頭文字D プリティーステージ (サラダ味)
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第一話 誘い

キーンコーンカーンコーン

 

 

一日の終わりを告げるように終業のチャイムがなる。

それと同時に生徒たちは思い思いに行動する。

そんな中帰宅部である私はゆったりとした足取りで下駄箱に向かい靴を履き替える。

 

「ふぁあ~」

 

「眠そうな顔してるねー何時ものことだけど」

 

「一言余計だよ。ナナ。」

 

私の名前はトレノスプリンター。群馬県某中学校の中学三年生

いま話しかけてきたのは友達の武内ナナ。

小学校の頃からいつも一緒に登下校している幼馴染である。

 

「ねートレちゃん。私たちもはれて三年生じゃん。」

 

「そうだね。…それでどうしたの」

 

「それでって…三年生になったんだから進学先決めないとじゃん?トレちゃん決まったのかなーって。」

 

「進学先っていってもねー。特に何やりたいって事がある訳じゃないし。まだ時間あるしまだ大丈夫じゃない?」

 

「そんなこと言ってどんどん先送りするつもりでしょ!駄目だよー私たちの青春がここで決まるといっても過言じゃないんだから!ほらもっと真剣に考えよ?」

 

「そんなお母さんみたいな…と言うかそこまで言うならナナは決まってるってこと?」

 

「…」

 

「あれ?ナナー?」

 

返事が無くなったナナの顔を覗き込むと目が泳いでいる。

さては決まってもないのに話振ったな。

 

「そんなことより今週の土曜って暇かな?」

 

「進学先の話は?」

 

「最終目標はトレーナーになるって決まってるからいーの!それよりも今週の土曜は!?」

 

逃げたな。

 

「まあ特にやることもないけど。」

 

「よし決まりだ!」

 

おっと、私の知らない間に会話が2,3段階先に進んでいたようだ。

 

「ごめん、何が決まったの?」

 

「何って土曜日の予定だよ!」

 

「行先も何も聞いてないし。そもそもどこに行くの?」

 

「トレセン学園の感謝祭!私にとっては毎年の恒例行事!私たちウマ娘好きにとっては正にカーニバル!行かないわけにはいかないじゃん!」

 

「うん。少なくとも私にとっては初耳かな。」

 

「まあまあまあそんなこと言わずに行こうよー!というか来て!来てくれる!?やったー!」

 

出た。ナナの悪いところ。ナナはウマ娘好きらしい。それだけだったら良いんだけどウマ娘が絡むとどうにも強引というか人の話を聞かない節がある。

 

「まあ行くのはいいんだけどさあ。まず色々と質問させて?」

 

「うん?」

 

「来てってどういう事?」

 

「あー私実はトレセン学園に同志がいてさー」

 

同志って

 

「それでね、その同志にトレちゃんのこと話したんだよ」

 

「うん、それで?」

 

「是非合わせてほしいって言ってたから今度の感謝祭に強引にでも連れてくるって言っちゃってさ。」

 

「それで来てほしいと」

 

「そう!ただトレちゃんにも悪くない話だと思うよ?トレセン学園って編入制度があるから進学先の候補にもなると思うんだ。」

 

「ふーん。それでさ。」

 

「何?」

 

「トレセン学園ってそもそも何?」

 

「ガッ」

 

ナナがズッコケた。私そんなに変なこと言ったかな?

 

「まさかトレセン学園を知らないとは…ここまでくると尊敬するなぁトレちゃんの天然ボケは。」

 

「そんなに有名なの?そのトレセン学園って。」

 

「有名ってもんじゃないよ!ウマ娘なら誰もが知ってる名前だよ!?」

 

「へ、へー…」

 

私が困ったような顔をしているとナナも困った顔をしていた。

 

「どこから説明すればいいのやら…。いい?トレセン学園っていうのはザックリいえばウマ娘の養成学校なの。ウマ娘たちはそこで様々なトレーニングをしてレースに出るの。特に土曜日に行くトレセン学園、正式名称日本ウマ娘トレーニングセンター学園は国内最高峰なの。」

 

「へー」

 

「へーってトレちゃん。まさかレース見たこともないとか言わないよね?」

 

「うん。あんまり興味ないし。」

 

「興味ないって…それはウマ娘としてどうなの?」

 

「どうなのって言われてもね。それに興味がないっていうより飽きたって感じかな。」

 

私がそういうとナナが怪訝な顔でこう言った。

 

「飽きた?それってどういう事?」

 

「とにかく、レースに出ないといけないなら進学先としては無しかな。」

 

「ふーん。まあトレちゃんがそういうなら深入りしないけどさ。」

 

「うん。なんかごめんね。」

 

「気にしないで。さ!それよりもさ!土曜日8時何時もの駅集合でもいいかな?」

 

「切り替えはや、分かったそれでいいよ。」

 

「オッケー!あー当日が待ち遠しいなー!フジキセキさん、待っててくださいね!」

 

そんなこんなで話は進み私の家が見えてきたのでナナとはそこで解散した。

私はカバンをベットに放り投げ、勉強机に腰かけた。

そういえば電車で行くとなると当然電車賃がいる。

 

「いくらくらいするんだろ。」

 

何気なくそのトレセン学園の最寄り駅の電車賃を調べてみることに。

 

「え゛っ」

 

うーんこれはお小遣いを前借する必要がありそうだ。

お父さんがそう簡単に出してくれるとも思えないけど。

 

 




第一話、読んでいただきありがとうございます。
自己満足を得たいがために書き始めた二次創作ですが、出来る限り続けていきたいと思います。
見切り発車的に始めたので本筋等々ゴチャつくかもしれませんがご愛好のほどよろしくお願いします。
また、誤字、脱字等ありましたらご指摘くださるとうれしいです。
それではまた次回。


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第二話 報告

午後5時30分

私は夕飯を作るために台所にたつ。

母親は私が小さいころにお父さんと離婚したので二人暮らしをしている。

なので、帰りが早い私が夕飯を作る。

 

「さて…と…。」

 

今日は麻婆豆腐と豆腐ハンバーグにしよう。

お父さんにまた豆腐かといわれそうだがお父さんが豆腐屋なのが悪い。

売れ残った豆腐を使っているので食費が浮く分助かるけど。

なので、今日に限らず家ではいつも豆腐がある。

そうして、夕飯を作り終える頃、

 

「帰ったぞー。」

 

「おかえりーお父さん。」

 

「なんだトレノ、また豆腐か?」

 

やっぱり。

 

「しょうがないでしょ。捨てるのもったいないんだから。」

 

「そりゃ分かるけどよ。なーんで豆腐屋なんか始めたかな俺。」

 

「自分でそれ言っちゃうんだ…。とにかく冷める前に食べようよ。」

 

「そうだな。頂きます。」

 

「頂きます。」

 

手を合わせ、夕飯に手を付ける。

おおよそ半分食べ終わったところで私は例の話を切り出す。

 

「あのさ、お父さん」

 

「ん?どうした?」

 

「今週の土曜日さ、ナナとトレセン学園の感謝祭ってのに行くことになったんだ。」

 

「ほーん。」

 

「それでさ、そのー…お小遣いの前借をしたいなと思いましてー…。」

 

「ふーん。」

 

うーん反応が薄い。若干眉が動いた気がしたけど。

これはもう少し押してみないとダメかな。

 

「2か月分…いや1か月分で「それでいくらいるんだ?」もいいからさ!…え?」

 

被ってしまっていたが確かに聞こえた。

いくらいるんだと確かに言った。

 

「一万くらいあれば足りるか?」

 

まじか。お父さんまじか。

何時もはその半分ですら渋るというのに。

あれだけの守銭奴だったお父さんに何があったのだろう。

まさか今日使った豆腐やば

 

「なんだその今日使った豆腐まずかったみたいな顔」

 

なぜそんなピンポイントで読んでくるの?

 

「じゃあほら」

 

「え!?…ぁあうんありがとう…?」

 

私はそう言うと次々と出てくる疑問を払いのけながら諭吉さんを受け取る。

何はともあれ金銭面が解決したので正直ホッとしている。

話をしているうちに食べ終わったので私は片付けをするために立つとお父さんが話しかけてきた。

 

「ああそうだ。」

 

「え?」

 

「遊びに行くのは構わねえけど朝は叩き起こすからな。」

 

…………………………はぁ。

 

「分かってるよ。じゃあ私お皿洗うから。」

 

「おう。」

 

毎日やっていることだが耳にするたびに何故か少し憂鬱な気分になる。

だからといってうちの貴重な収入源の一つのため辞めたいとは言えないのが現実なんだけど。

まあいいや。さっさと片付けを終わらせて寝よう。

明日も早く終わらせてさっさと帰るとしよう

 

 

 

 

 

 

いやーよかったよかった。トレちゃん誘えて本当よかった。

我が同志…デジタルさんにあそこまで言っていざ当日誘えませんでしたでは申し訳が立たないからね。

というわけで、早速デジタルさんに報告するため電話をかける。

 

とおるるるるるるるるるガチャ

 

「もしもしナナさんですね!?電話が来るということはつ ま り !お誘いに成功したんですか!?」

 

流石デジタルさん。トレセン学園を楽園と称し推しを間近で感じる為に入学したその愛は伊達じゃない。

ウマ娘の魅力を余すところなく教えてくれた私にとっては師匠のようなウマ娘だ。

 

「はい!誘ってみたら結構簡単に行くって言ってくれたんですよ!」

 

「さすがナナさんです!あーどんな方なのでしょう!楽しみです!」

 

「楽しみにしてて下さいねデジタルさん!…ただですねえ、うーん」

 

「ほえ?どうしたんですか?そんなに唸って。」

 

このことを言っていいのかな?まあ隠したとしてもトレちゃんの天然ぶりですぐバレるだろうしそもそもデジタルさんがこの程度のことで声を荒げるとも思えない。

よし。相談がてら話してみよう。

 

「ちょっとお願いというか聞いてほしいことがありまして。」

 

「はいはい。なんでしょう?」

 

「あの子、レース見たこと無かったらしいんですよ。」

 

「はい?」

 

「それどころかそういうことは飽きたとも言ってました。」

 

「まじですか…。」

 

「分かりやすくリアクションに困っているところ申し訳無いんですけどもう一つあるんですよ。」

 

「もうすでにお腹一杯になりそうなんですが。」

 

「トレセン学園すら知らなかったみたいです。」

 

ガシャン!ガラガラン

電話越しにもズッコケたであろうことが伝わってきた。

 

「だ、大丈夫ですか?デジタルさん。」

 

「お…。」

 

「お?」

 

「推せる!推せます!推しすぎます!!!」

 

デジタルさんのスイッチが入った。こうなるとデジタルさんは止まらない。トレちゃんは友達だから押しの観点から見てなかったけど。

なるほどこういう見方ができるのかと感動とともにまた一つ成長できた。

 

「あたしの知っているジャンルとは全くの真逆!ですがそこに魅力を感じざるを得ない!あぁ~想像するだけで薄いほ…じゃない創作が捗ります!ってすいません。それで、お願いとはなんですか?」

 

「トレちゃんにレースの魅力、レースの何たるかを教えてあげてほしいんです。」

 

「なるほど、トレノさんにレースの魅力をですか…。今のままでも十分キャラは立ってますがわかりました!しかし…うーん困りましたね。」

 

「やっぱり難しいですか?」

 

「そうですねぇ~。こればっかりは本人の問題ですし…。」

 

やっぱりというかそりゃそうだよねえ。デジタルさんもかなり唸ってるし。

飽きの問題っていうのはそう簡単には「ありました!」

 

「あったんですか!?」

 

「はい!トレノさんはレースを見たこと無いんですよね?」

 

「そうですけど。」

 

「だったら実際にやってみてもらえばいいんですよ!」

 

「なるほどぉ~?ってっそんなこと出来るんですか?」

 

「はい。実は今年の感謝祭ではウマ娘向けの企画として有名チームに体験入部出来るものありまして。二時間くらいのトレーニングの後に模擬レースやるんですよ。」

 

「え、ということはつまり…。」

 

「ナナさんも気が付きましたか。そう!この企画で私たちがまだ見ぬ推し!ウマ娘ちゃんたちが集まるんです!」

 

その言葉を聞いて私はその光景を思い浮かべてみた。

その光景はまさに。

 

「パラダイス!!」

 

「そうその通りなんですよ!あたしたちが直視することもおこがましいほどの未来の輝き!あぁ~た ま ら ん !」

 

「早く当日になりませんかねえ」

 

「全くです。…じゃなかった、本題を忘れていました。この企画にですね、トレノさんに参加してもらいましょう!ただ参加に関してはナナさんにお任せすることになりますが大丈夫ですか?」

 

「任せてください!トレちゃんの落とし方は知っているので!」

 

「分かりました!それではま…ハッ!」

 

「どうしました?デジタルさん?」

 

「このレースがきっかけでトレセンに編入してレースの世界でひと際輝く存在になる…。」

 

デジタルさんがうわごとのように呟いている…。

まさかまたスイッチが入ったんですか!?

 

「そしてほかのウマ娘ちゃんと交友を深めていく…。あああああああああ!尊 す ぎ る !」

 

ガシャンガシャン!

 

「デジタルさんの霊圧が…消えた…。」

 

どうしよう。おそらくデジタルさんは気絶している。

まあ話したいことは話したから電話切ってもいいかな?

ああ大丈夫だろう、そう思い電話を切ろうとすると。

 

「やあやあデジタル君の友人君!」

 

あれ?この声ってまさか!?

 

「今しがた帰ってきたところなんだがデジタル君が立ったまま気絶してるんだよ。何か知らな」

 

「ぎょええええタキオンさんだああああ!」

 

そこで私の意識も途切れた。

 




第二話ご覧いただきありがとうございます。
こうして書いてみてわかったんですが1000文字書くのにも苦労しますね。
文才がないせいで余計に時間かかってしまうのも難点ですかね。
まあボチボチやっていきますので気が向いたらこの先も読んでいただけると嬉しいです。
誤字脱字等ご指摘頂けると幸いです。


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第三話 日課

少し短めです。
もうちょっとくらい書こうと思いましたがキリがよかったので。
うーん気まぐれ。


ふぅン。デジタル君が気絶しているのはいつもの事としても、会話の内容が些か気になった。

電話がまだ繋がっていたので会話の内容を聞こうとしたがデジタル君と同じような声をあげながらそれから何も聞こえなくなってしまった。

まあいいさ。デジタル君が起きたら聞いてみるとしよう。

それにしても、デジタル君はあの珍妙な企画に相当お熱だねぇ。

…クク、気が向いたら見てみるのもありかな?

 

 

 

 

 

「ふぅうわああぁ~~」

 

顎が外れそうなくらいのあくびをしながら軽くストレッチをする。

時刻は午前2時30分、眠くて当然なんだよね。

私は寝起きが相当弱いので毎日やっててもどうにも慣れない。

 

「おう、起きたか。」

 

「うん、おはよう。」

 

二階から降りるとお父さんは豆腐の配達の準備を進めていた。

 

「珍しいね、いつもはもう少し遅いのに。」

 

「勝手に目が覚めただけだ、それよりもほら。」

 

おとうさんがそういうと、紙コップのついた帽子を渡してきた。

 

「こぼすんじゃねえぞ。」

 

「耳タコだよ、お父さん。」

 

そういいながら、渡された帽子を受け取り被る。

 

「じゃ、行ってきます。」

 

「おう」

 

こうして私は配達物を受け取りに新聞販売社へと走っていく。

 

 

 

 

 

トレノが走っていくのを見送ると俺は煙草を手に取るとそれに火をつける。

 

「トレセン学園か…。」

 

ふと口から言葉が漏れた。イカンイカン、最近やたらと感傷に浸る時間が長くなった気がする。

思えばトレノに新聞配達をやらせるようになってからというもの、ふとした時に昔の記憶があふれ出てくる。

忘れていたと思っていた情熱も蘇っている気がする。

 

「あいつら…今どうしてるかな。」

 

少し笑いながら俺はそういった。

 

「さて、俺もそろそろ行くか。」

 

そうして俺は、豆腐を車に詰め込み配達に向かう。

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

少し汗をかきながら販売社に到着する。

 

「お疲れ様です。」

 

「お、お疲れ様トレノちゃん!はいこれ、今日もよろしくね!」

 

そういいながら、差し出された新聞の束を受け取る。

 

「気をつけてな!」

 

「はい、それじゃあ行ってきます。」

 

さて、さっさと終わらせてお布団ちゃんに抱かれるとしよう。

かと言って早く終わらせたいからと新聞をぶん投げて配達なんてこと出来ないので思い切り走れるのは帰りだけだけど。

 

「フ…フ…。」

 

ジョギング気味に走りながら新聞をポストに入れていく。

コップの水も零れた様子もない。お父さんから急に渡された時は何の意味があるんだと思った。

今でも分からないけど。

 

「これで終わり…と…。」

 

これでようやく帰れる。

後は販売店に帰って配達終了を伝えて終わりだ。

 

「おじさーん。配達終わりました。」

 

「お疲れ様!帰り道も気を付けてな!」

 

「はい、それじゃお疲れさまでした。」

 

よし帰ろう。そう思い私は飛ばして走った。

 

「フ…!」

 

カーブに差し掛かる。しかし私はスピードを落とさずに曲がる。

毎日走っているのでどれくらいなら曲がれるかは体にしみこんでいる。

こんなもの身に着けても何の意味の無いけど。

 

「シュ…!ハ…!」

 

もう家は目の前だ。…よし。水も零れてない。昔はバシャバシャ零してお父さんに怒られたっけ。

…思い出すだけで少々腹が立ってきた。

 

「おう、帰ったか。」

 

「ただいま。はいこれ。」

 

「今日も零してないな。」

 

「まあね。じゃあ私寝るからね。」

 

そう言いながら2階に上っていく。

自分の部屋に行きそのまま布団に倒れこむ。

私は夢の世界へ誘われた。




第三話ご覧いただきありがとうございます。
とりあえずキリがいい感じにに書いているんですが長かったり短かったするのも読みにくいかもしれないので、長さはなるべく揃えるようにします。
誤字脱字等ご指摘いただけると嬉しいです。


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第四話 期待

「ふぁあ~」

 

眠い目をこすりながら制服に着替える。こうして朝が弱いとボタンのかけ間違いが多発する。

でも眠いものは眠いので仕方ない。そう自分に言い聞かせる。

着替え終え、朝ごはんを食べる為に下へ降りる。

 

「起きたか、もう少しで出来るから顔洗ってこい。」

 

「は~い。」

 

そういいながら、洗面台に行き顔を洗う。

 

「ふぁあ~」

 

だからといってあくびが鳴りを潜めるかといえばそうでもない。

あー眠い。

 

「出来たぞ。ほらさっさと食え。」

 

「はいはい、いただきます。」

 

 

 

 

 

「ふんふんふーん♪」

 

ついに明日が感謝祭!楽しみだなあ。ワクワクするなあ。

フジキセキさん、今年はどんなことするのかなあ。うへへへよだれが止まらない。

 

「じゃあ行ってきまーす!」

 

こうして私は明日への期待を胸に家を出た。

 

それにしてもどうやってトレちゃんにレースに出てもらうかなぁ。

いくつか方法はあるけど、うーん。

一番手っ取り早いのもあるけどなんだかなぁ。

正直この方法は気乗りしないんだよなあ。特に金銭的に。

まあトレちゃんが嫌がったら頼るとしますか。

…おっ。

 

 

 

 

眠い。どうして眠気というのがはこう引きずるのか。

そう思いつつ学校に向かっていると後ろから誰かが走ってくる。

どうせナナだろうと振り返ってみ

 

「おっはよートレちゃん!」

 

「痛った!?」

 

「いやあいつも寝ぼけた顔してるからさ。目覚めの挨拶ってことでね?」

 

「にしては結構痛かったけど?」

 

「えへへ~ごめんごめん。」

 

でも確かに睡魔は撃退された。

だからと言ってラリアットはないと思うな。

 

「トレちゃん、いよいよ明日だね!」

 

「んん?何かあったっけ?」

 

「嘘ぉ~約束したじゃん。土曜日にトレセン学園に行くって。」

 

「あーそうだったね。」

 

「そうだったねって…当日すっぽかさないでよ?」

 

「分かってるよ。そう心配しないでよ。」

 

とは言え8時集合かあ。まあいつも通り起きれば問題ないか。

 

「トレちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど。」

 

「うん?何?」

 

「実は今回の感謝祭、レースに出られる企画があるんだけどさ。トレちゃん、それに出てみない!?」

 

「やだ。」

 

「即答!?もうちょっと考えてみてもいいんじゃない!?」

 

「やだよ面倒くさい。だいたいなんでレースに出ないといけないの?」

 

なぜこのタイミングでナナはこの話を出してきたんだろう。

まさかまた何か企んでいるのかな。

 

「いいじゃん!トレちゃんウマ娘なんだし!物は試しに走ってみてよ!」

 

「だいたいなんでそんなに必死なの?トレセン学園ってウマ娘いっぱいいるんでしょ?だったら私走る必要なくない?」

 

「それはそれ!これはこれ!いいから走ってよ~!」

 

ナナが泣きついてきた。ここまで必死なのも珍しい。

それでも、正直走る気にならない。特に理由はないけどどうしても走る気にならない。

 

「電車代!」

 

「…え?」

 

「電車代おごるからさ!ね!トレちゃんお願い!」

 

「え!?あぁ…うん…。」

 

「勝ったら帰りの電車代も出すから!」

 

「ぐぐぐ…。」

 

参ったな。この条件はめちゃめちゃ揺らぐ。何なら今すぐにOKしてしまいそうだ。

 

「…ちょっと考えさせて。帰りまでには…いや明日までには答えだすからさ。」

 

「分かった!いい返事期待してるよ!じゃあまたあとでね!」

 

「あ!ちょっと!?」

 

引き留めようとするが、気づいたら学校についていた。

まあ放課後くらいには返事できるように考えよう。

考えすぎてその日の授業を全く覚えてなかったけど。

 

 

 

 

 

「駄目かぁ~これで何連敗だろぉ~。」

 

そんな嘆きを漏らしつつ私は、缶コーヒー片手に学園内にあるベンチに腰かける。

ここまで担当が決まらないのは別に珍しいことじゃないらしいけどいざ現実と向き合うと中々こう…精神に来る。

焦っても仕方がないんだけどねえ。同期が次々と担当を決めているのも焦りに拍車をかける。

あっ…自己紹介がまだだったね。私は渋川榛名!期待に胸躍らせる新人トレーナー!…なんか虚しくなってきたよぉ…

 

「その様子だと相変わらずみたいね、榛名。」

 

「うううぅぅ~~東条さぁ~ん。」

 

「コラ、そうやって泣きついてきても助けてあげないわよ。」

 

「だぁってだぁってぇ~担当全然決まらないしぃ~。」

 

そうやって駄々をこねていると、東条さんがため息をつきながらこう言った。

 

「何というか、貴方の担当が決まらない理由が分かるわ。」

 

「何ですか!?その理由って!?教えてくださいよぉ~。」

 

「はぁ…。貴方って覇気がないのよ。」

 

「覇気?」

 

「そうね、例えるならこの人は頼りがいがありそうだとか信頼できそうだなとか、あとはカリスマ性とか。貴方には今言ったものが感じられないのよね。」

 

「ガーン!」

 

こうやって面と向かって言われるとクるものがある。半泣き通り越しそうなんですけど?

 

「…まあ、それが貴方らしさではあるけどね。」

 

「そうですかぁー!えへへ~よーし明日からも頑張っちゃうぞぉー!」

 

「ちょろい…」

 

東条さんから元気をもらったことだし、こんな所でめげずに頑張ろう!

まだまだ出会いはいっぱいあるわけだし!

 

「あっそうだ東条さん」

 

「あら、どうしたの?」

 

「そういえば体験入部の企画、リギルでもやるんですか?」

 

「一応ね。理事長からも期待されてるみたいだし。」

 

「それ、私も見に行っていいですか?」

 

「いいけど。やることはいつもと変わらないから貴方にとっては変わり映えしないわよ?」

 

「いやあなんというか、出会いがあるような気がしちゃって。」

 

こういうのは直感に頼るのが一番だと思う。

ほら、誰かも言ってたし。考えるな感じろって。

 

「まあ好きにしたらいいんじゃないかしら。」

 

「ありがとうございます!じゃあまた明日!」

 

東条さんにお礼を言い、私はトレーナー寮に帰ることにした。

神様、どうか私に出会いを!

 




第四話ご覧いただきありがとうございます。
書いてて思ったんですがこの後書き欄って読んでる人いるんですかね?
なんか僕のボヤキ図鑑になってそうですが。そうだボヤキ図鑑にしよう。
まあ好き勝手に書いていくとします。
それでは!


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第五話 疑惑

「お疲れートレちゃん!」

 

「うん、お疲れ。」

 

学校がようやく終わり放課後になる。

いつも思うけどナナのこの元気はどこから出てきているのだろう。

 

「それでさあ朝の話の件だけどさ、どうかな?出てくれる?」

 

「ああ、それね。その話もう少し待ってくれない?」

 

「まあそう簡単には決まらないか。レースは明日なんだしそれまでに決めてくれればいいよ。」

 

「分かった。ごめんね、待たせちゃって。」

 

「気にしないでいいよ。無理言っちゃたのは私なんだし。」

 

とは言え、ナナが出してくれた条件は今すぐに飲んでしまいそうな位の魔力を持っている。

どうしようかなぁ。

 

 

 

 

 

遂に!遂に!!遂に!!!

ウマ娘ちゃんたちのウマ娘ちゃん達によるウマ娘ちゃん好きのための感謝祭!

学園内では明日の感謝祭の準備が着々と進められています!

普段はライバルとしてお互い切磋琢磨していますが、この感謝祭では手を取り合いあたし達ファンに感謝を伝えてくれる!

あぁ~準備を進めている推しを見ているだけで至福があふれ出てきますぅ。

しかし!あたしの今の最推しは何といってもトレノスプリンターさん!

いったいどんな方なのでしょう!早く明日になりませんかね~。

 

「やぁやぁデジタル君!随分と探したよ。」

 

「ひょえ!?た、タキオンさん!?」

 

「そんなに驚かないでおくれよ。今日は話があって来たんだ。」

 

「おおおお話ですか!?何ですか!?あたしにできるお話なら何なりと!」

 

タキオンさんのお話って何でしょう!タキオンさんのお話であれば例え一日中であろうともお付き合い致します!

 

「この前電話で何か話していただろう?その内容について詳しく聞きたいんだが。」

 

「ほえ?そんなことでいいんですか?というかあたしの話になってしまいますが?」

 

「それでいいとも。長くなっても構わないから順を追って話してくれたまえ。」

 

「分かりました!それではですね……」

 

そこからあたしはナナさんと話していたこと、トレノさんの事を事細かに説明しました。

かなり長い話になったと思うのですがタキオンさんは飽きることなく、時折メモを取りながら聞いてくれました。

 

「ふぅン、成程ねえ。レースに興味のないウマ娘かぁ。」

 

そういうとタキオンさんは少しの間考えた後、天を仰ぎながら話を続けました。

 

「確かにウマ娘といえどその在り方は多種多様、レースに興味のないウマ娘もいてもおかしくはないだろう。しかしレースを見たことも無ければそもトレセン学園も知らないとはねぇ。」

 

その後も独り言のようにトレノさんの考察を続けるタキオンさん。こんなタキオンさんを間近で見られるなんて!

あぁ~尊い。満たされまくっていましたがこのままでは気絶してしまいそうです。

 

「ふむ、時にデジタル君。…デジタル君?」

 

「はっはい!何でしょう!」

 

危ない危ない、ついつい尊死してしまいそうでした。

 

「トレノ君は今回の企画の模擬レースに出るのかい?」

 

「はい。ナナさんがトレノさんの説得に成功していれば出てくれるはずです。」

 

「ふうむ、成程。デジタル君、貴重な話をありがとう。それではこれで失礼するよ。」

 

「はうっ!」

 

まさかこれだけのことでお礼を言って下さるとはっ!ああっ尊みが溢れていく。

わが生涯に一片の悔いなし!

 

 

 

 

 

大方話も聞き終わったのでデジタル君に別れを告げ、研究室に戻る。

後ろから誰かが倒れたような音がしたがどうせデジタル君なので放っておく。

それにしてもトレノ君か…レースに興味がないならまだしも飽きたとはね。

…?”飽きた”とはどういうことだ?彼女はレースを見たことがないらしい。ならば出たことも無いだろう。

一度もやったことがないものに”飽きた”という表現を使うだろうか。

ふむ、実に興味深い。この企画の模擬レースは見る価値がありそうだな。

 

 

 

 

 

ようやく帰ってこれた。学校から家に帰るときはなぜか地味に遠く感じる。

 

「ただいまー。」

 

「おう。」

 

基本お父さんは家にいるんだけど、テレビつけながら新聞読んでるんだよね。

一応まだ営業時間なんだけど?職務怠慢すぎない?

そんなことを思いつつ二階の自室へ登っていく。

 

「ふぅ~。」

 

学校から帰ったらいったん布団に体を預ける。これが気持ちいいんだよね。

 

「はーどうしようかなあ。」

 

正直まだ悩んでいる。レースに出れば行きの電車代、勝てば更に帰りの電車代がおごりになる。

だが正直ナナにそこまでの大金払わせるのもどうかと思う。

 

「ナナが自分で払うって言ったんだからいいじゃん。出てその分貯金に回そうぜ?」

 

悪魔が出てきた。貯金に回せる…ゴクリ。

 

「駄目だよ!払うって言ったって金額が金額だよ?かわいそうだよ!」

 

天使が出てきた。そうなんだよね。結構お金かかるんだよね。それ考えちゃうとなあ。

 

「少しはナナのことも考えてあげなよ!」

 

「うるせえ!本人がそういったんだからいいじゃねえか!」

 

ヤバい。ケンカし始めた。というか悪魔の私、すこし口が悪くない?そんな話方しないよ?

 

「FF外から失礼します。それならレースには出て悪目立ちしない程度に走って二位か三位でゴールすればいいんじゃないですか?」

 

誰だこいつ。「ジャックだ」…ジャックとかいう奴が提示した案を聞いた両者は戦いの手を止めた。

 

「「それだ。」」

 

それだじゃないよ?突然出てきたよく分からない人に流されないで?

…何はともあれ決まった。一時はどうなるかと思ったけどどうにか丸く収まった。ありがとうジャック。

…たぶん二度と出てこないだろうけど。てか出てくるな。

 

「さて、明日の準備しよ。」

 

財布やら何やらをリュックに詰める。レースに出るから一応配達の時に着てるジャージやタイツの予備なども詰めていく。

 

そうだ、出ることナナに言っておかないと。

そう思い、ナナに電話をかける。三コールほどでナナが出た。

 

「ヤッホートレちゃん。珍しいね電話なんて。」

 

「あのさ、レースの件なんだけど、出てみるよ。」

 

「ホント!?やったぁー!ありがとうトレちゃん!」

 

「そういうわけだから忘れないでね?」

 

「…んん?何のこと?」

 

今変な間があったような気がする。さては逃げようとしてないよね?

 

「電車代、忘れないでよね。」

 

「…ぐすっ、はーい…。」

 

泣くくらいならそんな条件出さなきゃよかったじゃん…。

 

「じゃあそういう事だからまた明日ね。」

 

「うん、また明日ね。」

 

そう言って私は電話を切った。ってもうこんな時間か。そろそろ夕ご飯作らないと。

それにしても何というか、レースに出るといってから悪寒が凄い。風邪をひいているわけじゃないんだけどな。

まるで明日酷い目に遭うことを予期しているかのようだ。

…やめよう。考えれば考えるだけ悪寒が増していく。気のせいだろうと自分に言い聞かせる。

 

 

 

………………気のせいだよね???

 




第五話ご覧いただきありがとうございます。
キャラのセリフ考えるだけで頭使いまくって宇宙猫しそうです。
キャラ崩壊はなるべくしないように書いていますが、もういいやってなった瞬間に崩壊する可能性がありそうで怖い。
…タグに書いてあるしいいか。
それではまた次回!


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第六話 感謝祭

ピピピピ、ピピピピ、ピピ

目覚まし時計を止め背伸びをする。目覚ましなんて言ってるがこれで起きた時は大概まだ眠い。

正直二度寝しちゃいそうなんだよね。

さて、ナナとの約束もあるし、さっさと着替えて朝ごはん食べよ。

 

「おはよー。」

 

「おう、今日確か約束会っただろ。さっさと食っちまえ。」

 

「大丈夫だよ、結構余裕もって起きたから。」

 

「フーン。」

 

大丈夫とは言ったものの、いざ聞かれると心配になってしまう。

さて今の時間は…7時37分、大丈…夫…

 

「やばい遅刻だ!」

 

結構のんきしてたせいでかなりヤバい。

この時間になってしまうと、走らないとほんとにヤバい。

さっき二度寝しそうって言ったけどほんとに二度寝してたとは。

仕方ないのでパンをくわえ、リュックを背負いながらそそくさと玄関に行く。

焦っているときほど靴が入りずらいのはほんと何なんだろう。

 

「行ってきまーす!」

 

「転ぶんじゃねーぞー。」

 

駅までは歩いて40~50分掛かるけど走れば10~20分くらいで着く。

こういうときウマ娘専用レーンがあるのはありがたい。無かったら今頃どうしているのだろう。

…とにかく急がないと!

 

 

 

 

 

「ふんふんふーん♪」

 

遂に来たよー!感謝祭!楽しみ過ぎて20分も早く着いちゃったよー!

フジキセキさんに会って、ルドルフさんのレースも見て!他にも他にも!

うはー、毎年の事だけど時間足りるかなあ?いや足りさせる!

それにしても、トレちゃんってレースになるとどんな走りするのかな?

走ってるところなんて体育祭でしか見たこと無いけど。

…トレちゃん寝坊して遅刻しなきゃいいけど。

 

15分経過…

 

それそれ着くころかな。それにしても、やっぱり20分前に来ちゃうと暇になっちゃうな。

せめて10分前に来ればよかったかな?でも楽しみだったから問題無し!

 

 

 

 

 

「見えてきた!」

 

やっと見えた。腕時計を確認すると7時57分。よかったぎりぎり間に合いそうだ。

はぁ~疲れた。配達の時よりどっと疲れた。息を整えながら駅に歩き、ナナと合流する。

 

「おはよう…ゼェ…ナナ…。」

 

しまった全然整えられてなかった。

 

「あっおっはよートレちゃん!…てどしたの?なんでそんなに疲れてるの?」

 

「寝坊しそうになっちゃってさ、急いで走ってきたら結構疲れちゃって。」

 

「まあトレちゃんが寝坊するのは想定内だけどさ。」

 

そんな私がしょっちゅう寝坊してるみたいな言い方やめて?

 

「さ、電車の時間そろそろだし行こっか?」

 

「そうだね。」

 

こうして私は行きの電車代をナナに払ってもらい、2時間ほど電車に揺られることになった。

その間、ただただ寝ていた。電車に乗って5分くらいで寝たんじゃないかな?

そのあとナナも寝てしまって乗換駅で寝過ごしそうになっちゃったけど。

まあなんやかんやあってトレセン学園に到着した。

 

「着いたー!」

 

「さっきまでグロッキーじゃなかったの?」

 

「さっきまではね。でも今は目の前のウマ娘たちから元気を貰い続けてるから大丈夫!」

 

確かに周りを見ればそこらじゅうウマ娘だらけ、こんな光景見たことがない。

 

「凄いね、こんなにウマ娘が集まってるんだ。」

 

「でしょでしょ!すごいでしょ!でも驚くのはまだ早いよ!何てったってここは…あっ、おーいデジタルさーん!」

 

「およっ?この声は…ナナさん!お久しぶりですね!」

 

この人がナナが同志って言ってたウマ娘なんだ…本人やナナの前じゃ言えないけど関わっちゃいけないオーラが凄い。

 

「はっナナさん、お隣にいらっしゃるそちらのウマ娘ちゃんはもしや…!?」

 

「はい!紹介しますね、この子がトレちゃんです!」

 

「ど…どうも、トレノスプリンターです。よろしくです。」

 

「おおお…ついにそのご尊顔を拝見できました。白に輝く髪に黒の一筋が調和している!まるでトレノさんのために存在しているかのような黄金比!」

 

「えっ…えっ?」

 

急にどうしたんだろうこの人は。私を見た途端に興奮?なのかな?とにかく勢いが凄い。

 

「びっくりするよね。デジタルさんはウマ娘のことになると私以上に興奮しちゃって。」

 

私が困惑しているのを察したのか、ナナがデジタルさんについて教えてくれた。

 

「ウマ娘が好きでこの学園に入ったんだからね。毎日推しのあれやこれやが見れて幸せって言ってるくらいだよ。」

 

「それ大丈夫なの?ここってウマ娘の学校なんだよね?この様子だと毎日こうなってるって事?」

 

「そうなるね。この前トレちゃんのこと電話で話したとき失神してたみたいだし。」

 

なぜそんなことを平然と言えるの?失神してるんだよ?しかも私のことで。

来たばかりで申し訳ないけどもう帰りたい。この学園は変人しかいないのかな?あって一人目で判断するのも早すぎると思うけどそんなイメージがついてしまった。

…えっ?こんなところで私レースするの?ナナごめん、体調不良で帰っていい?

 

「それはそうとトレノさん!今日の模擬レース出てくれるんですか!?」

 

「えっ!?…あっはい一応…。」

 

独り言を言っていたデジタルさんから急に質問が来た。急すぎてはいって言っちゃったけど。

 

「なんと!?出て下さるんですね!それでしたら会場までご案内しま~す!」

 

「だってさ!ほら早く行こトレちゃん!」

 

「ちょっちょっと!?情報量が多くてついていけないんだけど!?」

 

「「まあまあまあ。」」

 

そういった二人は私の手を取ったと思ったらさっきまでの興奮を忘れたように落ち着いた雰囲気になった。…怖っ。

 

「どうしたの?ナナ?デジタルさん?」

 

「「まあまあまあまあ。」」

 

「いや急にどうしたの、そんなに落ち着かれると逆に怖いんだけど」

 

「「まあまあまあまあ。」」

 

さっきから壊れた人形みたいにまあまあしか言わないじゃん。どうなってるの?

 

「「まあまあまあまあ。」」

 

「分かったって!分かりました!行きますよ!」

 

「よしそれではグラウンドに行きましょう!」

 

「いや~どんなウマ娘がいるのかな~?楽しみだなー!」

 

結局さっきのは何だったんだろう。まあまあ言われるだけでもこんなに怖いんだ。

何かあったらナナにやり返してやる。

 




第六話ご覧いただきありがとうございます。
書いててなんかネタ入れないとなと思いその場面に会いそうなネタを違和感の無いように入れてるんですがその場に会ったネタって難しいですね。
まあこれからもジャンル問わずネタを入れていきたいと思います。
また次回!


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第七話 目撃

「到着しました!ここがグラウンドです!」

 

「うっはー!やっぱりいつみても広ーい!」

 

「そ…そうだね…ゼェ…。」

 

グラウンドに着いた…らしい。

疲れた。また疲れた。疲れすぎて膝に手をついて肩で息してる。

学園の入り口から走りっぱなしでここまで来たんだけど遠くない?広すぎない。

というか二人ともなんでそんなに元気なの。デジタルさんは分からないけどナナに至っては走る前より元気そうだ。

 

「ほらトレちゃん!いつまでも下見てないでグラウンド見なよ!びっくりするくらい広いから。」

 

「わかったから、今見るからそう急かさな…広っ。」

 

広すぎる。グラウンドとはとても思えないくらい広い。うちの学校がすっぽり入ってしまいそうなくらい広い。

ここでレースすると思うと気がどんどん重くなる。どれくらい走るのか分からないけど体力が持つのか心配だな。

しかも結構見てる人いるじゃん。…辞退って間に合います?

 

「ささっトレノさん!エントリーはこちらですのでお願いします。」

 

「分かりました。えーっとこれどこに名前書けばいいんですか?」

 

名前を書こうにもエントリー用紙が何枚もあってはどこに書けばいいんだろう。

 

「あぁこれですね。トレセン学園にはいくつかチームがあるのでエントリーしたいチームの用紙に書いてくださればOKです。」

 

参加したいチームって言ってもなぁ。そんなの知らないしなぁ。お勧めのチ

 

「だったらリギルにしなよ!」

 

「びっくりしたぁ。急に耳元で大きな声出さないでよ。」

 

「ごめんごめん、トレちゃんチームの事知らないと思ったからさ。お勧めのチーム教えてあげようと思ってつい。」

 

「へー、そのリギルってチームはどんなチームなの?」

 

お勧めされたからにはどんなチームなのかは気になる。あんまり有名どころは勘弁してほしいけど。

 

「あ、そこはあたしから説明しますね。チームリギルはですね学園にあるチームの中でむぐぐぐ!」

 

「えっ急にどうしたのナナ?デジタルさん説明してたじゃん。」

 

「まあまあ細かいことはいいから!早く名前書いて!開始まで時間あるしほかのところも回ろ!」

 

デジタルさんの口を塞いだまま、ナナが離れていく。…何話してるんだろう。今のうちに名前書いておこ。

 

(ナナさんいいんですか?リギルの説明全然出来ませんでしたけど。)

 

(いいんですよ。レースを肌で感じてもらうには周りが強いほうが効果あると思うんです。)

 

(なるほど。)

 

(それに有名だとトレちゃんいやな顔するんで隠しておいたほうがいいんですよ。)

 

(流石ナナさんです。トレノさんの事をよく理解していますね。)

 

(伊達に幼馴染やってませんよ。)

 

「デジタルさーん。書いたんですけどこれでいいですかー?」

 

「あっはーい。今行きまーす!」

 

書き終えたのでデジタルさんを呼んで確認してもらう。さっき何を話していたのか聞いてみようかな。

 

「はい!これで大丈夫ですよ!開始は午後1時からみたいなのでそこでまた会いましょうか。」

 

「確認ありがとうございます。そういえばさっきナナと何話してたんですか?」

 

「いえ、特にこれと言っては。」

 

「それにしては結構話し込んでるように見えましたけど。」

 

「はっ!もしやトレノさんもウマ娘ちゃんを語りたかったのですか?」

 

…何かヤバい気がする。このままだと終わらない話を延々と聞かされそうだ。

とりあえず会話を終わらせてナナと屋台でも回ろう。

 

「いや、そういうわけじゃ無いんですけど。」

 

「だとしたら申し訳ねぇ!先ほどはあたしだけが舞い上がりあたしだけが萌えていました!」

 

「えっとデジタルさん…?」

 

「トレノさんにも好きを叫んでほしい!推しの推しポイントを教えてほしい!推しのあれやこれやを共有したい!」

 

逃げよう、さっさと逃げよう。最初はどうにか止めようかと思ったけどこれをどうすれば止められるのか分からない。

ナナと何話してたかなんて聞かなければよかった。心底後悔してる。…うん、ナナを連れて逃げよう。

 

「ナナ、書き終わったし午後1時からみたいだし他の出し物見に行こっか。」

 

「OK!じゃあデジタルさん!また後で~!」

 

これ以上面倒な状況になる前に私はナナを抱えて走った。

 

 

 

 

 

「東条さーん!どうですか?参加者のほうは集まってますか?」

 

「フリーだからって気楽ね榛名。そうね、予想よりは参加者がいたわね。」

 

「へー。ちょと名簿見せてくださいよ。」

 

「いいわよ、はい。」

 

そう言って手渡された名簿に目を通す。うわぁ、私がスカウト失敗した子もいる。ちょっと気まずいかも…あれ?

 

「東条さん、この”トレノスプリンター”って子誰ですか?知ってます?」

 

「ああその子ね、ほとんどが学園の生徒…それも新入生なんだけどその子だけ一般の参加者なのよ。」

 

「この子だけですか?珍しいですね。」

 

「そうなの、私が知らないだけかと思ってルドルフにも確認してもらったけど心当たりがないって。」

 

「そうなんですか、ぁあでもでもリギルを選ぶくらいですからきっと中々の実力者かもしれませんよ。」

 

「そうだといいんだけどね。」

 

うーむ、トレノちゃんか…この子は要チェックかもしれない。記録用のカメラ持ってこようかな?

開始は午後1時みたいだし、お昼ついでにもって来よう。

 

「東条さん、また後で来ますね。」

 

「ええ、また後でね。」

 

 

 

 

 

デジタル君からトレノ君がチームリギルの模擬レースに参加するという報告があった。

トレーナー君に実験している最中ではあったが優先事項ができた。トレーナー君には後でレポートを提出してもらおう。

さて、昼食でも取ったらグラウンドに向かおうか。そう思い一度研究室に戻る。

 

「おやっ…あれは…。」

 

窓越しに見えたのは人を抱えて走る一人のウマ娘。まるで何かから逃げているようだが…。

ルートから見て中庭に向かっているんだろう。彼女はそのまま中庭に続く道を…

 

「ッ!?」

 

ぶれた。彼女が道を曲がったと思ったら彼女の輪郭がぶれたように見えた。

正確に表現するなら目がついていかなかったのだろうが、一体彼女は何者なのだろうか。

まさか彼女が…。ククク…実に…実に興味深いねぇ。

 




第七話ご覧いただきありがとうございます。
エンターキー適当に連打してたら後書き何も書かないまま投稿してました。バカス。
このペースで行くとトレノが走るのあと一、二話先になりそうです。
書いてたらこうなった。バカス。
また次回!


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第八話 模擬レースへ

「ここまでくれば大丈夫かな。」

 

「っは~怖かったー。一応私抱えてるんだからもう少しスピード抑えてよ。」

 

「ごめんごめん私も必死だったからさ。」

 

デジタルさんが追ってくる様子はない。ちゃんと逃げ切れたようだ。

初見でああなられたら誰だって逃げると思う。私も逃げる。というか逃げた。

 

「それにしても凄かったよ。トレちゃんも他のウマ娘もあの速さで走ってるんだね。いい体験したなー。」

 

「そこまで良い物じゃないと思うけど。」

 

「いや凄いよ!ウマ娘がどんなスピードで走ってるか言葉でなく心で理解できんだもん!ありがとねートレちゃん。」

 

「まあ、どういたしまして?」

 

そう言いながら時計を確認する。11時30分、そろそろお昼にしよう。

 

「ねえナナ、そろそろお昼にしない?朝から走りっぱなしでお腹すいちゃったよ。」

 

「そうだね、トレちゃん1時からレースだもんね。そうだ!だったらさ、学園のカフェテリア行こうよ!」

 

「うん、いいよ。じゃあ行こうか。」

 

カフェテリアに到着した私たちは、メニューを見ていた。凄いな。和洋折衷なんでもござれって感じ。

なんだけど…人参ハンバーグって何だろう。玉ねぎみたいに人参も刻まれてるのかな?

 

「トレちゃん!人参ハンバーグお勧めだよ!一回食べてみなよ!おいしいからさ!」

 

「へー、じゃあその人参ハンバーグを「私も!」…二つお願いします。」

 

出来上がるまで周りを見渡してみると…見なきゃよかった。まず目に飛び込んできたのは異常な量を何の躊躇もなく口に入れていくウマ娘たち。

一瞬フードファイター養成学校かとも思った。あの量を注文しているってことは普段からあの量を食べてるって事?

見てるだけでお腹いっぱいになりそうだから別のところに目を…人参ハンバーグってあれじゃないよね。見たところハンバーグに人参が刺さってるだけなんだけど。

あれが人参ハンバーグとは信じない。おそらくトッピングでああなったに違いない。

 

「お待たせ、はい人参ハンバーグ。」

 

「はーっ」

 

言葉が詰まった。さっき見たあれが人参ハンバーグだったとは。字面としてはあってるけど理性が否定してくる。

ナナ、助けて。

 

「おっ来ました!おいしそうだなー!」

 

「そっ…そうだね…。」

 

そうだった、ナナもそっち側だった。すべてを諦めて空いていた席に着く。

 

「いただきまーす!」

 

「いっいただきます…。」

 

これどうやって食べるんだろう。とりあえずナナが食べるところを見てみよう。

 

「んー!おいしー!」

 

人参ってそう食べるものだったっけ。そんなキュウリみたいに食べるものだとは思わなかった。

…ええいままよ!郷に入っては郷に従え!いただきまーす!

 

「あっ意外とおいしい。」

 

「でしょでしょ!最初こそ見た目のインパクトが凄いけどいざ食べてみると人参も食べやすいしハンバーグも人参に合うんだよね!」

 

今の説明だと人参がメインな気がするけど…そこは気にせずに食べ進める。

 

「「ごちそうさまでした。」」

 

「トレちゃん。時間も時間だしそろそろグラウンド行かない?」

 

そういわれ時計を見る。12時30分、確かにそろそろ行かないと。

 

「そうだね、でもその前に着替えてきてもいい?」

 

「いいよ。じゃあ先にグラウンド行って待ってるから。」

 

「オッケー。すぐに行くから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤバい。」

 

今年一番最大のピンチだ。ナナに先に行ってていいなんて言わなければよかった。

何を隠そう、絶賛迷子でございます。そもそもここの景色がどこも似たような光景なのがいけない。

さて、思った以上に時間がヤバいのでナナに助け舟を出す。

 

とおるるるるるるるるるん るるるん

 

「駄目だ、出ない。」

 

こうなったら…ここの制服着てるウマ娘に助けを求めよう。

 

「すいませーん。」

 

「すまねえッ!今ゴルゴル星から救援信号が来てんだ!だからまた後でな!」

 

そう言って去ってしまった。…やっぱり変人しかいないのかな?ゴルゴル星とか変なこと言ってたし。分かりやすいくらいのため息をついていると後ろから声をかけられた。

 

「なんやアンタ、そないでっかいため息ついて。困りごとか?」

 

希望が見えた。この学園で初めて見るまともなウマ娘がいま目の前にいる。

 

「そうなんです。グラウンドに行こうと思ったんですが道に迷っちゃって。」

 

「ほーとなるとアンタ、模擬レースに出るっちゅうわけか。」

 

「はい。でも時間がヤバくて。」

 

「せやったらうちが案内したる。それ何時からや?」

 

希望を掴んだ、その気分は地獄でクモの糸を掴んだカンダタのようだ。

 

「ありがとうございます!レースは1時からって聞いてます。」

 

「せやったら走らんと間に合わんな。アンタ、ちゃんとついてきいや!」

 

「えっはっはい~!」

 

今日何回走るのだろう。少なくともあと一回走ることになる訳だから…配達に影響でなければいいなぁ。

 

 

 

 

 

「ちゃんとついてきてるか!?アンタ!」

 

「はい!」

 

…ほお。最初は案内のつもりで走っとったけど、なかなかやるやん。ほな、ちょいとペース上げてみるか。

やっぱ離れてくな。ま、ウチの足に勝てるやつもそうおらんけどな。おっと、ここ曲がらな。

ここ曲がったら少しペース落としたるか。このまま引っ張るんもかわいそうやし…なっ!?。

 

「ふ…!」

 

離れるどころか差が縮まっとる!?ホンマに何者なんやコイツ!

上等や!こうなったらとことんまで試したる!グラウンドまでまだ距離あるしな!

 

 

 

 

 

「遅い。」

 

着替えてから来るにしても時間かかりすぎじゃない?開始まであと5分だよ?

 

「リギルの模擬レースに参加するものはここに集まってくれー。」

 

やばいやばい!点呼が始まっちゃってる!早く来てよー!…まさか迷子になっちゃったとか?

いや、それだったら連絡が来るはず。でもなんで連絡が無いんだろう。…まさか、消音モードになってないよね?

やっぱりなってた!トレちゃんから電話来てた。なんで出られなかったの私のバカ!

 

「トレノスプリンター、トレノスプリンター?いないのかしら?」

 

トレちゃんの名前が呼ばれてる。やばいお願い早く来てー!

 

「ハア…ハア…、ナナ待たせてごめん!」

 

「ト…トレちゃ~ん!」

 

ようやく来てくれた。でもタイムアップギリギリ!

 

「もう点呼始まってるから急いで!あっちだから!」

 

「うんわかった!あの、道案内ありがとうございました!」

 

そう言ってトレちゃんは会場に降りて行った。

 

「ゼェ…ゼェ…ゼェ…アンタ、アイツの友達なんか?」

 

「タ…タマモクロスさん!?はっはいそうですけど。」

 

まさかこんなところでタマモクロスさんに会えるとは!でもなんでこんなに疲れているのだろう。

 

「ほんなら質問があるんやけど、ゼェ…アイツはどこのトレセン通っとるんや!?」

 

タマモクロスさんが凄い圧をかけながら質問してきた。

 

「いえ、…トレちゃんは私の同級生でトレセンには通ってませんけど。」

 

「ほなどこのレース教室通っとるんや!?」

 

今度は肩を掴み、体を揺らしながら質問してきた。いったい何を興奮してるんだろう。

 

「どこにも通ってないはずですけど…トレちゃんがどうかしたんですか?」

 

「…そうか、すまんな乱暴して。」

 

私がそう答えるとタマモクロスさんは落ち着いたのか私の肩から手を放し謝ってきた。

 

「いえいえ、気にしないでください!それよりも、トレちゃんが何かしたんですか?」

 

「いや…なんもしとらんで。」

 

「そう…ですか…。」

 

そう言うとタマモクロスさんはグラウンドを見つめたまま動かなくなった。

…タマモクロスさんのあの様子、一体何があったんだろう。

 

 




第八話ご覧いただきありがとうございます。
急にサブタイトルがついて驚かれてるかもしれませんがなんか第何話だけだと寂しかったんで僕の独断と偏見で適当につけることにしました。
ちょっとはそれっぽくなったかなと思います。
また次回!


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第九話 レース開幕

初めに行っておきます。
レース展開くそしょぼいです。お許しください。
僕の文才ではこれが限界かと。改善できるようにはしますのでご愛好のほどを。


ホンマにナニモンなんや、アイツ。直線で離したと思ってもコーナー抜けたらいつの間にか後ろに張り付かれとった。

今までのレースでもコーナーで詰められることはあっても、あそこまで露骨に詰められたことはあらへん。

こんなこと初めてや。…何なんや、この敗北感は。この模擬レース、見させてもらうで。

 

 

 

 

 

「遅れてすいません!トレノスプリンターです!」

 

「遅刻寸前よ、貴方。今まで何してたの。」

 

そうだよね。遅刻寸前だったんだもん。普通理由聞くよね。誤魔化すのもあれなので素直に事実を言う。

ここが広くて迷いやすいのが悪い。

 

「そのぉ、道に迷っちゃって…。」

 

そう言うとスーツを着た女性が思い出したような表情で言った。

 

「そういえば貴方、一般の参加者だったわね。どうして私のチームに応募したのかしら。」

 

「私はただ、友達にレースに出てみてほしいって言われて、お勧めされたのがここのチームだったので…。」

 

そういった瞬間に周りからの目線が私に向いたのを感じた。さっきからアウェイ感凄かったけど一気に強まった。

 

「どういうつもりなのかな。」「記念参加とかじゃない?」「真面目にやってほしいよね。」

 

聞こえないように言ってるかも知れないけど全部聞こえてるからね。それにしても、さっき来た時よりも観客増えてない?

これってそんなに人気のある企画だったりする?

 

「最強チームのトレーニングに参加するんだからさぁ。」

 

え?最強チーム?少し聞いてみよう。

 

「あの、このチームって結構有名なんですか?」

 

他のウマ娘たちは一斉にため息をついた。もしかして呆れられてる?

すると一人のウマ娘が眉間にしわを寄せながら説明してくれた。

 

「あのねえ、あんたは何も知らないようだから特別に教えてあげるけど、リギルはこの学園でも最強ともいわれてるチームなの!」

 

「そ…そんなにすごいチームなんですね…。」

 

ハメられた。ナナがデジタルさんの口封じしてたのはこれが理由か。確かに有名だったら他のチームに変えてるだろうし。

なるほど。私を扱うのがお上手で。予定を変更しよう。勝って帰りの電車代も奢らせる。悪く思わないでね。

 

「はいみんな静かに!チームリギルトレーナーの東条よ。感謝祭だからと言って生半可なメニューは出さないから。」

 

それから一時間、東条さんが指示したメニューを淡々とこなしていった。トレーニングがどの程度大変なのかは分からないけどこれはキツイ。

トレセン学園の生徒はこんなことを毎日やっていると思うと私だったら耐えられない。でも今日一日だけだし頑張ることにしよう。

 

 

 

 

 

トレーニングを開始して30分が経過した。そろそろ休憩の時間ね。

 

「そろそろ休憩にするわよー!集まってちょうだい!」

 

「「「ハーイ!」」」

 

休憩の号令をかけるとうちのチームのメンバー、マルゼンスキーとグラスワンダーが水を配る。それを受け取ると皆それぞれ飲み始める。

 

「めぼしい子はいたかい?おハナさん。」

 

「アンタまで見に来るとはね。てっきり榛名だけだと思ってたわ。」

 

「いや、アイツならあそこにいるぜ。」

 

沖野が指さした場所を見てみると確かにいた。横にあるのは…カメラ?記録でも取るつもりかしら?

 

「それで?良さそうな子はいたのかい?」

 

「いえ、特にはいないわね。特にあのトレノスプリンターって子。一般の参加者なんだけど、どれほどなのか少しは期待したんだけど拍子抜けだったわ。」

 

「へー、なんか面白そうだしレースまで見てくか。」

 

「勝手にしたら?」

 

それにしてもあの子、かなり変わった走り方するわね。走り始めはストライド走法で走ってるけどスピードが乗ってきたあたりでピッチ走法に変わる。

走法が変わること自体はよくあることだ。坂路に入ってからピッチ走法に変えるウマ娘も多い。だけどあの子の場合、坂路でもない平坦なコースで何度も走法が入れ替わる。

あんな足り方今まで見たことがない。だけど今のところ特別な才能とかは感じられない。…っと、そろそろね。

 

「休憩終わるわよ!次のメニューは坂路ダッシュよ!」

 

こうして残りの30分も終わり、模擬レースの準備に入る。その前にトレノに確認しておかなくちゃいけないわね。

 

「トレノスプリンター、ちょっと来てもらえるかしら。」

 

「あっはーい。」

 

「貴方は一般参加よね?レースのルールは分かってるかしら。」

 

「すいません。私何も知らないんです。」

 

「何も?でもレースくらい見たことあるんじゃないのかしら。」

 

「私レース見たこと無くて。」

 

初めてのタイプね、ここにくる子は少なくともレースに興味がある子ばっかりなのに。

そうなるとレースの基本から教えるとしよう。

 

「トレノスプリンター、あそこに長い檻のようなものがあるでしょ。あれをゲートと言って貴方達ウマ娘はそこに入ってゲートが開いたらゴールに向かって走るの。」

 

「そうなんですね。ゴールってどこなんですか?」

 

「レースによっていろいろ変わるけど今回は2000メートルね。目印としてヒシアマゾンを立たせてあるから分かりやすいと思うけど。」

 

「なんでアタシが…。」

 

「分かりました。」

 

「他には他のウマ娘の妨害になる事…接触とかは禁止ね。」

 

まあこれくらい説明しておけば問題無いはずね。

 

「説明はこれくらいね、そろそろ始まるから位置に着きなさい。」

 

「はい。」

 

もうじき模擬レースが始まる。さて、どんな結果になるのかしらね。

 

 

 

 

 

「えーっと、これが開いたら走り出すんだよね。」

 

さっき東条さんにレースのルールを教えてもらったのであとは勝ってナナに電車代を奢らせるだけかな。…一時間前に比べて人増えてない?

さっき案内してくれた人まだいるし、カメラまで構えている人もいる。目立つのは好きじゃないんだけどなあ。

 

「アンタは最下位にならなければいいんじゃない?」

 

隣のゲートに入ってるウマ娘に半笑い気味にそう言われた。そういわれるとなあ、どうしてか勝ちたくなるんだよなぁ。

ともかく、早くゲート開かないかな、なんだか落ち着かなガコンっ!…えっヤバい出遅れた!

 

「トレちゃぁーーーん!頑張ってーーー!」

 

ナナの声が聞こえる、応援ありがとうね。その顔を少し歪める事になるかもしれないけど。

にしても出遅れたからかなり後ろになっちゃったな。少しペース上げるかな。

 

「フ…フ…。」

 

「む~り~!」

 

一人…二人抜かせたね。でも後十人くらいいるなあ。

コースの先を見るとすぐそこにカーブがあった配達の時の道より断然緩やかだしまだペース上げられそうかな。

 

「うそ…なんで…あんな奴が…!」「む~り~!」

 

…なんというかさっきより気が楽だな。かなり急いでいたこともあったし何よりこのレースに出てるウマ娘たちがさっき案内してくれたウマ娘並みだと思ってたらそうでもなかったし。

それにしても結構抜かせたかな。さて後二人、それにしても、なんでこんなに内側が空いてるんだろう。まあ空いてるならそこから抜こうかな。

 

 

 

何で!?こいつはさっきまで一番後ろにいたはず!それなのに今は私の後ろにいる!リギルも知らないような奴に!

何が何でも抜かせない!イン側のラインを潰してアタマを取って勝

 

「ハ…!」

 

「噓でしょ…!こんな狭いところから…!」

 

何で!?イン側なんて精々20~30センチ程度しか開けてないのに!?どうやって!?

 

「お先に失礼。」

 

抜き去っていくアイツの後ろ姿を見ていることしかできなかった。なぜなら、そこからは影すら踏ませてもらえないくらいの大差で負けたのだから。

ただ一つ分かったことがある。あのウマ娘には、並のウマ娘では対抗できないこと。それこそG1に勝つくらいのウマ娘でないと勝てないであろうことを。

 

 

 

一番を走っているウマ娘をカーブの終わりあたりで抜いてそのまま配達終わりの帰り道のように飛ばして走った。

気が付くと二位とかなり差をつけてゴールしていた。こうして私は模擬レースに勝った。

あっさりとしてるけどまあ勝つには勝ったし。さあナナ、震えて待っててね。

 

 




明けましておめでとうございます。
と言っても始めたばかりなので新年の挨拶もないですかね?
はい、ようやくトレノを走らせることが出来ました。出来ましたけどこんなクオリティで大丈夫かなとは思います。書いてる本人が薄っぺらいなと思ってしまったので。
まあ模擬レースなんでね。いいでしょうと現実逃避。
また次回!


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第十話 反応

ゲートが開いて一斉にスタートする。トレノスプリンターが出遅れたわね。初めてのゲートらしいしまあそんなものかしらね。

レース展開のほうはまあ大方予想通り。特に見どころもなく終わるかしらね。

 

「皆頑張っていますね。」

 

「ルドルフ、生徒会のほうはいいの?」

 

「はい、午前中には終わって少し時間が空いたので。」

 

「そうなの、…あら?」

 

ルドルフと少し会話をしていただけでレースは少し思わぬ方向に進んでいた。トレノスプリンターが追い上げている。出遅れていたため先頭集団からはかなり離れていたけど今では6バ身ほどまで迫っている。

 

「ほう、あの子が一般参加のトレノスプリンターですか。」

 

「ええ、でもあそこまでの子だったかしら。さっきのトレーニングだとそれほどでも無かったけれど。」

 

「そうなのですか?見ている限りでは優秀なウマ娘に見えますが。」

 

「そうね。でもなぜかしらね。」

 

そんなことをする理由がない。いくら一般参加だからと言ってここで力を示せば学園に入れる可能性もある。こうやって思考してる間にもトレノスプリンターが追い上げ、今では先頭争いの位置にいる。相当なコーナリングスピードね。学園の中でも上位にいるでしょうね。コーナーもそろそろ終わる頃、レースも終盤ね。

 

「今先頭で走ってる子、かなりイン側に寄っていますね。インからの攻撃を警戒しているんでしょうか。」

 

「そうみたいね、あそこまで寄せていたら突かれる事は無…」

 

「「ッ!?」」

 

その瞬間、目を疑った。トレノスプリンターの輪郭がぼやけたように見えたと思ったら、既に先頭にいたんだから。しかも、あそこまで寄せていたイン側から仕掛けていた。あんな狭いところで仕掛けるウマ娘は見たこと無い。

いや、それよりも…。

 

「東条トレーナー…。今のは…。」

 

「ええ、見たわ…。異常だわ…あのウマ娘。」

 

ルドルフを見ると冷や汗をかいていた。いや、ルドルフだけではない。マルゼンスキーやグラスワンダー、他のリギルメンバー、更にはグラウンド全体がどよめきに満ちていた。

そこからのレースは一方的なものだった。トレノスプリンターが後続を引き離し、10バ身以上もの大差でレースを制した。

レースが終わったのに、私含めメンバー全員押し黙っていた。

 

「何者なのかしら、あの子…。」

 

「分かりません。地方のレースでもあの顔を見たことがないので…。」

 

「ただ一つ分かることは、あの子は貴方達と同じくらいの“モンスター”ってことね。」

 

 

 

 

 

「トレちゃぁーーーん!」

 

レースが終わるとナナが駆け寄ってきた。そしてそのままタックルされた。

 

「トレちゃん凄いよ!どうやったのあのコーナー!内側からビューって抜いてく姿!カッコよかったよ!」

 

「そ…そうかなぁ。私はただ普通に走ってただけだから。それよりもさナナ…。」

 

「どしたのトレちゃん?」

 

「電 車 代。忘れないでね?」

 

ナナの目が泳ぐ泳ぐ。イワシの群れかと思うくらい泳いでいる。

汗もだらだらと。まさかコイツ、自分で言っておいて無かったことにしようとしてたんじゃないよね?

 

「その事なんですけどぉ、そのですねぇ、そのぉ…。」

 

「その、何?」

 

反応が悪いので少し圧をかけてみる。

 

「ヒィッ!…すいません!まさか勝てるとは思ってなくて用意してませんでしたぁ!」

 

「………ハァ~。後払いにしてあげるから。」

 

「ありがとうぅぅ~~トレノ大明神様ぁ~!」

 

崇め奉らないで。私そんな大層なものじゃないから。

 

「じゃあナナ、時間もまだあるし他のところ回ろ?」

 

「うん!それだったらお勧め紹介するよ!それじゃ、レッツゴー!」

 

元気だなあナナは。それにしてもナナのお勧めかあ。今度は大丈夫かなぁ?

 

「ちょっと待って!!」

 

後ろから声をかけられた。振り向くと東条さんのようなスーツを着た女性が息を切らしていた。

 

「貴方の名前は!?」

 

「と、トレノスプリンターです。」

 

「私は渋川榛名!ほらこれ名刺!」

 

すごい勢いのせいで名刺を受け取ってしまった。…何故だろう、いやな予感しかしない。

 

「あ…じゃあ私はこれで……。」

 

「ねえ!トレセンへの編入考えてみない!?貴方程のウマ娘ならG1勝利も、いや3冠だって夢じゃないよ!」

 

「いや…あのですねぇ。」

 

ヤバいこの勢い、デジタルさんと同じ感じがする。早く逃げないと。…あれおかしいな?体が動かない。

よく見るとすでに腕を掴まれていた。振りほどこうと思えば振りほどけるとは思うけど凄いパワーで掴まれている。

 

「貴方にとっても悪い話じゃないと思うよ!トレセン学園は設備だって最新だし寮も完備!カフェテリアのご飯もおいしいし!今ならなんとトレーナーの私がついてくるよ!」

 

今のところ私にとってマイナスの要素しかない。最新とか寮とか…学費がどれだけ高いか想像もしたくない。あとおまけに関してはどういうことなのだろう。

 

「ちょっちょっと待ってください!そもそもなんで私なんですか?走ってたウマ娘は他にいましたよね?」

 

そもそもなぜ私なのだろう。純粋に疑問に思った。

 

「貴方の走りを見てビリっときたの!」

 

「ビリっと?」

 

「そう!ビリっと!貴方だけなの!ウマ娘の走りはかなり見てきたけど、ビリっと来たのは貴方だけなの!だからお願い!」

 

早く逃げないと。このままだと知らないうちに話が進んでしまいそうだ。ついでにさっきから腕をブンブン振ってくれるせいでそろそろ肩ががヤバい。外しにかかってるんじゃないかとも思う。

 

「あの、話を聞いてくれますか?」

 

「いいよ!何かな!」

 

思いのほか話は通じそうだ。あの興奮状態から話を聞くモードに一瞬で切り替わったんだから。これがナナだったらこうはいかない。

 

「私、レースには興味が無いんですよ。だからトレセン学園に編入なんて考えたこと無いんです。」

 

「…えっ?」

 

ものすごい分かりやすくポカンとしている。それと同時に渋川さんの手が離れた。チャンスだ。

 

「だから渋川さんの期待には応えられません。それじゃあ、失礼します。」

 

「………さない。」

 

「…えっ?」

 

渋川さんが小声で何か言った。聞き取れなかったのでつい耳を傾けてしまった。

 

「逃がさないよ!貴方程の逸材!レースに出ることなく腐っていくのはこの私が許さない!ズタ袋に詰めてでも捕まえて見せるよ!」

 

「何だよぉおもおおおまたかよぉおぉぉおおおお。」

 

そう叫ぶとナナを抱えて走る。

 

「逃がさん!」

 

嘘でしょ!?ついてくるの!?今日は何回走ればいいのぉ~!

 

 




第十話ご覧いただきありがとうございます。
なんやかんやでここまで来ましたけど正直ヤバいです。何がヤバいかというとこのペースで行くとトレノがトレセンに行くのにあと20~30話くらい掛かるくらいやばいです。
どんぐらい進んだかなあって作ったフローチャート見たら4つしか進んでねえんでやんの。いくら何でもヤバいです。
そこでアンケート取りたいと思います。更新ペース遅くして一話を長くするか。それともこのままやるか。なんとなくでご協力いただけると嬉しいです。
また次回!

ここで書くことじゃあないかな?


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第十一話 追跡

「ハァ…ハァ…。」

 

「見つけたよぉ!言ったでしょ!逃がさないって!」

 

「ヒイィィィィィ!!!」

 

なんでここまでして追ってくるの!?いくら隠れても見つけてくるし!…仕方ない!

 

「ナナ!ごめん!ここに置いてく!」

 

「うぇえ!?ちょっとトレちゃん!?」

 

「このままだとあの人振り切れないから!後で迎えに来る!」

 

「いいけど、そんなこと言ってまた迷子にならないでよー!」

 

「分かってるよー!」

 

ナナと別れても振り切れる未来が見えないけど、とにかく逃げないと!

 

 

 

 

「ゼェ…ゼェ…ハァ…もう………無理……!」

 

「ま……待ってよ~~トレノちゃ~ん…!」

 

あれから30分程隠れては見つかりを繰り返している。驚いたんだけどどうにもあの人、私の匂いを探知して追跡してるらしい。なんでって?あの化け物、「クンクン、こっちからトレノちゃんの匂いがする。」って言ったと思ったら正確に隠れた場所を当てたんだから。それも五回も。人か?

 

「ヘブッ!」

 

化け物がこけたらしい。きっと私の事を思ってくれているんだろうけど、この学園に入る気も無ければレースに興味も…興…味……も…。とにかく、良心が痛むが最後の力を振り絞って渋川さんを振り切った。

 

 

 

 

 

「ふえええぇぇ~~~ん。」

 

なんでそこまでして逃げるのぉ~。私はトレノちゃんの才能が埋もれていくのが、トゥインクルシリーズで活躍して欲しいだけなのにぃぃ~~。結局逃げられちゃったしぃ。グスン。何としてもあの子を学園に引き込まないと。

あの子はレースに出ずに終わるようなウマ娘じゃない!とはいえ、どうすればいいんだろう。あの様子だと私を見るだけで逃げ出しそうだしなぁ。…今考えると悪いことしちゃったなぁ。今度会ったらちゃんと誤らないと。とおるるるるるるるるる

 

「あれ、誰からだろう?」

 

ポケットからスマホを取り出すと、東条さんからの電話だった。

 

「もしもし。渋川ですけどぉ。グスッ。」

 

「その様子だと逃げられたみたいね。榛名。」

 

「ふえぇぇ~~ん。そうなんですよぉ。私はトレノちゃんにトゥインクルに出て欲しいだけなのにぃ。」

 

「そんなことだから担当決まらないんじゃない?情熱は買うけど、もう少し相手のこと考えないと。」

 

ですよね~。分かってはいるんだけどどうしても前が見えなくなっちゃうというか。

 

「それはそうと貴方、今から私のトレーナー室に来てくれないかしら。」

 

「え?今からですか?いいですけどどうしたんですか?」

 

「貴方、カメラ置きっぱなしにして行ったでしょ?私が回収したから取りに来て頂戴。」

 

忘れてた。あの時はトレノちゃんに夢中になりすぎてカメラなんてそっちのけで追いかけてた。

 

「すいません!すぐに取りに行きます!」

 

「それともう一つ、トレノスプリンターの走りについてよ。沖野もいるし話し合わないかしら?」

 

「…!分かりました!すぐ行きます!」

 

そうだよね!トレノちゃん程の才能、東条さんが見過ごす筈ないよね!だからと言って担当するのは私ですけどね!

 

「どうせ疲れているんでしょう。ゆっくりでいいか……。」

 

「?どうしたんですか?東条さん?」

 

「やっぱり来なくていいわ。それと、生きて帰れるといいわね。」

 

「え!?それってどういう意味ですか!?、切れてるし…。」

 

いったいどうしたんだろう急に来なくていいなんて。まあ来るなと言われなくても行きますけど。

 

「渋川さん…。」

 

「はい、何です……か………。」

 

終わった。振り返らなければよかった。

 

「貴方に対する通報が30分前から山のように届いてですね…。どう落とし前付けてくれるんですか?」

 

「そのお………あのぉ……。」

 

下手なことを言えば殺される。何回かたづなさんに捕まったことはあるけどここまでの殺気を込められたのは初めてだ。それと笑顔が怖い。それだけで人を殺せそうなくらいに。

 

「今回は理事長からも話があるそうですよ。楽しみですねぇ。」

 

そう言うとたづなさんは私の服の襟をつかむとそのまま引きずって理事長室に連行していく。

 

「すいません!私はただ才能を潰したくなくて!」

 

「はいはい、言い訳は理事長室で聞きますからねぇ~。」

 

こうして私は理事長室にドナドナされるのだった。

 

 

 

 

 

「榛名は来れなくなったわ。」

 

「え?どうして?」

 

「分かるでしょ?今頃はたづなさんに連行されてる頃でしょうね。」

 

「あぁ…それじゃ早速始めるか。」

 

私は頷くと部屋を暗くし、プロジェクターが起動した。映し出されたのは榛名が撮影したトレノスプリンターのレース映像だ。

 

「直線のスピードは並のウマ娘より少し上くらいなのよね。」

 

「いや…どちらかというと加速力か?出遅れてから少しして取り戻すようにペースを上げてるよな、それで二人抜かしてはいるがそれでもテイオーやスぺのような加速力は見えない。」

 

レースは進みコーナーに差し掛かる。

 

「そして、問題はここから。コーナーに入った瞬間、内側から流れるようなごぼう抜き。こうやって見てると芸術ね。」

 

「コーナーが速いのはもちろんだが、あの狭い内側に何の躊躇もなく突っ込んでくんだからな。見てるこっちがゾッとするよ。」

 

「それに柵との距離が極端に近いわね。そしてそのまま順位を上げていって。」

 

「んで、気付いたら一着争いっと。」

 

そう、本当に度肝を抜かれたのはここから。このコーナリングでも十分度肝抜かれたけどここからが目を疑った。

 

「そして先頭を走ってる子を捉えたと思ったら…。」

 

「いつの間にかアタマ取ってたわけだ。コーナーだけ取ったらこの学園でも抜きんでてやがる。」

 

「あの”ぶれる”コーナリング…どんなトレーニングをしたら身に着くのかしら。」

 

「分からん。こればっかりは本人の才能としか言いようが無いだろ。」

 

そうなると尚更謎だ。榛名との会話を聞いた限り、レースには興味が無いという。興味が無いのにあそこまでの脚をどうやって仕上げたのか。あの仕上がりは学園内でもトップクラスと言ってもいいわね。

 

「ねえ、あなたはどう考えてるの。榛名みたいに走ってほしいって思ってるんじゃないの?」

 

「確かに、榛名の学園に引き込みたいって気持ちは分からんでもないが、本人にその意思が無いとなるとどうしようもないだろ。」

 

「そこなのよねえ。」

 

二人して頭を抱える。レースに出て走ってほしいのは私だってそうだ。ただ本人に走る意思がないのなら強要もできない。そう考えていると扉からドン!と大きな音が鳴った。

 

「な、なんだぁ!?」

 

沖野が扉の向こうを確認する。誰もいなかったようで戻ろうとすると。

 

「あ?何だこれ。手紙?」

 

「何それ?どこにあったの?」

 

「扉に貼ってあった。えーと何々、「話は聞かせてもらった!なんか面白そうだな!アタシも混ぜろよ!待ってろ今連れてきてやるからな!」…だとよ。」

 

「十中八九ゴールドシップね…早く行って止めてきなさいよ。」

 

「出来たらもうやってるよ…。」

 

今度は胃が痛くなってきた。はぁ…丸く収まればいいんだけどね。

 

 

 

 

 

「罪状ッ!被告は30分ウマ娘を追いかけまわした罪に問われている!容疑を認めるか?」

 

「はい…その通りです…。」

 

現在私は理事長室にて裁判を受けています。どうしてこうなったのかは明白なんだけど。

 

「普段の君は情熱溢れる優秀なトレーナーなのだがどうしてこう自制できないのだ!」

 

貴方がそれ言います?っと思ってしまった。なんやかんや貴方も暴走してるじゃないですか。

 

「理事長?それは貴方も同じですよ?」

 

「うぐっ!とにかく!今までの問題行動には目を瞑ってきたが今回ばかりは君はやりすぎだ!」

 

「待ってください!その前にこれを!これを見てください!」

 

このままでは終われない。スマホでもレースを撮っていたのが功を奏した。さあ理事長、くらえ!

 

「これは、レースの映像だな。君が撮ったのか?」

 

「はい、先ほど行われた模擬レースの映像です。出遅れた子、トレノスプリンターに注目してご覧ください。」

 

「どれ…ふむふむ。」

 

やっぱり食いついた。たづなさんも食い入るように見ている。すると理事長の目が見開く。たづなさんは驚きの声を上げる。多分あのシーンを見たんだろう。

 

「理事長、お願いがあります。」

 

「…話したまえ。」

 

「トレノスプリンターを説得してもらえませんか!あの子の才能をレースに出ないまま終わらせたくないんです!」

 

「傾聴。彼女から話は聞いたのか?」

 

「はい。ですが、レースに興味はないと。そう言っていました。」

 

「それでは彼女の意思に反するのでは「違います!」

 

理事長の話を遮って私は続ける。

 

「レースに興味のない子がここまでの仕上がりになるとは思えません!本人は否定していますが心の中ではきっとレースが…走ることが大好きなんです!」

 

「うっ…だがしかし…。」

 

「お願いです理事長!」

 

しばらく考え込んで、理事長が口を開く。

 

「承諾ッ!結果は保証できんが掛け合ってみよう!」

 

「ッ!本当ですか!?」

 

「うむっ!それに、君の気持ちもわからんでもないからな!」

 

「ありがとうございます!」

 

流石理事長!こういう時本当に頼りになる。理事長が掛け合ってくれるなら一安心だ。

 

「じゃあ私はこれで。失礼します。」

 

「?疑問、なぜ帰ろうとするのだ?」

 

………あっ

 

「まだ話が残ってますよ?渋川さん?」

 

そういうとたづなさんが私の肩を掴んできた。ちょっと力加減間違えてませんか?このままだと砕けるんですけど。

 

「判決ッ!被告を3週間のトレーナー寮待機とする!」

 

「ひでぶっ!!」

 

こうして私は昇天しました。

 




文章の肥大化が止まりません。後ここに書くネタも尽きました。
書くこと無いのでまた次回!


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第十二話 知らせ

「ごめんナナ…待たせちゃって…ウプッ。」

 

「だ、大丈夫トレちゃん!?」

 

「だ、大丈夫、すぐ良くなると思うから。…やっぱごめん、あそこのベンチで休んでいい?」

 

「災難だったね…ほら、肩貸すよ。」

 

ナナの肩を借りながら私はベンチに座る。正直もう帰りたい、そのくらい疲れている。

 

「トレちゃん待ってて、水買ってくるから。」

 

「ありがとね、色々と。」

 

ナナが水を買いに行っている間、不思議とレースの事を思い出していた。そして案内してくれたウマ娘の事も。あの時、前を走ってるウマ娘をわくわくしながら追いかけてた。走ってて楽しいと思ったことなんて今までなかったのに。何なんだろうこの気持ち。

それにしても、今日はかなり走ったなぁ。そうやって背筋を伸ばしていると遠巻きに変な看板を見つける。

 

「えーとぉチームスピカ?入部しない奴はダートに埋めるぞ?どういう事?」

 

よく分からない。というか分かりたくない。なぜ犬神家なのか。あの絵をどうやって撮ったのか。あとコンプライアンス的にどうなの?

 

「おまたせー。はいお水。」

 

「ありがとう。ところでさ、あそこにスピカの看板あるじゃん?あれってどういうチームなの?」

 

「あーあれね…トレちゃん見ちゃった?あの看板。」

 

「うん…視界に入れちゃったらなんか目が離せなくてね。」

 

但し奇怪なものを見る目でだけどね。

 

「スピカっていうのはね、実力としては学園でもかなり上なんだけど、かなり奇行が目立つチームって聞いたことがあるよ。」

 

「うん、なんというか…だよね。」

 

察しはついてた。あんな看板出すくらいなんだもん。そう思って例の看板に目をやる。…?

 

「ほらこんな感じ。ライブでのスピカなんだけどね。」

 

「うん、普通に言ったけどライブってどういう事?」

 

「あっそういえばそうだったね。レースで勝ったウマ娘はウイニングライブって言ってこうやってライブするんだよ。」

 

「へー、それでこれがスピカのウイニングライブなんだ。」

 

ナナから渡されたスマホを見て絶句した。ライブなのに立ち尽くしてたりまるっきり違う振付のダンスを踊ってみたり。

 

「凄いね…なんか…。」

 

ふと気になって看板のほうを見てみる。…なんか近づいてない?

 

「あぁでもね!メンバーの強さは折り紙付きだよ!春の天皇賞二連覇のメジロマックイーンさん!「ガタッ」無敗のままクラシック二冠まで勝ったトウカイテイオーさんだったり「ガタッ」。まあ紹介してると長くなっちゃうからまた今度ね。」

 

「そ…そうなんだ…ハハッ…。」

 

看板が気になりすぎてほとんど聞いてなかった。さっきからガタガタ音が鳴ってるけどこの様子だとナナは気づいていない。それっぽいことを言って移動しよう。

 

「ねえ、そろそろ他の場所見にいかない?ほら、さっきお勧めの所に連れてってくれるって言ったじゃん。」

 

「そうだったね。よぉし、それじゃレッツゴー!」

 

「おー。」

 

扱いやすくて助かるよ。これで危険地帯を抜けられたかな?ポスっ

 

「あっすいません…え?」

 

ぶつかってしまったので謝ると目の前にはマスクとサングラスをしたウマ娘が4人いた。制服は来ているのでこの学園の生徒何だろうけど…言いたくないけど不審者感が凄い。

 

「あのお…誰でしょうか?」

 

この空気に耐え切れずにナナが聞く。誰って聞いても答える不審者いないでしょ。

 

「スカーレット!ウオッカ!スぺ!やぁっておしまぁ~い!」

 

「はい、ゴールドシップさん。」

 

名乗ったよ。名乗ったよこの不審者。もう変装の意味ないんじゃ。

 

「「ヘブッ!」」

 

「「「「えっほっえっほ!」」」」

 

ナナもろとも拉致られてしまった。余計なこと考えてないで逃げればよかった。まさか生きてるうちに拉致られるとは思わなかった。

 

「いよーいたかトレーナー!連れて来たぜー。」

 

「おいおい!本当に連れてきたのかよ!」

 

「そりゃあこんなおもしれえ事を放っておくアタシじゃあないからな。」

 

「…ぁあ!こうなったら元凶呼んで話合ってもらうしかないか。」

 

 

 

 

 

「驚愕ッ!気絶してしまったぞ!?」

 

「恐らく、それほどの衝撃だったんでしょうね。秘孔を突かれたみたいな声出してましたし。」

 

「とりあえず救護スタッフでも呼ぶか…。」

 

「あ、私がトレーナー寮まで運ぶのでいいですよ。それよりも理事長、良かったんですか?」

 

あの話を理事長が受けるとは意外でした。ウマ娘のためなら私財を投じてたまに暴走してしまう理事長ですが、ウマ娘の本位でないことは今までやってきませんでした。なぜ今回は受けたんでしょうか。

 

「熟考ッ!正直、私とてかなり悩んだ。確かにトレノ君が否定するなら深追いをするつもりはない。だがッ!」

 

理事長は立ち上がりながら続けた。

 

「渋川君の話もあながち間違ってはいないと思っているのだ!あのレースを見たら尚更そう思えて仕方がないのだ!」

 

トレノスプリンターさんのレース。私も見たときは驚かされました。あんな走りをする子がレースに興味が無いと言われても信じられない。

 

「だからこそ、自分の耳でも聞いてみたいというわけですか。」

 

「肯定ッ!そうと決まれば。早速行動だ!」

 

理事長はこういう時の行動はやっぱり早いですね。ですけど…。

 

「理事長、行くのはいいんですけどトレノさんがどこにいるか分かりませんよね?」

 

「憂慮ッ!私もそこは気にしていたが…。」

 

「あんなことがあった後ですし、もしかしたらもうすでに帰られたかもしれません。」

 

そうなると困りますね。何も情報のない一般ウマ娘を探すのは骨が折れますし。とおるるるるるるるるる

 

「あら、この電話は…渋川さんのスマホですね。相手はスピカのトレーナーさんですね。どうしましょう理事長。」

 

「渋川君は現在電話に出られぬゆえ私が代わりに話をしよう!」

 

もうすでに出ていらっしゃいました。

 

「えぇっ!理事長ですか!?そのぉ…すいません!うちの担当が一般のウマ娘を拉致してしまってですね。俺の監督不行き届きです。」

 

「驚愕ッ!もしやそのウマ娘の名前とは!」

 

「えっ?と…トレノスプリンターって子です。」

 

「待機ッ!君たちはそこで待っていてくれ!私も彼女に話があるからな!」

 

そういうと理事長は電話を切り、「渋川君を頼んだ!」と言って理事長室を後にしました。さてと、私もそこに寝てる渋川さんを運びましょうか。ただ何というか…もうひと悶着ありそうな気がします。

 




呪!正月休み終了!…短くないですか?
まだ休んでたいって気持ちもありますけどまあ致し方なし。リアルが忙しくなりそうなので更新遅くなりそうですがご了承ください。
また次回!


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第十三話 質疑

「待機ッ!君たちはそこで待っていてくれ!私も彼女に話があるからな!」

 

「いえ理事長!用事があるなら俺のほうから行きます!って切れてる。」

 

俺が知らないうちに面倒くさいことになってやがる。目の前のこいつらはトレノスプリンターと…その友達を拉致っちまうし。

 

「まあ安心しろよ。アタシたち悪いウマ娘じゃねーからよ。」

 

そうゴルシが言う。椅子に縛り付けてスタンドライトとかつ丼用意しておいて何が悪いウマ娘じゃないだよ。

 

「あの、貴方達何がしたいんですか?これ普通に犯罪ですよね?これ指示したの貴方ですか?」

 

そう言うとトレノスプリンターが俺を睨みつけてくる。まあ怒りの理由についてはご尤もだわな。

 

「待ってくれ誤解だ。俺は何一つ指示していない。ゴルシが勝手にやったことだ。まあ監督不行き届きと言われればそれまでだが。」

 

「え?お前がトレセンに編入させたいって言ってなかったっけ。」

 

「確かにそうだが本人が嫌だって言ってんだろうが。」

 

ゴルシとの話を終わらせるとトレノスプリンターとその友達に体を向ける。

 

「すまなかった。うちの担当のせいで不快な思いさせちまって。」

 

「そう思うなら早くこの縄解いてくれませんか?」

 

まあそりゃそうだろうな。椅子に縛り付けられてる状態を良しとするわけないよな。ただ今から理事長が来る。それまでの間はここにいてもらわないと。

 

「分かった。お前ら、解いてやってくれ。」

 

「はい…すいませんトレノさん。悪気はなかったんですが…。」

 

「はいはいそうですか。」

 

 

 

拉致ったウマ娘のトレーナーってことでかなり警戒してたけど案外すんなり縄は解かれた。恐らく周りにいるウマ娘よりは話は通じそうだ。縄を解くとき、拉致した犯人たちも謝ってきた。

 

「何で私たちを攫ったんですか。」

 

まずは率直な疑問をぶつけてみる。私だって警察沙汰にはしたくないけど、返事次第ではそのまま警察に直行するつもりだ。

 

「それに関しては重ねてになってしまうが申し訳ない。俺とおハナさん…東条トレーナーと君について話していてな、盗み聞きしてたうちの担当、ゴールドシップが君達を攫ってしまったんだ。」

 

「貴方の担当であるなら未然に防げたんじゃないんですか?」

 

「ゴールドシップの行動は俺どころかこの学園にいる全員が予測できない。言い訳にもならないが俺もゴールドシップの犯行を知った時にはもう既に手遅れだった。」

 

何故学園はそんなウマ娘を野放しにしているんだろうか。大丈夫なの?この学園の治安。百歩譲って私だけならまだいい。私としてはナナが巻き込まれたほうが許せない。

 

「じゃあゴールドシップさんに聞きますけどなんでナナも巻き込んだんですか。」

 

「まあ一緒にいたからな。どうせついてくると思ったからついでにな。」

 

「攫うなら私一人でよかったじゃないですか!いくらウマ娘が好きなナナでもこんなことをされたら」

 

「いや、心配してるところ悪いけどそのお友達、目ぇキラッキラしてるぞ。」

 

「はぁ?そんなわけ…。」

 

「うわあ…!マックイーンさんにテイオーさん!スペシャルウィークさんにサイレンススズカさんも!」

 

本当だった。今まで見たことも無いくらいキラキラしてる。なんでこの状況でそんなにお気楽なのか。

 

「あの!この色紙にサインしてもらっていいですか!?」

 

自分の友達ながらここまでくるとさすがに引く。でも悲しんでるとかそういう風にはなっていないので安心する。

 

「…釈然としませんけど貴方が嘘をついているようには見えません。ただ、気になることがあるんです。」

 

「何だ?俺の話せることなら話すが。」

 

「何で貴方と東条さんが私の事を話し合っていたんですか?さっき私を編入させたいとか言ってましたね。」

 

「ああ、さっき君を追い回してた渋川って奴いただろ。俺もレースをこの目で見たけどよ、あいつカメラ持参してきてたんだ。その映像について色々とな。」

 

「私の走りですか。そんなに面白いものじゃないと思いますけどね。」

 

また私の走り。そんなに見られると嬉しい通り越して気持ち悪いとすら思える。

 

「いや、断言する。他のトレーナー、ウマ娘に君の走りを見せても確実にトレセン編入を勧めるだろうな。君の走りはそれほどのものだ。」

 

「あの、トレーナーさん。トレノさんの走りってそんなに凄いんですか?」

 

「ああ、凄いなんてもんじゃない。映像貰って来たから見てみろ。」

 

そう言うとスピカのトレーナーが紫の耳飾りをつけてるウマ娘スマホを渡す。他6人もスマホに群がる。

 

「ちょっとマックイーン押さないでよ。」「「押すなよ!」」「貴方こそ押してるんじゃありませんの?」「スズカさん、見えますか?」「大丈夫よスぺちゃん。」「フ…このゴルシ様が査定してやるぜ…!」

 

動画が再生されたのか皆黙る。時々おーなどのリアクションもあるけどそんなに面白いのかな。動画が進んでいくと何故かスピカメンバーが一斉に目を見開いた。それから少し経った後、今度は私のほうを見る。

 

「な…何ですか、急にジロジロと。」

 

「…質問よろしいでしょうか。トレノさん。」

 

「いいですけど…えっと…。」

 

「メジロマックイーンですわ。貴方、過去にレース教室に通われたことがあるんですか?」

 

急に面接が始まった。面接なんて受けたこと無いけどこれが圧迫面接かと感じながら答える。

 

「いえ、習い事は特にはしてませんけど。」

 

「じゃあ次はボクだね!ボクはトウカイテイオー!それでさ、トレノちゃんって休みの日ってトレーニングしてるの?」

 

「いえ…家の豆腐屋手伝ってます。と言ってもあんまりお客来ませんけど。趣味もないので基本暇なんですよね。」

 

「ふ、ふーん。そうなんだぁ…。」

 

テイオーさんは思ったのと違うみたいな反応をしながら下がっていく。

 

「アタシはダイワスカーレット、アナタの「次はオレだろ!?」アンタは黙ってなさい!…ゴホン、アナタのレース中の走り方って意識してやってるの?」

 

この二人さっきも揉めてたな。レース中の走り?何かおかしなところでもあったかな。普通に走っただけだけど。

 

「意識は特にしてなかったと思います。ただ”いつも通り”走ってただけですけど。」

 

そういった瞬間、皆の顔が変わった。何か解せないような顔をしている。

 

「あの、トレノさん。それっておかしくないですか。」

 

「え?」

 

「急にごめんなさい、私はサイレンススズカ。貴方の話を聞いてたら気になっちゃって。」

 

「はぁ。何か変なところでもありましたか?」

 

特に当たり障りが無いように答えているつもりだけど。何が引っかかったんだろう。

 

「トレノさんはレース教室に通っていない普通の中学生なのよね。それで基本暇って言ってたわよね。」

 

「はい、そう言いましたけど。」

 

「”いつも通り”走ったって言ったけど一体”いつ”走ってるのかなって。」

 

「確かに!私、トレちゃんの走ってるところ体育祭で見ましたけどあんな走り方じゃありませんでした。もっと普通な走り方でした。」

 

あー。確かに新聞配達は毎日やってたから私のいつも道理に入っていた。言うつもりなかったけどまあ新聞配達くらいなら大丈夫か。ちょっとは誤魔化すけど。

 

「言ってなかったですね。私、一年前くらいから新聞配達のバイトやってるんですよ。」

 

「ほー、一年前からか。」

 

後ろから急に声が聞こえた。振り返ってみるとさっきグラウンドまで案内してくれたウマ娘がいた。

 

「よう嬢ちゃん、さっきぶりやな。ってうちの名前知らんか。タマモクロスって言うんや。よろしくな。」

 

タマモクロスさんが握手を求めてきた。さっきの恩もあるのできちんと応じる。

 

「あ、トレノスプリンターです。さっきは本当にありがとうございました。」

 

「かまへん、それよりもトレノ…。」

 

急に黙り込んでしまった。心なしか握手している手に力が籠って来ている。…痛いですタマモクロスさん。

 

「どうしたんですか?タマモクロスさん。」

 

「嘘は良くないんとちゃうか?」

 

タマモクロスさんが圧とともに私を睨みつけてくる。噓、まさか見透かされた?

 

 




やーと書き終わった。時間が無いっす。
アンケート取った直後にこれですか。何という体たらく。
この段階までで拉致に関する感想がかなり(誇張表現)来ていたので断言します。
この世界の警察は機能しません。というか機能させるとめんどいので機能させません。
そうならないように調整していきますがどうしてもの時はご都合主義でどうにか。
はい反感買った。

また次回!


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第十四話 申し込み

「嘘って何のことです?」

 

「とぼけんなや、あの走り見たらわかるわ。」

 

確かに嘘は言った。言ったけどそこまで怒ることではないと思う。

 

「じゃあ聞きますけど、私が嘘をついていたとしたら何かあるんですか?」

 

「いや、特にあらへん。世の中には天才ってのが五万とおるからな。ただトレノの走りは一年ぽっちやないと思うけどな。まあええわ、ウチはこれだけ言いに来たんや。」

 

「…何ですか。」

 

握られていた手が離れ、しゃべり方自体は初めて会った時のような穏やかなものに変わった。だけど放っている圧は変わらない。

 

「来週の土曜、ウチと模擬レースしてくれへんか。」

 

周りがざわつく。それほど予想外なことだったんだろう。私もそうだよ。それにしてもまたレース。

 

「すげえじゃねえかトレノ!タマモクロス先輩からレースの申し込みなんて!」

 

「そ…そうなんですか?…えっと。」

 

「ウオッカだ!まあよろしくな。それで、受けるんだろ?」

 

「いえ、受けませんけど。」

 

まあ普通受けるわけない。往復の電車代もそうだし遠いし、何より受ける理由が無い。

 

「なんでや?休みの日は基本暇って言っとったやないか。」

 

「どこから聞いてたんですか。」

 

「この部室の前通るときに怒鳴り声が聞こえたんや。それで誰やろ思うて聞き耳立てとったわけや。」

 

あそこから聞かれていたのか。私そんなに大きな声出した覚え無いんだけどな。自分もだけどウマ娘おそるべし。

 

「話し戻して、何でレース受けてくれんのや。」

 

「私、ナナもそうですけど家が群馬なので行くにしてもお金かかるんですよ。遠いし。」

 

「そ、そうなんか…えっとなんかすまんな。お金の問題はどうにもできんもんな。」

 

お金の話をした瞬間何故か同情、というか同類を見るような目をされた。先ほどまで放たれていた圧さえもどこかへ行った。

 

「それに理由が無いじゃないですか。私とタマモクロスさんがレースをする理由が。」

 

「なんや、どういう事やねんそれ。ウマ娘がレースすんのに理由なんているんか。」

 

「私レースに興味ないですし。」

 

「何やねんそれ、嫌味か。あれだけの脚や、相当なトレーニング積んでるはずや。それこそ”一年”なんかじゃきかないくらいやないか?」

 

「新聞配達の事ですか?さっきも言いましたけど始めたのは一年前ですって。それに私だって好きでやってるわけじゃ無いので。」

 

あんな朝早くに起きないといけないのに好き好んでやるわけがない。ただ家が貧乏だからやっているだけ。

 

「嘘つくなや、嫌々走っててそない速くなれるわけないやろ。第一、レースに興味ないやと?ふざけんなや!なら何であないな技身につけられたんや!」

 

タマモクロスさんが私の心境を無視して言ってくる。…なぜ反論の言葉が出てこないんだろう。

 

「…分かってないよ。タマモクロスさんは。」

 

言えたのは、こんな言葉だけだった。

 

「分かってないのはお前のほうやろ!本当は走るのが好きなはずなんや!ウマ娘ならトレーニングして仕上げた足に、技術にプライド持てや!挑戦されたら受けてみろや!」

 

言われてハッとした。さっきタマモクロスさんの後ろを走っているときも、レースしているときも、確かに”楽しかった”。だけど、受ける理由にはならないでしょ…!

 

「さっきウチは噓は良くない言うたよな。ウチらになんぼ嘘ついてもええ!せやけど自分の気持ちに嘘つくなや!ええか、来週の土曜や。すっぽかすんやないで。」

 

そう言ってタマモクロスさんは部屋から出ていった。

 

「…痛っ。」

 

掌が痛い、見てみると無意識のうちに握りこんでいたのか爪が食い込んでいたみたい。

 

「到着!と言ってもかなり前に着いていたが。トレノスプリンターは君かな?」

 

間をおいて入れ替わるように子供が入ってきた。

 

「うん、そうだけど。私に何か用かな?」

 

まさかこんな子供が私に用事とは。もう訳が分からない。

 

「”理事長”!ホントに来たんですか!?。」

 

え、理事長?「この子供が?」

 

「ちょ、トレちゃん出ちゃってる出ちゃってる!心の声出ちゃってる!」

 

しまった、つい声になっていたみたいだ。いくら子供のような見た目でも。これで立派な大人なのかもしれない。

 

「す、すいません。子供なんて言っちゃって。」

 

「些細!気にしなくてもいいぞ!そんなことよりもトレノ君に話がある。」

 

「は、はい。何ですか?」

 

「君の事は渋川君から聞いている。君のレースも見せてもらった。それと、先ほどのタマモクロス君の模擬レースの件も。全て承知してお願いがある!」

 

渋川さん…今は聞きたくない人の名前だけど。なぜあの人はこんな私にビリっと来たんだろう。

 

「トレセン学園への編入をもう一度だけでいいので考えてはくれないだろうか!」

 

「…なんで皆私にこだわるんですか。それに貴方は理事長なんですよね。なんで私なんかに。」

 

渋川さんも、スピカのトレーナーも、そしてタマモクロスさんもなんで。ここまで否定しているのに。

 

「明確ッ!君が楽しそうに走っていたからだ!レースで走っている君が楽しそうで、とても輝いていた!」

 

「そう見えたんですか。普通に走っただけなので、そんなに楽しいとは思わなかったですけど。」

 

心が痛んだ。理事長に嘘をついたからじゃない。私に嘘をついたからだ。

 

「…私もそう見えた。トレちゃんの走ってる姿、今まで見た中で一番楽しそうだった。」

 

「ナナ?」

 

「いつも寝ぼけた顔した天然なトレちゃんがあんな楽しそう顔してるの初めて見たもん。レースに興味ないって言ってたのが信じられないくらい。」

 

ナナにもそう見えていたみたい。

 

「私だけじゃないと思うよ。ここにいる全員そう思っているはず。ですよね、皆さん。」

 

そうナナがスピカメンバーに聞くと揃えたように頷いた。

 

「…時間を下さい。私一人で決められることではないので。多分答えは変わらないと思いますけど。」

 

トレセンに編入はしない、しないけど私一人で決められる問題じゃない。お父さんに相談しなければいけない。

 

「返事はいつでも構わない!じっくりと考えてくれ!ではさらばだ!」

 

話が短くて助かった。さっきに引き続き割と長い話だと気分的に萎えてしまう。

 

「まあ編入についてはゆっくりでいいんじゃない?今は目の前の事を考えなきゃ。」

 

「タマモクロスさんとのレース、だよね。」

 

「ああ、それにあの食いつきよう。よほどトレノ君に何かあると見た。君、タマモクロスと何があった?」

 

スピカのトレーナーにそう聞かれた。何があったって聞かれてもただグラウンドまで案内してもらっただけなんだけどな。

 

「タマモクロスさんとですか?さっきの模擬レースで遅れそうになって道案内お願いしただけですけど。ただ遅刻寸前だったみたいでグラウンドまでダッシュで行きましたけど。」

 

「ダッシュで?」

 

「はい、何とかついては行ったんですけど正直トレセン学園ってこんなのしかいないのかと思って模擬レース気が重かったですよ。」

 

 

 

タマモクロスについて行けたのか?トレノスプリンターの話が本当ならたった一年でこの学園のトップと同レベルまで成長したってことになる。だが、レースを見たから分かる。あの走りは1年やちょっとで身に着く走りじゃない。

 

「なあ、トレノ君。本当に一年なのか?」

 

「へ?何がですか?」

 

「新聞配達だよ。俺もタマモクロス同様、そこが引っかかって仕方ないんだ。」

 

「あ、私もそこすごい聞いてみたい!」

 

ナナ君をはじめ、スピカメンバーも聞きたそうにしている。トレノ君が悩んだように口を開く。

 

「…はぁ、ナナも聞きたいみたいなので話します。私が新聞配達を始めたのは五年前からです。」

 

「五年前となりますと…トレノさん、今おいくつなのですか?」

 

「14です。もう少しで15になりますけど。」

 

「つまり、9歳のころから新聞配達やってた訳か。なるほど道理で速いわけだ。」

 

あの走りは五年もの間、トレノが新聞配達で鍛えたわけだ。嫌々やってたわりにはあまりにも洗練されている。言ってしまえば完成している。

 

「もちろんですけど、新聞持った状態で本気で走ったりはしてないですわよね?」

 

「配達中は速く走れないですよ。投げるわけにもいかないので、でも行きや帰りは何もないし、めんどくさいからぶっ飛ばしていくんです。真夜中なんで人もいないし。」

 

「街中を走るわけだよな。曲がり角とか怖くないのか?」

 

人間とウマ娘が走って曲がるのとは訳が違う。街中のあの曲がり角をレースのように曲がろうなんて思うウマ娘なんか先ずいない。

 

「確かに最初のころは怖かったですよ。でも一か月くらいで怖くなくなったんです。それで、どれだけ早く曲がれるか試すようになったんです。」

 

「トレちゃん毎日そんな危ない事してたの!?」

 

「危ないと思ったこと無いけど。ただそうでもしないと面白くなくて。」

 

成程、それがコーナリング速度の秘密か。そして確信した。彼女の走りに対する情熱は本物だ。

 

「トレノ君、部外者がこんなこと言うのもあれだが聞いてほしい。タマモクロスとの模擬レース、受けるべきだ。」

 




書いといてなんですけど、読み返すと思うんですよね。「これおもろいんか?」って。
ご都合主義てんこ盛りだし。書いてる自分が評価星ゼロつけそうな勢いです。
え?真面目に書け?これで真面目なんです(泣き)
また次回!


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第十五話 帰路

アンケートご協力ありがとうございました。
今まで道理でいいとのことなのでマイペースにやっていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。

それでは本編どうぞ!


「急に話が戻りましたね。それになんでそう言い切れるんですか。」

 

「君にとっていい刺激になると思ったからだ。」

 

「そうですか。でもさっき言ったように私は受ける気はありません。受ける理由がありません。」

 

「理由ならさっきタマモクロスが言ってただろう。」

 

「”ウマ娘だから”ですか。悪いですけど私にはわかりません。」

 

ウマ娘だから。そんな理由は理由にならないと思う。するしないはその人の意思で決めることだと思ってるから。

 

「…そうか、分かった。悪かったな、拉致った上にここまで引き止めちまって。」

 

「本当ですよ、それじゃあ私たちはこれで。…ナナ、名残惜しそうにしない。」

 

「えーいいじゃんもう少しくらい。当初の目的の9割しか達成してないよぉ。」

 

「ほとんど達成してるじゃん。ほら、時間も時間だしそろそろ帰らないと。」

 

まだ何か言ってるけど引きずって帰るとしよう。

 

「待ってくれ。最後にもう一つだけ。」

 

まだ何かあるのかと呆れながら振り返る。

 

「何ですか。帰るので手短にお願いします。」

 

「俺の名刺だ。もしレースを受けるようならここに電話をくれ。車くらいは出す。」

 

「結構です。受ける気もないですから。」

 

そう言ってトレセン学園を後にした。全くひどい目に会った。一回レースに出ただけでなんでこんな目に。そんなことを思っていた帰り道…。

 

「…ごめんねトレちゃん。私が軽い気持ちでレースに出てなんて言ったから。」

 

こんなに落ち込んでいるナナを見たのは初めてかもしれない。

 

「気にしないでいいよ。誰もこうなるなんて思わないんだから。」

 

「うん…だけどね、渋川さんやスピカのトレーナーさんがトレちゃんに注目してる理由も分かるし、私もトレちゃんにトレセンに入ってほしい。」

 

「ナナ…。さっきも言ったでしょ。入る気はないって。」

 

ナナまでこんなことを言い出すとは。想像以上に面倒くさいことになったかもしれない。…さっきは恐ろしくメンドかった。

 

「そ、そうだよね。うん…今日はもうこの話止めようか。」

 

「うん…ありがとうね、気を使ってもらっちゃって。」

 

そこから会話はなかった。いや、あったにはあったけどそのどれもが3,4回キャッチボールしただけで途切れてしまうようなものばかり。雰囲気的には全国大会に負けたようなムードが漂っていたと思う。そんなことより不思議だったのはタマモクロスさんの言葉が頭から離れないことだった。

 

(ウチらになんぼ嘘ついてもええ!せやけど自分の気持ちに嘘つくなや!)(本当は走るのが好きなはずなんや!)

 

自分の心に嘘をつくな?本当は走るのが好き?今思っても随分勝手なことを言ってくれる。私の心は変わらない。走るのなんかめんどくさくてたまらない。

 

「…頭痛い。」

 

「ん?トレちゃん何か言った?」

 

「…いや、何でもないよ。」

 

止めよう。もうトレセンの事も、レースの事も考えるのも。…だけど、考えないようにするほどレースの事が頭にこびりついて離れなかった。

 

 

 

 

 

「トレーナーさん。トレノさん、来てくれますかね。」

 

「彼女の口から行かないって言ってるからな。どうにかしてタマモクロスを説得して模擬レースを無かったことにするしかないだろう。」

 

まさか話がここまでこじれるとは思わなかった。それもこれも渋川のアホのおかげだな。

 

「だけどよぉ、タマモクロス先輩のあの様子。簡単にはいかなさそうだぜ?」

 

「ああ、小宮山トレーナーにも頼んでみる。皆、分かってると思うがこの事は誰にも話すな。話が漏れると取り返しがつかないことになる。」

 

「分かった、分かったぞぉー--!」

 

「ゴルシ!!」

 

思った通りゴルシが動いた。さっきは不意打ちを食らってトレノ君に迷惑をかけてしまった。これ以上彼女に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

「…分かってるって。アタシだって悪いと思ってる。」

 

「ああ、大いに反省してくれ。さあ皆も解散してくれ。………さてと。」

 

 

 

 

 

「………んぁ、!?」

 

目が覚めると見慣れた天井だったので飛び起きる。なんでトレーナー寮にいるんだろう。確か私は理事長に3週間の謹慎を言い渡されて、それから…。

 

「うーん、思い出せない。…あれ?」

 

机の上に書置きがあった。これって、たづなさんから?

 

『渋川さんへ 謹慎期間という事ですが最初の1週間は休暇扱いにしていきます。最近働き詰めでしたしご実家に帰省してみてはいかがですか?』

 

「たづなさぁん…。」

 

この人はなぜここまで気が回るのだろうか。どれほど人間が出来ればこれほどの聖人が完成するんだろう。

 

『過労等であのような奇行に走ったことにすればこちらとしても処理しやすいので。』

 

ふぐぅ。心にエルボーが突き刺さった気がする。とは言えたづなさんの心遣いに感謝しかない。かと言って直ぐに帰るのもなんだかなぁだよ。あれ、続きがある。

 

『分かってるとは思いますけど反省文を提出してもらいますからね。』

 

ですよね。私だって何でああなったのか分からないくらいなんだから。とおるるるるるるるるるん

 

「はい、渋川です。」

 

「よう渋川。その様子だと問題なさそうだな?」

 

「問題しかないですよ。全面的に私が悪いので反省しかないんですけど。」

 

「ははーん。さては謹慎食らったか。」

 

「ははーんじゃないですよ。こっちとしては死活問題なんですから。たづなさんは実家に帰ってもいいとは言ってくれましたけど。」

 

帰ったところで特に何をするでもなく何だよね。しいて言えば反省文書くくらいだし。いや、最優先事項だこれ。

 

「ふーん、いいじゃねえか。いいリフレッシュになるんじゃねえか?」

 

沖野さんもこう言ってるし、せっかくだし帰ってみよう。しかし随分帰ってないなぁ。お母さん元気かな。

 

「そうですかねぇ。まあせっかくの厚意ですからお言葉に甘えてみます。」

 

「おう、じゃなくてだな。お前、理事長にトレノ君のこと話したろ。俺の部室に乗り込んできたぞ?」

 

「はい、ってえ?沖野さんの部室に?」

 

「そうだよ。俺とおハナさんでトレノ君のレースを見てたらゴルシに盗み聞きされてな。それでトレノ君が拉致られた。かなりご立腹だったぞ。」

 

「そうだったんですか。すいません、沖野さんにも東条さんにも迷惑をかけてしまったみたいで。」

 

まさかそこまで大事になっていたとは。沖野さんや東条さんもそうだけど何よりトレノちゃんのことが心配だ。この騒動の元凶だからこそ、会って謝りたい。

 

「分かってるとは思うが、トレノ君に会えたらちゃんと謝るんだ。いいな?」

 

「分かってます。いくらあんなことやらかす私でも常識くらいは知ってるつもりです。」

 

「ホントかよ…じゃあ切るぜ。」

 

「はい、心配してくれてありがとうございます。」

 

明日の朝出発しよう。さてと、色々準備しておこう。着替えとかノートパソコンとかいろいろ。なんかドキドキするなぁ。変わってないといいなぁ、”伊勢崎”の街並み。

 




クリークと拓海がバトルする夢をついこの間見ました(実話)。
確か最終コーナーでクリークを抜き去って勝ったっていう感じでした。なんでだろう。
なんでクリークロードスターに乗ってたのか?すべて謎です。

不思議だね(石〇D感)


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第十六話 影響

「ふぁぁあ~~」

 

昨日は走りっぱなしで疲れたから家に帰ってご飯食べてすぐに寝てやった。お父さんは特に何か言うわけでもなかった。

 

「ほら、こぼすなよ。」

 

「うん…あのさ、お父さん。」

 

「んん?」

 

「いや、何でもない。行ってきます。」

 

筋肉痛が凄い。さすがにあれだけ走れば無理もないか。

 

 

 

目つきが変わったな。トレセンで何かあったな。そういやシューズの蹄鉄がいつもより削れてたな。成程、そういうことか。それにしても、あっちでどれだけ走ったんだ?明らかに筋肉痛っぽかったけど。

 

「こりゃ何かありそうだな。…準備だけでもしておくか。」

 

それにしても、走るの嫌いなアイツがなぁ。まあ嫌いにしたの俺だけど。

 

 

 

「フ…フゥ…体が重い…。」

 

足が動かない。腕に重りをつけたみたいだ。結構余裕もって走ったつもりだったんだけどな。それでもここまで影響が出るとは。

 

「…ちょっと休憩しよう。後は帰るだけだし。」

 

休憩なんてとったの何年ぶりだろう。最初のほうは休憩をはさみながら配達してたけど今じゃ休憩無しで配達してる。今ほど紙コップの水をがぶ飲みしてやりたいけど結構前にやったら怒られた。理不尽。

 

「さて、そろそろ行こう。」

 

 

 

「ただいまー。」

 

「おうトレノ、ちょっといいか?」

 

「え?どうしたのいきなり。」

 

まさかお父さんから話を振られるとは。珍しいなぁ。

 

「お前、トレセンでレースしてきただろ。蹄鉄は削れたしかなり筋肉痛が出てるはずだ。」

 

「い、いや?そんなのやってないよ?」

 

何で分かった。仕草には出さないようにしてたんだけど。

 

「走り出しに少し違和感があってな。トレセン行って来てたから大体予想はつく。」

 

「普通に言ってるけど私からしたらかなりの恐怖なんだけど。」

 

「何年見てると思ってんだ。それ位簡単に分かるんだよ。」

 

「はいはいそうですか。じゃ私寝るから。」

 

 

 

 

 

 

車で二時間ほど、多少渋滞に巻き込まれながらのあまり喜ばしくない帰省になった。

 

「いやー久しぶりだなぁ、街並みもあんまり変わってないし。お母さん驚くぞぉ。」

 

家の前まで来た。何も変わってないのが私にとっては帰ってきたことを実感させてくれる。

 

「さてと、カギは開いてるしそろりそろりと「帰って来たんならただいまくらい言いな!」アバッフッ!」

 

びっくりさせるつもりが逆にびっくりさせられた。

 

「いつからそこの居たの!?というかなんで帰って来たってわかったの!?」

 

「アンタがやかましい車乗ってるのが悪いんだ。事あるごとにパンパン鳴らして。うるさくてかなわないよ。いい加減車買い替えな。」

 

また言われた。お母さんだけでなく私の友達も沖野さんも東条さんも買い替えろって言う。

 

「嫌だよ!今の車なんてオートマでFFでおまけにハイブリットだよ!?サイテーだよ車じゃないよ。」

 

私にとって車は純ガソリン車しかありえない。それでいて心臓に直接響くこの爆音!この音がたまらなくてインプを買ったようなものなんだから。

 

「そんなことはどうでもいいんだよ。榛名、今度は何やらかしたんだい。どうせまた人様にご迷惑をおかけしたんだろう?」

 

「うぐっ、そ…その通りです。」

 

「まあアンタの上司から全部聞いてるんだけどね。言ってたよぉ、こき使ってやってくれって。それこそ休む暇がないほどにね。」

 

これが天罰か、いや当然か。あれほどの事をしたんだから。お母さんがこう言うときはホントに容赦がない。

 

「うう…もう何でも来いってもんだよ!」

 

「ああそうかい、じゃあ今から豊田さんとこ行って豆腐買ってきな。ついでに夕飯の買い出しもな。」

 

「そんなことでいいの?じゃあ行ってくるね。「あと郵便局にこれ出してくるのとあとごみ袋もきらしてるから頼んだよ」…はーい。」

 

 

 

「トレノー!…トレノー!ちょっといいかー!」

 

「そんなに大きな声出さなくても聞こえるよ。何?」

 

「少し店番頼んだぞ、俺は商工会の寄り合いがあるからな。」

 

「分かった。いってらっしゃい。」

 

まあ店番と言ってもあんまりお客さん来ないから普段とあまり変わらないけど。

 

「暇だな~。」

 

でも店番になると外に行けないし手頃な暇つぶしがあるわけでも…。

 

「晩御飯の支度でもしようかな。」

 

どうせ誰も来ないし今のうちに準備しておけば夜楽ができる。…さっきから遠くのほうでパンパンうるさいけど。

 

「ごめんくださーい!」

 

珍しいこともあるものだなあ。人が来たみたいだ。…お客さん来たの!?

 

「ごめんくださーい!…あれ、いないのかな。」

 

「すいませーん、今行きますー。」

 

つい対応が遅れてしまった。せっかく来てくれたのに申し訳ない。

 

「はーい、いらっしゃいま…せ…。」

 

「え?…え?トレノちゃん!?」

 

気まずい空気が流れる。というか何でこの人がこんなところにいるの?

 

「えっと…何にします?」

 

「…っあ、えっと…木綿と…あと厚揚げ下さい…。」

 

ご注文いただいたので袋に包んで手渡す。…だけなんだけどなぁ、凄い体が重い。

 

「280円です。」

 

「あ、じゃあこれで」

 

「ちょうどですね、毎度ありがとうございました。」

 

………………何で帰らないのこの人。ここまで無言で佇まれても困るんだけど。

 

「あ、あのトレノちゃん!今ちょっと時間いいかな?」

 

「困ります、頼まれたとはいえ今は店番してるので。」

 

暇すぎて晩御飯の支度始めようとしたけど、早く帰ってもらいたくて忙しい雰囲気を出しておく。

 

「暇そうじゃん!今だって私以外お客居ないし。」

 

「結構失礼ですね…。私も思ってても口にしないことをこうズバッと言います?」

 

「ごめん…じゃなくて!この前の事、謝らせてほしいんだ!」

 

ちょっと見直した。まさかこの人の辞書に反省の文字があったとは。でも自業自得と自分勝手は無さそう。

 

「あの時はどうかしてた。嫌がってるのに無理やり編入させようなんて。ほんとにごめん。許してなんて言わないから。」

 

渋川さんが頭を下げる。この人から謝罪の言葉を聞けるなんて思わなかった。

 

「はぁ、反省してるみたいなのでもうこれ以上とやかく言いません。もうやらないでくださいよ?」

 

「…ごめん。ありがとうね、トレノちゃん。でもこれだけ最後に言わせて。」

 

「はい?」

 

「トレノちゃんのトレセン編入、私は諦めて切れない。もし気分が変わったらでいいから、連絡してね?それじゃあね。」

 

そう言って渋川さんは店を後にする。ほんとに反省してるのかな?でも反省してる感じだったから。…渋川さん凄い車乗ってたな。さっき聞こえてた爆発音あの人の仕業だったのか。やっぱり人は見かけによらない。

 

 

 

世の中狭いってよく言うけどこうやって体感すると本当にそう思う。まさかあんなところでトレノちゃんに会えるとは思わなかった。勝手ながらもう二度と会えないと思っていたから。だからこそ、トレノちゃんに謝れて本当に良かった。あのまま言えずじまいは嫌だったから。たづなさんにはお礼を言わないといけない。偶然だとは思うけど、こうやって謝る機会をくれたんだから。

 

 

 

 

 

「すまないな、小宮山トレーナー。時間取ってもらって。」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりも、大変なことになりましたね。タマちゃんがここまで突っかかるなんて…。」

 

「タマモクロスから話は聞いてるか?」

 

「はい、土曜日にトレノって子と模擬レースをやるからトラックの予約頼んだって。いきなり来てこれだけ言って昨日は帰っちゃいましたけど。」

 

うーむ、この様子だとタマモクロスの説得はかなり難航しそうだ。まさかここまで固執するとは。

 

「そのことで今日は話が合って来たんだが。どうにかしてタマモクロスを説得できないか?」

 

「私もこのレースはトレノちゃんのためにもやめたほうがいいとは思うんですけど。タマちゃんかなり気合入ってるんですよねぇ。トレノちゃんがそれほどの相手ってことかな。」

 

「見てみるか?映像ならあるが。」

 

俺は小宮山トレーナーにスマホを差し出す。受け取ると食い入るようにそれを見る。…おぉおぉいい反応する。

 

「道理で…タマちゃんが熱くなる理由が分かりました。私もう少し簡単な話だと思ってました。」

 

「そういう訳だ、担当の事だ。少しは方法あるんじゃないか?」

 

「そうは言ってもですねぇ、怪我してるとかレースのプランがとかそういう理由が一切ないので難しいですよ。それにタマちゃんは」

 

「言っても聞かないかもって言いたいんやろ。」

 

当の本人、タマモクロスが割って入ってくる。よりにもよってこんなタイミングで。

 

「まあコミちゃんの言いたいこともよう分かるで。相手は一般のウマ娘や、それに嫌がってるやつを無理やりレースに引っ張り出すのはどうなのかってとこやろ。」

 

「そこまで分かってるならどうして…。」

 

「安心してやコミちゃん、トレノは絶対来る。…ウチの勘やけどな。せやからレースを取り下げへんで。ほな。」

 

タマモクロスは勘ではあるがトレノ君は絶対来ると言った。その自信はどこから来るのかは分からないが説得は出来そうにない。

 

「小宮山トレーナー、ここまで話しておいてなんだけど、説得は無理だな。」

 

「そうみたいですね。ならせめてこの話が広まらないようにしないといけませんね。」

 

「だな。それじゃあな、ありがとうな。」

 

「いえ、大したこともできませんでしたし。」

 

さて、どうしたもんかね。学園回った感じこの手の話が回ってる感じはないし。このまま過ぎていくのを待つしかない。タマモクロスの奴、トレノ君が来なかったらどうする気だ?

 

 




この時作者は不安に駆られていた。フローチャートとかなり違うしかなり無理やりストーリー進めてきたから整合性は取れてるのかと。まあいいんですよそこは。
問題なのはトレノのライバル枠を誰にしようかってところなんですよね。一切決まってないんですよ。一応シングレ、アニメと地続きでやっていこうと考えているのでかなり絞られちゃうんですよね。

「え?ウチちゃうの?」

タマちゃんはそもそも出演予定なかったから。

「ガーン!」

また次回!


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第十七話 迷い

キーンコーンカーンコーン

 

チャイムが下校時刻を告げる。最近授業が身に入っている気がしない。

 

「…ねむ。」

 

タマモクロスさんにレースを申し込まれて5日たった。だからと言って日常に変化があるわけじゃ無いけど。

 

「トレちゃーん!帰るよー!」

 

この通りナナも平常運転でございます。

 

 

 

「ねートレちゃん。」

 

「………(ボーッ)」

 

「トレちゃーん?」

 

「…あ、ごめんナナ。何か言った?」

 

トレセンに行ってからトレちゃんの天然ボケがかなり酷くなってる。ここまで酷いのは初めてだ。

 

「トレちゃん、最近ボケが酷いけどどうしたの?」

 

「そんなおばあちゃんじゃないんだから。別にどうもしてないよ。」

 

「嘘だぁ~絶対に何かあるよ。」

 

気になりすぎる。何な原因でこんなにボケているのか。

 

「…じゃあ言うけどさ。私が配達やってるのはこの間話したよね。あれから配達の帰りに毎日レースしてるっていうか。前に走ってるウマ娘が見えるようになったんだ。」

 

「ごめん聞いた私が悪かった。そこまで追い込まれてたんだね。時間ある日にお祓い行こうね?」

 

まさかの心霊系だった。そんな話なら聞かなかった。寝るときに塩置いておかないと。

 

「そういうのじゃないから。私が言ってるのはイメージが見えるって事。鮮明には見えないけど多分…タマモクロスさんだと思う。」

 

「じゃあ、トレちゃんってあの日から5日間毎日タマモクロスさんトレースしてるって事?」

 

「よく分からないけど、多分そうだと思う。」

 

毎日レースって、ついこの間のトレちゃんからは考えられないような言葉が出てきてビックリしてるけど。

 

「それで、レースの結果はどうなの?勝ってるの?負けてるの?」

 

「分からないんだよ、いつも途中でイメージが消えちゃうから。タマモクロスさんの本気も分からないし、私もあの時レースがあったから抑えめで走ったし。」

 

「そうなんだ。流れで聞いちゃうけど土曜日の模擬レースって行くの?」

 

「…行かないよ。やる理由が…ないから。」

 

何とも歯切れの悪い返事が返ってきた。迷っていることが手に取るようにわかる。尻尾だってブンブンいってるし。とは言えかなりデリケートな問題だからそっとしておくのがいいのかもしれない。

 

「まあそんなに悩まなくてもいいんじゃない?たまには頭の中空っぽにしてみれば?きっとすっきりすると思うよ。」

 

「そうだね、気が向いたらやってみるよ。っとそろそろ家だ、じゃあまた明日ね。」

 

「うん、また明日!」

 

 

 

「…ハァ。」

 

ナナにはああ言ったけど、ここにきてかなり迷っている。思えばタマモクロスさんのイメージが見えるようになってから迷いが強くなった気がする。この気持ちは何だろう。

 

「相談する人もいないしなぁ。…あれ、この音。」

 

やかましい位の爆音が近くなってくる。一回聞かされれば嫌でも覚えてしまう。

 

「ごめんくださーい!…あ、やあトレノちゃん。」

 

「いらっしゃいませ。木綿と厚揚げですか?」

 

「あとがんもどきもお願い出来るかな。」

 

「分かりました、えーっと、450円ですね。」

 

2日に1回のペースで来てるけど飽きないのかな。私はとっくの昔に飽きたけど。

 

「…どうしたのトレノちゃん?何か悩んでるみたいだけど。」

 

「いえ、特には。どうしたんですか急に。」

 

「だっていかにも悩んでますって感じに耳がしおれてるもん。あと尻尾、かなり動いてるよ。」

 

言われて尻尾を触ってみるとほんとに動いていた。無意識だった。

 

「大丈夫ですから。本当に何もありません。」

 

「…分かった。今は触れないでおくね。じゃあまた来るから。」

 

「ありがとうございましたー。」

 

…今思い出したけど渋川さんって一応トレーナーだったな。相談してみればよかったな。…やっぱヤダ。あの人に相談するくらいならスピカのトレーナーに相談したほうがマシだと思う。なぜあの時名刺受け取らなかった私。

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…タイムは。」

 

「…凄いよタマちゃん、現役時代と比べても遜色ない位だよ。…タマちゃん、ほんとにやるの?」

 

「当たり前や。あの時の借りを返さなアカンからな。」

 

「あの時の借り?…それでもここまで仕上げる必要あるかな?相手は仮にも一般ウマ娘だよ?」

 

沖野トレーナーに見せてもらったレース。確かに衝撃的だったけどそれでもタマちゃんがここまで仕上げる必要が感じられない。

 

「あのレースの事やろ。トレノの奴、実力の半分も出してないと思うで。本人からしたら軽く流す程度やろうな。だからこそ、仕上げなあかんねん。」

 

何も言えなかった。タマちゃんがトレノちゃんと何があったかを深く聞くつもりはないけどあれで半分も出ていないことに驚いていた。

 

「トレノちゃん…何者なの?」

 

 

 

 

 

「フ…フ…!」

 

まただ。今日もイメージが見える。

 

「フ…シュ…!」

 

直線だとジリジリと離されていく。だけどカーブでその差が詰まっていく。今日もその繰り返し。

 

「…まだ、…まだァ…!」

 

もどかしさからか、ペースを上げる。カーブを2,3個抜ける。少しずつ、差が詰まり始める。今日こそ…あ。

 

「…まただ。いつも肝心な時に消えちゃう。」

 

今日こそはと思っていたけどやっぱり消えてしまった。あとに残ったのは追いつけなかったもどかしさだけ。

 

「ハァ…どうしちゃんたんだろ私。あんなに興味なかったのに。」

 

あのイメージが見えるようになってから自分でもわかるくらい走りが変わった気がする。今まで何気なく走ってた道でも”こうしたほうが速い”とか”もっと速く曲がれる”とか。この思考を気付けば学校でも繰り返している。

 

「どうすればいいんだろう…」

 

 

 

「ただいま。終わったよ。」

 

「ご苦労…。?」

 

「どうしたのお父さん。顔に何かついてる?」

 

「別に、なんでもねぇよ。」

 

ここ最近帰りが少しずつ早くなってきた。トレノの目つきも日を追うごとに良くなってきてる。一週間前とは全然違う。走りだって良くなって来てるだろう。

 

「だが、まだまだだな。」

 

 

 

 

 

タマモクロスさんとの模擬レースが明日に迫ったものの、私の答えはまだ揺らいでいる。こうやって考えているともどかしさが溢れてくる。

 

「トレちゃ~ん、明日だよぉタマモクロスさんとの模擬レース。流石にお断りの電話くらい入れたほうがいいんじゃないの?」

 

「…大丈夫だよ、そもそも行かないって言ったんだしさ。」

 

「でもタマモクロスさんは本気でレースする気だと思うよ。」

 

「仮にそうだとしても私連絡する方法無いし。タマモクロスさんには悪いけどドタキャンでいいんじゃない?」

 

若干心が痛むけどもともと無理やり誘って来たのはあっちだ。少しはやり返してやりたい。だけど…本当にこれでいいの?

 

「…いや、これでいいんだ。」

 

私がレースする理由は何一つない。それなのにレースするのはやっぱりおかしい。ただ一つ、心残りがあるけど私には関係のないことだ。

 

「?トレちゃんどうしたの?そんなにうつむいて。それに耳も尻尾もしおれてるし。」

 

「…え?」

 

どうにも私は感情が表に出やすいみたいだ。うつむいている自覚も無かった。

 

「トレちゃん、もしかして具合悪い?」

 

「大丈夫、大丈夫だから。」

 

大丈夫なんかじゃないのかもしれない。レースを否定すればするほど心が締め付けられる。気持ちの整理がつかない。どうしたら整理がつ

 

「…ガッ!」

 

「絶対大丈夫じゃないね…。」

 

電柱に頭から突っ込んだ。めっちゃ痛い。ナナからの哀れみの目が痛い。あと周囲の目も痛い。本当にどうしたらいいの?




セリフが出てきませんw
やべぇ全然書きあがらないw読んでくれてる人いるんだから頑張れよ俺。
数字なんか気にしたら負けかなと思ってやっていきまふ。

また次回!


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第十八話 自分の心

「ごめんくださーい!」

 

今日もまたトレノちゃんのお店に豆腐を買いに来ている。こんな頻繁に食べるんだったら買いだめしておけばいいのに。

 

「…?ごめんくださーい!」

 

「はーい…いらっしゃいませ…。」

 

何があったんだろう。私は今悩み事で頭がいっぱいですって顔をしている。ちょっとギョッとしてしまった。

 

「どうしたの?トレノちゃん。凄い顔してるけど。」

 

「いえ、何でもないです。えっと、いつものでいいですか?」

 

「あ、うん。それでお願い。」

 

気になる。あそこまで悩んでいるのを見ているとどうしても気になってしまう。でも私には聞く資格はない。

 

「はい、どうぞ。お代はちょうどですね。ありがとうございました。」

 

「うん、ありがとうね。あのねトレノちゃん、私明日には東京に帰るから買いに来れるのはこれで最後かも。」

 

「そうですか。向こうでも頑張ってくださいね。応援はしませんけど。」

 

「ふぐぅ。心にアッパーが入ったよ…。トレノちゃんも元気でね。それじゃあ。」

 

立ち去ろうとしたその時、トレノちゃんに声をかけられた。

 

「あの…!」

 

正直意外だった。まさか呼び止められるなんて。これは真摯に聞いてあげないとね。

 

「急なんですけどタマモクロスさんってどの位凄いウマ娘なんですか?」

 

「タマモクロスちゃん?本当に急だね、でも凄いウマ娘だよ。何てったって国内最高峰のレース、G1含めて7連勝。オグリキャップと共に”芦毛は走らない”って定説を崩して最強とまで言われたんだから。」

 

ほんのちょいと長くなっちゃったけど、トレノちゃんは真剣に聞いてくれていた。少ししてトレノちゃんが口を開く。

 

「…”勝てますか”?私。」

 

勝てる?なんでそんなことをトレノちゃんが聞くんだろう。…え?冗談だよね?

 

「まさか…レースするの?タマモクロスちゃんと!?」

 

「いえ、そういうわけじゃ無いんですけど。ただの興味本位です。」

 

興味本位と言われても疑問しか浮かばない。尻尾も耳も絶えず動き続けている。いったいトレノちゃんに何が…?

 

「そうなんだ。…結論から言えば勝てないと思うよ。確かにトレノちゃんは速いよ。だけどタマモクロスちゃんに勝てるかどうかは別の話。」

 

「…そんなに凄いんですか、タマモクロスさんって。」

 

目つきが変わった。私でもはっきりわかるくらいには。まるでパドックで絶対に勝つって自信満々のウマ娘がする目に似ている。

 

「そりゃあ凄いよ。さっき言ったのもそうだけど、彼女の武器はその末脚。後方で足を溜めてラストの直線で一気に抜き去るそのスピード、加速力。ほとんど反則だよ。」

 

頷くでもなくかと言って退屈そうでもなく話を聞いてくれている。

 

「可哀そうだけど仮にレースしても勝てる見込みは無いかなぁ。相手が悪すぎるかな。」

 

「…そうですか。ありがとうございます、私の興味本位に答えてくれて。」

 

「これくらいお安い御用だよ。…それじゃあ、元気でね。」

 

去り際、トレノちゃんの目が少しキリってしていたような気がするけど、まあそんな無茶しないよね。

 

 

 

 

タマモクロス、本気なんだな。遠目でもその仕上がりの良さに驚く。いよいよ明日に迫って入るが学園に広まっている様子はない。少し胸をなでおろす。

 

とおるるるるるるるるるん るるるん。渋川から電話が掛かってきた。

 

「おう、渋川か、久しぶりに実家はどうだ?快適か?」

 

「快適なんてもんじゃないですよ。お母さんが事あるごとに色々頼んでくれるから気が休まらかったですよ。」

 

「へー、良かったじゃねえか。で?いつ帰ってくるんだ?」

 

「明日には帰ろうかなって思ってます。…じゃなくて、沖野さん、どうにもトレノちゃんがタマモクロスちゃんとレースするみたいなんですけど知ってます?」

 

は?なんで帰省中の渋川がそんなこと知ってんだ?とりあえず誤魔化しておくか。

 

「い、いや?知らないな。どうしたんだ?そんな突拍子もないこと聞いて。」

 

「トレノちゃんにタマモクロスちゃんについて聞かれたので。その様子からどうなのかなって思いまして。」

 

「そんなわけな…本人が聞いてきたのか!?そもそもどうしてトレノ君の家が分かった!?…まさかストーカーしたわけじゃ無いだろうな?」

 

あの時は謝りたいとか言ってやがったが全然懲りていないようだ。たづなさんに報告か?

 

「違いますよ!お母さんにお使い頼まれていったお店で偶然トレノちゃんが店番してただけです!」

 

「ホントかよ…なんだか胡散臭いんだよなぁ。」

 

「ホントですよ!それで買い物終わって帰ろうとしたら聞かれたんですよ。勝てますかって。ちょっと可哀そうかなって思ったんですけど相手が悪すぎるからレースはやめておいたほうがいいって言ったんですけど…」

 

「いや、それでいいだろう。タマモクロスの奴、かなり仕上げてるからな。レースしたとしても、勝ち目はないだろう。」

 

「そうですよね、それじゃあ明日には戻るので。と言ってもあと二週間ありますけど。」

 

「悔い改めろ。じゃあな、切るぞ。」

 

トレノ君がタマモクロスに勝てるか、とはな。彼女にいったい何があったは俺には分からないが、どんな心変わりだ?…まさかな。

 

 

 

 

 

「マジか…」

 

スマホで天気予報を見ると一日中雨の予報になっている。しかもかなり降るみたい。参ったな、仮に電車が止まったらどうやって行こう。渋川さんからタマモクロスさんについて聞いて、”自分の走りがどれほど通用するのか”。そんなに凄いなら実際に見てみたい。いや、一回見たことはあるけど本気じゃ無い走りなんてノーカンだ。

 

「…ダメ元で頼んでみるか。」

 

絶対通らない気がするけど駄目で元々、人生はギャンブルだ。

 

「ねえお父さん。ちょっといいかな。」

 

「どうした?珍しいな。お前から話しなんて。」

 

「明日さ、東京に予定あったりしない?」

 

何だこの回りくどい頼み方。でも口から出てしまったからには後には引けない。

 

「あるわけねえだろそんな遠いところに。で?あったとしたらどうする気だったんだ?」

 

「いやぁ?特には無いけど、…観光的な?」

 

苦しすぎる。観光って。ナナと先週行ったばっかじゃん。素直にレースに出たいから車出してくださいって頼めばいいだろ。

 

「観光ってお前、先週行って来たばっかりじゃねえか。そんな毎週行っても変わり映えしねぇだろ。」

 

ですよね。だって私も同じこと思った。

 

「とにかく、どんな理由があっても車は出せないな。そもそも明日車検に出すからな。」

 

あじゃぁーやっぱり駄目だったか。車検だとなぁ。仕方ない電車が止まらないことを祈ろう。

 

「そっか…そろそろ寝るね。」

 

 

 

トレノが二階に上がっていった。あの目つき、レースする気だろうな。まさかアイツが自分からレースしたがるとはな。小学生のころから無理やり新聞配達やらせてたから走るのが楽しいってイメージはなかっただろう。

アイツの中で走りに対するスタンスが変わってきているだろう。

 

とおるるるるるるるるるん、るるるん。家の固定電話が鳴る。

 

「はい、豊田とうふ工房ってお前か」

 

「よう栄治、例のシューズ届いたぜ。蹄鉄もばっちりだ。」

 

「そうか、急で悪いんだが今から取りに行ってもいいか?明日の配達からトレノに履かせる。」

 

「そりゃいいけど、”もう”なのか?」

 

「いや、俺の見立てでは一週間か二週間ってとこだろう。でも明日辺り何かありそうだからな。」

 

「分かった。用意しとくから取りに来てくれ。」

 

「おう、それじゃあな。」

 

ちと早い気もするけど、まあ大丈夫だろ。壁でも超えてこいトレノ。中央は甘くないぜ。

 

 




悲報 書くことが無くなりました。
下手に後書きなんてものを書いてしまったが故にこんな所で悩むことになるとは。
仕方ないので何も書かずに終わりませう。

「ちょっといいかな。」

「はい何でしょう榛名さん。」

「私感想でかなりぼろくそ言われてるんだけどキャラ建てちゃんとやってるの?というか挽回できる作ってくれるんだよね?」

「さあ?」

「え?」

また次回!



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第十九話 レース当日

「トレノちょっといいか。今日からこれを履いて配達するんだ。」

 

「え、なんで?この靴もまだ使えるからこれでいいよ、もったいないからしまっておいて。」

 

「そのシューズはこいつが駄目になった時の予備にしとけ。いいから履き替えてこい。」

 

「っちぇ…分かったよ。」

 

靴なんてどれも同じでしょ。この靴だってかなり持ってるし馴染んでるから破れるまではこれ使ってたいんだけど。

 

「…あれ、履きやすい。凄いフィット感がある。履いたばかりなのに。…でもなんか少し違和感があるかも。」

 

「走り出しさえすれば気にならなくなるはずだ。ほら、行ってこい。」

 

「言われなくても。」

 

 

 

分からない。なんで急に靴を変えるように言って来たのか。確かに走りやすいことは走りやすい。だけど劇的に変わったかと言われればそうでもない。

 

「…あ、降ってきた。」

 

この様子だとすぐに本降りになりそうだ。新聞を濡らすわけにはいかないのでなるはやで終わらせよう。天気予報め、降り出すの早いじゃん。配達中は降らない予報だったからカッパ持ってきて無いんだけど。

 

「これで良し、早く帰ろ。風邪ひいちゃう。」

 

 

 

 

 

「うわ。」

 

配達終わってお風呂入って寝て起きたら絵に描いたような土砂降りだった。

 

「あっそうだ、電車!」

 

【大雨のため運転を見合わせています。ご迷惑をおかけします。】

 

これほど雨が恨めしいことも無い。東京の天気予報も一応見たけど晴れみたい。…やべぇ。

 

「トレノー!起きてるかー!ちょっといいかー!」

 

お父さんに呼ばれて一階に行く。どうせ店番頼んだとかその辺りかな。

 

「車検行ってくるから少しの間店番頼んだぞ。」

 

「はーい、いってらっしゃーい。」

 

お父さんを適当に見送ろうとしたとき、店先に一台止まった。

 

「俺が行く。はい、いらっしゃい…って榛名か、ずいぶん大きくなったな。」

 

「豊田さんもお久しぶりです。…あ、トレノちゃんおはよう。」

 

「あれ、渋川さん、東京に帰ったんじゃないんですか?」

 

…東京?…いた!東京に行く予定ある人ここにいた!急いで準備しないと!

