リィエル・レプリカと転生日誌 (氷月ユキナ)
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プロローグ
目覚め


 俺は、いつも通り寝たはずだった。

 

 朝……かどうかは分からないが、眠りから目覚めて学校へ行く準備をしようと思ったら、自分が得体の知れない液体の中に居ることに気が付いた。

 

 誘拐かと思ったが、こんなそこらにいる平凡な男子高校生を攫う意味が分からない。

 

 しかも、何故か息が出来ている。俺って知らない間に人間辞めてたのかな?

 空気ないのに息が出来てて違和感ありすぎて、なんか気持ち悪さを感じる。

 

 そして、俺が入って眠っていた試験管っぽい何かの前には何人かの人がいた。

 

「ふは、ふははははッ! いいぞ……いいぞぉ……ッ!?」

 

 ……なんかハゲの変人がいる。

 

 そう思っていると、俺の入っていると思われる試験管もどきのガラスに俺の顔が反射されて見れた。

 

 ……誰? この青髪美少女。

 

「成る! 成るぞぉッ! 『Project:Revive Life』は今日、ここに成る! このバークス=ブラウモンの手によってだ……ふはははははははははははは――ッ!」

 

 ……おい待て。待て待て待て!

 いきなり情報が多すぎるッ!

 

 『Project:Revive Life』? バークス=ブラウモン?

 

 それを聞いた瞬間、最悪の考えが浮かんだ。

 

 もしかして……『ロクでなし魔術講師と禁忌教典(アカシックレコード)』の世界に転生しちゃってたり……?

 

「流石はバークスさん、お見事な腕前ですね」

 

 もし、この世界が本当に『ロクでなし魔術講師と禁忌教典(アカシックレコード)』、略してロクアカの世界なら、今バークスを褒めた青髪の青年がライネルか。

 

 なら、あっちで拘束されて吊るされてる金髪美少女はルミア……。

 

 ならあっちにいる俺と全く同じ顔の女の子がリィエル、だな。

 

「リィエル、大丈夫かい?」

「………」

 

 ああ、完全にロクアカだ。本当に意味わかんねぇけど。

 

 なら俺は、ライネルとバークスによる『Project:Revive Life』で生み出されたリィエルのコピーであるリィエル・レプリカって事か?

 

 いや、まだだ。まだ、この状況が夢の可能性があるんだ。

 そうだ、きっとそうに違いない!

 

 こんな事が現実であるわけが――。

 

ゴゴゴゴゴ…………。

 

 そう夢だと願ったとき、地鳴りが鳴り響いた。

 

 うん、この音。この迫力。

 ……間違いなく現実だ。

 

「何事だ!?」

「今、遠見の魔術で確認しました……侵入者ですわ」

「何だと!? 馬鹿な! どうしてここが割れた!? そんなはずはーー」

「……はて?」

 

 ああ、あっちの黒髪の人はエレノアか。

 

 全員個性豊かだなぁ。

 流石は二次元のロクアカ世界。

 

「あらあらまぁ……近接格闘戦で殴られたあの時ですか……油断しましたわ。流石は帝国宮廷魔導士団特務分室《星》のアルベルト様……。一杯食わせたと思っていましたが、一杯食わされたのはどうやら私の方だったみたいですわね。お見事」

 

 あ、アルベルトも居るのか。

 

 アルベルト……絶対に敵に回したくない。

 

 グレンがもしかしたらセリカを殺れるかもと思った奴だし? もし戦ったとしても勝てるわけ無いし!?

 

「そ、それは一体、どういうことだ!? エレノア殿ッ!」

「さぁ、どういうことでしょうか」

 

 あ、誤魔化した。

 

「とにかく敵勢力は二名。帝国宮廷魔導士団、特務分室のエース、アルベルト様と、帝国魔術学院魔術講師、グレン様ですわ」

「……ッ!?」

「……先、生……?」

「グレン……だと? まさか、生きていたのか……?」

 

 この世界の主人公(タイトルロール)、グレン先生だ! ……いや、実際には会ったことないけど。

 

「……先生……ッ! よかった! やっぱり――」

 

 美少女の泣き笑い、いいなぁ。

 

 ……うん? 少し考えてみよう。

 

グレン先生がここに来る。

 ↓

リィエル vs グレン先生。

 ↓

リィエルの説得完了&ライネルの本性が分かる。

 ↓

リィエル・レプリカ(一人が俺)三体 vs グレン。

 ↓

リィエル・レプリカがリィエルによって瞬殺。

 

 

 ………あ。……俺、殺されるやんッ!

 

 ヤバイヤバイヤバイッ!

 冗談抜きでガチめにヤバイッッ!

 

「まだ、儀式の完遂まで時間がかかりますわ。それまでにこの部屋に至られると、儀式を台無しにされる恐れがあります。いかがいたしましょうか?」

「くぅ……おのれぇ、政府の犬共め……ッ!」

 

 けど、この儀式がまだ終わっていないのが俺にとっても問題だ。

 

 儀式がまだ完全じゃないからか、全身が金縛りにあったみたいに全く動かせない。

 

 つまりこのままだと、死ぬ。

 

 ……人生がいきなりルナティックモードになったんだが? 難易度調整ミスってない?

 

 けど、まだ現実味がないからか案外冷静に考えられているのが救いだな。

 

 どうしようか考え始めると、バークスが呪文を唱えながら指を動かして何かの操作を始めた。

 

「いいだろう! 情報によると、奴らがいるのは、まだこの中央制御室からは程遠い第四区画――あそこならば、対処は容易い! 私の作品で蹴散らしてくれるわ!」

「作品、とは?」

「ふふふ、あの区画には私が作った無数の合成魔獣(キメラ)が封印されているのだよ。その合成魔獣(キメラ)どもの封印を解き、連中にけしかけてくれるわ。これでいい……さぁ、行け……私の最高傑作達……ッ!」

「僭越ながら、そんなもので彼ら二人……特にアルベルト様が止まるとはらとても思えませんが」

「そんなもの、だと……?」

 

 いや、こんなとこで喧嘩されても困るんですけど。

 

 こっちもこっちで身体動かせないし。どうやって逃げろと?

 

「エレノア殿……貴様、私の合成魔獣(キメラ)作製の腕を疑っておるのか?」

「いえ、そうではありませんが……アルベルト様は帝国宮廷魔導士団のエース。帝国軍において最高クラスの魔導士ですわ。それに、グレン様とて元・魔導士……」

「ふん。何が魔導士だ。魔導士など所詮、魔術を戦にしか使えぬ低能共ではないか。真の賢者たる魔術師の敵ではないわ」

「………」

「まぁ、そこで見ているがいい」

「はぁ……それでは、ゆるりと拝見させていただきますわ」

 

 あー……俺、位置的に丁度見えないところに映像が流れる画面があるんだが? 放置?

 

 ……こんな状況だけどさ。

 それでもロクアカファンとして俺も戦闘シーン観たいよ……。



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決意

 今、グレン先生が黒魔改【イクスティンクション・レイ】を使ったらしい。

 

 観えてないから多分だが。

 

「……ば、……馬鹿なッ! 黒魔改【イクスティンクション・レイ】だと――ッ!? アレは、一昔前、セリカ=アルフォネアとかいう阿婆擦れが作った、限りなく固有魔術(オリジナル)に近い術――ッ! 他にも使い手がいるなぞ聞いてないぞッ!? あの男は一体、何者なんだ!?」

 

 タダのロクでなしな魔術講師だよ。

 

 少し世界最高の魔術師であるセリカ=アルフォネアの弟子で、元・帝国宮廷魔導士団特務分室所属執行官ナンバー0《愚者》であり、そして■=■■■■と契約して(マスター)となり加護を受けているだけの一般人。

 

 ……一体これのどのへんが一般人なんだろうか。

 

 疑問になってきた。

 

「落ち着いてくださいませ、バークス様。魔術師にとって、相手が思いもよらない切り札を隠し持っておくことなど実に基本的なこと。むしろ、グレン様にあのような恐るべき術をあの場で使わせたこと、勝利と呼んでも差し支えございませんわ。それよりも、バークス様。いかが致しましょう。あの区画を突破されてしまいましたら、この中央制御室まではもう、目と鼻の先――早急に対処する必要が御座います」

「そんなことは、わかっておる!」

 

 バークスとは違ってエレノアはちゃんと冷静だな。

 

 よし、エレノアを俺の戦いたくない内の一人に入れておくとしよう。

 

 ついでに戦いたくない人の中にはアルベルトも入ってるよ。

 

「おい、そこの貴様!」

「……はい、僕に何か御用でしょうか?」

「後に残った儀式の細かい調整は任せる! お前でもそのくらいはできるだろう?」

「できますけど……バークスさんはどうするのですか?」

「ふん! 私自ら政府の戦争犬どもを駆逐してやろうというのだ。魔術を戦争にしか使えぬ能無し共に、真の魔術師の威力を教育してやるのだ! エレノア、お前も来い!」

「畏まりましたわ、バークス様」

 

 そう話し、エレノアとバークスの二人が部屋から出ていく。

 

 この世界が本当にロクアカなら、この後、ライネルが俺等を完成させてこの容器から出す筈だ。

 

 俺はその後の、ライネルがグレン先生を相手にしているときに逃げ出すことにした。

 

 感情とかを消されたらそこで終わりだけど、それは祈るしかない。

 

 この容器に入っていてまだ動くことすらできない以上、対策なんて出来ないし。

 

「さて……そういうことなら、気合を入れないとね……」

 

 俺も、気合を入れて全力で逃げよう。

 

 そう決心した。



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逃走

 あの後、完成したらしくライネルに容器から出されて服(?)を渡された。

 

 感情? あったままだよ。理由は分からん。

 

 ちゃんと身体が動いて、少し感動したのは俺だけの秘密だ。

 

 身体が自分の意識で自由に動くのって、こんなに嬉しいことだったんだなぁ……。

 

 しかもライネルにより『アストラル・コード』とやらを付与?されたらしく、今は知らなかったはずの魔術の使い方や剣技を知っている状態だ。

 

 それと、本来俺は感情がない機械のような感じのはずなので、ライネルの前では頑張って演技した。

 

 もうやりたくない。あのバレるかどうかのドキドキするの超疲れた。

 

 そして今、ライネルに合図したら来るように言われて、ライネルとリィエルが共にグレンを迎え撃ったところだ。

 

 そんな訳で。

 

「ん。逃げよう」

 

 よし、声も出るしちゃんと喋れる。

 

 ……リィエルみたいな口調で、おまけに顔も無表情だけど。

 

 う〜ん、残りの二人はどうしようか。

 

「貴女達はどうするの?」

「………」

「………」

 

 へんじがない。ただの しかばね のようだ。

 

 頭を撫でてみる。

 

 ……なんも反応してくれない。

 

 本当にただの機械みたいだ。

 

「……ん、行こう」

 

 一人で逃げることにした。

 

 幸い、ライネルが出ていった方向とは別のドアがあるのでそこから逃げられる。

 

 けど、逃げる前に持っていく物がある。

 

 1つ目はお金。理由は言わなくても分かるだろ?

 

 棚にあったお金を鞄に詰めて出来るだけ持って行こう。

 

 多分研究の為に使うお金なんだろうけど、俺のこれからの生活費に使わせてもらうぜ!

 

 そして2つ目が俺の霊域図版(セフィラ・マップ)だ。

 

 ロクアカの、俺と同じく『Project:Revive Life』で生まれたリィエルは、小説の13巻で『エーテル乖離症』に陥っている。

 

 これは、"肉体と霊魂の結合が緩んで、霊魂が肉体から乖離していってしまう"という病気だ。

 

 けど、俺の魂は『Project:Revive Life』で出来ているので簡単に言うと十の霊域(セフィラ)の境界(?)が滅茶苦茶になってるらしい。

 

 しかも、この『エーテル乖離症』は『Project:Revive Life』の弊害の様な物なので100%起きる。

 

 つまり、霊域図版(セフィラ・マップ)がないと治療出来ずに俺は死ぬ。

 

 その事実に若干震えながら、急いで俺が入っていた機械に付いているモノリス型魔導演算器で呪文を唱えながら指を動かして霊域図版(セフィラ・マップ)を探す。

 

「……あった」

 

 ライネルに付与された『アストラル・コード』が、これが俺の霊域図版(セフィラ・マップ)だと言っている。

 

 俺は霊域図版(セフィラ・マップ)をコピーし鞄に入れ、逃走する準備が整ったことを確認した。

 

 さぁ、逃げよう。そうだ、何か捨て台詞を――

 

「あいるびーばーっく」

 

 そう呟き、俺は目の前の扉をゆっくりと開けた。

 

 ……ここにはもう帰ってこねぇけど。



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 あのドアの奥を勘だけで進んで行くと、下水道のような所に着いた。

 

 ずっと歩きっぱなしだけどこれ、本当に外に出れるのか?

 

 だんだん不安になってきたぞ。

 

「うぅ。くさい」

 

 けど、とにかく歩くしかない。

 

 そのまま歩いて、歩いて、歩いて、歩き疲れてきた時、ついに何かからの光が見えた。

 

 よく見ると、奥にあるドアから光が漏れていて……。

 

「外ッ!」

 

 俺は、無意識に駆け出していた。

 

バンッ!

 

 そのドアを勢いよく開けたら、目の前には大きい海があった。

 

「綺麗……」

 

 朝日が海の水に反射して煌めいていて、幻想的な雰囲気もある。

 

「ん……? ……涙?」

 

 ……俺、泣いてるのか?

 

 なんで……? そう思う間にも、何故か涙がどんどん溢れていく。

 

 ……ああ、そうか。

 

 この光景を見たときに、やっと本心から実感できたんだ。

 

 俺は、ロクアカの世界に来たんだって。

 

 おそらく、もう元の世界には戻れないって。

 

 

■□■

 

 

「……恥ずい」

 

 見た目はリィエルと同じロリとはいえ、中身の精神が高校生なのに泣いたのは恥ずいな。

 

 うわぁ、黒歴史確定じゃねぇか。

 誰にも見られてなくてよかった。

 

 …じゃあ、早速これからのことを考えるか。

 

 ひとまず逃げて来れた事で、俺の死亡率は大幅に下がった筈だ。

 なので少しは安心していいと思う。

 

 つまり、今一番の問題は……。

 

「お腹……減った……」

 

ぐきゅるるるぅーー……。

 

 そんな気の抜けるような間抜けな音が、俺の腹から盛大に鳴った。

 

「……苺タルトが食べたい」

 

 ……最初に解決するべき問題は、ご飯だな。

 

「食べもののお店、探そう」

 

 食を求めて、俺は近くにある街に行くことにした。

 

 どうして街の場所が分かるのかって? 『アストラル・コード』のお陰だよ。

 

 

■□■

 

 

 街を歩いていると、お手軽で丁度良さそうな鳥の串焼きを売っている店を見つけた。

 

 だが、苺タルトは無かった。

 

 大切な事なのでもう一度言おう。

 

 苺タルトはなかったのだッ!

 

 それは置いておいて、焼き鳥屋のメニューはこんな感じだ。

 

もも   一セルト

ねぎま  一セルト

つくね  一セルト

レバー  一セルト

ハツ   一セルト

砂肝   一セルト

せせり  一セルト

なんこつ 一セルト

ぼんじり 一セルト

かわ   一セルト

てばさき 一セルト

 

 さて、何を頼もうか。買うなら3本程度が良いな。

 

 まずは無難にももを一つだ。

 

 後の2本は……ねぎまとつくねにしよう。

 

「もも、ねぎま、つくねの三つ頂戴?」

「はい、全部で三セルトだよ」

「ん、このくらい?」

「ああ、合ってるよ。お嬢ちゃん」

 

 お金の価値は『アストラル・コード』から分かるので、銅でできたコインを3枚、屋台のおばちゃんに出す。これで正解なはず。

 

「……あんた、保護者の人はどうしたんだい?」

「家。お使いに来た」

「そうかい。頑張りな」

 

 お使いなんて嘘だけどね!

 

 けど、何かを言っておかないと兵士に通報とかされるかもしれないし。

 

 俺の身分証明書はないからな。それで捕まったりしたら面倒なことになるし、なによりそれは"面白くない"。

 

 銅のコインを三枚渡して、串焼きを受け取った。

 

「あそこにベンチがあるから、そこで食べな」

「ん、ありがと」

 

 よし、食べよう!

 

 転生してから初の食べ物だ。

 

 最初に食べるのは、ももだ。

 

 目の前のももの串焼きを見る。

 色々なアレンジがあるわけじゃなく、シンプルにただ鶏のももを焼いてタレを漬けただけ。

 

 なるほど、こういうの好きだな。

 

 いただきます!

 

「はむ……おいしい!」

 

 もも……美味いなっ!

 

 肉を噛むたびにジューシーな肉汁が溢れ出し、タレの味と混ざり合い絶妙にマッチしている。最高だ。

 

「……あ、食べ終わっちゃった」

 

 ももという名の幸福な時間は、あっという間に過ぎていった。

 

 だが、まだ2本残っている。

 

「次は、ねぎま」

 

 どんな味か楽しみだ。




※ネタ紹介
・焼き鳥を食べている時の主人公
 ⇒"孤独のグルメ"の五郎


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フェジテへ!

「……美味しかった。ごちそうさま」

 

 食べ終わった後の串をゴミ箱に捨てる為にベンチを立ち上がる。

 

「お嬢ちゃん、詐欺なんかに引っかからないようにねー!」

「分かった!」

 

 ゴミを捨て、俺は港へ歩き始めた。

 

「次はフェジテに行く。決めた」

 

 あの後、串焼きを食べながらこれからどうするかを考えた。

 

 結論:フェジテに行く。

 

 何故って? "面白そう"だからさ!

 

 なんて言ったって、原作の事が実際に見れるとか最高じゃん!

 

 それとここよりも治安がいいと思うし。

 

 グレン先生達に会って保護してもらうというのも考えたが、それは"面白くない"ので辞めた。

 迷ったが、暗躍する方がいい。

 

 けど、一つ問題がある。

 船に乗るお金は流石に無い。

 

 どうすればいいかを考えた。

 

 考えて考えて考えまくった結果、一つの答えにたどり着いた。

 

 その答えは簡単な事さ。

 船にこっそり忍びこめばいい!

 

 方法? 魔術があるでしょ?

 

 『アストラル・コード』による魔術の知識があるので、俺は魔術を使えるんだ。

 

 『アストラル・コード』超便利ぃ!

 

 具体的には、【セルフ・イリュージョン】とかで姿を消して、【ノイズ・カット】とかで音を消せば簡単に船に乗れると予想してる。

 

 ふっ、容易(イージー)だ。なんちゃって。

 

 いざ、フェジテへ!

 

 

■□■

 

 

「……うぅ……気持ち…悪い……」

 

 船、揺れすぎだろぉ……。

 

 魔術でこっそり船に乗る所までは上手く行った。

 

 けど、その船が丁度グレン先生達が乗る船でもあったらしい。

 

 どんな偶然だアホぉッ!と叫びそうになった。

 危ない危ない。

 

 まぁそれで、魔術を見破られたら終わるなーと思い、急遽過ごす場所を荷物が置いてある所に変更し、そこに向かった。

 

 ずっと魔術を使っているわけにもいかないしな。

 

 そんなんしたらマナ欠乏症になってぶっ倒れるわ。

 

 荷物置き場については、一言で言おう。地獄絵図でした。

 

 お客の沢山の荷物が揺れで自由に暴れ回って……。

 

 詳細に言いたくないので、後どんな事があったかはご想像におまかせします。

 

 その中でも吐かずに頑張って耐えて、ようやくフェジテに着いたのだ。

 

 頑張った。本当に頑張ったよ俺。

 

 しかし、船を降りて、グレン先生達から離れたベンチに座って休み始めてから一時間ぐらい経つのにまだ酔いが抜けない。

 

「……もう宿を探そう」

 

 最初は気持ち悪さがなくなってから動こうと思っていたが、そんな悠長にしていたら夜になりそうだ。

 

 俺は野宿とか絶対に嫌だぞ!

 

 …………ん? なんか急に、視界が回って……。

 

 そして急に、唐突に、俺の意識は沈むように眠ってしまったのだった。

 

 

■□■

 

 

「おやおや……君は――」

 

「リィエル? いや、違うなぁ」

 

「まさか、『Project:Revive Life』かい?」

 

「くくくっ、面白いな……グレンほどじゃないけどね」

 

「さてと、まず彼女の治療をするとしようかな?」



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天使の塵(エンジェル・ダスト)
《正義》


「…………ん?」

 

 ここは何処だ? 確か俺は、頭がクラクラすると思ったらいきなり倒れて……。

 

「……知らない天井」

 

 一度は言ってみたかった台詞(セリフ)を呟いて起き上がると、俺は白いベッドの上に居る事に気が付いた。

 

「やぁ、やっと目が覚めたかい?」

「……貴方は?」

 

 よく分からない場所にいた俺に話しかけてきた男は、灰色の髪で色白の肌だ。

 

 山高帽を被り、リボンタイに手袋を着けて、フロックコートを着ているその青年。

 

 だが、そんな普通な格好とは違って、その瞳にあるのは()()()()()()

 

 見覚えなんかない。

 だが、"識っている"。

 

 この世界、ロクアカのトリックスターとも言える存在。

 

 元帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー11《正義》の――

 

「始めましてだね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ジャティスッッ!

 

 ……けど、どうしてこいつがここにいる。

 

 助けたのか? 俺を?

 

 なんで? この狂った正義厨が俺なんかを……。

 

 ……分からん。こういう時は本人に聞こう。

 

「ねぇ、貴方。どうしておれを助けてくれたの?」

「思っていたよりも直球(ストレート)な質問だね。それに、君には僕が理由もなく人を助けるような男には見えていないのかい? 哀しいなぁ」

 

 ……こいつウザい。だがまだ怒るな俺。

 

 聞くべきことがたくさんあるから。

 

「いくつか聞きたいことがある」

「何だい? 何でも聞いてくれ」

「おれはどうして倒れた?」

「君は『エーテル乖離症』という病気になっていてね。簡単に言うと「知ってる」……そうか。君は博識なんだね。だから僕は君が持っていた霊域図版(セフィラ・マップ)を使って心霊手術を施してあげたのさ」

「……ありがとう」

「礼には及ばないよ」

 

 ……まさかこんな狂人に俺が助けられるなんてな。

 

 世の中何があるかわからない。

 

「で、だ。君は『Project:Revive Life』によって生まれたのかい?」

「……どうして知ってる?」

「僕には君とそっくりな知り合いがいるからね。それに、心霊手術の時に使った霊域図版(セフィラ・マップ)を見たら君の魂がおかしい事ぐらいすぐに分かる」

 

 まさか俺、ジャティスに解剖とかされるのか?

 

 それなら全力で抵抗するが?

 

 俺はまだこんな所で死にたくないし。

 

「僕は君に興味を持ったんだ。どうだい? 僕と一緒に来ないか?」

「…………ふぇ?」

 

 ジャティスの口から出た意外すぎる言葉に、俺の口からは間抜けな声しか出なかった。

 

 何言ってんだこの正義厨。

 

 ……一旦落ち着いて考えてみよう。

 

 このままジャティスと別れて外に出たとする。

 

 お金にはまだ余裕があるし、宿に泊まったりはできる。

 

 だが、身分証明書とかない俺が仕事なんて出来るのか?

 

 今ある所持金がなくなったら、俺はもうそれだけで詰む。

 

 正直、俺からするとジャティスについていくほうが断然いい。

 

 ……そもそも、これは拒否していいのか?

 

「それで? どうするんだい?」

「……断ってもいいの?」

「ああ、別にそれでいいというのなら構わないさ。だが、君は必ず僕に着いていくことを選択する。"読んでいる"よ」

「………」

「さて、答えを聞こうか」

 

 ……拒否権ないのと同じだろ。

 

 それに、ジャティスに着いていく方が"面白そう"だ。

 

「……ん、分かった。俺は貴方に着いていく」

「了解だ。安心しなよ、悪いようにはしないさ……くくくく……」

 

 ……判断、間違えたかなぁ。



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苺タルト

 ジャティスと共に行くと言った俺。

 

 今は何をしているのかというと――

 

「苺タルト、美味しい」

「……そうか。ところでその苺タルトは何個目なんだい?」

「さぁ?」

「………」

 

 店に来て苺タルト食べてます。ジャティスの奢りで。

 

 一応リィエルの関係者と会った時、リィエルだと勘違いされないようにジャティスの錬金術で髪の色をジャティスと同じ灰色にしている。

 錬金術って便利だな〜。

 

 それにしても、何だこの苺タルトは……。

 

 ロクアカ世界の苺タルトの美味しさがバグっている。勿論いい方に。

 

「苺タルト、ジャティスもいる?」

「いや、結構だ。それよりティア、そろそろ話してもいいかい?」

「ん、どうぞ」

 

 ついでに俺の名前はティアになった。

 

 この名前は【正義の女神(レディ・ジャスティス) ユースティア】から取ったらしい。

 

 …どうでもいいけど。

 

 

〜ジャティスの話し中(省略します)〜

 

 

「……聞いてるかい?」

「聞いてる。つまり、クライトス領って所に行ってレオスって人に会うの?」

「……簡単に言うとそうなるね」

 

 ジャティスが言うには、クライトス領に行ってレオスと合流するらしい。

 

 『天使の塵(エンジェル・ダスト)』は『人工精霊(タルパ)』によってもう投与してるっぽい。

 

 説明しよう! 『天使の塵(エンジェル・ダスト)』とはジャティスも作れる錬金術の悪夢とまで言われた最悪の魔薬(ドラッグ)である色々と危ないお薬なのだ!

 

 詳しく説明すると、被投与者の思考と感情を完全に掌握し、筋力の自己制限機能を外し、ただ投与者の命令をこなすだけの無敵の兵士を作るというイカれた目的の為に作られた魔薬(ドラッグ)

 

 一度この薬を投与されたら完全に廃人となって、もう二度と元には戻れない上に、定期的にこの『天使の塵(エンジェル・ダスト)』を投与されないと凄まじい禁断症状と共に肉体が崩れて、死ぬ。

 

 そして、投与を続けたとしても結局末期中毒症状で死ぬ。

 

 つまり、レオスはもう肉体的には生きてるけど、人間としてはもう死んでいる手遅れの状態だな。

 

 しかも、この『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の中毒者は死霊術師(ネクロマンサー)が使役している屍人(ゾンビ)と似ているが、生み出すのにわざわざ盛大な儀式なんざやらなくても他者に投与するだけで屍人(ゾンビ)のような強力な下僕を簡単に量産できる。

 

 その事から、この魔薬(ドラッグ)は皮肉を込めてそう呼ばれている。

 

 死者を迎えに来た天使の羽粉――つまり、『天使の塵(エンジェル・ダスト)』、と。

 

 ……けど、なんだろうな。そんな物をレオスに投与したジャティスに怒りとか嫌悪とかの感情が一切湧いてこない。

 

 まあ、そんな事どうでもいいや。

 

「で、おれは何をすればいいの?」

「レオスのメイドとなって、共に行動して欲しい」

「なんで?」

「正義の為さ」

「……メイドはジャティスの趣味?」

「断じて違う」

 

 ジャティスは、【天使の塵(エンジェル・ダスト)】の影響でレオスが何か不自然な事をしないかどうかを俺に見張っていて欲しいらしい。

 

 そんで、何かやらかしたらしっかり証拠隠滅してくれと。

 

 苺タルトを奢ってくれた分はちゃんと返してやるから任せろ!

 

 苺タルトパワーで今の俺は絶好調さ!

 

「ん、おれに任せて」

「……とてつもなく不安だなぁ」

 

 酷いなジャティス! 俺はやると言ったらやる男なんだぞ!

 

 ……今は女になっちゃってるけど。



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クライトス領

 えー、こちらがクライトス領にあるレオスさんのお宅です。

 

 庶民がドン引くほどの豪邸ですね、はい。

 

 家の中にも高級そうな絵画も廊下の壁にあった。俺には芸術はさっぱりだけどな。

 

「ジャティス、彼女が貴方の言っていたティアですか?」

「ああ、そうさ」

「分かりました。初めましてですね、ティアさん。私はレオス=クライトスといいます」

 

 そして俺とジャティスの目の前には、ジャティスが魔薬(ドラッグ)漬けにしたというレオスが座っている。

 

 『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の中毒者とはとても思えないほどの正気さだ。

 

「レオス、いきなりだが彼女を君の専属のメイドとして雇って欲しいんだ。()()()()()()()()()()()()?」

()()()()()()()()()。ティアさん、これから宜しくお願いしますね」

「ん、よろしく」

 

 前言撤回。初対面の人をメイドとして雇うのはおかしいぞ。

 

 そして、はっきりして置かなければならないことが一つある。

 

「ティア、早速だがこのメイド服を着てくれ」

 

 ……なんでジャティスがフリフリでフワフワのメイド服を持ってるんだ?

 

 さっきまで持ってなかったよなお前?

 

「ジャティス、メイドは貴方の趣味?」

「違う」

「…本当は?」

「……ノーコメントだ」

 

 ……やっぱり趣味も入ってるじゃん。

 

 けどレオスと一緒に行動しておいた方がこれからの事を考えると"面白そう"だし、許すとしよう。

 

 それと、メイド服を着てみたいという自分もいる。

 

「レオス、着替える場所は何処?」

「こちらです。案内しますよ、ティアさん」

 

 俺は椅子から立ち上がり、レオスの後ろを追いかける。

 

 この家、広すぎなんだよなぁ。よく迷わないよね。

 

 

■□■

 

 

 ……よし、着れた。

 

 どうすればいいのか分からない場所とかもあったけど、感覚でなんとかした。

 

 よし、ジャティスに見せよう。

 

 俺は着替え用の部屋(何でそんな所があるんだ)から出て、ジャティスに問いかける。

 

「ジャティス、どう?」

「ああ、綺麗だよ」

「そう」

 

 この体の表情筋、仕事しないから感情を伝えにくいな。

 

「そうだ、良いことを教えてあげよう」

「ん、なに?」

「その横にある紐を引けば余計な部分が取れて、戦闘も出来るようになっているよ」

「このメイド服、何を想定してるの?」

 

 ……まぁ、やってみよう。

 

「ん!」

 

 横にあった紐を引っ張ったら、取れた。

 

 ……メイド服が分解されて、全てが。

 

「〜〜っっ!? ばっ、《万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を》ぉっ!!」

 

 恥ずかしさで気が動転し、錬金”形質変化法(フォーム・アルタレイション)”と”根源素配列変換(オリジン・リアレンジメント)”を応用した超高速で剣を創造する魔術、【隠す爪(ハイドウン・クロウ)】を発動し、創った剣をジャティスに投げつける。

 

「……それは少し理不尽じゃないかな?」

 

 ジャティスがボソッと呟いたが、俺にそれを聞く余裕なんてなかった。




メイド服の全てが分解された理由は、主人公がメイド服を感覚で適当に着たからです。


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ジャティスの授業

 レオスと共にアルザーノ帝国魔術学院へ行く馬車。

 

 俺は、馬を引いているジャティスの隣で数秘術や錬金術を習う事になっていた。

 

 そう、ジャティスの魔術教室だ。

 

「いいかい? まず、数秘術というのはこれから行く魔術学院の必修科目にも数えられている、『既存情報を組み合わせた結果、予想される未来を観測する』という魔術学問さ。けれど、精度が低く最近の魔術師にはあまり重要視されていない。つまり、これはただの『数字を使った占い』というのが、学会の見解さ。だが、僕はそうは思わなかった。数秘術こそ世界最高の力。極めれば、この力で観測しえない未来や事象などあり得ないと思ったんだ」

「……どうして精度が低いの?」

「学会は人間には自由意志というものがあると思っていたからね。だが、その人間の意志や感情すらも、脳内電気信号と生体化学反応の集積。そう考えれば、数値化できる。僕はそう考えたんだ。そう、この"僕の目に映るあらゆる事象・現象・具象を数値化・数式化して取得する"……これが、僕の固有魔術(オリジナル)【ユースティアの天秤】さ」

「おおー。さすがジャティス、すごい」

「光栄だよ」

 

 ジャティスの予知に近い未来予測は、冗談抜きですごいと思う。

 

 原作でもあんなにグレン達を翻弄してたし。

 

 いや、そもそもアルザーノ帝国と天の知恵研究会の両方に喧嘩を売ってまだ生きてる時点でおかしいんだよな。

 

 そこは本気で尊敬するよ、ジャティスの事。

 

「次は、人工精霊(タルパ)召喚術について軽く説明するよ。人工精霊(タルパ)は錬金術の奥義であり、人工的に神や悪魔、精霊を生み出す秘術さ。錬金術で調合した特殊な魔薬(ドラッグ)で瞬間的にトランス状態に陥ることで、空想上の存在を『そこに居る』と自分自身の深層意識野に強固に暗示認識させることで、周囲の空間に散布した錬金術試薬である疑似霊素粒子粉末(パラ・エテリオンパウダー)をスクリーンに、その空想存在を投射させ現実世界に具現化する術さ。これは、世界と人は等価に対応しているという魔術則『等価対応の法則』を逆手に取っているんだ」

「……なるほど、分かった」

「おお、もう理解したのかい?」

「うん。貴方の言ってる事が殆ど分からないということが分かった」

 

 ジャティス、何言ってんの?

 

 数秘術の事はまぁ分かるよ? つまり演算による予測だよね?

 

 けど、人工精霊(タルパ)召喚術は殆ど分からん。

 

 トランス状態って何?

