才能無いので拳を振るいます (ふぁいたーさん)
しおりを挟む
壱
才能。生まれながらに持ち合わせる人間の可能性の一端。
これだけで全てを語れる訳では無いが、それでもある程度の人間の道を決めてしまう事だろう。
「~~~~~~ッ、やってられるかぁ!!!!」
ここにも一人、才能に振り回される幼い少年が居た。
彼は、今まさに振るっていた木刀を地面へと叩き付けてへし折ると、猛然と突然の奇行に唖然としていた青年へと突撃。
硬く握った右拳を、暴力のままに懐へと潜り込んだ青年の鳩尾へと振るっていた。
体格の良い大の男である青年の体がくの字に折れ曲がり、白目を剥く。
衝撃がその体を貫いて、その体は前のめりに崩れ落ちていた。
身長差、体格差、そして歳の差を一切合切無視した結果だけがそこにはある。
少年の名は、
だが、彼には致命的に欠けている才能がある。
剣術道場の跡取り息子でありながら、彼には致命的なまでに剣の才能が無かった。
物心つく前より握らされてきた木刀は欠片も手に馴染まない。強制される剣の足運びは途轍もなく窮屈だ。
歯車が噛み合わない様な、そんな違和感が付いて回る。
そして、十歳になる前にその不満は爆発した。
これが冒頭の事。ぶん殴ったのは、師範である父親だった。
同時に、カチリと嵌った感触と共に、彼の道は決まる。
その道が、一つの実を結ぶのは、これから凡そ数年後の話。
***
『さあ、やってまいりました七星剣武祭決勝戦!七校の代表者たちが、互いに鎬を削り合ってきた闘いもこの一戦にて幕を下ろします』
実況の放送と共に、会場には歓声が沸きあがる。
七つの伐刀者養成学校がそれぞれ六名の代表者を選び、武の頂点を競う七星剣武祭。
年に一度の大イベントであると同時に、学生騎士たちにとってはその名声を高め、箔をつける機会でもある。
そして今日、今年度の最高峰が決まる。
『皆さま、静粛にお願いいたします。本日の主役たちをご紹介しましょう!』
興奮を隠しきれない実況の下、会場一同の視線が闘技用フィールドへと通じる出入り口へと集められる。
最初に入場してきたのは黒いバンダナの彼。
『まずは、こちら!武曲学園二年!準決勝では、破軍の“雷切”を下して勝ち上がってきました!“浪速の星”諸星雄大!』
紹介に合わせて拳を突き上げる諸星。沸きあがる観衆。
どうやら気負ってはいないらしく、リラックスしながらもその瞳の闘争心は陰る事無く寧ろ燃え滾っているようにも見えた。
フィールド中央迄進んだ彼が振り返った所で、入り口からはもう一人の対戦相手が入場してくる。
『続きましては、こちら!破軍学園一年!こちらは、武曲学園の“天眼”を打倒し決勝まで駒を進めた新星!若槻誠一!』
破軍学園の制服を着た体格の良い男、若槻は真っすぐに諸星を見返しながらフィールドへと足を踏み入れる。
二十メートルほどの距離を空けて向かい合う両者。
いい緊張感だ。二人の間の空気が歪むような、まるで二匹の鬼が睨み合う様な威圧感があるが、しかし同時に隠し切れない高揚というものもそこにはあった。
会場のボルテージが高まる中、実況が斬り込んでいく。
『両雄相見える決勝戦。奮戦を期待したいものですね……っと、時間となりました。両選手の
スピーカーからの放送と共に、それぞれの手に伐刀者としての魂の顕現、《固有霊装》が現れる。
諸星の手に握られるのは一振りの槍。その名を“虎王”。
一方で、若槻の手に現れるのは、刃渡り二十センチほどの鞘に収まった短刀。名を“夜桜”。
中段で構える諸星に対して、若槻はというと何と固有霊装を腰の後ろ側に付けたベルトホルダーへと収めるではないか。
剣術の才能がからっきしの彼は、当然と言うべきなのか固有霊装も真面に扱えない。それが短刀であろうと、打刀であろうと、太刀であろうと、大太刀であろうと。
故に、寧ろ短刀型の固有霊装は渡りに舟。顕現はさせても基本は使わず、素手を主としていた。
構えは、キックボクシングのものに近いだろうか。細かなリズムを刻むステップを主体とし、ゼロレンジにおいては圧倒的な力を有している。
破軍学園の七星剣武祭における代表選考は、伐刀者に設けられたランクによって行われている。
その中で、若槻誠一は末席も末席。ほとんどオマケの数合わせのようにして代表に選好されていた。
当然だ。ランクこそCではあれども、固有霊装を使わないのだから。期待されておらず、一回戦で敗れたとしても驚かれることは無かっただろう。
しかし、学園の思惑に反して勝ち残ったのは、この数合わせの彼。
それもラッキーではない。名のある選手を下してここまで勝ち上がってきた正真正銘の強者としてこの場に立っている。
(……ハッ!ビリビリきおるで……!)