 

 

 

「ちょっと失礼します!」

 

「ふぇ!?行っちゃった…。どうしたんだろ急に。」

 

「なんだ、お前ら知り合いなのか。」

 

「はい、トレセンでちょっと…いろいろありましてぇ」

 

そういえば榛名って中央でトレーナーやってるようなこと聞いたことあったな。

 

「ふーん。まあいいや。それで何にするんだ?」

 

「あ、木綿5個と厚揚げも5個お願いします。」

 

「あいよ。きょう東京帰るんだな。2つサービスしてやるよ。」

 

「いいんですか?ありがとうございます。「渋川さん!」ふぉ!?どうしたのトレノちゃん!?」

 

トレノのほうを見ると配達の格好をしている。ほぉ、やる気だな。

 

「トレセン、行くんですよね!?私も乗せてください!」

 

 

 

「ちょっといきなり言われても…まさかホントにレースする気なの!?」

 

「本気です。そんな凄いなら、見てみたいんですよ!」

 

昨日沖野さんに電話した時の反応が少し濁したような言い方だったような気がするけど、こういう事か。いくらなんでも無謀すぎる。

 

「止めたほうがいいよ!相手が悪いよ!私が行っても説得力無いけど…無理してレースすることも無いよ!」

 

「へー、じゃあトレセン学園で被った被害の事タレこんじゃおうかな~。」

 

え?嘘でしょ?まさかとは思うけどそんなこと…するわこの子。いかにも「言うぞ」って目をしている。

 

「も~分かったよぉ!ほら、車乗って!結構飛ばすよ!」

 

「ありがとうございます!じゃあお父さん、行ってくるね!」

 

そう言うとトレノちゃんは助手席に乗り込んだ。私も豆腐を後部座席に乗せてエンジンをかける。すると豊田さんが傘をさして車に寄ってきた。

 

「あまり遅くなりすぎるなよ。…それと榛名。」

 

「何ですか?」

 

「沖野と東条によろしくな。」

 

「はい?それってどういう…。」

 

「何でもねえよ。そんじゃ、頼んだぞ。」

 

豊田さんはどういう意図で今のセリフを言ったんだろう。そもそも何で沖野さんと東条さんの名前を知ってるんだろう。そんな疑問は隅に置いて私はトレセン学園へ向かった。

 

 

 

 

 

今学園にはこんな噂が広まっています。『タマモクロスさんがレースに出走するのではないか』というものなのですが。なぜそのような噂が流れたのか。タマモクロスさんがトレーニングに励んでいらっしゃる姿を見かける日が多くなったからです。

 

「今日もいらっしゃいますね…。」

 

アタシも連日こうして推しのトレーニングを見させていただいているのですが、確かにタマモクロスさんのトレーニングには鬼気迫るものがありました。でも今日はウォームアップのみで留めているようです。

 

「まるで誰かを待っているようですね…。」

 

 

 

「ふう…もうこんな時間か。コミちゃん、いったん上がるわ。」

 

「そうだね。…タマちゃん、ここまでやってもし来なかったら?」

 

「大丈夫やって、トレノは来る。言うてもウチの勘やけどな。」

 

といっても、ウチもホンマに来るんかは分からん。なんせあの言い方やしな。せやけど来てくれるはずや。…前から思っとったけどなんでこないギャラリーがおるんやろ。日に日に増えていっとる気もするし。

 

「…アカン、緊張してきたかもしれん。」

 

こんな気持ちになったんはオグリ以来や。楽しみやでぇ。

 

「…そういえば、時間指定すんの忘れとったなぁ。うーん。まあ大丈夫やろ。」

 

 

 

 

 

高速道路を使い東京に帰っている横でトレノちゃんは特に何かするでも無く試合開始を待つボクサーのように静かにしている。

 

「トレノちゃん、お昼の時間だし次のサービスエリアでご飯にしない?いろいろ言っておきたいこともあるし。」

 

「そうですね。所で言っておきたいことって何です?」

 

「タマモクロスちゃんのレースの特徴とか仕掛けるポイントとか。後は…まあこれはいっか。」

 

豊田さんの発言も気になるには気になるけど今はトレノちゃんが勝てる可能性を少しでも増やしておくほうが先決だと思う。

 

 

 

昼食も食べ終わって休憩がてらトレノちゃんにタマモクロスちゃんのレース展開や脚質について説明していく。

 

「タマモクロスちゃんはレース序盤に後方につけて最終コーナーを抜けてからの末脚が特徴的だね。と言っても今回はトレノちゃんとの一対一だから後方とかはあまり関係ないか。」

 

「その…”末脚”って何ですか?」

 

「末脚って言うのはまあスパートでの加速がいいって事かな。末脚の切れるウマ娘は、後方からでも仕掛けていけるって事になるんだ。」

 

「そうなんですね。それで、私の走りはどんな感じなんですか。渋川さんはどんな印象を受けたんですか?」

 

「トレノちゃんの走り!?…うーんそうだなぁ。」

 

少し考える。トレノちゃんの走りは一度しか見ていない。だけどその一回が鮮明に記憶されている。頭の中で何度も繰り返し再生する。

 

「はっきり言えば、トレノちゃんは直線の伸びがいまいちって感じかな。末脚の加速はかなりのものだけどそれでも及ばない。スタートの加速でもタマモクロスちゃんに一歩…いや二歩遅れるかも知れない。」

 

 

 

「…そうですか。」

 

なんとなく分かっていた。タマモクロスさんに直線では手も足も出ないかもしれないと。

 

「だけど、それを凌いで余りあるものがトレノちゃんにはある。」

 

「何ですか。その余りあるものって。」

 

「それはコーナリングスピードだよ。はっきり言って常識外れってくらい。もしコーナーの立ち上がりがタマモクロスちゃんよりも速ければ、ストレートで並ぶことが出来れば…。」

 

渋川さんが少し考えてから口を開く。

 

「勝てるかもしれない。タマモクロスちゃんに。」

 

成程、こうなってくると”アレ”を使うことになるかもしれない。でもなぁ、ガードレールより高い柵でやるとなると勝手が違うと思うし手を痛めそうだなぁ、まぁその時はその時だ。

 

「ありがとうございます。勝てるかどうかは分かりませんけどやるだけやってみます。」

 

「ホントはかなり不本意なんだけど…頑張ってね。くれぐれも怪我だけはしないでね。…まぁ、本格的なレースは初めてなんだし勝ち負けは気にせずに楽しんでくればいいと思うよ。」

 

「そうですね。少し気が楽になりました。さて、そろそろ行きましょうか。」

 

「そうだね。それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

トレセン学園まではスマホで見るとあと一時間ほどかかる予定になっている。…時間指定されてなかったから大丈夫だよね?遅刻とか言われないように祈っておこう。

 




何かすげぇ期間開いた気がする。まあいいや。
まだ書くことが無いのでスぺゲスさんを呼んでおります。かもーん!

「はーい、ナナでーす!」

「この段階だとトレノがトレセンに行ったこと知りませんよね?どうお考えですか?」

「心配しかないですよ!言い方悪いですけど勝てる気しないですよ。」

「作者知ってる。でも教えない。」

「教えてくださいよ~。」

また次回!


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第二十話 レース開始

「午後一時半…まだ待つ気みたいだな。」

 

午前九時ころからタマモクロスを見ているが、昼食以外でトラックを離れるそぶりを見せない。だがトレノ君が来るのは絶望的だろう。渋川がトレノ君と会ったなら彼女は群馬に住んでいるはずだ。その群馬は大雨で電車が止まっている有様だ。

 

「仕方ない、伝えてやるか。あのままだと夜になっても待ちそうだしな。」

 

 

 

「よお、小宮山トレーナー。」

 

「お、スピカのトレーナーやないか。」

 

「沖野トレーナー。どうしたんですか?」

 

「トレノ君の事だがな…俺の推測があってればまず来れないだろう。」

 

タマモクロスと小宮山トレーナーに事情を説明する。まあ多少の嘘を交えてだが、諦めさせるにはこれが手っ取り早い。

 

「諸事情で帰省してる渋川が偶然にもトレノ君に会えたみたいなんだ。それで彼女はこう言ったそうだ。【レースに出る気はない】って」

 

「…そうなんか。」

 

「仮に出る意思があったとしても大雨で電車は止まってるからな。…レース、諦めたほうがいいんじゃないか?」

 

少しばかり心が痛んできたがそれが両者のためだろう。小宮山トレーナーも納得してくれているようだ。

 

「そうですか。ありがとうございます。伝えてくれて。」

 

「いや、俺は大したことは…電話?出てもいいかな?」

 

「どうぞ。」

 

一応許可をもらってスマホを確認する。相手は…スぺ?

 

「もしもし、どうかしたかスぺ。」

 

「トレーナーさん!トレノさんが来ました!」

 

「………はぁ!?今なんて言った?トレノ君が来た!?どうやって!?」

 

耳を疑った。トレノ君が来たこともそうだが何より電車も止まっているこの状況でどうやって来たんだ?親御さんに送って来てもらったのか?

 

「それが、{パパンパン!}ヒゥッ!物凄い音の車から降りてきて…多分トラックのほうに走っていきました!」

 

あの音、渋川の車から出る音だが…あいつ攫って来たのか?

 

「分かった。トレノ君がこっちに着いたらこっちで対処しておく。そっちはどうなってる?」

 

「それが、トレノさんがトラックのほうに向かってると分かったウマ娘たちが皆さんトラックのほうへ向かってる事態なんです。」

 

つまりトレノ君が大軍を引き連れてくるってことか?笑い話にもならないかもしれない。

 

「冗談だろ…。もう俺たちじゃどうにもならなさそうだな。おハナさんとこにも協力を頼んでみる。お前もメンバー集めてこっちに来てくれ。」

 

「分かりました!それでは。」

 

電話が切れかことを確認したらおハナさんの電話をかけるとすぐに繋がった。

 

「沖野ね、状況はだいたい掴めてるわ。トレノスプリンターが来たのよね。ちょうど居合わせてたルドルフから連絡が来たの。」

 

「なら話が早い。リギルのメンバーを集めてトラックに来てくれないか?」

 

「すでにルドルフが手配済みよ。何でもかなりのウマ娘が興味津々で後を追っているみたいだから。…これから何が始まるの?」

 

そういえばおハナさんにも言ってなかったなこの話。

 

「第三次大戦…とまではいかないが、タマモクロスとトレノ君がレースするんだと。」

 

「ほぼそれじゃないの…。レースはもう止められないわね。私たちはその後を治めましょうか。」

 

「そうする予定だ。レースが終わったら直ぐに帰ってもらうようにトレノ君に行っておく。周りが観客程度でいてくれれば俺たちも楽なんだが。」

 

「そうであることを祈るわ。私もあとから行くわ。それじゃ。」

 

さて、穏便に収まってくれよ。前回だってかなり満腹だったんだ。その上をいかれるともうどうしようもないからな。

 

「トレノ、来たんやな。」

 

「…そうだな。まあ、なんだ。良かったな。」

 

「ぞくぞくしてきたでぇ。若干ナーバスになりながら待っとった甲斐があったで。」

 

 

 

 

 

「…フゥ…フゥ…また増えた?」

 

中庭?を通りトラックへ向かう。チラチラと後ろを見ると私の後を追ってきているウマ娘が増えてきている気がする。振り切ろうとするとレースで本気を出せなくなりそうだからペースは変えない。

 

「フゥ…フゥ…アレ?」

 

さっきもこの光景を見た気がする。気のせいだよね。とにかくトラックへ急がないと。

 

「ハァ…ハァ…おろ?」

 

確信しました。またやらかしました。私が立ち止まったのを見て追ってきていたウマ娘たちも次々と足を止める。…十何人いたのか。すると三人ほどがその集団から出てきた。

 

「ねえねえ、見ない顔だね!もしかして転入生かな!?」

 

「いや、違うんですけど…」

 

「…チケット、いきなり走るなって…!」

 

「そうだぞ、それに彼女も少しばかり混乱しているようだ。それで、君はどういった用件でトレセンに来たのかな。見たところかなり急用みたいだが。」

 

髪が腰ほどまであるウマ娘に聞かれた。かなりの癖毛だなぁ…でかいなぁ。

 

「誰の頭がでかいって!?」

 

!?

 

「あ、いやすまない。誰かに何か言われた気がしてな。…言っておくが、私の頭は通常サイズだ。」

 

「あ、…はい。」

 

ただでかいと思っただけなんだけどここまで正確に読まれるとは。あとその頭は通常サイズではないと思う。

 

「っと済まない。本題からそれてしまったな。何か急用がありそうだが。」

 

「そんなんです。トラックの場所まで道案内お願いできますか?道に迷ってしまって。」

 

「トラックだね!じゃあアタシについてきて!うおおおお!全力だぁぁぁぁぁぁ!」

 

ちょっ!?そんないきなり走られても追い付かない。というより体力温存したかったけど。仕方ない!

 

「待った。アイツにはついて行かなくていいから。そんなに走られたらアタシが持たない。てかめんどくさい。」

 

「そうだな。チケットは構わず行ってしまったが、まあ仕方ないな。ついてきてくれ。案内しよう。」

 

 

 

 

 

 

「到着だ。ここがトラックだ。」

 

「ありがとうございます。前に一度来たんですけどねぇ。入り組んでますねここ。」

 

「あー!やっとキター!置いて行っちゃったかと思ったよー!」

 

さっきからそうだけどこの人、かなりうるさい。耳がキンキンする。いや悪気は無いんだろうけど。ナナの三倍はうるさい。

 

「うるさ…。あんまり騒ぐなっての。」

 

「よぉ来てくれたで。待っとったでトレノ。」

 

「一週間ぶりですね。タマモクロスさん。」

 

一目見ただけで分かる。この前とは明らかに違う。強いオーラが漂っているように見える。

 

「まあ来たばっかや。少し休んで、ウォーミングアップしたら始めよか。レースの説明はその後でするわ。」

 

「分かりました。」

 

 

 

タマモクロス先輩とレース?突然現れたウマ娘…トレノと呼ばれていたか。十分ほどの休憩をとった後に今はウォーミングアップをしている。

 

「タイシン!ハヤヒデ!どんなレースになるのかなぁ!楽しみだね!」

 

「だからうるさいって。だけどアイツ、タマモクロス先輩と知り合いだったんだ。」

 

…実に興味深い。正体不明のウマ娘、どれほどのものか見せてもらおうか。

 

 

 

 

 

「ふ…ふ…。」

 

ウォーミングアップもこれくらいでいいかな。と言ってもストレッチしてジョギングしただけだけど。

 

「タマモクロスさん。そろそろ始めますか?」

 

それにしてもかなり観客?ギャラリー?が増えている。元々アウェイだったけど更にその感じが強くなったなぁ。

 

「もうええんか?ほな始めよか。距離はこの前より少し長くなって2400mでどや?スタートは直線の…あの4って書いたる看板の辺りやな。ゴールはあそこや。人がおるやろ。」

 

見ると手を振っている人がいる。なるほどあそこか。…よく見たらスピカのトレーナーだ。

 

「ほな、早速始めよか。スタートの合図はコミちゃんに任せるで。」

 

「分かった。初めまして。トレノちゃん。まあよろしくね。…それじゃあ位置について!」

 

その掛け声で気を引き締める。走り出す態勢を整えてスタートの合図を待つ。

 

「用意…スタートッ!」

 




こうなったらね、募集しようかなと。何をだよって?

ここに書くことに決まってるじゃあないですか。

まあ今回も書くこと無いんでね、スぺゲスさん呼んでます。

「ビワハヤヒデだ、よろしく頼む。」

急に呼んじゃってすみませんねぇ。出演してみていかがです?

「とは言われてもだな…今回は所謂チョイ役だろう?感想と言われてもな。」

ですよねぇ。この展開だったらチケゾーが食いついてきそうだなって思ってだったらついでに出しちゃえって勢いで出しただけですもん。

「君今何と言ったかな?」

ヤバい消される。またじか



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第二十一話 熱戦

あ、危なかった…もう少し逃げるのが遅かったら確実にやられていた…。

さて、ハヤヒデさんが来る前に避難しておきますかね。っとと、その前に

本編どうぞ!


駐車場に車をおいて豆腐を冷蔵庫に入れトラックに小走りで向かう。

 

「やっと着いた…何気に遠いんだから。ってすごいギャラリー。凄い注目度だなぁ。」

 

学園のウマ娘が集まっている。リギルもスピカもいて…BNWもいる。バイバインのように事が大きくなってる気がする。

 

「あら?あなた謹慎中じゃなかったかしら。」

 

「と、東条さん!?もしかして、トレノちゃんのレース見に来たんですか!?」

 

「それはあくまでおまけ。私はまあ、もしものための保険?かしらね。それよりも、私の質問に答えてもらってないけど?」

 

「私は…トレノちゃんをここまで送ってきたのでせめてでも見届けてあげたいなって。後帰りも送ってあげないとなので。」

 

ここまで送って来たんだから責任ってわけでもないけど、ちゃんと送り届けないとね。そういえば…

 

「そうだ、沖野さんと東条さんにお土産買って来たんだった。このレース終わったら渡しますね。」

 

「お土産?何かしら。」

 

「まあそんなに面白いものじゃないないですけどね。うちの近所の豆腐です。意外と美味しいですよ。」

 

「そう、じゃあ後でいただくわ。そろそろ始まりそうよ。」

 

 

 

「あばばばば…トっトレノさんがタマモクロスさんとレース!?どうなっているんでしょう!?兎に角、ナナさんに連絡です!」

 

目の前の薄いほ…じゃない創作意欲しか沸かない案件をナナさんに伝えるべく電話する。

 

「もしもし、デジタルさんですか!?ちょうどよかったです!トレちゃんそっちにいませんか!?電話がつながらなくて!」

 

「まさにその件です!今目の前でレースが始まってしまいそうです!」

 

「えええええええッ」

 

やはり驚いていますね。

 

「待ってください、今カメラにするので。」

 

「ほ、本当だ…トレちゃん行かないとは言ってはいたんですけど…ちょっと、いやかなり様子がおかしかったですから。」

 

「かなりの観客も集まってますからね…。」

 

「勝てますかね、トレちゃん。」

 

「アタシとしてはお二方とも推しなのですが、トレノさんを応援したいですかね。今イチ推しの方ですから!」

 

トラックを見るとトレノさんがウォーミングアップアップを終えタマモクロスさんから説明を受けているみたいです。

 

「やあやあデジタル君!君もレースを見に来たのかい?」

 

「「タ、タキオンさん!?」」

 

タキオンさんも見に来るとは、やはりトレノさんは注目の的ですね!

 

「いやなに、窓からトレノ君が走っていく姿が見えたのでね。データを集めようと思ってね。」

 

「データ…ですか?」

 

「そうとも、彼女はかなり興味深いからねぇ。貴重なサンプルになるだろうねぇ。」

 

「トレちゃん、大丈夫かなぁ。私の心配は恐怖を感じるほど増大していくよぉ。」

 

「そんなに心配しなくても…っとそろそろ始まりそうですね。」

 

 

 

「用意…スタートッ!」

 

合図とともに走り出す。先頭を取ったのはやっぱりタマモクロスさん。やっぱり直線じゃ勝負にならなさそう。…だけど思ったよりは差が開いていかない。

 

「…?前より走りやすい?」

 

何でだろう。前のレースと変わったところ…靴?前とは走りやすさが違う。靴がちゃんと芝に食いついてくれている。靴を変えろってこういう事だったんだ。

 

「これなら前よりもペースを上げられる…!」

 

 

 

「5…いや6バ身位やな…。」

 

もうすぐ直線が終わってコーナーに入る。ホンマはもうちょい離しておきたかったんやが。スパートでスタミナ切れしてもうてもアカンからな。

 

フンッ…!コーナー曲がって突き放せる…

 

「シュッ…!」

 

訳ないわなぁ。

 

 

 

なんだ…あのコーナリングは…!直線でのスピードは特筆すべきものはなかった。並のウマ娘より少し早い位か。5~6バ身程度しか離れなかったのはタマモクロス先輩がスパートに向けてスタミナを温存しているからだろう。

 

「凄いよあの子!タイシン見てよ!タマモクロス先輩について行ってるよ!」

 

「見てるから…。私やタマモクロス先輩と同じ脚質だと思ったけど…違うのかな。」

 

「今は判断がつかないな。だがあのスピードは私たちが真似しようとしても簡単にはできないだろうな。」

 

何せあれほど離れていた距離が見る見るうちに縮んで今ではほとんど差がなくなってしまったんだからな。

 

 

 

「トレノちゃん…前より速くなってる?」

 

「そうね…この前のレースよりも数段レベルアップしてるわ。この短期間でどうやったら…。」

 

「踏み込みも…コーナーでのライン取りも以前よりも正確になってる。それでいてあのスピード。」

 

「ルドルフと同じくらいトレーナーの必要性を疑いたくなるわね。」

 

トレノちゃんが自主的にトレーニングを?事実トレセンに来るときにあの格好になったわけだし。となると尚更引っかかる。

レースに興味がなければあのような服を用意する意味が無い。車に興味が無い人がレーシングスーツを持ってるようなものなんだから。

 

「これほどとは思ってなかったわ。このレース分からないわよ。」

 

「そうですね、こうやって目で見るまで勝つのは無理だろうと思ってたんですけど…これなら。」

 

 

 

カーブもそろそろ終わる。やっぱり手ごわい、抜きにかかろうとしてもそう簡単には行かせてくれない。やっぱり”アレ”やるか。アレをやるのは雪の時だけだと思ってたけど。

 

仕掛けるのはこの先のカーブの入り口…その少し手前からスパートをかけて抜いて見せる…タマモクロスさんを!

 

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…!」

 

コーナー抜けて直線に入ってトレノとの差が開き始めとる。確実に開いとるはずやのに…プレッシャーは強くなっとる。

 

せやけどな…こんなプレッシャー受けたくらいじゃウチは掛からんで!オグリに比べたら大したことないわ!このままいけばウチの勝ちや。

 

 

 

ふぅン。トレノ君がこれほどとは嬉しい誤算だね…。データとしては大変申し分ない位に取れている。ますます君を研究したくなるじゃないか。

 

レースも終盤、さて、トレノ君はどう仕掛けてくるのかな?

 

 

 

もうすぐ最終コーナー、タマモクロス先輩とトレノ君との差は6~7バ身程度開いている。勝負あった…といったところか。

 

いくらコーナーを速く曲がる技術があってもここまで離されては勝ち目はないだろう。タマモクロス先輩相手に健闘したといった所…そこから仕掛けるのか!?

 

もうすぐコーナーだというのに!?そんなスピードで曲がれるわけない!

 

 

 

コーナー直前でスパートやと!?曲がり切れるんか!?ウチよりコーナーが速いんは認めるが、あまりにも無茶や、何考えとるんや!

 

 

 

カーブ直前でタマモクロスさんに並んだ。このスピード感…イケる!

 

ココだ!

 

 

ガリッ

 

 

なんや!?今のは!ウチよりインで走って…ウチより速いスピードで曲がるやと!?

 

 

 

抜き去った?最強と謳われたタマモクロスちゃんを?いったい何が起こったの?

 

「あり得ないわね…見てる私たちでさえ何をしたのか分からないわ。」

 

「はい…ただ分かるのはインからスパーッっと抜いて行ったくらいです。」

 

状況を整理しようとしても理解できない部分が多すぎて整理しきれない。それ位異常なことが起こっている。

 

 

 

トレノとの差が5バ身…6バ身…どんどんと開いとる。たかがコーナー一つでここまで離されるんか。目の前で見るとショッキングやな…。せやけど、ウチの脚やったらこの先の直線で巻き返せる!

 

見とれよトレノ…お前が相手にしとるんは引退したとはいえ最強やぞ。その意地見せたる!

 

 

 

あれは、領域か…時代を作るウマ娘が入ると言われているらしいが…心理的には極限まで集中することで起こるものだろうねぇ。

 

タマモクロスを抜くだけでは飽き足らず、あれを使わせるとは…。

 

「見ましたデジタルさん!トレちゃんがタマモクロスさんを抜きましたよ!」

 

「ええ見ましたとも!ですがまだ分かりませんよぉ!まだ尊死するには早いですよデジたん!」

 

「ええその通りです!一瞬気を失いかけたけど最後まで見届けるよトレちゃん!」

 

少々外野がうるさいのは放っておいて…それにしても気になるのはトレノ君が仕掛けるときに使ったあの技?原理としては分かるがあれを実践でやろうとはだろも思わないだろう。

 

この勝負は決まったようなものだろう。あれほど差が開いているのだ。いくらタマモクロスでも差し切るのはもう1バ身足りないだろうね。帰ってデータをまとめるとしようか。しばらくは寝不足になるだろうねぇ。

 

 

 

ラストの直線、離れたと思ったタマモクロスさんがどんどん追い上げてくる。息ができない、足が重い、でも…”負けたくない”!その一心でゴールまで走る。

 

「「おおおおおおお!」」

 

声にもなってないような声で叫ぶ。これほど叫んだのはいつぶりだろう。いや、初めてだろう。もうさっきまでの差は無いだろう。負けるかもしれない。それでもいい。ただ純粋に楽しかったんだから。

 

「ゴール!!」

 

スピカのトレーナーの声で減速しながら大の字に倒れる。心臓がうるさい。けどそれがいい。心の底からの笑顔がこぼれる。

 

「勝者…トレノスプリンター!」

 

観客からの歓声が聞こえる。そうか、私…勝ったんだ…。

 

「お疲れさん!いいレースやったな!」

 

そういうタマモクロスさんの息も上がってはいるけど私より余裕がありそうだった。

 

「随分…余裕そう…ですね……。手加減でもしてくれたんですか?」

 

「そんなわけないやろ。ウチも全力やったわ。せやけど勝たれへんかった。ホレ、立てるか?」

 

タマモクロスさんが手を差し出す。その手を取って立ち上がる。

 

「よいしょっと…おっととッ。」

 

「無理せんでええ、肩貸すで。コミちゃんの部屋いこか。」

 




ビワハヤヒデだ。作者が急な体調不良に見舞われてしまったので後書きは私が担当しよう。

さて、トレノ君とタマモクロス先輩のレース、見どころが満載だったな。作者の語彙力の無さが悔やまれるよ。

特に最終コーナーでの追い抜き、まさかあんなことをやるなんてな。

何をやったかだって?それは次回トレノ君が説明してくれるさ。

ではまた次回。私もトレーニングしたくて仕方がないよ。


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第二十二話 変化

「デジタルさぁん!勝っちゃいましたよあのトレちゃんがぁ!」

 

「………」

 

「あれ?デジタルさーん?」

 

「………………」

 

「この人、トレノちゃんに尊みを感じて尊死している!?」

 

困ったなぁ。電話繋がったままだし。いつザオリクするか分からないしなあ。ってあれはぁっ!?

 

「トレちゃんとタマモクロスさんが握手している…ですと…!」

 

ガクッ

 

 

 

「お疲れ様二人とも、はいお水。」

 

「ありがとなコミちゃん。」

 

座り込んでリラックスする。配達の時でもここまで後先考えないで走ったことは無かった。まさかここまで疲れるとは。

 

「で、どやった?レースしてみて。何か感じたんやないか?」

 

「…凄い、楽しかったです。自分でも不思議なんです。走るのが楽しいって…心の底から思えたんです。」

 

「そうか、それやったら良かったわ。ウチもレースに誘った甲斐があったっちゅうもんや。」

 

「あの、疑問なんですけどなんで私をレースに誘ったんですか?」

 

レースの相手なら、このトレセンにはいくらでもいるはずだからなおさら疑問だった。

 

「感謝祭の日、お前をトラックに案内したやろ?そん時後ろを走っとったお前が楽しそうやったからな。」

 

「楽しそうだったから?」

 

確かそんなことをここのこども理事長にも言われた気がする。

 

「せや、それだけやない。一番はな、走るのに興味ないっていっとったお前の顔が苦しそうにしとったからや。」

 

「苦しそうに、ですか?」

 

渋川さんの時もそうだけど、私は結構感情豊かな方みたいだ。自覚は無いけど。

 

「せやでぇ、その顔と言ったら見てられんかったわ。せやけど、もう大丈夫みたいやな。」

 

「はい、心にかかってた霧が一気に晴れた気がします。今日はありがとうございます。」

 

「まあ元はウチが始めたことやし、お礼なんてなんや恥ずいわ。」

 

そういって笑いあった。こんなに充実した思いはいつぶりだろう。

 

「痛った…。」

 

左手に痛みが走る。見ると擦りむいたような跡がある。やっぱりあの時か。

 

「どうしたん…って血が出とるやないか!コミちゃん包帯!」

 

「うん!ちょっと待ってて!」

 

「どうしたんやそれ!いつやったんや!」

 

「えっと、タマモクロスさんを抜きに行った時ですね。あの時にやったんだと思います。」

 

「あの時って、あれはホンマに衝撃やった。今聞いてもええんか分からんが、なにしたんやあの時。」

 

そういわれてもなぁ。ただの子供の思い付きだし、そんなに大したことでもないし。

 

「トラックに柵あったじゃないですか。あれに手を一瞬引っ掛けて無理やり曲がったんですよ。」

 

「あっぶな!よおそんなことやろう思うたな…。」

 

「元は雪道でも滑らないように曲がるために使ってたんですけど。ガードレールとは高さも材質も違うのでどうかなとは思ったんですけど。」

 

「持ってきたよ!まずは消毒するよ。ちょっとごめんね。」

 

擦りむいた手をコミちゃんさんに手当てしてもらった。処置が終わったころに誰かが来た。

 

「よう、久しぶりだな。ってどうしたんだそれ!?」

 

「ああ気にしないでください、ただの擦り傷ですから。お久しぶりです。スピカのトレーナーさんでしたよね。」

 

「そ、そうか。覚えててくれたのか。そういえば名前言ってなかったな。沖野だ、よろし「トレノぢゃ~~んおめでどぉ~。」ってお前なぁ…もう少し落ち着いてから来いって言っただろ?」

 

後ろのほうから泣きじゃくってる渋川さんが出てきた。顔面崩壊がここまで似合う状況も珍しい。

 

「だぁってだぁってぇ~~凄かったんですもぉ~ん。カッコよかったんですもぉ~ん。」

 

「はいはい、ティッシュ。久しぶりねトレノスプリンター。」

 

「東条さんも。先週はお世話になりました。」

 

「いいのよ、それよりも貴方、かなりややこしいことになったわよ。」

 

「ややこしいこと?言い方悪いですけどさっきまでも十分にややこしかったですよね?」

 

恐らく東条さんも沖野さんも、元凶の渋川さんも承知しているだろう。

 

「前回は渋川がやらかしてウチのチームがやらかしてタマモクロスがレースを申し込んだだけだったが。」

 

「だけってボリュームじゃないですよね。」

 

「まあそうだが、今回は学園が動いたといっても過言じゃない。」

 

「学園が動いたぁ?」

 

ついそのまま、いかにもマヌケそうな声で聞き返してしまった。まず前回とは字面的にスケールが違う。もう想像したくない。

 

「レース前、観客が集まってたことは貴方も知ってるわよね?」

 

「そういえば、かなり集まってたような…。」

 

「今回動いたのはその9割よ。」

 

帰ろう。ここに来たら面倒ごとになる呪いにでもかかってるのかな。

 

「貴方達のレースが終わって少し経った後。一人、また一人と後を追おうとしたの。私もあの子とレースしたいってウキウキしながら申し込みにね。」

 

「だが安心してくれ。そいつらにはトレノ君はトレセンとは一切関係ない一般ウマ娘、あまり執拗に関わらないであげてほしいって説得しておいた。」

 

「そんなことがあったんですね…。私のためにありがとうございます。」

 

「気にしないでくれ、罪の償いみたいなものだからな。ともあれ、ことが大きくなる前にトレセンを出たほうがいいだろうな。」

 

「私たちがやったのはあくまでも鎮圧ではなくて抑制、だから長居はしないほうがいいかもしれないわね。」

 

自分の職場をあたかも危険地帯みたいに言わなくても…。私にとっては危険地帯だけど。

 

「車は私が出すから…ズズッ。トレノちゃんさえよければ今からでも出発するけど。」

 

「私は大丈夫ですので今からでもいいですよ。」

 

「う、うん。じゃあ私についてきて。車まで案内するから。東条さん、沖野さん、帰ったらお土産渡しますね。」

 

「おいトレノ!」

 

「なんですか?」

 

「リベンジ、受けてくれるやろ?」

 

私はその質問に嬉しさすら覚えた。だから、笑顔で答える。

 

「もちろんです。それでは。」

 

 

 

 

トレノ君の後ろ姿を見ながらおハナさんと小宮山トレーナーに話しかける。

 

「どういう変化だと思う?」

 

「どうしたも何も、ここ最近衝撃の連続よ。この先どうなっちゃうのかしらね。」

 

「トレノちゃんのレースしている姿、また見れますかね?」

 

「どうだろうな、本人次第だろうけど。…期待できるんじゃないか?」

 

皆トレノ君に期待しているんだろう。当然だ。現役を引退したとはいえタマモクロスに勝ってしまったんだから。期待しないほうがおかしいだろう。

 

「それじゃ、俺たちはこの辺で持ち場に戻るかな。どうせアイツ等、トレーニングしたいってうるさいだろうからな。」

 

「同感ね、トレノスプリンターに触発されたのは何も観客のウマ娘だけじゃないわ、あのルドルフも走りたがってた位なんだから。」

 

「大変ですねお二人とも…頑張ってくださいね。」

 

軽く返してトラックに向かう。すでに集まってるんだ。着いたらすぐに始めてやるかな。

 

 

 

 

 

車に乗り込んで家に帰る途中、渋川さんが話し始めた。

 

「さっきはまともに言えなかったからもう一度言うね、ホントにおめでとう。」

 

「私はただ必死になって食らいついて行こうとしてただけなんですけど。」

 

「凄かったよ、トレノちゃんの走り。一週間前とは大違いだったよ。何か特別なことでもやってるの?」

 

「特別なことですか?うーん。」

 

どう言い表せばいいんだろう。毎日レースみたいなことしてますなんて言ってもなぁ。

 

「答えにくかったら無理して答えなくても大丈夫だよ。」

 

「そうですか。なんかすいません。…ふわぁぁ~~。」

 

「疲れたよね。寝ていってよ。耳当てもあるしアイマスクも使って。」

 

やけに用意がいいなこの人。最初のころの印象とはかけ離れた行動をしてる。とはいえ厚意に甘えるとしよう。

 

「ありがとうございます。少し寝ますね。」

 

 

 

トレノちゃんがよく寝れるように普段より優しい運転を心がける。

 

頭の中では先ほどのレースを再生しては巻き戻しを繰り返している。驚いたのはそのスタミナ。

 

多分、コーナー手前2~300m付近ではスパートをかけてその状態を維持してゴールまで走り切ってしまった。間違いなくステイヤーの素質は十分にある。

 

もっと驚いたのはタマモクロスちゃんを抜き去ったこと。どう見てもインベタからスパーッと抜いて行った。ジェットコースターみたいな変な曲がり方だった。

 

そういえば抜きに行く直前にトレノちゃんの左手の振りが大きく見えた。あれが何か関係してるはず。現に左手を怪我してるんだもん。

 

トレノちゃんはただの擦り傷だと言ってたけど考えてみればレースで足を怪我することはあっても手を怪我したなんてあまり聞かない。

 

…嘘でしょ?まさか柵に手でもかけたの?…そんなこと無いよね。途中で起きたら聞いてみようかな?

 




………………ハッ!ここは?

確かデジたんはトレノさんの尊さで死んでいたはずですが…

おや?何か書置きがありますね。なになに?『作者が謎のケガにより後書き不在の為穴埋めお願いします。』…ですか。

仕方ないですねぇ。ではでは。

トレノさんの初めての本格的なレースということで会場は大盛り上がり!今回のタマモクロスさんとの会話でもトレノさんの感情の変化も見て取れましたねぇ!

ただこれだけとは思えないんですよねぇ。まだ何かありそうだとアタシの第六感がそう言っております!

ではこのあたりでお暇といたしましょう。では!


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第二十三話 冷めない熱

「トレノスプリンターさんとタマモクロスさんのレース、終わりましたよ。見に行かなくても良かったんですか?」

 

「当然ッ!私とてこの目で見たかった!だが…呆然ッ!この書類の量ではな。」

 

そういう訳で私が代理でレースを見に行ったわけですけど。

 

「凄い熱気でしたよ。盛り上がりで言えば重賞にも匹敵するでしょうね。なんでレースの事を知っていたんですか?」

 

「偶然ッ!一週間前、聞こえてしまってな。結果の方はどうだったかな。」

 

「私も驚きましたよ。1バ身程の差でトレノスプリンターさんが勝っちゃいました。」

 

「驚愕ッ!?それは本当かたづな!」

 

「本当です。異次元のコーナリングで最終コーナー入り口で追い抜いていきました。」

 

度肝を抜かれましたよ。あのコーナリング、一週間前と比べても別物に進化してました。ただ、”私”には負けますかね。

 

「それよりも、もっと驚いたことがあります。」

 

「なんと!それは何かな!?」

 

「明らかに楽しんでいました。レースを、走ることそのものを。」

 

動画内の印象だけでは少し大人びたおとなしい印象を受けましたけど、あの姿は年相応にはしゃいでいるように見えました。

 

「期待ッ!書類の準備を進めても損は無いと思うぞ!」

 

「そう言うと思って既に準備してあります。」

 

「感謝ッ!いつも助かるぞたづな!」

 

何せ期待しているのは私も同じなので。

 

 

 

 

 

「トレノちゃーん、起きてぇ~。着いたよー。」

 

「…んぁ。もぅ着いたんですかぁ~?」

 

トレノちゃんの家の前まで着いたのでゆすって起こす。あれから爆睡で一度も起きなかったので気になってたことも質問できなかったけどまあいいか。

 

「おう、戻ったか。」

 

「あ、豊田さん。今戻りました。」

 

「ただいまぁ~…ふあぁぁ。」

 

「メシは作ってあるから、寝ぼけてないでさっさと食っちまえ。」

 

「はーい、いただきまーガッ!」

 

寝ぼけを放置したトレノちゃんがちょっとした段差で盛大にコケた。さっきまで壮絶なレースを繰り広げたトレノちゃんは見る影もなかった。

 

「…で?榛名、勝ったのか?トレノの奴。」

 

「勝っちゃいましたよ。トレセンの見に来た生徒全員が度肝を抜かれてましたよ。」

 

「ふッそうか。」

 

そう聞いてきた豊田さんは少し嬉しそうだった。

 

「じゃあ私はこれで失礼しますね。トレノちゃんによろしく言っておいてください。」

 

「おう、送り迎えありがとな。」

 

 

 

 

榛名のインプを見送りながら煙草に火をつける。勝ったのか、あいつ。一枚壁を越えただろうな。

 

無理に新聞配達やらせてたから走るのが楽しいってイメージが持てなかっただろう。とことん冷めてたからな。

 

そういや左手に包帯巻いてたな。となると柵に手を引っ掛けて離すタイミングミスってケガってとこか。

 

どれほど手強い奴だったかは知らねえが、まだまだ甘いって事か。先は長いな。”アイツ”に追いつくまでは。

 

 

 

 

「ただいまです。これ、さっき言ってたお土産です。」

 

「戻ったか。どれどれー?ッ豆腐?」

 

「はい。ウチの近所の豆腐屋なんです結構おいしいですよ。」

 

「そうなのか、ありがとよ。」

 

沖野さんと東条さんに豆腐を渡す。お土産に豆腐ってどうなのとは思ったけど豊田さんがサービスしてくれたからちょうどよかったから。

 

「豊田とうふ工房って言うのか。なんかうまそうだなおハナさん。」

 

「そうね、どこかで聞いたことあるような名前なのが気になるけどね。」

 

「そうだ、豊田さんから沖野さんと東条さんに伝言があって。」

 

私には何のことかさっぱりだけど沖野さんと東条さんなら何かわかるのかも。

 

「『沖野と東条によろしく』って。そう言ってました。何のことですかね。」

 

 

 

「…その豆腐屋の店主、豊田って言ったわよね。下の名前はなんていうの?」

 

「?栄治って人ですけど。漢字で書くとこうだったかな。どうしたんですか?そんなこと聞いて。」

 

「…プッ、ハハハハ!」

 

それを聞いて俺はつい吹き出してしまった。なるほど”そういう事”か。いままでトレーナーも無しにあそこまで速くなったトレノ君が不思議でしょうがなかった。

 

だが、その人の名前を聞いたとたんに全てが腑に落ちた。道理で、速いわけだ。おハナさんも納得の言った顔をしている。

 

「沖野さん、どうしたんですか?急に笑って。」

 

「いや、何でもない。豆腐ありがとな。」

 

「…?どういたしまして?そろそろお暇しますね。」

 

「ええ、謹慎開けたら色々話してあげるわ。」

 

「ふぐぅ、で…ではぁ。」

 

そう言って渋川がトレーナー室を後にする。久しぶりにあの人の名前を聞いた。トレーナーやめた後連絡が取れなくなったからどうしたのかと心配していたけど、元気そうでよかった。

 

「ぎゃあああぁぁぁ!たづなさぁん!これには深い訳がぁ!」

 

「言い訳は署で聞きますからねぇ。」

 

豊田さん、アンタの愛バは途轍もなく怖い人になりましたよ。

 

 

 

 

 

日曜日の昼下がり、昨日のレースで体全体がかなり重い。配達だってちょっと疲れた。

 

…昨日のレースが頭から離れない。気持ちの高鳴りが収まらない。もっと走っていたいと思った。

 

とおるるるるるるるるるん るるるん

 

「電話?ナナからだ。何だろう。」

 

「トレちゃ~ん。私に言ってないことあるでしょ~。見たんだからね私~。」

 

「どうしたの急に。見たって何を?」

 

「タマモクロスさんとレースしてたでしょ!物凄い心配したんだから!今暇でしょ!トレちゃん家に遊びに行くから!」

 

私の家は豆腐以外何にもないけどナナは不定期に遊びに来る。

 

「いいけどさ。いつも通り何にもないよ。」

 

「いいからいいから!じゃあまた後でね!」

 

と言って電話が切られた。ナナはいつも行動が突発的というか予測できるようで予測できない。まあ来るまでゆっく

 

「トレちゃーん!来たよー!」

 

………………はっや。

 

 

 

「どこから電話かけたの?」

 

いくらなんでも早すぎる。電話を切ってから一分と経っていない。ナナがヤード〇ット星で修業した覚えもないし。

 

「そこの曲がり角位で掛けたけど。」

 

「ほぼ家の前じゃん…。」

 

もう電話する必要があるのか疑問に思えるくらいの距離だ。京都じゃないんだよ私の家。

 

「凄かったよタマモクロスさんとのレース!トレちゃんがあんなにすごい走りができるなんて思わなかったよ!」

 

「正直余裕なかったよ。離されないように食らいついてって…抜きに行ったのだって一か八かだったし。」

 

「そうだよ!アレ何やったの!?タマモクロスさん以上のスピードで曲がる秘密でもあるのってどうしたのそれ!?」

 

左手を見て驚いていた。まあ包帯でぐるぐる巻きだしまあ目を引くよね。

 

「タマモクロスさんを抜きに行くときに柵に手をかけたんだけど、抜くことはできたけど離すタイミングをミスっちゃったみたいで。」

 

「大丈夫なのそれ?痛くないの?」

 

「もうそんなに痛くないよ。多分もう少しで包帯も取れるし気にしないで。」

 

配達初めて一年くらいの冬に初めてやった時でもこんなこと無かったんだけどな。でも次はこうならないと思う。コツは掴んだから。

 

「そうなんだ。それじゃあ本題に入ろうかな!今日はこれを見て欲しくてね!」

 

そう言ってナナがスマホを取り出した。何かの動画かな。

 

「私厳選のレース映像だよ!トレちゃんに見せたかった動画いっぱい入ってるから!」

 

「面白そうじゃん。お茶とお菓子持ってくるからゆっくり見ようよ。」

 

「うん!」

 

ナナが見せてくれた動画はどれも刺激的だった。

 

スタート直後から後続を引き離してそのままゴールするウマ娘にその逆、中盤から加速し始め、前に躍り出て一位をものにするウマ娘…私たちを拉致ったウマ娘じゃん。

 

一位争いの末、同着のレースだったりその結果はどれも予想のつかないものだった。

 

「えーっと…次が最後だね。これは私のとっておきだよぉ。トレちゃんも痺れると思うよ。」

 

ナナがそう言って動画を再生する。

 

「これ、タマモクロスさんのレース?」

 

「そう、タマモクロスさんの現役最後のレースだよ。このレースを最後にトゥインクルシリーズを引退したんだ。ウィンタードリームトロフィーには出てるけどね。」

 

「そうなんだ…始まった。」

 

序盤は縦長に展開していった。タマモクロスさんは最後尾につけていた。そのままカーブを二つ通過して直線に入った。…………ッ

 

「ここでタマモクロスさんが仕掛けていくんだよ!私も生で見たかったなぁ。」

 

生で見たかった?冗談じゃない。私がそこにいたらその圧で逃げ出してもおかしくはない。これがタマモクロスさんの全盛期。

 

もし昨日レースしていたのがこのタマモクロスさんだったら間違いなく勝てなかった。圧そのものは私が体感したものと何ら遜色はない。だけど、何かは分からないけど違う。

 

そのままタマモクロスさんが先頭の灰色の髪のウマ娘に迫っていく。

 

「ナナ。灰色の髪のウマ娘って何て名前なの?」

 

「オグリキャップさんだよ。地方から移籍してきてスター街道まっしぐら。後ろから末脚で抜き去る所から”怪物”なんて言われてるよ。」

 

怪物…。女子相手になんて異名だと思ったけどレースを見たら納得してしまう。

 

二人はそのままもつれて最終コーナーを回り最後の直線。

 

タマモクロスさんが有利なのは私でも分かった。それでも未だに並んで走っている。いったいどうして走れて……。

 

「!!?」ビリビリィ!

 

灰色の髪のウマ娘からタマモクロスさんと同じような圧が放たれた。白熱したレースを繰り広げている二人は…とても楽しそうに見えた。

 

レースの事は何も分からないけど、けれど二人が全力でぶつかってレースをしている。その結果は二人並んで…いや、オグリキャップさんが僅差で先にゴールした。

 

「凄かったでしょー!私の中でも一位二位を争うくらい好きなレースなんだ!」

 

「とても凄かった。何というか…私まで熱くなってきた。」

 

私も…走りたくなってきた。この人、オグリキャップさんとレースがしてみたい。走ることにこれほど熱くなれることが嬉しく思える。自分の変化に驚きを隠せない。

 

「これで終わりかな。どうだった?トレちゃん。」

 

「どれも凄い刺激的だったよ。レースの面白さ、奥深さが分かった気がするよ。」

 

「っ~~!トレちゃんが遂にこちら側に来てくれたぁ!じゃあ来週は他の動画を持って遊びに来るね!」

 

「うん、楽しみにしてるね。」

 

「それじゃまた学校でね~!」

 

 




ううん…ここは?

確かハヤヒデさんから避難しようとして…思い出せない。痛ったぁ!よく見たら包帯まみれでミイラみたいになってる。

「目が覚めたようですね。」

何奴!

「主治医です。」

何だ主治医さんですか。僕ってどうしてこうなったんですか?

「何者かに襲われ、ビワハヤヒデさんに運び込まれたんですよ。」

ハヤヒデさんありがとう。それで、どれくらい眠っていたんですか?更新急ぎたいんで割とパッと起きられてればいいなぁ。

「いいですか、落ち着いて聞いてください。貴方が眠っていたのは…12日です。」

ッ…ウゥッ…アァッ!

「落ち着いて!大丈夫!」

ガクッ



「眠ってしまいましたね。更新はされているので安心してと言いたかったんですが…次の機会にしましょうか。ここは変わって私が、また次回。」


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第二十四話 解析

月曜日、土日で少しズレた生活リズムが私、ひいては国民全員に牙をむいてくる。休日になると配達終わってからの睡眠時間が一時間長くなる。

 

その一時間ですら、恨めしいほど月曜の寝覚めの邪魔をしてくる。

 

「おはよ~。」

 

「おはよートレちゃん!」

 

…前言撤回、月曜の苦しさはナナみたいなハイテンションの人には関係ないみたい。

 

 

 

授業中も家に帰っても、下校途中もレースの事しか考えていないように思う。それほどトレセン学園での出来事が私の中で大きいという事なんだろう。

 

オグリキャップさんと走りたい気持ち、なぜかその気持ちは強くなっていく。抑えようにも抑えきれないような。走ってみれば分かるのかな?

 

いっそのことトレセンに連絡とってみる?

 

「でもなぁ。トレセンに連絡して「オグリキャップさんとレースさせて下さい。」って言ってもなぁ。」

 

あの時沖野さんの名刺貰ってればなぁ。話位はできると思うんだけど…名刺?渋川さんから貰ったな。勢いに流されて貰っておいてよかった。

 

確か…あの後どうしたんだっけ?あの流れだと…ジャージのポケットに入れたんだっけ?でもあれ洗濯したし…やったかもしれない。

 

「ジャージ全部出してみないとかぁ。多分しわくちゃになってるなぁ。」

 

電話番号だけでも残っていることを祈って漁り始める。一着目…無し。二着目…あった。

 

早くに見つかってよかったと思いつつ恐る恐る取り出してみる。

 

「よかった。思った以上に大丈夫そう。」

 

想定よりダメージが無かった。名刺の素材の良さに感謝だ。でも、私個人の頼みってだけで掛けていいのかな。迷惑にならないかな。

 

……いいや、思ってみれば迷惑掛けられまくったんだから少しくらい迷惑してもらおう。

 

 

 

反省文…これでいいのかな?…いや、まだ書けることあるよね。原因、改善策、全部書く位じゃないと反省文じゃないような気がする。

 

とおるるるるるるるるる るるるん

 

「電話?誰からだろう、知らない番号だ…。」

 

非通知じゃないだけ怖さはあまりないけどそれでも知らない電話番号というのは怖い。とりあえず出てみよう。

 

「もしもし、渋川ですけど。」

 

「よかった。出てくれた。私です。トレノです。」

 

「ヘアァッ!?ト、トレノちゃん!?どうしたの?なんで私の電話番号知ってるの?」

 

相手はまさかまさかのトレノちゃんだった。しばらくは会うことも無いんだろうなと勝手に自己完結していたら向こうからコンタクトを取って来てくれた。

 

でも電話番号を教えた覚えは無いんだけど。

 

「初めて会った時、名刺くれたじゃないですか。そこに書いてあったので。」

 

「ああ、そういえば渡してたね。ナイス、あの時のイカれた私。それで、何かあったのかな。もしかして忘れ物でもしたの?」

 

「実は、お願いがあるんですけど、聞いてくれますか?」

 

トレノちゃんのお願い事。何だろう。この前はタマモクロスちゃんについてだったり…なんだか担当がついたみたいだなぁ。ウキウキしてきた。

 

「もちろん、何かな、そのお願いって。」

 

「来週の土曜、オグリキャップさんとレースがしたいんです。お願いできますか?」

 

 

???

 

 

「…ゴメン、ちょっと電波が悪かったのかな?良く聞こえなかったからもう一回お願いできる?」

 

「いいですけど…オグリキャップさんとレースしたいんです。」

 

「…本気で言ってるの?冗談とかじゃなくて?今日エイプリルフールじゃないよ?」

 

これを青天の霹靂って言うのかな。トレノちゃんから電話貰って、オグリちゃんとレースしたいって言ってる。…整理すると意味わからなくなってきた。

 

「昨日、友達にレースの動画見てたんです。そこに映ってたオグリキャップさんを見てたら私も走りたいって思ったんです。」

 

…グスッ。あのトレノちゃんからこんなに熱い言葉が出てくるなんて…。成長したなぁ。興味ないって言ってた頃のトレノちゃんとは大違いだよぉ。…グスン。

 

「この気持ちが何なのか、知りたいんです。渋川さん、お願いできますか?…聞いてます?」

 

「聞いてるよ…ズズッ、つい感動しちゃって。分かったよ、話だけでもしてみるね。話が出来次第電話するね。」

 

「ありがとうございます。期待していますね。では、失礼します。」

 

…さて、どうやって交渉しようかな。六平さん気難しそうだし、接点あんまりないし、連絡先知らないし。

 

 

 

 

一昨日夕方からトレノ君のデータとにらめっこしていて分かったことがある。まずトレノ君のあの走りはコーナーに著しく特化した走りだという事。

 

直線での伸びが他のウマ娘より劣っていることは目で見ても分かったがシャカール君に協力してもらって数値にしてみても同じことだった。

 

シャカール君がトレノ君のデータ、映像すべてを解析してパソコンに打ち込んでこんなことを言っていたなぁ。

 

「確かにあの時オレもあのレースを見ていたし疑う訳でもない。だが、Parcaeにデータ打ち込んでエラー吐き出したことなんてなかった。唯の一度も。どうなってんだ?」

 

シャカール君の優秀な相棒が匙を投げるとは思わなかった。まあ私も一人では解けない可能性が出てきたからこうしてシャカール君を頼ったわけだが。

 

さて、研究を続けるとしよう。答えは出ていないのだからねぇ!

 

 

 

タキオンから戴いたデータをParcaeに打ち込みエラーの修正を繰り返し、ようやくparcaeが結果を表示した。途中からParcaeを疑いたくなったが、こいつは完璧だからな。

 

コイツから示されたのは中の上くらいのウマ娘って事だ。これだけ見ればどうやったってタマモクロスに勝てっこない。だがあいつは勝っちまった。

 

悔しいが、Parcaeの力だけではアイツの速さは解明できない。趣味じゃねぇが有象無象のインターネットでも漁ってみる。タキオンが言うにはトレノってやつはレースするのがあれが三回目らしい。

 

もう何も信じられねぇ。芝でなく舗装路で速く走る方法を洗った方が速そうだ。こんなおおざっぱで抽象的なやり方を実行するなんてな。

 

「あぁ…?”公道最速理論”?」

 

何だこりゃ?最後の更新が二十年ほど前のサイトが目に留まった。…チョイとみてみるか。

 

 

 

トレーナー室でリギルメンバーのトレーニングメニューを立て、書類をまとめる。トレーナー業というのは半分はデスクワークね。いつ見ても辟易する書類の量にため息をついていると電話が鳴る。

 

「榛名から?もしもし。」

 

「あ、お疲れ様です。渋川です。ちょっとお願いがあるんですけどいいですか?」

 

「面倒事でなければいいわよ。って言っても貴方が相談してくることなんて大体面倒事よね。」

 

「ふぐぅ。じゃ、じゃあ、六平トレーナーとお話しさせてほしいなぁって。」

 

六平さんと?榛名と六平さんとは接点があまりない。このタイミングで話があるって何かしらね。

 

「話って、何を話すのよ。育成論とか?謹慎開けでもいいじゃない。」

 

「いやぁ、今じゃないといけないんですよねートレノちゃんに頼まれちゃって。」

 

「何で今トレノスプリンターが出てくるのよ。貴方反省のはの字もしてないの?」

 

「違いますよ!酷いなぁ、今回はトレノちゃんが頼んできたんです。オグリちゃんとレースしたいってさっき電話があって。」

 

「トレノスプリンターが?詳しく聞かせてもらってもいいかしら。」

 

榛名から事の顛末を聞いた。まさかトレノスプリンターからそんな言葉が出るなんてね。

 

「分かったわ、話だけでもしてみるわ。ただ結果は保証しないわよ。」

 

「すいません、よろしくお願いします。本当は自分で行くのが普通なんですけど自業自得ですね。」

 

「話が出来たら電話するわ。じゃあね。」

 

「はい、失礼します。」

 

電話が切れる。この書類にケリがついたら話に行こうかしらね。

 

 

 

 

 

公道最速理論…読んでみるとこれが思った以上にレースに通じるものがあった。

 

ストレートで速くて初心者、コーナーが速くて中級、上級者ともなればそのどちらでもない第三のポイントで差をつける…か。

 

その第三のポイントについて詳細に書いてあるわけではない。恐らくはその状況に応じたエトセトラなんだろうな。

 

それに最も難しいのはコーナーの侵入スピードを決定する判断力というのも納得だ。オレ達ウマ娘はレースの最中、幾度となく判断する状況に置かれる。

 

坂路に対する走法の変化、前に行くためのライン取り、スタミナ配分、仕掛けるポイント。どれを取っても難しいが一番難しいのはコーナーだ。

 

コーナーでは遠心力のせいでオーバースピードで曲がるとかえってロスになっちまうし走行ラインを開けちまうことになる。総合して良い事が無い。

 

それ故にコーナー入り口では多少なりとも減速するなりの対策をする。だが、曲がれると判断できるスピードがたとえ1キロでも違えば。

 

その差を詰めるアドバンテージとしては十分だろう。読めば読むほどこいつを書いたヤツが天才だと思い知らされる。

 

「やあシャカール君、どうだい、解析のほうは順調かい?」

 

その点を踏まえてタマモクロスとトレノスプリンターのレースを見返すと、さっきでは気付かなかったことに気が付いた。

 

トレノスプリンターのラインのシビアさには改めて舌を巻くがコーナーの侵入スピードがトレセンで比べてもトップクラスだ。これなら確かにタマモクロスをコーナーで突っつきまわすこともできるだろう。

 

「シャカール君~?」

 

それに、コーナーで加速している感じ、スパートをかけているような印象を受けた。…ともすれば、コイツにとってはすべてのコーナーでスパートをかけているのか?

 

クソ、この動画だけじゃあ流石にデータ不足だ。アイツがトレセン学園の生徒ならすぐにでもデータを取りに行くんだが。

 

「随分と熱心だねぇシャカール君は。君もトレノ君に夢中のようだねぇ。」

 

「ゲッ、タキオン、いつから居やがった。」

 

「数分前にお邪魔させてもらったよ。声をかけても反応しないからねぇ。…シャカール君、パソコンに映ってるその論文は何だい?」

 

「公道最速理論っつうらしい。読んでみるか?」

 

「ふぅン、君から読むことを薦めるとはねぇ。では、読ませてもらうよ。」

 

タキオンに席を譲る。良い食いつきだな。タキオンがPCに釘付けになっている。暫くして読み終わったのかタキオンが口を開く。

 

「実に興味深い論文だ。公道での論文とは言え、私たちにも通ずるものがある。それに、トレノ君の速さを理論的に説明できる判断材料にもなる。…だが。」

 

「データが足りない…だろう。オレもある程度までいった所で行き詰ったからな。」

 

「せめてあと1レースでもしてくれればデータとして十分なんだがねぇ。」

 

だかトレノはトレセンの生徒じゃない。そんな奴がレースする機会なんか滅多にない。このまま行き詰っちまうのか?

 




エアシャカールだ。作者の野郎が卒倒したとかで後書きをやることになった。

ったく、めんどくせえなぁ。

今回はトレノの速さの秘密が分かったり分からなかったりだが、絶対に解き明かしてやる。Parcaeにエラー吐き出させたんだ。そのツケは払ってもらうぜ?

それじゃあな。オレは忙しいんだ。またいつかな。


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第二十五話 昔の縁

「お疲れ様です、六平さん。ありがとうございます、急なお願いに時間を取っていただいて。」

 

「構わん、それで?オグリとレースしたい奴がいるんだって?」

 

「はい、榛名から連絡があって…トレノスプリンターという子です。」

 

「トレノスプリンター?聞いたことねぇ名前だな。」

 

「無理もありません、その子はトレセンの生徒ではありませんから。ですが、実力は確かです。一昨日、タマモクロスとレースして一バ身差で勝利しました。」

 

それを聞くと六平さんが驚いたような顔をした。それはそうだろう。学園外の、それもレース経験があまりないウマ娘がタマモクロスに勝ったと言われれば誰でも驚くだろう。

 

「ほう、あのタマモクロスにか。一線を退いたとはいえ、その実力は確かだがな。」

 

「そして、彼女の父親は、”豊田栄治”さんでした。…私も知ったときは私も驚きました。」

 

「アイツが?数年前に突然トレセンを辞めたと思ったら…今何やってんだ。」

 

「豆腐屋でした。」

 

「豆腐屋?まるっきり接点がねえじゃねえか。…待ってろ、スケジュール確認する。」

 

六平さんがスケジュール帳を開く。すると、トレーナー室の扉が開く。

 

「失礼するろっぺい。トレーニングのメニューを聞きに来た。」

 

「オグリ、ちょうどいいところに来た。今週の土曜、模擬レースを入れる。期間は短いが、お前なら仕上がるだろう。」

 

「模擬レース?誰となんだ?」

 

「トレノスプリンターってやつだ。この前のレースでタマモクロスに勝ったそうだ。どうだ?やるか?」

 

「タマに勝ったのか。…よし、そのレース受けよう。」

 

「そういう訳だ。そいつにも伝えておいてくれ。今週の土曜日だと。」

 

まさかここまであっさりとレースが決まってしまうとは思ってもみなかった。これなら榛名に良い報告が出来そうね。

 

「ありがとうございます。一応榛名の連絡先を渡しておきます。窓口は彼女なので。それでは失礼いたします。」

 

「おう、出来るだけ早く伝えてくれ。っとその前に。」

 

「何でしょう。」

 

「アイツの豆腐屋の名前は何ていうんだ。」

 

「”豊田とうふ工房”です。」

 

「そうか、ありがとよ。」

 

 

 

「ろっぺい、そのトレノって子はどんなウマ娘なんだ?」

 

「知らん、たださっきも言ったがタマモクロスに勝ったんだ。お前でも苦戦はするだろう。というわけでベルノ。」

 

「は、はい!」

 

「そこまでする必要は無いと思うがトレノの関する情報を集めてくれ。ただ調査先がトレセン外のウマ娘だ、慎重に頼む。」

 

「わ、わかりました。」

 

そう言うとベルノは部屋を出た。そしてろっぺいが言葉を続ける。

 

「オグリはとりあえず土曜日に向けての調整だ。とりあえずはこれをやっといてくれ。俺もあとから行く。」

 

「わかった。…土曜日が楽しみだな。」

 

 

 

とおるるるるるるるるる

 

「はい、渋川です。」

 

「東条よ。良いニュースよ。今週の土曜、オグリキャップとの模擬レースが決まったわよ。」

 

「本当ですか!?よかったートレノちゃんに良い報告が出来そうです。ありがとうございます。」

 

正直受けてくれるかどうかわからなくて不安しかなかったけど。早速トレノちゃんに電話しなきゃ。

 

「榛名、今回のレースは前回以上に厳しいものになるかもしれないわよ。」

 

「…分かってます。現役を引退したタマモクロスちゃんと違ってオグリちゃんはウィンタードリームで未だに走っていますからね。」

 

「それに六平さんもなかなか乗り気よ。その日までに確実に仕上げてくるわ。」

 

やっぱりというかタマモクロスちゃんの時も思ったけど無謀というか、トレノちゃんって意外と無鉄砲なところあるよね。

 

「私も何の対策もなしにオグリちゃんとレースさせる気はありません。ある程度になっちゃいますけどそれなりに対策しようと思います。」

 

「そう、貴方、なんだかトレーナーみたいね。」

 

「トレーナーですよ!?…とりあえずトレノちゃんにレースが決まったことを伝えますね。」

 

「ええ、早い方がいいでしょうし。それじゃあね。」

 

「はい、失礼します。」

 

 

 

とおるるるるるるるるるん

 

「はい、豊田とうふ工房。」

 

電話に出た声は確かに数年前に聞いたアイツの声だ。

 

「よう、久しぶりだな栄治。」

 

「…アンタか、六平さん。それで?いったい何の用だ?」

 

「フン、その様子だと随分元気そうだな。まあいい、今週の土曜、俺の担当のオグリ…まあオグリは俺の甥が見つけて本当はそいつが担当なんだがな。そいつがお前の所のとレースする。」

 

「オグリぃ?知らねえな。誰だそいつ。まあアンタが育てたんだ。相当の脚なんだろう?」

 

あのオグリを知らないと言うか。だが俺の腕は覚えているようだ。

 

「当然だ。それで?お前の所のトレノってやつはどうなんだ?」

 

「トレノか?アイツはまだまだひよっこだ。一昨日のレースもケガして帰ってきたへたくそだからな。」

 

「お前のその酷評癖も相変わらずのようだな。まあいい、これからトレーニングがある。それじゃあな。」

 

 

 

今度はオグリって奴とやるのか。少し情報集めて対策打ってやるかな。

 

 

 

「もしもし、トレノです。」

 

「トレノちゃん。良いニュースだよ。オグリちゃんとの模擬レース決まったよ。」

 

「本当ですか?ほとんどダメ元でお願いしたんですけど、ありがとうございます。」

 

ダメ元とは言えレースができることに感謝したい。

 

「ただ、向こう側もかなりの準備をしてくるって話だよ。私の方でオグリちゃんの特徴だったりまとめるから出来次第送りたいんだけどいいかな。」

 

「分かりました。後でLANEのアカウント送るのでそこにお願いします。」

 

「オッケー。ちょっと時間かかっちゃうけど気長に待っててよ。もう夜も遅いしこのあたりで切るね。」

 

「ありがとうございます。では。」

 

さて、土曜日に備えて配達のルートちょっと遠回りにしようかな。それに柵走りの練習もしないと。

 

「…楽しみだなぁ。」

 

 

 

 

 

レースを想定して最初はスローペース、終盤で残ったスタミナを全部使う。そんなイメージを持って配達帰りを走っていく。タマモクロスさんとのレースでそこら辺のイメージがかなり鮮明に出来るようになった。

 

そうやってイメージしているといつもの配達帰りでも相当体力を使うことに気が付いた。いつもは面倒くさいから適当に走ってたけど、イメージ一つでここまで変わるものなんだ。

 

だからこそ面白いと思った。イメージだけでここまで変わるなら、何か工夫したらどれだけ変わるんだろう。思いついた事全部試してみたい。まだ何も思いつかないけど。

 

 

 

「ご苦労、少し遅かったな、何かあったのか。」

 

「今週の土曜、またレースするから、そのイメトレ。」

 

「ふーん。」

 

「…お父さん、イメージ一つで走りって変わるんだね。久しぶりに配達で疲れたよ。」

 

そう言ってトレノが二階に上っていく。なるほど、これでバランスが取れそうだな。今まではテクだけが先行して身についていたが、その情熱、イメージがはっきりして初めて全力が出せる。

 

オグリキャップの映像を見た時に負けのイメージしかなかったがこれなら…いや、それでも少し足りないかもしれないな。何よりトレノはまだ”来てない”からな。

 

「あーねみ。」

 

 

 

 

 

次の日、下校中にナナが話しかけてきた。

 

「ねートレちゃん、今週の土曜遊びに行ってもいいかな。」

 

「今週の土曜?…あぁ、ごめんその日オグリキャップさんとレースするんだ。」

 

「へーそんなんだ。じゃあ日曜…は?」

 

ナナが目をパチクリさせている。そういえば言ってなかったっけ。そんなことを思っているとナナが肩を掴んできた。

 

「どうしちゃったの?あの無趣味でぼーっとしてるトレちゃんらしくないよ?」

 

「言い方。ナナがこの前見せてくれたレースを見てから、レースがしたくなって。なんでこんな気持ちになったのか分からなかった。」

 

未だに分からない。多分今は考えても分からないと思う。だから…

 

「だから、そのきっかけになったオグリキャップさんとレースしたら何か分かるんじゃないかと思って。」

 

「……成長したなぁトレちゃん。あんなに無気力だったのに、見違えたよ。」

 

「渋川さんにも同じようなこと言われたよ…。」

 

揃いも揃って私の事を何だと思っていたのか。無気力だのなんだの。…その通りだよこの野郎。

 

「でもさ、オグリさんとレースするって言ってもどうやって約束したの?連絡しようにもできないと思うんだけど。」

 

「渋川さんから名刺貰ったじゃん?だから電話してどうにかレースの約束が出来たって感じ。…あの時は勢いに負けてもらったけどまさかこんな所で役に立つなんて。」

 

「あのまともそうじゃない人が?第一印象がアレなだけで割といい人だったりするのかな。」

 

「多分普通に優しい人だと思うよ。ただちょっとおかしいだけで。トレセンに送り迎えもしてもらったし。」

 

ナナがとても意外そうな顔をしている。そりゃそうだ。あれを見た後でまともな対応をされたら誰でもこんな反応をすると思う。

 

「よし!決めた!土曜日、私も行く!いいよね、トレちゃん!?」

 

「私はいいけど、行ったって特にやること無いと思うけど。ただ見てるしか出来ないし。」

 

「大丈夫、見るのが目的だし!それに、あの時出来なかった1割を果たす時だよ!」

 

「まだ根に持ってたんだ…。多分渋川さんも大丈夫だろうし…。分かった。時間が決まったら教えるよ。」

 

「オッケー!待ってるよ!」

 

凄いはしゃいでる。だけど、これだけは今のうちに言っておかないと。

 

「ナナ、言っておくことがあるんだけど。」

 

「ん?何?」

 

ナナは声がかなりでかい割に破裂音のような音にめっぽう弱い。だから今のうちに言っておかないと。

 

「渋川さんの車、銃声かと思うくらいの音がこれでもかと思うほど出るからかなりうるさいよ?」

 

「…どれくらい?」

 

分かりやすく青ざめた。

 

「軽く難聴になるくらい。」

 

「…大丈夫!耳栓買っておくから!」

 

全然大丈夫じゃないじゃん。

 




ありがとうございます主治医さん。おかげさまケガも完治しましたよ。

「それは何よりです。ただ無理はなさらぬように。」

大丈夫ですよ。僕は人をおちょくる限度を知ってるんで。

「そうですか、それではお大事に。」

うーん、娑婆の空気はおいしいなぁ。っとと長らくお待たせしましたね。作者、ただいま帰ってまいりました!あれから犯人は分からずじまいですけど、まあいいでしょう。

さて、早速執筆にかかりますかね。…おや?あの人は?

「退院おめでとう、作者君。」

ハヤヒデさん。ありがとうございます。こんな花束まで持ってきてくれて。

「なに、これくらい大したことは無いよ。さぁ、受け取ってくれ。」

いただきます。メッセージカードもありますね。何々?

{次 は 無 い}

…………………また次回!


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第二十六話 情報収集

トレノさんの情報を集める…学園生じゃないし、慎重にと言われたのでかなり難しいと思いましたが思いのほか順調に調査が進みそう。

 

タマモクロスさんとのレースから三日が経ってもその話題が耳をかすめることが多かった。それもそうだ。何せ勝ってしまったんだから。 

 

曰く、期待の超新星。曰く、天は二物を与えないと言うけど、あれは嘘だ。曰く、「次はターボがやる!そして勝ぁつ!」など、色々なものがあった。

 

「それでもなぁ、とても抽象的なものだし、大体がオグリちゃんやタマモクロスさんとかに当てはまるし。」

 

順調に進みそうってさっきは思ったけど集めてみた感じ情報って言えるようなものじゃない。せめてレースを見ていればなぁ。こんなに悩むことは無いんだけどなぁ。

 

どこかにいないかなぁ。レースの一挙手一投足をまじまじと見ていて、それをわかりやすく解説出来るような人。

 

「タイシーン!ハヤヒデー!凄かったよねあのレース!内側からバビューンって行ってさ!」

 

「それ一昨日も昨日も何ならさっき聞いたし。いい加減聞き飽きた。」

 

「まあそう言うな、見たものに強烈な印象を与えていったんだからな。それに、熱が冷めてないのはタイシンも同じだろう?」

 

「それはそうだけど…だからって話題引っ張りすぎ。ダービーの時くらいうるさい。」

 

あれはBNWの皆さん?それに今の会話…ちょっと聞いてみようかな。

 

「ちょっといいですか?皆さんってこの前のレースを見たんですか?」

 

「あっベルノさんだ!あのレースってタマモクロスさんとトレノのレースですよね!見ましたよ!凄かったですよ!」

 

「どんな感じでしたか?レース運びとか。」

 

「まず、タマモクロスさんがグーンと離してコーナーでトレノがギュイーンっ行ったんですよ!」

 

なるほど、分かりません。擬音だけで説明されても分かるものも分からない。

 

「チケット、ベルノさんが混乱している。説明は私に任せてもらおう。…では最初から説明しますね。」

 

 

 

「なるほど、それで、結果の方はどうだったんですか。」

 

「およそ1バ身差でトレノ君が勝ちました。」

 

ビワハヤヒデさんからレースの顛末を聞くことが出来た。いくら現役の時と比べて少しばかり衰えたとはいえそれでも互角以上に張り合うとは。これはオグリちゃんでも苦戦は避けられないかもしれない。

 

「それと、トレノ君はコーナーで面白いことをするんですよ。」

 

「面白い事?」

 

「彼女は、手を柵にかけて私たちの常識を超えた速さでコーナーを曲がるんですよ。」

 

「柵に手を…?」

 

全開で走っている、それに遠心力が掛かってる状態でそんなことをすれば良くて怪我、悪ければバランスを崩して転倒、そのまま現役を引退することになってしまう。

 

「そんな危険なことをって思ったんでしょう?私も思いましたよ。だがそれがレースのターニングポイントでした。」

 

「そういえば、先ほどタマモクロス先輩をインから抜いて行ったと言いましたよね。まさか。」

 

「そのまさかです。彼女はそれを使って抜いて行ったんです。そこからはさっき話した通りです。あの後の様子を見てもケガをしていた様子は無かったです。」

 

となると、普段からそのようなトレーニングをしているってこと?どんなトレーナーが付いたらそんなトレーニングが認められるのだろう?そう思っているとタイシンさんが発言する

 

「それにあの一回だけで分かれっていうのもあれだけど脚質もよく分からない。追込かと思えばコーナーで急に速くなるし。」

 

この三人だけでかなりの情報が集まったと思う。この情報をまとめて土曜日の対策としよう。

 

「なるほど、ありがとうございます。それじゃあ失礼しますね。」

 

 

 

「なあ、チケット、タイシン。どう思う?」

 

「どうって、今週か来週あたり絶対何かあるじゃん。ベルノさんが情報集めるなんて。」

 

「絶対またトレノが来るんだよ!オグリさんとレースしに!」

 

「まだ憶測の域を出ていないぞチケット。だが、その線が濃厚だろうな。本当なら私も手合わせ願いたいが。」

 

あれほどの刺激を与えてくれたのだ。きっとレースをすればそれよりも強い刺激に、ひいては私の勝利の方程式の完成に一役買ってくれそうだ。

 

「…それずるくない?やりたいのはアンタだけじゃないけど?」

 

「アタシもアタシも!トレノとレースしてみたい!絶対負けないから!」

 

「フッ私とて負けるつもりはないさ。」

 

 

 

「暇だなー。」

 

今日も今日で学校帰って店番をしている。この頃お父さんは私が帰ってくると用事があると言って出かけてしまう。全く、貧乏なんだからもう少しまじめに働いてもらいたい。

 

ピロン

 

「ん?何か来た。」

 

店番中にスマホを見るのはいかがなものかとも思ったけどしょっちゅういなくなるお父さんが悪い。そう言い聞かせながらスマホを開く。

 

「渋川さんからだ。…うわ、何この大量のデータ。」

 

そこにかはこう添えられていた。『おまたせ。大まかだけどオグリちゃんのデータまとめたから送るね。何か分からないことがあったらLANEしてね。』

 

渋川さんは大まかという単語を辞書で引いてもらいたい。えーっと?オグリちゃんの特徴?とりあえず開いてみよう。

 

「うわ。」

 

ファイルには特徴をまとめたもの?でいいのかな?がびっしりと書かれていた。これだけで国語の教科書が埋まるのではないかと思うくらいの。

 

「でも読まないと、ふむふむ…」

 

 

 

 

 

「っといった感じです。」

 

「なるほどな、実にアイツらしい育て方だ。アイツは何というか速さに関してはとことん危ねぇ奴だったからな。」

 

「その、トレノさんのトレーナーさんってどんな方だったんですか?」

 

柵に手を掛けることを許可するトレーナーがどんな人なのかただ純粋に疑問に思った。

 

「アイツか?アイツは自分の担当の頭に紙コップ乗っけるような奴だ。」

 

「はい?どういうことですか?紙コップを乗せるって。」

 

「ああ、体感を鍛えるためっつってな。紙コップつけた帽子をかぶせて走らせてたんだ。」

 

そんなことが簡単にできるとは思えない。そもそも体感を鍛えようと思ってよし紙コップだなんて思いつく方がおかしい。

 

「そんで零したらその分坂路追加だ。」

 

「へえぇ~~…。」

 

苦笑いしか出なかった。そんな人の担当になったウマ娘が不憫だとも思えてしまった。

 

「まあそういう事だ。調査助かった。」

 

「そういえば、オグリちゃんはどうですか?」

 

「アイツなら土曜日が楽しみだと言ってトレーニングしてる。今頃はタマモクロスと遊んでるんじゃねえか?」

 

 

 

「…ハハッ、やっぱりタマは速いな。」

 

「オグリもな…。アイツとのレースがまだウチを燃え上がらせてくれとるんやろな。」

 

「アイツってトレノか?君が負けたんだ。きっと相当速いんだろう?」

 

「正直、直線はそうでも無いんやけど、コーナーに入った瞬間にエグイ加速で後ろに張り付いてくんねん。まるで背後霊やな。…やるんやろ?トレノと。」

 

オグリが驚いたような顔を見せる。併せの申し出があったからまさかと思うたんやが、この反応はアタリやな。

 

「タマ、よく分かったな。そうなんだ。トレノとレースした君ならなんとなくイメージがわくような気がしたんだ。」

 

「ホーン。ほんなら、ウチはあえて何も言わんわ。さ、もう一本いこか。」

 

「ああ、よろしく頼む。」

 

 

 

 

 

「おう、帰ったぞってお前ちゃんと店番やってたのか?」

 

「やってたよ。居間の方でいじってたし、お客さんが来たときはしっかり対応したし。」

 

「まあいいや、で?何見てたんだ?」

 

「渋川さんが送って来てくれたオグリキャップさんの特徴とその対策。意外としっかりまとめられててさ。」

 

「どれ、見せてみろ。」

 

トレノの携帯を覗き込む。そこにはオグリキャップに対する脚質、レースの特徴が事細かに書かれていた。そればかりでなくトレノがどのように走れば勝率を上げられるかも書かれていた。

 

榛名のトレーナーとしての仕事ぶりにほんの少し感心しながらもう少し覗く。

 

「それで?距離はどうするんだ?」

 

「距離?」

 

「ああ、最長で3600、短くて1000メートルだ。どうするんだ?」

 

俺がそう聞くとトレノが少し悩んで口を開く。

 

「有馬記念と同じ距離がいいかな。何メートルなの?」

 

「2500メートルか。まあ、ギリギリ紙一重ってところだな。」

 

「…そうなのかな。私は勝てるかどうかも分からないけど。でも、負けるつもりもない。」

 

「…まあ土曜日頑張ってこいや。」

 

俺から何かしらの対策を話してもよかったがこうやってまとまってるからな。様子見してやるかな。まあ当日になって少し心配が残ってたら一つくらい授けてやるかな。

 




どもども作者です。

ハヤヒデさんの圧がね、恐ろしかったのでね、しばらくおちょくるのは控えようと思いましたね。多分次は瞬獄殺打ってきそうなんで。

今回は少し進展の無い回でしたね。展開を細々としすぎても引き伸ばし感が出るんですよねぇ。これ要るかなあれ要るかなって取捨選択で残ったのが投稿したやつなんで。

長々と話すのは苦手なのでこれにて。また次回!


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第二十七話 意識

ピロン

 

「LANEだ。トレノちゃんからか。なんだろう?」

 

『土曜の模擬レースなんですけど、距離のお願いってしていいんですか?』

 

そういえば距離は決まっていなかった。よほどのことが無い限り拒否されることは無いと思う。

 

『大丈夫だと思うよ。何メートルかな?』

 

『2500メートルでお願いできませんか?』

 

2500…有馬記念と同じ距離。この前は2400メートルで走れていたのでトレノちゃんの適正距離ではあると思う。

 

『分かった。向こうに伝えておくよ。後でまた連絡するね。』

 

『ありがとうございます。待ってますね。』

 

さて、六平さんに電話かぁ。大丈夫かなぁ。こわばって変な声でそうだよ。

 

とおるるるるるるるるるん

 

「わあ、電話だ。もしもし。」

 

「お前が渋川か?」

 

この少しどすの利いた声、もしかして…。

 

「六平さん…ですか?」

 

「一度は顔合わせただろうが。もう忘れちまったのか?」

 

「いえいえそのようなことは!アハハ…それでご用件は…。」

 

「今度の模擬レースの距離は何メートルなんだ?」

 

好都合だ。たった今さっき打診があったからね。

 

「2500メートルでお願いしたいです。」

 

「分かった。じゃあな。」

 

淡々とした会話で電話は終わった。なんでか緊張したなぁ。ああいう人だと接点が無いとどうにも緊張しちゃう。

 

『2500メートルに決まったよ。後でコースの概要送るね。』

 

『分かりました。来たら確認しておきます。』

 

さて、コースの詳細ちゃちゃっとまとめて送らないとね。

 

 

 

 

 

金曜日放課後、この一日の終わりを私、ひいては国民全員が待っている。ほとんどの人がこの土日のために頑張っていると言っても過言ではないだろう。

 

だけど、私には休日よりも楽しみにしていたことがある。

 

「トレちゃーん!いよいよ明日だねーオグリさんとのレース!」

 

そう、オグリキャップさんとのレースが明日に迫っている。一日が終わるたびに早く土曜日にならないかなと思いながら過ごしていた。

 

「トレちゃん。今更なんだけど、何の対策もないままレースするなんてことは無いよね?」

 

「本当に今更だね。一応、配達の時にもイメトレしながら走ってる。ペース配分とか、スパートのかけ方とか。」

 

「イメトレ…でもさ、実際のコースとアスファルトって結構違わない?曲がるところもいっぱいあるし。」

 

「確かにね。私もどれだけイメージしたことが出来るかは分からない。でも何もやらないよりも少しでも何かやっておきたいなって思って。」

 

「気合十分だね。じゃあそんなトレちゃんに!情報を授けましょう!」

 

何とも自信ありげに、鼻高々にしている。でも情報と言われても…。

 

「オグリさんの長所は何といっても「その末脚?」そう!それを更に脅威的なものにしているのはその「踏み込みの強さ?」…まさかもう勉強してきた?」

 

「うん、渋川さんが色々対策してくれてるから。…全部読むのにかなり時間かかったけど。」

 

「あぁ~今思い出したけどあの人トレーナーだったね。こうやって聞いてると本当にまともな人だね。」

 

「ね。私は今でもイメージにずれがあるくらいだし。かけ離れすぎてて誰だよってなるくらい。」

 

こう言いながらイメージしてみると…どうしても初めて会ったあのおかしな渋川さんが浮かぶ。

 

「なんだかすごいなぁトレちゃん。つい二週間前にはレースのれの字も知らなかったのに。なんだか雲の上の存在になっちゃいそう。」

 

「雲の上なんて…そんな大それたものにはなりたくないな。第一そんなガラじゃないし。」

 

「うん、私もそう思う。」

 

少しばかりカチンときたのでナナを小突く。

 

「セイッ。」

 

「はぐぁ。や~ら~れ~た~。」

 

「ップ、何それ。変なの。」

 

「良いじゃん良いじゃん!というわけでお返しだよ!」

 

と言ってくすぐってきた。そんな攻防が自宅まで続いた。

 

 

 

 

 

模擬レースを明日に控えて、オグリちゃんは最終調整に入っている。

 

「オグリ、明日のレースの作戦を伝える。今日はその作戦に沿って仕上げていく。」

 

「分かった。どうやって走ればいいんだ?」

 

そう言ってオグリちゃんは特大おにぎりを食べる。見慣れた光景だけどやっぱりすごいなぁ。

 

「ベルノが仕入れた情報だと、恐らく脚質は追込、だかタマモクロスのそれに比べれば切れ味は無いだろう。それを補うように超ロングスパートをかけられるスタミナもある。」

 

追込のウマ娘というのは往々にして末脚の切れ味が他のウマ娘と比べても別格だ。白い稲妻、鬼脚、などの異名がつくくらいには。

 

「どこでそのスパートが始まるのかは分からん。最終コーナー手前かも知れんし、もしくはもっと手前からかも知れん。そこでだ…。」

 

六平さんが少しためる。だけどすぐに続ける。

 

「レースの展開は任せるが、もしトレノが後追いになったら”後ろ”を気にするな。」

 

「”後ろ”を気にしない?」

 

「ああ、さっきトレノの脚質は追込と言ったが、その気になれば先行でも行けるだろう。」

 

「その気になれば先行でもって、どういうことですか?」

 

「あのタマモクロスが直線で離せているのにコーナーで追い付かれるんだ。コーナーで一時的にスパートをかけているとしか思えん。」

 

コーナーで一時的にスパート…。何というか、そんなウマ娘今までいたかな。あまり覚えがない。

 

「そういえば、タマが”背後霊”みたいと言っていたな。」

 

「そう思うのも無理は無いだろう、離れたと思ったら急に後ろに現れるんだろうからな。だからこそ、”後ろ”を気にするな。」

 

「…具体的にはどうすればいいんだ?」

 

オグリちゃんが作戦の詳細を尋ねる。

 

「具体的も何もない、相手との差、プレッシャー、その他全てだ。いっその事いないものとして考えたほうがいいかもしれないな。」

 

「いないものとして。…出来るだろうか。」

 

「やらねえと相当厳しいレースになるだろうな。」

 

「なんだか無視しているようで可哀そうだ。」

 

そっちかい。二人してそう思った。

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってくる。今日も少し遅くなるかも。」

 

「それは構わんが、はしゃいで零すんじゃねえぞ。」

 

「分かってるって。それじゃ。」

 

ここまでで確かにトレノは速くなった。榛名のデータを基にイメトレしていったことでそれなりの仕上がりにもなっている。トレノが曲がっていく。

 

…なるほどな。考えとしては合っているが、いつもそれが正解とは限らないからな。明日にでもそれっぽいこと言っとくか。

 

 

 

思いついた事その1、曲がるときは出来る限り内側で、無理のないラインで曲がってみる。

 

これはすぐに成果が出た。いつもの配達で早く帰りたいと思って走っていたラインが似通っていたから。でも修正箇所がいくつもあった。

 

例えばコーナーで出来るだけ弧を大きく描くようにすればスピードを損なわず曲がれることが分かった。それに、立ち上がりでも少し余裕を持つこともできた。

 

思いついた事その2、コーナーではなく、直線に比重を置いてみる。

 

やる前から分かってたけど、私のパワーだといくら直線を頑張ったところであまり意味は無かったし、体感遅くなっているような気がした。

 

そのほかにも色々とやってみたけど…正直実りがあるのか分からない。何というか、成長してる気がしない。いや、してるとは思うけど、大した実感が無い。

 

実感できたのはもっと速くなりたいという思いが強くなったことくらい。

 

 

 

 

 

「おはよートレちゃんいよいよだね!オグリさんとのレース!…どうしたの?そのクマ。」

 

「いやね、帰ってからレースのこと考えてたら少し寝不足になっちゃった。」

 

「大丈夫?本調子で走れそう?」

 

「多分大丈夫だと思う。…そろそろ来ると思う。」

 

遠くの方からパンパンと音が鳴る。ほんの少し聞き慣れた…いや、間違っても聞き慣れたくないうるさい音が渋川さんが来たことを知らせる。

 

「来るって渋川さんが?…まさかさっきから聞こえてるこの音が…?」

 

「うん、渋川さんの車の音だよ。ナナにも聞こえてるってことは本当にうるさいんだね、あれ。よく耳が壊れないなぁあの人。」

 

「…。」

 

「あれ、ナナ?」

 

少し反応が無かったので振り返ってみるともう既に耳栓を装備していた。その上から指で耳を塞いでいる。意味あるの?それ。

 

「お待たせ、トレノちゃん。それと、そっちの子がナナちゃんかな?…なんだかすごい顔してるけど。」

 

「渋川さんの車のせいです。何とかしてください。」

 

「ふぐぅ。ま、まあそこは置いといて…宜しくね、ナナちゃん。」

 

「…?なんて言ったんですか?」

 

おっとこれは。耳栓してるの忘れてそのまま会話してる。少し面白そうなので放置してみよう。

 

「宜しくね、ナナちゃん。」

 

「はい?もう一回お願いできますか?」

 

「宜しくねッ!ナナちゃんッ!」

 

「…あ。」

 

思い出したように耳栓を外すナナ。それを見て少しショックを受ける渋川さん。

 

「ごめんなさい。耳栓してるの忘れてて…ハハ。」

 

「…セカンドカー買おうかなぁ。…じゃない。とりあえず車に乗ってて。一応豊田さんに挨拶してくる。」

 

「俺ならここにいるよ。店先でうるさくしてんじゃねえよ。」

 

知らないうちにお父さんが出てきてた。まあ渋川さんの車がうるさいのと渋川さんが叫べばそうなるか。

 

「す、すいません。それじゃあ、トレノちゃんお借りしますね。」

 

「おう、おいトレノ。」

 

「なに、お父さん。」

 

「たまには“外”も悪くないぜ?」

 

急に何を言うんだろう。”外”っていったい何のことなんだろう。

 

「?何それ。意味わからないんだけど。」

 

「だろうな。だがその時になればわかる。精々頑張ってこい。」

 

「…じゃあ行ってきます。」

 




はいはいどうも作者ですよっと。

ウマ娘三期、トプロアニメ発表されましたね。ウマ娘界隈がまた更に拡大していくことでしょう。いやー喜ばしい!

なんて言ってられないんですよね。ライバル枠キタサトにしようと思ったら三期発表ですよ。アニメ、シングレをベースに書いているこの作品には致命的でしてね。このままいくと100%食い違う。

…いいや、三期ガン無視で行こう。じゃないと更新できなくなっちゃう。

そんなこんなでまだまだ続きます。また次回!


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第二十八話 心境

トレセンに向かう道中、お父さんに言われたことがふと気になった。外とは一体どういうことなのか。

 

「渋川さん、さっきお父さんが言ったことの意味って分かります?」

 

「ちょっと私じゃわからないな。あれだけだとね。でも何かのアドバイスかも知れないね。」

 

「アドバイス…普段アドバイスしないお父さんが?槍でも降るのかな。」

 

「槍が降るかはともかくとして、どう?オグリちゃん対策は万全?」

 

オグリキャップさん対策。取り敢えずそれなりに資料を読み込んでそれなりに作戦を立てたけど…。

 

「とりあえずは、前回タマモクロスさんとやったときみたいに後ろにつけて、コーナーで出来る限り詰められればって思うんですけど…簡単にはいかないですよね。」

 

「だろうね。向こうだってそれなりに対策してると思うし…。」

 

「私の対策ですか…なんだかむず痒いような気がします。」

 

「この前のレースだって沢山のトレーナー、ウマ娘が見に来てたし?トレノちゃん、学園じゃちょっとした有名人なんじゃないかな?分からないけど。」

 

「何で疑問形なんですか?トレセンで働いてるんですよね?」

 

学園に努めているなら誰かしらの評価が勝手に耳に入ってきそうなものだけど。

 

「…私あの件で謹慎中なんですよね…ハハッ。」

 

虚ろな目でそう答える…それもそうか、30分も誰かしらを追いかけていれば謹慎モノだよね。被害者私だけど。

 

「そうなんですね。大いに反省してください。…あれ?大丈夫なんですか?こんなことしてて、ありがたいですけど。」

 

「それは大丈夫、事情話したら許可してもらえたから。…電話越しに殺意が伝わって来たけど。」

 

「まあ謹慎中に県外に行かせてくださいなんて言われたらそうなりますよね。」

 

「だよね、多分私でも同じ反応すると思う。っとそろそろお昼だね。次のサービスエリアでご飯にしよう。」

 

「ですね。ナナ、起きてー。」

 

後ろでよだれたらしながら寝てるナナを起こす。人のこと言えないけどこの車に乗っててよくこんなに爆睡できるなぁ。

 

「おはよーもう着いたの?」

 

そう言いながら耳栓とアイマスクを外す。

 

「これからお昼だよ。もうすぐ着くから起こしたの。」

 

「そうなんだ、ありがとトレちゃん。」

 

そんなことを言っていると渋川さんがサービスエリアに入るために車を減速させる。

 

パンパン!!!

 

「あ、ごめん。」

 

「ピイイィィィ!」

 

 

 

 

 

今日はトレノとの模擬レース、午前のうちに最終調整を終わらせ、今はお昼ご飯を食べている。

 

「何やオグリ、今日はいつにも増してえらい食うなぁ。」

 

「なんだかお腹がすいてしまってな。レース前だからだろうか。」

 

「関係あるような関係あれへんような…ともかく、気合は十分って感じやな。」

 

「ああ、勝って見せるさ!」

 

そう高々に宣言した。タマは笑顔を見せた後、すぐに真剣な表情になった。

 

「気い付けや、アイツは振り切ろう思うても振り切れる相手やない。前にも言うたがそれこそ背後霊や。」

 

「大丈夫だ、ろっぺいが対策を打ってくれた。」

 

「ほう、どないな策なんや?」

 

「”後ろ”を気にするな。それが対策だ。」

 

それを聞いたタマは少し考え、納得したような感じだ。

 

「なるほどな、一理あるかもな。後ろ気にせんと、前だけ見て走ってれば自分の走りを維持できるわな。せやけど、出来るんか?オグリ。」

 

「正直微妙だな。レースをしている時は常に周りを気にしながら走っているからな。」

 

「せや、前を気にするより、後ろを気にする方が何倍も神経使わなあかんからな。完璧に気にせんのは無理やろなぁ。」

 

「だが、それが対策というなら、やってみようと思う。」

 

「…ま、これはオグリのレースやからな。ウチが口出すことやないな。アンタらしく走ったらええんやないか?」

 

「ありがとう、タマ。」

 

タマからの後押しもあるんだ。尚更負けられないな。

 

 

 

 

 

「ようやく着いた…二回目だとなんか遠く感じたなぁ。」

 

トレセンの駐車場に到着して、背伸びする。

 

「知ってる道だとなんでかそう感じちゃうよね。さ、行こうか。」

 

「はい、ナナ~早くいくよー。」

 

「うぅ~~まだ耳に残ってるよぉ。」

 

さっき不意に耳栓を外してしまったナナは車の爆音の餌食になってそれからグロッキーになってしまった。

 

「ごめんねナナちゃん。少し休んでく?」

 

「いや、せめてトラックまでは行きます。トレちゃんと渋川さんは先行っててください。…耳痛いよぉ。」

 

「じゃあ肩貸すよ。トレノちゃん、私たちは後から行くから先に行ってて。」

 

「分かりました。それではお先に。ナナ、待ってるからね。」

 

そう言って私は二人を置いて先にトレセンのトラックに向かった。…大丈夫、3回目なんだから流石にもうならないはず。

 

「ねえ、あの子確か…。」「タマモクロス先輩に勝った子だよね!」「ってことは今日誰かとレースするのかな?」

 

まだ私のこと覚えてる人いたんだ。自分で言うのもなんだけど結構地味なんだけどな。

 

「間違いないよ!トレノが来るんだよ!」

 

「それ何回目?いい加減聞き飽きたんだけど?」

 

「五回を超えたあたりから数えるのを辞めてしまったからな。…あれは!」

 

「あれって何?ハヤヒデ?っああぁーー!トレノだぁー!」

 

あの人たちは…確かトラックまで案内してくれたウマ娘だ。約一名凄い勢いで突っ込んできて、直前で止まる。良く止まれたな。

 

「久しぶりー!ここに来たってことはレースなんだよね!今日は誰と?オグリさんと!?」

 

「そうですけど、少しボリューム落としてもらっていいですか?結構耳にキてます…。」

 

「チケットはそういう奴だ。悪気があるわけでは無いから我慢してやってくれ。久しぶりだな。」

 

後ろから見覚えのある癖毛のウマ娘が出てきた。

 

「久しぶりって言っても一週間前ですけどね、えーっとぉ。」

 

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。ビワハヤヒデだ、よろしくな。」

 

「ナリタタイシン、チビだからって舐めたら蹴っ飛ばす。」

 

「ウイニングチケット!チケゾーでいいよ!」

 

「あ、えと、トレノスプリンターです。よろしくです。」

 

軽く自己紹介をする。そういえば、ナナがBNWはすごいって聞いたことがある。成程、このウマ娘達の頭文字をとって"BNW"か。考えた人頭いいな。

 

「随分人気もんやなトレノ。」

 

「タマモクロスさん、一週間ぶりです。」

 

「オグリとレースするんやろ?多分今はトラックで待っとるんちゃうか?」

 

トレックで待っているなら少し急いだほうがいいかな?ほんの少し名残惜しいけど後で色々お話ししよう。

 

「分かりました。頑張ってきます、それでは。」

 

「ちょい待てや。意気込みだけでも今聞かせてくれへんか?」

 

「そうですね…。」

 

意気込みか、どうかな。正直自分でも分かるくらい敗色濃厚って感じだけど。ここだけでも、強気に行こう。

 

「勝ちます。それだけです。」

 

「ハハハ!シンプルやな!ええやん、頑張ってきいや!」

 

「ありがとうございます。頑張ってきます。」

 

そう言って、トラックに向かって走っていく。ああいった手前、せめてでも接戦に持ち込んで見せる。

 

 

 

「さて、ウチらもいこーや。」

 

「そうですね、今回も熱いレースになりそうです。」

 

「うおっーー!なんだかアタシも燃えてきたー!」

 

「言っとくけど、乱入しようなんて言わないでよ。…やるならオグリさんのレースが終わってからだから。」

 

「おおおーー!タイシンがやる気だ!」

 

私やチケットのみならず、タイシンにも火をつけたんだ。ブライアンが黙っているわけがない。事実、あの後トレノ君について色々と聞かれたからな。

 

 

 

「ううぅ~耳がぁ、耳がぁぁ~~。」

 

「そんなム〇カ大佐みたいにならないで。ほら、もうすぐだから。」

 

「まだ正門じゃないですかぁ。まだまだ掛かりますよね?」

 

「ふぐぅ。気を紛らわせろうとしたんだけど、そんな鋭いことを言われるとは。」

 

「なんやかんやでだいぶ良くなったので。…あれは、タマモクロスさんだ!」

 

ナナちゃんがそういうので前を向くと確かにタマモクロスちゃんと、ハヤヒデちゃんとタイシンちゃんがいる。…あれ?ナナちゃんどこに行ったの?

 

「タマモクロスさん、お久しぶりです!ハヤヒデさん、タイシンさん、ファンです!握手してください!」

 

いた。さっきまでの具合の悪そうなナナちゃんはどこへ行ったのか。今ではどこまでも走って行ってしまいそうなくらい元気になっている。

 

「ナナちゃん、早くしないとレース始まっちゃうかもだよ?」

 

「ハッ!そうでした。今はトレちゃんのレースに集中しなきゃ。」

 

「心配せんでもええよ。トレノならさっき向かったばかりや。歩いても間に合うやろ。」

 

「そうですね、まあチケットは走って行ってしまったが、私たちはゆっくり行くとしましょう。」

 




どもども作者です。

早いもか遅いのかはよく分かりませんが本格的なレース三戦目が間近に迫って来ています。作者としても、なんとか読み応えのあるレース描写にしたいんですけど難しいですね。

おっと、結構話題が固いですな。逸らしていって質問募集のコーナーを作ったので良ければ質問していってください。出来る範囲で答えていきたいと思っています。

また次回!


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第二十九話 探り合い

「よし、着いた。」

 

今回は迷わずにトラックに着いた。これで迷ってしまったら確実に学園が悪い。トラックを見渡して…あの灰色の毛、あの人かな?声を掛けてみよう。

 

「お前がトレノか?」

 

「ヒュい!?は、はい。そうですけど…。」

 

後ろからおじいさんに声を掛けられた。少し見ただけで凄い人なんだと分かるくらいの貫録を感じる。

 

「オグリならあそこでストレッチしてる。レースの準備は俺らの方でやっとくからお前もウォーミングアップしておけ。」

 

「あ、はい…。」

 

そう言ってその人はトラックに降りて行った。さて、私もオグリキャップさんに挨拶しに行こう。

 

「あの、オグリキャップさんですか?トレノスプリンターって言います。今日はレースを受けてくれてありがとうございます。」

 

「君がトレノか。オグリキャップだ、よろしく頼む。」

 

そう言うとオグリキャップさんは私に手を差し出してくる。私はその手を握る。

 

「精一杯頑張ります…えっと、それと、楽しいレースにしましょう。」

 

「そうだな。私も楽しいレースにしたい。ストレッチを済ませたら言ってくれ。待っている。」

 

「ありがとうございます。それでは。」

 

オグリキャップさんもああ言ってくれたので入念にストレッチをしよう。それと、コースの確認も。ペース配分、ラインの取り方、スパートの掛ける位置を見ておかないと。

 

それにしても凄かった。動画で見るのとは大違いだ。まさか握手だけでここまで緊張してしまうなんて。

 

 

 

「オグリちゃん、調子はどう?」

 

「良い感じだ、足も思い通りに動いてくれている。それにご飯が美味しかった。」

 

「そ、そうなんだ。それにしてもトレノさん。結構念入りにコースを確認してるね。」

 

見ていると、コースの先を見ているような確認をしていた。走るラインとか考えてるのかな。

 

「ベルノ、トレノは凄いぞ。握手しただけでゾクゾクきた。今でも鳥肌が立ってしまっている。」

 

「そんなに凄いの?」

 

「ああ、タマが負けてしまった訳がよく分かった。…少し走ってくる。」

 

そう言ってオグリちゃんはトラックに走っていった。このレース、どうなっちゃうんだろう。

 

 

 

「やあやあシャカール君!調子はどうだい?」

 

「タキオン、何しにきやがった。オレは忙しいんだ。後にしやがれ。」

 

「まあそう言うなよ。とっておきのニュースを持ってきたのにそう無下にしないでくれよ。」

 

「知ってるよ。トレノがオグリキャップとレースするんだろ?どうせお前もデータを取りに行くんだろ?」

 

このクレイジーな奴がこの話題を無視するわけない。オレもこうやって見に行くんだからな。

 

「そこまで読まれているとはねぇ。もしかして、君の観察対象に私も含まれているのかな?これはいけない!シャカール君はツンデレって奴かな?」

 

「違うに決まってンだろ。頼まれたってテメーの観察なんかしねぇよ。じゃあな。オレは行く。ついてくんな。」

 

「つれないじゃないか、私とて目的は同じなんだがねぇ。」

 

 

 

「お、やっとるなぁ。」

 

「あーやっと来たぁ!どこ行ってたのさー!心配したんだよ!?」

 

「アンタが勝手に走っていっただけ。後、ナナだっけ?いい加減鬱陶しいんだけど?」

 

「すいません、本物が目の前にいるのでつい、ちっちゃくてかわいいなぁうへへ。」

 

「うわ…シンプルに引く…。」

 

ナナちゃんが傷心したところでトラックを見ると、トレノちゃんがストレッチとしてか、ジョギングでコースを走っている。

 

「かなり入念にコースを見ているな。そこまでバ場があれているようには見えないが、既にレースの事を考えて?」

 

「多分、家で覚えてきたコースとの誤差を修正しながら走ってるんじゃないかな。」

 

「成程な。写真と実物とでは差があるからな。それでも彼女のあの様子だとそれほど誤差があるようには見えないが。」

 

「どこで仕掛けるか、そこの下見やろな。柵を使ったコーナリングはインに極端に寄るからな。あれの仕掛け所も重要になるやろな。」

 

それぞれが思い思いに考察をしている。何を考えて走っているかは分からないけど、コースでまず確認するべき所を分かっているのは驚いた。

 

サーキットだって全開走行の前にどこに水たまりがあるのか、路面状況を確認してそれでようやくアタックに入る。峠もしかりだ。

 

「よう、謹慎トレーナー殿。」

 

「うぼあぁ、沖野さん、今のはかなり効きましたよ。」

 

呼ばれて振り向くと沖野さんがいた。沖野さんも見に来たんだ。

 

「謹慎中に奴がこうやって学園内にいればこうも言いたくなるだろ。」

 

「まあそうですけど…沖野さんもレース見に来たんですか?」

 

「いや、俺は飽くまでも審判だ。さっき六平さんに呼ばれてな。それと、来た来た。」

 

「私もいるわよ。」

 

後ろの方から東条さんが来た。凄いメンツが揃った。審判がこの二人であるならひいき無しの公平な結果になる。

 

「それじゃ、私たちは準備があるから、また後でね。」

 

そう言ってトラックに降りて行った。早く始まらないかなぁ。

 

 

 

ウォーミングアップを十分にやって、コースの把握も出来た。私の準備は出来たのでオグリキャップさんにレースを始めてもらおう。

 

「オグリキャップさん、準備できました。いつでも始められます。」

 

「分かった、ろっぺいは…あそこか、ついてきてくれ。」

 

オグリキャップさんについていくと先ほどのおじいさんがいた。

 

「ろっぺい、準備が出来た、いつでも始めてくれ。」

 

「よろしくお願いします。ろっぺいさん。」

 

「六平だ。レースの距離は2500、あそこからスタートしてゴールはあそこだ。二人立っているだろう。」

 

六平さんが指さす方向を見ると、沖野さんと東条さんがいた。それにカメラもある。

 

「カメラは横並びにゴールした時の判定用だ。何か質問はあるか?」

 

「いえ、特にはありません。」

 

「それじゃあスタート位置につけ。合図は頼んだぞ、ベルノ。」

 

「は、はい!」

 

私たちはスタート位置に着き、合図を待つ。その時、オグリキャップさんが話しかけてきた。

 

「トレノは、こうしてスタートを待っている時間をどう思う?」

 

「どうなんでしょう。まだよく分かんないです。でも、何というか落ち着かないんですよね。」

 

「そうなのか、私はもうすぐレースが始まるとうずうずしてしまう。楽しみなんだ。」

 

スタートまでの時間が楽しみ…か。

 

「私もそうなんですかね。レース中は楽しいって思うんですけど。」

 

「きっとそうなんだろう。それに、今日のレースを楽しみにしていたんじゃないか?」

 

「まあ、それなりには…。」

 

「その割には顔が綻んでいるように見えるぞ?」

 

そう言われ、口元に手を当ててみる。確かに少し口角が上がっていた。

 

「楽しみにしていたのは君だけじゃないさ。さあ、始めよう!」

 

空気が変わった。オグリキャップさんの周りにオーラのようなものが漂う。

 

「良いレースにしましょう!」

 

「それでは始めます。用意ッ…スタートぉ!」

 

 

 

「いっけートレちゃーん!」「頑張れオグリさーん!トレノー!」「うオーッ推しの走る姿をまた見られるとはー!」

 

ナナちゃんとチケットちゃんが声援を飛ばす。デジタルちゃんはいつの間にか増えていた。ここに着いてから一分くらいでいつの間にか合流していた。

 

それは置いておいて、その他の観客も思い思いに声援を飛ばす。レースが始まるまでの間に観客は前回の倍くらいに増えた。

 

リギルにスピカ、カノープスもいる。入学したてで早速注目を集めているキタサトコンビもいる。他にも、様々なウマ娘が集まっている。

 

「2500、有馬記念と同じコースか。出だしからコーナーになるから、あまり差が出ないな。」

 

「一旦は腹の探り合いやろな。トレノはこの段階からプレッシャーかけとるやろし。せやけどオグリはそれを気にせんと走っとる。」

 

「プレッシャーを気にしないで?どういう事、タマモさん。」

 

「さっきオグリから聞いたんや。トレノから発せられる情報をほとんどシャットアウトしとるんや。」

 

「成程、確かに理にかなっている。後ろを気にするって思ったより神経使うし、前だけに集中してた方が自分の走りを維持できるからな。」

 

ハヤヒデちゃんがタマモクロスちゃんの解説に頷く。

 

「でもさ、後ろを気にしないで走るって簡単にできるの?前に誰かいても気になるのに後ろなんてもっと気になるでしょ?」

 

「それもそうだよね、オグリちゃんレベルにもなれば後ろからの気配だけで何をやろうとしてるのか分かるかもしれない。…だけど。」

 

 

 

後ろを気にしない、やはりというかやってみると本当に難しい。有馬の時だって後ろからくるタマの気配が嫌というくらい感じられた。それこそ気にするなと言われても無理な話だ。

 

だけど、気にしないと決めて走ったら、これが思った以上に前に集中できる。トレノからのプレッシャーはビリビリと確かに伝わってくる。それでも前に集中できる。

 

さて、最初のコーナーを抜けた。トレノがどう仕掛けるかは関係ない。私は私の走りをするだけだ!

 




やあ。

書いてるときに「あの」って書いたら阿耨多羅三藐三菩提って出ました。

まず「?」ってなりました。当たり前のように知らないので検索したこともありません。

それで気になって調べたんですよ。まあジずらから察せるように仏教用語でした。

何の話だよって?私にもわからん。

じゃ!


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第三十話 攻略、その行方

「…ハァ…クッ…。」

 

このコースレイアウトだと最初からコーナーがある。だから最初から私なりにプレッシャーをかけてみる。だけど反応が薄い。いや、無いと言ってもいいかも。

 

イン側も隙間が無い。これじゃあ飛び込めないし、何より柵走りも使えない。特に何もできずに最初のコーナーを終える。

 

やっぱりというか、段々と距離が開いていく。これに関してはあまり気にならない。前のタマモクロスさんの時もそうだったから。

 

そろそろ次のコーナーに入る。ここで攻略を見つけられなければ私は負ける。何としても見つけるんだ!

 

 

 

「トレノちゃん、また成長してる。何か教えた訳じゃ無いのに。」

 

ライン取り、コーナーの侵入スピード、どれを取っても一週間で成長できる範囲じゃない。

 

「ウチと走った時よりも更に速なっとるなぁ。あれでトレーナーがいないってホンマかいな。」

 

「だが攻め手を欠いているように見える。インをあれほど寄せられては柵も使えないな。」

 

「どんどん差が開いてくよ!?トレノ負けちゃうの!?」

 

「まだ序盤だから騒ぐなって…。でもこのままだと…。」

 

負ける。口には出さなかったけど多分みんながそう思った。

 

 

 

「だが、ここまではある程度想像できた展開だ。」

 

「ああ、あのコーナリングの技術があれば身体能力的に格上のオグリキャップにある程度いい勝負は出来る。」

 

足りなかったデータが次々と埋まっていく。ファイン以来だろな。これほど有意義なデータは。

 

「シャカール君、この状況どう攻略する?」

 

「…ああもインを攻められるとな、まあ俺なら…。」

 

 

 

「…そういえば、豊田さん、何か言ってたな。」

 

「トレノ君の親御さんか?その人が何を?」

 

ハヤヒデちゃんが聞いてくる。他の子も気になっているみたい。

 

「『外も良い物だ』それだけだけど。…外?」

 

「その言い方だとあらかじめこうなることが予想出来ていたみたいな言い方だな。」

 

「予想できとったって…トレノもそうやが、何者なんや?」

 

今まで豊田さんの事をぶっきらぼうな豆腐屋の主人とばかり思ってた。うーん、謎すぎる。

 

「次のコーナーだな。さて、トレノ君がどう仕掛けてくるか。」

 

「ここで突破口を開けんとトレノは苦しいで。オグリもここまで快調に飛ばしとる。」

 

「さあ!トレノはどう攻めるんだ!?インか、アウトかぁ!?」

 

 

 

コーナーに入って、オグリキャップさんとの差が段々縮まっていく。だけど抜きにかかれない。インをこうも占められてしまっては仕掛けられない。

 

どうする?ここで攻略を見つけないと私は負ける。どうすれば?

 

『たまには“外”も悪くないぜ?』

 

急にお父さんが言った言葉が頭に過った。外…。そうか!そういう事か!今まで私は囚われすぎていた。いままで最短距離を意識しながら走っていたからそんなこと考えたことも無かった

 

ライン取りは、オグリキャップさんとの間を10…いや5センチにして横に並ぶ。これで何かしらの反応が無ければもう打つ手がない。やるしかない!

 

 

 

トレノが何か考えている。気にしないことで前に集中できているが、後ろからのプレッシャーが段々強くなっているような気がする。

 

…ダメだ、意識し始めてきている。このレース中だけは後ろを気にするな!自分の走りを維持するんだ。

 

コーナーもそろそろ終わる。残るコーナーはあと一つだがこの調子ならまず追い抜かれないだろう。

 

…!?いる、確実に。見ていないからよく分からないが外から、それも横にいるのか?

 

 

 

「うおー!トレノ、外から行ったーッ!」

 

「渋川さん!皆さん!見てください!トレちゃんがオグリさんに並んでますよ!」

 

「推しの2ショットチャンスです!」

 

「トレノちゃんもあのアドバイスの意味に気づいたみたい。」

 

正直驚いた。外に膨らんでいったと思ったらそのままオグリちゃんの横に張り付くように並んだままコーナーをクリアしていった。

 

オグリちゃんにあそこまで近づいてコーナーを走るなんて。遠目から見たら接触しているんじゃないかと思うくらい。あのラインのシビアさ、どこかで…。

 

「ようあの土壇場でアドバイスの意味に気づいたな。良くも悪くも、あそこで気づけへんかったら勝ちは無かったやろうし。」

 

「ここで気づいたからこそ、今までオグリさんに傾いていた天秤が平行になった。」

 

 

 

「後はトレノ君の瞬発力次第だろうねぇ。」

 

「ああ、オグリキャップにほんの少しでも意識させることが出来たんだ。さて、どうなるかな?」

 

まだ途中だがここまでで取れたデータだけでも分かること。アイツは自分の体、足が限界目一杯でどれ程走れるのか、どう動かせるのか知っている。

 

トレノは直線での伸びはいまいちだ。はっきり言ってかったるい。トップスピードまで持っていくのに時間が掛かる。だからアイツは無駄な減速は一切しねぇ。

 

オレたちが必要と思う減速すらアイツには不要なんだ。ミスしたら確実に故障する。

 

「頭のねじブっ飛んでやがる…。」

 

「普通のトレーナーなら、もう少し安全マージンを取るように言うだろうねぇ。あれだけの限界走行、見てるこっちがヒヤヒヤものだ。」

 

「それにしてもあの寄せ方。パッと見ただの接触だ。」

 

「だが二人にそんな様子はないねぇ。ここから見て接触しているように見えるということは少なくとも50センチより少ないだろうね。」

 

 

 

意識せざるを得なかった。まさかあそこまで近かったとは。ちらりと見ただけだが今まで見たこと無い程に接近していた。

 

少し走りが乱れた。落ち着くんだ、トレノを気にするな。自分の走りに集中するんだ。

 

 

 

「まずいな…。レース経験ほとんど無しでここまでとは。」

 

「オグリちゃん、少し乱れた?」

 

「今のトレノの攻撃でオグリは確実に意識しちまった。だが乱れたのは一瞬だ。問題ないとは思うが。」

 

「何なんでしょう…。この不安感は。」

 

 

 

さっきの攻撃で少なからず反応があった。次のコーナーで決めるしかない。だけど向こうもコーナーの入り口辺りからスパートを掛けてくる。

 

コーナーまで約…400メートル。ここからスパートを掛けていってコーナリングスピードを確保する。さっきの様子だとオグリさんの外側から仕掛けるしかない。

 

柵走りが使えないから、不得意分野だけど最後の直線、末脚にかけるしかない。

 

 

 

「トレノは外、オグリは内、それぞれラインが分かれとるな。」

 

「それにトレノちゃんはかなり手前からスパートを掛けていったみたい。あの分だと1バ身の差でコーナーに突っ込んでいく感じかな。」

 

「そのようだな、かなり強気な賭けに出たものだ。いくらトレノ君でも外から仕掛けるのは並大抵の事ではないぞ。」

 

 

 

コーナー手前100メートル、予定通りここから徐々にスパートを掛けていく。恐らくトレノも既にスパートを掛けているだろう。

 

…インには来ないな。  フラッ

 

 

 

”開いた”…?ほんの少しだけだけど、確かに開いた。だったらイケる!

 

 

 

「…?トレノ君がペースを上げた?どう仕掛けていくのかな?」

 

「そのまま外から抜くにしてもあのスピードじゃ外に膨らんじまう。どうするってンだ?」

 

 

 

コーナーに突っ込んでいく。徐々にスピードを上げて行っているのは私も同じだ。このまま立ち上がって勝つ。

 

何だ?トレノの気配が外から急に内側に…。

 

「な!?」

 

既に並んで…いや、そのまま抜いていっただと!?

 

 

 

「うおーー!トレノが行ったー!」

 

見ていて信じられなかった。イン側にそれほど隙間を開けているようには見えなかったのにオグリちゃんがそのインから抜かれていった。

 

外にに行くと見せかけてラインを変えるなんて。まるで消えるラインを見せられた気分になった。

 

「…ハヤヒデ、説明できるか?柵を使うたんはウチでも分かるんやけど、そこまでの経緯がまるっきり分かれへん。」

 

「…多分外から行くトレノにほんの少しだけ意識が行ってしまったんだと思います。それで体も無意識に外に行ってイン側のラインが空いた。」

 

 

 

「そこをトレノさんが見逃さなかった…という事ですか?」

 

「そういう事だろう。…栄治の野郎、何か吹き込みやがったな。」

 

 

 

凄い衝撃だった。あそこまで鋭いラインで飛び込んでくるとは。トレノの背中が少しずつだが遠くなっていく。

 

「だが、ここからだ!」

 

コーナーもそろそろ終わる。なら、私のスタミナ全てを使ってその背中を捉えてみせる。レースはまだ終わっていない。勝つのは私だ!

 

 

 

オグリちゃんがコーナーを立ちあがってその差は6バ身程。トレノちゃんは恐らく最高速まで到達している。少しの間はこの差が埋まることは無いと思う…けど。

 

「お互いラストスパートやな。2500やとラストの直線は長いからどうなるんやろうな。」

 

「それでもジリジリと差が詰まってますね。ゴールまでこの差が持つかどうか…。」

 

「頑張れー!トレノー!オグリさーん!真剣勝負だー!」「トレちゃーん!イッケー!」

 

気付いたら観客は歓声に満ち溢れていた。もはや勝負なんかどうでもいい。ただただ二人のレースに皆が釘付けになっていた。

 

「凄いなぁ、トレノちゃん。」

 

たった3回のレースでオグリちゃんとここまでのレースをするなんて。それのまだまだ伸びしろがある。だったら今は全力で応援するだけ。

 

「トレノちゃーん!頑張ってー!」

 

 

 

ナナ、チケゾーさん、渋川さん。顔も見たこと無い人までも私を応援している。体の奥から力が湧いてくるような気がする。

 

ゴールが近いようで遠い、遠すぎる。オグリさんもすぐ近くまで来ている。もう限界も近い。だけど、ここまで応援されて、負けるわけにはいかない。

 

「いっけえぇぇぇ!」

 

もうゴールがどこかも分からない。それでいい。このまま走り抜いてやる!

 

 

 

 

 

「「ゴール!!」」

 




本日のスぺゲスさんこの人ですどうぞ!

「タマモクロスや!よろしゅうな!」

どうでしたか?トレノのレース、大迫力だったでしょう?

「自分でそれ言うてまうの?伝わっとるんかも分からんのに?」

ふぐぅ。的確な言葉をどうもありがとう。僕だって結構考えたんですよ?

「せやけど書いとる以上伝わらんかったらアカンやろ。そもそも後先考えんで書いとるせいでこの世界線のトレセンの品位落ちに落ちまくってんねん。どうやって巻き返してくんや?」

お時間が来たようなのでこの辺で「ちょい、都合悪なったからってそれはないや」また次回!


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第三十一話 結果

「ゴッホッ!ゲフ!」

 

「トレノちゃん!」

 

ゴールして、ターフに大の字で倒れてせき込んでいるトレノちゃんの元に行く。

 

「大丈夫!?ケガとかしてない!?」

 

「大…丈夫…です。結果は…どうだったんですか?」

 

「今確認してるみたい。かなり僅差でゴールしたからちょっと時間かかってるみたい。立てる?」

 

「ちょっと…肩を貸していただけると。」

 

トレノちゃんの手を引いてそのまま肩を貸す。すると、オグリちゃんが歩いてきた。

 

「まだ結果は出ていないが…とてもいいレースだった。」

 

「はい、全力で走れました。今日はありがとうございました。」

 

「協議の結果が出た!」

 

その声を聞いて、トレノちゃんとオグリちゃんは顔を向ける。あ~ドキドキする~。どっちなんだろう。

 

「カメラで確認しても、差が見られなかった!よってこのレース、”同着”とする!!」

 

「同着、引き分けって事?」

 

「そうでもあるし、勝ちでもあるかな。凄いことだよ。」

 

結果を聞いてオグリちゃんが向き直る。

 

「君は本当に速かった。またいつか、レースしよう。次は私が先にゴールする!」

 

「…いいえ、先にゴールするのは私です。さらに速くなって、勝ちます!」

 

トレノちゃんがまあまあ凄い宣言をした。確かにトレノちゃんならまだまだ成長できそうだけど…。実際一週間でかなり成長してしまった。

 

「…最近、走ることが楽しいって心から思えるんです。今だって、レースして疲れて足も動かないくらいなのにまだ走りたいって思えます。」

 

「そうだな、私もそう思う。ありったけを出して走り続けたい。今だってそうだ。この一週間、トレーニングもいつも以上に楽しかった。」

 

「私もです。…オグリキャップさんから見て、私ってもっと速くなれますか?」

 

「どうだろう、私はそういう…教えるのは苦手でな…。君のトレーナーはどう言っているんだ?」

 

トレノちゃんのトレーナー、豊田さんの事かな。確かにトレノちゃんもどう評価してるのかは気になるけど。

 

「私トレーナーいないんですよ。初めてのレースも二週間前ですし、学園生じゃないですから。」

 

「…?彼女は君のトレーナーではないのか?レースが終わってすぐに駆け寄ったからそうだと思ったんだが。」

 

オグリちゃんが私の方を向く。

 

「そういえば、渋川さんってトレーナーでしたよね。」

 

「え、うん、そうだけど。酷いなぁそういえばって。」

 

「どう見えました?私って、もっと速くなれますか?それとももう限界ですか?」

 

「そんなことないよ。トレノちゃんはまだまだ伸びていけると思うよ。」

 

トレノちゃんには底知れない何かを感じる。それにテクニックもまだ増やせるような、そんな気がしてならない。

 

「私、もっと速くなりたいです。これからも胸が熱くなるようなレースがしたいです。」

 

「ちょっと、それってまさか…。」

 

「私、決めました。」

 

トレノちゃんが息を吸うと少しためて、高らかに宣言した。

 

「私、トレセン学園に編入しますッ。」

 

衝撃だった。二週間前のトレノちゃんを知っているだけに困惑してはいるけど、嬉しくもある。トゥインクルシリーズでトレノちゃんが走る姿を見られる。これほど嬉しいことは無い。

 

「いいの、トレノちゃん!?この前はその気は無いって言ってたのに?」

 

「この二週間で感謝祭、タマモクロスさん、そしてオグリキャップさんとレースして分かったんです。私は、走るのが大好きだって事。

 

そして、レースで誰かと一緒に走る、鎬を削ることが楽しいって事に。」

 

その言葉にオグリちゃんも頷いている。人の成長を見るのはここまで感動するものなんだね。正直もう泣きそう。

 

「それに、最初に編入を誘って来たのは渋川さんじゃないですか。分かってます?元凶さん?」

 

「そうだったね、これからよろしくね、トレノちゃん。」

 

 

 

「歓迎ッ!これからよろしく頼むぞ!」

 

「理事長!?いらしてたんですか?」

 

「盛観!事の一部始終、見させてもらったぞ!必要書類はすでに揃っている!証明ッ!君の実力ならば編入試験も問題ない!後は君の親御さんの許可を頂くだけだ!」

 

「秘書の駿川たづなです。こちらがこの書類になります。必要事項の記入が終わったらポストに入れてくれれば大丈夫です。」

 

「ありがとうございます。」

 

お礼を言いながら、少し厚い封筒を受け取る。…少し渋川さんが震えてるように見える。

 

「ありがたいですけど何というか、妙に用意がいいですね。」

 

「理事長も私も、トレノさんの編入を心待ちにしていましたから。」

 

「そうですか。それよりも、お父さんがいいって言ってくれるかなぁ。」

 

「多分大丈夫だと思いますよ。許可してくれるはずです。」

 

「え?どうしてそう言い切れるんですか?」

 

お父さんの性格をいくら良く見ても簡単に許可をくれるとは思えない。

 

「フフッ、勘です。自分の気持ちを素直にぶつければ大丈夫です。」

 

「そんなものですかねぇ。ま、どうにかこうにかしてみます。」

 

「トレちゃぁーーーん!!」「トレノーーーー!!」

 

後ろを振り返るとナナとチケゾーさんが飛びついてきた。

 

「トレちゃんがぁ、無気力なトレちゃんが成長したぁ!」

 

「がんどうじだぁあぁぁあぁーー!」

 

「ちょっちょっと二人とも、そんなに強くしないで…いででで!」

 

ヤバい折れる。ナナはともかくチケゾーさんも本気で絞めてきてるのでそろそろ終わる。

 

「二人とも、気持ちは分かるがトレノ君もレース直後で疲れているんだ。少し離れてやれ。」

 

「ぁああゴメン!感動しちゃってつい!」

 

「いや、大丈夫ですよ。」

 

BNWの皆さんやタマモクロスさんも集まってきてレースの結果を祝ってくれた。

 

ぐううぅぅぅぅぅぅ…っと、そんな音がオグリキャップさんから発せられた。

 

「すまない、レースの後だからお腹がすいてしまった…。」

 

「ハハッ、確かにちょっとお腹すきましたね。」

 

「全くしゃあないな二人とも。ウチがたこ焼き焼いたるさかい仰山食べてってや!」

 

「タマのたこ焼きか…!たくさん食べるぞ!」

 

この後、タマモクロスさんのたこ焼きを頂いた。オグリキャップさんが沢山という言葉では到底表せないくらいの量を平らげたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

トレセンからの帰り道、後ろでナナちゃんが大量の色紙を持って寝ている。少し気になることがあってトレノちゃんには話しかける。

 

「トレノちゃん、豊田さんをどうやって説得するの?簡単には首を縦に振ってくれ無さそうだけど。」

 

「どうしようか迷ってます。どうすればうんって言ってくれるか。いきなり編入させてくれなんて言っても厳しそうなんですよね。」

 

「たづなさんが言ってたみたいにトレノちゃんの情熱をそのまま伝えてみるしかないんじゃないかな。」

 

「それはそうなんですけど、大きな問題はもう一つあって。」

 

「そのもう一つって?」

 

大きな問題っていうくらいなんだからかなり深刻なことなんだろう。

 

「トレセンって言っても学校ですよね。そうなるとお金かかると思うんですけど。」

 

「まあ、そうだね。URAから色々と支援されてるから負担は少ないと思うけど。」

 

「じゃあだめかもしれません。ウチのお父さん、死ぬほどケチですから。」

 

「そんな夢も希望もないこと言わないでよぉ。」

 

そんなことを言ったけど金銭面の問題は避けては通れない。困ったなぁ。…あれ、前の二台。あれぶつかるなぁ

 

「トレノちゃん、ナナちゃん。ごめん、かなり揺れるよ。」

 

「えっ?」

 

その言葉の直後、車線変更した車の右バンパーに後ろから来た車にぶつかる。その衝撃で追突された車が左に流れる。

 

「えいっと。」

 

ステアを右に切ってその車を避ける。追突した車はガードレールにぶつからないためにステアを左に切って制御不能になったのかスピンしている。

 

さて、右か、左か。あのままの挙動だったら…。

 

「「右。」」

 

ステアをそのままにして通り過ぎる直前に左に切り直す。それと同時にクラッチキックでドリフトの姿勢を作る。

 

無事切り抜けてバックミラーを見ると玉突き事故になっていた。

 

「あちゃー酷い渋滞になりそうだね。」

 

「ちょっちょっと!?何が起きたんですか!?」

 

「そういえば耳栓してたね。前の車が事故っちゃってね。」

 

「目の前で起こったんですか?大丈夫だったんですか?」

 

「まあ、大丈夫ではあったよ。…それよりもトレノちゃん。」

 

事故が目の前で起こればだれでも少しはパニックになって判断が鈍ると思う。でもトレノちゃんは。

 

「どうして右ってわかったの?そうすればいいって分かってたみたい。」

 

「え?私何か言いました?」

 

「…そう。まあいいや。」

 

無意識だったのかは分からないけど事故というハプニングの中でもトレノちゃんは冷静に状況を判断できることが分かった。

 

レース経験が3回しかないのにあのレベルの判断が出来るのは、やっぱり才能なのかな。改めてトレノちゃんの底は知れないと思った。

 




今日は、トレノちゃんのお父さん、豊田栄治さんが、煙草を何吸いで吸い終わるのか、知っておこう。

スパー。

スパー。

スパー。

スパー。

ライターカチッ

二本目に入ったね。じゃあ!


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第三十二話 説得

家に着くと、既に6時ほどになっていた。軒先でお父さんが煙草を吸っている。

 

「おう、帰ったか。どうだったんだ?」

 

「同着だった。ホントにぎりぎりだったよ。」

 

「そうか、同着か。まあ良かったじゃねえか。メシ作ってあるから温めて食え。」

 

「う、うん…。分かった。」

 

分かったではない。まだ話したいことがある。

 

「…っ、あのさ。話があるんだけどさ…。ぇえっと。」

 

そうは言ったけど、なかなか出てこない。けど重要なものほど言い出しにくい。

 

「何だよ。」

 

「あのさ、私、トレセン学園に入りたい。この二週間でレースをして分かったんだ。レースが、走るのが大好きだって。」

 

お父さんは頑固な所がある。正面切っての説得は通用しないかもしれない。だからたづなさんから貰った書類を見せる。

 

「編入の書類ももう貰って来たんだ。お金の方も私向こうでバイトするし、お願い!私をトレセン学園に行かせて!」

 

「私からもお願いします。トレノちゃんはトゥインクルシリーズで必ず活躍できます。三冠だって夢じゃないはずです。」

 

「お願いします!トレちゃんのお父さん!」

 

ナナと渋川さんもお願いしてくれているけど、反応は薄い。やっぱりダメか…。

 

「…今日出せば入寮は来週ってところか。ちゃっちゃと書いちまうぞ。」

 

「えっそれって…。」

 

「行けばいいじゃねえか。俺の事は気にするな。」

 

「ほ、本当に…?お金かかるんだよ?貧乏性のお父さんらしくないような。」

 

すんなりと許可が下りて素直に嬉しいのに困惑のほうが強かった。

 

「俺の事を何だと思ってんだ。それに新聞配達のバイトやってただろ。お前の名義で貯金してある。たまに飲むのに借りてるが、学費は問題ねえだろ。」

 

「お父さん…。」

 

「それにあの理事長の事だ。なんか言えば学費くらい何とかしてくれるだろ。長くなりそうだから榛名とトレノの友達も上がってくれ。」

 

そう言うと吸っていた煙草を消して家に入っていく。ここまで父親らしいことをしてくれたのは初めてかもしれない。

 

「よかったねトレノちゃん!どうなるかと思ったけど一安心だね!」

 

「トレちゃぁーん!おめでどぉぉ!」

 

「うん、渋川さんもナナもありがとう。早くて来週かぁ。色々準備しないとね。」

 

「でも豊田さん、なんで理事長の事知ってたんだろう。トレノちゃん、何か知ってる?」

 

「そんなこと言っても何も知らないです。物心ついた時には豆腐屋だったので。聞こうとも思わなかったです。」

 

渋川さんに聞かれると私も気になってきた。お父さんの過去なんて聞いたこと無いし。

 

「折角ですし聞いてみます?」

 

「いいねぇ、根掘り葉掘り聞いちゃおう。」

 

「お前ら、いつまでも突っ立ってないでさっさと上がれ。」

 

「「「は、はーい。」」」

 

 

 

「これも書いて…証紙も貼ってある…よし、これで大丈夫かな。豊田さん、ありがとうございます。」

 

「おう、いつも思うがこういう書類は見てると硬すぎてうんざりするな。書くところに付箋貼ってあるのは楽だったがな。」

 

「そうはいっても豊田さん、書類の内容を知ってるみたいな感じでしたけど、前職ってホントな何だったんですか?」

 

「さあな。」

 

また流された。最初は質問攻めで流されまくったので今度はさりげなく聞く作戦に変えても結果は変わらない。

 

「それじゃあ、私は帰ります。入寮の時期が決まったらトレノちゃんに連絡します。」

 

「何か向こうに持っていった方がいいものってありますか?」

 

「寮だから普段着だけでいいと思うよ。キャリーバック一つで足りるんじゃないかな。」

 

「分かりました。連絡待ってます。」

 

そういうわけで、トレセンに帰るために車に乗り込む。すると豊田さんが豆腐を持ってきた。

 

「その書類、たづなに渡すんだろ。ついでにこれも渡しといてくれ。入学金だっつってな。」

 

「良いですけど、どうしてたづなさんの名前を?」

 

「さあ、どうしてかな?」

 

もう流されるのは慣れたのでツッコまない。

 

「まあいいや、それではお疲れさまでした。」

 

 

 

「じゃあ私もお暇するよ。それじゃ、月曜日ね!」

 

「うん、またね。」

 

そう言ってナナも帰っていった。

 

「…ありがとう、お父さん。」

 

「どうした急に。やりたいことが出来たんなら、背中押してやんのがトレーナー…親の務めだろ。」

 

トレーナー?確かにお父さんがトレーナーって言った。捉えようではお父さんはトレーナーだったって事?

 

「お父さん、それってどういう?」

 

「何でもねえよ。それより早くメシ食っちまえ。」

 

「分かってる、明日の配達もあるんだし、編入の準備も少しずつ進めたいし。」

 

まあ、お父さんが何でもないって言うとそれで押し通しちゃうからいいや。早ければ来週らしいし、そっちを考えないと。

 

 

 

 

 

「送り迎え、お疲れ様です渋川さん。書類も届けていただいて。謹慎中とは思えませんねぇ。」

 

「ふぐぅ。すいません…。あと一週間はおとなしくしていますので…。それではぁ~。」

 

「そうして頂きます。それと、豆腐ありがとうございます。」

 

「ああいえいえ、お構いなく。」

 

そう言ってそそくさと言ってしまいました。何に怯えているんでしょうか。心配ですね。それよりも、書類の確認をしなければいけませんね。

 

「ふむふむ、記入漏れは…なさそうですね。…フフッやっぱり。」

 

親御さんの指名記入欄に懐かしい名前がありますね。あの頃が懐かしいです。もう何年も前になるんですね。

 

トレノスプリンターさんのあの走り方、あの人好みの走りでしたからすぐにピンときました。

 

「期待していますよ。トレノスプリンターさん。」

 

 

 

 

 

それからの一週間はあっという間だった。

 

翌日には渋川さんから編入の手続きが済んで土曜日の入寮が決まったこと、後日制服が届くことが伝えられた。

 

編入するから学校にそのことを伝えたら先生たちは大騒ぎ。

 

「ウチみたいな片田舎からトップスターが生まれたぞぉ!」

 

「え、いやちょっと…。」

 

「誰か横断幕を作れ!仕事なんぞ知ったことか!盛大に送りださなければ!」

 

「あの、まだスターになってませんし…。」

 

「全校生徒に伝えるんだ!こんなおめでたいことは無いぞ!今後のトゥインクルシリーズが楽しみだ!」

 

…と終始こんな感じだったので祝ってくれてはいるんだけどテンションが凄い。報告したその1分後には校内放送が流れた。

 

そのせいでクラスまでの道中、着いてからも質問とエール攻め。

 

「いつからトレセン行くの!?見送り行くからね!」「今のうちにサイン貰っておかなきゃ!」「絶対応援するから!」「バクシーシバクシーシ!」

 

とまあこんな感じのノリが三日続いた。途中そもそも質問でもエールでもなんでもない言葉が飛んできたけど聞き流しておこう。

 

極めつけは誰が流したのかは知らないけど隣町の中学校の人から「応援するからね!」って言われたこと。

 

いや怖いよ。いきなり見ず知らずの人から応援するなんて言われても反応に困る。ナナからは「スターだねぇ」なんて言われたけど言われるこっちの身もなってほしい。

 

そんなこんなで金曜日、家の帰って荷物の最終確認をする。

 

「着替えよし、ノートとかペンの類もよし、制服…着ていかないとだと思うしかけておこう。」

 

新天地に行くとなるとどうしても忘れ物が気になる。いざとなれば向こうで買えばいいとは思うけど持って行った方が良いに越したことは無い。

 

「明日からトレセンかぁ。自分で言いだしたけど、実感ないなぁ。」

 

そう言って窓から空を見つめる。東京に行けば伊勢崎には気軽には帰れない。そう考えるとなんだか寂しく感じてきた。

 

「ご飯作ろ。」

 

寂しさを紛らわすように私は台所へ向かった。

 

 

 

配達の時間、いつも通りに起きてジャージに着替える。

 

「トレノ、分かってるとは思うが配達はこれで最後だ。まあなんだ、今までご苦労だった。」

 

「…そうか、そういえば今日で最後なんだ。なんだか感慨深いな。」

 

「希望とあらば向こうの新聞配達探してもいいぜ?」

 

「いえ結構です。」

 

「なあんだ。じゃあ行ってこい。最後だからって零すなよ。」

 

その顔を見るに頷いたら本気で探したな。

 

「分かってるよ。じゃあ行ってきます。」

 

 

 

全力で走る配達路。普段何気なく、最近は技術とかを考えながら走ったこの道ももう最後。

 

そんなことを思いながら走っていると、ついついペースが上がってしまう。今更になって気付いたけど嫌々やってた日課でも結構好きだったらしい。

 

だからと言って向こうでもやりたいというのは話が違うけど。

 

「ハハ…ハハハ…!」

 

向こうでのトレーニング、レースの事を考えたら自然と笑みがこぼれた。楽しみでしょうがない。

 




むにゃむにゃ…。うーん…あれ、なぜ椅子に縛られているんでしょう?

「起きたか、あまりに起きないものだったから起こそうと思ったが、手間が省けたよ。」

ハヤヒデさん?どういう状況ですかこれ。

「それは君が一番よく知っていると思うが?」

ギクッ。な、何のことでしょうねぇ~。

「気付きたくないなら気付かせてあげよう。投稿を一日開けた罪だよ。」

いや違うんです!これには深くないし割と浅い事情が!

「まあ投稿は個人の自由、無理のない範囲でやるものだ。」

そうですよね!ハヤヒデさん分かってらっしゃる!

「しかし君の場合、自分で決めた間隔で投稿していた。それをまあいいやというだけでその取り決めを破棄した。私はそれが許せんのだよ。」

ま、待ってください!次回は一日早く出しますから!それで手打ちにしてください!

「ほう?もし出来なかったら?」

その時は僕でキャンプファイヤーしてくれて構いませんよ。

「…いいだろう。それで構わない。それではな。」

フーっ何とかなりました。さて、死にたくないんで頑張りますかね。また次回!



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第三十三話 出発

土曜日、今日でこの街から離れることになる。遠慮はしたんだけどぜひ送らせてほしいと学校の皆が集まってくれた。そんな中ナナは。

 

「トレちゃぁ~~ん!行っちぁあいやだよぁ~~!」

 

「言ってる事昨日と真逆じゃん…。」

 

全力で引き留めに来た。

 

「だって実感無かったんだもん!でも今日になったら急に寂しくなっちゃってぇ!お別れなんてやだよぉ!」

 

毎日頑張ってって応援してくれてたのにここにきて引くくらいの泣き方をしている。

 

「もう一生会えない訳じゃ無いんだし、電話もするし一旦落ち着いて。」

 

「そうだね!向こうでも頑張ってね、ずっと応援してるから!」

 

だからって急に落ち着くのはやめてほしい。

 

「それにしても、トレノちゃんがその制服を着るなんてね。夢にも思わなかったよ。正直似合うか不安だったよ。」

 

「私も。制服変わるのなんて高校に入るときだと思ってたから不思議な感覚だよ。」

 

「ところで、渋川さんっていつ来るの?」

 

「多分そろそろだと思うけど、一応ここで拾ってもらうようにLANEしたけど…あっ来た。」

 

いつ聞いても耳を塞ぎたくなるような爆音に学校生徒ほぼ全員が耳を塞ぐ。

 

「お待たせ―ってすごい人だね。横断幕まであって。トレノちゃんもう人気者になっちゃった?」

 

「確かに、そうかもしれませんね。ローカルアイドルってこんな感じなんですかね?」

 

「うぅ~トレちゃんなんで平気なわけぇ?」

 

「平気なわけないよ。ただ少し慣れちゃっただけで。」

 

慣れたくて慣れた訳じゃ無いんだけど体が勝手に慣れてしまった。適応というものは怖い。

 

「それじゃあお父さん、行ってきます。」

 

「おう、精々都会の波に揉まれてこい。」

 

「はいはい。…それと、今日は見送りに来てくれてありがとうございます。気の利いたことは言えませんが…えーっと。」

 

何か言った方が良いかなって思って言ってみたはいいけどなんて言えばいいか分からなくなってしまった。

 

「と、とにかく勝ちます!応援お願いします。」

 

「ハハハ、勢いで何かするあたりトレちゃんらしい!頑張ってね!応援するからね!」

 

「私も!」「レース、絶対見るから!」「寂しくなったらいつでも帰って来てね!」

 

「ありがとうございます。それじゃ、行ってきます。」

 

そう言って期待3割、不安7割を胸に車に乗り込む。

 

「じゃあ豊田さん。トレノちゃん借りてきます。絶対けがはさせませんから。」

 

「おう、トレノはまだまだひよっこの下手くそだからな。育てがいはあると思うぞ。」

 

「聞こえてるよ。ひよっこなのは認めるけどさ。」

 

「アハハ…それでは。」

 

車が動く。私のトレセンでの生活がこれから始まる。

 

 

 

「行っちゃった…。トレちゃん、トレセンに行っても大丈夫なのかな。心配だなぁ。」

 

渋川の車がどんどん小さくなっていく。トレノの友達…ナナって言ったっけ?そいつが心配の言葉を漏らす。

 

「心配ねえよ。アイツはああ見えて図太いんだ。ちょっとの事じゃへこたれねえよ。」

 

「トレちゃんのお父さん…。」

 

「お前らも解散しろ。いつまでも道塞いでんじゃねえよ。」

 

そう言うと惜しむように一人、また一人と帰っていく。トレセンでの毎日は厳しいものばかりだ。挫けることもあるかもしれねぇ。

 

レースに出るんだ。負けることもあるかもしれねぇ。でもそれでいいんだ。負けから学べることもある。

 

…頑張れよ、トレノ。

 

 

 

 

 

「到着っと。トレノちゃん、着いたよ。」

 

「んあぁ…。ありがとうございます。同じ景色を3回も見ちゃうとどうしても眠くなっちゃうんですよね。」

 

「まあそうだよね。まず荷物を置きに行こうか。トレノちゃんは栗東寮だったね。付いてきて。」

 

 

「ここが栗東寮だよ。私はここで待ってるから。」

 

「あれ?来てくれないんですか?」

 

初見の場所ではい行って来てって言われても迷子が確定してしまう。

 

「案内は寮長のフジちゃんがやってくれるよ。それに、私もよく分からないんだけどウマ娘寮にトレーナーは立ち入り禁止なんだよ。」

 

「どういうことです?何か不祥事でもあったんですか?」

 

「う~ん、分からないな。ただ、男性トレーナーがウマ娘寮に立ち入ったせいでウマ娘が掛かってお持ち帰りされた事件が…。」

 

怖っ。なんでそんなことが?仮にも学生が襲っちゃダメでしょ。まさかトレーナー側への配慮だったとは。

 

「多発したからだったかな?」

 

多発したのか。先行きがもう不安になってきた。

 

「じゃ、じゃあ行ってきますね…。」

 

「うん、行ってらっしゃい。」

 

栗東寮に入ると下駄箱、それに階段があった。外から見た限り4階建て、こんなでかい建物で学園の寮と言われても3週間前だったら絶対納得しない。

 

「すみませーん、今日から入寮するトレノスプリンターですー。すみませーん。」

 

何度か呼びかけると誰か出てきた。この人がフジさんか…。

 

「あれ?お前第三惑星から帰って来たのか!良く戻って来たな!」

 

玄関を勢いよく出て待っていた渋川さんに一言。

 

「やっぱり帰ります。」

 

「はい?」

 

 

 

「いやーゴメンね?寮の子の手品を披露していたら、遅れてしまったよ。」

 

「あ、いや、大丈夫です。それよりさっきのUMAはいませんよね?」

 

「大丈夫、鳩を飛ばしたらそっちの方に行ってくれたよ。」

 

良かった。あのUMAに絡まれるのはさすがのもうこりごりだったから。それだけで安心だ。

 

「私はフジキセキ。早速だけど、君の部屋を案内するよ。道すがら寮について説明するね。」

 

「分かりました。」

 

フジキセキさんから受けた説明は寮は二人一組、当然だけど門限があること。その他細かい注意点について聞かされた。

 

「ここが君の部屋だね。ルームメイトの子と仲良くね。それじゃ、私はこれで失礼するよ。」

 

「ありがとうございます。…さて。」

 

息を大きく吸ってノックする。

 

「すいませーん。今日からルームメイトになりますトレノスプリンターですー。」

 

反応が無い。ノブを回してみると開いたので寝起きドッキリみたくゆっくりと開けてみる。

 

「こんにちはー…。あれ、いない。」

 

外出中なのかな?仕方ない、荷物だけおいて渋川さんの所に戻ろう。

 

「誰だてめぇ、なんで俺の部屋に居やがる。」

 

「ひゅい!?」

 

後ろからどすの効いた声がして振り返ると黄色い髪のウマ娘が私を睨み殺さんとばかりに見てくる。

 

「わっ私、今日からこの部屋に住みますトレノスプリンターです!」

 

「トレノ?ぁあフジ先輩から聞いてるよ。俺はイエローロータリー。今日からよろしくな。俺のベットは左だから右のを使ってくれ。」

 

「あっはい、ありがとうございます。」

 

さっきまでの圧が嘘のように消えて少し接しやすくなった。取り敢えず荷物をベットの上に置いて部屋を出よう。

 

「それじゃあ一旦失礼しますね。」

 

「お?もう行っちまうのか?」

 

「はい、この後学園を案内してもらうことになってるので。」

 

「そうか、じゃあ後で色々話そうぜ。」

 

「はい、それでは。」

 

 

 

「…?トレノ?」

 

あの白い髪、そういえばどっかで見たことが。ああ思い出した。タマモさんとオグリさんに勝ったアイツか。

 

アイツとは絶対にレースしたいって思っていたからな。帰ってきたら申し込ませてもらうぜ。

 

それにしても、アイツを一目見た時から他人って感じがしねえんだよな。なんでだ?