 

 疑似霊素粒子粉末(パラ・エテリオンパウダー)っていうのが人工精霊(タルパ)の形を作ってるのは分かるけど、何がどうしてそうなるのかがさっぱり分からん。

 

「それなら、人工精霊(タルパ)召喚術は後回しだね。まずは数秘術を習得してもらうよ」

「ん、分かった。頑張る」

「ああ、アルザーノ帝国魔術学院に着くまで後は数日だけだから、若干ハードでいくが頑張ってくれ」

 

 よーし、やってやろうじゃねぇか!



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アルザーノ魔術学院

 ……無理ぃ。

 

 何? 何なの? 何なんですか? 三段活用ッ!

 

 こんなのおかしいって。

 

 ジャティスの授業は、分かりやすかった。

 

 けど、鬼畜。

 アルザーノ魔術学院に到着するまでずっと数秘術の使用方法について教えられた。

 

 そのせいで今は頭の中が数字だらけで滅茶苦茶になってる。

 

 ああ、肝心の数秘術はジャティス程ではないけど使えるようになったよ。

 

 具体的に言えば、戦闘時に次に相手がどう動くか位は読めるようになった。

 

 ……ジャティスみたいな複数の人の未来の完全予測は無理です、はい。

 

 ジャティスの規格外さを思い知ったよ。

 

「ティア、大丈夫かい? 後、数分後にアルザーノ帝国魔術学院に到着するよ」

「ん、分かった。準備する」

 

 ま、準備と言っても自分のメイド服を整えて馬車の中でスタンバって、違和感を感じさせないように脳内でこれからどうするかをシミュレートするだけだ。

 

 シミュレートと言っても、こういうことが起こったらこういう風に対処しようとか、そんな感じ。

 

 口調もリィエルみたいに変換されて変えられないし。

 

「ティア、良いものを渡しておこう」

「? 良いもの」

「ああ、これさ」

 

 渡されたのは……眼鏡?

 

「それは僕の眼鏡のスペアを君用にサイズを合わせたものさ。ぴったりだと思うよ」

「……なんで眼鏡?」

「それを付けていれば、絶対に正体がバレないからさ」

 

 それなんて名探偵?

 

「……ん、了解。着ける」

 

 ……さて、ようやくアルザーノ帝国魔術学院に俺が到着するのか。

 

 ロクアカの5巻、折角だから盛大に活躍しよう!

 

 …………活躍できたらいいなぁ。

 

 

■□■

 

 

「どぉわぁあああああーーッ!? 馬ぁあああああああーーッ!?」

 

 魔術学院に到着した途端に大きい悲鳴が聞こえた件。

 

 何かと思って外を見たら、いきなり登場グレン先生!

 

 ……どんな登場の仕方してるんだよ。

 

「もう、先生ったら何をやってるのよ!? あやうく人様に迷惑かけるところだったじゃない!」

 

 システィーナも来た! 早速原作キャラが登場したね。

 

 そのシスティーナ……白猫でいいや。

 

 白猫はジャティスに頭を下げた。

 

「すみません! この人には後できつく行っておきますので――」

「…………」

「え、ええと……? その……」

 

 ……何か言ってあげてよ。白猫も気まずそうじゃん。

 

「ははは……この学院に着いて早々、真っ先に君に会えるなんてね……」

 

 その気まずい雰囲気の中に、レオスが馬車から降りて乱入した。

 

「これには流石に、私も運命というものを信じてしまうかもしれない」

 

 運命か。……運命じゃなくてこれもジャティスの計算で成り立っている状況だったりするのかな……?

 

「久しぶりですね、システィーナ。君は相変わらず元気がいい。……まぁ、そこが貴女という女性の魅力的なところでもあるのですが……」

「あ、貴方は――」

 

 白猫とレオスは二人だけの世界で、無言で見つめ合っている。

 

 その隙に馬車から降りるタイミングを完全に見失っていた俺は、これ幸いとそっと馬車を降りた。

 

「……え? 何? 何なの? この空気?」

 

 ……グレン先生、KYなん?

 

 少しは空気読んでよ。

 

「そもそも、アンタ……誰?」

「……私ですか? 私はレオス……レオス=クライトス。この度、この学院に招かれた特別講師で……そうですね、有り体に言えば……そう、そこの娘――システィーナの婚約者(フィアンセ)、ですね」

 

 そんなレオスの一言に。

 

「「「「「えええええええええええええええええええええええええーーッ!?」」」」」

 

 この騒ぎを見ていた生徒が、叫んだ。

 

「……うるさい」



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学院に到着

「ちょ、ちょっとレオス! 貴方、何言ってるの!?」

「そうつれないことを言わないでください、システィーナ。事実、私達は互いの両親が決めた許嫁同士ではありませんか?」

 

 ひそひそ、ざわざわ、と、周りがコソコソ話を始めた。

 

 恋バナってどんな世界でも人気だよなぁ。

 

「お、親同士が決めた……って、ま、マジかよ……?」

 

 マジだよ。

 

 けど、ロクアカ原作では酔った勢いで決めてたし、実際はコレどうなんだろう。

 

「だが、お前……いくら親が決めたからって……それマジで言ってんの? 馬鹿なの? マジでこのヒス女と結婚する気? やめとけって……こいつとくっつくなんて、人生の墓場入りどころか冥界第九園入りだぞ、ロクなことにならんぞ?」

「その心底、哀れむような顔は何!? 一体、どういう意味よ!?」

 

 ……グレン先生の顔を見ると、結構ガチでレオスの事心配してんの草生えるな。

 

「ははは、冗談でこんなことは言いはしません。それよりも、私の伴侶を侮辱するような言動は慎んでいただけますか? 彼女に対する侮辱は、私に対する侮辱と同義です」

「うっ……す、すまん……」

 

 正論だな。俺だって友達とかにあんなこと言われたらムカつくし。

 

「ちょ、ちょっとレオス、そう本気にならないで! グレン先生はその……悪気はないっていうか、お馬鹿っていうか、これが平常運転っていうか……」

「……グレン先生?なるほど……となると、貴方があのグレン=レーダスさんですか」

「な、なんで俺の事知ってるんだよ……?」

「私が講師を務めるクライトス魔術学院でも、貴方の事は噂になってますので。ライバル校であるアルザーノ帝国魔術学院に突如現れた、期待の新人講師。魔術理論の根本的な理解を重視した、実践派の魔術講師……習得呪文数を競う昨今の詰め込み魔術教育の場には、中々居ないタイプの人です。貴方の講義、是非一度拝聴してみたいと思っていました」

「いや……別にンな大層なモンじゃねーんだが……。それよりも、アンタ一体、なんなんだ? この白猫とどういう関係なんだ? クライトスって言ったな……まさか、本当にあのクライトスなのか?」

「おそらくは、あなたが想像している通りのクライトスですよ。クライトス伯爵家の嫡男にて、この度クライトス魔術学院から、アルザーノ帝国魔術学院へ特別講師として派遣されたのがこの私、レオス=クライトスです。どうかお見知りおきを」

 

 ……えっと、これ俺も自己紹介とかしたほうがいいのか?

 

 言える事はレオスの専属メイド……くらいなんだが。

 

 よし、黙って空気になるのが正解だな。念の為に気配を消しておこう。

 

「ま、まさか……クライトス伯爵家の御曹司様が直々にいらっしゃるとは……」

「それとシスティーナと私の関係ですが……先程申し上げましたとおり、私は彼女の婚約者(フィアンセ)です」

「だっ、だから、それは――」

「私は今でも本気ですよ、システィーナ。貴方を心から愛しています」

「うぅ……」

 

 恥ずかしそうだけど、満更でもなさそうなシスティーナ。

 

 後でジャティスに頼んで、レオスにシスティーナが恥ずかしがるような事言って貰うのも"面白そう"だな。

 

 暇つぶし程度だけど。

 

「ぽかーん……」

 

 グレン先生は置いてけぼりだな。ま、どーでもいーけど。

 

「ああ、失礼。私とシスティーナは、いわゆる幼馴染みの関係でしてね……。というのも、我がクライトス魔術学院初代学長を務めたロイ=クライトスと、システィーナの祖父レドルフ殿は、アルザーノ帝国魔術学院で学んだ同期の親友同士でした」

 

 あ、そうなの? そんな細かい設定忘れてたな。

 

「それに、レドルフ殿にはクライトス魔術学院創立の際、色々と力になっていただいております。その縁あって、クライトス家とフィーベル家には、昔から家ぐるみの交流があったのです。昔は私もよく、幼い頃の彼女の遊び相手を務めたものです」

「ふーん……そーゆー馴れ初めかぁ……なるほどねぇ……」

 

 なるほどねー。原作知識はあるけど、昔その2つの家で交流があって、そこで仲良くなった、みたいなことしか覚えてない。

 

 ……原作知識、過信しないようにしないとなぁ。

 

「だ、だから違うんですって! 誤解です! 婚約っていうのは、その――」

「良かったじゃねーか、白猫ッ! 見事な玉の輿じゃねーか! クライトス伯爵家っつったら有力貴族でお金持ち! お前、そんなとこに嫁げるとかマジ幸せモンだな! 一生、遊んで暮らせて超うらやましいわ!」

 

 ロクでなし魔術講師と禁忌教典(アカシックレコード)……なるほどねぇ……。

 

 グレン先生、本で読んだときは違和感とかないけど、実際にこんな人いたらクズにしか見えねぇ。

 

 緊急事態の時はカッコ良いんだけどなぁー。

 

「あっはっは、実は先生、お前のこと、とぉっても心配してたんだぜ? なにせ『お付き合いしたくない美少女』、『説教女神』、『真銀(ミスリル)の妖精』……ルミアやリィエルと違って、お前に対する男子生徒の評判って結構ズタボロでさー?」

 

 あー……。システィーナの二つ名、まとめて聞くと可哀想に思えてきた。

 

「正直、将来、お嫁の貰い手いんのかなって心配だったんだが……いきなり解決ッ! しかも、おおよそ考えられる限り最高の条件! 先生は素直にお前を祝福するッ!」

 

 いや、それは無理。たぶん……というか絶対、その前に『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の末期中毒症状で死ぬし。

 

 いや、人間としてはもう死んでるんだけどさ。

 

「いやぁ、蓼食う虫も好き好きとはよく言ったもんだ! 良かったな、白猫! あっ、そうだ、この話上手くまとまったら、俺が結婚披露宴で祝辞を述べてやっても――」

「《この・馬鹿ぁああああああああああああああああああああーーッ!》」

 

 ……まぁ、ここまでは特に変わったこともなく原作通りだな。

 

「……わたしにはよくわからないけど、システィーナ、かなり怒ってる……なんで?」

「………え? おれ?」

「ん、貴女」

 

 リィエルに話しかけられたーッ!?

 

 あ、えっと、何か言わないと……。

 

「えっと……恥ずかしい…から?」

「? ……よくわからない」

「……そう」

 

 咄嗟に言ったけど無難な答えじゃない?

 

 ……気を取り直していこう。よーし、原作介入して、"面白く"して楽しもうか!




今回は原作と殆ど変わらないです。
次回は……頑張って変えようと思います!


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レオス=クライトスの授業

 あの後、レオスの授業を俺も見れるようになった。

 

 具体的に言えば後ろで授業参観のように立っているだけだが。

 

 そんな、レオスの軍用魔術についての授業。

 

 それは、一言で言えば完璧だった。

 

「――これまでこのツァイザーの魔力エネルギー変換効率式を解説してきたわけですが……これで、なぜ、帝国で採用されている軍用の攻性魔術(アサルト・スペル)のほとんどが『炎熱』、『冷気』、『電撃』の三属で占められるのか、皆さんも理解できたかと思います」

 

 だが、理解できるとは言ってない。全く分からん。

 

 いや、完璧なんだろうけどさ。使える魔術が偏りすぎてる俺が聞いても何一つわからない。

 

「そう、魔力を物理的な作用エネルギー……すなわち、物理作用力(マテリアル・フォース)へと変換する際、『炎熱』、『冷気』、『電撃』の三属がもっとも変換効率が良いのです。つまり、もっとも効率良く施術対象に損害(ダメージ)を与えることができる魔力の使い方と言えるのです」

 

 えっと……つまり、『炎熱』、『冷気』、『電撃』の三属の魔術の威力が、他の魔術と比べて特に高いってことか?

 

「ではここで、実際に皆さんもツァイザーの魔力エネルギー変換効率式を利用して、各呪文の物理作用力(マテリアル・フォース)を算出評価してみてください……どうでしょうか? 同じ構成規格(レベル)の呪文、同じ消費魔力量で計算しても……『炎熱』、『冷気』、『電撃』の三属呪文は他の系統の攻性魔術(アサルト・スペル)と比べ、頭一つ飛び抜けて物理作用力(マテリアル・フォース)値が高くなるでしょう?」

 

 いや知らん。『高くなるでしょう?』なんて言われても、物理作用力(マテリアル・フォース)の算出評価する方法すら分からない俺には何も分からん。

 

「逆に……例えば風系の攻性魔術(アサルト・スペル)を同様に計算してみてください……同条件でも三属に比べてかなり物理作用力(マテリアル・フォース)値が低いのがお分かりいただけるかと思います。それもそのはず、風を巻き起こすには、魔力を重力へと変換し、気圧差を引き起こして気流の流れを作り、それから物理作用力(マテリアル・フォース)を生み出さなければいけません。つまり、エネルギー損失がとても大きいのです。これが一般的に『風の攻性魔術(アサルト・スペル)は弱い』と揶揄される最大の理由です」

 

 まとめると、風の攻性魔術(アサルト・スペル)を使うには、そうする為の工程が『炎熱』、『冷気』、『電撃』の三属呪文より多いから弱い、ってことかな?

 

「仮に10の魔力を使用したとします。その際物理作用力(マテリアル・フォース)の三属変換の理論的な極大値は、炎熱:冷気:電撃=8.5:7.9:8.2。ツァイザーの三属比と呼ばれるこの比を、皆さんもぜひ頭に入れておいてください」

 

 つまり、威力が高い順に並べると『炎熱』、『電撃』、『冷気』となるのか。

 

「あなた達が攻性魔術(アサルト・スペル)を使用する際、この変換効率式と三属比に対する理解は、確実に魔力効率の最適化とい威力向上に繋がるでしょう……それがたとえ【ショック・ボルト】のような初等の呪文であっても、ね」

「ぉおおお……な、なるほど……ッ!」

「れ、レオス先生……素敵……」

 

 細かく、そして分かりやすく(俺にはあんまり分かんないけど)生徒達に教えるレオスに、たくさんの生徒が没頭していた。

 

 俺? 意味が分かんない授業だけど、夢にまで見た魔術の授業なんだから勿論真剣に聞いてるよ!

 

「さて、これまでの講義で、現在の軍用魔術において"風の呪文は弱い"、そんな結論になるかと思いますが……それでも風の呪文ははっきりと現在も存在していますし、状況や作戦に応じて適宜運用されています。それはなぜか? ……論ずるまでもなく風の呪文には風の呪文なりの利点があるからなのですが……」

 

キーンコーンカーンコーン……。キーンコーンカーンコーン……。

 

 レオスが話していた時、前世では大喜びだった授業終了のチャイムが鳴り響いた。

 

「……時間ですね。それでは次回の講義では、風の魔術の利点と、それらの軍における運用方法についての話から始めましょう……ご清聴、ありがとうございました」

 

 レオスが一礼し、聴講者達から五月蝿いほどの拍手が上がった。

 

「……完璧だ」

 

 そして、俺の近くで授業を聞いていたグレンは悔しそうにしていた。

 

「軍の一般魔導兵の半分以上が、そんなに理解してねえ物理作用力(マテリアル・フォース)理論を、ぺーぺーの生徒達に完璧に理解させやがった……こんなやつがいたのか……」

「はい、本当にすごい授業でした……」

 

 あれ、ルミア居たの? 本気で気づかなかった……。

 

 俺、大丈夫かな……?

 

「難しい理論が、私達にも理解できるようにとてもよくかみ砕いてあって、説明も理路整然といていて、とてもわかりやすかったです……まるで先生の授業みたい」

「わたしも、すごくよくわかった」

 

 ……は? リィエルが、アレ分かったのか?

 

 俺は仮にもリィエルの記憶を持っている。ライネルの魔術式のお陰だ。

 

 だから俺も錬金改【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】などの魔術が使える。

 

 けど、そんな俺も理解できなかった授業を、リィエルが理解できた……?

 

「ま、マジかよ? お前すらもあの授業、わかっちまったのかよ?」

「ん。あいつの言っていることが……わたしには何一つわからないということが、すごくよくわかった」

 

 ……えぇ……。

 

「……お前は実に通常運転だな」

 

 なんだ……。びっくりしたぁ……。

 

「……なぁ、ルミア」

「気を付けないといけませんよね……先生が常に言っている、力の意味と使い方をよく考えろ、力に使われるなって言っている言葉が今ならなんとなくわかる気がします。でも、大丈夫ですよ。少なくとも、先生の教えを受けた生徒で、きっと間違える人はいませんよ。もっと私たちを信じてください」

「……別に? なんかあの噂のイケメンが俺の思った以上にやるようだから、嫉妬してるだけだし。くっそ、天は二物を与えずって格言は何処行っちまったんだ……二物どころか、あいつ四、五物もあるじゃねぇか、卑怯だぞ……ッ!」

 

 グレンが文句をぶつくさ言っていると、レオスが俺たちへ……いや、システィーナの元へ来た。

 

「やぁ、システィーナ」

「あっ……レオス……」

「私の講義、聞きに来てくれたんですね。どうでしたか?」

「え? えぇ、その、とても素晴らしい授業だったわ。正直、文句のつけどころがない……」

「そうですか。それは良かった。まずは、第一関門突破……といったところでしょうか? 将来の伴侶すら納得させられない授業しかできない者など、あなたの夫にふさわしくないでしょうしね」

「だっ、だからッ! どうして貴方は昔からそういうことを人前で……」

「ふふ、貴女を愛していますからね。隠し立てする必要なんてありません」

 

 レオスのキザなセリフに、システィーナは顔を真っ赤にする。

 

 イケメンが言うと、何でもカッコ良くなるなぁ。

 

 ズルい。

 

「システィーナ。少し、外を歩きませんか?貴女とお話ししたいことがあります」

「うぅ……それは、今でないとダメなことなの……?」

「別に今でなくても構いません。でも、いずれは話さなければならない重要な事です」

「あの……ルミア。ごめん、私……ちょっと行ってくるね?」

「う、うん……」

「ティアさんは、この教室で待っていてください」

「ん、待ってる」

 

 レオスはシスティーナを連れて、この場を去った。

 

 確かこの後、グレン先生がレオスに決闘を挑む筈。

 

 ……俺が表舞台に出るのはまだ先だな。

 

「はあ〜〜、あのレオスとか言う野郎も物好きだねぇ……」

「先生……」

「ふぁ……ねむ……んぁ? ルミア、どうかしたか?」

「一つお願いがあるんです。その……大変、申し訳ないことなんですが……」

「……ん? なんだ?」

 

 うんうん、そのままレオスに手袋ぶつけて来てくれよ〜。



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アルザーノ魔術学院と苺タルト

 さぁさぁ、午前の授業が終わってお昼ごはんの時間になったぞー!

 

「苺タルト、楽しみ」

 

 ジャティスと馬車内で雑談してるときに聞いたのだが、アルザーノ帝国魔術学院の食堂は、学院校舎本館の一階にある。

 

 どうして知ってるのか不思議だけど、ジャティスだから仕方ない、で納得してしまう自分が居るんだよなぁ。

 

 けど、それが分かっていれば食堂には簡単に行ける。

 

 ……そう思っていた時期もあったなぁ、と過去を振り返りながら現実逃避する。

 

「……迷った」

 

 はい、魔術学院の校舎で完全に迷子です。

 

 しかもメイド服なので余計他の生徒たちに目立ってる。どうしようこの状況。

 

 校舎内のマップが描いてある看板とか無いのか? ここ。

 

「……どうしよう」

「……あなた、迷子?」

 

 ッ!? 誰だ!?

 

「ん? ……リィエル?」

「ん。……どうしたの? えっと……」

「……おれはティア」

「そう、わたしはリィエル=レイフォード。よろしく」

「ん、よろしく」

 

 う〜ん、こんなとこでリィエルに会えるとは思わなかったけど、これはラッキーだな。

 

「ねぇ、食堂ってどこ?」

「食堂? こっち、着いてきて」

「ん」

 

 渡りに船ってやつだな。……これで使い方あってるっけ?

 

 

■□■

 

 

「ここ」

「おー」

 

 リィエルに連れてきてもらった食堂には、燭台で飾られている長いテーブルが何列かあり、そこにはたくさんの生徒で混んでいた。

 

 あーあー、遅くなっちゃったけど、まだ俺たちが座れる席空いてるかなぁ。

 

「注文はこっちでやる」

「ん、おすすめは?」

「苺タルト」

 

 リィエルと一緒に、カウンターみたいな場所でコックさんに、リィエルおすすめである苺タルトを頼んだ。

 

 しばらく待ったら苺タルトができたので、研究所から盗んできたセルト銅貨を渡して、お盆に載せられている苺タルトをコックさんから受け取った。

 

「……ティア、こっち空いてる」

「ん、ありがと」

 

 リィエルに案内されて、空いていたテーブルに座った。

 

 空いてる場所があって安心したよ。なかったら冗談抜きで困るところだった。

 

「「いただきます」」

 

 苺タルトを頬張る。すると、苺の甘さと周りの茶色の……名前なんだっけ? のサクサク感が絶妙にマッチしていて、すごく美味しい。

 

「リィエル。苺タルト、すごく美味しい」

「ん、よかった」

「ありがと、リィエル」

「大丈夫。ティアが嬉しいならよかった」

 

 り、リィエルさんかっけえ。エルザが好きになるのも分かるわー。

 

 それにしても、アルザーノ魔術学院の食堂(ここ)の苺タルトおいしー!



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ホテルにて

 リィエルにお礼を言って別れた後の夜。

 

 俺はジャディスとレオスとの三人で、フェジテ内の上流階級用の高級ホテルに泊まっていた。

 

「どうだったかい? レオス」

「やれやれ……貴方の言うとおりでしたよ。 貴方の筋書き通り、グレンという男がしゃしゃり出てきました。すごいですね……かなりの確率で決闘を仕掛けてくるという貴方の読みは……預言者ですか?」

「そうじゃない。僕がやっているのは、ただの行動予測さ。まぁ、ちょっとした裏技で僕は人よりかなり高い精度で、それができる……ということは否定しないけどね。 あの男は未だかたくなに、あの娘のことを『白猫』と呼んでいる。故に相当な高確率でそういう展開になると計算結果が出ているんだ。ハハハ……なんとも皮肉で涙ぐましいものさ。あの男は彼女が『白猫』であり、()()()とは違う……無意識のうちに、自分にそう言い聞かせているらしいね」

()()()とは……?」

「おっと、それはこっちの話だ。()()()()()()()()

「……()()()()()()()()

「まぁ、それにしても……なんとも上手く釣れたものだな。グレンを『その気』にさせるシナリオは、この他にも数十パターンほど用意していて、いざとなればティアにも行動してもらう気だったが……まぁ、手っ取り早くていいさ。多少、拍子抜けするけどね」

「ええ、そうですね。今回の件で、私は必ずシスティーナを落としてみせます。彼女を私の物にすれば、フィーベル家も手に入る……あの魔術の名門フィーベル家が私の傘下に入れば、クライトス主家筋の権威は絶対的なものになります。あの忌々しい分家筋の連中を完璧に黙らせ、クライトス伯爵家は、いずれ完全に私のものとなるでしょう」

「………」

「そう……クライトス家は、この世の栄光は、全て私のものなのです……ッ!」

「そう、それでいい……レオス。グレンを相手にせいぜい踊れ……君は僕の『正義』の礎となるんだ……。そうだ、ティアはどうだったかい? 初めてアルザーノ帝国魔術学院に行った感想は」

 

 え!? 黙って二人の会話聞いてたら話がこっちに来たんだけど!?

 

「……ん、食堂の苺タルトが美味しかった。また食べたい」

「……そうか。それで? 君のオリジナルである、リィエル=レイフォードとは会ったかい?」

「ん、会った。迷ってたおれを案内してくれた」

「そうか。まあ、"読んでいた"けど。だが、この学院に居ることができる時間は短いからね。今のうちに楽しんでおきなよ」

「……ん」

 

 そっか、リィエルと居られる時間は短いからなぁ。

 

 学院にずっと居たいなら、グレンに全部話して助けてもらうっていう手もある。

 

 けど、裏切ってグレン側に着くのはやっぱり"面白くない"。

 

 ……あ、そういえば。

 

「ねぇ、ジャティス。()()()って、セラ?」

「うん? ああ、そうだよ。"セラ=シルヴァース"、風の魔術の天才さ。グレンは彼女に惚れててね。だが、ある事件で僕が彼女を殺してしまったんだ。僕がグレンを殺そうとしたときに、彼を庇ってね」

「……ジャティス。セラについて、少し聞かせて?」

「セラ、か。そういえば、君はリィエルの記憶を持っているんだったね。ああ、いいだろう。聞かせてあげるよ」

 

 お、ダメ元で聞いてみたけど案外頼んでみるもんだな。

 

「彼女は帝国宮廷魔道士になる前は、南原の一族シルヴァースの最後の姫だったんだ。彼女の故郷であるアルディアはこのアルザーノ帝国と昔、盟約を交わした。だが、この帝国はアルディアが隣国であるレザリア王国に攻められ、ピンチになった時に見捨ててしまい、アルディアは滅亡した。彼女は、そんなアルザーノ帝国がアルディアを取り戻してくれると信じながら、帝国宮廷魔道士として戦い続けていた。だが、僕が前にグレンを殺そうとしたときに彼を庇ってね。死んでしまったんだ」

「……ジャティス。一つ、お願いがある」

「うん? なんだい?」

「これが終わったら、フェジテを発つ前に――」

「――あぁ、分かった。あまり時間は取れないが、それでも良いならやってあげるよ」

「ん、大丈夫。ありがと、ジャティス」

「君は僕の正義を手伝ってくれているからね。この程度の事は当然さ」

 

 よし、これで完璧だ。

 

 待ってて、リィエル。最高のタイミングで思いっきり裏切るから。

 

 そうなった時、リィエルはどうなるのかな?



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アストリア湖にて

 システィーナを奪い合う魔導戦術演習が始まるまでは、割とのんびりしていた。

 

 いや、ホントにやることないし。

 

 強いて言うなら、リィエルと仲良くなることぐらい?

 

 それについては、リィエルに魔術の勉強を教えてもらうぐらいになったよ〜。

 

 説明がアバウトすぎて、伝えたいことが全く伝わってこないけど。

 

 他に言うなら、グレン先生にドキンとさせられた程度?

 

 

 ……いや別に恋とかそういう意味じゃないからね?

 ただ、

 

「お前、リィエルに似てんだよな」

 

 って言われたから。いつかはツッコまれるとは思ってたけど、流石にびっくりした。

 

 その時は、どうしようこの状況?? ってパニクったし。

 

「……おれにはよく分からないけど、似てる?」

「ああ、そっくりだ……なぁ、『Project:Revive life』って言葉、知ってたりするか?」

「……しらない」

「……そうか、分かった。意味わかんねぇこと聞いちまって悪かったな」

「大丈夫、問題ない」

「そうか。サンキュな」

 

 ……みたいな会話があった。

 

 白を切るしかないと思って誤魔化したけど、グレン先生は変な場所で鋭くて怖すぎ。

 

 後は、ジャティスに帝国宮廷魔道士団に『天使の塵(エンジェル・ダスト)』がバレたから注意してって言われた。

 

 けど、『ここで気付かれるのは、"読んでいた"からね。この程度は計算内さ……くっくっく……』とも言ってたし、ジャティスなら大丈夫でしょ。

 

 そんなこんなで、魔導戦術演習の当日の午後。

 

 リィエルと苺タルトを食べた後、レオスの馬車(生徒たちは駅馬車)に乗って、イサール街道っていう道を通り、その北側にあるアストリア湖の南にある広場に着いた。

 

 決闘ってこんな場所でやってたっけ? 細かい地名の名前とかは流石に覚えてないんだよなぁ。

 

「しかしな……グレン先生……マジでマジなのかな……?」

「システィーナのやつ、もし先生が勝ったら、どうする気なんだ……?」

「さすがに、グレン先生は口で言ってるだけだろ……?」

「いやいや、本気かもしれないぞ? だってグレン先生だし……」

 

 ……う〜ん、なんだこの居心地悪すぎる空気はッ!

 

 っつーか、グレン先生の評判悪すぎない? ……いや、それは仕方ないか。普段の行い悪いし。

 

「つーか、そもそも先生はどうしてレオスに決闘なんかふっかけたんだ? いくら逆玉狙いつっても、あのものぐさがりがそんな面倒ごとに首を突っ込むのも妙じゃねえか?」

「まさか……先生、本気でシスティが好き……なのかなぁ?」

「うーん……あの方は、もっと年上の女性の方が好みのような気がするのですが……」

「キャーッ! キャーッ! 禁断の恋愛よーッ! 生徒と先生の禁断の恋愛よーッ!」

「ウェンディ……君、そればっかりだね……」

 

 う〜ん。現時点ではどっちかっていうとグレン先生がシスティーナを好きなんじゃくて、システィーナがグレン先生の事が好きだと思うけど。

 

 ……どっちにしろ、生徒と先生の禁断の恋愛なのは変わらないか。

 

「うるさいぞ、貴様ら! 静粛にしろ!」

 

 ッ! ……前世で怖い先生に怒られたの思い出しちゃったよ……。どーしてくれるんだハー……あーっと……ハー、なんだっけ?

 

 あの先生の名前が思い出せない……!(※ハーレイです)

 

 ハーなんとか先生の名前をなんとか思い出そうとする俺に気づかず、ハーなんとか先生は説明を始めた。

 

「早速、これから魔導兵団戦を始めるが……まぁ、生徒諸君らはこの魔導兵団戦演習に参加するのは初めてだろうから、この私が改めてルールを説明してやろう。この魔導兵団戦で大きな怪我の心配はない。何しろ、使用可能な魔術は初等魔術のみ。微弱な電気線を飛ばして相手を感電させる【ショック・ボルト】、激しい音と振動で相手を無力化する【スタン・ボール】など、殺傷力が低い学生用の攻性呪文(アサルト・スペル)だけだ。それらの呪文を、極めて殺傷能力が高い軍用魔術とみなし、我々立会いの審判員から致命的な負傷(ダメージ)を負ったと判定されたものが『戦死』として戦場から除外されていく。万が一の事態に備え学院の医務室に常勤している方医師先生も、この演習に立ち会ってくれている。遠慮なく競うがいい」

「はい、もし怪我をされた方は、遠慮なく申し出てくださいね」

 

 あ、持病で血吐きまくる人だ。意外と美人。

 

「さて! この演習場は、北はアストリア湖から西へと流れるヨーテ河、南は東へ伸びるイーサル街道までと決められている! それらを越えて行動したものは『敵前逃亡』と判定して即座に失格とみなし、チームの減点と共に今回の演習から脱落する! この地図を見ての通り、北東に環状列石遺跡が一つ、南西にも環状列石遺跡がひとつある。これをそれぞれのチーム根拠地とする。今回はレオス先生の根拠地は北東、グレン=レーダスの根拠地は南西だ。地形的に――」

 

 なんか他にも色々と説明していたが、原作読んで殆ど知っているので聞き流します。

 

「――今回は担当講師の命令を聞いて行動するだけの生徒諸君にとっては詮無きことだがな」

「いやぁー、懇切ご丁寧な解説、どうもあざっす! 先輩!」

 

 あ、話終わった? ならさっさと魔導兵団戦始めてくれない? ずっと立ってて足痛くなってきた。

 

「……ふん! グレン=レーダス、貴様、聞いたぞ? レオス殿の許嫁のとある女子生徒に粉をかけているんだとな? それで、その女子生徒をかけて、レオス殿に喧嘩をふっかけ、今回の魔導兵団戦で勝負を決するとか……。レオス殿はわかる。彼は大貴族の嫡男でありすでに許嫁がいてもなんらおかしいことではない。だが、貴様は貴族でも何でもない、ただの教師だろう!? 教師が生徒に手を出すとは何事かッ!? しかも逆玉狙いだと? 恥を知れッ!」

「あいやー、ハーベスト先輩もしってらっしゃいましたかー? いっやー、逆玉ってんのも美味しいですけど、やっぱり若い子ってのがいいですよねー? ピチピチだし。何より自分色に自由に染めてやれるって言うのがもう、これが背徳的で蠱惑的で、ぐっへっへ……」

「……うわぁ」

 

 声が出ちゃうほどクズだなぁ。

 え? これ本当にシスティーナを助けるためなの?

 

 絶対に本音が混じってるよ……。

 

「な、なんて下賤な……貴様はどこまでクズなのだ……ッ! 後、貴様、頭に『ハ』が付けば何でもいいって思ってるだろ……ッ!? レオス先生! 本日は期待していますぞッ!? この魔術師としての誇りも分別のかけらもない最低男に一泡吹かせてやってください! 先生の最新の軍用魔術研究の威力で、このふざけた男に手厳しい教訓を与えてやってください!」

「ええ。もっとも……私には負けられない理由がある。言われずとも全力でお相手させていただきますよ」

「……ふん」

 

 おお、なんかレオスとグレン先生が睨み合ってバチバチしてる!