槍を構えながら、諸星は内心で興奮していた。
準決勝の“雷切”も確かに強かったが、目の前の男もまた強い。
戦場の兵器と称される、槍。その強みは言わずもがな、近接武器でありながらの圧倒的なリーチにある。
間合いの広さは、そのまま手傷を負わない範囲が広がるという事。
剣と相対すればよく分かる。仮にそれらが槍に勝とうと思うのなら技量は、槍の使い手の凡そ三倍が必要だとも。
そして、剣よりも更にリーチの短い短刀や素手ならば、最早一方的な状況となる事も想像に難くない。
にもかかわらず、諸星は武者震いを止める事は出来なかった。
槍のリーチにかまけていれば、狩られるのは己。
だからこそ、
(ツエーな)
諸星が猛る一方で、若槻は落ち着いていた。
剣の才能が無い。そして、そんな事知った事じゃねぇと駆け抜けた数年間。
ここまで勝ち上がった点から見ても、彼の努力は確かに実を結んでいる。
相性は、最悪と言って良い。それだけリーチによる差というものは馬鹿に出来ないものだから。
『それでは――――
「ソォォォラァアアアアアアアッッッ!!!」
開始の合図とともに突き出される槍の穂先が空気の壁と突き破る。
数十メートルなど、伐刀者にしてみれば大した距離ではない。加えて、諸星は槍使い。踏み込みと同時に放たれる突きは槍そのものの長さを超えて対象を突き穿つ。
迫る穂先を前に、若槻は冷静だった。
「――――フッ!」
リズムに乗ってダッキングしながら前へ。
諸星は槍使いとしては珍しく、槍を振り回すのではなく突く事に優れた戦士だ。
槍といえば、突き。そのようなイメージがあるが、その実攻撃範囲が狭く、突き出す引き戻すという動作の関係上隙の大きい攻撃でしかない突きは攻撃の中でも悪手でしかない。
若槻も、その引き戻しを利用して懐へと飛び込もうとしていた。
だが、
「ッ!」
咄嗟に仰け反った顔面をすれすれで穂先が通過する。
「そらそらそらそらァ!!」
諸星の突きは既存の突き技に非ず。槍の間合いを存分に活かした上で、引き戻しのみならず突きそのものも常人には軌跡しか追えない。
最初の戦法が破綻した現状。しかし、若槻は諸星の間合いから出ようとはしなかった。
「…………」
突きの嵐を紙一重で、躱す、躱す、躱す。
諸星には、三連星という瞬く間に三発の突きを放つ技がある。が、コレも躱す。
(瞬きの一つもしやがらん……なら、こうや!)
何度目かの突きが躱され、直後にその穂先が突然に曲がる。
「ぐっ!?」
紙一重の回避では間に合わない。慌てて後方に下がれども左の頬を穂先が掠め、血が流れた。
距離が開いて小休止。ファーストヒットは諸星へと軍配が挙がる。
「それが……先輩を倒したカラクリ、か」
「せや。ワイの突きは逃げられへん。加えて、
見せつける様に、諸星の虎王に金色の魔力が現れる。
《
これによって諸星への遠距離攻撃は基本的に無効。接近戦を強いられ、その鍛えられた槍の暴威によって対戦相手は倒れ骸と化すのだ。
懐へは、ほぼ入れない。そんな隙を与える程甘い相手ではない。
会場も自然と、諸星優勢へと傾いていた。ここから、若槻が勝る姿が想像できなかったのだから。
ついでに、彼自身が
来年がある、再来年がある。つまり、次がある。今がだめでも、来年なら。
――――否
「…………ふぅーーーー…………」
若槻誠一は欠片も諦めてはいない。
構えが変わる左手を手刀で前に、右拳を腰だめに。両足は肩幅よりも少し広く開いて、腰を落とす。
この決勝戦に来るまで、彼の戦闘スタイルはキックボクシングを主軸とした軽快なフットワークと、左右のコンビネーション、締めの蹴り技というものだった。
だが今、明らかに構えが変わった。同時に、纏う雰囲気も。
「ッ……それが、本気って事かいな」
「別に、手を抜いてここまで来た訳じゃない。ただ、アンタが相手ならこっちの方がやりやすい」
若槻自身、構えの変化に優劣はない。
変化するのは、静と動。
獰猛な笑みを浮かべて、諸星の槍が唸る。
瞬きの間に迫る突きは、しかし標的を穿つ事無く空を切る。
「なっ!?」
諸星は目を剥いた。