 

 

 

「お待たせしました。」

 

「おかえり、さっきはびっくりしたよ。」

 

「ですよね。来ていきなり帰るなんて言われたら困っちゃいますよね。」

 

でもあのUMAに合ったらああも言いたくなる。

 

「まあゴルシに合ったらあんなリアクションしたくなるよ。」

 

渋川さんもこう言うんだから間違いない。…でもスピカのメンバーってあれといつもトレーニングしてるのか。強靭な精神の持ち主たちしかいないんだろうなぁ。

 

「それじゃ、次は教室だね付いてきて。」

 

 

 

「到着、見てわかる通りだね。」

 

「そうですね。…Z組って何ですか?」

 

あんなクラス銀〇先生でしか見たこと無い。

 

「まあ2000人が所属してるからね。これくらいあるよ。…今見ても違和感あるけど。」

 

「まあ普通ならありませんからね。それだけのクラス。」

 

「トレノちゃんの教室は…あった、ここだね。C組だね。」

 

「成程…多分ですけど迷子になりますね。覚えるようには努めますけど。」

 

外でさえ二回迷子になったのに中はもっと迷子になれる。

 

「これだけ広いとね。そうだ、同じクラスの子に付いていくってのはどう?」

 

「そんなこと言ったって今日休みで教室に誰もいませんよ?」

 

「大丈夫、確かスピカにC組の子がいた気がするから。明日顔合わせしよ。」

 

「そうですね。」

 

「今日はこれくらいかな。外回りは明日沖野さんと東条さんの挨拶の時に回ろ。荷解きもあるだろうしこれで解散にする?」

 

「分かりました。それではまた明日。」

 

というわけで解散した。えーっとここを曲がって…あれ?向こうだったかな?…帰れるよね?

 




いやー間に合いましたよ。一時はどうなることかと思いましたよ。

「まさか有言実行するとはな。少しだが見直したぞ。」

ハヤヒデさんに褒められると悪い気しませんね。もっと褒めてくれてもいいんですよ。

「それじゃあ私はこれで失礼するよ。」

もうですか?つれないですね。

ハヤヒデさんも行ってしまったので僕もこの辺で。また次回!




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第三十四話 一日の終わり

「何とか着いた…。」

 

入り組んだ校舎から何とか脱出して栗東寮に帰ってくること出来た。校舎出る瞬間、ナナとご飯を食べたカフェテリアで異様なレベルのご飯を見たけど見なかったことにした。

 

「えーっと、あれ?私の下駄箱どこだっけ?」

 

さっき使っていいと言われた下駄箱が無い。おかしいな。

 

「おや?アンタ、今日からだったのかい?おかしいね、美浦寮に入るって話は来て無かったけどね…。」

 

「美浦寮?ここ、栗東寮じゃないんですか?」

 

「ああ、栗東寮はあっちだね。それと、アタシはヒシアマゾン。美浦寮の寮長だよ。よろしくな!」

 

「トレノスプリンターです。よろしくお願いします。失礼しました。」

 

まさか違う寮だったとは。普通に間違えた。次から気を付けよう。…そういえば何か視線を感じたような。気のせいかな。

 

 

 

あのウマ娘……確かタキオンさんが熱中しているトレノさん……。彼女にも……私と同じような……お友だち?

 

でも、あの姿はまるで……。そういえば、同じようなものを見た気が……。確か、黄色い髪のウマ娘。

 

ドギャ  ヒャァオアアア

 

「……今のは。」

 

トレノさんのお友だちを見ていたら……そんな音が聞こえた。人の事は言えないけど……不思議なウマ娘。

 

 

 

「今度こそ着いた。」

 

下駄箱もあったし、ちゃんと部屋の前まで来られた。ノックは…いらないかな?

 

「ただいまでーす。」

 

ドアを開けてみるとイエローロータリーさんはいなかった。私のベットは右だから右の家具は使っていいって事かな。

 

机の横のクローゼットに衣類を仕舞っていこう。キャリーケースから配達着…もとい普段着等々を出してクローゼットに仕舞おうとする。

 

「…うーん、困ったな。」

 

思いっきり使われている。人のものだと独断と偏見で好き勝手出来ない。待つしかないかぁ。

 

「ふぁあぁ~。」

 

少し眠くなってきた。午後四時か。今日はいろいろあって疲れたし昼寝で二十分くらい寝よう。

 

 

 

「今日も走ったなぁ。」

 

リギルでのトレーニングは毎日実りあるものだ。少しずつだが日に日に速くなっていることを実感する。

 

さて、今日は何食うかな。ラーメンかステーキか。…腹減ってるから両方食うか。せっかくだしトレノでも誘うか。

 

「トレノーいるかー。…!?寝てる…。」

 

いつから寝てるのかは分からねえが凄い爆睡っぷりだ。割と大声で入ったのに起きなかったんだからな。起こすか。

 

「起きろーメシにするぞー。…起きろー。」

 

「うぇえ!?ごめん直ぐ準備…そうだった、配達無いんだった。…あ、お帰りです。」

 

中々起きなかったのでゆすってみたら俺が驚く勢いで飛び起きた。配達ってなんだ?

 

「お、おう。起きてすぐでなんだけどメシいかねえか?」

 

「あれ、もうそんな時間ですか?まだ早いような気もしますけど。」

 

「お前普段何時にメシ食ってんだ?六時は普通にメシ時だろ。」

 

「六時?二十分くらいのつもりだったけどそんなに寝てたのか私。起こしてくれてありがとうございます。」

 

仮眠のつもりでそこまで寝るとは相当に疲れているらしい。

 

「いや、悪いな。起こしちまって。メシは食えそうか?」

 

「はい、せっかく誘ってもらったので頂きます。」

 

「そうか、じゃあ行こうぜ。」

 

 

 

「食べますね…。」

 

「ん?これくらい普通だろ?むしろお前こそ少なすぎねえか?」

 

「私はこれでいつも通りです。ステーキとラーメン一緒に食べる人なんて見たこと無いです。」

 

オグリキャップさん程とはいかないけどそれでも十分な食事量だ。それぞれの量も多いし。

 

「それよりお前に聞きたいことがあるんだが。お前さ、タマモさんとオグリさんに勝ったあのトレノだよな?」

 

「はい、一応はそうですけど。オグリキャップさんとは同着ですけど。」

 

「やっぱりな。なあ、俺とレースしてくれよ。トレセンに来たばっかりだ。お前の都合が付くときでいい。」

 

「それはいいんですけど何時でもいいんですか?」

 

「ああ、それに俺だってお前と一か月しか変わらないんだ。学園には慣れたが、本格的なトレーニングは始まったばかりだ。」

 

このウマ娘、私と一か月しか違わないのか。貫禄みたいなものがあるから学園に入ってかなり経っていると思ってしまった。

 

「ということは、イエローロータリーさんもC組なんですか?」

 

「そうだが、その言い方だとお前もC組か?」

 

「はい、いやー良かったです。教室までの道のりフワフワしてたので。」

 

「いや学校の中で迷子になる奴そうそういないだろ…。」

 

「敷地内で迷子になった奴がここにいるんですよ…ハハ。」

 

そう返すと何故か憐れむような眼で見られた。屈辱。

 

「まあそういう訳だ、待ってるぜ。」

 

「はい、気長に待っててください。」

 

「おう、そうするさ。」

 

話がひと段落し、夜ご飯を食べ終えたので食器を片付けようとした時。

 

「おや?おやおや?その白い髪…。」

 

悪寒が走った。何かヤバい。

 

「やあやあ!やあやあやあ!君はトレノ君ではないかな!?」

 

「ち、違います…。」

 

本能で否定した。この人はあのUMAとは違うベクトルでヤバい気がする。

 

「違わないとも!この二回のレースで素晴らしいデータを提供してくれたあのトレノ君だとも!編入するとは聞いていたが今日からだとは!」

 

「そこまで断定するなら聞かないでください…。」

 

「おいトレノ、気を付けろよ。そいつ、悪いウマ娘じゃないとは思うがあまりいい噂を聞かない。」

 

「随分な言い草だねぇ。君はイエローロータリー君だろう?入学してからの注目度はキタサンブラック、サトノダイヤモンドに並んでいたからね。時々観察させてもらっているよ。」

 

「俺も目ぇ付けられてるのかよ…。」

 

分かりやすく落ち込んでいる。私も落ち込みたい。とは言えUMAと違って初対面だから少し話してみよう。意外とまともな人かもしれない。

 

「それで、何か御用ですか?」

 

「よくぞ聞いてくれた!ではさっそくこのサプリメントをだね!」

 

「イエローロータリーさん、そういえばクローゼットなんですけど。」

 

「クローゼット?あぁワリィ。そういや占領してた。すぐ片付ける。それと、ロータリーだけでいいぜ。」

 

食器を片付けて部屋に戻ろう。まだやることもあるし。

 

「うえぇ!?聞いておいてそれは無いだろう!?待ちたまえ!」

 

後ろから何か聞こえるけど気にしない。

 

 

 

 

 

「……うー…んー。」

 

ぐっすり眠って自然に目が覚めた。外を見るとまだ暗い。

 

「二時半…配達無いのになぁ。」

 

隣を見るとロータリーさんはぐうすかと寝ている。二度寝としゃれこもう。

 

「…なんでか落ち着かないな。走ってこよ。」

 

いつものジャージに着替え部屋を出る。三十分くらい走って帰ってこよ。

 

 

 

「うん…。ふぁあ…。」

 

不意に目が覚めた。4時か…。二度寝だな。

 

「どうせ寝て…!?」

 

いねぇ!トレノがいねぇ!?どこ行っちまったんだ!?

 

「思った以上に走ってきちゃった。4時になっちゃったよ。」

 

「トレノ!?いつ起きたんだ?それにそんな恰好で、走って来たのか?」

 

「あ、おはようございます。そうですね、2時半くらいに起きちゃって二度寝しようとしたんですけど落ち着かなくて。」

 

マジかよ。そんな早くに起きて走りこむ奴なんて聞いたことねえよ。

 

「まあ良かった。お前が夢遊病患者かと心配したぜ。さあ二度寝だ。」

 

「良いですね二度寝、私も。」

 

着替えるトレノをよそに寝ることに。明日…いや今日もトレーニングがあるからな。目一杯走るとするさ。

 




どうしましょうかね~今日のスぺゲスさんは誰がいいですかね~。

うーん、この人だ!カフェさんかも~ん!

シーン

あれ~おかしいですね。僕の召喚式で呼ばれないとは呼符だったのがいけなかったかな。

「ア ソ ボ ?」

やべぇ、カフェさん呼んだつもりがヤバいものを引き寄せてしまったみたいです。

次回までに祓っておかないと。またじ


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第三十五話 挨拶回り

「おはようトレノちゃん、よく眠れた?」

 

「はい、いつも通りぐっすりです。」

 

「それじゃあ早速トラックにって言いたいところだけど先に行きたいところがあるんだ。」

 

「行きたいところですか?」

 

「うん、理事長に挨拶に行こうかなって。」

 

理事長ってあの子ども理事長の事か。陽気で接しやすそうな印象だったな。

 

「それじゃ行こうか。」

 

 

 

理事長室前に到着して渋川さんがスーツを正してノックする。

 

「渋川です。トレノちゃんと挨拶に伺いました。」

 

少し間をおいて扉が開けられる。出迎えてくれたのはたづなさんだった。

 

「まあ、トレノさん!お待ちしていました!中へどうぞ。」

 

「それでは、失礼します。」

 

入室を促されたので部屋に入る。よく分からないトロフィーに旗、観葉植物もある。

 

「この度は編入おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。」

 

たづなさんはそう言いながらお茶を出してくれた。紅茶の良し悪しはよく分からないけど多分良いやつなんだろう。

 

「ありがとうございます。あの、理事長はどちらに?…紅茶美味しい。」

 

「理事長は現在出張中でして…。一週間ほどで帰ってくると思います。トレノさんによろしく言っておいてくれと伝言を預かっています。」

 

「そうですか、なら今日は出直します。」

 

「いえ、お手数となると思いますので私の方から宜しく言っていたと伝えておきます。」

 

少し話しただけで気遣いの神だと分かった。

 

「ありがとうございます。早いですがこれで失礼します。」

 

「そうですか、今後の活躍をお祈りします。トレノさん。」

 

理事長室を後にして、さっきまであまりしゃべらなかった渋川さんがようやく喋った。

 

「あ~怖かったぁー。トレノちゃん、怖くなかったの?」

 

「そんなこと思わなかったですよ。むしろ優しそうな人だったじゃないですか。」

 

「私にとっては鬼より怖いよ…。それとあと一か所。生徒会長、シンボリルドルフちゃんに挨拶だね。」

 

シンボリルドルフ…ナナから熱弁を受けたことがある。あまりの熱量に引きながら聞いていたからあまり頭に入ってないけど途轍もなく強い事だけは頭に入っている。

 

「まあそんなに身構えなくても大丈夫だよ。この前なんか腹話術やってたから。」

 

 

 

「凄い重厚ですね…さっきの理事長室もそうですけど本当に学校ですか?」

 

「学校ではあるけどお上がURAって言うでかいところでね。それでまあ重要なところはこんな感じなんだと思う。」

 

「中高一貫みたいなこと聞いたんですけどこの感じだと大学までありそうですね。」

 

「まあトゥインクルシリーズに所属してさえいれば学園にはいられるからね。免許取ったウマ娘だっているし。」

 

免許を取るってことは18歳以上って事だよね。…ん?何年生まであるんだろう。

 

「声がすると思ったら君か、トレノスプリンター。待っていたぞ。」

 

「初めまして、シンボリルドルフさん。」

 

「立ち話もなんだ、入ってくれ。」

 

「じゃあ私は外で待ってるよ。ごゆっくり~。」

 

生徒会室に入ると思ったより質素な印象を受けた。まあ学校だからこんなものなんだろうけど、カーテンだけ異様にいい素材使ってそう。

 

「まずは編入おめでとう。といってもあれだけのレースを見せてくれたんだ。皆が納得するだろう。」

 

「いえ、そんな…。あ、お茶ありがとうございます。」

 

「早速だが、君はこれの意味が分かるか?」

 

これと示されたのはあの額に書かれている文だろう。『Eclipse first,the rest nowhere.』うーんと。

 

「エクリプスが一番、それ以外は居ない?」

 

「直訳するとそうなるな。その様子から転じて『唯一抜きん出て並ぶ者なし』と和訳されている。我が校のモットーだ。」

 

「唯一抜きん出て並ぶ者なし…ですか。」

 

「私たちが目指すのは頂点だ。他の追随を許すな。」

 

そう言ったルドルフさんからは強い気迫を感じ取れた。この人が腹話術やってるところがいまいち想像できない。

 

「…とまぁ硬い話は終わりにしよう。世間話でもしないか?」

 

そこからは他愛のない話が少しあった。それで分かったことがある。この人と話すと必ずと言っていい程硬い話に着地してしまう事。

 

 

 

「おかえり、どうだった?」

 

「渋川さん、分かってて待ってました?」

 

「んんッ?何のことかなぁ~?」

 

分かりやすくしらばっくれた。絶対真面目な話が出来ないタイプの人だ。

 

「そんなことより、お待ちかね、トラックに行こうか。と言っても道案内はもういらないかな?」

 

「そうですね、既に思い出がいっぱいある場所です。」

 

感謝祭、タマモクロスさん、オグリキャップさんとレースした場所だ。この短期間で忘れる方が難しい。

 

「それじゃ行こうか。沖野さんも東条さんも今頃トレーニングしてるだろうし。」

 

 

 

渋川さんの後をついて行って少し経ったら中庭に出た。チームスピカの看板も今となっては懐かし…くならない。やっぱりすべておかしい。

 

「くっそおおおおぉぉぉぉぉ!もうおわりだあああぁぁぁぁ!!」

 

「…何ですか、アレ。」

 

「負けたら悔しいでしょ?そんな気持ちは叫んで発散しちゃおうって事。」

 

「もう終わりだとか叫んでますけど。」

 

「いつもの光景だよ。」

 

嫌だ。あれがいつもの光景とか嫌すぎる。なるべくここは通らないようにしよう。

 

 

 

「着きましたね。東条さんのリギルと…あっちがスピカですかね。…何やってるんだろう。」

 

リギルは見たところ普通にトレーニングしてるけどスピカはなぜかツイスターゲームをやっていた。

 

「感謝祭で体験したと思うけどリギルは最強チームだからね、トレーニングも生半可じゃないんだけど…。」

 

渋川さんは少しためてスピカを見て言う。

 

「沖野さんは変わっててね。一見意味無さそうなものからも意味を見出してトレーニングに反映するんだ。その結果があれだけど。」

 

「これ意味あるんですか~!」

 

黒い髪のウマ娘が悲痛の叫びをあげた。UMAを抱えるチームだから変なことしてるんだろうなとは思ったけど本当だった。

 

「近いしスピカから先に行こうか。」

 

約一名のせいであまり気乗りしないけどトラックに続く階段を下りていく。

 

「よし、キタサンは…左足を緑!…お、渋川じゃねえか。トレノも来たな。」

 

「え、トレノさんですか!?」

 

「一週間ぶりです。昨日からですけど編入しました。これからよろしくお願いします。」

 

沖野さんに軽く挨拶を済ませると自然とメンバーが集まってきた。

 

「お久しぶりですわね、トレノさん。私の事は覚えて下さっていますか?」

 

「も、モチロンですよ…えーっと、メジョマッキーンさん、でしたっけ?」

 

「違いますわよ!メジロマックイーンですわ!」

 

「ご、ごめんなさい…。」

 

とはいってもUMA以外あまり覚えていない。インパクトがでか過ぎて他のウマ娘を一気に塗り替えていった天災だったから。

 

「まあ、覚えてないのも無理ないわな。拉致られた後だし。」

 

「それじゃあ改めて自己紹介だね!ボクはトウカイテイオー!よろしくね!」

 

軽く自己紹介を聞くとふと気になることが出てきた。

 

「あれ、この人って前は居ませんでしたよね?」

 

「ああ、新入生でな。先日入部したんだ。」

 

「キタサンブラックです!よろしくお願いします!」

 

キタサンブラックって確かタキオンさんが注目のウマ娘って言ってたな。

 

「そう畏まらないで下さい。入学で言えば先輩なんですから。」

 

新入生って言ってもこの体つきからすると私より年上だろうし。

 

「いえいえ、トレノさんは凄い方なので!それに上級生なんですから!」

 

「あれ?年上じゃないんですか?私そろそろ15ですけど。」

 

「あたし12歳です。中学一年生です。」

 

………………冗談だよね?バグかな?顔に幼さが残ってるなぁとは思ったけど明らかにプロポーションで負けている。身長は割とどうでもいい。でも…。

 

「ジー」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

ふくらみに至ってはどう考えてもおかしいと思うんだ。

 




「お友だちがいなくなっちゃったと思ったら、どうなってるの?」

ぼくドラ〇もんです☆

「アナタ、何かしたの?……そう、アレからこの人を守ってたんだね。」

アハハスープラだ☆

「でも、何でこの人はまだ……その、おかしなままなの?」

「タ タ ケ バ ナ オ ル」

「昔のテレビじゃないんだから……。それじゃ、えいッ!」

ぬぐはぁ!誰はここ?どこは私?あ、カフェさんこんにちは。

「治ったようなら……良かったです。それでは。」

何でしょう、最近皆さん冷たくないですかねぇ。なぜか記憶がぶっ飛んでますし。

まあいいでしょう。また次回!


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第三十六話 新しい日常

スピカへの挨拶を終わらせてリギルの所へ向かう。

 

「トレノちゃん、さっきから少しむくれてるけどどうしたの?」

 

「別に大したことじゃないです。」

 

そう言って視線を落とす。何があったんだろう。

 

「東条さん、謹慎開けてきましたー!」

 

「そんなこと大声で言わないの。待ってたわよ、トレノ。」

 

「一週間ぶりです。これからよろしくお願いします。」

 

「ええ、よろしくね。…グラス、エル、2000メートルで模擬レースをする。準備しろ。」

 

「負けまセーン!」「負けせんよぉ。」

 

エルちゃんとグラスちゃんはてきぱきと準備を済ませるとスタート地点に立つ。

 

「見学がてらちょっと休憩しようか。」

 

「そうですね凄いですね、リギルのトレーニング。無駄が無いのが私でも分かります。」

 

「流石東条さんだよ。ウマ娘の得手不得手を把握して一人一人に合ったメニュー組んでるんだ。」

 

「うわぁ、凄いですね。」

 

「ロータリー!2000メートルのタイムを計るわよ。」

 

「はい!」

 

あ、ロータリーちゃんだ。確かこの前のリギル入部テストでぶっちぎりで合格した逸材だったっけ。

 

「まだデビューしてないのに仕上がってるなぁ。クラシック手強いだろうなぁ…あれ、トレノちゃんどこ行ったんだろ。」

 

周りを見渡すとトレノちゃんがいなくなってた。少し探すとロータリーちゃんの所にいた。

 

 

 

「ロータリーさん、リギルに入ったんですね。」

 

「ん?お、トレノじゃねーか。どうしたんだ?お前も走りに来たのか?」

 

「いや、今は学園内を案内してもらってるところです。まあ休憩中ですけど。」

 

「じゃあ本格的なトレーニングは明日からってわけか。」

 

「そうなんですかね?後で聞いてこよ。」

 

渋川さんってどんなトレーニング組むんだろう。スピカみたいのじゃないといいけど。

 

「ロータリー!そろそろ始めるぞ!」

 

「はい!それじゃ後でな。」

 

「はい、頑張ってください。」

 

ロータリーさんと別れて渋川さんの所に戻る。少し驚いたような顔をしている。

 

「ロータリーちゃんと知り合いだったの?」

 

「はい、偶然にも同室だったので。リギルだったのは知りませんでしたけど。」

 

「そうなんだ。良いライバルになるかもね。じゃあ、最後にもう一か所。学園の象徴、三女神像だね。」

 

 

 

連れられてきた所には水瓶を持った三人のウマ娘が背を合わせている像があった。

 

「これが三女神像ですか。…何というか、ただの噴水ですね。」

 

「見た目はね。でもこの像にはいろいろと逸話が残ってるんだ。」

 

「逸話ですか?」

 

「うん。何でも、ウマ娘がこの像に想いを残していくんだって。その想いが誰か違うウマ娘に継承されていくとか。」

 

何ともオカルトチックな話が出てきた。逸話なんだからそれ位のものはあるだろうけど。

 

「何とも信じがたいですね。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。」

 

「いやこれがあながち何故か本当というかね?現に無意識でここにきて三女神像を眺めてたら体の奥底から力が湧いてくるって子が割といるらしいんだ。」

 

「何というか眉唾ですね。」

 

「いや、疑問に感じるところは確かにあるけど私は本当だと思う。理由は無いけどね。」

 

眉唾だけど、本当にそんなことがあったら素敵だな。そんなことを思いながら三女神像を眺めていると渋川さんが手をたたく。

 

「さて、案内はこれで終わりかな。明日から新しい学校生活、それにトレーニングもあるからお互い頑張っていこー!」

 

「おー。ところで明日のトレーニングって何時からですか?」

 

「授業終わるのが大体4時くらいだから4時半にしようか。ジャージとシューズだけ持ってきてくれればいいから。やることは後でLANEに送るから。」

 

「分かりました。それじゃ、お疲れさまでした。」

 

渋川さんと別れて、自由時間になった。とはいえやることが無い。スマホを見ると4時半。

 

「どうしようかなぁ。荷解きも終わっちゃったしな。」

 

そのまま寮に帰ってもいいけどじっとしてるのもなんだか時間がもったいない気がする。

 

「散歩かなぁ。」

 

 

 

「明日からトレーニングって言っちゃったけど一旦は適正とかタイム計測だよね。」

 

トレーナー室に帰って当分のメニューを組んでいく。どうせ来週あたりには組み直しになるので三日分から先は仮に作っておく。

 

「それに今はウイニングライブの練習の方が重要かな。トレノちゃんならメイクデビュー余裕だろうし。」

 

とりあえず今はライブ練習の方に時間を取ってトレーニングはそれなりでいいのかな。トレノちゃんの走り方についてもしっかり理解しないと。

 

ストライドからピッチに滑らかに変わって行くあの走り方、それも何度も。トレーナーとしてっていうか今まででも見たこと無い。

 

「ロータリーちゃんも同じような走りしてたな。何かしら関係あったりして?」

 

矯正してみてもいいのかもしれないけどこれがトレノちゃん本来の走りなら、矯正なんてもってのほかだろう。

 

「………あー秋名行きたい赤城行きたい妙義行きたい!」

 

真面目なことを考えれば考えるほど走りたくなる。近場に走れるような所が無いのがトレセンの唯一にして最大の欠点。

 

「スープラに私が持ってたレコード全部塗り替えられちゃうしさぁ。更新したいのに走れないなんてぇ!」

 

そんなことを思いながらメニューを組む。トレノちゃんとのトレーニング、楽しみだなぁ。

 

 

 

 

 

「おはようです。」

 

「おう、今日も走って来たのか?」

 

「まさか。…と言いたいところですけど、目が覚めちゃって。癖ですかね。」

 

こんな癖がついたのは配達の習慣をつけたお父さんのせいだ。でも今はちょっとだけ感謝している。

 

「じゃあ朝飯食って行こうぜ。」

 

 

 

「ういーす。」

 

「「「おはよー。」」」

 

「…あれ、トレノどこ行った?」

 

教室に入って振り返るとトレノの姿が無い。おかしいな。さっきまで後ろにいたけどな。

 

「いた、何してんだ?」

 

「何というか、緊張しちゃって…。」

 

「何言ってんだ。ほら、早く来い。」

 

「ちょっ!?行きますから引っ張らないで…うわぁ!」

 

とりあえずトレノを教室に放り込む。少し強引だったか?皆の視線がこっちに向く。

 

「後で先生から説明あると思うけど、今日から同じクラスになるトレノだ。」

 

「と、トレノスプリンターです。今日からよろしくお願いします。」

 

「ねえ、トレノちゃんってタマモさんとオグリさんに勝ったあのトレノちゃん?」

 

おお、俺と同じような質問だ。まあ確認したくなるわな。入学当初キタサンやサトノに向いてた目をあっという間に塗り替えたんだからな。

 

「はい、一応…。」

 

「やっぱり!ねえ、どんなトレーニングしてるの?どこかレース教室行ってたとか!?」「勝ったときどんな気持ちだった?やっぱり気持ちよかった?」

 

「質問は一つずつお願いしま…ロータリーさん助けて!」

 

「いやどうにもならんだろ。オレも含めてここにいる連中は走りに対してマジな奴らだ。先生が来るまで耐えてくれ。」

 

「そんなー。」

 

軽く見放したらトレノが簡単にもみくちゃにされた。皆と打ち解けるにはこれが一番だろ。

 

「ほら皆席について。編入生を…ってもう顔合わせしてたんだ。」

 

「た、助かった…。」

 

「もう皆さん知ってるよね。じゃあトレノさんの席はあそこね。」

 

俺の隣か。

 

「はい。改めてよろしくお願いします。」

 

 

 

「デビューを果たしたらクラシック級、シニア級となります。この中でクラシック三冠とは一度しか挑戦できないレースです。」

 

「…?」

 

クラシック級?シニア級?分からない単語が先生からマシンガンのように繰り出される。ノートを取るので精いっぱいだ。

 

「さて、クラシック三冠のレースとは皐月賞、日本ダービー、あと一つはトレノさん!」

 

「ふぇ?えと、分かんないです…。」

 

教室が少し静かになる。皆が私を見ている。え?分かんないといけなかった?

 

(おいトレノ冗談だろ?)

 

(冗談で分かんないって言うと思いますか?)

 

(これ割と一般常識だぞ。)

 

「ゑ?」

 

「あと一つは菊花賞です。トレノさん、覚えておくように。続けますね。」

 

授業は続く。国語とか数学は段階を踏んでいるからまあ理解できなくもないけどレースの授業は私にとって5,6段位飛ばしてくれているから分からないことだらけだ。

 

この先が不安になってきた。

 




今日のスぺゲスさんは…ガラガラポンっと。出ました!はい特殊召喚!

「あ?どこだここ。」

どもどもロータリーさん。ようこそ後書き欄へ。

「後書き?結局俺らと一問一答する形式になったのか。前募集してた質問はどうしたんだよ。」

来てませんけど?

「え?」

質問なんて一つも来てませんけど?

「ふーん。」

それで済ませます?いいですけど。まだ決まってませんがトレノとのレースは楽しみですか?

「当たり前だろ。アイツを倒すのは俺だ。それまで負けんじゃねえぞ。」

良い気合ですね。これは気合入れて執筆しなければ。多分あと二十話くらい先になりそうですけど。

「は?」

また次回!


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第三十七話 適性

「お、終わった。凄い長く感じた…。」

 

「お疲れ、どうだった?って聞くにはまだ早いか。」

 

「そうですね、これからトレーニングもありますから。ロータリーさんもですよね。」

 

「ああ、お前のメニューは何なんだ?」

 

昨日の夜にLANEが来ていた。割と事細かに書いてあった。

 

「確か全距離、芝、ダートのタイム計測とライブの練習です。」

 

「となると先に適性測るって事か。ほぼ決まってるようなもんだろうけど。」

 

「適性ですか…私としては長い方が良いですかね。」

 

「まあだろうな。お前の走りはどう見たってステイヤーのそれだ。」

 

「ステイヤー?」

 

分からない単語がまた出てきた。カルチャーショックとかジェネレーションギャップじゃないけどついていくのに精いっぱいだ。

 

「長距離…2400メートル以上で活躍するウマ娘って事だ。ステイヤーだとマックイーンさん、ライスさんが代表だな。」

 

「マックイーンさん…スピカのですか?」

 

「そうそう、まあ続きはお前のトレーナーに聞いてくれ。」

 

 

 

「お疲れ、トレノちゃん。今日は昨日LANEで送った通りにやっていこうかな。まずストレッチからやっていこうか。」

 

ストレッチということで体育の前にやる準備体操みたいなものをやったりトラックを一周ジョギングしたりしてもらった。

 

「まあこれくらいでいいかな。じゃあまず短距離から計っていこうか。1200メートルでいいかな。ゴールはコーナー一つ抜けてだね。」

 

「分かりました。」

 

「それじゃ、用意、スタート!」

 

合図に合わせてトレノちゃんが勢いよく飛び出す。多分だけど平均タイムより遅くなるんじゃないかな。トレノちゃんの適性は恐らく中、長距離。

 

短距離、マイルだと上がってくるのに時間が足りないと思う。

 

 

「ハァ…ハァ…。」

 

「お疲れ、どうだった?」

 

そう言いながら水を手渡す。それを受け取ると飲んでからこう言った。

 

「何というか、スピード上げてくぞってタイミングで終わっちゃった感じでした。」

 

「成程、となるとマイルもそうなるかな。」

 

手元のストップウォッチに目を落とす。1分16秒。平均と比べるとやっぱり遅れている。トレノちゃんは加速力が無いからストレートが短いと思ったように走れないのかも。

 

「どれくらいですか?早いのか、遅いのか。」

 

「1分16秒、平均が8秒位だから遅い…かな。こればかりは適性の差もあるし、あまり気にしなくてもいいかな。」

 

「成程。」

 

マイルになれば少しは平均との差は縮まると思うけど。憶測で決めるわけには行かないので次に行こう。

 

「そろそろ次に行こうか。次はマイル、1600メートルで行こうか。スタート位置を変えるから気を付けてね。」

 

「分かりました。」

 

 

 

「いつでもいいです!」

 

「オーケー!それじゃ、用意、スタート!」

 

合図で走り出す。さっきよりは直線が長くなったからスピードを乗せてコーナーを曲がれる。さっきはそれほどスピードが乗ってない状態でコーナーに入ったからか少し曲がりにくかった。

 

「フンッ…。」

 

ラインを乗せてコーナーを曲がる。うん、思い切って入っていけたからさっきより曲がりやすい。スパートを掛けつつ立ち上がっていく。

 

「ハァア!」

 

そのままゴールまで走っていき、ストップウォッチの音で減速する。

 

「どうでした?」

 

「1分37秒…平均より3秒遅い位だね。うん、段々と適性距離に近づいてきてるね。はい水。」

 

「ありがとうございます。ロータリーさんに私はステイヤーだって言われたんですけど渋川さんもそう思います?」

 

「本音を言っちゃえばね。適性をこうやって測ってるのも最終確認の意味を込めてなんだよね。ロータリーちゃんにステイヤーについてどれくらい聞いた?」

 

「中距離以上で活躍するウマ娘で、代表格がメジロマックイーンさんと…ライスさんって聞きました。」

 

ロータリーさんに聞いたことをそのまま言うと渋川さんは頷く。

 

「それくらい知ってるなら大丈夫かな。強いて言うなら特徴としてトップスピードでよりスタミナが優れたウマ娘がそうなりやすい位かな。」

 

「スタミナですか、確かにそれなら自信があります。」

 

往復4キロ、配るときに大体1キロ。合計9キロ位の道のりを毎日走ってれば嫌でもスタミナが着く。

 

「タイム計り終えたらでいいけど、豊田さんのトレーニングについて聞いてもいいかな?」

 

「良いですよ。でも大したこと無いと思いますよ?っとと、そろそろ次行きませんか?」

 

「オッケー。それじゃあ中距離、2000メートル行ってみようか。」

 

 

 

「用意、スタート!」

 

二つの距離を走り、ようやく本命の距離を走り始めた。前二つのデータはやらなくても分かってた。要らねえソースを求めるのは新人だからだろうな。

 

スピードが乗って軽快にコーナーを曲がっていく。いつ見ても鮮やかなこった。

 

「ハァ!」

 

さて、オグリキャップとのレースのデータをまとめてParcaeに打ち込むと身体的成長があまりにも少なすぎた。

 

無論一週間ばかりでそこまでの急成長なんて期待しちゃいない。だが本格化を迎えたウマ娘のそれではない。試しに成長度合いを推移して割り出してみたが。

 

「意味ワカラネェ。」

 

この先もほんの少しずつしか成長していかないと来た。何かが根本的に間違っているとしか考えられない。

 

つまりトレノは身体能力のハンデをテクだけでその差を縮めていることになる。どんなトレーニング環境ならそれほどのテクを身に着けられるんだ。

 

どんなトレーナーが着けばあんなクレイジーなことが出来る?

 

「ゴール!1分59秒…平均より1秒も早いよ!」

 

「本当ですか?良かったぁ。」

 

予想通りだ。この回のトレノのタイムは1分59秒になるとParcaeは導いていた。驚きはしねえが納得も出来ねぇ。

 

「全くッ、ロジカルじゃねえ。」

 

 

 

「芝の最後は長距離だね。うーん、距離どうしようかな。出来る事なら3000メートル計りたいけどまだ早いかな?」

 

「3000メートルなら大丈夫だと思いますよ。いつもそれ位走ってますから。」

 

「ホント?…じゃあ行ってみようか。」

 

3000メートルを大丈夫と言うとは、豊田さんにどんなトレーニングを受けたんだろう。

 

「それじゃ行くよ!用意、スタート!」

 

今まで通り勢いよく飛び出していく。先週確かに2500メートルを物凄い気迫で走り切った。でもその直後に咳込んでかなり苦しそうだった。

 

それでも今の所軽快に走っている。ペースが落ち込んだところで止めないと。

 

「シュッ!」

 

「良いペースで走れてる。区間タイムもいい感じ。」

 

トレノちゃんの言う通り、大丈夫そうだ。となると咳込んでいたのはレースの反動って事かな。何も考えないで全部出し切れたって事になる。

 

思わぬところでトレノちゃんの長所に気付けた。勝負所でほぼ100パーセントを出せるのはレースの世界だとこれ以上ない位の才能だ。

 

2000メートル通過、ペースを上げ始めてる。いや、スタートしてから今に至るまでペースは上がり続けていた。

 

 

 

「デビュー前であんなに走れるものなのか?」

 

「ええ、あのレースを見た後で言うのもなんだけどクラシック、シニアを現役で走ってますって言われたほうがまだ納得できるわね。」

 

スぺもリギルの入部テストの時中々に走れていたがそれでもこれほどで無かった。

 

「でも豊田さんの所で、5年もトレーニングを受けていたって知ってると何故か納得できちゃうのよね。」

 

「同感だね。いやーこの先が恐ろしいね。超が付くほど強力なライバルだ。今3000メートル走らせてるのを見ても三冠狙ってんのは確実かね。」

 

「三冠を狙ってるのはロータリーも同じよ。噂だとサトノダイヤモンドも狙ってるとか。」

 

「ああ、キタサンから聞いてるよ。そのキタサンも三冠狙ってるし、厳しいねぇ。今年は大乱戦だね。」

 



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第三十八話 明日の予定

フ―こんなものかな。…あ、どうも。ねえねえ、前回後書き無くて困惑した?ねえねえ困惑した?

残 念 ☆

搦め手でした☆

まあ本音を言ってしまえば前回の後書き書くとき異常に眠くてですね、それでこうすればいいやって思いついて今に至ります。

前書きはこんなもので、本編どうもごぉ!?

もごごぉ!もごごごぉ!?


「ゴール!凄、3分5秒!平均よりも2秒も速いよ!これで決まりだね、トレノちゃんの適性は芝の中、長距離。クラシック三冠も十分狙っていけるよ!」

 

「クラシック三冠…確か一度しか出走できないって先生が言ってました。」

 

「そう、皐月賞、ダービー、菊花賞の三つで一着を取ると晴れて三冠ウマ娘って言う栄誉ある称号が与えられるんだ。」

 

「よく分かりませんけど凄いですね。私もそこを目指すんですか?」

 

トレセンに来たのはいいけど将来の展望とか何もないから何を目指したらいいのかまだ分かんないんだよね。でも一度しか挑戦できないなら…。

 

「いや、トレノちゃんが目指さないって言ったら出走しない予定だよ?」

 

「え?でも、私と初めて会った時には三冠狙えるとか言ってませんでしたっけ。」

 

「確かに言ったけど、それはトレノちゃんがそうしたいって思ってるならだし。最高峰のG1は他にもいっぱいあるしさ。どうしようか?」

 

確実にあの時の渋川さんじゃない。木こりの泉に放り込まれたに違いない。だってきれいすぎる。まあ聞かれたからには答えは一つ。

 

「それなら、挑戦してみたいです。一度しか挑戦できないなら挑戦したいです。」

 

「そう来なくちゃ。その前にもう一本、一応ダート走ってもらおうかな。」

 

「分かりました。」

 

 

 

「ダートって走りにくいですね…。」

 

「その割には思った以上にいいタイム出たよ?ダート2000メートル2分8秒、結構いいと思うけど。」

 

「でも芝と比べちゃうと何とも…。」

 

「芝とダート両方の適性持ってるウマ娘はそうそういるもんじゃないから。」

 

時計を見るとそろそろ5時半になる。今日の所はこれで終わりかな。

 

「やりたいことやれたし今日はこれくらいにしようかな。それでさ、さっき言ってたことだけど聞いてもいいかな。」

 

「お父さんとのトレーニングでしたっけ。そんなに大したこと無いと思いますけど。」

 

「それでもいいからさ、聞かせてよ。」

 

豊田さんがどんなことをやっていたのか気になるし、聞くことでトレーニングのヒントになるかもしれない。

 

「んー。でも毎日新聞配達してただけですけどね。5年間往復と配るので合わせて9キロ位ですかね。早く帰りたくて行きと帰りは飛ばしてましたね。」

 

「5年も…。毎日って言ったけど雨の日もなの?」

 

「雨の日どころか風の日雪の日台風の日、休刊が無い限り毎日ですよ。何度面倒くさいと思ったか分かんないですよ。」

 

「それは…大変だったね。」

 

私も1年前くらいまで雨だろうと雪だろうとお構いなしに秋名を攻めてたけど夜にその身一つで走れなんて言われても私は絶対に嫌だ。

 

「他に何かやってなかった?何か特別なこととかさ。」

 

「特別なこと…紙コップですかね。」

 

「紙コップ?何に使うのそれ。」

 

「紙コップに水を入れてそれをお父さんが作った帽子に付けてその状態で走るんですよ。」

 

「うーん、荷重移動のコントロール…じゃないな。となると体幹かな?」

 

トレノちゃんの走りを思い返せば体の中心に芯があるようにぶれるようなことは一度も無かったし、コーナーでの安定感も抜群だった。

 

「これがめちゃ難しくて最初のころはいくら遅く走ってもバシャバシャ零れるし、零さないで走るのに半年、全力で走れるようになるまでもう半年くらい掛かりましたよ。」

 

「成程ね…ありがとね。参考になったよ。その豊田さんの作った帽子って学園に持ってきたの?」

 

紙コップのトレーニングは確かに有効かもしれない。

 

「持ってきたくは無かったんですけど荷解きしたら入ってました。いつ仕込んだのやら。」

 

豊田さんありがとう。持って来ているのなら、これからのトレーニングに組み込んでみてもいいかもしれない。

 

「次のトレーニングからさ、その帽子持って来てくれないかな?もうやり慣れてるとは思うけどいいトレーニングだと思うんだ。」

 

「分かりました。明日持ってきますね。」

 

「いや、明日はウイニングライブの練習にしようかな。ダンススタジオに今日と同じ時間に集合でいいかな。」

 

「良いですけどダンスですか…。やったこと無いですし言っちゃ悪いんですけどダンス教えられるんですか?」

 

ふっふっふ…。この私を舐めてもらっちゃ困るね。

 

「専門外だからよく分からない!でも多分きっと99割大丈夫だよ!」

 

「何なんですかその自信は。あと99割って何ですか。」

 

「まあ実際よく分からないけどスクールアイドルだけど真似てダンスしたことはあるから基礎的なことなら大丈夫…きっと。」

 

「分かりました。期待しないでおきます。」

 

ふぐぅ。心にフックが入る。正直期待されても困るけど面と向かって言わなくても良いじゃん…。

 

「じゃあ片付けては私がやっておくから先上がっちゃっていいよ。」

 

「ありがとうございます。お疲れさまでした。」

 

トレノちゃんが更衣室に入っていく。それを見てから飲み物とかバインダーをかごに片づける。と言っても持ってきたのこれ位しかないんだけど。

 

色々とデータ取れたからこの先のトレーニング計画を立てないと。…その前にダンス勉強しよ。Make debut!何回か見て練習しておこ。

 

 

 

「こんなものかしらね。」

 

ロータリーの成長は著しい。入部テストの時よりも格段に速くなってる。メニューの組み直しをしているのがその証拠ね。背伸びをするとある物が目に入った。

 

「榛名のカメラ…そういえばあれから置きっぱなしね。…取りに来てもらおうかしら。」

 

とおるるるるるるるん、るるるん。

 

「出ないわね…。トレーニング終わったところは見たんだけど。いつまでもあるのも面倒だし、届けようかしら。」

 

カメラを持って榛名の部屋に行く。地味に遠いのよね。

 

「榛名ー。いるかしらー。」

 

ノックをする。しかし反応は無い。部屋の前に置いてLANEしておこうかしら。

 

ドタ バタ

 

「物音?いるんだったら出なさいよ。榛名ー入るわよー。」

 

「I believe 夢のー先まーでー。うーん、駆け抜けての部分どこまで走るとかあるのかな?自由だったら割と困るんだけど。」

 

「…。」

 

扉を開けるとパソコンに向かってダンスしている榛名がいた。make debut!を踊っているのかしら。ダンスの趣味なんか聞いた事無いけれど。

 

「全体的には何とかなりそうだけど仮に二着三着になった時の振り付けも覚えないと。ちょっと息抜き…かーめー〇ーめー波ー!」

 

急にかめ〇め波の素振り?を始めた。誰もいないと思って何の躊躇もなく始めたわね。何か気まずくなってきたわね。

 

「おかしいなーもっと気を集中しないとかなー。かーーめーー〇ーーめーー…え?」

 

「随分熱心ね、榛名。」

 

「どこから見てました…?」

 

「I believeの所からよ。そんなに見てないから安心して頂戴?」

 

素振りは思い切り見ちゃったけど。

 

「うわー一番見られたくないところを見られたー!」

 

「良いじゃない、息抜きなんでしょう?」

 

「違うんですよ?明日ウイニングライブの練習しようってなった時教えてあげられないと困るかなって思って軽く練習してたんですよ?」

 

成程ね、ライブの練習を欠かさないのは関心ね。トレノの天を仰ぐ見事な棒立ちは見なくて済みそうね。

 

「良い心がけじゃない。それよりこれ、感謝祭の時のカメラ。電話に出なかったから届けに来たわ。」

 

「え、あ、すいません。ありがとうございます。」

 

「それで、かめ〇めの続きは?そこまでやったなら打てるんでしょう?」

 

ちょっと面白そうだからからかってみようかしら。

 

「いや打てませんよ?息抜きにちょっとやっただけで深い意味ないですよ?」

 

「良いからやってみなさいよ。自分で改善点も見つけてるんだからもうすぐ打てるんじゃない?」

 

「もー勘弁してくださいよー!東条さんの意地悪ー!」

 

 

 

トレーニングも終わって寮の食堂でお茶を飲む。家でもそうだけどこうしている時間が一番落ち着く。

 

「あぁ~お茶美味しい。」

 

いつもこの時間は夜ご飯を作っていたから少し違和感があるけどこうしているのも良いモノだ。でもこういう時ほど大抵こうなるんだよね。

 

「やあトレノ君!一昨日は軽くあしらわれてしまったが今日は友好的に行こうじゃないか!」

 

こういうトラブルがパンケーキを持って降ってくる。多分誰もが経験あると思うけどなんでなんだろう。

 




もごごごぉ!ぶはぁ!ここは何処?

「後書きですよ、作者さん。」

貴方は、今後登場予定のサトノダイヤモンドさんじゃないですか!?どうしたんですか?

「いえ、風の噂で私の出番を決めかねていると耳にしまして。」

ご安心ください。出演自体は確定してるのでお待ちいただければと思います。

「ここにサトノ家の真実を見抜くベルがあります。」

ダイヤさん?それをどうするおつもりですか?

「作者さんは私の質問に答えて下さいね?」

それは良いですけど…。

「ではまず、近く、具体的に5話以内に出演予定がある。」

モチロンありますよ。

チーン

…実の所未定なんです。三期ホームページ見た時にダイヤさん『カペラ』に所属したみたいなこと書いてあって絡ませずらくなったというか。

「では次に、出来るだけ早くに私を出演させようとは思ってる。」

当たり前じゃないですか!

シーン

「少し釈然としませんがここでの尺もありますしこのあたりで打ち止めです。それでは。」

うはー、どうなることかと思いましたよ。ではいち早くダイヤさんが出演できるように頑張りましょうかね。また次回!


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第三十九話 可能性

「そんな顔しないでくれよ。今日はサプリメントは持って来ていないし話を聞きに来ただけだとも。」

 

「ホントにそれだけですか?というかあのサプリ何だったんですか?」

 

「よくぞ聞いてくれた!アレは私特性のサプリメントでね、飲めば筋肉増強の効果が見込めるものなのだが、トレノ君がどうしても飲みたいというなら!」

 

「飲みません。聞いただけで飲んじゃいけない奴じゃないですか…。」

 

自作でサプリが作れるのはシンプルに尊敬するけど効果が信用できない。おおよそ副作用で何が起こるか分かったものじゃない。

 

「そう邪険にしないでくれよ。効果は私は保証するよ。ただ、副作用で体が黄緑色に発光するくらいか。」

 

「誰が飲むんですかそんな劇物。」

 

どうやらこの人は人の身体構造をいじくるのが好きなようだ。何をどうすれば人が発光するのか。

 

「おっと、本題を忘れるところだった。今日は君について聞きたいことがあるんだ。」

 

彼女はそう言いながらシロップのふたを開けた。それをパンケーキに掛けていく。掛けて…。

 

「ーーーーーーーーッ」

 

なんてこった。シロップを丸々一本使い切りやがった。正直あれをパンケーキと言いたくない。もっと言えば直接摂取してしまった方が早そうだ。

 

「?どうかしたかね?」

 

どうかしているからこの反応なんだけど。見てるこっちの口が甘くなってしまう。何なら胃もたれを通り越して胃潰瘍になりそうだ。

 

「まあ…、話位なら…大丈夫ですけど…。」

 

その目の前の塊に動揺しながらそう返事する。

 

「そう来なくては!では早速だが…うーむ、シンプルなことから聞いていくか。君はここに来る前、どんなトレーニングを受けていたのかな?」

 

その質問には、渋川さんに答えたのと同じように答えた。目の前で起こした奇行のせいでまともに聞いてくれるか疑問だったけどメモまで取って聞いていた。

 

「ふぅン。時にトレノ君、そのお父さんからは教えられたこととかはあるのかい?」

 

「教えられたことなんか何もないですよ。配達帰ったら急にこうしろああしろって。なんでって聞いても何も教えてくれないんです。」

 

「となると、そのテクニックのほとんどは独学で身に付けたと言っても過言ではない…か。成程成程…。」

 

シロップを食べながらメモに何かを書いていく。あれを平然と食べるのか…。糖尿病になりそうだ。

 

「テクニックと言えば、柵に手を掛けるあのコーナリングも自己流となる訳だね?」

 

「はい、元は雪道で滑らないようにやってたので。でも結構タイミングシビアですしミスったら怪我するので連発はしたくないって感じです。」

 

「ふむふむ、いやあいい話を聞けた。これまでにないデータを取れたよ。感謝するよ。」

 

「そうですか、大した話じゃないですけど。」

 

良かった。半分早くそのゲテモノを視界に入れたくないがために受け答えしてたから助かった。

 

「それでは私は失礼するよ。このメモをまとめたいのでね。」

 

よく見たらシロップを食べ切っていた。…?何か認識がおかしいような…。

 

「あぁそうだ、最後に一つだけいいかな?」

 

「どうぞ。」

 

「君は『ウマ娘の可能性』について考えたことがあるかな?」

 

「『ウマ娘の可能性』…ですか?」

 

先ほどの質問とは打って変わって哲学めいた物について聞かれた。

 

「ああ、入学したての君には縁遠い話題であることは私も承知している。私は入学してからというもの、日々の大半をこの研究に費やしていてね。その中でもウマ娘の最高速度は時速70キロとされているが私はまだ先があると考えている。」

 

そう話しているこの人の目は輝いていた。それと同時にこの人の言う先に必ず辿り着くという決意も感じ取れた。

 

「この研究に没頭しすぎて退学寸前まで行ってしまったが…そんなことは些細なことだ。その可能性はまだ遥か遠く、影すら見えていないのだから!」

 

多分、私にはその研究の全部を聞いてもよく分からないと思う。でも、目標をもってそれに進んでいく人を素直に応援したいと思う。

 

「だからと言って、私の考えている分野は飽くまで可能性の一部でしかない。そこでだ、君自身の考え、どんな些細なことでもいい。君にとっての可能性を聞かせてくれないかい?」

 

私にとっての可能性…少し考えこむ。

 

「どうなんでしょう、哲学のようなものはよく分からないんです。」

 

「うむ、難しい質問だということは分かっている。またいつか、その答えを聞ければ問題ないよ。では、失礼す」

 

「でも、私が思うその可能性は“個性”だと思います。」

 

この人の言葉を遮って、私が思ったことを口にした。

 

「個性か…。そう思った理由を聞けるかな?」

 

「同じウマ娘だとしても、身体能力には差があるじゃないですか。その人特有の才能だったり価値観だったり。」

 

「まあ、そうだね。」

 

席に再びついてメモを取り出した。それを気にしないで話す。

 

「直線が速いウマ娘、コーナーが速いウマ娘。他にも挙げられるかもしれませんが、そのウマ娘個人個人の個性が可能性だと思います。」

 

言っておいてなんだけどまるで他人から聞いたことをそのまま言ったみたいになっちゃったな。

 

「ふぅン。実に興味深いねぇ。いやいや想像以上の収穫だぁ。いやいや感謝するよ。」

 

「そんなに特別なことはしてないですけど、満足してもらえたなら。」

 

「ああ、次は是非とも私の実験に協力してくれると更に嬉しいんだがねぇ!」

 

この話でこの人が芯のある人だというのは分かった。実験だって目指すものへ向かう物だというのも。だから。

 

「全力を以てお断りします。」

 

「えぇ~~!」

 

当然だ。飲んだら最悪発光するような薬好き好んで飲んでたまるか。

 

「まぁいいさ。十分に話は聞けたからね。改めて、これで失礼しよう。」

 

…。あれ。普通に話してたけど…。

 

「名前って教えてもらいましたっけ?」

 

「あぁ、そういえば名乗ってなかったねぇ。私はアグネスタキオン。実験に協力したくなったらいつでもいいたまえ。」

 

 

 

 

 

「お疲れ、トレノちゃん。今日はどうだった?」

 

「どうだったも何も、普通の授業はまだ前の学校より難しいなってくらいなんですけど。レースの授業はまだよく分からないですね。」

 

「今までレースに触れてこなかったから余計にそう感じるかもね。それじゃ、早速始めようか。」

 

そう言って三脚にスマホを付けて。ダンスの動画を見せる。トレノちゃんはそれを見ながら呟く。

 

「レースで勝ったらこれを踊るって事かぁ。」

 

「ウイニングライブだからね。曲はレース一か月前に決まるんだけどメイクデビュー戦はこの曲を踊ることになってるんだ。」

 

「ナナに一回見せて貰ったんですけど、棒立ちしてたりブレイクダンスしてたりだったんですけど。」

 

「あれはね、沖野さんがライブの練習忘れてたから起きた惨劇だよ。ゴルシは知らないけど。」

 

あの悲劇は起こしたくないし見たくない。その時は大学生だったけどあの時のスぺちゃんの悲惨な顔は今でも忘れられない。

 

「私はああはなりたくないですね…。早く練習しましょう。」

 

「オッケー。それじゃあ振付を細かく分けて一つずつ覚えていこうか。」

 

 

 

「ふぅ…。ダンスって疲れますね。走るのとは違う体力使う感じがします。」

 

「レースの時とは体の動かし方が違うからね。でも一通りの振り付けは覚えたんじゃないかな。」

 

練習を始めて1時間くらいで大体の振付を覚えてもらった。次は通してもらおうかと考えていると。

 

とおるるるるるるるん るるるん

 

トレノちゃんのスマホに電話が掛かってきた。

 

「電話だ。誰からだろう。…ナナ?出てもいいですか?」

 

「いいよ、私も顔だけ見せようかな。」

 

「ありがとうございます。…もしもし。」

 

「トレちゃーん!元気してるー?もしかしてトレーニング中だった?」

 

電話がつながるとナナちゃんの元気な声がスタジオに響く。

 

「大丈夫、渋川さんに許可貰ってるから。それに今はウイニングライブの練習中だよ。」

 

「ウイニングライブ!もう練習してるんだ。それで、デビューっていつなの!?」

 

「いや、どうだろう。渋川さん、決まってるんですか?」

 

「一応決めてはいるけど…6月の上旬かな。」

 

「となると1か月先ですか。それまでトレーニングして鍛えないとですね。」

 

正直トレノちゃんならすぐにでもデビュー出来そうだけど、トレノちゃんについて知らないといけないと思ったからこのくらいにした。

 

「6月が今から楽しみだよ!それでさ、ダンスはどう?早く見てみたいなぁ。」

 

「今はまだまだ全然だし、見せられる出来じゃないかな。」

 

「まあ楽しみは当日まで取っておかないとね。練習の邪魔しちゃ悪いからそろそろ切るね!」

 

「うん、また掛けるね。それとデビュー戦、絶対勝つから。」

 

「私からも、絶対に勝たせてあげるから。ナナちゃんも応援よろしくね。」

 

こんな所で躓いてちゃ三冠なんて夢のまた夢だもんね。

 

「もちろんですよ!それじゃ!」

 

ナナちゃんがそう言うと電話が切れた。

 

「さて、そろそろ再開と行こうかな。次は通してみようか。」

 

「分かりました。」

 




ネタ切れです。スぺゲスさんを呼んだとしてもここを埋められる予感がしません。

「おー困ってそうだな!そんなお前のためにしめじ持って来てやったぜ!」

要らねえよ。てか呼んでねえよ。おまんだけはここを出禁にしとくんだった。

「おい!いくらあたしが完璧でビューティフルだからっつってそんな扱いはねえだろ!」

順当に決まってんだろ。二次創作で一番好き勝手出来るけど一番制御できねえ奴を誰が好き好んで登場させまくろうと思うよ。

「そう言ってくれると俄然やる気が出てきちゃうぞ~。」

あ?貴様何する気だ?

「お前の意思とは関係なくちょこちょこと出てやるからな~!」

あーどこ行くねーん!…ッチ、厄介なことになりやがった。

ああすいませんね。大丈夫です。あの野郎の好きにはさせないので。

また次回!


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第四十話 ライバル

「ようお前ら!今回は試しに前置きをジャックしてやったぜ!今頃作者大慌てだろうな!今回の内容はだな…。」

てめぇ!余計なことをするんじゃぁねえぜッ!

「もう気付いたのかよ!サラダバー―!」

畜生、面倒なことにしないといった次でこれかよ。早くとッ捕まえないと。

いやー騒がせてごめんなさいね。それでは本編どうぞ!

…?あれ、出られねぇ。


トレセン学園に来て1週間、多少戸惑う事はあるけどそこそこは慣れてきた。

 

「どうだ?ここに来て一週間経ったが慣れた?」

 

「はい、まだ少し不安なところもありますけどもう大丈夫そうです。」

 

「菊花賞を答えられなかった時はどうなることやらと思ったが良かった良かった。」

 

そこまでの心配をされていたのかと思っていると後ろから声を掛けられる。

 

「あ、トレノさん!今からトレーニングですか?」

 

「あ、キタちゃん。そうだけど、そっちもそう?」

 

最初はキタさんって呼んでたけどもっと気さくにしてくれていいと言われて今ではキタちゃんと呼んでいる。

 

「はい!トレーナーさん曰くこのままいけばデビューは六月位なので、一層頑張らないとなって!」

 

「じゃあ私と同じくらいなのかな。渋川さんも六月って言ってたな。」

 

トレーニングを脇目で見たことあるけど凄い速かった覚えがある。最初から一筋縄では行かなさそう。

 

「うへぇ、デビュー戦から厳しくなりそうだなぁ。でも負けませんから!」

 

「私だって。所で隣の子は?」

 

「そうでした!あたしの幼馴染のダイヤちゃんです!」

 

幼馴染って事はキタちゃんと同い年って事だよね。…やっぱりおかしい気がする。

 

「初めまして。サトノダイヤモンドです。タマモさんとオグリさんのレース、凄かったです!」

 

「初めまして。よろしくね、ダイヤちゃん。」

 

「お前らがキタサンにダイヤか。遠目で見たことはあったけど話す機会は無かったからな。俺はイエローロータリー、よろしくな。」

 

「「よろしくお願いします。」」

 

こうやって4人が集まると私の体格だけが小さく見えそうのは気のせいかな。背が高いし体の各所もしっかりと成長してる。

 

「これが格差社会なのかな。」

 

「何か言ったか?」

 

「いや何も。」

 

ロータリさんはまだしもキタちゃんとダイヤちゃんに負けてるのがなぁ。

 

「もちろんだと思うが、クラシック三冠目指すんだろ?」

 

「もちろんです。一度しか出走できないレースですから。」

 

「相手がキタちゃんでも負けられないから!」

 

「あたしだって!負けないから!」

 

 

 

「坂はやっぱり疲れますね。」

 

「見ててもかなり辛そうだったよ。はいお水。」

 

今日は坂路を走ってもらったけどタイムが芳しくない。元々加速に課題があるとは思ってたけど上りではそれが顕著に表れた。かと言って戦えないレベルではない。

 

だけど、このままクラシック三冠で戦おうと思うと厳しいものがある。

 

「前からそうだったんですよ。上り坂は昔から苦手で、下り坂や平らな所よりも力がいるし思ったように登ってかないんですよね。」

 

「でも下りは凄かったよ。勢い任せって感じなのに危ないって感じも無かった。怖くなかったの?」

 

「まあ、下りなら重力に任せて走ってれば勝手にスピードが出ますから。下りが怖くなくなったのは配達初めて半年くらいですかね。」

 

半年で下りの恐怖がなくなるとは。免許取って夜な夜な毎日秋名を攻めて、1年経ってようやく怖くなくなったのに。

 

「どうしたの、トレノちゃん。」

 

「いえ。キタちゃん頑張ってるなぁって。」

 

「ホントだ、あのペースで走り続けるなんて凄いね。」

 

「キタちゃんから聞いたんですけど、デビューは6月位じゃないかって沖野さん言ってたみたいです。」

 

「ホントに?そうなるとデビュー戦でいきなりぶつかるかもしれないね。」

 

トレノちゃんなら心配いらないと思うけどキタちゃんのあの走り、多分逃げの脚質かな。序盤から一気に離されるのは結構きついんだよね。

 

「厳しくなりそうですね。渋川さん、私たちも負けてられませんね。」

 

「よし、じゃあ再開と行こうか。坂路、まだまだ行ける?」

 

「もちろんです。あれでへこたれてるようじゃ、ナナ達に顔向けできませんから。」

 

 

 

 

 

初めてのダンスレッスンから2週間後…。トレーニングとダンスレッスンを一日ごとにやって今日はダンススタジオでライブ練習の日。

 

「~♪」

 

振り付けがそれなりになった所で歌いながら踊ってもらったけど、結構の完成度になって来たと思う。

 

「フゥ…どうでした?」

 

「中々いいと思うよ。後は細かいところを直していければいいと思う。映像見返して確認しようか。」

 

「はい。…どうしても自分のダンスを見るのは慣れないなぁ。」

 

スマホに顔を寄せてさっきのダンスを確認する。

 

「…細かいところってどこだろう。」

 

「自分で言っておいてそれは無いんじゃ…。」

 

こうやって見てるとリズムにも乗れているし、振付に不安がある感じじゃない。

 

「ダンスは素人だしなぁ。トレノちゃん、自分で見てどう?」

 

「私に言われても…。うーん、指先まで意識しながらダンスしてみるっていうのはどうでしょう。」

 

「ヨシ!(ダンスなんか分からないので思考放棄)」

 

「何ですかそのポーズは。良いって事ですか?」

 

私渾身の現場猫はあえなく不発に終わってしまった。これからは安易に打てないな。

 

「う、うん。なんかごめん…。じゃあもう一回通してやってみようか。」

 

 

 

「ハッハッハッ…。」

 

「よーし、いい感じだぞキタサン!そろそろ休憩だ!」

 

「はい!」

 

ウチに入部してからのキタサンは目覚ましい成長を遂げている。デビュー前で中々に仕上がっているが、逃げを打てるそのタフさにはオレも驚いた。

 

これなら予定通り、六月中にデビュー出来そうだな。

 

 

 

「ンッンッぷはぁ!」

 

「最近頑張ってるねぇキタちゃん。」

 

「テイオーさん!はい、三冠狙うとなると、今からでも頑張らなきゃって思うんです。」

 

「あー確かに、ダイヤちゃんも狙ってるんだっけ。」

 

「それにトレノさんとロータリーさんも狙ってるって聞きました。」

 

ダイヤちゃんもトレノさんも速さを知ってるだけにうかうかしてられない。ロータリーさんも相当に手強いみたい。

 

「ダイヤちゃんは差しでトレノは追込、キタちゃんは逃げだよね?」

 

「はい、ロータリーさんが分からないんですけど先行だって聞いてます。」

 

「じゃあ全部のバ群に注意しながら走らないといけないの!?ちょっと厳しすぎない?」

 

「そうなんです。だから私の武器、タフさを生かしてそんなの気にならなくなる位ぶちかまして、押し切ろうかなって。」

 

「その意気だ。ダイヤやロータリー、特にトレノには正攻法は効果が薄い。だからこそ、お前のタフさを生かして大逃げを打った方が良いだろう。」

 

振り向くとトレーナーさんがいた。何か持っていたので見ると蹄鉄を持っていた。

 

「そのために、明日からこいつを付けてトレーニングだ。」

 

「分かりまし…重っ!?」

 

渡された蹄鉄は他の蹄鉄と比べても明らかに重かった。よく見たら『おも』って書いてある。

 

「まだデビュー前だが、お前なら大丈夫だ。この通り、成長してるからなぁ~。!?うぼあ!」

 

「うわあぁぁ!」

 

足を触られて、反射的に蹴ってしまった。入部の時にも同じようなことやられて、同じようなことをやったけどトレーナーさんはピンピンしていた。

 

「トレーナーのこの癖だけはどうにかならないかぁ。何の前触れもなく触るんだもん。」

 

「テイオーさんもやられたんですか?」

 

「ボクはあんまり無いけど、マックイーンがやられたことあったな~。」

 

「…トレーナーさん、起きませんね。」

 

この前はすんなりと立ち上がったけど今は倒れたまま固まってしまっている。

 

「強く蹴りすぎちゃったかな…!?」

 

「それは無いと思うけど。四人で蹴ったことあるけど、その時だって何事もなかったかのように立ち上がったよ?」

 

戸惑っていると、トレーナーさんが立ち上がった。良かった、生きてて。

 

「キタサン、すぐに病院に行くぞ。」

 

「ぇえ?私は大丈夫ですよ?」

 

「少しだけ違和感があったんだ。俺の思い違いだったらいいが、そうでなければ今後に影響が出るぞ。」

 

珍しく真面目な顔をしている。まさか何か爆弾が?

 

「分かりました。行きましょう!」

 

「よし、正門に来てくれ。車出してくる。」

 

 

 

「ふぅ、どうでした?」

 

「指先だけであんなに変わるものなんだね。ていうか私教えること無くない?ダンス出来るなんて聞いてないよ?」

 

「いや、これでも一杯一杯ですよ。走る時と違って体の細かい部分まで意識しないといけないので。」

 

「専門外でも少しは力になろうと思って私だって少しは練習したんだよ?もう立場逆転するくらいになっちゃったじゃん。」

 

「でも基礎は渋川さんに教えてもらいましたし。振付だって。渋川さんがいなかったらまだ全然だったと思います。」

 

何やら少し落ち込んでしまったので率直に思ったことを慰め代わりに言った。

 

「そぉ~~?良かったなぁ頑張って練習した甲斐があったなぁ~!」

 

「ちょろ…。」

 

年下ながらこの人の将来が不安になった。そんなことを思っているとスタジオのドアが勢いよく開けられた。

 

「トレノさん!大変です!」

 

「ダイヤちゃん?どうしたの?」

 

「さっきキタちゃんから電話があったんです。今病院にいるみたいで。」

 

病院?ケガでもしたのかな。ダイヤちゃんが駆け込んでくるとなると相当な重症なのかな。電話出来てるし。

 

「さっき、屈腱炎と診断されたみたいです…。」

 




「咄嗟の事だったが前書きに結界を張れてよかったぜ。これで心置きなく後書きもジャック出来るってもんよ!」

「折角だからお前らのために次回予告をしてやるよ!屈腱炎と診断されたキタサンだが、諦めない思いが爆発してサイボーグになるんだ!だがそんなキタサンにさらなる試練が降りかかるんだがな?」

何あること無いこと抜かしてやがる。そんな訳あるか。

「おー作者じゃねえか。あの結界を破るとはさてはアンタ両面宿儺か?」

何で呪う側なんだよ。割と苦労したんだぜ?最後は書き換えて出てきてやったけど。

「そりゃあ大変だったな。それじゃあたしはこれで。またな~~。」

フンッ!

「うがぁ!?何だこりゃ!?結界か?」

応用させてもらったよ。しばらくそこに幽閉されてろ。

何とかなりました。こいつには然るべきところで出てもらいたいので。

長くなりそうなのでこの辺で。また次回!

あれ?どこ行った?


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第四十一話 デビュー

「屈腱炎?」「屈腱炎!?」

 

と言われても屈腱炎とは何か私には分からない。でも渋川さんが深刻そうな顔をしている。となると相当な病気のようだ。

 

「トレノちゃんは知らないと思うから簡単に説明するね。屈腱炎はいわばウマ娘のガンとも呼ばれてるんだ。」

 

「ウマ娘のガン…。それって治るんですか?」

 

「軽度なら良くなることはあるけど、ガンと違って完治することは無い。これのせいで引退に追い込まれたウマ娘も少なくない。」

 

「それじゃ、キタちゃんはもう走れないって事ですか?」

 

一週間前も…昨日だってあんなに元気よく走ってたのに。

 

「幸い軽度らしいので復帰の見込みはあるそうなのですが…。」

 

「やっぱり再発が怖いよね。数ヶ月は治療に専念しないといけないからデビューも長引いちゃうから同期デビューも絶望的かな。」

 

「クラシック…一緒に戦えないんですか?」

 

楽しみというのは少しおかしいかも知れない。でも、キタちゃんやダイヤちゃん、ロータリーさんと鎬を削っていくものだと思っていたから寂しいものがある。

 

「いえ、キタちゃんは戻ってきます。」

 

ダイヤちゃんが何か確信めいたことを言う。

 

「確かに屈腱炎はウマ娘にとって致命的で、それだけで選手生命を脅かすものです。でも、キタちゃんはそんなことじゃへこたれません。挫けません。それがキタちゃんです!」

 

「幼馴染のダイヤちゃんが言うならなんだか説得力があるね。本当に大丈夫な気がしてきたよ。」

 

「それなら、尚更デビュー戦頑張らないとね。あと二週間、明日からも頑張ろう!」

 

 

 

デビューまであと一週間。渋川さん曰くここからは調整に入るそうだ。今までのトレーニングより負荷を抑えて本番に本調子を持っていくそうだ。

 

「今日はいつもより少なめのメニューで行くよ。物足りないかも知れないけど我慢してね。まずはジョギングから行こうか。」

 

「分かりました。」

 

ジョギングをしているとリギル、スピカ。それにダイヤちゃんのカペラも来ている。

 

「今日もいっぱい来てるなぁ…あれ、キタちゃん!?」

 

「あ、トレノさん!一週間ぶりです!」

 

「もう大丈夫なの?暫く休養だって聞いたけど。」

 

軽度でもかなり重いものだって聞いたから一週間程度でもう出てきているのが不思議だった。

 

「お医者さんが言うにはかなり早期の発見だったので今のままなら日常生活には支障はないそうです。でも暫くトレーニングは控えるようにとも言われました…。」

 

「そうなんだ。でもよかったよ、元気そうで。」

 

「はい!トレーニングが出来なくても出来る事は他にもたくさんありますから。この期間も有効に使って見せます!」

 

元気付けに来たつもりだったのにこちらが元気付けられてしまった。凄いなぁキタちゃん。

 

「それじゃ、私はこれで失礼するよ。頑張ってね。」

 

「はい!お互い頑張りましょう!」

 

そのままトラックをジョギングしていって、3周して渋川さんの所へ戻る。

 

「元気そうだったね、キタちゃん。」

 

「はい。私が元気を貰っちゃうくらいには。」

 

「その元気をデビュー戦で発揮できるようにしないとね。次は2000メートルを二本、全開で行こうか。」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

「遂に来たね。デビュー戦本番。」

 

「本番ってなるとやっぱり緊張しますね。」

 

「2000メートルだしトレノちゃんなら大丈夫。私なんか結構安心しきってるんだから。」

 

そう言ってる渋川さんはシャーペンの芯をあり得ない長さ出している。…あ、落ちた。それでも出すのを止めない。

 

「渋川さんを見てたら少しほぐれてきました。」

 

「まだ何もやってないけど!?…何でシャー芯落ちてるの?あ、そろそろパドックに出ないとだね。」

 

「分かりました。それじゃ、行ってきます。」

 

 

 

待ちに待ったトレちゃんのメイクデビュー!レース場は東京だし、行き慣れたところでよかった!

 

「そろそろトレちゃんが出てくる!楽しみだなぁ!」

 

学校の皆は伊勢崎からテレビで見るって言ってた。けど私はどうしても現地で見たかったからお小遣いを前借して来た。

 

「ナナちゃん来てくれたんだ。」

 

「当たり前じゃないですか!トレちゃんの晴れ舞台なんですから!」

 

「ありがとうね、一緒に応援しようか。」

 

『さあいよいよ登場します。堂々の一番人気、5枠5番、トレノスプリンター。』

 

パドックにトレノちゃんが出てきた。やっぱり緊張してるみたい。少し動きが固い。

 

「トレちゃん緊張してるけど、大丈夫かなぁ。」

 

「大丈夫…だと思うよ。こっちまで緊張してきた…。」

 

『すこし動きが固いですね。緊張しているみたいですね。』

 

そのまま少し進んで…何かするわけでも無く立ち止まった。パドックでのパフォーマンスはこんなのがあるよとは少しは言ったけど。

 

「トレちゃん!その上着をバッてやって!バッって!」

 

「あ、ナナ。来てたんだ。」

 

ナナちゃんに気付いたトレノちゃんはこちらに手を振った。それがパフォーマンスとして見られたみたいで歓声が沸く。

 

「うぇ!?まだ何もやってないけど…。」

 

『微笑ましい光景ですね。そのお陰で緊張もほぐれたみたいですね。熱いレースを期待します。』

 

『噂ではオグリキャップとの模擬レースで同着だったそうですよ。』

 

『成程、一番人気の理由がよく分かります。』

 

 

 

パドックでのパフォーマンスを終えて、地下バ道を通ってコースへ向かう。パフォーマンスあれでよかったのかな?

 

案内看板を頼りに進んでいくとコースに出られた。周りを見渡すとトレセンでレースした時とは比べ物にならないくらいの人がいた。

 

「なんだかまた緊張してきた。」

 

「トレノスプリンターさん、こちらにお願いします。」

 

「あ、はーい!」

 

誘導員の人に呼ばれてみると、ゲートが既に準備されていた。

 

「えーっと、5番だからここかな。」

 

ゲートに入る前に軽くストレッチをしておく。その間に他の子がゲートに入っていく。タマモクロスさんやオグリキャップさんとやった時とは違って相手は8人もいる。

 

一対一ならその相手に集中できる。作戦は特には聞いてないから一人ずつ、落ち着いて対処していこう。

 

『一番人気、トレノスプリンター。期待に応えることが出来るでしょうか。』

 

『落ち着いているようですね。本調子を出せそうですね。』

 

『さあ各ウマ娘、ゲートに入り準備が整いました。』

 

「トレちゃぁーーーん!頑張ってぇーー!」

 

ナナの声が耳に入る。せっかく来て応援してくれてるんだから、俄然負けられないな。

 

ガコン!

 

『スタートです!』

 

『各ウマ娘、揃ったスタートになりました。トレノスプリンター最後方に付けました。』

 

『ここからなら状況が一目でわかりますね。』

 

スタートは上手くいった。後は状況を見て前に出ていこう。直線に入ってすぐだけど、ペース上げていかないと置いて行かれるかも。

 

『先頭は団子状態で進行していきます。おぉっと、トレノスプリンターが早くも先頭との距離を詰め始めている!』

 

『掛かってしまっているのでしょうか。落ち着ければいいんですが。』

 

 

「よぉ~し!トレちゃんのペースだぁ!そのままイケェ~!」

 

「もうここまで来たら大丈夫かな。どんどんペースが上がっていくから先頭に並ぶのももう直ぐだね。」

 

「ですね!…なんでシャーペンカチカチやってるんですか?」

 

「あれ、本当だ。なんでだろう。」

 

安心しているように見えてかなりドキドキしながら見ているみたいだ。人の事は言えないけどね。

 

『さあトレノスプリンターが僅かながらではありますがペースを上げているぞ!それでもまだ先頭まで10バ身ほどあるぞ!』

 

『追込としても仕掛けるのが早すぎると思うんですが、大丈夫でしょうか。』

 

『そろそろコーナーに入ります。順位を振り返っていきま…トレノスプリンターが驚異的な追い上げを見せているぞ!?』

 

トレちゃんのコーナリングがここにいる全員を驚かせる。当然だよ!あの速さは誰にも真似できないもん!

 

『先頭から4…もう先頭争いに…いや抜け出したぁ!コーナー半分で既に先頭に立ってしまった!』

 

『恐るべきコーナリングですね。コース取りも無駄がありませんでしたね。』

 

『抜け出した勢いそのままに後続との差がグングンと開いていく!圧倒的だ圧倒的だ!』

 

トレちゃんが抜け出てから他のウマ娘達もスパートを掛けていく。でも多分、もう決まったようなものかな。

 

「コーナーが少し下りだったのが更にトレノちゃんのコーナリングに磨きをかけてるね。この先の直線は上りだけど勢いで逃げ切れるかな。」

 

「トレちゃぁーーーん!そのままそのままーーー!」

 

『さあ最後の直線です!トレノスプリンターとの差は10バ身以上!後ろの子たちは間に合うのでしょうか!?』

 

『直線が長いですからね。それに上りですからスタミナが残ってないと厳しいかも知れませんね。』

 

解説のその言葉通り、直線でトレちゃんとの差は埋まることなく、そのままゴール版を駆け抜けていった。

 

『縮まらない縮まらない!10バ身以上の差でトレノスプリンター、デビュー戦を制しました!』

 

ワアアアアアアァァァァッ!

 




あ、どうも。

ゴルシがどっか行ったので早急に捕獲したいんですけどなかなか見つからないんですよね。

それで休憩しようと部屋(架空)に戻ったらボールペンが分解されてました。一本残らずその全てがです。

アイツ絶対に許さねぇ。

「そんなに悩んでどうしたよ。ゴルシちゃんが相談、乗ってあげよっか?」

てめぇの事で悩んでんだよこのマヌケッ!

「よっしゃ逃走だ!また次回な~!」

あーそれ俺のセリフ!


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第四十二話 初勝利

「やったぁぁ!トレちゃんの勝ちだぁ!」

 

「うんうん、とりあえず一安心かな。でもこれでトレノちゃんはマークされる存在になっちゃうかな。」

 

「トレノちゃんなら大丈夫ですよ!タマモクロスさんに勝ったんですから!」

 

それでも不安要素はある。ダイヤちゃんにロータリーちゃん。今は休養中だけどキタちゃんも注意しないといけない。

 

「見たかよ、すげえなトレノって子!」

 

「ああ。あのコーナリング、一度見たら忘れられないよ!」

 

「次のレースが早くも楽しみだぜ!」

 

 

 

「何というかまぁ、当然だわな。」

 

「トレノさんならデビュー戦は問題無しですから。」

 

「このケガさえなければあたしもデビュー戦だったのにぃ。」

 

学園のテレビでトレノのデビュー戦を見ていたが、はっきり言って予想通り過ぎて面白味は無かった。

 

「俺のデビューは12月だし、それまで東条トレーナーにしごいてもらうか。三冠用のメニューも組んでもらってることだしな。」

 

「なら一月だけですけど私が先ですね。トレノさんに続きます!」

 

「コケんじゃねぇぞ。次は俺、その次はキタサンだ。」

 

「はい!ケガなんかに負けませんから!」

 

 

 

そうか、勝ったのか。トレノの奴。まあ、心配するようなことでも無かったがな。そんなやわに育てた覚えもないしな。

 

 

 

ウイニングライブの前に、デビュー戦を終えたトレノちゃんにはインタビューが待っていた。

 

「そんなに構えなくてもいいと思うよ。ただ記者から聞かれた質問に答えていけばいいから。」

 

「そう簡単に言いますけどね、なんて答えればいいのかわかんないですよ。こんなの初めてなんですから。」

 

「大丈夫、私も初めてだから安心して。」

 

「なんだろう、一気に不安になるようなこと言うのやめてもらっていいですか?」

 

そんなことを言って壇上に上がる。するとシャッターが一斉に切られる。

 

「今回デビュー戦を大差で勝利したわけですが、気持ちの方はいかがですか?」

 

「気持ち…とりあえず勝てて一安心って感じです。」

 

「今後の出走予定はもう決まってるんですか?」

 

「ですって。どうなんですか?」

 

少し油断しているとトレノちゃんが質問を中継してきた。一応決まってるような決まってないような…。

 

「二つ案があって、一つは弥生賞に。もう一つはジュニア級G1、ホープフルSにしようかと思ってます。」

 

記者たちはおおっと声を漏らす。トレノちゃんが何それ聞いてないみたいな顔をしている。だって帰ってから相談しようと思ってたんだもん。

 

「どっちに出走しても、クラシック三冠には出走する予定です。どちらに出走するかは帰って相談しようと思ってます。」

 

「成程。クラシック三冠、応援します。」

 

インタビューもそろそろ終わると思ったその時、トレノちゃんが思いっきり嫌そうな顔をした。視線の先を見るとゴルシがでかめのノートに【ボケて!】と書いてある。

 

「どこからどうやって入って来たんですか?」

 

「そりゃあお前天井から生えてきたに決まってるだろ。最近覚えたんだ!凄いだろ!」

 

「早く帰ってください。周りの方々のご迷惑をおかけしない前に。」

 

「ゴルシちゃんが災厄みたいな言い方するんじゃねえよ!あ、てめぇ!はーなーせー!」

 

どこかで見たことあるような人がゴルシを連れて行ってくれた。ひと悶着あったけど。インタビューは無事に終わった。あー緊張した。

 

 

 

 

 

群馬県渋川市

 

「おい、大変だぜ池谷!」

 

「こんな夕方にどうしたんだよ、健二。」

 

「もう5レンちゃんくらいですね~。」

 

「これ見てくれよ!ぶったまげるぜ!」

 

健二が渡してきたのはウマ娘の雑誌だった。

 

「なんだこれ、ウマ娘の雑誌じゃねえか。これがどうしたんだよ。」

 

「表紙の子がかわいかったから持ってきたんですか?」

 

「ちげーよ!ほらココ、見てくれよ!」

 

そう言って健二が指差したのは注目のウマ娘特集。おいおい健二、いくら奥さんが冷たいからって逃げる事はねえだろ。

 

「見ろって言われても俺らウマ娘の事なんか分かんねえぞ。…トレノ…。」

 

「スプリンターぁ!?ケンジ先輩これマジですかぁ!?」

 

「ああマジだ。顔写真も出てるんだけどよ、見ろよこの目。」

 

トレノスプリンターの顔写真を見ると見覚えのない顔なのに20年程前の記憶が鮮明によみがえってくる。

 

「そっくりだろ?この目。」

 

「ああ、この天然ボケってした目、びっくりするくらいそっくりだ。それにこの白黒の髪もな。」

 

その容姿は、秋名最速マシンに、その雰囲気は秋名の天才ドライバー、藤原拓海にそっくりだ。

 

「それにこの子のトレーナーも見てくれよ。ぶったまげるぜ。」

 

「渋川榛名…って、あの榛名ちゃんか!?」

 

「見違えましたねぇ~この前まで大学生だったのになぁ。」

 

「あの子も神フィフティーン並みの実力だからなぁ。てっきり今年こそMFGに出るもんだとばかり思ってたけど。」

 

「諸星瀬名が塗り替えるまでコースレコードは榛名ちゃんのものでしたからね。」

 

一度ナビシートに乗せてもらったことあるけど、拓海と同じくらい怖かったなぁ。まるで参考にならなかった。

 

「次のトレノちゃんのレース、俺見に行こうかな。どんな走りするのか、この目で見てみたいよ。」

 

 

 

「と言うわけで、トレノちゃんトゥインクルシリーズ初勝利おめでと~!ささ、ちょっと汚いけど入って入って。」

 

「わあ、ビックリしたぁ。…何なんですかこの部屋。」

 

デビュー戦の翌日、打ち合わせのために渋川さんのトレーナー室にお邪魔してるけど、部屋に入るなりその言葉とちょっとした料理が置いてあった。

 

ただ部屋の二分の一が何かの部品で占領されている。よく見ると車のハンドルもシートも置いてある。あれ全部車の部品なのかな。

 

「ああこれ?全部インプの部品なんだ。他に置ける所もないし、とりあえずここに置いてあるんだ。」

 

それにしても多い。何かよく分からないパイプがいっぱいあるし工具だって大量に置いてある。

 

「デビュー戦勝ったんだから少しくらいお祝いが無いと。二人だけだけど祝勝会って事で。ニンジンジュースで良かった?」

 

「はい、私の為にありがとうございます。」

 

「それじゃ、カンパーイ!」

 

ちょっとした料理と言っても色々あった。パスタにから揚げに、やっぱり見慣れない人参ハンバーグもあった。

 

「これってスーパーの奴じゃないですよね。カフェテリアから貰ったんですか?」

 

「ああこれ?作ったんだ。私自炊してるからこれ位なら作れるんだ。どう、おいしい?」

 

「おいしいですよ。料理できたんですね、ちょっと意外です。これで部屋さえきれいなら完璧なんですけど。」

 

「ふぐぅ。心にハイキックがぁ。」

 

目の前の料理を食べ進める。ふと本題を思い出す。

 

「今言う事じゃないと思いますけど、トレーニングの打ち合わせってっていつやるんですか?」

 

「明日でいいかなって。今日は何も考えずに休みって事でさ。明日からトレーニングだからさ。」

 

「じゃあ今日はゆっくりさせていただきます。」

 

 

 

 

 

「ダイヤちゃんもロータリーさんもいつもより気合入ってるなぁ。私も早くトレーニングしたいなぁ。」

 

患部の冷却も最近は頻度も減って来たし、そろそろ再開できると思うけどなぁ。今は見学がてら皆さんのサポートに徹している。

 

「スズカさん、お疲れ様です!これどうぞ!」

 

「ありがとう。どうだった?キタちゃんの走りとは違うから参考になるかは分からないけれど。」

 

「いえ、凄い参考になりました!確かにあたしの走りとは違いましたけど落とし込めると思ったところもいっぱいありました!」

 

直ぐに走ってみてどの程度違いが出るのか試したいけど、それも出来ないので参考になった点を箇条書きでメモしていく。

 

「フフッ、早く走れるようになるといいわね。」

 

「はい!これさえ無ければ今すぐにでも走ってるんですけど。」

 

「そんなお前に朗報だぞ、キタサン。」

 

「あ、トレーナーさん。朗報って…まさか!」

 

「ああ、明日からトレーニング再開だ。と言ってもリハビリ程度からの再開になるがな。」

 

「やったぁぁ!明日からよろしくお願いします!」

 

この二週間走れなくてもやもやしてた。明日から気合入れて頑張ろう!

 

「いいか?飽くまでもリハビリ程度だ。経過を見てトレーニングの強度を上げていくからそのつもりでな。」

 

「分かってます。無理して悪化しちゃったらいけませんから。」

 

「ああ、順調に行けばクラシックに間に合うかも知れないからそのつもりでな。」

 




とうとうやってくれたな貴様。

「良いじゃねーか。トレノも受け答えで困ってたんだしよぉ。それにお前だって台詞回し困ってたんじゃねえのか?」

それはそうだけどよ…それでも無暗に出るなって事だよ。出番は一応考えてるんだからそれまで待っててくれよ。

「おおマジか!そんなにアタシを出したかったのかぁ!任しとけ!そん時はゴリっと活躍してやるからな!じゃなーーー!」

危機は去った…と見るべきか。あー良かった。皆さま、三話にわたってお見苦しいところをお見せしました。次回からまともな後書きになると思うのでよろしくお願いします。

また次回!


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第四十三話 合同トレーニング

「よし、じゃあミーティング始めようか。お題は次に出走するレースについてだね。」

 

「確か弥生賞かホープフルSでしたっけ。」

 

「うん…その前に。超が付くほど個人的な事なんだけどいいかな?」

 

個人的な事とは何かあったのかな。

 

「良いですけど、何ですか?」

 

「トレノちゃんって私の事って何て呼んでる?」

 

…?いきなり何の確認だろう。そんな事の確認を取られたのは初めてだ。

 

「渋川さんって名字で呼んでますけど。」

 

「”それ”!”それ”だよ!名字で呼ぶのはいいんだよ?でもぉ…。」

 

「でも…何ですか?」

 

「出来たらぁ…トレーナーって呼んでほしいなぁって。ほら、沖野さんとか東条さんとか皆トレーナーって呼ばれてるからさ。私も呼ばれてみたいなぁって。」

 

想像の斜め上を行く位個人的な事だった。まあお世話にはなってるし本人たっての希望なら呼んであげよう。

 

「渋川トレーナー。次のレースは何にするんですか?」

 

「トレーナー!呼ばれるのっていいなぁ。ねえもう一回!」

 

「…弥生賞かホープフルSのどっちですか?渋川さん。」

 

「あれぇ!?」

 

変にトレーナーと呼ぶと図に乗ることが分かったから呼び方はあのままで行こう。

 

「うぐぐぐぅ。じゃあ話を戻して、まずレースの簡単な説明からするね。まずホープフルSはジュニア級で挑める数少ないG1で、弥生賞が皐月賞のトライアルレースって感じなんだけど。」

 

「どっちも重要なレースなんですね。トライアルって事は皐月賞で有利になるとかですか?」

 

「そうだね。レースごとの決められた出走枠があるんだけど弥生賞で三着以内だと優先出走権ていうのを貰えるから重要だね。」

 

皐月賞…クラシック三冠最初のレースの出走権を貰えるならそっちに出るべきかも?

 

「でもホープフルSも注目度的には負けてないよ。何てったってG1だからね。」

 

「そっちはどんな感じなんですか?」

 

「さっきも言ったけどジュニア級で挑める数少ないG1だね。特徴は年内最後に開催されるG1って所かな。どっちに出走しても皐月賞の出走で有利になるだろうね。」

 

「少し考えさせてください。」

 

「オッケー。好きなだけ考えていいよ。」

 

 

 

トレノちゃんが俯いて10分ほど経った。トレノちゃんがどちらを選んでもいいようにメニューを組んでおく。

 

「…決めました。」

 

「決まった?どっちにする?」

 

「両方出ます。」

 

「分かった。じゃあその方向でメニュー調整するね。」

 

両方出るとなると先にホープフルSのメニューを組んで、流れを見て弥生賞に向けて組んでいく…感じ…かな?

 

「両方出るって言った?」

 

「はい。注目度が高いなら両方出たほうが皐月賞に有利になるかなって。」

 

「それは確かにそうだけど…分かった。その方向で行こうか。」

 

「ありがとうございます。トレーニングはこの後やりますよね?」

 

「それなんだけどさ、スピカと合同トレーニングにしたんだけどどうかな。」

 

編入してから私とのマンツーマンのトレーニングばっかりだったからたまにはいい刺激になるかなって思ったんだけどさあどうかな。

 

「良いですよ。どうすればいいですか?」

 

「内容は沖野さんに任せてあるんだけど、いつものようでいいって。それと、紙コップ持って来てほしいとも言ってたよ。」

 

「分かりました。それじゃあまた後で。」

 

 

 

「沖野さん、今日はよろしくお願いします。」

 

「おう、こちらこそよろしくな。昨日言った通り、今日はトレノとの合同トレーニングだ。双方に学べるものも多いはずだ。」

 

「いえいえ、私が学んでばっかりだと思うのでご指導のほどよろしくお願いします。」

 

「まあそんなに気負わなくていいぞ。アイツらに交じってジョギングしてくれば気も解れるだろう。ほら行ってこい。」

 

そう促してトレノをスピカのジョギングに参加させる。交じって少し経った頃には楽しそうにジョギングしていた。

 

「学んでばかりかもとは。シニア級でも十分通用するウマ娘の発言とは思えないくらい謙虚だねえ。渋川も見習ったらどうだ?」

 

「私だって謙虚ですぅ!こうやってどんなトレーニングが効果的かいつも勉強させてもらってますぅ!」

 

「じゃあ聞くが、俺がトレノを担当したいっていったらどうするよ。」

 

「そんなこと出来るわけないじゃないですかw現段階で一番理解してるのは私なんですからw」

 

「あーはいはい。少なくともお前の辞書に謙虚なんて言葉が無いことが分かったよ。」

 

若干殴りたくなったが先輩の威厳でグッとこらえる。

 

「それで、ホープフルと弥生賞、どっちになったんだ?」

 

「両方出ることにしました。他ならぬトレノちゃんの希望なので。」

 

「両方出るとなると、それだけ相手に情報を与えることになるが、いいのか?」

 

俺としては対策が立てやすくなる分嬉しいが。

 

「大丈夫です。トレノちゃんは連日想定した成果を超えてくるので。タイムは伸び悩んでますけどテクニックは日を追うごとに良くなっていってますから。」

 

「対策する側にしてみれば厄介この上ないがな。」

 

「そうは言いますけど、今期のクラシック有力候補、ダイヤちゃんロータリーちゃんだって成長が早すぎて対策してもしきれないですよ。」

 

確かにそいつらも入学から二か月で急成長を遂げた。体だけの仕上がりだったらすでにトレノを超えている。だがな。

 

「キタサンが抜けてるぞ。昨日からだがトレーニングに復帰してる。クラシックに間に合うかは賭けになるが、間に合わせて見せる。」

 

今も隅の方ではあるがトレーニングをやらせている。本人のやる気も十分だし、俺も頑張らないとな。

 

「私もトレノちゃんも間に合ってほしいと思ってます。頑張ってください。私も何か手伝えることがあれば手伝いますよ。」

 

「気遣いありがとな。何かあったら頼らせてもらうよ。ジョギングもそろそろだな。お前ら!集まってくれ!」

 

号令を掛けると小走りで集まる。

 

「トレノ、突然で悪いんだが紙コップを付けて走ってもらっていいか?」

 

「良いですよ。距離はいくつにしますか?」

 

「2000メートルだ。一度やってみてほしいんだ。キタサン、手伝ってやってくれ。」

 

「分かりました!」

 

キタサンが紙コップにスポドリを入れる。大体半分くらいか。まあそんなとこだろうな。

 

「これ位かな…トレノさん、どうぞ!」

 

「ありがとう…ちょっと少ないかな。8割くらいでいいよ」

 

「おいおい、そんなに入れるのか?」

 

「はい。いつもこれ位ですね。と言うか最初からこの量でした。」

 

いつもこの量って。頭にのせる紙コップでそんなに入れようなんて考えが豊田さんらしいと言うか…。

 

「酷いときは9割の時がありましたけどね。あの時はさすがに入れすぎでしょって思いましたね。じゃあ、行ってきます。」

 

そういう問題じゃないんだよなぁとスピカメンバー全員が思っていると颯爽と走っていった。

 

「どうマックイーン?残ってると思う?」

 

「俄かには信じがたいですが、いつもやっていらっしゃるのなら出来るとみていいかも知れませんわ。」

 

「今の所零した感じもないですね。」

 

「ええ、とても気持ちよさそうに走ってるわ。」

 

「俺にも出来るか?まあスカーレットには無理だろうなぁ。」

 

「はぁ!?むしろアンタこそ出来ないんじゃないの?」

 

皆が思い思いの事を言ってる中、トレノは卒なく2000メートルを走り切る。

 

「フゥ…どうでした?一応零れてないとは思いますけど。」

 

トレノから紙コップを受け取る。…マジかよ。

 

「ホントに零れてない…。減った跡が無い。」

 

「帽子も髪も濡れてない…。どうやったんですか!?」

 

「どうやったって言ってもなぁ。私だってコップの様子見たこと無いし。でもお父さんがコップの中で水を回せって言ってたかな。」

 

「コップの中で?出来るのか?」

 

言葉だけなら簡単だが、いざ頭についてる水をコップの中で回すとなるとかなり難しそうだ。

 

「多分ですけど表面張力か何かで水が零れないのかもしれません。」

 

「おぉ!なんか面白そうだな!アタシにもやらせろよ!」

 

「…フフッ。良いですよ。どうぞやってみてください。」

 

「珍しく話が分かるな!それじゃ帽子借りるぜ!ナイスフィット!」

 

トレノが邪悪な笑顔でゴルシの準備を手伝う。

 

「よっしゃぁーーー!一発でクリアして超ゴルシちゃんにアタシはなあぁあぁる!出走じゃーい!」

 

「大丈夫なんですかトレノさん。ゴルシさんはああ見えてとても速いウマ娘なんです。レースの経験も豊富ですし本当に一発でクリアしちゃうかも…。」

 

「大丈夫、私なりの仕返しだから。それに…。」

 

少し息を吸って少しいたずらっぽく笑ってこう言い放った。

 

「いくら天才が集まるトレセンって言っても、一瞬で出来るようになるとは思えないかな。」

 




今日のスぺゲスさんは誰がいいですかねぇ。ヨシ、テイオーさんカモーン!

「ムーーーー。」

どうしました?浮かない顔をしてらっしゃいますが。おや?頭が少し濡れていますね。タオルお使いください。

「ワケワカラナイヨーー!」

落ち着いてください。何があったんですか?

「いやね?トレノの紙コップのやつを真似したら全然出来」

それ以上はいけない!ネタバレになってしまいますわ!

「でもキミがこうしたんだからさ、せめてもの仕返し的な?」

これ以上関わっては次回が全部ばらされてしまう。そうなる前に締めなければ。

「ちなみにマックイーンもスぺちゃんも…。」

また次回!!!


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第四十四話 紙コップ

「うおー――出走じゃーい!」

 

ゴルシさんが勢いよくスタートする。それと同時に水がほぼ全て宙を舞う。舞った水は重力に従ってその場に落ちていった。でもゴルシさんは止まらない。

 

「あんなに勢いよくスタートしたらそりゃそうなるよ…。」

 

トレノさんも呆れてしまっている。少ししてゴルシさんが返ってくる。

 

「どうだ!アタシにかかればこんなもんだ!ってどうなってんだ?水どこ行った?」

 

「スタートで全部零れましたわ。あの勢いなら無理もありませんが。」

 

「じゃあマックイーンお前がやってみろよ!絶対零すんじゃねえぞぉ!」

 

「零す零さないは別にして…私もやってみたいと思ってました。トレノさん、構いませんか?」

 

「良いですけど、簡単じゃないですよ?」

 

トレノさんが紙コップと帽子を渡してマックイーンさんがそれを着ける。

 

「気休めにしかならないかもしれませんが、衝撃を吸収するイメージじゃなくて水の動きを意識した方が良いかも知れません。」

 

「アドバイスありがとうございます。では、行って参りますわ。」

 

 

 

水の動きを意識…と言われましてもいまいちピンと来ませんわ。一先ず、私のいつも通りで走ってみましょう。

 

「ハァ!」

 

コーナーの入り口で少し加速する。長距離が主戦場ですが、中距離も問題はありません。

 

バシャ

 

もうですの!?少し加速しただけですのに。想像以上に難しいトレーニングですわ。一朝一夕で出来るものでもありませんわね。

 

果たして走り切るまでに残っているんでしょうか。こうやって思考している間に三回は零れてしまっています。…また零れましたわ。

 

コーナー抜けて直線でも零れてしまうんですから、残ってなくてもしょうがないですわね。

 

 

 

「お疲れ様です。どうでした?」

 

「ほとんど残ってませんわね。…もう少し何とかなると思ったんですが。」

 

「でも凄いですよ。私が初めてやった時より残ってますよ。初めてやった時なんて全部零しましたもん。」

 

マックイーンが残せた水は2割程度、これで上々らしい。ボクはマックイーンより残しちゃうもんねー!

 

「じゃあ次はボクだね。見てなよマックイーン、君より残して見せるからね!」

 

「言っておきますが簡単ではありませんわよ。恐らく…何か一つでも疎かにすればすぐに零れるような、それほどシビアなトレーニングですわ。」

 

「大丈夫大丈夫!トレノとマックイーンの走りで大体わかった気がするんだ!それじゃ、行ってくるねー!」

 

 

 

「ワケワカンナイヨーーー!」

 

「予想道りですわね…。」

 

走り終えたテイオーちゃんが腕を振り回してる。1割も残ってればいい方だと思うけどな。

 

「何なの~!ゆっくり走ってもバチャバチャ零れるしトレノどうやって走ってるのさ!」

 

「どうやってって言われても…私だって最初はゆっくり走って零れなかったらスピードを上げていってを半年掛けてようやく走れるようになったので。」

 

「半年で出来るようになったの!?どうやればそんなに早く出来るようになったのさ!」

 

「いえ、半年掛けて普通のペースで走れる様になっただけでさっきみたいな全力で走れるようになるのにはもう半年掛かりましたね。」

 

「才能の塊って感じですね…。」

 

スペちゃんが難しそうな顔をする。実際それほど難しいものであることは確かだ。原理は分かって来たんだけどなぁ。

 

「はいじゃあ次スぺちゃん!こうなったら誰が一番残せるかやろうよ!ビリがはちみー奢りで!」

 

「えぇ!?自信ないですよぉ。」

 

「それだとアタシが奢るみたいじゃねえか!」

 

というわけでスぺちゃん、ウオッカちゃん、スカーレットちゃんの順で紙コップに挑戦していったけど、結果としては団栗の背比べだった。

 

普通いきなりやれって言われて出来るものじゃないけど。

 

「じゃあ最後はスズカさんですね。頑張ってください!」

 

「ええ、行ってくるわね。」

 

トリはスズカちゃんが務めた。走り出すと、トレノちゃんが息を漏らす。

 

「…イケそうですね、スズカさんなら。」

 

「分かるの?トレノちゃん。」

 

「なんとなくですけど。体がブレてないというか、滑らかに動いてるって言うんですかね?」

 

そう言われてスズカちゃんの走りを見ると、成程確かに滑らかだ。そして、原理が確実に分かった。やっぱり荷重移動だったんだ。

 

時速70キロで走れば人間が普段走る時には気にしなくていいものも気にする必要が出てくる。それが何かは比較しないと分からないけど…なるほど荷重移動か。

 

あれほどのスピードで走れば荷重バランスがズレれば走りに影響が出るかもしれない。それをコントロールすることでどんな時でもブレない走りができるって事か。

 

「フゥ…中々残せたと思うわ。難しいわね、このトレーニング。」

 

「初めてで半分残ってるのは凄いですよ。…やってました?」

 

「いえ…でも、水を回すって言ってたからこうかなぁってやってみただけなのだけれど。」

 

「あのアドバイスでよく出来ましたね。私はそう言われても分からなかったですもん。」

 

「それじゃあ優勝はスズカだね。罰ゲームはゴールドシップに決定!」

 

ゴルシが何か言ってるけどあれだけ派手に零したんだからまあ仕方ない。…紙コップのトレーニング、私もやろうかな。

 

「なあトレノ、俺から頼みがあるんだけどよ。」

 

「何ですか?ウオッカさん。」

 

 

 

「タマモ先輩とオグリ先輩に使ったあのグイって曲がるコーナリング、あれをもう一回見せてくれねえか?」

 

「グイって曲がる…柵走りですか?」

 

「よく分かんねえけどそれだ!俺の前を走って、あのカッケーコーナリングを見せてくれないか!?」

 

どうしようか…無茶ぶりってわけじゃないし。まあいいかな。渋川さんに許可だけ…出てるね。親指が立ってる。

 

「良いですよ。ウオッカさんさえよければすぐに行けますけど。」

 

「いや、ついでだし皆で並走にしよう。トレノを先頭で、他が後追いだ。それでもいいか?」

 

「オッケーです。それでは、行きます!」

 

私が走り出すとスズカさんを先頭に後ろに付いてくる。…最初から追われる側って少し落ち着かないな。

 

 

 

「やっぱり速ぇ…いつもの並走とは訳が違うぜ。」

 

「もうバテた訳?そんなんじゃアンタだけトレノのコーナリング見れなかったりするんじゃない?あたしは余裕だけど。」

 

スカーレットが挑発してくる。と言ってもお前も余裕が無さそうじゃねえか。

 

「ンだとぉ!お前こそ見れなかったりなぁ。」

 

煽るように挑発してやると思った通りに食いついてきた。

 

「上等よ!並走だってアタシが一番なんだから!」

 

「お前には負けられねぇ!」

 

スカーレットがペースを上げる。トレノには悪いが並走だろうとスカーレットには負けられねぇ!

 

「ちょっとお二人共!?これは飽くまで並走ですわよ!?」

 

「まあいいんじゃない?折角なら間近で見たいじゃん?それじゃお先~。」

 

「貴方もですの!?ちょっとお待ちなさい!」

 

テイオーもマックイーンもペースを上げ始める。ここまでくると並走ではなくなっちまったな。

 

「さあそろそろコーナーだ。見させてもらうぜ。あわよくばその技術を盗んでやるぜ。」

 

スぺ先輩もスズカ先輩もペースを上げてトレノの間近に来ている。その誰もがじっとトレノを見つめている。

 

内側に寄っていく。おいおい、そんなに寄せるのか?今にもぶつかっちまいそうだ。そんなことを思っていたら。

 

「えっ?」

 

目が、理解が追い付かなかった。いや、やったことは分かる柵に手を掛ける。それだけの事なんだが…。

 

「目がついていきませんわ…。」

 

「急にフッって消えてっちゃうよぉ。」

 

軽く3バ身程度離れてしまった。テイオーも、そしてステイヤー最強とも言われたマックイーンすら唸らせるとは。良い物が見れたぜ。

 

 

 

「お前らはしゃぎすぎだ!並走だって言っただろ!」

 

「アハハ…。走ってたらその…。それで、どうでした?これでいいのかはよく分かりませんけど。」

 

「十分すぎだぜ!なあ、今度はアレのコツ教えてくれよ!」

 

「教えてもらうのはいいがそろそろお開きだ。トレノ、どうだった。」

 

「色々と勉強になりました。特に走り方一つ取ってもいろんな走り方があるんだなって分かりました。」

 

それこそこの間タキオンさんに話した個性を感じることが出来た。

 

「まあ、何か収穫があったならそれでいいさ。さぁ、今日は終わりだ。上がってくれ!」

 




「ねえトレノちゃん、どう思う?」

「どうって言われましても…。混乱しかしてないですよ。目を開けたら知らない空間に飛ばされて、目の前には少しイラっとする看板があるだけなんですから。」

後書きが全然思いつかないから何とかしてヒヤシンス☆ ペロ☆

「峠攻めに行こうとしてエンジン掛けたらここに飛ばされて、どうしてくれるの?」

「よかったじゃないですか。犯罪が未然に防がれて。」

「犯罪じゃないですぅ!安全を考慮しながら走ってますぅ!」

「はいはい。あ、また看板が出てきましたね。」

自分で書いておいてなんですけど後書きでこうやってキャラクター使うのって痛いような気がするんですよね。

「何なんですかこの人、勝手に呼んでおいて勝手に痛い判定下してますよ。」

「よし、殴りに行こう。トレノちゃんはあれだけど私はまだ設定が固まり切ってないからまだどうにでもなるから。」

「まあ落ち着いて、また看板だ。」

はいオッケーでーす!後書きなんでそれ位で大丈夫でしょう。トレノさん、榛名さん、お疲れっした―!さー帰ってゲームやろ。人に押し付けるのは楽でいいなー。

「殴りましょうか。」

「そうしよう。」


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第四十五話 ライバルのデビュー

もうちょいで五十話ですか…長かったような短かったような。

さて、さっさと執筆しちゃいますか。見てくれてる人もいる訳ですし。

ピンポーン

おっと出前が来たようだ。はーい今開けまーす。

おや?どちら様でしょう…うわ何をする止め


「さて、ホープフルまでまだ半年あるけど、それに向けてトレーニングしていこうか。」

 

「半年って聞くと結構長く感じますね。」

 

「多分、そんなに長くないよ。ホープフルに向けて仕上げてくる子も結構いるし、最初の関門になるんじゃないかな。」

 

「そうなるとかなり短い感じですか?」

 

「そうなるかな。色々とやりたいこともあるし。でも、レース攻略のカギは掴んでるんじゃない?」

 

確かに、あのトレーニングで得られたものはレースに反映するには十分すぎた。

 

「デビュー戦ではコースの攻略、この前のトレーニングで相手の走りを研究するのが大事だと思いました。」

 

「はい私から教えること無くなりましたー。それじゃトレーニング行きましょー。」

 

「そんなこと言わずに、やる気出してくださいよ。」

 

何というかこの人はまともな時は凄いまともなんだけど拗ねると一瞬で子供っぽくなる。

 

「冗談はさておいて、トレノちゃんにピッタリかも知れないメニュー作って来たよ。はいこれ。」

 

「待ってました。専用メニューってそれっぽいですね。、結構キツそうですね。」

 

中身はダートだったり坂路だったり脚を鍛えるものが中心で、たまにペンチプレスだったりが入っていた。

 

「目標がG1だからね。それなりにはなっちゃうね。イケそうだったら強度上げる感じで行くからお願いね。」

 

「はい。所で、この【ガムテープで何かできるかも?】っていうのは何ですか?」

 

「それは消し忘れだね。いい案が浮かんだんだけどどうにもなって思ってボツにしたから気にしなくていいよ。」

 

「いや見ちゃったからには気になっちゃいます。そのいい案で何しようとしたんですか?」

 

正直聞いても嫌な予感しかしないし、絶対良からぬ事を考えてるに違いない。

 

「トレノちゃんの脚をガチガチに固めようかなって。」

 

「なんて事してくれようとするんですか。というか何でそんなこと思いついちゃったんですか。」

 

ボツになって本当に良かった。そんなことされたらまともに走れなくなる。

 

「私がたまに峠で走りこむ時にやるトレーニングをトレノちゃんに応用できないかなって。でも流石にガムテープはなぁ。」

 

「逆に普段からそんなことやってるんですか?というかそれどういう状態なんですか?」

 

「右手はハンドルで左手はシフトノブに置きっぱなしにしてるんだ。ガムテープは最初の矯正用にね。無駄なものを落とせるからいいと思ったけど、肌荒れが凄いからボツかな。」

 

要するに片手運転か。そしてボツの理由があまりにもショボい。

 

「さ!茶番はこれくらいにしてトレーニング行こうか!まずは普通にランニングから!」

 

「茶番って…。ランニングですね、行きます!」

 

 

 

 

 

ホープフルに向けてトレーニングを始めて早4ヶ月。タイムも着実に縮まってテクニック面でも申し分ない仕上がりになった。

 

「トレノちゃーん!そろそろ休憩!」

 

トレーニングの強度も最初に比べれば格段に上がった。

 

「やっぱり坂路…キツいですね。」

 

それでも上り坂が苦手なのは相変わらずだけど。それでもかなり良くなってきた。

 

「タイム自体は良くなってるよ。本数もこなせるようになってるし。良い感じだよ。」

 

「ありがとうございます。成長した実感ってなかなか湧かなくて。」

 

「分かる。私も走りこんでる時なんかスランプなんじゃないかって時が何回もあったし。」

 

あの時の苦い思い出にしみじみしていると、スピカが目に入る。

 

「やっぱりすごいなぁ。…うぅぇ!?トレノちゃん!あれ見てよ!」

 

キタちゃんがトレーニングに参加している。それも結構本気で走ってる。いつの間に?

 

「あれって、スピカのトレーニングですよね。キタちゃんも頑張ってるなぁ。」

 

「え、ひょっとして何か知ってるの?」

 

「はい、2ヶ月前からジョギングに参加して、1ヵ月前には普通にトレーニングしてますね。やっとトレーニングできるってキタちゃん喜んでました。」

 

「ワタシナニモシラナインダケド?」

 

二ヶ月も前からトレーニングしてたの?だとしたら今までなぜ気付かなかった私。なぜ沖野さんは言ってくれないのか。

 

「すいません、てっきり知ってるものだと思ってました。」

 

「そ、そうだ!東条さんは!?まだ知らなかったりして!」

 

「そう言えばこの前沖野さん、東条さんに自慢げに話してましたね。『キタサン復活だ!』って。」

 

「酷いや酷いや、私だけ除け者なんて酷いや。」

 

まさか私だけ知らないなんて。沖野さんも東条さんも顔合わせる機会何度かあったんだから教えてくれても良かったじゃないですかぁ!

 

「…ハァ。元気出してくださいよ。渋川トレーナー。」

 

「いよぉ~~し!張り切っていこぉ~!」

 

「悲しい位にちょろい…。」

 

これだけの事でくよくよしてても仕方ないし!ホープフルも弥生賞もあるし、前向いてこー!

 

「あ、話変わるけどダイヤちゃんとロータリーちゃんのデビュー戦、11月、12月だけど応援に行く?」

 

「それは知ってるんですね。観に行こうかなと思ってますけど。」

 

「オッケー。車は私が出すからその日は校門集合でいい?」

 

「分かりました。キタちゃんが何時か分かりませんけどその時もお願いします。」

 

「うん、それじゃ、トレーニング始めようか。」

 

 

 

 

 

「デビュー戦だね、ダイヤちゃん。」

 

「頑張ってね、ダイヤちゃん!」

 

「わざわざ応援に来てくれてありがとうございます。キタちゃんもありがとう。」

 

遂にデビュー戦を向かえた。トレノさんもキタちゃんも応援に来てくれた。ロータリーさんは来月にデビューを控えているから学園で応援してくれるみたい。

 

「そんなに易々と勝たせてくれないかもしれないよ。一人要注意な子がいるよ。」

 

「はい、トレーナーさんから聞きました。エジプトウイングさんですよね。」

 

「うん。と言っても私から何か言うのはお節介だと思うし…頑張って来てね。」

 

 

 

『1枠1番、エジプトウィング。良い仕上がりですね。』

 

『2番人気ではありますが、実力は十分です。』

 

「一番人気は譲っちゃったけど、対策はバッチシだからね。」

 

2番人気であの仕上がりかぁ。ダイヤちゃんはデビュー戦から凄いのに当たったなぁ。

 

『さあいよいよ登場します。6番、サトノダイヤモンド。堂々の1番人気です。』

 

『リラックスしていますね。良いレースを期待します。』

 

さっき見たけどダイヤちゃんも良い仕上がりだなぁ。さあこのレース、どうなるかな。

 

 

 

「いよいよスタート前ですね、こっち側もこっち側で緊張しますね。」

 

「勝って欲しい子がいると尚更そうなるよね。」

 

「勝てぇぇぇ~勝てぇぇぇ~!」

 

「キタちゃんそれ何してるの?」

 

何やらかめ〇め波のような手の形でダイヤちゃんに何かを送っているように見える。

 

「ダイヤちゃんが勝てるように念を送っているんです。ほらトレノさんも渋川さんも!」

 

「う、うん。こうかな?」

 

「勝てぇぇぇ!」

 

渋川さんの念の送り方も何か違う気がするけど届いているならいいかな。

 

『各バゲートに収まりました。………スタートしました!』

 

『サトノダイヤモンド、いいスタートですね。2番手の位置に着きました。』

 

『その内にエジプトウィングが付けています。しっかりとマークしていますね。』

 

 

貴方の動きはここからならよく見える。貴方が仕掛けた時が仕掛け所だってトレーナーさんが言ってた。ならそれまでは後ろで様子を見る!

 

『単独2番手はサトノダイヤモンド、その内に変わらずエジプトウィング。暫くは動かなさそうな展開です。』

 

『エジプトウィングはバ群に飲まれなければいいんですか。』

 

『レースは淀みなく進んでいきます。これから3コーナーに入ります。後方から追い上げてくるぞ!先頭が入れ替わる!』

 

まだ、サトノはまだ仕掛けてない。焦っちゃダメ。

 

『さあ残り400メートルです。各ウマ娘一斉にスパートを掛けるサトノダイヤモンドは…』

 

「ハァァァ!」

 

やっぱりここだった!読み通りだよ、末脚なら負けないから!

 

 

『仕掛けてきた!サトノダイヤモンドも仕掛けていった!その後ろにエジプトウィングが追走する!』

 

やっぱり仕掛けてきた。でもここまでで脚は十分にためられた。後は残ったスタミナを全部使って勝つ!

 

『さあ先頭に変わったぞサトノダイヤモンド!3バ身ほどエジプトウィングは追いつけるのか!?』

 

 

何で、追いつけないの!?差が縮まらない、全力で走ってるのに!

 

「ハァァァァァァァ!」

 

『サトノダイヤモンド、ゴールイン!リードは3バ身でデビュー戦を制しました!』

 




「ダイヤもデビューして来月は俺か。今の俺の標的はアイツ等だ。デビュー如きで躓けないな。…まだ時間あるな。ニュースでも見てるか。」

『続いてのニュースです。今日午後3時頃、都内に住む男性が何者かにより暴行を受けた模様です。』

「暴行ねぇ。」

『被害者男性から通報があり、二人での犯行とのことで警察が現場付近を調査したところ、付近で推定20代の全身青タイツの男性が死亡しているのが見つかりました。』

「うわあ、可哀そうにな。…全身青タイツってなんだ?」

『警察は二つの事件の関連性について調べを進めています。次のニュースです。』

「おっともうこんな時間か。もう行かねえとな。うお、何だこれ?」

作者が入院したため〆の一言オナシャス。

「ふーん、まあ自業自得って事か。また次回な。」


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第四十六話 続いて

「おめでとう、ダイヤちゃん!」

 

「ありがとうキタちゃん。作戦通りにレースが進んだから何とか勝てたかな。」

 

「レース全体で落ち着いてたからこっちも安心して応援できたよ。」

 

あの落ち着いたレース運びは私も驚いた。レース中に落ち着くことはあるけど全体で見て落ち着いてたことは無い。

 

「特に最後の直線末脚のキレは凄かったよ!一気に先頭に出てそのままゴールしちゃったもん!」

 

「あの加速力は驚いたよ。オグリキャップさんみたいだった。」

 

一発のキレは私より上、要注意だね。

 

「そんなこと無いですよ。私は精一杯走っただけですから。」

 

こんな調子でレースの振り返りをしていると、ダイヤちゃんが違う話題を振ってきた。

 

「話は変わりますけど、来月はロータリーさんですね。」

 

「だね。何というか、ダイヤちゃんみたいに普通に勝っちゃいそうだけど。」

 

「トレノさんがデビューしてから今まで気合の入り方が違いますから。勝ってくれると思います。」

 

と言ってもロータリーさんが負けるところがあまり想像できないな。それこそ一瞬で終わっちゃいそう。

 

 

 

 

 

「ま、ざっとこんな所だ。」

 

やっぱり。スタートから先頭に立って後続を引き連れたままなんの危なげもなくゴールした。心配のしの字もしないまま終わってしまった。

 

「正直張り合いなかったな。トレーニングの方がよっぽどヒリついてたぜ。」

 

「そこまで言っちゃいますか。他の子が可哀そうになってきました…。」

 

「ところでキタサン、デビュー戦いつになったんだ?トレーニングも本格的にやってるし。まだ決まってないのか?」

 

ロータリーさんが聞くとキタちゃんが誇らしげに腕を組む。

 

「ふっふっふ…。何と間に合いました!来年一月です!」

 

「良かった。クラシックをこの四人で戦えるんだね。」

 

「面白くなりそうじゃねえか。その前にだ…トレノ、弥生賞出るんだろ?」

 

ロータリさんが前触れもなく私に話題を振ってきた。

 

「はい。その前にホープフルがありますけど。」

 

「あの時の約束、ようやく果たせるってだけだ。まさか忘れたなんて言わせないぜ?」

 

「そんな訳ないじゃないですか。ホープフルより弥生賞の方が手強くなりそうです。」

 

あんなに凄い走りをするんだ。生半可な事ではすぐに負けちゃう。全力で行かないと。

 

「ホープフル負けんなよ。お前を負かすのはキタサンやダイヤじゃねぇ。この俺だからな。」

 

「プレッシャーですね。負けられなくなっちゃったじゃないですか。…ロータリーさんにもね。」

 

「言うじゃねえか。そう来なくちゃな。」

 

「二人だけで盛り上がらないで下さい!まるであたしが眼中に無いみたいな感じじゃないですか!」

 

しまった。ついロータリーさんとで盛り上がってしまった。

 

「そんなこと無いよ。トレーニング見てる感じだと厳しいライバルだと思うよ。もちろんダイヤちゃんも。」

 

「ああ、下手したらこっちが足を掬われそうだ。だからデビュー戦頑張れよ。」

 

「はい!よぉ~し!デビュー戦まで追い込みだ~!」

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす。」

 

「お、来た来た!やっと届いたよ、トレノちゃんの勝負服!」

 

「あー、あれですか。デザイン出したのって一昨日位でしたよね。」

 

渋川さんに呼ばれてトレーナー室に入るとそこには白を基調として黒のラインが2本入った、パリッとした勝負服があった。

 

「こうやって見ると気合入るねぇ。早速着てみて!裾直しとかいろいろあるしさ!」

 

「じゃあ向こう向いててください。なんでか目が怖いので。」

 

「そんなー。」

 

渋々と向こうを向いたのでその間に着替える。

 

…凄、こんなにもピッタリなんだ。ぶかぶかな所もきつい所もない。それでいて頻繁に動かす部分はしっかりと動きやすくなっている。

 

足回りなんてスカートという中々動きにくいタイプの服なのに普段のジャージよりも動きやすい感じがする。

 

「採寸してもらいましたけど、こんなにピッタリになるんですね。裾直しも必要ないですよ。試しに走ってみてもいいですか?」

 

着心地もいいし不思議と気合が乗る。だけど実際に走ってみて不安なところが無いかは探っておきたい。

 

「そう言うと思ってトラックの予約は取ってあるよ。思う存分走ってきて。」

 

「ありがとうございます。…そのカメラは仕舞ってくださいね。」

 

「うそだー。」

 

 

 

 

 

「トレノちゃん、緊張してない?」

 

「…まず渋川さんはそのシャーペンを仕舞ってください。」

 

ホープフルS当日、控室でトレノちゃんの心配をする。とはいえG1、私だって緊張している。トレノちゃんはここまでで沢山トレーニングを積んできた。

 

だからと言って勝てる、という訳ではない。他の子だってレベルが高い。身体的な能力だったら確実のトレノちゃんは負けている。

 

「そんなに心配そうな顔しないで下さい。確かに周りは強豪揃いです。負けちゃうかもしれません。」

 

トレノちゃんも弱音を吐きだす。でもすぐにその目に光が宿る。

 

「でも頑張って来たのは私も同じです。勝ってみせます。」

 

「トレノちゃん…そうだね、俯いてたら勝てるものも勝てないしね!」

 

「それにロータリーさんとの約束もあるので。ここで負けたらなんて言われるか。…行ってきます!」

 

「トレノちゃんは多分マークされる側になると思うけど、頑張って!」

 

 

「…プレッシャーが凄い。四方八方から視線を感じる…。」

 

パドックに出たはいいけど一人一人からプレッシャーを感じる。

 

「絶対に負けない。」「トレノさえどうにかすれば私の勝ちだ…。」

 

「マークされる側ってやりにくいな…。」

 

 

 

「やっぱりマークされてる。レース展開もスローペースになってトレノちゃんが仕掛けた始めた瞬間に全員が動くかも。」

 

「あれがトレノちゃんか。写真で見るよりも似てるなぁ。」

 

後ろから聞き覚えがある声が聞こえた。この声、池谷さんか。懐かしいなぁ。走りこんでた日々…ふぉ?

 

「い、池谷さん、来てたんですか!?」

 

「久しぶりだな、榛名ちゃん。トレノちゃんのデビュー戦、雑誌で見たよ。圧勝だったらしいじゃん。遅れてだがおめでとう。」

 

「あ、ありがとうございます。そうだ、武内さんと健二さんは来てるんですか?」

 

「いや、本当はテレビで見る予定だったんだがな…樹がな。」

 

『仕事は俺らに任せて下さいよぉ!出会いもありそうですしぃ。』

 

「だとよ。樹の奴、俺には忘れられない人がいるんだ。」

 

池谷さんが少し涙を浮かべて天を仰ぐ。何があったのか分からないけど触れちゃいけない奴なのかな。

 

「ところで似てるって言いましたけど誰に似てるんですか?」

 

「いや、後輩にちょっと雰囲気がな…。特になんか天然っぽい感じが。」

 

「あ、当たりです。トレーニングとかレースの時はそうでも無いんですけど。たまにぼーっとしてる時もあるんですよ。」

 

「そこまで似てるのか…。他人の空似って訳じゃなくなってきたな。うーん。」

 

「お、トレノのトレーナーじゃねえか。今日は親子で観戦か?」

 

池谷さんが何か考えているとロータリーちゃんが後ろから声を掛けてきた。

 

「ロータリーちゃん。キタちゃんもダイヤちゃんも来てくれたんだ。…あと親じゃないよ?池谷さんからも言ってくださいよ。」

 

「よく考えたら親子ほど年が離れてるからな。あの時ちゃんと待ち合わせに行ってればホントに結ばれてたのかもなぁ…真子ちゃん。」

 

「ちょっと、しみじみしないで下さいよ!皆、決して親子じゃないから!知り合いだから!」

 

池谷さんの肩を掴んでブンブン振る。あの三人の中だったら池谷さんが一番いいけどさ!…あれ?私今まで彼氏できたこと無いや。

 

「ま、だろうな。からかっただけだ。…なんで急に泣くんだ?悪かったって。どうなんだ?勝てるんだろ?」

 

「展開次第かな。どうなるかは想像できないけど、確実にインは潰されるだろうね。」

 

「ふうん、ズバリ勝利のカギはどこにあると予想する?」

 

勝利のカギか…難しいことを聞いてくれる。私が突破口にするなら。

 

「ライン取りかな。全員がトレノちゃんをマークしてるとなるとトレノちゃんが動いたらそれを察知して走行ラインを潰すような感じで動くかもしれない。」

 

「聞いた限りだとヤバそうだが…まだ続きがあるんだろ?」

 

「うん。トレノちゃんならそこに突破口を見出せるはず。インを潰される経験は初めてじゃないし。」

 

「初めてじゃ?あぁ、オグリさんとレースした時の経験が役立つのか。」

 

流石ロータリーちゃん。察しが早い。キタちゃんもダイヤちゃんも呑み込めたみたい。

 

「話が呑み込めないぜ。どういう事なんだ?」

 

「まあまあ、そこはレース中に説明します。あと少しで始まりますから。」

 




いやー軽症でよかったです。最初の一発もかなり痛かったですけど二発目は明らかに人が出せる威力じゃなかったです。誰か怒らせましたかね?

「少なくとも怒ってるやつがここにいるぜ?」

うお!?ランサーさん!?この作品には関係ないはずでは?

「前回の後書きでサラッと殺そうとしただろ。感想でも気づいてる奴いたぜ。」

普通に気付かれてびっくりしましたよ。ああもうお帰り頂いて結構ですよ。

「雑だなオイ!…俺を急に登場させた理由は?」

ただ単にスカイさんと絡ませようかなって。アングラー同士で面白そうだったので。まあ出すにしてもここじゃなくて短編集的な奴作ってそこに出す感じですかね。

「そうかい。あの弓兵やキンピカに邪魔されなきゃいいや。」

あ、思いっきり出ますよ。

「は?」

また次回!


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第四十七話 ホープフルS

ゲート前、皆から送られるプレッシャーがさらに強くなってくる。柵走り、出来るだけ使いたくないけどいざとなったら使わないと。

 

『トレノスプリンター、ゲートに入りませんね。』

 

『周りからのプレッシャーもありますからね。自分のペースを守れるでしょうか。』

 

「…よし。」

 

『トレノスプリンター、ゲートに収まりました。』

 

後はスタートを待つだけ。さっき渋川さんに【瞬発力がカギになるかも】と言われた。作戦なのかも知れないけど、具体的な事は言ってくれなかった。

 

「よく分からないけど、やるしかないでしょ…!」

 

ガコン!

 

『スタート!少しばらついたスタートになりました。』

 

『少し固まっているように見えます。どう展開していくんでしょうか。』

 

これは…ちょっと考えないと。コースの特性上スタート直後、ゴール直前に上りがある。今はまだいいけど戻って来た時には出来るだけ差をつけておきたい。

 

『おっとトレノスプリンター、上り坂で失速しているぞ。』

 

『かなり痛いと思います。立て直せるんでしょうか。』

 

そんなに大々的に言わないでよ。苦手っていうか、パワーが無いんだから。ともあれ手痛いのは確か。…少し早いけどスパート掛けていくか。

 

スパートを掛ける為に足に少し力を入れる。

 

「!」

 

塞がれた…?私がスパートを掛けたのを読まれた?少しインに寄ってみて様子を見よう。

 

「そっちか…!」「行かせない!」

 

困ったな。私が動けば集団で動く。裏で手を組んでいるのか疑いたくなる。このままだとスペースは空けてもらえない、どうする?

 

 

「思った通りの展開になって来たかも。」

 

「そうなのか?俺には何が何だか…。」

 

「トレノちゃんはマークされてますから。何かすれば何かしらのアクションが返ってくるはずです。ラインを変えたり、ペースを上げたり。」

 

「まあ、そうだな。」

 

「となると、有利になるインは確実に潰される。不利になるけど確実に空くところがある。」

 

池谷さんが少し考えこむ。昔走り屋だったからか、すぐに答えを出した。

 

「アウトか。」

 

「はい、トレノちゃんならすぐに突破口を掴めるはずです。インを潰される経験はもうしてるので。」

 

「そんな経験をか?32とやった時のか…?」

 

「32ってGT-Rですか?そんな訳ないじゃないですか。学園の模擬レースでそんなことがあったんですよ。」

 

「そっそうか、そうだよな…何言ってんだろうな。」

 

そう言ってレースに目線を移す。それにしても、トレノちゃんと32がやったなんてどうやればそんな思考になるんだろう。やったとしてもまず間違いなく勝てない。

 

「そろそろ最初のコーナーですよ。さあトレノちゃんは…。」

 

 

『各ウマ娘、次々とコーナーに入っていきます。少し遅れてトレノスプリンターも続きます』

 

そこだ!

 

『さあ曲がっていきました!このコーナリングを待っていました!一度見たら忘れられません!』

 

『強烈に印象に残りますからね。…少し大外すぎる気がしますが。』

 

『それでも前の子との差は詰まっていくぞ。しかし厳しいか!』

 

流石に上りで失速したのが大きいか。最後尾に張り付くことはできたけど…この先は下りだったはず。だったらそこで仕掛けていく。

 

よし、もう少し外に…絶対に邪魔されないところに。

 

『トレノスプリンター大きく膨らんでいくぞ!?大丈夫なんでしょうか?』

 

『作戦だとしても膨らみすぎに感じますが…掛かってしまっているのかも知れません。』

 

『釣られるようにバ群が外に行っているように見えます。勢いそのままにコーナーを抜けて直線に入っていきます。』

 

『スパートを掛けるタイミングが重要になりそうですね。』

 

さあ勝負所…この下りで置いてかれるようならもうどうにもならない。スパート、掛けていく!

 

『トレノスプリンター、ペースを上げてきましたね。』

 

『大外に行ったのはスパートを邪魔されないためだったんですね。』

 

『果たして追いつけるのでしょうか。』

 

 

「終わりだ。」「決まったかな。」

 

ロータリーさんと渋川さんが同時に口を開いた。まるでもうレースの勝敗が決まったみたいな。

 

「決まったって…終わりって何がですか?」

 

「決まってるだろ。このレース…」

 

 

『下りに来て怒涛の追い上げだ!勢い任せとも取れます、下りが怖くないんでしょうか?』

 

『見てるこっちが怖くなってきますよ。足がもつれなければいいんですが。』

 

無茶だ…!いくらマークしていてもこんな勢いについていく訳には行かない。あんなペースで走ってコーナーをクリア出来る訳ない。

 

『最終コーナー手前、トレノスプリンターは6番手。追い上げはここまでなのか!』

 

 

「このレースのポイントは、全員がトレノをマークしていたことだ。」

 

「マークしていた相手が動けばそれに対応する。…でもその相手が大外に行く、坂で予想以上に加速する。そんなことになったら普通は付いていかない。」

 

「確かにそうですけど、あの勢いのまま行くのはいくらトレノさんでも。」

 

「イケるよ。トレノちゃんなら。」

 

自信を持って、はっきりと言う。

 

「お前らも見てろ。今目の前で起こることが答え、そして俺たちが挑む相手の真骨頂だ。」

 

 

外からだからラインも自由に描ける。最初は外から、次第にインに入るようなラインを取る。

 

…あの隙間、入れる。だったら最初からインで行ける。

 

「いっけぇ!」

 

 

前には行かせない、行かせてしまったら巻き返せないかもしれない。少し早いけどスパート掛けていかないと!

 

「ちょっ嘘でしょ!?」

 

ここで入ってくるの!?私だけじゃない。皆が動揺する。こんな狭い隙間に入ってくるなんて考えもしなかった。

 

「やば、インががら空きに…!?」

 

 

『何が起こったんでしょう、気付いたらトレノスプリンターが内側に居ます!』

 

『でもここに入ったのはまずいかも知れません。周りに囲まれて前に出られない可能性もありま…え?』

 

実況が、解説が黙る。観客は目の前に起こった出来事に歓声を上げているけど分かる人は押し黙る。

 

「すげぇ!内側から一気に抜いて行っちまった!」「瞬間移動みたいだったぜ!」

 

『凄い追い上げですね。いつの間にか先頭に立っています。…何が起こったんでしょう。』

 

『分かりません。解説として面目ないんですが、何が起こったのか私からは何とも…。』

 

 

上手くいった。後は上りにそなえてこの差を広げないと。

 

「ハアァーー!」

 

 

「正直どうなるかと思ったけどまあ一安心かな。可哀そうだけどあのメンツでトレノちゃんのコーナリングに勝てるとは思えない。」

 

「まあ坂でそれなりに差が詰まるだろうが、もうどうにもならんだろ。」

 

「…あたし達、あんなにすごい人とクラシック戦うんですね。…負けてられないや、トレーニング頑張らないと!」

 

「私も頑張らないとですね。対策も練らないとですし。」

 

気が早いけどトレノちゃんがG1を制した。嬉しい反面、ロータリーちゃん達に情報を与えすぎてしまった。特にロータリーちゃんは弥生賞でぶつかる。

 

何か特別なことをしてテクに幅を広げないと。

 

「なあ榛名ちゃん。あのテクニックって榛名ちゃんが教えたのか?」

 

「柵走りですか?あれはトレノちゃんのオリジナルです。驚きましたよ、まさか柵に手を掛けるなんて。」

 

「あのテクニック、溝落としに似てると思わないか?」

 

溝落とし…確かラリーとかで使われてるテクニックだったはず。秋名でも使える所で使ってるけど。

 

「言われてみれば、コーナーで限界を超えて曲がるところとか確かに似てますね。分かりにくかったと思うんですけどあれだけでよく分かりましたね。」

 

 

榛名ちゃんは分かりにくいって言ったけど、俺には分かった。健二でも樹でも分かったと思う。

 

榛名ちゃんも溝落としは使うけど、その原点は拓海の親父さんだ。拓海はその技を100%受け継いでいる。

 

この技こそが拓海を象徴する技でもあったからな。だからなのか、無意識にトレノちゃんと拓海を重ね合わせてしまった。

 

確証があるわけじゃないけど、名前が名前だけにトレノちゃんは…ハチロクの生まれ変わりじゃないかって。不思議とそう思えた。

 

 

『最終コーナー立ち上がっての直線!マージンをたっぷり稼いだトレノスプリンター!後続の子たちは間に合うのか!』

 

『中山の直線は短いですし、上り坂ですから。捉えられる可能性はありますよ。』

 

くっそ、上りがキツイ。パワーが無いせいもあるけどどうにも好きになれない。でもここまで来たら意地でも一着になる。

 

『二番手との差がじりじりと詰まっていく!5………4バ身!だがそろそろ坂が終わる、終わってしまう!』

 

上り切った!ゴールはあと少し……!

 

『ゴール!トレノスプリンター、異次元のコーナリングを見せつけ、4バ身程の差で今ゴールしました!』

 




短編書きたいなぁ。

今の所、色々短編ネタはあるんですけど三番煎じになりそうで怖いんですよね。

「ちょいちょい作者、なんやねんコレ!」

あ、最近出番のないタマモクロスさんじゃないですか。どうしました?

「一言余計やねん!それより今朝よう分からん郵便届いた思うたら漫才の台本は入っとったで?コレなんやねん。」

それですか?何故か出てきたので適当に書き起こしたんですよ。まだ途中ですけど結構いい出来でしょう?

「本気で言っとるんか?いろいろ酷い所満載やで?ツッコミも長ったらしい。ボケも分かりにくい、ホンマに考えたんか?」

バルス!

「目がぁ、目がぁぁぁぁぁぁ!」

成程、僕の端末にタマちゃんが来ない理由が分かりました。また次回!


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第四十八話 帰省

「勝った…良かったぁ。」

 

全力で走り抜けて、なんとか一着を取ることが出来た。今まで気付かなかったけどこんなに歓声が上がってたんだ。

 

「少し恥ずかしいけど、嬉しいな。」

 

ナナも見てくれてるのかな。お父さんは…多分欠伸しながら豆腐売ってるだろうな。

 

息も少し整って来た。私はスタンドに一礼して控室に戻る。

 

 

 

「お疲れートレノちゃん!良かったよー無事に勝てて。」

 

「無事っていうほど余裕なかったですけど、勝てたのは渋川さんのおかげですよ。」

 

「えぇ~そうかなぁ~~もっと頼ってくれてもいいんだよ?」

 

「やっぱりいいです。」

 

やっぱりこの人は簡単に褒めちゃいけない。簡単にノせられる。

 

「ようトレノ、やっぱり勝ってくれたか。」

 

「ロータリーさん、来てくれたんですか。」

 

「まあな。今度の弥生賞も中山だし、全力で走るお前を見れるんだ。予習にはもってこいだろ。」

 

「あっ。」

 

言われて気付いた。ホープフルも弥生賞も同じ中山レース場で開催される。となると何も考えないで、さらに柵走りまで使ったとなるとかなり情報を与えてしまったことになる。

 

「あれ、結構ヤバいじゃないですか。」

 

「うん、弥生賞まで余裕ないかもしれないよ。それに皐月賞も続くから…。」

 

「………どうしましょう?」

 

「どうしよう。」

 

「言っとくがキタサンとダイヤも見に来てたぜ。トレーニングだって帰っちまったが。」

 

渋川さんと同時に頭を抱える。少なくとも今までよりハードなトレーニングになりそう。

 

とおるるるるるるるるるん

 

「ナナ?ビデオ通話だ。もしもし?」

 

『おめでとーートレちゃん!!』

 

「ありがと、ナナ。あれ、学校の皆?」

 

画面をよく見るとナナの自室ではなく半年前まで通っていた学校の体育館だった。

 

「まさか、皆で見ててくれてたの?今って多分休みだよね?」

 

『そんなの関係ないよ!トレノちゃんのレース、それもG1なんだから!』

 

私って思いのほか応援されてたんだな。こうしてナナが見せてくれたからこそ実感出来た。

 

「じゃ、俺もトレセンに帰るとするさ。それに、悩むのもいいけど、勝ったんだから素直に喜んでもいいんじゃねえか?」

 

ロータリーさんは大人な対応を見せて帰っていった。

 

「私も席を外そうかな。積もる話もあるだろうし。ライブまで時間もあるし、ゆっくり話してていいよ。」

 

そう言って渋川さんも部屋を出ていった。

 

『良かった良かった、話したいこといっぱいあるんだ!まずはね!』

 

 

 

「良いんですか池谷さん?トレノちゃんと話したいってさっき言ってましたよね?それにこれからライブですよ?」

 

「いや、やっぱ遠慮しとくよ。結構忙しそうだし、明日だって仕事だからな。」

 

「そうですか、少し寂しい気もしますけど。また応援に来てくださいね。」

 

帰ろうとする池谷さんそう言って見送ると、池谷さんが急に足を止める。

 

「そういやさ、MFGには出ないのか?榛名ちゃんの実力だったら神フィフティーンにも入れると思うけど。」

 

「出たいですけど、来年は忙しくなりそうですし。出るとなったら再来年の4回大会の時ですかね。」

 

「そうか、もし出るんだったらトレノちゃん共々応援させてもらうよ。」

 

「ありがとうございます。かなり待たせるかもしれませんけど。…あそう言えば。」

 

結構重要なことを忘れてた。私からも聞きたいことがあったんだった。

 

「私のコースレコードを破ったスープラって誰か知ってますか?」

 

「榛名ちゃんだったら知ってると思ったんだが。榛名ちゃんでも知ってる奴だぜ?」

 

「知ってる奴…?」

 

少し唸りながら考える。私以外の群馬の走り屋で、私のコースレコードを破れる人なんて…早々……。

 

イラァ

 

「瀬名ですか?」

 

「ああ、今年の四月に秋名のコースレコードを破って名実ともに群馬最速になったんだ。」

 

「アイツ確かMFGに出るって言ってましたよね?前回はまだしも今回も出ないで今何してるんですか?」

 

仮にも私を抜いて最速になったんだったら出ても良かっただろうに。何か?群馬だけじゃ不満か?…私だって不満だよこの野郎。

 

「そこは分からないけど…高橋啓介の秘蔵っ子だから何か条件があるんじゃないか?」

 

「引っ張り出してやります。」

 

「はぁ?」

 

「その条件が何か分かりませんけど元最速の名に懸けてMFGに引きずり出してやります!」

 

「でもさっき忙しいって言ってなかったか?それなのに出て仕事とか大丈夫なのか?」

 

確かに来年になったらクラシック三冠に向けてのトレーニングがある。それを疎かにするのは気が引けるけど何も年中忙しい訳じゃない。

 

「第2戦だったら問題ないと思います。G1のレースに3回出るんですけど2回目と3回目は期間が空いてるのでそこだったらいけます。」

 

「ま、まあ出るんだったら応援するよ。」

 

待ってろよぉ諸星瀬名!群馬最速の称号は私のものだから!