 

「あ、あの……レオス……私……」

「気にしなくてもいいですよ、システィーナ。 あなたは、あなたのクラスのために全力を出してください。私を気にかける必要はありません。あなたが私に立ち向かってくるのも、また試練なのでしょう……私はきっと、それすら超えて勝利を、そしてあなたを勝ち取ってみせます。だから安心してください」

「レオス……」

 

 うわぁー、いい感じの空気だな。キラキラしてる。

 

 それに比べてグレン先生は……。

 

「俺、うまく逆玉に乗れたら何しよっかなぁーっ!? 何せ、もう働かなくてもいいんだしなーっ! 遊んで暮らすぜ、わっはっは!」

「あはは、先生ったらもう……まだ、勝負は始まってもいないんですよ?」

「お、そうだ! せっかく逆玉で金に余裕できるんだし、ルミア、お前を俺の妾にしてやろうか? んー?」

「えっ? 私が先生のお妾さんですか? ……ふふっ、それもいいかもしれませんね? 期待してます、先生」

 

 ……俺はレオス陣営だし、本気で勝ちに行ってもいいかな? いいよね? よし、潰そう。

 

「ティア、めかけって何?」

「……リィエル!?」

 

 え、何時から居たの!? ……いきなり出てくるのは止めてほしいなぁ。

 

「えっと……お嫁さん?」

「……よくわからない」

「そう。……おれにもよくわからないから、グレンに聞いて」

 

 困ったときは、グレン先生に押し付けよう。ロクでなしだし良いよね!



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魔導兵団戦 1

 はい、魔導兵団戦スタート!

 

 え、軽い? ……だって本当にそんな感じで簡単に始まったんだもん。

 

 さて、暇だし実況でもしてよう。

 

 まず、こっちと向こうのクラスはそれぞれ40人。

 

 グレン勢力は、中央の平原に12人。北西の森に8人。東の丘に1人(リィエル)だ。

 

「……レオス。どう思う?」

「愚策ですね。戦力の逐次投入は下策――古き時代の兵法の基本ですが、これだけは魔術が主体となった現在の戦場でも変わりません。皆さん出撃です」

 

 レオスは、中央に18人。森に12人。丘に9人の全戦力を投入した。

 

 しかも、レオスの生徒は三人一組(スリーマンセル)一戦術単位(ワンユニット)での戦い方を学んでいる。

 

 これで、相手は自分たちを上回る戦力で撃破される――相手がグレン先生じゃなければ。

 

 

■□■

 

 

二人一組(エレメント)一戦術単位(ワンユニット)……」

 

 グレン先生の生徒は、二人一組(エレメント)一戦術単位(ワンユニット)三人一組(スリーマンセル)一戦術単位(ワンユニット)のレオスの生徒と互角に戦っている。

 

 普通はレオスの三人一組(スリーマンセル)一戦術単位(ワンユニット)のほうが強いはずだけど、生徒からしたら簡単な二人一組(エレメント)一戦術単位(ワンユニット)を練習したほうが強くなれるって事だな。

 

 うんうん、原作通り。

 

「くっ……してやられましたね……まさかこんな大胆な手を打ってくるとは……」

「ん。このままじゃ拙い」

「ええ、全戦力投入が裏目に出てしまいました。くっ……兵の拠点制圧はどうなっていますか? 敵は一人だったはず……まだ、制圧できないのですか?」

 

 レオスは焦りながらも、宝石型の通信魔導器で連絡を取る。

 

 いや、そっちは無理でしょ。リィエル相手だよ?

 

『そっ……それが……無理です! 丘の拠点制圧なんて不可能です! 僕たちには無理です!』

「どういうことですか! 相手はたった一人なのでしょう!?」

『で、でも……相手は一人ですけど……ば、化け物です!』

 

 化け物は酷くない? それを言ったら、リィエル・レプリカの俺も化け物になっちゃうんだが。

 

 けど、俺の知識だと、この魔導兵団戦でリィエルが使える攻性呪文(アサルト・スペル)は【ショック・ボルト】程度だったと思うし、それも全く敵に当たらないから脅威としては微妙なんだよな。

 

 レオスは黒魔【アキュレイト・スコープ】でリィエルを見ているけど、どうかな?

 

「どう? レオス」

「あの子の身体能力は規格外ですね……身体能力強化の白魔【フィジカル・ブースト】をここまで使いこなせるとは厄介です……彼女は軍関係者か何かでしょうか……?」

 

 関係者どころか特務分室の執行官ナンバー7なんだよなぁ。

 

 けど、一応生徒だから文句も言えない。ざけんなって感じだけど。

 

「ですが、幸い、彼女は白魔【フィジカル・ブースト】のみのせいだと断言できます。この状況で手加減をして、私のクラスの生徒達を討ち取らない意味はない……。きっと、彼女は攻性・対抗呪文(カウンター・スペル)が極端に苦手で、攻撃能力はほぼ皆無……つまり、私の陣営から戦力を引っ張るための餌……私はまんまとそれに喰らいついてしまったというところでしょうか」

「……ん、おれも同意見。レオス、早く撤退して」

「くっ……もちろんです。リトさん、撤退です。その丘は放棄、まずは根拠地へと帰還を。……大丈夫ですよ。その子は無視してかまいません。恐らく追撃はしてこないでしょう……」

 

 よし、取り敢えず丘の生徒は撤退させた。

 

 んじゃ、次にやることは……。

 

「レオス、被害はどうなってる?」

「聞いてみます。平原の被害はどうですか?」

『はい! えっと、こちらは5人やられてしまいました……。けど、こちらも2人打ち取りました』

「了解です。森はどうなっていますか?」

『3人やられてます。しかも、こっちは1人も打ち取れてないです……』

「……分かりました」

 

 つまり、これで32対38か。このままだとグレン先生にやられるな。

 

「レオス、どうする?」

「丘は手は出せないので放置しましょう。中央からは、狙撃を警戒する必要があるので攻められません。なので、私達の戦場は……」

「……森。けど、それは……」

「わかっています……これはグレン先生の思惑通りの展開だと言いたいのでしょう……。ですが、わたしは魔導兵の森林戦術にも詳しいです……戦術研究者として、相手の思惑に上手く乗せられてしまったのは屈辱ですが……まだ、取り返せます……ッ!」

「……そう」

 

 森にグレン先生とレオスの戦力が集中し、徐々にレオスが圧倒し始めたときだった。

 

『たっ、大変です! レオス先生ッ!』

「……どうしました、ルキオさん」

『そっ……その……し、信じられないんですけど……グレン先生が……俺たちの前に……森の戦場の最前線に姿を現しました……ッ!』

「……は?」

 

 あー、やっぱり来たか。

 

 いやぁ、レオスからしたら意味わかんないよな。

 

『ふっははははははははははははははーーッ! 刮目せい、皆の衆ッ! グレン=レーダス大先生様軍の総大将はここにいるぞぉおおおおおーーッ!? 我こそと思う者は、この俺を討ち取ってみせよッ! だっははははははははーーッ!』

 

 ……通信魔導器からの声だけでもウゼェ。

 

 しかもレオスの陣営が押し返され始めてるし……なんだコレ。

 

「いけません! グレン先生はオトリです! 恐らく、こちらの戦力分断が目的、相手にしてはいけません! この戦いにおいて指揮官の魔術使用は、 遠見と通信の魔術以外禁止されています! 放っておけば、何の被害もありません! 無視するんです! …… 指揮官自ら最前線で囮になる戦場なんて、聞いたことがないです……グレン=レーダス……何なんですかこの人は……?」

 

 はぁ、そろそろ助け舟でも出してあげようかな?

 

 

■□■

 

 

「仕込んでいましたねッ!? 最初からッ!」

 

 はい、グレンが前もってそこら中に仕掛けておいた罠でレオスの生徒を無力化してます。

 

 明らかに反則だけど、証明できないからこっちから批判できないし。ウゼェ。

 

「くそ……グレン先生……ッ!」

「……レオス。グレンに連絡を──」

「分かっていますッ! ……貴方、あらかじめこの戦場に細工をしていましたねッ!? だから、森に主戦場が移るような立ち回りを……ッ!?」

『はーて、何のことだか私にはサパーリ』

「なんて卑怯な……ッ! 貴方に魔術師としての誇りは──」

『えええーーっ!? 卑怯!? いやいや、これはまたなんとも心外な……たまたま誰かが趣味でこの森の中に仕掛けていた罠が、たまたま作動して、レオス先生の陣営の足をたまたま引っ張ってるだけですよね? たまたま』

「やはり、貴方のような魔術師としての矜持も品性の欠片もない下劣な男にシスティーナは渡せない……ッ! そんな卑怯な手で掴んだ勝利に何の意味が……」

『何言ってんだ、バーカ! 逆玉で夢の引きこもり生活バンザイじゃねーか!? だぁーっはっはっははははははははははははははははーーッ!』

「……レオス、うるさいから通信切って」

「……えぇ、もう付き合いきれません」

 

 さて、俺はどうするか。

 

 このままレオスが負けるのを見ているだけでもいいが、そんなの"面白くない"。

 

 っつー訳で、俺の愉しみの為にも、もうひと頑張りしてもらうよ? グレン先生。

 

「レオス」

「ティアさん? 何ですか?」

 

 さぁ、勝ってみせてよ。グレン=レーダス(主人公)

 

()()()()()()()()()()()()()()



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魔導兵団戦 2

「……私が、グレン先生のように最前線に?」

「ん、()()()

「……()()()()()()()()()()

 

 ……よし、これでレオスもリアルタイムで指示が出せるようになった。

 

 ジャティスに言って、俺の言うことも聞くようにしてもらっておいて正解だったな。

 

 さぁ、グレン先生ぇー? こっから、どーするのかなぁー?

 

 "100回中99回負ける戦いでも、残り1回の勝利を一番最初に引き当てる男"なんて言われてたんだし、勝てるよね?

 

「さ。グレン、勝ってみて」

 

 

■□■

 

 

 グレンside

 

「くっ、まさかレオスの奴が最前線に出て来るとはな…!」

 

(チッ。勝利への嗅覚に乏しそうな奴だと思ったんだが、まさかリスクも考えて最前線に出てくるとは……! このままだと、自力の差が出て負けちまう。どうすれば……!)

 

 グレンが焦って必死に考えているとき、この状況でも暇している一人の生徒が脳裏に浮かんだ。

 

(あいつは……いや、ちょっと待てよ……?)

 

 グレンは頭でシミュレーションをし、決断した。

 

 通信魔導器を取りだし、彼女に連絡を取る。

 

()()()()()()()()()()()

 

 その相手は、リィエル=レイフォードだった。

 

 

■□■

 

 

 ティアside

 

 ……ん? リィエルが森に向かってる?

 

 俺は【アキュレイト・スコープ】苦手だから見てるのもブレブレだけど、あの青髪は間違いなくリィエルだな。

 

 けど、リィエル呼び出してもなぁ。何がある?

 

 せいぜい撹乱程度だし、それもレオスは一瞬で分かるだろうから意味ないよなぁ。

 

 その時、レオスから通信魔導器での連絡が来た?

 

「……レオス? どうしたの?」

『ティアさん! 大変です!』

「ん、何?」

『丘に居たグレン先生の生徒が、私の生徒たちを【ショック・ボルト】で……!』

 

 ……うん? リィエルの命中率ならそこまで無双とか出来ないと思ったんだけど……?

 

「説明して」

『はい! あの青髪の少女が、【ショック・ボルト】の零距離射撃で私の生徒たちを……!』

 

 ……はぁ!?

 

 

■□■

 

 

 グレンside

 

「くっくっく……リィエルの【ショック・ボルト】は遠距離からは全く当たらねぇ程無茶苦茶な代物だが、零距離で撃てば簡単に当たる。ごくごく普通の当たり前なことだ。普通は本末転倒だが、攻撃手段が無かったリィエルが使うとなると一気に戦況が変わるに決まってるよなぁ?」

 

 グレンは口ではこう言っているが、内心は冷や汗かいていた。

 

 そもそも、レオスが最前線に出てくること自体予想外なのだ。対策なんて考えてるわけがない。

 

 だが、その程度で何もできなくなってしまうのなら帝国宮廷魔道士だった頃にすでに死んでいる。

 

「……ったく、さっさと引き分けで終われよ。眠ぃしさっさと寝てぇ」

 

 愚痴を言いながら、グレンはレオスの生徒たちをトラップで戦闘不能にしていった。

 

 そして、泥仕合のまま両者がボロボロになっていった。

 

『……双方、そこまでだ。たった今、両陣営の戦力損耗率が互いに80%を超えた。ルールに従い……この勝負、引き分けとする』

 

 その言葉により、魔道兵団戦が終わった。



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魔導兵団戦の終わり

 演習終了後、俺たちはアストリア湖に居た。

 

 ……リィエルの零距離射撃は予想できないよ。

 

「貴方達ッ! なんなんですかその体たらくはッ! あの無様な戦いはなんですか!? 貴方達が、もっと私の指示にきちんと従い、作戦行動を遂行していれば──」

 

 自分の行動がなんの意味もなさなかったことに若干落ち込みながら、僕はレオスの顔色を見る。

 

 ……レオスはそろそろ、時間切れかな?

 

 レオスは生徒たちに叫び終わったらグレン先生のもとへ行き、手袋を投げつけた。

 

「再戦ですッ! 今度は、私が貴方に決闘を申し込むッ!」

「お前、まだ白猫を諦めきれねぇのか?」

「当然です! システィーナに魔導考古学を諦めさせ、私の妻とするまでは、諦めるつもりはありませんッ!」

「……なる程な。俺は別にいいぜ? 何せ、やっぱし逆玉は魅力的だしな。なら、次の決闘は──」

「レオス! 先生! もう、やめてッ! いい加減にしてよッ!」

 

 この展開はアレだな。私の為に争わないで!ってやつか。

 

 ……今のところ、俺の出番が一切ねぇ。

 

 ふ、ふん! 別にいいもん! 俺にはリィエルという友達がいるからね!

 

「……すみません、システィーナ。その件については心から謝罪します。ですが──」

「色々と言いたいことがあるけど、レオスはまだいいわ……一応、レオスなりに私のことを考えてくれてるようだし……でも、先生は一体、なんなんですか!? 事あるごとに毎回逆玉、逆玉って!? おまけに魔術師として正々堂々戦うわけでもなく、あんな卑怯な真似までして! それでもし先生が勝っても、先生の求婚を私が受けるなんて本気で思ってるの!?」

「………………今度は、一対一の決闘戦で勝負だ、レオス。日時は明日の放課後、場所は学院の中庭。ルールは致死性の魔術は禁止で、それ以外の全手段を解禁──これで、決着をつけようぜ」

「────ッ!?」

「ふっ……いいのですか?」

「バカめ。これで勝ちゃあ、一生遊んで暮らせるんだぜ? ここで身体張らねーで、一体どこで──」

 

 ぱぁんっ! システィーナが、グレン先生の頬を思いっ切り平手打ちした。

 

 ……今の、グレン先生なら簡単に躱せた筈なのにな。それでもわざわざ受けたってことは多少の罪悪感はあるって事……だよね?

 

「……嫌いよ、貴方なんか」

 

 システィーナは、そう言い残して走り去っていった。

 

「……ティア。システィーナ、すごく怒ってる……なんで?」

 

 そして当たり前のように、リィエルがいつの間にか背後にいるのは無視する。

 

「……グレンが不器用だから、だと思う」

「? グレンは器用。鋼線(ワイヤー)も上手」

「……そういう意味じゃない」

「……よくわからない」

 

 う〜ん、なんて説明すれば良いのかなぁ。

 

 その後、頑張ってリィエルに自分なりに説明した。大変だった。

 

 

■□■

 

 

 レオスの馬車にて。

 

「くそっ……グレン=レーダスッ! 本当に忌々しい男ですッ!」

「レオス、あいつはそういう男だよ。昔からそう……はは、一筋縄ではいかないんだ」

「ん、グレンはすごい」

「そう……魔術師としては、実は大したことないんだよ。君や僕の足下にも及ばないだろうね。だが……たとえ100戦中、99回負けるだろう戦いでも、その残り1回の勝利を、必ず最初に引き当てて見せる……グレンはそういう男なのさ。くく……そうでなくては」

「貴方達は随分と、グレン先生を買っていらっしゃるのですね?」

「それはそうさ。でなければ、こんな回りくどいこと、する意味がない」

「ん」

 

 うんうん。それに、グレン先生はこの物語の主人公なんだからね。

 

 あんな良い感じに皆を救えるヒーローで……いや、グレン的には救えなかった人もいたか……。

 

「……回りくどいこと? 貴方は本当に時折、訳のわからないことを言いますね?」

「君が分かる必要はないさ、レオス。分かる意味もない……()()()()()?」

()()()()()。私がそれを分かる意味はない」

「君のお陰で、筋書き(シナリオ)通り、自然な形でグレンに決闘を挑めた。()()()()()()()

「ええ、()()()()()

 

 ……『天使の塵(エンジェル・ダスト)』のせいだって分かってても、この会話が不気味すぎて怖い。

 

「ところで、自信の程はどうだい? グレンと決闘をすることになったんだろう?」

「ところで……どうして、貴方がそれを知っているのです?」

「勝てるのかい? グレンには」

「勝てますよ。グレン=レーダス。たかが、第三階位(トレデ)の三流魔術師です。すでに第五階位(クインデ)に到っている私の敵ではありませんよ」

「……随分と大きく出たね」

「当然でしょう? 私は軍用魔術の研究は当たり前ですが、他にもそれを行使する技術も他者の追随を許さないと自負しています。……今度こそシスティーナは私のものです。そう……システィーナさえ手に入れてしまえば、フィーベル家を得たクライトス家主家筋が、忌々しい分家筋よりも完全に有利に立てる。私の未来の当主の座は確定されたようなものです……」

「それは無理」

 

 ……あ、口に出しちゃった。

 

「無理、ですか? ティアさん……それはどういう……?」

「そうさ。ティアの言うとおり、君に栄光は掴めない」

 

 お、ジャティスが俺のセリフを繋いでくれた。

 

「まず、君はグレンに勝てないよ。君に負けるようなら、僕の『正義』がグレンに敗れるはずもない」

「……」

「システィーナさえ手に入れればフィーベル家が手に入る? 上流階級同士のお家問題だろう? 大きな家同士が勝手に結婚に踏み切れば、政府だって介入する。個人的な婚姻でどうこうできるわけないのに、そんな短絡的な思考する自分に君は気づかない。いや、気づけない……まぁ、それらは些細なことだ。僕の目的からすれば、それは別にどうでもいいことだしね……だけど、まぁ……君が栄光をつかめない最大の理由……それは」

「……それは?」

「……もう、時間切れっていうことさ」

 

 ジャティスがそう言った瞬間、レオスの全身の血管が浮いて……

 

 ぼんっ! ぶしゅううううううーっ!

 

「ッ!」

 

 頭が弾けて、全身から血が舞った。

 

 予想してたとはいえ、この光景は精神衛生上でもキツいなぁ。

 

「……『天使の塵(エンジェル・ダスト)』?」

「ああ、そうさ。これが『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の末期症状だよ」

 

 うわぁ、グロい。今もまだ体から血がブシャーって出てるし……。

 

「……ジャティス。死体、どうするの?」

「彼という存在からはもう、僕の正義執行には何の干渉もない……なら、放っておくさ」

「……ん」

 

 え、これ放っておくの? 血だらけでシスティーナが見たら失神すると思えるほどグチャグチャなんだけど?

 

 ……ま、いっか。

 

「さぁ、そろそろ準備しておきなよ。魔術学院に着くだろうからね」

「ん」

 

 準備……そもそも俺の持ち物がないよ。

 

 何を準備すればいいの……?



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グレンの過去

 レオスの死体を放置した俺は、【セルフ・イリュージョン】でレオスの姿になったジャティスに着いて行った。

 

 そして、屋上。

 

 グレン先生とシスティーナが居たので、どうやって話しかけようか考えてます。

 

「──たんですが……とある任務で、間抜けにもその子を死なせてしまいました」

 

 あ、グレン先生の過去語りシーンだ。

 

「それで、もう何もかもバカバカしくなったクソガキは魔導士を辞めて、引きこもりになりました。なんともバカな話です。めでたしめでたし……」

 

 ……普通はここでセンチな気分とかになるんだろうけど、俺の心は一つだ。

 

 俺以外の人が、俺の見てない場所で、勝手に曇らせすんなッ!!

 

「……ごめんなさい、先生。軽々しく聞いていい話じゃなかったんですね……でも、私はバカな話だとは思わないわ。その魔導士だった人にはきっと、私達の想像も付かない程の葛藤があったんでしょう……」

「……似てんだよ、お前」

「え?」

「セラ……そのクソガキの『正義の魔法使い』という夢を肯定してくれた女の子。妙にお節介で、説教臭くて、しかもどっか頼りなくて……そして、自分の夢の実現に真っ直ぐだった所なんかがそっくりだ」

「…………」

「正直な、俺もよくわかんねえんだ。自分の夢に真っ直ぐなお前に、心のどこかで期待して、だからお前の夢を否定するレオスが許せなかったのかもしれん……はたまた夢半ばで逝かせてしまったセラの代わりに、似ているお前の夢を守ってやることで……セラに対する何かの贖罪にしようとしていたのかもしれん……ただ、お前の夢を否定し、お前の夢の障害として立ち上がったかったレオスの野郎がとんでもなくムカついて……気づけば、手袋投げてた。別に勝ち負けなんてどうでも良かった……ただ、俺はあのレオスとか言う男が、どうしようもなく気に食わなかった……何としても吠え面かかせしてやりたかった……結局、それだけさ」

 

 ……グレン先生がレオスにムカついて手袋投げる所までジャティスは"読んでいた"って事かな? ジャティス怖。

 

「……まったく、どんな大層な理由かと思えば……結局、ただの個人的な感情論じゃない」

「まぁ、そうとも言う」

「気に入らないからって、後先考えずに喧嘩売って……まるで子供ね。バカみたい」

「……耳が痛ぇ」

 

 グレン先生、フルボッコだなぁ。

 

 で、俺はいつ出ていけばいいの? え、まだ?

 

 ……もうよくね?

 グレン先生とシスティーナを陰から見てるジャティス、凄いシュールな光景なんだけど?

 

「でも、ちょっとだけ……嬉しかったかも。レオスの言ったこと……実は本当なの。実際、魔術を勉強すればするほど、お祖父様に敵う気がしなくなるし……このまま、この道を進んでもいいのかなって ……ちょっとだけ、くじけそうになることもあるの……でも、たとえ人が聞いたら嘲笑するような夢でも……自分が周囲から顰蹙を買ってまで応援してくれるような人なんかも、中にはいるみたいだし? これからも頑張ろうって、そんな風に思ったわ……そこだけは……本当にありがとう、先生」

「……だーはっはっはっは! 生徒の夢を応援するのは、なんつーか、教師として当然のことだからなーッ! まぁ、あわよくば逆玉ってのは割とマジだったかもだが……」

「はぁ!? 何ですって!?」

 

 ……そろそろ行っても良いだろ。原作でもこの辺で出て行ってたと思うし。

 

「……ジャティス、もう良い?」

「ああ、頃合いかな。それと、僕の事はレオスと呼んでくれ」

「ん、行こ」

「そうだね、どうせだし格好良く登場しようか」



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レオス(ジャティス)の脅し

「フッ……婚約者(フィアンセ) である私を差し置いて、他の男と逢瀬ですか、システィーナ」

「レオス!?」

 

 グレシスコンビがイチャイチャしている現場に、俺はジャティスとカッコつけて姿を見せた。

 

「いやはや、貴方も実に卑怯な男だ、グレン=レーダス。ご自分の過去をまるで美談であるかのように巧みに語って、システィーナの同情や共感を得ようとしている……違いますか?」

「なんだと……?」

「今まで黙っていましたが、実は軍用魔術研究という国家プロジェクトに関わる仕事柄、私は帝国軍の機密情報にも、それなりに触れてましてね……故に知っているんですよ……あなたが過去に何をやってきたのかを……ねぇ? 《愚者》のグレンさん?」

「──────ッ!?」

「せ、先生……?」

「フフッ、よく考えてください、システィーナ。グレン先生はあえて流していますが……あの話の裏で一体、何人の人間をその手にかけたと思いますか? 運よく今の立場を獲得したようですが……グレン先生、貴方は本来、こんな日向の世界にいる資格はないんだ。その血塗られた手で……貴方は一体、生徒たちに何を教えるつもりなのです?」

「あ、あの……グレン、先生……?」

「……黙れよ。警告するぞ。今すぐその口をつぐんでここから失せろ」

 

 ……怖。殺気がこっちまで来てるんだけど!?

 

 ちょっと! 俺はなんも言ってないよ!!

 

「おやおや、事実を指摘されたら、逆上ですか?ますます貴方はシスティーナにふさわしくありませんねぇ……?」

 

 ジャティスも煽るな!

 

「だから、黙れと言ってる……二度目だ……」

「ふふ……貴方はここにいていい人間じゃない。帰るべき世界へ帰りなさい、グレン」

「三度……警告は──したぞ」

 

 その瞬間、グレン先生はジャティスへ跳びながら愚者のアルカナを抜いて【愚者の世界】を発動。

 

 そのまま右腕でジャティスへ向けて──

 

「やれやれ、暴力はいけませんね」

 

 まぁその拳がジャティスに当たる訳ないけど。

 

 ぺしん、と軽く受け流し、

 

「え──?」

 

 体勢を崩したグレンをジャティスが回転して蹴った。

 

「ぐぅああああ──ッ!? げほっ……ちぃ──」

 

 うっわ、痛そー。

 

 そんなグレン先生に追い打ちで、ジャティスは人工精霊(タルパ)を顕現させた。

 

「──ッ!? 人工精霊(タルパ)、だと!?」

「そうです。 強いですよ、人工精霊(タルパ)は。特にあなたに対しては……ね」

 

 そう、人工精霊(タルパ)は妄想強化によるもの。【愚者の世界】は効果がない。

 

「おっと、動かないでください。この人工精霊(タルパ)は【爆焰霊(サラマンダー)(フェイク)】……触れたら火傷じゃすみませんよ? さて、もう明日の決闘を待つまでもなく勝負は見えてしまっているようですが……いやいや、あなたはこんなものではないはずだ。魔導士時代のあなたの武勇から察するに、あなたにはまだまだあなた自身も気づいていない高みがあるはず……『本気』を出してください、グレン。『本気』を出さねば、私には到底届きませんよ? 明日は是非ともあなたの『本気』を見せてもらいたいものですね」

「………………」

 

 グレン先生は、何も言わずに立ち去っていく。

 

 おーう、最高です!

 

「せ、先生……」

「あのような惨めな負け犬など放っておきなさい、話があります、システィーナ」

「は、離して! 離してよッ!」

「……黙れ、小娘。話があると言っているだろ」

「え……? あ、ぅ……」

「……ふっ。それでいいんです。まぁ、話と言っても分かりきっていますよね? 私と結婚してください。先ほどのことを見たでしょう。もう私の勝ちは決定しています。今更何をためらう必要があるのです?」

「あ……あなた……何を言って……」

「残念ながら、あなたに拒否権はないのです。あなたのお友達……ルミア=ティンジェル。その素性と能力……世間には秘密のままにしておきたいでしょう?」

「──なッ!?」

「はははっ、さすがに顔色が変わりましたね……? それとリィエル=レイフォード……『Project:Revive Life』の大いなる成功例……彼女たちを欲しがる地下組織なんて、ゴマンとあるでしょう」

「ど、どうして……それを……ッ!? ま……さか……レオス……貴方……天の智慧、研究会の……ッ!?」

「なんだと……ッ!? このクソアマが……ッ!? 僕を……あんな下劣で下賤なクズどもと……一緒にするな……ッ!」

「ひ──」

 

 ジャティスが天の智慧研究会扱いされてキレてるけど、流石にこれは見過ごせない。

 

「……レオス、ストップ。止めて」

「……ああ、そうでしたね、ティアさん。とにかく、賢いあなたならわかるでしょうが、どうします? 私の求婚を受けていただけますか? 実はもう結婚式場は手配してあるんです。場所はフェジテ中央区のカタリナ聖堂。式は今週末の休日──戦天日にあげます。ああ、周囲の通知や諸々の手続き関連は私の方でやっておきましたのでご心配なく」

「な……ッ! ま、待って……ッ!? せ、せめて、お父様とお母様に……は、話を通さないと……」

「貴女のご両親は『天使の塵(エンジェル・ダスト)』で帝国各地方を巡回調査中で、1ヶ月は帰って来れませんよ。今のうちに籍を入れて、既成事実を作ってしまえばいいんです。なにせ、私たちは『愛し合って』いるのですから。貴女は全て私に任せていればいいんですよ、システィーナ。そうすれば全てが上手くいくんです……そう、全てがね。ちなみに、この話は他言無用ですよ? さもないと……貴女の大切な友人たちが学院どころか、この国にいられなくなりますからね?」

 

 あぁ……システィーナが恐怖で震えてる……。

 

 う〜ん……こういうのも好きだけど、やっぱり自分で曇らせたいな。ここら辺は俺の感覚だけど。

 

 んじゃ、この後はシスティーナと仲良くなるか……? 今はまだ心弱いし、曇らせられるだろうからね。

 

 ……まだ具体的なやり方は考えてないけど。

 

「はぁっ……はぁっ……」

「それでは、私はそろそろ失礼しますね?」

 

 ジャティスは言いたいことを言うと、そのまま去っていった。

 

「……システィーナ、平気?」

「貴女……リィエル?じゃなくて……えっと、ティア、だっけ?」

「ん、正解」

「……ねぇ、ティアはどうしてレオスのメイドをしているの?」

 

 ……何を言おう。普通に仕事だから、じゃ"面白くない"し……よし!

 

「……それしか、おれには無かったから」

「……え? それって、どういう──」

「じゃ、バイバイ」

 

 俺は別れを告げるとささっと屋上から出ていく。

 

 ……ジャティスに無理矢理従わされてるとか勘違いして曇ってくれたら"面白そう"だなぁ。

 

 ある意味正解だし。



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裏切り

 レオスとグレンの決闘当日の放課後。

 

 俺達は、学院の中庭でグレン先生が来るのを待っていた。

 

 ……約束の時間から一時間。

 

「……来ない」

 

 原作知ってるから分かってたけど、待たされるこっちの身にもなってほしい。

 

「……皆さん! ご覧の通りグレン先生はこの決闘の場に来ませんでした! ですから、不戦勝という事でよろしいですね!」

 

 ジャティスがそう締めて、この決闘はジャティスの不戦勝で終わった。

 

「ったく……グレン先生には失望したよ……」

「だよな、手袋投げといてトンズラとかさあ……」

 

 あー、グレン先生の評価が落ちてゆく……。

 

「グレン先生……どうして……」

 

 そして、システィーナは愕然とする。そりゃ、信頼してたグレン先生が来なかったらなぁ……。

 

 ジャティスはそのままシスティーナが求婚を受け、正式に婚約すると発表した。

 

 そして、結婚式当日のフェジテ中央区の聖カタリナ聖堂。

 

 俺の座っている参列席の前で、司祭がジャティスとシスティーナの二人に問いかける。

 

「レオス=クライトス。汝、健やかなるときも、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、共に支えあい、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

「システィーナ=フィーベル。汝、健やかなるときも、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、共に支えあい、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

「……誓います」

 

 ジャティスとシスティーナの二人が、そう宣誓した。

 

「今日と言う佳き日に、大いなる主と、愛する隣人の立会いの下、今、此処に二人の誓約は為された。神の祝福があらんことを──」

 

 そして司祭がセリフを言い終わる時、結構式場の扉が多きな音を立てて開かれた。

 

「異議ありッ!!」

 

 という言葉を添えて。

 

 その人物は──

 

「せ……先生……!?」

 

 ──グレン=レーダスであった。

 

 ……いや、知ってたけど。

 

 

■□■

 

 

 グレンがシスティーナをお姫様抱っこをして走り去った後、ルミアは何かの事情があることを察してグレンを追いかけることにした。

 

「……リィエル、私達もグレン先生追いかけよう!」

「ん、分かった。わたしもグレンが心配」

 

 二人は人混みを抜けて、人気のない聖堂の裏口から出る。

 

 そのままグレンを追いかけようとしていた二人の耳に、

 

「ん、ストップ。……ごめん、そこまで」

 

 という少女のような声がした。

 

 その少女の顔には何時も着けていたメガネはなく、メイド服からも無駄な布がなくなっていた。

 

「どうして、ティアがここに……!?」

 

 その少女……ティアは、ルミアとリィエルの前へ立ちふさがる。

 

「──《万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を》」

 

 ティアが使った魔術を、ルミアとリィエルは知っている。

 

 忘れるはずもない。何故なら、その魔術はリィエルの十八番である錬金改【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】なのだから。

 

「……ティアさん。やっぱり、貴女は……」

 

 ルミアは眼鏡の無いティアの顔を見て一つの仮説に確証を持つが、それを問いただしている場合ではない。

 

「……リィエル、来て。このティア=()()()()()()が、あなたを止める」

 

 彼女は、レイフォードと名乗った。

 

「──ぁ、あぁ……ティ、ア……どうして……?」

 

 ティアが目の前で立ち塞がっていることに困惑しながら、リィエルは必死に言葉を紡ぐ。

 

「……ジャティスのこと、知ってる?」

「ん、もちろん……でも、ジャティスがどう──」

「今回の事件は、ジャティスの仕業。おれはジャティスの味方だから、あなたの敵」

 

 ティアの"敵"という言葉に、リィエルの顔は青ざめてゆく。

 

「わ、わたしは……ティアのこと……ともだちだと思って……たよ……?」

「……ん、そう。おれも……ともだちでいたかった、かも」

「……わたしを殺すの?」

「……わからない。でも、殺したくない。だから……あそこに戻って。お願い」

 

 そう懇願したティアの顔は、最初と変わらず無表情だ。

 

「そう。……それでも、わたしは戻れない。グレンのところに行く」

「ん、だよね…………"読んでた"」

「そして……貴女を傷つけたくない」

「……じゃ、どうする?」

「だから、ティア。あなたをボコる」

「……ん、それでいい。来て」

 

 錬金改【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】で創った剣を構えたティアの無表情は、後ろにいたルミアにはどこか悲しそうに見えた。

 

 まるで親リスに捨てられ、独りぼっちになってしまった孤独の小リスのように。




ルミアさん完全に的外れ。ニチャッてしてる。

ティアの眼鏡はエルザの自己暗示装置とは全く別の、ごくごく普通のジャティスが錬金術で創った眼鏡です。


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固有魔術(オリジナル)

 聖堂の裏口前。

 

 そこでは、俺の剣とリィエルの剣の斬り合いにより轟音が激しく鳴っていた。

 

「──ッ!」

 

 お互いの剣技は全く同じ。

 

 それにより、所々リィエルと俺の動きが噛み合っていた。

 

 ……いや、そんなことより。

 

 "面白い"かなと思って試した曇らせが、すごく楽しい!

