

 

 

一番近いのは小ヤハウェ

 

ホワッツ!!?

 

 

帰って来たのはこの答え。今明かされる衝撃の真実ぅ!

 

『小ヤハウェ』『天の宰相』『天の書記』。これらは全て大天使メタトロンを指す二つ名だ。

 

その中でも『小ヤハウェ』を選択したということは、即ち『四文字』に近しい存在へと変質していってるわけで……。

 

 

「……あ、そっか!メタトロンって元々人間なんだっけ」

 

「ああ。義人エノク*18が四文字*19によって昇天(アセンション)して、

 天の国で『小ヤハウェ』こと大天使メタトロンになった、ってのが有名な話の1つだ。

 まあ儀典と聖典の違いとか色々面倒なアレコレもあるがそれは置いておく」

 

 

ざっくりまとめると、小ヤハウェ=大天使メタトロンとは、四文字や大天使によって変容した事で生まれた『四文字に近しい大天使』ということになる。

 

そんなモンが現代日本でポンポン誕生するわけもない、ガイア連合だってそうそう生み出せるモノじゃない。

 

まあ黒札はおおむね四文字の影響を受けているといえばその通りなのだがそれはそれとして……。

 

 

「はい、ハルカに後天的にブチこまれた天使っぽい要素をドン!」

 

 

『エノク書にも記述のある天使/堕天使と人間のハーフであるネフィリムの肉体』

『並行世界の大天使である【光/プロメス】の力である【アギトの力】』

『並行世界の四文字ことオーバーロード・テオスによる認可』*20

『この世界の大天使メタトロンがハルカに授けたシナイの神火の加護』

『影から見守ったり手を貸したりしてるルシフェルとメタトロン』*21

 

 

「うっわ、こうしてみると頭のてっぺんから足の先まで四文字臭い!」

 

「四文字をエンガチョ扱いするのはやめてやれよ、いや気持ちは分かるが」

 

 

仮面ライダー要素で誤魔化しているが、実質力の源がだいぶ天使・堕天使・四文字に近いモノばかりなのである。

 

寧ろこれだけメシア大喜び要素がロイヤルストレートフラッシュしていれば、普通はロウヒーロー一直線に思えるのだが……。

 

 

「天界爆破した上でこれに加えて『サタナエルの加護』*22まで貰ってるからなアイツ。

 オマケに大淫婦バビロンにめっちゃモーションかけられまくってる!」

 

「すごいよね!聖人ポイントと異端ポイントをハイスコア狙いなのかってぐらいに稼いでる!」

 

 

そりゃテンプルナイト・サチコが「ウチは公の声明出しませんからね!?」と泣きを入れるのも分かる。

 

ハルカ/ギルスを肯定しても否定しても穏健派が盛大に割れる。

 

なんなら過激派だって一刻も早く排除するかとっ捕まえて餃子に再加工するかで割れる。

 

確かに変質の前例として近いのは『エノク→メタトロンの昇天』だろうが、これをインド式カレーからカレーライスへの変化とするなら、ハルカの場合はネフィリムだのサタナエルだのブチこんだせいでカレー味のウンコなのかウンコ味のカレーなのか問題になってるぐらいに違いすぎる。カレーしか共通してない。

 

 

「……あー、もしかして山梨支部にたっちゃん容認派もそこそこいるのって……」

 

「ああ。いざって時ハルカはメシア教を四分五裂させるのに使えるからな」

 

「ホントにあの子全方位に切り札だよね!ブレイドなのかジョーカーなのか悩むレベルで!」*23

 

 

これ儀式とかしなくてもトラブル全部吸引するんじゃないかなぁ?と思うシノ。

 

なお、そんなトラブルの爆心地に全て承知で住んでいるあたり、彼女も人生エンジョイ勢であることに疑いはない。

 

『霊山同盟支部の黒札はイカれている』。比較的感性がマトモな黒札からの共通認識なのであった。

 

 

*1
霊山同盟支部で生産中の『マシン オートバジン』。LVは製作者によって1~30で上下し、人型ロボット形態とバイク形態を切り替え可能な対悪魔用戦闘機械。AI制御にはシノの脳細胞を培養した生体チップが使われており、某邪神によるハッキング対策のファイアウォールも完備。

*2
仮面ライダーエグゼイドに登場する『仮面ライダーゲンム/檀黎斗(神)』が持つ能力。死亡するとどこからともなく(地面でも空中でも)生えてきたマリオみたいな土管から蘇生する。コンティニュー回数は99回だが、条件次第で増える。 なお、過労死にも適応される(公式)