 

「そういやぁ、諸星瀬名がなんて言われてるか知ってるか?」

 

「なんて呼ばれてるんですか?」

 

「上毛三山スカイウォーカー、しかも自分で言い始めたらしい。」

 

「…イタイデスネ。」

 

 

 

 

 

「明けましておめでとー!」

 

「明けましておめでとうございます。」

 

新年を迎えて、私と渋川さんは群馬に帰省していた。

 

「まだそんなに時間経ってないのに懐かしい感じがします。」

 

「帰って来て早々だけど、このまま初詣行こうか。伊勢崎の神社でいいかな。」

 

「はい、私もいつも行ってるところです。」

 

 

 

お賽銭を入れパンパンと手を2回叩く。お願いはレースで勝てますように…じゃないな。強くなれますように?神様に頼むことじゃないような…。

 

「群馬最速を再びこの手に…インプの改造費がどこかから出てきますように…あとトレノちゃんがケガしませんように…あぁついでに彼氏ができますように!」

 

煩悩まみれの人が横にいた。私の事もお願いしてくれてるのはありがたいけどついでかぁ。大丈夫かなぁ。

 

「あとMFGに日本車が出ますように…他の人がミスファイヤリングシステムの良さに気付きますように…それから…。」

 

あれだけ頼んでまだあるんだ…ここまで貪欲な人にはなりたくないな。それと比べたら私のお願いは控えめかな?

 

「実りある1年になりますように…これでいいかな。行きましょうか、渋川さん…?」

 

目を疑った。その手には諭吉さんが握られていた。いくらお願い事が多いからってまさか本気でそれをお賽銭にする人が

 

「なにとぞ~!」

 

いた。神頼みにしてもここまで本気な人を見たことが無い。もう怖くなってきた。初めて会った時の渋川さんに似ている。執念かな?

 

「よし、行こうかトレノちゃん。」

 

「あ、はい。」

 

 

 

「着いたよ、トレノちゃん。」

 

「ありがとうございます。明々後日またよろしくお願いします。」

 

「オッケー。10時くらいにここに来るからお願いね。」

 

そう言って渋川さんは走っていく。久しぶりの家だ。なんでか緊張してきた。

 

「何ぼーっと突っ立ってんだ。早く入れ。」

 

「そこはおかえりって言って迎えてくれるのが普通じゃないの?」

 

「そういうのが出来るように見えるか?」

 

「いや全く。」

 

傍から見ればただのぶっきらぼうな豆腐屋のおじさんだからそんなのは期待してなかったけど。

 

「…まあ、頑張ってるんじゃねえか?良くやってるよ。」

 

お父さんが振り返りながら何か言った。でも小声でなんて言ったのか分からなかった。

 

「え?何か言った?」

 

「別に。早く上がれ、メシ作るから待ってろ。」

 

 

ホープフルで柵走りを使ったのはかなりの痛手だろう。手の内を把握されたら厄介なのは火を見るよりも明らかだからな。

 

だが、俺は何か言う立場じゃない。主役はトレノと榛名だ。一線を引いた俺が出来るのはアドバイス位だろう。

 

「さあ、弥生賞までにどうやって仕上げるかな。」

 




「ねえ作者、少し聞きたいことがあるんだけど。」

後書き冒頭から何でしょう榛名さん。

「私、四十五話でトレノちゃんにどんな状態で運転してるのって質問されたじゃん。」

されましたね。それがどうしたんですか?

「それに答えてるのはいいけどさ、仮にもサーキット攻めたことある人間が間違えちゃいけない間違え方したでしょ。」

何のことでしょうね~。

「とぼけないで!すでに直ってるけど私あの時左手でステア握って右手でシフトノブ持ってることになってたんだよ!?インプ日本車だよ?手をクロスさせて運転してるみたいなことになっちゃったんだよ?」

まあまあ落ち着いて。直したんですからいいじゃないですか。

「にしてもあの間違いは無いと思うんだ。いつも私の扱い雑だしさ…よよよ〜。」

次回は榛名さんメインですから元気出してください。

「よぉ~し首洗って待ってろよぉ~瀬名!」

ちょろいっていいですね。また次回!


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第四十九話 元最速の意地

トレノちゃんを家まで送ったその足で赤城山に来た。レコードを破られておいてそのままMFGに出る訳には行かない。

 

せめてでも自己ベストは更新してから出ないとMFGには出られない。

 

「…くそ、ダメか。」

 

これで下り3本目、上りも含めて6本目。ベストタイムには近づいてきたけどまだ届かない。車を降りてタイヤを確認する。

 

「あと2往復が限界か。コンマ一秒でもタイム稼がないと。」

 

4WDでドリフトしたらアクセルはベタ踏み、主にステアでコントロールしていく。FRみたいにアクセルでコントロールしようとするとかえってアンダーが出てしまう。

 

「まだ少しカウンター当てちゃう。」

 

リアが流れたらゼロカウンターでコーナーをクリアしていくのが理想だけど、どうしても少しだカウンターを当ててしまう。

 

「ペダルワークも少し荒い…。入口で出さなくていいアンダーで出口で10…いや5㎝ベストラインを外す。」

 

走り込みを始めて3年くらいの時、タイムが伸び悩み、スランプになってた。そんな時、師匠二人に出会ってからペダルワークやらステア操作やらが格段に進化した。

 

だからこそ、その1年後にレコードを塗り替えることが出来た。でもそれが塗り替えられるなんてなぁ。

 

「それだけまだまだ無駄が多いって事か。」

 

低速域でタイムを削る方法はミスや無駄を無くすことが地味だけど一番だから。

 

「休憩終わり、あと2往復頑張ろう!」

 

瀬名が出来るんだから、私に出来ないってことは無いでしょ。

 

 

 

「ラスト、下り5本目!」

 

自己ベストまでコンマ1秒、この一本でタイヤ使い切って意地でもタイム稼いでやる!

 

緩い左、少しきつい右、続けて左のヘアピン。スピードを出来るだけ殺さず、かつ最短距離を流していく。

 

「流石にアンダー気味か…。」

 

熱でタイヤがタレてきている。ここまで全開で走れば流石にタレてくる。

 

でもこの程度ならこの一本に影響はない。赤城の第1セクションはテクニカルな面が強い。だからパワーよりもくるっと曲がる車の方が強い。

 

パパパン!

 

そういう面で考えればS2000とかロードスターの方が有利だけど、私のインプはそんなにやわなセッティングはしてない。

 

「良い感じ…。」

 

吸排気系のパーツを見直して、過給圧を少し上げたチューニングで330馬力を発揮するエンジン。

 

サスは基本的には固め、タイヤもMFGが決めたグリップウエイトレシオに準じたタイヤを使っている。

 

その他ボディ剛性だったり軽量化していって私好みのセッティングにしていった結果、上りだろうが下りだろうが、たとえサーキットでもトータルに速い車に仕上がった。

 

インプの仕上がりには絶対の自信を持っている。スープラはもちろんアルピーヌだろうがポルシェだろうが負けるつもりはない。あとは…。

 

ガオ ギャオ ギャアァァァアア

 

「私のテクが通用するかどうか…。」

 

神フィフティーンは全員神がかりなドラテクを持っている。対抗するとなると今以上に精度の高いドラテクが必要になる。

 

それに車の仕上がりなら負けないと思ってるけど、ステータス一つ一つを取ると確実に負ける。

 

ストレートの伸びならランボルギーニやフェラーリ、何なら出場車種全部に負ける。コーナーワークでもポルシェは厄介だ。

 

「第2セクション…このままのペースで。」

 

だからと言ってそれが負けていい理由にはならない。いくら不利だろうとこっちには最高の武器がある。

 

パパンパパン!

 

ミスファイヤリングシステム、このシステムに出会ったおかげでインプは曲がってヨシ、立ち上がってヨシのとんでもないコーナリングマシンになった。

 

「連続S字、良い感じにつなげてる。これなら。」

 

第3セクション、ここからはストレートからのヘアピンが続く。330馬力の本領発揮はここから。アクセル全開でコーナーに侵入。

 

ゼロカウンタードリフトでベストラインに乗せる。

 

「良い感じ…。」

 

 

ピッ

 

決めていたゴールラインでタイマーを停止、サイドターンで車を止める。

 

「自己ベストコンマ5秒更新…嬉しいけど、瀬名のタイムに届いてない。」

 

タイマーは2分45秒482。これでも瀬名のタイムに1.5秒届かない。1か月も走り込めば迫ることも出来るけど明々後日にはトレセンに帰らないといけない。

 

明日は妙義、明後日は秋名で走るとなると今日はこれでお開きかな。タイヤも使い切っちゃったし。

 

「…チッ。」

 

 

 

 

 

「お母さんはいつも人使い荒いんだから…。」

 

「店先で愚痴らないで下さい。木綿に厚揚げ、あとがんもですよね。」

 

正月2日目、久しぶりにゴロゴロしていようかと思ったら店番を頼まれて、渋川さんが来て何故か愚痴を聞かされている。

 

「あ、うん。ところで、どこか走ってきた?」

 

「新聞配達してたって話したじゃないですか。それで付いた癖がどうにも抜けなくて、その時間になると起きちゃうんですよね。それで走ってきて帰って二度寝ですね。」

 

「うわぁ、頑張ってるなぁ。私なんて休みってなったら一日中家でぐうたらだよ。」

 

「私もそうする予定だったんですけど、癖って怖いですね。」

 

ふと渋川さんの車を見ると昨日と比べて汚れていた。黄砂とは違う、泥汚れみたいなのが増えていた。

 

「渋川さんも結構車が汚れてますけどどうしたんですか?」

 

「赤城を上ったり下ったりしてただけだよ?」

 

「思いっきり人のこと言えないじゃないですか。」

 

 

 

「いらっしゃいませ~!おっあのインプ。」

 

「久しぶりです、武内さん。ハイオク満タンで。」

 

このガソスタに寄ると群馬に帰ってきた実感がより一層増してくる。

 

「聞いたよ榛名ちゃん、今度のMFG出るみたいじゃん。応援するよ!」

 

「ありがとうございます。瀬名の奴を引きずり出してやりますよ。」

 

「おっ随分久しぶりだな榛名ちゃん。インプもまだまだ調子良さそうじゃん。」

 

「健二さんも久しぶりです。私が仕上げたインプですし、毎週不調が無いか確認してるからまだまだ現役ですよ。」

 

大学生の時は秋名をメインに攻めてたから週に2回のペースでここに通っていた。休みで暇な時にはバイトさせてもらってお小遣い稼ぎしてたっけ。

 

「1週間ぶりだな、榛名ちゃん。もうどこか攻めてきたのか?」

 

「昨日赤城の自己ベストは更新できたんですけどそれでも瀬名の記録には届かなかったです。悔しいですけど、瀬名のテクは本物ですよ。」

 

「榛名ちゃんでも駄目だったか…。でも自己ベストは更新できたんだろ?」

 

「コンマ5秒ですけど。久しぶりのアタックだったのでコースに対するブランクもあったのでこんなものかなとは思うんですけどやっぱり悔しいですよ。」

 

元最速なだけに尚更そんな気持ちになる。サーキット行ったりトレセンで近場の峠探してテクを磨くしかないか。

 

「今日もどこかで走ってくるのか?」

 

「今日は妙義ですかね。明日は秋名に行きます。MFGに出るならせめて自己ベストは更新できないと神フィフティーンとやりあえませんから!」

 

 

 

パパパパン! ギャアァアアァ

 

「3本目でタイム更新。中々いい感じ。」

 

2分49秒637。瀬名のタイムの約1秒落ちと考えれば中々いいタイムが出た。ミスした部分も含めればあと2本でコンマ5秒縮まりそうだ。

 

「さて、上り4本目、集中していこうか。」

 

インプに乗り込んでスタートラインで車を止めてタイマーとロケットスタートの準備をする。あ、車キタ。

 

「少し待とう。その間にイメトレっと。」

 

ハザードを焚いて後ろから来た車が通りすぎるのを待つ。…止まった?まさか警察?まだ悪いことしてないよ?

 

少し焦っているとその車がチカッチカッとパッシングしてきた。…なるほどそういう事か。

 

ま、受けない理由は無いよね。タイマーをナビシートに投げ捨て、バトルモードに入る。

 

ガオッ パパンパン!

 

「インプレッサ、吹き上がれ!」

 

ギィヤァァアアア

 

仮にも元最速、付いてこられるものなら、付いてきてみな!

 




榛名さんメイン会、こんな感じで次回まで続きます。本当は1話で終わる予定だったんですけど書きたいことを書いてたらこうなっちゃいました。テヘ。

「まあそんなに私を活躍させたいっていうなら3話でも4話でも出張っちゃうけど?」

いえ次回で強引に終わらせます。引き伸ばしたらトレノ早く走らせろってなりそうですし。それに榛名さんはMFGに出るから活躍の場はあるじゃないですか。我慢してください。

「チェ。まあいいや。皆、私の活躍、心して待っててね!」

まあ、その時期に出る気があればの話ですけど。

「それってどういう?」

また次回!


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第五十話 突発バトル

2,3速をうまく使ってタイトなヘアピンをクリアしていく。後ろの車も私のペースについてくる。

 

成程、7割程度だと普通についてくるか。今すぐ全開にして逃げたいけどこの後に下りのアタックが2本控えているからタイヤに負担を掛けたくない。

 

「少しペース上げるか。これで付いてくるようなら…考えようか。」

 

1割ほどペースを上げて様子を見る。右コーナー、緩い左から続くS字を抜けてミラーを覗く。

 

少し離れている。このペースなら振り切れるかな。それなら待つ必要なんてない。ペースを変えず、タイヤを労わりながらちぎるとしよう。

 

3連続のRの大きいヘアピンを余裕をもってクリアしていく。後ろの車は徐々に離れていく。ここを抜けて少しの全開区間。短いけどインプの戦闘力なら十分に加速できる。

 

パシュウウゥン

 

うえっなんてパワー。ほんの少しの全開区間なのにインプ並みの加速を見せてきた。私についてこれるし、車の戦闘力も十分にある。

 

左コーナー曲がりながら横目に相手の車を確認する。

 

「黒いボディ…やっぱりか。」

 

仕方ない、全力でちぎろう。ライン取りもアタック用に切り替えて攻める。後ろの車…R32も付いてこようとするけど流石にこのペースには付いてこれないだろう。

 

 

 

神社前の駐車場に車を止めると3秒後位に32が入ってきた。降りてきた人は想像通りの人だった。

 

「トレセンに行ってたからどうかと思ったが、腕は落ちてないようだな、榛名。」

 

「コースのブランクはありますけどね。久しぶりです、中里さん。」

 

「久しぶりって思うならさっき少し遊んでくれても良かったんじゃねえか?」

 

「やっても良かったんですけど、やったらやったで『もっと真面目にやれ』とか『腕が落ちた』とか言いますよね?」

 

「まあな、その様子だともう走り込んだんだろ。」

 

わお、中里さんったら目ざとい。もうバレた。

 

「妙義を3往復してさっきの上りが4本目だったんですけど、走り出す瞬間に中里さんが来たんです。」

 

「おっと、それじゃあ邪魔しちまったか?」

 

「いやぁ、バトルなんか久しぶりだったから嬉しかったですよ。下りもやりませんか?」

 

上りをやったらやったで下りもやりたくなる、中里さんなら受けてくれるはず。

 

「いや、遠慮しとくよ。」

 

「あれ、珍しいですね。いつもなら受けてくれるのに。」

 

「今日は走りに来たわけじゃ無いしな。ただ通りかかったらお前が止まってただけだ。…出るんだろ、MFG。」

 

中里さんにも話は伝わってたのか。伝わるの早いなぁ走り屋のネットワークは。

 

「前回も今回も瀬名出なかったじゃないですか。だったら引っ張り出してやりたくなったんですよ。」

 

「瀬名を引っ張り出す…か。そうなるとお前でもかなり厳しいと思うぜ。噂だと出場条件があるみたいだからな。」

 

「条件か…池谷さんも言ってたな。その条件って分かりますか?」

 

「噂だがな…MFGにはデモのレコードがあるだろ?あれが更新されることが条件らしい。」

 

成程、デモレコードの更新か。それなら何とか…

 

「デモレコードって神フィフティーンでも届かなかったタイムですよね。」

 

「ああ、あれほどのドライバーが全力で走っても越えられないタイムだ。それこそお前が瀬名のタイムを越えられないなら厳しいだろう。」

 

「良いじゃないですか。俄然燃えてくるもんです。」

 

程よく高すぎる壁が設定された。だったらそれに向かって走り込むだけでしょ。向こうでいい感じの峠探さないと。

 

「ま、お前の事だからいくら忙しくても夜な夜な攻めるだろうからな。」

 

「当たり前ですよ!MFG第2戦まで半年!トレノちゃんとのトレーニングの合間を縫って走り込むだけですよ!」

 

「…!お前、今トレノって言ったのか?」

 

「…?はい、言いましたけど。」

 

中里さんが急に目の色を変える。何か地雷でも踏んじゃった?

 

「ピンと来ないのか?”トレノ“って聞いて何か思い出さないのか?」

 

「ぃいえ?特には。トレノちゃんはトレノちゃんですから。」

 

「そうか…。分かった、悪かったな。」

 

「いえ、大丈夫ですけど…。じゃあ私、4本目走ってきますね!」

 

 

 

榛名が走っていくのを見送りながら物思いにふける。

 

(なにいいっ!?外からだとォー!?なめてんじゃねーぞっ!!外から行かすかよォ!!)

 

あのバトルももう20年以上も前なのか。おっさんになった今でも鮮明に思い出せるぜ。

 

それにしても榛名の奴、秋名のハチロクを知らないのか?…それも無理ないか。何せハチロクが有名になったころアイツはまだ生まれてなかったからな。

 

…トレノか、偶然じゃないだろうな。

 

 

 

 

 

「秋名到着~。やっぱりホームコースの空気は違うな~!」

 

あれから妙義ではさらに0.4秒縮め、自分を納得させながら家に帰った。秋名こそは瀬名の記録を更新してやる。

 

私と瀬名のタイム差は2秒。となるとボーダーラインは3分11秒くらいか。

 

「さ~て、上るかぁ!」

 

何はともあれ上らないと始まらない。秋名の高速ステージにはインプはぴったりはまる。

 

左ヘアピン、二つのRが重なる複合コーナーを抜ける。トレセンに行っても秋名だけは夢でも攻めていた甲斐があった。

 

昨日から調子いいからこの勢いでレコード更新しちゃおう!

 

 

 

「はしゃぎすぎちゃったなぁ。もうタイヤ限界だよ。」

 

下りの4本目を走る前にタイヤを確認したらあと一本走れるかどうかになっていた。熱くなるとタイヤの事を考えないで走る癖はどうしても直らない。

 

まあいいや。3分12秒419と自己ベストを1秒縮めた。この1本で完璧に持っていく。

 

第1コーナーをインデッドに攻めてタイムを稼ぐ。壁との間隔は広くて10センチ。ベストライン的にそれ以上は認められない。

 

100キロを超えるスピードで全開の四輪ドリフトなんて何か一つでもミスすれば良くてスピン、悪ければご先祖様とこんにちはだ。

 

まあクラッシュする前にスピンで逃げるのも腕のうちって事で。何回スピンしたことか。

 

最初のヘアピンを抜けて左コーナーを抜けると、後ろから光がチラチラと見え始めた。…え?

 

「嘘でしょ!?」

 

思わず大声で驚いてしまった。今私は本気で攻めている。それも自己ベストを超えるほどのペースで走っている。

 

「気のせい…だよね。そうであってくれないかな。」

 

緩い右の後のきつい左を慣性ドリフトでクリアしていく。後ろの車も当たり前のようについてくる。それどころかさっきより差が縮んでるようにも見える。

 

緩い右を抜ける。その先の二連ヘアピンをぎりぎりで抜けていく。それでも離れないそれどころか食いつかれている時間がどんどん長くなっている。

 

初めてだ、ここまで追い回されるのは。まさか瀬名?バックミラーから覗いただけじゃ車種は分からない。

 

この先のスケートリンク前のストレート、アクセルを開けていくとわずかだけど差が開いた。つまり車のパワーは私の方が上って事か。

 

それはそれでショックだなぁ。コーナーには自信あるんだけどそのコーナーで追い回されるなんて。

 

燃えてきたじゃん。追いかけまわされたら振り切りたくなるでしょ。ここはテクニカルセクションだから振り切れなくていい。

 

仕掛けていくのはこの先の高速セクションから5連ヘアピンに至るまで。ペースを上げて逃げ切れなければもうどうにもならない。

 

ガリッ

 

高速セクションに入る手前のヘアピン。このツッコミ重視の溝落としは私が決めに行くという意思表示

 

ガリッ

 

!!? 噓…でしょ…?

 

溝を抜けて私はアンダーを出して外に膨らむ。対して相手はインベタに立ち上がって加速していく。

 

アンダーを出した影響で少しアクセルを開けられない時間が出来てしまう。その間に相手は楽に前に出る。

 

「…インプレッサ?それもGC8?」

 

私のインプより1代前のインプ。いざこうやって目にすると今でも通用するくらいの戦闘力だということを思い知らされる。

 

でもまだ、この先のヘアピンまでまたストレートが続く。このストレートでもう一度前に出る!

 

パパパパン!

 

並んで緩い左、緩い右をクリア、その先のヘアピンに突っ込んでいく。私がイン、相手がアウトの形になった。

 

ブレーキング勝負………ここ!

 

その瞬間、私がこれまで積み重ねてきた物が崩れ去った気がした。私の限界を超えたブレーキング、私以上のスピードで理想的なラインをトレースしていく。

 

そのコーナーを立ちあがり、5連ヘアピンをクリアするころにはGC8はもうどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々、良い腕だ。」

 




どもども、ララク○ッシュを食べるとき若干手こずる男です。

バトル描写もレース描写も書くの大変ですねぇ。榛名さんはちょっと傷心してますし。

多分次回辺りでキタちゃんデビューですかね。と言う訳でアップお願いしますね。

「もちろんです!勝って見せますから!」

元気でいいですねぇ。短いけどまた次回!


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第五十一話 ケガを乗り越え

麓の駐車場でタイマーを止めると3分11秒518。ボーダーラインの11秒台には乗せることはできたし、瀬名のタイムまでコンマ5秒に迫れた。何なら3本目のタイムを1秒近く更新している。

 

…だというのに気分は浮かない。それどころか沈んでいく一方だ。

 

「あのインプは私や瀬名より、多分神フィフティーンよりもダントツに速い。悔しいけど、あと半年…いや1年攻めたとしても同じ土俵には立てない。」

 

後ろから見た感じ、こっちの車の戦闘力の方が上だと思う。それなのにちぎられた。コースの熟練度、ドラテクに至るまで完璧に負けている。

 

歯を食いしばる。今日に至るまで私は秋名で負けたことは無かった。絶対の自信もあった。それが、いままであった常識と共に崩れてしまった。

 

「…アッハハハ!」

 

何故か笑い出してしまう。悔しいは悔しいけど何かが吹っ切れたみたい。よく考えたら、あの車と同じことが出来ない訳が無い。同じインプだし、戦闘力だって上だし。

 

「ごめんねトレノちゃん。土曜日は秋名の走り込みで休みかな。」

 

 

 

 

 

「お待たせ―。待った?」

 

「いや何があったんですか。」

 

渋川さんが予定の時間通りに来た。…のはいいんだけど車の汚れが凄い。…よく見たらタイヤの溝があまり無い。こんなに無くなる事ってあるんだ。

 

「いやぁ、久々にはしゃぎすぎちゃってさぁ。思い切り攻めてたらこんなになっちゃった。」

 

「思ったんですけど渋川さんの車ってたまに爆発しますけど、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だよ。色々とパーツの寿命縮んじゃうけど今のところ不都合は起きてないよ。」

 

「起きてるじゃないですか。」

 

パーツの寿命が縮んでいるのが不都合には入っていないのか。

 

「じゃあ、またしばらくトレノちゃん借りますね。」

 

「行ってきます。」

 

「おう…トレノ、榛名、ちょっといいか。」

 

「はい、何でしょう。」

 

「ここから先、クラシックで勝つには作戦が重要になってくる。それと同じくらい、技の引き出しもな。具体的な事はまあ、お前らで考えるんだな。」

 

お父さんがとても投げやりなアドバイスをくれた。作戦が大事なのはわかるけど技か。柵走り以外の技が何か思いつかないとか。…あるかなぁ?

 

「分かってます。見ててくださいね、三冠取ってみせますから!ケガもさせません!」

 

「取れるかどうかは分からないけど、頑張ってくるよ。」

 

「おう、お前が勝ってくれると売り上げも上がるからな。」

 

「相変わらずがめついんだから…。」

 

 

 

「トレセンに帰る前にちょっと寄り道してもいいかな。」

 

「良いですよ、どこ行くんですか?」

 

「ちょっと馴染みのガソスタ。」

 

「ガソリンスタンドですか?」

 

「うん、そろそろガスが無くなりそうだし。」

 

そう言って渋川さんは伊勢崎から40分程の渋川市に向かった。…寄り道にしては随分遠い所に行くなこの人。

 

「どもー池谷さん、ハイオク満タンで!紹介するね、この人が池谷さん。昔お世話になってたんだ。」

 

「よっ榛名ちゃん。その横は…トレノちゃんか。ホープフルS凄かったよ。次のレースも応援するから。」

 

「初めまして、トレノスプリンターです。よろしくです。」

 

車の中から挨拶をする。なぜだろう、どうにも知らない顔って感じがしないんだよなぁ。

 

「それと…池谷さん、今日は武内さんいないんですね。」

 

「ああ、今日は休みだ。もう帰るのか?」

 

「はい、その挨拶にと寄り道したんですけど…よろしく言っておいてください。」

 

「分かった。今年も頑張ってな。応援してるぜ。」

 

 

「…それとは関係のない話なんですけど、秋名で凄腕の走り屋って瀬名以外に知りませんか?」

 

昨日のインプレッサについて池谷さんなら何か知っているんじゃないかと思って聞いてみる。

 

「凄腕の走り屋?最近は走り屋だって少ないし、それに榛名ちゃんや諸星瀬名クラスとなると流石に分からないな。」

 

「最近の走り屋じゃなくても良いんです。昔の走り屋でもなんでもいいんです。」

 

「昔の走り屋で凄腕なら…2人いるぜ。」

 

「っ!誰なんですか!?どこに行けば会えますか!?」

 

つい声を荒げてしまった。私にとっては瀬名よりも優先するべき走り屋になっている。分かるかもしれないのに声を上げない訳が無い。

 

「落ち着けって、その走り屋の1人は今イギリスにいるんだ。」

 

「イギリスですか?それじゃぁ、もう1人の方はどこに?」

 

「藤原豆腐店って豆腐屋の店主だ。俺も聞いた話だけどその人は現役の頃は自他ともに認める秋名最速の走り屋だったんだ。」

 

「その人の車種は何です?」

 

「昔は”ハチロク“に乗ってたけど今はインプレッサに乗ってるんだ。」

 

…!インプレッサ!

 

「そのインプレッサ、色と型式って分かります!?」

 

「色は青で型式は…GC8だ。」

 

「その車です!私が昨日負けた車!」

 

「負けたって…あの人とやったのか!?あの藤原文太さんと!?」

 

「あっ…今のはオフレコでぇ…アハハ…。」

 

少しの間沈黙が続く。何というかこういう謎の間は少し気まずい。

 

「…昨日の夜、秋名を走ってたら後ろからそのGC8に煽られて、ブレーキング勝負で負けて、その後の5連ヘアピンを抜ける頃にはもうちぎられてました。」

 

「そうなのか…いやなんか安心したよ。藤原さんがまだ現役で走ってるんだって思うと。」

 

「いつかリベンジしてやりますよ。次は私がちぎってやるんですから。」

 

そんなことを話している間に給油を終えていた。

 

「さて、そろそろ行きますね。トレノちゃんの応援よろしくお願いします。」

 

「おう、榛名ちゃんもな!」

 

「ええ、もちろんです。」

 

 

 

 

 

「うぅ…緊張して来たぁ。」

 

遂にアタシのデビュー戦。ここまでリハビリもトレーニングも頑張って来たけどいざ本番になると緊張するなぁ。

 

「大丈夫だ、ケガをあけてここまでトレーニングして来たんだ。絶対とは言わないが、勝ち目はあると思うぜ。」

 

「ほら、そろそろパドックに出ないと。キタちゃん、頑張ってね!」

 

「はい、行ってきます!」

 

 

『3番人気、キタサンブラックです。』

 

『1番、2番人気に劣らないいい仕上がりですね。』

 

『今回のレースはマイル、適性は中距離との事ですし、屈腱炎を乗り越えて勝利することはできるのでしょうか。』

 

パドックから周りを見渡す。トレーナーさんやテイオーさんも見てくれている。あっダイヤちゃんも見に来てくれてる。

 

「見ててね、ダイヤちゃん。絶対勝つから。」

 

 

「キタサン、ちょっといいか。」

 

「はい、どうしたんですか?」

 

パドックを引き上げて、コースに入ろうとするとトレーナーさんに呼び止められた。

 

「直前まで考えたんだが…今回のレース、逃げを使うな。」

 

「え?それってどういうことですか?」

 

「作戦としては差し寄りの先行だ。位置としては中団のやや後ろ。屈腱炎が収まったからと言って全力で走るのはリスクが高すぎる。」

 

「確かに…でもそれで勝てますかね。」

 

「かなりギリギリになると思う。本来の適性は中距離だからな。スパートを掛けるのは…」

 

 

「キタちゃん大丈夫かな…。」

 

学園で元気にトレーニングしている姿を何度も見てきたけどいくらタフなキタちゃんでもレースに耐えられるのかな。

 

「そんなに沈んだ顔しないでダイヤちゃん。」

 

「そんな顔するのは負けた時にしてくれ。」

 

「トレノさん、ロータリーさん。」

 

「まあ心配したくなるのも分かる。実力としてはキタサンは問題ないとしても問題は…」

 

「屈腱炎を引きずってないかですよね。」

 

『各ウマ娘、ゲートインしました。後はスタートを待つだけです。』

 

実況がゲートインを知らせると私達はゲートに視線を向ける。頑張って、キタちゃん!

 

ガコン!

 

『スタートしました!おぉっと、少しばらついたスタートになりました。』

 

『7番の子は好位置に付けていますね。キタサンブラックは…やや後方ですね。逃げを打つウマ娘と聞いてましたが。』

 

『ケガの影響でしょうか、走りずらそうです。』

 

「き、キタちゃんがあんなところに!やっぱりケガを引きずって…。」

 

いつも逃げてるキタちゃんが中団後方にいる。私との並走でも基本前を走っていただけに驚きを隠せない。

 

「あの位置、仮に逃げで走っているなら絶望的だ。だが考えなしにあんなところを走るとは考えずらいんだよな。」

 

「だとしたら作戦?結構大胆だけど、仕掛けたとして間に合うのかな。」

 

 

トレーナーさんの作戦通り、中団やや後ろの外側に位置取ったけどやっぱりキツイ。でもまだ、我慢しないと。

 

スパートを掛けるのはコーナーを抜けて400メートルのハロン棒より少し手前。それまでバ群に飲まれないようにしないと。

 

嬉しいことに私へのマークは薄い。これなら前を塞がれることは無さそう。

 

『コーナーに入ったところで順位を振り返っていきます。キタサンブラックはまだ後方に付けている。』

 

『このまま沈んでしまうのでしょうか。心配です。』

 

ここまでは、苦しいけど順調。400メートルまでこの位置を守る!

 

『コーナーを抜けて、最後の直線に入った!ここから抜け出す子は出てくるのか!』

 

『団子状態になっていますからね。抜け出すのは難しそうです。』

 

『残り400メートル!外からも追い込んでくる!』

 

今だ!

 

「やあああぁぁぁぁ!!」

 

『キタサンブラックも上がってきた、追い込んできたぞ間に合うのか!』

 

間に合うかじゃない、間に合わせる!

 

『残り200メートル!キタサンブラック上がってくる上がってくる!そのまま先頭に変わった!』

 

やった、間に合った!

 

『キタサンブラックゴールイン!沈んでいたと思っていましたが見事上がってきて1着を手にしました!』

 

『見事クラシックに間に合いましたね。皐月賞を誰が取るのか今から楽しみです。』

 




祝!五十話突破おめでとう!

「いや待って待って待って。」

「それ普通前回やるやつですよね。」

野暮なこと言わないで下さい。榛名さん、トレノさん。あ、もしかしてタイトルコールやりたかったですか?すいません気が付かなくて。

それではテイク2どうぞ!

「いやそういう事じゃないから。こういう記念の後書きを節目じゃなくてこの中途半端な回の後書きにする必要なくない?」

いやあの時はただ単純に忘れてただけですね。

「は?」

という訳で皆さま、ここまでのご愛読ありがとうございます。本当だったら百話程度で終わるかなって思ってたこのシリーズですが面白半分でやってたらそんなんじゃ収まりそうもありません。

そういう事なのでまだしばらく続きます相変わらずの駄文っぷりですが今後ともどうぞよろしくお願いします。

真面目なのはこれくらいにして、先ほどから殺気が凄いんですよね。雑に扱ったからですかね?

また次回!


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第五十二話 ガムテープ

レースに無事に勝って控室で休んでいるとダイヤちゃんが入ってきた。

 

「キタちゃんお疲れさま!お茶ここに置いておくね。」

 

「やったぁ!…ぷはぁ!レースの後のお茶は美味しいなぁ!」

 

やっぱりダイヤちゃんのお茶はいつ飲んでもおいしいや。特にレースの後だと全身にお茶のうまみが染み渡る。

 

「おめでとう、キタちゃん。正直負けちゃうかもって思っちゃった。」

 

「作戦だったのか?だとしたら結構危ない橋渡ったよな。」

 

「トレーナーさんからの作戦で、今の体だと逃げは厳しいからという事でこの作戦を思いついたそうです。聞いたあたしが一番驚きですよ。」

 

「まあそうだよね、キタちゃんの普段の走り方を知っているだけに私たちもびっくりだったよ。」

 

「何にせよ、こうやって勝てたんだ。これでクラシック三冠が熱くなるってもんだ。…だがまずはお前だ、トレノ。」

 

そう言ってロータリーさんはトレノさんを指さす。トレノさんは驚いた様子もなく普段の天然っぽい目でロータリーさんを見つめている。

 

「弥生賞までにさらに速くなってお前をぶっちぎって俺の速さを見せつけてやる。」

 

「これ以上速くなられると困っちゃいますよ。どうにかテクを磨かないと。」

 

「あれ以上磨いてどうするんだよ。対策するこっちの身にもなってくれ。」

 

うわぁ、あたしとダイヤちゃんそっちのけでバチバチだよ。…でも。

 

「そうやってバチバチなってる間に横から皐月賞貰っちゃいましょうかね~。」

 

「キタちゃんだけずるい、皐月賞を勝つのは私だから。」

 

「「皐月賞も俺(私)が勝つ!」」

 

皆気合十分だなぁ。私も皐月賞で逃げを打てるようにトレーニングしなくちゃ!

 

 

 

 

 

「さて、弥生賞まであと1カ月。出来る事は少ないかも知れないけど出来る限りの事はやっていこう。」

 

「相手はロータリーさんですから。何か特別な事ってやるんですか?」

 

「今は特にはやらないよ。やるにしても残り1週間になってからだね。」

 

「残り1週間ですか?結構短い気がしますけど。」

 

特別なことをやるのはいいけど1週間で身に付けろって言われても流石に困る。

 

「確かに短いけど、東条さんとか他のウマ娘に情報を与えたくないんだよね。ただでさえホープフルで情報丸裸なわけだし。」

 

「ですね。それじゃあ、今日はいつものようなトレーニングですか?」

 

「いや、今日からは坂路中心のトレーニングだね。中山の上りを克服できれば勝率もかなり上がると思う。取り敢えず3セット行ってみようか。」

 

「分かりました。」

 

 

トレノちゃんに販路を走ってもらっている間に色々とシミュレーションする。コーナーでは…多分こっちに分がある。

 

でもストレートは確実に負ける。中山には長い坂がある。弥生賞までにいくらか改善されるとしても不利なレースになる。

 

ふとトレノちゃんのコーナリングを見る。鮮やかにクリアしていってるけど…あれほどの荷重移動のコントロールが出来るなら。

 

「やっぱりやるかな、ガムテープ。」

 

それに坂での走法も改善できる。ホープフルでは坂に入ったトレノちゃんはストライドとピッチの中間位の走り方をしていた。

 

それをピッチに寄せることが出来れば。結構前にトレノちゃんにストライドとピッチが頻繁に変わる走り方について聞いてみたら。

 

(そんなに変わってますか?ただ普通に走ってるだけなので意識したこと無かったです。)

 

との回答が返って来た。あの走り方が無意識だと『坂はピッチ走法で走って』って言っても混乱させちゃうだけかもしれない。

 

だからと言って放置するわけにもいかない。このセットが終わったらそれとなく伝えてみよう。

 

「そろそろ坂…あれ、足の回転があの時より速い?」

 

驚いた。ホープフルの時より速くなっている。測定したタイムも縮んでいる。

 

「ハァ…3セット終わりました…。」

 

「お疲れ、この前よりタイム縮んだよ。坂の走り方が良くなったけど誰かに教えてもらった?」

 

スポドリを渡しながらさっきの走り方について聞いてみる。

 

「いえ、特には教えてもらっていませんし、走り方を変えたつもりも無いんですけど。」

 

「これが天才肌って奴なのかな。」

 

ともあれ不安要素が自然に解消された。となれば残りの1週間の時にやるトレーニングにトレノちゃんが対応できるか。

 

 

 

「弥生賞での作戦って何ですか、東条トレーナー。」

 

「ええ、私なりに色々と考えたのだけれど…弥生賞、トレノの後ろを走りなさい。」

 

「トレノの後ろ…ですか?」

 

「そうだ、これまでのレースを振り返って、全員がトレノの前を走って負けている。あのタマモクロスでさえも。」

 

後ろを走るなんて想像もしない作戦だった。だけど俺の脚質は逃げ、先行。まあ先行の方が得意なんだがな。

 

「待ってください、俺の脚質は先行です。トレノが追い付けないくらいにぶっちぎればそれで…。」

 

「お前の言いたいことも分かる。確かにお前ならそれでも勝てるかもしれない。だがその先の皐月賞がある。それまでに情報を出し過ぎたくない。」

 

「そのための後追いですか。」

 

「トレノのコーナリングは他の追随を許さないものがある。だが弱点が無い訳じゃない。」

 

「弱点ですか。まあ無いと困りますけど。それで、その弱点って何ですか。」

 

それさえ分かれば負ける気はしない。弱点ってのはなんだ?

 

「それはトレーニングで説明するわ。どれも言葉では説明しづらいものよ。早速行くわよ。」

 

 

 

 

 

弥生賞まで残り1週間。坂路が中心だったトレーニングも少しずつ他のトレーニングもやり始めた。上がり3ハロンのタイムを計ったり。

 

今日も今日とてトレーニングなんだけど…渋川さんが何か持ってる。

 

「何ですか、それ。」

 

「何って、ガムテープだけど。」

 

「だからそのガムテープが何かって聞いてるんですけど。」

 

なぜここにきてガムテープなのか。そもそもガムテープを何に使うのか全く分から

 

(トレノちゃんの脚をガチガチに固めようかなって。)

 

…嘘やん、マジでやろうとしてるの?仮に巻いたとしてもホントに効果あるの?

 

「よし出来た!これで走ってみてくれる?」

 

「人の許可を貰っても無いのに巻かないで下さい…ってほとんど動かないんですけど。」

 

「だってそうなるように巻いたから。それと、ゆっくりじゃなくて全開に近いペースで走って。」

 

全開に近いペースで?それって余計に危ないんじゃ…。そんなことを思っていると渋川さんが説明を続ける。

 

「車だとこのルールはガムテープデスマッチって言うんだけど安全に行けば行くほど罠の多いルールなんだ。だからと言って全開は全開で罠多いんだけどさ。」

 

聞いてる限りかなり絶望的な情報をポンポン出してくる。これ本当にやって大丈夫なの?

 

「コツもあるにはあるんだけど、凄い感覚的な事だし実際に走って体感してもらうしかないんだ。まあ取り敢えず行ってみよう!」

 

「不安しかないんですけど…。何かあったらお願いしますよ?」

 

「分かってるって。そんな無責任な事はしないから。」

 

「そういう事なら…じゃあ、行きます。」

 

恐る恐る走り出す。少し走っただけで窮屈さを感じる。全開で行け…か。取り敢えずいつも通りにコーナーに入る。

 

スピードに乗ったままコーナーを曲がっ…! ヤバ!

 

 

「転ぶ!」

 

流石に無茶だった。よく考えなくてもガムテープデスマッチがトレーニングに応用できる訳が無かった。1秒でも早く助ける為にトレノちゃんの元に走る。

 

でもその足は止まることになった。トレノちゃんは咄嗟に体の向きをコーナー出口に変えてドリフトに近い形で転ばずにクリアしていった。

 

「すご…。完全にイッたと思ったのに。後でケガしてないか確認しなきゃ。」

 

あの様子から見て、ケガはしていないかもしれないけど大事を取らないと。…いや、今止めさせないとケガしていた場合に悪化するかもしれない。

 

そう思って息を吸って大きな声で呼びかける。

 

 

も、戻ったぁ。ラッキー…。可動域の少なくなった足を無理やり動かして、ダメ押しに体も捻ったからどうにかなったけど…。

 

アキレス腱切れるかと思った。かなり痛かったけど走るのに走るのに影響は無い感じかな。

 

さて、もう一つのコーナーをどうクリアするか。…もう一度全力で曲がってみる?無理やりでも曲がれたって事はコツさえ掴めば普通に曲がれるんじゃ。

 

怖いは怖いけど…やってみよう。

 

「トレノちゃん!走るの止めて戻ってきて!」

 




どうしましょうかね~誰か呼ぼうにも話題のわの字すら出ないので誰を呼べばいいのか分かりませんね。

という訳でここで終わりましょうかね。

所で皆さん、から揚げの衣って片栗粉派ですか?小麦粉派ですか?

どっちが多数なんでしょうかね。ちなみに僕は片栗粉派です。

まるっきり関係ない?そんなー。

また次回!


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第五十三話 嫌な予感

「トレノちゃん!走るの止めて戻ってきて!」

 

渋川さんからの制止の声が聞こえた。戻るにしてもこのコーナーを超えないといけない。…ごめんなさい、このコーナーだけ走らせてください!

 

コーナーに入る決意を固めてスパートを掛ける。もしまたミスったら今度こそ何かケガする。私が対応できるか、一発勝負だ!

 

 

「トレノちゃん!お願い、戻ってきて!」

 

駄目だ、全然止まる気配が無い。このままだと勢いそのままにコーナーに突っ込んでいく。

 

せめてコーナーの出口で待って転んでもすぐに対応できるようにしておこう。さあ、いつでも来ていいよ!

 

 

一つ目のコーナーの時より速いスピードで曲がっていく。足がコーナーの方に曲がらないから自然と体が外側に行ってしまう。

 

行きたい方向と脚の向きが違うからなのか、脚がもつれ始める。

 

………………ココか!

 

 

 

「えー…いや、そんなっっえーー?」

 

コーナー始めこそ外に膨らんでいってまた転びそうになったけどさっきのコーナーでコツをつかんだのか、ものすごくきれいに修正してクリアしていった。

 

限られた舵角で曲がるには流さなくても、流しすぎてもアウト。でも慣れれば普段よりかなりとばせるようになる。

 

ワンハンドステアもガムテープデスマッチの延長線みたいなものだし。

 

…でもそんな簡単にこなせるルールじゃないんだけどなぁ。おかしいなぁ。って今はそんなことよりトレノちゃんの心配をしないと!

 

「何とか、…戻ってこられました。」

 

「大丈夫!?痛い所とか無い!?」

 

「今は大丈夫ですけど…これめちゃくちゃ難しいですね。」

 

「まあそりゃあこれやって事故った人は古来より数知れないからねってそんなことよりガムテープはがすよ!」

 

大急ぎでトレノちゃんに巻いたガムテープを痛くないように慎重にはがす。

 

「動かすけど痛かったら言ってね。」

 

そう言ってゆっくりと動かしていく。沖野さんのようにはいかないけど少しの違和感も見逃さないように神経を集中させる。

 

「あの…。」

 

「あっゴメン!痛かった?」

 

「いや…少しくすぐったいです。」

 

「それは少し我慢してね。」

 

「はーい。」

 

少しの間触診してみても特に異常は無さそうだった。

 

「一応は問題なさそうかな。でも明日とかに痛みが出てきたらすぐに言ってね。今日はもう」

 

「分かりました。じゃあもう一週走ってきますね。」

 

終わりにしようかと言おうとしたら驚きの一言が聞こえてきた。

 

「いやちょっと待って。今日は終わろうかなって思ったんだけど。もしケガしてて悪化したら大変だよ?」

 

そうなったら弥生賞はおろか皐月賞、ダービーも回避しないといけなくなる。それだけは絶対に避けたい。。

 

「さっきのやつ、めちゃくちゃ難しかったですけどコツを掴めた気がするんです。忘れないうちにもう一度走りたいんです。」

 

「掴んだの?あの1回で?…じゃああと1周だけだよ?」

 

「ありがとうございます。」

 

走っていくトレノちゃんを見てタイマーを押しながら疑問に思う。あの1周だけでコツを掴めたって…。いったい何が何だか。

 

最近ロータリーちゃんのトレーニングでも見学もとい偵察しようとしてもどうにも時間合わないし。あっちがどんな作戦で弥生賞走るのか分からないまま。

 

そんなことを思っているとトレノちゃんがコーナーに入っていく。すると驚くことにコーナーの入りがスムーズになっている。

 

今までは入り口で少し曲がりすぎてしまう癖のようなものあったんだけど。弱点と言えば弱点なんだけど、皐月賞までに治ってくれればいいやと思っていた。

 

それがこんな一瞬で治ってしまうなんて…。誇らしく思う反面恐ろしくもある。この恐ろしさは何というか、GC8に似ている気が…いや何か違うな。

 

ともあれ、これなら弥生賞、その先の皐月賞の勝算は十分にある。後は作戦かぁ…浮かばないなぁ。

 

 

良い感じにスピードが乗る。脚で曲げるより体全体をうまく使う方が速く曲がれるのか。

 

ケガこそしかけたけどそのおかげでまた成長することが出来た。成程、ガムテープにはそういう意味があったのか。

 

次のコーナーも体全体を使って曲がっていく。…うん、いい感じ。違和感もない。

 

唯一つ、言いたいことがあるとすれば、これ異常に危ないから他の人で絶対にやらないで下さいね。

 

 

 

「成程、これが追込の走り方か。」

 

対トレノに向けてヒシアマ姐さんの胸を借りている。最序盤さえ後ろで耐えることが出来ればあとは思いのほか好きに走れる。

 

「そこだロータリー!スパートを掛けてみろ!」

 

「ハアァ!」

 

東条トレーナーのも合図で俺と姐さんはスパートを掛ける。…付いていけてるぜ。トレノの末脚は姐さんほど鋭くない。超ロングスパート型って言ってたな。

 

これなら勝てるぜ。弱点だって分かった。弥生賞でアイツに勝って三冠への足掛かりにする。

 

 

 

 

 

「そのシャーペンカチカチやるのって癖ですか?」

 

「えっ?あっホントだ。無意識だったよ。…遂に来たね、弥生賞。今日まで頑張って来たけどそれは向こうも同じ。頑張ってきて。」

 

「はい、勝ってきます。…ところで作戦ってあるんですか?」

 

「作戦かぁ。…パドックでロータリーちゃんの様子を見て考えるからちょっと待っててね。」

 

本音を言ってしまえば何も思いつかなかっただけだけど。…何かいい作戦無いかなぁ。

 

「それ、何も思いついて無いだけじゃないですか?」

 

「ギクぅ!そそそそんなこと無いよ?」

 

「そんな事あるじゃないですか。それじゃ、行ってきますね。」

 

「う、うん。戻るまでに何か考えておくから!」

 

 

『ホープフルでは強烈な走りを見せてくれたトレノスプリンターは弥生賞2番人気です。』

 

『それでも人気で言えば1番人気と僅差です。好走を期待します。』

 

ホープフルがG1で弥生賞はG3。レースの格式はホープフルの方が上だけどそれでも同じくらいの観客が来ている。皐月賞のトライアルってだけあるな。

 

『さあ満を持して1番人気、イエローロータリーが入ってきました。』

 

『ここからでも分かるくらい気合が入ってますね。流石1番人気ですね。』

 

「遂に来ましたね、弥生賞。」

 

「ああ、今日お前に勝って皐月賞の足掛かりにする。悪いが踏み台になってもらうぜ。」

 

「私だって負けられません。地元で応援してくれてる友達もいるので。」

 

「まあそれもそうか。続きはレースが終わってからだ。」

 

ロータリーさん、気合の入りが違う。正直話してるだけでプレッシャーを感じてしまった。今日のレース、ホープフル以上に厳しいレースになりそう。

 

 

…何か嫌な予感がする。東条さんの作戦にか、それともロータリーちゃんにか。…その両方?

 

どうにか作戦を…ダメだぁ!何も出てこない!バトルの時はその場その場でっていうか”コース“で仕掛け所決めてたから…コース?

 

「そうだよ、中山なら1回多く走ってるからコースを知ってる分こっちが有利!となれば仕掛けるポイントはぁ…あー。」

 

よく考えたら中山の最後のストレートは上り、身体能力はロータリーちゃんが上。それまでにトレノちゃんが抜いていなければ絶望的。

 

「…どうしよ。」

 

 

地下バ道を通ってコースに向かっていると渋川さんが壁にもたれ掛かりながら何かを考えていた。

 

「作戦、思いつきましたか?」

 

「ゴメン、何も思いつかなかったよ。投げやりになっちゃうけどトレノちゃんらしく走ってきて。」

 

「はい。ただ今日のレース、ロータリーさんが何かしてくるかもしれません。」

 

「だね。だからこれだけ、何が起こってもおかしくないから何が起きても冷静さを保つようにして。…頑張って!」

 

 

『注目はやはりイエローロータリーとトレノスプリンターですね。』

 

『そうですね。先行で逃げ切るか、追込で差し切れるのか。注目です。』

 

軽くストレッチして、深呼吸する。冷静さを保つ…か。ロータリーさん相手にそんなこと出来るかな。タマモクロスさん、オグリキャップさんとやった時だって冷静さなんて保とうとしなかった。

 

考えても仕方ない。とにかくこのレースに集中しよう。

 

『ゲートイン完了、出走準備が整いましました。』

 

その合図でファンファーレが流れる。気持ちをレース1本に集中させてくれる。

 

『今、スタートしました!』




後書きがマジで浮かびません。

という訳でその道のプロに後書きを書くうえでもコツを聞いて行こうと思います。デジタルさん、よろしくお願いします。

「お任せを!解決してみせますよ!」

早速なんですけど後書きで書くことの代表例って何でしょう?

「まあ後書きですからね、自由なスペースなので近況報告なり作品に対する思いだったりですかね。作者さんは前書きを書かない人なので自由度はありますね。」

成程、近況報告ですか。クレーンゲームで沼りまくって6000円位使っちゃったとかでもいいんですかね。

「大丈夫だと思いますよ。どなたを取られたんですか?」

リゼロのレムと五等分の五月ですけど。

「ウマ娘ちゃんとちゃうんか~い!」

また次回!


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第五十四話 弥生賞

『今、スタートしました!』

 

よし、出遅れないでスタートできた。このまま最後尾付近でロータリーさんの動きを見て…ロータリーさんが前にいない?どこに?

 

瞬間、後ろからプレッシャーを感じる。まさか、後ろにいるの!?

 

「くっ!」

 

 

まさか、後追いのポジションなんて。何が起きてもいいようにとは言ったけど流石にこれは想定していなかった。想定外も想定外だ。

 

「意外でしょ?でもこれが私の出した対トレノ専用の作戦よ。」

 

「意外過ぎますよ、東条さん。後追いなんて考えもしませんでした。勝算あったのにこれで圧倒的に不利ですよ。相変わらずえげつないですね。」

 

「さて、ここからどう転んでいくかしらね。」

 

 

スタートしてすぐの上りに入る。俺は何ともないが、トレノにとってはここも弱点になるが流石に簡単には行かないか。ピッチ走法でスピードを殺さないで走ってる。

 

焦る事じゃない。これ自体は東条トレーナーも予測してたことだ。だが、少し信じられないのは奴のペースが少し上がっている。

 

その証拠にスタートの時より順位が2つ上がっている。だからと言って俺のやることは変わらない。

 

 

後ろにべったりと張り付かれて落ち着かない。冷静さなんかどこかに行ってしまった気がする。まだ坂を上り切っただけなのに、消耗してしまっている気がする。

 

レースは終わってない。それなのに、認めたくないけど、私は敵わないのかもしれない。このレース、負けるかもしれない。

 

コーナーに差し掛かる。イン側に付けてそのままのスピードで曲がる。当たり前のようにロータリーさんは付いてくる。

 

この先の下りでスパートを掛けて最後の上りまでに差を付けないと…!

 

 

すげぇ…鳥肌もんだ。あんなスピードで曲がっていくなんて。それに柵走りも相まって入り口じゃぁ置いて行かれる。ペースを上げて強引に奴との距離を詰める。

 

コーナーでも少し余裕がある予定だったんだがもう既に余裕はない。1人で走ってこれを再現しろって言われてもそう簡単に出来る事じゃない。

 

付け入る隙になるはずだった内側に曲がりすぎる弱点も無くなっている。つい1週間前まではあったはずなんだがな。何をしたんだ?

 

 

「このペースは…明らかに追込のウマ娘の走りじゃない!」

 

「弱点が無くなっているのには驚いたけどまさかトレノがあんなペースで走れるなんて。誤算ね。」

 

『明らかに掛かってますね。あのペースで走って終盤まで持つのでしょうか。』

 

実況も解説もこの異常事態に驚いている。無理もない。担当の私が一番驚いてるんだから。

 

『既に4番手の位置に居ますね。追いかけているイエローロータリーからすればいい位置ですがトレノスプリンターがいるべき位置ではないですね。』

 

 

「でも、ロータリーさんの方も余裕が無さそう。」

 

「あのペースに付いて行ってるんだもん。レース全体で見てもかなりのハイペースだよ。」

 

キタちゃんとトレセンのテレビで弥生賞を見てるけど、予想も出来ないレース展開になってきた。

 

「でも普通に考えればトレノさんの方が追い詰められてるよね…。」

 

「うん、追込のウマ娘があそこまで飛ばしてスタミナが持つのかな。」

 

こう言ったけど、トレノさんからは私よりも簡単にジンクスを破り去ってしまう気がする。

 

 

チッ

 

痛ッ、手の甲掠った…!?

 

内側に寄せすぎた。でもこんなに攻めてもロータリーさんは付いてくる。まさか、ロータリーさんはコーナーも私より速いの?

 

最初のコーナーもそろそろ終わる。ここから下り、多分付いてくるけど、ここしか離せるチャンスが無いならもう賭けるしかない!

 

 

コーナーが終わった、キツすぎるぜ。ここからは下りだ。直線なら負ける訳がねぇ。

 

重力に従って勝手に加速していく。トレノの後ろに入っているおかげで空気抵抗も無い。少し精神的に楽になったぜ。

 

そう油断した途端、空気抵抗が大きくなった気がした。…まさかコイツ、ここでまだ加速してるのか?下りの恐怖の感覚がねえのか?

 

くそ、少し楽できると思ったのに全然余裕ねぇ。このペースははっきり言って逃げ、アイツの走りとは真逆の走りだ。

 

疑問なのは、最初からこのペースでなぜここまで走れているのか。追い詰めているはずなのに追い詰められている気がする。

 

 

「確認したいことがあるんだけれど、トレノの脚質は追込よね。」

 

「まあ、そうですね。タマモちゃん、オグリちゃんでも追込でしたし、タイムを計る時も追込で走りますね。」

 

「異常よ、あのスタミナ。追込であるトレノがレースの前半をスズカのような逃げで走ってまだペースが上がり続けている。」

 

「出来たにしても足にかかる負担は相当なものでしょうね。それに下りはトレノちゃんの得意分野ですから。まだペースは上がりますよ。」

 

こんなことになるなら作戦の一つや二つ思い付くんだった。作戦でなくても私が教えられるようなテクがあれば!

 

(あのテクニック、溝落としに似てると思わないか?)

 

突然池谷さんが何気なく言った一言を思い出した。溝落とし………

 

「ああぁぁぁ!!」

 

そうだった!まだ”アレ“があった!もっと早く気付いていれば!

 

「ちょっと!いきなり大声出さないで!」

 

「すいません、今思い出したことをトレノちゃんに教えていれば良かったなって。もう手遅れだよぉ~!」

 

「何よ、そんなものがあるの?」

 

「たった今思い出したんですけどね。おっ教えませんからね!」

 

「聞かないわよ。そんな事よりもレースに集中しましょう。」

 

レースに目を向けると下りも終わって最終コーナー。焦っている時にやりがちなミスと言えばコーナーで突っ込みすぎ。

 

どうにかしようとして突っ込みすぎてそのままクラッシュなんてよく聞く話だから。トレノちゃんなら大丈夫だと思うけどあの掛かり方だと安心も出来ない。

 

 

こんなレース展開、想像も出来なかったな。もう既に先頭に立ってる。

 

このコーナーを付いていければあとは上り。仕掛けるとしたらそこだ。先行よりも十分に脚が残ってる予定だったがそれでもまだ余力がある。

 

「…!そりゃ…!」

 

『トレノスプリンター!無謀ともいえるスピードです!果たして曲がれるのでしょうか!』

 

明らかにオーバースピードだ!ミスったな!

 

外側にどんどんと膨らんでいくトレノを抜いて先頭に立つ。何というかあっけなかったな。少し残念ではあるがこのまま逃げ切る!

 

 

「曲がれ!!」

 

コーナーをミスってロータリーさんが前に出る。ここからどんどん離されていくと考えると走るのを止めたくなってしまう。

 

でもその心に反して脚はどんどんと加速していこうとする。

 

…離れない?てっきり離されると思ったのに。…まだチャンスがあるのかもしれない。と言ってもどうすれば?

 

何か…何か…!

 

 

(ただいまー。私さ、雪のカーブで滑らないいい方法思いついたんだ。)

 

(へー、どんな?)

 

(ガードレールに手を引っ掛けるんだ。これが意外と安定するんだ。)

 

(言うなれば柵走りってとこか。似たような技を俺の豆腐の師匠が使うって言ってたな。)

 

(ちぇ、もっと驚いたような顔が見られると思ったのに。)

 

(師匠の受け売りになるが、お前が見つけたやり方はコーナー入り口で外に膨らまないようにするための突っ込み重視の柵走りだろう。)

 

(へー。じゃあ私寝るね。)

 

(待て、柵走りにはもう1つ、立ち上がり重視の柵走りってのがあるんだ。こいつは難しいらしい。まあ研究してみな。)

 

 

4年も前の記憶が思い出された。立ち上がり重視の柵走り…あの時は眠くて半分聞き流してたし、あれから試したことも無いけど、やってみるしかない!

 

『イエローロータリーが三バ身のリード!トレノスプリンターここで落ちてしまうのか!』

 

コーナーも半ば、立ち上がり重視っていうならもう少し………………

 

『ここまでこのペースで走ってきましたからね。逆を言えばよくここまで持ったという気持ちにもなります。』

 

しゃあ、いっけぇ!

 

 

なんだ?急に足に力が入らなくなってきた。…スタミナ切れか?想像以上に負担を掛けていたって事か!

 

『何という事だ!トレノスプリンターが、まだまだペースを上げて行っているぅ!?』

 

「っ!?あいつ、一体何を!?」

 

何を、何をやったんだ?

 

 

コーナーが終わるまでにまだ距離がある、だったら、もう一度!

 

ガリッ

 

『並びかけている!?まだ脚が残っているという事か!?』

 

伊達に配達で毎日9キロ走ってた訳じゃ無い。スタミナなら負けない!

 

「ハアアアアァァ!」

 

『先頭2人が並んで最終コーナーを抜けて最後の直線に入っていく!この先には坂がある、果たしてどちらが制するのか!?』

 

『追い上げてきたことを考えればトレノスプリンターにも可能性はあるかもしれません。』

 

 

並んで坂に入っていく。中山の坂は高低差が激しいからここをどう克服するかで勝敗を分ける。文字通り最後の難関だ。

 

身体能力で考えるなら圧倒的に不利だけど、ここまでトレノちゃんが粘ってくれたおかげで突破口が見えた。

 

「トレノちゃん、焦らないで。勝負のポイントはラスト100メートル。坂を上り終えた直前だよ。」

 

 




どうしましょうかね~皐月賞が先か感謝祭が先か。

あ、どうも。ちょっと悩みどころなんですよね~。ギャグ回として感謝祭やりたいし、この勢いのまま皐月賞に進んだ方はいいのか。

よっしゃあアンケートです。内容は簡単、どっちが先がいいですかです。

この回が出てる頃には既に始まってると思います。はて、そのアンケートは何処や?と思われた方、既に終了している可能性があります。ごめんね☆

範囲とかってどうするべきですかね?…まあ三十話くらいからでいいか。

また次回!


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第五十五話 皐月賞の作戦

脚が重い…!最終コーナー入り口までは完全に俺のペースだった。後ろから見ていても追い詰めていたのは俺だった。

 

だが今追い詰められているのは俺の方だ。現にこの坂をスタートの時より速いペースで走っている。…今更だが奴の脚は問題ないのか?

 

だとしたらこの差は何だ?…今は考えるのは止めだ、ゴールは近いんだこのまま走り切る!

 

 

じりじりと差が詰まってる。5…4バ身くらい。

 

『残り100メートル!トレノスプリンターここまで追い上げてきましたがここまでなのでしょうか!?』

 

坂もこれで終わり、ゴールまで少し下り坂、もうここしかない!ラストチャンス!

 

「「ハアアアアァァッ!!」」

 

スタミナの殆ど無い体に鞭打って加速する。ロータリーさんも気迫で加速していく。…でもジワジワと近づいてきてる!

 

『残り50!トレノか!ロータリーか!ロータリーかトレノか!最後の末脚はぁ!』

 

 

「行けええぇ!トレノちゃぁん!」

 

その瞬間、ゴール板をほぼ同時に通過する。速すぎて肉眼では差をはっきり見ることはできなかった。

 

3着までは掲示板に出てるけど1,2着は写真判定になっている。

 

「凄いレースになりましたね。まさかここまで接戦になるなんて。」

 

「こっちもやりすぎってくらい作戦練ったのだけれどね。ほとんど狂わされてばかりだったわ。」

 

 

「ハァ…ハァ…やば…疲れた。」

 

ゴールしてその場に膝をつく。スタート直後からスパートを掛けさせられたせいで自分のペースなんか作れなかった。並べたのかも分からない。

 

「お前、ハァ…脚質なんだっけ…?」

 

「追込ですけど…ロータリーさんのせいでペース乱されまくりでしたよ。スタミナも完全に無くなっちゃいましたし。」

 

「無くなってんのはこっちもだ…。てかなんであのペースで走れちまうんだよ。」

 

「煽られたからっていうのもあるんですけど、もっと言えば勝ちたかったから…ですかね。」

 

「結局は…そこに行きつく訳か。その点は俺も同じなんだけどな。」

 

話しているとスタンドから歓声が沸く。何事かと思って周りを見てみると着順が確定したみたいだ。

 

「……!勝った!」

 

「ハナ差…差し切られちまったか。皐月賞は負けねぇからな。」

 

ロータリーさんが控室に戻っていく。私も戻ろうとしたけど疲れすぎてしまって動こうとしても体が重い。もう少し休んでよう。

 

 

「…負けちまったのかぁ。……くそったれがぁ!」

 

トレノの前では平然を装っていたが、いざ控えに戻ってきたら悔しさと自分に対する怒りが込み上げてきた。

 

「机にあたっても何も変わらないわよ。帰ってミーティングよ。」

 

「この反省を生かして、次の皐月賞こそは勝ってやります!同じ相手に二度は負けません!」

 

 

「お疲れー!ホンッッットにどうなっちゃうのかと思ったよぉ~!」

 

「生きた心地しなかったですよ。あんなペースで走ったことなんか一回も無いですから。」

 

「あんなに追い回されたら焦るよね。私もあそこまでピッタリ付かれたら落ち着かないもん。」

 

「そうですよ~。…そんな経験あるんですか?」

 

流しそうになったけどピッタリと付かれたことがあるの?

 

「そりゃあね。この前の突発バトルなんて、ペースを乱すことは無かったけどそれでも内心焦りまくりだったもん。」

 

「バトル?そういえばあの時赤城を上ったり下ったりしてたって言ってましたよね。てっきりサーキットって所で走ってると思ってましたけど、通報しないとですか?」

 

「…あっ!もちろんサーキットだよ!大丈夫!峠で攻めるなんて危ないなぁ!私の運転は安心安全に決まってるじゃん!」

 

「ソウデスカ」

 

ぼろは出まくってるけどこれ以上聞いても埒が明かなさそうだ。

 

「それよりもさ!立ち上がり重視に溝落と…柵走りなんていつ覚えたの?教えた覚えなんてなかったけど。」

 

「思い出したのは抜かれてからなんですけど、昔お父さんが教えてくれたのを思い出したんですよ。」

 

「豊田さん絶対にトレーナーだったじゃん…。あーあ、もっと早く思い出していればなぁ。良い顔できたんだけどなぁ。」

 

「教えてくれてたとしてもあの状態だとそんなこと思い出す余裕も無いですよ。」

 

「だよね。さあ残り1か月、柵走りもコーナリングも磨いて行こ~!」

 

来月は皐月賞。短い期間ではあるけどそれまでに絶対に成長してみせる。

 

「…そういえば、皐月賞って4月でしたね。」

 

「そうだね。1か月しかトレーニングできないから厳しいと思う。さあ、気合入れて頑張ろー!」

 

「いえ、頑張るのはいいんですけど。ただ素朴な疑問が浮かんじゃって。」

 

「疑問?何々?」

 

「弥生賞は3月で開催されてますよね。でも皐月賞ってなんで4月なんですか?皐月って5月ですよね?」

 

「……私にも分からん。」

 

 

 

 

 

「はい、という訳でドラテク教室の始まり始まり~!」

 

「いやどういう事です?」

 

今日はレースについての座学という事でトレーナー室に来たけど突如としてドラテク教室?が始まった。

 

「という訳でこちらのビデオをご覧下さーい。」

 

「いやいやまず説明してくださいよ。私何もかも分からない状態で何を学べばいいんですか?」

 

「トレノちゃんなら私のドラテクを応用できるんじゃないかなぁって。という訳でまずインホイールリフトから…」

 

「普通にレースで使える知識を教えてください。」

 

 

 

「どうすればいいんだ?どうすれば皐月賞で勝てる?」

 

キタサンがどうすれば皐月賞で勝てるか考えてはいるが…浮かんでは消えてくばかりだ。

 

『何という事だ!トレノスプリンターが、まだまだペースを上げて行っているぅ!?』

 

弥生賞でのトレノの走り、掛かってスタミナが無くなって足も残っていないはずなのにそれでもロータリーに追いすがって差し切ってしまった。

 

「どうすりゃいいんだよ。ただ逃げても追いすがってくるだろうし、かと言って後ろからプレッシャーを掛けてもこの経験のせいで効き目が薄い…。」

 

あんなものを見せられたらその時まで考えていた作戦はすべて吹っ飛んでいった。

 

「今のキタサンなら逃げを打っても問題は無い。…それなら追い付けないくらいの大逃げか?2000メートルだ。キタサンなら逃げ切れるかもしれない。」

 

 

「良いかキタサン。皐月賞だが…逃げで行くぞ。」

 

「逃げですか!?でもこの間の弥生賞はトレノさん、ほとんど逃げのペースで走って勝ってるんですよ?」

 

「もちろんただの逃げじゃない。大逃げだ、それこそスズカのような大逃げだ。」

 

「スズカさんみたいな…ですか?」

 

スズカさんの逃げは前にも見せて貰ったけどあの逃げ方は簡単にマネ出来るものじゃなかった。

 

「そうだ、そのためにも今日からのトレーニングはスズカとの併走がメインになる。」

 

「分かりました!それで、具体的にはどうしたらいいんですか?」

 

「それはな…」

 

トレーナーさんが少しためるとあたしの後ろから声が聞こえる。

 

「私に追いつくこと。それだけよ。」

 

「スズカさん、いつの間に…ちょっと待ってくださいよぉ~!」

 

走り出していくスズカさんを追いかけていく。どうやったらそんなペースで走れるんですか~!

 

 

スズカの走りを間近で見るんだ。最初のうちは厳しいかも知れないが乗り越えられれば皐月賞で勝てる作戦が見えてくる。

 

得られるものは大きいぜ。貪欲に吸収するんだ。

 

 

 

弥生賞で見せられた衝撃は大きかった。トレノさんが逃げのペースのままロータリーさんに勝ってしまった。

 

なら、私が取るべき作戦は?アレを見た後だと何もかもが通用し無さそうに感じてしまう。

 

「でも、末脚の切れ味なら…負けてないはず。」

 

皐月賞まで1か月、必死になってトレーニングしないと。キタちゃんにも負けられないから。

 

 

 

 

 

デビュー、ホープフル、そしてこの前の弥生賞で身体能力、コーナリングスピードすべてを把握できた。

 

だが、一つだけ、釈然としないことがある。トゥインクルシリーズに挑むウマ娘ってのは基本的に本格化を迎えてから挑むモンだ。

 

個人差はあるがそれでも1日で著しい成長を遂げることもある。だがトレノからはそれを感じることはできない。

 

俺の主観だけでなく、Parcaeも同じような答えを示している。

 

「成長の推移から見ても…明らかに本格化を迎えてない。」

 

だからこそ釈然としない。本格化前でデビューしたウマ娘と張り合う奴だって確かに存在する。だが本格化前でそれも最強と言われたタマモクロスに勝つとは。

 

去年根本的に何かが間違ってると思っていた原因がこれだとは…盲点だったぜ。

 

「知りたくなかったぜ…こんな事実。知っちまったからこそ凄さが際立ってくるぜ。」

 

コイツが本格化を迎えたらどうなっちまうんだ?…想像しただけで恐ろしいぜ。

 

 




アンケートご協力ありがとうございます。と言ってももうすこ~しだけ集計しますけど。

はい、ここに書くことが無くなりました。

デジタルさんの話を思い出せ…は!近況報告とかか!

という訳で近況としては…無い!恐ろしい位ない!車は走らせる趣味はあるけど日常すぎて特筆すべきところが無い!

という訳で次回の後書きにご期待ください。

また次回!


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第五十六話 皐月賞に向けて

皐月賞まであと3週間。トレノちゃんのトレーニングは順調そのものなんだけど。タイムの伸びが良くない。

 

いや、縮むことは縮んているんだけどそれはテクニックで縮めていったもの。凄いんだけど身体的成長があるかと言われると。首を縦には触れない。

 

「こんなにトレーニングしてるのに何で?頭打ちって訳でもなさそうだし…。そうなるとやっぱり?」

 

本格化を迎えていない。トレーニングを始めてしばらく経った時にうっすらと頭によぎった可能性がここに来て復活した。

 

「こうなるとテクニックにプラスアルファの何かが無いと…勝ち目が無いとは言えないけどでもまだ何か無いと安心できない。」

 

…この前ドラテク教室開いたら思い切り拒否されちゃったけど、もう一回開かないとかな。

 

「トラック2周、終わりました。」

 

「お疲れー。トレノちゃん、明日のトレーニングなんだけどさ、ドラテク教室でいいかな。」

 

ちょっと嫌な顔をされる。そこまで嫌だった?

 

「またインホイールリフトとか言い始めるんですか?」

 

「大丈夫!前回の反省を踏まえて心理面に特化したドラテク教室にするから!」

 

「それなら、分かりました。明日はトレーナー室ですか?」

 

「うん。それじゃあ次は…ガムテープ行ってみようか。」

 

「いえ結構です。」

 

 

 

「という訳で、レースで使える知識を授けましょう!まずは先行後追いのメリットデメリットについてかな。」

 

「そういうの待ってました。よろしくお願いします。」

 

「まず機会はもう無いと思うけど先行した時のメリットだね。まず当然だけど自分でペースを作れるし、ライン取りにも自由度が増すんだ。視界がいいのも特徴かな。」

 

「なるほど、デメリットの方は何ですか?」

 

「それはトレノちゃんが1番分かってるんじゃないかな。後ろからのプレッシャーに晒され続けることになるし、何より相手に自分の戦闘力が丸裸になっちゃう。」

 

それは確かにそうだ。あの時なんかその言葉通りの状況になった。今教えてくれたメリットなんか感じられないくらいだ。

 

「それに、これを1番感じたんじゃないかな。“敵わないかもしれない”って」

 

「…!…はい。坂を上り切ったあたりで本当にそう思いました。どんなに走っても離れないせいでロータリーさんの方が速いんじゃないかって。」

 

「張り付かれるとそういう心理になりやすいんだ。特にレース経験があまりないとか、トレノちゃんみたいに後ろに付かれる経験が無い人ほどそうなりやすいんだ。」

 

サーキットって所での経験なのか、分かりやすく説明してくれる。私が受けたであろう心境を的確に汲み取って心理面での説明もしてくれる。

 

「それじゃあ次に後追いだね。まずデメリットからかな。後追いで行くとなると相手が視界の邪魔になってターフとなるとぬかるみとかが分かりにくくなるとか。」

 

「そうなんですよ。コーナー入って初めて内側のぬかるみに気付くって事があるんです。」

 

「それと、身体能力で差がある時限定だけど前の子につっかえちゃったりしちゃうとかね。…トレノちゃんのこと言ってるわけじゃ無いよ!」

 

付け加えちゃうと私が前の時は後ろがつっかえるって言ってるようなものじゃん。

 

「でも、それ以上のメリットもあるよ。まずさっき言った先行のデメリット、あれがすべてメリットになる。プレッシャーかけられるし相手の戦闘力も分かる。

 

それに、テクニックがあれば相手のラインやペースをコピーすることが出来る。この前ロータリーちゃんが付いてきてたのはこれだと思う。」

 

「だからあそこまで私の後ろに付いてたんですかね。」

 

「多分ね。そのままちぎられるリスクは当然あるからそこは注意かな。簡単にだけどこんな感じかな。」

 

「ポジションだけで戦略として結構変わってくるんですね。」

 

「そうだね、それじゃあ次にライン取りについてかな。」

 

 

コーナリングを見ているとラインを正確にトレースする能力があるのはすぐに分かった。それ故にそこが弱点になることがある。

 

「トレノちゃんってライン取りって意識してる?」

 

「そこまでは…弧を大きく描くように曲がってますかね。後は出来るだけ内側を走って最短距離を走る感じですかね。」

 

「成程ね、間違ってはないし大体正解かな。でもそれが崩れる時が来るかもしれない。」

 

ラインに固執する走り方はハマると強いけど、崩された時のダメージがでかい。今の所その兆候は無いけどもしそうなったら脆さになる。

 

今後の事を考えるとそれ以外の走り方があることも教えておいた方が良いかも知れない。

 

「崩れる時…ですか?」

 

「ラインって一言で言っても色々あるんだ。とは言っても説明だけじゃ分かりにくいから動画で説明するね。ちょっと待ってて。」

 

そう言ってパソコンの中で眠ってた昔の動画を引っ張り出す。横に乗せてもらった時は何が起こってるのか理解するのに時間が掛かったなぁ。

 

「まずこの1本だね。この映像よく見ててね。」

 

そこで流した動画は筑波のゴッドアーム、城島さんの車載動画。トレノちゃんも珍しく食い入るように見てくれている。

 

ラインの重要性はこの人の動画を見るのが1番だと思う。問題点としてはテクを持ってれば持ってるほど混乱してしまう事だけど。

 

「なんとなく覚えた?」

 

「なんとなくでいいなら…覚えましたけど。」

 

「それじゃあ次にこの動画。スタート地点、コースは同じだけどよく見ててね。」

 

城島さんに無理言って2本走ってもらったのが意外なところで役に立った。トレノちゃんも驚いたような顔をする。

 

そのままの勢いでゴールして動画が終わる。何度見ても驚くけど動画が終わる時間に何故かズレが無い。

 

「これって、動画時間何分なんですか?」

 

「両方とも3分だね。…その上でどう見る?」

 

「訳分からないですよ。走ってるところがまるで違うのになんでこんなにタイムがばらけないのか。」

 

「これがラインの重要性なんだ。ベストラインは確かに1本かも知れない。けど実際に描けるラインは何本もあるでしょ?」

 

ホワイトボードに何本も半円を描いて見せる。

 

「こういう何本もあるラインを使いこなせればレースではかなり有利になるよ。」

 

「でもそれってかなり難しいですよね。相当走り込まないといけない気がするんですけど、皐月賞までに間に合うんですか?」

 

「いや、今のところは覚えていてくれればそれでいいかな。出来るようになるのは早くて菊花賞、遅くても来年春くらいでいいかな?」

 

「まだまだ先は長いですね…。」

 

「そうだね。でもまだまだこれからだよ!明日からまたトレーニング、頑張ってこ―!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

「だいぶ付いて行けるようになったな、キタサン。」

 

「それでも精一杯ですよ。あそこまでのペースで走ってるのに息も切れてないんですから。」

 

スズカさんの方を見ると涼しい顔をしている。だけどあたしも後ろをがむしゃらに走っているうちにスタミナが着いてきたと思う。

 

「スズカさん!もう1本お願いします!」

 

「良いわよ、フ…!」

 

「いきなり走らないで下さいよ~!」

 

 

「どう、トレーナー。キタちゃん勝てそう?」

 

「仕上がりも良い感じだ。この調子なら皐月賞で良い走りが出来るだろう。」

 

「へー、でもさ、トレノとかロータリー、ダイヤちゃんとかの対策とかしなくてもいいの?」

 

「ロータリーやダイヤの対策は既に立ってる。…でもトレノの対策はどうにもな。」

 

ロータリーはその速さでキタサンより4,5バ身程離れた位置で様子を見るだろう。ダイヤは自慢の足を溜める為に後方で足を溜めると予想できる。だがトレノだけは…。

 

「トレノだけなの?後ろから煽られなければ多分追込で来るよね?」

 

「俺もそう思ってはいるが…弥生賞の事もある。要注意すべきはトレノだ。用心するに越したことは無いだろう。」

 

「にしし、それなら次の1本は後ろからキタちゃんを追いかけてあげようかな~。」

 

その後、キタサンから中々の悲鳴が聞こえてきたが、皐月賞に勝つための犠牲という事で目を瞑ろう。

 




アンケートご協力ありがとうございます。その結果、皐月賞を先に書かせていただきます。

感謝祭が先が良かった方、ちょっと待っててね☆

それと、気まぐれで設けたおうどんなんですけど、予想の5倍票が入ってました。

この作品の読者のうどんへの愛を無礼てました。マジであんなに入るとは思わなかった。

お詫びと致しまして、感謝祭にうどん回をねじ込みたいと思います。

この反省を生かして次回のアンケートからは蕎麦も設けます。

また次回!


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第五十七話 皐月賞

皐月賞当日、クラシック三冠の初戦という事もあって注目度も高い。

 

「遂に来ましたね、皐月賞。」

 

「大丈夫、ここまで必死にトレーニングして来たんだよ。ここまで培ってきたテクを信じて。それに今回は作戦もあるよ。」

 

「どんな作戦ですか?」

 

「それはね…キタちゃん”だけ“をマークし続ける事。」

 

トレノちゃんが少し驚いたような顔をする。今回出走するのは18人。そのうちの1人だけをマークし続ける作戦だから少しは驚くよね。

 

「キタちゃんだけをですか?他にも走るウマ娘がいる中でキタちゃんですか?」

 

「うん。このレース、予想が当たればキタちゃんは逃げで走ると思う。となるとレースが動くとなるとキタちゃんがその点火役になると思うんだ。」

 

「キタちゃんが動くまでは足を溜めて動いたら一気に解放って感じですか?」

 

「そんな感じかな。トレノちゃんがキタちゃんが動いたと思ったらそれがゴーサインだよ。気を付けてね、キタちゃんをマークとは言ったけどロータリーちゃんもダイヤちゃんも要注意。油断してると抜かれるかもだから。」

 

「分かりました。それじゃ、行ってきます。」

 

 

 

『トレノスプリンター、堂々の一番人気です。』

 

『前走の弥生賞では不向きである先行のペースで勝利しましたからね。期待は高いですよ。』

 

『主役はまだいます。4番人気、キタサンブラック、今パドックに入ってきました!』

 

「集中してるなぁ。下手に話しかけない方が良いかな。」

 

「トレノさん、今日はよろしくお願いします!」

 

遠慮しているとキタちゃんの方から話しかけてくれた。

 

「うん、今日はよろしくね。ようやくだね、こうやって走れるのは。」

 

「そうですね。トレノさんやロータリーさんと走れる日をダイヤちゃんと指折り数えて待ってたんですから。」

 

「そうだね、キタちゃん昨日なんか楽しみと緊張でなかなか寝られなかったもんね。」

 

いつの間にかダイヤちゃんがパドックに入場してきていた。相変わらず仲いいんだなこの2人は。ちょっと羨ましくなる。

 

「ちょっダイヤちゃん、それは言わないでって言ったじゃん!」

 

『3番人気、サトノダイヤモンドが入場しました。』

 

『サトノ家初のG1勝利となるのでしょうか。』

 

「トレノさん、私負けませんから。サトノ家の悲願の為にも絶対に!」

 

「あたしも負けないから!トレノさんにもダイヤちゃんにも!」

 

「俺は除け者かよ?混ぜてくれよ、そのバトル。負けられないのは俺もだ。特にトレノにはな。」

 

そう言うとロータリーさんは私に指をさしてこう続けた。

 

「この前負けたのはコースに対する熟練度の差と俺の油断だ。同じ相手に二度は負けねぇ!」

 

『2番人気、イエローロータリー。出てくるや否やトレノスプリンターに宣戦布告か。』

 

『弥生賞では僅かハナ差で敗れたイエローロータリーですがこの皐月賞では結果を残せるのでしょうか。』

 

「残せるかじゃねえ、残すんだよ。」

 

ロータリーさんが実況の言った一言に嚙みつく。勝った私が言うのもあれだけどそうカリカリしないで。

 

『これでクラシック戦線の最前列を行く4人が揃ったわけですが、誰が勝つと思いますか?』

 

『そうですね、逃げ、先行、差し、追込の位置に1人ずつ付く訳ですからね。持久力勝負ならキタサンブラック、イエローロータリーですが末脚ならサトノダイヤモンド。ロングスパートのトレノスプリンターと先が読めないですね。』

 

 

「こうやって見ると本当に分かりませんね…。」

 

「当然だろ、この世代の頂点がこうやって集まったんだ。何が起こるのかなんてもう誰にも分からねえよ。な、おハナさん。」

 

「そうね、昨日までは自信たっぷりだったのに少し不安よ。」

 

「徹底マークだからね、トレノちゃん。焦ったら負けるよぉ。」

 

 

 

伊勢崎にて

 

「トレちゃぁーーーん!負けないでーーー!」

 

卒業した中学校で同級生、後輩たちと一緒にトレちゃんを応援する。進学したことを真っ先に報告しようかとも思ったけど感謝祭の時のサプライズに取っておく。

 

「もうそろそろ出走、負けないって信じてるから!」

 

ロータリーさんにキタさん、ダイヤさんと強豪を相手にするけど、トレノちゃんはタマモクロスさんやオグリキャップさんと肩を並べる実力を持ってる。

 

楽観視は出来ないけど勝つよね、トレちゃん!

 

 

渋川市にて

 

「所長、多分そろそろ始まりますよ!」

 

「池谷ぃ、見なくてもいいのか?」

 

「待ってくれよ、いま忙しいんだから。」

 

「でも、このイエローロータリーって子も見覚えがあるよな。樹、どうだ?」

 

健二が樹に問いかける。…イエロー?ロータリー?それって

 

「うーーん…あっ!この色に態度、それに名前!完全にFDですよ!ほら、高橋啓介の!」

 

「確かにな、俺も名前でピンと来たよ。プロジェクトDのエース対決がまさかこんな形で実現するとはな。」

 

「この前の弥生賞って奴でもやりあったみたいだぜ。…ほら、これ。」

 

健二がそう言ってスマホを見せる。榛名ちゃんからはクラシック三冠に出るとだけ言われていたから他のレースはノーマークだった。

 

「ハナ差って事は結構な僅差だったって事か。となると相当厳しそうだな。」

 

「大丈夫ですよ!何てったって拓海のハチロクの生まれ変わりなんですから!」

 

 

 

ゲートの前に立って深呼吸する。他の人たちもゲートの前でストレッチしたり既にゲートに入ってる人もいる。

 

キタちゃんをマークか。私は追込であっちは逃げ。マークして動いた時に仕掛ける。

 

「……よし。」

 

『各バゲートに収まりました。本命の4人のうちだれが最初の一冠を手にするのでしょうか?』

 

勝つのは…!

 

「俺だ!」「あたし!」「「私!」」

 

ガコン!

 

『スタートしました!揃ったスタートからキタサンブラックが大きく伸びていく。その後ろ3バ身離れたところにイエローロータリーと続く。その後ろ集団の中にサトノダイヤモンド、そこから2バ身ほどにトレノスプリンター。』

 

『キタサンブラック伸びていきますね。サイレンススズカのようですね。』

 

あれは…仕掛けてるのかな?最初からかなり飛ばしてるけど。動いたと思ったらゴーサイン…。

 

 

「キタちゃん飛ばしすぎじゃないですか?あれほどの逃げを打って大丈夫なんですか?」

 

「問題ないさ。なんせスズカとの併走で大逃げを打てるくらいのスタミナをつけたんだ。あれくらいなら走り切れるさ。」

 

「となると言葉が足りなかった気がするなぁ。今この場で仕掛けなければいいけど。」

 

トレノちゃんにはキタちゃんが動いたらゴーサインとは言ったけどあれは終盤でキタちゃんがスパートを掛けたらって意味だった。お願い、通じてて!

 

『トレノスプリンターいつの間にかサトノダイヤモンドの前に出ている!これは作戦なのでしょうか?』

 

 

「……実況はああ言ってるけど、どうなんだ?」

 

「そんな訳無いでしょぉおおお!それっぽいことは言いましたけどぉ!」

 

渋川が奇声を上げながら頭を抱える。控えで何言ったんだ?

 

「まあ嘆きたい気持ちも分かるわ。前走弥生賞で掛かって逃げを打ったせいでその消耗は大きいはずよ。1か月あっても回復しきるとは思えない。」

 

「そんな状態でまたスタートから追込となると前走を超える負担がトレノにかかる。渋川、お前トレノに何言ったんだ?」

 

「ただ、キタちゃんをずっとマーク。動いたらゴーサインとだけです。そしたらこんなことになるなんて思わないじゃないですかぁ!」

 

「トレノを振り切るとなると、大逃げで差をつけるのが1番なんじゃないかってな。」

 

「私が言ったことを逆手に取られたみたいですよ。トレノちゃん頑張ってー!」

 

 

トレノよぉ、弥生賞だってあの後バテまくりだっただろうが。それでまた逃げるのか?何考えてやがるんだ?

 

 

トレノさんの作戦なんだろうけどその逃げはキタちゃんも私もテレビで見ている。

 

今からキタちゃんの後ろに付くにはそれこそラストスパートに近い位のペースで走ることになる。トレノさんが仕掛けたタイミングで仕掛け始めようと思ったんだけど、作戦が狂ってしまった。

 

 

流石にアレに付いていく必要はない。今回は先行の位置で様子を見る。タイミングは最終コーナー入り口っていった所か。ダイヤはその中間ほどか?

 

この上りでは差を詰めない。トレノはキタサンに張り付こうと必死に上るだろうが、今は様子見だ。

 




ハロハロ―!うどん回を必死に考えていますけど何も浮かびませんわ~。

群馬にリアルに行ったことある僕ですけど水沢うどん食べないで峠流すだけ流して帰ってしまった男なので題材として取り上げるにはちょっと弱いかな~。

九州のうどん…なんて言いましたっけ?やたら細い麵のやつ。

忘れましたけどあれは食べましたけど既にもつ煮を食べてビールを飲んでお腹いっぱいになってしまった胃袋にはかなりきつくて最終的な感想が

麵は増えるよ☆

でした。なのでこれもボツです。

ですが皆さん安心してください。何としてもうどん回は完成させますので。皆様の期待は裏切りません!

また次回!


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第五十八話 皐月賞その2

まさかトレノさんがこのペースに付いてくるなんて。弥生賞でトレノさんが見せたペースより少しだけど速いペースだけどそれでも付いてこようとするなんて。

 

今はまだ遠いけどそれでもいつ追い付いてくるのか分からない。少なくともこの上りでは差は付かないだろうけどそれでもこの先のコーナーで仕掛けてくるかもしれない。

 

となればあたしはどうすれば?ペースを上げるか、それともこのままか。何故かどっちを選んでも不正解な気がしてしまう。

 

坂もそろそろ終わってこの先にはコーナーが待っている。…迷ってても仕方ない!

 

「ぶちかましていけぇ!」

 

 

速い…。この速さ、今まで体験したこと無い。これが逃げの速さ、私なんてもうスパートと同じくらいのペースで走っている。

 

もうすぐコーナーに入る。横にはロータリーさん、後ろ辺りにダイヤちゃんがいる。…今思うとあそこはゴーサインじゃなかった気がする。

 

でもここまで来たらこのまま追う。消耗だって激しいけどそんなことを考えてたら勝てない。

 

この前私がやられて嫌だったこと、今度はキタちゃんに体験させるつもりで付いていく!

 

『坂でもペースを上げ続けるトレノスプリンター。それに応えてなのかキタサンブラック、ペースが上がっているようにも見えます。』

 

『前走で逃げの自信がついたのか、はたまた掛かってしまったのか。注目です。』

 

 

「…キタちゃんがペースを上げてくれてるなら少しだけど勝ち筋あるかも。」

 

コーナーに差し掛かるトレノちゃん達を緊張しながら客席から見ているけど、かなり厳しいけどいけそうな雰囲気になってきた。

 

「どういうことだ?」

 

「キタちゃんのタフさにもよりますけど、ペースが上がっていくなら当然負担はダイレクトに脚に来ますよね。」

 

「そうね、それが分かってるからロータリーもダイヤもペースを変えないで走っている。」

 

「だがキタサンも2000メートル逃げ切れるくらいの仕上がりだ。多少なりともペースが変わっても問題ないはずだ。それに後ろからテイオーが追い回してたんだ。プレッシャーにも耐えられるさ。」

 

 

コーナーに入っていく。流石というかなんというか、何だか呆れてくるぜ、あのコーナリングは。キタサンとの差が少しずつ詰まっている。

 

それにしてもキタサンの奴、乱れないな。相当なトレーニングを積んできたって事か。やべえな、このままだとキタさんにも負けちまう。

 

だがここで仕掛けるのはまだ早い。まだ足を溜める。仕掛けるのはこの先の最終コーナーだ。

 

 

後ろからくるトレノさんのプレッシャーがどんどん強くなっていく。でもなぜだか自分の走りが出来ている。テイオーさんが後ろから追い回してくれたおかげかな。

 

コーナーも真ん中あたり。自分の走りでどんどん逃げていく。そうすれば勝て…

 

「ハァアア!」

 

「え、嘘ぉ!?」

 

近い、あまりにも近すぎる!左後ろの辺り、1バ身以内に必ずいる!迫っているのは分かってはいたし、それなりに近いとは思っていたけどここまで近いなんて。

 

 

やっぱり速い。こんなペースで良く毎日のトレーニングに耐えているなと思ってしまう。ここで追い抜くにしてもコーナーも終盤、仕掛けるには遅すぎる。

 

なので少しカマを掛けてみるイン側に寄って柵走りにふりをしてみる。

 

するとキタちゃんのラインが少しイン側にズレた。これは簡単には仕掛けさせてくれない。そう思いながらコーナーを立ち上がる。

 

するとキタちゃんはぐわっと加速していって見る見るうちに差が開いていく。立ち上がりの加速なら、今までレースしてきた相手の中で1番かも。

 

侵入スピードはこっちが上。となると、あの立ち上がりの加速に対抗するにはキタちゃんより速いスピードでコーナーを立ち上がるしかない。

 

そうなったら答えは一つ。立ち上がり重視の柵走りでコーナー出口で並ぶ。後はどっちの脚が残ってるかの勝負!

 

『ここまでハイペースで進んでいますね。コーナーを抜けたところで順位を振り返っていきます。先頭キタサンブラック、その後ろトレノスプリンター。3バ身程後ろ、集団の中ほどにイエローロータリー、その集団を見つめるようにサトノダイヤモンドです。』

 

『トレノスプリンターもそうですが、キタサンブラックがこうやって走れているのは奇跡とも言えますね。屈腱炎であったことを忘れさせるような走りです。』

 

『その間にもキタサンブラックとトレノスプリンターの距離が詰まっていく!下りを味方につけている!』

 

 

キタちゃんもトレノさんがどんどんと離れていく。焦る気持ちを抑えて下りを対処していく。スパートは最終コーナーの真ん中辺り。そこまでに溜めていた脚を全部使いきる。

 

中山の坂がきついことは知っている。だからこそ、ここで無理する必要はない。十分に脚を溜めないと。

 

そんなことを思っているうちにキタちゃんとトレノさんが下り終えていた。私もそろそろ下り終えるはず。次のコーナーに備えないと。

 

 

「このペース、いくら何でも速すぎる…。」

 

「ですね、心なしか、弥生賞より速いかもしれません。」

 

「前回も計ってはいたんだが、コンマ1秒だが速くなっている。このペースとなると流石に心配になってくるぞ…。」

 

沖野さんが見せてくれたタイマーは59.3となっていた。成程確かに速い。

 

「その後ろにはロータリー、ダイヤもいるわよ。キタサンが持つかしらね。」

 

「ここまで来たら信じるしかない。頼んだぞキタサン、お前のタフさが頼りだ。」

 

キタちゃんも怖いけど、今現状1番怖いのはロータリーちゃんだ。レース序盤からペースを崩すことなく足を溜めている。そうなると弥生賞より強烈な末脚で攻めてくることになる。

 

ダイヤちゃんも鋭すぎる切れ味で仕掛けてくると思う。そうなったら最後の直線で持つか分からない。キタちゃんがバテて落ちていく確証も無い。勝ち筋は確かにあるけどチラチラと見え隠れする針の穴のような突破口だ。

 

せめて、コーナー出口でアタマ張っていればその勝ち筋が広がっていくんだけど…。その勝ち筋もトレノちゃんに頼り切りだし…。

 

上りでピッチ走法の最高到達点を維持する事、これが今私に出せる勝ち筋。こんな展開になるなんて思っても見なかったから一言たりとも話してないよぉ。

 

 

まずい、心なしか脚の踏ん張りが効かない気がする…!坂を下り切ってあと半分なのに!トレーニングでも半分でバテることは無かったのに、何で?

 

ここまで来たらペースを変えないで逃げ切る!あたしの持ち味、タフさを活かしてゴールまで走り切る!

 

もうすぐコーナー。トレノさんは柵走りで勝負を掛けてくるかもしれない。内側に寄せて、抜かせないようにしないと。でも油断できない。

 

オグリキャップさんにやった時のように、外側から仕掛けてくるかもしれない。

 

今後ろにいるのはトレノさんだけ。トレノさんの動きに集中して、小さい動きにも対応していかないと。

 

『先頭キタサンブラック、続いてトレノスプリンター。後続を5バ身程離して第三コーナーに入っていきます。』

 

内側に寄った!ならあたしも!…ッ!体が勝手に外側に!?だからってペースを落としたくない!このまま走る!

 

 

キタちゃん、かなり挙動が怪しい。コーナー入り口で外側に行ってたし。それでも柵走りで差が詰まっても追い抜くには至らない。

 

でも、これなら第4コーナーで追い抜ける。そうなると仕掛け方は…少し工夫しないといけないな。外から一気はダメ。インを狙いすぎるのもダメ。…だったらこれで行ってみよう。

 

賭けになるけど、一か八か!

 

『さあ第4コーナーに入っていく!この先は短い直線が待っている!』

 

「「ハアァァァァ!」」

 

『サトノダイヤモンド、イエローロータリーともに上がってきた!中団から一気に抜け出した!先頭ででッとヒートが繰り広げられている!』

 

 

「キタサンの奴、バテてるな。まさかここまで消耗するとはな。」

 

「第3コーナー入り口、明らかに膨らんでましたから。それでも抜ききれなかったみたいですけど、多分、もう一回仕掛けると思いますよ。」

 

もうすぐ第4コーナー、まだ諦めるには早い。あの状態になれば仕掛けるチャンスはある。

 

「柵走りはこっちだって対策済みだ。ラインを空けないことが重要だからな。」

 

「そもそもアレに正面から挑むことが間違いかも知れないけどね…それほどあのテクニックが異常って事ね。」

 

「あ、見てください!トレノちゃんが仕掛けていきますよ!」

 

「とは言っても、トレノはキタサンの左後ろにいるんだぞ?柵走りでもない限り仕掛けきれないだろ。」

 

そう言った沖野さんは次の瞬間、咥えていたキャンディを落とした。東条さんもいつもの凛とした顔が驚いたものに変わっていた。レース場も驚きの声で埋め尽くされた。

 

起こった事はただ単純、トレノちゃんがインに入ってそのまま抜いていった。ただそれだけの事。ただ、アレがどれだけ難しいか知っているだけに私も驚いている。

 

「何が起こったんだ?あんなにあっさり抜かれるなんて。いくら何でもあっさり過ぎる。譲ったようにも見えちまった。」

 

「…“消えるライン”です。」

 




どうも、最近麻雀にはまりだしてしまってダメ人間まっしぐらでは?っと一抹の疑問が拭えない。どうも、僕です。

サブタイトル手抜きしたなって思った方もいらっしゃるかと思います。

その通りです。良い感じのサブタイトルが思いつかなくてまだ皐月賞の途中だしその2で良くね?ってだけでこうなりました。

あまりこういう手段を覚えたくはないですけど、仕方なし。

また次回!


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第五十九話 皐月賞その3

「「”消えるライン”?」」

 

沖野さんと東条さんが揃って疑問を口にする。その疑問にレースから目を離さずに説明する。

 

「前走車の視界から見えなくなるラインです。パッと見は普通にインをついて抜いて行っただけに見えますけど、サーキットのレースでもよく使われる高等技術の追い抜きです。」

 

「そんなラインがあるのね。でもそれってサーキットの話よね。応用しようなんてよく思ったわね。」

 

「教えてないですよ。ただ、ラインは何本でもあるってことくらいです。でもそれがこんな副産物を生むなんて、嬉しい誤算だよ。」

 

「キタサン、頑張ってくれよ~!」

 

でも、今回消えるラインが成功したのはほとんど偶然。キタちゃんが左側に振り向くのと、トレノちゃんが仕掛けたタイミングがうまく噛み合ったこと。

 

キタちゃんがバテて踏ん張りが効かなくなって外に膨らんでいってしまう状況が消えるラインを生み出したんだと思う。

 

残すは上り坂。残ったスタミナすべて使ってでも先頭を守り切って!

 

 

何が起こったのか分からなかった。トレノさんが外に行ったと思って左を見た瞬間に見失ってしまった。次にトレノさんを見た時には既に並ばれていた。

 

前に出られて、改めて驚かされる。もうすぐでコーナーも終わるのに2バ身程差を付けられてしまった。

 

後ろからはロータリーさんとダイヤちゃんが迫ってくる。この先は上り、トレノさんは失速するはず。

 

 

キタちゃんならこの先の上りでもう一度勝負に出てくるはず。そうなると失速は最小限に抑えたい。

 

この勢いそのままに坂に突入すれば、失速は抑えられるはず!

 

「いけぇ!」

 

 

ロータリーさんまでは2バ身、キタちゃんまでは5バ身くらい。十分射程距離に入ってる!

 

 

ここまで来たならもう足を残す必要もない。さあ勝負だ!

 

「「「「ハアアァァァ!」」」」

 

『最終コーナーを抜けて最後の直線!中山の直線は短いぞ、トレノスプリンター首位を保てるか!それとも抜け出してくる子がいるのか!』

 

徐々にキタサンの背中が近づく。だが後ろからダイヤがぐんぐんと追い上げてくる。だが今気にするのは前だけでいい。俺はこのままゴールまで突っ走る!

 

『キタサンブラックどうしたんだ、坂に来て勢いが無くなっている!』

 

 

なんで…、脚が動かない!鎖が巻き付いてるみたいに前に進まない…!トレノさんとの距離は縮まない、それに後ろからロータリーさんとダイヤちゃんが迫って来る!

 

どんなに力を入れても前に行かない…、ペースを間違えたって事?だとしたら取り返しのつかないミスだった!トレノさんが間近に迫ってきてペースを上げたのが間違いだったって事!?

 

坂の中腹辺りに入ったところでロータリーさんが横にいた。そのまま追い抜こうとする。譲らないようにと競り合おうとするけど、あっさりと前に行かれてしまう。

 

ダイヤちゃんもそれに続いていく。…食らい付けない!

 

「くっそぉ!」

 

 

キタちゃんを追い抜いてあとはロータリーさんとトレノさん。あと少し、あと少しなのにロータリーさんとの距離が縮まらない!

 

トレノさんには近づいているけど、ロータリーさんを抜かないと勝てない。ゴールは近いんだ、絶対にあきらめない!

 

『坂も中腹!追いすがっている追いすがっている!あと3バ身くらいだ!トレノ逃げ切るかロータリー、ダイヤが差し切るか!』

 

「あと…少し!届かない!?」

 

少しずつ縮んでいた差が縮まなくなっていく。あと少しなのに!

 

 

あと1バ身…だがもう坂も終わる。この坂で仕掛けきれなかった!この先は少しの下り。この差を縮める要素が無くなっちまう。

 

「まだだぁぁ!」

 

『弥生賞と同じ構図になった!残り100メートル!今回も逃げ切れるのか!それとも追い抜けるのか!縮まっている!追い抜けるか追い抜けるか!

 

残り50!ここまで来たらこの差は埋められない!』

 

俺はまた…俺は…“4度”もアイツに負けるのか…!?

 

『ゴーーール!1着はトレノスプリンター!クビ差で逃げ切りました!2着はイエローロータリー!1バ身ずつの差でサトノダイヤモンド、キタサンブラックと続く!

 

1番人気に応えて、トレノスプリンター見事に皐月賞を制しました!!』

 

ワアアアァァァァァァッ!

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…もう逃げなんてやら…ない。私には合わない、ありえない。」

 

またも膝をついて動けなくなる。もう何があっても逃げなんかやらない。何かしらデカいミスしたとしてもやらない。

 

「是非そうして欲しいな…計算が狂うにもほどがある。」

 

「本当ですよ…最初からスパートなんてスズカさんとの併走でもこんなペースで走ったこと無いですよ。」

 

「あの走りで無意識にペースを上げてて、最後の坂で差し切れなかったです。それと…」

 

ダイヤちゃんがロータリーさんとキタちゃんに目配せして揃える。

 

「「「おめでとう(ございます)!」」」

 

「…ハハ、ありがとう!」

 

「ダービーは絶対に負けませんから。それじゃあ、ウイニングライブでまた会いましょう。」

 

「あーそれあたしも言いたい!4着だから出られないじゃん!トレノさん、アタシもダービー負けません!」

 

キタちゃんのちょっとした悲鳴を聞きながら立ち上がって控室に戻ろうとすると難しい顔をしているロータリーさんが目に留まった。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、ちょっとな。ラスト100メートルくらいでお前にまた負けるのかって思った時になんでか知らないけど4度負けたって思ったんだ。2回しかレースしてないのにな。どう思う?」

 

「どうって言われましても、思い違いとしか…。でもそんなに深くは考えなくてもいいんじゃないですか?」

 

「まあ、そうだよな。ダービーは絶対に勝つ。首を洗って待ってろよ。」

 

そう言ってロータリーさんも控室に戻っていく。さて、私も戻ろう。ライブの準備もあるし。

 

 

 

「やぁったやったぁーー!トレちゃんが勝ったー!この調子でダービー、菊花賞も勝っちゃえー!」

 

あれだけの強豪を抑えて勝っちゃうなんて我が親友ながら凄すぎる。一気に有名人街道まっしぐら、感謝祭でもみくちゃにされるだろうなぁ。

 

 

 

「凄いレースだったな。序盤から2位くらいの位置で走って勝つなんてな。」

 

「底なしに加速していく様子なんか拓海そっくりだぜ。」

 

「当然じゃないっすか所長!あのハチロクの生まれ変わりなんですから!」

 

「まだ決まったわけじゃ無いだろ。それでも、群馬の走り屋でハチロクを知ってる奴は皆そう言うだろうけどな。」

 

「次のレースはダービーか、俺でも名前は知ってるぜ。楽しみだぜ。」

 

 

 

 

 

「さて、まずは皐月賞勝利おめでと~!」

 

「えっと、祝ってくれるのは嬉しいんですけど、どうなってるんですかこの部屋。」

 

この前も入ったことあるけどその時よりも物が増えている。書類仕事、ミーティングをするためのスペース以外。何かしらものが置いてある。

 

「謎のパイプに…風車?それにタイヤもあるじゃないですか。」

 

「エキマニ、マフラー、タービンだね。トレーナー寮もウィングとかサスとかいろいろ置いてていっぱいだからね。他における所もないし。まあ気にしないで。」

 

「はーい。じゃあ早速、いただきます。」

 

「いただきまーす!そういえば、トレノちゃん感謝祭何かしたりするの?」

 

感謝祭かぁ。そういえば去年はかなり散々な目にあったなぁ。

 

「特には何もないですね。多分クラスの出し物はやるかもですけどそれ以外は何も。」

 

「じゃあちょっとお願いしても良いかな。うどんの屋台の手伝い。」

 

「うどんの屋台ですか?どうしたんですかそんな突拍子もないことを。」

 

「感謝祭の時に出し物で水沢うどん出そうかなって。」

 

「確か渋川市の辺りで有名なうどんでしたっけ。でもなんで急に?」

 

去年ナナと来た時も屋台はたくさん並んでたけど。全部学生がやっていたような…。

 

「毎年ゴルシは焼きそばとかお好み焼きとか売ってるんだけど、今年になって急に挑戦状を叩きつけられてね…。」

 

そう言いながら渋川さんがゴルシさんから送りつけられたと思われる挑戦状を出してくる。

 

「『アタシの焼きそばとアンタの所のうどん、どっちが売れるか勝負でぃ!どうしても嫌ならやらなくてもいいけど、そん時はアタシの勝ちな!』…何というからしいと言えばらしいですけ…!?」

 

言葉を続けようとしたら見せていた紙が急にぐしゃっと握りつぶされた。渋川さんが伏せていた顔を上げてこう言い放った。

 

「上等だあぁ!!挑まれたからには勝ってやるよぉ!水沢うどんのおいしさを以てすればお前の焼きそばなんぞアウトオブ眼中なんだよぉ!」

 

「落ち着いてください!口調とか変わってますよ!ゴルシさんと何があったんですか?」

 

「きっかけは些細な事だったよ。」

 

 

(渋川とゴルシって…なんか似てるよな。変わり者って感じで。)

 

((いやいやコイツよりはまとも(だぞ)ですよ。))

 

((真似すんなよ!))

 

(こうなったらアタシとアンタどっちがまともか勝負しようじゃねえか!)

 

(上等だよ、表でなよ!今すぐ街角アンケートだ!)

 

 

「で、それは私が勝ったんだけどそれ以来ちょっかいかけられたりするんだよね。こっちだって耳元でクラッカーぐらいしかやってないのになぁ。」

 

「へ、へぇ…。」

 

渋川さん、可哀そうですけどそれ多分同族嫌悪って奴です。

 




うどん回、進捗がありました。そういえば土産用ですけど買ってお家で食べたんでした。

味とかかなり違っちゃうかもしれませんけど同じくらいだと割り切って話にしちゃいましょう。

あと、皆さんの勘違いの無いように書いておくと、決してステマではありません。仮にここでやったとしても効果が薄すぎます。というかありません。飽くまで僕個人の感想でございます。

ついでにもう一点。中山の坂を上り終えたら下りとなっていますがコース図をググって見たら緩い上りが続いていることに弥生賞を書き終わってこれを書いている途中に気付きました。

こっちの世界線ではそんな感じのコースって事で割り切ってください。何でもするとは言いませんが許してください。

ゴメンね☆

また次回!


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第六十話 感謝祭

「ヤッホートレちゃん!久しぶりー!」

「久しぶり。そういえば高校生になったんだったね。どう?高校には慣れた?」

「そんなお母さんみたいなこと言わないでよ!慣れたに決まってるでしょ!」

今日は感謝祭当日。高校生になったナナにも久しぶりに会うことが出来た。お正月の時にもあってはいたけど、あの時はまだ中学生だったから高校の事は何も話してなかった。

「でも、高校生になったからと言って変わらないものだね。」

「そう簡単には変わらないよ。デジタルさんも変わらないでしょ?」

「うん、今日だって何かよく分からない奇声を上げて気絶してた。」

「やっぱり。さっきからLANE送っても既読にならないからそうだと思った。じゃあ早速行こうか!」


あ、どうもトレノです。今年の感謝祭も色々あったんですよ。本当に色々あったって設定で行くみたいなんですよ。作者曰く

ちょっとした小話を色々思い付いたけど披露する場が無いなー…せや!

こんな感じで短編まとめみたいになっちゃったみたいです。まあ多分この形式は今回だけだと思うのでまあ、事故にあったものだと思って呼んでくれるとありがたいです。

それでは、ナナを待たせてるのでこれで。



[コント]

 

 

「あー腹減ったなぁ。おっこないな所にカフェが出来とるやないか。ちょっと入ってみよ。ウィーン。」

 

「いふぁっふぁいまふぇ。」

 

「何食べとんねん!まかないにしては早すぎるやろ!はよ呑み込んで!」

 

「むぐぐっんん。いらっしゃいませー何名様ですか?」

 

「一人です。」

 

「開いているお席へどうぞ。」

 

「へー雰囲気ええやん。」

 

「こちらお冷です。」ガダン!

 

「でかーい!デカすぎるやろ!何でコップやないねん!1つの席にこのデカいの2つはいらんやろ!」

 

「あ、これは私のコップだった。」

 

「あー成程な。それやったら納得できるかー!これはどう見てもコップではないやろ!」

 

「ご注文はお決まりでしょうか。」

 

「ああ注文か、せやなぁコーヒーとオムライスにしよか。」

 

「へいまいど。」

 

「あんま言わへんけどなカフェでなぁ。おお来た来た早いなぁ。」

 

「お待たせしましたコーヒーです。」

 

「え、ここで入れるん?随分本格的やなぁ。」

 

「この状態で1時間お待ちください。」

 

「待てるかー!本格的すぎるやろ!そない待ったら折角のコーヒーが冷えてまうやろ!オムライスも食べ終わるわ!」

 

「オムライスは2時間お待ちください。」

 

「何かあったんや厨房で!オムライスで2時間って相当やで!?」

 

「私が全部食べてしまったからな。」

 

「ほんなら冷蔵庫すっからかんやろ!何も作れへんやろ!もうええ帰る!」

 

「ああお客様お待ちください。」

 

「何や!」

 

「こちらおしぼりになります。」

 

「お冷と出せや!もうええわ!」

 

「「どうも、ありがとうございましたー!」」

 

 

[売上勝負]

 

 

「これはこれはゴルシさん。その首から下げている焼きそばはどうしたんですか~?まさか、売れ残ってるわけじゃあないですよねぇ~。」

 

「アンタの方こそ裏の方に随分と残ってるように見えるぜ~?そっちこそ売れ行き悪いんじゃないか~?」

 

「「…」」

 

「マックイーン!向こうの方でも売って来てくれ!」

 

「池谷さん!宣伝お願いします!」

 

「何で私まで~!?」

 

「榛名ちゃんの様子を見に来ただけなのに何でこうなった~!?」

 

「「お前には絶対に負けねぇ!」」

 

 

[顏ハメパネルの悲劇]

 

 

「学園って言っても結構広いんだな。このうどんも焼きそばもなかなかうまいもんだな。お前も楽しんでるか?ター防。」

 

「まあまあね。ウマ娘しかいない光景ってのも新鮮なもんだね。」

 

「お、顏ハメパネルあるじゃねえか。折角だしハメていくか?」

 

「何か誤解のある言い方止めてくれる?それに顏ハメパネルは少し嫌な思い出があるんだよ。海藤さんだってそうでしょ。」

 

「あんなことそう何回も起こんねえよ。ほら、ター防もやってけ!」

 

「海藤さん引っ張らないで!無理やりやらないでよ!うがッ!」

 

「よ~し。俺はこっちだな。よっと!……あれ?」

 

「恨むからね、海藤さん。」

 

「杉浦も来てくれれば良かったな…。」

 

「仕事らしかったし諦めなよ…。」

 

 

[この人でなし!]

 

「よう、スカイの嬢ちゃん。元気そうだな。」

 

「ランサーさん久しぶりです~。どうです?楽しんでます。」

 

「ぼちぼちな。食い物もうまいしな。この釣り堀は嬢ちゃんが作ったのか?」

 

「そうですよ~。と言ってもご覧の通り木で枠を作って水が流れるようにしただけですけどね。」

 

「十分じゃねえか。それじゃ、少し釣ってくかな。」

 

「スカイ!こんな所に釣り堀なんか生徒会は聞いてないぞ!どういうことだ!」

 

「やば!エアグルーヴさんだ!それじゃランサーさん、また後で~!」

 

「コラ待て!しっかりと説明してもらうぞ!そこの御仁、釣竿を借ります!」ガシ!

 

「ちょっと待てそれ釣竿じゃなくオレ~!」

 

「エアグルーヴさんそれランサーさん!離してあげて!」

 

「これは釣竿だ!いい加減おとなしくしろ~!回転して突撃する青い槍兵(ブーメランサー)!」

 

「アハァァァァァァァッッ!待て待て待て、何でそうなるんだぁ~~!」

 

「あれは…!ランサーさんが青白く光っぐわァァァァ!」

 

「ハァ…ようやく捕まえたぞ。おとなしく生徒会室に来るんだ。」

 

「はいぃ~。」

 

 

ランサー 死亡

 

 

[顏ハメパネルの悲劇 2]

 

「なぁ、ター防。」

 

「言わないで海藤さん。俺はもう疲れちゃったから。」

 

「情けなく助けてって叫んでも良いが、聞き入れてくれるかね。」

 

「多分無理だと思う。」

 

「ねえトレちゃん、アレ何?」

 

「…ゴメン、分かりたくない。」

 

「……だって、海藤さん。どうする?」

 

「どうも出来ねえだろ。」

 

 

[うどんの破壊力]

 

「おいしいよー水沢うどんおいしいよー!」

 

「よう渋川、繁盛してるか?」

 

「沖野さん。ぼちぼちでんなぁ。一杯どうです?」

 

「ちょうど腹も減って来たからな。1つ貰おうか。」

 

「はいどうぞ!ざるで食べるのが一般的ですけど今回は冷たいかけでお召し上がりください!」

 

「へー、うどんにしては少し細めなんだな。それじゃ、いただきます。」

 

一口食べた瞬間、沖野に電流走る。噛み応えのあるしっかりとしたコシにつるんと胃まで滑り込んでしまうかのようなのどごし。それでもってうどんがしっかりとつゆを捕まえているおかげで、口の中にはすっきりとした後味が残る。

 

「いや、普通に美味いぜこのうどん。」

 

「ふふーんそうでしょうそうでしょう!何せ日本三大うどんって呼ばれてるんですから!おいしいのは当たり前ですよ!」

 

「三大うどんか。俺は讃岐しか聞いたこと無かったけどうどんも結構奥深いんだな。」

 

「そりゃそうですよ!ゴルシの焼きそばなんかとは比較になりませんよね!」

 

「あー…まあそうだな。まあ頑張ってくれ。ご馳走さん。」

 

焼きそばとうどんでは客層も違うから勝負してもあまり意味が無いんじゃないのか?というか焼きそばってそばじゃなくないか?そんな疑問を巡らせながらトレーナーとしての休暇を楽しむ沖野であった。

 

 

[似た者同士]

 

「ああ、今日のオペラを君と奏でられることをとても嬉しく思うよ!」

 

「私もだ!これほどまでに充実した演劇は数えるほどしかないだろう!」

 

「今日のこの出会いはここにいる全員が刻み付けることになるだろう!」

 

「しかしこの出会いも後たった数時間で終わってしまうなんて…!ああ…!」

 

「「なんて儚い…!」」

 

バシーン!「ほら行くよー薫さん!はぐみもこころもいなくなっちゃうし、さっきまでいた花音さんまでいなくなってるし日没までに見つかるかな?」

 

「こんな所で終わるのは不本意だが、またいつか、君とオペラが出来る事を願っているよ!オペラオー!」

 

「ボクもさ!君の演技には心から感動した!とても美しかったよ!だからこそまた会おう、薫!」

 

 

[顏ハメパネルの悲劇 3]

 

「「「…」」」

 

「焼きそばが美味しいらしいし早速買いに行こ。」

 

「おい、杉浦!頼む何とかしてくれ!」

 

「そんなこと言っても、異人町でもこんなことになってなかった?」

 

「いや俺は嫌だって言ったんだけど海藤さんが強引でさ…。」

 

「とにかくあの時みたいに石鹸でどうにかするしかないかもね、待っててよ。」

 

「どうにかなりそうだな、ター防。」

 

「だけどさ、待ってる間ずっとこのままって事はさ…。」

 

「あ、見て見てマヤノ!あの2人、とってもマーベラスだよ☆」

 

「なるべく早くに頼むぞ杉浦~!」

 

 

[疑問]

 

「売り切ったー!これで負けなんかあり得ない!私の勝ちだー!」

 

「いや、アタシの方が先に売り切った!この勝負アタシの勝ちだ!」

 

「マックイーンちゃんだっけ?お互い、大変だったな…。」

 

「貴方も災難でしたわね…。来たらうどんを売る羽目になるとは…。」

 

「うどんも焼きそばも売り切ったんですね…。」

 

「あ、トレノちゃん!ゴメンねー予想以上の売れ行きでさ。トレノちゃんの分残ってないや。」

 

「それはいいんですけど、2人とも、素直に思っちゃったこと言っても良いですか?」

 

「なんだよ、この勝負にいちゃもん付けようってのか?」

 

「そもそも焼きそばとうどんって麺類ってだけで別物じゃないですか。うどん派かそば派かってよく言いますけどはっきり言っちゃえば別物で、そもそも焼きそばってそばじゃない訳ですし、おいしいならどっちも食べるよねってなると思うんですよ。」

 

「「…」」

 

「だから勝負するのはいいんですけど、うどんなら両方うどんにすればもっとわかりやすかったんじゃないかなって思うんですよ。」

 

「ゴルシ。」

 

「おう。」

 

「え、あの…え?…怖いのでとりあえず近づかないでもらっていいですか?」

 

「「お話ししようか。」」

 

「ナナごめん!」

 

「また~!?」

 

 

[顏ハメパネルの悲劇 4]

 

「一時はどうなる事かと思ったぜ。」

 

「俺半分諦めてたからね。助かったぜ杉浦。」

 

「八神さんたちって放っておくと何かしら面倒ごとに巻き込まれてるよね。」

 

「好きでそうなってるわけじゃ無いから。」

 

「とりあえず、何か奢ってもらうからね。石鹸探すのにも苦労したんだから。」

 

「ああ、うどんか焼きそば、まだ売ってたら奢ってやるよ。」

 

「あ、さっき見た時両方売り切れてたよ。」

 

「マジかよ、あと2,3杯は行こうかと思ってたんだが…。」

 

 

[この人でなし! 2]

 

「痛ってて、あの嬢ちゃん本気で投げやがって…俺じゃなかったらあの世行きだったぜ。」

 

「待てートレノちゃーん!」「まだ話し合ってないだろー!」

 

「話し合いたいならそのズタ袋を仕舞ってくださーい!」

 

「何だありゃ…まあ俺には関係ないか。…こっちに来てんのか?」

 

「すいませーん!そこどいて下さーい!」

 

「学生ってのも大変なんだな…。」

 

「「待てー!」」

 

「ぐっはああぁぁーーー!」

 

 

ランサー 死亡

 




はい、という訳でただの思い付きですけど短編詰め合わせ、いかがだったかな?

個人的には好き放題出来て楽しかったです。ただ期待に応えられているかは定かではないのがなんだかなぁだよ。

「コントおもろなくて叩かれまくったらウチが大損やないの?」

「せやせや~。」

それに関してはちょっと強引すぎたかなって。芸人さんすげえなって思います。

「俺らの方も少し強引だったんじゃねえか?読書層明らかに違うから知ってる奴少ねぇだろ。」

あのサブストーリーはお気に入りなのでやりたかっただけっていうのが真実です。その結果枠を4つも使うことになるとは。

「儚い…。」

ツッコミませんからね。強いて言うならアプリでオペラオーを初めて見た時なんだこの既視感はってだけでの掛け合わせです。

「俺に至っては2回死んでるんだが!?」

ランサーだから。

「おい!俺の扱い雑!てか説明それだ」

また次回!


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第六十一話 カフェテリアにて

「にんじんハンバーグを2つで。」

 

「承知した、座して待て。」

 

あのあと、渋川さんとゴルシさんに捕まったけどなんやかんやで事なきを得てお昼を食べる為にカフェテリアに来た。

 

「まさかまた追われることになるとは…。」

 

「何と言うか災難だねトレちゃん。」

 

席について時計を確認するとまだ12時ほどだった。まだ12時なのか。

 

「色々あってどっと疲れたのにまだ12時なんだ…きつっ。」

 

「私もここまでいろいろあったのは初めてだよ。パネルにハマってる人もいたしオペラオーさんも誰かと何かやってたし。」

 

「その反動かは知らないけどデジタルさんが気絶してたね。」

 

「どいてくれ!急病人なんだ!今蘇生してやるからな!」

 

「…あんな感じになってる人もいるし。」

 

「…ハハハ。」

 

こんな短時間で色々あったらもう笑うしかない。

 

「ナナはこの後どこ回るとかある?」

 

「うーん。フジキセキさんの所に行く以外は特に…。正直午前だけでお腹いっぱいだよ。」

 

「同じくだよ。もう寝たいよ。」

 

「お待たせした、にんじんハンバーグだ。」

 

にんじんハンバーグと言われて出されたのは見れば辛いと分かるくらい赤い麻婆豆腐だった。突き刺さっているにんじんが心なしか泣いているように見える。

 

「……私達、麻婆豆腐頼んでませんよ?」

 

「…?麻婆だが?」

 

「さっきにんじんハンバーグって言いましたよね!?」

 

「にんじんハンバーグなぞ飾りだ。麻婆の底に申し訳程度に沈んでいる。」

 

「ホントだ、ようやくハンバーグが見えた…と言うかあなた誰ですか?」

 

目の前の麻婆豆腐に気を取られて気付かなかったけど見たことのない顔だった。ミホノブルボンさんのトレーナーさん位渋い顔をしている。

 

「ただのラーメン屋だ。ここの料理長が休みと言う事で臨時で雇われただけだ。」

 

「それにしては好き勝手しすぎじゃないですか?この麻婆も…ぐえっふ!滅茶苦茶辛いひゃないれふか!」

 

「いちいち文句が多い奴だ。連れを見習ったらどうだ?」

 

「はい?…ナナー!食べちゃダメー!」

 

ナナはなぜかこの麻婆を平らげていた。しかし食事後とは思えないくらい手が震えていて、目はどこを向いているのか分からないくらい点になっていた。

 

「だ、大丈夫?」

 

「味覚が今後一生使い物にならなくなる位の辛さで汗と震えが止まらないよ~。」

 

「それは食リポで出てくる言葉じゃないよ!?」

 

「どうした?お前は食わんのか?」

 

「ちょっと私はぁ…ヒィ!」

 

丁重にお断りしようかと思ったらこれまで受けたことのない殺気が飛んでくる。ラーメン屋が出して良い殺気じゃない!

 

「まだ天にお呼ばれしたくないよぉ。」

 

 

「ぐはぁ…ご、ご馳走様…でじだ…。」

 

「喜べ少女たち、君たちはこれで1日分のカロリーを摂取できた。」

 

「どこまで残酷な料理なの~!」

 

「トレちゃん…胃が、胃が内側から爆発しそうだよ~。」

 

「私も…!ゲッホ!変に息を吸ったらむせる…。もうしばらく辛い系はごめんだよ…。」

 

多分1年くらいは辛い系を食べないと心に決めながらカフェテリアを出ようとすると声が掛かる。

 

「どこに行く?まだ会計が済んでいないぞ。」

 

「「…え???」」

 

「麻婆にんじんハンバーグ、2つで5000円だ。」

 

「「…………………有料?」」

 

「当たり前だ。」

 

淡々と突き付けられた驚愕の事実。一瞬意識が飛びそうになったけど、その意識を何とか繋ぎ止めて反論する。

 

「でもカフェテリアの料理は基本無料だったはずです!請求するならナナ1人分じゃないですか!?」

 

「トレちゃん、結局私助からないんだけど?」

 

「簡単な話だ。今の店主は私だ。この店のルールは私が来た時点で変わった。それだけだ。」

 

「私最小限しか持って来てないよ…ナナ、お金持ってる?」

 

「ここでお金払ったら帰れなくなっちゃいまーす!」

 

笑顔で実質の死刑宣告が成された。なんで死刑宣告かって?

 

「まさか食い逃げではあるまいな?」

 

ご覧の通り、目の前のラーメン屋の店主が殺意の波動に目覚めている。

 

「ちょっちょっと待ってください!寮に行けばお金あるので!ちょっとだけ待っててください!」

 

「食い逃げ犯は大抵そう言って逃れようとする。だが私には通用せん。この手で幾人もの食い逃げ犯を屠って来たのだ。」

 

「と、トレちゃん!もう犯罪覚悟で逃げよう!?」

 

「ゴメン…多分逃げ切れない。逃げ切れるビジョンが浮かばないや…。」

 

何故そう思うんだろう。相手は普通の人間だ。常識であれば逃げ切れる。なのに逃げ切れる自信が無い。多分一瞬で追い付かれると思う。

 

「諦めが早くて助かる。昨日とんこつが切れたのでな。私の麻婆の礎になれることを幸運に思いながら、逝くがいいッ!!」

 

「こんな所で、終わるなんてッ…!」

 

全てが終わったと思い目をつぶっていると後ろから声が聞こえてきた。

 

「トレノちゃ~ん!うどん何故か余ってたから持ってきたよ~!」

 

「む?」「はえ?」

 

「え~どういう状況?」

 

 

 

「「うどんが染みる~。」」

 

渋川さんが持ってきたうどんが口に残った辛さを掻き消してくれるようだ。

 

「いやー大変だったね。カフェテリアでご飯食べたらお金請求された挙句豚骨スープのもとにされかけるなんて。」

 

「そうなんですけど言葉にすると意味わからないですね…。でもほんと、建て替えてくれて助かりましたよ。」

 

「私もトレノちゃん達に珍味になってほしくないからね。…ところでこのむせかえるような麻婆の匂いは?」

 

「さっきの人に聞いてください…。」

 

「おっけ、もう聞かない。踏み込んじゃいけないかもしれないから。」

 

渋川さんありがとう。私ももう話したくない。

 

 

トレノちゃん達はフジちゃんの所に行くみたいなのでカフェテリアで解散になった。なんやかんやでトレノちゃん達を助けられてよかった。

 

「まさかいきなりうどん屋の手伝いさせられるなんて思わなかったよ。」

 

「すいません池谷さん。でもおかげで全部売ることが出来ましたよ。」

 

「今度はスタンドでバイトしてもらうからな。」

 

「うぐ、何も言い返せない…。」

 

「それで、どうなんだ?MFGの準備は。」

 

その質問にふっふーんと返す。もちろん、決まってるじゃないですか。池谷さんに自信を持って答える。

 

「半分絶望しかないですよ~!」

 

「榛名ちゃんでもか…。」

 

「流石リッチマンズレギュレーションと言われてるだけあります。グリップウエイトレシオも考えればポルシェとかドノーマルでもバランスがいい車が有利なのも分かりますよ。」

 

「実際神フィフティーンが乗ってる車の大半が海外の有名どころだしなぁ。ポルシェだったりランボルギーニだったり。」

 

「日本にも良い車はたくさんあるのに。インプとかZとかRとかランエボとか、それこそNSXも。今年こそいて欲しいなぁ。」

 

特に35は世界でも高い評価を受けてるから乗ってる人いてもおかしくないと思うけど。

 

「どうするんだ?どうやって神フィフティーンを攻略していくんだ?」

 

「正直言って、テクであれば問題は無いと思うんですけど問題は車なんですよ。」

 

「車なら問題無いだろ?パワー上げたり、コースに合わせてセッティングしたり出来るんだし。」

 

「足回りはそうですけどパワーユニットだけはどうしてもいじりたくないんですよ。あれだけは私の美学みたいなものですし。箱根ターンパイクでも余裕で200キロ出るんですよ?6年走って熟成してやっとたどり着いた最適解なんですから、下げるにしても上げるにしても屈辱ですよ。」

 

これで上げることになったとしても400馬力より上げることは無いと思う。それ以上上げるとドッカンターボになって扱えたものじゃなくなる。

 

「でもそうなると単純に考えても馬力差は1.5倍とか2倍か。絶望的なんだろうけど…期待してるぜ。」

 

「もちろんですよ。なんやかんや言ってMFGは公道なんです。600馬力なんかどこで使うんだって話ですよ。私が考えるに、馬力なんてあっても400馬力で十分だと思ってるんです。リッチマンズレギュレーションに胡坐かいてる奴らの鼻っ柱ぶん殴ってやりますよ。」

 

「第2戦、群馬から応援するぜ。もちろんトレノちゃんのダービーも。」

 

「任せてください!両方勝って話題に困らなくしてあげますよ!」

 

「お待たせした、コーヒーだ。」

 

…………………???

 

「いや、頼んでませんけど。ってこれ麻婆じゃないか!」

 

「…?麻婆だが?」

 

…トレノちゃん助けて。このままじゃ珍味になっちゃう。

 




ンンッ!下手に麻婆を投入したせいでここまで麻婆の匂いが…。

あ、どうも。麻婆神父のせいで麻婆を食べる時「喜べ、少年」と言うようになってしまった男です。

そういえば最近スぺゲスさんを呼んでトークって事をやっていない気がしますね。やりたいんですけど誰を呼び出したらいいのか分からないんですよね。困った困った。

「ラーメンだ。」

おお来た来た。う~ん、醬油のいい匂いが…しない!このむせるような匂い、麻婆!?

「そうだが?注文したのはお前だろう?」

いや僕が注文したのは普通の醤油ですって。

「少女二人組に麻婆を食べたがっていたと聞いていたのだがな。」

やりやがった、仕返ししやがった。だがしかし、この麻婆がどれほどの辛さなのかは少し興味がある。食らってやろうではないか!先にお代だ!

「毎度あり。」

ふっふっふ、武者震いが止まらねえぜ。いざぁ!


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第六十二話 トラブルまみれの感謝祭

「フジキセキさーん!お久しぶりでーす!」

 

「やあナナちゃん、久しぶりだね!毎年来てくれてありがとうね。」

 

「いえいえ、むしろ私たちが開くお茶会に来てくれて本当に感謝ですよ!」

 

「応援してくれてるポニーちゃんの為だったらいくらでも参加するよ。…ところでこの麻婆の匂いは何かな?」

 

「「聞かないで下さい。」」

 

そう言うとフジキセキさんは半笑いで強引に納得してくれた。

 

「毎年来てくれてるからね。ナナちゃんにこれを。(パチン!)ポケットを見てごらん?」

 

「あ、ブレスレットだ!いつの間に?」

 

「ちょっとしたマジックさ。私のお手製で申し訳ないけど、気に入ってくれたかい?」

 

「フジキセキさんの…お手製?」

 

瞬間、ナナが固まった。試しに揺すってみても反応が無い。

 

「ナナー?」

 

「うぐわはぁ!」

 

「ナナが自分から後ろの壁に吹っ飛んだ!?」

 

「だ、大丈夫かいナナちゃん!?」

 

「フジキセキさんお手製のブレスレット…私にとっては…一撃必殺だよ…ガクッ。」

 

そう言って気絶してしまった。まさか自分から吹っ飛ぶとは。

 

「とりあえず、保健室には私が連れていくので。それでは~。」

 

「ゴメンね。ナナちゃんが起きたら謝ってたって言っておいてくれるかい?直接言いたいけど、私も行くと本当に死んじゃうかもしれないから。」

 

「否定しきれないのが恐ろしいですね。伝えておきますね。」

 

 

 

ナナを保健室に運んで中庭のベンチでゆっくりしている。午前の内容が濃かっただけに疲れで眠くなってきた。

 

「ふぁーっ…トレーナー室にお邪魔して少し寝ようかな?」

 

「あ、あの!トレノさん…ですか?」

 

欠伸して思い切り気を抜いていると、知らない2人組が声を掛けてきた。

 

「あ、はい。そうですけど。」

 

「やっぱり!先週の皐月賞見ました!あの、握手してください!」

 

「…うぇえ!?私とですか?いいですけど…。」

 

これは…ファンって事でいいのかな?今まで当たり前のように出来たこと無いから情けない声出して驚いたけど握手に応じる。なんか、むず痒いな。

 

「トレノさんのコーナーを駆ける姿、カッコよかったです!ダービーも応援しますから!」

 

「ありがとうございます。期待に応えられるように頑張ります。」

 

定型文100%の当たり障りのない返事をして対応する。ファンと話すって大変だなぁ。テレビとかでワー、キャーされてる俳優とかはもっと大変なんだろうな。

 

「でも、嬉しいな。応援してくれてるんだから。」

 

「トレノさん!ファンですサインください!」

 

「え、まだいたの?てか、え?サイン?」

 

さっきの2人組を引き金にファン集まっている。いや集まるほどいるんだ。普通に驚いてまだいたのなんて言ってしまった。ただ問題はそっちじゃない。ファンの人が差し出している色紙だ。

 

「サイン…サイン…。…?」

 

何も浮かばない。それどころかサインの定義があやふやになりかける。サインっていうのはさっと書けて尚且つ…何だろう、可愛らしいアレだよね?じゃだめだ。そんなの考えたこと唯の一度たりともない。頑張れ、頑張れ私!無い知恵を振り絞るんだ!

 

「こっこれで…大丈夫ですか…?」

 

その結果何のひねりも無くTRUENOと書くだけに終わってしまった。ごめんなさい、サインなんて書いたこと無いんです。次までには何かいい感じのサイン考えておくので勘弁してください。

 

「カッコいい…!ありがとうございます!」

 

ありがとうと言いたいのはこっちです。こんな苦し紛れをカッコいいと言ってくれるなんて。

 

 

いやー朝から推しが尊いですねぇ。朝からエアグルーヴさんのお世話になってしまったのは申し訳無かったですけど、今日が感謝祭なのがいけませんよね!

 

「おや?あちらの人だかりは何でしょう?中心にいるのは…ほえ!?トレノさん!?」

 

トレノさんが少しおどおどしながらファンの方々に丁寧に対応していらっしゃる!困惑している様子もありつつその顔には嬉しさが溢れている!

 

「はうあっ!」

 

目の前が暗くなって…いや、光に包まれていく。これが天からのお迎えなんですね…。このデジタル、尊さに包まれながら死ねるなら本望!

 

 

バタッっと人だかりの向こうから音が聞こえる。気になって覗いてみるとデジタルさんが倒れていた。

 

「ちょ!?すいません、失礼します!デジタルさん、大丈夫です…ね。穏やかな寝顔だ…。」

 

倒れていたので少し心配したけど死に際とは思えないほどの笑顔で倒れていたし、何より息してるからまあさほど問題ないかな。

 

「また保健室に行くとは…皆さん、この通りなので失礼します。それと、応援ありがとうございます。」

 

 

 

「あ、エアグルーヴさん。ちょうどよかったです。これ、お届け物です。」

 

「デジタル、またデジタルなのか!?どうなっているんだ今年の感謝祭は!怪我人があまりにも多すぎる!石鹸はどこにあるのかなどと意味の分からん質問に顏ハメパネルの長時間使用、オペラの無断開催、挙句死人が出る始末だ!」

 

「死人!?」

 

「ああ、アロハシャツの男性なんだが。だが不思議なことに突然息を吹き返して礼だけ言って去っていったんだ。…意味は分からんがな。」

 

分かってたまるか。この耳で死者蘇生が現実になった事を聞くとは思わなかった。

 

「エアグルーヴさん!カフェテリアで有り得ないほど辛い麻婆しか出なくて困ってると苦情が!」「こっちではアロハシャツの男性が倒れていると!」

 

「「………。」」

 

アロハの人、また倒れたの?なんと言う不幸体質。ふと見るとエアグルーヴさんは頭を抱えている。

 

「…トレノ、すまないがデジタルをそのまま保健室に連れて行ってやってくれ。私はあちらの方を担当する。」

 

「副会長!こっちでパスタがグラスに刺さる事案が!」「こっちでは黒蜜団子をいくら説明しても前歯で噛む人がいてそこらじゅうが黒蜜まみれです!」

 

「じゃ、じゃあ私はこれで…っ頑張ってくださいね。」

 

「ああ、デジタルを頼んだぞ…!」

 

こ、怖~

 

 

「順に対応していくから待っていてくれ。」

 

「はい!なるべくは抑え込んでおきます!」

 

予定が変わった。“元凶”を始末するッ 確実にッ

 

 

 

 

 

「長かったような短かったような一日だったよ…。」

 

「ゴメンねートレちゃん。保健室まで運んでもらっちゃって。」

 

太陽も傾いて、一般人も少なくなってきて感謝祭の終わりをひしひしと感じている。

 

「来年はもう少し平和だといいなぁ。」

 

「でも私は楽しかったよ。トレちゃんと久しぶりに遊べたし。」

 

「そういえば、こうやって遊んでたのも1年前なんだね。時の流れは早いね。」

 

「ホントだよ。…もうこんな時間だ。そろそろ行かないと。トレちゃん、今日はありがとう!楽しかったよ!」

 

「私も。今日は来てくれてありがとうね。」

 

歩いていくナナに手を振る。ふとナナが歩くのを止めて私に振り向く。

 

「ダービー!応援してるから!頑張ってね!」

 

「ありがとう!私、全力で走るから!」

 

最後に大きく手を振ってそのまま駅の方向に歩いていく。なんだか気合が入った感じがする。ダービーまであと1か月。それまでにもっと速くならないと!

 




く…口の中が焼け爛れたみたいだ…。これでは後書きをどうすることも…喋んないから影響ないな。

という事で悲しいですがこれにてギャグ回は終了です。次のギャグはいつになる事やら。次回からは平常運転で書いていくのでよろしくお願いします。

またじか

「何を終わろうとしているのだ貴様!」

え、エアグルーヴさん!?どうやってここに入って来たんです!?

「フェーズティアで虚空に入っただけだ。それよりもだ!よくも感謝祭をめちゃくちゃにしてくれたな!」

い、いや、あのですね、僕は盛り上がるかなーって善意でして…

「こっちに言わせれば迷惑極まりなかったぞ!後始末をするこっちの身にもなれ!」

でもそんなに被害は出ないようにしたんですけどね。

「貴様は舞台裏で起こった事を知らないからそんなことを言えるのだ!無断オペラで人だかりができた結果、周辺露店が人の密集で使えない被害が出て、顏ハメパネルに至っては目撃した子供が顔が怖すぎると言って泣き出してしまう始末だ!」

そんなことがあったんすねw

「笑って済む問題ではない!とにかく、ここまで私の手を煩わせたんだ。それ相応の覚悟は出来ているんだろうな?」

はい?それ相応の覚悟とは…?

「これで貴様を刺す。」

そ、それはゲイボルク!なぜそれを!?

「アロハシャツの御仁から借りたものだ。事情を話したら快く貸してくれたぞ?」

流石に殺しすぎたか…。だがあなたではそれを使いこなせないはずだ!逃げるんだよ~!

「逃がさんぞ!刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!」

グフッ ば…馬鹿な…どうしてあなたが……宝具を?

バタッ

「全く。作者だからと言って好き勝手されては困る。だがこれで少しは学園も落ち着くだろう。作者が死んだからここは私が締めよう。また次回。」


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第六十三話 本格化

ダービーに向けてトレーニングを始めようとトラックに集まると渋川さんがうどんを売ってた時の法被姿で立っていた。

 

「さて!感謝祭終わって次の日だけど浮かれてないでトレーニング行ってみよー!」

 

「…じゃあまず渋川さん着替えてきましょうか。」

 

「あ、やべ…こ、これは浮かれ気分でここまで来た訳じゃなくて、今日はこっちの方が気合が乗るからだから!」

 

「今の今まで法被だった時なんてなかったじゃないですか。」

 

「それはこれまで法被の気分じゃなかっただけです~!」

 

「あーはいはいさいですか。」

 

これ以上聞いてももう何も進展しなさそうなので諦めて差し上げる。

 

「さて、トレーニングを始める前に…トレノちゃん、柵走りは使わないで2000メートル全力で走ってきて。」

 

「いきなりですか?分かりました。」

 

いつもなら坂路とか何かしらのトレーニングをやった後タイムを計るから少し意外だった。

 

 

 

「フゥ…どうでした?」

 

「1分58秒2…最初から速かったから気付くのに遅れちゃったけどこれではっきりしたよ。トレノちゃん心して聞いて。」

 

「え…?」

 

この疑問は正直皐月賞以前からあった。このタイムの縮み方は走り込みによるラインの最適化やコーナーへのアプローチによるものが大きい。

 

パワーが上がったとかそういうものがあまり感じられない。こんな事実を突きつけるのは私もつらい。でもこれが現実、必ずどこかで向き合わないといけない。

 

「トレノちゃんは、本格化を迎えていないかもしれない。」

 

「本格化って体が急激に成長する期間の事ですよね。私はまだ迎えてないって事ですか?」

 

「多分ね。体が軽かったり、食欲が増えたとかは無い?」

 

「無いですね。むしろロータリーさんの食事量が増えてるくらいですよ。」

 

「本格化が顕著になって来たって事かな。そうなるとあと1カ月。成長加減は分からないけど勝つとなると…厳しいってものじゃなくなると思う。」

 

下手したらダービーまでに1秒…いやそれ以上に速くなっているかもしれない。キタちゃんもダイヤちゃんもそうだし、他14人も相当に速くなっているはず。

 

そんな中にトレノちゃんを送り込むのはサバンナの大高原に羊をぽつんと一匹放置してそれでもって1カ月生き残っているか実験するようなものだ。

 

自分でも何を思ってるのか分からないけどとにかくそれ位結果は分かり切っていること。今思えば皐月賞も、そしてホープフルも奇跡的な勝ちを拾ったって事になる。

 

「つまり、私にダービーは勝てないって事ですか?」

 

トレノちゃんが少し不安そうな声で聞いてくる。

 

「大丈夫…とは言い切らない。でも可能性が無い訳じゃない。速さは何も身体能力だけで決まるものじゃない。テクである程度埋める事が出来るのはトレノちゃんも知ってるはずだよ。」

 

「はい、私には奥の手がありますから。」

 

「そう、柵走り。それプラスアルファ、コースの知識。ダービーまでの1カ月、この2つを磨いて行ってライバルたちとの差を縮めていく。これが私のプランだよ。」

 

「そうなると、残された時間はやっぱり少ないですね。」

 

「休む時間ないかも知れないけど、二人で頑張ろう!それと、本格化を迎えてないことは秘密ね。」

 

「はい!」

 

ここからは私の持ってる知識を総動員してトレノちゃんを育てていく。人生に2つも生き甲斐があるといくら時間があっても足りない。走り込んでテクを磨かないといけない。

 

かなり忙しくなるけど、楽しくて仕方がない。さあて、頑張るぞぉ!