 

 さっきのリィエルの裏切られたと知った時の顔とかヤバい。無表情じゃなかったら大笑いしちゃってたかもってぐらい。

 

 俺、前世じゃ普通の性格だったのになぁ。

 

「はぁっ!」

「いぃ!?」

 

 うわっ! 今の危ねぇ! 最初は急所とかは狙ってなかったのに、だんだん遠慮なくなってきたね!?

 

 ……こっちもイルシアの記憶があるからリィエルと同じ存在と言ってもいい(前世の記憶があるけど)。

 それでも、やっぱり二年の差は大きいか。

 

 なら、そろそろ俺も"手札"の一つを切らせてもらう。

 

「ほっ」

 

 俺は速やかにリィエルから距離を取り、懐に手を伸ばす。

 

 そこから出したのは、人を人ならざる魔人に変える"鍵"……なんてものではない。

 そもそも俺はそんなものは持ってないし、もし持っていたとしても使う気はない。

 

 ……話が逸れた。俺が取り出したのは、一つの指輪だ。

 

 もちろん普通の指輪なんかじゃない。これは、ジャティスが創り出した魔導器だ。

 

 効果は、『並列思考演算魔術である【ブレイン・アバカス】の即時発動&演算速度上昇』というぶっ飛んだ代物。

 

 数日でこんなもの創れるの?とジャティスに聞いたら、以前に半分遊びで創ってみたけど自前の演算能力で【ユースティアの天秤】が使えるから要らないし、お蔵入りになっていたらしい。

 

 つまり、俺がこの魔導器を使ってようやくジャティス並の演算能力になるらしい。

 

 普通の人はスパコン程度の演算能力なんて持ってないんだよッ!

 

 ……それはともかく。これを使えばジャティスと同じように数秘術が使える。

 

 さぁ、君に見せてあげるよ、リィエル。

 

 俺の、この世界に生まれてきてからの研鑽を!!

 

「──起動・固有魔術(オリジナル)ティア(おれ)の天秤】!」

 

 その魔術を発動すると、世界の全てが数字と数式の羅列に再構成されていく。

 

 三次元である世界が、四次元的な光景になる。

 

 ……そう、この【ティア(おれ)の天秤】はジャティスの【ユースティアの天秤】と同じ効果を持つ術だ。

 

 本来、これはジャティス以外には意味がない。何故なら、世界の情報を数字として受け取ったとしても何も利用できないからだ。

 

 けど、ジャティスだけは独自の数秘術で処理し予知に近い行動分析ができる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 逆に言うと、そんなジャティス独自の卓越した数秘術とスパコン並みの演算能力があれば、同じことができる。

 ……片方のジャティスしか知らない数秘術も教えてくれれば一応イケるが、演算能力は生まれついてのなので、両方の条件をクリアできる人がそう居るはずがないけど。

 

 数秘術はそのままジャティスに教わり、演算能力は代用としてこの指輪を用意してくれた。

 

 そうして、俺はジャティスと同じような固有魔術(オリジナル)である【ティア(おれ)の天秤】(俺命名)を使えるようになったのだ。

 

 さて、これで反撃開始だッ! ……反撃、開始できるよね……?




ジャティスのティアの固有魔術(オリジナル)の違い

ジャティス:前もって出来事に関係する人の行動を自前の演算能力で予測しておいて、擬似的な未来予知ができる。

ティア:その場で魔導器で演算能力を補助して演算しているのでジャティス程の未来予知は無理だが、臨機応変に対応できる。

下手ですが描いてみました。良かったらどうぞー

【挿絵表示】


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天使の御手

 指輪から来る行動予測の結果を読み取りながら、俺はリィエルを襲う。

 

「いぃやあぁ!」

「はぁっ!」

 

 リィエルが俺にフェイントを入れて斬りかかるが、その全てを読んでいる俺のほうが一枚上手。

 

「"読んでる"っ!」

 

 最小限で最適な動きで斬撃を避けて、リィエルを剣で吹っ飛ばす。

 

「く……っ」

 

 リィエルは俺の剣を自分の剣で防御して後ろに跳んで、威力を殺す。

 

 それからもリィエルも負けじと俺に斬りかかってくるが、次にどう動くのかが分かる俺には敵わない。

 

 攻撃をすべて避ける俺とは違い、リィエルは傷付き血だらけになっていく。

 

 そして、ついにリィエルは倒れていまった。

 

「ぐ……ぅぅ……」

「……安心して、殺さない。あくまで妨害」

 

 倒れても此方を見てくるリィエルに、俺は冷静にそう告げる。

 

 今言った通り、俺の役割はジャティスの邪魔をするであろうリィエルとルミアの妨害だ。

 

 殺害しろとは命じられてないし、そもそも殺す気はない。そんなの"面白くない"し。

 

 それにしても、こんなもんか。想定よりも簡単だったな。

 

 いや、ジャティスの魔導器による俺の固有魔術(オリジナル)が強すぎなのかな……?

 

 ま、どっちでもいいか。リィエルはもう戦えないし、後は曇らせの為にそれっぽいセリフを──

 

「──《虚空(こくう)(さけ)べ・残響(ざんきょう)するは・風霊(ふうれい)咆哮(ほうこう)》」

「──ッ!?」

 

 爆音がした方向から、震動が発生している風球が飛んでくる。

 

 俺は【フィジカル・ブースト】で強化されている身体能力でその場から避け、攻撃してきた人物を見る。

 

 その人物は──

 

「ル、ミア……?」

「……ん、"読めなかった"」

 

 ルミア・ティンジェルだった。……いや、なんで?

 

 ルミアはリィエルに駆け寄る。

 

「リィエルッ! 《慈愛(じあい)天使(てんし)よ・()(もの)(やす)らぎを・(すく)いの御手(おて)を》──!」

 

 リィエルに【ライフ・アップ】を掛けて回復させた。

 

「ルミア……なんで……」

「リィエル、私、貴女が死ぬなんて許さないよ。絶対に死なせない!」

「……? これ、力が……」

 

 ん? ルミアの手が光って……え、まさか《王者の法(アルス・マグナ)》? マジ?

 

 ……ルミアの《王者の法(アルス・マグナ)》について、原作知識により整理するとしよう。ルミアの異能は『感応増幅力』だと思われているが、実際は違う。

 

 その力は、魔術演算能力を一時的に超増幅すると同時に、霊絡(パス)も開いて魔力も増幅させる代物。

 

 それにより、今の俺たちが使っている下位(ロー)ルーンとは規格外な魔術言語(ルーン)上位(ハイ)ルーンも使えるようになるが……それは、今は気にしなくていいだろう。

 

 リィエルは上位(ハイ)ルーンなんて使わないし。

 

 ……だが、それでも一気に不利になった。どうしよ、これ。

 

「……大丈夫、リィエル。私が後ろから援護するから」

「ん、お願い。わたしはティアを止める」

 

 いつの間にかリィエルとルミアの相談が終わったのか、全回復したリィエルが剣を構え、後ろからルミアが何時でも呪文を唱えられるようにした。

 

「ティア、待たせた」

「……ん、そんなに待ってない。それで、まだ戦うの?」

「ん。……わたしには、どうしてティアがわたし達の敵なのかわからない。けど、これは駄目だと思うから」

「そう……来て、リィエル!」

「ん! いいいいいやぁあああああ──ッ!」

 

 先ほどとは比べ物にならない程の速さでリィエルがこちらに向かってくる。

 

 だが、それも俺は読んでいた。

 

「"読んで──はぁ!?」

 

 リィエルの攻撃を防御しようと錬成した剣を盾にしたら、その剣が切り割れて粉々になる。

 

「──ッ!?」

 

 俺はすぐさま【フィジカル・ブースト】を使い全力でリィエルの横を素通りして詠唱する。

 

「《森羅(しんら)万象(ばんしょう)に・(われ)(こいねが)う・()(りょう)(かいな)に・(おお)いなる大地(だいち)(もっ)て・剛毅(ごうき)なる双刃(そうば)を・(つく)(たま)え》」

 

 これは俺が錬金改【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】を改造し、双大剣を創り出すようにした魔術。

 

 名前は錬金改弐【隠す双爪(ハイドゥン・クロウズ)】だ。

 

 俺はその双大剣を持ち、再び突進してくるリィエルを向かい打つ。

 

 斬撃斬撃斬撃ッ。お互いの剣が打ち合われ、火花が飛び散る。

 

 その中で片方の剣が折れて使い物にならなくなってしまった。

 

 ……ッ! やっぱり、リィエルの方が早い!

 

 だけど……。

 

「ッ!」

「斬った……ッ! ぐっ……」

 

 こちらも斬撃を貰ってしまったが、リィエルにも斬撃を当てられた。

 

 けど、攻撃を当てられるなら俺にも勝ち目は──

 

「《慈悲(じひ)天使(てんし)よ・(とお)()()に・(なんじ)威光(いこう)を》──ッ!」

 

 ……俺の目は、死んで一週間経った魚のようになった。

 

 白魔【ライフ・ウェイブ】──遠距離から回復効果を飛ばせる高等法医呪文(ヒーラー・スペル)

 

 それをルミアは使った。あー、さっき援護するとか言ってたね。そういえば。

 

 つまり、アレか。《王者の法(アルス・マグナ)》で俺より強くなったリィエルに加えて、攻撃喰らって傷付いてもルミアによりすぐに回復? はぁ? 無理ゲーじゃん……。

 

「いいいいいやぁああああああああああ──ッ!」

 

 リィエルが大剣を担ぎ駆けてくるが、俺にはもう何もできない。

 

 片方の剣は砕け、もう片方はヒビが入っている。

 

 新しく剣を創る詠唱をする暇もない。

 

「く──ッ」

 

 せめてと思いヒビが入っている剣で攻撃を受けるが、勢いを全く殺せずに俺の身体は吹っ飛び、勢いよく奥にあった壁に衝突した。



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《戦車》からの逃走

「…………ゴホッ、ゴホッ」

 

 ……良かった。俺、生きてるっぽい。対処の仕方が良かったのかな……?

 

 いや、リィエルが手加減してくれたっていう説の方が可能性高いな。

 

 後は……ジャティスのお陰か。

 

『いいかい? ティア。このメイド服に【トライ・レジスト】や【ボディ・アップ】の常時付呪(エンチャント)をしておいたから、戦闘でも防護服として使えるからね。安心して攻撃を受けるといいよ』

 

 メイド服になんつーモン付呪(エンチャント)してんだとツッコみたいが、それで生きてるんだから文句も言えない。

 

 俺はフラフラしながらも、立ち上がる。

 

「……」

 

 リィエルは、無表情ながらも強い意志を感じる瞳でこちらを見ている。

 

 いや、さっきまで君、曇ってたよね? 立ち直るの早くない?

 

 というか、俺もう戦えないんだが?

 

 どうしようかと悩んでいると、キン、キン、キン──という金属のような音が俺の懐からした。

 

 え、何これ? メイド服のポケットに通信魔導器の宝石あるんだけど?

 

 えっと……イルシアの知識からすると……こうすれば……よし、これで!

 

『やぁ、ティア。……驚いたかい?』

「ん。……先に言ってほしい」

『あははっ、この程度の悪戯(いたずら)はご愛嬌さ』

「……そう。それで、グレンに勝てた?」

『いやぁ、それがさ? あのシスティーナ=フィーベルが一度逃げ出した後に、僕とグレンの元へ戻ってきたんだよ。そこから一気に形成が逆転。グレンは、僕の知らなかった新たな力を得ていたようさ。……やはりグレンは、僕の手で殺さなければならない唯一の人間のようだ』

「……おれはどうすれば?」

『ああ、そうだね。フェジテから撤収しようか。場所は──』

「──ん、すぐ行く」

『待っているよ』

 

 ブツッ……と、ジャティスは言いたいことだけ言って切りやがった。

 

 さて、そろそろ行───

 

「ティア……」

 

 無理ですよねぇリィエルいるし!? しかも、ルミアによって超強化されてるリィエルが!!

 

 ……逃げたい。

 

「ごめん、行かせない。寝てて」

 

 リィエルがとてつもないスピードで俺に接近し気絶させようとした時、横から斧が降ってきた。

 

「──ッ!」

 

 リィエルは咄嗟に避けると、斧を投げてきた人物を見る。そこには……あれって、『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の末期中毒症状? 

 

 そう思うと、他の道からもどんどん『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の末期中毒者達が出てくる。

 

 ……このままじゃ逃げられなかったって"読んでいた"とか? やっぱりジャティスはおかしいなぁ……色々と。

 

 だが、俺も頭が色々とおかしい人だ。困惑を全く顔に出さず、リィエルを悲しそうに見る。

 

「リィエル、ごめん」

「ッ──! 待って!」

 

 リィエルが俺を止めようとするが、『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の末期中毒者達に阻まれて近づけない。

 

 リィエルの俺へ伸ばした手は……こちらに届かなかった。

 

「……バイバイ」

 

 そう言い残し、俺は歩いていく。

 

「あぁ、あぁぁあ! ティアぁ!」

 

 リィエルは大声を上げて俺を止めようとするが、もう遅い。

 

 リィエルの視界にはもう、俺の姿は無かった……。

 

 まぁ、光操作での透明化ができる黒魔【セルフ・トランスパレント】で隠れただけなんですけどネ!

 

 さて、待ち合わせの場所へ行きますか!



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上空の恐怖

 フェジテ郊外の、とある雑木林。

 

 そこには、ジャティスとアルベルトが居た。

 

「翔けろ、【彼女の左手(ハーズ・レフト)】──ッ!」

「《金色(こんじき)雷獣(らいじゅう)よ・()()()けよ・(てん)()って(おど)れ》ッ!」

 

 ジャティスの人工精霊(タルパ)とアルベルトの【プラズマ・フィールド】がぶつかり、轟音が鳴り響く。

 

「……まいったね。グレンとの戦いの後に、君に追いつかれるとは思わなかったよ、アルベルト。……相変わらず、強い」

「………」

「しかし、君を倒しても意味がないんだ……やはり、グレンでなければ……」

「何故、生きている……とは問わん。だが、一つだけ教えろ。ジャティス、貴様は一年余前、何故あのような事件を引き起こした?」

「……………」

「魔導士団時代の貴様は苛烈な問題児ではあったが……それでも、あんな真似をする男ではなかった。一体、何がそこまで貴様を変えた? 誰よりも天の智慧研究会を憎んでいたのは、貴様だったはずだ」

「……アルベルト。君はこの国に隠された真実を、王家の家に隠された秘密を……なぜ、あんな天空の城が、空に浮かんでいるのか……知らない」

「………」

「さて、そろそろ時間だ。君を相手に今の状態じゃ分が悪い。退かせてもらうよ」

「待て、まだ話は……」

「駄目だね、抜け目ない君のことだ……今、ここへ《法皇(クリストフ)》と《隠者(バーナード)》も来るんだろう? ……時間稼ぎに付き合うのもここまでさ。それに、ようやく彼女も来てくれたからね」

「彼女、だと……?」

 

 アルベルトが困惑したとき、彼は自分に対する強い敵意を感じた。

 

「───いいぃぃやああぁぁあ!!」

 

 そんな大声と同時に、とある大剣がアルベルトへ猛スピードで飛んでくる。

 

「クッ………ッ!」

 

 いきなりの攻撃に、アルベルトはその場から咄嗟に跳び躱す。

 

「ジャティス!」

 

 それと同時に、彼女……ティア=レイフォードがジャティスへ向う。

 

 ジャティスは擬似霊素粒子粉末(パラ・エテリオンパウダー)を使い一人の天使を顕現させた。

 

「ああ……"読んでいたよ"、ティア」

 

 ジャティスとティアはその天使の両肩にそれぞれ掴まり、天使は上空へ急上昇してゆく。

 

「……『禁忌経典(アカシックレコード)』を追うといい、アルベルト。そうすれば……いずれ真実にたどり着く。特に、君ならば真実に触れた時、きっと僕と同じ側に立つことになると信じているよ」

 

 ジャティスはそれだけ言い残し、ティアと共に滑空していった。

 

「『禁忌経典(アカシックレコード)』 か……この国の真実……王家の血、か。一度、調べてみる必要がありそうだ」

 

 アルベルトはその鷹のような目を鋭くし、ジャティスの消えていった方向を睨む。

 

「……それに、あのリィエルに似た女……ティアと呼ばれていたか? あの女についても調べなければ」

 

 

■□■

 

 

 高い高い高い高い高い高い!!!

 

 え、怖ッ! 超怖い! 落ちたら即死だよねこれぇ!?

 

「……大丈夫かい?」

「大丈夫」

「顔は無表情だけど、上空をすごく怖がっていると僕の固有魔術(オリジナル)【ユースティアの天秤】が告げているんだけど……」

 

 固有魔術(オリジナル)をそんなことに使うなぁッ!

 

「うるさい。知らない。怖くない」

「…………怖いみたいだね」

 

 うっさいわ!! こんな高い所にいたら怖いだろ普通!?

 

 こんな所で落下死とか全っ然、"面白くない"よ!?

 

 ……あ、そうだ。怖くて忘れるところだった。

 

「……ジャティス。行きたい場所がある」

「うん? どこだい? 流石に場所によるけど……」

「──────────」

「……ああ、良いよ。ただ、長くは居られないよ?」

「大丈夫」

「なら、急いで行こうか。善は急げと言うしね?」



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お墓参り

気分が乗ってどんどん描けたので更新です!


 ……ジャティスにお願いした場所に着いた。

 

「タイムリミットは十分ってところかな? それまでは好きにしていいよ」

「早く済ませる」

 

 俺がジャティスに連れてきてもらった場所は、アルザーノ帝国の首都、帝都オルランドの郊外にあるアーレストン英霊墓地。

 

 そこには英雄や政治家、それにアルザーノ帝国のために死んだ軍人が眠りについている場所だ。

 

 その中から目的の、白い石のお墓を見つけた。

 

 "比類なき風にて優しき風、セラ=シルヴァース、ここに眠る"

 

 ……そう、あのグレンの神聖不可領域とまで羊太郎さんが描いていたセラ=シルヴァースの墓だ。

 

 俺がここに来るのはどうかと思っていたが、欲望に負けてきてしまった。

 

「…………」

 

 ………正直なことを言うと、俺のセラに対する感情は複雑すぎる。

 

 俺以外が愉悦みたいなことすんなよ巫山戯んなという八つ当たりみたいな気持ちもあるが、ちゃんとした理由もあるので聞いてほしい。

 

 確かに、魔導士団時代のグレンを支えていたのは好印象だし、セラグレは尊いと思う。これはマジで。

 

 けど俺が気に食わないのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一般人が聞けば、なんだそれ!?と思い理不尽だと叫ぶだろう。だが、俺には俺なりの考えがある。

 

 じゃあ、質問しよう。セラはどうしてグレンをジャティスの人工精霊(タルパ)から庇ったと思う?

 

 このアルザーノ帝国を救いたかったから? この国に住む人々を助けたかったから?

 

 それもあるだろうが、一番ではないだろう。一番は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと俺は思う。

 

 ……けど、それはグレンも同じだった筈だ。

 

『別に『正義の魔法使い』になぞなれなくてもいい、その女の子だけでも守れればいい、なーんて思っちゃったりして……』

 

 屋上で、グレンはそう言っていた。グレンはあんなに拘っていた『正義の魔法使い』よりも、セラの方が大事だった。

 

 それなのに、セラはその()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ………これは、どちらがジャティスに()られて死ぬか、なんて話じゃない。

 

 生きるときは一緒に生きて、死ぬときも一緒に死ぬ。それが、お互いにとって一番幸せだったんじゃないかなぁ……。

 

 そんなの無理だろう、と思う人も居るだろう。どうすれば良かったんだよ、と叫ぶ人も居るだろう。

 

 俺は、こう思う。

 

 ジャティスとかアルザーノ帝国とか放っておいて、グレンとセラの二人で遠くに逃げる。それが最善手だと。

 

 そんなの駄目だと思うだろうか? だが、グレンは精神的に死にそうだったし、セラも自分の故郷を助けるという約束を守らなかったアルザーノ帝国を守る義理もない。

 

 たった二人いなくなるだけで滅ぶなら、別に滅んでも良いんじゃないかな? ジャティスが言うには邪悪な国らしいし。

 

 ……けど、それでもグレンとセラは、それを認められないとも思う。もし実行してアルザーノ帝国が滅んだら、自分たちのせいだと思ってネガティブ思考になりそう。あはは……ありえる。

 

「……無いのかも。最高のハッピーエンドなんて」

 

 あの世界に愛されし主人公サマであるグレンでさえ、沢山の人を取りこぼしていたらしい。

 

 それに、最後にはセラも救えなかった。

 

 誰も犠牲にせずに、誰もが幸せなハッピーエンド。

 

 そんなの、存在しないのかもね……。

 

 って、なんでこんなセンチな気分になってんの俺は……?

 

「……バイバイ、セラ」

 

 俺は手を合わせる。

 

「グレンをありがとう。それと……バーカ」

 

 ……よーし。お墓参りも済んだし、そろそろ去りますか!

 

「ジャティス、終わった」

「もう良いのかい? まだ四分ぐらいしか経っていないよ?」

「もう、用事は済んだ」

「……なら、僕は構わないさ。さぁ、行こうか」

「ん」

 

 そして、俺とジャティスは歩き出す。セラのお墓を背に向けて。

 

 ……機会があったら、また来ようかな?




Q.なんでティアはセラのお墓参りに来たん?
A.ただの興味本位。

Q.結局、ティアは何が言いたいん?
A.誰かを犠牲にしないといけないとかふざけんな。けど、誰か犠牲になるならいっそ全員死ねよ。

Q.ティアって、愉悦部員だよね?
A.それでも人殺しまではやらないよ!? っつーか、愉悦で死んでいいのは"俺"と"俺と関係ない人"と"悪人"だけだよ。セラは普通に死んでほしくなかったなぁ……。


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レストランにて

 フェジテから離れて数日後。

 

 俺たちは、帝国宮廷魔導士団やら天の智慧研究会やらと戦いながら生きていた。メイド服を着ながら。

 

 そして今、夜ご飯を食べにレストランに来ています。

 

「うむむ……」

 

 ……悩む。メニューが多いので、すごく悩む。

 

 ハンバーグ定食も良いが、スパゲッティーも捨てがたい。けどピザも良いなぁ……。

 

 あ、ドリアもある。こういう料理って、《大導師》が教えたのかな?

 

 さて、どうしよう……。

 

「……そろそろ、注文しようか」

 

 そう言ったのは俺と一緒に行動している、元帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官No.11《正義》のジャティス=ロウファンだ。

 

 ……って、俺まだ頼むもの決まってないよ!?

 

「注文はお決まりですか?」

「ああ、この"たまごハンバーグランチ"を()()頼むよ」

 

 えっと、俺も何か頼まないと!

 

「おれも、それお願い」

「分かりました。調理が終わるまで、暫くお待ちください」

 

 そう言ってスタッフの人は去っていった。

 

 ……うん? ()()……?

 

 あれ? ジャティスが言ったのって俺の分、含まれてる……?

 

 ……スタッフさん、察してくれるよね!? ね!?

 

 

■□■

 

 

 はい、料理が来ました。

 

 "()()()()()()()()()()()"()()()()()()()()()()()()()

 

「これは……"読めなかった"なぁ……」

 

 そして、若干どうしようかと困っているジャティス。

 

「……ごめん、ジャティス」

「別にいいさ。君が何の料理を選ぶのかを、僕が勝手に予測して注文しようとしてしまったからね」

「……タッパーとか、ある?」

「……錬金【形質変化法(フォーム・アルタレイション)】と錬金【根源素配列変換(オリジン・リアレンジメント)】で創ろうか、タッパー」

 

 ……すまん、ジャティス。マジですまん。

 

 まさか、こんな事になるとは……。

 

「さて、そろそろ食べようか」

「……ん」

 

 ……気まずい雰囲気だなぁ! いや、俺のせいなんだけどね!?

 

 マジですまんジャティス……。

 

「……気分転換に一つ、話をしてあげよう」

「……話?」

「君の霊魂のことなんだけどね?」

 

 え、何それ。なんか重要そう。

 

「おれの、霊魂?」

「ああ、前に君が『エーテル乖離症』になって心霊手術を施しただろう? その時、君の霊魂には不思議なところがあったんだ」

「不思議なとこ?」

「そうさ。本来は霊魂には精神体……アストラル・コードがあるんだけどね? 君の霊魂には、アストラル・コードが無い余分なところがあったんだ」

「余分……」

「精神体に対して、霊魂の量が丁度二倍程度なんだよ。よくそんな状態で生きていられるね」

 

 んー? つまり、元々この身体にあった霊魂と、そこに憑依した俺の霊魂&精神体が混ざり合ってる?

 

 だから、アストラル・コードが無い空白の霊魂がある……って事か?

 

 ……よく分からん。

 

「……おれ、死ぬ?」

「それについては心配要らないよ。上手く安定しているし、ちゃんと生きられるさ」

 

 なら良いんだけど……。

 

 それにしても、アストラル・コードが無い空白の霊魂か……利用できるか?

 

 ……なんも思いつかない。保留にしようか。

 

 それよりも、たまごハンバーグだー!



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聖リリィ魔術女学院
聖リリィ魔術女学院へ


 さて、原作小説で言う5巻が終わったが、次の6巻に介入する気は無い。

 

 というか、遺跡とかアール=カーン戦にジャティス勢力である俺がどうやって参戦しろというのか。

 

 うん? 7巻には介入するのかって?

 

 いや……あの巻、殆どエリート(笑)のイヴ=イグナイトさんを虐めて終わりじゃん。つか、今のイヴさんも一応強いし、愉悦できそうなポイントも無いし近づきたくねー。

 

 なので、俺が介入するのは8巻だ。

 

 8巻について、一応あらすじを言っておくと、

 

①退学回避の為に留学する事になったリィエル。

②留学先は聖リリィ魔術女学院。

③グレンは女体化して臨時講師として赴任。

④しかし、そこにはお嬢様グループでの抗争が……!?

 

 みたいな話だ。まあ、前半(そこらへん)には関わらない。

 

 俺が介入する理由は、魔法遺産(アーティファクト)──炎の剣(フレイ・ヴード)だ。

 

 これは昔、炎魔帝将(えんまていしょう)ヴィーア=ドォルっていう魔将星が使った(らしい)魔法遺産(アーティファクト)で、炎を操る力がある。

 

 どのくらい強いのかというと、ただの研究者のおばさんを一巻分のボスにさせる位の強さだ。

 

 つまり、イルシアの剣術と炎の剣(フレイ・ヴード)の力が合わされば、俺も強さのインフレについて行けるってことさ!

 

 こんな簡単に強くなれて、大して原作と関係ないアイテムがあれば誰だって取りに行くだろう。

 

 待ってろよー? 聖リリィ魔術女学院!

 

 

■□■

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院。

 

 そこでは、セリカによって女体化されたグレンとアルベルトが居た。

 

「……グレン、話がある」

「うん? 何だ? 俺は今、今回の短期留学に滅茶苦茶やる気出てた所なんだが……」

「あのジャティスと共に活動しているティア=レイフォードの事だ」

「──ッ! ……何か、分かったのか?」

 

 女子校へ行くことになりテンション爆上がりだったグレンは、その名前を聞いた瞬間に意識を切り替えた。

 

 ……ティア=レイフォード。

 

 何故かあのジャティスと一緒に居た、リィエルそっくりの少女の名前だ。

 

「アルベルト……あいつは、何なんだ?」

「恐らく、奴は『Project:Revive Life』で産まれた」

「ッ!? じゃあ、ジャティスの野郎が『Project:Revive Life』を完成させやがったってことか!?」

「そうではない。奴が産まれた場所は、サイネリア島だ」

「はぁッ!?」

 

 その時、グレンの脳裏にあの時叫んでいたリィエル・レプリカの製作者ライネルの声が蘇る。

 

『な──ッ!? に、二体……ッ!? あと一体はどうしたんだ!?』

 

 あの時のグレンは大方、誕生させるのに失敗したのだろうと適当に予測していたが全く違っていた。

 

「……いや。待て待て、可笑しいだろ。なんで、それでジャティスと……?」

「恐らくだが、あのライネル=レイヤーから逃亡した先でジャティスに出会ったのだろう」

「なるほどな……クソッ、よりにもよってジャティスと会っちまうなんて……」

 

 グレンは拳を握りしめ、自分の無力さを呪う。

 

「過去の出来事は変えられん。それよりも、ティア=レイフォードをどうするか、だ。現状、帝国宮廷魔導士が何人も奴にやられているぞ」

「……あいつは、リィエルの妹みてぇな奴なんだ。実際、リィエルも凄ぇ懐いてたしな。そんで俺は、リィエルの教師だ。……だったら、やることは一つ。そうだろ?」

「フッ……聞くまでもなかったな」

「当ったり前だろ? ティアを助ける、それだけだ」

 

 何時もの調子を取り戻しながらも、グレンは誓った。

 

 必ず、ティア=レイフォードを救うと。




おまけ
「だが、どうしても分からない事が一つある」
「あ? 何がだよ」
「どうしてティア=レイフォードはメイド服を着ているのだ?」
「……そりゃ、怪しまれないようにじゃねぇか? レオスのメイドって立場だったろ、あいつ」
「いや、奴は今もメイド服姿だ」
「……ジャティス(あいつ)の趣味じゃね?」
「流石にそれは無いだろう。恐らく、これには何かの意味があるはずだ。少なくとも、俺はそう感じている」
「意味なんて無ぇだろ。何変なモン感じてんだアルベルト」


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列車の上

「……さて、ここで良いかな?」

「ん」

 

 ……着きました。ここは、聖リリィ魔術女学院から出る列車の上だよ。

 

 具体的には、ジャティスの人工精霊(タルパ)を使って来た。便利だね、ジャティスの人工精霊(タルパ)

 

 列車はまだ出発してないぜい。

 

「さて、僕はそろそろ行くよ。通信機は持っているよね?」

「ん、ポケットにある」

「なら、ティアの用事が終わったら呼んでくれ」

「ん」

 

 ここで心配だったのはジャティスが俺と一緒に来ないかどうかだったが、何かを察したのか俺一人で行っていいことになった。

 

「ああ、そうだ。はい、おにぎりさ」

 

 ジャティスから、ラップもどきで包まれたおにぎりを四つ貰う。

 

 ……数、多くない? 何故四つも?

 

「ジャティスが作ったの?」

「ああ、勿論。中の具は鮭、ツナマヨ、おかか、唐揚げだよ。その四つがティアの好みだろう?」

 

 ……なんか、いつの間にか好み把握されてる。

 

 まぁ、なんだかんだでずっと一緒に居るしね。その位なら普通に分かる……よね? 一応、おにぎり屋で昼ごはんジャティスと買ったことあるし……。

 

「じゃあ、僕はそろそろ去るよ。君の好きなように行動するといい」

「ん、終わったら連絡する」

「待っているよ」

 

 それだけ告げると、ジャティスは人工精霊(タルパ)の天使を顕現させて飛び去った。

 

 ……さて、おにぎりが四つもあるなら一つ位は今食べちゃっても良いよね?

 

 

■□■

 

 

 現状を説明します。

 

 学長のマリアンヌがエルザとリィエルを封魔の術【スペル・シール】で拘束して、列車で逃げようとしてるとこ。

 

 俺はグレン達とマリアンヌが戦った後に魔法遺産(アーティファクト)炎の剣(フレイ・ヴード)を取る漁夫の利狙いだ。

 

 ……風がぁ! 猛スピードで走ってるから、その列車の上に居る俺には強風がビシバシ来ているのだ。

 

「うぅ、眠い………………ッ!」

 

 俺が目を擦っていると急に猛烈に嫌な予感がし、咄嗟に身体を起こして元いた場所から跳躍する。

 

 ──ずだんっ! だんっ!

 

「んぁ……っ!?」

 

 え、何!? 何なの!?

 

「わ、我ながら無茶苦茶やってるわ……」

「そうだな……」

 

 し、システィーナぁ!? って、グレン先生も!? なんでぇ!?

 

「そうだ、フランシーヌとコレットは──ッ!? って……あれ?」

 

 ──ずだんっ! だだんっ!

 

 またかよ!? 今度は誰っ!

 

「よっし! 全員、上手く飛び乗れたなッ!?」

「行きますわよ、先生! システィーナ!」

 

 ……あ! 会ったこと無いけど知ってる!

 

 確か、フランシーヌとコレット……だっけ?

 

 聖リリィ魔術女学院の生徒だった筈。

 

「ちょ──なんで貴女達まで!?」

「ったく、水臭ぇこと言うなよ」

「毒喰らわば、皿まで……わたくし達もご一緒いたしますわ」

「どうして……ッ!?」

「ジニーの情報によると……結構な数の聖リリィ魔術女学院の生徒達が、マリアンヌ学院長側についているのでしょう?」

「本当にアンタら二人だけで足りるのか?」

「せ、先生……? どうするの……?」

 

 何かを少女達が言い合っているが、俺の耳には全く入ってこない。

 

 だって──

 

「お前……ティア、か?」

 

 グレン=レーダス大先生様(笑)に、普通に見つかった。

 

 ……どうしよ。 

 

 今回は会う気なかったのに……。ちくせう。



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邂逅

「お前……ティア、か?」

「………………………ん」

 

 どうしようかと考える暇もない質問に俺は、心の中で絶叫しながらも肯定した。

 

 うああぁぁああ──ッ! なんで、なんでピンポイントで俺の居る車両に飛び乗って来るんだよ!?