なんと、彼の突き出した槍に対して、若槻は回避ではなく迎撃を選択していたのだ。
突き出された槍の、穂先の側面へと前に出された左手が添えられ、そして横へと弾かれる。
引き戻しの動作を殆ど挟まずに放たれる突きの奔流が、真正面から左手一本の防御を抜く事が出来ない。
合間合間に、穂先が敵を追う絶技“ほうき星”が牙を剥くが、それすらも弾かれていた。
諸星雄大は強い。彼以上の槍の使い手など早々居ない。
だが、その一方で、若槻誠一もまた強い。一流の
じりじりと摺り足で、若槻は距離を縮めていく。無論、近付けば突きの速度と威力は増す。
だが、分が悪いのは諸星の方だ。
『ち、近付いた…………!』
息を呑むような実況の言葉は、観客含めたこの会場全ての人々の感想でもあった。
刀剣以上にリーチにディスアドバンテージのある素手の騎士が、今まさに己の拳が届く範囲にまで距離を詰め切ったのだから。
瞬間的に、諸星はガードの為に虎王を胸元へと引き寄せていた。
(こいつの体術は、アカン……!加我が耐えきれん時点で、ワイの魔力防御もぶち抜かれる!)
昔馴染みの禄存学園の“
故の警戒。そしてその警戒は、当たっているが、同時に
伸びてくる若槻の手。掴まれる諸星の左手首とそれから胸倉。
「ッ!?しまっ――――」
気付いた時にはもう遅い。
瞬く間に迫ってくる若槻の背中。反転する視界。
視界に空が広がると同時に、背中に伝わる衝撃と鈍痛。肺より吐き出される空気に僅かな血のニオイがしたのは気のせいではないだろう。
一本背負い。若槻の選択は、まさかまさかの投げ技である。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
弐
若槻誠一には、剣術の才能が無かった。だがこれは正確ではない。
正しくは
どれだけ鍛えたとしても二流止まり。血反吐を吐いても一流半。それが、彼が祖父の知り合いである伐刀者に下された評価だった。
そして、若槻自身そんな己の才能には早々に見切りをつけた。きっかけは父への反抗だったが、それが彼にとっては分水嶺。
体術へと傾倒した彼は、しかしただただ打撃を鍛えるだけではなかった。
使えるものは全て使う。武器以外で取れる手段は全て取る。この辺りは、強欲だと称されても仕方がない。
そして、欠落した
空手、ムエタイ、ボクシング、サバット、キックボクシング、相撲、柔道柔術、躰道、中国拳法、骨法、古武術等々。雑食にも程があるほどに貪欲に、勤勉に取り組んだ。
いつしか、若槻の中でそれら要訣が混ざり合い生まれたのが今の“静と動”に分かれた体術の型。
若槻誠一は、“徒手の騎士”である。
***
「――――カハッ……!」
空気が無理矢理に吐き出され、視界が明滅する。
眩む視界の中で諸星は、己に迫る敵の姿を認識した。
仰向けに倒れる諸星の頭目掛けて、一切の躊躇なく若槻誠一は蹴りを狙う。それは宛ら、サッカーのフリーキックのように。
振り抜かれる足は、しかしその前に差し込まれた
猛然とその後を追う若槻だが、諸星が起き上がる方が速い。
「舐めんな……!」
起き上がりながらの振り上げがカウンター気味に、迫る若槻の顎を襲った。
咄嗟に仰け反って躱すが、距離を詰める事は中断せねばならない。
咳き込みながら、諸星は嗤った。
「ゲホッ!……ッ、ハァ…………やるやんけ。まさか、あの状態から打撃やのおて、投げてくるとは」
「予想外ってのは、大きなダメージソースだからな。アンタの曲がる槍も似たようなもんだろ」
「せや、なッ!」
言葉の終わり尻に、穂先が飛ぶ。
卑怯卑劣は敗者の論。戦いの場において、勝つ為に最善を尽くし続ける事の何が悪いのか。
何より、諸星自身この程度で相手を取れるとは思っていない。
案の定、突き出された穂先は拳に逸らされている。
このままでは先の二の舞となってしまうだろう。観客席からも悲鳴が上がる。
だが、諸星ほどの武芸者が二の轍を踏むかと問われれば、否。
絶対の防御にも思える若槻のパーリングの様な守りは、その実致命的な穴がある。無論、拳を振るう当人にも自覚がある為、この辺りはある程度塞ごうと努力しているのだが。
その一つが、