 

 

 

「ふは~!今日も疲れた~!」

 

トレーニングを終えて寮に帰るとダイヤちゃんはすでに帰っていた。

 

「おかえり。ここ最近メキメキと成長していってるよね。」

 

「自分でも信じられないくらい成長していってる気がするんだ。トレーナーさんもびっくりしてるくらい!」

 

「実は私もなんだ。最近体が軽くなってきて、タイムも少しずつ縮んでいってるんだ。」

 

「本格化が強くなってきたって事だよね。てことはロータリーさんとトレノさんも?」

 

「多分そうだよね。私は今のままじゃ不安だよ。あと1カ月、全力でトレーニングして…それでも足りるのかな?」

 

ダイヤちゃんはそんな弱音を吐く。励ましたいけど、分かってしまうところがある。いくらペースを上げてもくっ付いてくるあの不気味さは言葉で表すなら背後霊そのものだった。

 

それに抜かれたあとのトレノさんの動きがどうしても理解できない。コーナーを立ち上がる時、トレノさんの姿がブレた…なんてものじゃない。あれ?って思った時には既に0.5バ身位離れていた。速いなんてものじゃなかった。

 

「確かにトレノさんもロータリーさんも速い。距離も400メートル長くなってスタミナの配分が大事になってくる。でも、あたし達もステイヤーだから、条件は同じのはずだよ!」

 

ダイヤちゃんを励まそうとして出た言葉は自分に向かって言ってる言葉でもある。不安なのはダイヤちゃんだけじゃないんだから。

 

「あたしはトレノさんに、ロータリーさんに、…ダイヤちゃんに勝つ!だから、ダイヤちゃんもそのつもりで来て!」

 

「ふふっ、流石お助け大将キタちゃんだね。おかげで元気になってきたよ。でも、勝つのは私だよ?」

 

「ライバルながらその意気だよ!ダイヤちゃんご飯食べに行こう!」

 

「そうだね、お腹すいちゃったよ。」

 

 

 

「よお、キタサン、ダイヤ。お前らもメシか?」

 

ロータリーさんと寮の食堂に来るとキタちゃんとダイヤちゃんも食事に来ていた。

 

「はい。今日は何食べようかな~。うーん…ラーメンとチャーハン両方特盛で!」

 

「私はステーキ…400グラムかな。」

 

「ラーメン大盛とステーキ450グラム。」

 

「焼肉定食ご飯少なめで。」

 

他3人と比べると少ないけど私はこれ位で十分だ。むしろあの量を見てるだけでお腹いっぱいになってくる。なんであんなに食べられるんだろうか?

 

「いつも思うが、それっぽっちで足りるのか?俺たちは本格化を迎えて食べないといけないだろうが。」

 

「ギクッ…い、いや?これでも食べてる方ですよ?そ、そうだ!でも今日はおやつの食べ過ぎちゃって~。」

 

「お前がおやつ食ってるところなんか見たこと無いんだが?」

 

私の嘘をそんなすぐにぶった切らなくてもいいじゃないですか。泣いてやってもいいんですよ?

 

「ダービーまであと1カ月、調整なんかしてたらあっという間だろうな。だが、タイムは皐月賞の時より縮んできてる。この前の俺と侮るなよ?」

 

「あたしだってここ最近で自分でも驚くくらい成長してるんです!」

 

「私もですよ。同じようにタイムだって縮んできてるんですよ。皐月賞は譲りましたけど、ダービーは貰います!」

 

「…ワハハ。ちなみにどれくらい縮んだんですか?」

 

「あんま詳しくは言えないが…まぁ、0.5秒くらいだな。」

 

何も言えない。私なんか1年を通して0.8秒なのに。本格化っていうのは個人差はあるんだろうけどやっぱり凄い。この3人の速さを知っているだけに絶望が私の身を包む。

 

本当に…勝てるのかな?…いや、応援してくれてる人もいるんだ。絶対に勝って見せる!

 

 

 

「それじゃ、デビュー戦の時に1回走ったけど改めて東京のコースについておさらいするね。」

 

「お願いします。」

 

多分身体能力じゃもう手も足も出ない所にいる3人に正攻法で挑んでも勝ち目はない。だから渋川さんに頼んで今日からコースの攻略をメインにしてもらった。

 

「まずコースの大体の説明をするね。スタートしてから1コーナー中間までは平坦な道のりでそこから向正面中間まで緩やかな下り。下りが終わると中山並の坂が待ってる。そこを上り終えたら3コーナー中間位までまた下り、そこからは緩い上りが続く。坂を上り終えて300メートルでゴールって感じかな。」

 

「走っておいてなんですけどあんまり覚えてないものですね。」

 

「最近は中山がメインだったしね、今から頭に叩き込んでおけば問題無いと思う。今回のダービー、私の中じゃもう作戦は決まってるからしばらくはそれのすり合わせになると思うけどいいかな?」

 

「大丈夫です。作戦だけでも上回らないと勝てませんからね。」

 

「よし、まずは簡潔に。作戦は追込、仕掛けるのは最初の坂が終わってからの下り、そこからスパートを掛けて行く。トレノちゃんなら上がってこれるはず。」

 

確かに下りなら仕掛けるのにはもってこいだけど…

 

「でもそれって作戦にしては安直すぎませんか?すぐに読まれちゃいそうなんですけど。」

 

「…少し安直すぎるのは私もそう思う。でもここからが肝心だよ。スタートしてから1コーナーの入り口までに出来るだけ前に行って欲しいんだ。」

 




「作者、こういう目にあったのはこれで何回目だ?始まりは私をいじったことから始まったな。」

「思い返せば私も少し短気なところもあったが、君も少しデリカシーが無いからな。こうなるのも仕方ないだろうな。」

「渋川君とトレノ君にパンチを浴びせられ、最期は副会長に心臓を一突きか。まさかここまでいくとは。短い付き合いだったが、楽しかったよ。」

ライスを残してあの世に行けるかーーー!

「ふっ復活した!?どうなっているんだ!?」

そういえば説明してませんでしたね。この作品は基本ギャグ世界なのでなんやかんやで生き返るんですよ。それにしても痛かった~w

「心配して損した気分だよ。私はこれで失礼する。」

冷たくないですか!?…仕方ないですね。皆さん、僕はちゃんと生きているのでご心配なく。また次回!


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第六十四話 ダービーに向けて

「それって、スタートしたら1回スパートを掛けるって事ですか?」

 

「まあそんな感じだね。でも注意点、コーナーに侵入する前に先頭と並んだらその時点で後ろに下がって。コーナー前に並べなくても下がって。」

 

「それは…どういう意味ですか?」

 

少し考えてもその真意が分からなかった。前に出てわざわざ後ろに下がる理由が分からない。それだったら最初から後ろにいた方が良いんじゃないのかと思う。

 

「ダービーほどのレースになればギリギリを攻めるクレバーさが大事になってくる。ゴールをハナ差で掠め取るくらいのクレバーさがね。先頭まで並ぶ理由はそこまでにかかる時間を計るため。」

 

「そこまでにかかる時間?でもそんなの計ってどうするんですか?」

 

「例えば並ぶまでに7秒かかったとする。そしたらスパートを7秒…いや8秒前倒しする。10秒なら12秒くらい。トレノちゃんの超ロングスパートならどうにかなるはず。」

 

「成程、結構トリッキーな作戦ですね。決まれば効果は大きそうですけど、決まらなかったら?」

 

ここまで用意周到な作戦ほど、決まらないことが多いって聞いたことがある。

 

「決まらなかったら…負ける。」

 

「!」

 

「それ位、シビアなレースになるかもしれないって事。相手の成長具合、こっちの落ち度、何か一つでも欠けたら負ける。」

 

「まさに絶望的ですね。」

 

何か一つでもミスしたら唯一あるかないかの勝ち筋が無くなると思うとぞっとする。でも不思議と簡単に心構えが出来た。

 

「でも、私たちが有利だったレースは今まで1回も無かったですもんね。」

 

「思い返せばね、タマモクロスちゃんとの模擬レースから今まで不利を承知のレースしかしてなかったよね。…よぉし!俄然燃えて来たぁ!」

 

「私は今にも逃げ出したいですよ。そっちの方が楽ですし。」

 

「はいぃ?」

 

つい口から出たぼやき。これは本心であることは確かだ。でも同時にこの思いも本心であると確信する。

 

「…でも、絶対に逃げちゃいけないとも思うんです。ここまで来たらとことんやってやりますよ。」

 

「よし来た!それでこそトレノちゃんだよ!本格化前のウマ娘が本格化してばりばりに成長したウマ娘に勝つ、今までもそうだったけどこれほど気持ちいいことは無いよ!」

 

「いや私は一刻も早く本格化を迎えたいんですけど?」

 

「とにかく!やれることは限られちゃうけどダービー、絶対に勝つよ!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

「本格化…してないですって?」

 

 

 

 

 

ギャアァァアアア

 

「これほどの高速域になると、やっぱり安定感がなぁ。ウィングとカナード入れて安定させないとMFGじゃ戦えないな。」

 

トレノちゃんのトレーニングと並行して箱根ターンパイクにてインプの仕上がりをチェックしている。いくら何でも秋名で走る装備そのままで走るわけには行かないから。

 

芦ノ湖GTは小田原より直線が少ないとはいえそれでも高速ステージであることには変わりない。基本中低速の峠よりも空力を考えないといけない。

 

今現状、ウィング、カナードを付けてない。そもそも必要になった事が無いからね。

 

「足のセッティングも細かくいじらないとかぁ。ボディ剛性も考えればロールバーも必須…暫くは寝不足かなぁ?」

 

 

 

「「ふぁあ~。」」

 

昨日の意気込みは何だったのか。いざトレーニングになった時に2人揃って欠伸する始末。

 

「トレノちゃん、昨日ちゃんと寝た?ちゃんと寝ないと成長出来ないし何よりお肌に悪いよ?」

 

「私は朝練やったりでかれこれ6年くらい前からこんな感じです。渋川さんこそ眠そうですよ?」

 

「私はトレノちゃんのトレーニングを考えたり箱根走ったりパーツ発注したりでそれはもう大変なんだから!」

 

「後半ただの私用じゃないですか。真面目に働いてください。」

 

「ふぐぅ、心にかかと落としがぁ。じゃあとりあえず…。」

 

「榛名、ちょっといいかしら。」

 

渋川さんが何か言おうとしたタイミングで東条さんが言葉を遮るように話しかけてきた。

 

「トレノちゃん、ちょっとだけ失礼して良いかな?」

 

「分かりました。戻ってくるまで適当にトレーニングしてるので私の事は気にせず。」

 

「ゴメンね。…何かありました?」

 

「ここだとちょっとね…トレーナー室までいいかしら。」

 

「流石にそんなに空ける訳には…」

 

東条さんも何やら深刻そうな顔をしている。それなりに重要な話なのかもしれない。それだったらそっちを優先してもらった方が良い。

 

「気にしなくて大丈夫ですよ。何年1人で走ってきたと思うんですか?」

 

「確かに…じゃあゴメン、すぐに戻るね。」

 

 

 

「わざわざ場所変えてまで、本当に何があったんですか?」

 

「貴方達の事よ、本格化も迎えてない状態で本当にダービーに挑むの?」

 

「ちょっ!?どこでそれを!?」

 

本格化の事はトレノちゃんとの秘密事項だった。なんで?どこから漏れたの?

 

「偶然通りかかった時にね、結構な大声だったから耳に入ったのよ。」

 

「思った100倍古典的なバレ方だった…。」

 

「それで、本当に出走するの?貴方もトレーナーだったら分かるでしょ?あれだあけ全力で走ったら体には相当の負担がかかるわ。本格化前となれば尚更よ。」

 

「それは…そうですけど。」

 

「栄治さんがここまで育てたんだから体の方は大丈夫なのかもしれない。でも問題なのは内側よ。肺とか心臓にももちろん負担がかかるわ。今は大丈夫なのかもしれない。でもいつか、取り返しのつかないことになるかもしれない。」

 

東条さんは私が目を背けていたことを掘り起こしてくる。今まで走れてきたからと言って何かの弾みで深刻なダメージを追うかもしれない。もしかしたら何の前触れもなく故障…なんてこともあるかもしれない。

 

「もちろん、負担がかかるのは百も承知です。限界を感じてるのは、私もトレノちゃんも同じです。半分私の我儘かもしれませんけど、トレノちゃんが出たいっていうなら、私は応えるだけです。」

 

「そう…だったら私も全力で行かないとね。これ以上貴方達に後れを取るわけには行かないからね。」

 

「いや東条さんは関係なしに容赦ないじゃないですか。手加減されても面白くないですけど。」

 

「ダービーはロータリーが頂くわよ。時間貰っちゃって悪かったわね。」

 

東条さんはなんやかんやで優しい。普通だったら自分の担当ばかり気に掛けるはずなのに、ここまで気が回るとなると頭が上がらない。ついでに宣戦布告されたけど。

 

「それじゃあ、私はこれで。本格化の事は他言無用でお願いしますね!絶対ですよ!」

 

「分かってるわよ。そんな大事な事ポンポンと言いふらさないわよ。」

 

「ありがとうございます。それじゃ、失礼しますね!」

 

 

榛名が部屋を出て、天井を仰ぐ。まさかあれで本格化を迎えていないとは。それでもっと皐月賞を制してしまった。もしトレノが本格化を迎えたら?

 

今であれだけ仕上がっているんだから上がり幅は少ない?想像を超えるくらいの化け物?いずれにしろ、厄介極まりない相手になることは間違いない。

 

冷や汗が出てくる。

 

「考えるだけで恐ろしいわね…。」

 

 

 

 

 

「遂に来ちゃったね、ダービー。結局本格化は来なかったけど、ここまでで出来る事は全部やってきた。勝てるはずだよ!」

 

「フーッ、やっぱり緊張しますよ。心臓バクバク言ってますし。でも、これは武者震いです。では、行ってきます。」

 

「うん!頑張って!」

 

 

トレノちゃんを見送ってパドックに来て他出走者の様子を見ておく。ここで得られる情報は大きい。何かあったらトレノちゃんに報告して対策を立てないと。

 

『日本ダービー、例年以上の熱気を感じます。今年のダービーは何かが起こる、そんな予感がします。まずは3番人気サトノダイヤモンドがパドックに入ってきました。』

 

『皐月賞では3着でしたが、1着も期待できる仕上がりかと思います。』

 

ダイヤちゃんは…仕上がってるなぁ。本格化っていうのはここまでとは。肌身で凄さを感じる。それに、ダービーに賭ける気概も手に取るように分かる。

 

「ダービーこそは…!絶対に、一族の悲願の為に!」

 

「俺が言うのもなんだが、そう肩ひじ張らない方が良いんじゃないか?そう固くなると実力出せなくて終わるかもしれないぜ?」

 

「それはそうですけど、ダービーだけは特別なんです。ロータリーさんだって同じはずです。」

 

「ハッ、違いねぇ。」

 

『2番人気、イエローロータリー。皐月賞からは1カ月半しか経っていませんがその成長を感じられます。』

 

えー?あそこまで成長する?エンジン載せ替えたくらいの成長じゃん。これは…少し考えないといけないかも。

 

『皐月賞でもそうでしたが、1番から4番人気までは人気の差は僅差なんですよね。それほど主力の4人への期待が大きいという事ですね。』

 

「そうですよ。あたしだってこのダービーだけは譲れません!先頭はあたしのものです!」

 

「そのセリフ、何だかスズカさんみたい。」

 

「トレーニングしてる時は大体スズカさんにしごかれてるからかなぁ。」

 

『4番人気、キタサンブラック。皐月賞ではペースを乱して後半失速してしまいましたが、好走を期待します。』

 

『3人とも恐ろしく成長していますね。今年のダービーは大波乱の予感がします。』

 

……頭を抱える。まだ走っていないけど何故か確信できる。タイムで言えば1秒は確実に縮んでいる。作戦を大きく変える必要が…いや、リスクが高すぎる。

 

即席で組み立てた作戦が通用するような相手じゃなくなっている。

 

「はーい、そんな中気が重い私が通りますよー。」

 

「普段通りに見えるがな。その寝ぼけたような顔、気が重いようには見えないぜ?」

 

「いや、内心ドキドキですよ。よくこんなざまで1番人気になったものですよ。ハハハ…。」

 

『さあ、満を持して登場しました。皐月賞ウマ娘、トレノスプリンター。堂々の1番人気…ですが、目が虚ろですね。』

 

『2冠目と言う事で緊張しているのかもしれませんね。』

 

あれは緊張ではないんじゃないか?もう万策尽きたかのようなそんな目をしている。いーなー、私もそんな目をしたいなー。

 

「でも、こっちだって出来る事はやって来たんです。簡単に負けるわけには行きません。」

 

「ちゃんといい顔するじゃねえか。それでこそ倒す価値があるってもんだ。」

 

「それでこそライバルです。」

 

「皐月賞は譲りましたけど、勝つのは…。」

 

「「私です!」」「あたし!」「俺だ!!」

 

4人は掛け声のように勝利宣言をするとパドックを後にしていく。トレノちゃんは諦めていない。それだけは確かだ。出走までにはまだ時間はある。

 

それまでに、何か打開策を考えないと!

 




よく考えたらこの作品初投稿から半年も経ってるんですね。月日が経つのも早いですね。

ここまで続くとは自分でも驚きです。

くそが!書くことがねぇ!日常で特にこれと言って何も起こってないせいで近況報告すら出来ねぇ!

次回までには何か書くことを見つけてきたいと思います。

また次回!


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第六十五話 日本ダービー

「イッチニっと…。」

 

「やあ、トレノちゃん。」

 

地下バ道でストレッチをしていると渋川さんが話しかけてくる。作戦に変更があるのかな?

 

「どうしたんですか?作戦変えます?」

 

「いや、作戦を大きくは変えないよ。でも、細かいところを修正していくよ。前に出て1コーナーに侵入する前に下がるって言ったよね?」

 

「はい。コーナー前に並べなくても下がるんですよね。」

 

「そう、その下がった後の位置取りを、ダイヤちゃんの少し前位…いや、ロータリーちゃんとの間位に位置どって。」

 

「最後尾には戻らないって事ですね?」

 

他の出走者を見ての判断なのかな。確かにあのメンツで最後尾から追い上げてくるのはかなり厳しいのは明白だった。

 

「…ただ、正直その場しのぎだからほとんどの事はトレノちゃんに任せるよ。…行ってらっしゃい!」

 

「はい、見ててください!」

 

 

トレノちゃんを見送ってゴール板近くでギャラリーする。

 

「あれ、渋川さん!久しぶりです!」

 

「ナナちゃん、久しぶりだね。今日は来てくれたんだ。」

 

「当ったり前じゃないですか!ダービーは特別も特別ですから!まさかトレノちゃんがダービーで走る日が来るとは、夢のようですよ!」

 

「私も、トレノちゃんの担当になって、ここまで来られるとは思ってなかったよ。」

 

だからこそ、今日この日を迎えられたことを嬉しく思う。縁起でもないけど、勝っても負けても、後悔はしないと思う。ここまで来られたことが、奇跡みたいなことだから。

 

「どうだ?キタサンの成長っぷりは。」

 

「あ、沖野さん。それにスピカの皆も。」

 

「おハナさん達リギルも来てるぜ。なんせダービーだからな。お、えーっと、ナナちゃんだっけか?去年の感謝祭以来だな。」

 

ナナちゃんと沖野さんって面識あったんだ。ちょっと意外だったな。

 

「覚えてたんですか?ありがとうございます!将来はトレーナーになりたいって思ってるんです!もしトレーナーになったら色々と教えてください!」

 

「お、良い心がけだぞ。それじゃ、未来の後輩に1つアドバイスだ。渋川みたいな変人にはならないようにな。」

 

「はーい!」

 

「ゑ」

 

ナナちゃん嘘でしょ? …え?

 

「っと、そろそろ始まるみたいだぞ?」

 

『各バゲートイン、出走の準部が整いました。ダービーを制するのは主役4人か、それともダークホースが掠め取っていくのか!?今…』

 

ガコン!

 

『スタートしました!各バきれいなスタートを切りました。先頭に出たのは4番人気キタサンブラック。3バ身後方にイエローロータリーが集団を引き連れています。その後方2バ身離れてサトノダイヤモンド、この位置で展開をうかがう。最後尾にトレノスプリンター。直近2レースでは逃げていたが今回は追込での勝負と…ならない!ペースを上げて先頭集団に混じろうとしている!』

 

「そう、それそれ。その感覚を終盤まで覚えておいて。」

 

「トレノの脚質は追込だよな。3連続は流石に負担が大きいんじゃないか?」

 

「そうですよ!それに今回は400メートル長いんです!スタミナが足りなくなるかもしれませんよ!?」

 

「そこはご心配なく。前に出ていくのは1コーナーまでなので。そこまで行ったら1度下がりますので。」

 

そう言うと沖野さんとナナちゃんは疑問を感じているような顔になった。まあ、こんなトリッキーな作戦、ゴッドフット、星野さんに教えてもらわなかったら思いつきもしない。

 

「わざわざ下がるのか?何の意味が?」

 

その質問にトレノちゃんに教えた時と同じように答える。

 

「へー、それなら出し抜けるのかもしれない。仕掛けるタイミングがより正確になるんだからな。トレノのスタミナなら、大丈夫だろうしな。」

 

「成程、トレーナーになるには基本的な作戦から想像もつかないほど奇抜な作戦を立てられる頭脳っと、メモメモ。」

 

「それにしてもよくそんなこと教えるよな。対策されるかもしれないのに。」

 

「大丈夫ですよ。多分今後一切使わないと思うので。」

 

「お前なー…。」

 

 

お前、もう逃げなんかやらないって皐月賞の後言ったよな。だったら…お前が今やってる走り方はいったい何なんだよ。

 

だけどもう慣れたというか、意外性はない。お前がそう来るなら俺としても望むところだ。もう1カ月前までの俺じゃない。合わせてペースを上げるようなことはしない。

 

サトノもキタサンもそうするはずだ。そうこうしている間にトレノは俺の前に出ていく。キタサンまではあと4バ身って所か?キタサンも成長している。2400メートル、お前はそのペースで持つかな。

 

 

『徐々に追い上げてくる!皐月賞より400メートル長いですが、最後まで持つのでしょうか。』

 

『弥生賞、皐月賞ではほぼ全てでスパートを掛けていたと言っても過言ではないですからね。恐らく持つと見込んでの作戦なのでしょう。』

 

トレノさんが追い上げてきている。また逃げで来る気なのかもしれない。でも、ペースは変えない。皐月賞だってそれで負けたんだから。

 

ペースを変えないで走っているとじわじわとトレノさんが追い上げてくる。このままだと先頭を奪られる。そこにじれったさが無い訳じゃない。でも我慢しないと。

 

『追い上げてきたトレノスプリンター、キタサンブラックまで1バ身。この2人を先頭に1コーナーに入っていきます。キタサンブラック乱れる様子はない。』

 

「成程、大体そんな感じね。」

 

「…え!?」「はぁ!?」「嘘!?」

 

『こ、これはどういう事でしょう!?先頭に並びかけたと思ったら突如下がっていったぞ?』

 

『スタミナ切れではなさそうです。となると作戦と考えるのが自然ですけど、どういう作戦なのでしょう。』

 

トレノさんが並びかけたタイミングでそう言って次の瞬間、どんどんと下がっていく。競り合う相手が一時的にいなくなったけで、混乱の方が大きい。

 

 

『レースが始まって早々に一波乱ありましたがキタサンブラック先頭変わらずに1コーナーに入っていきます。』

 

下がってきたトレノさんがロータリーさんと私の間の辺りに位置どって、そのまま1コーナーに入っていく。流石というか、あざやかにインラインに割って入っていく。

 

でも仕掛けるといった気配は感じない。そうすると、さっき前に出たのはいったい?…多分、今考えても仕方がないのかも。トレノさんがどんな作戦を立てていても、私は私に出来る最高の走りをするだけ。

 

 

コーナーに入って渋川さんと決めた定位置に位置取る。…もう少し前の方が良いかな?1バ身くらい前に位置取ろう。

 

先頭に行くまでにかかった時間は大体9秒。そうなると仕掛けるタイミングは…上りが始まる少し手前。ペースを上げていってコーナーでキタちゃんにもう一回並ぶ。

 

その後の直線を考えると4コーナー入る時には既に先頭に立っていないとダメかな。

 

ドクン ドクン

 

位置取りは悪くない。ペースをキープして残った足で残りを走り切る。

 

『1コーナーから2コーナーへ。トレノスプリンターは中団の良い位置に位置取っています。ペースとしては平均的、レースが動くのは3コーナー付近と見ていいでしょう。』

 

 

「3コーナーか。つまりトレノちゃんが得意なコーナー勝負に持ち込んでアタマを取るっていうのが榛名ちゃんの作戦か。」

 

「お、池谷結構勉強したんだな。」

 

「応援するにも知識が無いとな。と言っても、ほとんど拓海の走りを思い浮かべてるだけだけどな。」

 

「そうですよねー。あれだけ速いんですから嫌でも思い出しますよね。…所長のコーナー3つで失神事件も。」

 

「それは思い出さなくていいんだよ!俺だって成長してるからな。榛名ちゃんのドリフトは初見でも拓海の時よりは耐えられたんだ!」

 

「それでも2つ増えただけだったじゃねえか。」

 

「それも言わなくていいんだよ!」

 

 

実況は3コーナーから動くって言ったけど作戦通りなら上りが始まるより少し手前でトレノちゃんは動く。そこがトレノちゃんにとってベストに近い仕掛け所だと思う。

 

でも、考慮しないといけないのは他3人の末脚。スパートまで残っているのは明らかだけど、問題はトップスピードより加速力。

 

最高速にそこまでの差が無いとしても、そこに到達するまでの時間が短ければ短い程、勝負は苦しいものになる。加えて東京は最後のストレートが長い。

 

つまり直線に入ってから仕掛けてもあの3人であれば十分捉えてしまう可能性もある。

 

「お願い、頑張って!」

 

 

2コーナーを抜けて向正面の直線。まだ少しの間下りが続く。上りの終わり際から9秒前倒し…ココか!

 

 

トレノさんがバ群の外に行ってペースが上げていく。この先は上り、トレノさんが苦手としてる所。しかも中山並に傾斜がキツイ。ここからスピードを上げて上りを少しでも早く抜ける訳ですね。

 

私の推測が正しければ、既にスパートに入っているはず。トレノさんは超ロングスパート型。仕掛けが早くても何も不思議じゃない。

 

『2コーナーを抜けた所で順位を振り返ります。先頭キタサンブラック変わらず、2バ身離れてイエローロータリー、その後ろにバ群を引き連れている。その後ろにトレノスプリンター、今順位を1つ上げました。サトノダイヤモンドもこれに付いていく。全体的に縦長な印象です。』

 

仕掛け所を考えれば、私はまだ脚を溜めるべき。4コーナーに入ってからスパートを掛けるのが理想的だと思う。でも少し、トレノさんに付いていく。

 

ロータリーさんを抜くまでとは言わない。その近くまで付いて行ければいい。

 

 

もう仕掛けてるのか。今度はハッタリじゃねえみたいだな。魂胆としてはコーナーで先頭に立って最後の直線の為に貯金を作っておくって感じか。

 

トレノの弱点は直線だ。いくらコーナーが速くても直線に出てしまえば正直並のウマ娘だ。弥生賞、皐月賞で負けた理由は脚の使い方を間違えたせいだ。

 

無理に引きはがそうとするとこっちの脚に限界が来る。皆その手法で負けてる。タマモさんでさえも。だが、仕掛け所を見誤らなければ勝てない相手じゃない。

 

東京の直線は中山より200メートルほど長い。それだけあれば直線で取り返すことはできる。

 

だからここではまだ動かない。仕掛けていくのは最終コーナー立ち上がる瞬間からだ!

 




「どう見る?うちらが出られへんかったレース、日本ダービー。主力4人は順調にレースを進めとるからなぁ。ラストの直線は見ごたえあると思うで。」

「そうだな…私は、彼女たちが羨ましくなる。もし私がダービーに出られたら。今まではあまり考えてこなかったが、何故か今そう思ってしまった。」

「ライバルやから…やろうな。ウチも羨ましく思わん言うたら嘘になる。せやけど、同時に応援したくもなるんや。」

「そうだな。…だが、このレース、トレノには不利な材料が多いな。特にラストの直線は長い。トレノでは差し切られてしまうかも知れない。」

「それもそうやなぁ。せやけど、ウチは何かあると思うんや。確証は無いんやけど。」

「私もだ。一度レースしたからか、そんな予感が何故かしてしまう。不思議だな。彼女は。」

「せやな。この会話を後書きに持ってくる作者の神経も不思議やわ。」

あ、バレてました?

「みえとるでー。」

オグリさんはそれ気に行っちゃったんですか?可愛いからいいですけどもっとやってください。

「なんや、急に気持ち悪いなぁ。で、なんで後書きなんや?」

書くことが無かっただけです。もちろんこの会話は本編扱いなので読者もご安心ください。

「いや本編扱いやったら普通に本編に持っていけばよかったやないか。後書きも書くこと無いんやったら空白でも」

パルプンテ!

「あーウチのたこ焼きが消えた―!」

また次回!

「また次回やで~。」


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第六十六話 破滅へのカウントダウン

そろそろ上りも終わって下りに入る。ロータリーさんは目と鼻の先、後ろにはダイヤちゃんがいる。私が仕掛けたのを見て付いてきている。ちょっと困るな。

 

末脚勝負じゃ手も足も出ないから出来る限りマージンを確保したかったんだけど、付いて来られたらそのマージンも十分に確保できなくなる。

 

ドクン ドクン

 

『トレノスプリンターゆっくりと順位を上げて行っています。サトノダイヤモンドそれに続く形で下りに入っていきます。』

 

『普段の追込を最近見ていなかっただけになんだか新鮮ですね。どう運んでいくのか楽しみです。』

 

下りに入った。もっとペースを上げてコーナー入り口までにキタちゃんに並べないと勝機は無くなってしまう。

 

 

「さて、ここからどう転んでいくかな。」

 

「渋川さん、トレちゃんはどうすれば勝てますか!?もう心臓バックバクで考えがまとまりませんよ!」

 

「そうだなぁ、まずコーナー入り口でトレノちゃんがキタちゃんに並ぶ。3コーナーで先頭に立って最終コーナーでその差を広げられるだけ広げる。そのまま差し切らせないでゴールっていうのが思い描いてる作戦なんだけど。」

 

「そうか、トレちゃんはコーナーが得意だから!それで、何バ身くらい広げればとかは分かりますか?」

 

「…8バ身。いくら少なく見積もっても7バ身は確保しないと差し切られるかも。」

 

「そ、そんなにですか!?」

 

驚くのも無理はない。いくら考えてもそれ位確保しなければいけないという考えになった。もちろん、あの3人が私の想定に収まってくれるわけがないからそれを考えても実際に確保できるのは5バ身…それよりも少ないかも。

 

「だが、実際にそれだけの差を確保できるのか?」

 

「トレちゃんならできますよ!」

 

「…ゴメン、出来ないと思ってる。」

 

「そ、そんな…!渋川さんまで…!」

 

「私だって諦めたくない。諦めないでここまで来たんだから。でも…トレノちゃんは、あ…。」

 

弱音を吐いていてその勢いで言ってしまうところだった。この事実だけは誰にも言えない。誤魔化すように手を合わせて祈る。

 

「頑張って…頑張って…無事で戻ってきて!」

 

 

トレノさんがロータリーさんを抜いて私のすぐ後ろまで来ている。このコーナーで仕掛ける気だ。どうしよう?このまま抜かせて直線で抜き返しても良いけど、ここで競り合おうか?

 

「ハアァア!」

 

『キタサンブラック先頭に3コーナーに入ります。後ろには追い上げてきたトレノスプリンターが続きます。他の子はまだ動かないか?』

 

時間が無い、早く決めないと!

 

「……ああもう、ぶちかませぇ!」

 

『キタサンブラックここでスパートを掛けてきた!トレノに触発されたのか!?』

 

『まだまだ先は長いですからね。スタミナ切れを起こさなければいいですが。』

 

 

「キタサンの奴、掛かっちまったか…。」

 

「キタちゃんはこれで相当厳しいかも知れませんね。逃げの子があそこで仕掛ければゴールまで持たないかもしれませんね。前回だってそれでトレノちゃんに負けてますから。」

 

「ロータリーとダイヤはまだ落ち着いてるな。直前で仕掛ければ十分にキタサンを捉えちまうだろうな。その選択をしたら、あとはタフさだけが頼りだ。頼んだぞ!」

 

 

 

嫌な予感がするんだよなぁ。何だろうな、ダービー始まってから感じるこの違和感は。

 

「……何かあってからじゃ遅いからな、手だけは打っておくか。」

 

 

 

ここでスパートを掛けるとは…このままじゃ作戦がパーになる。脚にはまだ余力がある。ここで使わなくてどこで使う。

 

ドクン ドクン ドクン

 

「もっとだぁ!」

 

『トレノスプリンターも動いたぁ!釣られるようにペースを上げる子もいます!…が、ロータリー、ダイヤモンド共に動かない!』

 

こっちは往復9キロを毎日走ってたんだ。今更400メートルがなんだ、こんな所で音を上げるようじゃこの先も勝てる訳ない!

 

さっき思い付いた作戦通り、4コーナーでアタマを取ってリードを出来るだけ広げる。あとはどうにでもなれだ!

 

 

キタサン、その判断はミスだぜ。トレノをちぎろうとするから逆に追い込まれちまう。お前のタフさは認めるが、流石に分が悪いぜ。

 

……ほぉら、柵走りで一気に離れていく。あれ1つであり得ないくらい離れるから焦りたくもなるが、ここは待つ。

 

ダイヤも分かってるみたいで、仕掛けてくる様子はない。俺が仕掛けるのは早くても4コーナーの途中からだ。そこまでは、見物させてもらうぜ。

 

 

明らかに判断ミスした。あそこはトレノさんを気に留めず、ペースを維持するのが正解だった。取り返しのつかないミスだった。

 

後ろをちらりと見ると段々と近づいてくるトレノさんが見える。

 

やってしまったものは仕方ない、このまま突っ切る!タフさには自信がある。このままゴールまで突っ走ってやる。

 

「うああああ!根性ぉぉ!」

 

 

キタちゃんが更にペースを上げた。スピードが上がってラインが少し膨らんだ。3コーナーもそろそろ終わる。ここで仕掛けないともう仕掛けるポイントは無い。

 

9秒先から仕掛けた甲斐があった。あの隙間に入り込む!少し強引にラインを変えてキタちゃんのイン側に潜り込む。

 

「させ……ない…!」

 

まだペースが上がるのか!突っ込み重視の柵走りで…置いて行かれるとは。間違いなく私の限界を超えている。これが本格化…。

 

私だってまだ加速していきたいけど、上りと言う事もあるし、何よりこれ以上は体が限界だ。自分のパワーの無さを今更ながら恨めしく思う。

 

『キタサンブラック、トレノスプリンターもつれたまま各バ最終コーナーに入っていきます。トレノはこのまま仕掛けきることが出来るのか?』

 

最終コーナーに入る前に仕掛けきりたかった。だけどここまで来たもつれたからには立ち上がり重視の柵走りでその差を埋めるしかない。

 

今までの限界を…今ここで超えないとダメなんだ。

 

ドクン ドクン ドクン

 

 

トレノのペースは既にラストスパート並、上りだが、コーナーって事もあってほんの少しずつだが離れていく。今の差で4バ身程度か?

 

アイツに対抗してペースを上げていってるキタサンも良い根性してるぜ。タフさが取り柄なだけある。だが、コーナー抜けるまでにはそれなりに消耗するはずだ。

 

これなら俺が付け入る隙が出来る。コーナーでは仕掛けない。もう少し我慢だ。

 

 

トレノさんの後ろを走ってたおかげで少し脚に余裕が出来た。これなら少し早いタイミングでスパートを掛けられる。

 

『トレノとキタサンもつれている!最終コーナーもそろそろ終わる!ここからは長い直線だ!先頭2人はスタミナが残っているか!?それとも他の子が差してくるのか!』

 

トレノさんまで約6バ身!十分に射程距離内!

 

「やああぁぁあ!」

 

『サトノダイヤモンド仕掛けてきた!他の子もどんどんと仕掛けてきている!』

 

「おらあぁあ!」

 

『イエローロータリーも仕掛けてきた!驚異的な末脚だ、サトノダイヤモンドと共にぐんぐんと伸びてきている!』

 

 

コーナーで仕掛けきれなかった。ここからはあまりにも不利すぎる直線に入る。しかも少しの間上りが続く。

 

しかもロータリーちゃんとダイヤちゃんの末脚は想定をはるかに超えている。その差がみるみる縮んでいって既に2バ身程まで迫ってきている。

 

「トレちゃぁーーーん!!頑張ってーー!」

 

そんな応援もむなしく、上りの影響でペースはほんの少しずつ落ちて行っているように見える。対して追い上げてくる2人はさらにペースが上がっている。

 

「キタサンも粘っているが、流石に持たないか…?」

 

沖野さんの言葉通り、キタちゃんもペースは上がって入るけどその差はじりじりと詰まってきている。

 

 

「トレノちゃん、頑張れー!抜かれるなー!」

 

「ヤバいよ、絶望的だ。ゴールはまだ先だ。このままいくと抜かれちまう!」

 

『ロータリーとダイヤ追い上げてくる!2番手争いに食い込んできている。トレノは懸命に走っているが…いま追い抜いた!そのままキタサンブラックを追い抜きにかかっています!』

 

「「「ぬ、抜かれたー!」」」

 

「神奈川最終戦並の衝撃だぜ…こうも何もできないまま抜かれるなんて。」

 

「しかも直線だから純粋なパワー勝負になる。もう、厳しいんじゃないかな…。」

 

「そ、そんなぁ。俺、こんな所でトレノちゃんが負けるの、見たくなかったよ。」

 

 

「ハァ…だあぁあああ!」

 

2人の背中がどんどんと離れていく。その背にすがろうと手を伸ばしても、それははるか遠くにあるように思えてしまう。

 

ドクンドクンドクン

 

追い付けないの…?どうしても…。これが私の限界って事?

 

ドクンドクンドクン

 

 

ドクンドクンドクンドクン

 

 

 

 

 

 

ドクン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………えっ?

 



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第六十七話 最悪の日

瞬間、トレノは理解できなかった。途端に咳き込み、その手にまみれたものの正体が何か。いや、理解したくはなかったのだろう。

 

だが、理解してしまう。その”赤い“液体が何か。

 

(これ………血……?)

 

そう思ったと同時に体は自分の命令を聞かなくなっていた。意識を手放すのに、そう長くは掛からなかった。

 

 

『一体何が、何が起こったのでしょう…。…こ、故障です!トレノスプリンターに故障発生です!』

 

スタンドは騒然としている。困惑の声を上げる者、現状が理解できずに押し黙る者。

 

「どうなっているんだ?トレノは…」

 

「トレちゃん…おうえぇ…ゲホッ!」

 

長いトレーナー人生で故障は何度も見てきた沖野だが、こんな故障は見たことは無かった。一刻も早く対処しなければ、トレノはこの先走れなくなるかもしれない。

 

沖野は瞬時に理解できた。しかし体が動かない。何故か体が反応しない。それほどまでに動揺していたのだ。

 

「うわあああああああぁぁぁッ!!!」

 

「渋川っ!?」

 

そんな中いち早くターフに飛び出したのは渋川だった。彼女だって狼狽していた。彼女自身、今自分が何をしているのかすら、この後聞いても覚えていないかもしれない。

 

それでも、何をするべきかは、本能で理解っていた。その体はフラフラと、糸の絡まったマリオネットのように不規則な動きをするトレノをしっかりと捉えていた。

 

力なく、惰性で、ほとんど残留思念のようなものだけでゴールへ向かって走るトレノ。しかしそれも長く続かない。脚が絡まり、遂に体は宙に舞った。

 

しかし、トレノが地面に打ち付けられることは無かった。渋川が動きを捉えていたおかげで激突だけは免れた。

 

「うぐうぅッ!!」

 

だが、それは激突の衝撃を渋川が全て受けるという事。もちろん渋川もただでは済まない。時速約50キロで人体を受け止めるのがどれほどのダメージかは想像に難くない。

 

そのまま50メートルほど後ろに吹っ飛んでいく。渋川もかなりの重症になってしまったがそんなことは意に返さずにトレノの状態を確認する。

 

(口から大量の血…内臓の損傷?…そうだ、脈は!?)

 

手の動脈、首筋、その後に心臓に耳を当てる。しかしどこを確認しても脈は確認できなかった。

 

(心臓が止まってる…!?このままじゃ死んじゃう!)

 

すぐに心臓マッサージに取り掛かる。ゆっくり過ぎず、かと言って早過ぎずの一定のリズムでマッサージを施していく。

 

「担架ーー!それに救急車ーー!」

 

「トレちゃん!起きてよ!お願いだから起きてよ!!」

 

少し遅れて沖野とナナが駆けつける。沖野はすぐにケガを確認する。あれほど派手に宙を舞って、ケガをしていないはずがない…のだが。

 

(脚にケガは…ないのか?あれだけ吹っ飛んでいたのにか?渋川がクッションになったって事か。…てことは、渋川も相当な重症じゃ!?)

 

そう思い渋川の顔を見るが心臓マッサージに必死でそのような様子は今の所ない。それも仕方ない。何せこの状況の中、一番錯乱しているのは渋川本人である。

 

「榛名、AEDよ!」

 

遅れて東条が飛び出す。その言葉を聞いて一旦マッサージを止め、血まみれとなったトレノの勝負服を脱がしていく。

 

「うぅええんゲホ!ゴッフ!…トレノちゃん、戻って来て…!」

 

「渋川、もういい休め!お前まで吐血してるぞ!」

 

この言葉を渋川が聞き入れることは無かった。AEDの処置を終え、再度心臓マッサージに取り掛かる。

 

「おいトレノ!しっかりしろよ!」「トレノさん!」「起きてください!」

 

ロータリー、ダイヤ、キタサンの3人も駆けつける。すでにレースは終わっていた。掲示板には既に確定した順位が表示されていた。しかし彼女たちにとってはそんなことはどうでもよかった。

 

今この場ではライバルの、友の安否だけが最優先事項だった。

 

心臓マッサージを始めて3分、サイレンの音が聞こえる。救急車が来たのだ。柵がどけられ、ターフの中に入っていく救急車。迅速にトレノが乗せられていく。

 

「さ、貴方も乗って!酷いケガだ!」

 

「私は大丈夫です!早くトレノちゃんを連れて行ってあげてください!」

 

「そんな訳に行くか!お前だって重症なんだ!さっさと行け!俺たちも後から行く!」

 

救急車に乗ることを一度は断る渋川だが、沖野に半ば無理やり乗せられる形でレース場を後にする。

 

走る救急車の中、必死に心肺蘇生を行う救急隊員。渋川はそれを眺める事しかできない。トレノを受け止めた時、既に体は限界だった。

 

(起きて、トレノちゃん…必ずだよ…。…死んじゃダメだよ………。)

 

そう強く願い。渋川は一筋の涙を流し、死んだように眠りについた。

 

 

ピッ ピッ ピッ

 

「うぐッ! げっふ!ゴッっふ!」

 

「心拍音だ、心臓が動き出した!血を吐いてしまっているが呼吸も正常だ!脳波も出ている!蘇生はひとまず成功だ!トレーナーさん!一先ずは蘇生に成功しました……?」

 

後ろを振り向いた隊員の目には口から血を垂らして力なく座っている渋川が映る。その様はまるで死んでいるようで、救急車の少しの揺れで倒れてしまいそうなほどだった。

 

「まさか、こっちも!?」

 

急ぎ脈、外傷などを確認する。脈は正常、しかし問題は外傷の方だった。

 

「酷いケガだ…ここまで意識を保っていたのが奇跡なくらいだ…。こちらの方のバイタルは安定してきてる。一先ずこっちの処置をしよう。」

 

 

 

「まずはダービー1着おめでとうございます、ロータリーさん。今のお気持ちは…いかがでしょう?」

 

記者は何を聞けばいいかを探りながら質問する。何せあんなことがあった直後だ。慎重に、言葉を選びながらになる。

 

「どうしたもこうしたもねぇ。勝った実感もねぇ。そういや勝ったんだなって感じだ。」

 

「そうですか…次走は菊花賞になるかと思いますが、意気込みはいかがでしょう。」

 

「今は、そういう気持ちになれねぇな。…もういいか?」

 

「す、すいません!最後のこれだけよろしいですか!?…トレノさんに付いてどう考えていますか?」

 

「あ?」

 

途端怒気を放つ。記者として聞きたかった気持ちが勝ったのだろうが、踏んではならない地雷を踏んでしまったと質問してから気付く。

 

撤回することも出来た。しかし聞いてしまったからには、踏み込まなくてはならない。何より、誰もが知りたい事でもある。

 

「レースに復帰する見込みはあると思いますか?ロータリーさんの考えを聞かせて下さい。」

 

「…必ず復活する。俺の中じゃ、この勝負は無効だ。話は終わりだ。…それと、ウイニングライブには出ない。じゃあな。」

 

ライブに出ない。その衝撃の言葉に記者たちは押し黙る。その後、2着だったサトノダイヤモンドも3着のウマ娘も同様に出ない旨を伝えたため、ウイニングライブは中止になった。

 

それを咎めるものは少なからずいたものの、それでも大部分には理解された。

 

余談にはなるが、キタサンブラックは14着に終わった。トレノのペースに乗せられ、早くに仕掛け過ぎて直線で失速してしまったためである。

 

 

 

「トレノの…渋川の容体はその…どうなんですか?」

 

たづなからの連絡を受け、トレノ達が搬送された病院に大急ぎで車を飛ばして沖野達スピカメンバー、そしてナナが到着する。

 

「まず、渋川さんは現在手術中です。飛んできたトレノさんを受け止めたとのことでしたのでCTスキャン、MRI、色々と検査をしました。その結果、肋骨の何か所かにヒビが入っていました。吐血は受け止めた時に内臓が圧迫されて、傷が出来たものかと思われます。ですが、命に別状はないかと。」

 

「そうですか…。」

 

一度は胸をなでおろす沖野だったがまだトレノの診断結果を聞いていない。覚悟を決めて医者に問う。

 

「それで、トレノの方は?」

 

「渋川さんと同様の検査を行いましたが異常なしです。吐血の原因は調査中ですが脈拍、呼吸、脳波とすべて正常です。ケガに関しても軽い打撲程度で済んでいます。ほとんど奇跡です。ただ…。」

 

「…………ただ?」

 

医者が何か溜めていう時、それは決まって良くないことを告げる時である。この場にいる全員が何も起こらないでくれと思ってもである。

 

「トレノさんは現在昏睡状態です。もちろん脳に異常などはありません。しかしなぜ昏睡状態なのか、いつ目覚めるかは、私どもでは……。」

 

「そ、…そんな…トレちゃんが?」

 

膝から崩れ落ちるナナ。近くにいたスペシャルウィークがナナを支える。

 

「今は経過を見守るしかありません。私どもも最善を尽くします。」

 



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第六十八話 悪夢

あれ………ここは…?

 

トレセン学園の校門?私、何でここで寝てたんだろう?周りを見渡すと誰もいない。普段と違い過ぎて不気味さすら覚える。

 

「…そうだ、トレノちゃん!早くトレノちゃんの所へ行かないと!」

 

「渋川さん……。」

 

「と、トレノちゃん!…ッ!?そ、それ…は…?」

 

後ろから声がして振り返るといたるところに包帯を巻いて、松葉笛を突いているトレノちゃんがいた。

 

「ダービーで派手に転んで、こうなっちゃいました。もう走れませんし、もう学園にいる意味も、ありません。」

 

「ま、待って…!トレノちゃんはまだ、…走れる…!どれくらい先になるか分からないけど…リハビリとかしてさ…!」

 

「無理ですよ。渋川さんが一番分かってるんじゃないですか?あれだけの事があって復帰なんて絶望的だって。」

 

「……そ…そんなこ…とは……。」

 

気が付くと涙で溢れていた。私のせいだ、私が不調に気付いてあげられなかったからトレノちゃんはこうなってしまった。今、目の前にいるトレノちゃんが私の期待と言う名の怠慢が招いた結果という事に気付く。

 

「それじゃ、さようなら。多分二度と会うことは無いと思います。」

 

「ま、待って…!」

 

「貴方になんか、出会わなければよかった!」

 

ッ!!!!

 

 

 

 

 

「……って、待って!トレノちゃん!」

 

途端景色が変わる。カーテンのような布に囲われている。…ここは…病院?周りが薄暗い所を見ると時間は夜かな。

 

「痛っ…。」

 

痛みの出所に目をやると、点滴用のチューブが刺さっていた。私も入院することになったんだ。…と言う事は、さっきのは夢?

 

(貴方になんか、出会わなければよかった!)

 

「! うっっぷ!?」

 

夢で言われたトレノちゃんの一言を思い出して吐き気を催す。何とか押しとどめるが、今度は過呼吸と涙が止まらなかった。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 

 

 

 

ダービーの悲劇の翌日朝、渋川の意識が戻ったと医者から連絡を受けて俺とおハナさんで見舞いに来ていた。

 

「渋川…入るぞ。」

 

「…………どうぞ。」

 

カーテンの向こうから聞こえてきた声はしっかりと聞かないと聞き取れないほど小さく、今にも消えてしまいそうな声だった。本当に渋川の病室か疑いたくなる位だ。

 

「元気…では無さそうね。体の調子はどう?」

 

「……胸の所が……痛むくらいです…。」

 

「そうか、まあ、無事っぽくてよかったよ。」

 

無事っぽいとは言ったが、よく見なくても無事じゃねえな。話してくれてた時も顔は下を向いてる。ぼさぼさで垂れている長い髪、虚ろな目、どれを取っても無事とは言えない。

 

無事と言ったのは俺を安心させたいからかも知れない。

 

「…何か、欲しいものはある?買ってくるわよ。」

 

「………大丈夫…です…お構いなく……。」

 

「そ、そう…何かあったら言ってよ?…所で、トレノの事なんだけど。」

 

「ーーーーーッ!!!」

 

トレノの話題に触れた瞬間、毛布を握る力が強くなる。次の瞬間には頭を掻きむしって壊れたように。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!全部私が悪いんです!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて!大丈夫だから!」

 

「今ナースコール押したからな!すぐに医者が来てくれる!」

 

おハナさんが渋川体を抑える。しかし渋川は暴れ続ける。俺も加勢して何とか押さえつける。

 

「せ、先生!渋川さんが!」

 

「渋川さん!落ち着いて!ナース!」

 

「はい!」

 

「大丈夫!大丈夫です!落ち着いて!…そうです。」

 

「ごめんな…さい……私の…せ…いで……。」

 

俺たちがどくと医者たちは何かしらの注射を打つ。すると渋川は段々と落ち着いて行き、最後には眠ってしまった。

 

「その、渋川は大丈夫なんでしょうか。」

 

「恐らく、ダービーでの出来事がトラウマになってしまい、急性ストレス障害になってしまったものと思われます。トラウマの引き金はトレノさんでしょう。」

 

トレノが?いや、確かにおハナさんがトレノの名前を言った瞬間に様子がおかしくなってしまった。全部私が悪いんです…か。ひとまず今日は出直すとしよう。

 

 

(全部私が悪いんです!)

 

「おハナさん、渋川って何か隠してたりしてなかった?」

 

帰り際、病院の待合室辺りでおハナさんに聞いてみる。自分の担当があれだけの悲劇に見舞われたら精神を病んでしまうのは仕方ないかも知れないが、どうしてもこの言葉だけが気になる。

 

「何もない…とは言いたいけど、あるわよ。榛名には言わないでとは言われてたけど、榛名はあの状態だしとやかく言ってはいられないのよね。」

 

やっぱり何かあるのか。この秘密の中に解決の糸口があればいいんだがな。

 

「秘密っていうのはトレノの事よ。私も偶然聞いたんだけど…トレノはまだ本格化してないみたいなの。」

 

「……ハァ!?」

 

秘密も秘密な衝撃な事実がサラッとぶちまけられた。その状態で皐月賞に勝ったとなると化け物以外の何物でもない。だが今はそっちはどうでもいい。

 

「本格化前で負担の大きいレースに出たのか。しかもダービーにか。様子から見るに体調不良とかを隠しているわけでもなさそうだったから、何の前触れもなく…?」

 

「多分そうでしょうね。あれだけの故障よ。起こる前には何かしらも前兆があると思うわ。もしあったらレースに出すようなことはしない。榛名があの状態だから今は分からないけどね。…あ、たづなさん。」

 

「こんにちは、沖野さん、東条さん。」

 

話しながら病院を出ようとすると、たづなさんとすれ違う。思えば、迅速に対応できたのもこの人のおかげだったな。

 

「こんにちは、たづなさん。昨日はありがとうございます。それにしても凄いですね。病院の手配も、まるでそうなるのを予知してたみたいに。」

 

「私も、こうなるとは予想も出来ませんでした。豊田さんからの電話が無ければしどろもどろだったかもしれません。」

 

「栄治さんが?」

 

「はい。大体向正面の上り坂の辺りに電話があって…」

 

 

とおるるるるるるるるん 

 

(はい、駿川です。)

 

(豊田だ。要点だけ伝えるぞ。東京レース場近くの病院の手配した方が良いかも知れないぞ。)

 

(とれ…豊田さん?)

 

(何かあってからじゃ遅いからな。頼んだぞ、ミノル。)

 

 

「それだけ言って切ってしまいましたが、ここまで予想していたなんて。豊田さんは凄い人です。」

 

「まじか…やっぱすげえや、豊田さんは。」

 

「でも、実際にトレノさんを救ったのは、紛れもなく渋川さんです。あの処置が無かったら、結果は変わってたと思います。」

 

「そうですね。でも、世間の評価は冷たいものばかりです。」

 

おハナさんがそう言ってSNSを見せる。そこには渋川に対する心無い言葉が並べられていた。

 

[新人だからって担当の体調管理怠るなよ][スカウトの時30分追い回したって聞いたぞ?本当だったら非常識すぎるわ][どうせ自分の功績の為だけに出したんだろ。トレノちゃんが可哀そうだわ][トレーナー辞めろ][風の噂で脚にガムテープ巻いて走らせたとか]

 

「半分合ってるな……。」

 

「違うと言い切れない所が怖いですね…。」

 

「でも大概はありもしないことをただ適当に書き連ねられてるだけ。今の榛名には見せられないわね。」

 

「こっちもさっさと収まってほしいモンだ。」

 

 

 

[キタサン、ダイヤ。校門に来てくれ、今から見舞いに行くぞ]

 

お昼休み、ロータリーさんからLANEが送られてきて校門前に集合する。午後の授業もあるけど、今日だけはサボらせてもらう。

 

「おう、来たか。アシは確保してある。もう少し待っててくれ。」

 

「でも、急ですね。こんな平日のお昼に。」

 

「俺も土曜部辺りに行こうかとも思ったが、授業が全く頭に入らねぇ。それだったら見舞いに行って気持ちに整理付けた方が良いと思ってな。」

 

「…そうですね。あたしも今日1日ぼーっとしてた気がします。」

 

「私も、トレノさんが気がかりで…。」

 

それからあたしたちは黙り込む。お通夜のような空気が漂う中、遠くからパンパンと音が聞こえてくる。

 

「来た来た。やかましいけど、こういう時は分かりやすくていいな。」

 

「えっ?でもあの車って渋川さんのじゃ…。」

 

「よう。意外だろ?俺がこれ乗ってるの。それにしてもどうやってもうるさいなこの車。」

 

「トレーナーさん!?どうして渋川さんの車に?」

 

「渋川からLANEがあってな。ほら。」

 

そうやって見せられたスマホの画面には、[車持って来てください。少しでも気を紛らわしたいんです。]と送られていた。

 

「そういうことだ。ちょうど4人乗りだしな。さ、乗ってくれ。」

 

「ちょっと待った!トレノ君の見舞いに行くのだろう?私達も乗せて言ってはくれないかい?」

 

声の方を見るとタキオンさんとカフェさんがいた。彼女たちも見舞いに来てくれるんだ。凄いなトレノさん。

 

「心配……ですから。トレノさんも……タキオンさんが変な事をしないか……。」

 

「えぇーっ!?私はそこまで道徳が無いと思われていたのかい!?」

 

「ああ。」

 

「ロータリー君も薄情じゃないか!」

 

「それは置いておいて…5人だったらギリギリ乗れるかもしれないけど、6人となるとな…。おハナさんにも車出してもらうか?」

 

そうやってトレーナーさんが東条さんに電話を掛けようとすると、カフェさんがそれを止める。

 

「それなら……大丈夫です……。これがあるので……。」

 

そういってカフェさんが取り出したのは……スピカ名物・ズタ袋だった。

 

「カフェ?それをどう使う気だいぃっ!?」

 

困惑していたタキオンさんを何の躊躇もなくズタ袋に入れてしまった。それでもって驚くほどの手際で袋の口を絞めていく。

 

「…カフェ~らしくないじゃないか~出してくれよ~。」

 

「駄目です。タキオンさん……やっぱり薬持ってたじゃないですか。少し反省してください。」

 

そう言ってズタ袋を持ち上げる。そのまま車の後ろの方に歩いていく。あたしはもう察した。トレーナーさんも準備万端だし。

 

「カフェーお願いだよーもうしないからー頼むよー……まさかこのままトランクに押し込むつもりじゃないだろうね!?いくら私でも泣くぞ!?カフェ、聞いてるのか」

 

バタン!

 

「……行きましょうか。」

 

「そうですね。」

 

 




……榛名さん、寝ている所で申し訳ありませんが、まずは、謝らせてください。

この状態で打ち明けるのは、半ば懺悔のようなものです。こんな展開しか思いつかなかった自分自身への…。

トレノさんがエンジンブローするのは、実はこの作品が始まった段階から既に決まっていたんです。ですが、予想外の事態もまた、発生しました。

本当だったら、貴方をここまで追い詰める予定はありませんでした。鬱展開なんてボクも書いてて楽しくないですから。

ですが、僕の無い頭ではこれが限界でした。守れず申し訳ないです。

…この音、沖野さんたちが来たみたいですね。僕はお暇させていただきます。また、お見舞いに来ますから。


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第六十九話 見舞い

「お見舞いの時は薬は持ってこない……いいですか……?」

 

「分かったよぉ、私も反省したから勘弁してくれよぉ。」

 

トランクから解放されてげっそりしているタキオンさんをすこしだけ心配しながら、トレノの病室に向かっていく。

 

「トレノの病室はここだ。俺は渋川にカギ返してくるから、お前らだけで先に行っててくれ。」

 

適当に返事して病室に入る。そこにいたのは、普段たまに見るトレノの寝顔だった。

 

「なんだよ、心配してたのが馬鹿らしい位穏やかな寝顔じゃねえか…。」

 

「普通過ぎて…昏睡状態って実感が…湧きません。」

 

そのまま顔を見続けても起きる気配はない。病室には一定のリズムを刻む電子音が響く。

 

「ふぅン。昏睡の原因は大脳、脳幹の障害、代謝の異常だが、前情報ではそのどれにも該当しないそうだ。ともなると本当に原因不明か…。」

 

「どうしたら起きてくれるんでしょうか…?」

 

「残念ながら、原因が分からなければ対処のしようもない。今この場で何事もなかったかのように起きてくるのか、1年先…いやもっと掛かることになるかもねぇ。トレノ君には1つ、可能性を示してもらったからねぇ。私としても早急に起きて…あわよくばレースに復帰してもらいたい。」

 

いつものふざけたような態度じゃない。タキオンさんは眉間にしわを寄せ、何時にもなく真剣に話している。

 

「ロータリーさん……トレノさんの手を……握ってください。」

 

「はい?」

 

 

「よう、昨日ぶりだな…元気か?」

 

「何とか……大丈夫です…インプの音聞いたら少し元気になった気が……します…。」

 

「そうか…ところでお前、ちゃんと寝てるのか?クマが酷いぞ?」

 

昨日より少しは上がった顔を覗くと3日は寝ていないんじゃないかと思うくらい濃いクマが出来ていた。ストレス障害の弊害か…。

 

「寝てはいます…1時間くらい…。」

 

「ほとんど寝てないじゃないか。早く良くなるには寝ることも大事だぞ?」

 

「……たくない…寝たくないんです!」

 

「お、落ち着けって!…どうしてだ?」

 

恐る恐る理由を聞いてみる。もしかするとトラウマを克服するきっかけを掴めるかもしれない。

 

「…夢を…見るんです……。決まってトレセンの校門前で……誰もいなくて…でも突然…………うっ!」

 

「無理すんな!落ち着いたらでいい、ゆっくり…ゆっくり話してくれればいい。」

 

「うっ…はぁ、はぁ…!ごめん………ごめん……!」

 

ゆっくりとは言ったが今日はもう無理させられない。1週間でも1カ月でも根気よく粘るか。

 

「今日は帰るよ。また見舞いに来るぜ。」

 

「待って、……下さい!病気の事は…先生から聞きました……。早く治すためにも……話します…!」

 

その言葉に俺の足は止まる。普段能天気な渋川をここまで弱らせるんだ。よほどの夢を見たって事か。

 

 

「こうですか?」

 

「はい……あとは、ロータリーさんの思いの丈を……ぶつけてください……。」

 

「いきなり言われても…。そうだな、ダービーは確かに俺が勝った。あれがお前の限界だとは思っちゃいない。まだまだ先があるんだろ?」

 

ロータリーさんの独白が病室に響く。トレノさんはもちろん反応しない。でも、その…お友だちは…少しづつ…

 

「だから、お前との勝負はまだついてないと思ってる。いつでもいい、お前が万全の状態になるまで俺は待つ。それまでに、俺ももっと速くなる!」

 

トレノさんとロータリーさんのお友だちはどんどんとその実態を表していく。あの時はうっすらとだったけど、今は輪郭を捉えられる。…あれは、車?

 

「お前を最初に負かすのはこの俺だ。キタサンでもダイヤでもねぇ。絶対に戻ってこい。」

 

白黒の車と、黄色い車。どちらもそれぞれの特徴を表しているような感じ…。…?この感じ、少し、危ない気がする。

 

『なぁ、俺とお前が初めてあった時、覚えてるか?…忘れたとは言わせねえぞ。初めてバトルした、あの夜をな!』

 

「ダメ!」

 

ロータリーさんの肩を掴んで、強引に意識を戻す。ロータリーさんのお友だちがどんどんと表に出ようとしていた。あれ以上は、まずかったかもしれない。

 

「…あ、あぁもう大丈夫です。やっぱ起きないか。」

 

「いえ……効果は……あったと思います……。」

 

「そうですか?全然反応してないですけ……ど?」

 

ロータリーさんが言い淀んで、握った手を見て驚く。トレノさんが握り返していたから。多分無意識に、お友だちが共鳴して、体が自然に動いたんだと思う。

 

「トレノさんの意思は……まだ折れていません。恐らく……何かのきっかけで……起きてくれます。」

 

「本当ですか!?でも、そのきっかけって何なんでしょう?」

 

キタさんそう言って皆が少し考えこむ。その間にさっきまではっきりと見えていた二人のお友だちはまたぼんやりとしか見えなくなっていた。やっぱり2人のお友だちは今まで見たことが無い。きっと、それが”キー”になると思う。

 

「分からない以上、今は待つしかないだろうねぇ。今日の所は帰るとしよう。」

 

「そうですね。また明日、放課後来ますね、トレノさん。」

 

 

「それで…何なんだ?その夢っていうのは?」

 

ここから先、途轍もなくデリケートな所に踏み込むことになる。慎重に慎重を重ねて質問していかないとな。

 

「トレセンの校門前で…誰もいないってさっき……言いましたよね?その続きから……話しますね…。」

 

「ああ、ゆっくりでいいからな。無理そうだったら無理しなくても良いからな。」

 

「そこには誰もいなくて……でも……でも…後ろからトレノちゃんの声がするん……です。そのトレノちゃんは……包帯だらけで…松葉杖を突いていて……レースどころか、日常生活すら大変なほどのケガで……。」

 

相槌は打たず、押し黙りながら聞く。夢にその姿で出てくるって事は渋川の認識だと大けがをさせてしまったと思っているのか?昏睡状態になってしまってはいるが、体に関してはほぼ五体満足だ。恐らく、そのことを知る前に取り乱してしまっているのか?

 

「それで、学園を去ろうと……しながら……私に言うんです……。……ヒック…。あ、あぁぁ。」

 

「ど、どうした?」

 

涙を流しながら、それでもゆっくりと確実に話してくれていた。だが、その続きが話されることは無かった。

 

「ああぁ、……ああ……うああああああああ!」

 

「落ち着け、大丈夫だ!すぐに医者が来る!」

 

ナースコールを押してすぐに医者が駆けつける。渋川を押さえつけていた俺はすぐにそこをどく。

 

「大丈夫ですから!落ち着いて!」

 

「あ、あああ……あ、、あ」

 

そして事切れた様に渋川は眠る。これは…俺が思っていた以上に重症だぞ。

 

 

 

「そんなことがあったのね…トレノの方はロータリーから聞いてたけど、榛名の方は早く対処しないといけないわね。」

 

「ああ、悠長なことしてたら完全に壊れるかもしれないからな。糸口自体は掴めてはいるが、あとはどう伝えるかなんだよなぁ。」

 

「問題はそこよね。」

 

トレセンに帰ってきて、病院であったこと全部おハナさんに話した。渋川を治す方法は多分、トレノの現状を正しく伝える事。ただ問題もある。

 

「昏睡だって伝えて正常を保っていられるかだよな。あの状態だとまず間違いなく発狂するだろうし。」

 

「だからって伏せて伝えて後から昏睡状態です、なんて言ってもかなり堪えるわよ。」

 

「だよなー。…今は、経過を見守るしかないのかね。無暗に刺激して体を壊してもいけないしな。…明後日辺り、もう一回見舞いに行くか。スピカ全員連れて。アイツら全員トレノの心配してるからな。」

 

「私も行くわ。今の話を聞いてガリガリにやせ細ってるんじゃないかって心配になって来たわ。もしそうなったら目も当てられないわ。」

 

同感だ。たかが3日程度でそうはならないとは思うが、今の渋川だと本当になりかねない。

 

「それじゃ、明後日な、おハナさん。」

 



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第七十話 兆し

その翌日、スピカの連中にトレーニングを付けているが、キタサンを始め、全員が集中力を欠いている。

 

「お前らー!集まってくれー!」

 

「何ですか、トレーナーさん?」

 

「今日から3日くらい休みにする。今のままトレーニングしても効果は薄いし…気になるんだろ?トレノの事。」

 

トレノの話題を出すと皆が重い顔をする。やっぱりみんな心配なのか。

 

「今どういう状況なのかは昨日キタさんから聞いていますわ。ロータリーさんの呼びかけに手を握り返したと。」

 

「だとしてもまだ起きてこないんだろ?心配にもなるぜ。」

 

「明日、皆で見舞いに行こう。顔を見れば、安心できるかもしれない。」

 

 

 

 

 

「穏やかな顔だな…これで本当に起きてきてないのかよ。」

 

「ああ、昨日も一昨日も様子は変わらない。唯一反応を示したのはロータリーの呼びかけだけだ。」

 

ゴルシが本気で悔しそうな顔をする。そして何かを考えている。スズカの時も神を自称して元気付けていたゴルシでも、意識のない相手じゃ流石にどうしようもないんだろう。

 

「これが現状だ。いくら俺たちが頑張っても起きてくるかはトレノ次第だ。」

 

「本当に…起きてくれるんですかね…。」

 

「スぺ、不安に思ってるのはお前だけじゃない。俺らに出来るのは、信じて待つことだけだ。」

 

皆が暗い顔をする。安心できるかもって思ったんだが却って不安にさせてしまったか…。ふと後ろから扉が開く音が聞こえる

 

「ごめんなさい、遅れちゃって。」

 

「いや、大丈夫だ。それよりも、リギルを放っておいていいのかい?」

 

「問題ないわ。…本当に、いつ起きてくるのかしらね。」

 

おハナさんにしては珍しく、弱音を吐いている。

 

「待つしかないんじゃないか?さて、そろそろ渋川の見舞いにも行こう。」

 

 

 

渋川の病室前に差し掛かると、俺より年上そうな中年男性がいた。

 

「あの方は…確か感謝祭でお会いしたことがありますわ。」

 

「知り合いなの、マックイーン?」

 

「知り合いと言うほどではありませんが…お久しぶりです、池谷さん。」

 

「やぁ、マックイーンちゃんか。そちらの方がトレーナーさんかい?池谷って言います。榛名ちゃんの大学時代のバイト先の所長です。」

 

そう言って丁寧に名刺を出してくる。礼儀に倣ってこちらも名刺を出して挨拶する。

 

「渋川の先輩の沖野です。スピカってチームのトレーナーやらせてもらっています。」

 

「東条です。お忙しい中ありがとうございます。」

 

「貴方が沖野さんですか。榛名ちゃんから面白くて頑丈な先輩だって聞いてます。東条さんは真面目でなんやかんやで優しい人だって。」

 

「あいつそんなこと言ってたのか…正気に戻ったらとっちめてやる。」

 

話をこれくらいにして、渋川の病室に入る。一昨日と比べるとやつれている。もうどっちを心配したらいいのか分からなくなってくる。

 

「来て…くれたんですね…池谷さん。沖野さん達も…。」

 

「ああ、樹が気にするなだとよ。それは俺のセリフだってのに。それとこれ、近所の藤原豆腐店の豆腐なんだ。体調がいいときにでも食べてくれ。」

 

池谷さんに渡された袋を隣の棚において話しを続ける。

 

「…藤原って、前私が負けた…藤原文太さんですか?」

 

「ああ、ダービーを見てたのか、どこから連絡を受けたのかうちに届けに来てくれたんだ。」

 

「そうですか…。ありがとうって伝えてください。」

 

「トレノちゃんの事もあるし、MFGの事は気にしないでゆっく…」

 

俺が急いで制止する。そういえば今はトレノの話題はNGだと伝え忘れていた。

 

「池谷さん!その話題はNGなんです!」

 

「NGって、トレノちゃんがです?」

 

「ヒィ…あ、あ、、あああ……。」

 

もう遅かった。渋川の発作が始まっちまった。もうこうなったら会話は成立しない。また出直すしかない。その瞬間、ゴルシが動いた。

 

「逃げてんじゃねぇ、現実を見ろ!」

 

ゴルシが大声で、肩を掴んで強引に渋川を引き戻す。

 

「ヒィッ!い、嫌だ…もう…もう嫌だ…………消えたい…。」

 

衝撃だった。もう押し黙るしかなかった。いや、掛ける言葉が見つからないだけだ。そんな中ゴルシだけが言葉を続ける。

 

「ふざけんじゃねぇ!アンタがやってるのは逃げだ!トレノの現状に目も向けないで諦めてるんじゃねぇ!」

 

「…ッ!諦めてない!諦めてないけど、あんなことがあったのに無傷って訳が無いでしょ!?それ位私でも分かる!もうどうしようもないでしょ!!」

 

「それを…諦めって言うんじゃねえか。」

 

「ーーーッ!違う……違う!!」

 

ゴルシの言ってることは確かに正しい。だが、これ以上は明らかにやりすぎだ。

 

「おいゴルシ、もう終わりだ!これ以上刺激するな!」

 

「今は口挟まないでくれ。必ずどうにかしてみせる。」

 

そう言われて、素直に引き下がってしまう。ゴルシの言葉には何故か説得力がある。今は、任せてみよう。あまりにもいきすぎだったら止めるか。

 

「トレノの現状、知らないだろ。」

 

「知らない!知らないけど、聞きたくな「聞け!」ひぐっ!」

 

「…トレノは昏睡状態だ。」

 

「え……昏…睡…?嘘でしょ?ひょっとして、もう起きて…こないかもしれないって事?……あ、ああああああああああ!!!」

 

「落ち着け、まだ途中だ!」

 

発狂仕掛ける渋川を肩をゆすって元に戻す。そして続ける。

 

「だが、体はほぼ無傷だ。誰でもない、アンタのお陰でだ。」

 

「嘘…本当!?嘘じゃないよね!?」

 

 

『いつまで私の前に出てくれば気が済むんですか?』『もう消えてくれませんか?』

 

ずっと寝ないようにしてきた。だけど、どうしても寝てしまう時もあった。そんな時には夢の中でずっと言われてきた。

 

見るたびに増えていく包帯、時には車椅子に乗っていたこともあった。耐えられない。耐えられる訳が無かった。

 

沖野さん達が帰ったら、

 

 

自殺するつもりだった。

 

 

 

「ええ、本当よ。一昨日、ロータリーが語り掛けたら手を握ったそうよ。つまり、まだ希望はあるわ。」

 

「アンタが諦めたくなる気持ちも分かる。アタシ達も不安だったんだ。だけど、アンタが諦めちゃいけねぇ。アンタはトレノのトレーナーなんだからな。」

 

「……ズズッ、グスッ……よかったぁ…よかったよぉ!」

 

自然と涙が溢れてくる。拭っても拭っても、とめどなく溢れてくる。袖はすぐにびしょびしょになってしまった。

 

「榛名ちゃん、中里と藤原さんから伝言を預かってるんだ。」

 

「ズズズッ…中里さんと、藤原さんがですか?」

 

「ああ、中里からは、『ネットがどう言おうと俺達には関係ない。お前とトレノが復帰するのを待ってるぜ』との事だ。まあこれは、俺ら群馬の走り屋の総意でもあるな。絶対戻って来てくれよ。」

 

「俺たちだって待ってる。トレセン学園だって味方だ。いつでも帰って来てくれ。」

 

「……う、うう…ありがとう…ございまず……!!」

 

その言葉でさらに泣いてしまう。私は、まだ居ても良いんだ。私の様子を見ながら、池谷さんは少し溜めて、悩んだような顔で話し始める。

 

「それで、藤原さんなんだが、俺にも分からないんだ。藤原さんが預かった伝言を俺が受け取ったって感じで…。『お前が気に病むことじゃない。タイミングが悪かっただけだ。この事故は、誰のせいでもない。』って言ってたな。その後豊田って人に愚痴ってたけどな。」

 

豊田、と池谷さんが言った瞬間に沖野さんと東条さんが驚く。私も驚いた。思い掛けない所で予想だにしない人物の名前が出てきたから。

 

「…世の中って狭いな、おハナさん。」

 

「沖野さん方、その豊田って人を知ってるんですか?」

 

「はい、私たちの先輩だった人です。豆腐屋だって事は知ってたんですけど、まさかこんな形で繋がるとは思わなかったですけど。」

 

「その肝心の豊田さんって何してるんですかね?池谷さん、分かります?」

 

「俺に言われてもな…。」

 

豊田さんが何をしているのか、そんな疑問に答えを出そうとしたけど、すぐに諦めた。今どうやってもそれに答えを出すことはできない。それよりも重要なことがある。

 

「沖野さん!」

 

「うおビックリした!どうした?」

 

「トレノちゃんの病室まで連れて行ってください。声だけでも掛けたいんです。」




沖野さん達がいて入りにくいですが、ついに立ち直れたようですね。本当に良かったです。

ゴルシ、今回はお礼を言っておきます。ありがとう。そして榛名さん、ここまで追い詰めてしまって本当にごめんなさい。

ですが、これで鬱回を終わらせる目途が立ちました。ここからはより一層の活躍を願っています。

頑張ってくださいね、トレノさん、榛名さん。


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第七十一話 終わらない悪夢

「会いに行くのはいいけど、お前、歩けるのか?入院してから碌に歩いてないんじゃないか?」

 

「確かにそうです。でも、そんなこと言ってられません!」

 

ベッドから足を出して、点滴棒を杖代わりにして立ち上がろうとする。

 

「うっ!?」

 

途端に視界が床に向く。次に来たのは膝への衝撃。そして杖にしていた点滴棒は床に転がる。

 

「無理しないで下さい!私たちも手伝いますから!」

 

「肩貸しますよ。」

 

スぺちゃんとスズカちゃんに手伝ってもらいながらなんとか立ち上がる。自分でもここまで弱っているとは思わなかった。

 

「それじゃもう一回、眠り姫の所に行くとしますか。」

 

 

 

「…遅れちゃったね、トレノちゃん。」

 

トレノのベッドのすぐ近くに座る。取り乱すと思ったら思いのほか冷静を保っている。そのまま手を握ってトレノに語り掛ける。

 

「ごめんね、私が不甲斐ないばっかりにこんなにひどい目に会わせちゃって。本当にごめんね。」

 

懺悔のように呟かれる言葉。その顔には一筋に涙が流れる。

 

「今までも、私の無茶苦茶に付き合ってくれてありがとう。でも、私はトレノちゃんを諦められない。これからだって、諦めるつもりはない。」

 

そして、トレノの顔をしっかりと見つめる。握る手にも力が入っている。

 

「私はもう、絶対に諦めない。これからもトレノちゃんのトレーナーでいさせて。この先もずっと。だからトレノちゃん、お願い。」

 

その願いは、俺たちと同じ。単純な、そしていま最も困難であろうことだった。

 

「起きて。」

 

渋川が言葉にした瞬間、トレノからガオっとエンジンがかかったような音が聞こえた気がした。幻覚かとも思ったが、それにしてははっきりとしていた。

 

スぺたちも、おハナさんにも池谷さんにも、そして渋川にも聞こえていたのか驚いたような顔をしている。

 

何かが、起こるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえた気がした。

 

『走り………………走りこん…………けた技術にプラ……………よな!!』

 

気が付くと私は、駐車帯のような所に立っていた。薄暗く、街灯と車のヘッドライトだけが明かりの峠道で、誰かが私に話しかけてくる。

 

これは、タマモクロスさんに言われたセリフのような。うっすらとしか聞こえなかったけど、でも、違う。私は走り屋じゃないし、何より男の人の声だ。

 

だけど、私はこの人を知っている気がする。話しかけようとすると目の前が眩しくなって、次に目を開けると違うところにいた。

 

峠道と言うのはさっきと同じ、でも町が見える……何故、さっきからここが峠だと思うんだろう。

 

『小さ…………ジに満足しな……………界に目を向け………よ・・。』

 

この人も知っている気がする。懐かしく感じるけど、同時に疑問がよぎる。夢にしては情景や人物が鮮明すぎる。

 

そんなことを考えているとまた眩しくなって、次は両方に駐車帯があるところにいた。

 

『頂点……………イバーにな………んだ。』

 

これってまさか、誰かの記憶?でも、誰の?けれど不思議と心は落ち着いている。普段一緒にいる人がいる安心感と言うか、渋川さんといるような感じがする。

 

また場所が変わる。今度はどこか町の中にいた。

 

『タコメ……………たんだ。……………転をあげていい………………れ。』

 

目の前には男の人が2人。見上げると、藤原豆腐店と書いてあった。…懐かしい。まるで実家に帰って来たような気分だ。

 

暫く静寂に包まれる。タバコを吸っている人が振りむき、何も言わずにお店に入ろうとする。

 

『………………までキッチリ回せ!!』

 

そういってお店に入っていった。何のことなのかは私にはさっぱり分からない。でも、確実に大事な情報だと思った。でも、その肝心な所だけがぼやけてて分からなかった。

 

そんな時、どこかから声が聞こえた。

 

「これからもトレノちゃんのトレーナーでいさせて。この先もずっと。」

 

渋川さん…?どうしたんですか?なんだか声に元気がない。それ以前に周りを見渡しても、渋川さんがいない。…そもそも、私はどうしてここにいるんだろう。

 

「だからトレノちゃん、お願い。」

 

誰かの記憶だとしても、早く目覚めないと!覚めてと願っても目の前の景色は変わらない。どうしよう、私はずっとこのままなの?そう思うと恐怖でおかしくなりそうになる。

 

「起きて。」

 

その瞬間、目の前に階段が出てくる。その向こうには扉が見える。…一瞬天からのお迎えにも感じたけど、私は階段を上って、その扉に手を掛ける。

 

「待っててください、今戻ります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、うぅ…ん。……あれ…? ここ…は……?」

 

気が付くと病室のような所にいた。確か、ダービーで血を吐いて…それで、どうしたんだっけ。…何か、凄く長い夢を見てたような。

 

「…!トレノちゃん!気が付いた!?私が分かる!?」

 

見渡すと、たくさんの人がいた。皆、私のお見舞いに来てくれたのかな。

 

「分かりますよ、渋川さん…。スピカの皆に沖野さん、東条さん、池谷さんも。うぐ、くっ苦しいです…離してください。」

 

「良かった……良かったよぉ!!もう、起きてこないかと思ったよぉ!」

 

「皆、先生を探してくれ!トレノが、トレノが起きた!」

 

「ハチロクが復活した…ゾクゾクしてきだぜ。」

 

渋川さんの涙で服がびしょびしょになる。起きたって、どういう事?

 

「どうしたんですか、私ってそんなに重症だったんですか?」

 

「びええぇえ~~~ん!」

 

「トレノ、ダービーの事、どこまで覚えてる?」

 

「突然、胸が痛くなって、咳込んで……それで血を吐いて…あとは、何も…。」

 

「うわあぁぁ~~~ん!」

 

…流石にいい加減に離れてくれないかな。服がびっちゃびちゃになるのはまだいいけど、思いの外力強く抱きしめてくれるから息苦しい。

 

「それで、あの後何があったんですか?」

 

「結果だけ言うと、お前は4日程昏睡状態だった。」

 

「そんなに…ですか?」

 

私にとってはあそこで意識を失ってから気が付いたらここだったから4日も寝ていたという自覚がない。

 

「いや、むしろ俺らの想定よりもずっと早くに起きてくれた。それにほぼ無傷だ。復帰だって目指せるはずだ。」

 

「それって、自分のことながらそれにしてもよく無傷で済みましたね。」

 

「渋川のお陰だ。こいつが身を挺して受け止めてなかったら、結果は分からなかった。」

 

「そうだったんですね、渋川さん、ありがとうございます。」

 

「ふええぇええ~~ん!」

 

「いい加減に離れてやれ、苦しそうだぞ?」

 

「いでっ。」

 

沖野さんが渋川さんにチョップを入れてようやく離れてくれた。

 

「うう…グスっ、でも良かったよぉ。起きてきてくれてよかったよぉ。」

 

「でも、今日1日で2人とも元に戻るとは思わなかったわ。何というか、ゴルシ様様よね。」

 

「今回ばかりは、ゴルシには感謝しかないですよ。後でお礼言っておかないと。」

 

「そう言えば、渋川さんも入院したんですねって私を受け止めたからですよね…。すいません。」

 

「いやぁ、そっちは肋骨の骨折程度だったから放置でいいんだけどさ…。トレノちゃんが大怪我したと思って病んじゃってさ。それでさっきまで何もできなくてさ。」

 

聞いた限りかなり深刻な状態だったらしい。よく見たら服から覗く腕が少し細くなった印象を受ける。食事すらまともに取れなかったって事かな。

 

「動かなかったせいでここに来るまでスぺちゃん達に手伝ってもらったくらいだからさ、もう大変だよぉ。」

 

「それだと私も大変かもしれませんね。完全に動いてなかったからガチガチかも知れません。」

 

「……ねえ、外に行ってみない?足が動くかの確認も兼ねてさ。」

 

「そうですね。寝るだけには飽きちゃいましたから。」

 

「その前に、まずは診察を受けてください。覚醒直後ですから無理は禁物ですよ。」

 

声のした方を向くと、スピカの皆が呼んでくれた医者の先生がいた。

 

「まあそうですよね。渋川さん、診察が終わったら散歩に行きましょう。」

 

「うん、待ってるからね。…よっっこいしょ。」

 

渋川さんが席を立つ。それを池谷さんが支える。沖野さん達もそれに続いて部屋を出ようとする。

 

「なるべく手短に済ませますので。それではトレノさん、まず簡単に体を動かしてみましょうか。頭、腕、その後に足といった具合に動かしてみてください。」

 

「分かりました。」

 

先生の言った通りに頭を動かす。上下左右に動かしてみて、違和感がないことを確認する。次に腕を動かす。少し動かしづらいけど、特に気になるところはない。

 

これなら少し動かしていれば問題無いかな。さて…問題は脚かな。……? ……… ?

 

「うご……かない…?」

 

「………えっ?」

 

呟いた一言に、渋川さんが反応する。

 

「完全に…動かない訳じゃないんですけど……今は、つま先しか動かないです……。」

 

「……あ、うああ……ああ……。」

 

「良いですか、落ち着いてください。精密検査をして神経が無事か確認します。結果は後程連絡します。」

 

準備のためか、先生が部屋を出る。どうしようもない程の不安が私の心を覆いつくすのを感じる。

 

 

 

 

このまま、永遠に走れなくなったら…私はどうしたらいいの?

 




鬱展開は終わると、前回の後書きで言っちゃいましたね。あれは嘘ではありますけど、本当です。

僕の考えるストーリーではこうならざるを得なかったんです。

反感を買うのも、疑う余地もない。ですが、もう退けないところまで来てしまった。

だったらそのけじめをつけるのが、僕の仕事です。大丈夫です。トレノさんは必ず復活します。

乞うご期待


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第七十二話 それでも

『ほら、やっぱり私走れなくなっちゃったんですよ。』

 

頭の中で、鮮明に聞こえてくる。あたかも実際にトレノちゃんがそう言っているように。…違う、これは幻覚だ!トレノちゃんはそんなこと言わない!

 

「………ッ、……ハァ……あぐッ、!」

 

過呼吸を抑えようとしても、どんどんと悪化していく。負けるな、負けるな!まだだ、まだ終わってない!

 

胸の辺りを一発強く叩く。折れているからか、強烈な痛みが襲う。でもそれでいい。そのお陰で、過呼吸は収まった。迷っている暇は…ない!

 

「せ、先生、待ってください!つま先だけだったら動くんですよね?それだったら今後のリハビリ次第で走れるようになりますよね?」

 

先生を呼び止めて恐る恐る聞いてみる。苦い顔をして答える。

 

「断定はできません。神経が無事ならリハビリ次第で走ることも出来るはずです。ですが、仮に一部がやられているとなれば、厳しいでしょう。」

 

「ですが、入院した時の検査じゃ問題無かったんですよね?」

 

「はい。ですが、前回は内科での検診だったので、今回は神経科での検診になります。本当なら入院された時にやるべき検診でしたが、対応が遅れ、申し訳ございません。」

 

それだけ言って準備の為か病室を後にする。そこには静寂だけが残った。池谷さんに手伝ってもらいながらトレノちゃんのそばに行く。

 

うな垂れた顔を覗くと、不安に包まれているのが分かった。それもそうだよね。この先、もう走れないかもしれないんだから。

 

正直私も、不安しかない。これから先、トレノちゃんが走る姿を見ることが出来ないのかもしれない。ひょっとしたら、夢で見たことが現実になってしまうのかもしれない。

 

「……トレノちゃん、不安だよね。」

 

「…はい。これから先、永遠に走れなくなるんじゃないかって。…私、走れますよね?」

 

その質問に、すぐに答えることは出来なかった。何を言おうとしても喉でつっかえて声にならない。それでも声を絞り出す。

 

「大丈夫、絶対に走れるようになるよ。頑張って頑張ってリハビリしていけば必ず。何か月、何年って掛かるかもしれないけど、それでも、走れるようになるって信じてる。」

 

私はもう諦めない。諦めたくない。どんな結果であっても逃げないで受け止めて見せる。たとえ走れない現実だとしても、トレノちゃんに嫌われても。

 

 

 

 

 

「渋川さん、トレノさんの検査が終わりました。」

 

「そ、それで、どうだったんですか?」

 

その翌日、先生が私の病室に検査結果を伝えに来た。どうか、いい結果でありますように!

 

「まず結果から申しますと、異常は見られませんでした。」

 

「よっ良かったぁ~。」

 

「ですが、それがかえって私たちを混乱させています。下半身不随の可能性もなくなってしまったので原因が分からなくなってしまいました。」

 

「原因不明って事ですか?」

 

「はい、トレノさんには長期的な昏睡状態になることを予測して筋力維持の電気治療を施していました。ですが4日という短期間で起きたことを考えると筋力的な問題でもないと考えています。 もしかすると、精神的な問題なのかもしれません。」

 

そうなると、リハビリしていくしか打つ手はない。とは言え、異常が無いというのはいい結果だと思える。どんなに長くなっても、私はトレノちゃんを支え続ける。

 

 

 

「…という訳なんだ。」

 

「そうですか、希望はない訳ではないんですね…。」

 

「今は、どんな感じ?」

 

「あまり変わりませんね…。全然動かないです。」

 

俯いたトレノちゃんに何も言えなくなる。トレノちゃんの不安が私にも伝播してくる。どれだけ怖い思いをしているのかも分かる気がする。

 

「私…このまま走れなくなると思うと怖いんです。今まで自由に動いてたのに、急に動かなくなるのが、こんなに怖いなんて思いませんでした。」

 

毛布を握る手には力が入っている。そこに涙がポツリポツリと落ちる。その肩は震えていた。

 

「これからリハビリしても、前みたいに走れる確証はない。このまま走れないなら…もう」

 

「言わないで!」

 

言い終わる前に言葉を遮る。言わせてしまったら後に戻れなくなってしまう。トレノちゃんの事を思うなら、…引退も考えないといけない。

 

でも、これは私のエゴだ。世間が私の事を何と言おうが関係ない。1人の人間として、走り屋として、走る姿を見たい。

 

「今、トレノちゃんには走りたい理由とかある?」

 

「分かりません…そもそも、何で走るのか自問自答してるくらいです。」

 

「…それなら、ゴメン。これから見舞いに来れる回数減るかもしれない。」

 

「どういう…ことですか?」

 

言い方は悪いけど、走る理由を失ってる子に何を言ってもどうにもならない。そもそも私は説明が下手だから、走りで示すしかない。

 

「6月下旬、MFG第2戦芦ノ湖GT。私は何も言わない、感じて。私が走り屋やってる理由、教えてあげる。」

 

それだけ言って、トレノちゃんの病室を後にする。肋骨の痛みはまだ残ってるけど、そんなのは関係ない。4日のブランクを無くす、それにインプ自体を仕上げることを考えれば、時間はない。今すぐ学園に戻ってやるべきことをやる。

 

 

 

渋川さんの背中を何も言わずに見送る。脚が動かない今、走る理由なんかもう無い。ナナや地元の皆、応援してくれてたファンの皆さんには申し訳ないけど、引退なのかもしれない。

 

でも、渋川さんが言ったことも気になる。走り屋っていうのもそうだけど走る理由…。いったい私に何を見せるというのだろう。

 

判断するのは、それからでも遅くないかな…。

 

 

 

 

 

病室で置いてあったスーツに着替えてトレーナー寮にインプを飛ばす。戻ってる時に無断で抜け出すのはまずいかなとも思ったけど、時間が惜しい。

 

インプを止めてそのままトレーナー室に行って休暇届を作ろうとパソコンを立ち上げると同時に扉が乱暴に開けられた。

 

「お前、病院抜け出したのか!?骨折もそうだけど…トレノの事はどうしたんだ!?」

 

沖野さんが息を切らしながら部屋に入ってくる。何も言ってないから驚くのも無理もないか。

 

「トレノちゃん、脚が動かなくって不安になっています。そのせいで走る理由すら見失っています。だから、私が示します。」

 

「示すって、何をだ?」

 

「私が走る理由を…トレーナーとしてではなく、走り屋として。」

 

「走り屋としてって…今そんな単語聞かねえぞ…。それで、どうするんだ。助手席に乗せて公道を走るのか?」

 

「それでもいいですけど、脚が動かないとなるとコーナーの横Gに対応する力もないことになるのでそんなこと出来ません。ですけどちょうど、走れる機会があるんです。」

 

「はぁ?走れる機会って…公道だぞ?そんなのラリーって奴ぐらいしか知らないぞ?」

 

やっぱり知らないか…今回大会が3回目だけど、それなりには知名度があると思ってたけど分野が違うと流石にか。

 

「MFGってカーレース知ってますか?舞台は公道、6月下旬に第2戦が始まるんです。その予選に出ます。」

 

「MFG…なんかニュースで聞いたことがあるな。出るのはいいけどよ、今お前への世間の風当たりは強いんだ。もっと他の方法ってのは無かったのか?」

 

「少しは考えたんですけどね…でも、これ以外方法が見つかりませんでした。私の取柄ですから。」

 

そう言い終えてると同時にコピー機が唸りだす。そこから休暇届が吐き出される。椅子から立ち上がってそれを手に取る。

 

「すいません、色々やることがあって忙しいので失礼します。」

 

「あ、おい!」

 

 

 

渋川の勢いに負けてそのまま行かせてしまったが、やっぱり止めるべきだったか?

 

6月下旬だったら騒ぎは下火になってるかも知れないが、それでもテレビに映るとなるとリスクが高すぎる。

 

「MFG…ちょいと調べてみるか。」

 

スマホを出して検索してみる。この時俺は、国内規模の大会だろうと踏んでいた。

 

「おいおい、全世界に配信されてるのか?有料配信で…契約者は3000万以上かよ…。それに決勝で最大賞金…1億!?」

 

とんでもない規模のレースじゃねえか…。アイツ大丈夫なのか?

 




最近、ここには暗い事しか書いてませんね。でも、この流れでおちゃらけた話なんかできませんから。

次回から本格的にMFGに向けて話が進んでいきますかね。お願いしますね、榛名さん。

トレノさんの運命は貴方が握っていると言っても過言じゃありません。

僕も、1人の走り屋として応援します。


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第七十三話 MFGに向けて

「驚愕!?君は病院にいるはずじゃなかったか!?」

 

「それに休暇届なんて…1カ月も休まれるなんて、何かあったんですか?」

 

ノックをして返事を待たないで開けられた扉の先に居たのは入院しているはずの渋川さんでした。急の事で驚きを隠せません。

 

「簡単に言えば、トレノちゃんの為です。走る目的を失いかけているトレノちゃんに、私の走る理由を示す。私には、これしか出来ませんから。」

 

「質問!走るとは、具体的にはどうするのだ?」

 

「MFGってカーレースの予選に出ます。見られるのは有料契約者だけですけど、全世界に配信されてるかなりの規模のレースです。」

 

「ですが、渋川さんがいまメディアに顔を出すのは控えたほうがいいと思います。ただでさえあの悲劇から日が浅いので…。」

 

悲劇の後の渋川さんの様子からも考えると、今は何もせずに休まれた方が良いのではと思います。

 

「予選は7日間に分けて行われます。1番早くて3週間ほどです。車を仕上げること、私自身のテク向上も考えると今から動かないとダメなんです。お願いします。」

 

渋川さんが頭を下げながら話を続ける。

 

「…私は、トレノちゃんと入院したあの日から、もう復帰は無理だと心のどこかで思ってました。…でも、もう諦めない。トレノちゃんが復帰できる可能性がほんの少しでも残っているなら、トレノちゃんが少しでもまだ走りたいと思ってくれているなら、私はそれに応えたい。だから、お願いします!」

 

「…懐疑。君が走って、それでももし…トレノ君に走る意思が無かったら、君はどうするつもりなのだ?」

 

理事長が真剣な眼差しで渋川さんを見つめます。その目を真っすぐに見て渋川さんは答えてくれました。

 

「その時は…どうしましょうかね。考えなしに動いてるみたいになっちゃいますけど、その時に考えます。ある意味これが私の切り札ですから。」

 

そう言って笑いました。なんだか久しぶりに渋川さんの笑顔を見た気がします。

 

「…君自身のベストを尽くすんだ。必ず、無事に戻ってくるんだぞ。故に、許可!学園の事は気にせず、全力で挑んでくれ!」

 

「ありがとうございます!この御恩、忘れません!」

 

そう言って足早に理事長室を去っていきました。

 

「凄い人ですね。担当ウマ娘の為にあそこまで出来るトレーナーは少ないですからね。」

 

「感激!それ故に、事故だけは起こしてほしくはない!トレノ君も悲しむだろうからな!」

 

「そうですね。私も、無事に帰ってくることを願っています。」

 

 

 

休暇届も許可して頂いた。これで心置きなく準備できる。起きてる時間の大半を車に注ぎ込む。昼間はサーキット、夜は峠。高速域から低速域まで完璧に仕上げる。

 

とはいえ、サーキットで走るとなると替えのタイヤを何セットか持って行かないといけない。そうなるとワゴンの運転手は欲しいけど、学園に暇そうな人なんてそうそういないしなぁ。

 

うーん…ダメ元で池谷さんに電話掛けてみようかな。

 

とおるるるるるるるるるん

 

『榛名ちゃん!?もう大丈夫なのか!?』

 

「はい、心配お掛けしました。…それで早速お願いがあるんですけど…。」

 

『お願い?出来る事なら手伝うけど…。』

 

「ワゴン車と…樹さん、1週間だけでも貸してくれませんか?」

 

本当なら3週間くらい貸してほしかったけど、流石にそんなに長い期間借りるわけにはいかない。

 

『1週間もなのか!?何する気なんだ?』

 

それでも1週間は長いよね。でも、最低でもこれ位は貸してほしい。

 

「筑波、富士、鈴鹿。この3つのサーキットを走り込みます。ついでに行きがけの峠も攻めて、MFGに向けてテクを磨きます。」

 

『トレノちゃんを放っておくのか、この大変な時期に!?』

 

「池谷さんはあの場にいたから知ってますよね。トレノちゃんの脚が動かないこと。そのせいで走る理由を失っちゃってるんです。だから、私がMFGでトレノちゃんにもう一度走りたいって思えるような走りを見せます。」

 

『本当なのか…。ワゴンだったら貸せるけど、樹はなぁ。ちょっと厳しいな。1週間も抜けられるとなぁ。』

 

「やっぱり厳しいですよね…。すいません。電話しておいてなんですけど、他に当たってみます。」

 

やっぱり駄目かぁ。次はどこに頼ろうかと考えながら電話を切ろうとすると池谷さんが引き留める。

 

『待ってくれ。俺から知り合いに1週間空いてる奴がいるか聞いてみるよ。少し待っててくれ。』

 

「すいません、助かります。」

 

そう言って電話を切った。それでもだめだった時の為に、当てを探すだけ探しておこう。

 

 

 

 

 

「そうか…分かった。すまないな。」

 

これで断られたのは何件目だ?まあ今から1週間空いてる知り合いはそうそういないよなぁ。今じゃ皆いい年した社会人だからな。家族の事もあるだろうし、難しいよなぁ。

 

領収書の処理を終わらせて、外仕事に移る。

 

「どうでした、所長?」

 

「ダメだ…暇そうな健二もダメとなると頼れそうなところなんて無さそうだぞ。樹の方はどうだった?」

 

「ケンジ先輩もダメってなったらどうにもならないっすね…。俺の方もダメでした。」

 

「仕方ないけど、榛名ちゃんには他を探してもらうしかないか。」

 

携帯を取り出して電話を掛けようとする。すると1台店に入ってくる。あのR32…中里か。

 

「よう、俺の伝言しっかり伝えてくれたか?」

 

「ああ、それと良いニュースがある。榛名ちゃんが復活した。それにトレノちゃんが起きたんだ。」

 

「そうか、心配させやがって。だがMFG参戦は見送るだろうな。仕方ないけどな。」

 

「だが、悪いニュースもある。トレノちゃんの脚が動かないらしいんだ。それで走る理由を見失ってるらしい。」

 

「…そうか。これから大変になるだろうな。手伝ってやりたいが、素人の俺らじゃかえって迷惑そうだ。」

 

トレーナー業が大変なのはなんとなく分かるけど、確かに俺らじゃあ役に立たなさそうだ。…いや、もしかしたら…。

 

「なあアンタ。明日から1週間空いてたりしないか?」

 

 

 

とおるるるるるるるるる

 

トレセン寮駐車場でオイル交換をしていると電話が鳴った。池谷さんからの着信だ!急いで作業を止めて電話に出る。

 

「もしもし、もしかして見つかったんですか!?」

 

「ああ、樹よりも頼りになると思うぜ。セッティングもかなり楽になるはずだ。今変わる。」

 

「俺だってセッティング位できますよ!」

 

遠くの方で武内さんの声が聞こえてくる。私はワゴンの運転手をしてくれればそれでよかったんだけど。

 

「変わったぞ。池谷から大体聞いてる。明日どこのサーキットに行けばいい?」

 

「中里さんが来てくれるんですか!?心強いです!明日はですね…走行枠見てスケジュール立ててからかけ直しても良いですか?」

 

「分かった。俺の電話番号を伝えておく。決まったら掛けてくれ。それまでにタイヤやオイルとか準備しておく。」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

電話を切って手を叩く。中里さんが来てくれるなら思った以上に仕上がるかもしれない。短い期間だけど完璧に仕上げて見せる!

 

 

 

 

 

「やってきました鈴鹿サーキット。東京からだと遠いですね…。」

 

「遠いのは群馬も変わらねえよ。走るまでに時間もあるし少しいじるか?」

 

「いえ、まずこのままで3周走ってそれからセッティングします。今日の課題はグリップで走った時の2、3速の立ち上がりを安定させることですかね。」

 

「MFGは秋名や妙義に比べてコースが長いからな。タイヤを温存しないと後半ペースダウンして結果いいタイムは出ないからな。とことん付き合うぜ。」

 

「ありがとうございます。さあて、そろそろ行きますか!」

 

そう言って車に乗り込んでパドックを飛び出していく。MFGとなると相当細かくセッティングしてやる必要があるだろう。こっちも気合入れねえとね。

 

 

コースに入ってフル加速。そこから右のヘアピンに突っ込んでいく。昨日の段階である程度リアを固くしておいたから安定してるけどそれでももう少し…。

 

立ち上がってS字。アクセルの開度でパワーを調整しながらそのままダンロップを通過する。パワーの方は問題なく出てる。エンジン系統は手を入れなくても良いかな。

 

「チッ…。リアが少し出た。」

 

デグナーでアクセルを開けすぎた。軽いカウンターで立て直す。サーキットだと少しロールがきついか。でもこれ位がいいのかな。

 

公道で走ることを考えるとスタビライザーを固くし過ぎると路面のギャップを拾いすぎてまともに走れなくなる。でもサスペンションは少し硬くしても良いかな。

 

パパパパン!

 

ヘアピンをクリア。ブレーキの利き方はどうしようか。ダウンヒル寄りにするか、それともヒルクライムか。一番の課題はそこかも知れない。

 

この走行枠が終わっってから芦ノ湖GTのコース映像をよく見て考えようかな。

 

ウイングのセッティングは…もう少し斜めにしてみるか。コーナーで安定はしてるから手を加える必要は無いと思うけどいろいろと試してみないと。

 

そんなことを考えてるうちに2週目に入る。さて、どうセッティングしていくかな。

 




皆さま、ご心配下さいませ。この作者、セッティングのセの字も知りません。

有識者の方々から見たら何言ってんだこいつと思われるかもしれません。いろいろ勉強して見返したら何書いてんだ俺ってなるかもしれません。

一切気にしないものとします。本人はこれで精一杯なんです。

また次回!


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第七十四話 MFGに向けて2

あの後、スタビライザーを少し硬くしたりサスの減衰力を調整したりして大まかにセッティングしてからお昼を食べている。

 

食べている間にもオフィシャルの攻略サイトでコースの確認をする。芦ノ湖をぐるっと回るコースレイアウト。地図だけで見ると道幅も広くて中高速域のコーナーがメインで、節目に低速のヘアピンがある。

 

このコースレイアウトなら3,4速を仕上げる形になるかもしれない。中速コーナーを3速でクリアできる様にギア比を合わせるか。

 

「初日から張り切るな。メシ食ってる時くらい休んだらどうだ?」

 

「いえ、折角協力してもらってるのでせめてこの1週間は気張りますよ。」

 

「そうか、まあ無理はするなよ。」

 

それにしてもこのデモ走行、ホントに速い。プロの、それも相当公道を走り込んでいる人なんだろうな。それに音で分かる。アクセルワークが恐ろしく上手い。

 

星野さんを思い出させるくらいに、どのコーナーを取っても最適なアクセル開度でクリアしていく。ライン取りだって完璧だ。完璧が故に、分かってしまった。

 

このデモレコードは、本気で走ったタイムじゃない。

 

つまり、タイムにはもっと先がある。恐らくこのタイムを出したドライバーはMFGのドライバーが簡単にこのレコードをクリアできると思っていたんだろう。

 

諸星瀬名の出場条件にもデモレコードが絡んでる。となると瀬名とこのドライバーには深いつながりがあるのかもしれない。

 

…今はそんなことはどうでもいい。それよりもコースの攻略を掴み事の方が重要だ。

 

 

 

「午後も頑張れよ。違和感があったらすぐに戻って来てくれ。」

 

「はい。…お願いがあるんですけど、良いですか?2、3、4本目のタイムを計ってくれませんか?5本目で帰ってくるので。」

 

「分かった。さあ、行ってこい!」

 

ルーフを軽く叩いて送り出す。1本目が終わる前に車からタイマーを出して構える。少し待っていると渋川の車が飛び出してくる。

 

スタートラインと重なるタイミングでタイマーを押す。妙義で後ろから見ていたから分かるが、明らかにブレーキングポイントがシビアだ。サーキットでも相変わらずか。

 

2本目、そのまま第1コーナーをクリアしていき、一時姿を消す。音だけでもかなり攻めているだろうことが分かる。

 

音が近づいてきて渋川が現れる。スタートと同じ位置でタイマーを押す。ほう、なかなかいいタイムだ。3本目は更にいいタイムになることを予感させる。

 

3本目、少し待っていると再び渋川が現れる。同じ位置でタイマーを押す。…? タイムに差が無い?用意したノートにタイムを書くが、ほとんど同じじゃねえか。

 

さらに驚いたのは、さっきとラインが全く違うところだ。さっき突っ込んでいったラインとブレーキングも全く違う。

 

ラインの違い、そしてタイムが揃っていることに疑問を抱いていると再び飛び出してくる。やはりさっきの脱出とはラインが違う。タイマーを押して5本目に入る。

 

これで帰ってくるんだったな。さて、タイムは…。

 

「嘘だろ…。」

 

ほとんど同じだった。思わず言葉が出るくらいに正確に、気持ち悪い位に揃っていた。どういうことだ?

 

 

 

「ふー、疲れたぁ。どうでした?中里さん。」

 

「どうもこうもねえよ。タイムは伸びてもねえし縮んでもいねぇ。むしろ揃えに行ったのか?」

 

「はい、コース攻略の基本はそのコースのツボを押さえることだと思ってるんです。ある程度走り込んで、そのツボを押さえるようになれば、タイムは揃えられます。」

 

「それじゃ、午前のセッティングを出してる段階でこのサーキットのツボを押さえてたって訳か?」

 

「そうですね。とはいえ、これが全開のタイムかと言われれば違いますけどね。」

 

今日の所はこれで十分かな。コースのツボを押さえるトレーニングはどうしても知らない峠に行って考えながら走る方が効率がいいと思う。そうなったらもうここでやることはあまり無い。

 

「夜から三重のどこかしらの峠を走り込みます。いくらサーキットで仕上げても峠の低速アベレージに合わないと話になりませんから。」

 

「分かった…引き受けたの間違いだったかもしれねえなぁ。」

 

その夜も、その翌日も峠を攻め、富士、筑波でも同じことをして着実に車を仕上げていった。…日に日に中里さんがやつれていったように見えた。

 

少し人使いが荒かったかな?

 

ともあれ、約束の1週間はあっという間に過ぎて久しぶりにトレセンまで帰ってきた。

 

「1週間ありがとうございました。おかげでだいぶん仕上がりました。」

 

「あ、あぁ…それなら引き受けた甲斐があったぜ。それじゃあな、応援してるぜ。」

 

そう言って中里さんは群馬に帰っていく。さて、ここまでで取れたデータをまとめてMFGに備えようとトレーナー寮に入ろうとすると強烈な眠気が襲って来た。

 

…そういえば、寝る以外の時間を…全部走るのに使ってたし…なんなら…睡眠時間…削ってたなぁ。

 

「少し…寝よ……。」

 

 

 

 

 

「渋川、1週間も帰ってねえのか…。どっかで事故ってなければいいがな。」

 

休暇届を出した翌日からトレーナー寮を飛び出していって何故か連絡も取れなくなれば心配にもなる。病み上がりだし、何よりトレノの事もある。

 

そんなことを考えながら欠伸をしながら歩いているとむぎゅっとした感触に変わる。なんだ?何か踏んだか?

 

「きゅ~」

 

「し、渋川っ!?いつ帰ったってか大丈夫か!?」

 

「う~ん…あと5分~むにゃむにゃ。」

 

「起きろ。」

 

特に問題は無さそうなので少し強めに蹴って起こす。

 

「なんだかお腹痛いよ~お母さーん胃薬持って来てー。あと二度寝するー。」

 

「ここはお前の実家じゃねえよ。寝ぼけてないで起きてくれ。」

 

今更ながら寝起きがこんなに弱いとは。初めて知ったぜ。少しして目をパチクリさせながら周りを見渡してその後に俺を見る。

 

「…マジかー、まさかこんな地べたで寝るとはなー。起こしてくれてありがとうございます。」

 

「ほとんど死んでるみたいで踏むまで気付かなかったぞ。1週間で何があったんだよ。」

 

「サーキットと峠を走れるだけ走って何パターンかセッティング出してたら寝る時間あまり取れなくて。帰ってきたらなんだか一気に疲れちゃって。」

 

「それで道端で死んでたと…何というか、大変だな。」

 

「トレノちゃんの事を考えればこれくらい大したことじゃありません。データまとめるので失礼します。」

 

そう言って駆け足気味でトレーナー寮に入っていく。…ふと気になった。多分改造してあるだろうしどれほど外見が変わっているのか。

 

少し見てみるか。そう思い駐車場に足を運ぶと嫌でも目についた。

 

「随分と…いかつくなったなぁ。」

 

ボンネットは黒くなってるしトランクに付いてる羽みたいなやつも変わってる。これだけみたらトレーナーとは思わないな。

 

 

 

 

 

「1週間ぶりだね。体調はどうかな。」

 

「大丈夫です。脚の方は相変わらずですけど。」

 

「そっか…まだ動かないんだね。あ、そうだ、これお土産。結構いろんなところに行ってきたから。」

 

「いや、本当にいろいろ言って来たんですね。両手いっぱいじゃないですか。」

 

お土産を横の棚に置いて持ってきたリンゴを剥いているとトレノちゃんが話し始める。

 

「私、本当に走れるようになるんですかね。」

 

「なるよ、絶対に。私はそう信じてる。」

 

「そうですか。いくらリハビリしても動かないんですよ?お見舞いに来てくれた人たちもまた走ってくれって言ってくれますけどそんなに期待してもらっても困るっていうか…。」

 

「ゆっくりでいいんだよ。焦っても良い事なんか一つもないから。それじゃ、そろそろ行くね。」

 

 

 

「さて、車はある程度仕上がった。後はコースの攻略を立てないと。」

 

デモ走行のラインをそのままトレースしても良いけど全長25.3キロ。全部覚えるのは現実的じゃない。

 

そうなるとコースを4つに分けて確実に詰めるセクションを決めた方が良いな。どこがいいかな…。

 

シミュレーターでもいいからMFGのコースを体感できるものがあれば詰める所も決めやすいし何よりセッティングも決めやすくなる。

 

どこかにそんな都合のいいような施設が無いか調べてみる。と言っても無いだろうけ

 

「あった!?」

 

まさかあるとは。秋葉原か…。このシミュレーター、予約制なのか。じゃあ今のうちに出来るだけ予約を押さえておかないと。

 

…よし、明日から走り込もう。シミュレーターと現実でどれだけ差があるのか分からないけどコースを知れるだけでも収穫は大きい。

 

あと2週間、気合入れないと。

 




皆さん、頭文字DACやっていますでしょうか。僕も最速目指してたまにやっているんですけど全然うまくならないんですよね。

榛名さんの秋名のタイムが確か3分11秒くらいで僕はそれより4秒遅いんですよね。

まあ大体これ位かなぁって軽い気持ちで設定してタイムアタックの時はその設定したタイムを意識して走ってたりしてるんですけど全然届きません。

最速への道は遠い。また次回!



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第七十五話 MFG本番

「榛名がいなくなって1週間、どこへ行ったのかしらね。」

 

ふと独り言が出てくる。何の連絡もなく1週間も居なくなれば心配にもなる。でも仕事を疎かにしてもいけない。ロータリーの菊花賞のメニューを組んでいるとノックが聞こえる。

 

「入っ」

 

「やあおハナさん。行方不明の奴、帰って来てたぜ。」

 

「せめて最後まで聞いてから入ってちょうだい…。それで、榛名が帰ってきたのね。」

 

「ああ、さっきまでアスファルトで寝てた。この1週間、寝ないでサーキットとか攻めてたと…。」

 

「MFGに向けてって所かしらね。トレノの事ことを思っての事なのは分かるけれど大丈夫かしらね。」

 

榛名だって肋骨を骨折して精神まで病んでいた病み上がりだ。そんな状態から寝不足になるくらい気を張り詰めたらまたおかしくなってしまうかも知れない。

 

どこか知らない場所で倒れてないといいけれど。

 

 

 

 

 

「さて、やるか。」

 

1時間半、とにかく走り込む。コースアウトは論外。タイヤを温存する走り方でどれだけのタイムが出るのか。

 

コース全体をある程度覚える。ペースを上げて決めに行くセクションのレコードラインをなぞれるようにする。MFGまであと2週間、時間が無い。さっさと始めよう。

 

 

「なぁ、あの女の人凄くねえか?」

 

「かなりのハイペースだぞ…。下手したら神フィフティーン並みかも知れないぞ?」

 

「開幕戦で惜しかった北原望のいいライバルになるかもしれないな。」

 

 

「なるほど…。大体わかったかな。」

 

1時間半走って大体のコースレイアウトは覚えた。それでも細部までは覚えきれてないから寮に帰ってもデモ走行を見て覚えないと。

 

明日は予定はないし箱根に籠って細かいところまで煮詰めよう。

 

 

 

「何だこりゃ、機械にでも運転させたのか?」

 

シミュレーターで練習しようとしてここに来たのはいいが、前回ドライバーの記録があまりにも不自然で、気持ち悪い位に揃っている。

 

「神フィフティーンの中にこんなことが出来るやつなんて言ったら沢渡か?」

 

「おい瞬!何ボケッとしてんだ?さっさと始めるぞ。」

 

「あぁ、キッチリ仕上げるさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂に明日か…。準備していた時はそれなりに時間あるかもとは思ったけどやっぱり短かった。ともあれ明日に備えて神奈川に行こう。

 

…大丈夫、出来る事は全部やってきた。インプだってこれまでにない位の完成度になった。

 

「行ってきます。」

 

トレセンに向かって挨拶してエンジンを掛ける。いよいよ明日なんだ。緊張するな、平常心だ。

 

そう思って落ち着けようとしてもそれに逆らうように心臓はうるさくなる。落ち着け…落ち着け!

 

「あれ…沖野さんに東条さん?他にも沢山いる?」

 

よく見たらスピカにリギルが集合していた。出発しようとしてたけど車を降りてそちらに向かう。

 

「間に合ったか。トレセンから応援してるぜ。」

 

「まさかあなたに言うとはね、無事に帰ってきなさい。」

 

「はい、ありがとうございます。…行ってきます!」

 

車に乗り込んで出発する。トレセンが見えなくなった辺りで電話が掛かる。

 

「もしもし、渋川です。」

 

『よう、遂に明日だな。俺たちも群馬から応援してるからな。トレノちゃんの事もあるからな。無事に完走してくれ。それと…楽しんでくれよな。』

 

「はい、全力を尽くします。」

 

応援してくれる人がいるんだ。それに一番見て欲しい人もいる。つまらない走りは出来ないな。

 

 

 

「トレノちゃん、久しぶり。明日ようやく走るから。お願い見ててね。」

 

「頑張ってください。応援してますから。絶対無事で戻ってきてください。戻ってこなかったら、私はそのまま引退するつもりですから。」

 

「アハハ、責任重大だね…。大丈夫、絶対に帰ってくるから。トレノちゃんも、私が無事に戻ってきたら意地でも復帰してもらうから。」

 

「それは…約束できませんね。とにかく、頑張ってください。」

 

「うん、頑張ってくるよ。」

 

 

 

 

 

『全世界のMFGファンの皆さん、こんにちは。本日の実況中継も私、田中洋二がお送りします。第2戦、予選3日目となりまして暫定順位はジャクソン・テイラーが首位に付けています。

 

相葉瞬も今日出走ですが、興味深い人が一人います。渋川榛名、ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、トレノスプリンターのトレーナーです。出走者の名簿が公開されてからネットでは少し話題になりました。悪い方にですが…。

 

日本ダービーの悲劇と呼ばれる事件から1カ月、どのような経緯で今日走るのか、走り終えたらインタビューしてみようと思います。』

 

携帯をテレビに繋いで大画面でスピカとリギルで集まってMFGを見ているが、今から心配になる。

 

「本当に大丈夫なのかしらね。いくら榛名が車好きだったとして、どれだけテクニックがあるのか疑問ね。」

 

「この3週間、倒れるくらいまで練習してたんだ。榛名を信じるしかない。」

 

だが渋川が車を走らせるテクニックがあったとしても調べた限りじゃMFGは世界レベルだ。神フィフティーンって呼ばれる存在はおろか、30位以内に入れるかどうかすら分からない。だが重要なのはそこじゃない。

 

「重要なのはこのレースでトレノが走る理由を見つけられるかどうかだ。勝ち負けはこの際関係ないのかもな。」

 

「…そうね。黙って見ていましょうか。」

 

 

…ヤバい、緊張してきた。今まで走る前に緊張したことは一回もない。私の出走は10分後。その間に簡単に車をチェックしておく。昨日念入りになったけどどうにも落ち着かない。

 

何かしてないとどうにかなってしまいそうだ。

 

『3,2,1…相葉瞬、出ました!』

 

「100号車、車検テーブルに進んでください!」

 

「あ、はい!」

 

いつの間にか出走時間が近づいていた。お願いインプ、私に力を貸して。

 

『さあ皆さん、注目かとも思います、トゥインクルシリーズからの刺客、渋川榛名選手。10秒前!』

 

落ち着け…落ち着け…私なら…やれる!

 

『3、2、1…スタート!』

 

ギャアアァアァァァァ パパパン!

 

『アクセル全開で駆けていきます!車はインプレッサWRX STI。後期型のGDBFです。参戦車の中ではどうしても見劣りしてしまう車ですが、どう攻めていくんでしょうか。』

 

第1セクションは高速コーナーが多いハイアベレージ区間。グリップで流してどれだけタイヤを残せるかがカギ。

 

ガオ ガオォォォ

 

くっそ、思ったラインを外した。それもただの突っ込みすぎという初歩的なミスで。ヤバい。自分でも分かるくらいに乗れてない…。なんてざまだ。

 

『100号車、予想以上の突っ込みを見せます!ミスファイヤリングシステムが吠えています!快調に滑り出しています!』

 

 

「榛名ちゃん、ノれてないわね。」

 

「マルゼンスキー?そうなのか?俺たちの目にも、実況も快調に飛ばしてるって言ってるわよ?」

 

「いえ、ノれてないわ。多分ルドルフもなんとなく気付いてるんじゃないかしら?」

 

「ああ…専門ではないから細かいところまでは分からないが、気持ちの問題かもしれないな。」

 

成程、レースに生きるものとして、分かることがあるのかもしれない。

 

「マルゼンスキー、榛名の速さがどれくらいのものかは知ってるの?」

 

「知ってるわよ。私、群馬の赤城山が好きでよく走ってるのだけど…。」

 

少しためて、真剣な顔になって話す。

 

「私とタっちゃんが全力で走ってようやく相手になるって所かしら。他じゃ絶対に勝てないわ。それに、群馬じゃ最速だったらしいわよ。」

 

タっちゃん…確かランボルギーニだったわね。そうなると、榛名はランボルギーニに勝てるって事?それに他じゃ相手にならないって…。ダメ押しに群馬最速?

 

「本人も自覚してるんじゃないかしら。ノれてないこと。」

 

 

「いつもの走りじゃない…楽しそうに走る榛名ちゃんの走りじゃない。」

 

「でもタイムは出てるんですよ?気のせいじゃないですか?」

 

「榛名ちゃんはタイムを正確に揃えてしまう能力がある。いくらノれてなくてもこれ位造作もないことかもしれないな。」

 

 

『いい感じだ瞬!油温、水温異常なし、そのまま攻めろ!』

 

マージンは取ってあるとはいえ、かなり攻めてるからな。今年こそ大和魂見せてやるぜ!だが少し気がかりなことがある。シミュレーターの異様に揃ったタイムだ。絶対に出走しているはずだ。

 

今の所その気配はない。ブースにもそれらしい車がいたら報告してくれとは言ってあるがそれらしい報告はない。

 

『相葉瞬、まもなくセクター1を通過します。トップに迫るタイムをマークして暫定3位につけています!ですがとんでもないことが起きています。1分前に出走した100号車が相葉瞬に匹敵する速さを見せつけています!

 

素晴らしいルーキーが現れました!100号車、渋川榛名!』

 

 

ヤバい、マジでノれてない。かろうじてタイムを揃える走りは出来ているけど勝てる走りとは到底言えない。

 

ここまでふざけた走りなんて今まで一度もしたことが無い。こんなタイミングでスランプ?いや、気負い過ぎなのかもしれない。

 

分かっていて治そうとすればするほど動きが固くなる。このまま何もできずに終わるのか?

 

勝てないのか…?

 

 

 

「渋川さん…。」

 




大丈夫かなぁ榛名さん。かなり緊張してたみたいですし、引きずってそのままコースアウトみたいなことにならなければいいのですが…。

あ、どうも。MFGのアーケードゲームが出たら多分通い詰める男です。

ついにMFGタグを回収できました。ようやくタグ詐欺だとか言われずに済みそうです。

…頭文字D?池谷さんとか出てるじゃないですかヤダ~。

また次回!


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第七十六話 群馬最速のプライド

MFGが始まってからずっと見てるけど、渋川さんの様子が何かおかしい。なんだか楽しくなさそう。いつものほほんとしてる渋川さんから感じないであろう張り詰めた感じがする。

 

このままいくと取り返しのつかないミスをしそうな気がしてならない。

 

「どうか無事で…!私の事なんか気にしないで下さい!」

 

祈るように言葉にする。どうか届いて…!

 

 

勝てないのか…?あれだけ勝つと豪語しておいて、申し訳ない。失望されるかもしれない。池谷さんにトレセンの皆、トレノちゃんに…瀬名にも。

 

…いや、最初に失望するのは誰でもない、自分自身。何のためにここに来たの?目的を見失って走ってたら集中できないのも当たり前だ。

 

MFGに出た目的はなんだ?それは私の走る理由を示すため。原点に立ち直れ、私は何のために走っているのか。答えはすでに出ている。出す必要もない位に。

 

「私は、楽しいから走り屋やってるんだ!」

 

タイヤを温存するとか、スパートの掛け所を考えるとか、走る時そんなことは一切考えなかった大学時代。

 

トレノちゃんにそれを示すことが復帰に1番効果があると踏んだからMFGに出たんだ。だったら、思いっきり"自分の為”に走らないと…

 

「損じゃん!」

 

パパパン ドギャ ギャアアァア

 

『100号車もセクター1を通過していきます。セクタータイムは…どうなっているんでしょう…驚きです!相葉瞬とほとんど同じです!

 

あぁ…とこれは…注目フラグが立ちました!驚きの連続です!今までにこんなルーキーはいませんでした、初出場で注目フラグを出すなんて!』

 

さっきまでのチンケな走りなんか二度としない。今ここにいるのはトレーナーとしての私じゃない。

 

「群馬最速、再始動だ!」

 

 

「暫定4位って相当凄いんじゃないか…?」

 

「榛名ちゃんが今4位って事はこれからどんどん伸びていくかもしれないわ。注目フラグも出すなんて、流石ね。」

 

「その、注目フラグっていうのは何かしら?」

 

「そうねぇ、コンピューターで色々解析してチョベリグなドライバーに出されるのだけど、滅多に出ないのよ。初出場のドライバーに出たことは無いのよ。」

 

その滅多に出ないフラグが出たって事は、何か変化があったのか?

 

「渋川さん、とても楽しそうです。」

 

「スズカ?」

 

「とても楽しそうです。スズカさんみたいに、自由に走ってるって感じで…私たちも走りたくなるような…。」

 

「榛名ちゃんに何か良い変化があったのね。今日の予選は一波乱ありそうね♪」

 

 

『瞬、見つけたぞ!お前が探してる奴が!』

 

「なに、本当か!?」

 

『ああ、お前の予想通り、セクター1のタイムがピタリと揃ってた!お前の後に出走したやつだ!』

 

ブースから報告が来る。まさか同じ日には走ってるとはな。それにしても後ろの奴だと?…流石に追い付かれるわけないだろ。

 

「そいつ、車種は何だ!」

 

『インプレッサだ!鷹目インプって呼ばれてるタイプだ。もう15年は前の車だ!』

 

15年前?インプレッサ?そいつがGTRより戦闘力があるってのか?

 

「了解、何かあったら報告くれ!オーバー!」

 

 

いいねぇこの感じ!タイヤが鳴くのをお構いなしに限界領域に突っ込んでいくこの感じ!普通だったらまだタイヤを使いべきではないけど、もう関係ない。

 

ギャアアァア ゴオォォ

 

楽しければいい。全力で走れればそれでいい!いつ見えるかも分からない前の車に迫ってるかも知れないこの感じ、楽しいと感じないでどうする!

 

『素晴らしいペースです!これが予選であることを忘れさせるほどのペースです!私の目から見ても確実に全開!まるで決勝を走っているようだ!』

 

確かこの前には神フィフティーンの相葉瞬がいたはず。…ハハッ

 

「ぶち抜く!」

 

 

「アイツか、瀬名が言ってた渋川って奴は。」

 

「瀬名がライバルと言ってただけあって速いですね~。これがコイツの全開って訳ですか?」

 

「いや、あれでもマージンはまだ残ってるだろう。その証拠にタイヤは鳴いているがホイールスピンさせずに、尚且つ余裕のあるラインだ。少なくとも、本人は無自覚で車を労わっているな。だがもう1段上のギアがあるはずだ

 

見てると嫌でもパープルシャドウのおっさんたちがちらつくぜ。アイツのテクはおっさんたち譲りだろう。」

 

「それじゃ、渋川は群馬プライドを継いでないって事になるんですか?」

 

「いや、確実に継いでいる。というより、組み上げたといった方が正しいな。こいつのドラテクはおっさんたちが教えた物以外は全て独学だろう。それでここまで来たんだから大したもんだと言っとくか。」

 

「やけに褒めますね。瀬名には厳しいのに。」

 

「少し持ち上げすぎたかな。もちろん欠点もある。気付いたところで直せない欠点がな。それと、下品なミスファイヤリングシステムも気に食わねえな。須藤は気に入るだろうがな。」

 

 

「せえ…の…!」

 

ギャン ゴア ギャアアア

 

カウンターを当てない、ゼロステアの四輪ドリフト。タイヤの負担も、立ち上がりもこの走り方が1番だ。さて、どれくらい詰まってるかな。

 

「せいぜい15秒程度かな…あと45秒埋める頃には第3セクションに入ってるかな?……だったら4セクでもっと暴れられるじゃん!……いや、ノッテくれるかな?」

 

 

『何が起こっているんでしょう、規格外です!暫定2位!相葉瞬を追いながらジャクソン・テイラーに早くも手が届きそうだ!CRも出るかもしれません!』

 

「…走ってくるわ。」

 

「ロータリー、今は彼女の走りを見ているんだ。…彼女が走り終えたら、私が相手をしよう。」

 

「会長…。」

 

「走りたくなっているのは、君だけではない。少なくともこれを見てしまったら、走らないわけには行かないだろう。」

 

その言葉通り、リギルもスピカも、通りすがりのウマ娘までもうずうずとさせている。それほどまでに感化されるような走りなのか。

 

「それにしても暫定2位。これは…言っていいのか?」

 

「いえ、言っても良いと思うわよ。私も思ってるから。」

 

「「こいつ本業変えたほうが良くね?」」

 

ここまで本気で、前向きな理由で転職を進めたくなるとは思わなかった。貴方、レーサー目指した方が良かったんじゃないの?

 

 

『瞬!100号車の動きがやばい、注目フラグを出してる。このままじゃぶっちぎりでCRだ!』

 

「CR?ぶっちぎりだと?…今そいつはどこまで来てる!」

 

『40秒!だがこれは予選タイムアタックだ。暫定3位につけてるんだ、あまり気にするな!』

 

「…ああ、分かったよ!」

 

パッパッ ガォン

 

そう言われても、後ろから来てるとなると気になってい仕方がねぇ。マジで何者だ、そんな逸材が、いったい今までどこにいた?

 

「瞬よりブースへ!100号車が接近してきたら10秒ごとでいい、知らせてくれ!」

 

『了解!現在で37秒!重ねるが、気にするなよ!オーバー!』

 

「分かってるよ!オーバー!」

 

『セクター2も中盤を過ぎてそろそろ後半戦に入ります!世間の評判も何のその!楽しければそれでいい、そんなように感じます!感動のようなものを覚えます!』

 

 

「第2セクションもそろそろ終わる、相葉瞬まで少なく見積もっても25秒!あと5パーセント、上げて行こうか!タイヤもまだまだ食い付いてんだ。CRだって狙える。このままデモレコードだって上回ってやる!」

 

 

『ストレートの伸びは他の車とはランボやフェラーリなどビックパワーの車には確かに見劣りします。ですが、この突っ込み、この立ち上がり!相葉瞬のカミカゼの称号は彼女にこそふさわしいのかも知れません!

 

ガードレールや石垣にこするようなコーナリングで暫定1位に躍り出ようとしています!注目フラグは出っ放し、彼女はMFGを変えてしまうかも知れません!』

 

「……見えた!だけどまだまだ遠い。このペースだと追いつくのは第3セクション序盤から中盤、それまでタイヤは残ってるはず。」

 

 

『約20秒!長いストレートに入ったら見えてくるかもしれないぞ!』

 

「さっき見えた!3キロでここまで詰まるかよ!」

 

『近づいてきたら譲るんだぞ!これは決勝じゃないんだ!はっきり言うぞ、奴は化け物だ!』

 

ゴワ ギャン

 

だろうな。CRペースで走るやつが化け物意外何になるんだよ。

 

「そろそろペースを上げる!マージンは取っておきたい!」

 

『了解!無理はするなよ!オーバー!』

 

 

なんて、楽しそうなんだろう。映像はさっきから渋川さんで固定されてる。だからこそ伝わる。とても楽しんでることが。

 

羨ましい…。走るのが楽しいのは私も同じなんだ。もう一度走りたい。レースに出られなくても良い。

 

今はただ…ただ…

 

「もう一度、走りたい!」

 

 

 

ピク

 




レース描写は難しい!何回書いても何回書いても成長する気がしません。

あ、どうも。クレーンゲームで15000円くらい使ってフィギュア10個取って薄ら笑いを浮かべたことがある男です。

私事ですが、名古屋ツアーのチケットが最速先行で当たりました!へへへ、楽しみだな。初めてなんですよね。こういう系のイベントに参加するのって。

また次回!


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第七十七話 ぶっちぎり

「ペースを上げてきたか、そう言えばこれは予選タイムアタック。攻める所は決めて、次の決勝にタイヤを温存しておかないとだからな。

 

追い付くのは予想より先になるな。…いけない、元の口調が出始めてる。」

 

『ついに暫定1位!ジャクソン・テイラーを捉えました!凄い、凄すぎます。もはやこれ以上の言葉はありません!』

 

気分が高まってくるとつい元の口調が出始める。普段がキャラ作りって訳じゃないんだけどな。普通に話すってなったら元の口調だと元ヤンだと思われるから。

 

「残りは半分、タイヤの余力的にここで飛ばすと4セクの後半で苦しくなる。いや、引き出しはまだあるんだ。このペースならCRは間違いない。行くっきゃないでしょ!」

 

『セクター3で相葉瞬がペースを上げたのを察知したのか、100号車もまたペースを上げ始めた!まだ伸びるとは思いませんでした!』

 

「いいぞいいぞ良い感じだぁ!このままゴールまで突っ走る!」

 

 

嘘だろ?こっちだってペース上げてるんだぞ。さっきより距離詰まってねえか?

 

ギャン ギャァアアアア

 

セクター3は高速コーナーが続く。高速コーナーならインプレッサより俺のGTRの方が有利なはず。なのに現実問題、後ろからは段々と近づいてきている。

 

『ブースより瞬へ!差は10秒!悔しいけど、譲る準備しとけ!』

 

マジかよ情けねぇ…。仮にも神フィフティーンの俺が決勝以外で追い抜かれるとは…。

 

パッパッ ギャン

 

ブレーキもコーナー侵入も、ライン取りもミスってる感じはしない。それでも1つ抜けるたびに確実に迫ってきている。

 

パパパン ギャオン

 

なんだ、このうるせえ爆発音は?100号車から発せられてるのは分かる。だが発せられる頻度が常識外れだ。あの車はあれで正常なのか?

 

『100号車渋川榛名、ついに相葉瞬に追いついた!』

 

そんなことを考えていたらいつの間にかもう後ろまで迫っていた。この先にはコーナーがある。先に行かせるならそこでいいだろ。

 

ギャァアアア

 

テールトゥノーズでピッタリと付いてくる。ドローンも前に来てイエローを示す。ほらよ、行ってくれ。

 

パッ パッ

 

「パッシング?抜く気はねえのか?何がしたいんだ?」

 

『何をしてるんでしょう、抜かないでパッシングしています。まさか、この予選の場でレースの申し込みでしょうか?』

 

舐めてくれるぜ。国産最高スポーツカーはこのGTRだ!

 

「受けて立ってやらぁ!」

 

『瞬、あまり感情的になるな!これは予選だぞ!タイヤだってどうする!』

 

「終わったら変えればいいだけの話だろ!売られた喧嘩だ!買わないでどうする!」

 

『ああもう、分かったよ!ここからは何も言わん!派手に暴れてこい、オーバー!』

 

言われなくても!神フィフティーンの実力、見せてやる!

 

 

「これって今すぐ止めるべきなのか?いくら何でも予選だからな。」

 

「一応本部長に確認取ってみる。繋いでくれ。」

 

「上有だ、これ位なら、予選のハプニングって事でそのまま続行だ。」

 

「ですけど、タイムに影響しないですかね。100号車の方とか。」

 

「彼女から仕掛けたことだ、それは承知だろう。それを買った相葉だ。何も問題は無いだろう。」

 

「分かりました。ドローンもその間イエローが出ないようにしておきます。」

 

連絡はこれで終わる。瀬名が言ってた渋川って子には驚きの連続だ。藤原のハチロクがちらついたかと思ったら今度は啓介のFDがちらついた。

 

ひょっとしたら彼女はとんでもない形で群馬プライドを受け継いだのか?

 

 

「いいねぇ最高だよ!全身の血が沸騰するこの感じ、これこそバトルだ!さぁ、ここからようやく前半戦だ!ペースダウンなんかしないでくれよ!」

 

ギャン ドギャ ヒャァオ

 

『何と、相葉瞬VS渋川榛名、一騎打ちが突発的に始まってしまいました!まさか予選でこの熱いレースが見られるとは思いませんでした!』

 

「やっぱり速い、流石GTRって所か。重たい割にタイヤも残ってるみたいだし…後ろから揺さぶってみるか。」

 

ステアを右へ左へ振る。特に乱れた様子はない。そのままコーナーへ突っ込んでいく。

 

「少し外に振ってっと。…成程、簡単には譲らないか。流石に神フィフティーンなだけあるか。付け入る隙が無い訳じゃないけど、城島さんみたいに少し勝ち方考えてみるか。」

 

バトルの時は抜けそうだったら何も考えないで抜いていくけど、ある程度のレベルになると戦略も重要になる。揺さぶってタイヤを減らさせるか?

 

「…ん?私、何考えたんだ?作戦立てるっていうのは悪くないけど、それって楽しいか?…楽しいけど、もっと楽しいことがあるだろ!」

 

ギャァアアアア パパン

 

「そんなもんじゃないだろうが、VR38DETTの実力は!星野さんならもっと速く走らせられるぜ!?」

 

ドギャ パパパン

 

「これだけ圧力掛けてミスらない、ペースを上げていってるのは流石だけど、挙動が少し怪しくなってるぜ。これで乱れちゃ、上位5位なんか夢のまた夢だぜ?

 

楽しいなぁ、逃げる車がいて、そいつを黙って見てられるかよ!こんな楽しいこと止められるかよ!」

 

 

「離れねぇ…。段階的にペースは上げていってるんだがな。」

 

『どうしたんだ瞬、ここに来て今までで1番の走りだ。こんな走りが出来たのかよ。』

 

「と、当然だろ…。大和魂背負ってんだ。これくらいなんともねえよ。」

 

『このペースなら暫定2位に食い込めるぞ、この調子で攻めろ、オーバー!』

 

ギャァアアアア

 

強がって見せたがはっきりとこれが今のオレの全開だ。これ以上は限界超えちまう。恐ろしいのは、奴の方には余裕がありそうな雰囲気がある事。

 

『付いて行っています渋川榛名!相葉瞬にビタリと張り付いてプレッシャーを掛けています!とんでもない下克上が起こっている気がします!』

 

バックミラーを見るとインプが斜めを向いていた。まさか、ドリフトしてんのか?それでオレより速いってどんな走らせ方したらそうなるんだ?

 

パパパン

 

「くっそ、うるせえな…。」

 

あの爆発が何か分からねえが、何かしらの恩恵があるのは確かって事か。

 

ゴア ヒュウウゥ

 

ストレートの僅かな全開区間で少し離れる。コーナーにブレーキ引きずりながら突っ込んでいく。それだけでインプとの差は無くなっちまう。

 

突っ込みじゃ完全に負けてるって事か。

 

ガオ ギャン パパパン

 

3速立ち上がりは互角。4速に上がるタイミングで離れるって事か。パワーはこっちが上。セクター4には駅伝ストレート、その先には2キロのヒルクライム勝負するならそこか。

 

それまでこのポジションを守っていけるかだな。

 

 

「タイヤを少しは使わせた。4セク入る手前くらいで行くか。惜しむらくは、今日が予選3日目だって事だな。そうしたら石神風神とバトルできたかもしれないのに。

 

でも楽しかったぜ、相葉瞬。君はまだまだ成長できる。来年のMFG、楽しみにしてるぜ。」

 

『2台連なってコーナーを抜けていく!少しの全開区間で離されますが、次のコーナーでその差はまた詰まる事でしょう!さぁ、次のコーナーが来ました!

 

渋川榛名が相葉瞬に段々と…いや、並んだ、並びました!GTRインのインプレッサアウトの形でコーナーに突っ込みます!』

 

「車体が半身出た。抑えさせてもらう。これで君は出口まで踏み切れない。それに次はインとアウトが入れ替わる。…じゃあな。」

 

パパパン

 

 

張り付けられて踏み込めねぇ!このまま立ち上がるとインとアウトが入れ替わる。簡単には前は譲らねえぞ!

 

『車両半分渋川榛名が前に出ました!次のコーナーで前に出てしまうのか、それとも相葉瞬が守るのか!?』

 

ビビるな、ハードなブレーキング競争は今まで何度もやって来ただろうが。こんな所で終わらねえぞ!

 

ギィィィィィ ギャン

 

おい、突っ込みすぎだろ…!曲がれる訳がねぇ!

 

パパパン ギャァアアア

 

リアを自分から振り出してった…?マジでドリフトでそんだけ速いのかよ…。完全に前に出られちまった。こうなったら開き直って後ろからその技術盗ませてもらうぜ。

 

ギャァアアア フッ

 

…! 消えた?いや、消えたわけじゃねぇ。立ち上がりでスッと離れたのか?疲れてるのか?

 

パパパン ドガ フッ

 

またかよ!さっきまでの走りはマジで余裕があったって事かよ!というか、フロントエンジンでそんだけ行けるのかよ。坂本のおっさんのR8を見てるようだ。

 

「やべぇ、どんどん離される!オレとあいつ、何が違うんだ!」

 

 

「ここからだ、ミスファイヤリングシステムと4駆の真価は!」

 

 

「とんでもなく強いオーラを感じるぜ。」

 

高橋涼介にも、弟の啓介にも、そしてあのハチロクにも感じたようなオーラを榛名から感じる。この予選じゃ絶対に破られないCRが出ることはもう確定だな。

 

最初はどうなる事かと思ったが心配しただけ損したって感じだぜ。

 

 

『相葉瞬を抜いてさらにペースを上げている渋川榛名!彼女の速さは底なしなのか!?駅伝ストレートを抜けて残り2キロ!ここからヒルクライムです!』

 

「見る目変わっちまうよなぁ。これだけ速いとなぁ。」

 

「この子たちと同じ、れっきとしたアスリートね。トレーナーとして接してくれる子がもっと減るんじゃないかしら。」

 

「そんな子いたか?おハナさん。」

 

「…いなかったわね。大概変人扱いだったわ。」

 

 

「ゴールはすぐそこだ。くっそ、流石にタイヤが言う事を聞かねぇ!幅半分アンダーか!だったらプッシュアンダーを消しにかかる!」

 

ギャン パパパン ギャァアアア

 

「見えた!料金所!」

 

『ゴール!とんでもないルーキーです渋川榛名!CRぶっちぎりで、予選トップに躍り出ました!』

 




どもどもトレノさん。最近出番無いですけど寂しくないですか?

「後書き困ってる人だ。と言うか出番無いってあなたの問題では?」

ふぐぅ、痛い所を突いてきますね。まあ次回は多分出番ありますよ。

「そうなんですか?もう少し引っ張ってくれてもいいんですけど。渋川さんを驚かせたいですし。」

およ?何かあったんですか?

「知ってるでしょ。考えてる本人なんだから。」

いや知ってますけど聞いてみたいじゃないですか~。

「言いません!」

えぇ~! よよよ~

「また次回です。」


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第七十八話 退院

「100号車、再車検お願いします!」

 

「やっば、かなり疲れが来てる。こんなに疲れたのっていつぶりだろ。」

 

車検テーブルに車を預けて近くの自販機で水を買ってベンチに腰掛ける。それにしても楽しかったなぁ。何もかも忘れてステアリングと格闘してた。間違いなく今までで1番の走りが出来た。

 

「ちょっと寝ようかな…ふぁ~。」

 

「アンタか?100号車のインプ乗りは。」

 

横になろうかと思ったその時、横から話しかけられる。

 

「相葉瞬…だよね。さっきはごめんね、急にバトル仕掛けちゃって。」

 

「それは大丈夫だ。こっちも良い刺激になったからな。それよりも、アンタどこの出身だ?」

 

「出身?…群馬県伊勢崎市だけど。」

 

いきなりそんなこと聞いてくるなんて、まさかナンパ?そこそこ女癖悪かったりする?