 

 もっと他にもたくさん車両あるでしょ!? ここに来んな!!

 

「あー……? お、お前、リィエルじゃねぇかッ!?」

「良かった……! 無事だったのですね、リィエル!」

 

 完全に人違いですッ!!

 

「皆っ、離れてッ! そいつはリィエルじゃない!!」

 

 お、システィーナは流石に俺だってわかってくれたか!

 

 まぁ、レオス(ジャティス)のメイド時代に何回も会ったことあるからねー。

 

「多分、そいつが今回の黒幕よ!」

 

 ……いや、俺をこの事件全ての原因にしないでくれない? 今回は本当に関係ないのに酷くない?

 

 俺じゃなくてマリアンヌとかいうおばさんが黒幕なんだけど……?

 

「ねぇ、どうしてこんな事をしてるの!? それに、あのジャティス=ロウファンもここに来てるの!?」

「……違う。今回の犯人はおれじゃない」

「それを私達が信じられると思う?」

 

 システィーナにすごい勢いで睨まれた。

 

 ですよねー。……たすけて、グレンせんせい……。

 

「……グレン、たすけて」

「ティア。今自首すれば、お前の罪は軽くなるぞ? 大丈夫だ。このグレン=レーダス大先生様が、自首を一緒に行ってやるからな。安心しろ」

 

 巫山戯(ふざけ)んなテメェ。

 

「……酷い。おれはやってないのに」

「犯人は皆そう言うのよ」

 

 じゃあ俺は何て言えば無実だって分かって貰えるんだよ、システィーナ=サン……。

 

 ……もう、これ詰んでない?

 

「おれを信じなくていい。けど、おれに構っても時間が無駄に無くなるだけ」

「くっ……リィエル達を人質にってことかしら?」

「だから違う」

 

 どんだけシスティーナは俺を犯人にしたいんだよ。

 

 ……いや、俺が怪しいのは分かるけどさぁ。それでもこう、こんなに疑うのは失礼だろ。

 

「……グレンは?」

 

 グレン先生なら、分かってくれるよね? ね??

 

「……分かった分かった。ちゃんと信じてやるよ、ティア」

「! ……ありがと」

 

 流石グレン先生! システィーナとは全然違う!!

 

 俺も、ここでその人数相手(しかもそれなりに強い)と戦いたくないしね。

 

「じゃあ、グレン。状況を聞かせて」

「……いや、お前の方が知ってると思ってたんだが?」

 

 原作知識で知ってるけど、それを除いたら何も知らないんだよこっちは。

 

 俺さっきまでおにぎり食べてただけなんだよ?

 

「……なにも知らない」

「……結論から言うと、リィエルとエルザっていう生徒が攫われたんだ」

 

 ……よし。

 

 もうグレン達に見つかっちゃったんだし、こうなったら少しでも"面白く"してやる!



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無双

当初、この話を僕が書いているもう一つの作品の方に誤って投稿してしまいました……本当にお騒がせしました。
すみませんでしたッ!


「《雷精のし──」

「《白き冬の──」

「《大いなる──」

「邪魔! いいぃぃいやぁぁああ──ッ!」

「「「きゃあああああああ──ッ!?」」」

 

 聖リリィ魔術女学院の生徒が呪文を唱え終わる前に、俺は白魔【フィジカル・ブースト】で身体強化を施して、高速峰打ちで気絶させる。

 

 殺しはしない。したら愉悦とかできなくなりそうだからだ。

 

「……私らの出番、無くね?」

「そうですわね……もう、あの子だけで良い気がしてきましたわ」

「だよな。これ、私達ついてこなくて良かったかも……」

 

 フランシーヌとコレットが死んだ魚の様な目をしているが、無視無視。

 

 こういうのはスルーが一番だからね!

 

「うぁあああああああああああ──ッ!」

「うるさい、"読んでる"」

 

 透明化の魔術で隠れていた生徒が奇襲してくるが、固有魔術(オリジナル)ティア(おれ)の天秤】を使っている俺には丸分かりである。

 

 つーか、奇襲するなら声上げるなよ……丸わかりだぞ。

 

 俺は奇襲してきた生徒を見ないまま錬金改弐【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)・潰刃】により創った手加減用の大剣を身体を回してぶん殴る。

 

 刃は潰してあるので、斬られる心配は無いよ!

 

 死ぬほど痛いだろうけどね!

 

「……ん、グレン、終わった」

「お前……本当、強さリィエル以上じゃねぇか?」

「そうなの? おれにはよくわからないけど」

 

 いやぁ……俺の強さって、ジャティスが創った魔導器の指輪のお陰でもあるからね。俺単体じゃリィエルには敵わないよ……。

 

 俺のこの強さは固有魔術(オリジナル)ティア(おれ)の天秤】を発動するには必要不可欠の指輪(アイテム)あってのものだし。

 

 何故かその指輪のサイズは左手の薬指に合ってるけど! 婚約指輪じゃないよ!!

 

 てか、婚約指輪であってたまるか!?

 

「あそこにいましたわ! これ以上、貴女達は進ませません!」

「なんとしても、ここで食い止めるわよ!? 皆!」

「うっげ、団体様のお出ましだぁ……また頼んでいいか?」

「大丈夫、グレン。皆斬る」

「いや斬るなよ? 気絶に留めといてくれ」

「…………ん」

「おい、今の間は何だ? 不安なんだが?」

 

 錬金改弐【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)・潰刃】は大きい鉄の塊みたいなものなので、そもそも斬れないよ。

 

「──ティア=レイフォード。あなた達を倒す、おれの名前」

 

 さぁ! ティアさんの無双を始めようかッ!

 

 

■□■

 

 

「ティア=レイフォードォオオオオオ──ッ!」

「"読んでる"」

 

 三本のレイピアが俺に向かってくるが、1ミリも誤差のない最適な動きでギリギリ避け、力づくで一気に薙ぎ倒す。

 

「《雷精の紫電よ》──ッ!」

「《まぁ・とにかく・痺れて》」

 

 別の生徒の黒魔【ショック・ボルト】を予め"読んでいた"俺は、同じ魔術の黒魔【ショック・ボルト】を即興改変で発動して相殺する。

 

 一巻のグレンの呪文と同じにした意味? 意味の無いただの趣味です。

 

「な……ッ! そんな、ふざけた呪文で──」

「これで終わり!」

「きゃあああああああああああああ──ッ!?」

「うあああああああああ──ッ!?」

 

 これでも俺は帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官No.7《戦車》のリィエルを圧倒したからね。

 

 こんなものじゃ倒せないぜ?

 

「貴女は……何故ですか、何故なのですかッ!?」

「……何が?」

「どうして、学院に来てすらいなかった部外者の貴女が、なぜ私達の邪魔をするのですッ!」

 

 ……なんか、後ろのグレン達にも凝視されてる気がする。俺たちも気になるよそれ、って感じで。

 

 そんなに俺のこと気になる? フッフーン、なら教えてあげよう!

 

「……おれは、みんなが好きだから」

「…………はい?」

 

 理由? そんなの、俺は皆が好きだからである。

 

 グレンも、ルミアも、システィーナも、リィエルも……皆が。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だって、それが()()()()()()()()"()()()"()()だから。

 

「だから──さっさと寝て」

「くっ……はぁあああ──ッ!」

 

 ……それはともかく、生徒多すぎない?

 

 ボス戦前なのに疲れてきたんだけど……。



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ボス戦

 第一号車内。

 

 そこで今回の黒幕であるマリアンヌは、理不尽へ怒っていた。

 

「何よ、こいつ……リィエル、なの? いえ、それはあり得ない……なのに……」

 

 ──バンッ!

 

 第二号車内からの扉が勢いよく開かれる。

 

「……見つけた」

 

 その扉を開いたのはメイド服で髪色が灰色の、リィエルそっくりの少女。

 

「何よ……何なのよ、貴女はッ!?」

「おれの名前はティア。何処にでもいる町娘」

「貴女のような町娘がいるものですかッ!」

「……ひどい」

 

 その少女……ティアは、少し眉をひそめて不満げだ。

 

「なぜ……どうして何もかも上手く行かないの!? どこで狂った……ッ!? このティアとかいう小娘のせい? いや──ッ!?」

 

 ──ガッシャァアアアアンッ!

 

 俺の前でマリアンヌがヒステリックを起こしている時、車両後方こ窓ガラスから派手に誰かが飛び込んできた。

 

 それが誰か、俺にはわかる。

 

「そうよ、わかった……ッ! 貴方よ……ッ! きっと貴方がいたから……ッ!」

 

 その男は、このロクアカの主人公。

 

「全部、貴方のせいよッ! グレン=レーダスぅうううううううううう──ッ!」

「はははっ! 馬鹿騒ぎは仕舞にしようぜッ! ババアーッ!? それとティアのは俺関係ねぇッ!」

 

 グレン=レーダスに向けて、マリアンヌが絶叫した。

 

 ……最後の一言余計じゃね?

 

「まったく! フランシーヌとコレットを違う車両でおとりに、ティア=レイフォードに黒幕の気を引かせてる間に自分達は列車の屋根伝いに移動して、一気に叩く……相変わらず無茶苦茶なんだからッ!」

 

 説明口調ありがとう!

 

「別にいいだろ? おかげで、同じく屋根伝いに移動してたリィエル達とも合流でき──」

「ティアぁ!」

「え」

 

 システィーナと共に窓ガラスから飛び込んできたリィエルに、俺は思いっ切り抱きつかれる。

 

 ちょっ、力強っ、苦しい!?

 

「や、やめ……ッ!?」

「ティア…………んっ」

 

 なんでこんな好感度高いの!? なんか頬擦りしてきたし!?

 

 裏切って好感度低くなっただろうなと思って、また仲良くなるために色々と作戦考えてたのに……。

 

 ……ん? 殺気? うわっ、エルザに親の敵みたいな目で見られてる!?

 

 え、俺のことイルシアだと思ってる? それともリィエルのことで嫉妬してる?

 

 どっちでも面倒すぎ……。

 

「……五対一だぜ? 流石に勝てるわけねぇだろ? さっさと投降しろよ」

 

 ……グレン先生、フラグって知らないの?

 

「ふ、ふふふ……」

「何がおかしいんだよ?」

「いえ……まさか、やれやれ……本当に、こういう事態になるなんてね……」

 

 マリアンヌがやれやれ系主人公のように、腰から一本の剣を抜く。

 

 それは……それが、俺の目的の魔法遺産(アーティファクト)炎の剣(フレイ・ヴード)だ。

 

「いざという時、エルザへの牽制になると思って、持ってきたんだけど……本当に大正解だったわねッ!」

「熱ッ!? な、なんだそりゃ!?」

魔法遺産(アーティファクト)炎の剣(フレイ・ヴード)。炎魔帝将ヴィーア=ドォルが使った剣」

 

 システィーナの説明を待つのがめんどくなった俺は簡単にグレン達に代わりに説明をする。

 

「あらあら……貴女、古代文明にも詳しいのねぇ……まぁ、大体、その通りよ。この剣は炎を操る魔法遺産(アーティファクト)。私ね、蒼天十字団(ヘヴンス・クロイツ)の『Project(プロジェクト)Revive(リヴァイヴ) Life(ライフ)』研究では、経験記憶・戦闘技術の復元・継承に関する術式の研究もやっていてね……その一貫として、古代の英雄の戦闘技術なども現代に再現できないか……? みたいなこともやっていたわけ」

「まさか──白魔儀【ロード・エクスペリエンス】の応用かッ!?」

 

 白魔儀【ロード・エクスペリエンス】って……確か、セリカがエリエーテの剣術を複写(コピー)してた魔術の簡易版だったよね。

 

 普通の人がやるには儀式までいかないと……ってやつ。

 

「ええ、そうよ? 私はこの炎の剣(フレイ・ヴード)から、不完全ながらも半永久的に戦闘技術を、憑依させることに成功したわ」

「な……ッ!?」

「この炎の剣(フレイ・ヴード)……古代では、きっと名のある戦士に振るわれたいに違いない……そう思わない? ええ、アタリよ?」

 

 次の瞬間、【ティア(おれ)の天秤】が予測の結果を俺に知らせ。

 

 ──がきぃいいいんっ!

 

 俺に向けて振るわれた炎の剣(フレイ・ヴード)を剣の刃で受け止める。

 

 止められたと思った途端に炎の剣(フレイ・ヴード)から炎が吹き出し俺に襲いかかる。

 

「──ッ!」

「いいぃぃやぁぁ──ッ!」

 

 マリアンヌの背後からリィエルが斬ろうとするが、マリアンヌは神速で飛び上がり複雑な斬撃を余裕で回避する。

 

「ふふ、どうかしら……? 私も中々やるでしょう……?」

 

 ──パパパンッ!

 

 グレンが拳銃を発砲するが、マリアンヌは剣を振り三つの弾丸を冗談のように受け止めた。

 

 剣からは炎が飛び出し弾丸を溶かし、俺たちの退路を()つ。

 

「……もう逃さないわよぉ……? 貴方達、全員、程よくトーストして、実験サンプルにしてあげるんだから……」

「炎の結界か……? やべぇ、こいつ……絶対、(つえ)ぇ……」

 

 戦慄しているグレンの横を見ると、聖リリィ魔術女学院の生徒の一人であるエルザが炎への心的障害(トラウマ)が再発していた。

 

「はぁ……はぁ……はっ、あ……ッ!? うっ……ああ……」

「エルザ!?」

「おいおい……さっき、ちらっと話には聞いてたけど、ここまで酷いのか……?」

 

 ……マジか。原作だと乗り切ってくれてたけど、あまり盲信しないほうが良さそう。

 

「となると、俺たち四人でやるしかねえか……行くぞ、お前ら! それとティアは裏切るなよ!」

「ん、裏切らない」

「お前、本当に頼むぞ!? お前が裏切ったら本当にヤバいんだからな!?」

「わかってる」

 

 あーもー、グレン先生もそろそろ俺のこと信用してよ!?

 

 そんな怪しい……? ……いや、怪しいか。



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エルザの覚悟

「あっははははははははははっ! あっはははははははははははは──ッ!」

 

 ……はい。マリアンヌが発狂してます。

 

「《光り輝く護りの障壁よ》──ッ!」

 

 システィーナが白魔【フォース・シールド】で炎を防ごうとするが、防ぎきれてない。

 

 一応、俺のメイド服には黒魔【トライ・レジスト】が常時付呪(エンチャント)されてるが、あくまで無効化ではなく()()()()()()()()()である。

 

 つまり、俺も熱い。

 

「あちちち!? 熱い!? 熱いって!? おい、白猫!? 熱、遮断しきれてねえぞ、もっと出力上げろっての! サボんな!」

「これが限界よッ! あの魔法遺産(アーティファクト)の出力がおかしいのッ! 私のせいじゃないわッ!」

「ちぃッ! 【フォース・シールド】を張られては、こうして脚を止められ、焦れて突撃すりゃ、【エア・スクリーン】を切り裂かれ、とどめに【トライ・レジスト】を超える熱量を撃ち込んできやがる……地味に反則だな、おい!?」

 

 グレン先生、解説あざっす。

 

 ……この状況、どうしよう。

 

 剣も壊れたし……いや、それは作り直せばいいだけなんだけど。

 

 そもそも俺は漁夫の利作戦で、マリアンヌと戦うつもりはなかったので対策もゼロだ。

 

 つまり、為す術が無い。

 

 それに、固有魔術(オリジナル)ティア(おれ)の天秤】の弱点である"どうやっても避けられない攻撃は避けられない"を突かれている。

 

 相性、マジで最悪なのだ。

 

「あっははははぁ……燃えろぉ……ッ!? 燃えてしまえぇえええ……ッ!」

「あぢぢぢぢぢッ!? あづいって!? トーストになっちゃう!?」

「ん……あづい」

「くぅううう──ッ!?」

 

 グレンとリィエルと俺は【トライ・レジスト】に、システィーナは【フォース・シール】に魔力を全力で注ぐが、紙一枚分の意味すらあるかわからない。

 

 ……紙一枚分くらいは流石にあるかな。

 

 というか、マリアンヌ状況気付いてるのか? このままじゃ周りで燃え広がっている炎で機関車が熱くなって加速していって、事故ったら大量に人が死ぬぞ!?

 

 ……気付いてないなー、あれ。まぁ、魔将星の戦闘技術なんてものを再現してるからなぁ……逆に飲まれたみたいだな。

 

「せ、先生、このままじゃ……」

「ああ、やべぇな……マジで。おい、ティア。なんか奥の手とかあるか?」

「ない」

「……出し渋ってるなら、もう出したほうがいいぞ」

「本当にない」

 

 奥の手なんてあったら、とっくに使ってるわ!?

 

「そうか……おい、白猫! 例のおとぎ話で、『正義の魔法使い』様は、どうやって炎魔帝将ヴィーア=ドォルのアホを倒したっけな!?」

「"炎を切り裂く風の刃"」

「おう、お前(ティア)には聞いてなかったがありがとな! よし、白猫! 黒魔【エア・ブレード】だッ! こないだ教えただろ!?」

「無理よッ! 私は対抗呪文(カウンター・スペル)で手一杯だわ! あんなに節数がかかる大呪文を悠長に唱えてたら、皆、丸焦げじゃない!?」

「だよなぁ、クソッ! ティアッ! お前、黒魔【エア・ブレード】使えたりするか!?」

「むり」

 

 そんな高等魔術使えるわけ無いだろ!? 俺が使える攻性呪文(アサルト・スペル)はせいぜい黒魔【ショック・ボルト】レベルだよ!!

 

「使えねぇな!?」

 

 ……あ? 誰が使えないって!?

 

 攻性呪文(アサルト・スペル)は俺とは相性が悪いだけなんだけど!?

 

「くっそ、やっぱり、俺とリィエルとティアの三人でなんとかするしか──」

 

 その時、システィーナの【フォース・シールド】に穴が空き、炎が入り込む。

 

 その先は……原作でこの戦いでとどめをさしていた重要キャラのエルザ。

 

 ちょっ、マジで巫山戯んな!

 

「あ……、……あ、ああ……ぁああ……ッ!?」

「《白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆()け抜けよ》」

 

 俺は黒魔【アイス・ブリザード】で鎮火させ、エルザを見る。

 

「……え、えっと……ティアさん、でしたっけ……?」

「ん、あってる」

 

 エルザの問いかけに俺は頷く。

 

「……あなたはそれで良いの?」

 

 俺はエルザに発破をかけるために、尋ねた。

 

「え……?」

「あなたは、何の為に剣を取った?」

 

 再び、俺は尋ねた。

 

 ……今、エルザの中では色んな感情が蠢いてるだろう。

 

 マリアンヌに利用されそうになった自分への怒りとか、イルシアと間違えてリィエルを攻撃してしまった自分への怒りとか、そんなリィエルを最初の頃からずっと騙してた自分への怒り……………あれ、自分への怒りばっかだな。

 

 ねえ君、やらかしすぎじゃない?

 

「よし! なんとか、あいつを切り崩すぞッ! うぉおおおおおお──ッ!」

「あっひゃはははははははははははは──ッ!」

 

 お、グレンがマリアンヌに突撃した。

 

 流石主人公、勇気すごいなぁ。

 

 ……けど、そのままじゃジリ貧だよ。

 

 エ〜ルザ? そろそろ覚醒してよ?

 

 

■□■

 

 

「みんな……」

 

 エルザは、体を震わせながら戦いを見ていた。

 

『あなたは、何の為に剣を取った?』

 

 リィエルそっくりの少女、ティアの言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 一体、私は、何の為に剣を取ったのか。

 

──エルザ……守るために剣を振るいなさい。人を活かす剣を振るいなさい──

 

 そんな、父の言葉が蘇った。

 

「これ以上……ッ! 父の名を……技を……穢して……たまるかぁあああああ──ッ!」

 

 エルザは吠える。

 

 このままでいいわけがないと。

 

「……ん、それでいい」

 

 ティアが何かを言ったような気がするが、エルザの耳には入らなかった。

 

 震えは止まらない。恐怖が心臓を犯していく。

 

 ()()()()()()

 

「お前……ッ!?」

「エルザさん……ッ!?」

「……みな……さん……後、一手が……足りないんですよね……?」

「ああ……そうだが……?」

「な、なら……私が……活路を……切り開きます……」

「バカ言え。鏡見てみろ。今のお前に何が──」

「グレン」

 

 言い返そうとしたグレンを、ティアが止めた。

 

 全てを知っているかのような瞳で、エルザを見据える。

 

「……エルザ、やれる?」

「もちろんです……ッ! わ、私が……やらなくちゃ、いけないんです……ッ!」

 

 エルザは即答した。

 

「お願い……しますッ! 信じてください……ッ!」

「……やれるのか? エルザ」

 

 グレンは、ティアと同じ質問をもう一度した。

 

「やります」

 

 エルザは過呼吸に喘ぎながら、真っ青な顔で、それでも本気の眼をしている。

 

「……どう? グレン」

「……オッケー。わかったぜ」

 

 グレンはマリアンヌに再び向き合いながら、言葉を続ける。

 

そいつ(ティア)が何を言ったのか、おまえ(エルザ)がどういう手段を取るつもりなのか知らねーが……俺たちの命運、お前に託したぜ、エルザ」

「せ、先生……」

「さぁ、行くぜ! 最後の一合いだッ! これで決めるぞッ!」




ティア(おー、こうやって女性とのフラグを立てていくのか。
 勉強にな……いや、ならねーな)


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マリアンヌ戦、決着

「うぉおおおおおお──ッ!?」

「「いいいいやぁああああああああああああああ──ッ!」」

 

 システィーナの援護を受けたグレン先生、リィエル、俺の三人が炎に突っ込んだ。

 

 だが、近づけない。

 

 ……けど、近づく必要なんて俺たちには無かった。

 

 ただ、エルザの為に時間を稼ぐだけ。

 

「……簡単(イージー)

 

 ……まあ、一つ不安なのが俺の残ってる魔力量かな?

 

 少ないんだよね……。

 

「あっははははははははっはっへえはははははははっはああはははは、あははは──ッ! 死ねぇえええええええええええええええええええ──ッ!?」

 

 ッ!? 障壁を貼らないとッ!

 

 未来の予測が見えた僕は、詠唱(うた)を唱える。

 

「《(かがや)く壁よ・災禍(さいか)(あゆ)みを(はば)みて・我を(まも)れ》」

 

 黒魔【フォース・シールド】によってマリアンヌの炎の一閃を防ぐ。

 

 ……あと、少しかな?

 

「あっひゃはははははははははっ! ひゃははははっははははははは──ッ!」

「くそ……駄目だ、リィエル、ティア……下がれ……ッ!」

「待ってッ!」

 

 まだ……ッ! あと、あと少しでやってくれるはずだから……ッ!

 

「ん、やだ! 下がらないっ! エルザがなんとかしてくれるって言った! わたしたちはエルザを信じる!」

「リィエル……」

「へっ……ったく、しゃあねえなっ! 白猫! きついのはわかってるが──俺達への防御、もっと出力を上げてくれッ! 頼むッ!」

「ん、おれの魔力もきれそう」

「今だって限界だけど──わかったわッ! 残りの魔力を全部──」

 

 システィーナは俺達を護っている【ダブル・スクリーン】に更に魔力を込めていく。

 

 そして──

 

「エルザッ!」

「はぁああああああああああああああ──ッ!」

 

 エルザは、動いた。

 

 剣を振り、魔力で増幅(エンハンス)させて真空の刃を生み出す。

 

 それに間合いなんて概念は存在しない。

 

「ぁあああああああああああああああああああああああああああああ──ッ!」

 

 ──ひゅぱッ!

 

 空気が音を立てた。

 

 "炎を切り裂く風の刃"が、炎を割る。

 

「あ、がぁああああ──ッ!?」

 

 マリアンヌは、半身を斬られていた。

 

 上手く捌いたらしく直撃ではない。

 

 けど──

 

「──ん、"読んでた"」

 

 懐に潜り込んでいた俺は、そう呟いた。

 

「──ッ!?」

「遅い」

 

 殺さないように刃を潰した剣を少しの魔力で創り、マリアンヌの腹にブチ当てて吹っ飛ばした。

 

 ──ずぅうううううんっ!

 

 列車の壁にぶつかり、マリアンヌは気を失った。

 

 キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ────

 

 炎が消えた列車は減速し、やがて完全に停止した。

 

「……止まった……?」

「……ん、これで終わった」

「ははは、ナイスだったぜ、エルザ!」

「凄いじゃない!? 今のアレ、何!? なんていう魔術!?」

「いえ、アレは魔術じゃなくて……」

「いやぁ! 助かったぁああああ──ッ! お前、まさか、あんなスゲェ切り札持ってたなんてな!」

「ありがとう、エルザさん!」

 

 勝利したと確信した生徒&グレン先生は、ワチャワチャと騒ぎ出す。

 

 それより、炎の剣(フレイ・ヴード)は……?

 

 あっ、あそこに転がって──

 

 ──グラリ、と。

 

 急に俺の視界が歪んだ。

 

 …………?

 

 その時、ようやく自分の状態に気が付いた。

 

 何時の間にか顔には汗が浮かび、身体が震えている。

 

 この症状って……まさか。

 

「……マナ、欠乏症」

 

 ……最悪である。

 

 けど、生徒達から立て続けにマリアンヌと戦ったし、なってもおかしくはなかった。

 

 剣も沢山創ったしね。

 

 ……あれ? これ、逃げられなくね?

 

 い、いや……まだ、希望が──

 

「──ティア? 大丈夫?」

 

 こちらを心配そうに見てくるリィエル。

 

 …………終わった。

 

「……ん? おい、ティア!? くそっ、マナ欠乏症かよ……」

 

 グレン先生にもバレたし、もう無理だなコレ。

 

 あーあ、炎の剣(フレイ・ヴード)なんて気にしないで来なきゃ良かったなぁ。

 

「あー……一応あの野郎(ジャティス)の従者やってたわけだし、眠らせとくか。《身体(からだ)(いこ)いを・心に安らぎを・その(まぶた)は落ちよ》」

「──ぁ」

 

 意識を失う寸前に脳裏に浮かんだのは、この世界で初めて味方になってくれた、ジャティス=ロウファンの顔だった。

 

 

■□■

 

 

「安心しなよ、ティア。”読んでいた”からね……くっくっく……」



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ティアと牢獄

 グレンからフェジテ警邏庁に身柄を渡されたらしく、俺は治療された後、特別尋問室とかいう所に連れて行かれた。

 

 大きくやらかしちゃったなぁ……ジャティスに申し訳ない。

 

 色々やってくれてたのに、どうしよ……見放されちゃってるかな。

 

 ……それは、ちょっと悲しいな。

 

「──おい、ティア=レイフォード。これらを確認しろ」

「……ん」

 

 なんか、色々な物を持ってきて見せられた。

 

 良くわからんが、どうやら証拠品の確認らしい。

 

 えーと、これは? ……【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】の欠片かな?

 

「この大剣……テメェのモンだろ?」

「ん……」

 

 いや、そんなのリィエルのじゃなかったら俺以外にいる訳……ああ、この魔術って元々は掃除屋(スイーパー)のか。

 

 まぁ、ここにあるのは俺のやつだろうけど。

 

「ったく……あの裏切り者(ジャティス)だったりテメェだったり、カス共の集まりかよ」

 

 ……いきなりなんなん? 苛つくなぁ……こいつ。

 

 俺が本気出せば直ぐに殺せるってわかってんのかな?

 

 ご丁寧に【スペル・シール】で魔術を封じてるみたいだけど、このくらいの縄の強度ならぶち破れるよ?

 

「まぁ、ジャティスの野郎もどうせ捕まんだろうな。はははっ、くだらねー"正義"なんてものでこの国に噛み付くぐらいだしなぁ!」

 

 …………は?

 

「……ハッ」

 

 俺は鼻で笑った。

 

「……あぁ? 今、何を笑った」

「あなたを。……わからなかった?」

 

 わざとらしく煽りを含めて答える。

 

 あははっ、顔真っ赤じゃん。

 

「……あぐぅっ!?」

 

 ……はい、殴られてました。

 

「テメェ……舐めてんじゃねぇぞ!」

「か──はぁ……ッ!」

 

 椅子に座っていた俺の腹にもう一発拳を入れられ、椅子から俺は転げ落ちた。

 

 ……うん。まあ、俺って魔造人間だから結構丈夫だし、衝撃を受け流しているので殆ど無傷だけど。

 

 ん? ああ、俺の反応? ただの演技だよ?

 

 適当に苦しむような感じでやっておけば相手が調子に乗るし。

 

「ふざけるなよ……犯罪者風情が」

「ちょっと待ってください、それは流石にやりすぎだと……」

「なんだぁ……? お前は、マルケ家である私に逆らうのか? あぁ!?」

「ひっ……い、いえ……」

「なら黙ってろ、クズが……」

 

 ……もう、こいつ殺したほうがいいんじゃないかな?

 

 クズはお前だよ……。

 

「……刑訴法違反」

 

 俺はポツリとつぶやいた。

 

「あん!?」

「警邏訴訟法319条、"強制、拷問、脅迫による自白は、証拠とすることができない"……おれの自白は無効。あなた、バーカ?」

 

 俺の顔は変わらず無表情だが、逆にそれが随分と苛つくだろうな〜。ウケる。

 

「テメェ……っ! 殺すぞ!?」

「やってみる? 情報まだ吐いてないけど」

「チッ、クソがァッ!」

 

 あーはははっ、こういうのも"面白いなぁ"。

 

 

■□■

 

 

 警備官で遊んだらキレられながら牢屋に入れられた。なんか寒い。

 

 ……ジャティスは迎えに来てるれるかな? 無理だろうなぁ……。

 

 あんだけ無理言ってやってもらったのに、結局ヘマやらかして捕まったし。

 

 はぁ…………終わったなぁ。

 

 

 

 

 

 

「──人工精霊(タルパ)彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・斬刑】」

 

 ガシャァアアン──ッ!

 

 人工精霊により俺の部屋の窓ガラスが切り刻まれる。

 

 ……こんなことが出来る奴を、俺は一人しか知らない。

 

「──ジャティス?」

「やぁ。迎えに来たよ、ティア」

 

 バラバラになった窓ガラスの上に、ジャティス=ロウファンは舞い降りた。

 

「どう、して……?」

「うん? 何がだい?」

「だって……おれの、ミスで」

 

 どうして、捕らえられてしまった俺をわざわざ助けに来たの?