「ここやッ!!」
払われた突きをそのまま溜として放つのは、足元を薙ぎ掬うような払いの横一閃。
そう、若槻の防御の弱点の一つが下半身であった。その為に、広めの足のスタンスと落とした腰だったのだが、それでも足首の辺りまで完全に塞げるわけではない。
咄嗟に跳び、後方へと下がる若槻だが、その着地の隙を狙われない筈も無い。
三連星。高速の鋭い突きが、殆ど間を開ける事無くしゃがむ事になった若槻を襲った。
「ッ、いっづぅ……!?」
どうにか躱すが、脇腹を穂先が深く抉る。
諸星は、決めに来ていた。このまま立たせずに相手を仕留める。その気概で槍を振るう。
しゃがんだ姿勢から上半身を動かして躱す若槻の体幹はすさまじいものがある。だが、一突き毎に徐々にその体には浅い傷が増えていくのもまた事実。
故に、次の一手。
しゃがんだ体勢ではあるが、だからといって反撃できない訳では無い。
問答無用の顔面ど真ん中をぶち抜く軌道の突きを、更に屈んで、いや殆どフィールドへと臥せる様に躱し若槻は諸星の攻撃のさらに下へと潜り込む。
勢いを付けたしゃがみから放たれるのは、躰道の蹴り。
まさかこの状況から回避どころか反撃を貰うなど、諸星も思いもしない。
それでも、野生動物染みた察知能力によって引き戻された槍の柄で蹴りを受け止める辺り相当な手練れである事は確か。
吹き飛ばされ、フィールドを滑る諸星。そこに若槻が迫る。
牽制の突きが飛んだが、これをダッキングで躱した若槻はその勢いのままに諸星の懐へと飛び込んでいた。
槍の防御だけではなく、魔力防御に加えて、伐刀絶技を封じる“暴喰”による守備すら用いた絶対防御。投げられたとしても心構えさえできていれば硬直する事無く反撃することも出来るだろう。
だが、この防御を前に若槻が選択したのは、単純な打撃。
真正面から最短距離を最速に、そして最大の力でぶち抜く。
「な、にぃ………!?」
まるで鉄球が凄まじい速さで鳩尾へと突き刺さったかのような衝撃に、諸星は目を見開く。
槍の柄で受けられるとは思っていなかった。だからこその魔力防御と“暴喰”の防御だったのだから。
しかし、蓋を開けてみれば己の腹部へと深々と刺さる若槻の右拳。一瞬の間を挟んで吹っ飛ぶ体。
フィールドのほぼ中央から端のフィールド外へと落ちるギリギリの所で止まったが、胃の底からせり上がってきた胃液を場外へと吐き出してしまう。
「ゲホッ!」(なんちゅー、パンチ……!ワイの防御ガン無視やんけ!)
防御していなければ今頃諸星の腹には大きな風穴がぶち抜かれていた事だろう。
立ち上がろうとすれども、その前に彼の真上に影が差す。
咄嗟に横に転がる諸星。直後にフィールドの縁へと降ってきた若槻のストンピング。
立ち上がろうとする諸星だったが、その体のダメージは大きい。槍を杖代わりに、その体を持ち上げようとも刻まれたダメージの大きさから膝が震えた。
「シッ!」
そこに迫る若槻。
キックボクシングの様な構えから瞬く間に距離を詰め、鋭い左ジャブが諸星の顔面を跳ね上げた。
ただのジャブが、最早速射砲。三度跳ね上げられる諸星の顔面。
一方的だ。しかし、若槻の表情に余裕も歓喜も無い。
ただ、淡々と冷徹に跳ね上がった顔面への右のオーバーブロー……ではなく、更に踏み込んだ左の
「がっ……!?」
悶絶。ふらふらの諸星。その左側頭部へと狙いを定めて右足が振り上げられ、
「――――――――おにいちゃん!!!」
「ッ、おうよッ!!!」
突然蘇った諸星の防御が間に合った。
硬い音共に、真正面から両者睨み合い。
「…………そのまま落ちてりゃ、楽だろうに」
「ハッ!そう簡単に負けられへん……なんたってワイは、“星”やからな」
その言葉と共に、諸星は若槻を押し飛ばした。
強がってはいるが、その体は既に限界。それだけ、若槻誠一の拳は重く、鋭く、そして途轍もない威力を誇っていた。
故に、これで決める。
最早後先など考えない。フェイントも連打も要らない。
今欲するのは、一刺一殺の一撃のみ。
煌々と輝く黄金の魔力を虎王へと集束させていく諸星。
一方で、若槻もまたその全身から魔力を放出し始めていた。