 

「そういう話じゃなくて、レーシングスクールとかそういうのだよ。どこかしらの名門じゃないか?」

 

「いや、そういうのには通ってないけど。私はただの走り屋だから。」

 

「そうか…まあいい。決勝じゃ今回みたいには負けないからな。」

 

「あぁ…それなんだけど…「渋川さん、予選の直後ですがインタビューよろしいですか!?」ごめんね、相葉君、また後でね。」

 

相葉君に断りを入れて、インタビューを受ける。うへぇ、緊張するなぁ。たまーに乙名史さんにインタビューされるけど、相手が変人すぎて緊張する前に引くんだよね。

 

「実況の田中洋二です。まずは予選暫定トップおめでとうございます。決勝に向けての意気込みについてお聞かせください。」

 

「あー…それなんですけど…。」

 

少し溜めてしまう。出たいことは出たいけど、私には、やることがある。

 

「“辞退”させて頂きます。」

 

「辞退…ですか…!?」

 

「おい、あれだけ予選で暴れておいて、決勝出ないってどういうことだよ!」

 

相葉君に肩を揺さぶられる。でも、私のやるべきことは決まっている。

 

「これを見てる皆さんは知ってるかもしれませんけど、私はトレノスプリンターのトレーナーです。トレノちゃんの為に行動するのがトレーナーの務めです。」

 

「それが、MFGの予選だって事ですか?」

 

「はい。…トレノちゃん、見てくれてたかな?」

 

 

「…はい、見てましたよ。しっかりと最後まで。」

 

『私が走る理由は、これで示せたと思う。言葉にはしないよ。でも、トレノちゃんが何かを感じてくれてたならそれで十分だよ。今日の走りに意義があったって事だから。』

 

「楽しいから走る、それだけでいいんですよね。ありがとうございます、渋川さん。」

 

気付くと涙が溢れていた。本当に諦めないでくれている人がここにいる。ともに走ってくれる人がいることは、こんなにも嬉しい事なんだと気付いた。

 

「待っててください。すぐ、走れるようになりますから。」

 

 

「そういう訳なので、決勝は辞退させてください。ポイントとかも抹消でいいので。車検も終わったみたいなので、そろそろ、トレノちゃんの所に戻ります。…あ、そうだ相葉君。」

 

「なんだ?」

 

「君はもっと速くなれる。GTRのセッティングもそうだけど、テクニックの面も成長していけると思う。決勝、頑張ってね。」

 

そう言い残して車に乗って走り去っていく渋川を黙って見送る。世の中にはすげえ奴がまだいるって事か。新たなライバル出現か。

 

 

「やっと着いた。途中仮眠を挟んだから結構掛かっちゃったよ。」

 

予選を終えて自由になった私はそのまま病院に向かった。いやー道中眠かった。ちゃんと伝えられたのかな。…訳分かんなくなっても、ちゃんと言葉で伝えたほうが良かったのかな。

 

不安に駆られていると、スマホがピコンとなる。何かなと画面を確認しようとすると、自動ドアが開く。おっと、よけな

 

「う……そ…!」

 

「お帰りです、渋川さん。ってもう見つかっちゃいましたか。本当は松葉杖無しで歩けるようになるまで内緒にしておこうかと思ったんですけど。」

 

スマホが手からスルリと落ちる。同時に涙が溢れて止まらない。背中を押されたようにトレノちゃんに走っていく。

 

「よがっだ……よがったよぉぉぉぉ…!!」

 

「渋川さんのお陰ですよ。渋川さんが走る理由を教えてくれたから…私に走りたいと思わせてくれたから、動かなかった脚が急に動くようになったんです。本当に…グスッ…感謝しかないですよ。」

 

トレノちゃんが歩いている。それだけで、私は十分だった。走れるようになるまでどれ位掛かるか分からないけどそんなのどうってことない。

 

「うぅ…本当に…良かったよ。今から帰る、トレセンに。」

 

「はい、会って驚かせたいです。どんな反応するんですかね。」

 

そう言って少しいたずらな笑いを浮かべる。良かった、沈んでた心も良くなってる。MFGに出て本当に良かった。

 

「そうだねぇ、どんな反応するかなぁ。…ちょっと面白そうだね。」

 

「じゃあ行きましょうか…あの更にうるさくなってやけに悪目立ちする車で。」

 

「ふぐぅ。心にラリアットがぁ。」

 

 

 

ピコン ピコン とおるるるるるるるるる ピコン

 

 

 

「どう、1カ月ぶりのトレセンは。」

 

「何もできなかったですからね、凄い懐かしい感じがします。ここに編入した時と同じような気分ですよ。早く復帰したいです。」

 

「焦らなくても大丈夫だよ。ゆっくりとやっていこう。」

 

そう言われても、渋川さんの走り見てたら走りたくなっちゃってたまらない。急に歩けるようになったんだから走れるようにもなるはずだから。

 

「お疲れ、凄い奴だったんだなお前。見てるこっちがヒヤヒヤするくらいだったけどな。」

 

渋川さんが先に車を降りると、沖野さんの声が聞こえる。その隣に東条さんがいる。

 

「いやぁ、頭の中が真っ白になるくらい楽しくて、ついムキになっちゃって…他の子はどうしたんですか?」

 

「貴方がゴールした瞬間にトレーニングに行ったわ。皆走りたくてうずうずしてたのよ。通りがかりの子だってトレーニングに行くくらいにはね。」

 

「そ、そんなに影響あったんですかぁえへへ照れちゃうなぁ~私ってそんなに凄かったのかなぁ~色んな子にアドバイスに行こうかなぁいでぇっ!!」

 

「東条さん、私もそうでしたけどあまり渋川さんを調子に乗せないで下さい。良い事は多分1つもないので。」

 

褒められて上機嫌に体をうねうねさせてる渋川さんを裏拳で黙らせる。基本良い人だけど調子に乗せると暴走するから。少しやりすぎたかな?

 

「そんなに強く叩かなくても良いじゃん…。流石に泣くよ?」

 

「全校生徒に不審者と思われる前に止めたんだから感謝してください。」

 

「お…おい。歩けるのか?いつから?」

 

「本当にトレノなのよね…?」

 

2人とも驚いてる。目の前の私を信じられないような目で見る。良いリアクションをありがとうございます。

 

「渋川さんの走りを見てたら、走りたいって強く思ったんです。そしたら急に、動くようになって歩けるようにもなったんです。」

 

「そうか…!いや良かった。本当に良かったぜ。渋川も良かったな…!」

 

「本当に良かったですよ。トレノちゃんが歩いてる所を見た時は涙が止まらなくて…!」

 

「復帰まで大変でしょうけど、頑張りなさいね。」

 

3人が目に涙を浮かべる。私の復帰を心待ちにしてくれる人がいるんだ。大変だろうけど、頑張らないと!

 

「ゴールドシップ!いい加減にしてください!何故貴方は私の尻尾にリボンをつけたがるのですか!?」

 

「付けたいって言ってなかったか?アタシ特性スイーツ柄のフリル付きリボン。」

 

意味不明な事を言うゴルシさんに追いかけられてるマックイーンさんが走ってくる。災難だよなぁアレに狙われてるんだから。

 

「言ってませんわよ!追いかけてこないで下さいま……し…。」

 

「おぉどうしたマックイーン、遂にこれを付けて魔法少女になる覚悟が決まった…か…。」

 

「久しぶりです、マックイーンさん。U…ゴルシさんも。」

 

「…ゴールドシップ。」

 

「おう。」

 

それだけの問答でマックイーンさんが松葉杖、ゴルシさんが私をおんぶする。そのままトラックの方に走り出していく。

 

「戻って来たんなら連絡くれよな!正門で盛大に出迎えてやるのに!」

 

「お祝いをしないといけませんわね。準備もしたいので、明日でもよろしいですか?」

 

「そんな…私なんかにそんなにしなくても…。」

 

照れ隠しでゴルシさんの背中に顔を隠す。暖かいなぁ皆。待っててくださいね、必ず復帰しますから!

 

 




やったー!ようやく重い空気が無くなったー!これでやっと割と適当に書けるー!

と言う事で後書きも適当に書きます。

……やっぱり書くことが無い!という訳で裏話をば。

このお話、残り1000文字を1時間半で急ピッチで仕上げました。投稿頻度を一定にしてしまったが故の縛りですかね。破っても特に何も起こりませんが。

また次回!


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第七十九話 帰還

「皆さーん!一度休憩にしませんかー!」

 

マックイーンさんの掛け声でスピカの皆が休憩に入る。私はゴルシさんにおんぶされたままだ。

 

「分かったー!…マックイーン、その松葉杖どうしたの?」

 

「これですか?驚かないで下さいまし。遂に、帰って来てくれましたの!」

 

「オメーら目薬飲み干してよーく見とけ!笑いのニューウェーブ、トレノスプリンターの復活でーい!」

 

「お笑い芸人ちゃうねん。…お待たせしました、戻ってきました!」

 

マックイーンさんから松葉杖を受け取って、みんなの元に歩いていく。

 

「と、トレノさ~ん!」

 

「スぺさんそんなに泣かないで下さい。…こっちも泣きたくなるじゃないですか。」

 

「トレノ、ここから大変だよ。走れるようになっても、元のように走れるって保証はない。乗り越えないといけないことはたくさんあるよ。」

 

「そうですわ。半年は簡単に過ぎてしまうかも知れませんわ。その覚悟はよろしいですか?」

 

2人の視線にはえも言われぬ説得力があった。でも答えは決まっている。

 

「もちろんです。そのつもりで戻って来たんです。それに…。」

 

「“俺”もいる。トレノちゃんを現役に復帰してからも、その先だって、どこまでだって二人三脚で…あ、やべ。」

 

「「「……俺?」」」

 

そこにいた全員が反応する。喋っていたのは明らかに渋川さんだった。でも口調は男の人そのものだった。

 

「い、いや?別にカッコつけって訳じゃないんだよ?ただその…沖野さん!沖野さんのが移っちゃっただけで!」

 

「この1年俺の口調が移った感じは一切としてなかったが?」

 

「うげっ。」

 

「それに接点で言えば私の方が多かったと思うわよ。移るとしたら私じゃないかしら?」

 

「むがっ。」

 

「榛名ちゃん、元の口調を直すのにかなり苦労してたわよね。懐かしいな~。」

 

「……私このまま帰っても良いですか?」

 

半泣きになりながらその場に座り込む。沖野さんに東条さん、横から来たマルゼンスキーさんからも追撃されていた。面白そうだからあのまま放置しておこう。

 

「退院おめでとう、トレノちゃん。私たちも心待ちにしてたのよ。」

 

その後ろにはリギルのメンバーも集まっていた。よく見るとロータリーさんだけいない。そう思った瞬間、後ろから話しかけられる。

 

「遅かったじゃねえか。どうだ、久しぶりに歩いた気分は。」

 

「良いものですね、自分の脚で歩けるっていうのは。鳥籠から解放された気分です。」

 

「ふーん。それじゃ、もっと飛んでみっっろ!」

 

そう言った瞬間に松葉杖をひったくられる。立つだけなら問題ないから今は何ともないけどロータリーさんはそのまま2歩ほど下がってしまう。

 

「それじゃ、まず最初のリハビリはここまでくる…だ。目標は1歩ずつとは言うが、俺はそこまで待てないからな。段飛ばしで行かないとな。」

 

「勘弁してくださいよ。動くようになったって言ってもそれが無いと歩くこともままならないんですよ。」

 

「大丈夫だ。急に動くようになったんだ。急に歩けるようになったって不思議じゃねえぞ?それに前提問題でよ、お前の脚自体は何ともねぇじゃねえか。」

 

確かにそうだけどさ、筋力の低下とか色々あるじゃん。…言ってくれますね。

 

「ロータリー、1カ月も入院していたんだ。もう少し思慮深い行動を取るんだ。」

 

「大丈夫です。むしろ…。」

 

ザッ

 

「これ位がちょうどいいんですよ。」

 

その重い足を1歩前に進める。それだけで重心がブレる感じがする。体の揺れを抑える。よし、1歩踏み出せた。あと1歩!

 

「フゥゥゥゥッーーーー。」

 

ザッ

 

もう一歩踏み出す。その場で手を伸ばしても松葉杖に届かない。距離的にはあと半歩か。絶妙な距離間で離れましたね、ロータリーさん。

 

「頑張れ、あと少しだ。お前ならできる。」

 

ロータリーさんから声が掛かる。他の皆はただ黙って見守ってくれている。後半歩、どうってことない!

 

「……っ、えい!」

 

「ちょっ、うおっ!?」

 

ロータリーさんごと捕まえようとしたら予想外だったのか避けてしまった。行く先を失った私はそのまま芝に倒れ込んでしまう。

 

「大丈夫ですかトレノさん!?」

 

「スぺさん、手ぇ出さないでくれ!さぁ、立って見せろ!」

 

全く無茶言ってくれる。病院で立つ時だって看護婦さんに手伝ってもらったのに。手をついて脚に力を入れる。さっき歩いて慣れたからなのか自然に力が入る。

 

「頑張れー!」「その調子やー!」「トレノー!気合いだー!」

 

左手、次に右手と段々と手を放していく。…今思う事じゃないけど、赤ちゃんが初めて立った時のリアクションをこの年になって受けることになるとは…。

 

はっきり言って凄い恥ずかしい。そんな気持ちを押しのけて、あとは脚を伸ばすだけ。もうここまでくれば…!

 

「トレノが立ったーーーー!」

 

「クララですかね…。今からおばあちゃんになるのが怖くなっちゃいますね。」

 

「それじゃ、コイツはもう必要ないな。」

 

「はい、明日病院に返しに行きます。」

 

周りを見渡してみると、いつの間にか人が集まっていた。耳を澄ますと、みんな私の退院を喜んでくれているみたいだった。今日だけで、何回励まされたか分からない。

 

「渋川さん、明日から忙しくなりそうですね。」

 

「うん、気が済むまでいくらでも付き合うよ。」

 

「あ、そうだ。」

 

唐突にロータリーさんが話し出す。何か言いたい事でもあるのかな。

 

「マルゼンさんって渋川の元の口調知ってるんですよね。どんなだったか教えてくれます?」

 

「ロータリーちゃん、それは聞いちゃいけないお約束だよ!」

 

「あ、それ私も聞きたいです。」

 

「ちょ、トレノちゃん!?」

 

「フフ、いいわよ。そーだなー。最初にあった時なんかは『峠でランボとかふざけてんのかお前。』みたいな感じで突っかかって来てね♪」

 

「うわーー!その話は封印してって言ったじゃん!」

 

そんな話し方だったのか。後ろから邪魔してくる人がいるけど気にしないでマルゼンさんの話を聞く。

 

「それで私は言ったの。『ふざけてるように見えるなら、バトルしてみる?』って。そしたらなんて言ったと思う?『上等だぜ。俺のインプがおふざけランボなんかに負けるかよ。』って啖呵を切ったの。これが2年前、榛名ちゃんに初めて会った時の話ね。」

 

へーと言おうとした瞬間に体を掴まれる。そのまま凄い力で引っ張られていく。こんな力あったんだ。これが火事場のバ鹿力って奴か。

 

「それじゃ私たちはこれでー!後全部事実無根だからー!私そんなに野蛮じゃないからーー!」

 

いや、十分野蛮だろとその場の全員が思う。

 

 

「あー行っちゃった。あの頃の榛名ちゃんも可愛かったんだけどなぁ。それでね。」

 

「「「ふむふむ。」」」

 

 

 

 

 

「いやーよく寝た。」

 

トレノちゃんを寮に担ぎ込んで自分の部屋に帰ってきて仮眠を取ったんだけど、結構寝た気がする。今何時かな?

 

9時か…いやホントに結構寝たな。さて、遅いけど晩御飯作ろ。ベッドから立ち上がってキッチンに向かう。ふとカーテンを見ると光が漏れていた。

 

「……!? あぁっ!」

 

時計を見ると9時、そう9時だ。……“午前”の。

 

「遅刻だぁぁァァァァっ!!」

 

大急ぎで身支度をする。スーツは切るのに時間が掛かる。服装はほぼ自由なんだ、着やすいジャージでいいや。あとは…トーストにしようとしてたパンを咥えて部屋を飛び出す。

 

一応今日も休日扱いだけど今日から仕事に戻ろうかと思ってたからかなり焦る。故に走る。

 

正門がくっきり見えてくると人だかりがあることに気付く。なんだろ、あれ。

 

「あれ、たづなさん。どうしたんですか?この人だかり。」

 

「渋川さん!連絡が取れなくて心配してたんです!貴方に会いたいという記者の方たちもいらして…。ある人から許可は受けたと言っていて…。」

 

私に…?取材の連絡なんか来てないけどなぁ。ある人って誰だ?それに連絡が取れなかったって?スマホならここにあ…

 

「ん~~?」

 

「おい、あの人だぞ、相葉瞬に勝ったって幻のドライバーは。」

 

本腰入れて探してないけど多分ない。スーツの中にいれっぱだったっけ。いや、でもどうしたっけ?

 

「渋川榛名さん!是非とも取材させてくれませんか!?」「あのコースレコードはどのようにして打ち立てたのでしょうか!?」

 

「すいません、急に来られても困ります。というか、取材を許可した人って誰ですか?」

 

「えーッと確か、“せな”って言ってたなぁ…。」

 

……はーいわかりましたー。

 

「じゃあトレーナー室で受けさせていただきます。車の方は最後にでも。たづなさん、ご迷惑おかけしました。後は私が。」

 

 




えー皆さん。僕がどんな状況かお分かりかと思います。そうです!ハヤヒデさんにロープで簀巻きにされてまーす!

「随分冷静なのだな。2回目となると慣れたものかな?」

これは全面的に僕が悪いですね。ようつべ見てたらいつの間にか更新時間過ぎててそれでも完成してなくて焦り散らかしてましたからねアッハッハ。

「さて、今回はどうするんだ?また3日で投稿するのか?」

あぁ多分無理ですね。ちょこっとばかりリアルが忙しいので。

「では死刑。」

判断が早い!?ちょっブライアンさん!?お助けー!

「読者の皆、次がいつになるかは分からないがまた次回。」


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第八十話 トレーニング再開

「久しぶりに会っても1カ月だけじゃあまり変わりませんね。」

 

「人はそんな簡単には変わらねえよ。にしても、もう普通に歩けるのな。朝は少しぎこちなかったけどな。」

 

「私にとってはようやくですよ。今日にでも走り出せるんじゃないかって思ってますよ。」

 

「あ、トレノさん!」

 

お昼ご飯を食べにロータリーさんとカフェテリアまで歩いていると、後ろからダイヤちゃんの声が掛かる。振り返ると隣にキタちゃんもいる。

 

「久しぶり、昨日ようやく戻って来たよ。この通り、普通に歩けるようになったし、走れるようになるのもあと少しかな。」

 

「また一緒に走れるのが今から楽しみです!」

 

「気長に待っててよ。本調子に戻すまでかなり掛かるだろうからさ。」

 

そのまま4人でカフェテリアに向かう。こんな日常が懐かしく思えるくらい、1カ月は長かった。だからこそ取り戻したいと思える。

 

 

「コーヒーが染みる~。」

 

疲れたなーあれだけ質問攻めになるとは思わなかった。いやまあ楽しかったけどさ。チューニングを聞かれると嬉しくなって仕方ない。

 

それにしても瀬名の野郎、人のスマホを、しかも年頃の乙女のスマホを覗きやがって。今度会ったらぶん殴ってやる。

 

「お、中二病トレーナーじゃねえか。たまには一緒に食うか?」

 

「ロータリーちゃんその言い方止めてくれる…?中二病じゃないし、大学まで周りが基本男だっただけだから。」

 

「そういう事にしといてやるよ。」

 

そういって4人が席に着く。私もそろそろ食べるかな。そうだなぁ、カレーかな。注文に行って席に戻ってトレノちゃんに話しかける。

 

「どう、トレノちゃん。だいぶ歩けるようになった?」

 

「はい、もう普通に歩けるようには。今日あたり走れるかもなーなんちゃって。」

 

「じゃあ、走ってみる?」

 

「えぇ?」

 

結構真面目に返したんだけど、嘘でしょ?みたいな顔をされる。

 

「そんな簡単に決めていいんですか!?」

 

「そうですよ!負担が大きすぎると思います!」

 

「流石に全力では走らせないよ。最初はジョギングくらいでそこから段々と走ってもらう感じだよ。」

 

「分かりました。皆、待っててね。」

 

「じゃあ放課後、トラックに集合ね。久しぶりのトレーニングだから短めにね。」

 

その後、軽く雑談しながら食べ終わったから食器を片付けようと立ち上がる。

 

「…あれ、まだ食べられそうだな。」

 

「へー、いつもこれ位なのに珍しいな。病院食は物足りなかったか?」

 

「そういう事じゃないんですけど、まだちょっと食べられるかなって。おにぎり1つだけでも食べようかな。」

 

「もしかして~、本格化迎えてたりして~。」

 

「いや、流石にないと思いますよ。」

 

ちょっと茶化して言うけどトレノちゃんは簡単に否定する。まあ、おにぎり1つ増えただけで本格化迎えてたら苦労しないよね。

 

 

 

「やぁ、さっきぶり。」

 

「さっきって言っても2,3時間くらい経ってますけどね。」

 

「それじゃ、お昼に言ったようにジョギングから行こうか。ほんの少しでも違和感を感じたら止まってね。」

 

「分かりました。じゃ、行ってきます!」

 

ジョギングとはいえ、久しぶりに走れることが嬉しくてしょうがない。トラックを左回りにジョギングで走っていく。

 

……?

 

なに……これ…。凄い変な感じがする。違和感ではある。でも体の方じゃない。心の方?そんな違和感を抱えたまま半分くらいまで言った時渋川さんから声が掛かる。

 

「イケそうだったら10パーセントくらいペース上げてみてー!」

 

10パーくらいだったイケそうかな?ペースを上げて走ってみる。すると違和感が強くなっていく。何なんだろう?全然分からない。……走りにくい。

 

「どうだった?久しぶりに走った感想は。」

 

「まだ全力で走ってないからまだ何とも言えませんけど、走りにくい感じがします。」

 

「1カ月の影響は結構デカいね。どんな感じに走りにくいかな?」

 

「うーん…、頭と体が連動してない…みたいな。理想と現実ぐらい離れてるんですよね。」

 

「やっぱりそうなるよね。でも走れるんだからすぐに元のように走れるんじゃないかな?」

 

私もそう思いたい。でも、事はそんなに簡単な事じゃないような気がする。考えすぎならいいんだけど。

 

「どうかな、大丈夫そうならもう一回走ってくる?」

 

「はい、頭と体の差を早く縮めたいので。」

 

という訳でもう1本走ってみるけど違和感は消えない。少しでもペースを上げれば違和感は強くなっていく。この違和感が消えるイメージが全く湧かない。

 

 

 

 

 

「全然だめだ、ナニコレ、走りにくい!」

 

退院して久しぶりの朝練で、危険を承知でかなりペースを上げて走っているけど、明らかにダービーの時より走りにくい。

 

どれだけ走っても、走りにくさが拭えない。この走りにくさって…パワーが無いのかな?

 

「…!」

 

少し気を抜いた瞬間に体が少しだけブレる。くっそ、こんな調子じゃ復帰なんか夢のまた夢だ。

 

 

 

「それじゃ、今日からは筋トレ中心でトレーニングしていこうか。体を思い通りに動かすんだったらもっと強くしていかないとね!」

 

「そうですね、リハビリも兼ねて頑張ります。」

 

そういう訳でダンベル持ってもらってるんだけど、トレノちゃんが今朝走ったって話を聞いた時は驚いたけど、ケガや不調が無いなら止める理由はないし、内容から予想出来る事はある程度の筋力低下とブランクによる感覚のずれって所かな。

 

解決法は、ひたすらトレーニングだよね。筋力も感覚も実際に体を動かして取り戻すしかない。次のレースの予定はないからのびのびとやっていくか。

 

少しトレーニングを見ていると、後ろから話しかけられる。

 

「渋川さんですよね…?今って大丈夫ですか?」

 

「え?いや、今トレーニング中でさ、ちょっと忙し」

 

そこまで言いかけるとトレノちゃんが割り込んでくる。

 

「大丈夫ですよ渋川さん。私はゆっくりメニューやってるので。…ていうか筋トレだと暇じゃないです?」

 

「ま、まあ、確かにそうだけどさ…。」

 

筋トレはトラックでやるトレーニングと比べてもやることが少ない。正直自主トレにしても良かったけど暇だからここに来ただけだし。

 

「じゃあ任せちゃうね。違和感があったらすぐ休んでね。」

 

「分かってますよ。それでは~。」

 

「何か気を使わせちゃったなぁ。ご用件は何かな?」

 

「コーナーを速く曲がるコツを教えてくれませんか?」

 

あーなるほど、それ人間の私に聞きます?それにトレノちゃんのコーナーの速さは私が教えたとは言えない。こうしたらいいんじゃないかって提案したら勝手に成長していった。それ位なのに。

 

「それだったらトレノちゃん呼ぼうか?そっちのほうが色々参考になると思うけど。」

 

「いえ、渋川さんのテクニックを聞きたいんです。MFG、ちらっとですけど見ました。凄い走りで、あの後のトレーニングも張り切れたんです。それで最近、コーナーに課題があったので参考に渋川さんのテクニックを聞きたいなと。」

 

「そういう事なら、参考になるか分からないけど出来るだけ詳しく説明するよ。」

 

どうだろうな、テクの説明をして、コースに対してどうアプローチするか説明すれば大体いいかな?

 

 

 

『MFG予選5日目、3日目で渋川榛名が打ち立てたCRは未だ破られていません!そんな中沢渡光輝が攻めています!暫定2位!』

 

芦ノ湖GTのCRが更新された時、カナタ・リヴィントンが来たのだとばかり思っていた。だが蓋を開けてみれば名前も聞いたことのないような奴が、デモレコードに迫るタイムを叩き出していた。

 

それでいざ挑んでるわけだが、いや、バケモンか?テイラーのおっさんのタイムなら楽に更新できたが、コイツは厳しいぜ。

 

それにしても相葉先輩も中々のタイム出すな。渋川ってのが先輩の底力を引き出したって所か?

 

『CRには近づいていますが、既にセクター4中盤!更新できるのでしょうか!?』

 

走りは見せて貰ったが、セクター1は明らかに調子が悪そうだった。だがセクター2からとんでもないペースでCRを叩き出した。こっちは最初から手ごたえはあったがそれでこれか…!

 

『ゴール!沢渡光輝は暫定2位!CRに2秒届きませんでした!』

 

「手応えあってこれか…。確か、トレセン学園のトレーナーだったよな。」

 

そんな環境でなんでそんなバケモンが生まれるんだ?

 




ハヤヒデとブライアンのお兄ちゃんになりたい。

あ、どうも。脹相に感化された男です。

事の発端はブライアンが「姉貴」を噛んで「兄貴」って言っちゃう妄想をしたら溢れ出したんですよ。存在しない記憶が。

それ以来短編で出そうかなーって思ってるんです。仕上がったら多分出します。

また次回!


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第八十一話 封印

「決勝出たかったな~!」

 

「それだったらインタビューであんなカッコつけなきゃよかったじゃないですか。」

 

昨日で予選が終わって明日決勝が始まる。昨日まで何とも思わなかったのに今日になって急に決勝に出たくなってしまった。

 

「過ぎたものを悔やんでもしょうがないよねグスン…。それじゃ今日も今日とて筋トレしていこうか。今日の経過見て明日から本格的に走ってもらおうと思うんだ。」

 

「ようやくですか、待ちくたびれましたよ。」

 

「…いや待ってないよね。朝走ってるよね?」

 

「ソンナコトナイデスヨ。」

 

そう言って目を逸らされてしまった。走るのに問題が無くてもある程度体を作りたかったんだよね。明日から思う存分走らせてあげるからさ。

 

とおるるるるるるるるる

 

「ゴメンねトレノちゃん。…はい渋川です。あーはい…はいぃ!?…あぁそうですか…わっかりましたぁ…。」

 

「何でした?」

 

「私の知り合いを名乗る不審者が校門でスタンバってるらしいんだ…。MFG関係者を名乗ってるみたいだから私が出張らないとみたい。多分きっとすぐ戻ってくるよ。」

 

「行ってらっしゃいませ~。」

 

 

さーて誰が来てるんだろ。瀬名だったら右ストレートだけど、私に会いに来るもの好きもあまりいなさそうだけどな。

 

「どうも、待ってましたよ。”真実のコースレコード“、渋川榛名さん。先輩って呼んだほうが良かったですか?」

 

「初めまして、沢渡光輝。お帰りはあちらだよ。」

 

何しに来たんだこいつ。私に用事があるんじゃなくてナンパしに来たの間違いじゃないのか?

 

「いやな顔してる所悪いですけど今日はナンパに来た訳じゃないですよ。MFGから通達があってですね。ついでに伝えに来たんです。」

 

「通達ねぇ。辞退を堂々と宣言した私に何かあるの?」

 

「4回大会まで100号車は先輩専用のゼッケンになります。金色で縁取られた神フィフティーン仕様です。」

 

「そっか…粋な事してくれるな、MFG伝言ありがとね。」

 

「これでついでは済んだ、本題に移らせてもらいます。」

 

あ、そっちがついでだったんだ。こっちが本題だと思ってたけど。にしてもA110か。結構非力な方だけどバランスでいえば上だろうな。

 

「なぜプロじゃなく、トレーナーやってるんですか?先輩だったらプロチームが見逃さないと思いますけど。」

 

「そりゃ、サーキット主軸で走ってないから。本職はもっぱら峠。MFGに出てからプロチームからオファーはあったけど全部蹴ってる。私には峠の方が合ってる。」

 

「そうですか…もったいないですけど、次の参戦まで首を長くして待ってますよ。」

 

「そうしといて。…ところでその真実のコースレコードって何?」

 

「知らないんですか?予選でぶっちぎりのコースレコード、そのままトップで予選が終わったんですよ。それで、デモレコードが幻なら、このレコードは真実だって事ですよ。ネットでも話題ですよ?」

 

「え、そうなの?」

 

確認するためにスマホを出そうとするが、どこにもない。多分トレーニングルームに置いてきたのか。後で調べればいいかと思っていると。

 

「渋川さーんスマホ忘れてますよー。」

 

ナイスなタイミングでトレノちゃんが私のスマホ片手に小走りで向かってくる。届けに来るって事は電話は入ったって事かな。

 

「ほー、あの子が先輩が教えてる子ですか。…あと1年って所かな?」

 

「トレノちゃーん、ちょっと目ぇつぶっててねぇ。」

 

「え?はい。」

 

トレノちゃんが目をつぶったのを確認して沢渡の顔のすぐ横に貫手を放つ。

 

「…おい、俺の担当に手ぇ出すんじゃねえぞ?」

 

噂には聞いてたけど17歳大好きなのは本当だったのか。たづなさんに頼んで出禁にしてもらおうかな。

 

「だ、大丈夫っすよ…。オレもう彼女いるんで。」

 

「ケッ、どうだか。」

 

 

 

 

 

「うん、体もだいぶん仕上がったかな。今日から走り込もうか。朝走り込んだ感じはどうかな?」

 

「まだ違和感は消えませんね。脚の違和感じゃないんですけど、それでも走ってて訳分かんなくなるんですよ。」

 

「う~ん…。本当になんだろうね。取り敢えず、走ってみてくれる?どんな感じなのか見てみたいからさ。用意…スタート!」

 

合図で走り出す。ストライドからピッチに変わっていく。そこからまたストライドへ…?加速が鈍くなった?そこからピッチに変わっていくけど前ほど早く変わっていかない。

 

「本当になんだろう…。」

 

トレノちゃんの走り方は独学だから、何をどう直せばいいのか全く分からない。これは…かなり厳しいかもしれない。

 

「どうでした?何か分かりました?」

 

「ごめん、全然分からないや。しいてあげるとするなら、トレノちゃんの走り方かな。でもそうなると本当に分からないよ。」

 

「そうですか…。何か分かると思ったんですけど、どうにかならないですかね。」

 

「走り込むしかないんじゃないかな。私もスランプだった時はがむしゃらに走り込んだから。でもなーうーん…。」

 

「なら、もう一本走ってきます。」

 

「はーい…あ、ちょっと!?」

 

話をよく聞かないで返事したら止める間もなく走っていってしまった。でも結果は変わらない。分からない。ただはっきり言えることは一つ。

 

以前よりスピードの伸び、パワーが落ちてしまっている。違和感を抱えてるんだから当然だけど、これが続くようならかなりまずい。

 

「どうすればいいんだ?」

 

 

 

「今日からトレーニング再開したんだろ?どうなんだ、調子は。」

 

「ダメですね。前よりパワー出てる感じしないんですよ。脚がもたつくみたいな。」

 

「まあ1カ月のブランクだからな。そんなすぐに元通りです、なんて言われてもそっちの方が困るぜ。」

 

「ここまでショックだとは思わなかったですよ。なんでかお腹が空きますし…。」

 

ここ最近食事量、特に夕食が多くなってる気がする。最初はおにぎり1つ増えただけだったけど今は3つに増えている。

 

「…まさかお前、本格化来たとかそういう訳じゃねえよな。」

 

「いやぁ、流石に無いと思いますよ。成長してる感じ全然ないですし。ロータリーさんはどうなんですか?」

 

「ぼちぼちって所だ。菊花賞に向けてトレーニングの日々だ。」

 

「菊花賞…間に合いますかね。」

 

ぽつりとつぶやいた。今は7月上旬、菊花賞まで3カ月ほど。体はもう十分回復してるけど、どうしようもない違和感を取り除かないとレースなんか無理だ。

 

「俺としては、間に合ってくれないと困る。キタサトには悪いが、俺の標的はお前だ。俺の中じゃダービーは無効だからな。今度こそ決着をつける。」

 

「なるはやで頑張ってみますよ。渋川さんもお手上げなのでいつになるか分かりませんけどね。」

 

 

 

 

 

あれから1週間。トレノちゃんの違和感は消えることは無く、原因すら分からないまま走り込んでもらってるけどそろそろ打開策が欲しくなる。

 

とは言え原因が分からなければどうしようもない。…1回沖野さんに脚を見てもらおうかな?いや、体に違和感は無いんだ。これでどうにかなるとは…。

 

いや、もうなりふり構っていられない。可能性があるならどんなことでも!

 

とおるるるるるるるるる

 

『おう渋川。どうしたんだ?』

 

「どうもです。急なんですけど、今からトレノちゃんの脚を見てもらえたらなって。」

 

『脚を?でも違和感は心理面から来るものかもって言ってなかったか?』

 

「そうなんですけど、もしかしたらってのもあるので。打開策の1つもないのでどんな可能性にもしがみつきたいんです。」

 

『なるほどな。待っててくれ、すぐに行く。』

 

電話を切って少し待っていると沖野さんが来る。そのタイミングでトレノちゃんに声を掛ける。

 

「トレノちゃーん!休憩だよー!」

 

「はーい!あ、沖野さん。どうもです。」

 

「ようトレノ、調子はどうだ?」

 

「良いとは言えませんね。ただただ違和感と格闘ですよ。」

 

「それじゃトレノちゃん、ちょっと座ってくれる?沖野さんに脚触ってもらうから。」

 

「はい?」

 

明らかに困惑してるトレノちゃんをいつも持参してるかごを逆さにして座らせる。…まあ困惑する気持ちも分かる。

 

「いや、脚触るって何ですか?公認セクハラですか?」

 

「そうじゃないよ!沖野さんは脚を触るだけでどんな仕上がりなのかすぐに分かっちゃうんだ。キタちゃんの屈腱炎も沖野さんのお陰で見つかったんだよ。」

 

「へー…。じゃ、じゃあお願いします。」

 

「それじゃ、少しの間我慢しててくれよ。何故かよく蹴られるんだよ。」

 

それは仕方ないよねとトレノちゃんも思っているだろうね。沖野さんが脚を触り始めて数秒後、顔色が変わる。

 

「…?何だこれ…。」

 

それからちょっとの間黙って脚をこねくり回し、手を放してため息をつく。

 

「脚に異常は多分ない。それどころか仕上がってる状態だ。」

 

「そうですか…。仕上がってるとは…これでもっと分かんなくなりますね。」

 

「あと1つ、重要な事だ。多分本格化を迎えてる。」

 

「「はい?」」

 

沖野さん、なんて言った?本格化?このタイミングで?…いや、確かにこのタイミングで迎えていたなら、気付くのも無理だ。

 

「渋川さん…これって…。」

 

「うん、最悪のタイミングだよ。このまま本調子が出せないままだとかなりの出遅れになるよ。その差を埋めるのにどれだけかかるのか…。」

 

「いや、トレノの現状は、言い換えれば封印された状態っていえる。その封印が解けて、トレノの意識が変わればすぐに追い付くんじゃないかって俺は考える。俺が見た所、体は仕上がってるからな。」

 

「成程…何を取っても、まずその封印を解き放つ方法を探らないとダメですね。」

 

「ああ、俺の方でも解決の糸口になりそうな情報を漁ってみる。何かできることがあれば言ってくれ。」

 

 




最近お金が無くて新しいゲームカセットが碌に買えない男、僕です。

「それで、アタシがここにいるって訳?」

ですです。タイシンさんお勧めのスマホゲーがあればぜひ紹介して欲しいなと思いまして。

「無い。」

ひどい!そんなにばっさり切り捨てなくても!

「アンタ基本うざいんだよ。てかキモイ。聞いた話じゃハヤヒデの兄になりたいとか言ってたらしいじゃん。んでそれをリア友に話してドン引きされたとか聞いたけど?」

全て実話ですね。それとタイシンさんの罵倒からしか得られない栄養素があるのですね。もっと罵ってもらっても?

「また次回。もうここに居たくない。」

あー!そんな殺生なー!


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第八十二話 解明

「うーん…ストライドからピッチに変わって、そこからまたストライドに変わると加速が鈍る…。そもそもこんな走り方トレノちゃんしかしないからその対処法なんかあるわけないよな~。」

 

トレーナー寮に戻って動画を確認しながら解決策を見つけようと画面に穴が開くくらい見てるけど、全く思いつかない。

 

でも何か引っかかるんだよなぁ。このかゆい所に手が届かないような…答えがすぐそばにあるような…。何だろうな。

 

 

 

「お疲れ様です、沖野さん。」

 

「よう、こっちは収穫無しだ。そっちは…俺と同じか。」

 

「顔だけで察するの止めてくださいよ。その通りですけど。今日の合同トレーニング、受けてくれてありがとうございます。」

 

「気にするな。何がきっかけで封印が解けるか分からないなら、何でもやってみないとな。基本的には俺が仕切るが問題ないか?」

 

「それでお願いします。私は補佐に回るので。」

 

 

「トレノさん、その…併走出来るんですか?」

 

「多分ね。ただ走る分には問題ないからさ。ただ、私の真後ろにはいて欲しくないかな。多分凄い迷惑掛けちゃうから。」

 

「分かりました。あまり無理はしないで下さいね!」

 

「うん、今日はよろしくね。」

 

「それじゃ、トレノ先行でキタサンが後追いで行くぞ。用意…スタート!」

 

トレノさんの真後ろには入らないようにする。トレーナーさんに聞いてた通り、確かに前より遅い感じがする。でも体は仕上がっているらしい。

 

ピッチ走法もかなり上がってきている。そろそろストライドに戻

 

「うわ!?」

 

つい声が出てしまった。真後ろって程でも無いけど、それでも斜め後ろのかなり近い所にいたからトレノさんを見ていなかったらぶつかっていたかもしれない。

 

スピードが1度落ちてしまったから回復しようとするけどトレノさんの加速が鈍い。前と比べても鈍いことが分かる。そこからまたピッチに変わっていく。

 

ととっ、コーナーだ。この状態のトレノさんがどんなコーナリングするんだろう …いや、突っ込みすぎじゃ!

 

「フッ…!」

 

曲がれるの…!?コーナーでの暴れ方は前と変わってない。むしろ凶暴になっているようにさえ感じる。いや、本当に速い。

 

コーナーを抜けて走り方がストライドに変わった瞬間、また加速がもたついた。何だろう、あたしにも伝わってくる違和感。ストライドに変わる直前には加速しているように感じる。

 

これがトレノさんが戦ってる違和感…。苦戦するのも納得だよ。

 

 

 

「トレノさん、凄いですね。その状態でここまで走れるなんて。」

 

「まだ全然走りにくいよ。マジで訳分からない。何をどう工夫してもうまくいかないんだ。」

 

「結構深刻なんだよね、ねえキタちゃん。一緒に走ってみて何か感じたことは無い?どんなことでもいいんだけどさ。」

 

近くで走ったキタちゃんなら私が気付かなかったことに気付いているかもしれない。少し考えこんだ後に話し始める。

 

「そうですね…。渋川さんも気付いてると思いますけど、ストライドになった瞬間に加速がもたつくことですかね。」

 

「そうだね。原因不明、お手上げだよ。」

 

「でも、変わる直前は加速が伸びてる感じがしました。気のせいかも知れませんけど。」

 

「成程ね。…うーん。」

 

変わる直前には加速してる感じがした…。それで変わるともたつく…。これじゃ欠陥エンジンだ。ドカンと来るターボにも、スーパーチャージャーにも劣る。

 

…あれ、何で急にエンジンの話になったんだ?これはトレノちゃんの、ウマ娘の話。関係は一切無いはず。でも、トレノちゃんには私のドラテクが何故か通用した。

 

だったら…今回も…?

 

「やってみるしかない…。」

 

「渋川?」

 

「ごめんなさい、今日のトレーニングはここまででいいですか?トレノちゃん、付いてきて。」

 

「えぇ?いやちょっと待って下さいよ。」

 

「そうだぞ。どうしたんだ急に?」

 

「多分ですけど、分かりました。トレノちゃんの違和感の正体。私の勘が正しければの話ですけどね。」

 

そのまま駐車場に足を進める。この違和感を伝えるには実際に感じてもらうのが1番だ。

 

駐車場に着いて、インプをトレノちゃんの横に付ける。

 

「助手席乗って。今から2回走るから、1本目と2本目でどう違うか感じてみて。」

 

「は、はい…。」

 

困惑しながら助手席に乗ってくれる。よく見ると、沖野さんもスピカの皆も来ている。…あとでたづなさんに報告とか止めてくださいよ?

 

 

助手席に乗ってシートベルトを付けたタイミングで渋川さんが話す。

 

「ああそうだ。いいって言うまで目をつぶってくれるかな。目の情報より肌で感じて欲しいからさ。」

 

「分かりましたけど、さっきから変ですよ。事情も説明しないで。」

 

「後から説明するからさ。さ、行くよ。」

 

言われた通り目をつぶる。すると車が急に加速し始める。力強く加速していく。

 

パパパン ギャァア

 

ものすごい勢いで体が振られる。まるで車が1周したみたい。に今すぐにでも目を開けたいけど言われてるから一応つぶったままでいる。

 

するとまた車が加速する。いや、よく考えたら車の事なんか何も知らないのに違いが分かる訳が

 

ぐわ

 

ない。そう思った瞬間にさっきより加速が鈍い感じがする。そこからどんどんとさっきのような加速感が戻ってくる。

 

パパパン ギャァア

 

「開けていいよ。どうだった?」

 

「2本目の方が、加速がもたついた感じがしました。それこそ、私みたいに。」

 

「そう感じられたなら、ほぼ確実なのかな。それじゃ、詳しく説明していくね。車にはパワーバンドっていうのがあってね。1番力を発揮する回転域があるんだ。

 

普通に走ってるとそんなに気になることは無いんだけど、エンジンいじると変わってくるから色々と調整するんだけどさ。」

 

だめだ、意味分からない。分かろうとしても分からない単語がどんどん出てくるから理解が追い付かない。

 

「さっき加速がもたついたって言ったでしょ?あれがパワーバンドが外れてる状態。トレノちゃんと同じように加速がもたつくし、それが続くようなら車の性格すら変わるんだ。

 

トレノちゃん、運転席乗って。」

 

言われるがまま運転席に乗る。視線が低い。シートが固い。よくこの状態で運転できるなこの人。

 

「パワーバンドが外れる原因は考えられる限り2つ。まずは単純にシフトミス。もう1つはチューニングで出力特性が変わるからかな。

 

前者は初心者ならやるけど、後者は滅多に起こらない。基本計測しながらチューニングするだろうし。でもトレノちゃんは後者、本格化で体が仕上がってきて、そのパワーバンドが変わったことに気が付かなかったって所かな。

 

トレノちゃんが車で言うところのメカチューンって所かな。私のインプのようにターボチューンだったら普通馬力が上がってもパワーバンドはそう変わらないんだ。

 

メカチューンでパワーを出すとなると、排気量を上げるか、回転数を上げるかなんだけど、パワーバンドが変わるとなると回転数の方かな。」

 

回転数…それが私と何の関係があるんだろう。今はただ黙って渋川さんの話を聞く。

 

「NAで回転数を上げてパワーを絞り出すとなると、相当回転数を上げないといけないんだ。その真ん中にあるタコメーターは9000回転まで対応してるけど、トレノちゃんの場合、全然上が足りないんだよ。」

 

「えっ…。」

 

「トレノちゃんのピッチ走法が車で言うところの何千回転回ってるのかは、調べてみないと分からないけど、そういうエンジンは基本、10000回転はぶん回るはずだよ。」

 

「10000回転…!?」

 

「少なくとも、トレノちゃんのピッチ走法の上限の認識を変えないと、封印は絶対に解けない。」

 

ピッチ走法の上限…そんな事考えたこと無かった。そもそも走り方をあまり気にしたことが無かった。

 

「問題は…どこまで回して良いかだけは、誰にも分からない。チューニングのデータがどこかに吹っ飛んでる状態だからどこかから素性も知らないエンジンを乗せたみたいだよ。」

 

「なぁ渋川、簡単に言ってるけどよ、それってかなり」

 

「まずいですよ。上限…レブリミットが分からない限り、全開バトルは無理です。復帰の目途が立たなくなりましたよ…。」

 

「しますよ、絶対。そのレブリミットが見つかればいいんですよね。だったら見つけましょうよ。」

 

正直話の7割入ってこなかったけど解決策自体は見つかったんだ。凄い難しいことかもしれないけど道があるなら諦めたくない。

 

「…だよね!出力特性が分かればある程度の事は分かるから。協力してくれそうな人探してみるよ!タキオンちゃん辺りだったら色々協力してくれそうかな?」

 

「急に不安になって来たんですけど…。主に人選。」

 

「…あ、おい渋川。」

 

「大丈夫大丈夫!実験関連だったらまともだと思うから!明日から忙しくなるぞー!」

 

「…渋川さん、後ろ後ろ。」

 

「ん?どうした…の…。」

 

瞬間、渋川さんの頭を鷲掴みにする手が現れる。その特徴的な緑のスーツは間違いない。

 

「先ほどかなりの音が聞こえてきてみれば…敷地内で何してるんですか~?この黒い跡は何ですか~?」

 

死んだ。確実に死んだ。だって青筋が見えてるもん。

 

「いや、これには事情がですね…あはは…。」

 

「…はぁ、トレノさんの事ですよね。話は聞かせてもらってましたから。大目に見ます。」

 

「さっすがたづなさん!話が分かるぅ!」

 

良かった、少しどうなるかと思ったけど穏便に済みそうだ。でもそんな簡単に話が終わるのかな。

 

「ですが敷地内でやるのは些か疑問ですね~。」

 

「…あの~。情状酌量とかはぁ。」

 

「ありますよぉ。アスファルト修繕費を本当だったら全額持ってもらおうかと思いましたが8割で我慢してあげますよ~。」

 

「あの、黙ってついていくので手を放してもらってもぉ!」

 

「始末書はこちらですよ~。」

 

悲鳴を上げながら引きずられる渋川さんを見届けながら、今後の困難を想像する。大変なんだろうな、色々と。

 

「明日からもっと頑張らないと!」

 

「そうだな。俺たちも協力するからな。」

 

「いでででででで!!」

 




あの後タイシンさんに泣きついてですね、お勧めのゲームを引き出したんですけど、なかなか面白いですね。ウマ娘とか他ゲーのスタミナが無くなった時とかですけどたまにやってるんですよ。

さてさて、ここで1つ思い立ったわけですよ。トレノさんとか榛名さんとかの立ち絵は入るかなって思ったわけですよ。

でも悲しきかな。僕には絵の才能はないのです。こっちの才能も無いだろって?シラナーシラナーイ。

中古のタブレットでも買ってなんやかんやしようかな?

また次回!


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第八十三話 データ収集

「久しぶりだねぇトレノ君!さぁ、実験を始めようじゃないか!」

 

「まさかトレーナー公認でデータ取り放題とはなぁ。」

 

「目が…目が怖い…。」

 

トレーニングルームに集合とLANEが来たので準備をして向かうと、タキオンさんと初めましての方がいた。

 

「タキオンさんと…その、初めまして、トレ」

 

「トレノスプリンターだろ、知ってるよ。編入前から目を付けさせて貰ってたからな。オレはエアシャカール。じゃ早速やるか。」

 

「いや、やるって何をですか?」

 

「タキオンちゃんとシャカールちゃんに手伝ってもらってトレノちゃんの出力特性を割り出そうと思ってさ。ゴメンね遅れちゃって。」

 

渋川さんが遅れてやってくる。そうか、出力特性。レブリミットを割り出すために必要なんだった。

 

「でもそれってどうやって測るんですか?そんな機械があるようには見えませんし、そもそもあるんですか?」

 

「シャーシダイナモがあればいいんだけどさ、あるわけ無いからさ、シャカールちゃんに泣きついてみたんだ。この学園で1番プログラムに詳しいからさ。」

 

「あれくらいだったら完徹にはなったが作れる。んでこのランニングマシンに機器を付ければいつでも測れる。」

 

「そしてデータの収集、および精査役として私が呼ばれた訳だねぇ。」

 

「という訳だよ。さ、始めようか。」

 

渋川さんの合図で、タキオンさんが私の脚に何かしらの機器を取り付ける。

 

「これはトレノ君の…まあ車で言うところの回転数を測る機械だよ。ランニングマシンだけでは十分なデータは得られないからね。」

 

「こっちも準備出来てる。マシンは止まってるが、走り出せばそれに応じて動き出す仕様にしてある。いつでも走ってくれ。」

 

シャカールさんの合図に頷き、一気に加速する。するとマシンのコンベアが自動で動き始めたので、そのまま走り続ける。

 

 

「5分休憩だ。あと4本は走ってもらう。」

 

「了解です。」

 

渋川がトレノに水を渡してそれを飲む。その間にもデータの解析を進める。

 

「こいつをグラフに直して…出来た。」

 

Parcaeをベースにトレノ専用に作り上げたプログラムは正常に動いている。ウマ娘のデータを車に変換するのはちと骨が折れたが、parcaeをゼロから作り上げた時と比べればなんてことは無い。

 

「どうだいシャカール君。まだ1本目だがいい結果は得られたかな?」

 

「1本目にしてはな。事前に少しは勉強してきたが、ある程度形になるとはな。この調子なら予定通りデータが集まりそうだ。」

 

「こうしてデータを収集してみると本当に不思議だねぇ。すぐに破綻してしまいそうな走り方をしているのにもかかわらず、彼女にとってはこれが最適解とはね。」

 

「しかも渋川の話だとさらに上があるんだろ?怪しい所だがな。」

 

「どう?どんな感じかな?」

 

渋川が後ろからぐいっと突っ込んでくる。

 

「グラフ自体は出たぜ。ただ1本だけの不正確なグラフだからな。予定通りあと4本走ってもらう。」

 

「オッケー。その前にそれ、ちょっと見せて貰っても良いかな?」

 

「ああ、参考にはならんぞ。」

 

「ありがとう。…うわーやっぱりかー。」

 

PCを渡してすぐに、そう言いながらため息をつく。これだけで何か分かったのか?

 

「トルクが上がり始めたタイミングでシフトしたらそりゃ外れるよ。今思っても馬鹿馬鹿しいくらい基本的な事だったよ。」

 

「これだけで分かるのかい?」

 

「まあね。とはいえ、ブレる可能性はあるから。トレノちゃーん!そろそろ2本目行くよー!」

 

「はーい!」

 

 

 

 

 

「これでまとまったとは思う。渋川、確認してくれ。」

 

シャカールちゃんからPCを受け取って出力特性を睨みつける。今までのレブリミットが8000。普通っちゃ普通か。

 

…成程ねぇ。今までのタイミングでシフトするとちょうどトルクの谷に入るのか。そりゃ苦しいはずだよ。

 

「…うん、大体わかった。」

 

「もう分かったのかい?流石は専門家って所かな?」

 

「専門家じゃないけどさ、セッティングを決めるとなるとこういう知識も必要だから。」

 

でもまず出来ないといけないことがあるかな。トレノちゃんが無意識でやっていることを、トレノちゃん自身が明確に理解する必要がある。

 

「シャカールちゃん、このマシンにタコメーター付けれたりしない?出来たらこのグラフも映せるようにしたいんだけど。」

 

「出来るけどよ、結構時間かかるぞ?お前にも手伝ってもらうからな。タキオン、続きのデータは任せる。言っとくがトレノを光らせることはするなよ。視覚的に障害になる。」

 

「分かっているよ。それはトレーナー君で実験するとするよ。さあトレノ君!実験の続きと行こうじゃないか!」

 

トレノちゃんが若干モルモットに見えて可哀そうだったけど、やる事と言っても心拍数の変動とかそこら辺だから大丈夫だと思う。

 

「それで、グラフはマシンの液晶をそのまま利用するとして、そのタコメーターってのはどうするんだ?いくら何でも無いものは付けられないぞ。」

 

「何とこちらに用意しております。」

 

「へー準備いいんだな。こんなのどうやって用意したんだ?」

 

「元々私の車に付けようとして買ったんだけど今のままでも対応できてるし後回しでもいいやって事で取っておいたんだけどこんな所で役に立つとはね。ちゃっと付けちゃお。」

 

 

 

「よし出来た。トレノちゃん、休憩しながらでいいから聞いて。今からトレノちゃんには自分の走りを細かく理解してもらうよ。」

 

「自分の走りをですか?」

 

「うん。さっきの5本で取れたデータを見てわかったけど、今まではレブリミットが8000の5速って感じなんだけど、どのタイミングでシフトアップしてるかトレノちゃん自身、気付いてないんじゃないかって思うんだ。」

 

「まあ、ですね。気にしたことは無いですね。」

 

「そこで、マシンに付けたタコメーターを見ながら走ってみて。いろんなことが見えてくると思うよ。それじゃ、ゴー!」

 

マシンに乗って走り出すとタコメーターが動き出す。意識しろって言われてもよく分からないからまずは普通に走って見る。

 

メーターが8に差し掛かるところで針が急に5を指す。それがまた8になって5の辺りに戻る。それを繰り返す。これが渋川さんの言うシフトアップなのか。

 

そのまま走っていくと、メーターが8で止まる。

 

「オッケー、ペース落として休憩にしようか。」

 

「あんなに変わってるんですね。アレを意識するとなると、変な癖が出そうです。」

 

「意識してないことを意識するとなると結構違和感あるけど、出来ないと次のステップには進めないよ。少なくとも、タコメーターを見ないでいつどのタイミングで何回転、何速なのか正確に把握できるくらいじゃないと10000回転には挑めないと思う。」

 

「やっぱり道のりは遠いですね。それ位高い壁なんですね。10000回転は。」

 

「そういう事、でも出来ないって決まったわけじゃない。だってまだ挑んですらないんだからさ。」

 

 

 

「よう栄治、やっとできたぜ。トレノちゃん専用の新しいシューズ。」

 

「鉄也か。…流石、いい出来だ。」

 

「どうだろうな、榛名ちゃん。本格化の事気が付いてるのかな。」

 

「さあな。気付いてたとしても、一筋縄じゃ行かないだろうな。こいつを渡すのは、復帰戦だろう。」

 

「そんな土壇場で渡して大丈夫なのか?新しいシューズだから戸惑わねえかな?」

 

「あいつは頭で考えるより先に体が動くタイプだ。下手に説明したりするより、ぶっつけ本番の方が合ってる。この先の事を考えると、知識も必要になるから今のままじゃだめだがな。」

 

「ニュートレノ誕生か…いつになるんだろうな。」

 

 

 

「早いね…もう回転数を把握するとは…。それに何速かも把握してる。…すげぇ。」

 

心からそう思う。たった数本走っただけでメーターから目を離す回数は増えていったので試しに隠してみて、適当なタイミングで何回転くらいか聞いてみると。

 

「6500…7000くらい…4速です!」

 

と、答える。シャカールちゃんのPCで確認すると本当にその通りだった。

 

「こればかりは天性の才能と言うしかないねぇ。適応能力が尋常でなく高いという事かな?」

 

「お前の課題、そうそうにクリアされちまったな。クク…どうするんだ?10000回転の壁は高いんだろ?」

 

「そのはずなんだけどなぁ。おかしいなぁ。」

 

これなら8月辺りには復帰が叶ってしまうかも知れない。でも一つ、懸念点がある。それはトレノちゃんの耐久度。

 

本格化が発覚する前に筋トレして体は作ってあるから大丈夫だと思うけど、レース用のエンジンは耐久度外視でパワーを絞り出してるのがほとんど。これは他のウマ娘も例外じゃない。

 

ガラスの脚って言われてる通り、ウマ娘の脚は故障しやすい。アルダンちゃんとかローレルちゃんとか。トレノちゃんも多分その類になってる可能性も捨てきれない。

 

考える限り、故障するとしたら物凄いオーバーレブさせてそのままブロー。つまり、レブリミットが分からない限り、回せる範囲は今まで通り8000回転になる。

 

少しずつ上げていって探るのも良いけどまだいけると思ってオーバーレブは避けたい。となると、これに似た出力特性のエンジンを探してみるか。

 

「シャカールちゃん。そのデータ貰っていい?」

 

「あいよ。元から渡す予定だったからな。コピーしたら返せよ。」

 

「ありがとね。今日はこれまでかな。皆、お疲れ様。」

 

USBを受け取ってこの場をお開きにする。さて、頼るとなると池谷さんに中里さんだよね。今週末、群馬に帰るかな。 

 




僕は今、窮地に陥っています。

「突然生徒会室に押し入って来たかと思えば、貴様の窮地など大したことは無いだろう。」

いいえ、死活問題です。ブライアンが僕の妹なのは周知の事実として。

「おい、私はそんな事知らんぞ。」

そしてルドルフ姉さんですよね。

「ちょっと待ってくれ。君の姉になったつもりはないが?」

ただ問題は、エアグルーヴさんが生徒会の中で一人だけあぶれてしまう!

「何なんだこいつは。鬼滅の見過ぎか?」

「いや、彼が最近ハマっているのは呪術廻戦と聞く。となると脹相と累が混ざりすぎた結果…と考えるのが妥当だろうか。」

「会長、とりあえずこいつはつまみ出します。」

ああ待ってください!せめて一緒に考えてください!エアグルーヴさんは僕の何なのですか!?

「いい加減にしろたわけ!そもそもブライアンが妹とはなんだ!会長が姉とはなんだ!妄想も迷惑を掛けない範囲でやれ!」

…お母さん?

「は?」

そうか、この感じ、お母ちゃんだ!そうだ、何で忘れてたんだ!エアグルーブさん、いやグルーヴかーちゃ

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!」

まだ…持ってたのですか……ガク。

「すみません会長。生徒会室を血で汚してしまって。こいつを始末してから後も残らないように掃除いたしますのでご容赦を。」

「そ、そうか…大変だな。」

「また次回、…言っておくが、私はあいつの妹など認めないぞ。」


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第八十四話 探し物

「お、榛名ちゃんだ。よ、芦ノ湖GTトップ!」

 

「お久ですー武内さん。まぁ、予選ですけどね。ハイオク満タンで。」

 

スタンドに来ると武内さんが出迎えてくれた。その後から池谷さんも奥から出てくる。

 

「群馬じゃ大騒ぎだぜ。物凄いコースレコードでそのままトップ通過って事で走り屋たちは大歓喜だったんだ。」

 

「あの時はただがむしゃらに走ってて、学園戻ってから元の口調が出ちゃったくらい楽しかったですよ。やっぱり、走るなら公道に限りますね。」

 

「トレセン行くってなって口調直すの大変だったよな。不意に健二が来た時なんか普通に俺って言ってみたり。」

 

「生まれてからも、大学に行っても周りが男しかいなかったんですからしょうがないじゃないですか。池谷さんも健二さんも何も言わなかったですし。」

 

「俺はそこまで気にならなかったからな。よう榛名ちゃん。」

 

「お久です~。」

 

まあやっぱり来るよね健二さん。私がバイトしてた頃もほぼ毎日来てたもん。

 

「っとそうだ、本題を忘れる所だった。池谷さん達に探してほしいものがあるんですけど。中で話せませんか?」

 

 

「これなんですけど。」

 

「これは…出力特性のグラフじゃないか。何の車なんだ?」

 

「トレノちゃんのです。本格化を迎えてたみたいで、それでも走りにくかったらしいので色々やった結果、原因は回転数不足でした。それで色々とやった結果、ここにたどり着いたんです。」

 

「トレノちゃんの…。」

 

「それで池谷さん達にお願いがあるんです。これに似た出力特性を持ったエンジンを見つけてもらえませんか?」

 

「このエンジンを?」

 

はっきりとは言えないけど、ほぼ100%あのエンジンだ。AE101から採用された5バルブヘッドの新型をベースにチューニングした、超高性能エンジンだ。

 

心当たりと言えば、これしかない。偶然なのか、不調の原因も拓海と同じだ。解決策も知ってることは知ってるけど…。

 

「どうですか?お願いできますか?」

 

「…分かった。こっちでもいろいろ探ってみる。」

 

「ありがとうございます!こっちでも探ってみますので、何か分かったらお願いします!」

 

勢いよく外に飛び出していく。何故か、このタイミングで教えちゃいけない気がした。さて、厚揚げ買いに行くついでにトレノちゃんの事教えに行くかな。

 

 

 

「樹、榛名ちゃんは?」

 

「良い音鳴らしてかっ飛んでいきましたよ。何かありました?」

 

「いや…ちょっと出かける。すぐに戻る。」

 

「はーい。」

 

13に乗って藤原とうふ店に向かう。多分、これを見せればそれなりの反応をしてくれるはずだ。

 

「ごめんくださーい、ちわーす!」

 

「はいはい、今行きますよっと…ってアンタか。」

 

「久しぶりです、藤原さん。厚揚げ下さい。」

 

「はい、毎度。」

 

包んでくれた厚揚げを受け取る。この流れだけであの頃が懐かしくなる。俺もこんなおっさんになっちまって…いや、本題本題を忘れちゃいけない。

 

「あの、藤原さんに見て欲しいものがあるんです。」

 

「見て欲しいもの?今更こんなジジイに何の用だ?」

 

「これなんですけど、俺の後輩、トレセン学園でトレーナーやってまして、そいつの担当の」

 

「トレノだろ?豊田からまあ色々と聞いてる。これだって載せ替えたエンジンの奴だろ?8000までしかない所を見ると、レブリミットが分からなくてあくせくしてるって所だろ。」

 

アレを見ただけでそこまで分かるのか。やっぱりこの人は凄い。ドラテクでもいつまで経っても敵わないな。

 

「アンタもその後輩…渋川だっけ?そいつから俺が言ったことは聞いたんだろ。だったらアンタが教えても良かったんじゃねえか?」

 

「そうしようとも思ったんですけど、あの場で教えちゃいけないと思ったんです。だったら藤原さんの口から伝えたほうがいいんじゃないかって。」

 

「俺みたいなジジイが出てきたら、それこそ場違いってもんだろ。それは俺たちじゃなく、若いもんが頑張ることだ。」

 

「いや、相手はトレノちゃんなんだ。ハチロクなんだ!藤原さんの力が必要だと思うんです!俺、諦めませんから。あの時、拓海を寄越してくれた時みたいに、藤原さんには何か考えがあるはずなんだ。また来ます。」

 

久しぶりに長く話したけど、藤原さんは何も変わってない。俺には考え付かないような、先の事を考えているのかもしれない。この先絶対にトレノちゃんの助けになってくれるはずだ。

 

とはいえ、榛名ちゃんにどう伝えたらいいんだ?

 

 

何時ぶりかねぇ。池谷が来て、何か頼んでくるってのは。弱いんだよなぁああいう熱い奴に。…いかんいかん、年甲斐もなく血が騒いできた。

 

 

 

池谷さんに頼んだからには、私も出来る限り探さないと。自室に戻ってネットを漁ってみる。手当たり次第に出力特性を照らし合わせる。

 

そう簡単には見つからないのは分かってる。でも虱潰しに当たっていかないと取りこぼしがありそうだから。

 

でも流石に無理があるか?国内外で総合すれば今まで発売された車なんて相当数になる。いくら細かくやっても取りこぼしが出てきそうだ。

 

「いや…待てよ?」

 

トレノちゃんのエンジンは推定10000回転は回るトンデモエンジンだ。チューニングされたエンジンなら、こんな事やっても意味はない。

 

「……ハァァ~~。」

 

かなりでかいため息を吐きながらPCを閉じる。正攻法じゃどうしたって辿り着けないかもしれない。

 

その筋に詳しい人がいればいいんだけど、いないんだよなぁ。瀬名もどこで何やってるのか分からないし。誰か……。

 

「そうだ!」

 

 

 

 

 

「今日からのトレーニングも、今まで通り特に工夫はしないで行こうと思う。でも走ってる時は、回転数、ギアは意識しておいて。」

 

「分かりました。」

 

「それじゃ2000メートル、スタート!」

 

走り出して、頭の中にタコメーターをイメージする。もうすぐで8000…ここでセカンドに上げる。脚の回転に合わせてタコメーターも5000の辺りに戻る。

 

コーナーに入る。朝トレでもイメージしながら曲がっているから上手くいくとは思うけど、どうかな。

 

ギアを1つ落としてコーナーに入っていく。うん、良い感じ。もたつきにも慣れたからか、この状態で曲がるのもそんなに苦ではなくなってきている。

 

そのままコーナーを抜けてギアを上げる。

 

…このもたつきからはいつ解放されるんだろう。

 

「タイム、どうでした?」

 

「凄いよ、退院した時より速いタイム…それでいてダービー直後並のタイムは出てるよ。走りにくくても、ここまで戻しちゃうなんて…。」

 

「走りにくさにも慣れてきたのか、これに合わせたような走り方しちゃうのかも知れません。」

 

「本格化の影響をひしひしと感じるけど、これでまだ先があることを考えると現状には素直に喜べないんだよね。」

 

そう言ってペンを頭に当てて悩み始める。私だって全然喜べない。それにこんな状態じゃレースなんて出来ない。

 

とおるるるるるるるるる

 

「ちょっとごめんね…やっほ、相葉君。例の件、どうかな。……え、もう分かったの?いくらなんでも早くない?まだ3日しか経ってないよ?……そう、分かった。待ってるよ。」

 

「相葉って多分MFGで渋川さんと走ってた人ですよね。例の件ってなんですか?」

 

「池谷さんにもお願いしてたんだけど、トレノちゃんの脚と同じ出力特性のエンジンを探してもらってたんだ。まさかこんなに早く見つかるとはね。今からこっちに来てくれるみたいだからそれまでトレーニングしてようか。」

 

 

 

とおるるるるるるるるる

 

「もしもしー……あ、着いた?分かった今から行くー。…トレノちゃーん!トレーニング終わりー!私のトレーナー室集合ねー!」

 

「はーい!」

 

相葉君には正門で待ってもらっている。トレノちゃんには先に行ってもらって私だけで迎えに行く。

 

「久しぶり、相葉君。ごめんねー真鶴で忙しいのに。」

 

「まあな。メカニックやセコンドにも共有してようやく見つけたんだ。説明すると長くなる。ゆっくり話せる場所に行こうぜ。」

 

「そうだね、付いてきて。」

 

 

「……ん?」

 

ありゃ渋川か。その後ろの奴は……誰だ?

 

「ロータリーさん?」

 

「よう、キタサンか。ダイヤも一緒か。ちょうどいい、アレをどう思う?」

 

「あれって渋川さんですよね。後ろにいる男性はどなたでしょう?」

 

「よく考えたら不思議じゃねえか?渋川もいい年して浮いた話が一つもないなんてよ。」

 

「ま…まさか……。」

 

「そのまさかじゃねえかって俺は睨んでる。その尻尾掴んでやろうぜ。」

 

 




ここ数話、後書きで僕の事を狂人だと思う方がいらっしゃると思うので釈明します。

僕は正常です。

「それで、なぜ私が呼ばれたのかしら。」

いい質問ですアヤベさん。そう、これは僕が正常たらしめるエピソードです。

ウマ娘やってて不意にアヤベさんを守護らねばと思った瞬間、お兄ちゃんとしてっとも思ったんです。

「もう帰っていいかしら。」

もう少々お待ちを。そんなに急がなくても布団乾燥機は僕が動かしておきましたので。

「訴えるわよ?」

踏みとどまってください。それでですね、そう思った瞬間にこう思ったんです。

いや、あり得ねえな。アヤベさんが妹とかねえなって。全然想像付かないやってね。

「アヤベさん危なーい!」

うお、カレンさ…うぼあ!? ガフッ

「大丈夫でしたアヤベさん!?」

「大丈夫よ。それよりも、私たちの部屋のセキュリティを強化しておきましょう。こんな変態が入ってこないように。」

「そうですね!あ、画面の前のお兄ちゃん、お姉ちゃん!また次回ねー!」


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第八十五話 手掛かり

「どう、真鶴に向けての準備は?」

 

「どうにもな、GT-Rも仕上げないといけないけどよ、何よりオレ自身、真鶴が苦手なんだよ。」

 

「超高速と、超低速セクションが入り交じってるからでかいし重たいGTRだと結構つらいんじゃない?同じ日産だし、Zって手もあるけど。」

 

同じメーカーだったら乗り換え自由ってルールは結構自由度広がるけど、走り屋の私からしたら正直邪道ルールでしかない。私なら絶対に乗り換えない。

 

「乗り換えだけは絶対しねえぞ!オレはGT-R一筋でここまで来たんだ、ここに来て裏切ることは出来ねえよ!」

 

「そうそう、そう言ってくれなきゃ。言ってみただけだよ。」

 

「それに大和魂っつったらGT-Rだろ!」

 

「んだとぉ!?大和魂背負ってるのはインプも同じだけど!? …ンン、これは後で話そうか。さ、着いたよ。」

 

今からでも熱弁してもいいけど、1番優先しないといけない本題がある。

 

 

「予想が外れたか?」

 

「いえ、ケンカしてましたが男女があれほど顔を近づけるなんて…間違いなくカップルですよ!」

 

「いや、あたしは違うと思うな…。」

 

「おい、トレーナー室入ってくぞ。聞き耳立てるぞ。」

 

 

「お待たせートレノちゃん。この人が相葉君。ヤンキーっぽいけど多分良い奴だよ。」

 

「二言余計だ!…よろしくな。早速本題だ。これが渋川が送ってきたエンジンのデータに似た奴だ。」

 

「相葉さん、全部車の写真なんですけど…。」

 

車の事はよく分からないけど、いろんなところにステッカーが貼ってあっていわゆるレーシングカーであることは分かった。

 

「これってグループA?これとトレノちゃんが関係あるの?」

 

「結論から言うと、詳細は分からなかった。だが探ってたらグループAの名前が出てきた。その筋で探したら、コイツにぶち当たったんだ。」

 

「…まさか、グループAのエンジンなの?」

 

「多分な。ただここまでしか分からなかった。そういうデータが出回らないのはお前もなんとなく分かるだろ。」

 

「だよね…。ありがとう、これだけでも大分絞れるよ。」

 

「そうか…それともう1つ、面白いことが分かった。コイツなんだが。」

 

そう言って写真を指さした。私にはなんのことかさっぱりだし、渋川さんも分からなさそうな様子だった。

 

「これがどうしたの?」

 

「こいつはAE101って言う型式の車らしい。オレやお前が生まれる前の車だ。こいつは姉妹車でな、カローラレビンと“スプリンタートレノ”ってあるそうだ。」

 

「えっ!?」

 

「私と名前が同じ?」

 

「渋川からトレノちゃんの名前は聞かされてたからオレも知った時は驚いたぜ…。こんな偶然があるのかよってな。」

 

偶然…それにしては出来過ぎてるような…。

 

「こんな偶然が重なったんだ。この車、詳しく調べてもいいかも知れないぜ。」

 

「トレノちゃん、豊田さんから名前の由来とか聞いたこと無い?学校の授業とかでさ。」

 

「無いですよ。全然気にしたこと無かったですし。それに本当に唯の偶然かも知れませんよ。世の中同姓同名の人だっているんですから。」

 

口ではそう言うけど、私の中で偶然では片づけられていない。胸でつっかえて魚の小骨のように取れないでいる。

 

「…ま、だよね。でもこの線で調べてみようかな。本当にありがとね、相葉君。」

 

「ああ…そろそろ時間か。お暇するぜ。」

 

「正門まで送ってくよ。トレノちゃん、待っててね。」ガン!

 

…鈍い音が聞こえた。渋川さんが扉を開けた瞬間に。何事かと思って立って覗いてみるとキタちゃんが頭を抱えて倒れていた。その後ろにダイヤちゃんとロータリーさんもいる。

 

「イッタぁ…。」

 

「ご、ごめんね!まさかいるなんて思わなかったからさ!」

 

「い、いや…ドアに張り付いてたあたしのせいですから気にしないで下さい…イテテ~。」

 

「それで、皆なんでここにいるの?私の用事あった?」

 

「いや、特に。話してたことは聞いちまったが、誰にも話さねえからよ。」

 

 

 

とおるるるるるるるるる

 

「よう榛名ちゃん、何か進展あったか?」

 

「あったんですよ。MFGの相葉君にもお願いしてみたら、見つけてくれたんです。どうにもグループAの、それに出てるAE101がかなり怪しいんじゃないかって。」

 

「そうか、俺の方でもその線で調べてみるよ。」

 

とは言ったが、かなり核心まで迫ってる。ただあのエンジンはストリート仕様にデチューンされてる。だったらやっぱり頼りの綱は藤原さんだ。

 

「榛名ちゃん、トレノちゃんと行ってもらいたいところがあるんだ。藤原とうふ店って所だ。」

 

「それってお見舞いに来てくれた時に持って来てくれた豆腐屋ですか?」

 

「ああ、そこの店主が助けになってくれるかもしれない。」

 

「分かりました、今週末行ってみます。」

 

電話を切って天井を見る。正面から行っても教えてくれないかもな。でもトレノちゃんのピンチに何もしない藤原さんを想像できない。

 

それに榛名ちゃんがついていれば、何か進展があるのかもしれない。

 

 

 

 

 

「この辺りなんだけどな…ここ右か。」

 

「でも池谷さんはなんで豆腐屋さんの店主さんを紹介してくれたんですかね。」

 

「人は見かけや肩書に寄らないって事かな。実際豊田さんもそんな感じじゃん?」

 

「ですね。」

 

「ここを左…あ、あのインプレッサ…!」

 

店の前に車を止めて、慌てた様に降りる。…間違いない、このリアウィング。あの時ぶち抜いていったインプレッサ!

 

「どうしたんですか、そんなに慌てて。」

 

「私さ、この近くの秋名山で全開で攻めてた時、この車に追い抜かれたんだ。前の三が日の時にさ。」

 

「渋川さんも相当速いですよね。それで追い抜かれたんですか?」

 

「そうだね…この話は後でね。中に入って話を聞いてみよ。」

 

お店に入ろうとしてふと横の駐車場にカバーされている車が目に入る。セカンドカーかな?

 

「ごめんくださーい!…こんちわー!」

 

「聞こえてるよ。そんな大声出さなくても。全くうるせー車乗ってんな。」

 

この人が池谷さんが言ってた藤原さん…。この人に負けたのか…いや、今はそれは置いといてトレノちゃんの事だ。

 

「あの、私トレセン学園でトレーナーやってる渋川って言います。ある人からあなたが私の担当のトレノちゃんの不調について、何か分かるんじゃないかって紹介されてここに来ました。」

 

「来てもらって悪いけど、俺は専門外だね。なんか買ってくかい?」

 

「あ、じゃあ厚揚げを。」

 

何やってるんだ私は。簡単に引き下がっちゃダメだ。池谷さんが紹介してくれたんだから絶対何か意味があるはずだ。

 

「藤原さん、グループAのAE101のエンジンに心当たりありますか?知っていること、何でもいいんです。教えてくれませんか?」

 

「どんな理由か知らねえが、ウマ娘のトレーナーがそんなエンジンのこと聞いてどうするんだ?」

 

「色々込み入った事情があって、私の担当の不調の原因が、エンジンにあるんじゃないかって思ったんです。これ、見てください。」

 

カバンからトレノちゃんのデータを出して藤原さんに渡す。

 

「へー、これがアンタの担当のエンジンって事か。ただあいにくだが、俺から教えられることは無いぜ。」

 

「本当に何でもいいんです!何かありませんか!」

 

「…すまんが、そいつは無理な注文だ。不調の原因がエンジンとアンタが言うならその通りなんだろう。回せばその不調は治るだろうが、他にもやりようはあるだろ。

 

回転数に頼らないで中回転域のトルクを太らせるとかな。それに回せば回すほど速い…なんてことは無いのはアンタも分かってるんじゃないか?」

 

「確かにそうですけど、エンジンの全容が分からないとどうセッティングしたらいいのかも決められません。足回りもボディもエンジンとのバランスで決まりますよね。

 

分からないとなるとトレノちゃんがしっかりバランスが取れているのかすら怪しくなります。だからこそエンジンの詳細が知りたいんです。」

 

「なるほどな。アンタなりに考えがあっての事か。けど答えは変えられねえな。」

 

…ダメか。ここまで粘ってダメだったら今日は諦めよう。

 

「分かりました。でも、多分また来ます。今日はありがとうございます。…あれ、トレノちゃーん?」

 

お店を見渡してもトレノちゃんが見えない。外に出てみるとカバーの掛かっているセカンドカーをただ、じっと見つめていた。

 




最近後書きで酷い目にしか会っていないので今回は誰も呼びません。

死にかけるわカレンさんにぶん投げられるわで散々でしたよ。

この季節になりますと朝、お布団がなかなか離してくれないことが多発しますが、まあそんなことは置いておいて…書くことが今無くなりました。

考えていることをそのまま書いている後書き欄ですが、この後に続くことが無かったのでお開きです。

また次回!


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第八十六話 邂逅、解放…対決

「トレノちゃん、どうしたの?何かあった?」

 

「…。」

 

「トレノちゃん!」

 

「…ハッ!渋川さん!?どうもぼーっとしてたみたいです。」

 

車を降りてから周りの景色を見てから、不思議を通り越した、奇妙な感覚にはまっている。ここは初めて来るはず。それなのに。

 

「どうしたの?結構ぼーっとしてたよ。心ここに非ずって感じでさ。」

 

「なんでか…懐かしい感じがして…。特にこの駐車場に止まってるこの車…。」

 

これが目に入った途端、何も考えられなくなった。理由は分からない。それでも釘づけにされてしまっていた。

 

「多分、店長さんの車だと思うけど、カバー被ってるからしばらく使ってないと思うよ。」

 

「しばらくどころか20年は動いてないな。息子が置いときたいって言うからな。俺も解体屋送りにするつもりもないからな。」

 

「そんなに動いてないんですか?てことは、廃車なんですか?」

 

「動くことは動く。定期的なメンテはしてるからな。だがこいつはもう限界だからな。普段乗りは出来ても、バトルは無理だ。」

 

「バトルは無理…どんな車だったんですか?」

 

「ハチロクだよ。普通の。」

 

ハチロク…ハチロク…。この響きにも、どこか懐かしさを覚える。まるで私が昔そう呼ばれてたような。途端気になってしまった。この車が今どんな状態なのか。

 

「あの、店長さん。この車、見せて貰ってもいいですか?」

 

「見たいのか、アンタ。…トレノっつったか。ちょっと待ってな。」

 

店長さんが慣れた手つきでカバーを外していく。そこから出てきたのはきれいに整備された白黒の車だった。

 

「あれぇ?この車どこかで見たことあるような…。それよりも、20年も前から86ってあったんですね。」

 

「こいつはもう40年前の車なんだがな。今ある86の由来はこのAE86の型式から来たんだ。」

 

「AE…?まさかAE101ってこの車の後継機だったりしませんか?」

 

「101は知ってるのか。まあ、そうだな。その後の111でAEは終わっちまったがな。」

 

「へー、今の車だったら分かるんですけど、昔の車はさっぱりです。…トレノちゃん?」

 

1歩1歩、引き寄せられるように白黒の車に、トレノに……”ボク“に近づいていく。真正面に来て、膝をついてボンネットに触る。

 

 

『走り屋なら自分が走りこんで身につけた技術にプライド持てよな!!』

 

このセリフ、聞いたことある。どこかでうっすらと聞いたことがあるんだけど。

 

『小さなステージに満足しないで広い世界に目を向けてけよ・・。』

 

…思い出した。確か、病院で目を覚ます前に見てた夢と同じだ。でもこの前より鮮明ではっきりしている。声もしっかりと聞き取れる。

 

『頂点に立つドライバーになりたいんだ。』

 

もちろん私の記憶じゃない。でも覚えがある。誰が誰なのかは分からないけど、こんなことがあったなって思い出が確かにある。

 

場面が変わり、見渡すと藤原豆腐店の前で高校生くらいの男の子と、店長さんがいた。今と比べると若い。

 

『タコメーターつけたんだ。どこまで回転をあげていいのか教えてくれ。』

 

タコメーター、回転。この単語に反応する。私が今探し求めている答えが見つかるかもしれない。

 

店長さんがタバコをふかして、2人とも黙り込む。ふと店長さんが振り返ってお店に戻っていく。

 

『1万……回転までキッチリ回せ!!』

 

1万…渋川さんが言ってた数字だ。でも詳細までは聞き取れなかった。でも店長さんが知っていることは確実だ。

 

「トレノちゃん…トレノちゃん!」

 

「…あ、渋川さん。また私ぼーっとしてました?」

 

「ぼーっとどころじゃないよ。ボンネットに手をついてから全然動かなかったんだよ?」

 

「そうだったんですか。それよりも店長さん。」

 

「なんだよ。」

 

少し言葉に詰まる。あの記憶が本当なのか、私の妄想なんじゃないかとも思う。でもさっきの店長さんとこの店長さんが別人とは思えない。

 

「私、今日トレセンに帰ったらレースするんですけど。」

 

「私何も聞いてないよ?」

 

「タコメーターつけたんです。どこまで回転あげていいのか、教えてくれませんか。お願いします。」

 

なんて言えばいいのか分からない。だから思い切って記憶そのままのセリフを言ってみる。

 

「……。」

 

「藤原さん、私からもお願いします。」

 

店長さんがタバコを出してふかす。そのまま振り返ってお店に入る直前、立ち止まった。

 

「…変わんねえな、お前は。」

 

「え?」

 

「一万一千回転までキッチリ回せ!!」

 

「「!」」

 

「勝ってこいよ。」

 

そう言ってお店の中に入っていく。…サンキュー、”オーナー“。

 

「トレノちゃん聞いた!?遂に分かったね、レブリミット!」

 

「そうですね。これでようやく封印は解放ですかね?」

 

「そうとは言い切れないよ。感覚を合わせないといけないし、何より体がまだ出来上がってないかもしれない。だからレースはまだやらせてあげられないかな。」

 

「すいません、最後のは聞けません。帰って…いや今すぐにでもレースがしたいんです。本当の封印を、解放したいんです。」

 

まっすぐに、その目をじっと見つめる。渋川さんは私の勢いの押されて少し後ずさりする。少しして、諦めた様にため息をつく。

 

「…分かった。トレーナーとしては全力で止めないといけないんだけど、生憎と…今は走り屋成分が多めだからね。俺としては止める理由はないかな。それに折角解放されたんだから、目一杯走りたいでしょ?」

 

「…! はい!…それより、一人称俺に戻ってますよ?」

 

「今だけ特別。それで、相手は誰にするの?タマちゃん?オグリちゃん?」

 

「……BNWの3人、この人たちと走ってみたいです。」

 

「オッケー。それじゃ連絡取って予定空けてもらうかな。車乗って待ってて。」

 

とおるるるるるるるるる

 

助手席に乗ろうとすると渋川さんの電話が鳴る。手で待つように合図されたのでそのまま待つ。

 

「噂をすればって奴かな?…豊田さん?もしもーし。」

 

「これから模擬レースするんだって?それだったら俺の所に来てくれ。渡すものがある。」

 

「分かりました。なるはやで行きます。…そういう訳だから先にそっちだね。」

 

「了解です。連絡は移動中に私が取りますね。」

 

 

 

ハヤヒデさんに連絡を取ったらチケットさんとタイシンさんも近くにいたみたいで、すぐにオーケーが出た。そういう訳で家の前に着く。

 

「豊田さーん。来ましたよー。」

 

「早かったな。渡したかったのはこれだ。」

 

お父さんが奥の方から出してきたのが黒の真新しいシューズ。今私が使ってるシューズと少し似ている。

 

「新しいシューズですか。レースの事も知ってましたし、タイミングいい…まさか、本格化を予想してたんですか?」

 

「大体な。本格化となると、多分今まで使ってたシューズだと走ってる時に壊れるかもしれないからな。そのためのシューズだ。」

 

「ありがとう、お父さん。…勝ってくるね。」

 

「そう気負うな。負けて得るものもあるんだからな。」

 

 

 

 

 

「来たか、トレノ君。まさか君まで勝負服で来るとはな。」

 

「これで4人とも気合十分だ!うおー燃えてキター!」

 

「2時間くらい前からずっとそんな感じじゃん…。まじでどうなってんのコイツ。」

 

学園について、気合を入れる為に勝負服に着替えてトラックに行くと3人とも勝負服でストレッチしていた。

 

「皆さん、今日は私の我儘に付き合ってくれてありがとうございます。」

 

「いいさ。私たちも君と走れるのを楽しみにしていたのだからな。全力で相手させてもらおう。」

 

「ホントにちゃんと走れるようになってんの?舐めた走りしたら蹴っ飛ばすから。」

 

「大丈夫です。今まで封印されてた分、暴れるつもりです。」

 

「よーし!それじゃ模擬レース、スタートだー!」

 




あっぶねぇ…。ギリギリのギリギリじゃあねえか。

この後書きを書いてる時点で投稿予定時刻のなんと5分前という恐ろしい出来事に見舞われています。

ですから多分誤植とか大量にあると思うので見つけ次第直していく所存にございまーす。

多分ドボメジロウ先生もこんな感じで焦ってるんですかね。

ヤバいあと4分だ。

また次回!早く次に取り掛からなくてはー!


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第八十七話 デスマッチ

トレノの秘密

実は、昼間は耳が倒れ気味


どうやって話が広がるのやら、既にトラックには大勢のギャラリーが集まっている。

 

「かなり集まってますね。ハヤヒデちゃんに連絡してから2時間くらいなのに。」

 

「やっぱり貴方が犯人だったのね、榛名。」

 

「犯人呼ばわりは止めてくださいよぉ。俺だってトレノちゃんに頼まれたんですから。」

 

「ほー、俺ねぇ。中二病の再発か?それにしてもトレノの状態は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫です。封印は…解き放たれました。おっと、そろそろ始まるかな?それじゃ行ってきますね。」

 

 

「…ルールは以上だ。異存はないかな?」

 

「それじゃ1ついいですか?…あの第1コーナーの無残にも破壊された柵は何ですか?」

 

「あれは…ギムレット君だな。今日は一段と酷かったそうだ。いまはたづなさんに捕まって反省文だそうだ。」

 

「…了解です。」

 

となるとあそこで柵走りは使えない。距離は2400、走れない距離じゃないけど、このルールだと、”最下位“にならないことが重要になるからかなりタフなレースになる。

 

「それでは渋川君、合図を頼めるかな。」

 

「よく考えたら学園の子にトレーナって呼ばれてないよ俺…。まあいいや。それじゃ皆、スタートについて。」

 

横一列になって、スタートの合図を待つ。揃ったのを確認した渋川さんが大きく息を吸って腕を上げる。

 

「…カウントいくぞっ!スタート5秒前! 4…3…2…1…GO!!」

 

腕が振り下ろされたタイミングで揃ってスタートを切る。先頭にチケットさん、その後ろにハヤヒデさん。3バ身くらい後ろに私、タイシンさんの順番になった。

 

さて、上りか…。今は2速、タコメーターを11000までイメージで追加して思い切って回してみる。

 

「…!これは!」

 

ゾクッとした。上りだというのに今までにない位に加速していく。シフトしても今まであったもたつきは一切感じない。これが私の本格化…。

 

 

思った通り、上りでもついていけるいいエンジンだ。11000という高回転域に簡単に対応していくとは…。

 

走る様子を見ながら観客席へ戻るとシャカールちゃんとタキオンちゃんがいた。

 

「随分嫌そうな顔だね、シャカールちゃん。」

 

「コイツのダルがらみのせいだ。てか前も思ったが、ちゃんで呼ぶんじゃねぇ。」

 

「嫌だった?それじゃあシャカール、トレノちゃんの全力はお眼鏡にかなったかな?」

 

PCを眺めるシャカールに少し自慢するように言う。

 

「今はなんともな。まだ感覚を合わせてる途中だろうからはっきり言って勝つのは絶望的だぞ。なんで受けた?」

 

「俺も最初は反対したんだけどさ。でもトレノちゃんがどうしてもって言うし、何より全開で走るトレノちゃんを見たかったっていうのもあるかな。」

 

2人が少し驚いたように俺を見る。そして顔を合わせて少し憐れむかのような目でまた見てくる。ひでぇ。

 

「それにしてもよく走るものだねぇ。感覚の違いで上手く走れるようになるまで時間が掛かると思ったんだが。」

 

「それに関しては俺も同意見だね。私の担当ながら、凄い子だよ。」

 

 

速い。後ろから見ていればそれがよく分かる。トレノは上りが苦手だったはず。アタシもそうだけど、あの走りは苦手なのが嘘みたいだ。

 

チケットはペース配分を考えてないのかハヤヒデの前に出ている。そろそろ第4コーナー、最下位だけは避けないと!

 

「ハァッ!」

 

「来たなータイシン!アタシも全力だーーーッ!」

 

「そう来ると思ったよ!」

 

やっぱり読まれるか!さあトレノ、アンタはどう出る!?

 

 

前にはチケットさん、ハヤヒデさんが少しずつ離れる。後ろからタイシンさんがスパートを掛けて恐ろしい勢いで迫ってくる。鬼脚の異名を身をもって体感する。

 

ここでは終われない、限界まで回してやる!

 

9000…10000と上げていってスパートを掛ける。ハヤヒデさん達に少しづつ近づいていく。でもタイシンさんの追い上げが凄まじい。

 

まだ感覚が一致してないけど、やらないと抜かれる。第4コーナー抜ける前に使うか、アレ。

 

 

すごい、みんなすごいよ!ハヤヒデもタイシンもトゥインクルシリーズみたいに全力で、熱くて!アタシもどんどんと熱くなっていく!

 

特にトレノ!全力で走れるようになったのはついさっきだって聞いたのに懸命に走って…感動だよ!

 

でもこれはレース、アタシだって負けられない!

 

「もっとだぁぁぁぁぁぁぁ!全、力、ダァーーーーーシュ!」

 

 

まだ伸びるのか…。先を考えて、少しは温存したかったがその考えだとタイシンにもトレノ君にも抜かれかねない。

 

「さぁ、行こうか!」

 

第4コーナーもそろそろ抜ける。末脚で追い付く計算は出来ている。最下位は確実に回避させてもらう。

 

ガリッ

 

…フッ、そう簡単にはいかせてくれないか。

 

 

「チケットもハヤヒデもリードを広げとる。でもトレノも後ろのタイシンも負けてへんな。どう転ぶんや、このレース。」

 

「急成長したトレノでもあの3人を相手にあの位置は厳しいと思う。だがなぜだろう、チケット以外の3人は余力を残しているような気がする。」

 

「どういう事やろな。このままいくとなると追い上げとるが、勝つのはチケットや。タイシンであと6バ身、どうなるんや?」

 

 

チケットまであと2バ身、バカみたいなペースで走るなっての…!ゴールはあと少し、十分射程に入ってる!

 

「「「「ハアアァァァァァッ!!」」」」

 

絞り出すようにスパートを掛ける。ハヤヒデがチケットを追い抜くその後をトレノが続こうとする。アタシもそれに続きたい…でも。

 

 

 

…届かないっ!

 

 

ゴール板を通って順位が確定し、周りから歓声が上がる。3着か、感覚があってない中でここまでやれるとは…。

 

「クッソ!あと少し…届かなかった!それじゃアンタら、頑張りなよ。」

 

そう言ってタイシンちゃんが観客席に戻ってくる。さて、俺もそろそろ行くか。

 

「トレノは3着か。中々いい方じゃねーのか?…おい、どこ行くんだよ。」

 

「やる事あるからさ。また戻ってくるよ。」

 

手を振ってそのままトレノちゃん達の所へ歩いていく。

 

「それじゃ3人とも、位置について。今度は逆走だ。悪いけどもう少し待っては無しだから。」

 

3人とも疲れた顔をしてるけど、このルールになったからには心を鬼にしないといけない。これは”サドンデスマッチ“だから。位置に付いたのを見て、すぐにカウントを始める。

 

「2本目行くぞー!」

 

その一言でその場がざわつく。そんなものは気にしないでカウントを始める。

 

「カウント5秒前、4…3…2…1…GO!!」

 

1本目のスタートよりは勢いが無いように見える。あれほど消耗した後だからそりゃそうだ。

 

「お前、2本目ってマジか!?ただでさえレースは消耗が激しいんだ。それを立て続けはどうなるか分からないぞ!?」

 

「分かってますよ、沖野さん。ですけど、このルールはサドンデスマッチです。決着が出るまで、”何本”でも走らないといけません。少なくともあと1本は確実です。

 

あと1人脱落したらそこからはまさに時間無制限のデスマッチになります。」

 

「無謀だぜ…マジに故障するかもしれないぞ。それにトレノは走れるようになって間もないんだ。また走れなくなるかもしれないぞ。」

 

「まあ…でしょうね。」

 

「だったら!」

 

「ですけど止めることはできません。今の俺にはターフも公道も同じです。それなら誰が誰と、どんなバトルをしても、俺にはとやかく言うスジはありません。」

 

 

2本目…疲労は計算より少し多い位か。1本目とは逆回りのせいか、全く違うコースを走っているような気分だ。

 

前を走るチケットは全力で飛ばしているように見える。全く、よく持つものだ。

 

となると、警戒しないといけないのはトレノ君か。彼女のスタミナは未知数だ。疲れた所を見たのは弥生と皐月で逃げた時くらいだ。

 

様子見をしたいが、そんなことをしているほど楽なレースではないだろう。なら、チケットを躱す!

 

 

「2本目とは予想できひんで。3人が余力を残しとったわけはこういう事かいな。」

 

「この局面だとチケットは相当不利だろう。スパートで2人より消耗してるだろうから後半持つだろうか。」

 

「トレノもハヤヒデもそれを分かってるみたいやな。ペースを抑えて温存しとる。このレース…おもろくなってきたでぇ。」

 

 




祝!お気に入り500人突破~!どんどんパフパフ~

皆さん本当にありがとうございます!ここまでいくとは思っても無かった僕ですけどね。

という訳で最近設定マシマシ気味の榛名さんに来ていただいてます。どうぞ~。

「いやホントにびっくりだよ?当初俺っ子キャラにする予定も無かったって聞くし噂だと六眼持ちになる、とか元喫煙者とか。いや、付け足しすぎじゃない?」

僕も適当に付け足してったらこれ五条悟っぽくなってね?って思いまして。呪術の見過ぎですね、はい。

「今のうちに言っとくけど眼帯とかサングラスなんかしないからね。これ以上いかつくなりたくないし。」

ですよね。流石にこれ以上ぺたぺたしてったら僕が訳分からなくなりますし。

「そうしてよ。それじゃ読者の皆、またじか」

あぁ少々お待ちください。思いついたネタがあるんです。

「何さ?」

ホルホールとルドルフさんの掛け合わせはどうかなと思いまして。考えがまとまったら短編でも書いてみようかな~。

「そう言って前のお兄ちゃんの件は一切として進んでないじゃん。やるやる詐欺にならない。」

なりますね多分。それじゃ、また次回!


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第八十八話 敗北の匂い

渋川榛名の秘密

実は、トレーナー試験は超ギリギリの合格


第2コーナーをに入ってそろそろ2本目も終盤。客席から見てわかるくらいチケットの動きが怪しい。1本目でバカみたいに飛ばしてたからそれもそうか。

 

アタシだったらまだ脚を溜めてギリギリで差し切れるタイミングを狙う。トレノもそれを分かってるのか仕掛ける様子は今のところない。

 

ハヤヒデも動かないのを見ると、トレノが仕掛けるタイミングを待ってるのか。

 

それにしても、1本目脱落か。アタシは持久戦は向いてないけどせめて2本目まで持つと思ったんだけど。

 

「…クソッ。」

 

 

「ハァ…ハァ…全力ぅぅぅ…!!」

 

脚に力が入らない…!でもまだまだ…全力でぇ!

 

「根性…だぁぁぁーー!」

 

もう一回脚に力を入れてスパートを仕掛ける!ハヤヒデにも、トレノにも負けない!

 

それに合わせるようにハヤヒデもスパートを掛けてくる。それに追いつこうとするようにトレノも仕掛ける。

 

もっと加速したいのに!全力なのに…脚が前に進まない!

 

ハヤヒデが横に来たと思った時には既にアタシの前に出ていた。そしてトレノもすぐ後ろにいる。負けるもんかぁー!

 

「だぁぁぁー!」

 

…抜かれた。完全に抜かれちゃった。追い付こうとしてもやっぱり脚が動かない。…負けちゃったな。

 

 

「ぐやじぃぃィィィィィィッ!!」

 

「疲れてるんですか、ホントに。」

 

「チケットの根性には驚かされるよ。まさかスパートを掛ける体力がまだ残ってたとは。」

 

「お疲れ。ここからは先行は後追いをちぎれば勝ち。後追いは先行を抜けば勝ちの時間無制限のサドンデスだ。それじゃ、先行トレノちゃんで3本目行くぞ!」

 

「2人とも、応援してるよ!」

 

チケットさんが客席に戻っていってスタートの準備をする。正直疲労は溜まりまくりだ。でもギブアップなんてしない。決着がつくまで何本でも走ってやる!

 

「3…2…1…GO!!」

 

 

「タイジイィィィん!ぐやじいよぉぉ!」

 

「いつまでも泣いてんな。あれだけ飛ばしてたらバテるに決まってんじゃん。」

 

「でもでも、すっごい楽しかった!ダービーみたいに3人で全力をぶつけ合った時みたいにとっても楽しかったよ!タイシンは!?」

 

「うるさい、レースに集中しろ。…まぁ、悪くなかったけどさ。」

 

 

「さて、ここからは持久戦になる。どう転ぶかな?」

 

「どう転ぶったって、3本目でハヤヒデが追い抜いて勝ったって不思議じゃねえだろ。いくら本格化したってトレノがハヤヒデを先行してちぎれるとは思えねぇ。」

 

「いや、確実にもつれるね。俺みたいな感覚派は大概いけるタイミングでいくけど、ハヤヒデちゃんは理論派。確実に勝てるタイミングを狙うはず。シャカールもそうなんじゃない?」

 

「…チッ、まあな。」

 

そう言ってそっぽを向いてしまった。レースは第1コーナーに入ろうとしている。

 

「随分と不機嫌だねぇシャカール君。何かあったのかい?」

 

「そうだぜ、ストレスを溜め込むのは良くないからな。何か相談の乗ろうか?」

 

「お前らは自分の胸に聞いてみろ。あとレースに集中しろ。」

 

 

柵が破壊された第1コーナーを抜けて第2コーナーに入る。先程はチケットの想定外のスパートにスタミナを多少使ってしまった。誤差の範囲を超えてしまっているがトレノ君の消耗もかなりのものだろう。

 

…いや、勢いの衰えがあまり感じられない?2本目ではあまりスタミナを使わなかったという事か。計算をやり直す必要がある。

 

今はそれだけの事だ。3本目で強引に勝負を決める必要はない。合理的に、確実に勝てるタイミングを狙って行こう。

 

第3コーナー、トレノ君が突き放すために柵走りを使い始める。1バ身簡単に開き、改めて舌を巻く。これほどの技なのか。見様見真似では出来ないだろうな。

 

だが、それでも1バ身。ちぎられたわけではない。それにこれ位なら…

 

「想定内だよッ、トレノ君!」

 

ペースを上げるようなことはしない。このルールで急激にスタミナを使う行為はあまりに危険だ。チケットもそれで負けたのだからな。

 

まだ3バ身、詰められない距離じゃない!

 

 

 

「4本目! 3…2…1…GO!!」

 

これで4本目。流石に疲れが来てる。脚にはまだ手ごたえはあるけど、この状態でハヤヒデさんを追い抜くのは流石に無理がある。

 

4コーナーから3コーナーへ。差が開く訳ではない。だったら今は焦らないで足を溜めることに集中しよう。

 

…やっぱり凄い速い。前の状態なら絶対についていけていない。ここまで本格化の恩恵を最大限受け取っている。

 

ただ、とんでもない落とし穴を見落としてる気がする。…止めだ、ネガティブな事を考えるのは。今は目の前の事に集中しよう。

 

コーナーを抜けてそのまま直線に入る。ハヤヒデさんはこの場面では仕掛けないとは思うけど、マージンは取っておきたい。第2コーナー入ったら柵走りでほんの少しでも差を埋めるか。

 

出来たら立ち上がり重視でいきたかったけど、第1コーナーの柵は破壊神のせいで見るも悲しい姿に変えられてしまっている。だから突っ込み重視で行く。

 

コーナーに向けて少しずつペースを上げる。そこッ…! …!?

 

「やばッ…!?」

 

柵が離れていく。どんどんと外に膨らんでいってるんだ。インに戻ろうとしても意思に反してアウトに行ってしまう。このままじゃ取り返せないくらいに離れてしまう。踏ん張れ、踏ん張れ!

 

「…チッ!」

 

コーナーを直線的に加速して何とか立て直す。でもこれでかなり差が開いてしまった。こんな差を取り返せるのかな。

 

まだコーナーには余裕がある。柵走りを入れて、この後に影響が出ないくらいにペースを上げないと。…いや、ハヤヒデさんがペースを上げたら一巻の終わりだ。もっと一気にペースを上げないと!

 

というか私、疲れてるのかな。明らかに集中できてない。さっきからラインがブレる。走りたいと思った所を走れてない。このまま負けるのか?

 

…おかしい。ペースを上げてはいるけど私の体感ではそんなに上げられていない。それなのに思ったより差が開いていない。ハヤヒデさんがペースを上げるとなると少し先だけど、私のミスを見落としたとも思えない。

 

まさか…いや、多分きっとそうだ!ハヤヒデさんも、私と同じことが起きている!

 

 

「3…2…1…GO!!」

 

トレノ君、多分君は気が付いただろう。私にもかなり疲れが来ていることを。そのせいでレース全体のペースが落ち込んでいることも。

 

だが君の認識は間違いだ。先程君がミスした時私は仕掛けられなかったんじゃない。あえて仕掛けなかったんだ。あそこでちぎろうと思えばそれも出来たが、あえて見過ごしたんだ。

 

君は追いつこうと必死になってペースを上げただろう。そこに私の勝機がある。

 

この5本目で終わらせようか。仕掛けるのは、第1コーナー半ば。さらにその少し手前、破壊された柵を目印にする。

 

 

 

ハヤヒデさんからビリビリとした感じがする。この感じ、何か来る?警戒しておかないと。アウトからくる感じはしない。そうなるとイン側か。第1コーナーをインギリギリで攻めて強引にでも抜かせない!

 

…クッ!思ったラインに乗れない!ほんの少しだけど、離れてく。

 

「そこだ!」

 

その瞬間に仕掛けてくる。こっちはラインの修正で手いっぱいの時に!ここで抜かれると、負けてしまう。だったら前に出させない!

 

…だめだっ、脚に力が入らない。踏ん張りが効かないからイン側に戻れない。でも最大限詰めているはずだ。じゃあ、どうやって抜いてくるんだ?

 

横目でハヤヒデさんを見る。すると信じられないことが起きていた。

 

 

片脚、その半分ほどが壊された柵の内側、つまりダートに入っていた。

 

 

そんな抜き方が!?レースでこんな事なんか絶対に起こらないから想像なんかできなかった。もう既に横に並ばれてしまった。躱される!

 

 

 

「ハヤヒデらしいというか、計画しきってたみたいに鮮やかやったな。」

 

「ああ、壊された柵のエリアを利用するとは…。だが彼女にとっても走りづらかっただろうな。」

 

「芝を走るウマ娘には、基本ダートの適性は無いからな。その逆も同じや。トレノが本格化でいつものような走り方をしてスタミナを使い過ぎたのをハヤヒデはしっかりと分かっとったわけや。

 

第2コーナーでのミスも効いとるやろうな。」

 

「これで終わりだろうな。私でもここからどうにかするのはかなり難しいと思う。だが、トレノも良くやっただろう。」

 

「…せやな。ゴールしたら、労ってやろうや。」

 

 




ハイヤバいですあと2分しかないです。

こんな所で後書き書いてる暇もない位です。

そんなこんなであと1分になりそうです。このまま少し待って予約なしでぴったしで投稿しましょうかね。

まだだ…あと少し…そこだ!

ぽちっとな!


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第八十九話 決着

「まあ、よくやったんじゃねえか?封印が解かれて間もないってのにここまでやったんだ。はっきり言って、ヤツは天才だ。」

 

「私も驚かされてばかりだったよ。トレノ君の潜在能力を考えればまだ伸びしろがある。これからがもっともっと楽しみになるねぇ。」

 

周りからもこれでレースは終わりというような声が上がる。ここまで本数を重ねれば疲労していることは誰でも分かる。ましてやここから逆転するには相応の実力が必要だという事も。

 

「…あのさぁ、何このまま終わろうとしてるんだ?」

 

「渋川君、トレノ君の疲労は考慮してるのかい?4本目、第2コーナーで彼女はミスをしてかなり離されてしまった。その差を取り戻すためにかなりスタミナを消費しただろう。

 

そこから間髪入れずに5本目に入ったんだ。すでに疲労困憊の状態で、まだ逆転が出来ると思うのかい?」

 

「可能性を追い求めてる割には、随分と視野を狭く持つんだな。無論、厳しいのは分かってる。でもゼロじゃない。トレノちゃんは、まだ諦めてねえよ。」

 

 

抜かれた…もう抜き返すしかない!ともなれば、どうする?第3コーナーまでに考えをまとめないといけない。柵走りは使うとして、それだけじゃ足りない。

 

こうなったら限界を超えるしかない。ただ、このコンディションで限界を超えていけるのか?

 

…いや、やるんだ。やらなきゃ負ける。自分が思い込んでる限界を、打ち破るんだ!やるんだ、今まで以上のスピードのコーナリング、そして柵走り。

 

これでも抜き返せるかは分からない。でもやらなきゃ負けるだけだ。

 

「いってやる!」

 

強引に脚に力を入れて加速していく。今まで2速で曲がってたものを3速で曲がる。助走をつけて突っ込んでいく。このスピード…流石に怖い。

 

押しのけろ、一番強いのは、負けたくないって気持ちなんだ!

 

 

「あいつ、そのまま突っ込む気か?いくら何でも正気じゃねえぞ。あいつ自身の限界すら超えたコーナリングに、この極限状態で挑むってのか?」

 

「でもこれをクリアしたら、格段に成長できる。絶対に通らないといけない道だからな。さあ、クリアできるか?」

 

とはいえ、あの突っ込みをただ見ているだけなのは俺も怖い。膨らむだけならいいけど、バランスを崩して転倒…なんてことになったら最悪以外の何物でもない。

 

折角また走れるようになったのに、また走れなくなるのはいくら何でも可哀そうだし、”私“が立ち直れるか分からない。

 

ハヤヒデちゃんが3バ身差でコーナーに入る。後に続いてトレノちゃんも入っていく。あのスピードで突っ込んでいくなら確実に限界は超える。

 

さぁ、突っ込んでいけ!

 

トレノちゃんがコーナーに入る。限界を超えているせいでじりじりとアウトに膨らんでいく。流石に…ダメか。

 

そう思って歯を食いしばった瞬間、目を見開いた。トレノちゃんは、対応していた。

 

その体は出口に向かって捻られている。その脚は片方ずつ違う役割を担っている。イン側の脚はコーナーに沿って動くその逆の脚はその膨らんだ分を修正するように踏み込んでいた。

 

その姿は…まるで…

 

「超高速…四輪ドリフト…!!」

 

そのスピードはさることながら、ラインも完璧だ。この極限状態で理想的なラインをトレースしている。瞬間、トレノちゃんの姿に藤原さんのトレノがダブって見える。

 

そうか、そうだったのか。あのシビアさ、あのスピード。俺は知っている。昔、お父さんに見せて貰ったビデオに映ってた、あの白黒の車…そうか…あれがトレノだったのか。

 

アレが、あの子が、俺が追いかけ続けたハチロクだったのか…!

 

「見事にクリアしたようだね。おかげか、かなり詰まっていっている。驚いたよ、これなら追い抜ける可能性が見えてきたねぇ。…どうして泣いているんだい?」

 

「え…?あれ、ホントだ。何で…だろうな。」

 

 

何が起こった?コーナーに入るまでは確かに3バ身差はついていたはずだ。それが今はどうだ。およそ1バ身程後ろまで迫っている。まだ第3コーナーも途中だ。

 

何をやったんだ、どう曲がった?いやそれより、なぜそんなことが出来る?限界も近いはずだ。その状態で…限界を超えたというのか?

 

レース中に限界を超える例はいくつもあるが、ここまでの消耗を考えると常軌を逸している。…まさか、まだスタミナが残っているというのか?

 

だがスタミナが残ってるのはこちらも同じ。勝つにはこのまま抜かれなければいい。第4コーナー立ち上がって、残りのスタミナを使ってちぎらせてもらう!

 

第4コーナー、後ろからじりじりと迫ってくる。焦る気持ちを抑えて脚を溜める。早すぎる仕掛けはこちらの身を滅ぼす。ギリギリを狙っていかなければ。

 

がりっ

 

この音、柵走りか。すでに後ろには付かれているだろう。音から察するにイン側に陣取っているとなるとライン取りはこのままでいい。このまま立ち上がれば最初こそ並ばれるかもしれないが、直線で離せる。

 

音が外側に移動した。一気にアウトに反れたのか!横目で見ると私の横、1メートル外にいた。アウトからの陽動なのか、そのまま抜きに行くのか。

 

陽動であるならば、オグリさんのような移動攻撃をしてくる可能性がある。そのまま抜きに行くとしても、私があれを防ぐのは逆にリスキーだ。

 

強引にラインを変えると脚に負担が掛かる。今の状態で過度に負担を掛けるのはまずい。直線の末脚勝負で不利になってしまう。そうなると、今のラインを維持するしかない。

 

トレノ君が並ぶ、少しずつ前に出ていく。歯がゆいものだな…追い抜いていくトレノ君を、ただ見ているしかできないなんてな…!

 

 

イン側はどうやっても付け入る隙間は無かったから、アウトから行ったけど思ったよりハヤヒデさんが詰めてこない。

 

何でか分からないけど、ブロックしてこないならそれはそれでラッキーだ。ハヤヒデさんを追い抜けたんだから。

 

この勢いのまま立ち上がって立ち上がりでそれなりのリードを確保して絶対に6本目に持っていく!

 

「ハアァァァァァァァ!」

 

立ち上がってスパートを掛ける。もっとも、周りから見ればスパートと言えるような加速はしてないんだろうけど。それでも限界まで加速していく。

 

「やらせるものか!」

 

ハヤヒデさんも加速してくる。リードは2バ身、守れるか!?

 

じりじりと迫ってくる直線はやっぱり不利か!それでもハヤヒデさんも鈍くなってきてる、まだいけるかも!

 

「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

「「ハァ…ハァ…。」」

 

「僅差だな…こんなに僅差になるとは思わなかったからな。カメラなんて持って来てないぞ。沖野さん、どう映りました?」

 

「あれだけ接近してるとな…これだけ観客がいるんだ、聞いてみるか?」

 

「そうしますか?いや、あまり時間は掛けたくないし…。」

 

「トレノだ。」

 

悩んでいるとシャカールが口を開く。その場からは動かずにPCの画面だけを見せてくる。そこにはトレノちゃんがほんの少し先にゴールしている画像だった。

 

「これは…。」

 

「6本目だ、間髪入れずに続けるんだろ?」

 

「サンキューシャカール!じゃあ2人とも、6本目始めるぞ!3…2…1…GO!!」

 

 

「6本目か、あそこで勝ちきれなかったのはハヤヒデにはかなりの誤算じゃないの?」

 

「トレノもハヤヒデも…どうしても勝ちたいんだね…かんどうだぁぁぁぁ!2人ともがんばっでぇぇぇぇ!!」

 

「うるさ…。でもこの6本目で、勝負は決まると思う。」

 

 

…仕掛けきれなかった。完全に想定外だ。まさかここまでスタミナが残っていたとは。私もトレノ君も、直線でかなりスタミナを使ってしまった。

 

先行逃げ切りを目指すか?いやしかし…トレノ君のスタミナを考慮しても…だが…7本目にもつれさせても…。

 

考えが…まとまらない。かなり疲れが来ている。ここまで疲れたことは今までなかった。なら、もつれさせるのは良くない。やるなら逃げ切るしかない。

 

既に3コーナーを抜けている。早仕掛けにはなるが、もう仕掛けるしかない。

 

「ハァッ!」

 

「…クッ!」

 

付いてくるか。君もかなり疲れているだろうに…。学園でも屈指のステイヤーであるライス君でもここまで持つか分からない。無尽蔵のスタミナと評す他ないな。

 

 

厳しすぎる。まだ3コーナー抜けたばっかりで、疲れた状態でこんな早仕掛けなんて、ついてくだけでやっとだ。このままいけば7本目だけどそこまでいくと私が持つか分からない。

 

だったらここで勝負を決めにいくしかない。でもどうやって仕掛ける?イン側に隙が無いし、アウト側だと距離のロスを考えると決定打に欠ける。

 

どうやれば追い抜ける?イン側に絶対は入れるような…そんな作戦があれば…。

 

 

トレノ君との差は…4バ身程か。コーナリングで詰まってしまう事を考えればもう少し離しておきたかったが仕方ないだろう。

 

「チッ…!」

 

インを占めようにも脚の踏ん張りが甘い。力を入れようにも言う事を聞かなくなってきている。ここで決められないと次は持たない。

 

今あるスタミナをすべて使ってここで終わらせる!

 

「ハアァァァァァァァ!」

「ダァアアアァァァ!」

 

トレノ君が詰めてくる。だがラインはアウト側。イン側は私が強引に占めている。このコーナーを立ち上がって2バ身以上離れていれば勝てる可能性はある!

 

それにこの先の第1コーナーは柵走りは使えない。トレノ君が一気に詰めてくることも無いだろう。これならいける!

 

「そっこっだぁぁぁぁぁ!」

 

トレノ君の足音が後ろから聞こえてくる。その音が柵側に移動していく。何をしている?そこには柵は無い。あるのは”ダート“だけだぞ!?その様子を横目で見る。

 

「なっ、何だと!?」

 

目を疑った。こんな土壇場で…そんなところを走るだと!?君の適性は…芝だけではなかったのか!?走る場所が急に変われば走り方もまるで違ってくる。だから私もさっきは脚幅の半分ギリギリで留めたんだ。

 

それなのに君は…なぜ平然とそこを走れる。今の私では…あれだけはどうやっても…

 

「防げ…ない!」

 

私の前に半バ身出たタイミングでダートから勢いをつけて戻ってくる。もう追い抜くしかない…が…もう脚が他人の物のようだ。5本目のラストスパート、それにあの早仕掛けは悪手だったか。

 

それにしても、あの土壇場でダートを走ろうと思うあの精神力。それに限界を超えてなお破綻しないあのテクニック。

 

これは…ケタが違い過ぎるな。




やらかしたー。

投稿10分遅れました。悲しいなぁ。

正直かなりギリギリの執筆してるのでこうなっちゃうのも仕方ないですかね。

まあ大半はようつべみながら執筆してるのが遅れる一番の原因ですかねw

それでは皆さんまた次回!ハヤヒデさんに怒られませんように。


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第九十話 理論

「ハァ…ハァ…もう……無理…。」

 

ゴールしてそのまま仰向けになる。少ししてからどうにか体を起こして周りを見渡す。そっか…勝ったんだ…!

 

「トレノォォォォッ!!凄いよおおぉぉぉぉ!」

 

「あの…チケットさん、今はちょっとその大声はぁ!?」

 

「感動したよぉ!完全復活おめでどぉぉぉぉぉ!」

 

「く…苦しい…。放してください…。」

 

レースの後にこの人の大声は頭に響く。それと私の疲れ関係なしに抱き着いてくるので本当に苦しい。

 

「いい加減離れな。少しは考えろってのこのバカ。…やるじゃん、トレノ。正直驚いたよ、あそこから勝つなんてさ。」

 

「5本目で追い抜かれた時は本当に終わりだと思いましたよ。でも負けたくなくて、全部出し切りましたよ。」

 

「その状態で6本目のあの追い抜きか。私としては、5本目の追い抜きが全てだった。だがあそこで決めきれなかったのが、私の最大の敗因だ。完敗だよ、…トレノ君。」

 

「あはは…恐縮です。」

 

「やったね、トレノちゃん!BNWを相手にサドンデスマッチなんて言い始めた時なんてどうなるかと思ったけど、もうホンットに感動したよ!

 

レースの勘も戻ったと思うし、これで行けるね、菊花賞!」

 

「菊花賞…良かった。間に合ったんですね、私。」

 

ロータリーさんに発破を掛けられてたし、これで一安心って所かな。でも、自分でも菊花賞を走れるとは思ってなかったから、走れるかもしれないってなったらやっぱり嬉しいな。

 

「ヨシ!レースで疲れてるだろうしトレノちゃんの完全復活と祝勝会いっちゃうか!3人も来る?」

 

「折角の誘いだが、急遽やるべきことが出来てしまってな。タイシン、チケット、付き合ってくれるな?」

 

「追加でトレーニング!?うおー!燃えてきたー!」

 

「アタシは最初に脱落したからね。まだ走り足りないし…ま、付き合ってやるか。」

 

「そういう訳だ。すまないな、渋川君。」

 

「いや、それだったらしょうがないし、応援しないとだよね。3人だったら分かってるとは思うけど、これだけ。速さに限界はないよ。たとえ一時的に壁に当たったとしても、とことんまで突き詰めれば壁は壊れる。

 

まだまだ発展途上なんだ、トレノちゃんも、ハヤヒデちゃん達も…俺もね。」

 

「フッ、そうだな。ではな、トレノ君。復活おめでとう。それと…」

 

「「「次は負けない!」」」

 

3人が踵を返してトラックで再び走ろうとしている。そんな中座っている訳にもいかない。少し休んで少し楽になったので立ち上がる。

 

「渋川さん。私、今日走って見て分かったことがあります。私にはいろんなものが足りない。テクニックもそうですし、戦略だったり後色々…。ですから、これからはもっと厳しいトレーニング、お願いできませんか?」

 

「そこまで言われたら、組まないとだね。2日貰えるかな?今のトレノちゃんに合ったメニュー、組んでくるから。」

 

 

 

 

 

「これが、新しいメニューですか?」

 

トレーナー室で渋川さんから渡された紙には座学を中心としたトレーニングメニューが書かれていた。

 

「色々考えてね、トレノちゃんが今足りてない要素を補った方が先決かなって。そう考えた時に1番足りないのは、理論だと思ったんだ。

 

トレノちゃんって多分だけどどこで仕掛けるのがいいのか…とかは感覚では分かってるけど相手の癖だったりその癖がどう影響するのかはあまり分かってないんじゃないかなって。」

 

「確かに…今まで何も考えずにって訳じゃないですけど、相手が動いたら動くみたいな後手の対応ばっかりだった気がします。」

 

「後手の対応っていうのは対応力が問われるからね。トレノちゃんだったらそれでも勝てるくらいだけど、この先…シニア級の事を考えるともっとクレバーな勝ち方が求められると思う。」

 

「なかなか難しそうですね。感覚と理論ってほとんど逆の存在じゃないですか。」

 

成績自体は平均より少し上くらいだけど勉強が得意っていう意識にはどうしてもなれない。

 

「その通り、私も理論を勉強してた頃は頭痛くなった。それでも身に付けた今だから分かるけど、理論っていうのは重要なものだよ。それじゃ早速…。」

 

 

 

東条トレーナーに呼び出されて、2日前のトレノの模擬レースの一部始終を知らされる。あの時は合宿に行ってて何も知らなかったから復活の件も寝耳に水だった。

 

アイツ…せめて連絡くらい入れろってんだ。

 

「以上が模擬レースの顛末だ。ロータリー、どう思う?」

 

「恐ろしいモンスターになって甦ったもんだ…これまでがいかに楽だったか痛感してますよ。」

 

「6本…距離にして約14000メートル。その全てで全開走行に近い走りをしている。スタミナで言えばあの黒い刺客、ライスシャワーを超えるかもしれないわ。

 

それに榛名は菊花賞を取りに行く気よ。当然、貴方とぶつかることになるわ。」

 

「それにキタサンもダイヤも出るんです。勝つ自信はあるけど、より一層厳しいレースになるでしょうね。」

 

 

「そうだ。トレノがあれだけのスタミナがあるって事が分かった今、菊花賞でのスタミナ切れはまず見込めない。スタミナ勝負は圧倒的に不利だ。」

 

「それに上りも克服してるようにも見えました。クラシック3冠の最後のレース、絶対勝ちたいのに…勝てるんですかね。」

 

「いや、俺としてはキタサンの勝算は十分にあると思ってる。トレノがいくら本格化したって、いまだに改善できていない、特性ともいえる弱点がある。」

 

 

それはスピード。模擬レースでトレノさんの成長をこの目で見て身体能力なら負けてないと思った。

 

それに上りを克服したと言ってもキタちゃんやロータリーさんに比べると見劣りするのも変わらない。つまり、基本的な事な攻略法は変わっていないと考えていいと思う。

 

菊花賞まで約2カ月。出来る事なら、何でもやる。サトノ家の悲願の為に!

 

 

 

「それじゃ、また明日ねー…ふぁ~。」

 

「何で教えてる側が眠くなってるんですか…。」

 

「だって私授業中よく居眠りするタイプだったし。教える側だったらましかなって思ったんだけど、性に合わないのかなぁ。」

 

「大丈夫かなこの先…。まあいいや、お疲れでーす。」

 

トレノちゃんが部屋を出て少ししてからPCを開く。さて、明日の準備でもするかな。学校の先生方の苦労を体験しながらやることを考えてる。

 

どうするかな。理論を詰めても、トレノちゃんの戦闘力は模擬レースで丸裸になってる。条件で言えばはっきりと、何も変わっていない不利な状況だ。

 

…ああダメだ、頭痛くなってきた。考えすぎも良くない。休憩がてら別の事を考えよう。そう言えば相葉君はどうなったかな?真鶴は苦手って言ってたけどどんな感じだったのかな。

 

「……うわぁ。苦手を公言してるだけはあるなぁ。」

 

12位…いやホントに何があった?ホントに苦手だったんだ。…で、上位にいるミハイル・ベッケンバウアーってのは誰だ?アーカイブでどんな走りをしてるのか見てみるか。

 

…………

 

速い。抑えるポイントをしっかりと抑えてるし、何より破綻しない走り方をしてる。まるでサイボーグだ。本人としては全開には程遠い走りなんだろうけど、それで上位に入るんだから神フィフティーンのトップともいえるかな。

 

沢渡君だったら渡り合えると思うけどそれでも1歩足りないか?

 

ただ、はっきりと言える。

 

「つまらん。」

 

闘争心のかけらもない。世界基準の一流はどんな状況でも慌てず、穏やかで平常を保つらしいけど私の走り方とは真逆。理論で埋め尽くされた人造の天才だ。

 

でもちょうどよかった。城島さんとは違う、こういうお手本を探してたから。

 

 




時間がねぇ!納期が迫ってるってのによぉ!

あっどうも。本編も後書きもどう進めたらいいのか恐ろしく迷ってる男です。

理由としてはですね、最後は決まってるんですけどその途中が全く決まってないんですよね。

笑っちゃうよね。

後書きに関してはお察しください。

また次回!


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第九十一話 菊花賞

「さて、早速始めようか。理論って言っても人間工学とか栄養学とか、物理的なものだけじゃないんだ。まずはこれを見て。」

 

トレノちゃんに昨日見つけたミハイルの動画を見せる。走る上での精神状態や理論の実践という面でいい手本になる。はっきり言って気に食わないけど。

 

「ってな感じ。どう感じたかな?」

 

「速いのは分かるんですけど…掴み所が無いというか、何考えてるのか分からなかったです。」

 

「そこまで分かれば十分だよ。人間、心拍数も呼吸も普段通り、リラックスした状態が最大限パフォーマンスを引き出せるんだ。逆を言えば、焦ってヤケになってる子を見分けることが出来たら、大きなアドバンテージになるよ。

 

相手を効果的に焦らせて、自分は落ち着いて走る。これが出来れば一流も一流。めちゃくちゃ難しいけど。私も出来ないし、多分このミハイルも出来ない。

 

出来るのなんか師匠2人、MFGデモ走行のドライバー、あと藤原さんに…ルドルフちゃんしか浮かばないなぁ。」

 

「聞いただけでも難しそうなのに学園で会長くらいしかできないかもしれないとなると気が遠くなりそうです。」

 

「そういうのは経験が必要だからね。理論だって実際に経験して初めて理解できることもある。特に精神分析や心理学、こればっかりは場数を踏まないとどうしようもないかな。

 

地道になるから菊花賞に間に合わせることはしない。気長にやっていこうよ。…ただね。」

 

「ただ?」

 

「コイツみたいな何の感情もないサイボーグみたいなところは一切見習わなくていいから。」

 

「あ、はい。」

 

もしトレノちゃんがそんな走り方になったら私が泣く。だってあんな走り方面白くもなんともないんだもん。

 

「ただ、これだけは言っておくね。いくら冷静に、落ち着いて走れても、勝負を分けるのはいつでも闘争心だよ。」

 

 

 

 

 

「ハッハッハ…ハァッ!」

 

「その調子だよトレノちゃーん!」

 

あれから渋川さんに理論を叩きこまれて、それを踏まえたうえで走る。菊花賞まで1カ月、もっと気合入れていこう。

 

「お疲れ、10000回転縛りはどうだったかな?違和感はあまり無いと思うけど、それでも少しは走りにくかったんじゃないかな。」

 

「本当に少しですけどね。あの時と比べたら断然走りやすいですけどね。」

 

「それは良かった。それでさ、菊花賞の作戦なんだけど、どこにギア比を合わせる?」

 

「淀の坂の上りに合わせようと思います。他と大きく差が付くとなると、そこだと思うので。」

 

高低差4.3メートルを一気に駆け上がっていく。いくら本格化明日って言っても、あの坂でも勝負が出来るとは到底思えない。でもそこを無視して勝てるとも思えない。

 

京都レース場は良くも悪くも坂があそこしかない。はっきり言って私と相性が悪いんじゃないかって思ってる。それなら1番力が入る9500回転付近を坂に合わせてその差を少しでも埋めないと勝てる気がしない。

 

「上りを耐えきって、下りで勝負を掛ける訳だね。他に仕掛ける所なんか無いし、それが1番かもね。分かった、その方向でトレーニング組んでみるよ。」

 

「ありがとうございます。坂路、もう1本行ってきます!」

 

 

 

 

 

『晴天に恵まれました京都レース場。秋の涼しさが冬の寒さに変わっていくこの季節に開催されますクラシック三冠の最後の冠、菊花賞。

 

出走するウマ娘は今日の為に全力を尽くしてきたことでしょう。特に有力視されていたのがイエローロータリー、サトノダイヤモンド、ダービーでは14着でしたがキタサンブラックも力を付けています。

 

彼女たちがこのレースを動かすのではないか…私もそう思っていました、2カ月前までは。』

 

『トレノスプリンター、菊花賞出走。乙名史記者の記事を見た時は私も半信半疑でしたが、本当だった時は驚きを隠せませんでした。』

 

『日本ダービーの悲劇…。トウカイテイオーのダービー後の骨折を彷彿とさせる…いや、それ以上に故障で復帰は望めないのではないかと勝手に思っていました。

 

そこから早5カ月。故障の程度を考えると、あまりに早すぎる復帰にファンの間では論争が巻き起こりました。』

 

『ですが、BNWとの模擬レースを勝ってしまったんです。つい2か月前に。本当に驚きの連続でした。2400メートルを6本走り切って勝ったんです。復活を裏付けるには十分すぎるほどのインパクトです。』

 

『彼女の走りがまた見られる…たとえ結果が付いてきていなくても…それだけで…十分な気がしてきました。』

 

 

 

「どうかな?脚の調子だったりその他諸々。」

 

「良い感じです。…やっと正式に復帰ですね。」

 

「うん。…実の所、復帰戦は別のレースで、菊花賞に出走する考えは無かったんだ。いきなりG1っていうのは負担が大きいからね。でもBNWとの模擬レースでその不安は吹き飛んだ。

 

仕掛け所は…淀の坂って言っとこうかな。後の事はトレノちゃんに任せる。…いつもこんな感じだけど、まあいいや。思いっきり走ってきて!」

 

「はい!」

 

 

『地下バ道から続々とウマ娘が入場してきます。イエローロータリーも入場してきました。それに続いてサトノダイヤモンド、キタサンブラックも入場してきました。』

 

『顔が、気持ちが、その全てが引き締まっているように見えます。』

 

『そうですね。先程は4人が有力と言いましたが、誰が勝っても納得してしまうような仕上がりの良さです。…そして、ついに出てきました。

 

ダービーからの奇跡の復活。下りの異常な速さからトゥインクルシリーズ随一のダウンヒラーとも言われたウマ娘。ここで菊花賞を制し、完全復活の狼煙とするのか!

 

トレノスプリンター、観客の声援を浴びながら、堂々と入場してきました!』

 

ワアアァァァァァァァァァァッ!!!

 

「大人気だな、トレノ。」

 

「なんだか妬いちゃいます。」

 

「でもあたし達だって負けません!いっぱいトレーニングして来たんですから!」

 

「トレーニングして来たのは私も同じ。それとも復帰後初だからって手を抜いてくれたり?」

 

「心配しなくてもそんな舐めた真似はしねえよ。全力で、お前を負かす。」

 

やっぱりねー。手加減なんかして来られても困るけどさ。ただ、ダービーの時よりとんでもなく速くなってるような気がする。

 

「ま、おしゃべりはここまでだ。続きは…レースで話そうぜ。」

 

『各ウマ娘、ゲートに入っていきます。イエローロータリーは早々にゲートに入ってスタートを待ちます。』

 

『…トレノスプリンター、なかなか入りませんね。』

 

皆を少し待たせるみたいになっちゃうけど、これはG1。極限まで集中して、尚且つリラックスして少しでも全力を出し切れるようなコンディションに近づける。

 

目を閉じて、大きく息を吐く。

 

『おや?右手を少し上げて…何かをつまんでいる?左手も何かを持っているような感じです。』

 

…よし、行こう!

 

『その右手をひねって、顔を上げます。そして迷わずゲートに入っていく。これで出走の準備が整いました。今、ファンファーレです。』

 

レース場にファンファーレが鳴り響く。これをまた聞けること、レースで競い合えること、その全てが嬉しく思える。だからこそ。

 

「「「「負けられない!」」」」

 

ガコン!

 

『今スタートしました!各バ揃ったスタートとなりました。先頭に立ったのはイエローロータリー、すぐ横にキタサンブラック。その5バ身後方、団子状態の外にサトノダイヤモンド。その3バ身後ろ、トレノスプリンターが付けています。』

 

『3000メートルではスタート直後に4.3メートルの高低差を駆けあがります。トレノスプリンターには厳しいかも知れませんね。』

 

『イエローロータリー、キタサンブラック、並んで坂に入ります。後続も並んでいきます。』

 

2速…9000…ギア比通り!上れる!

 

『サトノダイヤモンドも突っ込んでいきます。トレノスプリンター、ペースを落とさずに上れるのか…いや上っていく上っていく!ぐんぐんと加速していく!』

 

上っていける、この急坂を。厳しいことは変わらないけど、それでも前ほど引き離されない。その坂を後1回上る。それまでにスタミナを残しておく。

 

今はまだ、理論で考えることは出来ないから普段通り感覚で仕掛ける。この坂にもう一度上る時、トップスピードに乗っていないとスパートを掛けたロータリーさん達に追いつけない。

 

仕掛けるのは、向正面に入っって200メートルほどの所。徐々にペースを上げる。

 

早い段階で作戦を考え付いた。後は実行するだけだ!

 




皆さんどうもこんにちは、僕は今磔刑にされるのを待つ男です。

何でって?まあ投稿遅れの重罪のせいですね。

「執行人、火の準備を。」

「ああ。」

ねえ妹たちよ。情というものは無いのかい?このままじゃお兄ちゃん死んじゃうよ?

何回か死んでるけど今度こそ本当に死んじゃうよ?聖職者になっちゃうよ?

「私たちは一度たりとも君を兄だと思ったことは無いぞ。その性根、私たちの為にも死んで直してくれないか?」

「それじゃ姉貴、火を点けるぞ。」

「頼んだ。」

『動くなっ!!』

「ッ!?」

作者権限っていうのは便利でしてね…オリキャラであれば好き勝手出来るんですよ。

榛名さんのようにねッ!

「これは…呪言か!」

「なんとも…小賢しい真似を…!」

さて、この縄を解いてもらいましょうか。結構きつく縛ってくれたおかげでそろそろ手首が腐りそうです。では命令しましょうか…『この縄をほど』

「参ったよ…降参だよ作者君。今までの非礼を詫びるよ。…“兄さん”」

兄…さん…?

「おい姉貴!血迷ったか!?」

うぼあぐばぁ!!

「ば、爆発した!?」

「何とかなったか…あまり使いたくなかったがこの状況を脱するにはこれしかなかった。だが処刑も同時に出来たのは嬉しい誤算だ。」

「そうか、なんにせよ助かった。それで、〆の挨拶はどうするんだ?」

「そうだな…二人で言おうか。」

「「「それではまた次回!」」」

「「…は?」」


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第九十二話 冠は誰の手に

『第4コーナー抜けてスタンド正面に向かいます。隊列はさほど変わらず、平均的なペースで進んでいます。』

 

平均的か…それが恐ろしく感じるのはなんでかな。特にトレノが何も動かないのが何故だ?いや、これで逆に普通になったって事か?

 

今までその身任せの暴れ方をしてくれたおかげで色々と狂わされてきたが、これでようやく、やりやすくなったか。いや、変わってねえか。

 

上りであれだけ付いてくるんだ。平地での加速も馬鹿にはならねぇ。何よりあいつはド天然だ。作戦立てておいて勢い任せに来たって不思議じゃねえ。

 

何よりキタサンがここまで粘るとはな。タフさが取り柄とは言ってたが、ダービーの時に比べてどんだけ成長してんだよ。

 

『イエローロータリー、キタサンブラックの後ろに付きます。これをどう見ますか?』

 

『後半の為に足を少しでも溜めるためだと思います。スリップストリームで空気抵抗が無くなるので疲れにくくなりますからね。』

 

トレノは下りで全開にしてくるだろ。だったら俺は淀の坂で差を広げる。スタミナは今でも十分にある。熱くなるな、クールになるんだ。気合だけの走りじゃレースは通用しない。

 

 

ここまでは予想通り、キタちゃん先頭で、ロータリーさんがその後ろ。私の後ろにはトレノさんがいる。

 

向こう正面まで平坦な道のりになる。ペースは変わらないでこのままいく可能性は十分にある。なら今できることは仕掛ける時に邪魔されない位置。

 

この位置だと前のウマ娘に阻まれちゃうかもしれない。それなら、横に動いてすぐに抜け出せるようにする。

 

『サトノダイヤモンドが中団を横に抜け出します。位置取りをうかがっているのでしょう。』

 

『第1コーナーに間もなく入ります。先頭変わらずキタサンブラック。ペースを作っています。』

 

 

ダービーは目を覆いたくなるような結果だったけど、菊花賞、クラシック最後の冠は渡したくない。

 

あたしにはテイオーさんみたいな才能は無い。でも、夢が終わったわけじゃない。だったら泥臭くてもいい。どれだけカッコ悪くてもいい。

 

あたしはあたしの夢に突き進むだけだから!

 

『第1コーナーに入ってキタサンブラック少しペースを上げたか?イエローロータリーが少しだけ離れたように見えます。』

 

『平坦な道のりですからね。坂を駆けあがるための助走かと思われます。』

 

トレーニングだってダイヤちゃんにも、ロータリーさん、トレノさんにも負けないくらいやって来た。だったらあたしが負ける道理はない!

 

『隊列が少しまとまってきました。第2コーナーに入ったところで順位を振り返っていきます。先頭を走るキタサンブラック、その後ろイエローロータリー。

 

少し離れて団子状態の外にサトノダイヤモンド、そこから3バ身離れてトレノスプリンターとなっています。』

 

『いつもと比べると大人しめですね。復帰明けで、さらにG1ですから、精神的ストレスで実力を出し切れない…なんてことが無ければいいのですけど。』

 

まだレースは動かない。でも心理戦は最初から始まってる。ロータリーさんは私の後ろで脚を溜めてる。スリップストリームだっけ。

 

あたしが仕掛けるのは第4コーナーに入ってから。それまで後ろに付かれるとスタミナにかなり差が出来るかもしれない。それなら!

 

「フッ…!」

 

「チッ…!」

 

左右に少し振ってあたしの後ろから外す。ほんの少し、半身出すだけだからそこまで支障はない。

 

『各バ第2コーナーを抜けて向正面に入ります。再び淀の坂がウマ娘達に襲い掛かります。』

 

「ハァッ!!」

 

 

「…来たか!」

 

思った通り、坂に備えて加速はしてきやがった。トレノの脚なら坂までに俺たちに並ぶことはできるだろうな。あとは坂でどれだけ差が出来るか。

 

苦手だった坂を克服してるとは言っても身体能力はこっちが上だ。坂に入った時に並ばれてもある程度は後ろに下がると見た。

 

問題はこの先の下りだ。あの急勾配であいつは確実に仕掛けてくる。上った分を一気に駆け降りることになるからあそこを本気で下るやつは言い方は悪いがただのバカだ。

 

ただアイツだけは…あの下りをものともしない気がしてならない。…いや、イケちまうのかもな。

 

『後方からトレノが上がってきました。間もなく淀の坂に入ります!思い切って突っ込んて行きましたキタサンブラック!その後ろを並んでロータリー、トレノと続きます!』

 

淀の坂に脚を掛け、上り始める。中山の坂よりやっぱ厳しいぜ。トレノは…やっぱ下がってくか。キタサンも勢いよく上ってく。それならダイヤは?

 

『サトノダイヤモンド坂で加速していく!中団からの抜け出しもスムーズでした!そのまま下がっていくトレノスプリンターを躱します!』

 

お前は上がってくるのか。仕掛けてくるのは下りに入ってからだと思ってたが。追い付くことは無いだろうが、かなり差は詰めてくるだろうな。

 

だがここで警戒しないといけないのはトレノだ。この先の下りが恐ろしい。

 

だから、俺が仕掛けるポイントは、この坂じゃない!

 

さあキタサン、少しの間、単独先頭は譲ってやるよ。後でキッチリ取りに行くからよ。

 

『坂も後半、ここから第3コーナーに入ります。先頭単独キタサンブラックから急勾配に入ります。』

 

 

トレノさんを躱して、ロータリーさんまで3バ身。キタちゃんが3コーナーに入ってその後をロータリーさんが続いていく。

 

私もコーナーに突っ込んでいく。あの上りから、急激な下りに変わるから、感覚をすぐに切り替えられないせいで凄い怖く感じる。

 

その恐怖心を押さえながら、スパートを掛けていく。

 

『サトノダイヤモンドペースを上げていく!前との差がみるみると縮まっていく!』

 

…ようやく慣れてきた。もう少しペースを上げられる!

 

「いっけぇ!」

 

「ッ!? 嘘っ!?」

 

『しかし大外からトレノスプリンター!この急な下り坂をものともしない!恐怖の感というものが無いのか!』

 

 

上りじゃやっぱり手も足も出なかった。こうなる事は初めから予想出来てた。だからこそ、上りでそこまで差が付かないようにギア比を合わせた甲斐があった。

 

その差は5バ身。この坂で追い抜くには…充分!

 

ダイヤちゃんを躱す。後見据えるのは2人まだ下りは続く、ここで仕掛け来る!

 

『その差があまりに衝撃的に詰まっていきます!大外のラインから変わることなく、イエローロータリーを易々と躱す!そのままキタサンブラックも躱していきます!』

 

『電光石火とはこのことでしょうね。あまりに早すぎる展開でした。』

 

後はもう逃げるだけ…とはいかないだろうな。後ろからビリビリと痛い位のプレッシャーを感じる。それもどんどんと強くなってくる。

 

この先は平坦な道が続く。それにゴールまで400メートルの直線がある。

 

このリード、守り切れるか?

 

 

トレノさんが下りが得意なのは重々承知してたけど、まさかここまでとは思わなかった。あたしにも出来るか!?

 

…いや、乗せられるな!ダービーじゃトレノさんのペースにつられたせいでスタミナ切れを起こしたんだ!

 

重要なのは自分のペースを守る事!それさえできれば、あたしだって勝てる!この菊花賞だけは絶対に…絶対に獲る!

 

『3コーナーを抜けて4コーナーに入ります。トレノスプリンターが2バ身のリード!各ウマ娘、ここがスパート所だ!』

 

まだ、我慢だ。仕掛けるのはコーナーを抜ける少し手前、多分トレノさんは柵走りで差を広げに来るはず。それに合わせてスパートを掛ける!

 

よく見るんだ、トレノさんの動きを。柵走りをする前兆は、インに極端に寄る事。そのタイミングでスパートを掛けるんだ!

 

『4コーナーもいよいよ大詰め!残すは最後の直線だ!トレノスプリンター、先頭も守り切れるか、それとも3人が差し切るのか!』

 

スッ

 

トレノさんがインに寄った!今だ!

 

「「「ダアァア!」」」

 

『各ウマ娘、一斉にスパートを掛けていきます!キタサンブラック上がっていく!その内イエローロータリーついて行きます!その後ろサトノダイヤモンド!やはりこの4人の先頭争いになってしまいました!』

 

 

3人の背中がどんどんと大きくなっていく!直線はまだある、差し切るんだ!

 

 

ダービーで出来なかった勝負の続きだ、絶対逃がさねえぞ!