 

 そんな意味で、俺は尋ねた。

 

「そも、僕は君が捕まることは"読んでいた"からね。僕の計算内だったよ」

「え……?」

 

 ……なら、俺は。

 

「おれは、ジャティスの邪魔になってない?」

「ああ、勿論。むしろ、君がいてくれたお陰で、できるようになったこともあるさ」

「──ッ!」

「それに、最初に君に会ったときに言っただろう? "僕と一緒に来ないか?"、ってね。それとも、忘れてしまったかい?」

「……違う。忘れてない。おれは、あのときから、ずっと──!」

 

 心臓の鼓動がうるさい。

 

 自分がいま抱いている感情がどんなものか、自分でも分からない。

 

 けど、これだけは言える。

 

 俺は今……これまでの人生で、ジャティスのくれた言葉が一番嬉しい。

 

「……そうだね。さて……僕と来てくれるかい、ティア?」

 

 ジャティスは、こちらに手を差し伸べた。

 

 答えはもう、決まってる。

 

「ん……、んっ……!」

 

 俺は躊躇わずにジャティスの手を取る。

 

 ……温かい。

 

「さぁ──正義を執行しに行こう、ティア」

「ん──行こ、ジャティス」

 

 俺達は牢屋からジャティスに連れられながら、外に出た。



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ユアン警邏正へ正義執行

 ティアが収容されていると聞いた牢屋へ繋がっている廊下を、フェジテ警邏庁警備官及び天の智慧研究会第二団(アデプタス)・《地位(オーダー)》であるユアン=ベリスは歩いていた。

 

 その目的はただ一つ……彼の所属している天の智慧研究会に多大な被害を出しているジャティス=ロウファンの仲間というティア=レイフォードから情報を抜き出したあとに処分するためだ。

 

「おい、そこの警備官」

「ユアン警邏正!? ど、どうしてここに……?」

「この先の牢屋にいる人物に用がある。通せ」

「はい……? いくらユアン警邏正でも……流石に通すのは……」

 

 警備官は、ユアンに至極真っ当な反応である。

 

「……もう一度、言う。ここを、通せ。……《命令(オーダー)》だ」

「はいっ! 失礼しました! お通りくださいッ!」

 

 だが、ユアンが《命令(オーダー)》と行った次には、迷いなくユアンを通した。

 

 その警備官の横を通り、ユアンは再び歩き始める。

 

 そして、ようやく目的のティア=レイフォードが居る牢屋に辿り着いた。

 

「さて……我が組織の礎になって貰おう、ティア=レイフォード。くっくっく……」

 

 そうして扉を開き──

 

「……なッ!?」

 

 そこには切り刻まれた窓の欠片が散らばり、肝心のティアは居なかった。

 

「い、一体どこに……ッ!?」

 

 ──かつん。

 

 ユアン以外には誰もいない筈の廊下に、足音が響いた。

 

 ──かつん、かつん、かつん……。

 

「こんにちわ……始めましてかな、ユアン警邏正……」

「ジャ……ジャティス=ロウファン……ッ!?」

「正解」

 

 その男、ジャティス=ロウファンは不敵に微笑んだ。

 

「フェジテ警邏庁に件の組織の内通者がいるのは掴んでいたが……それが誰なのかまでは分からなくてね……なぜなら、君の陰形は完璧だった。すごいよ、誇っていい。 君はおそらく世界一の暗示魔術の使い手だ……だが……」

 

 ジャティスは笑みを深める。相手を嘲笑うように。

 

「驕ったな、ユアン。君は愚かにも、()()()()()()()()()()()()()。なら、ティアの周りで行動している警備官の全員を洗えば、 必ず支配元にたどり着ける……そう、"読んでいたよ"、天の智慧研究会ぃ……かは、はははははは……」

「ちぃ──ッ!?」

 

 その嗤い声に対して、ユアンは咄嗟に左腕をジャティスに向ける。

 

 だが、その身体を人工精霊(タルパ)が地面に押さえつけた。

 

「うぎゃぁあああああああああああああ──ッ!? な、なんだこれは!? 身体が動かないぃ……ッ!?」

 

 昆虫の見本のような姿になったユアンは呻く。

 

「くっくっく……【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・磔刑】……君の動きはもう、完全に封殺された……」

 

 ジャティスは細剣(レイピア)を抜いてユアンに向ける。

 

「さて、僕の質問に正直に答えてくれたら君を救ってあげよう。第二の『マナ活性供給式(ブーストサブライヤー)』はどこだい? 確か、あれがあるのは君の担当している区画だろ? 第一は簡単だったんだけどね……第二の所在がなかなか掴めないんだ……」

「な……なぜ、『マナ活性供給式(ブーストサブライヤー)』のことを……!? まさか、ティア=レイフォードが捕まったのはわざとか……ッ?」

 

 ──ドッ。

 

 ユアンの左目が突き刺された。

 

「ひぎゃああああっ!!」

「早く答えてくれないかなぁ……? ティアをあまり待たせたくないんだけど……?」

 

 悲鳴を上げるユアンを、表情を微塵も動かさずに見る。

 

「わ……わかった!! 教える!! 場所は三番街の──」

 

 ──ざく。

 

 ジャティスはユアンの右目も突き刺す。

 

「あぎゃあああああああああああああああ──ッ!」

「僕は、嘘は嫌いなんだ……ほら、本当の答えを早く答えてくれよ……」

「り……リントン公園だッ! そこの藪の中に仕掛けたッ! 本当だッ! う、嘘じゃないんだ……ッ!」

「……成る程……どうやら本当のようだね」

「あ……ぁぁ……じゃあ、これで──」

 

 ──どす。

 

 ジャティスは細剣(レイピア)をユアンの脳幹に刺し、絶命させた。

 

 

■□■

 

 

 ジャティス、相変わらず悪には容赦ないなぁ……。

 

 どうも、さっきのでヒロイン力が上がった気がするティアです。

 

「よし、聞き出せたね。他に要件は……ああ、そうだ。ティア、これを渡しておくよ」

 

 そうして渡されたのは……。

 

「……炎の剣(フレイ・ヴード)?」

「そうさ。これが欲しかったんだろう?」

 

 ……え? 何で持ってるの?

 

「目的の物すら手に入れられないのは可哀相だと思ってね。人工精霊(タルパ)見えざる左手(スコトーマ・レフト)】で回収しておいたのさ」

「……ん、ありがと。嬉しい」

 

 このままじゃ俺、愉悦する前にジャティスにキュン死させられるんじゃないだろうか……?



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フェジテ最悪の三日間
正義の襲撃


「やれやれ……それにしても、ティアを助ける為に思ったより早く戻ってくることになってしまったな」

「……ん、ごめん」

「ああ、言い方が悪かったね。別に嫌というわけじゃない。これも運命なのだろうからね……」

 

 

■□■

 

 

 夜のフィーベル宅。

 

 ルミア、システィーナ、リィエルの三人は、ルミアの手作り料理を食べていた。

 

「……お、美味しい……やるじゃない、ルミア……!」

「そう? よかった」

「最近、急に料理に本腰入れ始めたわよね? どういう心境の変化?」

「それは……」

 

 ルミアは少し、複雑な顔をして。

 

「……いろんなことを一生懸命やって後悔しないように……なぁんてね?」

 

 てへっ、とルミアはあざとく下を出して笑う。

 

「え……? ちょっとルミア。それ、どういう……」

「ねぇねぇ……苺タルトない?」

「あはは、ちゃんと買ってあるから。……食後にね、リィエル?」

「ん」

 

 ルミアの答えを聞きそこねたシスティーナが、仕方なく食事を再開したとき、リィエルはがたっ! と急に立ち上がった。

 

 ──パリィィン!

 

 何かの割れる音が室内に残響を残し、屋敷を防御している力が消え去った。

 

「ど、どうしたの、リィエル……?」

「それに今の音は……」

「多分……敵が来た」

 

 高速錬成術【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】を使ったリィエルの言葉に、二人の顔は青ざめていく。

 

「じゃあ、さっきのはやっぱり結界が破られた音……う、うぅ……そんな、お父様たちも先生もいないのに……」

「大丈夫、安心して。……わたしが行く」

「待って。リィエルが強いのは知ってる……でも、一人じゃ危険だよ」

「そうよ! ここはみんなで早く逃げた方が──」

「……だめ。ここの結界を、こんなに簡単に破るやつ……たぶん、すごく頭いい。逃げられないと思う。たぶん……迎え撃つしか、ない。大丈夫、ルミアを守るのはわたしの任務だから。……ううん、違う。それに、ルミアだけじゃなくて……ぇえと……とにかく、わたしはルミアとシスティーナを守りたい……だから、戦う」

 

 それだけ言い残して、リィエルは部屋を出て行った。

 

「……いつか、こんな日が来るんじゃないかって思ってた」

 

 ポツリと、ルミアが内心を零す。

 

「今までもずっとそう……分かってたのにみんなに甘えて、やっぱり私はここにいるべきじゃ──」

「ルミアッ! その先は言っちゃだめよ! あなたは何も悪くないの……それを間違ったらダメ。大丈夫、大丈夫よ。リィエルが絶対、何とかしてくれるから……」

 

 システィーナもルミアに励ましの言葉をかけるが、先程リィエルの手が恐怖で震えていたことに気付いていた。

 

 

■□■

 

 

 玄関口広間(エントランスホール)

 

 その侵入者は、隠れもせずにリィエルを待ち構えていた。

 

 その姿を見たリィエルは、いつもの無表情とは違う驚愕の顔をして、呆然としていた。

 

「なんで……あなたが、ここに……?」

「くっくっく……久しぶりだねぇ、リィエル=レイフォード……元気にしてたかい?」

 

 その侵入者……ジャティス=ロウファンは、暗く、昏く、儚く、嗤う。

 

「……ッ!」

 

 リィエルは反射的に剣を構える。

 

「おやおや、随分と血の気が多い……僕は別に君と戦いに来たんじゃないんだ……」

「……ここに一体、何の用……?」

「ティアとは違う君の足りない脳みそでも、そのくらい分かってるだろう? ルミア=ティンジェルだ。彼女の身柄を、僕に引き渡してもらいたい……」

「なら、斬る。ルミアと……ティアは、渡さない……ッ! わたしが守る……ッ!」

「やれやれ……実力差がわからない君じゃないだろうに……それに、ティアは自分でこちら側にいるのを望んでいるんだよ」

 

 次の瞬間、リィエルはすでに動いていた。

 

 天井や壁への数多のステップはリィエルの残像を見せていく……これが、リィエルの三次元空間機動。

 

 瞬き一つの間にジャティスの頭上を取るが、ジャティスは細剣(レイピア)でリィエルの方を見ずに攻撃を受け流す。

 

「"読んでいたよ"……」

「────ッ!?」

 

 リィエルは身を捻りジャティスから距離を取る。

 

 そうして、再び斬りかかろうとしたが──

 

「……そして、"詰み(チェック)"だ」

 

 ──ばっ!

 

 いつの間にかできていたリィエルの身体の斬痕から、血霞が上がる。

 

「……え? ……なんで……? ……わたし……あなたの剣、くらってない……斬られてないのに……」

 

 理解不能な状況に呆けたままのリィエルの身体が、がくりと倒れそうになる。

 

「計算によると、これで君はもう戦闘不能だ……おやすみ、リィエル。いい夢を」

 

 ……だけど。

 

「………………うっ……ぐぅううう……ッ! ぁあああああああああああああああああああああああ──ッ!」

 

 リィエルは、切り刻まれて血に濡れている身体を強引に動かし跳躍した。

 

 だが……ジャティスはそれに合わせて蹴りのカウンターをリィエルに入れる。

 

「君は誇っていい。……今のは、"読めなかった"」

 

 リィエルがバウンドして転がり、床に落ちる。

 

「ごほっ、ぁっ……ぐぅ……ルミ……ァ……、シス……ィ……ごめ……ん…………」

 

 そうして、帝国宮廷魔導士団特務分室のナンバー7《戦車》が、狂える正義の掌で倒された。

 

 信じられないくらい、簡単に。

 

 

■□■

 

 

 ──こっ……。

 

 食堂にいたシスティーナとルミアの耳に、靴の音が聞こえてくる。

 

「……り、リィエル? リィエルなの? お願い、返事をして……ッ!」

 

 ──こっ……こっ……こっ……。

 

 返事はなく、靴音だけが鳴り響く。

 

「……あ、……う、嘘……でしょ……? まさか、リィエルが……そんな……下がってて、ルミア……」

「システィ……」

 

 システィーナはルミアより前に出て、扉を見据える。

 

「《集え暴風・──》」

 

 システィーナは靴音を慎重に聞き、タイミングを計る。

 

「《──・戦槌となりて・──》」

 

 ──……がちゃ。

 

「《──・撃ち据えよ》ッッッ!」

 

 扉が開いたその時、風の衝撃が食堂内を揺らした。

 

 だが──

 

「──ッ!?」

「……"読んでいたよ"」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ジャティスは軽く着地して、姿を表す。

 

「そん……な……」

「やれやれ……リィエルといい、君といい、ずいぶんなご挨拶じゃないか」

「う……、あ……貴方は……ッ!? ……じゃ、ジャティス=ロウファン……ッ!?」

「また、会えて嬉しいよ……システィーナ=フィーベル……」

「な、なんで……あなたが、ここに……ッ!?」

「安心しなよ、システィーナ……今回の目的はグレンじゃない。……君だよ、ルミア=ティンジェル。……いいや、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下……君の身柄を預かりに来た……」

「な……」

 

 ジャティスは理性と狂気を併せ持つ双眸を、ルミアに向ける。

 

「……ジャティスさん、とおっしゃいましたね。何が目的なのかは分かりませんが、リィエルを……どうしたんですか? 返答次第では……私は、あなたを許しませんから」

「ルミア……」

 

 ルミアはそんなジャティスを真正面から見る……どころか、構えた。

 

 勝ち目なんてないと分かりながら、それでも戦おうとしているのだ。

 

「くくく……さすがはあの方の娘だ。いずれ根絶せねばならない穢れた邪悪の血だが……その気高さには、敬意を表そう。安心してくれ……リィエルは死んじゃいない。少し、眠ってもらっただけさ。彼女みたいな猪がいると話ができないんでね」

「──ッ!?」

「とにかく、僕と一緒に来てもらうよ……危害を加えるつもりはない、協力してほしいことがあるんだ……」

「……協力……?」

「最も、君に拒否権は……、……おや?」

「……さ、させないわ……ッ! ……ルミアは……わ、私が守る……んだから……ッ!」

「し、システィ!? 駄目だよ!?」

 

 ジャティスは、強い決意の籠もったシスティーナの眼差しを見る。

 

 そんな眩しい瞳に……。

 

「…………くくく……くはは……はっはっは……あっはははははははははははは──っ!」

 

 ジャティスは、笑った。

 

「成長したねぇ、システィーナ=フィーベル。以前の君なら、グレンがいなければ怯えて泣き叫ぶだけだったろうに……リィエルもそうだ。人形同然だったのに、今は変わりつつある……これもグレンの影響かな……?」

「う、うるさいっ! 《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て──》」

「だけど──」

「あっ、ぐ──ッ!?」

「──単騎で僕とやり合うには、まだまだ……」

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】を撃とうとしたシスティーナの背後に回り込み、細剣(レイピア)の持ち柄で首筋を打った。

 

「システィ!? しっかりして!? システィッ!?」

「……さて、ようやくこれで落ち着いて話ができるかな……単刀直入に言う、ルミア=ティンジェル。僕に協力しろ……僕が正義を執行するために……そして……今、未曾有の危機に陥っているこのフェジテの町を救うために……ね」

「……えっ……!?」

 

 そんなジャティスの予想外の言葉に、ルミアは困惑した。

 

 ジャティスの真意は瞳にある無限の闇に掻き消され、ルミアには何も分からなかった。

 

 

■□■

 

 

 ……大丈夫だ、ティア=レイフォード。

 

 原作知識でしっかり自分なりの作戦も考えたし、ジャティスも協力してくれてる。

 

 俺の愉悦の欲望も果たせるし、完璧な作戦と胸を張って言える。

 

 だから──

 

 

 

 ──絶対に、ジャティスの魂を割らせない。

 

 あんな方法を、俺は絶対にさせない。

 

 ……絶対だ。



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第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)

「だぁあああああ──っ! また負けたぁああああああ──!」

 

 グレンの悲鳴が、アルフォネア邸に木霊する。

 

 テーブルの上にある戦術盤(チェス)による敗北で悔しがっているグレンを、セリカは満面の笑みで見ながらグレンのリル金貨を頂戴した。

 

「くくく……魔術師たる者、盤面の裏側に潜む人の意思を読め。それがお前はまだ浅い」

「くそッ! うるせえッ! もう一回だ、もう一回ッ!」

 

 やれやれ、こいつまたシロッテ生活になるんじゃないか……と呆れながらセリカが駒を並べていると……。

 

 ──カン、カン、カン。

 

 呼び鈴が打ち鳴らされる音が、屋敷内に鳴り響いた。

 

「……客? こんな時間にか?」

「ええと……《誰だろうな》……? これは……システィーナだな」

「……白猫? 何で白猫が、こんな時間に……?」

 

 セリカはどこか急いだように席を立ち、玄関の方へと向かう。

 

「ど、どうした?」

「一緒に来てくれ、グレン。……何か様子がおかしい」

 

 グレンは首を傾げながら、セリカを追っていく。

 

 セリカは音を立てて玄関扉を開けた。

 

「……先生っ!」

 

 システィーナがグレンの胸に飛び込んでくる。

 

「……先生…先生……っ! ぐすっ……うぅ……うわぁああああああん」 

「……何があった?」

 

 グレンはそんなシスティーナの様子を見て、すぐに雰囲気を変えた。

 

 

■□■

 

 

 ──……かちゃり。

 

 セリカのカップの音が鳴る。

 

「ジャティスの野郎にリィエルがやられて……ルミアが攫われた……?」

「はい……私が目覚めたら、ルミアの姿はなくて……恐らくは……」

「……リィエルは無事なのか?」

「命に別状はないです……でも、とにかく怪我がひどくて……今は、フィーベル邸で眠っています」

「不幸中の幸い……と言いたいが、クソ……ここんところ何の動きもなかったから、完全に油断していた……」

「ごめん……なさい、先生……ッ! 私……また、何できなかった……ッ!」

「気にするな。忌々しいがジャティスは凄腕だ。何もできないのが普通なんだよ」

「……だが、そのジャティスとか言うクソガキは、なんでルミアを連れて行った? 話を聞けば、そのクソガキが狙っているのはグレンなんだろ? なんで、ここに来て、突然、天の智慧研究会みたいに、ルミアを狙い始めたんだ?」

「……わかりません……私には……」

「くそ……ッ! さっさとルミアを救い出さねーと……ッ!」

 

 そう言って立ち上がったグレンの肩に、セリカは手を置く。

 

「……私も動こう、グレン」

「……セリカ?」

「なんだ? 何か不服か? どうせ、お前、ルミアを探してフェジテ中走り回るつもりなんだろう? ……なら、私の魔術があれば早いだろ?」

「まぁ、そりゃそうなんだろうけどよ……セリカ、ジャティスの野郎を甘く見るなよ? 確かに魔術の腕だけ見りゃ、お前の足元にも及ばないだろうよ。だが……あいつの恐ろしさは、そこじゃねえんだよ……もっとこう……別の……」

 

 不安そうなグレンに、セリカは力強い笑みで答えた。

 

「なんだ、悲しいな。お前は、お師匠様の力が信じられないのか? この私が、まだ半世紀も生きてないようなガキに負けるとでも?」

「そうじゃねぇ! そうじゃねえんだッ! あいつは──」

 

 どうしたらジャティスの恐ろしさを伝えられるのか。

 

 グレンが言葉にできないことに苛ついた時。

 

 

 ──その視界が、真っ白になり……。

 

 

「──はっ!?」

 

 その数瞬後、グレンが我に返った。

 

 庭に面していた居間の壁が、何らかの爆発によって万遍なく吹き飛び……目の前には、半壊した居間と焦土と化した庭があった。

 

「い、一体、どうなって……」

「私の心配をするより、自分の心配をするべきじゃないかな? このバカ弟子」

 

 その焼け野原になった庭には、無数の黒影が立っていた。

 

「な──ッ!?」

 

 黒影の正体は、黒い外套に身を包んだ年齢、性別共に分からない人間の集団だ。

 

 全員がフードを被る、白い仮面の不審者。

 

 そして、短剣、鎌、鍵爪、ナイフなど、様々な武器が各々の手にあった。

 

 その得物の意匠は……どこか、リィエルとティアの大剣に似ている。

 

「そのセンスがねえ仮面に外套……その統一性のねえ得物……錬金改【隠す爪(ハイドウン・クロウ)】ッ! こいつら、天の智慧研究会の暗殺部隊『掃除屋(スイーパー)』だッ! なんで、ここに……!?」

「シャアアアアアア──ッ!」

 

 驚愕するグレンへ掃除屋(スイーパー)が三人、高速で襲い掛かる。

 

 どのように対処しても、グレンを仕留められる──掃除屋(スイーパー)の対魔術師用、暗殺戦陣。

 

「ぐ──ッ!? しまっ──」

「せ、先生ぇええええ──っ!?」

「《失せろ》」

 

 セリカの超光熱の爆炎が、掃除屋(スイーパー)三人を飲み込んだ。

 

「……す、すまんっ! 助かった、セリカ!」

 

 我に返ったグレンは掃除屋(スイーパー)たちへ身構えた。

 

 【隠す爪(ハイドウン・クロウ)】の習得の際に廃人と化した掃除屋(スイーパー)たちは無言で、動揺もなく向かって来る。

 

「さて、ジャティスとかいう若造がルミアを攫って、天の智慧研究会が私たちを襲っている……これ、どういうことだろうな?」

 

 セリカは軽やかな足取りで悠然と、掃除屋(スイーパー)たちの前に出た。

 

 その背中は、グレンたちにとっては、とてつもなく頼もしく見える。

 

 そして、屋敷のあちこちから聞こえてくる、無数の窓ガラスが割れる音。

 

 新手の掃除屋(スイーパー)たちが次々と現れ、頭数が増えていく。

 

 それは、この屋敷は完全に包囲されてしまっていることを意味していた。

 

「ほう?」

「お、おい!? どうすんだよ、セリカ!」

「ふむ……だが、一つ分かったことがあるな。こいつらの標的は、私とお前だ。グレン」

「はぁ!? 何で俺とお前が!?」

「知るか」

「あぁ、もう! ジャティスといい組織といい、 今回は以前までとやっていることが全然違うじゃねえかッ!」

「さて……決まったな、グレン。システィーナを連れて、この屋敷の地下にある例の隠し通路を使って、例の場所に行け。……私が援護してやる」

「はぁ!? お前はどうすんだよ!?」

「私は残る。 このお客様たちのおもてなしをせにゃならんからな」

「アホ! お前を残して、逃げられるかよ! そよそも、今のお前は魔術をあまり使うと──」

「バカ。身内のこととなると、すぐに冷静さを失う……だから、お前は三流なんだ」

「「「シャアアアアアア──ッ!」」」

 

 事情など知ったことではないといった感じで掃除屋(スイーパー)が三人、再び飛びかかってくるが──

 

「……可愛い息子とお話し中だ。ちょっと《待ってろ》」

 

 それを見もせずに、セリカは氷柱で掃除屋(スイーパー)たちを呑み込み、絶命させる。

 

 次元が違いすぎるセリカに、掃除屋(スイーパー)たちの動きが止まった。

 

「ぶっちゃけ、邪魔なんだよ。共闘するには相性が悪いし、 そもそもお前は不意打ち専門だ。お前はあんま役に立たん」

「ぐ……」

「お前らがうろちょろしてたら、私は全力出せないし、流石にそんな状態でプロの暗殺者たちから、最後まで守り切れる保証はない。だから、行け」

「……分かった。死ぬなよ。後で、絶対に、追って来いよ!?」

「……だから、誰に言ってんだ。自分の心配してろ」

「白猫! 俺に付いてこい!」

「わ、わかりました……ご武運を、アルフォネア教授!」

「シャ──ッ!」

 

 グレンとシスティーナは居間から駆けだした。

 

 そうはさせまい、そう思い掃除屋(スイーパー)たちが一斉に追おうとするが──

 

「おっと、残念。《行き止まり》だ」

 

 セリカの稲妻が、グレンたちを避けて掃除屋(スイーパー)たちへと食らいつく。

 

「まぁ、そう焦るなよ。せっかく、 お客様に紅茶を用意したんだ……ゆっくり、堪能していけよ──」

 

 そんなことを呟いて、セリカがぱちんと指を打ち鳴らした。

 

 

■□■

 

 ……圧倒的だった。

 

 第七階梯(セプテンデ)は伊達ではないと言わんばかりに。

 

「……大体、駆除できたかな……」

 

 魔術で掃除屋(スイーパー)たちがもういないかどうかを確認したセリカは、一息ついた。

 

(……ちっ。敵は雑魚ばっかだったが、だいぶ、手間取らされたな……だが、敵性反応は──0。さて……グレンたちを追うか……)

 

 セリカが踵を返したその時。

 

「──ッ!?」

 

 突如、空からの殺気を察したセリカが、咄嗟にその場から転がる。

 

 刹那、天より凄まじい速度で舞い降りたそれが、セリカのいた場所を刺し穿ち──爆砕させられた。

 

「ち──」

 

 素早く飛びのき、さらに地を蹴って距離を取る。

 

 見れば、巨大なクレーターの中心に、槍を地面に突き立てた人影がある。

 

(へぇ? 少しはデキるのがいるみたいじゃないか……ッ!?)

「《消え──》」

「……()()()()()()、セリカ=アルフォネア……」

 

 その言葉に思わず、セリカは呪文詠唱(スペリング)を、中断してしまう。

 

(……なんだ? この声……どこかで……?)

 

 ……聞き覚えがあった。

 

「ふっ……こうして貴女と会うのは実に二百年ぶりだな……」

(……二百年? ……は? 何を言ってるんだ、こいつは?)

 

 その人影は、白鎧とローブを組み合わせた古風な聖騎士装束を纏う壮年の美丈夫だった。

 

 その武人然とした佇まい。右手に鈍く輝いている槍、左手に十字架が入っている白い大盾。

 

 金獅子の鬣のような髪を、夜風になびかせる、その姿には──セリカには見覚えが有った。

 

「馬鹿な……ッ!? なん……で……お前が……ッ!? お前は、二百年前の魔導大戦で……外宇宙の邪神どもとの戦いで……ッ!?」

 

 ……話は変わるが、この世界には『六英雄』と呼ばれる者たちが過去にいた。

 

 二百年前の邪神の眷属との戦いで、人類側の切り札として戦った者たち。

 

《灰燼の魔女》セリカ=アルフォネア

《剣の姫》エリエーテ=ヘイヴン

《聖賢》ロイド=ホルスタイン

《戦天使》イシェル=クロイス

《銀狼》サラス=シルヴァース

 

 そして、最後に──

 

「死んだはずだ……お前は間違いなく、確かに、あの戦いで死んだはずだッ! 《鋼の聖騎士》ラザール=アスティール!」

 

 六英雄はセリカを除き、全員、二百年前の戦いで死んだ。

 

 皆、散っていったはず。それなのに──

 

「改めて自己紹介しよう、セリカ。今の私は、聖エリサレス教会の聖堂騎士団総長ではない……天の智慧研究会、第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)》のラザールだ」

「は──? へ、第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)》……だとぉ……ッ!?」

 

 それこそ、セリカは衝撃を覚えた。

 

 天の智慧研究会の最上位階である第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)》の存在は、都市伝説とまでされている代物だったのだ。

 

(ラザールはくだらない冗談を言う男じゃない……がああ言っているということは……じょ……冗談じゃないぞッ!? 普通の第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)》ならともかく、かつての六英雄がここで出てくるのか!? いくらなんでも──拙いッ!)

 

 セリカの全身を、久しい緊張と冷や汗が撫で上げる。

 

「さぁ、始めよう。私はかねて貴女とは一度、全力で戦いたいと思っていた」

「くそが──ッ!」

 

 戦闘中に考え事などしたら──やられる。

 

 六英雄は、そういう存在だ。

 

()()()()()()()》》》ッッッ!」

 

 セリカは【プラズマ・カノン】、【インフェルノ・フレア】、【フリージング・ヘル】の三つを同時に起動する。

 

 それの超絶な威力をラザールは食らい──

 

「我が《鋼》の二つ名を忘れたか? セリカよ」

 

 荒れ狂う中心にラザールは、無傷で佇んでいた。

 

「くっ……やっぱり『力天使の盾』の絶対防御は健在か……ッ?!」

 

 それは邪神の攻撃を受け止め続けてきていた、凄まじい力を宿す聖エリサレス教会の聖遺物。

 

「今度は、こちらから行かせてもらおう!」

 

 ラザールが槍を掲げると凄まじい光が槍から溢れ出す。

 それは、ラザールの絶大なる法力。

 

「お前ら聖堂騎士お得意の法力剣(フォース・セイバー)……猪口才な! 《断罪せよ──》」

 

 セリカ左手を構え、対抗呪文を口走ろうとするが。

 

 ──どくん……。

 

 突然、セリカは眩暈と動悸を覚えた。

 

「──げほっ!?」

 

 次の瞬間、セリカは吐血して、身体はぐらりと崩れてしまう。

 

 途端、全身を酷い虚脱感が満たす。

 

(馬鹿な……まさか、もう限界が来たのか!? くそっ、このポンコツめ!)

 

 セリカは内心、動かなくなった自分の身体を憎む。

 

「……真に、かくあれかし(ファー・ラン)

「……ぐ、グレン……」

 

 迫りくる白き破滅が、為す術のないセリカを包み込む──前に、一人のメイド服を着た少女が莫大な熱量を持つ炎を纏い飛び込んできた。

 

「《炎の(フレイ・)──(ヴード)》ぉぉおおおおおお──っ!」

 

 ────ッッ!

 

 轟音が鳴り……煙が晴れていく中に、セリカは先程と同じ姿……つまり、無傷の少女の姿を見つけた。

 

 それはつまり、()()ラザールの攻撃を相殺できたということだ。

 

「ほう……?」

「ごほっ、ごほっ……お前は……?」

 

 ラザールは興味深そうに、セリカは状況が把握できずに戸惑うように少女を見る。

 

「おれはティア。あなたがセリカ?」

「あ、ああ……そうだが」

「助けに来た」

 

 ティア=レイフォードはセリカの前に庇うように立ち、そう宣言した。

 

 

■□■

 

 

 なんで俺が天の智慧研究会・第三団〈天位〉(ヘヴンス・オーダー)と戦わなくちゃいけないんだよ全く"面白く"ないよッ!?

 

「……そう、か。お前がジャティスとかいう小僧の仲間やってるティア=レイフォードだな……?」

 

 《世界》のセリカ=アルフォネアも居るし!? 敵対するのかなこれ、最悪だよコンチクショウッ!

 

「それは今、関係ない。セリカは早く逃げて」

「……ハッ、誰に言ってるんだ。私がこの程度で限界だとでも思うか?」

「ん」

「…………思うのか。ちっ」

 

 だって……血吐いてたら誰だって限界だと思うよ……。

 

 実際そうだろうし……見栄張るのはやめて、セリカが戦えるんじゃないかって希望持っちゃうから。

 

「ん、だから急いで逃げ──」

「──逃がせるとでも、思っているのか?」

 

 その時、既にラザールは俺へ動いていた。

 

 いや早──

 

「──死ね、小娘」

 

 ラザールの槍が俺へと向かい──俺はセリカへ顔を向けたままラザールを見ずに炎の剣(フレイ・ヴード)で受け止めた。

 

 "読んでいたよ"……ってやつだね!

 

 そして、このまま炎の剣(フレイ・ヴード)からぶわっ、と炎を溢れ出しラザールを包みこもうとする──が、咄嗟に距離を取られて失敗した。

 

 そう簡単には行かないよね……。

 

 俺はセリカから目を離し、ラザールに目を向け炎の剣(フレイ・ヴード)を構える。

 

「なかなかやるようだな……ティア=レイフォードと言ったか。私は天の智慧研究会・第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)》が一翼、ラザールだ……参る」

「おれは……ティア。ただの町娘。……おれの邪魔しないで、《大導師》の犬」

 

 お互い名乗ると、辺りには剣と槍の衝突音が鳴り響いた。

 

 ……逃げることに全力を注げよう。ここままじゃ、冗談無しで俺でもさすがに死ぬ。



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《鋼の聖騎士》から離脱

「ちっ」

 

 自分の劣勢さに、俺は思わず舌打ちをした。

 

 こつ、こつ……と、ラザールの足音が近づいてくる。

 

 セリカはまともに動けない……どころか、俺への援護の魔術を使ったせいで気絶状態らしく、まだ逃がせていない。

 

 正直、セリカはもう何もできないだろって感じで舐めプされてる気がする……。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……どうしよう。

 

 本当は自分でグレン先生のとこに行って欲しかったんだけどなぁ……。

 

 けど……セリカは絶対に守り抜く。セリカがここでラザールに殺されるのは"面白くない"。

 

 そう決意した俺は、再び《炎の剣(フレイ・ヴード)》から炎を引き出す。

 

 だが、先程とは違い目くらましを重視した炎だ。

 

「……何をするつもりだ?」

「さぁ?」

 

 俺が剣を振ると同時に炎を開放し、辺り一面を炎で染め上げる。

 

 そしてラザールが俺から目を離した瞬間、全力でセリカをお姫様抱っこして逃走を──

 

「──こんなもので、本当に私から逃げられるとでも?」

 

 聞こえてはならない声が、はっきりと聞こえた。

 

 気付けば、先程まで少し離れた場所に居たはずのラザールが横から迫ってきていて。

 

 ──ガキィィンッ!

 

 金属がぶつかり合うような、音がした。

 

「──"読んでいたよ"」

 

 ラザールの攻撃は、俺に届くことはなかった。

 

 何体もの人工精霊(タルパ)が、それを防いでいたからだ。

 

 そして、俺の目の前には一人の男がいた。

 

「……ジャティス?」

「正確には、僕は本人(オリジナル)ではなくただの人工精霊(タルパ)なんだけどね」

 

 ジャティスは俺に向かってウインクをする。

 

 "ここは僕に任せて"……そう言われているような気がした。

 

「……ん! 任せる!」

 

 俺はその場からセリカを連れてすぐに逃げ出した。

 

 アルフォネア邸を跳び出し、屋根を伝って全力で離れる。

 

 【疾風脚(シュトロム)】は使えないが、それなりの速度で夜のフェジテを駆ける。

 

 本物のジャティスに、会いに行く為に。

 

 

■□■

 

 

「……仕留め損ねたか」

 

 目の前で細かい塵のようなものに砕けて霧散していく人工精霊(タルパ)のジャティスの姿を見ながら、ラザールは呟いた。

 

「……まあ、セリカが居ようとも余り問題はない。最低でもすぐには動けないだろうしな……私は私が為すべきことをするだけだ」

 

 

■□■

 

 

「……遅いですね……アルフォネア教授……」

 

 システィーナは呟いた。

 

「…………」

 

 グレンは無言でテーブルの席についている。

 

 ──かち、かち、かち……。

 

 壁の時計の音がやけに大きく響き、ランプの火がゆらゆら揺れている。

 

 この部屋は、アルフォネア邸の地下から秘密の通路を通らなければたどり着けない秘密部屋だ。

 

「……ひょっとして、教授ったら道に迷っているんじゃ……だから、こんなに遅く……」

「それはない」

 

 グレンはシスティーナの気遣った言葉を否定する。

 

 ──かち、かち、かち……。

 

 時計が、時がどんどん過ぎていくのを示す。

 

 今の時刻は、午前5時を過ぎたぐらい……つまり、夜は既に明けている。

 

「……そろそろ、現実を見るべきかもな」

 

 システィーナは、ボソリと言ったグレンに顔を向ける。

 

「姿を現さない。通信魔術にも出ない。何らかの手段による連絡の一つもない……鼠の使い魔を送って様子を見に行かせたら……何が起きたのか、屋敷のあった場所は更地の焦土と切り裂かれたような戦闘の跡だ。辛うじて見つかったのは……セリカの衣服の焦げた切れ端だけ」

「…………ッ!」

「状況から明らかだ。セリカは……恐らく……もう……」

「そんなっ!」

 

 ──がたんっ!