*3
ざっくりいうと設計図などを書くための設計支援ツールである『CAD(キャド)』をオカルト製品にも対応させたもの。山梨支部の技術部時代にシノが作成。現在は黒札限定でフリーソフト化しており、霊山同盟支部の通販窓口では黒札以外にも無料版(機能制限あり)・有料版(黒札が使用しているモノとほぼ一緒)の両方を配布している。

*4
自衛隊等が運用しているタチコマみたいな戦車。LV20以上はあるらしい。

*5
『仮面ライダーフォーゼ』に登場した人型ロボット。ガイア連合ロボ部やシノを含めた技術部黒札の手で完成した。スペック的にはジェネリックシキオウジぐらいと思われるが、試作機には『バイクを宇宙まで飛ばす』機能が付いており、これのおかげで世界が救われた。 ロボ部と共同で量産計画も検討されているが、流石にこのレベルだと黒札ハンドメイドになるため配備は中々進んでいない。

*6
ちなみに名前にこだわりが無かったシノのせいで正式名称を『シノさん特製バリアマシーン』というクソダサい名前にされてしまった。この時点では一応ver1.0。

*7
物理無効・各種絡め手対策・ザコ狩り用のメギド・洗脳能力等、格下が大挙して押し寄せてきた場合のカウンターとして最良すぎる。

*8
そもそも大天使もピンキリであり、真女神転生2等はロウ勢力の全盛期なのに大天使の下限は『LV28』である。

*9
外伝のアカネちゃん曰く「終末後はそこそこレベル上げてた黒札がシキオウジ倒せる・倒せないでライン分けされた」らしいので、そこそこレベル上げてた黒札でとパワーダイザーが同じぐらいの戦闘力である。

*10
セガサターンとプレイステーションではセガサターンの方が部品点数が多く、値下げ合戦で不利が生じたのがハード戦争に響いた……という説。諸説あるので各々調べてください(丸投げ)。

*11
阿部特製の『ハルカ/ギルスのレプリカ式神ボディ』を用意して、それらをハルカ/ギルス本体と意識共有。ドローンやラジコンを動かすような感覚で他の体を動かしている。当然『同時に体5つ動かす必要がある』ので、並列思考が最低5つ必要。

*12
種族的には『人間→式神→式神 超人→超人(イマココ)』

*13
TS魔人ニキ等

*14
『真・女神転生』の通称ヨシオの事。ガイア連合でも存在は把握しているので、シノも掲示板経由で情報は仕入れている。

*15
皆様ご存じ四文字。

*16
真女神転生のロウヒーローのあだ名。餃子とかマヨネーズとか、呼ばれてる理由は画像検索すればわかる。

*17
少なくともニャルラトホテプ&ギルス・アバターとの決着がつくまでは阿部にとってこの計画が本命だった。

*18
日本では一時期ネットミームになった『エルシャダイ』の主人公『イーノック』名義が有名。

*19
天使エロヒムというパターンもある。

*20
少なくとも『あれもアギトだけどアギトだからって理由で排斥しちゃいけないよね、今は見守りタイムだからね』という、仮面ライダーアギトで最後に出した結論が彼にも適応されている。でないとこの世界にアンノウン(オーバーロード)がポップして殺しにこなきゃおかしいので、オーバーロード・テオスがこの世界に来たことを知らない阿部やシノも「まあ多分今も津上(本物)との約束守っとるんじゃろ!」という仮説を立てている。

*21
前者は『堕天使ルシフェル』なので、安心院さんもとい魔王ルシファーとは同一存在の別側面。後者も現在は『英雄エノク』の側面で召喚されており、両者ともに人類滅亡待ったなし!みたいな案件の場合は阿部やハルカに手を貸しに来る。理由?片方は予言者で片方は英雄とかいう超便利ユニットだから。

*22
真女神転生2での『必要とあれば四文字も裁く』という側面の加護であり、効果は『天使・大天使・神霊に属する悪魔に対する特攻及び固有スキルの軽減』。なのでシナイの神火やゴッドボイスに耐性がある。

*23
『仮面ライダーブレイド』と『仮面ライダージョーカー』の事。





Q ちなみにハルカ君がロウヒーローとして天下取ったらどんな秩序・法を敷くの?

A とりあえずざっくりしたルールつくって不具合出たら都度修正。
 本人が数百年でも数千年でも折れず曲がらず歪まず生きていける肉体&精神性なので、
 最終的には古代ローマの元老院みたいな議会作ってトライ&エラーを繰り返す。
 理想の千年王国とかムリだから千年間地道に頑張りましょう、みたいな。
 霊山同盟支部はその縮小版である。


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