 

 

負けられない、絶対に!この菊花賞だけは…この菊花賞だけは!

 

 

先頭を守り切るんだ、回れ、11000回転!

 

 

「「「「だあああああぁぁぁぁぁッ!」」」」

 

『さあ並んだ並んだ!最後の冠は誰が取るのか!残り200!ロータリーが僅かに前、しかしダイヤがその前に出る!キタサンも出てくる!トレノも追いすがる!

 

ほぼ横一線!ゴールはすぐそこだ!誰になるんだ誰になるんだ、先頭でゴールして、その冠を手にするのは誰なんだ!』

 

 

 

 

 

ワアアァァァァァァァァァァ!!!

 

「だめ…だったか…。」

 




「なぜ、生きているんだ…。確かに爆発四散したはずだ…!」

確かに僕は爆発しました。ビックリするほどマヌケで幻想的な理由で。そこで本能の僕と理性の僕とで分かれて命だけは繋いだって訳です。

ほら、おでこに『理』って書いてあるでしょ?同様に爆発した方の頭には『本』と書いてあります。

「ゴキブリか、アンタは。その気になればいくらでも増殖できるみたいな口ぶりじゃないか。」

「増殖だと!?いやな想像をさせるな!あの黒い物体が増えると考えただけで身の毛もよだつ…!」

まあやろうと思えば作者権限でたぶんできますけどめんどくさいのでやりません。

あーあ、本能の再生にどんだけ時間かかるんだろ。ともあれハヤヒデさん、僕がご迷惑をおかけしました。

「そうか、理性だからそこの辺りは弁えているという訳か。まあ、あまり気にしてはいないし、作者君はいつもこんな感じだったからな。」

「丸く収まりそうだな。私はそろそろ帰る。」

「私も帰るとしよう。遅くなって寮長に迷惑をかける訳にもいかんからな。」

お気を付けてー。では皆さん、「「また次回!」」

…え?


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第九十三話 涙

『ほとんど横一線!前代未聞の4人が写真判定になりました!』

 

がむしゃらに走ってたせいで、自分でも勝ったかどうかの感覚が無い。本当にどうなったんだ?今は結果を待つしかない。

 

ロータリーさんもダイヤちゃんも、キタちゃんも掲示板を見て押し黙っている。長い、こうやって待っている時間が途方もない位長く感じる。

 

それにしても…疲れた。模擬レースで6本走ってスタミナ切れなんか起こらないでしょ、なんて言うのはやっぱり甘い考えだった。

 

「トレノちゃん…。」

 

「渋川さん?今出てきてもいいんですか?」

 

「まぁ、大丈夫でしょ。復帰明け初のレース、それもG1でここまでの走りが出来た。トレノちゃんの完全復活を疑う人は誰もいないはずだよ。」

 

何か様子がおかしい。放つ言葉に元気が無い。何かをこらえているような…そんな感じがする。それに私と視線を合わせようとしない。不思議に思っていると、スタンドから歓声が沸く。

 

『出ました、1着は!』

 

「それでも届かなかった。コースの特性が…トレノちゃんに…噛み合ってれば…!」

 

『キタサンブラック!1着はキタサンブラックだ。ハナ差でイエローロータリー、サトノダイヤモンド、トレノスプリンターと続きました!復帰のトレノは4着に沈みました!』

 

「や…やったぁ!!!」「…チッ。」「破れなかった…!」

 

「4…着…。」

 

負け…。初めて…負けた。あれだけ本気で走って、それでも負けた。

 

『4人にはほとんど差がありませんでした。まさにギリギリ、紙一重の勝負でした。その中でトレノスプリンター4着、数字だけを見てしまうと残念な結果に見えてしまいますが、復帰後初戦でこの結果、完全復活と見ても間違いないはずです!』

 

『私も、彼女がここまで走ってくれるとは思いませんでした。負けてしまいましたが、この結果も、今後の糧にしてほしいです。』

 

いや、2回目か。ダービーでもあれだけ差がついてたんだから、あれも負け…か。

 

「…さ、さあ渋川さん、帰って反省会しましょうよ。負けちゃったから、時間をかけてゆっくりと」

 

「悔しいでしょ。我慢しなくてもいいよ。その気持ちは、痛いほどよく分かるから。私だって、何度も負けてきた。」

 

溢れそうなものをこらえる為に少し上に向けていた顔を下に向ける。すると、重力に従って涙が零れていく。止め方を忘れてしまったように、どうしても流れていってしまう。

 

落ちた雫がターフを濡らし始める時、悔しさで握っていた手を開いて目元を拭う。

 

「…くっそ……。」

 

勝負服の袖に染みた涙を見て、抑えていた悔しさ込み上げてきて涙が溢れる。

 

「くっそおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「馬力の差があればあるほど、パワー不足を痛感しやすくなる。あと1馬力、そんなふうに考えたことは、何度もあった。それと同じ回数、テクを磨いてきた。

 

相手のクルマに出来て、自分のクルマに出来ないことは無い。最新戦闘機なんかに負けてやるもんかって反骨精神で私はここまで来た。

 

トレーニングの方針はこれまで通り、テクニック重視。でも、かなり特殊な事をやることになるよ。この負けを、最後の負けにするために。」

 

「…はい!!」

 

 

 

 

 

「やっほ、昨日は眠れた?」

 

「ふて寝でしたね。帰ってそのままベッドですよ。でも今朝ナナが電話くれて、元気貰いました。」

 

「そっか、元気なのは良い事だよ。さて、トレーニングの前に、次のレースの話をするね。次のレースは春の天皇賞に出ようと思うんだけど、どうかな。」

 

「天皇賞春…4月の後半まで期間が空くんですね。」

 

「そうだね、これからやってくトレーニングは結構時間がいるんだ。覚えることが多すぎちゃってね。でも、確実に速くなる。引き出しが格段に広くなるはず。」

 

そう言って立ち上がる。渋川さんがここまで断定するとは。どんなトレーニングなんだろう。少なくともまともなトレーニングじゃないんだろうなぁ。

 

「本当はクルマみたいに2台あるといいんだけど、体は1つ、乗り換えるなんていう訳にはいかないからね。これを見て。2つ一気に流れるから。」

 

それで見せられたのは、前見せて貰ったようなどこかの山を走ってる動画。…この音、聞いたことがあるような……。

 

パパパン

 

渋川さんのクルマなのかこれ。こう分かりやすいと逆に困惑してくる。そのまま見ていると、動画が終わって次の動画が流れ始める。

 

スタートの位置は同じ、でもコーナーを抜けていくラインが、1つ目と全然違う。疑問に思いながら動画を見てると、ゴールしてして動画が終わる。

 

こんな動画を、前にも見たことがある。確かあの時の動画時間は両方とも同じ。疑問しか残らなかったけど、改めてみても意味分からない。

 

「混乱してる所で本題に入るよ。トレーニングの1つは、これと同じことを出来るようになってもらう事。」

 

「…1つって言いました?こんな難しいことに加えて他に何かやるんですか?」

 

これだけでも春天に間に合うか不安なのに他にもやらないといけないのか。気が重くなってきた。

 

「大丈夫、3つとは言わないから。もう1つは自分のゴーストをはっきりとイメージ出来るようになる。この2つだよ。」

 

「……出来るんですか、それ。」

 

「出来るはずだよ。お世辞でもなんでもない、トレノちゃんだからこそ出来るって確信してる。」

 

「そこまで言い切るのも簡単な事じゃないですよ?でも、そこまで言われてやりたくないですなんて言えませんよね。やります、あの負けを最後にするためにも。」

 

「それでこそトレノちゃんだよ。じゃあ早速トラックに行こうか。」

 

 

 

「まず大まかな事から教えるね。1つ目のタイムを揃えるのはそのコース特有の、押さえるべきポイントっていうのがあるんだ。そのポイントっていうのはそれぞれだから見つけてもらうしかないんだけど、それさえ分かればタイムは揃っていく。

 

もしくはタイヤ…じゃない脚を使い切るか。ラインがぐっちゃぐちゃでも何故かタイムは揃っていく。自分がやりやすい方法でやってくれていいよ。」

 

「…? ……?」

 

「混乱してるみたいだけど続けるね。2つ目のゴーストは、自分の走ったライン、速度を覚えてそのまま先行か後追いをさせる。

 

でも最初からイメージするのは難しいから1本走って動画を見るを繰り返して自分の走りを細部まで把握する。距離は2000で、この2つを並行してやっていくよ。」

 

6カ月、同じことの繰り返しになるけど出来るようになったなら、別人のように速くなる。ラインの意識もガラッと変わるはず。

 

「よく分からないですけど、とりあえず走ってみます。合図お願いします。」

 

「まあ口で言うよりやってもらった方が分かりやすいよね。それじゃ用意…スタート!」

 

 

 

 

 

 

トレーニングを始め2週間、タイムを揃えるのは今までやったことのないことだから今でも試行錯誤の連続だ。渋川さんにコツを聞いても…。

 

(その1本で脚を使い切る事かなぁ。でも全開で走らないで、抑え気味。)

 

正直少し矛盾していると思えるような回答が帰ってきた。そのせいで余計に意味分からなくなっている。

 

「さっきはこんな感じだったんだ…。」

 

ただ、進展はあった。もっと無理だと思ってたゴーストをはっきりとイメージできるようになっていた。1週間で先行で走らせたり、後を追わせたりで来るようになっていた。

 

「お疲れ、ゴーストとの併走はどんな感じ?」

 

「色々と考える事が出来ますね。この時はこう仕掛けるとか、どう揺さぶるとか。」

 

「毎日誰かと併走って訳にもいかないからね。毎日続けてれば引き出しは増えていくからレースを有利に運べるはずだよ。」

 

「ただタイムを揃えるのはどうにも難しいですね。トレセンで出来る人がいればその人と走ってみたいんですけど、誰か知りませんか?」

 

「うーん…ちょっと探してみる。正直心当たりが少ない通り越して無いからさ。誇張抜きで私ぐらいしか…。」

 

流石に渋川さんと併走するわけにもいかない。10秒も全力疾走したらばたんと倒れてしまいそうだから。

 

「そんなに気負わなくてもいいんじゃないかな。ゴーストと走れるようになるまで1カ月以上掛かるもんだと思ってたから。続けてればいつかは出来…いや待てよ?」

 

渋川さんが突然黙り込んで考え事をする。少しして話しかけてくる。

 

「トレノちゃん、ゴーストはちゃんとはっきりと見えてるんだよね。」

 

「はい。前走った所だったらはっきりと。」

 

「よし、じゃあこの方法なんかどうかな。今から説明するね。」

 




「なぜ、もう再生しているんだ…。本能の僕!」

「いや、これでも結構掛かったほうだと思うけどね。ギャグマンガなら次の回には生き返ってるんだからさ。二話もかかっちまった。

さて、妹たちを追いかけるか。」

「待ってください!またハヤヒデさん達に迷惑をかけるおつもりですか!?」

「迷惑?妹追いかけて何が悪いんだ?数学の問題でも兄が弟を追いかけるものだろ?」

「一緒に出掛けろって話ですけど…今はそんなことはどうでもいいんです!アンタをここから出すわけにはいきません!

ここに閉じ込めさせていただきます!」

「俺よ、激昂するんじゃあない。まあ落ち着けよ。俺は妹に会うだけなんだからな。」

「いい加減にしてください!それが迷惑だっつてんですよ!僕のことながらイカれてますね…

仕方ない、実力行使です。くらえ、メタリ…!」

「ホワイトスネイク!」

「懐に…ガフッ…入らせ過ぎた……。」

「分離したんだからスタンドも同じだと思ったんだがな。まさか違うとは。これも作者権限ってやつか?

まあいい、このDISCは貰ってくぜ。気が向いたら返してやるよ。

さて、妹たちに会いに行くか。待ってろよ、ハヤヒデ、ブライアン。」



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第九十四話 クリスマス

「トレノちゃんにはこれから3本走ってもらうよ。まずは普通に、でも少し余裕を持って走って。2,3本目の事は後で話すね。」

 

「…? 分かりました。」」

 

「いくよ、用意…スタート!」

 

まず普通に…少し余裕を持って。それなら90パーセントくらいで行こう。ゴーストに付いて行って最短のラインを走っていく。

 

そのまま2000メートルを走り切って渋川さんの所に戻る。

 

「戻って来たね。5分休憩したら2本目はトレノちゃんのゴーストを先行させて、そのラインからコーナー侵入で外に20センチ、手前1メートルから曲がり始め立ち上がりの位置を…3メートル手前にして走ってみてくれる?」

 

「そんなにずらすんですか?」

 

「まあやってみてよ。成果は3本目が終わった時に出るから。それじゃ用意…スタート!」

 

目の前にゴーストを出して走り出す。コーナーまでは1.5バ身後ろをピッタリと張り付く。さっきの走りはベストラインではないけどそれに近いラインをなぞっている。

 

今までもそうやってタイムを揃えようとしたのに、出来なかった。渋川さんがどうやってタイムを揃えているのか分からない。ラインもばらばらなのに…。

 

コーナーが来た。外に20センチずれてゴーストより早いタイミングで曲がり始める。もちろんゴーストとは違うところを走っているからあれに付いて行こうとすると逆にラインが乱れてしまう。

 

そもそも早くに減速しているからゴーストは離れてしまっている。多分、これを詰めるにはペースを上げないとかな。

 

「ペースは上げないで!そのまま行って!」

 

分かりましたよ…。なんでペース上げようとしたのが分かったんだろ。走り屋の勘?

 

離れたままコーナーの出口に差し掛かる。立ち上がりが3メートル手前って事は…この辺りかな。

 

立ち上がって加速していくと、さっきまで離れていたゴーストとの差が少しずつ縮まっていく。そのまま立ち上がっていくとその差はコーナーに入る前とほとんど変わらないくらいになっていた。

 

立ち上がりのポイントをずらしただけでこんなに変わるのか…いや、それよりもラインがあんなにずれていてコーナーを抜けてみるとそこまで差が無い事に驚きを隠せない。

 

「お疲れ、5分休憩で3本目に行くよ。今度は侵入を奥に2メートルくらい、立ち上がりを2メートルくらい手前にしてみて。」

 

「はい。…なんか変になりそうです。全く違うルートでゴーストとの差が変わらないんですから。はっきり見えるって言いましたけど、ゴーストの精度あまり良くないかもしれません。」

 

「…そっか。まだ時間はあるから気長に行こうよ。」

 

 

トレノちゃんはああ言ったけど、多分ゴーストの精度は私が思っている以上に正確なものなのかもしれない。

 

私の中ではタイムを揃える方が先に出来ると思ってたから、ゴーストを出す方を先に出来るとは思わなかった。でもようやく分かった。

 

トレノちゃんがゴーストに付いて行こうとしてラインを完全にコピーする。多分、自分では気付いてない、周りも気付かないくらいの無理をしてる。そのせいでGの配分がずれてそれがタイムの差になって出てきてるのかもしれない。

 

2本目はラインを少し変えるように言ったからか、前のラインに乗せる意識を無くすことが出来たのかもしれない。それが2本目のタイムに繋がった。

 

トレノちゃんは順調に走っている。ゴーストとの差は…変わらない、1.5バ身くらいか。ラインに対する意識が少しでも変わればいいと思って提案したけどここまで成果が出るとは思わなかった。

 

そんなことを考えているとトレノちゃんがゴールに差し掛かる。ゴールラインでタイマーを押してタイムを記録する。…いい感じだ。他人の物を見るとやっぱり気持ち悪いな。

 

この短期間でこれだけ出来るようになったのは驚きだけど、自然と腑に落ちてしまう。私が追いかけてたハチロクなんだから。

 

「お疲れ。これが3本走ったそれぞれのタイムだよ。驚かないでよ~。」

 

「…タイマー押すタイミング間違えたとか無いですか?なんでここまで揃ってるんですか?」

 

「間違えてないよ。全部トレノちゃんの実力。私自身、ここまでの結果が出るとは思わなかったし。ラインに対する意識が少しは変わったんじゃないかな。」

 

「変わったような…変わらないような。結構なショックなんですよね。タイムを出す走りを今までしてきたのに、ラインがばらばらでもある程度タイムが出るなんて今でも信じられないですよ。」

 

「染み着いた感覚は簡単に変えられるものじゃないから、段々と慣れていくしかないかな。でもこれなら嫌って言うくらいやってもらうから…まあ大丈夫でしょ。」

 

 

 

早朝トレーニングでもあのトレーニングをやってみている。ラインの意識が変わってからというもの、逆に乗せないように、脚を使い来るような気持ちで走る。

 

それでも今までの感覚が邪魔をして少し気を抜くとラインに乗せようとしてしまう。気長にやっていこうなんて言ってると春天に間に合うかも分からない。

 

もっと成長していかないと…。

 

「ただいまでーす…って寝てるか。二度寝しよ。」

 

「…お前、何か変なことやってるだろ。」

 

「変な事…は特にはやってないですけど。」

 

「東条トレーナーが昨日お前のタイム計ったら5本中3本は揃ってたと。リギルの中でもちょっとした騒ぎだったぜ。」

 

「まぁ、少しはやってますけどね。渋川さんも特殊とは言ってましたし。内容は…内緒です。」

 

「だろうな。お前が伸びる時は大概妙なことやってるだろうから分かる。」

 

何か心外だなぁ。その妙な事を思いつくのは渋川さんであって私じゃないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリークリスマース!」

 

あれから1カ月、トレーニング漬けの毎日だから今日と明日はお休みにして羽を伸ばすためにクリスマスパーティを開いてみた。

 

「随分とテンション高いな。もう飲んでんのか?」

 

「そんなことは無いけどさぁ、ダイヤちゃんもキタちゃんは兎も角、まさかロータリーちゃんも来てくれるなんて思わなかったからさ。」

 

「なーんか癇に障る言い方だなぁ。誘ってもらって予定空いてたら来るっての。」

 

「お待たせしましたー!ただいま到着でーす!」

 

「ナナちゃん久しぶりー!元気してた?あ、身長伸びた?」

 

「そうなんです、5センチも伸びたんですよ!これで私も立派な大人!トレノちゃんは何センチ伸びた?」

 

あ、ナナちゃん。それは聞いちゃいけないよ。

 

「……1センチ。」

 

「あー道理で。あんまり変わらないなって思ったけどやっぱり。」

 

「……縮んだ。」

 

「…………はい?」

 

「俺も聞いたとき何言ってんだと思ったが本当だった。まあなんだ。1センチなんてほぼ誤差みたいなもんだし気にすんなよ。」

 

「いやぁちょっと看過できませんね。でさぁナナ…。」

 

そこまで言ってトレノちゃんがナナちゃんの胸に視線を送る。男子3日合わざれば刮目してみよとは言うけど半年ともなれば結構成長するんだなぁ。色々と。

 

「なんか入れてる?」

 

「入れてないよ!?」

 

「そのぉ、渋川さん、ちょっと質問いいですか?」

 

「はいキタちゃん、どうぞ!」

 

「誘ってくれたことも、料理も用意してくれてることも凄いありがたいんですけど…なんで料理が全部中華なんですか?」

 

「クリスマスに中華はあまり聞かないよね…。」

 

「え? クリスマスって中華じゃないの?」

 

その瞬間、場が凍り付いたのを察した。え、何?私なんか間違えた?クリスマスって言ったら中華だよね?

 

「…よしお前ら、買い出しいくぞ。他はともかく、せめてチキンとケーキくらいは買ってこないとな。」

 

「待って! ケーキは、ケーキはあるから!!」

 

 

 

「だからさぁ!俺の事トレーナーって呼んでぐれる子がいないって話なんだよ!ロータリーちゃんに至ってはお前呼ばわりだし!」

 

「かなり酔っちまったぞコイツ。」

 

「結構弱いんですね…。なんでこんなに用意したんですかねお酒。」

 

渋川さんが用意してたお酒はビール12本、ワイン5本。お酒強いのかと思ったらビール3本で既にこの調子だ。なんでこんなに用意したんだろ。

 

「でも、渋川さんって料理上手なんですね。中華なのに結構癖のない味付けで飽きないですよ。」

 

「良い所に目を付けたねぇダイヤちゃん。この中華はクリスマス特別仕様だよ~。特別な行事の時はわざと薄味にしてくどくないようにしてるんだよ~。気付いたご褒美にこれをあげよう。」

 

そう言ってビールを1本渡してくる。未成年になんてもん渡してるんだこの人。

 

「ワースゴイウレシイデス。」

 

ほらおしとやかで何かしらいい対応するダイヤちゃんですら棒読みの反応になっちゃったよ。こりゃかなり酔っぱらってるなこの人。悪いけど早々に退場させた方が良いかも知れない。

 

「渋川さん、結構酔ってるみたいですし、外に出ませんか?折角晴れて星も出てますし。」

 

「やだーもっとみんなで飲んでたいよー。ほらもっとあるんだからトレノちゃんも飲んで!ほら!」

 

「…未成年ですよ?」

 

「大丈夫だよ1本くらい。…大人の階段、上って見ない?」

 

「お前ら手ぇ貸せ。こいつどっかに捨てるぞ。」

 

「「「「了解。」」」」

 

満場一致ですぐに決まった。可哀そうだけどこの人はここには置けない。とは言ってもこの寒空に放置するのは心が痛む。

 

「キタちゃん、沖野さんって呼べたりしないかな?いや、この時間に呼ぶのはちょっとな…。」

 

「よう渋川、どうしてもって言うから来てやったぞ。こんな時間に呼びつけるか普通…何この状況。」

 

「トレーナーさん、ちょうどいい所に!渋川さんがかなり酔っちゃったみたいで…」

 

「酔ってないよーほろ酔いだよーちょっとふわふわしてるけど素面だよー。」

 

それ言う人大概素面じゃないんですよ。

 

「事情は大体わかった。後は任せてくれ…おい渋川いくぞぉ。」

 

「沖野さんちょうどよかった!トレノちゃん達に大人の階段を上ってもらおうと思ってるんですけど嫌だって言うんです!なんか言ってやってください!」

 

「んーそうだなー。たづなさんが話聞いてくれると思うぞ。」

 

「…………ピィ。」

 

その言葉で素面に戻ったのか、恐ろしい勢いで顔が青くなっていく。それを尻目に沖野さんが連行していく。

 

「よし、昭和のおっさんもどうにかなった事だし、仕切り直しと行こうぜ。それじゃ、乾杯!」

 

「「「「かんぱーい!」」」」

 

 




「どもどもハヤヒデさんブライアンさん、さっきぶりですね。」

「またアンタか…今度は何の用だ。」

「いえいえ特には無いんですけどね?顔が見たいなーと思いまして。」

「さっきさんざん見てただろうが。それじゃあな、失礼するぞ。」

「待てブライアン、その男に近づくな。…何者だ、君は。」

「何者とはご挨拶ですね。知らない中じゃないじゃあないですか。先程の事をまだ根に持ってたり?」

「良いから質問に答えたまえ。返答次第では無事で返すことは出来なくなる。」

「何を言ってるんだ、姉貴。こいつは作者なのだろう?普段通りの気色悪い奴だ。」

「キッショ。なんでわかるんだよ。」

「『本』の文字、確か君は爆散したはずだが?」

「ギャグ補正のお陰でね。それでも時間が掛かったほうなんだぜ?それにしても何で分かったんだ?

流石隠れトレラブ勢って所か?…さて妹たちよ。悲しいことに俺が兄であることを何者かに忘れさせられたんだろう?

その呪い、俺が断ち切ってやるからな。」

「そこを動くんじゃあない!質問に答えてもらうぞ。理性の作者君はどうなった?」

「アイツか?元が俺だからな。俺の考えも分かってくれると思ったんだが、止めやがるもんだから、おとなしくなってもらってるよ。DISCにはなってもらってるがな。」

そう言って懐からCDのようなものを2枚出して見せる。あれが奴が言うDISCか。

「成程、どうやらアンタは倒さねばいけないようだな。姉貴、構わんな?」

「もちろんだ。だが不用意に近づくな。15メートル、この距離感を保つんだ。」

ドヒュ

何かが飛んできた。恐らく、作者君の分身が何かを投げたのだろう。しかし奇妙だった。何もない空間から飛ばしていたように見えた。

「作者君は彼の何らかの方法でDISCにされたらしい。それが分かるまではこの距離感を…ブライアン?」

ブライアンの返事が返ってこない。まさか、さっき投げられた何かが当たったのか!?急ぎブライアンの方を見る。

「ブ、ブライアァァーーーン!!」

そこに広がっていたのは、謎のDISCを頭に差し込まれ、後ろに倒れそうになっていたブライアンだった。


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第九十五話 天皇賞春に向けて

えー、皆さん。僕は今DISCの中から直接語り掛けています。

僕がこの場で説明したいのは後書きの惨状についてです。

最初は何の気なしに書き進めてたんですよ。そしたらあれよあれよとバトル物に発展してしまいまして、このままのペースで行くと軽く三話ほどかかりそうです。

短編で出せばいいなんてことも考えたんですけど、後書きの流れで書いてるせいでそういう訳にも行かないかなって。

という訳で皆さん、しばらく続くと思いますが生暖かい目で見守ってください。

それでは本編どうぞ!


「随分とやつれましたね…渋川さん。」

 

「あれからよく覚えてないんだけどさ…たづなさんにこっぴどく怒られたって事だけは覚えてる……。あの時私どうなってた?」

 

「未成年飲酒を勧めてくる様子がおかしい人になってました。」

 

「ただのヤバい奴じゃんそれ…うえぇ、気持ち悪いよぉ。」

 

「完全に二日酔いじゃないですか。今日も休みなんですから部屋で休んでてください。ほら、ウコンです。」

 

こんなこともあろうかとコンビニで買っておいてよかった。本当だったら飲む前の方が良かったけどまあ気休めにはなると思う。

 

「ありがとうトレノちゃん…それじゃまた明日~。…うっぷ。」

 

帰る途中で倒れてなければいいけど…。

 

「本当に大丈夫かな渋川さん。そこら辺で…その…戻してないといいけど。」

 

「渋川さんも大人だよ?流石にそんなことは…無いはず。 さ、そろそろ行こうか。」

 

「うん、次はお正月!今度は一緒に初詣行こうね!」

 

 

 

 

 

パン パン

 

今年は無事に走れますように。

 

伊勢崎に帰ってきてナナと渋川さんと初詣に来ている。今年はケガもなく走り切りたいな。

 

有馬記念ではダイヤちゃんはキタちゃんに勝って菊花賞のリベンジを果たした。私も、菊花賞のリベンジをしないと。

 

「トレノちゃんが出るレースに全部勝てますように…!怪我無く走れますように…!テスト赤点になりませんように…!」

 

ナナ、駄々洩れだけどありがとうね。私も勝てるように頑張るからさ。

 

「神様ー!聞いてんだろー!頼んだぞー!」

 

もう何もツッコまない。去年と同じくらいの執念で諭吉を紙飛行機にしてお賽銭箱に投げ込む。私にはわかる。そのお願いは叶わないですよ。

 

「トレちゃん、お参りも終わったし、屋台でいっぱい食べようよ!人参焼きとか、甘酒とかさ!」

 

「急がなくても食べ物は逃げないよ。渋川さん、失礼しますね。」

 

「はーい、楽しんできてねー。」

 

 

さて、2人が戻ってくる間は結構暇になる。私も屋台巡りでもしようかな。でも折角久しぶりに遊びに行ってるんだからお邪魔するのもなぁ。

 

クルマに戻って峠攻めのスケジュールでも考えようかな。上毛三山は行くとして、MFGのステージは高速セクションの方が多い。

 

そうなると赤城や妙義のテクニカルなコースより秋名のコースの方が感覚の慣らしとしては合ってるような気がする。

 

…よし、筑波行こう。あそこならアクセル開けたまま抜ける高速コーナーも、それでいてフルブレーキからのコーナリングも、テクニカルな連続S字もある。複合コースというのは慣らしとしてもちょうどいい。私の第2のホームコースでもあるし。

 

いや…どうしようかな。筑波に籠るのもいいかもだけど、秋名にはやり残したことがある。私が成長するために、確実に通らないといけない道がある。

 

あの人と…藤原さんともう一度走りたい。あの人のブレーキングを後ろから見てみたい。バトルできなくても、せめてナビシートに乗せてもらえたら…。

 

きっと私が体験したことのない領域を体験できるはず。…明日、ダメ元でお願いしてみようかな。

 

とおるるるるるるるるる

 

「もしもしトレノちゃん、楽しんでる?」

 

『はい、でももうそろそろ帰ろうと思うんですけど、渋川さんってどこに居ます?』

 

「クルマで待ってるよ。全然待ってないからゆっくりでいいよ~。」

 

 

 

「ごめんください!…ちわーっす!」

 

「うるせえなぁ…アンタか。確か…。」

 

「渋川です。この前はありがとうございます。」

 

「店は昨日から休みだ。厚揚げもがんもどきもねえぞ。」

 

「そうじゃないんです。今日はお願いがあって来たんです。私と、秋名の下りでバトルしてくれませんか。」

 

そう言うと、藤原さんはポケットからタバコを出して火を点ける。そして煙を吐いて話し始める。

 

「そいつは無理な注文だ。そういうのはオレじゃなくてもっと若い奴に言う事だ。そもそもオレももう現役じゃねえ。」

 

「現役じゃなくても、そのテクニックは衰えていないはずです!実際1年前、藤原さんに完膚なきまでにぶっちぎられたんです!お願いです、1本だけでいいんです!」

 

「しつこいなぁアンタも。とにかく、バトルは受けられないな。」

 

「じゃあせめてナビシートに乗せてください!どうしてもレベルアップしたいんです!」

 

私が知ってる中で誰よりも…多分師匠よりも速い藤原さんのテクニックをその目で、体で感じられたら私に何が足りないのか分かる気がする。

 

タバコを吸って吐いて。それを2回繰り返したところで藤原さんが話し始める。

 

「アンタの情熱は伝わった。」

 

「なら…!」

 

「だがその前に1つ聞きたいことがある。…アンタは”どっち“なんだ?」

 

「”どっち“って…どういうことですか?」

 

突然投げられた質問。その意味が分からない。

 

「分かんねぇって顔してるから言うけどさ、”走り屋“なのか”トレーナー“なのか、アンタはどっちの人間なんだ?」

 

「…! そ、それは……両方です。私はトレーナーですし、走り屋です。これからもそのつもりです。」

 

「確かに二足の草鞋で上手いことやってる奴はいる。だがそういう奴は大抵はっきりと迷いなく二刀流だと言うんだ。けどアンタは言い淀んだ。少なくとも、その腹が決まるまではバトルもナビシートにも乗せてやれんな。」

 

言葉が出ない。正論だと思った。どっちと聞かれた時には”走り屋“と答えようとした。でもその次には”トレーナー”と答えようとした。

 

それこそが私だから、そう答えた。でも何か、逃げたような気がした。ほんの少しの心の引っ掛かり、それを藤原さんは見逃さなかった。

 

「…すいません、熱くなっちゃって。答えが出たらまた来ます。」

 

「そうかい…悪かったな、力になれなくて。」

 

「いえ、藤原さんの言う通りですし。答えが出たらナビシート、乗せて下さいね。」

 

そう言って後にする。私が一体何者なのか。トレーナーなのか、走り屋なのか。”俺“なのか、”私“なのか。その答えを出すのは今は難しいかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハ…ハ…。」

 

天皇賞春まであと1カ月、タイムはある程度ではあるけど揃えられるようになってきた。ゴーストとレースしたりも出来るようになった。

 

「来月は天皇賞春ですわね。調整の方はいかがですか?」

 

そして今日はスピカとの合同トレーニング。普段は渋川さんとマンツーマンのトレーニングだからたまにある合同トレーニングは刺激的に感じる。

 

「まぁ、ぼちぼちですかね。最近はタイムを出す走りっていうのをしてないので。」

 

「タイムを出さない?それではどうやって仕上がりを確認するのですか?」

 

「私にはよく分からないんですけど、渋川さんには分かるみたいで曰く、かなりの仕上がりだそうです。」

 

「そうですか…ですが、天皇賞春にはキタさんやサトノさんも出ます。レースとなれば否が応にもタイムを出す走りをしないといけません。普段がその走りでは、レース本番で競り負けてしまいそうなのですが…。」

 

「そこは問題ないよ、マックイーンちゃん。トレノちゃんにやってもらってるのは確かにタイムを揃える走り方だけど、真価は別にあるんだ。ただまぁ、今見せるわけにはいかないからさ。レースの時のお楽しみって事で。」

 

確かに、今それを実践するとキタちゃんに作戦がバレちゃうかもしれない。さっきはジョギングでの慣らしだったからよかったけど、そのまま走ろうとしてたから危なかった。

 

「でもまぁ、2本だけなら見せても問題無いかな。沖野さん、マックイーンちゃん借りてもいいですか?」

 

「ああ、あまり変な事はするなよ。」

 

「大丈夫ですよ。それじゃ、トレノちゃん先行で2本連続で行こうか。それじゃ、スタート!」

 

 

渋川さんの合図で走り始める。トレノさんのタイムを揃える走り…どれほどのものか見せて貰いましょうか。

 

タイムを揃えるからには、ラインやラップタイムも揃ってくるはず。本番は2本目という事ですわね。まずは1コーナー、軽くクリアしていきましたわね。

 

ですが…タイムを揃える走りにしては少しおざなりなような気がします。この走りで本当にタイムが揃いますの?

 

次のコーナーも最適なラインとは言い難いラインでクリアしていき、少しの休憩を挟んで2本目に入りましたが、これまでのトレノさんの走りを知っているだけに、適当に走っているような感じが抜けません。

 

さて、1コーナーに入りますが…どういうことですの?先程とはラインが…。それに侵入スピードもさっきより遅いような…。

 

これでは到底タイムは揃いませんわ。渋川さんはかなりの仕上がりと言ってたそうですが、これではレースなんか勝てませんわ。

 

 

 

「渋川さん、どういうことですの?タイムを揃えるどころか、あれほどムラのある走りでは天皇賞春は勝てませんわよ。」

 

「そうやって見えたなら成果は十分って所かな。春天、トレノちゃんが取るから。」

 

何を言ってますの?現実が見えていないとしか思えませんわ。あの走りでは到底天皇賞春なんて

 

「はいこれ、トレノちゃんのタイム。これで文句は言わせないよ。」

 

渋川さんからバインダーを受け取って記録されたタイムを見る。そこには衝撃としか言えないものがあった。

 

「嘘ですわよね…何故ここまで揃っているんですか…!?」

 

 




「ブ、ブライアァァーーーン!!」

急いでブライアンの元に駆け寄る。しかし、ブライアンはすんでの所で意識を取り戻し頭に刺さっていたDISCを抜き取ってみせた。

「大丈夫かブライアン!」

「問題ない。それよりもこのDISC、想像よりもヤバい代物だ。DISCを入れられた瞬間に『眠らなければ』という命令のようなものが頭を埋め尽くしたんだ。

このDISCは他人をDISCにするだけが使い道じゃあないらしい。」

「まさか自力でDISCを抜くとはな。そのまま眠ってくれていた方が楽だったんだが、手荒な真似をしないといけなくなるじゃあないか。」

「姉貴。こっちは2人、相手は1人。このままでは埒が明かない。挟み撃ちで一気に畳みかけるか?」

「それでもいいかも知れないが、相手は未知の能力を使ってくる。用心に越したことは無いだろう。」

「相変わらず頭でっかちだな…だったら私は攻めさせてもらう!」

「あ、待てブライアン!奴の能力を甘く見るな!」

ブライアンは恐らくウマ娘の力で強引に奴を倒そうとしている。だが奴は何もない所からDISCを取り出した。その正体を見破らなければ、奴に近づくのは危険すぎる!

「ふむ…近づいてくるのか。確かにブライアンのパンチをまともに食らったなら致命傷にもなるだろう。ならばこちらも相応の対応を取らざるを得ないっ!」

「少し眠ってもらうぞ…ハアァ!」

ブライアンが奴に向かって拳を放つ。しかしその拳はまるでいなされたように外れてしまう。

「眠ってもらうのはお前の方だよ、ブライアン!」

「ガハァっ!?」

「…お前自身は何もしていないのに、ブライアンの攻撃はいなされ、カウンターを食らっている。何か守護霊のようなものがついているのか?」

「ご明察。だが、分かったところでどうすることも出来ないだろう。さぁ、おとなしく妹になってくれないか?」

「…フッ、それならもう少し私たちについて理解を深めるべきだな。あれしきの事でブライアンを倒したつもりになっているようでは私たちの兄は名乗れんよ。」

「は?手刀を入れて完全に気絶させたんだ、そう簡単に起きてくるわけがアァ!?」

「少し油断が過ぎるんじゃあないか?かなりのダメージだったがあの程度では倒れんぞ。」

「まさか…ガフッここまで頑丈だとは…。」


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第九十六話 天皇賞春

「驚いたでしょ。これがトレーニングの成果だよ。私としてはもう少しかかると思ったんだけどね。」

 

「そんな…あり得ませんわ。あれだけラインがばらばらで…ペースだって一定ではなかったんですのよ?」

 

「傍から見ればバラバラでも、リザルトで揃える。これが難しいんだよね。これをキタちゃんやダイヤちゃんが見たらどうなるかな?」

 

「普通混乱しますわ。あんなに変なものを見せられたら…まさか、それが狙いですの?」

 

「さあ、どうだろうねぇ?」

 

少し誤魔化しはしたけど私が考えた作戦の大半に気が付いている。流石と言う他ないね。

 

まぁ、それでも本質には気が付いていないっぽいから問題はないかな。気付いてたらどうしようかと思ったけど。

 

「どうだ?いいタイムだったのか?」

 

「いえ、普通ですよ。この調子なら、ダイヤちゃんにもキタちゃんにも勝てるぞってくらいです。見せられませんけどね。マックイーンちゃん、言っちゃダメだからね。」

 

「え、ええ。それは構いませんけど…。」

 

「ま、話しちゃくれないだろうな。だが、キタサンも仕上がりは負けてないからな。春天はキタサンが貰う。」

 

「あら、サトノさんを忘れていませんか?キタさんも応援していますが、サトノさんも個人的に応援していますの。この前見た時にはかなりの仕上がりでしたわ。」

 

「お前どっちの味方だよ…。」

 

 

 

 

 

「トレノちゃん、久しぶりのレースだけど緊張してない?そんな時は心の中でこう唱えるといいんだって。…右ストレートでぶっ飛ばす。」

 

「何させようとしてるんですか。」

 

天皇賞春当日、控室でシャーペンをカチカチやりながら謎な事を口走る渋川さん。多分この場で1番緊張してるのは渋川さんですよ。

 

「そう言う心構えで行こうって事だよ。…いざとなったら…いやいや、そんなことは置いといて、作戦を伝えるね。まず1週目、この前の菊花賞で掴めなかったポイントを掴む感じで今までみたいな走りをする。

 

ホームストレート抜けた1コーナーからレコードラインを攻めていく…これが1つ目。」

 

「1つ目って事は、もう1つあるんですか?」

 

「うん、正直こっちの方がキツイかもしれない。今回トレノちゃんには…。」

 

「…………分かりました、かなりきつそうですけどやってみます。」

 

 

 

『今年もやってきました、天皇賞春。桜の開花で春の訪れを感じますが、私にとっての春の訪れはやはりこのレースをおいて他に無いでしょう。

 

さて、出走メンバーを振り返りますと有馬記念でデッドヒートを繰り広げたサトノダイヤモンド、キタサンブラック。復帰戦の菊花賞では僅かの差で4着に敗れたトレノスプリンターと名を連ねています。』

 

『イエローロータリーは今回の出走を見送りましたが大阪杯で見事に1着を取りました。次走については東条トレーナーが宝塚記念とおっしゃってましたから、今から楽しみです。』

 

『ゲートイン完了しました。出走を待つのみです。』

 

心は落ち着いている。思いの外穏やかな感じがする。あのおまじないって結構効果あるんだな。言葉自体はあれだけど。

 

ファンファーレが鳴って出走が近いことを知らされる。キタちゃん、菊花賞のリベンジさせてもらうよ!

 

ガコン!

 

『スタートしました!各ウマ娘、好スタートを切りました。先頭に立ったのはキタサンブラッ…クではないトレノスプリンターだ!先頭はトレノスプリンターです!

 

その後ろにキタサンブラック、少し離れて中団外にサトノダイヤモンドです!意外な展開になってきました、トレノスプリンターが先頭です!その差が4バ身程に広がっていきます、大逃げです大逃げです!』

 

 

「逃げとはなぁ。どんな作戦なんだ?」

 

隣で見ているロータリーちゃんが聞いてくる。私はてっきり出走するもんだと思ってたけど。

 

「そうだなぁ。簡単に言うとまず1つはラインのかく乱、もう1つが…。」

 

(大逃げをしてもらいたいんだ。)

 

(逃げだったらまだしも、大逃げですか?という事は、キタちゃんより前に出るって事ですか?)

 

(そうだね。今回の作戦、まず1週目のラインを覚えてもらう事の方が重要になると思うんだ。1周目と2週目で全く違うラインを走ってたらスパートのラインだったとしても少しは混乱するはず。

 

それにトレノちゃんは大逃げで走ってるからそこも混乱させる要素になるはず。逆を言えば、一気に頭を取れないと負ける。それくらいの意気込みで言った方が良いかもね。)

 

 

「まぁ確かにな。目の前で全く違うラインを見せられたら混乱の1つもするだろうな。東条トレーナーがタイムが不可解だって言ってたが、このための準備って事か。」

 

「そう言う事。ただこの作戦、決まればかなりの効果があるんだけど、問題点が2つあるんだよ。まず1つが感覚派相手…特に上級者じゃないと効果があまりない事。

 

これに関してはあまり気にしてないけど、もう一つの方がね…。それはキタちゃんに見せることが出来ても距離が離れすぎてるダイヤちゃんには効果が薄いかも知れないこと。」

 

「トレノとダイヤの差は軽く見積もっても7バ身程度。そんなところの奴のラインなんか普通見ないわな。」

 

「だからこそ、キタちゃんかダイヤちゃんか。どっちをマークしようか考えたんだけど、先頭に立って、少しでもラインを乱した方が良いって考えたから大逃げを打ってもらった訳。先行はまだしも、逃げだったら経験あるしさ。」

 

そう言ってロータリーちゃんの方を見る。あ、そっぽ向いちゃった。あの時はどうなるかと思ったけど逃げの経験を積ませてくれてありがとね。

 

「でもよ、トレノのスタミナを考慮したとしても大逃げなんか持つのか?G1最長の3200メートルを。」

 

「不安要素その3だね。あの位置まで行ったら何かしらのイレギュラーが起こらない限り、やることは追込と変わらないと大丈夫だと思いたいけど…どうだろうね。」

 

「思った以上に欠陥してるじゃねえか。」

 

 

トレノさんがこんなに逃げるとは思わなかった。でもこの位置ならどんな走りをしてるのか手に取るように分かる。前に出られたからにはあのペースに付いて行ってチャンスを待つんだ。

 

『淀の坂を上り切って第3コーナー、隊列が安定してきました。』

 

やっぱりトレノさんは下りが速い。ただ後ろから見ることが出来た。あたしの考えていたラインとは違うけど、あのラインで行けるなら2週目に入った時に同じペースで入れるかもしれない。

 

4コーナーのラインも覚えて確実に追い抜けるタイミングを掴むんだ。ただ…何だろう、この違和感。

 

 

ラインが…違う?菊花賞の時の3コーナーと走ってる所が違う。あんなところを走ってたっけ?アレが経済コースなのかな…いや、それにしても以前のラインと違い過ぎる。

 

トレノさん、何かとんでもないことを仕掛けているのかもしれない。警戒しておかないと。

 

第3コーナーを抜けてタイトな4コーナーに入っていく。キタちゃんのあの動き、トレノさんのラインをコピーして走ろうとしている。ただそこに、見落としてる何かがあるとしたら?

 

…まただ、ラインが、全く違う。菊花賞の時とインに付くタイミングが早過ぎる。あの走り方が間違いだとは言わないけど、あれで速く走れるなら苦労しない。

 

間違いない。トレノさんのペースに乗せられると、取り返しがつかないことになりそうだ。ここはトレノさんを見ないようにする。

 

『第4コーナーを抜けてホームストレートに入ります。先頭は依然トレノスプリンター。軽快に飛ばしていきます。4バ身程後方キタサンブラックが集団を引っ張っています。その集団の外、少し中に入ったように見えますサトノダイヤモンド。平均的なペースでレースは進んでいます。』

 

 

「キタサンの様子がほんの少しだがおかしい。何かあったのか?」

 

「まさかケガ?どこか引っ掛けたとかさ。」

 

「いや、そういう感じじゃない。ペースは平均、それなのに乗せられている感覚がするんだ。キタサン自身も薄々感じてるとは思うが…。」

 

「見事に私たちの策に掛かってくれたんです。後はダイヤちゃんがどうでるか。」

 

「でもトレノの作戦はラインのかく乱なんだろ?それだけでおかしくなることなんてあるのか?ペースは平均、レースともなればそれぞれのラインで攻めていく。

 

キタサンとラインが違うだけでそこまで乱れるとは思わないんだが。」

 

「そこが落とし穴なんですよ。ラインのかく乱っていうのがトゥインクルシリーズ全体で見てもあまり浸透してないみたいな感じだったので。私があれをやられたら嫌で嫌でたまりませんから。

 

自分の中のベストラインと相手のラインが全く違かったら少しは混乱します。特に上級者、前回菊花賞を勝ったキタちゃんなんかは作戦通りに乱れるとは踏んでました。」

 

「なるほどな。流石レーシングドライバー様は考えることが違うって訳か。」

 

「止めてくださいよぉその呼び方。私はあくまで峠の走り屋なんですから。」

 

 

 




「背中への一撃だけでこれほどのダメージ…。ブライアン、やはりお前は一度戦闘不能にしなければいけないようだな。」

「ブライアン、すぐにそこを離れるんだ!奴から離れろぉおおおお!!」

「分かって…チッ!」

ブライアンが地を蹴って後ろに下がろうとするが、先ほどの攻撃が効いていたのか体勢を崩してしまう。

急いでブライアンの元へ向かわなければ、今度こそやられてしまう!しかしこの距離、奴の攻撃を警戒しすぎた。間に合わない!

「すでに射程距離に入っている!ホワイトスネイク、ブライアンをDISCにするのだ!」

「く…防御…を…ガフッ。」

そこを見逃す奴ではなかった。ブライアンも腕でガードしていたが、それも意味が無いように奴の見えない攻撃が入ってしまった。

その直後、ブライアンの頭から奴が何度も使用しているものと同じDISCが飛び出ていた。奴はそのDISCを取り出すとブライアンは力なくその場に倒れてしまう

その瞬間、形容しがたい悔しさと怒りが込み上げてきた。何故私はブライアンを守れなかったんだ。私は姉だろう。やられるなら私からのはずなのに…私ならまだしも…ブライアンを…。

「貴様ァァァァッ!」

「安心しろ。お前を妹にしたらきちっと元に戻すさ。妹としてな。」

「貴様だけは許しはしない。確実にこの場で始末するッ。」

「出来るものか。スタンドも持たないお前に。お前はすでにチェックメイトにはまっているんだよ。さぁ、お兄ちゃんを困らせないでくれ。」

「出来るか出来ないかではない!ブライアンの為に、姉として、やらなければならんのだ!」

「くどい!このDISCを入れさえすれば俺の勝ちだ!お前を妹にする!動くなよ、ハヤヒデ!」

そう言って奴は私に近づいてくる。考えるんだ、見えない敵相手にどうするべきか。

敵は360度どこからでも攻撃できると考えてもいい。ともなれば…

「フンッ!!」

「何ッ!?地面を殴ってその衝撃で全方位攻撃を…。まさかお前も出来るとはな。」

「ブライアンに比べれば程遠いさ。だが貴様相手なら十分さ。」

「十分?まだ足りんなぁ。参考までに教えてやろう。このホワイトスネイクの射程距離は20メートル。つまり、この距離からでもDISCを差し込めるという事なのだ。」

「なっ!?…くッ離れなければ!」

「もう遅い!止めだッ!」

ガシッ

奴の攻撃に意味もなく身構えていたが、その攻撃が来ることは無かった。恐る恐る奴の方を見ると、奴の後ろに…。

「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

ブライアンが…立っていた。

「まだ………終わってないぞ…。」

ブライアンはそのまま奴の胸ぐらをつかみ、服の中に手を入れ、すぐさま抜く。その手には、2枚のDISCが掴まれていた。そのDISCを私の方に投げ飛ばす。

「私にはもう…戦う力はない…。後は頼んだぞ……姉…貴…。」

そのままバタンと倒れてしまう。

「そのDISCは…理性の俺のDISC…!ホワイトスネイク、そのDISCを取り上げるのだ!」

ホワイトスネイクとやらが投げられたDISCを取り返そうとして私に近づいてきているのだろう。だが…

「1手…遅れたな…。」

「何…消えた…。まさ…ぐあああぁぁぁ!腕から、カミソリが!」

「作者君が、ブライアンが繋いでくれたんだ。無駄にするわけには行かない。必ずお前を始末する!」



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第九十七話 天皇賞春2

ここまでは順調に来た。3,4コーナーのポイントも押さえた。直線もそろそろ終わる。ここから全開走行に入っていく。脚の手ごたえはまだある。

 

ならいける。全力で、ちぎりに行く!

 

『正面の直線を走り抜けて1コーナーに入っていきます。先頭を軽快に飛ばしていきますトレノスプリンター。このまま逃げ切るのでしょうか。』

 

 

少しペースが上がった。どれだけのスタミナがあれば、あんなことが出来るんだろう。確実にあたし達を引き離そうとしてる。引き込まれそうなくらい、このまま逃がしたくないけど、今はまだ仕掛けないで我慢するんだ。

 

第1コーナーをそろそろ抜ける。ここで仕掛けるのは早い。あたしには、あたしの仕掛け所があるんだ!

 

フッ

 

あれ…今…何が起こったの?

 

 

「私がトレノちゃんにやってもらったトレーニングは2つ。タイムを揃える事、ゴーストと走れるようになる事。この2つでした。狙いとしてはほぼ完璧に実現できました。」

 

「その狙いってのが、あのラインのかく乱って訳か。ゴーストってのは…高いレベルで自分自身と戦うためか?」

 

「はい。でも、その裏に隠した真の目的があります。それが、レコードラインアタックです。」

 

「レコードラインアタック…天皇賞春のコースレコードが出た時のラインを、そのまま走るって事か?」

 

「いや、私の考えるレコードラインっていうのは少し違うんです。師匠の受け売りですけど、ラインは”目的“ではなく、”結果“。脚を最も効率よく使って出来上がったラインが、レコードラインだと教わりました。」

 

「するとトレノは今、そのレコードラインを走ってるって事なのか?」

 

「ポイントを押さえて尚且つ、全開走行であるならそうですね。でも、私が想定してなかった副産物があったんです。見つけた時に思いましたね。これはとんでもない武器になるって。」

 

 

トレノさんがフッと前に瞬間移動したように見えた。あたしが何かミスしたわけじゃない。明らかに1バ身…一気に離れた。この感覚…皐月賞でも感じたことがある。あの時よりも、キレが増している。

 

落ち着くんだ。自分のペースを守るんだ。トレノさんのペースの乗せられて負けた経験だってあるんだ。焦らないで、じっくりと観察するんだ!

 

『1コーナーから2コーナーへ。トレノスプリンター早仕掛けで後続を引き離しに来ている。その差は約5バ身。追込脚質ではありますがどう展開されていくのでしょうか。』

 

 

「その副産物が、立ち上がり加速のキレの爆発的な成長でした。はっきり言ってそんなところが成長するとは思いませんでしたし、トレノちゃん自身、気付かずにやってることだと思います。」

 

「気付かずに…そんなことが出来るものなのか?」

 

「職人の域に到達してるからこそできる事なのかもしれません。ただ確実なのは、このテクニック自体はトレセンに入る前からあったって事です。つまり豊田さんのトレーニングで培われたって事です。

 

それが私のトレーニングで意図せずに強化された。ただいつでも出せるって訳じゃないと思うんです。そのいつっていうのは言えませんけど。」

 

「そこは俺たちが研究するから構わんけど、キタサンの様子がまたおかしくなり始めてる。トレノに付いて行っているのが悪影響って事か…。」

 

「見る人が見ればショックはデカいですよ。私の見立てでは瞬間的な加速力なら、タイシンちゃんやタマちゃんにも劣らないくらいだと思います。」

 

「あり得るのか、そんなことが?」

 

沖野さんや周りの子たちにも驚かれる。あの加速を知ってるからこそのリアクションだろうけど、はっきりと言わせてもらおうかな。

 

「はっきりと言います、あり得ません。トレノちゃんはどう転んでも、その2人の加速力に届いてませんから。それでもそう感じられるくらいの加速をしてしまう。

 

それ位キレがいいって事ですかね。」

 

 

凄く速い、トレノさんは確実に引き離しに来てる。ラインのシビアさも変わった。それに残像を残して前に出たようにも見えた。

 

キタちゃんも周りもかなり焦ってるように見える。私だって焦っている。トレノさんをあのまま行かせていてもいいのか。

 

フッ

 

まただ、2コーナーの立ち上がりで離された。これでどれだけ離れたんだろう、10バ身くらいあっても不思議じゃない。

 

それに、淀の坂でその差が詰まってもその先の下りでまた離される。そう考えるとこのレースは全体で見た時物凄いハイペースで進んでいるのかもしれない。

 

だったら私がトレノさんに勝ってる直線で勝負を仕掛ける。でも最後の直線だけだと差し切れない。だから向正面の直線でもペースを上げる。

 

それが1番確実に距離を詰められるし、何よりかく乱の影響を受けない。作戦は決まった。後は捉えるだけ!

 

『トレノスプリンター立ち上がって向正面に入ります。ここまで快調に飛ばしていきキタサンブラックとは6バ身ほどの差です。

 

流れるようにキタサンブラック、後ろの集団も立ち上がってきます。』

 

「ハアァ!!」

 

『サトノダイヤモンドが集団から抜け出してその先頭に出た。キタサンブラックもトレノスプリンターとの距離を縮めていきます。』

 

 

ダイヤちゃんもこのタイミングで仕掛けるなんて、考えることは同じって事かな。

 

でも全開じゃないはず。そのスパートが一旦終わるのがキタちゃんが坂を上り切った所、ダイヤちゃんがその手前までかもしれない。

 

逃げて確保したマージンはここで半分になると考えるとペースアップは避けられないな。脚はまだギリギリ使える。

 

勝負はこの先のコーナー。限界ギリギリの、一発勝負!

 

 

『キタサンブラック、トレノスプリンターに詰め寄ります。その後ろサトノダイヤモンドが集団から1バ身抜け出ています。それぞれの差は3バ身ほどです。

 

もうすぐ淀の坂に入ります。ここから仕掛け所が迫ってきます。各ウマ娘どう仕掛けるのでしょうか。』

 

この坂を上り切るまでスパートを掛け続ける。その先の下りは少し温存して最後の直線でもう一度スパートを掛ける。かなりギリギリになるかもしれないけどあたしが1着になる!

 

上り始めて、その差がどんどん縮まっていく。今で2バ身、上り切るまでに追い抜けるかもしれない。

 

ダイヤちゃんは…仕掛けてきてない。1度休んで、下りに入ってから仕掛けるって事かな。そうなると、あたしはかなり追い詰められてる。

 

前と後ろを気にしないといけないから神経をすり減らすことになる。消耗は最小限にしないと直線で全力を出せないかもしれない。

 

それなら、今一番警戒しないといけないターゲットをトレノさんに絞る。これならトレノさんに消耗しなくていいし、圧も掛けられる。

 

自分は温存して、相手に消耗させる。今までやったこと無いけど、やるんだ!

 

 

キタちゃんが徐々に離れていく。…5バ身くらいかな。でも、私が意識するのはトレノさん1人。キタちゃんも警戒しないといけないけど、それでもトレノさんを制することが、このレースを制するのではないかと思う。

 

『キタサンブラックが坂でトレノスプリンターに追いついた。しかし坂はそろそろ終わる。このまま並んでコーナーに入りそうです。』

 

だからここでキタちゃんが離れても気にしない。気にするのはトレノさんとの距離。坂に入ったおかげで少しずつ縮まって来てる。今はこのまま我慢しないと。

 

『坂に入って各バの差が縮まってきました。キタサンブラック、トレノスプリンター並んで3コーナーに入ります。サトノダイヤモンドも突っ込んでいきます。』

 

トレノさんが一気に離れる。でもここで仕掛けるのは私も同じ。4コーナーまでに捕まえて見せる!

 

「ハァ!」

 

『トレノスプリンターが仕掛けたのと同時にサトノダイヤモンド動いた!しかしキタサンブラック動かない!サトノダイヤモンド仕掛けているがダウンヒラーは捉えられない!

 

下りの速さはやはり怪物!キタサンブラックは3番手!サトノダイヤモンドがトレノスプリンターを追う!4コーナーに入ります、トレノ逃げ切れるか、ダイヤ、キタサン追い付くか!?』

 

 




「普通使いこなすかよ…宿ったばかりの能力をよぉ。」

「ブライアンのお陰だ。投げてくれた作者君のDISCから記憶を読んで使い方を覚えた。

後はこの能力、メタリカをお前に叩き込むだけだ。」

奴の背後に回り込みながらその体内にカミソリを作り出す。奴はたまらずそのカミソリを吐き出す。

「オグウエエェェェェェ!!この能力、やはり凶悪すぎる…。理性って言ってる割に凶暴すぎるんじゃあないか?

押さえこんでいる分、反動が恐ろしいものだ。お前はその反動を食らっているんだ。そのまま始末されたまえ。」

「く、何とかしなければ!」

奴はカミソリを何枚か持って掌に乗せる。奴は何をする気だ?…そう言う事か。メタリカの磁力を探知するために…。

あのカミソリを分解できればいいが、それが出来るほどの熟練度は無い。使い方自体は分かっているのだがな。

「来た、磁力が!その方向か!食らえ!」

「外れだ。」

「何ィッ!?既にダミーを配置していたのか…。見えないというのは厄介だな。だが
、そのための探知なんだ。すぐに見つけて…

こ、この反応は!バラバラだ!少なくとも、4か所にダミーがあるッ!」

「やはり、道具を与えるわけには行かないな。次の一撃で決める。」

確実にに決めるには、頭を切り落とすのが最適だろうか。首にカミソリを作って切り落とすか。私の今の精度では、細かく場所は指定できない。

ならば大雑把でも確実に殺せる、頭部を狙うのが確実だな。カミソリを作って、脳に損傷を負わせる。

殺り方は決まった。実行するべく、奴の頭に意識を集中する。すると奴が苦しみ始める。これで決まりだ。

「さあ、お前はもうどうしようもない!探知のしようもない!止めだ、メタリカ!」

ザシュ

途端、何かに体を切られた。くそ、片目をやられた。他に何か所も。新手のスタンド使い?いや、仲間を呼んでいるそぶりは無かった。ならば…。

ふと、脚の周りにカミソリが落ちているのを見つける。まさか…

「賭けだったがね…タイミングが合うかは賭けだった。もし間違えればこのままお前に始末されていたよ。」

「空中に投げていたのか…私が作ったカミソリを。私が攻撃するタイミング、一番磁力が強くなるタイミングに合わせて。

お前ではなく、カミソリ自身が攻撃するために…。」

「これで状況は振り出し。どちらが先に倒れるか、勝負と行こうか。」


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第九十八話 リベンジ

やっぱり、この下りじゃ勝負にならない。私の感覚じゃ、これ以上は突っ込めない!

 

でもそれは菊花賞で分かってること。真の仕掛け所は4コーナーから。3コーナーと違って平坦で、私にも分がある。

 

いくらトレノさんでも、あのスピードのまま4コーナーを曲がりにいくとは思えない。というより、曲がれないはず。

 

 

この4コーナーから仕掛けて、ダイヤちゃんもトレノちゃんも追い抜いて勝つんだ。まだトレノさんまで3バ身。まだ射程距離内に入ってる。

 

「「ハアアァァッ!」」

 

『トレノスプリンターが4コーナーに入った瞬間に後ろ2人が仕掛ける!開き始めていた差がまた詰まり始める!』

 

同じかそれ以上のスピードでコーナーに入っていく。トレノさんのラインは覚えてる、それに乗せるん……

 

「……え?」

 

ラインが、全く違う。乗せようとしたラインが、崩れてしまった。崩れてしまったなら、今のトレノさんのラインをコピーすればいい。

 

スピードもまだ乗ってる。今ならまだ間に合う、飛び込むんだ!

 

フッ

 

 

トレノさんと同じラインで…しかも私は、キタちゃんも、身体能力も上のはずなのに…

 

 

どうして同じラインで走れない。

 

 

どうして同じスピードで突っ込めない。

 

 

「「冗談……でしょ……!?」」

 

「そして、トレノちゃんの真価は懐の広さです。どんなラインでも使いこなせるようになって、自分の体が0.1秒後、どうなるのか完全に予想できるからこそ、あんな突っ込みが出来る。

 

トレノちゃんだからこそ、トレノちゃんでなければ実現できない…トレノちゃんだけの領域です。」

 

『縮まったと思えた差がまた開いた!私の目では2バ身一気に開いたように見えた!先頭は単独トレノスプリンター!4コーナーを立ち上がって最終直線!

 

3バ身ほど後ろサトノダイヤモンド、その後ろキタサンブラック!立ち上がりますが直線でも少し差が開いている!

 

3バ身から4バ身へ!あと300!4バ身が3バ身に少しずつ追い付いて行きますキタサトコンビ、懸命に追いすがります!そのキタサトコンビも抜きつ抜かれつの攻防を繰り広げている!

 

200を通過、トレノまで2身!まだ分からないまだ分からない!ダイヤキタサン未だに射程距離に捉えている!キタサンが頭一つ抜け出たさあトレノかキタサンか、ダイヤが差し返すのか!

 

100メートル!もう僅か!言葉では間に合わない、僅かだ、僅かだがトレノスプリンター有利!大逃げを打って最後までペースを落とすことなくゴール板を駆け抜けそうです!

 

今、ゴールイン!僅かに逃げ切った!1着はトレノスプリンター!2着にキタサンブラック、3着はサトノダイヤモンドです!」

 

ワアァァァァァァァァァッ!!

 

「ぷっっっっっっはぁ!よかっっったぁ、勝ったぁ!息が詰まるかと思った…。」

 

 

掲示板を見て1着を再確認する。やった、逃げ切ったんだ!

 

『追込脚質のトレノスプリンター逃げ切りました!そのタイムはレコードタイ!菊花賞が不調だったと言わせてしまうくらいのレース運びで1着を手にしました!』

 

「ハァ……ハァ…トレノさん、やっぱり追込じゃないですよね。」

 

「私としたら……こんな走り方はあまりしたく…ないんだよ?追い込んでる時より…疲れるし…。キタちゃんみたいなペース、ホントに疲れる……。」

 

「私は、今日こそトレノさんに勝つつもりでした。でも勝てなかった。…次こそ、勝ちます!」

 

ダイヤちゃんはああいうけど、あの子の学習能力だったら簡単に抜かれる。うかうかしてられないな。

 

 

 

 

 

「うん、タイムも変わりなし…。だいぶ板についてきたんじゃないかな。あまり意識しないでもできてるんじゃないかな。」

 

「半年もやってるとそれが普通になっちゃいますよ。渋川さんだってそうだったんじゃないですか?」

 

「確かに。」

 

春天から1カ月次のレースを宝塚記念にすることにした。王道と言えば王道だけど、何より、ロータリーちゃんとぶつかる。

 

その成長ぶりたるや、直線じゃ手も足も出ないのは元より、コーナーだってトレノちゃんと遜色ない位の成長を遂げていた。多分、東条さんが色々やったんだろうな。

 

もしくはバケモノ生徒会の入れ知恵か。とにかく、ロータリーちゃんは生徒会3人と比べても勝るとも劣らないくらいだ。

 

あれに勝つとなると、努力だけでどうにかなる訳が無い。何か、搦め手が必要になる。公道で使える搦め手が、ターフで使えればいいんだけど、基本的に無理。

 

出来て溝落とし。でも実際トレノちゃんの十八番だし、それ以外に何かあればなぁ。うーん、何か考えないと…。

 

「渋川さん?電話なってますよ。」

 

「あ、ホントだ。ちょっとごめんね。もしもしー?」

 

『よう渋川、元気してっか?』

 

「相葉君からかけてくるなんて珍しいね。なんかあった?」

 

『まあな。明日の予選最終日によ、オレの後輩が走るんだよ。先輩として、応援してくれる奴を増やしてやろうと思ってな。』

 

「もうそんな時期だっけ。」

 

張り切って忘れてた。トレノちゃんとのトレーニングで意識もしてなかった。

 

『ま、お前の本業はトレーナーだからな。忘れててもなんも言わねえよ。』

 

「うぐぐ…忘れてた訳じゃないやい!…で、その後輩君の名前って?」

 

『片桐夏向って言うんだ。素直でいい奴だぞぉ、テレビ越しにでも応援してくれよな。じゃあな。』

 

片桐夏向か…相葉君が目にかけてる後輩だからある程度は速いだろうな。でも相葉君だしなぁ。教えるの下手そうだなぁ。人のこと言えないけど…。

 

 

 

『全世界のMFGファンの皆さんこんにちは。実況中継はMFGの生き字引こと、田中洋二がお送りします。』

 

「なあ、俺たちも見ないとダメか?」

 

「当たり前です!相葉君の後輩が出るってなったら応援しないでどうするんですか!」

 

「俺その相葉って人が去年お前が抜いてった相手ってくらいしか知らないんだけどなぁ…。おハナさんは他に何か知ってる?」

 

「聞かないで頂戴…。」

 

「そんな沖野さんと東条さんに悲報です。この人昨日までMFGやってたの知らなかったんです。相葉さんから電話が来てそこからお熱になっちゃって。」

 

昨日の電話から渋川さんが部屋に籠ってMFGの予選を全部見ていた。そしたら火がついてしまって、スピカもリギルも巻き込んでしまった。この人は暴走するとなぜこうも歯止めが効かなくなるのか。

 

「やっぱ走り屋か…。」

 

「本業はどっちなのよ…。」

 

『次は…初出場の新人が登場です。86号車は英国からの挑戦者(チャレンジャー)、片桐夏向選手! 10秒前!』

 

「は、86ぅ?いや、戦えるのぉ?」

 

「ターボが入ってるなら分からないけど、NAだと厳しいわよ…。」

 

渋川さんとマルゼンさんが反応する。いかにもスポーツカーですって見た目だけどなぁ。

 

『アクセル全開で急な坂を上っていきます!どんな走りを見せてくれるんでしょうか、英国からの挑戦者(チャレンジャー)。』

 

「音だけ聞いた感じ、NAのマニュアル。第1セクションは苦しいだろうね。第2セクションの下りから本気で攻めないと30位すら難しいよ。」

 

「そこまで分かるものなのか?」

 

「大体ですけどね。エンジン本体には手が入ってないっぽいし200馬力でMFGは流石に非力すぎですね。夏向君には悪いですけど、30位を狙うんじゃなくって、無事に走り切ってくれることを祈…」

 

そこまで渋川さんが言うと、テレビの画面にP54と表示される。

 

「54位!?冗談でしょ!?」

 

「システムのエラー?いや、MFGのシステムに限ってそんな事…。」

 

2人が困惑してる中、86号車が1つコーナーをクリアして順位を1つ上げる。縁石とは数センチしか空いてないように見える。多分、凄いドライバーなんだと思う。

 

「上がってる…。嘘でしょ、NAの86なんだよね。」

 

「ウエストゲートの抜ける音が聞こえないからNAのはずよ。それでこの順位なんだから恐ろしいわね。」

 

『あぁっとこれは…86号車に注目フラグが出ています!ルーキーに注目フラグが出されたのは昨年の渋川榛名、ミハイルベッケンバウアーに次ぐ快挙です!』

 

「ですって。貴方、転職しても仕事一杯あるんじゃないかしら。」

 

「茶化さないで下さいよ。それよりも夏向君です。ここまでとは思いませんでした。相葉君の後輩って言ってたけど相葉君より速いんじゃないの?…電話してみよ。」

 

そう言って相葉さんに電話する。するとすぐに繋がったみたいで、足早に話し始める。

 

「相葉くぅん、夏向君って何者なのさぁ。」

 

『オレに聞かないでくれよ。知り合ったのだってスゲェ最近だし、緒方、どこ出てるって言ってたっけ…イギリスの名門を出てるらしい。詳しいことは後で聞いてやるから、今は切るぞ。』

 

「いいじゃんこのままで、別にセコンドブースにいる訳でも無いんでしょ?じゃあこのまま繋い」

 

『そのセコンドブースにいるんだよ!セクター2に入るから切るぞ!』

 

「あちゃー、切られちゃったか。イギリスの名門か。マルゼンちゃん、どこか分からない?」

 

「分からないわねぇ。あたしもドラテクは独学だから。」

 

「何者なんだ夏向君って。」

 

渋川さんとマルゼンさんが熱く語っている。でもね、凄いのは分かったんですけど貴方達以外、置いてけぼりなんですよ。

 

 




どうする、攻撃しようとすればカウンターが来るとなれば、メスなどを作って遠距離から攻撃するか。

だがこちらが何か仕掛けるたびに磁力を強めればそれがカウンターの引き金になってしまう。

だが、攻撃しなければこちらの負けだ。私の勝ち筋は奴の鉄分をすべて抜くこと。抜きさえすれば放っておいても奴は死ぬ。

であれば、攻撃の手は緩めない!すると、ヤツは邪悪な笑顔を浮かべながら喋り始める。

「お前の目的は俺を殺すこと。そして俺の目的はお前を妹にすること。少し俯瞰してみれば、勝利条件はお前の方が単純で簡単だ。

なんせ殺すことだけを考えればいいんだからな。だが俺は戦闘不能にして且つ生かさないといけない。

だから、少し協力してもらおうか、ブライアン。」

奴がそう言った瞬間にブライアンの体が宙に浮かぶ。ホワイトスネイクが首を掴んで持ち上げているのだ。…まさか、ブライアンを盾にするつもりなのか!?

私の悪い予想は当たってしまい、ブライアンは奴の近くにドタンと雑に置かれる。

「俺の横に置く。これだけでお前は簡単には攻撃できなくなる。出来たとしても、ブライアンを避けて攻撃しようとするから方向はえらく限定されるなぁ?

そこか!」

大体の方向を悟られ、扇状にカミソリを投げてくる。避けられないような投げ方だ。

腕で顔の周りを防御して深手を避けるが、腕やわき腹を切られた。

「ぐぅっ!貴様…!」

「そこそこ当たったようだな。お前も出血がひどいだろう?妹になってくれればこんな痛い思いもせずに済むんだぞ?」

「ふざけるな!誰が貴様なんぞを兄と呼ぶものか!くらえ!」

奴に向かってメスを5本投げる。奴はスタンドでそのメスを4本弾いて見せた。そしてもう1本は…。

「おいおい、もう少しちゃんと狙わないとなぁ。ブライアンに当たっちまったじゃあないか。」

「…くッ!」

「…うぐ、何か作り始めやがった。喉にはさみかッ!ホワイトスネイク、メスを投げるのだ!」

奴は喉に手を突っ込んではさみを取り出す。その間にホワイトスネイクが投げたメスが私の元に降ってくる。だがその程度

「磁力を解除する!そして避ける!」

全力の横ステップで避けられる!メスは元居た位置に刺さる。だが、この方法では足跡から探知されてしまう可能性がある。

「成程な、そこだな!」

そこを見逃す奴ではないか。先程作ったはさみをこちらに投げてきた。だが、これなら避けられ

ドズズッ

「がっは…なぜ…横からメスが…。」

「磁力は解除していたのに…か?俺が投げたはさみはブラフだよ。本命は先ほど投げたメスだ。走れば当然バレる。だとすれば横っ飛びで回避するだろうことは予想できた。

そこをホワイトスネイクに追跡させたんだよ。」

言われて着弾点を見るとホワイトスネイクがそこに立っていた。

「さぁ、お前も終わりだ、ハヤヒデ!」


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第九十九話 86号車

「第2セクション、ここからお手並み拝見って所かな。」

 

「ここから下りが続くのよね。馬力の差は縮まるし、むしろアンダーパワーな86の方が有利な場面は増えてくかもね。」

 

『遂にトップ50にもぐりこみました 速い、ダウンヒルが速い!ニュースターの誕生を予感させてくれます!片桐夏向、19歳!』

 

19歳って事は私より2つ年上になるのか。ほぼ同年代で、同じアスリートなんだけどやっぱりアスリートってすごいなぁと他人事のように考えている。

 

だって何が起こってるのか分かんないんだもん。

 

「凄いわね、夏向君って。ねぇルドルフ、新しいシューズを履いた時ってどういう感じで走る?」

 

「唐突だな。そうだな、脚に馴染ませるようにゆっくりとジョギングのように走って、慣れてきたらペースを上げるな。」

 

「それが今の夏向君。多分夏向君は今日初めて86に乗ってる。それでいて、600馬力級のモンスターたちに迫ろうとしてるのよ。ここから夏向君のペースはもっと上がっていくはずよ。」

 

ここからまだペースが上がっていくのは驚きだ。素人目で見た時、とても速くて全力で攻めてるようにしか見えないんだけど。でも不思議と納得できた。まだ何か引き出しを隠してると思う。

 

「もっと不思議なのは初めて走るはずのコースであそこまでのラインとペースを作れる事だよ。デモ走行を見てたとしても、実際に走ると違うところがありすぎて修正するのに少し手こずるはずなのに。」

 

「でも渋川も大体あんな感じだったんだぞ?夏向君も同じなんじゃないのか?」

 

「いやいや、全然違いますよ。実際、1セクでその誤差を修正するのと精神的なスランプでかなり手こずったんですから。でも夏向君にはそれが無いんです。

 

まるでコースの段差やシミまでも完全に把握してる…それこそ何百回走り込んだような走りをするんです。クルマだって初めてのはずなのに、天性の才能ですよ。」

 

「そうなのか~…あ、おい、順位が下がっちまったぞ。やっぱりパワーの差なのか?」

 

「です。第2セクションの終わりは上りになってパワーの差が顕著に表れますからね。でもここからです、第3セクションはほとんどが下りです。標高差864メートルを一気に駆け降りるダウンヒル。

 

多分、ここからが夏向君の本領発揮です。」

 

渋川さんの言葉通り、86号車がコーナーを抜けるたびに順位が上がっていく。私にも分かる、タイムを出しに行く走りに切り替わっている。

 

「ちょっ、ちょっと!クルマが横向いて走ってますよ!?危ないですよ!」

 

「大丈夫だよスぺちゃん、あれでもコントロールは出来てるからさ。クラッシュはしないと思うよ。実際、順位も上がってるし。」

 

『底知れぬポテンシャルを秘めています、片桐夏向!この走りには危険なにおいがただよいます。小田原パイクスピーク名物の死神が迫る!』

 

「さあ来た死神、どう攻略していくのかな?マージンを取ってたら神フィフティーンには入れない。だからと言って視界の無い中で攻めれば事故るかもしれない。

 

夏向君はどう出るかな?」

 

「視界が無いどころか、真っ白じゃねえか。ここでタイムを出すなんて正気じゃねえぞ。」

 

沖野さんの言葉通り、86号車の映像は後ろ姿以外すべて白い世界に覆われていた。コースの先なんかまったく見えない。

 

「でも攻めないと神フィフティーンには届きません。それが分かっているから夏向君は攻めています。この霧の中でタイムを出すにはコースの細部…路面のギャップまで把握しているほどの熟練度とあと1つ、」

 

「「闘争心。」」

 

ロータリーさんと声があった。霧の中を攻めるのであれば、絶対にいるであろうことが分かった気がしたから。

 

「そう、誰にも負けない、霧の恐怖を押し込めるほどの闘争心が必要になる。順位が上がった、残り16台。…食い込めるか?」

 

86号車の快進撃は続く。濃い霧の中で8台…今抜いて9台ごぼう抜きに追い抜いて行った。世界的なレースでこの順位に入れるだけでも凄いのは分かるのにごぼう抜きにしてしまうとなると、夏向って人の凄さが際立つ。あ、また1台抜いてった。

 

『死神を抜けた!大平台のヘアピンカーブがクリアにうかび上がる!』

 

ブレーキを踏んで減速する。そのままコーナーに入ると後ろのタイヤが派手に滑り始める。その瞬間、渋川さんが無言で立ち上がる。

 

「どうしたんですか?」

 

「…ダブって見えたんだ。藤原さんのハチロクの…超高速四輪ドリフト!それと、トレノちゃんがさ…。」

 

「私が?…え、泣いてる?」

 

「あのドリフトをまた、この目で見られるとは思わなくてさ。どこ行っちゃったのかなあのテープ。」

 

「今聞いていいのか分からないけど、貴方が走り屋になったきっかけって何だったのかしら?」

 

東条さんが聞く。気になってはいたけど聞いたことは無かったな。渋川さんが天井を仰ぎながら話し始める。

 

「そうですねぇ、きっかけは、お父さんが持ってたビデオテープだったんですよ。今は公には出来ない、峠でのバトルが収められてるテープだったんですけど、アレを見た時にはレーサーになるのが夢だったんです。

 

トレーナーを目指すようになったのは大学生だった時ですね。もっと言えば3年前にマルゼンちゃんと初めて会った時ですね。」

 

「お前、よくトレーナー試験受かったな。T大合格するくらい難しいのによ。勉強期間だって短かっただろうに。」

 

「ほとんど気合です。出そうな単語暗記してなんやかんややって何故か合格したので。歴代で最低点だったらしいですよ?ハハ。

 

…そんなことより、とんでもないところまで来ちまってますよ。18位…86がまさかここまで来るとは…。」

 

『綱渡りのような全開アタックがつづく!依然としてセクターレコードを上回るペースを保持したまま!』

 

セクターレコードは…上がり3ハロンみたいな感じの区間タイムって事でいいのかな。それを上回るペースで走ってるのか。

 

「…スゲェ、コイツ俺より速いよ。間違いない、断言できる。テクニックは文句なしにMFG最強だ。車のパワーが無いからつり合いが取れてるだけで、もしパワーのあるクルマに乗り換えたらこんな所にいるやつじゃないよ。」

 

「榛名ちゃんがそこまで言うのなら、確実なんでしょうね。夏向君を決勝でも見たいわね。」

 

「ああ、今で16位。先の事を考えるともっとマージンがいる。攻めてあそこに行くまでに13位になれていれば…!」

 

その言葉の瞬間、順位が上がって15位になった。渋川さんが言っていた神フィフティーンに遂に到達した。少なからず鳥肌が立った。

 

このクルマにパワーが無い事は渋川さんとマルゼンさんが何度も言ってて分かっていた。だからなのか、私と86号車を無意識に重ねていたからここまで来たことが自分の事のようにうれしく思う。

 

「もしもし相葉君、14位まで大体何秒?」

 

『そんなに急かすな、すぐそこにいる、もうすぐ捉えるはずだ。…だが、勾配もなくなってくるし、何よりこの先には1.9キロのロングストレートがある。86の戦闘力でそこを凌げるかどうか…。』

 

「ここまで来たんだぜ、俺達は信じる事しかできない。夏向君が15位でゴールして決勝進出ラインを守り切ってくれる。信じるしかないんだよ。」

 

順位が1つ上がる。14位。それを見て2人が立ち上がる。その先には相葉さんも言っていた1.9キロのストレート。私と重ねているせいか、このストレートを見た瞬間にダメだと思ってしまう。

 

でも渋川さんの言う通り、私たちは信じるしかない。

 

『車速の伸びが鈍ります。目に見えない後続車達がジリジリと迫る!』

 

『ヤバいよ、6速が伸びない!ひとつ下がったァ!』

 

セコンドの人らしき人の声が聞こえた。6速、私のギアより1つ多い。それでも伸びていかないのか。15位、そこさえ死守できれば決勝に出られる…!自然と手に力が入る。

 

『バランスを崩しながらも東風祭のコーナーをクリアしていきますまさに限界ギリギリのプッシュが続く!』

 

「相葉ぁッ!!あと何秒だぁッ!」

 

渋川さんが声を荒げる。あまりに突然でビックリしてしまった。周りもかなり驚いた感じで渋川さんを見てる。

 

『16位のクルマが0.3秒まで迫ってる。こいつにさえ抜かれなければ…。』

 

「逃げろ、夏向!全力で逃げてくれ!」

 

『コンマ03秒、本気でギリギリの紙一重だ、どっちに転ぶ!?でもこの位置にいる車に…。』

 

「パワーが無い訳…!」

 

「ねえだろ…!」

 

「「「いけえええええぇぇ!!」」」

 

一丸となって叫んだ!初めは乗り気じゃなかった人も見ているうちに全力で応援していた。ここにいる全員が決勝に進んで欲しいと思ったはずだ。

 

『16位!僅か100分の19秒の差で、決勝外に沈みました!』

 

「僅差…あまりにも惜しかったな。…まあ無事に走り切っただけ、良かったんじゃねえか?」

 

バッタァン!

 

「渋川さん!?」

 

「あーもうすべてがどうでもいい今なら何が起こっても無関心を貫けそうだこの世のすべてどうにでもなってしまえ~。」

 

今まで見たこと無い位に無気力になってしまっている。困ったなぁ、この後はトレーニングだからやる気出してもらわないと。

 

「ほら、トレーニング行きますよ。宝塚記念まであと1ヵ月なんですから。」

 

「自主練で。」

 

「は?」

 

「自主練でお願い。俺はもう少しこのまま放心してるからさ。」

 

「ほら行きますよ~。時間無いんですから。」

 

「いででででで!分かった、悪かったから襟を引っ張らないで!首が締まる!」

 

 




奴が攻撃に来る。ホワイトスネイクは右から攻撃してくる。

脅威となるのはホワイトスネイクだ。奴を止めるには本体を殺すしかない。射程距離内には入っている。

「…! ガフッ…!」

吐血するほどダメージが深刻なのか。コンマ1秒たりとも無駄に出来ないのに、こんな時に、1手遅れてしまった。

それでも奴の体内にカミソリを作る。どこでもいい、ひるんでくれればチャンスは生まれる。

「ぐがぁああああ!!…此れしきぃ!」

肩からカミソリが飛び出しているのに止まらないのか!立ち上がって避けようとするが、傷が痛んで反応が遅れてしまった。

「貰ったぞ、ハヤヒデぇ!」

「ウシャアアアアアアアッ!」

ホワイトスネイクの手が私の頭に突っ込まれる。ダメだ…手放してはいけない…。

意識が……うす…………れ…。

「さてハヤヒデ、さっきブライアンが投げた理性のDISCを渡してくれないか?もう取っておく必要もないし、万一復活されても困るからな。」

「私は持ってない。」

「おいおい、お兄ちゃんに嘘は良くないなぁ。ブライアンが俺から奪ってお前に投げたじゃあないか。確かに拾ったはずだぞ?」

「持ってないよ、兄さん。さっき投げてしまったんだから。」

「投げた?いつ投げたというんだ?俺はそんなところを見ていないぞ?」

「だったら、ブライアンに聞いてみたらどうだ?ちょうど、兄さんの後ろに立っているぞ。」

「ッ!ホワイトスネ」

「オラァ!!」

「はぐあぁあ!!」

「もいっぱぁつ!」

意識が戻った…?前を見ると倒れている本能と立っているブライアンがいた。

…いや、ブライアンではないな。

「全く、もう少し早くても良かったんじゃないか?作者君。」

「待たせましたね。あとはコイツを始末するだけです。」

「成程、DISCが入ってない肉体は言うなれば、カラのCDプレイヤー。投げたメスにDISCを括りつけて飛ばしたのか!見えねぇようにメタリカで透明にして!

そして、復活させやがった!理性の俺をッ!」

「そう言う事みたいですね。さて、貴方を生かしておく意味はもうありません。このまま始末します。」


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第百話 息抜き

後書きの戦闘の雰囲気からこんにちは。

このシリーズ、遂に百話という大台に乗ってしまいました。

まさかここまで来るとは思いませんでした。皆さんありがとうございます。

失踪すると思ったんですけどねぇ。

お礼はこのあたりにして、本編どうぞ!


「きゅうけいでーす。」

 

「どんだけ引きずってるんですか。」

 

あれから1時間、トレーニングは見てくれてるけどやる気のやの字も感じない。無気力もいい所だよ。

 

とおるるるるるるるるるる

 

「もしもしぃ?どしたの相葉君。」

 

『お前落ち込みすぎだろ。そんな事だろうと思ってな、オレのおごりで残念回を開いてやる。お前も来るか?』

 

「うーん…パスで。トレノちゃん怒らせちゃってさ。これ以上怒らせるわけには行かないよ。」

 

『そうか…カナタも来るんだがな。』

 

「行く行く!何時にどこ集合?」

 

『スゴい食い付きだな…。6時に小田原駅東口に集合な。待ってるぜ。』

 

「オッケー。じゃあまた後で。…と、トレノさーん、ちょっとよろしいですかねぇ。」

 

急に畏まってきた。確かにあの時はイラっと来ましたけど…。

 

「良いんじゃないんですか?話は大体聞いてましたし、別にそれくらいじゃ怒りませんよ。」

 

「ありがとうね、それじゃ今日はこれでー!」

 

…足速いな渋川さん。そんなに行きたかったのか。さて、もう少し走り込んでから上がろうかな。夏向さんの走り、参考になる部分が多かったし。

 

 

 

なるはやで来たけどかなり時間が掛かってしまった。相葉君からお店で待ってるって連絡が来たから近場に車を止めて急ぐ。

 

「ごめん、待った!?」

 

「いや、今始めたとこだ。ちょうどあの話も終わったしよ。」

 

「えー、何の話してたのさー。」

 

「秘密だ。っとそうだ、紹介するぜ。オレのカワイイ後輩のカナタと、メカニックの緒方だ。」

 

「どもども、渋川榛名です。以後よろしくねー緒方さんに…夏向君でいいかな?」

 

19歳ってのは聞いてたけど、見た目のせいでもう少し若く感じる。この若さであの完成度、名門を出てるっていうのは伊達じゃないね。

 

「WAO、インプレッサのシブカワ!イギリスでは今でも人気なんです。夏向です、よろしくお願いします。」

 

うそ、イギリスでも有名なんだ、私。…えへへーなんだか照れるなー。

 

「緒方だ。よろしくな。」

 

「さて、今日は残念会だからな。たくさん食ってたくさん飲んで悔しさを晴らすぞー!」

 

 

 

「それで、今頃は小田原の方でメシ食ってるって訳か。」

 

「そうですね。でも渋川さん、この所かなり根を詰めてたみたいなので。いくら宝塚が近いからってトレーニング漬けだと持ちませんから。」

 

「…思ったんだけどよ、渋川よりお前がしっかりしてるとよ、どっちが面倒見てるのか分かんねえな。」

 

「いやぁ、流石にそこまでじゃないんじゃないですか?渋川さんだって大人ですし、節度は持ってるはずですよ?」

 

「クリスマス会。」

 

「あれは…お酒癖が悪いだけ……なはずです。」

 

そのはず。だってそれ以外は意外とまともだったはず。トレーニングメニューだってしっかり組んでくれるし、お茶だって…

 

(トレノちゃーん、お茶飲みたーい。)

 

(トレノちゃーん!書類が終わらないよ~!)

 

……

 

「?」

 

「まあそんなに難しく考えるなよ。渋川があんなのだっていうのはもう分かり切った事実じゃねえか。」

 

「ですね。」

 

他愛のない会話をしているとスマホが鳴る。誰かから着信かな…渋川さんか。画面を見るとビデオ通話で掛かっていた。

 

「もしもし?」

 

『トレノちゃ~んw飲んじゃった~w近くの焼肉屋さんにいるから迎えに来』

 

ピッ

 

「くそが。」

 

「お前の口からストレートな悪口が聞けるとは思わなかったよ。」

 

 

「切られたー!なんでさー!」

 

「未成年にこんな時間に迎えに来いなんて言ってもそんな反応されるだろ。」

 

「まあ多分来てくれるって。それより夏向君!決勝に出られるよ!意気込みは!?」

 

「ボクの目的はチャレンジすることですから、精一杯、エイトシックスの限界を引き出せるように頑張ります。」

 

「その意気だ!俺も応援してるからなー夏向君!」

 

「カナタぁ、頑張れよー!」

 

「貰うぞー!10億ー!!ハハハ、たくッ大した奴だ、お前はよぉ!」

 

 

 

「夏向君が決勝~めでたいねぇ~。」

 

「随分とご機嫌ですね、渋川さん。」

 

ご飯を食べた後、あの状態の渋川さんを放っておくほうが危ないだろうと思い、結局電車で神奈川まで来てしまった。

 

「来てくれたんだー俺は信じてたよー。電車だと遠かったでしょー。さて、帰ろうかー。」

 

「帰るってどうやってですか。」

 

「クルマで。ここに置いてくわけには行かないからさー。はいこれカギ。」

 

そう言ってカギを渡してくる。いや待って、それはおかしい。

 

「まさかですけど、私が運転するんですか?」

 

「大丈夫~やり方は教えるしぃ、来年には免許取るんだから覚えといて損はないよ~?」

 

完全に酔ってる…。やっぱり来ない方が良かったかな。というか、この人は何て言って帰って来たんだ?迎え呼んでるとか言ってないと相葉さんとかが止めるはずだし。

 

「サー出発しよー。良いから回してくれや、ねーちゃん♪」

 

「もう助手席座ってるし…でもなぁ…もう少しごねる」

 

「トレノちゃ~ん、運転は楽しいよ~こっちの世界においでよ~。」

 

「いつの間に後ろに!?ちょっ…離して……このパワー、やっぱり人間じゃあない!」

 

そのままあれよあれよと運転席に座らされてしまった…。いやホントにこの人人間なのか?……しょうがない。

 

「どうか警察の方々には見つかりませんように!」

 

「真夜中なんだからバレないってぇ~。まずはエンジン掛けてローに入れてクラッチ繋いでレッツラゴ~。」

 

 

 

「……」

 

「……ねえトレノちゃん。」

 

「なんですか?今集中してるので出来れば手短にお願いします。」

 

「やってた?」

 

「何をです?」

 

「いや…運転してた?したことあるよね?」

 

ギアを変える。クラッチを繋ぐ。この一連の動作で小さなショックすら出なかった。運転し始めてから1時間の間で一度も。丁寧な運転だし、その中に熟練の技が隠れている。

 

それをトレノちゃんがやっている。一度も運転したことのないトレノちゃんが。

 

酔いなんか吹っ飛んでしまった。今俺を支配しているのは目の前で起きている異常事態に対する驚きだ。

 

「ある訳ないじゃないんですか。今だって誰かに見つからないかビクビクしてるんですから。」

 

「とか言いつつあともうちょっとで着くじゃん。いやホントに運転上手いよ。…ていうか、俺より上手くねぇ?」

 

 

 

「あ~良かったぁ。誰にも見つからなくて。」

 

「ありがとうね。酔ってたとはいえこんなイカれたお願い聞いてくれて。」

 

「良いんですよ。半年禁酒して頂けるならですけど。」

 

「わ、分かりましたぁ…。」

 

「それとは別に、思いついた事があるんです。上手くいけば宝塚記念でロータリーさんに勝てるかもしれないんです。」

 

「ロータリーちゃんに勝てるかもしれない…。実は私も思いついた事があるんだ。明日、ミーティングで話し合おうか。」

 

 




状況は2対1。それに作者君の攻撃が頭に入ったようで、奴はまだ動けないでいる。

「く…くそがっ!あと少しで妹に出来たのに!」

「強制的に妹にしても、ただ虚しいだけですよ。」

「てめぇだけでも道連れにしてやるよッ!」

悪あがきのように作者君に襲い掛かる。だが所詮悪あがき、隙だらけだ。

奴の手首にカミソリを作り、その拳を切断する。奴はその場でうずくまり、作者君は分かっていたように微動だにしなかった。

すると、奴の体が崩れ始める。

「や、やめろ…。お前たちを支えてやれるのは、俺だけなんだ。考え直すんだ…!」

「ハヤヒデさん達は、僕たちがいなくても十分にやっています。今更、僕たち第三者が介入する余地は無いんですよ。」

「道で干からびてるミミズがぁぁぁぁぁッ!俺に向かって講釈を垂れてんじゃあないぞぉぉぉぉぉぉッ!」

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ! オラァ!」

「はぐあぁあ!」

そのラッシュで空中に吹き飛ばされた奴は、そのまま炸裂した。

「ブライアンさんのDISCも無事に回収できました。すいませんでした、僕の不手際です。いまキズを治しますね…あーあ、小指も吹っ飛んでるじゃあないですか。」

作者君が何やら不思議な力でもってキズを治す。見た目がブライアンだからか、いつもと立場が逆で少し恥ずかしい感じがするな。

「私にとってはそれすら気にする余裕もない位切羽詰まっていてね。それで、メタリカなんだが、ホワイトスネイクが無い以上、どう取り出したものか…。」

「うーん…差し上げます。ハヤヒデさんだったら悪用はしないでしょうし。忘年会の一発芸にでもお使いください。」

「そう気軽に使える能力でも無いだろうに。」

「ですね。さて、キズも治ったのでそろそろブライアンさんを復活させましょうか。多分DISCを強引に差し込めば反動で僕のDISCが飛び出してくると思うので、後はお願いしますね。」

「ああ、次回の前書きくらいには君も復活しているだろう。」

「待ってますね。それでは、また次回。」


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第百一話 もっと先へ

「いやー一時はどうなる事かと思いましたよ。」

「全くだ。私や姉貴に至っては死ぬ寸前まで行ったんだぞ。」

「まあブライアン、こうやって生きているんだからいいじゃないか。それにいざとなったら作者君をそのまま始末できるからな。」

「うっ…肝に銘じておきます……。」

「それではな、今日はもう疲れたから帰らせてもらうよ。」

「同じくだ。もうこれ以上巻き込むなよ。」

「はーい。……えー、皆さま長らく茶番にお付き合いいただきありがとうございます。

多分もうこんなことにはならない多分。まあ後書きなんてほとんど誰も見てないでしょうけどw

それでは本編どうぞ!」


「さて、まずは一言。昨日はとんだご迷惑をおかけしました。今年中は禁酒を宣言します。」

 

ミーティングの為にトレーナー室にきたら渋川さんに謝られた。会っていきなり謝られるというのは心臓に悪い。

 

「あ、はい。反省してるなら大丈夫ですから…。」

 

「うん、今後気を付けるよ…。じゃあ気を取り直して、ミーティング始めようか。早速だけど、昨日の擦り合わせから行こうか。私からいいかな?

 

私の提案はいたってシンプル。エンジンのパワーアップだよ。」

 

「パワーアップですか。具体的にはどうやるんですか?」

 

「意識を変えていくって感じかな。トレノちゃんの今のエンジンでも11000まで楽に回る超高性能ユニットだけど、私はこれが最高のパフォーマンスじゃないと思ってる。もっと、先があると思うんだ。」

 

「先ですか?」

 

「つまり、もっともっと回ると思うんだ。まだ1000…いや2000は回るんじゃないかって思ってる。元々が耐久度外視でチューニングされたレース用エンジンだから、ストリートという限定されたステージで走るとなるとデチューンされたはず。

 

でも今トレノちゃんが走ってるのはレース。クルマで言うF1やSUPERGTだからね。その性能を、出し惜しみする必要は無いし、してたら勝てない。

 

だから、宝塚までにレブリミットを1000引き上げるのが私の提案かな。」

 

このエンジンが…脚がもっと回る…。そんなことは考えても無かった。でもここからは限界を超えないと勝てないレースが続くはず。どんなことでも、何回だって限界を超えてやる。

 

「さて、次はトレノちゃんだよ。」

 

「はい。昨日のカナタさんの走りを見て、思ったんです。いくらコーナーでその差を詰めても、長い直線で苦も無く取り返されてしまう。言ってしまえば、私と同じじゃないですか。」

 

「そうだね。夏向君の86にはパワーが無いからね。カマボコストレートで230キロで頭打ちになって後続車に追い抜きを許した。他のクルマは300キロを上回ってるのにね。」

 

「でも、私とあの86号車とじゃ、違うところがあると思ったんです。…渋川さん、私のギアに、6速を追加することってできませんか?」

 

渋川さんが考えこむ。昨日の自主練の時に思いついて、実際に6速をイメージしてシフトアップしようとしたら、感覚がおかしくなってしまった。そこにギアは無い。あってもそれはバックギアだ…という感覚が体を襲ってしまったから。

 

少し考えて、渋川さんが口を開く。

 

「トレノちゃん…それは”アリ“だ。」

 

「本当ですか!?…でも、昨日やってみてちょっと変になっちゃったんですよ。」

 

「感覚の違いだろうね。元のトレノ…ハチロクのギアは5速。そして86は6速。バックギアの位置が全く違うんだよ。頭で意識した時にそこの辺りがバグを起こしたんじゃないかな?」

 

「…なんで分かるんですか?流石に気持ち悪いです。」

 

「ごめんって。でも着眼点は最高だよ。更に1段上のギアは最高の武器になる。…でも出してしまうと今度こそ戦闘力が丸裸になるから、文字通り、最後の切り札だね。」

 

「そうですか。そうなると、当面の間は渋川さんの案を中心でトレーニングをしていく感じですか?」

 

「…いや、ちょっと待ってね…。これなら…多分…。……よし、決まった。今後のトレーニング方針は……。」

 

トレーニング方針は、今後戦っていく上での体調面、戦闘力の面でしっかり考えられていた。気になるところもなく、その案を受け入れた。

 

……ただ1つを除いては。

 

「じゃあ明日、サーキット行こうか。」

 

「………はい?」

 

 

 

 

 

「やってきましたー、富士スピードウェイ!」

 

「まさか、本当に来ることになるとは…。」

 

という訳で、本当にサーキットに来た訳だけど…まさか”平日“に来るとは。

 

 

「あれ、今日トレノって休みなの?ロータリー、何か知らない?」

 

「アイツなら渋川に連れられてサーキット行ったぞ。」

 

「は?」

 

 

「調べたらちょうど今日にライセンス講習やってたからさ。機会を逃すと次が結構遠いから。さ、2時間程度で終わるから言っといで!あと体験走行の紙は持って来てね!」

 

「はーい…。」

 

知らなかったけど、やっぱりライセンスとか、そう言う資格はやっぱり必要なんだなぁ。2時間程度か。まあいつのも授業みたいに受ければ問題無いかな。

 

 

……

 

「どうだった?いろいろな注意事項ってだけで簡単だったでしょ。」

 

「まあ…そうですね…。」

 

確かに講習会自体は渋川さんの言った通りだったけど分野が違うだけであそこまで混乱するとは思わなかった。でも大体の事は分かった。

 

「それじゃ体験走行行こうか。はいカギ。」

 

「ホントに走るんですか?」

 

「うん、6速は実際に使ってみないと感覚が分からないだろうしさ。でも今日が平日で良かったよ。休みだとサーキットで渋滞が起きるからさ。」

 

「起きるんですか?」

 

「起きるよ。制限速度130キロだしコーナーの突っ込みで大体もたつくから。でも今日は人も少ないし、セーフティカーに付いて行けば大丈夫だから。」

 

 

 

「それじゃ30分頑張ってねー。ストレートに入ったら6速使ってねー。」

 

「気が…気が重い。」

 

体験走行を終えて、30分の走行券を買ってトレノちゃんを送り出す。近くのレストランからADVANコーナーを眺める。

 

そう言えば今日が決勝レースだったな。夏向君頑張ってるかな?もう終わってないといいけど。

 

『苦しいですね石神君は…。余裕があるようには見えません。ベッケンバウアーが激しくプレッシャーを掛けています。』

 

あー、ダメかなこりゃ。近いうちにベッケンバウアーに食われる。…夏向君が最下位に居ない。うん、これなら前の二人も抜き返せるね。

 

カマボコストレートで抜きかえされるだろうけど。それにしても、あそこまで攻めていても、タイヤは残っている。タイヤマネジメントも私以上か?

 

この所、立て続けに凄腕に出会ってる気がする。3年前のマルゼンちゃんから始まって、藤原さん、相葉君、そして夏向君。

 

瀬名も入れれば超えないといけない壁が多すぎる。

 

そんなことを思っていると外からスキール音が聞こえてくる。始まったね。どれどれ~?

 

「……。」

 

ブレーキングで速度を落として慣性でリアを振り出す。スライドしてるけどカウンターを当てていない。ゼロカウンターで鮮やかにコーナーをクリアしていく。

 

「すげ。」

 

そのドリフトは、夏向君の、藤原さんの、ビデオで見たハチロクとそっくりだった。あれだけの芸当が出来る事に驚く。

 

 

 

「おかえりー。どうだった?楽しかった?」

 

「つ、疲れました…。でも6速のイメージが固まりました。あとは自主トレで仕上げようと思います。」

 

「おっけ。それじゃ帰ろうか。助手席で休んでて。目を開けたころには到着してるから。」

 

 

 

サーキットで掴んだ6速の感覚を思い出す。クルマならただ入れるだけだけど、頭の中じゃそうはいかないんだよね。

 

早朝の誰もいない道路なら気楽に試せる。4速から5速に。そこから回転を上げていって…11000、今!

 

ガコン

 

頭の中でそんな感じの鈍い音が鳴る。同時に加速が鈍る。だけどこの前より変な感じはしない。確実に6速に入ってる。

 

だけどこんな状態じゃとてもじゃないけどレースで使えない。渋川さんが言った通り、当面は回転数を上げることが目標になるかな。

 

ただ、今のこの調子で6速が使えるようになるとは思えない。もっと理顔を深めて、自分の中の6速を確実なものにしないと。

 

…あまり体裁はよろしくないけど、もう一度クルマ借りられないかな。…止めとこ。

 

 

「相変わらず眠そうな顔するよなお前。もう慣れたけどよ。」

 

「ナナにも同じこと何回も言われてましたよ。なんにも言わないでくださいよ。」

 

でも、このやり取りをするとなんだか落ち着くな。ナナと遊んでたころを思い出すからかな。

 

「んで、どうだった?サーキット攻めた感想は。」

 

「んぇぐ…あまり大きな声で言わないで下さいよ。何かしらの誤解を生むかもしれないじゃないですか。…まあ、ターフとはまた違った難しさがありましたね。」

 

「そうか。まあどうせ渋川の事だ。これもなんかのトレーニングなんだろ。どんなトレーニングを積んでたとしても、俺はもうお前には負けねぇ。」

 

「あ、トレノちゃん。今大丈夫?」

 

「よう渋川、どうした?」

 

渋川さんが朝会の前に会いに来るなんて珍しいな。何かあったのかな。

 

「これ、渡しておこうと思ってさ。手ぇ出して。」

 

言われるがまま手を出すとその上に何か置かれる。…嘘だろこの人。

 

「これは?」

 

「インプのスペアキーだよ。」

 

「あ、そう言う事じゃなくてですね。なぜこれを渡すのかって事です。私免許持ってないですよ。渡すにしても1年待ってください。」

 

「大丈夫でしょ。預けておくから、インプ使いたくなったらLANEに一言言ってくれればいいから。じゃあねー。」

 

そのまま帰っていく。静まり返る教室。呆然とする私。今にも笑いだしそうなロータリーさん。そんな中、遂に言ってしまった。

 

「あの人正気か?」

 



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第百二話 宝塚記念

「調子はどうかな?」

 

「良い感じです。でも気が重いですね。相手はロータリーさんですから。」

 

「今までレースしてきた中じゃ、間違いなく最強だろうね。それじゃ、今回の作戦を伝えるね。」

 

 

「すきに走れ?」

 

「ああ、沖野みたいなことを言うけど、今のお前ならトレノを正面から抑え込むことも出来るはずだ。」

 

「真っ向勝負って事ですか。上等ですよ。ぶっちぎってやりますよ。」

 

「その意気だ、自分こそが世代最強だという事を知らしめてやれ!」

 

 

「うわーやらかしてるよ相葉君。沢渡に引っ張られてるなこりゃ。」

 

「出走間際にMFGを見てるくらいには、余裕がありそうね。」

 

「余裕ありそうに見えます?今にもゲロ吐きそうな気分なんですよ?こうでもしてないとどうにかなりそうなのに相葉君が縁起でもないことしてくれやがるから不安で仕方ないんですよ。」

 

「言葉を選んでられないくらいだっていうのは分かったわ。それで、どうなの?」

 

「ワハハ。」

 

あまりに適当に返してしまったけどこれが限界だよ。相葉君なんか見なきゃよかった。沢渡の所で終わっておけばよかった。

 

「お久しぶりです、シブカワさん。」

 

「久しぶりだなぁ榛名ちゃん。どうだい、トレノちゃんは。勝てそうかい?」

 

「緒方さんに夏向君!?よく来たねぇ~!今相葉君がやらかしてさぁ、縁起悪かったんだよ!夏向君の運気分けてよー!」

 

「よく分かりませんが…こんな感じですかね?」

 

「良いよぉ~!私も!勝て~勝て~!」

 

「あんまり変わらないと思う…。」

 

念を放ちながら出走を待つ。出来る事はやったけど…やっぱり不安なものは不安だ。

 

『今日注目すべきはトレノスプリンターとイエローロータリーでしょう。トレノスプリンターは春天でキタサンブラック、サトノダイヤモンドを押さえ1着。

 

イエローロータリーも大阪杯で他を寄せ付けない快勝っぷりを見せています。どのようなレースを見せてくれるのか。

 

各バ、ゲートイン完了、出走の準備が整いました。』

 

ガコン

 

『スタートです。揃ったスタートで始まりました。ハナに立ったのは大阪杯を取ったイエローロータリー。そこから隊列が伸びて最後尾にトレノスプリンターです。』

 

 

さて、ハナに立ったからには後ろからのプレッシャーに耐え続けないといけないな。だが今は流すくらいでいいな。

 

暫くは直線だ。向正面に行くまで戦況は動かんだろうからそれまでは様子見だ。

 

 

「予想通りの隊列って所かな。ここからどう動くのかは分からないけど、3コーナーまでは動かないだろうし。夏向君はどこら辺で動くと思う?」

 

「どうですかね…ですが、先頭のロータリーさんと最後尾の…トレノさんが最後に争うかと思います。」

 

「やっぱりその辺りだよねぇ。展開的にしばらく動かないだろうし。…でも珍しいですね、東条さん。ロータリーちゃんを作戦無しで送り出すなんて。」

 

「気付くとは思わなかったけど、そうね…巣立ちかしらね。ロータリーも相当成長してきた。戦略面でも成長してきたが、これからはアドバイス無しで戦えるようにならないといけないと思ったのよ。

 

この先…いずれドリームトロフィーリーグにも行くかもしれないでしょ?そこを考えた時にね。」

 

「…あー、あ、ありましたね…そう言えば。でもそれで言ったら私も作戦って言えるようなものじゃないですね。教えられませんけど。」

 

『正面スタンドを過ぎてイエローロータリー先頭変わらず、1コーナーに入っていきます。2バ身ほど離れて後続も続いて行きます。

 

大きく離れた、先頭から10バ身以上離れてトレノスプリンターです。ですがここまではいつも通りという感じでしょう。ロングスパートをどこで仕掛けるのか楽しみです。』

 

 

ここまでは作戦…というか、縛り通り。走っていて違和感はない。課せられた縛りはただ1つ、トップエンドの2000回転を最後の直線まで封印すること。

 

始めは上手くいくか分からなかったけど8000回転で苦戦していた時の事を考えればなんてことは無かった。

 

だからと言って、問題点が消える訳じゃない。少しだけ最高速が伸びないから思ったように差を詰められない。

 

向正面から仕掛けていくしかないか。5速で”10000回転“まで回してどこまで差が詰まるか。正面に戻るまでに追い抜けなければ私の負けが確定する。

 

どうにかするしかない。1コーナーから向正面途中までは平坦、柵走りしか切れる手札が無い。この差をどうにか詰めないと!

 

 

『1コーナーに入ってトレノスプリンターペースを少しずつ上げ始めたように見えます。前の子との距離が詰まり始めているように見えます。』

 

「うーん…。」

 

元より宝塚記念、トレノちゃんにとって不利な材料しかない。緩やかに配置された下りと急激な上りのレイアウトの阪神レース場、それにロータリーちゃんが得意であろう中距離のレース。

 

ダメ押しはロータリーちゃんは大阪杯を勝っている。つまり、阪神での経験も負けている。はっきり言って勝つ要素なんかすべて捨てていると言ってもいい。

 

トレノちゃんはどう見ても仕掛け始めてる。思い切って走ってくれている。だからこそ、勝ってくれると信じたい。

 

「どうしましたか、シブカワさん。苦虫を踏んだような顔をしてます。」

 

「それを言うなら苦虫を嚙んだような、だろ。でもほんとに苦しい顔してるぜ。トレノちゃん、勝てるよな?」

 

「私は、信じるよ。ロータリーちゃんはあり得ないほど速い。だけれどなんだか、勝ってしまうんじゃないか…そう思わせてくれるんだよ。今までも、これからだって。」

 

…本当に、勝てるのかな。バトルやSUPERGTみたいに本数を重ねれば出てくる勝機もあるけど、レースは1本きり。

 

針の穴のように小さい勝機をつかみ取れるか、ミスは出来ない。ミスは即ち…ケガになる。

 

『1コーナーから2コーナーへ。トレノが追い上げて中団後方に位置しています。依然周りのペースに変化はありません。

 

こう見ると早仕掛け、掛かっているように見えるがトレノにはこれが通常運転でしょう。それでいて着実に順位を上げていきます。』

 

「いや、早仕掛けすぎる…ホントに掛かってる…?」

 

「あれは掛かってるかも知れないわよ。追い抜くペースがいつもと違って速すぎる。今走ってるウマ娘達も異常には気付いてるはず。

 

だからペースを上げない。トレノに付いていくのは、自殺行為だから。」

 

「でも、ギリギリの所で限界を超えてない気がします。ボクには、トレノさんの走りが…フジワラ先生のように見えます。」

 

「私もそう見えるけど、ホントに紙一重だよ。あれ以上ペースを上げようとすれば…それこそ終わりかも知れない。」

 

 

『先頭、イエローロータリーが2コーナーを通過します。後続も後に続きます。トレノスプリンターは中団の真ん中にいます。

 

1000メートルを通過、通過タイム1分2、少しスローペースでの展開です。』

 

もうそんなところまで来たのか。思ったより早かったな。だが早すぎる、多分掛かってるな。それなら平静を取り戻す前に逃げるか。

 

ここまで来たら温存する必要もない。大阪杯と同じようにぶっちぎってやる。ちょうど下りになる。全員がペースを上げ始めるだろうが、俺は余力を残す。

 

ラスト200の上りから少し手前から突き放す。まだ決まったわけじゃねえが、あっけなかったな。

 

『3コーナーに入ります。そろそろ仕掛け所に入ります、各バどこから仕掛けるんでしょうか。少しずつペースは上がってきていますが先頭イエローロータリー、どう対応していくのか。』

 

 

まずい、このまま直線に入ると負ける。コーナーで抜き返さないと負ける。もう縛りがどうとか言ってる場合じゃない。

 

出来る事は何でもやらないと!

 

「ヤアァッ!」

 

『トレノが中団から抜け出した!現在4番手、ロータリーまで5バ身!このコーナーで抜きに掛かっている!』

 

ガリッ

 

柵走りと限界を引き上げて12000回転まで使って強引にでも差を詰めて追い抜くんだ。でもこれじゃ足りない。

 

6速はまだ使えない。なら柵走り、とことんまで使って最短距離を走るんだ。

 

「フッ!」

 

またペースが上がった…!こっちだって全速力だって言うのに!

 

でも、レースに出てるからにはパワーの差が言い訳にはならない。諦めない、絶対追い抜く!

 

ガリッ

 

だんだん近づいている。あと2バ身くらい!そろそろ4コーナー、このまま!

 

ガリッ

 

もっと……もっと……!!

 

ガシュ

 

「いっっ!?」

 

や……やっちゃった…。

 

『トレノがロータリーに詰め寄りますが残り2バ身で追い上げは止まってしまった!4コーナーもそろそろ終わって最後の直線に入りますが…トレノの右腕が動いていない!?

 

走りが安定していない、少しフラフラしているように見えます!』

 

ちらりと掌に目をやる。ヤバいな、かなりの出血だ、ここまでやったのは初めてだ。ダメだ、痛みがひどすぎる!腕を振れない!

 

ダメだ……

 

 

 

負け…た…!

 

 




皆さん、テイルズはやっているでしょうか。

僕はアライズのDLCを最近クリアしたんですけどナザミルが秘奥義を出してくれなくて猗窩座みたいになってしまいました。

何があったって?僕にはナザミルが「俺と永遠に戦い続けよう!」と言ってるようにしか見えませんでした。

僕はこれを猗窩座バグという事にします。マジで笑った。

以上、小話でした。


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第百三話 MFG再び

「大丈夫?まだ痛い?」

 

控え室に戻ってきたトレノちゃんに包帯など応急処置をしながら傷の具合を確認する。

 

「しばらくは傷みそうです。…すいません、ケガした上に勝てなくて。」

 

「そんなに気を落とさないで。しばらくはレースもない掌のケガだから復帰には影響は無いと思うよ。それに、リスクを承知でレブリミットを制限したのは私だからさ。」

 

励ましてみたけど、トレノちゃんの顔は暗い。5着…負けた直後に元気出してって言う方が無理か。

 

「励ましというか、気分転換になるか分からないけどさ、紹介するよ。片桐夏向君、見に来てくれたんだ。」

 

「初めまして、トレノさん。今日のレース、とてもエキサイティングでした。」

 

「ありがとうございます、夏向さん。結果は5着でしたけど、楽しんでくれたならよかったです。私も夏向さんの予選見ました。

 

決勝は見られなかったですけど、ご活躍は聞きました。」

 

なにやら会話が弾みそうなので部屋の隅っこの方でちょこんとしておく。こうやって見ていると、2人ともただの高校生だという事を認識する。…いや、夏向君19歳だった。

 

見た目年齢若すぎない?なんか羨ましい。そんなことを思っていると話がかなり弾んできている。

 

「何というか、トレノさんはフジワラ先生に似ています。話し方とか走り方も。」

 

「へー、私に似てるとなると自分で言うのもなんですけど結構天然な方だったり?」

 

「どうでしょう。でも、とてもいい人で、尊敬できる人でした。」

 

フジワラ…夏向君はレース中にもその名前を言っていた。トレノちゃんの走りがその人の走りみたいだと。少し気になるな。

 

「…話の途中にゴメンね?そのフジワラ先生ってさ、昔豆腐屋にいたとか言ってなかった?」

 

「言ってました。『うちのくそ親父はキレた馬鹿でサイテーで下品で速い人だった』と尊敬してるようでした。」

 

その言い方で尊敬を窺い知れる訳が無いような気がするけど…核心は出来た。藤原さんの息子さんだ。年代を考えても秋名のハチロクのドライバーはその息子さんだ。

 

…藤原…藤原?そういえばラリーの世界で藤原って人がいたような。

 

「その先生の名前って…藤原拓海?」

 

「はい、昔ラリーをやっててボクがMFGのコースを苦にしないのもフジワラ先生のおかげなんです。」

 

「…クク、ハハハ…。なぁるほど、そういう…。」

 

藤原さんのテクはその息子さん、拓海さんに受け継がれ、夏向君に受け継がれた。その直系にトレノちゃんがいる。

 

その全てがハチロクで繋がってる。何というか、奇妙な因果だね。

 

「夏向君、芦ノ湖GTも出るんだよね。」

 

「予選6日目に走ります。ミスターオクヤマがエイトシックスを仕上げてくれたので思う存分暴れられそうです。」

 

「そうか…夏向君にはトレノちゃんの無念も背負ってもらおうかと思ったけど、気が変わったよ。

 

俺も走る。今からエントリーできるか分からんが、走るとなったら今度は敵同士だ。…期待してるぜ、片桐夏向。」

 

「ボクとしても楽しみです。お互い頑張りましょう!」

 

「トレノさん、渋川さん!インタビュールームまでお願いします!」

 

「あ、はーい!さ、行こうかトレノちゃん。また決勝でね、夏向君。」

 

 

「藤原…拓海……。」

 

インタビュールームに向かってる途中、不意にさっき聞いた名前を呟く。はっきりと知らない人の名前なのに、知っている気がする。

 

藤原さんにあった時みたいに、ハチロクを見た時みたいに。知らないはずだ。でも確実に知ってる。

 

(曲がる、曲がってくれ、オレのハチロク!)

 

「…まぁ、いいか。」

 

ふと、込み上げてきた懐かしさで思い出そうとするのを止める。知らないんだから思い出そうとしても無駄だし…それに、多分、またきっと会えるから。

 

 

 

「トレノさんに伺います。5着という結果についてどうお考えですか?」

 

「私自身は万全の状態でレースに挑みましたが、ロータリーさんが上回る仕上がりで手も足も出ずにかかってしまった結果です。

 

言い訳もしようもありません。ですが、得られたものもあります。この経験は必ず活かします。」

 

「ありがとうございます。それでは渋川さん、次走について何か考えはありますか?」

 

「芦ノ湖…じゃない、秋シニア3冠路線を考えています。特にジャパンカップについては必ず出走したいと考えています。」

 

「成程、今後のご活躍を期待しております。」

 

 

 

 

 

『ただただ注目しましょう!MFG史上最高と言われるドライバー、ミハイルベッケンバウアーがいくーーっ!』

 

俺の番まであと10分。正直今更エントリーしても走れないだろとか思ってたら何故か顔パスでいけてしまった。

 

セコンドは今回も付けていない。というより、インカムを通して走るっていうのに慣れてないからこっちの方が気楽っていうのもあるかな。

 

それにしてもミハイルの走り、速いことは速いけど…成程、そう言う事ね。目の前に沢渡のゴーストを出してやがる。ラクしやがって。

 

そのお陰で俺の目標が明確に決まった。狙うはP.P.のみ。胡坐書いてるその姿勢、ぶっ潰してやる。

 

『さて、間もなく今日2人目の注目選手です。1年前、彗星のように現れ、ぶっちぎりのコースレコードを叩き出しました。

 

その年では誰もそのレコードに届かず、ついた異名は[真実のコースレコード]。このレコードは予選2日目にして4号車、沢渡光輝によって破られました。

 

彼女はまた、レコードを塗り替えてしまうのでしょうか!?金縁の100号車、渋川榛名の帰還です!』

 

「さて…いくか…。」

 

『3…2…1…GO!!』

 

ギャアアアァ

 

路面から伝わる感触

 

パンパン パァン

 

エンジン、サス…インプも何の不調もない。それに不思議と心に余裕がある。これならいける、心置きなく、ギリギリの領域へ!

 

『早速注目フラグが立っている!チェックポイント通過タイムはアドバンテージ0.2秒!開幕から飛ばしていきます、去年よりも断然と速い、渋川榛名!』

 

ミハイルが前にゴーストを出すなら、俺は後ろに出す。このタイムアタック中、1度でも抜かれるようなことがあればP.P.は取れない。…ぶっちぎってやる!

 

『メロディーペーブに入っていきます。そろそろ芦ノ湖の死神、スリーピートラップに突入していきます。片桐夏向はここをすべてドリフトでクリアしていきました。

 

渋川榛名は今年、どう攻略していくのでしょう。』

 

路面のミューが落ちてきてる。この前はただただつまらないミスを修正していくのに手間取ってたせいであまり印象には残らなかったけど、今は違う。

 

オーバースピードは確実に死ぬ。だからこそどうするか。簡単な事だ。

 

ドギャ くん ギャアァァアア

 

『100号車、リアを振り出していった!ドリフトだドリフトだ!ミハイルとは対照的な走りです!熱い走りを見せてくれます!』

 

制御できないアンダーよりオーバーを作る。ミューが低いからこそのテクニック…いや、ラリーの基本だ。

 

「どうかな、0.4秒先行って感じだろうけどこれでP.P.取ってもあまり面白くないよな。…デモレコードをどれだけ更新できるか…やるか!」

 

 

「うおーーっ!ものスゲェドリフト!所長、これもしかするかもしれませんよ!くーっ!」

 

「1年前とは比べ物にならないくらいだ。榛名ちゃんが本気でトップを…。高橋啓介の本気を見てるようだ。」

 

「オレら世代の走り屋だと嫌でも引き合いに出したくなるんだよな。あの頃の高橋啓介と比べても、遜色ない位じゃないの?」

 

「そうだな。もっとも、エース2人は負けず嫌いだから認めたがらないだろうけどな。」

 

『死神を抜けた!ここからダウンヒルに入ります、参考までに4号車とのアドバンテージは0.5秒!ミハイルを抜いてトップに躍り出ています!』

 

「だが、この状況をミハイルが黙って見ている訳が無い。何かしらのアクションを起こす筈だ。」

 

 

『ミハイル、一応だが報告だ。セクター1で君のタイムをチェックポイントで0.3秒超えてきてるクルマがいる。86号車みたいに死神を全部ドリフトでクリアしていったそうだ。』

 

「フン、呼びまわる羽虫が1匹増えただけの事。少しプランを変えるだけでいい、P.P.は譲らないさ。」

 

 

『暫定トップのまま湖尻港前ヘアピンをクリアしていく!依然フラグは出っ放し、4号車とのタイム差は1秒まで来ています!

 

1年前もそうでしたが、参戦車両の中で唯一クラシックカーに片脚を踏み入れてしまっているこのインプレッサが最新戦闘機たちを引き連れているとはだれが想像できたでしょうか!?

 

それがまた起こっている!彼女にとってはまだ現役といった所か!まるでWRCだ、吹け上がります、EJ20ターボプラスミスファイヤリングシステム!

 

ミハイルの牙城を最初に崩すのは彼女になるかもしれません!』

 

「良い感じだ!ケイマンもA110もいいクルマだ、限界も何もかもインプの数段上だ。だけどよ、同じことがコイツに出来ないことはねえだろうが!

 

それを考えれば夏向の方がよっぽど恐ろしいぜ。足回りの進化だけであそこまで速くなっちまったんだからな。

 

俺の標的は3人。ミハイル、沢渡、そして夏向。決勝で殴り合おうゼェ!」

 

『林間区間に入ってもなおペースは落ちていないように見えます!フラグ、トップを維持したまま1.5秒差!彼女の辞書に安全という言葉はないのか、見ているこちらが恐ろしくなるような走りを見せてくれます!』

 

 

「渋川ってよ、クルマの事になるとホントに人が変わるよな。」

 

「はっきりと別人じゃない。多重人格を疑いたくなるわよ…。」

 

「まあまあ、今は榛名ちゃんを応援しましょ。…全く、私のリベンジ忘れてないわよね?」

 

「リベンジですか?という事は、マルゼンさんって渋川さんに?」

 

「ええ。前に話したわよね、赤城で初めてバトルした時の事。あの時、全力で走って負けちゃったのよ。それで宣言したの。

 

『次はそっちの地元で勝つ』って。それで秋名でバトルする約束はしたけどそれっきりなのよ。決勝が終わったらとっちめてやるんだから。」

 

『セクター3に入っていきます、ここからダウンヒル!トップを守って4号車との差は3秒!昨年と同様にぶっちぎりのCRをたたき出してしまうのでしょうか!?』

 

 



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第百四話 芦ノ湖GT 開幕

『ここまで渋川榛名の走りを見ていると、片桐夏向と共通する点が多く見受けられます。挙げ始めるときりがないような気がしますが、特筆して語るとするならドリフトを多用することでしょうか。

 

昨年の渋川榛名は確かにドリフトを使用していましたが、多用するほどではありませんでした。しかし、片桐夏向に触発されてなのかは分かりませんが明らかにドリフトを多用しています。

 

この2人に何かしらの関係があるのかは定かではありませんが、気になるところであります。』

 

「さぁて、残りも少ない。タイヤもまだ残ってる、ペース上げて逃げ切ってやるか。ゴーストで見て…6秒って所か。10秒は引き離しておかねえとな。

 

見とけミハイル、いつまでも玉座にいられると思ったら大間違いだぜ!

 

せぇ…の!どりやぁ!」

 

ギャン ドン パァンパパン

 

『豪快なドリフトと共にコーナーをクリア!暫定トップ!ゴールしたミハイルと比較しても6秒差!しかしミハイルも駅伝ストレートからのヒルクライムでスパートを掛けてきました!

 

このアドバンテージを守り切れるのか!?100号車が駅伝ストレートに突入します!ノーマルでも当時自主規制値280馬力を誇るEJ20ターボですが排気量の点ではどうしても他車両に分があります!

 

じりじりとですが差が縮まってきています、トップスピードそのままにコーナーに突入します!』

 

「もうここからはタイヤを労われない。目一杯ヤバい領域に踏み入れないとな。インプはいつでも応えてくれる。後は俺の心しだい…!」

 

 

「ラスト2キロ。ここからね、去年は見れなかった榛名ちゃんの本気が見られるかもしれないわね。」

 

「本気って、去年ですら本気を出し切れてなかったって事なのか?」

 

「ええ、榛名ちゃんが本気で攻めると、そこにいたはずなのにいつの間にかいなくなってしまう。例えるならそうね…あ、いい例えがあった♪

 

簡単に言えば、トレノちゃんみたいな感じになるのよ。」

 

「え、私?」

 

私の名前が出てくる。突然のことで面食らったけど構わずに解説を続ける。

 

『ミハイルとの差は5.5秒!これは、起こってしまうかも知れません、絶対王者が早くも陥落してしまうのか!?』

 

「トレノちゃんの立ち上がり加速がまるでタイシンちゃんやタマちゃんの末脚みたいなんだけど、それと同じようなことが起こっちゃうのよ。

 

榛名ちゃんがインプレッサに乗ったら引き出しは無限大にあるでしょうね。その結果、あり得ないことが当たり前のように起こってしまうのよ。

 

皆、インプレッサがあんな動きが出来る凄いクルマだと思うでしょうけど、MFG上位100台より出来る事は少ないはずなの。」

 

「それじゃ、なんでこんなことが出来るのよ?いくら引き出しが多いからって…。」

 

「だからこそ、トレノちゃんと同じことが起こるって言ったの。だって、トレノちゃんだってあの走りができる時点でトレセン学園でも異常なのよ?」

 

「えぇ…。」

 

異常って言われても、こっちからしたらあなた方が速すぎて対抗するにはああするしかなかったんですよ。

 

『残り1キロ、ミハイルが4秒差まで迫ってきている!ここまで来たらもう確信してもいいでしょう、致命的なミスが無い限り、P.P.は確実でしょう!』

 

「…不思議よね、あれだけ本気で走ってるのに、どこか楽しそうで…なぜかほんの少しだけ“マージン”を取ってるように見えるんだもの。」

 

 

やっぱり、星野さんのマネっていうのは難しすぎる。GT-Rでドリフトは俺も出来るけど、あそこまで派手できれいなドリフトはまだまだ無理だ。

 

本気も本気だけど、奥の手だけは取っておく。あのラインを見せるのは決勝の最終ラップでないといけない。

 

ミハイルに対してじゃない。夏向対策としてだ。あれほどのウデがあれば一瞬で吸収されてしまう。対抗策は、最後まで取っておかねぇとな。

 

「おっら!ゴールはこの先だ!」

 

『ゴール!3.5秒差、逃げ切りました!昨年に続いてCRで芦ノ湖GT予選を制しました!』

 

 

「あそこまで集中してたら流石にバテるな…今日はもう帰って明後日に備えよ…。」

 

「マジかよ渋川、スゲェ奴だよホントに!」

 

「相葉君、来てたんだ。あれ、当日の関係者しか入れないんじゃなかったっけ?」

 

「オレクラスになれば顔パスだ。セコンドブース申し込んでないのを知った時には驚いたがよ、なんでだ?」

 

「普段から1人で走ってるからさ、インカム通して走るのに抵抗あるだけかな。決勝は多分ほぼ強制で付けないといけないだろうから誰か考えないと…。」

 

池谷さん…は忙しそうだし、中里さんに頼もうかな。この前1週間丸々空いてた位だからいけそうな気がするけど。

 

「だったらトレノちゃんでも座らせておけばいいんじゃねえか?クルマとウマ娘じゃかなり違うだろうが、今後の参考にはなるんじゃねえか?」

 

「グッド、その案頂いた。君さ、意外とトレーナー向いてるんじゃな………いや、無いね、ゴメン。」

 

「おい、それはどういう意味だぁ?」

 

 

 

「ここまで来ておいてなんですけど、本当に私がセコンドでいいんですか?何にもできないような気がするんですけど。」

 

MFG決勝に向かう途中のレストランでお昼を食べる。渋川さんに連れられてきたけど、本当に来てよかったのかな。

 

「大丈夫、トレノちゃんはブースのモニターを見ててくれればいいからさ。見方は緒方さんが教えてくれるからさ。」

 

「まぁ…はい。それより気を付けてくださいよ?雨の中であんなスピード出したらいくら渋川さんでも危ないですよ?」

 

「大丈夫、と言いたいけどね、1セクの死神だけは不安かな。この雨だとどうなってるか分からないし、何の前触れもなくスピンするかもしれない。

 

正直、雨は怖いよ。でも夏向君にとっては違うだろうな、味方にしちゃうかもしれない。」

 

「…渋川さんってこんな気持ちだったんですね。」

 

「え、何が?」

 

「レース前ですよ。いつもは私が走って、渋川さんが送り出す。今日は逆じゃないですか。だから渋川さんがあんなに緊張してたのが分かったんです。

 

思いっきり走ってくださいね。応援してますから。」

 

「うん、期待しててね!」

 

 

 

「それじゃ緒方さん、後お願いね。」

 

「任せてくれ、初めましてトレノちゃん。カナタのメカニックの緒方だ。早速説明するよ。」

 

緒方さんからモニターの説明を受ける。テレビ中継で見るよりも細かい情報が映されている。どんな走りをしているのか、こっちからでも分かるようになってるんだ。

 

「説明はこんな所だな。何か分からないことがあったら言ってくれ。レース中でも大丈夫だからな。」

 

「でも緒方さんもセコンドで忙しいですよね?」

 

「カナタは凄すぎてオレはセコンドで驚いてばかりなんだ。あまり仕事らしい仕事もしてないから大丈夫だと思う。それじゃあな。」

 

そう言って緒方さんは自分のブースに戻っていく。私も出来る事をしないと。夏向さんの時みたいに、何か参考になるかもしれない。

 

 

「アイバ先輩、シブカワさん、グットラック」

 

「おう、そっちもな。」

 

「頑張ろうね。…相葉君、夏向君って直前でも落ち着いてるよね。」

 

「だろ?箱根でもあんな感じだったんだ。プレッシャーを感じねえのか?」

 

「それでもって闘争心マックスな走りが出来るんだから凄いよねぇ。多重人格疑っちゃうよ。私はああいう感じのプロじゃないからさ。」

 

「どの口がそれ言ってるんだよ…まあいい、スタートまで時間ねえぞ。じゃあな。」

 

「うん、また後でね。」

 

相葉君とも別れてクルマに乗り込む。渡されたインカムを付けて少し話してしてみる。

 

「あー、あー…聞こえてるー?」

 

『聞こえてますよ。私から何かできる訳じゃないですけど何かあったら言ってくださいね。』

 

「ありがとね、さあ本番だ。……見ててくれ、俺の走り。」

 

『スタート1分前です。2戦目にして100号車、渋川榛名がミハイル・ベッケンバウアーからポールポジションを奪い取りました。

 

約20年前のインプレッサが電子制御、ハイパワーエンジンで武装したモンスターたちを引き連れているこのこの光景を、まさかみられるとは思いませんでした。

 

池田さん、この光景をどう見ますか?』

 

『中々に考えさせられる光景ですね。いくら4WDと言っても基本設計の古さ自体はどうしようもないですからね。その中で予選の結果を見ればミハイル君、沢渡君、そして片桐君以外は大敗と言ってもいいでしょう。

 

それにこの雨がどう作用するのか、注目ですね。』

 

『そうですか、さて、ポールポジションの100号車が先導されてゲートを出ていく。最後尾の16号車が今…ゲートを抜けたぁ!

 

15基のドローンが一斉にブルーシグナルを点灯させます!』

 




後書きで書くことが何も無いです。こんなに悩むくらいならなんかしらの形で戦闘を続けてた方が良かったなとほんのちょいとだけ思いますね。

最初っから何も書いて無ければよかったんですけどね。マジで困る。殺すぞ過去のボク。

まあ嘆きはこれ位にして、また次回!


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第百五話 3つ巴

『始まったねートレノちゃん。さてどうしようか?』

 

始まって少しして渋川さんから無線が入る。緊張感のかけらもない感じの声色で話してくるからなんだか調子が狂う。

 

「そんなにのんきしてて大丈夫なんですか?後ろは結構荒れてるみたいですけど。」

 

『みたいだね。ミラーで見た感じ、4WDの3台がスタートダッシュで抜いてったんだと思う。でも私とミハイルは互角って感じでこれから長い事もつれることになるはず。

 

いま勝負が動くことは無いからこうやってのんき出来るって訳。』

 

「そういうものなんですね。私が長距離を走る時と同じ感じですね。」

 

『そうだね。でも問題はもう1つ後ろの沢渡の方かな。ミハイルは仕掛けないにしろ、沢渡はガンガンに攻めてくると思うから…まあ1周目だしまだ大丈夫か。

 

それまでのんきに走ってよ。』

 

パァンパパン ギャン

 

『100号車をペースカーとして12号車、4号車と続きます。挟まれる形となった絶対王者のミハイルからしたら穏やかではないでしょう。』

 

 

後ろから見ていれば分かる。明らかに手を抜いて走っている。侮るなよ、シブカワ、サワタリ。日本人ドライバーなんかに負ける理由は1つもない。特にそのクラシックカーにはな。

 

 

流石だな、先輩。真実のコースレコードと言われただけある。牽制にも守りにもなるラインで無理なく走ってる。相当にレース経験豊富だって事か。

 

旧世代のクルマであれだけの事をやられるとこっちとしては気が狂うが、今は様子見だ。

 

 

『86号車が7号車を抜いたところで1位集団に注目しましょう。隊列に変化はなく、それでいて他を寄せ付けない走りです。』

 

『渋川君もうまいですね。先頭は譲らずに、それでいて4位集団との距離を一定に保つようなペースで走っています。』

 

『この展開が動くことはしばらく無さそうです。そのグループが湖尻港前ヘアピンをクリアしていく!』

 

「今でどのくらいかな?」

 

『4.3秒です。5台並んでいます。…ところで、さっきからブレーキを踏んでいないように見えるんですけど。』

 

「先は長いからね。タイヤもブレーキも残しておかないと話にならないし。この走り方ならタイヤのグリップは全部横方向に向くし、ブレーキも使わないから垂れる心配もない。雨だからそんなに神経質にならなくてもいいと思うけど。

 

覚えておいた方が良いよ。無理な加減速より、物理法則に任せた方が速く走れる時があるんだよ。」

 

豆知識を教えたところでそれを実践していく。

 

ガオッ ガオッ パパン

 

ブリッピングでシフトダウン、勢いに任せて慣性ドリフト気味にコーナーをクリアする。後ろ2台も難なく付いてくる。

 

「仕掛けてこないのは分かってるけど、べったり付かれると落ち着かないなぁ。こういう状況になるとほんの少しでも気を抜いたらドカンと抜かれるし…かなり張り詰める状況になって来たな。

 

このままだと集中しすぎるから…トレノちゃん、夏向はどこまで上がってきた?」

 

『えーっと…8号車を抜いて9位に来てます。スタートから3つ上がってますね。』

 

「もうそこまで来たのか…ひょっとすると俺たちの集団に絡んでくるかもな。嫌でもこの位置を守りたくなるじゃねえか。」

 

『…と、ここまで快進撃を繰り広げている12号車、4号車、86号車の共通点を上げていただきましたが、その中でただ1人、その流れに属さないのが100号車、渋川榛名です。

 

昨年の雑誌取材ではサーキットは走っていても、レーシングスクールには所属したことはないと語っています。

 

そしてもうひとつ、自分は峠の走り屋だと。彼女の言葉を鵜吞みにすれば、今レースをしている中で彼女だけが公道に特化しているという事になります。』

 

『今では走り屋は絶滅危惧種になってますからね。悪しき文化と言えばそうなのかもしれませんが、一部の人には青春と言えるような時間だったことは想像には難くないです。』

 

 

「くっそ…やかましいったらありゃしねぇ。」

 

「そう言ってる割には食い入るように見ているじゃないか。」

 

カフェテリアでは渋川君が走っているという事でMFGが映し出されている。シャカール君と見ているわけだが、なにやら走りの動向を逐一記録している。

 

『駅伝ストレートを疾走する3つの弾丸ーっ!別次元の三つ巴だー!3台のマシンが間もなく右へターンして消えていく、ここからは2キロのヒルクライム、そして今、4位グループがなだれ込んできます!』

 

「気になった事があってな…前に見せたことがあるだろ、公道最速理論って奴。」

 

「あぁ…あれか。それがどうしたのかい?」

 

「去年あいつが凄腕のレーサーであることが分かった。その時に思ったんだ。渋川はあの理論を体現しているんじゃねえかってな。

 

トレノと渋川、あの2人の相性は抜群だ。渋川の走りを分析できりゃ、トレノの走りも分析できるんじゃねえかって思ってな。」

 

「ふぅン。ここまではどんな感じだい?」

 

「今はまだ何とも言えねぇが…ひとつだけ分かったことがある。公道最速理論とMFGを作った奴は、同一人物で間違いない。

 

レギュレーションを洗ってみたが、明確に示されてるのは内燃機関のクルマであることと、グリップウエイトレシオの均一化…つまりタイヤの規定しか載ってないんだ。

 

これだけデカい規模の大会でレギュレーションがこれだけっていうのも何か裏がありそうだろ。まるで、正しい回答を求めているかのような、そんな意図を俺は感じる。

 

そして、俺がその回答に最も近いんじゃないかと思ったのは…」

 

『4位集団の6台がヒルクライムを駆けあがります!86号車はここでは遅れることが予想されます。』

 

「片桐夏向だ。」

 

「ほう?ここに来て渋川君ではなく9位にいる片桐君かい?そのワケは何だい?」

 

「無論渋川も近いところまで来ている。だが片桐夏向は、粗削りでも本物だと確信させてくるものがある。一切として根拠のねぇ、俺が嫌いな感覚でしかねえがな。

 

全くメンドクセェったらありゃしねぇ。集めるデータが倍になったんだからな。」

 

シャカール君がここまで悪態をつくとはねぇ。珍しいこともあるねぇ。それにしても、シャカール君にここまで言わせるほどだとは。

 

ひょっとするとMFGを作った人間は、私達なんかより…いや、あの会長を超えるほどの天才なのかもしれないねぇ。

 

 

『先頭グループは国道1号線を離れて芦ノ湖スカイライン入り口へとターンしていく!』

 

「夏向はどれぐらい?多分、それほど離れてないと思うけど。」

 

『4位グループの最後尾で、駅伝ストレートからそれほど離れてないですね。』

 

「…これから2週目に入るけど、トレノちゃんは緒方さんのブースに行って。俺の方は大丈夫だから。

 

今気づいたけど雨がほんの少しだけど弱くなってる。夏向が動くとなると最終より2週目かもしれない。どうせだったらトレノちゃんの参考になるものは出来るだけ見ておいてもらいたいんだ。」

 

『…分かりました。ヘッドセットは付けたままにしておくので何かあったらすぐに言ってくださいね。』

 

「おっけ…さてと、沢渡が仕掛けてくるな。どこかな?」

 

 

「緒方さん、横失礼しますね。」

 

「オレは別にいいけど、榛名ちゃんはいいのか?」

 

「大丈夫だそうなので…夏向さんのクルマって結構変わりました?」

 

この前のレースとはクルマの動き方が違うものになっていた。クルマっていいなぁ、パーツ変えるだけで早くなったり遅くなったりが明確に変わるんだもん。

 

「ああ、奥山って人がチューニングしてくれてな。エンジン本体には手を加えてないで足回りを変えただけなんだけど、失神するくらい速くなっちまったんだ。」

 

「それでランボルギーニとかと肩を並べてるって事ですか…エンジンってどれくらい違うんですか?」

 

「3倍は違う気がするなぁ。基本設計の違いとかもあるし、普通に走って勝てるわけ無いんだけど、夏向はなんでか食い付けて行けてるんだよ。」

 

3倍…それだけの差をひっくり返してるんだ。置かれてる環境でいれば私と同じ部分は多い。だから参考になる部分もあるし、渋川さんがああいったのにも納得がいく。

 

『一触即発、危険なムードが漂います!絶対に目が離せないぞ!』

 

実況の人の言葉で渋川さんの様子を見てみると、4号車が12号車をインから追い抜こうとしていた。少し接触させて2台並ぶ。

 

そのまま2回ほど接触させ右コーナーに入っていくとその過程で渋川さんと12号車が縦に並ぶ。4号車が外から被せるように渋川さんに並んでいく。

 

「やばい、榛名ちゃん抜かれるぞ!死神のど真ん中で!」

 

「いや、まだ並んでいます。」

 

『沢渡がベッケンバウアーの前に出た!そのまま渋川とサイドバイサイド、首位に躍り出ることが出来るか、譲らないのか!』

 

 

「まさか死神で来るとはな、流石に予想外だぜ。だがよ、悪路でインプと戦おうと思わんでくれよ。仮にもこっちはWRCを走るために開発されたような車だ。この程度、造作もねえんだよ!」

 

ギャン ドギャ

 

「次の右で鼻づらさえねじ込んでしまえば…!これで半分でた、トップは譲らね」

 

がしん

 

「当たったぁ…!?チッ…!」

 

『渋川首位陥落!沢渡光輝が躍り出ました!』

 

『闘争心むき出しのプッシュでしたね!ミハイルとほぼ同じ手法で前に出ました。ただミハイルと違って接触のロスを最小限にとどめたように感じます。

 

もう少しロスしていたらミハイルにも付け入られていたでしょう。』

 

「接触したような音がしたから警戒していたが、そう来るか。レースの世界じゃあれくらいは日常茶飯事らしいしな。

 

面白くなってきたじゃねぇか。駅伝ストレートからのヒルクライムでぶち抜いてやる。首洗ってやがれ。」

 

 

僕を一瞬でも本気にさせたことは評価してやる。シブカワも大したものだ。ロスを最小限にしてボクのパッシングを許さなかった。

 

この屈辱は倍にして返す。その位置にフランス車は似合わない。ましてや20年も前の型落ちの日本車なんかなおさらだ。

 

そこはボクと偉大なるポルシェの席だ!