 

 システィーナは乱暴に立ち上がる。

 

「あのアルフォネア教授に限って、そんな──ッ!?」

「魔術師の格上喰い(ジャイアント・キリング)なんてよくある話だ。実際、昔の俺がよくやっていた」

「…………ッ!?」

「それに知ってるだろ? 今のあいつは……昔ほど無敵ってわけじゃねえ」

 

 システィーナとは違い、グレンはゆっくりと椅子から立ち上がる。

 

「……駄目です」

 

 ジャティスにルミアが連れ去られたあの場で何もできなかった自分に悔しく、辛い気持ちがあるシスティーナは、それを押し込み、グレンへと声をかけた。

 

「そっちに行っちゃ、駄目です」

「はぁ? 行かないと出られねえだろ」

「……大丈夫です。 ルミアもアルフォネア教授も……ニ人ともきっと無事です」

「気休めも大概にしろ……一体、どこにそんな保証が? 状況から判断すりゃ──」

「大丈夫ったら、大丈夫です。……今、また……先生が、遠くに行ってしまいそうな気がしました。そっちに行っちゃダメです、先生。……行かないで」

「──ッ!?」

 

 自分がどれだけ冷静じゃなかったかを理解したグレンは一旦、深呼吸をした。

 

「……悪い。俺、やっぱ、冷静じゃなかったわ」

「先生……」

 

 いつもの調子を取り戻したグレンは、気恥ずかしいように頭をかく。

 

 ──キン、キン、キン……。

 

 金属のような音が、不意に響き渡る。

 

「この音は……通信魔術の着信音!? セリカ!?」

 

 グレンはポケットから通信魔導器を取り出すが、反応していない。

 

「……俺のじゃねぇ……? じゃ、何の音だ……?」

「……せ、先生……これ……ッ!?」

 

 困惑しているシスティーナの手には、点滅して着信音を出している半割れの宝石があった。

 

「貸せ!」

 

 どうやらスカートのポケットの中にあったらしいが、今のグレンにはどうでもいい。

 

『やぁ、グレン。……ご機嫌いかがかな?』

 

 聞こえてきたのは、耳障りな声で。

 

「……ジャティス……ッ!」

『くくく……久しぶりだねぇ、元気だったかい?』

 

 ──ぎり……。

 

 グレンは小さく歯ぎしりする。

 

『グレン。取り急ぎ、君がいの一番に聞きたいことを伝えよう……ああ、大丈夫、心配いらない……ルミアは無事だよ。そして……セリカ=アルフォネアも無事だ。ティアがアルザーノ学院の保健室に忍び込んでベットの上に置いておいてくれたからね。彼女達に危害を加えることなんか万が一にもしない……ルミアに関しては、少し眠ってもらっているだけさ』

「てめぇ……ッ! どういうつもりだッ!? 今回はルミアをさらって、こうして俺に接触し……一体、何を考えてやがるッ!? それにあの天の智慧研究会の連中は何だッ!? てめぇ、まさか連中とグルになって──」

『は? 僕が下劣なクズ共とグル? いくら僕が尊敬する君でも、言っていいことと悪いことがあるぞ? グレン……』

 

 ジャティスの激しい憤怒が、グレンの元まで届いた。

 

『まぁ……今は時間が惜しい。話を進めようか……』

 

 気を取り直し、めっちゃ楽しそうな雰囲気を出し始めたジャティスはグレンを煽ってくる。

 

『ゲームをしよう……グレン』

「ゲーム……だと?」

『これから僕が出す課題を一つ、君がこなす……そういうゲームだ。君が僕の要求に応えている限り……ルミアの命は保証しよう。だが、君が課題をこなせない、課題を放棄したその時は……ふっ、わかりやすいだろう? ……どうだい?』

「ちっ……信用できねえな。そもそも、さっきのルミアは本当にルミアの声か? 魔術的にごまかす手段はいくらでもあるぜ? もう一度──」

『ははははは……この状況でも情報を引き出そうとするなんて、抜け目ないね。いや、むしろこの状況だからこそ、なのかな……? さすがだと言いたいところだが……今の君に、僕の要求を呑む以外の選択肢がありえると本気で思っているかい?』

「……くそ……ッ!」

『そう固く捉えないでくれ。ただ、僕は君に少し手伝ってもらいたいだけなんだ……このフェジテを救う手伝いを、ね』

「……、…………は? フェジテを……救う?」

 

 グレンには、ジャティスの言っていることがまるで理解できなかった。

 

「おい、そりゃ一体、どういうことだッ!?」

『う〜ん……時は金なり、とはいえ……今はまだ君にやってほしいことは無いんだよね……まだ、ってだけだけど。だから落ち着きなよ、グレン……そのときが来たら連絡するからさ。僕も色々とやることがあって、忙しいんだからね……くっくっく……』

 

 狂える正義の妖しい嗤いが、グレンとシスティーナのいる部屋に響き渡った。



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《正義》の代わりに正義執行

「…………ここ?」

『ああ、そこで合っているよ』

「方陣は?」

『既に解呪(ディスペル)済みさ。安心してくれ』

 

 俺は今、ジャティスの人工精霊(タルパ)彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・監視】(術者と視界共有が出来る人工精霊(タルパ))と共にフェジテ行政庁市庁舎の前にいる。

 

 俺のお願いした()()で手が放せないジャティスの代わりに、ここに侵入しているというセインとかいう天の智慧研究会を殺すためだ。

 

 現在時刻は午前9時……市庁舎内には誰もいない。

 

 つまり、殺してもバレにくいってことだね! 楽できる!

 

 俺は市庁舎の裏口に回り込む。

 

 そして扉を開こうとして。

 

 ──ガギッ。

 

 ……鍵がかかっていた。

 

「……ん、だよね……」

 

 隣にいる【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)】に呆れたように見られている気が……。

 

 そんな目で見ないでぇ!

 

「……でも、大丈夫」

 

 俺は体を引いて、構える。

 

「ふぅーー……」

 

 ──スパッ!

 

 ……居合い切りのように動き、鍵を"斬る"のではなく"通した"。

 

 鋼鉄製の鍵は鮮やかに切り裂かれ……。

 

「ん、お疲れ」

 

 俺は鍵に目を向けて、なんとなくそう告げた。

 

 ……今の俺、カッコよくない?

 

 

■□■

 

 

「……さて、ついに計画が動き始めた。今日も念入りに調整しておくか……」

 

 天の智慧研究会に所属している魔術師のセインは、市庁舎の地下に行く。

 

 その地下は本来、認識操作と異界化の術を駆使した階段を下りなければいくことはできない。

 

 セインは階段を下りて、小部屋への扉を開けた。

 

 その小部屋の床には、法陣儀式魔術の天才といえるセインが構築した法陣がある。

 

 ただし、漲って循環している筈の圧倒的な魔力がそこには欠片もなく。

 

「……なん……だと……!?」

「……フッ」

 

 驚きの声を上げるセインの前に、無表情にも関わらずドヤ顔のように思える表情をした、メイド服の少女が立っていた。

 

「そ、そんな……バカなッ!? 私の法陣が……『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』が解呪(ディスペル)されているだとぉッ!? 貴様は……一体、何者だッ!?」

 

 セインは心から狼狽える。

 

 まず、そもそもこの場所知られていること自体がありえない。

 

 しかも、万が一、バレたとしても解呪(ディスペル)には非常に大掛かりな儀式が必要不可欠。

 

 さらに、解呪(ディスペル)を阻害する機能を持つ無数のプロテクト術式も保険として組んでいた。

 

 それらをたった一日や二日で解呪(ディスペル)するのはどう考えても不可能なのだ。

 

 ……《王者の法(アルス・マグナ)》とかいうチート能力は別として。

 

「く、くそぉ……ッ! い、一体、何がどうなって……クッ、た、《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し──」

 

 セインが力を失った法陣の前で、絶望に浸りながらも方陣を解呪(ディスペル)したであろう少女を殺そうと左腕を向けたとき。

 

 セインは、気づいた。

 

「……なッ!?」

 

 その少女は次の瞬間、その場所からは消えていて。

 

 ──ズバッ!

 

 セインが思考を巡らせる暇もなく……次に見たセインの視界は、何故か足元並の低さで──

 

 首を切られて床に落ちたと認識する前に、セインは絶命した。

 

 

■□■

 

 

「……正義、執行完了」

 

 とでも、ジャティスなら言うのかなー?

 

 首から血を撒き散らして死んだセインを見ながら、俺はそんなことを思った。



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ティアの合流と、彼の到来

 俺がジャティスのいるという場所へ向かうと、隣にはルミアもいた。

 

「貴女は……ティアさん、だよね?」

「……ルミア?」

 

 ルミアは驚愕していた。……俺、捕まえられたはずなのにさらっと脱獄してるしね。

 

「……ねぇ、ティアさん」

「ん、なに?」

「システィ達は無事なの?」

 

 や、俺にそんなこと聞かれても……予定だとまだジンとかと戦ってないと思うけど。

 

「……ジャティス、どうなの?」

「ああ、無事さ。今のところは、ね」

「…………」

 

 ルミアはジャティスに対して、見てわかるぐらいの敵意を顕にしている。

 

 自分に何かされるかもしれないのに……メンタル強っ。

 

 ……それと、ルミアが起きているってことは。

 

「……ジャティス、あれは完成したの?」

「ああ、成功さ。問題ないよ」

「……マジで?」

「大マジさ」

 

 ……いや、必要なピースは揃ってたけど。それでもまさか、本当にやるとは……。

 

「僕の相棒とも言えるティアのお願いだよ? 僕も死力を尽くすさ」

「……ありがと」

「構わないよ」

 

 ジャティスがイケメンすぎて死ぬ……あれ、俺って一応、元・男だよね?

 

 ……いや、待て待て。気を取り直そう。これからフェジテ最悪の三日間だぞ。

 

「次は何をする?」

「そうだね……ティアにはある倉庫に、このバッグを持って行って欲しい」

 

 これは……中身ってグレンの軍属時代の服、だったよね。

 

 前にジャティスと一緒に保管室から盗……貰ってきたものだ。

 

「僕はこれからグレンへ指示を出す。……悪いね、ティア。少し修羅場を潜ってもらうよ」

「ん、任せて」

 

 次はレイク戦……やってやろうじゃん。

 

 

■□■

 

 

 グレンは、ジャティスの言葉通りに、ある倉庫に来た。鍵はかかっていない。

 

 鉄のきしむ音をだして開くと。

 

「っ……グレン!」

「お前は……ッ!?」

 

 そこには。

 

「ティア!? どうしてここにいるんだ!?」

 

 ティア=レイフォードがいた。

 

 脱獄したのか……と思っているグレンの方へ歩み寄り、鞄を押し付けてくる。

 

「……ジャティスから。早くこれに着替えて。お願い」

 

 何故か不安そうな顔をしているティアから鞄を受け取り、開いた。

 

「これは……どういう……ことだ……?」

 

 その中には、グレンが軍務についていた時の装備がぎっしりと詰まっていた。

 

『わかる! わかるよ、グレン! よぉ〜く、わかるっ! なにしろ、それは、目を背けたい、負の遺産だ……ごめんよ、グレン。わかってたんだ。だが──』

 

 どくん、と。グレンの心臓が跳ねる。

 

 ぞくり、と。グレンの背筋が震える。

 

『──わかるだろう? 今は、そんな事を言っている場合じゃ……ない』

「グレン、急いでッ!」

 

 聞いたことのない、感情を顕にしたティアの声を聞いた。

 

 そんなティアは、ひたすらグレンを見つめていて──

 

「くっ!?」

 

 それと同時にグレンは中身を、すぐさまその身に装備していく。

 

 急げ、急げ、急げ。そんな言葉が頭を巡る。

 

『それでいい、グレン。本当は僕だって、今の君に彼を押し付けるのは不本意なんだ……だが、()はそんな生温い事を言ってられる相手じゃない。ティアを君と共闘させることにした理由は……分かるだろう?』

「……ああ、簡単にわかるに決まってるだろ、クソがッ! 少し黙ってろッッ!」

 

 本当はこんな少女(しかも幼い)を巻き込みたくはないが、それでも戦力がいるに越したことはない。

 

 グレンは自分の無力さを恨みながらも、武装を続ける。

 

『帝国宮廷魔導士団でも、今の彼に真正面から勝ち得るものはほとんどいないだろう……可能性があるのは《(アルベルト)》くらいかな? まあ、この僕としても、まともにやり合うのはためらってしまう相手だ……心しろよ、グレン。彼は──強い。君がかつて彼を打倒し得たのは……君の初見殺しと悪運、彼の準備不足が、奇跡的にうまく重なったがゆえの……ただのまぐれなのだから』

「……来た」

 

 ギリギリ、グレンが準備を負えられたのと同時に、ティアは言った。

 

 ティアはいつの間にかグレンから目を放し、出入り口扉を見ていた。

 

 そこに、とある男が立っていた。

 

 忘れもしない。忘れるものか。

 

 グレンが非常勤講師だった時代にアルザーノ帝国学院を襲った、天の智慧研究会の一人。

 

 一体何をしたのか、その身から溢れる魔力が以前の比ではないが……。

 

「レイク=フォーエンハイム……天の智慧研究会、第二団(アデプタス)地位(オーダー)》──《竜帝》レイク! てめぇ……生きてたのかよ……ッ!?」

「…………」

 

 焦りを隠せないグレンを、レイクは静かに見つめる。

 

『さぁ、課題のスタートだ──生き残れ。──手段は問わない』

 

 頂すら見えぬ存在感……それを前にしているグレンは、冷や汗をたらりと流した。



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《竜帝》と《愚者》

「なんでだ……ッ!? なんで、てめえが生きていやがる……ッ!? てめえは死んだはずだ……ッ! 俺がこの目で確認したんだッ! 間違えるはずがねぇッ!」

「そんな些細なことはどうでもいいだろう? 私は黄泉から舞い戻ってきた。そして──今お前を殺すために、ここにいる。……それが今、貴様が直視すべき現実だ」

「ちぃ……ッ! ド正論ありがとうよ! ド畜生!」

 

 敵に諭されてしまったグレンは、苛立ちを隠せない。

 

「……違う」

 

 そんなグレンに、ティアは無表情のまま言葉を続ける。

 

「グレンは知ってる筈。おれやリィエルが、何によって造られたのか……」

「『Project(プロジェクト)Revive(リヴァイヴ) life(ライフ)』か? だが、あの術式は、シオンの固有魔術(オリジナル)か、もしくはルミアの異能が必要不可欠だろ……?」

「バークスの研究。覚えてる?」

「──ッ!」

 

 異能の、複製抽出。

 

 もしそれが、あの時にルミアの《王者の法(アルス・マグナ)》に対して行われていたとしたら──

 

「ちっ……それよりも、今はレイクの野郎だな……ッ! 後でじっくりと話を聞かせてもらうぞッ!」

「ん、できたらね」

 

 何故ここにいるのか……それは、今は重要ではない。

 

 彼には、とある秘密がある。

 

 竜の力を得る代わりに、いずれ人を失い暴虐の竜になりはててしまう呪い……『竜化の呪い(ドラゴナイズド)』だ。

 

 そして、今のレイクの能力は人間の領域ではない。

 

 つまり──

 

「──そうかよ。お前……今回は封印を解いてきたんだな? 『竜化の呪い(ドラゴナイズド)』の……」

「……察しがいいな、魔術講師。我々の一族は『竜化の呪い(ドラゴナイズド)』の進行を防ぐため、生まれ落ちた時から【竜鎖封印式】を1号から3号の3つ、肉体に施している。ゆえに、普段の我々は通常の人間と大差はない。だが、一度、その封印を解けば……竜の力が顕現するのだ。今回は、その1号を解呪(ディスペル)してきた──貴様と戦うために」

「1号解放だけでその魔力かよ? あと封印、2つも残ってんのか、ふざけんな」

「安心しろ。残りの2つの解呪(ディスペル)には、それなりの手間と時間と触媒が必要だ。この戦いの最中に、これ以上の竜の力が振るわれることはない。……以前、貴様ごときにと解呪(ディスペル)をためらい、敗れた。もう侮りはせん。貴様はこの力を振るうにふさわしい人間だ」

「過大評価にも程があるぜ」

「さあ、構えろ。グレン=レーダス。……ついでにティア=レイフォード」

「グレン、来る!」

 

 ティアの掛け声に合わせて、グレンの身体は咄嗟に動いた。

 

「ちぃ──ッ!」

「《■■■──》」

 

 

■□■

 

 

 なんかよく分からないけど、グレンの曇り顔見れたわ。

 

 なんでだろう……あ、そうか。俺みたいな少女をこんな戦いに巻き込んでしまって……ッ!みたいな罪悪感とか?

 

 狙ってた訳じゃないけど、ラッキーだな。

 

 やったz──

 

「ティアぁッ!」

「《■■■》」

「〜〜ッ!?」

 

 天からの稲妻が、俺に降りかかる。

 

「ぐぅ……マジで人の形をした竜だな。天候まで操りやがるのかよ……」

 

 それを身体強化全開で回避した俺はレイクへ速攻で近づこうとする。

 

「《■■■■》」

 

 だが、そんな俺の前に竜巻が現れて呑みこもうとしてくる。

 

「アホかよレイクのやつ……!? ティアっ、こっちだッ!」

「んっ!」

 

 グレンに誘導された場所に行き避けると、荒れていた天候がぴたりと止む。

 

「……嫌な予感」

 

 そう呟くに合わせて轟っ!と焔が燃え上がる。

 

「……今度は山火事かよ、コンチクショウ!?」

「バリエーションが豊富」

「そうだなぁ!? どうでもいい感想ありがとうよ!!」

 

 《炎の剣(フレイ・ヴード)》で全ての炎を支配して、レイクへ撃つ。

 

「お返し」

「ぐぅ……!?」

 

 レイクは驚いた表情で防御の姿勢を取り──

 

「あの熱量で無傷かよ……」

「……ヤバい」

 

 そこには、先程と変わらない無傷のレイクが立っていた。

 

「どうした。もっと力を見せてみろ」

「ちっ、いい加減にしろっての!」

 

 グレンは、『愚者のアルカナ』を抜く。

 

 固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】が発動し、レイクの竜言語魔術(ドラグイッシュ)を発動不可にする……けど、さ。

 

 はっきり言って愚策だよ。

 

「……やはり、そう来るか」

「へっ! 何が竜言語だ、馬鹿野郎! こっからは肉体言語で片を付けてやるよッ!」

「グレン、待っ──」

 

 俺の制止を聞かずにグレンは突進していき、レイクも剣を抜いて構える。

 

 あーあ、知ーらね。

 

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお──ッ!」

 

 そして拳打をレイクへ──と思いきや。

 

「って、うっそぴょーん」

 

 レイクの傍らを通過した。

 

 勢いのついたレイクの剣は叩き、割れた。地面が。

 

 わぁーお、ヤベー。……どうしようか、こんな奴。

 

「ギャグみたいな威力の斬撃だな、おい!? 【愚者の世界】は逆効果か!」

「ん、竜だし」

「先に言え!」

「おれは待ってって言った」

 

 なのにグレンがさっさと行っちゃうからだろ!

 

「チッ……足引っ張るなよ、ティアッ!」

「こっちのセリフ!」



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燃ゆる剣(フレイ・ヴード)

 壮絶な戦いを繰り広げていた。

 

 俺の赤い炎が燃え盛り、激しいレイクの風が竜の咆哮とともに駆け抜ける中、グレンはあの手この手で俺たちの戦いに食らいついていた。

 

 グレン先生の戦い方が巧妙で上手いことがよく分かる……いや、本当に凄い。

 

「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吠え狂え》ッ!」

 

 グレンの力強い爆撃呪文が戦場に響いて火炎弾(ブレイズ・バースト)がレイクに当たるが、竜の鱗で覆われた身体は無敵のように無傷だった。ざけんな。

 

「ははは、クソ絶望的な状況だな、これ……ティア、何か切り札とかねぇのか?」

「……一応、ある」

「本当か!?」

 

 あるにはある……けど。

 

 補助する為に使う詠唱がクソ長いんだよなぁ……。

 

「……詠唱が終わるまで、時間を稼げる?」

「……それに賭けるしかねぇんだろ? やってやるよ!」

「ん、任せた!」

「おうッ!」

 

 さて……やろっか。

 

 

■□■

 

 

 息を整える。

 

 深呼吸をして、自分の《炎の剣(フレイ・ヴード)》に意識を全集中させる。

 

「《諸元を整えし炎の魔人よ、我が知識と力を融合させ、天地を舞台に奏でる炎魔の煌めきを紡ぎ出さん》」

 

 剣に秘められている炎の力を、『放出』するのではなく『集束』させろ。

 

「《大気の流れと燃ゆる炎の融合、舞い狂う紅い鍵の底力を示し、この炎剣に我が意志を灌ぎ込め》」

 

 集中しろ、集中しろ、集中しろ。

 

「《大地の息吹と炎の律動、魔力の精華を結ぶ秘儀の中で、斬撃と炎魔が交わり、究極の螺旋を描く》」

 

 ……まだ、だ。まだ、これじゃ足りない。

 

「《これは炎の激情と紅炎の煌めきが交じり合い、魔術の楽章が天上に響き渡る儀式》」

 

 後、少し……。

 

「《欲望を秘めし我が誓う。紅炎纏いて、舞い踊れ》」

 

 ──ああ、できた!

 

「グレェンッ!!」

「行けっ、ティアぁぁあああああああ──ッ!」

 

 合図とともに跳躍しその場を離れたグレンを見届けて、レイクに狙いを定める。

 

 身体強化(フィジカル・ブースト)を全開にした俺は駆け出して。

 

 

「──【燃ゆる剣(フレイ・ヴード)】」

 

 

 超高温となっていた俺の剣を振るい、その全ての炎を解放した。

 

 

■□■

 

 

「はぁー……ッ! はぁー……ッ! はぁー……ッ! はぁー……ッ!」

「…………疲れた」

「……見事だ、ティア=レイフォード」

 

 レイクは驚きとともに、敗北を受け入れる言葉を紡ぐ。

 

 その姿は、上半身と下半身で真っ二つに別れていた。

 

 未だ絶命していないのも、竜としての力だろう。

 

 ……ま、それでももうすぐ死ぬだろうけど。

 

「殆ど力押しのみで私を倒すとはな……ふ、貴様らの勝ちだ……」

「……ん。けど、殆どこの剣のおかげ」

「それでも、これを為し遂げたのは貴様だ」

 

 何処か清々しい表情で、レイクは言葉を紡ぐ。

 

 そして、血を吐き出しながら、次にはグレンに目を向ける。

 

「……グレン=レーダス、『イヴ・カイズルの玉薬』を持ってこい……」

「──ッ!」

「それがなくては、次からの戦いに生き残れんぞ……」

 

 レイクは瀕死だ。それなのに、何処か力強い雰囲気で言葉を続ける。

 

「本気を出せ、グレン=レーダス……この私は終わりだ が……次の私には……更なる世界を見せろ……ッ!」

 

 ……気がつけば、レイクはすでに絶命していた。

 

 だけど、これはただの序章。

 

 まだ、事件は始まったばかりなのだ。

 

 ……トリックスターみたいに、出来る限り暗躍してみせるさ。

 

 ジャティスに命を削らせない。俺のやれることすべてを尽くせ、ティア=レイフォード。

 

 石像のように立ち尽くすグレンの隣で俺は静かに、改めて覚悟を決めていた。



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メギドの火

「……白猫、なんとか切り抜けたぞ。おい、聞いてんのか? とりあえず合流 すんぞ。白猫……? おい、白猫ッ!」

「グレン……?」

 

 グレンがいくら叫んでも、システィーナの返事は聞こえない。

 

 ティアもそのグレンの様子に困惑している。

 

「白猫ッ! 返事しろ、白猫!? クソッ……!」

 

 グレンの頭の中が真っ白になり、思わずシスティーナの元へ駆けだそうとしたとき。

 

「……安心しなよ、グレン」

 

 ……あの正義(ジャティス)の、声がした。

 

 通信器からのものではない。

 

「彼女は無事だ……君と同じく、試練を乗り越えてくれたよ……」

 

 ──コツ、コツ、コツ。

 

 レイクによってメッタメタに壊された元・倉庫の隙間から、一人の男がやってきた。

 

「せ、先生……」

 

 その隣には、一人の少女が。

 

「大体、君は少し過保護すぎる……もっとシスティーナを信じてあげるべきだ……曲がりなりにも、君の教え子だろう?」

「ッ! ジャティ──」

 

 と、ティアが言いかけた時に、既にグレンは動いていた。

 

「ジャティスゥウウウウウウウウウウ──ッ!」

 

 その身に残った力を振り絞り、ティアを置いて全力でジャティスに拳を向ける。

 

 だが。

 

「おっと」

 

 そんなグレンの殴打を、ジャティスは軽く身を捻り躱した。

 

「ぐ……ッ!」

「せ、先生!?」

「下がってろ、ルミア!」

「ははは。そんな体で無茶するもんじゃないよ、グレン……」

「……ん、少し安静にしたほうが良い」

 

 グレンに会えたことで歓喜の表情を浮かべるジャティス。

 

 そしてその隅で、『せっかく修羅場を乗り越えたのに、グレン先生のインパクト強すぎて構ってもらえない……』とティアが軽く落ち込んでいた。

 

「ひどい怪我……すぐに治癒魔術を!」

「ルミア! 何もされてねえか……よかった。……それにしても、ずいぶん早い登場じゃねぇか、ジャティス……」

「確かに、ここで会うつもりはなかったけど"読めなかった"んだよ……まさか、彼女がシスティーナを助けるとは。おかげで手間が省けてね……君と話す余裕ができたのさ……まぁ、感謝しときなよ」

「……んぅ♪」

 

 さらっと落ち込んでいたティアの頭をそっと撫でながら、ジャティスは笑う。

 

 撫でられたティアは嬉しそうだ。

 

「彼女……? ちっ……まったくもって、わけわかんねーが、ンなことどうでもいい! テメェ……また、俺を意味不明な理由で狙ってんのか? レイクの奴と戦わせることで、俺を消耗させんのが狙いか? ……いいぜ? なら、ここで決着つけてやるよッ!」

 

 苦しげながらも、全く意味の無い壮大な決意を固めているグレンを、ティアは微妙な顔で見ている。

 

 あまり会話に参加できずに少しだけ拗ねているようだ。

 

「……君が弱っているのにかこつけて、まるで闇討ちのような卑怯な真似をすると本気で思っているのかい? ……嗚呼、悲しいな」

「……はぁ?」

「僕と君の決着は、こんなくだらない茶番劇の舞台上で、ついでのようにつけていいものじゃなかったはずだッ! もっと雌雄を決するにふさわしい状況、ふさわしい大舞台がきっと僕たちにあるはずだッ! そうだろうッ!?」

 

 ンなこと言われても何一つ理解できねぇ……となっているグレンの横で、ティアはうんうんと賛同するように頷いていた。

 

「君の正義と僕の正義……どちらが上か、君が一刻も早く白黒つけたいのはよーくわかる。だが……まぁ、焦るなよ。まだその時じゃない……そのうち、僕はこの頂上決戦にふさわしい、極上の舞台を心を込めて用意してあげるから。どうか、それまで待っていてくれ」

 

 

■□■

 

 

 sideティア

 

「イヴが来てる!? その上、白猫を助けたのがあいつだとッ!?」

 

 ジャティスに案内された俺たちは、今現在進行形でグレン先生の叫び声が響き渡っている下水道通路を歩いていた。

 

「ああ、そうさ……だが、システィーナはあのジン=ガニスをほぼ単独で打ち破った。彼女の成長速度は素晴らしいよ……君も誇らしいだろう? グレン」

「俺たちにはレイク=フォーエンハイムの相手をさせて、か。自分の目的のためにルミアはどころか、白猫まで巻き込みやがって」

「さすがの僕も、あの2人を相手にして目的を達成するのは難しいからねぇ……君たち2人には本当に感謝してるよ……」

「テメェ……ッ!」

 

 あーっははは……やっぱり怒るよなぁ。

 

 まぁ、セラに似てるシスティーナに対しての態度は、グレンもちょっと複雑だろうし。

 

「しつこいな……そんなにシスティーナを巻き込んだのが気に食わないのかい? 君にとって、彼女なんて所詮セラの……」

 

 笑顔のまま反論しようとしていたジャティスは急に言葉を止め、少し俺の方を見る。

 

 ん? なんだ?

 

「……?」

「……いいや、なんでもないさ。それとグレン、システィーナを巻き込んだことを、心から謝罪しよう。申し訳なかった」

 

 ……え、ジャティスがグレンの心を計って謝った!?

 

 原作だったら普通に"セラの代替物だろう?"って言ってたよな……え、何で?

 

「……ちっ」

「さて、君を連れてきたかった場所はここだ」

「……は? この商館は、もう廃館になったとこじゃ──」

 

 その中に入った瞬間、グレン先生は言葉を止めた。

 

 あ、ここは俺が()()したところか。

 

「……テメェ、これは」

「ああ、全てティアが先に掃除しといてくれたよ。おおっと、勘違いしないでくれよ? こいつらはほぼ全員天の智慧研究会だ。ほんの数人、関係ない人間もいたようだが……正義のための尊い犠牲さ。まあ、そんなことはどうでもいい……問題はここの地下さ……」

 

 うんうん。こんなモブ達は別に俺からすればどうでもいいし、置いといて。

 

 地下にある方陣が大問題なんだよねぇ……。

 

 なんて思いながら、隠し扉から地下へと進む。

 

「……なんだ、こりゃ?」

 

 その場にある方陣を見たグレンから、心の言葉が漏れていた。

 

「まぁ、見ててくれ。まずはこの方陣を解呪(ディスペル)しないとね。流石にティアでもコレは解呪(ディスペル)できないし……さぁ、ルミア」

「……はい」

「お、おい……? 一体、何を……?」

 

 呆然とするグレンを置いて、ジャティスはルミアの『王者の法(アルス・マグナ)』を受けた。

 

 それを確認したジャティスは、手袋から疑似霊素粒子粉末(パラ・エテリオンパウダー)を漂らせ、人工精霊(タルパ)を顕現させた。

 

「《終えよ天鎖・静寂の基底・理の頸木は此処に開放すべし》!」

 

 人工精霊(タルパ)によって無数のルーンが刻まれることによって解呪(ディスペル)の儀式、黒魔儀【イレイズ】が起動する。

 

「助かるよ、ルミア。早々に協力を仰いでに正解だった……君の力がないと、これらを日没までに解呪(ディスペル)なんてできないからね……」

「おい、さっきから何の話をしてやがる。これは何だ。お前の目的は……いい加減、説明しやがれ!」

「その方陣をもっとよく見てくれよ……それでわかるはずだよ……このフェジテに一体、何が起きているのか、がね……」

「何……?」

「最も、普通に生きていたら見ることはない方陣だ。博識な君くらいにしか、分からないだろうがね……」

 

 ジャティスの言うとおり、俺が見ても、なーんにもも分からん。

 

「……『Project(プロジェクト)Flame(フレイム) of(オブ) Megiddo(メギド)』……メギドの火だと……ッ!?」

「そう──正式名称、錬金【連鎖分裂核熱式(アトミック・フレア)】──原子崩壊の際に生じる質量欠損が莫大なエネルギーを生み出し、全てを滅ぼす禁断の錬金術だ……起動すれば、フェジテでは一瞬で焦土と化すだろう」

「ん、ドッカーン」

「……」

 

 くっ……強引に会話に入ったけど、まさかの無反応だと!?

 

「……グレン。今、天の智慧研究会が2つの派閥に分かれてるのは知ってるだろう……? ルミアから手を引いた『現状肯定派』……そして、ルミアを狙う『急進派』だ……」

「…………ッ!」

「だが、先の事件で《魔の右手》ザイードが捕縛され、急進派は大きく弱体化した……はっきり言って、もう奴らは虫の息だ……放っておいても、確実に滅ぶだろうね。だが、そこまで窮地に追い込まれても、彼らはルミアを殺したいんだ……それが《大導師》のためだと、本気で信じている……もはや、《大導師》狂信者の集団だよ。そうは思わないかい?」

「ん、狂ってる」

 

 天の智慧研究会の人も、『正義厨』と『愉悦部』に狂ってるなんて言われたくないだろうけどね……。

 

「……おい。まさか……? いや、そんな……ルミアを殺すためだけに、このフェジテを丸ごと吹き飛ばすってことか!? ふざけんじゃねえぞッ!」

「当然──そんなことは、この正義の代行者たる僕が許さない」

「ッ!?」

「グレン、『Project(プロジェクト)Flame(フレイム) of(オブ) Megiddo(メギド)』について、説明しよう。まず、このフェジテでの霊脈(レイ・ライン)から魔力(マナ)を『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』に送り込み、本日の日没に起動される仕組みになっている。魔力(マナ)を送り込む『マナ活性供給式(ブーストサブライヤー)』もあったが、ここを含め、ルミアとティアの力を借りて僕が全て解呪(ディスペル)しておいた。だが、すでに『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』にはかなりの魔力(マナ)が送られてしまっていたようだ。多少の妨害にはなったかもしれないが、もはや起動は避けられないだろう」

「くそ……ッ!」

「間違いなく敵の妨害に合うだろうが、もはや『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』を直接解呪(ディスペル)するしかない。利害は一致しているはず……共同戦線と行かないかい?」

「ん、一緒に頑張ろ」

「……ち、仕方ねえ……その『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』の場所は分かってんのか?」

「ああ──アルザーノ帝国、魔術学院だ」

 

 アリシア三世だっけ? 面倒なコトしてくれるよね……あんな精神状態じゃ、納得だけど。

 

 ……ま、取り敢えず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 後はグレン先生に任せよーっと!

 

 

■□■

 

 

「時は来た……さて、どうする? この国で最も賢き者たちよ」




作者が曇らせ下手クソなせいで、愉悦部設定がマトモに機能してない!
……まぁ、それは置いといて。更新遅れてすみませんでした!
これからもどんどん遅れちゃうかもしれませんが、許してください!