血の様な
ダメージが少ないように見える若槻だが、その全身には幾つもの切り傷が刻まれ今も血が流れ続けていた。
特に脇腹はかなり深く傷ついており、溢れた出血でシャツが赤どころか赤黒くなり始めている。
湧きあがる魔力の全てが右腕へと集中。それも右腕を中心として渦巻くのではなく、右腕の中へと一気に取り込まれていくではないか。
人の肌の色ではない程に赤く染まった右腕。膨大な熱を放っており、その腕の周りの空間だけ揺らいでいるように見えた。
「それが本気っちゅーわけやな。せやけど、ワイに魔力の攻撃は効かんぞ?」
「
顔の隣にまで右拳を掲げて構える若槻。
諸星の“暴喰”を前に、魔力を用いる攻撃など愚の骨頂であるのだが、その一方で諸星自身は目の前の男がそんな愚を犯すことは無い、と妙な信頼を覚えていた。
これ以上の言葉は不要。観客、実況、解説と全てが二人の緊張感に飲まれてしまう。
沈黙。一陣風が吹き抜ける。
両者の流れる血がフィールドに落ちて、
「ハァアアアアッ!!!」
「オオオオオッッッ!!!」
微かな雫の音と共に、二人は同時に飛び出した。
諸星渾身の突きと若槻渾身の右ストレート。
フィールドのほぼ中央でぶつかり合う二人。
そして、その場に居た全ての人間がぶつかり合う黄金の虎と朱殷の鬼の姿を幻視していた。
せめぎ合う二人。押し合う黄金と朱殷。
だが拮抗は、長くは続かない。
「「ッ……!」」
まるでスポンジを絞る様に、脇腹の負傷から血が流れる。
明滅した視界に加えて、踏み込む膝が震える。
それでも拳を、槍を、前へと突き出す事を止めないのはただの意地だ。それ以外の何物でもない。
そして、飽和した魔力は爆発を引き起こしていた。
『……………………はっ!ほ、放心しておりました!ここまで激しい決勝戦は、いったい何時ぶりでしょうか!?いや、そもそも両選手は無事なのか!?』
我に返った実況に釣られて、観客席からもざわめきが広がっていく。
この間に風が吹き、粉塵が晴れていった。
「「…………」」
諸星と若槻はそれぞれクレーター状に抉れたフィールドの縁に寄りかかる様にして吹き飛ばされ、倒れていた。
だが、酷い有様だ。両者ともに、纏っていた制服はボロボロ。
オマケにぶつかり合った虎王と右腕はそれぞれ、片や亀裂が走り、片や肉のピンクと骨の白を露出するという酷い有様。
ダブルノックアウト。相討ち。見ている者たちに過った言葉。
だが、宣言される前にそれらを覆すように二人は立ち上がっていた。
言葉はない。
ただ、前へと進みクレーターの中心で睨み合い。
「…………ハッ……強いなぁ、後輩」
「腕を潰されるなんざ、久しぶりなんだけどな先輩」
「潰された経験がある方が驚きや、阿呆」
言いながら、虎王の亀裂は進んでいた。ついでに、潰れた右腕の出血も増している。
「今回は、譲ったる。次は、勝たせてもらうで?」
「そりゃ、俺と当たればの話だろ?先輩が負ければ、なあ?」
「はっはっはっは!可愛げのない後輩やなぁ」
呵々大笑と笑った諸星。同時に、彼の右手に携えられていた虎王の亀裂が広がり切り、そして砕け散っていた。
固有霊装の破損。これによって所有者には大きな精神不可がかかる事になる。
意識が飛んだ諸星は仰向けに大の字に倒れ、対照的に若槻は無事な方の左手で拳を握って突き上げていた。
一拍置いて、爆発したような歓声が上がった。
『劇的な幕切れーーー!今年度の七星剣武祭の頂に立ったのは、破軍学園若槻誠一だーーーー!』
『凄まじいですね。固有霊装を使わないというハンデを背負いながらの今年度の優勝。それも、一年!先の楽しみな学生騎士が現れましたね』
『場内、割れんばかりの歓声が雨のように降り注いでいます!おっと、ここで両選手治療のために退場となります。皆さま、新たな七星剣王の誕生と、そして死力を尽くした“浪速の星”へと今一度大きな拍手を御願いいたします!』
実況の言葉に、担架で運ばれる二人へと拍手が降り注ぐ。
新たな七星剣王の登場。だが、これは波乱の序幕に過ぎない。
その荒れ始めは、傷を治した若槻へのインタビューから。
目次 感想へのリンク しおりを挟む