 

 



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第百六話 怪しい雲行き

「抜かれた―!」

 

「こうもあっさりっていうか…やっぱり一筋縄じゃ行かないんですね。」

 

少なからずショックを受けている。目の前で見せられるとここまでの衝撃なのか。いつも送り出してくれる渋川さんがどれだけ胃が痛い思いをしているのかはっきりとわかった。

 

「沢渡の潜在能力はミハイル並って言われてるからな。これだけの事は造作も無いのかもしれない。」

 

「これってどうなんですか?ドライバーの消耗とか…渋川さん、大丈夫ですか?」

 

『問題ねぇ、消耗としては順調と言ってもいい。心配しなくても、すぐに返り咲いて見せるさ。俺だってやられっぱなしは性に合わねぇんだ。』

 

誰だ?知らないぞこんな言葉遣いの人。知っててもロータリーさんぐらいしか。

 

『死神を6台の隊列が突き進む!』

 

会話が終わったタイミングでモニターを見る。夏向さんの前には5号車、3号車がいる。

 

死神に入った瞬間に左コーナー入り口で外から5号車に並ぶ。一瞬の出来事で驚きを隠せないけど、次の右コーナー入り口でインとアウトが入れ替わることで有利は夏向さんになった。

 

突っ込みでアタマ半分抜けて、車体を横にしながらコーナーをクリア、追い抜きを成功させた。

 

「アウディを追い抜くなんて…2500万もするんだぞ、一生買えないんだぞ!」

 

「家買えますね…。」

 

 

「次はウラカンね、夏向君はどう仕掛けるのかしら。」

 

「このウラカンというクルマ、君のクルマに似ているものがあるが、同じメーカーなのか?」

 

「ええ、同じランボルギーニで親近感はあるけど…今どきの電子制御は私には合わないのよ。使い方もよく分からないし。」

 

『5号車に変わって86号車が3号車にプレッシャーを掛けていく!』

 

ピッタリとくっ付いてその期を窺っているように見える。あれほど張り付かれるといくら私でも少しは焦るものだ。

 

トレーニングではよくブライアンにやられたりするがこういう時ほど落ち着いて対処しなければいけないが、3号車からは明らかに焦りが見て取れる。

 

「ちょっとそっぽ向くわね。夏向君が追い抜いたら教えてね。」

 

「君にしては珍しいな。追い抜くところは見どころと言えると思うが。」

 

「見ていれば分かるわ。同じメーカーってだけなんだけど、タっちゃんと重ねちゃうとつらいのよ。」

 

…マルゼンスキーが何を言いたいのか察しは付いた。次の瞬間、3号車は制御を失ったようにアウトに膨らんでいく。アレを立て直すのは至難の業だろう。

 

車体が横向きとなり、夏向君が横を通り過ぎる間に路側帯に突っ込み、復帰できないほどのコースアウトをしてしまった。

 

マルゼンスキーにとっては予測できても、直視しがたい光景だろう。映像が切り替わるまでは声はかけないでおこう。

 

『これはもうダメでしょう、コース復帰は不可能です!大石代吾リタイア!』

 

「予感はしてたのよね。電子制御介入しっぱなしだったし、焦りしか見えなかった。あれで死神を走るのは無理って話ね。」

 

「ともあれ、彼に大事無いようで一安心だ。後続は労せずして順位を上げた訳だ。」

 

 

『先頭グループが湖尻新橋を渡る!ここからセクター2!』

 

いいもんだな、クリアな視界ってのは。爽快だぜ。…でも、別の意味で厳しくなってきたな。

 

先輩のプレッシャーが半端じゃない、少しでも手を抜いたら一気にいかれそうだ。それに乗じてドイツ野郎も来るだろう。

 

でも悪い事だけじゃない、先輩のおかげでミハイルを楽に抑えられる。あの様子から見るに先輩もミハイルの事が嫌いらしい。

 

しばらくそのまま抑え込んでくださいよ。沙奈の為に稼がなきゃならないんで、このまま1位は貰いますよ。

 

 

「この野郎、俺のミハイルを抑えとけって事か。」

 

チッ、分かったよ。俺だってミハイルは嫌いだ。すました顔して走ってんのが気に食わねぇんだ。駅伝ストレートまではおとなしくしておいてやる。

 

だがそこまでだ、1位通過するのは俺だ。沢渡、お前は2位にでもなっててくれ。

 

『渋川さん、最初と比べて独り言が少なくなってますけど…指摘しない方が良かったですか?』

 

「…いや、ありがとうトレノちゃん。危うく、黙っちまう所だったよ。…え、これまでの全部聞かれてたりする?」

 

『…はい。』

 

「緒方さんも?」

 

『少し聞こえてたりする…。』

 

「しょぼーん…。」

 

 

「榛名ちゃんって結構独り言話すタイプなんだな。」

 

「普段はそんなこと無いんですけどね。ハンドル握ると性格変わるタイプの人なんですよ多分。」

 

「カナタもそのタイプだよ。…それにしても榛名ちゃん達と4位グループで差が付き始めたな。1号車も黙って見てるだけだし。」

 

実況の人も緒方さんと同じような事を言っている。先頭がやりにくいみたいなことを言ってる。あんまり先頭に立ったことが無いから分からないな。

 

帰ったらキタちゃんにでも聞いてみようかな。

 

「2号車が結構プレッシャーかけてますね。今にもぶつかりそうなくらいに接近してますし、後ろにいる夏向さんもチャンスを狙ってますね。」

 

こつん

 

「今当たったように見えたけど?」

 

「当たりましたよね、あれ。実際の感触で伝わってくると嫌でも意識しちゃうと思いますよ。」

 

「その後ろには13号車、そしてカナタか。オレの中古で170万のボロ86がこんなところまで来るなんて思わなかったよ。」

 

静かに見守っていると1号車の動きが怪しくなってきた。車体がふらつき始めている。2号車は構わずにプレッシャーを与え続ける。

 

「緒方さん、ヘッドセット貸してください。」

 

返事を待たないでひったくるようにヘッドセットを借りる。多分、そうなる。

 

「どうしたんだ急に?」

 

「夏向さん、1号車がスピンするかもです。先の左…いや次の右コーナーに気を付けてください。」

 

『ラジャー。』

 

その次の瞬間に、左コーナーアウト側の茂みに1号車が突っ込んでいく。慣性と反動で先の右コーナーの壁ギリギリまで吹っ飛んでいってそのまま進行方向に背を向けて止まってしまった。

 

「スピンするなんてよく分かったな。なにか、前兆でもあったのか?」

 

「前兆って程でも無いんですけど…ほとんど勘です。」

 

『トレノさん、ドンピシャです。助かりました。』

 

「役に立ててよかったです。頑張ってくださいね。」

 

「トレノちゃん、オレよりセコンド向いてるんじゃないか?」

 

 

そろそろ第3セクション、沢渡がギアを上げてちぎりに来ていたが、ミハイルを連れて食いついて行く。

 

後ろを走るという事は、ペースをコピーすればやることは一つ無くなる。精神的に楽になるが、いつまでもこのポジションというのも落ち着かない。

 

「踏んでどれだけ詰められるかは大体把握した。駅伝でポジション交代だ。」

 

ただ1つ、不安な点がある。沢渡がしぶきを上げてるせいであまりよく分からねぇけど、雨がやんでいるようなら、先頭に出るのはあまり賢い選択じゃない。

 

でも、霧の中で夏向はとんでも無いパフォーマンスを披露した。アレをやってみたいという気持ちもある。

 

アレが出来れば、かなり消耗するだろうが、確実に差を広げられる。

 

「やるしかねぇだろ。俺は、ストリートスペシャリストを自負してるんだ。霧が怖くて峠を走れるかよ!

 

トレノちゃん、2号車のペースはどんな感じ!?」

 

『1号車を抜いてからペースを上げてきてます。夏向さんは13号車に対して仕掛けにいってます。』

 

「了解。沢渡、そのままのペースで逃げてくれよ。後続が二度とバックミラーに写らないくらいにな!」

 

 

『先頭グループが駅伝ストレートに突入していきます!100号車、12号車共にラインを変える!』

 

やっぱ馬力の面じゃミハイルにも先輩にも分が悪いか。ブロックするにはもう遅い。さあ行ってくれ。

 

『100号車が4号車の前に出る!12号車はオーバーテイクしない様子です。水けむりを嫌ったようです。』

 

野郎、並びかけたタイミングでコースティングしやがった。抜く気になればいつでも抜けるってか。

 

今度はオレが楽をする番だ。引っ張ってくれよ、先輩…?

 

パパン ドギャ ヒャオアァァア

 

ラインが全く違う。1週目に比べてもブレーキング、クリップのつき方も全然ちげぇ。直感した、アレを見たらおかしくなっちまう。

 

ラクはさせてくれねぇってか。ミハイルはさっきこれを見てた訳だが…同じ考えなら見てないはずだ。

 

あの走りは目に毒だ。

 

 

気付いたようだな、サワタリ。シブカワの走りから視線を外してコースに集中している。気に食わないが、シブカワにはどんなラインでも使いこなせる能力がある。

 

だがそれだけでボクを引き離せると思わないことだな。いくらでも削る余地があるのはボクも同じだ。最終ラップになれば決めのラインで来るはずだ。

 

それまでサワタリの後ろでラクをさせてもらうさ。

 

 

「雨が上がってる…。」

 

「はぁ?…ホントだ、気が付かなかったよ。って事はかなりまずいぞ、カナタのアドバンテージが無くなっちまう!」

 

「アドバンテージですか?」

 

「レース前、カナタが雨は味方って言ってたんだ。その雨が無くなったら縮まってた差が広がる…。オレこれ以上上は望んでない。頼むから無事で帰ってきてくれ!」

 

『2号車のフェラーリを追って5位争いの2台がスターティングゲートを抜けていきます!』

 

「ようやくですね…私戻りますね、お邪魔しました。」

 

お暇して自分のブースに戻って渋川さんのドローン映像を見ると、ほんの少し画面が白っぽい感じがする。…まさか。

 

「霧っぽい感じですか?」

 

『ご名答、上がってる感じがして嫌な予感はしてたけどな。でもペースは落とせない。このまま突っ込んで行くことになるな。

 

ここから本気で仕掛けに行くから、黙り込んでたら何か話しかけて…どりゃあ!』

 

渋川さんが奇声を上げながらコーナーをクリアしていく。でも少しオーバーアクションなドリフトをしている。

 

まだ本格的に霧の中に入っていないけど、少ししただけですぐに3台が包まれてしまった。

 

ドローン映像は白い世界しか映し出されていない。少しするとうっすらとクルマが映り始める。

 

『トレノちゃん、お願いがあるんだけどいいかな?』

 

「出来る事なら…なんですか?」

 

『コドラになって。』

 

 




何とビックリ、僕の脳内CPUがはじき出した結論だと、榛名さんメイン回があと10話以上続きます。

ウマ娘じゃねーじゃん。ただの頭文字Dじゃん。と思ったそこの貴方。

ご心配下さいませ。そういうものだと諦めてください。

また次回!


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第百七話 集中力

『なんて?』

 

「略語じゃ分からなかった?コドライバーやってもらいたいなって。」

 

『そのコドライバーって何ですか?』

 

「簡単に言えば、ストレートがどれだけあってどんなコーナーなのかっていうのを霧の中を抜けるまでやってくれないか?」

 

『じゃあはっきり言います、出来ません。…けど、次のコーナーが右か左かだけなら言えます。それでもいいですか?』

 

「十分だ。どりゃぁ!」

 

『次は右、少しストレートで左です!』

 

「せぇの!」

 

 

先輩のペースが上がってる。カナタ・リヴィントンみたいなことが出来んのか?この霧だ、追いつくことは無いだろうが、猛然と追い上げてくるんだろうな。

 

駅伝ストレートで前に出て貰って助かったぜ。先輩のおかげで消耗することなくペースを作れる。

 

あのまま前にいたら消耗してたのは確実にオレだった。優秀なペースメーカーがいるっていうのはいいモンだな。

 

だが少し妙な感じがするんだよな。オレ達を引き離そうとしているような気がする。

 

ギャン パパン

 

いや、気のせいじゃねぇ、マジだ。またペースが上がりやがった!どこまでもラクさせてくれないのな!

 

 

「右、100R!少しストレートから左!」

 

『せい…や!いい感じだ!』

 

コース図を見るとコーナーの情報が詳しく書いてあった。なんのこっちゃか分からないけど使えそうな情報は全部伝えることにした。

 

見ているだけというのもじれったかったから。

 

『ご覧ください、霧の中で86号車が快進撃を繰り広げてる前で100号車も途轍もないパフォーマンスを見せている!片桐夏向のように鮮明に前が見えているとしか思えません!』

 

『減速の幅は片桐君と比べると少し劣りますが、それでも十分なパフォーマンスですね。コンマ5秒ほどですが沢渡君たちを引き離していますから。』

 

『あっと…今入った情報だとセコンドがかなり騒がしいそうで…。100号車のブースではコーナーの情報をひっきりなしに伝えているようです。』

 

『あたかもラリーのコドライバーですね。ラリーの世界だとボンネットがめくれるなどのトラブルがあって視界が無くなってもコドラの情報だけで完璧に走れてしまうドライバーもいるくらいです。

 

しかし驚きですね、渋川君のセコンドは確か…。』

 

『トレセン学園生、トレノスプリンターですね。分野が違うのでコドラのような事をやってると聞いた時は少しばかり驚きましたが。』

 

『そうですか…トレノですか…。昔を思い出しますね。』

 

『その辺りの話はどこかのタイミングでまた聞きたいと思います。さあ、先頭グループが湖尻子分岐点を通過!間もなく霧のゾーンを抜けようとしている!』

 

 

「よっしゃぁ抜けたぁ!」

 

『ようやく晴れましたね。コドラはもう大丈夫ですか?』

 

「ああ、ありがとうよ。ここから仕掛け準備だ。」

 

3速から4速へ、アクセル全開のままクラッチを切って最速で4速にぶち込む。ペースを上げる中でここまでタイヤを最大限労わって来たけど、温度が上がり切っていない。

 

正確なところまでは分からないけど、後ほんの少し、温度がいる。

 

「フッ!」

 

インプを全力で振り出してレースではあまりに似つかわしくないドリフトを決める。オーバーアクションだけど、タイヤを温められる。

 

第3セクションに入る辺りでアスファルトは乾き始める。後ろは追いついてくるだろうが、このドリフト姿勢なら十分にブロッキングできる。

 

 

「あれほど派手に…仕掛け準備って所かしらね。」

 

「このままトップで完走したら1億か…渋川が一瞬で金持ちになっちまう…。スピカの遠征代負担してくれねぇかな。」

 

「アタシ等が金食い虫みたいな言い方するんじゃねぇよ!」

 

「半分事実だろうが。それでマルゼンスキー、このレースどう見る?」

 

「どうかしらねぇ。榛名ちゃんが先頭に立って走ってるからには、1位を狙ってるんでしょうけど…。後ろ2人と比べると消耗してるのは明らかね。

 

駅伝ストレートは心配ねぇ。A110は抑えられるでしょうけどケイマンはどうかしら。インプが330馬力、対してケイマンのGTSかしら?

 

あれが400馬力。差が詰まってたら抜き返されるかもしれないわね。状況は…はっきり言って良くないわ。」

 

「そうか…。いつのも事だが、見てるだけっていうのはもどかしいな。」

 

 

えーっと…2セクのどの辺りだっけ。流石にアタマが白っぽくなりやがった。トレノちゃんのおかげで霧の中でペースダウンを最小限にとどめられた。

 

でも消耗が無い訳じゃない。確実に疲れが来ている。

 

くそ…集中力が…あと少しなんだ。もう少し持ってくれ。駅伝ストレートからラスト2キロは全開中の全開、100パーセントを超えていくしかないんだ。

 

それまで、持ってくれ!

 

 

「…。」ゴクン

 

固唾を飲んでモニターを見つめる。さっきから渋川さんの独り言が無くなってしまった。その時は何か話しかけてとお願いされてたけど、これほど集中してる渋川さんに話しかけてもいいのか…とも思う。

 

セクタ-2の半ばまで来てレースは終盤に入っている。渋川さんが黙るというのがどういうことなのか分からない。

 

でも何か、凄いものを見られる気がする。

 

 

『今にもスピンしそうな角度のドリフトを立て続けに繰り出しています!こんな走りはMFGで初めて見ました!』

 

『速いドリフトとは違うので必然的にコーナリングスピードは落ちますがそれは後ろをついていく2台も同じです。

 

彼女なりの目くらましと捉えてもよさそうです。』

 

「目くらましか。本命はブロッキングとタイヤを温めるためだろうね。あそこまで派手にやる必要は無いけどな。好ちゃんの影響をモロに受けてたからね。」

 

「まぁな。榛名ちゃんはオレと同じタイプの走り屋だからな。だけど、理論は城ちゃん譲りだろ?」

 

「そうだね、だけど心配なのは、榛名ちゃんの喋りが無くなる事だね。ここ1番の集中力は藤原君と同等か…それ以上だからな。

 

オレの主観だけど、集中しきった時だと追従できるドライバーはMFGでいないと思ってる。たとえ藤原君の弟子、夏向君でも。」

 

「オレのアクセルワークと城ちゃんのワンハンドステア。それに群馬プライドが合わさったんだ。榛名ちゃんの速さは本当の意味で、アタマ1つ抜けてるよ。」

 

「ただ集中しきってしまった時、それだけが本当に心配だね。」

 

 

『先頭グループがセクター3に突入します!水けむりは明らかに小さくなっている!』

 

もう少しで駅伝ストレート、ミハイルが仕掛けてくるのもその辺りのはず。こっちも下準備は済ませてある。逃げ切ってやる。

 

『急勾配のダウンヒルを3台が駆け下っていく!だがミハイルがこのまま終わるはずがない!』

 

今からダウンヒルで引き離そうとしてももう遅い。ラスト2キロのヒルクライムで必死に逃げ切るしかない。

 

…驚いたなぁ、トレーナーとして生きていくって3年前くらいに決めたはずなのに、ここまで思い残してたことがあったなんて。

 

本気も本気、102パーセントを出すのはヒルクライムに入ってから!

 

『物凄いブレーキング!駅伝ストレート入り口で12号車が4号車に並ぶ!2台が横並び、100号車めがけてフルスロットルで飛び出していくー!』

 

早いな、ここで上がってくるか。並ばれると面倒極まりない。ブロックは…流石にフェアじゃねえよな。

 

『12号車がするすると出ていく…ポルシェのノーズがインプレッサを捉えています!アルピーヌのパワートレインでは2台についていけないのか!』

 

 

「伸びを考えるとストレートエンドのコーナー入り口で2台が並ぶ。ここから見られるわよ。榛名ちゃんの全開が。」

 

「は? 今までが全開じゃなかったって言うのか?」

 

「確かに今までも全開だったの。例えば、私たちがギアを5速持っているとするわね。本気で走る時だけ5速に入れるって感じなんだけど、今の榛名ちゃんもそんな感じ。

 

でも榛名ちゃんには、もう1つ上があるのよ。あまりにも危険すぎる、6速が。」

 

 

元々俺は、走行ラインに囚われて走っていた。ラインを意識するって事は誰に教えられたわけでも無いけど、自然にそうやって来ていた。

 

でも城島さんに会ってラインの意味全てが変わった。城島さんの教えを念頭に、知らないコースでもどのラインが効率的なのかを考えるようになった。

 

去年、今年で4回走ったからこそ分かる、タイヤの効率のいいライン。

 

見せてやる、城嶋俊也直伝、レコードラインアタックを!

 

『何と驚きです、ここに来て100号車に注目フラグが立ちました!ラスト2キロのヒルクライム、ベッケンバウアーと並んで右へターンしていきます!

 

100号車と12号車がサイドバイサイド!ここまでベッケンバウアーに肉薄したのは彼女が初めてかもしれません!』

 

 

「渋川の決定的な弱点、何か分かるかケンタ。」

 

「そう言われても、今にもふっとんじまいそうなキレた走りをしているとしか…。教えてくださいよ社長。」

 

「だからもう少し考えてみろって…まあいいや。出血大サービスで教えてやる。それは集中力の高さだ。」

 

「集中力…ですか?」

 

「こいつは今限界を超えて走っている。それこそ数字にしてみりゃ102パーセントって所だろ。このペースに付いていけるやつは今のところいない。…が、速さと引き換えに簡単に崩れるほどの諸刃の剣のはずだ。

 

自分が想定していない、ほんの少しの些細な出来事ですら崩れちまう。普段はなんてことは無い飛び石ですらアイツには危険すぎる。」

 

 

『何という事だ、ラスト1キロまで来て100号車が車体半分リードしている!ベッケンバウアーが抜ききれないでいる!』

 

このMFGでボクをここまで追い込んだのはアナタが初めてだ、シブカワ。少しの間本気になってやる。先にチェッカーを貰うのはボクだ。

 

勝負だ、シブカワ!

 

 

ゴールはこの先だ…このまま離せれば…。

 

『渋…さ…。1……車が………!』

 

耳元で何か聞こえる。でも聞いてしまうと集中が切れてしまう…。あと少しなんだ。

 

右にミハイルがいる…次が右でその次は左…カウンターで先頭は守れる…。ここだ…!

 

ガシン

 

!?「クッソ! わざと接触させて自分のラインを確保しやがった!チッ、集中が!」

 

ステアリングを“両手”で握る。俺の予定調和が崩れてしまった。俺よりも2キロ速い、普通ならオーバースピードになるところを、俺を使って無理やり成立させやがった。

 

戦略の1つなのは認めるけどよ…接触を戦略にするのは主義じゃねぇし、大嫌いなんだよ!

 

『渋川首位陥落!ミハイルが車体半分抜けだしました!残すコーナーは2つ!ここからの逆転はあるのか!』

 

集中力が途切れている。俺に抜き返すチャンスはない。

 

 

脆いものだな、サワタリ同様、死神でスタミナをすべて使ってしまったのかい?その状態でこれほどのことが出来たんだ。褒めてやる、シブカワ。

 

心拍数が高い、呼吸も浅い、本気のボクをクルマ半分抜け出たんだからな。

 

『今チェッカーだ!優勝はミハイルベッケンバウアー!開幕戦に続き破竹の2連勝!』

 

 



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第百八話 芦ノ湖GT 終幕

「負けたのか…渋川の奴。」

 

「死神で集中しすぎちゃったわね。2週目の駅伝ストレートで抜いちゃったのが結果的に勝敗を分けちゃったわね。」

 

「ぶつかったと思ったらあっけなくラインを開けちまったな。まるでいきなりの事に驚いたように…。」

 

「そうね、榛名ちゃんが完全に集中すると外からの衝撃にとびきり弱くなっちゃうのよ。それこそ虫がぶつかったくらいで途切れてしまうくらいに。

 

消耗も相まって普段なら予測できた接触も予測できなかったって感じかしら。」

 

「なんにせよ、どうせ落ち込んでるでしょうし、2位なんだから祝ってもいいんじゃないかしら?準備して待ってましょう。」

 

 

 

「渋川さん…。」

 

ブースを出て渋川さんの所へ向かう。2位完走、結果は勝てなかったかもしれないけど、十分すぎるくらいの戦績だと思う。

 

それにいろんなものを見れて成長の機会にもなった。

 

少し待っているとドアが開いて渋川さんが出てくる。

 

「トレノちゃん……。」

 

「完走おめでとうございます。無事に帰って来てくれてホッとしてます。」

 

「…ぐす……うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!」

 

「頑張りましたもんね…。」

 

人目を気にせずに泣きながら駆け寄ってくる渋川さんを優しく抱きしめる。こんなに大泣きしてる渋川さんを初めて見る。

 

病院で目が覚めた時よりも泣いているような気がする。よっぽど悔しかったんだろうな。少しサポートしていたからか、私まで泣きたくなってきてしまった。

 

暫く泣いて、涙が枯れたのか

 

「…いい匂い……。」

 

ペシン

 

「引っ叩きますよ?」

 

「引っ叩く前に言ってよぉ…。」

 

 

「えと…再車検が終了して順位が確定しました。2位完走おめでとうございます。この後の表彰式への出席もお願いします。

 

それでなんですが…祝福のキスがエンジェルスから送られるのですが、指名はありますか?」

 

「「え~…。」」

 

いや困ったな。トレノちゃんも困ってるし。指名なんか無いしそもそも俺、女だし。指名無しでいいか。

 

「誰でもいいで」

 

「ちょっと待った渋川!7番ちゃんを指名してくれ!」

 

「あ、相葉君?どしたの急に。」

 

「いやよ、ちょっとしたオレの個人的な事情なんだがよ…お前が誰でもいいなんて言うと沢渡がロリコンのくせに7番ちゃんを指名しそうなんだよ!

 

だがお前だったら女同士だし何より見ててムカつかない。な、お願いできるか?」

 

「……誰でもいいです。」

 

「ガーン!」

 

 

 

表彰式も終わって他の出走者も引き上げる準備をしている。

 

「さ、私たちも帰りましょうか。」

 

「そうだね、ホント疲れちゃったよ。ぶっ続けでこんなに走ったのは初めてだよ…ふぁ~。」

 

「ハハ、ハンドル握ってる時はカッコ良かったんですけどね、こうしてるといつもに渋川さんで安心しました。」

 

「でしょ~カッコよかったでしょ~もっと褒めて~。」

 

「やっぱりいつもの渋川さんだ…。」

 

少し呆れていると後ろから9号車が来た。相葉さんに会うのは結構久しぶりだけど、覚えてくれてるかな。

 

「ようトレノちゃん、久しぶりだな。」

 

「お久です。レースの方は…あんまり見てませんでしたけど。」

 

「いいさ、渋川のセコンドなんだからな。それよりも、オレとカナタ達であの時のホルモン屋で打ち上げするんだがお前らも来るか?オレのおごりだぞ。」

 

「私は大丈夫だけど、トレノちゃんは大丈夫?」

 

「多分ダメだと思います。外泊届けなんか出してないですし、そうなると門限が…。渋川さんだけでも楽しんできてください。私電車で帰りますから。」

 

「それだったら私もパス。ゴメンね相葉君、誘ってくれたのに。」

 

「ま、次の機会にするさ。またな、2人とも。」

 

そう言って颯爽と走り去っていく。良い人だな、相葉さんって。あまり接点のない私でも誘ってくれるしさばさばしてるっていうか。

 

 

 

「そろそろ行きましょうか。お疲れでしょうし、私が運転しましょうか?」

 

「いや流石にそれはって言いたいけど、まだアタマが白っぽいんだよね。運転雑になるかもしれないし、トレノちゃんなら大丈夫だし本当にお願いしてもいい?」

 

「良いですよ。何の為のスペアキー持ってきたと思ってるんですか?」

 

依然渋川さんに突然渡されたスペアキーを指でくるくるしながらいたずらっぽく話す。

 

「じゃあお願いするね。寝ちゃったらゴメン。」

 

「疲れてるでしょうし、ぐっすりお眠りください。」

 

 

 

 

 

「そろそろ来る頃だと思うんだけどな。」

 

スピカとリギル、サトノダイヤモンドやアグネスタキオンだったりそれなりに交流のあるウマ娘も出迎えに来ている。

 

「疲れてるでしょうし、途中で休みながら来てるんじゃないかしら。…来たみたいね。」

 

耳を澄ますと遠くの方で渋川のクルマの音が聞こえ始める。うるさいクルマっていうのは分かりやすくて助かる。

 

少しすると正門に車が止まる。さて、ヒーローを迎えに行ってやりますか。歩いていくと運転席からトレノが降りてくる。

 

「「「……ん?」」」

 

その場の全員が首をかしげる。そこから出てきたって事は…運転して来たって事だよな?渋川どこ行った?

 

「渋川さん、起きてください。着きましたよ。」

 

トレノが降りたその場で助手席に話しかける。あー、そういう事か。

 

「んぁ…芦ノ湖出たあたりから記憶が無いよ~。」

 

「結構最初から寝てましたから。起こさないような運転してたからあれですけど……渋川さん寝ぼけてる場合じゃないですヤバいですどうしましょう。」

 

「どうしましょうって?よ…っと背中がバキバキだよー…どーすんのこれ。」

 

思い切り渋川と目が合った。あの困惑の仕方、無免許なんだな。トレノの方は、運転したのかさせられたのか。

 

「渋川さん、これはどういうことですかぁ?」

 

いずれにせよ、たづなさんをどう落ち着けるかの方が最重要事項だ。

 

「これはですねぇ…私の方からお願いしたっていうか…甘えちゃったっていうかぁ。」

 

「無免許なのは分かってたんですけど、お疲れだったのでつい、うっかり…。」

 

「…クック、アッハッハッハ!」

 

突然ロータリーが大声で笑いだす。たづなさんの注目もロータリーに向く。

 

「まあいいじゃねえですかたづなさん。事故なく無事に帰って来てますし、何より天然2人組ですよ?これ位の事は日常茶飯事じゃないですか。」

 

「「ちょっとそれどういう事(ですか)?」」

 

「そうね、私だって制服のままタッちゃんでドライブ行ったことあるし、若干法に触れてるのも今に始まった事じゃないわよ?」

 

「ハァ…今回だけは特別ですよ?渋川さんが付かれてることは私も分かりますから。ですが、トレノさんはまだ免許を取ってなんですから今後運転させないで下さいね?」

 

「は~い…。」

 

「全くもう…それじゃあ、改めて。」

 

たづなさんが音頭を取って皆で一斉に声を上げる。

 

「「「MFG2位完走おめでとう!」」」

 

「ごぼあぁ!」

 

「「「!?」」」

 

「あぁ、やっぱり。」

 

渋川が突然血を吐いて倒れた。白目をむいておもっくそあわ吹いている。見ているだけで心配になったがトレノだけ平然としていた。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ。渋川さん、相当悔しかったみたいでレース終わってすぐにギャン泣きしてましたもん。何なら寝言で『ミハイルこの野郎』って言ってましたね。」

 

「そうか、この様子じゃしばらく起きなさそうだからな。トレーナー寮に放り込んでおくか。トレノももう休め、疲れたろ?

 

渋川は俺たちが連れて行くからよ。」

 

「お言葉に甘えさせていただきます。…あ、クルマだけ戻しちゃいますね。」

 

「トレノさん?」

 

「じょ、冗談でーす…。」

 

 



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第百九話 激励

「改めて、表彰ッ!MFG2位完走、実に天晴!」

 

「私自身あまり納得はしてないですけど、久々に本気で走れたからまぁ、結果オーライですかね。

 

それでですね、2位完走の賞金なんですけど…。その8割をトレセンに寄付させてくれませんか?」

 

「驚愕ッ!?2位完走の賞金はたしか5000万円だから…」

 

「4000万の寄付になりますが…本当によろしいんですか?」

 

「お願いします。今年中のMFG出走予定はありませんけど…“決めた”ことがあるんです。それにMFGに出た目的はお金じゃないですから。

 

だから私としては全力で走ったら賞金が付いてきたって認識なんです。賞金の授与が11月のシーズン終了時なので寄付はそれからになりますけどそれでもいいですか?」

 

「些事ッ!むしろこちらが頭を下げることだ!多額の寄付、心より感謝するぞ!」

 

「少し疑問なのですが、残りのお金はどのように使われるのですか?やはり貯金ですか?」

 

「あ、聞きます?何回かインプいじくろうか考えたんですけど私としてはインプはあれで完成してるから今更いじるのもどうかなって思ってその時の思い出したんですよそういえばセカンドカーが欲しいなーって思っててFRの振り回して脳汁出しまくれるようなクルマ探してたんですよそしたら見つけちゃったんですよお手頃な物件がそれがこのなんですけどねS2000って言って私の師匠も乗っててアタマ変になりそうなくらい速いんですよそれで」

 

「たづな…。」

 

「スイッチが入っちゃいましたね…。」

 

 

 

 

 

「海だー!」

 

季節は7月、芦ノ湖GTが終わってトレセンでは恒例らしい夏合宿に入学以来、初めて来ている。砂浜を歩いているけど慣れない感覚でむず痒さを感じる。

 

「そんなにはしゃぐことはねぇだろ。海なんてそんなに珍しいものじゃねぇだろうし。」

 

「海なし県舐めないで下さいよ。お父さんは冗談半分らしかったですけど諏訪湖を海だって教えられたくらいなんですから。」

 

「そんなバカな…。」

 

「それに去年は私色々あって合宿来られなかったので何というか、感慨深いんですよ。」

 

「ああ、そういう事か。渋川の事だろうしトレーニングは明日からだろ。今日くらいははしゃいでもいいんじゃねぇか?」

 

もちろんそのつもり出来ている。トレーニングはもちろんするけど自由時間は思いっきり海を満喫したいよね。

 

「トレノちゃーん!浮かれてる所悪いけど気を引き締めていかないとジャパンカップ勝てないよー!」

 

「ありゃ?渋川さん真面目にトレーニングやるつもりみたいです。今日は泳ごうかと思ってたんですけど残念で」

 

渋川さんの声に振り向いてみると絶句できるほどの格好をしていた。

 

「どうした?何かあ」

 

そこには水着、浮き輪、シュノーケルを装備した渋川さんが。後ろにはデッキチェアだったり日傘だったりが置かれていた。

 

「もうアイツ沈めちまわねぇか。」

 

「一番浮かれてるのはそっちじゃないですか…。」

 

 

 

 

 

2週間くらい経ったけどトレーニングの効果は十分に出ている。特に夏向君に走りはいい影響を受けている。戦略の面としても確実に成長している。

 

ただ、どうかな。ジャパンカップは日本のウマ娘だけでなく、海外のウマ娘も出走する。誰が出るかはまだ分からないけど向こうじゃ接触が当たり前らしい。

 

接触してくることが事前に予測できていても実際にやられると思いの外焦る。実際沢渡、ミハイルにやられた時は姿勢を一瞬崩されてあっけなくインを明け渡してしまった。

 

だからこそ対策する必要がある。接触してもインを開けないような対策が。

 

…そういえばそろそろ第3戦の出走日が出てるはず。リリース見ておくか。

 

「夏向君が3日目で…相葉君が4日目か。ミハイルはどうせ最終日だろうし…。」

 

マウスをスクロールしていくと6日目の出走者のある一人が目に止まった。おいおい、遂に出るのかよ。

 

「諸星…瀬名…!」

 

ようやくかよ、随分と遅かったじゃないか。直接会って話をしねぇとなぁ!

 

「渋川さーん、海の家の焼きそばでーす。」

 

「待っていやがれ、瀬名!…あ、焼きそばありがとねー。今日はもう予定も無いし泳いでくる?」

 

「トレノさーん、早くしないと置いて行っちゃいますよー!」

 

「今から行くよー! それではー。」

 

 

 

 

 

『予選6日目、柳田拓也、赤羽海人と目玉選手が走り終え視聴率が下がってくる時間帯ですが、めげずに実況していきます。

 

次に出走するのは初出場のルーキーです。カーナンバー885号車の諸星瀬名。どんな走りを見せてくれるんでしょうか。』

 

そろそろ出走か。MFG運営には悪いが、迷惑掛けさせてもらうぜ。

 

『スタートしました!この頃のルーキーには期待を寄せてしまいます。昨年の渋川榛名、ミハイルベッケンバウアー。

 

今年は片桐夏向と彗星のように現れてきました。彼もその一人になることがああぁ!?

 

今スタートゲートから100号車のインプレッサ…つまり渋川榛名が突如として現れました!ゲートカメラに切り替えます!

 

ご覧ください、こんな事件は今まで一度としてありませんでした!』

 

 

『瀬名、後ろからインプレッサが来てる。感づいてると思うが、アイツだ。“群馬最速天使”のご乱心だ。』

 

「ご乱心ってもんじゃないだろ、予選で乱入って…。」

 

ミラーで見るとそこそこの距離まで来ている。多分最後まで付いてくるペースじゃないな。

 

『100号車が885号車の後ろに付けている!100号車にドローンカメラが無いのが悔やまれます!…じゃなかった、彼女の乱入により後続の出走者は待機を余儀なくされています。

 

しかし本部からは通達はありません。このまま続けるそうです!100号車が第3戦に参戦しないことが心残りでしたがこれで解消できそうです!』

 

結構近づいてきたな。ペースが全く違うからな、当然か。トンネルを2つ抜けた所で渋川が横に並ぶ。

 

目を合わせてアイコンタクトで会話する。

 

(1位を取れ、なんて言わねぇ。だがショボい走りはするんじゃねぇぞ。)

 

(分かってるっての。ボスの手前もあるからな。アンタの分まで群馬プライドを見せつけてくるさ。)

 

(生意気、だが今は預けてやるよ。かましてこい、諸星瀬名!)

 

『2台並んだままオー・ルージュをクリアしていきます!目配せしていたかのようなライン取り!息の合ったツインドリフトです!

 

立ち上がった所で100号車がドローンの映像から消えていきます。併走はここまでのようです!もう少し見ていたいような気もしますがこれ以上は885号車の予選タイムに影響しそうなのでやむなしでしょう。』

 

ボス曰くオレと夏向が群馬プライド正統継承者だとするなら、渋川はその流れに属さない、だが似通っているいわゆる亜種のようなものらしい。

 

群馬のレコードを塗り替える時に秋名が一番手こずったからな。渋川がどれほどの完成度なのかはよくわかる。

 

『有料道路区間を超えます。スピンターンを決めて内陸区間に入ります!100号車はターンせずに通過していったようです。

 

渋川榛名と諸星瀬名がどのような関係なのかは分かりません。ですが先ほどの並走でスイッチが入ったかのように885号車が加速していく!

 

驚きのパフォーマンスを見せてくれそうです!』

 

だがそんなものは関係ない。オレのバックボーンは正統な群馬プライドだ。負ける要素は何一つとしてない。

 

ライバルに遅れは取れない。見せつけてやるぜ、群馬プライド!

 

 

 

「ただいまー。ゴメンね急に自主トレにしちゃって。」

 

「ああいえ、大丈夫ですよ。ただ渋川さんの方が心配ですけどね。」

 

「私が?何かあった?」

 

「これですよ。早速ニュースになってますよ。」

 

トレノちゃんがスマホの画面を見せてくる。そこには[MFG予選6日目に渋川榛名乱入!?諸星瀬名との関係性はいかに]という見出しのネットニュースがあった。

 

「噓でしょ…。1時間でもうニュースになってる…。ちょっと併走しただけなのに?」

 

「取材の申し込みもかなり来てるぞ。内容も諸星瀬名とはどんな関係なのかって感じだ。どうすんだ、受けるのか?」

 

「受けるって返事しておきます。先方さんの連絡先下さい。」

 

「これだ。…実際どうなんだ、その諸星瀬名とは。」

 

少しからかうように聞いてくる。まさか色恋沙汰を期待してるな?

 

「沖野さん、期待してるところ悪いんですけどそういう関係じゃないです。追い越しては追い越され、会う機会はあまりなかったですけどリザルトで競い合って…。

 

そうやってお互いテクを磨いていったんです。今日乱入したのは私なりの激励なんです。ショボい走りだけはするなって背中は押してきたんですけどね。」

 

「そうか…何にせよ、伝わってるはずだ。予選の順位は暫定7位、上々なんじゃないか?」

 

ドンッ!!!

 

その話を聞いた瞬間に机を思い切りぶん殴ってしまった。

 

「俺はトップ通過したんだぞぉ?だったらお前もそれ位しろやぁ上毛三山スカイウォーカーさんよぉ?」

 

「こっわ。」

 

 



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第百十話 合同企画

「どうですか?」

 

「良い感じだよ。タイムも少しずつ縮んでるし何より6速のぎこちなさもなくなってる。これなら次のステップに進めそうだよ。」

 

「ここまで長かったですよ。ジャパンカップまでにどうにか間に合えばいいんですけどね。」

 

「そうだね。…それとはもうひとつ、問題が出てきちゃってね。トレノちゃん、人混みって得意?」

 

「苦手ですね。駅なんか行くと今でも押しのけられますし。」

 

やっぱりというかなんというか、予想してた回答が飛んできた。

 

「トレノちゃんは他のウマ娘と比べても軽いからね。そういう時に結構吹っ飛んじゃうのかもね。

 

そこで本題だよ。トレノちゃんにはジャパンカップまでに吹っ飛ばない体を作ってもらいたいんだ。」

 

「吹っ飛ばない体となると…ビシッと鍛えるとか、食べて大きくなるとかですか?」

 

「基本的にはそうなんだけど、後者はトレノちゃんの武器を全面的にぶっ殺すことになるから避けたいところなんだよね。

 

だからさっきの本題ではあるけどはあくまで最終手段。出来るようになってもらうのは、ぶつかった時にロスを最小限にする方法と、そもそもぶつからないような走り方とか。」

 

ちょうどいい教材が芦ノ湖で手に入ったわけだし。半分気に食わないけど。

 

「砂浜だとアレだし、休憩して合宿所で詳しく教えるよ。」

 

 

 

「という訳で、そもそもぶつかられない走り方を説明…したいんだけどさぁ。」

 

「だけど?」

 

「G1なんて実力が拮抗している者同士だし、控えめに言って無理なんだよね。」

 

「まぁ…ですよね。」

 

合宿所に戻って早々に道が1つつぶれてしまった。確かにその通りだけどそう簡単につぶさなくても…。

 

「だから覚えるのも簡単、対処もなんやかんやでどうにかなるかもしれないぶつかられた時の対処法を教えていくね。」

 

「色々と適当そうですけど…お願いします。」

 

「それじゃ、この動画を見てもらうよ。」

 

渋川さんがスマホの画面を見せる。そこには6月の芦ノ湖GTの映像が映される。

 

これは…4号車に抜かれた時の映像だ。緩い右コーナーでインベタに走る渋川さんを4号車が小突いて姿勢を崩す。

 

膨らんで出来た隙間に4号車は車体をねじ込んでそのまま前に出てしまう。しかしロスを抑えて12号車の追い抜きを許さなかった。

 

「次はこの動画ね。…クッソ今見てもムカつく。」

 

この場面はラスト2キロの区間だ。渋川さんの走りは息を吞むほどの気迫だった。だから12号車が仕掛け始めている所を見逃してしまった。

 

しかし不思議なのは渋川さんの姿勢の崩し方が4号車の時と比べても大きく崩れている。ぶつけ方も同じくらいだし、その時と違う事と言えば、渋川さんが黙っていたことくらい。

 

「…とまぁこんな感じかな。さてトレノちゃん、この2つを見て体勢の崩し方が違うのは分かったと思うけど…そうなった原因、何か分かる?」

 

「原因となると少し…状況の違いだったら言えるんですけど。4号車に抜かれた時にはまだ喋っていたのに対して、12号車の時には完全に黙っていました。

 

そして渋川さんは喋ってないと集中しすぎるって言ってましたよね。だから原因か分からないですけど、状況としては、集中力の違いかなって。集中しすぎて他のクルマが認識できなかったとか。」

 

「ほとんど正解だね。あの時の私は集中しすぎてた。あの領域に入ると限界超えた走りも出来るようになるんだけど、あまりにも脆すぎるんだよね。

 

集中するのは良い事だけど、周りの状況が見えにくくなるから集中しすぎないようにああやって喋ってたって訳なんだけどさ。

 

そこで最初に戻る訳。ぶつかられた時の対処法は、あらかじめ誰が接触するかを予測する。次にブロックするラインを走って接触しなければそれでよし。そうじゃなかったら場面にもよるけど強引にブロックしたりあえて見逃したり。

 

そこは状況を見て判断する感じかな。」

 

「結構難しいですね…せめて前兆みたいなものがあればいいんですけど。」

 

「あるよ、大体は。」

 

……あるんだ。

 

「接触の時だけじゃなくて、何かやろうとする時にはビリビリ来る感じっていうか…ほら、アレだよ。殺気?みたいな?

 

…トレノちゃんも感じたこと絶対あるアレだよ!言葉にするのは苦手だから感じ取って!」

 

「えぇ~……。」

 

 

 

「クッソ瀬名の奴…ショボい走りだけはすんじゃねぇって言ってやったのに…。」

 

「まだ根に持ってるんですか。」

 

MFG第3戦が終わって半月ほど。思い出すと今でもむしゃくしゃするけど、トレノちゃんの成長がそのむしゃくしゃを抑えてくれる。

 

ジャパンカップに向けてこれ以上ない仕上がりになってくれるかな。そんなことを考えていると電話が鳴る。

 

「誰からだろ…理事長?もしもし、渋川です。」

 

『合宿中に申し訳ない!突然だが、学園に戻って来てくれ!』

 

「はい?」

 

 

 

「お忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます、秋川理事長。改めて、MFG統括本部長の上有史浩です。」

 

「お待たせしました、渋川ただいま到着しました!」

 

「突然の呼び出しに応じてくれて感謝!早速、本題!電話口で大まかには聞いたが、改めて君の提案を聞かせてほしい!」

 

「はい。トレセン学園とMFG、合同で企画をやりたいと思いまして。渋川君がMFGに出てからこちらでもウマ娘…トゥインクルシリーズへの関心が高まってまして。

 

こちらからは、MFGで使用してるドローンを提供します。現地に来られなかった人でも感謝祭で行われるレースを臨場感ある映像で届けられると思います。」

 

「確かにあのドローンは画期的だ!しかし、懸念!参加するウマ娘達の集中を妨げてしまうかもしれんが、前向きに考えよう!

 

上有君、提案は2つあったはず!もう1つを渋川君に教えてやってくれ!」

 

「あ、私やっとここで絡むんですね。」

 

着くや否や蚊帳の外みたいな感じだったから少し欠伸してたけどここからが私にとっての本題か。

 

「渋川君にはタイムアタックをしてほしいんだ。」

 

「タイムアタックですか?」

 

「ああ。アタックと言ってもMFGのコースを走る訳じゃない。もちろん走りたいと言ってくれればいつでも準備するけど、君が走りたいところをリクエストしてくれれば感謝祭までに手配するよ。」

 

「そう言いますけど、その言い方だと峠でもいいみたいな言い方になりますけど。」

 

「もちろん構わない。今のMFGであればある程度の事は可能だからな。本当にどこでもいいぞ。それこそ、秋名山でも。」

 

「…! 二言は無いですね?」

 

「ああ。」

 

「ならお願いがあります。そのタイムアタックをバトルに変えてください。相手は諸星瀬名、片桐夏向。そして…マルゼンスキー。」

 

「なんと!?マルゼンスキーも指名するのか!?しかし…彼女がどれほどの実力なのか私では判断できん。言い方が悪いかも知れないが、どれほど食い付いて行けるのか…。」

 

「大丈夫です。マルゼンちゃんは食い付いてきます。少なくとも大石よりは格別に速いですよ。」

 

「付いていけるとなったらまた別の問題も出てきます。あれだけ狭い公道で4台バトルなんて危険すぎます。」

 

もちろんそうだ。MFGのコースに比べれば秋名はタイトなヘアピンが続く。4台バトルはあの道幅じゃ文字通り命のやり取りをする必要が出てくる。

 

だからこそ…

 

「分かった。その方向で進めるよ。何か要望があったら名刺渡しとくからここに掛けてくれ。」

 

やっぱり。上有さんは話が分かる人だ。なんとなく、池谷さんや中里さんと同じ走り屋の目をしてた。じゃなかったらこんなことお願いしてない。

 

「よろしくお願いします。それと、瀬名に伝えといてください。群馬プライドの頂点、これで決めてやるって。」

 

「…フッ、伝えておくよ。負けず嫌いなのも群馬プライドなのかな。」

 

「はぁ…私の方からマルゼンスキーさんに連絡しておきます。くれぐれも、事故のだけはしないで下さいね?」

 

「分かってますって。それに、事故るようなメンツじゃないですし。」

 

そこからは日程のすり合わせのようなことをして話し合いは終わった。

 

「渋川君、合宿の忙しいときに呼び出してすまなかった! 期待!ジャパンカップでのトレノの活躍を願っているぞ!」

 

「はい、それではー。」

 

 

ああやって面と向かって会うのは初めてだったけど、やっぱり走り屋の目をしてたな。少し調べたらスピードスターズのガソスタでバイトしてたみたいだけど、藤原もそこでバイトしてたんだよな。

 

ある意味、あそこも名門って事になるのかな。池谷も何かと縁があるな。

 

 

 

「合宿も終わりかぁ…あっという間だったなぁ。」

 

「それだけ色々やったって事だろ。良かったじゃねえか。」

 

「そうなんですけどね、そういう事じゃないんですよね。」

 

「あぁ? じゃあ何だってんだよ。」

 

「割愛するのはいいんですけどまさか2話にぎゅってされるとは思わなかったなぁって話です。」

 

「メタいこと言ってんじゃねぇ。」

 

 

 



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第百十一話 エキシビションマッチ

ガオォン ギャン

 

「久しぶりートレちゃーん!」

 

時間は飛んで秋の感謝祭。ナナとは久しぶりに会うけど、あんまり変わらないな。人の事は言えないけど。

 

「ホントに久しぶりだね。何か月ぶり?」

 

グオン グオォン

 

「お正月からだから9カ月ぶりかな。それじゃ早速回ろー!」

 

「おー。」

 

「ところでトレちゃん、渋川さんは今どうしてるの?」

 

「駐車場かな?でも今会うのはやめておいた方が良いと思うな。ナナはさ、渋川さんがMFGってカーレースに出たのは知ってる?」

 

「もちろん知ってるよ。ネットニュースで初めて見たけどあの時は驚いたなぁ。」

 

「それでそっちの界隈にもウマ娘が浸透しててそういう人たちの参加が増えたってさっき電話があったんだよ。…電話越しにも分かるくらいの轟音だったよ…。」

 

パパン パパァン

 

「あー…さっきから聞こえるこの音ってやっぱり?」

 

「そういう事。」

 

「じゃあ回ろうか!渋川さんにはよろしく言っておいてよ!」

 

「おっけ。」

 

 

 

やっぱりクルマはいいなぁ。ランエボとかマジでかっこいいし。でもFRレイアウトのクルマも良いんだよなぁ。RXー8とか良いよなぁ。

 

セカンドカーどうしようか迷っちゃうよ。さて、お昼だし何食べようかな。

 

「やっほ、トレノちゃん、ナナちゃん。楽しんでる?」

 

「お久です渋川さん!次走ってジャパンカップですよね!作戦とかってあるんですか!?」

 

「作戦かぁ。耐える事かな?海外勢は基本的にフィジカルお化けだから仮にぶつかられてもキレずに耐えられれば、あとは実力勝負だね。

 

…正直、厳しいレースになると思う。でもトレノちゃん。」

 

「いくら厳しいからって勝算が無くなったわけじゃないですから、勝ってきますよ。宝塚の雪辱は果たして見せます。」

 

「その意気だよトレちゃん!」

 

気力も十分だね。あとは体を仕上げるだけ。私も今まで以上にサポートするからね。

 

「久しぶりだな、渋川。」

 

へー…聞き馴染みのある、生意気な奴の声が聞こえるじゃねえか。

 

「…よう、ペニンシュラではご立派な順位でございましたね。上毛三山スカイウォーカー、諸星瀬名さん?」

 

「上毛三山スカイウォーカー?」

 

「どうかな、アンタが出ててもオレがいたから6位どまりだったんじゃないか?群馬最速天使、渋川榛名?」

 

「ぐ、群馬最速天使?」

 

「人前でその呼び方するんじゃあねぇ。後言いてぇことがあるんだ。乙女のスマホを勝手に使うんじゃねぇよ。」

 

「おと…め…?」

 

まさかコイツ、誰の事か分かってないんじゃないだろうな。1年前だから記憶に新しいはずだぞ。

 

「渋川さん、自分の事を言ってるんだと思うんですけどその口調で乙女っていうのはちょっ……と世間が許さないと思います。」

 

「まずは辞書で調べることをオススメします。」

 

トレノちゃんにナナちゃんまで…。酷いよぉ。

 

「まあいいや。俺としてはそこはあまり気にしてない。それで、俺に用事があるんだろ?」

 

「まあな。秋名でバトルなんて言い出したのアンタだろ?片桐夏向まで引っ張ってきて。おまけにマルゼンスキーまでよ。」

 

「へぇ、マルゼンちゃん知ってるんだ。少し意外だよ。」

 

「群馬の情報網は今も健在でな。めぼしい走り屋がいればそりゃ広まるってもんだ。」

 

「そういうもんか。文句ねぇよな?実力は俺が保証する。…明日勝つのは俺だ、お前は…そうだなぁ…後ろから眺めててくれよ。」

 

「そうなるのはアンタかも知れないな?」

 

(ねぇトレちゃん。渋川さんって中二病だったりするの?)

 

(さぁ?元々があんな感じらしいけど…私はもう慣れたから何とも思わないけど。)

 

 

 

『さあさあファン感謝祭特別種目、4×2000リレー!3チームアンカーにバトンが繋がりました!

 

皇帝シンボリルドルフと怪物ナリタブライアン並走!その後ろから女帝エアグルーヴが迫る!田中洋二さん、どう見ますか?』

 

『目を見張るほどのデッドヒートです!ウマ娘のレースも熱い、MFGにも負けません!場内の歓声も凄まじいものです!中継を見ている皆様に我々の声は届いているでしょうか!

 

第3コーナーを曲がる!ナリタブライアン外から行くのか!?しかしシンボリルドルフがオーバーテイクを許さない!』

 

『アタマ1つ抜けました、最終直線に入ってエアグルーヴが上がってきた!ナリタブライアンに迫る!それを見てブライアンがさらにスピードを上げる!

 

先頭ルドルフに迫る2人!残り200!あと少しで届きそうな距離、しかし届かないのか!これほどまでに皇帝は絶対なのか!?

 

ゴール!シンボリルドルフ2バ身のリードでこのリレーを制しました!』

 

「ねぇカナタ、次はあっち行こうよ。ねぇー早くー!」

 

「急がなくても時間はありますよ、レン。」

 

それにしても、この学園はとてもエキサイティングだ。コンサートやいろんな出し物があって飽きません。

 

「あら?君、片桐夏向君よね? 感謝祭、来てくれてたのね。マルゼンスキーよ。」

 

「片桐夏向です。シブカワさんに挨拶をと思いまして。アナタがミスマルゼンスキーですか。片桐夏向です、明日のレースはよろしくお願いします。」

 

「よろしくね、夏向君。所で、お連れさんは彼女さんかしら?」

 

「いえ、彼女は…レンとはまだそういう関係ではありません。」

 

「そうなの…榛名ちゃんなら多分まだカフェテリアにいると思うわ。瀬名君もいたはずよ。」

 

「ありがとうございます。ですが、レンを待たせてしまっているので後で挨拶に行こうと思います。」

 

「それがいいと思うわ。それじゃあね、明日のレース、楽しみにしてるわね。」

 

ミスマルゼンスキー、かなりの腕前です。エキシビションマッチだからと言って手は抜けなさそうです。

 

 

夏向君、そういう関係じゃないとは言ってたけど遠くから見てた感じ、そういう関係にしか見えないのよねぇ。

 

距離感を見てもたまに会う関係じゃなくて、同棲してる感じだし。

 

…ま、そういう事にしておいてあげるわ。トレンディでマブいなお二人さん♪

 

 

 

『全世界3000万人のMFGファンの皆さん、こんにちは。実況の田中洋二です。昨日に引き続きトレセン学園合同企画という事で先日はウマ娘達のレースを中継しましたが、本日は諸星瀬名、片桐夏向、渋川榛名、そしてマルゼンスキー。

 

以上4名によるエキシビションマッチが行われます。本日、スペシャルゲストとして赤坂さんに来ていただいております。

 

『よろしくお願いします。普段はトゥインクルシリーズで実況を務めています。カーレースの実況は初めてですが、頑張っていきたいと思います。』

 

『コースはMFGのコースではなく渋川と諸星の出身地、群馬県は秋名山。コースを簡単に説明していきます。

 

スタートは秋名山頂上、ここから峠を下って伊香保温泉階段前に設置されたコーンを回って峠を上ります。

 

スタート地点を過ぎて秋名湖を一周して再び峠を下って1本目でターンをした場所がゴールとなります。』

 

『全長25キロ強のコースですが、田中さんはこのコースのポイントはどこだと思いますか?』

 

『そうですね、コース図を見た感じではこの5連続ヘアピンでしょう。MFGのコースでもヘアピンが連続するコーナーは珍しいですからね。

 

相当な駆け引きが生まれることが予想されます。』

 

「さて、スタートの順番決めようか。くじ引き作って来たから文句さえなければこれで決めるね。…はい瀬名。」

 

「オレにだけは徹底して猫被らないのな…。おっ『2』か。」

 

「次は私がいいな。いいかしら、夏向君。」

 

「はい、どうぞ。」

 

「ありがとうね。…やった、『1』ね♪」

 

「はい、夏向君。さて、どっちになるかな?」

 

「ボクはどっちでもいいんですけど…『4』ですね。」

 

「決まりだね。さて、出走まで時間も無いし、各自準備!」

 

 

「マルゼンスキー、彼らに勝つ算段は付いているか?」

 

「そうねぇ、あの3人はとにかく早いし、クルマのアドバンテージもほとんど無いでしょうね。正直当たって砕けろって感じかしらね。」

 

「君にしては随分と弱気だな。いつも通り…とは行かないかもしれないが、君らしく逃げてみてはどうだろうか。」

 

「…フフ、そうね。ルドルフ、頑張ってくるわね♪」

 

 

「雪平さん。オレはこのバトル、MFGよりも格段にヘヴィなバトルになると思う。」

 

「そうだな。群馬の異端、渋川榛名。その異端に認められてる未知数、マルゼンスキー。そして、もう一人の群馬プライド継承者、片桐夏向。

 

厳しくない方がおかしいだろ。」

 

「だな。だがそれだけ成長の機会もある。特にマルゼンスキーからは何か得られるものがあるかもしれない。

 

盗めるもん全部盗んで、群馬プライド見せつけて勝ってやるさ。」

 

 

「やっぱり緊張してます?」

 

「まぁね。相手が相手だけに、休む暇が一切ない位のバトルになりそう。ホームコースだし負けられないんだよね。」

 

「私から特に気が利いた言葉は言えませんけど、頑張ってください。応援してますから。」

 

「ありがとう、それだけで十分だよ。」

 

 

「軽いメンテは終わったぞ。足回りも奥山さんが言うには万全のセッティングらしい。」

 

「ありがとうございます。秋名山、とてもいい場所です。イカホの足湯もとても気持ち良かったです。」

 

「相変わらず緊張感無いなぁお前は。さぁ、行ってこい!」

 

「ラジャー、チャレンジしてきます。」

 

 

『出走の準備が整ったようです。MFGとは違い、ここには火山性ガスは発生していないので特例で、ギャラリーが認められています。

 

私もあの場に行きたい気持ちはありますが、こちらで実況に徹することにします。』

 

『私としては、マルゼンスキーに頑張ってほしいですね。彼女の逃げがカーレースでも見られるのか、楽しみで仕方ありません。』

 

『彼女の逃げは圧倒的だと伺っています。期待しましょう。カウントが始まるようです。カウントを務めるのはトレノスプリンターです。

 

スタートグリットに4台が並びます。どんなレースになるのか、予想が出来ません!スタート5秒前!』

 

『4…3…!』

 

『2…1…!』

 

『GO!!』

 



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第百十二話 折り返し地点

『4台が一斉にスタートする!スタートダッシュを決めたのはマルゼンスキーだ!流石はランボルギーニ、いくら50年前のとは言え3.9リッターV12エンジンは伊達ではない!

 

375馬力を遺憾なく発揮して開幕から逃げています!』

 

行くわよ、タッちゃん! こんなに気兼ねなく走れる、最高なステージじゃない!楽しんでいきましょう!

 

『マルゼンスキー、聞こえているか?』

 

「ええ、バッチグーよ。暫くは楽しいツーリングになりそうね。」

 

『ああ、誰1人として本気を出していない。察するに様子見、どう出てくるか腹の探り合いだろう。…釈迦に説法だが、気負わずに自分の走りをしてくれ。』

 

「オッケー、チョベリグな走り、披露するわよ!」

 

スタートしてすぐに来る左コーナーをドリフトで流す。後ろも続いてくる。

 

成程、そうんな感じなのね、MFGのタイヤは。今優先するべきはMFG専用タイヤに慣れる事よね。タイヤは限界に直結するからどの程度グリップするのかだけは知っておくべきよね。

 

『タイトなヘアピンを曲がっていきます。秋名ではこのようなヘアピンが多く、それでいて全体的に高速ステージなのでここをどう攻略していくかがポイントになっていくでしょう。』

 

『ですがデータによると渋川トレーナーと諸星さんは同じ群馬出身。コースに対する熟練度というのはかなりの差があるんじゃないですか?』

 

『そこは問題にならないのではと思っています。先頭を走るマルゼンスキーから迷いを感じられません。

 

同様に片桐夏向は開幕戦の死神でごぼう抜きを見せたほどコースがはっきりと見えていました。もちろん、地元2人の熟練度には届かないと思いますがそれでも遜色ない走りができると思います。』

 

緩い右の後のキツイ左を慣性ドリフト気味でクリアしていく。いいわね、とても気持ちいいわ♪

 

こんなドライブが続けばいいけど後ろが黙ってないでしょうね、特に榛名ちゃんは。

 

さっきは楽しいツーリングって言ったけど榛名ちゃんだけは仕掛けてきそうな雰囲気がするのよね。仕掛けてくるとしたら、5連ヘアピンかしら。

 

『2連ヘアピンに入ります。隊列に未だ動きはありません。100号車、渋川が少し怪しい動きをしているがまだ仕掛ける様子はありません。』

 

『マルゼンスキー軽快に飛ばしていますね。トゥインクルシリーズでもよく見せた逃げで後続を引っ張っていきます。

 

3台も併せつつ自分のペースを作っています。流石神フィフティーンと言えばいいのでしょうか、レース経験が豊富ですね。』

 

『ええ、ですが突然場面が変わることもあります。レース経験だけではこのレースは勝てないでしょう。

 

2連ヘアピンをクリアした4台がスケートリンク前のストレートに入ります。』

 

 

「ここだ!」

 

『100号車が885号車に並ぼうとしている!レースが始まって間もなくで戦況が変わろうとしている!』

 

「秋名で長いストレートっつったらここかラストの登坂があるストレートだけだ。だがそこまで待ったらタイヤが温まり切っちまうだろ。その前に左にねじ込む!」

 

『鼻づらはねじ込めたがそこはスープラ、パワートレインでは4台中最高性能でしょう!100号車を前に出させません!

 

しかしこの先には左に曲がるクランクが待っている!勢いに乗って突っ込んでいきます!

 

100号車が少しずつ並んでいく、その右!インとアウトが入れ替わります!ここで少し下がりますが次も入れ替わります!

 

勢いそのままにコーナーをクリア、車体半分100号車が先行している!緩い右に入りますがドリフトで張り付けられて前に出られません!』

 

 

上手いです。ノーズを入れてラインの主導権を譲りませんでした。ミスターモロボシも無理なブロッキングをせずにやり過ごしました。

 

しかもシブカワさんはフジワラ先生の溝落としを難なく使いこなして見せました。

 

ですが先は長いです。仕掛けるのはもう一度下る時です。

 

 

「やっぱ無茶苦茶だ、仕掛けるのが早いのなんの。もう少し後ろにいてくれても良かったんじゃねぇの?」

 

『そう思うんならブロックすればよかっただろ?出来なくはなかったんだろ?ボスにどやされても知らないぞ。』

 

雪平さんはああいうけど、オレなりに考えあっての事なんだけどな。秋名じゃ渋川の方が熟練度は上だろう。だから1本目は後ろに付いてじっくりと見させてもらう。

 

それともう1つ、片桐夏向に渋川のラインを見にくくする。MFG予選でボスのラインを完璧にコピーするくらいだから、あまり効果は無いだろうけどやらないよりはましだろ。

 

こういう小細工の積み重ねが後々になって大きな見返りになるって信じてる。特にこういうドッグファイトだとな!

 

『右のヘアピンを通過します。もうすぐで見所であろう5連ヘアピンに突入します。個人的な意見ですが、あの道幅と連続するヘアピンなのでここで“順位が入れ替わる”と言う事はあまり想像できませんね。』

 

『そうですね、ターフ上でコースとウマ娘を比較するとコースは明らかに広いですし、コーナーも右か左かのどちらかしかありませんから私では尚更そう思えます。』

 

 

「実況は分かってないっすねー。この5連ヘアピンこそが絶好の仕掛け所なのになー!」

 

「ああ、高橋啓介も中里もここで拓海に抜かれたんだ。あと1つポイントはあるけど、やっぱ思い入れのあるこっちに来ちまったよ。」

 

「だけどイツキ、分かってねぇとは言うけどよ、あの時のオレ達だってこんな所で拓海が仕掛けるなんて思わなかったんだ。

 

それだけ拓海や高橋兄弟、それに今走ってる4人が常識外れだって事だ。」

 

「それはそうなんですけど…やっぱりオレ達にはこの5連ヘアピンは特別なんですよ!」

 

ギャアアァァァ パパン パン

 

「来たぞ!カウンタックが先行か!」

 

「榛名ちゃんが後ろにいるぞ!後ろには諸星瀬名、片桐夏向だ!」

 

「いっけー片桐夏向ー!」

 

グワッ ギャン

 

「あのカウンタック、とんでもねぇ突っ込みだ!神フィフティーンの3人と渡り合ってる!」

 

「夏向も少し遅れてるけど負けてねぇ!拓海の弟子だけあるぜ!」

 

ガリッ

 

「あの曲がり方、溝落とし!これはまさに秋名山にプロジェクトDダウンヒルエースが降臨したー!」

 

「本当に、何から何まで拓海みたいだ…。トリハダ立った…。」

 

 

前の3人は物凄く速いです。このコースを熟知したコーナリングをします。折り返しのヒルクライムでは置いて行かれるかもしれません。

 

走り始めた瞬間に感じたこの感覚は何だろう。何故そう感じたのか、理由は分からないけれど、ボクはここで負けてはいけない気がします! 

 

『5連ヘアピンを抜けます!4台の差は変わらず、ペースダウンも最小限です!階段前の折り返し地点までもう少しです!』

 

 

右のヘアピンを抜けて登坂のあるストレートに出る。ストレートはパワーがものをいうのよね。いくらタッちゃんでもGRスープラには敵わないわ。

 

そういう意味だと、榛名ちゃんが瀬名君の前に出てくれたのはラッキーね。

 

『右の高速コーナーに入ります。赤坂さんとしてはこのレース展開をどう見ますか?』

 

『素人の意見になってしまいますが、この段階では仕掛ける気配はありません。下りでの攻防戦はひと段落付いたと考えてもよさそうです。

 

レース開始前に色んなデータに目を通しましたが、4台の中で馬力の低い86号車が上りでどう付いていくのか。

 

そこがポイントではないかと思います。』

 

『成程…素人とは思えない分析力です。私もそう思っていました、流石としか言えません。』

 

振り返しの左、右の直角を抜けてRの重なる複合コーナーをクリアする。折り返し地点はもうすぐ、下りの仕掛け所ももう終わり、少し休めそうね。

 

『先頭マルゼンスキー駐車場前を通過、3台が連なります。おぉっと、100号車ここで行くのか!?

 

この先は折り返し地点、どう仕掛けるというんだ!』

 

「嘘でしょ、何しようとしてるのよ!」

 

榛名ちゃんが右に並んでくる。まさか、ここで行くの!?

 

ほぼ同時にブレーキを踏む。そしてほとんど同時にスピンターンに入る。榛名ちゃんと目が合った。…本気の目ね。

 

「くっ…!」

 

『100号車オーバーテイク!完全に予想外です、折り返し地点で順位が入れ替わりました!』

 

 

「なんて事をするの…榛名は完全にぶつけに行ってたわよ!マルゼンスキーが引いてなかったら大惨事よ!」

 

「あそこまで強引な追い抜きとは、驚嘆するしかないな。審議フラグが立ってない所を見るとMFGとしては問題ないとの事だろうが、これもフェアプレイだと言うのか?

 

…いや、違うか。渋川君が1枚上手だったという事か…。」

 

東条さんやこの場に来ている学園生からはかなりのバッシングが飛び交っている。

 

でも会長は何かに気付いている。私もうまく説明は出来ないけど、直感で理解できる。

 

「ルドルフは何か納得してるみたいね、何が起こったの?」

 

「簡単に言えば、ラインの優先権を渋川君に奪われてしまったんです。

 

ほとんど同時に曲がったように見えましたが、渋川君がほんの一瞬早く曲がっていたんです。」

 

「そういう事だったのね…。末恐ろしいわね、榛名が天才的なテクニックを持っているのは分かっているつもりだったけど、目の前で見せられると舌を巻くわね…。」

 



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第百十三話 見えない勝負

『885号車、86号車もターンしてヒルクライムに入ります。驚きました、まさか折り返し地点で追い抜きが発生するとは思いませんでした。』

 

『100号車には躊躇がありませんでした。最初からそこで仕掛けることを決めていたかのようでした。

 

これが地元故の判断力という事でしょうか、サーキットやMFGのコースではこのような事はあり得ません。これが峠の真の面白さなのでしょうか!』

 

『トレノから渋川さんへ、聞こえてますか?』

 

「さっきぶり、何とか先頭をもぎ取れたよ。この隊列なら、駆動方式で俺が優位を取れる。と言っても、それほどデカいアドバンテージって訳じゃないけどな。」

 

『さっきの追い抜き、こっちだと結構なバッシングですよ。相当無理した追い抜きでしたから。』

 

「そりゃそうか。でも何人かは何が起こったか把握できてるんじゃないか?もちろんトレノちゃんも。」

 

『大体ですけどね。…分かってると思いますけど、厳しいのはここからですよ。このまま逃げ切らせてはくれないはずです。』

 

「モチのロンだ。さぁ、かかってこいや!」

 

 

『マルゼンスキー、少しばかり動揺しているかもしれないが、大丈夫か?』

 

「ええ、大丈夫よ。確かに驚いたけれど、あれが卑怯だとは思わないわ。流石榛名ちゃんね。油断してたところを行かれちゃったわ。」

 

『神フィフティーンの壁は厚いという事か。厳しいのはここからだぞ。』

 

「分かってるわ。全力で頑張ってくるわ。」

 

 

『秋名のヒルクライムは勾配がきついのでクルマにパワーが求められます。

 

4台共に300馬力クラスですが、3.9リッターV12のカウンタック、3リッターのスープラがエンジンでは有利、駆動方式では4WDのインプレッサとそれぞれに武器があります。』

 

『やはりそれぞれに武器があるんですね。それでは、86号車の武器は何でしょう?』

 

『86号車、片桐夏向のメカ的な武器はタイヤでしょう。グリップウエイトレシオのハンデを受けないFRですからね、100号車、マルゼンスキーのタイヤと比べると出来る事は多くなるでしょう。

 

その点に関しては885号車も同じですが、もう1つの武器があります。それは類まれなコーナリングスピードですね。

 

開幕戦から非力なトヨタ86GTをまるで手足のように操り、戦闘力の高いライバル達をごぼう抜き、予選の時はとんでもないルーキーが現れた…と思いました。

 

その点で言えば、渋川榛名の担当、トレノスプリンターと共通点が多いですね。』

 

『そうですね、メイクデビューではそのコーナリングで圧勝。それから格上相手に何度も勝利を挙げていますからね。

 

…話すと長くなりそうですね。この話はまた後程、目の前のレースに集中しましょう。

 

既に100号車が5連続ヘアピンに差し掛かろうとしています。マルゼンスキー、885号車が圧力をかけていきます。86号車1歩下がった位置で様子を伺います。』

 

仕掛けるならこの5連ヘアピンだろ。抜かれてからそこまで時間も経ってないからまだ立ち直り切ってないだろう。

 

いつまでも渋川だけにいい顔させる訳には行かないぜ!

 

『100号車5連ヘアピンに入ります、インベタギリギリ!マルゼンスキーも同じラインを流していく!885号車はその外だぁ!』

 

「これじゃ、カウンター取られるわね…!」

 

アンタも速い、だから狙える時に狙っとかないとな!

 

『コーナー立ち上がりで2台が並ぶ!インとアウトが入れ替わります!パワートレインではやはりスープラに分があるか!?』

 

ブレーキング、突っ込みは互角か。それでもインとアウトには絶対的な差がある。頂いたぜ。

 

『神フィフティーンの牙がまたしてもマルゼンスキーを捉えてしまった!トゥインクルシリーズでの彼女の速さを知っている私としては驚きを隠せません!

 

恐るべし神フィフティーン!』

 

『マルゼンスキーが下手という訳では決してありません。むしろMFGに出れば確実に神フィフティーン入りするレベルの実力です。

 

…が、今走っているのはその15人の中の上位。私たちの常識では測れない所にあります。

 

順位の入れ替わりはないと思われていた5連ヘアピンでオーバーテイクが起こってしまいましたから。』

 

 

「抜かれちまったか、マルゼンちゃん。あの仕掛け方だといくらカウンタックでも無理があるか。ミッションの差っていうのはやっぱでかいな。

 

それじゃ、来いよ諸星瀬名。上りじゃどっちが速いか勝負と行こうか。もちろん、ノッてくれるよなぁ?」

 

『5連ヘアピンを抜けて群馬出身の2人が争う形になりました。この2人にはやはりライバルという言葉が似合うような気がします。ペニンシュラ予選での乱入以来のレースになります。

 

どちらに軍配が上がるのかとても楽しみです!その後ろをマルゼンスキーと片桐夏向が追いかける!

 

しかしいくらターボとは言え2リッターの86には分が悪いか!』

 

「ここからヘアピンまでは直角の高速コーナーが3つ続く。3つ抜けた先のストレートはいくらインプでも並ばれる。

 

いくらパワートレインが違うとはいえFRに上りで詰められるのは少しばかりな。

 

4WDの威信にかけて、上りでFRに負けるなんてことはあってはならないぜ!」

 

 

上りの4駆の速いのなんのって。どんなコースにも対応できるオールラウンダーなクルマに仕上げたと豪語するだけの事はあるな。

 

ここで無理について行ってもいい。MFGのコースより断然短い。チョンボかまさない限り、タイヤが駄目になるなんてことも無いだろうが…そうだ、なんかの拍子にボスが言ってた作戦を使ってみるか。

 

「瀬名よりブースへ、渋川を追いかけるのを一度中断する。勾配が無くなる秋名湖まで我慢する。」

 

『それはいいけどよ、群馬最速天使相手にそれでいいのか?上りのレコードはトントンだろ、組み立ては出来てるのか?』

 

「出来てなきゃこんなことやらないですよ。タイム差は頂上で7秒って所か?やってやるぜ!」

 

『気を付けろよ、多すぎても少なすぎても失敗するぞ。そこまでシビアって訳じゃないだろうけど。』

 

『5連ヘアピンを抜けて左の直角です。100号車の突っ込みに対し885号車が少し遅れているように見えます。

 

その切り返しでも遅れ始めています、やはり4駆の上りの強さは絶対的か!それとも885号車の作戦なのか!?』

 

 

何というか、偶然なんだろうな。ゴッドアームのおっさんがやった折り返し地点の追い抜きを見て、そのバトルでやったアニキの作戦を実践し始めるとはな。

 

設定したのは7秒そこらか。この状況でやるってものかなりのリスクだがな。

 

チューニングのレベルも同等、それに後ろからはウマ娘のねーちゃんに片桐夏向が来てる。

 

オレはこの展開、あまりいい方向に向くとは思わないが…いい傾向だ。

 

 

「ブースよりカナタへ、885号車のペースが落ちてるみたいだけど、何かあったのか?」

 

『ノープログレムです、緒方さん。ボクはミスターモロボシの作戦に乗ります。ミスマルゼンスキーもその様子です。

 

少しむず痒いですけど、勾配が無くなる区間でその差が詰まってくるはずです。』

 

マジかよ…全開で逃げる榛名ちゃんを放っておくのかよぉ。これで本当に勝てるのか?信じていいんだよな、カナタ!

 

「カナタが作戦に乗ったんだ。885号車にどんな考えがあるのか分からんけど、きっとどんでん返しが待ってるはずだ。」

 

「…瞬、お前どこから出てきてんだよ。」

 

「最初からいたぞ。ただウマ娘のねーちゃん達を見てたらいつの間にか出走時間になってただけで。」

 

「お前にも沢渡病がうつっちまったか…。オレは貰わねぇようにしないと。」

 

「違ぇよ!…じゃあ聞くけどよ緒方。お前、マルゼンスキーって子のセコンドについてる子、あの子がJKに見えるか?」

 

瞬に言われて隣に目をやる。セコンドの子っつったらあの子か。…恋ちゃんがあれぐらいだろ?それでトレノちゃんが…。

 

「見えない…。」

 

「だろ?」

 

 

『右のヘアピンを抜けて高速区間へ突入していきます。100号車と885号車との差は約コンマ7秒!どれだけの差が生まれてしまうのか!』

 

ノッてくると思ってたけど勝負は秋名湖は入ってからってことか。ペースを落として破綻させてやってもいいけど、そんなしけたことは出来ねぇ。

 

ペース上げて逃げても後ろで調整出来るから自分の首を絞めるだけだ。

 

仕方ねぇ…このままいくか。ここまでクレバーな作戦に出てくるとはな。面白いバトルになって来たじゃねぇか。

 

『渋川さん、喋るの忘れてますよ。熱くなるのはまだ早いですよ。』

 

「おっとそうだった…ついつい黙っちまう所だった。 せぇの、どりゃあ!」

 

『速い速い上りが速い!これだけ見ればMFGにはまるで見えません、WRCです!その姿は正にストリートスペシャリストです!』

 

「距離にして20メートルって所か。瀬名が仕掛けてくるまでにどれほどの差になっているのか。

 

舐めんなよ、手ぇ抜いてっとぶっちぎるぜ!」

 

『逃げますね、渋川トレーナー。ですがこの展開、後ろ2台はそれ程苦にしてはいないでしょう。渋川トレーナーはその差を広げていくため、相手が見えなくなります。

 

ただそれだけならいいのですが、そのクルマが見えた時、追いついた時の焦りというのは計り知れません。』

 

『追い上げられて平静を保てる人間もそうはいないでしょうからね。

 

…赤坂さんばかりに解説されていてはMFGの生き字引の名が廃ります。ここからは私が。

 

対する885号車はじわじわと相手が見えなくなります。レースに生きるものとして、逃げる相手を黙って見ているというのは耐えがたいものです。

 

作戦だとしても、それに耐えている訳ですからね、ルーキーとは言え、流石神フィフティーンです。

 

ですがマルゼンスキー、86号車には885号車程の焦りは無いでしょう。』

 

 

マルゼンスキーがこの位置でレースを展開していくのか。彼女の脚質が逃げなだけに不安になる。

 

「マルゼンスキー。老婆心かもしれないが、決して焦る必要はない。その位置にいることで確実に脚を溜められる。今は885号車に付いていくことに集中するんだ。」

 

『当たり前田のクラッカーよ。普段が逃げだから少し慣れないけど、悪くないわね♪タッちゃんの本領発揮は近いわよ!』

 



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第百十四話 メロディーライン

『左のヘアピンを通過します。この区間が最も勾配がきつくなります。100号車が水を得た魚のように後続を離していきます。』

 

この区間はスケートリンク前のストレートまでは左右どっちかの横Gとの格闘になるわね。

 

今は発揮できないけれど、この先の勾配が少なくなる秋名湖、そして下りに入ってからの勝負所ね。

 

…それにしても以外ね。夏向君が付かず離れずの位置で付いてきてる。流石ターボの威力ね。

 

NAのタッちゃんよりトルクがあるかもね。

 

『どんどん差が開いていく、頭がおかしくなりそうな立ち上がりの加速です!3秒差まで来ています!まだまだ広がっていきそうです!』

 

飛ばすわね、榛名ちゃん。見ていて惚れ惚れするわ。峠に完全に特化したクルマがこの世にあるとしたら、榛名ちゃんのインプレッサかも知れないわね。

 

「ルドルフ、榛名ちゃんはどんな感じかしら?」

 

『どうと言われても、軽快に飛ばしているよ。これでも闘争心マックスの走りではないのだから驚嘆するほかない。』

 

「やっぱり、本気でちぎりに来てるわけじゃないのね。」

 

『それと、885号車とのタイム差は現在で3.3秒だそうだ。暫くは苦戦を強いられるだろうが、耐えて欲しい。』

 

着実に離してくるわね。この様子だと5秒以上は覚悟しておいた方が良いかも知れないわね。

 

『100号車がスケートリンク前のストレートに突入する!既にぶっちぎりモードに入っている!』

 

「ルドルフだったら頂上に戻ってくるまでに何秒差になってると思う?」

 

『この様子だと…6秒ほどだろうな。ナリタタイシンのように追い込んでいくならそれ位が限界といった所だろう。』

 

「それ位よね。ま、とにかく行ってみましょ♪」

 

 

「もうすぐここに戻ってくる。ヘアピンみたいな低速コーナーがあと3つはある。まだまだ差が付くな。」

 

「ルドルフ、前にマルゼンスキーが榛名と戦ったら赤城以外勝てないとまで言ってたわよね。」

 

「そうですね。あの話を聞いた時は半信半疑でした。何度か彼女の助手席に乗せてもらったことはありますが、彼女のテクニックは本物です。

 

それを踏まえて、彼ら3人と同格と思ってましたが、その見通しは甘かったと言わざるを得ませんね。折り返しで仕掛ける胆力、5連ヘアピンという狭いコーナーで並ぶテクニック…マルゼンスキーが勝てないとまで言った理由が、分かります。」

 

『2連ヘアピンをクリア!差が広がり続けて、現在4.2秒!』

 

『完全な独走状態ですね。張り詰めすぎて終盤で息切れしなければいいですけどね。』

 

「もしかすると彼女には無くて、3人にはある何かが、この差を生んでいるのかも知れません。勝負が決まる時というのは、そういうものですから。」

 

 

『ヘアピンを通過!コーナー2つで頂上に戻ってきます、タイム差は4.7秒!885号車の2位グループが…今通過します!』

 

「…分かった気がするぜ、渋川、諸星瀬名、片桐夏向の共通点が。」

 

「ふぅン。聞かせてくれるかい、シャカール君。」

 

「てめぇはいつの間にか俺の近くに居やがるな。まぁいい、こいつらのテクニックの出身が群馬だという事だ。」

 

「ほう?だが片桐君はイギリス人だろう?彼と群馬を結びつけるものは無いはずだが?」

 

「それがあるんだよ。MFG開幕戦で実況の田中が喋ってたんだよ。片桐夏向のレーシングスクールには日本の講師がいる。

 

その講師が群馬出身なんだ。」

 

「成程ねぇ、その講師から教えを受けていればそのテクニックは群馬の属するねぇ。そして渋川君も諸星君も群馬出身だ。

 

そして奇妙なことに、トレノ君までも群馬だ。いやはや、実に奇妙だ。」

 

「そして、諸星瀬名を調べていくとドリームプロジェクトってのに行きつくんだ。そこのリーダー、高橋啓介も同じく群馬出身だ。

 

高橋啓介に藤原拓海…それにMFGのEO、リョウ・タカハシには何か関係があるはずだ。

 

…ま、その肝心なところは分からねぇけどな。」

 

 

MFGの第2戦の時、夏向さんと渋川さんの走りが何だか似ていると思ったけど、瀬名さんの走りも似ている気がする。

 

何がどう似ているのか、それを説明しろと言われたら出来ない。

 

でも感じるものがある。得られるものがある。確実に私の力になってくれる。

 

「渋川さんのクルマの音がする。すぐそこまで来てる。」

 

そうつぶやくと同時に空気を切り裂くようにスタート地点を通過する。

 

『100号車が頂上を通過します!2位グループが続きます、5.3秒差まで来ました!ですが秋名湖では勾配が無くなるので少しづつ差が縮まっていくと予想されます。』

 

 

「雪平さん、渋川とのタイム差は?」

 

『5.3秒だ。7秒とまでは行かなくても、これ位がちょうどいいんじゃないか?』

 

「ああ、今は前に見えなくても、メロディーラインでちらっと見えれば問題ない。ここからペースを上げてくぜ、オーバー!」

 

メロディーラインに入る。渋川はあそこか。もう消えちまったが、見えるなら問題ねぇ。

 

このストレートをパワー任せに加速して少しでも稼ぐ。いくら後ろのランボが3.9リッターでもトルクなら負けてねぇ。

 

片桐夏向と共にちぎらせてもらう。

 

『メロディーラインに入って885号車アクセル全開!パワートレインの差を誇示するかのように引き離していきます!

 

本来この区間では50キロほどで走ると【静かな湖畔】が聞こえるそうなのですが、そのメロディーの一端すら聞き取れません!

 

ドローンが離されています、既に時速200キロは超えています!』

 

この全開区間じゃ流石にスープラに分があるだろ。この先は緩い右、左の4速のコーナーが続く。そこから県道28号のわき道に入って秋名湖をぐるっと回る。

 

下りに入るまでにメロディーラインラインをもう一回通る。全開にする機会はまだまだある。追い付くには十分だ!

 

『メロディーラインで885号車とマルゼンスキーで1秒ほど差が開きました!一時的にドローン映像をお見せできないことが残念でなりません!』

 

『250キロを軽く超えてましたからね。離れていく後ろ姿からは迫力を感じました。さぁ、秋名湖に入ります!渋川トレーナーはこのリードを守れるのか!』

 

 

「なんとなくオレの予想だが、この区間じゃ順位の変動は起こらない。コーナーほぼ全てが高速コーナーで全開区間も多い。

 

強いて言えば、渋川が4駆のアドバンテージを生かして作ったマージンが少なくなる位だ。」

 

「じゃあよ、カナタとスープラとの差が広がっちまうんじゃないか?ただでさえあっちの方が馬力あるし、今だって離されてるぞ。」

 

「確かに離されるだろうが、前にはカウンタックがいる。スリップストリームに入ってるから後ろに付いてる限り、馬力の差を少しはカバーできる。

 

あのマルゼンスキーってのもかなりの根性してるぜ。大石にも見習ってほしい位だ。」

 

 

「トレノちゃん、瀬名はどれくらいまで来てる?」

 

『4.8秒、メロディーラインから縮み始めてます。あ、今0.1秒縮みました。』

 

「ま、そう来るよな。3秒まで迫ってきたら教えて。どりゃあ!」

 

『了解です。』

 

「向こうからしたら勾配が無くなるタイミングで仕掛けたいのは分かってた。だが、折角作ったマージンだ。ものにしないと意味ないよなぁ!」

 

『100号車のドローンがようやく追いついたようです!遠いながら徐々に近づいて行きます。葉っぱが落ち始めるこの季節の秋名湖には風情が漂いますがそんなものを吹き飛ばしながら疾走していく!』

 

 

とても速い突っ込みです。特筆すべきはブレーキング、ボクよりも深い所でブレークングしています。

 

エイトシックスより200キロ近く軽い車体はやはり強力だ。エントリーでは完全に離されてしまう。

 

だけど、立ち上がりでは負けてない。ミスターオクヤマが仕上げてくれたフットワークがドンピシャにはまってるから、1段早く踏んでいける。

 

これが無ければミスマルゼンスキーのトゥに入る事すら出来なかったかもしれない。

 

それほどまでに、ミスマルゼンスキーは速いです!

 

 

『100号車が秋名湖を回り終えます。2.7秒後ろに885号車、さらに1.2秒のビハインドでマルゼンスキー、86号車が行きます。

 

このメロディーラインで隊列がまとまってくることが予想されます。その先の右の直角コーナーではハードなブレーキング勝負になるでしょう。

 

そこまでの全開区間はなんとカマボコストレートの1.9キロを凌ぎ、2キロを超えます!パワートレインでは圧倒的なGRスープラですが、それより400キロ近く軽く、更に空力にも優れているカウンタックも最高速競争に加わってくるでしょう。』

 

スリップストリームで思ったより離れていかないけど、それでも少しずつ離れてるわね。

 

ターボとは言え、最高速勝負でいくら何でも2リッターに負ける訳にはいかないもの。

 

問題は、この先のブレーキングね。300キロ近いスピードからのブレーキングだからタイヤをいじめるのよね。

 

タイヤのハンデはタッちゃんが一番背負ってる。軽いからと言って無理は禁物ね。でもまだ手ごたえはある、がっちり食い付いてるわ。

 

『86号車がじりじりと離されていきます。ターボとは言え2リッターでは3.9リッターには敵わないか!?』

 

『直線もそろそろ終わります。マルゼンスキーは上の順位を目指しているはずです。少しでも離しておきたいところですね。』

 

スタート地点…ブレーキングはすぐそこ……ココね!!

 

『マルゼンスキー、外だ!』

 

「何…ですって!?」

 

 






























生物には、縁類の遠いながら似通った外見や器官を有する場合がある。

これを収斂進化と呼ぶが、何もこれが生物にのみ適用されるものではない。

発明であったり、理論であったり…進化するものすべてに適用される。

オレの作り出した公道最速理論とスパイラルの池田のゼロ理論もその一つだ。

そして、渋川榛名が独自に編み出したスタイルと群馬プライド…これも正に同じ考えのもとで進化したものだろう。

このバトルのキーポイントは、それぞれが持つ群馬プライドの完成度だ。



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第百十五話 ダウンヒルスペシャリスト

『86号車がブレーキングでマルゼンスキーに襲い掛かります!おっと、同時に注目フラグが立ちました!

 

MFGのダウンヒルスペシャリストが遂に本領発揮です!』

 

「渋川さん、諸星さんが2.5秒の所まで来ました。それと…マルゼンさんが夏向さんに抜かれました。」

 

『そっか…やっぱ攻撃力は圧倒的か。報告ありがとう、また何かあったら言うよ。』

 

「了解です…事故らないで下さいね。」

 

『分かってるって。』

 

事故らないでと言ったのは、何も渋川さんのテクニックを疑っているからじゃない。第2戦のミハイルとの一件がある。

 

黙ってしまうと、外からの衝撃にめっぽう弱くなってしまう。黙った状態で並ばれる、追い抜かれる…。

 

そういう衝撃を受けた時、そういう時は間違いなく限界領域にいる。そんな状態でミスなんかしたら…考えるだけでも恐ろしい。

 

ありふれた言葉だけど、無事に戻ってきてくださいよ。

 

 

「遂に4位ね…マルゼンがこの位置とは、予想もしてなかったわ。残念というよりも、ここまでよく頑張ったわよ。」

 

「いえ、マルゼンスキーはまだ諦めてません。彼女が、このまま黙っている訳が無い。

 

ですが、私たちにとってもあれは青天霹靂。あれほどの攻撃でショックを受けないものはいない。立ち直るのも艱難辛苦でしょう。」

 

 

『86号車が火の玉のように加速していきます!マルゼンスキーも懸命に追います!』

 

後ろから追い上げてくる…片桐夏向か?どこで仕掛けた?

 

まさか、第1コーナーか?ハードなブレーキングで、軽いカウンタックが有利なはずだが、そんなところで行くのか。

 

…そういえばそんな奴だったな。予想できない所で防げないような攻撃を繰り出す。それでこそ、もう1人の群馬プライド継承者だ。

 

『885号車が2連ヘアピンに突入します、その背中を捉える位置にすでに86号車が来ている!』

 

『まさにトレノスプリンターを彷彿とさせます。見ているこっちがゾッとするような走りです!』

 

この先の高速テクニカル区間はスープラより軽い86の方が有利と考えた方が良い。

 

3速の暴れっぷりはペニンシュラでも体験してるからな。抜かせる気は毛頭ない…が、片桐夏向の殺気がどんどん強くなってくるぜ。

 

『2連ヘアピンをクリア、100号車の背中をまで1.3秒!その背中を追うのは885号車か86号車か!?

 

スケートリンク前のストレート、パワートレイン有利のスープラが僅かに離します!』

 

オレはさっきここで渋川にやられた。片桐夏向がここで仕掛ける来ることは何となく予想できるが、さっきの二の舞にはならないぜ!

 

『左コーナー!885号車が先程よりもタイトなラインで侵入します!あアァッとぉ!?』

 

バカか、そこまで行ったらほとんど岩の壁だ。お前…いったいどこ走ってるんだぁ!?

 

『『…』』

 

『す、すみません。あまりに衝撃的な追い抜きで言葉を失ってしまいました。田中さん、今なにが起こったのでしょう?』

 

『私には、排水用の側溝のさらに内側を走っているように見えました。ペニンシュラで片桐夏向が溝を使うテクニックを披露しましたが、これはその延長線なのでしょうか。

 

私では完全な解説は出来ません…。とんでもないことが起こりました…。』

 

やっぱ…前に出られると不利か…。いくらこっちのタイヤがいくらか太いからって軽いっていうのはとんでもない武器だ。

 

この区間はマジで勝負にならない。次のコーナーまで全開にする区間が短すぎる。

 

…いや、ボスが言ってたことを思い出せ。あの時ボスは、群馬プライドは踏むための技術体系だと言った。

 

がむしゃらに、ただ踏むだけじゃない。ボスはコーナーに合わせてアクセルの開け方を変えていた。それが一分のスキも無い流れるような荷重移動を体現してたなら…。

 

磨くにはもってこいじゃねぇか…やってやる、付いて行ってやるぜ片桐夏向!

 

『ここで885号車にも注目フラグが出ました!抜かれてから速くなるというのか!?

 

100号車が右のヘアピンを抜けます、続いて86号車、間を置かず885号車、マルゼンスキーが行きます。』

 

『マルゼンスキーはよく頑張りましたね…。トゥインクルシリーズでは無類の速さでしたが、こちらの分野では更に上がいたという事ですね。』

 

 

夏向がすぐそこまで来てる。もうここまで来てタイヤがどうの言うつもりはない。この長いストレートで離しても、ブレーキングで詰められる。

 

詰められると一瞬でオーバーテイクされる。あの攻撃をかわすには、夏向を上回るしかない。

 

そのためのイメージは…出来てる。でもあのコーナーだけ。その先はどう頑張っても俺の走りをするしかない。

 

唯一、俺が藤原さんの走りを後ろから見れたあのコーナーで勝負するしかない。

 

『このストレートで離しましたが、この先のヘアピンの突っ込み勝負で並ばれればいくら渋川と言えどオーバーテイクは避けられないでしょう!』

 

見てろ

 

『そのヘアピンが目前に迫ります!』

 

これが

 

『100号車がアウトに行きます、それを見て86号車がインを占めます!決まってしまうのか!?』

 

お前らが目指すべき群馬プライドの頂点だっ!!!

 

 

…amazing!

 

『渋川榛名、片桐夏向のオーバーテイクを許しませんでした!何と片桐夏向がブレーキングで負けてしまったぁ!

 

注目フラグを立てながら先頭を死守しました!』

 

ボクではあれ以上突っ込めなかった。全てにおいて負けてしまった。ボクは今、自分のテクニックに自信を失いかけている。

 

ですが負ける訳には行かない。何か、不思議な力がボクに勝てと言っている気がする。

 

そして、その声に応えなければいけないという確信がある!

 

 

「こんな事あるのかよ、カナタがブレーキングで負けるなんてよ。」

 

「正直、あの瞬間の渋川からはカナタを超えるほどの集中力を感じた。いろんな偶然が生んだ、奇跡的なパフォーマンスなのかもしれない。

 

カナタ自身、少なからずショックだろう。あの様子じゃ、すぐに立て直したようだがな。」

 

「瞬、どうなるのかなこのレース。」

 

「そんなものオレに聞くな。オレだってこんなレース見たこと無いんだからよ。」

 

 

…いつまでうじうじしてるのよ。こんな姿、カッコ悪くて後輩ちゃん達に見せられないじゃない。

 

「ルドルフ…3人に注目フラグは立ってるかしら。」

 

『ああ。英俊豪傑、途方もない位の才能だ。だが、それに付いていく君も同じだと私は思う。』

 

そうね、いつまでも黙っていられないわ。確かに貴方達は速いわ。だからって、それを黙って見てるだけ?

 

そうじゃないでしょ。神フィフティーン…あたしは貴方達を!

 

「超えて見せるわっ!」

 

『5連ヘアピン残り僅か、このタイミングでマルゼンスキーにも注目フラグが出されました!

 

4人同時に注目フラグが出されるのはMFGにおいても前代未聞です!5連ヘアピンを抜ければゴールは目前です!』

 

まずは諸星君、君からよ。さっきのお返しと行くわよ!

 

 

「とんでもねぇバトルになって来たな…。来たぞ、突っ込んでくるぞ!」

 

ガリッ ガリッ

 

「当たり前のように溝落としを使うな…。あれの助手席なんか乗ってられないぞ。」

 

「所長、カウンタックが仕掛けてます!」

 

『2個目のヘアピン、カウンタックが885号車の左に並びます!』

 

ガシュン 

 

『カウンタックから火花が散らされます!まさに限界ギリギリ、神がかりなプッシュです!』

 

「なんて根性だ、ただでさえ車高の低いカウンタックで溝落としをやるなんて。」

 

『ミッドシップのトラクションでクルマ半分前に出ますがすぐ右のヘアピンです!』

 

ガリッ

 

『譲りません、諸星瀬名!5連ヘアピンで全員が溝を使いました!もはや理解が追い付きません、あり得ないことが立て続けに起こっています!

 

この際はっきりと言ってしまいましょう!本家MFGより白熱しています!この4人のレースをいつまでも見ていたいぞ!』

 

『ゴールは近いですからね。ラストスパートでの末脚勝負、誰が勝つのか全く予想できません!』

 

 

やっぱ付いてくるか。この先にも溝はある。夏向が立ち上がり重視の溝落としを知らないとは考えられない。

 

だがここまで来たら勝負所は2つのRが重なる複合コーナーしかない。あそこさえ凌げれば、追い抜きのポイントはなくなる。

 

……フゥ…タイヤの感触もほんの少し怪しい。だがこれ位些細な事だ。なんてことは無い。

 

 

 

「5連ヘアピンは超えたみたいだ。そろそろここに来るぞ。」

 

「ああ、勝負が決まるとなれば、このポイントしかない。秋名のハチロクが高橋涼介を抜いたこの複合コーナー。

 

ここで仕掛けられなければこの先でどうすることも出来ない。」

 

「このコーナー立ち上がって、アタマ取ってたやつの勝ちだ!」

 

ギャン ドギャン

 

「来た、渋川のインプだ!」

 

「86も来てる、4台連なってるぞ!さぁどうする、どう攻める!」

 

「どう選択をする、インか、アウトか!」

 

クン

 

「86がアウトだ!スープラとカウンタックは渋川の後ろだ!」

 

ガオッ パパパン ドギャ ギャアアァァァ

 

「インプが前に出るぞ、インが絶対有利だ!」

 

…ズルッ

 

「インプが外へ膨らんでいく、クリップに付けない!まさか86は!?」

 

ピタッ

 

「付きやがった!ラインがクロスするぞ!スープラも並んで前に出ていくぞ!」

 

「86が前に出やがった!だがスープラとインプは横並びだ!カウンタックはスープラの後ろだ!」

 

「マジかよ、あれじゃ2位争いはまだ続くぞ!」

 

くそがぁ、俺のスペースがねぇ…こっちはミスファイヤリングシステムも、4駆のトラクションも…パワーを発揮できねぇ!

 

 

『885号車が100号車をオーバーテイクします!マルゼンスキーと100号車が横並びになります!

 

伊香保階段までコーナー2つ!駐車場ヘアピン!2台並んでクリア!位置有利は100号車だ!

 

今チェッカーが振られます!1位86号車、2位885号車、3位100号車、4位マルゼンスキー!

 

このエキシビションマッチを制したのは英国のダウンヒルスペシャリスト、片桐夏向です!』

 









「すげぇバトルだったな…。」

「ああ、あんな抜き方見せられちゃ嫌でも秋名のハチロクがちらついちまう。」

「あの時の感覚が戻ってきちまった…慎吾、帰ったら1本走るか?」

「良いのかよ毅。ナイトキッズのリーダーを頂いちまうぜ?」

「んなこと言ってももうオレら2人だけだろうが。それに、負けるつもりはみじんも無いぜ?」

「オレのEG6もあの時から進化してんだ。昔みたいに付いて来られるかな?

…それと毅、帰る時は少しタイミングずらそうな。知らない奴が見たら仲いいみたいに見えるから。」

「あ、あぁ…。」




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第百十六話 影響

『大接戦でした、秋名のダウンヒル!タイムの差は片桐夏向とマルゼンスキーですら約0.3!これほどの接戦は見たことがありませんでした!』

 

『まさに圧巻でした!昨年の菊花賞を彷彿とさせるような競り合いを見せていただきました!優劣をつける事すら烏滸がましい気がします!』

 

『そんな熱い走りを見せてくれた4人ですが、意外と言いますか、マルゼンスキーの大健闘も注目ですね。

 

あの神フィフティーンに食らいついて、5連ヘアピンでは諸星瀬名をオーバーテイクしようとしていました。彼女にもMFGに出て欲しいです。

 

現在の紅一点、北原望がいい顔をしないような気もしますが。』

 

『注目フラグが立ってからはモニターからは目を離せませんでした。レースというものは見ているこっちまでも熱くさせてくれますね。』

 

『そうですね。…さて、そろそろ放送も終わりのようです。次回はMFG第4戦、シーサイドダブルレーン予選でまたお会いしましょう。

 

実況は私、MFGの生き字引こと、田中洋二と、スペシャルゲストは。』

 

『赤坂でした。』

 

『ご視聴ありがとうございました。シーユーアゲイン、フロムマウント秋名。』

 

 

「…くそったれぇ!!」

 

ギリッと歯軋りする。握ったステアを、シフトノブを握りつぶすほどに力が入ってしまう。 

 

悔しい、ただそれだけ。でも今は、勝者を称えないとな。そう思いインプを降りて夏向の所へ向かう。

 

すると示し合わせた様に4人が集まった。

 

「よう、夏向。…やっぱ速いな。俺はこのバトル、負けるつもりは一切無かったんだ。瀬名、マルゼンちゃん、お前にもだ。

 

にしても3位か…複合コーナーでしてやられたぜ。」

 

「いえ、シブカワさんもミスターモロボシもミスマルゼンスキーもとても速かったです。

 

100%を出さなければ負けてたのはボクでした。実際、ボクは1度仕掛けに行って完全に負けてしまいました。」

 

「…やっぱいい奴だね、そんなに謙遜しなくてもいいだろ。地元2人に勝ってるんだからよ。

 

…あーあ!瀬名が夏向の後ろにさえいなければ俺が2位だったのになー!」

 

「たらればの話をするなんて、随分悔しそうね…。榛名ちゃんばっか悔しがらないでよ。アタシだって悔しいんだから…。」

 

それを聞いてマルゼンちゃんを見ると服を強く握っている。相当こらえてるみたいだ。

 

「ま、そういう事だ。片桐夏向、このリベンジはダブルレーンで果たすぜ。」

 

「はい、ミスターモロボシもグッドラックです。」

 

「相変わらず、さっぱりしてるな。」

 

 

「ご苦労だったな、マルゼンスキー。」

 

「ええ、ほんっとに疲れたわ…。……ちょっとごめんね。」

 

そう言うと私の胸に顔を沈める。その手は私の袖を強くつかんで、体は少しながら震えていた。

 

「ホントは、家に着くまで我慢するつもりだったのよ?でも、こんなの我慢できないわよ…。

 

こんなぐちゃぐちゃな顔…チームの皆に…ルドルフにも、誰にも見せられないじゃない…。」

 

「ああ、いくらでも貸そう。君の気が済むまで、ずっと。」

 

 

「くそったれがぁ!!」

 

「悔しいのは分かりましたけど、ガードレールに当たらないで下さい。これで5発目ですよ?」

 

初めてだ、こんなに感情を抑えられないのは。芦ノ湖だって、藤原さんにちぎられた時だって悔しいことは悔しかった。

 

だけどここまで前面に出てくるのは初めてだ。よりにもよって地元で負けた。不甲斐なさに自分をぶん殴りたくなる。

 

「…クックックッ。 アァーハッハッハッハ!!」

 

だけど何なんだろうな、この清々しさは。全力で走って負けるってのも…やっぱ悪かねぇのかもな。

 

「トレノちゃん、負けってのはいいな。」

 

「どうしたんですか急に。」

 

「いや、負けってのは自分を見つめ直すいいきっかけになるしよ。次は負けねぇって思えるから次が楽しみでしょうがねぇんだよ。

 

これから忙しくなるぞ、トレノちゃん、付いて来れるか!?」

 

「はい、ジャパンカップあと2ヶ月ですからね。頑張りましょう!」

 

「え」

 

「…はい?」

 

…あー、忘れてた。これから走り込みで忙しくなるって考えてたから一気に現実に引き戻された感じがする。

 

「う、うん!頑張ってこー!」

 

「…大丈夫かな。」

 

 

 

 

 

「フッ…。」

 

昨日のあの4人の走りが頭から離れない。そのせいか、走り方も少し変わった気がする。

 

「ハッ…!」

 

その変わった走り方が、何故かしっくり来てしまう。まるでこれが本来の走り方だったかのように。

 

でもなんだったんだろう。秋名山に行った時、藤原さんのお店に行った時と同じ懐かしさを覚えた。

 

初めて見るコースの攻略も、手に取るように分かったし、最後の勝負どころがあのコーナーだという事も。

 

そんなことを思いながら、早朝トレを終えて寮に戻るとロータリーさんと鉢合わせた。

 

「あや?ロータリーさんもトレーニングとは珍しいですね。」

 

「なんだか、疼いちまってな。昨日のエキシビションマッチの諸星瀬名…だったか?アイツの走りからは得られるものが多かった。

 

それで試してみたくてな。俺もあの走りができるのかって。これがドンピシャにはまるんだわ。」

 

「ロータリーさんも見てたんですね。現場は大熱狂でしたよ。」

 

まさかロータリーさんも影響を受けていたのか。もし今度やりあうことになったら勝てるかどうか…考えたくもない。

 

「ま、そういう訳だ。お前はジャパンカップだろ?宝塚みたいなへまはするな。絶対に勝てよな。」

 

「はい、これ以上は負けられませんから。」

 

 

 

「凄いな、タイムが縮んでる。」

 

感謝祭明けての軽めのトレーニングで適当に流してとお願いしたはいいものの、トレノちゃんのフォームが劇的に良くなってる。

 

細かいことは分からないけど、感謝祭の2日間で何があったのか。試しにタイムを計ってみたら、確かに縮んでいる。

 

それに加えてラップを重ねてもタイムが全くブレない…。それどころか、脚の使い方も上手くなってる。

 

「いったい何があったんだ…?私はあれほど高度な事は教えてないし…。もう少し観てみるか。」

 

走り方が変わったという事は何かに影響を受けたはずだ。トレノちゃんの走りを見て誰が重なるかを探せばいい。

 

ルドルフちゃん、マルゼンちゃん…その他にも重ねてみても一致しない。もっと別口か。

 

…ともすれば、夏向君か?前にも夏向君からヒントを貰ったって言ってたし…ちょっと重ねてみるか。

 

コーナーへの突っ込み、ブレーキング、そして超高速4輪ドリフト。トレノちゃんを4輪と表すのは違うけど、その全てが重なった。

 

昨日のエキシビションがトレノちゃんにいい影響を与えたって事か。棚から牡丹餅って奴か。…すこしむくれちゃうけど。

 

「3周、終わりました。」

 

「お疲れ、フォームから何まで全部良くなってるよ。夏向君はいいお手本になったみたいだね。」

 

「そうですね、何でか夏向さんの走り方がしっくり来たんですよね…どうしたんですか?」

 

「別にー?ただお手本だったら私だっている訳だしー?お手本にしてくれてもいいんじゃなーい?」

 

「いや、やってはみたんですよ?みたんですけど…所々肌に合わなかったんですよね。」

 

「ガーン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

へぇ、そんな走り方するんだ。メインは追込、でも性質はタマモクロス、ナリタタイシンとも、ロングスパートのゴールドシップとも違う。

 

更に脚質そのものもマヤノトップガンのように変幻自在。それを可能にするのは異常なスタミナ、脚、手、その全てにおいて使い方が上手い。

 

ならば、彼女に勝つにはどうするか。私が仮面をかぶることは知られている。そして、本来の走りも見られている。

 

でも選択肢はある。君のトレーナーが教えてくれたんだ。誰の仮面をかぶればいいのか。

 

「君たちの本来の土俵はこっちだろう?」

 

 

 

 

 



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第百十七話 麻雀

ウオッカ 「……?」カチン

 

シリウス 「……チッ。」カチン

 

ギムレット 「ほう。」カチャ パチン

 

ナカヤマ 「………ツモワリィ。」パチン

 

「…………。」

 

なんで渋川さんのトレーナー室で麻雀なんてやってるんだろう。渋川さんは面白そうに見てるだけだし。

 

「何でって顔してるから説明するね。」

 

「是非ともお願いしたいです。前回からのつながりが全く見えません。」

 

「メメタァ。事の発端は…。」

 

 

 

(この勝負、アンタらは何を賭ける?)

 

(そうだな、負けた奴は渋川の全開ダウンヒルなんかどうだ?前は激辛料理だったが、こっちもスリルあると思うぞ?)

 

(面白い!だが俺に示されるのは勝利(ヴィクトリー)のみだ!)

 

(俺だって大丈夫です!)

 

(この間はお前の幸運(フォーチュン)によって煉獄炎(ヘルフレイム)に焼かれることになったが、今回はそうはいかない。)

 

(鉄火場の恐ろしさを思い知るんだな?)

 

 

 

「という訳で罰ゲーム執行役兼ウオッカちゃんにルール教える係ってこと。んで今はシリウスちゃんから東一局、意外と始まったばっかりなんだよね。」

 

「あー…ごゆっくりどうぞー。」

 

「立直。」カチン

 

「ほう、自摸が悪いと言ってた割には随分威勢がいいな?ブラフか、ナカヤマ?」

 

「どうとでも取りな。ヒリつくにはまだ早いからな。」

 

「取り敢えず安牌を…。」パチン

 

「違いねぇなウオッカ。一発は避けさせてもらう。」パチン

 

「ぐおぉ、この牌がもたらすのは暗黒世界(ディストピア)か、楽園(エリュシオン)か!」パチィン!

 

「チッ…ツモは…ダメか。」パチン

 

「ど、どれを捨てればいいんだー!」

 

そういうウオッカちゃんの手牌を見ると安牌が見事に1つも無い。いや困るよこういうのは。ナカヤマちゃんの河を見てスジで切るのが安全そうかな。

 

「ウオッカちゃん、アドバイス、いる?」

 

「いいや、ここは俺だけの力で切り抜けて見せる!…お前に決めた!」

 

「ワリィなぁ、ロンだ。立直、チャンタ、三色同順、ドラ1。跳満だ。」

 

「カンリャンとはツいてないねぇ…。まぁ、どんまい。」

 

「つ、次こそはー!」

 

「皆さーん、お茶とお菓子持ってきましたー。」

 

 

 

「これがさっき上がった奴の牌かよ。」パチン

 

「そこから上がってくれるんだろ?期待してるぜ、勝負師さんよ。…ほう、こっちに行くか。」パチン

 

「…ねぇ皆、罰ゲーム決めておいてトップ賞決めてないの?」

 

「あーそうだなぁ、何か決めるか。…そうだ、アンタの担当を貸してもらおうか?」カチン

 

「え?」

 

急に名前が出てきて少しばかり驚いてしまう。

 

「あぁ、いいよ。特に予定も無いし。」

 

いや、そうなんですけど安請け合いしないでもらえませんか?ウオッカさんだったらいいんですけど他3名はあまりいい噂を聞かないんですけど?

 

「麗しの君をこの手に…!その暁には共に柵を破壊しよう!立直!」パチン

 

やだ。

 

「いくら何でも手牌が悪すぎる。様子見だな。」パチン

 

私は特に関係ないからギムレットさんの手牌を見に行く。三、六筒の両面待ちでメンタンピンで裏が乗れば満貫。

 

待ちがいいだけに何かの拍子に当たりそうで怖い。この人にだけは貸し出されたくない。何されるかよく分からない。

 

「フッ、悪いなギムレット。私も立直だ。さぁ、どっちが先に上がれるかな?」

 

「ならば付いてくるがいい!勝利の美酒たるこの俺に!…これこそ調和(シンフォニー)ツモ!メンタンピン一発!裏ドラ1で親ッパネインパチだ!!」

 

「綺麗な手だなぁ。まるでお手本のような上がり方だよ。ギムレットちゃんには似合わないくらい。」

 

「破壊だけでは美学とは言えない。時には枠組み(セオリー)に沿う事もまた肝要だ。」

 

「すげぇ、カッケーっすギム先輩!」

 

「感心してるところ悪いんだけど、ツモだからウオッカちゃんも点棒払わないと。6000点、ボッシュートになりまーす。」

 

「あ、あぁーー!あぁ…。」

 

これで残り7000点、東二局でこれはヤバいのでは?普通に点棒なくなるのでは?

 

「トレノちゃんが不思議そうな顔してるから聞くけど点棒ってマイナス行く?」

 

「ああ、半荘までやるからハコで終わりはしけちまうからな。イくならとことんまでな?」

 

 

 

 

 

「強ぇ、強すぎるぜ先輩たち…!」

 

順調に南入して可哀そうなくらい狙い撃ちされるウオッカちゃん。運が無い位にアタリ牌を掴んで来るから見てるこっちも悲しくなってくる。

 

「さぁ、本番はここからだぞ?その焼き鳥を返せるように頑張りな?」

 

「俺だって黙ってられません!一発逆転狙いますよ!」

 

「そいつは楽しみだな。」

 

さて、手牌の方は…字牌が多い。これなら字一色を狙って行ける。私ならまずは萬子を捨てていくかな。

 

「取り敢えずこれか?」

 

「待った!!!」

 

普通に北を捨てようとするウオッカちゃんを大急ぎで止める。1枚しかなかったとはいえ勿体ない。携帯の画面に字一色のがどんなものかを映して見せる。

 

(こんな感じのを目指してみようか。大丈夫、ここまで揃ってるんだからイケるはず。)

 

(なるほど、やってみるぜ!)

 

さて、誘導できたのはいいけどこの3人が見逃してくれるかな。役満の中でも字一色、九蓮宝燈は河である程度予想が付いちゃうのが難点かな。

 

「ウオッカよ、欲しいのはこれか?」パチン

 

「あ、それポンです!」

 

ああ終わった。完全にバレた。その文言でポンしたら言ってるようなもんだよ。ツモってくれば問題無いけど。

 

「お前もまた勝負師の通過儀礼(イニシエーション)に挑むか…いいだろう!俺がその登竜門となろう!」パチン

 

そこから6回ほど字牌をツモれないまま終盤まで来てしまった。ウオッカちゃんのポンから字牌が河に出ることも無くなってしまった。

 

「やっぱり甘くないか…。」

 

「立直。」パチン

 

シリウスちゃんが立直。残りは少ないけど河から予測すると混一色は確実か?そうなると字牌まみれのウオッカちゃんはちょっとなぁ。

 

あ、白ツモってきた。あとは西をツモってくればテンパれるんだけど。

 

「よっしゃああと1枚!こうするしかねぇだろ!」パチン!

 

「ロン。リーピンドラ1でザンクだ。」

 

「あれ、じゃあ他の字牌って誰か持ってる?」

 

「ああ、私だ。ほら。」

 

そう言って手牌を4枚ほど掴んで見せてくる。ツモってくる可能性もあったから念のため山も見てみる。

 

「あー、だめだこりゃ。未来のかけらもないね。」

 

「くっそー!」

 

ああ、突っ伏しちゃった。そそのかしたのは悪かったけどあの配牌で一発逆転を狙うんだったらまぁそっち行くよね。

 

「ただザンクじゃお前らには届いてねぇ、このツキは活かしてく。」

 

 

 

 

 

遂に迎えた南オーラス。最下位はウオッカさんで変わらないけどトップは3人で争っている。ここで上がった人に私が貸し出されるのか。

 

…私が貸し出されるって何?

 

「「「「…………」」」」パチン

 

オーラスだからか誰もしゃべらない。部屋には牌がぶつかる音が響く。

 

「立直。」パチン

 

河が8枚目に入るタイミングでシリウスさんが立直を宣言する。ここから他家がどう動くのか。聴牌を狙うか降りて流すか。

 

そこから2巡ほどで状況が動く。

 

「今更引く訳ねぇだろ?立直。」パチン

 

次はナカヤマさんか。2人から立直を掛けられてる状況で噛みつく人はあまりいないと思いたいけど、噛みつきそうな人は1人いる。

 

「立直!運命の女神(フォルトゥーナ)よ!私を、俺を導け!」

 

ギムレットさんも混ざってきて混戦状態になった。この状態になったら降りるしかない。

 

賭けにはなるけど立直に持っていければ四家立直で強引に流せる。

 

不意に、ウオッカさんの手が止まる。残りは1枚、ここを凌げば振り込みはなくなるし、仮に聴牌を捨てて安牌で行っても南場だから親の継続は保証される。

 

その時のダメージは3000点だけになる。

 

 

 

「ちょっちょっと長考すみません!」

 

「ああ、好きなだけ考えな。」

 

どうすりゃいいんだ!?渋川から立直が通れば流せるとは聞いたけどなんでか立直すると上がられる気がするし!

 

かと言って安牌切るってのもなんだかダサい気もする!だが価値を考えるんならここを凌ぐ方が良いはずなんだ!

 

……………すんません、先輩方!ここは貪欲に勝ちを狙わせていただきます!

 

パチン

 

 

「まぁ、妥当な判断だな。さぁシリウス、アンタのラスヅモはどうだ?」

 

「……フッ、すまねぇな。どうやらツキは私に巡ってたらしい。ツモだ。」

 

「おぉ、持ってるねぇ。どんな役かな?立直、海底撈月は確定だからあと2翻は欲しいけど。」

 

「そんなものは要らねぇな。立直や海底撈月すらもな。」

 

そう言いながら牌を倒す。その役を見て驚くしかなかった。

 

「マジかよ。」

 

「四暗刻…。」

 

「単騎!?」

 

「悪いな、ダブル役満で〆だ。」

 

「あー負けた負けた。役満出されちゃどうしようもねぇわ。」

 

「祝福しよう、その勝利にこそ、ギムレットを…。」

 

「シリウス先輩、次は負けねぇっすよ!」

 

「うんうん、いい友情だねぇ。という訳で、ウオッカちゃん罰ゲーム決定ね。」

 

「……………あ。」

 

 

 

 

 

という訳で秋名山という名の流刑地に麻雀メンバーで来たのでした。

 

「先に言っておくけど、ウオッカちゃんもレースやってるからあまり怖くないかもしれないよ?

 

それこそジェットコースターくらいかも。」

 

「おいおい、罰ゲームなんだから本気で行ってくれよ、渋川さんよぉ。」

 

シリウスちゃんに煽られるけど、本当の事だからそんなに言わないでよね。

 

「はぁ、それじゃ行くね。」

 

「た、頼んだぜ!」

 

回転を合わせてロケットスタートを決める。あまり本気で攻めてもアレだし90%くらいで行くかな。

 

 

どれくらいで突っ込むんだ?エキシビションと同じくらいか?でもそれなら全部見てたし大丈夫な気がして来たぜ!

 

さて、第1コーナー。確か左コーナーだった………な!?

 

「おい、ブレーキ!ブレ―キぃぃぃぃ!」

 

ガードレールが目の前まで迫ってくるような錯覚を覚えた。それでいて普通に曲がりやがった!

 

何でこんなことが出来るんだ、ホントにクルマに乗ってるのかよ!

 

こりゃ十分に罰ゲームだ、なにが怖くないかもしれないだよ、無茶苦茶怖いじゃねぇかよ!

 

コーナー立ち上がってすぐに次のコーナーが見えてくる……もう次のコーナーかよ!

 

「うわああぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

今度こそ壁にぶつかったと思った。いったい、どんだけマジな顔でドライブしてんだ?

 

「……………あ」

 

泣きたくなった。その顔は今にも鼻歌を歌いそうな、気の抜けた顔をしてやがる。

 

…だめだ、意識が遠くなってき……た………。

 

 

 

「あれ、君たちトレセン学園生?こんな所でどうしたの?」

 

白黒のクルマが私たちの前で止まる。制服着てる奴がいたら不思議に思うか。

 

「ああ、別にどうってことは無い。ま、罰ゲームの見届けって感じだ。」

 

「へー、じゃあ心配はいらないのかな?」

 

軽くあしらってご退場願おうとしたら1台上ってくる。あの車の音、渋川か?

 

「おかしいな、麓まで行ったにしては早過ぎねぇか?」

 

時間神(クロノス)の影響か、それとも私たちが時間跳躍(タイムリープ)を果たしてしまったか。」

 

「あれ、イツキさんじゃないですか。奇遇ですね。」

 

「榛名ちゃんじゃん!この子たちも榛名ちゃんの連れかい?」

 

「です。メンゴです、なんか面倒掛けちゃったみたいで。」

 

「いや、オレも今来たところだし大丈夫だよ。」

 

この男、渋川の知り合いだったのか。まあそれはいい。私はコイツに聞きたいことがある。

 

「おい、罰ゲームは麓に下りるまでって言っただろ。なんでこんなに早く戻ってきた。」

 

「あぁ、それは…こういう事。」

 

渋川が助手席を指さす。そこにいたのはとても安らかな顔で寝てるウオッカだった。

 

「そういう事。…そんなに怖かったかな。」

 

「榛名ちゃん…聞くんだけど、いくつ目のコーナーだ?」

 

渋川が指で3と示す。嘘だろ、そんなに早く?

 

「私は見たー!断末魔の絶叫が秋名山にこだまする、恐怖のダウンヒル!ウオッカちゃんコーナー3つで…失神事件!!」

 

 










こんな回があってもいいじゃない、二次創作だもの


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第百十八話 強化メニュー

「さて、賭けの戦利品だ。トレノは借りてくぞ。」

 

「ほーい。一応ジャパンカップ控えてるから壊さないでねー。」

 

そう言ってどこかに行ってしまう渋川さん。人をものを貸すみたいに簡単に貸すのはどうなんですかね?

 

「さてトレノ、まず私のとり巻きたちの相手をしてもらおうか?」

 

シリウスさんが指をパチンと鳴らすとどこからともなくほんの少しだけガラの悪そうなウマ娘が大勢出てきた。

 

……え、私今日死ぬの?

 

「ルールは簡単だ。距離は2400、左回り。トレノ先行でその後ろをアイツらが走る。お前は一度も抜かれないように走れ。

 

万が一、2400走り切る前に抜かれるようなことがあればうさぎ跳び50回だ。

 

そしてもう1回走ってもらう。ラフプレイもある程度は許容する。クリアできるまで続けるぞ、文句はないな?」

 

「シナナキャダイジョウブデース。」

 

これだったら柵を破壊しまくってたほうがマシだった。

 

兎に角スタート位置に付く。私の後ろには10人くらいいる。いや、こわぁ。

 

「始めろ!」

 

走り出してすぐに、後ろから抜こうとしてくる。この人ら、私を無限うさぎ跳び編に引きずり込む気だ。

 

あまりそういう訳には行かないので合わせるようにしてペースを上げる。

 

コーナーに入る。もうここで引き離せるだけ引き離してマージンを作っておこう。

 

……! 何か来る! この感じ、イン側からか!

 

予感は的中した。備えた方向から軽くぶつかられる。備えていたから大きく体勢を崩すことは無かったけど、それでも弾かれてしまう。

 

「……ッ、ヤバっ!」

 

インに集中していたせいでアウトへの意識を怠ってしまった。2分の1バ身ほど前に出られてしまう。

 

「このっ!」

 

走った後のうさぎ跳びは来るものがある。それを回避するためにハナを取り返す。

 

 

 

「はぁ、何とかなったぁ…。」

 

「ご苦労。じゃあ30秒後、うさぎ跳びだ。」

 

「……いや、抜かれてはいませんよ?」

 

「コーナーで半分出られてただろ。まさかそれがノーカウントだと思ったか?」

 

「…思ってました。」

 

まさか抜かれかけるだけでもダメだとは思わなかった。つまり1位をキープしてゴールしないといけなかったとは。

 

「ほら、さっさと50回やってこい。」

 

「ひっひえ~~~。」

 

悲鳴を上げながらうさぎ跳びを始める。走った後だからやっぱりつらいよ~。

 

「鬼っすねーシリウス先輩。」

 

「何言ってんだ、お前らもだ。さっさと行ってこい。」

 

 

 

 

 

「む、む~り~……。」

 

これで3セット目、相手は10人いるせいか、代わる代わる攻撃してくるおかげで終わる気がしない。

 

一緒にうさぎ跳びしてるから疲れてるのは一緒のはずなんだけどなぁ。

 

「そら、4本目、行ってこい。」

 

これ以上は限界を超えてしまう。このあたりで終わらせる!

 

「おらっ!」

 

「当たらない!」

 

自分の後ろの大体どの位置にいるのか分かってきた。そのお陰で攻撃もタイミングもなんとなくだけど分かってきた。

 

もろに食らう事はもうない。だからと言ってスタミナ的にちぎるのは難しい。この差を維持しつつ、ゴールするんだ!

 

「……そろそろか。」

 

 

 

「今度こそ、クリアしたでしょ……!」

 

「よし、トレノはコースを歩いて1周、そのあと5分の休憩だ。それとお前ら、坂路5本だ。」

 

背中から聞こえてくる悲鳴に耳を塞ぎながら指示通り、コースを1周する。

 

ここまでやって、シリウスさんのトレーニング?は厳しいながらも私に足りない部分を確実に補おうとしている。

 

シリウスさんが絶大な人気を誇る理由がなんとなく分かった。何故かあまりいい話は聞かないけど。

 

スポドリ飲んで、冷やしたりしていたら5分は簡単に過ぎてしまった。

 

「いつまで休んでる、次に行くぞ。」

 

「次って何をやるんですか?」

 

「なに、条件はさっきと一緒だ。相手は私。2本立て続けに走る、その両方で勝て、それだけだ。位置に付け、始めるぞ。」

 

それだけって…シリウスさんに勝つって相当難しいじゃないですか。それを2本立て続けってマジですか。

 

「それじゃ行きますよ、用意、スタート!」

 

スタートと同時にシリウスさんは私の前に出る。走り出してすぐに分かった、やっぱり速い。

 

ダービーウマ娘は伊達じゃない。この人に2回勝てって課題が難しすぎる。

 

兎に角、勝つんだったら追い付くしかない。やり方としたら、皐月賞でキタちゃんにやった時と同じ、徹底マークしてばてるのを待つ。

 

ただ、相手は歴戦の猛者だ。これだけで簡単にばててくれるとは思えない。

 

……そういう事か?さっき私がやられたみたいなことを、今度は私がやればいいんだ。

 

ぶつかるまでは行かなくても、かなり近づいてプレッシャーを与える。それも一方向からじゃない、内から、外からと変えながら仕掛ける。

 

これでだめなら、本当に考え物だけど!

 

 

中々考えたな。さっき自分がやられたことをそのまま返して来るとはな。

 

近づいては離れてを繰り返して、それを内と外とで仕掛けてくる。応用が上手い奴だ、後ろで見た訳でもねぇのに受けた感覚だけで再現するか。

 

天性の才能って奴か、少しずつペースを上げていっても一定の距離で付いてくる。成程な、タマモクロスが背後霊と称するだけの事はある。

 

コイツには、何でか期待しちまう。私が獲れなかった世界の頂き。コイツが凱旋門賞に出る訳じゃないが、ジャパンカップという世界の強豪が集まるレースって事で変に肩入れしちまってるのかもな。

 

ここ最近は、あのガキやテイエムオペラオーなど、日本勢が勝っているがそれは海外勢がオグリ世代ほどじゃないか、レースの殆どが日本勢で占めていたからだ。

 

だが今年は違う、なんでか知らねぇがオグリ世代の化け物、それに並んでヴェニュスパーク、リガントーナまで出てくる。

 

今年のジャパンカップの水準は、あのころまで戻った。

 

だから、これじゃまだ足りない。ジャパンカップに勝つには、まだ、足りない。

 

世代の頂点が到達する領域まで、まだこいつは達していない。

 

「ハァッ!」

 

さぁ、喰らいつけ、私に勝てないようじゃ、ジャパンカップも勝てねぇぞ!

 

 

 

「届かない…か…。」

 

「さぁ、次だ。言っただろ、立て続けだってな。」

 

シリウスさんが走り出すのと同時に私も走りだす。休憩する時間すらくれないんですね…!

 

走っていて、うっすらと分かったことがある。シリウスさんのトレーニングは多分ジャパンカップに向けた強化メニューかもしれない。

 

2400の左回りで、ジャパンカップを意識しているコース設定だし、最初のラフプレイ許容も激しい位置取り争いを想定しているはず。

 

それを考えれば、ここでの負けはジャパンカップは確実に負けることを意味している。

 

この状態からでも限界を超えないといけない。多分シリウスさんはそれを狙ってる。

 

出来る出来ないじゃない…やるんだ!

 

 

 

真意に気付いたな。さぁココからだ、お前は限界を超えられるか?

 

 

……

 

……………ん? 誰だ、トレノの後ろからもう一人付いてきてる。

 

 

シリウスとトレノとは、珍しい組み合わせだな。つい、トレーニングに割り込んでしまったよ。

 

 

いや、この気配、この走りは…!

 

 

私もトレーニングに入れてくれないか、いやという2人ではないとは思うが。

 

 

 

「皇帝…シンボリルドルフ!!」

 

 

 

まさかルドルフさんが乱入してくるとは思わなかった。さっきまで気配はなかった。それなのに意識した瞬間に、意識を切れなくなってしまった。

 

「先を行かせてもらう。」

 

コーナーを抜けてストレート、ルドルフさんが私を軽くパスするとシリウスさんの後ろに付く。

 

「動揺しているのか?君らしくないな、シリウス。」

 

「ッ! いつの間に!」

 

左右の揺さぶりであっという間に並んでしまう。後ろから見ていて、その動きに一切の無駄が無く洗練されたものだと一瞬で感じ取れた。

 

「上等だ、その鼻っ柱へし折ってやるよ!」

 

シリウスさんが加速していく。それに呼応するようにルドルフさんもさらに加速する。コーナーに入っても、その勢いが収まるどころかさらに増していっている。

 

何とか食い付いてるけど、限界目一杯で走ってやっとだ。ここからさらにギアを上げていかないといけないのか。

 

ジャパンカップまで温存しておきたかったけど…シミュレーションも兼ねて、1回だけ使ってみるか。

 

さらに上の領域、6速を、コーナー立ち上がった直線で使ってやる!

 

「中々だ…だがここまでだ、ハァッ!!」

 

「チッ、まだ届かねぇか!」

 

ガリッ

 

「お前もここで来るか!」

 

「お先です!」

 

強引に距離を詰める。この状況で6速がどれほど伸びるか分からない。ここで追い付くためには…

 

 ピシッ ビキッ

 

限界を…超えるんだ!

 

「ならば付いてくるんだ、トレノ。君の目指すものの正体を、私が示そう!」

 

4コーナーに入った瞬間、ルドルフさんを纏う空気が変わった。その周りだけ景色が歪んで見えるほどのオーラだ。

 

タマモクロスさんとレースした時にも同じようなものを後ろから感じた。

 

これが領域か…。

 

気圧されてる場合じゃない、何が何でも食らいつく!

 

  ビギッ ビギャリ

 

「今…超えるんだぁァ!」

 

パリイィィッ グオォン

 

 

 

…成りやがった、この土壇場で、遂に領域に到達しやがった。

 

あれが、トレノの領域なのか。コーナーの随所で急に離される。まるで点と点を瞬間移動してるみたいに消えやがる。

 

春天でも同じような事をしてたが、あれとは根本的に何かが違う。まるで、今までが本来の走りじゃなかったみたいに、職人度合いが格段に上がりやがった。

 

「1本目の影響か…ここまでか。」

 

既にアイツらに付いて行けるだけの余力は残ってねぇ。こればっかりは私の負けか。

 

 

4コーナー立ち上がって、既に1バ身程まで縮まっている。国士無双、やはり本気を出した時のコーナーリングは私…ひいては学園イチだろうな。

 

だが直線の伸びは私に分がある。直線に入ってから君の走法は2回切り替わる。それが既に1回。あと1回切り替わった時、そこからの伸びは鈍くなる。

 

…2回目、これでもうすぐ頭位置になってしまう。これで最高速が伴っていたら、一体どうなっていたことか。

 

だが、領域の覚醒、勝負勘、ラフプレイへの対応を見るにジャパンカップへの対策は十全とみた。

 

期待しているよ、トレノ。世界の強豪が集うジャパンカップを、その走りで勝ってきてく

 

「逃がさ…ない!」

 

「何ッ!?」

 

なぜそこにいる?既に頭打ちになっていたはず。咄咄怪事とは正にこの事だろう。

 

まさか、領域とは別の奥の手を隠し持っていたのか!

 

ゴールは目前、差し切らせるものか!いくら模擬とは言え、勝利までは譲りはしない!

 

「ハアアアァァァ!!」

 

「ゴール!」

 



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第百十九話 ジャパンカップ

「あそこから伸びてくるとは、流石に想定外だったよ。全く君は、底が知れないな。」

 

「ルドルフさんこそ、完全な本気って訳じゃなかったですよね?」

 

6速を使ってもルドルフさんを差し切れなかったけど、今まで使ってきた中で1番の感触だった。これなら実戦で躊躇いなく使える。

 

それにしても、途中からのあの感覚は何だったんだろう。あの時だけは、何でもできるような、全能感と言うべきものが確実にあった。

 

「ハッ、皇帝サマがなんの断りも無しに乱入とは。普段のお堅い皇帝サマはどうした?」

 

「ふむ…親しき中にも礼儀ありだが、遠くから見ていてジャパンカップに特化したトレーニングであることは感じ取れた。

 

であれば、私からも教えられることがあると思ってね。ちょうど、シリウスの目的も果たせたようだ。」

 

「確かに、トレノを領域に目覚めさせることが主目的だった。ラフプレイも海外勢の位置取りを意識させた。

 

トレノ、4コーナー半ばから集中力が増したり、疲れを感じなくなっただろ。」

 

「はい。何というか、なんでも出来そうな不思議な感覚でした。」

 

「それがタマモ、オグリ、そしてルドルフが今見せた領域と呼ばれるモノだ。性質は違うだろうが渋川も同じことはできる。

 

少し気に食わないが、これで下準備は済んだ。あとはトレノ、お前次第だ。」

 

これで下準備が済んだ…か。領域を自由に出し入れできる様にならないとジャパンカップで勝つのは難しい…って事なんだろうなぁ。

 

だからと言って、ゲームの必殺技みたいにポンポン出せるようなものでも無いから使いどころは考えないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パシャパシャ パシャ

 

「では、質疑応答に移らせていただきます。」

 

『誰じゃコイツ!』

 

『おかしいなージャパンカップでお互いボッコボコに負けたはずだけどなぁ。』

 

『確かに負けたが私様は負けを引きずらんのでな!そういう訳でお前も覚えとらん!』

 

「シーフクロー選手、オベイユアマスター選手、お二方にとって今回のジャパンカップをどのように考えておられますか?」

 

『私様が1番速いんじゃ!走り出したらそのまま1着なんじゃからそれ以外の事は考えとらん!』

 

『前回は王者として走って3着だったからね。世界の強豪が集まるんだからベストは尽くすよ。

 

今年は本当に強豪揃いだね、今この場にはいないけどフォークインもそうだし…ヴェニュスパーク、リガントーナもいるんだからね。

 

君たちと走れるなんてミーとしては光栄だね。』

 

『こちらとしても光栄です。レジェンドとこうして走れるなんて夢のようです。ですが、勝利まで譲る気はありません。

 

その壁を超えるつもりで走ります。』

 

『この情熱をあなた達にも宿らせる。ワタシに嫉妬させて、ワタシを刻み付ける。』

 

『なんじゃお前!私様より目立とうというのか!?』

 

『あなたにも、ワタシを刻ませて、心の中でも走らせてあげる。今から走る?』

 

『上等じゃ!今すぐ表にでぃ!』

 

「やべぇ、誰かあの2人を止めろー!……あ、あんた、春日っていうのか、あの2人を止めてくれ!」

 

「は、俺!?無理に決まってんだろ!大体アンタの方がウマ娘理解してんだからアンタがどうにかしろよ!」

 

『…大変だね、彼女、トラブルメーカーだったりする?ちなみにこっちの方はそんな感じだけど。』

 

『そういう訳ではないと思うんですけど…情熱が強すぎて……はは。』

 

 

 

 

 

会場の扉が開かれ、記者会見が終わったことを知らせる。フォークインがいないのは残念だけど、それでも見に行く価値は十分にある。

 

特にその中の1人…出てきた。タイミングを見計らって話しかける。

 

「君がオベイユアマスターちゃんかな?」

 

「…おや?パパラッチちゃんがもう1人だ。キミも取材かな、どんなことを聞きたいんだい?」

 

成程、こちらの素性はあらかた調べつくされてるって所か。私を見るなり雰囲気がメディア用のものに変わった。

 

ジャパンカップ当日に誰をエミュレートするかひた隠しにするためか。引き出すのは中々骨が折れそうだ。

 

下手な事を聞いても軽くあしらわれる、かと言ってド直球に聞いてもはぐらかされるだけだ。

 

「…その程度で本当にエミュったつもり?本物はもっとすごいけど?」

 

「…へぇ。」

 

あえて挑発する。簡単にぼろを出すような相手出ないのは分かってるけど煽られるっていうのは分かっててもそれなりにむかつくからね。

 

「それじゃあ、その子に伝えてくれるかな?

 

『ユーの走りはすべて見させてもらった。特に6月の走りは凄い参考になったよ。あれだけの走りをしてくれたからジャパンカップの作戦を練られたよ』…てね。

 

それじゃ頼んだよ、パパラッチちゃん!」

 

……パパラッチじゃないっての。それにしても、予想外に簡単に情報をくれた。6月の凄い走り……ロータリーちゃんか?

 

少ない情報だけど当てはまるとすれば彼女しかいない。

 

ロータリーちゃんは明らかにプロのような走り方をする。闘争心の制御が上手くなったというか、炎のように熱い闘争心の中に氷のように冷静な判断力を備えている。

 

その走りをオベイユアマスターがエミュったとするなら、間違いなく過去1番の難敵になる。

 

本番まで時間はない。こうなったらロータリーちゃんに直接聞くしかない。それで対策を立てる。

 

 

 

「…という訳でロータリーちゃん、何かいい案無いかな。」

 

「じゃあ逆に質問するぞ。なんで素直に答えると思ってんだ?」

 

「ですよねー。これで教えて貰ってたらロータリーちゃんの考え丸わかりになるからマジで答えるメリットゼロだよね。」

 

「そういう事。…ただ強いて言うなら、シーフクローの後方に位置取るな。このメンツのジャパンカップを見たが、シーフクローの前を走るとほぼ確実にレースのペースが上がる。

 

逃げ切れるならまだいいが、シーフクロー、イブビンディは当たり前のように落ちていった。

 

つまり前っていうのは都合が悪い、自分のペースで走るならむしろ後ろを走る。…俺から行ってやれるのはこれ位だな。」

 

「十分すぎるよ、ありがとう。なんやかんや教えてくれるなんて…ハハーン、ツンデレ?」

 

「そんな訳無いだろ、ただトレノが俺以外の奴に負けるのが気に食わないだけだ。」

 

人はそれをツンデレというんだよとは言わないけど、これで作戦を立てられる。…さて、どう攻略していくべきか。

 

 

 

 

 

『今年もやってまいりました、ジャパンカップ!今年のジャパンカップはレジェンドからチャレンジャーまで選り取り見取り!

 

オベイユアマスター、フォークインが王者の威厳を見せつけるのか!それともシーフクローが逃げ切るか、ヴェニュスパーク、リガントーナが差し切るのか!

 

対するはトレノスプリンター!レジェンドたち相手に勝つ事は出来るのでしょうか!期待しかありません!』

 

「うぅ~、こっちが緊張して来たよぉ~!ダイヤちゃんは平気?」

 

「私もドキドキだよ。今までに類を見ないくらいの強豪が出走するんだから緊張しない訳無いよ。」

 

「大丈夫かな、トレノさん。あたし達でもこんなに緊張してるのにトレノさんはこれ以上なんじゃないかな。」

 

「心配だけど、トレノさんなら大丈夫な気がする。案外、気楽に構えてたりしてるかも知れないね。」

 

 

 

「さっきから手の震えが止まらないんですけど。」

 

「何だよビビし、猛ってんのか?」

 

「それ逆なんですよ。…でも確かにそうなのかもしれません。今までよりその重圧を強く意識させられますけど、それでも早く走りだしたいんです。」

 

「問題なさそうだね。それじゃ、作戦を振り返るよ。まずシーフクローが逃げたら前に行かずにその後ろ3バ身を走る。

 

後方はヴェニュスパーク、リガントーナが控えてるけど、走りやすさを考えれば前方に付けていた方が良いはず。

 

まぁ、前に行ったら行ったでロータリーちゃんをエミュったオベイユアマスター、フォークインがいるけど…多分だけどこっちの方が良いはず。

 

ラストのストレートに入ったら誤魔化し無しの馬力勝負になる。そうなったら出し惜しみしない、“12000”まで回しちゃって。

 

それに、6速も使えるんでしょ?」

 

「はい、シリウスさんのトレーニングのおかげで今まで以上に使えるようになりました。…そろそろですね、勝ってきます。」

 

「うん、いってらっしゃい。」

 

このレースは今までで1番過酷なレースになる。だけど今までの事を考えると少し気が楽になる。

 

私が有利だった、楽だったレースは1度も無かった。常に挑戦者の立場でレースに挑んでたんだ。これまでと何も変わらない。

 

自分のすべてを出していくだけだ。

 

『ゲートインの時間が迫ってきました。この時間がとても長く感じます。どんな走りを見せてくれるのか、楽しみで仕方がありません!』

 

「hey!ニッポンのスター、トレノ!調子はどう?」

 

「ど、どうも…私は今日に備えてトレーニングして来たのでやれることを精いっぱいやるだけです。」

 

「謙虚だねー!それにお互いチャレンジャーなんだ、もっとフランクに接してくれていいんだよ?」

 

に、日本語が上手い…。こっちとしてはありがたいけどここまで使いこなされると私より日本語出来そうで怖くなる。

 

「貴方がトレノなのね、レース中と雰囲気違うから別人だと思ったわ。まぁ、敵になる訳だから馴れ合いはするべきじゃ無いわね。」

 

「あ、ど、どうも…。」

 

話すだけ話して去ってしまった。あの人がフォークインさん…只者じゃない。

 

「ありゃりゃ、フォークインはやっぱり気難しいね。あっと…そろそろ時間だ。ユーももっとお話ししたかっただろうけどここまでみたいだね。

 

でもまぁ、日本語喋れる外国勢はミーとフォークインだけだしちょうど良かったかな?それじゃ、一緒に手を繋いでゴールしましょ!」

 

「あ、はい…頑張りましょうね……。」

 

レース前とは思えないノリでこっちの調子が狂わされてしまった。でも何というか、緊張がほぐれた感じもする。

 

気を引き締めていこう、頬を両手で叩いて気を引き締めてゲートに向かおうとすると、先に歩いて行ったオベイさんが立ち止まった。

 

「あ、そうだ。一言だけ言い忘れてたよ。」

 

「何ですか?」

 

オベイさんが振り返ると先ほどのフレンドリーなオベイさんはいなかった。いたのは、闘争心むき出しのレースに挑むウマ娘、オベイユアマスターだった。

 

「come on,eight six.」

 

立ったその一言だけを残して、オベイさんはゲートに入っていく。多分あれが、ロータリーさんをコピーした時のオベイさん…のはず…。

 

だけど……あの感じは……。

 

『全バゲートに収まりました。スタートが待たれます。』

 

考えろ、別の可能性を考えるんだ。もし私の仮説があってるなら、渋川さんの立てた作戦は根底から崩れる。

 

あの感じは…いや、間違いない!

 

ガコン!

 

「今スタートが切られました!」

 

 



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