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鉄の魔人と彼女の死

 アルザーノ帝国魔術学院。

 

 ティアと別れたジャティス、グレン、システィーナが向かっているその場所では、《鋼の聖騎士》ラザール=アスティールが【メギドの火】の番人のように立ち塞がっていた。

 

 ハーレイやツェストが時間稼ぎをしていたが押し切られる、その時にラザールへ放たれた魔術は【イクスティンクション・レイ】。

 

 それを撃った者は、グレンだった。

 

 そこにセリカも合流し、グレン達は【メギドの火】の『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』の解呪(ディスペル)に取り掛かった。

 

 だが……そこで、これが【メギドの火】に偽装されているだけの【マナ堰堤式(ダム)】だと気づいたグレンは、その術式を解呪(ディスペル)ではなく発動させた。

 

 ……しかし、少し遅かった。

 

 日没に解呪(ディスペル)されるように施されており、全てを無くすことはできなかったのだ。

 

 その魔力を使い、ラザールは懐から取り出した《黒い鍵》を使い鉄騎剛将アセロ=イエロとなった。

 

 セリカや帝国宮廷魔導士団のアルベルト達、他にも様々な最高戦力が揃ったが、その全員が蹴散らされてしまっていた。

 

「もう止めてくださいッ!」

 

 その状況に耐えられなくなったルミアの悲痛な叫びが響いた。

 

「貴方の狙いは私でしょう!? それなら、私を殺してくれて構いませんッ! だから、皆を傷つけないで……ッ!」

『ルミア=ティンジェル。その願いは承諾しかねる』

「……えっ!?」

『今回の計画には貴女の死とフェジテの滅亡の双方が含まれる。交渉価値がない』

「そ、そんな……」

 

 ラザール……いや、アセロ=イエロの言葉に俯くルミアに向けて、アセロ=イエロは歩み寄る。

 

 その時に、ルミアの前に立ちはだかる者がいた。

 

「……ルミアは、わたしが守る!」

 

 リィエルだった。

 

 ジャティスによる人工精霊(タルパ)の斬撃、ラザール=アスティールとの戦闘、更にアセロ=イエロとなった後には回し蹴りで肋骨と右腕を砕かれており、既に限界だった。

 

 ティアを止められなかった無力感から必死に覚えた法医呪文(ヒーラー・スペル)が無ければ、立つことすらままならなかっただろう。

 

 攻性呪文(アサルト・スペル)よりは適正があったという単純な理由で法医呪文(ヒーラー・スペル)を覚えたが、上手く使えたことにリィエルは心の中でホッとしていた。

 

『ふん……ならば、先に貴様を手にかけてやる』

「ん、やれるものならやってみて」

 

 身体がまともに動かない。

 

 全身がとてつもなく痛い。

 

 それでも、リィエルは目の前を見る。

 

 それが絶望的なものだったとしても、これが無謀だと分かっていても。

 

「リィエル……」

 

 ──リィエルは、友達を見捨てることなどできなかったのだ。

 

「いいいいぃぃぃいいやぁぁぁああああああッッ!」

 

 身体を無理矢理動かして、リィエルは大剣をアセロ=イエロに向けて振るう。

 

 だが、それでも。

 

 ──バキン!

 

「──ここで、終わりだ」

 

 想いだけで、何でもできるようになるわけでは無い。

 

 アセロ=イエロは神鉄(アダマンタイト)の右腕を上に挙げ、リィエルに振り下ろす。

 

 リィエルには、周りの速度が遅く感じられていた。

 

 こちらに向けて何かを叫ぶグレン。

 

 珍しく焦った様な顔をするアルベルト。

 

 そして、同じ顔をした、灰色の髪の少女の姿が…………?

 

 ──ザシュ

 

 鈍い音がして、紅い鮮血が空を舞う。

 

 だが、リィエルに痛みは来なかった。

 

 そして目の前には、胸を貫かれたリィエル=レイフォードそっくりのメイド少女の姿があった。

 

「…………え?」

 

 状況を把握できないリィエルは、間抜けな声しか出せなかった。

 

『……仲間を庇ったか。愚かな……』

 

 アセロ=イエロは右腕を無造作に少女の身体から抜き、血濡れた身体が乱暴に放り投げられる。

 

 その右腕は、少女の血に濡れていた。

 

「ティアッ!?」

 

 リィエルは必死に落ちてくる少女をキャッチして、その怪我を目を鋭くしながらよく見る。

 

 そして、軍属のリィエルはこれまでの経験から直ぐに悟った。

 

 その怪我がもう、助けることができないほどのモノだと。

 

「ティ……ア…………? どう、して…………」

「は、は………なん……で……だろ……ね……? よく……わからない…………」

「……ティア……ごめん、わたしは……」

「ん……大丈夫……だから……げほっ…」

 

 口から大量の血を吐き出した姿は、彼女がもう永くないということを物語っていた。

 

「ティア……? やだ……やだ! やだ……ティアぁ……死なないで……!」

 

 そうしている間にも、彼女から生命力がどんどん無くなっていくのが感じられる。

 

「……ね……リィエル……ありがと……」

「……? わたしは、何も……」

 

 リィエルを見て、精一杯の作り笑顔を見せていた。

 

「……ねぇ……姉さん…………大好き」

 

 瀕死になりながら、それでも送られた愛の言葉に、リィエルは目を見開いた。

 

「……やっと……言えた……ぁ…………ん…………」

 

 それだけ言うと、もう満足だと言わんばかりに。

 

 ゆっくりと目を閉じて、永遠の眠りについた。

 

「…………ティア?」

 

 リィエルは話しかけるが、彼女は何も言わない。

 

「ティ、ア……ね……ティア……?」

 

 それを認められないと言わんばかりに、リィエルはティアに声をかける。

 

「起きて……ティア……起きて……?」

 

 何回も、何回も、何回も。

 

「………………………ぁ」

 

 リィエルの脳裏にティアとの思い出が蘇る。

 

 ──おれはティア。よろしく。

 

 初めて会った時、不思議な感じがした彼女は。

 

 ──ん。苺タルト、美味しい。

 

 自分のオススメの苺タルトを一緒に食べてくれた彼女は。

 

 ──ん、リィエル、凄い。

 

 魔術が凄いと褒めてくれた彼女は。

 

 ──……ごめん、リィエル。

 

 泣きそうな笑顔で、去り際に自分に謝った彼女は。

 

 ──もう、どこにも居ない。

 

「………………ぁ、……ぁ、……ぁあ、……ぁあああ……ッ!」

 

 リィエルの頭の中は、メチャクチャになっていく。

 

 グレンに自分の妹だと告げられて、いつかは必ず、またこの学院で友達になろうと決めた彼女は、目の前で死んだのだから。

 

 自分が姉として守ってあげようと決意した相手であるティア=レイフォードは、もうどこにもいないのだから。

 

 目から雫が溢れ出し、ティアのために何もできなかったという壮大な無力感に襲われる。

 

「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああーーッ!」

 

 リィエルは叫んだ。それしか出来なかった。

 

 叫ぶ以外に、何をすればいいか分からなかった。

 

「あああああああぁぁああああぁぁぁあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁあああーーッッッ!」

 

 喉から声が出なくなるまで、ずっと、ずっと叫んでいた。

 

 そんなリィエルの姿を、背後で痛ましそうに見たグレンは、リィエルを過去の自分と重ねていた。

 

 その姿が、セラを失った自分とそっくりだったから。

 

「…………くそがッ!」

 

 あいも変わらず、あと一歩で救えない無力な自分に、グレンは嫌気が差していた。

 

 それからずっと、ずっと……リィエルの叫びが、学院に木霊していた。



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戦車の焦り、天使の決意

 夜の、暗い学院敷地内。

 

 そこにある誰もいない迷いの森の入り口で一人の少女が必死に剣を振っていた。

 

「──ぁぁああああああアアアアアアッッ!」

 

 大振りの剣によって、周辺に衝撃が巻き起こる。

 

 それを起こしている彼女の名前はリィエル=レイフォード。

 

 ついさっき、目の前で一人のメイド少女を喪った《戦車》だ。

 

「は……ッ、は……ッ」

 

 身体が限界を訴えて動かなくなるが、それでも眼に宿る暗い光は凛々と輝く。

 

 痛む身体を無理矢理動かして、リィエルは何度でも剣を振るう。

 

 もう、二度と失わないように。

 

 アセロ=イエロとの戦いで、ルミアやシスティーナを死なせないように。

 

 強くならなければいけない。リィエルは、そう決意したのだ。

 

「──ぁあッ! うぁあッ!」

 

 意識も朦朧とする中で、それでもリィエルは叫びを上げて剣を振る。

 

 だが、それでも。

 

「……ぅ、ぁ」

 

 ──バタン

 

 リィエルの身体が呆気なく倒れる。

 

 身体もマトモに動かない。何度だって動かそうとしても、その思いは現実に反映されない。

 

 意識が暗くなっていくリィエルが最後に見たものは、何処からか現れた悲しそうな顔をしているルミアだった。

 

 どうしてここにいるの?

 

 どうしてそんな顔をしているの?

 

 そんな質問を言えることもなく、リィエルの意識は深く深く落ちていった。

 

 

■□■

 

 

「ナムルスさん……」

 

 ボロボロの身体を動かして夢中で剣を振っていたリィエルを眠らせたルミアは、目の前のナムルスに目線を送る。

 

『どう? 人間を辞める覚悟は決まった?』

「はい」

 

 ナムルスの問に、ルミアは即答した。

 

『自分の命を、皆のために捧げる覚悟は決まった?』

「……はい」

『そう』

 

 ナムルスはルミアにそっと近づく。

 

『なら──』

 

 ナムルスはルミアの胸に手を当てて。

 

 そして──

 

 …………。

 

 ……。

 

 

■□■

 

 

「くっくっくっ……やはり、アレは《時の天使》ラ=ティリカか。"読んでいたよ"」

 

 フェジテの何処かで。

 

 山高帽を被り、フロックコートを風に靡かせている男。

 

 ジャティス=ロウファンが、遠視の魔術でルミアとナムルスのことを観察していた。

 

「《王者の法(アルス・マグナ)》に、あの《銀の鍵》……ルミアの中にある()()は、やはり《天空の双生児(タウム)》の片割れのもののようだね」

「…………」

「それにしても、ルミア=ティンジェルが友達を守るためとはいえ人を辞める決断をするとはね……意思の強さが無限大の可能性と進化を引き出す存在である人間をやめてしまうなんて、なんて愚かなんだろうね……そうは思わないかい? ()()()

「……ん」

 

 その横に座っている少女、()()()=()()()()()()は。

 

 どこまでも面白そうに普段の無表情を崩して笑っていた。

 

 ……まるで、お気に入りの玩具(オモチャ)で遊んでいるように。




コメント欄でティアが絶対死んでないって言われてて笑いました。まぁ、ご覧の通り死んでないけどね!
どういうことかは、この章が終わる頃に解説します!


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不信の聖騎士の終焉

 あれから、グレン、システィーナ、ルミア、リィエルの四人はセリカの手を借りてアセロ=イエロの元へと向かった。

 

 様々なハプニングがあったが、それも色々と頑張って乗り越えて、最後には過去を乗り越えたグレンが固有魔術(オリジナル)愚者の一刺し(ペネトレイター)】を使い、アセロ=イエロの霊体を撃ち抜いたのだ。

 

 それにより《炎の船》による【メギドの火】の心配は無くなり、帰ってきたグレン達は地上で戦っていた学院の教師や生徒に大歓迎され、大盛り上がりとなったのだった。

 

 そして──学院の北の方に存在しているアウストラス連峰という場所で。

 

『はぁ……ッ! はぁ……ッ! はぁ……ッ!』

 

 生き残ったラザールが息切れしていた。

 

『あ、危なかった……ッ! なんとか《炎の船》から霊魂を補填し存在をつなげたか……ッ! まだだ……まだ、私は終われない……300年前のあの日に、私は信仰を失い……手を差し伸べてくれた 大導師様に、私は神を見たのだ……ッ! 大導師様に禁忌経典(アカシックレコード)を捧げ……私は私の仕えるべき"神"を取り戻す……ッ! そうすることで、私は初めてあの時逝った者たちの冥福を祈ることができるのだ……ッ!』

 

 ラザールが目的を自分に言い聞かせ、力を振り絞り立ち上がったときに。

 

「……だが、そんなものは"まやかし"だよ」

 

 一人の男の、ねっとりとした不快な美声を耳にした。

 

「ラザール。君は根本的に間違っている……神とは自分の外に求めるものじゃない……自分の内に見いだすものなのさ」

『なん……だと……ッ!?』

 

 そこに居たのは、二人の男女だった。

 

 ラザールが驚いて見た人物は、黒いフロックコートを着たジャティス=ロウファン……ではなく、もう一人の方。

 

「"あなたが道に迷った時、己が良心の言葉に耳を傾けなさい。それが主のお言葉である"……"主は常にあなたの良心を通して、あなたに語りかけるのだ"……エリサレス聖書、第三章『使徒福音書』四十七節、四十八節……」

『馬鹿な……なぜ……?』

「ラザール、君の罪は……己の内なる神を信じられなかったこと。己の外に偽りの神を求めてしまったこと。君は、弱き者さ」

「ん、貴方は信じなかった。だから……間違えた」

『ティア=レイフォードッ!?』

「ん、正解。やっほー」

 

 メイド服を着たティアが、ジャティスの隣に立っていた。

 

 あの時に、ラザールは絶対に彼女を殺していた……筈なのだ。

 

 だから、ここにいる訳が──

 

「彼女はずっと生きていたよ……君と戦ってすらいない。君が殺した少女は、ティアとは全くの別人なんだ」

『何……ッ!?』

 

 驚くラザールに、ジャティスは薄笑いを浮かべてゆっくりと種明かしをする。

 

「君が殺した者は、『Project(プロジェクト): Revive(リヴァイヴ) Life(ライフ)』によって創り出した、ティアを元にした名も無き少女だよ……霊魂は君たち天の智慧研究会の魔術師から調達して、後は僕の錬金術で作った肉体に入れた。ティアの『アストラル・コード』や霊域図版(セフィラ・マップ)も『エーテル乖離症』を治療した時に、ついでとして調達済み。シオン=レイフォードの研究資料である『シオン・ライブラリー』も、軍属時代に興味を持って閲覧していてね……それに、ティアという成功例も隣に居る。ここまで運命にお膳立てされたんだ……完成させないわけにはいかないだろう? だから……君は幻術でも偽物でもなく、しっかりと殺していたのさ……ティアではない、僕の創った名も無き少女をね」

『バカな……『Project(プロジェクト): Revive(リヴァイヴ) Life(ライフ)』は、シオン=レイフォードの魔術特性(パーソナリティ)か異能の《王者の法(アルス・マグナ)》による補助が無ければ、成功させる事などありえん。いや、それ以前に、あの大導師様ですら、完全には完成させられていないことを成すなど……』

「そうだね……確かに、シオン=レイフォードか《王者の法(アルス・マグナ)》が必要だ。けどね……いただろう? 君が殺そうとしていた、《王者の法(アルス・マグナ)》を使える者が」

『な……ッ!』

 

 自分が殺そうとしていた《王者の法(アルス・マグナ)》を使う人物。

 

 そんなもの、ラザールにとって該当するのは一人のみ。

 

『まさか、ルミア=ティンジェルを利用したのかッ!』

「正解だよ。さて……解説するのはここまでだ。ここからは宗教裁判だよ、ラザール。判決は死刑。その不信の罪、償ってもらおう」

 

 語るのに満足したのか、ジャティスは裁判官のように杖に偽装された刀剣を構え、ティアはジャティスに任せて後ろに下がる。

 

『……舐めるなよ、人間ごときがッ!』

 

 ラザールは神速ともいうべきほどの速さで動き、余裕の表情をしているジャティスの左腕を切り裂いた。

 

『この神鉄(アダマンタイト)の体は健在! 万全でなかろうが、貴様など──』

 

 敵ではない。ラザールはそう口にしようとしたが、そこで自分の左腕が分解されているのに気がついた。

 

 粒子化された神鉄(アダマンタイト)は、どんどんジャティスの切り落とされた左腕の部分に集約していく。

 

 そして、ジャティスには神鉄(アダマンタイト)の左腕が構築されていく。

 

『な、何……ッ!?』

「ふぅん、なるほどなるほど……これが古代文明の神秘……神鉄(アダマンタイト)か……なかなか便利そうだねぇ」

『な、何をした……貴様ァアアアアアアア──ッ!』

「うるさいなあ……僕が創った名無しの少女が、君に殺された時に(まじな)いをかけてくれたのさ。僕が君の左手の支配権を奪えるようにね。僕は錬金術師だ……神鉄(アダマンタイト)といえど、金属なら支配できる。まあ最も僕の計算によると、成功率は10%を切っていたけど……そもそも君は、わざわざ『Project(プロジェクト): Revive(リヴァイヴ) Life(ライフ)』を完成させてまで創った彼女を、無駄死にさせたとでも思っていたのかい? 僕がそんな間抜けな奴だと思われていたなんて、哀しいなぁ……」

 

 なんだ? なんなのだこの男は?

 

 ラザールは、目の前の男が信じられなかった。

 

 そんな1割を切っている確率に向けて、どうしてそこまで突き進められるのかが、分からなかった。

 

「ほら、刑の執行だよ、ラザール」

『う、う……ぁ……ああ……ッ! く、来るな……ッ!』

 

 後退るラザールに、一歩一歩確実にジャティスは近寄っていく。

 

「僕の女神……【ユースティアの天秤】の計算結果が厳然と告げている……たとえ君が万全な状態だったとしても……()()()()()()()()()()()1()0()0()%()()

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおお──ッ!』

 

 残された全ての力を使って、ラザールは風のようにジャティスへ駆けた。

 

 ジャティスもそれに合わせて神鉄(アダマンタイト)の左手を黒剣に変えて迎え撃つ。

 

 そして、2つの光が交差した。

 

 その結果は……言うまでも、無いだろう。

 

 

■□■

 

 

 ティアside

 

「……正義、執行完了」

 

 ほわぁ……なんか本当に作戦通りに行っちゃった。

 

 俺がしたことを端的に言えば、ジャティスの魂分割の阻止と愉悦のダブルコンボだ。

 

 そこで利用したのは、俺が『Project(プロジェクト): Revive(リヴァイヴ) Life(ライフ)』の成功例だということだ。

 

 そんな俺の特殊性、ジャティスの記憶にある『シオン・ライブラリー』、そしてルミアの《王者の法(アルス・マグナ)》……鍵は揃っていたのだ。

 

 だけど……だけどさぁ……まさかあの最悪の三日間の真っ只中で本当にジャティスが完成させられるなんて……。

 

「終わったよ、ティア」

「ん。……凄かった、ジャティス」

「そうかい? それは嬉しいなぁ……けど、あれはティアが僕のことを思って提案した作戦だからね。僕も全力でやらないわけには行かないだろう?」

「それでも、カッコよかった」

「……なら、嬉しいよ」

 

 そう言うと、ジャティスは俺から目を背けて……え、もしかしてデレてる? ジャティスのデレとかレアすぎない?

 

 それからジャティスがふぅ……と息を吹いて、帽子を深く被り直した。

 

「そろそろ行こうか、ティア。僕の正義を為しに」

「……違う」

「うん? 何がだい?」

 

 そう、違うのだ。

 

 ジャティスの正義ではない。

 

()()()()()()()……だよ」

「…………」

 

 若干のドヤ顔と共に言うと、ジャティスは呆然とした顔をして。

 

「ぷっ、あっははははははッ!」

 

 笑った。

 

「!?」

「ははははっ…………いや、悪かったね。バカにしたわけではないんだ……そうか、そうだね……じゃあ、言い直そうか」

 

 ジャティスは一歩前に出て、こちらを振り向いて手を差し伸べて。

 

「僕たちの正義を為しに行こう、ティア」

 

 夕焼けを背後にしているジャティスの眼には、いつもと違って光があるような気がして。

 

 俺の頬も紅くなっているのも、その夕焼けの光のせいにして。

 

「んっ!」

 

 俺はジャティスの言葉に、精一杯の肯定を返した。

 

 

 ……ねぇ、ジャティス。

 

 もし、俺が断罪されるべき存在になったら。

 

 愉悦という欲望を完全に抑えられない悪となったら。

 

 そんな時は……貴方は、俺を殺してくれる?

 

 

 少し考えた想いをこっそりと心の内に隠して、俺はジャティスの手を取った。

 

 

 

 

 

 どうか、これが永劫に続きますように。

 

 

 

 

 




自分の欲望が、彼の正義に赦されるのか。
心の何処かでそれが不安になったティアでした。


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ティア=レイフォード (てぃあれいふぉーど)とは【ピクシブ百科事典】

        ティア=レイフォード

        てぃあれいふぉーど

        『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』の登場人物。

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1 概要

2 過去

3 能力

4 関連人物

5 関連タグ

……おれはティア。

リィエル。苺タルト、すごく美味しい。

CV:花守ゆみり

 

 

概要


ロクでなし魔術講師と禁忌教典』に登場する人物。

 

 レオス=クライトスと共にアルザーノ帝国魔術学院にやって来たメイド(メイドの部分を本人は何故か否定している)。

 アルザーノ帝国宮廷魔導士団特務分室執行官ナンバー7“戦車”であるリィエル=レイフォードと見た目も口調もそっくりの少女。相違点は髪が灰色だということと、一人称が“おれ”

 この『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』では貴重な“俺っ娘”である。

 

 帝国魔術学院での初登場時、その姿を見たシスティーナだけがティアに異物感や恐怖心、異質感を抱いていた。当初システィーナはそんな感覚を抱いてしまった自分を責めていたが、それが正しい認識だと後々わかることとなった。

 

 その後、ティアは“天使の塵(エンジェル・ダスト)”を使用して混乱を招いた元帝国宮廷魔導士団特務分室執行官ナンバー11“正義”のジャティス=ロウファンの元へ行こうとするルミア=ティンジェル及びリィエル=レイフォードの両者を妨害したのだ。

 

 最後にはジャティスとグレンの決着がついたのを合図に逃亡した。

 

 学院に来た後に、リィエルに案内された食堂で苺タルトを食べた時には、夢中になって食べていた描写がある。

 食べ物の好みもリィエルと同じなのだろうか……。

 

 

容姿


 髪色は地毛は青なのだが、現在はジャティスの錬金術によって灰色に染められている。つまりジャティスとお揃いである。

 初登場時のみだが、メガネもかけていた。つまりこれもジャティスとお揃いである。

 ジャティスが作成したであろう【トライ・レジスト】、【ボディ・アップ】などが常時付呪(エンチャント)されている超高性能メイド服を着用。

 頭からはアホ毛が飛び出している。ティアの可愛いポイントの一つ。

 

 

過去


 彼女は『Project: Revive Life』と呼ばれる、魔術を用いたクローン技術によって生み出された「魔造人間」という存在。「ティア」という名前はジャティス=ロウファンの人工聖霊(イド)正義の女神(レディ・ジャスティス)ユースティア】から命名された。

 ライネルによって「天の智慧研究会」の掃除屋イルシア=レイフォードを元に創られた。

 ライネルの不注意と自我の強さの末に研究施設から脱走し、ジャティスに保護され行動を共にする仲間となった。

 リィエルと違う点は、最初から自分が『Project: Revive Life』でイルシアから創られた「魔造人間」だと認識していたことである。

 詳しいことは不明。

 

 

能力


 リィエルと同じくコピー元であるイルシアの戦闘能力を継承している。また、魔造人間のため常人より丈夫な身体を持ち、治癒速度も高く負傷してもすぐ戦線に復帰できる。

 

 それに加えて、リィエルと違い初等呪文(エレメンタリー・スペル)も使っている場面も存在する。

 

 なので、妹であるにもかかわらず完全にリィエルの上位互換と化している。姉というのに、それでいいのかリィエル……。

 

 

隠す爪(ハイドゥン・クロウ)

 大きな剣を瞬間的に創り出す、デタラメな錬金術。本来、一般人が使用すると廃人になってしまうほどヤバい禁術とも言える魔術だが、イルシアやリィエルも同様に使用できる。

 一応、剣以外にも錬成できるが、ティアは殆ど大剣を創っている。また、剣は二本同時に錬成する錬金改弐【隠す双爪(ハイドゥン・クロウズ)】という魔術も使っている。

 

ティア(おれ)の天秤

 ジャスティスが創り教えられた、ティアの固有魔術(オリジナル)。その内容は、並列思考演算魔術である【ブレイン・アバカス】の魔改造版を使えるようにした指輪と、ジャティスの固有魔術(オリジナル)【ユースティアの天秤】と組み合わせ、ティアが使いやすいよう調整した魔術(もの)

 この魔術を使うことでティアはジャティスと同じ数秘術を使える。正確には、超高性能のスパコンを用意しておき、そちらで出た行動予測の結果を知れる、のような魔術の模様。

 

 

 

関連人物


・ジャティス=ロウファン

 ティアが居なかったら一人ぼっちになっていたであろう、"正義"の執行を目的とする錬金術師。

 エーテル乖離症で倒れていた瀕死のティアを助け、それ以来ティアと共に行動している。

 ティアの固有魔術(オリジナル)も作ったりしており、あのイヴに悪魔の頭脳とまで言われた。

 だが、ティアがメイド服で登場したことでメイド好きという風評被害被っている。一応メイド好きを否定しているが、ティアのメイド服を創っているので説得力がゼロになっている。

 

・リィエル=レイフォード

 ティアと同じ『Project: Revive Life』で先に生み出された魔造人間。ティアが一度"姉"と呼んだ相手。ティアがグレン達の勢力で一番好感度が高い。ティアを必ず自分たちの元へ引きずり込む事を決意している。

 

・グレン=レーダス

 実はあまり接点は無いが、ティアはグレンのことをどこか特別視しているような描写がある。グレンの何かを知っているということだろうか……?

 

・ルミア=ティンジェル、システィーナ=フィーベル

 学院に通うようになってからできた友人(?)。当初は、二人からティアのことは酷い裏切り者と思っていたが、その後、共にマリアンヌを倒すために共闘したことで少し印象が良くなっている。

 

・アルベルト=フレイザー

 何故かティアがマジで心から怖がっている相手。だが、その評価も適切と思えるほどにアルベルトも超人である。何だこのチート野郎。

 

・シオン=レイフォード、イルシア=レイフォード

 自身の兄のような存在とコピー元。『Project: Revive Life』で生み出された者も家族だとすると、ティアには末っ子属性が追加される。

 

・ライネル=レイヤー

 ティアの創造者。だが、ティアは彼とは一言も会話せず……どころか会うことすらなく逃走したらしく、他のリィエル・レプリカを呼んだときにはティアだけ駆けつけないので物凄く困惑(発狂)していた。

 

・エルザ=ヴィーリフ

 リィエルに百合ムーブをかけていた、聖リリィ魔術女学院の生徒。

 ティアのことを勝手にリィエルを奪い合うライバルだと思っているが、それと共に自分が剣を取った切欠を思い出させてくれた人物なので偶に一人で悶えている。ティアはエルザのことを"なんか牽制してくる奴"としか見ていないのだが……。

 

 

関連タグ


ロクでなし魔術講師と禁忌教典

魔法剣士 クローン 人造人間 灰髪

 

 

 

 

 

 

 ※10巻のネタバレ注意

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10巻にて《鋼の聖騎士》ラザール=アスティールが《黒い鍵》を使用し、《鉄騎剛将》アセロ=イエロとなった。

 彼はリィエルの殺害を実行しようとするが、そこでティアはリィエルを庇い胸を腕で貫かれるという最期を遂げる。だが……



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おまけ 二人の金欠

精神的BLのタグが無いと、怒られてしまいました……
普通に入れた気でいました。本当にすみませんでした!


「……ティア。悪いニュースが一つある。聞きたいかい?」

「ん……聞かせて」

 

 ……今、俺たちを襲っている危機がある。

 

「薄々気づいているとは思うが……今、僕たちは圧倒的な金欠だ……ッ!」

 

 それは、金欠である!

 

 ……ん? 今まではお金どうしてたのかって?

 

 そりゃあ天の智慧研究会から奪ったり、ジャティスの錬金術で作った魔道具(マジックアイテム)を売ったり、二人での短期アルバイトとかだ。

 結構マジメに働いてるんだよ? レストランとかでは可愛いとか言われたことあるし。

 

 そんな感じでやりくりしてたのだが、最近フェジテ最悪の三日間を思い通りに行動できたお祝いとして贅沢をしてしまったので、お金がなくなってきてしまった……具体的に言うと、超高級レストランでジャティスと色々高い食べ物を頼みまくってしまったせいだ。

 

 反省しよ……。

 

「ティア、何か良い策は思いつくかい?」

「……ジャティスは?」

「ある程度は思いつくけど……ティアの意見も聞いておこうと思ってね」

 

 ……一つ思いついたけど、これは"面白い"んじゃないか?

 

「……一つ、ある」

「ほう……? それは?」

 

 俺の思いついた作戦、それは。

 

「賭け事、しない?」

「……へぇ? 良いじゃないか」

 

 ギャンブルでの荒稼ぎだ。

 

 

■□■

 

 

 俺たちは競馬場に来た……のだが。

 

「さぁ……4番が来るよ」

「……ん」

 

 

■□■

 

 

「ほらね? "読んでいた"んだよ」

 

 

■□■

 

 

「やっぱりね……"読んでいたよ"」

 

 

■□■

 

 

「どうだい? ティア。"読んでいた"通りだろう?」

 

 

■□■

 

 

「ふぅ……"読んでいた"からね」

 

 

■□■

 

 

「チートすぎない?」

 

 競走馬のレースを見ていた俺は、心からの疑問を口にした。

 

「僕の女神の【ユースティアの天秤】の計算結果が、どうなるかを告げてくれるからね……僕の買った馬券の的中率は、100%だよ」

 

 うっわー! ずっるー!

 

 皆さーん、この人チート使ってまーす!

 

 ……いや、というかさ。

 

「まだやるの……?」

「まあね。こういう機会に、できるだけ稼いでおかないと……」

 

 気付いてるのかな? 馬券購入担当のスタッフさんにすごい睨まれてるよ!?

 

 いや、これ気付いてて敢えてスルーしてるなジャティス……これは酷い。

 

「ティアはどの馬にしたい?」

「ん……この子で」

 

 ジャティスは毎回、先に俺に馬券を選ばせる。

 

 多分、ジャティスがどうするかを関係なく選んでほしいんだろうけど……今のところ、全部外してるんだよね。

 

「なら、僕はこっちの馬の馬券を」

「……ッ、畏まりましたよお客様……ッ!」

「ああ、頼むよ」

 

 スタッフさんの鬼のような怒気を、ジャティスはさらりと受け流す。

 

 ジャティスのメンタル強えー、神鉄(アダマンタイト)で出来てるんじゃないの……?

 

 

 ……結局、何度やっても俺の馬券が当たることは一度も無かった。なんでだ。泣きたい。

 

 

■□■

 

 

 ……帰り道。

 

「……がっぽがっぽ」

「そうだね。競馬のお陰だ」

 

 大量のお金を持って、俺達は最近泊まっている近場の宿へ向かっていた。

 

 けど……そこで俺はふと、複数の気配に気付いた。そして……その理由は、一瞬で納得した。

 

 競馬場で凄いヘイト稼いでたしなー、と。

 

「ジャティス、気づいてる?」

「ああ、もちろん」

 

 二人で頷き合うと、俺達は人の気配の無い路地裏へと入った。

 

「……出てきなよ」

 

 ジャティスがそう言うと、近くの角から何人もの黒ずくめの人達が出てくる。

 

「はぁ……大方、あの競馬場の奴らに雇われたんだろう? 僕が稼ぎすぎてたから……とか、そんなところで」

「正解だ。その灰髪に眼鏡に黒のフロックコート、隣にメイドの少女を連れている男……貴様だな。何らかの方法でズルをしてお金を奪ったのは」

「ズルだなんて哀しいなぁ……僕はルール通りにやっただけなのに、そんなふうに思われるなんてね」

「黙れ。……とにかく、死んでもらうぞ」

 

 リーダー格の男が合図を出すと、周りの人達も一斉に俺達に向かって飛んでくる。

 

「ティア、その場を動かないで。死ぬから」

「ん」

 

 お金の入った袋を落とさないように力を込めてその場に立っていると。

 

 ──ごぱっ。

 

 周りの人達の身体から、いつの間にかあった斬られたような傷から血が溢れ出し、俺に刃が届く前に絶命した。

 

「ほらね? "読んでいた"んだよ」

 

 それを見届けたジャティスは、余裕たっぷりに悪い顔で嗤った。

 

「な、何が……くッ、かかれぇ!」

 

 リーダー格の男が指示を出し、今度はジャティスに向かって襲いかかるが。

 

 ──どぷっ。

 

 先ほどと同じような現象が起こり、傷一つ付けられずに死んだ。

 

「ひっ、ひいいっ!」

 

 リーダー格の男が情けない声を出して、地面にバランスを崩して座り込む。

 

「やれやれ……まさかこんな事になるなんてね。けど、この神鉄(アダマンタイト)を試したかったところだし、ちょうど良かった」

 

 ジャティスは左腕を剣に変形させて、リーダー格の男に向ける。

 

「や、やめ──」

 

 ──そして、振り抜いた。

 

 

「ふぅ……疲れたね。宿でゆっくり休もう」

「ん」

 

 そうして、二人は路地裏から出て宿へ歩いていく。

 

 血に濡れた惨劇など、まるで無かったかのような自然な足取りで。




グレン達サイドとは違う微妙に歪んでいる雰囲気を出せた……気がしました。


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